チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[20629] 俺と鬼と賽の河原と。生生世世 (ほのぼのラブコメ)
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:293bbc95
Date: 2010/08/02 00:00
俺と鬼と賽の河原と。








 石を積み、崩される。それを繰り返す。不毛なこと、この上ない。

 しかし、ここにおいてはそれが奨励されている。

 ここは賽の河原。死人が石で供養の塔を作る場所だ。

 故に。

 ここに鬼がいるも道理。積むのが親不孝者ならば、崩すのは鬼。

 そう、この物語は、俺と鬼との仁義なき戦いの序曲である。




「おはよう薬師、今日も積んでるね」

「ん、おはようさん。今日も金棒が似合ってるな」




 とか思ったがまったくもって気のせいだ。




「金棒が似合ってるって何さっ!」




 俺の名前は如意ヶ嶽にょいがだけ薬師やくし。賽の河原でアルバイトしている。









俺と鬼と賽の河原と。生生世世










「まずは落ち着いて無造作に振り上げた金棒を下ろしてくれ。話せばわかる」


 さらさらと、川のせせらぎが聞こえる石の絨毯の上。そこから川を見れば、日の光を反射し、水面が輝いている。

 本日も晴天也。しかしここは地獄で三途の川。

 うっかり死ん出ここにいる俺こと、如意ヶ嶽薬師。無論名の通り、伸ばしてる訳でもこまめに短くしてる訳でもない黒髪と、覇気の感じられないと評判の黒い目からして、日本人だ。少なくとも、アジアの他の国民ではない。

 そんな俺は、よれたスーツに身を包み、飽きもせずに河原に胡坐をかいて石を積んでいる。


「あ、ごめん」


 そして、軽く謝って、金棒を地面に付けた女性を、さきという。

 さして背が高い訳でもない俺より随分と小さいのだから、それはそれは小柄な体躯。

 腰まで垂らした紅い髪をかき分けるように、頭部には角が生えている。

 まあ、正直言えば、小柄体型っていうより、まあ。ああ、夜の街を歩いていたら補導されるであろう外見である、と。

 それに拍車をかけるのが、服装、英語で言うならファッション。横縞赤白のトレーナーに、ジーンズ生地のホットパンツという奴だ。それはもう、まるでこど……、もとい若々しく見える。

 そんな彼女が、河原で石を積む俺の担当の鬼だ。


「それで、崩しに来たんだけど……、相変わらずてんで積んでないね」

「俺に何を期待してるんだ。俺が真面目に働いてたらどーするよ」

「あたしは明日に後悔のないように生きるね」

「俺が真面目に仕事したら明日世界は滅ぶ宣言、これは手痛い」


 話しつつ、前さんは俺の目の前に申し訳程度に積んであった塔を崩す。

 この手順を踏むことにより、供養となって、三途の河向こうの人々の精神安定に繋がるらしい。

 詳しい話は知らんが、俺らと違って、転生待ちの人間は精神的に不安定なんだとか。日々を無為に過ごして、全部の記憶を消されて次の人生へ向かうのを待つ、というのだから安定しないのも、まあ、わからなくもないが。

 更に、俺の生前の世界辺りは少子化の国がどうの、人口が偏るだの、生物絶滅云々で、転生待ちは多数ながら転生先は少ないという現状。

 地獄なんていう幻想的な場所なのに、実情は現実的で非常に世知辛いことこの上ない。

 まあ、ぶっちゃけると地獄的には転生待ちで溢れかえっててバイトでも募集して供養しないとおっつかない訳だ。


「よく考えてみたら……、誰も木には転生したくねーよなー……」

「いきなり何さ?」

「いや、なんとなくな」


 ただ、まあ、大多数は結局転生を選ぶ訳で。そりゃあ、社会的地位も、友も家族も無しで他の世界に放りだされりゃ大抵そうする。

 そんな中、地獄に残るのは、大抵が変人だ。

 銀細工作って露店で売ろうとする才能の無駄遣い錬金術師が俺の家でニートしていたり。

 昔山で大天狗やってた女が今では俺の家でニートしていたり。

 ……すまん。これはまともではない例だ。まともな人間も存在する。するさ。


「どうでもいいんだがさ。昨日テレビ見てて」

「またいきなりだね。しかも薬師がテレビとか」


 俺を一体何時代の人間だと思ってるんだ前さんは。


「謙信が建立した寺って言ってたんだけどな」

「うん」

「謙信が混入した寺って聞こえたんだ」

「果てしなくどうでもいいね」

「謙信、また混入。と新聞の一面を飾るのかと」

「学校のパンとかに混入してて集団食中毒とか起こるの?」


 ここに来て、色々な出会いがあった。

 喋る丸太。喋る刀。三本足の梨花さん。適正年齢を過ぎた花子さん。全裸で校庭を走り回る二宮金次郎。家の前にいるのと携帯に電話をかけて来たが、俺はその時外に出ていたという空しいメリーさん。

 ……まともな出会いを寄越せッ!!


「薬師、怖い顔してるけど、どうかした?」

「いや、出会いが欲しいな、と」


 怪訝そうな顔の前さんに、俺は慌てて首を横に振る。

 そう、出会いが欲しいんだ。まともな人間と、まともな出会いが。

 元テロリストだからって銃器を持ち出すような出会いは御免なのだ。

 しかし、俺の言葉に前さんは驚いたような、それでいて蔑んだような目で俺を見つめていた。


「ま、まだ欲しいのっ!? 出会いが?」

「……え、駄目なん?」

「そ、そんなに今の生活に満足できてないの?」

「いや、そう言われるとそうでもないんだが」


 別に今に不満がある訳でもない。

 しかし、前さんは何故だか、悲しげな眼をしていた。


「あたしみたいのじゃ……、そんなに不服……?」


 何故だかはわからんが、とりあえず俺は首を横に振る。


「いや、やっぱ出会いはいらねーかな」

「え?」

「うん、いらねーや」












 ――どうせこれからもロクでもねー奴しか出て来ない予感がひしひしするからな。













「……そっか。じゃ、今日も頑張ってはたらこっか」

「嫌だっ、俺は今からこの手ごろな大きさの石をモアイにする作業があるんだっ」

「な、なんでモアイっ?」

「できたらやるよ」

「要らないからっ!」

「わかった、できるだけ愛嬌のあるモアイにする」

「働けっ! 川に落とすよ!?」

「やめてくれ、流されて海のもずくになる。ヘルシーで美容にいいのは御免だぜ」

「もうっ、仕事してよっ」

「いいのか? ……世界が滅ぶぜ?」

「グーチョキパーどれが好き?」

「選ぶとどうなるんだ?」

「拳と眼つぶしと平手どれがいい?」

「何その三択。俺はせっかくだから拳を選ぶぜ」

「通だね」

「ごふうっ」


















 それから数時間経って、仕事は終わった。





 地獄にだって太陽はある。まあ、実際に星が回ってるのか、と言えばそれは違うが。

 しかし、まあ、地に足付けて生きるもんにとっちゃ丸くて遠くで光ってりゃ太陽で十分だろう。

 立って見る視線の向こうの赤い太陽。夕暮れの橙が、前さんの赤い髪を更に赤く照らしている。

 そんな帰り道を、途中まで、と俺は前さんと歩いていた。

 ちなみにあの後、何度も前さんの目を盗んではかりかりとモアイを掘っていた。

 尚、完成したモアイは完成と同時に前さんの手により水底へ、今頃海のもずくだろう。


「へっくしょいっ!」

「薬師、風邪?」



 前さんが、心配そうに声を上げる。しかし風邪ではない。


「服着たまま川で水泳した結果だな。どうしてくれる」


 どう考えたって、川の水に濡れたせいだ、間違いない。

 モアイのジョン・スミスごと川底に沈められた記憶は俺の気のせいではないはずだ。


「う、ごめん。やりすぎた」

「むしろもずくとなったジョンに謝ってくれ。今頃モアイから藻哀になってるよ」

「ていうかなんでジョン・スミスなのさ」

「なんとなく、な……」

「もう既にその時点で結末が決まってた気がするけど」


 そりゃあ、まあ。ジョン・スミス身元不明死体、なんて皮肉い名前だ。ちなみにリチャード・ロウとどちらにするか迷った。

 と、そんな時、不意に前さんがくしゃみする。


「へっぷしっ」

「……どうした? 風邪かね?」

「多分薬師と一緒に川に落ちたせいだと思うよ」

「そいつは災難だったな」

「勢い余ったから自業自得なんだけどね」


 ぽたぽた、ぽたぽた、ぽたぽたと。

 地面に水滴垂らしながら、二人で歩く。

 隣を見れば、赤い髪に雫が滴っていた。

 なんとなく、それが気になって、俺は手を伸ばす。伸ばしたのだが、歩きながらで目測誤る。


「ひゃんっ」


 俺が触ったのは、予想に反して、髪でなく耳であった。

 予備知識だが、前さんは耳が弱点である。試験にも出る。

 そして、そんな弱点をつかれた前さんは、それこそ耳まで真っ赤にして、こちらを見た。


「薬師っ、一体何を……、ひんっ、やめ……、あっ」


 ここで止めたが最後、金棒である。避けるのも濡れて疲れた今面倒なのだ。

 今日はこのまま逃げ切るぜ。


「や、薬師……、こういうことは――」

「いや、なんかすまん」


 と、思ったが無理だった。

 腕を前さんに掴まれる。結果、脱出不能。

 そして、彼女はそのまま俺の腕を取り、抱えるように抱きしめた。


「悪いのはこの腕っ?」


 ……まずい、もがれる。話を変えよう。


「つか、濡れるぞ? 上着の中まで浸透済みだからな」


 そう考えて、俺は見上げる前さんに俺は忠告するのだが、そんなことは関係ない、とばかりに前さんは力を入れてくる。もげるもげる。


「ん……、いいよ。もうぐちょぐちょだし」

「まあ……、それもそうさな」

「そういうこと」


 ま、俺もびしょぬれなら、前さんもびしょぬれ。

 知ったこっちゃないか。まあ、なんとかもげる心配もないようで助かったぜ。既に力は抜けている。

 ただ、なにはともあれ。


「――風邪、ひかねーようにしないとな……」

「そうだね……」


 二人して明日休んだりしたら、笑い話もならないぜ。










 今日も平和に阿鼻叫喚。

 そんな地獄。

























―――

後書きの様な前書き。


このお話は、俺と鬼と賽の河原と。の2スレ目です。ジャンルは、ほのぼのラブコメ。
まあ、掻い摘むと、主人公、薬師がフラグ立てたり、フラグ補強したりしつつも回収しない物語。



1スレ目に関しては、こちらのURLをアドレスバーにコピーペーストしていただくか、もしくはオリジナル板で作者名か作品名で検索をかけてくださると見れます。


http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=7573



まあ、少のことに目を瞑り、キャラ紹介を読めば、1スレ目は読まなくても問題ないと思います。





―――




こっから後書き。

という訳で2スレ目突入です。とりあえず2スレ目始めなので今回だけは第二期始まりみたいなノリで。少々短かったですが。
次回からは平常運航です。では、俺と鬼と賽の河原と。生生世世でよろしくお願いします。






返信。


奇々怪々様

ヤンデレが現れた! たたかう ニアにげる これだけやっても動じない薬師が憎い。スパイクボールに滅多打ちにされてください。
告白されてものらりくらりとかわすその態度、許せんっ。いい加減に刺されるんじゃないですかね。いつか蜂の巣とか。
峰斬り、協力は義経さんで。刀を傷め相手を一刀両断する技。無駄なことこの上ないです。銃も刀も駄目とか駄目駄目ですねこの天狗。
そして、常にこの天狗、フラグ立てからして自分に罠張りまくってるんですけど、この回避っぷりは半端ない。集中に閃き、あと見切りでもついてんですかね。


悪鬼羅刹様

ヤンデレ→危険思想、テロリスト→過激思考。この見事な調和。過激なヤンデレが発露いたしました。
恋は盲目、愛は爆発。そろそろ薬師も死ぬんじゃないでしょうか。想いが重いです。
まあ、なんていうかガチモンのヤンデレに銃器持たしたらいかんということだけははっきりと理解いたしました。まだドロドロしてたりしない俄かヤンデレでこれだから、本物はもっとやばいでしょう。
というか、ビーチェはルール無しの銃器なんでもありの決闘だったから行けないんじゃないかと思います。これ、もしも銃一丁の早打ち勝負なら薬師に勝ちめないですよ。


FRE様

とりあえず、薬師は音速超えれそうな上、先読みスキルがあるので、やっぱり爆撃しかないですよね。
ただ、もう核でも落とさないと駄目なんじゃなかろうかとは思わなくもないです。脱兎の如き逃げ足的に考えてみると。むしろ大妖怪沢山呼んでくるしか。
あと、なんでハートに矢なのか、未だに納得できてないので、弾も矢も同列です。こう、撃ち落とす的な意味ならどちらでも可で。
そして、自分もなんだか百話目がつい最近な気がします。……ひゃくよんじゅういち……?


光龍様

片づけは捗ったと思った瞬間に畳み掛けるのが一番だと思います、とこまめに片付けれない私ですがなんか言ってみます。
いやあ、前回の乱射魔事件ですが、ビーチェというキャラがテロ組織所属ってなった時点で、実は決まってたんですよね。
ただ、薬師に取り入る云々の話の関係で、事件収束出せなかったりして、今か今かとタイミングをはかってました。
そんなトリガーハッピービーチェさんでしたが――、薬師への同情のコメントは一個も存在しておりません。


通りすがり六世様

まあ、まだヤンデレ初期症状だと思います。本格派ヤンデレと比べると足下にも及びません。こう、主人公の内臓抉って楽しむ派とか、周りは皆殺しだ派に比べると全然常識的です。
ただ、まあ、前シリアスにて、薬師の背を刺した当たりも含めて、素質はあった気がします。
問題はこれからの薬師のさじ加減ってやつですね。それ一つで、病むか病まないかが決まります。薬師なら匙投げそうですけど。
あと、やっと新スレです。すっきりし過ぎて落ち着かない勢いです。嬉しいような、寂しいような。


志之司 琳様

試験にレポートお疲れ様です。自分はそろそろ夏休みで――、小説書くことくらいしか、やることがない……。

じゃら男
結婚しろとなんど言われれば気が済むのか、じゃら男。正直言ってカウントダウン始まってますよ。
AKMとかアウトオブ眼中で、甘い空間繰り広げ追ってからに。
なんとなく、薬師より甘い気がします。なんででしょう。

しょた
メリーさんはその内出したいと思います。単発でも一回くらいは回想じゃなくて本編登場させたいです。
藍音さんは、あと少しで拉致監禁に至る所でしたね。珍しく自重しました。
憐子さんに関しては、もう服を着ろと言っても無駄なのかもしれません。薬師が目を逸らすしか。


決闘
間違いなく、この小説中最も危険な人物はビーチェ。いつの日か創意工夫で薬師を撃ち殺しそうです。
頑張れビーチェ、お前の活躍を皆が待っているっ!! 本当に薬師の心臓ぶち抜いてくれませんかね、彼女。物理的に。そして、噛み合わせる気がまったくなさ気な暴走乙女と不動の天狗のおかげでベクトルが完全に逆方向です。自分の首締めとるよあの人。本当に撃ち抜かれてくれ。

そして、百四十もやって結局浮いた話の一つもないって、もう私に攻略法がわかりません。







最後に。

メインヒロインは前さん。これはガチっ。



[20629] 其の二 俺とどうかしてる日常。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6975828a
Date: 2010/07/29 22:08
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 俺の日々は、仕事と休みの繰り返しだ。

 昔々、生きていた頃はそれなりに忙しかったのだが、今ではそんなこともなく。

 そして、非日常もそこには存在しない。





 と、思っていたのだが、






「ご主人ご主人っ、早く起きないとご飯無くなるよっ」






 喋る黒猫によって起床するのは、果たして常識的に考えて日常なのか。

 最近よくわからなくなった。













其の二 俺とどうかしてる日常。












 今更違和感の欠片も無くなっているが、普通の猫は喋らない。


「ご主人、どうしたの? 深刻そうな顔して」


 そのように、深刻そうな原因の、黒い猫が語りかけてくる。

 その声は、高い少女のものだ。


「……俺が一般人か逸般人かの瀬戸際なんだ」


 縁側で頭を抱えること数分、答えはまだ出ていない。


「あっはっは、ご主人が一般人とかなんの冗談?」


 ざっくりと、俺の悩みを悪い方向で一刀両断し、彼女は俺の膝に収まった。


「いや……、喋る猫くらいなら誤差の範囲内だろ。一般一般」

「じゃあ、これでどうかにゃーん?」


 瞬間、ぼんっ、と音が響き、黒い猫が煙に包まれたかと思えば、俺の膝には少女が収まっている。

 背中位までの黒い髪を後ろで二つに縛った、なんと言えばいいのだろうか、とりあえずゴシックロリータと呼ばれる類の服を着た、猫耳の少女である。


「にゃん子さんよ。いきなり人間に戻ると驚くからやめてくれんかね」


 そんな俺の抗議を無視して、にゃん子は俺を見上げてにやにやと笑った。


「これでも一般?」

「……猫が人間に変身する位はどこの一般家庭でも……」

「しないよ?」

「そうかもな。だがそうじゃないかもしれない。世界は広い」

「いいこと言ってるように見えるけど、事実を認めたくないだけだよねっ」

「いや、だってなぁ……、一般人じゃないことを認めると閻魔に変な仕事を回されやすくなっちゃうだろ」


 いつも一般人に何させる気だよと断ってるのに。


「結局逃げきれてないんだしいっしょいっしょ。そんなことより構ってよっ」

「構えって、お前さん」

「難しい顔してないでにゃん子を撫でたり、擦ったりするといいよっ」


 それきり、にゃん子は何も言わないが、しかし期待する目で膝の上から俺を見上げてくる。


「……」


 結局、俺は俺の意志の折れやすさを再確認するだけであった。


「……あは、もっと撫でて」


 気持ち良さそうに目を細めるにゃん子に、俺は逆らわない。

 尻尾を縦にぱたぱたと振るにゃん子を俺は撫でる。


「楽しそうだな」

「楽しいよ?」


 そうして、少しすると、にゃん子はごろごろと喉を鳴らす。

 人間状態でも、鳴るのか、それ。


「ところで、なんで猫ってごろごろ言わすんだ? 喉を」


 なんとなく出て来た素朴な疑問。

 通常は推測でしか語れない問題だが、しかし、この状況なら聞けば答えがはっきりする。


「んー、それはね」


 にゃん子は、口元に指を当てて勿体ぶる。

 俺は何も言わずに次の言葉を待った。

 そして、


「安心の表現だよ。人間が笑うのと一緒、だから聞いてくれる人がいないと鳴らさないの」


 なるほど、だから自分で毛づくろいしても鳴らさないのか。

 まあ、確かに鏡に向かって微笑んでも空しいだけだ。

 そんな風に俺が納得していると、にゃん子は俺の胸元に頬を擦り付ける。


「どうした?」


 俺が聞けば、にゃん子はすりすりと楽しげに続けながら言った。


「匂い付け」

「そうかい」

「よくこの辺がいずくなるんだよっ、覚えといてねっ」

「へいへい」


 俺は、生返事してされるがままになる。

 それから、しばらくの間匂いつけされていたのだが、不意ににゃん子はどろんと猫に戻った。

 そして、しれっと呟く。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「聞かないこともない」

「お風呂入れてよご主人」

「お前さん、普通に人間形態で入ってるだろうに」

「いやいやご主人、色々あるんだよ? 猫のシャンプーはノミ取りとかそんな感じの」

「いやぁ、俺とお前さんじゃ問題あるだろ」

「猫状態なら問題ないよねっ? そ、それともご主人、道端の猫にも欲情する様なへん、た……」

「洗ってやろうじゃねーか。まるで汚れた着物の如くにっ」

「おっけー、じゃあ早く行こうよご主人っ。もうお湯張ってあるんだっ」

「お? おう、ああ」


 なんだか、にゃん子にはめられた気がしないでもない。

 そんな風に思ったが、今更どうすることもできなかった。
























 飼い猫を風呂に入れる位なんのこともないはずだが、喋るとなるとそれはそれで微妙な感じだ。

 そもそも、猫を風呂に入れるのは初めてだ。

 生前にゃん子を拾って帰った時に、泥だらけだったから洗った事はあるものの、あれは風呂に入れたとか言う話ではない。

 ジャガイモを洗うのと同じ領域だ。


「かゆいとこないか?」

「ご主人のそういう、やるとなったら真面目にやっちゃうとこ、好きだよ」

「かゆいとこないか聞いてるんだが」


 俺の好き嫌いは問題ではない、問題は慣れない事をしてることであり、慣れてない以上はにゃん子の協力がなければ猫を風呂に入れるなど満足にできないことだ。

 しかし、そんな質問ににゃん子は首を横に振った。


「んーん、いい感じ。気持ちいいにゃー」

「そいつはよかったな」


 しかし、休日にワイシャツの袖をまくって猫を洗うのも悪くはないようなしかしよくもないような微妙な感じだな。

 ちなみに、休日なのに仕事に行こうとして着替えてしまったのは秘密だ。

 我ながら馬鹿な真似をした。

 少々恥ずかしい事実を考えないようにしつつ、にゃん子の毛並みを泡だらけにしていく。

 ちなみに猫用シャンプーなるものが使用されている。


「まったく、人様より豪華だな。お猫様ってやつは」


 これで人間用のものも使うのだから、一種類しか使わない俺に謝れ。


「ふふー、女の子には色々あるんだよー」

「にしても、今回は大人しいな」

「んー?」

「間抜けな声だしおって。俺の記憶じゃ初め風呂に入れた時随分暴れた気がするんだがね」


 そう、まるで世捨て人のようにその黒い毛を埃や泥で灰色に染めたにゃん子を家に連れて帰った時、俺は初めて猫を洗うという経験をしたはずだ。

 その時はめったらに暴れた記憶があったのだが。

 そんな俺の記憶とは対照的に、楽しげに、ころころとにゃん子は笑った。


「あはは、当然当然。だってさ、いきなり拉致されて水でじゃぶじゃぶやられたら誰だって怖いってご主人っ」

「む、確かにな」

「これでもにゃん子はあの時子供だったから、ご主人は少女誘拐犯だねっ」

「そいつは人聞きが悪すぎるぜ」


 あの時は、こんなことになるとは思ってなかったのだ。

 まさか、ただの猫が死んで地獄に来て見れば猫又になっているとは。

 ふう、と俺は溜息一つ。本当に、なにをやっているのだか。

 にゃん子にはめられている気がしてならない。そもそもにゃん子を蚤ごときでどうこうという時点でどうかしている。

 そんな、残念な気分の俺に、にゃん子は向き直った。

 そして――、


「ところでご主人、こういう趣向はどうかな?」


 どろん、と煙。こいつはどう考えたって。


「おいにゃん子……、自重しろ」


 疲れたように頭を抱える俺の前に立つのは、一糸まとわぬ姿の泡だらけの少女であった。

 正直な話、だからどうこうしようと言う気も起きないのだが、しかし、この状況は傍から見れば倫理的にまず過ぎる。


「俺は出るからな――」

「えいっ」


 出る、と言って踵を返そうとした瞬間、そんな声が響いて、次に思い切り俺に水が掛かった。


「おい……」

「濡れちゃったにゃー、ご主人。どうせだから入ってこうよ、お風呂」

「断るぜ。とりあえず着替えてこよう」

「にゃー……」


 残念そうな声を上げるにゃん子を背に、俺は歩き出す。

 そんな最中、風呂場ににゃん子の声が響く。


「にゃっ、シャンプーが目にっ。あうあうっ!」

「おい、大丈夫か……、あ」


 振り向いた俺の視線の先。

 そこでは、にゃん子が楽しげに笑っていた。

 ――罠だ。


「優しいね、ご主人。そういうとこはもっと好き。だけど、騙され易すぎるんじゃないかにゃー?」


 また、はめられた。

 この後、俺は浴槽に放り込まれることとなる。

 その後どうなったかは、想像にお任せしよう。

























「いい湯だったね」

「俺は疲れた」

「つれないにゃー」

「つれて溜まるか」


 真昼間から風呂につかる贅沢を終えて、再び場所は縁側へ。

 そして覚えておけにゃん子、服を着たまま浴槽にぶち込まれた恨みは忘れないぜ。


「にゃーん」


 人間状態のにゃん子は、縁側に寝そべる俺の上を、軽やかに跳んで越える。

 行ったり来たり、それを繰り返す。何故だか、にゃん子はこの行為を好き好んで繰り返す。


「なんの呪いにかける気だよ」


 猫又は、人を跨いで呪いをかける。

 果たして俺に何の呪いをかけるつもりなのやら、と聞いてみれば、にゃん子は何故だか俺を跨いで立ち、腰を曲げて俺を見下ろした。


「のろい? のんのん、おまじないだよっ」

「まじない?」

「知ってる? のろいもまじないも、呪うって書くんだよ?」


 聞いたことはある。俺は人を呪いもしなければ、まじないにもまったく興味がない、というかそういう細かなことに向かないので知っていようがいまいが所詮無駄知識だが。


「――ご主人といつまでも一緒に居られますようにっ。これはのろい? それともおまじない? どっちかにゃー?」


 問いかけるように、にゃん子は笑った。

 まあ、確かに。ぱっと聞いた感じ、微笑ましいおまじないに聞こえるが、未来永劫縛りつける、という意味でならのろいにしか聞こえない。

 だが、まあ。


「どっちでもいいけどな」

「にゃー?」

「結果は一緒だろ。それが嫌じゃないならば」


 正直本当にどっちでもいい。

 そんな風に投げやりに言葉を紡ぐと、にゃん子は歩いて俺の頭の上側に移動した。

 寝そべっている俺の頭の上側故に、俺はそこに座るにゃん子の背しか見ることはできない。

 果たしてどうしたのだろうか、と考えた時、にゃん子は不意に呟いた。


「まあ、効果が出るかわからないから、おまじないなんだけどにゃー……?」


 確かにまあ、そうだ。俺にはにゃん子の呪いは効きにくいらしい。当然と言えば当然なんだが。

 だが、しかしだ。


「効くんじゃねーの?」

「ふにゃ?」


 正直に言って、俺がここからいなくなる予定がない以上、にゃん子に置いていかれない限りはずっとこうだ。


「むしろ、効くまで頑張れよ。あと五千年位」


 手段と目的が逆転する気もするが――、まあ、それも面白い。


「――にゃーん」








 問題があるとすれば、猫と縁側という状況が年寄りの代名詞な気がすることだろう。

 他は――、特にない。




























―――
にゃん子さん、猫形態を巧みに使うことでやりたい放題。
さて、キャラ紹介を作って見ましたが、既に作ってあった元々の設定集がなんか文字化けしてて、書きなおすのに一晩かかりました、不思議。
そもそも、「ァ・ケベ化ビ師」って何師だよ。多分薬師の紹介欄だと思うんですけどね。










返信。


kiuh様

はい、二スレ目です。ありがとうございます、これからもまだまだ続くっぽいので頑張ります。
まあ、なんだかんだとメインヒロインは不動ですね、ええ。一番地味な気がしないでもないんですけど、シリアスもないし。そこがいいのかもしれませんが。
さて、二スレ目どうなるのか。今の所新キャラの予定は、ない、です、多分。ない、と、思います。
あ、柱とかメリーさんとかは新キャラじゃないからセーフですかね? え、セーフじゃない、あ、はい、そうですか。


SEVEN様

果てしなくすっきりしました。色々と。一話しかないんですよ、本当にびっくりです。
前スレの終盤となれば、消した記事のログが残ってるのか、最新記事を七、八回上に動かす操作をしないと一番下から動かせないのに新スレは一発です。楽です。
そして、エロいシチュエーションですら何も起きそうにないこの薬師、本当にどうしましょう。
今回だって裸の女の子と、お風呂で、なはずなんですけどね、どう考えても気がふれてるとしか。


長良様

商業とか無理です、確実に。まあ、よくもわるくもそんなことは有り得なさ気なので、ご安心を。
まだまだ俺賽は続く模様です。本当にいつまで続くんだか。何時になったら薬師がエロい事に目覚めるのか。
私が萌え尽きる日はいつになるやら、見当もつきません。ただ、どう考えても最終回が凄まじい長さになることだけは読めました。
これは最終回を書かないためにまだまだ続けないと、と続ける度に最終回書くことが増えるフラグですね。


春都様

じゃあ、超ヒロインが由比紀で、娘ヒロインが由美で、ニートヒロインが銀子、バカヒロインが春奈で、ペットヒロインがにゃん子。
そして、猫耳ヒロインが李知さんで、ヤンデレヒロインがビーチェで、裏ヒロインが愛沙。そして、地味ヒロインが暁御ですねわかります。
そして、お色気担当が酒呑。これはガチ。果てしなく誰得なのかわかりませんけどね。
ただ、まあ、薬師の責任的に、これ位で丁度いいと思います、色々な意味で。


スマイル殲滅様

まだまだ、叡智の結晶はとどまる所を知りません。まだやってないネタが沢山あるんですよ。
ええ、角がどうとか、角がどうとか、角がどうとか。角ばっかりやん。まあ、なんというかね、その辺をやりたいんです。
勿体付けてやれないまま一スレ目が終わったんです。今スレでこそ頑張りたいな、と。
藍音さんもね、色々と、そのスカートの中とか、本当に薬師との関係は健全なんですか、とかその他諸々ね。やりたいんです。


通りすがり六世様

いやはや、やっぱりなんだかんだとメインヒロインは前さんです。ええ、間違いなく。
ああ、でも前回の話はジョンがヒロインじゃなかったとも言い切れない気がしないでもなくはないかもしれない。
ジョン、果たして再登場するんでしょうか、あのモアイ。引き上げされるのか、それとも海のモズクとなるか。
そんなのはともかく、前さんはきっと二スレ目で本気を出してくれるんだと勝手に期待します。私が。


奇々怪々様

薬師が人に告白なんてどう考えても宇宙の法則乱れてますよね、絶対に。あり得ないです。次元崩壊の予兆ですね。
そして、謙信の混入したパンなんか食べたら、なんか集団出家とか起こしそうだと思います。それはもうカオス。
賽の河原で作ったモアイは、なんか御利益がありそうな、呪われそうな不思議。魔除けにはなるかもしれない。
後、薬師が風邪をひいたら、明らかに看病イベント発生の予兆。それはそれでいいのか悪いのかわからない。


Delera様

突貫・工事ッ!! ということで、設定書き起こしました。これで大丈夫だと思います。前スレの紹介を修正しようと思って早数カ月、遂に文字化けとか色々乗り越えて完成です。
まあ、なんか紹介がカオスな事になってるような気がしないでもないですが、とりあえず大体の事はわかる気がします。
流石に、一話から読みなおすのは、なかなかの苦行ですからね、我ながらそう思います。自分なんて見直してて寝オチしました。
と、まあ、とりあえず、もう少し書きなおしたりとかあると思いますがこんな感じで。


リーク様

なんかですね、前書きにいきなりこのお話を読むには前スレを読んでね、って書いてるのって、たまに忌避感を覚える時があるんですよね。せめてどんな話か読んでから前スレの方を見に行きたいなーと。そんなこんなで、二期一話のようなお話が。
とりあえず二期からだけでも読めればいいなとは思うんですけどね。まあ、一スレ目から見てる方には関係ないお話なのですが。
ああ、あと単にこういう二期始まりみたいなの好きなだけなんですけどね。ええ。


光龍様

なんか、久々に、というか一区切りとして前回の話を書きましたが、なんか気分が一新しました。
とりあえず、気分爽快、心機一転、前スレでできなかったことをどんどんやりたいなと考えてます。
エクスマキナとか、竹取翁とか、ブライアンとか、他にも、法性坊とか、……野郎ばっかりだっ!!
ともあれ、なんだかんだとメインヒロインの座を守り続ける前さんです。日常の象徴というか、俺賽の象徴と言えなくもないです。


志之司 琳様

いやぁ、一発で見破られるとは。薬師もなんというかまあ、エロ方面のことも含めて信頼されているというかわかられてると言うか。
でも、やっぱり乙女(断じて乙女である)たちとしてはどう考えても戦いの日々。無敵要塞薬師に挑む絶望の日々ですよ。
そして、前さんはシリアスもない代わりに浮き沈みも少なく安定感抜群。派手さはないが、堅実であるという、メインヒロインとしてはどうなのかわからない仕様です。
ただ、薬師は日常的に腑抜け過ぎるんだと思います。もっと日常的に警戒して生きていないからどんどんフラグが……、フラグが……、服着たまま風呂入って風邪ひけばいいのに。


Eddie様

お久しぶりです。書いてて自分でも新鮮でしたよ、前回は。なんだか知りませんけどテンションあがりました。
ただ、どこまで設定ぶっこもうかと迷ったりもしましたけどね。全部話すと設定だけで話が終わるという不思議。
それに、全ヒロイン出して紹介をと思いましたが三秒でやめました。ええ、何キロバイト使う気だ、と。
結局前さんに落ち着きました。こういう時自然に名前が出てくるからやっぱりメインヒロインです。まあ、トリップについては自分もよくパスワード忘れて焦りますからね。メモでもしなきゃすっかりですよ。


悪鬼羅刹様

いやぁ、自分もね、最期がヤンデレっていうのはどうなんだと思ったんですがね。なんといいますか。
ああ、あと、百五十まで行ってから変えようかなとも考えたり。正直百四十一って中途半端だぜひゃっほいとかも思ったんですが、まあ、その辺は作者の都合かな、と。
重くて見にくいんです、って方には関係ないですよねー。まあ、薬師だから仕方ないです。ヤンデレでも。薬師のせいです全部。
そして、出会い、ですか……、それはもう山に行って天狗になるしか。そもそも私も学校での関係者すら九割九部男ですからもうどうしようもありませんしね! 保健室に行かないと野郎意外と関わりがないですよ。












最後に。

最近、猫が可愛すぎて生きてるのが辛い。



[20629] 其の三 俺とメイドと妙な気配。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d1eb5c28
Date: 2010/08/01 23:57
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 朝起きたら、目の前に、銀髪のメイドが横になっていた――。

 いつも二束に毛先の方で縛って肩に垂らしている髪は今に限っては自由に遊んでいる。

 そして、俺が目を開いたと同時に、彼女もまた、青い瞳を開いていた。


「おい藍音」

「……なんでしょう」


 藍音は、こちらを見たまま微動だにしない。

 この様子だと、なんとなくガン見されてる気分である。

 しかし、問題はそこじゃない。問題は、藍音を俺が布団に入れた覚えがないこと。

 要するに。


「……三秒に十二回程の勢いで何故ここに居るのか問い詰めたいんだが」

「薬師様」

「なんだ」

「それは一秒に四回のペースだと思いますが」

「黙らっしゃい」

「はい」


 言って、黙り込む藍音。


「いや、やっぱり訳を話せ」


 そして、今度は俺がため息交じりに言うと、藍音はいつものように無表情で返した。


「最近、にゃん子に朝起こす仕事を取られていますので」

「……ここで待機しておけば問題ないと?」

「はい」

「帰れ」

「ここが私の帰る所です」

「土に帰れ」

「……薬師様に踏みしめられるならそれはそれで」

「空に帰れ」

「いつでも見守っています。四六時中、じっとりと」

「千の風になれ……、やっぱ駄目だ」

「そうですか」

「まあ、そんなことは置いておいてだな。野郎と女が同じ布団においそれと入るのはいかんと思う訳だ」

「貴方が相手では間違いの起きようもありませんし、起こってもむしろ望む所なのでノープロブレムです」

「俺に問題が出るから。よくわからんが体は大切にすべきだ」


 なんだ、俺に間違いを起こさせて一体何の得があると言うのか。

 よくわからんが、お断りだ。いや、よくわからんからお断りなのか。

 ともあれ、にべもなく断った俺に、藍音は一旦考え込むようにしてから、口にした。


「では、やはりベッドにしましょう」

「は?」


 藍音の言うように、今の俺は布団を愛用している。日本人は一日を布団で初め、布団で終えるべきだ。

 というのは、ベッドが苦手な俺談である。

 しかし、何故ベッドだ。縁側までついた和風建築にベッドは似合うまいに。


「なにゆえに」


 俺がそのままに問えば、藍音はしれっと答えた。


「ベッドの下で常に待機しておけば問題ありません」

「……戦地に帰れ」

「いやです」




















其の三 俺とメイドと妙な気配。


















「よぉ。なんのようだね」


 とある、立派なマンションの一室に俺はいる。

 そして、俺の前に居るのは、閻魔だ。

 三つ編みにセーラー服の、閻魔だ。

 閻魔なんだ、これが。


「こんにちは。まずは座ってください」


 さほどでかくもない俺よりも小さい閻魔は、控えめに見ても女子高生にしか見えない。

 中学生でも通る気がする。しかし、何も言うまい。

 黙って、俺は閻魔と対面するようにソファに座った。

 それを見計らって、閻魔が声を上げる。


「今日来てもらったのは他でもありません」


 河原で石を積んでいたら不意の呼び出しだ。あまり愉快な用件ではないらしい。

 閻魔の声は、いつもより堅かった。


「貴方に少々協力してもらいたいことがありまして」

「断る」

「話ぐらい聞いてくださいっ」

「一般人に何させるつもりだ。物騒なことさせるんなら配管工でも探してこい。きっと金属化とかできるから」


 一般人なのかどうか悩ましい俺だが、しかし、別に治安維持課とかそんな感じの部署に所属している訳でもない以上は一般人である。

 むしろそう主張し続けるのだ。権力には屈しない。

 第一、閻魔がこういう話をして、ろくなことになった覚えがないのだ。


「大丈夫です、多分そこまで物騒なことには……、ならないかと。それに今すぐどうこうしろというものでもなくて」


 ……、ならないかと、ってなんだ。そう言う時は大抵物騒なことになるんだよ。

 しかし、そこまで聞いて欲しいなら仕方ない。

 優しい優しいお兄さんが優しくお話を聞いてやろう。


「わかった、聞くだけ聞いて、鼻で笑ってやる」

「鼻で笑うんですかっ!?」

「おう。さあ話せ、すぐ話せ」


 俺が促すと、閻魔は諦めたように話を始めた。


「うう……、それでですね。この間、保護していた妖怪が一人、逃げだしまして」

「保護?」

「半分は捕獲ですね。はた迷惑な聞かん坊といいますか……」

「で、俺に何をさせようと?」

「見かけたらご一報、もしくはこちらに連れてきて欲しいのです。実を言いますと、周りの妖怪に影響を及ぼしかねない人でして、そのあたり貴方なら探知に特化してますし。対象は世間知らずですから、多分見かけたら一発でわかります」

「ふむ」

「見かけたらでいいので、お願いします」


 そう言って、閻魔は話を終えた。

 周りの妖怪に影響を及ぼしかねないってのは、あれだろうか。妖気が濃密に付き、中てられるということだろうか。

 とすると結構厄介な生物だと思うのだが。見れば一発というのも含めて。

 だがまあ。それはともかく。

 俺は全ての話を聞いて、一つだけ――。


「はんっ」

「鼻で笑いましたねっ!? すごい見下した表情で鼻で笑いましたね!?」

「俺は約束を破る男だけにはなりたくないんだ」

「なら、真面目に探してくださいよ?」

「できない約束は、するもんじゃないぜ?」

「怒りますよ!」

「わかった、善処いたします」

「嘘臭いです」

「善処いたします」

「……もういいです」





















 自動施錠の扉を背にして、外に出てみればそこには見知ったメイドが立っていた。

 無論、俺が見知って覚えのあるメイドなど一人しかいない。


「藍音、どうした?」

「お弁当をお忘れだったので」


 届に来たのか。それはまたご苦労な。

 そして、藍音は包みごと弁当を差し出した。


「……作りすぎただけです、勘違いなさらぬよう」

「……いきなりどうした」


 流行ってるのか。

 しかし、そんな俺の疑問に答えはないまま、藍音はいつものように表情を変えず言った。


「……開けてみればわかると思います」

「ん? おお」


 肯いて、俺は手近に座れる所がないか探す。

 すると、近くに公園があった。ベンチもだ。丁度いい、とばかりに俺は弁当の包みを開ける。

 開けた。

 開けたのだが――。


「……多すぎないかね、これ」


 重箱とはどういう了見だ。


「ですから、作りすぎたのです」


 本当に作りすぎたのか。新しいよ。

 斬新過ぎてついていけない。


「他意はありません」


 だが、そこまで言うと逆に疑われるだろうに。

 そう思わなくもないが、とりあえず弁当だ。

 蓋を開け、中身を見れば、やはり豪華。とりあえず、俺はから揚げに口を付けた。

 やはり男は肉である。


「にしても、お前さんが作りすぎとか、珍しいな」

「そう、ですか?」

「おおよ、珍しい珍しい」


 藍音は生前から見て来たが、家事から秘書業までやってくれていたし、今も、最近急にうちの住人が増えたりするにもかかわらず、冷静かつ柔軟に対応する。

 失敗する姿を見たことはほとんどない。


「……少し考えごとをしていたもので」

「考えごと?」


 思わず俺は聞き返す。基本的に何を考えているのかよくわからない藍音なのだ。気になるかと聞かれれば、当然気になると答えよう。

 すると、藍音は不意にその瞳で俺を見た。

 そして、呟く。


「薬師様は」

「なんだ」

「私の事が嫌いですか?」


 はい?


「いや、んなことねーけど?」

「では、好きですか?」

「……何を言わすつもりだよ」

「そのような事をつらつらと」


 やっぱり、藍音が何を考えているのかわからない。

 とりあえず、仕方ないから俺は箸で唐揚げをもう一つ取った。


「から揚げ食うか?」


 誤魔化したとも言えなくはないが、よくわからないので、俺もよくわからない方向に返す。

 藍音は呆けているのかいないのか、じっと俺の顔を見つめた。


「……これがあーんという奴ですか」

「箸を不意に下ろしたくなった」

「何故、突然と聞いてもいいでしょうか」

「なんとなくだよ」


 なんで俺が唐揚げを藍音に差し向けているのか。


「あと、一人で弁当食うのも居心地悪いだろうが。しかし箸は一つしかない以上、取るべき道は一つしかないだろう」

「邪魔でしたらどこかへ行きますが」

「……もっと居心地が悪いだろうが。いいから食え」


 無理やりに、唐揚げを藍音の口元に押し付ける。

 藍音は、抵抗をやめて、唐揚げを口に含んだ。そして、上品に咀嚼する。

 そして、俺は動物に餌付けしている様な気分になり、妙な楽しさを覚える。


「ほれ、卵焼き」

「……はい」


 今度は、藍音の方から身を乗り出して来た。

 藍音の手が、俺の膝を支えにし、彼女は俺に急接近して卵焼きを受け取る。

 よく考えてみれば、この弁当は一人では食べ切れそうにはないのだ。こうなるのも道理だな、うん。

 納得して、今一度藍音を見る。その顔は、すぐ近くにあった。

 なんだか、顔が紅いように見える。心なしか目もうるんでいるように見えなくもない。

 常人ならば気付かないような微細な変化だが、この無表情と永いこと過ごして来たのだ。


「ほい、煮付け」

「……薬師さまも食べてください」


 気のせいかもしれない。あと、なんか物を食べる表情が色っぽく見えるのも、きっと気のせいだろう。


「いや、なんか楽しくてな」


 空いてる左手で、俺は頭を掻いた。

 こうしていると、昔を思い出す。であった頃の藍音は自意識の様なものが存在していなかったから、やはりあの時も飯を食わせてやっていた。


「ああ、それとだな」

「なんでしょう」


 首を傾げる藍音に俺は呟く。


「お前さんがどっか行くとだな。俺きっと餓死するわ」


 死んでからしばしは一人暮らしだったが、もう無理だ。

 家族が増えに増えた今となってはなくてはならない存在であるし、個人的な感情においても、やはり居なくなって欲しいとは思わない。


「まあ、なにが言いたいかってーとだな。お前さん、俺に好きかと聞いたよな?」

「はい」


 頷く藍音に俺は笑った。


「今更だろ。多分、そういうの通りこしてるんだよ。それ以前の問題なんだ」


 答えなんぞ決まりきっとるのだが、言葉に出すのはあまりに気恥かしい。


「薬師様――」





 何か言おうとする藍音の口を、俺はから揚げで塞ぐのだった。



























 結局の所。


「……隣で寝てもよろしいでしょうか」


 藍音は朝の一件を気にしていただけだったのかもしれない。


「それとも、迷惑でしょうか」


 俺は答えない。

 俺は無言で、藍音に背を向けたまま。

 少し横にずれるだけ。

 そしてそれでも藍音が動かないので、俺はぼそりと呟いた。


「……好きにしてくれ」


















「おい藍音」

「なんでしょう」

「……何故お前さんがここに居るのか一秒に四回ほど問い詰めたいのだが」

「――薬師様が、いい、とおっしゃったので」

「……そうだったかもな」

























―――
やべえ、中々文章が書けねえ、こいつはスランプだぜっ、と思っていたら気のせいでした。
まあ、たまに訪れる遅筆モードが発動しただけの様子。スランプとか言うと大事臭くて嫌なので、遅筆モードと呼んでます。
たまーにスイッチが入るのが非常に遅くなる時期があるんですよね。今回は多分まとまった休みに入って気が抜けただけかと。
ただ、自分の場合調子悪くなっても三日に一回の更新が、四日に一回の更新になりがちになるってだけなんですけどね。

と、まあ、今回は藍音さん。
これを含めた三本が俺賽の縮図というか、サンプリングだと思います。
日常パートA(平日) B(休日)と、閻魔とかからたまに訪れる非日常の繰り返し、みたいな。
まあ、今回結局は逃げだした妖怪がいるってだけで終わりましたけど。




では返信。





l様

だ、誰かいない気がするですって……!? 気のせいです。絶対確実必ずそうです。
人物紹介、あれだけの人物を網羅しておいていない人なんて……。ああ、なるほどあれですね。
現世組に一部掲載されていない人がいたりしましたね。番外編の方の人も未掲載ですし。ええ。
義経とか、鞍馬天狗とか、梓とか、美香とかあのあたりですねわかります。


そふとめん様

気のせいです! キャラ紹介に居ない人なんて……、誰もいませんよ……?
いや、でもあれだと思うですよね、現実の話――、
あの人が設定に載っていたら、逆にホラーだと、思うんですよね。ええ。
正気の沙汰じゃないんじゃないかなって思います。恐ろしいです。間違いなく。


あも様

ほのぼのに信頼と実績のある前さんと、女に手を出さないことに信用と安心の薬師のコンビはいいのやら悪いのやら。
まあ、なにはともあれ、前さんは永遠にこのままでしょう。むしろ、シリアスは大体、薬師が前さんの元へ帰る作業と言えなくもないし。
あと、エロ展開とかも玲衣子さんとかで十分です。中身大人でも外見ロリならノータッチでお願いいたします。
まあ、でもあれですよね。現在が皆平等に幸せな状態ですからね。薬師が結婚すると一部不幸になる可能性がある訳で。そこをどうするかが男の見せ所だと。


FRE様

自分も稀に、鬼兵衛がきへえだかおにへえだかわからなくなる時があります。
そして、二話目が何故にゃん子だったかは私にも不明。ただ一つ言えることがあるとすれば、猫日照りの生活の中で、猫の画像を見ると精神がやられるとだけ。
祝ってやるについてはもう、地獄としては全体的に祝ってやるムードなんじゃないかと思います。それはそれで嫌だけれど。
話数に関しては、いきなり百四十二話からもどうかなと思ってリセットになりましたが、基本的に設定のほうのは前スレの話数で。新しい方の話数である場合は、ちゃんと明記します。


奇々怪々様

まあ、どう考えても薬師は常軌を逸してますけどね。一般どころか正気の沙汰じゃないです。どう考えたって女生徒ラブホに行って何もしないとか狂気の沙汰です。
風呂に関しては、薬師としては誰かと布団に入るのも風呂に入るのも問題視したい所のなのでしょうが、守りが弱すぎることこの上ないのが問題です。
ァ・ケベ化ビ師に関しては、きっと、ァ・ケベ化したビに詳しい技師の方なんだと思うことにしました。
人物紹介の方は、まだまだですよ。義経とか載ってませんし、あのへんの現世組がまだですからね。あそこを乗っければコンプリートです。


悪鬼羅刹様

猫はいいです。最近猫日照りで禁断症状が出そうな有り様の私ですが、頑張って生きてます。
そして、猫耳にゴスロリはオーソドックスながら、オーソドックスだからこそよいものがあると思います。
後無邪気な猫っぽさとか、そういったものが表現できればいいなと思いつつ。
色々とネタだけはあるんですよね。おいしいシチュエーションが猫にはごろごろと。


GIN様
暁御は、暁御はきっとあなたの心の中に。
きっと生きてます、心の中に。
元気ですよ。心の中で。
きっと出てきます。心の中に。


kakukaki様

いやあ、やっと二スレ目です。あと何スレ行けるのか楽しみですね。
暁御に関しては、きっと設定に載っていないのが一番の設定なんじゃないかなと思ってます。
一番彼女を表しているというか、表現としてはあれがベストなんじゃないかな、と。
そう、暁御はシークレットキャラなんです。レアなんです。ありがたみがあるかと問われればそうでもないですけど。


通りすがり六世様

私はそう、将来猫屋敷になりたいです。物に魂をぶっこむ技を習得しないといけませんね……。
そして、人間基準にしてみれば明らかに薬師は常軌を逸した存在ですよ。男基準にしても正気の沙汰じゃありませんし。
ただ、役職的には偉くもないし、生活安全課とかそんな感じの職についてる訳でもないから、一応一般人のはずなんですよね。
しかし、どう考えても閻魔と個人的な付き合いがある時点で一般人じゃないというか、そう言えば対外的には婚約者でしたねー。


SEVEN様

人じゃないなら、一般天狗、とすると明らかに一般の範疇を越えている気がします。
まあ、日常なんて人それぞれ。波乱万丈な薬師氏は、なにが起きても一般人だ日常だと言い張るのでしょう。
そして、発情期の話。書きますよ、これに関してだけは書きます、と、先の見えないこの物語の中で一つだけ言えます。
ええ、この間のにゃん子の話で発情期かとか言ってたのはフラグですよ。ええ。故に私も病気です。


kamo様

きっとですね、ええいますよ。暁御は。
ページをですね、ドラッグで反転させてみたり。
かくしページはないかとtabキーを連打してみたり。
色々やって見ると――、もっと不安になるだけです。ええ、幻のUMAと化してる気がしますよ。


名前なんか(ry様

閻魔の婚約者のどこが一般人だと言うのか。そのあたりを薬師に問い詰めてみたいです。三秒に十四回のペースで。
そして、暁御に気付けないことこそが、ある意味暁御が心に根付いている証拠っ。
気付いてしまったらそれはもう既に暁御であって暁御ではないというか暁御としてのアイデンティティが崩壊というか。
そして、いずいって方言だったんですね。道民だと標準語と今一つ変わらないからポロっと出た言葉が方言だったりすることがあります。


光龍様

すでに荒ぶる猫のポーズな勢いではしゃいでましたね。にゃん子。色々とアウトなはずなんですが、薬師に掛かれば何かが起こった訳がないという。
そして、私も猫飼いたいです。ここが借家じゃなければなんですけどねー。昔、引っ越し前はいたぶん最近の猫日照りの生活がきついです。
翁に関しては、ネタはあるけど何時だそうか悩んでる状態です。なんかかなりカオスな方に凄まじいことになるんで迷ってるんですよね。
人物紹介は、……百五十一人でも目指しましょうか。いっそうのこと。


志之司 琳様

なんとなく出しましたけど、皆驚きのにゃん子です。ただ、薬師のような暮らしが日常だとすれば、男は皆仏のように生きていくでしょう。
もう、これはゴルゴ十三番に頼むしかありませんね。彼なら上手くやれそうです。
まあぶっちゃけるとおっしゃる通り、常識の欠片ほどでも薬師に備わっていれば、こんな手遅れな有り様には鳴っていないはず。最低でも現世で幸せな家庭築いてお父さんになってます。
戦闘力指標に関しては、次になんかの戦闘があったら書きたいと思います。AKMは本気でステルス。既に意識下においてもステルスです。














最後に。

暁御を紹介に追加しようかと思いましたが――。




時間がなかったのでやめました。



[20629] 其の四 俺とニート二人について。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:4b48140c
Date: 2010/08/07 22:44
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









 最近、目覚めると藍音のツラが目の前にある件に関してはもう、諦めた。

 いや、最近気がついたのだ。藍音ならまだいい方だと。一部、要するにうちの二名のニート達は布団に入ってくると、触れ合い、所謂スキンシップを行なってくるのだ。

 それを考えれば、藍音を布団に入れておけば用心棒代わりに使えるのかもしれない。

 と、考えて目を開けたら、

 そこには黒猫が居た。


「おはようっ、いい朝だねご主人っ」

「あー……、おはよう」


 些か予想外な現実に目を瞬かせつつ、俺は身を起こした。

 そうして、今一度周りを見れば、藍音もいる。

 そして、そんな藍音は、俺に合わせて身を起こすと、そこからにゃん子を見て、一言。


「……この泥棒猫」

「にゃっ!?」

「……と一度言ってみたかった言葉を吐き捨ててみます」


 長閑な朝の風景である。



















其の四 俺とニート二人について。
















 さて、最近よく己が一般人かどうかについて考察する俺であるが、家族関係から根拠を得たいと思う。

 そう、うちがどこにでもいる一般家庭であれば、俺がちょっと特殊だからって、ただの一般人である。

 という訳で、だ。まずは弟が一人。次に妹で娘が一人。猫が一匹。居候している職場の同僚が一人。メイドが一人。

 居候している無職が二人。お爺ちゃんな刀が一振り。スタンドが一人。柱が一本。ちなみに弟と妹かつ娘とは血が繋がっていない。

 ……俺は、考えるのをやめた。

 特に後半。意味がわからない。


「どうしたのさ、兄さん。いきなり溜息なんか吐いて」


 居間をなんとなく歩きながら考えていたら、弟に出くわしたらしい。

 見上げる弟相手に、俺はため息交じりに口に出した。


「やや、うちの唯一の一般人……、由壱さんじゃあないか」

「いきなりなにかな? 兄さん」


 ここにこうして、怪訝そうに俺を見上げる男がそれはもう、唯一の一般人だ。最後の良心とも言う。

 まともな人間は由壱だけである。その妹の由美、まあ、俺にとっては娘かつ妹なのだが、その彼女は地獄に来て鬼になった人種だ。

 そして、にゃん子は言わずもがな。藍音はメイドで天狗。居候している職場の同僚は鬼。無職の内一人は元大天狗で、もう一人は人造人間。お爺ちゃんは刀が本体。スタンドは俺の背後霊。

 よく考えれば、こうも普通じゃないの目白押しとは……。

 いや、普通だ。きっと普通だ。ただの一般家庭なんだ。

 ちょっと個性が強いだけの一般家庭です。


「なあ、由壱。家族が天狗だったり、鬼だったり猫又だったりするのは普通だよな?」


 俺の苦し紛れの質問に、由壱は一切表情を変えず言葉にした。


「ん、そうだね」




 ――もしかすると、こいつもまた、普通じゃないのかもしれない。



 この弟、非常識に触れ合い過ぎて、感覚が麻痺しておる……!

 むしろ、由壱にとって普通じゃないとは何なのだろうか。


「なあ、お前さんにとって普通じゃない事と言えば?」

「兄さんが突然結婚するとか?」


 即答ですかそうですか。


「じゃあ、それ以外では?」

「この世とあの世からあらゆる生き物がいなくなったら流石に普通じゃないかもね」





 ……由壱、お前はいつか菩薩になれるよ。





 これが、河原に行くまでの一幕。




















 そして、夕方。


「やあ薬師。迎えにきたよ」


 河原に来るなり、桃色の小袖に藍色の袴をした女性が俺に言った。

 俺は、座っていた状態から顔を上げる。


「憐子さんか、珍しいな」

「なに、たまには何かしないと肩身が狭くてね」


 そう、この憐子さんこそが、我が家が誇る無職の一人。

 そんな彼女は、いつもは地面に着くほど長く黒い髪を法力で浮かしている訳だが、今日に限って言えば、


「髪型、変えたん?」


 なのである。

 立ち上がりながら俺が問えば、憐子さんは愉快気に笑った。


「ああ、所謂ポニーテールという奴だね。そうだな、お前の大好きな日本語に直すと、馬尾だ」

「いや、あのだな。別に直さなくてもいい上に、馬尾とか言われるとなんかいやだ」

「じゃあポニーテールだ」

「そーだな」


 ぼやくように、俺は肯定を返す。

 別に俺が英語の通じない爺さんな訳ではないんだよ。ただな、ちらほらと、例えばセオリー。日本語に直すと、真っ先に定石という単語が浮かんでくるが、実際は理論、学説である。

 そのあたりを考えると怖くて中々使えないのさっ。なんか日本語に混ぜて使うとあってるのだか合ってないのだかわからなくなる。通じはするのだろうが。


「まあ、薬師はリスニングだけは得意だったからね」

「誰のせいだと思ってる」

「私のおかげだな。教育の賜物だ」


 生前、俺が十くらいのころ俺は憐子さんに師事していた訳だが……、今になって考えるとよくこんなのの世話をしていたなと思う。

 いや、今もしている様なしていないような微妙な有り様だが。


「ところで」


 不意に、憐子さんは俺に問う。


「どうだろうね? 薬師としては」

「は? なにが」


 言っている意味がわからない、と俺が疑問符を浮かべれば、憐子さんはやれやれと首を横に振る。


「鈍いね、薬師は」


 んなことは百も承知。その上でわからないから教えろと言っているんだ。


「なに、女が髪型を変えて来たんだ。言うことの一つや二つ、あるんじゃないかい?」

「あー……、はいはい、似合ってるな」

「心が籠ってないなぁ……」

「当然だ。こめてないんだから」


 それで心が籠っていたらどこか別の所で混入してるだろ、心。


「まあ、いいか」


 と、憐子さんは溜息でも吐くかのように笑った。

 心なしか不機嫌である。


「一応の目的は果たした訳だしな」

「目的って、もしやその髪型見せるためだけに来たのか?」


 流石にないだろう、と思いつつも聞けば、あっさりと憐子さんは肯いた。


「そうだが? お前に一番に見せに来たんだ」

「……ご苦労なこって」

「つれないね、薬師は」


 口を尖らせてんなこと言われたって困る。

 そもそもあれだ。


「なんで一番に俺に見せようとするんだか」


 そのあたりからわからんのだ。

 女心は難しい。秋の空なんかよりずっと複雑だと思う。

 そんな風に、俺がげんなりしていると、憐子さんは俺の目の前に回り、じっと俺を睨みつけるようにして言った。


「じゃあ、薬師は私に変えた髪形をその辺の男に見てもらえと?」


 なんだか知らないが中々に怒っているらしい。声に荒さが混じっている。

 むぐう、怒らせること言った覚えは……、ないこともない。

 そして、なんでその辺の男に見てもらうんだ。家に幾らでも、少なくとももう一人の無職はいるだろうに。

 だが、もしもその辺の男がそれを見せられたとしたら。


「その辺の男に見せて、適当に洒落たレストランにでも誘ってもらえばいいのかな?」


 実質、そうなり得るだろう。

 俺はその情景を想像して、呟いた。


「そいつは――」

「そいつは……?」


 憐子さんの促す言葉に、俺は続ける。


「なんか癪だな」


 そう言って俺は顔をしかめた。にやにやと憐子さんが笑いながら他の男とレストランで楽しげに話をするのだとすれば、なにか、落ち着かない気分になる。


「ほほう……」


 そうして、しかめ面をする俺に向かって、憐子さんはにやにやと笑った。

 今度は、不機嫌から一変して楽しげに笑っている。

 やっぱり、乙女心とやらは複雑にして怪奇。これを解き明かせばきっと、この世に不思議なことなんてないんだろう。

 しかし、わからん俺は苦虫をかみつぶすしかない。


「随分と楽しそうだな」


 俺が顔をしかめたまま言うと、憐子さんは肯いた。


「ああ、嬉しいとも。楽しいとも」

「なにが」

「言わないと駄目かい?」

「む……、そう言われるとなんかあれだな。あえて微妙と答えるぜ」


 すると、憐子さんはじゃあヒントだけ、とくすくすと笑う。


「荒れ果てた荒野に花が一輪残ってたら嬉しいだろう?」


 そりゃそうだ。なんの関係もなくてもちょっと嬉しくなると思う。

 のだが、


「どう繋がるんだ?」


 というわけである。

 しかし、憐子さんは答えてくれなかったし、固執して聞くのも癪だったから、何も言わないことにした。





























「ねえ」


 こうして俺の一日はまた終了した。


「ねえってば」


 終了した。


「流石の鬼畜。でも諦めない」


 終了したったらしたのだ。

 したのだが――。


「まずは……、そう。執拗に足を舐める」

「やめろ」


 仕方がない。と俺は見ないように瞑っていた目を開く。

 そこには、銀髪で金色の目をした、うちの無職二人目が俺の顔を覗き込んでいた。


「お前さんって……」

「なに? 綺麗だなとかそんな感じ?」

「モミアゲ長いな」

「……女の子の髪をモミアゲと呼ぶのはどうかと思う」


 閑話休題。

 俺は胡坐をかいた状態で、彼女を見上げた。

 彼女もまた、ぺたんと俺の前に座る。


「なんのようだね銀子さんよ」

「特に用はない」


 そうか、なるほど。


「柱にでも話しかけてろ」

「やだ」

「で、じゃあなんの用だ」

「構って」

「やだ」


 ……本当に何をしに来たんだこいつは。

 風呂に入って、部屋に戻って、やることもないし寝るべきか、いやそれとも何かすべきか、と考えたあたりで突然の乱入だ。意味がわからない


「構ってくれないと足を舐める」

「やめろ。というかなんでいきなりそんなに腰が低いってか、卑屈なんだ」

「ん、こういうプレイが好きかなと」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「鬼畜家主様」

「鬼畜は余計だ。俺に何を期待してる」

「ふふん、家賃を寄越しな、払えない? だったら体で寄越しな。ふむ、銀子っていう割にこっちは綺麗な桜色じゃないか……、という展開があるんじゃないかと少し期待してる」

「……」

「寝言は寝て言え貧乳、みたいな顔されると傷つく」

「じゃあ寝言は言わんでくれ」

「あっ」

「どうした」

「あった」

「なにが?」

「用」

「はい?」

「用あったっ」

「おー?」

「ちょっと待ってて」


 ぱたぱたと走り去る銀子。

 にしても、なんで世紀の錬金術師殿が我が家に居るのやら。

 今にしてみるとしみじみそう思う。

 銀子なんて言う残念な偽名まで付けられてなんでうちで生活してるんだかな。

 表向き、家なき子の露天商だった彼女を、冬は辛いだろうと俺が家に招いたことになるのだが、稀代の錬金術師としては、金策など余裕の話ではあるまいか。

 きっと上手くその技能を使えば金儲けなぞ朝飯前だ。

 だが、それでもそんな彼女がうちにいるのはきっと――、


「惚れ薬、改良したから飲んでみて」

「……それを俺に言ってよかったのか?」

「あっ」


 馬鹿だからなんじゃないかと思う。


「嘘、ただの水。普通の水。MP回復もしないしHPも戻らない」

「あっ、って言った後の言葉の信用は一割を切るってことを知っているかね」

「あっ、は嘘」

「こんな短時間に二度の嘘を吐く人を信用できません」

「じゃあ全部本当」

「異議あり。惚れ薬は飲まないし、ただの水であることも本当ならその事実はムジュンしている」

「じゃあ、一旦リセットして。普通の水。飲むと何も起きない」

「嘘だッ!」


 妖しげな小瓶が俺の目の前にぶら下がっているが、お断りである。


「仕方ない。こっちは諦める。次、これあげる」


 そう言って渡して来たのは、銀色の単調な指輪であった。


「左手の薬指にはめるべき」

「残念ながらお嬢さん。豚に真珠という言葉があってだね、価値のわからない者にそれをあげても無駄である、というお話だ」

「言ってることは紳士なのに、その指輪を人のでこにぶつけるのはどうかと思う」


 指輪型に紅くなった額を抑えて銀子が呟く。


「それに、豚に真珠上等。犬猫に服着せるのと一緒」

「そりゃあ犬猫としちゃ迷惑千万極まりないって奴だ」

「諺が本当とは限らない。というかことわざって基本的に矛盾してたりジレンマだったり当てにならない」

「実はこれ、聖書が元なんだがな」

「初耳」

「豚の前に真珠を投げるな、恐らくはそれを踏みつけて向き直って噛みついてくるんじゃね? みたいな感じだったはずだ」

「恐らくって言った。確定してない。あと、言ったの誰だか知らないけどノリが軽い、適当過ぎ」

「まあ、どちらにせよ感涙にむせび泣きはしまい」

「やってみないとわからない。試してみるべき」

「豚がいないぞ」

「ここにメス豚なら一匹いるかも、はあはあ……」

「自分で言うのはどうなんだ。あとはあはあするな」

「ぶひぶひ」

「そう言う問題じゃない」

「という訳で真珠の指輪ぷりーず」

「お前さん、この話題からそういう結婚とか色気のある話題に持っていくのは無理があると思うんだが」

「ものは試し。男は何でもやってみるもの」

「残念ながら、豚に真珠とは価値がわからん奴にそれをやっても意味ないということで、お前さんは価値のわかる豚だから無理」

「豚って言われた、でも感じちゃう、びくんびくん」

「そのネタ何度やる気だ」

「それで?」

「なにが」

「くれないの?」

「やらん」

「残念」

「そうか」


 そうして、夜が更けていく。

 それにしても、家なしで、露店で稼いでいたのだから安定した暮らしにあこがれがあるのはわかるが……、なんで俺が相手なんだか……。

 ……ああ、他に野郎の知り合いがいないのか。

 何時の間にやら俺は、ずり落ちるように意識を手放していた。






















「で、だ。この雑魚寝体勢はどういうことだ」


























―――
という訳で其の四。
しばらくは紹介交じりになりそうです。ええ、そろそろ色々忘れていることも多いかと思うので。皆さんも、作者も。

それと、夏風邪は馬鹿がひくそうですね。ええ、気を付けましょう、皆さんも。
私は、もう馬鹿なことが発覚してるので、ええ。





返信。


千里様

興味を持ってくださり感謝です。まあ、一応こっちだけでも読めないこともないよう頑張っても見ますが。
とりあえず、前スレの方は、ひたすらに長いので無理せず頑張ってください。
自分は前一話から読みなおそうとしたら朝日を拝んだ記憶があります。あの時は後何日かに分けて読めば良かったと後悔する憂き目に。
ただ、それでもたまに一から読み直す修羅が現れるからここの読者の皆さんはバイタリティに溢れてて凄いと思います。


奇々怪々様

きっと薬師に任せれば勝手に引き寄せて収集して、気が付いたら片がついているでしょう、と考えてるんじゃあるまいかあの閻魔。
ただしどう頑張っても薬師の自業自得です。自分を省みるべきだと思いますあの朴念仁。
藍音さんは、もう、薬師に対して強気の態度でも問題ないくらい尽くしてますよ。ええ。何でも言うこと聞かせちゃっていいと思います。そうなったら最後十八禁になりかねませんが。
まあ、なにもしなくてもこのままなら夫婦と同列なんですけどねっ! どう見ても。


SEVEN様

そのネタ頂きました。というか最終的に皆雑魚寝してましたけれどもね。
前回は藍音さんまっしぐらなお話でしたね。起きて寝るまで藍音さんに塗れて生きている薬師はもうほんとどうにかなりませんかね。
なんで同じ布団で寝てエロに発展しないのか。気がしれないです。よくわかんないです。
ともあれ、まあ、なんだか怪しい影も出て来た所で、きっとシリアスは二十話近くです。遠いですね。


光龍様

二スレ目なので、一人くらいは、ってことで新キャラフラグ。おなじみのシリアスと同時にフラグを立てる薬師の必殺技が炸裂するでしょう。
そして、薬師が微妙に鋭いのは恋愛ごとだと思っていないからなんじゃないかなと思います。
まあ、少しは成長してくれないと困るんですけどね。どう考えても。むしろジョグレス進化位はして欲しいです。
ベッドの下の藍音は、もうなんというか気になって夜も眠れなくなると思うんで隣で寝かして正解です。多分。


FRE様

AKM氏はリアルで何らかの呪いに掛かってるんじゃないかと心配です、彼女は今頃どうしているのか。とりあえず諜報には向いてそうなんですけどね。
次回の登場は未定! 前回の登場は不定形! 存在が既に曖昧! それがAKMなんだと思います。
そして、まさかの治安意地課。不思議な課です。とりあえず薬師しかいない課だということは理解しました。
治安意地課が実在してそうで怖いです。知らぬ間に閻魔が裏でこっそり作ってそうな気もしないでもないですし。


悪鬼羅刹様

メイドだっ、メイドが来たぞぉおお! という訳で一騎当千のメイドがやってきました。
とりあえず、薬師の事で頭がいっぱいになっていれば藍音さんも失敗するんですね、というお話だった気がします。
私はドジっ子よりもどちらかと言えばパーフェクトなメイドさんのたまのミスの方が好きです。
ただ、藍音さんはもっと薬師に要求かましてもいいと思うんですがね。ストライキしてもいい位の朴念仁度合いです。


l様

えー、今回は憐子さんでした。まあ、銀子もですけどね。
そして結局憐子さんも布団に潜り込んできてました、当然のように。正に的中。
まあぶっちゃけて見ると薬師の布団は魔境である。明らかにこの世のものではない、と。
もう何が入っててもおかしくないです。その内魔王とか入ってそうで怖いです。


ブルドッグ様

ドジっ子成分は隠し味。そんなこんなで藍音さん。基本まっしぐらな藍音さんですが、薬師の鬼畜っぷりに不安になる夜もあるようです。
それと、薬師の身長に関しては混乱させてしまったようで申し訳ない。
自分の中でも大分混乱があったようです。というか公式設定では百七十ちょいで、まあ程々って所なのですが、物語の推移として、
李知さんと鬼兵衛に酒呑等、平均身長が上がっていったので、薬師内での心境の変化があったのだと思ってくださると助かります。


くぁwせdrftgy様

う、ううすううううすうすあうううそ、嘘じゃありませんよ、全然本当です。本気中の本気、ガチです。
そりゃあもう忙しくて忙しくて、落としたフリーゲームを楽しまなきゃいけなかったり。
久々にやるゲームを引っ張り出してみたりしつつ、夏休みだからって徹夜したりしないといけませんし。
ああ、あと空気を吸って酸素を二酸化炭素に変化するのに忙しくてですね……。


kakukaki様

暁御ですからね。ええ。急いで乗っけなくても大丈夫です。皆の心の中に暁御はいます。
こう、心の中で不定形でどんなだったかなーと思うような何かとして生きています。大丈夫。
設定なんてなくたって、暁御という概念は知れ渡っているのです。きっとそうです。
ちなみに、暁御予報は、ズバリ二十三話くらいじゃないですかね。ちなみに降暁御率は二十パーセント。


氷長様

暁御は既にキャラでもものでもなく、概念なのだ、ときっとどっかの学者が発表してくれます。
もしくは、いつの日か返り咲く。という夢を見ていればいつの日か夢は叶います、暁御。
いつの日かきっと勝てますよ。存在感もバリバリになれますよ。誰かの目にも止まりますよ。
もしくは流行りの透けてる系アイドルと呼ばれるしかないですね。アイドルなのに存在感零という斬新さ。


志之司 琳様

メインメイドは不意にカカッとバックステップして薬師をほんろうしたりしますね。ただ、薬師は藍音さんの価値をやっぱりよくわかっていないです。
メイド喫茶に行くまでもない男のなんと幸せなことか。まだ行ったことないんですけどね、メイド喫茶。
とりあえず、事件に巻き込まれて過労でぶっ倒れれば……、いや、それは看病フラグなので駄目ですね。とりあえずそろそろ名前くらいは出したいです。新キャラの。きっとぶっ飛んでます。にゃん子くらい。
あと、発情してもやっぱりXXXは無理です。薬師には荷が勝ちすぎると思います。なんかもう色々無理です。


通りすがり六世様

藍音さんだってたまに拗ねたくなるようです。ただ、そうすると薬師が構ってくれるので正解と言えば正解の模様。
ちなみに、薬師は性知識はあるようです。しかし知識のみ。まあ、千年生きてればそこそこは、っていう知識はありますが――、
もうぶっちゃけ、薬師にとっては、美大生が畑の田植えの仕方を知っている位のレベルです。明らかにどう考えても無駄知識としてとらえてます。別世界の出来事とか。
まあ、とりあえず、早く逃げ出した人だしたいですね。名前第一候補が凄いことになっておりまするが。


Delera様

人物紹介ページもいつか作らなきゃと思っていたので、いい機会でした。
とりあえず、書いてて思ったのは、変態ばかりだな、と……。あと外見の被りっぷりが気になりましたが半分わかっていたことなので気にしない。
正直パステルカラーな髪色とか苦手で仕方ないです。せめて実在しそうな、って方向に逃げるとこうなるんですねわかります。
そして、ヒロインの名前の読み難さに関しては申し訳ないと思いますが、言い訳としては、そう、とあるゲームのキャラクターの名前がですね。友人の母親の名前と被ってましてね……、という出来事から、あり得ない方向にぶっ飛んだのです。


あも様

メイドのターンは攻撃力が高いです。しかし、薬師の体力は削れず、我々ばかりがダメージを負うことに。
まあでも、藍音さんが来てから薬師の防御力が上がった感はありますよね。考えてみれば。
エロ方面への耐性というか不感症がレベルアップしたのと、家事による点数稼ぎができなくなりましたから。
まあ、風向き変われば勢いで結婚しそうな男ですからどうしようもないっちゃないですが。それこそ気が向いたら藍音と結婚しかねません。


Eddie様

新キャラフラグです。第二期一番最初のシリアス編になるんじゃないかと思われます。
由壱編が先かもしれないんですけどね。もしくは翁。更にはブライアンの可能性もアリです。
そして、藍音さんと薬師はいつ式を上げるのかと、もうどう考えても新婚です。弁当とどけるとかなんですか。
暁御は別の式を上げそうで怖いです。というか既にお葬式ムード。










最後に。

そろそろ逃げだしたと噂の人も関係してくるかも。



[20629] 其の五 俺と私の八月七日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a6243f6b
Date: 2010/08/10 22:44
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 0001   7/6  14:34
 閻魔妹
 今週の日曜日だけど。

 二人で出かけてみないかしら?


 0001   7/6  19:55
 薬師
 Re:今週の日曜日だけど。

 すまん、休日出勤で行けそうにないんだな、これが。しかも午後から憐子さんに連れまわされるらしいんだ。


 0001   7/12  17:32
 閻魔妹
 明日仕事の後空いてる?

 レストランのチケットがあるのだけれど、行ってみない?


 0001   7/12  20:11
 薬師
 Re:明日の後仕事空いてる?

 悪い、明日は先約があってな。前さんと飲みに行くんだ。


 0001   7/15  15:21
 閻魔妹
 そう言えば今日は来る日よね?

 今日は美沙希ちゃんに料理を作りに来る日でしょ? どうせだから、一緒に買い物したいのだけど。


 0001   7/15  16:31
 薬師
 Re:そう言えば今日は来る日よね?

 あー、すまん。由美が熱出してて、しかも今日誰も家にいねーんだ。


 0001   7/24  17:31
 閻魔妹
 演劇のチケットが手に入ったのだけど。

 二枚で貰ったもので、どうせだから貴方と一緒に行きたいんだけどどうかしら? 七月の二十八日よ。


 0001   7/25  15:31
 薬師
 Re:演劇のチケットが手に入ったのだけど。

 丁度その日に来客があるんだ。まあ、愛沙と春奈なんだが。



「貴方は何度女の名前を出すのかしら……。しかも悪気も自覚もないのだから始末に悪いわ」


 はあ、と呆れたように溜息を吐く女性は、誰もが振り向くほどの美貌を持っていた。

 優しく波打つ髪は絹糸が如く。長いまつげに縁取られた瞳はまるで宝石のように。

 正に銀髪の麗人と呼ぶにふさわしい。

 しかし――。

 ――このクソ暑い中に家で真っ赤なドレスなのはどうかと思う。



 0001   8/6  19:30
 閻魔妹
 明日だけど。

 会えないかしら?


 0001   8/6  19:35
 薬師
 Re:明日だけど。

 問題ないな。


 0001   8/6  19:35
 閻魔妹
 Re:明日だけど。

 え、夢じゃないの?


 0001   8/6  19:39
 薬師
 Re:明日だけど。

 何をいっとるんだお前は。


 0001   8/6  19:39
 閻魔妹
 Re:明日だけど。

 じゃあ明日午後四時に駅前で会いましょう。そのまま夕食に行くつもりだからそのつもりでね?


 0001   8/6  19:45
 薬師
 Re:明日だけど。

 おう。


 0001   8/6  19:45
 閻魔妹
 Re:明日だけど。

 じゃ、じゃあ、念を入れて三時間前位から待ってるわ。


 0001   8/6  19:51
 薬師
 Re:明日だけど。

 なんか今日のお前さん怖いな。
















其の五 俺と私の八月七日。













「暑い……、超あっつい。暑いスペシャルゥ……」

「薬師様」

「なんだ藍音」

「脳に何か不思議なものでも湧きましたか」

「いきなりだな」

「いえ、唐突に薬師様が横文字を使用するのはあまりにも不吉で、不肖藍音、身震いが収まりません」


 どうでもいいが、不肖とは父に似ず愚かな、という意味らしい。この場合藍音の父親は俺に当たりそうなので、不肖で正解だと思う。

 似てもろくなことにならんぜ。


「それにしてもあっついな」

「そこは私も同意しますが」

「汗一つかかずに言う台詞か」

「主人が望むのでしたら、メイドは汗腺だって閉じます」

「メイドぱねえ」


 だが、なんというかまあ、とにもかくにも暑いのだ。

 平均気温三十八度。暑いってか熱い。すごく熱い所の話ではなくて、煉獄暑い。

 ちなみに、火龍とかサラマンダーとか暑いのが好きな奴らの住む地方は、最高気温七百六度を記録したらしい。

 もう高いんだか低いんだかわからんが。

 ともあれ暑いのだ。去年はこうじゃなかったはずだ。

 しかし暑い。じめついていないのが幸いながら、しかしこれはからっとしすぎじゃないかと思う。

 洗濯物も乾きまくりで困ってしま……、いや別に困らないか。

 ってのは置いておいて、だ。ただ、ひたすらに暑かったのだ。

 俺が涼しくなるのを諦めるほどに。


「ただ、もしも主が濡れ透けメイドを望むのでしたら水だってなんだって被りますが」

「無理すんなよ」




















 暑い暑いと言ったとて、社会に居る以上は止められない平常運航というものがある。

 俺とて社会の歯車よ。

 ま、わかりやすく言えば、暑いからといって仕事に行かない訳にもいかないし、約束を反故にする訳にも行かないぜ、という訳だな。うむ。

 ただし、このクソあっつい中スーツは御免だったので、着物を着流しに俺は道を歩く。

 だがしかし、黒い着物はよく熱を吸収して、要するに暑い。

 そも、本来の要素は黒い色による水気の確保で、五行思想的に少し涼しい的な恩恵があるはずなのだが――、そんなのは嘘だ。

 もしくは、焼け石に水とでも言えばいいのか。

 時刻は、十二時半。

 正に暑い時間帯であった。

 約束の時間は午後四時、なのだが……、三時間前から待っているということは、要するに一時に来いということではなかろうか。と、想うのだ。

 まあ、その言葉自体が冗談であっても問題ない。

 その際は、どこか適当な店を選んで、冷えた店内で時間を潰すのがいい。

 そう、家電量販店なんかが、狙い目でお勧めだ。

 ちなみに、うちにクーラーなんてハイカラなもんは存在していない。純和風建築舐めんな。

 まあ、その気になれば一時的に涼しくすることは可能ながら、しかしそいつはここまで暑いと疲れるのでやりたくない。

 楽して涼しくなりたいもんだねぇ。

 なんて考えながら、心なしか人の多い気のする商店街を俺は歩いていく。


「む、逆に家の中の方が蒸し暑いのか、もしかして。皆クーラーついてる店目指して歩いてたりしてな」


 暑さのあまりに、独り言も呟く俺。

 そして、駅まで三十分あれば余裕だな、なんて携帯を見て考えた。

 携帯には、新着メールが一件。多分、閻魔妹、由比紀からだ。

 今日は何を浮かれているのか、それともイカれているのか、由比紀からのメールが二十件目である。

 それも、なにしてる? とか楽しみね、とかそんな感じの返信し難い類のものだ。

 俺は、ため息交じりに携帯を懐に仕舞いこんだ。メールは見ないまま。

 もしかしなくても、これは怒ってるんじゃないだろうか。心当たりはある。ここ一月なんの因果か由比紀の誘いは都合の悪い日にやってくるので、仕方なく断り続けた訳だが、その件に関して嫌味を吐いてるんじゃあるまいか。

 俺は、早く出てきて正解だった、と俺の英断をほめたたえる。

 ただでさえ、怒っている。そんな状態なのに、駅前でこの暑い中三時間待ち続ければ、怒り怒髪天をつくのを通り越していっそ有頂天である。

 よし、とっとと駅前に行こう。

 決意を新たに、歩みを進める。

 そんな最中だった。


「ば、ばあさんが、ばあさんがっ」


 後ろから、しわがれた老人の声。

 むう? この天候で熱中症でも起こしたか?

 そう思って振り向いたら――、


「暑さのあまりばあさんの理性が焼き切れたぁっ!!」

「ヒーハァッ! ロックンロォールッ!!」


 俺の腰元に来るか来ないかのちんまいばあさんが、半狂乱で首を高速回転させながら、秒間七十八回のタップダンスを踊っていた。


「……夏だなぁ……」

「たっ、助けてくだされソコノヒトォ!」

「うわぁ、普通に巻き込まれたっ」


 爺さんが、俺の腰元に抱きついた。逃げだしたいが、逃げにくい。

 アメフトとかラグビーとかを彷彿とさせる掴みで、離そうとしてもびくともしない。

 このまま爺さんを引きずっていくのは可能だし、限界まで力を込めればどうにかすることだけは可能だと思う。

 しかし、前者はそんな状態で待ち合わせに行くのは有り得ない。

 そして後者は……、そう、カブトムシが服にくっついたと考えて欲しい。そして、カブトムシのしがみつく力は存外強い。それを無理に引きはがそうとすれば、わかるな……?

 俺の、常人離れした腕力は、老人に決して癒えない傷を残すだろう。婆さんとの別れの前に首と胴の泣き別れが……。

 とすれば。


「この婆さんをどうにかするしかない」


 のであるが、しかしまた、


「とはいっても俺にはどうしようもないぜ爺さん。救急車でも呼んでくれ。黄色い奴な」


 という訳だ。狂乱する婆さんを止める術を俺は知らない。

 しかし、爺さんは首をふるふると横に振った。


「わしではどうにもなりませんが、貴方なら、若い人なら大丈夫です」

「何をするんだよ」

「目の前に、壊れたテレビを想像してください」

「おい」

「ぼぐしゃあっ、と」

「いいのかそれ」


 多分、俺がやったら死ぬぞ。











◆◆◆◆◆◆









 一方その頃。


「……こんな時に、こんな時に限って、子供にならなくていいじゃないっ」


 縮んだ背に、子供のような童顔。否、正に子供。

 したなが 由比紀ゆいこ。彼女は月一のペースで背が縮み、幼女化する人間である。


「えっと……、服は。いっそ美沙希ちゃんのを借りて行きましょう」


 前使っていたブラウスとプリーツスカートがあるはずだ、と由比紀は箪笥を開け、それを着てみる。


「少し大きいわね……。でも、そうね、これはこれで……」


 ちなみに、大きいのは当然である。由比紀は現在言ってしまえば小学低から中学年まで。

 閻魔は幾ら小さくて子供っぽく見えても、まあ……、控えめに言って高校生。ぱっと見中学生なのだから。

 まあ、しかし、小さい子がサイズの合わない服を着ているというのは、それはそれで。


「やっぱりいつもドレスじゃ飽きられちゃうかしら……。うん、これで行きましょう」


 薬師にはそんな感性ないんじゃないだろうか、と思わなくもないが、そこを突っ込む人間はどこにもいなくて、由比紀はそのまま家を後にした。

 そして――。


「はぁはぁ……、君、可愛いね」

「……変態ね」


 やけに長身の眼鏡の男に引きとめられた。


「変態じゃない。断じて。紳士だよ。ジェントル」

「そう、で、その紳士さんがなんの用なのかしら?」

「君に服を贈らせて欲しいのさ」


 そう言って、歯を光らせる男。

 うわぁ、面倒くさそう、と内心由比紀は溜息を吐く。


「あのね、怪しすぎるわ。変態さん」


 言うと、男は大仰に両手を広げた。


「僕は紳士だ。紳士にして真摯っ、ロリにハァハァすることはあっても決してノータッチっ!!」

「それをどう信じろと?」

「信じられないなら、この両のかいなを切り落としてもいい!!」


 うわぁ、無駄にハイスペックでハイテンションな変態だわ……、とやっぱり由比紀は溜息を吐いた。


「贈るだけ贈ってみなさい。何考えてるのか知らないけれど、評価はその後考えるわ」


 こういう手合いにはなにを言っても無駄。むしろ強引に拒否すると、逆上しかねない。

 そう考えて、由比紀はとりあえず服を贈られてみることにした。











◆◆◆◆◆◆











 あー……、色々とあったのだが、とりあえず、俺は婆さん止めることに成功した。

 い、いや、息の根じゃなくてだな。俺の心温まる説得によって婆さんは思いとどまったのさ。


『いいのか、婆さん、お孫さんが泣いているぞー!』

『Hey,Hey,Hey!! Come on! 』

『そりゃあもう号泣だー、ナイアガラだっ。むしろ俺が泣きたい位だからなっ!! 赤の他人が泣きたい位だからお孫さんはそれはもう男泣きだよっ! えっ? 孫いない? いや、むしろいる。いるって、孫。泣いてるさ。心の中の十二人のお孫さんがっ! 優しい孫から男らしい孫まで、ツンデレ孫からヤンデレ孫までよりどりみどりのお孫さんが号泣だよっ。お孫さんが泣いているぞー』


 全孫が泣いた、感動巨編であった。


『ウラジーミル……、ツルゲーネフ……、アレクセイ、ヴィクトール、シモン……、セルゲイ。ルドルフ……、ピョートル、ニコライ、マクシーム……。ゲオルギー……、グスターブ。すまんかったね……』

『何故全員ロシア人っぽいんだ』


 ちなみに婆さんの名前は高田梅代というらしい。

 高田ウラジーミル……、か。


「ああ、ありがとうございました。お若い人。お礼にこれを差し上げます」


 爺さんが渡して来たのは白くて細長い棒のようなもの。


「なんでお前は千歳あめをバラで持ってるんだ」


 俺の問いは、どこにも届かず、空に消えた。

 そうして、俺の歩みは再び始まる。

 大分時間を取られてしまった。急がなければならない。

 時刻は既に一時を過ぎている。

 速足気味に俺は歩く。

 ――そんな最中。


「うっ、生まれるぅ!!」


 高い、女の声。

 振り向くと、そこには妊婦が横たわっていた。

 むう、陣痛でも始まったのか?


「わ、私とサイクロプスさんの子がっ、生まれっ……!」


 ……。


「無茶しやがって……。いや、それが若さか……」


 若いっていいな。種族の壁とか、大きさの壁とかぶち抜いてやがる。


「ってぼんやりしてる場合じゃねえなっと」


 この場合、救急車を呼ぶより俺が走った方が早い。








◆◆◆◆◆◆









「やはり少女は白のワンピースだろう……」


 紳士は、由比紀に白い清楚なワンピースを与えると、背を向けて去っていった。


「あら、意外と素直に帰るのね」

「俺は紳士さ……、幼女の顔を不快に歪めるのは、紳士のやることじゃない。紳士に立ち去り、家で妄想に浸るとするさ……」


 片手を上げ、男は去っていく。


「なんだったのかしら……」


 貰った服に怪しい所は見られない。

 正にただの服だ。着ている服はサイズが合っていないので渡りに船だったと言える。

 問題ない、と由比紀は断じて、気を取り直し、待ち合わせの場所に向かった。

 待ち合わせの時間までかなり猶予がある。

 と、一つ肯くと、今一度決意を新たにする。

 陽射しのきつい昼であった。


「ああ、これは困った。困りました」


 そんな昼に、文字通り困った様な声。

 思わず、由比紀はそちらを振り向いた。

 待ち合わせに向かう、とは言えど、由比紀は腐っても閻魔の妹。

 公明正大な執政者の妹なのだ。

 困った人間を無碍にはできぬ。


「どうしたのかしら?」


 困り顔の、細長い中年を由比紀は見上げる。

 声をかけられた中年は、由比紀に気がついて、視線をそちらに向けた。


「ああ、これは可愛らしいお嬢さん。私はすぐさまこの手紙を届けねばならぬのですが……、先程、血気盛んな若者に押されてしまい、持病の椎間板ヘルニアが……!」

「急ぎの手紙なの?」

「そうなのですっ。息子夫婦が祖父の死に目に立ち会えるかどうかの――!!」

「……」


 由比紀はそこまで聞いて、考える。

 時間は? かなり猶予がある。そろそろ一時だが、待ち合わせはその三時間後。

 これなら、問題ない。


「私が届けるわ」

「えっ!? いいのかい?」

「ええ、そのくらいなら、ね」


 陽射しに目を細めながら、由比紀は笑った。













◆◆◆◆◆◆









「……なんとか、なったな」

「元気な男の子ですっ」


 祝勝の空気の中、俺は病室を出る。

 時刻は――、既に四時を過ぎていた。

 そう、病院に運ぶまでは良かったのだが、その先が、問題であった。



『まずい……、人手が全然足りないな』

『なー、看護師はどうしたよ』

『実はですね……、ほとんどの人員がいっせいに有給を……。あと熱中症で』

『もうやだこの病院』


 とかなって。


『誰か、誰かこの中に出産に立ち会った経験のある方はいらっしゃいませんか!?』


 でも、誰もいなかったのだが、


『あ、わし』


 さっきの爺さんとは違う別の爺さんが、手を上げ。


『あるんですか!?』

『いや、わしじゃなくて、わしの従えとるソロモン七十二柱のうちにいるかも』

『誰か、誰かこの中に出産に立ち会った経験のある魔神はいらっしゃいませんか!?』

『出産に立ち会った経験のある魔神ってなんだ』

『あー、我あるわ』

『お名前は!?』

『バアル』

『バアルさんですね!? こちらに!!』


 とかいった末、無事に胎児は出てきたのだが……、


『なっ、へ、臍の緒に刃が通らないっ……! くっ、誰か、誰かこの中に破邪の銀、ミスリル製の武具を持った人間はいないか!!』

『そうそういねーよ』


 仕方ないので二十四時間営業、いかがわしい店、下詰神聖店に走る羽目となった。

 で、最終的に、臍の緒切って、ミスリルの剣は誕生祝いに生まれた子にあげました。

 そうして、やっとの思いで俺は病院を出ることができたのだ。


「ありがとうございました……、貴方にこれを」

「流行ってんのか、それ」


 頭を深く下げた看護士が渡して来たのは、千歳あめ。

 細長い棒状の飴を、俺はため息交じりにくわえて、再び歩き出す。

 そして、病院の前である。


「オレンジは、オレンジはいりませんか?」

「ふはっ、見つけたぞ! こんな所でオレンジなんか売りやがって!!」

「いや、やめて、誰か! 助けてください!!」


 病院の前。

 そう、そこで俺は再び大きく溜息を吐いた。


「……またか」










◆◆◆◆◆◆










 そうして、そこから始まる大冒険を薬師が体験している頃、由比紀もまた、大分焦っていた。

 時刻は四時過ぎ。

 そう、手紙の届け先は、異常に遠かったのだ。

 そして、急ぎで届けてもらおうにも、小さくなった姿では、閻魔の妹であると末端にまでは信じてもらえず、電車に揺られて速攻で行って帰って来たのだ。

 帰って来たのだが――、


「おかあさぁあああん!! どこぉおおお!?」

「またなのね……」


 今度は迷子か。

 と由比紀も溜息を吐いた。









◆◆◆◆◆◆









「八時、か。ここまできたら行くだけ行くか」


 堅茹で卵の風情で千歳あめを咥える男こと俺、如意ヶ嶽薬師は、やっと町の大地を踏みしめ駅前へ向かっている。

 色々とあった。

 オレンジ売りの少女の姉が不治の病だとかで、まさか火龍のキモを取る羽目になろうとは。

 ともあれ、俺は妙に上向いた気分で、貰ったオレンジ片手に駅へと歩く。

 正に徹夜明けのなんとやらって奴だ。もう何が来ても驚かん。

 ぎらぎらとした目で歩く俺。

 そんな時、目前から、異常なドレスの人間が迫る。

 驚かんと誓った俺だが、少々それには目を奪われた。

 由比紀でドレスは見慣れたつもりだったが、格が違うドレスそれが俺の目を奪っている。

 劣化版幸子。俺はその女をそう名付けた。

 大層美しい女だった。光の当たり具合で桃色を彷彿とさせる金の髪が、ただの街灯をまるで舞台照明に変えている。

 そして、引きずる様なドレスは、まるで花嫁のように白い。

 果たして、なにが来る――!?

 身構える俺。そして――、彼女は。

 そのまま俺を通りすぎていった。


「……おかしいな。巻き込まれないぞ?」


 ……いや、巻き込まれる方がおかしいんだよな。










◆◆◆◆◆◆











「八時、流石にもういないわよね……」


 迷子を送り届けて、その後も困った人々を助ける羽目となり、この様。

 由比紀は駅前で溜息を吐いた。

 せっかくのチャンスだったが、縁がないということだろうか、と由比紀は顔を歪める。

 そして、駅前のベンチに、疲れに任せて些か乱暴に由比紀は座った。

 そんな最中である。

 由比紀の視線の先に、影が差した。

 思わず由比紀が顔を上げる。

 しかし、


「君、可愛いね。いくつかな? こんな所に居ると危ないよ? おじさんとこようか」


 待ち人、来たらず。

 その上、


「今回のは、紳士じゃないみたいね……」


 ということである。

 乱暴に由比紀の腕を掴む男。

 普段なら、この程度の男なら焼き土下座だが、しかし今の由比紀はただの子供の力しかもっていない。

 そして、疲れも相まって、上手く抵抗もできやしない。


「やめて……! くれないかしら!!」


 振りほどこうにも、無理。

 このままでは連れて行かれてしまう。

 なんて最悪な一日だろう、と由比紀は溜息を吐いた。

 そろそろ、体が元に戻る頃だ。そうなったら、どうにでもなるのだが、些か、気分は最悪。

 いい加減涙が出そうだ、とそう考えたそんな時。


「あー、そうだな。――待ったか?」


 訂正。意外と良い一日だ。

 由比紀は、疲労で妙に上がったテンションに任せて、現れた男に微笑んだ。


「――いいえ、今来たところよ?」




 待ち人は、とりあえずとばかりに、何故か持っていたオレンジを、中年の顔にぶちまけた。













◆◆◆◆◆◆














「目がっ、目が……!! くぅ、あふれ出る液体が、涙なのか、蜜柑汁なのかすらわからない……!! 明日はどっちだ……!!」


 そんな台詞を背にして、俺と由比紀はとっとと逃げた。

 まばらな街灯が照らす中、街にあったベンチに俺と由比紀は乱暴に腰を下ろす。


「……流石にもう会えないかと思ったわ」

「俺も二、三度諦めかけたな」


 肩を上下させて息をする由比紀に、俺は苦笑いを返した。


「これから、どうしたらいいかしら?」


 投げやりに、由比紀は笑う。


「お昼ごはんも食べてないの」

「同じくだ」


 仕方ないので、俺も投げやりに笑った。


「しかし、ここまでおかしいってのはなぁ。暑さで頭ぶっとんでんのか。皆」

「そうね……、疲れたわ」


 違和感があるほど、事件満載だ。暑すぎるってのはこんなにも凄いことなのか。

 ふう、と溜息。

 そもそも、俺達何するつもりだったんだっけか?

 ……。わからない。


「あら、戻ったみたいね」


 そう思った瞬間、ふと、横を見たら由比紀はいつもの姿に戻っていた。

 そして、不意に思いついた顔。


「ねえ、このまま帰ったらここまで来た意味がないわよね?」

「そーさな」


 苦労に見合わん。

 実にそう思う。そして、今日はいらん体験ばかりした、と考えれば余計に肩から力が抜けた。


「じゃあ、こういうのはどうかしら?」


 言うと同時、ずいっ、と由比紀が体を乗り出す。

 俺と由比紀が急接近する。

 由比紀は、妖艶に笑った。


「ねえ」

「おい」

「なに?」


 一時停止した由比紀に、俺は言い放つ。


「誠に言いにくいのだが――、濡れ透けであると」

「えっ……、ひゃあっ!」


 由比紀は、慌てて離れて、自分を抱きしめるようにして体を隠した。

 子供の服を着たまま大人に戻ったせいで、服はぱっつんぱっつんで、白く布地が薄いおかげで、走った際にかいた汗でぬれてすけすけ。


「あっ……、えと、その……!」

「どうにか隠せと言いたいんだが、すまん、今日に限って上着の一つも持ってねー」


 言った瞬間、由比紀は何事かを迷うように、ごにょごにょと何事かを呟いていた。


「うぅ……、どうしましょ……、と、とりあえず隠すにものは……」


 きょろきょろとあたりを見回す由比紀。

 そして、俺と目が合った。


「え、えいっ」

「ぬお?」


 そして、不意に俺に抱きつく。


「あの……、しばらく貸してね?」

「お前さんがそれでいいならいいけどな」


 苦笑七割、溜息三割で俺は呟いた。

 まあ、前面が晒されるのはこれで防げるであろう。

 しかし、気まずいな。

 顎の下からひたすら見上げられるのは、なんとも居心地が悪い。

 いい加減どうにかしたい、と口を開こうとした矢先である。


「ねえ」

「なんだ?」


 出掛かりを潰され、思わず俺はぶっきらぼうに返す。

 対して、俺を見上げる由比紀は、笑うでもなく言葉にした。


「……星が綺麗ね」


 俺は、生返事を返す。


「そーさな」

「知ってる? 北海道なんかじゃ、今日が七夕なのよ?」

「あ? そーなんか」


 旧暦の七月七日と、新暦の七月七日が違うことは知っているが、ぶっちゃけよう、天狗と七夕は関係なかったので詳しくない。


「ちなみに東京の七月七日のが晴れる確率は三割位だそうよ?」

「博打だな。だから八月にやったりするのか」

「そうね。でも、そんなことはどうでもよくって……」


 妖艶な笑みではなく、まるで少女のように笑って由比紀は言う。


「――今日の私達って、織姫と彦星みたいじゃない?」

「あー……、そうかもな」


 確かに、ここに来るまで一月掛かってるからなぁ。

 うむ、なんつーか。


「お前さんは、そう、あれだ。ロマンチストという奴なのか」

「女の子は、いつだって、現実的でロマンチストなのよ?」

「ふーん、そうかい」


 呟いて、空を見上げる。星は綺麗だった。


「ま、俺にゃ彦星は無理だがな」

「そうなの?」


 そりゃあそうだ。会いたい時に会いに行くのがいい訳で。


「年に一度を待ってるのは性に合わん。最悪天帝暗殺するわ」

「貴方らしいかもね」


 しかし、所でなのだが――。


「いつまでこうしてればいいんだ?」


 そんな俺の言葉に、ぽつり、と由比紀は呟いた。


「……もう少し。このままで――」













「……とりあえず。千歳あめでも食うか?」




































―――
其の五。北海道では七夕ながら、雨が降っております。
とりあえずカオスでした。多分熱があったのとやたら暑いせいだと思います。








返信。尚、前回の返信はこんがらがりそうなので前回の方に書いております。



奇々怪々様

それでも事実を否認する。残念政治家の如き薬師はやっぱり一般人じゃないです。一般人は迷いなくおっさんの目にオレンジの汁を入れられません。
そして、由壱はいつの日か不動の由壱として神への階梯を登って行きそうですね。精神的にやばいです。
まあ、薬師がよく変なとこに気がついて、必要な所をスルーするのは平常運航の証です。きっと。
そしてそして、夏の暑さは薬師の脳内も侵蝕気味の模様。薬師が女性関係で癪とか、世界が一個滅びましたね、多分。

miz様

いやあ、二スレ目です。なんとなく、すっきりして気分が上々な感じですね。
それで、人物紹介に何かが抜けている……、ですか。気のせいでしょう、多分ですが。ええ、はい。
まあ、追加すべき人たちもいるのですけれどね。まあ、ちらほらと。
しかしながら、本登場するまでは乗っけれないキャラとかちらほらいたりしまして。


シズヒサ様

風邪も復活しました。熱があるのに気温が高いとどこかにバンジーして風を感じたくなります。
実際やったら色々まずいですけどね。今年が冷夏だとか言ったのは一体どこのどいつなんだ。
とりあえずまあ、寝てたら脱水症状で死ぬんじゃないかと思うレベルで汗だくでしたが、なんとかなりました。
まだまだ届けるべき鬼っ子成分やらメイド成分に、猫耳成分まで存在するのでまだまだ死ねません。


悪鬼羅刹様

検索かけて初めて知りました。壁にでも話しかけてろ。
薬師が壁に話しかけたら取り返しのつかないことになりそうですが。フラグが立ちそうで怖いです。
というか付喪神が宿ったり、超自然的でオーガニックなパワーが働いたりしてでもフラグが立ちそうです。
誰か薬師の口塞いでください。手段は問わない方向でお願いいたしたい。


通りすがり六世様

りょ、両親に最初も最後もあるものかっ! という訳で誤字報告感謝です。修正しておきます。
悟りを開いて人外化しそうな由壱の話だったと思います。前回は。いえ、確実にそうです。
由壱としては、周りに一般人が一人もいませんからね、悟りでも開かないとやっていけないんじゃないですかね。
憐子さんのポニテは、私の趣味であると同時に、他にも意味がある、予定です。ええ。どうせなので。


SEVEN様

荒れ果てた荒野や、水の無い砂漠を緑でいっぱいにする、遠く長い作業が、この先待っているんですねわかります。
ただ、どう考えても荒れ果てた荒野に例えられているのは明らかに褒められてはいないですね。けなされてます。
柱は、なんというかもう、心の中のアイドルということでいいのではないかなと思います。家になくてはならないものですし。
まあ、その内柱擬人化して薬師とひと悶着ないとも限らんのですけどね。ええ。


Eddie様

男子三日あわざれば刮目して見よ。というように、一年もあれば由壱も悟りを開きます。
果たして成長したのか、それともぶっこわれたのかわかりませんが、とりあえず全てを許容する存在になりかけてます。
明日は一体どっちなのか。そして、いつの日か由壱が一般人じゃなくなる日は来るのだろうか。
風邪の方は、意外とあっさり治りました。暑くて寝にくかったのだけが苦行でしたよ。


光龍様

先生もポニーテールになったりと大忙しです。しかもポニーテールすごく長い。一メートル以上あるんじゃないっすかね。
銀子は、なんの影響かエロさ上昇中。しかし、妖艶なっていうか下ネタ方面におけるエロさだから救えない。
師匠は、これからも乙女チック街道まっしぐらだと思います。迷うことなく真っ直ぐに。
まあ、乙女っぷりで言えば由比紀の方が数段パワフルですけどね。あそこはもう手遅れです。


志之司 琳様

ポニテの憐子さんです。和服ポニテ、これはガチ。貴方とは一晩語りあえそうです。ただ、ポニテにも意味があります。
伏線です。私名物ことわかりにくい伏線のようです。まあ、でも勘のいい人がいて、ひやっとさせられましたが。
朴念仁が癪とか言ってる件に関しては、夏の暑さで脳に蛆が湧いたんだと思います。もしくは奇跡です。
銀子は、春奈より学力は上ですが、頭悪いです。馬鹿と天才が何とやらってやつですね。ただ、濡れ透けな美女に抱きつかれてても動揺しない薬師に違和感を感じない私は末期です。









最後に。

首を高速回転させながら、秒間七十八回のタップダンスは地獄では意外とポピュラーなのかもしれない。



[20629] 其の六 俺と身長。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e9e8b350
Date: 2010/08/10 22:44
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「そう言えば結局、見つかったんか?」

「何がです?」

「あー、えーとだな、あれだよあれ。お前さんが言ってた、逃げだしたよくわからん奴」


 閻魔宅で、俺は相も変わらぬセーラー服と向き合っていた。

 ……んー、それにしてもいい椅子使ってんな。持って帰りたいわこのソファ。


「目下捜索中です。貴方の方は如何ですか?」

「それらしきものは……、つか、結局外見とか聞いてないから自信ないんだけどな」


 そう言えば、結局見ればわかると言われて何も聞いていないのだ。

 そう思って、聞いてみたら、閻魔は一度目を瞑り、思い出すようにして外見の特徴を上げた。


「まず、金髪です。多分、この世のものとは思えないような美女です。身長は百五十後半から百六十前半位。それと――、今も着ていればですが、とても派手な白いドレスを着ています」


 ――劣化版

 幸子――


 不意にその言葉が俺の脳裏をよぎる。

 冷や汗とか、脂汗とかそういったものが滝のように流れていた。


「どうしました?」


 怪訝そうに聞いてきた閻魔に、俺はぽつりと零した。


「すまん、昨日普通にそいつとすれ違ったわ」

「……そうですか。……は?」


 一瞬にして、閻魔は目を丸くする。


「あの目立つドレスを? あんなに目につきやすい人間を見逃したっていうんですかっ!?」

「いやぁ、あの時色々あったんだよ」

「どんな色々ですかっ」

「……それはだな。まず、お前さんの妹こと、由比紀と駅前で待ち合わせしてたんだ」

「はい? 由比紀と……!? それは一体……」

「するとだな……、真っ赤な龍と俺は死闘を繰り広げていたんだよっ!」

「ええ、と。貴方は由比紀と待ち合わせをしてたんですよね?」


 あの龍との会話は、記憶に新しい。


『人間ごときにぃ!! この余が、敗れるなどと!?』

『あ、大丈夫、人間じゃないから』

『あ、そうですか。ならいいです』

『いいのか』

『いや、余はキモとられても三週間くらいで復活する訳ですし』

『だったら戦う前からくれないもんかね』

『最近運動不足で……。見るがいいこのメタボ腹、まじぱねえっす。ちょっと余もね、危機感を感じるわけですよ』

『……龍の腹がメタボとか正直わかんねーよ……、西洋系は大抵メタボだろ……』

『あ、でも余的に考えると、死んで復活する際結構カロリー消費すると思うんですね』

『お前さんがそう思うんならそうなんだろ。お前さん中では』


 とても厳かな龍と話したとは思えない内容であった。


「と、まあ、そんなこともあれば劣化版幸子位じゃ動じねー。メガ幸子でも連れて来やがれ」

「よく、わかりませんが、とりあえず見逃したということでいいんですね?」

「おー。ところでなんだが、別にそんなに焦って探してないのか?」


 頷きつつも、なんとなく気になっていた事を聞いてみる。

 すると、返って来たのは筆舌に尽くしがたい、残念な言葉だった。


「このまま放置し続けると危ないのですが、私としては貴方が解決してくれることを期待しているのです」

「……おい。俺は一般人でござる」

「ござる口調の一般人なんていませんよ」

「おい、お前さん、今ござる口調の一般人を全て敵に回したよ」

「じゃあ、一般の方のご協力をお願いします」

「拒否権を」

「お願いします」


 お願いします、と。そこまで言われてしまっては頭から否定するのもなんだか悪い気がしてくる。

 俺は誤魔化し混じりに、話を変えた。


「なんで俺に解決させようなんざ思うのかね」


 すると、閻魔は困ったように笑う。


「逃げだしたら掴まえて終わり、とも行きませんから」

「よくわからん」

「わからなくていいんです。むしろ、一般人としての貴方に期待しているのですから」

「意味わからん」

「運営がやってしまうと、運営としてしか行動できないのですよ。そして、組織的行動は、どうしても個人を軽視してしまう傾向があります」


 今一つ、なにがいいたいのかわからん。別に見つけてとっ捕まえるなら一般だろうが公だろうが変わるまいに。

 だが、なにはともあれ。


「ま、見つけたらな」

「それでいいんです」

「じゃ、俺は行くわ」


 言って、俺は立ち上がる。これから仕事だ。

 閻魔に呼ばれたからここに居るのだが、わざわざ出勤を遅らせて貰っているのだ、長居はよくない。


「はい、呼び出して申し訳ありません」


 無論、部屋から玄関が遠い訳もなく、扉を一枚抜ければすぐに玄関。


「じゃあな」

「はい、ではまた」


 そう言って、俺はその扉を閉めた。

 そして、背を向け歩いていく。

 そんな中、


「……彼女が妖怪ではない、と知ったら、貴方はどういう反応を返すんでしょうか……」


 ふと、扉の向こうで閻魔が何か呟いた気がして俺は振り返る。

 だが。


「まあいいか」


 聞かれたくないことというのは存在する。そして、何でもよく聞こえるようにすることができるからこそ、気を付けなければならない。

 なんつーか、あれだ。ぷらいばしい、とか、デリカシーとかそんな感じのあれだ。

 そんな風に、俺は適当に納得して、その建物を後にした。
















其の六 俺と身長。















「よお、李知さん」


 河原に着くなり目についた黒髪長髪で長身の女性、こと李知さんの背中を俺は叩く。

 すると、彼女はいきなりだったため、大層驚いたらしい。


「にゃんっ!?」


 と体をびくつかせる。

 しかし、それにしても。


「猫っぷりが板についてきたとでも言えばいいのかね」


 お見合い騒動とか色々あってうちに居候することとなった李知さんだが、もっぱらにゃん子のおもちゃにされている。

 うちに来る前から、猫耳を付けられたり、若返りさせられたりと遊ばれていたが、今では完全にからかわれっぱなしだ。


「な、な、なにを言ってるんだ薬師っ!!」

「おうおう、今日もスーツが似合ってんね。所で前さんは?」


 そう言えば、女性のズボンのスーツをパンツスーツと呼ぶらしいな。この間李知さんに教えてもらって初めて知ったぜ。


「ああ、彼女は遅れてくる」

「ふむ、じゃあそれまで俺はどうすればいいんだ?」

「私が代わりを勤めよう」

「お前さんの担当はじゃら男だろう?」

「今日は休みだ」

「さいですか」

「そうなのだ」


 別に、前さんがいないから来るまでサボれるぜ、とか考えていた訳ではない。

 ないのだ。断じて。

 俺は、緩慢にそこに座ると、やる気なく、石を積み上げ始めた。





















 しばらくして、前さんがやってくる。


「あ、遅れてごめんね。ちょっと呼び出しがあってさ」

「まあ、こっちも遅れて来た訳だしな。それはお互い様で構わないんだが……、だが……」


 そう、それは別にいい。構わない。

 人には色々な都合というものがあるのだ。

 あるのだが。

 だが。


「だが――、なんで俺の隣に座っているんだ李知さんよ」


 ぴったりと、俺の隣に座っている李知さん。担当のじゃら男は休みだから、お前さんは帰るんじゃないのか。

 正直暑いんです。


「いや、あの……、そのだな……」


 そして、珍しく歯切れの悪い声を返す李知さん。


「……じゃら男が休みだから暇なんだ」

「憎いねこの給料泥棒」

「うぅっ……!」


 まるで男に捨てられたかのように、横座で、地面に手を付く李知さん。

 彼女はそうした後、ばっと顔を上げると一言。


「タイムカード押してくる」


 いや、それ押したら勤務時間外だから帰っても問題ないんじゃあるまいか。

 そもそも前さんの代わりとして入ってるんだから、前さんが来たら帰るもんじゃないのだろうか。

 しかし、突っ込む間もなく李知さんはきびきびと歩いて去っていき、きびきびと歩いて戻ってくる。


「押して来たっ」

「……ご苦労さん」

「ところで」

「なんだ?」

「その……、これで勤務が終わった訳だが、なのに河原の敷地に居るということは、許されるのだろうか?」


 相変わらず、変な所ばかりきっちりしたがるな。

 果てしなくどうでもいいというに。


「いいんじゃね? よく弁当届けに来て一緒に食う奴もいるし。一応関係者だろ」


 藍音はよく弁当を届けに来て一緒に食べることがある。

 別に駄目だと言われた記憶もなければ、規則にそれがあった覚えもない。

 あと、勤務者ならそこに居ることくらいはありだろ。


「そうか、そうだな」


 安心したように肯いて、李知さんは俺の隣に再び横座。

 まあ、いいさ。それこそ勤務時間外。

 言うなれば自由時間、休み。今風に言うとオフ。

 そう、李知さんが休暇中にどこに居ようと俺にどうこう言う資格はない。

 しかし、だがしかしである。


「ふーん……」


 じっとりと、俺を見つめ続ける前さんの視線が、まるで質量を持ったかのように突き刺さる。

 これは、鬼も素足で逃げ出すぜ。


「……」


 じとぉっ、という音が今にも聞こえてきそうなこの空気。

 いたたまれない。

 その上、李知さんがその視線に気が付いていないのが余計に空気を重くする。

 まるで世界中の不幸を一身に背負ったかのようだ。

 そして。


「……はい?」


 とすん、と前さんもまた、俺の隣に座ったのだった。


「いいよね?」


 ……頷く他に術などあるか。


























「な、なあ薬師……、大きい女をどう思う?」

「ね、ねえ薬師……、標準より小さい子をどう思うかな?」


 二人に挟まれ、妙な熱気の中すごすこと数分。

 不意に二人は俺に問うた。

 が、しかし、正直意味がわからん。

 大きい女をどう思うか? そりゃあ、すごく大きいです、としか感想の零しようがない。

 小さい女をどう思うか? それは、小さいとしか言いようがない。


「そもそも、どのくらいの大きさなんだ?」

「それは、百八十センチ近い、結構な大きさの……、だな」


 すごく大きいです。


「そもそもどのくらいの小ささなんだ?」

「百五十センチ……、いってないかも」


 それは小さいな。

 ……で?


「すまん、正直質問の意味が俺には高尚過ぎる」


 正直に、俺は言う。

 すると、焦れたように前さんが言った。


「そのねっ! 付き合うなら、大きい女の子と、小さい女の子、どっちがいい!?」


 ……付き合う?

 付き合うというと……。

 ふむ、まず、特徴がでかい小さいしかわかっていないということは初対面の女である。

 それに対して長期的という前提で付き合っていくのであればどちらが良いか。

 ここでの問題はあれだ。内面がわからないこと。

 要するにでかいか小さいかで選べ、というのだ。

 そう言われると――。


「いや、どっちも困るだろ……」

「え?」


 正直に言おう。

 百八十センチのでかい女。でかい女ということは、肩幅が俺の二倍くらいある熊なのではあるまいか。

 そんな人外魔境とは、付き合いにくい。


「あと、ちょっと聞くけどな? 俺が。三十路間近な外見の俺が」


 まあ、断じて三十路間近な外見だ。間近なんだ。異論は認めない。

 そして、百五十もない女ということは、少女だ。そんな少女に俺が。

 三十路間近の俺が。


「年端もいかない少女に向かって話しかけてたらどうする?」

「……通報する、かな……」


 はい、前さんから辛辣な言葉頂きました。


「……結論は程良い身長を希望したいということで」


 そう、初対面の人間と、付き合っていくならどっちと問われれば、外見の話しかけやすさを尋ねられている訳だ。

 そうすると、どちらも話しかけにくい。

 これが結論だ。


「そうか……」

「そっか……」


 しかし――。

 なんでこんなに空気が重いんだ。






















 と、これで終わればよかったのだが、この話には続きがある。

 そんなことのあった、次の日のお話である。

 朝、目覚める俺。

 そんな俺が一階へ降りて、目にしたのは。


「これでどうだ薬師!!」


 えっへん、と胸を張る李知さん。

 しかしその身長は、二十センチ前後縮んでいる。

 いつもと違って、李知さんの頭頂部は、俺の顎辺りにあった。

 そして、縮んだら猫耳は標準装備なのか。いや、多分猫又の呪いできっと身長だけ縮ませることはできるのだろうが、にゃん子に騙されているんじゃないだろうか。

 しかし、それにしても、大分童顔っぽくなっている。

 それはまるで高校生のように若々しくて――。

 随分と若返っていて――、そして俺は昨日の話を思い出し、思わず呟いた。


「……援助交際?」


 ――殴られました。

















 ……なるほど、背が低い高いは李知さん達の話だったのか。そんなに自分の身長を気にしていたとはな。

 確かに初対面で話しかけやすいかどうかは社会人として重要かも知れんが。


「お、お前の身長が低いのが悪いんだっ!! 伸ばせ!!」


 しかし、この世の人間の全ての身長を伸ばさないと無意味だろう。というのは聞き入れてもらえないんだろうな。


「いや、無理無理。今更伸びないから、ちょ、牛乳丸ごと飲まされても無理だから」

「いいから飲め!! 早く! ハリー! ハリー!!」

「無理ー! 無理ー!」

「飲む気がないなら……、く、口移しで飲ませてやる!!」

「暑さで熱暴走してないか? お前さん……」


 げんなりと呟いて、俺は脱兎のごとく逃げ出すのだった。


















 まあ、危うく口うつしで牛乳を飲まされかけたが、今日は平日である。ならば仕事で、それならば河原だ。

 しかし、そこに前さんの姿はなかった。


「あれ? 前さんは?」

「ああ、牛乳を飲みすぎたとかで、今日休んでるよ」

「はい? じゃあ俺の仕事は?」

「それは偶然にもどこもいっぱいいっぱいで」

「要するに?」

「休み」


 仕事に来たのに――、

 帰される俺。

 ああ無情。

 あまりの空しさに、猫背気味に俺は歩く。




 そうして俺は出会うことになる。




 白いドレス。まるで新雪のような白いドレスだった。

 普段着としては有り得ないようなど派手なドレスだ。


「あー、夏だもんな、いろんな奴がいるかー……」


 呟いて、俺達は擦れ違い――。

 俺は一瞬にして振り返った。


「幸子……!!」


 思わず、俺は彼女の方に手を置いて、それを止める。


「うん? 妾になにか用か?」


 綺麗な、人形のような灰色の瞳が、俺を捉えた。

 多分、俺は暑さで頭がやられていたのだろう。


「お前さん、名前は?」


 俺が考えていたのは、劣化版幸子じゃ呼びにくいなー、とか。

 そんなことばかりだった。

 ぶっちゃけると、


「妾は……、えと、その……、そうだ、ぺけ美なので……、じゃなくて……」


 その後のことを何も考えていなかったのである。


「――そう、妾はぺけ美なのじゃ!!」


 ……ぺけ美さん?


「……はい?」































―――
暑が夏いです。生きているのが辛い。
という訳で新キャラ名。

「ぺけ美」

ちゃんと意味はありますよ? 多分。











返信。


FRE様

流石の山中氏も火龍とバトルは予想外、というか神話級の試練過ぎて無理ゲーすぎる。
そして、心中の心の孫たちはきっとあれですね、金髪碧眼とか銀髪とかのイケメン男子ぞろいなんでしょうね。
日本男児にウラジーミルとか名付けたら残念すぎる。そしてメガ幸子VSエクスマキナはそれはそれでありだと思った当たり末期かもしれません。
しかし、ただでさえカオスな人気投票という戦場に、新たな風が……! 一体どこへ向かうんでしょう。


奇々怪々様

さて、大丈夫なんでしょうか閻魔妹。今ならまだ可愛いものですが。でもどちらかというとヤンデレよりも駄目人間になりそうです。
そして、婆さんの理性も焼き切れてますが、爺さんの脳内も結構ぶっ飛んでると思います。果たして婆さんだけ説得して良かったものか。
あと、きっとサイクロプスさんは名前がなかったんですよ。ええ、それで恋人になった当時の奥さんがそう呼ぶことにしたんです。それで、きっと息子さんが生まれると同時に父の名前も考えるというエピソードがあったりなかったりするんじゃないですかね。
さて、万象を切り裂くミスリルソード、カルマリッパーの使い手の少年のお話は一体いつになるやら。


名前なんか(ry様

残念っ、フランクなのは火龍もだっ!! あと、きっとソロモン王はシュークリームを食べた食べないの話で喧嘩して壺に封じたんでしょう。きっとそうです。
さて、なんだか不幸属性もちな由比紀ですが、たまには報われる方向で。まあ、薬師も暑いせいでだらけてべろんべろんですからね。
黙って抱きつかれてたりもします。あと、火龍と死闘を繰り広げれば当然お疲れで。これなら本当に暑いままにしかねない。
薬師の周りだけ気温四十度とか。いや、乙女たちの聖戦で普通にそうなりかねないです。まあ、それはともかく。この暑さの苦情は、ぺけ美さんにどうぞ。


kakukaki様

暁御予報、次回の暁御率は0.6パーセントです。見事な暁御晴れですね。暁御の影も形も見られません。
あと、ソロモン王は多分持病の間接痛の治療に来ていたんじゃないかと思われます。魔術で直せと。
尚、閻魔妹は縮むと可憐な美幼女、もとい美少女ですからね。絡まれもしちゃいます。ただし服は縮んだりしないので、通常時から縮んでも、縮んでから通常に戻っても見た目が犯罪チック。
ちなみに前さんの身長は、百五十センチいってないかも、とか言ってましたがそれですらサバ呼んでます。


SEVEN様

夏です。私の脳みそが熔けそうなので、婆さんの理性が切れても仕方がない。地獄なのに死に目とかも仕方ない。
ちなみに、閻魔妹は朝に縮んだであろうので、きっとだぼだぼなパジャマ姿が見れると思います。
そして、世界一の、世界で唯一乾燥力の落ちないエロさ乾燥機、薬師。でも健全とはいい難い当たり、乾燥させ過ぎなんじゃないかと思います。
劣化版幸子に関しては、もしかすると幸子のネーミングセンスの方が末期なのかもしれません。取り合えず、ロリではないけどババア口調。変則ツンデレを目指します。


悪鬼羅刹様

藍音なら、濡れ透けのためだけに薄い生地でメイド服を製作しかねない。
むしろ既に準備万端かもしれません。濡れるのを今か今かとタイミングをはかっている可能性も捨てきれないです。
まあ、でも実際藍音さんなら薬師に水ぶっかけられたいとか思ってないこともなさそうです。
もしくは薬師を抱えてビニールプールに飛び込むとか。


光龍様

暑いのにロックロール魂に火を付けられたら、周りは暑苦しさで死にそうです。というか首回転タップダンスはロックンロールなのか。反、社会的……?
変態紳士は、紳士はかくあるべきという姿。しかし変態。変態以外の何物でもないです。でも、変態だって節度を持って生きれば問題ないと思います。
臍の緒はきっと防御力1457とかバグった数値を記録してますよ。下詰謹製じゃないと多分切れないです。
最後に。薬師の下駄と柱を追加したのは……、貴 方 の 仕 業 か。とってもカオスな戦場になってまいりましたね。人気投票も。


通りすがり六世様

果たして、誰の出産に立ち会ったんでしょうね、バアルさん……。マリアとかその辺でしょうか。
しかし、それにしても良い紳士ながら、詰めが甘かったようですね。濡れ透けぱっつんになってしまいました。
それとも幼女じゃないからセーフなのか。そのあたり紳士殿に小一時間お話してみたいものです。
そして、薬師ならもう天帝暗殺か、川とか知ったこっちゃない勢いで飛んでいくかのどちらかですよねー。


春都様

地獄が混沌としてました。普段はある程度大人しいですが、暑さのあまり色々と飛び出してるようです。
臍の緒はきっと闇の衣とか纏ってるんですよ。メスくらいじゃ通りません。ただし、今後こんな時のためにミスリルの破邪のメスとか病院に搬入されるでしょう。
いしのこうげき! ミス! へそのおにダメージをあたえられない! いし「ダメだ! ミスリルのけんがないと・・・・・・!」
にしても、濡れ透け由比紀に抱きつかれていた薬師ですが、どう考えてもエロ方面に進む気がしないのはどういうことでしょう。


Eddie様

閻魔の制服の一般投票に関しては、きっと鬼から龍までセーラー服とかに投票したことに間違いないでしょう。
しかし、こんなに混沌としている割に、普段は大人しいのを考えると、一体どんな地獄だか気になります。
とりあえずメタボリックシンドロームを気にするドラゴンはどこの神話になら存在するのやら。
まあ、そんなカオスを乗り越えて、薬師と由比紀は会うことができましたが、よく考えると彼らもカオスという救いのない展開。


あも様

紳士というか、悟りを開き切ってますね。なんというか、小五ロリの逸話を思い出しました。
しかし、濡れ透けまで予想していたのだとしたら恐ろしいです。その知恵は四方千里を見渡すような見渡さないような。
そして、どうせなのでかぶるなら牛乳とかかぶったらどうでしょう。エロいかもしれません。自分は牛乳被った人を見たことがないのでわかりませんが。
あと、誤字報告感謝です。直しておきます。にしても最近やけに誤字が多い気がします。見直して直すとぽろぽろと。熱い製だと信じたい。


志之司 琳様

閻魔妹は、色惚けてますが、しかしながら外見は幼女モードなら可憐な美少女ですからね。ホイホイしちゃいます。
そして、暑さにやられた地獄の猛者達は、とりあえず概ね薬師に片付けられました。しかし、大物、劣化幸子が残っています。
まあ、なんかヤンデレっぽい閻魔妹ながら、色惚けで終わりそうな予感もします。彼女の乙女チック的に考えて。
それで、確かに濡れ透けパッツンも幼女由比紀もスペックが高いですが――、どちらも独占する薬師は藍音さんの胸で窒息しろ。






最後に。

俺賽豆知識。

幼女由比紀は胸の大きさ的にブラジャーをしていない。要するに濡れ透けぱっつん時の由比紀はノットブラジャーである。余談であるが、下着の紐やゴムが切れた可能性も捨てきれない。

今回の話で前さんは、百五十いってないかも、と自分のアバターを証言したが、前さんの身長はもっと低い。それでもサバを読む涙ぐましい乙女の努力である。




とっても役に立つ豆知識ですね。



[20629] 其の七 俺と笑うあの人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6e5edbbc
Date: 2010/08/13 22:36
俺と鬼と賽の河原と。生生世世










 酷く目に眩しい、白いドレス。まるで磨いた銅のような輝く金髪。

 白磁のような肌に、宝石のようにも見える灰色の瞳。それら全てが俺の視界に陣取っていた。

 そう、そんな、まるでおとぎ話から出て来た姫のような彼女は。


「――そう、妾はぺけ美なのじゃ!!」


 ぺけ美。そう彼女は名乗った。

 俺に、呆ける以外の術は無かった。


「む? 妾が名乗ったのだから、そちらも名乗るのが礼儀であろ?」


 そう言って、自称ぺけ美さんは呆ける俺に自己紹介とやらを促している。

 まあ、確かにこれで名乗らないのも失礼だ。

 俺は止まった思考を再起動して言葉を紡ぐ。


「そうだな……、ジョン・スミスだ」


 ただ、本名を名乗るのは負けた気分なので水底に沈んだモアイの名を借りようと思う。

 しかし、そんな俺の名乗りに、ぺけ美は不快そうに眉を歪めた。


「偽名じゃろ?」

「何故?」

「お主は日本人か?」

「あー、ほらあれだ。父親が外国人なんじゃないか?」

「そういうことを言ってるのではない。そうじゃな、日本で山田太郎という人間が中々見つからないように、ジョン・スミスなんて人間は早々いない。しかも、外国人とのハーフという特殊な人間なら余計に。そうじゃろ?」

「まあ、そうだが。それで?」

「偽名を名乗るのは失礼だと思わんか?」


 そんな、ぺけ美の言葉に俺は肯いた。

 まあ、確かに偽名を名乗るなどというのは失礼にあたるかもしれない。

 しかし。


「お前さんはどうなんだ?」


 こいつにだけは言われたくない。


「あ……」

「百歩譲って、こんな金髪の日本人がいたとしよう。俺も父親が外人説を使ったのでその方向で。しかし、だ」

「ぐぅ……」

「日本中を探してもぺけ美なんて早々いねーよ」

「ぬぬぅ……」

「あと、姓を名乗らない当たり失礼だろ」

「……」


 ぐうの音もありゃしない。


「そ、それで?」


 取りつくろうように、慌ててぺけ美は声を上げた。

 それで、とはどういうことだと聞き返そうとする前に、彼女は言葉を続ける。


「妾になんの用じゃ?」


 今度は、俺が黙る番だった。

 そう言えば……、

 ――一体なんの用だろう。


「……あー。警察です。この猛暑に白いドレスで出歩く頭のいかれた女がいると通報を受けてやってきました。ちょっと署まで来てもらえますか?」

「お主のような目の死んだお巡りさんがいるかっ」


 うわぁ……、なんかいきなり酷いこと言われた気がするぜ。


「じゃあ……、なんの用だろうなぁ……?」

「……新手のナンパかの?」

「あ、それでいいや」

「なんて投げやりな……」

「じゃあ、それがいい」

「言い方を変えればいいというものではないっ。それに、ナンパなら間に合っておる。残念だったな」

「じゃあナンパじゃないな」

「一体何じゃというんじゃ……」


 しかし、考えなしに話しかけたはいいのだが、なにも考えていなかった。

 ええいああ、もうこうなったら。


「実は運営の関係者でお前さんをとっ捕まえろって言われてるんだわ」


 俺は全てをぶっちゃけ、ぺけ美は走り去った。それはもう脱兎のごとくであった。

 俺は、追わないことにした。













其の七 俺と笑うあの人。











 結局、ぺけ美を何故追わなかったのかと聞かれれば、彼女のことが気になったからだと答える。

 とっ捕まえて、運営に差し出しちまえば、この件は終了。本当に終了してしまい、俺は何が何だかわからないまま事件は終結。

 しかし、閻魔は俺の一般人としての働きに期待すると言っていた。

 そして、一般人の俺としては、野次馬根性丸出しである。

 あのよくわからんぺけ美が何ゆえ軟禁状態にならねばならないのか、そこから逃げださなければいけないのか。そして捕まえなければいけないのか。

 何も閻魔は説明しなかった。あえて説明しなかったようでもある。

 有り体に言ってしまえば、興味が湧いたのだ。ぺけ美に。

 放置し続けると危ない、と閻魔は言っていたが、それはもうしばらくは大丈夫、ということに相違ない。

 そして閻魔もまた、ぺけ美を即座に掴まえることを望んではいないようだ。公式的に認めることはできないが、この期に外を楽しんでほしいと思っているのかもしれない。


「どっか行くか……」


 不意に、俺は一人呟いた。

 ぺけ美を追うのは明日でも明後日でもいいだろう。

 むしろ焦って追いかけまわす方が逆効果だ。

 しかし、俺は前さんの不調で仕事場を放り出された身である。

 帰るのも間抜け、かといってどこかへ行くような金もない。

 と、そこで。

 ふと思ったことが一つ。

 うち以上に和風建築なあのご家庭は大丈夫だろうか、と。

 最近ご無沙汰していたのだが、あの家に一人暮らししている彼女が、うっかり――、その、なんだ。謎の死を遂げていないとも……。

 いや、もう死んでいたか。

 しかし、ともあれ、思い出すとやっぱり心配ではある。

 数珠玲衣子。李知さんの母親は、息災であろうか。




















「やっほー、薬師お兄さんだ」

「あらあら、こんにちは。玲衣子お姉さんですわ」


 純和風のまるで武家屋敷が如き邸宅で、相も変わらぬ笑みで玲衣子は俺を出迎えた。

 俺がお兄さんで、玲衣子がお姉さんを名乗る当たり、お互い年か。

 に、しても。


「あ、もしや仕事かね? だったらすまん事をした」


 李知さんをそのまま優しい感じにしたら、玲衣子になる。

 いつも真っ直ぐに髪を下ろしている李知さんと比べれば、髪型も若干ふわふわした印象を受ける。

 まあ、ともあれ、彼女はいつも和服なのだが、今日は所謂タイトなスカートとという奴に白いブラウス、そしてその首元には黄土のリボン。

 まさに仕事人。

 彼女は、仕事をするときこういう格好をする。

 だから、俺はこれから仕事かと思って場を辞そうとしたのだが、


「いえ、今帰ったところで。どうぞ、上がっていってください」


 と、彼女は言う。


「ん、あー。うん、上がってくわ」


 断る理由もなかったので、俺は玲衣子に続いて部屋に上がることにした。

 そうして、二人廊下を歩き、俺は呟く。


「む、思ったより涼しいな」


 風通しのいい和風建築に対し、流石というべきか。

 まあ、思ったよりであって、暑いことに変わりはないのだが。


「思ったより、ですか?」

「いやあ、お前さんが家で倒れててもおかしくねーな、と思ってな」

「あら、心配してくれたんですの?」

「んー。まあまあ」

「ふふ。ありがとうございます」


 にこりと俺に笑みを受けて、玲衣子は頭を下げる。


「別にそんな大げさなもんじゃねーって」


 言って、俺は誤魔化すように足を速めた。

 そのようにして、俺と玲衣子は居間に辿り着き、今まで炎天下を歩いていた俺は、一息ついたようにその場に座り込んだ。


「にしても、仕事か。また交渉か?」

「ええ、そうですわ」

「ふーん、今回は危なかったりはしなかったのか?」


 玲衣子の仕事は、たまに物騒な相手と交渉することとなる。

 まあ、護衛は付けるだろうから大丈夫なんだろうが。

 しかし、そんな俺の内心を知ってか知らずか、玲衣子はにこにこ笑って首を振った。


「今日は一般企業間での話し合いにオブザーバーとして出席しただけです」

「ははぁ、なんか、かっこいいねー。俺もそんな風に仕事してみてーよ」

「あら、貴方の生前は私なんてめじゃない位だったんじゃないんですか?」

「残念ながら、書類仕事と喧嘩両成敗でとりあえず両方ぶん殴るだけだったりしてな。泥臭くて仕方ねー」


 確かに、昔は交渉のようなこともした、というか、立ち退き勧告とか、争いの調停とかはしたのだが――。

 残念なことに妖怪は、事あるごとに『あいわかった、ならば力尽くで』などと口走る派閥だ。

 そしてこっちは、『なるほどそちらの主張はわかった。じゃあ力尽くで』だ。

 話し合いで解決する様なやさしい妖怪はそもそもひっそり生きて問題を起こさない。


「あらあら、うふふ、そうなんですか」


 そう言ってこちらを見る玲衣子を後目に、俺はだらけて、目の前の机に突っ伏した。


「にしてもあっついな……」


 涼しい、というのはあくまで、思ったよりの話。

 暑いもんはあっつい。和風建築は風通しが良く、風が涼しいが、しかしクーラーなんていうハイカラな存在は付いていないのだ。

 そして、そんな俺に、玲衣子は言う。


「ふふ、じゃあ、涼みに行きませんこと?」

「涼みに? どこにいくんかね」

「それは着いてからのお楽しみで」


 その時、俺に正常な判断力なんて残されていなかった。


「んー、わかった」




























 そうしてやってきました。


「人が多いな……」


 溢れんばかりの水と人。まるで海だが、屋内であり、人工物。

 プールである。


「この暑さですから」


 確かに、涼むには最適である。やたら広い施設だから楽しみようもあるしな。

 しかしそれを考えると上がったら地獄だな。特に自転車なんかできてる少年少女たちは涼んでも帰りには地獄が待っているという残念な事態だ。よく考えればまるっとこの世界地獄だったが。

 しかし、流れる奴から滑る奴に、深い所にその他諸々。こんな施設にやってくるのは初めてだ。


「にしても、水着買っちまうなんて、中々に金持ちだな」


 そして、まあ、当然水着なんて用意しているわけないので、受付隣にあるそういう店で購入だ。


「まあ、女の独り暮らしですから。李知ちゃんは仕送りを受け取ってくれないし」


 確かに、俺も一人暮らしの頃はそれなりに貯まったものだったな。そう言えば。

 ちゃんとした仕事についている玲衣子なら、俺よりもっと貯まるのだろう。


「では、行きましょう」


 俺は、玲衣子に手を引かれて水に入るのだった。


「しかし、競泳水着、か」


 無論、競泳水着なのは玲衣子だ。

 俺は無難なものを選ばせてもらった。


「ええ、その。変ですか?」


 ふと、玲衣子がこちらを向く。

 その姿は、うむ、確かに競泳水着と言えど似合っている。いるのだが。


「なんつーか、アレだな。はちきれんばかりというか。おっさんに暗がりに連れ込まれそうというか」

「あら、貴方が連れ込んでくださるのですか?」

「……難しい問題だな」


 どちらかというと俺がプールに連れ込まれた側である。


「ふふ、では、どうしますか? まずはひと泳ぎでも如何です?」


 ああ、いいなそれは。うん、プールだもんな。

 確かに、こう、水か溢れてたらな。泳ぎたくもなるな。

 しかし。

 一つ問題がある。


「すまん。俺カナヅチだったわ」


 言えば、玲衣子にしては珍しく目を丸くし、驚きを示した。


「そうなのですか? 意外ですわ」

「山育ち舐めんな。川は足届くとこまでしか入ったことねーしな」


 不貞腐れたように俺が言うと、玲衣子は俺の前に回ってにこりと笑う。


「うふふ、じゃあ、私の両手を握ってくださいな」

「この年になってそれは恥ずかしいんだが」

「途中で手を離したりしませんから」

「ぐむう……、そういう問題じゃねーんだが」


 その後も、色々と、言葉を並べてみるが、しかし煙に巻かれ、誤魔化され、説得されたり。

 結局、俺は彼女の手を掴んでバタ足する羽目となった。

 恐るべし、交渉。




















「さて、次はどうしましょう」


 美人の手を掴んでバタ足し続ける新たな競技、エクストリームバタ足し続けることしばらく。

 結局俺の泳ぎは上手くならなかった気がする。


「流れるプールなんていかがですか?」

「俺が流れるわ」

「深いところは……」

「まあ、沈むな。もしくは浮いているだけで精いっぱいだ」

「では、波のあるところは……」

「俺が波にさらわれるな」

「じゃあ、ウォータースライダーにでも」

「あー、あの滑り台みたいな奴な」


 そう言って、そのウォータースライダーとやらを俺は見上げる。

 中々高いな。あれの中から水と一緒に落ちてくるのか。

 よく考えたら酔狂な遊びだぜ。

 などと考えつつも、玲衣子に手を引かれ、俺は乗り口までやってくる。

 さて、滑るのか。いつも高速で滑空とかしている俺だが、自分で制御が効かんのもまた趣がある。

 うんうんと肯いて、俺が搭乗口に座って――。


「なあ」


 今気付いた。


「なんで俺の膝で待機?」

「ウォータースライダーとはこういうものですわ」

「へぇ……、ってぬおわ!」


 手を離すと危ないのでしっかり抱きとめててくださいねー、という係員の声と共に、俺は背を押された。

 滑走が開始される。


「あっ……、薬師さん、もっと強く抱きとめててください」


 確かに、手を離すとやばい。

 滑りながら考えてみれば、手を離して別々に滑ったと仮定しよう。

 すると、玲衣子は当然位置的に先に下に着く訳だが、その次の瞬間には俺が下りてくるのである。

 そうなれば、俺の超天狗脚が玲衣子に当たりかねない訳だ。

 しかし――。

 玲衣子の体は、触れれば折れそうな程、華奢だった。

 果たして、どこまで強く抱きしめていいものか。

 迷う俺。


「もう少し……、強く。もっと強く抱きとめてください……」


 せがむ様な声。

 そして。

 力の入れ具合を迷ったせいだろうか。

 それとも、水で滑ったのか。

 はてまた両方か。手が滑る。


「むぅっ……!」


 慌てて、俺は離れかけた玲衣子へ手を伸ばし、掴む。

 ふう、これで問題ないな。

 まあ、なんというか。

 こう、言いにくいのだが。

 そう、一つだけ言うことがあるとすれば、先程の言葉に訂正を加えよう、ということか。

 では、訂正。

 ふう、これで『思い切り玲衣子の胸を掴んでいる以外は』問題ないな。

 ひたすらに、俺の両手は柔らかい感触を伝えている。


「あんっ……、薬師さん……。駄目ですわ、こんなところで……」


 エロい声を出されても困ります奥さん。

 どうにかしたい。

 しかし、手を離す訳にも行かず。

 南無三。俺は全てから目を瞑った。

 そして――。

 ど派手な水音を立てて俺と玲衣子は着水した。


「なんつーか……、すまんかった」


 俺は苦笑気味に身を抱くようにして肩から下を水に沈めている玲衣子を見る。

 彼女の頬は、ほんのりと赤い。気がしないでもない。まあ、いきなり野郎にあんなことされたら……、俺、通報されても仕方ねーな。

 果たして気にしているのかいないのか。

 不意に玲衣子は立ち上がる。

 そして、これもまた不意に、彼女は俺の首にその細い腕を巻きつけた。

 そうした後、彼女は俺の耳元で囁く。


「私は……、少しもの足りませんわ……、ふふっ」


 玲衣子は、妖艶に笑っていた。

 俺は呟く。


「まあ、確かにこのスライダーってのは短かったかもな」


 確かに、中で滑っていたのは数十秒もない。

 うん、確かにもの足りなかったかもしれないな。

 と俺は肯いたのだが――。

 玲衣子は少し驚いたかのように目を丸くし、すぐに表情を笑みに戻した。


「どうした?」

「いえ、貴方はそういう人でしたわ。……つれないひと」

「ん?」

「何でもありませんわ。このスライダーは、別の意味でスリリングでしたわね、うふふ」

「……否定はできない」






















 髪を湿らせたまま、俺は玲衣子と夕方の道を歩いている。


「なあ、結局の所なんだが」

「なんでしょう」

「楽しかったか?」


 ほとんど俺がバタ足し続ける競技で、今日のプールは終わった。

 正直玲衣子の手を掴んで二、三時間バタ足し続けた。

 果たして、玲衣子は何が楽しいのかずっとにこにこ笑っていたが、内心てめぇこのクソ野郎とか思っていたらいやだなと思う訳だ。

 しかし、その考えは杞憂だ、と彼女は言った。


「楽しかったですわ。……本当に、色々と」


 ふふふ、と笑う彼女は妙に上機嫌で恐ろしい。


「まあ、まったく泳ぎは上達しなかった訳だがな」


 残念ながら、俺と泳ぎは水と油らしい。プールなだけに。

 浮くだけならできるんだがな。

 しかし、そんな風に呟いた俺に玲衣子は笑いかけた。


「お気になさらず、簡単に習得されては困りますもの」

「何ゆえに」


 何だ、俺が無様にバタ足している所を見てほくそ笑んでいるのか。


「上達してしまったら、教えることを理由に、貴方をプールに誘えませんわ」

「む」


 俺は何か言おうとするのだが、俺の唇に玲衣子の人差し指が当たって、何も言えない。


「それに、貴方が溺れて、人工呼吸、なんてイベントもあるかもしれませんし、ね? ふふっ」

「……溺れたいとは思わんなぁ」

「あらあら、じゃあ、砂浜で目を閉じて、息を止めててくださいな……?」









「なんだかそれはそれで、そら恐ろしいんだが」

「大丈夫、私が全て頑張りますわ」




























―――
夏だ、水場だ、ということでお約束のプールで。
ぺけ美編はしばらくちまちまと進みます。







では返信。


光龍様

まあ、でも背って中途半端な方が一番残念なんですけどね。背が高ければ、本棚の上まで背伸びしないで手が届くとか。デメリットは頭をぶつけやすかったり。
小さければ、それはそれで狭い所とかでもすいすい行けますし。問題点は中途半端だとメリットが存在しないことだと。
ただ、やっぱり男としては女性よりも高くありたいもんですよね。今更何しても伸びそうにありませんが。
ぺけ美の意味が明かされるのはしばらく後になりそうです。多分驚くほどよくわかんない所から飛び出してきます。


悪鬼羅刹様

風は読めて軽く数秒先くらいまでの疑似未来予知はできる癖に、空気読みスキルはゼロです。
あと、今回も能力全開にしておけば別に胸を触らずに済んだはずなのですが、しかしこういう時に限って気を抜いているがゆえにラッキースケベが発生。
もう常に予測発動しておけよと、薬師先生に言いたいです。できるなら通報したいです。
でも結局サツに捕まっても閻魔になんだかんだと釈放されるか、刑そのものが閻魔の秘書業とかになりそうで憎いです。


奇々怪々様

劣化版幸子ですが、これからはぺけ美として頑張ります。実を言うとこの小説、チョイ役ほどキャラが濃いんです。よって薄かった幸子が本命なんですね。
しかし、薬師もデリカシーとかプライバシーとか気を使っているようにも見えますが効果ゼロですねわかります。出梨花氏居とかそんなレベルです。
ぺけ美に関しては、これで意味がわかった、間違いない、こいつだっ! って言える方がいたら独断と偏見で神話検定二級を上げてもいいです。
サイクロプス氏は、今頃幸せそうに我が子を抱いていますよ。末永くお幸せだといいです。


SEVEN様

やってることはハートフルでも、見た目は未成年略取か援助交際か、みたいなことしてますからね。銀子とか。
何時通報されるかわかったもんじゃないのにそんなギリギリの死線を越えて薬師はここにいるのですね。
モテの花道はそこまでやらんといかんのですか。遠く険しいです。もう天狗じゃないと無理じゃないかと思います。
尚、ぺけ美は本名があるので、某AKMさんと競り合う危険性はありません。あと、AKMさんが基本名称になりかけてるのでまったく被っていないんじゃないかという学説を打ち出してみます。


志之司 琳様

高い人も低い人も気にし、中くらいの人はメリットがまったくないことに悩む。隣の芝は青いんですね。
あと、多分薬師は鬼子だと思います。天狗ですが、というか天狗ですし。しかし、現代基準じゃ大したことない。
そして、薬師は妙な認識のずれを直そうともしないから、前回のようなすれ違いや、今回のような頓珍漢な言葉が飛び出すのです。明らかに一般人じゃない。
ぺけ美さんとジョンのコンビに関しては、これからちまちま追いつ追われつな関係になりそうです。まるで銭型とルパンのような。明らかに立場が逆ですが。












最後に。


俺と鬼と賽の河原と。生生世世は、これからは、『ぺけ美とジョン・スミス』でお送りいたします。








嘘です。



[20629] 其の八 俺とこの時期。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:751af287
Date: 2010/08/23 11:01
俺と鬼と賽の河原と。生生世世。








「よお」

「げぇっ! ジョン!?」

「……?」

「お、お主が名乗ったのじゃろうがたわけ!! 不思議そうな顔をするな!」

「あー、うん、そうだったそうだった。ところでなんだが」

「なんじゃ!?」

「実際呼ばれると恥ずかしいな」

「知らんわ!!」

「ぺけ美」

「ぬぅっ!?」

「ぺけ美さんよ」

「ぬぐぅっ!」

「おお、楽しいな」

「何しにきた!!」

「えー、現在我々はぺけ美捕獲に全力を注いでおり――、事件の早期解決が成せるよう鋭意努力しております」

「誠意が感じられんな……」

「馬鹿な……、誠が服を着て歩いていると言われたこの俺から誠意が感じ取れないと?」


 流石の大天狗とは言えども、全力で隠れようとする人間を零の状態から追うのは難しいものがある。

 しかし。

 まったく隠れないならそうでもなく。街のど真ん中を歩いているならそれはもう見つけやすい訳だ。むしろ、なんで運営が見つけられてないのか不思議である。


「で、逃げんのか、逃げないのか?」

「に、逃げる!!」


 走り去るぺけ美。今日も平和である。

 そして――、

 その次の日も。


「よぉ」

「げぇっ! ジョン!?」















其の八 俺とこの時期。
















 しまった。これは失敗した。

 と気がついたのは――、既に全てが終わった後だった。

 だらり、と脂汗が背筋を伝う。


「やっちまった……、くそ。この失敗をどう取り繕う?」


 手元を睨みつけて、俺は呟いた。

 何もかもが後の祭り。

 この現場を誰かに見られては――。

 ああ、憎々しい。

 俺の手の中にあるそれが。

 そいつは、俺の動揺なんか知らぬかのように日に当たって黒光りしている。

 そう、それは――。


「茄子……、いっそ生で食って証拠隠滅するか……!?」


 そう、茄子。

 今年もまた、やっちまった。

 茄子と、割り箸。

 ……地獄に盆なんて、なあ?


「――薬師様」

「ぬおわ」


 すっと襖の開く音。

 藍音の接近にも気付けぬとは……、我ながら追いつめられていたようだ。

 しかし、もう全てが遅い。


「……その手の茄子は?」

「……なんだろうな」


 小馬鹿にされるのを覚悟で、もう俺は開き直る。

 そうして、いつ藍音の辛辣な言葉が突き刺さるかと身構えていたのだが――。


「ご安心ください。……今日の夕食は茄子料理です」

「……お前、もしかして」


 藍音は、あえて何も具体的なことを言わない。


「……三度目の正直を願いましょう」

「そうだな……。二度あることは三度ないよう、来年は自重しよう」


 こうして、俺は共犯者と共に階下へ降りるのであった。


「……ところで、一緒に下りてきてもらって申し訳ないのですが、憐子と李知を呼んできてもらえますか?」

「ん? おお」

「茄子は回収いたします」

「ほれ」


 茄子を渡して俺は踵を返す。

 この時間帯に藍音が俺の部屋に来たということは、昼飯なのだろうが、基本的に飯時には集まってきている二人が来ていないとは、珍しい。

 なんてことを考えて、俺は李知さんの部屋の襖を開いた。


「李知さん、開けるぞー……?」


 そこに居たのは、部屋の中心に正座する李知さん。

 その表情は真剣そのもの。

 その視線の先には――。


「……ブルータス、お前もか」


 胡瓜が一本。

 瞬間、李知さんが俺に気付く。


「やっ、薬師……!? いや、そのだな、これは、あれだ。自分で、そう自分で食べようと思って買って来たんだ!!」

「河童か」


 まあ、茄子を食べようとするよりマシだが。


「だが、安心しろ。その胡瓜、無駄にしない」


 主に藍音が。


「え……?」

「このことは想定済みだ」


 主に藍音が。


「その胡瓜、有用に使わせてもらう」


 主に藍音が。


「あ、ああ……?」


 納得してなさ気だが、素直に李知さんは胡瓜を渡した。

 そして、俺は部屋を去る。


「飯時だから、降りとけよー」

「わかった」


 その声を背に、次の部屋へ。憐子さんか。まだ寝てたりするのだろうか。

 果たして一体どうしたのかと、俺は再び襖を開ける。


「憐子さん、入るぜー……?」


 そこには、いつもの憐子さんからは考えられないような真剣な空気。

 袴姿で正座。そして目を瞑り瞑想しているその姿。

 そして、その前に鎮座する――、


「……どいつもこいつもブルータスばっかりだっ!」


 茄子。

 俺、藍音、李知さん、憐子さんの四名が無駄に胡瓜やら茄子やらを購入してきた、と。

 これはもう驚きのブルータス状態だ。暗殺のその時にふと見てブルータスが四人に分身していたら、流石のカエサルもびっくりだよ。

 ブルータス、お前も……、え? ええぇ……? ブルータス、お前……、らもか……?

 とかなっちゃうだろうに。そして、四人が同時に四方向から「はい、そうです!」と返したら流石のカエサル氏も涙目だよ。


「なあ、薬師。これをどうしよう」

「……知らん」

「使うか? ……夜のプレイに」

「どんな営みだよ」

「女の私に言わせるつもりかい? いきなり羞恥プレイとは流石だね薬師。この茄子をだな、こう……」

「言わんでよろしい」

「今日の薬師はサディスティックだな。言えと言ったのに途中で止めるこの羞恥の煽り具合」

「飯だ。降りるぞ。茄子は俺が受け取っておこう」

「おや、じゃあ夜を楽しみにしておくよ。ああ、でも初めてが茄子は嫌だからな。期待してるよ? 薬師」

「憐子さんが初めてとか、悪い冗談だな」

「さて、どう思う?」

「知らん。人のそういう事情まで口は出さんよ」

「じゃあ秘密だ。女はミステリアスな方が燃えるだろう? 秘密はベッドの上で、というやつだ」

「お断りだ。秘密は秘密のままにして置くのがいい。手品の種を暴いたらもうそれは手品じゃないからな」

「つれないね」

「つられたくない」
























 さて、所変わって河原。

 盆とは言っても、仕事は普通にある訳だ。


「ん、これで休憩。また三十分後にね」

「おー」


 今日は午後から。あまりの暑さに体力が奪われるので、最近は不安定なシフトとなっている。

 それにしても暑い。と俺は額に流れる汗を袖で拭く。

 今年は異常だ。担当の火の神適当にやってんじゃないだろうな。


「しかし、あっついな……。お? ……おお?」


 ふと、前を見ると知った顔が河原を歩いているのが見えた。

 こんな暑い日に涼しげな白い髪の長髪の女が、白衣をなびかせて歩いている。


「おーい、愛沙。どーしたよ」


 少し遠巻きから呼びかけて、俺はそちらへ歩き始める。

 愛沙は、俺に気がついてこちらを見た。


「……貴方で。仕事は?」

「休憩中」

「なるほど」

「それで?」

「それで、とは?」

「こっちに来るなんて珍しいなと」


 愛沙と言えば、前にちょっと運営相手に戦い繰り広げたり研究のために李知さんを人質にとったりとかしたものだが、今ではただのお隣さんである。

 その仕事は、開発、研究の類であって、こちらまで来るようなことは無いはずなのだが。


「クーラーの設置なのだけれど」

「クーラー?」


 遂に? 河原にも? そんなハイカラな品が?


