序幕:『贋作者は悪夢の牙から少女を護る』
──奇跡も、魔法も、あるんだよ。
そう、それは本来あり得ないはずの「奇跡」。
笑顔の虚勢の元で孤独に戦い、遺言あるいは恨み言を遺すことさえできずに無残に散ったはずの少女の元に舞い降りた「救いの手」。
* * *
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」
召喚されて以来一度も見せなかったような素直な笑顔を浮かべて、「彼」は、己が最高のパートナーだった少女に別れを告げる。
これほど清々しい気持ちになったのは、どれほどぶりだろうか。
(惜しむらくは、ココにいる「私」が英霊(ほんもの)のコピーに過ぎず、「座」に戻れば単なる「記録」として本体に吸収されることか。
無論、本体にも何がしかの影響はあると思うが、できればこの想いを抱いたまま、今度こそ「俺」が望んだ道を……ムッ!?)
本来は、単なる「記録(データ)」に分解されて、座にいる本体・英霊エミヤのもとに回収されるはずだった「彼」は、しかしその間際で、自分の「身体」がどこからか引っ張られるのを感じた。
「バカな……私は、すでに実体化を保つことすら困難だったはず!?」
と、その時、「彼」の心に、何者かの「想い」が流れ込んでくる。
(なんだ、コレは……??)
──いたい……こわい……さびしい……つらい……どうしてわたしが……でもやらないと……
混沌としたそれらの感情の中に隠された、どうしようもなく強い想い、いや「願い」。
──だれか……だれか、たすけて!
それが少女の悲痛な心の叫びだと理解した瞬間、「彼」はすべての「壁」を飛び越えて、吸い寄せられるように、その声の主の元に舞い降りていた。
* * *
「っ!!」
自宅のリビングのソファ──すでに彼女以外に座る者もいないそこに、倒れるように突っ伏して、今日の「戦い」によって心身両面に刻みつけられた傷跡にうなされていた少女は、あり得ないはずの人の気配に身を起こして立ち上がり、慎重に警戒態勢をとった。
(これは……魔力!?)
だとすれば、単なる物取りの類いではありえない。
魔女か……あるいは「同業者」か……。
いずれにしても、負傷した身で対峙するのはかなり厄介な相手だった。不幸にして、唯一の「お友達」である白い獣とも、今日は別行動だ。
それでも、少女──巴マミは、自らのソウルジェムを掌中に構えつつ、油断なくその「魔力の気配」の場所を探っていたのだが……。
──キュイイイイーン!
──ドサッ! バキ、メキ!!
突如空間に歪みが生じたかと思うと、天井付近に現れた「穴」からいきなり男性が降って来たのには、「普通」とは程遠い生活を送っている彼女も、さすがに度肝を抜かれた。
「やれやれ、乱暴な召喚だ……まぁ、室内に現れたぶん、前回に比べればまだマシとも言えるが」
先ほどまでマミが身を預けていたソファに、尻からめりこむような形で落ちてきた、青年がボヤく。
「だ、誰!?」
「人に物を尋ねる時は、まず自分から……と言いたいところだが、此処では私の方が侵入者のようだから、いたしかたあるまい。
私の名前は──そうだな。アーチャーと呼んでくれ」
……格好つけたセリフ回しだったが、半壊したソファに尻もちついたままなので、色々と台無しだった。