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[26412] 加我智家の一族(15禁、現代伝奇もの?)
Name: 真田蟲◆e0382b41 ID:fc160ac0
Date: 2011/03/08 22:17
この作品は旧題「今更だけどシスプリをえげつなくしてみた」というチラ裏に投稿していたものを
オリジナルの一次作品として編集しなおしたものです。
そのため、主人公の妹にあたる人物たちの兄に対する呼び方がどっかで聞いたことのあるものになっています。
以前投稿していた時に、二次創作よりも一次創作としての方が読みやすいという意見をもらったので
修正した次第です。
この作品には以下の要素を含みます。苦手な方、許容できない方はまわれ右を推奨します。


・15禁程度の要素を含みます。
・中二的要素をかなり含みます。
・主人公は最強ではありませんがかなり強い設定です。
・ハーレム的要素を含みます。
・不定期更新
・独自の解釈の宗教感とかも含むかもしれません。
(この作品内の宗教や、それに準ずる団体は実在するものとは何の関係性もありません。あくまでフィクションです。)
・近親婚や異類婚といったタブー的要素を含みます。
・無駄に主人公の妹の位置づけの人間が多数出てきます。




以上の要素が大丈夫という方はお進みください。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


木々が茂った森の中。
空に浮かぶ月の光は、重なり合う葉に遮られて地面までは届かない。
その暗闇の中を一つの影が疾走していた。
まるで修行僧のような、ぼろぼろの格好に大きく長い数珠を首にかけた男。
しかしその表情はとてもではないが悟りを開いたような顔には見えなかった。
それは背後から迫るものから与えられる死のイメージからくるもの。
恐怖と、逃げなければという焦燥感。
焦燥と恐怖が男の表情をこわばらせている。
ただ森の中には男が駆けることでできる足音と、葉や枝が彼の体にあたり擦れる音。
なにより荒く乱れた呼吸音が響く。
前方がよく見えない暗闇の中、葉枝が自身の顔や体を傷つけるのをいとわずに走る。
そのような小さな傷など気にしてはいられないのだ。
もし気にして立ち止まって、後ろから迫るモノに捕まりでもすれば自分は死んでしまうのだから。

「ぜ、はぁ、はぁ、・・・」

心臓が爆発しそうなほどに早鐘を打っている。
耳に聞こえる自身の乱れた呼吸がより焦燥感をあおり、恐怖心を高め、より痛いほどに鼓動する悪循環。
アレがどこまで追ってきているのか後ろを振り返って確認したい。
しかしその動作で生じる小さなタイムラグが何倍も自分の死ぬ確率を高めることになるは明白だった。
だから男はひたすら前を向いて走った。後を振りむいてはいけない。
自分の耳には、自分一人の足音しか聞こえない。
おそらく相手よりも走る速度は自分の方が早いと判断する。
相手の足音が無音なだけかもしれないが、そうでなければ既に自分は死んでいるだろう。
楽観的ではあるがそう思っていないと頭がどうにかなりそうだ。
このまま森を抜けて町の、人目の多いところまで逃げよう。
なりふりなど構ってはいられない。そこまで逃げれば、相手も一般人を巻き込もうとは思わないはず。
あとは人ごみに紛れるか、人質をとってもいい。
何か、自分が生き残る方法がみつかるかもしれない。
ただその希望にすがって男は走り続けた。
どれくらいの時間走り続けただろうか。
前方に木々の隙間から小さな明かりが見えた。

「・・・は、・・・はは・・・もうすぐ・・・だ・・・」

町が見えてきた。
逃げきる未来がすぐそこまで来ていると確信し、自然とこわばっていた頬がゆるむ。
木々の間を駆け抜け、広い空間へと飛び出した。

「は・・・はは・・・は?」

しかし森の茂みを飛び出して最初に見たものに足が止まってしまった。
いままで全速力で走っていたために慣性の力で前に倒れそうになる。
男がたどり着いたのは森の境目にある道路。
ちょうど正面、彼がいる側とは反対車線の脇に建てられた街灯の明かりの下。
そこに一人の男がもたれかかるようにして立っていた。
落ち着いたデザインのコートを羽織った十代後半と見られる青年。
その青年の瞳が、いましがた森から飛び出してきた自分を捉える。

「・・・ひぃ!?」

青年の目は冷たく、それでいてねっとりと男を見ていた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。

「はぁ、相変わらず詰めが甘いな、花蓮は。」

青年は一つ小さなため息をつくと、街灯に預けていた重心を取り返し、ぼやきながらもまっすぐと立ってこちらを見据えた。
コートのポケットに入れていた両手を出し、だらりと下ろす。
一見、体のどこにも力が入っていないかの様に見えるが青年の目は獲物を狙う蛇のよう。
その体勢が攻撃態勢であるのだと男は正しく理解した。
男は青年の背後に巨大な蛇の姿を幻視し、自分が一息に飲み込まれる相手の射程にいることを悟る。
それ以上に、自分ではこの化け物に勝てないことを悟った。
逃げ切れるという希望が見えたかと思えば、逃げた先には別の化け物が待っていた。
なんて悪い冗談だ、悪夢か・・・と男は思った。
しかしこれは夢などではない。そして次に聞こえてきた声に男はさらに絶望した。

「あれ、お兄ちゃん。どうしたの?」

自分が今しがた出てきた森。
そこからがさがさと音をたてて一人の少女が姿を現した。
フリルのついた品のいいシャツにロングスカート、黒髪を長く伸ばして一部だけ三つ編みをした十代前半の少女。
容姿は愛らしく、まるでおとなしい文学少女といった雰囲気だ。
しかし、ここは深夜の森の中だ。時間と場所に似つかわしくない格好をしている少女。
昼の町中にいれば違和感がないだろう普通の服装。だが今はその服装のせいで余計に異様に見える。
この時間、こんな場所に普通の少女がいるはずがない。
実際そのとおりであってこの少女は普通じゃない。
現に彼女は自分を殺そうとしている、まさに先ほどまで自分を追っていた相手なのだから。
立ち止まってしまったせいで追いつかれてしまった。

「お前のことだから、また取りこぼしたりしてるんじゃないかと思ってな。」

「もう、私だってちゃんと最後まで仕事できるよ。」

少女に兄と呼ばれた青年は少し気取ったように肩をすくませる。
その言葉に頬を少し膨らませて腰に手をあて、私怒ってますといったポーズを取る少女。
しかし本気で怒っているわけでもないようで、目はどこか嬉しそう。

「現に一人逃がしてるじゃないか。」

「大丈夫だよ、完全に逃げられる前に仕留めるから。
 ほら、こうやって追い付いてるでしょ?
 他は全部始末したし、あとはこの人で最後よ。」

「まぁ、そうだな。」

男をはさんで会話する男女。
その眼は互いが互いを慈しんでいるかのような優しい目をしていた。
しかしその会話の内容は物騒なもので、男は生きた心地がしなかった。
くそ、どうする?まさに前門の虎後門の狼といったところか。
どちらに向かっても勝てる気が全くしない。

「さて、あんたどうする?」

青年が男に問いかける。

「あんたは俺と花蓮、どっちに殺されたい?」

おそらく横に逃げようとしたところでどちらかが自分を殺せる位置にいる。
死にたくないのであれば前の青年か後ろの少女のどちらかを突破しなければならない。
究極の二択、ただしどちらを選んでもおそらく自分では勝てない。
だからこそのどちらに殺されたいかという問いなのだろう。
どうする?前にいる青年は得体が知れない。
どんな力があるのか、わからない。
どうする?背後の少女は、自分をさっきまで追っていた相手だ。
能力はわかっている。そう考えればまだ少女を相手にしたほうがいいかもしれない。
だが肝心のその能力が問題だ。
相対すれば逃げる前に今度こそ殺される。
ここは・・・

「くっ、・・・ぅっ、ぉおおおおおおお!!」

男は前方の青年に向かって走り出した。
首にかけていた数珠を外し振りかぶる。
その数珠は淡く光ると、棍へと変化した。
男はその棍を勢いをつけて青年に叩きつけようと振りかぶる。
そこで青年の口元がわずかに釣り上がるのを目にし、

「・・・ぐぎっ!?」

次の瞬間、気づいた時には男は顔面を掴まれ地面に叩きつけられていた。
あまりの衝撃に手から棍がどこかへと飛んで行ってしまう。
視界のほとんどを青年の掌がふさいでいる。
おそらくアイアンクロ―のような状態で抑え込まれているのだろう。
叩きつけられた後頭部が焼けるように熱い。
青年の指が顔に食い込み、めきめきと骨格が悲鳴をあげている。

「ぐっ、がぁああ!?」

圧迫され、自然と瞼が開き、眼球が飛び出しそうになる。
自分の顔から相手の手を引きはがそうとこころみるがびくともしない。
そのまま頭部を持ち上げられる。
自然と男の体も起き上がり、足がつかない高さまで中に浮かされる。
じたばたとみっともなく足を動かしてみるも地に足は付かず。
苦し紛れに青年を蹴りつけても変化は見られない。

「俺を選んだことは評価するよ。・・・だが、それだけだ。」

めりめりと頭蓋骨が歪む音に混じり、青年の声が男の耳に聞こえる。
その声を最後に男の世界から音が消えた。

ぐしゃり、と何かが潰れる音が夜の闇に響いた。







序章





街灯の明かりに照らされながら俺、加我智辰巳はため息を吐いた。
自身の右半身は、たった今頭部を握りつぶした男の返り血で染まっている。
いつからだったか、相手を殺すことに自身の感情が動かされなくなったのは。
仕事とはいえ、初めて人を殺した時は何かこう、胃液とともに湧きあがる物があったはずなのだが。
今では相手を殺したことよりも、返り血でコートが汚れてしまったことの方にため息がでる。
死体を前にして、買ったばかりのコートのことを考えてしまう自分。
随分とまぁ、一般的な感性とずれてしまったなぁと感じる。

「あ~あ、お兄ちゃんのコート汚れちゃったね。
 せっかく新しく買ったばかりだったのに。」

似合っていたのにもったいない、と残念そうにする現在14歳の妹を見る。
こいつはすでに、いや、最初から誰かを殺すことに対して何の感情も抱いていないようだった。
俺が中学生のころは、さすがに何か思うところがあった・・・はず。
今の自分を一般社会から見れば異常であるとも、一応自覚している。
まぁ自覚しているからと言って自分を変えようとは思わないが。
でも、妹の花蓮はおそらく自分の異常性を自覚してすらいないのだろう。

「うふふ、最後はお兄ちゃんに取られちゃったけどちゃんと一人でもできたでしょ?」

足もとの死体を踏み越えて、暗に褒めろと上目使いでくっついてくる。
俺はとりあえず自分の胸元の高さにある花蓮の頭を、髪をすくようにして撫でてやった。

「頑張ったな~、花蓮。よくやった。」

「ふふ、はい、頑張りました。」

俺にくっついたせいで花蓮の頬に赤いものが付着する。
だが我が妹はそんなことを気にする様子もなく、嬉しそうにえへへ、とはにかむ。
あ~もう、可愛いなぁ。
このままずっとこの甘えん坊な妹の頭を撫で続けてやりたい衝動に駆られるがそうもいかない。
さっきからズボンのポケットに入れているマナーモードの携帯が、早く出ろとぶるぶると震えている。
番号を見てみれば、内閣特殊対策室の岩波さんだった。
俺は花蓮の頭を撫でるのを中断し、電話に出る。

