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[26248] 【ネタ】僕らの戦争【オリジナル】
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:8e3bdfc3
Date: 2011/02/27 07:18
 これは戦争なのだと誰かが言った。

 参加の是非を問われた気がして、はっと辺りを見回す。

 授業中だったのだろうか、前後の記憶は不明瞭でぼやけているのが常だ……「残った」クラスメイト数人が僕と同じ仕草をしていた。目が合って、微妙に気まずくなる。

 教室は暑くもないし寒くもない。窓から差し込む陽光は、空を覆う分厚い雲に遮られて届いていない。にも拘わらず視界ははっきりしていた。蛍光灯は点いていない。

 異界に放り込まれたのだと理解して、念のために制服の懐をまさぐると、引き寄せられるような感覚がする。間違いない。ここは間もなく戦場になる。

「異界」という名称が正しいのかは分からない。夢の中なのだという説もあるし、無意識下の集合意識が云々……という説もある。

 世界中で同じことが起こってるのか? 何百年と繰り返されているのか? それらは全て謎に包まれている。

 今のところ、はっきりしているのはこれだけだ。

・参加の是非を問われ、非と答えれば、原則として永遠に参加権利を失う。その場合、過去の異界に関する記憶も失われる。

・参加者は、異界において個々人の資質?に応じた武器?を持っている。

・異界に突入して、数秒~数分後に「敵」の軍勢が現れる。

・一定の「耐久力」のようなものが設定されており、痛覚は伴わないものの、敵の攻撃を何度か受けると戦死扱いになり、異界から追放される。

・戦死する、もしくは戦線離脱を強く願った場合も、永続的に参加権利と記憶を失う。ただし、その場合は復帰したケースもあるらしい。

・敵の「王」を倒せば、全員が現実世界に復帰できる。その場合、破壊された建造物等は復元される。

 簡単にまとめると、自由意思で参加するサバイバルゲームのようなもので、勝ってもメリットがない。全滅した場合は……どうなるか分からない。

 参加者のほとんどは子供だ。大人はあまりいない。僕は十四歳の頃から、ずっと参加している。それが僕の仕事だからだ。

 意思を込めてブレザーから手を引き抜くと、玩具と言われても仕方のないチャチな造りの銃器を手に握っていた。これが僕の「ツール」だ。単純に「武器」と呼ぶ人もいるし、「能力」と呼ぶ人もいる。

 銃型のツールを片手に、スカートのポケットからケータイを取り出して、僕は叫ぶ。

「委員長! 僕はカガミのところに行く。何かあったらメールして」

「うん、任せた。今回はたぶん騎士型はいない。増援が来たら一度メールする。それと、何度も言うようだけど……」

「分かってる!」

 さすがに手慣れた様子で必要最小限のことを告げてくる委員長に、僕は勢いよく返事して教室を飛び出した。

 バラバラに動くのも効率が悪いので、参加者はクラス単位で小隊を組んで動くことになる。小隊の隊長格は、たいてい感知型のツールを持っている。

 委員長は、立場上「異世界の侵略者説」には積極的に同意していないけど、「敵」と自分たちが同じ立場にあると考えている。

 すなわち、敵に「王」がいるなら、自分たちにも「王」がいて、僕の警護対象である少年がそうではないのかと心配しているのだ。

 教室を飛び出す直前に、クラスメイトの一人が「旦那によろしく」と言っていたので、廊下を走りながら片腕を振り回して銃をぶっ放す。銃口から放たれた光弾が教室のドアを貫通して、天井に大穴を穿つ。

 誰が旦那だ。戦果を確認して満足気に頷くと、僕はケータイの履歴から目当ての人物のナンバーを呼び出して、通話ボタンを押し込んだ。

 コール音が鳴ること十数回、至極当然のように居留守を決め込まれて、僕は通話を叩き切った。

 こんなこともあろうかと、発信器を仕込んでおいて良かった。本当に大活躍だよ、発信器。ケータイにパスコードを打ち込んで、追跡用のアプリを起動させる。

 ディスプレイに市内のマップが映ったのを確認して、拡大表示するよう操作する。校舎内にいるようだ……。ホイールをぐりぐりと動かして、詳細マップを三次元表示に移行。屋上ですね、分かります……。

 あの男は、授業をサボって屋上でぼんやりと空を眺めていることが多い。趣味なのだろうか……?

 みんなが戦ってるというのに……。

「ったく、あのバカガミ!」

 圧倒的な力があるのに、あいつは戦おうとしない。委員長あたりはそれでいいと考えているようだが、僕は不満だった。悪態を吐いて階段を駆けあがると、果たして屋上には浜辺に打ち上げられたアザラシのように寝転んでいる少年がいた。

「カガミ!」

 両腕を三重の手錠で固定されて、両足を鎖付きの鉄球で拘束されている。哀れな姿だった。

 よく分からないが、「上」から派遣されたカガミは、異界に突入すると同時に「呪い」とやらで自由を束縛される仕組みになっている。正直、下手に動き回られると面倒なので、助かる。

「…………」

 駆けつけた僕を、カガミは無言で見詰めた。死んだ魚のような目をしている。この男は、基本的に無口で無表情だ。ついでに無気力の権化でもある。

 とりあえず無事ならいい。

 僕は屋上の柵から身を乗り出して、眼下のグラウンドを見やる。校庭に展開した大隊の中に、クラスメイトたちの小隊を見つけて手を振ると、こちらに気付いた女子数名が手を振り返してくれた。

 後ろでぐったりしていたカガミが、もぞもぞと身じろぎをした。

(来る……!)

 カガミのツールは感知型ではないのだが、本人の感覚が凄まじく敏感らしい。クラスメイトの中にも、何人かその手の感覚に鋭い者がいる。

 僕が周囲を警戒しながら、じっと虚空を睨み付けていると、やがてガラスの破砕音に似た振動が鼓膜を刺激した。このへんは個人差で、人によっては鈴の鳴る音と表現する者もいる。

 りい、ん

 校庭の上空に、ぼう……と半透明の人型が無数に浮かび上がる。頭部と胴体を中心に、腕部と脚部が一対ずつ。関節部はなく、手足が独立して宙に浮いているように見える。

 あれが、僕らの「敵」……。

 中でも「グレムリン」と呼ばれる小型タイプだ。火力も機動力も最低の部類だが、とにかく数が多いのが特徴である。

 その数、およそ百。まだ増える。二百……三百……

 そして最後に、飛び抜けて巨大な人型が現れる。全長三十メートルは下らないだろう、あれが「王」だ。

 この高校の教師は全て「離脱者」だ、それは珍しいことではない。代わりというわけでもないのだが、校内の全部隊を生徒会長が統括している。学級委員長はその手足だ。

 離脱者には分からない水面下の現実がここにある。

 ゆっくりと下降してくるグレムリンたちに、生徒たちは浮き立つ様子もない。こう言っては何だが、みんな慣れているのだ。負ければ記憶を失う。それは恐怖だが、実際に死んでしまうわけではない。……けど本当に? 内面の事情までは調べようがない。

 負ければどうなるのか……先の見えない戦いが今日も始まる。

 いつの間にか身体を起こしていたカガミが、じぃ……と「王」を見詰めている。大きいなあ、とか他人事のように考えているに違いない。

 間もなく開戦だ。僕は、カガミの頭をぽかりと叩いてから、しゃがみ込んで彼の手を取った。

 前から訊きたかったことだ。

「カガミ。お前は僕たちの王なのか?」

「…………」

 カガミは無言で、僕の瞳を見詰めた。何を言ってるんだろうこの人……という顔がとてつもなくむかつく。怒りに任せてもう一度ぽかりとやると、彼は涙目になって、こそこそと僕から離れた。何なんだ、まったく……。

 ……まあいい。僕はカガミの護衛として、この学校に派遣された軍人だ。カガミが王だろうと何だろうと、職務を全うするのみである。

「そこでじっとしてろ! 動くなよ」

 ぎろりと睨み付けるも、カガミはまるで堪えた様子もなく脱力して空を眺めた。むかつく……!

