「間もなく到着だ」
特務輸送艦「ヴァガ・ロンガ」の艦長が、じきじきに教えてくれた。
俺は目の前に見えてきた茶色の惑星を、じっくりと見やった。
第4話 「28 Times Later 前編 」
「グエン・バン・ヒュー少佐。 命により、出頭いたしました」
「ムライ・フローレンス少佐。 命により、出頭いたしました」
「リオン・S・ケネディ軍曹。 命により。出頭いたしました」
俺達は基地司令の、バラン大佐に申告する。
「うむ。ご苦労。詳細は、アンドレアヌフス中佐に訊ね給え。
貴様等が、軍人の本分をつくすことを期待する」
言うだけ言うと、バラン大佐は『もう行っていいぞ』 と、言わんばかりの態度で右手を振った。
「なんだあのクソ虫野朗は……」
「少佐殿。着任早々、上官批判でありますか?」
司令官室から退室した俺は、つい本音を漏らしてしまう。
もちろん、小さな声でね。
けれど、すぐ隣にいた、レオン軍曹にはしっかり聞こえていたようだ。
ちなみにレオン軍曹は「ヴァガ・ロンガ」の中で知り合った。
まだ若い下士官で(歳を訊ねたら19歳だってサ)主計科勤務だそうだ。
コックと知り合いとなれば、なにかとオ・ト・クってことで、俺は彼との親交を深めていた。
「殿はいらねえよ。
あのなぁ、軍曹。 着任の申告で、軍人の本分を尽くせ-なんてことを臆面もなく言える上官に、ロクな奴はいねえよ」
「確かに……」
リオンは、その精悍な顔を緩ませて、面白そうに微笑んだ。
「グエン少佐。 下士官の前で上官批判は感心せんな。 軍曹も、この男に感化されないように気をつけ給え」
「うるせいよ。 Mr.秩序。 こんな場違いな場所に飛ばされたんだ。 これ位の愚痴は言わせろ」
相変わらず、しかめッ面で、お堅いことを言うムライに、俺は脊髄反射で答えた。
「ようこそ、惑星ゴラスに」
副司令のアンドレアヌフス中佐は、バラン司令とは正反対の笑顔で俺達を迎えてくれた。
惑星ゴラス。
首星ハイネセンから、さほど離れている星ではないが、自然も資源もなにもない、ただゴツゴツとした岩場が広がる陰気な惑星。
俺とムライは、第4次イゼルローン攻略戦のあと、いわゆる「ご苦労さん配置」でここでの勤務を命令されたものの、
それはあまり幸運とは言えない配置だった。
だって空気も何もないんだもの。
基地の外に出るわけにもいかないんだもの。
美味しい郷土料理があるワケじゃないんだもの。
おまけに全然、畑違いな、研究所勤務なんだもの。
まぁ、確かに気楽な勤務。 らしいけど……
俺は妙に、にこやかな笑顔で辞令を手渡すシトレ中将の態度に、嫌な予感を感じていた。
「グエン少佐は警備主任として。 ムライ少佐は後方主任として。
リオン軍曹は主計科員として着任ですね。
みなさんを歓迎しますよ。よく来ていただけました」
アンドレアヌフス中佐は、軍人らしからぬ物腰で言う。
「現在この研究所では、NBC兵器の内のB。
つまり、生物兵器(Biological)の研究を行なっています。
もっとも、主な研究は防御的なものですから、そんなに危険な研究はしていませんが」
「……アンドレアヌフス中佐は文官の方ですか?」
俺は上官侮辱とも取れる聞き方を、あえてしてみる。
「アンドレで良いですよ。 グエン少佐」
だがアンドレアヌフス中佐は、まったく気にもしなかった。
「はい。その通りです。私は科学科主任として配置されています。
中佐なんて階級は、本来、身に余るモノなんですがねぇ」
ひょろりと長い身長の、その肩の上にちょこんと乗った優しげ顔立ちを、さらに微笑ませて、アンドレアヌフス中佐は
頭をかきながら言った。
「私は戦闘経験。ましてや銃器を扱ったことは、一度もありません。
包丁ですら持ったことはありません。 せいぜい医療用メスくらいなもんで……
もちろん、ペーパーワークも苦手で……いわゆる研究バカです」
そのあまりに正直な告白に、俺達三人は、そっと顔を見合わせる。
「ですから、みなさんに来ていただいて、とても助かります。
各、専門分野は、おふたりに白紙委任しますので、よろしくお願いします。
軍曹も、食べることしか楽しみがないこんな場所なので、美味しいものをたくさん作ってくださいね」
「『 本分を尽くします 』」
俺達としては(真に不本意ながら)そう言うしかなかった。
その後、アンドレアヌフス中佐の案内で警備室に顔を出した俺は、そこの主任代理を勤める
曹長に引き合わされた。
六十歳を過ぎた古参過ぎる下士官で、間近に迫った年金生活を心から楽しみにしている、好々爺のような人物だった。