「もしもし、加我智です。」

「ああ、辰巳君お疲れ様。岩波です。仕事の方はどうでした?もう終わりました?」

「ええ、たった今終わったところです。いつも通り後始末お願いします。」

「はい、了解。あとはこっちに任せてもう帰ってくれて構わないよ。」

「わかりました。それじゃ。」

事務的な会話を終えて電話を切る。
通話中、ずっとこっちを見上げていた妹を見る。

「さて、帰ろうか。」

「うん。」

満面の笑みで頷く花蓮。

「ねぇお兄ちゃん。車まで手つないでいってもいい?」

「うん?かまわないよ。」

「ふふ、ありがとう。」

そう言って俺の手を取り、微笑む。
この道を町の方向に少し降りて行けば、いつも通り迎えの車が待機しているだろう。
俺たち二人は、手を繋いだままゆっくりと歩き出した。





加我智家。

それは日本を昔から、霊的側面から守護してきた家。
俗に御霊三家と呼ばれるうちの一つの一族だ。
父親の源蔵は今の加我智家頭首、つまり俺は次期頭首というわけだ。

加我智は、他の二つの家と比べ戦闘に特化している面がある。
それはひとえに一族の血に宿る異能の力のせいだ。
加我智の血を色濃く受け継ぐ者には、異能を持つ者が多い。
人によって違うがそれは火を操ったり、水や氷を操ったり、念力だったりと様々なもの。
かくいう俺も一応異能持ちである。
まぁ上記したようなわかりやすく派手なものではないが。
今現在、俺の膝の上に頭を乗せて寝息を立てている花蓮なんかは氷を操ることができる。
ちょっとうらやましい。
普通の人間と違い、何故そんな能力があるのか。
それは加我智の血には祀っている蛇の血が混ざっているからである。
白姫という蛇の神霊と代々異類婚を繰り返してきたため、その血に白姫の力を宿しているのだ。
一代に一人、加我智の男は白姫の婿となり子供をなす。
その子供は加我智の歴史が始まってから何故か女の双子ばかりである。
白姫には女しかいないためおそらくそれが関係しているのだとは思うが、そういうものとしかわかっていない。
長女は白姫の一族に、次女は加我智に引き取られ育てられる。
こうして長い間、白姫という神霊と関係を結び力をその血に宿してきたのだ。
ただ、その弊害として加我智の血が濃ければ濃いほど近親相姦願望が生まれるというものがある。
同じ血を持つ者にひどく惹かれてしまうのだ。
普通、中学生にもなればここまで兄にべったりな妹というのもないらしいが、
花蓮がこうも俺にべったりなのはもしかしたら、もしかしなくても加我智の血が原因でもあるだろう。
まぁ、俺の周りには世の中の普通とやらにあてはまりそうな奴はいないからあまりピンとこないが。
話が少しそれたな、もとの話題にもどそうか。
異能を持つが故に、加我智は日本の神霊的な事件をその力を持って解決する任を昔の帝とやらに命じられたというわけだ。
簡単に言ってしまえばオカルト的な問題を異能という暴力で片付けるのが仕事だ。
今は内閣特殊対策室というところが加我智に仕事を回してきている。
物の怪や妖といった、最近では妖怪と総称されるような化け物や、
道を誤った修験者なんかの相手が主だったんだが、国際化の影響なのか、
他所の国から流れ着いた化け物や、好き勝手に暴走する宗教活動を鎮圧する仕事もある。
今回は、暴走して犯罪に走るようになった修験者の一団が相手だった。
もっとも相手の人数が少ないこともあったので花蓮に経験を積ませるために今回は一人でさせてみた。
だから俺はあまり疲れていない。最後しか動いてないしな。
最後に逃がしそうになったものの、出来は上々と言える。
妹が仕事がだいぶできるようになったことを喜ぶべきか。
それとも殺すことに対して忌避を感じていない妹に対して悲しむべきか。
兄としては微妙ではあるけれど、加我智の者としては歓迎するべきことなのかな?

「・・・今さらか。」

俺は何となく窓の外、流れる景色の中、空に浮かぶ月を見上げた。







今日はお仕事の日でした。
しかも今回はお兄ちゃんは付いてきてくれるけど、実質一人でのお仕事。
なんでも、花蓮もそろそろ自分一人である程度できるようにならないと駄目だよー、とのことです。
一人で最初から最後まで全部するのは初めてだったから、私は最初ちょっぴり不安でした。
でもお兄ちゃんが頑張れって言ってくれたから元気が出ました。

「大丈夫、私だって一人でちゃんとできるよ!見ててねお兄ちゃん。」

そう言うと優しく微笑んで笑ってくれるお兄ちゃん。
なんだかお兄ちゃんの笑顔を見ていると胸のあたりがぽかぽかしてきます。
よーし、頑張るぞー。
私は張り切って今回の仕事場所になる森に入って行きました。
相手がどこにいるかは、千影ちゃんに借りた影千代さんが教えてくれます。
影千代さんは烏の姿をした千影ちゃんの使い魔で、探索が得意なんだそうです。
あっ、千影ちゃんというのは私の姉妹の一人です。
いろいろできるすごい子なんですよ?
服に引っかかりそうな枝や葉を、氷で作った刃で切り裂いて進みます。
影千代さんに先導してもらった先にその人達はいました。
なんだか修験道?っていうんでしたっけ?
そういう風な格好をした男の人たちが4人、火を囲んで座っています。

「誰だ!?」

その中の一人の男の人が、私に気づいて石を投げてきました。
飛んできた石を氷の刃で切り落とします。
私を見据えて、全員が素早く立ちあがり構えています。
なんだか警戒されているっぽいです。
とりあえず見つかってしまったので挨拶することにしました。

「えっと、加我智花蓮といいます。皆さんを殺しに来ました。
 どうぞよろしくお願いします。」

お辞儀をして顔をあげてみると眼前に一人の男の人の拳が迫っていました。
うひゃあ、と素っ頓狂な声を出してしまいました。恥ずかしい。
びっくりしたけど、攻撃が当たる前に全面に氷の壁を作って防御に成功しました。
危ない危ない。油断しちゃいけないってこの間お兄ちゃんに注意されたばっかりなのに。
もう・・・私ってお馬鹿さんなのかなぁ?
私に攻撃が届かなかった人は後ろに飛んでお仲間の所に戻ります。

「もう、女の子の挨拶中に攻撃するなんて。デリカシーがないですよ?」

腰に手を当てて怒ってますとアピールします。
でも私の言葉なんて男の人たちは聞いていないようです。
皆武器を構えてこちらを睨んでいます。

「皆の者、油断するな。女子といえど加我智の化け物だ。」

真ん中にいるリーダーさんみたいな人がそんなひどいことを言います。

「もう、女の子に化け物だなんてひどいです。ぷんぷん。」

花蓮、泣いちゃいますよ?
でも泣く前にちょっと怒っちゃいます。さっきの不意打ちといい、私ぷんぷんです。

「くっ、何がぷんぷんだ。馬鹿にしているのか貴様!!」

先ほども私を殴ろうとした人が突っ込んできました。
なんでこの人は怒っているんだろう?
わからないけど、たぶんこの人があの中では一番失礼な人。
とりあえずお仕置きもかねて楽には殺しません。
こちらにたどり着く前に下半身を氷漬けにして動きを封じます。

「なっ!?」

驚いているようですが、すぐに氷の部分を殴りつけて壊そうとしています。
だから腕も凍らせて胴体と首から上しか動かないようにしました。


「そこでおとなしくしておいてくださいね?」

そういってもがくその人を尻目に、私と男の人たちの周囲に氷をドーム状に張って即席の檻を作ります。
これでみんな逃げられません。
他の人を殺すのを鑑賞させてからこの人はゆっくりと殺しましょう。
皆さんがびっくりしている間に足もとに氷を張って、その上を滑り他の一人の懐に入ります。
その人が私に気づきますけどもう遅いです。
下から氷の刃を一閃させます。それだけでほら、体の真ん中でまっぷたつ。
血が飛び散ると服が汚れるので断面も氷漬けにします。これで血が飛び散ることもありません。

「ぬぅ、おおおおおおお!!」

リーダーさんが棍をもって私に向かって振り下ろして来ました。
それを横に滑ってかわします。
でもかわした所に別の人がいて、棍で突いてきました。

「ひゃあ!?」

とっさに身をよじって回避します。今のはけっこう危なかったです。
私が回避している動きの間に残るもう一人が同じく棍で突こうとしてきました。
今度は大丈夫。反身をずらして避けて、すれ違いざまに相手の目に氷柱を叩きこみました。
たぶん脳まで貫通しているはずなので殺せているはず。
背後でどさっと何かが倒れる音がしているのできっと大丈夫でしょう。
でも振り返って確認はしません。目の前にまたリーダーさんがいるからです。

「はぁああ!!」

リーダーさんは横に勢いよく棍を薙ぎました。
ものすごく大きな風斬り音がして、後ろに飛んで回避したのに風圧が襲いかかります。

「きゃあ!?」

何も痛くはなかったけど、風でスカートがぶわりとめくれあがってしまいました。
急いで手でスカートを押さえます。
私は恥ずかしさでたぶん顔が真っ赤になってたと思います。
あの年でスカートめくりするなんて変態さんです。痴漢さんです。
今はいているパンツ、まだお兄ちゃんにも見せてないのに。
怒った私はリーダーさんに向かって走りました。
走りながら氷柱を数本投擲します。
そのすべてを棍棒を回転させて防がれましたが別にそれはいいです。
この人は一撃では殺しません。
相手の間合いに入る手前で横に滑ります。
いきなりの軌道の変化に相手は一瞬動きが止まりました。
その隙にもっと近づきます。私の指先が彼の手に触れるくらいまで。
それ以上は近づくことができませんでした。
また彼の棍の一撃が来たからです。私は急いで距離をとりました。
やっぱりこの人は他の人よりも強いです。なかなか懐に入れません。
さっきも私の指先が一瞬触れただけでした。でも、それで十分。

「が?・・・っ、ぎ、ぎゃああああああああああああああああああ!!」

それまで私を睨んでいたリーダーさんの表情が一変しました。
腕を押えて苦しんでいます。それはそうでしょう。
でも苦しいのは、痛いのはこれからです。
彼の左腕から真っ赤な氷柱が何本も生えてきました。
ぶちぶちと音をたてて皮膚を突き破りながら生えてくる小さな氷柱たち。
肘から下がぶらりとぶらさがった状態になりました。

「ぐひぃ、ひぎ、・・・・ぎぃいい!!」

次は左の太ももから氷柱が生え出します。
次は右の脹脛から、その次は右腕から・・・
次々と真っ赤な氷柱が皮膚を突き破って生えてきます。
でもその氷柱は彼の血液そのもので、傷口はふさがっているのでそれ以上出血しません。

「あ・・・か・・・かが・・・」

血液が氷柱になって残りの身体機能も上手く働かなくなってきたからか、叫び声が無くなってきました。
そのかわりびくびくと痙攣してます。
涎や涙や、おしっこまで漏らして気持ち悪いです。
このくらいでもういいや。汚いし。
指をぱちんっと鳴らすと彼のまだ残っていた皮膚が全てはじけ飛びました。
跡に残ったものは真っ赤な氷柱が一杯生えた何かの塊。
これでよし。あとはさっき捕まえておいた一人だけ。

「さてと・・・あれ?」

振り返って一番初めに拘束しておいた男の人の方を見ると、そこはもぬけの殻でした。
氷のドームにも穴が開いています。

「あらら、逃げられちゃった。影千代さーん。」

どうやら私が他の人と戦っている間に逃げてしまったみたいです。
失敗失敗。でもまだそんなに時間はたっていないはずなので追いつくはず。
影千代さんを呼んで案内してもらいました。
影千代さんにまた案内してもらってしばらく、私は逃げた人に追い付きました。
氷の道を作って滑ってきたので速かったです。
でも何故か追い付いてみるとそこにはお兄ちゃんもいました。