「まあ、正確には気温冷却機であって、位相空間をずらし、気温の干渉を排除し、しかる後にその内部の気温を――」

「小難しい理屈はわからんのだが」

「要するに、部屋として一つに区切って冷却する、と」


 ああ、なるほど、冷気垂れ流しにしてもどうしようもないが、結界張ってその中を冷やすのならば可能、と。


「それで、私はその装置の組み立てに来たので」

「一人で?」

「大した苦労ではないので」


 言いながら、愛沙は場所の下見を終えたらしく、河原沿いの道路に駐車してある車へ向かった。

 トラックだ。運転手もきっかり居る。

 そして、そんな中、徐に愛沙は荷台を開けると、中から大量の機械部品を持ち出して来た。


「あー……、手伝う」

「よろしいので? 休憩は……」

「いらん心配だな。暇だ」

「では、これとこれを」


 ずっしりとした、重い鉄製の鞄を二つ程寄越され、俺は愛沙に続く。


「こんなこと一人でやってんのか?」


 だとすればその服の下はどれ程筋骨隆々としてるのか。

 しかし、愛沙は涼しい顔で、


「先日までは数人がかりだったのだけど」

「その数人は?」

「この暑さに寝込んでいるので」


 なんつーか、お大事に。だが、安心したぜ。別に日常的にこれをこなしているのではなく、筋骨隆々、脱いだら凄いんです、という訳でもないらしい。

 しかし、その気温冷却機とやらの導入が遅れると、もっと倒れる奴が増える訳で。


「では、組み立てます」

「おー、なんか手伝うことあるか?」

「手伝うことができるので?」

「……言葉を濁させてもらおう」


 と、そこで、愛沙は色々な部品を地面に広げて座る。

 俺もそれに続いた。


「ところでなんだが、なんでこんなに暑いんだ?」


 ふと、俺は質問する。

 そう言えば、地獄の気温は太陽との距離やら角度やらで変わるものではない。

 火の神やら、そこらに属する精霊を以って気温を左右させているはずだ。

 そんな俺の疑問に、愛沙は手元をいじりながら答える。


「火の神が夏風邪を引いたそうで」

「……馬鹿か」


 夏風邪と言えば馬鹿がひくと有名なもんだろうに。


「ところで、私からも一つ質問が」

「ん?」

「今日は茄子と胡瓜を使った祭でもあるので?」

「は?」


 意味がわからず聞き返したが、後になって、背筋に嫌なものが流れた。


「八百屋やスーパーで茄子と胡瓜が売り切れているのだけれど」


 ……もしや、俺らだけじゃなかったんか。


「あ、あー? なんでだろうな。いやー、不思議だな」


 俺の仕業でもある、とは言えなかった。

 まさか、カエサルは愛沙だったのか。そして、数多のブルータス。

 流石にブルータスが大挙して押しかけてきたら驚きで死ぬわ。


「……そこのドライバーが欲しいのだけれど」


 ふと、機械をいじっていた愛沙が言う。

 俺は、愛沙の視線の先を見て、一本のドライバーを手に取った。


「これか?」

「はい」


 それを渡すと、すぐに愛沙はそのドライバーを使って作業に入り、俺はそれを眺める。

 話しかけるのも悪いかと思って、俺は何も言わなかったし、愛沙も作業に没頭していて、必要なことしか言わない。


「レンチ」

「ほい」

「ドライバー」

「へい」

「スパナを」

「へいへい」

「ドリル」

「ほいほい」

























 そろそろ、休憩時間も危ない位で、ちらほらと夕方の空気が漂って来た頃。


「スパナを」

「ほいほい」


 機械の部品の集まりだったそれが、機械になり始めて、今か今かと完成を待ちわびている。

 そして、そんな最中、俺はスパナを取って、愛沙に渡そうとして。

 ふと、手が触れたな、と思ったら。


「っ……!!」


 いきなり愛沙が手をひっこめた。


「悪い、暑かったか?」


 ずっと外で石を積んでいたのと、遂に十分ほど前まで車でクーラーを浴びていたことの違いだろうか、愛沙の手はとてもひんやりとしていた。

 手をひっこめた愛沙は、気まずそうにこちらを見る。


「いえ……」


 そして、再び愛沙はスパナを受け取って機械をいじり。

 俺はその間ずっと無言。なんか愛沙の様子がおかしくて、なにも言えなかった。

 それから、数十秒経って、愛沙は呟いた。


「完成で」

「おー」


 愛沙がスイッチを押すと、機械が冷気を吐きだし始める。

 ふむ、これ一つで結界張ってんのか。すごいな。

 感心しつつ俺はその機械を覗き込んだ。愛沙は立ったまま動かない。

 そんな時だった。


「私には、私がわからなくなる時があるのだけれど」


 ぽつりと、後ろの愛沙が呟いた。

 なんだ? と、俺は振り向く。


「時たまあるので。順序立てて説明できなくて、理屈じゃ説明がつかなくて、自分でも理解できないのに……」


 これは、先程からおかしいことに関する話なのだろうか。なんでか、理由もわからず手を引っ込めてしまったと。……嫌われてんのか? 俺。いや、なんか戸惑ってんのか。

 その時の愛沙は、まるで迷子の子猫のようだった。


「今もよくわからない。なんでこんなことを話しているのか。貴方に話すそうと思ったのか、わからないのだけれど……」


 とりあえず、いろいろ不安定で戸惑っていることはわかった。

 しかし、愛沙の気持ちは、よくわからない。

 何故なら、自分でもよくわかっていないものを、他人がどうしてわかっている理屈があろうか。

 ただし。

 理解していなくても、説明できなくても、だ。

 現に俺はこの機械が如何様にして動いているのかわからない。

 しかし。


「別にわからなくたっていいんじゃねーの?」


 電源を点ければ機械は動くのだ。


「は……」

「要するに。やりたいことやってりゃいいんじゃねーの、と。 扇風機の中身なんてしらねーけど、動かせるし、涼しくなれるぜ? 無理して理解しようとして暑くて倒れるよかマシだと思うがね」


 まあ、考え無さ過ぎると望まぬ地点に着陸するかもしれないから注意が必要だが。


「もしかすっとその後理由がわかるかもしれんし、ってことなんだが……、愛沙?」


 一行で説明するなら、小難しく考え過ぎだ、と。

 愛沙に言ってみた訳だが――、愛沙は何事かを考えるように口元に手を当てて。

 そして、彼女は俺の手を握った。

 手でも繋ぐかのように。そうして彼女は俺の隣に立つ。

 なんだ、と聞く前に、愛沙は言葉にした。


「これが私のしたいことだけれど。貴方はこれが一体なんだかわかるので……?」


 見上げるように問われたものの。


「皆目見当もつかん」


 のである。

 まあ、だが。


「一緒に考えるのも面白いかもしれんな」


 言うと、ぱっと愛沙が手を話した。


「すこし、腰を曲げて欲しいのだけど」


 いきなりなんだろうか、想いつつも俺は中腰気味になる。

 その瞬間だった。


「むぅ?」


 俺の頬に柔らかい感触。

 愛沙の唇だ、と気がついた時には、愛沙は既に俺から離れていた。


「貴方がやりたいようにしろと言ったので」

「お? ああ」

「その通りにした、だけ、で!」


 顔を真っ赤にして、愛沙は駆けていく。


「……やっぱ難しいんだな、女心」


 俺にはさっぱりわからない。いつか俺と彼女が、彼女の気持ちを理解できる日が来るのだろうか。


「薬師、なにたそがれてんのさ! 休憩終わるよ!?」














 とりあえず、この日の夕食だけは俺とその他三名にとって気まずい食卓になるであろうことだけは予想ができた。






























―――
其の九。これでも少しずつ事件の核心に迫ってる、つも、り……。








返信。


奇々怪々様

未だにど派手なドレスながら、ぺけ美は慣れがあるので走り回れるようです。いつか踏んで転びそうですが。
そして、薬師は基本的に首突っ込みたがりな感じなので、興味を持つのも仕方ない気もしますが、ぶっちゃけると光に寄ってくる蛾と同レベル。
玲衣子さんの交渉術は、きっと薬師が気が付いたら式場でリンゴーンやってる位じゃないかとにらんでます。
ちなみに、ぺけ美の正体に関しては、各所にヒントをちりばめた……、つもりです。つもりです。大事なことなので三回言いましたがつもりです。マイナーな所ではあるかもしれません。


SEVEN様

むしろ薬師は暗がりに連れていかれて女性陣にフルボッコされても仕方ないと思います。
前さんあたりにスープレックスで川にぶち込まれても文句は言えません。腕足の一、二本で片が付くとも思えません。
ウォータースライダーに美人と二人で滑る時点で殺意が芽生えても仕方ないのに、胸を掴むとか、もうプールサイドの男たちに暗殺されても仕方ないです。係員がぶち切れます。
そして、ジョン・スミスはその内再登場するのか。もしかしたら今までの残念な人々と共に現れないとも。


通りすがり六世様

ぺけ美さんは教養はあるけど、それだけのようです。まあ、仕方がない。お嬢様みたいだし。
とりあえずぺけ美は薬師に遊ばれる方のようですね。薬師が遊ばない相手が少ないと言えば少ないのですが。
玲衣子さんは、もう既に誰よりもトップに立っている気がしないでもないです。これが個別エンド保持者の貫録か。
そして、今回は愛沙でした。というかビーチェとか、由美とか春奈とか、いまいち二スレ目入って出てきていない人がいましてね。


光龍様

ぺけ美に関しては、閻魔の血族って訳でもないですね。一応晒せる情報としては、神様です。
別に悪意が関係している訳でもないので、閻魔もさほど焦ってない模様でありますが。
まあでも、アジア系列に入るので、まったく関係ない程の北欧とかからは飛び出したりしないのでご安心を。
今更になってそろそろ洋風な名前が来てもいいんじゃないかなと思って西洋系にすれば良かったと思わないことも無くなりましたが。


Eddie様

そもそも泳がないで飛ぶので、そのまま泳ぎは未収得になった模様です。その気になれば法力とかで動けるんじゃないでしょうか。
あと、最悪下駄伸ばして底につかせて走る位はできるんじゃないかと思います。というか海辺でやってた気がします。
弱点と言えば弱点ですが、そもそも水中となると水中が得意な奴の方が少ない気もしますけどね。
海でマーマンとか相手するのに泳ぎができる程度じゃついていけない気もします。


春都様

未亡人イベントって、そんなに数ありましたっけ……、と自分の記憶が定かじゃないことに戦慄を覚えました。
確かに個別エンドもちだったりとかしてますけどね、あのお方。しかもインパクトが強い気がします。
その件で言えば今回もぺけ美の地味なこと地味なこと。まあ、別にメイン登場と言う訳でもないのですが。
あと、薬師は窒息死が一番似合うと思います。主に藍音さんの胸辺りで死ぬ確率が一番高いんじゃないかと。


志之司 琳様

ぺけ美は箱入り臭満載ですからね。教養はあっても今一つ頭が足りないのはそのあたりが原因だと。
玲衣子さんは既に信頼のエロ担当の位置を保持しております。クリーンな付き合いは愛沙が担当をしている気がしないでもない辺り色々残念ですが。
しかし、美人とプールの時点で一般人じゃないです。どこのVIPですか。どんなお偉いさんなんですか。
そして、常に予測全開で警戒態勢な薬師もそれはそれでどうかと思いますが、ラッキースケベする位ならもう両手両足縛っとけと。ちなみに私は山田さんにも太郎さんにも会ったことがありますが、山田太郎さんは見たことないです。






最後に。

口じゃなくて頬にする辺り愛沙だと。



[20629] 其の九 俺とアホの子とアホ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:cdd4de97
Date: 2010/08/20 23:19
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






「よぉ、ぺけ美」

「げぇ、またジョン!? な、なんなのじゃ一体! ストーカーか? ストーカーなのか!?」


 やっぱりぺけ美は街中を白いドレスで練り歩いていた。

 注目の的なのだが、結局未だ捕まっていないのはお上の怠慢だろうか。


「人聞きの悪いこと言うんじゃねー」

「じゃあ、妾をなんで掴まえないんじゃ。公僕なら働け税金泥棒めっ!」


 公僕でも何でもないんだが、まあ、掴まえろと言われているから似たようなもんか。

 そう考えて、俺は否定しないことにした。


「掴まえて欲しいのか? もしかして被虐趣味でも?」

「いや、そうでなくだな。掴まえろと言われてるのではないか!?」

「ほら、あれだ。現行犯じゃないから捕まえられません、と」

「……現行犯のぉ? なるほど、下っ端か。何も聞いていないのかの」

「まーな」


 実際は下っ端どころか無関係なのだが。

 しかし、それこそそんなことは無関係といわんばかりにぺけ美はご高説のたまった。


「下っ端なら、疑問を持つのも仕方ないかものぉ。しかし、お主のみているものと現実は違うかも知れんぞ?」

「どういうことさね」

「簡単よな。これから何か起こすかも知れないし、既に何か起こしておるかもしれん。防犯という言葉位聞いたことがあろ?」


 しかし、これまでしばらくぺけ美を観察してきたが、未だに何が問題なのかわからない。

 そればかり気になって、家では夜も十時間睡眠だ。

 どうして掴まえて運営で保護しておく必要があるのか。それが納得できる内容ならとっとと運営に引き渡すのだが。

 しかし、閻魔は言葉を濁しているし、もうこれは俺の興味を引いているとしか思えない。その上で俺の判断に任すようなことを言っているのだから余計にだ。

 まあただ、アレである。

 これからぺけ美が何か起こすにしても、起こしているにしても。


「んなこた、運営が頭悩ませることさな。俺にゃ関係ねー」


 という訳だ。

 頭を使うのはあまり好きではない。だから、そういう悩ましい問題は運営に丸投げさせてもらう。

 まあ、それで何かしろと言われたら断りにくくなっちまう訳だが。

 俺の目の前にあるのは、ぺけ美がどうして保護対象なのか、という問題だけだ。

 ただ、そんな俺の言葉に、ぺけ美は感心したように肯いた。


「ふむ、中々にドライじゃな。……って、運営?」

「ん? それがどうした」

「お主、運営の人間じゃないな!?」

「なんでだよ」


 はて、なんでばれたんだか。首を傾げると、ぺけ美は察しが悪い、とばかりに顔をしかめた。


「運営が頭悩ませること、とお主は言ったじゃろ!」

「言った」

「まるで人ごとではないか! こういう場合、下っ端ならお上と言うものじゃ!」


 びしっ、と彼女は犯人に人差し指を付きつける探偵のように言いきった。


「あー、なるほど、一つ勉強になった」

「何をアホなことを!!」

「む、こう言えばいいのか? うわーばれたー」

「馬鹿にしておるのか!」

「してない」

「じゃあ、なんでそんな冷静なのじゃ?」

「そりゃ、運営じゃねーけど、閻魔に頼まれてるんだからやること変わんねーだろ」

「……あ、それもそうじゃな」


 納得されてしまった。


「ま、なんで掴まえないんだと聞かれれば、あれだろ。野次馬根性」

「……は?」

「だって、よくわかんないまま探せ言われて、よくわかんないまま見つけて、よくわかんないまま引き渡して、よくわかんないまま事件終わったらなんかいやだろ。釈然としないっての」

「野次馬根性で見物されとる妾としては中々に腹が立つんじゃが」

「わかった。じゃあ、公平に行こう。お兄さんから役に立つ助言を一つくれてやる」


 不機嫌そうにこちらを見ながら、ぺけ美は口を開いた。


「なんじゃ」

「運営に見つかりたくないなら着替えることをお勧めする」

「え? ……そうなの?」

「そうなの」

「妾も最近運営から逃げ回りまくって疲れ気味なんじゃが……、もしかして、そのせい?」

「確率は高いな。目立つし」

「……そ、そうか」

「あと、あれだ。そんな目立つ服装で居たんだから、運営もその白いドレスを目印にしてんだろ。だったら服装変えればある程度出しぬけるかもな」


 やはり、探し人となれば、一番目立つ特徴で探したいものだ。絶世の金髪美人と言うのも特徴であるが、それだけであれば、地獄になら金髪の人間は沢山いるし、美人と言うのは人によって違うもので、それで探すには頼りない気がするものだ。まあ、何か写真があればどうしようもないが、どうしてもドレスに目がいくだろう。

 ならば、白いドレスを変えるだけで、微妙に意識が逸れるんじゃないだろうか。

 今までドレスが無駄に目立ってた分だけ。


「……そうか! 助言、感謝するぞ、ジョン!」


 言って、ぺけ美は走り去っていく。

 俺はその背をぼんやり見送った。

 やっぱり、ただのお嬢さんなんだけどなー……。何があるってんだか。






 そして後日。

 彼女は――。


「昨日ぶりじゃな、ジョン! どうじゃ!?」

「……その『あゝ、恐山』と書かれたTシャツはどうかと思う」


 ……しかも文字Tシャツと下着以外、主に下になにも履かないから、余計に目立ってるんじゃあるまいか。


「とりあえず、そいつはドレスよりも問題がある気がするぞ」

「ふぇ?」

「まずは下を履け。話はそれからだ」


 このままでは、俺が変態である。

 いくら大きいTシャツだからって、さすがにそいつは無理と言うものだ。

 そう考えて、俺はぺけ美の手を引いて歩き出した。


「下? 履かぬとだめかの」

「駄目駄目だ。駄目駄目駄目駄目駄目だ」

「む……、あまり金は使いたくないんじゃが……」


 俺に手を引かれながら、ぺけ美は呟いた。

 まあ、それもそうだろう。既に家出少女と同格なお話になってきているが、軍資金というものは大事だ。

 増えることがないならどこまでいってもジリ貧だ。温存するに越したことは無い。

 しかし、とは言ったものの、俺の財布に余裕がある訳でもないのだ。今現在は。

 果たしてぺけ美がいくら持ってんのか知らんが、支援も何もあったもんじゃない。

 さて、どうしたもんか。

 一旦家にでも向かうか。

 と、場当たり的な考えで、とりあえず家へ向かうことにする俺。

 とりあえず、ぺけ美に提案してみよう、と口を開きかけたそんな時。

 知っている人影が見えた。


「あっ、や……、もがっ」


 にこやかに手を大きく振って俺を呼ぼうとするのだが――、残念、それは本名だ。

 とりあえず意味のない偽名ではあるのだが、本名がばれそうだったので口を塞いでおく。


「よお、春奈。ちょっとこっちに来い」

「むぐぅ?」


 道の向こうからやってきた少女は、数珠愛沙の娘こと、春奈だ。

 本日の彼女は何故か、短パンのジャージに、白いTシャツである。そして、いつものように長い髪が、活発な彼女の動きい合わせて揺れていた。

 そんな彼女を、俺はぺけ美から少し離れた位置に連れて行く。

 そして、声をひそめて彼女に囁いた。


「色々な事情があってだな、俺のことはジョンと呼んでくれたまえ」

「ジョン? やくしはやくしじゃないの?」

「俺は俺だが、一時的にジョンなんだ」

「……。……?」


 首を傾げる春奈。相も変わらぬアホの子だった。


「大丈夫だ、明日辺りには薬師に戻ってるんじゃないか?」

「ん? わかった」


 一応の納得をしてもらったところで、俺と春奈はぺけ美の元へ戻る。

 そして戻るなり、


「ねー、や……、ジョン! この人だれ!? ジョンのこれ?」


 そう言って小指を立てる春奈。

 そういうのは一体どこで覚えてくるんだ。

 と呆れた顔をすると同時、俺は否定しようとして、


「ば、な、な……、お主!!」


 あっさりとぺけ美に先を越された。


「バナナ?」

「妾とこれが恋人じゃと!?」

「そーなの?」

「……いや、そんな純粋に不思議そうな顔をされても困るのじゃが……」

「安心しろぺけ美。多分意味をわかって使ってない」


 多分そうだ、と口を挟んだ俺に、ぺけ美は真っ赤な顔で息巻いた。


「お、おおおお主はだまっとれ!!」


 うわあ、せっかく助け船を出したのに、寂しい。


「妾とこれはだの! そう、なんでもない! ただの、行きずりの関係でじゃな……!」

「もっと悪くなってないか?」

「だまっとれ!」


 うわあ、せっかく忠告してみたのに、空しい。


「行きずりってなに?」

「ええい、妾とこやつは何でもないというに!」

「そ、そんな……。俺とのことは遊びだったのか!!」

「お主はだまっとれ!!」


 うわあ、せっかく場を和ませてみたのに。悲しい。

 と、まあ、これ以上は話が進まん。

 ぺけ美を押しのけ、俺が春奈と話をする。


「このぺけ美さんと俺は、普通に友達だ。わかったか? わかったらワンと鳴いてくれ」

「わんっ!」

「よし、いい子だ」


 にやりと笑って、俺は春奈の頭を撫でる。

 春奈は、嬉しそうに目を細めた。


「……変態的な絵面じゃのう」

「心が汚れてるからそう見えるんだ」


 まあ、なにはともあれだ。

 とりあえずぺけ美を連れて帰ろう。




















「じゃ、気を付けて帰れよ」


 ぺけ美には、暫定的にと言うことで俺のズボンを貸してやった。

 無論丈が合わないので、捲って使っているが。

 ただ、あゝ、恐山だけはどうしようもなかった。

 そのままである。


「ああ」


 背を向けて、歩いていくぺけ美。

 彼女は一度だけこちらを振り向いて。


「あー……、ああああ、あり……、ありがとう……」


 そうして去っていった。













其の九 俺とアホの子とアホ。













 さて。

 ぺけ美は帰った訳だが、春奈はここにいるわけである。


「やくしーっ」


 玄関から居間に戻ってくれば、中々の勢いで飛び付かれた。

 結果、鳩尾に頭突きが入る訳である。


「ごふぅ、ところで、お前さんうちきてよかったんか?」


 そう、そう言えば街でばったり春奈と会った訳だが、わざわざ街にいたということは何か用があったからじゃないのか。

 そう考えたのだが、俺に抱きついて、見上げてくる春奈はよくわからないかのように首を傾げた。


「……?」

「いや、街に何か用があったんじゃないか?」

「……忘れた?」

「……そうか」


 アホの子だから仕方ないな。

 そう納得して、俺は春奈を引きずるように座敷へ向かう。

 そして、俺はそのままどっかりと座りこんだ。


「よっこらせ、と」


 呟いて、俺は懐から文庫本を取りだす。毒にも薬にもならないような品だ。

 それを開いて、視界に入れる。無数の文字が目に飛び込んで来た。

 同時に、声が響く。


「なに読んでるの?」

「本」


 別に、春奈が来たら常に毎回相手をしている訳でもない。

 とりあえず、目の届く場所に置いといて、後は勝手に好きなことをしている時もある。

 まあ、ただ、そんな場合は――、


「ちょいさーっ!」


 胡坐をかいている俺の膝にすっぽり収まってきたりと、そんな感じなのであるが。

 どうにも春奈としては触れ合いが楽しくて仕方ないらしい。数珠家当主だった頃は、家族どころか友人もいなかったようだから、仕方ないのかもしれない。

 とかく、春奈は人にくっつきたがる。

 と、いうのはいいのだが、しかしである。


「……すまん。離れてくれまいか。正直暑い」


 うちで日当たりと風通しが一番良い座敷だが、正直くっついて座るには暑い。

 と言うか、まあ、くっついて座る分にはいいのだが、果てしなく春奈は髪が長くて、この上なく暑い。暑苦しい。

 その為、お互いの健康を考え離れることを提案したのだが、春奈は悲しげな顔をした。


「やだ。やだよ」

「正直髪の毛が熱を吸収しててやばい。焼け死ぬ」


 ちょっとだけ誇大に報告。ま、どちらにせよ暑いので、正当な理由を付けて諦めて貰おう。

 うん、ちょっと汚い気もするが、それがいい。

 すると、春奈は何か思いついたように表情を変えた。


「髪の毛が短かったらいいの?」

「まー、そーだな」


 普通にくっついてくる奴らはいるから、熱を吸収した髪の毛が無ければ、別に問題ない。慣れている。

 そう思って肯いたのが間違いだったのかもしれない。


「じゃあやくし、切って」

「は?」

「髪、切って!」


 そう言って春奈は俺を見た。


「……今?」

「いま!」


 春奈は立ち上がって、その髪を見せた。

 確かに、長いと思うのだ。活発に動く春奈なら尚更。


「おねがいっ」

「あのだな……。俺本職じゃないからな? どう考えても上手くいかん」

「いいよ」


 春奈の目は、真剣そのもの。

 しかし。だがしかし。人の髪を切るというのは予想以上に緊張感を強いる。


「いや、だがな。それなら藍音とかに頼んだ方が……」

「やくしでいいなんて言ってないよ! やくしがいい!!」

「いや、んなこと言ってもな。明日とか明後日とかじゃだめなんか」

「今、やくしに切って欲しいの!」

「……ええい、もうどうなっても知らんぞ」

「いいよ! わたし、やくしにならなにされてもいい!!」

「……いや、その台詞は勘違いを呼びそうだから自重しろ」




















 こうして、俺は後ろからじっと春奈の髪を睨みつけている訳である。

 別に前髪が長い訳ではないので、今問題になっているやたらに長い後ろの髪をどうするかが主題になる訳だ。


「……うーむ、こうか? ……いや、もう少し」


 そんな俺の手に鋏は無い。もち慣れない鋏よりも慣れた風で切った方がまだましだという結論に達したからだ。

 先程から、俺が思考するたびに予測が目印のように風の動きを指し示しては変わっていく。


「……」


 そして、春奈は俺が微動だにするなと言ったので本当に小揺るぎもしない。

 二人、無言。


「……」


 その刹那。


「――そこだッ!!」


 ジグザグに、風が走る。

 長い髪が宙を舞う。


「よし……、こっちを向け」

「うん」


 春奈の髪は、首元少し下、肩甲骨の辺りにまでとなった。

 あんまり短くしなかったのは、ある程度の長さがあれば、失敗した時でも本職に回せばなんとか修正が利くからだ。

 しかし、まあ、そんな心配も杞憂か。今まで、髪の重さでまとまっていたのか、肩幅近くまで横に大分広がっているのだが、それはそれで可愛らしい。


「おっけ。大丈夫大丈夫、いけるいける」


 内心胸を撫で下ろしつつ、俺は切った春奈の髪を握った。

 風で一息に切ったため、細かいものが舞うこともなく、一束にまとまっている。

 掃除が面倒だから風で浮かしていたのだが、そのこれを――、


「どうしような、これ」


 俺は持ち上げるようにして、視線の先に髪の束を持ってくる。

 編み込めば鞭になるんじゃあるまいか。

 というのは置いといて、このままゴミ箱に捨てるのもなんとなく、こう、銀子辺りが腰を抜かしそうな恐怖体験をしそうな気がする。


「あげるっ!」


 いや……、どうしろと。

 まあ、後で考えよう。

 やたらと楽しげで嬉しげな春奈の邪魔をすることもない。


「へへん! ねえやくし、似合ってる!?」

「おー、中々いい感じだ」

「やった!!」


 笑いながら溜息を俺は吐く。おかげで、笑いは苦笑みたいになった。

 そして、先程のように座る。正直疲れた。人の髪を切るのは神経を使う。

 やっと俺は一息ついて――。


「どっかーんっ!」


 上から春奈が降って来た。


「……楽しいか?」


 本当は諦めてもらおうと、髪の話を出したはずなのだが、どうしてこうなった。

 俺の膝の上。春奈はこちらを見て、はっきりと笑った。


「うんっ!」


 そうかい。

 ま、楽しいならいいか。





「ふふふ、これでわたしはやくしに大切なものを捧げた仲ね!」

「……いや、大切なものってなんだ」

「かみのけ」

「いや、大切なら切るなよ」

「うん、大切だから、薬師にあげる!!」

「……そうかい」


 さて、どうしようか。この髪の束。















 さて、その後、藍音さんにこんなことを言われた件に関しては――。


「座敷から、あなたにならなにをされてもいい、大切なものを捧げた、などと聞こえて来たのですが、まさか……」

「……誤解だ」


 まあ、余談か。






















―――
やっと北海道もらしい気温になってまいりました。


と、まあ、そんなこんなで、人気投票終了であります。
色々予想外な感じに終わったのでお楽しみに。
というわけで、現在集計とかその他諸々で忙しい感じになってます。
とりあえず、次回更新までに全部お見せできるといいな、と考えておりますので少々お待ちを。






返信。


春都様

なんだか、愛沙さんがいちばん乙女らしい乙女なんじゃないかなと思わなくもないです。
どう考えても他の人達よりも清らかで純な乙女だと。問題は性質の悪い男に引っ掛かったことでしょうか。
ある意味あの親子が一番攻略に近いんじゃないかと思っちゃうような場面もちらほら会ったりしますけどね。
そして、何でもかんでもエロ方面につなげようとする憐子さんの特性が、わかられている、だと……?!


SEVEN様

既にスリーアウト、攻守交替です。もしくはあれなんでしょうか、スリーストライクワンアウトってことで、後六年もつんでしょうか。
愛沙は、もう昔の悪役時代を置き去りに、乙女な青春まっしぐらです。完全に年相応どころか下に行ってる乙女状態です。
なんか、小動物の様相を呈してます。多分肩の荷が降り過ぎて、ふわふわしてるんじゃないかと思われます。
尚、明らかに娘の方が、愛沙よりも進んでいると思われます。むしろ愛沙は薬師に次いで恋愛に疎いんじゃあるまいか。


光龍様

薬師に女心がわかる日……、多分来ないです。いえ、間違いなく来ないです。
来たらそれ、最終回なんじゃないかと思われます。年貢の納め時ってやつなんじゃないかなーと思います。
そして思うに、女心わかったら薬師じゃないと思います。女心がわからないから薬師なんですたぶん。
まあ、最終回来たって女心わからないまま終わりそうですけどね、薬師ならば。


奇々怪々様

そもそも、堂々と逃げも隠れもしないぺけ美さんが既に逃げ切る気がないんじゃないかと思われます。
そして、生きてた頃の知り合いが幽体離脱してでも薬師に会いに来てたら、きっと運営の入獄管理課と乱闘を繰り広げてたんじゃないですかね。
あと、愛沙が薬師と同居したら多分茹でだこじゃないかと思いますよ。娘は喜びそうですが。
まあ、今の所お隣さんが程良い距離感なんじゃないですかね。これ以上近づくと愛沙が倒れるんじゃあるまいか。


FRE様

新撰組の隊服を着ても誠の服を着ているだけなので、きっと誠さんが服を着ているかのような様なのでしょう。
別にその誠さんが誠実かどうかは、まあ、その誠さん次第ってことで。要するに誠さんのそっくりさん。
そして、ブルータスAとBが二人づつ、というのも異常な絵面で恐ろしいんじゃないかと思います。
カエサルも苦笑いです、間違いなく。もしくは、むしろその内切れるんじゃないですかね「ブルータスブルータスブルータスっ、どいつもこいつもブルータスだ!! どうせお前もそうなんだろう!?」


通りすがり六世様

誤字報告感謝です。修正しておきますので少々お待ちを。どんなに見直しても誤字が無くなりませんとです。
ブルータスは、きっと八体位で合体してキングブルータスになるんじゃないですかね。
まあ、合体した頃にはカエサルも心臓が止まってるか、逃げだしているか、それかぶち切れて暴れ出すかのどれかでしょう。
あと、事件の核心に近づいている気もしましたが、気のせいかもしれません。


志之司 琳様

おお、私も学んでみたいです、民俗学とかそういうの。ただ、ぺけ美さんに関しては流石にググれば出てくる位のGodではあります。一級はきっとアイヌとか民族系に走るんでしょう。
ちなみに、一番重要なヒントが未だ明確化されていないので、難しいんじゃないかなと思います。明かしてしまうとネタばれなので、既に異変は起こっている!! とだけ。
そして、お盆ネタですが、うちの周りに野菜には箸刺してる奴はいませんでした。空しかったので、キウイに割り箸さしてやりました。
愛沙は、春奈より純。花も恥じらう乙女です。年齢は聞かない方向で。ただ、このまま薬師と答え探ししてればくっつくんじゃないですかね。有効な手ですよ、自己完結しないで一緒に考えてもらうのは。













最後に。

次第にぺけ美が本編浸食を始めたようです。



[20629] 其の十 俺と新聞と猫。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5194d5be
Date: 2010/08/23 22:03
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







「よお」

「……またお主か」

「奇遇だな」

「どの口でそれをほざくのじゃ」

「この口」

「お主と話していると、なんだか何もかも馬鹿らしくなってくるのう」

「そいつは良かった」


 いつものように、ぺけ美に会いに行ってみたら、今度は不意に遠い目をされた。


「お主と出会って、どれくらい経ったかのう」


 どれくらい? そんな遠い目をするほど昔じゃなかったはずだが。


「大体十日ちょいだな」


 俺が言うと、少しばかり、ぺけ美はその瞳を丸くした。


「まだ、それだけしか経っていないのじゃな」

「まあ、一月にも満たねーな」

「随分と長く感じるのう……、お主との夏は」

「その服で格好つけられても今一つ盛り上がらない訳だが」


 相も変わらず、ぺけ美の服は恐山Tシャツだ。格好つかないことこの上ない。


「うるさいのう、ジョンは」


 そして、この、ジョンとぺけ美の奇妙な関係もまた、未だに終焉を見せようとはしていない。

 果たして、いつになったら俺はこいつをとっ捕まえて閻魔の元に差し出せるのだろうか。


「ところでぺけ美さんよ。その服、昨日も着てたよな?」

「そうじゃな」


 それがどうした、とばかりにぺけ美は胸を張る。

 まあ、そりゃあそうだ。そのはずなんだが。


「着替えは?」

「もっとらん」


 きっぱりと、ぺけ美は言葉にした。

 で、俺がなにを言いたいかと言えば――。


「……洗濯くらいしようぜ」


 ということである。


「なっ……! まさか、この妾が、臭いと!?」


 いや、そこまでは言ってねーよ。


「臭うのか? やばいのか……!? 腐った卵みたいな匂いがするか……!? それとも死後半年の魚の香りか……?」


 流石に死後半年の魚の香りがしてたら近寄らないと思うんだが。と、それはともかく。

 恐々としているぺけ美の頭に、俺は鼻を近づける。


「干したての布団の香りがするな」

「ダニの死骸臭いというのかっ!!」

「ああ、あれ嘘とか聞くけどどうなんだろうな」


 大仰に天を仰ぐぺけ美。俺はそれを視界に収めながら呟いた。


「ともかく、酷い酷くないに関わらず、この温度じゃ汗もかくだろ」

「むう……、確かに。さほど汗はかいておらんが、埃っぽいのう」


 汗をかいた、と言わないのはきっと乙女心という奴なのだろう、と俺は勝手に納得。


「とりあえずうちに来るがいいさ」


 そう、とりあえずのこと、また家にぺけ美を連れて帰るのだった。


















「ま、あれだな。この暑さだからすぐ乾くな」

「おお、ジョン。いい湯だったぞ?」

「そいつは良かった……、ってどんだけびしょびしょなんだ」


 洗濯機の前にいる俺の元に現れたのは水も滴るいいぺけ美であった。

 風呂もついでだと提供したのだが――、お前さん本当に拭いたのか?


「お前さん、体ちゃんと拭いたか?」


 聞いたら、ぺけ美は首を横に振った。そのたびに水滴が舞う。


「いや、そういうのはお手伝いさんの仕事だったから――」

「くっ、この箱入りめがっ」


 換えがないからと貸した俺のYシャツまでびしょぬれだ。

 仕方ないので、近場にあった手拭を取り乱暴にぺけ美の頭を拭く。


「あうっ、あうあうっ、いきなり何をするのじゃっ!」

「うるせー。お前さんは今事の重大さをわかっていない」

「ぬぅ、少し濡れてる位でなんじゃっ」

「いいか、風呂から上がった時濡れたまま放置しておくとだな」

「おくと?」

「死にます」

「なにぃっ!?」

「急激に体温が奪われ、その内死に至ります」

「そ、そうなのか」


 よし。ぺけ美も納得した辺りで、ほれと手拭を渡してやった。


「拭いとけ。これ以上は流石にやばい気がする」

「むぅ……、やってくれないのかのう?」


 拗ねたように言ったって駄目だ。これ以上は成人向けだ。

 と、その瞬間、突如洗濯機が停止し、終了を告げる呼び鈴が鳴る。


「終わったか」


 言って、蓋を開けて、Tシャツを干す。めんどくさいってか外に掛けるのもあれなんで部屋干しだ。あゝ、恐山。

 そして次に、下着を掛けようとして、ぺけ美に止められた。


「お、お、お、お、お主っ!! 妾のパンツ握りしめてなにを!?」

「いや、干すんだろ。流石に湿ってるのはいやだろ」

「そういう問題ではない! お主にそういった恥じらいは無いのか!!」

「慣れてる」


 俺は表情を変えずに言い放った。

 そんな恥じらいがあったら憐子さんとは生活していけないぜ。


「慣れてるって……、お主な……」


 なんだかうなだれるぺけ美を余所に下着も掛けて終了。


「さて、ここでしばらく待機だな」


 言って、俺は洗濯機に寄り掛かった。

 一応とは言え、逃亡者ぺけ美である。下手に家人に晒すのもどうかなと思わなくも無きにしも非ずであった。

 さて、乾くまで暇だ。とばかりに時間ばかりが過ぎる。


「のう、ジョン」


 そんな中、ぺけ美はふと声を上げた。


「お主は、妾のことをどう思っているんじゃ?」

「なんだねいきなり」

「こう、好きで好きで堪らないとか、愛おしいとか、そういう感じじゃないと思う訳じゃ」

「そーだな」

「言い寄る訳でもない、そういう下心がないなら、なんで妾にこんなことをしてくれるのじゃ?」

「知らん」

「……お主」


 ジト目で見つめてくるぺけ美は、黙殺した。


「理由なんていちいち考えてねーけど? とりあえずで行けば、馬鹿でアホな世間知らずのお嬢さんから目を離したらどうなるかわからんね、と思ってはいるが」


 中々あんまりなことを言ってみたが、ぺけ美は今回怒らない。


「そうか……」


 噛み締めるように呟くのみ。


「新鮮じゃのう……」

「なにが」

「今までは、親切なのは言い寄ってくる男ばかりだったから、こういうのは……、初めてじゃ」


 そーなのかー。それはそれは面倒くさそうな人生で。そういや、初めて会った時にもナンパは間に合ってるみたいなこと言っていたな。


「お主は、違うのじゃな。変わっとるのう」

「いや、そんな嬉しげに変だと言われても嬉しくないのう」


 俺は、おどけたように肩を竦める。


「お前さんこそ変わってるだろうに」

「そうかの?」


 不思議そうに目を丸くするぺけ美だが、俺よりよっぽど変っている、というかずれている。


「ま、いいさ。俺もまあ、変と言えば変。物好きとはよく言われるしな」

「おお、おそろいじゃなっ」

「なんでそんな嬉しそうなんだ」


 嬉しげに跳びはねるぺけ美を後目に、俺はげんなりと呟いた。

 そして、ぺけ美を見てふと気付いたことを口にする。


「あと、お前さん腕まくりくらいしたらどうだ?」


 俺のYシャツは彼女にとっては随分でかい。おかげで袖が手をほとんど覆ってしまっていた。


「腕まくり?」

「大きさが合わなかったり、袖が邪魔になる作業をするとき捲って短くする訳だな」


 言って、ぺけ美の袖を捲ってやる。きっと、自分にあった服しか出されたことがなく、袖を捲る様な作業もしたことがないのであろう。


「おお、ぴったりじゃ」


 やっぱり、何故かぺけ美は嬉しげだ。そして、何事かをぶつぶつと。


「こんな日々がずっと、続けば、のう……。ずっと、一緒に……、いられたら」

「ん? なんだ」

「なんでもないっ!」


 変なぺけ美だ。

 まあいいさ。しばらくはこの調子で。






 そう思っていたのだが。

 それはそんなことのあった、次の日の話だった。



「よお」

「昨日ぶりじゃの、ジョン」


 そう言って、ぺけ美は笑みを向けて来た。

 俺とぺけ美も大分打ち解けて来たようだな。うん。


「所でだな」

「なんじゃ?」

「後ろから鬼の形相で追いかけてきてる人はなんだ」


 何故か、ぺけ美は全力疾走中だった。そして、その疾走中のぺけ美はしれっとこう言った。


「追手じゃな。妾を見るなり、お、恐山Tシャツ!? まさか――!? とな」

「ああ、なるほど。ああ、なるほど」

「少し前までは調子が良かったんじゃがの」

「覚えられたんだろ」


 走るぺけ美に、並走する俺。後ろには鬼。

 と、そんな折、だった。不意にぺけ美の足が俺の貸したズボンの裾を踏むのを、俺は視界にとらえる。


「ふぎゅぅっ!」


 顔面強打。凄まじいな。

 そして、ここぞとばかりに鬼が速度を上げる。俺は眺めるのをやめて、動き始める。


「っと、ぼーっとしてる訳にもいかんか。よっこらせ」


 俺は徐に、ぺけ美を抱え上げた。

 顔面を痛そうに擦るぺけ美は、自分の状況を理解していないようだったが、それはそれでよしとして、俺はぺけ美を小脇に抱えつつ全力疾走するのだった。












「ふう、ここまでくれば大丈夫だな」


 天狗の足で三十分ほど全力疾走。

 既に追手は影も形も見当たらない。そして、どうやら俺とぺけ美は気が付いたら公園までたどり着いていたようだ。


「お、下ろすのじゃ」

「大丈夫か? 足とか怪我してねーか?」

「大丈夫じゃっ」


 そういうのなら、と俺は地面にぺけ美を下ろす。

 地面に足を付けたぺけ美は、そのまま俺を見上げる。


「とりあえずだな。ズボンの裾を捲れ」

「むぅ、やってくれんのか」

「俺はお前さんの召使じゃない。また転ぶぞ」

「む、そうじゃな」


 いそいそと、ズボンの裾を捲るぺけ美。絶世の美人がするには余りに滑稽で、ちょっとばかし笑みが漏れた。


「なんだか、あれよな。お前さん、逃亡者に向いて無い所の話じゃあ、ねーよな」

「そうかの?」


 不思議そうな顔をするぺけ美に俺は苦笑を一つ。

 そんな折だった。

 ふと、思いついて俺は呟く。


「きつくないか? 無理せず帰った方が楽かも知れんぞ?」


 まあ、本音もあるが、打算もあった。

 この辺りから、事情が掴めるかと考えたのだ。脱走の理由くらいぽろっと零すのではないかと。

 もうはっきり聞いてしまえよとも思うのだが、直接聞いてしまえばやはり人間取り繕う生き物だ。それが本当とも限らなくなる。

 俺が気になるのはそのままの事実なのだ。

 しかし。だがしかし。

 俺の予想に反して。

 ――ぺけ美の表情は凍りついていた。


「……いやじゃ」


 まるで、絶望。この世の終わりのような。


「嫌じゃ……!! そう言ってお主も妾を遠ざけるのかっ!!」


 駄々っ子のように、ぺけ美は腕を振りまわす。どうやら俺は、地雷を踏んだらしい。言葉もなく、立ちつくす。

 ぺけ美の目尻には涙がたまっていた。


「勝手に寄ってきて……、すぐに遠ざけるっ……!!」


 そして、頭を抱えるようにして、ぺけ美は蹲る。


「もう……、一人はいやなのじゃ……!」


 そこからは、啜り泣く声だけが響いていた。

 俺はずっとぺけ美が泣きやむのを待っていた。










其の十 俺と新聞と猫。











 さて、俺がぺけ美を泣かせてしまう前日。

 ぺけ美が帰った後、居間で新聞を広げていると、にゃん子が載ってきた。


「おい。読めないんだが」

「新聞の上に乗るのは猫の習性だよっ、ご主人」

「人間状態で正座されてもな」

「構ってよご主人」

「はぁ……」


 俺は、わざとらしく溜息一つ。

 楽しげなにゃん子をみて、俺は結局、新聞を諦めることにした。


「そう言えばご主人さ、また女のひと連れ込んでたよね? えっち」

「人聞きの悪いことを言うんじゃない」

「ところで、あの人誰?」

「逃亡中の身の人だ」


 広げた新聞の上に正座するにゃん子と向きあうこの体勢のなんと奇妙なことか。


「まあ、でもそんなのいつもの事だからいいとしてー。にゃーん」

「いいのかそれで」


 そのままの体勢から、前に倒れ込むようにして、にゃん子は俺に抱きついた。


「暑い」


 呟けば、にゃん子も肯いた。


「にゃん子も」

「なら離れろ」

「やだ」


 すりすりと、頬ずりしてくるも、暑いだけ。


「こうなったら……」



 仕方ない、と俺は秘密兵器を出すことにする。

 懐に手を突っ込み、目的のブツを出して、腕を伸ばし自分からできるだけ遠くに持つ。


「にゃん子、これを見ろ」


 言うと同時、にゃん子はそれを視界に収め――。


「にゃ? ――!」


 それに手を出した。

 そう、それは猫じゃらし。白い尻尾のようなものがついた棒だ。

 振るたびに、にゃん子は正座の状態から手を出す。

 それを俺は絶妙な技でかわす。

 おお、こっちに集中させとけば俺が新聞を読めるな。

 中々良い技だ、と思いつつにゃん子の乗った新聞の読める部分に目を通す。


「ていっ」

「……一部地区の増税したかったけど、閻魔が可愛いのでやめる、か……、世も末だな」

「にゃんっ」

「ダム建設、閻魔の仕事を増やしたくないのでやめる……、今年の夏は暑いからなぁ」

「えいっ」

「閻魔が可愛いすぎて生きてるのが辛い、と悟り拓いたもの多数……。こんなんばっかりか」


 こいつは酷いな。見ててもしゃーない気がするな。

 新聞が混沌としている。と思って俺が目を離した、そんな瞬間だった。

 間抜けな声が響く。


「えいさーっ」


 夢中になったにゃん子が、手だけでなく、体全体で俺に飛び込んできていた。

 抵抗不可。俺はそのまま後ろに倒れこむ。


「ぬおうっ、後頭部を強打したぜっ」

「にゅうっ……、ご主人の意地悪……」

「俺がいつ意地悪をした。お前さんの方が当社比七倍意地悪だよ」


 きっと俺の後頭部が一番の被害者さ。

 仰向けに転がる俺と、その上にうつぶせで乗っかるにゃん子。

 やっぱり暑かった。


「だって、触らせてもくれないなんて、生殺しだよっ」

「それはお前さんの技量の問題」

「むぅ……、いいもん。お返しするもんっ」


 お返し? 一体何を、と言う前に答えははっきりした。


「ぎゅーっ」


 にゃん子が全力で俺に抱きついている。

 暑い。

 いや、しかしお返しとは言ってもこのままでは共倒れではあるまいか。


「いや、流石に離れてくれまいか」

「やだっ。ご主人が優しくなるまで続ける」

「俺はいつだって優しいぞ」

「ドSだもん」


 くそ、猫じゃらしはどこだ。

 見当たらない。先程の衝突で取り落としたか。

 これは、どうにか口で説得するしかないと言うのか。無理矢理はがすと更に暑くなるし。


「お前さんも汗かくだろうが」

「猫はね、にくきゅうからしか汗かかないよ?」

「嘘を吐くな嘘を」


 いや、猫が肉球から、と言うのは本当だが、にゃん子の首筋の球の汗が人間状態ではそうでもないことを示唆している。


「汗かいて脱水症状になってさようならだぞ」

「んー……、えいっ」


 不意に、ぺろり、と首筋を舐められる。

 なんだか背筋を悪寒が走る。


「しょっぱいね」


 そう言ってにゃん子は妖しげに笑った。


「当然だ、ってか汚いぞ」

「塩分補給塩分補給。ご主人も、ほら」

「断る」


 流石に猫が人舐めるくらいなら可愛いが、逆はダメだ。しかも俺の外見は三十路間近。

 駄目だ。絶対に。


「どうやったら退けるんだ……」

「優しくなったら、って言ったじゃんご主人っ」

「優しくってったってなー」

「じゃあ、このままだねっ。そだ、汗かくからこの後一緒にお風呂入ろうよっ」

「……断る」

「あ、じゃあさ、優しい、の条件教えたげるからやってよ」

「どんなだ」

「一緒にお風呂入ってくれたら優しいにゃー」

「俺に選択肢がない」

「ちなみに、汗かいて別々に入るのは無しだよ? 絶対入るからっ」


 そんなこと宣言されてもなぁ……。

 そいつはあれか。諦めて一緒に入った方がいいぜと言っているのか。

 ええい、もう。


「ご主人、ご主人?」













「死んでる……」












 いや、寝てるだけだから。






























―――
さて、いよいよ雲行きが怪しくなってきたと見せかけて結局次はなあなあに解決してシリアス編まで至りませんっ!
まあ、ちらっとぺけ美の事に関してはそろそろ明かされなさそうな明かされそうな雰囲気です。


さて、それはともかく。

なにはともあれ第二回人気投票修了です!
連日の突貫工事で脳も腕も痺れてますが、頑張りました。
てなことで、結果発表、特別編その他は、サイトの方か、お知らせの方にリンクが張ってあります。






では返信。


ボン次郎様

大丈夫、私もnice boat思いだしました。薬師的に考えれば当然の結果です。
いつの日かあんな結果にならないとも言い切れない辺り、スクイズを思い出しますね。あの台詞は。
果たして、薬師は刺されたり首がもげたりするんでしょうか。まあ、妊娠したしないに関しては薬師だから有り得ない気がしますが。
ちなみに、前回の感想とかでも問題ありませんよ。当然出かけてて読めなかったとか忘れてたとか時機を逸したとかありますから。どんな感想でも歓迎です。小躍りします。


SEVEN様

薬師は既にロリもいけるんや状態ですからね……。どこまでその版図を広めるのか。いつの日かグレーなおばあさままでやってしまうのかと恐々としてます。
ぺけ美に関しては運の良さ半分、運営の適当な配置半分、ってところですかね。後は運営側も「まあ頑張れ」「そ、そうですか……、はい」みたいな士気の低さが。
そもそも髪を貰ってなんに使えばいいのやら。編み込んで鞭にしても鞭使いな考古学者じゃなかったら無意味ですし。お守りにしますか。
人気投票の方は、今回は凄まじい結果になりました。どのように凄まじいかと聞かれれば、私の右手がもげそうですと。


光龍様

まだまだ増えます。ぺけ美ゾーン。最終的にぺけ美ゾーンで全部埋まる気がします。
もう全文ぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけぺけで埋まりますよきっと。
春奈は、きっとバッタでも追いかけて街に来たんじゃないですかね。薬師にあって全て忘却の彼方へ行ってしまったようですが。
そして、一般家庭なら確実に質問攻めですが、愛沙と春奈なら春奈が押し切って終わりそうです。そしてどちらかと言えば薬師に追及が。


奇々怪々様

きっと、ズボンをはいたことがないんです。ぺけ美は。もしくはTシャツが長かったのでこれでスカートも兼ねるものだと思っていたんじゃないですかね。
随分短いスカートだな、位は思っていたのかもしれませんが、どちらにせよ目に毒です。あまりの暑さに素でやりそうな地獄のようですが。
そして薬師はそう、Tシャツ一枚の下着姿の少女を連れまわしたり、家に連れ込んで、Yシャツだけ着せたりしてるんです!! だれか110番を!!
その上、薬師はもう、春奈の初めての男であり、大切なものを捧げた仲。更には下腹部をキュンとさせた次第。もう責任取れ。


通りすがり六世様

目指せ全ジャンル。大きいところでいないのは、背筋も凍るようなヤンデレあたりですかね。あと看護師とか。
しかし、男の娘って、ありですかね。文章オンリーの場合。挿絵なしじゃ意識的につらい気もするんですが。要望が多ければ、考えてみます。
春名と愛沙に関しては、完全に根っこは一緒なんですけどね。恋愛素人。ただし、タイプ別的に、春奈はストレート直球、しかし暴投で、愛沙が戸惑いながらぐにゃぐにゃ受け取りにくいカーブの上暴投で。
ただし、その位の方が薬師的には取りやすいんじゃないかなという、不思議な状態となっております。


Eddie様

アホレベルで行けば、ぺけ美も春奈も同レベルっ!! 間違いない!! 私が保証します。
意外とあの二人で話が合いそうな気もします。ってか良く考えれば春奈も箱入り娘でした。アグレッシブさ故記憶に残りませんでしたが。
そう、双方ともに――、深窓の令嬢。深窓の令嬢。……どのあたりがそうなのかさっぱりです。正直、深窓の令嬢って一体なんだかわからなくなってきました。
まあ……、可愛ければいいかな。と、全て諦めてみることにします。


志之司 琳様

アバンは……、まだまだ伸びるぜ……!? そろそろ薬師が本気出すみたいです。こっからがフラグたてだぜ。
そして、今回は下着どころか、下半身なにも履いていない、Yシャツモードのぺけ美がいました。金髪ツンデレなので問題ありません。
アホの子は、すでに保護すべきです。国宝級の道を進んでます。薬師が独り占めしているので、狙撃を要請します。
まあ、春奈の年齢に関しては、年相応なものがありますが――、同年代に比べて落ち着いているかといわれるとあれなのと、数珠家の最高傑作ですからね、一応。









最後に。



さあ……、ここからが本物のフラグ立てだ……っ!!



[20629] 其の十一 俺と買い物。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:dfb86378
Date: 2010/08/27 21:56
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 視界が滲む。嗚咽が止まらぬ。

 果たしてどれだけの時間、溢れ出るものを止められずにいただろうか。

 あまりにみっともない。が、止まらない。意思を無視して、それは溢れ出る。

 我がことながら、真に無様。

 ただ、アスファルトに雫が落ち、蒸発する音だけが響く。

 他には何も聞こえなかった。

 最近ずっと響いていた軽薄そうな声も、もう聞こえない。

 当然と言えば、当然か。いきなり意味もわからぬまま長時間泣かれては、妾だって逃げる。

 ああ、でも傷が浅いうちに抜け出せたのは僥倖。

 そう考えれば少し涙も収まった。

 そうして、頬を伝う水滴を手で拭いて、前を見ようとして――。

 駄目だった。

 また、涙があふれてきていた。


「……なんっ、で……っ、お主は……!!」


 聞こえて来たのは、やっぱりやる気無さげで、軽薄そうな声だった。


「俺がどこにいようが俺の勝手だろーに」

















 炎天下の中、突き立てるような日差しが俺の肌を焼いていた。

 俺は、ただひたすらに立っている。

 無論、誰に言われるでもなく、だ。

 確かに、俺の意思でここに立っている。


「ちっとは、落ち着いたかね」


 涙の散る音は、いつの間にやら消えていた。


「……ああ」


 さし出した手を、ぺけ美は怯えるようにしながらも、しかと握る。

 蹲っていたぺけ美をベンチに座らせて、俺もその隣に座った。

 その後。

 無言。

 ……気まずい。

 しばらくの無言に、俺は閉塞感を覚える。

 しかしながら、俺に言葉は無かった。何せ、なにも知らないのだ。

 寂しいのと、人々に遠ざけられた経験があることはわかった。それが精神的外傷になるほどに。

 だが、だ。

 俺は彼女の事をまったくと言っていいほど知らない。名前すら、きっと本物ではないだろう。

 遠ざけられる理由もわからん。だから答えは是でも否でもなくなった。保留だ。

 全て見て、その時決める。

 そうすると、もうこちらから掛ける言葉など存在しなかった。

 現状では、別に遠ざけない、とも、やはり離れてくれ、と言うこともできなくなったのだ。残されたのは玉虫色の、微妙な言葉だけ。

 なにかいい台詞は無いかと探って見たが、無い。三秒で諦める。

 俺は、ぺけ美に聞こえないよう溜息を吐きながら空を見上げる。

 まるで俺達をあざ笑うかのように照りつける太陽が恨めしかった。


「お主は……」


 不意の、躊躇うような、怯えたような声だった。

 俺は、そちらを見ないで答えることとする。


「なんだ」


 今一度、ぺけ美は声を上げた。


「何故……、こうも妾の傍に――」


 その質問は。昨日もされた気がする。

 だから、俺は同じ答えを返した。


「特に何も考えてねーけど?」

「考えろ……っ!」


 考えろ、とぺけ美は言った。

 しかし、答えなど出てはいないし、出す気もなかった。


「……じゃあ、あれだな。興味、同情、厚意に善意、憐憫、なんとなく。お好きな奴をどうぞ。俺のお勧めは『なんとなく』な」

「お主は……、馬鹿か……?」

「それほどでもない」

「褒めておらんっ……!」

「褒め言葉だよ。ちょっとくらい馬鹿やって生きてる方が面白い」


 さて、隣のぺけ美はどんな顔をしているのだろうか。

 俺が泣かせてしまった訳で、これで凄いことになっていたらすごい困る訳だ。

 見るのが、少し怖い気もする。


「……妾は、きっと面倒じゃぞ?」

「知ってるよ。面倒くさくない女は恐山Tシャツなんて着ねーんだ」


 あと、腕まくりくらい知ってて、特に誰にも追われていることもなく、世間ずれもしてない。


「今だって、追われっぱなしだし。今日も走りまわる羽目になったじゃろうに」

「暑かったな。で?」


 他にも、ドレスで当然のように出歩かなくて。

 自分のことを妾とか呼ばなくて。面倒事とは無縁。


「他にも、面倒を呼びこむぞ……?」


 ただ、一つだけ言いたいことがあるとすれば。


「お前さんに俺の経験則を教えてやろう」


 そんな面倒じゃない女。


「人生ってやつは意外と退屈だ。多少面倒臭くて複雑な位が丁度いい――」


 そんな面倒じゃない奴と付き合って何が楽しい。


「――それに、手間のかからん女より、面倒で手間のかかる女の方が可愛げもあるだろーよ」


 そこでやっと、俺はぺけ美の方を見た。

 相も変わらず、磨いた銅のような金髪が、陽光に照らされ輝いている。

 目元には、涙の後。


「お主は……、馬鹿じゃの」

「それほどでもない」

「本当に……、ばか」


 ちょっとだけ、彼女が笑った気がした。






















「さて、これからどうするかね」


 落ち着いた様子のぺけ美を隣にして、数分。

 未だ俺とぺけ美は公園のベンチの上にいる。

 きっとぺけ美はどっと泣いて疲れたのだろう。動こうとはしなかった。

 その隣で俺は、背もたれに背どころか頭まで預けて空を睨みつけている。

 そろそろ八月も終わると思うんだがね。

 知ったこっちゃないよ。と言わんばかりにやはり太陽は輝いている。


「飯。食いに行くか」


 そして、空に問いかけるかのように俺はぼやいた。

 そう言えばまだ飯を食べていない。

 昼は過ぎている。そういえば鬼と逃走劇繰り広げてここまで逃げて来たんだったな。


「食いたいもん、あるか?」


 立ち上がって、今度はぺけ美の方を見て問いかける。

 ぺけ美は、俺を見上げて呟いた。


「なんでもいい」


 なんでもいいと言うのが一番困るんだが。

 と、俺が困ったように頬を掻く中、今一度ぺけ美は呟いた。


「……お主と一緒なら、なんでもいい」

「そーかい」


 そりゃ、同席させていただくとも。

 今更、別々で食おう、とか無理があるだろうに。それこそ気まずくて頭が破裂するぜ。

 そして。


「できるなら……、お主の作った料理がいい」

「……」


 思わず、呆気にとられた。困ったように頬を掻くのは継続だ。

 しかし、なるほど。

 家庭料理に憧れるっていうやつか。


「ふむ、わかった。じゃあ、一旦帰るとするか」


 そう言って、俺は家へ戻ることとした。



















「ふむ、今から作れるってったら」

「うむ」

「ラーメンと」

「ふむ」

「炒飯と」

「うむ」

「お好み焼きと」

「おお」

「肉丼と」

「ほほう」

「ハーブ・マリナード位だが何がいい?」

「いきなり小洒落たっ!?」

「悪いかね」

「お主がフレンチを食べてる姿が想像つかん」

「箸で食った」

「それは冒涜と言う奴じゃ」


 うるせー。俺はフランス料理だろうがなんだろうが箸で食ってやるぜ。

 あ、スープだけは勘弁な。


「で、なにがいい?」


 聞いてみると、ぺけ美は思案しながら俺に応えた。


「……お好み焼き」

「ん、それでいいのか?」

「それがいい」


 よし、あいわかったと、俺は冷蔵庫からキャベツに豚肉と、お好み焼きの粉を取りだした。

 冷蔵庫の中は基本的に藍音が支配しているが、駄目なら駄目で買いに行けばいいだろう。


「ふはは、お好み焼きにはちょっと自信があるぜ」

「おお、楽しみじゃのうっ」


 ホットプレートを出して、温める。その間に、俺は肉とキャベツを切ってボウルの中へ。後は粉と水を入れて混ぜるだけ。

 簡単だが、これからが本番だ。できる限り空気をいれるように混ぜる。ふんわりしたものができるか、それともべったりしたものができるかはその匙加減だ。

 ただ混ぜるように見せかけて、緻密な操作で風を送る。絶妙な具合を覚えるまで結構な時間がかかった、俺の奥義の一つだ。

 そう……、これが千年の天狗の技……っ!!


「じゃあ焼くか」


 温まっていたホットプレートに生地を流し込む。

 弾ける様な音を立てて生地が焼け始めた。

 そうして。


「ほいっと、二枚ほど完成」


 出来上がったものがこちらである。


「おお、どうやって食べるのじゃ?」

「知らんのか」

「上にソースを乗せることは知っておる」

「そうだな。ソースを掛けて、その上に苺乗っけて手づかみで食うんだ。嘘だ」


 本当にやりそうだったので、俺は速攻で嘘をばらす。

 ぺけ美は目をぱちくりとさせていた。

 そんな彼女に、俺は夜叉印のお好みソースとマヨネーズを出してやる。


「ほれ。好きに付けろ」

「お、おお? いいのか!?」

「いや、好きにしろよ」


 なんか楽しそうだな。

 微笑ましい感じがして、苦笑が漏れる。

 が。


「あ、おい、出し過ぎ出し過ぎ。力いっぱい握るのはやめるんだっ、優しくしてやってくれ」

「おおうっ!?」


 力加減と言うものがわかっていないらしい。

 どばどばと掛けられるソース。お好み焼きが黒く染まる。


「う……、すまぬ」


 しゅんとうなだれるぺけ美に、俺は苦笑で返した。


「いや、こんくらい予想しとくべきだった。ほれ、それ寄越せ。もう一回だ」


 俺は、ソースの下にお好み焼きがしかれた物を引きとって、自分の物をぺけ美に渡す。

 ぺけ美は顔を上げて俺を見た。


「いいのか?」

「いいからちょっと手ぇ貸せ」


 後ろから、ぺけ美のソースを持つ手に重ねて、自分の手を置く。

 そして、少し力を入れて、上手く動かす。


「あっ……、の、のう、ジョン?」

「ほれ、こんな感じだ。わかったか?」


 ソースを網目状に掛けて、次にマヨネーズ。


「あ、ああ……」

「ほれ、鰹節。掛け過ぎんなよ?」

「わ、わかっておるっ」


 なにかに慌てたようにぺけ美は鰹節の袋を取って、手に握る。


「えと、掛け過ぎないように……、掛け過ぎないように」


 ぱらぱらと、恐る恐る掛けられる鰹節。

 白黒に彩られたお好み焼きの上で、鰹節が踊っていた。

 俺はそれを後目に、自分の黒き塊にマヨネーズを掛ける、のは止した。これ以上味を濃くしてどうする。

 鰹節を多めに掛けて味を薄めよう。

 そうして、俺は自分のお好み焼きに箸を付けることにした。


「いただきますっと」

「いただきます」


 俺はぞんざいに、ぺけ美は行儀よく手を合わせ、食事開始。

 見た目通りにぺけ美は上品に食べている。Tシャツなんかについては何も言うまい。

 俺の方は、お好み焼きっていうか、お好み焼き味のソースである。皆、掛け過ぎには気をつけよう。


「おお、美味いのう」

「そいつは良かった」


 修行の成果と言うやつか。まあまあの味が出ている。

 なんてどうでもいいことを考えながら、俺もお好み焼きを食う。

 そして、半分ほど食い終えた辺りで――、


「お主、頬にソースが付いておるぞ」

「あ、本当か?」

「本当じゃ、そそっかしいのうっ」


 楽しげにぺけ美はそう言って笑う。


「悪かったな」


 不貞腐れたように俺は言い、今度はぺけ美が動く。

 白魚のような。という表現が似合うその手を、俺に向けた。

 俺の頬を、指が滑って行く。


「ほれ」

「あ、マジだな」


 その指先にはソースが付いている。

 ぺけ美はその指先を眺め、


「……あ!」


 と、不意に変な声を上げ赤くなった。

 どうしたのかと、不思議に思っていると、赤いままぺけ美は声を張った。


「べ、別にここからペロッと言ったりはせんからのっ!! 勘違いするでないぞ!?

「いや、そこまで求めてねーよ」

















 飯からしばらく。

 結局腹ごしらえの後、ぺけ美は帰ることとなった。

 まあ、やることもないしな。


「のう……、お主は――」


 そんなこんなで、玄関先でぺけ美を見送ろうかと言う時である。彼女はぽつりと呟いた。


「父上に似てる気がするのう」

「父? 父親、ねえ?」


 その言葉を、俺は脳内で吟味する。たった一つ、彼女が零した彼女を知るための情報と言えたからだ。

 そんな風に切なげに言葉にするということは、きっともういないと言うことか。

 ならば、父性を求めているのか? いや、父性を求める心がこの件にどう関係するのかわからない。

 まだ、保留だ。


「ほら、そんな風に笑う顔なんてそっくりで。まあ、父上はイケメンだったけど」


 にこり、と彼女は綺麗な笑みを浮かべた。


「……悪かったな、イケてないメンズで」

「ふふっ、妾はそんなことは言ってない。ただ、父上も、そんな風にやさしかったから……」


 遠い目をして、呟いた言葉。

 優しかった、ね。

 その言葉がなんだか重く、俺はあえて冗談を言った。

 小馬鹿にしたように笑いながら。


「お前さん、口調崩れかけてんぞ」


 彼女は、一瞬にして顔を赤く染めた。


「……っ!? か、帰る!!」


 そう言って彼女は颯爽と帰っていく。

 最後に、


「ばかっ」


 と俺を罵って。











其の十一 俺と買い物。











「そいやっさー? 藍音さんよー、今日昼にキャベツと肉使ったんだが、大丈夫かね?」


 午後。藍音が帰ってくるなり聞いてみると、彼女は考えるように顎元に指を当てて考える。


「……はい、問題ありません」

「今日の夕飯の献立はなんにするつもりだったんだ?」

「……ロールキャベツです」

「駄目じゃねーか」


 嘘を吐くのは駄目だと思ったのか、少しの迷いの後、藍音は白状した。

 しかし、ロールキャベツか。キャベツがなきゃただのひき肉の塊である。ある意味ハンバーグか。


「ですが、問題ありません。買ってくればまったく済む話です」

「じゃあ俺が行こう」

「いいえ、薬師様のお手を煩わせるまでもありません。そもそも、日用品の買い足しに行く必要がありますから」

「いや、使ったのは俺だからなそれくらいは責任持ちたい」

「それらは、私の仕事です」

「って……、あれだな。一緒に行くか」

「……わかりました」


 少しだけ、その横顔が嬉しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。























「藍音ちゃん、そいつが噂の旦那様かい!? んー……、微妙だねぇ! 悪くないけどなんか冴えない!」

「ほっといてくれ」


 スーパーのおばちゃんに、そんな風に見送られ、買い物袋片手に俺は藍音と道を歩く。

 冴えないとかイケメンじゃないとか言われたのは本日二度目だ。

 もういっそ、駄目だと言われた方が楽になれる気がする。半端に評価される方が傷つくのだと気が付いた今日この頃。


「薬師様」

「なんだ」

「私は今の薬師様で丁度いいと思います」

「ありがとさん」


 なんか慰められてんのか俺。


「この上に冴えわたっていたら困ります。私のすることがありません」

「ま、どこまで言ってもお前さんがいいなら、お前さんの仕事は無くならんよ。ところで、なんか今日のお前さん歩くの遅くないか?」


 いつもはもっとつかつかと歩いている気がするのだが。


「……少しでも、この時間を引き延ばしたいと思うのは我侭ですか」

「そこの喫茶店にでも寄ってくか?」


 なんとなく聞いたが、藍音は首を横に振った。


「……、いいえ。私が家でおいしい紅茶をお出しします」


 なんとなく、そう言った藍音の雰囲気は楽しそうだった。






「……家で誰かと食事、というのは残念な気分でしたが、こうして二人きりになれるなら悪くはありませんね」

「なんか言ったか?」

「いいえ、特に何も」























―――
一つだけ。そう一つだけ問題が発生した。
そう、少しずつぺけ美の話が進行するにつれ、サブタイ後の話がおまけになる。
そうすると、メインで扱いたいキャラのお話が書けない不思議。

主に由美のお話とかが書けないです。

そんなこんなの事情と、当初の予定も含め、多分次か、次の次辺りで急転直下、遂にバトルに入ることになりそうです。







返信。


奇々怪々様

薬師ならきっと先生の下着を手洗いしてたんじゃあるまいかと邪推いたします。正常な人類なら悶々とするでしょうが、薬師なら涼しい顔でやってたんでしょうね破裂しろ。
そして薬師は次のフラグもお父さん気分でランラン攻略ルートに入りました。そろそろ本気になるようです。
しかし、それにしても、あんなシリアスを恐山Tシャツでやっていたと思うだけでシュールギャグですね。やってから思い出しました。
そして、次回もしくは次々回にてぺけ美の正体もつまびらかに。あと大鉄塊とか出てくるような気がします。


光龍様

ぺけ美、陥落間近。というか今回で大分アウトな気がします。もうアウトなんじゃないかと思いますが、後二話くらい続きます。
まだ、問題の部分は解決していないので、半分現実から目を逸らしてるようなもんです。まあ、どうせ薬師がどうにかしますが。
ぺけ美に関しては、寂しがりの側面が大きいようです。正体に関わる部分なのですが。とりあえず、運営に保護されていてもまともな人間関係は無かった模様。
そして、そう言えば、私の家の猫も舐めてきました。足。寝てる時に舐められて目に隈を作った記憶があります。


SEVEN様

ぺけ美編、そろそろクライマックスに至りそうな至らなさそうな空気です。あと、薬師はロリコンに襲われろ。
ちなみに、地獄の政治家の流れは、志す→実現する→現実を知る→汚職しようかなと考える→閻魔が可愛いので想いとどまる→閻魔が可愛いので一念発起する→現実を知る。のループです。
それと、頭を撫でたい派閥から、詰られたい、踏まれたい、コスプレさせたい派閥等の派閥が存在します。彼らが協力して、地獄を動かしているのです。
そして、人気投票は当初予想していた二倍くらいの予想外さの所に落ち着きました。最終日にあの票数を見た時、目を擦る羽目になったのもいい思い出です。


通りすがり六世様

まあ、確かにお姫様ですね。よく考えてみるとそうでした。ギリギリ臭いヒントと言えば、チャイニーズな方面のお方、とだけ。
今回に関して言えば、今までとちょっと違う感じになりそうなシリアスが待ってますが、でもやっぱり薬師は薬師。
そして、人気投票特別編、読んでいただけたようで幸いです。あれ、これ前さん三本書かないといけないかなーと、思っていたらツインドライブ。
沢山いますが、結局この二人に落ち着くんですよね。堅実なメインヒロインと、パワータイプの二人でした。


春都様

ぺけ美はソースを自分で掛けたこともない子のようです。箱入りすぎて、薬師のスレたスキンシップには付いていけておりません。
そして、きっと運営管理部も発狂してるから、発狂状態できっと正常なんだと思います。俺が間違ってるんじゃない、世界が間違ってるんだ的な。
にしても、やっぱり動物って、新聞広げてると寄ってくるんですね。それで構ってやると味を占めて何度でもやってくるようになるんでしょうが、誘惑に勝てません。
あと、目からグフカスタムでたら、中からノリスが出てきたりしませんかね。妖精サイズの。


志之司 琳様

さあ、侵蝕されきるまであと何話あるのか……。狂気の沙汰ほど面白い。とりあえず薬師は地獄の淵から落ちて欲しいです。
女の子にさりげなくびしょぬれ(濡れ衣)Yシャツを着せるとか不審者以外の何物でもないです。確実に。絶対。
しかし、特別編のせいでいつか桜の精とか出てきそうです。柱と。薬師宅のカオス度合いが上がってます。その内本物の幽霊屋敷になりかねません。ああ、住んでるの幽霊か。
そして、少年誌ですら微妙なえろ展開とかあることもあると言うに、うちの薬師は……。そろそろ藍音さんを押し倒してもいいのではないか。まあ、それはともかく。せっかくなので、十三回めの萌死を狙うぜ!!


名前なんか(ry様

とりあえず、纏めてみると、育ちがよさ気、自動発動スキル持ち、遠ざけられた経験がある。という所ですか。
ギリギリなところで出せる情報と言えば、女神です。女神なので、男神女体化という訳でもありません。ここまできたら後一つわかれば。
にゃん子は、なんというか絡ませやすいです。猫っぽいエピソードなら短くまとまりますからね。丁度良かったんですよ。
そして、人気投票の方は、もう、前さんはV2だからってことにして前さんだけ三本にしようかなと思いましたが、それはそれでなんかな、と、思った結果がポロり。閻魔様は、ぺけ美編が終わってから大暴れしそうな予感です。


Eddie様

もう、なんの気なしに嗅ぎに行くそのメンタルが信じられない薬師です。きっと先生の教育の賜物だ。人の下着に動揺しなかったりとかも。
そして、地獄の人々はもう末期。終わっているどころのお話ではなく、皆紳士淑女。そもそも閻魔にセーラー服を是とする人々ですから。
とりあえず、旗立ては完了気味。あとは土台を補強するのみ。そろそろ強風が吹くのでフラグ技師が補強に掛かります。
そして、天狗奇譚も読んでいただけているようで幸い。美香さんも書きたいので腕がポロりするくらい頑張ります。





最後に。

シリアスも、全て恐山Tシャツを着たうえで行われたお話である。



[20629] 其の十二 俺とそろそろ――。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:643cae03
Date: 2010/08/31 01:05
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「よぉ、ぺけ美」

「ジョ、ジョン?」


 八月も終わりを告げようとしている今現在。

 何故かぺけ美は、炎天下の中、黒くて、てらてら光ってて(主に眼鏡が)、路地裏が好きそうな人々に囲まれている。


「で、こいつらはなんだ? お友達?」

「妾とて、友人くらい選ぶわっ!! いや、……すまぬ、お主の時点で信憑性は薄くなった」

「なにおう、こんな好青年掴まえてなにを仰るうさぎさん」

「好……、青、年……?」

「てか、選ぶ以前に俺以外に友達いんの?」

「……えー、あー、あー、村田君とか」

「誰だよ」

「枕」

「……すまん」


 本当に寂しいな。

 と、まあそれは置いておいて。


「お嬢ちゃん、悪いこたいわねぇから、こっち来な」


 このお約束的に柄の悪い奴らをどうするべきか。それが問題だ。


「ううむ、そうだな、とりあえず聞いておこう。これはなんでしょう」

「うむ、ほわっといずでぃすじゃな」

「で、何なんだこの人。友達じゃないなら、これか?」

「小指を立てるなっ! そもそも恋人なんぞダース単位で要らんわ!! ただ、その……、できれば――、一人だけ……、って、なにを言わす気じゃっ!!」

「いや、後半は自爆だろ」


 ぺけ美が一人肩を怒らせ、そしてわざとらしく咳払いを一つ。


「ごほん、なにはともあれ、じゃ。売り飛ばしたいらしいぞ?」

「誰を」

「妾を」

「誰が買うんだ?」

「もの好きじゃろう」

「自分で言うかそれ」

「自覚は大切じゃ」


 しかし珍しいな。地獄で人身売買とか。利益と不利益で計算するとかなりギリギリだからよっぽどじゃないとやらねーはずなんだけどな。

 暑さで脳でもイったのか、それともぺけ美なら不利益に目を瞑ってでも採算が取れると踏んだか。

 どちらにせよ、好きにさせる訳にもいかないのだが。


「ま、とりあえず、だ。そこのお兄さん方も落ち着いてくれ」


 できるだけ警戒させないよう、気安く近づいて、どうも一人偉そうな男の手を俺は取る。

 そして、とあるものをその手に乗せた。


「ほら、これで許してくれ」

「立派なモアイだな……。ふむ、これは中々……、って引き下がれるかっ!!」

「ああ、リチャードっ!」


 宙を舞うリチャード。彼は砕けて散った。二代目モアイでは駄目ですかそうですか。

 さようならリチャード。お前のことは忘れない。


「さあ、いい加減ふざけてねぇで、そこの女を渡し――」


 まあ、なにはともあれ。

 こんな時は全力で逃げるに限るものだ。


「……いねぇ」


















「ふう……。これで安心かのう。最近ああいう手合いが活発化してきておってな」

「そー、なのかー」


 こないだと同じ公園のベンチで、ぺけ美はげんなりと溜息を吐いた。


「興味なさそうじゃの……」

「なん……、だと……!? 驚天動地だ、目から鱗のかわりにナタデココが落ちる気分だ」

「薄気味悪いわっ」

「傷つくぜ、お兄さんの硝子の心臓は十円傷でいっぱいだ」

「なんだからガラスの心臓って微妙じゃのう」


 駄目か。硝子の心臓。

 まあ、んなこたいいとして、そもそもああいう手合いって、ヤとかとかマとか付く人のことだろうか。


「ああいう手合いってどういう手合い?」


 俺は、ぎらぎらと光る太陽を見上げて、頭を背もたれに預けた。

 ベンチの座り心地は悪くない。


「こういう手合い」


 目の前に映る柄の悪いあんちゃんたちがいなければ。


「嬢ちゃん、俺らと遊ばないか? いいとこに連れてってやるぜ? んっんー……、久々の上物だな」


 いいとこってどう考えてもいかがわしい店ですよねー。

 幾らぺけ美が綺麗だからって、男連れをナンパして人の道を外れさせようとするのはどうかと思う。

 俺はどっこいせ、と面倒くさげに立ち上がった。


「まあ止まれ、さあ止まれ。青少年育成的によろしくないと思うので、つれていくのはご遠慮願うのぜと言っておく」

「願うのぜ、ってなんじゃ」


 ぺけ美の突っ込みは無視。

 話は進む。


「なんだぁ、てめえは痛い目見る前に帰りな」


 威嚇するあんちゃんを、俺は半眼で見つめた。つい先ほど黒い人たちから逃げて来たのだ。このくらい知ったことではない。


「いや、もうめんどくさいから帰らないとグーで殴るぞ? 本当に殴るからな? 五秒後に殴るぞ? 五ー、四、零。グーっ、と見せかけてチョキッ!!」

「痛い目ッ!! 目が痛い!!」

「エグいのう……」


 眼潰し一発。二度目の逃走と相成った。


「走って……! ばかりじゃのう!! 今日はっ!」

「やたら厄介事を呼び込むお前が悪いっ」


 やはり、走る速度は俺の方が速い。

 ぺけ美の手を引いて、できるだけ急ぐ。

 緑を抜けて、公園の外へ。俺とぺけ美は熱気放つアスファルトを駆け抜ける。

 そして、俺達の走る向こう側から人影が。

 老人だ。しかも、腰の曲がった、ではなく、老紳士然とした背の高い男だった。


「おや、お嬢さん。……! 一緒に来て――」

「でええいっ、危ないタックルッ!!」

「ぬぺっ!」

「良い体当たりだ……。お前さんに教えることはもう何もない」

「タックルを教えてもらった覚えがないっ!!」

「そりゃ、教えてねーから」

「って……、お主っ……、人が、走ってるのにっ、あまり叫ばせるでない……」


 そりゃあ、あれだけ激しく突っ込めば呼吸も辛くなってくる。

 遂に、ぺけ美が息も絶え絶えになって来た。

 足の回転も悪くなってきている。


「そりゃすまんかったな」

「なんでお主は涼しい顔なんじゃっ!」

「鍛えてますから。結構」

「何故丁寧語っ!?」

「おらおら、いい突っ込みだが叫んでいいのか? もっと辛くなるぞ?」

「しまったぁああ!!」


 もうぺけ美はマゾなんじゃあるまいか。苦しいの大好きとか。

 もしくは脳内麻薬どっぱどぱか。いい感じにぶっ飛んで来たとかそんな感じ。

 そんなように、ランナーズハイ気味のぺけ美を連れて、俺はありとあらゆる敵を台詞全て言わせることなく突破したのだった。

 ああいう手合いは台詞を全て言わせたら駄目なのだ。どこぞのヤクザだって、台詞を途中で切ってしまえばただの通行人その一である。





















 そんな逃走劇を繰り広げて早十分ほど。


「やあ薬師」

「そぉ……!! い、って憐子さんじゃないか」


 とりあえず路地裏で体力の回復を図っていると、後ろから突如声がしたので、裏拳しそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまることができた。

 相も変わらぬポニーテールに今日は赤い小袖でなんとなく男らしい。


「ところで、そちらではあはあしているお嬢さんは、あれかい? 薬師のこれかな?」

「何故中指を立てる」


 いい笑顔で中指を立てた憐子さんは、そのままぺけ美の方に視線を向ける。

 当のぺけ美は膝に手をついて体を支え、肩で息をしている。この分では、先程憐子さんが薬師と俺を呼んだ件に関しても聞こえていないだろう。少し安心して、そう言えば偽名の意味なんてあったっけと思いなおす。


「……ぁ、はっ……、……あ……、あぁ……、は、ああ……」

「なんだか、エロティックだね。路地裏で男女。しかも女は頬を赤らめ、はあはあと」

「うるせーです」

「これで相手がこれじゃなかったら、な」

「うるせーです」


 ほっといてくれ。自覚はある。


「……じょ、じょん、この女は……、誰じゃ?」


 おっと、どうやら大分回復したらしい。ぺけ美が憐子さんを指さした。

 そして、俺が答える前に、先んじて憐子さんは言葉にする。


「私かい? 私は、そこの男の、これさ」

「……なんで中指を立てるんじゃ」


 どうやら偽名を使っていることを先程の会話から察してくれたようだ。助かるのだが――、何故中指を立てる。

 そんな俺達の疑問に、憐子さんはにこやかに答えてくれた。


「私とお前は殺し愛をした仲じゃないか」

「いや……、事実だが認めたくない。ってかなんか発音が変じゃなかったか?」

「気のせいだろう。ふむ、殺し『愛』は事実、と」

「今なんで『あい』を強調した」

「気のせいさ。もしくは木の妖精の悪戯だ」

「どちらにせよ、きのせい、と」


 そうだ、と肯いて、憐子さんは興味の対象をぺけ美に向ける。

 考え込むように顎元に手を当てながら、ずい、と顔をぺけ美に近づけた。


「……妙な気配を感じたと思ったら、変わったお嬢さんだ。ふむ、なるほどね」

「な、なんじゃ」


 妙な雰囲気にたじろぐぺけ美。仰け反る彼女に対応して、憐子さんも顔を近づける。


「君は、外に出てどれくらいだい?」

「大体……、一月位じゃが」


 憐子さんの質問に、指を折るしぐさをしてぺけ美が答えた。

 すると、憐子さんは少々のこと目を丸くして、うわごとのように呟く。


「そうすると……、そろそろ危ない、か。まあ、どうこう言うつもりはないよ。私としては、私の幸せが守れればそれでいいからね」


 と言って、彼女は俺を見た。とりあえず、憐子さんの言っていることに関し、俺は半分以上理解できなかったが、そろそろ事態が動きそうな事だけはわかった。


「さて、私は行くとしようか。本当に、妙な気配を感じただけだからね。ああ、それとや……、じゃなくて、今はジョンと名乗ってるのかな?」


 知り合いにジョンと呼ばれると恥ずかしくて仕方ないのだが、事実だ。俺は肯いて答える。

 すると、憐子さんは意味ありげに笑ってこう言った。


「ヒントを一つ。地獄で早々風邪は引かない。これすなわち?」


 そして、それだけ言って憐子さんは去っていく。

 しかし、言っていることは本当にわからん。どういうことだ。

 俺が、顎に手を当て悩んでいると、固まっていたぺけ美が不意に動きだす。


「い、一体なんじゃったのじゃ、あれは……」

「あー、一応俺の師匠?」


 どっと疲れたかのように吐きだすぺけ美に、俺は明後日の方向を向いて答える。

 ぺけ美はなるほど、とばかりに肯いた。


「納得じゃ」

「お前さんが俺をどう思ってるか良くわかった」

「しかし、まるで狐に睨まれたかのようじゃったのう……」

「狐?」


 なんで狐だ、と言いたいのだが、言う前にぺけ美が答えた。


「妾は狐に喰い殺されたのじゃ。殷の時代にな」


 ははぁ、殷の時代。中国か。……殷の時代に狐に喰い殺された?


「それ以来狐は駄目じゃ」


 なんか心当たりが……。妲己とかそんな香りがする。

 等と考えていると、呆れたようにぺけ美は笑った。


「多分、お主の考えているのは当たらずも遠からずじゃのう。妾が妲己だとでも考えておるのであろ?」

「図星だな」

「妾が生まれたのはもっと昔じゃよ。ずっと昔じゃ。妾を食い殺した狐が妲己の名を名乗っていただけじゃ」


 中国の始まりの方の人間とでもいうのだろうか。それが、永らく生きて、狐に、多分九尾に喰い殺された、と。

 まあ、そこはさして重要ではない。要するに、ぺけ美は狐に成り代わられる前の妲己の役目を担っていただけであり、深い部分はまったくの別物だ。


「まあ、要するにアレじゃな。妾が美人じゃから、王宮に潜り込みたい妲己としては、成り代わるのに丁度良かったんじゃろうな」


 何でもないことのようにぺけ美は語った。結局、この会話から読み取れたのは、妲己とはさほど関係がないことだけだ。あと、自分で自分を美人と言っちゃうのがぺけ美だということだけだ。

 それとも、何か共通点でもあるのか?


「もうぶっちゃけ正体教えてくれねーの?」

「駄目じゃ」


 にべもなし。

 まあ、仕方あるまい。

 言いたくないことを言わせる訳にもいかない。というか、言ってくれない。


「あと、少しだけ、少しだけでいいから、何も聞かないでいてくれ……」


 そして、そこまで言われちゃ、どうしようもない。

 俺は肩を竦めて、追及を諦めた。むしろ、既に手掛かりはあるのだろう。憐子さんの言ったことを考えるに。

 しかし、地獄では早々風邪を引かない、ねえ? それが一体何に関係しているのか。

 ここ最近で風邪引いた奴なんていたっけか。


「のう、ジョン。お主、考えごとに集中しているらしいが……」


 ふと、ぺけ美が声を上げる。

 なんだ、と俺が顔を上げると、ぺけ美は呆れたようにとあるものを指さした。


「ゆっくりしている暇はないらしいのう」

「……犬に妖怪までか」


 指さされたのは、黒い大型犬に、明らかに人間ではない緑っぽい川辺に住む生物、河童であった。

 こう考えると、路地裏に入るのは失敗だったやもしれん。

 普通の公園でああなのだから、路地裏なんぞ柄の悪い奴らの宝庫じゃないか。


「んーッ、いい香りだァッ……。あんたを食い殺せば、妖力も一足跳びに上がり――」

「鉄パイプのような何かで殴る攻撃」

「ぽふっ」


 言わせちゃ駄目だ。言わせたらただの通行人その一から、ぺけ美をつけ狙う妖怪に昇格してしまう。

 するとどうせ面倒な展開が待っているのだ。

 そうなる前に止めるのが一番。


「何かで突く攻撃」


 にしても流石妖怪、か。意外と堅いぜ。


「殴る蹴る等の暴行を与えてみる」


 中々意識を失わないな。


「なんとなくジャーマン」


 と、遂に、気を失う河童。

 俺は河童を放り投げて、ぺけ美の方を見た。

 すると、


「なに盛ってんだ」


 そこには大型犬に押し倒されるぺけ美の姿がっ――。

 お熱いこって。問題は暑苦しいので他でやってほしいことか。


「な、なにを見ておるんじゃ!! 早く助けんかっ!!」


 なんて考えたが、当然ぺけ美としては本意でないらしい。じたばたと手足を動かし、犬をどかそうとしている。

 しかしながら、大型犬は意外と強い。ぺけ美如きではどうしようもならない。犬ははっはっはっは、と荒い息をぺけ美に吹きかけている。

 仕方ないので、俺は犬の首根っこ掴むと、思い切り持ち上げた。


「ん? 何かぐったりしてるなこのわんこ」


 抵抗が少なかったのを意外に思うが、


「暑さでばてておるんじゃないか?」


 というぺけ美の言葉に納得。そのまま犬っころを地面に下ろして、ぺけ美に手を差し出す。


「うう……、乙女のぴんちじゃった」

「てか、お前さんあれなんか。絡まれ慣れてる割に、超体術とか使えねーの?」


 ガン=カタとか。


「無理じゃ。こんな可憐な乙女に向かってなにを言うか」


 ……確かにそうかもしれん。周りが周りだけに俺の感覚も麻痺しているが。


「でも、だったらよくここまで無傷でいれたな」

「まあ、色々あるんじゃよ。色々、な」











 で。夕飯食べて絡まれたり、夜の道の途中で絡まれたり、と。

 そんなこんなありまして。











「お、お、お、おおおお、お主、今一度聞くが、正気なんじゃな?」

「俺はいつだって正気だ。むしろお前さんの方が困るだろ」

「そ、そんなだって……、妾の所に泊まるだなんて……」


 だって仕方あるまい。こんなにも襲われるのだ。

 寝ている間が一番危ないのは子供だってわかること。


「う……、こっちじゃ」


 ぺけ美に手を引かれ、俺は路地裏を進む。

 にしても、何やら物騒なところに住んでるな。ホテルにでも泊まってるのかと思ったが。

 なんて考えていると、ぺけ美はとある廃ビルの前で止まった。


「ここじゃ」

「どこだ」

「だからここじゃと」

「この、廃墟的な何かが?」

「そう、これじゃ」


 似合わんな、という言葉は胸の中に仕舞っておく。本人だって本意じゃないだろう。

 黙って、ビル内に入るぺけ美を追う。中に入って見れば意外と、なんてこともなく、中は外から見た通りの残念さを見せていた。


「ここじゃ」


 三階で、ぺけ美は立ち止まった。どうやらここを居住空間として使っているらしい。

 ちらほらと荷物のようなものが見える。


「さて……、どうするか」

「といってもやることもないしのう……、その……、寝るしかないわけじゃが」


 既に夜。大体十一時。藍音に連絡は済ませてあるし、確かにやることはない。寝ても問題ないだろう。

 問題があるとすれば、ここから仕事に向かわにゃならんことか。

 さて、早めに起きるべきかな、と考えながら、携帯のアラームを操作に戸惑いつつ有効にする。

 そんな中、ふと、


「のう、ジョン? 体の調子とかは、悪くないか?」


 いきなり問われて、俺は間抜けな声を上げた。


「んお? 特になんも? いきなりどうした?」

「心配したらいかんか? 変か? 妾には、似合わんかの……?」

「いや、好きにしろよ」


 言って、俺はそっぽを向いた。

 とりあえず、スーツの上着くらいは脱ごう、と考えて俺はボタンを外し、ついでにネクタイも放り投げる。

 そうして、今一度ぺけ美の方を見ると、いつの間にやらYシャツ一枚……、っつかあれ俺のYシャツだ。いつの間にぱくられたんだ。


「の……、のう、ジョン……」


 すると、ぺけ美が不意に、躊躇いがちに俺に声をかけてくる。


「なんだ?」

「……その、じゃな。毛布が、一つしか、なくてじゃのう……、その――」

「あー、気にすんなよ」

「き、気にするなっ?」


 そのまま、俺は地べたに転がった。

 目を瞑り、意識を休ませようと努める。


「……ぬ、ぬぬぅ……」


 ぺけ美の声が聞こえるが、無視した。

 そして、目を瞑って数分経ったろうか。

 不意に、俺の体に何かが掛かる感覚。

 俺は目を開ける。

 すると、視線の先には真っ赤なぺけ美の顔があった。


「っ!? む、向こうむいとれ!!」


 ごろり、と素直に俺はぺけ美に背を向ける。

 そして、背中越しに声が聞こえて来た。


「な、なにかしたら殺すからの? 本気じゃぞ?」


 そんな声を聞きながら、俺は眠りに落ちていった。












「……おはようさん。眠そうだな」

「お、おおお、おはようっ……! 勘違いするでないぞ!? 別にどきどきして眠れなかったとか、そういうわけではないからな!?」

「いや、知らんよ」

「結局こっそり腕枕してもらったとか、背中にぴったりくっついてみたとか、そ、そそ、そんなことはしてないからのっ!? 絶対! 確実に!!」











其の十二 俺とそろそろ――。












「なあ、閻魔。仕事中にあんまりにも呼び出されると、前さんに怒られるんだが」

「……それは申し訳ないと思いますが、少しだけお話させてください。重要なことです」

「なんだね」

「逃げだした、彼女とはどうですか?」

「お見通し、ってやつか。どうもこうも悪くはないと思うが」

「では、貴方は彼女をどうみますか?」

「箱入りで世間知らずだが、それだけだな」

「……そうですか。いえ……、そうでしょうね。彼女は、楽しそうでしたか?」

「ん? ああ、まあな。それなりには」

「そうですか……、ならよかった。貴方を向かわせた甲斐があります」

「なあ、結局、俺になにをさせたいんだ? 何か問題を解決して欲しいってのにも違和感があるんだが」

「……そうですね。本当にどうにかして欲しいなら全てお話したうえでお願いします」

「じゃあ、解決が目的って訳でもない、と」


 閻魔は、沈痛な面持ちで――、肯いた。


「……手向けです。せめてもの」

「……そうかい」


 やっぱり、なにを言っているのか理解できなかった。

 しかし。


「……そろそろ、タイムリミットです」


 終わりの時が近いことだけは、俺にも理解できた。


「……ごめんなさい、薬師さん」
































―――
はい、雲行きが怪しくなってきました。


ちなみに、今回の妲己についての下りは、別に妲己じゃないよ、という確認の意味も込みだったりします。
やっぱり中国で美人と言えばそのあたりかな、と思うので、答えをわかりやすくするため、可能性を一つ潰しただけとなってます。実質はまったく妲己と関係ない所から出てます。
まあ、傾国の美女になり得るという共通点だけから、狐に成り代わられる前の美女がぺけ美だった、という捏造設定になってます。


で、まあ次回の終盤からシリアスまっしぐらです。あと二話でぺけ美編終わります。多分。








返信。


悪鬼羅刹様

藍音が相も変わらずの安定感で最後をかっさらって行きましたね。最近人気投票のトリロジーの分もあって目立ってます。
あと、薬師の横に控えてて一番違和感がないのも藍音さんだと思います。
主戦力からオチ要員まで何でもこなすメイドさんには実に頭が下がりますよ。このまま攻めの態勢でお願いしたい。
ただ、これから先はぺけ美ラッシュですからね、ここから先はぺけ美祭……、始まったらいいなぁ。


SEVEN様

ぺけ美もまた、薬師の勝手な勘違いで、娘ポジション行きです。ぺけ美の明日はどっちだ。
そして、藍音さんとしては薬師が他の女と食事しているのはあまり好ましくは無いけれど、二人きりで買いもの的にはいいぞもっとやれ、という複雑な感情。
もうこうなったら、自発的に料理して一人で食うよう仕向けるしかないですね。絶妙に薬師が冷蔵庫の物をなくすように仕向けたらやり放題です。
あと、薬師が冴えわたっていたら明らかに薄気味悪いです。普段はあれだから薬師なんだと思います。そう、所謂ギャップも……。


黒茶色様

天狗になるには修験道に入ることから始める必要がありますからね。難しいです。
メイドは……、もう見つかるまで探すしか。自然発生は意外とレアなのでもう、あれですね、生涯を掛けて探すしか。
ああ、でもやっぱり不老不死位は必要な気がします。主に寿命は長くないと困ると思う訳です。
と、ここまで書いた辺りでツチノコを思い出しました。そうか……! 浪漫なのか。


光龍様

遂に本編と本編前が逆転しました。そろそろやばい。もう少しで完全にアウトです。全て本編が消えること間違いなし。
そう言えば、スーパーの話題で思い出しましたが、何故かスーパーの試食でそこのおばちゃんにたらふくウィンナー食わされたトラウマがあります。
そして、あれですね。猫はやっぱり離し飼いしてるとあれですね。うちのも近所のボス猫に耳やら足やらかじられて病院に行った記憶があります。
ちなみに、私の飼っていた猫は、尿道結石抱えてたりして、大体七、八歳くらいで逝きました。その内地獄で逢えたらいいなと夢のあることを考えてます。


奇々怪々様

まさかの初撃からのフラグ立て。不意打ちもいい所です。そろそろぺけ美も完全にアウトになってきたようです。
そして、薬師責任取れ。となんど言えばいいのやら。むしろ幾つ責任が存在するのか。無数にあり過ぎて責任に埋もれて窒息するんじゃあるまいか。
あと、薬師はなんとなく料理のレパートリーを増やそうとして止める病気にかかっているようです。挫折と再生を繰り返してまさかの変なイタ飯とかが飛び出すんです。
もう、あれですね。薬師に有効な手立てはスライム漬しかないっ!! あれなら精神的にダメージを与えられるっ。薬師ならナイフ刺されても大丈夫そうですしそれしか。


マリンド・アニム様

もう藍音なら、素で他の女の匂い位は嗅ぎ分けれそうです。まあ、どうせ薬師の行動パターンなんて把握済み。それが藍音さんだと思います。
あと、藍音さんならきっと薬師センサー位付いているんじゃないかなと。既に標準で。気配とか匂いとか、その他諸々で。
まあ、なにはともあれ藍音さんに掛かれば目を瞑っていても薬師の行動を知るのは造作もないことなんだと。
しかし、どうなるかと思いましたが、人気投票、色々と、あれはあれでかなりいい感じに終わったなと思います。私の腕だけはポロリしそうでしたが。


志之司 琳様

さあ、いよいよ本編が無くなってまいりました。もう既に五十行あるかないのか。そんなレベルに達しております。
そして、薬師はいい加減その思わせぶりながら、まったく男女の関係には関連しない物言いをやめるべきだと。これでぺけ美もアウアウです。
まあ、あれです。どんな逆境でもどうせフラグ補強なんだろ、とわかっていながら引きのばす、これが匠の技なんです。
さて、未だ恐山Tシャツの彼女ですが、彼女がそれを脱いだ時……、シリアスは始まる様なそうでもないような。


通りすがり六世様

「あと、少しだけ、少しだけでいいから、何も聞かないでいてくれ……」しかし恐山Tシャツ!! もう駄目だ、なんとかしろ薬師。
全編恐山Tシャツでお送りするのはあまりにあれなんで、多分最後は元に戻ると思います。うん、きっと。
流石に、ね。まあ、例え着てても作中で描写しなければセーフッ!! きっとセーフッ!! 大丈夫です。
そして、ぺけ美の正体は次回でベールが脱げたりなんだりです。とりあえず、ヒントは全部出し切ったので纏めるだけです。


春都様

一応、本編のはずなんですけどね。にゃん子編。そして、今回の閻魔との話は明らかに本編のはずがそうは見えない。
ただし、短いながらにゃん子編はマジでした。なんとなく、朝新聞読んでたら新聞に乗ってくる猫って可愛いなと考えてたら気が付いたら手が、手が……っ。
もう一つの候補がスライム編だったので、右手が暴走して良かったです。色々と危なかった。
そして、相変わらずの藍音さんのいいとこどり。もしかしたら次の次辺りにもかっさらわれるかもしれないと内心びくびくです。


Eddie様

いい加減怨念で薬師の右腕とか爆裂四散しませんかね。むしろ両手が爆裂四散すればいいと思います。
すると、藍音さんが全力介護し、憐子さんが面白おかしくおちょくって、にゃん子が好き放題やるんじゃないかなと。
まあ、最終的に腕にょきにょき生えてきそうですけどね。薬師なら問題ない気がします。ええ、奴はもうどうやったら倒せるのか。
そして、なにはともあれ、次回で大体ネタばらしです。で、次々回バトル。スタンドっぽいあの人とか、大鉄塊とか出てきます。







最後に。

乙女のピンチだろうが、黒服に囲まれようが、しかし、恐山Tシャツッーー!!



[20629] 其の十三 俺と太陽。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e528457e
Date: 2010/09/02 21:56
俺と鬼と賽の河原と。生生世世












 閻魔は、俺に向かって先入観を持たないでいて欲しかった、そのままの自然体で彼女に接して欲しかった、と、あの後言葉にした。

 結局、何だというのだろう。

 彼女はいったい何者なのか。

 俺はなにを望まれているのか。

 結局、わからない。

 ならば――、お望み通り自然体で接してやろうじゃないか。

 そろそろ来るって噂の終わりとやらがやってくるその時まで。それ以降も。


「よぉ、ぺけ美」

「げぇっ、ジョン!?」














「げぇっ、とはご挨拶だな」

「いきなり木に足でぶら下がりながら現れれば誰だって驚くわっ!」

「いい挨拶だと思ったんだが」


 太めの木の枝から、俺は逆立ちするかのように地面に下りて、ぺけ美に向き直る。


「……む、久々にお前さんのドレスを見たな」


 なるほど、これらも含めて何かが起こることはよくわかった。

 いつもと違う。感じるのはそういう空気だ。


「まあ、たまには、の」


 曖昧に、ぺけ美は笑う。


「そーかい」

「の、のう……」

「なんだ?」


 躊躇いがちに呟くぺけ美に俺が聞き返せば、彼女はおずおずと言った。


「変ではないか? 似合って……、おるか?」


 なんでそんなことを聞くのだろうか。

 わからないが、俺は正直な感想を漏らした。


「いつものTシャツの方が似合ってるよ」


 まるで溜息をつくようにぞんざいに。肩を竦めながら言葉にする。

 そんな俺の言葉にぺけ美は、目を丸くして答えた。


「……そ、そうか」

「で、いきなりなんだよ」

「いや……、永らく、着ていなかったかのように感じられての」


 そう言って、遠い目をするぺけ美。

 そういうものなのであろうか。

 まあ、確かに俺の中でも劣化版幸子であった頃のぺけ美の印象は完全に薄れてきている。

 って、待て。

 ふと、そこで気付く。


「何時の間にか軽装になってないか?」


 そういえば、始めてみた時より、スカートも小さく収まっているし一部装飾もなくなっている。


「ああ。切ったりしてみたのじゃ」


 あっけらかんと言うぺけ美。俺は呆気にとられる羽目となった。


「うわ、勿体ねー気がするな、それ」

「そうかの?」

「そうだろ」

「でも、今はお主と歩きやすい方が肝心じゃからの」


 言ってから、ぺけ美は、あ、と表情を変える。


「勘違いするでないぞ? 別に……、妾が歩きにくいだけじゃからの……?」

「わーってるよ」


 仕方がないな、とばかりに俺は肯いた。

 素直になれないお年頃という奴なのか。

 いや、ぺけ美が何歳だか知らないけどな。ただ、地獄に置いて見た目と年齢が比例しないのは周知の事実である。

 閻魔なんかは、見た目は中学せ、げふんげふん、お若く見えるが実年齢はげふんげふん。


「ところでお主、なにしに出て来たんじゃ?」


 そして、不意に問われる。俺は悩んだ。


「む、特に俺に用は無いな。そういえば」


 なんとなく事態が動きそうなことを掴んでやってきた訳だが、別に用事があるって訳でもない。

 正直に特にない、と言ってみると、ぺけ美はにやりと笑った。


「もしかして、妾に会いに来たのかの? んん? 仕方ないのう……」

「ああ、うん、そうだな」


 ああ、その通りだな。その言葉がしっくりくる。確かに会いに来たのだ。

 しかし、なぜだろうか。

 言った当の本人は、慌てて、顔を赤くしていた。


「お、お、お主はなにをいっとるんじゃっ!!」

「いや、だって他になにも用事ないしな」

「お主は……、まったく。誰にでもそんな歯の浮くような台詞を吐いているのかの?」


 ぺけ美は呆れた顔。理不尽だ。


「歯、浮くか?」

「浮くのじゃっ」


 ああ、うん、そうだな。と言っただけなんだが。

 まあ、そんなことはさておいて、ぺけ美はいかにも気を取り直して、とでも言うように咳払いを一つ。


「のう、ジョン」

「なんぞね」

「もし、特に用事がないなら……、特別に、妾の用事に付き合わせてやってもよいぞ? ど、どうじゃ……?」


 不安げに聞いてくるその問い。

 その問いに、俺は少し思案するが、断る理由だけはまったくなかった。


「あー、ご一緒させていただきますとも」


 一瞬にして、ぺけ美の表情が明るく染まる。磨いた銅のような金髪と相まって、とても眩しい。


「あ……、ありがと――、でなくて、そう……、あれじゃ、褒めてつかわす!」

「へいへい、ありがたいお言葉で。で、用事ってなんだよ」

「遊園地にいきたいのじゃ」


 遊園地……、だと……?


「妾を、遊園地に連れて行って」






















「うひゃあ、また来ちまったよ遊園地」

「む、お主遊園地に良く来るのか?」

「そりゃあれだ。遊園地に来て背中刺されたこともある様な猛者だよ」


 そう言えばこの遊園地完全に破壊しちまった記憶があるんだが、いつの間にか元通りだ。

 勝手に不死鳥遊園地と呼ばせてもらおう。


「……遊園地なのにバイオレンスじゃの」

「色々あったんだよ」

「刺されるような色々とは、一体どのような色々なんじゃろうな。痴情のもつれか?」

「ん……、そーさなぁ、遊園地が実は貸し切り状態で、教え子が、テロリストで、気が付いたら、刺されてたなぁ」

「……よくわからんの」

「……今になっては俺もよくわからんよ」


 そして、遊園地から戻るなり問題が発生したこともあったな。

 こうして考えると、俺にとって遊園地は鬼門だ。

 超不吉、来なけりゃよかった。


「にしても、人がいっぱいいるのうっ!」

「楽しそーだな。で、どうするんだ?」


 俺は、楽しげに辺りを見回すぺけ美に問う。

 遊園地に入ってはみたものの、別に入場券以外を買った訳でもない。


「……そうじゃのう」


 ぺけ美も特になにがしたい訳でもないようで、考えるそぶりを見せている。

 俺は素朴な疑問を口にした。


「てか、なにしに来たんだ? なんで遊園地だったのかね」


 ぺけ美は、なんの迷いもなく答えて見せた。


「人が沢山おるじゃろう!」

「え……、まあ、そうだな」


 しかし、この気温でも遊園地に人がいるというのはなんというか。

 根性のある恋人達と、猛者ついた子供たちが多いということだろうか。末恐ろしい。


「うん、満足じゃ」

「早いなおい」


 なにしに来たんだ。人ごみを見に来たとかどんな物好きだ。

 しかし、ぺけ美は楽しげに笑っていた。


「別に、乗り物に乗りたい訳じゃなくてじゃの。この雰囲気を楽しみたいのじゃよ」

「んー、まあ、うん」

「だめか……?」


 遊園地は怖い所だ。油断するとお化け屋敷で首が絞まるし、後ろからナイフで刺されることもある。


「ま、好きにしろよ。仰せのままにって奴だ」


 俺は、遊園地の醍醐味であるジェットコースターをはじめとする、所謂絶叫系というものに興味を感じない。

 ぶっちゃけてしまえば、それ以上の速度で空を飛びまわることがあるならば、その楽しいスリルとやらも半減する。

 自分の意志でなく動くことが肝心だ、と主張する天狗もいるのだが、俺にそこまで繊細な感性は存在していなかった。

 そして、残った遊園地の楽しみと言えば、ゆったりとしたものばかり。恋人達向けだ、といってもいい。一人身の空しさを思い知るのみだ。

 後は精々、鏡張りの部屋、ミラーハウスなどだが、空気の流れで読めてしまう俺としてはあまり楽しくない。

 よって。

 まあ、ベンチにでも座ってまったりとしているのも悪くないだろう。


「だが、ここに突っ立っててもしゃーねーさな。行くぞ」

「あ、じょ、ジョンっ」


 ぺけ美の手を引いて遊園地を歩く。

 目的のブツは、あっさりと見つかったので、そちらへ向かって。


「あー、ソフトクリーム二つ」


 口にして金を渡せば、数十秒と掛からずソフトクリームが差し出された。

 受け取って、ベンチへ向かう。


「ほれ」


 ソフトクリームをぺけ美に渡し、俺は豪快にベンチに座った。

 暑いから疲れる。もう九月だと言うに。暑さ寒さも彼岸まで。正に彼岸まで暑いままだと言うのだろうか。

 暑さに辟易しながら太陽を見上げる俺に、ぺけ美は質問をした。


「む、これは食べ物なのかの?」

「知らねーのか?」

「知らぬ」

「これはそこらの通行人に投げつける……、嘘だ。食い物だ」

「ばらすのが随分と早いのう」

「お前さんならやりかねん」

「妾をなんだとおもっとるんじゃ……」

「お嬢さん。しかもかなりの箱入り」

「むむう、言い返せん」

「ま、とりあえず食っとけ食っとけ」

「そうじゃな……」


 ここまで暑いと溶けるのも早いだろう。

 それなりに早めに食べてしまう必要がある。

 そんなことを考えながら、俺は隣でソフトクリームを舐めようとするぺけ美を眺めた。


「……甘いのう」


 何でもないかに装っているが、その頬は緩んでいる。特に甘いものが嫌いでもないらしい。


「塩辛かったら困る」


 っと、まずいな。

 俺は、視線を自分のソフトクリームに戻し、少々急ぎ気味にそれを食べる。

 もう既に溶け始めてきている。

 しかし、そんな風に急いで食べたからだろうか。隣のぺけ美が、俺の顔をじっと見つめてきていた。


「俺の顔になんか付いてるか?」

「目と鼻と口、その他が付いておるのう」

「それとも、あれか? 俺にソフトクリームは似合わんと。そう仰るか。わかってるから何も言うな」

「いや、そうじゃなくてじゃのう……」


 隣から見上げてくる瞳が、俺の頬を捉えていた。


「また、付いておるぞ。ほら」


 白い指が頬を擦る。ああ、急いで食ってたからな。


「ふふっ、そそっかしいのう?」


 そして、なにを思ったのか、そのクリームをまじまじとぺけ美は見つめて。

 ぺろり、と。

 それを舐めた。


「べ、別に、味は同じなのじゃなっ」

「そりゃーな」


 値段が同じなのに誤差と言えない位味が違ったら詐欺だろ。


「……ただ、ちょっとだけ甘い、かもしれんの……」

「ん?」

「な、何でもないっ!」

























 結局、俺とぺけ美はなにをした訳でもない。

 その辺りを少しぶらついて、ベンチでゆっくりしていただけだ。

 それでもぺけ美は楽しそうだったし、別に俺も悪くないと思う。


「のう、ジョン……、お主は楽しくなかったのではないかの?」


 今更な質問を、夕方になった今聞いてくるぺけ美に、俺は苦笑で返した。


「つまらねーなら、途中で帰ってるよ。ま、こんなのも悪くねーってか、隠居したいね」

「枯れとるのう……。でも、隠居したら、きっとつまらんぞ?」

「そんなもんかね」

「お主も言っておったじゃろう? ちょっとばかり複雑で面倒な位がたのしい、とな?」


 まあ、それもそうだ。


「ま、だったら、面倒なやつでも呼べばいいのさね」


 この調子じゃ、しばらく隠居できる気はしないのだが。

 むしろ閻魔に探し当てられて面倒事を押しつけられかねん。

 それはそれで構わないとは思うが。


「じゃあ、帰るか」

「そう、じゃの」


 寂しげに、ぺけ美は肯いた。

 だが、もうそろそろ辺りも暗くなって来た。

 俺とぺけ美は門へと向かって歩く。

 そして。


「のう、ジョン」


 ふと、門の前でぺけ美が立ち止まった。


「一日妾に付き合わせたのは……、当然とはいえ、褒美をやらねばならんな」

「ん? いや、別にんなもん」


 いらねー。とは言わせてもらえなかった。


「いいからっ、少し向こうむいとれっ!!」


 仕方がないので言われるがまま。


「あと、ついでに、目も瞑ってしまえっ!」


 そして。


「い、いくぞ?」


 なにが来るんだ?

 と、思った瞬間頬に柔らかいものが。

 思わず目を開けると至近にぺけ美の顔。うるんだ瞳が、宝石のようだった。


「っ!! 目を瞑っとれといったじゃろうが!!」


 ばっとぺけ美が俺から離れる。


「あー……、うん? と、ここはとりあえずあれだ。ありがたき幸せとか言っとけば問題ないな」

「……なんでお主は平然としてるんじゃ」

「さあ?」

「妾はこんなに恥ずかしいのにっ……!」


 顔が真っ赤だ。俺は、なんとなくその頬に手を当てた。


「お前さん、あっちいなー。こんなに暑いのに、更にすげーや」


 この瞬間までは確かに。

 なんの変哲もなく。

 ただし――。











 ここからは、違う。













 ぺけ美が暴れて、帰路に着くころには、真っ暗だった。

 まるで、初めて会った時のように、ぺけ美の髪を街灯が照らし、輝かせている。

 特に、言うこともない。

 二人無言。

 そうして、そろそろぺけ美の根城に着くか、という、そんなとき。

 その瞬間に――、

 ここからが、非日常の始まりか。と、なんとなく悟らされることとなった。


「囲まれているな」


 間違いなく、囲まれている。

 果たして、どこの組織の人間だろうか。ヤの付く人か? それともマフィアってやつか。

 ざっ、と砂煙を立てて現れる人影。

 ――鬼だ。


「君は既に包囲されている。大人しく、保護されてくれ」


 地獄運営……、閻魔の言うタイムリミットはこういうことか……!!

 些か予想外。いや……、ある意味わかっていたことか。

 見知らぬ鬼は、俺の前に歩いて出て来た。

 俺は、それと相対する。


「待て。俺はその件に関して納得してないから、抵抗させて貰っていいか?」

「否。それは許容できない。もう限界だ、それは彼女もわかっているだろう?」


 そう言って、鬼はぺけ美を見た。

 ぺけ美は、何かをこらえるように唇をかみしめている。


「じゃあ、説明してもらえるのか?」


 鬼は肯く。

 そして、言った。


「この暑さ。彼女のせいだと言ったら?」


 ……ああ、なるほど。

 ここにきて、憐子さんの言っていたことがわかる。地獄に来て早々風邪はひかない。

 そして、俺はこの暑さを夏の担当の火の神が風邪を引いたからだと思っていた。

 何故だ? 愛沙が言ったからだ。そして、愛沙は運営に繋がる人間だ。ならば、事件の核心を知って、あえて嘘をついたということとなる。

 そして、夏の担当の神が風邪を引いた訳でないのなら、この暑さは異常にして、事件となる。

 その上に、同時期に発生したぺけ美の逃亡。

 ならば、ぺけ美が怪しい。状況的に見ても、だ。

 俺は、鬼に問う。


「一体、こいつは何者なんだ?」


ぺけ美が、息を飲むのが聞こえた。

 鬼は、あっさりと答える。


「魃」


 その一言で――、全て知れた。魃、バツ、ぺけ美。そういうことか。

 魃。中国の女神。しかも旱魃の神だ。

 多大な熱を含み、風雨を退け、父を助けた女神。

 しかし、彼女は力を使いすぎて天へ帰ることができなくなってしまった。

 父に呼ばれ、敵を倒すために下りてきて、その後、天へ帰れず、しかし、彼女は平時においては周囲に旱魃を起こしてしまう。

 故に、幽閉されるのだ。寂しさ故、時折抜けだして、父に会いに来ては旱魃を起こし帰される。

 その人生は寂しさの色に彩られている。


「そして……、この一月の間。我々は只管に被災者の救助を行ってきた」


 そして、鬼は語った。

 被災者。熱中症患者のことか。

 なるほど、ここに至るまでぺけ美が捕まらなかったのは、手加減していたのではなく、そちらへ人員を回していたから。ということなんだな。

 しかし。


「だが、悪化する状況に、我々は総力を挙げて原因を取り除くこととした」


 ああ、閻魔の意向は末端に浸透している訳ではないらしい。それもそうか。

 閻魔が逃げだした災害級の人間の逃走をおおっぴらに支援する訳にはいかない。

 だから、救助に人員を回すことで捜査の手を緩めさせたのか。しかし、運営の救助でどうにかなる状況は通り越した。

 故の大捕物か。

 多分、この一月は閻魔の慈悲。せめて一月、楽しんでほしいと思ったに違いない。

 罪に対して厳しい閻魔だが、この場においてぺけ美がなにを犯した訳でもない。意思に関わらず旱魃が起きるのだ。

 確かに、これ以上は限界なのだろう。愛沙に冷却機を作らせたり、対策はしても、限界がある。

 何故ならば。

 魃とは太陽の化身だ、と言えるからだ。

 中国に太陽神そのものの信仰は無い。そして魃にも、太陽神らしい輝ける伝承は無い。

 しかし、だ。

 その姿は、その性質は、堕ちた太陽そのものではあるまいか。

 地上の太陽。それが彼女だ。それが俺の解釈だ。

 彼女は人を引きつける。だが――、近づきすぎるとそう、この間の犬はぐったりとしていた。

 思うに、彼女には人を活性化させる力がある。非常時であれば、重宝しよう。

 しかしながら、それは与えるものではない。元々人にあるものを使う力だ。

 だから、長期間、近づきすぎると枯れてしまう。平時には必要ない。

 そう、酷く遠い、あの距離が、太陽とは丁度いいのだ。


「で、また幽閉する、と?」

「ああ、他にないだろ?」


 確かに、そうだ。

 だが。


「なら、次会えるとしたら何時だ?」


 結界かなにかが張ってあるのだろう。

 それが自由に出入りできるならいいが。


「早々穴を開けられるものじゃない。良くて数年に一度」


 それは許容できない。

 寂しいと泣いた少女に、その仕打ちは……、許容できない。


「納得できんな」


 ぺけ美を背に、俺は言い放った。

 だが、これが空しい言葉であることもわかっている。

 解決法は他にない。このままぺけ美を出していたら、多分地獄のほとんどの住民が干からびる。

 俺にはどうすることもできない。

 情けないことだ。多少の無理でももっとこの件に関わるべきだったのだろう。多少無理にでも語らせるべきだった。

 それをしなかった結果がこれだ。全て知った頃にはもう、手遅れに近い。

 だが、少しでも時間を稼ごうと俺は口を開こうとし、鬼に遮られた。


「第一、一番近くに、一番長い時間いたあんたが無事なことが奇跡だよ。放っておけば、あんたも危ない」


 その言葉に動揺したのは、俺の背にいる、彼女の方だった。

 見ずにわかるほど、狼狽している。

 駄目だ、このまま帰してもきっと自体は好転しない。


「……ぺけ美、いや、魃か。大丈夫だ、俺は別に――」


 大丈夫だ。そう言おうとした瞬間。

 その瞬間、地面が揺らいだ。

 否。俺が揺れたのか。

 自覚と同時に、膝を突く。

 まさか……、今正に? ずっと一緒にいたツケが出たと?

 なんと空気の読めないことか。

 自覚したせいか? いや、そんなことはどうでもいいはずだ。そんなことより――。

 ぐらついた頭では、思考が纏まらない。

 意識を失えと言わんばかりに、思考が黒く塗りつぶされていく。


「ジョンっ!? ジョンっ!! やだっ!! 死んだらだめっ!! 妾を一人にしないでっ!!」


 子供のような、泣き声が聞こえる。だが、遠い。


「貴方が近くいる限り、彼は良くならない。だから、我々と――」


 なに勝手に話を進めてるんだ……。


「……」

「来てもらえるか? 貴方が、そこにいては――、彼が死ぬ」


 なにを勝手に……。だが、なにも言えやしない。鉛のように体が重かった。

 それから、どれ程の間があったのか。

 不意にまた、声が聞こえた。


「ああ……。妾の存在は、こうも迷惑なのじゃな……。いや――、害悪か」


 諦めたような声が聞こえる。

 ぼんやりと、絶望したように立つぺけ美の姿が見えた。


「もういやじゃ。待ち続けるのも、寂しいのも構わないと思っていた。じゃが……、違った。妾は被害者じゃなかったのじゃな。被害者面で、人を傷つけていただけじゃ。こうして――、受け入れてくれた人まで、殺しかけておる」

「一体……、なにを」

「もういやじゃ。妾は、お主らにもう面倒をかけぬ」


 ぺけ美は呟いた。


「妾は天へと帰る――」


 天へ帰る。

 それは、きっとそのままの意味ではない。魃にとて死が存在するならば、それはそう、太陽へ。


「温かさを知れば――、もうあの冷たい部屋に戻れない」


 ただの現象へ戻ることに他ならない。

 意識もなくたゆたう、そんな存在に成り下がる。


「じょん……、お主に会えなくなるくらいなら。妾がお主を傷つける存在だというのなら。妾は、この思い出を抱えて消える」


 どこかで、少女が寂しいと泣いていた。


「思い出をありがとう。いい土産になった」




















「いい加減に……、動きやがれっ!!」


 不意に、意識が戻る。四肢に力が漲る。

 魃である彼女が離れたせいか。

 果たして、どれ程の時間が経った!?

 確認しようと、辺りを見渡す。

 時計など早々見つからない。

 見つからないのだが、俺は思わず固まった。

 明らかに異質なものが、空に浮いていた。

 そう、それは。

 空に浮かぶのは、白い塊。

 まるで、空中要塞。


「あれが――、魃の力の象徴か――!!」


 鉄の城。

 あそこに、ぺけ美がいる。

 間違いない。そして、あそこから、天へ戻るのだ。

 確信する。

 あれほど大掛かりになるのであれば、まだ時間がある――!


「いけるか――!?」


 俺は即座にその場を飛び立った。

 一瞬にして最高速へ。

 相対するは無数の砲台。

 一瞬にして、周りの動体を察知し、その砲口を俺へと向けた。

 放たれるのは橙色の、炎を凝縮したような非実体弾。

 それが雨あられのように降り注ぐ。

 避けるのは簡単。

 空気の揺らぎの予測をもとに当たらぬよう飛びまわる。

 隙間を縫い、飛び抜けて――。

 しかし。


「近づけない……、か!」


 避けるのは簡単だった。

 しかし、近づくのは違う。

 幾ら予測しても。回避しても、数手先で行き詰る。

 そして離れ、今一度試しても、限界がやってくる。

 弾幕は、弾壁へ。

 近づくほどに困難に。壁は越えられない。

 思った以上に疲労が激しい。

 それに、相性も非常に悪かった。

 相手は風雨を退けた伝承を残す存在だ。五行思想に則っても、相手は火、こちらは木、よろしくない。


「おい、薬師、一度戻れ……! 一旦体勢を立て直すべきだ」


 聞こえて来たのは、聞き慣れた天狗の声だ。

 比叡山、法性坊。今は俺の中にいる、大天狗だ。

 いつも通り冷静に、的確な助言。

 その通りだ。今は大した装備をもっていないのだ。このような機動要塞を超えるには、準備がいる。

 しかし、その声に集中が途切れたその瞬間。


「むうっ!?」


 背中に直撃。

 俺は重力に任せ落下していく。






 あの恨めしい太陽までの距離がやけに、

 ――遠かった。
























――其の十三 俺と太陽。



[20629] 其の十四 掌を太陽に。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e528457e
Date: 2010/09/05 21:17
俺と鬼と賽の河原と。生生世世











 あれから三日程。

 空に現れた巨大な空中要塞は少しずつその高度を上げていっている。

 その様が一望できる河原で、俺は、一人石を積んでいた。

 俺の他に誰もいない。

 当然だ。この状況で普通に仕事など誰がするものか。

 そんな中、俺はただ、ひたすらに石を積んでいた。


「薬師さん」


 そんな中、後ろから不意に砂利を踏む音と、女の声。

 俺は後ろを振り向かずに答えた。


「なんか用か?」


 俺の問いに、女は質問で返した。

 その声には、多少の責める様な色が込められていたと思う。


「貴方は、ここでなにをしているんですか?」

「見てわからねーかな」


 後ろにいるのは、閻魔だ――。


「私には、貴方が迷っているように見えますが」


 閻魔は、そう俺の背に、語りかけた。


「これを招いたのが自分の責任だと思うのであれば、間違いですよ」


 まるで俺を諭すように。


「貴方の責任ではありませんよ。私の見通しの悪さが招いたことです。恋心、というものを計算に入れていませんでしたし、他のことは事故です」

「そーかい」

「ですが、地獄の方で彼女を引きとめることはできません」


 心底つらそうに、閻魔はそう言った。

 ああ、それはわかっている。


「だろーよ。そっちの方が都合がいいはずだ」


 今天にいる彼女は言わばお荷物だ。それが自ら消えると言うのだから、歓迎こそすれ、引きとめる理由は無い。

 例え閻魔の内心がどうあれ、だ。施政者というのはそういう生き物であるし、そういう生き物でなければならない。

 だから、せめてもの償いとばかりに、閻魔は俺に語りかけていた。


「ですが……、先程も言った通り、これは私の招いたことです。だから、押しつけなさい。私に半分背負わせてしまいなさい。それで――、貴方は飛べばいい」


 ……いや違う。

 なにを勘違いしているんだ閻魔は。別に、行くのを躊躇っている訳じゃない。

 俺は、軽薄そうな声で返して見せる。


「迷っちゃいねーよ。行くことに文句はねー」


 そう、問題ない。行くことだけは問題ない。


「なら、どうして――」

「むしろ、誰か俺の代わりに説得してくれんかね」


 それが、問題なのだ。


「ぶっちゃけてしまえば。なにを言えばいいのかわからん訳だよ、あいつに」


 俺に具体的な解決案がある訳じゃない。

 彼女を地に引きずり下ろしたところで、結局幽閉……、いや、封印させる以外の道は無い。

 この間の夜。彼女が俺の中で魃となったあの瞬間。俺は何も言えなかった。それが全てだ。

 なにを話せばいいのか。なにを言えば彼女は思いとどまると言うのか。

 それが定まらなかった。

 はたして、寂しいと涙した彼女に、また耐えろ、とさえずればいいというのだろうか。

 いつもは動けばよかった。敵を倒せば片付いた。

 しかし、今回ばかりは敵がどこにいるのかわからない。

 その事実が、今更になって俺の動きを鈍らせている。


「……そうですか」


 閻魔の声に合わせて、俺はなんとなく立ち上がった。

 八方ふさがりの状況に光を求めるように。

 そんな時、ふと、閻魔は言った。


「では、私と少しお話しましょう」

「時間はもう少しあるな。いいぜ」


 どうせ時間はまだある。何もかも遅すぎたのだ。ならば少しくらいゆっくり話したって問題ない。

 さて、どんなお言葉が聞けるのやら。


「では、こちらを向いてください」


 これから説教が始まるのに、確かに背を向けていては失礼だ。

 俺は、言う通りに振り向いて――。

 その瞬間。

 がっと俺の頬に衝撃が走る。


「ぬうっ……!?」


 ――殴られた。

 しかも拳でだ。

 思わず仰け反るほどの威力があった。

 女性が作るに相応しくない握り拳が俺の頬を的確に捉えていた。

 不意の衝撃に、俺は呆気にとられたまま、突っ立っている。

 閻魔は、凛々しくそこに立っていた。

 そして、良くわからないまま固まっている俺に閻魔は言い放つ。


「以上ですっ!」


 ああ……、なるほど。


「効いた、予想外に――」


 確かに、うん、そうだ。


「お前さんはさっき、押しつけろ、半分背負わせろ、つったな?」


 閻魔は肯く。

 俺はにやりと笑った。


「やらねーよ。誰にもな」



















「行くのかい?」

「ああ」


 次に現れたのは、憐子さん。

 今にして思えば、全て知っていたのだろうか。

 それに関し恨み事を言うつもりもない。ヒントも貰っていた訳だしな。


「私にできることはあるかな?」


 にやにやと聞いてくる。これは既に答えを知っている目だ。

 俺は笑って首を横に振った。


「いーや。そうだな、下で踊ってろよ。馬鹿騒ぎでもしてりゃいい」


 俺の返答は憐子さんの期待通りだったのだろうか。彼女は更に笑みを深める。


「なるほど。じゃあ、下詰がオモイカネで、お前はタヂカラヲという訳か」

「あー、なるほどな」

「だが、踊るのはお前だ。まあ、だけど、大丈夫そうだな、薬師は」


 そりゃ、先程閻魔に喝入れてもらったからな。


「いってらっしゃい」

「行ってくる」

「まってるよ」


 待ってるよ、舞ってるよ? どちらだろう。どちらでもいいか。

 とりあえず往く。

 後のことは、後に考える。






















 成層圏にて、俺は大鉄塊を構えている。


「突入角微調整。右に二十度。上に十三度だ」


 耳元で聞こえる、法性坊の声に従って俺は手元を調整した。

 下詰が突貫で作ったそれの巨大な矛先が、ここからでも見える空中要塞を指している。


『機動力と攻撃力を絶妙なバランスで成立させた鉄塊とは違い、堅さと攻撃力をだけを追求した。名はそうだな。――大鉄塊』


 なんとわかりやすい名だろうか。

 長方形の巨大な黒い鉄の塊。

 下詰神聖店に依頼して、突貫でつくらせた今回の切り札。

 鉄塊が人一人分ほどだったのに対し、大鉄塊は十を超えようか。

 とかく巨大。そしてもう一つ。

 鉄塊は正に鉄塊であり、鉄塊に申し訳程度に柄があるだけであったが、これには人一人を包み込めるほどの流線型の装甲が重なり合った鍔が付いている。


『陸戦はともかく、これの使用により、空戦能力は六十パーセント程ダウンする。気をつけろ』


 確かに、大きく、重い。

 小回りは効かないだろう。


「もう少し右だ。よし、それでいい」


 結局の所。

 つまるところ――、俺が選んだのは、力技による強行突破だ。


「綿密に計算された突入角。突貫ながら最高品質の道具。元大天狗による管制。これだけ揃えてやることは……」


 突撃、玉砕、勝利。

 これ以上に簡単な図式があろうか。

 後は――。


「――一か罰かの出たとこ勝負ッ!!」


 ぶち込むだけだ――。


「命も賭けりゃ、意地も張るっ! 風の吹くまま気の向くまま! 行きつく先は俺にもわからんっ!!」

「大鉄塊動作確認。オールグリーン。突入角問題無し。出力安定。いけるぞっ!」


 どれだけ重かろうが今だけは関係ない。

 まるで天に尾を引く流星が如くに――、墜ちるだけでいい!


「行くぞ、準備はいいか? できてないと言ってももう遅いがな――!!」


 一筋の流星が、昼の空を駆け抜けた。























「自然還元まで、後半日、か……、長いのう」


 機動要塞、ソレイユの中で一人呟く。

 誰もいない、真っ白な部屋であった。

 消える、と、息巻いてみたものの、即座にどうにかなるものではない。

 妾が消えるということは、このソレイユも丸ごと消え去るということ。

 これほどの建造物が跡形もなく消滅するようなこと、簡単にいくはずもない。


「ああ……、暇なのはいかんの」


 外の様子を写すモニタを見る瞳が、勝手にとある人を探す。

 いや、繕っても仕方がない。彼だ。

 妾の瞳は、勝手に彼を探している。

 見つかるはずもない。しかし、一目見たいと思っている。


「未練がましい。我ながら、女々しいのう」


 どうせ見てしまえば、更に未練がましくなってしまう。

 わかっていたが、しかし止められない。


「一番から十番モニタ、カット」


 瞳を止められないなら、映像を止めてしまおう。

 手始めに、三十あるモニタの十番までを切る。浮かび上がるようにうつっていた景色が、色をなくす。


「十一番から二十番モニタ、カット」


 更に三分の一の景色が消えた。

 そして、最後のモニタを切ろうとして――。


「二十一から三十番までのモニタを――」


 言葉は続かなかった。

 そのモニタは、上空を見るモニタであって、空の青以外を移すはずのないモニタであった。


「あ……、ああ……」


 だが。

 わめきたてるサイレンも、敵の接近を知らせようとするモニタの文字も気にならない。


「お主はっ……、どうして――」


 モニタの向こうの彼は無言。

 しかし。





『俺がどこにいようが俺の勝手だろーに』




 その様は、そう言っているように聞こえた。













◆◆◆◆◆◆















「敵の砲台の作動を確認。敵射程圏内まで後二十秒」


 法性坊の、冷たい声が響く。

 俺は今一度、大鉄塊の柄を強く握りしめた。


「そろそろ、来るぞ。いいな?」


 法性坊の問いに俺は言葉で答えない。

 ただ、にやりと笑って答えとする。

 姿の見えない法性坊がふっと笑った気がした。


「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……、来るぞっ!!」


 果たしてあの太陽までの距離はいかほどか。

 米粒ほどとまではいかずとも、その大きさは俺の拳に満たない。

 そんな白い要塞の元で、橙色の光が煌めいた。

 来る。

 そう分かって、俺は一気に速度を上げる。


「こっからは……、根競べといくとしようか!!」


 瞬間、大鉄塊の鍔に着弾。手元に衝撃が伝わる。

 しかし、速度は緩めない。


『この三日で、使えるだけの防御策は仕込んだ。七重装甲を筆頭に、それら装甲の一つ一つに物理結界が仕込んである』


 敵の攻撃は一度ではない。


「まるでハリネズミだなっ!」


 無数の光が。太陽の弾丸が、ひたすらに迫ってくる。

 俺の耳に法性坊の声が響いた。


「着弾確認っ、第一結界起動! 更に着弾、結界に損傷あり、第二結界第三結界多重起動っ!」


 薄緑色の光の壁が、大鉄塊の前面に張られていく。

 三重であることが、防弾性を高め、第一が貫通しても第二、第二が貫通しても第三、と弾丸を凌いでいく。

 一足飛びに、あの白い太陽までの距離が縮む。

 俺は砲弾のように飛び続けた。


「着弾、第一結界七十%損傷っ、第四結界、第五結界まで起動!」


 如何に下詰と言えども、相手は太陽神とも言える何かであり、こちらは突貫で作った品。

 果断なき弾丸によって、結界はがりがりと削られていく。

 そんな中、法性坊が切羽詰まった声を上げた。


「巨大エネルギー確認っ、避けろっ!!」


 その瞬間、要塞が大きく煌めく。


「ぬうっ!!」

「全結界起動っ、出力最大っ!!」


 俺は戦闘機のロールさながらに横に回転しながら大きく動き、法性坊が一息に全ての結界を起動させる。

 極太の光が駆け抜けて言ったのは、そのすぐ後であった。


「こんなもんまで積んであんのかっ」

「掠ったおかげで全結界の三十パーセントが損傷した。そろそろ結界も限界だぞ」

「だったら尻尾巻いて逃げるか?」

「減らず口を」


 まだ、速度を上げる。

 攻撃は激しくなっていく。


「結界五十パーセントが損傷っ」


 既に結界も穴だらけ。

 もう用を成していない。

 法性坊が叫んだ。


「結界を自壊! 魔力素子として散布っ!!」


 残った結界が、硝子のように砕け散る。

 それらが最後の防壁となり、数秒の間、相手の弾丸を霧散させた。


「さあ、ここからが本番だっ、行くぞ薬師!」

「おうっ!」


 もう結界は無い。

 後は、装甲に頼るのみ。


「ぐぎぎぎぎぎぎっ!」


 手に伝わる振動も直接的になって激しくなる。


「一番装甲の一部が脱落! 敵弾二番装甲に貫通!!」


 次々に、装甲が穿たれ力を失い地へ落ちていく。

 だが――。


「見えたッ! あそこが――!!」


 鉄の口が噛み合って、堅く閉ざされた入口。

 あの向こうに、彼女はいる――!


「自立兵器接近っ! やれ、薬師!!」

「おうともさっ!!」


 宙を浮いて、迫る球体。

 それに向かって俺は大鉄塊を振り抜いた。

 砕ける球体。俺は更に加速。


「今……、今週の標語を思いついた」


 不意に、法性坊が呟く。


「奇遇だな、俺もだ」


 俺は笑い返し、そして声が重なった。


「「気をつけろ、天狗は急に止まれないっ!!」」


 次々と失われていく装甲も、手に伝わる振動も、知ったことではない。


「目標まであと五百メートル!」


 あの入口に向かって、着弾するのみ。


「四百」


 もう太陽は遠くない。


「三百」


 寂しいと泣いた少女はすぐそこにいる。


「二百」


 既に彼女は目前――!


「百っ!!」


 瞬間、再びあの巨砲が光を帯びる。

 だが、知ったことではなかった。

 ああもう、構うものかもう――!!


「全装甲フルパージ!! 大鉄塊、ロック解除、ブレード解放!!」


 法性坊の声が響く。

 瞬間、全ての装甲が宙を舞う。それらが、砲弾を防いでは弾かれていく。

 そして、更に。

 大鉄塊のボルトが、弾けるように外れる。

 分解。

 大鉄塊もまた、その姿を変えた――。

 言うなれば大鉄塊は鞘。

 ならば現れるのは、巨大な、

 柄と刃のみの野太刀――!!


「いくぜぇえええええ!!」


 速度が上がる。

 全ての重量を排除した今、本来の機動力を取り戻し、速度は何倍にも跳ね上がる。

 直角を超える様な鋭い角度で何度も旋回し、全ての弾丸を回避。

 巨砲もまた――、


「遅いっ、遅すぎる!!」


 俺に追いつけやしない。

 そして。

 俺は刃を振りかぶる。

 そして、刃が煌めいた――!






「――安心しろ。峰打ちだ」






 要塞に着弾した俺の後ろ、扉は真っ二つとなり、刀は折れて地面に突き刺さった。






















「……ああ」


 止められない。

 ソレイユの迎撃装置は妾が全て管理している訳ではない。

 全て自動。故に、手心を加えられた訳では、ない。

 なのに。

 なのにあやつは落ちなかった。

 あまつさえ、辿り着いて見せた。

 ふと、何かを感じて、妾は後ろを向く。


「よお」


 聞こえて来たのはいつもの、軽薄な声だった。
















◆◆◆◆◆◆














「か、帰れっ!!」

「第一声がそれか」

「帰れと言っておるんじゃ!!」

「何故」


 特に、入ってからの防御機構は無かった。

 それ故に、ここに辿り着くのも難しくは無く。

 広大で荘厳な神殿の如き部屋の奥に、彼女は立っていた。

 白いドレスを纏い、女神のように、もしくは、救いを求める子羊のように。


「妾は、魃で、お主を危険に晒す……」


 悲しげに呟かれた言葉。

 確かに事実だ。

 如何に大天狗と言えども、一月も影響に晒されては無事では済まないらしい。

 だが。


「そんな話は一昨日しやがれ」


 もう知ったことではない。


「わ、妾は今真面目に――!」

「遅い。遅すぎるぜ。もう来た、ここにいるんだ」


 だから一昨日しやがれってんだ。


「どこにいようが俺の勝手だ。太陽に近づいて、焼かれて落ちようと、俺の勝手だ」


 びしり、と俺は彼女を指さした。


「だから、お前さんの指図は受けない。お前さんの話は聞かない。お前さんの意見は無視する。説得もしない」

「じゃあ、どうするというのじゃ」

「わかりやすく、攫って行こう」


 自信満々に、胸を張って俺は言う。

 対し、彼女は無理をするように俺をあざ笑った。


「無理じゃよ」


 それとも、諦めの自嘲か。


「なにゆえ」

「お主が一歩でも踏み出せば、無数の弾丸がお主を襲う。流石に全てはよけきれまいよ」

「へえそうかい」


 俺はあっさりと足を踏み出した。

 彼女は、驚いた顔をを見せる。

 してやったり、と俺は笑った。


「お、お主!! 妾では止められんのじゃぞ!?」

「知らんよ」


 最終防衛機構が、その容貌をあらわにする。

 無数の砲口。

 確かに、そうだな。

 どんなふうに動いても、最後の一発は貰う。

 そういう計算で相手は動いている。

 そして、最後の一発が当たれば動きは鈍り、後はこんがりとした俺が出来上がる訳だ。

 それでも、と俺は弾丸を避ける。

 紙一重で避けに避けて、前へ歩み続ける。


「も、う……、やめるのじゃ」


 次第に視線の先の彼女の瞳がうるんでいく。


「もう、やめて……」


 お前さんの意見は聞かないと言った。

 だから進む。

 勢いに任せ、避けて、避けて、避けに避け。

 そして。

 最後の一発。

 そいつを俺は――。


「こいつが守ってくれたのか、という展開を希望するっ!」


 ――大鉄塊の折れた切っ先で受け止めた。

 刃は切るためのもので、攻撃を受け止めるものではない。

 折れた切っ先は、更に折れて短くなった。

 しかし、十分だった。


「あ……」


 歩みを進める。

 数段の階段を上り、俺は彼女と同じ位置に立った。

 もう、太陽までの距離は遠くない。すぐそこだ、彼女は手の届く位置にいる。


「……お主は」


 驚愕したように、安心したように、崩れ落ちそうになる彼女を俺は抱きとめた。


「ああ……」


 ぽろぽろと、その瞳から雫が落ちる。


「お主は……、馬鹿じゃ。……大馬鹿じゃ」


 俺は、なにも言わなかった。

 結局、説得の言葉なんて考えて来なかったのだ。

 だから、無言で俺は彼女を抱きしめたまま持ち上げる。

 帰ろう。俺は思う訳だ。お前さんにそのドレスは似合わないと。


「あっ! え!? な、なにをするのじゃ」


 流石に彼女に砲撃をする気はないらしい。

 さしたる抵抗もなく、俺は帰ろうと歩みを進めた。


「こ、こら、下ろすのじゃ! 妾は歩けるから!!」


 言ったはずなんだがなぁ、お前さんの意見は聞かないって。
















 人の話を聞かない男の体温は。

 実に温かかった。
















 帰りの砲撃もない。逃げるだけならどうにかなるか、と思っていたが、結局抵抗は皆無だった。


「お主は、大馬鹿者じゃっ!」

「あんまり褒めるな。照れる」

「褒めとらんっ!!」

「褒め言葉だよ」


 結果として、俺と彼女は、無事に河原へと降り立ち、ここにいる。


「ふむ、これで一件落着、いや、これからか」


 そうだ。これは振り出しに戻ったに過ぎない。これからどうするかが問題だな。まあ、なんとかするさ。


「まあいいや、とりあえず、あれ、戻してくれないか?」


 気を取り直すように言って、俺は空に浮かぶ白いそれを指さした。

 彼女は、ぽかんとした顔を浮かべる。


「へ?」

「いや、あれだよ。もういらんだろ?」


 流石に空中要塞は必要ない、と思ったのだが――。


「いや……、その、言いにくいんじゃが……」

「言ってみろ」

「どうやって戻すんだと思う?」


 彼女は、衝撃の事実を語る。

 彼女は呼び出した要塞の戻し方を、知らない。

 そして、俺の方こそ、


「……知らねー」


 え、ってことはあれですか。これからあれは地獄名物超機動要塞として名をはせる羽目になるんですか。

 不思議と、あれの下には影ができないから日照権とかの問題にはならなさそうなのが救いである。


「……どうする?」


 彼女の問いに、俺はこめかみに脂汗を垂らしながら呟いた。


「見なかったことにする……、というのはどうだ?」

「無理じゃろ」

「じゃあ、現実を見ないというのは?」

「無理じゃろ」


 二人、ぼんやりと立ちつくす。

 どうしようもねー……。もしかして、これ、俺解体作業か?

 果てしなくめんどくさいんだけど。運営に任せていいか?

 遠い目をして、ひたすらに、立ちつくす。

 果たしてどれくらいそうしていただろうか。

 ふと、俺と彼女以外の声。


「そこのお二人さんに朗報だ、と販促に熱心な店主こと俺が登場させていただこう」

「うお、下詰じゃないか」


 ツンツン気味の黒い短髪に白いTシャツ。

 どこぞの学校が指定していそうな制服じみたズボンの、大鉄塊を作った男、下詰春彦が後ろからやってきた。


「ほら、これだ。お勧め商品」


 そう言って奴が言って差し出して来たのは、何らかの物体の柄。

 柄の先は、何故か次元でも歪んでいるのかというくらい空気が歪んでいて、確認することはできない。


「そいつでぶった切るといいんじゃないかと、提案するわけだよ」


 そう言って、差し出してくる柄を、一応と俺は受け取った。

 下詰はそれを見て続ける。


「ちなみに、振る時はそちらのお嬢さんと一緒がお勧め、と言っておこう。お前さんの木気が吸収され、そして、お嬢さんの活性化がお前に与えられる。永久機関の完成だな」


 その永久機関は俺が死んで終わると思うんだが。

 言う前に、下詰は去っていった。なにしに来たんだ。あいつは。

 結局。

 残されたのは、剣の柄らしきものと、隣に佇む彼女のみ。

 そんな彼女が、柄を握る俺の手に、その白い手を重ねた。


「別に無理せんでいいぞ?」


 言った俺に、彼女は首を横に振る。


「いや、妾もやる。決着位、妾にも付けさせてほしい」


 俺は、投げやりに笑って肯いた。


「じゃあ、やるか」


 彼女も笑い返してくれた。


「そうじゃの」


 柄を握った手に力を込める。

 そして、それを上へ振り上げた瞬間、それは姿を現した。


「下詰……、なんちゅうもんを……」


 そこにあるのは、上空に存在する巨大な要塞すら簡単に両断するであろう、巨大な剣だ。

 これで、ぶった切れと。

 仕方がない、と苦笑気味に溜息を吐く。

 重くはない。力は、漲っている。隣の彼女が、肯いた。


「それじゃ、やろう」

「――うん」















 一刀両断、崩れ落ちる要塞を背に、俺は呟いた。


「そうだ。お前さん、次は絶対に出てくるんじゃないぞ?」

「……どういう意味じゃ?」


 ゆっくりと、彼女と向き合う。

 彼女の瞳を見つめるのは、随分久しぶりな気がした。

 そして、そんな不安に揺れる瞳に、俺は真っ直ぐに口にする――。



「次は迎えに行ってやる。だから待ってろ――」



 彼女は――、笑って肯いた。




「――うん、まってる」


















其の十四 掌を太陽に。

















 全てが終わり、二日ほど、時間が経った。

 あの後、要塞の後始末が大変だった、と閻魔にしこたま怒られたが、それ以外は概ね平和だ。

 視線の向こうには、太陽を彷彿とさせる、山吹色の季節外れの桜が、未だに咲いていた。

 もしかすると、これが咲いたのは彼女のせいなのかもしれない。

 そして、だとすれば、そろそろ桜もその花を失うのだろう。

 縁側で俺はぽつりと呟いた。


「涼しくなったな」


 その言葉が、彼女が封印されているという事実を実感させる。

 やることは、少なくない。色々と、するべきことはあるだろう。

 だが、ちょっとばかし疲労が激しい。もうすこし休んだって罰は当たるまい、と俺はぼんやりと桜を眺める。


「すっかり秋だな」


 誰にでもなく呟いた言葉。

 虚空に呟き、虚空に消えるべき言葉。

 空気に消えるはずのその言葉に、


「そうじゃの」


 返事があった。

 太陽のような桜の木の隣。

 自然な動作で、彼女はここに現れた。


「あー……、なんでいるのか聞いていいか?」


 彼女がいるのにこの涼しさはおかしい。

 おかしいのだが、幻覚でもなく、彼女は俺の前にいる。

 彼女はにやりと笑った。


「お主、ソレイユを割ったじゃろう?」


 それいゆ、ああ、要塞のことか。

 確かに割った。


「あれは妾の力の象徴じゃが――」


 ああ、もしかして。


「あれが破壊された今、再生が終わるまで、妾の力は百分の一以下じゃ。ぶっちゃけると、乾燥機並みじゃの」


 太陽から乾燥機へ。どれだけ格が落ちてんだか。


「そんな簡単なお話か……」

「そんな簡単なお話だの。妾も吃驚じゃ」


 こっちは拍子抜けだよ。

 肩に入っていた力も抜けるというものだ。

 俺は、思わず投げやりに呟いた。


「ずっと思ってたんだがさ」

「なんじゃ?」


 ああ。ここ最近、ずっと思っていたのだ。

 そのドレス。その白いドレスはやはり。


「やっぱり、お前さん、そのドレスより、Tシャツの方が似合ってるよ――」


 似合ってない。

 失礼じゃの、と怒ったように彼女は呟いた。


「でも、そうか……。そうか――」


 だが、満更でもなさそうだった。

 俺は、なんとなく立ち上がる。

 そして、桜の下にいる彼女の前へ。

 とりあえず。

 なにはともあれ、だ。


「俺の名前は如意ヶ嶽薬師。河原で石を積んでるよ」


 自己紹介から始めよう――。






「妾の名前は魃、今は、お主だけの太陽じゃ――」
































―――


ぺけ美編完結。
一月近くかかった気がしますが、なにはともあれ、終わりです。
とりあえず今回のことで、自分のやりたかったことは詰め込んだのでまずは満足です。
趣味の方向にまっしぐらでした。
これから先は平常運航。ぺけ美もアバンという非日常から、本編という日常に戻ったようですし、
ぺけ美も交えて、まんじりともしない日常が再開です。

にしても、急にうちの地方が涼しくなってまいりました。なんかこう、本編とのシンクロぶりが少し面白いです。







大鉄塊について。

巨大な鉄塊。
鉄塊が攻撃力と機動力を絶妙なバランスで両立させる品だったのに対し、こちらは攻撃力防御力のみを追求した品となっている。
その為、如何に薬師であっても、通常状態では機動力を大きく奪われることとなる。
しかし、七重装甲と、それに付随する結界は、相手が相手だったためわかりにくいが、太陽の化身の攻撃を受け止めたことを考えれば、異常な強度を誇る。
これ一つで、単騎にして小型の要塞となり得る珠玉の一品。
尚、七重結界は、第七から強度が強く、第一の強度は第七の半分ほど。あえて結界を貫通させることにより威力を弱め、第七で確実に受け止める狙いがある。
更に、最後の切り札として、内部に柄と直結した刃が入っている。尚、柄と刃がそのまま繋がっているため、一応毛抜き型太刀に分類される。
これは、鉄塊部分と鍔部分を捨て、強度の代わりに速度を取り戻すことのできる最後の切り札。

刃の部分はミスリル製で、その上にアダマンタイトを被せる形で鍛造された、名刀であるが――、


薬師にかかれば真っ二つである。

ちなみにイメージは高機動型ブラックサレナ。


ちなみにデザインはこんなのを妄想してます。絵心に関してはノーコメントで。もういっそ私の代わりに誰か描いてください。

http://anihuta.hanamizake.com/daitekkai.html











あと、余談ですが、ぺけ美の正体について。





中国の旱魃の女神です。概ね、本編中にあるとおり。
黄帝の娘で、内側に多大な熱を秘めている。
黄帝が敵を倒す際に、その敵が風雨によって行軍を妨げていたのだが、黄帝は魃を呼んで、その相手をさせた。
見事雨師と風伯の風と雨を退け、黄帝は戦いに勝利を収める。

しかし、天に帰ることのできなくなった彼女は、彼女のいる場所に旱魃を起こしてしまう存在となり、赤水河の北方の係昆山へ幽閉される。




ここから拡大解釈の独自設定。

旱魃を引き起こすほどの熱を保持した存在であるからして、太陽の神格である。
娘とされているが、どちらかと言えば、黄帝が太陽の一部を抜き取って製作した、意思を持つ現象に近く、それ故に自分で旱魃を止めることは不可。
一定の距離を保っていれば、ものに熱を与え、活性化させることができるが、地上にいる限りは力の源泉を過剰な熱で干からびさせてしまうこととなる。正に地上の太陽。
存在の眩しさ故にめったら人を引きつける。

本人には戦闘力は無く、ある程度の制御ユニットとしての価値しかない。しかし停止は不可。

本気になると超時空要塞が飛び出す。







薬師と要塞の戦闘について。

前回あっさり薬師が堕ちる羽目になりましたが、相性とか五行思想とかどういうこと、ということで。
ちなみに興味がなければがんがん読み飛ばしましょう。ただの補足です。詳しいことが知りたければ多分検索かければもっと丁寧に教えてくれます。

    木

 水     火


  金   土


全部説明すると色々あんまりなんで凄いかいつまんで説明しますが、
こんな風に属性を並べてみて強いとか、生み出すとかそう言ったお話をするのが五行思想です。
それで、これを一筆書きで星に結んだ時が、相剋にある関係。打ち滅ぼす関係といいますか、ぶっちゃけ弱点の関係です。まあ、水は火を消します、とか、金属の斧などは木を傷つけたりします、とかいうお話。
で、時計回りに属性を見て行くのが相生の関係です。水が木を育てるとかそんな感じです。あと、木があるとよく火が燃えるとか。

で、なんで薬師とぺけ美の相性が悪いの、って言われると、薬師は木気で、当然ぺけ美は火気に属します。
それに当たって、木生火が発生、まあ、ゲームのように言えば、木属性吸収が発動する訳です。



 結果。

薬師はよく燃える。








返信。

奇々怪々様

薬師にとって遊園地は鬼門です。厄介事の象徴と言えなくもないんじゃないかと思います。遊園地としてはいい迷惑ですが。
そして、ペで始まりケが付いている名前ってそういう関係で早々いないですよね。自分アマゾーンなペンテシレアさんしか思い浮かびません。ケついてないし。
ちなみに、薬師がダメージらしいダメージを負ったのは初めてっぽいです。普段は撃たれようが刺されようがケロっとしてますからね。まあ、属性の問題もありますから。
あと、スライムは光属性と闇属性ですよ。光と闇が合わさり最強な人です。しかし、実際はどう考えても混沌。


リーク様

シリアスやってると、唐突にぶち壊しにしたい衝動に駆られます。病気ですかそうですか。
でも、ちょっと書いてて思ったんですよね、わかりにくいかなーっと。
そう思いまして、よし、ならばわかりやすい結論を、と、思った結果、薬師=薪であるという新発想が。
どうせ薬師が燃やすのは各員の嫉妬の炎とか、女の子の恋心とかな辺りがなんとも言えないところですが。


志之司 琳様

多分一級が存在するなら、ヒントが少ないんじゃないですかね。更にマイナーで攻めてきたり。
しかし、これにてフラグ建設完了です、こけら落としです。とりあえず要塞ごとぶった切っては見ました。大鉄塊はフルアーマー薬師でしたが。
まあ、今回の件に関しては非常に薬師との相性が悪かった感はあります。薬師による陣張りで能力強化は、風雨を呼ぶタイプですから、確実にぺけ美に無効化されますし。壊すだけなら問題ないかもしれませんが、中にぺけ美がいることも関係してます。
でも、結局力技で解決されましたけどね。もう少し位燃えてしまえばいいのに。火だるまのまま特攻案もありましたが。
ちなみに、学園もの、というかシャウトデザインワークスの學園物は九龍妖魔しかやってないです。とりあえず銃で股間を狙ってしまうゲームでした。魔人も気になってはいるんですけどね、中々出会えません。


光龍様

なんだか夏が暑かったので魃にしました。何個か案はあったんですが、暑かったので魃です。
しかし、ぺけ美と言う名前はかなりギリギリかな、と思ってたんですが、そこから即座に、ってことも無かったんでほっとしたりしたことも。
後、もう少し長いスパンでやろうかなとかも思ってましたが、これはこれで熱いままけりが付いたんで幸いです。
そして、生存フラグどころか、封印すらされなかったぺけ美の頑張りに期待したい所ですね。


SEVEN様

次遊園地に来た時は、観覧車で圧殺です。と今なんとなく決めました。よし、それで行こう。
そして、薬師が燃えるのはともかくとし、異性を引火させたり、同性の嫉妬心に引火させたりと、被害が甚大すぎると思います。
とりあえず干からびてしまえ、と。ぺけ美に全部吸い取られてしまえばいいんじゃないかと思います。
ちなみにTシャツは絵的な問題も含めて、似合う似合わないの論議をするための衣装チェンジです。まあ、でもどう考えても絵的な部分が大きいです。


悪鬼羅刹様

燃えるんです。薬師は。ベスター並みに燃えるんです。バーベキューや焼き肉の際に便利です。
まあ、風も起こしてくれますから、バーベキューなんかの、炭で焼く系列には便利ですね、薬師は。なので燃やしましょう。
問題は二次被害が大きすぎることでしょうか。色々な問題が発生しそうです。
ただ、嫉妬心と羨望が具現化するならば、確実に煉獄の炎に焼かれてるものだと思っております。


通りすがり六世様

北風と太陽、と言ってもあんな勝負して遊んでる位ですし、仲良さそうですけどね。意外と。
ちなみに、中国で太陽への信仰がない、というより太陽神がいないって感じですね。陰陽とか道教とかの影響だって聞いたことはありますが。
しかし、中国の神様は、それ自体がマイナーですからね。あんまり触れ合う機会もないです。北欧やギリシャに比べればやっぱり地味です。
そして、今回は、避けれないなら防げばいいじゃない。そんな一言に尽きます。ただの強行突破ですが。


春都様

魃は早々ゲームとかにも出てきませんからね。あと、中国は封神演義とか、西遊記とか神話とかじゃないけど三国志なんかの影響が強いですから。
ぶっちゃけると地味なんです。早々黄帝とか、神農とか出てきませんよね。精々とあるゲームにシユウ先生としてやってきてた位ですか。
そして、薬師が落ちた(本編中)初めての相手、ぺけ美――。彼女はどうやって薬師に攻めていくのだろうか。
薬師のハートも撃ち落とせれば少しは平和になるんですけどね。あっちは薬師の方が無敵要塞ですか、と。





前回分の返信。


奇々怪々様

高青年。色々高いんですねわかります。主に年齢な気もしないでもないですが。
さて、リチャードの次は一体誰がやってくるんでしょうね。ジョン・ドゥとかそういう類のお話になっていくのでしょうか。
あと、どう考えても薬師のハートは強化ガラス三枚張りの硬質具合。もしくは定価二千円くらいで買い替えが利くとか。
まあ、なにはともあれ、次回、なんだかんだと厄介事も終結です。まさか機動要塞と戦う羽目になるとは私も予想していませんでしたが。


光龍様

大丈夫、私にも多分突っ込みきれません。明らか確実に、まず間違いなく不可能と言えます。
そして、先日もうちの周りは三十度越えしてました。完全に死ねる領域です。扇風機が切れません。あと、家電量販店から扇風機が姿を消しました。
薬師がぺけ美をどうにかしないからいけないのかなー、と思い始めて来た今日この頃です。
尚、貰う身としては、どんなコメントでも嬉しいです。むしろ、明日早いのに残してくださる事が十分喜ばしいことなのでお気になさらず。


長良様

すいません。ただの誤字です。でも、やっちゃいけないミスでした。訂正しておきました。
そして、よくかんがえてみると、今回の本編中まったくもって、薬師というワードが出ていません。
前回辺りまではギリギリ出てきていたのに、まったく主人公の本名が出ていません大丈夫なのか薬師。
ともあれ、誤字報告感謝です。ぺけ美編の方ももう少しお付き合いください。


華咲夜姫

ぺけ美は厄というよりは熱気を振りまいていますが、現状を考え見るにどう考えても厄です。
今の日本の状況を見るに、色々と暑さってやばいんだなと思うこととなりました。熱中症とかやばいです。
あと、農家の人にはきっと厄いっぱいです。全然作物が育ちません。しかしながら、家電業界はフィーバー状態。
清涼飲料系も。まあ、どんなことも厄があったり得があったりというお話……、ではありませんでした。はい。


志之司 琳様

匠、如意ヶ嶽薬師は最後の大仕事に入るようです。むしろある意味フラグ立てたからこうなった気もしますけれど。そして、今回既に本編がない事態に。
にしても、ぺけ美の正体がこうもあっさりばれてしまうとは。流石です。これは二級くらい余裕ですねわかります。こう、言う前にわかってもらえるのはなんだか嬉しいお話でした。
ちなみに、ぺけ美はデレ期に入ると口調が崩れがちになるというか、安定しなくなるようです。そろそろ薬師は萌え死ねと。いっそ焼け死ね。
それと、ガン=カタの下りに関しては、鉄塊振りまわしてたメイドに、正気の沙汰じゃなくなったことのある師匠、メンヘラ義経その他と付き合いがあるので麻痺しても仕方ないです。


通りすがり六世様

恐山Tシャツは、思ったより重要な位置にいるのかもしれません。……いや、気のせいか。気のせいでしょう。気のせいです。
さあ、閻魔を餌付けの下りでひやっとしましたが、次回、閻魔も登場して、クライマックス行きと相成ります。
要塞を攻略するにあたって、通常の装備じゃ辛いので、大鉄塊とか登場して色々やらかします。
まあ、なにはともあれ、「恋の病」の感染源の薬師は駆除されればいいんじゃないかと思ったり思わなかったり。


SEVEN様

薬師じゃなければ、ぺけ美は三度襲われているーーッ!! ただ、どう考えても薬師が変態的に変態なだけです。エロくない方向に変態って新ジャンル。
そして、地獄にいる人間の大半は馬鹿。それは間違いないです。閻魔セーラーを全肯定する人間たちですから。しかし、馬鹿は夏風邪を引くんです。
さて、既に正気じゃない薬師ですが、次回、さらに正気じゃない方向で要塞を攻略します。既にロボット物の領域に踏み込みます。
あと法性坊も大暴れ。主に台詞で。全部のケリが付いてから、やっと本編ですよ。きっと。


黒茶色様

確かに……、メイドなら実在する――!! なるほど、確かに探せば見つかる可能性は……、ある。
しかし、巨乳を求めるとこの国では難しいのかもしれない。あと倫理とか。それは事実。
でも、だが。少し考えてみて欲しいのです。巨乳のメイド探すんじゃない、メイドを巨乳に育て上げればいいんだと。
つまり、我々に求められているのは入選マッサージ師としての腕です。間違いない。















最後に。

最後の斬撃は明らかにケーキ入刀(白い要塞とぺけ美のドレス的に考えて)。



[20629] 其の十五 俺も周りも落ち着いて。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:166bb11f
Date: 2010/09/09 22:14
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








「やあ、薬師、最近忙しそうだね」

「んー? いきなりなんだ」


 家のソファに転がりながら、とある本に目を通していると、ソファの背から憐子さんが顔を出した。

 そして、俺の呼んでいる本を見るなり呟く。


「結界術の本、か」

「ああ、下詰から――」

「買って来たのかい?」

「借りて来たんだ」


 猿でも理解できる、高等結界術式。

 下詰から借りて来た本の一冊だ。


「頑張っているみたいだね」


 にしても、結局憐子さんには全てばれているのだろうか。

 そんな笑みが俺の瞳に映し出されている。

 何も言わない俺に、憐子さんは、何事かを呟いた。


「他の女のため、というのは少しジェラシーを覚えてしまうポイントだが――」


 他の女のため、と言われれば、そうではある。

 まあ、何故、こんな本を読んでいるかと言われれば、魃のためなのだから。

 流石に、俺とて二度も三度もあの要塞を相手する気は起きない。

 あの要塞が再生するまで後何日か、何ヶ月か、何年か。知る由もないが、なにもしないでいられるほど大物ではない。

 前回の事件で圧倒的に出遅れた感があったのだから、今回は早すぎるなんてことはないだろう。

 結界、と言えば、空間と空間を区切ることで、風を使い、空間をよく知る天狗故、得意分野である。俺の陣もその一つだ。

 運営が対策できなかったのだから、そう簡単にいくとは思えないが、それでもいい。

 もう、迎えに行くって言っちまったからな。

 そう、こっそり決意する俺に、憐子さんは微笑んだ。


「――いいと思うよ」


 何がいいんだ、と思わず俺は疑問を呟いた。


「愚民が努力してる姿を見るのが?」

「残念ながら、私はそこまで悪趣味じゃないなぁ」


 憐子さんは俺の言葉に、苦笑いを見せる。


「じゃあなんだよ」


 すると、今度はにやにやとしたいやらしい笑みに代わった。


「おや、お前は私に言わせたいのかい? はっきりと、言葉にしろと」

「いや、だからお前さんはなにを言っているんだと」


 憐子さんの言い回しは冗長で回りくどすぎる。

 果たしてなにが言いたいんだ。

 いや、もしかするとこのまま煙にまかれるやも、これまでの経験上、俺がしつこく聞いた場合、大抵はぐらかされるからな。

 とそんなことを思ったその瞬間。

 憐子さんは言った。


「……何かに向かって頑張っている男の子は、格好良いと思うよ」

「はい?」


 憐子さんは、にこにこと笑い続けている。


「もう……、あれかな? もう一度言わせたいのかな、薬師は」

「あー……。いや……」

「――素敵だよ、薬師」


 あー、そうだ、こんな事している場合ではない。

 今正に勉強中なのだ。

 完全に目を通しながらに何も頭に入っていない状況だったな――。


「薬師」

「なんだ」

「ふふ、照れるなよ」

「照れてない」

「可愛いなぁ」

「可愛くない」








其の十五 俺も周りも落ち着いて。









「薬師」


 とある夕方。仕事から帰って珍しく即座に風呂に入った俺が、縁側で夕涼みしていると、白いTシャツの女が後ろからやってきた。

 俺は振り向く。そして、げんなりとした顔をすることとなった。

 理由は簡単。

 そこのTシャツだ。

 Tシャツなんだ。

 その白いTシャツには、筆で書いたような豪快で男らしい文字で――


「なあ、お前さん……。『トゲアリトゲナシトゲトゲ』Tシャツはどうかと思うぞ?」


 ――トゲアリトゲナシトゲトゲと描かれていた。


 トゲアリトゲナシトゲトゲ、と言えば虫の名で、感じで書くなら棘有棘無棘棘。

 ハムシの中で棘のあった種類のハムシをトゲハムシ、通称トゲトゲと呼ぶことにしたが、それの仲間で棘の無いものがいた。それをトゲナシトゲトゲと呼ぶ。

 しかし、そのトゲナシトゲトゲの仲間に、棘の生えたものがいた。

 トゲアリトゲナシトゲトゲが生まれた瞬間である。

 実在するかも疑わしいそんなトゲアリトゲナシトゲトゲだが、――なんでその名をTシャツにした。

 そして、一体俺は今までに何回トゲを思考した?


「そ、そんなに似合わんかのっ!?」


 そして。俺の反応に、魃は心底驚いたような、困った様なそんな顔をした。

 俺もまた、困った様な顔をせざるを得ない。なんでトゲアリトゲナシトゲトゲなんだ、と。


「いや、似合う似合わない以前に、トゲアリトゲナシトゲトゲなんつー、自己矛盾で破綻した存在の名をTシャツに書き記すもんじゃない」

「そんなに、へ、変かの?」


 ちょっとばかし、眉をひそめて聞いてくる魃に、俺は曖昧に答える他の術を持たなかった。


「いや……、まあ、うん、あれだな。似合ってないっつか、Tシャツそのものが変なんだ」


 そう、そこに似合う似合わないは存在しない。そこには奇妙なTシャツが横たわっているだけだ。

 だけなのだ。

 しかし、魃はしゅんと肩を落としていた。俺は、まずいこと言ったか、と少し考える。


「う……、ドレスは似合わんというから変えてみたんじゃが……」


 ああ、確かにそんな台詞は言った。しかし、トゲアリトゲナシトゲトゲなTシャツを着ろと言った覚えはない。

 第一、トゲアリトゲナシトゲトゲは実在が疑わしい。いや、まあ関係ないんだが。

 しかし――、


「まあ、お前さんらしいと言えばお前さんらしいんだけどな」


 本人がいいなら、別にいいのかもしれない。

 ふと、そんな思いが胸に去来した。

 微笑ましいと言えば、微笑ましいのさ。きっと。

 俺は人知れずうんうんと頷いた。


「まあ、うん。……って、あれだな」


 と、そこで俺はあることに気付くこととなる。魃の足元だ。


「そーいや。まだ俺のズボン使ってるんか?」


 彼女の下は、俺の貸したそれそのもの。

 今も、裾を捲って使われている。


「お? おお! 今正に」


 魃は頷く、が、しかし、俺は思う訳だ。

 別に彼女は今逃亡中ではない。なら、多少の余裕位はあるだろう。

 そこは、つい最近購入されたのであろう、トゲアリトゲナシトゲトゲTシャツを見ても否定の余地はない。

 で、あれば、だ。別に俺のズボンをわざわざ使うまでもないだろうに、と。


「長くて使いにくいだろーに。なんか買ったらどうかね」


 素材が素材だけに彼女なら、どうせ何着ても似合うだろう。

 第一、既にトゲアリトゲナシトゲトゲTシャツを着てる時点で、混沌としている。

 だったら、多少奇抜だろうがなんだろうが大した問題ではない。何か適当に買って履けばいいのだ。

 しかし、俺の言葉は正しく伝わったのだろうか。


「む? ちゃんと捲っておるぞ?」


 ちゃんと教えたことが使われているのは嬉しいが、ある種、頓珍漢な答えだ、それは。

 言葉ってやつは、統一されたものを使っても、その壁は厚いらしい。


「あー、気に入ってんのかね、それ」


 なんとなく、言葉に迷う、というかなんと言ったものかわからないんで、適当に言葉を吐く。


「おお、気に入っておるぞ」


 魃は頷いた。

 なら、まあ、いいか……。

 別にそこまで返して欲しい訳ではないしな。同じ奴なら何着か持っている。


「ま、好きにしてくれ。替えはあるんだろ?」


 流石に、俺の寄越したそれしかない、というのはないだろう。

 あったら困る。正座で小一時間説教だ。

 しかし、杞憂。


「あるぞ? 流石に妾とて持っておるのじゃ」

「へーそうかい」


 ならば良かった。と俺は肩を竦めた。

 にしても。

 にしても、落ち着いているな。

 そんな想いを魃に抱く。


「焦ってねーんだな」

「何がじゃ?」

「要塞。復活するまで何年だ? 何ヶ月か? それとも、何日か?」


 要塞が再生するまで、と彼女は言ったのだ。

 では、要塞が再生したらまた消えることとなるのだろうか。それとも、その度に叩きつぶせばいいのか?