 やつの腐りきった性根を叩き直してやろうと腕まくりして近付こうとすると、突然目の前に双方向性回線が開いた。これは生徒会長のツールだ。

 空間を四角に切り取った半透明の画面に、閣下のご尊顔が映っている。彼女は言った。

『連崎さん、角島くんと一緒?』

 レンザキというのは僕のことだ。僕に苗字はない。

「はい、会長。カガミは……やつはいつも通りです」

 カガミにも苗字はないし、それ以前に「カガミ」という名前からして偽名くさいのだが、とある家族にご厄介になっているため、今は「角島」の姓を名乗らせてもらっている。

 僕の不機嫌な口調に、会長は苦笑した。

『彼のこと、お願いね。わたしの回線、角島くんには介入できないから』

「はい」

 ケータイよりも遥かに便利で、即時性に優れ、広範に情報を送受信できる会長のツールだが、どうやら念話に近いらしく、カガミのツールとは相性が悪い。というか、たぶんカガミが自分の意思でシャットダウンしてる。

 またむかついてきたので、僕は目の前の会長と建設的な会話をして気分を紛らわそうと試みる。

「会長、やはり今回も?」

『…そうね』

 少し悩んでから、会長は首肯した。彼女は反戦派である。本格的に開戦する前に、必ず停戦交渉を、それが果たされない場合は宣戦布告を行う。

 僕としては、連中が下降してくる前に問答無用で砲火を浴びせた方がいいと思っている。

 会長は、やや音量を上げて言う。カガミにも聞いて欲しいと思っているのかもしれない。

『わたしは、もう六年も同じことを繰り返してる』

 最初に参戦する年齢には個人差がある。平均的に男子より女子の方が早熟とは言われるものの、それを差し引いても十二歳からというのは相当早い部類だ。

『この戦いは勝っても終わらないし、負けても終わるかどうか分からない。だから、どこかで終わらせなくちゃね』

「ですが、話し合いに応じる相手とも思えません」

 具体的に何年前から続いている争いなのかは不明だが、コンタクトを試みようとしてことごとく失敗に終わっているのは確かだ。

 僕がそう言うと、会長は儚く微笑み、

『時間がないの。このまま続いたら、わたしたちは、いつか負ける』

 はっきりと断言した。

 ……自由意思で参加の是非を選べるが、拒否した場合は永続的に参戦できなくなる。長い目で見れば、いずれはそうなるのだろう。

 会長は、他の学校でも同じことが起こっていたことを知っている。そして敗北したことも。

 結果、参戦者の人員が一定の水準に達する間、敵の戦力が「生き残った」学校に集中しているのが現状だ。

 戦況は、年々悪くなっている。市内に戦えるものがいなくなったとき、あるいは全国、世界で同様のことが起こった場合、何かがあるのだろうか……?

 結局のところ、何も分かっていないのだ。敵の正体、異界とは何なのか、ツールとは? その全てが。 

 カガミは知っているのだろうか。ふと思って目をやると、いない。

 少し目を離した隙に脱走しただと……。

「会長、カガミが消えました。僕は、やつを追います」

『あら、そうなの。何だか、ごめんなさいね……』

「いえ、いつものことです」

 あの男が本気で逃げ出したら、誰にも止められない。

 ……発信器も無力化されたようだ。小賢しい真似を……。

 幸い、当たりはついている。

 警護する意味もあるのかどうか疑問だが、とにかく追わねばならない。

「ご武運を」

 そう言って敬礼してから、僕は屋上をあとにした。

 あの忌々しい人形どもが、この戦いについてどう考えているのかは定かではないが、少なくともカガミは「大将首」に値するらしい。

 校舎の窓を破って侵入したグレムリンが、カガミの姿を求めて校内を徘徊している。

 僕は、物陰から物陰へと移動を繰り返しつつ、出力を絞った射撃で淡々と連中を無力化してゆく。

 敵が小型でよかった。僕の中では銃器が刀剣に火力で劣るイメージはないのだが、どういうわけかこの世界では「射程」と「威力」が反比例する傾向にある。

 僕のツールは、使い回しはいい方なのだが、いささか決定力に欠けるのだ。

 敵の先手を打って、一階から侵入してきた人型をあらかた片付け終わると、僕は一年B組の教室に向かう。

 カガミの「妹」のクラスだ。

 戸籍上カガミの妹ということになっている少女。名を、角島スズキという。僕も何かとお世話になっている下宿先の娘さんだ。

 カガミは、いつも彼女が座っている席を、切なそうに見詰めていた。

 会長にも尋ねてみたことがあるのだが、角島スズキには参戦経歴がない。おそらく最初から参加する意思がなかったのだろう。それが普通だ。

「カガミ、またお前……」

 彼が何を考えて、ここに避難するのかは分からない。やつなりに「妹」を大事に思っているのだろうか? そんな殊勝な性格をしているようには思えないのだが……。

「カガミ、角島スズキはいない。女なら、遅くとも十五歳までには徴兵が掛かる。……みんな戦ってるんだ。行くぞ」

「…………」

 そう僕が促しても、カガミは一向に動こうとしない。

 校庭では、グレムリンを一掃した生徒たちが、上空で滞空している敵の親玉に砲火を浴びせ始めている。

 僕は内心で焦りを感じていた。「王」は、特殊な能力を持っているケースが多い。戦死者が出るのは、たいてい「王」と砲火を交える終盤戦だ。

 カガミが参戦すれば一瞬で片が付くが、この男にそれを期待すること自体が間違っている。

 僕も砲撃に加わろう。教室の窓から身を乗り出して、出力を最大に設定した光弾を放射する。僕のツールは「連射性能」と「火力」が反比例するタイプなので、威力と射程を伸ばすと連射が利かないのが難点だ。

 手下が全滅したのを察したのか、「王」がゆっくりと下降してくる。砲撃をものともしていない……。その肩?と言っていいのかどうか、胴体上部の突起に「人影」が立っているのを見て、僕はびびった。