「あれ、お兄ちゃん。どうしたの?」

「お前のことだから、また取りこぼしてるんじゃないかと思ってな。」

そういって苦笑して肩をすくめるお兄ちゃん。
そんな仕草も格好いい。街灯の下に光で照らされて佇むお兄ちゃん。
なんかハードボイルドって感じがする。
その後は、結局お兄ちゃんに最後の締めを取られちゃったけど褒めてもらえました。
えへへへへ。帰りなんか車まで手をつないで、車の中では膝枕までしてもらっちゃいました。
あ~、やっぱりお兄ちゃんっていいにおいだなー・・・
初めての一人での仕事だったからか、予想以上に疲れていた私はそのまま眠ってしまいました。
次はちゃんと最後まで一人でできるよう頑張ります。





[26412] 一話
Name: 真田蟲◆e0382b41 ID:fc160ac0
Date: 2011/03/08 14:48


寝台の隣にある小さな灯だけが広い寝室を薄暗く照らし出す。
その部屋の中央、キングサイズの寝台の上で若い男女が二人、絡み合っていた。

「・・・んっ・・・はぁ・・・お兄様・・・んん・・・」

舌を絡め、
視線を絡め、
腕を絡め、
指を絡め、
足を絡め、
視線を絡め、
お互いの下半身で結合し、粘膜を擦り合わせる。
お互いに体をうねらせ一つに絡み合う姿は、まるで二匹の蛇が絡み合っているようであった。








カーテンの隙間から洩れる陽光に気づき、目を覚ました。
仰向けに寝転がる俺の体の上には椿が重なり合ってうつ伏せに眠っていた。
ああ、そういえば昨夜は仕事から帰ってきて一緒に寝たんだっけ。
仕事疲れで早々に眠ってしまった花蓮を部屋に連れて行ってやった後、俺のもとを訪れた椿。
お互い誘うままに、誘われるままに、いつものように何度も肌を重ねた。
行為の後の朝はいつも気だるい。でもこのまま寝ているわけにもいくまい。
一応、学生という身分である俺は、昼間から仕事でもない限り学校に登校しなければならない。

「ほら、椿。朝だぞ、起きろ。」

俺は軽くぺしぺしと幸せそうに眠る妹の頬を叩いた。
それに反応して起きる椿。

「んん・・・お兄様?おはよう。」

「ああ、おはよう。」

俺に朝の挨拶をする椿。しかし一向に上から退く気配がない。

「どうした椿?早くしないと学校に遅れるぞ?」

「もう、おはようのキスがまだでしょー?」

そう言って頬をふくらませて抗議する我が妹。
どうやら俺の方からするのを待っていたようだ。やれやれ。

「しょうがないやつだな・・・んむ・・・」

「・・・ん・・・はぁ・・・・」

椿の顎を引きよせて唇を重ねる。
すぐに唇を開いてそのまま互いに自然と舌を絡ませる。
俺の口内を椿の舌がねっとりと舐めまわし、他の人間よりも尖った犬歯をちろちろと撫でる。
負けじと俺も彼女の前歯の裏をなぞり、口内の天井をこするようにして舌を絡めた。
そのまましばらく、抱き合った姿勢のまま互いの口の中を舐めまわす。

「ぷはぁ・・・」

やがて息が続かなくなったのか椿が唇を離した。
舌と舌の先が銀色の糸でつながり、2秒ほど経って重力にしたがって切れ、
下にいた俺の口の中に収まる。うん、甘い。

「ふふ、やっぱりお兄様のキスは素敵ね。」

「そりゃ良かった。じゃあ満足したところでそろそろ起きるぞ。」

妹の褒め言葉に素直に喜んでおく。
満足してもらえたみたいなのでそろそろ本気で起きたい。
シャワーでもお互いに浴びなければいろいろと体臭がやばいことになっているはず。
何発出したっけなぁ、自分ではそこまでわからないが絶対生々しい臭いになってるはず。
俺の言葉に従って椿が上体をそらし密着状態から離れる。

「・・・んぁ・・・ふふ、お兄様?昨日もいっぱい出したわねぇ。」

一番深く密着していたところが離れると、ごぽり、と音をたてて命の源が流れ落ちた。
椿は嬉しそうに自分の下腹部を撫でる。
そのことに関しては俺はちょっと複雑な気分でもあるにはあるのだがノーコメントを貫く。
あっ、別に下腹部撫でてるからってできちゃってるわけではないから。それはまだ安心、なのか?
まぁできたらできたで社会的にはあれかもしれんが、加我智の一族ではよくあることだしな。

「それじゃお兄様、また朝食の席で。」

「ああ、また後でな。」

椿は寝台から降りると、バスローブを羽織って部屋を出て行った。
たぶん風呂にでもいくのだろう。俺も後で行こう。
風呂場でシャワーを軽く浴びて体についた生々しい臭いを落とす。主にイカ臭いのとかな。
学園の制服に着替え、一階にあるリビングに向かった。
屋敷の中央にある螺旋階段を降り、玄関ホールから左手に3つめの部屋。
扉を開けると俺以外に現在この屋敷にいる家族は全員勢ぞろいしていた。
長さ10メートルほどのリビングテーブルに既に着席している。

「おはよう、お兄様。」

窓側の席、一番奥には加我智家長女の椿。
俺とは異母兄妹にあたる。父と、父の妹にあたる叔母との間に生まれた子だ。
戸籍上はまぁ、俺の両親の子になっているわけだが。
黒くしなやかな長い髪をポニーテールにしている。
現在高校二年生の16歳で、俺の一つ下だ。
発育は良く、グラビアアイドルのようなプロポーションをしている。
血は争えないのか、自然と肉体関係を結ぶようになった俺は彼女の柔肌には何度も世話になっている。
先ほども挨拶をしたのにも関わらず、今また朝の挨拶をしてきたことからもわかるとおり、
今はまだ周囲には俺たちの夜の営みについては隠してたりする。
でも花蓮とか千影あたりは気づいてる節があるから、公にするのも時間の問題かもな。

「おはよう、兄さん。」

その隣、窓側の席の奥から二番目に座るのは次女の千影。
こいつもまた、俺とは異母兄妹にあたる。
と言っても椿とはまた事情がことなる異母兄妹だ。
加我智の家は、祀っている白姫という蛇の神霊と一代に一人が交わって子供を成す。
その際に生まれる子供の二人目を加我智に引きとるわけなんだが、つまり、なんだ。
千影は俺の父である加我智源蔵と白姫の蛇姫という女性?との間の子供だ。
紫にも見える黒髪を伸ばし、後頭部で団子のようにまとめている。
左目の下の泣きぼくろが特徴だ。
椿とは違いスレンダーで、どちらかといえばモデル体型といった感じか。
でも個人的に尻は安産型のいい尻をしていると思う。
現在高校一年生の15歳。しかし高校生とは思えないほどに落ち着いている。
あまり口達者なほうではないが頭ではいろいろと考えているようだ。
椿との昨日の晩のことも知っているのか、俺と椿を見て含み笑いをしている。

「おはようございます、お兄ちゃん。」

壁側の席、一番奥に座っているのは三女の花蓮。
こいつは唯一俺と同じ両親を持つ、ある意味貴重な妹だ。
昨夜の仕事の疲れはもう残っていないのか、明るい表情であいさつしてくれる。
現在中学三年生の14歳。年の割に甘えん坊というか子供っぽさが抜けきらない。
俺が甘やかしたせいなのかもしれないが・・・
黒髪を伸ばしたストレートロング。体型は・・・将来に期待しとこうか。
性格はおとなしいほうだと思うのだが、なんというか純粋な子供がそのまま育った感じがする。
子供特有の優しさや温かさと、無邪気な残虐性とを併せ持つところがある。
ちょっと兄としては将来が心配な面もある。

「おにいたま、おはよう。」

壁側の席、奥から二番目に座っているのは加我智家四女の桜。
現在小学二年生の7歳。
こいつに関しては血の繋がりは一切ない。加我智家に養子縁組で兄妹となった。
以前に仕事でとある閑散とした田舎の村の一つが皆殺しにされる事件があったのだが、その時の唯一の生き残りだ。
偶然仕事中に俺が発見し、救助。身寄りもないということでなんとなく拾ってきたら次の日には妹になっていた。
どうも椿にあこがれているらしく、俺をおにいたまと呼ぶ。
ただ、事件の後遺症か何なのか。「さ」を上手く発音できずに「た」になるのだ。
本人としては俺のことをお兄様と呼んでいるつもりらしい。

「おはようございます、辰巳様。」

部屋の入り口付近に直立しているのが使用人のまとめ役でもある爺だ。
本名は知らない。俺の幼少のころの記憶から全く容姿が変わっておらず、見た目60代のお爺さん。
いつも名前を聞いても「爺は爺ですよ、辰巳様。」と笑顔で返される。
この家の仕事の全てを理解しており、使用人たちの長の役をしている。
また、俺たちが仕事のある時は送り迎えなどもしてくれる人だ。
爺の隣には4人の使用人が控えている。
俺はみんなの顔を一度見回してから挨拶をした。

「おはよう、みんな。」

今は、加我智家頭首である父の源蔵は仕事でヨーロッパに行っているため不在だ。
母は5年前に亡くなっているし、祖父母の代で生きている人間は加我智にはいない。
必然的に今この本邸にいる人間で序列が上になる俺が、部屋の最奥になる上座に座る。
改めてみんなの顔を見る。この場にいるだけで俺の妹という人物が4人もいる。
これでも多いかもしれないが、本来俺と妹という関係にある者はまだまだいるのだ。
ここに集まっているのは姓が加我智である本家の人間だけ。
他の妹達は分家にあたるので今ここにはいない。
まぁ、その娘たちについてはおいおい説明するが俺が知っているだけで後五人いる。
父である源蔵が、自分と同じ代の一族の女に手当たり次第に手を出したわけだ。
俺が知らないだけでもしかしたらまだいるかもしれない。
いや、あの性欲旺盛な父のことだ。
どうせ一族以外にも仕事先なんかで会った女に手を出していることは確実だろう。
あの人の血を受け継いでいる俺は、すでに椿に手を出している時点で非難できないけど。
しっかり俺も加我智の血を受け継いでいるわけだ。
すっかり性の快楽を覚えてしまったからか、最近じゃ椿以外の一族を見ても女として見てしまう。
妹達を見て情欲が掻き立てられる時もあるし、たまにクラスメートの一般人を見ても犯したい情動に駆られる。
今までは気になっても一族だけだったのになぁ、日に日に性欲が高くなっていく。
俺もいつかあの父親みたいになってしまうのか。ああ、面倒くさいな。