 ただ、そんなこと気にしたこともないように、魃は俺のところに来たり来なかったり。

 好きに、のんべんだらりと過ごしている。


「それは妾にもわからぬ。明日かもしれんし、来年かもしれん。でも、いつか直る、直ってしまう」


 結局、魃は、首を横に振って匙を投げた。


「よくそんな顔してられるな」


 そしてそのように呟いたら、

 彼女は笑ったのだ。


「今度は、お主が迎えに来てくれるのであろ? ならば妾は、どんと構えているよ」



























 そんな翌日。


「うむぅ……、腹減った」


 俺は、学校の図書室で空腹と戦っていた。

 学校、とはいえど歴史は浅い。この間で来たばかりの出来立てほやほやな校舎だ。

 しかしながら、蔵書は目を見張るものがある。

 まあ、そんな図書室を、真昼間から使用できるのは、偏にここで俺が働いているからだ。

 臨時講師。常識の授業担当。色々な世界から死人が集まるこの地獄には必要な教科を担当している。

 そんなこんなで、図書室の椅子に座って本が読めるのは、臨時講師やってる恩恵だ。

 そんな風に、適当に受けた仕事だったが、意外と役に立ってるなぁ、と思ったそんな時。

 図書室の扉が開く。


「あれ? 先生。珍しいですね、図書室なんて」


 ビーチェだ。首元までの黒髪に、眼鏡。おっとりとした顔つきで、ブラウス、カーディガン、長いスカートと、優しげな雰囲気をかもし出しているのだが。


「よお、ビーチェ。腹減った」


 まあ、基本その通りに優しい子だ。

 俺のいきなりの腹減った宣言にも普通に返してくれる。


「こんにちは、先生、お腹空いてるんですか?」


 だが、そう、問題はそれだ。

 今日は食堂で食べる、と藍音の弁当を貰ってこなかったのが災いした。

 学校の食堂は飯時しか開いていない。

 そして、後一頁、後一頁よんだら飯食いに行く、と気がついたら三時半。

 ……飯時って何時だっけ。

 そんな状況。

 果てしなき空腹。

 そして現れる、救いの女神。


「あ、じゃ、じゃあ、僕のお弁当食べますですかっ!?」


 いつもならば、生徒の食いモンに手出せるか、とでもいえるが、残念ながら、今の俺に抗うすべはなかった。

 ビーチェの様子も変だが、気にならなかった。


「貰うぜー。おお、ありがてえありがてえ」

「残り物で申し訳ないんですけど……」


 そう言ってビーチェ出したのは、可愛らしい弁当箱。

 俺は、それを受け取り、蓋を開ける。

 大体余ってる。むしろなかなか豪華な感じに残っている。


「具合でも悪いのか? すごい余ってるが」


 違和感に思って聞いてみるが、あわててビーチェはそれを否定した。


「あ、ああ、いえ、その! そうじゃなくてデスね、お弁当二つ持ってきちゃって……、両方食べようと思ったんですけど、やっぱり」

「……なんで二つ持ってくるんだ」


 何でだ。宗教上の理由か。

 学校には弁当を二つ持ってくる教の信徒なのか。

 そして、そんな疑問は当然の疑問だったはずなのだが――、


「え、あええ!? あっと、いえ、その――」


 ビーチェ、慌てる。


「んん? 誰かと食うはずだったのか?」


 ビーチェは多分学校には弁当を二つ持ってくる教の信徒ではない。

 なぜなら、弁当を二つ持ってくるのは今回が初だからだ。

 つい最近学校には弁当を二つ持ってくる教の信徒になったのなら話は別だが。

 だから、聞いてみたが、その通りらしい。


「あ……、そうなんです、けど。結局駄目で」

「はー、残念だったな。で、俺食っちゃってもいいのかね」


 まあ、駄目だ、といわれても食うが。

 今目の前に置かれている弁当と俺の関係は、飢えた獣と生肉のそれに等しい。

 この状況なら、弁当を愛せる。

 弁当にグリーンピースが入っていようと、それごと愛せる。


「ええ、構いません」

「悪いな」

「い、いえっ。その……、も、目的は果たせましたし……」


 むう? よくわからんな。

 だが、そんなことは関係ないのだ。


「箸は? まあ、犬食いしやがれこのメクラチビゴミムシが、と言われても食うが」


 それほどの勢いだ。

 手づかみで食え、このスベスベマンジュウガニが、と言われてもそうする。

 だが、ビーチェは、


「あ、ご、ごめんなさい。箸一膳しか持ってきてなくって――」


 優しい子である。

 鞄から取り出されたのは、箸。やはり可愛らしい。

 俺はそれを受け取って、遂に弁当に手を付けた。


「おお、美味いな」


 うん、見た目からして家事もうまそうだしな。

 呟いて、ビーチェを見る。

 が、ビーチェ、何故か真っ赤で挙動不審。


「あ、あああああ……、そう言えばか、間接キ……」

「……関節器?」


 関節の動きを補助する、老人御用達の品か何かだろうか。


「関節でも悪いのか?」

「え!? 別に、元気ですけど?」

「んん……? まあいいか」


 ビーチェの関節より弁当だ。

 唐揚げをほおばって、よく噛んで飲み込む。

 うん、教え子と優雅に昼飯。こんなのも悪くない。

 一つの事件を終えて、緩慢な時間の中、俺はぼんやりと今を過ごす。

 うん、実にいいことだ。


「先生ッ!!」


 銃声。

 そして不意に耳を掠める弾丸。

 教え子と優雅に昼飯。

 こんなのも悪くない。

 教え子が――、

 ――元テロリストでなかったならば。


「耳に蚊がいましたっ」


 構えられたビーチェの銃から硝煙。空薬莢が音を立てて転がった。


「ああ、そっかい。でも、俺は耳に穴が空くとこだったんだ」

「外しませんから、大丈夫です」

「いや、でもいきなり耳元を弾丸がかすめてったら驚くし怖いと思うんだが」

「えっ、あ、そうですね。ごめんなさい、怖かったですか!?」


 銃を握ったまま、座る俺を、ビーチェは抱きしめた。


「いや……何を」


 少々苦しいんだが。

 抗議の声を上げる俺。

 しかし――。


「現場ではよくあることですっ、私も初陣の時は先輩にこうしてもらいましたっ」


 ビーチェ、聞いていない。

 あと、そいつはどこの現場だ。




 それに俺は、新兵でも何でもないのだが――。

 まあ、平和だしいいか。

















―――
シリアス時の話をスリム化するために、どうしても終了の次の話は、シリアス後始末っぽくなる罠。
ビーチェは今回紹介程度に。やりたいことは沢山あります。









なんとか間に合ったので返信。



ぼち様

ケーキ入刀。なんとなく、白い要塞ででっかい剣で一刀両断だなー、と思った時、隣に白いドレスの人がいる。
そう思った瞬間、ふと、ケーキ入刀を思い出したんです、なんとなく。そのまま採用されました。シリアスの締めに丁度いいかなと。
最初のノリは天の岩戸で、次に結婚式という、不思議なシリアス回でした。振り返ると自分でもカオスです。
あと、突撃、玉砕、勝利。ある意味大鉄塊は玉砕しました。分解バラバラ、中の刀身はぼっきりいった挙句リサイクルされて、更に折れたり。


cuttle様

古参の皆さんと言えば、前さん、李知さん、由美、辺りが比較的前期の人ですかね。藍音さん位からは中期だと思ってます。
でも、確かに前さんが実力行使に出るくらいは有り得そうですね。まあ、そうなっても薬師が悪い。間違いないです。
ただし、余談ですが、焦った誰かが攻勢にでるお話はあります。てか、一、二話あと辺りに戦闘を仕掛けます。
まあ、頑張っても薬師にひょいとかわされそうな気がしないでもないんですけどね。


春都様

いやあ、女の子と一緒にでかい剣持って要塞を両断できるなんて、うらやまし……、くないです。ケーキ位で丁度いいです。
あと、もうケーキ入刀まで済ませたんだから、後は籍入れるだけですね。まあ、順序がおかしい気もしますが。砲書房は、もうオペレーターやってればいいんじゃないかなと思います。ただ、彼も男だから、戦闘中テンションあがったりするんです。
ご都合感に関しては、自分の力不足です。まだまだ、努力すべきところは一杯ありますので頑張りたいです。
しかし、それにしても、急に寒くなってきた、というか陽射しは熱いのだけれど、夜が一気に冷え込むようになりましたね。体調には気を付けないといけないようです。


FRE様

そう言えば、随分と久々でしたね、シリアスも。面白いと言ってくれると、やはり助かります。尚、下詰に関してはもう土管の中から生えてくる可能性すらあると。
如意ヶ嶽家は、既にヴァルハラというか魔境の領域に達しそうな気がする、というのはともかく。そう言えば、神らしい神が出て来たのは今回が初めてでしたね。これから好き放題出そうですが。
ちなみに、銀英伝に関しては素人ですが、ググったら画像出ました。なるほど、と思ったと記しておきます。ただ、元が鉄塊なので、きっとどこまで行っても鉄塊なんです。ザクⅢにもなるともう別もんじゃね? でもザク。ってあれです。
あと、キャラ再登場については要望が結構あるので、ゆっくりやってくつもりです。ただ、義経はどちらかというとサイトの方の天狗奇譚の方が先に出るかも。


SEVEN様

要塞がもう少し頑張ってくれれば……。せめて薬師の腕足一本くらい持っていけば、ってあれですね。看護イベント開始ですね。
そして腕が無くなったら無くなったで下詰に義手作って貰ってパイルバンカーでも。ちなみに前回のあれは完全に自分の趣味です。
巨大メカ大好きです。チェーンソー、ドリル、バンカー、体当たり、あえて蹴りとか拳とか、そういうの大好きです。アーマーパージ、ハイパーモードは浪漫。
そして、サレナは浪漫の一杯詰まった機体だと思います。装甲犠牲のパンチとかその内薬師にもやってもらいたいです。


光龍様

太陽をイメージしたタイトルを決めようとしたら、あの歌が脳内に……。結果があのタイトルです。
そして、インデックスにそんな素敵な武装が出てるんですか。途中で止まってましたが、再び購入してみようと思います。
そして、天狗があんまりにもあんまりなんで、きっと来週の標語は、STOP! ハイスピード、でしょう。間違いない。
あと、法性坊はきっと戦闘管制だけじゃなくて、炊事洗濯料理もろもろ、そつなくこなしてくれると思います。


奇々怪々様

閻魔は体育会系。これは否定できない事実です。その内根性論とか持ち出してきますよ、薬師に。
あと、頼まれてないのに玉砕指令な薬師はどう考えても自爆。神風っていうか無謀馬鹿薬師で問題ないと思います。
そして、薬師は刀と銃に関してだけは、お約束的に壊滅状態。刀は基本峰斬で刀と相討ち。銃は超時空的外れ。
とりあえず、薬師が銃と刀持ってガンアクションとかした日には、場が混沌として収拾付かないことだけは約束できます。


志之司 琳様

ブラックサレナは、劇場版をビデオで借りてきて、ラストのシーン見て以来、ずっと私の浪漫です。あと、ニルファはビルトビルガー使ってました。
あと、もうあれですね。「安心しろ、峰打だ」は「またつまらぬものを切ってしまった」と同レベルで使用されてますね、カオス。
そして、やっぱり最後の決めは、ヒロインとの協力合体技です。ロボものっぽかったので当然の流れでケーキ入刀。
九龍に関しては、男なら刃物だぜ、とか、あえて定規で戦う、とかわざわざ二丁拳銃とか、武器の好みで勝手にハードモードになってました。隠し主人公の彼については、もってる武装すげえ、と笑いながらプレイしてた記憶があります。


通りすがり六世様

北風と太陽も、ようわからん勝負して遊ぶ辺り、きっと仲良しなんです。まあ、なんとなく立場逆ですけど。
ちなみに、一応追加武装型戦法はある様なないような。とりあえず薬師が高速で飛んで、武装化、これで慣性ついた鉄塊が飛んでくるという感じです。
むしろ、アーマーパージで軽装化の戦闘があった後は、やっぱり重武装かな、と。ハルコンネン・ウラジーミルとか。デンドロビウムみたいな。
そして、ケーキ入刀したあとの約束とか含めて、なんとなく、薬師も魃のために頑張ってます。これは点数高いですね。あと、閻魔の拳は、どちらかというと衝撃度の方が高いんじゃないですかね。


Eddie様

まあ、マイナーな神様なので、仕方ないと言えば仕方ないです。むしろ、本編中で解説しきれないのは私の力不足でもあったり。
なにはともあれ、確かに一番苦戦してました。まあ、相手が神ですからね。その点で言えば、天狗も山神と言えますが、法性坊との時は、予測なんかの相性が良かった訳ですし。
一定以上の戦闘になると、やっぱ相性かなー、というのが私の信条です。あとは準備の問題。入念な準備があればなんでも倒すことはできるような。
さあ、薬師に全幅の信頼を置いている魃はやっぱりヒロインらしさが溢れ出てます。このまま突っ走ることができるのか。









最後に。

トゲアリトゲナシトゲトゲTシャツ。定価五千八百円。



[20629] 其の十六 いつも通りと変わった一日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:be75004d
Date: 2010/09/15 21:33
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






「お兄ちゃん、ちょっと相談があります」


 如意ヶ嶽由壱と由美は地獄に置いて珍しく、本当に血のつながった兄妹だ。


「ん? 珍しいね、なにかな」


 そして、その濃い経験からか、年の割に達観した少年由壱が受けた、妹からの相談は――。





 どうすればお父様に効果的にアタックできるのか。




 というものであった。



「俺にどうしろっていうかな……」



 如意ヶ嶽由壱。未だガールフレンドの一人もできない一人身の少年である。
















其の十六 いつも通りと変わった一日。














「えっとさ……。とりあえず、兄さんとどうなりたいのさ」


 由壱は、考え込むようにしながら妹にそう質問した。

 どうなりたいのか。色々と焦りたい気持ちも、近くで見ていた由壱にはわかる。しかし、どうなりたいのかはっきりしていないと、どうしたものかもはっきりしない。


「えっと……、それは」


 赤くなって、もじもじとする由美。

 兄馬鹿ながら、由壱は微笑ましげに頷いて、大体理解した。

 肉体関係は由美にはまだ早すぎるから、もっとべたべたくっつきたい、というのが妥当だろう。

 由美的には薬師相手なら概ね何でもありなのかもしれないが、兄的にはまだ早い。


「そうだね……、兄さんに有効な攻めって奴があるか知らないけど」


 男由壱。それでも考える。


「メイドさんは嫌いじゃない、らしいね」


 同居人。彼にとって姉とも呼べるメイドは、メイドであり続けることで薬師の心にメイド萌えを植え付ける、までは至らないまでも、嫌いでも無関心でもない程度にはその関心を育て上げたらしい。

 それと、もう一つ。


「猫も結構好きらしいよ」


 これも、猫耳になった李知をやけに構うことといい、間違いないと言っていいだろう。

 多分、にゃん子の影響だ。


「あと、眼鏡も嫌いじゃないかも」


 こっちは、薬師の教え子に眼鏡の少女がいることから、だ。

 好きか嫌いかは別として、付加価値としては悪くないのかもしれない。


「その方向で攻めてみたらどうかな」


 と、由壱は言う。

 由美はと言えば、


「……」


 意を決したように頷いた。

 そんなわけで――、








 テイク1 猫耳眼鏡メイドの場合







 家の廊下を歩く俺の後ろから、とてとてと、音がする。

 この足音は、思うに由美だ。李知さんならもっときりっとした音で歩くし、憐子さんならもっと気の抜けた感じだ。にゃん子はもっと激しいし、銀子は似てるかもしれないが、もう少し重い。藍音は足音一つ立てやしねー。

 よって、多分由美だ、と俺はなんとなく振り向いた。


「よお由美……。由美……?」


 そして――、思わず正気を疑うことになった。

 大丈夫か俺。遂に幻覚が見えているのか俺。

 最近の俺にあるまじき勉強ぶりに疲れているのか俺。

 目を擦る。だが、現実は変わらない。

 由美は、


「お、おと、ご主人様っ」


 こちらを上目遣いで見上げて一言。

 駄目だ。幻聴まで来たのか。

 そもそもなんで、猫耳で眼鏡でメイド服の幻覚なんだ。

 俺の深層意識か何かなのか。だとしたら俺の深層意識どうなってんだ。

 なるほど、確かに由美ではある。俺の腹程の身長に、ふわふわの猫っ毛は淡い茶。

 小さな角はその髪にほとんど隠されてしまっている。

 が、それよりも猫耳とかその他の方がやばい。

 ひたすらに異彩を放っている。

 そして、そんな由美が、両手を軽く握り、顔の横へ持ってきて――。


「ご……、ご奉仕するにゃんっ」


 俺は、思い切り自らの側頭部を殴ることにした。


















「えっと……、自分の側頭部を思い切り殴って血をどばどば出してた? ははは、なにをやってるんだろうね兄さんは」


 流石の由壱も苦笑い。

 由美は、落ち込んだようにしゅんとしている。

 そんな彼女に、由壱は、


「まあ、でもあれだよ。兄さん相手に一度や二度の失敗で諦めてちゃ永遠にどうしようもないよ」


 と、のたまった。

 事実と言えば事実。

 薬師が一朝一夕にどうにかなる様なものならば、とうの昔に結婚している。

 だから、由壱は、勤めて兄らしい顔で妹の肩を叩いたのだ。


「次は、そうだなぁ……」


 さて、では。










 テイク2 ナースで攻めてみた場合。








「お父様っ……」


 俺の頭部からは未だ血が流れ続けている。

 どうやら、強く殴り過ぎたらしい。

 だが、手当などしなくてもすぐに塞がるだろうなんて考えて、部屋で放置。

 そうしたら、由美の声だ。

 俺は振り向く。今の俺は正常だ。今に至るまで幻覚の一つも見ていないのだから。

 だから、大丈夫だ。

 そう思って、振り向く。

 そう、問題、な――。


「その、包帯を――」


 看護婦。今風に言えば看護師という奴が、そこにはいた。


「いや、いいんだ。もう少し血を抜いたほうがいいらしい」

「あ、で、でもっ、その頭、治療しないと――」


 ああ、やっぱり治療が必要なのか俺の頭。

 確かに、娘に看護婦の服を重ねて幻覚を見ている辺り、手遅れ臭いものな。

 手ごろな柱は無いか。

 そう、手ごろな柱だ。

 頭を打ち付けるのに丁度いい手ごろな柱は。













「どうだった?」

「だめでした……」


 結果は、薬師の目が虚ろになっただけであった。


「まあ、でもこれぐらいで諦めちゃいけないよ。なんせ、兄さんだからね」


 煽る、由壱。

 確かに、なんせ薬師だ、というのには同意したい限りだが。

 そんなこんなで。




 テイク3 ゴスロリの場合。






「お父様」

「由美か、俺はとうとうもうだめらしい。俺が死んだら灰は阿蘇山の山頂から……、って死んでるか」


 今度はゴシックロリータ、という奴らしい。

 似合っている感は否めないが、俺の深層意識は何処へ向かっているんだろう。

 しかし、ここまで来ると俺の幻覚なんだかどうか怪しくなってくるな。

 いや、でもしかしなぁ。

 由美がなんでこんな衣装で現れることがあるんだ。

 確かにたまに変なことするときはあるが、しかし、その衣装は一体どこから出したってんだ。


「あ、お父様……? お父様?」















「え? 難しい顔してどっか行った? うーん……、そっか。じゃあ、次行こうか。せっかく憐子さんに手伝ってもらえるんだからどんどん行こう」


 黒幕その二は憐子である。

 まあ、そんなこと薬師は露知らず。

 次の衣装へ。






 テイク3 ……の場合。




「お父様――」


 果たして、何回その声を聞いただろうか。

 さあ、今度は一体何だ。

 何が来ても驚かん。

 もういい、全て現実として受け入れよう。

 覚悟を決めて、振り返る。


「よっ――」


 名前を呼ぼうとして、失敗。

 そして、絶句。

 そこにいたのは。

 猫耳と、学校指定の水着。

 あえてハイカラに言い直すなら――。


「お父様、これ……。どうでしょうか……?」


 ――スクール水着。

 もじもじと、その水着のずれを直すようにしながら聞かれて、俺は思わず呟いた。


「お父さん、ちょっと信じてもいない神様に懺悔してくる」






「お父様……」














 そんなこんなで、夜がやってくる。








 家の廊下を、由美はとぼとぼと歩いていた。

 服装は既にただのパジャマとなっている。


「はあ……、お父様……」


 結局兄が一生懸命考えてくれた案も、あまり効果を見せていない。

 どころか、彼女の大好きなお父様は困っている様な空気だった。

 果たして自分に何が足りないのか、と溜息をついて自答する。

 胸であろうか、と胸に手を当てる。

 確かに、まな板。どうしようもない。

 むしろ、少女のあるべきそれとも言える。

 それを今一度確認して、由美は溜息を吐いた。

 女性らしい魅力が、欠片もない、と。

 確かに、由美の年齢、もとい享年では仕方のないことである。

 が、状況的にそうも言ってられる状況ではない。

 次々に現れる女性たち。誰もが魅力的。

 有利なポジショニングにいるから、と安閑としていては攫われてしまう。

 そんなのは駄目、と由美は首を横に振った。

 だが、気分は晴れない。

 どうすればいいのか。

 答えは無いまま。

 どうしようもないのだろうか。お父様は、自分のことなどなんとも思っていないのではないか。

 今日は一度も笑いかけて貰えていない。

 どんどん思考はネガティブに。

 ずぶずぶと、思考が泥沼に嵌っていっていた。


「あ……」


 そんな時である。

 廊下が終わりを告げ、扉を開いた向こうの居間に。

 彼女の大好きなお父様がいた。

 由美の体はこわばる。またあんな困った顔をされたら。

 だが、彼は、いつもの由美を見て――、


「おー、由美。アイス半分食うかー?」


 今日初めて笑ったのだ。





 テイク4 いつもの場合。






「は、はいっ!」


 ソファに座る俺に、由美はとてとてと駆け寄った。

 うん、いつもの由美だ。色々と聞きたい気もするが、まあいいさ。

 ぱきっ、と棒の二つついたアイスを割る。そして、片方を由美に寄越す。


「ま、座れよ」

「はい」


 満面の笑みで頷いて、由美は俺の隣にくっついて座る、と見せかけて。

 俺の胡坐の上に収まった。


「むう?」


 そうなっては、今由美がどんな顔をしているのか、俺にはわからない。

 ただ、ぼそっと、彼女は声を上げた。


「……もうちょっとくらい甘えていいって言いました……」


 ちょっとだけ、拗ねたような声だったかもしれない。


「駄目ですか……?」


 顔は見えないが、きっとその目は不安げなのだろう。

 俺は、なにも言わずに、由美の頭に顎をのせた――。












「結局、メイドも、猫耳も、眼鏡もさ、敵う訳ないんだよね」


 誰もいない廊下で、由壱は、一人笑って呟いた。

 そう、どれも付け焼刃。延々とそうあり続けた藍音には敵うことはないし、猫耳だって、偽物が本物に敵う訳ない。


「スタイルだってどうしようもないし、ね。誰かを真似したって劣化コピーしか生まれないし。無茶したって兄さんは引くし」


 スタイルに関しては成長し得ない、とは言わないまでも、即座にどうにかなるものでもない。


「由美自身で勝負するしかないんだよね、要するに」


 廊下で、由壱は笑っていた。


「やっぱりいつも通りが一番なんだよ。由美は気付けたかなぁ」


 まるで菩薩のような全てを許す笑みだったと、後に目撃した銀子が語っている。


















―――
平成の孔明、由壱。
やっと魃編終了で、ちゃんと書けます。


そして、どうでもいいですが、夏で梅代婆さんが大暴れしてたり、いきなりサイクロプスさんの息子さんが予定日より早く生まれたりしたのも魃の影響だったりするんです、という補足。






返信。


SEVEN様

トゲアリトゲナシトゲトゲTシャツは、高名な書道家がデザインした一品。故にこのお値段です。きっとこれでも安いんです。
あと、猿でもわかる結界術は、きっと猿語訳が付いてるんでしょう。もしくは猿の頭がいいとかそんな。
ただ、薬師のツンデレは、もういっそ誰か殴ってくれと。ぼぐしゃぁと言ってほしいかななんて思います。シリアスとTシャツについては言わずもがな。
後もう、手づかみどころか犬食いしろこのウルトラマンボヤがと言いたいです。うっかり食中毒とか起こしませんかね。


光龍様

きっと、変な文字Tを専門に売るブランドがあるんでしょう。きっと。これからも魃は変なTシャツ着ていきます。
猿でもわかる結界術は、きっとあれです。下詰が改造手術を施した猿ならきっと可能だと思います。
ちなみに、ビーチェの運動能力は生前まではさほど高くありませんでしたが、死後の訓練により飛躍的に上昇。テロリストの思い込みって怖い、って一例です。霊なら思い込みでスペックアップしますから。
しかし、パージされる龍殺しの剣ですか。持ち主が格好いいという話も相まって気になってきました。近々購入と行きます。


志之司 琳様

薬師に勝てるのは憐子さんだけってお話でしたね。前回のアバンは。きっと幾つになっても勝てないんじゃないですかね。
あゝ、恐山→トゲアリトゲナシトゲトゲ→??? さあ、今後どんな進化をするのかしないのか。そんな魃のTシャツです。あと、結構いますよ、嘘みたいな名前の実在の生物。インターネットウミウシとか。
銃刀法は、ありますよ。しかし、ビーチェはきっと四次元ポケット的な何かが……。グリーンピースは私も好きじゃないです。愛せません。
あと、一応常識的なんじゃないですかね。薬師は、恋愛方面を除くのであれば。いや、駄目か。


春都様

薬師を素直に褒めるのは憐子さん位。これだから事実に関わらず薬師にとって憐子さんは年上の人なんですね。
あと、きっとツンデレっぽいからトゲアリトゲナシトゲトゲなんだよ、とよくわからないことを考えてみたり。
それと、猿が結界術式わかったら、きっとこれからの縄張り争いのあり方が一変すると思います。一変してどうするんだか知りませんけど。
しかし、それはともかく、前回で一番突っ込みたいのは――、薬師、なんでそんな微妙な生物に詳しいんだ。


通りすがり六世様

待ってください。逆に安いと考えるんです。トゲアリトゲナシトゲトゲTシャツですよ? 宴会に持っていけばきっと人気者です。五千八百円くらいで笑いが取れるなら……、高いわっ!!
さて、ビーチェがいつも二つ弁当を持ってきていたのか、その日に限って薬師と食べようと一念発起したのかは不明です。どっちが萌えですかね。
あと、ビーチェはその内きっとグレネードとか持ち出してきますよ。ミリタリーっていうか思考が過激派なのです。
まあ、ヤンデレな気もしますが、銃口が向くのは薬師だけだから安心です。別に他の女は皆殺しとかは考えてない模様。


悪鬼羅刹様

ヤンデレ教え子と言えば、第一期の衝撃のラストを飾って以来ですからね。そういえば。
ヤンデレ度に応じてその内ロケットランチャーとかパンツァーファウストとかぶっぱなしてくるんじゃないかなと思います。
機関銃とか。その内、戦闘機に戦車が出てきてもきっと驚きません。どうせ被害被るの薬師ですから。
そして、どんどこ集まる薬師周りの女性。由美が焦りを覚えたり色々とありますが、結局概ね平和で落ち着く模様。


シシシシシシ様

ヨーロッパタヌキブンブクと言えば、ウニですよね? 何故ヨーロッパブンブクじゃ駄目だったのか小一時間問い詰めたいです。
あと、ウルトラブンブクとかいなかったような。他にも色々と案はあったんですけどね。ウマヅラハギとか。
入れれなかった私の未熟。無念です。
機会があればもっと出したいです。変な生き物たちを。


奇々怪々様

第二期で一番目立ってますよねー。魃の正ヒロインっぷりは異常。
憐子さんも恥ずかしげに言ってくるから薬師も余計恥ずかしい。恥ずかしさ倍増でてれってれです。
あと、きっちり約束しちゃいましたからね、薬師。これはもう負けです。責任取るしかないです。魃とリンゴーンです。
ちなみに、薬師が平和じゃない時ってきっと銃弾飛び交う戦場よりも、女たちの悪巧みとかの最中なんじゃないかと思います








最後に。

其の十六(KU)と打とうとして其の十ロリ(LI)と打ち間違えたのは何かの呪縛でしょうか。



[20629] 其の十七 俺と午睡。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:af92209e
Date: 2010/09/15 21:31
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






「良い本はあったかね」

「知らねー。こういうのは畑違いでな。手探りだよ」


 下詰神聖店。どこにこんな空間あるんだっていうくらいの図書館じみた書庫にて。


「まあ、支援は惜しむまい。どうどん勤しんでくれるがいい」


 本を探す俺を見守っていた下詰は、親切すぎて落ち着かなかった。


「気持ち悪いな。下詰、どうせ裏があるんだろーが」


 守銭奴な訳でもないが、下詰は決して妥協しない。

 対価無しに決して物を売りはしないのだ。物を売っているという誇りがあるのかどうかまでは知らないが。

 対価の種類にはこだわらない。しかし、絶対に何か受け取る。

 だから、絶対に何か利益があるはずだ、と言えば、下詰は頷いた。


「まあ、その通りであるな。魃という生き物に価値は見出しているよ」

「お前さんのことだから、さほど心配はしてないが、一体何をする気なのやら」


 流石に非人道的と言える行いとなれば、黙っていられはしないが。

 横目で下詰を見た俺に、彼は薄く笑った。


「活性化。これがあれば中々有効な道具が作れそうだと考えている。やることは、装飾品を一日身につけていて貰うだけだな。まあ、そこは本人との交渉になるが」

「ははん、お前さんのやりそうなことだ」

「だから、早めに結界を完成させてくれたまえ」

「簡単に行くなら運営がとっくにやってるだろーに」


 吐き捨てるように呟いた言葉に、下詰は今度は愉快そうに笑う。


「そうでもないかもしれん、と言っておこう」

「なんでだよ」

「運営ができなかったのは、組織上制約を受けるからだ」


 わかりやすく言ってしまえば、と下詰は続けた。


「御禁制の品という奴だな。体面上、運営が使えない手だ。他にも、一定の費用がかかる、とか等があるな」


 確かに、閻魔の性格上も、運勢の体面上も、御禁制の品とやらは使えないだろう。

 一定の費用がかかる場合もまた、その費用を賄うのは税である。それを魃のためだけに多少なりとは言え使うのもまた、難しい。


「用は手段を選ばなければいい、ってか?」

「まあ、そのようなものだな」

「考えてみるよ」












其の十七 俺と午睡。













 夕暮れのマンション。そこに俺は入るなり、電気をつけることにした。


「よお、いるかー?」


 俺は今、閻魔のお宅にお邪魔している。

 それなりに立派なマンションの最上階というやつだ。

 何でまた、と聞かれれば、前回の事件中最も世話になったというか、一番迷惑を掛けた相手故に、菓子折りの一つでも持ってくか、とここ数年で一番の殊勝さを俺が見せたわけだ。

 と、言うのは半分嘘だ。俺が殊勝になんてなるものか。

 まあ、実のことを言うと、心配になったのである。

 忙しさにかまけて、俺はしばらくまともに閻魔の家に行っていなかった。

 仕方ないといえば仕方がない。閻魔から始まった事件なのだから。

 しかし、しかしである。

 閻魔の家事能力は、零。

 否、負の方向へ突き抜けている。

 よって、もしや、閻魔の部屋は腐敗聖域と化しているのではあるまいか、と俺はここに来たわけだ。

 しかし、返事がない。

 まあ、閻魔も忙しいやつだ。仕事を止めたら死ぬかもしれない。マグロみたいに。

 だから、別に居ても居なくても構わないと思って、俺は脚を進める。


「む、意外と綺麗だな。閻魔妹が掃除くらいはしてるのかね」


 そして、予想に反して、部屋は綺麗。

 窓の桟を指で擦っても無駄。姑ごっこも出来やしない。

 と、溜息を吐いたそんなときだ。


「むう? 居たのか」


 ソファの上に、閻魔の姿。相変わらずの三つ網と、セーラー服であった。

 そして、その閻魔はソファの上に力なく鎮座し、眼を閉じている。


「し……、死んでる……っ」


 嘘だ。

 死んだように眠っているだけである。

 形のいい鼻をつまんだら、苦しそうにしていたから間違いない。

 まあ、起こすこともあるまいと、俺は手を離した。

 そして、溜息交じりに――、


「まったく、制服が皺になるぞ」


 って、俺、今何を言った。俺はこいつのオカンか。

 やばいな、こいつの母親ぶりが板についてきている。俺は人知れず恐怖を覚える。

 しかし、まあいい。それよりも、だ。

 気を取り直し、俺は閻魔を見る。


「平和な面して寝てるなー……」


 平和な面、安らかに、だ。その穏やかな眠りっぷりは異常である。死んでるんじゃないかと疑うほどに。

 まあ、だが、寝てるのは別にいい。閻魔だって寝る。

 起こすこともない、というかどうせ仕事で疲れているのだ、寝かせておこう。

 そう考えて俺はソファに座った。

 座って、黙る。

 当然話す相手は居ない。部屋には俺と閻魔だけ。閻魔は寝ている。

 そうして三十秒。


「暇だな」


 俺はぼそっと呟いた。

 早くも、飽きていた。

 辺りを見回す。しかし、何もない。緩やかに時間が流れているだけだ。

 暇つぶしもない。ぷらいばすぃとか、そんなモンがあった部屋でもないのだが、勝手に漁るのもいかん。

 そんな時、ふと、閻魔が俺の目に入った。


「幸せそうな顔して寝やがって」


 溜息交じりに苦笑。

 こんなのが、地獄の長だってんだからしょうもない。

 こうやって見たらただの女学生じゃあるまいか。

 そんなことを思って閻魔を見ていると、ふと思った。

 柔らかそうだな。

 そう思ったら、既に俺は閻魔の頬を指でつついている。気になったことを決して放置はしないのだ。

 ぷにぷにと、柔らかい感触を楽しむ。


「本気で柔らかいな」


 どれくらいそうしていただろうか。

 次に、俺の興味の対象は髪へと移った。

 さらさらと、手を透き通る髪を撫ぜる。

 もう既に、俺とこれじゃ別生物だな、と俺は笑う。

 ざる蕎麦と月見蕎麦くらい違う。蕎麦には変わりないのだが。

 そして、あいも変わらず閻魔は幸せそうに眠っている。


「んん……」


 不意に上がった声に、起こしてしまったか、と思うものの、


「薬師さぁん……」


 結局寝言だ。

 夢の中でも俺に面倒ごとを押し付けているのだろうか。


「薬師さん……、ずっと、うちに……」


 ずっとうちに?

 もしや、ずっとうちで家政夫してろこのインターネットウミウシが、とでも?

 果たして夢の中で俺はどうなっているのだろうか。

 まあいいか。なんか俺も眠くなってきたしな。

 俺は大きく欠伸をして、目を閉じたのだった。

























「んぅ……、あれ……? 私、何時の間に眠って……」


 浮上する意識。

 隣に感じる体温。

 由比紀だろうか、と隣を見て、私の頭は沸騰することになった。


「へ……? ひゃわっ!?」


 私の妹はこんな黒いスーツを着ていないし、そこまで大きくもないし、髪も黒くない。


「や、やや、やくしさんっ!?」


 彼は、私の隣で、力なく座っている。眼は閉じたまま。


「ど、どうしてここにっ?」


 答えはない。

 それに、指紋認証に彼も登録してあるのだ。当然入れる。入れて当然。

 落ち着こうと、私は深呼吸を繰り返す。


「えっと、薬師さん?」


 やっと落ち着いた心で、薬師さんを呼ぶ。

 しかし、返事はなかった。


「死んでる……っ、わけないですよね……」


 殺しても死にそうにない。地獄でそれを言うのは矛盾が生じるわけだが。

 ともかく、安らかに、彼は寝息を立てている。


「幸せそうに寝てますね……」


 見上げた横顔に、そう呟いた私の頬は少しだけ熱い。

 それにしても、本当に安らかに眠っている。

 別にそれは構わない。

 結局、物事の解決に彼を使ってしまうのは私で、彼の疲れの一端を担っている。

 だから、寝かせてあげようと、起こすこともなく、私は黙っていることにした。

 しかし――、落ち着かない。依然と頬は熱い。

 でも、このソファから降りようとも……、思わなかった。恥ずかしい。恥ずかしいけれど――。

 戸惑うように私は視線をさまよわせる。

 外は既に暗かった。だいぶ寝ていたらしい。そして、いつの間にか電気が点いている。薬師さんが付けたのだろうか。

 しかし、暗くなってしまった今、窓の向こうを見ても、何もない。

 時間だけが、緩やかに流れている。

 そんな時、ふと、彼が私の目に入る。


「薬師、さん……」


 どんな感触を、しているんでしょうか……?

 湧き上がった思いはそれだ。

 どきどきと、心臓を高鳴らせながら、私は指を伸ばす。

 すぐそこの距離が、遠い。指がさまよう。

 そして、たっぷりと時間を掛けて、遂に私の指が彼の頬を捉える。


「あ……、思ったよりやわらかい」


 ふにふにと、彼の頬をいじる。

 彼の顔に触れるのはあまりない経験だった。

 背の低い私では、基本的に彼の頭部に向かって手を伸ばすことはないのだ。

 逆ならばよくあるのだが。


「こ、この機に……、ちょっとだけ」


 心中が語りかける甘いささやきに、いとも簡単に私は屈した。

 次は、頭に手を伸ばす。

 やっぱり、男の人ですね……。

 少しだけ、自分より硬い髪。

 彼の頭を、撫でる。

 初めての経験だった。

 更に頬は熱くなり、心臓は破裂しかねないほど騒ぎ出す。


「あと、もうちょっと……、少しだけ」


 少しだけ、と私は彼の顔に接近した。中腰になり、顔の高さが同じになる。

 そして、彼の肩を掴み、少しずつ、顔を近づける。

 心臓が早鐘を打つ。頬は火を噴きそうだった。頭はくらくらして、思考がまとまらない。

 そして――。


「むぅ……、閻魔……」

「ひゃいっ!?」


 びくぅっ、と面白いほど私の肩は震えた。

 あわてて、私は椅子に深く座り込む。

 起きてる……?

 ちらちらと、私は彼を横目で見る。彼は未だに眼を閉じたままだった。

 あ、寝言か何かですか……。

 でも、私をいきなり呼ぶなんて……。


「閻魔……」


 もう一度、声が聞こえる。私はその声に耳を傾けた。

 何を言うのかと、今か今かと待ち続ける。

 そして――。


「着替えたもんは……、かごの中に入れとけと――」






「貴方は私の母親ですか」




 思わずつねってしまった私は悪くない。




















 夜、とあるマンション。


「いきなりつねるとは鬼畜だな」

「ええとですね……、ごめんなさい」

「まあいいさ、飯でも作るか」

「あ。ありがとうございます」

「ところで、疲れてんのか?」

「誰かさんが要塞を叩き切ってくれたので、後始末がたいへんだったんですよ」

「悪かった」

「知りませんっ。あの後鬼達総出で落ちる要塞を押さえたんですからねっ!?」

「むしゃくしゃしてやった。要塞なら何でも良かった。今では反省している」

「謝罪に心がこもってませんっ!!」

「ところで、なに食いたい?」

「あ、カレーが良いです」

「ほいほい」


 マンションの最上階では、しばし騒がしい声が響いていたという。














 ただ、それも静かになった時――、


「美沙希ちゃん、ただいま……、って。妙に仲よさそうね」


 寄り添いあって眠る二人の姿があったとか。




























―――
第二期初閻魔メイン。ただ、ここまでメイン張ってなかったとか気のせいな気がしてくる不思議。
ぺけ美のときに出すぎだったんですね分かります。




明後日の夕飯の献立程度に重要なお知らせ。

基本的に三日に一回十時前後更新を標榜しているこの作者ですが、このたび資格試験を受けることとし、補習を受けることとなりました。
とある資格試験といっても、危険物の乙四なのですが、それに向け補習を行うので、更新の時間帯が安定しない可能性があります。ご了承下さい。
まあ、分かり易く言うと、更新が十一時になったり十二時なったりするやもしれません、とだけ。
日が空くわけでもないからそこまで気にすることもないかもしれませんが一応。




返信。


SEVEN様

流れに身を任せ、自然体で生きる男、由壱。一番薬師の周囲のことを理解しているんじゃないかと思われます。
ただ、兄に薬師を添えた時点で既にして終了。手遅れも手遅れ、誰もが匙を投げます。
しかし、ネコ耳スク水のコスプレをさせる兄というのはいかがなものかと。
あと、十ロリは違うんですっ……! ホームポジションが右にちょっとずれてただけなんですッ……。僕は無実なんです。


奇々怪々様

薬師の周りにある分かり易い属性を合体させると、ネコ耳眼鏡メイドになります。流石に未亡人とかはコスプレの範疇がいなので不可ですが。
あと、薬師はなんだか知らないけれど珍妙なダメージならよく受けてますよ。金棒受け止めて手に穴開いたりとか。すぐ直るからどんどん行けば良いのに。
というかむしろ今回由美の行動に一番ダメージ受けてましたけどね。やっぱり精神ダメージが一番いい気がします。平成の孔明由壱と、ヒロインが組めば薬師を倒せるんじゃないですかね。
しかし、ロリ神様のお告げですか……、なるほど、増量しろと。


通りすがり六世様

驚きの誤字です、申し訳ありません。見直したときに気付けば良いものを、すっかりスルーしてました。すぐに頭部ってどういうことだ。
そして、きっとトゲアリトゲナシトゲトゲTシャツも、親しい人、冗談の通じる人相手ならきっと人気者です。滑ったら地獄ですが。
そいで、前回は総て由壱の手のひらの上という、そんなお話です。
そんな孔明は、これから先もきっと面白おかしくヒロインズを動かしてくれるに違いありません。薬師がげぇっ!とか言う紐近いです。


Eddie様

由壱の成長はまだまだ止まりません。最終的に悟りきって新たな宗派を作るまで――!!
後、薬師は薬師で、父として生きてます。ただし、余計なほどに父として生きるから皆困る。男として生きろよと。
そして、薬師の心情的には、由美に悩みがあるのか、自分の脳がクレイジーなのか、どちらか二択。迫られてると一瞬でも過ぎったならば、今頃藍音さんに美味しく頂かれてます。
意外と自分の脳を信用していないんですね、薬師は。まあ、あの脳を信用しろというのも酷ですが。


光龍様

全てを許す微笑み。由壱。明らかに神への階梯を上り詰めています。どこに行こうというのやら。
精神的には薬師よりも大人かもしれません。薬師を反面教師にいい男になってくれると良いですね。
そのまま悟り開いて女に興味なくなる可能性もある辺りなんともいえない状況ですが。
果たして、由壱は自分もかわいい彼女が欲しい、と思っているのか、女自体食傷気味だと思っているのか。


志之司 琳様

薬師とその周囲を見守り、手のひらの上で踊らせる男、由壱。ラスボスはこいつか……!! 由壱が本気を出したら薬師をノイローゼに出来るのではあるまいかと。
憐子さんは、かわいい子を面白おかしく応援したい派。完全に愉快犯です。でも、それでいい雰囲気になったらなったでちょっと嫉妬しちゃう、勝手なお人。まあ、全体的に薬師が悪いです。
あと、地獄において死にたくなる事象に、薬師に常識を説かれるのと、閻魔に私生活を説教されるの二つは高ランクであると思います。
そしてなるほど、十ロリは間違っていなかったんですね。世界が間違っていたと。そういうことですか。柱は、何時だそうかとどきどきしてます。







最後に。

セーラー服の女学生の頬をぷにぷにと突付くスーツの男。どこからどう見ても怪しいことこの上ないです。



[20629] 其の十八 俺とお前。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e82a6104
Date: 2010/09/23 22:16
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 寝ている一組の男女。

 そしてそれを眺める女。


「ちょ、ちょっとくっつきすぎじゃないかしら」


 その言葉は、誰に向かって呟いたものだろうか。

 ただ、返事はなく、寝息が返ってくるのみであった。

 心中に沸きあがるのは、釈然としない何か。


「起こさないように、ちょっとだけ……」


 燻るそれに任せ、由比紀は男の肩に手を伸ばした。

 少し、離れるようにずらそう、と由比紀は力を入れる。

 と、そんな最中。

 由比紀は、ふと、彼の顔と自分の顔が至近にあることに気がついた。


「あ……」


 さて、これから先はあえて語るまい。

 ただ――。

 似たもの姉妹であったと。















其の十八 俺と就寝。














 でこが痛いっ。

 と、思ったら、俺の上に倒れこむ由比紀の姿があった。


「……流行の起こし方なのか?」

「バランスを崩しただけよ……」


 俺の胸元で、額を擦る由比紀。

 よく見たら、スカートの裾をつま先で思い切り踏んでいる。

 そりゃあ、転びもするだろうが。


「えっと……、おはよう」

「おはようさん、もう夜だけどな」


 とりあえず、とでも言うかのようにかかったおはようの言葉に、俺も同じ言葉を返した。

 ただし、もう辺りは暗い。

 時計を見れば、既に八時半。

 そろそろ夜も本番だ。


「ところで。何で二人で寝てるのかしら?」


 どこかで、ビキビキ、と空気の震える音が、聞こえた気がした。少し、由比紀の笑顔が怖い気がする。

 が、きっと気のせいだろう、と俺は断じた。


「……なんでだろうな。たしか、閻魔が寝てて、とりあえず隣に座って、頬が柔らかそうで……、そしたらどうなったんだっけか?」

「……一体なにがあったのかしら」

「すまん、眠かったんだ」

「そう。まあいいわ、ところで、ちょっと来てくれる?」


 そう言って立ち上がった由比紀は、入り口の方まで歩いていく。

 俺は、逆らわずに、後に続いた。


「なんだ?」


 一体なんの用だ、と聞いてみたら、返ってきたのは、上ずった声。


「えっ? あ、ええと、その。あれね……」

「なんだよ」

「特にないわ」


 特にないってどういうことでごぜえますか。


「ええと……、呼んでみただけというか、どちらかというと立たせたかっただけというか……」

「……? 変なやつだな」


 言って、俺は踵を返した。

 別に腹を立てたりはしない。俺の心は広い。まるでバチカン市国のように。


「俺は行くぜ。付き合ってられない」


 再びソファに座ろうとする俺。

 そんな俺は――


「待ってっ!!」


 後ろから、抱きしめられる。

 なんなのだ。さっきから由比紀が妙だ。さっきから顔は変に赤いし。


「一体なんだってんだ。俺とお前さんは終わったんだよ」


 そう、終わったのだ。別に特に用がないんだから、俺がソファに座って何が悪いというのか。


「待って……、行かないで」

「いまさら何を言うんだ」

「私……」

「で、なんの用だよ」

「あー、そうね。美沙希ちゃんをベッドまで運んでくれないかしら」

「んー、それくらいならおやすい御用だな」


 なんだ、そんなことか。

 別に遠慮するこたねーのに。

 俺は、姉思いの妹に応えて、閻魔を寝室に運ぶ。

 扉は肘であけて、閻魔をベッドに横たえて、布団を掛けて、部屋を出る。

 なぜか、由比紀は打ちひしがれていた。


「……どうした?」

「いえ、うまくいったはずなのに、釈然としないだけよ」

「よくわからんやつだな」


 ふるふると首を振って、由比紀はこちらを見る。


「もう、問題ないわ」

「ならよかった」


 呟けば、ふと思いついたように、由比紀が口にする。


「立ち話もなんだし、座りましょ?」

「おー、そうだな」





















 ソファに座り、私は思う。


「……」

「どーした? 閻魔妹よ」

「えっ!? いえ、なんでもないわ」


 少し――、離れすぎじゃないかしら、ねぇ……、ちょっと。

 私と彼の肩の距離は遠い。

 寄り添うように寝てた美沙希ちゃんと違って、私と彼の距離は人一人分。

 今となっては、このソファの広さが憎い。次元が歪まないかしら。はぁ……。


「変なやつだな」


 あう……、もしかして私、どんどん変なやつだと思われてないかしら?

 確かに変なのは認めるけれど、直にいわれると、少し焦るわ。

 全部、全部貴方の所為なのに。


「そう?」

「今日のお前さんなんか変だぞ」

「まあ、そんな日もあるわ」


 玲子ならさりげなくきっと距離を詰められる。

 でも、私にはちょっとだけ遠かった。

 手を伸ばせば届く距離が遠い。


「そういえば、眠くないのかしら? 眠ければ寝ちゃって構わないわよ。寝過ごして困るなら起こしてあげるけど?」


 寝ている薬師になら、近づける。

 そんなことを考えて、私は言葉にした。

 が。


「いや、眠くもねーしな。ちょいと寝すぎたな、こりゃ」


 こういうときに限って……!

 いつもドコでも無防備に寝るくせに。

 気付かれないように、私は唇を尖らせる。


「にしても、暇だなー」


 その物言いはあんまりじゃないかしら。

 私がつまらないみたいだ。


「あー、そういえばもって来てたな」


 ふと、思い出したように彼は手を叩く。

 そして、立ち上がり、なにをするのかと思えば、取り出してきたのはゲーム機だった。

 コントローラーを握り、ソファに座り直して、彼はゲームを始める。

 実に自然な動作だった。

 ……えーっと。

 うちに馴染んでるのはいいけど、少しは興味もってくれてもいいんじゃないかしら。

 部屋で美女と二人なのに、どうしてこうも朴念仁でいられるのかしら。

 世界で一番美しいとも思わないけれど、多分、綺麗だと思うのに。

 綺麗だと思ってくれるように努力だってしてるのに。


「むぅ……、物欲センサー、か……」


 貴方はテレビの画面に夢中なのね。

 物憂げに、溜息が漏れる。

 なりふり構わなければ、きっと楽なのに。

 でも、私は彼の前で格好つけていたいと思うわけで。

 鍍金はもうぼろぼろでも、落ちた猫でも被っていたい。


「おい、閻魔妹、妹ー?」


 いつか、貴方に愛しげに由比紀と呼ばれる日は来るのかしら?


「由比紀?」

「え?」


 いつの間にか、呼ばれていた。

 私は慌てて思考を現実に呼び戻す。


「なにかしら。少し考え事をしてたわ」

「いや、随分残念そうな表情で画面を見詰めるなーと思ってな」


 そんな顔してたかしら、とぺたりと頬に手を合わせる。

 そんな私に、彼は苦笑一つ。


「やるか?」


 彼は、私にコントローラーを差し出した。


「え?」


 戸惑う私に、今一度彼は笑った。


「二人で出来るぞ」


 よくわからないまま、

 だけど私はそのコントローラーを受け取っていた。











「あん、ダメよ……、あんまり激しくすると美沙希ちゃんが起きちゃうわ」

「ふふん、ここがいいんだろ? 閻魔なら早々起きねーから安心しろよ」

「んっ……、随分乱暴なのね」

「優しくなんてできるか。今にも逝きそうだ」

「あら、大丈夫かしら。そういう私も余裕はないのだけど。……あんっ」

「ほら、ぶちまけるぞ」





「な、な、な、何をやってるんですかぁああああああ!!」




「「え? ゲームだけど?」」




 そう言った二人の肩は、ぴったりとくっついていたと、後に閻魔は証言する。





















 そうして、全員が集合したソファの上。


「ねえ、続き、やりましょ?」

「や、薬師さん、散歩にでも行きませんか?」


 ソファの上。

 何で俺は閻魔姉妹に挟まれてるんだ。


「……あー、うん。あー……」


 俺は腕一本の自由もない。

 閻魔姉妹の腕が俺の腕を拘束していた。

 左からは豊満で柔らかな感触が。

 右からは……、

 沈黙は金だ。何も言うまい。

 そして、二つの質問に対する答えもまた、沈黙以外の何者でもありはしない。

 どちらかを立てればどちらかが立たない。

 俺は二人に分裂できるほど器用でもないし、風で分身を作るくらいはやれなくもないが、それで散歩に行っても、ゲームをしても仕方あるまい。

 よってとれる選択肢は一つ。押し黙ることだ。

 きっと、変な返答を返せば、腕がちぎれる。

 そんな予感が俺にはあった。

 いうなれば、左腕を取れば右腕が、右腕を取れば左腕が、きっと二者択一で腕がもげる。


「由比紀、姉に譲ってくれませんか?」

「美沙希ちゃんこそ、妹の幸せを願うべきだわ」


 なんか怖いぞお前さんら。

 そして、余計に何もいえなくなる俺。


「ところで薬師さん。はっきりしていただけますか?」

「そうね。そろそろきっぱりと決めて貰えるかしら」


 何でそんなときだけ仲いいんだ。

 俺は、眉間にしわを寄せ、考えてます、と表現しながら何かごまかす言葉を考えて――。


「えー、あー、あー……」


 不意に、助け舟到来。

 それは――、この場に似合わない、携帯電話の軽快で安っぽい旋律だった。


「ちょっと失礼します」


 俺のではない。と思ったら、閻魔が携帯電話に耳を当てていた。


「はい、はい……、ああ、そうですか。いえ、怒ってなど。今から行きますから、ええ。いえ、そんなに恐縮なさらず」


 隣で、ぼそりと由比紀が呟いた、仕事ね、と。

 俺も同意だ。どうせ仕事くらいだろう。と。

 そして、閻魔は期待を裏切らない。


「仕事が入ってしまいました。行ってくるので、薬師さんはごゆっくり」


 いつもの笑顔だ。まあ、さっきのも遊んでいたようなものだろう。

 閻魔は扉を開けて、外へ向かう。

 俺は送っていく、と言おうとして――。






























「……二人きりになっちゃったわね」


 そう言った由比紀の頬は少し赤い。


「そーだな」


 閻魔は立ち去った。

 部屋には俺と由比紀がいるだけだ。

 確かに二人きり。ソファに座っている。

 そして、そんな中俺は聞いた。


「ええと、これは何だ?」

「えーっと……、何かしらね。これ」


 由比紀は、笑ってごまかした。わざとらしいほど苦笑して。

 閻魔を送れなかった理由だ。

 そう、俺の右手に、由比紀の手が重なっていた。


「離してはもらえんのかね」


 呟いた言葉は虚空に溶ける。

 返事は遅れてやってきた。


「え、ええ、そうねっ。じゃあ、シャワーでも浴びてくるわ」


 立ち上がる由比紀。

 彼女はそのまま歩き出そうとするが――。

 俺は呟いた。


「手、離れてない」


 驚いたように由比紀は自分の手を見る。

 そこにはしかと俺の手が握られていたことだろう。


「え? あ、本当……」


 とすん、と再び由比紀はソファに座った。

 そして、どちらともなく、黙り込む。

 気まずかった。別に、不快なわけではない。色であらわすなら、青じゃなくて、赤か。

 隣の由比紀は、耳まで真っ赤。

 俺まで――、照れくさかった。

 ごまかすように、俺は困ったように呟く。


「しかし、なんで……」


 握った手が、やけに熱かった。

 長らく、言葉はなかった。

 そして――。



「し、嫉妬してるのよ。悪いかしらっ。――あ」



 しまった、と彼女は口に手を当てた。

 由比紀の顔は朱に染まっていき、今にも火を吹きそうになっていく。

 暴発。

 その言葉には、暴発の二文字がよく似合うと思う。


「え? いや、ああーっとだな……」

「そ、そのっ! 忘れてっ、忘れなさいっ!」

「あー……」

「べ、別に美沙希ちゃんが羨ましかったりとかっ、たまには大事にされてみたいとかっ、そんなの全然――」

「妹、妹。語るに落ちてる」

「し、嫉妬してるわよ。悪い?」


 開き直りだ。

 しかし、あれか。閻魔妹は、そうだな。あれか。

 いつも世話する側だから、世話されてみたいってやつか。


「どうせ私には似合わないわよっ、でも、たまにはいいじゃない。私だって女なのよぅ……」


 しゅんとしている由比紀は、やけに愛らしかった。

 なんとなく、小動物を連想させるものがある。


「で、私は嫉妬して悪いのかしら。それとも……、迷惑?」


 潤んだ瞳で、由比紀は言う。


「そうさなぁ……」


 別に迷惑じゃあない。決して悪いとも思っていない。

 だが。

 答えようとする俺に、由比紀は待ったを掛けた。


「あ、ちょっと待って。涙出そう」


 ふと、顔を抑える由比紀。悲しいとか感極まるとかそういうのじゃなくて、ただ昂ぶった勢いの模様だった。


「あっち、向いてて」

「あー……」


 呟かれる言葉。それは懇願だった。


「お願い、すぐ元にもどるから」


 だが――、結局俺は。

 由比紀から眼を離すことはなかった。


「あれだな。こうすれば見えないんじゃないか?」


 そう言って、俺は。由比紀を俺の胸の中に招き入れる。

 こうすれば、後頭部しか見えないだろ、と俺は笑った。

 由比紀は、俺の胸元で呟く。


「……ずるいわ」

「……ずるいさ」


 真っ赤な顔で、潤んだ瞳で、由比紀が俺を見上げていた。

 だから、俺まで照れくさくなるっつーに。


「なあ、なんか食べたいもんあるか?」


 そんな照れくささをごまかすように、俺は言葉にする。


「え?」


 戸惑う由比紀に、俺は言った。


「作るぜ。お嬢さん」


 ちやほやして欲しいなら、そうしよう。

 ただ、潤んだ眼で、顔を赤くしながら見上げないでくれ。

 その小動物的な視線は、いつもとの差が激しすぎて、照れくさくて仕方がないんだ。


「お願い。じゃあ、得意なのにして――」

「あいわかった。じゃあ、作るぜ」


 立ち上がる俺。

 仕方がない。本気で作るとするか。

 息巻いて、台所へ向かおうと足を進める。

 が――。


「手、離れてない」

「あ……、その――」


 戸惑い気味の声が。

 重なったままの手が、俺が行くことを許そうとしない。しなかった。

 だが。

 まあ。

 いいか。




 依然として、握った手は熱いままだった。





 並んで作る飯も悪くないもんだ。

 たとえ本日二回目の夕飯だって、一回目に引けをとらん。





「ねえ、うちに嫁に来ない?」

「なんで嫁やねん」



























―――
うちのパソコンがクラッシュしたようです。
リニアシークエラーとやらでウィンドウズが起動しません。
ハードディスクが物理的に死んだ可能性もあったりして。
今は友人のノート借りてやってます。
得難い友人ですよ。ほんと。


さて、おかげさまで、途中まで書いてた春奈編が停止。
昨日クラッシュ、で、今日。借りてきて、ネットに繋げるように設定。
春奈編は使用不能だが、更新に五日以上あけるのは気に食わない。
で、急遽由比紀編を書き上げることに。そして全力でかっ飛ばして完成です。
休みで助かりました。



返信。


SEVEN様

随分と涼しくなってまいりました。むしろ寒くなってきました。午睡にも浸りたくなります。しかし薬師、お前はだめだ。寝てもイベント起こすのか貴様は。
そして、ナチュラルにほっぺぷにぷにに走る薬師はどう考えても変態。変態すぎて涙が出ます。まったく悪意とか下心がないのが余計に。
腐敗聖域に関しては、発動したら自分じゃ止められない、と由比紀が既に経験から学んだので、ある程度からは綺麗です。ただし、これで由比紀が暫く留守にすると――。
とりあえず、更新の方に関しては、無理はしませんが、既に小説を書かないではいられない身体になってしまっているのでそんなにそんな日数遅れることはない気がします。


光龍様

ほっぺぷにぷになんです。でも、よく考えれば恋人じゃない男女がやるとどう考えても変態です。ありがとうございました。
とりあえず、閻魔は赤子の如きぷにぷにぶりだったんじゃないかなと思われます。まあ、薬師が触りたくなるのも仕方ない。
薬師は、野郎らしい弾力だと思われます。薬師が赤子のごときだったらそれはそれで気持ち悪いと思います。
ともあれ、前回今回と、閻魔姉妹で攻めることになりましたね。なってました。気がついたら。お前らもう同棲してるんじゃないかと思う結果に終わりましたが。


奇々怪々様

好きな人に、インターネットウミウシは酷いと思います。せめてスレンダーロリスが、くらいでとめとくのがいいと思います。
そして、結局やってることは同じな二人。今回は三人でしたが。とりあえず半端なく閻魔宅に住めよお前はっ、みたいな感じですね。
まあ、あれですね。あのまま薬師が起きなかったら閻魔が暴走して、気がついたら取り返しのつかないところに立っていた薬師がまあいいかとエンディング行きでしょう。そう思います。
で、何が食べたいか聞く薬師が出てきて、そのままフェードアウトするんでしょう。家政夫エンド。


志之司 琳様

下詰としては、娯楽として質の高いことが肝心のようです。第三者として眺めていることが彼にとっての暇つぶしで、そのために尽力は惜しまない。そんな彼の店にはきっと魔剣の隣に平気な顔でごぼうが挿してあるでしょう。
そして、閻魔の頬をつつく薬師に邪な心がないのが信じられない。というか、やっぱり人間じゃないです。ええ、鬼、しかも鬼畜の類ですよ。
で、まあ、気がついたらヤキモチ焼いた由比紀とのあれこれでしたイヤッホウ! 別に意識してたわけでもないのに気がついたらこんなことに。
俺……、次回こそ春奈出すんだ。もう話も用意してあってさ。もう、後は書くだけなんだ。


あと、現在友人のパソコンであり、サイトの方での拍手返信が困難なので、こちらで返信させていただきます。

>>アルカディアの方の人物設定で暁御が抜けてるのはわざとなのか素で忘れてるのか非常に悩むのですがw わざとならわざとで何か書いてもらえると悩まなくて嬉しいです。

わざとです。ええ、覚えてます。ええ、ある意味忘れられない人ですよ。悩む必要はありません。彼女はいつでも貴方の心の中に存在しています。はい。








最後に。


薬師はいいお嫁さんになる。なんせ世話焼き女房だ。



[20629] 其の十九 俺と勉学。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5941c70c
Date: 2010/09/23 22:12
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









 ある日の縁側。

 そこで俺は本を読んでいた。


「やくしーっ!」


 そんな俺の後ろから、年若い声。

 振り向かずともわかる。春奈だ。


「なにやってるの?」


 春奈は、俺の肩口からひょっこりと頭を出して、俺が眺めている本を見る。

 俺は、そんな春奈を横目でちらと見て、目線を本に戻した。


「勉強だよ勉強」

「べんきょー?」

「そう、勉強だ。勤勉すぎて二ノ宮金次郎も驚きだ」


 俺の知る二ノ宮金次郎に驚かれても困るが。

 なんせ全裸だ。いや、今は半裸か。

 そんな二宮に驚かれても困る。

 しかし、なにはともあれ。


「あそばないの?」

「遊べないんだ」


 俺は、無垢な問いに、無情に返した。

 一日努力を怠ると、三日の遅れが出るという。

 嘘か本当かはわからん。だが、真偽はともあれ、少し勉強から離れるとどんどん記憶は薄れ、知識は零れ落ちていくのは事実だ。

 知識は知るのは容易であり、留めおくことこそ困難なり。

 まあ、復習は大事だって話だな。

 よって、早々簡単にこの本を手放すわけにはいかない。

 まあいいか、なんていって止めてしまうと結局ずるずる止めてしまうものであり、明日頑張る、と同じ類のお話になっていくのだ。


「じゃあわたしもべんきょーするー」

「んあ?」


 不意の春奈の言葉に、俺は間抜けな声を上げた。

 勉強とか好きじゃなさそうなもんだが。


「あー、いい心がけだ。でも、まだ早いだろ」


 俺は、当たり障りなく言葉にした。

 手にあるのは猿でもわかる高等結界術。しかし、どう考えてもこの本の対象となる猿は天才だ。

 むしろ、平均的に猿がこれを理解するなら、俺は猿にぼろ負けである。

 だが、春奈は自信満々だった。


「できるよっ」

「どこからその自信が」

「わたしのじしょに不可能の二文字はないわっ!」

「三文字だ」

「ふぇ?」

「……いや、いいんだ」


 きっとその辞書印刷に失敗してるんだ。

 


 平和な午後の、平和な一幕。












 そんな一日だった。

 一日だったはずだ。

 それが何故――、その次の日曜に。









「ふふんっ、やっぱりわたしの辞書に不可能の二文字はなかったわっ!」

「三文字だ」

「ふにゅ?」

「いや、いいんだ……」


 そう、そんなのはいいんだ。

 それより。

 そんなことより――。






「――なんで俺は結界に閉じ込められてるんだ」





 見えない何かで区切られた、そんな中のお話。
















其の十九 俺と勉学。














 二日目。


「やくしー。今日もべんきょー?」

「おおよ、べんきょーべんきょー」


 今日も俺は勉強していて、後ろには、春奈がいた。


「あそべないの?」

「ああ。悪いな。にゃん子とでも遊んできてくれ」

「んー……」


 果たして、にゃん子の何が不満だと言うのか。

 春奈は動く気配を見せない。


「つまんない」


 ぼそっと呟かれる言葉。

 俺はぼやくように言葉にした。


「だからにゃん子とでも遊んできてくれ」


 しかし、返ってきたのは否定。


「やだ」


 なんだ、反抗期か? と、いらん心配を始める俺の背に、ぴたりと春奈はくっついた。

 腕が俺の首元に回され、春奈は俺の背にぶら下がるように立つ。


「別に俺じゃなくても良かろうに」


 呟いた言葉に、答えは耳元で即座に返ってきた。


「やくしでいいなんて言ってないよ」

「だったら――」

「やくしがいい」


 こないだも言われたな、それ。

 しかし、俺は勉強を止める気もない。

 それは春奈もわかっているようではある。

 勉強を邪魔する気もないようで、春奈は黙って俺の背に引っ付いている。

 耳に掛かる吐息はさして気になりもしない。

 俺は黙って頁をめくり、春奈は背中にぴったりとくっついていたまま、何も言わない。

 そんな彼女は、俺の背に頬擦りしては時折肩越しにこちらを伺っている。

 眠くなる陽光の中、ゆっくりと時間は過ぎていった。

 そうして、何時間経ったのかはわからない。

 本を読んでいる間の時間の流れは実に曖昧だ。

 日はまだ紅くない。四時には至ってないだろう。

 と、そこでふと、俺は一度本を置いた。

 そして伸び。凝り固まったような気がしないでもない筋肉が、ほぐれたような気がしないでもない。

 それで、ようやく一息ついたところで、俺は春奈が寝息を立ててることに気がついた。

 起こさないように持ち上げて、俺は春奈を横たえる。


「……寝顔は可愛いんだがな」


 別に起きていたら可愛くないというわけでもないのだが。

 まあ、寝てればまるでお嬢様だって話だな。


「んぅ……、ふにゅ……」


 安らかに眠る春奈の頭は俺の膝の上だ。


「今日も平和だな……」


 その日は、まったりとした一日だった。
















 三日目。

 その日もまた、何も変わったことはなかった。


「今日もべんきょー?」

「おうさ」

「んー……」

「なになに? まずは一般家庭でも作れる簡単な結界を張りましょう。部屋の隅の一方に、エクスカリバーを刺します。……ねーよ」


 聖剣なんて普通ねーよ。


「次に、もう一つの隅に遮光器型土偶を置いてください。……ねーよ」


 土偶、あるあ……、ねーよ。


「そして、もう一つの隅に、塩を盛りましょう。……何で注意書きに博多の限定って書いてあるんだ」


 ねーよ。地獄に博多はねーよ。


「最後の隅に、ブラジル人女性を置いてください。……いねーよ」


 あーあー、確か物置の隅に置いて――、ねーよ。いねーよ。こちとら生粋の日本人だよ。何でブラジル人なんだよ。星のめぐり合わせかなにかなのか?

 しかし、何はともあれ作ってみないと始まらない。

 下詰に借りて、置いてみる。


「んで? えー……、置きましたか? 置いたな」


 ああ、聖剣が突き刺さり、土偶が鎮座。博多産の塩が盛られ、ブラジル人女性が立つ座敷だよ。

 そして、次の手順に移ろうと見た本には――。

 次はどうするんだろう、と期待しながら見た次の行。

 これだ。


「『結界が張れましたね?』あー、張れて、……ねーよ」


 確かに見た目的に入りにくくなったがな!

 そんな中、やっぱり春奈は俺の背に引っ付いていた。

 無言で立つ、無駄に綺麗で体系のいい感じのねーちゃんが、俺をじっとりと見詰めてきていたのが、気まずかった。













 四日目。

 その日もまた、変わったことはなく。


「べんきょー?」

「おう」

「なんで三点とーりつしながら本読んでるの?」

「俺にもわからん。この世は不思議でいっぱいだ」

「そーなんだ」

「あ、ちょいまて。それ以上近づくと見えるから注意な」

「なにが?」

「スカートん中」

「いいよ?」

「なにが」

「スカートの中」

「スカートの中がどうしたんだ」

「見てもいいよ? やくしなら」

「気持ちだけ受け取っておこう」






















 そして五日目。

 思えば、もしかするとこの辺からおかしかったのかもしれない。

 俺にはわからなかった、何かが。


「お昼ご飯、わたしがつくるっ!」

「待て、落ち着け」

「どーして?」

「包丁は逆手で持つもんじゃない」

「じゃあ、こうねっ!」

「人差し指と中指で挟むもんでもない。……星流れでも放つ気か」

「じゃあどうやって持つの? こう?」

「ああ、それで投擲されたら俺の眉間に刺さる自信がある……、いや、俺が作ろう。ほれ、包丁寄越せ」

「うん……」











 六日目。

 ことの起こる前日だ。


「今日もべんきょーなの?」

「ああ」

「そういえば、なんで昨日は学校お休みだったの?」

「ああ、そういえば休校だったか。まあ、祝日ってやつだ」


 敬老の日だが。誰か俺をいたわれ。


「しゅくじつ?」

「お休みの日だ」

「えっと……、あるはずなのにお休みで、お休みのはずなのに学校があって……」

「あー、わからんならわからんままでいい」

「ん……」


 やはりそこまで変わったこともなかった。

 なかったが。






 なかったが、それは起こったのだ。









「やくしの……、バカ」
























 やはり、その日も俺は本を読んでいた。

 春奈も、そこに居た。


「今日もべんきょー?」

「ああ、勉強だ」

「今日も遊んでくれないの?」


 そして、問いに俺は肯いた。

 その瞬間だった。


「やくしの、ばかっ」


 不意に、縁側の先に、薄く青い膜が張られたのは。

 俺は、驚きに目を見張る。

 それは、結界であった。

 四方の壁。それは間違いなく、何かを逃がさないようにするための結界。

 俺は立ち上がって後方、春奈の居るほうをみる。


「春奈、お前さんか?」


 状況的に、それしかあり得ん。

 俺の問いに、春奈はその小さい背で胸を張った。


「ふふんっ、やっぱりわたしの辞書に不可能の二文字はなかったわっ!」


 どうやら、結界は春奈の仕業らしい。

 非常に未熟な結界ではある。七割方、力任せと言っても良い。

 その力任せを通すほどの力があるというのはさすがというべきか。

 しかし。


「三文字だ」


 不可能は三文字である。


「ふにゅ?」


 そんな突っ込みむなしく、俺は訂正を諦めた。


「いや、いいんだ……」


 そう、そんなのはいいんだ。

 それより。

 そんなことより――。


「なんで俺は結界に閉じ込められてるんだ」

「すごいでしょっ!?」

「あー、すごいすごい」

「むぅ……」


 俺の適当な返事に春奈はむくれて俺を見上げた。

 俺は、苦笑交じりに春奈に聞く。


「どこで覚えたんだ?」


 一体どこで結界なんて学んできたんだ、と聞いてみれば、春奈は元気よく答えた。


「お母さんが教えてくれたよ?」

「そうかい」


 なんてもん教えてんだ、と突っ込みたい話だが、人様のお宅の教育に口を出す資格もない。

 俺は話題を変えることにした。


「解いてくれないか?」


 別にあってもいいが、張りっぱなしは目に毒だ。

 目の前に水族館にでも居るかのような青さを見せ付けられたままというのは、精神的によろしくない。

 光すらも、その色を変えて、青く頁を照らしているのだ。

 だが、春奈は首を横に振った。


「やだ」

「どうして」


 当然のはずの問いに返ってきたのは、


「解いたらやくしどっかいっちゃうもん」


 拗ねた子供のような言葉だった。いや、拗ねた子供なのか。


「いかねーよ。ずっとここだよ」


 縁側で座って本読むだけだ。

 しかし、春奈はそうは捉えていなかった。


「一緒にいてもとおいよ」


 一緒にいても遠い? 今ひとつ言ってる意味が俺にはつかめなかった。

 ただ、解く気がないことは伝わっている。


「そーかい」


 観念して、俺はその場に座り込んだ。

 春奈も、満足したように、俺と向き合うように座る。

 しかし、その表情はいかにも不満げだ。

 理由が俺にわかることもなく、俺は辺りを見回した。

 やはり青い。

 そんな青い景色の中、俺はぼんやりと呟く。


「しかし、お前さんも結界内じゃ片手落ちだろうに」


 春奈も結界の中じゃ無意味だ、と俺は言葉にした。

 春奈は、首を傾げる。


「かたておち?」


 俺は、投げやりに答えた。


「いや、わからないなら別に無理して学ぶ必要はないさ」


 ゆっくりやればいい、と言おうとして――。

 失敗したと思ったのは次の瞬間だった。

 そもそも、何で結界なんて学んで、この場で張ったのか。

 それを俺はよく考えるべきだった。




「あきらめちゃやだっ!」




 なんだ、と思ったら、春奈は涙をこらえて立ち上がり、顔を真っ赤に俺を見ていた。


「やだよ……! わたし、がんばってべんきょーするから!」

「あー……、お前さん」

「だからおしえてよ。たくさん、いっぱい。わたしがんばるからっ」


 ……どうやら、邪険にしすぎたらしい。

 邪険というほどに扱ったつもりもないのだが――、寂しかったのだろう。

 だから、わざわざ勉強して結界まで張ったわけか。

 肩を震わせ、真っ赤な顔で、今にも泣きそうにしている春奈。

 そうさせたのは俺か。

 何か言おう、と思って俺は口を開きかける。


「春奈――」


 だが、それは途中で止まった。

 青い膜が、割れる。


「え?」


 春奈が驚いた顔をしていた。

 狙ってしたものではない。きっと、感情の昂ぶりで制御を失ったのだ。

 問題は、その破片が、ところ構わず降り注ごうとしていることだ。


「ちっ、面倒な……!」


 考えたころには、身体は動いている。

 春奈を抱き寄せ、風を吹かせる。

 破片が舞い、俺たちを避けて、破片は散って消えた。

 静かな空間に、俺と春奈だけが残される。


「やくし……、ごめんなさ――」


 何も言わなかった俺を、不安げに見上げていた春奈が呟こうとした言葉を、俺はさえぎることにした。


「――片手落ちってのはだな、手落ちと、片をあわせたもんでだな。一方に手落ちがあることだ」

























「手が、落ちるの?」

「違う。この場合の手は手際だのの手の類でだな。要するに仕事だ」

「仕事が落ちるの?」

「間違いじゃないが、そのまんまじゃないぞ。要は仕事に落ち度、失敗があることだ」

「んー……、手落ちは、お仕事がうまくいってなかったってこと?」

「そうだ。で、片手落ち、って言うのは、完全な失敗じゃないが、どこか一つに手落ちがあるってことだな」

「ふーん?」

「わかったか?」

「うん。ありがとっ」


 俺の膝の上で足をぱたぱたとさせて笑う春奈。

 まあ、あれだな。

 一日サボると勉強は三日遅れるというが、春奈は一日構わないと三日分拗ねるので仕方がないということで。


「えへへー……」

「楽しそうだな」

「たのしいよ?」

「そーかい」

「うん、やくしの、いっぱいちょーだい?」

「いくらでもくれてやるよ。なけなしの知識でよければな」


「うん。たくさんおしえて」

















「もしもし? 春奈はそちらにいるので?」

「ああ、愛沙か」

「帰りが遅いから電話を掛けたのだけど。それで、春奈は?」



「――春奈? 春奈なら今俺の膝の上で寝てるぜ?」



 学んで寝る、ねえ。羨ましい生き方だよ。本当に。
























「薬師さま。……物置にブラジル人と思しき女性が」

「……下詰に返しといてくれ」



















―――
そんなこんなで、未だパソコンは直っていないのですが、春奈でした。
完全書き直しです。なんか予定とずれた結果で落ち着きました。











返信。

志之司 琳様

はっと思いついたのが由比紀編でした。流れ的に。うっかり当てちゃった貴方はきっとニュータイプ。パソコン崩壊については、自分もさほど詳しいわけじゃないので、リニアシークエラー出るんだからハードディスクが飛んでるっぽいや、くらいしか。
由比紀は、やっぱり、心は乙女、外側妖艶気取りなのが肝心なんだと思います。ただ、剥がれた鍍金でも通したいってのは格好いい気がしないでもなく。
呼び出された閻魔の方は、きっと不穏な空気を振りまいてたに違いないです。葬式もかくやのテンションで、運営崩壊の危機が巻き起こります。
あと、珍しく薬師が由比紀のギャップに動揺してましたね。どちらかといえば、子猫を見る目に近いのが問題ですが。ここで聖域があれば勝てたんじゃあるまいか。


春都様

やたらと面倒見はいいのですけれどね。むしろそこが問題なんだと思わなくもないですが。もういい加減に自重しなさいと。
世話焼きまくるくせに、自分は父親気取りというか、友人以上の何者でもないですよ感が悪いんです。もう最後まで世話してもらいたいもんです。
まあ、今となっては閻魔の世話を焼かないと、閻魔がどんどんと駄目人間へと落ちていくのでどうしようもないのですが。
閻魔妹は、前回乙女チックに頑張ってましたね。レベル的には薬師とお似合いのレベルだと思うんですが。


奇々怪々様

ああ、自分も遊んでて放置されたことありますよ。所在無げになるんですよね。自分のことするにもなんか気になるし、何しに来たんだお前は、と。
あと、やってたゲームは多分、某狩ゲーじゃないかなと。なんかマルチプレイしてましたが。あの台詞を和訳すると、
とりあえず、「ふん、ここがいいんだろ?」→弱点攻撃。「んっ……、乱暴なのね」→荒いプレイですね。「優しくなんてできるか。今にも逝きそうだ」→手加減なんてできません。したら死にます。「あら、大丈夫かしら。そういう私も余裕はないのだけど」→そのまんま。「ほら、ぶちまけるぞ」→全体回復アイテム撒きます。と、こんな感じ。
そんな会話をエロくできる彼らに脱帽です。とりあえず薬師爆裂四散しろ。


光龍様

どちらかを選ぶと角が立つなら両方選べばいいってことですねわかります。ええ、わかりますとも。
ソファの両サイドに二人並べて肩に手乗っけるんですね、虎に五体ばらばらに引き裂かれればいいのにと神に祈りたいです。
更に、ぺったんこ幼児体型と、グラマーな二人を同時にとか贅沢がフルバーストです。間違いなく。
親子丼、姉妹丼、むしろ一族まるっととか、そんな領域に達しそうな気がしないでもないですが。このままの流れだと。


長良様

誤字報告感謝です。閻魔の方はノーマークでした、修正しておきますね。
しかし、確かに友人のパソコンだと名前がちゃんと出ないことこの上ないです。
あと、IMEも2007とかの違いで、出る字と出ない字があってなかなか大変です。直るまでの辛抱なのですが。
かといって、友人のパソコンに辞書登録するのはそれはそれでなんか気恥ずかしいものが。


通りすがり六世様

大概の完成作は発表済みだからいいのですが、いくつかの未完成作が消え去ったのは痛いです。俺賽に関してはシリアス以外プロットが殆どないので問題なくいけますが。大天狗奇譚書き直しだー。
しかし、よく考えると、閻魔一族の攻めですね、ここ三つ。次は愛沙か、それとも玲子か。思いついたネタしだいですけど。
由比紀は、結局閻魔と似て格好付けというか、外面に結構拘るタイプなんですね。結構メッキ剥がれがちですけれどもね。
閻魔は、もう既に基本的に甘えっぱなしな気がします。薬師が居ないとそろそろ生活困るレベルに達するんじゃないですかね。












座敷の隅に置かれた人の名前は、マニュエラ ブラジレイロ デ アルメイダ シルヴァさん。年齢二十七、下詰神聖店でバイト中。彼氏募集中である。



[20629] 其の二十 俺と煙草。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e541aed0
Date: 2010/09/26 22:39
俺と鬼と賽の河原と。生生世世











「やあ。頑張ってるみたいだね」

「おお、憐子さん……、その格好はなんなんだ?」

「んっんー、あれだね、行き詰ってるようだし、力を貸してやろうかと思ってね。こういうのは私の得意分野だ」

「いや、ああ、そいつは助かるんだが。その格好はなんだ一体」

「ん? 似合わないか?」

「いや、似合ってはいるんだが……、言わせて貰おう、なんでやねん」

「ふむ、あれだね。形から入る、というやつだよ、薬師」

「形から入っても仕方ないだろーに」

「駄目かい? 萌えないかい? 結構自信があるんだが」

「正直――」


 憐子さんは、ポニーテール、眼鏡、そしてなぜか白衣でそこに居た。


「俺に聞かれても困る」




















其の二十 俺と煙草。















「さて、今日は久々に白衣に合わせてYシャツにプリーツスカートなわけだが、どうだい?」

「……ミニスカートって年じゃないと思う」

「聞こえないな」

「後、それ俺のYシャツっぽいんだけどどうだろう」

「仕方がない、伸ばすとしようか、スカートを」


 瞬間、その通りにスカートが伸びた。

 淡い茶色に、黒いレースの付いた落ち着いた長いスカートだった。

 そんな風に伸びるスカートを見届けて、俺は追って声を上げる。


「思い切り誤魔化された気がするんだが、それ、俺のYシャツじゃ……」

「さて、研究しようか。今から言う本を取ってきてくれ」


 またはぐらかされた。まあ、いいか。今更だし。

 ちなみに、ここは下詰神聖店書庫である。

 いるのは、憐子さんと俺だけ。

 そして、そのYシャツは明らかに俺のっぽい。


「セラエノ断章、無名祭祀書、あとエイボンも頼む」


 しかし――、これ以上の追究は不可能だった。

 煙に撒かれ、はぐらかされている。

 こうなったら、何を聞いても無駄だ。

 あきらめて、俺は本を探すことにした。

 憐子さんが手伝ってくれるのは、願ってもないことである。

 大体、知性のある生き物というものは、長生きすると、数種類の方向に流れていく。

 闘争に生きる者、ひたすらに研鑽を積む者、とりあえず世界制服とか考えてみるもの。の三種類が主になる。

 長く生きると暇で仕方なくなり、これら三つのうちどれかに暇つぶしを求めるのだ。

 憐子さんはその二つ目で、山篭りして修行だとか、悟り啓くだとかとは無縁だったが、どうでもいいこととかを研究するのは得意中の得意だった。

 周囲から霊力を吸収し、マイナスイオンをはき続ける機械なんかがその最たるものだ。

 近寄ると落ち着くように見えて、霊力を吸収され、衰弱していく素敵に無意味な代物である。

 意味があるようでないから楽しい、と憐子さんは言うのだが。

 まあ、要するに学者肌というわけでもないが、なんだかんだと幅広くこなしてしまうのが彼女なのだ。


「あー、セラエノ……、せ、せ」


 そんなこんな、思考しているうちに、三冊の本を取り出し、俺は憐子さんの元へ向かう。


「もってきたぞー」


 何らかの本を立ちながら読んでいた憐子さんが、本から視線を離して俺を見た。


「ああ、ありがとう」


 笑顔で、礼を言う憐子さんに俺は三冊の本を手渡す。

 そして、手渡すなり憐子さんはその本を机に置いて、次だ、と歩き出した。


「悪いんだが、脚立を抑えていて貰えるかな?」


 そう言って憐子さんが指差したのは本棚の上だ。

 なるほど、確かに届かない、と俺は本棚の横においてあった頼りなげな脚立を憐子さんの前に置く。

 憐子さんは、それを見るなりにやりとからかうように笑う。


「下から覗くなよ?」

「覗かん」

「これはある意味OKサインというものだよ?」

「英語で言うならノーセンキューというやつだ」

「助平なのはいやだが、しかし興味を持って欲しいと言う複雑な乙女心さ」

「とりあえず、御免被る」

「そういわれると覗かせたくなるの、なんでだろうな?」

「俺に聞かないでくれ」

「むう……、相変わらずつれないな……」


 そんな会話を繰り広げつつ、憐子さんは脚立の上へ優雅に座った。

 そして、本を手に取り開いて中を見る。


「どうだ? 目的の本は」


 上へ向かって問いかける俺。

 憐子さんは、本を開いては次と、あれこれ探していく。


「なあ薬師、気にならないかい?」


 不意に、憐子さんは声を上げた。本から目線を離さないままに。

 果たしてなんだろう、と俺は思案しながら憐子さんに問いかける。


「何がだ?」

「脚線美」


 脱力。

 気にして堪るか。真顔で言われても反応に困るだろうに。

 そんな脱力した俺の上から、声は降ってくる。


「目的の物発見だ。受け取っておいてくれ」

「あー、うん」


 上方から差し出された本を受け取りとりあえず近場の本棚に立てかけて、俺は憐子さんが降りてくるのを待った。

 憐子さんは、下に居る俺を見てにこりと微笑んだ。


「覗くなよ?」

「何度言っても答えは同じだ」

「そうか……」


 冗談めかして言って、憐子さんは脚立を下り始める。

 俺は下を向いて待つ。

 ふと、そんな時だ。


「おっと」


 そんな声が響く。


「ん?」


 どうした? と、俺が上を向いたその瞬間。


「……おい」


 そこには憐子さんが居た。

 憐子さんが――、地面へと自由落下していた。

 こりゃいかん、と俺は受け止める。

 受け止めてから気付いた。

 ――そういやこの人、飛べるじゃねーか。

 馬鹿め俺、おのれ俺、掛かったな俺。

 百八人の脳内俺が全員一致で、落ち着け、これは憐子さんの罠だ、という結論に達したその時には。

 俺はすでに憐子さんの下に敷かれていた。


「おい」

「なんだい?」


 俺はこの人に何度馬乗りにされればいいのか。

 考えるだけ無駄か。


「とりあえずこれはどういうことだ?」

「つれない薬師に実力行使、さ」


 実に楽しげに憐子さんは俺を見下ろしている。

 俺は諦め気味に目を逸らした。

 そして、不意に憐子さんは俺に聞く。


「そういえば、昔、煙草吸ってたんだって?」


 藪から棒な問いだった。

 確かに、吸ってはいたのだが、この状況とこの問いがどうにも結びつかない。


「誰から聞いたんだ」


 口をついて出たのは、呆れたような溜息のような言葉だ。

 憐子さんはあっけらかんと言い放つ。


「下詰だ」

「あいつめ、人の個人情報、ぷらいばしいというものを……」

「日本円にして二十円で快く話してくれたぞ?」

「安っ、俺の個人情報やっすっ!」


 まさか二十円とは思わなかったぜ。

 いや、すごい高値が付いていても反応に困るのだが。

 しかし、それにしても。


「だけど、まあ、吸ってたよ。で、なんでそんなこと聞くんだ?」


 そこだ。

 なんでいきなりその話題なのだ。


「ダメかい?」

「あんま触れて欲しくないっつか、恥ずかしい話ではある」


 そう、煙草を始めた理由はともかく、止めた理由は間抜けすぎて、藍音にだって話したことはない。

 確かに、必要なくなった、という側面もあるのだが、それはともかく。

 当の憐子さんは、俺の目をまっすぐに見て、愛おしげに微笑み、言う。


「煙草を吸っていた薬師、というのは私の居なかった時代の薬師だ」


 まあ、その通りだ。確認するまでもない事実に、俺は一つ頷く。

 憐子さんもまた、満足げに頷いた。


「それは私の知らない薬師だよ。私の知らない薬師なんだ。知りたいと思うのはお前への害悪かな?」

「いや、だがね、もう吸ってないわけで。別にそれで問題なかろーに」

「――いいや」


 憐子さんの人差し指が、俺の鎖骨から胸元へと滑っていく。

 そして、心臓の辺りで、ぴたりと止まった。


「知りたい、知りたいんだよ。うん、私は知りたいんだ」


 憐子さんは笑っている。楽しげに、妖艶に、幼稚に。不思議な笑みだ。


「何を?」


 俺は困ったように声を上げる。

 返ってきたのは即答だ。


「お前を」


 俺を射抜く瞳は少女のように輝いていて、娼婦のように挑発的。


「お前の奥の奥まで。私の知らないお前を。既に知ってる薬師も。二つ知って初めてわかる君も。何もかもだ」


 視線は熱っぽくて、笑みは子供っぽくて、真っ直ぐだった。


「教えてくれないか?」

「お断りしたいね」

「ふふっ、そうか。でも答えは聞いてない」

「ひどいな」


 半眼で、俺は憐子さんを見上げる。

 気が付くと、憐子さんは口に何かを咥えていた。

 煙を燻らせるそれは――、煙草だ。


「ふむ、似合うかい?」

「煙管の方が似合うんじゃないか?」


 俺は素直に言葉にした。

 憐子さんは、眉をぴくりと動かして、わざとらしく唇をゆがめた。


「そうかそうか。まあ、薬師の方が似合いそうに見えるがね」

「そうかね」

「まるでニコチン中毒者みたいな顔をしているからね」

「酷いな、おい」


 あんまりな物言いだ、と俺は口答えしようかと今一度口を開きかける。


「むぐっ」


 が、失敗。

 口に咥えさせられたのは煙草だ。

 俺の口元に寄せられた白い指が、白と黄土の紙の筒を摘んでいる。


「ほら、やっぱり似合う」

「あー……、まったく。なんでこんな」

「お前に興味津々なのさ。お前のことで頭が一杯なんだ」


 切なげに、憐子さんは口にした。

 そして。


「責任取ってくれるね――?」


 笑顔で放たれた言葉には、俺はだんまりを決め込むことにした。

 対する憐子さんは、冗談めいたような、からかうような顔だ。


「あんまり構ってくれないと、拗ねてしまうよ?」


 俺は口を一文字に結んだまま何も言わない。

 すると、次第に息が苦しくなっていた。どうやら間抜けなことにいつの間にか息まで止めていたらしい。

 俺と憐子さんのにらみ合いは続く。

 無言の時間が続き、いい加減苦しくなる。

 そして、息を吸おうとして――、


「げほっ、ごほっごほっ」


 思い切りむせる。俺の肺が煙に拒否反応を起こしていた。

 不意に、見詰め合うことで張り詰めていた空気は霧散。

 憐子さんは声を上げて笑いを表現。


「あっはっは、格好悪いなぁ。薬師」

「悪かったな。もう百年単位で吸ってねーんだよ」


 俺は拗ねたように顔を横に向ける。

 煙草は咳き込んだ隙にどこかへ消えた。

 危ない気もするが、もとが憐子さんの作ったものなので憐子さんがどうにかするだろう。


「悪うござんしたね。憐子さんの知らん俺は随分と格好がつかんらしい」


 少々ぶっきらぼうに言った俺の言葉は、憐子さんに何の痛痒も与えることもなかった。


「ははっ、それでいいのさ」

「そいつは酷いな」

「いいや。全部知りたいっていうのはそういうことだよ。格好悪いところも、全部見たいのさ。格好いいところも、情けないところも、私に見せてくれ」


 相も変らぬ笑みからは、相変わらず何を考えているのか俺には読み取れない。


「その上で――」


 不意に憐子さんは俺の耳に顔を寄せた。

 そして言うのだ。


「――まるごと愛すさ」


 囁かれた言葉はどこからどこまでが冗談で、どこからどこまでが本気なのかわからない。

 この人はそういう人だ。真に受けたら馬鹿にされることこの上ないのだ。

 まあ、俺とて、憐子さんを愛していないわけではない。拾ってくれた恩もあるし、それを抜きにしても、憐子さんのことは嫌いじゃない。

 だが、俺は冗談めかして言葉にする。そのままを言葉にするのはあまりに照れくさいじゃないか。


「ありがたくて涙が出るね」

「どういたしまして」


 憐子さんも、わざとらしく微笑む。この位が丁度いい。


「ああ、にしても参るね。こんな恥ずかしい台詞を吐いてしまうのはどうしてだと思う?」

「知らん」

「お前のせいだよ。悩ましいね」


 その顔は少しだけ赤かった。

 白に朱が映える、と俺は心のどこかで考える。

 そして、憐子さんは囁くように呟いた。


「この私が、お前の前では小娘さ。うん。もう一度聞くよ――」


 瞬間、二度目の、接近。

 憐子さんの顔が俺の顔へと近づく。

 一寸の距離まで、それは近づいた。


「――責任取ってくれるね?」


 そして、俺が何か喋ろうとして――、


「勿論、答えは聞いてない――」


 その距離はゼロになった。

 息が詰まる。果たして、何秒その状態だったのだろうか。


「おい、憐子さん……。いきなりなんだってんだ」


 離れた憐子さんに、俺は抗議の声を上げる。

 憐子さんは、笑っていた。


「なに。気になったのさ。そう、知りたいと思ったんだ」

「一体何を」


 俺の問いに、憐子さんは何事もなく、あっさりと言い放つ。


「お前の味さ」


 そう聞いた瞬間には、突込み気味に俺は呟いている。


「どんな味だよ」


 俺の言葉に憐子さんは、自分の唇に、指を当てて感触を反芻するかのように目を瞑った。

 そして、数秒立ってから、俺を見る。


「特に味はしなかったが……。あれだね……、気分的にはすごく甘い。うん……」


 恍惚とした表情で、呟いた言葉は虚空へと溶けて消えた。

 そうして、憐子さんは立ち上がった。

 俺は地面に転がったままだった。

 憐子さんは、そんな俺に背を向ける。


「……やっぱり迷惑かい?」


 そして、届いたのは平坦な声だった。

 いつもと変わらぬ声だが――、どこか不安げだと、俺はなぜか思った。


「言ったと思うんだがな。教えて欲しいって言った憐子さんに、断るって」

「そうだね」


 俺は、転がったまま、天井に向かって口にする。


「でも、だったら憐子さんは勝手に調べるんだろ? それが俺の知る憐子さんってやつだ」

「そうだね、そうだったかもしれない」

「だから俺は教えない。後はまあ――、頑張れ。なあ? 憐子」


 憐子さんは、かみ締めるように呟いた。


「そうか。そうか」


 そして、彼女は歩き出す。


「ふふ、いつか、薬師の頭の中を私で一杯にしてみせるよ――」

「――勝手にしてくれ」


 ただ、一度止まって振り返り、彼女はいつもの笑みで、俺に問う。





「どうだった? 私の味は――」





 あー……、そうだな。



 いや、答えは聞いていないのか。









 相変わらず不思議な人だ。行動が謎過ぎる。まるで嵐。

 まあ、何時の日か、その思考を理解してみたいと思わなくもないが。

 きっとそこには、俺の知らない憐子さんもいるのだろう。



























付録。



「そういえば薬師様、煙草の話題が先日挙がったのですが」

「ん? ああ」

「たまに吸いたいとは思わないのでしょうか」

「お前さんがやめさせたんだろーに」

「その件については反省しております」

「どういうこったよ」

「あの頃は私にとって黒歴史なのです」

「それこそ一体どういうことだね」

「あの頃の私は、……煙草のフィルターにも嫉妬していたのです」

「今は?」

「煙草のフィルターを愛せます」

「……さいで」

「ところで、何故あんなにあっさりと煙草をやめていただけたのでしょう」

「ん? 言わなかったか? 煙草なんてなくたって十分落ち着くってな」

「それだけでしょうか」

「それだけさ」

「そうですか。では私は仕事に戻ります」

「ああ、頑張ってな」


 いつもの足取りで、俺の前から去っていく藍音。

 それを見送って、俺はぼんやりと口にした。

 『天狗は肺癌で死なねーよ』と豪語してた俺が――。




「――お前さんの健康に悪そうだと思ったから、なんて言えねーよなぁ……」


























―――
なんか暴走気味なのはパソコンが直ってないせいです。
いまいち調子が出ないような出すぎて困ってるような。

結局、薬師も憐子さんを愛してはいるんでしょうけどね。

それが家族愛なのが問題だ、と。











返信。

怜様

マニュエラ ブラジレイロ デ アルメイダ シルヴァさんですか。突如部屋の隅に立っていたら都市伝説ですよ。すでに。
まあ、押入れの中に入ってても気絶ものですが。実質倉庫で発見したのが銀子だったら漏らしてるでしょう。
ただ、そんな扱いでも、文句一つ言わないことの方がホラーです。果たして職務内なのでしょうか。
そんな彼女は普段は下詰神聖店の店員さん。どちらかというと置物臭がしそうですけどね。


SEVEN様

結界スキル磨いて薬師を永遠に隔離……、つまり真のヤンデレは春奈であるということですねわかります。
あと、きっと張れるんですよ。あれで結界も。ただし、高等結界術なので、結界に造詣の深くない薬師では無理なのです。きっと。
むしろエクスカリバーまで刺してどんな結界を張るのかというお話になってくるわけですが。
まあ、薬師が駄目男なのは動かしようのない事実です。むしろもう駄目じゃない部分が見当たりません。


FRE様

博多の塩。むしろ、博多で使われてる塩ならどれも博多の塩な気がしないでもないです。
そして確かに、モアイは行けて土偶は駄目という理屈はない。一分の一スケール自作土偶フィギュアが飾られる日も近いんじゃないでしょうか。
んで、多分あれです。結界術の始めの部分にきっと、四角い部屋を用意します、って書いてあるんです。どうやって用意したものかわかりませんが。
最後に、多分薬師が敬老の日でもっとも敬うべきは憐子さん――。来客のようです。新聞屋か何かでしょうか。


奇々怪々様

薬師ざまぁ、そのまま結界狭められて圧死しろ、というのは健全な証です。正常です。問題ありません。むしろ、暖かいまなざしを向けられる場合、由壱です。
そして、高等結界術ですが、見た目的に入りにくいので成功なんじゃないですかね。私なら、謎のブラジル人女性が居て、盛り塩してあって、エクスカリバーが刺さってて、土偶の置いてある部屋には入りたくありません。
で、まあ、やっぱり薬師一人では限界が。先生に手伝ってもらいます。しかし、尻にしかれてます。物理的に。
物置にマニュエラさんが居たのは、薬師によれば「後で返しに行こうと思っていた。素で忘れていた。他意はない」とのこと。

志之司 琳様

他の人々はプライドとか、恥とかその他もろもろで強がったりしますからね。薬師に体当たりで攻めれる春奈は強いです。
そして、「やくしのお嫁さんになったげる」「大きくなったらな」→「嫁の貰い手居なくなるぞー」「もういないよ?」「そいつは災難だ」「だからやくしがもらってよ」「んー。まあいいか」てな展開が待っていそうな予感。
高等結界術は、薬師には高等すぎました。色々高等すぎて不可能と悟ったんじゃないですかね。きっと天才と紙一重の馬鹿にしか張れないんです。
しかし、伯方の塩ってブラジル方面だったんですか。予想以上にハイカラなところで作ってるんですね。そして下詰ならエクスカリバーの在庫がとか言い出しそうで怖い。


光龍様

確かにヤンデレな気もしましたが、別にそんなこともなかったです。子供故のってやつですね。素直な良い子なので問題ありません。
まあ、現状だと、危うい感じもありますが。子供故の無邪気さというか。常識の無さというか。薬師の教育しだいでヤンデレ化もありえます。
そして、親に直接隣で寝てるぜ的発言をぶっぱする薬師。もう怖いもんなしです。正気の沙汰ではありません。
何故、ブラジル人が必要だったのかは私にもわかりません。星の巡り合わせ的な魔術的意味でもあるんでしょうか。


通りすがり六世様

春奈はこの作品における数少ない正真正銘の乙女ですからね。年若き乙女であります。実年齢うん百歳とは違うのです。
そして、意外と素で男を惑わすような台詞を放ってくるのである意味薬師タイプかもしれません。恐ろしい子です。
後、薬師は高等結界術の本を読むより独学でやった方が早いんじゃないですかね。流石に猿でもわかるを読むより早い気がします。
まあ、どう考えてもベターでベストは、他の皆さんに聞いてみる、でしょうけどね。閻魔妹なら、一日デートでもしてあげればホイホイ禁術とかいきそうです。







最後に。

そういえば研究はどうしたお前ら。



[20629] 其の二十一 俺と甘いお菓子。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:8bad8a20
Date: 2010/10/03 21:51
俺と鬼と賽の河原と。生生世世











 トリックオアトリート?

 今年のハロウィンは、少しだけ早いらしい。












其の二十一 俺と甘いお菓子。












 憐子さんは、朝起きて降りてくるなり、俺に言ってきた。


「トリック オア トリート? わかるかい薬師」


 馬鹿にしてんのか、と俺は半眼で返す。


「それぐらいしっとるわ。ハロウィンだろーが」

「じゃあ、今年のハロウィンが早いというのは?」


 初耳である。


「……はい?」

「他の行事との兼ね合いだそうだ。それで、決行が早くなるわけだが……、いたずらさせてもらうとしようか」


 他の行事。一体なんだろうか。色々な行事入り乱れ、混沌とした地獄だから、何があるのかさっぱりである。

 しかし、それによって、十月上旬にハロウィンとは酔狂な。

 と、そこまで考えて、俺は思考を呼び戻す。もっと重要な案件があるはずだ、と。


「あー、うー、あー、あ。あった」


 誤魔化すように時間稼ぎ。俺はポケットの中に手を突っこみ、光明を見る。

 そう、あれだ。

 憐子さんにいたずらされると洒落にならん。


「ほれ、飴さんをやろう」

「食べさせてくれ」


 少し不満そうだったが、すぐにいつものにやけ面で、憐子さんは言った。

 自分で食え、といいたいところだが、これ以上は危険である。俺も譲歩しなければならない。俺が全てしたいようにすると、後でしっぺ返しがやってくるのだ。


「ほれ」


 諦めて、飴の包み紙を取り、つまんで憐子さんの口元に運んでいく。


「はむ……」

「俺の指ごと食わないでくれ」





















 そして、いつもの河原。


「おはよう薬師」

「おう、おはようさん」


 やってきた前さんに、俺は片手を上げて挨拶した。


「知ってる? 今日ハロウィンなんだよ」

「あー、聞いた聞いた。なんなんだろうな。いったい」

「あ、薬師ってハロウィン知ってるんだ」

「とりあえずお前さんたちが俺をどう思ってるかよくわかった」


 俺とてハロウィンくらい知っているとも。

 笑って誤魔化す前さんに、俺は半眼になって眉を顰めた。


「あはは……、でも何の行事との兼ね合いなんだろうね」

「なんだろうな。よくわからんが、有名な行事でも入ったのか?」


 まったく俺に心当たりはない。俺の出身の世界以外での行事なのだろうか。

 考えながらも俺は石を積む。


「あたしもよく知らないんだよね。ぱっと思い当たんないし」


 やはり、俺の知る文化圏の行事ではないのだろうか。

 果たして何をやらかすのか後で閻魔に聞いてみよう。


「ところで、前さんは参加すんのか?」


 そして、俺は何の気なしに前さんに聞いて見る。

 すると、彼女は頷いた。


「うん。子供達にお菓子を配るんだけど」


 前さんが配るとどう考えても子供に混じって見えなくなるな。

 とは言えなかった。

 言ったら最後、ぶたれる、泣かれる、セクハラだと訴えられるのどれかじゃないだろうか。

 どれが来ても俺の最後である。

 こんな人たっぷりの場所で泣かれたり、セクハラで訴えられたりしたら、肉体の死の次は社会的な死を迎えるだろう。


「俺にもお菓子くれよ」


 己の心を誤魔化すように、冗談めかして俺は言った。

 前さんは、悪戯っぽく笑う。


「薬師は大人じゃん」

「男はいつだって心は少年だ」

「思春期のしの字も残ってないくせに」

「少年だ。閻魔とかと比べれば」

「じゃあ由壱君とかはなんなのさ」

「……受精卵?」

「あんまりだね」

「あんまりだな」


 しかし、ハロウィンか。

 まあ、菓子の類についてはきっと藍音がどうにかしてくれるだろう。

 俺は勝手にたかを括り、責任を放棄した。


「俺たちがハロウィンするのは間違いなんじゃないかと思うんだがな」

「それは言いっこなしっ。楽しまなきゃ」


 叱るように、腰に手を当て前さんは言う。

 まあ、地獄の行事なんて七割そんなもんか。

 俺はわざとらしく肩を竦めた。


「あー。まーな」


 言って、俺は仕事に集中する。

 前さんは、脈絡もなく呟いた。


「だから、今日は午後までだね」

















 さて、仕事も午後までで終わり、俺は街を歩く。

 別に理由もない。

 いや、直帰するには、あまりに寂しかった、というべきか。

 だから、街を歩く。

 歩く街はすでにハロウィン一色だった。

 ――ただし。

 仮装内容は混沌としていたが。

 そもそもだ。

 地獄では吸血鬼だの狼男だの持ち出しても仮装になりえないわけで。


「年増のミニスカセーラー服ッ!!」

「うわぁあああああ!! 見てらんねえ!!」


 ……こういうことである。


「明日提出の書類束!!」

「ひええええええええええ!」

「底知れぬ触手的な何かっ!」

「キメェ!」

「浮気現場を発見したうちのかみさん!!」

「それもう鬼や!!」

「アルミホイルッ!」

「噛んだ時のことを思い出すだけで背筋が震えるッ、悪寒が走るッ……!!」

「石の裏に虫びっちりっ!!」

「生理的に気持ち悪い!!」

「サイクロプスっ」

「正真正銘本物だっ!」


 要するに、普通にいるわけだ。吸血鬼も狼男も。

 そうすると、すでに吸血鬼の格好をしても、米国人の仮装をした英国人というわけのわからない代物になるのだ。

 よって、この状況である。

 街は阿鼻叫喚。各員の恐ろしいと思うものを見せびらかす大会になっている。

 くしゃくしゃに丸めたアルミホイルの着ぐるみとか。

 紙束の着ぐるみとか。

 そして、ふと、そんな混沌街の中、俺は知り合いを見つけた。

 見つけたくなかったのに。


「ブライアン。なにやってるんだ」


 ブライアン・ブレデリック。


「花屋の売込みだが」


 まるで中世の騎士のような男である。

 意志の強い切れ長の瞳。女性であれば、思わず溜息を漏らすような精悍な顔付き。

 金の髪は後ろに撫で付けている。


「……その格好はなんだ」


 そんな男が。


「ハロウィンの仮装だ」


 全身桃色タイツで花を配っていた。


「……どういう仮装だ」

「妖精だ」


 それはもう、全身タイツであった。

 すでに顔しか見えていない。怪しいことこの上なし。


「……よう逝?」

「妖精だ」

「いや、ないだろ。そんな全身タイツ妖精ないだろ」

「妖精だ。我が国ではオーソドックスなタイプだぞ」

「……うわぁ、なんかすごい壁を感じた。文化の壁がドイツを東西に割るかの如く横たわっている」


 もう、それは妖精ではないでござる。


「なにか言ったか?」

「いや、なんでもない。が、俺の全常識に懸けて、何処が妖精だよと聞きたい。」

「フェアリー剣術が使えるぞ」

「……ああ、そっか」

「刃を突き込んで、手首を捻り苦痛を与え、致命傷にするフェアリーフレグランスと、目潰しから相手の頭を掴み、首を書き切るフェアリーぶった斬りが代表的だ」

「えげつねーよっ」


 フェアリーえげつねえ。

 もうフェアリーって付けば何でもいいのかこの野郎。


「気性は温厚で、家の前に突如花が咲いていたら、その妖精の仕業だという」


 ああ、うん。その花の下にはなにが埋まっているんでしょうね。


「必殺技は、ぶっち斬りフェアリークラッシャーだ」


 それ、クラッシュするのフェアリーだろ。

 突っ込みたくて仕方がない。

 仕方がない。それはもう。

 ……しかし、俺は突っ込みを放棄した。

 どうやら、俺の生まれた世界の常識と、ブライアンの生まれた常識はかけ離れているようだ。

 うん。そういうことで。


「頑張ってくれよな」


 諦めて、俺はにこやかに手を振るしかない。


「ああ」


 頷いて、ブライアンは格好よく歩き去った。

 無論、全身タイツのまま。

 俺は、その背を見送って、ド派手に溜息を吐いた。

 混沌としすぎてやってらんねーぜ。まったく。

 街で一人、肩を落とす。

 全ての絶望を一人で背負ったような背中を、俺は見せていた。

 そんなとき。


「あ……、アナタは」


 そんな俺に声をかける女性が一人。

 振り向いた俺が見たのは、波打つ金髪で碧眼の、やたら体型のいいねーちゃんであった。

 知っている。

 俺はこの人の出身地を知っている。


「マニュエラさんじゃないか」


 ブラジルだ。


「ヤクシさんですね? ご無沙汰してるでございますです」


 普通、地獄で言語は関係しないはずだが、どうにも俺の耳には不思議な日本語が届いた。


「あー、久しぶり」

「おひさしぶりでス。この間はお役に立てずもしわけございま……、す?」

「『せん』だ」

「せん」

「まあ、うん、その件については俺の実力不足ということで」

「おお、寛大なオコトバっ、感謝感激でアリマス。切腹でお応えしま……、せん?」

「間違ってるが正解だ」


 しかし、喋ってみると素朴な女性である。

 結界時には何も喋らずだんまりだったからよくわからなかったが。


「で、お前さんは仮装しないのかい?」


 彼女は、現在Tシャツにジーパンという、とてもそれらしいような感じの格好だ。

 だから聞いてみたのだが、


「してませう?」


 と、彼女は言う。一体何の仮装をしているのか。

 わからないので素直に俺は聞いてみた。


「なんの仮装だよ」

「ハルさんが、小心者の日本人にとってはブラジル人女性にじっとり見詰められたら怖いだろ、デス」


 ああ、ハルさんって下詰のことか。

 やつの入れ知恵か。まあ、わからなくもないが。


「……あー、うん」

「じゃあ、じっとり見詰めて見ますネ」


 そう言って、マニュエラは俺を見る。

 ああ、確かに化粧がばっちり乗ってたら怖いな。

 ……。


「けかききこかくきけけけけきききききこここかかかかかかかきけくけけこかかががぎぎごがごぎげがごぎぎぎ」

「怖ええよ!!」



















 さて、それでまあ、未だに街を徘徊する俺だが、街で見かけた知り合いはもう一人いた。


「売れてるのか? 銀子」

「ノーコメ」

「あと、何の仮装だ。まったくいつもと変わらない気がするが」

「妖怪目が合ったが最後三日以内にその女と結婚しないと眼球が膨張し脳が圧迫されて最終的に破裂して死ぬ女」

「長いえぐいよくわからん」

「目、合った。これは結婚するしか」

「断る」

「残念。破裂確定」

「根性で耐える」

「おあつらえ向きに、結婚指輪売る」

「流石に露天の指輪を結婚指輪にするのはどうかと」

「大丈夫、値段設定は完璧」

「どういうこったよ」

「貴方の月給かける三」

「調べたのか」

「調べた」

「じゃあ、露天にしては全てやけに高い額で一律固定なのはそのせいか」

「うん」

「そら売れないな」

「一人に売れればいいもん」

「もんってなんだ。一人にも売れないだろうに」

「……もん」

「あー、半額なら買う」

「やだ」

「なら買わない」

「半額でいい。謙虚だから」

「そうかい」

「それで、いつかもう一個買わせたら、りんごーん」

「絶対買わねー」

「諦めません、勝つまでは」

「そうかい」

「はい、じゃあこれをもっていって」

「へいへい、まあ、小遣いがわりに分割で支払ってやるよ」

「ん、要らない」

「あ?」

「もう一個買ったときに、まとめて払って貰う。勿論、その身体で」

「お断りしたい」

「ダメ。ゼッタイ」

「……、まあいいや。とりあえず俺は行くぜ」

「あざーっした」

「おっとよく見たらお前さんの後ろにコウテイペンギンの霊が」

「ひにゃあっ!」


 驚く銀子を背に、俺は歩く。

 ……よく考えてみたら、給料一ヶ月半分の金額が契約されたのか。

 妖怪目が合ったが最後三日以内にその女と結婚しないと眼球が膨張し脳が圧迫されて最終的に破裂して死ぬ女……、恐ろしい妖怪だ。

 戦慄を隠しえないそんな午後。

 平和な感じにそれは過ぎ去り。











 そうして、馬鹿と変態だらけの夜が訪れる。







「お注射っ!」

「ちゅうしゃこわい」

「やたらと男を見詰める青いツナギの男っ!」

「食われる!」

「クモ膜下出血!」

「死ねるっ!」

「悪い子はいねがあ……、頭を噛んで頭を良くするぞぉ……」

「なんか融合してるっ、は、はげ獅子……?」

「院内感染!!」

「この不祥事、これは首を括るしかっ!」


 相変わらず街は騒がしい。

 なんだかんだとあちらこちらへふらふらしてみたが、やはり混沌としている。


「……騒がしいなぁ」


 苦笑気味に呟いて、俺は街を外れた。

 当て所もない、から、帰途へ戻れば、喧騒に包まれていた耳も、静寂を手に入れる。


「突如として静かになったな」


 見えてきた河原沿いに歩いて、俺は家を目指した。

 さて、相も変わらず混沌としたハロウィンであったが、帰ればそれも終わるだろう。

 一夜の夢のように、明日はいつもどおりである。

 そんな風に考えて、俺は歩く。

 だが。


「あれ……? 薬師だ」

「前さんじゃあるまいか」


 俺のハロウィンはもう少しだけ続くらしい。

 そこに居たのは前さんだ。黒い尖った帽子に、同じく黒い外套。まるで魔女か。

 鬼だろ、と言うのは野暮なのだろう。


「んー、こんばんは」


 月夜の晩ににこやかに、前さんが挨拶を一つ。


「こんばんは」


 俺も同じように返す。


「薬師はどっか言ってたの?」

「まあ、その辺ちょろっとな」


 前さんの問いに、俺は曖昧に答えた。

 実際になにをしていたわけでもないから嘘でもない。

 前さんは特に気にした様子もなく、頷いた。


「そっか」


 彼女は、しまりなく笑っている。

 そして。


「ねえ」


 不意に、彼女は声にした。


「お菓子、ここに余ってるんだけどさ……」

「おう?」


 ふにゃりと、しまりのない笑みで。


「とりっくおあとりーとって、言ってみてよ」


 手にもつ、愛らしい小袋にはきっと彼女の言うように菓子が入っているのだろう。

 と、まではわかったのだが、唐突過ぎて、いまいち俺には理解できなかった。


「はい?」


 聞き返した俺を、前さんは口を尖らせて急かす。


「はやく。じゃないと、あげないよ?」


 暗い夜が、その黒い魔女のような風貌が、彼女に妖艶さを演出していた。

 俺は、魔女に従うことにする。


「あー、トリック オア トリート?」


 些か、棒読みだったかもしれん。

 だが、お望みは叶えたはずだ、と言わんばかりに俺は前さんを見た。

 前さんは満足したように笑って――。




「――あげない」




 ……なんでやねん。


「からかわれて――」

「違うよ」


 からかわれてんのか、と聞こうとしたら、言葉は前さんに遮られた。

 口を噤み、前さんを見ると、楽しげに前さんは口を開く。


「もらえなかったんだから、――いたずらしなきゃ」


 言って、期待するように前さんは俺を見る。

 台詞の意味がわからず困る俺。

 暫くたっても動きを見せない俺に、前さんはほんのり赤い顔で、拗ねたように口を尖らせて言うのだ。


「いたずら、してよ――」


 どきり、と心臓が高鳴る。

 こんな場面を誰かに見られたら――、あまつさえいたずらしてしまった場面を見られたら。

 ……通報である。

 外見上、捕まる自信が俺にはあった。

 恐ろしい未来に背筋を震わせる俺。相も変わらず動かない俺に不満げな前さん。

 固まって、固まって――。

 そして、ふと気付いたことが一つ。


「もしかして、前さん飲んでる?」


 ほんのり赤い顔に、ぼんやりとした表情。

 これは酒を飲んだときの症状に似ている。

 もしかすると、仕事の後、打ち上げの類でもあったのかもしれない、と俺は聞いてみたのだが、前さんは首を横に振った。


「んーん……、一口飲んでお酒だってわかって変えてもらったから飲んでないよ?」


 いや、それがいかんのだ。

 前さんは、酒に異常に弱い。

 弱いから、一口だけしか飲まなくてもほろ酔い状態で――、




「とりっく、おあ、とりーと?」




 ――一番たちが悪い。


「お菓子ちょうだい? 甘くて、素敵なの」


 小悪魔のように、前さんは笑っている。

 俺は、持ってるはずがない。

 両手を挙げて、降伏宣言。


「ない」


 ない、と言ったのだが。

 期待通り、とでも言わんばかりに前さんは笑みを深めた。

 そして、言う。


「ふふっ、いたずらしちゃうよ?」


 正気がどうか怪しい瞳が、俺を見詰めていた。


「屈んでよ」


 俺は、逆らわないことにした。

 酔っ払いに逆らうと面倒なのだ。それに、風習的にも、俺がお菓子を持っていなかったのも事実。

 屈んだら額に肉とでも書かれるのだろうか。

 そんなことを考えて、上半身を倒すようにして、前さんの身長へ俺は顔を近づけた。


「いたずら、しちゃうからね」


 そして、前さんはそんな俺の後頭部に腕を回して――。


「んぅ……」


 俺の首に感触。多分前さんの唇だ、と思ったその瞬間。

 ――思い切り、吸われた。


「あー……、前さん?」


 呟いた言葉に返事はない。

 ゆっくり十秒、思い切り吸われた。

 俺はと言えば、なんともいえない気分のまま固定である。

 なんて悪戯だ。洒落にならんぜまったく。

 そして、離れてくれた前さんは、


「ん。じゃあね」


 満足げに笑って、小走りで去っていった。


「あー……、魔女と見せかけて小悪魔か。恐ろしいな」




 後に残されたのは、棒立ちの俺と、とても甘いお菓子のような匂いだった。













「薬師様、その首筋のキスマークは」

「何も言うな」













 翌朝。


「前さん」

「な、な、なにっ!?」

「昨日のことなんだが――」

「き、昨日!? 昨日なにか!?」

「いや、ほら、夜」

「何のことっ? 昨日はお酒飲んだ後記憶がなくってっ! 全然覚えてなくって!!」

「あー、そーなのか。ならいいや」

「う、うんっ、じゃあ、ちょっと用事あるから行くねっ!」

「おーい、前さん、右足と右腕が同時に出てるぞー」

「ふにゃっ!!」


 突如河原で転んだりする、挙動不審な前さんがいたりしたが、体調不良かなにかだろうか。

























―――
超ギガンティックフライングハロウィン編っ!
本来一月後ですが、気にしたら負けです。
色々とあったんです。電波受信したとか。十月後半は別のネタがあるから使えないとか。
よって超フライングハロウィンでした。











返信。



黒茶色様

世界制服。誤字です。誤字ですねぇ。しかし直さなくていい気がしてきました。
これが……、制服萌えというやつなんでしょうか。それともセーラーでもブレザーでもいける私は所詮邪道なんでしょうか。
どうせなので憐子さんはセーラーで生徒会長がいいです。勝手な願望なんですけどね。完全に。
そしてメイドもやっぱりいいものです。薬師はどれだけ恵まれた環境にいるのだと。


リーク様

危険な書物が目白押しです。どう考えても精神が汚染されかねないです。
そして、それを選ぶ憐子さんも憐子さんです。間違いなく狙ってやっている。
むしろ一体どんな術を作ろうというのか、最終的にはどんな危険な代物が出来上がるのか。
いっそ間違えて触手プレイになりかねないんじゃないかとか、もしや私既にSAN値やばいかなとか。


奇々怪々様

白衣の人と、助手ポジションは美味しすぎるんじゃないですかね薬師さんよ。
にしても、下詰神聖店もいよいよ持ってカオスです。聖剣から、魔術書まで。あと大天狗の個人情報売ります。
薬師のプライバシーについては、もう日中監視されててもおかしくないですしね。藍音さんなら完全把握してる臭いですし。
そして、どこまで言っても首を縦に振るどころか微動だにしない薬師は一体どういうことだ、と。痙攣でもいいから上下して欲しいです。


SEVEN様

憐子さんの味ですか。薬師しか知らないあたり爆発しろポイント高いですね。いい加減ポイント溜まりすぎて本当に爆発するんじゃないですかね。
そして、確かにあの二人の空間に入り込めるとしたら相当のKY……ッ! ああ、でもアホの子なら普通に現れて薬師だけが気まずくなりそうだ。
しかし、煙草のフィルターがヒロイン候補……、危険な兆候です。まずは落ち着いて憐子さんのことでも考えましょう。
娼婦の件に関しては、薬師の人生経験が長いということでよろしくお願いします。どうせ何も起きなかったんでしょうけれども。


通りすがり六世様

春奈は少女ですからね。若さゆえの体当たりが魅力的なのだと思われます。無茶もやらかすことになるのでしょうが。
憐子さんはその点巧く攻めていきますが、相手が相手ですからね。不安にもなります。普段押せ押せだけど、突然引くバランスが素敵です。
そして本当にセラエノとかルルイエとかなにをする気なのか。精神体だけで時空を旅するとか言い出すんですかね。
果たしてそれで本当に結界が完成するのか恐ろしくてなりません。そのうち触手の人とか出てきかねないです。


光龍様

師匠は相変わらず攻めの姿勢です。果たしてスカートの中は穿いていたのかいないのか。
それは憐子さんだけが知っているわけですが。ともあれ、やってることは既にバカップルとかそんなレベルじゃないはずなんですけどね。
もしかしたら影でマニュエラさんが見守ってたかもしれません。情熱てきですとかいいながら。
最後のやつは完全にのろけですね。薬師も薬師だこの野郎というお話でした。


マリンド・アニム様

脚線美、脚線美なのです。梯子の下から見上げる、その脚に、チラリズム。見てはいけない。しかし見てしまう、そして精神崩壊。
魔術書と一緒ですね。既に。見ちゃいけないけど見ちゃう禁断っぷりが。だが見ないのは男じゃないです。よって薬師は男じゃないです。
下詰は、自分の書庫が一級災害地に指定されかねないことをわかってあんなカオスな書庫を造ったのか。てか、集める団塊で何人発狂したでしょう。
煙草のフィルターにも嫉妬していた藍音さんの召喚法……。知ってたらたぶんまず私が試してます。


春都様

ある意味で読者に優しくない作品ですね。読者を精神的糖尿病に追い込みかねません。
致命傷で済んだ場合は生死五分ですね。萌え殺せるくらい頑張ります。一、二度萌え殺す勢いで。
そして、藍音さんと憐子さんの天狗コンビ。私得でもでもあります。どうしても挟みたかったんですよね、煙草の話。結局ただののろけですけど。
にしても、作品中、やっぱり憐子さんほどいい女は早々居ないんじゃないかと思われます。好かれようと努力を惜しまないあたりですかね。


志之司 琳様

私も、そんな素敵な師匠見つかるなら、全力で山篭りしたいです。むしろ天狗になりたいです。まずは修験者になる必要がありますかね。
そして、憐子さんが一体どんな結界を製作しようというのか気になります。明らかに使用者の正気を削りそうなんですけど。大丈夫ですかね。
ただ、普通なら憐子さんと一緒にいるのが一番SAN値削れそうな気がします。むしろ薬師の削れなさが理解できません。
そして、付録はもう既に両思いじゃねーのかお前ら結婚しろ本当に結婚してくださいお願いします状態でした。既に私のSAN値がやばいです。


migva様

セラエノ断章まで使って製作する結界。きっと宇宙的カオスな結界なんでしょうね。旧支配者が云々の。
そして、憐子さんがエロいと見せかけて、藍音さんが健気だと思わせておきながら、最終的に薬師でしたね。
誰も薬師のツンデレとか期待していないのにこのザマです。ここまで来てるんだからもう後一歩踏み出せば式場の鐘がなるのに。
パソコンのほうは今しばらく掛かりそうです。友人のノートPCはしばらく借りれるのでさほど不都合はありませんが、早く直したいものですねぇ、やっぱり。









最後に。

ハロウィンは、恐ろしい格好をして、悪い霊を追い払う行事です。
……あれ、仮装するまでもなくお前ら幽霊じゃ……。



[20629] 其の二十二 俺と秋空。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5194d5be
Date: 2010/10/03 21:54
俺と鬼と賽の河原と。生々世々









 公園に、知る影が見えて、ふと思いついたように行ってみたら、そこにはやはり見知った女がいた。


「おお、薬師。息災かのう?」

「息災ってな、こないだも会っただろーに」


 俺に気付き、振り向いた魃に俺は大げさな奴だ、と肩を竦めて見せる。

 魃は、そんな俺に呆れたような視線を送った。


「妾が心配しておるんじゃ。喜んだらどうじゃ?」

「うぇふぇねぬぁー」

「なんじゃそれは」

「喜んでるんだよ」

「わからんわっ」

「ダメか。うぇふぇねぬぁー」

「ダメじゃ」


 そうか、ダメか。


「なら、ふめるらふぁーでどうだ」

「わからんわっ、このあんにゃもんにゃっ!!」


 ……罵られた。

 あんにゃもんにゃはよくわからんが罵られたことだけはわかった。







「ところで……。 今日は何で『信じる奴が正義』Tシャツなんだ」




















其の二十二 俺と秋空。



















「所で、何でこんなところにいるんだ?」


 こんなところ――、公園だ。

 俺の家から遠くも近くもない公園である。

 そして、広くも狭くもない。名前は『可もなく不可もなく公園』。

 そこで、魃はさも当然のように言い放つ。


「変なことを聞くのじゃな、お主は。公園ですることなど一つであろう?」


 馬鹿な。することが一つだと……! 俺は戦慄を隠せなかった。

 鬼ごっこがそれだとすれば、砂遊びは不可。

 滑り台を使ったらブランコはどうなる。遊具を一種しか使えないことになるはずだ。


「何を妙な顔をしてるんじゃ。遊びに決まっておろう」


 ……なるほど。

 そして、


「……一人で?」


 思わず俺は聞いた。

 だとすると非常に寂しい奴である。

 が、魃は少し怒ったように俺を見詰めた。


「失礼な男よのう……。先ほどまでは居たぞ? 若い男が数人」

「何歳くらいよ」

「嫉妬か? 薬師も可愛いところがあるも――」

「何歳くらいよ」

「七から……、十くらい?」

「ああ、うん」


 若い男だな、うん。

 俺は、大げさに肩を竦め、溜息を吐いた。


「で、その若い男達は?」


 その若い男達はどこへやら、公園には魃一人である。

 当の魃は、当然、とでも言うように言い放った。


「昼食じゃよ」

「なるほど」


 日は高く、公園の時計を見れば十二時過ぎを示している。

 確かに、遊んでいた子供も帰って飯食ってる頃だろう。食べ終わればまた出てくるものだろうが。

 当然だな、と俺は頷く。


「所で、お主は?」


 すると、今度は俺に問いがやってきた。


「俺か?」


 聞かれて、俺は苦笑気味に答える。


「暇でね」

「働け」

「休みだ」


 容赦なく言葉を突きつける魃に、俺はきっぱりと答えた。

 休日にまで働きたくないでござる。

 と、胸を張る俺に、魃は小ばかにしたような、同情したような目線を向けた。

 俺は、なんだよ、と言わんばかりに半眼で魃を見る。

 彼女は、にやりと笑って告げた。


「哀れなものじゃのう。休日なのに行くところもないのかの?」


 俺は、苦笑を漏らす。


「ま、おあしが切れてるってやつでね。金がなけりゃ行くとこもねーのが現代ってやつだ」

「本当に哀れじゃのう」

「宵越しの銭は持たない主義なんだ」


 ぶっきらぼうに言った言葉に、魃は不思議そうな顔をした。


「お主、江戸っ子じゃったのか?」


 俺は首を横に振る。


「いんや、京都人。しかも生きた時間の半分くらいは山暮らし。山家者ってやつだな」


 彼女は、そんな俺をせせら笑った。


「田舎者め。そんなじゃから嫁の一つももらえんのじゃ」

「姫さんにはそりゃ負ける」

「まあ、妾も長らく田舎に居たといえばそうなんじゃが」

「ま、別に田舎者でも、金がなくてもいいんだがね」


 やれやれ、と俺は大仰に息を吐く。

 魃はきょとんと俺を見た。


「そんなもんかの?」


 俺はそのまま頷いた。


「こんな風にお前さんに会ったりできる。気ままにな」

「な……」

「忙しい金持ちにはできん真似さ」


 にやりと笑って、金持ち都会人ざまぁみろ、と言ってみれば魃は呆れた顔をして、俺を見ていた。


「なにか言いたげな顔だが」


 その顔に気が付いて俺が聞くと、魃は仏頂面で、まるで溜息でも吐くように答えた。


「お主はいつもそうやって女を口説いておるのか……?」

「……どういうこった?」

「そのまんまの意味じゃよ」


 はて、どういうことだろうか。

 口元に手を当てて考えてみると、今度こそ魃は本当に溜息を吐いた。


「はあ。わからんならわからんでよいわ」

「気になるな」

「いやじゃ。説明はしとうない」

「そこを何とか」

「いやじゃ。そうやって何でも聞いて生きるとろくな大人にならんのじゃ」

「もう大人と言える年ですらねーよ」

「そんな風に斜に構えるものだから嫁の一つも取れんのじゃ」


 魃は得意げに語った。

 俺は半眼で指摘。


「本日二度目だその台詞は」

「知っておる。それとも三度目を期待しておるのか? そんな風に小馬鹿にしたような台詞しか出てこないから嫁の一人も貰えんのじゃ」


 そんな風に、彼女は不機嫌そうに言って、その後、魃は照れたように、下から睨み付けるようにしながら俺を指差した。

 俺は、苦笑交じりに冗長に息を吐く。


「ま、まあ……、お主が、どうしても、と言うなら。妾が囲ってやっても、そのう……」

「もういっそ、柱とでも結婚すっかね、あっはっは。……ん? どうした?」


 うっかり声が重なって、俺は魃に問う。


「……」

「どーしたよ」


 当の魃はといえば、黙りこくって顔を伏せ。

 そして、今度は俺を見上げたと思ったら。

 腹に拳が飛んできた。

 さほど早いほどでもない。さしたる痛みもなく、ぼすっ、とそれは俺の腹に当たる。


「ばーかっ!」


 涙が滲んだ瞳で、俺はなぜか馬鹿にされていた。

 一体俺が何をした。




















「わかった、謝る。だから機嫌を直せ」

「誰も怒ってなどおらんわ」


 そう言った口調は刺々しい。


「いいか、そう言って怒ってないやつはいない」

「くどい。怒っとらんといっておるじゃろうが」


 しかし、どう考えても怒っている。

 俺の腹に拳が入ってから数分。つんとそっぽを向いたまま、魃は視線を戻そうとしない。


「ケーキとか食わしてやるから」

「物で釣ろうなどとは片腹痛いわ。妾を見縊るなよ?」

「じゃあ、怒ってるのは事実と」


 俺が呟くと、遂に魃はこちらを見た。

 すごい剣幕で。


「た、謀りおったなっ!?」


 いや、そこまででもあるまいに。


「謀ったらどうなんだよ」

「えっ!? ……うむぅ、あのう……、そう、あれじゃ」

「どれだ」

「……うう。ばーかっ! しねっ! そんなだから朴念仁なんじゃっ!!」


 罵られた。そんな趣味俺にはないのだが。

 しかし、どうしたら機嫌は直るのか。俺は途方に暮れる。


「どうしたら許してもらえるんだよ」


 ぼやくように吐き出した言葉は、魃の耳に届き、魃は不機嫌そうに返した。


「そもそもお主、何で妾が怒っとるのかわからんままとりあえずあやまっとるじゃろ」

「む……」


 確かにそうだ。なんとなく俺が悪いんじゃないかとは思うのだが。


「そこが悪い。それで謝られても、気分が悪い」

「そいつはすまんかった」


 両手を挙げて降伏を示しつつ、俺はそれに対して謝罪一つ。

 そんな俺に、魃は勢いよく指を突きつけた。


「そこじゃ。男子たるもの、どこが悪いのかわからんなら堂々と胸を張っとれっ」


 それは怒っている人間に言われると非常に困るのだが、とは言いたかったが、言ったらさらに怒るだろう。

 俺は何も言わなかった。

 魃は続ける。


「妾もわかっておるのじゃよ。妾がわがままで面倒なのは。だから、そのう……、妾が理不尽に怒り出してもいつもどおりに接してくれると助かるというか……」


 不意に、声が途中で小さくなる。人差し指を胸の前で突き合わせ、ぼそぼそと空気に溶ける言葉を、しかし俺はちゃんと聞き取った。


「ああ、なるほど」


 安心して怒れる環境というのも大事と言うお話だな。


「わかったらしゃきっとせいっ」


 まあ、なんだかお許しは出たようだ。

 魃の言葉に応え、姿勢だけしゃきっとしてみる。


「おー。まあ、でも今回は悪かった。どうしたら、許してくれる?」


 だが、けじめは必要だ。

 だから、どうすればちゃらになるか、本人に俺は聞いた。

 魃は、顔を伏せて、ゆっくりと考え込む。

 そして。


「言うことを一つだけ聞いてくれたら……、許す」

「あいわかった。よし来い」


 俺は頷く。

 何でも来い、と俺は意気込んで拳を握る。

 魃は、ただ、手を差し出した。


「ん……?」


 手の甲にキスでもしろと? よくわからず考え込む俺。

 そんな俺に、じれたように魃は言った。


「しばらく……、手、にぎっとれ」


 か細い声であった。

 俺は拍子抜け。


「そんなんでいいのか?」

「……いいから、早く」


 いいなら断る理由はない。

 俺は差し出された手を握る。


「これでいいか?」

「ああ」

「許してくれたのか?」

「まだじゃ」

「じゃあ、座ろう」


 流石に立ちっぱなしも違和感がしてきた。

 手を引いて、ベンチに座る。

 なんとなく、魃との事件の前のことを思い出した。あの時もベンチに居た気がする。

 木枯らしの吹く季節に、魃の手だけが温い。

 そして、彼女は不意に言葉にした。


「……うぇふぇねぬぁー」

「なんだそら」

「――喜びの表現らしいのう」

「よくわからんな」

「そうじゃろう?」


 そう言った魃の頬は、確かに緩んでいた。









「おお、帰ってきたようだのう。どれ、また遊んでやるとするか。薬師、お主も混ざってよいぞ」

「へいへい」


 手を引かれて、俺はやれやれとばかりに立ち上がったのだった。



























―――
一応初の魃メインということで。ぺけ美シリアス寸前であんなに出張ってたじゃねーですかい、と思わなくもない気がしますが、フラグ建設完了後初と言うことでお願いします。







では返信。尚、前回の返信は前回の方に書かせていただきました。明日とか言っておきながら二日送れたことをお詫びいたします。


FRE様

鬼とかサイクロプスさんとかが普通に居る世界で化け物とは一体なにか……。それはそう、年増のセーラー服姿である。
ちなみに、サイクロプスさんは、あのサイクロプスさんで間違いありません。ぶっちゃけるとハロウィンに参加というより普通に歩いていただけですが。
お子さんはきっとすくすくと勇者的ななにかに育ってるんじゃないですかね。よく考えれば、ソロモンの魔神に立ち会われ、大天狗に剣を贈られたお子さんですよ。
そして、ロから始まるあの人は残念でした。あんまり見た目が怖くないのが問題ですね。それだったら三つ足のあの人の方が。


奇々怪々様

そもそも皆幽霊ですからね。正直意味がわからないし、天狗がコスプレとかもっと意味がわからなくなってきます。
あと、ブライアンの国の妖精はどう考えても黒いチューリップ畑で音速で走り回ってるようなのですよ絶対。まともなのも居ればいいなとは思います。
マニュエラさんは……、今のところ未定。ぽろっと出せたらいいなとは思っていますが、それを言ったら柱とか、その他諸々もいますしねぇ。
そして、日本人としてはやっぱ外国人に外国語で話しかけられるのが怖い気がします。とりあえずなに言ってんのかわからなくても意外と道案内とかできないこともないですが。


SEVEN様

悪い魔女というか、ロリコンに悪い魔女ですねわかります。惑わされたが最後、金棒か、もしくは檻の中です。恐ろしい。
しかし、よく考えてみるとそうですね。飴を憐子さんに渡さなかったら、それはそれでいたずらされること間違いなし。
渡したらこの結果。誰か過去に戻って薬師にたくさん飴渡してきてください。二百個くらい。そしたら全員に配っても余るはず。
むしろフェアリー来て。集団で。お花畑のフェアリーさんが七十人くらいでやってきて欲しいです。


通りすがり六世様

前回の前さんは完全に暴走してましたね。主に我々に激しいダメージを与えていきました。恐ろしい子。
ほろ酔い状態の前さんほど恐ろしいものはないと言うことですね。一杯でも飲ましてしまえばべろんべろんなのに。
薬師の天敵の一つじゃないかと思われます。よしいけそのまま突き崩せ。と、言いたいところですが、酔っ払いなので基本的に中途半端です。
そして、由壱が受精卵なら、薬師は胎児ですよ。閻魔様がお姉さまだったらの話ですがね。閻魔を最高齢とするなら――、おっと来客だ。


怜様

まさかのブラジル。マニュエラさん再登場でした。ただ、マニュエラさんのたった一つの問題点として、打ち間違い易いと言うお話があったりなかったり。
よくみゃにゅえらさんになります。よくわからないです。閻魔にそう呼ばせたら萌える気がしないでもないですが。
そして、絶望先生のキャラですか。不思議ですね。言われてみたらそんな気もしてきますが、気のせいな気もしなくもないような。
前さんは、今回薬師との戦いで勝利を収めましたね。小さい勝利ですが、何事も積み重ね。決定打は既成事実です。


名前なんか(ry様

仕方がないです。むしろよく我慢した方なんじゃないかと思われます。さあ、一気に開放していきましょう。
薬師爆発しろ、と。他にも五体ばらばらに引きちぎられろとか、内臓破裂しろとか、刺されろとかでもありです。
足の小指箪笥にぶつけて死ねでも可。とりあえず、薬師はいい加減結婚するか爆発するべきだと私も思います。
銀子も度々結婚結婚と言ってる筈なんですけどね。何故スルーするか。もう半分もお買い上げされてしまえばよろしい。


春都様

狼男は怖くない。吸血鬼が居ても構わない。幽霊は自分達である。……年増のミニスカセーラーは恐ろしい。
あと、誰であっても、どんなに強いあごをもってしても、噛んでしまったアルミホイルの感触だけはどうしようもないでしょう。
そして、よく考えてみれば三人分くらいいつもより多めにイベントが入ってたんですね。なかなか終わらないなーと思ってかいてましたがこれが原因か。
とりあえず、前回は色々と激しかった気がします。ブライアン含めて。ただ、やっぱり前さんプッシュです。なんせメインヒロイン。


恣意様

そういう時は、外に出て叫べばいいんですよ。もしかしたら紺色っぽい格好した人に、君、なにやってるの?
と、色々と質問されて白黒の車に連れ込まれかねないですが、そのあたりはダッシュで回避です。気合と根性です。
結局、今回は魃で行きましたが、十月後半のイベントは前さんがうなりを上げるんじゃないですかねぇ。
というかむしろ今回も出してたら出すぎですよ。驚くほど出すぎですよ、きっと。


migva様

ブライアン、久々ですが全身タイツです。彼の自分探しは終わっちゃいません。どこまでも、カオスな方向に走り続けます。
マニュエラさんは、これはフラグ立つフラグですかね。このまま行くと薬師が下詰のところ行く度に、会うことになりかねませんが。
そして、確かに自宅ハロウィンだったらそれはもうカオスだったでしょう。藍音あたり、お菓子も食べさせてもらう、いたずらもするとかやらかしそうです。
由壱だけがほほえましい感じでぼんやり突っ立ってるんでしょうね。全てを悟ったような顔をしながら。










最後に。

魃は真実の王者なんですねわかります。



[20629] 其の二十三 俺と彼女の評価について。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:f97d260f
Date: 2010/10/06 22:36
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 帰って来たら、座敷で季知さんが寝ていた。


「おや、珍しい」


 目を丸くして呟けば、偶然近場にいたにゃん子が言葉を返す。


「帰って来たらぱったりと」

「疲れてたんだな」


 横になって、軽く丸くなるようにして寝ている季知さんを、俺は微笑ましい気分で見守って、その場を立ち去った。










 五分位してちょっとした用事で座敷を通りかかると――。


「おい、にゃん子」

「にゃんのことだか」


 季知さんは縮んでいた。










 一旦外に出て、突如として食べたくなった肉まんを購入し、帰宅。

 ふと思い出して季知さんを見ると。


「おい、銀子」

「仕方ない。こんなところで無防備に寝てるのが悪い」


 真っ赤な大きなリボンをつけた季知さんがいた。









 居間で本を読むこと数十分。

 まだ寝てるんだろうか、と見てみれば。


「おい、憐子さん」

「不意に現れる邪な思い。そう、出来心さ」


 桃色の、そう、いわゆるロリータふぁっしょんとやらに身を包んだ季知さんがいた。










 部屋でぼんやり過ごすこと一時間。

 またなんか変になっていないかと気になって来てみれば。


「……またなんか増えてるな」


 季知さんがうさ耳つけていて。









 最終的に、愛らしい姿で眠っているのは――、

 桃色のロリータファッションで真っ赤で大きなリボンをつけた、うさ耳の黒髪長髪の少女であった。















其の二十三 俺と彼女の評価について。














「んん……」

「お。起きたか」


 黒髪の美少女こと、季知さんは身じろぎ一つに目を擦る。


「やくし……? 夕飯か……?」

「いや、夕飯にはまだ早いな」


 時刻は夕方。秋だから、日も短くなって、空が紅葉の如く朱に染まっている。


「じゃあ……、おはよう?」

「いや、それには遅いな」


 残念ながら朝と呼ぶには遅すぎる。今が朝でいいのは吸血鬼くらいだ。


「それじゃあ……、仕事か……?」

「……眠いなら寝てていいぞ。時間が着たら起こしてやるから」


 やれやれ、寝ぼけているらしい。

 俺は季知さんに微笑みかけ、寝てていいぞと畳の上を指差した。

 すると、季知さんは、眠たい目をそのままに、こくりと頷く。


「ん……、そうする……」


 そして。


「おい」


 季知さんは胡坐を掻く俺の上に乗った。


「んぅ……」


 そして、眠たげに俺の胸板に顔を擦りつけ――。


「おーい、季知さん?」


 ――寝た。

 それはもう。

 すやすやと。


























 丸まって眠り季知さんを膝に乗せて、どうしたもんかとゆっくり考えること数十分。

 不意に流れる音楽と、畳の振動。

 季知さんの携帯電話だ、と気付くのに俺は数秒掛かった。

 その数秒、その間に季知さんはいつの間にやら身を起こしていて、少し遠くの携帯を取りに行き画面を開いていた。

 耳に当てないところを見ると、メールらしい。

 かちかちと、未だ寝ぼけ気味に携帯電話を操作していた季知さんのぼんやりした目が、幾度かのメールのやり取りのうちに次第にはっきりしていく。

 そして、その携帯電話を閉じたとき、不意に季知さんはこちらを見た。


「む、おはよう薬師。私は寝ていたみたいだな」

「おう、寝てたな」

「では、ちょっと私は出てくる。同僚からの呼び出しだ」


 きびきびと、季知さんが歩き出す。

 俺は、思わずその背に声を掛けた。


「おーい、季知さん」

「なんだ?」

「あー……、いや。何時帰って来るんだ?」


 当たりも障りもないそんな質問に、そうだな、と季知さんは一考の後答える。


「まあ、そんなに掛からない。移動含めて三十分くらいで戻ってくる」


 そして、季知さんはまた歩き出した。


「気をつけてなー」


 そんな少女の背中を、俺はなんのことはなく見送ったのだった。


「……まあ、いいか」


 呟いて俺は立ち上がる。

 ずっと同じ体勢でいたため、固まった身体を伸ばしてほぐし、台所へと俺は向かう。

 そこには、藍音が居た。


「おーい、藍音さんや。茶が恐ろしくて仕方がないんだが」

「はい」


 藍音が頷いたのを確認し、俺は食卓の椅子に座る。


「どうぞ」

「ありがとさん」


 いつ湯を沸かしていたんだとばかりに速攻で置かれた湯のみを俺は手に取り、一口啜る。


「にしても、大人気だな」


 しみじみと、俺は呟いた。


「……? なにがでしょう」


 藍音は、小首をかしげる。

 俺は、苦笑しながら、先ほどまで季知さんが寝ていた座敷を顎をしゃくって示した。


「季知さんだ」


 藍音は得心がいったとばかりに呟いてみせる。


「なるほど」

「で、お前さんは? なんかしたのか?」


 なんとなく聞く俺に、藍音はしれっと答えた。


「うさ耳を少々」

「お前の仕業か」

「はい」


 藍音は、表情を変えず頷く。

 俺は苦笑一つに溜息一つ。


「程々にな? 季知さん泣いちまうぞー」

「気を付けましょう。まあ、適度に」

「そうしてくれ」


 言って、もう一度湯飲みに口を付け、一息。

 明日仕事休みにならねーかなー。

 うすぼんやりと益体もないことを考えて。

 果たして何分経ったか。

 不意に――、

 どんっ、と、ど派手に扉が開く音が響き、どたどたと床が踏み鳴らされる。


「や、や、や、薬師っ! これは、一体どういうことだっ!!」

「……おかえり」


 息を切らし、顔を真っ赤にした季知さんが、俺の元に駆け込んできていた。











「残念ながら、その件に関し、俺は一切関与していない」

「ぬ、まあ……、どう考えても主犯はあの二人だが」


 二人、要するににゃん子と憐子さんだろう。

 追加で銀子と藍音がいるが。


「こ、こんな姿では外にも出られん」


 恥ずかしげに、季知さんは我が身を抱きしめた。

 俺は思わず呟く。


「いや、さっきまで出てたやん」

「状況が違うっ! そもそもだぞ!? 同僚に頭を撫でられるんだ! このいたたまれなさがわかるか!?」

「すまん、わからん」


 ぽろりと言葉にして、わからんのでやってみよう、と俺は季知さんの頭を撫でた。


「あ、や、や、やくしっ、一体なにをっ」


 背丈が俺の腹辺りまでなので、撫でるにちょうどいい。


「……楽しいけどな。やってる方は」


 正直な感想を口にすると、


「真面目にやれっ!」


 季知さんに怒られた。至近から、握った手で何度も胸元を叩かれる。威力は少女のもので、痛くも痒くもない。

 俺は大真面目だと言うに。


「てか、そもそも俺になにをしろと」


 そうして、俺は根本の疑問を口にした。

 正直に言って、ほとんどこのあたりのことに俺は関与していない。

 だから、季知さんを通常の状態に戻すことはできないし、別にいつもの服を持っているわけでもない。

 しかし、それは季知さんも承知の上らしい。


「うっ、それは……」


 まあ、だがあれか。

 人と話していないとやってられんという心理だろうか。

 勝手に俺は納得し、無責任に言葉を吐く。


「ま、しばらくしたら直るさ。それまではゆっくりしとけ」

「まあ……、焦っても仕方がない、か」


 そうして、季知さんは疲れたように頷いて、見上げるのに疲れたのか、俺のすぐ前から少し遠ざかろうとする。

 その瞬間だった。


「あっ」


 果たして、突如身長が縮んだ弊害だったのだろうか。

 それとも完全なる偶然だったのか。

 もしくは、何か段差になるようなものでもあったのか。


「あうっ」


 季知さんは転んだ。

 後ろに尻餅を突くように。

 問題は――、やたらとふわっふわしたスカートの中だった。

 ばっ、と季知さんは尻餅をついた状態でスカートを抑える。

 そして、警戒を露にしながら、俺を見た。


「……見たか?」


 転んだこと自体は問題ない。

 怪我もないようだし、痛がっている様子も見せない。

 たった一つ問題があるとすれば――、


「……」


 ――憐子さんが自分も含め、基本的にノーパンスタイリストだったことだろう。


「うわあぁぁぁぁっ!」


 季知さんは走って逃げた。

 これなら、金棒が直撃する方がマシである。











 後に憐子さんは、『すっかり忘れていた。下着という存在そのもの忘れていた。せめてセクシーなパンツにするべきだったと今では反省している』と証言した。













 さて、そんな事件から一日が経過。

 俺の益体もない考えが通じたのか、今日は休みである。

 ……実は祝日だった。あっさりと祝日に仕事に行きかけた。

 それで、季知さんだが、当初は錯乱気味で、俺を見るだけで頬を紅く染めて逃げ出していたが、一日経った今となっては沈静化し、精々照れくさそうにするくらいになった……、らいいなぁ。


「……おはよう薬師」


 と、そんなことを考えていた俺のもとに、襖を開いて季知さんが現れた。


「おはようさん……、眠そうだな」


 座敷に入ってきた季知さんは、どことなく眠そうで。

 季知さんもまた頷いて肯定した。


「ああ、き、昨日はちょっと……、眠れなくてな」


 そう言った季知さんの姿は、いつもの背丈にスーツが、いつもどおりにびしっと決まっている。

 だが、まあ、俺の願望どおり、普通に接してくれる状態までは復活してくれたらしい。

 ありがたい限りだ。

 と、ありがてぇありがてぇと心で唱える俺の隣に、季知さんは座る。


「今日は休みなん?」


 俺の問いに答えは返ってこなかった。

 代わりに、名を呼ばれる。


「なあ、薬師……」

「ん?」


 ふと、なんだか気になって、俺は季知さんを見る。

 そして、こぼすように彼女は言った。


「やっぱり、こんなでかい女は駄目なのか……?」


 俺は、意味がわからずに戸惑いを覚える。


「どういうことさね」


 季知さんは隣に座って、こちらを見ないまま、告げた。


「皆が寄ってたかって、私を小さくして、それを肯定するということは、そういうことなんじゃないか?」


 ……生真面目すぎるぜ、季知さんよ。

 ふと思った言葉は飲み込んだ。言ってどうにかなるなら、こんな風に悩んじゃおるまい。

 ただ、どう考えたって、勘繰りすぎだ。あいつらにそんな思惑あるもんか。


「もしかすると、背が小さいままの方が、皆いいのかな、と……」


 本人は、真面目に悩んでいる。

 それを眺めて俺は、思わず苦笑を零していた。

 ふと、季知さんがこちらを見る。


「わ、笑うなっ。私だってなぁ、真面目に考えて――」


 季知さんの台詞は、途中で止まった。


「ちっこい季知さんなんて季知さんじゃねーやい」


 苦笑したまま、俺は言う。

 意味がわからなさそうに、季知さんは首を傾げた。


「あっはっは、でっかい季知さんがちっこくなるからいいんだろうよ」


 季知さんの頭上に俺が幻視する疑問符は増えていく。

 説明は諦めた。俺は上手く説明できそうにない。


「皆いつもの季知さんが好きなんだよ。好きだからいたずらしたくもなるし、困らせてみたくなんのさ。小さくなるのは、いたずらの手段の一つだよ」


 そう考えてみると、……好きな子にいじわるする小学生か。などと思いつつ、俺は苦笑を深めた。


「興味津々なのさ。こんなことをしたらどういう表情をするのか、気になって仕方ないんだよ、あいつらは」


 季知さんは、不思議そうにして居ながらもある程度納得したらしく、


「そんな、ものなのか……?」


 と、聞いてくる。

 俺は頷いた。


「そんなもんさ。だから深く考えすぎんなよ」


 その言葉に、季知さんもそうか、とだけ呟いて。

 ふと、口にした。


「なあ、薬師。お前は関与していないんだな?」

「してないが?」


 昨日の件についてはまったくである。

 すると、季知さんは若干沈んだ声で言うのだ。


「じゃあ、もしかして、お前は私に毛ほどの興味もありはしないと……?」


 そんな季知さんを俺は笑う。

 苦笑でも微笑でもなく、にやりと。


「や、薬師?」

「そういうと思ってこんなものを用意した」


 懐から取り出したのは。

 ふさふさの毛のついた、三角形に近いそれ。


「やっぱり季知さんにはこいつが似合うな」


 ――いわゆる、猫耳である。


「……薬師」


 ああ、いい笑顔だ季知さん。ただしその手の金棒はいただけない。















 一つ訂正だ。

 やはり金棒で殴られるのは痛いのでマシではない。





















「わ、悪かった」

「あんまりだ。せっかく元気付けてやろうと頑張ったのにあんまりだ」

「や、薬師、機嫌を直せ」

「季知さんは俺のことが嫌いなんだな」

「そんなことはないっ!」

「じゃあ、俺の膝に乗ってこう言ってみてくれ。『大好きにゃん』と弾んだ声で」

「そ、そんなことできるかっ」

「そうか……」

「……」

「……」

「だ……、だいすきにゃんっ……」

「録音完了した」

「き、き、貴様ぁっ!!」

「しかし、お前さん足長いんだな。膝に乗っけてもそんなに俺の座高から飛び出さないあたり俺の短足ぶりを自覚させる。恨めしい……」

「ま、薬師っ、待ってっ。太股に触るなっ、つねるなっ。ひにゃっ」

「ああ恨めしい」

「や、やめ、耳に息を吹きかけ――」




 多分こんなだから季知さんはいじられるのだと思う。


























―――
季知さんです。
とりあえず前回まで内容がコーヒー味の砂糖みたいに甘かったのでちょっと薄めに。








返信。

奇々怪々様

多分魃にTシャツ作る技能はないので、概ね購入したものだと思われます。ただ、ここまでカオスなTシャツになると、下詰の影がちらついてるんじゃないかと思わざるを得ない。
柱は、いくら負担を掛けても、薬師が座敷で甘い空間を繰り広げようと文句一つ言わない健気な子です。やっぱり薬師には勿体無い。
そして、薬師の鈍感さにこれ以上磨きが掛かったら一体どこへ向かうというのか。
むしろもう、ワラジムシすら薬師には勿体無いんじゃないかなと思わなくもないです。いや、早いとこ結婚すればフラグ数が減るのか……。


怜様

ラブコメで、一番主人公と両思いに近いのが柱。初めてみましたよこんなもの。
このまま柱と結婚したら脳髄撒き散らしそうです。もういっそ柱に告白して振られてしまえばいいんだ。
そしたらきっともう少しは鈍感じゃなくなるんじゃないですかね。もっと駄目な感じになるかもしれないあたり五分ですけど。
魃の呼び名に関しては、確かに私もぺけ美の方がしっくり来るというか、素敵な気もしますが、問題はAKMさんとの名前の被り具合はやばいかなと。


SEVEN様

BLACK世代じゃないんですけどね。ただ、友人がよくてつをさんの曲を流しまくるんです。耳について離れません。ゴルゴムの仕業ですか。
しかし、気ままにぶらついて、どこぞのお姫様に会ってなんとなく甘ったるい会話繰り広げるなんて、貧乏人にも金持ちにもできる真似じゃないぜこの野郎と。
既に全人類を敵に回してますよあの天狗め……、いい加減誰か退治に来ませんかね。
いや、来たら来たでどうせ美少女でフラグ立って終わるから駄目だ。どうしようもなさ過ぎるあの天狗。


アンプ様

確かに、Tシャツが変なこと、後、世間ずれしていることを除けば、憐子さんのほうがずっと常識はずれですからね。
おかしい……、考えてみたら魃がまともな部類の上位に入ってますよ。どれだけまともじゃないんですかね、他の人々。
よく思い出してみると、行動が概ね常識内に収まってますね、たしかに。もう一体常識ってなんなんだ……。
そして、薬師には嫁でなくても、もう嫁と呼んでいいレベルの女性が何人もいますからね。むしろ嫁を作らないほうが都合がいいのか薬師めっ。


光龍様

お帰りなさい、お疲れ様です。どこに行ったのかわかりませんが、京都なら私も行きたいです。
まあ、自分も来年修学旅行ということになっているのですが。京都の寺と東京の国立博物館を見てみたいもんですね。
魃は、よく考えてみれば、他のかたがたに比べ、驚くほどソフトでほのぼのです。
押し倒したりしないし、あんまり暴走もしてないし、普通そのものです。非常に可愛らしくまとまってるんですね。


春都様

柱リード。もっとも薬師とエンディングに近いヒロインです。果たして擬人化する日は来るのか。それとも柱のままエンディングか。
柱のままエンディングを迎えたら流石の私も戦慄します。誰得なのか。柱萌え。ただの柱に萌えられた末期です。
魃はTシャツのセンスさえ目を瞑れば、というか他の人間が服を出してやれば何の問題なく優良物件です。
いや、もうむしろ変なTシャツごと愛す勢いを持てば、いい嫁になるんじゃないですかね。


n.t様

ばかーっ、も可愛いと思いますが、ツンデレは「ばーかっ」、が似合うと思います。ええ。
ただの変態の微妙なこだわりなんですけどね。そこが重要だと主張する変態です。
魃にはこのまま清く正しく進んで貰いたいものです。
問題点があるとすれば、いついかなるときも残念Tシャツを着ていることでしょうか。


志之司 琳様

お帰りなさい。私なら小説が書けない時点で消滅しそうです。でも私も久々に温泉行きたいです。

銀子は既に真面目にやっても真面目に受け取られない狼少年状態になってますね。本気になったらそのギャップで押し切れそうな気もしますが。
ただ、ハロウィン編は前さん無双でしたね。ええ、ほろ酔い状態で全てかっさらって行きました。あまりのポテンシャルの高さに戦慄を隠しえません。
伏兵にブライアンとかいますけどねっ。おしゃまなフェアリーブライアンさんがっ。

世話焼きさん向けな魃ですが、どう考えても閻魔の方が面倒ですありがとうございました。
そして人語とは思えない言葉で話す男女が二人っ……。既にアブダクトしかねないです。
ともあれ、彼女もまたほのぼの率が高いのでいいと思います。一部あんまりほのぼのしないので。








最後に。

別に止めもしないあたり薬師もただの変態である。



[20629] 其の二十四 俺と鯖。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:ee3a1201
Date: 2010/10/09 22:23
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「にゃん子、にゃん子」

「んー?」

「人間状態で変則土下座みたいな伸びをしたり、階段の手すりにほお擦りしたりするのはやめたほうがいいのではないかと思う」

「なんでかにゃー?」

「奇矯なおっさんに連れて行かれかねん」

「ご主人のこと?」

「おっさんと言われた俺の心は粉砕寸前である」

「おじさんどころじゃないじゃん、ご主人」

「それもそうなんだが。まあ、とりあえず俺じゃない」

「えー、攫ってよ、オ、ジ、さ、まっ」

「やめろ」













其の二十四 俺と鯖。













 畳の上に転がって、寝ながら本を読んでいると、にゃん子がふと俺の隣に座る。

 そして、座るなり、口を開いた。

 それはもう、藪から棒に。


「ご主人ご主人。さば食べたい」

「やだ」

「なんで?」

「鯖嫌いだから」

「やっぱり天狗だから?」

「いや、なんか普通に嫌いだ」

「さば食べたい」

「会話が一回転したな。だが断る」

「なんで普通にお魚食べれるのにさばはダメなの? ご主人」

「鯖が……、鯖が憎いんだっ……。俺の妹を奪って行った鯖が……!!」

「妹いたの? ご主人」

「どーだかな」

「で、なんで嫌いなの?」

「鯖? 鯖ってなんかあれだろ。魚面だし」

「普通じゃん」

「鱗あるし」

「普通じゃん」

「鯖だし」

「存在全否定だにゃー」

「第一にゃん子さんよー。なんで鯖なんだ」

「えー? さばってなんかあれじゃん。魚面だし」

「魚なら標準装備だな」

「鱗あるし」

「魚なら標準装備だな」

「さばだし」

「鯖だもんな」

「さばだもんね」

「第一俺じゃなくて藍音に頼んでくれたまえよ」

「頼んだけど」

「けど?」

「藍音もさば嫌いだってにゃー」

「そーなのかー。食卓にも話題にも出さんから知らんかった」

「やっぱ天狗だから? って聞いたら、ご主人が食べないから余るって主婦みたいな理由で断られたー」


 俺は、長時間同じ体制で本を読んでいたため、体勢を変えんと身を起こす。

 その背に、にゃん子は額をこすりつけてきた。


「買ってよー」


 俺はつっけんどんに首を横に振る。


「いやだ。鮭ならいいが鯖はダメだ」

「さけもさばも変わんないにゃー。ちょっと点が付いて、右下の方が輪になってるだけだって」


 それなら鮭でもいいじゃねーか、とは言わないことにした。


「その違いは大きい。濁点は重要だ。さはにさげだぞ。意味わからん」

「そんなことよりもさばー」


 拗ねたような声を上げるにゃん子。

 俺はもう無視することにした。


「……」

「うにー」

「おいにゃん子」

「にゃん?」

「指を噛むな」

「ひいひゃん。へふもんひゃはいひ」

「減るんだ。しゃぶるな。吸うな」

「んーっ」


 俺の指はふやけた。























 そして、次の日がやってくる。


「……なにやってるんだ、にゃん子」

「にゃんとなく」


 そこには、洗濯物の籠に尻を入れて、身体全体で見るとはみだし気味に固定されたにゃん子の姿があった。


「ぬけにゃい」


 かなり間抜けな姿である。


「そうか」


 俺は、そこを立ち去ろうとする。

 にゃん子のお楽しみを邪魔しちゃいけない、と早足になるのだが、


「あ、まってまってっ。抜いてってよご主人」

「なんかいやだ」


 ちょっと焦った声に途中で止められる。

 俺は振り向いて半眼でにゃん子を見た。

 やっぱり嵌っている。

 間抜けな姿だ。


「にゃー……、にゃー……」


 儚げににゃーにゃー言うにゃん子に、俺は溜息を吐いた。


「……ほら」


 溜息と共に手を差し出す。

 にゃん子は、その手を取り、立ち上がろうとするが、籠ごと持ち上がってしまった。


「にゃー、取ってー」


 俺は、溜息をもう一つ。

 尻を持ち上げた体勢で四つんばいになったにゃん子の籠を掴んで引き抜く。

 やっと開放されたにゃん子は嬉しげに立ち上がりにこにことしていた。


「ったく、なんでこんなことになってたんだか」


 呆れたように呟けば、にゃん子はしれっと言ってのけた。


「籠とか鍋とか。猫が鍋に入ってるんじゃなくて、鍋に入ってるのが猫なんだよっ」

「じゃあ……、俺が前食った寄せ鍋は――ッ」

「そう……、猫だったんだよ」

「……いや、ないわ」

「うん。でさ、ご主人」

「ん?」


 不意に、にゃん子は言った。

 それはもう、やっぱりやぶから棒だった。


「釣りに行こうよ」


 俺は固まる。


「……なんだって?」


 対して、にゃん子はぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「釣りー」

「なんでやねん」

「だって誰もさばくれないもん」

「それで何で釣り」

「新鮮なお魚でがまんするから、一緒に行こうよ」

「あー……」

「お願いっ」


 見上げながら言われ、俺はとっとと折れることにした。
















 猫状態のにゃん子を頭に乗せて、歩き続けること四半刻と少し。

 飛んでいくのは風情に欠けると、俺は下詰から借りた道具を担ぎ、肩を揺らしていた。


「にゃんっ、にゃんっ」


 上機嫌なにゃん子は、たしたしと俺の頭を肉球で叩く。

 そして、やってきたのは港だ。

 地獄に海と呼べる海は存在しない。代わりにあるのは巨大な湖だ。

 海水浴場も、港だろうと、なんだろうと、湖なのだ。そんな港。


「いい天気だな」


 呟いて、波止場に腰を下ろす。

 にゃん子もまた、軽やかに俺の隣に降り立った。

 そして、人間状態になり、隣に座る。


「うんっ」

「ま、成果は期待すんなよ」

「うんっ」


 嬉しげにこくこくと頷くにゃん子。


「いや、期待してないことに関してそう元気よく頷かれると困るんだが」

「ふにゃ? うんっ」


 上の空なくらい元気に頷いてにゃん子はにこにこと波止場から垂らした足をぱたぱたとせわしなく動かしていた。

 その尻尾もまた、ゆらゆらと揺れている。

 俺は楽しそうだしまあいいか、と適当に釣り具を用意。餌を付けて、糸を垂らす。

 ルアーで釣るなんぞできるわけもない。


「にゃー、にゃー」


 にゃん子はゆっくり左右に揺れながら、まるで歌でも歌うように揺れている。

 俺は胡坐を掻いた膝の上で頬杖突いて、片手で竿を下げた。


「ご主人」

「なんだ?」

「ご主人ご主人っ」

「なんだよ」

「んー、呼んでみただけ」

「変な奴だな」


 呼ばれて、横にいるにゃん子を見るが、なんでもないと言われ、俺は水面に視線を戻す。

 なにが楽しいのかはわからないが、やっぱり楽しそうだった。


「ごしゅじーん」

「なんだ、また呼んだだけか?」

「んー、だいすきっ」

「そーかい。ありがとさん」


 楽しげに、にゃん子は自分の額を俺の肩に擦り付ける。

 俺は、ちらりとにゃん子を見て、やっぱり水面に視線を戻した。

 のどかで実にいいことだ。

 そうして、ゆったりと時間が流れる。

 魚は釣れない。

 にゃん子が声を上げた。


「釣れるまでがんばろーねっ」

「努力はする」

「どうせなら、釣れなければいいんじゃないかにゃー?」


 悪戯っぽく、にゃん子は笑った。

 俺は呆れた声を上げる。


「お前さんが魚食いたいってったんだろーが」


 すると、にゃん子は、笑ったまま、しれっと言うのだ。


「うん、でもねっ。やっぱり夕ごはんまで粘りたいもん」


 日は高い。

 ということは、これから三時間か四時間粘ると。


「長いな」

「ダメ? ご主人……、こういうのキライ?」


 にゃん子の不安に揺れる瞳に、俺はぼんやりと呟いた。


「ま、たまにはこんな日も悪くねー」

「うんっ」


 秋の空は青く。夏のように暑くもなく、冬のように寒くもない。


「すきすきっ、だいすきっ」

「おー、そうかい。嬉しいね」


 俺は釣りをしていて、隣にゃ猫。

 ま、悪くない。

















「んー、でもやっぱりご主人の膝が落ち着くー」

「やり難いんだが」


 結局、魚の一匹も連れなかった。

 ただし、にゃん子は終始楽しそうだった。
































―――
今度こそ薄いっ、間違いない……、はず。
砂糖を控えて、ほのぼのマックス。会話文も増量気味。
ただし自分の感覚ほど当てにならないものはない。










返信。

怜様

昼寝する子供はとても可愛いと思います。そして、ここのところほのぼのマックスに行きたい気分です。
多分あれですね。憐子さんとかの破壊力が高かったからですね。ほのぼの分が欲しくなったんです。
それにしても、久々の録音です。薬師の基本武装の一つではありますが。錫杖、鉄塊、高下駄、スーツ、ボイスレコーダーです。
あと、薬師が見てしまったのは、絶対的乙女聖域です。語ったが最後、彼の頭部が潰れトマトになることでしょう。


SEVEN様

そう、つまり、まあ、ええ。なんら一切手の加えられていない未開拓の丘が見えまして――、窓を誰かが叩いています。
そして、薬師のくせに分かっている発言を吐いてましたね、前回。薬師のくせになまいきだ。
ただ、やっぱり大人の女性が恥じらいたっぷりでロリだからいいんです。顔をまっかにして怒ってくれないと面白くないんです。
まあ、なんというかもう、薬師は既に逮捕されてもいい気がしてきますが。波止場から落ちてしまえこの野郎。

光龍様

東京ですか。私は道産子の田舎もんなんで、その辺りの都会も一度は拝んでみたいですね。
ただ、田舎者としてはテレビなんかに映るあの人ごみの中で生きていける気がしないです。そんな田舎でもない気がしてましたが結局田舎は田舎です。
さて、季知さんですが、この人が一番純情ではある気がします。だからいじられ役なんですね。打てば響くから。
そして、憐子さんのうっかりにより、下着はナッシング。目撃してしまったのが薬師じゃなかったらもっと気まずいでしょう。


奇々怪々様

うさ耳なんです。なぜかうさ耳。私も変な気がします。猫耳キャラが完全に定着したんですかね。おかしいなぁ。
そして、薬師は基本的に何も考えてないと言うことが前回で発覚しました。奴の脳内は七割がたまあ、いっかで構成されております。
で、まあ、話題の存在しないヴェールの内側ですが、やはりあれですよ。隠されてるから萌えるんです。スカートの中に隠されてるのと、普通に見えてるのでは違うんです。
あと、やっぱり猫耳ですよね。うさ耳はどちらかと言うと大人状態でバニーやってほしいです。


アンプ様

むしろあれです。季知さんはにゃん子の被害を最低限に抑える役割をしているのです。彼女がいないと無秩序に猫耳ロリが量産です。
そして憐子さんは、パンツという存在そのものに思い当たらなかったという猛者っぷりです。
玲子さんに関しては、一応プールに行ってるので、コンプリートです。後は翁、じゃら男とかそんな感じの人々です。
メインがラブコメだからなかなかタイミングがないんですよね、特に翁は。後は……ないです、とくに。


通りすがり六世様

本人は自分をノーマルだと信じてるから手に負えないんですね。どう考えても変態で、人が恥ずかしがったり、おろおろするのを見て楽しむサディストです。
それはさておき、季知さんは、やっぱりいじられ役なんです。その真面目に取る態度をどうにかしないとずっとこのままなのに、それを真面目に受け取って直そうとすると矛盾する不思議。
そして、身体の大きさとか、コンプレックスがちらほらあるので、攻めは遠慮気味です。代わりに薬師が攻めますが。
ちなみに、狐耳は出現する予定があったりします。新キャラじゃなくて既存の人ですが。