その下に、若い兵士が五人。
まだ二十歳を過ぎたかどうかも定かではない(聞けばやっぱり実戦経験は一度もなかった)
まだ、にきびが残る連中だった。
「ところで前任者の引継ぎとかはないのかい?」
俺は曹長に訊ねた。
「引継ぎとかは無理ですわぁ」
あはははは
と、曹長は陽気に笑った。
「なぜ、無理なんだね?」
「あれぇ? 少佐殿はご存知ないんですか?」
「殿はいらないよ。 で、何を知らないんだい?」
瞬間。 曹長は顔をしかめると、言いにくそうに答えた。
「前任者の大尉は事故で亡くなったんです。 後方主任と一緒に」
****
「圧力隔壁の事故だったらしい」
晩飯のハンバーグをほうばりながら、俺は言った。
「後方主任と一緒に通路を歩いていると、急に隔壁の与圧が抜けて、ふたりともあっと言う間に外に放り出されたらしい」
「…………」
「なにも言うことはないのか?」
ムライはパンをちぎると、無言でそれを口の中に押し込んだ。
「突然、与圧が抜けるのも変だが、なせそれが警備と後方主任が一緒の時なんだ。
なぜ、そんなピンポイントなんだ?」
「……偶然」
ポツリと言う。
「面白味のない答えだ」
俺は白飯をかき込みながら、唸った。
「口にモノを入れてしゃべるなーと、教わらなかったのか? それに事件や事故に面白みなど、最初からない」
「へぇへぇ。実に優等生な答えだな」
「ならば貴様はなんだと言うのだ」
俺の嫌味にムライは、ジロリーっと、こちらを睨みながらに言った。
「それはもちろん……」
俺はたっぷりの情感を込めて、言い切った。
「計画的な殺人だ」
****
深夜零時。
俺は部屋を抜け出した。
左官クラスになると、個室を与えられる。 こっそり抜け出すには好都合だ。
俺は基地内を警備室のコンピューターから取り出したマップを手に徘徊する。
夜の時間帯に合わせて、薄暗くされた基地内の照明に照らされ、俺はゆっくりと歩きまわる。
やっぱり。
俺は確認する。
この基地にはマップにない区画が存在する。
パッと見た目には分からないが、注意してマップと照合していくと、どうにも『ムダ』な空間があるのだ。
それもかなりな数の。
警備室のコンピューターにも載っていない空間。
「明日は地下も調べてみるか」
そう呟きつつ角を曲がった俺は、危くひとりの男とぶつかりそうになった。
「リオン軍曹?」
そこには真っ白なエプロンをつけ、岡持ちを提げたリオン軍曹が立っていた。
すんごい恐い顔で。
「よぉ、軍曹。 そんなに怒るなよ。 ぶつからなかっただろ?」
「少佐……こんな所でなにを………」
「俺か? 俺は深夜の散歩。 寝付けなくてねぇ。 軍曹こそ岡持ちなんか提げてどしたん?」
「私は命令で司令のところへ夜食を届けに行くところです」
「夜食………」
リオンの話しによると、ここでは日常的なことらしい。
要するに「夜食」とゆう名目の酒の肴であるそうだ。
「そんなら俺もこれから、夜食を頼もうかな?かな?」
「勘弁してくださいよ。 こんな面倒くさいコトは司令ひとりで十分だ」
そう言ってリオンは、ようやく顔を綻ばせると、手を振りながら去って行った。
****
-Vesperrugo,fluas enondetoj……
もう帰って寝るか……
そう独り言ちる俺の耳に、不意に小さな謳声が響いてきた。
-Gi estas kiel kanto,bela kanto de felico……
それはとても清んだ謳声で……
セイレーンに誘われる船乗りのように、俺の足は歌の聞こえてくる方へと、自然と動かされて行った。
-Cu vi rimarkis birdojn,portanta afableco……
それはどうやらリクライゼイション・ルームから聞こえてくるようだ。
-Super la maro flugas,ili flugas kun amo……
基地に働く人々のための精神安定のために、緑成す森や、青き海の映像を全天に映し出すその部屋。
今は夜の時間に合わせて、降るような星々が映し出されている。
-Oranga cielo emocias mian spiriton……
そっと覗き込む。
-Stelo de l'espero,stelo lumis eterne……
小さな女の子だ。
褐色の肌を持ち、紫がかったシルバー髪を持つ少女が、満天の星空(の映像)を見ながら、
そっと謳っていた。
-Lumis Eterne………
「綺麗な歌だね」
俺の声に少女は、驚いたように顔を上げ、こちらを見た。
とたんー
ふわあん!