「なにぃっ!?」

 とっさに振り返ると、カガミの姿が忽然と消失していた。

 僕は慌てて叫んだ。

「待って! カガミが乗ってる!」

 僕より逸早く発見したらしく、会長の下達で砲撃がぴたりと止んだ。

「何してんだ、あのばか!」

 僕は窓枠を飛び越えて、グラウンドに駆け出す。

 ……まあ、さして珍しいことではない。カガミが、余人には計り知れないタイミングで参戦するのは……参戦すること自体が稀なのだが……ままあることだ。

 だけど、分かってほしい。僕の仕事は、やつの護衛なのだ。

「王」が、胴体と独立した頭部を回し、中央の目らしき部分をぴかりと発光させる。カガミは、無言で「王」の目を見上げている。

 ……次の瞬間。「王」の胴体を、巨大な「腕」が貫いていた。

 突如として虚空に浮かび上がった巨体が、もう片方の腕で「王」の腕をひねり上げていた。

「王」の腕から火花が散る。

 人型と似て非なる巨人が、牙を剥き出しにして吠えた。

 抵抗しようとして振り上げた「王」の無傷の腕が、不可視の力によりねじ曲がる。

 桁が違う……。

 圧倒的な膂力を誇る巨人……あれがカガミのツールだ。普段はカガミの影に潜んでいるらしく、自由自在に空間を渡ることができる。

「王」の肩に立っているカガミは、両雄の争いにまったく無関心だった。最初に「王」と目を合わせて以来、興味を失ったかのように住宅街の方を見詰めている。

 徹底的に破壊された「王」は、人型の末路と同様、宙に溶けて消える。足場を失って落下するカガミを、巨人が指で摘まんで自分の肩に乗せる。

 かくして「王」を撃退したカガミだが、拍手喝采とは行かなかった。あの巨人の圧倒的な力を目の当たりにすると、たいていの人間はこう思うのだ。

 ……いや、初めから自分でやればいいじゃん、と。もちろん僕も例外ではない。

 以上が、今回の戦いの顛末である。

 ちなみに、現実世界に復帰したあと僕はカガミに参戦した理由を尋ねてみたのだが、やつは首を傾げただけで一切何も言わなかった。角島スズキの言葉を借りれば、こうだ。

「何か言え」

 翌日、忙しい母に代わって家事を担当している角島スズキが、「兄」ということになっているカガミに言い放った言葉である。

 こんがり焼けたトーストと目玉焼きを前に、しずしずと手を合わせたカガミは、無言で味噌汁をすするのであった。

 いたたまれなくなった僕は、迎合の意味を込めて相槌を打つ。

「……スズキ嬢は、良き妻になれるな」

 学生服の上にエプロンを羽織った角島スズキが、両手を腰に当てて僕を睨み付けた。角島家の人間は、代々色素が薄いとか。染めてもいないのに鳶色の髪が、朝日に透けて輝いて見えた。

 彼女は「不機嫌です」と言わんばかりに眉を跳ね上げて、

「連崎! あんたも女の子なんだから、ちょっとは手伝ったらどうなの!」

「僕の任務について君は知る権利がないが……少なくともカガミの健康状態に関しては及ぶところではない、とだけ言っておく」

「何なのこいつら!」

 彼女は、ヒステリックに叫んだ。守るものがあるというのは、良いことだ。僕はそう思って、少し笑った。

「…………」

 怒鳴る妹を尻目に、カガミは無言でもそもそとトーストをかじっている。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part1
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:23fb4ba6
Date: 2011/03/10 16:07
 就寝前、和室に敷いた布団の上で胡坐を掻き、広げたノートパソコンのキーボードをカタカタと打っている。

 法的に角島ファミリーの仲間入りを果たしたカガミと違い、僕は居候の身だ。客間で寝起きするのは当然の権利と言える。

 カガミは、廊下を挟んで向かい側の洋室で寝ている。

 やつは畳にオリエンタルな魅力を感じたらしく、当初は和室を熱望していたのだが、カガミが欲しがるものを不意に横取りしたくなった僕は、実力でこの部屋を勝ち取った。実のところベッドがある洋室の方がよかったけれど、住めば都である。

 べつに意地悪をしているわけではない。思うにやつは、もっと僕のことを尊敬し敬うべきなのだ。

 そんな調子で今日の出来事をワードパッドにタイプしていると、角島スズキが部屋を訪ねてきて、僕の背後を陣取った。縞模様のパジャマを着ている。

 彼女は肩越しに僕の手元を覗き込んで、首を傾げた。

「何してんの?」

「報告書を書いてるんだ」

 念のために暗号文の形式をとっているため、見られてもべつに構わない。

「ふうん」

 いかにも興味なさそうに鼻を鳴らした角島スズキは、しばし僕の作業を目で追ってから、おもむろに僕の髪をいじくりはじめた。

「わたし。あいつはともかく、あんたのことはけっこう気に入ってんのよ」

 そりゃあ、あの完全社会不適合者と比べたら、いくらか僕の方が親しみやすかろうよ。

「妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい……かな」

「それは光栄だ」

 年上なのだが。

 ……彼女は聡明な少女だ。ある日突然自宅に転がり込んできた僕らのことをどのように考えているのだろう。

 ふと思い返してみると、端々で迷惑そうな態度は取るものの、はっきりと言葉で拒絶されたことはない。まあ出て行けと言われても、居座るつもりなのだが。

 ときにはこちらから歩み寄ってもいいだろう。

「君には面倒ばかり掛けるな。味噌汁はもう少し薄味が好みだ」

「脈絡なくいちゃもんつけられた……」

 その翌朝、彼女が作った味噌汁は僕の好みに完璧に合致していた。

 実に……そう、カガミには過ぎた妹である。もう彼女は僕の妹ということにしよう。そうしよう。

 僕と目線を合わせないようにしているいじらしいスズキと、僕は手をつないで登校するのであった。カガミ、お前は三歩離れて歩け。邪魔だ。

 教室についた。今日の朝、僕は普段よりも早起きしたのだが、スズキが作ってくれたお弁当のおかずをつまみ食いして怒られたりときゃっきゃうふふしているうちに、いつもより遅い登校時間になってしまった。悔いはない。

 始業前の教室は騒がしい。硬直してのろのろと手近な席につこうとするカガミを引っ張っていき、座席に放り込んでやる。カガミは緩慢な動作で立ったり座ったりを繰り返してから、やがてぐったりと椅子の背もたれに体重を預けた。何がしたいのかさっぱり分からん。

 早々にこの珍獣に見切りをつけて、僕はクラスでも仲のよい女子の一団に混ざる。

 下宿先の娘さんが可愛すぎて生きていくのがつらいと相談すると、真顔で若干距離を取られた。

 始業の鐘とほぼ同時に教壇側のドアが開き、担任教師が入ってくる。僕は話を切り上げ、素早く着席した。カガミの心を開こうとあれこれ話題を提供していた委員長が逃げ遅れて、一発芸の刑に処された。

 照れ笑いなどしながら自分の席に戻る委員長の背中を、カガミはじっと見詰めていた。

 うちのクラスの担任の先生は、カガミの将来が心配でたまらないらしく、ときおり彼を一瞥しては、ひっそりと肩を落としている。よい教師だとは思うのだが、期待の眼差しを僕に向けるのは止めて欲しい。

 なんのなしに目を向けてみると、ふらふらと視線をさまよわせているカガミが、一瞬くっと眉間に力を込めた。何事かと思って観察していると、すぐに弛緩してぼんやりと宙を眺めはじめる。

 ……無益な時間を過ごしてしまった。今日も一日、がんばろう。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part2
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:4ac48f47
Date: 2011/03/05 06:14
 ああ、ちなみに……

 僕のガールフレンドたちはかなり強い!