志之司 琳様

馬鹿で非常識な人々としては、真面目な季知さんが可愛くて仕方ないんですね。年齢的にも実は結構年下だったりして。
結局、眺めるに徹して一番楽しむ薬師が一番鬼畜なんですよね。一人一人の罪は軽いが、全体的に関わっている薬師が一番酷い。
そして、憐子さんは和服内に下着は邪道派で、あと、窮屈だとか云々のほか、寝るときは全裸だの、基本的に和服だので基本的にノーパンスタイリストです。結果があれです。
で、まあ。薄かったと思ったんですけどね。ええ。味の濃いものを食べ過ぎると味覚障害になると言うね。あれです。まあ、百八回くらいは萌え殺していきたいと思ってますが。


春都様

放っておけないとか、いじったら楽しいとか、大人気です季知さん。見た目的には上位なのに、年下として可愛がられてます。
そして、そうそうたるメンバーに支援を受けた結果が桃色ゴスロリリボンうさ耳です。というか位置的には由美と季知さんは薬師の家で同じ格付けです。
で、ついでに、由壱はきっとみんなの中で、兄に似ないで健やかに育って欲しいと思われてることでしょう。
しかし、今ひとつ自分じゃ分からないんですけど、破壊力高いんですかね。自分では抑え目にしてる気がしないでもないんですが。







最後に。

ここ最近長らく猫と接していなかったせいで、野良猫を発見するなり全力疾走しました。もう末期です。



[20629] 其の二十五 俺と手袋。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6d5ff101
Date: 2010/10/13 21:41
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「おお、さむ」


 秋も深まれば寒いのは当然である。

 俺の住む地区はさほど寒くない地区であるが、それを一歩踏み出せばやはり違う。

 道を行く俺を染みるような寒さが襲う。


「山育ちで寒さにゃ慣れてたつもりだけどな。鈍ったか」


 木枯らしの吹く道で、俺は一人くしゃみをした。


「こうやって見ると、寂しいな」


 木の葉だけが、風に吹かれている。















其の二十五 俺と手袋。















「よう、そして寒い」

「あらあら、どうぞ上がっていってください」

「ここでお茶漬け出されたらまじ泣きするわ」


 季節の寒暖差が激しいことで有名な地区の一角に、その家はある。


「しかし玲子さんよー。ここには暖房器具もねーのかい?」


 その家の主、この和風建築に似合う和風美人こと、玲衣子がそこに立っていた。


「囲炉裏ならありますわ」


 そんな彼女は、完璧な笑顔でそう言うのだ。


「強えな。俺凍死確定か」

「また、嘘ばっかり」


 困った人、とでも言わんばかりに玲衣子は俺に向かって微笑んだ。

 今度は、どちらかといえば苦笑気味な。


「いや本気。本気なんだ。死ぬ死ぬ、二秒に七回死ねる。一秒に三回強死ねるから」

「ふふ、貴方が暑さ寒さでどうにかなるなら、私はその三倍死んでますわ」

「二秒に二十一回か。末恐ろしいな」


 意味のない会話を繰り広げながら、俺は居間に通された。

 慣れたもので、俺は何事もなく座布団の上に座る。


「お茶とココア、どちらがいいでしょうか?」


 座る俺の後ろから、玲衣子は聞いた。

 俺は投げやりに声を上げた。


「ココア希望」

「はい」


 返事が聞こえて、畳の上を歩く音が響く。


「寒いな……」


 呟いた言葉は、誰にも届かず消えた。

 部屋は、凍えると言うほどではないが、決して温かくもない。


「本格的に冬になったら暖房器具も出すのですけれど」


 そんな言葉と共に、台所に立っていたであろう玲衣子が戻ってくる。


「あー、ありがとさん」


 差し出されたマグカップを受け取り、俺は一口。

 熱くもなく、温くもなく。程よい温度の液体が口内に広がり、甘みが、俺の舌を刺激した。


「美味いな。今日からココア党に転職するか」

「あら、じゃあもっとココアを買ってこないといけませんわね」


 冗談っぽく、彼女は笑った。

 俺は、部屋を見渡してふと声に出す。


「しかし、寒いね」


 最近は――。

 と言おうと思ったのだが。

 何故だろうか。

 何故か俺は後ろから抱きしめられていた。


「おう? 玲衣子さん?」

「寒くありませんか?」


 少し後ろを見れば、すぐそこには玲衣子の顔がある。


「まあ、暖かくはないな」

「でしょう?」


 ぎゅ、と回された手に力が篭る。

 体温が確かに伝わってきて、確かに温かい。


「こういうときは、人肌で暖めあうものですわ」

「なんか遭難者みたいだな」

「ふふ、そうかもしれませんね」


 そうやって、わざわざ俺を暖めてくれる玲衣子に、俺は疑問を投げかけた。


「だが、お前さんは飲まなくていいのかい?」


 言って、俺は机を顎で示す。

 テーブルの上には、玲衣子の分のカップが置いてあった。

 そして、彼女の両の腕は俺の首から胸にかけて、だ。これでは飲めまい。

 彼女は、それに対しあっさりと言葉にする。


「飲ませてくださいな」


 俺は思わず言葉を詰まらせた。


「む」


 流石に人に飲み物を飲ませる経験はない。言葉に詰まるも道理。

 しかしながら、なんとなく引け目はあるが、こちらはわざわざ暖めて貰っている身。

 答えるのもまた道理と言うものだろう。

 そう考えて、俺はカップを手に取った。

 そして、玲衣子の口にカップをつけて、傾ける。

 無論、力加減が分からないので恐る恐るだ。

 そして、もう十分だろうと思ったあたりで、カップを離す。


「んっ……、少し、溢れてしまいました……」


 そう言った玲衣子の口の端から流れるのは白い液体。


「悪い」


 素直に謝る俺に、玲衣子は意地悪な笑みを浮かべた。


「んふふ、舐め取ってもらえませんか?」

「……それは困る」

「ふふ、冗談です。そこにティッシュがありますから」


 手首から先だけを動かし、玲衣子はテーブルの下のちり紙の箱を指差した。

 それに従い、俺は一枚取って玲衣子の口元を拭う。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 拭ったちり紙は、丸めて机の上においておく。

 そして、口を付くちょっとした疑問。


「てか、ココアじゃないんか」


 玲衣子は微動だにせず、耳元で囁いた。


「ホットミルクですわ」

「ほほう」


 なんとなく気になって、ホットミルクも一口。


「やっぱ寒くなるとこういうのが落ち着くな」

「ふふ、そうですわね。ところで、もっと下さいませんか?」


 しかし、と俺は呟く。


「流石にもう一度やっても零しそうな気がするんだよな」


 どう頑張っても人に飲ますには人の口の容量とかそんな感じのものを鑑みて行わなければならないと思うわけだ。


「じゃあ、口移しで飲ませてくれますか?」

「……普通で頑張るわ」


 諦めて、俺は慎重に彼女へカップを傾ける。

 彼女がホットミルクを嚥下する音だけが響く。

 実に神経を使う作業だった。

 そして、カップを俺は机に置く。


「ところで、今日のお昼はどうしますか?」


 唐突に、カップから口を離した彼女が聞いた。

 俺は、中空を見ながら答える。


「ん、昼飯な。適当に外で食おうとは思ってるが」


 さすがに当然のように昼飯を作ってもらおうと考えるほど俺は厚顔無恥でもない。


「そうですか?」

「あー。帰って藍音に作ってもらうのもありだしな」


 一旦帰って、こちらに戻ってくるのは別にたいした労力でもない。

 じゃあなんで午前中から来たかと言われると、なんとなくだ、としか返しようがないのだが。


「藍音なら適当に――」


 なんか作ってくれんだろ、という言葉は、不意に口に当てられた指先によって表に出ることはかなわなかった。


「ダメですわ」


 拒否の言葉、否定の言葉。

 そして、口元にある指先。それら全てが俺の口を封じていた。


「む?」

「女性の前で、他の女性のお話は、マナー違反です」


 細い指が首元を滑り、元の位置へと戻る。


「……あんまり酷いと、お仕置きしてしまいますわ」

「むう」


 肝に銘じておこう。

 心で呟いて、俺は後ろを見る。


「今日は、うちで食べていってくださいな。食材を買ってきますから、少し待っててください」


 やっぱり玲衣子は笑っていた。


「いや、荷物ぐらい俺が持つ」























 外に出たら、やっぱり寒い。

 外に出るということで、着替えた玲衣子と共に俺は道を歩いていた。


「しかし、お前さん、外出るときはあんまり和服じゃないんだな」

「確かに、和服の方が落ち着きますけど。外の空気とは合わないことが多いですし」

「あー、わからなくもないわ、それ」


 今の玲衣子は、ダッフルコートに身を包んでいる。

 その下はセーターであることを、俺は目撃済みだ。


「それに、今の貴方とも合いませんし、ね」


 ふと、熱っぽい目で見られて俺は自分の姿を見る。

 いつもの俺そのものだ。スーツにワイシャツ。どこに出しても恥ずかしくない勤め人風味だ。


「まあ、スーツと和服じゃなんか妙だな」


 呟いて、俺は左手の買い物袋を今一度握り直した。

 ビニールの擦れる音が響いて、その重量が俺の腹に納まるのだ、と自覚させる。

 と、そんな風に手に下がった荷物が俺の昼食であることを自覚したとき、疑問が口を突いて出た。


「ところで今日の昼飯はなんだ?」

「お茶漬けですわ」

「……泣くぞ」

「んふふ、冗談です。鍋にしましょう」

「もしや……、猫」

「どうしました?」

「いや、どうでもいいネタを思い出しただけだ」


 呟いて、俺は空を見上げる。

 そして、そろそろこっちは雪降るんでないかな、と気の早いことを考えた。

 そんなときだった。


「流石に、外は少々寒いですわね」


 声と共に、俺は玲衣子を見る。


「む」


 視線を戻して見たのは、ダッフルコートの袖から覗く、赤い指先に白い吐息を吹きかける玲衣子の姿だった。

 俺は聞いた。こういうときのための防寒具があるだろう、と。


「お前さん、手袋は?」


 俺も手袋がなかったらとっとと帰るぞですんだのだが。

 かく言う俺は手袋着用済みであり、なんとなく気になって仕方がない。簡単に言えば気まずいのだ。

 玲衣子は、苦笑気味に笑った。


「買わないといけませんの。貴方は持ってるんですね」

「ん、ああ」


 実を言うと、こんなことを見越してか藍音が持たせてくれたものであるが、男薬師、マナーは守ります。藍音のことは口に出さない。

 しかし、買わないといけないということは、失くしたとか、穴でも開いたとかそういうことだろうか。この季節に災難なことだ。

 まあ、だが、流石に赤い手の人を放っておくわけにはいかない。


「手袋貸すぞ」


 そう思って俺は手袋を取りかけるのだが、玲衣子は首を横に振った。


「そんなことしたら、今度は貴方の手が冷たくなってしまいますわ」

「いや、俺は別にいいっての」


 寒さに対し、多少気になるようになったと言えど、俺は人と違って丈夫にできているから手袋如きなくても赤くすらなりやしない。

 言うが、玲衣子は頑なだった。


「家に戻るまでですから」


 そこまで断られては、ぐうの音も出ない。


「私はいいんです」

「……」


 とでも思ったか馬鹿め。


「じゃあ片方だけ貸してやる」

「え?」


 容赦なく、右手の手袋を取り、俺は玲衣子の手を取り無理やり手袋を嵌める。

 嵌めて、俺は満足そうに頷いた。

 玲衣子は珍しく驚いた顔をしている。


「ええと……、これじゃあ、貴方の右手が――」

「知ってるよ」


 そんなこともわからないほど俺は馬鹿ではない。

 だから、ちゃんと考えているのだ。

 俺は、手袋を取った素肌の右手で、玲衣子の左手を取った。

 俺はにやりと笑う。


「こういうときは、人肌で暖めあうものらしいぞ?」


 玲衣子は、また驚いた顔をしていたが、すぐに笑ったのだった。


「――そうでしたわ」










「うふふ、やっぱり、手袋は買わないでおきましょうか」

「なんでだよ」

















「薬師様、手袋が片方しかないのですが」

「……しまった」


 また玲衣子の家に行く用事ができてしまった。
























―――
薬師の左手の手袋にだけ畳のい草が入っててちくちくしろこの野郎というわけで玲衣子さんです。
書いてる途中で再び玲衣子さんネタが降りてきたので不意に二回連続で玲衣子さんしたくなりましたが、次回は別のお方で行きます。

あと、パソコンクラッシュで消滅した大天狗奇譚五も何とか復活気味。そう遠くないうちに更新できそうです。






返信。

春都様

薬師宅内の年齢としては、憐子さん>法生坊=薬師>にゃん子>藍音>銀子>季知さん>由壱>由美。翁(不明)という年齢順といったところでしょうか。
ちなみに季知さんとそれ以降の年上の年齢差は大体五百年くらいですからね。まあ、性格も相まって可愛がられてる模様です。
私もいつかは猫を頭に乗せてみたいです。どう考えてもずり落ちそうになって引っ掻かれるんでしょうけれども。でも夢は捨てません。
そして、よく考えてみれば、リアクションを大きく取りたくなる、というのは我々の業界ではご褒美ですね。もっとたくさんの人がディスプレイの前で悶え苦しむよう頑張ります。


リーク様

そ、それは羨ましい経験です。猫が膝に乗るとだんだんと腰が疲れてきて、しかし、退かすのも気が引ける苦行になります。
三時間寝続けたときは悟りが啓けそうになりました。膝の上の幸福感と腰の悲鳴を同時に食らう状況です。
そんな状況にもなればそろそろ悟りが開けてきます。この世は猫を中心に成り立っていると。
簡単に言うと――、自分も化け猫拾いたいです。と。


アンプ様

まあ、ぺけ美編もやってて、あれでしたから無理もない話ではあります。
ただ、結局今回玲衣子さんでしたけどねっ。なんとなく話題になると書きたくなる症候群は何とかならないものか。
そして、猫はたまに指あまがみして吸ってくるときあるんです。だからにゃん子がやったって仕方ない。例えそれが人間状態であっても。
で、まあ、よく考えてみると、読者を萌え殺すのがこの小説の本題な気もしないあたり全てが手遅れです。


通りすがり六世様

どうやら味覚障害間違いなしです。砂糖控えめにしたつもりがやっぱり甘い。というか読み返して気付く。でもまあいいか。
多分あれですね、大天狗奇譚はいまいちビターだからその反動なんですね、きっとそうだ。そのせいにしておこう。
猫はやっぱりいいです。飼ってたら勝手に猫派になりました。好き勝手来たりこなかったりが落ち着きます。
生と死に関しては、確かにどこまで行っても存在する命題ですよね。それなら、橋の下とか、野良猫ポイントを探して、一期一会を楽しむのもいいかもしれません。


奇々怪々様

鯖味噌は私も好きです。というか祖母からよく凍ったやつをもらいます。毎朝食べるにはつらいですが。
それで、まあ、猫に戻れば抜けたんじゃないかと言う話なんですが……、そのとおりです。間違いなく。ただ、そこに思い当たらなかったら仕方ない。
もしくは、構って貰うためにわざわざああやって待機してたならそれはそれで可愛いんじゃないかなと思います。
そして、由壱の不動っぷりはもう薬師譲りなんじゃないかと思うほどのスルースキル。小指を箪笥にぶつけて消滅しないでしょうか。


SEVEN様

鯖如きでは薬師のフラグワークスを止められない、そういうことですねわかります。一体なになら止められるんでしょうか。
しかし、まあ、猫の本気は恐ろしいです。自分は一度縄張り争い状態のうちの猫とどこぞの猫のうなり合いを止めようとしてやられました。
血だらけで腕中包帯だらけでした。一本牙が折れてたので、三つの噛み傷と、深かった引っかき傷が噛み傷の間にすっぱりと。
たくさん付いた細かい傷はすっきり治りましたが、前述の傷だけは綺麗に痕になってます。笑い話として利用してますが。それでトラウマにならなかったあたり、小4くらいから末期です。















最後に。

たまに玲衣子って打とうとしてりえこになるんですが一体誰だ。



[20629] 其の二十六 俺と炭水化物。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:be5e4ace
Date: 2010/10/17 23:17
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







 これは、友人の姉の友達が言っていた話らしいのだが――。

 これはメリーさんの話。そう、メリーさんのお話だ。

 少女が背後に現れて、人の命を攫い往く。

 彼女は今日も電話をかけるのだ。



「もしもし? 私メリーさん今貴方の――」




『またお前か。二度も俺んとこに電話かけてくるたあいい度胸だな』

「え、貴方、まさか」

『まさかもまさか。もしもし、我如意ヶ岳が大天狗。如意ヶ嶽薬師坊なれど』

「久しぶりね。今度こそ貴方の背後に出て、生きていることを後悔させてあげ――」

『しかし、二度も俺のところにかけてくるとは、反省の色とか、礼儀とか義理とかその他諸々がなってないなぁ、メリーさんよ』

「い、今貴方の――」

『おっとご足労願うまでもない。こちらから出向こうじゃないか』

「わ、私の場所、教えるとでも思ってるのかしら?」

『俺を誰だと思ってる? あまり嘗め腐ってくれるなよ。お前さんの気配は覚えてるからな』

「え?」

『もう出たぜ。もしもし、俺は如意ヶ嶽薬師という。今――』

「ひっ!!」


 少女、電話を切る。

 早鐘を打つ心臓部、胸に手をあて荒い息。

 逃げないと、と少女、携帯を置いて歩き出そうとする。

 瞬間、着信。

 肩が震える。

 少女、恐る恐る通話。


『もしもし。いきなり切るとは酷いじゃないか』

「ひいっ!」

『さて、俺は如意ヶ嶽薬師だ。今、どこにいると思う?』

「い、やっ!!」


 少女、携帯を地面に叩きつける。

 携帯、真っ二つ。


『うお、驚いた』


 声、途切れず。


『悪いが、実は風で喋ってるから切っても無駄さね。携帯に掛け直したのは……、風情?』

「こ、こないで」


 少女、声を上ずらせる。

 男、少し驚いた声。


『おう?」

「お願い、来ないで」

「むう、すまん。そいつは無理な相談だなぁ」

「え?」

「よく考えてみろよ。俺は天狗だぞ。それが全速力でお前さんの下に向かってるんだ」

「も、もしかしてっ!」


 少女、ばっと後ろを見る。

 いない。


「てかどうやっても無理なんだなぁ。だって俺」


 少女、視線を前に戻す。


「お前さんの前にいるわけだし」




 いた。




「ひにゃああああああああああああああああっ!!」


 スーツの男が――、目線の高さで逆さに浮いていた。









「機嫌直せって。な?」

「……ショートケーキ」

「わかったわかった」

「も、漏らすかと思ったんだから」

「なんだと……!? 俺にはダムはとうに決壊しているように……、いや、すまんかったまったく。俺が全て悪かった」


 ……ちょっと驚かせすぎたかと反省して取り合えず前にいただけなんだがなぁ。













其の二十六 俺と炭水化物。











 地獄の河原で石積みが仕事と言えどもだ。

 常に絶え間なく石を積み続けられるわけもない。

 当然昼休みがあって、昼飯ぐらい食うのである。

 今日の昼飯は、焼きそばパンだ。

 普段は藍音の弁当を食べている俺だが、たまに食べたくなるのだ。

 そう、こいつの陳腐な味がたまらない。何が美味いのかわからんが取り合えずたまに無性に欲しくなる。

 と、まあ、そんな風に焼きそばパン片手に俺が歩いていると、河原では見ない顔がそこにあった。


「おろ、愛沙さんじゃあるまいかね」

「私がここにいると不都合で?」


 涼しげな白い長髪は、今の時期となっては寒々しい。

 まるで雪女。

 そんな愛沙が、河原に腰を下ろしている。


「まあ、なんでいるのかは気になるが」


 俺は、頬を掻いて呟く。

 愛沙は表情を変えることもなく言葉にした。


「クーラーの解体なのだけれど」

「あー。なるほど」


 納得だ。

 俺は頷いて手を叩く。

 そういえば、魃が猛威を振るっていた頃、愛沙が河原に冷却装置を組み立てに来ていた。

 確かに、言われてみればもう無用の長物だ。これ以上寒くなっちゃかなわん。


「で、もう解体は終わったん?」

「いえ、休憩中なので」

「ははぁ、ご苦労さんだぜ」


 俺は、愛沙の隣に立つ。


「隣、座っていいか?」

「別に問題は」

「ん」


 同意を受けて、俺は愛沙の隣に腰掛けた。

 そして、昼飯にしようとパンの袋を開く。

 なんとなく、無言だった。

 愛沙は饒舌な方じゃないし、そんな人間に軽快な冗談を交えたお話をできるほど、俺も話術巧みな方ではないので、無言。

 まあ、しかし、無言だからどうと言うわけでもなし。

 取り合えず飯としよう、焼きそばパンだ。

 そうして、俺は焼きそばパンを口に入れようとして……。

 愛沙がじっと俺の焼きそばパンを見詰めていることに気付いた。


「どした」

「それは」


 愛沙の白い指が差しているのは、まさに俺の口に入ろうとした焼きそばパンだった。


「焼きそばパン」

「……は?」


 愛沙の目が小さく見開かれた。


「……焼きそばパン」


 駄目か、焼きそばパン。

 愛沙は、ばっさりと言う。


「炭水化物と炭水化物を合わせるのはよく意味がわからないのだけれど」

「む、頭のいい意見が来た。美味けりゃいいんだ、と俺は思う」


 一旦口元から焼きそばパンを離して、俺は言い。

 愛沙は首をかしげた。


「……美味しい?」


 そこが疑問か。

 まあ、焼きそばパンを見たこともなかったようだし当然といえば当然だ。


「一口行けよ」


 俺は、手に持つ焼きそばパンを愛沙の口元に差し出す。

 感覚は一人一人違うものだ。美味い不味いの判断は千の言葉を尽くすより、食ってみるのが一番である。


「いいので?」

「構わん」


 ほれ、とさらにずい、とパンを差し出す。

 愛沙は、それに噛み付いた。

 もぐもぐと、小動物のように咀嚼する。

 そして、嚥下。

 返ってきた言葉はぽつりとこぼれる。


「……意外と」

「だろ?」


 俺は釈然としていなそうな愛沙に苦笑しながら言う。

 まあ、健康に悪そうではあるが。

 しかし、まあ、もう死んでるしな。

 と、そんな時。


「ところで、お前さん、飯は?」


 ふと、思いついて俺は問う。

 まさに昼飯時。なのに愛沙からは食事をする空気すら見受けられない。

 まあ、どうせ先に食ったのか、もしくは後で食べるのかのどちらかだろう、なんて俺は考えるのだが。

 現実はその二択からずれていた。


「……実は、少々予定と違う時間に起きたので」


 目を逸らしたのと、わざわざ予定と違う時間と言ったのと、そっぽを向いたその顔が耳まで赤いのは、照れというやつか。

「要するに。寝坊したんだな?」


 寝坊して、弁当が作れなかったと。


「違います。ただ少々起床時刻を遅らせただけで……」


 愛沙は首をふるふると振って否定するが、それはどう考えても。


「世間ではそれを寝坊と言うんだ」

「ち、ちが――」

「このお寝坊さんめ」


 真っ赤になって、愛沙、撃沈。

 いつの間にか体育座りで頭を膝小僧に埋めている。


「ま、お前さんもいい感じに俗っぽくなってきたじゃねーか」


 俺はやっぱり苦笑しながら呟いた。

 多少意外ではある。愛沙なら音もなく身を起こしそうな雰囲気だからな。

 しかし、別に寝坊くらい恥ずかしがることではないだろう。

 むしろ俺は毎日寝坊したい。

 常に起床は午後を目指したい。

 はっはっは、と俺はわざとらしく笑う。


「ほれ、優しいお兄さんがクリームパンをくれてやろう」


 そして、俺は最寄のコンビニという名のクリームパン屋で購入したクリームパンを開けて、顔を上げた愛沙の口に押し付けた。

 ちなみに、ただ焼きそばパンだけじゃ足りないだろうからと買ってきたクリームパンだが、よく考えれば焼きそばパンに合いやしねえ。

 まあ、さらによく考えてみれば焼きそばパンを主食として考え、クリームパンを食後の甘味、デザートとして扱えば食えなくも、む、なんだか勿体無い気がしたがもう駄目か、駄目なのか俺とお前は、なあ答えてくれクリームパン。

 クリームパンから答えはなく、それは愛沙の物となる。


「……甘い」

「そらクリームパンだからな」

「そうなので」

「そうなのさ」


 両手でクリームパンを掴み、もぐもぐとそれを食べる愛沙を見て、俺も焼きそばパンを食うことにした。

 クリームパンはあれだが、今はそれよりも飯だ。

 今まで結局一口も食っていない。

 そうして、俺は口元にまで焼きそばパンを持っていき――。


「あ、一口食わせろ」


 やっぱりクリームパンが惜しくなった。

 ただ、焼きそばパン食ってる途中は気持ち悪くなりそうなので食前に。


「構わないけれど。もともと貴方のものなので」


 言うなり、愛沙は俺にクリームパンを差し出した。

 俺はそいつに噛み付いて、一口ほど口の中へ。


「甘いな」

「クリームパンなので」

「そうさな」

「そうで」


 うむ、クリームパンだ。先に愛沙が数口食べているからクリームに到達してるなんてこともなく、普通に甘い。

 俺がそんな久々のクリームパンの味に感心していると、愛沙は隣においてあった仕事用であろう鞄から徐に水筒を取り出した。

 そして、言う。

「実はお茶があるのだけれど……。貴方は?」

「おー、もらうもらう」


 実を言えば、藍音に今日はパンが食べたくて仕方ないからパンを食わせてくれ頼む、望むなら土下座でも何でもするから、ん? 休日に買い物に付き合ってくれるだけでいい? ああ、別にそんくらいならいくらでも。

 と、弁当を作ってもらわなかった俺だが、飲み物という存在を完全に忘れていたのだ。

 要するに、飲み物を摂取せず焼きそばとパンの合成食物を討伐する恐怖に震えていたわけだ。


「ただ、カップが一つしかないのだけれど」


 天の助けだ、と心中打ち震える俺に、愛沙は言った。

 そんなもの、水なしの焼きそばパンとの戦いに比べれば些細なこと。


「ああ、構わんよ」

「では」


 お茶の注がれたカップが、俺に差し出される。

 俺は、それを一口。

 やっとこさ焼きそばパンに口を付ける。

 俺と愛沙の間にカップが置かれ。

 ひたすら無言でパンを食う。

 結局。

 先に食い終わったのは愛沙だった。

 別に愛沙が食べるのが早いとかそういう以前に、俺が食うのが遅かった。

 しかも食う速度ではなく、食った時間が。

 そんなこんなで、俺が焼きそばパンを食べる中、愛沙は最後の一口を飲み込んだ。


「ご馳走さま」

「へいよ」


 行儀よく手を合わせる愛沙を俺はちらりと見て、結局すぐに焼きそばパンに集中することにした。

 なんかこう、世間話をしようと思う。お互い子持ちといえるしな。だが。

 何を話すにも焼きそばパンを討滅せねば喋りにくい。

 さっきより、噛む速度を上げてパンを食う。

 焼きそばパンは思ったよりもでかかった。

 そして、喋らない分、余計な方向に思考が走る。

 にしても、愛沙も馴染んだもんだ。

 昔々の、今となっちゃ過去のこと、数珠家の支配者として地獄運営に戦争おっぱじめようとしてた頃とはめっきり違う。

 しみじみと、地面を見る俺。

 そんな俺に、ふと影が掛かった

 見上げれば、それが何かすぐにわかった。

 愛沙だ。


「ほーした?」


 どうした、と首を傾げる俺を、愛沙はじっとりと見詰めている。

 なんとなく居心地が悪かった。


「おい?」


 穴が開きそうなほど見詰められ、背筋が痒くなる。

 そうして、ゆっくり数十秒。


「愛沙?」


 不意に愛沙は口を開いた。


「気になることがあるのだけれど」

「なんだ? 俺でよければ答えるが」


 俺が言うと、愛沙はしばし無言。

 考え込むようにして、口元に手を当てて、首を傾げる。

 そして。


「貴方の膝」


 聞こえた言葉は。


「どうなっているので?」


 意味不明な感じに俺に届いた。


「えー、と。愛沙さん?」


 俺の膝が、どうなっているかだと……?

 そんなの、膝に関節が一つあって、稼動範囲は百八十度に満たない。

 ま、まさか、俺の膝が異常だとでも言うのか?

 普通の人類は超時空要塞の機動兵器の戦闘機形態と人型形態の間の形態のような足の曲がり具合、いわゆる逆関節が普通なのか……!?

 戦慄する、俺。

 そんな中、愛沙は言葉を加えた。


「私の娘が妙に世話になっているようなのだけれど」


 しかし、理解の助けになりやしない。

 お、俺の膝にっ!?

 跳び膝蹴りなんてかました覚えはないぞ? そんな児童虐待な真似など。


「それに、この間幾人か膝に乗っけていると娘から聞いたり。貴方の膝から何らかのフェロモンでも出てるので?」


 あ、なるほど。

 なるほどなー。

 しかし。


「いや、知らんよ」


 俺の膝がどうなってるのかなんて俺にだってわからない。


「それが気になって夜も眠れず」


 愛沙の言葉に、俺はふと思う。

 あ、もしかして寝坊って俺のせいなのかこの野郎。

 愛沙は、しゃがみこんで俺の膝を見詰めてきた。

 じっと見詰め続ける。


「特におかしなところは……」


 おかしかったら困る。


「異常なし」


 不意に太股を擦られる。くすぐったくて仕方ない。

 俺は、ちょいちょいとやめてくれお嬢さんと顔に出してみるのだが、愛沙は気付かなかった。

 夢中になると霧中になる、と。すまん、今のなし。

 夢中になると周りが見えなくなるのが愛沙の欠点かもしくは長所であるのか。

 愛沙はきっちり数秒ほど俺の脚を調べて、立ち上がると首をかしげた。


「特に変なところはないのだけれど。……何故?」

「いや、俺に聞かれても」


 困る。

 二人、見詰めあいつつ首を傾げた。

 俺としちゃ、俺の膝のことなんて異常がないならどうだっていい。

 しかし、愛沙が気になって眠れないというなら協力するのもやぶさかではないのだ。

 ないのだが、さらにしかし。

 埒が明かない。

 だから、俺はなんとなく勢いで言ったのだ。


「なら、座ってみればいいんじゃないか、ほれ」


 ぽんぽんと、俺は胡坐をかいた太股を叩く。

 愛沙は、何故か固まった。


「……え」

「まあ、座れって」


 うむ、我ながら名案だ。

 外見からじゃわからんなら実際に座ってみればいいのだ。

 そう思って俺はいつでも来いと構えるのだが――。


「そ、そんなことっ……」


 ぼんっ、と突如として愛沙の白い顔が真っ赤に染まる。

 熱にでも浮かされてるかのように焦点が合ってなくて、視線がぐるぐると渦を描いている。


「そ、そんな膝だなんて……、でも座りたい様な。ああ、でも……」

「あ、愛沙さーん?」

「……で、きるわけないのでっ!!」


 愛沙は、まるで脱兎の如く逃げ出していった。

 ……そりゃそうか。成人女性が野郎の膝に座るのは恥ずかしいわな。

 そうして、俺の手には食いかけの焼きそばパンだけが残る。


「とっとと食うか」


 愛沙の後ろ姿を見送って呟いたその瞬間。


「薬師、こんなとこにいたんだ。それじゃ、仕事再開だね」


 俺の休憩は終わっていた。

 ……どうするか。これ。


























 ある休日の昼、縁側で。


「ほら、乗るか?」


 縁側に座ってぽんぽんと太股を叩く俺と、


「の、乗らないのであしからずっ!」


 庭先で顔を真っ赤にしている愛沙がいたりいなかったり。





 取り合えず、愛沙がたまにクリームパンを食べるようになった。


「な、なに見てるので?」


 いまだ朱の差した顔で、首筋を手で押さえながら横目でこちらを見る愛沙に、俺はだらけた声を上げる。


「一口くれー」

「どうぞ」

「んー」




















―――
今回は甘酸っぱい風味で行こうと決心。








返信。


春都様

相変わらずの玲衣子さんでした。取り合えず和室でまったりとした空気を目指してみたり。
しかし、薬師はいい加減結婚すべきですね、ええ。多分一人と結婚したらなし崩しで皆と次々結婚していく羽目になるんじゃないかと。
多分ダムが決壊する的な感じで片が付くと思うんですよね。今までの薬師の態度が態度だっただけに反動で押し切られることでしょう。
ああ、自分はぬこマフラーしたことないです。でも、うたた寝してたら腹に乗っかっててすごい毛だらけ状態で友人に笑われたことならあります。


とおりゃんせ様

どう考えてもホットミルクです、本当にありがとうございました。
まあ、確かに名前的には玲衣子ってひんやりしてる気がしないでもないわけですが、どうしてこうなった。
冷たいどころかあまりに暑苦しくて逃げ出したくなります、ディスプレイの前から。
だがしかし、そもそもこれでひんやりするお話なんてスライム編くらいしか……。


SEVEN様

まあ、あんな甘い遭難者がいるならば、居合わせたほかの遭難者は自殺しますよ。間違いなく。
取り合えず私は夕飯のコーンスープの膜を投げつけることにします。むしろできたての熱々カレーを……。
そして、何故だか安定にして確定エロ担当の玲衣子さんです。いつの間にこうなったのか。いつか缶の練乳を開けようとして薬師がすっぽ抜けさせるんですね。
取り合えず、手を繋いでるカップルの片割れがスーツで天狗臭かったらど真ん中じゃなくて野郎の背中を駆け抜けてください。


アンプ様

いつもエロい。別にそんなエロいことしてるわけでもないんですけどね。そこはかとなくエロいです。
ちなみに、法生坊、見てますよ。それはもう、法生坊が見てる。ってくらい見てます。まあ、流石にマナーくらい心得てるのであれなシーンでは寝てる的なことくらいはしますが。
そして、薬師はどう考えても格下です。亭主関白するより、なんだかんだとほいほい言うこと聞いてるほうが似合ってる不思議。
しかし、確かにそうですねぇ。秋冬の玲衣子さんの空気はなんだか知らないけれどすごいものがあります。風情とかそう言った言葉が似合うんですかね。


光龍様

取り合えずエロス。それが玲衣子さんな気がしてきた兄二です。多分その感覚は正常です。
憐子さんにまで到達すると逆にエロくない気もしてきますしね、匙加減の問題ってやつですか。
まあ、最近に至ってはなにがエロくてエロくないのかわからなくなってきている気もしないでもないですが。
さて、これで手袋を残してきてしまったので、手袋返してもらいに行く編確定です。冬場の玲衣子は化け物かと。


奇々怪々様

めっきり寒くなってまいりました。後はいつ雪降るかって感じですね、私の地方に関しては。
そして、もう既にエロってなんだかわからなくなりそうな勢いで玲衣子さん頑張ります。びくともしない薬師が怖い。
どぎまぎもしやしないあの男、いつかおお慌てで右往左往とかしませんかね、女性関係で。それとも爆発したら右往左往しますかね。
でもって、結局、返し忘れたのか、返さなかったのか、その手袋のせいでまた玲衣子宅へ。もうこれは冬場は玲衣子メインでいけと神のお告げか。


通りすがり六世様

前回分の感想で六名ほどにエロいって言われました。なんかこう、言われて読み返すとしみじみ思います。ああ、エロいんだなぁ、と。
しかし、玲衣子さんと他のヒロインズの違いってなんなんでしょうね。なんとなく違う気がしますがよくわかりません。
ただ、なんだかんだと薬師はリードされてるほうがいいんじゃないかと思います。
でも、あれですね。薬師がまともになるのは一体どれほどの年月が掛かるのか。取り合えず性質の悪い方向に進化しそうで怖いです。


志之司 琳様

友人が魚が嫌いでござるとか言って、そいつは人生の半分損してるでござると返した記憶があります。生じゃなければ私も鯖だろうがなんだろうがいけます。
にゃん子とは完全に親子状態な気もしますが、結局は猫と飼い主。まあ、夫婦も猫と飼い主も似たようなもんです。多分。
指ちゅぱとかしちゃいますが、猫と飼い主だから仕方ない。きっと猫と飼い主だからといえばなんでも許されるんです。
しかし、それにしても。読まれている……、くっ。これは意表を突いたスライム編を書くしかないっ。
と、そんな冗談は置いておいて、きっとエロいことをエロいと言うことをやめないのが平和主義なんです、と。













最後に。

残った焼きそばパンはスタッフが美味しく頂きました。

多分由比紀さんが落札しました。



[20629] 其の二十七 俺とメイドの空模様。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7434057d
Date: 2010/10/20 22:27
俺と鬼と賽の河原と。生生世世










 いい加減朝起きたら肌寒いと思ったのだが、そんなこともなかった朝。

 何故寒くないのか。その理由はすぐに知れた。

 腕の中に藍音がいるからだ。


「おはようございます」

「……おはようさん」


 呟くように言って、俺は両腕を離した。

 俺の腕から開放された藍音が先に起きて、俺も続いて起き上がる。

 もう既に、なんでいるんだ、とすら思わない朝のお話である。


「薬師様」

「なんだ」

「たまには薬師様から来て頂いてもいいのではないかと、不肖藍音は思います」

「来てってなんだ」

「薬師様から私の布団に、というのは如何でしょう」

「ねーから」






 藍音はできたやつだ。

 俺には勿体無いくらいの。

 まあ、ただ一つ文句があるとすれば――。













其の二十七 俺とメイドの空模様。













 ある昼、藍音が机に向かって、ノートになにか書き込んでいる姿が見えた。

 覗きこむのもあれかと思って、俺はその後ろに立つ。


「なにやってるんだ?」


 さらさらと、何事かを書いていた筆を休めて、藍音はこちらを見た。


「薬師様。……少々レシピの類を」

「ほほう、勤勉なこったなぁ。うん」


 夕飯の種類が増えるというのはいいことだ。

 なんとなく勢いで俺はぽんぽんと藍音の頭を撫でる。

 春奈とかにやってる癖で思わずやってしまったが、藍音は嫌がらなかった。

 無言で彼女はそれを受け。

 ふと、俺は藍音に違和感を覚えた。


「お前さん――」


 というか思い切り藍音の目元にぶっちゃけると眼鏡が存在するのである。


「お前さん目悪かったっけ?」


 聞けば、藍音は首を横に振った。


「伊達です」


 まあ、そりゃそうだ。納得である。

 妖怪はそうそう視力が下がるもんでもない。


「意味あんのかね」


 度の入っていない眼鏡にいかほどの意味があるのか、俺は問う。

 藍音は眉一つ動かさなかった。


「気分の問題です」

「そんなもんか」


 まあ、確かに気分の切り替えには役立つかもしれんな。


「あと萌えの問題が」

「それはよくわからん」


 そっちは俺の専門外だ。

 と、そこで、俺は気になってたことを聞いてみる。

 こうしてなんとなく気になって、話しかけたわけだが。


「所で俺、邪魔か?」

「いえ、丁度終わったところです」

「おう、ならよかった」


 流石の俺と言えどもたった今作業中なんだよ邪魔臭ぇ……、疾く去ねや下郎めが、なんていわれたらその場を立ち去る所存である。

 が、社交辞令かなんだか知らないが、一応作業を終えた所らしい。

 静かに藍音はノートを閉じた。

 俺は、そんな中、こちらを見る藍音の顔に手を伸ばす。


「……薬師様?」


 ならば丁度いい。

 実は、気になっていたのである。


「ほい、きゃっち」


 俺は藍音から眼鏡を外す。


「おお」


 そして、頭の少し上まで持ち上げて斜め下から鑑賞。

 ちらほらそれっぽく角度を変えて見たりして。

 で、最後に、その眼鏡を掛けてみる。


「おー、度が入ってねー」

「その通りですが」


 きょろきょろと、眼鏡を掛けてあたりを見回して、俺は視線を藍音に戻す。


「面白いな」


 呟くと、そんな俺に藍音は言った。


「気に入ったなら、……差し上げますが」


 俺は、首を横に振る。


「いや、それはいい」

「……そうですか」


 そう言った藍音の肩は、少しだけ落ちているような、いないような。ほとんど変わってないように見えるが、俺には若干藍音ががっかりしているように見えた。


「私の眼鏡は駄目ですか」


 ほんの少し、残念そうに言う藍音。

 そんな藍音が、なんとなく微笑ましくて、俺は笑った。


「藍音のだから気になったんだ。俺のになっちまったら意味もねー」


 言って、藍音に眼鏡を掛けなおす。

 藍音は今度は微動だにしないままだった。ただし、これは驚いているのだと思われる。

 果たして俺は何か変なことを言っただろうか。


「……」


 無言の藍音に不安になったとき、彼女は口を開いた。


「……貴方は、自分が何を言おうとしているのか今一度考えた上で言葉にするべきだと思います」


 なんだいきなり。

 言おうとしていること、ねえ? ふむ……。


「藍音のだから気になったんだ。その事実が肝要だ」

「……貴方は私を喜ばせてどうするつもりですか」






























 翌日、夕方。

 副業である学校で臨時講師なんていうバイトを終えて、俺は廊下を歩く。

 玄関へ向かう足取りは軽くも重くもなく。

 ふと、考えるのは藍音のことだった。

 あいつは、随分にできたやつだ。

 いまだ料理を学ぶことに余念がないし、家事を文句一つ言わずに一手に担う。

 非の打ち所がないようなやつである。

 まあ、ただ文句が一つあるとすれば――。


「……雲行きが怪しいな」


 俺は窓を横目で見て、正面玄関から外へ出る。

 外には、季節特有の冷たい雨が降っていた。


「参るね、こりゃ」


 雲行きが怪しいどころの話ではない。

 呟いて、俺はそのまま雨を突っ切るように歩く。

 傘はない。天気予報をこまめに見て傘を持つような人間じゃないのだ。

 冷たい雫が俺の肩を打つ。だが、そこまで強くもない雨だ。短時間なら気になりもしない。

 ただ、こんな日は。

 こんな日はきっと。

 どうせ、いるのだ。


「薬師様」


 やっぱり。


「どの玄関から出るのかわからなかったので、校門で待たせていただきました」


 そう言って校門の横に佇むのは藍音。

 手には一本の傘。


「……ありがとさん」

「いえ、天気予報を伝え忘れた私のミスです」

「それでもありがとさん」

「……はい」


 どう考えても天気予報を見てない俺の間抜けだ。

 頬を掻いて、俺は藍音の隣に立つ。

 黒い傘が影を差し、俺は雨から逃れた。


「随分、待ったのか?」


 隣に立つ藍音に、俺は問う。

 果たして、こんな肌寒い雨の中、彼女は外に立ち続けていたのだろうか。

 藍音はしれっと答える。


「いえ、今来たところです」


 やっぱり、随分にできたやつだ。

 いまだ料理を学ぶことに余念がないし、家事を文句一つ言わずに一手に担う。

 俺にできないことはたいていやってのけるし、やっぱり非の打ちようがない。

 だが。

 だがである。

 一つだけ言いたかった。


「嘘つきめ」


 先ほど藍音は言ったのだ。

 今来たところだ、と。

 しれっといつものように言ってのけた。

 だが、今来ただと?


「何分待った?」


 その真っ赤な手で?

 この寒さじゃ五分やそこらじゃなるまいに。三十分やそこらですらないかもしれない。

 俺は、手の甲で藍音の頬に触れる。


「冷たいぞ」


 手の甲にはひんやりとした感覚が伝わってきた。

 藍音は、何も言わない。

 ただ、雨だけが降り続いていた。


「俺なんか濡らしときゃいいのに」


 ぽつりと、俺は零す。

 藍音が、ちらりとこちらを見た。

 そして、


「嫌です」


 言い切った。


「……そうかい」


 仕方ないから、俺は傘を持つ藍音の両手に、俺の手を添えた。

 焼け石に水かもしれんが、ないよかマシだ。

 ただ、まあ。

 この嘘つきさんにいくらか言ってやりたいことが、ある。

 あんま嘘吐くなとか、無理すんなとか、希望があれば正直に言えとか、もっと楽にしてていいとか。


「薬師様」

「なんだい」

「少しくらい寒くても……、貴方の隣にいられるなら。十分におつりが来ます」


 言ってやりたいことが、あったのだが。


「――まあ、いいか」


 俺は雲しかない空を見上げて呟いた。

 藍音のひんやりした頬も、真っ赤な手も。


「その都度あっためてやりゃあいい」


 俺は笑う。

 もういっそ、どんな嘘吐いたって構わん。

 嘘吐こうが、無理しようが、だ。


「お前さんの嘘なら、大抵わかる。他の誰ならわからなくても、お前さんだけはわかるとも」


 俺が見ててやればいい。望みも何も、その位察してやればいい。

 言ったら、藍音はあさっての方向を向いていた。

 まるで何でもないように、自然を装って。だが。

 今度は、苦笑して俺は言う。


「照れるなよ」


 きっと彼女は照れている。


「……照れてません」


 まったく、素直じゃない。


「嘘つきめ」


 藍音はできたやつだ。

 いまだ料理を学ぶことに余念がないし、家事を文句一つ言わずに一手に担う。

 たまに嘘つきで、強情な……、可愛い奴だ。

 やっぱり非の打ち所がない。



















「あーあ、俺には過ぎた奴だよ。お前さんは」

「そんなことはありません。信じられないなら靴だって舐めますが」

「そこまでされると流石に引くからやめろ」

「それに、私とて、そんなたいしたものではありません。生物として重大な欠陥がありますから」

「どんな?」


 聞いてみれば、藍音は真っ直ぐに俺を見て、言うのだ。


「貴方がいないと駄目です。生きていけません」


 俺はそんな藍音に笑って返す。


「そうかい、そりゃ致命傷だ。ま、でも、俺もお前さんがいねーと餓死して死ぬわ」


 果たして何分歩いたか。

 雨の中、歩く道も終焉を告げ。

 すぐ曲がり角を曲がれば、うちに着く。

 玄関の扉を開くと、藍音は言う。


「お風呂を沸かしてあるので、温まってきてください」


 まったく、相変わらずだ。

 俺は感心したような溜息を一つ。

 相変わらず完璧に万事こなす藍音。

 そんな彼女に、なんとなく俺は呟く。


「一緒に入るか?」


 空気が凍った。

 藍音は、信じられないものを見る目で俺を見ていた。


「……幻聴ですか? 今、薬師様の口から出るとは思えない大胆で夢のような言葉が」

「……お互い冷えてんだからはやく温まった方がいいと思ったんだよ」


 ぶっきらぼうに俺は言う。


「……いいのですか?」


 すると藍音は、、今度は不安げに聞いてきた。

 俺は呆れたように返すことにする。


「いいって俺が言ってんだろうが。いつもは勝手に入ってくる癖に」


 すると、藍音は言った。


「――では、ご一緒させていただきます」


 そんな彼女は、少し嬉しげに笑っていた気がする。

 とりあえず今度手袋でも買ってやろう。















 夜。


「む、珍しいな」


 藍音がソファで寝ていた。

 やっぱり疲れていたのだろうか。

 そして、そんな藍音を見詰めていると、だ。

 俺もなんか眠かった。

 眠かったから――。















「――珍しいね。藍音さんと兄さんがソファで一緒に寝てるなんて」


























―――
補習で死ねる状態だが小説は書けるこの不思議。








返信。


ukk様

一番初心です、愛沙が。地獄随一の初心さ。これならば彼女の娘、春奈のほうがマシであると思われます。
研究一筋で生きてきたおかげで異性としての男にまったくの耐性がないという驚きの初心さです。
ある意味恋愛の感覚は薬師に一番近い気がしないでもないですが。恋愛的な精神年齢は低いもの同士。
ただ、愛沙嬢は可愛くなっても薬師は相変わらずです。相変わらずすぎていい加減結婚しやがれこの天狗やろうと。


奇々怪々様

流石に都市伝説対大天狗だと大天狗に軍配が上がるようです。そして、やりすぎたかな、と思っても既に手遅れ状態という。
せめて後ろにいてくれれば覚悟してただけマシだったはずなんですけどね。クリティカルがヒットしました。
愛沙さんはどんどんと庶民的な方向に走っていっているようです。いいことですね。人間らしくなってるといえばとても聞こえはいいです。
そして、研究、恥ずかしくない。膝の上に座る、恥ずかしい。のよくわからない判断。研究とか調査なら何でもするタイプです。


アンプ様

してもいい気はするんですけどね。メリーさんシリーズ化とか。いっそタイトル前を変な人たちで埋め尽くしてもいいんですけど。
ただ、どう考えてもメリーさんは薬師が変態なだけという不思議な構成になること間違いない気がしてならないです。
愛沙さんは、気付いてなければスルーしちゃう人。膝触るのも研究だからおかしくないと思ってます。わかっちゃったら恥ずかしがってどうしようもなくなりますが。
そして、愛沙でエロはどんな奇跡が起こればいいかわからないデース。勢いでクリームパンを握りつぶしてクリームがとびちるんですか。


SEVEN様

前回の薬師は通報されても問題ない。というか通報されるべきであると言っても過言ではない今日この頃です。
愛沙的には、まだ間接キスというものに気付いてない段階のようですね。気付いちゃったらやばいです。
そうと気付かなければどんなぎりぎりなことでもできるんじゃないですかね。それを考えればいけるのか、エロ展開。
どうせなので膝に乗るときは薬師に大ダメージを与えて欲しいものですけどね。緊張しすぎて膝蹴りが顎に入るとか。


志之司 琳様

妖怪フラグマスターの前では都市伝説何するものぞとフラグ建設に向かうようです。恐ろしい。シリーズ化もありといえばありですが。
そして、確かに田舎の中学生のほうが明らかに進んでます。手を繋ぐまでですからね。あの二人は。
まあ、間接キスについては、知らぬが仏という奴です。事実に気が付いた瞬間顔真っ赤ですよ、間違いなく。
由比紀さんは……、もう末期です。末期なんです。間違いなく末期です。そろそろ戻れない領域に差し掛かってます。










最後に。

新ジャンル、大胆な薬師。



[20629] 其の二十八 俺と秋と言えば。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2c570b31
Date: 2010/10/30 22:51
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 ある日の昼のことである。


「薬師さん」

「なんだ」

「秋といえばなんでしょう」

「……ふむ。そうだな、紅葉とかか?」

「なるほど、それもあります。ですが、ここで話題に上げたいのは別のものでして」

「なんだ?」

「芸術の秋、読書の秋――、要するに文化の秋です」

「で、なにが言いたい?」

「文化祭をやりましょう」

「こじ付けくさいぞ」

「そんなことはありません」

「ついこの間まで忘れてたんだろ」

「……そんなことはありません」

「目を逸らしたぞ。そんなことのために一月近くハロウィンがずれたのか?」

「……ごめんなさい」













「……皆、落ち着いて欲しい」


 結果的に。


「来週文化祭があるらしい」















其の二十八 俺と秋と言えば。














 無責任大天狗こと、薬師が文化祭の存在を告げたのももう一週間前

 そうして、文化祭は始まったのである。


「前さんは休憩入ってていいから! うん、ゆっくり回ってきてよ」


 太陽光を照り返すグランドにあるテントの下。

 ここにもまた、文化祭に巻き込まれた人間が一人。

 テントの元で作っていたおにぎりを置くと、彼女はエプロンを外して歩き出した。


「うん、じゃあ行ってくるね」


 テントをでた彼女が向かう場所はひとつ。


(薬師、何やってるのかな?)











 そして、校内。

 とある教室に薬師はいた。


「暇だな……」


 彼の仕事は基本的に河原で石を積む地味な作業だが、しかし、閻魔たっての願いにより臨時講師を担当している。

 と、言ったものの、学校教師というよりは塾の講師といったレベルだが。

 そんな彼は、教室で逆さに浮いていた。


「まったく生徒も天狗使いが荒い」


 暗い室内で、薬師は呟く。


「先生は教室で逆さに浮いてればいいよ、とか投げやりすぎるだろ」


 ふわふわと宙を漂いながら、ぼやくようにして、ちらりと扉を見る。

 不意に扉が開いた。


「客か。各員お持て成ししろ」
















「やけに暗いけど……」


 前が扉を開いたとき、不意に胸ポケットにあった携帯が震えた。


「ひゃっ!? ……なんだ、携帯か。誰だろ」


 びくりと肩を震わせて、それを取る。

 前は慣れた手つきで携帯を通話にして耳に当てる。

 そして――、


『私メリーさん。意表を突いてもう貴方の後ろにいるの』


 後悔した。

 前の動きが、まるで凍ったかのように止まる。

 そして、目だけを動かしてできるだけ後ろを見れば、自分越しに少女のスカートが、視界にちらりと入る。


「ねえ、ここってさ……」

「なあに?」


 前は震える声で問う。

 同時に油の切れた機械仕掛けの如く、ぎりぎりと首を後ろに向けた。


「お化け屋敷?」


 後ろにいた少女は、はっきりと頷いた。

 それはもう、血化粧のなされたおどろおどろしい少女であった。


「うん」


 それを聞いて前は、


「――ッ!!」


 走った。

 それはもう走った。天狗もかくやという速度で教室に突っ込んでいった。


「おーばーけだぞー」

「ひにゃあああああっ!」

「ぼぐしゃあっ」


 並み居るお化けをなぎ払って。

 手に金棒握るその様は鬼か修羅か。

 彼女はそのまま駆け抜けていき。


「おう? 前さんじゃないか。お化け屋敷を走ると危ないぞー」

「や、薬師っ!」


 彼女は宙を浮く薬師の腹に飛び込んだのであった。


「危ないのは俺か」


 というのは前の頭部をみぞおちに直撃させた薬師の言である。


「……ぬぶふぇえ」

「やっ、やくしっ、おば、お化け、ていうか本物がっ」

「あー……、いるな。プロの都市伝説が」

「な、なんでっ」

「俺が呼んだんだ。知り合いにいいのがいるからって」


 逆さになった薬師は現在前の尻に敷かれて、くぐもった声を上げる。


「取り合えずどいてくれないか。少々苦しい」

「あっ、ごめんっ。ってあ、あたし、なんて所で押しつぶしてっ」

「まあ、あんま気にすんな」


 飛び跳ねるように前はそこから立ち上がった。

 薬師もまた、もそもそと緩慢な動きで立ち上がる。


「それで、藪から棒になんの用だね」


 ぽんぽんと膝を払って薬師は聞いた。


(あわわっ、何やってんだろ私っ)


 勢いに任せてなんて大胆な、と一人赤くなって慌てる前は薬師に問われてやっと再起動した。


「えっ? あ、うん。一緒に文化祭回りたいなって。忙しい?」

「いんや全然忙しくない。逆さで宙に浮くだけの簡単な仕事です。アットホームな職場」


 わざわざ逆さに浮き直して言う薬師。


「あ、じゃあ一緒に見に行こうよ」


 薬師は頷いた。


「おー。わかった。じゃあ、俺はちょいと抜けるかんなー」


 そして、薬師が呼びかけると許可の声が返ってきて、二人並んで外へと向かう。


「メリー、俺は行ってくるからなー。開幕は頼んだ」

「……ケーキバイキング」

「わかってる」


 入り口に立つ少女に声を掛けて、二人は廊下に出た。


「まずはどこいこっか?」

「そいやさ、前さんとこなにやってんだ?」


 薬師の素朴な疑問に、前は慌てて返答する。


「えっ、あっ、いやたいしたことはやってないよっ!?」

「む、気になるな」

「来ちゃだめだからねっ」

「そう言われると……」

「だめっ」

「むう……、ところでなんだが」


 不意に薬師が前を指差した。

 前は恥ずかしげに自らに腕を巻きつけるようにして照れを示す。


「み、店の制服、かな?」

「……それが?」


 前の格好は何故か体操服にブルマで白い鉢巻である。





















「喫茶店かな、ここ。入ってみよっか」


 時刻は丁度午後に指しかかった頃である。


「おう、腹も減ったしな」


 薬師も頷き、屋外の模擬店の下へ向かう。

 入ってみれば、彼らを出迎えたのは名も知らぬ女生徒だった。


「二名様ですね?」


 前が頷くと、二人は外に置かれた白いテーブルに案内された。


「カップル席二名様ご案内でーす」

「か、カップル?」


 思わず前は戸惑った声を上げる。

 薬師は気にした風もなく席に着いた。


(なんか私だけやきもきしてないっ?)


 釈然としない気持ちで薬師に続いて席に着き、前は薬師を見詰める。

 相も変らぬ、朴念仁の顔だ。


(誘うだけでも、結構緊張するのに。この朴念仁は……)


 前は、半眼で彼を見詰めた。

 薬師はそれに気が付いて不思議そうに前を見る。


「どした?」

「ずるい」


 言って、前は口を尖らせる。


「なにが?」

「んー、なんかあたしばっかりあたふたしてるな、って」

「なにが」

「さっきもカップルってさ」


 テーブルの上にべたっと張り付くようにして前は言う。

 薬師は苦笑を返した。


「長く生きてりゃそんなこともある」


 前は、ふっと笑う。


「敵わないなぁ。あたふたさせてみたい」

「お前さん、こんなののあたふたしてる姿見たって見苦しいだけだ」

「うん」

「うんって……。あたふた」

「口で言ってもだーめっ」


 にへらと笑って前は薬師の鼻先を突付いた。


「むう」

「やっぱり反応薄いなぁ」


 溜息交じりに前は言う。


(結構恥ずかしいんだけどなぁ)


 心中で苦笑して、前はテーブルに預けていた身を起こす。


(……ちょっと悔しいかも。なんか慌てさせてみたい)


 恥ずかしがるのも、慌てるのも、前だ。

 薬師は変わらず間抜け面を晒している。

 そう考えたその瞬間。

 不意に店員である女生徒が現れるなり、テーブルにグラスを置いた。


「当店ではカップルのお客様にお飲み物のサービスをしてまして」


 つい先ほど、前は薬師を慌てさせたいと思っていたのだが。

 彼女等の前に置かれたのは一つのグラスであり。

 ストローは二又である。


「えっ!? こここ、これって……!」


 慌てたのは前だった。


「ではごゆっくり」


 去っていく店員。

 半眼でグラスを眺める薬師。


「どうすっか。飲むか?」

「えっ!? あ……、うん」

「ほい」


 薬師は、ずいとグラスを差し出してくる。


(むう……)


 前には、やっぱりそれが癪だった。


「薬師も飲みなよ」

「いや、流石にそいつは」

「いいからっ、ねっ!?」

「むう」


 意地と勢いに任せて前は口にして、諦めたように薬師はストローに口を付けた。

 前もまた、口をつけようとして停止する羽目となる。


(早まったかも……!)


 言ってみたはいいが、考えてみれば薬師との距離は至近だ。

 危険なほど近い。

 当の薬師は、どうした? とでも言わんばかりの顔で前を見ている。

 なんだか、負けた気がして、少しばかり乱暴に前はストローを咥えた。


(うあ、近い近いっ)


 至近距離で見詰め合う形になり、否が応にも心臓は高鳴る。

 露骨に、前は目線を逸らした。

 が、しかし、ちらちらと薬師を見てしまう。


(ど、どきどきしてきた……、聞こえたりしないよね?)


 前は薬師に気付かれないように、薄い胸元に手を当てた。

 どっ、どっ、と脈打つ心臓が手に感触を返す。

 そして、いい加減耐え切れなくなって、前は目を瞑って一気にグラス内のトロピカルジュースを吸い込んだ。

 みるみるうちに水位は減り、


「けほっ、けほ」


 前はむせた。

 そんな彼女を心配し、薬師は言う。


「大丈夫か? さっきから顔は赤いし、風邪でも引いてんのか?」


 学校周りに限り、文化祭特別指定地域としてそれなりの温度を保っているが、そこを出れば秋らしい肌寒さである。

 地獄では引きにくい風邪と言えども、先月からの温度変化は堪えるかもしれない。

 が、前は慌てて否定した。


「だっ、大丈夫、顔が赤いのは別のことだから」

「別のこと?」


 馬鹿正直に薬師が首を傾げる。

 前は困ったように笑うほかなかった。


「な、なんでもないよ、あはは」

「さいで」


 言って、薬師はふと思いついたように手を叩く。


「そういえば飯頼んでねーな」

「あ、そーだね」


 前が頷くと同時、薬師が店員を呼んだ。


「スパゲッティ一つと、前さんはどうする?」

「お客様、当店のメニューは基本的に二人前ほどになってまして、お二人で食べるのがよろしいかと思いますが」

「だ、そうだが、前さん、どうする?」

「ん、じゃあそうしよっか」


 特に何も考えずに前は頷く。

 ただし、料理が来たあと酷く後悔する羽目になるのだが――。


「……なんでフォークが一つしかないんだ」

「よ、ようするに……、こういうこと、なのかな」


 一皿の料理に、一つのフォーク。


(こういう……、ことだよね)


 それを見て、意を決して前はそのフォークを手に取る。

 そして、フォークでスパゲッティを絡め取ると、


「あ、あーん」


 頬を赤らめ、半分涙目気味に瞳を潤ませながら前はフォークに巻き取ったスパゲティを差し出した。

 もしかしたら薬師の慌てる姿が拝めるかも、と思っての打算も多少は紛れているが、


「……た、食べてよ。恥ずかしいから」


 たった一つ彼女に誤算があるとすれば。


「……お願い、食べてよ」

「ん」


 薬師が予想以上にそう言った行為に慣れていたことだろうか。

 薬師相手なら、口移しでもしない限りはノーリアクションだ。


「まあまあの味だな。ほいっと、前さんも食えよ」


 スプーンを奪い去り、薬師も同じようにスパゲッティを差し出した。


「う、あ。うん」


 がちがちに固まって、前は薬師から差し出されるスパゲッティを食べる。

 彼女にとっては味も何もわかったものじゃない昼食であった。

















「あ、季知がウェイトレスしてる」

「本当だ。すごい人気だな。近寄れもしねー」

「いこっか」

「おい前さん、あそこで青い鬼の人が奥さんに連れられて射的荒らししてんぞいいのかあれ」

「か、家庭の事情だから」

「そうか」

「あ、春奈ちゃんも親子で見に来てるんだ」

「ちょっと心配になってくるが」

「加減知らないからねー」

















 時刻は夕方にさしかかり。

 あちらこちらを回った挙句、ちらほらと知り合いを発見しながら。

 薬師はとあるところに向かっていた。


「さて、大方回ってみたわけだが。一つだけ回っていないところがある」

「ん?」

「そう……、前さんの店だよっ!!」


 びし、と薬師は前を指差した。


「えっ!? だ、だめっ。だめだから!」

「もう遅いっ、行く気満々だからなっ」


 全力で拒否したい前だったが、駄目である。

 こうなった薬師を止めるのも骨だ。諦め、肩を落として薬師に続く。

 グランドまでの距離は意外とあった。

 気でも紛らわそうとばかりに前は話をすることにした。


「そ、そういえば、薬師にこないだ借りたゲームなんだけどさ」

「んあ?」


 結局、現在に至るまで薬師が慌てることはなかった。

 前としては忸怩たる気分である。


「全然できないんだけど」

「どこだ?」

「三面の中ボスから」


 話をしながらぼんやりと前は考える。


(なんでこんなの好きになっちゃったんだか……)


 苦笑気味になりつつ、前は隣の薬師を見上げた。

 やっぱり相も変らぬ唐変木の朴念仁がそこにいる。


「ははぁ、あそこか」


 好きになったことに関し、前は後悔していないし、幸せだとも思っているが――。


(もうちょっと何かあってもいいよね?)


 と、思うのである。

 ちょっとした不満。ちょっとだけ気付いて欲しい、子供のかんしゃくのような感情だ。

 そんな風に彼を見詰める前。

 彼女は、その彼の手を思い切り引いて押し倒したくなってしまう。


(ここで押し倒したら、ちょっとは慌てるのかな?)


 そんな考え。そしてそんな考えの下の視線。

 その視線に気付くことなく、薬師は。

 言った。


「あそこの先が好きなんだけどな。俺は」

「えっ?」


 前は、思わず聞き返していた。


「ん? いや」

「も、もういちど言ってよ」

「む? あそこのさきが好きなんだよ」

「もっかい。お願い」

「あそこの『さき』が好きなんだよ」


 不可思議そうに首を傾げる薬師から、前は顔を逸らした。

 そして、頬に手を当てる。


(うあ、赤くなってる……)


 無論、そういう意味で言ったわけでもないし、発音も少々違うのだが。

 それでも結構な威力があった。

 耳まで赤い。


(だいじょぶかな……? ばれてないかな)


 隣を歩く男なら気付くわけもないが、気になった。

 前はにやつきを抑えられないでいる。


(どきどきする。なんかもうダメかも)


 ちょっと自分が気持ち悪いかもしれない、と思いつつもやっぱりにやつきは抑えられない。


(安いなぁ、あたし)


 そして、苦笑と同時に溜息。

 あまりに安すぎる自分に苦笑を禁じえず、だが、それをわかった上でちょっとだけ嬉しかった。


「でも、いつか言わせてみたいね……」

「何を?」

「なんでもないっ」


 笑顔で前は首を横に振る。


(うん、言わせてみたい)



――前が好きなんだ。














「で。『愛情たっぷりのオニギリあります。鬼っ娘オニギリ』?」

「だから来て欲しくなかったのに」

「ま、取り合えず食わしてくれよ」

「あんまり味は期待しないでよ」

「前さんが作ってくれる事実が肝心なんだろ」

「薬師はまたそんなこと言ってっ」











「前さーんおかわり」

「いつまでいるのさっ」

「飽きるまで?」


 テーブルの前に座って、にやにやと前の背を眺める薬師と、それを呆れたように見ながらおにぎりを握る前。


「もう……。まったく」


 ただし、彼女はまんざらでもなさそうであった。



































―――
たまには気分を変えて三人称で。





返信。

SEVEN様

つまりその通り。言いたいことはあるのだが、しかしまあ、藍音さんが可愛いので許す。そういうことです。
ゆ、許しちゃうなら初めから問題にするなよー……、と言ってもどうせ薬師はどこ吹く風。
嘘はわかっても恋心には気がつかない癖にっ、と言ってもやはりどうしようもなさげです。
本当に突然薬師は奇襲をかけてくるから性質が悪い。どんなにアタックしてもぴくりともしないと思ってたら突如ですから。


マリンド・アニム様

俺と鬼と賽の河原と。はよいこのしょうせつです。部屋を明るくして、ディスプレイから十全な距離を保って読んでね。
書く、という手もあった気がしますが――、気のせいだったということにしておきました。
そして、薬師も薬師で結局手袋を持ってこない藍音さんに文句を言いつつも手をつないで帰るんですねわかります。
しょんぼり藍音さんは、きっとフィギュア化したら売れる。私は買います。


奇々怪々様

ちょっと特別扱いされてる気がする……、ということをほのかに香らせる薬師汚い。さすが薬師汚い。
そして、薬師の察しが良ければ今頃現世で砂糖より甘い状態になってること間違いなしなんですけどね。だが、察しが悪いのが薬師。そして、変なところで勘がいいのも薬師。
結局、薬師は藍音さんと結婚したら一番落ち着くべき所に落ち着くんじゃないかと思うんですがね。どう考えても藍音さんがいなくなったら生きていけないでしょうに。
そしてオープン薬師は、フラグ立てた相手をどんどん戦闘不能にしていく恐ろしい状態です。


アンプ様

きっと年に数度くらいそんな日もあるんですよ。薬師が大胆になる日が。まあ、薬師の思考が鈍る日と言っても過言ではないです。
そんな日に遭遇した藍音さんはラッキーガール。期せずしてボーナスイベントです。
ただし、所詮薬師なので、エロはないです。きっと、薬師からの意外な更生に驚いて藍音さんも大したことはできなかったでしょう。
まあ、なんだかんだと二人思い合ってはいるんですけどね。しかしその差は大きいです。ちょっとしたことで転びそうですが。


通りすがり六世様

薬師が突如大胆になるのは昔からな気もしないでもないです。基本的に何も考えてないんですね。
基本的に女と一緒に風呂はお断りだが、お互い寒いからまあいっか。みたいな思考を遂げているような。一個の前提があれば、その前の前提を捨て去れるおバカです。
まあ、そういうことした結果、燐子さんにいいように襲われたりしちゃうんですが。
そんな二人はなんだかんだ言いながらも互いに必要としてるあたり両想いなんじゃないかと思うんですけどね、この状況はどういうことだ……。











最後に。

北海道で十月後半に文化祭なんてしようとしたら死ねます。



[20629] 其の二十九 俺と小さいあの人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:87ea054e
Date: 2010/10/30 22:26
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






「やくしーっ、やくしー?」

「なんだね春奈さんや」

「遊びに来たっ」

「そうけぇそうけぇ。何する気だ?」

「お医者さんごっこっ!」

「……それは困る」













其の二十九 俺と小さいあの人。












 俺は困った。

 どうすればこの純粋な少女に、俺がお医者さんごっこをできない訳を説明しようかと。


「なんで?」

「この俺が、お前さんとお医者さんごっこをするとだな、気が付くと檻の向こう行きになるんだ。俺が」

「んー……」


 お医者さんごっこはいかん。ダメだ。

 まことに遺憾ながら、それだけは言い逃れのしようもなく、記者会見どころではなく俺は豚箱行きだ。

 故に駄目なのだ。俺の意思に関わらず、そいつは不可能である。

 しかし、我が家の座敷の中、春奈は不満そうにしている。

 こいつはどうしたもんだか。

 俺が困っていると、不意に憐子さんが通りかかった。


「おや、どうしたんだい?」


 ひょっこりと現れた憐子さんは、不満そうな春奈を見るなりそう言った。

 渡りに船。俺の脳裏にそんな言葉が浮かび上がる。


「春奈がお医者さんごっこをしたいと言うのだが――」

「なんだ、すればいいのに」


 くっ、通りかかった人間が悪かった。

 にやりと笑うなり憐子さんは言う。

 俺は首を横に振った。


「御免被る」


 とにかく、説得するなり、憐子さんに押し付けるなりしてしまおう。

 ということで、俺は声を上げ、


「俺じゃお手上げだ」


 そう言って俺が両手を挙げると、憐子さんは愉快気に言った。


「なるほど。じゃあ私がお相手仕ろう。だったら問題ないだろう?」


 その言葉は、願ってもないことである。内心助かったとばかりに胸を撫で下ろす。

 同性でならお医者さんごっこも問題なかろう。


「おう、助かる」


 そして、俺が言うなり、憐子さんは春奈の方へ向き直った。

 ほう、やる気だな。


「よし、私が正しいお医者さんごっこと言うものを教えてやろう」

「れんこが?」

「ああ」


 憐子さんは、春奈の背にあわせて身を屈め、視線を合わせる。

 俺は、そんな二人を微笑ましく見守った。


「いいか? 本来医者というものは人体の不調を治すものだ」

「うん」

「だがしかし、ままごとの類として扱うのは非常に難しい分野である、と言える。実際に辛い訳でもないから直せるわけもなく、だ」

「うん」

「それ故に人は嘘の患部を言って、嘘の患部を直し、嘘の患部が直ったと言ってお医者さんごっこを完遂させる。まあ、仕方ないかもしれないが、しかし、これではリアリティに欠ける」

「うん」

「では、リアリティのあるお医者さんごっこは不可能であるか。その答えは否だ」

「そうなの?」

「そもそも医者の仕事は治すことだけではない」

「……たとえば?」

「結論から言ってしまえば診察だよ。患部を見つけること。それが医者の仕事の一つだ」

「おおっ!」

「よってリアリティを追究するならばこれを実行すればよい」

「うんっ」


 なんか雲行きが怪しくなってきた気がするぞ?


「そして診察と言えば、聴診器やらその他器具あるものだが、ここにはない。だからもっと別の診察を行おう」

「うん」


 やばい気がする。虫の知らせとでも言うべき何かが、俺に向かってがんがんと警鐘を鳴らしていた。

 俺はそろそろ逃げる準備をしたほうがいいのかもしれない。


「そう、最も原始的にして基本の診察、――触診だ」

「うんっ」


 興味津々な春奈も、やけに楽しげな憐子さんも。


「さて、ただまあ、教えながら私を触診させるのは辛いのでね」


 実に危険だ。

 不意に振り向く憐子さん。

 俺に集まる視線。


「――そこに丁度に顔の不健康そうな男がいるから。試してみよう」

「こんなところにいられるかっ、俺は帰るからなっ!」

「それは死亡フラグだよ、薬師。お前の家はここだ」


 逃げの準備は完了済みだ。脱兎の如く逃げ出す俺。

 だが。


「春奈、結界」

「えいっ!」


 結論から言おう。

 逃げられない。






















「もう嫁に行けねー」

「私がもらおう」

「わたしもーっ」

「わー、貰い手たっぷりで嬉しいな。でも、涙が出ちゃう。人間だもの、みつを」

「薬師は天狗だから問題ないな」


 天狗だから泣かないのではない、泣かない奴が天狗なんだ。

 と、どうでもいい理論は置いておいて、だ。

 座敷に、今俺は疲れた表情で胡坐を掻いている。

 憐子さんはそんな俺を見下ろして、満足げに言った。


「うん。健康体だ」

「んなこたー初めからわかってる」

「ふふん、そんなことはないかもしれないぞ? 病魔とは己の知らぬうちに巣くってるものさ」

「そもそも天狗すら困らせる病気ってなんだよ」

「……恋の病なんてどうかな?」

「俺がやらかしたら気味が悪いだけだ」

「いやいや素敵だよ? お前が情熱的に求めてくれるなら」

「俺が耐えられんわ。気持ち悪くて」


 情熱的に憐子さんを求める俺ってなんだよ。

 薄気味悪すぎて自ら死を選ぶわ。

 と、そんな時、


「えいっ」


 掛け声と共に春奈が俺の上に落下してきた。

 落下とは言っても、俺の胡坐の上に乗っかっただけだが。

 そして、乗るなり彼女は言う。


「ねえねえ、やくしって、恋人いるの?」

「私だ」

「前にも言ったと思うがな。そういうのはいねーよ」

「じゃあ、つまは?」

「もっといねーよ」

「なら、あいじんは?」

「更にいねーよ」


 残念ながら俺の彼女いない歴は年季が入っている。

 しみじみと思いながら、春奈の頭に顎を乗せてぼんやりと前を見ていると、春奈が不意に声を上げた。


「じゃあ、わたしやるーっ」

「なにを」

「やくしのお嫁さんになったげるっ!」

「そうかー、春奈が俺の嫁かー。俺も安泰だなー」

「んー? やくし、やっぱりあいじんがいいの?」

「いや、せめて嫁か恋人で。まーでも、俺が逮捕されない年になったらな」

「んー。まってる」


 あーあ、これで俺も安泰だねまったく。

 苦笑交じりに春奈を俺は見やり、ふとこちらを見詰めている憐子さんに気が付いた。


「どーした?」


 憐子さんは首を横に振る。


「なんでもないさ。ま、随分可愛らしいお嫁さんじゃないか。とすると、私は愛人Dってところかな?」

「Dってなんだ。そもそも愛人なんて作る気も作れる気もしねー」

「なんと、じゃあ、まとめて薬師が貰ってくれるのかい?」

「そいつは辛い話だな」

「じゃあ、春奈が嫁で、私は恋人か」

「斬新過ぎて時代がついてこないぜ」


 憐子さんの冗談に、俺は話半分で返す。


「じゃあ、私は一体なんなんだい?」


 少しむっとした顔で、彼女は言った。

 知るか。と言いたいところではあるが――、ふと思ったことがあるので言ってみる。


「憐子さんは憐子さんだろ」

「……、そうか。うん、そうかそうか」

「なんだにやにやと気持ち悪い」


 でもやっぱり憐子さんはにやにやしていた。
















 さて、そんな次の日のこと。


「やあやあ薬師、元気かい?」


 そう言った憐子さんは背が縮んでいて、まるで少女だった。
















「何故」

「主語がないからよくわからないな」

「憐子さんは何故縮んでいるのか」

「縮みたかったからに決まっている。如意ヶ"嶽"憐子、設定年齢十三歳だ」


 そう言って、俺の前に立つ少女はその名の通り可憐に笑う。


「薬師、スタンダップ」


 そのにこやかな表情のまま、立て、と手のひらを上向けて振る手振りで憐子さんは俺に示した。

 座敷に寝転がって本を読んでいた俺は、渋々ながら言われたとおり立ち上がる。


「ふむ……、なるほど。ほうほう」


 そして、俺を見上げる憐子さんは、品定めでもするかのようににやにやと。

 その後、何をするかと思えば、彼女は不意に俺に抱きついた。


「いきなり何を……」

「抱き心地を調査中だ」


 やはり憐子さんとわかる表情で、彼女は俺を見上げる。

 そして、ゆっくり十秒ほどしてやっと憐子さんは俺から離れた。


「……悪くないな。よし、座れ」

「……なんでまた」


 言いながらも素直に座る。

 しかし、何がお気に召さなかったか、憐子さんは咎めるような声を上げた。


「正座じゃなくてあぐらだ」

「注文が多いな。そのまま粉とか付けられて食われるのか」

「薬師が許可を出すならそうするが? 無論性的な意味で」

「断る」


 そんな会話の元、出来上がった俺の胡坐。

 いつものようにやっている、特に相も変らぬ自然体の胡坐。


「さて、では失礼して」


 その上に、憐子さんはあっさりと収まった。

 ……いや、何がしたいんだ。

 俺は思わず呟く。


「何故に」


 憐子さんは、俺の方を向いて首をかしげた。


「駄目かい?」

「いや、別にいいけどな」


 俺は、諦めたように笑うことにする。

 押し倒されて煙草を吸わされて、むせるよかずっと可愛いもんだ。

 そう思って、諦めたように俺は苦笑して――、


「じゃあ、しばらくお願いするよ。おにいちゃんっ」


 怖気が走った。

 なんだその屈託のない笑みは。女って怖い。


「……」

「どうした?」

「怖気が走った」


 言えば、憐子さんは拗ねたように口を尖らせる。

 その様はまるで見た目どおりの少女だが冷静になれ如意ヶ嶽薬師。目の前にいるのはあの憐子さんだ。


「まったく、こんな美少女がお前をお兄ちゃんと呼んでるんだぞ? 怖気が走るとは失礼な」

「いや、無理だ」

「まったくもう、仕方がないんだからおにいちゃんはっ」

「やめてくれ」

「なんだ、お兄様がいいのか? それとも兄上か? なんなら兄貴でもお兄でもいいぞ?」


 取り合えずやめてほしい。

 どこまでいってもあくまで憐子さんは憐子さんだ。

 憐子さんなのだ。


「私、大きくなったら薬師おにいちゃんのお嫁さんになるっ」


 それを証明するかのように、いつもの表情で憐子さんは笑っている。

 声色はその年頃の少女そのものだが、その顔は俺をからかって遊んでいる顔だ。


「やめてくれ」

「おや、私とは約束してくれないのかい?」

「いやな予感がするのでお断りだ」

「酷いなぁ、薬師。春奈とはしたのに、私は駄目か」


 わざとらしく落ち込んだ顔を見せる憐子さんに、俺は苦虫を噛み潰したような顔で返す。


「憐子さんは大人だろ」

「心は少女さ」


 どの口でそれを言うのか。

 なんて俺は抗弁しようと思ったが、先手を取られた。


「取り合えず口にしてみるだけでいいんだ。ほら、お願いだ」

「いやだいやだ」

「口にするだけさ」

「それが恐ろしいんだ」


 くそ、どうやったら逃げ切れるんだ。

 そして、苦し紛れに俺は、遂に気になっていたことを聞くことにする。


「――そもそも、なんでこんなことしてるんだよ」


 そこだ。いきなりすぎる。なんでこんなことになっているのだか。

 まあ、憐子さんの思いつきの可能性もあるのだが、しかし、それにしては動きに計画性がある、というか思いつきで始めたにしては拘りが見られる。

 そんな俺の問いに、憐子さんは上を見上げて答えた。


「ふむ、理由は色々ある」


 俺は、そんな憐子さんを斜め上から覗き込む。


「そうだな、お前を拾ったとき、お前は十代前半の少年だった」

「まあ、そうだな」


 それは変えようのない事実だ。


「だからだよ」

「わからねーよ」


 俺はがっくりと頭を下ろした。

 憐子さんの説明はいろんなところをすっ飛ばしていて、よくわからない。

 わかった振りをするのも、わからないまま放置するのもあれなので、俺は正直に言葉にした。

 そんな俺に、憐子さんは苦笑する。


「私は常にお前の年上だったわけだ」


 その通りだ。今でもそう思っている。

 そして、俺が次の言葉を待っていると、憐子さんは呟いた。

 まるで万感の思いを込めるように。


「ずっとやってみたかったのさ。年下役ってものをね」


 ……なるほど。大体わかったようなわからないような。


「ずっとね、思っていたのさ。お前に甘えてみたい、とね」


 憐子さんが俺に、ねえ?

 そして、憐子さんはじんわりとしみこませるよう零した。


「……うん、いつもと反対だ。お前が私を後ろから抱きしめている。悪くない」


 笑って言う彼女の姿に、俺は嘆息を漏らす。


「それでそこまでするんかい」


 年下としてどころではなく、外見年齢をまさに年下にまで下げてしまうあたりどうかしている。

 しかし、憐子さんは気にした風もなかった。


「やるなら徹底的にさ」

「そーかい」


 憐子さんらしいといえばらしいがな。

 俺は今一度大きく溜息を吐いて、言うことにする。


「別にわざわざ縮んで来なくたって、なあ?」

「お気に召さないかい?」

「そういうんじゃねーよ」


 おどけたような憐子さんに、俺はきっぱりと言い切った。


「……別にいつもの憐子さんでもいいって言ってるんだ」


 憐子さんは、少し驚いた顔。


「嬉しいこと言ってくれるじゃあないか……、うん、なるほど」


 でも、と彼女は言葉を続けた。


「私が少女だった頃、こういう経験はなくってね。憧れでもあった」


 少しだけ言葉に寂しさを混ぜて。

 そして、憐子さんはすぐにおどけてみせる。


「ああ、そうそう。そうだな。春奈がちょっとだけ羨ましかったのさ」


 それを聞いて俺は、

 そういや憐子さんの昔話は詳しく聞いたことないな。

 憐子さんもこういうのにあこがれることもあるんだな。

 とか、色々思うことはあったけれども。


「そうかい」


 何も聞かないことにした。


「そうなんだ」


 知ったこっちゃねーや。憐子さんはどこまでいっても憐子さんだ。


「だから、言うだけでいいんだ。ほら、結婚の約束をしよう」


 で、結局憐子さんだから、こんなことになるわけだ。


「――大きくなったら結婚しよう、薬師」


 で、まあ。


「……」


 俺も憐子さんに甘い訳で。


「……へいへい」






















 数十分後、ちっこい憐子さんは好き放題満喫したあと、通常状態になって帰ってくるなりこう言った。


「よし薬師、結婚しようっ!」

「よし帰れ」






















―――
二十九です。燐子さんの前のロリ化は伏線だったんだよっ!
さて、しばしの間メンテナンス中でしたが、暫定的に復旧したようなので投下。舞様、いつもご苦労様です、と感謝を捧げつつ。

さて、なんだかんだと三日か四日ほど空いてしまいましたが書き溜めできなかった私は残念な人類です。
ぱ、パソコンが直ったからインターネットの再設定とか、使用ソフトの再インストールとかで忙しかったんですよ、と言い訳させてください。
しかし、直ったし、あれこれソフトも入れたので、ついにホームページの更新が可能……ッ!
……明日あたりがんばります。




では返信。

通りすがり六世様

確かに、話の上で最も登場しているのも前さんです。まず、間違いなくそうでしょう。むろん一番出てないのはあの人です。
まあ、余談は置いておいて、なんだかんだと安定した二人です。なんとなく一番通じ合っている気も。
藍音さんあたりは近すぎて見えないものもある気がしますしね。
先に玲衣子さんのIfエンドが出てしまった件に関しては……、まあ、その、思いついただけだったんです。ほんの出来心でついカッとなってやった。今では反省していない。


加悦様

とりあえず人を悶えさせ殺すことを目標にします。兄二です。いつの日かディスプレイの前の人間を悶死させることを目指して――!
そして、こんな地獄なら今すぐ目指したいほどです。まあ、要するに絶命するってことなんですが。
ただし、鬼っ娘は見たい。猫耳とかがいれば尚いいです。くっ、全力で老いて死ぬしか。
薬師もげろ、爆発しろに関してはもうあいさつ代わりですよ。まず間違いなく。あいさつ代わりにされる主人公もあれですが。

奇々怪々様

薬師があわてておろおろする日は来るのか。動揺くらいはするんですけどね。わたわたとした初心な反応とは対極の位置ですし。
そして、お約束ともいえる同じジュースを二又ストローで。でもなんとなく二又って響きはタブーな気もしますが。
と、それは置いておいて、前さんも薬師をあわてさせようと八方手を尽くしますが、あえなく轟沈。むしろ自爆。
薬師が相手ではもうどうしようもないです。目覚めたら朝チュンコーヒーだったくらいの勢いがないと。


zako-human様

なるほど、書いててなんとなくいまいち甘くないなぁ、どっか薄味だな、とか思ってた私は末期だと悟りました。
なんだかんだ言っていつの日も甘さが足りないような気がしながら書いております。
感覚がどう考えても麻痺ってきたような。私の精神はもう限界突破済みらしいです。
まあ、しばらく後に読み返してみたら砂糖吐くんですけどねっ。どうして投稿前の読みなおし中に甘いと思えないのか。


SEVEN様

祭りの屋台は確かに高いです。馬鹿な、と言いたいくらい大したことないものに高額をつけてきますが、たまに屋台の塩が効きすぎた焼き鳥とかフライドポテトが食べたくなるから手に負えない。
確かに、押し倒したら内心あわてる気はします。ただ、問題なのは内心なことじゃあるまいかと。
結局表に出ないまま微妙でずれた言葉をポロっと言って場を白けさせる、間違いない。
ちなみに、冒頭ではエプロンを置いているので、十中八九ブルマにエプロンです。これはガチ。


志之司 琳様

主人のさわやかな朝を演出する。それがメイドなのです。寒い朝は湯たんぽ代わりになるのは義務なんです。
そして、薬師のたちの悪い無自覚で歯の浮く台詞。全自動で起動する近接防衛火器です。これだから非常に悪い。
もしも、もしも薬師に少しでも邪念があったならこうはなるまいに。風呂からそのままXXX板行きですよ。でもそれができないのが薬師。すごいぜ、作者の願望すら振り切ってやがる。

まあ、その気になれば人外共がハイパーモードで屋台を作ってくれるから一週間でも問題ないでしょう。
メリーさんはなんとなく薬師に携帯に残ってたメモリから電話かけられて呼び出されました。すでに都市伝説と友達感覚です。
しかし、そもそも屋敷内に薬師たちがいるだけですでにお化け屋敷だろう、というのは――、言わぬが華と。








最後に。

あーあー、また結婚の約束がー。



[20629] 其の三十 俺と月見草。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:8af9acb8
Date: 2010/11/03 23:35
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







「ただいまかえりましたー」

「おう、お帰り由美」


 居間でごろごろと転がっていると、不意に扉が開き、学校から由美が帰ってきた。

 そんな由美の方を見ると、不意に由美は肩を震わせる。


「どした?」


 挙動不審な彼女に、俺は聞いてみるが、彼女は首を横に振った。


「な、なんでもないですお父様」


 ぶんぶんと振られる首に俺は違和感を覚えるが、しかし追及も憚られ、ついぞ口に出すことはなく。


「お、お父様……」

「なんだ?」

「な、なんでもないですっ!」


 ぱたぱたと、由美は二階へ上って行ってしまった。


「どうしたんだ? 一体」


 俺の呟いた言葉に答えるものはなく、音は虚空に空しく消える。

 はたして、一体何だったのだろうか。








 その疑問に回答を出したのは、一枚の紙きれだった。

 ゴミ箱の中にあった、気になる文字列。


「んあ? 参観日の案内? こいつはまたお約束な……」









「前さん、明日俺仕事休むわ」

「なんで?」

「参観日」

「絶対行きなさい」












其の三十 俺と月見草。










 しかし、父兄としてこの学校に来るのは俺としては珍しい限りだな。

 ついこないだできたばかりの新しい校舎に俺が脚を運ぶのは、いつも職員としてだ。

 相も変わらず、人手は足りる様子を見せることはなく、いまだに俺は一般常識と体育を受け持っている。

 入学者は増える、しかし、職員はあまりにも増えなさすぎた。

 そもそも求められる水準が高すぎるのだ。

 なんて言うと俺のような教養のない人間が職員をしていることに違和感を覚えるかもしれないが、そういうことではない。

 この学校の求める基準はひとつ。

 腕っ節だ。

 はたして、生前体育教師の免許を持っていた人間がいたとして、だ。

 彼らの常識で言う幻想生物たちが放つ亜音速のボールを彼らは受け止められるだろうか。

 果ては乱闘にでもなったら。

 ……アルマゲドンである。

 と、そんなこんなの事情を抱え、ある程度危険な生徒間の揉め事にも対応できるというわけで職員をやってる俺だが。

 現実逃避しても現実は変わらない。

 現実が変わらないから逃避するのである。

 有体にいえば、顔から火が出そうである、と。

 ありがちな作文発表題、「尊敬する人」。

 その中で、『私のお父様』、その言葉が俺をじわじわと蝕んでいた。


「私のお父様は――」


 鈴のような声音で、我が娘が俺について話している。

 いるのだが、「ははぁ、あなたの話ですか」と聞かれたならば、俺は首を横に振り、「いえ、人違いです」と答えるだろう。

 他人から見た自分はいかほどに恥ずかしいのか。理解させられた。特に下から見上げた類のものは、だ。

 下から見た目線の話はどうしても美化される。というか美化八割だ。うん。

 否定も肯定もできぬこの辛さよ。


「普段はいい加減になりがちだけど、大事なところでは一生懸命なお父様を、尊敬してます……、っ!?」


 と、そんな時、ちらりと横目で背後を見た由美と、不意に目が合った。

 一瞬驚いた後、由美の顔が赤く染まり、動揺した音を立てて、彼女は席に着く。

 そして、由美は恥ずかしげに俯いてしまった。その耳まで真っ赤である。

 そんな由美を見つめる俺も心中顔真っ赤なわけだが。

 そうして、俺の授業参観は終了した。



















「お……、お父様、来てたんですか……?」


 照れの見られる顔の赤さで、由美は俺のもとにやってきた。


「来たとも」


 内心恥ずかしかったがなっ、という言葉は押し隠し、俺は言う。

 そして、意地悪く笑った。


「来たら悪いかね」


 すると、ふるふると由美は首を横に振る。


「そうじゃなくて……、その」


 授業参観の終わった学校の廊下は、いささか込んでいて、俺は由美の手を引いて外へと向かった。


「……恥ずかしい、です」


 そいつはお互い様だな。


「来ないほうがよかったか?」


 素直に、俺は聞いた。

 その方が良かった気はする。お互いの精神衛生的に。

 だが、今一度由美は首を横に振る。


「でも、嬉しいです……」


 それは来た甲斐があるというものだ。

 俺は人知れずにやりと笑みを湛えて呟く。


「それは良かった」


 そして、階段を下りて、玄関へ。

 靴を履き替え外に出る。


「いい天気だな」


 呟いた言葉は青空に消えた。

 些か寒い季節になっているが、秋晴れというやつだ。

 雲ひとつない青空が広がっていて、今宵はいい星が見えそうだ。


「ところで、お父様。お仕事は……」


 不意に、由美が問う。

 言えば由美が気にしてしまうのは分かっていたが、どうごまかせようか。

 俺は正直に語る。


「休んできた」

「……ごめんなさい」


 やっぱりか。

 申し訳なさそうに俯く由美に、俺は気付かれないよう溜息を漏らす。


「つまらんことを気にしすぎだ」

「でも、やっぱり。私……、ずるいです」

「なんで」

「もしかしたら見つかっちゃうかもしれないところに、プリント、捨てました」


 言い出せないが、気付いてほしい、そんな心境だったのだろうか。

 健気、とも言えず、涙ぐましい、でもないそんな筆舌に尽くしがたい由美の態度に、胸は熱くなるやもしれんが不快感は全くない。あり得ない。


「なら、正々堂々来いよ」

「え?」

「駄目ならちゃんとお断りするから言えばいい」


 そう、言えばいいのだ。春奈みたいに何でもかんでもとりあえず言ってみればいい。と考えて、春奈の名は出さずに言葉にした。玲衣子の言葉を借りるなら、マナー違反らしいから。

 ただ、まあ、遠慮する理由もあるまいに。


「……できるだけ、頑張ります」

「まあ、それでいいさ」


 俺の言葉を聞いた後、握りこぶしを作ってうなずいた少女に、俺は苦笑を一つ。

 そして、なんとなくに呟いた。


「ゆっくり待ってるよ。暇だけは、持て余してる」

「……お父様は、私にはちょっとだけ眩しいです」


 由美の呟きは、帰る親子の雑音に遮られ、よく聞こえなかった。

 そんな昼の一幕は終わり。

 特に変わったこともなく夜は訪れる。

 ……ま、何にせよ、昔に比べりゃ成長してるよ。
















「お父様、なにしてるんですか?」

「月見酒」


 夜の屋根の上。些か寒いがそれはそれで風情がある、と昇ったそこに俺は座っていて。

 声は屋根の下から響いた。


「月……、見えませんけど」

「だが、それがいい」


 放った言葉は七割方、負け惜しみである。

 女心と秋の空、とはよく言ったもので、月を覆い隠した雲は意地悪く光り、そこにあった。

 些か寒いのも、月が出ていないのも、正直に言えば空しいものがある。

 しかしながら、昇ってしまった以上すごすごと戻るのは癪で、気に食わない。

 よって残された意地と根性。

 この二つで酒を飲むのだ。

 追加でハッタリとお付けして。


「見えない月に思いを馳せる。浪漫があっていいことじゃないか?」

「……本当ですか?」


 可愛らしく、小首を傾げられてしまった。

 ふはは、年端もいかぬ少女から見ても強がりだってか。そうかい。


「まあ、それでも星は見えるさ」


 そう言って、俺は天を指差した。

 雲の隙間から、星達は輝きを洩らす。

 屋根の下に、由美の姿は見えなくなった。

 しかし、声は届く。彼女は縁側にいるのだろう。


「お父様は、お星様を見るのが好きなんですか?」


 下から聞こえる質問に、俺は苦笑して返した。


「どうだか」

「どういうことですか……?」

「その心を、酒が飲めりゃなんだっていい、っていうのさ」


 くく、と喉を鳴らして、今度は俺が問う。


「由美は好きか?」


 下から届いた声は、ちょいとばかし意外なもの。


「私は、お星様を見上げるより。お父様を見上げるほうが好きです」


 俺は、狐につままれたような顔をしていたのだろう。

 まあ、何にせよ、そんな心境だった。


「変わった奴だな。俺なんて見てても、つまらん面があるだけだ」


 努めて、ぶっきらぼうに言う俺に、由美はくすくすと笑う。


「だが、それがいい。ってお父様が言いました」

「言ったやもしれん」


 否定も肯定もできやしねー。

 それだけ言って俺が黙ると、しばらくして不意に由美が声を上げた。


「月見草が咲いてますね」


 うちの庭はよくわからないものがたくさんある。

 なんで植えてあるのかわからない、夜にしか咲かない黄色の花も、そのひとつ。


「お月さまは、この花を見てるんでしょうか」

「なんでだ?」

「だって、お月さまのために咲いてるみたいで……」

「むう、だが、厳しいやもしれんな。特に、こう曇ってちゃ」


 俺の、夢のない意見に、由美は残念そうな声を上げる。


「そう、ですね」


 そして、思い直したように続けた。


「でも、いいのかも。たとえ見てくれなくても、それでも何かのために咲き続けられるなら」


 何かを確認するかのように呟かれた言葉。

 少し寂しげな言葉である。

 屋根の下の表情は見えない。が、やはり寂しげな顔をしているのだろうか。

 なんとなく、そんな顔はさせたくはない。

 そんなことを思っていると、ふと俺は、少し変なことを思い出した。


「そういえば知ってるか? 実は月見草って白いらしい」

「そうなんですか?」

「たった一晩しか咲かない儚い花だよ」


 そう、富士山に似合うのは待宵草。

 月見草は白くて儚い。

 まさに一夜の月のために咲く花だ。


「その日、お月さまが出てなかったら……。少し、可哀そうです……」


 由美は言った。

 優しい言葉だ。

 ただ、やっぱり悲しげな顔はさせたくなかったから、俺は言った。


「だが、そんな花が咲く一晩が月のためだってんなら」


 俺は懐から羽団扇を取り出す。

 そして、その羽団扇を。

 月へと向けた。


「きっと月だって応えるさ――」


 こんなことしたらまた閻魔に怒られそうだな。

 が、まあ。そのくらいは丸めこむか。最悪夕飯をちらつかせれば大丈夫だ。

 これでもかと丸い姿を見せつける月には、そのくらいの価値はあった。


「――やっぱり、お父様を見上げるのが大好きです」


 下から聞こえてきた声は、なんとなく艶っぽくて。

 育ったらきっとなかなかの美人になるのだろう。

 そして結婚して家庭を築く、か。

 なんとなく、嬉しくもあり。






 なんとなく、寂しかったりも。






















―――
由美と一緒に編です。
薬師の親父っぷりが異常。

そして、本日ハードディスクケースを買ってきまして、ついに完全復活です。
修理前のデータもこれで使用可能に。

そんなこんなで、つい三、四日前に天狗奇譚も更新してみたりして調子が上がってるような別に気のせいなような。









返信


奇々怪々様

お医者さんごっこ。常人には至れない危うい領域でございます。さすがの薬師もたじたじに。
ちなみに、一夫多妻は黙認、というか正確な意味での婚姻はなく、家族登録があるだけなので、登録してしまえば、後の関係はそこの家庭次第です。
家族登録自体は数に制限があるわけでもないので、全員と家族登録して関係は妻ですと本人たちが認めれば何の問題もなく。
そして、最近もう、一通り前キャラロリ化しても罰は当たらないのじゃないかと思ってきたり思わなかったり。


SEVEN様

臭い飯は嫌だが愛妻弁当は何個でも行ける。そういうことなんでしょう。爆発すればいいのに。
まあ、確かに年下から言われるお兄ちゃんだからこそ、いいのではあるまいかというお話はごもっとも。
年上からだと、悪い意味でぞくりときます。中身が平常通りの憐子さんなのが問題ですねわかります。
そして、十二人も憐子さんがいたら、確実に薬師の胃に穴が開きますね。だが、それがいい。胃潰瘍くらい発症しても罰は当たらないと思います。


春都様

そう、あの憐子さんがミニマムサイズでお膝の上なんです。なんだか夢いっぱいなんです。
千以上年下の子にちょっと羨ましさを覚えてしまったりもするようなのです。その結果縮むという離れ業を発動。
しかし揺るがない薬師。やはり一度爆発して来たほうがいいのではあるまいかと思います。
もしくは一回憐子さんと結婚してみれば少しは変わるんじゃないですかね。変わらない可能性があるのが恐ろしいですが。


通りすがり六世様

お医者さんごっこ。今にして思えば随分ハードルの高い遊びです。なんとなく聴診器にあこがれはありましたが持ってるわけもなく。
憐子さんは、結局なんだかんだと我慢をしないから乙女まっしぐらなんでしょうね。やりたいことは全部試すと。
そして、薬師的には、結婚も恋人もたぶんその気はないんじゃないですかね。そもそも、性欲がないなら現状で満足ですよねー……。
まあ、しかし最後はやはり誰かが暴発することでしょう。きっと薬師なら朝起きたら憐子さんと結婚してたくらいはやってのけます。


志之司 琳様

もうなんど逮捕すれすれまで行ったことか。でもやっぱり獄中でもフラグ立てる件には同意です。最悪誰もいなくても獄中のベッドの精にフラグ立てそうです。
そして、春奈はすでになし崩しで突破しそうな勢いです。薬師にへいへいと言わせればもう勝ったも同然です。
憐子さんも憐子さんで、ふと思いついたようにロリに。もうどうしようもない。ある意味大勝利ですが。やっぱり薬師にへいへいと言わせたもん勝ちです。
結局、お医者さんごっこが広まったら、確実にエロ方面に診察されようとする人々がいるんでしょうね。その点憐子さんは今回は逆でしたが。











最後に。

月見草よりも月見蕎麦が食べたいです。



[20629] 其の三十一 俺と動かない銀子。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e7b81b7c
Date: 2010/11/06 22:34
俺と鬼と賽の河原と。生生世世












 それは爆音だった。

 突如響き渡る爆音は、銀子の部屋から聞こえてきた。

 ぼんっ、とか、どんっ、とかそんな生易しいものではない。

 どごん、と家が揺れた。

 なんだなんだ一体何事だ、と、俺もまたどたどたとみっともなく音を立てて二階へ上がり。


「一体何事だ――」


 扉を開けた先で見たのは。


「……へるぷみー」


 煙たい部屋の中心でぐったり倒れている銀子だった。















其の三十一 俺と動かない銀子。













「簡単に言うと……、麻酔?」


 そう言った銀子は、普通に畳みの上に転がったままだった。

 何故作ったのか、それとも偶然できただけなのか。

 ともあれ、麻痺効果のある煙を吸った銀子は、動かない、否、動けないでいる。


「喋れはするんだな」

「局部麻酔」


 まあ、でなけりゃ意識もないか。

 どうやら、体の末端、手足が動かないらしい。


「ん? 腹筋で起き上がれんのか?」


 ならば、と聞いてみれば、銀子は首を力なく横に振った。


「んーっ」


 そして、腹筋を使って身を起こそうとするが、首しか上がっていない。

 持ち上がっていた後頭部もすぐに地に落ちる。


「むりっ」

「結局どっからどこまでが動かないんだ?」


 胴まで麻痺が達していたら内臓が危ないのではないか、と思った俺の問いに、銀子は恥じらいもなくあっさりと口にした。


「大丈夫、腹筋がないだけ」

「麻痺してるとかではなく、元からできないと」

「そう。割れるどころの話じゃなくてつるっつるのふにゃっふにゃ」

「そうか、つるっつるのふにゃっふにゃか」

「そう」

「弱すぎだろ」

「病弱な深窓の令嬢になにを」

「どの口で」

「この口で」

「ま、元気そうだし俺は戻るか」

「まさかの放置」

「駄目か」

「ダメ」

「わかった。捲れたスカートはどうにかしてやるから帰らせろ」

「いやん」

「気味が悪い」

「すけべさんめっ」

「わかった、帰らせろ」

「ごめんなさい」

「で」

「運んでいって」

「そうかい」


 無意味に回りくどい会話を終え、俺は仕方がないので、脱力した銀子を抱えてずるずると引きずっていく。

 取り合えず銀子の脇腹に手をあて、半開きの扉を足で開けて、ずるずる、ずるずると。

 そして、そのまま階段を下りる。


「いたい」

「黙らっしゃい」

「いたいいたい。ここはお姫様抱っこで行くべき展開のはず」

「痛くない。麻酔が効いてるからな」

「痛みはないけど心は痛い。ごすごすいってる自分の足を見るのは心に痛みが」

「目を瞑れ」

「ああ、いたい。心に傷ができる。傷物にされた」

「人聞きが悪いな」

「責任取ってよ」

「更に人聞きが悪い」


 銀子の冗談を聞き流しつつ、俺は一階のソファに銀子を置いた。

 まるで、人形のように銀子はそこに安置された。


「で、これからどうする?」

「こ、これからの話。どきどき、これは結婚ふらぐ」

「よし、外に埋めれば治るか」

「そしたら首も動かなくなる」

「もうどこも動かなくなるな」

「これが噂のヤンデレ」

「話を戻そう」


 まるで人形のようにソファに座る銀子を見下ろして、俺はずれた会話を修正する。


「どうやったら治るんだ?」

「ん、多分一日置いといたら治る」

「そんなにか」


 麻酔は二、三時間効いて、それ以降もしばらく痺れは残るが大した支障はないものだ、と思っていたが違うらしい。


「調合間違えた」


 なるほど、納得である。


「そりゃ爆発したものなぁ」


 家に損傷がなかったのが唯一の救いであるが、しばらくしびれて動けないとは難儀なことだ。

 俺は、天を仰いで呟いた。


「どうすっかなぁ……」


 銀子は、黙って俺を見上げている。

 そして、しばらく黙り込んだ後――。


「一緒にいて」


 仕方ないので隣に座ることにした。



























「どきどき、わくわく」

「自分の口で言うな。流し込むぞ」


 昼の食卓。隣に座り銀子は自らの口によって自らの気分を表現している。

 そして俺は、げんなりしている。


「あーん」

「楽しそうだな。許せん。165分割してやる」

「よく考えると元ネタ的にそれは洒落になってない」


 はあ、と俺は大きくため息を吐いた。


「しかし随分と都合のいい麻酔だな。飯は食えるとは」

「照れる」

「褒めてない」

「私が吸ったのは誤算だった」

「第一なんで作ったんだ?」

「秘密」

「そうかい」

「それより、なんで貴方が麻痺ってないのか不思議」

「怪しい煙は吸わない主義なんだ」

「うん、普通好んで吸わない」

「まあ、ほら、俺天狗だから」

「天狗だって言えば何でも許されると思わないほうがいい」


 仕方がないだろうに、天狗なんだから。

 しかし、このままでは食事が進まない。

 両手の使えない銀子の口に、俺はパンをぶち込んだ。

 パンなのは、さすがに白飯は食いにくかろうという俺の気遣いである。


「このカレーパン並みに貴方が辛口」

「好みに合わないなら帰るが」

「だが、それがいい」

「昨日のこと、聞いてやがったな」


 俺はがんがんとカレーパンを銀子の口に押し込んだ。


「もがもが」


 銀子の阿呆な話に付き合っていては全く進みやしない。だから無情に突っ込んだ。

 雛鳥に餌をやる親鳥の気分で銀子にカレーパンを食べさせていく。

 もともと大きくないカレーパンはあっさりと銀子の腹に収まった。


「ごちそうさま」

「へいへい」


 手を合わせぬまま言った銀子に、ぞんざいに答えて彼女の頬をちり紙で拭う。


「驚きの介護慣れ」

「寝るぞ」

「ダメ、ゼッタイ」

「だったら黙って拭かれとけ」


 悪いようにはしないから、と銀子を半眼で見つめた俺に、彼女は素直に頷いた。


「うん」


 素直だ。

 意外なほど素直に頷かれて、俺は肩透かしを食らいながらも、手のちり紙をゴミ箱に放る。

 すると、よそ見をした隙に、俺の肩に銀子の頭が乗せられた。


「どーした」

「なんとなくすわりが悪くて」


 まあ、確かにこの状態ではそんなこともあるかもしれない。

 特に何か言うこともなく、俺は銀子を抱き上げた。


「おおう、びっくり」


 声を上げる銀子を無視して抱えて運んで、ソファの上へ。

 俺もまた、その隣に座って本を読む。

 この状況において肝心なのは銀子から離れないことである。

 一人では何もできない以上傍にいてやらないと銀子は途方に暮れることとなる。

 ぺらりぺらりと俺は頁をめくり、銀子はそれを横から、首だけを動かすようにして覗いてきた。


「けっかいじゅつ?」


 そんな問いに、俺はすぐ横にある銀子をちらりと見て答えた。


「そうだ」

「専門外。畑が違って門外漢」

「そうか」


 興味をなくしたように、銀子は首を元の位置に戻す。

 しばし、無言の状況が続いた。

 銀子の世話があるとはいえ、俺は今日の休みにある程度満足していた。

 故に特に言うこともない。

 読書の秋、まあ、冬に近いと言えば近いが、たとえ銀子の世話があれども、静かで長閑な本を読ませてくれる午後に文句はないのだ。

 しかし、銀子には文句があったらしい。

 不意に、彼女はこう呟いた。


「ひま」

「そうかい」


 知ったこっちゃねーや。


「ひま、ヒマ、暇」

「そうかいそうかい」

「ひまひまひまひまひまひまひまひ」

「自分の置かれている状況か」

「構ってくれた」


 うっかり銀子のほうを俺が向けば、彼女は満足したように薄く笑う。


「しまった、やられた」

「何か面白いことして」

「すごい無茶ぶりだ。よし、特に何もない」


 一発芸を要求されても俺にネタはない。

 俺は放置して、本に視線を戻す。


「ねえ、ねえ」


 銀子が、声をかけてきたが無視。


「ねえねえ、ちょっと」


 無視。


「お願い」

「なんだ」


 さすがに、病人であるかは定かじゃないが、その類の人間の頼みを無碍にはできぬ。

 俺は今一度銀子を見る。


「ちょっとだけ体の中心あたりから感覚が戻ってきてる」

「それはよかったな」


 そうか復活気味か、それは良かったな。

 と、俺は言いたかったのだが――。

 さすが銀子、それだけでは終わらない。


「それで、太ももが、かゆい」

「ああ、うん、そうかい」

「かいて」

「やらなきゃ駄目か」

「ダメ。すごいかゆい」


 きっぱりと銀子は言い放つ。よっぽど痒いらしい。

 仕方がない、と俺はため息を一つ吐きだして、手を伸ばす。

 これはれっきとした介護である。


「右」

「ここか?」

「違う」

「ここか」

「違う」


 太ももの外側を掻いてみるが、銀子から出るのは駄目だしばかり。

 じれったくなって俺は聞いた。


「どこだよ」


 そしたら、銀子はあっさりと答えた。


「内股のほう」


 俺、絶句。


「やらなきゃ駄目か」

「ダメ」

「……仕方がない」


 俺は、もう一度ため息を吐いて、銀子の黒いスカートの中、足の付け根に、手を差し入れた。


「なあ、スカートの上からじゃ駄目なのか?」

「余計くすぐったい」

「そうか……」

「あひん」

「変な声を出すんじゃない」

「えっち」


 わざとらしく頬を染め、銀子が言う。

 俺はこの上なく嫌そうな顔をした。


「放り投げるぞ。文字通り。体で放物線って奴を理解させてやる」

「ごめんなさい」

「満足か?」

「うん」


 頷いた銀子から、手を離して俺は三度目の溜息を吐く。

 一仕事終えた気分である。

 と、そんな気分の俺に――。


「もう一つお願い」

「なんだ」

「実は朝から行ってない」

「なんだよ」

「おトイレ」


 藍音ェ……。早く帰ってきてくれ。










 そこから先の出来事は割愛する。










 そんなこんな、俺が銀子の世話をすること半日ほど。

 夜になったが、いまだに銀子は回復していない。


「寝るぞ」

「添い寝? まじすか」

「口調が変わるほど驚くな」

「ん、でもうん」

「何かあったら困るだろーが」

「藍音に任せれば問題ないと思う」

「それは途中で放り投げるみたいで気に食わん」

「……ん」


 布団に寝かせた銀子を上から見つめる俺。

 対する銀子はぽつりと呟いた。


「ほんとは」

「ん?」

「麻痺解ける方法がある」


 あんまりにもあんまりだ。その言葉は俺の一日の苦労を粉砕骨折水の泡の刑にする言葉だ。

 半眼にもなる。


「なぜそれを先に言わない」

「……、このえっちさんめっ」

「何故だ」


 会話がつながっていなかった。

 もうここまで来たら俺は唖然とするほかない。

 思わず閉口する俺に、銀子はにやりと薄く笑った。


「キス」

「はい?」

「キスしてくれたら治る」

「落ち着け。寝言を言うにはまだ早い」

「寝言じゃないもん」

「馬鹿なこと言ってないで早く寝ろ」

「寝言じゃないもん」

「まじなのか」

「まじなんです」

「なんでそんな仕様なんだ」

「それは、予定では私と貴方の立場が逆……、げふんげふん」

「怒るぞ。しかし、まじか」


 そうか、まじなのか。

 まあ、だからどうだというのか。


「寝ろ」

「しないの?」


 期待の眼で見つめられてもお断りだ。

 言うなら昼の時点で言っておくべきだったな。

 今更だ、今更すぎる。


「残念」

「自然治癒を待て」


 俺は無情に言い放った。

 しばらく、銀子はすねたようにぶーたれていたが、三十秒もしたら諦めた。

 すると、きれいさっぱり諦めた銀子は、あっさりと話題を変える。

 ぱっと、銀子が俺を見た。


「ところで、さっき気付いた」

「なんだ」


 どうせしょうもないことだろう、と俺は適当に構えるのだが――、


「私、貴方のこと薬師って呼んだことないかもしれない」


 本当にしょうもなかった。


「いや、知らんよ。そんな衝撃の事実、って顔されてもな」

「これは吃驚。由々しき事態」


 ……そうかい。まあ、確かにほとんど呼ばれた記憶はないが。

 俺は、今日で何度目になるか知らない溜息を吐いた。


「じゃあ、好きに呼べばいいじゃねーかよ」


 銀子、驚愕の表情。

 その反応に、俺が驚愕だよ。


「や……、薬師」

「へい」

「なんか違和感ある」

「人の名前に失礼な」

「なんていうか……、恥ずかしい」


 あんまりである。

 人の名前に恥ずかしいとは何事だ。


「寝ろ」


 もういやだ。

 銀子の話に付き合ってなんていられん。

 投げやりに俺は銀子の布団の横に転がった。


「入ればいいのに」


 俺は答えない。

 目を瞑った俺の耳に、もぞもぞと胴を使って銀子が動く音が届き、布団が掛けられる。


「てい」


 間抜けな掛け声が間抜けに響き、俺はあえなく銀子と同じ毛布の中と相成った。

 どうやら肘くらいまでは動くようになったらしい。

 明日の朝にもなれば薬も抜けているだろう。

 一安心だ。

 俺は肩の力を抜いて眠りに落ちることとする。

 どうせ明日もいつも通りの日常が始まるのだろう。

 実に平和でいいことだ――、


「……やっくん」

「なんだそれは」

「あだ名。やっくん」

「そっちの方が恥ずかしいわ」

「……やっくん」

「……」

「やっくんっ……」

「……」

「やっくん」


 俺は寝る。

 寝るったら寝るのだ。


















―――
三十一。銀子さん痺れる。
どうやら薬師を痺れさせてあーだこうだしたかったようです。






返信。



奇々怪々様

参観日。そう、参観日に三角定規の穴に指突っ込んで取れなくなった奴がいました。今ではいい思い出です。
そして、来てほしいけれどやはり迷惑だと思うけれどやはり来て欲しい由美の幼心です。ツンデレの下地かもしれません。
薬師はもう、月だろうが雲だろうが酒が飲めれば問題ないぜヒャッハァな感性の残念さが露呈しただけですね、前回。
しかし、実父でもないのに由美のお父様大好きっぷりに全国のお父様も苦笑いで人が殺せる勢いで。鬼兵衛とか。


通りすがり六世様

朝起きたら、憐子さんと結婚していた。という一行から始まるIFを書いてみたけれど、冒頭でぶん投げました。なんかこう、腐ってやがる……っ、なので。
そして、あそこまで仲がいいのだから、もう決壊させればどばっと行くはずなんですけどね。あと、どう考えても薬師の初恋の人って憐子さんでしょうし。
薬師が、親父として寂しいのかそうでもないのかは闇の中です。どちらも、という可能性はありですが。
授業参観の母親役は家の中の人全員が挙手したので光さえ置き去りにして逃げたそうです。


SEVEN様

薬師の親父心は目下成長中です。なんだかんだ言って完璧父親気分です。まあ、もともと父親気質ですが。
そして、春奈が嫁で義母が愛沙、由美が娘というカオスな家族状況を思い浮かべました。どう考えてもおかしい。
まあ、薬師は現世を引きずってるどころか中途半端に古いですからね。もうみんな娶るぜとか言ってしまえばいいのに、酔った勢いで。
そして朝起きて後悔するんです。もしくは唖然と。由壱は苦笑いで見守ってハッピーエンドです。







最後に。

珍しく薬師が藍音に助けを求めましたね。



[20629] 其の三十二 俺と答案。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1997d313
Date: 2010/11/10 22:41
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







「ううむ……」


 ある夜。なんとなく喉が渇いて一階に水を飲みに行くと、なぜか李知さんが、机に向かって唸っている。


「おい、どした?」


 気になった俺が後ろから声を掛けると、激しく李知さんは肩を震わせた。


「うひゃあっ……、薬師?」


 滑稽なほど驚いて見せる李知さんに、俺は軽く苦笑して口を開く。


「そうだ、貴方の大天狗こと、薬師だが。で、何やってるん?」

「ん、ああ。テストの採点だ」

「テスト?」


 俺は素っ頓狂な声を上げる。

 李知さんはふっと笑って頷いた。


「そうだ。世界史の、な」

「ふーん、そうなのかー」


 俺はふむふむと首を上下に振って、李知さんの隣に胡坐をかくのだった。





「なあ、薬師……」

「なんだ?」

「いや、なんでもない……」










其の三十二 俺と答案。










「まあ、世界史、とはいってもだな。正式な必修科目じゃなくて、半分クラブ活動のようなものだ。自分の世界の歴史を忘れたくない、というのが大半の動機でな」


 隣に座って、不躾に答案を見る俺を注意することもなく、李知さんは説明した。


「なるほどな。まあ、確かに地獄の歴史なんて学んだってなあ?」

「そういうことだ」


 満足そうに李知さんは頷いた。

 なるほど、李知さんはこういうの好きそうだもんな。どちらかと言えば熱血教師っぽい。


「そういうこと、なのだが……」


 しかし、李知さんは浮かない顔だった。

 俺は、なんとなく心配になって聞いてみる。


「どうしたんだ?」


 すると、李知さんは顎もとに手を当てて数秒悩んだあと、一枚の紙を俺に差し出して言った。


「そういえば、お前の世界の歴史だ。そうだな……、見てもらった方が早いと思う」


 そう、それは試験の解答用紙。


「現在の進行度はフランス革命前後だ。概ね千七百年から前後百年というところか。知識は大丈夫か?」

「実際に見てきた人だぞ。ある程度は行ける」

「ああ、じゃあ、これを見てくれ」


 その言葉に従い、俺はその紙を覗きこむ。


「……ガリレオが裁判の後に呟いた言葉?」

「そうだ」

「それでも地球は回っている、だったか?」

「ああ。じゃあ、回答を見てくれ」

「おう」


 俺は、頷き回答を見る。

 かっこ内に描かれた文字は――。


問1 ガリレオが地動説を唱えて起きた裁判で、終了後呟いた言葉は?

答( ……にょろーん )


「どんだけしょんぼりしてるんだよガリレオはよ」

「他のも見てくれ」


答( 馬鹿な…… )


「歴史に残らねーよ」

「私もそう思う」


答( 生かしておいていいのか……? 俺を死刑にしなかったこと、後悔するぞ? )


「誰だよ」

「さぞ悪名高かったのだろうな」


 なるほど、こりゃ李知さんも頭を悩ませるわ。

 うん。

 その上、他にも。


「ナポレオン・ボナパルト、か」



問2 フランス革命の時代に活躍し、皇帝まで上り詰めた人物は?

答( ナッポーレモン=ジョナゴールド )



「惜しい……、が惜しくない。限りなく近くて最も遠いわ。とりあえず果物が食いたくなった」


答( ナポレオン伊藤 )


「誰だよ」

「私にもわからん」


答( ジョナサン )


「ほんと誰だよ」

「もう適当な人名を入れたとしか」


答( まさか……、ナポレオン……!? )


「聞くなよ」

「これは正解にしていいのか? なあ……」


 俺と李知さんは次々と答案を捲っていく。


「問2の人物が言った有名な台詞を答えなさい?」

「これは私の出題の仕方も悪かったのかもしれない……。ちゃんと『に』まで入れておけば――!!」



問3 問2の人物が言った有名な台詞を答えなさい。

答 我輩の辞書( 知らない? )



「しらねーよ」

「私も知らない」


答 我輩の辞書( は限界突破英和辞典です )


「聞いてねーよ」

「そもそもなんで英和辞典なんだ……?」


答 我輩の辞書( になんてことを…… )


「ああ、コーヒー溢されたんだな」

「それは……、大変だな」


答 我輩の辞書( 笑 )


「もう駄目だ」


 俺はついに捲る手を止めた。

 これは駄目だ。本当に歴史を愛する者たちが行った試験内容なのであろうか。

 嘘だ、そんなのは嘘だ。

 だとするとなんだ。李知さん目当てか何かか。

 ないとも言い切れない。

 この大きな小動物は些か無防備すぎる気がしないでもない。

 そんなことを考えて、俺はちらりと李知さんを見る。

 すると、なぜか李知さんも俺を見ていた。

 その頬は赤い。


「あ、……っや」

「や?」

「っくし……!」


 やっくし? 新種のくしゃみだろうかと。

 俺の名だと気付くのに少しかかった。


「なんだ?」


 間抜けなほどの間を置いて俺は口にする。

 李知さんは、まるで油でも切らしたかのように細切れに言葉を紡ぐ。


「か、顔が……、その、だな」


 俺の顔が……?

 一、汚い。

 二、怖い。

 三、キモい。

 さあ、どれだろう。

 どれを選ばれてもへこむ自信がある。枕を涙で濡らすだろう。

 泣き寝入りである。


「近くてっ……、照れる……」


 しかし、杞憂。

 俺は予想外な答に、思わず呆けた顔をして目を丸くする。

 そうか、照れているのか。

 心中に漏らした感想はあまりにもあんまりなほどそのままだった。


「そいつは失礼した」


 確かに、近い。

 二人夢中で答案を見ていたため、俺と李知さんの顔は息がかかるほど近い。

 現に、李知さんの緊張気味の吐息が俺の頬をくすぐっている。

 さて、ここで昔の俺ならば、『照れるような間柄でもなかろうに』、なんて言うところだが、そこは進化と成長をし続ける男、如意ヶ嶽薬師。

 女心ってそういうもんさ、ということにしておくだけで、女性の不可解な行動にすべて説明がつけられる、とこないだ気がついたのさ。

 我ながらこの成長が恐ろしい。

 多分三日で忘れるが。


「……べ、別に失礼とかじゃなくてだな」


 身を引いた俺に、李知さんはごにょごにょと口にした。

 いや、まあ、確かに失礼とは言ったが、そうでなければ何だというのか。


「不快じゃ、ない。不快じゃないんだ」


 ……やっぱり女心って難しい。

 まあ、そういうものなのだ、と理解しておけば問題はないのだろうが。

 李知さんの言葉は、どちらかと言えば俺を気にしてのことか。

 別にこう、俺の顔が近いのが不快ではない、とは、わざわざお優しいことだ。

 相も変わらず不器用だが。


「わかってるよ」


 俺は苦笑気味に頷いた。

 李知さんはほっと息を吐く。


「なら、いい」


 赤い顔のまま李知さんは頷いた。


「それでなんだが……。採点を手伝ってくれないか? 気が狂いそうなんだ」


 そして、言う。

 無論、李知さんは俺が反省文を書くにも付き合ってくれたりなんだりした恩があったりして。


「仰せのままに、ってな」


 何故か、李知さんは俺をじっと見ていた。


















 かりかりと、ペンを走らせる音だけが響く。


「なあ、薬師……」

「んあ?」

「ああ、いや、その、なんだ。お前は頭はいいのか?」


 その質問に、机の向こう、対岸にいる李知さんを見ることなく俺は答えた。


「いんや。藍音に習わされた教養の七割は粉砕した」

「……そうか」

「あるのは無駄知識だけだな。うん」

「ああ、なるほど」

「特に英語は駄目だな」

「それはわかる」

「付き添いで英国に行くはめになった時、すべて『あい、どんと、のう』で通したことがあるぞ」

「それは……、すごい経験だな」


 李知さんの呟きは、夜に溶けるように消えた。

 そして、沈黙。

 先ほどから李知さんは会話が途切れて少し経つ度に不意に言葉を放つ。

 もしかすると、李知さんなりの気遣いであろうか。

 気まずくならないようにと。だとしたら不器用すぎる。

 人知れず俺はほほえましさに任せて苦笑して、作業は続けられる。

 そして、作業は思ったより簡単に終わった。クラブ活動のようなもの、と言っていただけあって、人数そのものが少ないのだろう。

 だが、終わったのに、李知さんの表情は冴えていない。

 そもそも、この程度の解答に時間を掛けていたこと自体が不自然だ。

 だとすると、他に悩みでもあるのか。

 そして――、それは唐突に響いた。


「なあ、薬師」

「ん?」


 いつも以上にきっぱりとした堅い声で。


「問一。私は何だ?」

「答、李知さんだな。それ以上でもそれ以下でもない」


 突如問われたその言葉に、俺は面白くもない答を返す。

 そして、問一、ということは。


「問二、お前は何だ?」

「答、ただの薬師だ」


 やはり問二もあるのか。


「問三……、なんで嫌な顔一つせずに私をここに置いていてくれるんだ?」


 そして、問三もあった。

 ああ、それが悩みか。

 ここまで居ついておいて今更な。いや、今さらだからこそ、か?


「理由は……」


 俺は顎に手を当て考えながら、口にした。


「ない」

「お前……」


 ないったらないのだ。

 仕方があるまい。


「そもそも、断る理由がないから、とも言える」

「異分子が入り込む不快感は? 面倒は?」

「些末事だ」

「些末なものか」

「些末だよ。お前さんに比べれば」

「なっ……」

「俺の懐はそんなに浅くねーの。第一異分子もなにも、うちの人間に血が繋がってるのなんて一人もいねー」


 俺は渇いた笑みを浮かべる。


「そんでお前さんはもう異分子じゃないよ。わかったかね?」

「……ああ」


 李知さんは、諭すような俺の言葉に、頷いた。


「……じゃあ、最後の問いだ」


 李知さんは、俺にまっすぐに言い放つ。

 まだあったのか。問い。

 面食らう俺に、李知さんは容赦なく問うた。



「――お前にとって私は何だ?」



 真剣に、李知さんは聞いていた。

 俺は。




「李知さんだよ。まあ、簡単に言えば大切な人だ、って言わせんな」




 言葉は半ばから、ぶっきらぼうになった。

 そして、言えば、李知さんは視線を答案に戻す。

 終わったはずの答案なのだが。

 というか何か言ってくれないと恥ずかしいんだが。

 俺が頬を掻いていると、李知さんはぽつりと溢した。


「……四十点だな」

「これは手厳しい」

「私もだ」


 私も……、ということは李知さんにも落ち度があると?

 良く分からないが本人が言うならそういうことなのだろう。


「学ぶことがたくさんある。と、今気がついた」

「それはいいことだ」

「それと、お前に学ばせないといけないことがある、とも気がついた」

「それは困るな」


 言うと、呆れたように李知さんは溜息を吐いた。


「だが……、二人で満点を目指したいという人間がいるのは悪くないかもしれないな。お前はどうだか知らないが」


 そして、怒ったようにぷいと李知さんはそっぽを向く。

 耳まで真っ赤な当たり、相当かもしれない。


「いや、なんかまあ。お父さん頑張っちゃうぞー?」


 俺の、的外れな答えに、李知さんはこちらを向いて今度は苦笑する。






「まずは、問一の答えを如意ヶ嶽 李知にすることから始めよう――」






 李知さんの呟いた言葉は、よく聞こえなかった。






















―――
風邪引いて死んでます。体温計は見なかったことに。この貧弱ボディめ、いい加減にするんだ。
とりあえず七割がた完成していた李知さん編を気合いで完成させて投稿。

とりあえず寝ます。




返信。

通りすがり六世様

まあ、基本的に藍音さんに頼りきりなのは事実です。しかし、心中で思い切り助けを呼ぶのは珍しい。流石に聖水プレイには大天狗も参ったようです。
そして、台詞的にはあっさり出てきましたが、書いて作者もそこでふとそういや銀子って名前呼んでないなと気づく始末。
やっくんは、弟にそんなのがいたら困ります。フラグ王にならないように正しい道に導いてやるのが家族です。
ちなみに、腐った話も書いていたりいなかったり。とりあえず書き直す方向で行くことにしました。後は俺が発狂するかどうかの戦い……! この薬師、どうかしてやがる。


奇々怪々様

はたして何を考えて会話しているのか、何も考えていないのか。多分何も考えてないからあんな会話なのでしょう。
ちなみに麻酔パウワァは薬師の天狗力で換気されました。空気清浄機として便利です。薬師は。
そして、太ももを掻くのには抵抗はあるが別に顔赤らめて困っちゃうぜじゃない薬師はもう駄目です。多分藍音さんで慣れてしまったんでしょう。
銀子と添い寝したら、朝起きたら銀子が馬乗りになってるんじゃないですかね。もしくは何かしようとはしてみるものの結局無防備寝か。


SEVEN様

ステーシーズの文庫の完全版が欲しいです。うちになぜかあった奴を小学生中学年だか低学年だかに呼んだきりで、内容が定かじゃないです。とりあえず当時すごい不安感に襲われた記憶があります。
銀子は……、心は少女です(キリッ。まあ、銀子の恥らいポイントはボディタッチ方面よりも精神的な方に向かっているようです。
愛沙は気付かないだけですが、銀子は別に太ももくらいなら恥ずかしくないようです。
そして、普通にトイレもスルーできたらそれはもう精神体ではないです。間違いなく。異形の何かでしょう。


春都様

最近メンテがあったので間が空いてしまうのも仕方がないかと思います。でも、感想もらえるとやっぱり嬉しいです。
そして、薬師の親父っぷりを確認する前々回。あまりの親父っぷりに全私がドン引きです……。
由美は、娘で乙女でとてもいいポジショニング。薬師的色モノ枠にも入ってないので有利です。
打って変わって色モノ枠の銀子さんは、珍しく薬師にダメージを与えている気ははします。まったく色気はないですけど。


志之司 琳様

参観日は、一度はやらねばなるまい、と思ってました。自分は授業はどうでもいいが迎えには来て欲しかったただの横着者です。
そして、前さん男らしいよ前さん。もう父前さん、母薬師でいいんでないかね、と心のどこかで考えました。
で、最近成長してるのかよくわからない天狗ですが、性質が悪くなるだけな気がしております。女心はわからないまま扱いがうまくなっても……。
銀子さんと薬師はなんとなく打てば響く関係ですね。ツンデレ(薬師)とギャルゲ主人公(銀子)みたいな。そして、薬師が心中で助けを呼んだ次の瞬間、その時既に後ろに藍音さんが立っていたんじゃないかと思われます。





最後に。


ナッポーレモン=ジョナゴールドさんをいつか出したいと思った。



[20629] 其の三十三 俺と手袋とマフラー。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2f4d9572
Date: 2010/11/13 22:37
俺と鬼と賽の河原と。生生世世










 いよいよもって季節は秋を通り過ぎ、今にも冬に至らんとしている。

 そして、俺が行くのは今にも雪が降りかねない、そんな道。


「手袋、どうすっかなー」


 呟いて、俺は目的の家へと入る。

 いつもと変わりない純和風のお宅だ。

 そして、俺もまた、相変わらず玲衣子に用があるわけだが――。


「なんでいるんだ」


 なぜかそこには。


「由比紀」


 閻魔の妹の姿があった。


「いたらダメかしら」










其の三十三 俺と手袋とマフラー。









「もともと私と美咲ちゃんは玲衣子の母親みたいなものなんだから。いても何も不自然じゃないわ」


 由比紀は、我が物顔で大きな机の前に横座りしている。

 そこは俺の指定席なのだが、半分奪われている以上は仕方がない。

 俺は隣に腰を下ろした。


「そうか……、とするとあれだな。李知さんからするとお前さんは由比紀おばあちゃんってことに」


 そして、思ったことをぽろっと口にしてみたら、驚くほど由比紀が狼狽した。

 その反応に俺が狼狽するほどに。


「お、おばっ!?」


 横座りの状況から床に手を着く由比紀。その動きはまるで舞台女優のように大仰である。

 なんというか、男に捨てられたかのようだ。

 しかし、この場に捨てる男も何もあったもんじゃない。

 ただ、おばあちゃんと天狗がいるだけだ。


「た、確かに、でも、ほら、外見は若いし……、実年齢はあれだけど、心は若いわ。あ、でもこの間……」


 そして、そんな中、由比紀が何事かをぶつぶつと呟きだす。

 怖いんですが。

 その外見の悲壮さに、俺は話しかけることもできず、ひたすらに眺めることしかできない。


「そうすると……、いや、ダメダメダメ、落ち着くのよ由比紀、あきらめちゃ駄目」


 次第に、目が正気ではなくなっていく様を俺は見た。

 これが漫画か何かならば、その瞳の中はぐるぐる、ぐるぐると螺旋を描いていることだろう。


「そうだわ」


 そして、不意に由比紀がこちらを向く。

 がっしりと、肩を捕えられた。

 一体何だと身構える俺。

 そうして、顔を真っ赤にして告げられた結論は、


「結婚しましょう」


 予想の斜め上だった。


「何故に」


 口をついて出た言葉に、由比紀は正気ではない瞳のまま言うのだ。


「私と結婚すれば、そう、貴方もおじいちゃんだわ」


 ……確かにそうだな。

 李知さんが、俺のことを、薬師お爺様と……。


「嫌だよ」


 そもそも何の解決にもなっていない。

 道連れが一人増えるだけだ。


「お願い……、貴方に捨てられたら私、どうしていいか」


 頼む、正気に戻れ。


「いや、そこまで深刻になる問題じゃない」


 はたして、この衝撃の余り正気じゃない由比紀をどうしたものだろうか。

 そう考えたあたりで、不意に足音。


「あらあら、来ていたのですね」


 本来のこの家の主、玲衣子だ。


「おう、邪魔してるぜー」


 俺は片手を上げてあいさつとし、玲衣子が来たことで、由比紀もあっさりと正気に戻った。

 暴走しやすい分、冷却もされやすいのか。


「そういえば、貴方は何の用なの?」


 正気に戻った由比紀に問われ、俺は手をひらひらと振りながら答える。


「手袋を忘れてったからな」

「ええ、そうでしたわ」


 玲衣子も頷き、由比紀はそうなの、とだけ言って机の方を向く。

 そして、玲衣子は盆の上の茶を机に置いて、苦笑気味に頬に手を当てた。


「もう一度、お茶を入れてきますわね」


 茶の数は二。

 どう考えても由比紀と玲衣子の分だ。玲衣子が台所に行っている間に居座った俺の分はない。


「なんか悪いな」

「いえ、では」


 が、俺の前に茶が置かれ、玲衣子が再び去っていく。

 自分の分くらいは自分で入れたらどうだねこのウルトラマンホヤ。と、言わないあたり優しい。

 俺の荒んだ心に実に染みる。

 そして、優しさがじんわりと心に染みた後、俺はべったりと机に突っ伏した。


「どうしたの?」


 由比紀に問われて、俺は机にへばりついたまま顔だけを上げる。

 視線の先には蜜柑の載った籠があった。

 俺は、ぼんやりと前を見つめたまま、呟いた。


「んー、寒くて疲れた」

「じゃあ、……人肌で温めてみましょうか?」

「そのネタはもうやった」

「へえ、そうなの……、って。やった?」

「やった」

「どこで?」

「ここで」

「誰と?」

「玲衣子と」

「……そう」


 そして沈黙。


「私もやるわ」


 唐突な由比紀。


「いや、いいって」


 俺は手を振ってそれを固辞する。


「私の方が暖かいわ。そう、火の類は得意だもの――」

「いや、それ怖いから。たとえ暖房目的でもお前さんの手元が狂ったら病院行く間もなく燃え散るから」

「頑張るわっ」

「頑張るわじゃなくて。そもそも今寒くないし」


 俺の言葉は嘘ではない。外は寒かったが、家の中は遂に暖房が投入されたらしく暖かい。

 と、そこでやっとこさ俺を暖めようとしていた由比紀は諦めた。


「そう」


 そして、また沈黙。

 そんでまあ、今度それを破ったのは俺。


「……蜜柑食いたい」


 ぼそっと呟いた言葉は、目の前に積まれた蜜柑を見てのことだ。


「食べればいいんじゃないかしら」


 とは由比紀の言。そのまんまである。

 まあ、食べればいいというのはわかっている。

 玲衣子は決して、餌と見れば我慢もできないのかこのパイナップルウミウシ、というほど狭量ではない人物だ。

 そして、玲衣子の家に関しては、机の上の籠に置いてあるものは食べてもいい。

 というか、来客用に置いてあるのだ。来客って主に俺だが。

 で、結果として、食べていいのだが――。

 だが――。


「剥くのが面倒くさいんだ」


 隣から、大きな溜息が聞こえた。

 そしてさらに沈黙。

 何も言わぬまま、由比紀の白い手が蜜柑へ伸びる。

 まるで嫌味のように、彼女はそれを剥きだした。

 ぺりぺりと、蜜柑の皮が剥ける音だけが響く。

 そして、蜜柑が剥き終わり、それを一粒、口に入れるのか、と思いきや。


「食べる?」


 その白い指先は蜜柑を俺に差し出していた。


「おう?」


 俺は呆けた風に身を起こす。


「おう」


 頷けば、蜜柑はもっと迫ってきていた。

 それを俺は受け入れる。


「うむ、蜜柑だ」

「そうね。まだ食べる?」

「おう」


 由比紀が、さらに蜜柑を差し出してくるので、俺はそれを食べる。

 そして、蜜柑半分くらいが俺の腹に収まったころ、俺も徐に蜜柑を剥き始めることにする。

 由比紀の手は、いまだに蜜柑を差し出してくるので、それを食べながら。


「剥くのは面倒なんじゃなかったかしら?」


 由比紀が呆れたような顔をする中、俺はほどなく蜜柑を剥き終わり、粒を一つ取って、由比紀に問う。


「食べるか?」

「え?」

「いや、なんとなく食わされっぱなしなのもどうかとな」


 由比紀は、一瞬意外そうな顔をして、そして頷いた。


「ええ」

「ほい」


 差し出した蜜柑が、由比紀の形のいい唇の向こうへ消える。


「甘いわね」


 そう言って、苦笑気味に由比紀は顔を綻ばせた。

 そいつは良かった、と俺はさらに由比紀に蜜柑を差し出した。


「お前さんってあれだよな」


 俺は、ぼんやりと思ったことを口にする。


「尽くす方だよな」

「え……」

「好きな男を駄目にする方だな」

「ええっ!?」


 なんとなく、お兄さん心配だ。

 とはいってもまあ、由比紀の方が年上だしな。

 気にするこたないのかも知れんが。


「そ、そんなことはないんじゃないかしら……」


 目をそらして、由比紀が否定する。


「まあ、俺のような物臭には大層魅力的に映るだろうから気をつけるんだぞ」

「えっ」


 そんな時、ふと、玲衣子が戻ってきた。


「お二人とも、何を?」

「さあ?」


 俺は肩を竦める。とりあえず蜜柑食ってただけだが。

 対して、由比紀は立ち上がった。


「なんというか……、玲衣子に伝えることがあったはずなのだけれど、満足したから帰るわ」


 なんとなく、ぽーっとした態度で、由比紀は出口へ向かっていく。

 いいのかそれで、と言う間もなくふらりと由比紀は去って行った。


「行っちまったなー」

「そうですわね」


 言って、俺は残っていた蜜柑の一粒を口に放り込んだ。


「んー、この蜜柑酸っぺーな」



















 玲衣子は、自然な動作で俺の対岸に座った。


「しっかし、この辺りは今日も寒いな」

「そろそろ、雪も降りますわ」


 俺が漏らした呟きに、玲衣子は苦笑気味に微笑んで答えた。

 この地域は、寒い。

 というか、季節が嫌というほどはっきりしている。


「雪か。あんまりいい思い出がないねぇ」


 しみじみと、茶を啜りながら俺は呟く。


「そうですか?」

「そう、黒い羽根の天狗としちゃ隠密しにくいことこの上ないんだな、はっはっは」


 白い雪に黒い羽根は目立ちすぎる、と俺は笑って答えた。


「そう、けれど、私にとっては貴方が来たことがすぐわかりますわ」

「まあ、目立つからなぁ」


 俺の場合、服まで黒い。白くすればいい、と思うやもだが、陰陽五行思想に則って、黒なのだ。詳しい説明は省く。


「白と黒のコントラストが、私にとっては嬉しい色です」


 と、微笑んでいる由比紀には、どうにもいかん。

 黒と白とじゃまるで葬式だな、とか、茶化す言葉さえ、出てこなかった。


「そうかい。それは永遠に俺に黒い服でいろと」

「ふふふ、そうかもしれません」


 口元に手を当てて上品に笑う玲衣子。

 そうか、俺は黒い服以外を着たら駄目か。

 まあ、他にほとんど持っていた記憶がないから着ようにも着れないか。

 と、思ったら少し不安になった。あれ、これでいいのか俺。


「今日は何時まで?」

「んあ、考えてなかったな。邪魔じゃなけりゃゆっくりしてくが」

「そうしたら、お昼ご飯はここで、ですわね?」

「おうさ」


 頷いて、俺はごろりと畳に寝転がる。


「そうしたら、今日も食材を買いに行かないといけませんわ」

「おー」


 そして、すぐに身を起こした。

 現在時刻十一時。とっとと買いに行かないといけないだろう。


「今、手袋を持ってきますわね」


 そう言って玲衣子が奥へと歩いていく。

 そして、すぐに戻ってきた。


「……どうぞ」


 すると、なぜか名残惜しそうに、片一方だけの手袋が、差し出される。

 はて、……ああ、そうか。

 俺はとあることに気がついて、その手の上に、


「やるよ」


 もう一方の手袋を乗せた。


「え?」


 少し驚いた顔。玲衣子の驚いた顔は希少だ。俺はなんとなく目に焼き付けた。


「それは私の手垢を気にしているのですか?」


 そして、少し悲しげな顔。

 いやいや、そんなこと気にしてたまるか。


「実は俺、我慢できなくて買っちまったんだ」


 俺は、にやりと笑ってポケットから新たな手袋を出す。


「だから、やる。まあ、手袋もう買ってんならいいんだけどな。買わないって言ってたから」


 そういえば、玲衣子は手袋を買わないぜ的なことを言っていた。

 この様子だとまだ買っていないんじゃあるまいか。そりゃ手袋を返すのも名残惜しい訳だ。


「男もんで悪いが、間に合わせ位に、使ってくれ」


 俺が言った後、しばしの間、玲衣子は驚いていた風だったが、不意に笑みを作ると嬉しげに頷いてくれた。


「ええ、有り難く使わせていただきますわ」


 そして、今度はこちらが驚いた。


「では、そのお返しに、です」


 俺からの手袋を、机の上に置いた後、玲衣子は俺の首元に毛糸でできた布を巻いたのだ。

 要するに、マフラーである。


「――寒がりの貴方に、どうぞ?」


 黒と白のマフラーだ。

 ほほう、これは嬉しい。


「これはありがたい」


 先代マフラーは千の破片となって消えた。故に、この贈り物は願ってもないものである。

 俺は首元を暖めているそのマフラーを撫でて、言うのだった。


「防寒具も揃ったところで。じゃ、行きますか」

「はい」








「うえっ、雪だ」

「寒いのが苦手な貴方は、こちらに余り来なくなってしまいそうですわね……」

「去年の冬何度行ったか知ってるくせに。寂しそうに言ったって、頻繁に邪魔するだけだぞ」

「ふふ、そうでしたわね」


 手袋ふたつ、マフラーひとつ。


「暖かいですわね?」


 まあ、マフラーは少しばかり長かった。


「まーな」


 そういうことだ。
















「あれ……、その手袋まだ使ってるん?」

「ええ、貴方のぬくもりが暖かいので――」


 その冬の間中、男物の手袋をした笑顔の玲衣子の姿が見れたと言う。




















―――
予想以上に由比紀が幅を利かせました。
我ながら予想外の結果です。畜生薬師め、蜜柑なんて食べさせ合いよってからに。
他にもマフラーカップル巻きとか、今時やる人いるんですかね。

あと、今回は無意味に豪華にもう一本。








返信。


黒茶色様

ふふふ、お粥を作ってくれるメイドさんは本気で欲しいです。夕飯が酢豚だと流石に辛いものがあるので。
まあ、なんだかんだと病院行って点滴ぶち込まれたら回復してきました。余りのしつこさに、まだ微妙な調子ですが。
とりあえず、今回は自分で書いてて悶える始末。私のスランプセンサーの誤報が酷い。書けないと思っていたときに限って筆がノリます。
まあ、なんというか、まだまだ書きます。そして、読んでいただければ幸い。押し付けるがごとくに書き散らしていきます。


通りすがり六世様

発狂して一回りすると正常に戻るんです。そしてまた発狂するの永遠ループ、と、いう話なのではないかと先日気がつきました。
いっそ飽和してしまった方が楽になるんじゃと思いつつも番外編完成です。思ったよりも苦戦しました、というかごっそりシーン書き変えたりしちゃう始末。酒の席で出た約束並みのネタなのに……。
そして、自分は眠さに任せて「我輩の辞書はフランス的ではない」とか書いたことはありました。
別にテストじゃないですけど。そうか、ナポレオンの辞書はオランダ語とかなのか、と勝手に納得してました。


奇々怪々様

きっと一部にはまともな回答もあったはずです。もしくはそのテストをした少数が李知さん目当ての変態だっただけです。
そして、薬師が乙女心というか、女性の機微を学ぶとして、ここ千年では余裕で学びきれなかったわけですから到底無理です。後二千年くらいかかるんじゃないかと思われます。
そして、つい二カ月くらい前はスーパーマーヴェラスギガンティックファイナル残暑とか言ってたのにこれは何だと。冬か。
ナッポーレモン=ジョナゴールドはきっとレモン的なツンとリンゴ、パイナップル的な甘みを備えたツンデレですよ。男の。


SEVEN様

ステーシーズは、思えば、あまり小中学生が読むものではない気がしますが、気にしてはいけません。ただ、設定が鮮明に記憶に残った代わりに内容が定かじゃないので読みなおしたい。
そして、まさかの凄まじい辞書。何らかの魔道書か何かですね、まず間違いなく。手柄の七割方その辞書の仕業でしょう。
で、まあ、数多の猛者達が挑んで志半ばで折れた境地、薬師に女心を学ばせる、ですが、中途半端にやると余計悪くなるのでもう徹底的に行くしかないですね、全員で。
とりあえず、薬師の観念をひっくり返さないといけないんですけどね。娘扱いまっしぐらですから、ええ。


春都様

そう、百点満点です。芸人的な意味で。確かに人としては不安ですが。ただし地獄において世界史なんて関係ないので問題なしです。
算数と、文字が書ければ問題ないです。後は滾るパッションでどうにかなることでしょう。主に閻魔への滾るパッションで。
そして、どう考えても、「……私の苗字を如意ヶ嶽にしてくれっ」と言ったらまず間違いなく「ん、いいんじゃね?」と言うでしょう。
彼に婉曲表現は難しすぎる。直球か既にゴールしている位の勢いが必要なんじゃないかと思われます。


志之司 琳様

腰痛は死ねますからね。私も最近やばいです、まだ花の十代なのに……。整体に行くと結構変わるらしいですが。行く勇気はないです。
そして、世界史はまず間違いなく八、九割方李知さん目当てでしょう。世界史なんかよりも、大事なものがそこにあるんです。
回答はもう、駄目です。むしろ悪い点取って李知さんと補習したいぜハアハア状態なのかもしれません。もしくは普通にアホか。
薬師の教育は、もうあれです。全滅イベント系の敵を倒す並に困難。二週目三週目で互角にやれるレベルでしょう。まず間違いなく。そして、全滅イベントの敵は後々倒せますが、薬師の場合は倒せない。要するに初戦で倒す他なし。チートもやむなしか。









最後に。

マフラーで首締まれ。



[20629] 其の三十四 俺とロマンスはスコープの輝き。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5a23790e
Date: 2011/01/29 20:37
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 俺の仕事は、何も河原で石積みだけではない。

 学校の臨時講師と言うのもその一つである。

 実態は、半分用務員のようなものなのだが。

 まあ、なんだかんだと週一、もしくはもっと間が空きながらもたまに呼び出されるのである。

 学校が完成してから半年と少しが経過して尚、人手不足は深刻。

 そして、そんな中俺は胃に穴が空きそうな気分である。


「せ、先生っ、一緒にお昼どうですかぁっ」


 精神的な意味でなく。

 物理的な意味でだ。

 そう、銃ですぱーんと。

 ビーチェ、お前の瞳の輝きは、まるでスナイパーのスコープのようさ。















其の三十四 俺とロマンスはスコープの輝き。













 品行方正な問題児。それは彼女のためにある言葉なのではないか、と最近思う。

 優しくて、礼儀正しく、成績も悪くない。だがテロリスト。

 料理も上手くて、知識も豊富で、可愛らしい。だがテロリスト。

 事件で俺と関わっていたときは、一般人を装っていたが、事件も終わると自分を解き放つかのようにその力を遺憾なく発揮している。

 俺の勘が、びしびし伝えていた。

 彼女は暗殺に長けたよく訓練された優秀な女生徒である、と。

 暗殺に長けた女生徒ってなによ、と俺は自分の勘に突っ込みたいが、まあ、組織を抜けている以上テロリストと呼ぶにも語弊がある。

 と、まあ。

 何が語りたいのか。ここではっきりさせておこう。


「……日常生活から気配を消すな」


 そういうことだ。


「はい? な、なんでしょう」


 びくっと、眼鏡の向こうの瞳を怯えさせて、ビーチェは俺を見上げた。

 なんて小動物のような愛らしい動きであろうか。

 しかし、騙されてはいけないことに、彼女は気配を殺して俺の後ろに立つという所業をやってのけたばかりだ。堅気じゃない。

 気配察知に長けた天狗だから、近寄って来ていることは読めたが、恐ろしいのだ。

 想像してみてほしい。ひたひたと、何かが寄ってくる空気はある。しかし、そこにあるはずの影はない。

 そういうことだ。音と姿は同時に存在しているから安心できるのであって、片方だけ切り離してみると不自然極まりない。

 何かが寄ってくるのはわかるが、しかしあるはずの気配がない、というのはぞっとしないのだ。


「で、なんだっけ。昼飯だっけか?」


 それに、俺は何時彼女の機嫌を損ねたか、心ノ臓を狙われている身である。

 いつ暗殺されるか知れたものではない。


「お弁当作ってきたんですっ」

「……そうか、毒殺か」


 万感の思いを込めて、空を見上げる。


「えっと……、どうしました?」

「いや、なんでもない。行くか」



















 昼食は、つつがなく終わり、そして午後の授業が始まる。

 俺の受け持ちは、俺が教職を辞められない最もの理由として名高い、体育である。

 体育教師資格は、素手でサイクロプス倒せること、だ、というのは冗談としても、それくらいやってのけないと……。

 ほら、音が遅れて聞こえてくる勢いでバスケットボールの球が――。


「危ない、って――」


 俺に迫る茶球。

 それは俺の顔面へとまっすぐに飛んで来ていた。

 のだが。

 唐突に、破裂音。

 有体に言えば、銃声である。

 俺の脳裏にとある生徒のなが過った。

 ビーチェか。

 ばっと、俺はビーチェがいた方向を見る。

 予感は的中し、俺の視線の向こうには、ブルマに体操服、そして銃。

 そんなビーチェ。


「いや、……どっからだしたんだよ」


 俺の呟きはただ空しく響いた。

 ただし、銃で撃ちぬいたって球の空気が抜けるだけで――。


「ふぐぅっ」


 当たる瞬間がずれて俺に直撃しただけである。














◆◆◆◆◆◆◆◆













「先生……、寝てる」


 独特の香りが漂う保健室。

 そのベッドの上で、黒いスーツの男は寝息を立てていた。


『……鼻が痛いから保健室行ってくる』


 体育館を去り際に、薬師が残した言葉である。

 拗ねたように呟いて彼は体育館を後にした。

 授業は終わりかけだったので、片づけて終わり、ビーチェはその後を追った。

 そして、この様である。

 鼻を打って保健室で居眠りとはどういう風に結びつくのか。

 どう考えてもサボりだが、ビーチェは深く考えないことにした。


「保健の先生は……、留守でしょう、か……?」


 辺りを、きょろきょろと見回して、ビーチェは呟く。

 そこには暖かい空気が広がっているだけで、薬師以外の人間を見つけることは出来なかった。

 はたして、用事で外しているのか、そこで寝ている男のように怠慢か。

 ビーチェには決して判らなかったが――。


「二人っきり……」


 彼女にとってこの状況は、チャンスだった。

 恋心を抱く者、抱かれる者。抱かれる者は無防備に寝ている。

 恋する乙女の前で寝るという行為を薬師は何一つ分かっていなかった。

 そう、そんなのは。

 飢えた獣の前に生肉を置くことと同じであり。

 百人殺しの快楽殺人鬼を前に命乞いをすることと変わらず。

 亡者共の群れに身投げするのと同一である。


「先生……」


 薬師を見つめるビーチェの、眼鏡の奥の瞳はいくらか潤みだしていた。

 そう、ビーチェが獣なら、薬師は肉だ、極上の肉である。

 涎が、なんてものではない。それこそ喉から手が出る、だ。

 その上、ビーチェは思いつめるタイプだった。

 一人で思考を回転させ、愛を高めることが可能なタイプ。別名、病んでる。


「……っ」


 早まっていく心臓の鼓動。

 上がっていく熱を散らすように、ビーチェは薬師の頬に手を伸ばした。

 もう片方の手は、無意識に、自分の胸元へと伸びる。

 薬師の頬は、ひんやりとしていた。

 死んでいる。

 訳もなく、ただ、ビーチェの手が熱いだけ。


「せんせいっ……」


 一人ヒートアップするビーチェは、ベッドの上に。

 薬師を相手に馬乗りになる。

 恍惚とした表情で、ビーチェは薬師を見下ろした。

 しかしこの薬師、よく寝ている。身じろぎ一つしない。

 対するビーチェは薬師の頬に今一度手を当てて、その手を首元へと滑らせた。


「邪魔……、です」


 しかし、滑らせた手は、薬師のワイシャツに阻まれる。

 ビーチェはそれを、悲しげに見つめて、一度手を薬師から離す。

 そして、今度は薬師のワイシャツの襟もとに手を伸ばすと、迷うこともなくそのボタンを外し始めた。

 ボタンなど……、ボタンなど――、荒ぶる乙女の前には一重に風の前の塵に同じ。

 まさに砂上の楼閣。あっさりと薬師のワイシャツは前開きになり、ビーチェの前にそれを曝した。


「わ……」


 それを見た、ビーチェの頬がにわかに赤くなる。

 いや、それはおかしい。と、脱がしたのお前だろう、と突っ込む者すらいやしない。

 薬師は眠り続けている。突っ込みは不在。

 そして、ビーチェは薬師の胴に手を這わせた。

 それにしてもこの薬師ぴくりともしない。

 おかげさまでビーチェのテンションも、水を差されることなくマックスである。


「せんせぇ……」


 彼女は、切なげに声を上げると、薬師の胸板に頬ずりした。

 そして、首筋にキス。


「んっ……、ちゅ……」


 それはもう思い切り。キスマークが残るほど。

 そして、ゆっくり数秒吸いついた後、彼女は離れ、的を変える。

 薬師の唇に、己のそれを、ゆっくりと近づけた。

 そんな時である。


「……んあ? ……おはようさん?」


 世界で一番空気の読めてない天狗が目を覚ました。
















「ふと目が覚めたら、教え子にベッドの上で拘束されていたんだが。まあ、長い人生そんなこともある、のか?」


 普通はない。

 そして、実はビーチェ、ベッドの上のフレームにシーツを引っかけて、薬師の両腕を縛っておいたのである。

 実に自然に、半ば無意識に。


「で、なんなんだこれ。なんだあれか、生命の危機か」


 どちらかと言えば、貞操の危機である。


「あっ……、あわわわわっ! せ、先生っ!!」


 微妙に寝起きで、ぼんやりしている薬師に、すごい驚くビーチェ。

 さっきまでやっていたことからしてもう言い逃れ不能確定状態なのに。

 そして、からんと音を立てて、ナイフが落ちる。


「わーお、そうかナイフでざっくりか。二度目だ」


 薬師は知る由もないが、ビーチェは武器を握ると安心する方である。お守り代わりだ。めったら物騒なサバイバルナイフが。

 そして当然、先ほどのビーチェのターンにおいても、懐に手を伸ばした瞬間、無意識に懐のナイフを握っていたのである。

 既に刺された経験のある薬師としては冷や汗ものだが。


「そっ、そのっ!! 違うんですっ!」


 しかし、何が違うというのか。

 もうどちらにせよ、痴女か、暗殺者の汚名からは逃れられないと思うのだが。

 視線をぐるぐるとさまよわせ、必死に言い訳を考えて、ビーチェはぽろっと口にした。


「僕のいた国では普通なんですっ!!」


 どんな国だ。


「……そうなんか」


 そして、寝起きの薬師は考えない。

 こうして、薬師の中のイタリアの名誉は汚されたのだった。


「変わった民間療法だな」

「はははいっ、僕も父によくしてもらいましたっ!」


 性的虐待を受けていたビーチェとしてはかなりギリギリで皮肉い言葉である。


「んー……、まあ、とりあえず落としたナイフを回収してくれ、見た目が危ない」


 はたしてこの場に侵入した者がいかようなことを考えるだろうか。

 十中八九、殺人未遂、だ。

 通報されかねない、と思っての薬師の言葉である。

 確かに、的確な判断であったのだが。


「あ、はい」


 確実にそれは間違いだった。

 ビーチェが、落ちていたナイフを拾う。

 瞬間、沸騰していた思考は冷え、冴えわたる。

 ちらり、とビーチェは横目で薬師を見た。

 薬師は腕を縛られていて、身動きが取れない。

 ビーチェの脳裏によぎった言葉は実に簡単だった。




 ――起きていること如き、何するものぞ。




「先生っ……」


 対する薬師は堪ったものではなかった。

 ナイフを持った少女がこちらをただならぬ空気で見つめている。

 まるで獲物を見つめる鷹の瞳。

 薬師でなくとも、ぞくりと、背筋に来るものがあった。

 薬師の生存本能は、正しく働いた。


「お兄さんは急用を思い出した」


 ぎりぎりと、両腕を思い切り下へ。

 ただし、シーツは思ったよりも頑丈だった。

 はたして何らかの魔術付加でも付いているのかと思うほどに頑丈だった。

 しかし――、ベッドはそうでもなかった。

 フレームが、べぎん、と音を立てて折れる。


「……これ、弁償か?」


 こめかみに汗を一つ垂らしながら、


「俺しらね」


 薬師は逃げることにした。


「あっ、先生っ……」


 天狗の本気に追いつけるはずもなく、ビーチェを置き去りに、薬師は窓から飛び去った。


「しかし一体なんだってんだ……」






 知らぬは薬師ばかりなり。














「薬師様。何故手首にシーツを巻いて……」

「俺にもわからん」
























―――
前回が前回だったので、今回は当分は少なめで。
ビーチェはなんとなく視点を変えた方が映える気がします。






返信。


zako-human様

書いてる私も発狂寸前、もしくは既に発狂済み。
書いてる途中で気分転換に外にコーヒー買いに行きました。しかし終わらぬ無間地獄。
そしてこれからもゲロ甘い感じで発狂死するかしないかの限界バトルが確定済み。
糖尿病で死ぬかもわかりませぬ。


とおりゃんせ様

お久しぶりです。ええ、前回は全開だったというか、全壊でした。
とりあえず砂糖にガムシロップ付けて生クリーム掛けたみたいです。
きっと微熱で頭がどうかしていたんです、きっとそうです、多分そうです。
頭がどうかしていなくてもあんなものが書けた日には素でどうかしているという証明なのできっとそうです。


奇々怪々様

第一、年齢でいったらおばあちゃん以上が何人いると言うのか。あと、閻魔がいる前で言ったらダブルアタックです。
そして、自分ですら何を言っているのかわからないであろう由比紀。暴走する定めなんです。きっと。
で、薬師の耳かきは加減を知らないんです。じっくりねっとりやるんです。いつしか耳から血が――。
しかし、薬師からツンを取ってダルと愛だけが残ったらそれはもうどろっどろに甘いことになりそうで恐ろしい限りです。


黒茶色様

一撃目は蜜柑の食べさせ合い。まさかの由比紀で甘酸っぱい攻撃でした。
二撃目はマフラーカップル巻き攻撃。どう考えてもカップルです本当にありがとうございました。
で、とどめで憐子さんによる新婚夫婦モード。よく考えてみればオーバーキル。私のHPもマイナス切りました。色んな意味で。
しかし、メイドさんですか……、よろしい、あれです、私のヒットポイントバーは三つくらいある方向で。


恣意様

とりあえず書きたくなったら書き散らすのが信条です。勢い任せで書き散らした時ほど濃いものが飛び出しますが。
しかし、千年ものの初恋ってある意味凄まじいです。もしくは千年目にして初恋とか、もう恥ずかしいのなんの。
実ってしまいましたが、実るまでに要した時間、実に千年超という果てしなく気の長いお話です。
前さんエンドに関しては、メインヒロインなのでもったいぶってる所があります。空気的にトリじゃないと駄目かな、みたいな。


通りすがり六世様

メインは玲衣子です。それは間違いなく。ただし、由比紀の登場シーンは私の頭の中の構成では精々五十行位でした。
玲衣子さんは、他の人とは空気が違う感はありますね。しっとりしてるのがしっくりくる貴重な人です。
しかし、憐子さんの次、ですか。現在指が暴走状態にあるので後もう一本くらいは行けそうな行けなさそうな。
ともあれ、結局永遠に二人はあんな感じなんでしょう。好き嫌いというより、一番落ち着く的なものが。


ukk様

はたして、フラグは今十何本目だというのでしょうか。旗をそんなに集めてどうしたいのか。立てたことにすら気が付いているのか。
そろそろ回収してあげてもいいんじゃないですかね。権力者が味方なんだからまとめてもらってしまえばいいと。
そして、むしろ薬師で綱引きをすればいいんじゃないですかね。で、取れた部分は取った人のものと言うことで山分け。
番外編は、結局薬師は憐子さんに勝てないことが確定してデレ期到来。何が変わったかと言えば、多分薬師のデレ期が頻繁になるんだと。


春都様

冬と言えば、こたつと、蜜柑、あと防寒具。こたつはにゃん子専用なのが確定済みなので由比紀は蜜柑です。
まあ、でも由比紀の方は今回前座のようなものなので地味なのは仕方がないです。特にそういう雰囲気でもなく普通に帰って行きました。
玲衣子さんは真打過ぎてやばい。冬は玲衣子さんの独壇場か、と思うほど獅子奮迅です。
番外編は、この薬師もうだめだ。遂にダム決壊、みたいな感じで。結局憐子さんに負けました、という。


志之司 琳様

プロポーズは、薬師の正気がうすかったら成功するようです。ただし、薬師の正気度はかなり高い、と。
むしろ基本的に正気じゃないから、そこから混乱状態にするのが困難なのかもしれません。狂気の沙汰すぎる。
そして、前回は玲衣子さん編だけで更新しようと思っていたら暴走していた不思議。気がついたら更新可能の状況に。そして見切り発車。
他の方々は、テンションが上がったら書きます。現在色々とあってボルテージマックス状態にありますが。











最後に。

ストーカー、その他犯罪行為はやめましょう。





[20629] 其の三十五 俺と不調。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:16f92579
Date: 2010/11/21 23:05
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「よお」


 あるアパートの玄関。

 俺は扉を開けた先に閻魔を見る。


「ああ、こんにちは薬師さ……ん」


 彼女は、突如として俺のもとへと倒れこんできた。


「あ、おい。どうしたんだ、全く……」


 閻魔の体は、やけに小さく感じた。











其の三十五 俺と不調。











「寝てろ」

「……はい」

「しかし、閻魔が不調って不味いんじゃないのか?」


 閻魔の寝室にて。

 閻魔はベッドの上で上半身を起こした状態で俺を見ており、対する俺はベッドの横に立ち、彼女を見下ろしている。

 その閻魔の顔色は、やはりよくない。


「ああ、いえ、原因は分かっているからいいのです」

「なんだよ」

「無理に世界を広げようとした揺り戻しですね」

「んなことしてたんかい」


 俺は呆れたようにぽつりと呟いた。

 確かにまあ、流石の閻魔と言えど、いや、閻魔だからこそ、地獄の状況に直接影響を受けるのか。


「まあ、とりあえず無理すんな。寝てろ」


 桃色のパジャマ姿の閻魔の頭にぽんと手を置き、俺は言う。

 閻魔は、上目遣いで俺を見上げた。

 どうしたのか、と怪訝そうに見る俺に、閻魔は言う。


「薬師さんが優しいです……」

「なんだ」

「いえ、いつも意地悪なので。ひにゃっ」


 あんまりな言い草に、俺は閻魔の頬をつねった。ぐにぐにと。


「俺は常に優しいぞ。それはもう驚くほどにな」

「ひはい、ひはいへふっ」


 抗議の声に、俺はぱっと手を離す。


「やっぱり薬師さんは薬師さんでした……」


 恨めしげな涙目で、閻魔は俺をにらみつけるが、怖くもなんともないので俺は黙殺した。


「ま、ゆっくり休め。全力全開で休め、本気で休め」

「それは難しいと思います」

「そこは、善処しますと言っておけばいいんだよ」

「そんな無責任な政治家みたいな」


 苦い顔をする閻魔の額を俺は手のひらで押す。

 閻魔は、そのままベッドの上に転がる。


「い、いきなり何するんですか」

「寝ろ」


 それだけ言って、俺がいちゃ落ちつかんだろう、と俺はそこを後にした。


















「……そこだっ」


 舞い散る米。踊る鉄鍋。

 香ばしい香りを漂わせているのは、俺が現在作っている炒飯だ。

 俺は、横に置いてあった皿を掴むと飛び上がった炒飯をそれで受け止めた。


「ちょっと零れた気がするが……、気のせいだ」


 ぼそりと言って、俺は閻魔の寝室の扉を開けた。


「飯だぞー」


 ベッドの上では、やはり閻魔が上半身だけを起こしていた。


「寝てろと言った気がするが」

「先ほどまでは寝てたのですが」

「まあいいや、ほれ飯」


 俺は、炒飯の乗った皿を差し出すようにして閻魔に見せる。


「ありがとうございます」


 閻魔は、そう言って手を伸ばした。

 が。


「ほれ、口開けろ」

「あ、はい。……はい?」

「そのまんまの意味だが? む……、もしかして不調で聴力もきついのか? 口開けろって言ったんだが」

「えっと、自分で食べられますよ?」

「立つのも辛いくせに」


 ジト目で俺が見つめると、さっと閻魔は目を逸らした。

 俺は強引に突き入れることにする。


「ほれ」

「んっ……! あ、あつっ、熱いです」

「そいつは悪かったな。次は気をつける」

「そ、そうじゃなくて、いきなり何するんですかっ!」

「飯を食わせようとしているんだよ。一目瞭然。もしや……、視力も」


 こいつは重症だ。

 少し炒飯を覚ましてから、二口目を閻魔の口に突っ込んだ。


「むぐっ……」

「味は大丈夫か?」

「おいしいですよ。私よりずっと上手いのが少し恨めしいですが」

「諦めろ」


 閻魔が料理に目覚めたら世界が危ない。

 諦めて健全な炒飯を食べるんだ、と三口目を俺は閻魔の口に入れる。


「ん」


 閻魔も遂に諦めたらしい。

 素直に俺の炒飯を受け入れて、口を動かす。

 そして、不意に気になって、俺は皿を置くと、閻魔の額に手を伸ばした。


「や、薬師さん?」

「熱は……、ない、いや、熱いな」


 突如熱くなった感じがしないでもないが、どちらにせよ好ましくない。

 なんて考えていると、閻魔から抗議の声が上がった。


「あ、あ、貴方のせいですから問題ありませんっ!」

「俺のせいってどういうこった」

「知りませんっ」


 ぷい、と閻魔はそっぽを向いた。

 俺は炒飯を食わすため、向かれた方、いわゆるそっぽの方、ベッドの逆側に回り込む。


「そい」


 油断していた閻魔はあっさりとそれを受け入れることとなった。


「むぐっ……、乱暴にしないでください」


 涙目で見上げられ、少し反省。


「じゃあ、そっちも気張らず受け入れてくれ」

「もう、諦めることにします」


 溜息とともに、閻魔は言葉にする。


「しかし、しかしですね」

「どした?」


 突如俯く閻魔。


「確かに、嬉しかったりするのですが……、ですが」


 ぱっと上げられた顔は真っ赤かつ、涙目であった。


「どんな拷問ですかあっ!!」


 閻魔は吠えるが、俺は黙殺した。






















 そうして、時刻は夜。

 閻魔に夕飯を食べさせた後、俺はソファの上で寝転がって、本とゲームで時間を潰していた。

 今日は閻魔の家に泊まることにしたのだ。

 家には既に連絡済。


「しかし閻魔も困ったもんだ」


 他に誰もいない部屋に俺は呟く。

 本当に困ったものだ。仕事熱心なのはいいが、熱心すぎる。

 そして、少し閻魔の寝室の方を見て、俺は本に視線を戻した。

 右から左にじわじわと視線を走らせて、頁を捲る。

 ふと、そんな瞬間。

 がたっ、と何かが落ちる音が響いた。

 出所は、閻魔の寝室である。

 どうしたのだろうか、と俺は立ちあがり、閻魔の寝室の扉を開いた。


「何をやってるんだ」


 そこにあったのは、舞い散る紙、紙、紙。

 書類とおぼしきものが宙を舞っている。

 音の原因としては、その紙をまとめていたであろう巨大なファイルが地面に転がっていることからして、明らかだ。

 そして、閻魔は気まずそうに眼を逸らした。


「ま、まだ、何もしてませんよ?」

「何しようとしてたんだ」


 俺は半眼で閻魔を見る。

 まだ、なにも、ということはその先に何かしようとしていたわけだ。

 不調なのに。仕事とか、仕事とか仕事とか。


「別に、何もしませんよ、本当……、ですよ?」


 ちらちらとこちらを見ながらの言葉に信憑性はかけらも見当たらない。

 嘘が下手なことこの上ない。


「閻魔が嘘吐いていいんかい」


 言えば、閻魔は非常に言いにくそうにしながら口にした。


「少し、書類の整理をですね……」


 また、この閻魔は……。

 仕事大好きというか仕事しないと生きていけないというか、止まることを知らないマグロかなにかなのか。


「あの……、薬師さん?」


 閻魔は不安げに俺を見ている。

 俺は、無言。

 無言で閻魔の肩に手を乗せて――。


「薬師、さん?」


 潤んだ瞳で首を傾げる閻魔を押し倒した。


「えっ、ややや、薬師しゃんっ、一体何を……!」


 押し倒した閻魔の顔は相変わらず熱い。頬に当てた手は熱を感じている。

 なんとか抵抗しようとする閻魔はいつになく弱々しかった。


「そ、その、ですね。別に、いやではなくて、逆で……、でもその、心の準備と言いますか、ああ、でも貴方が本当に望むなら……」


 俺は何事かを呟く閻魔に、きっぱりと言い放った。


「寝てろ。寝ろ。いいな? 寝るまでここを動かんからな?」

「……え?」

「寝ろ」


 有無を言わせず俺は告げた。


「えっと……、はい」


 仰向けに寝ている閻魔を、俺は至近で見下ろしている。

 しかし、頷いた閻魔は目を瞑る様子を見せない。

 ただ、潤んだ瞳で俺を見つめている。というか本日ずっと目が潤んでいる。不調のせいか。

 そして、数十秒。


「……いや、寝ろよ」

「寝れるわけないじゃないですかっ!!」


 間髪入れずにそう言われた。何か不味いことがあったろうか。


「第一ですね、どうしてこんなに貴方は優しいんですか」


 俺が見たのは、閻魔の呆れた顔。


「意地悪なんじゃなかったのか?」

「貴方は本当に天邪鬼ですね、はあ……」


 閻魔は、困ったように溜息を吐く。


「わざわざご飯を作りに来てくれて、家事をこなしてくれることのどこが優しくないんでしょうか」

「意地悪な所?」

「聞かないでください」

「知らんよ」


 俺が言えば、不意に閻魔は沈んだそれに、表情を変える。


「あちこち足りなくて、足りるように頑張ってみても、結局体調管理もできてないような者にまで憐みを与えるのは――」


 いつもより、閻魔が小さく見えたのは、きっと不調のせいだけではない。

 なるほど、何もできないダメな奴だ、と自己嫌悪に至った訳か。


「黙れ」


 俺は、そんな閻魔の口に、指を当てて動きを止める。


「……怒るぞ」


 じっと、俺は閻魔を見る。

 閻魔も、こちらを見返している。

 別に閻魔がすごいから世話を焼いているわけじゃない、だの、別に体調崩したっていいじゃねーか、とか、そもそもそんなに悪くあるまいよ、とか、言いたいことはあった。


「いいかね。俺は意地悪で天邪鬼だからお前さんの言うことは聞かない。やりたいようにやらせてもらう」


 だが、言っても無駄だと思ったので。


「――いやだと言っても世話を焼く。直視できんほど落ちぶれたって行くからな」


 閻魔の言葉など無視することを、きっちり示した。


「……薬師さん」


 閻魔は、俺の名前を呟き、再び黙りこむ。

 そして、不意に口にした。


「寝ます」

「そうしろ」

「……少しだけ、少しだけでいいから」


 溢した言葉は、か細くて弱々しい。

 彼女は閻魔だ。そして美沙希である。


「手を……、握っててください――」


 俺は、ため息交じりに苦笑。

 そして、そのまま言葉にした。


「お前さんの命令は聞かないよ。だから握るなって言えば勝手に握るんだ」


 閻魔は、少しだけ笑う。


「そうですか。じゃあ、握らないでください」

「なら握る」


 ベッドの上、布団から少しだけはみ出した手。

 俺はそこに、己の手を重ねた。


















「……寝たか」


 閻魔は、穏やかに寝息を立てている。

 しかし、流石に、こんな時間に女性の寝室にいるのは不味いだろうか。

 考えて、俺は立ちあがろうと試みる。

 が、不可能であった。

 思い切り、強く手が握られている。

 振りほどこうとも、思わない。


「まあ、いいか」


 そう、閻魔は少しだけでいいと言っていた。




 閻魔曰く、俺は天邪鬼である。





















―――
というわけで三十五。



しかも、今回ももう一本あります。
くそ……、静まれ俺の腕……!!