泣かれた。
いきなり泣かれたお?
何故?
優しく微笑んで声をかけたのに、何故だあっっ。
「そりゃ、こんな薄暗い照明の中で、スキンヘッドで厳つい顔の、目つきの悪い男から、
いきなり声をかけられたら、誰でも泣くぞ。 私でも泣く」
「ムライ!?」
いつの間にか現れたムライが、ぼそりと言った。 失礼な!!
こんな紳士を捕まえて、なんたる暴言。
「ほら、お嬢ちゃん。 おぢさんは恐くないよぉ。 ほら、こんなに優しいよぉ。 にこぉっ」
俺は少女に顔を寄せ、にっこりと微笑む。 結果。
びぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!!
さらに号泣されました。 しくしくしく。
「お名前は?」
なんとかなだめすかし、ようやく泣き止んだ少女にムライが訊ねる。
「う…グス…… れ、レディに名前を聞くときは、自分の方から先に名乗るのよ」
おーおー。いっちょ前に言ってくれるじゃん? このガキ。
「これは失礼。お嬢さん。 私の名前は、ムライ・フローレンス。 あっちの恐い顔した男は、グエン・バン・ヒュー」
「初めて見る顔ね……」
「今日、ここに来たばかりだからな」
俺のムスっとした答えに、少女はビクリっーと、体を震わせると再びしゃくり上げ始めた。
ムライがスゴい顔で睨む。
いやいやいや。
なんか俺、すっごく悪い人みたいじゃん?
「大丈夫。この男は見かけによらず、いい奴だから」
見かけによらずは余計だろ!
「ホントに恐くない?」
「ああ。本当だ。 私が保証しよう」
ムライがそう言うと、少女は頷き答えた。
「私の名前は、イヴリン。 イヴリン・ドールトン」
なんですとっ!
俺は腰が抜けるくらい驚いた。
イヴリン・ドールトン
あのイヴリン・ドールトンか!?
あのフラれた男への復讐から、船団を…ヤンを含む200万人以上もの将兵を恒星に突っ込ませて、
皆殺しにしようとした,あの、イヴリン・ドールトンなのか?
こんな少女……いや、幼女が?
ーっかぁ
刻の流れというものは、恐ろしいモンである。
「もう三日も会ってないの」
聞けば彼女の両親は、この基地に勤務する研究員だそうだ。
それなのに、もう三日も顔を合わせてしないらしい。
「それで、ここで唄っていたのかい?」
「うん。ひとりで居てもつまらないし、それにここには同じ歳のお友達もいないから……」
「そうか……よし。それなら今から私とコイツが、君のお友達だ」
はっ?
ムライさん。 あなた、いったい何をコイているのでございますか?
「ホント? 本当にお友達になってくれるの?」
「ええ。 レディ。 これからも、よろしく」
そう言ってムライはドールトンと仲良く握手をする。
コイツもしかして、ロ〇コン(しらじらしい伏字だ)か?
「ほら、グエン。何をしている。お前を早く握手をせんか」
「命令すんな」
それでも俺は、ムライの言葉に、しぶしぶと右手を差し出す。
ドールトンは俺の手をしばらく凝視したあと-
かぷっ
いきなり噛み付かれた!!
「ちょっ、な、なにすんのん!?」
「だって、グエンの右手。美味しそうだったから……」
こともなげに言う、ドールトン。
うん。やっぱりこの子ってば、サイケデリィィィィック!!