「特殊型」とか呼ばれる突き抜けた人間の男女比率はほぼ同じくらいだけど、「武器」に対する固定観念がないからなのか何なのか、女子は変則的なツールを持っているケースが多い。

 例えば今、英文和訳の努力を放棄して「これはペンです」と回答した深乃(みの)ちゃんは、投げると手元に戻ってくる性質を持った紅白の球形ツールを使う。彼女は自らのツールを「ヨーヨー」などと可愛らしく呼んでいるが、その実態は赤と白のボールの間に挟まれたものを問答無用で切断する世にも恐ろしい殺傷兵器だ。

 予習の素晴らしさを説く英語教師に、深乃ちゃんは「はぁ~い」と渋々と返事をして着席した。しかし反省した様子はない。先生が板書をはじめたタイミングで、彼女は機敏な動作で後ろを振り返ると、たまたま目が合った僕を、くわっと目を見開いて凝視した。ならば僕も応えねばなるまい。チョークが黒板をコツコツと踊る中、女二人が瞳孔全開で見詰め合う。

 板書を終えた先生が振り返る直前に、深乃ちゃんは姿勢を正して正面に視線を戻した。クラスメイトで幾人かが耐えきれずに噴き出した。カガミは、校庭の花壇を見詰めていた。

 お昼休みになった。

 友達がいないカガミは、人目を避けるようにコソコソと教室を出ていく。スズキの真心がこもったお弁当はきちんと持って行ったようなので、放っておこう。

 僕がやつを護衛するのは、異界の中のみという契約になっている。というより、決まった時間に決まった場所へ来て、決まった位置に長時間拘束される人間を警護するなど、僕の力量では不可能だ。

 深乃ちゃんをはじめ、僕含み女子五人で固まってお弁当をつまむ。この学校に食堂はない。購買はあるのだが、利用したことはなかった。

 女子の一人が言う。

「連崎さん、髪伸ばさないの?」

「んー。メンドクサイのが半分、バイトに支障をきたしそうなのがもう半分」

 変に誤解されても嫌なので、ホームステイ先の主人にカガミの面倒を見るよう頼まれていると表向きは説明してある。護身術を習っているという設定も添えて。

 ロングヘアーに憧れがないとは言わない。しかし似合うかどうかは疑問だ。べつだん美少女でもないし……。

「伸ばしちゃえよっYOU!ひゅー!」

「ミノちゃん、テンション抑えて。また放課後バテるよ?」

 箸を進めつつ談笑していると、購買から戻ってきた委員長が僕に声を掛けてきた。パンを三つほど持っている。

「連崎さん、角島どこ行ったか知らない?」

 学級委員長としての責任感なのか、どうも彼はカガミを気にしすぎる。彼のためを思うなら、ここらで忠告の一つでもしておいた方がよかろう。

 スズキの愛がこもった鶏の唐揚げをじっくりと咀嚼し、飲み込む。たっぷり間を置いてから、僕は箸を置き、

「お前はホモか」

「何でさ!? 違うよ!」

 委員長は即座に否定した。

「あのね……」「……いや。うーん……何と言ったらいいのか……」

 僕を説教しようとでもいうのだろう。だが、この場にいるメンバーで五人中二人は「戦死済み」だ。まさか「さあ正体を現せ!」というわけにもいくまい。

 戦死した人間は精神が死んで身体を乗っ取られている、という説もあるにはある。が、僕は否定派だ。いちいち友人を疑っていたらきりがない。

 言い淀む委員長に、僕は片手をひらひらと振った。

「はいはい、委員長委員長……」「あいつならたぶん屋上だよ。そのまま授業をサボるつもりだ、間違いない」

「……屋上ね。ありがとう」

 まだ何か言いたそうだったけど、彼は僕に礼を述べると足早に教室をあとにした。屋上へ向かったのだろう。

 無駄な努力だとは思うがね。カガミは、まず根本的な価値観が常人とは異なる……のだと思う。絶対とは言わんさ。でも味方を見殺しにしたことも一度や二度ではないし、それなのに徹底して傍観を決め込むでもない……何を考えているのか……。

 カガミを派遣した「上」の思惑も見えてこない。この学校に何かあるのか? あるとすればスズキだ。しかし彼女は参加者ではない。

 僕は「軍」からカガミを見張れと言われている。ほぼ同年代だしちょうどいいじゃん的な軽いノリで。滅べ。

 ……まあ委員長があれと仲良くしたいというなら止めはしない。友達に囲まれて笑顔のカガミというのもぞっとしないが。

 がんばる委員長を僕は応援してます。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part3
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:4ac48f47
Date: 2011/03/05 20:02
 かようにして僕は委員長の奮闘を遠巻きに見守るつもりだったのだが……

「お、重い」「……おい、少し待ってくれ。まったく身動きが取れないんだが、僕は今どうなってるんだ……?」

「レンちゃん、女の子に重いは禁句だよぉ~」

 僕の肩に体重を預けた深乃ちゃんがのんびりと言うが、好奇心旺盛な女子たちが我も我もと身を乗り出すたびに僕に掛かっている負荷が増大しているのを感じる。

 目の前にある少し開いたドアからは新鮮な外気が入り込んでいるものの、後ろから迫ってくる香水やらシャンプーの香りやらで瞬時に甘ったるく変換されてゆく。

 ドア一枚隔てた向こうでは、委員長とカガミが肩を並べて座っている。

 つまるところ、カガミのあとを追って教室を出て行った委員長の勇姿を見て、「わたしたちも見に行こう」とか言い出した輩がいたのである。

 そしてまずいことに、聞き耳を立てていたクラスの女子ほぼ全員が、その提案に同調を示した。

(こ、これは確実にバレるな……)

 床面に片膝をついた姿勢で最前線を任せられた僕は、内心で露呈したときの言い訳を考えはじめる。好奇心は猫を殺すというが、今の僕がまさしくその状況だ。退くに退けず、左右を固められ、二人か三人分の体重がのしかかって身動きひとつ取れない。

 普通なら保身を考えて逃げ出せる体勢を維持するものだが、クラス内で立場的に強者の位置を占める女子連合の辞書に「撤退」の二文字はないようだった。

「ちょっと。ぜんぜん聞こえない」「ね、連崎さん。ほら、マンガでよくある……唇を読むとか何かそういうので通訳してくんない?」

「無茶言わないでくれ。やるけど

「え、できるの……」

 僕の職務からすれば当然である。というわけで、軍仕込みの読唇術を披露するときがやってきた。

 覗きに行くと確定した時点で、具体的な方法を考えないあたり、彼女らは素人だと言わざるを得ない。だが僕は違う。何故なら僕はプロフェッショナルだからだ。

 秘密道具の一つである小型双眼鏡を懐から取り出し、倍率を調整してから縦に構えて片目に合わせる。だが、これはフェイク……!

 服を通してイヤホンをつける。あとは盗聴器の電源をONにするだけの簡単なお仕事です。

 以下は、僕が推測した委員長とカガミの会話(?)内容である。

「なあ角島、少しでいいからみんなと歩み寄ってみないか?」

「…………」

「君のこと、どんなやつなんだろうってみんな気にしてる。君に悪意がなくとも、無視されれば面白くないと感じる人間はいるよ」

「…………」

「角島?」「……君のお弁当、おいしそうだね」

 微かに逡巡してから切り口を変えた委員長に、それまで無反応だったカガミが反応を示した。委員長に目を向けて、無遠慮に凝視したあと、そっと……頷いた……!