返信

SEVEN様

遂にやってしまいました。完全に私のミスです。ごめんなさい。本当に申し訳ありません。普通に一個飛ばしてました。全力でお詫びいたします。

前回。

今回の薬師も正気がブレイキンです。詳しくはあれですが、遂に藍音さんにやられました。ボロ負けです。
とりあえず、書き終えた私としてはそろそろ自転車で走りだしたくなるころ。夜ですが、きっと頭が冷えて丁度いい。
結局いつもと変わらないと見せかけて、薬師のデレですからね。なんでこうなったのかは私にもさっぱり。
今までのが今までなだけのギャップなんでしょうかね。薬師のデレ空間は。

今回。

暗殺において無敵ですが恋にはまったくなんらいっさい関係ないという空しさが存在しております。
そして、どこに経っても、どこまで行ったとしても――、薬師が悪い。これは変わらないと思われます。
むしろ、薬師が悪い。すべての元凶はきっと薬師の仕業なんですよ。
薬師なんて銀髪メイドさんとひたすらいちゃいちゃしてればいいんです。


春都様

ビーチェ――、末期。末期です。もう駄目なんです。病んでます。
どうしようもないレベルに達してますね。そろそろ使い終わった割り箸とか収集し出すころだと思いますよ。
ランクアップすると拉致監禁に行くんです。多分。そんで最終的には包丁がずばばばーんと出てくるんです。
いっそそのくらいいっちゃっても問題ないかなと思うあたり薬師も末期です。


黒曜石様

今のところ新キャラの予定はないですからね――、と言おうとしたらあった。別に薬師のじゃないけれど。
ただし、ビーチェはやっぱり相変わらずです。もしかしたら末期度合いがレベルアップかもしれないですが。
まあ、そんなに毎話キャラが変わっても困ってしまうので、通常通り末期のビーチェです。
ある意味、ビーチェも最初と今では百八十度変わったような気がしないでもないですが。


奇々怪々様

その内狙撃されますね。九十九.九パーセントの確率で。すぱーんと。で、撃たれてビーチェの家に連れ込まれる、と。
ビーチェはね、テロリストでも構わない、と言ってくれる人と一緒になるべき。……薬師くらいか。頑丈だし。骨折は三日で治りますし。
そして、今回薬師珍しくね、番外で空気読みました。読みましたが、読んだら読んだら呼んだで始末に悪い。不思議。
そして、イタリアにはもう行けないです。


代官様

世代じゃない、というかやってたらいけない年代なのですが、聞いたタイトルのフレーズが未だに心に残ってる不思議。
なんで心に残ったのかは自分でもわからないという。
しかもどこで聞いたのかすら定かでなく、何なのかもよくわかってなかったりして。
でもタイトルが心中に刻まれてる不思議な作品です。


志之司 琳様

友人と馬鹿なことを喋っていたら時間が経過、は結構よくあります。沖縄と北海道は通販会社から日本扱いされてない、琉球と蝦夷だな、と話してたら三十分経過とか。
とりあえず、ビーチェは、内面を写した方があれなので、これからはビーチェは三人称でよく出てくることになるんじゃないでしょうか。
随分病んでますから。PTSD的な。戦場帰りの。ビーチェに平和は似合わないんです。後、イタリアには足を向けて寝られません。
そして、指、暴走しました。暴走しすぎです、指。スパロボのエヴァじゃないんだから自重しろと。


黒茶色様

まあ、境遇の割にまともに生きてるんじゃないですかね、ビーチェも。境遇の割に。
そして、誠に遺憾ながら――。マジなんです。本気なんです。全力がブーストでハイテンションだったんです。
既に完成済みなんです。私の予想すら飛び越えて疾く速く完成してしまいました。
メイド服と黒いガーターベルトとニーソを送る必要はありません。いつか必要な時が来たらつかってあげてください。


通りすがり六世様

閻魔組……、閻魔、由比紀、春奈、愛沙、李知、と五名ですか。まあ、あれなんですけどねっ。結局最終的にはみんな書くんですけどねっ。
牛若さんは、早く再登場させたいです。しかし、どこで出したもんだか。
ビーチェに常識は――、薬師に色恋よりはましだと思います。きっとまだ楽に行けるんじゃないかと。
ただ、薬師が被害を被るならいいぞもっとやれ。と。








最後に。


そろそろ発狂します。また発狂します。



[20629] 其の三十六 俺と隣の家事情。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6140b4cf
Date: 2010/11/27 22:58
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 はたして、どれくらいの数がいるのか知らないが、俺と同じ価値観で猫を知っている者に聞いてみたい。

 猫に背中を駆け上られたことはあるだろうか。

 俺はある。

 薄い服を着ていると、駆け上られた際爪が突き刺さる恐ろしい所業だ。

 まあ、幸いなことに、にゃん子は昔から巧妙に駆け上る。

 人体に痛みを与えず、服に綻びを与えず、だ。

 伊達ではないらしい。

 しかしである。


「ぬおうっ」


 いきなり知らない猫に背を掛けあがられては、流石の俺でも吃驚する。

 愛沙の家へと向かう時の、昼の出来事であった。












其の三十六 俺と隣の家事情。











 鍵は開いている、と前もって愛沙から聞いていたので、俺は不躾にそのまま家に入った。

 我が家や、玲衣子宅とはまた違った、普通の家である。

 言うなれば、サザエさん。


「二人で住むにゃ、ちょいと広い気もするが」


 ぽつりと呟いてみるも、人様のお宅事情に口を出すものでもない。

 広いと広いで、掃除の手間がかかったりと、悪いこともあるのだが、どうしようもないほどそれが気に入らないなら引っ越すなり立て直したりするだろう。愛沙のことだ、それなりに稼いでると思われる。特許とかで。

 そして、見知らぬ猫は俺の頭の上にいる。

 まさか、にゃん子以外の猫に、突如頭の上に乗られるとは思っていなかった。

 人の家に猫を、しかも外にいた猫を連れ込むというのは褒められた真似ではないのだが、しかし、退けようとすると、この猫は爪を立てるのだ。

 流石に、俺はその痛みを楽しむほど痛覚を嗜む人間ではない。

 禿げたら一体どうするんだ。

 ともあれ、退けようとすれば爪を立てられるため、俺は仕方なく、愛沙宅に入ることにしたのだ。


「よう」

「あ、やくしだ」


 居間に入った俺を見たのは、春奈である。

 ソファの上でテレビを見ていた彼女は、俺を振り替えるなり立ちあがった。


「ねこだっ。でも……、にゃんこじゃない?」


 そうやって、首を傾げる少女が、俺がここにいる理由である。

 『今日はどうしても仕事で遅くなるので。春奈に夕食が……』というのは愛沙の言だ。

 どうやら最近忙しいらしい。春奈のためにも五時くらいに帰るようにしているらしいのだが、今日に限っては、ということだ。

 『んあ? じゃー、俺がやっとくぞー?』というのは俺の言である。

 愛沙は躊躇いがちに『いいので?』と、聞いてきたので俺は即座に頷いた。

 これが、今日の朝河原で交わされた会話だ。

 その時は、仕事が終わる夕方に行こうと思っていたのだが、この通りだ。

 ちなみに、午後からの仕事はなくなった。石に不純物が混入だので、云々らしい。石に怨念が混じるとか。


「んー、さっき道端で懐かれてな」


 俺は、頭上のそれを指差し、言う。

 春奈は、それを聞いて俺を指差した。


「行きずりのかんけいだー」

「いや、んなこたーない」

「じゃあ、ほんき? にゃんことのことは遊びだったの?」


 相変わらず、教育上不適切な言葉を覚えているな、春奈は。

 俺は心中で嘆息し、口を開く。


「いやいやいや、頭の上の猫とはそこまでの関係じゃ」

「んー……? そなの?」

「そうなの」


 流石に、先ほどであったばかりの猫とただならぬ関係、いや、ただれた関係とも言える何かにはなりたくない。

 俺は、こいつとは関係ない、と頷きを返した。

 春奈は、俺の頭上の猫に興味津津である。


「にゃーっ」


 言ったのは、猫ではない、目の前の春奈だ。

 基本的に、春奈は猫が好きである。

 うちの猫、もといにゃん子が逃げ出すほど構い倒す勢いである。

 生き物全般が大好きなのだ。好かれる方はいい迷惑らしいが。


「ところで春奈さんよー、あれ、なんだ?」


 ふと、俺は気になって居間の机の上を指差した。

 気になったのは、一つのぬいぐるみである。

 そのぬいぐるみ、ただの熊のぬいぐるみなら気にならなかったのだが、腹から綿がはみ出している。

 まさに腸。


「あ……」


 俺の指の先を見て、春奈は肩を落とした。

 もしかすると、不味いことを言ったか、と少々不安を感じる俺に、若干沈んだ声で春奈は言う。


「わたしが、あの子と遊んでたら、はみだしちゃったのよ」

「ははぁ」


 分かりにくい言葉ではあったが、なるほど、ある程度理解が及んだ。

 詳しい経緯までは知れたことではないが、そのままだ。

 春奈はこのぬいぐるみで遊んでいたら、壊してしまった、それだけのこと。

 春奈は馬鹿力である。そして、その加減を知らない。

 力いっぱい抱きしめれば、布は破れ、綿は飛び出すだろう。


「なるほど」

「お母さんは新しいの買ってくれるって言ったけど……」


 言葉にした春奈の顔にも、声色にも、そして、俺のスーツを掴んだ手にも、未練は見て取れた。


「わたし、……あの子がいい」


 視線の先、無残に腸を曝した熊が、ボタンの瞳で俺を見つめていた。

 俺は、溜息を一つ。


「確か……、入ってた気がするが。うわ、何年だしてねーんだろ、錆びてないか?」


 ポケットの中に手を突っ込む俺。

 がさごそと、とあるものを探す。

 俺の指に引っかかったそれは、裁縫道具と言う。


「やくし、なにするの?」


 俺を見上げる春奈は、不安げだ。

 正直、似合わない面だ。春奈はいつも阿呆のように笑っているのがいい。


「まあ、有体に言えば直す」


 ここ数年使っていない、入ったままだった裁縫道具。出してなくてよかったぜ、もとい、備えあれば憂いなし、だ。

 似た色の糸も偶然ながらあった。


「えっ、直るの?」

「期待はすんなよ。所詮素人、見栄えはそこそこ悪い」


 言いながらも、俺は針に糸を通す。

 素人だが、憐子さんの生前は、裁縫の類すら俺の仕事だったのだ。憐子さんが一切家事をしないから。

 故に、素人並みにこなして見せよう。

 こんな俺でも、半返し縫い、本返し縫い、並み縫い位はできるのだ。


「うんっ、いいよ!」


 勢いよく頷いた春奈の期待に応えるため、俺はぬいぐるみを手に取った。


「なかなかのぱっくり具合だ」

「直る?」

「まあ、縦に裂かれてるのを塞ぐだけだ」

「やった」

「気に入ってたんか?」

「うん」

「そか」


 俺は、手に取った熊に針を差し入れる。


「ねえ、次は壊れない?」

「壊れるな」

「どうにか、なんないの?」


 本人は壊したい訳ではない。しかし、壊してしまう。


「ならないな。壊れないものなんてねーんだ。乱暴にしたら、すぐ壊れちまうよ。ぬいぐるみも、ガラス細工も友情愛情その他もろもろ」

「でも、わたし壊しちゃうから」

「まあ、だから直すんだろ。直せる限りな」

「うん」


 ちくちくと、俺は熊を縫う。

 そもそも、服を縫うわけでもなく、裂け目を塞ぐだけで、ある程度見た目に目をつむれば簡単な仕事である。

 なんとかなりそうだな。と、俺は考えたあたりで、どんと、春奈が背中にぶつかった。


「ねえ。やくしは壊れないよね?」


 うひゃあ、針が指を貫通したひゃっほう、すごい痛いんですけど何この拷問。


「壊れるさ」

「うそ」

「本当だ」

「うそだよ」

「まじ」

「だって、わたしが本気でも、こわれなかったもん」


 春奈は、俺のすぐ横に寄りかかってむくれて見せた。


「まあ、人より頑丈だからな。でもまあ、壊れるときゃ壊れるかもしれんから、優しくしてくれ」

「ん……」

「ただ、まあ、頑丈だから、そうそう壊れんよ。だからお前さんは、俺で練習していくといい。壊さないように」

「うん」

「できたぞ」


 俺は、完成したキズあり熊を春奈によこす。

 受け取った春奈は、その熊を見て、喜びを表情で示した。

 喜色満面、それを俺に向けて口を開く。


「ありがとっ!!」

「どういたしまして」


 言って、俺はソファの背もたれに全体重を掛けた。

 熊を見ていた春奈も、俺の隣にぼすんと音を立てて座る。


「……うれしい」

「そいつは直した甲斐があるというものだ」












 夜。

 夕飯を春奈に食わせた後、風呂に入らせ、俺はその間ソファでぐったりとしていた。

 別に疲れたわけでもないが、やることもなかったのだ。

 一緒に入ろうとせがまれた時は流石に疲労したが。

 猫は、まだいる。


「お前さんも物好きだね」


 机の上に乗って、置物のようにしている猫に俺は呟き、その瞬間春奈の快活な声が響き渡った。


「上がったよーっ」


 そうして、言うなり春奈は俺の横に腰を下ろした。

 乱暴に座る春奈に抗議するように、ソファがぼすんと音を立てる。


「お前さん、ちゃんと着替えるべきだ」


 言って、俺は半眼で春奈を見つめた。

 まだタオルを巻いているのは教育がなっているということなのだろうか。

 しかし、その格好は季節感も相まって、あまりよろしくないと感じられる。

 そう思って、俺はふと口にした。


「しかし、最近本当に寒くなったな」


 しみじみと。まあ、毎年そうなのだが、呟いてしまうのが人の性。

 すると、拗ねたように春奈は言う。


「わたし、寒いのはきらいよ」

「そうか」

「――さみしくなるから」


 その言葉は、春奈にしては多分に哀愁を含んでいた。

 暑い日も、寒い日も一人で過ごしてきた春奈にとっては、寒々しい空も、孤独の象徴なのだろうか。


「そうか」


 しかし、春奈は不意に表情を明るくした。

 体ごとこちらを向いて、


「あ、でも、やくしは好き。あったかいから」


 抱きついてくる。


「そいつは光栄だね」


 俺は肩をすくめて呟いて、なんとはなしに考えた。

 今度お隣さんでも誘って、温泉でも行くかね。
















 がちゃり、と扉が開く音が響いたのは、夜の九時頃。

 既に春奈は、俺の膝の上で寝息を立てていた。


「おかえり。お疲れさん」

「た、ただいま……」


 瞬間、春奈がむくりと起き上がる。


「……おかえり」


 そして、またぱたんと倒れた。


「眠って……、いるので?」

「帰ってくるまで、起きてるんだそうだ。結局、達成したんだかしてないんだかのところでこの様だが」

「そうなので」


 言うなり、愛沙は肩に下げていた鞄を机に下ろす。


「ところで、それは?」


 そして、下ろした先にとあるそれを見て、彼女はそれを指差した。


「猫だ」

「知っているのだけれど」

「猫だ」


 そう、猫だ。

 春奈が構うから、もうほっといてくれよ、と言うかのように脱力している。


「なぜ」

「俺から離れなかったんだ。猫、だめか?」


 聞けば、冷たく口を開く。

 冷たく見下ろされた猫は、自分は何かやらかしたのか、と不安げに愛沙を見上げる。


「猫などと言う身勝手な生物に些かの興味もないので」


 そうか、猫あんまり好きじゃないのか。

 しかし、嫌いではなく、興味がない、と彼女はいい、追い出せとも言わなかった。


「とりあえず、春奈置いてくるわ」


 俺は、そう言って立ちあがると、春奈をベッドに置いてくることにしたのだった。









「……」


 春奈をベッドの上に置いて、俺が戻って来た時、俺が見たのは。


「お前さん、本当は猫大好きだろ」


 鰹節を食べる猫に、緊張した面持ちでその細い指を伸ばす愛沙の姿だった。


「ち、ちがっ……」

「お前さんのその手に握られてるのは猫用鰹節。通常の鰹節が猫には塩分高すぎる、という気遣いの代物だ」


 まあまず、猫を飼っていない、


「一般家庭には早々置いてない品だ」


 愛沙はどんだけ猫好きなんだよ。

 ぱっと、こちらを見た、愛沙はまるで絶望したかのような表情。

 恥ずかしがるこたないと思うのだがね。

 例え嫌いと言ったすぐそばから、頬を赤くして、慈愛の表情でちっちっち、と言っていたのだとしても。


「……」


 無言の時が過ぎる。

 愛沙の顔を見れば、真っ赤。

 こちらが恥ずかしくなってくる。


「別に私は猫など――、け、毛ほどの興味も」


 まだ言うか。しかも、言葉の途中、猫に足に擦り寄られて頬が緩んだぞ一瞬。


「……まあ、いいか」


 俺は追及をやめにした。

 これ以上は泥沼だ。

 俺は黙りこくる。

 すると、わざとらしい咳払いが聞こえた。


「こほん。ところで」

「なんだ?」

「あの熊、貴方が直したので?」


 その言葉は、春奈のぬいぐるみに対してであろう。

 先ほど、春奈が抱きしめていたぬいぐるみを見て判断したのか。なんつーか、よく見ている。


「ああ、直した。まあ、みりゃわかるけど、素人修理だ」

「まったく、新しいのを買うといったのだけれど……」


 わざとらしく、呆れたように愛沙は頬に手を当てた。


「私には、ああいった感情は理解できな――」

「所で愛沙さん、その手の無数の絆創膏は」


 俺が問う。すると、愛沙は突如朗々とした口調を途切れさせた。


「なんでもないので、気にする必要は……」

「俺には、裁縫針で刺した痕に見えるわけだが」


 無論、傷そのものが見えているわけではない。

 ただ、現状から判断すれば十中八九そうだ。

 あのぬいぐるみには、修理しようと糸を入れて、しかし抜いた痕が残されていた。


「あ、貴方には関係ないことでっ」


 なんだこの生き物。可愛いぞ。

 素直じゃないと言うか、なんというか。


「てか……、絆創膏の張り方汚いな」

「なっ」

「張り替えてやるから、絆創膏寄越せよ」


 言った瞬間、机の端に絆創膏の箱があるのが確認されて、俺は手に取った。

 無理やり俺は愛沙の手を取って、絆創膏を剥がす。


「あ、あのっ……」


 愛沙の抗議の声は無視した。


「しかし、まあ。あれだな……」


 ただ、ぽつりと。


「お前さん、可愛いな」

「……」


 愛沙は、何も言わない。

 というか言わなくなった。


「消毒もするか。一応」


 手近にあった消毒液と脱脂綿を、俺は愛沙の手へ。

 びくりと、肩が震える。


「痛いか?」

「……っ」


 返事は帰ってこなかった。

 ならば、はやく終わらせてやろうと俺は消毒を終わらせ、愛沙の手に絆創膏を張る。

 ひたすらに、無言の時間が続いた。












「……実は」

「ん?」

「猫は……」

「うん」

「……好きで」

「そうか」



















―――
本日は春奈と愛沙で。
しかしやっぱ最初に出た人のほうが予想外に長い。

そして、危険物の補習サボればよかった……。
まさか十時半帰りになるとは。



返信。



ぼち様

これでもか、これでもかと煮詰めた結果がこれです。
ただし、もっと甘くできた気がする。とも思っております。まだまだ濃度が足りない。
もう少し、なんとかできたのではあるまいかなと考えており、その辺りは精進あるのみかなと。
もうこうなったらIFエンド三名の後日談でも書きますかねー。


奇々怪々様

零した炒飯を閻魔が片付けると、片づけたゴミ袋の中からグリーンの半液体状になって人を溶かして襲うスライムが……。
厨二とどちらがましでしょうね。サイクロプスさんに関しては、色々あったんでしょう。その辺でばったりと会って。
しかし、誰も彼も番外編においては収まるべきところに収まったと言わんばかりにしっぽりです。
ただまあ、薬師はもっと察するべき。自分の気持ちすら察していない辺り末期ですよ。


セロハン様

ここまで突き抜けて甘いとどこまで甘く行けるのか試してみたくなります。
限界まで煮詰めるとどこへ走りだすのか、やってみたい。でもちょいと時間に余裕がなかったりして。
しかし、確かに薬師が察し良くて一人に傾倒したら、酷いことになるでしょうね。ええ、番外編を見る限り、えらいこっちゃ。
基本的にNOとは言わない薬師パワーで桃色空間ですか。見てみたいような見たくないような。


あさい様

申し訳ございません。今回は藍音さんでした。
正直に言いまして、三番目とか、四番目とかに出すと、それはそれでなんか微妙な気がするんです。メインヒロインとして。
大ボスと言いますか、ラスボスと言いますか、小林幸子的な。やるときはなんとなくど派手に決めたいんです。
しかしながら、死ぬほどネタが出てきたら書いちゃうかもしれません。ど派手に。


黒茶色様

いやはや、自分にも予想以上のものが完成しておりました。読み返すと、コーヒーが欲しくなります。
今は奇譚の方書いてますが、余裕ができれば各後日談もやりたいと思ってたりします。問題は余裕のなさですけど。
しかし、まあ、あれですね。リクエストは何時でも受け付けいたしておりますよ。そこから拾えるネタもありますし。申し訳ないことに実現するかは状況次第ですが。
ただ、言われるとその気になることもありますから、言ってみるといいやもしれません。まだまだ基本的にベルセルクで頑張ります。


長良様

糖分は当分要らないと、寒いことでも言っていないと正気を保てない領域になってきました。
番外は本篇に輪をかけて甘いというよくわからん有様に。これからも不定期で出していけたらいいなと思いますけど。
ちなみに、1が出た当初自分は二歳にギリギリなってないです。いっちゃいです。調べてみたら。
来年からはエロゲーも可です。残念なことにやる予定がないんですけど。というかギャルゲーですらフリーゲーム位のボリュームがちょうどいいとか思ってる私じゃどうしようもないようです。


通りすがり六世様

まるで時計の針のようにぐるぐると、発狂ゾーンに到っては一回転して正気に立ち返り、というありさまです。
そして、閻魔が完璧超人であったら、それは既に閻魔ではござらぬと、私の脳内一同は声を揃えてます。
私生活は誰かによっかかりっぱなしなのが閻魔なのでしょう。やっぱり基本は涙目です。間違いない。
ちなみに、今現在は奇譚書いてますが、次書くなら李知さんかなー、とかなんとか考えてたりするらしいです。


マリンド・アニム様

藍音さんが遂に、というか、薬師が遂に藍音さんに陥落させられました。藍音さんも感無量です。
子供はいつできるのでしょうかね。藍音さん似のクール美少女が出来上がればいいと思います。
息子が、父に似たら最悪なことになるのでいかんと思われます。むしろ、娘だともっと性質が悪い気がしますけれど。
とりあえず、マヨイガで什器の代わりにメイドさんが見つかることを祈ります。


SEVEN様

薬師じゃなかったら。もしも薬師じゃなかったら、ベッドに押し倒してそのまま朝チュンだ、と幾度となく思いました。しかし薬師だった。画面に肌色が入りません。
そして、閻魔までロリと化したら、もう全ての人員を一度ロリにすべきか迷うのでやりません。
弱った薬師は、完全に藍音さん得です。それはもう、何しても薬師に嫌がられる確率が三十パー位下がるんです。好機なことこの上なし。
というか、腕の骨折したら損どころか、藍音さんが付きっきりとかプラスマイナスでもプラスでしょうに。両腕骨折して限界まで介護されろこの野郎。


神門様

おお、開始当初から読んでいただけているとは光栄です。あの頃から読んでくれている人が居るというのは嬉しい限りであります。
既に、番外編は本篇の一線越えないというか、まあ、制限解除が付いているのでリミッター解除で糖分マックスです。
まあ、最終的には全ヒロインエンドをこなしておきたいと思っているのですがね。ゆっくりやります。
なんとなくネタのストックがあるので次書くなら李知さんで行きますけれど。


志之司 琳様

本当にもう、薬師がいなきゃ美沙希ちゃんは過労死するんじゃあるまいか、って死んでるから消滅するのか。
薬師はノーマルモードであれですから、デレ期が来ると番外編の大惨事になるんですね分かります。とりあえず、風パワーがあるんだからごにょごにょした台詞も聞きとれと。
そして、千年掛けて藍音さんが薬師を陥落です。ダムは小さな穴から大決壊。そのダムが溜めているのは砂糖水だっ!
そりゃあもう、藍音さんにひらがなで台詞言わせるとか尋常じゃないです。このまま行くとじわじわ砂糖濃度上昇しそうですね。








最後に。

薬師の家事スキル、プライスレス。



[20629] 其の三十七 俺とこたつより。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:59adc458
Date: 2010/11/28 22:14
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




「ただいまー」


 ある日の朝、俺は頭に猫を乗せて帰宅した。

 そう、先日愛沙の家にお邪魔した時の猫だ。

 結局意地悪くその猫は俺の頭部に搭載されたままなのだ。

 帰る際にまた駆け上られる羽目になろうとは予測の外であった。


「んー、おかえりご主人……?」


 そうして、帰ってきた俺が居間で見たのはにゃん子である。

 そして、そのにゃん子は、振り向いて俺を見るなり――。

 この世の終わりを見たかのような顔をした。




「ご、ご主人のっ、浮気ものーっ!!」






 いや、うん。いや、なんというか、なんでやねん。














其の三十七 俺とこたつより。













 にゃん子は、泣きそうな瞳で俺を詰っている。


「ひどいっ、ひどいよご主人っ、そんな泥棒猫と朝帰りなんてっ」


 いや、その判断はおかしい。


「いや、別に猫を頭にのっけて帰ってきた位で」

「あ、頭にのっけた位……、にゃん子とのことは遊びだったのっ?」


 その台詞は春奈にも言われた。

 しかし、……なんで修羅場やねん。

 にゃん子は捨てられた女の姿勢……、よくある、あれだ、横座りから手をついたあれだ。あれで、しらじらしく声を上げる。


「にゃん子はご主人のことこんなに愛しているのにっ」

「いや、だからだな、俺の頭の上のとはなんでもなくてだな」

「うそだっ! そんなに親しげにしちゃって……」


 いや、お前さんの親しげがよくわからないよ、俺も年だな。


「どこまでしたの?」

「いや、まずだな。雄雌判断が付いていないにもかかわらずどこに行こうというのだね」

「ま、まさかご主人、猫なら雄雌問わずいけちゃうような……」

「おい」

「へ、変態……、でもにゃん子はそんなご主人でも愛します」


 わお、ありがたくて涙が出てくる。

 何が悲しくて、変態なのか。


「いや、なあにゃん子。別に上のとは何の関係もないからな?」

「そんにゃ……。頭にのっけた位では何の関係もないと?」

「ない。あり得ない」


 なぜ頭に乗っけたらそんな色気のある展開にならなきゃいけないんだ。

 そもそもそこらを歩いていた猫と結婚しようと思うほど俺は酔狂ではない。

 だが、にゃん子はその答えのどこが気に入らなかったのか。


「ご主人のばかーっ!!」


 にゃん子は走り去って行った。

















「たく、んなとこにいたのか」


 走り出したにゃん子を追って三十分。

 俺の職場ではない河原で、にゃん子は体育座していじけていた。

 まったくもって、手のかかる猫である。


「なにしに来たのご主人」


 言葉には、少々ばかりの棘が籠っていた。


「何を言っているんだか。迎えに来た以外の選択肢があるのかここに」


 溜息とともに、俺は告げる。

 すると、にゃん子は顔を上げてこちらを見た。


「ご主人、さっきの猫は?」

「丁重に帰ってもらったよ。誰かさんがいじけるから」


 禿げるかと思ったとも。相変わらず頭からどかそうとすると爪を立てよる。


「にゃん子よりもそっちの子にすればよかったじゃん」


 いじけるにゃん子に、着の身着のままで飛び出しては寒いだろうと俺は隣に立ち、上着を掛ける。

 俺はワイシャツ一枚となったが、まあ、気にしない。というか、その上に上着を羽織ってこなかった辺り俺も馬鹿か。

 とりあえず、まあ。俺も猫は嫌いじゃない。半分は無論そこの困った猫のせいなのだが。

 しかし、まあ。


「俺の飼い猫はお前さんだけだ。他に選択肢なんかあるもんか」


 これ以上飼い猫を増やす気もないのだ、俺は。

 飼い猫とそこらの猫は違うというわけだ。

 言えば、潤んだ瞳でにゃん子は立ち上がり俺を見ていた。


「ごしゅじーんっ!」


 そして、抱きつかれる。


「帰るぞ。あと、爪立てんな」

「……いいじゃん。浮気したんだからちょこっと位」

「してない」

「え? じゃあ昔からにゃん子一筋?」

「それはない」
















「こたつは温いな……」


 外から帰ってきた俺は、まずこたつに入りこんだ。

 この季節にあの恰好は寒かった。


「ごしゅじーん」


 後ろから突如現れ、にゃん子は俺の頭に顎を乗せる。

 そして、ぐりぐりと顎を動かした。


「痛いからやめなさい」

「えー」


 口からは不満の声を漏らしつつ、にゃん子は俺の隣に座り、期待の眼で俺を見上げた。


「ほら、ほらほら」


 にこにこと笑うにゃん子が何を望んでいるのか俺に察することはできず、首をかしげる。


「なんだ?」


 すると、にゃん子は焦れたように額を俺の胸に擦りつけた。


「撫でるとか、擦るとか、撫で擦るとか、頭も、喉も、お腹も、どこでもいいよ」

「そう言われると非常に手を出し難くなった」


 撫で擦るとか変態の所業この上あるまいに。御免こうむりたい。

 しかし、にゃん子は満面の笑みで俺に言うのだ。


「にゃん子はあなたの飼い猫なんだよ?」


 いや、なんというか。

 動いたら負けである。何かしたら、にゃん子はよくても俺は通報だ。


「だから、何してもいいのっ」


 猫が使う猫撫で声が部屋に甘く響く。

 仕方ないので、俺はにゃん子の頭に手を乗せた。


「にゃっ」

「ほら、満足か?」


 わしゃわしゃと撫でて、俺はぶっきらぼうに問う。


「この程度で満足すると思ってるのかにゃ? ご主人は。もっと構ってよ、たくさん、いっぱい」

「しかし、いきなりなんだってんだ全く」


 ここまでのにゃん子の構え宣言は珍しい。いつもはほどほどに済んでいるのだが。


「にゃん子を放って他の猫と遊んでたんだから、今日はにゃん子を構うのーっ」

「へいへい」


 そういうことか。

 まあ、いいだろう、と俺は大仰に肩を竦めた。

 すると、にゃん子はこてん、と後ろに倒れこむ。

 俺が停止していると、にゃん子が焦れたように声を上げた。


「ほら……、来てよ」


 腹を撫でろ、と。

 多分猫に当てはめるとそういうことなのだろう。


「へいへい、かもんかもんかもん」

「それはやめろ」


 にゃん子の言葉を止めるため、俺は腹に手を這わせた。

 布越しに体温が伝わってくる。


「ん……、ひゃっ。くすぐったい……」


 びくっとにゃん子が腕を震わせた。本当にくすぐったそうに顔を赤くしている。


「お前さんがやれと言ったんだろうが」


 俺は不機嫌そうに返すが、にゃん子はにやにやと笑った。


「ご主人のえっち」


 ぽつりと漏らされた言葉は俺を停止させるに十分である。


「俺のどこが」

「だって、くすぐったいもん」

「それがどうして」

「手つきがえっち」


 俺は言った。


「帰る」

「どこに帰るのさ。ご主人の家はこーこっ!」

「いやだ、帰る。もしくは土に帰る」

「だめだめ、ご主人が帰るのは愛猫の居るここだもん。あなたのペットが寂しくて泣いちゃうよ?」

「嘘つけ」

「ほんとう。枕を涙で濡らしちゃう。あと、火照る体も持て余しちゃう」

「持て余してろ」

「にゃっ、酷いっ」


 何が酷いのか。持て余したものを受け取る義理はない、と俺はにゃん子から視線を逸らした。

 これ以上は付き合っていられん。

 すると、相手にされなくなったにゃん子は寂しげに声を上げる。


「ごしゅじーん……」


 居たたまれなくて、俺はにゃん子を見た。


「なんだ」


 にゃん子は表情を輝かせて俺を見る。


「やっぱりご主人優しい」

「無視するぞ」

「いーやー」


 いやいやと首を横に振って、そしてにゃん子は軽やかに立ち上がると、するりとこたつと俺の間に入り込んだ。


「なんだ」


 問えば、にゃん子は背後の俺に振りかえって言う。


「あったかい?」


 まあ、確かに。

 例えこたつに入りこんだ部分は暖かいと言えど、上半身は無防備である。

 温い。


「猫はこたつで丸くなってろよ」


 しかしまあ、にゃん子の思う通りというのはお断りだ。

 ぶっきらぼうに俺は口にした。

 にゃん子は素直に頷く。


「うん、こたつは好きだよ」


 純粋な瞳でにゃん子は言う。

 そして、続けた。


「――でも。ご主人の方が好きー」


 ああそうかい。それは嬉しいね。


「蜜柑でも食うか」


 聞き流して、こたつの定番とも言える蜜柑に俺は手を伸ばす。


「うー……、ご主人のイジワル。柑橘系苦手なの知ってるくせに」


 拗ねた声を上げるにゃん子。そりゃあ、大抵猫は柑橘類とかを好まない、ついでに歯磨き粉も顔をしかめる。

 俺は伸ばした腕を止めてにやりと笑った。


「知っててやるから意味があるんだ」

「ふにゃあっ、ご主人どSだーっ! でも、そこに愛があるならにゃん子は耐えるよ?」

「ないな」

「だって、にゃん子はあなたの飼い猫だものっ。その愛を受け止めるよっ」


 話を聞かない。まあ、聞いてくれなくても構わない。というか七割方意味のない会話だ。

 こたつ内で動きもなく、生産性もなく、他愛もない会話。


「ところで、あなたの飼い猫って響きがえっちだよね」

「知らんよ」

「部屋に連れ込んで縛ってみる? 縛って鞭でぴしぴし打って、無理矢理手籠めに――」

「やらん」

「じゃあ、可愛がってよ」


 ぽん、とにゃん子の後頭部が俺の胸に預けられる。


「甘やかして、べたべたに可愛がって、どろどろに溶けるくらい優しくしてよご主人」


 はたして、甘やかすか縛って手籠めにするかの二択しかないのだろうか。

 あんまりな言い様に、俺は思い切りしかめっ面を返してやった。


「……気が向いたらな」










「どっちが猫だかわかんないね?」


 そう言ってにゃん子は苦笑した。


























―――
こたつです。こたつと蜜柑と猫です。この上なく定番です。
昔買っていたうちの猫はよく蜜柑の匂いを嗅いではすごい顔をしていました。





返信



ukk様

春奈も、愛沙も結局双方幼いところがあるんですよね。まあ、春奈は幼さでいっぱいですけれど。
愛沙は研究者として没頭しすぎて育ち方が一般と違うので、まだまだ成長中であります。
ちなみに猫は、まあ、一発キャラです。今回も出てるから二発キャラですが。
現状ではただの猫です。普通の猫なことこの上ないです。ただ、自分の性格上予定が変わる、思い出したようにぽろっと出てくる、などはありうるやも。


奇々怪々様

天井裏を走り回る音……、猫なら捕獲しましょう。風呂に入れてあげてその他諸々。そして猫又になることを祈りましょう。
そして、薬師の頭はどれほど居心地がいいというのか。その内小鳥が巣作るんじゃないですかね。
ちなみに、子猫に背中を駆け上られても大したことはありませんが、成長した猫にやられると痛いです。体の前面でやられると更にみぞおちクリーンヒットとかします。
愛沙は、結局閻魔のところの一族です。普段ぱりっとしてる分癒しに弱いんです。猫に埋もれさせたら最終的に暴走するんじゃないかと。


通りすがり六世様

生き物のすることって、大抵が笑い話になるんですよね。噛みつかれてそのまましがみ付かれ、思い切り引っ掻かれ。
腕中包帯、今でもど派手な噛み傷と一本の爪跡が残ってますが、笑い話にしてます。普通トラウマもんだ、って言われて初めて気が付きました。
春奈は、このまま純粋に育てば恐ろしいことになりそうですね。天然で男を落としそうです……、薬師か。
結局、愛沙に決めても、春奈に決めても、両方一気にもらうことになりそうですよね。男の夢ですけど。


黒茶色様

非常に愛らしい家族の二人です。娘にすら負けない可愛らしさの母ってどうよと思いつつも。
結局、二人似た者同士な気はしますけどね。人付き合いに関しては全くの素人というあたり。
恋愛感情は、春奈の方が勝っている気すらしますが。だが、それがいい。
とりあえず、お母さんのツンデレぶりと、いじらしさは私にとっても救いになります。この作品切ってのツンデレ? ああ、薬師だな、と言わなくていいあたり。


SEVEN様

春奈と愛沙は、親子よりも姉妹が近いやもしれません。妹よりはまだしっかりしてるけど、まだ成長途中みたいな。
ただ、なんだかんだと言ってますが愛沙も親馬鹿というか、娘大好きというか。娘に甘いことこの上ないです。
愛沙と結婚したらその甘さを由美由壱兄妹にまで発揮したり、薬師とツインツンデレを発動したりしそうで怖い。
春奈は、結局愛沙エンドを迎えても、そのまま勢いで娶られそうな、というか娶られに行きそうな感じで、おいしいポジションですね、間違いない。









最後に。
こたつで寝て風邪をひくがいいわ。



[20629] 其の三十八 俺と学校の怪談再来。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a0f6fdb2
Date: 2010/12/01 22:21
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 かつん、かつんと、河原で石に石を乗せる作業。

 通常の俺ならば、二百五十六分の一秒で飽きる作業だ。

 そんな作業を俺が続けていられるのは、そう。


「薬師……、ちょっといいかな」


 このちっこい鬼さんのおかげだろう。


「おう?」






「い、一緒に……、夜の学校に行ってくれない、かなぁ……?」











其の三十八 俺と学校の怪談再来。











「また……、その、学校の見回りのお願いが来てて。断れなかったんだけど」


 とは校門前での前さんの台詞である。

 なるほど、学校の見回りか。前回の記憶は俺に鮮明に残されている。

 二宮金次郎は全裸から半裸となり、人骨標本と人体模型は愛し合い、グランドピアノが滑走し、階段の滑り止めの溝は増え、手抜き工事で、体育館ではゴーレムが闊歩し、猫モアイ。あと花子さん。

 全て拝んだ俺ですら何が何だか理解しきれてはいないのだ。

 そんな七不思議……、もとい実は八不思議あるという最後の不思議含め九つの不思議をどうにかしてほしい、と言われたのが前回。

 今回は、


「なんか、増えちゃったらしいよ」

「なにが」

「……不思議」


 わあ不思議。あんな濃い面子が増えたと。

 なるほど、へえ、そうですか。


「……いこっか」

「ああ」


 俺は頷いた。

 校門前で立っていても何の意味もない。

 そう考えて頷いた俺に前さんは脚を一歩踏み出し、

 踏み出し――、踏み出し、踏み出さない。


「えっと、前さん?」


 俺が困り気味に声を上げると、前さんは大きく肩を震わせて俺を見上げた。


「ふぇっ!? あ、う、うん。そうだね。あはははは」


 言いはするが、足は動かない。

 そうか、相変わらずか。

 前さんの怖がりは。

 どう考えても俺らも霊的産物だと言うに。

 しかし、昔言ってみたが最後、そういうのは理屈じゃないと小一時間説教されたので俺は何も言わない。


「あはは……」


 前さんの笑いも止まる。

 足は止まったまま。

 はて……、どうしようか。

 このままじゃ朝まで立ったままだぞ。そんなのは御免だ。

 そして、ふと考える。俺が進めば前さんも一緒に来ざるを得ないのではあるまいか? と。

 思い立ったが吉日。即座に俺は脚を前に。

 そして、歩き出そうとしたら。


「おう?」


 俺はスーツの上着を掴まれていた。

 ギュッと、前さんは顔を俯けながら俺の上着の端を掴んでいる。


「あーっと……、前さん?」

「きゃふあっ! え、えええっと、なに?」

「いや、手」


 瞬間、ばっと前さんが手を離す。いや……、そんな汚物に触れたみたいに離さなくても……、なあ?

 と、内心傷を負う俺を余所に、前さんは言う。


「ご、ごめんっ。なんでもない、なんでもないからっ」


 離された手は、何かを求めるように彷徨っていた。

 それを見て、俺は苦笑しながら口にする。


「いや、別に掴まれる分にはいいんだが。歩きにくいからな」

「あ、うん、別に気にしないでも――」

「手、繋ぐか?」


 前さんの話をぶったぎって俺が発した質問は、前さんの意外そうな顔で返された。


「えっ?」

「いや、手」


 俺はいまいち分かってない前さんに手を差し出す。


「……ええっと」

「手なら、別に歩くのに不便はないだろ?」


 俺が言えば、ゆっくり数秒して前さんは意味を理解し、赤くなり、躊躇い、俯き。

 最終的に。


「うん……」


 頷いた。

 そうして、俺は歩き出す。俯いて顔を赤くしている前さんの一歩先位を。














「で、この廊下が何だって?」

「ええと……」


 俺が問えば、前さんは持っていた紙を確認する。

 暗くて見辛くはあるが、幸い今日は月夜であり、廊下は夜にしては明るい。


「手、というか腕だけですごい勢いで走ってくるリーマン風の男性が、だって」

「ははあ、なるほど。テケテケか」

「テケテケ?」


 首を傾げる前さん。

 やはり怖がりだからこういった話は聞かないようにしているのだろうか。

 そんなことを思いながらも俺は説明する。


「女の場合が多いんだがな。まあ、あれだ。北海道で列車に撥ねられて、上半身と下半身が離婚届に判を押した奴が、自分の足を探して動き回るのさ」

「な、なんで北海道なの……?」


 不安な瞳で前さんは俺の手を強くギュッと握った。あまり強く握らないでほしい。鬼の握力で握られたら俺の指が粉砕骨折だ。別に俺の体は特別耐久力が高いわけでもないのだ。

 あと、前さん疑問にするとこ間違えてないかね。怖さのあまり思考もよく回ってないのかもしれないが。


「北海道の寒さのあまり、血管が収縮して即死できず、しばしもがき苦しんだ、と噂だ」


 ボキィッ。

 あれ、これ俺の指やばいんじゃないかね。これ以上言葉を発したら折れるんじゃ、もしくはもう折れてるのか。

 俺は考えるのをやめた。ぶっちゃけると都市伝説や怪談より前さんの方が怖いね全く。


「さて、来たか?」


 てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけてけてけてけてけてけてけ。

 更に、前さんの指に力がこもる。

 廊下の先に、俺の半分もない大きさの、丁度下半身を失ったかのような影が映る。

 そいつは、腕だけを使って走って来ていて――。

 そいつの下半身は。

 足は。

 足は――。


「異様な速度に、異常な笑み。その恐ろしさが。恐ろしさが……」


 足、あった。


「……」


 座禅を組んで、床に手をついて体を浮かせながら、そいつは動いている。


「……小学生か!!」


 思わず、叫んでいた。半ば無意識に。


「あ、なんかすいません。すいません。失礼しまーす」


 男は、普通に会釈してその場を辞した。

 あまりにも普通すぎて、


「あ、いえ。別に」


 と返してしまう位に普通すぎた。

 いや、まあ……、なんつーか。

 とりあえず、あの得体の知れなさは恐怖である。


「あ、でもあの男、職員室で見たな……」















 さて、学校によくわからない変態が増えたのはよくわかった。

 しかし、だからと言ってすぐどうこう、とはいかない。

 俺はいったん保健室へと向かう。


「おーい、花子さん、居るか?」


 そう、保健室にいるのは花子さんだ。保健室に住み、来る人来る人を引きずりこんでは恋人同士にしようとする迷惑な奴だ。

 ちなみに、恰好はまるで小学生のようなのに、外見は既に高校生な、変態である。


「あっ、あーっ!!」


 そして、花子さんは俺を見るなり指差して大口開けながら奇声を上げる。


「なんだよ」

「やっと来たのねっ、いい度胸ったらありゃしないっ。また来るって言ったくせに!!」

「来たじゃねーか」

「何カ月来てないと思ってるの? 細かい気配りができないから彼女の一つもできないのよ? 身だしなみは気にしてる?」

「まずなんでそんなことをお前さんに気にされてるんだ」

「彼女居なさそうな顔してるもの」

「ざっくり来た、帰る」

「あ、ちょっ、ちょっちょっちょ、待った待った待った、待ってよお兄ちゃんっ」

「おぞけがした」

「せっかく小学生にお兄ちゃんと呼ばれるレア体験をさせてあげたのに……」


 しゅんとする花子さん。しかし俺は騙されん。


「お前さん小学生じゃないだろ」

「心は」

「俺たちゃ魂だ」

「思いだけは……、この思いだけは誰にも汚せぬななちゃい」

「七歳……、いや、ないだろ。こんな小学一年生どつきまわしてくれるわ」

「よ、幼児虐待っ、どきどき」

「微妙に期待した眼で見つめないでくれ。俺にはお前さんがよくわからない」


 そもそも、そんなことを話に来たわけじゃない。

 俺は、無理矢理本題に話題を変更する。


「最近、怪談……、いや、変態が増えてるみたいだが」

「ねえ、言いなおすとこ逆じゃない?」

「お前さん、なんか知らないか?」


 花子さんの言葉はとりあえず無視。本題とはこれである。

 変態の増加傾向の原因を知らないか、と変態の中でも比較的話ができそうな花子さんに聞きに来たのだ。


「え? ああ、うん。増えたけど。呼んだもの」

「お前の仕業か」


 黒幕、あっさり自白。

 しかし。


「実はね……」


 不意に花子さんは悲しげな顔をする。

 何か理由でもあるのだろうか。


「分身できなかったの」

「……おい」


 それは、あれか?

 花子さんの趣味、人の恋を成就させる、において、ターゲットが二人以上だった場合掛かりっきりになるのが難しいため分身する目標が、達成できないから人手を増やす、と。


「阿呆か。第一そんなに役に立つのは集まったのかよ」

「ええ、紹介するわ。暮露々々団さんよ」

「……え?」


 前さんが不意に首をかしげたその瞬間。

 俺達は布団に何故か引きずり込まれていた。














「これは、一体どういうことだ?」


 げんなりと、呟いた一言。

 何故か布団に引きずり込まれ――、俺は前さんを押し倒している。


「あ、やっ……」


 しかも、体を密着させようと容赦なく俺を押しつぶしに掛かるのだ。

 腕をつっかえ棒にしながら耐えるも、ぎりぎりと力をかけてくる。


「カップルになってベッドインっ、だけど中々手間取ってしらけちゃう。そんなときも安心なのが彼よ」

「どうも」


 俺の耳元で、布団が囁いた。野太い声で。

 暮露々々団。要するに動くぼろい布団。


「密着体勢で安心サポート。これで初めてでも安心ね!」

「……土に還れ」


 ぎりぎりと、腕に力を込めて、俺は布団に抵抗する。

 力自体はたいしたことはない。まあ、天狗や鬼基準だが。

 しかし、跳ね除けるには問題があった。

 両腕が使えれば余裕がかなりあるのだが、要するに片手が使えないのだ。

 何故であろうか。


「やっ、やく、やくしっ、そんな、大胆なっ――!」


 俺の右手は。

 俺の右手は――。

 前さんの胸元にありました。


「……すまん」


 これで無理やり右手に力をかければ、細い前さんの体を手折ってしまいかねず、右手はふにふにとした感触を得るのみだ。

 よって、左手で踏ん張る。しかし、左手だけで、右手に体重をかけないように、となると現状維持のほかに選択肢がなかった。

 真っ赤な顔の前さんを見るに、できる限りはやく退くのがいいのだが、どうしようもない。

 そして、もう一つ問題があった。


「や、くし……!」


 俺を支えようとする、前さんの手と、膝である。


「ぐふう……」


 ――前さんの膝は俺の鳩尾に突き刺さり、手は俺の肋骨を折らんとしていた。

 いや、折れる折れるマジ折れる、肋骨折れる。肺が肋骨に突き刺さるよ、いや、肋骨に肺は突き刺さらねーよ。

 あと、膝のせいで俺の胃は死にそうに候。

 おかげで、吐く息に対し、吸い込む空気が足りない。


「あ、や、やくしっ?」


 肺から空気が抜けると同時に、徐々に、力が入らなくなってくる。

 脅威の挟まれ方に、俺はじわじわと前さんの方へと近づいて行っていた。

 俺の顔と前さんの顔の距離、一寸もない。


「やくしっ……、 だ、だめ」


 どうにかその言葉に答え、耐えようと俺は身じろぎを一つ。


「あんっ……!」


 前さんがあえぐ。俺は、身じろぎの際に右手を動かしてしまっていた。


「うごかないで、やくしぃっ……」


 いや、こんな状況で止まるとか、無理にひとし……。

 瞬間、俺の思考は途切れた。

 そう、俺の胸からまるで何かが軋む鈍い音がしたからだ。

 何の音かは――、考えないことにした。














「ごめんね。今度は痛くない方向で行くから」


 花子さんは、俺を見てバツが悪そうにそう言った。

 いや、そう思うなら帰らせてくれ。

 しかし、そんな俺を余所に花子さんは別の奴を紹介した。


「今回来てもらうのは、エロスさんよ」

「えろそうな名前の奴だな」

「え、えろくないっ」


 俺の素直な感想に、えろを否定して、小さな羽の生えた金髪の幼児が入ってきた。


「キューピッド的な何かだからっ、ねえ? エロくないよ?」


 そんな男児は、ハートの鏃の矢と、弓を持っている。


「で、お前さんは何をするんだ、えろい人よ」

「エロくない、と……。まあいい、そこのお嬢さん、ちょっと来てもらえるかな」

「え? あたし?」


 前さんが、うっかり前に出る。

 そもそもまともな何かをやるわけがないのに。


「では、貴方に正直になれる矢を射って進ぜよう」


 決まった、とばかりに男児は言う。

 前さんは、大きく後ろに下がった。


「ええっ!? そ、そんなのっ!」

「まあ、遠慮なさらず」


 えろい人が、弓に矢をつがえる。

 瞬間、前さんが横に体を反らそうとして――。


「ソオゥイッ!!」

「弓は使わねーのかよっ!!」


 えろい人は矢を手で刺した。


「常識にとらわれないのが、このエロスなのだよ」


 そうして、男児は浮かびながらうごいて、前さんの肩を掴むと、俺と向かい合わせた。


「ささ、お嬢さん。思いのたけを」

「えっ……、あ……。うん」


 俺と向き合う前さん。

 真っ赤になって頷く。

 俺は無意識に居住まいを正した。


「や、くし」

「おお」


 前さんは、真っ赤な顔で、顔を伏せてしまう。

 でも、それでも俺の瞳を見詰めていた。


「……その、あの」


 そして、ばっと、顔を上げ。


「す、すすすす、す、すす……」


 叫んだ。








「――すかぽんたんっ!!」




 ああ……、そうか。正直な気持ちで、すかぽんたん。そうですか。















「その、ね?」

「なんだい、すかぽんたんに何の用だ?」

「あ、あれはっ! ぎりぎりで、あの矢の効果から抜け出せたから――」

「から?」

「……その」

「その?」

「すかぽんたんな薬師が……、あ、あたしは好きだよ?」


 ぎこちなく笑って、俺に言う前さん。


「……そうかい。すかぽんたんですかそうですか」








 そうして、ふと思う。

 結局怪談に対し何もしなかった、と。
















―――
三十八です。



返信。


奇々怪々様

私も猫を撫でまわしたいです。この上なく。確か近くの河原に野良猫が集まる場所があったはずなんですが……、邪念を感じ取られたか最近みません。
そして、薬師ならもう、男だろうが女だろうが猫でも犬でもフラグ立てそうな気がしないでもないです。
で、そんな変態でも許せる心、それは愛。まあ、でも、オスというところは余分でも、猫に欲情するならにゃん子的に逆にばっちこいという。
ちなみに、柑橘類や、歯磨き粉なんかを猫が嗅ぐと、これでもかって位のしかめ面をします。眉間にしわ寄せて。自分で嗅いだのに。


l様

薬師も基本的にあっちふらふらこっちふらふらと気ままに生きるライフスタイルですからね。
ただ、なんだかんだ言って人情味があるのも猫っぽいと言えば猫っぽいです。猫は家に義理を立てるそうですし。
そして、確かに子猫の噛みつきは加減を知らないので痛いことがよくあります。兄弟同士で加減を覚えるそうです。
まあ、でも、そんな話でも笑い話にしてしまうのはありじゃないかと思います。子猫のことまでひっくるめて忌々しいものとして扱うのは、お互い浮かばれないんじゃないかと思います。まあ、個人的な考えで申し訳ないですが。


黒茶色様

こたつは恐ろしい生き物です。引きずり込まれたが最後、こたつで寝て風邪を引くか、こたつから出て寒さで風邪を引くかという過程の違いでしかありません。
これに打ち勝てるのは間違いなく、温い布団だけです。そして、自分はこれ書いてる今も下半身をこたつに食われてます。
しかし、可愛い言い回しの薬師とか、本当に誰得だというのか。あれですかね、藍音さん辺りが録音すれば、薬師の弱みゲットで。
脅迫から始まるラブロマンスでも始まるんですかね。


SEVEN様

冬場風邪をひくランキングにこたつは三位くらいに入ってると思います。ああ、でもこたつってどれくらい普及してるのか。
そして、確かに。薬師がにゃん子に向かって飼い猫発言はどう見ても変態。
ああ、でもよく考えれば薬師がにゃん子に向かってなんか言えば大抵変態ちっくなんじゃないかと思われます。
三毛猫は、うん、浮気だ。基本的にメスしかいませんからね。ふと、三毛猫しかいない島でハーレムとか思いついたけど記憶の底に沈めます。


春都様

私も猫飼いたいです。現住居的に不可能なのが悔しいです。
私もにゃん子欲しいです。現世的に不可能なのが悔しいです。いや、例え地獄だからってどうこうできる気しないんですけど。
化け猫とかってどこにいるんですかねぇ……。こう、人間に化けれて、現在の住居でも隠し通せそうな。
和風建築の家とか行ったら家に憑いてませんかね。


志之司 琳様

基本的に象並みの鈍さを誇るのが数珠一家です。そして、春奈が元気をなくすと、愛沙の性格的に数珠家が静寂に包まれるので愛沙は困るようです。
尚、春奈が全力で押せば薬師の指だって貫通します。なんてったって手加減を知らない。
愛沙は、恋愛もしてないのにお母さんだから大変なんだと思われます。薬師ですら可愛いと思うほど可愛い訳ですが。
しかし、確かにこの二人にはデレ分が多い気がしますね。相手の可愛らしさ、小動物っぽさに比例するんでしょうか。

私は茶トラの猫が欲しいです、いや、この際猫ならオールオッケーでごぜえます。今ならスフィンクスでも……。
そして、千年組は思いが深すぎて薬師ならなんでも行ける状態の模様。愛が深い。薬師のことなら笑って許せます。
食物連鎖で考えれば、にゃん子の発情期が来たら薬師は遂にベッドインですね分かります。頑張れにゃん子。
で、薬師の猫耳なんて誰得、と思ったら多分藍音さんとか憐子さんとかにゃん子とかが得なんですかそうですか。









最後に。

今回は、全編前さんと手をつないでお送りしています。



[20629] 其の三十九 俺と厄日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:70e8df07
Date: 2010/12/05 22:23
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「一つ積んでは母のため」


 呟いて、積まれたのは紙の束。


「二つ積んでは父のため、か」


 読み終えた本は乱雑に積み上げられ、しかし、得た知識量と反比例して、考えはまとまらない。

 乱雑な置き方が、俺の脳内を表現しているかのようだ。


「でぇいっ!」


 そうすると、無性にいらいらとして来て、俺は机に置かれた本の下を手刀で薙ぎ払った。

 ダルマ落としのごとく、本は飛んでいく。

 完全に行き詰った。

 そもそも、研究だの開発だの、向いていないのだ。俺は。

 しかし、なんか楽しいな。ダルマ落とし。

 よくわからない仄暗い遊び方を覚えて、俺はもう一度腕を構える。

 そんな時だった。


「何をやっているんだい? 薬師」


 憐子さんの声が響き、俺は振り返る。

 そこには、バスタオル一枚の憐子さんが居た。


「……いや、おかしいだろ。なんでそんな格好なんだよ」

「風呂に入ったからに決まっているだろう」

「ああ、風呂な。うん、そりゃあな……、ってねーよ。どこのお父さんだよ」


 普通に脱衣所で着替えるべきだ、と俺は主張。

 しかし、無駄である。どう考えたって憐子さん相手に言っても、暖簾に腕押し。柳に風。


「別に私がどこでどんな格好をしていても自由じゃないか」

「着ろよ、服を、せめて。そもそもあれだ。なんで風呂に入ってたのか、そしてそのままの格好でなんで出歩いているのか、お聞かせ願いたい」


 俺がそう問えば、憐子さんは顎に手を当て、物憂げな表情で俺を見る。


「ふむ、まあ、お前とエロティックな行為をしようと思って、な……」

「思って、な……、じゃねーよ。物憂げに言ったら許されるなんてこともないんだぜ畜生」







 そんな時、不意に。

 はらりと、バスタオルが落ちた。

 憐子さんは、俺の方を見てにやりと笑う。




「責任取ってくれるね?」

「わかった、幾ら払えばいい?」













其の三十九 俺と厄日。










 朝、こたつの中。


「薬師、そこは間違えているぞ。赤色をそこに置くものではないよ、第一ね、彼女は火気なのだから。そこを考えなければいけないよ」


 俺の部屋の、小さなこたつで俺は憐子さんと向かい合っていた。

 憐子さんは白い浴衣に着替えている。


「なるほどなー……、じゃあ、そこは白か?」

「それもアウトだ。五行なら問題ないが、白は余りにも太陽を連想させやすい。アクセントならまだしも、基盤にするにはあまりにも安定性が足りない」


 俺と憐子さんが行っているのは結界術の設計だ。

 魃の暖気、いや乾気というべきか。そいつをどうにかする結界。それを作ることができるかどうかは法律上ぎりぎりのものを使えばどうにかなるという結論は出た。

 しかし、今すぐどうこうするには俺に結界の知識が足りないわけで。

 俺だって、陣は張るし汎用的な誰でも使うような便利な結界は使える。しかし、開発ともなれば専門分野に入ってくる。知識はてんで足りやしない。


「ただし、ここでオブジェクトを白であっても太陽と真逆なイメージに形取ることが可能であれば、そうでもないかな」

 その知識を如何様に補うか。その結果がこれである。

 憐子さんは、変態だ。

 長く生きる生き物にありがちな、研究に開発、暇だから、とりあえずなんでも知識を溜めこんでおこう、という方向で発展し、この人が出来上がったのである。

 知識の幅は広く、結構に深い。

 藍音辺りも、出力が劣るからこそ、結界その他、小手先の技に秀でているものがあるのだが、彼女は現場で使う側の人間で、開発に向かない。

 そう言った思惑での人選である。

 実際、そうして正解だったと思う。


「全く、これで八回目だぞ? やる気を出してもらうために、ちゃんと全部できたらキスしてやるとまで約束したのに」


 変な提案をして俺をからかってくること以外は。


「いや、ないから。それでやる気出しちゃうほど俺、思春期じゃないんだ」

「よし、では、逆にしよう。間違えたらキスだ」

「突っ込み待ちか、なあ、突っ込み待ちか?」

「不満か? 私の唇が」

「なんでさっきまで仮にもご褒美扱いだったものが罰と化してるんだよ」


 理解できない、したくない、よくわからない。


「細かいことは気にするな、男だろう?」

「いや、細やかな気配りを忘れるのは男としていかがなものかと思うから気にする」

「では細かな心の機微を察して全部終わらせてお楽しみに移るか、怒涛にミスしてその都度キスするか、どちらかを選んでくれ」

「選択権を寄こせ」

「二択だ。十分だろう?」

「結果が同じなら選んだとは言わん」

「結果よりも選んだという事実が大事なのさ。そうしたら諦めもつく」

「まず選ぶことに関して諦めを覚えたくないんだが」

「人生は選択の連続だ。そのチョイスから逃げるのは人生からの逃避だよ」

「逃げも選択の一つ、っていうか間違えたら、の件に関して代案を出してくれ」


 俺はそもそものことを口にした。

 そこをどうにかすれば丸く収まるのである。

 しかし、憐子さんは同意しなかった。


「お断りしよう」

「なんでだよ」


 俺が不機嫌そうに問えば、対する憐子さんは口をとがらせた。


「このままじゃ、お前にキスができないじゃないか」


 あっさりと告げられる言葉。

 それに俺は、苦虫を噛み潰したような顔で答えるしかなかった。


「それは突っ込み待ちか」
















 昼、こたつの中。


「第一だね、薬師、お前が優秀でも、かといって才能零でもないから困ってるんだ。どちらかなら私も罰ゲームなりご褒美なり一貫した態度を貫けるんだが」

「しらねーよ」

「よし、分かったこうしよう。これから私と一時間勉学にいそしむことができたら、なんでもお願いを聞いてやろうじゃないか」

「いらねーよ」

「無論、えっちなお願いに限る」

「ありがとう、もっと要らなくなった」


 そこは余り無茶な願いは駄目だと釘を刺すところではないのか。

 ……憐子さんにとってはないのだろう。


「そうだ、薬師、ならば房中術の勉強をしないか?」

「その話に飛びつくとでも?」


 房中術に関しては何も言いたくない。お察しください。


「まあ、そうだな。こういう、結界だのを餌にしてやってしまうのは、フェアじゃない」


 何が誰に公平でないのか、俺に知る由もないが、そう言って憐子さんは優しげに笑い、馬鹿なことは諦めてくれたらしい。

 九死に一生を得た。


「……しかし、寒いな」


 唐突ながら、俺は呟く。

 憐子さんもそれに頷いた。


「ああ、流石にね。まあ、灯油を買ってくるまでの辛抱だが」


 現在、うちの暖房の実に九割が稼働していない。原因は、ガス欠。要するに、灯油が足りない。

 その他、壊れただの、動かないだの、凍ってるだの、今日は厄日だ。

 ただ、電気は費えていない。故のこたつ。

 しかし、こたつでは露出した上半身まで暖めることはできず。

 結局、寒いのだ。


「温まろうか?」


 不意に、憐子さんがそんな提案をした。

 俺は怪訝そうに憐子さんを見る。


「どうやって?」


 すると、憐子さんはいつものようににやりと笑った。


「簡単だ。運動するのさ、無論、ベッドの上でな――」

「突っ込み待ちか」

「突っ込むのかい?」


 憐子さんは意味深に怪しく笑む。俺は首を横に振った。


「やっぱり突っ込まない」

「先っちょだけでいいんだ」

「突っ込まない。あらゆる意味で」


 言えば、こたつの対岸の憐子さんは頬杖をついてつまらなさそうに俺を見る。


「まったく、私が何をしてもいいと言っているのに、固辞するとは。ひどい男だ」

「何をしてもいい、の意味が俺とお前さんで齟齬があると思うわけだが、それはともかく、それでする方が酷い男だろうに」


 つんけんと、俺は言い、対する憐子さんは妖艶に口端を吊りあげて言い放った。


「――誘っているんだよ」

「……突っ込まないぞ」

「それに応じないほうが酷い男さ」


 そう言って憐子さんはわざとらしく溜息をつく。

 溜息をつきたいのはこっちの方だ。


「それともあれかな? 薬師にとって私は余りに魅力がないのかな? 薬師的には肉体年齢十三以下の成長しかけの未熟なボディが好みと」

「突っ込まないぞ」

「無言の肯定と取るよ」

「そんな趣味はない」

「そこまで必死に否定されると怪しいな」

「俺はどうすればいいんだ」

「私を抱けば全て解決だ」


 それは別の問題が浮上するのでお断りだ。


「しかし、寒いな」

「話を逸らしたな? まあ、確かに寒いが、と。また話題がループするぞ?」

「それは困るな」

「で、薬師的には私に魅力はあるのかな?」

「なんでそこまで聞くんだ」

「今後の参考に。必要なら日常的に縮まないといけないだろう?」


 どんな参考だ。

 俺は大きく溜息を吐く。


「……そもそも、憐子さんの魅力とか、肉体だけにあるもんじゃないだろーが」


 憐子さんは笑っていた。からかうように、楽しむように笑っていた。

 俺はにやにやする憐子さんを全力で無視した。



















 夕方、こたつの中。


「本当に寒いな」

「全く、薬師。寒い寒いと、本当に男の子かい?」

「女だった記憶は微塵もないな」

「無論私にもない。が、寒い寒いとあんまりだぞ、薬師」

「知らんよ。勝手に口に出るんだ。俺のせいじゃない」

「そうだな、では寒い、と言ったら罰ゲームだ」


 何か思いついた子供のように、憐子さんは声を上げた。


「どんな?」


 俺はそのままの疑問を口にする。

 憐子さんはしれっとのたまった。


「寒いと言ったらお前にキスする」

「……わお」


 寒いという言葉は今後使用不能になりましたとさ。

 そうして、俺は特にすることもなく、上を見上げて。


「しかし、さむ……」


 俺は、そう考えたそばから出そうに言葉を中断した。俺の馬鹿。思ったことを口に出すのは悪癖だぞ馬鹿。

 すると、憐子さんがさも愉快気に聞いてきた。


「さむ?」

「サム、サムだサム。非常に低価格のモビルスーツだ」


 俺は苦しい誤魔化しにかかる。

 本当に俺は馬鹿か。もう口を開くな俺よ。

 何か言えば零しそうで、俺は口をつぐんだ。

 にやにやと憐子さんは俺を見つめ、そして不意に口を開く。


「それにしても今日は寒いな、薬師」

「……おい」


 思わず突っ込んでいた。

 憐子さんはと言えば、全く意味がわからない、とばかりに首をかしげる。


「どうした?」

「罰ゲーム」


 俺が半眼で言うと、憐子さんはこれはしまったと頭を抱えた。


「いやはやしまった。すっかり失念していたよ」


 白々しいことこの上ないのだが。


「で、罰ゲームは?」


 俺は、憐子さんを急かす。

 すると、彼女はいま思い出したかのように振舞って、俺に言ったのだ。


「おっと。そうだったね、では、非常に恥ずかしいが罰ゲームとあれば仕方ないな。うん、どうぞ」

「はい?」


 俺は思わず首を傾げた。なぜ憐子さんは目を閉じて何かを待つように静止しているのか。


「だから、罰ゲームだろう?」

「ん。それはそうだが」


 そう、それは承知の上。

 そう言ったら、憐子さんは俺に告げた。


「ならばほら、熱いベーゼを」


 ……そうだった、忘れてた。


「やっぱいいわ」

「いやいや薬師、勝負事はきっちりしないと」

「もうそいつは罰じゃあるまいに」


 俺が憐子さんに弱みを握られるだけだ。


「じゃあ、お前が好きな所を、どこでも触っていいぞ」


 いや、いいでござる。


「舐めてもいい」


 お断りに候。

 俺が、渋面を作ると、憐子さんは着ていた浴衣の胸元をつまみ、ちらりとその中を見せんとする。


「お前なら……、私にナニをシてもいいんだぞ……?」

「何をしてもいい、の部分の相互の解釈に齟齬が見られる気がするので御免こうむる」


 そこまできて、憐子さんはやっとこさ諦めた。

 憐子さんは、楽しげに、爽やかに微笑む。


「相変わらずだな、薬師は」

「昨日今日で変わってたまるか」

















 ちょっと過ぎて、こたつの中。


「しかし、それにしても、本当に寒いな」


 憐子さんがぽつりと零した。

 こんなことなら灯油買ってくるべきだったろうか、と俺は後悔する。


「隣にいってもいいかな?」

「ん、ああ」


 そもそも、なんで灯油がないのか、その原因はこの寒さにあると言っていい。

 はたして、担当の神が喧嘩でもしたのか知らないが、今日の早朝、大雪が降ったのだ。

 まあ、もともとさして雪が降るような地方じゃない俺の家周辺は大したことないが、玲衣子の住む辺りなど、交通止めが起きるほど。

 それゆえ、灯油屋はこちらに来ることが叶わなかったのだ。

 そして、夜へと近づく中、気温は更に下がっていく。

 憐子さんは、立ち上がり、俺の隣へと入る。

 流石に狭い。俺はこたつの足の一つを己が脚で抱え込むようにして場所をあける。

 そうした後。

 俺は徐にスーツの上を脱いだ。

 それを、憐子さんは怪訝そうに見つめる。


「どうした? 寒さに気でも触れてしまったかい?」


 首をかしげる憐子さん。

 俺はそんな彼女に。

 その上着を掛けた。


「薬師?」

「……まあ、罰ゲームやなんだは別にして」


 俺はぼんやりと虚空を見つめて呟いた。


「体は冷やしちゃまずいだろ」


 呟いた言葉に、返事はなかった。

 ただ、にやにやとにやにやと憐子さんが俺を見ている。

 言わなきゃよかった。

 憐子さんの楽しげな瞳を、俺は直視できなかった。

 それゆえ、居心地が悪くて、俺は誤魔化すように口を開く。

 開いてしまった。


「しかし、あれだな。寒いな……」

「む?」

「あ」


 俺の目前で、憐子さんがにんまりと笑っていた。








 ああ、俺の馬鹿野郎。



















「薬師様、ただいまかえりました。灯油は手に入りませんでしたので、イフリートを捕獲してきました」

「……もと居た場所に返してきなさい」




















―――
今回は登場人物の動きを極限まで削ってみる試み。
常に炬燵内部でのお話です。
前回がエロだったので薄味で。

そして、誰の番外編を書くべきか、それとも奇譚を書くか。それが問題だ。





では返信。


奇々怪々様

薬師はまず土に帰るべき。何より先に。そして生まれ変わって鈍くない男になって帰ってくれば丸く収まります。
そして、類は友を呼ぶ。変態のもとに変態が集まり七不思議増加。そもそも地獄に他に学校がないという。
薬師の痛覚はもう象並みかもしれません。腕がぼっきりいってもなんのそのですし。まあ、超痛いとは言ってましたけど。
ちなみに、テケテケは宿直の先生です。座禅組んだまま動く変な癖があるただの変態でごぜえます。


黒茶色様

藍音さんなら、素で薬師の弱みぐらい無数に握ってそうですけどね。いや、まず間違いなく握ってますけど。
お願いという名の脅迫によって藍音さんに頭が上がらない薬師……、って別に弱み握られてなくても頭上がってないんですけどね。
脅迫をテーマに藍音さんで一話書けそうな気がしてきました。どうしてくれるんですか。
そして、エロスというお名前は思春期の男子には非常に出し難い名前なんじゃあるまいかとおもいます。


志之司 琳様

無論、絶壁ながら、堅くはない。それが前さんだと思います。揉んだ、というか擦ったというか痴漢というかお前が一番の変態だよというか薬師はいい加減になさい。
いやはや、昔はなんだかんだと霊的な何かとかに怯えたものです。現実的にはあり得ないんですけどね。やっぱり理屈じゃないです。
そしてむしろ布団が一番のホラー。行為の最中に野太い声はホラーでしょう。まちがいなく。
薬師の鈍さに関しては、もうどうしようもない。恋愛以外にも痛覚も駄目なのか、と。トラックに轢かれて全身粉砕骨折しても超痛いで済ませそうです。むしろ、朝起きたら腕が取れていた、とか言いそうです。


SEVEN様

ぬ~べ~、懐かしい響きです。昔読み切った時の半分は怖いもの見たさだったと思われます。
テケテケは、なんとなく名前が可愛らしいと思います。昔初めて聞いた時にはそれどころじゃなかった気がするんですが。
しかし、所詮粒ぞろいの変態達。別の意味で恐ろしいですけど。どう考えてもホラー的な意味ではなく。
そして、変態=不思議の図式は間違ってないと思います。普通に霊で、ドラゴンとか居る世界でちょっと人間やめてるくらいじゃどうしようもないんです。精神的に変態なのが重要なんです。


l様

自ら幽霊なのに怖がりという矛盾。だが、それがいい。とよくわからないことを言ってみたり。
エロスは、ギリシアの神格です。まあ、多分神様でも死んだら地獄行きなのだと。死ねる神様ならば。そもそも、ヘラクレスとか意外と気軽に冥府行ってますし。
そして、テケテケの彼は座禅を組み、瞑想しながら宿直として巡回する変態です。腕力も鍛えてるんです。
いやはや、呪いぱないっすね。自分もなんか欲しいです。自転車が倒れないよう支えられるサイキックパワーとか。

リンクに関してはHPから作品へのリンクを押すとこっちに飛ぶようになっておりますよ。ただ、近いうちにサイト内整理しようとか思ってて色々考えてます。


通りすがり六世様

ま、まだっ、服の上からだし問題ない……、はず。エロいけどエロくないです。きっと。
そして、花子と銀子が似てる、というのは確かにまれに口調は被ってるかも知れないです。
まあ、でも一緒に出た時はそこは物書きとしての腕の見せどころなわけです。が……、一緒に出すシチュエーションは特に思いつきません。
あと、人は二本足でちゃんと歩かないと怖い、というのは間違いないです。私の友人も座禅から腕だけで動くプロでしたが、それで人を追いかけたら逃げられてました。


migva様

偶然にも、冒頭が変則的な形でなんかあれだった気がします。初心に戻ってみるのもありですかね。
そして、人は理解できないものが怖いのです。要するに変態の方が理解できなくて怖いんです、間違いない。ただの怨霊ならその辺にごろごろいるんじゃないですかね。
学校は一個しかないのでガンガンこれからも七不思議が集まっていくことでしょう。各地の十三階段が集合して無間階段になったり。
とりあえず、前さんがエロかったり、薬師の骨が折れたりしましたが、間違いなく、鬼っ娘は、人類の生み出した叡智の結晶。









最後に。

イフリートはちゃんともと居た場所に戻してきました。



[20629] 其の四十 俺と誕生日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6a88c9aa
Date: 2010/12/08 22:04
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





『私メリーさん、いまあなたの後ろに――、あーっ、振り向いちゃだめだってば!』

「いや、その前にじわじわ近寄ってくる手順を抜いたお前に文句を言いたい」

「いーやーなーのーっ、もう一回掛けるから前向いて」

「いーやーだーよー。第一俺が遅く振り向いたからなんだというのか」

「びっくりする」

「誰が?」

「あんた」

「しない」

「する」

「しない」

「……するもん」

「……わかった」


 後ろに、小さな小さな少女が一人。


「ところでメリー、なにしに来たんだ」

「えっ? 理由がなきゃ来ちゃ行けないっていうの!?」

「いや、都市伝説に意味もなく付きまとわれるとわが身の心配をしたくなるんだがね」

「うー! 別になんだっていいでしょ!?」

「まあ、身に危険がなければなぁ……」

「なら薬師は黙ってればいいのっ」

「へいへい」

「それに、文化祭のお礼だってまだなんだからっ。速く連れて行ってよね、ケーキバイキング」

「ああ、そいつはすまんかったな」

「覚えてるなら別にいいわよ」

「そうかい。にしても、なんで俺にこだわるんだ? お前さん」

「えっ? っと、それはあれよっ。薬師を驚かせないと沽券にかかわるのっ」

「……友達、いねーのか」

「い、いるわよっ、たくさんっ、百人位っ」

「そんな小学生みたいな」

「いるわよっ!」

「そうやって必死になるところが怪しく見えてくるから気をつけた方がいいと……」

「……いるもん」

「すまん」


 道行く俺の背中は、たまに騒がしい。













其の四十 俺と誕生日。












「あなたに頼みがある」

「藪から棒になんだ銀子さんよ」

「男性固有のケフィアをプリーズ」

「出ません」




 とある日の夜の出来事だった。





「まずは、まずは問おう。何故だ」

「もちろん、ホムンクルスを創る、そしてその子にあなたを父と呼ばせる既成事実」

「突っ込みは必要か」

「要らない。完璧なロジックに突っ込みどころなんて」

「そいつは俺の子じゃあるまいに」

「あなたのDNAを持っているのだから、間違いなくあなたの子。別に女の子を妊娠させなくても、体外受精であれ何であれ、男側の遺伝子提供者はその子の父……、は」

「どうした」

「これは遠まわしに、ホムンクルスとか回りくどいことしないで普通に子作りしようぜ、というサイン……!」

「ない」


 馬鹿なこと言ってないで寝ろ、と俺は呟く。

 そもそも、なぜ寝ている俺の胸の上で正座なのだ。

 なぜ、わざわざ正座なのだ。


「正直、胸が痛い」

「それが、愛でしょう」

「こんなに痛いなら愛なんていらんわ」


 俺は思い切り溜息を吐く。

 そして、銀子を見た。


「第一、意味分かって言ってるのかそれは」


 男に向かって子作り云々は余りに早計過ぎやしないかと、俺は銀子に問うが、銀子はあっさりと頷いた。


「わかってる」

「最終的にどうなるかまでか?」

「今、なぜか普通に子供が居て、やっくんと家庭を持ってるところまで行った」

「……おい。あと、やっくんはやめろ」

「善処します」


 結局、これは何がしたいのか。

 俺には分からぬままである。


「どいてくれまいか」

「どきますん」

「どっちだよ」

「わかりますん」

「どっちだよ」

「しりますん」

「どっちだよ」


 とりあえず、俺はこいつの相手がめんどくさくなった。

 めんどくさくなったので、放り出して、銀子を無理矢理布団の中に引きずり込んで寝ることにした。



















「おはようさん……、すごい隈だな」

「ついに手を出されるのか、いや、ありえない、とどきどきして六時間」

「何を言っているんだお前は」

「寝れるわけがない」


 そう言って銀子は不満げに俺を小突いた。

 いびきでもかいてただろうか。俺は死んだように眠ると評判なんだが。


「そろそろ、手を出してくれてもいい」

「ほい」


 俺はそのままに手のひらを差し出した。


「ざけてんのかてめー、と言いながらもそれはそれでいただきます」


 銀子はそんな俺の手を取る。


「いや、やらんよ」

「なら貸与? レンタル? 何泊? いくら?」

「金払うのかよ」

「まずは手から私のモノにしていく作戦。心臓いくら?」

「怖いわ」

「いくら?」

「五百万」

「あなたの心臓がこんなに高いはずがない」

「値下がりはしない」

「しかし、欲望と愛の混じり合った乙女をなめたらいけない」


 瞬間、すっくと銀子は立ち上がる。

 俺も吊られて身を起こした。

 そして、俺は立ち上がった銀子を見上げ、彼女は握りこぶしを作る。


「賢者の石を質に入れる」

「待った。それは質屋が可哀そうだろ」

「道理は無理で引っ込めるべき」

「それにあれだ、五百万ドルだから。な?」

「それは高い」


 賢者の石なら五百万ドルでも余裕な気がするが。

 馬鹿で良かった。


「でも手は借りる。もう借りた」

「わあ、なんて自分勝手」

「借りてぺろぺろする」

「やめろ」

「そんなこと言っても体は正直」

「どのあたりが」


 銀子は座って、俺の手に顔を近づけてくるが、俺に面白い反応を期待されても困るというもの。

 正直な体は、いつもの平常状態を保っていた。

 銀子は大きく目を逸らして、吐き捨てるように言う。


「……体はツンデレでできている」

「うるせーよ」


 俺は銀子をジト目で見つめた。


「こう、えろい感じで舐めてその気にさせてベッドインさせる方向で」

「起きたばかりだというに」

「その、なに気が触れたことを言ってるんだこの貧乳が、胸があと十センチ育ってから言いな、的視線は自重してほしい。その内その冷たいまなざしが快感になりかねないから」

「快感にならねーで欲しいからやめるわ」

「ちょっと残念な気が……」

「もう手遅れか」

「というか、あなたは私のこと貧乳貧乳言うけどっ」

「言ってない」

「目は口ほどに物を言う」

「そうか」

「貧乳だって悪くない」

「あ、そこか。否定するわけじゃあないのか」

「ほらっ」


 不意に、俺は銀子に手を引っ張られる。

 手は――、胸に。


「……おい、何がしたいんだ」

「ぶらじゃーつけてないから服の上からでもダイレクトな感触が」

「命朽ち果てろ」


 何させるんだ、と俺は手を引っ込めた。


「お願い、貧乳大好きって言ってみて」


 俺は押し黙った。


















 そうして、昼、俺はソファの上で饅頭を食っていた。

 そんな中、銀子は俺の前に立つと、唐突に言ったのだ。


「何かちょうだい」

「なんだ藪から棒に」

「私、誕生日」

「さっきまでの要求はそれが理由か」

「ごめんなさい、うそ」

「騙された、傷ついた」


 押し黙った俺に、突如差し出される手。

 それは何かを要求するように上向いている。


「そもそも、誕生日なんて覚えてない」

「馬鹿め」

「やっくんは覚えてるの?」

「……覚えてない。多分、藍音が知ってる」

「ばかめ」

「俺は毎日が誕生日のようなものだからいいんだよ」

「なにそれ」

「すまん、俺にもわからん」


 しかし、まあ、確かに誕生日なんて覚えちゃいないが。

 いきなりなんだと言うのか。


「昨日、小学生が誕生日の話してるの聞いて」


 不意に、銀子が呟いた。


「寂しくなった」

「へえ、そうかい」


 そんなこと言われても、困る。

 しかも贈り物なんて用意していないのだ、俺は。


「なんか欲しいもんでもあるんかい」

「あなたをリボンでラッピングして」

「誰も見たくないだろうから却下で」

「じゃあ、署名済みの婚姻届」

「そんなものは地獄にはないと」

「愛」

「無理」

「せいえ――」

「それはさっきも言っていたネタだ」

「じゃあ……」


 銀子は、口元に手を当てて、考え出す。

 俺は、それをぼんやりと眺め。


「えーと……」


 銀子の口に、饅頭を押し込めた。


「むぐう……、ひきはひまみもむむ?」

「俺からの、誕生日プレゼントとやらだよ」

「まんむうひほつ?」

「ちゃんと飲み込んで言え」


 俺が言えば、銀子は大きく喉を動かして、それを飲み込んだ。


「おまんじゅう、一つ?」

「ああ」


 なんだその不満げな顔は。


「むー……」


 声も上げるな。むしろ饅頭一つでももらえただけよかろうに。

 俺は溜息を一つ吐いて、呟いた。


「気が向いたら、なんかやる」

「うん」

「その都度、その日がお前の誕生日だ、よかったな」


 言って、俺はあさっての方向を見る。

 銀子は、その一口食べた饅頭を、リスのように食べていた。


「うん」


 馬鹿でよかった。銀子も心持ち嬉しそうだ。


「じゃあ、私からもあげる」


 そして、突如として、銀子は渡した饅頭の半分を俺に寄越した。


「むぐ」


 銀子は、薄く笑う。


「今日があなたの誕生日」

「ぬ?」







「一緒に、年をとる」






















―――
明日、テストが終わります、という変則報告。
補習もあるからどうかなと思ってたけど更新速度は落ちませんでした。







返信。

SEVEN様

ぜ、前回はあれですよ! エロじゃなくて下ネタなんです。多分。きっとそうです。
暖房は、自分もあまり好きじゃないです。喘息持ちなので、特に季節が変わる付け始めの時がやばいです。
イフリートなら埃が出ないと思うんですけどねぇ……、どこぞに居ませんか、暇してるイフリートさんは。
そして、結局あんまり勉強しない薬師たち。きっとあれです、語られてない合間にすごい勉強してたんですよ。


通りすがり六世様

そいつは微妙に恐ろしいです。ヨガの領域ですね、もう。自分は驚くほど堅いので羨ましいと言えば羨ましいですが。
そして、イフリート拉致事件。いかにイフリートといえどもメイドさんにはかなわないようです。
憐子さんは、見た目は大和撫子なのに、喋ると出てくるのは変態か下ネタか、の二択ですから。どうしようもない。
あと、多分昔の薬師でも変わらんです。多分薬師は十才くらいから変わってないんじゃないですかね。


奇々怪々様

もう突っ込んでしまえばいいのにと。心のどこかで考えます。
そして、なにをしてもいいとまで言われておきながら、なにもしない鬼畜。放置プレイもここまで来ると恐ろしい。
はたして憐子さんが我慢できなくなるのが先か、薬師が憐子さんの思いに気がつくのが先か。多分前者でしょう。
イフリートは、熱い地域からあっさりほいほいと捕獲されました。近場にドラゴンとかが住んでるようです。


黒茶色様

もしかすると、背後から気を失わせてずた袋で背負って帰って来たのかもしれません。
多分フェンリルとかも見つかるんじゃないですかね。神話的に死んでますし。
そして、憐子さん方式を採用したら、きっとあれですよ。需要に対し供給が全く足りず恐慌状態に陥るのを予測しているんです。
番外編は……、本当にどれからやろう。全ネタ出し切りたいんですが、どれから出したものか。抱えてるネタは結構いっぱいあったり。


春都様

いかにイフリートといえど、コンビニ帰りは油断するものです。きっと。
そして、むしろ突っ込んだもの勝ちです、きっと。誰が勝つのかといえば憐子さん大勝利ですけれど。
薬師は勝ちも負けもしない姿勢だからあれなのだと握りこぶし作って力説します。
しかし、格好いいところを見せて、結局エロいと書くと、自由ぶりが凄まじいですね。


migva様

冒頭なんかはこう、これだっ、と思うネタが出たらすぐ書くんですけどね。なかなか思いつかない時は出てきません。
そして薬師はこう、もう少し、妄想くらいしろと。あれだけの言葉を浴びせ掛けられて想像を掻き立てられないとかマジ仏。
あと、そろそろ魃行きます。やっと行けます。季節感の関係で封印してたんですよね。出番の多さの兼ね合いも含めて。
とりあえず番外編書いてきます。テストとか放置しつつ。


志之司 琳様

相変わらず薬師は不健全なことこの上なし。男なら襲うべきでしょう。というか確実に誘ってるのにあれは据え膳食わぬはというやつです。
エロは……、ジチョウシマシタヨ? 全編こたつの中で、ボディタッチのボの字くらいしか出てませんし。
今のところ、冬将軍の登場はないですね。むしろメリーさんの方がフラグ立ってませんかね。
ちなみに、ズクはいませんが、サクなら居ますよ。イフリートは……、そう言えばあれだと最初のボスでしたね……。







最後に。

銀子だとなんかエロくない、不思議。



[20629] 其の四十一 俺と風邪。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c45eb834
Date: 2010/12/11 22:12
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 揺らぐ視界。

 働かない脳。


「……薬師様」


 よくわからない浮遊感。


「……薬師様?」


 体が傾いでいる、と気がついたその瞬間には、俺は既に倒れ掛かっていた。











「結果は?」


 問うた俺に、下詰は言う。






「――風邪だな」

「……まじでか」



「そもそも、体調不良で何故うちにやってくるのか不思議である、と」

「そりゃ自分の胸に聞いてみろよ」


 そもそも診断可能な時点で、何かが間違っている、と。











其の四十一 俺と風邪。










「……なるほど、では今日はお休みください」

「ん、ああ。そうする。だが、あんま心配すんなよ?」


 いやはや、まさかこんなことになろうとは。俺は布団の中で、心中に漏らした。

 風邪を引くなど、うん百年単位でなかったため、気が付かなかったぞ。


「貴方を心配するのが私の役目ですので」

「……なんか、悪いな」


 布団の隣に正座する藍音を見上げる。

 彼女はじっと俺を見つめていた。


「……いえ」


 呟きながら、藍音は俺の額に冷却ジェルシートなるものを張り付けた。

 白い手の平が、俺の額を滑って行く。


「では、ゆっくり休んでください」

「ん、ああ」


 そうして、俺は目を瞑った。














 果たして、どれくらい眠っただろうか。

 体感では、否、寝ていたから完全に勘となるのか。

 とりあえず、周囲を見るに明るい。それも、昼間の明るさというよりかは、朝よりの。

 まあ、朝よりの明るさとは一体何ぞやと聞かれれば、答えることは不可で、説明しがたいなんとなくの、そう、やっぱり勘なのだ。

 そんな勘で、さほど寝ていない、と俺は判断しつつ、ふと、人の気配に気が付く。

 藍音だ。

 藍音が先ほどと同じく、正座しながら、静かに俺を見守っていた。


「なあ、俺はどのくらい寝てた?」

「一時間ほどですが」


 俺が問えば、即座に声は返ってくる。

 ひんやりとした、涼やかな声だ。

 しかし、俺は一時間くらい寝てたのか。布団に入ったのが朝の八時半ばだから、九時から十時の間か。

 頭は依然とぼうっとしている。

 そんな俺に藍音は、唐突に顔を近づけた。


「ん? どした?」


 疑問符を浮かべる俺の首に、藍音は確かめるように両手を当てた。


「やはり、熱は高いようです」


 そして、事務的にそう告げる。


「……顔を近づけた意味は?」

「……風邪を引いているのですから誤魔化されてください」


 若干ばつが悪そうに、藍音は言った。


「ところで、ずっとそこにいたのか?」


 唐突ながら、俺は問う。

 俺の気のせいかも知れないが、俺が寝る前と、藍音の位置が変わってないように見受けられる。

 もしや、ずっとそこにいたのではあるまいか。

 藍音は、さも当然と言うかのように頷いた。


「はい」

「いや、別にそこまでしなくてもいいんだぞ?」

「いえ、問題ありません。むしろ逆です」

「なにが逆なんだか」

「言ってもよろしいのですか?」

「なんでだよ」

「十中八九引きます」

「……じゃあいいわ」


 聞かない方がいいことは聞かないに限る。

 そして、俺は体を苛むだるさに任せて目を閉じた。

 しかし、仕事が休みで良かったな。不幸中の幸いか。

 瞼を閉じても、すぐに意識を落とすわけでもなく、視界を黒が支配する。

 その状態で数十秒。不意に、手に感触があった。ひんやりとして、柔らかな、これはなんだ?

 俺は目を開ける。


「藍音?」

「普段風邪を引かないので、不安なものかと」


 俺の手を握っている、藍音。手の感触はそれだ。


「不快ですか」


 首を傾げる藍音に、俺は力なく首を横に振った。


「いや、逆に」

「逆に、なんでしょう」

「言わないでおこう」

「何故でしょうか」

「十中八九引くから」

「……それでも聞かせて欲しいと思います」

「あー、鬼め」

「天狗です」

「なんつーか、あれだ……、こう」


 藍音は何も言わずに俺の言葉を待つ。

 仕方ないから、俺は眉間にしわを寄せて口を開いた。


「ひんやりしてて気持ちいいんだ」















 また、寝ていた。

 はたしてどれくらい寝たのかは分からない。

 ただ。

 相も変わらず微動だにしていない藍音が、正座したまま静かに寝息を立てているのを見るに、意外と寝たんだろう。

 意識せずに、苦笑が漏れる。

 まったく、俺のことなんてほっときゃいいもんを。

 そんなことを思いながら、俺は藍音を見上げていた。


「まったく……」


 そして、呟いたら、不意に藍音がその瞳を開いた。


「申し訳ありません、寝ていたようです」

「いや、別にかまやしねーが」

「そうですか」


 藍音が呟く。

 しばし、無言。

 そうして、いかほど経ったか、不意に藍音は口を開く。


「寒くはありませんか?」


 その問いに、俺はそのままを答えた。


「少し、寒くはあるな」


 熱が上がっているのだろうか、確かに体は少し肌寒い。

 だが、寒いからとどうするのだろうか。

 そう考えていると。


「では、失礼します」


 徐に藍音が俺の布団に入ってきた。


「おい」

「なんでしょう」

「何故入ってくる」

「薬師様が寒いそうですので」

「風邪、うつるぞ」

「どうぞ」


 あんまりな藍音の物言いに、俺は渋面を作って、すぐに諦めた。


「お前さん……」

「どうぞ、この藍音めを湯たんぽ代わりに」

「いらんよ」

「もちろん、返答は聞いていません」


 確かに、ぴったりとくっついてくる藍音は暖かかった。相変わらずその指先はひんやりとしていたが。


「民間療法を、試してみるべきかと」

「なんだ」

「メイドを抱いて眠ると風邪が治ります」


 しれっと、藍音は言い放った。

 俺は溜息を一つ。


「どこの民間療法だ」

「もちろんここのですが」

「そうか、迷信臭い」


 俺は一言でそれを切って捨てる。

 すると、藍音はならばと言わんばかりに言葉を紡いだ。


「では、風邪はうつしたら治るというのはいかがでしょうか」


 俺は、布団の中で肩をすくめる。


「いいや、お断りだ」

「なぜでしょう」

「お前さんにうつしたら、看病しないといけないだろうが」

「……そうですか」

「なんだよ」

「……私が風邪を引いたら薬師様が看病することは確定なのですか」

「当然だろうが」

「……そうですか」

「なんだよ」


 今度は藍音は答えてくれなかった。ただ、なんとなく嬉しそうだった。



















 病人、というものは寝ていれば時が過ぎ去り、起きていると暇なものである。

 何かするほどの気力もなく、布団の上に転がるだけ。

 藍音は俺の昼飯を作りに行った。

 いっそ何かしようかと。

 考えた瞬間声が降ってきた。


「おお……、本当に風邪で寝込んでおるとは……」

「……なんの用だ。魃」


 屈むようにして、俺を突くのは魃。

 今日のTシャツは……、ロビンソン・カタギリですかそうですか、誰だそれは。


「無様じゃのう、無様じゃのう」


 にやついた顔を隠しもせずに、魃は俺を見下ろした。


「うるせー、なにしにきたんだぼけがー」

「ぬ、いや。お主が寝込んでおると風の噂で耳にして、の」

「それで追い打ち掛けに来たのか。流石魃、やることがえげつないぜ」

「う、うるさいわっ! せっかく人が心配してっ……」


 と、そこまで言って魃は不自然に言葉を切った。

 俺はぼんやりと疑問を口にする。


「心配されてんのか? 俺」

「う、うるさいわっ! そう、お主をあざ笑いに来たんじゃよ、妾は!」

「そうかい」


 顔を真っ赤にして怒る魃は、不意に顔を横に逸らした。


「まあ、でも……、想いび……、ごほん。曲がりになりにも妾を打ち倒した男がこの様では妾の沽券にかかわるからの」


 わざとらしい咳払いは、なんとなく白々しく俺の目に映る。

 魃は、ためらいがちにつんつんと、俺を突いて、言葉にした。


「早く……、良くなるんじゃぞ……?」

「まあ、できるだけそうさせてもらうさ」


 最後の言葉は額面通り受け取って、俺は肯定を返す。

 魃は、呆れたような溜息を吐いた。


「しかし全く、風邪などとは軟弱な。どうせ腹でも放り出して寝てたんじゃろうが」

「失敬な、俺に腹を露出して寝る趣味などない」

「知らんわ」


 ばっさりと俺の言葉は切って捨てられた。ひどい話だ。

 地味にへこむ俺を無視し、魃は問う。


「お主は、あれか? ちゃんと食事は摂っておるのか?」


 なんだ、いきなり、お前は俺の母親か。


「ん? 摂ってるが」

「そうか、じゃあ、休みは?」

「まあまあ」

「寝ておるのか?」

「普通にな。で、なんだよ」

「いや、ならよいのじゃ」

「なんだよ」

「気にするでない」

「気になる」

「うっ、うるさいわっ!」


 ぬおう、頭に響く。

 まあ、まれに騒がしいが、しかし、心配して来てくれたのも事実らしい。


「なんつーか、うん、まあ、ありがたいな」


 俺は、ぽつりと口にする。

 魃は立ち上がり、ど派手に後ずさった。


「ななななんじゃいきなりっ」

「いや、そのまんまだが」

「薄気味悪い」


 それはひどい。


「お主は黙って寝とればいいんじゃ。まったく、風邪で寝込んでいるからどんなに苦しんでいるのかと思えば、いつもとさほど変わらないとは」

「それはご期待に添えなくて残念」

「まったく、この際、妻でも娶ったらどうじゃ?」

「いや、なんでだよ」

「基本的にお主の家、家庭に入っているものはおらんじゃろう? あのメイド、藍音とて暇な訳ではあるまい」

「まあな」


 俺が頷けば、魃は気恥かしそうにくしくしと頬を指でこする。


「だ、だからの。そこらから妻の一人でも探してみんかと言っておるのじゃ」

「いや、相手が居ればそれもいいんだがな」


 言えば、魃は挑発するように俺に笑いかけた。


「そんなだから駄目なんじゃよ、お主はの。ここに美女が居るのにも関わらずこの朴念仁ぶり。それがいかんのじゃ」


 好き放題言ってくれる。

 まあ、事実ながら。


「ほれほれ、ここで男なら口説いてみんか」

「結婚してくれまいか、お嬢さん」


 瞬間、ぼっと魃の顔が茹で上がった。


「っ――!? じょ、冗談でそのようなことを口にするでないわっ!」


 お前が口説けと言ったのに。理不尽だ。

 俺がそんな風に理不尽への悲しみを噛みしめる中、恥ずかしさからか、魃は後ろを向いて正座する。

 俺は、そんな背中に――。


 ……寒かったのだ。これは言い訳になる。そう、病人だから。

 病人だから仕方がなかった。寒気がしたのは事実だ。

 ただ、まあ。

 下心がなかったかと言われればまあ。

 悪戯してやりたかったのだ。あまりにも、無防備な背中だったから。

 まるで安心したような、緩みきった空気の背中。

 寒さもあって、俺は、半ば吸い寄せられるように後ろから魃に抱きついた。



「え……、やく、しっ――!? な、なな、いきなり何をっ、いつも通りかと思えばいきなり情熱的になりおって! れ、冷静にじゃの……」

「お前さん……、やっぱりあったけーな」


 熱を放つ魃。それは余りにもぽかぽかと暖かく。


「み、耳元で喋るでないわっ」

「……それに抱き心地も悪くないときた」

「だ、だきっ……、薬師、お主はのうっ、もう少し節度を持ってっ、その、乙女心も考えてっ、それで、じゃの……」


 魃の言葉は、次第に消えて、そして何も言わなくなった。

 恥ずかしげに、肩を緊張させてそのままでいる。

 律義な奴だ。

 俺は苦笑を一つ。

 そして、しばしその暖かさの恩恵にあずかることにした。















 翌日、朝。


「……何故だ」


 俺の右に藍音。右腕の痺れは腕枕をしていた結果であろう。

 俺の左に魃。左腕の痺れは腕枕をしていた結果であろう。

 左右ともに、安らかに眠っている。

 確か昨日は風邪で寝込んでいたはずだ。しかし、半ば覚えていない。

 ……昨日、なにやった。















「……おかしい、予定では看病イベント発生のはずが、うっかり私まで寝込むことになるなんて」

「銀子、お前の仕業か」

「ひとり、寂しかった」

「自業自得だ」


 因果応報。























―――
遂に魃、解禁。
あったかカイロさん魃の季節を今か今かと待ち続け、やっと十二月。
それよりちょっと前に出そうかな、と思ったけれど、そうすると短期間で連続出演になるから難しかったりして遅くなりましたが、遂に解禁。



返信。

黒茶色様

――男なら仕方がない。問題ありません。
むしろですね、男ならどのような大きさであっても受け入れる包容力を持って物事に当たるべきなのです。
故に薬師は貧乳大好きと言ってみたらいいんじゃないかと。
むしろ言ってそのままエンディングを迎えてしまえばどれほど楽か。


春都様

女性にケフィアを要求されて、「出ません」と断るのは一種の才能だと思います。普通はできません、色んな意味で。
そして、久々の銀子でしたね。まあ、相変わらずでしたけど。どうしてああも色気のある方向に持っていけないのか。
メリーさんもお変わりなくじわじわアウトです。そろそろ駄目になってくるころなんじゃないかなぁと。
まあ……、自分も偉そうなことは言えないようなのなんであれなんですけど、一日中、半分くらい妄想に費やしてるといいのができる気がします。


SEVEN様

色気……、ないですね。多分言ってることの実に九割が冗談臭いから悪いんだと思います。
そして、自分は自分の誕生日と姉の誕生日が近くてこんがらがります。いや、こんがらがるなよ。
薬師が二人に増えたら、まあ、確実にフラグ塗れでさようならですね分かります。
しかしまあ、ここで女性が生まれたら――、薬師にフラグ立てられるのかこの野郎。


奇々怪々様

はたして薬師の感度が爬虫類並みなのが悪いのか、メリーさんが怖くないのが悪いのか。都市伝説につけ狙われても涼しい顔です。
基本的に銀子はあれですが、きっといざ本番となったら真っ赤っかですよ。間違いない。
リードするとか云々言っていた割にそのまま好きにされてしまうんでないですかね。結局のところ。
貧乳を気にするのではなく、貧乳の似合う女性になればいい、とばっちゃは言ってなかったので、私がおじいちゃんになったら言うことにします。


migva様

遂に薬師のフラグ範囲は現象の域に――!! 都市伝説を落とすのはすでに都市伝説ですよ。
しかし、なんだかんだと小学生の言った台詞だからこそ胸に突き刺さるもんです、たぶん。
銀子のエロくなさは、あれなんでしょうね、エロ話じゃなくて、下ネタの域に足突っ込んでるから駄目なんでしょうね。
とりあえず、薬師のホムンクルスは世界規模での災害が起きそうなんでやめましょう。女性型だったら、天然悪女でもできるんですかね。


志之司 琳様

メリーさん、九割方アウトです。スカーレッツなおぜうさまよりもカリスマブレイク度というか、もとよりカリスマがないのであれですが。
そして、久々にやって来て唐突に下ネタで掴みはばっちりな銀子。なんの掴みか知りませんけど。
で、よく考えると言ってることが下ネタなんですね。これが悪い。エロと下は違うと知りました。
それで、気がついたら一緒に年を取る宣言です。とりあえず、賢者の石は寄贈してきなさい。


zako-human様

薬師も変な方向に擦れていっている気がします。諦めが暴発気味で。既に憐子さんの戯言はスルーしてしまうことに決めたようです。
メリーさんはもう、なんで後ろにいるのだか。既に近所のお兄さんを慕う少女と化してます。
そして、もう銀子の言葉はエロさを超えているのだと思うことにしました。時代がついていってないんです。私も追いつけないです。
しかし、最後に一言で砂糖空域を作り上げる辺り流石と言うべきかなんというか。






最後に。

命拾いしたな、薬師……、その台詞を言ったのが魃じゃなくて憐子さん、藍音、にゃん子辺りだったなら……、貴様は既に結婚していた。



[20629] 其の四十二 俺と手加減。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:f70448e6
Date: 2010/12/19 00:54
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







 ある日の河原、俺が石を積んでいると、そこに娘が現れて。

 その緊張した面持ちに、俺は居住まいを正し。


「お父様……!」

「ん?」


 そうして、由美は言った。


「私に力加減を教えてくださいっ!」


 踏みしめた土は、少々ばかりめり込んでいる。

 なるほど、確かに必要かもしれん。












其の四十二 俺と手加減。









「なんかあったのか?」


 広い部屋で、由美に向かって俺は問う。

 そうすると、由美は恥ずかしげに頬を掻いた。


「……じつは、林檎を握り潰しちゃって」

「ああ、なるほど。うん、なるほど」


 遂にやったか。いつかやるとは思っていた。


「すごく……、びっくりしました」

「まあ、そりゃそうだ」


 うっかりと林檎を握りつぶしてびくっと体を振るわせる由美の姿が目に浮かぶ。

 しかし、遂にこの時が来たようだ。

 俺は感慨深げに眼を瞑る。

 常々、いつか由美には加減と言うものを知ってもらわねばならないと思ってはいた。

 いつか俺の胴と足がさよならしないかと不安だったのだ。

 これから先、もっと由美の腕力が上がって、抱きつかれたとき、それが俺の最期になるかもしれない、と。


「しかし、力加減か……」


 そう、由美は鬼になって日が浅い。浅い、とはいっても妖怪のお話で、一年と少し。

 だが、その一年で、鬼の腕力を使いこなせるはずもないのだ。


「普段は大丈夫なんだよな?」


 とは言えども、普段は問題ない。そこが問題だ。


「はい」


 由美も頷く。

 やはり、咄嗟の、緊急を要する場合に予想以上の腕力が出る。由美はそこを問題としている。

 普段が問題にならないのは――、まあ、考えてみれば、普段から扉を開けるときに顔を真っ赤にして全力を出す奴はいない、と言ったところか。

 俺達人間から妖怪なった奴らは、膂力の最低値はそのまま、最大値が大幅に上がることとなる。

 だから、追いかけられたりしていると、焦って思わず扉をぶち破ってしまうわけだ。

 問題は、それをどうやって調節するかだが……。


「どうすっか」


 言ってどうにかなるならどうにかしていると言うものだ。

 一番なのは常に、あらゆる状況下で心に余裕を持つことだが、そこは時間の問題である。そのままの意味で。

 しかし、そうすると、咄嗟に出てくる反応、殴られた瞬間身構えない、なんていったことは非常に難しい。

 挙句の果てに、俺は人に物事を教えるのを得手としていない。

 ここで思い浮かぶのは、人に教えることに長けた雰囲気のある、憐子さんだが、あれは駄目だ。

 ずがーん、と来たら、ドゴッ、ではなくスパっと返すとか言い出す派閥だ。

 それに教えられた俺が言えたことではないが、お勧めしない。

 俺は考えて。


「さて、じゃあ仕方ない。あれいってみるか――」


 中空へと呟いた。























「えいっ!」


 迫る拳。可愛い掛け声に反して、風切り音は凄まじい。

 俺はそれを受け止めて、緩やかに由美を投げ返す。

 結局の所、俺は組み手を選んだ。

 俺は、力加減に苦労した覚えはない。その答えが多分、憐子さんとの組み手なのだろう。


「そい」


 体勢を立て直した由美に俺は緩やかに拳を突き出す。


「あっ」


 由美はその手を掴んだ。

 手加減に何故、組み手が有効であるのか。その答えがここにある。

 まずは、自分が全力で体を振り回して、どれほどの出力が出るのか確認すること。それを目標とする。

 最大値を知ることは、制御の上で肝心だ。

 次に、体勢を立て直した瞬間などの切羽詰まった状態での攻撃に上手いこと考えて対処させることで、咄嗟の反応を制御できるようにする、というわけだ。

 そして、ぎりぎりで止める寸止めの練習もしておけばばっちりだ。

 まあ、ぶっちゃけてしまえば、子猫は子猫同士で喧嘩気味にじゃれあうことで手加減を覚えるらしい。多少意味の相違はあるが、概ね似たようなもんだと考えればいい。


「……えい」


 しかし、危ないな。

 俺は人知れず心中で呟く。

 由美は素人だ。だから、いくら腕力が高くても、動きも単調だし、先読みしようがしまいがその拳が当たるようなことはない、と見ていい。

 しかしながら、当たらないとは限らない。

 組み手だろうがなんだろうが戦いというものはそんなものだ。

 しかも、当たるだけならこちらも天狗。多少の怪我で済ませることができる。

 だが、俺はこれを問題にしたい。

 ――由美の身長だ。

 由美の身長は、俺の腹ぐらいまでしかない。

 これが何を意味するのか。


「うおっと、あぶね」


 その身長では、振るった拳が男性特有の弱点に直撃しかねない――っ!!

 危ういところに迫る拳を、俺は冷や汗を垂らしながら受け止めた。

 そして、再び優しく投げ飛ばす。

 壁に当たらないようにやんわりと。

 部屋の広さは広い、と言えどもそこまで大したものではない。

 まあ、本格的に強くなろうと修行するわけじゃないから十分だが。


「えいやっ!」


 しかし、しばらくやり合って、本気出しても大丈夫だと思ったのか、由美から手加減、と言うよりかは、遠慮と言うものが消えた。

 最初はまさに恐る恐る腰も引けていたが、まともに直撃もしないとあって、安心して殴りにくる。

 そして、今度は右拳から、更に左拳へ。

 俺は順にそれらを掴む。

 さて。

 ここまでは良かった。

 しかし、ここから問題が発生した。

 流石に、由美の鬼並みの腕力からして、受けるときはそれなりに力を入れざるを得ない。

 得ないのだが――、踏ん張る足が、


「ぬおうっ?」


 滑った。

 それはもう、ものの見事に。

 ああ、そうだ、今日俺はこれを教訓としよう。



 板敷きに靴下では踏ん張れない。



「きゃうっ!?」


 こうして俺は、由美と一緒にもつれ合うようにして倒れた。


「うーん、しまった。次からは靴下は脱ごう」


 呟いて、俺は下を見た。


「由美、大丈夫か?」

「あ……、ひゃい、……はい」


 由美は、縮こまるようにして、そこに居た。

 覆いかぶさる俺の下。

 運動していたその頬には朱がさし、玉のような汗が流れている。


「すまんかったな、次からは気をつけよう」

「お、父様……、あの」

「む、ああ、すまん、いま退ける」


 さて、早く退けるべきだ。倒れこんだなら当然である。

 うむ、早く退けよう。よく考えればこの体勢は不味い。

 こんなところを誰かに見られたら……。


「薬師様」


 ――はい、終了。


「変態ですか」

「黙らっしゃい」


 開く扉、その向こうにはメイドが一人。

 藍音は一体何なんだ。勘がいいというか、俺の弱みを握るのに適しているというか。


「薬師様が年端もいかぬ少女を無理矢理押し倒す変態だったとしても私に取ってはなんの障害にもなりえません」

「……いや、あれだから」


 俺は、頭痛を覚えながら言葉を紡ぐ。


「別にな、組み手してて事故ってこうなっただけでだな」

「事故で寝技の訓練を行いそのまま訓練だと偽って十八禁へ縺れ込む算段ですか。分かりました、稽古をつけてください」

「悪い、定員一名だ」

「メイドは一人に数えません」

「初耳だ」


 俺は、苦虫をかみつぶしたかのような顔で頭を抱えた。

 なんというか、柳に風だ。

 どうにかならんものか。

 俺はあちこちに視線を落ち着きなく分散させ、そして、自分の真下の由美を見る。


「とりあえず由美からもなんか言ってくれ」

「ふぇっ? わ、私ですか?」


 そうして、俺は娘に助けを求めた。

 流石に由美の証言まで出れば、藍音と言えど追及しきれまい。

 それだけ、我が家内での由美の優先度は高いのだ。


「ただの事故で、別にやましいことも何もないよな?」


 俺は由美に問う。


「は、はい、……あ」


 もちろん、事実だし、現にこうして由美も頷いて、そして、何かに気がついたかのようにはっとして。


「……ありますっ」


 うぉいっ、そいつはどういうことなんですかね由美さんひゃっほう。

 ああ、やっぱり、ってな顔で口元を押さえるな藍音も。

 なんなんだ、はい、あります、って軍隊式かこの野郎。はい、いいえなのか。


「薬師様……、やはり年端もいかぬ少女とまぐわい合うこと泥の如しなのですか」


 ないから、ないから。


「えっと……、はい?」


 首を傾げながらも頷くな由美は。

 そして藍音は、ああ、やっぱりってな顔で口元を押さえるな。


「待て待て待て待て、由美さんよ」

「なんでしょう、お父様」

「まず、ほら、あれだ、まぐわいあうの意味を分かって言ってるのか?」


 すると、由美は可愛らしく顎もとに人差し指を添え、考える仕草を見せた。


「えっと……、まぐわ……、鍬の一種でしょうか?」

「……よくわかってないのに返事するんじゃありません。えっちなことです」

「……えっ」


 赤かった頬が更に赤く染まる。

 そして、気まずく沈黙が流れ。

 おずおずと由美は言った。


「で、でも……、お父様と、ちょっとくらいなら、いいです。えっちなこと」

「……藍音、俺は父としてどうしたらいい?」

「3Pしかないかと」

「それはない」


 藍音からの意見は参考にならん。

 俺は溜息を吐きながら立ち上がる。


「ほら、あれだ。由美の手加減があれだからってことで、組み手やってんだよ」


 そして、藍音を半眼で見た。


「……手加減、ですか」


 ポツリと、藍音は呟いた。


「それで、組み手を?」

「おう」


 すると、藍音は言ったのだ。


「少女を相手にワンサイドゲームせずとも、他にやりようがあると思いますが」


 ……なんと人聞きの悪い。





















 こうして、のけ者にされて三十分。


「そこの味噌汁を、由美に作っていただきました」

「ははぁ、なるほど」


 食卓。

 一品増えた夕飯。

 緊張した面持ちの由美。


「台所は、戦場です」


 なるほど、言いえて妙と言うやつか。






「お、お父様……、どうですか?」

「おう、いける、美味い」

「じゃ、じゃあ……、いいお嫁さんになれますか?」

「おう、なれる」

「はい、頑張りますっ!」


 しかし、家事による細やかな力加減の訓練か……。


「あ、お父様、頬にごはん粒がついてますよ。んっ」

「うおうっ、お前さん、いきなりすごいことするな……」

「あっ、あう……、ごめんなさい」







 ……花嫁修業か。



















―――
由美です。

さて、そろそろシリアス編でも考えましょうか。





返信。


黒茶色様

そう、人肌湯たんぽなのです。この業界なら基本だと思ってます。そしてそういう役目は藍音さんに一任したいと思ってます。
薬師の手となり足となり湯たんぽにまで、なんていうそんな彼女が素敵。
魃はツンデレ一直線。オーソドックスに攻めます。なんかツンしきれてない気もしますけれどね。
オッサン達は、近々出したいと思ってるんですけどね。話のローテとかとの兼ね合いでどうしても登場話数が少なくなってしまいます。でも、次のシリアスには出ますよ!


奇々怪々様

下詰は、自分の満足する代価さえ払えばどうやら健康とかも売るらしいです。私の前にも出てきませんかね、神聖店。
そして、流石にメイドとネギと尻はプレイとしては少々マニアックすぎます。この板では書けません。
魃のTシャツは文字Tが基本のようです。まあ、基本的にそれこそマニアックに攻めるファッション。こう、外国の方の中でもおのぼりさん的空気を醸し出して。
で、薬師が抱きしめても抱きしめられても、薬師なら仕方がないで片付きそうですね。むしろ自分も、と要求する人々が出てくるだけだと。


マリンドアニム様

みんなが憧れる素敵な民間療法、メイドさん添い寝法。私も試してみたいものです。
しかし、そしたら逆に風邪が治らないほうがいいんじゃないかななんて考えた揚句まずは風邪を引くところから始めそうです。
そして、薬師も基本的に人間だったらしいです。高濃度のウィルスに侵されれば。まあ、稀代の錬金術師が作ったウィルスとの噂も。
とりあえず、まずは腕枕状態だったその腕からもげればいいんです。


通りすがり六世様

そもそもネギを尻に刺すくらいなら食べても一緒なんじゃないかと思います。
魃に関してはそれはもう、ポータブルストーブのごとく頑張っていただきたい。太陽神だけれど。
まあ、前回うっかりプロポーズした薬師ですが、薬師と言えども寂しくないなんてことはないんでしょう。
ただ、悪いのは日常的に騒がしすぎて、真面目に嫁探したりする気が起きないことでしょうか。


migva様

ここで出したら出すぎるしな……、まだ現実時間じゃそんなに寒くないし、とか言って溜めた分こっから放出します。
夏は……、お察しください。まあ、でも、その頃にはきっと薬師が結界も完成させて、周りの被害は薬師が溶けるだけです。
Tシャツのセンスは、結界が完成しても治る予定はないようです。そもそもなんでそれを選ぶのか。
そして、よく考えれば三人も出てましたか。銀子は完全におまけでしたが。最近メインが二人に別れることが多いですね。


SEVEN様

看病イベントと、湯たんぽイベントはずっとやりたかったネタです。どうせなので合体させました。
まあ、番外編は魃はまだ日が浅いですしね。その内そんな空気にもなってくるでしょう。
藍音さんは、もう未知の成分、薬師分で稼働してそうなので薬師分が不足したら不調になって、補給したら回復するんじゃないですかね。
十全な薬師分があれば、風邪引いててもきっと回復します。


志之司 琳様

薬師は体調が悪い方がいい、と言うのは番外編からも証明済みですねわかります。あと、体調悪いとあまり外にも出なくて、女性を引っかけてくる確率が下がります、万々歳だ。
藍音さんは、普段から全力ですが、薬師のガードが下がると抉るようなストレートを放ってきます。一生懸命なんです。そして、メイド治療法はむしろ風邪が治らないほうがいいぜヒャッハァという。
魃は……、読まれていた……だと? まあ、初登場辺りからやろうと思ってたんです。人間ストーブ。これからもそんな扱いです。そして、ベジタブルなツンデレですよ。
銀子は、薬師にだけ感染させて看病するイベントでも、銀子だけ罹って看病されるイベントでもよかったはずなのに、自分も罹っちゃうあたり銀子。










最後に。

メイドはおやつに入りますか。



[20629] 其の四十三 俺と悪魔祓い。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:33f07023
Date: 2010/12/28 22:39
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 この年齢なら中肉中背、そして黒髪短髪。

 平均的な顔立ち。

 特技、特になし。

 俺、こと如意ヶ嶽 由壱は、特徴がない男だと思う。


「まあ、兄さん達と比べれば、この世の半分は無個性に分類されるんだろうけど……」


 正直に言って自分の周りは個性的な人が多すぎる。人じゃないのも多すぎるけど。

 まあ、特徴のないことが悪いことだとは言わないし、なんの変哲もない、こともなき日常は好きだ。


「今日も平和だなぁ」


 まるで、街は平和そのもので、あまりの長閑さにともすれば意識が溶け入るんじゃないか、なんて益体もないことを考える。

 さて、早いところアイスを買って帰ろうか。寒いからこそアイスを食べる、なんて誰が言い出したんだか。

 結果がこれさ。

 結局、兄さんが居なくなると、男手、と言うのは俺ぐらいしかいなくなる。

 もう一人はおじいちゃんだし、刀だから、まあ、察してくれると助かるかな。

 別に男手って言ったって、どう考えたって腕力で劣るのは俺の方なのだけれど、女性に寒空の下にアイスを買いに行かせるというのもなんかなー、っていう悲しい男の性。

 結局、自ら進んでパシられる、と。

 両の手の手提げ袋を握り直し、俺は少し肩を竦める。


「損な性分て奴かなぁ……、――あ?」


 まあ、いいや。

 俺は、こんな日常を愛しているから。

 一風変わった、変な日常。


「退いて退いてっ! 退きなさい!! ――っ!?」


 例え。




 例え知らない女の子に、人智を超えた速度でぶつかられて俺の体が宙で三回転して地面を転がったのだとしても。

 まあ、日常の範囲内だと思う。













其の四十三 俺と悪魔祓い。













 平和な平和なそんな一日、俺は閻魔宅に居た。


「はい? 俺が交渉、いやいやいや、おらのような田舎もんにはそっただことむりだー」

「突然田舎者にならないでくださいっ! これでも真面目なお願いなんですからっ」

「おっ、俺だって、真面目に田舎者のふりをしてるだー」

「と、も、か、く! お願いします。補佐に玲衣子をつけますから」

「おらがやんねかったら、玲衣子が矢面に立つことになっちまう、と?」

「ええ、ああいう手合いは貴方の方が適任でしょう。あと、その田舎ものぶりはやめてください」

「……なんてひどい奴だ。俺は真面目に田舎者を演じているというのに」

「いりません」

「そもそもなんで俺閻魔の私兵扱いなんだよー。どこに抗議すればいいんだ」

「私にどうぞ」

「よし、じゃあこの件に異議を申し立てる」

「却下します」

「酷いや」

「そもそもですねっ、なんで素直に頷いてくれないんですかぁ! いつもなら放っておいても首を突っ込む癖にっ」

「いや、だってなぁ?」


 なんせ。交渉相手が。


「召喚された悪魔だろ……?」


 普通に終わる気がしない。














 悪魔召喚とは。

 ざっくばらんに説明すると、悪魔を召喚する的な何かである。

 もう少し詳しく説明すると、別世界に居ても呼ばれていることに気がつくめっちゃ耳のいい奴らの名前を呼ぶ行為だ。

 大概の場合は、何らかの願いを持って呼び出すことが多い。

 富や名誉、金と名声、財産と人望など、さまざまな願いを持って、彼らは呼び出される。

 さて、こんな悪魔召喚の問題点だが、悪魔は基本的に性格が悪い。

 ぶっちゃけると名を呼ばれると出てくる地獄耳たちの内、性格が悪い奴らが悪魔と呼ばれて、それっぽい奴らが天使と呼ばれるだけなのだが。

 結局、性格が悪い奴と、悪魔は等号で繋がっていて、悪魔召喚と言ったら、性格の悪い地獄耳を呼び出した、と言うことなのだ。

 で、今回。


「このお宅か? 悪魔のせいで困ってるって言うのは」

「はい」


 地獄でうっかり悪魔召喚をやらかした奴がいるらしい。

 まあ、別に悪魔が一体や二体居たところで大したことはないのだが、正規の手続きをとった性格の悪い奴らならともかく、性格の悪い奴らに不法に居座られても困るというもの。

 だから、帰ってもらわねばならない。

 そんなこんなで、俺が出てくるわけだ。


「では、よろしくお願いしますわ、薬師様?」

「やめてくれ、お前さんに言われるとなんか落ち着かん」

「んふふ、今日は貴方の補佐ですから。秘書も同然です」


 交渉事は俺には向かないのだが、組織と違って個人は、暴力的行為に訴えることが多い。

 組織は組織としての利益とか、あちこち気にしないといけない部分があるから、逆に下手な戦闘は行えない。

 だが、逆に一人の個人はわが身一つ、自己責任で好きなことができる、と言うわけだ。


「さて、行くか」


 一般家庭の居間へ続く扉の前、俺は、気負いもなく扉を開いた。

 はたして、この先一体どんな地獄が待ちうけているのか、……もうすでにここは地獄じゃないか。

 えー、ともあれ、だ。

 少し、悪魔祓いの真似ごととかも面白そうなので。

 俺は邪気の渦巻くその部屋に踏み込んだ。






 だが。だがしかし。

 しかし。

 そこに居たのは、悪魔は悪魔でも。

 生理的嫌悪感を催す人類の敵。太古から姿を変えぬ黒い悪魔。


 人の背丈ほどもある、二足歩行の――、台所の悪魔であった。


「しね」

「ええっ!? 突然入ってきた知らない人に死ねって言われる筋合いはないっ!」

「うわぁ、思ったより声が渋い」


 思わず、感想が思い切り口に出るほどそれは……、アレだった。

 口に出すことさえ憚られる、アレ。

 よくホイホイされるアレ。

 アレだ。


「お前さんは冷蔵庫の隙間でカサカサしてろよ」

「いやっ、私が入るとしたらそれもう隙間じゃないから。すでに空間だから」


 しかも、意外にきっちり突っ込みを決めてくるぞ、こいつ。

 まさか、二本足で立つ、巨大な黒くてテカテカ光っててじめついた場所が好きな割にすばしっこい生物に突っ込みを入れられる日が来ようとは。

 既にこれはもう悪魔祓いの域を超えた、殺虫、害虫駆除である。


「で、お前さんは?」

「私はブリアン、人々からは悪魔と呼ばれている」

「ああ、うん、台所の?」

「違うから」

「上の名前はやはりゴキ?」

「違う」


 俺は、溜息を一つ吐く。

 どうやら、これがそうらしい。


「こいつをどうにかすりゃいいんだな?」


 俺は、隣に立つ玲衣子を見て問う。

 玲衣子は頷いた。流石の玲衣子も悪魔の姿に少々笑みが引きつっていたが。


「ふむぅ、見たところ貴殿らは悪魔祓いではないようだが、私をそれでどうにかできるとでも?」


 ご……、もといブリアンが、器用に六本ある足のうち一本を顎と思わしき場所に当てて言葉にする。

 なんとなく、知的な動作が酷く鼻に着くぜひゃっほぅ。

 だが、悪魔祓いが一筋縄でいかんことなど百も承知よ。


「こんなこともあろうかと。秘密兵器を用意して来た」

「なに……?」


 ブリアンが、ぴくりと触覚を動かす。

 俺は、背後からとあるものを取り出し、そこに置いた。

 衝撃で、床が鳴る。


「十字架だ」


 そう、それは俺の胸位まである、巨大な十字架。流石に銃弾までは吐きださないが。


「そのような、洗礼もなにもあったものじゃない十字で一体何が……」


 小馬鹿にしたような態度で言うブリアン。

 俺はその十字の上に手を置いて、自信満々に言い放つ。


「竜騎兵風に言うなら……、十字架だ、当たると痛ぇぞ!」

「いや、そのようとはおかしい」


 ブリアンが、何か言っている。

 しかしとりあえず俺は、その十字を、振り上げることにした。


「では、さっそく行こう」

「いや、待ちたまえ、十字架と言うのはだね、そこに込められた神の聖なるパワーを使用して……、なんだいその無造作に振り上げた十字架は」

「神よ、祓い給へ」


 聖なる十字を聖なる振りおろしで聖なる打撃にして聖なる……、まあなんでもいいや。

 とりあえず聖なる力を悪魔に放出祭である。

 まるで、もちつきのように。


「清め給へ、撲殺し給え、しね」

「途中からおかしいっ!!」


 意外としぶといな。流石悪魔だ。












「と、まあ、この十字架の神の聖なる力は分かってもらえたと思う」

「とりあえず頑丈な鈍器だということは分かった」

「聖なる顔面陥没十字だ、覚えておくといい」

「そのなまえはおかしい」

「セイントボグシャアクロスでもいいらしいぞ。下詰的には」

「ボグシャアてなんだ! なんで効果音なんだ」


 まあ、いい。この圧倒的聖なる力は分かってもらえたはずだ。


「分かってもらえたあたりで、交渉に入ろう」

「あ、ああ。流石に顔面陥没もボグシャアも御免だからな」

「じゃあ、あれだ。まず」


 俺は言う。


「帰れ」

「これは酷いっ……! 何たるっ……、仕打ち……ッ!」

「何か文句が?」

「いや選択肢がない時点でおかしいでしょうよアンタぁ!」

「わかった。じゃあ帰れ。はいかいいえか」

「いいえを選んだら?」

「死ぬ。神の聖なる力で鉄槌が下されてボグシャア」

「せ、選択肢が少なすぎるでしょうがっ! もっと、プリーズミー! デッドオアアライブじゃない方向で!!」

「わかった。じゃあ、はいかいいえか、半分か」

「は、半分ってなんすか」

「もちろん、半殺しにして帰す」

「そんな完璧な折衷案出したみたいな顔してアンタ……」

「右半分と左半分どっちがいい?」

「えっ……、いやいやいやいや! そういう半殺しは困ります」


 いや、そんなこと言われたってなぁ。交渉以前に帰ってもらうことが確定しているのだから、これしかない。

 交渉の手札も何も、こちらから出せるものは何もないし、やっぱり変わりない。


「第一ですね、まだ帰れませんよ、ぼかぁ」

「よし、理由を聞こう。それ如何によっては一ボグシャア」

「いやいやいや! ほら、自分アレっすから! ラフメイカー、みたいなっ。召喚者に笑顔を運ぶのがお仕事っ、みたいな」

「いやだよそんなん。お前さんを見たら笑顔も引きつるって」


 しかし、あれか。


「なんだ、そいつのお願い叶えたらおとなしく帰るのか?」

「へい、そうでさぁ」


 ははあ、なるほど。

 そこで、俺は玲衣子の方を見る。玲衣子は頷いた。

 ある程度なら構わない、ということか。


「わかった、じゃあそのお願いとやらを聞かせてもらおう」


 地獄としては、召喚者が身を滅ぼすのはまあ、仕方のないことらしい。

 許されないのは、他への被害である。


「では、我が召喚者の部屋に」
















 そこは、暗い部屋であった。

 窓はしっかり遮光され、汚くはないが、締め切っていた時独特の熱気と臭気が襲う。

 そして、男はそこに居た。

 ベッドの上に腰かけて、前かがみで手を組み、苦悩するようにそこにあった。

 男は、まるで久々の光を拝んだかのように、開いた扉の所に立つ俺たちを見る。


「ブリアン……、それと、あんたたちは……」

「地獄運営の者ですわ」


 あんたたちは、と聞かれて答えなかった俺の代わりに、玲衣子が笑顔を伴って答えた。

 男は、いっそすがすがしいまでに絶望したかの如く天を仰ぐ。


「そうか、遂に運営の介入か。なら、ブリアン、お前は俺の願いを叶える目処は?」

「未だに……」

「そうか……、では、ないのかもな」


 落胆した表情の男は、一度肩を落としたかと思うと顔を上げ、笑みを作る。


「ならば……、もうこの世を地獄に変える他、ないのかもしれないな」


 ……すでにここは地獄ですが。

 しかし、俺は突っ込まなかった。突如真面目になった空気についていけないのである。


「貴方は一体何をお願いしたのですか?」


 喋らなくなった俺の代わりに、玲衣子が問う。

 男は、ぽつりと口にした。


「愛の存在を、愛を……、証明してほしいと」


 苦悩する、そんな男に、遂に俺は口を開いた。


「……いや、そういうのは天使に頼めよ」
















 結局、俺は空気を読み切れなかった。

 部屋で黒い悪魔と真面目に会話してるだけでも駄目なのに、ここまできたら中指と薬指の間が妙に開いて死にかねん。


「そもそもなんで愛の証明なんてしちめんどくさそうなもんを……」


 俺が疲れたように呟けば、答えたのはブリアン。


「実はこの人、先日彼女に貴方が耳を餃子の形にできないのが気に入らない、とフラれまして」

「もう俺帰っていいか」


 それで、悪魔召喚か。

 別に悪いとは言わんが、それで借り出される俺の身になって欲しいところ。


「もうな、手っ取り早く七十ボグシャア位して帰ってもらった方がいい気がするんだ」

「ヘェイ! ストップザ暴力!」

「これは暴力じゃない。神の救いの手だ。聖鈍器に任せなさい」


 俺は、徐に顔面陥没十字を握る。

 だが、それが振り下ろされることはなかった。


「お待ちくださいませ」


 以外にも、俺の凶行を止めたのは、そう、玲衣子だった。


「む」


 流石に玲衣子に肩を掴まれては、無碍にはできない。

 そうして、玲衣子は一歩前に出た。


「愛の存在が証明されたら、契約成立で貴方はもと居たところに帰るのですね?」


 確認するように、問う。


「あ、はい」


 ブリアンが、肯定した。

 すると、玲衣子は俺の方に向き直る。


「少し、屈んでいただけますか?」

「おう?」


 こう言ったことの類は圧倒的に玲衣子の方が上だ。

 俺は言われるがまま頭の位置を下げる。


「では、肩の力を抜いて」

「おう……、んむっ?」


 頷いた瞬間、俺の口は塞がれていた。

 いや、何故。

 理由を考える間もなく――、呆けていた俺の口に舌が進入。


「んん……、ちゅ……、ん」


 ゆっくりと、数十秒間、水音が響き渡り。

 いや、これはまずいんじゃないのか? と思ったあたりで俺は解放された。


「もう……、目を瞑っていていただけないと。恥ずかしいですわ……?」


 少しだけ顔を伏せて、上目遣いで玲衣子は言う。

 俺は、とりあえずなにも言わないことにした。

 ぶっちゃけると、なにを言ったもんか。

 しかし、まあ、そんな俺を余所に、玲衣子はブリアンと男を見る。


「これが、愛です」


 にわかに、室内が色めき立った。


「な、なんて大胆っ!」


 ブリアンが叫び、男が目を丸くする。

 俺も目を丸くしたかった。

 しかし、まあ、そういう方向なのか。玲衣子もまた大胆な方向にいくもんだ。

 が。

 男は納得しなかった。


「いや、だけど証拠にはならない。キスするだけなら、愛がなくたってできる」


 なるほど、道理だ。

 しかし、玲衣子は小揺るぎもしなかった。


「証拠なら、ありますわ」


 ふわりと、優しく笑って、彼女は俺の腕を掴む。

 暗い部屋の妙な熱気の中、彼女からの甘い匂いが漂う。

 そして、彼女は言った。


「私とこのひとは、恋人でもなんでもありませんから」


 再び、部屋は色めき立ち。


「そ、それは不純だ。愛じゃない」


 男は動揺したように指摘する。


「いいえ。例え想いが通じ合っていなくても。愛が帰ってこなくても。例え自分のことを嫌っていたのだとしても」


 でも、玲衣子は優しい顔をしていた。


「尚想い続けること――」


 なんというかそれは。

 凄絶なまでに優しげな、笑顔だった。


「それが、愛でしょう」






















「それじゃ、私は対価の残飯を貰って帰るとしますが、気を付けてくださいね」

「何がだ?」


 ブリアンに、帰り際に言われて、俺は彼を見た。

 見なけりゃよかった。

 しばらく居たから見慣れたつもりだったが、もう帰るのだ、なんて切り替えてから今一度見ると格別だ。


「実はですね、われわれのコミュニティで、召喚されるのが今流行りで」

「それでいいのかお前ら」

「昔は下等な人間には早々召喚されないで、よほどの大人物に召喚されると箔が付く的な流行があったんですけどねー。時代の移り変わりで」

「うへぇ」

「で、それで問題なのですが。まあ、別に召喚されるのが流行とは言っても」


 そう、帰り際にブリアンは気になる言葉を残していった。


「私のような低級な、とはいえ召喚した彼は一般人です。これ、大丈夫ですか?」


 そいつはまずいやもしれん。












 要するに、ブリアンが言っていたのは、召喚の難易度が極端に下がっている、と言うことだろう。

 まあ、別にいくらそれなりの悪魔が来たところで大したことはない。

 鬼に鎮圧されて片が付く。

 しかしである。あらゆる召喚術の召喚難度が一段階下がっているのだとしよう。

 そうすると、一般人は低級な者を呼び出せる。

 それはいいのだ。先ほども言った通り鬼があっさりと片を付けることだろう。

 今回だって閻魔の心配性で、俺が出るまでもないような生き物が相手だった。確かに酷い生命力ではあったが。

 だが、一般人が低級を呼び出せる。

 ならば、本職は――?


「まあいいか」


 俺は解決を閻魔に丸投げした。

 俺のような一般人は家で寝て解決を待とう。


「お疲れさまでした」

「おう、お疲れさん」


 外に出て、玲衣子と一緒に道を行く。

 しかしまあ、今回俺あんまり役に立ってないな。

 ブリアンを帰したのも、概ね玲衣子――。

 と、そこまで考えて、俺は玲衣子の先ほどの行為を思い出した。


「なあ、玲衣子さんよ」

「はい」

「自分、大切にしろよ?」

「んふふ、してますわ」


 あっさりと、笑顔で返される。

 それはそれで心配になってしまう。


「いや、でもなあ。いくらブリアンを帰すため、って言って――」

「その先は、言ってはいけませんわ。でも、そうですわね。誤解されたままなのは癪ですし。少しかがんでくださいな」

「おう?」


 俺は、言われるがままにしてしまった。


「んっ」


 俺の馬鹿。学習しろ馬鹿。

 再び塞がれる口。

 今度は舌が進入する前に離された。


「さて、これは何のためでしょう?」


 指を立てて、玲衣子は俺に問う。

 俺は一度考えて、口にした。


「俺をからかって遊んでる、とか?」

「いいえ、違います」

「すまん、わからん」


 胸の内をすっぱり言ってしまうが、玲衣子は不機嫌さのかけらもなく、俺に言った。




「いいのですわ。分からなくて。だって、それが愛でしょう?」


 愛って奴は、どうやら存外難しいらしい。


















「それに、そう思って下さるなら。貴方が大事にしてくださいな……?」

「……まあ、気が向いたらな」





















―――
そろそろシリアスに行きます。とりあえずシリアス前にギャグメインです。
そして、アバンで進行する何か。
由壱がなんかするらしいです。




セイントボグシャアクロス

顔面陥没十字とも。
150センチほどもある巨大な十字架。
下詰が何らかの物体から削り出したものらしく、解析できない謎の物質でできている。磨かれた石のような質感。墓石を連想させる。
聖別も何もされていないので、鈍器以外の何物でもない。
とりあえず、聖なるパワーで撲殺位。
てか、十字なだけのただのハンマーじゃないかこれ。
鉄塊と被るので多分もう出ない。




返信。

奇々怪々様

びっくりすると危ないので、基本日常では大丈夫です。でも、やっぱり驚いたりするとリンゴがつぶれたり、薬師がつぶれたり。
そして、そんな出力が出ちゃう自分に更に吃驚する悪循環。無限ループです。
まあ、由美の拳が当たったら、それはもうライダーパンチが足の親指と親指の間に突き刺さったようなレベルですし。死です。
まあ、薬師なら三日くらいで復活しそうですけど。むしろ一回くらい当たっとけばいいんじゃないですかねあの野郎。


とおりゃんせ様

一生涯300人……、とすると80まで生きるとして、1年に3.75人ですか……。
でもその濃度だと幸せ的に早死にしそうです。幸せ死と言うやつですね間違いない。
だが、藍音さんは一人で300人分ほど内包していると思うのでこれ以上薬師はメイドを増やしたらいけないです。
むしろ超過してるから超過分もぎとれろと。


マリンド・アニム様

もう、天狗と言うか、メイドですからね。完全にメイドそのものです。だから、一メイドでも問題ないはず。
とりあえず、五メイド位いれば、薬師もたじたじでしょう。五対一で容赦なくサヨナラです。まあ、藍音さんならいつか分身しないとも限らない。
ただ、差し迫った問題として、二メイドになりかねないという現実。
藍音の教育を受けて由美は無事でいられるのか――。むしろその純真さを生かす方向で薬師を追い詰める作戦なのか。


通りすがり六世様

藍音さんはおやつにせよなんにせよ、毒が入ってること間違いなしだと思われます。
軽く摘まんだら、薬師の最後ですよ。番外編に即座に突入でございます。まず間違いなく。
まあ、薬師にも自覚はあるようですが、今後の使用予定のない物体とはいえども、殴られるのは痛いので困るようです。
リアル近親に関しては、大分育ってからできた義理の、ということならまだある程度は望みがあるんでないかと。でも実際その状況になったことないので分かりませんが。


黒茶色様

オカズなら、おやつの五百円制限に引っ掛からないということですね。藍音さんバーストし放題です。
しかし、あっさりと3Pと言う言葉を口にできる辺り藍音さんも末期です。立旗病の末期症状ですね。
由美なら別にばっちこい状態だったらしいです。嫉妬するより羨ましいと。
とりあえず、娘に結婚の約束どころか、エロオッケーとか言わす父は痴漢に間違えられてサツに連れてかれればいいと思う。


SEVEN様

きっと隠せないほどの思いだったんです。3P。はたして、隠せないほどの思いが込められた言葉が3Pなのはどうなのか。
そして、自分は初めて林檎の皮を剥いた時は、皮のない林檎を紅くしましたよ。ただ、今となっては林檎は皮付いたままの方が好きなせいでほとんど剥きません。
由美は、身体スペックが高い挙句に、薬師が邪険に扱えないので、薬師の手首の骨を折るのに向いています。
メイドは……、おはようからおやすみまで、つまり前菜からデザートまできっと担当してくれます。


志之司 琳様

薬師に手加減は必要ない、そのための頑丈なボディでしょう。もげても潰れても再生するんじゃないかと。駄目なら下詰のところにいって性欲ごと治療して来なさいと。
そして、驚いて涙目気味にびくってなる由美は萌です。分かってくれる人が意外と多くて救われます。
で、メイドはきっとあれです。主人の影となり生きるメイドは人数に含まれることなく、主の負担にならない、という意味なら素敵な名言です。劣情七十%だと台無しですけど。
由美は、エロ方面の知識はないけど、空気は読める子。所詮娘、という地位に収まらないように一生懸命です。薬師燃えろ。


名前なんか(ry様

やはり組み手中の事故に見せかけてやってしまうのが一番ですかね。もぐのであらば。そうすると、やはり組み手も継続すれば……。
まあ、でも吃驚したら破壊確定、というのはやはり危ないし不便なんで、藍音さんとみっちりレッスンです。
そして、幾ら咄嗟とはいえども、本気で掴んだら別に子供の腕力だって壊しかねないものはあるので、その辺は勝手にセーブがかかるようです。もしかしたら薬師がしぶといだけかもしれませんが。
ちなみに、前々回の病原菌は銀子が培養した特殊な品物、というそんな感じのお話です。つまり銀子の盛大な自爆。





最後に。

撲殺天狗とか思いついた。



[20629] 其の四十四 俺と悪魔祓いというか。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c95490dd
Date: 2010/12/23 22:14
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 ああ、空が綺麗だ。


「えーと……、だいじょぶなの? アンタ」


 冬の道端に転がされた俺に掛けられた言葉は、そんな、とまどったような声だった。


「……まあ、なんとか」


 しかし、まるで空っぽの缶みたいに吹き飛ばされたなぁ。鍛えないと駄目かな、俺。


「そう言えば……、怪我とかない?」


 もぞもぞと、芋虫みたいに動いて立ちあがり、聞いた言葉に対し返って来たのは、戸惑いながらも、呆れたような声。


「アタシにあるわけないでしょ? そ、それよりアンタ、空中で三回転くらいしなかった?」

「まあ、したけど」


 確かにしたけど、骨は折れてないみたいだし、多分打撲だけで済んだみたいだ。

 腕を振ってみるが、特に問題は感じられない。


「うん、じゃ」


 問題ないことを確認して、俺は踵を返した。

 取り合えず肘辺りは痛いなぁ。


「ちょ、ちょっと待ちなさい」


 そして、俺は不意に呼びとめられた。


「なにかな?」


 ん? もしかしてやっぱり足元に怪我でも?