「お兄様、早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまうわよ?」

椿の声に思考の渦から意識が戻る。
目の前には湯気を立てる料理が盛られた皿。
それを前に妹達は俺が食事の挨拶をするのを待ってくれている。

「ああ、悪いなみんな。それじゃ、いただきます。」

「いただきまーす。」

「・・・」

「いただきます。」

「ふふ、いただきます。」

手をあわせて食事の挨拶をする。
それに続きみんなの食事が開始される。

「そうだ、爺。父さんがいつ帰ってくるか聞いているか?」

「源蔵様でしたら、現在フランスにいらっしゃいます。
 あと一週間ほどでお帰りになられるようです。」

「そうか、ありがとう。」

「ええ、なんでも皆様にお土産もあるとか。期待して待っているようにとのことです。」

「ええっ、お土産!?やったー!」

爺の言葉を聞いて無邪気に喜ぶ桜。
しかし俺を含む他の人間はお土産と聞いて顔をしかめた。
それはあの人がお土産と称して持ち帰ったものが碌なものであった試しがないからだ。
10年前、アフリカから帰ってきた父が持ち帰ったお土産の怪しげな木彫り象。
中には現地で恐れられていたという邪神の分霊が封じ込められていて、封印が解かれ大暴れ。
その時には屋敷が半壊してしまった。
今のこの本邸がまだ新しいのにはそういうわけがある。
8年前、中国から帰ってきた父が持ち帰ったお土産の古びた人形。
俺が触れると急に動きだし、足もとにあった車輪が回転したかと思うと急浮上。
これまた暴走してすごい速さで飛びまわると、空高く飛んで行った。
その日、日本上空を飛んでいたロシアの人工衛星が吹き飛んだ事件が発生したが無関係と思いたい。
5年前、イギリスから帰ってきた父が持ち帰ったお土産の怪しげな本。
俺には一切読めなかったが千影が気に入ったために千影にあげた。たしか、何かの写本らしい。
しかしそれを狙ってイギリスからやってきたなんたらとかいう秘密結社の魔術師たちが来襲。
西洋魔術は日本にある術式とは勝手が違うため結構手こずった。
4年前、アマゾンから帰ってきた父が持ち帰った謎の卵。
孵化するまえから嫌な予感は尽きなかったが、生まれてみれば魔獣の卵だった。
丁度仕事で家に来ていた、同じ御霊三家である秋月院の人間が襲われ重傷。
おかげでそいつとは関係が今も悪い状態だ。
3年前、ドイツから帰ってきた父がお土産と称し持ち帰った、というか連れてきた子供。
正体は子供ながらに凶暴な狼の獣人で、使用人が二人噛殺された。
内閣特殊対策室の岩波さんに預けて、今はどうなっているかわからない。処分されてるかも。
ぱっと思い付くだけでも、父が帰る前からお土産があると言って碌なことになるためしがない。

「・・・爺、お土産とやらの内容は聞いているか?」

「申し訳ありません。爺もないようについては存じあげておりません。
 ・・・しかし、今回はまともなものだとよろしいですなぁ。」

そう言う爺の顔はどこか達観しているようであった。




食事を終え学園に向かい、それぞれの学年のクラスに分かれる。
俺たちが通う私立蛇伊陀羅学園は加我智の家から車で20分のところにある。
初等部、中等部、高等部がある学園で、学生の半分近くは寮生である。
敷地面積は広いのだが、その割にひと学年3クラスしかないため非常に生徒数は少ない。
俺の在籍する3-Bは高等部の校舎の三階にある。
俺が持つ身体能力であればわざわざ階段を昇らずとも、跳躍して窓から入った方が早いのだが、
そんなことをすれば目立つことこの上ない。だから面倒くさくともちゃんと階段を使う。
俺の席は窓際でもなければ一番前でも一番後ろでもない、何の面白みも特徴もない席だ。
4月に入り、進級してクラス替えがあったが、ほとんどの奴は初等部からあがってきた面子だ。
周りは顔見知りばかりで、特に新しい交友関係を作ろうとも思わない。
まぁ、一般人と積極的に親しくしようとは思っていないせいもあるが、俺は早々に机につっぷした。
この学園を卒業するまであと一年。
大学に進学するわけでもなく、加我智の家を継いで今もしている裏の仕事を続けるだけの将来だ。
勉学にはあまり意味を見いだせないし、周囲の人間にもそれほど興味もない。
必然的に俺は学校生活全てに興味がなかった。
ただ、家を継ぐ以上高等部は出ていないと世間体的にいけないだけのこと。
卒業する分に出席日数と成績があればそれでいいのだ。
今夜も仕事で夜が遅くなる。だから俺は昼休みまで自分の席で眠ることにした。

「加我智君、起きなさい。」

頭を教科書で軽くはたかれ目を覚ます。
頭をあげれば、そこには化学の朽苗美鈴が目の前に立っていた。
その姿を見て、今が四時限目の時間だと知る。
こいつはこの学校で唯一、俺が授業中寝ていると起こしに来る教師だ。
20代前半、眼鏡をかけていてどこか知的な雰囲気のする女性。
肉感的な体つきをしていて、おまけに美人ということもあって学園の男子には人気らしい。
だが俺の趣味じゃないし、どちらかと言えば俺はこいつが気に食わない。
今俺を起こしたのだって別段こいつが教育熱心というわけではない。
その証拠に、授業中に寝ていた俺を注意する言葉とは裏腹にその眼は俺の体を生々しく舐めまわすような視線を送ってくる。
名前からしてわかるとおり、おそらく加我智の分家の人間なのだろう。
朽苗とは加我智の分家の一つだからだ。
本家と分家の人物を集める集会などで見たことはないから、単に姓が残っているだけの遠縁なのだろうが。
それでも加我智の、同じ血を求める習性がうっすらとでも残っているのか。
俺の加我智の血に反応して興味を引きつけられているらしい。
しかし俺はこいつには何も惹かれない。
たぶん加我智の血が薄すぎるのと、単に趣味じゃないからだろう。
おそらく俺と接触したくてこんな風に近づいているのだろうが、下心が見え見えで正直引く。
俺はどちらかと言えば普段はおとなしく、地味目の女がタイプだからかな。
こういう挑発的な女は気に食わない。

「ちゃんと起きてないと駄目でしょう?」

どこか嬉しそうに口をゆがませる女教師。
上体をおこした俺の耳元に口を寄せ、周りに聞こえないような小さな声で話しかけてくる。

「放課後、化学準備室に来なさい。話があるから。」

言うだけ言うと、離れる。
俺のしかめっ面を寝起きのせいとでも勘違いしたのか満足そうに笑う朽苗美鈴。
誘っているかのような腰つきで男子生徒の目を引きつけながら教壇に戻る。
ちっ、いちいち感に触る女だ。
不機嫌になった俺は、小さくため息をついた。
昼休みまであと30分もない。もう一度眠る気にはなれなかった。
放課後か、今日は仕事があるのに本当面倒くさいやつだ。
男子の話を聞いていると、あの女教師とSEXしたいとかいうやつが多いらしいが全然理解できない。
どうせ犯るならこっちだろうと、隣の席のクラスメートを見る。
うつむきがちで、前髪も長いことから目もとが隠れて表情が見えづらい。
一見した根暗な印象を受ける。
しかし制服のブレザーの上からでもわかる胸は豊かで、あの女教師とプロポーションはさして変わらない。
その女子生徒は俺の視線に気づいたのか、頬を染めてより一層うつむいた。
おや、不快にさせたかな?
俺は視線を前に戻すと小さくため息をついた。
ああ、早く卒業してぇ。






朝、起きて真っ先に思い浮かぶのはお兄ちゃんのこと。
昨日の仕事が終わった後は幸せだったなぁ。
お兄ちゃんと手をつないで、空に浮かぶ星がロマンチックでした。
車の中では、疲れた私に膝枕までしてくれてとってもうれしかったです。
今日もお兄ちゃんに可愛いと思ってもらえるように寝ぐせをなおします。
部屋の隅の鏡台に向って座り、髪型をチェック。
念入りに櫛を使って梳きます。
お兄ちゃんは髪の長い子が好きだって聞いてからずっと伸ばしてます。
お手入れは大変だけど、お兄ちゃんに髪をなでられると私も気持ち良くて大好きです。
一時間ほどかけて髪のチェックが終わると唇にリップクリームを塗ってうるおいを与えます。
うん、今日も可愛くできたかな?
さてと、そろそろいい時間だよね。
いつもの朝食の時間が近付いてきたので一階におります。
もうすぐまたお兄ちゃんのお顔が見れる、それだけでなんだか幸せな気分になります。

「あら、花蓮ちゃんおはよう。」

屋敷の中央にある螺旋階段で椿ちゃんとはち合わせました。
なんだか椿ちゃんもご機嫌なようです。
心なしか肌もつやつやとしていました。
なんだか嫌な予感がします。

「おはようございます。椿ちゃん。」

私は笑顔で挨拶して隣に並びます。
一緒に螺旋階段を降りていると、椿ちゃんの方からシャンプーとボディソープのいい匂いがしてきました。
どうやらシャワーを浴びてきたみたいです。
でも、その匂いの中にお兄ちゃんの匂いがかすかに残っているのに私は気づきました。
・・・嫌な予感的中。
こいつ、また性懲りもなくお兄ちゃんと寝やがった・・・
どうせ仕事で疲れているお兄ちゃんをその胸にある無駄な脂肪で誘惑したに違いない。
身内じゃなかったら速攻で殺してるところです。
だいたい、ちょっと大きいからっていい気になりすぎなんですよね。
どうせ今の時点であれだけ無駄に大きかったら将来は早めに垂れ乳になります。
そうに決まってます。絶対そう。
30代でお婆さんみたいに胸の皮がびろーんってなります。。
ぷっ、可哀そうな椿ちゃん。

「ん?どうしたの、花蓮ちゃん。」

「んーん、何でもないよ?」

「そう?今日の朝は何かしらね。」

「うーん、何だろうね?」

危ない危ない。
隣にいる雌豚に私の顔がゆがんでいるのに気付かれそうになっちゃった。
急いで顔を笑顔に戻します。私はいい子。私はいい子。
椿ちゃんとの会話を問題がない程度に受け答えしながら、
引きつりそうな頬を元通りにするために必死でした。
こんな歪んだ顔、お兄ちゃんに見せられないもの。
食堂につく前にちゃんといつもの可愛い花蓮に戻らないと。





「・・・ちゃん。・・・花蓮ちゃん!」

「・・・はっ!?」

友達に肩を揺さぶられて我に帰ります。
いつのまにか放課後になっていたようです。
六時間目の授業の途中から今朝のことを思い出してぼーっとしていたみたいです。
もう、こんなんじゃまたお兄ちゃんに叱られちゃう。私ったら、もう。
でも最近は私も前よりしっかりしてきたからか、お兄ちゃんに怒られることはなくなりました。
たまにまたお兄ちゃんに叱られてみたいとも思います。
でも悪い子って思われたり駄目な子って思われるのもやだな・・・

「もう、花蓮ちゃん!」

「はっ!ごめんなさい香ちゃん。」

「みんなもう帰っちゃったよ?」

その言葉に周囲を見れば私以外には香ちゃんしか教室に残っていません。
どうやら面倒見のいい彼女は、ボーっとしている私を見かねて声を掛けてくれたようです。

「ごめんなさい。教えてくれてありがとう。」

「いいのよ。それじゃまたね。遅くなる前に帰りなさいよ。」

そう言って香ちゃんは走って帰って行きました。
彼女は私がいつもぼーっとしているとこうやって我に帰るまで声をかけてくれる優しい子です。
最近じゃ学校では香ちゃんくらいしか声を掛けてくれません。
なんでだろう?別にどうでもいいといえばどうでもいいんだけど。
彼女に言われたとおり、そろそろ帰った方がいいかも。
時計を見れば午後4時を回ったところ。
こんな時間までぼーっとしてたんだ。
あっ、そうだ。この時間ならお兄ちゃんの授業も全部終わっているはずです。
それとももう帰っちゃったかな?今日はお仕事があるって言ってたし。
昨日は花蓮のお仕事についてきてくれたのにまたお仕事なんてお兄ちゃんは大変だなぁ。
特に今日はこの後の用事もなかったので、お兄ちゃんのいる高等部に向かいました。
下駄箱を見てみるとお兄ちゃんの靴はまだあります。
よかった。まだ帰ってないみたい。一緒に帰ろうって誘ってみよう。
高等部の授業もすでに終わっているみたいで、校舎内はあまり生徒はいませんでした。
お兄ちゃんのクラスまで行って教室内を見渡します。
あれ?お兄ちゃんがいません。すれ違いになっちゃったのかな?
でも空気中に残ったお兄ちゃんの臭いがまだ濃いのがわかります。
たぶん教室をでてそんなに経ってません。
行き違いになっちゃったのかな?と疑問に思いながら引き返します。
下駄箱に向かう途中、ある部屋からお兄ちゃんの声がかすかに聞こえました。
なんだお兄ちゃんこんなところにいたんだ。
私は扉を開けようと思いましたが、中からお兄ちゃんの声の他に別の声が聞こえるのに気付きました。
そこは化学実験室の横にある化学準備室と書かれた部屋。
扉に聞き耳を立ててみると、お兄ちゃんと女の人の声がかすかにします。
何を言っているのか上手く聞き取れません。
窓もないし中の様子がうかがえない。
かといって扉を開けて入れば、お兄ちゃんのお話の邪魔になっちゃうし。
でも話の内容は気になります。
扉を少し開けばいいとも思いましたが、見つかったら私は盗み聴きする子だと思われてしまいます。
どうしよう?あっ、そういえばこういう部屋は実験室と準備室をつなぐ小窓が下にあるはずです。
中等部も高等部も校舎の作りはそう違わないはず。
私は実験室の鍵を氷の針で壊してもぐりこみました。