 図らずも「当たり」を引いた委員長が、ぱっと満面に笑みを浮かべた。

「そういえば、一年生に妹さんがいるんだってね。名前はなんて言ったかな」

「スズキ」

 喋った!? 喋ったぞ、おい! ど、どういうことだ……。

「レンちゃん、落ち着いて。普通だから。喋るの普通だから」

「そうやって人間は文明を築き上げてきたんだよ」

 興奮する僕を、深乃ちゃんが肩の上からなだめてくる。女子の一人もそれに追随した。

 だが、彼女たちは分かっていない。カガミという人間の何たるかを。この感動を分かち合えないのが無念でならない。ああ、この場にスズキがいたなら……。

 しかし、そうか。やはりカガミにとってスズキは特別な人間であるらしい。家族、だからなのか? 何だか複雑な心境だ。

 委員長はこの成果を大切に思ったらしく、その後あえてスズキの話題に触れることはなかった。

「そろそろお昼休みが終わるね。行こう」

「…………」

 差し伸べられた委員長の手を、カガミは躊躇うように見詰めてから、おずおずと握った。

「う、うおーっ!」

 辛抱たまらなくなった僕は、吠えた。この気持ちは何だ。はじめてのお遣いを見届けた親御さんのような……筆舌に尽くしがたく……!

「ちょっ、連崎」

 今更になってバレることを危惧したのか、女子の一人が慌てて僕の口をふさいだ。だが遅いか早いかの違いでしかない。

 僕の魂の叫びが届いたのだろう。びくっとした委員長が、こちらを振り返る。

 そして、今や一個の生物と化した女子集団と目が合って、彼は悲鳴を上げた。

 ……うむ。

 僕はひとつ頷き、他の女子もそれに倣った。お互い満足した表情である。

 さあ教室に戻るとしよう。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part4
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:4ac48f47
Date: 2011/03/06 03:29
 巨人と王が対峙している。今回は珍しくカガミが最初からやる気だ。

 カガミの巨人に関してはよく分かっていない点も多いが、空間を操ることができるらしい。

 巨人が片腕を振るうと前方の空間が歪み、触れてもいないのに王の胴体が大きくひしゃげた。

 これを機と見てか、巨人が地を蹴り彼我の距離を一瞬で詰める。

 鉤爪の生えた大きな手で王の顔面を鷲掴みにした巨人が、躊躇いなくそれを握り潰した。

 しかし王はひるまない。すかさず全身を液状化し、巨人の手足を拘束する。

 その狙いは一目瞭然だった。巨人の肩に立っているカガミだ。這い寄る魔の手は、しかしカガミまで届かない。

 巨人はカガミのツールだ。巨人が空間を支配する力を持っているというなら、それはカガミの力を借りているに過ぎないのだろう。

 カガミに一瞥されただけで弾き飛ばされた王が、巨人から離れて再び空中で固形を取り戻す。

 ……強い。カガミのツールを以ってしても瞬殺できない人型など滅多にいない。

 瞬間移動と強襲を繰り返す巨人に対して、王は適時液状化して一撃離脱のスタイルを崩さない。

 全長三十メートルを越える巨人同士が高速機動の肉弾戦を演じているのだ。戦火は学区にとどまらず、今なお拡大し続けている。

 巨人が放つ衝撃波に巻き込まれて、市街地の高層建築物が一斉に吹き飛んだ。地表に叩き付けられた王の巨体が、普段は人で賑わうメインストリートを圧壊する。市街地のあちこちで火の手が上がり、小規模の誘爆を引き起こしていた。これが異界でなかったらと思うと、背筋が寒くなる光景だ。

「だから角島くんは自分から戦おうとしないのかな……?」

 図書委員の蒼間が自信なさそうに尋ねてきた。気の小さな男子で女子が苦手らしいのだが、どういうわけか僕には話しかけてくることがある。

「どうかな?」と僕は答えた。「一見無敵に見える王の能力には穴があることが多い。この場合……」「……カガミの巨人は強力だけど、平の力押しだからな。僕らなら、たぶんもっとスマートに片付けられる」

 廃墟と化した校舎の瓦礫に身を寄せて、僕は自分の銃型ツールにひたいを押し当てる。異界に囚われた直後、参加者がいったん校庭に集合するのは、校舎の崩落に巻き込まれるのを避けるためだ。

 王は別格として、今回の敵勢の主戦力は砲戦タイプだった。「マンティコア」という、幾条もの光線を放つ厄介な中級人型だ。

 僕らは息を潜めて連中をやり過ごし、カガミが王を仕留めるのを待てばいい。

「でも、」と言いかけた蒼間の肩が震えた。

「近いのかい?」と僕が問うと、彼ははっとして僕を見て頷く。この少年は、異様に勘が鋭い。参ったな……僕はマンティコアが苦手なんだ。いかんせん同じタイプだからね。

「じゃあ、そういうわけで」

 中腰になって瓦礫伝いに移動をはじめる僕を、蒼間が「え……」とびっくりして見る。

「え、じゃないよ。君が戦うんだ。何事も適材適所というだろ」

「む、無理」

「無理じゃない。自信を持ちなさい。はっきり言って、君は天才だぞ。僕ごときじゃついていけない領域の住人だ」

 事実である。彼ならば上級の人型とも単独で渡り合えるだろう。とくべつ普段は運動が得意というわけでもないようだが、「たが」が外れやすいというのか、人間というものは面白いもので、まれにこういう怪物が生まれる。

 僕の手放しの讃辞に、蒼間は「あわわ……」と意味不明の言語を発し、

「で、でも連崎さんはスゴイと思うよ。いつも冷静だし……」

「敵陣に真正面から突撃して生還してくる人間に言われてもな……」

 とにかく、さっさと行け。いらいらしてきた僕は、蒼間を蹴飛ばして、駆け足でその場を離れた。「ひ、ひどいよ~!」と後ろで何か言っているようだが、知ったことではない。能力があるなら、それに見合う働きをするべきだ。

 光弾をばら撒いて人型を牽制しつつ瓦礫の中をひた走っていると、深乃ちゃんの声が聞こえた。

「レンちゃん、こっちこっち!」

 君は女神だ。

 塹壕を掘って応戦している小隊に合流する。これで一安心だな。

 再会した深乃ちゃんと抱擁し互いの無事を祝福しあっていると、小隊のメンバーが首を傾げた。

「あれ、蒼間くんは?」「一緒にいるってメールで」

「おれに構わず先に行け、と……」

 僕は即座に答えた。まったく惜しい人物を亡くしたものだ。

「ともあれ、王を仕留めよう。委員長は?」

「会長に引っ張られていったよ~」「長距離から狙撃するんだってさ」

 委員長は貴重な感知型だ。会長は僕と同じ考えのようだな。王の弱点を洗い出して、液状化する暇も与えずに一点突破で葬るつもりだ。

 と、頭上を行き交う光線が、突然止んだ。ひょっこりと頭を出して外の様子を窺うと、王の胴体を腕で串刺しにした巨人がグラウンドに佇んでいた。王の惨状に、残存するマンティコアは持ち場を離れて巨人へと火線を集中させている。

 だが、飛び道具のたぐいはカガミには通用しない。周囲の空間を歪曲させているらしく、光線は見当違いの方向へ飛んでゆく。

 巨人の肩で、カガミは王を見詰めている。何か言ったかもしれない。ここからではよく分からない。

 そのとき、校舎の方から伸びた一条の光線が、王の頭部を撃ち抜いた。……味方の射撃は届くのか。僕はカガミの能力を空間支配だと認識していたが、もしかしたらまったくの別物なのかもしれない。

 びくりと痙攣した王が完全に液状化するよりも早く、その巨体が虚空に溶けて消える。

 王のあとを追うように、マンティコアも消える。一度、地面が揺れた。異界が崩壊してゆく。雲で覆われた天蓋が剥がれ落ちる光景を最後に、意識が遠のく……。

 カガミは……

 巨人の肩の上で、泣いていたような気がする。何を……



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part5
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:3cfc8164
Date: 2011/03/08 23:10
 異界での記憶というものは妙なもので、決まって「過去の記憶」に収納される。