「いや、なんかこう、あるじゃない。言うことが、その」


 そう言われて、俺は初めて、そこでその女性を正しく視界に捉えたことに気が付いた。

 年齢を俺と同じ基準に収めるとしたら、きっと高校生だと思う。

 それは、白いセーラー服が示していた。これで高校生じゃなかったら、コスプレだ。

 そして、その白いセーラーに映える、蒼い髪。黒に近しくも、確かに青い鉄紺色の髪は長く、太ももの辺りまで伸びている。

 顔は、意志の強そうな顔立ちで、少々吊りあがった瞳に、不機嫌そうなへの字口。

 なんとなく、勘違いされて、損しそうな人だなぁ。


「ええと……、ぶつかってごめんなさい?」

「……なんでアンタが謝るのよ」

「ええと、俺の名前は如意ヶ嶽 由壱って言うんだけど」

「なんで自己紹介なのよ」

「えーと、ごめん。わからない」

「いや、あるでしょ。もっと、こう、謝れとか。死ね阿婆擦れとか。少しくらい、罵ったっていいのよ?」

「いや、流石に死ね阿婆擦れとかはないよ」

「と、とにかく、少しくらいそういう反応がないと謝るに謝れないじゃないっ」

「ごめん」

「そこで謝られたら私どうすればいいのよっ!」

「ああ、ごめ、いや、うん。でも、まあ、ね、怪我も大したことないしさ」


 そう言って、俺はもう一度腕を振った。この通り、元気だ、なんて表現するために。


「大したことないからって。アンタ……、随分アレね」

「アレって……。我ながら普通なことこの上ないと思ってるんだけどね」

「思うのは自由だと思うわ」


 だけどうん。特に問題だと思っていないから、俺はもう一度踵を返した。


「待ちなさい」


 しかし、また、止められてしまう。




「何か奢るわ。お詫びに」


 はたしてこの人は、唯我独尊なのか、義理堅いのか優しいのか。

 分からないけど、別に不都合はないかな。


「ねえアンタ、本当に怒ってないの?」

「妹がテンパったら、五回転はするよ」













其の四十四 俺と悪魔祓いというか。












「よぉブリアン、久しぶり、また会ったな。とりあえず七十ボグシャアだ」









 疲れた。

 疲れている。休みたい、油の金銭による取引に手を染めたいところである。

 先ほども、一体の悪魔をボグシャアして元の世界に転がしてきたところだ。

 なるほど、実に。実にブリアンの言った通りであった。

 悪魔召喚大流行。流行の最先端である。

 乙女のユルカワ魔法陣で彼の心を鷲掴みっ、ってなもんである。

 まあ、乙女の黒魔術で彼の心臓を鷲掴みと言えなくもないわけだが、そんな感じで多発している。

 閻魔に頼まれ駆り出された俺が処理した件数は三日で十件。

 地獄規模でみれば、たいした数値じゃないが、悪魔召喚の行われた数としては非常に多い。


「疲れるな、なあ。愛沙さんよ」

「まあ、もともと私は現場労働タイプではないので……」


 隣を歩く愛沙も、そこはかとなく憔悴気味だ。

 まあ、確かにどう考えても現場労働と言うよりかは頭脳労働向けだろう。


「まったく、お互いお疲れさんだ」


 愛沙は、溜息を吐く俺の隣でひたすらに携帯のような機械を見つめていた。


「反応があるのだけれど」


 急造で作った探知機だという。

 半径がいかほどか知らないが、なかなかの感度で悪魔を見つけられる品。

 ただし、急造であり、不調が起こった場合愛沙でなくては対応できない、という欠点があるが。


「どっちだ?」


 それが、愛沙が俺の隣に居る理由でもあり、頭脳労働派が現場に出ている原因でもある。

 まあ、しかし、そんな探知機と、俺の探知を合わせることで、非常に高精度な索敵が可能である、と言うわけだ。

 それが、俺が愛沙の隣に要る理由でもあり、一般人がこういう現場に出ている原因でもある。


「北北東、すこし北に」

「微妙だな」


 感度がいい、と言えど方向しか分からない。

 それ故俺の出番がやってくる。

 歩きながら探知。

 確かに、無差別に走査して、となると時間がかかるが、方角さえ分かれば時間が短縮できる。


「見つけた」


 その家は、歩いて十分ほどのところにあった。


「ここだな」










「ほほう、悪魔と知って仕掛けてくるとは、覚悟はいいかね、人間よ」

「そういうお前はカナブンか」








 何故でしょう。まるでまともな悪魔に会えません。

 もっとこう、半人半馬とか、居ないんでしょうか。


「ふぬう……、なんだその禍々しい凶悪そうな鈍器は」

「顔面陥没十字だ。覚えておくといい。そしてあいさつ代わりに一ボグシャア」


 俺は、十字架をカナブンに叩きつける。

 しかし、硬質な音とともにそれは弾かれた。


「残念だったな。バリア発動だ」


 使用者の姿に反し、神々しい青い輝き。

 光る壁が俺の十字を阻んでいた。


「物理攻撃は通さない。さて、どうする?」


 ……障壁内の風なら普通に切れるよな。

 と、言って実際にやってしまおうかなと考えたのだが。


「では、これを」


 愛沙が先に前に出た。

 手に持っているのは、どこから出したのか、神々しいまでの両刃の剣。


「それは……?」

「これは私が厳選に厳選を重ねた聖剣から制作した特殊聖剣」

「まさか、その聖なる力で――」


 カナブンが恐れ戦く。

 そして、愛沙は聖剣の切っ先をカナブンに向けて。


「刃からレーザーが出ます」


 空気が凍ったと同時。

 ジュワッ、とカナブンの胴体が穴が。


「あっがっががががっ、熱いっ。こいつら本当に悪魔祓う気があるのかっ!」


 まあ、明らかに聖なるってか、熱だったよな。

 挙句酷い不意打ちだぜ。


「で、帰るのか? 帰らないのか?」

「帰ります」

「ほい帰れ」


 胴に穴のあいたカナブンは、すごすごと帰っていく。


「なあ、愛沙」


 俺は、天を仰いでぼんやりと呟いた。


「なんで……、聖剣からレーザーなんだ?」


 愛沙は、首を傾げて答えた。


「……? 何故なので……?」


 本人すらも分かっていない。

 どうしよう、この子、頭いいけど意外とおバカさんなのかも知れない。















「……しくじった。何故俺は生ぬるーいおしるこなんて買ってるんだ」


 自販機の前、一人呟く。

 流石に働き通しのため、一時休憩、俺は温かい飲み物でも買いに街の自販機の前に立っているわけだが。


「温かくも冷たくもないのが悪い」


 結果、俺の手にはぬるいしること、温かいコーヒー一つ。

 愛沙の分も買っていくなんて俺はなんて優しいのだろうか。

 まあ、そんなのはともかくとしても、愛沙はあれで放っておけないところがある。

 大人だし、分別もつくが、しかし、たまに世間知らずなのだ。

 今だって、一人店の硝子を見つめる背は無防備で。

 思わずわき上がる悪戯心。

 ブラウス一枚の背中に、気が付けば俺は上から下へ人差し指を這わせていた。


「ひゃんっ」


 鞭にでもうたれたか、と思うくらい、愛沙は体を震わせて、自らを抱くようにしながらこちらを見る。


「い、いきなり何をするのでっ?」


 責めるような視線を、俺は肩を竦めて受け流した。


「てかお前さん……。上着はどうしたんだよ」


 そして、話題は変更。

 てか本当に上着はどこへやった。

 先ほどまで、白いコートに身を包んでいたはずの愛沙は、今となってはタイトスカートにブラウスだけ。


「ああ、それなら。先ほど身なりの汚い震える子供を見つけたので」


 至極当然のように、冷たく愛沙は言う。


「やったのか」

「返還を期待しないという点では譲渡した、と言っても問題ないと思うのだけれど」

「……」

「な、なんなので、その目は」


 おっと、生温かい視線を止められなかったらしい。

 代わりに俺は、いぶかしむ様な視線を向けられている。


「いや、お優しいこってす」

「別に、目障りだっただけなのだけれど」


 耳が真っ赤なのは、寒いだけ、というわけでもないらしい。


「だが、それで震えてちゃ、本末転倒ってやつだろうに」


 小刻みに震える肩はあまりにも痛々しく、俺は苦笑を漏らした。

 対する愛沙は、わざとらしいまでにその瞳を逸らす。


「別に、寒くなど……」

「嘘を吐くな阿呆」

「貴方に阿呆と呼ばれる筋合いはないと思うのだけれど」

「……まあ、その通りなわけだが」


 言いつつ、俺は上着を脱いだ。

 ついでにスーツの上もだ。

 今度は俺がYシャツ一枚になる。


「返還は、期待しないでおくとするさ」


 そして、俺はそれを、愛沙の肩に掛ける。


「……しかし」

「ところで、お前さんなに見てたんよ」


 そのまま、何か言われる前に、話題を変更。


「特に、なにも」


 それは、まんまと成功し、俺は店の硝子の向こうを覗き込む。


「ふむ?」


 何も見ていない、なんてことはないだろう。

 なんせ、俺が見つけた愛沙は、まるで店のトランペットを物欲しげに見上げる少年のようだった。


「ウエディングドレ……」


 言いかけた瞬間、つつ……、と指が背を這う感触。

 驚き気味に俺は振り向いた。


「うおう?」


 当然やったのは愛沙だ。

 愛沙でなくては怖い。まったくの赤の他人に背を指で擦られるとすれば、恐怖を覚える。


「先ほどの仕返しを」


 真顔で愛沙は、そう言った。

 別に悪戯したかのような笑みでもなく、怒りでもなく、真面目に。


「お前さんって……、自由に生きてるよな」

「生きてはいないと思うのだけれど」


 そしてまた、真顔。

 冗談やはぐらかしでなく、真面目に言っているのだ。


「なんなので? その目は」

「いや。いや、いいんだ」


 真面目にやりたいことを好き放題。まあ、別に悪いこたないな。


「それより、ほら。コーヒー」

「ありがとう。貴方は……、おしるこ?」


 俺の手の中の缶を見て、愛沙が首を傾げる。

 頷いて、俺は缶のしるこを開ける。

 そして、一口。

 ……ぬるい。

 しかもこの寒さだ。いつかしるこは冷えて冷たくなるのだろう。


「なにか?」

「いや、世の無常に思い馳せてただけさ」

「はあ……」


 冷たくなったしるこは、じわじわと俺の心を蝕むのだ。


「で、お前さんは飲まねーの?」

「いえ」


 言って、愛沙は缶を開けようとするが――、なるほどそういうことか。

 手がかじかんであかない、と。


「寄こせ」

「いえ、出来るので」


 なんて強情な。

 しかし、俺は負けなかった。

 後ろから回り込むように手を伸ばして、愛沙と手を重ねて勝手に開ける。


「ほれ」

「別に、手伝ってもらわなくとも……」

「わかってるよ」


 少なくともお前さんが意地っ張りなことだけはな。

 手も半分くらい隠すほどだぶだぶの黒いコートを着ている愛沙は、両手で上品にコーヒーを飲む。

 俺は無理矢理にしるこを流し込んだ。


「なれど……、事実は事実。……感謝させていただくので」


 コーヒーを飲んでいる愛沙は、俯き気味で表情は分からない。

 しかし、素直じゃないこってす。


「どういたしまして」


 俺は苦笑を返して、今一度しるこを飲み込んだ。

 缶は空になる。


「……甘いな。そして、ぬるい」


 言って、苦い顔。非常によろしくない。

 愛沙は、そんな俺を眺めて、その手のコーヒーを差し出す。


「これを」

「いいのか?」

「貴方が構わないのなら、だけれど」

「おう、ありがとさん」


 受け取ったコーヒーを一口。

 苦味が舌を刺激する。


「ほい。と、じゃあ、それ飲んだらお仕事再開と行きますかね」


 缶を返して呟いた言葉に、いつも通り、愛沙は返事を返した。


「問題なし、そうさせていただくので」




















「しかしさ、お前さん、結婚したいの?」

「っ――!」


 突如、愛沙がむせる。


「いや、なんかすまんが。春奈もあれだし、やっぱ父親って必要なんかな、とな」


 やはり俺も親の身であるからして、気になる内容ではある。

 母親の役目は、藍音や憐子さんが、姉は李知さんと、なんつーか、銀子がやってくれているし、兄は少し危機感を覚えるほど悟りきったのが一人。

 これだけの人員だからさほどの問題はないが、やはり確かな母と言うものは必要なものなのかと。


「……」


 むせさせてしまったからだろう。怒っているようで、愛沙は顔を真っ赤に、恨めしげに俺を見ている。

 しかし、しばらくすると、諦めたように溜息を吐いて口を開いた。


「すこしは。私も――、女なので」

「ほほう」


 しかし、駄目な馬の骨に数珠親子は渡せんな。

 春奈も愛沙もどこか騙されやすそうな雰囲気があるから周りが気をつけてやらないと。


「気になってる奴でもいんのか?」


 心中思いつつも、にこやかに俺は聞く。

 愛沙は、そんな俺に、呆れたように溜息一つ。


「……貴方は、たまに馬鹿かと思うのだけれど」


 なんだか酷い言われようだ。











「ところで、貴方は寒くないので?」


 はたして、ウエディングドレスの話を蒸し返した意趣返しだろうか。

 愛沙は俺に問うた。

 俺は、意地悪げに笑って答える。


「お前さんが暖めてくれるのかい?」

「なっ……」


 無論、冗談である。

 何を言ってるので? この阿呆は。という反応が返ってくることだろう、と。

 しかし。


「か、借りもあることで――、それも吝かでないのだけれどっ」


 愛沙は思った以上に優しかった。

 だっと掛け出したかと思えば、ぴっとりと、俺にくっついてくる。

 ぎゅっと俺と自らの体の間で手を握り、愛沙は俺を見上げていた。


「あーっと……」


 何か言おうとする俺と目が合い、ばっと、愛沙は俯き、そしてぼやくように空気に溶かす。


「なにも、言わないで欲しいので……」


 冗談でした、サーセン。

 とは言えない空気だった。

























―――
いい加減にするんだ駄目な馬の骨め、お前は早く嫁さんを見つけなさい。
まだまだ由壱は終わりません。12回転くらいはしてもらわないと。





返信

春都様

確かに、自然災害が酷くならないのと、油虫殿が現れないのが北海道の美徳です。まあ、でも確かに、年中あったかい都市部ビルとかには居るそうです。
でも、あれは実物を見ると恐ろしいことこの上なかったです。展示用のケースに入ってたから良かったものの、あれが家をカサカサしているかと思うと……。
一応食べれもするらしいんですけどね。清潔な奴は。揚げ物がポピュラーだとかで。
と、そんなゴキブリ談義は置いておいて、由壱です。遂に菩薩が動きます。どうやら、年上の女性とあーだこうだと。


SEVEN様

遂に由壱が頭角を現し始めたようです。彼もある種の末期症状を呈しているようで。
Gを一番ダメージなく倒すなら、殺虫剤が一番楽ですが、生半可だと耐性Gができてしまうそうな。恐ろしい。
とりあえず、若さって振り向かないことらしいですね。黒歴史は振り返りません。省みません。
撲殺天狗は、復活どころか既にみんな死んでる所からスタートという斬新さ。


奇々怪々様

アシダカ軍曹は頼りになりますが、元から虫が苦手な人はアシダカ軍曹も苦手という罠。
そして、人との不仲の原因なんて、些細なものです。そりゃあ、耳を餃子の形にできないからって……、うん、どうなんでしょうね。
悪魔の方は、今なら三割引きとかしてるらしいです。対価とか生贄とか。
悪魔召喚の本とか、買ってみたいですけど、流行じゃないせいかさっぱり売ってません。そして基本的にああいうの値段が……。


黒茶色様

立旗病。要するにフラグ立てられすぎて末期ということです。すみません、適当に作りました。
しかし、薬師が藍音さんに性欲を覚えたらなんか変態臭いなぁ、なんて考えたりしていると。
別に藍音さんじゃなくても変態臭いなあ、と思い。最終的に、平常時がアレだから性欲覚えた時点で変態認定だ、と結論が。
ちなみに、ノーマルサイズのブリアンでも、生で踏みつぶしたらトラウマになるそうです。


migva様

由壱の冒険はまだまだ終わらないぜっ! なんてったって由壱は昇り始めたばかりなんだからな。この長い菩薩坂をな。と、打ち切られそうな何かですが、続きます。予定では今回名前の出てない彼女とどたばたやらかします。
セイントボグシャアクロスは、なんとなく再登場しました。謎の物質性の巨大鈍器、浪漫ですね分かります。
そして、悪魔の方も色々厳しいんですよ、きっと。年間召喚頻度が過去最低だったりとか。


通りすがり六世様

由壱編も、じわじわ進みます。むしろ今回のメインは由壱です。唸るのか菩薩パワー。
まあ、あんなんでも主人公なんで薬師もほどほどに出ますが。とりあえず、予定では由壱大活躍。
黒い悪魔は、薬用とか、漢方としても使用可能な種類があるらしいです。問題は、分かっていても好きにはなれない現実。まあ、あまり被害にあったことないのでそこまで嫌悪してもないですが。
玲衣子は、華麗に愛を説いて二人を説き伏せましたが、結果的に玲衣子の一人勝ちと言う。


志之司 琳様

全盛期の由壱伝説。三回転は五回転のなりそこない。そんなこんなで由壱編、続きます。由壱に興味はなくても、向こうにはあるようで。
そして、自分は道民なので民家で出会う本物の悪魔にはあったことないですが、昆虫の展示みたいなのでカサカサたくさんいる場面を見て思い切り目を逸らしました。幼なながらにひどかったです。
とりあえずボグシャア。そして今回はじゅわっと。これはもう、聖なる霧とか行くしかないですね。
で、結局玲衣子さん一人勝ち。それはもうこの上なく大勝利です。


男鹿鰆様

おお、前スレから読んでいただけたとは。感謝感激です。長かったでしょうに。
とりあえず、シリアス中に一度閻魔も出てきます。いや、今シリアスかどうか知りませんけど、とりあえず現在二、三話中に一回メインの予定が。
そして、薬師がフラグを回収した際、一通り全て拾えば丸く収まりそうですが、拾い忘れたら世界の危機になりそうです。
じゃら男さんの想い人は鈴……、ああ、いえ、あの人ですか。もういっそどこまで伸ばしていけるか挑戦ですね。





最後に。

シリアス、入った。
……いや、うそかもしれない。



[20629] 其の四十五 俺と奴の誕生日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1ab6f621
Date: 2010/12/25 21:04
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 先ほど出会った青い髪の子に、連れてこられたのはファミレスだった。


「そういや、アンタ時間とか大丈夫なの?」

「……あ」


 聞かれて、俺は思い出す。

 そう言えば、アイスを買いに出てきたんだっけか。


「……まあ、大丈夫かな」


 俺は、曖昧に笑った。

 帰りに買って帰れば大丈夫だろう。きっと。


「しかし、アンタもアレね」

「ん?」

「ガールフレンドの一人もいないの? こんな日に」


 呆れたように、彼女は溜息を吐いた。

 随分と失礼な物言いだけど、言い返すことはできない。

 確かに、そう、なんというか。


「……今日はクリスマスだもんなぁ。まあ、ガールフレンドの一人もいないよ」


 居たら、今頃こんなことにはなっていないんじゃないかと思う。


「それに、俺の年齢ならさほどおかしくもないと思うけど。そういうこと言いだすのって、十四、五くらいからじゃないかなぁ」


 溜息を返すように言葉にすれば、彼女は少し目を見開いて、意外そうに俺を見た。


「え、アンタって。見た目通りの年齢なの?」

「そうだけど?」


 一体なんだと思っていたんだろう。


「……もう五十位超えてるのかと思ってたわ」

「……それはないよ」


 はたして俺は彼女にどう見えているのか、気になったけれど、ある種恐ろしいので何も言わないことにする。

 このまま話題を変えてしまおう。

 今度は、先んじて俺が口を開いた。


「そういう君は? ボーイフレンドの一つでも……」

「居たらこんなところに居ないわ」

「そうだよねぇ……」


 まさにその通り。


「まあ、不足かもしれないけど、俺も男だから、年下の男と、とでも言っておけば恰好は付くんじゃないかな」

「まあ、そうかもね。じゃあ、年上の女ね」

「そういうことだね。嘘ではないと思うよ」

「嘘では、ね」


 呟いて彼女は苦笑する。


「年下の男とファミレスでオムライス、ね。精々友達に胸張ることにするわ」


 ははは、と俺は渇いた笑いを一つ。


「にしても、君はなんであんなに急いでたのかな?」


 そしてふと、俺は聞いてみる。

 すると、彼女はバツが悪そうに頬を掻いた。


「むしゃくしゃしてたのよ。クリスマスだから」

「反省はしていない?」

「……悪かったわよ」

「いや、気にしてないからいいんだけどさ」


 肘は痛いけれど、それだけ。

 しかし、独り身の空しさにむしゃくしゃして爆走し、人を轢いて行くのはどうなんだろう。

 でも、藪蛇そうなので言わない。


「うん、まあ。君みたいな美人とも知り合えたからプラマイゼロ、ってことにしといてもらえるかな?」

「アンタほんとに何歳よ」

「見た目通りだけど?」

「絶対嘘ね」


 ジト目で、彼女は俺を見ている。

 俺は、わざとらしく目線を逸らす。

 やっぱり話題を変えよう。

 二度目の路線変更。


「ああ、そうだ。ところでなんだけどさ」


 結局、その逸らしていた視線もすぐに戻して、俺は彼女を今一度見た。

 視界の中心は、左のこめかみからちょっと上。


「そこにちょこんと見えてるのって……、角?」


 髪の毛の中から、少しだけ見える堅そうなそれ。

 小さな、多分、角。

 それは片方だけに生えている。

 それを指摘した瞬間、空気が変わった。


「……そうよ。本物の、純正の化け物みたいな鬼の娘。それも、鬼でも、人間でもない中途半端なハーフだけど。悪い?」


 まるで毛を逆立てる猫みたいだ、と思った。














其の四十五 俺と奴の誕生日。













「……今日は、クリスマスですね」

「そうだな」


 天狗である俺には何ら関係のない日だと思うのだが。

 しかし、それとは裏腹に、俺はわざわざ身なりを正し、スーツを決めて行かなければならない。


「帰りは、何時頃でしょうか」

「まあ、八時にゃ帰るよ」


 藍音が、俺のすぐ前で、慣れた手つきで俺のネクタイを締めている。

 それが完了したのを見届けて、俺は藍音に背を向けた。


「ありがとさん、じゃ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。帰りをお待ちしております」


 あまり行きたくないな。

 足取りは重いが、行かない訳にも行かなかった。















 クリスマスパーティ。

 地獄でクリスマスパーティである。


「薬師さん、よかった。来てくれたんですね」

「お前さんが来いといったんだろうが」


 会場に着くなり俺の元にやってきたのはいつもの、紺のセーラー服だ。

 そんな閻魔に、俺は憮然と言い放つ。


「婚約者が来ないと立場が危うい、だったか」


 例え、男避けのための嘘っぱちの婚約者だったとしても、だ。

 言えば、閻魔は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「それはそうなんですけど。もしかしたら来てくれないかな、と」

「そうか満足したかでは俺は帰ろう」


 踵を返す俺。

 その手を、閻魔にがっしりと捕まれた。逃げられない。


「ま、待ってくださいっ」

「いやだよ。こういうのあんまり得意じゃないんだ」

「ま、まだ小規模な方ですよ?」


 そう言った閻魔の目が泳いでいる。

 まあ、確かに小規模なのかもしれない。あまりそう言ったパーティに縁のない俺に判断はつかないが。

 しかし。


「俺はクリスマスは酒を啜る派なんだ」

「日常的に飲んでるじゃないですかっ!」

「クリスマスに飲む。正月に飲む、節分に飲む、七夕に飲む。季節感が肝心」

「そんなこと言って……、貴方にそんな風情を楽しむ心があるわけないじゃないですかっ」

「ある」

「飲めれば何でもいいっていう貴方が?」


 半眼で、閻魔が俺を睨む。


「飲めれば何でもいい、しかし、風情があるなら尚いい、というやつで」

「それに、お酒ならここにもありますよ」

「いやだ」

「駄々をこねないでくーだーさーいー!」

「いーやーだー」


 帰ろうとする俺と、逆方向に俺を引っ張る閻魔。

 そして、周りが微笑ましげに俺達を見詰めていることに気が付き、どちらともなく止まる。


「……とりあえず、なんか食うか」

「……そうですね」


 やたらにきらびやかなホールに並ぶ食事たち。

 俺はその前で立ち止まった。


「ぬう……、おにぎりとかねーの?」

「この場においてあったらシュールでしょう?」

「まあ、そうなんだが。名前に記憶のない料理ばっかりでな」


 呟いて、半眼になる。

 これら、ハイカラな料理を食べることは博打に等しい。

 感受性で料理を選ぶと、合わなかったときに厳しいのだ。

 俺が果たしてどれを取ったものか、と考えている横で、閻魔は上品に皿に食べ物を盛っていく。


「ちくしょう手慣れてやがる。閻魔のくせになまいきだ」

「いきなりなんですか」

「憎しみが燃え盛って目の前のセーラー服に眼つぶししろと囁きかけている」

「そんなのはやめてください」


 一蹴された。

 なんだかさみしい。

 なんとなく、こういう空気に慣れない分、意味もない疎外感がそこには有るのだ。

 パーティ会場と言うハイカラなそこに浮いている俺という疎外感。

 そんな疎外感を感じている中、ぼんやりと閻魔を見つめて数十秒。

 不意に、困ったように閻魔が俺を見た。


「なんだ?」


 聞けば、閻魔はまた表情を変えて、真顔で俺に皿を差し出してきた。

 意味はよくわからないまま、俺はそれを受け取る。


「どうぞ」

「んあ?」

「比較的、貴方の好みと外れてないと思います」


 どうやら、俺の分を取ってくれたらしい。

 眼つぶししろと囁く炎は、大型消火器によってあっさり鎮火。ボヤで終了。


「うわあ、やっぱりマジ仏」

「閻魔です」

「そうだな」


 頷いて、皿の上の魚的な何かを口に運ぶ。

 おお、焼き魚的な何かだ。よくわからんけど。


「行儀が悪いですよ」

「行儀よさそうに見えるか?」

「見えませんけど」


 呆れたように俺を見る閻魔。

 閻魔も自分の皿に俺より少なく盛り付けて、その場を離れる。


「本当は、マナー違反も甚だしい訳ですが」

「なにが?」

「あまり人に食事を取って寄こすものではありません」

「気にすんな。俺は助かったから」

「それに、立食パーティと言いますが、あまり食事を主眼に置くものでもないんですよ」

「周りと歓談しろってか。御免被る。好みじゃないってか場違いすぎて話が合わないだろーに」


 そりゃあもう、おのぼりさん真っ盛り状態になる。

 庶民丸出しったらない。

 そう言って、俺は肩を竦め、


「それを言うなら私だってそうですよっ! と言うかここでもセーラー服ですよ……?」


 恥ずかしげに、閻魔が俺の服の袖を引っ張る。

 まあ、それには同情する。


「まあ、お前さんも家じゃ普通に炒飯とかだしな」

「食事のレベルは貴方と変わりません。貴方が作ったものを食べているわけですし」

「それもそうか。いやあ、仲間がいると安心するな」


 二人して浮いている。

 先ほどから話しかけられていないのは閻魔への恐れ多さかと思ったが浮いているせいかもしれない。

 しかしまあ、わざわざ飯とってくれたり、そもそも、ちゃんとこうして出席してるあたり、律義で優しい奴だなー。

 俺なら二十秒で五十八回サボる用意がある。

 なんて考えながら、俺は閻魔を見ていた。


「私の顔に何か付いてますか?」


 閻魔は、そんな俺の視線に気づき愛らしく首を傾げ。

 俺はぽつりと言い放つ。


「いや、ソースは付いているが」


 頬に付いたソース。

 はたしていつ付いたものだろうか。

 今までの動作を見るに、そんなことになるとは思えないほど堂に入った所作だったのだが。

 しかし、それでもこんなことになる辺り、超越的にそそっかしい。

 そんな閻魔の頬を、俺は曲げた人差し指でくしくしと拭う。


「やっ、薬師さん……、その、恥ずかしいのでやめていただけると」


 言われるが、無視して、意外と取れにくかったソースが完全に拭うまでやった。

 思ったより頑固だったので意地になったともいうが。


「取れたぞ」

「もうっ……。強引なんですから」


 怒ったように閻魔がそっぽを向く。


「その……、子供扱いはやめてください。貴方と私は、い、ちおう……、婚約者なんですから」

「じゃあ、婚約者扱いってなんだ?」


 今度は俺が首を傾げる。

 閻魔も、困ったように目を瞑った。


「と、とりあえず生温かい視線が痛いので何か考えてください」

「……ぬう」


 とりあえず考えてみるだけ考えてみるが、時間の無駄である。

 考えてなんか出せるならとっくに結婚しとるわぼけがー。


「とりあえずあれだ。くっついてみたらいいんじゃね?」

「くっつく……、ですか?」

「距離が近けりゃなんか親しげな雰囲気でそれっぽいんじゃないか?」

「そうかもしれませんね……」


 一理ある、と頷いて閻魔が向きあう形から、俺と同じ方向を向き、


「こう、ですか?」


 背を俺の腹に預けてきた。

 体重が掛けられている訳ではないが、近い、という問題ではなく、完全に密着している。

 そうした状態で振り向いて俺を見上げるその顔は少し赤い。


「その、恥ずかしいんですけど……」

「我慢なさい」


 きっぱりと俺が言う。

 閻魔が何か出せと言ったのだ。そうあるべきだ。


「はあ……」

「溜息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ」

「私も帰りたいですよ」

「奇遇だな、俺もだ」


 閻魔もあまりこういうのが得意ではないらしい。

 恨みがましく、ぼやくように呟いている。


「悪いとは言わないんですけど。こんな日位、家でゆっくりしたいと思います……」

「そうだな」

「私が贅沢してもいいとは到底思えませんし……」

「いや、それは少しくらい贅沢しろよと」

「貴方のハンバーグが食べたいです……」

「じゃあ、帰るか」


 呟いた言葉に、少し怒ったかのように閻魔は眉を吊り上げた。


「やむを得ない事情がない限り、こう言った場で私が退出するのは失礼にあたります」

「そこな給仕君よ。飲み物一つくれまいか。ああ、ありがとう」

「聞いてるんですかっ?」


 俺の方を体ごと向いて詰め寄る閻魔に、俺は今まさに受け取ったグラスを差し出した。


「まあ、落ち着いてこれでも飲んでだな」

「はあ」


 釈然としなさげだが、閻魔はそれを受け取って一口。

 喉が動いたのを見て、しかと飲んだことを確認。

 そして、閻魔が説教じみた言葉を吐き出し始め――。


「大体貴方はですね、常日頃からぁ、……きゅう」


 寝た。

 なんの疑いもなく飲んだが、酒である。

 そして、一滴飲めば眠る閻魔だ。

 俺は、閻魔の持っていたグラスと、閻魔本人を抱きとめる。

 そして、グラスはそれ用の机に置いて、閻魔を抱き上げた。

 歩くこと、数秒。


「主催者さんよ。この通り、疲れてたみたいで酒一口であっさり寝ちまってさ。連れて帰るから」

「ああ、はい。わかりました。しかし、女性の扱いに手慣れておられるようで、羨ましいですな」

「むう? まあ、閻魔の扱いは心得てるけどな」

「はっはっは、結構なことです」


 恰幅のいいおっさんに了承を得て、俺は会場を後にしたのだった。













「……ふぁれ? ここは?」

「ん? 起きたか?」

「なんでやくしさんが……、夢、ですか?」


 夜の道に寝ぼけた声。背負った閻魔は仕事中とはあまりにかけ離れて間抜けである。


「夢なら……、すりすりしてもぉ、いいですか……?」

「いや――」


 夢じゃない、と言おうにも。

 返事は聞いていないと言わんばかりにすりすりされる。

 なんともくすぐったい。色んな意味で。


「ふにゅ……」


 なんとも幸せそうに間抜けな声を上げる閻魔を黙殺し、俺は閻魔の住むアパートに入り、階段を上る。

 指紋で認証して扉を開けたころには、再び閻魔は眠っていた。


「あら、随分と早いのね」


 待っていたのは由比紀。


「この通りだ。部屋に置いてくる」

「飲んだの?」

「飲ました」

「そう」


 軽く会話を交わして、閻魔の部屋へ。


「んっ……、やくしさぁ……ん」


 ベッドに横たえて、閻魔とはいえ女の部屋にあまり長居するものではない、と部屋を出る。

 そして、居間でぼんやりと座っている由比紀に俺は言った。


「台所貸してくれ」


 丁度冷蔵庫に挽き肉と玉ねぎがある。

 そう、いわゆる。

 クリスマスプレゼントと言う奴だ。





















 そんなこんなでところ変わって布団の中。

 クリスマスももう終わろうかという頃だった。


「何の用だ、藍音」


 電気を消した部屋に、藍音がやってきた。

 問う俺に、しれっと藍音は言う。


「サンタです」

「メイドだよ」


 どの口で煙突に硬貨を投げ入れた聖人を模した爺さん、サンタだとほざくのか。


「せめて、服くらい変えろよ」


 俺は憮然と言い放った。

 付けひげしろとは言わんから、せめて赤い服に変えてこいよ。

 そんなメイドメイドしたサンタはいない。

 しかし、そんなのはあっさりと無視される。


「細かいことは気になさらず。クリスマスプレゼントを用意してきました」


 言うなり藍音は突如スカートをたくしあげ。

 太ももの半ばまでを覆う靴下に手を掛けた。

 停止していた俺はそこで再起動する。


「いや、なにを」

「脱ぎたてのソックスと、下着を」

「それが?」

「クリスマスプレゼントです。使って下さい」

「……なにに?」

「それを私の口から言わせるのですか。流石です薬師様。聖なる夜に羞恥プレイとは流石です」


 俺は思わず口を閉じた。

 しかし、言わねばならぬことがある、と思い直す。


「いや、そんな靴下とか要らないし使わないからな?」

「……なるほど。クリスマスプレゼントと言えば靴下に入っているもの。私そのものがプレゼント、と」

「服に手を掛けるな」

「着衣派ですか」

「いや、要らないからな?」

「……そうですか」


 一瞬の間。


「しかし、言われてみれば私は身も心も薬師様の物。それをプレゼントなどとはちゃんちゃらおかしいぜ、ということですか」

「まあ、納得してくれたならいいんだが……」


 俺が呟くと、スカートをふわりと翻し、藍音は布団の横に座った。


「では、薬師様。クリスマスプレゼントを下さい」

「なにを」

「子胤を」

「……ありません」

「では、……薬師様の初めてをください」

「いやです」

「一緒に寝てください」

「本当に寝るだけならな」


 言えば、布団に侵入してくる藍音。

 なんだかいつもとさほど変わりない気もするが。

 というか、クリスマスって、こんなんだったっけか?

 まあ。絶対言わないが、冬の布団の入り始めの寒さに、人の体温と言うのは有り難かったりして。

 まあ、なんというか。あれだ。



 ぬくい。
























「ふーん、そうなんだ。……と、しまった。えっ!? ハーフっ?」

「……取ってつけたように驚かなくてもいいわよっ、むかつくわね」

「ごめん、そんな空気だったから」


 とりあえず、俺の目の前の女の子は、鬼と人間のハーフらしい。

 へえ、ハーフだと片角なのかぁ。


「やっぱり、生き難いの?」

「そんな質問してきたのアンタが初めてだわ」


 呆れたように、彼女は溜息を一つ。


「まあ、今友達が居ない訳じゃないけど。コミュニティに入っていきにくくはあるわ。深い付き合いになりにくいし。漫画みたいな辛さはないけど、舐められないようにするのは大事よ」


 純正な鬼、と言えば酒呑さんみたいなのだろうか。

 あれと、普通の人が結婚して……。


「そもそも、生まれつき片角なんて早々居ないわよ」

「そうなの? 普通に鬼と結婚してる人なら居るとおもうけど」

「人間に角が生えただけの鬼が片方の親にしろ、両方の親にしろ、角がないか、両方角があるかの二択よ。大昔からの純正の鬼と人間が交わるとこうなるの」

「へぇ」


 初めて知った。


「っとーに、アンタって変ね」

「うん? そうかな」

「わざわざ人が舐められないように挑発的な態度でハーフって暴露したのにその態度」


 うーん、と俺は考える素振り。

 そして、俺は口を開いた。




「まあ、もっと個性がないとうちじゃ目立てないよ」




 彼女は口を大きく開いて呆けていた。



















―――
明後日クリスマスだ→クリスマス特別編書くか→突貫作業。
この流れからわかるのは、作者にクリスマスにおける予定がないこと。
普通に友人と遊んで帰ってきまして、更新です。
二日しかなかったので突貫ですが。
一応、シリアス編の中の一つとして続いてますが、位置取り的にはクリスマス編。
前さんを出したかったけど、シリアス中に前さんは余り出さないという俺ルール。
で、そんなこんなでクリスマス編でした。






返信。


奇々怪々様

愛があれば、五回転だって越えられる……、のかもしれない。まあ、あの家庭に居る時点で普通なのは諦めた方がいいという。
そして、悪魔と言えば、蝿王様とかも要るわけですし。もっとカブトムシとかメクラチビゴミムシとか居てもいいんじゃないですかね。
それでもう、ぶっちゃけ今回シリアスは薬師の方は全体的にボグシャアで行くんじゃないかと思われます。会う悪魔全てに。
十二回転は、作者の愛です。由壱への。


SEVEN様

横に五回転ならいいですけど、縦だったら悲惨ですね。流石由壱、なんともないぜ!
そして、薬師は由壱に先を越されるんじゃあるまいか。由壱なら気が付いたらあっさり結婚してるんじゃないかと。
薬師はもう、クリスマスプレゼント受け取ってしまえよ。墓場への片道切符ですが、もう死んでるので問題ないです。
もう駄目な馬の骨も十二回転位してくれませんかね。前さん辺りにボグシャアされて。


男鹿鰆様

一匹見たら五十匹! それが悪魔です。悪魔と言えば(羽根が)黒くて(羽根が光沢で)テカテカ光っているイメージが。
愛沙は、普段無口な人ほどからかうと可愛らしいものなのです。薬師に右手で親指立てながら、左手で親指下にします。
閻魔は召喚し難そうなので、悪魔を召喚してからその悪魔に閻魔を呼び出してもらえるよう頼めばいいと思います。あとついでにアイアンストマックも要求して。
そして、中々素敵な友人をお持ちのようで。そちらの友人さんにもよろしくお願いいたします。


黒茶色様

むしろ薬師と言う保菌者が周りに感染させている訳ですが。保菌者とは共存状態にあるため影響がありません。
回収すると、旗を立てる必要がなくなってしまうので、菌がそうなるよう仕向けてるんです……、そうじゃないと困る。
そして、娘さんよりお母さんの方が可愛い、と思ったらば、いっそもう親子同時で頂けば問題ないです。きっと。
由壱お兄ちゃんは、悟りでフラグを立てるようですが、どうなるやら。


migva様

由壱はじわじわ進行です。ここぞとばかりにじわじわします。でもフラグは立てます。
年上のお姉さまを落としにかかるようです。流石朴念仁大天狗の弟です。いきなり高レベルから落としにかかるその勇姿。
そして、実質母親役だと思ってるんだからそのまま嫁にしてしまえばいいのではないかと。もしかすると周りが母親って必要だ、ときっぱり言えばそのまま本当にするかもしれませんけど。
薬師はいい加減デレ期が来てもいいんだ。さもなきゃ酒が全てぬるいしるこにすり替わってしまえっ。





最後に。


二話前の時点で、由壱さんはクリスマスにパシられてたんですね……。



[20629] 其の四十六 俺と年の瀬。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:8aed3cc7
Date: 2010/12/28 23:11
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「……どういう家庭環境よ」

「妹は鬼、兄は天狗。家族としての形は決まってないけど、他に天狗二人、天狗のスタンドが一人、鬼が一人、ホムンクルスの錬金術師が一人。刀が一振り、猫又一人」


 指折り数えて言ってみたら、彼女には酷く呆れた顔をされた。


「なにその魔界……。そりゃアンタみたいな変態も育つわね」

「そんな特筆すべきところはないと思うんだけどな」


 呟きながら、俺は頭を掻いた。そんなに変だろうか。

 すると、彼女は人差し指を立てて、質問を一つ。


「例えばの話。千人放り込めば千人狂う室内で、平然としている常識人は普通かしら」

「……それ、答えたらアレだよね」

「それが答えよ」


 きっぱりばっさり、彼女は切り捨てた。

 どうやら俺の、自己同一性、確固たる個の有様、アイデンティティーと言うものは容赦なく突き崩されるらしいや。

 ……やれやれ。


「ところで、なんの話してたっけ……、ああ、君の個性の話だったっけか」


 ふと、そこで俺は話の路線を戻した。

 たしか、目の前の彼女の片角が、昔からの鬼とのハーフであることの証、とか言う話だったよね。

 と、思い出して俺は告げる。


「ともかく、その程度じゃ、日常の範囲内さ。もう少し派手さがないと」

「例えば?」

「そうだな……、全身30メートルで、体重200トン目を開けられないほど光り輝いているとか」

「目開けられなかったら大きさ確認できないわよ」

「我が世の春が来たとか言いながら、五体バラバラになってオールレンジ攻撃するとか」

「グロいわ」

「確実にヘルメットに収まりきらないであろうアフロを装備していながら普通にヘルメット着用してるとか」

「それは確実に最終話で全滅するわね」

「ともかく、ぜんぜん君はその辺り普通じゃないか」

「どの辺りが?」

「人型だし」


 言い放ったと同時、少し無言の時間が過ぎた。


「……判断基準すごく甘くない?」

「そうかな?」












其の四十六 俺と年の瀬。











 鼻から出る流動性、もしくは半流動性の液体。

 いわゆる、鼻水である。


「風邪かい?」

「いんや、そいつはこないだ罹って治った」


 通常ならば特大級の危機だが、そんな流動性の液体にも、藍音が持たせてくれたちり紙で対応。

 ことなきを得る。

 そうして、俺はようやく本題に入ることができた。


「ところで、憐子さん、なんで付いて来たんだ?」


 結局、悪魔召喚に対し後手に回らざるを得ない地獄は、見回りしてはそれを返すという業務を余儀なくされた。

 そして、なんの因果か駆り出された俺は、見回りしてはそれを返すという業務を余儀なくされているのだ。


「ん、まあ。これくらいは働かないと、な? 流石にこういう時まで安閑としてこのニートめ、なんて思われるのは悲しいからね」


 ……すまん、すでに半ばまで思ってた……!

 謝罪は心中のみでする。

 悟られないように俺は仏頂面を保った。


「まあ、細かいのは苦手だから、居てくれると助かるっちゃ助かるんだが」

「そう言ってくれると、働き甲斐があるね」


 実質俺は、探査機よりも相手をぶん殴っている方がいい。

 憐子さんは、細かい芸当が得意。

 適材適所、各々得意な部分で働く、と言う奴だ。

 にしても、まだ犯人は見つからないのだろうか。

 いい加減、召喚の難易度を下げた犯人が見つからないと、俺が過労死するんだが。

 早く終わらないだろうか、と考える俺の手を、憐子さんが引く。


「さあ、こっちだ。薬師」

「待て、じわじわと暗がりに連れ込まれてないか?」

「……何の事だか」

「今一瞬間があったぞ」

「乙女の秘密を探るのは無粋だよ」

「真面目に頼む」


 憐子さんが、わざとらしく溜息を吐いて、笑う。


「ふふふ、仕方がないな。では、普通に行こうか」


 さて、そんなこんなで始まった悪魔祓いは。


「なあ、薬師。これが終わったら、そうだな。私とイイことしないか?」

「……いや、いいです」

















「なあ、薬師」


 先ほどと同じような調子で、憐子さんは言った。


「なんだ」


 些かぶっきらぼうに俺は答える。


「キスしてくれないか?」

「んあ? ああ……、っていや、流れに任せてなにさせようとしてんだよ」

「残念。いやいや、これが真面目な話なんだよ」


 苦笑しながら、憐子さんは言う。

 そこまで言うなら聞いてやろうじゃないか、と俺は口を閉じた。


「私は、現在お前を基点として発生している、と言うのは分かっているね?」

「おお」

「実はだね。私の力の一部は封印されていて、だ。それを解放するのにホストといえるお前の許可が必要な訳だ」

「で?」

「キスしてくれ」

「いや、意味がわからない」


 そもそも初耳だそんなもん。


「要するに承認を、口付けにして、証明する、と。そういうの、よくあるじゃないか」

「いや、嘘だろ」


 俺は、眉間にしわを寄せ、呆れたように半眼で憐子さんを見る。

 嘘は憐子さんのからかいの常套手段だ。

 嘘による翻弄と、嘘で発生する行為へのからかいの二段構えだから性質が悪いのだ。


「ふ、ふふふ、どう思う?」


 妖しい笑いと共に、憐子さんは口にした。

 俺に答えることはできない。

 本当かもしれない。嘘かも知れない。


「少し、唇と唇を合わせるだけでいいんだ。大したことじゃないよ。人工呼吸と変わらないから、ノーカウント」


 まあ、たしかに、それはそう……、なのか?


「そしたら、この先もっと楽になるぞ?」


 む、それは確かに、魅力的だ。

 まるで悪魔の誘い。俺は頭を抱える。


「いや、だが、しかし」

「いいじゃないか」

「あのー……、お前たち」

「だからと言ってだな……、すぐどうこう、ってわけにも」

「私が望んでいるんだ。大丈夫、すぐ終わる」

「お前たち、私を退治しに来たんじゃ……」

「ぬう、いや、確かになあ。なら、仕方ないか……」

「そう、仕方がないんだ」

「――お前たちっ!!」


 会話の途中、遂に叫んだ悪魔の言葉に、俺と憐子さんはそちらを見る。

 そう。

 ここは家の中。召喚された悪魔の目前での話である。


「先ほどから聞いていれば私の前で乳繰り合い追って……! 足の小指の爪が謎に射出されて死んでしまえっ!!」

「地味に痛そうだな」


 フーッ、フーッ、と肩で息をする悪魔は、恨めしそうにこちらを見ている。

 そう言えばこいつどうにかしないと。この黒くて、本来は土の中に作るコロニーを巣として一匹の女王を中心に生きる、本当に小さい虫さんは働き者臭がする。俺とは相いれない。


「無粋だね、君は」


 そう思った時には憐子さんは動いていた。


「え」


 反応が遅い悪魔の首根っこ掴んで。

 ぶっきらぼうに投げる。


「ぼげぇ」


 ぶれて見えるほどの勢いで地面にたたきつけられる悪魔。

 そして、その凄まじい衝撃の反動で、跳ね返る。


「無粋の一言に尽きるよ。せっかく上手く騙して薬師と合法でキスするチャンスだったというのに」


 ああ、やっぱり嘘だったんですかそうですか。

 遠い目をする俺の視線の先の憐子さんは、どれほどの勢いで叩きつけられたのか、俺の胸のあたりまで跳ね返った悪魔に追撃。

 空中で殴る蹴るなどの暴行を加えて、最後は炎の拳が顔面に突き刺さり、アリさんは床を顔面で滑りながら魔法陣に入って消えていった。

 多分、送還魔法陣は憐子さん作であろう。

 そして、あっさりと戦闘は終結し。

 振り向いた憐子さんはいい笑顔でこう言った。


「よし、薬師。続きをしよう」

「よし断る」


 第一素手で悪魔を粉砕する女に封印解除もなにもあるか。















 こうして、今回の悪魔祓いも終わった。終わってしまった。


「ふう、肩が凝ってしまったよ薬師」

「胸が大きいと、やっぱ凝るのか?」


 ふと、気になって聞いてみたが、聞いてみてから後悔した。

 憐子さんがやけににやにやと、いやらしい顔で俺を見つめていたからだ。


「おや、おやおや?」

「なんだよ」


 険を込めて俺が問えば、さらに憐子さんはにやにやとした。


「いやあ、薬師がそんなセクハラ発言をするとは……、ね。性への目覚めかい? よし、お姉さんとラブホテルへ行こう」

「行かないぞ」

「草むらで、か。野性児だなぁ、薬師は」


 つん、と憐子さんは俺の鼻先を突く。

 なんだろう、すごく目の下に歯磨き粉塗ってやりたい。

 と、俺が何かの波動に目覚めかけたころ、悪戯っぽく憐子さんは笑った。


「ははは、まあ、凝るよ。仕方ないね。大きい人間の必要経費さ」


 そう言って、憐子さんは俺の腕に抱きついた。

 憐子さんの胸は、まあ、なんというか。

 普段は袴姿であるからして、和服の性質上目立つものではないが、それでも存在を感じさせる以上は大きいと言えるのだろう。


「まったく……、薬師が揉んだから、こんなに大きくなってしまったんだぞ?」













「――待て。あたかも俺が揉んだかのように過去を捏造するのはやめるんだ」


 一瞬固まっていたが、すぐに再起動だ。


「なんだ、乗ってくれないのか。このまま責任を取ってもらってずっと下から支えてもらおうと思っていたのに」

「そんな変態的構図はいやだ」


 そもそも無実の罪でそんな無期懲役はいやだ。

 俺は溜息を吐いて、憐子さんを腕に纏わりつかせたまま歩みを進める。

 それから特に憐子さんは口を開かず。


「……お主ら、なにをやっておるのじゃ?」


 ばったりと変なTシャツの人に会った。

 『男の愛アンハンマー』、だそうだ。本当に意味分からん。


「何って……、ナニを」


 憐子さんが突然の出会いに取り乱すことなく言う。

 そして、であった魃は慄き、


「な、なな、ナニじゃと……? ナニってなんじゃ、薬師」


 首を傾げて俺に問題を放る。


「何って……、ナニかと」


 俺も問題を放棄した。

 俺に問うな。俺にだってよくわからん。


「ナニってあれさ。男女の営み」


 そうして、巡り巡って、憐子さんが答えを出した。


「だ、男女の営み……」


 そんな答えに、衝撃を受けた様子の魃。

 突っ込んだ方がいいのだろうか。そもそも、男女の営みなんてしていない、と。

 迷う俺に、魃が俺の方を見た。


「薬師……」


 できればそんな目で見ないで欲しい。

 誤解だから。

 そう思って誤解を解こうと口を開きかけた瞬間。


「そ、そのじゃなっ。わ、妾も!」

「妾もってなんじゃらほい」

「妾もじゃな……!」

「……?」


 よくわからない、と困惑する俺。

 そこに憐子さんが横やりを入れた。


「要するに、魃も腕を組みたいと言っているのさ」

「な、ななっ、そんなこと言っておらんわ! だ、れが、この朴念仁なんかと……、いや、組みたくないとも言っておらんが……、そのう」

「まあ、だよなぁ」


 うんうんと頷く俺。

 だが。


「うぬうっ、気に食わぬっ。う、う、腕を寄こすのじゃ、薬師!」


 いきなり何が気に食わないんだ。

 手を差し出してくる魃に、俺は怪訝そうに眉をひそめる。


「いや、やりたくないなら別に」


 魃を気遣って一言。別に憐子さんに対抗意識を燃やす必要もない、と俺は小動物に接するように優しく言う。

 しかし。

 しゅんとする魃。俺はなにかしてしまったのだろうか。いや、してないはずなんだが。


「のう……、憐子は良くて、妾は駄目なのかの?」


 くいくいと、袖を引っ張って、魃が問う。

 駄目、と言うには余りにも、なんというか、儚くて困る。


「いや、別に」

「だったら、妾にも、してくれないと……、不公平じゃ……」


 そんな言葉に、俺は溜息を一つ。

 そして、投げやりに腕を魃に伸ばす。


「……もう好きにしてくれ」


 すると、魃は黙っていたが、眉間にしわを寄せた仏頂面のまま、俺の腕を抱きしめた。


「別に嫌なら無理戦でも」

「か、勘違いするでないぞ? 別にお主が嫌だとか、そういうのではないんじゃからなっ!」

「ははは、魃も相変わらず可愛いじゃないか。可愛がってやりなよ、薬師」


 憐子さんが、俺の右隣で無責任に笑っている。

 俺は大きく溜息を吐いた。

 一人でさえ注目を集めるのに、二人に増えたら、視線が痛いことこの上ないだろうに。


「にゃーっ、ご主人だーっ。奇遇だねっ、運命だね」


 ……ああ、また視線が痛い。

 後ろから声がする、と思って振り向けばにゃん子。


「みんなずるいにゃーっ。にゃん子は背中をイタダキマス」


 跳び上がってにゃん子は俺の首に抱きついた。

 ぐお、首締まる首締まる。


「にゃーん」


 上機嫌そうににゃん子が俺の首筋を舐める。

 やめろくすぐったい。


「ところでご主人、どこ行くの?」

「今更か」


 なんでこいつらはいつもこうなのか。

 問うても答えは帰って来ない。

 ああ、視線が痛い。

 溜息を吐けば、白い息が視界に入る。

 とりあえず。

 俺は呟いた。


「……帰るか」















「ふ」


 家の敷地に入った瞬間、憐子さんが笑ったように見えて少し気になった。


「なんか楽しそうだな。いつもより」


 この人は基本的にいつも楽しそうなのだが。

 そんな憐子さんは、俺の言葉に笑って答えた。


「まあ、ね。そろそろ一年も終わりかと思えば」

「それで?」


 俺は、先を促す。

 しかし、憐子さんからは疑問符が帰ってきた。


「それで、とは?」

「それで何が楽しいんだ?」


 別にそれのどこが楽しいのか。いつも通り来年がやってくるだけだろう。

 しかし、憐子さんは白い息を吐きながら優しげに笑ったのだ。


「楽しくて仕方がないよ。私は幸せ者さ」

「そうなのか」

「そりゃあね。お前とまた年を越せることが」


 それはいつ見た笑顔よりも儚くて、幸せそうだった。


「――幸せで仕方ないんだ」


 俺は、あえて視線を外して、ぽつりと言う。


「そうかい」


 いつもと変わらぬ調子で、何の感慨もなく。


「ま、俺にゃ楽しいも何もないけどな」

「ロマンと言うものがないね、薬師は。少しくらい話を合わせてくれたって――」


 拗ねたような表情の憐子さん。

 本当に楽しそうだな、おい。

 ただ、そんな声を遮って。


「これからずっとだ。来年も、再来年も俺は憐子さんと年を越すんだよ。何年も、何百年も年を越すんだ」


 俺はぶっきらぼうに口にした。


「この程度で幸せだ、とか言ってたら、後々破裂しちまうぞー、と」


 言い切った後。

 しばらく経ってやっと、憐子さんから返答が返ってきた。




「……もう破裂しそうだよ」




 ちょっとだけ、憐子さんの頬が赤かった。
























―――
さて、これが今年最後の更新になるかもしれません。
ならないかもしれません。
でも多分、三十一日は忙しい、気がします。
書けたら書いて更新しますので。

とりあえずまあ、多分忙しいので次の更新は来年と仮定して。

一年間、見ていてくれた方に感謝します。相も変わらず続いてるのも感想をくれた皆様、そして、見てくれている貴方のおかげです。
来年もどうぞよろしくお願いします。


ちなみに三十一日に更新してしまったらただの間抜けです。





返信。




黒茶色様

サンタさんに頼んでも、苦笑いされそうですけどね。メイドさんを頼んだら。まず、間違いなく。
クリスマスでしたけど、自分も一人パソコンに向かう男でした。女っ気……? まず、ない。
由壱君は、未だにクリスマスから時系列進んでないとか何事ですかあの子。いい加減話を進展させてください
そして、脱いだ下着に意味があるのではなく、藍音さんが渡してきているという事実に価値があるんです。多分。


春都様

なんと。病院ですか。CTスキャン辺りは自分はしたことないのでよくわかりませんが、結構うるさいとだけ聞きます。
お体の方は大丈夫でしょうか。健康診断で引っかかったそうですが、どうかお大事に。
そして、一応閻魔の婚約者なんです。まったく目立ってませんけど。そしてどう考えても通い夫か、家政夫ですねわかります。
由壱は、その程度では動じないぜ状態。ゴールドライタンでも連れてきなさいということでしょう。


SEVEN様

まあ、野郎と馬鹿やってる方が、気楽でいいです。いいんです。そうなんです。
そして、報告感謝です。うっかり阿呆な真似をしてました。一日であれだけのことはこなせないです。修正しました。すいません、ありがとうございます。
しかし、確かにクリスマスに三人相手にいちゃいちゃしていたとか、シュークリームを顔面に叩きつけたくなりますね。かといって三日かけてとか言っても熱々ピザ顔面に叩きつけたくなりますが。
そして、お姉さんに関しては何も言わないお約束。その内フルオートで明かされますから。まあ、明らかに……、ねえ?


migva様

由壱は、年明けて二発からが本番になります。と言うか、年最後なのに主人公メインなしと言うわけにもいかないし、年初めにも同じことが言えたり、クリスマス編でもそうだったりでその辺のリミットが解除されます。
確かに、クリスマスにアイスを買いに行かされるのもアレですが。三回転も十分アレです。でも頑張れ由壱、あとちょっとだ。もう少しで大活躍さっ!
薬師はもう、私生活に世話を焼く母と、馬の骨にはくれてやらない的な父のツインドライブ。親父と母が合わさって最強。
由壱は、もう仙人になれそうな領域ですが、はたしてどこにたどり着くのか。そして、私は三十一日に更新できるのか、できないのか。


奇々怪々様

クリスマス。きっと心が純粋な人にしか見えないとか制限があるんです。自分には見えませんでした。
ちなみに、美沙希ちゃんは、夢だと思っていたことが後日現実だったと発覚し、布団を被ってひきこもったそうです。
そして、いつもどおりなのに、あっさりサンタと言える藍音さんの胆力。そしてプレゼントは十八禁。
来年は、愛に任せて由壱がぎゅんぎゅん回転します。多分。


通りすがり六世様

鉄の煮え湯。多分、熱いココアで舌と喉を火傷するくらいでしょう。美沙希ちゃんなら仕方ない。鉄分たっぷりの。
多分猫舌です。本当に駄目駄目です。とりあえずハンバーグ食べてご満悦になる辺り駄目駄目なんです。
そして、これからガンガン行きますよ、由壱は。十二回転するって行っちゃったので最低十二回転はします。
もう、由壱の常識は宇宙クラスにぶっ飛んでますが、彼の日常はいつ崩れるのやら。


男鹿鰆様

クリスマス。イエス・キリストの誕生日です。それ以上でもそれ以下でもないんです。
片角のツンデレさんは、相変わらず新しい試みに走る方向で。まあ、設定的には皆様お察しの通り。
閻魔は、とりあえず一滴でも飲んだら泥酔状態で、一口いったらさようならです。一族全体的に酒はアウトなのかもしれません。
そして、ヤモリと蛾……、きっとモスマンが――、ってあれはUMAですが。

ちなみに、玲衣子さんの名前の由来はお察しの通り零で、さらにちなみに李知さんが壱です。


志之司 琳様

その冬休みの短さ……、考えるだけで身の毛がよだちます。『よだつ』の『よ』って一体なんでしょう。

自分虫は余り得意じゃないですね。騒ぐタイプじゃないけど、容赦しません。虫とは共生できそうになく。
ただ、とりあえず薬師は蚊辺りに吸われて失血死寸前になってしまえばいいのに。もしくは結婚する呪いにかかるとか。
そして、そう言えば型月のエクスカリバーってそうでしたっけ。まあ、愛沙のはぶわっと出るタイプじゃない辺り魔術臭が香ってきませんが。

聞いて考えると、二十五日の薬師のリア充ぶりがやばいです。クリーンヒットゾーンにサイドワインダー突き刺され。
由壱は、このまま出番が増える予定。じわじわと。魃のように浸食に掛かります。
そして、青いあの人は、出しちゃったんです。娘と同じような年齢の女の子に手を。最低ですね。反抗期が来るのもわかります。







最後に。

魃は寒さ無効なので、冬でもTシャツ。



[20629] 其の四十七 明けましておめでボグシャア。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7f38ae1e
Date: 2011/01/01 22:12
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「あけましておめでとう。そしてボグシャア」



 英語で言うなら、ぎぶみーばけーしょん。



 分かり易く言うと、俺に正月休みはなかった。















其の四十七 明けましておめでボグシャア。














「新年早々悪魔祓いとか、貴方達……、ほんとなんなんですか」

「悪魔が言うなこの野郎」


 並み居る悪魔をちぎっては投げちぎっては投げ。

 元旦なのに、俺は仕事中である。

 鬼の皆も大慌てで、その首領たる閻魔が「あうあうあー」と忙しさに目を回していたから断りきれなかったのだ。


「兄さん、向こうにも反応が……」


 そして隣に居るのは案内妖精こと由壱。

 なぜか付いてきた。


「おうおう、分かった。皆まとめてボグシャアしてやるぜ!」

「ああ、兄さんのテンションが変だ……」


 なんでお前ら正月なのに悪魔召還なんてやってんだ!
















「……あらかた終わったか?」

「みたいだね」


 お話してボグシャアすること一時間。

 去年もこの時期、平穏無事に過ごせるわけはないんだろう、と思ってはいたわけだが、ここまでとは思っちゃ居なかった。

「男二人むさ苦しく初詣にでも行くかー……」

「はは、そうだね」


 苦笑いの由壱。

 疲れ気味の野郎二人で、元旦で人も居ない道を行く。


「今年こそ、平穏無事になるよう、神に祈ってくる」

「無理じゃないかな」

「……どこに抗議すればいいと思う?」

「……一番えらいのって閻魔様だよね。多分握りつぶされて終わるんじゃない?」


 ふふふ、わが弟ながら、現実を捉えているじゃないか。

 夢も見れなくて寂しいよ。おいどん。


「まあ、俺も、平穏無事に過ごせるかは……、どうかなぁ」

「お? どした、なんかあったのか?」

「うん、ちょっとばかし、クリスマスの日にね……」


 遠い目をする由壱。

 たまに思うのだが、こいつ大丈夫だろうか。

 いつか突如旅に出たりしないだろうか。自分探しの。


「何事もなく別れたけど……、元気でやってるかなぁ……」

「お。もしかして女か?」


 その顔は女を思う顔だ。勘だけど。


「まあ、一応ね」


 ほほう、由壱にもそんな関係が……。

 中々やるじゃないか少年よ。


「なにかな、その顔は。そんな関係じゃないよ?」

「まあ、冗談だが。どんな関係だ?」


 一応保護者として、そこは聞いておかねばなるまい。

 職業が結婚詐欺師の人だったりしたらお話しの必要があるしな。

 そして、俺が聞くと由壱はもっと遠い目をした。


「……路上で三回転させられた仲かな」

「何それ、お兄さんどうしような」


 保護者的に、どうすればいいんだろうね。これね。


「三回転かぁ……、うちの由美な五回転は行くなぁ……」

「うん……」


 二人して遠い目。

 俺達は今年を生き延びれるのか。
















「うーむ? 込み合ってる割に、すんなり入れたな」

「そうだね。人のほうが俺達を避けてくみたいな……」


 神社。名もなき神社。別に異界開きをするわけでも無いが。

 というか俺が名を覚えていないだけである。

 そんな神社は、込み合っているが、しかしなぜか俺達はあっさりと参拝のちおみくじを引くことに成功した。


「俺は……、大吉か。嘘だな。嘘過ぎる。優しい嘘だ」


 金運。

 女性に使う金は諦めなさい。いい女に金は必要経費です。

 仕事運。

 過労死に注意。もしくは延々生殺し。

 恋愛運。

 混迷を極める。いい加減落ち着きなさい。

 総合運。

 ぱっと見不幸ですがそんなこともない気がしないでもなく。要は気の持ちよう、貴方次第でしょう。


「てか去年とまったく同じじゃねーかっ!!」


 思わず地面にくじの結果の紙を叩きつける。


「ねぇ、兄さん……」


 そんな横、ぽつりと漏らす由壱。


「ん? どした?」


 俺は由壱の方を見て。

 由壱は戸惑うように言った。


「……俺の、白紙なんだけど」

「まさか、そんな訳……、あった」


 白い、まさに白い。何の冗談だってくらい白い。

 修正液でもぶちまけたのか。


「これ、どういうことなんだろうね」

「……炙り出しなんじゃないか。ほれマッチ」

「たまに兄さんって突拍子もないこと言うよね。まあ、やってみるけど」


 そう言って炙る由壱。

 しかし、待てども待てども字は見えてこず。

 そして。

 ――燃えた。


「……うわぁ。不吉」

「頑張れ」

「……うん」

「甘酒でものむか……」

「……うん」


 そうして、俺と由壱は甘酒を自棄酒気味に飲もうかと思ったのだが。


「……ちょっと、やめなさいよ! ぶっ飛ばすわよ!?」


 ふと、そんな声が聞こえてきて。


「あの子……!」


 由壱は、どこぞへ走り去ってしまった。

 なんだか知らんが柄の悪い人々に囲まれているが大丈夫だろうか。

 む、逃げていった。

 何したか知らんが何とかなったな。

 由壱は、神社のお守り販売所の脇で、高校生くらいの女と会話を繰り広げている。

 青春してるじゃないか。

 俺は微笑ましい気分のまま、一人甘酒を飲みに行くことにした。


「えっ、あ、あ、薬師っ!?」


 と、思ったら、なぜか前さんが巫女服で甘酒を配っていたのだった。



















「あれ……あの人たち、どうしたのかな?」


 あの子――、青い髪の彼女だ。

 そういえば名前を聞いていない。

 ともかく、あの子に絡んでいる人たちを見て、行ってみたのはいいんだけど、声を掛けただけで何処かへ行ってしまった。
 まあいいや、ラッキーだし。


「大丈夫?」


 去っていった男の人たちを見送って、俺は彼女の方を見た。

 先ほどまで絡まれていたせいか、彼女の表情は硬い。


「アンタの方こそ……。大丈夫なの?」

「え? 俺? 別に何もないけど」


 心配されているのは俺だった。

 まあ、でも心配されるのも仕方ないか。

 大丈夫、と俺はひらひらと手を振った。


「いや、でもね、アンタ……」

「なに?」


 ぴっと、彼女は俺の顔を指差した。

 正確には……、頬?






「アンタ、血がべったり付いてるわよ」

「え」


 まさか、兄さんの戦闘の返り血が……。











「ね、ねえ、薬師、何やってきたの?」

「悪魔祓いだが?」

「血がべったりだよ……?」



 ああ、だから参拝客から避けられてたのか。













 なるほど、柄の悪い彼らはだから俺の顔を見るなり逃げてしまったんだ。

 いきなり顔に血糊の付いた人間が近づいたら逃げる。俺だってそうする。


「まったく……、仕方ないわね」


 呆れたように、わざとらしく彼女が溜息を吐き、少し屈む。

 そして、彼女は手首の辺りで、ダッフルコートの袖を使って俺の頬を拭った。


「あ、汚れるって」

「いいの。年下は黙ってなさい」


 いや、だけど血を拭いたらもう取れない汚れになってしまうかもしれない。


「別にこれくらい――」


 なんともない、と言おうとして遮られた。


「あのね、アンタにはあいつら追っ払って貰ったから、こうでもしないと大人の面子が立たないの」


 乱暴に、しかし少しの優しさを滲ませて、彼女は言う。


「黙ってやられときゃいいのよ」

「……ありがとう」


 そこまで言われて、むきになって抵抗する気もおこらなくて、俺はなすがままに。

 そして、なんだか彼女の頬が緩んでる気がして、俺は口を開いた。


「楽しそうだね」


 聞いたら、彼女はわざわざ不機嫌そうな顔をする。


「そう見える?」

「うん」

「いや、アンタにもちょっと子供っぽい所があるだな、ってね」

「ふーん?」


 要するに、普段の俺は可愛くないってことかな?

 まあ、いいんだけど。

 俺は苦笑しながら、彼女の顔を見る。

 そして、思ったことを口にした。


「でも、あれだね。笑ってると――、綺麗だね」

「……い、いきなりなによ」

「いや、素直な感想だけど」


 照れた様子の彼女は、しかしまた、すぐに不機嫌な顔に戻った。


「アンタもにこにこ笑ってろって派閥?」


 その言葉でなんとなく理解。

 何度かその台詞は言われたことがある、って顔だ。

 誰に言われたのかは知らないけれど。

 でも、あまり愉快な経験ではないみたいだった。


「言っとくけど、そんなたくさん笑えたら、笑ってるわよ」

「いや、別に無理しなくてもいいけど」


 そんな彼女に、俺は言う。


「……む」

「第一、君が笑うんじゃなくて、誰かが君を笑わせるんだよ。そして、今その役目は君と話している俺にあるわけだけど」

「……」

「笑って欲しいなら、まずは俺が君を笑わせようとしなきゃならない。後は行動次第だろうね」


 それだけ言って、言葉を切る。

 そして、彼女の返事を待った。


「アンタ……」


 彼女は言う。


「……やっぱり変わってるわね」

「そんなことはないと思ってるんだけどね……」


 苦笑いすれば、彼女はすごく恥ずかしそうに、目を逸らしながらこう言った。


「……少しだけ、認めてあげるわ。アンタのこと」

「ははは、ありがとう」

「少しだけだからねっ、調子に乗るんじゃないわよ」

「うん」


 俺は素直に頷いた。

 そして、俺の頬を擦る袖が外れて――。





「……ごめん、伸びて余計怖くなったわ」

「え」

















「ほら、ちゃんと顔拭いて!」


 前さんによって顔面に投げつけられる手ぬぐい。


「へぶ」


 なんかどこぞの誰かと、扱いに落差があるとかお告げが来たが。どういうことだろうか。















―――
明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。今年も砂糖漬けで行きます。





さて、今回短いですが、正月効果で三本同時更新にしたので許してください。

年の初めから砂糖まみれにしてやるぜヒャッハァなんて思ってません。おわびですよ、はい。

と、まあそんなわけなので番外編が更に二本です。

むしろ今回の本編、番外のおまけなんじゃ……。



返信。


リーク様

いやあ、去年最後の更新でよかったです。あれが。
あれで最後じゃなかったら大間抜けですからね。非常に恥ずかしいことこの上なく。
ともあれ、今年もいつも通り気張って砂糖製造を続けたいと思います。糖尿病になるその日まで。
では、今年もよろしくお願いいたします。


志之司 琳様

ラジオ聞かせていただきました。丁度その頃にゃん子編を書いてましたよ。そして、作業BGMは作者のテンションと密接に関係し、私のテンションは作品に影響します。
そう、新年いきなり三本も更新しちゃったのの半分は貴方のせいだっ!と、砂糖飽和の片棒を担がせてみる。
由壱は人よりちょっと世間の荒波に揉まれちゃっただけです。まだ、身体的には変人の仲間入りをしてないんです。精神はもうダメかも知れません。
そして最近ツンデレが多いわこのツンデレどもがっ、といいたくなります。内一人は野郎とか。薬師とか。


SEVEN様

そもそも由壱は人型じゃなくても別にいいんじゃないだろうか。翁と普通に暮らしてるわけですし。ちょっと本体が刀なくらい。
しかし、由壱の口添えがあれば、要塞陥落も可能かもしれません。というかポジション的に由壱が一番恐ろしいです。
ちなみに、憐子さんの服の下は全裸です。と言うとなんかアレに聞こえますが、付けてません、穿いてません。
さて、お互い間抜けにならないで済みましたねっ。よかったよかった。突如番外編書こうとか思い立って助かりました。今年もよろしくお願いします。


通りすがり六世様

和服には、帯を引っ張ってくるくる回して脱がす等、さまざまなロマンでいっぱいなんです。きっと。
そして、今回のパートナーはまさかの由壱という不思議っぷり。次のパートナーは誰になるやら。
最悪スライムの可能性すら……、それだったら酒呑でも出します。青鬼さんとか。
まあ、そして確かに、皆ある程度の戦闘力はありますよね。さまざまに。精々ステルスしか持ってない人が居るくらいで。


奇々怪々様

しかし、人型なら、ってことは半透明スライム少女(厨二ではなく)でも構わないということなんでしょうか。由壱、懐が広いな。
そして、憐子さんなら薬師にもませていても不思議ではない、というギリギリの嘘。そもそも薬師に会った時点ででかかった。
それでまあ、薬師が狙ってやっているのなら、過去、読心術者とで詰んでいたはず……、むしろそっちの方がよかった気が。魃は、冬はいいですけど夏は最悪そうですよね。もう薬師に任せるしかないです。ただ、雪道を隣で歩いて欲しい。


黒茶色様

大丈夫、性癖を曝け出しても決して構いません。参考にはしますけれども。
そして、誤字報告どうもです。一頻り笑ったついでに修正しておきます。なんでこんな誤字が発生したのだか。
ただ、結局無理戦でした。むしろ無理戦じゃない日は一体いつ来るのでしょうか。番外編なら結構勝ってますが。
悪魔はぶっきらからブリンガーでした。由壱は――、今年こそ頑張るでしょう。


長良様

あれ、そうかもしれません。結局聞いた話なんでいまいち自信がありません。後で調べてきます。
知り合いが、そんなかで寝てたとかそんな話を聞かされました。しかし、そのうるささを知らない私は会話に入れない。
まあ、検査される必要のない健康体に感謝すべきなのでしょうけれど。まあ、定期的にそういう検査受けた方がいいみたいですが。
しかし、正気でいられないような状況で、あの輪の中に放り込まれたらかなり精神衛生に悪いような気がしますが、というか素であまり愉快ではなさそうですけど、どんなかんじなのやら。したことないので気になります。というか体験しないと小説中にCTスキャンできません。やることもなさそうですが。










最後に。

実を言うと、今日の更新分を書き始めたのは昨日である。
つまり、腕がもげる。



[20629] 其の四十八 俺と大人の色香について。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7cff88a4
Date: 2011/01/05 22:21
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 奇縁。不思議な縁。まさに俺と彼女の繋がりはそれに当たるんじゃないだろうか。

 袖振り合うも多生の縁。見知らぬ人と袖擦り合わせるだけでも前世からの因縁に因るものだ、という言葉がある。

 ならば、道端で衝突して、宙で三回転させられるほどの縁とはどれほどのものなのか。

 ……聞いてみたいけど、誰に聞いたものだろうね?

 クリスマスの日に偶然会った彼女。

 元旦に再会した彼女。

 そして、二度あることは三度あるというのだから。


「……また、会ったわね」


 二度あることは三度ある。ならば四度目があるなら、運命というものを信じてもいいかもしれない。


「……子持ちだったんだね」


 小さな子供と手を繋いで道を歩く彼女を見て、そう思った。


「ち、違うわよ!」












其の四十八 俺と大人の色香について。












「ふーん? 迷子、そうなんだ。大変だね、それじゃ」

「ちょっ、ちょ、ちょっと待ちなさいっ」


 踵を返した俺は、いとも簡単に呼び止められてしまった。


「なにかな?」

「あるでしょっ!? 色々とっ、手伝うとか!」

「ははは、冗談だよ。でも、そんなに役に立てないと思うよ」


 別に兄さんみたいに風で探知は出来ないし、失せ物探索の魔術や占いができるでもなく。

 しかし、彼女は、俺が手伝うといった瞬間、ほっとした顔をした。


「いいのよ、それで。ほら、じゃあ早速行くわよ!」


 なんで俺一人の助力でそんな助かった顔をするのかと疑問だったけど、理由はすぐに知れた。


「おねぇちゃん……、こわい……!」

「あっ……、ちょっと、泣くんじゃないわよっ」


 手を繋いでいた、俺よりも年下の、四、五歳位の女の子が泣き出してしまった。

 ああ、なるほど。

 納得して、俺はしゃがみこんで女の子との目線を合わせた。


「よしよし、大丈夫だよ。このお姉さんはぱっと見怖いし突如道端で人を三回転させるし、あんまり素直じゃないけど――」

「殴るわよ」

「あと普通に怖いけど。まあ、うん。義理堅くて優しい人だよ」

「ほ、褒めたって何も出ないわよっ?」

「多分」

「怒るわよ」

「あ、怖いのだけは確かだね」

「殺すわよ」

「あんなこと言ってるけど大丈夫、今流行のツンデレって言うらしいよ? 憐子さんに聞いたからよくわからないけど」

「千切るわよ」

「まあ、何はともあれ大丈夫、お母さんもちゃんと見つかるよ。見つかるまで一緒に探してあげるから」


 そう言って、俺は笑みを作る。

 女の子も、ぎこちなくだけど頷いてくれた。


「うん……」

「よし、いい子だ」


 そう言って女の子の頭を撫でて、立ち上がる。


「よし、じゃあ行こうか」


 そして、彼女の方を見ると、バツが悪そうに彼女はふいと目を逸らした。


「予想以上に慣れてるのね」

「まあね。二倍以上年齢は違うだろうけど、それでも君よりは年が近い自信があるよ」

「……うそ臭いわね。本当は三十位なんじゃないの?」

「まだその半分にも至ってないよ、ってこの会話も何回目だろうね」


 苦笑い気味に言えば、彼女は羞恥に頬を染めながら、ぽつりと言った。


「でも、まあ、……助かったわよ、アンタがいて」

「まあ、だろうね。この様子じゃ」


 女の子は、青髪の彼女の手を放し、俺の手を握っている。

 彼女の方は一向に見ようとしない。


「ぐ……、別になんとも思ってないわよ?」

「はは、そういうことにしておくよ」


 まあ、彼女が子供の扱いを得手としてるとは、到底思えないしね。

 むしろ、とても苦手な部類に入ってるんじゃないかと俺は邪推する。

 女の子の手を握っているときの苦虫を噛み潰したような表情といい、そんな感じだ。

 そもそも子供の扱いが上手ければ俺と出会ったときも有無を言わさずファミレスとは行かなかったんじゃないかなと思う。


「むかつくわね。年下の癖に」

「はは。そんな顔してるとまたこの子が泣いちゃうよ」

「むぐ」


 全身全霊で、不機嫌オーラをかもし出してた彼女だけれど、俺に言われてすぐにやめた。

 結局優しいというか、お人よしというか。


「これがふーふまんざいっていうの?」


 そんな中、無邪気な言葉。

 それを思い切り彼女は否定した。


「そ、そんなことあるわけないじゃないっ!」

「ふぇ……」


 怒鳴りつけた彼女に対し、女の子は泣きそうな顔をする。


「あ、そんなこと言ったらまた……」

「えっ……、そんなことなくもないかもしれないわっ!」

「……ごめん、俺の言ってること、伝わってなかったみたいだ」


 訂正する所が間違っている。


「まあ、なんというか。こないだ会ったばっかりだからね。夫婦どころか知り合いクラスだよ」

「……」

「そうなの?」

「そうなんだよ」

「そっか。じゃあわたしがおにいちゃんとふうふになるっ」

「ははは、嬉しいね。でも何でいきなり俺かな?」

「おにいちゃんやさしいもんっ」


 女の子は、そう言って笑った。さっきまで泣いてたと思ったら、今度は笑う。

 子供らしくていいと思う。由美はこのくらいの頃から笑ったり泣いたりしなかったから。


「そっか」

「うんっ」


 女の子に笑いかけて、俺は手を引いて歩く。

 そんな中、


「かちんと来たわ」

「へ?」


 唐突に、ぽつりと彼女は溢した。


「私を放ってそこな幼女と乳繰り合うとはやるじゃないアンタ。怒りを通り越して呆れてプッツンきたわ」

「それはもう怒りを覚えたってことでいいんじゃ……」

「ともかく、アンタは私の癪に触ったの。オーケー?」

「オーケイ、それは分かった。けど、それで?」


 今度は四回転くらいさせられるのだろうか、と心の隅で覚悟を決めていると、彼女は言った。


「大人の女性の素晴らしさを教えてあげるわ」


 胸を張って、腕を組み、はっきりと彼女は口にした、のだが。

 いや、君もそんな大人って年じゃないよね……?

 思うけど、言うのはやめにしよう。

 流石にこれ以上回転させられたくはない。

 一日に十七回転以上すると、気分が悪くなるんだ。経験上。


「具体的には?」


 だから、あえて乗る事にして聞いてみた。

 すると、彼女は口元に手を当てて、空を仰いだ。

 そして、暫くして視線を俺へ戻すと。


「……後でたっぷり教えてあげるわ。この子を送り届けてからね」

「ああ……、うん」

「っ、な、なによその目。その、乳繰り合うだのなんだのと低脳なことを話すと思ったら本当に低脳なんじゃねーか牝豚が。脳髄までピンク色なんじゃねぇのか? って目は」

「……いや、そこまでは思ってないから」

「ならどこまでよ?ピンク色まで?」

「それ、ほぼ全部思ってるよね。というか、低脳辺りまで思ってたらどうするの?」

「えっ? そ、そりゃ怒るに決まってるじゃない」

「だよね」

















「ありがとー、おにいちゃん、こわいおねえちゃん」

「怖いは余計よ」


 結局、その辺でうろうろと右往左往しながら涙目になっているお母さんを見つけて、俺達は事なきを得た。


「あ、ありがとうございました。この子になにかあったらと思うと、ふぇ……」

「ああ……、と、もう大丈夫ですから、ね?」

「はい、ご、ごめんなさい」


 泣き出しかけのお母さんに、とりあえずハンカチを渡して、俺はその場を立ち去ることにした。


「さて、これで邪魔者は居なくなったし。アンタに大人の良さって奴を教えてあげられるわね」

「仕方ないから聞くよ」


 覚えてたんだ。

 帰り道に言われてしまって逃げ出すことも出来ず、俺は聞くことにする。


「じゃあ、見なさい」

「うん」


 言われて、俺は彼女を見る。

 出会うたびにセーラー服。初詣の時はコートを着ていたけど今日は着ていない。寒くないのだろうか。


「どう?」

「うん、女の子が体を冷やすのは良くないんじゃないかな」

「それを真顔で言う?」

「え、どうしてさ」

「今はそんな話をしてるんじゃないわよ。ほら、見なさい。幼児体型には真似できないこの凹凸」

「うん」

「特に胸。あの年の子供にはまったく真似できない弾力よ?」

「うん」

「……反応が薄いわね」

「ほら、セーラー服って別に胸とか目立たないし」


 人差し指を立てて俺は言う。

 すると、彼女は俺の首元を引っつかみ。


「いよいよもって虚仮にしてくれるわね……! ならこれでどうよ!」


 思い切り胸元に引き寄せた。

 なにが起きたのかに関しては……、聞かないで欲しい。

 ただ、苦しかった。


「どっ、どう!?」

「い、いきなりなにをするのかな?」

「実力行使」

「……そう」

「反応が薄いわね。で、どうだったのよ」

「まあ、普通のサイズだよね」

「……アンタどういう神経してんのよ」

「いや、うん」

「アンタくらいなら顔真っ赤にして喜ぶわよ」

「その辺は知らないけど」


 ただ、大人の魅力、といわれると真っ先に思い浮かぶのが憐子さんとかなだけで。


「それにさ。胸で魅力を決めてしまうのはどうかと思うよ」


 不意に、彼女ははっとした顔になる。


「し、至極まともなことを言われたわ……! とてもむかつくわね」

「……もう俺はどうすればいいのかな?」

「黙って年上サイコーっ、って言ってればいいのよ」

「黙りながらは言えないと思うけど」

「そういう! アンタの揚げ足取るとこがダメなのよ!」

「年上サイコー」

「そんな冷め切った面で言わないでくれるかしら」


 もう俺にどうしろっていうのさ。


「それにさ。魅力に大人も子供もないと思うよ」

「そ、そんなだから――」

「その点から言えば、大人子供関係なく、君は十分魅力的だと思うけど」

「どっどっどっ、どこが!?」

「子供の扱いなんてさっぱりで、泣かせてしまうの分かってるくせに、迷子の親探しをしちゃうあたり」

「そっ、れは――、その……、ありがとう」


 彼女はふいと顔を逸らす。変な所で素直だなぁ。

 俺は苦笑一つ。

 思うままに言葉を漏らす。


「まあ、大人の色香は足りないと思うけどね」

「な、生意気なっ」


 俺が漏らすと、彼女は不意に俺の前に立った。


「なら……」

「ん? 一体なにを……」


 意を決したように、彼女は口を開く。


「か……」


 真っ赤な顔で、ふるふると震えながら。

 ――たくし上げられるスカート。

 俺は我が目を疑った。


「……嗅いで……、みなさいよ」


 ……いや、それは大人の色香と無関係です。


「ええと、隠して貰えるかな」

「こ、これでもダメなの? 微塵も反応しないぞ色気の欠片もない家畜がっ、ってレベルなの!?」

「いや、流石にね。俺も兄さんほどアレじゃないから、そういうのはしまってもらえるといいかな」


 思い切り、顔を右に、視線を逸らして言う。

 そして、微妙な空気が流れ。

 しばらくして、彼女の方から声が聞こえた。


「もういいわよ」


 お許しが出たので、俺は視線を戻す。


「しかしね、君はなんでそんなに俺に……」

「悔しいじゃない。なんか、アンタ反応薄いし、私のことそっちのけだったりするし」

「これは早々直んないよ」


 それでむきになるのはいいけれど、俺としては少々困り物。

 そもそも第一。


「大人の色香って、そういうのじゃないと思うよ」

「だ、だったらなによ」


 だったらなに、といわれると俺も少々困る。

 そうだな……、身近な所で行くと。

 ふと、思いつく。


「ああ、大胆なことを平気な顔でやるんだよ。大人の余裕って奴じゃないかな」


 それがないから彼女には大人の色香が該当しないのだけれど。















 しかし、にしても何で彼女はこんなに俺に拘るのだろうか。

 目立ったものは何一つ持っていないのだけど。

 しかし。

 不意に躊躇いがちに手を握られて――。


「……どうよ」


 耳まで真っ赤になりながら聞かれた日には。


「そうだね、クラクラするよ」


 可愛いからまあいいかと。





























―――
そもそも年上と年下が逆に見える件について。
まだ恋愛と呼ぶには程遠い状況ながら、お互い思ったより気に入っている様子。
とりあえずまた妙なジャンルにぶっこもうとするのは私の悪い癖か。でもぶっこみたい。





返信。


奇々怪々様

あけました。今年も平常運行です。そして、ボグシャアされて幸福な年始もどうかと思います。というか悪魔と年始って結びつかないことこの上ない。
しかし、正月だからって、福笑いのノリで悪魔召喚やらかすとか、和気藹々と目隠ししながら魔方陣描くとかすさまじいことに。
そして、正月初めから、血の赤と、雪の白で紅白めでたいお二人でした。双方ぼんやりして相手の顔なんて見てなかったんじゃないですかね、薬師も由壱も。
ふと気が付いたのですが、ツンデレ相手にはそうでもなく、デレデレにはツンデレになるという薬師の不思議。


通りすがり様

あけまして、あけました。
気分が乗ったら色々とスルーしてキーボートを打ち続けるから後々困るのに、わかっていても結局治さないという。


黒茶色様

何処かで何かを間違えたら、番外薬師に倒れこむんです。本編は奇跡的にどこで何も間違えてないんです。きっとそうです。
とりあえず、えっちしたい、と言ってくれる人間がいるだけでも奇跡だというのにも関わらずあの薬師は。
あの朴念仁あそこまで言わせた挙句に嫁ならもらうとか言い出しおって。
そして、由壱がもう主人公でいいんじゃないですかね。薬師よりはマシなんじゃ……。


SEVEN様

由壱マックスです。新年早々から由壱が獅子奮迅したりしなかったりと大暴れの予定。
季知さんは、というか、相手が素直じゃないタイプだと薬師が優しいという法則。そんな薬師のせいでほのぼの大目なんです。
そして、相手が押せ押せなタイプだとツンデレになる千変万化薬師。なんだかんだいって年の差とか見た目とか気にしない変態です。懐が広いといえば聞こえは良い。
とりあえず、番外編書いた次の日はほろ苦いコーヒーが欲しくなりました。


通りすがり六世様

由美なら五回転いくとか、縦回転するとか、斜めに回るとか、三百六十度ホライゾンスピンするとか。
そして、にゃん子は薬師の嫁、薬師はにゃん子の雄、と書くと不純な関係に見える不思議。
嫁なら募集中とか、回りくどい告白しか出来ない薬師はとりあえずにゃん子に噛まれてしまえ。
さて、おっしゃるとおり、由壱のみで構成された由壱百%の話が出てきましたが、本編に関わるので本編です。


名無し様

残念なことに出てないんですよね。
というか、もう四十八話なのか、早いよっ、という状況です。詰めたい所はいっぱいあるのに、詰め切れない。
鈴との話もストックがあるので出したいのですが。
しかし、じゃら男を次出すとシリアス風味になってしまうのが悩みです。


migva様

由壱頑張ります。多分次も由壱のターン。由壱真っ盛り。由壱無双。
フラグ数は現在の予定では一本。現在の女の子一本に絞られます。一児の母フラグもありかと一時期考えたこともありましたが、未亡人とか子持ちがいるのでやめました。
前さんは、逆に人手がなくなった神社に回されたようです。ボグシャアはボグシャアの専門家に。薬師とか。
とりあえず、三本書いたのでまたスローに三日一本で暫く頑張ります。


春都様

明けました。そして、明けて早々由壱が出番を奪いに行くそうです。
でも、なんだかんだでうだつがあがらなさそうに見えなくもない由壱の明日はどっちだ。
とりあえず胸を押し付けられても、パンツ見せられても動じない鉄の心で頑張ります。
しかし、にゃん子とかに出番があっても食われてしまう辺り由壱ェ……。


神門様

そこはかとなく、エンディングに遠そうな季知さんでしたが、ゴールです。睡眠学習洗脳効果。
にゃん子もにゃん子で、押してだめなら引いてみた結果薬師がデレたという。デレをいかように引き出すかが勝負。
デレると、そこはかとなく素っ気無さとのギャップが発動する不思議な薬師です。何故野郎で主人公の癖にこんなことに。むしろヒロインなのか。
そして、こうしてストレートに面白いと言って下さると実に嬉しい限りです。結局、面白いと思ったものを書くわけですが、自分では評価を下せないから、結局ひたすら書き散らすしかできないんですよね。すこしでも面白いように。そんなわけで、少しでも面白くなるよう今年も書き散らして生きます。


男鹿鰆様

年末年始は帰省している方も多いですし、見ていただけるならばいつでも大歓迎です。
そして、図書館から見ていただいているとは、そこまでして見ていただけると、作者冥利に尽きるというものです。非常に嬉しいです。
今年もいつもどおり書いてくんで、見れるときにゆっくり見ていってください。
少しでもクオリティが上がるよう努めていきます。尚、疑問があればいつでもどうぞ。本当は作中で語りつくさないといけないんですけれど、その辺はまだ実力不足で。


志之司 琳様

色々とお疲れ様でした。頑張ってください、というには既に頑張っておられるようで、こっそり応援してます、とだけ。
とりあえず、由壱が無双始めました。すでに大天狗の弟なだけはあるフラグっぷり。そろそろ落としに掛かりそうな。
そして季知さんは、常に乙女なのでなにしても乙女と言う。そんな睡眠学習洗脳効果で気が付いたら手遅れ。気付いたときにはデレていた。絶妙に薬師をくすぐってたのでしょう。寝てる間に告白は。
にゃん子に関しては、薬師が天邪鬼なので、押せば引いて、引けば追ってくるという。とりあえず、デレ期の薬師にはなにを言っても聞かなさそうです。ロリコンとかいったら「好きなのはにゃん子だけだ」とか返して起草で怖い。





最後に。

由壱はね、胸の大きさじゃなくて、メイドかそうでないかで人の価値を決めるんです。



[20629] 其の四十九 俺と彼女の家。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0c91ac76
Date: 2011/01/08 22:36
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




「ねえね、明日カラオケ行かない?」

「いや、私はいいわ」

「そっか、最近付き合い悪いね。オトコでもできたの?」

「ばっ、そんなことあるわけな――」

「もしかし、こないだ言ってた年下の子と……」

「ないわっ、ないわよあんなの」

「じゃーどーして断るのよう」

「忙しいのよ。私だって」

「最近、頻繁にとある住宅街をうろうろしてるって聞いたんだけど」

「なっ、なんのことかしら」

「ストーカーでも始めたの?」

「……電話切るわよ」

「そっか、図星か……。所で、そのクリスマスにあった年下の子ってどんな子だったの?」

「年下とは思えないようなのよ」

「へえ、大人っぽいんだ」

「どころかもう半ば爺さんね。実年齢偽ってんじゃないの?」

「いいね。今度私に紹介してよ」

「いやよ」


 携帯の電源ボタンが押され、声は聞こえなくなった。


「……ストーカー……」


 いや、そんなことない。

 私は被りを振って頭を過ぎった考えを否定する。

 昼、静かな道を歩きながら、私は溜息を吐く。


「そもそも、私は……」


 別にあいつ……、そうだ、由壱にそんな感情を抱いてるわけじゃない。

 ただ、一風変わった、枯れた思考をする彼に少しの興味があるだけだ。

 それに、そんなに期待してるわけでもない。

 会えたら面白いとだけ思って散歩しているだけ。

 そう、散歩のついでよ、ついで。

 そう思ってたら――。


「あれ? 君は」


 ……居た。

 しまった、なにを言おう。会えると思ってなかったからまったくノープランだ。

 奇遇ね? いや、これはあまりにも怪しすぎる。

 会いたかった? これは私のキャラじゃないし、ありえない。

 久しぶりね? 全然久しくないじゃない。

 また会ったわね? ああ、これで行こうかしら。

 『また会ったわね。流石にもう飽き飽きだわ』

 うん、中々いい。これで行こう!


「……会いたかった」


 ……いや、違うそうじゃない。














其の四十九 俺と彼女の家。













 道端で出会った彼女は口を開くなり、しまった、とばかりに口に手を当てた。

 会いたい、と思っていてくれたならそれは嬉しいことなのだけど。

 しかし、俺の物差しじゃ、彼女を計りきることはできなかった。


「わすれなさい」

「えー……、と、うん」

「こほん、また会ったわね。流石にもう飽き飽きだわ」


 そう言った彼女は些か棒読みだった、と思う。

 しかし、四度目かぁ。

 つくづく縁があるなぁ。


「所で、アンタはなにやってんの?」

「俺?」


 聞かれて、俺は自分を指差す。

 しかし、微妙に困る内容だ。俺がしてるのは、ただの散歩なんだけどなぁ。

 残念ながら、答えても面白みはまったくないと思うんだ。


「散歩、かな?」


 結局嘘を吐いたって仕方ないし、そのままを告げる。

 正直散歩という理由付けさえ曖昧で、それとなくいつもの散歩コースを適当にぶらついていただけだけど。


「君は?」


 そうして、俺は逆に問い返した。

 彼女の方こそ、なにをしていたんだろうか。

 果たして家がこの辺なのか。それともこっちに用事があったのか。

 空気的にこのあたりに彼女の家があるとは思えないのだけれども。


「さ」


 俺の問いに返ってきた一文字目は、さ、だった。


「さ?」


 もちろん、さ、だけではわからない。俺の物差しはそんなに変則的じゃない。

 俺が怪訝そうな顔をする中、彼女は言おうか言うまいか、悩むようにして、結局吐き出した。


「……散歩よ」

「奇遇だね」

「まったくもってそうね、ええ、そうね」


 ここまで来たら何らかの作為のようなものを感じるね。

 まあ、知ったことではないけれど。


「まったく、暇なのね」

「君もね」

「ぐ……、まあ、それはそうなんだけど。アンタはこれからどうするの?」

「俺? 俺はこれから……、どうしよう。君は?」


 いつも行ってるコンビニで何かあったかいものでも買って帰ろうかな、と思ってはいるのだけど。

 別にそうと決めたいわけでもなく、なんとなく足踏み。


「私はこれから……、そうね、どうしようかしら。アンタは? っていうと無限にループするのね」

「みたいだ」

「どうしようかしら」

「どうしようね」


 あってしまった以上、立ち尽くした相手を放って、じゃあ俺はコンビニ行くから、って言って立ち去るのも憚られる。

 相手も同じようなテンションなんじゃないかな、と思う。

 放って別れるほど億劫でもなく、どこぞに行く、と言うほどやる気がない。

 そんな、なあなあの空気の中で。


「じゃ、あ……、そうね、うち来る?」


 彼女はそう口にした。















「ええと……、お邪魔します」


 俺は結局彼女の提案に逆らえなかった。

 いや、俺は……、と言いかけたら、彼女がすごい顔で睨んできたからだ。


「二階の奥が私の部屋だから。ベッドにでも座って待ってなさい」

「うん」


 言って、彼女は何処かへ歩いていってしまった。多分、洗面所。

 俺は、言われたとおり二階の奥の部屋へ。

 扉を開き、その中に入る。


「うわ……」


 別に奇をてらった部屋でもないけれど、俺は妙な緊張を覚える。

 そういえば、家族じゃない女の子の部屋に入るのって、初めてだ。

 ベッドに座って、視線を動かす。

 普通の部屋だ。

 勉強に使うであろう大きな机が一つ、小さなちゃぶ台のようなものが一つ。

 淡い茶色の絨毯に、アイボリーの壁紙。

 ただ、机の上においてあるぬいぐるみだけが可愛らしかった。

 で。

 先ほどから絶対に視界に入れないようにしてるのだけど。

 ……床に、脱ぎ散らかされた下着が上下二つ。


「ううむ……」


 意識して、俺は上を見上げた。

 そんな中。


「待たせたわね」


 彼女が入ってくる。

 もちろんのこと、床に転がるアレの指摘はできない。

 気付かぬ振りをして、こっそりと片付けてくれるのを待つしかない、のだけれども。


「あっ」


 気が付いた。確かに彼女はそれを視界に納めた。

 よし、じゃあ俺は気付かないフリをするからすぐにそれをしまって、何食わぬ顔して戻ってくればいいよ。

 と、全身で示したのだけど。

 彼女はベッドに座る俺の前に立ち、見下ろして。


「見た?」

「……うん」


 ここで嘘吐くことのなんと白々しいことか。逃げようもない、正直に俺は言った。


「なっ、なな――!」


 振りあがる平手。


「ごめん」


 覚悟を決めて目を瞑る。

 ただし、平手は降りてこなかった。

 目を開くと、困ったように彼女は手を止めていた。


「ごめん、って……、アンタ」

「いや、ごめん」

「あのね? これ、逆ギレよ? 思わず平手打ちしそうになっちゃったけど。それは、……ごめん」

「いや、いいんだけど。結局ぶたれなかったし」

「そう、でも、悪いのはそこらにパンツとブラ放置してた私なの。だから、アンタは怒ってもいいと思うわ。この脳筋屑女って」


 困ったように、戸惑うように彼女は手を下ろした。


「いや、そんなにそんな。むしろ和やかに指摘できなかった俺の力不足で」


 言ってみたら、彼女はまた呆れた顔をしてしまった。

 俺の言うことはそんなに変なんだろうか。


「アンタ、本当に寛大よね」

「そうかな?」

「まあ、私が見てきた男より、ずっと、ね」


 そう言った彼女の目は何処か遠いところを見ていた。

 そういえば、彼女から男についての話を聞いたことがない。恋人にせよ、友達にせよ。


「そういえば君は男友達って居るの?」


 ふと、気になって言ってみる。


「いないわよ」


 あっさりと、冷めた顔で彼女は言った。

 ああ、うん、やっぱりというか、なんというか。


「じゃあ俺が第一号ってことで」

「そ、そうね……」

「俺も個人的な繋がりの女友達っていないから、君が初めてだ」


 意外と俺って、寂しい奴なのかもしれない。





















 やばい。どきどきしてる。

 年下の。その上五、六歳は違う男の子を私は家に連れ込んで、どきどきしている。

 冷水で顔を洗うけど、熱を持った頬は冷める気がしない。

 ちょっとトイレ、と言って出てきてしまったけど、どうしてこんな……。


「うう……、おかしいわよ、私」


 呼びかけてみても、私の頬は一向に冷めたりしない。

 おかしい。だって時間にして半日も一緒にいないのに、なんでこんなに意識してるのかしら。

 ……違う違うっ、何も思ってないわ。なんとも思ってないもの。

 もう一度蛇口から出る水を叩きつけて、私は部屋へと戻った。

 由壱は、返ってきた私を見て微笑む。


「おかえり」

「……ただいま」


 おかえり、と言われなれていない私は憮然と言葉を返した。

 やっぱり変だ。

 由壱は変だ。

 怒りという言葉をすっぽり忘れてきたんじゃないかってくらい穏やか。

 まるで縁側に座る老人のような。


「そういえば親御さんは?」

「両方仕事よ。今日は誰もいないわ」

「大変だね」


 さっきも怒る気配を見せなかったし、初めて会ったときも怒らなかった。

 まるで何でも許してくれそうな。

 どんなに理不尽に怒っても、可愛くないこと言っても、許してくれそうな。

 すぐに愛想を尽かして離れていかないような。


「ねえ、聞いてるのかな? 君は」

「――あ、ごめん。聞いてなかったわ」


 少しぼんやりとしていたみたいで、心配したように彼は私の瞳を覗き込んでいた。


「両親は家にいないの? って」

「ああ、まあ。そうね、二人とも忙しい人だから。夜には帰ってくるけど」

「やっぱり大変だ」

「そう見える?」

「家事は君の仕事じゃないの?」

「そうだけど」

「それはすごいね。俺なんて藍音さん……、ああ、家族にまかせっきりだよ。手伝いはするけどさ」


 嫌味でもなく、言ってくる。


「慣れれば大したことないわ。それよりも」

「それよりも?」

「なにする?」

「えー……」


 連れて来たはいいけどまったくノープランだった私の馬鹿。






















「さて、俺は帰るよ。そろそろ時間がね」


 日も暮れてきたころ、由壱はそう言った。

 私の部屋のテーブルの上にはトランプが一組。

 結局私たちはそれを使って時間を潰した。

 なんとなく、由壱のトランプの扱いが手品師みたいに上手かったのが印象に残った。

 そうして、立ち上がった由壱にあわせて、私も立ち上がる。


「送っていくわ」

「え、いや、大した距離じゃないし。女の子に送っていって貰うのは」

「あのね、女、男である前にアンタは年下なの」


 それに、由壱より腕っ節が強い自信が私にはある。

 子供が見栄を張るもんじゃないわ、と無理やり由壱の手を引いて、私は外に出た。

 別に、由壱の家の場所を確認したりとか……、そんなのは思ってもいないわ。うん。


「ありがとう」

「勝手に私がしてるのよ」


 由壱は、優しい。

 まるで、そう。今までに見たことのないような男の子。

 私の片角を見ては興味本位でやってきて、愛想を尽かして離れていく、そんな男達とはかけ離れたイメージ。


『思っていたより暴力的で、理不尽だ。君がこんな子だなんて、思ってなかったんだよ』


 由壱は、こんな台詞を言うだろうか。

 きっと言わない。言わなければいい、と思う。

 勝手に私の片角を見て物珍しいと寄ってきて、言い寄って、結局イメージと違って離れていく。


「ああ、ここだよ」

「え、ああ。ここね」


 またぼんやりしていた。

 ここが由壱の家なのね……、思ってたより大きいわ。和風なのは、イメージにぴったりかも。


「じゃ」


 由壱が軽快に片手を挙げる。

 そうして、背を向けて去っていく彼。

 私は、思わず手を伸ばしかけて、止めた。

 次はいつ会える? 聞きたい。ここで言わなきゃもう縁がないかもしれない。

 そう思って口を開いた。

 けど。


「ええ、もう会うこともないでしょうね。それじゃ」


 私の口は素直じゃない。

 まるで癖のように毒を吐く。

 何度も、上っ面を見て寄って来られて、そして離れられた経験がそうさせた。

 どうせ離れていくなら、寄ってこないで欲しいと、線を引く。

 私は背を向けて歩き出した。

 ただ。

 ただ――、口でなにを言っても。背を向けて、何も期待してない、と拒絶を示しても。

 手を掴んで欲しい、と。

 線を引いた内側に諦めないで入ってきて欲しい、と、祈ってしまう。

 自分勝手に、思ってしまう。期待してる。

 そう、彼だけは今までと違うって、期待してるんだ。

 そして、試してる。

 もしかしたら、手を取ってくれるんじゃないかって。追ってくれるんじゃないかと。

 でも。

 私は彼の家から少しずつ遠ざかっていく。

 すこし、がっかりした。慣れてはいるけど。


「ねえ」


 そんな私の背に、声が掛かって、思わず私は足を止めた。

 足は、ぴくりとも動かない。

 息すら止めて、次の言葉を待つ。


「会いたいと思うなら。きっと会えるよ、縁があるみたいだしね」


 彼は手こそ握ってくれなかったけど。


「後は、君が会いたいと思うだけじゃないかな?」

「……え?」


 瞬間、私はばっと振り向いた。

 いない。

 もう家に入ってしまったみたいで、由壱は私の視界に映らない。


「今のって……、それって」


 聞いても答えはない。


「由壱は私に会いたいの……?」


 ただ、ちょっとまずいんじゃないかなと思う。

 寒いのに、頬が熱い。




















―――
由壱が本気を出し始めたようです。










忙しいと思ったら何とかなったので返信。

シュウ様

所詮由wwwww壱wwでした。仕方がありません。
人種、国籍、胸、性格、年収その他諸々ではなく、メイドか、それ以外かで価値が決まります。由壱の中ではきっと。
きっとそうなんです。むっつりなんです多分。
由壱が片角のあの子に優しいのもメイドの片鱗を見たからに違いない。


migva様

由壱も薬師を兄に持つだけあって、完全に落としに掛かってます。薬師より思わせぶりに攻めてますね。さ、誘い攻め。
ちなみに、女性陣全員で、由壱は教育されております。ゆえに磐石のフラグ建設態勢。
そして、家族内でもっとも苦労人。由美が暴走すると一日十七回転以上させられるみたいです。
とりあえず、身内が身内なだけあって、大抵のことに動じなくなった由壱はこれからどこへ行ってしまうのか。


恣意様

なんとなく書いてたらこう、思っていたコトをぽろっと。
由wwwww壱wwだから仕方がない。頭の中はどうやってメイド服着せようかでいっぱいなはず。
いつも冷静なのは、メイドにしか食指が動かないからに違いない。
そんなむっつり由壱の戦いは続きます。


奇々怪々様

別に由壱は年頃の少年なので、性欲は存在しますが、圧倒的女性多数の家族で生きてるためフルオートで女性尊重へ走るらしいです。
とりあえず身内に恥に頓着しなさげな人々が多いため、紳士にならなければ死ぬという。
そして、鈍感かどうかは今後次第。しかし既に変な方向にアウト臭い。
心にメイドがいれば、彼のように菩薩になれるんですかねぇ。


黒茶色様

顔真っ赤どころか、基本的に三回転とかブルーですからね。
とりあえず、育った環境が悪いです。むしろ薬師が教育に悪い。間違いなく悪い。女児にはフラグを立て、少年には無常を知らせる最低っぷり。
そんな結果の由壱です。残念なことに薬師云々以前にメイド萌えという素養があったのは間違いないですが。
彼の脳内では、きっとメイドorゴミ屑の二択に違いない。


通りすがり六世様

とりあえず、スカートたくしあげで慌てるどころか表情一つ変えない由壱は薬師の後継者になれる。
薬師以上に俗っぽさが抜けてすごい有様です。不沈艦でも名乗る気なんですかね、彼。
しかし、大人の魅力で憐子さんを例に挙げていいのか悪いのか。大分アレな魅力な気がするんですけどねぇ。
まあ、とりあえず由壱は全体的に像並みだということで。


SEVEN様

前編由壱MAXモード、今回もです。怒涛の由壱ラッシュ。多分次回は薬師だけど。
そして、由壱もご想像にお任せ、ということで年齢は名言しませんが、小学校高学年~中学一年くらいなので、別に幼女と一緒でも微笑ましい。薬師と違って。
それで、たしかに、セーラー服もいいものです。紺系の冬服とか、白い夏服とか。なるほど、藍音さんがセーラー服ですか……。
とりあえず、由壱はセーラー服と一緒に頑張って欲しいです。


志之司 琳様

ずっとやりたいと思っていた由壱編が遂に解禁ですよ。しかし、天狗の薫陶を受けて確実に成長してるようですね。
理解がずれている、というか、自分が普通じゃないということに関していまだ良く分かってないのが問題な気がします。そこさえ自覚すればもっとかみ合うはず。
しかし、家族環境の生殺し具合で爆発する前にお相手が現れたようでよかったよかった。このままくっついてしまえ。
とりあえず、由壱への応援はもう、由www壱wwwで、問題ないような気がしてきました。


wamer様

もげろもげろと幾度となく言われ続けた薬師ですが、いつもげるんですかね。
もげろ、爆発しろをカウントしたらかなりの数になりそうです。
とりあえず、にゃん子が可愛い度にもげろといわれたり。
憐子さんがエロい度に爆発しろと言われたり。


TAS様

もずくは一応ネタなので問題ない、と思います。
ただ、あんまりわかりにくいネタであれば、修正したいと思っておりますので、思うことがあればお手数ですがもう一報ください。
できるかぎり分かり易くネタを出したいとは思っているのですが、不可解に思ったらこんな風に言ってくれると助かります。
主観では判断できないことも多いので、忌憚なき意見を出していただけると嬉しいです。












最後に。

年端もいかぬ少年を家に連れ込む女子高生。



[20629] 其の五十 働く俺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e4c1f368
Date: 2011/01/11 22:00
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 閻魔の執務室。

 その奥には西洋甲冑が鎮座していたが、随分アレな調度品だな。閻魔の趣味か、果て又寄贈品か。

 他には変わった所もない。閻魔、と書かれた三角錐が乗っかった机があるだけだ。


「今日もよろしくおねがいします」

「……いや、まあな。慣れた、慣れたとも。だがな?」

「なんでしょう?」


 不思議そうに首を傾げる閻魔に、俺は溜息を吐くかのように、言葉にした。


「なんで俺こんなことしてんだ」

「貴方が貴方だからでしょう」


 うわあ、きっぱりと、迷いなく言われてしまった。

 しかもなんか俺の存在の根幹に関わる部分で肯定だよ。


「……まあ、いいんだけどな」


 少なくとも、この悪魔ぽろっぽろ出現状態をどうにかせんことには開放されない、ってのは既に分かりきった事だ。

 文句は事の元凶に言おう。


「で、所で、今回は相方無しか?」


 しかし、それにしても。この場に置いて閻魔を抜かすと俺一人。これは珍しいことであった。

 基本的に俺がこうしてボグシャアする際には、相方が一人つくのが基本だったのである。

 理由は索敵補助などの支援、らしいが、俺が油の売買に勤しまない様にする監視なのではないかと邪推する。

 だが、この場には誰もいない。ということは俺も遂に閻魔の心配を勝ち得て昼寝し放題と言う――。


「いえ、いますよ」


 ああ、違うのか。うん、そうか。わかってたけどがっかりした。

 そうして、閻魔は自分の斜め後ろを手で指し示す。

 一体そこになにが。俺に見えないお友達でもいるのか。心療内科の紹介の必要があるのか。仕事しすぎて正気を保てなくなったか。

 もしくは俺のような汚れた大人には見えない的存在がそこにはあるのか。


「デュラハンの山崎君です」


 がしゃん、と音を立てて佇んでいた西洋鎧が動いた。


「……調度品じゃなかったのか」













其の五十 働く俺。












 そう、それは頭のない西洋甲冑である。

 山崎君と歩く街は、あまりに気まずかった。

 手には突撃槍、楕円形の盾。

 彼は俺の後をついてくるばかりで一向に何も語らない。


「なあ、山崎君」


 気まずくて、ぽつりと語りかける。


「その武器、重くないか?」


 言った瞬間。

 がたり、と激しく山崎君が体を揺らした。

 これはもしかして、俺、地雷踏んだのか? なあ、どうなんだ山崎君、なんとか言ってくれよ!

 これはアレか? 騎士の誇りを侮辱したなこの野郎、この槍で眼球を二突きにしてやるぞっ、的な展開なのかおい。

 と、考えた瞬間、突撃槍を山崎君は動かした。俺へと向けられる突撃槍。

 ああやばい、これやばい、死んだ。もう死んでるけど。

 というのはともかく閻魔め、なんて奴を押し付けてくれたんだ、いや、もしやこいつは俺を殺すための閻魔の刺客なのかもしれない。


「って、危ないなおい」


 突き出された突撃槍は、俺の隣を通過した。

 さて、どうしましょ。

 俺は考えるが、何故か山崎君は突撃槍を引き戻さず、不可解な感じにかりかりと動かしている。

 かりかりと音がなるのは、俺の背後の塀を引っかいているからで……、ってなんか文字書いてる。

 日本語だ。

 すごい達筆の。

 そして。


『拙者、首を自宅に忘れて来て候』


 俺は言った。


「……何故武士真っ盛りなんだ」


 西洋甲冑の癖に。


















 鎧と二人、立ち話。片方は筆談で。


「いや、そっちがいいなら別に首は取りにいかんでも」

『しかし、我が愛馬、ウィンドクラウドリトライウェイクアップにかかれば一瞬の事』

「随分個性的な名前だな」


 しかし、まあ、筆談で会話ができるからさほど困るというわけでもないのだ。

 流石に人様の塀を刻むような真似はアレなので、紙と筆を用意させて貰ったが、こうして会話は続いている。

 そもそも発声器官がないから話せない、というに何故俺の声が聞こえているのかは鎧の神秘という奴だろう。

 ともかく。さらさらと縦長の紙に筆を走らせる西洋甲冑の姿はすさまじいものがある。


『しかし、薬師きゅんが言うのならそれも又良し』

「うわあっ、ぞわっと来た。この達筆できゅんとか書かれることの予想外のおぞましさ!」

『どう致した、薬師きゅん』

「きゅんってなんだ。別に薬師でいいと思うぞ。ぜひそうしろ」


 言ったら、また大きく体を震わせて音を鳴らす山崎君。そうやって驚きを表現しているらしい。

 そして、さらさらと紙に筆を。


『せ、拙者も一介の乙女故、いきなり男児を呼び捨てというのは……』


 もじもじと動く鎧。

 女だったんかい。

 いや、そう突っ込むのはあまりに失礼か。もっと穏便な突込みを……。


「乙女は一介も何もねーよ」


 しまった、驚きのあまり、突っ込みどころを間違えた。

 あとお前は突撃槍でのの字を描くな。


「まあ、とりあえずきゅん付け意外なら何でもいいから」

『委細承知仕った』


 言いながら、山崎ちゃん……、山崎さん……、山崎君でいいか。山崎君はポイ捨てされたらしきコンビニの袋と古新聞を拾い上げると、新聞をコンビニの袋の中に丸めて詰めて、筆で顔を書き、それを首の上に乗せた。

 へのへのもへじ面が実に奇妙である。


『では、行きましょうぞ』

「おう」


 そうして、筆談のため止めていた足を動かし、再び歩き出す。

 そんなときだった。

 携帯が震える。


「ちょっとすまん」


 山崎君が、上半身ごと下げるようにして頷く。

 俺は携帯を開いた。


「もしもし」


 聞こえてきたのは、少女の声である。


『もしもし、私メリーさん。なにしてるの?』

「うわあ、うわあ。都市伝説に職務放棄された」


 完全に私用である。いや、都市伝説が都市伝説通りに動くことが職務なのかどうかは知らないが。

 しかし、そんな都市伝説は、耳に携帯を当てながら、とてとてと前方から手を振って走ってきていた。

 せめて背後から来いよ。


『いつも鬱陶しそうにしてるからいいじゃないっ。なーにーしーてーるーのー!?』


 俺、都市伝説に駄々こねられてる。


「悪魔をボグシャアしてるんだよ」

「『あーうん、最近多いもんね。そりゃあもうすごいもん』」


 この距離になると、普通に肉声も聞こえて少しのずれはあるが重なって聞こえる。普通に喋ってくれないだろうか。


「ああ、お前さんもやっぱりわかるくらい多いか」

「『こないだゲンゴロウが引っ越し蕎麦を渡して来たわっ!』」


 それは代わりに引っ越し蕎麦を渡しに行くのが願いだったのか、願いのために長期間滞在することになったのか。

 なんなんだろうな、一体。と思いを馳せていると、メリーが俺をよじ登り、背後から首元に絡まった。


「『じゃあ、れっつごー』」

「ついてくるのか」

「『ゴーゴーゴー! ハリーハリーハリー!』」

「僕はね、新兵でもね、海軍でもないんです」

『薬師っ……、拙者のことも、構って欲しい……』

「ああもう、なんだこれ。なんだこれっ!」













「ねえね、ねえ、ねえ。なにしてるの? 恋? ラブしてるぅ?」

「してねーよ。って花子さんか。学校に帰れー」

「『帰れー』」

『疾く速く去ね』

「わお花子さん大バッシング! 涙が出ちゃう!! トイレのお水が溢れちゃうわ!」


 うわ、地味に迷惑だ。

 と、まあ、俺の首にまとわりつくメリーさんを加えて道を行く途中。

 小学生が如き格好の女こと、保健室の花子さんに出会う。

 そして、その隣には。


「お、お前は……」

「よくも廃品回収に出してくれたわね……、ここで会ったが百年目……、私の三本目の足が貴方の股間を打ち抜くわ」


 三本足の梨花さんである。

 なんで連れ立って歩いてるんだ。


「怖いな。いきなり物騒だぞ」

「し、しかもメリーさんなんて連れ歩いて……、都市伝説的にキャラが被ってるのよ」


 知らんよそんなの。

 わなわなと震える梨花さん。それを尻目に、花子さんは俺に問う。


「で、なにしてたの?」

「ん、悪魔祓い。正確には巡回中」

「悪魔祓いって……、ブリッジ状態で階段を駆け下りるの?」

「……それをするのは悪魔憑きだ。どんな神父だよそれ」

「あ、そうなんだ」

「ともかく、最近悪魔が多いから穏便にお引取り願ってるんだ」

「あー、うちの生徒もぽろぽろ出してた。うん、すごい」


 基本的に学校内の花子さんの言うことだから、正確だろう。だが、悪魔の召喚は校則で原則禁止だったはず……、てか原則ってなんだ。状況によっては可なのか。


「下詰が悪魔召喚の書が飛ぶように売れて面白いって言ってたわ」


 とは梨花さんの言である。それでいいのか下詰。


「『悪魔セール期間ってやつね。期間中に召喚しとかないと損、みたいな?』」


 そんな勢いで悪魔召喚されても困るんだが。


「でも、実際どれくらい出てるのかしら」


 梨香さんが、顎に手を当てて、首を捻る。

 俺は記憶を探って口を開く。


「大体……、八十ボグシャアくらいはいったかね」

『正確には、薬師の成績は、二丁目22ボグシャア、三丁目27ボグシャア、四丁目8ボグシャア、五丁目28ボグシャア』

 そして、俺の言葉に付随して、山崎君が紙をぺろりと差し出した。


『ついでに拙者は、二丁目15ボグシャア、三丁目18ボグシャア、四丁目7ボグシャア、五丁目22ボグシャア也』


 というか、ボグシャアって公用単位でいいんだろうか。


「噂には聞いてたけど、すごい数……、いったいどうしたのかしら」


 考え込むように、首を傾げる花子さんだが、答えが出るはずもなく、俺達は再び歩き出した。


「しかし、アレね。悪霊退散って、ドッキドキね! ラブが生まれるわ」

「そうね、私が股間を蹴るわ」

「『はーい、じゃ、私が最初に後ろを取って気を引くわ!』」

『悶絶中に拙者がその心の臓腑に我が槍「貫き大典太」を衝き立てよう』


 ……なんでお前らついてきてるんだ。そしてなかなかエグイ作戦だな。


「『ところでその槍カッコイイね』」

『雑誌にも載っているブランド品にござる』


 突撃槍の掲載されてる雑誌ってなんだよ。

 俺がついていけない会話は、何故か彼女らの間で盛り上がっていて、山崎君が鎧内部から取り出した雑誌を、花子さんが熱心に読んでいるほど。


「へえ……、『モテカワランスで彼の視線を釘付け!』」


 ああ、うん、いきなりね、突撃槍持ちの女がいたらね、視線もね、自然とね、そちらを向くよね。

 それで付き合ってくださいなんて告白された日にはね、まさか突き合うのか、と走って逃げるよ俺は。


「『今年の冬は、ゆるふわガンランスで彼のハートをキャッチ!』」


 ……すごいな、心臓を鷲掴みだ。

 周囲に突撃槍基本装備の女がいなくて良かったと、心底思ったとき、俺は立ち止まった。


「とか何とかやってる間に……、ついたぞ。ここが噂のお家だ」

『ああ、間違いなく。ここに悪魔が居るのであろう』

「『ここ? 意外と普通のお宅だけど……』」

「さて、じゃあ行くぞ」


 濃密な悪魔の気配。……しかも戦闘態勢の。

 これは一刻を争うか?

 俺は、鍵のかかった扉を無理やりにこじ開ける。

 木製の扉は、乾いた音を立てて剥がれて落ちた。

 不躾に、土足で進入する俺達。

 そこで見たのは――。


「ふ、ふふ……、噂に聞いて試してみたら。本当に出るとは……、よきかなっ、実によきかな! 悪魔! なんという良い響き!!」

「え、ちょ、あの、あなた……、なにを呼び出しておいていきなり抜刀とか……」

「死合おう」


 ――面付きの鎧武者が悪魔に斬りかかっている姿だった。

 どっちが悪魔か分からない。










「――帰ろう」

「「「『異議なーし』」」」










 ぞろぞろと、メリーさんと三本足の梨花さんと、花子さん、あと、もじもじ動く鎧の山崎君を引き連れて、俺は喫茶店へと流れ込んだ。

 べ、べつに怠慢とかじゃないぞ! 休憩だ! 実質働いて無いが。

 ずず、と俺はコーヒーを啜って一言。




「――悪魔召喚する奴にも、色々いるんだなぁ……」









 さて、そうして喫茶店に居座って三十分。

 不意に、俺達の座る卓のところに、一人の女が現れた。


「あ、貴方が最近悪魔を倒しているっていうエクソシストの――」


 いや、違うんだけどな。


「すいません、悪魔のことで困ってるんです、助けてください!」

「えー……?」

「私、ヒルダ・エグゼと申します」


 また、仕事の香りがする。帰って寝たい。



















―――
さて、シリアスシリアスし始めます。次回は由壱か、薬師によるシリアス進行か。
そろそろ伏線も張ったし回収に行きたいと。
ちなみに今回の薬師のフラグ建設予定はないです。


あと、山崎君はもう出てこないと思う。







返信


春都様

確実に薬師の弟として確かな能力が受け継がれているようです。
このまま行くと、フラグマンになりそうですが、現在の予定は一本。
コンパクトに纏まってくれ、頼むから由壱だけは、と願いを込めて、由壱なんです。今決めました。
そして、由壱で埋め尽くされたのは初っぽいですね、おめでたい。赤飯炊かないと。


黒茶色さま

にやにやのまま二人を見守る会でも発足させますか。
このまま行けば順調に教会の鐘を鳴らしそうです。由壱なら、由壱ならきっとやってくれる。
由壱ならば薬師を後ろから見詰めてきた分、彼を反面教師に鋭く生きてくれるはず。頑張れ由壱。
女の子引き連れてパトロールする薬師は爆裂四散しろ。


奇々怪々様

むしろ、口が本人へ向かってツンデレという、体の持ち主に反逆する口。
そして、ストーカーは……、乙女だから仕方ない。可愛い子ならある程度許される風潮はあると思います。
薬師とは違って、由壱達は初々しさがマックスですからね。確かに薬師から受け継がれたものはありますが、新しい旋風が云々かんぬん。
そう、由壱の本気はまだまだこれからだっ!


SEVEN様

流石の薬師も弟のフラグまで攫いには来ないようです。というか変なフラグに塗れてます。
そして、お年寄りから若者まで悪魔召喚しちゃう始末。ここまで来ると一大ムーブメント。
今回は、謎の過去に出た一発メンバープラスαでした。ある意味SAN値削られてそうですが。
お姉さんは、ツンデレなのかデレツンなのか分からないプラス特殊性癖で攻める予定があるとかないとか。


志之司 琳様

ツンしきれてないという謎のツンデレ、というか、これ、ツンデレですかね。そしてそんな特殊属性でも構わずフラグ立てる由壱は流石に大天狗の弟やってない。
とりあえず、今回のシリアスでは由壱大活躍の予定があるので、作者である私が勝手に彼の活躍に期待。
主人公らしく知恵と勇気で頑張っていただきたいです。とりあえず薬師よりも正統派に。今回の薬師はほどほどの活躍で。
そして、美少女にストーカーされるなら……、それはアリだと思います、先生。






最後に。


乙女のための武装マニュアル! ラブリーアーミー☆



[20629] 其の五十一 俺と悪魔。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:bfd3bdb0
Date: 2011/01/14 22:27
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「すみません、相席よろしいでしょうか?」


 兄さんは相変わらず悪魔を張り倒しに行っていて、偶然にも今日、休みだった俺はとても暇だった。

 だから、三途の川を渡って四丁目くんだりまでふらりとやってきて近くを散策。昼時だから、喫茶店で昼ごはんを食べようとして――。


「ああ、べつにいいですよ……、って」


 店員の後ろにいる人はそう、見間違えるはずもない。


「アンタ……」


 ここまで来てまさかの邂逅。

 これは運命通り越して呪いの類なんじゃないかなぁ……。


「一人でお昼御飯って、寂しくないの……?」

「君には言われたくないかな」










其の五十一 俺と悪魔。










「君は、友達は?」

「偶然、偶然皆と予定が合わなかっただけよ」


 偶然、と彼女は二度も強調して唱えた。


「それなら俺も、偶然皆に予定を合わせなかっただけだよ」

「それは協調性がないって言うのよ」

「まあ、そうとも言うかもしれないね。ただ、まあ。男女二人ずつで行くはずだったイベントが、友達一人熱で倒れて、男一人女二人の比率になったとして、その気まずさはどれくらいだと思う?」

「あっ、アンタ……、女友達とかいたの?」


 それは何気に失礼だ。学校でできた友人には、程ほどに男も女もいる。

 そんな彼らと共に、遊園地に行くというお話しがあったのだけれど、男一人の肩身の狭さは俺の脚を鈍らせた。

 家族は女ばっかりじゃないか、という人もいるかもだけど、そんな人がいたら、家族と他人は違うんだ、と声を大にして伝えたい。


「いるよ、学校に何人か。ある程度仲がいいのは二人くらい」


 名前は木桜さんと、仲吉さん。下の名前は知らない。多分紹介してたはずなんだけれど、結局覚える機会を逃したまま、今を迎えている。


「そ、れじゃあ、アンタ、好きな人とか、いるんじゃないの? やっぱりその年だしね。学校の先生とか、ね」

「なんか話題がおっさん臭いよ」

「お、おっさ……」

「まあ、今の所女の子とどうこう、とは考えてないよ」


 と、言ってみたら、彼女にはすごい意外そうな顔をされてしまった。


「えっ……、このぐらいの年の男子になると、頭の中はエロでいっぱいになるもんじゃないの? てっきり私もアンタの脳内じゃ全裸なのかと……」


 俺はそんなに変態的に見えるかな、かな?


「ないから」

「本当に?」

「例え俺じゃなくたって、流石に本人を前にして、はないと思うよ。うん」

「本当かしらね」


 どんなに言っても、彼女は疑わしげに俺を見詰めている。


「その涼しい顔しながら、脳内では私を裸にひん剥いて、いかがわしい事をするシミュレーションをしてるんじゃないでしょうね」

「うん、ひん剥こうとした時点で俺が捻り潰されたところまではシミュレートできた」


 拳によって壁にめり込んだあたりでシミュレーション終了である。

 俺は身体的には一般人極まりないっていうか、子供の域を出ないから弱いほうに位置するのに、無理や無茶はさせないで欲しいんだけどな。

 しかしまあ、彼女はといえば、不服そうに俺をジト目で見詰めている。


「……まだなにか?」

「エロくないって、証明して見なさいよ」

「いや、うーん……」


 その証明は難しいと思う。痴漢冤罪の立証が困難であるように。

 俺が顎に手を当てて考えていると、彼女は俺の隣の席に移動した。

 そして、俺の手を掴むなり、スカートの中へ。


「ど、どう?」

「いや、本当に勘弁してくれるかな?」


 手に伝わるのはすべすべとした、柔らかい太股の感触。これは不味い。

 というかなんなんだろう。彼女は俺を誘っているのだろうか。誘い込んで、そしてその顔面にカウンターを食らわせて顔面をへこませる気なんだろうか。

 流石にそれはお断りしたい。

 ただ、いつまでもこの状況だとその、やっぱりまずい。


「本当に、この状況はまずいからっ」


 すると、やっと彼女は手を離してくれた。俺は急いで手を引っ込める。

 そして、彼女は勝ち誇った顔を見せる。


「ふふん、やっぱり思春期さんね。思ったとおりだわ。それとも私の魅力ってことでいいのかしら」

「はあ……、君の魅力って事でいいと思うよ」

「やっぱりね……、って、え? 今なんて――」










 ◆










 ヒルダ・エグゼと名乗った女は、果たして如何様な人物なのか。

 黒のフリルをあしらったワンピースに、後ろでまとめられた金髪。優しげな目じり。

 言動の端々から、のほほんとした空気をかもし出している。


「で、悪魔のことに関して助力を求めてるみたいだが……、なにが?」


 今は、俺とヒルダ、そして山崎君しかいない。

 他の三人は、仕事を委託されたわけでも、正式な職員なわけでもないので帰ってもらった。


「実は、お家に悪魔が住み着いてて、困ってるんです」

「それは、占拠された、って?」

「いえ、呼び出してみたら、そのまま居座っちゃって」


 てへっ、とばかりに言う彼女に、俺は溜息を返した。


「召喚者には聞いてみたいと思ってたんだがな……、なんでそんなに悪魔を呼ぶんだよ。お兄さんに教えてくれたまえよ」

「またまた、お兄さんって年じゃないじゃないんですか?」

「質問してるのはこっちだよ。正直付き合わされる身にもなってみろ」


 心底嫌そうに言ってみると、彼女はバツが悪そうに苦笑いした。


「私、魔女狩りで殺されたんですよ」


 そして、酷く軽くあっさりと、彼女は言葉にする。


「この通りとろくって。友達も少なかったから、簡単に槍玉に挙げられて」


 魔女狩り、というのは現代日本においては外国の遠い過去の風習に過ぎない。

 しかしながら、一部の国においては未だに妖術の存在が信じられていて、それにより魔女狩りが行われる。

 なるほど、彼女はその犠牲者か。しかし、それとこれとは如何様な関係があるものか。

 首を傾げる俺に、彼女は言った。


「で、最近地獄で悪魔が呼び出せるって言うから、魔女狩りで殺されたなら魔女らしく、本当に悪魔でもなんでも召喚しちゃえ、と」

「で、本当にできちゃった、と?」

「はい」


 まあ、半ば自棄だった心境とか、色々あるんだろうが、実に迷惑だ。


「所で山崎君よ。お前さん、戦闘は?」


 俺は、ヒルダとの会話を打ち切り、山崎君の方を見る。

 首無し騎士は、頼もしげに鎧を揺らしてくれた。


『このランスは飾りに非ず。戦場においては敵を釘付けにしてくれよう』

「頼もしくて何より」

「あ、ここです。私の家は」


 ヒルダは、普通の一軒家の前で立ち止まる。


「……濃いな」


 呟きは空気に溶けた。間違いなく、居る。

 しかも、濃密な気配だ。今までとは格が違う。

 手の中の鉄塊を握り直し、家を今一度睨み付ける。


「行くか」











 ◆










「ねえ、アンタって、ここまで何しに来たの?」


 昼も食べ終わって外を歩く。何故か俺は、彼女と歩みを共にしていた。


「散歩の域を出ないよ。暇だったから。君こそ四丁目くんだりまでなにをしに来たのかな?」

「こっちでしか買えない物も色々あんのよ。女の子にはね。デリカシーが足りないんじゃないかしら」

「それは申し訳ないね」


 しかし、本当に奇妙な縁だなぁ。

 こんな早くに四度目が訪れるなんて。

 奇縁をしみじみと思う中、彼女はふと、こちらを見て言う。


「ま、まあ、でも……、わざわざ出てきたのは正解だったわ」

「そうだね、俺もそう思うよ。君に会えたことだしね」


 偶然出た先で、こんな風に友人に出会うのは嬉しい、と思う。

 これが学友だったら少し気まずい気分になるのだろうけれど、この差はなんだろうか。

 多分、彼女が可愛いからだろう。年上のはずなんだけれど、たまに俺より子供っぽい彼女は、そこはかとなく可愛らしい。

「なっ、なっ、なっ、アンタ、なにを……!」


 そして、彼女はストレートな感情を向けられるのに慣れていないのか、妙に照れている。

 その辺りが可愛いと思ってしまう原因なのかな。


「嬉しいと思うよ。思ったよりも俺は、君と会えること、楽しみにしてるみたいだ」


 思う通りに口にすれば、彼女は、節目がちに、ぽつりと呟いた。


「わ、私だって……、嬉しいわよバカ……」


 ダメだ、なんかどきどきしてきた。

 この瞬間が面白いほど楽しい。

 悪友とでも言うべき彼女は、俺の日常に溶け込み始めている。


「……ねえ、ねえ、アンタ、私の買い物に付き合いなさいよ」


 考えてみれば、随分勝手なお願いだ。


「ダメ……?」


 だけど、別にそれも悪くないと思う自分が居る。


「別に構わないよ」

「そ、そうっ、当然ね。行くわよ!」

「はいはい、どこへなりとも」










 ◆









「……大体片付いたな」


 家の中は、並々ならぬ魔境であった。

 ひしめき合う悪魔が容赦なく襲い掛かってくるのだ。

 ただし、今までのような虫と違う、とは言っても、決して大妖怪と張り合えるほどの力はない。


「しかし、どうやってこんなに召喚したんだ、お前さん」


 そう言って、疲れた瞳でヒルダを見る。


「あはは、私にもちょっと……」

「って、お前さん、硝子刺さってんぞ」


 申し訳なさそうに笑うヒルダの肩に、二寸ほどの三角形の硝子片を見つけて、俺はそれを指さした。


「あれ? ほ、本当ですね。気が付きませんでした」

「鈍いのもここまで来ると病気だな」

「あはは……」

「抜くぞ」


 言って、俺は乱雑にその肩の硝子片を抜きさる。

 別に何か言うこともなく、その行動は終了した。


『しかし、何はともあれこれで終わりであろうか』

「どうなんだ?」


 問えば、地を転がる、放っておけば消えてもとの世界に送還されるであろう悪魔達の中で、彼女は言った。


「地下にも、まだ……」


 なんてこったい。

 まだ仕事は終わらんのか。

 仕方なく、俺は歩き出したヒルダに続く

 床の蓋を開けて向かう地下への階段は、予想以上に薄暗く、灰色のコンクリートの壁は冷たかった。


「それにしても……、私の軽はずみな行動で、こんなことになってしまうなんて……。もしかして、私、本当に魔女の才能があって、殺されたんでしょうか……」


 階段の先を歩く彼女は、沈んだ声で言葉にする。


『気にすることはない。悪いのは召喚難度を下げた犯人であろう』

「あ、ありがとうございます」


 涙声で感謝を口にするヒルダと、山崎君を見て、俺は考える。

 しかし、これだと、犯人の目的ってなんだ?

 まったく意図が読めんが……。


「あ、ここです」


 考えが纏まる前に、ヒルダは言う。


『この先に悪魔が……、死地へ赴くと致そう、薬師』


 ああ、でもあれか。

 ごちゃごちゃ考えてみる前に。


「ああ、その前に聞いておくことがある」








 ◆







 俺と彼女が買い物をしようと歩き始めて数十分。

 ウィンドウショッピングだから別に手荷物もないまま歩いている。

 そんな中、俺はふと声をあげた。


「なんか、騒がしいね」


 歩く街中はなにか騒がしく。

 違和感を覚えるほどには、変だった。


「そうね、……なんか、怒号も聞こえるわ」

「聞こえるのかい?」

「一般人よか耳もいいのよ。私は特別製だから」


 そんな彼女が言うなら本当なのだろう。

 しかし、本当に何が起こってるのかな。


「火事でも起こったのかな?」

「それにしては……、こっちね」


 呟いて、彼女は歩き出した。

 怒号、とやらの方へ向かうのだろう。


「触らぬ神に――、ってやつで、帰ったほうがいいんじゃないかな」


 俺がそういうと、彼女は俺を振り返った。


「なら、帰ればいいじゃない。私は嫌いなのよ」


 胸を張って、彼女は言う。


「――もしかしたら誰かが助けを求めてたかもしれない、なんてベッドの中で悶々とするのはね」


 なんていうか、まあ。

 格好いいなぁ。

 真似できそうもない。


「まあ、俺もぐっすり安眠したい派かな」


 俺は、彼女に続く。

 程なくして、俺にも怒号は聞こえた。

 そして、怒号が聞こえてきてからは――、

 すぐだった。


「なんなのよ……、アレは!」


 二メートル後半に至る体躯。黒い皮膚。刺々しい羽。なにかの毛の腰蓑。

 そして、山羊の頭。

 俺は、自分でも驚くほど冷静だった。




「悪魔、だね。あれは」







 ◆







「ヒルダ」


 聞かなければならないことがある。

 そう思って、俺は聞いた。




「お前さん。――本物の魔女だろ?」




 山崎君の鎧が揺れた音だけが響いた。


























―――
シリアス、開始です。多分次かその次で終わりますけど。
そして、思ったより反応が良かったので出張った山崎君。相変わらず彼女の顔はビニール袋でへのへのもへじ面。

今回のシリアスは、ライトな小話くらいの勢いで。






返信


黒茶色様

何故か……、何故か二話連続登場、山崎君。下の名前はきっとアルストロメリア。山崎アルストロメリア。
これはもしかしたら、ひょっとするとひょっとしてしまうかもしれない。
まあ、柱もいける薬師なら、別に鎧くらい何のことはないはずです。問題ありません。
それに、デュラハンといえども、西洋甲冑から、首ポロリの女性まで、色々あるのだから問題ないはず。


SEVEN様

何故か、話を考えていてデュラハンが出てきました。脳裏を過ぎった首無しライダー。まずい、と思ったときには遅かった。防具は防具、それを脱いだときにこそ、何かを感じるべき、だったらいいなぁ。昔、『彼女が鎧を脱いだなら』というネタ小説を書こうとしてやめたときを思い出します。
ただ、こう、無骨な鉄兜を取って纏わり付いた髪を振り払うシーンとかは十分ありだと思います。ラブコメ的に。
しかし、前回のハーレムは、薬師がモテてるというよか、半ば珍獣気味でしたね。まわりからすればパレード状態。


ぼち様

ばれてしまいましたか……。まあ、ばれますよね。
英語は十割適当ですが。
自分の中で馬といえば、風雲再起か、黒王号、松風、赤兎馬くらいです。
どの馬も横文字じゃないっていう、この空しさからウィンドクラウドリトライウェイクアップに。


奇々怪々様

おっちょこちょいで、ドジな彼女はフルプレートメイル。それでも意外と実力者なんです。
そして、いつの日かボグシャアが共通語になる日は来るのか。地獄の公文書にもボグシャアの文字が。
学校の方は、多分、みだりに覚醒してはならない、とかありますよ。きっと。必要に晒されればいいのか、と。
山崎君は、なんか出ました。次回、モテカワランスで敵を釘付けです。


志之司 琳様

今回も甲冑と労働です。もう一人はなんか魔女みたいですし。色々アウアウです。
「貫け、拙者の武装錬金!」聞いてみたいような、そもそも顔を忘れてきてたら紙に書いて、とかアレですけど。
そして、やっぱり山崎君の人気が高かったので続投しました。なぜか。
薬師はフルプレートメイルの女でも構わず落としちまうような男なのか。そして、その脇で由壱は大丈夫なのか。目が離せません。


通りすがり六世様

しかし、ガンスぶっ放すデュラハンとか絵的にすさまじいことこの上ないですね。格好よさげですけれど。
まあ、薬師は柱でも行ってしまう男なので、いまさら首ポロリ乙女如き何するものぞと突っ走るのかどうなのか。
私ですら行き先がわかりません、というか山崎君については完全にイレギュラーでどうなることやら。
そんなこんなで始まったシリアスですが、薬師の方は快刀乱麻にばっさりいきます。


春都様

フルプレートメイル(女)との仕事風景。もう、どこのお国の人なのかも定かじゃないですね。はい。
ただし、都市伝説に囲まれてみると、きゃいきゃい騒ぐ女の子たちの横に鎧が……、という。
個性的にはまぎれて見えないんですけどね。絵的にはすごい有様です。
しかし、上手い、といわれるととても嬉しくなりますね。キーボードを打つ指にも気合が入ります。今後も精進あるのみです。


migva様

主人公だけど久々でした。しかも珍しく正式なヒロインではないメンバーで。
今まで出てきた一発系統の人々がぽろぽろと。他にも出す予定はあったのですが、際限ないのでやめました。
とりあえず、薬師は事件を片付けてからゆっくりと爆発すればいいと思います。
山崎君は、何故か出ました。とりあえず悪魔をぶち抜く気満々みたいですけれど。





最後に。


次回、魔女をボグシャアするよ!



[20629] 其の五十二 俺と日常。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a4c2ae70
Date: 2011/01/17 21:31
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






「なんで……、そんな。私が魔女だなんて」

『薬師、何を言っておるのだ。彼女が魔女だなどと妄言もいいところ』


 そんな否定の言葉に、俺はきっぱりと言い放った。


「隠す気もねーくせに。よく言うぜ」

「いったい何を……」

「まず第一に、この悪魔の質と量。異常だ」


 誰もが虫っぽいのとか、大した害も生み出さない悪魔を呼び出している中に、戦闘用の悪魔が幾匹も。

 これは変だ。


「そ、それは。偶然私に適正があっただけじゃ……」


 まあ、確かに偶然、というのはありえなくもない。

 ありえないと言い切れることなんて、この世にもあの世にもほとんどない。奇跡は意外と転がってるもんだ。

 だが。


「第二に、肩に刺さった硝子片。痛がらなかったな?」


 偶然が二つ重なればどうだろう。


「魔女の結ぶ悪魔との契約印は、刺されてもそこに痛みを感じないらしいな」


 そして。

 三つ目だ。


「最後に。ヒルダのH。エグゼはそのままexe。繋げてHexe。意味はぶっちゃけ、魔女だ」


 さて、どうだ。


「そして、この時期に嘘を吐いて俺に接触なんて、理由は早々多くない」


 俺は、ヒルダ、と言っても偽名なのだろうが、ともかく彼女に指を突きつけた。


「今回の悪魔騒動。お前さんの仕業だな?」


 ヒルダは何も言わなかったが……、にやりと笑った。














其の五十二 俺と日常。














「なによあれ……」


 あれは、迷うこともなく、悪魔だと断定できる。

 しかも、今までに見たような低級ではなく、もっと、暴力的な。

 そんな悪魔は、大きな路地の真ん中に。まるで何もかも薙ぎ払ったかのように立っていた。

 周囲の人間は、分かっているのか分かっていないのか、恐れるように疎らに円を描きながら悪魔と距離を取っている。

 中心の悪魔は、俺達の居る方向とは逆方向に、ゆったりと歩き出し、口を開いた。


「退け、邪魔だ人間」


 ……喋った。

 そのことに頭が行くと同時に、彼が何を言ったのかを考える。

 そして、退け、と言った後退けるのをわざわざ待ってくれるような生易しい生き物に見えないことを悟って、俺は叫んだ。


「逃げるんだっ!!」


 だが、遅い。


「邪魔だと言ったが」


 腕が振られ、つい先ほどまではただの通行人だったはずの人がまるで嘘のように飛んでいく。

 そして、悪魔から雷が迸り、地面を抉った。


「契約通り、できる限りの破壊を」


 あれは危険だ。

 人間が敵う類じゃない。


「逃げよう」


 俺は、隣に立つ彼女に言った。


「えっ?」

「できる限りの避難を手伝って、一目散に逃げるべきだと思うよ。君も腕力は強くても、特別戦闘が強いわけでもないよね?」

「まあ、そうだけど……」

「俺達が戦うメリットは何もないと思う。危ないだけで。それよりも誰か専門家が来るまでの時間を稼ぐ方が肝心だ、と思うんだ」


 ここは地獄で、あの悪魔だって倒せるほどの生き物はたくさん居る。兄さんとか。

 ここで無茶するよりも、そういう人の到着を待つのがお利巧だと、俺は判断した。


「……そうね。行くわよ、手伝いなさい!」

「うんっ」


 そうして、俺は彼女と走り出した。












 ◆












 地下は酷く粘つく、嫌な空気。扉の向こうに、嫌な気配を感じる。


「あらら、これは、ばれてしまってはしょうがない、という奴?」


 のほほんとした空気が、ヒルダから消えた。

 先ほどまでの、優しげな瞳も、なにか薄ら寒いものを感じる。

 笑みが、何処か酷薄だった。


「隠そうっていう意欲がなさすぎじゃないか、お前さん」


 残念ながら、俺に物証はない。だから、しらを切り通したならそれはそれでどうにかなるはずなのだが、彼女はそれをしなかった。


「半ばそちらには確信があったみたいで。隠しても無駄なんじゃないかなと、思ったの」

「まあな。臭いんだよ。魔術に関わる人間って奴は、そういう香りがこびりついて取れやしない」


 さあ、どうぞ。とヒルダは言って、地下の鉄の扉を開いた。

 予想以上に広い地下室。ひしめく悪魔。……こりゃ骨が折れそうだ。


「それじゃあ、また後で」

「あ、おい」


 悪魔達から視線を戻した時には、ヒルダは地下室の奥へと歩き出していた。

 悪魔達が道を開け、彼女はその最奥へと収まる。

 俺が追おうと一歩先に踏み出したら、悪魔が立ちふさがった。


『薬師。もう既に戦は避けられぬ』

「おう、分かってる。あいつを十二ボグシャアくらいして、色々吐かせるには」

『薙ぎ払う他になし!』


 山崎君直筆の言葉に合わせ、俺は鉄塊を振りぬいた。鈍い感触が手元に伝わり、鉄塊を振るった面積だけ、悪魔が横になぎ倒される。


「さて、やるか」


 山崎君もまた、そのモテカワランスで敵を突いては薙ぎを繰り返した。

 これで軽く十体は逝っただろう。

 しかし、地下室の中では数十の悪魔が蠢いている。

 これを倒すのは時間がかかりそうだな。

 だがまあ、なんというか不可解だ。

 俺は鉄塊を振るいながら考える。

 これだけのことをしている目的は一体なんなのだろうか。

 俺を始末しに来た、とかいうのはないと思われる。

 俺にそれだけの価値があるかの論議は置いておいて、それならわざわざ地獄全土を巻き込む意味がない。

 それに、今ここにいる悪魔も、低級じゃないだけで、束になろうが大妖怪は倒せない。

 なら、なにか。

 何か別の目的があるはずなのだが。

 第一、俺をここに誘い込んだのだっておかしい。

 数だけはいる悪魔に、隠す気のない魔女。

 いっそばれて欲しいとでも思っているかのような。

 じゃあ、いっそばれたかったと仮定して、起こりうるのは?

 わからん。

 というか、一番分からないのが地獄全体を巻き込んでの悪魔騒ぎだろう。

 ただの愉快犯? にしてはここに至って不可解。

 じゃあ、ここまでに全て意味があると考えてみれば。

 まず、悪魔召喚難易度の極端な低下。願いをかなえてくれる悪魔が簡単に召喚できる、という噂が立ち上って、次々に無差別に悪魔が召喚された。

 俺はそいつらを次々ボグシャアしたわけだが。

 って……、ん? 無差別?


「ちょいまて。こりゃまずいかもわからんね」










 ◆










「なんでっ……、助けが来ないのかしらね!」

「俺に聞かないでもらえるかな!」


 ひたすら走る。

 俺達が避難の補助を始めて、二十分ほどが経過していた。

 通行ルートを先取りして避難させたり、巻き込まれた人を運んだり、だ。

 すでに、邪魔だと目を付けられて、今現在は逃走に勤しんでいる。

 見つかりにくいように、わざわざ路地裏を俺と彼女は疾走中。

 しかし、一向に助けが来ない。


「なんで誰も来ないのよ……、父さんくらい来たっておかしくはないのに」


 本当にそうだ。

 なんで鬼が一人も来ないんだろうか。

 この騒ぎじゃすぐに駆けつけるはずだ。強い弱いは別にしたって。


「なんで、か。運営側でトラブルでもあったのかな……!?」


 いや、でもそれにしたって駐在の鬼がいてもおかしくはないのに。


「もしもし、お父さん? 今どこに――っ?」


 それとも、鬼がいない、とか?


「そんなっ、なんで六丁目なんか……。悪魔が暴れて……? 急にっ?」


 そんな状況が在り得るわけが……。


「在り得る訳が……、いや」


 ない、と言おうとしてやめる。

 わけが、あった。


「そうだ」


 ふと、ひらめく。

 だが、そうすると。


「これじゃあ……、助けは来ないかもね」

「どういうことよっ」





 ◆





「山崎君っ、俺とお前さんの最近の成績はあんま代わってなかったなっ?」


 言うと、山崎君は紙の束を放って寄越した。

 俺は即座にそれに目を通す。

 ……やっぱりだ。

 俺の予測通りの結果が、そこには描かれていた。


『薬師の成績は、二丁目22ボグシャア、三丁目27ボグシャア、四丁目8ボグシャア、五丁目28ボグシャア』

『ついでに拙者は、二丁目15ボグシャア、三丁目18ボグシャア、四丁目7ボグシャア、五丁目22ボグシャア也』



 ◆



「兄さんに引っ付いて悪魔祓いしたとき聞いたんだけど。成績がさ」


 そう、この悪魔が四丁目にいるのが偶然じゃないならば。


「――四丁目だけ異様に少ないんだ」



 ◆



「……やられた」


 今ここにおびき寄せられて戦っているのが策であるならば。

 探知と機動に優れる俺を縛り付けるための囮ならば。


「釘付けにされてたのは俺の方か」



 ◆



「多分だけどね。今回の悪魔騒動がまるっと囮なんだ」


 悪魔が次々と召喚される今回の騒動。それら全てを隠れ蓑に。


「四丁目以外の被害が広がることで、四丁目は手薄になる。気が付いていても、対応しないわけにはいかないからね。だから、助けが来ないのは近くに鬼がいないからなんだ」



 ◆



「囮を成功させ、即座に気が付いて現場に向かいそうな俺をここに釘付けにした。っつーのが事実なら」


 俺ははっきりと口にした。山崎君にも届くように。


「四丁目に何か出てる。きっとそいつが――」



 ◆



「他に意識を当てて、簡単に鎮圧されない環境を作って、とっておきをここ、四丁目に持ってきたわけだね。多分」


 俺は、引きつった顔で、彼女に告げた。


「今目の前にいるそいつが。今回の騒動における――」



 ◆







「――大本命だ」






 ◆



「出て来い、青髪の少女と少年よ。さもなくば、我が雷で無差別に焼き尽くす」


 大きな道路の方から、俺達のいる路地裏にも悪魔の声が響いた。


「……出て行っちゃ駄目だ」


 俺は、彼女の手を掴む。

 勝てない。まず間違いない。あれは破格だった。

 助けが来ない、とは言ったけれど、もしかするともう誰か鬼が来ていた可能性はある。そりゃあ、俺達も避難を手伝いながらだし、それで狙われてからはひたすら逃げたからよくわからない。

 だけど、相手は並みの鬼なら二、三人いても簡単に薙ぎ払える実力があった。

 多分、この様子じゃどうせ勝てるような力のある人は遠くにいるようになっているんだろう。


「まず間違いなく、死ぬ」


 勝算はゼロ。尻尾を巻いて逃げるべき。

 俺はそう言った。

 けれど。

 けれど彼女は。

 俺の手を優しく解いた。


「私はね。特別よ」

「……うん」

「別に特別強いとか、そんなんじゃなくて、生まれの珍しさだけは特別なのよ。まあ、そんな中、普通になりたいと思ったことは幾度となくあるわ」


 彼女は、俺ではなく、路地の向こうを見ている。

 悪魔の方へ、歩き出そうとしている。


「でもね。私はプライドが高いのよ。確かに、ここで逃げるのは一般人として普通よね。ここで逃げたら、念願の普通になれるわ」


 ……止められる訳がない。


「だけど、こんな後ろ向きなやり方で普通になんて。誰がなるもんですか」


 言い切った。

 歩き出す。

 もう止まらない。


「アンタは逃げなさい」

「俺は勝算のない戦いをする気は無いよ」

「それが普通。それでいいの」


 そうして、こちらを見て、彼女は一度だけ笑った。

 もう一度、歩き出す。

 俺は、一歩も動けなかった。

 怖い。出たら死ぬ。間違いなく死ぬ。もう一度死んでいようと、消滅は怖い。


「出てきたわよ」

「肝の据わった小娘だ。覚悟はいいか?」


 俺の潜む路地裏から出た先で、悪魔が腕を振り上げた。

 彼女が、横に跳ぶ。

 遅れて、彼女が先ほどまでいた場所を拳が通り抜けた。


「っ、やああああああっ!」


 そして、彼女が気合の声を上げて、逃げているときに入った店から失敬したものか、果物ナイフを一閃。

 それを、悪魔は避けもしなかった。

 血液が溢れ、道路に小さな小さな水溜りを作る。

 だが、胸にできた傷口は、一瞬で盛り上がると、それを失った。


「……反則ね」

「絶望は十分か? 十全か?」


 悪魔の手に、紫電が迸る。

 俺にはどうしようもできそうにない。

 俺は一般人だ。正真正銘の。流石に悪魔を倒す力なんてないし、正直逃げ切れるかすら怪しい。

 たとえ一回死んでいても、もう一度死ぬのは嫌だ。足が震えている。

 逃げろと体中が叫んでいる。

 それでいて、心のどこかは諦めている。

 悪魔の前に直接立っている彼女は如何程なのだろうか。

 それとも俺が弱虫なだけなのかな。でも、なんといわれようとどうしようもない。無理だ、怖い。

 そんな風に俺が固まっている中。

 彼女は、下から思い切り悪魔を睨み付けた。


「呪い殺してやるわ」


 今にも雷が放たれ、存在が消滅しかねないままの状況で、そう、彼女は言ったのだ。

 不敵に。屈さず。素敵に。

 思わず、俺はぽつりと呟いた。


「ああもう、格好いいなあ……」


 未だに、全身は逃げろと言っている。理性も、逃げることに賛成した。

 それでも尚、俺が逃げていないのは。ここに立ち止っているのはきっと。



 果たして、俺に何ができる。

 まあ、何かしてみようか。

 普通だからって、諦めたくない。










 ◆











「一通り、私の企み、ばれちゃったみたい」


 暗い部屋の最奥にて、ヒルダは言った。


「ああ、そーみたいだな」

「私の計画の中で一番厄介なのは貴方だと思って。悪魔を消して回ってるって言うから調べてみたら、探知が得意で速いっていうじゃない。四丁目まで何分で行けちゃうか」

「今すぐ向かえばきっと三分で着くぞ」


 実を言うと今の所踵を返す気満々である。

 だが。


「貴方が逃げたら今度はこっちで悪魔が大暴れだけど? そこの鎧さんだけで十分なの?」


 そして、ヒルダは聞いてないことまでぺらぺら喋る。


「さっき魔術の設定を変えたから、今頃呼び出された悪魔達が本能のまま暴れてるわ。暴れるとはいっても、もともと雑魚だからたいしたことないし、多分、その子達は簡単に鎮圧されるでしょうけど」

「四丁目には間に合わないって腹か……!」

「そういうコト」


 勝ち誇ったように、にやりとヒルダは笑う。

 魔女に相応しい笑みだった。


「どうするの? 天狗さん? 四丁目の子は強いわよ? なんせ特別製、ただの悪魔じゃない」


 だから俺は、こちらも笑みを返してやることにした。


「そんなのは決まってる。お前さんを速攻でぶん殴って四丁目に急ぐだけだろうが」


 そして、山崎君を見る。


「山崎君っ、こいつら任せられるか? 俺は一気に突破して、あそこ、アレだ。奥に見える祭壇を破壊して、ヒルダもぶん殴る。そしたら多分、召喚難易度が戻って、皆送還されるはずだ」


 必ずとは言い難いが。それが駄目だったら全部倒していくだけだ。

 多分、本命だけは別ので召喚されたんだろうけどな。


「山崎君。任せられるか?」


 今一度聞くと、山崎君は迷うように体を揺らした。

 答えに迷っているというよりは、筆談用に使っていた紙束を俺にまとめて寄越したことを思い出したようだ。

 そして、山崎君は、迷うように鎧をがちゃがちゃ鳴らし、そして。


「男らしいな。この場にお姫様が居たら七回惚れてる」


 ――親指だけを立てて返した。

 振るわれるランス。

 その軌跡が悪魔ごと壁に刻まれる。

 なんつうか。なんて男らしいのか。

 そのへのへのもへじ面が、今日はとても男前。

 壁に描かれたのは――。



『委細承知仕る!!』



「任せたっ!」


 俺は、翼を開くと、進路の邪魔となる悪魔ごと飛びぬいた。










 ◆









 雷が焼いたのは、悪魔の流した血液だけだった。

 じゅわりと音を立てて、路上の悪魔の血が蒸発する中、俺は彼女の襟を引っ張って、無理やり雷を避けさせた。


「あ……、アンタ、なんで」

「小僧も死にに来たのか。酔狂な」


 彼女も、悪魔も俺を見ている。

 膝は振るえ、今にも地に膝を付きたくなる。

 喉はひりつくようで、一秒先には死んでいるかもしれないという死の予感が背筋を凍らせた。

 だけど。

 しっかりしろ如意ヶ嶽由壱。女の子の前で格好付けられなくて誰の弟だって言うんだ。

 俺一人なら諦めてしまうかもしれなかったけど。

 結局俺は兄さんの弟だった、ってことでいいんじゃないだろうか。

 やろう。

 俺は口を開く。


「悪魔、っていう割りに意外と大した事ないね」

「小僧……」

「女子供に暴力振るって喜ぶあたりたかが知れてる」


 不安を押し隠して、不敵に笑う。


「安い挑発だ」


 乗ってこなかった。

 だけど、乗せなきゃ勝機はゼロ。

 俺はできるだけ、小憎たらしく笑って見せた。


「やることって言ったら殴るか、しょぼい電気投げつけて来るだけじゃないか。ブラックホールくらい出せないのかな?」

「しょぼい電気、だと……!?」


 あ、ここら辺がポイントか。雷に誇りでもあるんだろうか。覚えておこう。

 心に留めて、言葉を続ける。後一押し。


「だってねえ? 俺達みたいな女子供に三十分近く逃げられて、終いには脅迫。無様だと思わないかな? ねえ? どんな気分だい? 結局そんな電気じゃ鼠一匹殺せないって。学校で理化の実験の手伝いでもしてればいいよ」


 そして悪魔が吠えた。


「吠えたなっ、小僧ぉ!!」


 瞬間、反転。

 俺は彼女の手を引いて走り出した。


「ねえ、ちょっと……!」

「なにかな!」


 まずは上手くいった。これからどうするかが肝心だ。


「不味いんじゃないの? さっき私が出て行く時周りを人質に取ってたし。あそこの人たちが危ないんじゃ……」

「頭をもう少し使えばいいと思うよ。なんで俺があんなに怒らせたと思ってるのさ。冷静になるまでは、俺達を狙ってくるよ」

「……アンタ、意外と考えてんのね」

「策とも言えないよ、こんなの。もしかしたら無差別に暴れたかもしれないし」


 いいながら、再び路地裏に入り、ひた走る。

 何処か身を隠せる場所はないだろうか。


「というかアンタ……、勝算のない戦いはしない主義じゃなかったの? いや、まあ、……助かったけど」

「そうだよ」


 俺は走りながら頭を回転させる。


「だから、今考えてるんだよ。勝算って奴をさ」


 勝利条件は? 生き残ること。これ以上周りに被害を出さないこと。

 生き残る条件は? 一定以上時間を稼ぐ。もしくは相手を倒す。

 難しい。一定以上時間を稼ぐ、の一定が分からない。後五分で来てくれるならいいけど、三十分も掛かるなら、そんなに時間は稼いでいられない。

 また人質を取られた時点でアウトだ。もう一度同じ手で逃げ切れる気はしない。

 なら、倒すしかないんだけど、もっと難しい気がしてならない。

 だけど、それでも倒すと願うなら。

 俺は考える。

 最初から最後まで、悪魔とのことを思い直す。

 相手は雷使い。腕力も高い。

 少し斬られた位じゃひるみもしない。俺達じゃ、一つもダメージを与えられないのか?

 彼女が切った時だって、すぐに回復して……。

 いや……、待て。待て待て待て。


「アンタ……、格好いいわね」

「これからもう一度格好つけるよ」


 何か良い場所はあるだろうか。

 俺は辺りを見回す。

 ああ、なんておあつらえ向きに。高級料理店。あそこで決着を着けよう。


「今から言うものを探してきて欲しいんだ。まずは鏡。大きな奴、後、ここの消火設備、それと……」











 ◆












「じゃっ」


 一。


「ま!」


 二。


「だぁっ!!」


 三。

 一秒間に三ボグシャア。

 悪魔を無理やり薙ぎ払い、前に進むことだけを考える。

 行かせまいと群がる悪魔。

 もう面倒だから、纏わり付くそれごと飛んだ。


「でぇええいっ!」


 そして、勢いを緩めないまま着地。

 地面に叩きつけられた悪魔を置き去りに、俺は地下室の床を滑る。


「ほら、はるばるやってきたぞヒルダさんよっ!」


 更に群がってくる悪魔に、俺は鉄塊を振るう。


「ご苦労様。報酬は悪魔のフルコース」


 叩いて潰して擦って蹴って殴る。

 脳のどこかで歯車ががちりがちりと収まっていくように、頭は冴える。


「お断りだっ!」


 鉄塊を横薙ぎに。まとめて吹き飛ばして壁に叩きつける。


「っ! 数で飲み込んで!!」


 瞬間、周りの悪魔が一斉に俺に飛び掛った。

 うお、暗い。


「ふう、……流石にこれだけの悪魔が居れば」

「しかし効果はなかった」


 俺の周囲に小規模の竜巻。

 まとめて悪魔を吹き飛ばす。


「さあ、年貢を納めろよ」


 俺はヒルダへ向かって一歩前に出る。


「まあ、その前に。何故こんな真似をしたんだ?」

「何故?」

「テロ的な理由だとか。怨恨とか。そこを聞いているんだ」


 俺は聞く。

 すると、ヒルダは俯いて肩を震わせ。

 そして顔を上げたと同時、今までにない狂気を噴出させた。


「ないっ! ない、ないっ!! そんなものどこに有るの!?」


 笑っている。


「私は魔女だわ。だけどね、別に悪いことなんてなんにもしてないの!」


 狂ったように笑っていた。


「色々学んで、村のために色々やったわ。産婆だってやってきたし、医者の真似事だってして、命を何度も救ったわ!」


 錯乱していて、手が着けられないほどに、彼女は髪を振り乱し、吠えに吠えた。


「でも、死んだの……。死んだのよ!? 社会不安っ、村の結束! そんな感じよ!! 誰かを生贄に村の結束を高めようなんて魔女狩り。なんで私なの!?」


 まあ、確かに不憫な話ではある。

 実際の魔女狩りなんて、実際誰でも良かったのだ。不安で、疑心暗鬼だったから誰か一人を魔女という敵にして、集団を作り安心したかっただけなのだ。


「だから、こんな可愛そうな私には、八つ当たりの権利があるっ。ねえ、貴方もそう思うでしょう? ねえ。あんまりだったわ、私の人生」


 生前は、もっとまともで、可愛らしかったのだろうか。彼女は。

 今となっては、魔女狩りの言う、魔女、そのものだ。


「だから八つ当たり! 理由はないのっ、権利があるから! 私は世界に復讐してもいい!! そう思わない!? そうでしょ!? そうなのよ!! 貴方もそう思わ――」

「――知らんよ」

「ぐぎゅぇっ」


 魔女に与える鉄槌。


「だが俺は許さん」


 まあ、そんなもんだ。











 ◆











「さて、こっちだよ」

「小僧。遂に諦めたか? それとも策の一つでも思いついたのか? 面白い」


 のしのしと追ってくる悪魔を、俺は走って誘導する。悪魔は歩いているだけなのに、歩幅のせいで随分速い。

 まずは策の一段階。

 誘いこむ。

 これは問題ないと思ってる。策があっても策ごと越える事に燃えるタイプだ。策に策で対抗するタイプじゃない。

 そして、走って俺は、裏口から高級料理店の厨房に駆け込んだ。

 扉の横で、肩で息をする。そして、右手の包丁を握り締めた。

 遅れて、悪魔が入り口を壊して入ってきた。


「今だっ」


 叫んだ瞬間、雨が降る。スプリンクラーだ。ジリリリと警報機がうるさい。これでいい。


「……? もしや小僧。感電死させようとでも思っているのか? 陳腐な策だったな、我が肌は電気を通さんぞ? 我が手から雷が迸ってるのが見えなかったか?」

「……そんなのは知ってるよ。スプリンクラーはそういうことじゃない。所で、プロパンガスって知ってる?」

「まさか……」


 よし、食いついた!

 悪魔は、真正面の俺の言葉に気を取られている。


「そう、ここは厨房だよ? それと、もう一つ。そういう現場では静電気にも気を使わなければならない」

「ふ、なるほど。ガス爆発で、か。まあ、ダメージくらいは与えられるだろうが。甘い」


 それでいい! ガス爆発なんて元から頼りにしてない!


「ダメージまでだ。爆発でお前らは死ぬ」

「そう、爆発で、だ」

「なに?」


 山羊が目蓋を動かして、不快げにゆがめる。


「君に殺されるわけじゃない。ってことでプライド的には傷つくよね? 簡単に人間に逃げられちゃってさ」

「ふふは、そうか。だが甘い!!」


 いいぞっ、来るか?

 悪魔の真正面に居る俺が、左手の包丁を今一度握り締める。

 そして、悪魔の腕が振りあがり。


「雷を使わずとも殺すことなど容易いわ!!」


 振り下ろされる。

 俺は避けなかった。むしろ避けれるはずもない。

 俺が砕け散る。

 ――まるでガラスみたいな硬質な音を立てて。


「掛かった!!」

「鏡!? スプリンクラーは……、目くらましか!!」


 警報は音で悟られないためのダミーで、スプリンクラーは鏡と判断しにくくするためのもの。

 悪魔が無防備になったこの一瞬。

 その隙に、扉から青い影が飛び出した。消火設備をいじって貰っていた、彼女だ。


「たっぷりもらって行きなさい!!」


 彼女が、包丁を、フォークを、ナイフを。ありったけの食器を付きたてる。


「ぬうっ……」


 俺は何も言わずに包丁を振りかぶった。

 何も言うことはない。

 そんな余裕はないから。

 だけど、心のどこかで考える。

 地獄って、楽でいいなぁ。

 ここでなら、奮えるのも、懸けるのも、籠めるのも。

 ――この魂一つでいい。

 突き刺さる感触。勝利まで後一手。

 しかし、相手は強大。


「ぬぐうっ、邪魔だ小娘ぇ!」

「きゃあっ!?」


 乱暴に振るわれた腕が、彼女の腹を捉え、彼女は地を滑り、調理台に背をぶつけて止まった。


「これは……、まずったかなっ?」


 彼女の方へ歩いていく悪魔。いつの間にかスプリンクラーは止まっていた。

 この先の最後の一手は彼女に任せるつもりだった。

 しかし、彼女は今地に伏せ、もがくようにしか動けないで居る。

 足が震える。チェックメイトだろうか。後一手の所で。無念だ。


「よ……」


 そんな中、彼女の声が聞こえた。


「いち、逃げなさい……。……はやく」

「断るよ」


 考えるまもなく、口にしていた。

 震えていた足は思考を離れて、悪魔と彼女の間に立つ。


「奇特だ。それを置いて逃げればいいものを」

「耳が悪いのかな? 逃げなさいといわれて俺は断ったんだけどな」


 後一手でいい。

 後一手引き出せれば――。


「……面白い。ならこれでどうだ? ここから一目散に逃げるなら、命は助けてやろう」


 悪魔らしい言葉だった。甘言を使って俺で遊ぼうとしている。

 俺がここから逃げ出すことで起きる絶望に愉悦を見出そうとしている。


「勇敢な女だった。共に、無謀な女だった。そんな女のために、貴様は死のうとしている!」


 彼女の価値を下げる、侮辱の言葉。

 そんな言葉に、俺は悪魔を睨み付けた。


「他人を巻き込んで死なんとしている。最低じゃないか?」

「……自分を貫くいい生き様だと思うけどっ!?」


 俺は、それを真っ向から否定する。


「それで生命の危機だというのに?」


 その言葉は、するりと出てきた。


「――惚れ甲斐があるっ!!」


 もう、売り言葉に買い言葉だった、と言ってもいいと思う。

 自分ですら何を言っているのか良く分からない。

 だけど、いい感じに熱くなってきた。


「そもそも君はなんなんだろうね。悪魔、悪魔って言うけど一体なんだ? 山羊頭って一般的な悪魔のイメージだ。実は名前もないんじゃないのかい?」


 すらすらと、言葉が出てくる。


「ぬ……、名はある。しかし、それを言うことはできない」

「うん、じゃあ、こんなのはどうだろう。君は雷に並々ならぬ誇りがあるよね?」


 悪魔は何も言わない。


「でも、雷ってそこまで悪魔って言うイメージじゃない。どちらかというと神の雷の方が、しっくり来るよ」


 ただ、俺は口を付くままに喋り続ける。

 時間を稼ぐ。そのために。


「そう、じゃあ、君は天使だった、というのはどうだろうね?」

「そんなわけが……」

「馬鹿にできた考えじゃないと思うよ。堕天使が悪魔なら、簡単だ。それに、単純に卑劣な悪魔なんて呼ぶには君は誇り高すぎる」


 詳しくは知らないけどね、と俺は続ける。

 別に専門的知識がない、というか知らないからこそ素人の妄想でこじつける。

 だけど、この悪魔は俺の言葉を笑い飛ばさない。


「とすると、君は呼ばれて、無理やり堕天使として固定された、というのはどうかな? これなら、無個性な山羊頭も説明が付くんじゃないかい? 悪魔としては格が低くて、天使としては格が高い。悪魔としての無個性と、天使としての雷の強さ」


 ということは、当たらずとも遠からず。


「ねえ、雷が得意な天使って居るかな」


 俺は、後ろに向かって問う。答えが帰ってこない可能性も考えたけど、杞憂だった。


「……ラミエルしか……、知らないわ」


 か細い声だったが、ちゃんと届いた。

 悪魔が動揺した肩の揺れを、俺は決して見逃さない。


「へえ、じゃあ君は……」

「やめろっ、我を解き明かすな……!」


 初めて慌てている。ああ、いい気味だな。気持ちいい。


「ラミエルか」

「その名で呼ぶな!」


 俺は勝ち誇ったように笑う。


「そのラミエルさんの雷も大した事ないんだね。あっさりと呼び出されて、この様だ」


 最後の一言。それが、最後の一手になった。


「貴様ぁあああ!! 最大出力で殺してやるッ、殺してやる!!」


 その手に迸る紫電。

 俺の顔に喜色が走る。

 ああ、これで。


「――獲った!」

「……なに?」


 濡れた体。


「俺はちゃんと見ていたよ」


 突き刺さる包丁。

 そして、無数の銀のフォーク。高級料理店だから、そういう食器はちゃんとあった。


「君の肌は電気を通さなくても、血液は沸騰した!」


 ステンレスは伝導率は劣るけど、銀は言うまでもない。


「そして君は濡れている」


 確かに綱渡りばかりだった。最初に囮の鏡を見抜かれれば終わり。フォークと包丁を抜かれてしまえば終わり。電撃じゃなくて普通に殴られても終わり。


「絶望は十分かい? 十全かい?」


 でも、この状況なら。


「君は終わりだ。自分の雷がどれだけ強いか身をもって知るといいよ」


「ぬおおおぉぉおぉおぉおぉぉおおおおおおッ!!」


「そう、いうなれば。予測の域を出ていない。想定の範囲内。日常の領域」


 あとは、精一杯の強がりを見せつけて。


「――君じゃ、俺の日常を壊せない」













 ◆












 俺が現場に着いた時には、何もなかった。

 荒れた厨房には、俺の弟がやり遂げた顔で青髪の子の膝の上で寝ているだけだった。


「……アンタ、誰よ」


 警戒したように、膝枕の主は俺を見上げる


「そいつの兄」


 俺は、由壱を指差した。


「じゃ、ごゆっくり」


 俺は片手を挙げて踵を返す。


「あ、ちょ、これ連れて帰りなさいよ!!」


 後ろから何か聞こえたが、二人の邪魔をしないのが大人って奴だ。

 帰って寝るか。































―――
以上、今回のシリアスでした。次回は由壱とお嬢さんのお話で完全にシメです。
由壱頑張った。
あと、由壱、爆弾発言頑張った。アレは生き様に惚れたのか普通に惚れたのか。
概ね予定通りに終わりました。
何故かボグシャアクロスから鉄塊に切り替わっていたのは、魔女に与える鉄槌ネタをやりたかっただけです。
しかし、これで青いあの子も特殊属性解禁か……。


以下、余談ですが。

今回の悪魔は、ラミエルで、ラメエルです。
山羊頭といえばバフォメットですが、ステレオタイプの悪魔で、悪魔として無個性ということ。
雷はどちらかといえば神の雷としての側面が強い=元は天使。
雷を扱う類の天使。
そんな中で堕天の気があるといえばラミエルさんです、ということで。
まあ、そんな気にするコトでもないんですが。







返信。




黒茶色様

乙女は色々な何かが高まってバーストしてあの結果なのです。
まあ、奥手っぽい由壱にはアレくらいで丁度いいでしょう。まあ、多分ですけどね。
ちなみに、今回は薬師魔女をボグシャアしただけでした。珍しく。しかも話を聞きもしない外道ッぷり。
これで惚れたら相当のドMですよ。流石の薬師もフラグより人命を優先したみたいです。


黒だるま様

兄も弟も色々といっぱいいっぱいでした。すごく大変なことに。
むしろ、弟の方が危険度は高いという。ラミィ様との大決戦でした。
あと、拍手掲示板の方、見てきました。シリアス方面に入るとあれこれいっぱいいっぱいで、中々手が回りません。ごめんなさい。
修正掛けておきました。例えどんなに調べても、所詮付け焼刃の知識だったりするので、生の知識はありがたいです。


奇々怪々様

まあ、これから先青いあの子はアレな属性が発覚するのが確定してるんで問題ないです。所詮変態です。
ちなみに、今回のメインは『格好いい由壱』です。薬師? 山崎君のおまけでしょう。
その内山崎君にはガンランスでもぶっ放して欲しいですね。ぶっちゃけ今回薬師より男らしかった気が。
むしろ薬師今回ほとんど何もしてないじゃねぇかてめぇこの野郎的な。


SEVEN様

どこか鬼畜臭のする由壱。目覚めてしまったんじゃないでしょうか。うん。今回で覚醒した。
しかし、機動重視のアタッカーの薬師と、防御重視のガーディアン山崎君と考えると、バランスいいですねあのパーティ。
今回ちょっと目立ちました。なんだかとっても男らしい。
青い子の今後については、由壱君がゆっくり育て上げればいいと思います。慎みのあるチラリズムに。


通りすがり六世様

結構魔女って儚いです。今はともかく、昔はキリスト教圏等での社会的に地位はなく、かといって悪魔のような強靭さもなかったり、と考えるとハードモードもいいところですね。
青いあの子は既に七割痴女ですが、もっと加速すると思われます。痴女方向ではないですが。
いまいち彼女、男性経験がないから手加減が分かっていないようです。
悪魔が出てきましたが、由壱が一晩でやってくれました。


志之司 琳様

確かに、既にチェックメイトですよね。まず間違いなく。後一歩で転落です。早く落ち着く所に落ち着くべきです。
しかも由壱さんの今回の爆弾発言。生き様に惚れる的な意味なのか、男女の意味で惚れるのか。やっぱり後一歩。
薬師は山崎さんとよろしくやってればいいです。むしろ山崎さん男前。薬師嫁にとられろ。
そして今回、珍しく薬師がフラグを立てなかった。快挙です。恐ろしい。








最後に。

如意ヶ嶽薬師



人の意見に左右されない主体性を持っていますが、



『人の話を全く聞きません』



[20629] 其の五十三 俺と狭き世界の日常。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:02e89c83
Date: 2011/01/20 22:42
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









「おっ、おはよう!」

「うん、おはよう」


 朝、そう、次の日の、朝、という奴だね。

 色々と、悪魔を打倒してみたりとかやったけど、なんのことはなく、いつもの日常。

 そして、本当は学校に行かなきゃ行けないのだけど、まあ、色々あったから、というわけで偉い人の計らいで今日は休み。
 そんなわけで、家の門の横に立つ、青いあの子に向かって、俺は片手を上げた。


「体の調子は? 痛いところはないの?」


 彼女は、俺に向かって問う。

 しかし、俺は無傷もいいところだったりするから、俺は苦笑いを返した。


「それはこっちの台詞だよ。殴られたのは君さ。俺は、特になにも?」

「んっ、別に心配してた訳じゃないわ。私が予定外にやられたから一応責任として言ってるだけよ」


 なんだかこう、素直じゃないなぁ、と思う。

 その言葉は、額面どおりに受け取るには、あまりに慈愛に満ちていたし、そういう性格だ、と言うのは俺も理解している。

 ただし、この上何か行ったりすると泥沼に足を突っ込みかねないから、俺は流すことにした。


「はいはい」


 結局、あの後、悪魔を倒してすぐ、彼女の膝の上で目覚めたはいいけど、大したことは話さなかった、と言ってもいいと思う。

 お互い疲れてたんだ。彼女は殴られてたからそのまま病院に行ったし。

 とりあえず明日家の前に来る、と彼女が言い残していたので、こうしてる訳だね。

 どちらかと言えば心配なのは彼女の方だ。悪魔に思い切り殴られていたはずなんだけど……。


「君はなんともないのかい?」

「鬼の頑丈さを嘗めんなってやつね。この通り、ぴんぴんしてるわ」


 そう言って、腕をぐるぐる回す彼女のわき腹に、俺は人差し指を触れさせる。


「っ!?」


 びくん、と大きく肩が跳ねて、彼女はわき腹を押さえた。


「無理することはないと思うよ? ほら、上がっていきなよ。怪我人を外にほっぽりだすのはあんまり好きじゃないよ」

「あ、アンタねぇ……、まあいいわ。上がってやるからお茶を出しなさい」

「ん。それじゃ、行こうか」
















其の五十三 俺と狭き世界の日常。
















 由壱の家は、外観からも想像できる通りに、和風だった。

 そんな所にやってきたのは、由壱からとあることを聞きたいためでもある。

 それは……。


「で、でもアレよね。あんなことしたわりに、あっさりしたもんよね」


 違う。私が聞きたいのはそんなことじゃない。

 けれど、まあ、アレね。いきなり本題なんて怪しすぎて仕方ないから、こうして段階を踏んでいくのが良策だわ。

 心の準備とか必要だし。


「自分で表彰を断ったんじゃないか」

「まあ、そうなんだけど」


 居間に座って、私はお茶を啜る。

 お茶の苦味が私の頭を冷静にした。


「流石に表彰は疲れるだけよ。良いことして疲れるだけってくたびれ損じゃない」


 結局、私も由壱も、面倒くさがって、休みだけを要求した。

 別に問題なく受理され、民間の善意の協力で片付いたとかなんとか、ってお父さんは言っていた。


「まあ、そんなもんだよね。俺も明日から学校だよ」


 それを言うなら私も、だ。由壱に向かって、私は頷く。

 しかし、そう考えてみると。


「そういえば、アンタ、学校通ってるって……、同じとこを?」

「地獄で正式な学校ってやつが他にあるのかい?」


 塾のようなものならある。けど、学校という正式名称を冠することができるのは、一つだけ。


「……同じ学校だったのね」

「まあ、あそこ広いから」


 困ったように、はは、と由壱は笑う。

 しかし、それでも。


「むしろ外で会う方がアレよ」


 学校と、世界じゃ規模が違う。

 あんな風にばったり出会えるのは、本当に希少な経験だと思う。


「確かにそうだね。やっぱり変な縁があるみたいだ」


 そんな言葉に、どきり、と心臓が高鳴った。

 変な縁。それは赤かったりしないかしら。細くて、小指に繋がってるような……。

 ぶんぶんと頭を横に振る。

 由壱が不思議そうな顔をしていたようだけど、こっちはそれを気にしていられる余裕はない。


「どうしたの?」

「なんでもないっ」


 恥ずかしい。頬が赤い気もする。

 早く話題を変えたくて、私は口を開いた。


「いやっ、あの、アンタって……」


 アンタって……、の先が思い浮かばない。

 どうにかしようと口をぱくぱくとあけては閉めて、やっと外に出た。


「特殊な訓練でも受けてんの?」


 私の馬鹿。いきなり何を言ってるのよ。

 世間話に唐突に訓練とか、空気を読めないみたいじゃない。

 由壱も、少しばかり面食らった顔。


「いや、どうして」

「悪魔を倒したときのお手並みが、ね」


 とりあえずごまかしに掛かる。

 悪魔を倒したときの由壱の手並みからして別に不思議なことでもないはず、よね?