[26412] 二話
Name: 真田蟲◆e0382b41 ID:fc160ac0
Date: 2011/03/08 14:56
先生といいことしましょう、だとか、気持ちよくしてあげる、だとか。
ありきたりで、こういうシチュエーションのアダルトビデオで使い古されたようなセリフで迫る女教師。
よほど自分の肉体に自信があるのか、上着を脱ぎ、シャツの胸元を開いて誘惑してくる。
話があるというから指定された化学準備室に来てみれば、想像通りの展開だった。
正直つまらない。ここで予想を裏切って「お前の命頂戴する!」とか言って斬りかかってきたらおもしろかったのに。
もともと何かを期待していたわけでもないが、完全に白けた。
こいつの瞳の奥には何も隠れてはいない。あるのは情欲の光だけ。
彼女はこちらに密着してしなだれかかり、左手で俺の頬に触れてきた。

「恐がらなくてもいいのよ?」

俺が無反応なのを、何か誤解して見当違いなことを言ってくる。
ああ、うざい。
俺はこうやって無駄に挑発してくるやつは嫌いなんだ。
たぶんそう。自分でもよくわかってないけど。
椿は別。あいつは俺が昂ぶっているときにしか誘惑してこないからかな。
それに何よりあいつは血が濃いせいかどうしても惹かれてしまう。
けどこの朽苗美鈴は違う。こいつの言動一つ一つが俺の感情を逆なでする。
何故だろう、こんなにもいらいらとするのは。
何故こいつは俺がこんなにも冷めた目で見ていることに気づかないのか。
この女は相手が乗り気であるかどうかの判別もつかないのか。
いや、違うな。
口では気持ち良くしてあげるだとか何とか言ってるが、結局は自分が気持ちよくなりたいだけなのだろう。
俺が乗り気かどうかなんて関係ないんだ。
ただ自身の情欲を満たすことしか頭になく、相手はだれでもいいんだ。
ただ加我智の血に惹きつけられて相手を俺に選んだだけで。
俺と椿とは違う。俺も椿も加我智の血の習性で同族の異性に惹かれるのは認める。
しかし俺たちはそれでも相手が俺だから、椿だからこそ一つに交わりたいと願ったのだ
気づいたら俺は朽苗美鈴の左手を取ると、それを口元まで誘導し、尖った犬歯を突き立てた。

「痛っ!!」

いきなり感じた痛みに手を引っ込める女教師。
右手で俺に噛まれたところを押さえ、こちらを睨んでくる。

「・・・どういうつもり?」

「わからない?俺、あんたのこと嫌いなんだよ。」

「そ、そんなっ、なんで!?」

「別に。たぶん明確な理由なんてないよ。ただ生理的に受け付けないだけ。」

人を好きになるのに理由なんてないとよく聞くけれど、反対もまたしかり。
人を嫌うのに理由なんて必要ない。ただ受け付けられない。それだけ。
俺は俺を見ていない相手と交わる気にはなれない。
理不尽だとでも思ったのか知らないが、彼女は余計に俺を睨みつけてきた。
しかしそんな視線も長くは続かない。
急に腰を抜かしたかのように、足が折れてその場に座り込む。

「・・・え?あれ?なんで・・・」

足に、いや、体全体に上手く力が入らないのだろう。
顔が、胸元が、手が、足が、肌全体が朱色を帯び始める。
自分の体の異常性の理由がわからないらしく、彼女は困惑の表情を浮かべていた。

「あんたさ、仮にも朽苗の姓を持つなら聞いたこと無いか?
 加我智の男は毒を持つって・・・」

「・・・!?」

俺の言葉に何かを思い出したのか驚愕の顔になる。
ふむ、その顔は聞いたことがある顔だな。うかつとしかいいようがない。
知っているなら普通はこんなに短絡的に俺を誘惑しないはずだ。

「そう、聞いたことあるみたいだな。
 俺たち加我智の男は毒袋をもつ。毒といっても媚薬なんだけど。
 加我智の血の濃いものにとってはただの媚薬でも、他の者には全身が強くしびれる副作用がある。」

今は副作用で痺れているのだろう。
一瞬だったけどけっこう多めに注入した。直に気が狂いそうになるほどの快楽が来る。
何をするにも快楽しか感じないようになる。

「ま、精々一人で楽しみな。」

「ちょ、ちょっと待って!?」

情欲を満たしたいだけなら何も俺が相手でなくてもいいだろう。
媚薬効果の毒を与えたんだ、一人でも十分気持ちよくなるだろうよ。
俺はそのまま女教師を放置して準備室を後にした。
さて、面倒くさいけど今日もこれから仕事だ。適度に頑張りますか。






「・・・・・・・・・・・・・・」

お兄ちゃんが出て行ってしばらく後の化学準備室に入ると、醜い雌豚が一匹、床に転がっていました。
私はお兄ちゃんとこの雌豚のやり取りの一部始終をしっかりと見ていました。
さすがお兄ちゃん、こんな汚らしい畜生の誘惑なんかに動じませんでした。
やっぱりクールで格好いいお兄ちゃん。最後にこの豚を見下して去る時なんてまるで映画のワンシーンみたいでした。
でも、わざわざこんなやつにお兄ちゃんの毒を流さなくてもいいのに。
・・・私だってまだお兄ちゃんに噛まれたことないのに。
それなのにこんな畜生が、私のお兄ちゃんに噛んでもらうなんて、ずるい。
私は足元で何かぜーぜーと息を荒げている物体を蹴りつけました。

「くひぃいいい!?」

人間でいうところのみぞおちの部分につま先をめり込ませると、それは白目をむいてより一層全身が真っ赤になりました。
気持ち悪い。次は人の顔っぽいところを踏みつぶしてみます。

「んふぅうぅううう!!」

踏みつけられて鼻血を流しているのにも関わらず感じているのか涎をたらし、下半身からはぶしゅっと何かが噴き出す音がしました。
汚いですね、まったく。この豚にはお兄ちゃんの毒の媚薬効果が強すぎるみたいです。
まぁ、これ以上喜ばせる必要もないよね。
とりあえず生かしておく必要も特にないし。
むしろお兄ちゃんのことを部をわきまえずに誘惑しようとしたんだから殺処分で大丈夫だと思います。
誰だか知らないけど加我智の人間でもないくせに。
氷の刃を作って、豚の首を切り落とします。
首から血が噴き出しました。制服が真っ赤に染まります。
その時になって気づきました。あちゃあ、これどうしよう。
今の自分の状況を見れば、けっこう危ういです。
真っ赤に染まった私と、生首、今も断面から血を噴き出す物体Ⅹ。
わぁ、なんか推理マンガの犯罪シーンみたい。ちょっと格好いいかも。
・・・じゃなかった。えっと、処理、どうしたらいいのかな?
とりあえず断面を凍らせてこれ以上血が出ないようにする。
私が悩んでいると、準備室の扉がガラリと開きました。







日直の仕事を終えて、家に帰ろうかと思っていると近くからかすかに血の匂いを感じた。
まさか何か事件があったのかと思った。
妖怪も人間も、こちら側のものがこんな真昼間から、しかも加我智が統治するこの町で問題を起こすとはあまり思えない。
でももしもということもあり得る。
一般人ではあまりよくわからないかもしれないけど、この臭いは確かに何度も嗅いだ事があるもの。
すぐ近くから感じる。私は臭いの元を探した。
もうすでにお兄様は仕事のために帰宅しているだろう。千影ちゃんはすぐに帰る子だし。
もし何かいれば対処できるのは今、この学校には私しかいない。
一階に下りるにつれ臭いがきつくなる。私がたどり着いたのは化学準備室だった。
中から人の気配がする。私が決心して扉を引くと・・・

「あれ、椿ちゃん?」

制服を真っ赤に染めた花蓮ちゃんと、たしか化学の教師だったと思われる人の死体が転がっていた。
私を見てちょっとびっくりしている可憐ちゃん。
なんで花蓮ちゃんがこんなところにいるのだろう。そしてなんで教師の死体があるのだろう。
首が切断されていて、傷口が氷漬けにされている。状況から見ても犯人はこの子に違いない。
扉を開いたままだと誰かに見つかるため、部屋に入り扉を閉める。

「よかったー、私一人でどうしようかと思ってたの。」

「えっと・・・花蓮ちゃん?」

「なーに椿ちゃん。」

「その先生、あなたが殺したの?」

状況からして確実だろうけど、私は念のため確認してみた。

「うん、そうだよ?」

帰ってきたのは肯定の言葉。
それも、何をわかりきったことを聞いているの?と不思議がっている様子だった。
この子がこんなことをするなんて十中八九お兄様がらみだろうけど・・・
私は短絡的な妹の行動に頭痛がした。
あーあー、また面倒臭いことを。これで何回目だっけ?
お兄様が花蓮ちゃんの将来を少し不安がっていたのがなんだかよくわかってしまった。
とりあえず家のものから犯罪者を出すわけにもいかない。この死体を処理してしまわないと。
仕事以外での殺人は、私たちでも一応裁かれる対象になるんだし。
その辺をこの子はあまり理解していないというか、わかってても一切気にしていないんじゃないかと思うの。
だって前にも同じことが何回かあったしね。その時に注意して教えたんだけどすぐ忘れるみたいなのよね。
というか、たぶん私がした説教の内容なんて花蓮ちゃんは聞き流してるだけかもしれないけど。
この子、本当にお兄様以外のことには何の興味もないしね。

「花蓮ちゃん、忘れてるかもしれないけど前にも同じようなことしたの覚えてる?」

「あれ、そうだっけ?」

顎に指を添えて可愛らしく首を傾げる花蓮ちゃん。
眉根を寄せ、う~ん、と唸りながら必死に記憶をたどっている。
その様子は演技でもなんでもなく、本当に過去の自分の行いを覚えていないようだ。

「・・・はぁ。」

「駄目だよ椿ちゃん。溜息ひとつで幸せ一つが逃げていくんだよ?」

誰のせいのため息だと思っているんだろうか。
このこは本当にわかっていない。

「前にも私言ったんだけど、仕事以外でも殺しはいけないって言ったわよね?」

「えー、そんなこと椿ちゃん言ってないよー。」

言ったっての。
私が覚えてるだけでももう3回は同じシチュエーションで言ったっての。
その度に今と同じ反応。この子の姉を14年間もしてきたのだから、嘘くらいはわかる。
だから逆もまたしかり。花蓮ちゃんが本気で覚えていないのがわかってしまう。

「・・・どうせ理由はお兄様なんでしょ?この人殺したの。」

「そう!そうだよ!この人、よりによってお兄ちゃんを誘惑しようとしたんだよ!?」

我が意を得たりと言った表情で笑顔で話す。

「それにこの人、私もまだなのにお兄ちゃんに噛んでもらったんだよ!?」

完全に、この死体が悪物です!と生首を指さして訴えてくる。
はぁ、やっぱり動機は嫉妬かぁ。
お兄様を誘惑してただでさえ許せないのに、自分もまだなことをしてもらって余計許せなかったようだ。