 明確に、いつ異界に招かれて、いつ復帰したのかは分からない。ただ、なんとなく「ああ、そんなこともあったな」と「思い出す」ときがあって、それが今だから、たぶん先ほどまで異界にいたのだろうと思う。

 異界での時間経過は現実空間には反映されないらしく、実生活には何ら支障がない。

 とはいえ、異界で衝撃的な体験をした場合はその限りではないと言えよう。

 現代国語の授業中である。朗読を終えた蒼間が、すとんと着席してから、すがるような目つきで委員長を見た。委員長はまじめなので、後ろで朗読している人間をわざわざ振り返って鑑賞したりはしない。未練がましく委員長の背中を見詰めていた蒼間が、次のターゲットに指定したのは……まあ、僕であった。

 なんだろう。もしかして異界で見捨てたのを恨んでいるのだろうか。でも僕はか弱い女の子だからね。か弱い女の子が戦場で無事に逃げ切ろうとしたら、これはもう囮しかないと思うんだ。というかマンティコアがいくら束になろうと、お前さんには敵わないよ。凄いね、天性。

 熱心に何かを伝えようとしている様子ではあるが、僕と蒼間の席は少し離れている。始発駅を蒼間、終着駅を僕とすれば、途中駅には退役した僕の女友達が一人いて、もしもその子に「実はおれたち異界で戦う選ばれた戦士なんだよね」とか痛すぎる伝言を吹き込もうものなら、貴様……明日の朝日は拝めないものと思え

 そうした意志を視線に込めて睨みつけると、色を失った蒼間は授業中ということも忘れて「あ、すみません……」と謝罪した。彼のあとを引き継いで他の生徒が朗読している最中だった。「まぬけ」というのは、こういうやつのことを言うんだろうな。

 一斉に「えっ」と後ろを振り返ったクラスメイト諸君は、奇しくもその生き証人となったわけだ。貴重な体験だと思うよ。めでたいね。

 そうそう、とある筋からの情報なんだけど、こんな逸話もあるよ。あっちで無双してた蒼間を見た下級生の女の子が「何この人、超頼れる」とか思って告白しようとしたんだけど、こっちで実物を目の当たりにして……

「え、なにそれ!? おれ知らないんだけど……」

「……まあ、うん。ありがとう連崎さん、もういいよ」

 水面下で終わった恋に愕然としている蒼間はさておき、委員長に言われては仕方ない。僕は、題して「そのとき蒼間に何があったか!?」を途中で打ち切った。これからが盛り上がるところなのに。残念だ。

 放課後の生徒会室である。

 僕と蒼間は、委員長に居残りを命じられて事情聴取を受けていた。元はと言えば蒼間が委員長に「相談がある」と持ちかけたのがきっかけだったのだが、気付けばそういう運びになっていたのだ。

 会長は不在だった。生徒会役員と言えば、誰よりも早く登校して誰よりも遅く下校するというイメージが僕にはあったのだが、とくに仕事がなければ普通に帰るらしい。ちなみに委員長は生徒会室の合鍵を所有している。彼に限らず、三学年の小隊長クラスは全員が持っているらしい。でも君は二年生だよね?

 生徒会室への連行を拒んだ挙句、人が話している最中たびたび脱走を試みたカガミの肩を極めたまま、僕は委員長に目線で促した。

 委員長は極力カガミを視界に入れないようにしながら、「うん」と一つ頷く。

「さて、話はふりだしに戻るんだけど……」「アオマ、何かあったのか?」

 そうだね。「僕から話そう」なんて格好つけてはみたけど、よく考えたら僕は蒼間が相談したいらしい内容を知らないし、悪いけど興味もないんだよね、これが。

 してみると、僕の説明は完膚なきまでに無意味。いったん自覚すると、社交辞令で表面化していた興味が急激に霧散してゆくのを感じる。

 帰っていいかな? 会長もいないし。

 ああ、「アオマ」っていうのは蒼間のことね。正しくは「アオノマ」と読むらしいよ。「の、要らないよね」ってことで、わりと仲のいい子からは「アオマ」、もっと大胆に「ノ」とか呼ばれてる。不憫な子だ……。

 ……だめだ。無理に同情しようとしてみたけど、蒼間情報とかどうでもよすぎる。

 仕方ないので、二人が話している間、カガミで遊ぶことにしよう。ためしに解放してやると生意気にも抵抗する素振りを見せるカガミの頬を引っ張ったりしている間、二人の会話をダイジェストでどうぞ。

「覚えてる? 前の作戦で……えっと、マンティコアのとき」

「液状化する王のときか?」

「あ、うん」「……おれ、最後に人間に襲われて、それで」

「待て。人間? 僕たちと同じ、という意味か? つまり、ツールを持ってたんだな?」

「うん。女の子」

「……整理しよう。王を倒した直後、おそらく参加者と思われる女性に襲撃を受けたと。記憶があるから、負けてはいない……時間制限か?」

「かな? ちょっと押されてたかも」

「相手の服装は?」

「え……ちょっと分かんないな。女の子の服、あんまり詳しくないんだ」

「制服じゃなかったんだな?」

「ああ、そういうことか。うん、普通の服だったよ」「……ツールは、よく分からない。嫌な感じがしたから避けてたけど、……角島くんの念力? みたいなのに似てたかも」

「……お前……よく引き分けまで持ち込めたな」

「……なんか、向こうもちょっと驚いてた。おれ、目をつけられたかも。どうしよう、委員長」

 お前の偏差値がどうしようだよ。

 いまいち要領を得ない話しぶりに本気で蒼間が不憫に思えてきたので、僕は二人の会話に参加してあげることにした。

「極小のツールを介した遠隔攻撃……特殊型かもな」

 すると委員長は、あきらかに安堵した様子で僕を見た。あんまり期待されても困るんだけどね。あんたはきれすぎる。

「断定はできないけどね。仮に特殊型だとしたら……軍の関係者かもしれない」

 僕が言うのも何だが、軍は得体の知れない組織だ。優秀な能力者を集めて、あちこちの異界に派遣したりしている。

 敗北の果てに何が待っているか分からないから、勝つために。表向きはそう言っている。裏では何を考えているやら……。

 僕には戸籍がない。戸籍がない子供を教育して異界に送り込むような組織が、まっとうで健全な目的を持っているとは思えない。

 ……などと末端の兵士である僕が雇用側に疑念を抱いているという事実。ぬるい洗脳と非合法活動……このちぐはぐさがもう……。なんなの、ほんとに。

 しかし妙な話である。

 異界で襲撃されたということは、あらかじめ囚われる圏内にいたということだ。つまり開戦当初から機会をうかがっていたと見るのが妥当である。

 狙いは蒼間のスカウト……ということか? それがおかしい。僕なら会長に粉をかける。次点で委員長かな。

「角島はどう思う?」

 カガミの好感度やや高めの委員長が、英雄とか人類最後の砦とか言われる珍獣に意見を求めた。

「…………」

 カガミは、赤くなった両頬を押さえて、しくしくと泣いていた。

 男がめそめそするんじゃない。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part6
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:4ac48f47
Date: 2011/03/10 13:32
 とりあえず委員長(飴)と僕(鞭)で蒼間を尋問した結果かろうじて抽出できた情報をまとめておこう。