「ああ、うん、なるほど。別に何も受けてないよ。大体自滅だったしね」


 納得したように由壱が手を叩いて、言う。

 へぇ、何も受けてないんだ。

 と、何か感想くらい言わないといけないわね。

 まあ……、ただの人にしちゃ頑張った方よね。


「でも、格好良かったわよ……? アンタ……」

「あ、うん、ありがとう」


 照れた顔の由壱。待って、今私何言った?

 『……でも、格好良かったわよ……? アンタ……』


「って待った待った、今のナシ!」

「え、あ、うん」


 とりあえずよく分からないけど、とばかりに由壱は頷く。

 私はこめかみに指を当てて、頭を悩ませる。


「今建前を出すからちょっと待ってなさい……、ええと」

「あ、今の本音なんだ。ええ、と、照れるね……」

「う、うるさいわね。えー、かっこいいわよ! 格好いいですとも!!」

「いや、そんな投げやりに言われても……」


 照れくさくて、指先が勝手に畳へのの字を描く。

 思い浮かぶのは、地に伏した私の前に立つ由壱の姿。

 ……そういえば、こいつ、二度も守ってくれたのよね。

 そう思うと、私がこうしてのうのうとしているのは、どこか気に入らなくなった。

 何かしてあげたいと思う。

 そう、あれよ。礼の一つや二つ、出せるのが大人の余裕だわ。


「その、由壱……?」


 恥ずかしくて伏せていた顔は上げられないまま、視線だけを動かしてちらりと由壱を見る。


「なんだい?」


 由壱は、私に向かって苦笑いしていた。


「その……、あの時、守ってくれたお礼に……、その、お礼よ?」


 そう言って、私は念を押す。

 だけど、お礼とは言ってみたものの、何も持っていないことに今気が付く。

 金は、大した額を持っていないし、それはなんか違うわよね。

 物は、価値のあるものなんて持ってないし、おあつらえ向きな大切なものとかも、ない。

 ええと……、あの。


「お礼にっ……」


 もういいや、言っちゃえ!


「私の体……、好きな所、一つだけ触っていいわよ……?」

「ぶふっ」

「な、なによ」

「いや、あのね。なんでそんなことを……」

「じゃあ、他に何をしたら良いって言うのよ? こう見えて何もないわよ? お金とか、その他恩恵とか」

「そういうとこがダメなんだと思うけどね。あるよ、他に色々」


 由壱が言ってくれるけど、別にお世辞が聞きたいわけじゃない。


「じゃあ、何があるのよ……?」

「うん、その……、魅力が」


 照れながら、由壱は言った。

 言われた私が恥ずかしくなる。


「でも、どうせだし、いい機会だから、触らせてくれるかな?」

「え……」

「いやならいいんだけどね。ちょっと気になってたことがあるんだ」


 ……。

 えっと、まじ……?

 由壱が立ち上がる。立ち上がっただけで、私の心臓は跳ね上がった。

 そりゃ、由壱も、男の子だし。

 それに、それは私の体に興味があるってことで……。

 歩いてくる一歩一歩にどっ、どっ、と心音が鳴る。

 ま、まあ、うん。胸くらいなら……。

 そして、由壱は私の前に立ち。

 それ以上は、その……。

 ……私の頭に触れた。


「へぇ……、うん。硬いんだね」

「……どこ触ってんのよ」

「え、角?」


 由壱の手は、私の頭の、ちょこんと出た片角に触れていた。


「……はあ」

「なんで溜息っ!?」


 私の胸の高鳴りを返せ。


「そもそも何で角なのよ」

「いや、結構鬼の人と付き合いがあるのはいいんだけど、一度も触ったことってなくってさ」

「その付き合いのある人に触らせてもらえばいいじゃない」

「妹に突然角触らせて、って言う兄は?」

「変態」

「でしょ? だからこういう機会にしか触れないじゃないか」


 そう言って由壱は笑う。その笑顔が眩しくて直視できない。

 私だけ変なこと考えてたなんて、と恥ずかしくて由壱が眩しかった。

 自分の穢れ具合を再認識させられた私は、人知れず肩を落とし、正座で角を触る由壱を見上げる。。


「感覚とかはないんだね」

「他の人は知らないけど、私はないわね。まあ、私と比較しても何一つ役に立たないけど」


 私の生まれは大分特殊でレアだから、そういうことになる。


「折れても生えてくるのかな?」

「知らないわよ。それとも、折って見る……?」

「いや、いいよ」


 苦笑いして由壱は返した。

 残念……、って残念って何よ。折られないほうがいいじゃない。

 そうして、由壱は私の角を触り続けた。

 強めに摘んでみたり、撫でてみたり、突付いてみたり。感覚はないけど、周囲の感覚とかで分かる。


「んっ……」


 ……すごい恥ずかしくなってきた。

 実際どれくらいたったのかは分からないけれど、すごく時間が長く感じる。


「由壱」

「なにかな?」

「その……、もうダメ」


 耐え切れない。うん、無理。


「あ、えっとっ、ゴメン」


 そう言って由壱は手を離す。

 私と由壱に、微妙な空気が流れた。

 お互いにお互いを直視できない妙な空気。

 何故か気恥ずかしくて、私は強引に声を上げた。


「えっとね……? そろそろ帰ろうと思うんだけど」

「ああ、うん」


 そこでやっと私は本題に入ることにした。

 今日の本題。

 昨日の事。聞きたかった事。

 昨日の最後の方、由壱が言った――。


「ききき、昨日アンタ、ほ、『惚れ甲斐がある』って、言ったわよね……? 言ってたわよね……? アレ、私の気のせいじゃない……?」


 あの言葉。あまりにもあっさり言われたから、幻聴なのかと、一晩布団の上でごろごろ悶える羽目になった。

 ただ、代わりにしっかりと自覚した。

 私はこの、五歳くらい年下の男の子に、恋してる。

 ……答えてもらわないと、今日も眠れないわ。


「ああ、言ったよ?」

「っ――」


 由壱は言った。当然見たいな顔をして、あっさりと、照れもなく。

 ……夢じゃない。

 でも、そこまであっさり言われると、その、生き様に惚れたの方向か、男女として惚れたのか判断が付かないというか……。

 どっちなのよ?

 ほんと、どっちなのよう……。


「……えっと、帰るわ」


 ただ、確認する勇気はなくて、私は今日も布団の上でごろごろ悶えることにした。









 ◆









「それじゃあ、また」

「そうね、また」

「……そういえば、君の名前は?」

「そういえば言ってなかったわね」

「うん」




「私の名前は青野 葵。しっかりと、胸に刻んだ?」

「……え」




 世界って狭いんだね兄さん。

 まあでも、これも俺の平凡な日常か。





























―――
シリアス完全に終了。
ということで青野さんちの葵さんでした。概ね予想通りの結果でしょう。
ただのツンデレでは終わらない予定。















返信。


奇々怪々様

今回の騒動のメインは、由壱の冴え渡るような愛の告白と、山崎君の男らしさです。
かませっぽいのは仕方ない。ヒルダさんなんてモロかませでしたし。というか薬師に一蹴されました。
山崎君は、コレが中世ファンタジーだったら、主役を晴れたと思うんですがね。残念ながら地獄でデュラハンですから。
そして、由壱の愛の告白、やっぱり言われたほうが悶々としてます。直球過ぎて意図がつかめないという状況。


1192様

由壱さんはさほど活躍しないと見せかけて大活躍。
惚れ甲斐があるとか叫んじゃうあたり、テンションが上がるとなにしでかすか分からない人です。
おかげさまで葵は既にノックアウト。全然アウトです。
そして、今回薬師よりも主人公ぽかったですね、はい。


SEVEN様

今回薬師と比較すると驚くほどの主人公ぶりですね、由壱は。むしろ薬師がダメなのか。自分から聞いたんだからヒルダの話くらい聞いて行けと。
そして、勢い任せで告白ですが、お相手には変な届き方をしたようです。果たして完全に伝わるのはいつか。
多分薬師よりかは速いです。むしろとっととくっつくんじゃないですかね。両思い間違いなしですし。まあ薬師とは年季が違うんです。青臭さがそれはそれでフラグに繋がりそうですけど。
薬師がHexeなんて知ってるのは、1,生前魔女の"友人"が居た。2,この業界の基本用語なので覚えてる。3,話せないけど単語だけは得意だよ。の、どれかだと思われます。


通りすがり六世様

悪魔と戦闘を繰り広げる。なんとなく策を思いつく。勢いで告白する。という由壱さんの行動力。特に三つ目。
好きだ、っていうより惚れた、って言う方が恥ずかしい気がします。なんとなくですけど。
結局あの場においては精神的に薬師よりも強かったんじゃないですかね。薬師はあの時なんとなく張っ倒してましたし。
とりあえず、葵は爆弾発言に振り回されるようです。


migva様

ここまで長らく暖めた甲斐があったというものです。由壱シリアスをやろうと思ったのが半年位前で、やっとです。
由壱も、熱くなると暴発するタイプですね。でも反省も後悔もしないから性質が悪い。言ったよ? だから何? という。
お姉さんは、暫く悶々と過ごすみたいです。確認できる日はいつ来るのか。
ただ、今回のベスト男前賞は間違いなく山崎君。一番微妙な人は薬師。一番可哀想なのはヒルダとラミエルさんでしょう。










最後に。

由壱結婚しろ。



[20629] 其の五十四 俺と閻魔の休日の過ごし方。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c653d874
Date: 2011/01/23 22:13
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







「よー、閻魔。今月はよくもまああそこまでこき使ってくれたなこの野郎」


 閻魔宅、そのソファに縮こまるようにちょこんと座る閻魔の対面で、俺は地べたに胡坐を掻いていた。


「えっと……、申し訳ありません」


 今月は酷かった。先月の終わりくらいから酷かった。

 溢れるような悪魔が出たからって、あちこち走り回ってはボグシャアする仕事。

 こいつは俺の本来の仕事でないはずで。


「それでは、約束通り、貴方の要求を聞かせて貰います。公序良俗に反するものや、卑猥なものはいけませんよ?」


 その際に、閻魔が一個願い事を聞くとか口走ったので、こうしてここに居るわけだ。


「わ、私にできる範囲でなら、ある程度融通を利かせますけど……」


 そんな閻魔に、俺は口にした。


「休みが欲しい」


 正月すら無視して働いた以上これくらいはあってもいいと思う。

 そして、それには閻魔もあっさり頷いた。


「あ、はい、そんなことでしたら」

「ついでに買いたいものがあるんだが、お前さんの助けが必要だ」


 だが、俺が続けて言うと、閻魔はきょとんとした顔を見せる。


「……はい?」

「たとえるなら、まるで娘への贈り物のようななにかということで」

「えと、どういうことですか?」

「俺だけじゃ買い物を完遂できそうにないから付いて来い、と」

「ですが、私には仕事がありまして――」

「約束を破るのか、閻魔さんよ?」


 俺はにやりと嫌な笑みを浮かべ、閻魔がぐ、と唸り苦しげな表情に変わる。


「女性職員を紹介しますから、それでどうでしょう」

「気心が知れてないから目的に合わないな」

「山崎君はどうでしょう」

「……あれは、なんか、違う」

「そうですか。……そうですね」

「そもそも、これは正式な契約じゃなくて個人的口約束だからな? 他の職員に肩代わり、なんて閻魔様がするはずがない」

「ぐぐ……、わかりました。貴方の買い物に付き合えばいいんですね?」

「そうだ」















其の五十四 俺と閻魔の休日の過ごし方。














「で、なんで私と貴方は公園のベンチに座ってるんですかぁ!」

「んー……、んー。あー……」

「すごい脱力しないで下さいっ。ものすごく蕩けそうな顔をしてますよ!?」


 冬にしては、今日は日差しが強くて異常に暖かい。

 冬担当の神とか、雪女とかその他が仕事をしてないんじゃあるまいか。

 それくらい今日は暖かくて、この所真面目にお仕事していた俺にとってこのベンチは抗いがたい魔力がー……。


「ね、寝ないでくださいよっ?」

「おーう……、前向きに検討します」

「お役所ですか……」

「大丈夫、お役所側はお前さんだ」

「私はそんな適当な仕事はしませんよ!」


 そう言って、隣に座る閻魔は肩を怒らせた。

 まあ、確かに閻魔はそんな仕事をしないだろう。


「今回の件でもあれだもんな。忙しくて、目ぇ回しながら『あうあうあー……、書類が片付きません、あうあうあー』とかいって仕事してたもんな」


 と、俺がこないだの記憶を掘り返して見ると、閻魔は、驚いたように、と言うのは大げさながら、とりあえず口を開いた。

「え、私……、そんなこと言ってました?」

「言ってました」


 すると、今度は閻魔は立ち上がると、ベンチの後ろの林の木の辺りで体育座りを開始する。

 俺は、首だけ動かしてそちらを見た。


「どした」

「恥ずかしくて死にたいです」

「ここは地獄だ」


 閻魔にこの台詞を言う日が来るとは思わなかったが。


「穴があったら入りたいです……」

「その上から覗き込んでやろう」

「なんでそんなに意地悪なんですかっ」

「意地悪じゃない俺なんて薄気味悪いだろーに」

「気持ち悪いです。それと、あまり見ないで下さい……っ、恥ずかしくて溶けそうですっ」


 頬を赤くしてこちらをちらちら見る閻魔。

 俺は視線を外さないまま声を上げる。


「それは無理な相談だ。遠方であればあるほど死角は少なくなるんだ」

「前を向いてくださいよっ」

「お前さんに俺の顔の位置まで指図されたくないな」


 意地の悪い言葉を出せば、返ってきたのは拗ねたようないじけた声。


「いいですよー……、私が前に行きますから」


 立ち上がって歩き出す閻魔。

 そして、俺は視線を前に戻す。

 びくっと閻魔は反応した。


「まっ、前を向かないで下さいっ!」

「酷いな、横暴だ。首を動かすな、とは」

「じゃあ、私はどうすればいいんですかっ」


 困って涙目の閻魔に、俺はいけしゃあしゃあと真顔で言葉にする。


「言ったよな? 遠方に居ると死角が少なくなるって」

「はい」


 閻魔が頷く。

 俺は一拍置いて、これでもかと言うくらいのしたり顔で結論を出した。


「だから、俺の隣が一番見えにくい」

「……なるほど」


 騙されちゃったよこの閻魔。大丈夫なのか地獄。

 とてとてと歩いてきて、閻魔は俺の隣に納まった。

 俺の死角を考えてか、先ほどよりもずっと、ぴったりとくっついて。


「その、薬師さん」

「なんだ」

「余計恥ずかしい気がします……」


 すぐ下から見上げてくる閻魔。

 俺はそれをにべもなく切って捨てた。


「知らんよ」


 嫌なら少し離れれば良かろうに。

 全く、こんなだからからかいたくもなるんだが。

 だが、そんな俺に閻魔は諦めたのか、拗ねたような声を上げる。


「……いいです、もう。所で薬師さん、貴方は買い物に行くって言ってませんでした?」


 あー、そういえば。うん、そんなことも言っていたな、うん。あーあー、覚えている。


「すまん、ありゃ嘘だ」


 もったいぶっても仕方ないので、あっさり言ってしまうことにした。

 別に買いたいもんもなく。そこはかとなくなんとなく。

 しかし、それに納得できないのが、閻魔だった。


「だ、騙したんですか!?」

「そんな人聞きの悪い。本当のことを言わなかったまでのこと」

「それを騙したって言うんですっ! しかもなんでまた……」

「いや、いつも仕事をくれるありがたい閻魔様にお礼をだな……、いや、あれだ。あった、欲しいもん」

「なんですか?」

「ベンチ」

「……買ってあげますから開放してください」

「いや、和風にベンチは合わんからいい」

「……第一、仕事だって残ってるのに」


 困ったように閻魔は言う。

 俺は無責任に言葉にして、空を見上げた。


「大丈夫だろ。『閻魔様を……、……どうか、お願いします……』って凄絶な笑顔で手振ってたし。他にも『なあに、俺達だけですぐ終わらせますよ。今日は娘の誕生日なんだ、とっとと終わらせて帰らなきゃな』とか、『俺、実は三丁目に恋人がいるんすよ、戻ったらプロポーズしようと。もう花束も買ってあったりして……。そっちは閻魔様をお願いします、あの人すぐに無茶して……まあいいや、サァ行くか!』とか言ってたし」

「帰ったら皆死んでたりしませんよね……?」

「……さあな」


 今日も空が青い。


「ま、せっかくの厚意だ。まったりしようぜ」


 職員達の意はこれでもきっちり汲み取ったつもりだ。

 俺としてはこれが一番。

 間違いない。ただ、ちょっと気になることを聞いてみる。


「ヒルダは? どうなった?」

「首謀者の彼女ですか。現在地獄で確保。怪我人が出ましたから、それなりの罪にはなります」


 そうか、と俺は頷いた。まあ、当然ではある。


「まあ、ですが、色々と諦めようで、清々しそうな顔をしてましたよ」

「そいつは良かった」

「本人いわく、『とんでもない理不尽を味わった。何もかも馬鹿らしい』だそうです」

「……そいつは良かった」


 俺のせいか。うん、俺のせいか。


「何したんですか?」


 半眼で、閻魔が聞いてくる。

 俺は言いにくそうに答えた。


「話の途中で、鉄塊でボグシャア……、と」

「……あんまりですね」

「反省はしている」


 まあ、なにはともあれ。


「事件終了、ってことでいいのか? これで」

「問題ありませんよ。難度低下に使っていた祭壇を壊したので、悪魔ももう皆帰りました。いつもどおりの地獄です」

「故に、こうしてベンチでうだうだすることも可能なわけだ」


 ずるー、と、俺はベンチから微妙にずり落ちる。

 そして、また元の姿勢へと戻し、ふと、気になった。

 そういえばこの状態。

 この状態は。


「でもこれ、はたから見たら援助交際に見えるのかねー……」

「えっ、えんじょっ……、そんな破廉恥なっ! 風紀の乱れです!!」

「いや、でもなあ、事実に関わらず。お前さんのそれじゃなあ?」


 言って、俺は閻魔のセーラー服を指差した。

 そう、セーラー服だ。まごう事なき。

 紺のセーラーと、スーツの男。これでは明らかに援助交際である。


「しっ、仕方がないでしょう? クロゼットを開けて初めてブレザーとセーラー服しか持ってないことに気が付いたんですから……」


 恥ずかしげに、彼女は言った。


「ん、一応服を選んでくれようとは思ってくれてたのか」

「べっ、別に貴方だからじゃありませんからね? 普通に友人と出かける際の礼儀として……」

「そも、俺意外にお前さんに友人が居るのか」


 あ、涙目になった。

 涙目で睨み付けられて、俺は呟く。


「すまん」

「いいんですよー……、どうせ貴方だけですよー……。でも、それでいいんです」

「まあ、とりあえず。話を戻して。服、もってなかったんか」

「驚いたことに、パジャマとセーラーとブレザーしか」


 それは凄まじい。というかどんな光景だったのだろうか。

 確かにそういえば閻魔の私服姿を見た覚えは無いが。


「なら、あれだ。服でも、買いに行くかー……」


 ベンチは未だに抗いがたい魔力を発しているが、いい加減、別れを告げよう。

 さようならベンチ、また会おう。





















 町の一角。

 象牙色の、黒い縦じまの入ったブラウスに黒い長いスカート。清楚な感じにまとめられた閻魔の服装は、新鮮だった。

 というか、よくよくブレザーとセーラーしか見ていなかったのだ、ということに気が付く。


「その、変じゃないですか?」

「俺の感性は当てにならないけどな。問題はないと思うぞ?」

「なら、十分です」


 閻魔は、照れているのか赤い顔で頷いた。

 久々の私服と言うべきものが、落ち着かないのだろう。


「俺からしてみりゃ、可愛いと思うけどな」


 どっかのお嬢様にしか見えないのだから、本当だ。

 これじゃ、お嬢様と付き人である。

 これが地獄の長である、なんて口が裂けても生きてる人間に紹介できない。


「……十二分です」

「なんか言ったか?」

「な、なんでもありませんよ?」


 何かぼそりと言った閻魔の声を聞き取れず、俺が訪ねると、慌てたように閻魔は否定した。


「でも、買ってもらっちゃって良かったんですか? これでも閻魔ですから、お金はありますよ?」


 そして、そんなことを言ってくる閻魔に、俺は呆れ半分の苦笑いで返す。


「誘ったのもハメたのも俺だから、これくらいは……、つかな、誰かさんが危険給の付く仕事をぽんぽん押し付けるからまあまあ余裕があるんだな、これが」

「うっ……、怒ってますか?」


 恐る恐る、と言った感じで閻魔が問う。

 俺は笑った。にこやかに、はっはっはと。


「怒ってる」

「……ごめんなさい」

「だから、精々仕事押し付けまくった俺に服まで買われて自責の念に駆られて苦しめ」

「ひ、酷いですっ」

「どうする? 昼飯でも奢ってやろうか? 後ろめたさが天井知らずだな」


 俺は笑う。

 対する閻魔は、暫く黙り込んだ。

 そして、彼女は溜息を吐いた。


「どうして、私の周りにはお節介が多いのでしょうか?」

「何のことだか」


 俺は惚けてみせる。

 閻魔はじっと俺を見た。


「仕事を肩代わりしてくれた部下に、無理やりにでも連れ出してくれる友人。私はこの位で別に体を壊したりしませんよ?」


 そして、彼女は俺に背を向ける。

 なるほど、頼もしい背中だった。そこに地獄を背負っているわけだ。

 だが。


「別に深いこと考えてるわけじゃあるめーよ」

「ではどんなことを考えてるんですか?」


 俺は苦笑いして答えた。


「皆、お前さんのことが大好きなんだろうさ。だから、要らん気も回す」


 結局、今回の件で一番忙しかったのは閻魔だ。


「そんなもの、なんでしょうか?」

「そんなもんなんだよ」


 好意に理屈だとか、効率だとか、そう言ったもんは関係ないのだ。


「ありがたい限りです」


 そう言って、閻魔は満面の笑みを見せた。

 いつもそうやって笑ってりゃいいのに。閻魔として肩肘はってへの字口でいることもないと思うんだが。


「と、ところでなのですが……。貴方は?」

「俺?」

「貴方は、私を、その……、大好きなんですか?」


 おずおずと、閻魔は問う。

 俺は、上を見上げて口を開いた。


「俺か? 俺はな……」

「は、はいぃ……」


 上ずった声で、緊張しながら答えを待つ閻魔に俺は言った。





「この状況で野郎から素直な事実を返して貰えると思うなよ?」





「……ええぇぇえ?」


 脱力する閻魔に、俺を俺は笑う。


「馬鹿め」

「馬鹿とはなんですかっ!」

「さて、どうすっか。昼飯食って、映画でも見るか?」

「えっ? あっ、あっ、それって、まるで、デート……」


















「……夕飯は、カレーがいいです」

「いきなりなんだ」

「今日は、作ってくれるんでしょう?」

「……まーな」

「だから、カレーが食べたいです」

「どうせなら、外で食っても構わんぞ。美味いと噂のカレー屋があるんだ」

「……貴方のカレーが食べたいんです」

「そこまで言われちゃ、作らんわけにはいかんわな」




















「寝てるな。子供そのままに」


 ソファに座る閻魔を抱え上げ、ベッドまで連れて行く。


「寝てるわね。まるで子供みたいに」


 隣にいるのは由比紀だ。いつの間にか帰ってきていた。

 時刻はまだ十時。よほど疲れていたんだろう。


「ありがとね、美沙希ちゃんを休ませてくれて。三日くらい寝てなかったみたいなのよ」

「そうかい」

「けど、それにしてもよく見てるのね。美沙希ちゃんが疲れてるの、話に聞いて初めて知ったわ」


 そんな言葉に俺は、眉間に皺を寄せて言ってやった。。


「……俺は、こいつのおかんだからな」


 後ろから、噛み殺した笑いが聞こえる。

 失礼なやつだ。


「薬師さぁん……。貴方は私の婚約者……です……から」


 夢の中でも面倒を押し付けている困った閻魔をベッドに横たえ。


「……美沙希って、呼んでください……」


 苦笑一つ、俺はそこを後にした。


「おやすみ、美沙希」
























―――
シリアスは前回で完全終了って言ってましたが、微妙に嘘でした。
というかヒルダの事についてとか語ってなかったりしてました。
今回で完全に平常運行に戻ります。









返信



通りすがり六世様

由壱も遂に春です。人生の墓場までまず間違いなくまっしぐらですね。薬師よりも間違いなく早く。
どちらかが告白するか、もしくは葵が由壱に告白の確認をするだけでチェックメイトですから。どう考えても両想い。
どうやら、モテてないこともないのかもしれませんが、とりあえず、好きな子を見つけてこれだ、と行動できるほどには薬師じゃなかったみたいです。
鬼兵衛もすぐ孫の顔が見れますねきっと。鬼のクォーター。


SEVEN様

由壱と薬師が結婚すれば最強なんじゃないかと一瞬考えた私が居ます。しかし色々アウトだ。薬師がせめて女だったら……。
そして、薬師家の勢力図を見るに凄まじいところに至ってますね。今回で鬼兵衛も勢力内になりかねないし、前回は太陽神だし。そろそろ世界を滅ぼしかねない面子です。
角に関しては……、きっと角に感覚がある鬼もいますよ。鬼兵衛とか。
とりあえず、くっつきそうでくっつかない二人ですが、今後に期待です。由壱はどう攻めるのか。結局ドSなのか。


奇々怪々様

偶然にも出払っていたのか、それとも銀子あたりは引きこもってて気が付かなかったのか、そもそも由壱は家族に紹介することになることとわかって行動していたのか。
見つかったら見つかったで周りが関係を確定させるだろう、という計算で動いていたのだとしたら由壱恐ろしい子。
とりあえず、由壱はSなんじゃないか疑惑は晴れません。というかどう考えてもMの人ではない。
ただ、年頃の少年らしい所もあるのでニヤニヤポイントは高い模様。頑張れ由壱。むしろ葵さんのが鈍感なのかもしれない。

春都様

由壱は建てるだけ建てる薬師とは格が違った! いや、同じレベルだったらすごいアレですけど。
葵は、ステレオツンデレと見せかけて、デレツンでした。というかランダムで。
突発的且つ、無秩序にデレが飛び出します。頭で考えれば考えるほど口は素直になっていくと言う。
鬼兵衛は浮気したんじゃないんですっ、ちょっと人生の袋小路に入り込んだだけで……。


migva様

青いアイツの娘は青いあの子でした。言及だけは十話くらいからされていたのですが、遂に登場。
もうこの空気なら結婚しても問題ない気がします。というかどう考えても問題ないです本当にありがとうございました。
さすが、建築と回収のハイブリット。建築から回収までが一行程のダブルアクションです。撃鉄起こすだけ起こして引き金引かない薬師とは比べ物にならないハイクオリティ。
とりあえず、鬼兵衛が娘はやらんとか言ったら娘にぶん殴られるんじゃないかなという所までは考えました。














最後に。


死亡フラグを立てた最後の男は明らかにパトリック・ジェームズ。



[20629] 其の五十五 俺と死亡遊戯。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d06de292
Date: 2011/01/29 20:36
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 休み。休みである。

 正月も返上し、ひたすらに悪魔をボグシャアし続けた努力が報われて、遂に俺は休みを手に入れた。

 まあ、足し引き零、といっても差し支えないが。結局利益に繋がったのは危険手当くらいだ。

 いくら先立つものは必要と言ったものの、すぐに必要になるわけでなし。


「……眠い」


 だからこそ、さしたる利益もないからこそ、休みを全力で楽しませてもらおうと思う。

 縁側でごろごろと。

 まずは昼夜の逆転である。夜はゲームに勤しみ、朝は寝る。そして昼もごろごろとまったりして過ごす。

 俺は貝かニートになりたい。


「薬師様、お茶です」

「おう」


 縁側で胡坐を掻く俺の隣に、ことり、と音を立てて湯のみが置かれた。

 いつの間にか、藍音が隣にやってきている。


「いい天気ですね」


 当たり障りのない世間話だが、まあ、確かにその通りだ、と俺は同意した。


「おー、最近あったかくていいな」

「しかし、このようないい天気に縁側で安閑とするだけと言うのは勿体無い気がしますが」


 それは俺に働けと言っているのか。


「なんか含みのある物言いだな」


 俺は隣の藍音を見る。

 いつもと変わらぬ無表情だが、なにかろくでもないことを考えている顔だ。


「遊びに興じてみるのが吉かと」


 そんな顔のまま、藍音は言う。


「どんな遊びに興じればいいんだ?」


 とりあえず、現状じゃ判断付かんので乗ってみた。

 すると、藍音は言うのだ。


「こんないい天気の日はメイドで遊ぶのがお勧めです」

「……『で』ってなんだ」


 ほら、やっぱりろくでもない。


「そのままの意味ですが。中でも、メイド転がしが旬です」


 しれっと言ってのける藍音に、俺は半眼を向けた。


「どんな遊びだよ」


 ついでに旬ってなんだよ。

 そんな俺の問いに、表情を変えることもなく、いけしゃあしゃあと藍音は言った。


「メイドを転がして玩ぶのです。もちろん、――ベッドの上で」

「うわあ、休日にごろごろしてるより不健康だっ」

「いい運動になります」

「……お前さん。さてはお前さんも暇なんだな?」

「いえ、そんなことは。ですが、薬師様のためとあらばもろ肌脱ぎます」

「いやそれはおかしい」


 多分、藍音は暇なのだ。間違いない。これはそういうときの顔だ。

 仕事を終えて暇だからって、俺『で』遊ぶのはやめてほしいのだが。


「それで、遊びますか?」

「明るいうちからそりゃねーだろ」

「夜ならあり、と。分かりました、それまでに肌を磨いておきます」

「待てい」

「なんでしょう。お風呂に入らない方が好みな匂いフェチというやつでしたらそのように」

「夜もやりません。やりません」

「残念です」


 俺は丁重に藍音の誘いを断る。果たして断りきるまでどれくらい掛かるだろうか。

 そんな時だった。

 玄関の方から間抜けな呼び鈴の音。

 来客だ。

 ある意味助かった。これ以上会話を続けても、ろくなことにはならなかったであろう。


「来客のようなので、失礼します」

「おう」


 藍音が立ち上がり、歩いていく。

 来客に心当たりは無いが、なんだろうか。

 まあ、どうせ販売かなんかだろう。冬、雪や氷の上でも構わず自転車に乗り乳酸菌飲料売りに来る猛者たちとか。

 どうでもいいか。

 そう考えて縁側に横になると、少し経って足音が聞こえてきた。

 藍音が戻ってきたのか。やはりよほど暇なんだな。

 ただ、メイドで遊ぶのは御免なので、藍音が何か言う前に俺は声を上げる。


「藍音か? 俺はベッドの上でメイドを玩んだりせんからな?」


 俺はどうこう言われる前に先手を打った。

 つもりだった。


「薬師……? それはどういうことかな?」


 藍音ではない。

 繰り返す、藍音ではない。

 俺の心中のどこかにある警報が鳴り響き、俺は後ろを振り向いた。


「げぇっ! 前さん!?」


 ……俺の警報はどうやら銅鑼だったらしい。












其の五十五 俺と死亡遊戯。












「……げぇっ、ってなにさ」

「いや、流れ的に、どうしても」


 縁側にごろごろとする俺を、前さんは見下ろすようにして仁王立ち。


「まあいいや、それよりも」

「前さんや、怒ってる?」

「いや全然」


 前さんは輝かしくも眩しいまでの笑顔で言ってくれた。

 ……直視できねー……。


「何かしたかね、俺」


 ぽつりと零す。明らかに不機嫌だ。

 今ならば黒い靄のようなものを目視することができる。


「ねえ薬師」

「はい」


 あ、もしかしてこれ正座しないと駄目か? そんな空気か?


「薬師の仕事ってなんだっけ?」

「……河原で石積みです、サー」


 この場合って、マムか? いや、どうでもいいけれど。

 前さんの話は続く。


「ここ暫く、何やってたのかな?」

「えー……、あー……、悪魔祓いに候?」


 確かに、本業をおろそかにしていたかもしれない。

 しかし、それは半分は閻魔のせいであって……。

 ちくしょう、次の閻魔の夕飯、絶対にピーマンの肉詰めにしてやる……。むしろピーマンのピーマン詰めのピーマン添えにしてやる。

 まあ、そんな閻魔への感情の発露は置いておいて、俺は前さんを見た。


「薬師……!」


 感じる……、禍々しい空気を……。

 我に怒りを忘れている……! 間違えた。怒りに我を忘れている。怒りを忘れてどうするんだ。

 ともかく、そんな空気。

 だが。


「怪我とか、……してない?」


 しかし、そんな空気は一瞬にして消え去った。

 あ、心配されてたのか、俺。

 なんか申し訳ない。前さんの気遣いが身に沁みるぜ。


「この通り」


 できるだけ軽薄そうに笑って、俺はぽんぽんと肩の辺りを叩き、胡坐をかいたまま前さんを見上げた。

 前さんもなんというか不器用だな、うん。

 そんな前さんにできるだけ心配掛けたくないので、できる限りの大丈夫っぷりと示してみるのだが。


「本当に?」


 俺に前さんは疑わしげに視線を向けてきた。

 なんで俺はそんなにも信用がないのであろうか。


「薬師って骨が折れても暫く気付かないままだったりしそうじゃん」


 失礼な。俺はそんなに鈍くないぞ。

 ……鈍くないぞ。


「なんなら脱いで確かめてみるか?」


 別に俺自身でも自信が無くなってきたわけではない。決して。

 決して実は背中に破片とか刺さってたりしないだろうか、とか考えているわけじゃない。

 刺さってたら新しいふぁっしょんだ、と言い張っておこう。


「え、あ、あ。いいよ! うん!? 見てあげる!!」


 着流しの黒い着物の帯から上を、半ば脱ぐようにして下ろす。


「あ、わ、わ」

「どうだ?」


 とりあえず座ったまま背中を見せる。流石に前面なら自分で見て分かるだろう、と。


「おっきい……」

「前さん?」

「あっ、うんっ、ゴメン。ちょっと、触るね?」


 ぺたりと、俺の背に前さんの手が触れる。

 予想以上にひんやりとした手だった。


「痛かったら言ってよ?」

「多分んなことたねーと思うがな」


 多分ない。気にしてみても痛みはないから多分大丈夫。俺、鈍くない、そんなに。

 ぺたぺたと触られるが、それも痛くはない。


「特に問題はなさそうだな」


 うむ、と俺は頷き、答えが返ってくる。


「そのようですね」


 声は、何故か前から響いてきた。

 考えるまでもなくこの声は藍音。

 藍音がいつの間にか目の前に居て、縁側の外の庭から俺の腹をぺたぺたと触ってきている。


「いつの間に」

「貴方の知らぬ間に」


 至極当然のような顔で藍音は言った。


「藍音っ? 来てたの?」


 ひょっこりと、俺の背中から、前さんが顔を出す。


「はい。しかし、残念です」

「え、なにが?」

「来ていただいて申し訳ないのですが、これからいつものように薬師様と、互いに全裸でマッサージする予定がありまして」

「うわあ、涼しい顔で事実が捏造されたっ!」


 そんなことは一回もしてないぞ。

 しかし、互いに全裸でマッサージって非常にいかがわしい響きだなおい。

 そして前さん、汚物を見つめるような瞳はやめてくれ。心に突き刺さるから。


「やってないぞ」

「本当に……?」


 そう聞いた前さんは藍音のほうを見つめた。あ、俺は信用ないですかそうですか。


「……はい、やってません」


 そして藍音何故そこで目を伏せ悲しげな顔をするんだこの野郎が。

 俺が爆死するぞいいのか。

 これは俺が不潔だと撲殺される気が……、と思ったら前さんは徐に溜息。


「まあ、薬師のことだから本当にやっててもアレな方向には発展しないんだろうけど」

「むしろ不感症に効くツボを本格的に試してみるべきかと」


 あれ、これって俺貶されてるんだろうか。それとも信用されてんのか。


「まあ、それはさておきですが、これから薬師様にマッサージをいたしますが……」


 それは確定なのか。

 まあ、鉄塊振り回して疲れてるから助かるし、いいのだが。


「あ、ダメっ」


 しかし、まあ、前さんに用事があるのに、帰してすることでもないか。

 むしろ前さんの用事が済んでからのほうが万事丸く収まるはず。


「なぜでしょう」

「えっと、それはあれ。その、約束があって」

「どのような?」


 はて、なにか約束してたっけか。

 と、考える俺の後ろから。


「薬師は私と……えー、あー。うんと……、つ、つ……、えーと」

「つ?」


 前さんは言った。


「ツイスターゲームするんだからっ!!」

「いや、持ってないだろ」

「ありますが」

「何故!?」

「蔵に入ってました」


 うちの蔵怖い。



















「赤……、赤、あった!」

「ちょ、待った前さん。関節決まってる、腕折れる腕折れる」


 そんなこんなでなぜか始まったツイスターゲーム。

 なんでそんな悟りきった顔で審判を努めてるんだ由壱め。お前も混ざれ。


「緑ですか」


 そして、何食わぬ顔で混ざっている藍音。前さんが二人でやるのはアレだから、と参加することになった。

 アレってなんだ。


「もが、藍音さんや、苦しいんだが」

「……当てているのです」


 阿鼻叫喚、地獄絵図ツイスターゲームである。

 俺もツイスターゲームで窒息死かぁ……。


「薬師っ、次青だって!」

「俺の手伸びねーかなー……、こう、みょーんと」


 青が遠い。

 俺の左腕はがっちりと前さんにホールドされており、動いたら関節が増えるか外れるかしかねん。

 だから、俺の右腕を伸ばしても届きそうにない。


「薬師様、薬師様。名案があります」

「なんだ」

「私のメイド服は青いです」

「だから?」

「エプロンの下を鷲掴みにすれば特例的に許されるかと」


 さあどうぞ、と藍音が胸を押し付けてくる。

 そんな特例ねーよ。と言う前に前さんが声を上げた。


「あっ、それだったら私のズボンも青いからっ!」


 あ、前さん的にはありなんだその特例。

 確かに前さんの、あれだ。ホットパンツとか言うのも青いからまあ、色は合う。

 しかし。

 尻か。

 胸か。

 前さんの体勢的に腰には手が届かん。必然的に尻。

 藍音は胸を前面に押し出しているせいで、必然的に胸。

 さあ、どっちだ。

 二者択一。どちらにせよ死ぬ気がするが。

 だが、俺は選んだ。


「せっかくだから、俺は腕が折れる方を選ぶぜ!!」


 俺の腕から、奇怪な音が鳴り響いた。

















「えと、大丈夫?」

「折れてない。大丈夫、折れてない」


 変な方向に腕は曲がってない。

 前さんが、俺の左腕を擦ってくれている。


「辛かったら言ってね? なんでも手伝うから」

「それは私の仕事でもありますので。むしろ介護しましょう。積極的に」


 藍音は俺の右隣に座っている。

 結局、ツイスターゲームは放棄され、俺達は縁側に戻ってきていた。


「ツイスターゲームは人外がやるには恐ろしいゲームだ。うん」

「そうだね……」


 由壱が混ざっていたら挽肉だっただろう。うん、混ざらなくて良かったな。


「さて、ではマッサージですが。"前"もやっていきますか?」

「え、いいの?」

「先刻のは冗談です。マッサージするにせよしないにせよ、お好きなだけ、ごゆっくり」

「ありがと」


 俺の隣で繰り広げられる会話。

 なんか通じ合ってる。ちょっとした疎外感。

 間に挟まってるのに疎外感とかやるな。


「うん、でも今、ちょっと眠くって……」


 そう言って、前さんは眠そうに目蓋を瞬かせる。

 確かに眠そうだ。

 と、思ったら。


「ん……」


 前さんの頭が俺の肩に乗る。


「ん、前さん?」


 返事はない。

 寝たのか、狸寝入りか。

 まあ、いいか、と思ったら右から声が。


「……私も眠くなってまいりました」

「はい?」


 右肩にも、重量。


「おい、藍音? お前さんは狸寝入りだな? わかってんぞ?」


 しかし、答えはなかった。

 両肩に、頭を乗せられ、居心地が悪い。なんとなく落ち着かない。


「あはは、兄さん、大変そうだね」


 丁度よく通りかかった由壱が笑っている。


「助けろ」

「ごめん、忙しい」


 由壱はそのまま去っていってしまった。

 くそ、薄情な弟だぜ。

 しかし、俺も眠くなってきた……、な……。


「ははは、仲いいね」


 由壱は年上の女の尻に敷かれろ。











 起きたらなんか膝の上に由美が寝ていたというのは、余談である。



















―――
なんとなく前さん。ついでに藍音さん。
シリアスも終わったし、まずは代表的な二大ヒロインから。
次はビーチェあたりを出したいと思ったり。




ちょっとしたお知らせですが、今週の土日にパソコンが使えなくなる可能性があり、次回の更新は月曜日か火曜日になりそうです。何卒ご了承下さい。

高速で完成させることに成功できたら金曜に更新したいとは思いますが、多分無理です。














返信


山岡様

PJのフラグ回収っぷりは異常です。彼のおかげで0が一番心に残ってます。
サァ逝くか! 喋らなかったら死ななかったろうに。
そして、結局あまりシリアスの似合わない男、薬師。
脱力してふにゃふにゃしてるのが一番似合うんじゃないかと思います。


黒茶色様

由壱、薬師の弟の座は伊達じゃない!とりあえず女の子の前なら性能が当社比2,7倍。
頭の回転速度は十二割増しです。女の子の前だととりあえず格好つけちゃうんです
ヒルダ氏の次回の出演予定は未定です。どこまでもかわいそうな人。
まあ、見た目は援助交際ですが、中身はおかんと娘ですからね。合法ですね、はい。というか援助してるの閻魔っていう。


奇々怪々様

山崎君は、きっとまた出ます。多分。個人的に好きなだけなんですけども。
しかし、閻魔があうあうあー、とか言っちゃうとなると腹芸とか苦手そうだけど地獄大丈夫なんでしょうか。
そして、地獄で死亡フラグ建てても、きっとアレですね。極太レーザーの直撃を受けてもとりあえず死にはしないという。さすが地獄。消滅するしかない。
んで、閻魔宅には制服かパジャマしかないです。おととしの制服は要らないから捨てられました。薬師に。カビが生えていたので。


通りすがり六世様

鬼兵衛の娘の話が出たのが大体十話ちょっと位。そして出てきたのがここですからね。紆余曲折こんなところです。
由壱の初陣のパートナーは酒呑か鬼兵衛という話もありましたがあまりに華がなくて却下されました。
山崎君は……、女の子への贈答品に間違いなくキレイ系ブロンズランスとか選ぶからアウトです。間違いない。
部下達は、帰った頃には死屍累々でしたが、命に別状もなく、きょうもひいひい言ってます。


志之司 琳様

風邪ですか。気を付けます。最近寒くて恐ろしいです。

俺と日常。

由壱さんマジパネェ回でした。今時の若者はキレると何言い出すかわかりませんね。由壱的にはラブとかライクとかその他諸々篭りに篭った発露だったんじゃないかと。
薬師は、奇跡的にフラグ建てませんでした。奇跡的に。面倒くさいのは嫌いじゃないと言っておきながら面倒くさそうなのでばっさり。
ただ、山崎君とは共に死線を越えた戦友ですからね。いつの日かダウナー系の彼を落とすセクシーバックラーとか装備してくるでしょう。

由壱と葵の愛の劇場。

というか、葵って、別に単品ならいいけど、青野葵はあんまりじゃないだろうか、適当すぎやしないか鬼兵衛。多分本人的にはフルネームで呼ばれるのは嫌いだと。
青鬼さんの知らない所で娘は貰われていきましたが、鬼兵衛的には如何様な心境なのか。ねえ、どんな気分? ねぇねぇ。どんな気分? と、周りをぐるぐる回りたいです。
由壱は、大天狗とは違うはず。多分。少なくとも葵さんとくっつくでしょう。薬師よりは早く。優しさでフラグを建てないとも限らないけど。

援助交際。

閻魔とは……、奪衣婆と並ぶ地獄最高峰の萌えキャラです(キリッ
美沙希ちゃんは働きすぎることによって隙ができて萌えにつながり薬師に付け込まれるということを自覚した方がいいと思います。そして、あの後薬師は由比紀に娘=美沙希。父=薬師。母=由比紀。みたいなこと言って赤くして帰ったんでしょう。
まあ、美沙希ちゃんと薬師ならば、『めんどくせーから、嘘の婚約本当にするかー』→『え、あ、いいんですか?』→『リンゴーン』になる確立は十分あると思います。


SEVEN様

PJの回収能力ならきっと次元が捻じ曲がってレーザーが飛んできます。もしくは作業メンバーの誰かが魔力的な何かで暴発するとか。
さすが地獄。突如レーザー灼熱地獄です。いつでもよう相棒、生きてるか状態です。
美沙希ちゃんが規律に厳しいからそれに合わせて美沙希ちゃん大好きな紳士達が規律を愛する状況。閻魔が白といえば黒いものも白くなる。まさに美沙希ちゃんの匙加減一つ。スカート丈の数センチが地獄を決めます。
そして、生まれてから果たして幾星霜っていう女を光源氏とか新しい。でも明らかに育ててます。














最後に。

ツイスターゲームって……こんなゲームだっけ。



[20629] 其の五十六 俺とお前の遠距離恋愛。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e98fcddc
Date: 2011/01/29 20:34
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





 放課後の教室に、物憂げに外を見つめる女性とが一人。


「先生……」


 呟いたのは眼鏡の彼女。

 学校の三階から、グラウンドで荷物を運んでいるスーツの男を彼女は、熱っぽい視線で見つめていた。


「なにしてるんだろ、先生」


 物憂げな仕草。

 黒光りする鉄の筒ががちゃりと音を鳴らした。

 彼女の名はベアトリーチェ・チェンチ。

 立てばゲリラ。

 歩けば歩兵。

 座る姿はスナイパー。

 窓からライフルを突き出し、そのスコープの向こうの男を見つめる姿は。


「せんせい……」


 まさに狙撃手そのものだった。












其の五十六 俺とお前の遠距離恋愛ガンファイト











 殺気っ……!?

 学校宛ての荷物のダンボールを運んでいる最中、俺は背筋の凍るような何かを感じて、ばっとあたりを見渡した。

 校舎だ。校舎内が怪しい。

 ふと見た校舎の三回に、光る何か。

 黒い暴力的な筒と、光る照準。鉄砲だ、狙撃銃だ、ビーチェだ。

 なんだビーチェか。

 ……って待て待て待て。なんで三階から俺を狙ってるんだ。

 ついに俺の心臓を討ち取りに来たのか?

 いや、流石にないだろう。うん。流石のビーチェといえど白昼堂々暗殺に走らないはずだ。

 ドンッ!

 今、銃弾が頬を掠めた気がするが気のせいだ。


『せ、先生と目が合っちゃった』


 ああ、うん。照準越しにね。

 風によって届けられた声に、冷や汗一つ。

 目が合っただけで撃ち殺されるのか。

 目撃されたら生かしておけない口封じですかそうですか。

 いやまあ、見た感じ引き金に掛かった指が驚いて引かれただけのようだが、ちゃんと安全装置は掛けておこう。

 あと、撃たない時は引き金に指を掛けるな。薬師お兄さんとの約束だ。

 しかし、棒立ちしている場合ではない。第一射が照準合わせの試射だとしたら、第二射からは外れない。


「とりあえず遮蔽物の多そうな所に逃げよう」


 まあ、とりあえず校舎の中だ。

 流石のビーチェといえど、床二つを突き抜けて狙撃とは行くまい。

 しかし、最近のビーチェはなにかよそよそしい。

 悪魔召喚があって以来だろうか。彼女とは、暫く会っていない。

 ところどころできらりと光る照準器の気配はあっても、姿は現さない。今日のように。

 俺は何かしたのだろうか。

 心当たりはない。流石に唐突に狙撃される心当たりもない。

 できれば、どうにかしたい。

 そんなことを考えながら、俺は校舎の中へと走った。



















「あれ、先生行っちゃいました」


 スコープの向こうの薬師は見えない。

 先ほど真昼間から狙撃銃をぶっぱなしたことなどなんのその。乙女の前には皆陣裂れてそこに在るのだ。


(また……、出てくるかな?)


 使用している銃器が対物狙撃銃、アンチマテリアルライフルの類だったことからも、乙女の本気具合が見て取れる。

 豆鉄砲じゃ大天狗なんて落とせないゼ、ということか。まあ、バイポッドでの伏せ撃ちを前提とする反動の強い大口径の銃だったがために、誤射によって薬師の頭が吹き飛ぶことはなかったのだが。

 ともあれ、ビーチェは、ひたすらに、獲物を待つスナイパーが如く、スコープを覗き、レティクルの向こうに薬師が写るのを息さえ殺して待ち続ける。

 違う、アレじゃない、と待ち続けること数分。


「おいビーチェ」


 獲物は後ろからやってきた。


「ひぇあはいっ!?」


 奇声を上げて振り返るビーチェ。

 手を離した勢いで対物狙撃銃は階下へ落ちていったがそれどころではない。

 でかい銃が降って来た! ひろしに当たったぞ!! しっかりしろ、意識を失うな! 救急車!! 衛生兵! 衛生兵!! メーデーメーデーメーデー!! メディーックッ!!

 階下が騒がしいが、気にも止まらなかった。

 乙女の危機の方が肝心だ。


「せ、先生……」

「久しぶりだな」


 気安く、薬師は教室の入り口で片手を挙げた。

 その実、いつ撃ってくるかと内心厳戒態勢ではあるが。

 薬師だって、悪気はないのはわかっているが、当たったら洒落にならない。当たったら痛い。


「せ、先生っ」

「なんだ?」

「今日もいいお天気ですね!」


 ビーチェは突如、まるで当然であるかのごとく会話を始める。

 しかし、どう考えても対物狙撃銃を落とした後にいつもどおりに戻るのは不可能だということにビーチェは気が付いた方がいい。


「今日の天気は血の雨じゃないのか」


 とは薬師の心からの言葉である。

 対するビーチェは意味がわからない、と言った顔。

 薬師の皮肉も、一切通用することはなかった。


「今日は先生に会えたのでラッキーですっ、では、失礼しますねっ」


 そう言って、気まずそうに立ち去ろうとするビーチェ。


「先生は銃の弾が当たらなかったことに幸運を感じるべきか、銃を撃たれる環境にあることを不運とするか悩みどころです」


 げんなりと、薬師が呟く。


「なあビーチェ」


 そして、薬師は猛然とビーチェに歩み寄った。


「は、はいっ」


 立ち去るつもりだった、緊張気味のビーチェは戸惑った声を上げる。

 放課後の誰もいない教室。そこで想い人と二人きり。

 中々に心臓の高鳴るシチュエーションだった。薬師としても、別の意味で心臓によろしくなかったが。

 薬師はビーチェの眼前まで迫ると、言う。


「少し、じっとしてろ」


 そして徐に、ビーチェの服を掴んだ。

 今日のビーチェはワイシャツの上にカーディガン、そしてロングスカートと言う姿。


(えっ、あ。まさか、先生の方からなんてっ。そ、そんな強引な……、でも)


 一人戸惑うビーチェを他所に、薬師はカーディガンを捲る。

 そして。

 ゴトリ。

 黒光りする鉄の何かが、ビーチェの肩から床に落ちた。

 無論、オートマチックのハンドガンである。


「……ああ、うん」


 分かっていた。と、表情で語り、薬師はもう片方の肩を叩く。

 ゴトリ。

 ビーチェの名誉のために記しておくが、オートマチックのハンドガンではない。彼女と言えど、そんな物騒なものを二つ持ち込むような感性ではない。

 リボルバーだった。

 そして、薬師は次にビーチェの太股の辺りに手を伸ばす。

 ともすればセクハラの現場だが、薬師の手に伝わる感触は太股の柔らかいそれではなく。

 硬い何かだった。手を出すには、あまりにムード満点過ぎる。


「……ははっ、銃器を学校に持ち込むのは校則違反じゃないかー」


 そう言った薬師の表情は、なんとも奇妙で珍妙なもの。

 銃器の所持は校則で済むレベルではないのだが、薬師的には校則で片付けたかったようだ。まあ、誰だって教え子を通報なんて真似、できればしたくない。面倒くさい。

 そして、薬師がメモのようなものを取り出した。教員に渡される黒い革のものだ。

 中には校則などの注意事項が書かれている。その中の一つを薬師は読み上げた。


「えーと、ふむ。学校に必要以上に不要なものを持ち込んだ場合は……、必要以上に不要なものってなんだ」


 あったらいいな位の物は許可されるらしい。ただし、銃器はその限りではない。


「……発見した教師と半年間交換日記を行う。誰が決めたんだこの校則っ!」


 ビシィッ、と薬師は手帳を地面に叩き付けた。

 そのあといそいそと拾いなおしたが。


「えと、ふつつかものですが……」


 まあ、確かにかかわりの薄い禿げた教頭あたりと交換日記だったら辛いものがあるが、想い人との交換日記。

 ビーチェ的にはありだった。

 しかし。


「よし、俺は何も見なかった。物分りのいい教師のふりで今回は見逃してやるから次回から持ってこないように」


 薬師的にはなしだったらしい。


「え……」


 日記を書きたくない。その一心で薬師は物分りのいい生徒受けしそうな教師となった。

 これからは多少の校則違反の持ち物くらい笑って許す、そんな笑顔。


「じゅ、銃はだめ、ですか……?」


 しかし、そんな薬師の心を持ってしても許せないものがあったらしい。武器の類だ。主に命が危ないから。


「駄目だ」


 ただ、ビーチェとしては困る。お守りのようなものだ。お守りにするな、という言葉は吐いた瞬間ご利益満点のお守りの効力で眉間に穴が空くので無意味だ。


「じゃ、じゃあ、ボウガンなら!」


 平時じゃ、危険度はさほど変わりません。ボウガンと銃は。どっちも遠距離武器で一括りだ。


「駄目だ、駄目です、駄目絶対」

「それなら……、吹き矢は」


 随分とローテクである。

 だが、薬師は苦い顔をした。


「お前さんそんなもんまで使えんのか。でも駄目だ」

「なら、ナイフは……」

「無理」

「刃渡り二十センチ以下のものを使いますし、数も五本に絞りますからっ」


 そういう問題ではない。


「駄目デース」


 薬師はもう日本語の発音が怪しくなるくらい勘弁して欲しそうな顔をする。何故なら刺されるのは薬師だからだ。

 ビーチェは前科持ちであるからして。


「そんな……」


 彼女は絶望の表情を見せる。


「第一、なんで俺を遠巻きから銃器で狙う必要があるんだ。最近、ずっとそうだったよな?」


 そんな中、そもそもの事を、薬師は口にした。

 発端はそれだ。それがなければ薬師もここまでやってくることすらなかったろう。

 そんな問いに、ビーチェは戸惑う。


(それは……、先生が忙しそうだったから)


 彼女は口にしてしまおうかとも考えるが、しかしやめた。

 恩着せがましいことこの上ない。


「まあ、普段から微妙によそよそしいというか、おどおどした態度は目立っちゃいるが」


 しかし、ビーチェは悪魔退治に忙しそうな薬師の邪魔をしないよう、遠巻きから見守っていただけだったのだ。

 狙撃銃担いで。


「……その」


 ビーチェは言葉を濁す。

 ここで訳を話してしまうのは、まるで薬師のせいにしてしまうようで憚られた。

 フラグ立てたのは薬師だから別に誰も構いはしないというのに。


「お前さんは」


 薬師は、それから先問うことはなかった。ここで問い詰めるようなことをしないのが職人芸である。旗立ての。

 ただ、踵を返す。

 ビーチェが思わず手を伸ばしかけるが、後ろを向いているため歯牙にもかけない。

 ビーチェもまた、邪魔してはならない、と手を引っ込めてしまう。

 それに気が付いているのかいないのか。


「未だに敬語を使ってるな。別に、んな必要もねーのに」


 それだけ言って、薬師は片手を挙げた。そしてそのまま去っていく。

 一瞬、意味がわからなくてビーチェは固まる。


(それって……、一体)

「その他も大体、俺は似たようなこと思ってるよ」


 話が繋がっていない。

 ただ、ビーチェはなんとなくどういうことか考えた。


「先生……」


 ここで行かせてしまったら、この先何も掴めないような気がして。


「なんだ?」


 薬師は立ち止まった。

 否、ビーチェにとっては、立ち止まってくれた。

 そして、思い当たる。


「先生っ!」


 ビーチェは、思い切り、後ろから薬師に抱きついた。


「……これでいいのかなっ、こんなのでも、いいのかな?」


 後ろから抱きとめて、ビーチェは上を見上げる。


「遠慮しなくても、いいんだよね?」










 後ろから抱きつかれたりとか、些か予想外の薬師であったが、


「……まあ、いいんでねーの?」


 ――撃たれるよりマシか、と判断した。

 お利口さんである。



「えへへ、せんせぇ……」





 ただし押し倒されてハァハァされた。

 それでも何もなかったのは一重に薬師の努力あってこそだろう。













「先生っ、交換日記しましょう」

「いきなり銃器をバラバラ落としてんじゃねー!」


 それっきり、ビーチェのリミッターが外れたとか何とか。

 その上。


「えへへ、先生が言ったんだからね? 遠慮しなくてもいいって」


 たまにその上暴走するとか。










「えっと、鋼糸は禁止されてなかったと思いますっ」


 あと、結局武器の持ち込みも治らなかった。

























―――
何とか今日は使用可能なので今日投稿。



ビーチェ、覚醒する。まあ、薬師のせいだし仕方ないよね。
ビーチェ本人よる微妙な距離感が排除されました。ヤンデレ度が加速したとも言う。
遠いヤンデレから近いヤンデレに。






黒茶色様

求めても、いいんですよ。人はそういう生き物です。
メイド転がしとか。メイド回しとか。メイド鬼ごっことか。
ロマンを求めないと男は生きていけないんです。
それを心に納めて、静かに追い求めるのが紳士だって友達が言ってました。


通りすがり六世様

前さんの件については、分かりにくい所はちょっと考えて見ます。自分も気になるところだったので、幾らか方法を試してみようかと。
自分は別に汗蒸れとか、匂いとかそっち側の属性に拘りはありませんが、アリだと思います。
ある限りの萌えを幅広くカバーできる守備範囲の広い男になりたいです。
そして、確かに弟の前で行為に至りかねない行為に走るとか拷問以外の何者でもないですね。


恣意様

前さんは日常の人。ここらに至るまでで、なんとなく私の中で確定してきた概念です。
ある種、それ故のメインヒロインでもあります。
いつだって前さんが待ってるんだよ的な空気によって。
ちなみに、あらゆる願いも思うだけなら無罪放免です。思想は自由。静かに空を見上げるのがお勧めです。落ちてきたら教えてください。


zako-human様

二択を突きつけられたら三個目の選択肢を選びたくなるのが薬師。
ただの馬鹿なんです。どう考えても馬鹿です。痛覚すらも馬鹿なんです。
そして、結局三人に囲まれての昼寝。腕一本でそのご褒美ならプラマイでプラスになりますよ。
なんとなくその後背中に憐子さんがくっついたり、頭ににゃん子がへばりついたり、銀子が擦り寄ってたりしそうですが。


志之司 琳様

私も山に行きたいです。純度百パーの天然天狗さんがいたら即座につれて帰りたい。
前さんは、基本的に負けず嫌いな熱血系なので他人が絡むと暴走します。藍音は藍音で、心中前さんを弄ったりするのも楽しいとか思ってるから手に負えない。
ツイスターゲームはアメリカだったかの少年が考えたらしいですね。しかし大天狗様に掛かれば阿鼻叫喚腕がツイストして折れかねない事態に。
男ならとりあえず手を滑らすべきだった。まあ、触ったら触ったで肋骨が折れたやも知れないんですけど。


SEVEN様

プロレスごっこ、柔道などは危険だと思います。特に寝技。夜の技に発展しかねないです。
尚、「なんなら脱いで~」の下りは意識して読み返してみたらそこはかとなくエロかったです。問題ありません。
ついでに、腕が三本なくても、顔に胸を任せ、手は尻へと伸ばせば大団円です。その結果薬師がどうなるかは知りませんが。まあ、人外同士なら互角にやれるというにはやれるんですが、パワー専門の妖怪がいるとメッキメキ。ただ、むしろ前さんの尻を触って後メイドころがしをすれば何の問題もない気もします。


名前なんか(ry様

事件当時は現場がてんやわんやです。前さんも人手が足りなくて巫女さんの仕事させられたりとか。事件終了後は後方がてんやわんや。事後処理で死にます。
ただし、部署に閻魔を置いておけばそれだけでハイってやつになれるので、ドリンク剤いらず。
物憂げに溜息を吐く閻魔様一人で御飯三杯は行けるので食事も簡単で済みます。閻魔様の部署は不眠不休。
そして、これでは北国の人間全てが冬はストーブさえあれば全裸だと思われてしまう……、パンツくらいは着けた方がいい。どこに着用するかは自由です。






最後に。

鋼糸による緊縛プレイでもする気なんでしょうか。



[20629] 其の五十七 俺とシュークリーム。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:fe6520b6
Date: 2011/02/01 23:18
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 その美しさよりも。


「薬師? のう、薬師?」


 燃えるような輝く髪よりも。

 その顔立ちよりも。


「薬師?」


 白い肌よりも。

 その細い体つきよりも。


「返事をせんか、薬師?」


 何よりも――。


『打率三割引』


 変なTシャツで判断する俺がなんかいやだ。












其の五十七 俺とシュークリーム。











 決して野球選手、しかも四番の人に絶対見せられないTシャツに身を包んだ女、魃は無邪気な顔で俺を見ている。


「薬師、返事くらいせんかっ」

「おぅあ? すまん、ぼーっとしてた」


 うちの木造の玄関に、白いTシャツが眩しかった。


「まったく、何をぼーっとしとるんじゃ。そんなだから厄介ごとに巻き込まれるんじゃ」

「そうなのか……!」


 なんてこったい。そうだったのか。

 目から鱗だ。俺は隙だらけだったということか。


「きりっ」

「なんじゃお主」

「いや、厄介ごとに巻き込まれねーようにと」

「口で言ったとてどうしようもなかろうに……、もっとしゃっきりせんか」

「しゃっきり」

「口だけっ!? お主、その間抜け面でどの口がしゃっきりとほざくんじゃ」


 駄目か。俺としゃっきりは水と油のようだ。

 そんなにしゃっきりしてないのかー、と俺は口元を触り、ふと呟く。


「そういや、何しに来たんだ?」


 すると、魃は拗ねたように口を尖らせた。


「来ちゃ悪いかの。どうせお主のことだから、対応めんどくせーとか思ってるんじゃろーがなっ」

「そいつは邪推ってもんだぜお嬢さん。そう斜に構えるもんじゃない」

「いきなり気持ち悪くなった!」


 びしぃ、と魃に指差される。酷い言われようだ。傷つく。

 俺の強化ガラスの心に傷が一つも入らないぜ……、あれ?


「まあ、確かに来客の応対面倒くせーとは思っちゃいるが」

「それ見たことかっ、それ見たことか!」

「でも、まあ、お前さんならいいや」

「えっ……」

「この通り対応が適当でも問題ないからな」

「焼け死ね阿呆」

「焼け死なないぞ阿呆は」

「昼寝してしまえ」

「何故」

「隣町に真っ白な布団が引いてある故な」

「ああ、凍死しろ的な」


 それなら玲衣子ん家行って寝てくるわ。

 しかし、なんとなく口が悪いというかなんというか。

 いいところのお嬢様じゃなかったんだろうか。

 まあ、せっかくの客人。京都式に歓迎してやることにする。


「さて、ご用件を承ろうか。外は寒かっただろう? お茶漬けをだしてやろう」

「いきなり優しい……、と思ったら優しくなかった!」

「俺は優しい、だから帰れ」

「それが優しくないって言ってるのじゃ!」


 だって俺は忙しいのだ。

 これから読書、昼寝、昼寝、昼寝、ゲーム、昼寝、昼寝と予定が埋まってしまっている。

 俺だって不本意だが、これでは魃に帰ってもらうしかないな。


「せっかく土産にいい所のシュークリーム持ってきたというに……」

「よし上がっていきなさい」

「百八十度急変!?」

「お茶を入れてくる」


 俺は、魃に背を向けて、歩き出したのだった。

















「いつ来ても和風じゃのう。ここは」


 居間にて、魃が正座で茶を啜っている。

 見た目こなれた感じがあるが、実際は足元がぷるぷるの状態である。

 見栄はって正座なんかしなきゃいいものを。


「いきなり洋風になってたら嬉しいんか?」

「……困るのう」


 俺だって嫌だ。


「いきなり移動式天幕住居だったらいいのか?」

「モンゴル!?」

「いっそ更地か」

「独創的すぎるわ」


 ジト目で魃が俺を見る。侮蔑の眼差しが心に痛い。

 そして、茶を一度啜ると、魃はしみじみと口にした。


「現状が一番ってことかのう」

「何を分かりきったことを」

「まあ、妾も。現状を気に入っておるよ」

「そいつはいいことだ」

「満足はしておらんが、の」

「そいつもいいことなんじゃないか?」


 人間妖怪関わらず向上心があることはいいことだ。

 まあ、その向上心が下手に周りまで巻き込んで大迷惑なのが大妖怪という生き物なのだが。

 ある術を極めるのに五百人の人間の命が要るとか。世界征服目指すとか。

 魃はんなことしないとは思うが。しかし、そんなことになったらどうせ俺が借り出されて面倒だから本当にやめてくれ。


「まあ、命にさえ関わらないことなら応援するぞ」


 俺が言うと、魃は口元に手を当てて、考えるそぶりを見せた。


「命、関わるかもしれんの」

「……まじですか」


 本格的にやめて頂きたい。太陽神と戦うなど二度も三度もやりたくはない。


「正確には人生、というやつじゃが」

「人生?」

「まあ、とうに死んではいるわけじゃが、その先の運命に関するものじゃよ」


 そう言って、ふっと魃は笑った。

 俺は、深く追求することをやめた。


「まあ、他に迷惑が掛からないようにな」


 魃の儚げな笑みは、俺の言葉で一瞬にして楽しげな笑みに変わる。


「安心せい。お主にしか掛からん」


 俺の命に関わるのか――!

 最近の俺は命狙われすぎじゃあるまいか。


「男、敷居跨げば七人の敵が……」

「おお、一匹見たらうん十匹という奴か」

「それは違うと思うぞ」


 それで行くと俺の敵は黒くてテカテカ光ってる奴らになってしまう。

 それが黒スーツにサングラスの人でも、普通に虫的なアレでも御免被りたい。

 まあ、でもそんなことは置いといて。


「さて、いい加減そろそろシュークリームでも食おうぜ」


 妙に話し込んでしまったが、そろそろ良かろう、と俺は切り出した。

 魃もまた、文句を言うこともなく頷く。


「そうじゃの」


 そう言って、彼女は机の上の箱を開けて、

 ピンポーン。


「来客だ」

「誰じゃ?」

「さぁな」


 最近来客が多いな。















「誰じゃった?」


 居間に戻ってきた俺を見つけ、魃は立ち上がってこちらまでやってきた。


「季節に関わらず、どんな悪路においても愛車に乗って乳酸菌飲料を売りに来る危険な女だった」

「恐ろしいのう……」


 呟く魃。

 彼女は、俺へと向かって思い出したように手を振るった。


「ああ、そういえばシュークリームじゃ。ほれ」

「お前さん、食べ物を投げて寄越すな、っと、あ」


 ふわりと飛んできたシュークリームを、俺は掴み損ねた。

 指先だけが少し触れて、シュークリームが浮き上がる。


「おっと、っと」


 それを追って手を動かすが、絶妙に手に収まらない。

 シュークリームが俺の手の上で跳ねていた。


「っとっと」


 そして、更に落ちそうになったシュークリームに上向き気味の右拳を当てる。

 浮き上がるシュークリーム。

 時間が静止したかと思うほどゆっくりとそれは浮かび上がり。


「……タイラン、レイブ!!」


 気が付いたら俺は、そんなシュークリームに左拳を放っていた。

 飛び散るクリーム。直撃する魃。

 昨日格ゲーで徹夜したせいだな、うん。眠かったんだ。


「……」

「……すまん、ついうっかり覚醒必殺技が」

「ついうっかりじゃないわ!」


 魃は顔からクリームを滴らせ、俺をにらみつけた。


「阿呆! 阿呆!! ばかっ!!」

「どんどんと罵りに知性が感じられなくなっているな」


 ぼすん、と胸を叩かれる。

 そこからは何度も。

 痛くは無いがなんだか心が痛かった。


「悪かった」


 言って俺は両手を上げた。降参だ、お手上げである。

 若気の至りだ。全面的に俺が悪かった。

 シュークリームを投げ渡さなければこんなことには、というのは口にしないのが男である。燃やされそうだから。

 まあ、乙女(仮)の顔をクリームでべったべたにしてしまった罪はそれを差し引いたって大きいのではないだろうか奥さん。


「もう、よい……」

「とりあえず、シャワーでも浴びていけよ」


 消沈する魃の手を引き、風呂の脱衣所まで連れて行く。


「ほれ、風呂場にあるのは適当なの使っていいからな」


 言って、俺は手ぬぐいやら必要そうなものを出して渡す。


「……そうさせてもらおう」

「そいじゃ」


 俺は部屋の外へ出た。

 必要以上の滞在は危険だ。焼かれる。

 そう思って、俺は扉の前にて魃を待つことにした。

 扉の開く音が聞こえて、俺は魃が風呂場に入ったことを知る。

 そして、一分やそこら経ったろうか。

 一向にシャワーの音が聞こえないと思ったら。


「薬師ーっ、おるかーっ?」

「なんだ?」


 扉二つ挟んで若干くぐもった声が聞こえ、俺は脱衣所に誰もいないことを確認してそこへ入る。

 すると、もう一枚の扉の向こうの魃は言った。


「シャワーって、どう使うんじゃ?」

「この箱入り娘が」


 まさか、シャワーを使ったことがないのであろうか。


「お前さん前、普通に風呂入っていったろうに」

「お湯が張ってあるからシャワーなんぞいらんじゃろ」


 うわあ、エコだね。


「で、どうやって使うのじゃ?」

「そんなもん簡単だ。下の方の取っ手を赤子の手を捻るようにだな」

「赤子の手を捻ったことがないからよくわからんが、この辺の取っ手を捻ればいいんじゃな?」

「多分な」


 中を知ることができない俺にはわからないが、とりあえず肯定しておいた。

 そして、きゅ、と取っ手を捻る音が響き。

 続いて、どたどたと、人体が動く音が鳴った。


「冷たっ! 冷たいぞ薬師っ、嘘吐きめ!!」

「まあ落ち着け、落ち着いて温度調節の取っ手をだな」

「分からぬっ」


 ばっさりと、清々しいくらいに、いっそ男らしく、魃は言い切った。

 そして、追い詰められたかのように、彼女は言う。


「お、おお、お主、入って来い!」

「はい?」

「入ってきてこれを何とかするのじゃっ」


 その言葉は、正気と呼ぶにはあまりにも、おかしい。


「本気か?」


 俺が問うと、魃も気が付いたらしい。


「は、破廉恥なっ。えっちじゃっ、エロ天狗めっ」

「お前さんが言ったんじゃねーか」

「しっ、しかしじゃのう……。お、お主、目隠しで入って来い」


 そこまでなのか。


「あ、あれじゃぞ? お主の得意な風で感知とかもなしじゃぞっ?」


 あ、それまで禁止されるのか。んなことになったら俺が入っても役に立たん気がするが。


「は、早くっ。寒いのじゃ……!」


 そう言われちゃ仕方ない。

 俺は手早く手ぬぐいを目元に巻いて、風呂の扉を開けた。

 そして、腐れた動く死体が如く、手を前に出す。


「案内頼む」


 現状、触覚以外はおおむね封じられたと言ってもいい。聴覚も、シャワーの音のおかげで役立たずだ。

 だから、この場をどうにかするのは魃に案内して貰うか、俺の第六感が目覚めるかの二択しかない。

 故の、当然の動きだったのだが。

 手が何かを捉えた。

 柔らかい、肌の質感。


「……どこだ、ここ?」

「お、お、お主っ……!!」

「ん?」

「どこを触っておるんじゃっ……、ひゃあんっ、手を動かすでないわ!!」


 どうやら俺は早くもやらかしたらしいな。即座に手を離す。

 魃が、荒い息を吐いていた。


「事故だ、すまん。今一度案内を頼む」


 今度は両手を挙げる。戦闘の意思はないぜ、とばかりに。


「……お、おお」


 魃も、戸惑いながら同意した。

 のだが。


「どうした?」


 一向に動きを見せない魃を疑問に思って聞いてみると、幾分か緊張した声が返ってきた。


「いや、その。なんだか、の」

「なんだよ」

「そのう……、普通に見られているより恥ずかしい気がして、の……?」


 まあ、裸を見られることは恥ずかしいが、全裸で、目隠しをした男を引っ張るのも、状況的には恥ずかしいと思われる。というか、聞こえだけは変態だ。

 俺だけばっちり着込んでいるのもその一助になるだろう。


「あ、あんまり見るでないわ……!」

「見えてないわ」

「う、うるさいのう。は、早く行くぞ」


 乱暴に魃が俺の手を掴む。そして、引っ張られるまま、降り注ぐ冷水を浴びながら前に出て、彼女は言った。


「これじゃ」


 手が、親しんだ感覚を掴む。


「んー、これと、これか」


 温度調節の取っ手を手探りで握って、俺は回す。


「どーだ?」

「おお、少し暖かくなったのう?」


 しかし、まあ、どれくらい上げたもんだか。

 もう少し俺は手を捻る。


「おお、丁度良いぞ」

「そうかい、それは良かった」


 言って、俺は立ち上がり、後ろを向いた。

 このまま真っ直ぐ歩けば風呂の外だ

 しかし。


「ま、待つのじゃ」


 何故か引き止められていた。

 握られた袖が湿った感触を腕へと伝えてくる。


「まだ、なんかあんのか?」

「その、あれじゃ……」


 逡巡したような声の後。魃は言った。


「髪を洗って欲しいのじゃ」

「ははあ、なるほど」


 髪を洗うもお手伝いさん任せというやつか。甘やかされすぎではあるまいか。

 いや、でも前風呂に入れたときは普通に洗ってたような、気のせいか、それとも如何な心境の変化か。


「では、さようなら」


 しかし、お断りだ。

 後ずさる俺。

 このまま逃げてしまおうと思ったそんな時。


「ちょっとまっ――」


 魃が転んだ。多分。

 見えてないから分からないが、思い切り俺にぶつかってきたからそうなのだろう。

 そして、ぶつかられた俺は、地面に強かに背中を打ちつけるのだった。


「魃、大丈夫か? 俺は背骨が粉砕骨折」


 まあ、打ち身にすらなってない気がしないでも無いが謙虚に粉砕骨折でいい、この際。


「ああ、妾はの……」


 しかし、なんで目隠ししてる俺じゃなくて魃が転ぶんだか。

 と、俺は心中考えて、転んだとき思わず握ったのだろう、手ぬぐいを握り締める魃を見た。


「所で魃さんよ」

「なんじゃ?」


 果たしてこの事実、伝えるべきであろうか、と悩む俺に魃は急かした。


「なんじゃ」

「お前さんの手に握ってるもの、なんだと思う?」


 言ってしまえ、と俺は指差した。

 そう、それは俺の手ぬぐい。

 正確には俺の目隠しに使っていた、手ぬぐい。


「っ――!!」


 風呂場に、魃の声にならない悲鳴が響き渡った。


















 しゃかしゃか、しゃかしゃかと。


「全くお主は……、乙女の柔肌をなんだと思ってるのやら」

「あれは、事故だ。俺の、責任じゃ、ない」


 結局、責任を取れとか言われて、俺は魃の頭を洗っている。


「ふんっ、男は皆そう言うのじゃっ。あんなことまでしたのに……」


 これなら風呂沸かした方が良かった気もする。


「……」


 自分の軽率さを省みる俺を他所に魃は黙り込んだ。

 そして、ぽつりと零す。


「熱いのう……」

「シャワーの温度高かったか? ってうお」


 不意に、魃が俺の手を離れて、俺に体を押し付けてきた。


「濡れるんだが」

「嫌がらせじゃ。熱いから……、の?」


 ぎゅっと押し付けられて、服が濡れる。

 その服越しに魃の高い体温が伝わってきた。


「なら、シャワーの温度下げればいいんじゃないか?」

「シャワーのせいにするでないわ。……ばか」


 じゃあ、一体何のせいだっていうのだか。


「……熱いのう? 薬師」















「シャワーの温度、三十五度って、冷たいよな?」









 とりあえず風呂上りのシュークリームは甘かった。



























―――
魃でした。






返信





奇々怪々様

恋愛関係に関しても。腕が折れたりなんだり、怪我関係も。明らかに薬師は鈍いです。でも本人的にはそうでもないとか。
そして、爆師ちょっと吹きました。そろそろダイナマイトでも腹に巻かせますかね。
とりあえず薬師はビーチェに撃たれたり刺されたりする確立がもっとも高いと思います。爆発とかも。期待のホープだビーチェ。

ビーチェさんは、骨の髄まで戦人。とりあえず遠くはスコープで覗きます。双眼鏡ではなく。
薬師はビーチェに透視能力がなくて命拾いしましたね。ええ、床を貫通して弾丸が、とかならなくて残念です
ひろしは、記憶喪失になり、そのままなにやらエージェントとして教育されてるとかどうとか。


春都様

ビーチェさんのこの地雷原の中でタップダンスを踊るかのような恐ろしさ。
地雷原とタップダンスのミスマッチ具合がこのビーチェです。いつの日か戦車で訪問とかあるんじゃないかと。
まあ、地雷原歩いてんのはビーチェじゃなくて薬師なんですが。
この危ない生徒と教師の関係……、教師と、生徒……? 暗殺者と獲物じゃなくて?


SEVEN様

消極的な冷戦状態から、一気に激しい戦闘と相成りました。ビーチェさんです。
男女がすれ違ってるどころか正面衝突を果たしてる気もしますが、これがラブコメか……。
本当はもっと別のサブタイトルがあったんですがね。ふと、これが一番しっくり来ると思って、ガンファイト。
とりあえず、積極的にインファイトとか、積極的にガンファイトとかしてくるんじゃないですかね。昼夜問わず。


migva様

ビーチェは本気になったようです。まあ、本人は普通だと思ってるあたり真性ですね。アウトです。
そもそも遠距離恋愛の遠距離が、地域的遠距離ではなく、戦闘的遠距離という。大体千メートルくらい。
愛の弾丸が薬師のハートをキャッチです《鉛弾が薬師の心臓を抉り取る》。さすがビーチェさんだ。
とりあえず次は音もなくボウガンが、とかですかね。スタンロッドとか。


黒茶色様

ハートを狙い撃ちというか、心臓をピンポイント狙撃といいますか。
とりあえず人体にアンチマテリアルライフルなんてぶっ放したら胴と下半身が別れを告げちゃいます。
まあ、でも薬師だからそれくらいは仕方ないといえば仕方ないわけですが。
胴と下半身がなき別れしても、薬師ならにこやかに片手を上げて挨拶してくれそうですし。


通りすがり六世様

個人的な話ですが、ガンアクションにおいて、何発も連射するならオートの方が栄えて、一発一発の描写に拘るならリボルバーの方が格好いいと思います。
あと、マグナム弾を吐き出すならイメージ的にリボルバーですね、はい。
ビーチェに関しては、まあ、確かに愛情が暴走して、というよりかはそれが普通と思って銃ぶっぱしてるわけですが。
とりあえず、鋼糸で挽肉になっても薬師ならきっとやってくれると私は信じてます。


黒だるま様

遠くのヤンデレから近いヤンデレに。危険度二倍近いです。普段は近場で、一緒にいられないときは遠距離から。隙がない。
キレイな顔をフッ飛ばすといえば、あの芸術的な持ち方で薬師の頭がパーンするのだとすれば、シュールすぎることこの上ないですね。
まあ、頭ふっとばすよりも腕辺りを狙って介護に行ったほうがいい気もしますが。
そして、自分は撃ったことないのでさっぱりですが、ストックがないといちいち銃口がずれるからあたり難いっていう話は聞きました。


志之司 琳様

なんというか、病巣が深いです。別に愛が高まりすぎてとかじゃなく、素でスナイパーですからね、あの子。
とりあえず、ビーチェがいればミリタリー分には困らない。そもそもミリタリー分が必要なタイミングってないですけど。
そして、もういつの日か、校則違反で結婚に至りそうですね。誰かが校則違反に走りそうです。
前回やめさせようとした薬師ですが、ビーチェさんは、日本刀から鋼糸まで扱うようですし、そもそも、武器を一切持ってこなくてもボールペンで暗殺とかやってのけそうなのでどうしようもなさそうです。









最後に。

魃に掛かれば三十五度のお湯だって沸騰しますよきっと。



[20629] 其の五十八 俺と節分。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:f69a8df3
Date: 2011/02/04 23:32
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




 いつもの昼。河原で石を積んでいると、季知さんがやってきた。


「薬師」

「おう?」


 声を掛けられ顔を上げると、季知さんはもじもじと俺を見ている所で。


「なあ、薬師。今月は二月だな……?」

「ああ、二月だな」


 おずおずと言われた言葉に、何をわかりきったことを、と俺は答えを返した。

 しかし、季知さんの話は少し続く。


「二月の行事、といえばなんだか分かるか?」


 二月といえば。そんな質問に、俺は首を傾げた。

 こんなときに出してくる質問だ。二月といえばこれだ、みたいな有名な行事なのだろう。

 しかし、それだけでは分からない。俺は情報を得るために質問をする。


「うーむ、どんなだ?」


 すると、季知さんは少しの思考の後、俺に答えを寄越した。


「食べ物に関わる行事、だな」


 そうか、食べ物か。

 そういえばあった気がするな。そんな行事も。と、俺の脳が引っ掛かりを覚える。

 しかし、名前が出てこない。

 首を捻り、思考を走らせる。

 暫く一向に名前は出てこないが、不意に。

 脳裏に閃いた。

 そうだ、あの行事だ。


「ああ、わかった」

「あ、ああ……、なんだと思う?」


 そう、二月、食べ物に関わるあの行事――。




「――節分か」




「違う!!」














其の五十八 俺と節分。












 その日の午後は、晴れていた。


「炒り豆爆浄破! 炒り豆爆浄破!」

「……薬師、何をやっているんだ?」

「いや、必殺技っぽい豆まきをだな」

「なんというか、……馬鹿なのか?」


 縁側から庭へ豆を投げる俺に、季知さんが侮蔑の眼差しを俺へと向けた。

 なんとなく、機嫌が悪そうに見える。しかしそれにしたってあんまりではないか。


「なんでわざわざ豆撒きを……」


 うんざりしたように、彼女は言った。

 
「なんとなくだな。自分、日本人ですから」


 座る俺を見下ろす季知さんを、俺は見上げながらに言う。

 眉間の皺が視界に映った。


「だからってなぁ……!」


 声を荒げかける季知さんの言葉を俺は遮る。


「おら、季知さんも巻けよ」


 俺は言って、豆を季知さんに渡した。


「はぁ……」


 溜息一つ、季知さんは投げやりに豆を放る。


「やる気ねーな。もっとこう、裂帛の気合を込めてだな」

「何を……」

「中途半端にやるとだな、逆に厄を招くんだ」


 まあ、去年やらなかったけどな。


「これは嘘じゃない。天狗として風の淀みで分かる。天狗嘘吐かない」

「そうなのか?」


 うわ、信じた。

 信じた以上はいける所まで、と俺は立ち上がった。


「そうとも。そして、豆を投げるには正しい作法がある。八卦に従い、五行に則って投げなければならない。乾と坤、いわゆる乾坤一擲って奴だな」

「……なるほど」

「まずは右手の指に四つ豆を挟む」

「ふむ」

「天高く掲げる」

「次は?」

「大きく後ろに手を引いて。体は前傾姿勢」

「ああ」

「ここで肝心なのが掛け声だ。金の気を火気にて制すという気合が必要。要するに炎っぽい必殺技名をだな。『大豆炎縛殺』とかどうだ?」

「だ、大豆炎縛殺っ」

「うん、恥ずかしいな」

「っ――! 騙したなッ!?」


 季知さんの顔が真っ赤に染まる。

 そして、俺の顔面に大豆が直撃した。

 鬼の腕力で投げられた大豆は地味に痛い。

 一部の大豆が俺の額で砕けて破片となって風に巻かれた。


「痛いじゃないか」

「何をさせるんだっ、お前は!」

「何って、豆撒き」


 何を当然の事を言っているんだ、とばかりに答えてみたら、その返答は金棒だった。


「ていっ」


 危ないので牽制に豆を投げる。


「あうっ」


 季知さんが金棒を取り落とし、額を抑える。

 ちょっと待った。金棒が落ちたら床に穴が。

 俺は金棒を手のひらで受け止める。……前にもやったが、この結果は俺の手のひらに穴が空くだけである。

 右手で金棒を受け止め、左手で豆を投げる。


「せい」


 この状況で季知さんが襲撃してきたら俺は死に体だ。思ったより豆が効いているようなのでこのまま行こう。

 許してくれ、俺は一家の大黒柱として床を守らなければいけないんだ。


「やっ、待てっ。やめろっ、薬師っ、待って……!」


 しかし、予想外の効き様に、俺は手を止めた。

 五行的には鬼の気の色を示す白を相克関係にある火の気で焼く、要は炒り豆にすることで鬼を退散させるとか。

 他にも一説では魔を滅する、で豆だとか。ただ、どういう風に効いているのかは分からないが、予想外に効いたのは確かだ。


「……薬師」


 季知さんが肩で息をする中、俺は金棒を差し出した。


「とりあえずこれ返す」

「あ、ああ」


 右手が痛いし、床を破壊するわけにも行かないので返しておく。


「とりあえず双方落ち着いて、だ」

「怒らせたのはお前だろうに……」


 まるで溜息でも吐くように季知さんは言う。まあ、その通りではあるのだが。


「やっぱり豆って苦手なのか?」


 しかし、そんなことは棚に上げまして。

 気になることを俺は口にした。

 すると、季知さんは多少言いにくそうにしながらも言葉にする。


「……なんだか、な。得意じゃない、というか。私達は小石をぶつけられたくらいでどうにかなるわけじゃないだろう? でも、普通に小石をぶつけられてるみたいな……」

「ああ、基本防御力無視的な。大豆の攻撃力なんてたかが知れてるが」


 戦うような気力はないらしいが、季知さんがぽすん、と俺の胸を殴る。

 照れ隠しのようなもので、力は入っておらず痛くはない。


「安心してくれ、もうぶつけない」


 ちょっと楽しかったが、それは言わぬが華というものである。


「本当か……?」


 涙目の季知さん。思ったよりも痛かったようだ。


「すまん」


 まあ、季知さんから襲い掛からなければわざわざ投げつけるような真似はすまい。


「まあ、これだけが節分じゃない。そう、恵方巻きとかな」


 恵方巻き。なんつーか、少し前は恵方巻きなんてさほど有名じゃなかった気がするんだが、それはともかく。


「今年の恵方ってどこかね?」


 当然変わる恵方を俺がおぼえているはずもない。

 季知さんに問えば、淀みのない答えが返ってきた。


「南南東少し南のそれの半分くらい東と見せかけて南だな」

「細かいっ!」

「しかし、公にもだな……」


 そう言って、季知さんは携帯を弄りだし、画面を俺に見せてきた。

 運営の公式サイトにも、今年の恵方は南南東少し南のそれの半分くらい東と見せかけて南、と書いてある。


「責任者出て来い」

「私にも不思議だが、これが現実だ」


 季知さんもまた、難しい顔をして、画面を睨んだ。

 そして、不意に俺の方を向き、言う。


「で?」

「で? とは?」


 疑問符の意図がつかめず聞いてみたら、当然のように季知さんは答えた。


「恵方巻きは?」

「ないぞ」

「……」


 そんなもの都合よく用意しているものか。

 買いに行くのも面倒くさい。


「なあ、薬師……」

「なんだね季知さん」

「不毛だな」


 眉間に皺を寄せて、季知さんは言う。

 俺はそんな季知さんに、疑問を投げかけた。


「なんでそんな不機嫌そうなんだ?」


 先ほどから、眉間に皺ばかり寄せたり。

 苦虫を噛み潰したような顔をしたり。


「お前は……!」


 季知さんは肩を怒らせ俺を見て、諦めたかのように額に手をあて、溜息を吐いた。


「まあ、お前はそういう奴だったな……」

「なにが」


 一人で納得されても困ってしまう。

 俺が首を傾げると、呆れたように季知さんは言った。


「鬼を祓う行事を、鬼の前でやるか?」

「あ、なるほど」


 そんなことか。

 まあ、確かに言われてみればアレだが。

 しかし……、ああ、そうだ。


「季知さん季知さん、ちょっとちょっと」


 ふと閃いて、季知さんを手招き。

 なんだ、と季知さんは無防備に近づいてきた。


「そこで屈む」

「だから、なんだ……、って」


 俺は季知さんに手を伸ばし。


「せい」


 そして一息に抱き寄せた。


「やっ、やめろっ! 何を……」


 暴れる季知さん。俺はそれを止めるために、わざとらしく声を上げた。


「あー、痛いな。金棒の棘が刺さった所が果てしなく爆裂四散しそうなほどに痛い。暴れられると今にも粉々になりそうでやばい」

「なっ……」


 季知さんの動きがおとなしくなった。なんだかんだ言って優しい。


「薬師、お前は何がしたいんだ……?」


 そんな至近距離の季知さんに向かって、俺は可能な限りのいやらしい笑みを浮かべてやることにした。


「まあ、あれだ。福も鬼も内ってな」


 そもそも俺は天狗で娘は鬼だし。


「薬師……、お前は馬鹿だ」


 あきれ返って、季知さんが言う。

 それでも俺は笑って返した。


「何をおっしゃるやら」

「厄を招くかもしれないぞ?」


 そう言って、揚げ足を取ったかのように季知さんも笑う。

 俺は、なんとなく人差し指を立てた。


「そりゃあれだよ。善の力と魔の力が両方そなわり最強に見えるみたいな」


 下手な奴がやると頭がおかしくなって死ぬ的なあれだよ。


「まったく……」


 したり顔で講釈する俺に、笑顔で季知さんが溜息を吐いた。

 ああ、うん、呆れられてる? そうですか。

 まあ、季知さんのかもし出す空気もやんわりしてきたし、いいか。

 そろそろいい加減別のことをしよう。

 そう思って俺は口を開いた。


「とりあえず豆でも食おうぜ。何個食う?」


 ゆるーくなってきた雰囲気がその一言で掻き消えた。


「お前……! 女性に年を尋ねるのはあまりに失礼だと思わないかっ」

「いや、だって。豆食うっつったら年の数聞かねーと」

「第一、何個食べればいいと思ってるんだ!」

「いやいや、それでも俺よりましだろーよ。俺なんて千を超える豆を食べて吐きそうになった記憶が存在する」

「それはお前が馬鹿なだけじゃないか?」

「……心にぐさっと来た。これはもう豆を食べさせるしかない」


 俺は豆を取って、季知さんの口に押し付ける。


「んっ、おっ、おい、やめろっ! 豆はっ、苦手なんだっ」

「好き嫌いはいけない。美味しく頂いてやれ」

「そんなこと言ったって……!」

「そんなんでいいのか? いいか? ここで苦手を克服することによってだ、別に豆撒きと鬼を結びつかなくさせて、豆撒きをただの豆を撒く妙な行事に変えることができる。要するに、季知さんが頑張ることで、鬼を追い出すという豆撒きの印象を払拭できるんだ。まあ、無理にとは言わないけどな」

「……そうか。だが、その、いい。自分で食べるから」


 流石に他人の手ずから豆を食うのは恥ずかしいのか、季知さんは顔を赤らめた。


「そうか?」


 食わないなら仕方ない、と俺は持っていた豆を口に放り込む。

 あっ、と季知さんが声を上げた。


「そっ、かっ、間接っ」

「関節?」


 関節がどうかしたというのか。関節痛? 年か。


「か、返せっ!」

「おい、今舌の上にあるの返せってか」


 何を言っているんだ季知さんは。あの豆に思い入れでもあったのか。


「なっ――!!」


 しかし、自分でも何を言っているのか理解していなかったらしい季知さんは、更に顔を真っ赤にして、茹蛸のようになり――。


「……あ」


 気絶した。




















 俺の布団に寝かせた季知さんをつんつんと突付く。

 頬のふにふにとした感触が指に返ってくる。


「ん……」


 暫くそうしていると、季知さんが目を瞬かせた。


「やくし?」

「おはようさん。なんか気絶してたんだぞ」


 言うと、その辺はきっちり覚えてたのか、季知さんは若干顔を赤くして頷いた。


「ああ……。ところで、布団に運んでくれたのか?」

「まーな。野ざらしって訳にも行くまいよ。俺が気絶させたみたいだしな」


 原因自体はよく分かっていないがそうと思われるって言うか、俺以外が原因なら病気とかその方面だし、それなら余計に野ざらしにはして置けまい。


「豆撒きは、もういいのか?」


 聞かれて俺は頷いた。


「豆撒きは終了だ」

「いいのか?」

「季知さんのが大事だ」

「そ、そうか……」


 果たして、俺の部屋は寒かったろうか。季知さんが布団の端を手でもって、布団で顔の半分までを隠す。


「ところで、この布団、私のか? 違和感があるのだが……」


 そして、問われた言葉に、ああ、俺の部屋だって知らないのか、とふと思い当たった。


「俺のだが? 流石に勝手に入るのもあれだ」


 俺の深慮を崇め奉って欲しいぜ。

 と、ばかりに言ってみるが、季知さんはぎこちない返事を返すばかり。


「そっ、そうか……」


 疲れているのだろうか。

 疲れているのだろう。突如気絶してしまうくらいだ、そうなのだろう。

 だから俺は、時計を確認して、問う。


「もう少し寝てるか?」


 布団から顔半分だけを出した季知さんは頷いて、ぽつりとこぼしたのだった。


「……ああ」











―――
一日遅い気もしますが気にしない。
節分です。ただ、地獄で豆撒きは少々ばかりアレですけど。










返信



SEVEN様

銀子とはツインボケですからね。ボケと突っ込みがいるとやはりいいです。
しかし、目隠しプレイまでしましたが、薬師はびくともしなかったようです。奴の脳内はボディビルダーで埋め尽くされてるんじゃあるまいか。
あの状況は明らかに、普通の男は誘われてるんじゃないかと勘違いするシチュエーション。しかし……。
もうこれは魃がGセイントでタイランレイブを一段目でロマキャン無限ループを発動するしか。


黒茶色様

目隠しすることによって掻き立てられる妄想もとい想像が、目隠しプレイの醍醐味です。
目隠しされる方がいいかするほうがいいかは人によって意見が分かれるところではありますが。
自分はするほうがいいと思ってます。あ、聞いてない、そうですか。
しかし、薬師は目隠ししても見えるのと変わらない挙句に想像力が枯渇してる模様で。


奇々怪々様

シュークリームにタイランレイブというか、炎が出ないからシュークリームでタイランレイブというか。
ばっちりカスタードクリームが顔射です。掛けられる方はたまったものじゃありませんし、薬師相手じゃ一切の得がありませんが。
しかし、そんな相手にも目隠しプレイなんていうご褒美をあげてしまう魃さんで。これが価値の分からない薬師でなければ……。
もう誰かほんとうに薬師と変わったってくださいよ。


migva様

たとえ四割打者でさえ、打率一割。五割行く化け物がいたって二割です。そもそも打率三割なら一割行かないという。
そして、目隠しをうっかり強要してしまう魃も、普通に受け入れちゃう薬師もまた、無自覚。
薬師の小指の骨折れろ。ついでに中指曲がれ。
黒いアレって、寝ている人間のまつげすら食うそうですね。聞いただけでやばいです。


通りすがり六世様

ひさびさに魃でした、というかシリアスモードだったので久々な人が結構いたり。
薬師に関しては、寝不足になるとゲームに影響されちゃう危ないヤツなんだよ、と言ってみたり。
シュークリームはご愁傷様でした。
そしてむしろ太陽神を熱くする薬師の方が太陽神。


男鹿鰆様

とりあえず、上から。

由壱、リア充への道。リア充坂を怒涛の勢いで駆け上がっていきました。

山崎君。彼女はぴっちぴちの女プレートメイルです。女も鎧も磨いてます。

由壱、ついに巻き込まれる。デート中に巻き込まれるこの天文学的数字。由壱ったらすごい。

由壱、ついに常人をやめる。まあ、元から脳の構造がおかしいんでないかという話はありましたが、今回で完全にアウト。君も逸般人さ!

由壱、いい加減結婚しろ。結局あの兄にして弟有りと言うべきか、焦らすのが得意な模様。押し倒しても仕方ない状況だと思うんですがねっ。

働く閻魔、というか働きすぎる閻魔。あうあうあー。どの程度まで融通を利かせてもらえるんでしょうか……。

阿鼻叫喚ワクワクツイスターゲーム。ただしどちらの選択肢を選んでもバットエンド間違いなし。それでもやっちまうのが男ってヤツですが。

遠距離恋愛って意外と過激。意図しないところで高度な戦闘が繰り広げられていたようですね。ああ、いえ、高度な遠距離恋愛が。

目隠しプレイ。もう作ってるほうも楽しんでるに違いない、あのTシャツ。
AKMさんについては、もうイベントを起こせないことが一種のイベントな気がしないでもなくなってきた今日この頃。
果たして日の目を見れるのか。百話記念とかにどうだろうとか私は思ってます。
私もイベントを起こしてみたいものです。


春都様

むしろ打率が低い方が可愛いです。打てなくても結果的に勝ちです。果たして何の打率だか分かりませんけれど。
薬師の心への打率だったら、安打なんてないので皆打率ゼロ割ですけど。
もしくは各IFエンド持ちは一応アリなんでしょうか。ただし、1÷現在話数ですが。
とりあえず薬師はシュークリームを粗末に扱ったせいで勿体無いお化けに取り付かれて、しかし結局美少女でなんだかんだとフラグが立って薬師貴様ァ。








最後に。

炒り豆スプラッシュ!



[20629] 其の五十九 俺と鎧。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:20d01e5f
Date: 2011/02/08 21:49
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







「薬師様。お客様です」

「……ん?」

「用件を聞くに、居間より座敷の方が良いと判断したのでそちらにお通ししておきました」


 仕事が午前中で終わったその日。

 藍音に言われて俺は座敷へと向かった。

 はてさて、来客。最近多いな。

 しかし、誰であろうか。

 心当たりが全くない。

 首を傾げながら俺は座敷の襖を開ける。

 そこに居たのは。


「……何故だ」


 部屋のど真ん中に正座で鎧。


「何故山崎」














其の五十九 俺と鎧。














『薬師殿。ご無沙汰しておりました』

「おう、ご無沙汰してた」


 全身鎧は、俺を見て、座ったまま頭を下げると、さらさらと筆を紙に走らせ俺へと向けた。

 俺は、気になったことを口にする。


「首は?」

『また忘れて候』

「……そうか」

『自分、ドジッ娘ですから』


 やけに男らしい字体で書かれて、俺は遠い目をした。


「それで、なんか用かい」


 用事もなしに山崎君が俺の元に現れるとは考え難い。

 問う俺に、再び山崎君は筆を走らせた。


『先の事件についてお礼に上がった次第』

「ん、ああ。だが」


 しかし、なんでわざわざ礼に来ることがあるだろうか。


「お互いに仕事だったろうに」


 仕事であったし、報酬は閻魔から支払われた。

 しかし、不服なのか彼女は更に筆を走らせる。


『であっても、一般人の協力を得て戦うこととなった事実。これに甘んじていては運営の人間として面子が立たず』


 一般人、なんといい響きか。

 そうか、俺も一般人かぁ……。

 あまりの嬉しさにふやけた顔になる。

 こんな台詞は初めてだ。


『礼の品をお持ちしたゆえ、何卒お納め頂きたく』

「うお、なんか悪いな」


 大したことをしたわけでもないのにそこまでされちゃあなんか申し訳ないというもの。

 しかし、持ってきてしまった以上受け取って欲しい、と彼女は言った、もとい書いた。


『どうしてもと仰られるなら持ち帰ることも』

「む、それはそれで失礼だな。受け取ろう」

『それでは、ご覧に入れましょう』


 瞬間、全身鎧の首の辺りから、山崎君は唐突に手を突っ込んだ。

 そして、中から出てきたのは。


『どうぞ、モンキー殿にござる』


 猿。


「どこに突っ込めばいい!?」


 お礼に猿ってなによ、か?

 モンキーってなんだよ、か?

 鎧の中に猿を入れるなよ、か?

 しかも猿なモンキーさんすごい青い顔して今にも吐きそうだよ!

 鎧の中に入れたせいだね! がしゃんがしゃん揺れたんだろう。

 とりあえず、まあ。


「どこの国に猿をお礼として送る習慣があるんだよ」


 動物虐待じゃないのか、動物を鎧の中に入れておくというのは。

 しまった、あまりに状況が特殊すぎて定規に当てはまらん。


「まあ、猿モンキーさんは横に置いておいてだ」


 だらー、と口端から涎を零す猿モンキーさんは敢えて視界に入らないよう隣だ。


「どこの国に猿をお礼として送る週間があるんだよ」

『私の居た国ではスタンダードにござりましたが、何か不手際が』

「カルチャーショックと言う英語の意味を理解できた、ありがとう」


 あとで猿モンキーさんは野に放っておこう。


『お役に立てたようで何より』

「野に放ってやろうかお前さん」


 皮肉が通じてないとは何たる有様か。

 どうしようこの子、非常に扱いにくいよ。


『ところで薬師殿。折り入って頼みがございます』

「おう、なんだ?」


 はて、山崎君の頼みごとなんて一体なんだろうか。

 少しの間一緒にいただけで、山崎君のことはほとんど知らない。

 少しばかり居住まいを正して、正面を見る。

 そんな瞬間だった。


「やくしーっ!」


 ぱんっ、激しい音が響いて、襖が開く。

 春奈だ、と気が付いた時には、そいつは首抱きついていた。

 くげげ、首もげる首もげる。

 飛び掛るようにして首に抱きつかれたため、春奈の体は慣性の法則に従いぐいぐいと俺の首を前に引っ張っていた。

 千年の間おしどり夫婦だった俺の頭と胴が離婚しかねない現状を見かねて、俺は春奈を抱きとめる。


『薬師殿、その子は』


 山崎君が手で指し示してくる。

 まあ、初対面だわな。春奈は一部分では有名かも知れないが。


「こいつか?」

「わたしは、やくしのないえんのつまの春奈さまよっ!」

「ひゃっはあ、なんてこったい。なんて冗談の通じなさそうな奴に言っちまったんだやっふー」


 気が付いたら、山崎君との距離が大きく開いていた。

 山崎君が壁を背にしている。


「山崎君、これはだな」

『分かっております。薬師殿、こんな幼子も手中に収め日夜人に言えぬような卑猥な行為を……』


 なんだか妄想が追加されてやせんかね山崎君よ。

 しかし、事実無根である。

 俺は手で止まれ、とばかりに示して、口を開いた。


「いや、違うんだ」

『いえ、取り繕うことはありませぬ。英雄とは色を好むもの。この山崎、感服いたしました』


 ああ、そうかい。所で感服のとこに『どん引き』って書いて線で消されてるのはどういう了見だい?

 あと、なんで英雄の所に『ひでお』って振り仮名が振ってあるんだよ。


『得てして傑物とは性格が破綻しているもの』


 あれ、俺これ馬鹿にされてるのかもしかして。


『しかし、それを補って有り余るパウワァアが人を英雄たらしめる』


 無理してパウワァアとか書かんでよろしい。


『頼みたいのはそのことに候』

「あ、そこに回帰するのか」


 それで、この変態になにかようですかねー。

 えーえー、変態ですよ。


『拙者にそのPOWの秘訣を教えて頂きたい』


 無理してPOWとか使わなくていいって。なんだ、そこを壊せば周囲の敵が全滅するのか。

 と、要らんことを考えてから、頼みごとの内容に、意識が向いた。


「は?」

『要するに、拙者と戦っていただきたい』


 ……しゅぎょう? なんの?

 習字検定なら他を当たっていただきたい。


『今日一日、切磋琢磨いたしましょうぞ』

「何故、俺」

『薬師殿が強いから、以外になにが』


 いや、同条件なら多分山崎君のが強いって。

 別に俺の専門は武器の扱いじゃないし。


『薬師殿は拙者より強い』


 いや、だから武器を使った格闘戦だけなら明らかに山崎君の方が強かろうに。


『薬師殿と戦えば、新たな境地が開けそうな気がいたす』

「俺は開けない」

『なれば、拙者が弟子でも構いませぬ』


 ……何を言っているんだこいつは。


『戦りましょうぞ』


 いやだよ。

 そもそも強さの秘訣とかその他諸々、あったもんじゃない。

 さて、どうしようか。

 俺の頭の中はどうやってこの体育会系との戦いを回避するかでいっぱいだ。

 こんな面倒なこと、どうやって避けたもんか。

 血の通ってない割りに血の気いっぱいな鎧はやる気満々で立ち上がっている。

 そして俺はふと、名案を思いついたのだ。


「まあ、待て。結論を急ぐな」


 そう言って、首に抱きついていた春奈を下ろす。


「んにゃ?」


 首を傾げる春奈の頭に手をぽんと置き、俺は言った。


「俺と戦うだなどとは、俺の一番弟子、春奈を倒してから言って貰おうか」


 がたり、と鎧が揺れた。


『なんと……!』


 よし、目論見は成功した。

 流石に山崎君もこんな幼子とはやり合えまい。そしたら、仕方なく諦めてくれるだろう。


『このような幼子も一流の戦士であるとは……、拙者山崎、見誤っていた』


 そうだ、そのまま。


『承知、ならば春奈殿。お手合わせ願おうか』

「うんっ!!」


 ……あれ?


『そして勝った暁には薬師殿、戦って頂ける、ということでよろしいか?』

「えっ? いや」


 それはない。と、俺は首を横に振った。


「そんなことはない」

『では負けたら稽古を付けて頂けると』


 まずいぞ、どうする。

 考えた瞬間、俺の思考が弾けた。


「勝ち負けじゃない。ただ、その戦いに何かを見出せたとき、それがお前さんの力になるんだ」


 多分、きっとな。何も見出せないかもしれないけどな。

 思った以上に俺の口からするりと出た言葉。俺、詐欺師とか向いてるかもしれない。

 とりあえずやる気満々な春奈頑張れ。

 流石に山崎君も子供相手に無茶はしない、と、思うし、春奈も暴れたいみたいだし。

 それに、肉体の性能だけなら春奈は俺以上。山崎君も満足してくれるだろう。
















「ひっさつ……、強パンチ!!」


 がしゃんがしゃんと鎧が動く音が長閑な庭に響き渡る。

 山崎君は今一つ動きに精彩を欠いていた。

 避ける動きも、受ける動きも一級品。

 しかし、攻撃だけがお粗末。まあ、理由は明らかに相手が春奈であるせいだが。


「……お父様? 何見てるんですか?」


 繰り広げられる戦いを眺める俺の後ろを、由美が通りかかった。

 俺は、顎でそれを指し示す。


「あれだよ」

「えっと……、なんででしょう」

「俺にもよく分からん」


 遠くから聞こえる楽しそうな春奈の声。こりゃあ俺もやってやった方がいいんだろうか。

 流石に春奈と何度も殴り合いしたくはないんだが。


「その、お父様、……隣、いいですか?」


 俺の傍に立った由美はちらちらと、俺を見た。

 俺はそれを横目で見て、口を開く。


「不許可だ」

「ご、ごめんなさい」


 由美の隣、という言葉の寸前、少しの間があったわけだが。

 なんでこんなとこで遠慮するかね。


「もとより許可なんていらねーから好きなとこ座れよ」


 曇っていた顔が、緊張した朱に変わる。


「じゃあ、失礼します……!」


 ぼすん、と、由美は俺の膝の上に納まった。

 こいつは予想外だ。

 あっけに取られる俺を、恐る恐る、由美が見上げる。

 俺は表情を戻し、由美の頭をぽんぽんと叩く。


「なんかあったのか? お前さんから俺に甘えてくるなんて珍しい」


 こういう風に由美が甘えてくることは、あまりない。

 数少ないある時といえば、怖い夢を見たとき、なんていうお話だ。

 だから、なにかあったのかと思って聞いてみたのだが。


「幸せな、夢を見たんです」


 そう、由美は言った。


「そうか、どんな?」


 意外に思って、俺は聞く。

 幸せな夢。由美にとっての幸せとは一体何なのだろう。

 父として思い馳せる俺に、由美はふわりと微笑んだ。


「お父様が出てきました」

「ほお、そうか」


 個人的に嬉しいじゃないか。由美の幸せの中に、俺もいるのだとすれば。

 これで、俺を鞭でしばく夢だったら俺は家出する。


「それで、お父様の膝に座って……、頭を撫でてもらって」


 しかし、すべては杞憂だった。

 何だこの娘、癒される。


「それで、耳元で愛してる……、って」


 そこだけ、照れたように由美は言った。

 ぐお、そこだけ俺じゃない。恥ずかしいことこの上ないだろうが。

 俺は苦笑いひとつして、由美の頭を梳くように撫でる。


「……お父様?」

「愛してるとは言わねーからな?」


 あさっての方を向いて言うと、由美は、ころころと笑った。


「はい、今はいいです」

「そうか」


 今は、ってどういうことなんだろうな。

 まあいいか。


「とりあえず、饅頭でも食うか?」

「あ、いただきます」


 隣に置いてあった饅頭を手に取り、由美の口元まで持っていく。

 少しの間の沈黙のあと、由美がそれに噛り付く。それを確認して、俺は手を離し、俺は俺の饅頭を口に入れた。


「お父様、どっちが勝ってますか?」

「技巧は山崎君。でも、攻めてるのは春奈だな」

「……わかりません」


 そりゃ分からないのが普通だ。というかその年でわかってしまうほうが問題だ。


「その、お父様は……、戦う女の子が好きですか?」


 不意に、由美が問う。

 しかしなんだその質問は。

 確かに周囲に武闘派は多いかもしれないが。


「……お前さんはそのままでいいよ」


 そのままがいいな、どっちかと言うと。

 もう唯一の癒しであると言ってもいい。


「は、はい……!」


 由美の頭に顎を乗せて、俺は春奈たちの戦いを覗き見る。

 あーあー、際どい感じにびりびりに破いちまって。

 直すの俺なんだぞ。

 なんて考えてたら、不意に由美が中腰になって、俺の視界を埋め尽くした。

 何事だ、と首を傾げる俺に、由美はおずおずと恥ずかしがるように、しかし、それでも笑いかけた。


「お父様、他の子ばかり見ないで下さい。でないと、その……、ちょっとだけ、嫉妬しちゃいます」

「――りょーかい」


 俺も笑って返して、由美でも見ることにした。



















『なるほど、勝ち負けではない。骨身に沁みて理解した次第。手加減して勝てるでもなく、本気を出すでもなく、酷く拙者は中途半端だった。そういうことでありましょう』

「え……、ああ。多分な……」




















「薬師様、庭で猿を捕獲したのですが」

「……野に放っておいてくれ」






















―――
とりあえずパソコンが新調されたり。
勢い余ってチラ裏用の短編更新したりしてて忙しかったけどなんとか更新。


山崎君の香りを香らせるためだけの今回のお話でした。











返信


SEVEN様

え、恵方巻きはエロくないですよっ! 黒い海苔のせいでモザイクっぽいけど。まあ、寸止めの得意な薬師のせいですね。
二月の行事、まあ、一と四の付く日は平日です。平日以外の何者でもありません。そも、周りに野郎しか居ません。
むしろ貰ってしまった方が厄いです。野郎に貰うか、顔も知らない誰かに貰うか。どちらにせよ背筋が寒くなるので。
そして、自ら厄を収集しようとする薬師が福は内とか。むしろ全部巻き込んでいくから性質が悪い。


Smith様

おっきい美人と小さい子の鬼が二人で薬師の首が捻じ切れればいいのに。
私も豆撒きしてないのでフルオープンですが、どうせ来るのは鬼兵衛みたいのなんでしょうね……。
これはもう地獄に落ちるしかない。ハンバーグ弁当の添え物の金平ごぼうを残した罪で。
ちなみに私は節分の日にQBBナッツを食べましたが、なんか違うと首をひねることとなりました。


通りすがり六世様

二月十四日なんて製菓会社の陰謀ですよ。聖バレンタインの冥福を祈り、読経しましょう。ただ、恵方巻きもその手の陰謀ですという。
しかし、確かに納豆も大豆。この際豆腐でもいいですかね。いっそのこと。
そして鬼も天狗も同じ妖怪なんだから、薬師もそのまま祓われてしまえと。まあ、それで祓われたら苦労ないですけど。
とりあえず、今月は地味にイベントが多くて大変です。バレンタイン編の構想から完成まで猶予がないデース。


黒茶色様

昔地面に向かって全力で豆を投げたら跳ね返った豆が顔面に当たって痛かった幼少の記憶があります。
そういえば、うちも落花生でした。もうマカダミアナッツでも胡桃でもなんでもいいんですかね。
落花生を割って撒いたり割らないで撒いたり。割らないほうが回収が楽なんですよね。食べれますし。
そして、薬師がエロに至りそうで、エロには到らないこの残念さが人々をエロに敏感にさせるんですね。


奇々怪々様

薬師のせいでエロ欠乏によるエロ過敏症ですねわかります。一切与えないより、十分な量を下回るくらいの摂取量の結果がこれです。
そしてもうね、地獄の恵方は分度器置いて何度か図った方がいいと思います。ちょっとずれたら福は来ません。
スライムは、もう善と魔と言うか、混沌すぎるので永遠に寝ててください。できるだけ長く。
とりあえず、多すぎる豆対策は豆腐作って食べればいいんじゃないですかね。


にゅーろん様

季知さんでした。しかし、季節物のイベントに前さんが出ないのは珍しい。
我ながら、書いてから気付くと言う間抜け具合。
今回ばかりは砂糖じゃなくて豆を吐きます。
十四日はチョコレート吐くのか……。まさにこの世の地獄。








最後に。

つまり山崎君フラグのフラグが立ったんだ。



[20629] 其の六十 俺とあの日の少し前。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c503e7b3
Date: 2011/02/12 23:23
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




 二月の、十二日。ともかく、そんな時期のことだった。

 由比紀は、当然のように何食わぬ顔で、昼の如意ヶ嶽へと進入した。

 霊、というものを熟知した閻魔姉妹の妹ともなれば、壁抜け位は朝飯前である。


「こんにちは、ご機嫌いかが?」


 そして、侵入した居間にあるソファ。

 その背から飛び出た黒い頭に向かって、由比紀は優雅に挨拶をした。


「今日は、二月十二日」


 次に、日付の確認。さほど意味は無いが、話の流れとしては必要。


「明後日が何の日か、貴方は知ってるのかしら?」


 そう、今日の本題、明後日のことについてである。


「明後日はね、バレンタインデーよ」


 お菓子会社の陰謀渦巻く、乙女の戦場だ。

 聖バレンタインも苦笑いである。


「それで、明後日は無用な混乱を防ぐために、貴方に学校に来てほしいらしいわ。バレンタインイベントに便乗して、起こりうる問題をできるだけコンパクトに収めるみたいよ?」


 そして、これが、閻魔に頼まれた伝言の内容。

 もしかすると、バレンタインチョコを贈る際、贈るもの同士の接触や、薬師の動向などから、混乱に繋がってしまうやもしれない。

 だから、それをコントロールするために、学校で行事として消化するのだ。

 バレンタインイベント。学校で女性が好きにチョコレートを贈るイベントである。


「私も、作っていくから、期待しててね?」


 言いながら、由比紀はソファの背もたれに頬杖を突いた。

 そして、笑みを浮かべながら言う。


「でも、貴方が望むなら、私をチョコにしてしまっても……」


 しかし、薬師からの返事は無かった。

 ある程度薬師の人のことをスルーする態度には慣れてきたものの、これはひどい、と今まで妖しげだった表情が普通に戻る。


「ね、ねえ、貴方が淡白なのはいつものことだけど、あまりに無視しすぎじゃない?」


 しかし、答えは無い。


「ねえ、ちょっと……!」


 由比紀は少し起こって、身を乗り出して、薬師の顔を覗き込んだ。


「え……」


 それは確かに薬師だった。

 薬師だった、しかし。

 その目は瞑られ、胸が規則的に上下していた。

 そう、寝ている。


「わ、私っ、はずかし……っ!」


 しばらくの間、あまりの恥ずかしさに悶え苦しむ由比紀が居たとか居ないとか。













其の六十 俺とあの日の少し前。














 ふと、目を覚ましたら、ずーんと重たい空気が漂っていて。

 何事かと周りを見たら、由比紀が部屋の隅で体育座りを敢行しているじゃないか。


「……どうしたんだ」


 不法侵入を咎める前に、俺は口を開いていた。


「何も聞かないで……、いろいろあったのよ」


 いったい何事があったのか。

 知る由もないが、うちの居間で唐突に落ち込まないで欲しいのだが。


「まあ、いいか」


 いささか落ち着かないが、由比紀がいるからといってどうということは無い。

 机の上に乗りっぱなしだった本を取り、俺はそれを開いた。

 いじけたように視界の端に、床を指で擦る由比紀が映る。

 本当に何をしたんだろうか。

 気になるが、聞くなと言われたことだし、放っておくか。

 一時間もしたら復帰するだろう。


「……」


 なんだか由比紀がこちらをうらめしげに見ている気もするが、そもそも不法侵入の件とか色々と差し引いて、知ったこっちゃなかった。

 そうして。

 数分が経った後、不意に由比紀が声を上げた。


「……もう少し位構ってくれたっていいんじゃないかしら?」

「……どっちなんだ」


 聞くなと言ったり構えといったり。

 呆れて、俺は溜息を吐く。そして、再び本に視線を戻した。

 そんな俺に、由比紀は言った。


「今日は、いい天気ね」

「んー」

「……今日は雨よ」

「あー」

「明日はバレンタインね」

「おー」

「……明後日よ」

「むー」

「しちく?」

「ろくじゅうさん」

「……明日は日曜日ね。休みだわ」

「おー」

「……明日は土曜日よ」

「ふーん」

「そう言えば今日、寝癖が直らなくって……、見てこれ」

「そーなのかー」

「……嘘よ」

「へー」

「美沙希ちゃんの手料理がおいしかったわ」

「それはないな」

「……そうね」

「あー」

「ヤツが盗んでいったのは?」

「あなたのこころです」

「……」


 黙り込む由比紀。いったいどうしたんだ。


「つれないのね……」


 むしろ先ほどの会話のどこに釣れる要素があったのか聞いてみたいが。

 聞いてみたいが、そんな瞬間。

 俺の膝の上に現れる黒猫が一匹。


「ごしゅじーん、構ってー」

「あー、片手間でいいならな」


 俺の胡坐の上でごろんごろん転がるにゃん子の頭に手を乗せて、俺は本に意識を集中した。
















「やだ、にゃん子だけ構ってー」

「はいはい、あとでな」

(……悔しくなんてないんだから)


 と、心で呟き、心中ハンカチを噛む女、由比紀。


(くっ、この雌狐、じゃないわ。雌猫ね。泥棒猫だわ)


 いつの間にか猫状態から人間状態に移行しているにゃん子は強かだ。

 口ではいやだと言っている癖に、顔は酷く満足げ。

 ソファの上で、彼の膝に寝そべり、頬ずりしている。

 そして薬師も薬師で、本に視線を落としながらも、手馴れた手つきでにゃん子の頭を撫でている。


(なんか負けた気分だわ……)

「ご主人。今日のごはんなに?」

「大根の煮つけと、焼鮭。あとなんかあったけど覚えてない」

「んふー、やったー。焼鮭好きー」


 なんとなく、会話も甘ったるいような気すらする。

 まあ、由比紀の被害妄想だが。


「ところで、ご主人、由比紀はなんであそこで体育座りしてるの?」


 そして、不意に由比紀に視線が向けられる。

 にゃん子は、疑問に思っただけのようだが、ある種、敵から贈られた塩である。

 ぴくり、と由比紀が反応する。


「あー、あれな。なんかな……、あれだ」


 ついに構ってもらえるのか、と心のどこかで期待する。


「なんつーか……、知らん」


 無論、甘い期待である。

 そもそも何で居るのかすら説明してなかった、と気がついたのは、今。


(……寂しくないもん)


 人知れず、頬を膨らます。

 彼女の狙っているミステリアスなイメージとか。妖艶とか。

 かけ離れているのだが、乙女のブロークンハートはそんなことどこか遠くに追いやった。


(なによなによ。あの子の何がいいのかしら……? ちっちゃいから? ロリコン? あ、でも私もたまに小さいわよね)


 半眼で、薬師と戯れる少女の図を見つめる。


(確かに小さいときのほうが優しいけど……、それだけだし。私とあの子って、何が違うのかしら)


 確かに小さくなると薬師は優しいが、どちらかといえば少女愛好とかではなく、由比紀の身体スペックが見た目どおりになるから心配、の部分が大きすぎる。

 やはり、この扱いの差はなんなのだろうか。


(ゴスロリ? ……なら私のドレスだって負けてないわ)


 二 由比紀は思考する。


(私が彼の好みから外れている? ……そもそも彼に好みなんて意味を成さないし)


 果たして、如何様にすれば、にゃん子のように構ってもらえるのか。

 考えた末、出した結論は。


(……猫耳。そう、猫耳なのね)


 どこかずれていた。


(猫耳さえあれば私だって……)


 その台詞は死亡フラグである。

















 誰もいない室内。

 その中心で正座。

 目の前には猫耳、尻尾。


「……」


 どこでどう選択肢を間違えたやら。

 しかしもう後には引けない。

 ヘヴンオアヘルであり、デッドオアアライブ。

 場所的にヘルでデッド済みだろう、という意見を無視して、乙女の特攻。


「美沙希ちゃん。私、行くわ。往くわ」


 意を決して、立ち上がる。














「おはよう、こんにちは。ご機嫌いかが?」


 ただし。

 行く前に、それは二番煎じどころではない。

 とか。

 日常的に猫耳を見てるんだから、たまに珍しくやっても効果は薄い。

 とか。

 ぶっちゃけ付け耳は直生えに激しく劣る。

 とか。

 気づいてから向かうべきであった。


「見なさい! 猫耳と尻尾よ? 刮目して見なさい!!」


 彼女は行った、往ったとも。

 ただし逝った。


「……由比紀。ついに血迷ったのか」

「あれ?」


 そしていじけた。












「……別にいいのよ。冗談でやっただけだから。笑ってくれなかったから少し寂しいけどっ」

「なんか悪かった。俺が全面的に悪かったから俺の座ってる隣でいじけるのはよせ」

「いじけてないわ。いつも通りよ。ええ。なんのことはなく平常通り運行しております」

「お前は基本的に体育座りなのか」


 絶賛どんより空間。

 いくら薬師でも、流石に由比紀を見た。


「まったく、なんなんだ、一体……」


 頭をかきながらの台詞に、由比紀は言う。


「……昨日今日と、貴方、私を邪険にしすぎじゃない?」

「わかった、もう少しまともに扱うことにしよう」


 言外に、だから隣でいじけんなヴォケェ、と言っていたが、しかし、言質をとったことには変わりない。


「じゃ、じゃあ。今のところにゃん子がいなくて、膝が寂しいなら、私を乗せてもいいわよ?」

「いや、それはいい」


 即答。


「……」


 そして由比紀はいじけた。


「……すまんかった。今なら乗せてもいい」

「いえ、いいのよ。洒落だから。でも、笑ってくれなかったわね、うふふ……」


 まるで樹海最深部のような笑いを浮かべる由比紀。


「でも、まあ、そこまで言うなら乗ってあげても……」

「俺の膝開放期間は終了しました」

「……」


 さっき乗らないとか言ったくせに今度は乗るとか何だよオメェ宣言に、更にいじける。

 由比紀も、ここに来てなんだかよくわからないツンデレなどやめればいいものを。

 追いかけるときは本気で追いかけるくせに、相手から来ると腰が引ける、そんな性である。

 とりあえず、由比紀は己が空回る女だということを裂きに理解すべきだった。


「いや、あれだ。他のことなら考えてやる」

「じゃあ、私の体、好きなところ一つ、触らせてあげる」

「それはいいです」


 更に即答。もう狙っているのかというくらいの即答だった。

 また、重くなる空気。

 もう、どうしようもないのか。

 そう思われたその瞬間。

 デウス・エクス・マキナのように、救世主は現れた。


「にゃーん、由比紀がつけ耳してるっ。言ってくれれば生やすのに」


 機械仕掛けの神というか、黒猫だったが。

 その黒猫は、ソファの上の由比紀の背中を上り、軽やかにその上を飛び越えた。

 いつの間にやら、紛い物の尻尾と猫耳を奪い去って。

 しかし、由比紀の頭に、猫耳は消えていない。尻尾もだ。


「あ」


 そう、直に猫耳と尻尾が生えていた。

 ひくひくと、自由に動く。

 まさに今度こそ、敵から送られた塩。

 由比紀は、本物の耳と尻尾を以って、薬師を見た。


「どうっ?」


 そして由比紀は。


「え……、いや、別に……」


 またいじけた。











「で……、これでいいのか?」

「いいんじゃない? ご主人、何も言わないのが華だと思うよ?」


 しばらくの間、薬師の腹に顔をうずめ続ける由比紀がいたとかなんとか。
















―――
バレンタイン予告。
ただし、バレンタインに薬師が出る予定が無い。

チラ裏と同時更新したせいで、爆裂四散しそうなほど疲労困憊。







返信




あかなめ様

ネタばれになるため、詳しくは語れませんが。
一応空です。がらんどう。どこぞの錬金術師の弟のほうのように。
収納にも便利。
まあ、でも中身も出ます。一応。デュラハンにも色々とあるのです。


Smith様

いい加減遠慮してたらどうしようもないということに由美は気づき始めてきたようです。
下手打つと千年掛かっても攻略できない薬師ですから。
とりあえず薬師の首がねじ切れるのが先か、春奈が加減を覚えるのが先か。ねじ切れるのが先だといいですね。
そしてまさかの山崎君エンドに吹きました。首と胴が分かれて再婚ですか。


奇々怪々様

山崎君はとりあえず、今のところ、中身が無いので正座対応です。やったね。
そして、一体どこの風習なのか。猿贈り。森の奥地とかですかね。
どう考えても邪魔にしかならないです。ちなみに、山崎君が頭を装備する日は、きっと中身が出たときです。
中身が出ないと空前絶後の空洞ヒロインが誕生ですし。


通りすがり六世様

変わった趣向で薬師が出ないようです。まあ、色々とネタ的に。
そして、このままいくと山崎君もヒロイン加入です。まあ、たぶん間違いなく。
まあ、自分もまた、スフィンクスからスキュラまでの派閥なので。むしろ一発ネタのほうでそんなん書いたりもしました。人魚が行けて、スキュラが駄目な理由がわからないっ。とか力説したりしなかったり。


SEVEN様

つまり、イタリアも、イギリスももうアウトですね。次はフランス辺りですか。
そして、山崎君のドジっ娘発言は、「自分、不器用ですから」と同じ空気があると思います。あと、ドジっ娘にあるまじき字体。
しかしまあ、薬師が愛を囁けるような男だったら確かに前さんとの新婚物語でもおかしくないです。
ただ、むしろ、薬師なら「あー、愛してるよ(娘として)」とかいいそうです。


黒茶色様

ロボっ娘……。ありですね。ありです。ロボっ娘といえばなんとなくペルソナのアイギスを思い出します。
あとそこはかとなくロボっ娘っぽくないですけどゼオライマーとか思い出します。
まあ、なんと言うか、自分はAI萌えまでなら行けると思ってます。
ZOEは自分にAI萌えというジャンルを植えつけていきました。















最後に。

バレンタインと聞いて真っ先にバレンタイン編のことを考えるのは末期。



[20629] 其の六十一 俺と奴の命日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:042ea6f3
Date: 2011/02/14 22:46
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







 チョコレートを溶かし、型に流すだけ。

 簡単なお仕事です。


「でも、それだけだとなんだかなぁ……」


 自宅のキッチンで、ポツリと前は呟いた。

 明日は聖ヴァレンティヌスの命日。

 無論、ヴァレンティヌスの命日であってもそれに対し、手を合わせるものはいない。

 二月十四日は、単なるしめやかな命日に収まらぬ。

 剣の代わりに包丁を。流れ出る血潮の代わりにチョコレートを。

 戦場を台所に変えて。

 殺意の代わりに溢れ出る愛を以って。

 バレンタインデー。

 それは聖なる戦の日である。

 男達はその日を間近にじりじりと無言で鎬を削りあう。表面化しないからこそ苛烈なせめぎ合い。

 女達は準備から決行に至るまで、周到を尽くす。戦前の情報統制をしくじれば、戦を前に爆死する。

 まあ、そんな感じで。


「かと言って、お菓子作りのテクニックなんてないし……」


 そんな、凄惨で華やかな戦争を前に、前はキッチンを前にああでもない、こうでもないと頭を悩ませていたのである。


「ああっ、やっぱり市販にすればよかった……!」


 後悔は決して先に立つことは無く。そもそも先に立ったら前悔か先悔だろう、というのはともかく。

 市販品を買ってはいと渡してしまうのは、今となってはあまりに素っ気無さ過ぎるのではないか、と前は考えていた。

 現存するライバルを考えれば、まず間違いなく最高級品を買える面子がちらほらと。

 そして、お菓子作りにも造詣が深そうな、料理が得意な面子は、市販品に出せない味というものを前面に押し出してくるだろう。

 不器用な人々も、不器用なりに頑張る。

 そうなってはもう、真心で勝つしか方法は無い。

 とか、なんとか。去年もあった葛藤だが。

 いつものホットパンツと、横ストライプのトレーナー、それに合わせるかのようなストライプのオーバーニーソックス。

 その上にエプロンを付けて、前は頭を悩ませるのである。


「なんか……、わざとらしい気もするし」


 無論、もう遅いわけだが。

 これから取れる手段なんて、今すぐコンビニへ走って購入するくらいのもの。

 後は、この一晩でお菓子作りの才能に開眼するかだ。

 さも無きゃ、普通に作って渡すしかない。

 台所には、チョコをカットするのに使った包丁が。ボウルの中をかき混ぜるのに使ったヘラが。使用済みのクッキングペーパーが、さりげない悲哀を纏って寂しげに置いてあった。

 しかし、そんな器具達に、哀愁を付加させる要因である、ハの字に下がった前の眉が、不意に釣りあがる。


「今さらだね。しっかりしろっ」


 自分に渇を入れる。それだけで、置かれた器具達のイメージは、戦場の傭兵のような男臭い空気に変わった。

 そして、


「薬師……、食べてくれるかな?」


 頬を染めて呟いたその一言で、雰囲気が甘ったるく変更。

 前は、頬に付いたチョコを気にも留めず、調理を続けたのだった。














其の六十一 俺と奴の命日。













 地獄の三丁目に存在する、薬師宅。

 の、隣。


「……」

「お母さん、どうしたの?」

「春奈、貴方は寝ていなさい」


 料理本とにらみ合う愛沙は、あまりにも鬼気迫るものがあった。

 これが乙女の戦場である。


「んー、チョコだー。あ、バレンタインデー?」

「……まあ、一応そうなのだけれど」


 身を乗り出し、台所の上を見る春奈に、げんなりと愛沙は呟いた。

 上手くいっていない。

 愛沙は、このような菓子作りの経験が一切無い。

 そもそも、家事の経験そのものが長くない愛沙からすれば当然であるが。

 まあ、そんな中、閻魔やらと比べ、ある程度の水準の料理スキルは会得した愛沙ながら、菓子作りはあまりに勝手が違いすぎた。

 まず、料理で早々湯煎なんて行わない。


(……少々、甘く見すぎたので)


 内心、忸怩たる思いである。所詮溶かして型に入れるだけの簡単な仕事。アットホームな職場、と思っていたらこれだ。
 普通に鍋に放り込んではいけないのだ、と気が付いたのが三十分前。

 職場の部下にその手の料理本を持ってこさせたのがつい先ほど。

 そうして、湯煎の存在に気が付いたのだが、いかんせん。

 ボウルの大きさに合った鍋がない。


「わたしも作るー。なにすればいいの?」


 手を洗いながら、無邪気に言われ、表面上平静を装ったが、愛沙は戸惑った。


「……まずは、チョコレートを溶かさないといけないのだけれど」


 それを如何様にすれば良いかで悩んでいるのだ。この先を春奈に示すことができない。

 本当のところを言えば、チョコレートを何らかの袋で包み、お湯に放り込めば問題ないのだが、自分の専門分野以外での閃きは人並み以下の愛沙だった。


「うん」


 そして、そんな愛沙に対し、春奈は一度肯くと、あろうことか、置いてあったボールを抱きしめた。


「ええと、なにをしているので?」


 流石に愛沙も、これには戸惑いを隠しきれない。


「んー。あっためれば溶けるじゃん」

「……いえ、ああ、まあ」


 なんとも原始的な方法か。しかし、他に思いつかないのだから、まあ、仕方ない。

 そして、春奈は不意にボウルの中に手を突っ込んだ。


「こうした方が、はやく溶けるかな? わたしったらさえてるっ」


 そう言って、軽く刻まれたチョコレートを、春奈は握り潰した。

 体温も手伝って、チョコレートは次第に固体の形を失っていく。

 愛沙にはできない方法であった。愛沙の握力はしょんぼりである。

 しかし、これで作業が可能である。チョコレートを溶かし、生クリームを入れ、ラム酒を投入し、固めてココアパウダーを入れれば、生チョコが完成する。


「よくやりました、春奈」


 愛沙は、優しい手つきで、手が汚れるどころか、顔にすらべたべたとチョコレートを付ける春奈の頭を撫でた。


「んっ」


 春奈は返事もそこそこに、一心不乱にチョコレートを溶かし続ける。

 愛沙は指で、春奈の頬のチョコレートを拭った。


「んにゅ?」


 そして、なんとはなしに、その指を舐める。

 チョコレートの甘みが口全体に広がった。


「チョコレートを頬に付けておくのは立派な淑女にあるまじきことだと思うのだけれど」

「ん、ありがとっ」

「どういたしまして」


 春奈が、愛沙へ笑みを返す。

 そして、作業へ戻った春奈は、不意に質問した。


「お母さんも、やくしにわたすの?」


 先ほどまでの和やかな雰囲気。

 一転。

 愛沙が一瞬にして固まる。


「そっ、そんなことは……」

「じゃあ、わたさないの?」

「ぎっ、義理なのでっ。去年も十分世話になったと思うのだけれどっ?」


 赤くなって、愛沙が顔を逸らす。

 にへら、と春奈は笑った。


「そっか」

「……そういう貴方は? クラスメイトが居ると思うのだけれど」


 釈然としなさそうに、愛沙が問う。

 意趣返しのつもりだったが、春奈にはまったく通用しなかった。


「わたしは一個で十分だよっ。やくししかいないもん」

「そ……、そうなので」


 あまりにもはっきりと返されて、逆に愛沙がたじろぐ。


「お母さんは違うの? やくしのこと、すきじゃないの?」


 問われて、愛沙は口元に手を当てて、真っ赤になって俯いた。

 煙が出そうなほど、頬が熱い。

 眉は困ったように曲線を描いた。


「なんかお母さんってさ」


 春奈の呟きにも何も言えないまま、照れて愛沙は押し黙る。


「可愛いね」


 愛沙を見上げて首を傾げた春奈の頭を、愛沙は黙ってぽすんと叩いた。


















「貰っても困らないように、小さめのサイズにしないとね」


 閻魔宅のオーブンは、フル稼働。


「どうせ、今年もたくさん貰うんでしょうけど……」


 由比紀の呟いた言葉は、あまりに哀愁が漂っていた。

 ただ、そんな大量のチョコの中、ささやかな気遣い。


「チョコレートケーキ、甘みを控えた方がいいかしら」


 台所で、唇に指先を当てて、首を傾げる由比紀。

 それを眺める閻魔もいた。


「我が妹ながら、羨ましいです……」


 眺めて、見守るだけ。

 そんな閻魔に気が付いて、由比紀が振り向く。


「あら、いいじゃない。美沙希ちゃんもちゃんと買ったんでしょ?」

「まあ、それなりのものを、適当に」


 と、言いながらも、店で長い時間悩んでいたことを由比紀は知っている。

 そんな彼女に苦笑して、由比紀は作業に戻った。


「それに、彼も市販の方が喜ぶんじゃないかしら? 女としてはアレだけど」

「う……」


 閻魔は痛いところを突かれたように押し黙る。

 チョコレートと見せかけてザラキーマカレーの悪夢はそれなりに薬師の心にトラウマを植えつけているらしい。


「どちらかというと、明日薬師にチョコを作ってもらって、ホワイトデーに返したほうがいいんじゃない?」


 茶化すように、由比紀は言う。

 そんな由比紀に、閻魔はむきになって反論した。


「なっ、ああ、アレですっ。彼にチョコレートなんて現代風のものが作れるわけがありませんっ!」

「ああ、そうかもね。むしろお汁粉とかなら出してきそうだけど」


 それだけ言って、由比紀は押し黙った。

 台所に向けて真剣な視線。

 背には戦場へ赴く戦士の哀愁。


「さて、じゃあ……、全力で愛情を叩きつけるわ」


 こうして、地獄全土を揺るがす聖戦が始まったのだ。











 そして、当日。


『すまん、道端で龍に轢かれそうな婆さんを助けたらその娘が奇病に掛かっていて治療に必要な薬を回収に行ってたら婆さんを轢きかけてた龍と戦闘になって、帰って来たらその婆さんの夫が行方不明になって探してるうちに骨とか折れたせいで今日はいけそうにないっ!』

「……え?」


 散発的に聞こえる爆音、怒号。そしてノイズ。電話が途切れた。


「薬師さん? 薬師さーん……?」









 爽やかな由壱の映像でお待ちください。









「なにをやってるのかな?」


 由壱は、学校の廊下で唐突に振り向いた。

 そこには、葵がいる。


「っあ! な、なな、なんでもないわよ!」


 勢いよく、手を振って葵は否定した。


「本当に?」


 しかし、由壱が問うと、不意にその勢いが萎んで消えた。


「そんなことも、ないかも……」


 由壱は苦笑。

 葵は、誤魔化すように声を上げた。


「アンタ、バレンタインデーのチョコ、何個貰ったのよ?」

「んー、家族からのを抜いたら四つ……、いや五つかな」

「……五つも?」

「三つはクラスの友達から、ね」


 そう言って、由壱は苦笑を続けた。


「モテるのね、アンタ……、ま、まあ、当然かもしれないけど」

「いやいや、残念だけど、義理だよ。なんせ、クラスの皆に配ってるんだから、俺だけもらえなかったらそれはそれで困るよ」

「じゃあクラスじゃない奴の一つは?」


 その瞬間、由壱が、どんよりとした空気をまとう。

 そして、零した言葉。


「……知らないお姉さんが、唐突に」

「なにそれ怖い」

「あはは、どうしようね、これ」

「どんな風に渡されたのよ」

「『うほっ、いい少年。貴方にこれをあげるわ、大人になったらと言わず、ホワイトデーに貴方の初めてでお返しに来てね、ハァハァ、短パンでも可よ』って」

「捨てなさい」

「あ、君もそのほうがいいと思う?」


 あっさりと由壱は言った。食べたら最後な気がしないでもない。


「最後の一つは?」


 葵が問うと、由壱は照れたように頬を掻いた。


「ええと……」

「な、なによ。もしかして、好きな人からでも貰ったの?」


 戸惑うように後ずさった葵。

 由壱は視線を泳がせた。


「なによ……」


 そして、一度目を瞑り、自棄になったように、由壱は口を開く。


「君から貰いたいと思ってるんだけど、どうかなっ?」

「なっ、ないわよ!」

「じゃあ、君の手の中のはなんだろうね」


 そう言って、由壱は葵の手元を指差した。

 ばっと葵は手の中の箱を隠す。


「こ、これは、ダメよ。ダメなの」

「なんで?」


 由壱は理由を聞いた。

 のだが、


「の、罵ればいいじゃないっ」


 唐突に、葵は言って、周りを大層驚かせたとか何とか。


「はっはぁ、チョコレートを溶かして型に嵌めるだけのこともできないのかこの雌豚とでも言っておけばいいじゃないっ」


 周りに注目されているこを気にも留めず、葵は喚いた。

 参ったなー、と笑う由壱は言葉の意味を理解し、呟く。


「あ、失敗したんだ」

「っ、悪かったわね!」

「まあ、うん。でも、だったらなんで持ってるのかな?」


 由壱の質問に、びくりと葵は肩を震わせる。


「いっ、一応、渡す意思だけはあったのよ。それだけで満足なさい。ほらっ、他に貰ってるみたいだし」

「ふーん?」


 なるほど、と由壱は納得した。渡すだけ、要するに気持ちだけなら渡す意思があったらしいが、由壱がそれなりに貰っているからそれその物を渡す理由もなくなってしまったらしい。

 しかし、由壱的にはそんなのお断りである。


「ちょっとそれ、貸してくれるかな?」


 そう言って、由壱は、葵の手元のラッピングされた箱を掴んだ。

 あっさりとそれは葵の手からはずれ、由壱の元に収まる。

 そして、由壱は躊躇なく包装を開き。


「あっ、待ちなさいっ」


 制止を無視して、チョコレートの一つを口の中に放り込んだ。

 そして、咀嚼。


「よ、由壱?」


 無言の由壱に葵が呼びかけると、彼は口を開いた。


「うん、不味い。汚泥の味がする」


 言われて、葵は肩を落とす。

 確かに、あんまりといえばあんまりだ。事実でも、はっきり言いすぎである。

 そんな葵に、由壱は続けた。


「でもさ。美味しいチョコを食べたいなら、高い奴を買ったほうがいいんだよ」


 そう言って、照れたように由壱が笑う。


「ええと……、その。この意味、わかるよね?」


 確認の一言。


「う、うん……」


 葵は頷く。それを見て由壱は、踵を返した。


「じゃ、そういうことで」


 去っていく由壱。

 再起動した葵がそれを追う。


「か、返しなさいよっ、それ!」

「ははは、嫌だよ」

「中って寝込んだららどうすんのよ!」

「あー……、その時は、その。君が看病に来てくれると嬉しいかな、うん」

「馬鹿っ!」


















 そうして、バレンタインデーは終わりを迎えた。

 深夜零時過ぎ。

 龍と戦闘したり、お爺さんが暗黒物質に操られてたり、敵対組織のトップが実はお爺さんの父親だったり、暗黒面に落ちたり。

 やっとの思い出、薬師は帰宅を遂げる。


「ただいま」

「おかえり」

「ん、銀子、お前さんなに食ってるんだ?」

「チョコ」

「そうか」

「食べる?」


 そう言って、ソファに座って一人チョコレートを食べていた銀子は、薬師に向かって一粒のチョコレートを差し出した。


「食う」


 疲れていた薬師は、それを直接口で受け取る。

 甘みが、疲労に染み渡った。


「手作り」

「まじで」


 銀子の言葉はいささか予想外。思わず間抜けに返答する。


「まじ」

「美味いじゃねーか」

「多分、副作用はないと思う」

「……一瞬にして味がなくなった」

「洗った。ビーカーは」

「なにで作ってんだお前さん」

「本当は、コンビニで買って済ませようと思ったんだけど」

「だけど?」

「クリームパンしか売ってなかった」

「……別のとこいけよ」

「ともかく、作った。頑張った」

「へいへい」


 ぽんぽん、と薬師は銀子の頭を撫でる。

 無表情で、銀子は無言。ただ、黙って撫でられる。


「クリームパンも食べる?」


 そしてそんな中、袋ごと、銀子がクリームパンを差し出した。


「買ってきたんか」


 貰うがな、と薬師は言った。

 銀子は、袋から出したクリームパンを二つに割る。


「半分こ」


 そして、片方を渡し、それを受け取った薬師は上着を適当に放り投げて隣に座った。


「藍音は?」

「最高に効く胃薬を探しに行った。多分、明日は覚悟した方がいいと思う」

「うわあ、本当に気の利くメイドですこと」


 薬師はクリームパンを腹に押し込む。

 すると、銀子がまたチョコレートを差し出してきた。


「もっと、食べて?」


 首を傾げて言う銀子に応答し、それを食べる。

 すると、まだ出てくるチョコレート。

 薬師は、それに応じる。

 それを繰り返すこと数回。


「いや、もういい」

「食べて」


 短い言葉に、圧力を感じる。

 少しだけ、薬師には思い当たることがあった。

 作られたチョコ。今まで起きてた銀子。


「……もしかして、怒ってんのか」

「怒ってない」

「そうか」


 諦めて、薬師は出されたチョコを口にした。


「もっと、食べる」

「むう……」


 そして、突如、銀子はビーカーを取り出した。

 中身は黒。黒の粘性のある液体。コールタールでなければチョコレート。

 徐に銀子は、そのビーカーの中に指を突っ込んだ。


「舐めて」

「いや、それは」


 できればお断りしたい。と思ったが、かかる圧力は桁違い。


「舐めて」


 指を突きつけてくる銀子に、

 薬師は諦めた。

 今にも雫が垂れ落ちそうな銀子のに舌を這わせる。


「なんかエロい」

「お前さんがやれと言ったんだろう」

「ホワイトデーは、三倍返しに期待する」

「貴様ぁ」

「チョコは元手が掛かってないから……、クリームパン百五十円の半分掛ける三? 二百二十五円」

「うわあ、無欲。そんな健気なお前さんに四倍返ししてやりたくなってきた」

「やっふー、やっくん太っ腹」

「やっくんやめろ」

「やだ」

「そうか」

「とにかく、もっと食べる」

「わかったよ」

「ホワイトデーは、指輪か、やっくんがいい」

「二百二十五円の指輪か、二百二十五円の俺かよ。それは安すぎないか、俺が」

「知らない、お得。いただきます」

「手を合わせるな。ホワイトデーまで一月ある。まだ焦るような時間じゃない」


 そして、無言。

 黙ってチョコレートを食べるだけの時間が過ぎて。


「いいこと思いついた」


 銀子は言う。


「貴方が私を食べて、来月貴方が三倍返し」


 げんなりと、薬師は呟いた。


「……もうお腹いっぱいだ」


 呟けば、また、暫くチョコを食べるだけの時間が続く。


「おいしい?」

「おいしい」

「そう」


 銀子が、少し笑った。











 その次の日、地獄各所に分刻みで呼び出され、結局薬師は音速を超えた。






















―――
なんとなく、頑張って薬師も出しました。銀子分が不足気味との報告もあったので。
本当は由壱さんのとこで終了予定でしたが。










返信



奇々怪々様

そもそも、チャイムを鳴らしておけばこんなことには……! 不法侵入でドッキリ作戦が黒歴史に。薬師はもっと起きるべき。コアラにでもなるのか。
しかし、ネタにだけは反応するあたり、ちゃんと聞いてはいるんですよ。流石の薬師も。まあ、ネタにしか反応しませんけど。
とりあえず、変なツンデレを発揮しなければまあまあ行けると思うんですがね。
あと、なりふり構わない方向なら、薬師からの同情票で。


通りすがり六世様

もうバレンタインなんて、バレンタイン編書かないとなぁ……、くらいの勢いです。
むしろ自分が貰えるとしたら、野郎か、知らない誰かからという選択肢しかないです。状況的に。するとあら不思議、貰える方が恐ろしい。
とりあえず、由比紀余裕を装うキャラです。装うキャラなんです。
由比紀がMな方向に目覚めないか心配です。


アンプ様

ヴァレンティヌス様を出す案はありました。むしろ今でもあります。しかし、一年に一回のイベントに萌とギャグのバランスが取りにくいことが発覚です。
でもどうせなので、出せそうになったら出しましょう。今回の感想を見て、ふっとネタが来ました。感謝です。
そして、薬師はアレな方法でバレンタイン回避。銀子からは逃げれませんでしたが。
とりあえず、蓮子さんと玲衣子さんは、既にネタのストックはあるので、書くだけです。


SEVEN様

まあ、ヘタレなんです。その通り。押しに弱いんです。いざって時に尻込みします。
ミステリアスよりも庶民派で攻めた方が強いと思うんですがね。薬師と家事談義で盛り上がれる分、そちらの方が芽がありそうです。いつの間にか父薬師、母由比紀、娘閻魔みたいな感じになれば勝ちでしょう。
予定は無かったけど、バレンタインに薬師でました。本当はあの一言、どころじゃないけど、あの台詞で終わるところでしたが。
全裸チョコと、一晩悩みましたよ。まあ、でも今回は家庭内より外へ話を飛ばしたかったので。


春都様

果たして風にネタと普通の会話を見分けるセンサーでも付いているのでしょうか。
あと、二人して閻魔に容赦ない。
とりあえず、相手するのめんどくさいモードの薬師ならなにやってもいい気はするんですが。それができないのが由比紀。
バレンタインは、由壱も頑張りました。というかもう、初々しい。


黒だるま様

いつか血迷いそうだとは思っているようです。
まあ、閻魔の家系は大概暴走しがちですから、仕方ないといえば仕方ない。
しかし、十割薬師のせいなので、薬師は責任取るべき。
もう、血迷ったら薬師のせいにしてそれを盾に結婚を迫ればいいのに。










最後に。

由壱さんテライケメン。



[20629] 其の六十二 俺と奴の命日は終わったはずだ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c534e7db
Date: 2011/02/17 22:28
俺と鬼と賽の河原と。生生世世








 木枯らし吹き荒ぶ。

 冬の日の曇り空は、酷く寂しい気分にさせる。

 気温も低くて、突き刺すような寒さが身を凍えさせる、そんな日だった。

 気がしたのだが。


「……暑苦しい」

「おや、こんなに寒いのに?」


 心底不思議そうに。いっそ白々しいほどに。

 隣の和服美人こと、憐子さんは俺に聞いた。

 腕に纏わり付く彼女は、なぜか上機嫌で。

 吹き荒ぶ木枯らしも、どんよりとした暗雲も、いつの間にか、何故だか喜劇色を帯びている。


「第一、何でこんなことになってるんだよ」


 溜息と共に、俺は吐き出した。

 なんで憐子さんと連れ立って俺は歩いているのだ。

 その言葉は自問自答となって帰ってきた。

 答えは簡単。余計なことに巻き込まれたからだ。


「薬師がバレンタインデーに失踪したからじゃないか」

「その言葉には語弊がある。疾走していた、だ」

「どちらも一緒さ。いないという意味では」


 憐子さんは、人差し指を立てて、俺に言う。

 到底納得のできるものではない。理不尽だ、と俺は溜息を吐いた。


「第一、バレンタインデーにいなかったくらいで何でこんなことに」

「それは当然、渡すはずのものを渡せないなどという肩透かしをさせたからだろう」


 何を当然のことを、とばかりに放たれた言葉に、俺は思わず仰け反った。


「憐子さんに……、チョコが作れた……、だと」


 料理洗濯家事全般。全て俺任せだった憐子さんが?


「私が料理を作れるとでも?」

「ですよねー」

「まあ、壊滅的とは言わないがね。教本を見ればギリギリのレベルだ。お前のほうが絶対上手いだろう」

「その口でどうしてバレンタインがどうのと」

「それはあれだ。バレンタインのチョコの代わりに、私にリボンを巻くしかないかな、と、思って私は実行しようとしたわけだ」


 俺、閉口。しかし開いた口が塞がらない。


「帰ってきたら準備しようと判断したからまだしも、全裸待機だったらどうするんだい? 風邪を引いてしまうだろう」

「馬鹿は風邪引かないらしいぞ」

「ほう、私には縁遠い言葉だな」


 再び、閉口。

 憐子さんは風邪引かない。絶対だ。あと、皮肉も効かない。

 そのうえ、地獄じゃ普通風引かない。


「むしろ風邪を引け。地獄で風邪引いたら馬鹿だ」

「薬師がしっぽり看病してくれるのかい?」

「生の林檎を取り囲むように枕元に配置してやろう」

「聞いたことの無い民間療法だな」

「呪いだからな」

「おまじないか」

「呪いだ」


 しかし効果は無かった。の一点張りが目に見えてるが、呪いなのだ。


「まったく、夢が無いな。私とて、少女のような夢を見ることもある」


 口を尖らせ、憐子さんが言う。

 少女? ……少女? しょうじょ……?

 どことない疑問を覚える俺を他所に、憐子さんは遠い目をした。

 そして、まるでうら若き乙女が溜息を吐くように、言う。


「漫画なんかでよくあるシチュエーションさ」

「どんな」

「風邪で看病から欲情し、熱いリビドーをぶつけ合う男女」

「どこの漫画だ」

「成人向け同人誌」

「どんな少女だ」


 そんな少女は教育してやるべきだろう。無論健全な意味でだ。

 とりあえずこのやり取りでわかったのは、憐子さんが少女でないことだけだ。

 そんな中、憐子さんはわざとらしく咳払い一つ。


「とかく。私は風邪を引くかもしれないリスクを負う、かもしれなかった、というわけだ」


 どんだけ仮定で話が進んでるんだこの野郎め。

 その責任を取れ、ということか。って……。


「まあ、そんな話はこの際どうでもいい」


 三度、閉口。

 どうでもいいって、おい。


「一昨日やるはずだった私を今日やろう」


 ……いらないです、


「返事は"はい"か"イエス"だ」


 とは言えないらしい。


「……はいいえす」


 "は"と"す"だけ取って考えてほしい。









其の六十二 俺と奴の命日は終わったはずだ。










「そんなに嫌なら、チャンスをやろう」


 そう言って、憐子さんは笑った。

 ああ、うん、信用できない笑みだ。


「鬼ごっこだ。鬼ごっこをしよう。今からお前は全力で逃げる。私は追う」


 まあ、大きな意味では確かに鬼ごっこだ。

 しかし。


「これから一時間逃げ切ったらお前の勝ちさ。今日は諦めよう。私が勝ったら、今日一日、付き合ってもらう」


 勝てる気が一切しないのは俺の気のせいか。

 まるで、蟻が人に挑むかのような所業、所詮窮鼠は猫を噛むまでなのだ。猫を倒すには到底至らない。いや、何らかの病原菌を持っていれば、長きを見て倒すことができるかもしれないが、しかし、その際既に鼠は死んでいる。

 そんな、無謀。

 だが、だ。

 嘘だとわかっていてもちらりと見えた勝機に、飛びつかないわけにも行かなかった。

 このままでは負け確定である。零か一か、たとえどんなに分の悪い賭けでも、その二択なら俺は一を選ぶ。

 やらなければ可能性すら生み出されないのだ。


「こんな所に居られるかっ、俺は行くからな!」


 あ、これ死亡フラグか。
















「っ、はあ……、はあ……、流石にここまで来れば……」


 ああ、これも死亡フラグか。


「俺、家に帰ったら藍音に告白するんだ。もう花束も買ってあってさ……、縁起でもないな」


 ぼそりと俺は呟いた。

 しかし、この台詞は良くない。藍音がどこかから出現しかねん。

 それに、たとえ藍音が現れずとも、それだと帰っても捕まっても死亡フラグである。

 ともあれ、飛びに飛んで三十分。最高速で駆け抜けた。

 かなりの距離をとったはずだ。できる限りの隠密も舌。

 しかし。


「薬師」


 ――フラグ回収。

 ぞくり、と怖気がしたと思ったら、耳元で声。

 そして、後ろから手が回されて、俺は天下の往来で捕獲された。


「なんでこうもあっさり捕まるかねぇ……?」


 こんなだから勝てる気がしないというのだ。


「お前の憐子さんは、お前のコトならなんでもわかるのさ」

「うわあ、洒落にならん」

「さて、お前の負けだな? 薬師」

「こんなの八百長だぜ」


 何でもわかるというなら、勝利のわかりきった勝負だ。

 不正だ、無効だ、と俺は主張する。

 しかしながら、憐子さんにその言葉が届くことは無かった。


「八百長なんてどこでもやってるさ。うん、私がやっても問題ない」


 それは酷いんじゃないか、色々と。


「第一、別に薬師に勝つ可能性を持たせるためにやったんじゃないからな」

「ならなんでだよ」


 表面上公平を装って不満を押し込めるためか。

 と、思ったら。


「薬師にくっ付きたかっただけだ」


 ……未だに離れないのはそういうからくりか。


「俺が嫌だ、って言っても勝手に来るくせに」

「文句が言えないシチュエーションが肝心なのさ」


 その辺はよく分からんが、俺は呟いた。


「憐子さんに手のひらの上で弄ばれた、弄ばれた」


 しかし、憐子さんは笑う。


「それは酷いな。よし、責任を取ろう。薬師、私の嫁になれ」

「断る」


 何故嫁か。

 確かに憐子さんが嫁役をやれるとは決して思えないが。

 しかし、きっぱり断ったのに、憐子さんはなんか話を続けてくる。


「ああ、なるほど、流石に嫁はいやか。婿でも許可だ」

「それも断る」


 そも、婿とか嫁以前に召使の間違いじゃないのかと、俺は言いたい。

 朝起きてから寝るまで、着替えさえも俺任せ。

 面倒くさくなれば、飯は食べさせろとニヤニヤ笑いながら言い、動くのが面倒くさくなれば連れて行けと抱きついてくる。

 布団が冷たいと一緒に寝ることを強要してくるし、寝起きは手を引いてやらないとまともに動かない。


「ありていに言うなら、私の男になれ、と言っているんだ」

「お断りだ、と言いたいんだ」


 夫と見せかけて召使とか、新しい結婚詐欺師だっ。

 そんなのは許容できない日本男児の俺は、毅然とした態度を背で示す。

 まあ、俺の背には憐子さんがへばりついてるわけだがなっ!