「あなたの気持もわかるわよ、花蓮ちゃん?
 でもね、仕事以外で人を殺せば犯罪になるの。それは悪いことだってわかってる?
 殺人罪で私たちでも警察に捕まるのよ?」

「・・・なんで椿ちゃん、そんなに意地悪言うの?」

「意地悪じゃないわ、花蓮ちゃんのために、ひいてはお兄様のために言っているのよ。」

「お兄ちゃんのため?お兄ちゃんの周りの害虫を殺すことがお兄ちゃんのためにならないの?」

お兄様と聞けばすぐに動揺しはじめる花蓮ちゃん。
おそらくはじめて、自分の行動が悪いことだったのではないか?と疑問に思い始めているはず。
今までもそうだった。いくら言っても自分は悪いことをしていないと主張する花蓮ちゃん。
でもお兄様に叱られるといえばすぐに動揺して反省する。
このこの善悪の判断はすべてお兄様のためになるかどうかということだ。あくまでこの子視点からのものだけど。

「そうよ、一般人を殺して花蓮ちゃんが捕まればお兄様は悲しむわ。
 それに身内から犯罪者を出したと世間から責められることになるのよ?
 お兄様は花蓮ちゃんのせいで肩身のせまい思いをしなければならなくなるわ、それでもいいの?」

「・・・・・・だ、駄目!そんなの駄目です!!」

「じゃあ、自分が悪いのはわかった?花蓮ちゃんのしたことはそういうことなのよ?」

「それがわかってたからお兄様もこの人を噛むだけにしたんでしょう?
 むかついたからで殺していいわけじゃないのよ。」

たぶんお兄様はこの人に誘惑されても靡かなかったんだろう。
性欲の強い加我智の人間の男でありながら誘惑してきた女に靡かないということは、
お兄様自身この人を気に食わなかったのだと思う。
お兄様の自制心が加我智の男の中でも強いのもあると思うけど、少なくとも噛むというささやかな嫌がらせを返しているということからもわかる。
一般人には、加我智の毒は強いからね。

「・・・・・・」

目がうつろになり、絶望感をまとったオーラを放す花蓮ちゃん。
私の言うことを理解したのだろう、うつむいたまま立ちすくんでいる。
・・・こうやって、その場では本人も深く反省?するんだけどなぁ。すぐ忘れるし。
今までは説教して、死体を隠すのを手伝うだけだったけど、さすがにこう何回も繰り返すとね。
お兄様は格好いいし、モテルからこのままだとまだまだ同じことをするだろう。
今回はお兄様にも報告して、釘をさしてもらうしかない。
たぶん私も一緒に怒られるんだろうなぁ・・・・・・あ~あ。

「お兄様には私からも一緒に謝ってあげるから。一緒に後で謝りましょう。」

「・・・うん。」

制服のスカートの裾を掴み、流れそうになる涙を我慢している花蓮ちゃん。
その瞳には表面張力ぎりぎりまで涙が溜まり、潤んでいる。
全身返り血に染まってなければ可愛いんだけどなぁ。

「とりあえずこのままってわけにもいかないわね。
 まずはここを片付けるわよ。手伝って、花蓮ちゃん。」

「はい、椿ちゃん。」

正確には花蓮ちゃんが散らかしたんだから、私の方が片付けを手伝う側なんだけど。
この子はしっかりと頷くと、素直に私の言うことに従った。
さて、死体は私がいつも通り燃やすとして、まずはこのあちこちに飛び散っている血をどうにかしましょうか。










「これが今回の仕事の内容です。」

現場に向かう車の中、俺は隣に座る岩波さんから今回の仕事内容の書いてある書類を受け取っていた。

「ふむ、異端審問官の排除、ですか。」

「ええ、今回の相手は十字教徒になりますね。」

「まぁ、この国で暴走する異端審問はほとんど十字教徒ですけどね。」

「ははっ、まぁそうですけどね。」

書類に書かれていた内容は、十字教の行き過ぎた異端審問を止めること。
生死は問わず、手段も問わないとのこと。
問わないなんて言っているが、要は話し合いの余地はなく力でねじ伏せろということだ。
この日本では表向き、自身の宗教は自由に決めることができる。
主に仏教や神道を信仰する家が多いが、他国と比べ一人ひとりの信仰心は薄い。
それに、特に他宗教の勧誘を制限していたりもしないので様々な国から宣教目的で人がやってくる。
そのため、今の日本は必要以上に様々な宗教が入り込んでいるのだ。
しかし宣教には特に強い制限はしていないが、行きすぎた宗教活動は制限している。
それが他宗教の弾圧、排除をしようとする行動である。
自分が信仰する分にはかまわないが、その教えとやらにのっとって他の存在を弾圧することを禁じている。
それは想像、思想、信仰の自由を他者から奪う行為でもあるからだ。
そのためか、他国から逃れてきたものも流れ着く要因にもなっており問題になっている。
追われるものが流れ着けば、追うものも流れ着くわけで・・・
特に今回のように十字教は過去の歴史を見ても異端と見做したものは徹底的に排除する傾向にある。
表向きは世界平和とうたっているが、彼らの世界とは自分たちと同じ十字教徒のみがいる世界であり、
十字教が異端としているものはこの世界には存在していてはいけないという。
だから裏側ではこの世界では一番積極的に血を流しているのだ。
別にもともと自分たちの国から逃げてきたものを始末するだけならかまわない。
問題は、その後も日本に残って自称宗教活動を行う輩が多いことにある。
もともと日本にいた存在ですら攻撃対象と見做すのだ。
それは他の宗教を信仰する人間であったり、日本古来の妖怪や精霊であったりだ。
人間は言わずもがな。妖怪や精霊を無差別に殺されるのも問題だ。
陰陽道や神道から見てもわかるとおりこの世界は陰と陽、二つの要因から成り立っている。
光あるところ、同じだけの影があり、それでこの世界はバランスが保たれている。
他の国には行ったことがないからわからないが、すくなくともこの日本の地はそれがあてはまる。
あまりいたずらに陰の存在たる妖怪などを殺されては、日本の霊的バランスが崩れるのだ。
ただでさえ近代化で夜が短くなり、陰の比率が無理に消されて危うくなっているのだ。
異端審問は、さらに日本の霊的バランスを悪化させる。

「今回の相手は・・・一人か。」

「ええ、ですから今回は辰巳君一人でも大丈夫かと判断しまして。」

ふむ、随分と信用されてるもんだ。
異端審問官ともなれば、下っ端でもなかなかの実力を持つ者が多いのだが。
書類にはブライト・ローレックという名前と、神父か牧師か俺には判別のつかない服をきた男の写真があった。
まぁ十字教でない俺にその辺の判断はつかないし、やることは同じだからどうでもいいんだけどな。
現場に着くまではまだ2時間以上かかるらしいので、俺は少し眠ることにした。


車を止めて、歩いて約15分。
今回の仕事のターゲットである人物がいると思われる場所にたどり着いた。
俺たちが住む町とは隣の県の町外れ、開けた場所に建つ廃工場。
そこを拠点としているとの情報だった。
外観は、錆びて朽ちたフェンスに囲まれた張りぼての建物といって感じだ。
壁の一部には穴があき、植物の蔦があちこちに張り付いている。
いちいち中に入らなくとも使われなくなってかなり経つのがわかる。
敷地前の道路に街灯がひとつ、ぽつりと立っている。
それ以外に光源となるものは空に浮かぶ月しかない。
夜の闇に佇む廃墟と化した建物は、それだけで異界の城を彷彿とさせる。

「さて、どこにいるやら・・・」

まずはブライト・ローレックとかいうやつを見つけなければ話にならない。
俺は工場跡の敷地に足を踏み入れた。
その瞬間、あたりにパリーン・・・とガラスが割れるかのような高い音が響き渡った。
よく見れば足元が淡く発光している。
その光が建造物を円を描くように囲っていた。
どうやら侵入者を周囲に知らせる術式が張られていたようだ。

「ふむ・・・馬鹿正直に正面から入ってくるとはな。」

そんな呆れたような声が聞こえた。
廃墟の屋根の上、月を背に立つ男が俺を見下ろしていた。
記憶の中の、先ほど見た書類の写真を思い出して確認する。
神父とか牧師とかが着てそうな服を着た長身の巨漢。
手にはメイスと呼ばれる西欧式の棍棒状のもの。
短く刈りあげた髪の上に、小さな白い帽子をかぶっている。
その表情は憮然としていて、こちらを見下したような眼をしている。
間違いない、ブライト・ローレックだ。

「そろそろ邪魔ものがやってくるとは思っていたが、このような間抜けとは。」

日本側から、俺のように誰か派遣されてくることは想定内だったらしい。
どうも俺が正面の入口からどうどうと入ってきたことに呆れているらしい。
そうは言っても一応最初は話し合いを試してみるのも仕事の内だから仕方ないだろう。
無駄であることが多い、というか有用であった試しもないが。

「お前がブライト・ローレックだな?
 俺がここにいる理由はわかっているだろうが、一応聞いておく。
 投降する気はあるか?」

「投降?何故私がそちらに降らなければならない。」

「・・・お前は他宗教および霊的存在への強制干渉という条例違反を犯している。
 7名の殺害、内3人は寺の住職、2名は巫女と禰宜。
 明らかに仏教と神道を狙っているな。
 それに行く先々で妖怪や土着の精霊を襲っているな?」

「だからどうした。悪を断罪して何が悪い。
 俺は主に褒められこそすれ、後ろめたいことは何もしていない。」

「はいはい、お前の価値観なんてどうでもいいの。
 要は条例違反を認識しているかということなんだが、わかるか?」

「・・・くだらんな。
 悪を守る法など守る必要はない。
 そもそも我ら十字教の教えを広く受け入れようとしないこの国自体が悪なのだ。
 悪に降ることは主に反することである。」

まぁ、わかっていたけどこちらにおとなしく投降する気はさらさらないらしい。
この手の相手で今まで素直に投降したやつなどいなかったので、いつも通りといえばそうなんだが。
典型的な狂信者、主の教え以外に守るべきことなどないということか。

「・・・答えはわかりきっていたんだがな。
 じゃあ、これからお前を処罰することになるんだが、文句は言うなよ?」

俺の言葉に眉根を寄せ、不快を露わにするローレック。
こちらを威圧的に睨みつけてきた。

「むしろ罰を与えられるのは貴様だ。
 私にはわかるぞ、その身から放たれる醜悪な蛇の臭い。
 貴様の血には魔が宿っているな?加我智の人間か。」

ほう、こいつ加我智のことを知っているのか。
なら話は早い。十字教の異端狩りの人間に、俺のような存在が認められるはずもない。
俺たちの中には、彼らが存在してはならないと異端視するものの血が流れているからだ。

「我ら人に原罪を背負わせた悪しき蛇の子と、話しあうこと自体が罪だ。
 これ以上我らの間に言葉は必要ない。
 必要なのは・・・私が貴様を断罪するという、その一つの事実のみだ!!」

その言葉を戦闘宣言として、相手は俺に向かって飛びかかってきた。
屋根の上から跳躍するようにして飛び降り、一直線に向かってくる。
すさまじい脚力で、もろくなった屋根が跳躍とともに吹き飛んでいるのが視界に映った。
手に持つメイスを振りかぶり、スピードに乗った一撃を振り下ろす。
といっても、来るとわかっている攻撃にあたるほどこちらもとろくさくはない。
余裕を持って横に飛びのき回避する。
相手もこのような初撃があたるとは思っていないだろう。
おそらくこの一撃は俺への牽制、自身の強さをこちらに見せつけるためのもの。
俺が先ほどまでいた場所にローレックの一撃が、全身を弾丸のようにして着弾した。
轟音とともに砂煙と土砂が舞い上がる。おうおう凄い凄い。
煙が晴れた場所には直径2メートルほどのクレーターの中心にたつローレックの姿があった。
こちらを見る視線に気がついたのか、自信にまみれた表情でメイスがこちらによく見えるようかざす。