・蒼間を襲撃した女性は十代前半~半ばと思われる(おもな判断理由は服装と胸囲

・髪型はショートで、僕より少し長い程度。茶髪。そして美少女。似顔絵の作成に成功(図書委員の記憶力は伊達ではなかった)

・ミニスカートを着用。ネックレスをつけてたような気がする(あいまい

・マンティコアをしばき倒してたら「やるじゃん」的なことを言われて、いきなり襲いかかられた(時系列があやしい。たぶん見とれて適当に会話してたと思われる)

・ツールの具体的な形状は不明。隠匿していたか、目に見えないほど小型のどちらかと推測される(かまのひとつでも掛けてみるべきだった。減点)

・能力はカガミの念動力(暫定)と酷似。ただし威力、規模ともにカガミには及ばない(及べばよかったのに)

・起点は腕。腕を振った方向に衝撃波が発生する(さすがに戦闘行為の記憶は明確と思われる)

・三回ほど軽く避けたら最後にむきになって睨まれたけど、それもかわした(一行で矛盾した。腕を振って小型のツールを散布していたんじゃないかと委員長は仮定)

・捨て台詞は「命拾いしたわね!」(小物くさい)


 総評:目のつけどころがどうしようもなく蒼間

 以上を踏まえての委員長の結論:知らない人に声をかけられてもついて行かないこと


「小学生か」と僕がツッコんで、今日のところは解散となった。

 まあね。正直さ、他に手の打ちようがないよ。委員長は会長に心当たりがないか訊いてみるらしいけど、べつに僕らは警察じゃないからね。似顔絵一枚じゃどうにもならんよ。

 話がまとまったところで、あとは男二人でよろしくやるといい。二人を置き去りにして、僕はさっさと生徒会室を出る。カガミがついてこない。どういうことなの。出戻りして、カガミを連行する。

 さすがに一般生徒が生徒会室に無断で出入りしている現場を教師に目撃されるのはまずかろう。委員長ならいくらでも言い訳できそうだけど……。カガミを連れて、そそくさと退去する。

 けっきょく話し込んでいたのは一時間くらいだった。廊下の窓から射し込む陽光がまだ明るい。生徒会室は二階にある。階段をおりて、一階の生徒玄関へ。

 ランニングから戻ってきたと思われる体操服の野郎連中と遭遇する。邪魔。お前ら、端に寄って一列に並べ。

「ちょっ、連崎」

「うるさい。汗臭い。でもがんばれ」

 僕のクラスメイトも混ざっていたので、靴を履き替えながら激励する。太ももを凝視するな。死ね。

 上履きのまま普通に帰ろうとしているカガミの頭を叩き、靴を履き替えさせる。いちいち二度手間だな、こいつは……。

「じゃね」

 反射的に敬礼しそうになる右手を矯正し、後ろ手にひらひらと振って校舎を出た。

 まっすぐ校門に向かって突き進むと、右手側には多くの場面で戦場となるグラウンドがある。そこを野球部とかサッカー部が走り回っていて、ああ青春だなと感慨深くなる。

 そこそこ広い敷地面積を囲っているのは安物の金網だけど、校門は立派な造りだ。塀と連なった構造になっていて、校舎側の一角には植林された松の木がある。

 道路と面した校門をくぐり抜けると、石柱にもたれかかっている女の子と目が合った。僕の魂の妹、スズキだ。

 こらこら。女の子が一人でこんなところに、……まさか男連れか? 僕は許さないぞ!

「どこの馬の骨とも知れん輩に娘はやれん! 一度うちに連れてきてはどうかね!」

 前触れなくハッスルする僕に、スズキは目を丸くした。

「は?」「……まあいいや。何してたの、遅かったわね。帰りましょ」

 僕を待っていてくれたようだ。青春はここにあった。僕は勝ち組と言わざるを得ない。さらばだ居残り組よ。

 あれ? カガミまだいたの? さっさと帰れば?

 というわけで、二人(と一匹)で仲良く下校する。

「君は料理が上手だな。お弁当おいしかったよ」「今晩のメニューは何だろう」「途中でスーパーにでも寄ろうか? 荷物持ちくらいはするよ」

 僕のテンションはとどまるところを知らない。矢継ぎ早に質問していき、スズキがひとつひとつきちんと答える。

「ありがと」「何か食べたいものある?」「買いだめしてあるから、しばらく大丈夫」

 これが人間らしい付き合いというものだよ。カガミ相手だと会話にならないからな。

「じゃあ今日は鍋にしよう。僕も手伝うよ。こう見えて刃物の扱いには定評がある」

「うん、分かった」「……あんたも手伝いなさいよ」

 はにかみ頷いたスズキが、さりげなくとなりを歩いているカガミに言った。

 角島家は母子家庭だ。母親は仕事で家を空けることが多く、一人娘のスズキは寂しい思いをしていたのだろう。素性も定かでない二人と、彼女は「家庭」を築こうとしている……。

 そう思うと、僕は胸が熱くなった。

「そうだぞ、カガミ。お前も手伝え。ただし包丁は持つな、僕がやる。それから水場に近づくなよ、何があるか分からん」

「それだと何もできないんだけど……」「……連崎さ、ちょっと過保護なんじゃない?」

 何をおっしゃるお嬢さん。

「こいつは調理場が何かすら理解してないふしがある。テーブルについて待ってたらごはんが出てくることを、最近になって学習した」

 ほとんど犬か猫である。

 だが、そのことについて僕はカガミを責める気はない。育てられた環境が悪いのだ。

「少しずつ教えていくしかない。社会復帰は一日にしてならず……」

 スズキは察しの良い子だ。カガミの過去について触れたりはしない。

「連崎は違うの?」「あんたも大概おかしいと思うけど」

「もちろん違う。僕とカガミは、まあ幼なじみのようなものだが、セクションが異なるからな。守秘義務というものがあって、あまり詳しくは話せないが……」「そうだな……カガミは大切に育てられた世間知らずのお坊ちゃんで、僕はメイドさんという認識で構わない」

 自分で言っておいてあれだが、何ともうさんくさい話である。

 スズキは、いちおう納得してくれた。

「……ま、そのへんは追々。母さんに頼まれてるし、放り出したりはしないわ」

 この話題では行き詰まるのが目に見えていたので、彼女はすぐに話題を変えた。

「部活、どうするか決めた?」

 僕は敏捷性に重きを置いた訓練を受けていたので、同年代の女子平均と比べるとおしなべて運動能力が高い。身体の操縦方法を知っているから、たいていのスポーツで地味に活躍できる。必然的にクラスメイトからも運動部へと勧誘されているが、答えはノーだ。

 カガミのそばを離れるわけには行かない……というのは建前である。四六時中、カガミと一緒に行動しなければいけないという義務は、僕にはない。

 だが、それでも可能な範囲でカガミの近くにいるのは、僕のせめてもの良心だ。こいつは僕がいないと何もできない。

 だから僕はこう答える。

「今のところはとくに。興味をひかれる部があったら、そのときは考えるよ」

「そっか。それが一番かもね」

 そう言って、スズキは上機嫌に鼻を鳴らした。

 彼女は軽快なステップを踏んで躍り出ると、身体ごと振り返って悪戯っぽく笑った。

「家事のことなら気にしないで。あんたたち、家にいてもあんまり役に立たないもん」

 手提げ鞄についている小さなぬいぐるみが、くるくると回っていた。



[26248] 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」part7
Name: 吾輩は猫である◆2afb4bfd ID:4ac48f47
Date: 2011/03/19 19:54
 と、まあ、かくのごとく僕の学園生活は順調であった。