****
「で、なにか分かったか?」
朝食のご飯に、生たまごを落としながら俺は訊ねた。 醤油、醤油っと。
「一日では、まだ何とも言えんな。 いろいろと端っこくらいは分かったが……」
ベーコンエッグを切り分けながら、ムライが答える。
「端っこ……たとえば?」
「この基地は、その規模に対して、エネルギーの消費量が異常に高い」
「ふむ」
「補給物資の一覧に、わざと消去した物品の痕跡がある。 どんな物品かまでは分からんが」
「なるホロ」
海苔を巻いて、ざくざく食べる。
「…………ベーコン。もっとカリカリに焼いて欲しいものだな」
「リオン軍曹にお願いしとこか」
「うむ。 ……あとバラン大佐は、あまり熱心ではない」
「熱心ではない?」
鮭の身をほぐしながら、俺は聞き返す。
「ああ。彼がこの基地に赴任して、かれこれ1年。 なんの実績も上げていない。
もちろん不利益も生じていないので、問題にはなっていないようだが……」
ムライがサラダのミニトマトを口に入れ、言葉を切る。
「だが?」
けれどその先に、さらに言いたい事があるのは、長い付き合いの俺には分かった。
「これはハイネセンを出るときに聞いた話だが……このまま、何の成果も見られない場合には
この研究所は年内に閉鎖され、バラン大佐は予備役編入らしい」
「バラダギ様がどうしたの?」
「イヴリン?」
かぷっ
「……あの、イヴリン・ドールトン。 なぜ、俺の肘に噛み付いてる?」
「だって。グエンの肘が美味しそうだったから。 特に左」
かぶりついた口のヨダレを拭いながら、ドールトンが答える。
んじゃ、右の立場はどないなんねん!
「いや、少佐。 問題はそこじゃないから」
当たり前のように。
俺の背後に取り付いたリオン軍曹(白いエプロン付き)が言った。
「お前ぇは、テレパシストかよ! ひとの心を勝手に読むんじゃねぇっっ」
俺の叫びにリオンは、肩をすくめ小さく笑った。
「で。バラダギ様ってなんだい?」
ムライが訊ねる。
「バラダギ様は、バラダギ様だよ」
何故か俺の膝の上にちょこんと乗ったドールトンが、中華粥を食べながら答える。
(ちなみにこのとき『かゆ…ウマ……』とゆう、某SS小説の名台詞が、
俺の頭の中でリフレインしていたことは、それは秘密です。 by人差し指を立てながら)
「バラン大佐はめったに姿を現さないの。 いっつもスピーカーから声が聞こえるだけ。
姿も見せずに声だけで人を動かす。 まるで神様のようねって、ママが言ったの。
だからみんなバラダギ様って呼ぶの」
どうやら基地司令のバラン大佐は、みんなからはバラダギ(漢字で書くと『婆羅陀魏』)様と呼ばれていうようだ。
俺達(リオン軍曹も、そこがまるで指定席かのように、自然と俺の隣に座っている。 仕事しろ!)は
初日のバラン大佐の尊大な、まるで神のような振る舞いを思い出し、クスクスと笑い合った。
「失礼します。 ムライ少佐。グエン少佐でありますか?」
転機はいきなりやってくる。
ひとりの男が声をかけてきた。
階級章を見て、あわててリオンが立ち上がり、敬礼する。
男は尊大に返礼すると、言葉をつないだ。
「私は司令官付き士官、ヨブ・トリューニヒト中尉であります。
おふたりのお世話を命ぜられました」
ぐわんばらんどぼずぅぅぅん!
俺はひっくり返った。
朝食の残りをテーブルの上から吹き飛ばし。
膝の上のドールトンを空高く舞い上がらせながら。
俺はぶっ飛んだ。
本当に腰が抜けた。
ドヘェェェェッェエェェ! キタヨー! キタヨーコレ!
コレ ドンナ死亡フラグ?
-つづく ……けたいなぁ
気分は第三次ソロモン海戦の戦艦「比叡」(鹿馬)
グエンの容姿(スキンヘッド等)は、>おもったこと様のご意見も受け、コミック版の方を使わせていただきました。
もちろん、その責任は、一陣の風にあります。 為念。
ドールトン嬢の容姿も、一陣の風の趣味(思惑)で、原作イラストとは髪の色が変っています。
なにとぞ、スルーしてください(伏)
「 Lumis Eterne 」(エスペラント語)
すいません。すいません。 ごめんなさい。
この愚か者を、どうか、お許しください(土下座)
以上、今回の言い訳でした。
それと次回からタイトルを「銀トラ伝」に変えます。
変えるつもりです。 変えると思います(大鹿馬)
どうか変らぬご贔屓の程、よろしくお願いします。