「どうだ?私の力に慄いたか、異端者。
 貴様もこの私のメイスで跡形もなく粉砕してくれる。」

・・・ああ、またこのタイプか。これで確定だな。
妙に演劇ぶった口調。ここが自信を主役とする舞台の上かのような大げさな動作。
間違いなく、自分の力に酔っているタイプだ。
容姿といい性格といい、これが漫画かなんかならそれだけでやられ役決定だな。
この手のやつは断罪だなんだと言ってはいるが、結局自分の力を振りかざし誇示することを楽しみとしている。
ここで無駄にしゃべらずに次の攻撃に映るようなら、苦戦したかもしれないが。
その場合は単に口調が演劇めいたものというだけで、仕事のプロとしての意識の強い相手だ。
もちろん慢心からのミスや、感情を揺さぶられたりもしない。
だが、こいつのようなやつは簡単に感情が揺れやすい。こちらとしては大助かりだがね。
宗教家としてはどうかと思うほど精神的にもろすぎるとも思うが。

「慄くって、今の攻撃のどこに慄けばいいんだよ?
 単に地面殴っただけだろうが。」

「・・・何だと?」

俺の物言いに先ほどまでの表情が歪む。
思ったとおり、おそらく今までの相手は先ほどのような一撃で自分を恐れてくれたのだろう。
その一撃の威力をなんとも思っていないようなこちらの反応に、不快感を露わにする。
おそらくこいつはパワー型の接近戦タイプの人間。
自分の腕力に絶対の自信をもっている。俺がもっとも得意とする相手。
これが遠距離からの攻撃を得意とする魔術師だったら相性が悪かったんだが。

「地面えぐっただけで、ボク凄いでしょー?みたいな顔されてもこっちが困るんだが。」

「ぐぬっ・・・ぐ、ぐぅ、貴様・・・私を馬鹿にしているのか?」

「あれ、違ったのか?ごめんなさい。馬鹿だと思ってましたスミマセンテンサイサン。」

「・・・殺す!!」

俺のわかりやすい挑発にかかって激情するローレック。
いちいち殺すとかまた言わなくとも、これが殺し合いなのはわかりきってるじゃないか。
クレーターから飛び出し、こちらに向かってきた。

「さっき話し合うこと自体がなんとかって言ってたわりによく喋るやつだな。」

「ぐ!?・・・っ、うおおおお!!」

相変わらず、振るわれるメイスのスピードは大したものだ。威力も相当なのだろう。
言うだけはあると言ったところか。
だが、、いくら威力が高くとも当たらなければ意味はない。
せいぜいが俺の前髪をその風圧で揺らすくらいだ。
異端審問官としての戦闘能力は中の上といったところか?
武器であるメイスに特殊な術式が付与されているようでもない。
しかし、リーチは相手の方があるしこちらの攻撃は通りにくい。
だから確実な一撃を与えられる機を待つことにした。
メイスは相手を鎧の上から殴り殺すための鈍器としての武器。
それなりの重量もあるし、殴る以外にはあまり向かない。
棍や槍のように変幻自在に振り回すこともかなわない。
そのため非常に軌道が読みやすい。
上段から、右から、左から、下段からと様々な角度からメイスを振るってくる。
だがその攻撃のことごとくを俺は回避する。
上段からの振り下ろしを避ける。
右からのスイングを避ける。
左からのスイングも避ける。
下段からの振り上げを避ける。
斜めからの振り下ろしも、そのすべてを紙一重で回避する。

「どうした!!ちょこまかと逃げてるだけか、腰ぬけが!
 そうだろうなぁ、貴様のような悪魔にはこのメイスの一撃はそく死に繋がるだろうからなぁ!!」

おいおい、セリフと表情が一致してねえよ。
そういうのはもっと自信満々に言うものだろうが。
そんな苛立ちと焦燥を隠し切れていない顔で口にするセリフじゃないぞ。
自分の攻撃が一向に当たらない苛立ち。
相手に勝てないかもしれないという焦燥感。
この現状を打開し、自分の得意とする力勝負になんとか持ち込みたいという考え。
そのすべてが透けてしまっている。
精神的にもろい相手なのか、まだまだ駆け引きが出来ていないな。

「へぇ、じゃあ俺が避けなければお前は俺を殺せるのか?」

「・・・そうだ!!それとも自信がないか、この腰ぬけ悪魔が!!」

俺の言葉に、自分の口先にまんまとのせることができたと口角を吊り上げるローレック。
その眼には先ほどまでの焦燥感はなく、勝利への確信が映っていた。

「そんなに言うならやってみろよ。」

俺は回避するのをやめて、相手の口車にあえて乗ってやる。
その場に立ってローレックの一撃が来るのを待つ。

「馬鹿め!!」

俺が立ち止まるのを見るや、喜色の笑みを浮かべて渾身の一撃を振り下ろしてくる。
その一撃を、俺は片手で受け止めた。

「・・・んな!?」

驚愕して固まるローレック。
自身の渾身の一撃を、軽々と片手で受け止められたのが信じられないといった顔。
実際は軽々とはいかないんだけどな。
受け止めた右腕は全力で力んでるし、びりびりする。
力負けはしないと思っていた通りだったが、予想よりも重い一撃だった。
しかしそれを表情には出さない。まるでまだまだ力に余裕がある顔をする。
・・・あっ、片手だからまだ余裕なのか。両手を使えばいいんだし。
けどこういうのって片手のほうがインパクト強いよな。

「この程度か。結局お前の一撃じゃ俺は殺せなかったな。」

動揺から相手は隙だらけになってしまっている。
この程度のことで、相手の攻撃が自分に届くこの距離で。
恨むなら自分の精神の未熟さを恨めよ?

「く、この悪魔がぁああああああぶびゃっ!?」

首に手を伸ばし、ローレックの絶叫を物理的に握りつぶした。
骨が折れる音とともに、彼の体から力が抜ける。
俺は既にこと切れた死体を地面に放り捨てた。
時計を確認する。時間は現在22時57分。
仕事の開始から30分ほどしか経っていない。
今回は楽な仕事だったな。さっさと帰って風呂入ろう。
そう思って仕事終了を岩波さんに知らせるためにポケットから携帯を取り出した。
そう、終了だと気を抜いたのがいけなかった。

「・・・ぐっ!?」

殺気を感じて咄嗟に横に飛びのくが、少し遅かった。
俺の左肩に何か尖った杭のようなものが深く突き刺さる。
肩が燃え上がるように熱く、激痛が走る。

「あらあら、ようやく隙を見せてくれたから殺れると思いましたのに。
 鋭いかたですねぇ。殿方はもう少しくらい鈍いほうがいいですよ?」

ちっ、もう一人いたのか。たまにあるんだよな、調書と内容が違うことって・・・
振り返った先、20メートルほどの位置に修道服の女が立っていた。





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なんだか他にまだあまり妹を出していないせいか、花蓮が阿呆の子担当になってしまいました。
朽苗美鈴、こういう男子生徒を誘惑する女教師キャラはあまり個人的に好きじゃないので、
辰巳の趣味を分けるために登場させました。
でも嫌う理由を上手く描けず、生理的に受け付けないというよくわからない感じになってしまいました。
むずかしいです。
宗教名はとある~を見習って十字教にしました。現実のそのままの名前にして悪役にすると問題ありますし・・・ね。



[26412] 三話
Name: 真田蟲◆00a1ef96 ID:fc160ac0
Date: 2011/03/16 19:32
「あらあら、ようやく隙を見せてくれたから殺れると思いましたのに。
 鋭いかたですねぇ。殿方はもう少しくらい鈍いほうがいいですよ?」

振り返った先、俺を攻撃してきたと思われる女が立っていた。
シスターが着ているような修道服であることからも十字教徒だ。
成人しているだろうが、何歳くらいなのか判別の付けづらい顔をしている。
その手には、俺の左肩に突き刺さっているのと同じ木の杭が握られている。

「・・・ローレックの仲間か。」

左腕が、杭の刺さった場所から先が動かない。
深く突き刺さっているのもあるだろうが、いつもならこの程度なら少しは動く。
おそらく何らかの術式が組まれているようだ。
引き抜こうと試みるも、根が張ったように上手く抜けない。
逆に抜けないことで出血が最小限なのが不幸中の幸いと思えばいいか?

「その杭はそう簡単には抜けませんよ。」

俺の行動をあざ笑うかのように、目を細めくつくつと声をあげる女。

「・・・こほんっ、失礼。自己紹介がまだでしたね。それでは改めまして。
 十字教異端審問フランス支部、断罪<コンダナスィヨン>所属アンリ・ラム・リスールと申します。」

以後お見知り置きを、と俺に向かってお辞儀してみせるリスール。
さっきは不意打ち的に俺を殺そうとしていたのに、今度はご丁寧に挨拶ときた。
攻撃される瞬間まで俺はこいつの気配に気づかなかった。
おそらく俺がローレックを仕留めて気を抜く瞬間を隠れて待っていたはず。
一撃で俺を仕留めるには至らなかったが、それでも声を掛けてくる必要はない。
気配の隠遁には長けているはずなのにわざわざ姿をさらしている。
なんだ、こいつの行動があまり読めない。
俺が無言で睨んでいたのが気に障るのか、眉をしかめて俺を非難してきた。

「女性が自己紹介をしているのですから、あなたも名乗るのが筋というものでしょう?
 殿方として話しかけている女性を放置するというのはいかがなものでしょうか。
 私としてはあまり感心できかねますね。」

減点1ですね、と人差し指を立てるリスール。
そのしぐさにはあまりこの現状に対する緊張感が見られない。
自分に自信があるのか、それともあまりそういうものを感じない性格なのか。
今はまだ判断が出来ない。
少なくとも最初潜んでいたことから、ローレックと違って短絡的な思考の持ち主ではないと思う。
だからこそ、わざわざ俺の前に姿を出す意図がわからない。
とりあえずリスールの会話に乗ってみる。

「・・・そりゃ悪かったな。
 俺は加我智辰巳だ。この場の所属としては内閣特殊対策室二課ってところか。」

「ええ、存じております。
 加我智家次期頭首の辰巳様でございますね。」

・・・知ってるのかよ。ならいちいち自己紹介を求めるなよな。
こいつの狙いは俺を苛立たせることか?呆れさせることか?
それとも別段深い考えなどないのか・・・

「知ってるならいちいち紹介させるんじゃねぇよ。」

「あら、初対面の人間には自己紹介をするのは大切でしょう?
 人と人とのコミュニケーションを円滑にする第一歩です。おろそかにしてはいけませんよ。
 相手が自分のことを既に知っていたとしてもそれは変わりありません。
 それにこちらの国では勝負の前には名乗りをあげるのでしょう?」

「最初に隠れて不意打ちしようとしたやつに言われたくはないんだが。」

「それはそれ、これはこれです。
 殿方が細かいことを気にしていてはいけません。
 女性の前では大きく構えていないと、減点1ですね。」

なんか好き勝手言ってくれるじゃねえの。随分とおしゃべりなやつだ。
だいたい自分のことを棚上げするのは・・・まぁ大目に見たとしてもだ。
勝負前に名乗りって、いつの合戦場だよ。お互い仕事なんだから形式とかどうでもいいじゃねえか。