 朝はスズキと一緒にごはんを食べて、二人でのんびりとニュースを観ながら身支度をする。時間になったら登校し、民間人の少年少女らに混ざって授業を受ける。

 告白する。僕は自分のことを(軍の偏った教育の所為で)控えめに見ても天から選ばれた神童だと思っていたのだが、それは違った。はっきり言って、教師どもが何を言ってるのかさっぱり分からない。とくに数学。こういう公式があるからああなるって言われても困る。あと英語。せめて日本語でお願いしたい。

 授業についてゆけないどころか自分のスタートラインがどこなのかすら分からない現状なのだが、愚痴ついでに相談したら天才美少女のスズキが勉強を見てくれることになった。なんというご褒美。

 クラスメイトとの親交はおおむね良好だ。当初の予定では軍の訓練を受けたエキスパートな僕があっちの世界で大☆活☆躍してちやほやされるはずだったのだが、この学校は異様にハイレベルな戦闘集団と化していたため、器用貧乏な子扱いで僕涙目。だもんで、普通に友達からはじめることにした。

 で、ここでちょっと報告。委員長がやばい。何がやばいってあの人、大を生かすために普通に小を切り捨てようとする。そのたびに会長と意見がぶつかって、けっきょくは彼がしぶしぶと折れる。だからなのだろうか、同級生はおろか先輩たちですら委員長には極力関わらないようにしている。ふくざつな人間関係があるようである……。

 校内の人間関係というか珍妙なパワーバランスに関しては、まあ……よしとしよう。少しずつなじんでいこうと思う。さいわい委員長はクラスメイトからは信頼されている。そして学園生活というものは、クラスの和さえ乱れていなければ、たいていは何とかなる。

 ……だがしかし、ここで新たな問題が浮上した。



「ちょっと。角島」

 ……やはりそうか。僕の平穏な暮らしの前に、どこまで立ち塞がる……いや、あるとすればそれはお前だろうと思っていたよ、カガミ。

 お昼休みである。

 授業が終わるなりカガミの前に飛んで行って、正面から机を挟んで見下ろした女子は、廻(めぐり)ちゃんという。現役女子高生の巫女さんだ。ようは神社の娘さんである。

 彼女は、かなり高い温度でカガミに物申したいことがある様子だった。ちなみに、僕とカガミは「転校生」同士ということで席がとなりである。したがって僕は、頬杖をついて二人を見守る。

「…………」

 カガミは席に座ったまま無言で廻ちゃんを見上げた。最近になって気付いたのだが、この男は(委員長という例外を除き)女性に呼ばれた場合のみ、反応を示すときがある。

 廻ちゃんは物怖じしない性格だ。目が合って一瞬ひるんだものの、すぐに負けじと眉間に力をこめた。机に両手を叩きつけて上半身を屈めると、至近距離からカガミを睨みつける。

「返事くらいしたら?」

 今度こそカガミは無視した。視線を逸らし、……もう一度、視線を戻した。お得意のこれといって意味のない行動だ。

 カガミは、二つのことが同時にできない。だから何かを見ようとする場合はひたすら凝視することになる。

 じぃ……と視線をぶつけられて、廻ちゃんは少し気圧されているようだった。

 ……だめだな、これは。僕はため息をついた。

「あー……」「廻ちゃん、カガミに何か用事でも?」

 仕方なく助け舟を寄越した僕を、彼女はキッと睨みつけた。

「連崎は黙ってて」

 なんだろうね、この子はいちいち僕に突っかかってくる。ポニーテール萌え。

「……カガミに話しかけても時間の無駄だよ」

 返事をしないのはいけないことだと教えることはできる。それが社交性なのだと理屈をこねて説き伏せることもできるだろう。

 しかし、カガミの人生に僕らは干渉できない。カガミが「普通に」生きることは不可能だ。責任がとれないのなら、生活態度を強要すべきではない。

「あんたがそんなことだから、いつまでも改善しないんじゃない?」

 ……つまり委員長の危惧が現実のものになったということか。廻ちゃんはカガミの態度が気に入らないらしい。

 意識の問題だから、改善させるだけじゃだめなんだ……とは言えないよな。困った。こういうときは……。

「しかしだな……(ちらっ)」

 いささかわざとらしく委員長にキラーパスを放る。委員長は気持ち悪いくらいカガミを案じている……彼ならきっとやってくれる。

 アイコンタクトに成功。さりげなさを装って近寄ってきた委員長がカガミに声をかける。

「角島、今日も弁当か?」

 委員長は購買派だったと記憶しているが、近頃はカガミに合わせてかコンビニ派に転向したようである。コンビニ袋をひょいと掲げて、言外に一緒に食べようと誘う。

 カガミは(こくり)と頷いた。気味が悪くなるほど委員長への態度が軟化している。なんなの。

 二人のやりとりに、廻ちゃんは拍子抜けしたようだ。道を譲るように一歩退き、ひそかに忍び寄っていた深乃ちゃんに背後から肩を掴まれる。

「ひゃっ」

「何してんの?」「あ、委員長。角島くんも……一緒にごはん食べる?」

「いや、せっかくだけど僕らは遠慮しておくよ。ちょっとアオマに用があるんだ」

「とうとう絞めるの? 見学しに行っていい?」

 深乃ちゃんの過激な発言を、委員長はスルーした。

「ついでに借りてきてほしい本があってね」

 蒼間は図書委員なのだ。図書室は校舎の三階にある。そして委員長は、できる限り三学年の領域に足を踏み入れないようにしている。授業で仕方なく三階に行くときなんか、あたり一帯が不穏な空気に包まれるもんな。

 気を取り直した廻ちゃんが、やれやれと腰に片手を当てて委員長に言う。彼女はこのクラスの副学級委員長さんなのである。

「いい加減、会長と仲直りしなさいよ」

「あれ、そういう認識?」と委員長は苦笑し「べつに喧嘩とかじゃないから。けど副会長には嫌われてる、かな? まあ今後の課題ということで……」

 うちの学校は、会長と副会長の両方が女子だ。女権社会である。少し突っ込んだ話をすると、会長が極めて戦略的なツールユーザーであり、一方の副長(副会長の略称)が狙撃班をはじめとする暗殺チームのリーダーなのだ。

 副長は委員長の有用性を認めてはいるようだが、会長に心酔しているようなので、何かと会長に盾つく委員長をあまりよく思っていないらしい。

 前向きに善処しようとしている委員長を見て、廻ちゃんは胡散くさそうにしている。

「公開処刑とかやめてよね。本気で」

 ……なんだそれは。

 委員長の笑顔がひきつっている。

「そのネタをひきずるの止めてほしいんだけど……」

 興味をひかれたので、僕は訊いてみる。

「何かあったのか?」

 委員長は観念したようである。恨めしげに廻ちゃんを見て、しばし沈思してから重々しく口を開いた。

「……このへんには古いしきたりが多くてね。僕は目を付けられることが多かったんだよ。でも味方をしてくれる人もいたし、やられっ放しも癪だったもんで、全校放送で悪だくみを暴露してもらったりしたんだ」

 ……その発想が怖いわ。

 無言で委員長と距離を取る僕に、深乃ちゃんが小声で囁いてくる。

「ほんとに気を付けた方がいいよ。委員長に手出ししたら、どんなに警戒してても最終的には全校放送だから」

 肝に命じておこう。


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