「さて辰巳様、あなたのお噂はかねがね。
 日本の御霊三家の一つである加我智家の次期頭首だとか。
 加我智は蛇の魔物との混血だと聞いております。
 その次期頭首ということはさぞその血も色濃く継いでいらっしゃるのでしょう。
 異端である魔との混血であるというだけで汚らわしいというのに、それが蛇だなんて。
 知っていますか?我々人間に原罪を背負わせたのはほかならぬ蛇なのですよ?
 私なら生まれてきたことを主にお詫びして自害しますよ。
 あなたは存在するだけで罪深くおぞましいというのに、にもかかわらず、
 さらに私たちの仲間を殺しまくってくれちゃってますね?
 だいたい・・・」

「ピーピーと五月蠅いやつだな。
 俺の血が罪かは知らないが、お前の仲間については自業自得だろうが。
 そっちが条例破って好き勝手するのが悪いんだから。」

マシンガントークってやつか。よくもまぁそんな長いセリフを口にできるもんだ。
見た目が美人で品がありそうなだけに、これだけぺちゃくちゃと喋られちゃあ台無しだな。
しかし自己紹介をしないことよりも、初対面の人間に存在自体が罪とか言う方が失礼だと思うのだが。
俺、間違ってるかなぁ?絶対こいつのほうが間違ってるだろう。
それにこいつの仲間だって殺したくて殺したわけじゃない。
言っても聞く耳持たずにみんな殺し合いを仕掛けてくるんだから仕方ないじゃないか。

「お黙りなさい。女性の話を途中で遮るとは何事ですか。
 最後まで静かに聞くのが筋というものでしょう?減点1です。
 これで合計3点の減点ですね。駄目駄目ですねぇ。
 本当に、生きている価値のない殿方ですわ。
 生まれだけの罪ならば、あなたも被害者だともとれましたが、やはりあなた自身が罪深い。
 我々は敬謙なる神のしもべですよ、それを殺すなど。
 それも条例違反などと訳のわからない理由で。
 真に守るべきはそのようなものではなく神の教えでしょう?
 そして神の、主のしもべたる我らの行いは主の意思そのもの。
 我らが死になさいと言えば喜んで死ぬのが人として正しいというものです。」

「・・・んな阿呆な。」

めちゃくちゃ言いやがる。とんでも狂信者だな。言葉が通じるというのにまともな会話がかわせない。
こういう相手と話すのって、俺、嫌いなんだよなぁ・・・無駄に疲れるし。

「長々と話してくれたけどさ、結局、あんたは俺を殺すって方向でいいんだな?」

「ええ、そうですね。
 あなたが自ら死のうとしない以上、私が手を下すしかないでしょう。
 それが私たちの仕事であり、存在意義でもあるのですから。」

「そうか・・・だったらさっさと始めようぜ。
 これ以上殺し合う相手と話すのも、俺の性に合わないんでな。」

動かない左腕は、だらりと下げてそのままに。
俺は体から力を抜き、反身をずらしていつでも右腕を動かせるように立つ。

「やれやれ、せっかちな人ですね。
 私はこれから殺す相手だからこそ、一撃で仕留められなかった相手のことくらいは
 知りたいと思うほうなんですけど・・・これ以上は話をしてくれそうにもありませんね。」

俺の体勢から、攻撃の意思を読み取ったのだろう。
リスールは肩をすくめると手に握った木杭の切っ先をこちらに向けた。

「それでは改めて、私、アンリ・ラム・リスールが主に代わって刑を執行します。」

ようやく向こうも始める気になってくれたようだ。
さて、これでどうやって倒すかということに集中できる。
しかし相手の攻撃方法が少し問題かもな。
近寄った気配もなかったことから遠距離から杭を投擲したのだろうが。
今のお互いの距離は目算で約20メートル。
もしかしたら最初の一撃は、もっと距離があったかもしれない。
しかしこの距離で杭を普通に投擲して、これだけ深々と俺の肩に突きさすことができるようにも見えない。
彼女の腕は平均的な女性の腕と変わらない細いものだ。
俺同様、怪力でもない限りありえない。
簡単には抜けないという、先の言葉からも推測できる通り何か術式がかけられているはず。
おそらく対象に向って突き刺さるほどの力を付与させるもの。
後は簡単には抜けないようにする効果ってところか。
この左肩に刺さっているものは本来俺の心臓を狙って放たれたもののはず。
幸い、狙ったところに必中させるとか、そういった能力はないと思う。
こちらは遠距離の攻撃手段がない。あとはどうやって接近するかだな。

『汝を磔刑に処して聖者となす』

リスールが杭を手前に放る。
すると、杭の表面に薄く光る文字が浮かび上がった。
キンッと金属音にも似た透き通った音が鳴る。その瞬間・・・

「!・・・ちぃ!!」

俺にめがけて一直線に、ものすごい速度で杭が飛んできた。
来るのがわかっていたために躱すことは難しくはなかった。
しかし銃の弾丸と同程度の速度は出ているように見える。
放たれた杭は俺が先ほどいた場所の後方、一本の木に突き刺さっていた。
かなりの威力であったはずだが、貫通力はあっても破壊力はないのか。
あれだけの速度なら木の一本や二本くらいなら破砕しそうだが。
ただ突き刺さっているだけのところを見るに串刺しにすることを目的とした術式か。

「あらあら、避けてはいけませんよ。」

「はっ、避けるに・・・決まってんだろうが!」

地を蹴って相手との距離を詰める。
先ほどリスールが杭を放ったことで、今奴の手には杭がない。
他の物を持っていたとしても取り出すのにもタイムロスがあるはず。
腰だめに右手を構え、蛇が地を這うように走る。
この程度の距離なら相手の位置まで、俺は一秒もかからない。

「ぉおあ!!」

下から突き上げるようにして貫手を放つ。
狙うは首。しかしその一撃は相手がバックステップで躱す。
だが一撃目からきれいに決まるとも思っていない。
しかし、追撃を仕掛けようとしたところで、相手の唇が釣り上がっているのが目に入った。
その手には先ほどはなかった杭が握られいている。
俺は危険を感じてすぐさまその場から離脱する。

『汝を磔刑に処して聖者となす』

その言葉の後、また金属音がして高速の杭が放たれる。
今度の狙いは俺の顔面だったらしく、なんとか回避するものの頬をかすった。
後方に跳んで距離を開く。
なんだ、どうなっている?
おそらく先ほどの言葉が術式を起動させる呪文かなんかだろう。
しかしそれよりも先に杭はどうやって出した?
俺は新しく杭を手にする隙は与えたつもりはない。
現に相手はそのような動作は見せていない。
ちらりと目をやると、先ほどの杭は木に突き刺さったまま。
何かの手段で自分の手に引き戻したわけではない。

「あら、おしいですね。かすっただけですか。
 今度はちゃんと当たってくださいね。」

そうやって微笑むリスールの右手には、また新しい木杭。
見た感じ鞄やポーチなど、杭のストックが入るような物は装備していない。
服の下にも、何かを隠しているような膨らみはない。
見た感じこれ以上隠し持っているようには見えないのだが、それは先ほども同じ。
もしかしたらどこかから手元に杭を転移させる術式もあるのかもしれない。

「ふふ、不思議そうな顔してますね。この杭がそんなにめずらしいですか?
 でもこれってどこにでもある枝なんですよ?・・・ほら。」

リスールが左手を動かすと袖口から小さな木の枝が掌に滑るように収まった。
その枝が一瞬で形、大きさを変化させて木杭になる。

『汝を磔刑に処して聖者となす』

両手を交差するようにして二本の杭を投擲してきた。
金属音とともに飛来する弾丸をしゃがむことで回避する。
木の枝か、此処が森の中でないことが幸いだな。
工場跡地で開けた場所でまだ助かった。
もし森の中なら相手の杭はほぼ無制限。弾切れを待ってはいられないだろう。
それでもあんな小さな枝、服の下にあとどれだけあるかわからない。
ここは弾切れを待つのは分の悪い賭けになるな。
なら攻撃に出る。
俺はしゃがむと同時、地面にある小石を拾った。
それを相手にめがけて投擲する。
俺の怪力で投げられた小石は、相手の杭に負けじと銃弾のような速度になる。

「きゃ!?」

それを回避するリスール。
小石は彼女の背後にある廃墟にぶちあたり轟音を立てた。
大ぶりな投げ方であったため狙いも甘かった。まぁ、もともと投球コントロールは悪い方なんだが。
だが弾幕としては効果はあるだろう。これで相手が怯んで隙をみせれば恩の字だ。
俺は姿勢を低くしながら動き回り、地面にある小石を拾っては投げまくる。

「わっ、ちょっ、きゃあ!?」

狙いは甘くても構わない。下手な鉄砲数うちゃ当たるというしな。
無駄な弾も多いが、ふりそそぐ石に相手は回避に専念せねばならず攻撃に移れない。
俺の攻撃方法が接近戦のみだと向こうも思っていたのか、取り乱している。
その手に杭は持っているものの、こちらに投擲できずにいた。
このまま距離を詰めて仕留める。
相手との距離が目算で5メートルほどになった。
背後には廃墟の壁があり、向こうは後ろに逃げられない。
それはリスールもわかったのだろう。表情にあせりが見られる。

「くっ・・・」

「うおらぁああ!!」

俺は地面を砕くようにして全力で蹴った。
アスファルトが粉砕され、土砂とともに散弾となって彼女に襲いかかる。
今度は面での攻撃、相手には躱す方法がない。結果・・・

「ああああああ!!」

轟音とともに壁に土砂とともに叩きつけられることになる。
砂煙が晴れた先には、瓦礫にうずくまるリスールがいた。
修道服はほとんど服としての意味をなさないほどボロボロになっている。
体中に打撲と裂傷があるのが見えることから、かなりダメージを負わせることができただろう。
俺と彼女との距離は既に無いに等しい。

「・・・ぐ・・・ふ、ふふ・・・女性の扱い方が随分と乱暴な殿方ですね。」

起き上がり俺を見据えて、この期に及んで強がりを見せるリスール。
しかしその表情には殺し合いの前の余裕は見受けられない。

「お前の負けだ。折角隠れていたのにわざわざ正面から戦おうとしたのが敗因だな。」

「残念ですがそれも性分であり私の流儀でして。」

「そうか・・・覚悟はいいな?」

「あら、覚悟がないと言えば見逃してくださるので?」

「・・・それはできないな。」

「でしょうね。・・・ですが死ぬ覚悟は私にはまだ有りませんよ。」

「・・・」

死ぬ覚悟がないってことは、こちらに降ると考えていいのか?
それとも勝負を諦めていないということか。

「かといってこの状況であなたと戦いを続けたとして、勝てるとも思えません。
 今回は私の負けで決まりでしょう。」

「だったら降参するか?」

「それも魅力的ではありますが、主に背いてそちらに降ることなどできません。
 だからこの場は・・・とんずらさせていただきます。」

リスールは首に下げていたロザリオを引きちぎり地面に叩きつけた。
俺は警戒して後ろに飛び退る。
次の瞬間、閃光が迸り視界が遮られる。
気づいた時には彼女はいなくなっていた。

「逃げられたか・・・」

周囲にもそれらしい気配はない。
どこかに隠れているようにも見えないことから本気で逃走したらしい。
こんどこそ終わったか、ああ、くそ。
今回の仕事は比較的楽なはずだったのになぁ。
左肩には深々と突きささった木杭。
今は栓の役割をはたしているのか流血は少ないが、ひっこ抜けば血は結構出るだろう。
むしろ根を張っているような感覚があるために余計ひどい状態になるかもしれない。
治療できる場所に行くまでこのままにしておくか。

「はぁ、また梓に迷惑かけるはめになっちまったな・・・」

これから治療を頼みに行く妹のことを考えて、俺はため息をついた。








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