 しかし、強硬な態度もむなしく、憐子さんは堪えない。


「ふむ、まあいいか。そんなことよりも」

「そんなことよりもなんだ」


 もうどうせろくなことしない。間違いない。

 諦めた。


「薬師で遊びたい気分だ」

「せめて俺と遊んでくれ」


 ……諦めたつもりだが、結局諦めきれない人の心だった。

 しかし、先ほどから邪険に対応しているはずなのだが、憐子さんの表情が変わらない。


「ほほう、遊んでくれるのか。一晩のお遊びを」

「取り返しが付かない気がしてきたぜひゃっはあ」

「そして、今回だけ、これっきりと言いながらずるずると関係を引きずって行くのか」


 ……どう考えても遊ばれている。

 だが、憐子さんは非常に愉快そうだが、こちらとしては常に苦虫咀嚼中なのだ。

 そんな中、ふと。


「では、遊ぼう、薬師」


 ちろりと、耳を舌が這った。


「おい、憐子さん。人が見ているから自重しろ」


 そう、微妙に忘れかかっていたがここは天下の往来。

 道行く人が、ちらちらと、俺と憐子さんを見ていた。


「わかった、仕方ない」

「そうか、わかってくれたか」

「そこの茂みに行こう」

「なるほど、そんなに突っ込まれたいのか」

「はしたないぞ、薬師。人目が気になるというからそちらに行こうと行ってるのに」

「どこに行く気だ。この万年色ボケめ」


 暖簾に腕押し。しかしなんとか、憐子さんの侵攻を食い止められた。

 と、思ったら、憐子さんはダンスでも踊るように、俺の首を支えにして、ぐるりと前に回ってきた。

 今にも六十度くらいで傾いて、倒れそうな憐子さんの背を俺は支える。


「薬師、鈍いぞ。鈍すぎる」

「なんだよ」


 責めるような瞳に、俺は眉を潜めた。

 俺が何かしただろうか、と思った瞬間、憐子さんは口を開く。


「寂しい」


 目を伏せるようにして一言。


「構ってくれ」


 上目遣いで、続ける。

 どうしようもなくて、俺は白旗を揚げた。


「……降参だ。ただし自重してくれ」


 途端に、憐子さんが勝ち誇った顔になる。


「ふふふ、これで今日一日薬師をゲットだ」


 まあ……、いいか。

 いいだろう。

 別にこのくらい大したことじゃないし。

 これで今日は一件落着。


「ワシの目の前でイチャついてんじゃねぇえええっ!!」


 と、思ったら後頭部に跳び蹴りをもらっていた。

 何故だ。




















「いいか、ワシには嫌いなものが三つある。バレンタインデーと、往来でいちゃつくカップル……、そしてあと、あれだ、なんかだッ!!」


 そう、それは爺さんだった。

 まるで爺さんのような爺さんで、変な帽子を被っていた。

 あの尖がった、洋風な、でかい、あれだ。キリスト教的空気の。


「お前さんは誰だよ」

「聖ヴァレンティヌスだよ!!」


 しかし、首から下はジャージだったが。


「……聖、ヴァレンティヌス? それは二月十四日が命日の」

「そう、そうじゃよ。そのヴァレンティヌスじゃ。気軽にヴァンって呼んでくれい」

「ではヴァン」

「男は気軽に呼ぶでないわ小童がぁ……! 殺すぞ……!!」

「うわぁ、素敵」


 見事なまでにすごまれて、俺はどん引きである。

 そして、爺さんは殺気を立ち上らせる。


「さて、懺悔はすませたかの? 洗礼は終わっているか? 神の御許にいく準備はオーケー?」


 なんて爺さんだ。英語で言うならば、バイオレンス。


「いや、あれだ、ヴァン、はダメだからティヌスさんよー」

「それはやめい。なんかそこはかとなく仄かに香る卑猥でワシがセクシー路線になってしまう」

「じゃあ、爺さん。お前さんあれだろ。結婚を禁止されていた兵士の婚礼を取り扱って死んだ聖人だろ。なのになんでこんな……」


 聞こうとしたら、俺の言葉をさえぎってまで、老人は吼える。

 天へ届けといわんばかりに。


「ならワシにチョコを供えろよ!!」


 ……いっそ清々しい。

 しかし、二月十四日に死人にチョコレートを供える儀式は奇妙すぎやしないだろうか。


「祝福されたいならっ、ワシに手作りチョコをよぉ……!」


 それにしてもだが、この爺さん目がぎらついて、怖い。


「何見てるんだ……、同情するなら愛をくれっ」


 暗い気配を爺さんが纏った。

 まるで臨戦態勢の獣のようだ。

 そして、そんな獣が唸るように、低く爺さんは声を上げた。


「選べ、チョコを寄越すかくたばるか」

「……すごい威圧だな」

「ワシは一人ではない」


 俺の視線が遠い向こうを捉え始めたとき、爺さんは指を天へ突き立てた。


「全世界の非モテの思いを背負って――、ワシはここに立っている」


 もう、帰っていいですかね。

 憐子さんが退屈そうにしてるんだが。

 と、思ったら、おもむろに憐子さんが動き出した。


「ご老体」


 気軽に、憐子さんは爺さんに話しかけた。


「なんじゃ? 君は気軽にヴァンと呼んでくれていいぞ?」

「そんなにチョコが欲しいのなら差し上げよう」


 それにしても、女相手だと爺さんの反応がいいな。


「マジか!」


 良すぎるだろう、ちょっと。

 俺のヴァレンティヌスがこんなに激しいわけがない。

 ……、アニメ化、しないな。

 まあ、それはともかく、憐子さんはどうやら巧みな話術で爺さんをどうにかしてくれるらしい。

 しかし、気になるのだが、憐子さん、チョコなんてどこに……。

 そう思ったその時、憐子さんは嗜虐的に笑った。


「ご老体の血でコーティングされた私の拳は、皮肉にもチョコに似ているだろう」


 無造作に振りあがる拳。

 俺は慌てて後ろから憐子さんを止めに入ることとなった。


「待った待ったっ、暴力反対だ憐子さん」

「む、薬師」

「こ、こわいお嬢さんじゃの……」

「まあ、薬師が後ろから抱きしめてきたということで満足しておこう」


 俺の制止に応え、憐子さんが拳を下ろす。


「とりあえず爺さん。帰ってくれまいか」


 いい加減にしよう、と俺は切り出した。

 しかし、爺さん、首を横に振る。


「いやじゃ。ワシ、チョコ貰ってないもん」


 ……殴ってやろうか。俺の拳にこびりついた血がまるでチョコのように見えるだろうさ。

 唐突な駄々っ子に、俺の胸中に黒い何かが渦巻く。


「このまま帰るなら足にすがり付いてやるもん。そしたら、無碍には扱えんじゃろ? 無理やり放したらあることないこと言いふらすもん」


 ……よし、チョコをくれてやろう。


「すまない、このご老体にチョコをあげたくなってきた。暫く、後ろから抱きしめていてくれるか?」


 憐子さんが、俺の前で呟く。


「悪い……、俺もくれてやりたくなってきた」

「わかった、薬師を抱きしめて落ち着くことにしよう」


 前から、憐子さんが俺を抱きしめてくる。

 俺の抑止力にもなって一石二鳥だ。

 しかし、再燃する爺さん。


「わ、ワシの前で更にいちゃつくとは……、もう我慢ならんっ。どうなっても知らん、ぞ……?」


 そして、いい加減これをどうしようかと、考え始めたその瞬間。

 絶望を覚え始めたその瞬間。


「あの……、あのっ」


 爺さんに話しかける女学生が一人。


「ヴァレンティヌスさまですよねっ」

「あ、ああ、そうじゃよ? ワシが、バレンタインデーの創始者、ヴァレンティヌスじゃよ?」


 態度が百八十度変更。優しいお爺さん。

 しかし、そんな裏事情、露知らず、女学生は緊張した面持ちで言葉を紡ぐ。


「そのっ、うち、家がキリスト教徒で。ヴァレンティヌスさまにこれを……」


 そう言って差し出したのは、包装された箱。


「……おとといは忙しいかなって思って、今日にしたんですけど、ご迷惑でしたか?」

「い、いや、大丈夫じゃよ。ありがとう」

「は、はいっ! じゃあ、失礼します!!」


 駆け出す少女。

 それを見えなくなるまで見送る爺さん。

 そして、こちらを見ずに、爺さんは呟いた。


「バレンタインって、今日じゃなかったっけ?」

「一昨日だよ」


 しばし、無言。


「……じゃあ、ワシ、帰るね」


 儚いまでに素敵な笑顔。

 そうして、ヴァレンティヌスは帰っていった。

 二人並ぶ、憐子さんと俺。

 俺と彼女は、完全に同時に呟いた。





「「……あのジジイにチョコをくれてやりたくなった」」
























―――
なんとなく、ギャグっぽいネタが書きたかったんです。
感想掲示板のほうから着想を得たりして。


そして、私信で申し訳ないのですが、遂に私も乙種第四類危険物取扱者になるようです。
先日合格通知が届きまして、申請すれば免状交付で正式に。
なので、資格試験講習も終わり、創作活動に専念できる次第です。
さほど影響は無かったものの、多少更新が不安定になったりはしたので、ここで報告させていただきます。







返信


SEVEN様

子作りの才能、明らかに薬師には皆無ですね。間違いない。あったら、今頃大家族ですけど。
しかし、今回の展開はですね、昔流し読みしたフリーゲームにバレンタインの話がありまして。その流れを汲んだところがあります。
プレイ中。あれ、これ主人公現れないオチだったりするんだろうか、とか途中思ってたんですけど、結局そうでもなくて、もやもやしたので自分で書くことにしました。
しかし、焦げチョコですか。ビターチョコですね、わかります。しかし、度が過ぎるとカカオ98%に匹敵してしまうんじゃないでしょうか。


奇々怪々様

萌に攻撃力があればいいのに。そうしたら、薬師が全自動でフルボッコで3乙してベースキャンプで復活できずにクエスト失敗ですよ。
愛沙は下手をすると娘より乙女的可愛さですよ。萌攻撃力は、スパロボ数値にして6800くらいです。
そして、薬師の助けた婆さんたぶん梅代さんです。魃編でちらっと出てきた。
由壱は、等身大のいい男なんです。無理しておいしいなんていわないのが由壱。


通りすがり六世様

確かに、前回は春奈と愛沙の上下関係が逆になってましたね。
昔はただのアホの子ですが、というか今もある程度はアホの子ですが、順調に成長中のようです。
いつか愛沙の手を引いて薬師の元へ飛び込んでいくんじゃないかと。
しかし、それにしても、兄『なんか巻き込まれて不在』弟『年上のお姉さんにチョコを貰い、巧い返しをする』、この格差。


黒茶色様

愛沙と春奈の違いは、照れがあるか無いかだと思われます。
他は大体一緒かと。知力とか、腕力とか色々とありますが、日常生活ではあまり差はありませんし。メンタル面では。
由壱は、もう既に奴らデキてんじゃねぇのかよ、ってくらいの域に達してますね。頑張れお兄ちゃん。
にしても、じゃら男とか、ブライアンとか、法生坊とか、翁とか、酒呑とか、出したい人はたくさんいるんですけどね。というか、個人的に野郎たちの挽歌とか書きたいけど誰得。翁が時代劇風に大暴れする話とかもネタはあるんですけど。











この小説はフィクションです。実在の人物、団体、あと、あれだ、その他神話、実在したかも知れない聖人とは一切関係ありません。



[20629] 其の六十三 俺と弦楽器。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b71c72a4
Date: 2011/02/20 22:04
俺と鬼と賽の河原と。生生世世







 蔵から、私の思い出が見つかった。

 見ないようにしていた、愛おしき思い出が。


「あら……」


 じわり、と胸が痛んだ。

 でも、私は。

 少し前までなら手を伸ばせもしなかっただろうそれに、手を伸ばした。














「なあ……」

「ああ、少々動かないでくださいな。手元が狂ってしまいます」


 何故だろう。

 玲衣子の白い手が、俺の顔に迫ってくる。

 その手の中にあるのは、遮光用保護眼鏡。


「……あまり似合いませんわね」


 サングラス、と言ったほうがわかりやすいのだろうか。


「勝手に掛けといてそれは酷い言い草だ」


 なぜか玲衣子は、思いついたように唐突に、俺へとそれを掛けたのだ。


「では、これはどうでしょう?」


 そう言って、彼女は別のものを取り出したが、やっぱり眼鏡。

 四角い感じの、黒い縁の眼鏡だ。


「……微妙、ですわね」

「辛辣にすぎるぞお前さん」


 掛けられた眼鏡をそのままに、俺は目を瞑り溜息を吐いた。


「そもそも、俺なんぞよりお前さんのが似合うだろ?」


 そして、眼鏡を外すと、それを玲衣子に掛け返してやる。


「あら……」


 彼女は、眼鏡の蔓を持って位置を直し、言った。


「似合いますか?」

「そーいえば、学校では眼鏡の人だったな、お前さん」












其の六十三 俺と弦楽器。














 眼鏡、眼鏡とは。

 視界内の異常、低下した視力や乱視、遠視などを矯正するための器具である。

 球面的な透明体、所謂レンズを用いて物を見ること自体は、古代からあったらしい。

 眼鏡の歴史は、非常に古いのだ。

 しかし、そんな中、実際に"眼鏡"と呼べそうなものが現れたのは、十三世紀ごろだといわれている。

 このころから眼鏡に博識の印象が大衆の間で定着し、眼鏡の誕生する以前の人物の画においても、何らかの権威であれば眼鏡を描く、なんてこともあったらしい。

 まあ、何が言いたいのかというと。

 ――俺の視力は1.5はある。

 少なくとも。


「なんで、眼鏡なんだ」


 俺に眼鏡は必要ない。

 確かに、近年において、眼鏡は装飾の領域を強かに侵食し始めた。

 眼鏡を掛けることにより、男が三分上がるという。

 しかしながら、俺の男が上がらないことは、先ほどのことで証明されたのだ。


「眼鏡ですら補正できない馬鹿面の俺にはそんなものは無意味だぜ」

「……もう、拗ねないでくださいな」


 困ったように玲衣子が笑って、苦笑する。


「今度のお仕事で、必要になりますの」


 そして、唐突な眼鏡の訳を、口にした。


「眼鏡が要る仕事ってなんだよ?」


 俺は問い返す。

 眼鏡が要る仕事ってなんだ。眼鏡屋か。


「立食パーティに出席するのですが、顔の印象を変えたほうがいいかと」

「いや、でも俺結構顔出てるから、眼鏡掛けたくらいじゃどうしようもないんじゃないか?」


 閻魔の婚約者の肩書きがあるため、それなりに目立っている、なんて思ったのだが。


「大丈夫ですわ。肩書きに邪魔されて、名前すら覚えてない人のほうが多いですし」

「……あ、うん、そうか」


 ああ、そうか、うん、なるほどな?

 俺は如意ヶ嶽薬師ではなく、閻魔の婚約者Aなのか。

 なんか非常に恥ずかしくなった、もう帰りたい。


「もう、拗ねないでください。有名人にもなりたくないくせに」

「まーな」

「では、次の仕事はよろしくお願いしますわね?」

「ああ……、つか、そこのとこなんだがさ」

「なんでしょう」


 頭を掻きながら、空いた手で玲衣子を指差し、俺は疑問を口にした。


「なんで、俺なんだ?」


 俺に護衛を頼む際に、稀に問題になると思われる事実がある。

 俺が閻魔の婚約者であることだ。

 婚約といっても、事実無根だし、結婚したわけじゃないから、どこでどうしようと自由だが、相手側にとってはそうも行かない。

 唐突に、交渉に閻魔の婚約者が現れるのだ。身構えない奴はよほどの大物か、それとも厨二病か。


「んふふ、駄目ですか?」


 彼女は、酷く曖昧に笑った。

 何も掴ませない、微妙な笑みだ。


「いや、別にいいんだけどな。そっちがいいなら」


 まあ、結局はそこに落ち着くのだ。

 俺で支障が無いというなら俺がやるまでのこと。


「大丈夫ですわ。美沙希ちゃんも、この際だから、民間警備会社『ロクデナシ』として認めてしまおうか、って言ってましたもの」

「……それは困る」

















 結局、眼鏡の話は有耶無耶に。

 つまるところ、いつも通りに今で茶と菓子を貪っているわけである。

 それは、あまりにいつも通りな訳だが、居間には、違和感の塊が安置してあった。


「ありゃ、なんだ?」

「バイオリンですわ」

「そういうことを聞いてるんじゃねー」


 そう、専用台に立てかけるように置いてあったのは、弦を弓で弾く弦楽器。

 なのだが、それくらい知ってると言うに。

 俺が聞きたいのはそういうことではなく。


「なんでここに置いてあるんだ?」


 聞けば、バイオリンの元に歩いていく玲衣子。

 彼女は、それを持ち上げ、肩に乗せると顎で挟んだ。

 和服だから合わない、なんて思う割にその姿は様になっていて、


「……」


 ギギギ、という音との落差が酷かった。


「私には弾けませんの」

「……それは良くわかった」


 色々と空気がぶち壊しである。


「まあ、貸してみろ」

「どうぞ」


 渡される弓と本体。

 俺は顎と鎖骨でそれを挟み。

 肩の力を抜いて弓を引くと――、


「……まあ」


 ギギギ、と音がした。


「弾けるわけ無いな」


 俺と楽器は水と油である。

 むしろ華麗に楽器を弾ける俺なぞ気味が悪い。

 駄目だこりゃ、と、俺は机にバイオリンを置いた。


「ふふ、無用の長物ですわね」

「そもそも、なんであるんだよ」


 問うた俺に、玲衣子は敢えてだろうか、まるでなんでもないかの用に返事した。


「夫のものです」

「形見かよ」

「そもそも、地獄で形見ということ自体可笑しいと思いません?」

「まあ、そうだけどな」


 その形見で俺、思い切り残念な音鳴らしちゃったよおい。


「蔵で、見つけましたの。ずっと、見つけないようにしていたのですけど」

「さいで」


 果たして、何の心境の変化か。

 俺に計り知ることはできない。


「夫は、手慰みに、なんて言ってましたけれど。私は素人ですから、どれくらいだったのかもわかりません」


 そして、ポツリと、玲衣子は呟いた。


「……貴方は、弾けませんのね」


 苦笑するように。困ったように、彼女は笑っていた。


「一緒にすんなよ」


 俺は、玲衣子から顔を逸らして、溜息を吐く。


「気を悪くしましたか……?」

「一緒にしちゃ、お前さんの夫も浮かばれんだろ」

「浮かぶ魂も無いのに、ですか?」

「知らんよ」


 死後の魂の更に死後は消滅。

 魂が天に帰ったとすら信じられない、寂しさはやはり、俺には計り知れん。

 玲衣子は、座椅子に座ったままの俺を他所に、バイオリンを回収した。

 まあ、人間感傷的になる日もあるさな。

 そんなことを考えていると、玲衣子が窓際へと立った。逆行で、少し眩しい。

 そして。


「ねえ、貴方、バイオリンを教えてくださいませんか?」


 玲衣子は俺に向かってそう言った。


「無理だろ。俺にも弾けねー」

「んふふ、貴方が教えてくれたら、弾けそうな気がしますの」


 やってみてくれませんか?

 そういわれて、俺は立ち上がった。


「はい、それらしく、後ろから包み込んで。お願いします」


 言われた通り、俺は後ろから玲衣子の両手を包む。

 そして、引く。


「鳴りませんわね」

「鳴らないな」


 そう言って、玲衣子が笑っていた。

 何故か楽しそうだった。


「まあ、これで鳴ったら人類八割バイオリニストだ」

「それもそうですわね、ふふ」


 そして、不意に俺の胸に玲衣子が頭を預ける。


「貴方は、あの人とは違いますわ」

「そりゃあな」


 そりゃあ、玲衣子の夫は聞く限りにおいて、ずいぶん素敵な紳士だったことだろうよ。

 かく言う俺は紳士というにはあまりにも、という奴だ。


「んふふ、好い意味でも、悪い意味でも、です」

「む、悪い意味でも、とは心外だな」


 まあ、そもそも元夫に俺が良い意味で勝るところなんてあったこと自体が驚きだが。


「貴方は、あの人と違って、殺しても死にそうにありませんし」


 あ、ゴキブリ並みの生命力ってことですか。はい、そうですか。

 持ち上げて落とすとはなかなかやるじゃないか。


「それに、あの人は貴方ほど、鈍くありませんでしたわ、ふふっ」


 そう言って、彼女は悪戯っぽく笑う。


「ぬ」


 やっぱり出る音は無様で不快な騒音で。

 きっと、これが玲衣子の元夫だったならば、優雅な一時だったのだろうが。

 俺と玲衣子じゃ、俺の腕の中、玲衣子だけが優雅だ。俺は無様な事この上ないし、結局状況は滑稽だ。

 しかしながら、まあ。

 これが俺と玲衣子という奴だろう。











「薬師さん。頼っても、よろしいでしょうか」


 腕の中で、玲衣子は言う。


「なんだ」

「私の我侭で、現場に連れて行くことを許していただけますか?」


 ここまで言うほどのこと。

 玲衣子の様子が少しおかしくなるほどのこと。夫を思い出してしまうほどのこと。

 どうやら、次の現場はそこそこ危ないらしい。

 まあ、でも知ったこっちゃ無い。

 仕事に復帰した当初、俺が付いて行くことに渋っていた玲衣子が、今、頼ってきているんだ。


「知らんよ、自分で考えろ」

「そうします」


 そうして、彼女はふふ、と笑った。

 俺は、適当にこう返した。


「まあ、我ながらロクデナシだな、おい」


 彼女は笑っていた。

 ギギギと鳴るヴァイオリンもまた、どこか笑っているかのようだった。













 あの人の出す優雅な音も、私達の出す不協和音も、耳に残っている。

 あの人と彼は違う。

 あの人と違って捻くれているし、あの人と違って不真面目だし。

 あの人と違って遠慮が無いし、あの人と違って、鈍くて鈍くて仕方ない。

 逆立ちしても、私達はあの人のヴァイオリンの音は出せない。

 けれど。

 一時間やり続けて、偶然、不意に一瞬だけ出た音も、また、悪くないと思う。

 結局、ヴァイオリンは居間に飾ったまま。

 蔵には思い出が少し、入りきらないだろうから。




















―――
今回は、半分予告です。できる限り予告でも面白くしたかったのですが、ちょっとわかりません。
次のシリアスは潜入ミッションですよ、と。
まあ、シリアスに入るの自体はしばらく後です。
あと五話位はノーマルを挟みたいなと思ってます。


そして、どうでもいい内容ですが、朝起きたら唐突に、『異世界に来て龍になったけどとりあえず大豆探す。』という電波をキャッチしました。味噌汁作ろうとする龍で一発ネタでも書けというお告げでしょうか。神のみぞ知る龍と書いて、かみのみそしるドラゴン。





返信



SEVEN様

薬師には鯖入りチョコをくれてやりましょう。というかここは閻魔に作らせたほうが早いですね。
しかし、バレンタインデーが二月じゃなくて夏場だったらそれはそれでベタベタイチャイチャされたらダメージでかい気もします。
というか脳の血管切れます。暑苦しさ的に。まあ、バレンタインデーはいつやってもアウトな気がしないでも。
そして、薬師は風邪とか、異常状態のほうが性欲的な可能性がまだありそうな気がしないでもないです。


奇々怪々様

藍音にお姫様抱っこで家へ帰らされる薬師の姿が目に浮かびます。死亡フラグもままならない。
憐子さんはお姉さんぶりたいのか年下乙女したいのか良くわからないです。とりあえず我侭なんです。
そして、いくら聖なる人と書いて聖人といえど、常にあんな面倒な服は着ていられないんです。スウェットだって着るし、たまにはジーンズとかはくんです。
なんといいますか、聖人って奴はみんな死んでからモテ期が来てるもんですよ。信仰の対象的に。


通りすがり六世様

昔、昔は恋人達を祝福しておりましたが、長き時を経て、荒んでしまったんです、ヴァンは。
まあ、自分の命日にかこつけて恋人達が羽目を外す行事されちゃ、荒みたくもなります。
そしてもう、憐子さんについてはチョコとかバレンタインとか十割建前ですねわかります。普段からあまりやること変わってない気がします。銀子は、銀子にしては珍しく上手くいった例。
しかし、やるやらない以前に、薬師を基点に憐子さんが発生しているわけだから、薬師に拒否権はまったくな気もします。

黒茶色様

こう、こんなんばっか書いてますけど、どちらかといえば専門はスーパーロボットがガッシンガッシン殴りあう奴なんです。
ああ、説得力が無い。そうですね。ただ、まあ、なんとなく男のロマン派。あと時代劇とか。故に翁無双とかしたいです。まあ、次のシリアスあたりで。
ちなみに、爺さんにチョコ上げた子はもう出てくる予定が無いので安全です、やったねたえちゃん!
そして、資格関係ねぇ的なのは往々にしてあるものです。英検一級の国語教師とか、昔いました。まあ、資格は後の選択肢が広がる的な意味で。








最後に。

作者に楽器はカズーが限度です。



[20629] 其の六十四 俺と心は侍。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:02133b9d
Date: 2011/02/23 22:33
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




 俺の知り合いに、教師がいる。いた、と言ったほうが正しいか。

 ああ、生前の話だ。

 今ならば、俺とて教師だが、そんな俄か教師ではなく、本物の教師。

 そんな彼は言っていた。


『何年か前に卒業した生徒と唐突に待ち出会うんだ。先生っ、ってな。しかし俺は……』


 困った苦笑いのような顔で、だ。


『誰だかわからなくってな。え? あ、あー、久しぶり、うん。ってさ』


 教師によくあることらしい。

 こんな話、唐突になんだ、と思うだろう。

 しかし、こんな話を今していることには訳がある。

 そう、それは。


「薬師殿、薬師殿ー?」


 今まさに、そんな状況だから。


「やっべぇ……、誰だコイツ」












其の六十四 俺と心は侍。













 それは、そう、茂みであった。

 外に出ている喫茶店。オープンカフェ、というのだと憐子さんから教えてもらったことのあるそんな店舗と、外界を仕切る茂み。

 その上に覗く形で、その顔が見えた。

 確かに、まあ、なんら不自然ではない。低木、という奴は俺の腰くらい。

 椅子に座れば、ちょうど頭辺りが露出するというものだ。

 まあ、奥に見える彼女は、背が低い方なのだろう、顔の顎辺りは隠されてしまっている。

 そんな彼女を、俺は気にしちゃいなかったのだ。その時点においては。

 まったくの他人だと思って、無視して歩いていたのだ。


「おーいっ、薬師殿ーっ」


 声を掛けられるまでは。


「……やべー、誰だありゃ。生徒か?」


 この俺、まったく、心当たりが無い。

 彼女の年齢を知るには、いささか情報が少ないが、顔立ちはまるで少女である。

 そして青白い、青銅色の髪。

 鉄色の大きな瞳。

 あれほど目立つ外見なら、覚えているような気がするのだが。

 しかし、人違いというのも考えられない。

 相手は薬師、と確かに俺の名を呼んでいるのだ。


「薬師殿?」


 よくわからないが、仕方ない。

 答えないのも人道にもとる行為。いや、天狗だから人道とか関係ないから、とりあえず倫理の問題にしておこう。

 できるだけ角の立たないよう、俺は普通の笑みを作った。


「おーう、どーした」


 当たり障り無く、俺は片手を上げる。

 低木の向こうの少女は、固い声を返した。


「ご無沙汰しております、薬師殿」


 しかし、どうも、あれだな。

 この口調、どこかで覚えが……。


「てかお前さん、話すときは人のほうを見て喋れよ」


 斜め方向に視線を向けて喋る侍少女、仮称に、俺は近づきつつ話しかけ。


「そうしたいのは山々にござりまするが……」


 それができない訳を知った。

 小洒落たハイカラなオープンカフェの机。

 その机の上に乗っかっていたのは、そう。


「つまり日本語で言うと生首」


 少女の生首であった。

 生首。生首である。

 すっぱりと切られた首から上が、机に乗っかっている。


「ああ、この姿でまみえるは初めてでしたな」


 しかし、ござる口調に生首属性。

 心当たりがある気がしたんだが……、山崎君はどっちかというと、質実剛健、筋骨隆々の印象だからなぁ……。

 まあ、口調というか、書かれる字の男らしさとか、その辺から判断されたんだが。


「山崎にござる」

「それは拙者拙者詐欺だ」


 拙者拙者と語っておきながらも可憐な少女であるという詐欺である。


「……ところで、体はどこにおいてきたんだ」

「それが……、何処へ行ったやら……」


 困ったように、山崎君が目を伏せた。

 自由だな、胴体貴様。


「迷子か。首から下が迷子か」

「今、予備をこちらへ向かわせて候」


 あ、予備とかあるんだ。

 しかもまるで遠隔操作。所謂ラジコンみたいなお手軽さ加減。


「あっ、今来たようで」


 ばっと、人垣が割れる。

 首なしの出演に一同、どん引き。そりゃあ、どん引きもする。

 子供だって泣くし、老人は腰を抜かすし、地獄絵図。

 そして、首なしと生首の感動の再会である。

 ちなみに、体は普通の少女のものだった。

 その体の着る、鉄色の軍服のようなそれが、ありえないはずなのに、いやに眩しい。

 そして、体が頭を抱えあげた。青銅色のやけに長い髪が風に攫われて靡く。


「では、これにて」


 凛として、颯爽と去っていった山崎君。

 とりあえず俺は、立ち尽くしていた。

 ひたすらに、己を悔やむ。


「突っ込み切れねぇ……」


 なんて不甲斐ないのか。

 いや、まあ、納得がいくと言えばいくのかも知れないが。

 デュラハンは、首なし騎士であると同時、他の伝承では首の無い女の姿で表される妖精だ。どちらかといえば現代日本においては騎士のほうが有名だが。

 共通点は死を伝える者であるということ。その辺りからして、どちらも同一のものと考えれば。


「頭を基点にして複数の体を動かすのが、デュラハンってか?」


 まあ、どうでもいいか。

 俺は考察を放り捨てて、今日の夕飯に想い馳せる。

 そして、歩くこと数分。

 俺は、糸の切れた操り人形のような、鎧を発見することとなったのだった。


「え……、これ届けに行かないと行けないのか……?」


 おいおい、体落ちてたぞ、そそっかしいな、はっはっは、ってか?

 おぞましいわ。















 後日。

 道を行く。

 川を横に歩く昼。

 それはそれは平和な午後だった。

 近づく春に、小鳥は鳴くし、


「ヘイパス!」

「ディフェンス急げっ!」


 小学生のサッカーをする声が響いていた。

 少年達は元気だねぇ……、と俺が年寄りじみたことを考え出すくらいの平和。


「よし行け! ゴーゴー!!」

「シュート打て!!」

「行くぞーっ!」


 そんな中シュート、と大きく掛け声。

 しかしその球は、大きく的を外し、放物線を描いて俺の前に降り立った。

 その球は、球のようで完全な球体ではなかった。

 それに、やけに毛が絡まっていて……、なにか青銅色をしている。


「おお、薬師殿。奇遇でござるな」


 はい、生首どーん――。


「平和な午後はどこ行った!!」















「いやあ、最近の小学生はすごいっ。サッカーするにあたり爪先に鉄芯入りのせーふてぃすにーかーを使用する徹底振り! まことすばらしい」

「最近の小学生が怖いっ。完全に撲殺狙いで鉄芯入り安全靴とか、悪意十割じゃねーか。まことおそろしい」


 浦島太郎にでる亀をいじめる子供だってそこまで準備しねーよ。

 というか俺に謝れ。

 平和な午後に唐突に髪の毛絡まった生首が飛んできた心の傷は大きい。

 どこの恐怖映画だ。

 しかし、そんな俺の心中のどきどきを露知らず、のんきに山崎君は笑っていた。


「危うく頭蓋が陥没するところにござった」

「で、体はどうしたよ」


 しかし、今日も体の姿が見えない。昨日見たのはもちろん、今うちの蔵に仮として置いてある鎧もだ。


「今少々出ておりまする。数分で帰ってくるかと」


 凄いな、自由だな体。ちゃんと頭も持っていけよ体ぁ……。


「で? お使い行かせて頭は小学生と戯れてたのか」

「そうでござる」


 きっぱりと、硬い声で告げる。

 戯れていたというか明らかに戯れられてたけどな。


「まあ、とりあえず」


 俺は呟いた。山崎君は不思議そうな顔をする。

 そんな山崎君の頭を俺は抱え上げた。


「や、薬師殿っ、なんて破廉恥な!」


 ……破廉恥ってなんだ。

 聞きたかったがそれよりも、だ。


「ここは天下の往来だぞ。そこに生首があってみろ」


 道端を歩いていたら、道の真ん中に、髪の毛が絡まった生首の姿が。

 精神的外傷を負うわ。


「む、申し訳ござらぬ……」


 むしろ生首を抱えているという現状の俺が精神的外傷を負うわ。

 生首の温かさが、俺の背筋を粟立たせる。


「しかしながら、現状、拙者どうすることもできず。何をされても抵抗の出来ぬ身」

「少し黙ってろ」


 声による振動が腕に伝わり、俺の怖気が加速して寿命減少速度上昇だ。


「せ、接吻や、それこそ口による性行為を強要されても抵抗できぬ身故」


 すまん、それは俺じゃなくても無理だ。立たん。ナニがとは言わないが。

 顔を赤くして言う山崎君に、俺の顔は青く。

 仕方ないので、山崎君(首)を抱えたまま、俺は土手に座ったのだった。


















 そういえば、と山崎君の頭を持ち上げて、首の下を見る。

 断面はどうなっているのだろうか。

 思い切り人体断面図だったら嫌だなぁ、と思っていたが、特にそんなことは無かった。

 黒い。謎の異空間である。なんとなく、手を突っ込んで触ってみたくなったが、


「薬師殿っ! 薬師殿がそこまで破廉恥な方だとは思いませなんだ!」


 怒られたのでやめる。


「というか破廉恥なのか、俺」

「そ、そんな、デュラハンの首を下から覗くようなこと……」


 うん、異文化交流って難しい。

 俺はもう理解するのをやめた。


「髪の毛、絡まってんな」


 そう言って、誤魔化すように俺は髪を手で梳いた。

 相も変わらず首を膝に乗っけているという現状は背筋が凍るが。

 考えるな、俺。


「……手馴れておられるようで」


 不思議そうに、山崎君が言う。

 俺は、うんざりとそれに返した。


「こういう世話をさせられてたことがあるからな」


 何を隠そう憐子さんだが。


「恋人にござろうか」

「ありえん」


 天地がひっくり返ってもだ。

 憐子さんと俺はおよそあらゆる関係に当てはまらない。

 恋人でもなし、家族というでもなし、一番近いのは主人と召使だが、どこまで行っても俺と憐子さんの関係は、俺と憐子さんなのだ。

 しかし、山崎君は納得のいかなさそうな顔をする。


「は、邸宅にあれほどの女性を侍らせておいて?」

「……お前さんが俺をどう思ってるのか気になるよ」

「武芸者としては一級品。男としては最低の下衆野郎にござるな」

「ぐわあ……。いや、侍らせてないぞ、誤解だ」

「隠さずとも。武芸者としての腕と人格は問題なければ、男としての一部分下衆であっても足し引き零でござろう」

「すげえ、川が目の前にあるから身投げしたくなった」

「水泳にはまだはやいかと」


 したり顔で語る少女は、まるで背伸びしているかのようにしか見えないが、こころにぐっさり来た。

 まだ春に至りきらぬ川は冷たいだろう。

 そのまま俺も冷たくなれたらいかほど楽か。


「てか、それだとこの状況は、多分にやばいんでないかい。男として最低の下衆野郎に抵抗できない女が膝の上」


 よく、そんな状況において平然としていられる、と俺は呟いた。

 すると、不意に山崎君は寂しげな顔をする。

 どうしたんだ、と思ったら、


「このような生首女に性欲を抱く者がいるものか」


 彼女は言う。

 俺はどうでもよさそうに呟いた。


「そんなもんかね」



















 程なくして、山崎君(胴)がやってきた。

 俺は山崎君(首)を胴の上に置いてやる。

 合体、ぱっと見普通の人。


「では、これにて」


 颯爽と、風を切って歩き出す山崎君。

 それを思わず引き止めて、俺は問うた。


「そういえばお前さん、下の名前は?」


 聞いていなかった。すっかり忘れていたともいえる。

 むしろ、山崎君の名がしっくりきすぎて忘れていた。

 そして、山崎君も忘れていたらしく、彼女は一度手をたたく


「ああ、そういえば。山崎、山崎――」


 そして、可憐な唇で、彼女は言った。


「アンゼロッテにござる」

「それは拙者拙者詐欺だ」
























―――
それはそう、まるで拙者拙者詐欺。
やっと山崎君(本体)が出ました。
作中にあるとおり、デュラハン(騎士形態)と、デュラハン(少女形態)のボディを使いこなすとかこなさいとか。
地獄の各所に彼女のスペアボディがあるとかないとか。









返信

SEVEN様

私はジャガイモ入りの味噌汁が飲みたいです。あさりでも可。ただし葱すら入ってない本物の味噌の汁はお断りで。
玲衣子の元夫に関する過去とか、その辺に焦点を当てたいですね、次回シリアス。
もしくは山崎君の首についてハラハラドキドキ阿鼻叫喚絶叫したいですね、次回シリアス。
果たして薬師は隠れられるのか。向いているのかいないのか。まあ、アレが潜入に向いているとは……。


奇々怪々様

この間。黒歴史ノートが発見されました。友人のです。弱みゲット。ただし私は現在も黒歴史真っ最中。
むしろ死ぬまで黒歴史です。そんな感じでいけたらいいなと。
そして、薬師より鈍いとか、それもうイグアナとかだったんじゃないですかね。流石に人からの好意には鈍いはず。
ふと思ったのですが、下詰ならステルスダンボールとか作ってくれそうです。あくまでダンボールで。


長良様

なんか言い訳がましくなってしまいますが、あれです。
1.5はある。少なくとも。なので、正確な値は不明です。設定的にも別に視力とか決めてないので。
ついでに、目で見て飛ぶより、風で把握して動くほうが多いです。
しかしながら、細かい部分に突っ込むというのは、奥深さを追求する上で重要なことだと思います。自分もこまごまとした部分が好きですし。


春都様

次回シリアスは、玲衣子さんメインです。もしかしたら山崎君もちょっと入ってくるかもしれませんが。
玲衣子さんシリアス二回目じゃね? って? い、いやだなぁ、数珠家編は李知さんメインですよ。もしくは数珠家組。
とりあえず、いやなフラグが立ってますが、フラグ回収しない機こと薬師なら……!
しかし、濁りが無くなって味噌汁なのに、味噌汁は濁っているという。


通りすがり六世様

うちのトリップはなんか定期的に履歴と一緒に消滅します。設定はどこで変えたもんだったか思い出せない罠。
前回はシリアスフラグついでにちょっとだけ玲衣子さんの夫について明らかになりました。
夫と重ねるでもなく、夫を塗りつぶすでもなく、折り合い付けて生きるようです。死んでますけど。
しかし、三味線と琴とかうらやましいです。自分なんて小学のころリコーダー吹いてたくらいですよ。基本的に不器用なんです。


黒茶色様

まあ、スネーク的な潜入になるかはまだ決まってないんですけどね。
人に紛れる潜入とか、見つからないように行く潜入とか色々ありますし。
ここは発泡スチロールで潜入しましょう。クール便の奴でどうにか。しかしたまに擦れて音がうるさそうですね。
AKMは、常に潜入中ですからね。多分何度か既に薬師にすれ違ってるんじゃないかとは思うんですが。








最後に。

二体合体ゴッド山崎。



[20629] 其の六十五 じゃら男には友達が少ない。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:78336604
Date: 2011/02/26 22:56
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 白い髪と赤い瞳。そんな少女の名前を鈴という。

 薬師と交友関係にある、飯塚猛(いいづか たける)、真名をじゃら男という男に拾われた少女だ。

 彼女はじゃら男に拾われて、以来彼の部屋に住んでおり、家事を一手に引き受けた。

 それこそ、おはようからおやすみまで、じゃら男の暮らしを見つめている。

 だから、安らかに眠るじゃら男を起こすのも、彼女の仕事。

 そんな彼女は声を出せない。

 首から上が無いとか、そういう理由ではなく、だが。

 だから、彼女は、じゃら男の手を引いて、彼を起こすのだ。


「んぁ? ……鈴かよ。朝か?」


 眠そうに目を擦るじゃら男の手を引いて、鈴は朝の食卓へと向かうのだった。












其の六十五 じゃら男には友達が少ない。












 じゃら男の朝は早くも遅くも無い。

 鈴に半覚醒状態のまま手を引かれ、なんとなく食卓に付き、おかずの玉子焼きを腹に収めたあたりでやっとじゃら男は目覚める。


『おはよう』


 そんなじゃら男に、鈴が笑顔でメモ帳を差し出した。


「……おう」


 じゃら男はぶっきらぼうに答える。


(今日も仕事いかねぇと……)


 そして、そんなことを考えて。


「今日、休みじゃねぇかよ」


 気が付いたのは着替えてからだった。


「やっちまった……、くそ、やってらんねぇ」


 少し前に、他の人間が病欠だとかで、交代し、今週のシフトが変わっていたことに気が付かなかった。


「があ! 着替えちまった」


 そして、失策を悟る。

 じゃら男は、予定が無い限り、休みは家でパジャマ派である。

 そして、じゃら男は友人が少ない。

 昔は、柄の悪い人間との付き合いもあったのだが、少女を抱えて二人暮しとなってはそうも行かなかった。

 カラオケ、ゲームセンター、その他娯楽施設は、多人数で行ってこそ楽しいものである。

 ゲームセンターでひたすらアーケードゲームに打ち込むという手もあるが。


「どうすっかな」


 既に、じゃら男の中で、家でゆっくりしているという選択肢はない。

 着替えてしまったらもう、取り敢えず出ておかないと勿体無いという考えに至ったらしい。


「ま、取り敢えず出りゃいいか。鈴、俺、外でてくるかんな」


 そう言い残して、じゃら男は服のあちこちに付けられたシルバーのアクセサリーをじゃらりと鳴らして、外に出た。

 別に格好良くないとか、なんか無理してる感があるとか、あまり好評でないじゃら男のじゃらじゃらぶりだが、ポリシーである。

















 こういうとき、声が出せないと、不利だ。

 閉まった扉。鈴は玄関に立つ。

 手の中には、


『今日は、いっしょに出かけない?』


 と、書かれたメモが寂しげに握られていた。

 呼び止めることも敵わず、言葉は伝えきれない。

 鈴は苦笑いして溜息。

 洗濯をしよう、と彼女は中へと戻っていった。















(本屋でも寄ってくっかな……)


 あてども無く、街でじゃらじゃらと音を鳴らすじゃら男。

 彼は本を読むことを好む性質ではないが、しかし、鈴が専ら読書を好むため、読まずとも気にするようにはしている。

 だから、なにか買っていってやろうか、と思うなり、じゃら男は本屋へと足を踏み入れたのだった。

 自動ドアを潜り、新書コーナーへ。

 とかく、鈴は読書を好む。

 それこそ、何でも、である。

 紙があり、それが何らかの方法で背を閉じ纏められていれば、彼女にとって本であるに不足しない。

 そうなっては、じゃら男は鈴に本を与えざるを得ないのだ。

 なぜなら、じゃら男の隠し持つ、未成年の閲覧できないいかがわしい本もまた、彼女は読書してしまうからだ。


「ありゃなんのプレイだよ……」


 当時を思い出し、じゃら男は眉間に皺を寄せた。

 大の男と、その男の持つ、性的な意味を多分に、否、過分に含んだ本を読む少女。

 さほど否定的な顔をしないのが、逆にじゃら男としては辛いものがあった。


(仕方ねぇな、って顔されるとなぁ……)


 男の人って、仕方ないわね、とばかりに、鈴は苦笑気味に微笑んだのである。

 これならいっそ不潔だと睨まれたほうが楽だ。

 だから、定期的にじゃら男は本を買って与えるのである。


(しかし、なんでも良いとは言うけどよぉ。なんにすっか……)


 鈴の好みは、どちらかといえば、年頃らしい少女漫画とかよりも、分厚いハードカバーだ。

 話の好き嫌いというよりも、暇つぶしの長さを求める節がある。


(趣味が読書しかねぇのもアレだよな。こんどセンセイからゲームでも借りてくっか?)


 考え事をしながら、本の陳列棚を見つめるじゃら男。

 そんな時、不意に後ろから聞き知る声が聞こえた。


「あれ?」


 それだけだったが、じゃら男が振り返るには十分である。

 そして、振り返った先。そこに居たのは、じゃら男にとって見覚えのある少年と、もう一人、知らない少女だった。

 片方の名は、よく知っている。由壱だ。

 もう片方は、青い髪に、片角。どこと無く知っている鬼を髣髴とさせる。


「お前、センセイんとこの。なんでここに」

「あ、うん。お久しぶり。俺は付き添い。参考書買うんだってさ」


 そう言って、由壱が頭を下げた。


「相変わらずよくできたガキだぜ……。っと、横のは?」

「ああ、同じ学校の……」


 そうして、由壱がちらりと女の方を見ると、彼女は被せるように言葉を発する。


「青野葵よ。で、由壱、これはなんなの? 兄と友達は選んだほうがいいと思うわ」

「なんだよ、俺の何が気に食わねぇって?」

「じゃらじゃらっぷりが人間業じゃないわ」

「……」


 じゃら男は毒気を抜かれる。葵の顔が余りに真面目で悪気が感じられず、逆にじゃら男が疲れてきた。

 そんな中、苦笑いした由壱が声を上げる。


「ええと、この人は兄さんの友達の飯塚、飯塚……」


 そして、一瞬悩むようにして、


「じゃら男さんだよ」


 諦めた。


「オイ」

「なにかな?」


 白々しく、由壱は首を傾げた。


「猛だよ! た、け、る!!」

「ああ、そういえば。猛さんだよ」

「白々しいなぁ、オイ」


 恨めしげに、じゃら男は由壱を見つめ、由壱は目を逸らした。


「ところで、この女、なんの関係だよ?」


 見たことも無い女である。しかも由壱とはそこそこ年齢が離れている。

 これが二十と、二十五から三十くらいの組み合わせなら気にならないかもしれないが、双方十代ならば大分気になる。

 あっけらかんと由壱は言った。


「学校の……、友達かな? まあ」


 その口ぶりは、少々ばかり不可解だったが、そこで隣から横槍が入る。


「そうよ、ただの友達よ。勘違いしないことねっ」


 ビシ、と指を突きつけて一言。

 ああ、なんてわかりやすいことか。


(そもそもただの友達が、男と女なのに参考書買うのに付き合うかよ)


 頬を染めて言った葵に、じゃら男はしかめっ面。

 しかし、しかしである。


「それじゃ、また」

「あ、ああ」


 去って行く由壱たちを、呆然とじゃら男は見送った。

 立ち尽くす。

 それしかできなかった。

 なぜならば。


(先を越された……)


 小学生だか中学生だかに、あっさりと先を越されているのだから。












 昼食は、じゃら男には必要ないだろうから、鈴は自分で適当に作って食べる。

 手早く済ませた炒飯は、おいしくも不味くもなし。

 正直に言って手を抜いたのだから、仕方ない。

 彼女は、少な目な炒飯を食べ終わると立ち上がった。

 夕飯の材料を購入する。

 昼は手抜きだが、夜は気合を入れなければならない。

 なぜなら、夕飯はじゃら男が食べるのだから。













「くっ、本気になれば俺だって……!」


 そう言ってじゃら男は立ち直った。

 本屋から出て、街を歩く。

 そして、ふらふらと歩き回り、暇そうな女性を見つけると、言った。


「アンタ、暇か?」


 ナンパである。


「あれ? ナンパ?」

「ま、まあな」


 できる限り軽薄そうに言う。

 別に誠実にお付き合いしたいとか、そういうのではない。第一じゃら男には想い人がいる。

 ただ、年下に格の違いを見せ付けられたので、打ち砕かれた自信を瞬間接着剤で修理といきたいのだ。


「でも、残念。私、じゃらじゃらした人に興味ないの。軽薄そうじゃない?」

「……」


 去って行く女。立ち尽くすじゃら男。

 そして数分。


「趣味が合わなかっただけだ。問題ねぇ」


 じゃら男、再起。

 そして。


「そのじゃらついたのを外したら、考えてあげるわ」

「くっ、そういう訳にはいかねぇ……」


 そんなことを繰り返す。

 それを、五回、六回と続けて――。


「マジか……」


 じゃら男は意気消沈した。















 鈴は、偶然にじゃら男を見つけ、頬を膨らませた。

 理由は簡単。じゃら男が見知らぬ女と会話しているからだ。

 別に、会話するくらいなら何のことは無いが、ナンパだ。

 確かに鈴は、じゃら男に想い人がいることを承知している。承知した上でこの生活を受け入れることを選んだ。

 そんな彼が、鈴でも、想い人でもない人間に、粉をかけている。

 面白くない。

 しかし、結局。どうすることもなく。

 鈴は溜息を吐いて苦笑い。仕方ない人ね、とばかりに。

 いまいちはっきりせず、ふらふらとした情けないヘタレっぷりが、彼女にとっては面白くなく、可愛くもあるのだ。

 乙女心は複雑だ。













 駄目だった。その一言に尽きる。

 結論。由壱はワンランク上の男だった。

 肩を落として家へと帰る。

 居間への扉を開けると、鈴がエプロン姿で家事をしていた。


「ただいま……」


 とぼとぼとソファに座り、沈み込む。


(ちくしょう由壱の野郎……、やるじゃねぇかよ)


 完全に負け惜しみである。

 そんなところに、鈴がやってきた。


「な、なんだよ……、負け犬を笑いにきたのかよ……」


 じゃら男が肩を震えさせた。

 無論、じゃら男のナンパの合否など鈴は知る由も無かったが、じゃら男は完全に卑屈モード。

 そんなじゃら男に、困ったように鈴が笑う。


「わ、笑うなよっ」


 どっちなんだ、じゃら男。

 じゃら男、既に涙目である。

 そして、そんな中、鈴はじゃら男に手を伸ばし。


「な……」


 その頭を撫でた。

 まるで、母親が子供にするように。

 じゃら男、顔、真っ赤。


「なな、止めろよっ」


 しかし、止めない。

 にこにこと、慈愛の表情で笑って、鈴はじゃら男の頭を撫でる。

 ここでぶち切れるのも大人気なくて、じゃら男は消沈した。


「鈴」


 そして、ポツリと口にする。

 鈴が首を傾げた。

 すると、じゃら男は続きを語る。


「持って帰ってきた袋ん中に、本、入ってるかんな」


 鈴が、驚いた顔をした。


「何驚いてんだよ。そんなに意外か? ったく……」


 じゃら男は悪態を吐く。

 しかし、彼女は、再び笑った。












 白い髪と赤い瞳。そんな少女の名前を鈴という。

 薬師と交友関係にある、飯塚猛(いいづか たける)、真名をじゃら男という男に拾われた少女だ。

 彼女はじゃら男に拾われて、以来彼の部屋に住んでおり、家事を一手に引き受けた。

 それこそ、おはようからおやすみまで、じゃら男の暮らしを見つめている。

 だから、安らかに眠るじゃら男を起こすのも、彼女の仕事。

 そんな彼女は声を出せない。

 首から上が無いとか、そういう理由ではなく、だが。

 だから、彼女は。

 頬にキスを落として彼を起こすのだ。


「んぁ? ……鈴かよ。朝か?」


 寝ぼけたじゃら男は、気づくことも無く。ぼんやりと立ち上がって食卓へと向かう。






























―――
じゃら男と鈴でした。久しぶり。この二人もネタストックだけなら豊富にあるんですけどね……。
己が二人くらい欲しいです。ああ、パソコンもか。












返信




奇々怪々様

しかし、生首だけでは、喫茶店に入ってもコーヒーも飲めない始末。店員もこれには苦笑い。
山崎君のボディはラジコン操作。あまり遠くに行くとぶっつり切れます。もしくは電波障害的な、魔力攪拌とか、次元歪曲とかが起こったら至近距離じゃないと切れます。
まあ、ぶっちゃけ生首と体があれば十分だと思うんですがね。むしろモロ人外よりまだいい領域な気もします。トロルの女とかもうオス、メスの領域だよ。
と、それはともかく、山崎君自身、そんなに沢山のボディを同時使用はできないので、微妙に不便です。


SEVEN様

あいはじげんもこえるんです。なまくびだってもんだいないです。
まあ、大丈夫。山崎君なら。なぜなら体があるからです。ちょっと人より首と胴が離れているだけなのです。
しかし、一番最初に薬師のグロ耐性が調教されそうな気がします。奴のことだからすぐに鈍くなるんじゃ。
そして、生首サッカーとか、いつの時代の見せしめなのか。中世でならやりかねなくて恐ろしい。


通りすがり六世様

色々と詐欺られました。クレイジーです。あんな武士なのにアンゼロッテたんなんです。
しかし、韓国のアレは何故植木鉢だったのか……。いや、モロ生だったら良いのかという話でもないんですが、なんか違う方向で狂気を感じます。
山崎君に関しては、ボディもあるので、色々な特殊プレイが可能です。具体例は挙げたら最後、板が変わるのでアレですが。
とりあえず、お好みに応じた体をどうぞ状態なのは同意です。鎧フェチにまで対応とかすごすぎる。


黒茶色様

流石に生首単品は辛いものがあります。それだけでテント張れるなら一回りして尊敬できる紳士です。
しかし、ボディがあれば私は平気。不思議。小さいころからの教育の賜物ですね。デビルチルドレンのデュラハンとか。
もしくは目を瞑って声だけならいけるやもしれません。
しかしまあ、何でもエロ方向に持っていくのではなく、究極のプラトニックラブと考えれば……、キツいか。


春都様

時代が山崎君に追いつきません。些か生首過ぎた。とりあえず首の上に頭を乗っけておけば大丈夫でしょう。いつ取れるかひやひやですが。
しかし、天狗なら、天狗ならやってくれます。むしろこれくらいやってくれないと選り好みするのかこの野郎、と。
山崎ヘッドは、まあ、人気者なんです。子供達に大人気。いつかオーバーヘッドキックとかされます。
サブタイはアレです。むなしさ抱くヨロイを脱ぎ捨てるんです。まあ、世代じゃないんですけど、母の影響で。









最後に。

ナデポされる野郎とか誰得とか考える羽目になった。



[20629] 其の六十六 俺と紅茶。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a4766aed
Date: 2011/03/04 21:49
俺と鬼と賽の河原と。生生世世






 いつもより少し早く、目が覚めた。

 藍音がいないと言うことは、五時前後と言ったところだろうか。

 俺は眠気に抵抗し、立ち上がって首を捻る。

 特に不調も無く、快適な朝だ。

 二度寝する気分でもなし。

 俺は伸びを一つ。部屋を出て、一階へと降りていく。

 その藍音は、台所に立っていた。


「おはようございます、薬師様」


 藍音が俺に気が付き、振り向く。

 俺は片手を挙げて返した。


「おはようさん」

「もう少しで朝食ができますので」


 そう言って、藍音は料理に戻った。

 俺は、なんとなくその背中を見つめる。

 俺の飯を、長いこと作り続けてきた背中である。

 今もまた、手際よく料理を作っている。

 何故だか、そんな背が妙に可愛くて、衝動のまま俺は藍音の背後に立った。


「なんでしょう?」


 聞いてくる藍音が振り向こうとした瞬間、耐え切れなくて俺は藍音を後ろから抱きしめる。


「薬師様……?」

「藍音……。お前さんは可愛いな」


 そして、耳元に口を寄せ――。








「という夢を見ましたので続きをどうぞ」

「お断りだ」













其の六十六 俺と紅茶。












「おことわり、ですか。……ライブ中にギターを叩き割るロッカーよろしく、演奏中に琴を叩き割るという」

「どんなお琴割りだ」


 ある日の朝。

 相変わらず、藍音の与太話にはついて行けん。


「琴よりも、私を弾いていただければ」

「その心は」

「いい声で啼きます」

「帰れ」


 珍しく早く起きて爽やかな朝だと思ったらこれだ。

 気のせいだった。爽やかなんかじゃなかったのだ。

 まあ、いつも通りと言えば、いつも通り。。


「では貴方の胸の中に帰ります」


 そう言って、藍音は俺への距離を零に取る。

 俺の胸に、藍音の頭が触れている。

 そして、囁くように藍音は呟いた。


「……貴方のスティックで、私を掻き鳴らしてください」

「お前さん、シモネタ禁止な」

「ネタに貴賎はありません」

「上品下品はあるんだよ」


 俺はそう言って、げんなりと溜息を吐く。


「てかな、鍋は大丈夫なのかお前さん」


 先ほどから火に掛けられた鍋が放置である。

 嗜む程度の料理の腕でも、吹き零れないかとか、気になるものだ。


「……さて、どうでしょう」


 ふいと、藍音が目を逸らす。

 こいつ……。


「料理に戻れよ」

「貴方が夢の続きをしてくださるならすぐにでも」

「朝飯を人質に取るとは……、卑怯だぞ」

「名誉と主の寵愛を比べるのであれば」


 しれっと藍音は言ってのけた。


「名誉など家畜にも劣ります」


 きっぱりと。いっそ清々しいわ。


「……おい」


 できれば朝飯は死守したいのだが。


「しかし、夢の続きっつっても何すりゃいいんだよ」

「……まずは後ろから抱きしめて、可愛いな、藍音。と」

「できるか阿呆」


 手のひらで藍音の頭をぺしんと叩く。

 しかし、どうしようか。

 朝飯は欲しい。しかし、夢の続きなど不可である。

 いや、それでもするしかないのだろうか。

 と、俺が覚悟を決めかけた時。


「そうですか。私は可愛くありませんか」


 するりと藍音が俺から離れた。

 そして、鍋のお玉を手に取り、料理再開。

 はて、一体どうしたのだろうか。

 俺が首を傾げていると、藍音の方から声がした。


「冗談です。勤めを果たせないのはメイドの名折れ」


 ……脱帽だ。

 というか遊ばれている。
















「薬師様、ゲームをしましょう」


 その日の午後、その日の藍音は唐突だった。


「いや、もう、ほら、腕が死に掛けた精神的外傷がな? 直ってないからな?」


 ツイスターゲームの悪夢再びか。思わず身構える俺。

 いや、墜荒蛇蛙外絵無(墜ちて荒む蛇が蛙を食らう様な外道の絵図が如く無情也)の間違いか。

 しかし、そんな俺を知ってか知らずか、藍音は言う。


「問題ありません。体を使うようなゲームではありません」


 そう言って取り出されたのは、一枚の硬貨。

 見た目は金貨である。まあ、俺に目利きがないのでよく分からんが。

 そうして、藍音が俺に語ったのは、あまりにも簡単で単純な説明だった。


「このコイン、薬師様の見ている表が出たら私の勝ち。そうでなければ薬師様の勝ちです」

「あー、まあ、それなら安全だな」


 たしかに、それならば。

 藍音が実は硬貨を弾いて敵を穿つような武術の使い手だったりしない限りは問題ない。

 まあ、簡単な遊びだ。

 しかし、それは。


「どちらかというとそれは硬貨を投げることそのものよりも、その後が主題なんじゃないのか?」


 硬貨を投げて裏表を問う場合、確実に何かを賭けて行うのが普通だ。

 むしろ、何を賭けるかが問題である。

 事実、その通りに、藍音が言った。


「私が勝ったら、薬師様には一つお願いを聞いていただきます」

「待て、俺が勝っても得がない」

「薬師様が勝ったら、私を捧げます」

「……待て、俺が勝っても得がない」


 そんな十割負ける賭け、誰がするか。

 言ってみると、藍音は少し考える素振りを見せて、呟いた。


「では、今日の夕飯のリクエストを聞くことにしましょう」

「……なるほど」


 割に合わない気がしないでもないが。

 まあ、いいか、暇だし。
















「表です」

「速ぇよ!!」


 瞬殺であった。


「愚策だった……。そもそも勝算のない戦いをするわけがねー」

「では、私の勝ちですね」

「くっ……、納得いかないがまあ、いいだろう」


 俺は別に男に二言があっても良い派だが、あんまり発言を翻すのは人としてどうなのかと思う派だ。

 妙な公平精神を出すんじゃなかったぜ、風で予測してりゃよかった。

 しかし、後悔後に立ち。


「で、何をするんだ?」


 諦めて聞いてみたら。


「では、鬼畜領主をお願いします」


 よくわからない答えが返ってきた。


「なんぞそれ」


 分からないからそのままに、聞いてみる。

 すると、返ってくるのはもう酷い。


「それは当然、粗相をしたメイドにこの愚図、雌豚め、と鞭を振るうのです」

「どこの当然だ」


 しかし、そんなのは不可である。むしろ、どちらかといえばこちらが頭の上がらない立場だというに。


「無理。第一、お前さんが粗相なんてするのかよ」

「問題ありません。その辺は私が上手くやりますので」

「上手く粗相すんな」


 にべもなく、俺は言い、藍音は仕方がないとばかりに首を振った。


「では仕方ありません。変えましょう」


 助かるぜ、と呟く俺に彼女は言う。


「後ろから抱きしめて、可愛いな、藍音、と」

「できるか阿呆」


 手のひらで藍音の頭をぺしんと叩く。


「……諦めてなかったんかい」

「はい」


 しかし、ない。

 そう伝えると、藍音は次の代案を出した。


「ではもう一つ、こちらへ」

「どこだよ」


 俺に背を向ける藍音は、唐突に歩き出した。

 文句はないが、どこに行きたいのかは気になるところ。


「私の部屋です」

「おう、そうか」


 しかし、藍音の部屋、と言ったものの、それが命令というわけではないらしい。

 むしろ命令のために必要であるかのような。

 まあ、なんにせよ、だ。

 負けた以上は従うとも。


「どうぞ。ベッドにでも腰掛けていただければ」


 そう言って、俺は藍音に部屋に通された。


「では、お茶を持ってきますので」


 そして、藍音は一度部屋を出る。

 俺は、辺りを見回した。

 普通の部屋だ。ベッド一つ。

 作業用と思しき机が一つ。

 それとは別に、背の高めの机が一つ。

 それだけである。


「お茶をお持ちしました」


 程なくして、藍音が現れる。


「物色して頂いても構わなかったのですが」


 そして、いきなりのこの物騒な台詞だ。


「誰が物色するかこの野郎」

「もっと、箪笥やクローゼットに興味を示していただいても構いません。むしろどうぞ。してください」


 そんな危険な真似してたまるか。


「ねーから。それにしても――」


 きっぱりと否定する。そんな中、続けた言葉を、藍音が引き継いだ。


「意外と普通だな、ですか?」

「まあ、ご明察」

「薬師様の写真が壁一面に張られているような部屋を想像していた、と?」

「……まあ、少しな。俺へのどっきりがあるのかと思ってたんだが」


 特に俺をからかうような内容も、罠に嵌めるようななにかもない。

 いや、物色する、というのは半ば罠だが。


「そのような部屋は腰砕けになって仕事にならないので不可です」

「……すまん、意味が分からない」

「一日中頬を染めてとろにゃん状態で仕事になりません」

「なんだそれ、ドイツ語?」

「まあ、薬師様の写真なら持っていますが」


 何故か、微妙に誇らしげに藍音が言う中、俺は藍音の持ってきた茶をすする。

 紅茶、らしい。詳しくは知らないが多分紅茶だ。それでなかったら雑巾の絞り汁だ。


「ほお、どんな?」


 なんとなく、俺は聞いた。

 そもそも長らく写真なんか取った覚えもなかったからだ。

 行事なんかで取らざるを得なかったことはあれど、俺個人として撮られたものはほとんどない。

 だから気になった。

 すると、藍音は一瞬スカートを翻し、次の瞬間に、


「これです」


 一枚の写真を持っていた。


「お前さんそれどっからだした」

「……メイドの秘密を詮索するものではありません」


 いかにもそれっぽく、頬に手を当てて嗜めるように藍音は言った。

 問題は顔が赤いわけでも怒っている訳でもなく、無表情だったから微妙だが。

 しかし、それはともかく、だ。


「おお、俺だ」


 そこには笑顔の俺が写っていた。

 まあ、いいだろう。

 問題ない。

 いいだろう。

 いいのだが……。

 しかし。

 しかしだ。


「……こんな写真、撮ったか?」

「もちろん隠し撮りですが」


 このメイド、悪びれもしねぇ……。


「薬師様はニヤついた笑い方をするお方ですから、このように無邪気に笑っている写真はレアです」

「すげえ、切り刻みたくなってきた」

「どうぞ。ネガや元データがありますので」

「すげえ、家捜しして粉砕したくなってきた」

「どうぞ。その時が私と貴方のゴールインの時です」

「ぐっ」


 確かに、ネガやらを物色した姿を見られたら最後……!

 俺の負けか。

 悔しさに任せ、ずず、と紅茶をすする。

 中身が空になった。

 と、そこで俺は冷静さを取り戻す。


「で、なにするんだよ?」


 そう、よく考えれば賭けの話でここに来たわけだが。

 茶を飲んで、写真について話しただけだ。


「……ああ、そうですね」


 一体なんだ、と身構える俺。

 そんな俺に藍音は言った。


「まあ、既に終わっていますが」

「はい?」

「後ろから抱きしめて、可愛いな、藍音、と言って欲しいところでありますが」


「それはないわ」

「私の要求は貴方が私の部屋でお茶をすることです」

「……」


 俺は面白い顔で思わず黙り込んだ。

 しかし、よく考えると、鬼畜領主の話はやけにあっさり引き下がった。

 まあ、俺の性格からしても早々やるとは考えていなかっただろう。

 と、すると、こっちが本命だったのだろうか。

 ……なんて回りくどい奴だ。

 融通が利かないというか、普段は無駄に一直線なくせに。

 第一、お茶くらいわざわざ理由付けなくたって――、


「……おかわり」


 付き合ってやるというに。


「……」

「どーした」

「いえ。すぐにお持ちいたします――」


 藍音の肩が弾んで見えるのは、勝手に回した、俺の気のせいか。

 そんな藍音の背に、ぶっきらぼうに、いやそうに俺は言う。


「……あーあー、俺の負けだよ。藍音、お前さんは可愛い奴だ」


 がたん、と無駄に大きな音が外から響いた。









「なあ藍音。この金貨、表しかねーんだけど」

「はい」

「……」










 と、まあ、そんな風に終わりそうなもんだが。

 ……しかし、このままやられっぱなしで居てたまるものか。

 朝五時。俺は気配を消して一階へと降りる。

 藍音は、いつもどおりだった。

 いつものように台所へと向かい合っている。

 そんな藍音に、俺は声をかけた。


「藍音」

「なんでしょう」


 振り向く藍音。

 今だ。

 パシャ、と俺の手元から音が響く。


「薬師様、それは」

「写真機だ。要するにカメラだ」


 目には目を、歯には歯を。

 俺はにやりと笑う。


「これで俺も藍音の写真を手に入れたわけだ」


 そして、勝ち誇って藍音を見下ろした。


「後は、こいつを現像して財布にでも入れておいてやろう」


 どうだ、恥ずかしかろう。そう、目には目を、歯には歯をだ。

 完璧に無防備な一瞬を取れた。なかなかの物だぜ。

 存分に恥ずかしがって焦るといい。


「薬師様。……これ以上私を幸せにしてどうするおつもりですか」

「……あれ?」


 しかしあおねにはこうかがなかった!!


























―――
藍音さんです。あっちゃこっちゃで出てるから目立ってる空気だけど、思ったよりメインは多くない罠。








返信


SEVEN様

あの勝ち組っぷりなのに、どこがじゃら男にとっては不満なのか。これじゃあ背中から刺されても文句言えないぜ。
そして、じゃら男はロリコン(趣味)+マザコン(みなしごだから無意識に)なので鈴とベストフィットなはずなんですけど。
某想い人は、ちゃんと居ますよ。ええ、はい。少なくとも、じゃら男の心の中に――。
居ても見えてるか不安ですけど、愛の力があれば見ることくらいはできるんじゃないですかね。


黒茶色様

鈴ほど理解のある嫁は居ない。ヘタレた部分ごと愛してくれるとかよほどですよ。
なのにじゃら男おおお! キサマアアアアア!! じゃら男おおおおおお!!
ロリコンです、とカミングアウトすれば楽になれるのに。
むしろAKMを射止めれたとして鈴をどうするのか考えたらおのずと答えは出る気もするんですが。


アンプ様

由壱は、否、由壱さんはいま勝ち組とか負け組とかの枠を超えた悟りの境地に達しそうですしね。
まあ、今でもじゃら男は姿の見えないあの人を思い続けてはいるんです。しかし、由壱との格の違いを見せられて、俺もナンパすれば一人くらい引っかかるんだぜ、と自信を付けたかったんです。
べつにお付き合いしたいとかではなく。一日遊ぶだけ的な。
要するに、彼女ができないんじゃないよ、好きな人が居るから作らないんだよ! という。そんなだからうだつが上がらないというに。


通りすがり六世様

じゃらじゃらを外してしまうと、もうじゃら男ですらなくなってしまいますから。猛? 誰ですかそれ。
しかし、なるほど……、つまりじゃら男の頭にベルをぶつけてでも気づかせろと。むしろ私がぶつけに行きたい。
とりあえず、鈴から突撃しないと進まないような気がしますね。この関係。じゃら男のヘタレ振りは異常。
まあ、長期的に見れば粘り勝ちできそうなんですけど。結局帰って来るのは鈴の膝の上だよね的な。


奇々怪々様

久々のじゃら男ですが、格の違いを見せ付けられ、絶望。そりゃナンパだってします。
しかしお前は鈴をナンパしてやれよ、と。家出されるどころか優しくされちゃうとか、藁人形ってどこで売ってるんですかね?
とりあえず、鈴とじゃら男はしばらくくっつきそうにありません。というか鈴の心が広すぎる。じゃら男がヘタレから成長するまでの期間このままなんじゃ……。
じゃら男の片思いの相手は多分アレです。きっと学校に可愛い先輩とかいるんですよ。多分。


zako-human様

しかし今回のじゃら男、ほとんど何も良いことしてないのに、頬にキスのご褒美ですよ。
脛蹴られろ。普通だったらナンパの時点で夕飯がピーマンのピーマン和え確定だというのに。
鈴の心の広さがやばい。まるで女神が如しです。
既に鈴は愛の領域に達してますよ。じゃら男は早く気付くか、注がれすぎて破裂してしまえばいいと思います。


Logic様

逆転の発想です。実はじゃら男と鈴はもう結婚してるんだよ!! ……洒落にならない。
そして、じゃら男はじゃらじゃらを失うと、もうじゃら男じゃなくなってしまうから、じゃらじゃらを外せないんです。
スネ夫がさらさらヘアーなのはありえなかったり、ジャイアンがブルーの服着てたらブタゴリラになってしまうように。
しかし由壱に劣等感を感じる前に、鈴と席を入れれば問題ない気がします。




最後に。


出た!! YATUHASI-KENGYO先生のO KO TO WA RIだああああ!!



[20629] 其の六十七 俺と小豆洗い。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e9b0a832
Date: 2011/03/04 21:48
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




「ふぅ……」

「どうしたのご主人。物憂げに溜息なんてついて」

「いや、な。近々また、要らんことに巻き込まれそうでなー……」

「あはは、ご主人も好きだねー」

「好きじゃねー。むしろ嫌いだ」

「えー?」

「俺なんてもう小豆洗って生きていきたいくらいだっての」

「ご主人がスーツの袖巻くって小豆洗うとか面白いね?」




「……よし、決めた。俺、小豆洗いになる」




「……ご主人、正気?」

「正気も正気。俺はある事実に気がついた」

「どんな?」

「天狗だから悪い。誰も小豆洗いに荒事を押し付けまい」

「まあ、そうかもしれないけど」

「そう、表舞台に出てこないような妖怪ならばいいわけだ」

「うん」

「その点小豆洗いは申し分ない」

「そっか」

「小豆を洗う地味さ。そもそも姿のない妖怪だと伝えられることもしばしば」

「そうだね」

「これほど地味な妖怪がいまだかつて居ただろうか。いや、いない」

「つまり?」





「小豆洗いに俺はなる」












其の六十七 俺と小豆洗い。













「時ににゃん子」


 座敷に座って猫と話す。

 見た目とても危ない人だが、返事はちゃんと返ってきた。


「なぁに? ご主人、愛の告白?」


 なんだかにゃん子は唐突に人間状態になって、わざとらしく小首を傾げながら寝ぼけたことをいっているが、黙殺する。


「小豆洗いになるにはどうしたらいい?」

「知らにゃい」

「神殿にでも行けばいいのかね……、それとも職安で斡旋してるか?」

「……してないと思うよ?」


 まあ、そりゃしてないだろう。


「そもそも、小豆洗いって職業じゃないよな」

「うん」

「種族か、どうやったらその壁を越えられるだろうな」

「むずかしいと思うけど」

「ああ、しかし俺は越えるぜ、その壁を」

「ご主人かっこいー」

「いや、むしろ小豆洗いってのは職業でも種族でもない」

「じゃあ、なんなの?」

「生き方だ」


 今俺格好良いこと言った。


「つまり、小豆をとぐことこそ肝心」

「うん」

「要するに」

「要するに?」

「小豆を買って来よう」





















「ご主人とお出かけだー」

「小豆って普通に売ってるもんかねー」


 歩く俺の隣の塀を、黒猫が歩いている。


「あ、でも先に作戦会議しようよ」


 にゃん子が、唐突に声を上げる。


「ん、もう取り敢えず小豆洗うで決定したじゃねーか」

「んー、ほら、小豆洗い業界も今厳しいみたいだし」

「うわ、なんだそれ初耳だ」

「小豆の価格が高騰して大変らしいよ?」

「うわぁ、なんだそれ世知辛い」


 初めて聞いたぜ小豆洗いの事情なんて。


「お前さん小豆洗いに知り合いなんているのかよ」


 居たら紹介しろよ。参考にするから。

 なんて言ってみたのだが、隣の黒猫は曖昧に口を開いた。


「んー、会議で聞いただけだし」

「会議ってなんだよ」

「空き地の」

「ああ、アレか」

「うん、アレ」


 どうやら空き地に猫が集まって、というお話らしい。

 まあ、信用度に関しては微妙な井戸端会議だ。

 しかし、にゃん子の言う作戦会議とはなんだろうか。

 すでに方針は決まっているはずなのだが。

 そう、小豆を買う、この一言に尽きる。


「でもまあ、ほら、小豆買って洗うだけだしな?」


 言うと、にゃん子は唐突に俺の前に降り立った。

 そして、人間状態に戻り、俺に指を突きつける。


「あまい、あまいよご主人! 適当に買った市販品の小豆に、百均のボウルで小豆洗って小豆洗いなんてガムシロップみたいだよっ?」

「ぬ」


 一理、あるかも知れん。


「小豆洗いはね、小豆を洗うことに全てをかけてるんだよ? 全精力全て掛けて。全ての人生掛けて小豆洗ってるのにご主人は……」

「むう……、一理あるな。いや、二理と少しくらいは認めよう」

「だから、喫茶店辺りで一回どうするか考えようよ」


 確かに……、そうするのが無難か。

 って、なんか丸め込まれた気がするが、気のせいか。


「そうだな、そうするのがいいかもしれないな。丁度良く、そこに喫茶店もあることだし」


 そして、丁度よく。思ったよりも利用回数の多い、常に閑古鳥が雄たけびを上げる店はそこにあった。

 いつもの店だ。果たして閻魔妹はいるだろうか。居たら小豆洗いに付いて詳しく訪ねたいのだが。


「いらっしゃいませ……、って貴方、また女連れで……」


 からんからんと音を鳴らして店内に侵入すれば、そこには由比紀の姿が。

 果たしてなにを呆れているのか知らないが、疲れた表情だ。


「ところで閻魔妹よ。お前さん、小豆洗いについて詳しいか?」

「……ごめんなさい、質問の意味が良く分からないわ」




















 誰も居ない、寂しいまでの喫茶店の一角に陣取って、俺はにゃん子に問う。


「で、俺はどうすればいいんだ?」

「んー、まずは小豆とかより先に個性をどうにかしないといけないんじゃないかにゃー?」

「個性……、って小豆洗うだけじゃいかんのか」


 他に何があるんだと訪ねた俺に、あまいあまいとにゃん子は指を左右に振った。


「今更ご主人が小豆洗ったってダメダメ。小豆洗いなんてたくさんいるのにご主人がちょっと小豆洗っても小豆洗ってるご主人だよ。現存する小豆洗いに負けない個性がなきゃ」

「まあ、なあ……」

「にゃん子を頭に乗せるとかどうかな?」

「何故」

「マスコット」

「何故マスコット」

「トレードマークでもいいよ」

「いや、しかし……」


 確かに、妖怪は地域ごとに話が違ったり、各伝承での目印のようなものがあったりする。

 牛鬼のように、ある地方では牛の胴に鬼の頭だったり、頭が牛で胴が鬼だったり、果ては蜘蛛の胴だったりと、各地方ごとに特色があるものだ、が。

 小豆洗いと黒猫の関係性が良く分からない。

 いや、でも、あれか。


「いないよかマシか」

「うんうん、人生妥協が肝心だねっ」


 俺の妥協に、にゃん子がうれしそうに肯く。


「じゃあ、次だ」


 そう黒猫と一緒に現れる小豆洗いという個性を手に入れたことだし、次の話だ。


「……何か選んでくれるかしら?」


 と、思ったところで、由比紀から声が掛かる。

 確かに何も頼んでなかったな。

 思い直して、俺は口にする。


「お茶で」

「喫茶店でそのチョイスはありえないわ」

「駄目か」


 そして、普通の緑茶を要求した俺を差し置いて、今度はにゃん子が声を上げた。


「あ、じゃあショートケーキとカフェオレでっ。カフェオレは牛乳八割に砂糖二十七杯ねっ!」

「それはもうミルクカフェじゃないわ」


 うん、その通りだ。コーヒー味の砂糖ですらない何かが出来上がるだろう。


「が、まあ。それ二つずつくれ」

「……牛乳八割に砂糖二十七杯の砂糖的半液状物質を?」

「いや、普通のでいいから」


 信じられない、とばかりの顔をして聞いてくる由比紀に、俺は手を振って否定。

 すると、にゃん子が横槍を入れる。


「……ご主人にケーキって、似合わないよね?」


 そこかよ。


「……うるせー」

「そういうハイカラなのよりほら、ご主人はようかんとか食べてればいいよ」

「だ、そうだ」


 言いながら、由比紀を見る。

 匙を投げたがごとく由比紀は溜息をついた。


「……喫茶店よ、ここは」

「もちろん、茶店じゃない、と」

「ええ」


 肯く由比紀。

 そんな時、カウンターの奥から店主の声が。


「あるよ、羊羹。本当は由比紀君の休憩のお茶請けにしようと思っていたのだがね……。お客様の願いとあらば、不肖、この私、断腸の思いで! 実に遺憾ながら!! 提供いたしますが、いかが?」

「え、ちょっと……」

「よし買った、と言いたいところだが、閻魔妹が涙目で恨めしげににらんできそうだから普通にケーキで」

「かしこまりました」


 店主の声が聞こえ、ほっと息を吐いた由比紀もまた、それの準備へと去って行く。

 俺とにゃん子だけが取り残された。


「さて、じゃあ、次にどうするか」


 そうして、話は本題へと戻る。


「んー。次は何をするか決めたらどうかな?」

「へ? 小豆洗うんじゃねーの?」


 小豆洗いに小豆を洗う以外の職務があるとは意外だ。

 と、聞いてみれば、にゃん子は顎に人差し指を当てて考え込む素振りを見せた。


「んー、ほら。聞いたら川に落っこちるとか。人攫うとか、何もしないとか、逆に縁起いいとか」

「あー」


 なるほど、小豆洗いに付随するなにか、ということか。納得だ。

 確かに、小豆洗いと一口に言っても、だ。

 一番有名なのはその音に誘われると川に落ちる、だが、群馬や鳥取あたりでは人を攫うと言うし、福島は音が気になって外に出てみても何もいないという。

 貧乏で赤飯が炊けなくて困っていた農家が小豆洗う音を聞いて外に出ると赤飯が置いてあったという話もある。

 法師の姿で現れて、そこへ子持ちの女が小豆持って川へ行くと早く嫁ぐとか。

 要は、俺、いや、俺とにゃん子で新しい属性を作ろうということだ。


「しかし、川に落としたりするのはごめんだな。閻魔に怒られそうだし」

「うん、そだね。というか、二番煎じもよくないし」

「まあ、音がしても何も居ないって言うのは音を風に乗せて送ればいいわけだし楽なんだろうが」

「でも、風なんて使ったら結局天狗じゃん」

「だよな」


 どうするか、とだらしなく椅子に座りなおす俺に、にゃん子は言う。


「あとで考えようよ。ほら、ケーキ来たよ?」

「おー、そーだな」
















「ねえねえ、ちょっと思ったんだけどさ。こう、小豆を洗う音が聞こえたら黒い猫がその人のほうを見ながら横切るっていうのはどうかな?」

「ああ、なんとなくそれっぽいな。実害もないから怒られないだろ」


 にゃん子にしてはありな案だ。


「うんうん」


 笑って、にゃん子がケーキを口に運ぶ。


「じゃあ、ご主人のマスコットは完璧ににゃん子でおっけーだねっ」

「まあ、そーなるな」


 そりゃ、横切って貰ったりとかな。

 する以上はにゃん子が隣に居ないと困る。

 にゃん子が他の猫を斡旋してくれるならその限りではないが、そんなこともないらしく。


「んー、じゃあ、決定っ。んふー」


 にやにやするにゃん子に、俺は怪訝な目を向けようかとも思ったが、本人が楽しそうなのでいいか、と結局ケーキを食う。


「あ、ご主人」


 そんな時、不意ににゃん子は俺のほうを見て、唐突に机に乗り上げた。行儀が悪いな。

 そして、なんだ、どうした、と言う前に、俺の頬に生暖かい感触。


「んっ、ご主人、クリームついてる」


 にゃん子が身を乗り出して、俺の口元をなめている。


「……おい」


 なんつーか、くすぐったいものがあるのだが。


「んーっ、取れたよ」


 しばらくして、にゃん子が離れる。


「とりあえず。行儀が悪いぞ」

「うん」


 非難するように俺が言えば、にゃん子は素直に机から降りようとした。

 聞き分けがよくて助かるぜ。


「でも、その前にっ」


 と、そこで不意打ち。

 唇にちゅ、とやわらかい感触。


「えへー、ご主人とキスしたー」


 ……何を突然。

 まあ、猫と口付けなんて猫愛好家の中では日常茶飯事らしいが。

 衛生に気をつけろよ、と言ったら、それで死ぬなら本望である、と返ってきたことがある。

 尊い馬鹿な奴だった。


「んー、ご主人反応うすーい」

「あー、すまん、どうでもいいこと考えてた」

「うにゃー、ひどい。乙女のキスなのにー」

「乙女っつーか、猫だろ」

「うん。雌猫だよ? と、それはまあいいや! 話も纏まったし帰ろっか」

「ああ、そうだな」


 憐子さん。俺、立派に小豆洗いやっていけそうだよ。














 重要なことに気がついたのは、夕暮れ時、家に帰ってからである。


「……小豆買って来てねー……」








 結果、再び自室で会議勃発。


「んもー、仕方ないなー。じゃあこの際、新妖怪猫洗いとかいいんじゃにゃい? にゃん子貸すよ?」

「ほう……、確かに、夜中に黒い猫を撫でる男とか不吉っぽくていいかもしれないな」


 ……なんかにゃん子に丸め込まれてる気がしてきた。










「あ、お前さん、人間状態に戻るなよ、おい」

「やだー。もうこの際飴買い幽霊とか産女とかそんなんでもいいと思うよっ」

「……まったく」

「にゃん子はご主人のマスコットで相棒だもん」


 そう言って、にっこり笑うにゃん子。

 釈然としないが……、まあ、そうなんだろう。


「まあ……、そーだな」




 膝の上、黒猫だけが、ほくそ笑む。





「んふー」






















―――
結局、今回の話で何が言いたいのかといえば、にゃん子大勝利。





返信



春都様

藍音さんは今日も平常通り運行しております。藍音さんは基本Sだけど、薬師に対してはMの人。
そして、勝てる試合しかしないであろう藍音さんの勝負を普通に受けてしまう薬師のお馬鹿さん。
結局藍音さんに甘いのが透けて見えております。
基本的に好き放題口にしてるように見えて、変な所で回りくどい藍音さんは今日も薬師にくびったけ。


奇々怪々様

流石の藍音さんでも、ストーカー仕様の部屋に居ると、ベッドの上で恥ずかしげにころんころん転がっちゃうんです。
そして、不意打ちじゃなければたいしたダメージもないのに、不意打ちなせいでクリティカル。これが要塞の本領か……。
とりあえず、薬師は藍音さんの写真を財布に忍ばせて、女性陣にリンチにされればいいと思います。
男に見せたら式の日取りを決められそうな気がします。


SEVEN様

一流のエンターテイナーな琴弾きならきっと……! まあ、しませんよね。というか琴って割るの大変そうだし。
とりあえず、薬師の頭でお琴割りを敢行したいと思います。どうせ奴なら痛いで済むでしょうし。
そして、薬師のSは相手が嫌がることを前提とした部分で、無自覚M向けなんです。つまり、相手からヘイヘイカモンカモンカモン! されるとどん引きするんです。
そして引かれてドMがきゅんときて更に引いてきゅんときて更に引く無限機関が完成します。


通りすがり六世様

勝負を買っても得をしない的な意味なら通るかもしれないけれど明らかに苦しいです。誤字です。指摘に感謝です。修正します。
琴は、安物で五万、余裕で十万行って、五十万とか越えるそうですね。さすが楽器、恐ろしい。
学校で触れたことだけはありますが、アレだけでかいものを畳相手に振り回して割るとかいう時点で正気の沙汰じゃありませんね。
しかし、藍音さんの全力ぶりは凄まじい。油断をすればあっというまですよ。別にあっという間でもいいはずなんですが。


黒茶色様

メイドゲットには、館の主になる必要があるんですかね。
よほど金も要るのだ、と言うことでしょうか、非常に世知辛い。
それとも、私が紅茶の機微もわからないハイパーマーベラス庶民だから悪いのか。
まるで中世の貴族のような暮らしぶりと気品を見につける必要があるのか……、ハードルが高いです。


空箱様

メインが多くないといえば、ビーチェですね分かります。なるほど。
あ、違いますか。では魃ですか。やはり出て日が浅いですしね、ええ、はい。
あ、違う。まあ、でも想い出せなくても問題ないですよ。
漫画なんかでよく言うじゃないですか……、無理に思い出さないほうがいい、と。


男鹿鰆様

お久しぶりです。気がつけばテストとか始まってましたが、いつもどおり更新です。
とりあえず、六十六のアレは誤字でした、はい。修正しておきますね。
じゃら男は久々に出たと思ったら幸せいっぱい携えての出演です。各方面から妬ましいとか死ねばいいとか温かいお便りが。
AKMさんは出ないことがステータス。むしろ簡単にあっさりぽろっと出してしまうのも勿体無くなってきた今日この頃。渾身のタイミングで出したい。でも、渾身のタイミングっていつなのだろうか、と。






最後に。

米とぎ婆とかも居るらしいですね。



[20629] 其の六十八 俺と百合。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:30c5423f
Date: 2011/03/10 22:55
俺と鬼と賽の河原と。生生世世




 ペロペロと、少女が男の口元を舐めている。

 それを眺める女は、ハンカチを噛み締めていた。


「な、なんて真似を……」

「由比紀君。出歯亀は無粋だと思うよ?」


 己の店主の嗜める言葉などなんのその。

 それどころではない。

 少女は唐突に男にキスまでしていったではないか!


「あ、あの泥棒猫……」

「由比紀君……、言うことがあまりに古典的だね」

「こうしちゃいられないわ。店長、お腹が痛いので帰ります」

「……いや、別にいいけどね? 店員が必要なほど混まないし」
















其の六十八 俺と百合。















 それはそう、唐突だった。

 その美人は、呼び鈴も鳴らさずにずんずんとやってきて、俺の隣に凄まじい紙束を叩き付けた。


「小豆洗いに関する全てのデータを漁ってきたわ。一日掛かったけど。何でも聞きなさい」


 座敷に転がっていた俺の横に置かれた紙束全て、小豆洗いの資料だと言うのか。

 とても一日にして調べられる量だとは思えないが、流石由比紀。

 と、言いたいところだが。


「いや、別に小豆洗いはいいや」


 ただの思いつきだしなぁ。


「え」


 目をぱちくりとさせる由比紀。

 やがて、すごい目で睨んできた。

 流石にまずいらしい。これは。

 まあ、あれだけの努力を踏みにじられたら怒るのも分かる。

 焼かれるかもしれない。

 それはどうにかせねば。


「……俺の食いかけのせんべい食うか?」


 試しに、適当に持ってたせんべいを差し出してみる。


「いいの?」


 一瞬にして表情が変わる。

 無論、食いかけのせんべい一枚にこだわりなどない。


「食えよ」

「ありがとうっ」


 そう言って、由比紀はせんべいを受け取った。

 そんなにせんべいが食いたかったのだろうか。

 うれしそうにはむはむと食べている。

 ……なんつーか。


「安い女だな」


 しまった、ついぽろっと。

 由比紀の視線が険しくなる。

 でもせんべいは食うのか。


「聞き捨てならないわね……、高く付くわよ?」

「どのように」


 果たして俺はどうなるのか、聞いてみたら、由比紀はためらいがちに口にした。


「ぺっ、ぺろぺろするわよ……?」


 ……何を?

 いや、待て。

 もしかすると、由比紀は火あぶりのことを言っているのかも知れん。

 炎が貴様の身を舐める的な意味で。

 簡単に焼け死なないよう直接焼くことはなく、触れるか触れないかでじりじり焼く拷問。

 ……恐ろしい奴だ。


「まあ、待て。許せ、飯奢るから」

「許すわ」


 いいのかよ。

 そんなあっさり。いや、焼かれたくはないから助かるけどな。

 しかし、もしやあれか?

 高級料理店に行かされるんだろうか。そしたら確かに値段は高く付くし、溜飲を飲み下すにはいいかもしれんが。

 俺は恐る恐る聞く。


「……定食屋でいいか?」

「え? いいわよ?」

「聞き分けがいいっ!?」


 くっ、なんて聞き分けのいい奴なんだ由比紀。


「本当に安い女だな……、いや良い意味で」


 言いながらも立ち上がる。

 そして、ふと気が付いた。


「お前さん、顔にせんべいの欠片が付いてんぞ」


 そのまま、何とはなしに由比紀の頬を人差し指で擦る。

 付いてきたせんべいの欠片を、そのまま口の中へ。

 ふむ、せんべい味だ。

 と、やってから、自分がやらかしたことに気が付いた。

 これだから俺はデリカシーがないなどと言われるのだが……。


「……。さ、行きましょっ?」


 何故か由比紀はご機嫌だった。

 薄気味悪い奴だ。













 道中、由比紀は語る。


「貴方は、免許を取ったらどうかしら?」

「あん? なんでだよ」

「そ、それは……。隣に乗せて欲しいから……」

「そんなに歩くのがたるいのか」

「ち、違うわよ」


 あんな鉄の箱お断りだぜ。

 藍音辺りが運転する隣に乗るのは構わんけど。










 然程混んでいる訳でもなく。


「あの喫茶店ほど空いている訳でもなく」

「……わるかったわね」

「……すまん」

「まったく、こんな看板娘がいるのにどうして客が入らないのかしら……」

「そういうこと自分で言うからだろ」


 そう言って、席に着く。

 そうして、適当に頼んで俺は一息吐いた。


「まあ、俺は空いてる方が助かるがな」

「あら、どうして?」

「お洒落な客が一杯いたら俺が浮くだろうが」


 そう言ったら、由比紀が一瞬目を丸くした後、くすりと笑う。


「笑うなよ」

「たくさんいるお客さんの中で居心地悪そうにしている貴方を考えると面白くて……」


 そう言って、由比紀は苦笑する。

 そうか、そんなに俺は滑稽か。

 とりあえず、話を変えよう。


「所でなんだが」

「何かしら?」


 気になっていたところを、俺はこの際だ、と吐き出すことにした。


「俺に厄介な仕事が回ってくるそうじゃねーかよ」

「ああ、あれね?」


 由比紀はあっさりと納得する。

 どうやら、事情は由比紀も知っているらしい。


「どんな内容なんだ?」


 気になる内容はそれだ。玲衣子からある程度語られはしても、詳しくは知らない。

 聞けば、由比紀は一瞬考え込むようにしてから、言った。


「潜入任務、とあるパーティ内で内情を探れ、よ」

「それは玲衣子のやるような仕事か?」


 不可解、不可思議である。

 玲衣子の仕事は交渉ごとメインではなかったのであろうか。


「……他に適任がいないのよ」


 そう言って、由比紀は苦い顔をした。


「適任ってなんだ」

「相手の名前は人間党っていうふざけた名前の組織なんだけど、知ってる?」

「知らん」

「ビーチェの所属、私も一度狙われたことがあるわ」

「なるほど」

「とにかく、順を追って話すけど。あそこは、そうね、ナショナリズムの塊といったらいいのかしら。人間以外は皆豚、がスローガン」


 中々素晴らしい限りだ。確かに、それじゃあ鬼が権力を握っている今はさぞ気に食わないことだろう。


「そんな彼らに怪しい動きがある、そんな中で開かれる彼らのパーティ。どう思うかしら?」

「怪しいな」

「そう、私たちはパーティ中、もしくはその近日中に何かあると見ているわ」

「で、パーティをしてる中で様子を見て来いって? そら、危ないわな」

「角はどう頑張っても隠し切れないわ。潜り込ませた鬼はすぐばれて帰ってきちゃったし」

「で、俺らか」


 人間である由比紀と、外見上では分からない俺。

 俺は気配隠蔽も得意だから確かに適任と言える。


「貴方を選んだのは、玲衣子からのお願いだったっていうのもあるわ」

「そうなのか?」

「彼女の久々のご指名よ? 頑張ってあげてね?」


 そう言って由比紀は悪戯っぽく笑う。

 まあ、いいだろう。


「しかし、こんな機密っぽいことあっさり語っていいんかね?」


 聞いたのは俺だが。


「まあ、大丈夫じゃないかしら? もしも危ないなら貴方が膜でも張ってくれるでしょうし」

「善処しよう」


 にこりと笑って言う由比紀。


「そういや、閻魔は?」

「相変わらずよ」


 なんとなく聴いた言葉は、やはり、というべき答えで返ってきた。

 相変わらず、ということは忙しくしているのか。まあ、さぞ忙しいのだろう。


「気になるなら、行ってあげればいいじゃない。美沙希ちゃんも素直になればいいのにね」


 そう言って笑う由比紀。

 しかしこいつは妙に気を回しやがる。


「……お前さんはなんか素直になることねーの?」

「え?」

「いや、別にないならいいんだけどな」


 ぼんやりと呟いた言葉に、由比紀は躊躇いがちに答えた。


「……その、貴方が優しくしてくれると……、少し、嬉しいかも」

「すまん、それ無理」











 とまあ、こんな感じで終わると見せかけて。










「ああいや、夕飯くらいなら招待しよう。最大限の優しさだ」


 そう言った彼の台詞にのこのこと、由比紀は乗って着いてきた。

 座敷でぼんやりと座って待つ。

 今日だけで楽しく食事したり、いきなり口元のせんべいを食べられたり、色々あった。


「……」


 ぼんやりと、幸せオーラを出しながらにやにやと待つ。


「待たせたな」


 そう言って現れたのは、着替えた薬師である。

 黒の着物を着流しに、ラフな格好の薬師はその場にどかりと座り込んだ。

 夕飯まではしばらく時間がある。


(なにか話しかけようかしら……)


 現れた薬師に対し、考え込む由比紀。

 何か話そうとは思うが、特に話題がなかった。

 そんな中、現れたのは、


「ごしゅじーん!」


 にゃん子。

 勢い良く襖を開けて入ってくるにゃん子に、由比紀の肩がびくりと震える。


「んー? 何か食べてきたの? ふむ、ぺろぺろ」


 唇を、にゃん子が舐める。

 あまりに唐突。驚きの電撃作戦。


「な、な、な……」


 由比紀、機能停止。


「ん、これは味噌汁の味だねっ?」


 にゃん子は言う。

 そんな中、空気を読んでか読まずか、動けないままの由比紀を他所に、薬師が唐突に立ち上がった。


「まあ、当たりだけどな」

「ん、ご主人どっか行くの?」

「さっきから震えが止まらんのだ……、携帯の。席外すぜ」


 去って行く薬師。

 由比紀、再起動。

 こうしてはいられない。

 ぎぎぎ、とまるで油の切れたブリキのようににゃん子を見る。


「んにゃ? 由比紀、どうしたの? 目が怖いけど――」

「この口が……、この口が――!!」

「んにゃあ!?」


 ばっと、由比紀が動く。

 唐突に由比紀はにゃん子に覆いかぶさり、組み敷いた。


「……これにキスしたら、関節キスになるのかしら」

「にゃっ、目が怖いよ?」


 由比紀、完全に目から光が失われている。

 色々ともう、捨て鉢だった。

 色々と今日、いい雰囲気だったかもしれないのに、想い人の唇をあっさり奪われ。

 荒れる心のままに。

 由比紀は想いの丈をぶちまけた。


「だって仕方ないじゃないっ! 好きなんだもの!!」

「にゃー……」


 叫んで、息を整える。

 すると、不思議と心は落ち着いた。

 そして、呟く。


「……決めたわ。告白する。好きなの、好きなんだもの」


 薬師への想いの発露。


「戻ったぜ……、て」


 それはまあ。

 なんというか。


「……邪魔したな」


 幾分捻じ曲がって薬師に伝わった。


「えっ……」


 にゃん子を組み敷いてなければ救いはあったのに。












「ご、誤解よ!!」

「誤解? 安心しろよ、偏見はない、つもりだ、うん」

「ち、違うのよ、信じてえぇぇぇ……」


 由比紀の戦いは続く。

























―――
頭が痛い。熱っぽい。
とりあえず書いたけど、大丈夫だろうか。


説明回。それ以上でもそれ以下でもなし。






返信


奇々怪々様

そもそも夜中に薬師が歩いているだけでも結構な不審者です。むしろ誰か捕まえてくれ。
そして自分は、ここ数年、猫日照りの生活を続けたせいか猫を撫で回す夢を見ます。そうか、そんなに欲求不満か。
うちは今ペット不可なので、人間状態になれる猫又が欲しいです。はい。
というか、薬師はもう、妖怪旗立て男だよ。いや、回収しない男でも可ですが。


FRE様

とりあえず、下詰が動力付きの箒を作ってくれそうです。サブブースター。
むしろ下詰のほうが魔女臭い気もします。魔法薬とかやたら置いてそうだし。
とりあえず、あの辺の阿呆や、阿呆よりも下に位置するヒルダさんはいかがなものか。
AKMさんは、最近この際百話記念くらいに出すのがいいんじゃないかと検討を始めましたが、いつ出しましょうか。


通りすがり六世様

本人ですら知らぬ間に、パートナー契約です。これぞ大勝利。こうやって既成事実重ねて勝利に持っていくんですね。
ちなみに、小豆洗いに関しては、諸説ある、というか各地に沢山いるので色々います。「人とって食おか」なんて歌うのもいます。
ただ、小豆は魔除けや穢れを祓う霊力があるとかで、その辺のイメージからすれば清潔で優しい、というのは間違いでもないと思います。
そして、喫茶店で書くとなるとやはり由比紀がアレな展開になるんでしょうね。客、店員、店主じゃヒエラルキーの最底辺ですし。


SEVEN様

天狗の神隠しに、小豆洗いによる人攫いですか、本当にもうアレですね、薬師は。
そういえばですが、昔小学生の学芸会で海の音に小豆を使った記憶があります。余談ですが。
とりあえず、猫の濡れた状態のぎこちない歩き方が好きです。ぶるぶると振るって水弾くのとか。
そして、やっぱりハンカチ噛んでました。由比紀。もうそんなキャラで確定なのか。









最後に。

明日までに治す。



[20629] 其の六十九 俺と妾。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:794515ef
Date: 2011/03/10 22:55
俺と鬼と賽の河原と。生生世世









 魃がうちにやってきた。


「べ、別に。近くに寄っただけだからの?」


 なんてことを言っていたが、理由自体は別になんだっていい。

 しかし、だ。


「そーか」

「……薬師は今日も薬師じゃのう」

「なんだそりゃ」

「お主にそれが分からんからお主は薬師なのじゃ」

「何ぞ知らんが深いこと言ってるように聞こえなくもないな」

「実際は果てしなく浅いがの」

「やっぱ難解だ」


 しかし、である。

 そんなことはともかくとして、俺にはやることがあるのだ。

 魃も来たし丁度いいと言ってもいい。

 やらねばならないことを、済ませてしまおう。


「なあ、ところで魃よ。こいつは真面目な話なんだが」


 俺は、魃の目を見て、言う。


「……な、なんじゃ? お主が珍しい」

「俺だってたまにゃそんな話もするっての」


 俺は溜息を一つ。

 魃は、緊張した面持ちで言った。


「わかった、聞こうぞ。なんじゃ?」





「お前さんの体液をくれ」

「っ――!!」





 殴られた。

 しかもグーでだ。














其の六十九 俺と妾。














「な、なんなのじゃ……、一体」


 魃は、肩で息をする。

 玄関で薬師を思い切りぶん殴ってから、全速力で逃げ出したのだ。


「た、たた、体液が欲しい、などと……」


 近場にあった塀に手を付いて息を整える。


「へ、変態めっ……」


 急激な運動のせいか、果てまた別の問題か、顔は赤く。

 これまたなにやら、心臓の音がやけにうるさかった。


「……変態め」


 ぽつりと呟くと、魃は顔を上げる。

 一緒に食べようと思って持ってきたケーキはぐちゃぐちゃだろう。

 しかし、そんなことよりも魃にとっては薬師に体液を求められたほうが問題であった。

 思わず口端がつりあがりそうになって、口元を引き締め、ふやけた面を晒す。


「し、しかし、あれは。薬師なりのあ、愛情表現……、というやつかのう……っ?」


 ノー。それはありえない。

 まあ、そんなことは魃にも分かっていたが、それでも期待せずにはいられない。

 珍しい、非常に珍しい薬師からのアプローチである。

 たとえさほど色気のある話にはならずとも、あの朴念仁の鈍感レベルが消費税分くらい割り引かれたのではないかと期待してしまうのも道理である。


「しかし、体液……。天狗の伝承にそんな話はあったかの?」


 また、妖怪ごとに風習がかなり違う、というのもそれに拍車をかけた。

 体液要求となると、明らかに変態の所業だが、それを求婚の手段とする民族性もありうるわけだ。

 例え現代日本人の感覚において変態的行為だったとしても天狗においてはごく自然なものかもしれないと。


「まあ、でも、嫌いな相手の体液を求めるわけもなかろうし……、たとえ色恋でなくとも嫌われてはおらんのじゃろう」


 もしかすると親愛の情を伝える風習やも知れない、義兄弟の契りを交わすものだったりするのかもしれない。

 しかし、ネガティブな意味ではあるまい、と判断し、魃は肯いた。

 そして、両手を熱い頬に当て、冷やそうと尽力し、結局にやけた顔で一言。


「変態め……っ」


 変態行為はいかんが、求められるのは悪くない。

 満更でもないのである。












 相手が変態なら、こちらは馬鹿だ。

 相手が変態であっても、求められれば嬉しい。

 体はいつも通り、太陽神の神性を以って温かく、しかし、心も温かい。

 そして、そんな熱を逃がさないよう己を掻き抱く。


「んん……、薬師め、覚えておれよ」


 彼女は今日、珍しく変なTシャツを着ていない。

 否、Yシャツだけでは透けると薬師に諭され、Yシャツの中にTシャツを着ており、表には見えていないのだ。

 そんな彼女の風体は今、サイズのあっていないYシャツと、捲り上げた大きいスラックス。

 無論、薬師から譲り受けた、もしくは借りパクしたものだ。

 基本的に太陽神どころか日照り神である魃は、寒さを感じないので今だ寒さの残る今現在でもTシャツ姿で問題ないのだが。

 結局薬師に諭されたのだ。見る分に寒いから、と。

 結果がこれで、明らかにサイズが合っていないが、そんな着衣が魃は気に入っていた。

 しかも、薬師が言ったのだから、と責任を取らせ、Yシャツを何着か借りパクしている。

 現在は専ら魃のパジャマと化しているが。


「薬師め、妾をこんなにしおって……。ああ、我ながら恥ずかしい」


 胸元を押さえて歩く魃。

 そうして、大分歩いたことに気が付いた。

 辺りには雪が降りしきっている。

 どうやら寒めの地域に来てしまったらしい。

 魃の体に触れる前に雪は雫となり、彼女を濡らす。


「む、どうやら随分遠くまで来てしまったようじゃな」


 大分冷静になった彼女はきょろきょろと辺りを見渡し、状況を確認する。

 地獄は境目を跨いだだけでめっきり気候が変わることがある。

 薬師の住む地域は温暖な方で、雪はほとんど積もることなく、春の兆しが見えてきた頃。

 こちらは、どうやら冬が終わるか終わらないかの辺りらしい。

 まあ、寒くても寒くなくても関係ない。

 彼女は熱を放つ者であり、熱を奪われるものでも、奪うものでもない。

 例え服が濡れようが、人間乾燥機の彼女に掛かればすぐ乾く。

 が、流石に濡れて張り付く服は不快だ。

 戻ろう。

 そう判断し、踵を返してから、ふと気が付いた。

 重要な真実に。


「……ここ、どこじゃ?」


 絶賛、迷子である。













「うむ……、どうするかのう……」


 迷子。

 適当に右へ曲がったり左へ曲がったりしたのがまずかった。

 右へ左へ来た割に、魃には右も左も分からない。

 とりあえず、後ろに向かって進んでみよう、と踵を返した先に魃は歩いてみたのだが、結局見たことのない通りに出ただけ。

 あてどもなく、歩く。

 そうして、数十分歩くが、見知った道についぞ出ることはなかった。

 雪が容赦なく体を濡らす。寒くはないが不快だった。

 いい加減疲れてきた魃は、偶然見つけた橋の下に座り込む。


「ふう……」


 そして、橋の下にすら降り積もった雪の上に、そのまま寝転がった。

 魃には現在、発信機のようなものが付けられている、らしい。

 どんなものか伝えられていないので分からないが、前回の脱走の経験から、そうしたとか。

 よって、度を越えて戻らなければ、要は夜まで戻らないことがあったら、それを見て運営の人間が探しに来るであろう。
 だから、魃は疲れた体を引きずって動くことを止めて、橋の下にとどまることを選んだ。


「どれもこれも、あやつのせいじゃっ」


 文句でも言うかのように呟く魃の脳裏に、あやつ、の顔が浮かぶ。

 面倒臭そうな顔をしたり、にやり笑いを浮かべていたり。

 次第に頬は赤くなってきて。


「きゅう……」


 うにゅんうにゅん、とまるで猫かなにかのように鳴きながら、胸を押さえ目を瞑って魃はころころと雪の上を転がった。













 そうしてから、再び時間が経った。

 冷静になった魃は、体育座りで時が経つのを待っている。

 寒くはない。服も大分乾いてきた。

 ただし、精神的にはよろしくない。

 自分の腕に顔を埋め、待つだけの行為は、魃の精神を不安に晒した。


「どれくらい、経ったかのう……?」


 時計を持っていないのもそれに拍車をかける。

 具体的な時間が分からないせいで、先が見えない。


「一人で待つなんて、慣れておったはずなのに……」


 昔々は、白い部屋で時が過ぎ去るのを待つだけだった。

 だから慣れていたと思ったが。今は不安で仕方がない。

 そして、昔なら。そこには分かり易い結界という壁があり、空けるべき穴があった。

 しかし、今はない。何もない。

 どこに行くのも自由。

 それだからこそ、魃は不安なのだ。


「薬師、妾は、妾は弱くなったぞ。薬師」


 見上げるように、魃は顔を上げた。


「やくしー、やくしー……」


 視界に入ったコンクリートの灰色が、まるで暗雲のごとく。


「呼んだら早く来んかー、ばかー……」


 彼女は投げやりに口にする。


「……呼んだか?」


 黒いあやつは、そうしてやってきた。















「ばーか、ばーかっ! 遅いんじゃ阿呆!!」

「悪かったっての」

「ばかばかばーかっ!」


 照れくささのあまり、魃は右の拳を薬師へ振るった。

 ぽすんと音を立てて、拳は胸元に収まる。


「うわあ、なんだお前さんっ、グーで殴る教の人?」

「なんじゃそれはっ!」

「だが悪いが、俺は右頬を打たれて左も差し出す教の人じゃないからそういうのは……」

「ばーかっ! 第一お主、馬鹿、何でいきなりあんなこと……」


 体液云々の話に話題はシフトし、魃は肩を怒らせる。

 それに対し、んー、あー、と薬師は適当に答え。

 そんな態度に更に魃は怒りを湛え。

 目尻に涙が溜まり、流れそうになった辺りで。


「よしもらった」


 薬師が目元に布を当ててそれを止めた。


「……え?」


 思わず、固まる魃。


「ふむ、これで結界製作が次へ進むな」

「けっ、かい?」


 薬師が肯く。


「おう、結界。このままじゃ何でもかんでも熱を止めちまうから、お前さんだけに絞れるように、本人と縁のある何かが必要でな」


 血とか、とりあえずなんでもいいんだが、と彼は言い。

 恥ずかしさで魃は赤くなり。口を開けたまま動くこともできず。

 結局。


「ばーかっ!!」


 罵ることしかできなかった。


「罵られて嬉しくなる人じゃないぞ、俺は」

「妾だって、罵って嬉しくならんわ!」

「誰にも特を生み出さないな」

「そんなことよりお主、もっと早く来れんのかっ。わ、妾は……」


 照れ隠しに、もっと早く来い、と魃は捲くし立てる。

 そんな中、彼女に気が付いたことが一つあった。


「……お主、寒くないのかの?」


 薬師はコートを着てきていない。既に薬師の住む地域はコートが要らない暖かさだから、着てこなかったのだろう。

 しかし、今現在は、未だに雪振る地域である。

 しかも、肩や頭に雪が乗っかっていた。


「あー、そういえば寒いかもな」


 斜め上を見て、呟く薬師。

 魃は言う。


「お主はこういうことにも鈍いんじゃな……。屈め」


 怒りも何も、抜けてしまった。


「おう?」


 溜息を吐くように紡がれた言葉に、薬師は従い、下がった頭と肩を、魃はぽんぽんと払った。

 そして、雪が落ちたことを確認し、満足したように笑顔になる。


「これでよい」

「おう、ありがとさん。じゃあ、帰るか」

「そうじゃな」


 薬師が帰ることを示すと、彼と向き合っていた魃は、薬師と同じほうを向く。

 そして、彼の少し前を歩き。


「おう?」


 それから、ぴたりとくっついた。

 ぶっきらぼうに、言い訳がましく魃は言う。


「……温かいじゃろう?」

「おー、そーだな」





 魃は、酷く恥ずかしい思いをした。おかげで、赤い頬を見られることはなかったが。

























―――
思ったより長引いて、帰ったらすぐ寝る半死状態が続きましたが今日復活しました。












返信




奇々怪々様

まあ、薬師は安いことこの上ないですよ。ほいほいと閻魔のお手伝いしちゃったり。厄介ごとを解決したり。もう趣味ですね。
ただ、安い女、とのことは、薬師的には誉め言葉なんですよ、きっと。
そして、由比紀に対しては薬師の思考が容赦ないです。評価が閻魔妹とかよりも、不法侵入者ですから。
とりあえず、シリアスは例の組織のパーティに出席する方向の模様です。薬師が祟られたりします。


wamer様

誤字でした。ご指摘に感謝です。
修正しておきました。
何故かたまに玲衣子と由比紀間違えるんですよね。
似てるといえばそうなんですが。


SEVEN様

例え人間形態でもそうでなくても犯罪臭です。むしろ薬師にはロリコン認定されてるんじゃないでしょうか。
とりあえず、せんべいで関節キス達成はしても、由比紀→薬師であって、薬師→由比紀じゃないのが彼女的に問題なんでしょう。
そもそもそんなこと考えるどころか負けた気分でそれ所じゃないという。
そして、人間党とかいう怪しい組織ですが、次の相手は祟るあの人だぜぇ、と一人テンション上げてます。男性の足の親指と親指の間にあるアレによくにたあの人です。まあ、ご本人ではないですけど。


通りすがり六世様

修正しておきました。ご指摘に感謝であります。
由比紀は頑張りが無駄になる子。基本的に一足遅いというか、自分でがんがん進んじゃうから、回りを確認してなくて手遅れに。
そして、基本的に気分屋かつ純情なので、テンション差が激しいのが、安い女といわれる所以。
まあ、基本は我侭なんです。自分に正直というか。


春都様

にゃん子好き放題です。猫だから好き放題だし、猫だから許される。
ぺろぺろされても猫だしオッケーというこの恵まれた環境。
一緒に寝ても猫だしオッケー。くっついても猫だしオッケー。
しかし、二話連続で出る辺り、にゃん子侮れない。


migva様

とりあえず何でか最初に百合案が出て前回の話だったので、タイトル百合です。
由比紀は、初期のミステリアスが1/28スケールに落ち込みました。カリスマブレイク。
進化か退化かは不明ですが、まあ、成長したということでここは一つ。その内本当に女を落とさないか不安です。
まあ、次回シリアスはそこそこ大物が出たり出なかったりする予定です。













最後に。


ぐちゃぐちゃになったケーキはこの後薬師がおいしくいただきました。



[20629] 其の七十 俺と手繋ぎ日常。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:98ca0e3a
Date: 2011/03/13 17:12
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「ん、やくしだー」


 校門から、ランドセルを背負った春奈が出てくる。

 彼女だけではない。春奈と同じくらいの子供が、幾らか出てきていて、数人の教師に見送られていた。

 そして、そんな中、春奈が俺に気付くと駆け寄ってきて、俺は適当に片手を上げた。


「おう、薬師だ」

「むかえに来たの?」


 首を傾げる春奈。その通りだ。

 愛沙に頼まれて俺は春奈を迎えに来た。


「おう」


 肯くと、春奈が手を伸ばしてくる。

 少し反応に困ったが、なるほど、そうか。

 俺は春奈と手を繋ぎ、歩みを再開。


「やくしの手、あったかいね」


 なんだか、俺を見る教師達の目が生温い。


「そうかい」


 ……何故だ。














其の七十 俺と手繋ぎ日常。












「ヒコーキってさ、なんでとぶの?」

「……気合が入ってんだよ、多分」

「そうなんだ、すごいねっ」


 すまんお兄さん嘘吐きました。

 と、春奈と与太話を行いつつ帰る道。

 何故だ。

 と先ほどの自問に答えるならば、愛沙が寝ているからだ。

 愛沙から借りた結界術の本を返しに行ったら、だ。

 何の研究にひと段落ついたのか知らないが、動く死体もかくやという顔で動いてたから寝かせることにしたのだ。

 春奈を迎えに行くとうわ言のように呟いていたが、たわ言ということにして、俺が代打で迎えに来たのである。


「お母さんはね。ゆいこが言うには、けんきゅうぶんや以外のことにおいてはワンランク下の女なんだって」

「……そうか」


 春奈は、よく気の向くままに話をする。

 由比紀も妙なことを教えてんなおい。

 まあ、分かる。専門家は専門分野以外においては駄目人間な例が多い。

 憐子さんは……、まあ、専門分野とか関係なしに駄目人間か、そうか。


「ねえ、やくしー」


 しかし、それにしても子供は元気だ。

 会話内容がころころ変わるし、まあ、常に楽しそうだ。


「おなか空かない?」


 そう言って、春奈は腹を抑えた。


「お前さん、給食はどうした」


 あと、なんで俺に同意を求めるんだ。


「食べたよ?」

「それで尚腹が減ってると申すかこの欠食児童め」

「うん」


 食べ盛りめ。


「そうかい」


 わかった、わかったとも。

 かく言う俺も小腹は空いた。

 となれば。












「おや、最近多いんじゃないかい? 財布の中身は大丈夫かな?」


 最近出番の多い喫茶店である。


「ここ最近、よく来てるが、俺以外の客を見ないのはいかがな了見か」

「だが、それがいいんじゃないのかい? お客様としては」

「まーな」

「そりゃあ、普通の店だったら、お客様がそんな子連れて入ってきた時点で、話は署で聞くよ」

「即通報かこの野郎」

「そんなお客様と、少々の糧を求めるこの店主。相互扶助、美しいと思うよ?」

「なんか、うん、そうかい。しかし、本当にどうやって食ってるんだか」

「実は運営のエージェントなんだよ」

「そんな確かめにくい話をされてもな」

「では、知る人ぞ知る、情報屋なのさ」

「由比紀のスリーサイズは?」

「91・58・88」

「なんで知ってる」

「そりゃ、色々とパワハラを行ったからね」

「公言したよ」


 あんまりな店主に溜息一つ。

 げんなりと俺は席に向かう。


「軽いもん、なんか適当に」

「畏まりました。しまった、ここらでかちこまりまみたとか噛んだほうがお客様のニーズに合うのかな?」

「俺をなんだと思ってんだ」

「お客様のために、がんばみます!」

「そこは噛むな」


 そんな店主とのやり取りを、春奈が不思議そうに眺めている。


「やくしー、やくし」

「ん、なんだ?」


 呼ばれて、俺は手を繋いだ先、春奈のほうを見た。

 春奈は、俺の手をぎゅっと握る。が、できれば止めて欲しい。俺の骨折件数をこれ以上増やしてどうするんだ。


「やだ」

「なにが」


 唐突な拒否に、俺は心中首を捻る。

 しかし、答えはすぐにやってきた。


「構ってくれないと、やだ」


 拗ねたように口を尖らせる春奈。

 やはり子供だ。

 俺は苦笑い一つして、春奈を椅子に座らせた。


「へいへい」


 そうして、春奈が笑顔になる。

 機嫌のころころ変わるやつだ。子供らしくていい。

 そんな中、料理が運ばれてきた。


「軽食お待ちぃ!」

「何屋なんだお前は」

「喫茶店だけど?」


 おっと、春奈がまた拗ねてしまうな。

 店主の会話もそこそこに、置かれた品を見る。

 まあ、サンドイッチとかそんなもんだ。

 それを前に、春奈はなんでもないかのように呟いた。


「ねーやくし、ところで、そろそろホワイトデーだね」


 ……っ!?

 聞いた瞬間、にわかに俺の背筋が粟立った。

 いま、聞き捨てならない単語を聞いた。


「今日は何日だったか」

「十三日だよ?」


 ……。


「……学校は楽しいか?」


 話題転換、聞かなかったことにしよう。

 そうして、転換された話題。

 とりあえず口をついて出た質問だが、春奈は首を傾げる。


「そんなに?」

「……おい。俺の体育のときあんなにはしゃいどいて」

「楽しいよ?」


 春奈は、不思議そうな顔をする。

 いや、意味が分からないんですが、卑小で矮小な僕には。


「お兄さんに意味を説明してくれると助かる」

「学校は楽しいし、好きだよ?」


 ……よく分からない。とりあえず理解はしてみようと、俺は質問を返す。


「じゃあ、今日は楽しくなかったのか?」

「うん」


 なんだ、いじめかなにかでも発生したのか?

 ……そんなことをもしも愛沙に伝えたら最後、学校にエクスマキナが現れてハルマゲドンか。

 これは内々に処理しておかねばなるまい。

 しかし、何もかも杞憂だった。


「やくしがいなかったもん」

「……ん?」


 別にいじめられてるわけではなく?


「学校は好きだけど、やくしがいないならそんなに好きじゃないよ?」


 なにを決まりきったことを、と言わんばかりの普通の顔で、春奈は首を傾げた。

 まあ、うん、なるほど、思い切り遊べる相手がいなかったということか。

 なるほど、春奈係が俺になる日も近いらしい。


「そうかい、ところで、食べねーのか?」


 そうして、妙な感慨に耽りながら俺は呟く。

 先ほどから、料理に手が付けられていないのが気になった。

 そんな俺に、春奈は悪戯っぽく笑う。


「食べさせてよ」

「我侭娘め」

「だめ?」


 食わせたが最後、手まで食われる気がしないでもないが。


「ぬう……」


 首を傾げる春奈。唸る俺。

 結局、由美とか春奈とか、そういうのに俺は甘いのかもしれない。



















「仲の睦まじい偽親子めがっ、またのお越しをお待ちしております」

「どうしたらいいんだ」

「また来い金蔓」

「なんとも分かりやすい」

「待ってます……、ずっと、まってまちゅかりゃ」

「そこで噛むのもどうかと思うぞ」

「ま、そういうことで、またのお越しを。今度はうちの店員でも誘ってやって欲しいな」


 店主に見送られて、俺と春奈はまた手を繋いで帰る。


「そういえば、玲衣子んとこの雪も溶け始めて来てたな」

「そーだね」

「日差しも暖かいしな」

「うん」


 春もすぐそこ、桜はいつ咲くだろうか。

 俺の家の桜は夏に咲く馬鹿だったが、今年はいかがなものか。


「でも、わたしはやくしとお母さんがいればあったかいよ?」

「そうかい、そりゃ重畳だ」

「ちょうじょう? てっぺん?」


 春奈は、教えた言葉を覚えたり、覚えてなかったりする。これはどうだったか。

 ただ、どちらにせよ、ちゃんと覚えるまで教えてやる。俺はそうすることにした。


「違う、畳が重なってうれしいねってことだ」

「そうなんだ……、うれしいの?」

「まーな」


 親子仲睦まじいようで安心だよお兄さん。

 愛沙と春奈を見ていると、子育て初挑戦の母を見る、祖父の気分になってくるのだ。

 孫か、春奈は。

 己の年寄り臭さに苦笑いする。


「そーなんだ。うれしいんだ」


 そんな中、そう言って、にへらと春奈は笑った。


「なんか楽しそうだな」


 言えば、春奈は俺の真似をする。


「えへー、そりゃちょうじょー?」


 そんな満面の笑みを浮かべる春奈の頭を俺は撫でた。


「えへー、えへー」


 流石アホの子。

 完全にふやけてやがる。


「へへー、もっと」

「へいへい」


 酷く、長閑だ。

 またそう遠くないうちに、一悶着があるんだろうが。

 それでも今は長閑だし、嵐がやってきても過ぎれば平和。


「ねえ、やくしー」


 春奈は呟く。


「いつもどおりだね」

「そーだな」


 春奈と手を繋いで家へと帰る。


「いつもどおりだ」


 そんなのも悪くはない日常だ。























―――

まず、最初に。

亡くなられた方の冥福をお祈りいたします。

次に、私自身の無事を報告します。
北海道の中心辺りが私の所在地なので、その辺りは少しの揺れで終了。
平常通り学校に会社その他諸々回っております。

この様な状況で素知らぬ顔で執筆を続けることに不謹慎の謗りを受けるかもしれませんが、それでも書きます。
被災地に居たわけでもなく、親族等がそこにいるわけでない以上、自分に暗い顔をする資格は無く。
できることはせいぜい募金に協力するくらいです。
また、気になることと言えば、こうして舞様の無事が確認された今となっては読者の皆様の安否のみ。
ならば尚更いつも通り書かせていただきます。
私はいつも通りです。
後は読者の皆様の生存報告を座して待つのみ。
PVの一つ一つが今回は生存報告であります。



さて、本編についてですが、今回更新されたのは、急遽差し替えられたものです。
本当はシリアスに入るつもりだったのですが、シリアスの突入にはもう少し掛かりそうです。
実を言いますと、今回のシリアスに地震の話が出てくるはずだったのです。
流石に今この状況でそのテーマはあまりにも非常識なので、現在話を練り直しております。
纏まるまで少々お待ちを。

そんなこんなで差し替えられた春奈ですが、なんとなくほっとする話を目指してみる。
突貫だったので些か短いのは申し訳ないです。

ついでですが、前回更新は魃の話でした。更新したのは地震の前日ですので、未確認の方はどうぞ。






返信。


SEVEN様

いい加減雪溶けて欲しいです。唐突にまた雪が降り出して荒れてます。かと思えば今日は暖かく。
まあ、とりあえず魃には雪道を隣で歩いて欲しいです。カイロなんて使っても暖かくならないので。
そして、まず結論から入った薬師が悪いことには同意です。もう燃やされてもいい。体液の一滴も残らぬよう燃やし尽くされればよろしい。
最後に。大丈夫ですよ、いくらあの人と言えど、デザインは流石にあんな卑猥な方向じゃないです。そもそも、本人出演ではないですし。ついでに、魔羅さまじゃないですよ?


奇々怪々様

なるほど、何らかの本人と分かる液体が必要なのか→血でも汗でも涙でも唾でもいい?→体液くれ! 今ココ
そして、まあ、魃に対して取り返しのつかない事してる気はしますよ。現在進行形で。
私もMな人じゃないですが、魃になら罵られてもいい。
で、まあ、私は無事です。北海道の中心部まで津波が来ることはほぼありえませんし、揺れもほとんどありませんでした。お互い無事でよかったです。幸運に感謝します。





最後に。

シリアスどうしよう。



[20629] 其の七十一 俺と貴方の近距離恋愛。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:1b09016d
Date: 2011/03/16 21:49
俺と鬼と賽の河原と。生生世世





「えっと、先生。僕、今回薬師委員になったんですけど……」


 この日、廊下でのこの一言で、それは始まった。


「……薬師委員?」


 ……俺委員会?

 なんだそのふざけた委員会は。

 そんな委員会でいいんかい、とか脳裏に過ぎった件については永遠に心にとどめておくとしてだ。

 俺の名が使われている割に職務も何も分からない。

 挙句、その当の委員がビーチェであることから恣意的なものを感じるのだ。

 納得いかない。


「えと、どうぞ」


 怪訝そうな顔をして眉を顰める俺に、薄い紙がビーチェから渡された。

 内容は学校の正式な書類で、こう書いてある。


「当校非常勤職員、如意ヶ嶽薬師が……」


 フラグな真似をしないように、監視するのが職務である。

 ……何故か、フラグのグの部分に横線が書かれ、フラチな真似をしないように、と訂正されているが、なんだこのやる気の無さ。

 いや、無いのは俺の信用か。


「で? つまり?」


 結局俺委員となったビーチェは一体何をするのか。

 俺は聞く。

 すると、ビーチェは手を胸元に持ってきて、


「つまりですね。先生が当校において不適切な行動をとった場合」


 言った。

 黒光りする鉄の爪付きで。


「この鉄の爪、ベアークローが胸に突き刺さることを、覚悟して置いてください!」

「冷たいファイティングコンピューター!?」











其の七十一 俺と貴方の近距離恋愛。










 で、まあ。

 つまり。


「先生、先生……、もうここは、プライベートでいいよね?」

「はい、問題ありません。なので教室に帰ってください」


 学校にいる間ビーチェが俺に張り付くのである。


「今日もお弁当持ってきたんだよ?」

「……っく、食べ物は粗末にできねー。汚いぞビーチェ。流石だな」

「ええっ?」


 困った顔をするビーチェ。

 しかし、委員会だからってご苦労なこってす。

 わざわざ屋上まで着いてきて。

 いや、まあ、心中『こんな奴と一緒とか反吐が飛び散って虫唾ダッシュなんだけど、委員会だからなぁ……』とか思ってたら傷つくが。


「はい、どうぞ」


 ただ、それが事実だとしても、そんなことは毛ほども見せず、笑いながらそう言って渡される弁当箱。

 抵抗せずに俺は受け取る。


「ぬ」


 確かに、ビーチェの弁当は美味いのだ。

 たまにトマトにベーコンとか、レーションとか飛び出すが。

 基本的に、美味い。

 藍音には、まあ、こういうこともあるので弁当は控えてもらっているのだが……、今日の弁当は、と。

 そうして開いた弁当箱の中。


「なにコレ」


 これは、なんと言うか。

 そう、いうなれば、アレだ。


「そうめんだよ?」

「……なにソレ」


 そう、あれだ。

 そうめんだ。

 白くて、つるっとした麺類。


「つゆは?」

「はい」


 笑顔で渡される水筒。

 蓋を取って中身を注げば、黒っぽいような茶色っぽいような液体。


「……そうめんか」


 春間近の空の下。

 学校でそうめん啜る俺。


「先生、はい、あーん」


 あーんじゃねーよ。つゆが飛び散るよ。

 食いにくいよ。


「嫌なら、別に付き合う必要はねーんだぞ? んな委員会。口裏なら合わせておいてやるから」

「ううん、ここがいいんだ」


 そう言って、笑うビーチェ。

 俺は黙ってそうめんを食った。

 変な委員会が出来ても然程変わらぬ日常である。ビーチェの張り付きはいつものことだった。














 そんな日の午後。


「さて、と。問題児の到着を待つ、か」


 とある案件の元、俺は生徒指導室にいた。


「で、ビーチェ、お前さんはそれでもひっついてんのか?」

「はい。常に張り付いて見ているのが職務ですから」


 にっこりと笑うビーチェ。

 なんて公と私をわきまえた女だろうか。

 敬語もばっちりである。

 ただ、


「いや、危ないかも知れんぞ? なんてったって問題児。そんなのを押し付けられたわけだからな」


 そう、今回舞い込んできた案件は、そういうものだ。

 詳しい内容は書かれていないが、指導室に生徒がやってくるので、そいつをどうにかして下さい、と渡された紙には書いてあった。

 なんて適当な仕事だ。せめて内容のさわり位でも書いておけばいいものを。

 それとも、そんなに分かりやすいものなのか。

 しかし、どちらにせよ、この部屋までやってきて大暴れしないとも限らないのだ。

 俺にわざわざやってくる案件であるからして、危ないかもしれない。

 の、だが。


「大丈夫ですよ、先生」


 と、ビーチェは言う。

 そして、唐突にスカートを巻くりあげ。


「なにかあっても、僕が先生を守りますっ」


 健全な男ならドキッとする状況かもしれないが、スカートの下の太股に装備された棒手裏剣やナイフを見ただけで、ヒヤッとする状況に早変わり。

 薄青のレースよりも、凶器類の黒光りが半端ない。

 俺は即座に目を逸らし、言う。


「スカートを下ろせ、はしたない」

「あ、はい」


 下ろされるスカート。

 はあ……、先が思いやられるぜ――、


「失礼します」


 っと。

 ご到着か。

 がらり、と扉を開けて入ってきたのは、一人の男子生徒である。

 これが噂の問題児、らしいのだが。


「お前さんが……、印須 増雄でいいのか?」


 思わず俺は確認を取った。

 問題児、というには余りに普通だったからだ。


「はい、俺が印須 増雄ですけど。俺、なんで呼ばれたんすか?」


 不可解である。

 問題児と言って寄越された割に、普通。


「ん、ああ。とりあえず座れ」


 見極める所から始めろ、という閻魔様のありがたいお告げだろうか。

 俺は、座った増雄を観察するように見つめた。


「ところで、その子は……」


 そんな中、俺の視線に気付いてか、無作為か、増雄は困ったようにビーチェを見つめる。


「ああ、それは……、助手みたいなもんだ。気にすんな」

「守秘義務は守りますっ。口外したら、万力で左手の指を潰しますから」

「……大丈夫なんすか、あの子。本気臭いんですけど」

「本気だ。気をつけろ」


 笑顔で答えるビーチェを他所に、俺は増雄とひそひそと話をする。

 流石だ、怖いぞビーチェ。

 さて、そんなこんなでだが。


「まあ、あれだ。学校の体面上、後一時間くらい拘束させてくれ」

「え、俺、何かしたんすか?」

「ん、いや、気にすんな。お前さんはここで一時間ほど雑談に付き合えば無罪放免だから」

「はあ……」


 果たして、如何様な問題を抱えて現れたのか知る由も無いし、問題なんてないんじゃないかと思うが、しかしだからといってすぐ返してしまうのは問題だ。

 一時間ぐらい粘ったんだよ、という言い訳が、大人にとって大事なのである。













「あ、じゃあ、そろそろいいすか?」

「ああ、まあ、いいだろ。うん、気をつけて帰るんだぞー。あ、俺今教師っぽくね?」


 結局一時間ほど経ったが、増雄の問題は見つかることがなかった。

 はて、誤報なのだろうか。

 一時間喋ってみても、ただの一般的男子生徒としか言いようがない。

 後人より変わったところといえば……。


「……先生」


 精々人より魚面……、あ?


「今――」


 今まさに外へ向かおうとしていた増雄が、唐突にこちらを向いた。


「魚面だって、思いましたね?」


 凄絶な笑み。どうしたんだこいつは。

 ただ事ではない。


「いいんですか? 気付いてしまったら。来てしまいますよ?」

「何がだ?」


 まるで、何かに取り憑かれたかのように、増雄は言う。


「そう、それは父なるダゴンの落とし子、旧支配者の眷属――!」


 ……まさか、これが問題という奴か?

 確かに、これに類似した話を聞いたことがあるぞ。

 過度の心的負荷、同族との接触で次第に魚人のようになっていく種族……。

 クトゥルフ神話の、深きものども……!

 思い当たった瞬間、それは現れた。

 扉を開き、現れたのは、緑色の体躯に、立派な水かき、そして嘴……。


「――浅きものどもが!!」


 最後に皿。


「河童じゃねーかっ!」


 ……河童じゃねーか。

 宇宙的神話関係ねぇじゃねーか。

 あと、ぞろぞろと二人も三人も入ってくるなよ。人口密度が高いじゃないか。

 そんな、戦慄を隠せない俺に、河童……、ああ、浅きものどもの一名は言った。


「キュウリくれっ!」

「浅いっ! 役作りが浅ぇよ! 河童丸出しだよ!」

「何を仰るんすか、彼らは水深三メートルくらいの湖沼や川に済む、立派な浅きものども」

「浅ぇよ。水深が」


 しかし、なるほど、これが問題か、そうですか。

 確かに、学校に関係ない河童がぞろぞろとやってきたら邪魔だ。

 先ほどから一変、唐突に空気があほらしくなった。


「第一、なんで浅きものどもなんだよ」

「え? そりゃ、最近クトゥルフブームだし。便乗すれば僕らも人気者かなーって」

「考えが浅ぇよ!」


 俺が質問すると、照れたように河童その一はそう言った。

 なんて浅い奴らだ。


「本家に訴えられても知らんぞ」


 俺は次の質問を向ける。


「じゃあ、浅きものどもってなんだよ」

「え? いや、えーと。ダゴンの息子的な」

「設定が浅ぇよ! 第一、旧支配者とかちゃんとわかってんのかよ」


 俺もわかってないけど。

 有名だったから一通り知ってるだけで。


「旧支配者? えー、あれだ、旧神と対立する……」

「理解が浅ぇよ!」


 なんて浅い奴らなんだ浅きものども……。

 しかし、これらを何とかしろということなのだろうか。学校側は。

 確かに、邪魔だし浅いし、どうしようもない。あと人気も出そうにない。


「なあ、ビーチェ、どうしたらいいと思う?」


 悩んだ俺は、隣に助けを求めた。


「えっと……、彼らが邪魔ってコトでいいんですよね? 先生」

「おう」


 返ってきた確認に頷き返せば、すぐにビーチェは口を開いた。


「彼らをベアークローで全てなます切りにすればいいと思います、先生」

「……お前さんは十秒考えてから発言しろ」


 小首を傾げて見せてもダメだ。

 そんな小首を傾げたビーチェは、口元に人差し指を当てて一考。


「彼らをベアークローで全てなます切りにすればいいと思います、先生」

「それが十秒考えた上での発言なら黙っていてくれビーチェ」


 ビーチェ、また考える。


「わかりました。はい、証拠が残らないよう拉致してからしかるべき処置を」

「すまん、頼む、静かにしてくれ」


 くそう、ビーチェは頼りにならん。

 何か考えるんだ。物騒じゃない解決法を……。

 を?


「なあ、お前さんら、思うに浅きものどもよりも、河童の方が知名度高いんじゃねーの?」

「え?」

「え、ちょ、俺は?」

「増雄か。お前さんは個人的に魚君と呼んでやるから許せ」




 こうして、浅きものどもは解散した。

 絆も浅かったのである。
























 付録



 一難去って。


「ふう……、疲れたな」


 指導室の椅子にだらしなく座って呟く。


「帰るか」


 これで俺のお仕事は終わりだ。終わりったら終わりなのだ。

 意を決して立ち上がる。


「ほれ、お前さんもだ」


 俺の後ろでじっと立っていたビーチェは、俺の言葉に身じろぎして、動き出した。


「あ、はい。すみません、役に立てなくって……」

「お前さんの仕事じゃねーよ。……先行くからな」

「あっ、待ってください、先生っ」


 ぱたぱたと音を立てて、ビーチェは追ってきた。

 まあ、これにて一件落着。

 あとは、薬師委員会なんていうよくわからんもんをどうにかしないとなるまい。


「っと。ん?」


 考えながら扉を開けると、疎らにちらほらと歩く生徒が見える。

 そんな中、俯きながら駆けて行く女生徒が一人。

 俺は思わず呟いた。


「ありゃ、泣いてたのか?」


 表情の細部まで確認したわけではないのだが、ちらりと雫が見えた、気がした。

 そんな中、騒ぎ出す俺の野次馬根性である。

 そも、俺は教師であるからして、生徒を心配するのは要するに義務で、と正当性を主張。

 先ほどの女生徒の方へ歩もうと、俺は歩き出した。


「先生っ!!」


 が。


「先生っ」


 止められた。

 ビーチェの身を挺した抱き付きによって。

 しかし、お前さんも年頃なんだから、そういうのはやめたらどうなのだろうか。

 なにが、とは言わないが、女性としては気になるものではないのか。


「先生、ダメだよ? それは、委員会の規則違反だよ?」


 なんと。

 これが不埒な行為だというのか。なんという信用のなさ。

 そこまで必死に言われると傷つくぞ俺は。


「お願い、行かないで」


 ビーチェは言うが、とうに脚は止まっている。

 別にビーチェが重いわけではない。

 その気になれば引きずっていくことも出来た。

 だが、それをしないのは。


「ビーチェ……」


 それをしないのは――。


「鉄の爪が腹に刺さってるんだが」


 ベアークローが俺を貫くからである。


「ごめんなさい、せんせい。でももう少し、このままで……」


 ……恐るべし、薬師委員。














 ちなみに、薬師委員会も、閻魔を夕飯で脅迫して解散し、事なきを得た。



























―――
インファイト。ベアクローが鋭く光ります。
シリアスに入ると見せかけてまったく関係ない。そんなオチ。
大体流れは決まったつもりですが。

あまりにクトゥルフが流行ってるので書いた。
俺もそのブームに乗ってみたかった。
と作者は供述しております。
完全に乗り損ねてますが。





返信。



春都様

魃の体液……、果たして何を想像するかで話は大分変わってきます。あと、その人が何フェチかも。
地震は、いまだに余震やらで地震速報がやってきますね。大変な事態です。
自分は、北海道在住って、何回か言った気がするので別に報告しなくても大丈夫かな、と思ったんですけど一応報告しときました。
とりあえず、ほのぼの、ギャグメインときて、いい加減シリアスに行きたい所ですね。


通りすがり六世様

お互い無事でよかったです。例え私の地域はほとんど揺れなかったとはいえ、同じ日本ですから、他人事ではまったくなく。
「体液くれ」「毛くれ」「爪くれ」……うーん、どれにせよ変態。分かり易い説明の重要性が身に沁みます。言葉って大事。
そして、もっとも薬師に似ているのは春奈かも知れない。無自覚無責任なあたり。性格的には憐子さんですが。
とりあえず、春奈の学校でのポジションも、アホの子。ある種可愛がられてます。


SEVEN様

無事でよかったです。しかし、節電について考えてみるだけで、いかほど電気に頼っていたか思い知らされました。もういっそ自転車的な発電機でも置いておくしか……。
由比紀のスリーサイズは店主の触診による信頼できる情報です。これが薬師に知れたと分かれば即座に顔真っ赤。
自分はですね、ホワイトデーのアレ、買いましたよ。……祖母に。……祖母に。グランドマザーに。
とりあえず、シリアスの方は色々考えてます。地震でなければいいのかとか、そのへん上手く書き換えた上でやれないかとか。


奇々怪々様

かみかみ店主。あえて萌えないポイントで噛むのがポイントだと思います。
しかしあの店主、フラグが立つのか立たないのかいまだ分からない割りによく出てきますね。
増雄君とかもう永遠に出ることはなさそうなのに。ポン刀と妖木より出なさそうなのに。
とりあえず春奈と薬師は誘拐犯と被害者でオッケーです。間違いなく。通報されたらされたで婦警さんとなにかありそうでアレですが。頑張れビーチェ。薬師委員。


志之司 琳様

無事の声が聞けてよかったです。やはり年度末に掛けては忙しいものですからね。私もなんだかんだと試験やらで大変でした。
そして、自販機でジュース二百円とかもう手出しできそうにないです。自販機を前に心を折られてくず折れます。なんという心折設計。

>シュークリーム
いつもどおり出オチTシャツ。もう個性ですからやめられない。最新魃は隠してましたが。
そして、薬師、あれがゲーム脳なんです。

>節分
九龍といえば、物部に向かって炒り豆縛浄破を放っていた記憶があります。節分でも節分じゃなくても。
薬師はたまに中二病をこじらせたり、ブロンティストになったりします。

>鎧
薬師の"し"は詐欺師の"し"かもしれません。
とりあえず、由美が戦う女の子になってしまったら由壱が最速十七回転とか決めてしまいそうです。

>少し前
ネタにだけでも反応をするのは薬師のせめてもの慈悲なのか、それとも馬鹿なのか。後者ですね。
とりあえずにゃん子のポジションは何しても違和感がないから最強。由比紀はもう、手遅れとしか言いようがない。

>命日
私も友人にホワイトデーに何故かついでに作ったからとチョコレートを貰いました。……バレンタインデーに何も渡してませんよ。しかし、溶かして型に入れるだけの時代になんという先輩。私なら鍋で直接焦がします。
由壱さんは、幸せまっしぐら。既に両思いだよね。銀子は執念の勝利。

>もう終わったはず。
待っておれよ来年。私はまたやってくる。

>弦楽器
薬師なら楽器を粉砕しそうな気がします。演奏しようとして。しかし、そんなことにならない安心の未亡人クオリティ。
しかし、シリアスフラグを立ててから早幾星霜。頑張れシリアス。
自分はギターのドレミファソラシドならわかります。だが、そこまでだ! ついでにリコーダーの半音上げ下げがうろ覚え。

>拙者拙者詐欺
天狗・鬼→初心者向け。生首→上級者向け。つまり貴方は上級者なんです。

>じゃら男。
じゃら男は愛の巣に帰れー。

>紅茶
藍音さんのはノーガードですから攻撃力が高いが、防御力は低い。薬師の間隙を縫う攻撃にたじたじです。
腰砕けで仕事にならなくなります。

>小豆洗い
俺も小豆洗いたいんだよ! とのことで始まった小豆洗い編。当然一話で終了です。
何話か書く案もあった辺り末期。

>百合
満を持して現れる由比紀。薬師的には誉めてるんです、安い女って。

>妾
わらわって、童が基らしいから、普通じゃ出てきません。江戸時代の創作うんぬんとかでそうなったと聞いたことがありますが定かじゃないし。
まあ、魃も変態チックですが、しかしながら、変態にしたのは薬師だから薬師が一番悪い。

>手つなぎ
一般のノーマルの人はどう考えてもあんなフラグ立てれません。変態なんです。変態じゃなきゃ一体なんなのか。
犯罪者め。









最後に。

つまり今回はコズミックホラーなんだよ。



[20629] 其の番外編「馬鹿」
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:16f92579
Date: 2011/01/01 22:08
俺と鬼と賽の河原と。



 畳の上に体を横にし、目を瞑る俺の耳朶を叩く声は。


「薬師……」


 そのはっきりとした、よく通る声は。


「薬師……っ」


 そう、それは彼女の声だ。

 背が高くて、きっちりしてて、几帳面な彼女。


「薬師――」


 切なげで、恥ずかしげな声が、鼓膜を叩く。

 果たして、何故彼女は、俺を呼んでいるのだろうか。


「きっとお前は気付いていないんだろうが……」


 半分眠りかけているボケた頭で考える。

 しかし、そんな考えも吹き飛んだ。




「……好きだっ……」




 ……すまん李知さん、俺、起きてるんだが。













 眠気は、一瞬にして吹き飛んだ。

 罰ゲームかなにかだろうか。だとしたら性質が悪い。

 ただ、なんにせよ、真意はつかめなかった。

 寝ている俺に。少なくとも李知さんは寝ていると思っている俺に、『すきだ』などと言葉にする理由は出てこない。

 冗談かもしれない。何らかのからかいかもしれない。

 ただ、李知さんはそう言った人となりをしていない、という否定要素もある。

 結局、俺は困惑するしかなかったのだ。

 ……一体どういうことなんだ、と。

 はたして、俺はどうすればよかったのだろう。

 徐に身を起して、李知さんに向かって、そうか、そんなに俺が好きか、とにやけ面で言ってみればよかったのだろうか。

 しかし、結局俺はタヌキ寝入りを続ける道を選んでしまった。

 そう、結局、量りあぐねたのだ。一体李知さんが何を思っているのかを。

 そうして、李知さんは走り去ってしまった。

 俺は、ただ呟く。


「……誰か、説明求む」









 ただ。

 その後李知さんはいつも通りで。

「なあ、李知さん」

「なんだ?」

「いや、なんでもないんだ」


 あまりいつも通りだから、きっと幻聴か夢か何かだろう、と俺は勝手に納得した。












「好きだっ……。こんなこと、起きてるお前には言えないけど……」


 夢じゃなかった。













其の番外編「馬鹿」












 夢ではない。

 現実であり、事実である。

 幻聴ではない。

 確かな言葉であり、あまりにも確実である。


「よぉ、季知さん。おはようさん」

「おはよう、薬師。今日もいい天気だぞ」


 ただ、非日常の訪れ、と言うにはあまりにも普通過ぎた。

 好きだ。

 好き、というにも色々ある。友人に対するもの、家族に対するもの、異性に対するもの。

 そう言った経験に乏しい俺にはこれだ、という判断は付かなかった。

 だが、しかしあれは――。

 考えるのをやめて、俺はソファに座る。

 そして、目の前の机の上にある雑誌を手に取った。

 別に考えがあって取ったわけでもなく。

 暇つぶしとばかりにぱらぱらと頁を捲る。

 そして、なんとなく止まる手。

 そこで初めて、雑誌に焦点を合わせてみれば、そこにあったのは胡散臭い睡眠学習の紹介だった。

 『就寝前に専用CDをかけながら眠るだけ! これで貴方も錬金術師!!』

 ……あるわけがねー。

 ずらずらと学習法成功者の言が並んでいる部分を流し読みしつつ、やはり胡散臭い、と俺は感想を下してふと、言葉にした。


「なあ、季知さん」

「なんだ」


 季知さんは、ソファに座る俺の前までわざわざ歩いてやってきた。

 律儀なことだ。その律儀さは別に嫌いではないのだが。

 ただ、上から見下ろすのはやめて欲しい。威圧感が半端ないから。

 まあ、座ったまま話している俺が悪いんだけどな。

 勝手に納得しつつも、立ち上がるつもりはない。

 ただ、目の前の雑誌に目を落としながら、コップから水を飲む季知さんに俺は聞いた。


「季知さん、俺のこと好きか?」


 結局、こういった駆け引きは俺の得意分野から外れている。

 だから、至極当然に言葉にした。

 返ってきたのは――、

 冷や水である。

 いや、比喩表現でもなんでもなく。

 あまりに驚いた季知さんが口に含んでいた水を吐き出しただけの話。


「ば、ばばばっ、馬鹿っ! 何を言ってるんだお前は!」


 ぶふっ、と掛けられた水は景気良く俺の頭を濡らした。

 確かに少々不躾な問いではあったが、あんまりな仕打ちではなかろうか。


「……季知さんよ」


 恨めしげに俺は季知さんを見上げる。

 すると、季知さんは自分のしでかしたことに気が付いて、慌てた様子を見せた。


「ああっ、すまん! い、今拭くから――」


 ばっと取られるちり紙。

 至近距離にて、季知さんは俺の顔を拭っていく。

 ただし、ごしごし、ぐにぐにと、余裕がないせいか大分痛いが。


「所で季知さん」


 俺は、されるがままに、呟く。


「なんだ?」

「顔が近いと思うんだが」

「あ。――っ!!」


 俺が呟いた瞬間、慌てていた季知さんの顔は真っ赤に染まり。

 彼女はばたばたと逃げ出した。逃げ出した向こうから、派手に家具をひっくり返すような音が聞こえたが、俺は気にしないことにした。

 それよりも、だ。

 季知さんは。

 彼女は……。

 脈があるということでいいのだろうか。












 どうしても気になる。

 だから、もう一回聞いてみた。

 しかし、返ってきたのは、


「そ、そんなことあるわけないだろうっ……? いきなり何を言い出すんだ……、ばか」


 そんな否定。











「薬師。薬師? 寝てるのか?」


 そうか、違うのか。

 でも、ならば。

 何故。どうして。


「薬師……」


 何故季知さんはそんな風に俺の名を呼ぶんだ。

 優しく握られる手。

 撫ぜられる前髪。

 どうしていいか非常に困る。

 果たして、俺は何を求められているのだろうか。

 非常に歯がゆい状況といえる。

 いつから季知さんはこうして寝ている俺の名を呼ぶようになったのだろうか。

 うかがい知ることはできない。

 俺は、薄目を開けて季知さんを見る。

 そこには、正座で、恥ずかしげに頬を赤くして俺の手を握る季知さんがいるだけだ。

 その姿は居心地悪そうで、そのくせ、そこから動こうとしない。

 再び、俺は固く目を閉じる。

 狸寝入りを続ける他に、俺に選択肢はなかった。












 ……今日も、か。

 以来、俺の狸寝入りは増えた。

 別に、狸寝入りしたいではない。

 ただ、横になっても気になって眠れるわけがなく。

 昼寝の度にちらつくのだ。季知さんの恥ずかしげな表情と、あの声が。

 だから、

 そして今も。


「薬師……、好きだ」


 いとおしげに季知さんは呟いた。

 座敷の畳の上。

 寝れるわけがない。眠れるわけが無い。

 そうして俺は狸寝入りを続ける。

 既に、日常と化していた。

 ただ、今日は。

 その日は。


「そうか」


 限界だったのだろう。

 何が限界だったのかは分からない。不明瞭な現状にか、それとも昼寝が出来ない日々にか、別の何かにか。

 俺は身を起こしていた。

 季知さんが驚愕に顔を染める。


「やっ、ややや、お、起きて!?」

「ああ」


 動揺したまま立ち上がった季知さんを、俺は胡坐を掻いて見上げる形と相成った。

 俺はそのまま、季知さんに語りかける。


「なあ、季知さん」


 ごくり、と季知さんの方から生唾を飲み込む音がした。

 それを了承とするように、俺は問う。

 ずっと気になっていた。それの問い。


「お前さん、俺のこと、好きか?」


 そして、問えば――。


「っ――!」


 まるで金槌で殴られたような顔。

 まるで、この世の終わりのような、そんな顔。

 季知さんはそのまま走り去ってしまった。


「……」


 ぴしゃりと、襖が閉まる。

 こんなときまで律儀だ。

 それから、十秒。

 ゆっくりと固まっていた俺はのそのそと、立ち上がった。


「ここで追わなきゃ、男じゃねーよなぁ……」


 溜息交じりに呟く。

 そもそも俺は、俺は何を問題にしているのだろうか。

 別に、だ。

 季知さんにどう思われていようが、そうかと勝手に納得して寝てしまえば良かったのだ。

 そうすればいつも通り、何が変わることもなく終わっていたことだろう。

 では何故俺はそれを問題視して、身を起こしたのか。

 ……よく分からんな。

 分かるまで考えろ。

 分からないが、心中の俺は至極まっとうなことを言っている。

 放っておいてはならない問題だと、思う。

 何故、季知さんに起きていることを知らせたのか。

 現状維持を望むのなら、寝たふりを続けて慣れてしまうのが一番だったのではあるまいか。

 ならば、それは。

 俺が何らかの変化を望んだと。そういうことなのか。

 俺は何か変化を期待しているのか。

 それならば。
















 季知さんは、すぐに見つけた。

 白い雪の中を走る黒い影は、些か目立つ。

 随分と遠くまで走ったものだ。

 季知さんが地面が陥没する勢いで走っているため、こちらなどは全力で飛翔中である。


「くっ、来るな馬鹿っ!」

「待てと言われて待つ奴がいないように、来るなと言われて来ない奴はいないっ」


 人外の追いかけっこは周囲に迷惑な状況で、続いていた。

 しかし、天狗と鬼では速度に差がある。

 程なくして、俺は季知さんに追いついた。


「ひぅっ! 駄目だっ!!」


 その瞬間。

 すぐ後ろに来た俺に、振り向いて、季知さんは金棒を叩きつける。

 避けるのは容易だった。が、避けてはまた離されてしまう。

 ……必要経費だと思って諦めるさっ!

 振られた金棒を右手で受け止める。

 衝撃。

 渾身の力で振るわれた金棒は、不安定な体勢で受け止めきれることもなく、地面に踏ん張って留まろうとした俺の頭ギリギリまででやっと止まった。

 金棒の棘が、手の甲を突き抜け、挙句軽く頭から血も出たが、仕方がない。必要経費だ。

 金棒はがっちり掴み、季知さんを止める。


「薬師、お前っ、馬鹿! なんで……」

「季知さん」


 受け止めた俺の怪我を見て、季知さんが慌てて捲くし立てるが、俺はそれを遮った。


「……泣いてるのか?」


 ぽろぽろと、季知さんの両目からあふれ出している雫の名前は、十中八九、いや、確実に涙だろう。


「な、泣いてないっ!」


 白々しくも、いっそ清々しく季知さんは嘘をついた。

 ぶんぶんと首を横に振り、いつものスーツで目元を擦る。

 黒く長い髪がふわふわと舞っていた。


「どう考えても泣いてるだろーに」


 拭っても、涙は止まっちゃいなかった。

 自由な左手で、俺はその涙をすくう。

 まあ、確かに昔から思っちゃいたのだ。

 放って置けない、と。

 決して、この人に俺は、泣いてほしかないのだ。


「……なんで、泣いてるんだ」


 俺は問う。予想までは出来ても、俺に全てをうかがい知ることはできない。

 こういった経験の無さが裏目に出ている。


「あ……、あんなことしてたのがばれて……、平気でいられる訳があるかっ」


 あんなこと、要するに俺が寝てる間のアレ、か。


「薄気味悪いだろう!? それでっ、嫌われてしまったら私は――」


 なるほど。分かった。理解した。

 ならばいい。これ以上は泣かせたくない。


「――とりあえず」


 季知さんを遮って、俺は口を開く。


「俺は季知さんには泣かないで欲しいと思ってる」

「な、なんだいきなり……、別に泣いてなんかないっ……」


 困惑する李知さんに、俺は頷いた。


「そう、とりあえずだ。とりあえずなんだ。とりあえずなんだよ。とりあえず泣いて欲しくないんだ」

「そ、そんなとりあえずとりあえず連呼するなっ! まるで、私がどうでもいいみたいじゃないか……」


 李知さんが悲しげな顔をする。

 俺は、それをまっすぐに見て、言った。

 もう一度とりあえず、と。


「とりあえずなのさ。だから」


 いったん切って、すぐに続ける。

 とりあえず、で終わってしまえたならこんなことになってはいないのだ。

 だから。


「次に、笑ってほしいと思っている」

「な……」


 会ってから、すぐに、とりあえず、の所は思っていた。

 とりあえず、別に泣いてなんか欲しくない。そして、何か放っておけない、と。

 そして、次に、を思ったのはいつだったろうか。お見合いをぶち壊した時か、もっと後か。

 次に、悲しい顔はやめて欲しい、できるなら笑顔でいて欲しい、と。

 それで、気が付いたのだ。

 とりあえず、からは一本道。

 最後にたどり着くのは。


「そして最後に」


 まあ、そう、あれだ。

 人生の墓場。

 死んでから入ることになるとは思わなかったが。


「――結婚してほしい」


 こういうことだ。














「な、にを……、薬師、お前、馬鹿。自分が何を言ってるのか分かって……」


 動揺する季知さんを、俺は半眼で眺める。


「好きだって言ってんのさ。むしろ、お前さんこそ俺が何言ってるかわかってるのかよ」


 そう言って、俺は溜息を一つ。


「お前さんは?」


 そして、問いかける。

 返事を待つ。

 季知さんは、俺をじっと見詰めて、ひたすらに緊張した顔で見詰めて。


「――わ、私の方が好きなんだからなっ!?」


 暴発した。

 そして、正気に戻り、あたふたと慌てる。


「あ、あ、あ! 今の無しっ、忘れろ!!」

「いや、保存した」

「ま、またレコーダーかっ!? 馬鹿っ、寄越せ!!」


 つかみ掛かってくる季知さん。

 俺は首を横に振る。


「いんや、悪いが、俺の心に」


 言ったら、俺の胸倉を掴んだまま季知さんは顔を俯けて脱力。


「お前は……」


 うなだれる季知さんの頭は、俺の顔のすぐ下で、少し新鮮だった。

 呆れたように、諦めたように、大きく溜息を吐く。

 そんな季知さんに、俺はこみ上げてくるまま笑いを向けて。


「未来永劫忘れてやんねー」


 言ったら、今度は季知さんは顔を上げた。

 俺の胸倉を掴んだまま、腰を曲げて項垂れていたため、俺を見上げる形となる。

 そして。


「……ばか」


 やっとこさ、恥ずかしげに、はにかむように笑ってくれた。

 よし、じゃあ。


「――結婚しよう」








「返事は?」

「お、お前がそこまでいうなら……、け、け、結婚してやってもいい……」

「じゃあ、そこまで言わない」

「なっ、ななっ! 嘘だっ、もうこんなこと言わないから――」

「はっはっは、冗談だ。……まあ、あんま心配すんなって。季知さんが素直じゃないこた分かってるんだからな。わざわざ寝入ってないと思いを伝えられないくらいに」

「……薬師、お前はいじわるだ……」

「んなこと、分かってたんだろう?」


 俺はにやりと笑う。


「っ……! 馬鹿」

















 雑誌の裏や途中でよく見る、睡眠学習法。

 あんなのは嘘っぱちだ。それで頭がよくなるなら誰だって試してる。


「どうせなら」

「なんだ? 薬師」

「起きてるときに囁いてくれよ。寝てるときじゃなくてな」

「な、馬鹿っ。出来るわけないだろう!」


 そう思っていたんだが。


「あいわかった。ほら、寝たぞ。来い」


 意外と嘘でもないのかもしれない。

 今ではそう思う。

 なぜならば、そう。


「ばか……、薬師――」




 ――寝ても覚めても季知さんのことばっかりだ。




「あ、……愛してる……」



 にやつきながら季知さんの膝の上で狸寝入り。照れた季知さんが可愛くてしょうがない。

 握った手は温かく。

 俺はくつくつと笑った。


「……そうか」

「本当に……、ばか。恥ずかしいったらない」


 仕方が無いので、最大級のにやついた笑みを俺は返してやった。


「――そうか」






















―――
前回、前々回の番外は、残しておくとじわじわと真綿で首を絞めるように記事移動その他が辛くなっていくので、ホームページに格納します。近々。
もう一度読みたくなったらそちらへ。
番外編倉庫に入れておきます。後で。


尚、どうやらアルカディアでアドレスを置くと弾かれるようになったらしく、投稿できませんのでお手数ですが、俺と鬼と賽の河原と。で検索を掛けてくださると一番上に出てくるはずです。






[20629] 其の番外編「身勝手だからこそ」
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2f4d9572
Date: 2011/01/01 22:05
俺と鬼と賽の河原と。





「にゃーん」


 コタツを前に胡坐を掻く俺の背後から、にゃん子はやってきて、俺の背に擦り寄ってくる。

 額をすりつけ、肩をすりつけ、とやりたい放題にべったりとくっついて。


「にゃーん」

「にゃん子」

「んー?」

「なんか用か?」

「んーん、別に」

「そーか」


 会話、途切れる。

 そして、会話が途切れてからも、にゃん子はひたすらに擦り寄ってくる。


「んふふー」


 俺の背後から、首に腕を回してきて、首筋に頬擦り。

 やけに機嫌がよさそうだった。


「ふにゃふにゃ」


 アホみたいに幸せそーだな、おい。


「ごしゅじーん」

「なんだ」


 返事をしたら、言葉の代わりに頬擦りが帰ってくる。


「んー、なんでもないにゃー」


 なんでもないなら呼ぶんじゃねー、と言う事もなく、俺はぺりぺりと蜜柑を剥く。

 すると、にゃん子は俄に暴れ始める。


「にゃーっ、そ、それは反則っ」

「……すまん」


 まあ、いいか。

 俺は蜜柑をコタツの置く側に置いて、頬杖を突く。


「にゃー、にゃー」


 そんな俺の肩から、にゃん子がコタツへ向かって手を伸ばす。

 ただし、目的のものには届いて折らず、ふるふると、上下に腕が振られるのみ。

 俺は、目的のものであろう、菓子類の入った籠をにゃん子の近くまで持っていく。


「これか?」

「うん、ありがと」


 すると、にゃん子はその籠に手を突っ込んで、作為があるのかないのか、無造作にその中身を取った。

 そして、包装を剥がすなり、にゃん子はそれを俺の口元に持っていく。


「食べる?」

「いや、何故」

「だって、みかん置かせちゃったからどうかにゃーっと」


 一応気にしてはいるんだな。


「ありがたくもらうとするさ」


 にゃん子の手に握られた、棒状のチョコレート。俺はそれに齧りつく。


「おいしい?」

「まあまあ」


 チョコレートの味の差なんぞ分からない。

 しかし不味くはない、と曖昧な答え。


「にゃん子も味見するー」


 半分欠けたそれを、にゃん子が齧る。


「んー。あまい」

「そりゃ、チョコレートだからな」

「ビターなんだけどねっ」

「まあ」

「んふー、でも甘いねぇ」


 よく分からないやつだ。

 しかし、それにしても。

 のどかだなぁ。


「にゃー……、ご主人……」








 それから三日――、にゃん子は姿を現さなかった。











其の番外編「身勝手だからこそ」










「にゃー、ただいまー」

「おかえり」


 たまに、にゃん子はいなくなる。

 猫らしいといえば猫らしい。

 どこをほっつき歩いているのかは知らないが、止める権利も理由もない。


「にゃんっ」


 コタツに入ってぼんやりしている俺の背中に、またにゃん子は抱きついてきた。


「お前さんは、俺の背中になんか特別な感情でも抱いてんのか」

「活動に必要な成分を補給中なんだよ?」

「なんだよ」

「ご主人分が足りてないの」

「なんだその成分」

「ないと死んじゃう」

「もう死んでる」

「死んだ魚の目になっちゃう」

「猫なのに?」

「猫なのに」


 頬擦りするにゃん子。きっと呆れたような俺の顔は見えちゃいないのだろう。


「うにうに」


 そして、不意ににゃん子は俺を解放する。


「満足っ!」


 それだけ残して、にゃん子はぱたぱたと駆けて行く。


「……勝手な奴だな」


 ぽつりと呟いた言葉は、聞こえているのかいないのか。聞こえていても聞こえない振りをしているのかもしれない。

 勝手な話だ。







 そして二日ほど、またにゃん子は姿を消した。

 最近にゃん子の外出は増えている。二日三日帰ってこないのは普通だ。

 まあ、それでも来るからそこまで気にしちゃいないのだが。

 そもそも俺に、にゃん子の自由を制限する理由も、権利もありはしない。

 にゃん子の勝手に口をだせはしないのだ。








「ただいまー」

「おかえり」


 不意に、コタツに入っていた俺の背に抱きついてくる人型が一人。

 こんなことするのは、にゃん子だけだ。


「ごしゅじんごしゅじーんっ」


 俺はされるがまま。


「ブラッシングしてよご主人っ」


 櫛をもって渡してくるにゃん子。

 俺は溜息を一つ。


「ダメ……?」


 上目遣いで、バツが悪そうに聞いてくるにゃん子に、俺はもう一度溜息。


「前に来い。後ろに手回して出来ると思うほど器用さの数値は高くねーぞ」

「うんっ」


 ぱたぱたと、にゃん子は俺の膝に納まった。

 二つに縛っていたその髪を解いて、俺はそこに櫛を通す。


「んー、んーんーんー」


 鼻歌を歌うほど上機嫌なにゃん子。

 ふと、櫛を動かす手を止めて、櫛ではなく素手で、にゃん子の髪を撫でる。


「ご主人?」

「いや、なんとなく、な」

「うん」

「嫌か?」


 下から見上げるにゃん子は、ふやけた笑みを浮かべて答えた。


「もっとして?」

「……わかった」


 言われるがまま、にゃん子を撫でる。


「なあ、にゃん子、最近何やってるんだ?」


 そして、ふと気になったことを口にする。

 最近増えた、外出について、だ。


「えー? 気になる? 気になっちゃう? にゃん子もミステリアスな女の仲間入りかな?」

「いや、いいや」


 そこまで言われると聞きたくなくなるのが人情というものだ。

 しかし。

 きっかけは些細なこと、とよく言葉にするだろう。

 これも、そんな一つだったのかもしれない。


「……ごしゅじんのばか」


 突如、不機嫌な声。


「もすこしくらい、気にしてくれたっていいじゃん」

「いや、お前さん」


 もう少しお前さんが慎ましければ気にするよ、と言う間もなく。


「いいもん、教えてあげないもーんっ」


 にゃん子は俺の膝から降りて、ぱたぱたと駆けて行く。


「ばーかばーかっ!」


 そうして、にゃん子の姿は見えなくなった。














 それから一週間。にゃん子は帰ってきていない。













「……勝手な奴だ」


 しとしとと、雨が降る日だった。

 雪ではなく、冬に降る雨は冷たい。

 落ち着かない。

 どうしても今日は、コタツに腰を落ち着ける気になれなかった。

 正直にゃん子だって子供ではない。

 何しようが自己責任で自由である。

 だから、俺にどうこうする権利はない。

 だが、そうと分かって気になった。


「放っておけばいいものを」


 何故、と問う気にもならない。

 どこぞで、いい男でも見つけてよろしくやっているのかもしれない。

 ここよりいい縁側を見つけたのかもしれない。

 にゃん子の勝手だ。俺にどうこう言う資格はない。

 ただ、それでも俺は鈍くさく立ち上がった。

 上着に袖を通して、歩き出す。

 玄関で傘を掴み、暗い空を見上げ、俺は雨降る外へと歩き出した。

 何をやっているんだ、俺は。

 雨降りの中を歩いて、実にそう思う。

 今まさに、にゃん子の勝手に口を出そうとしている。

 俺らしくも無い。筋が通らない。










「ご主人? なんで……」


 ああ、でも。

 やめよう。

 いい加減に白状しよう。

 ぐちゃぐちゃ言わない。

 そう、白状してしまおう。

 言うぞ、認めてしまうぞ? いいな?

 行くぞ?

 認めたら後戻りは出来ないぞ、俺よ。

 ……。

 俺はにゃん子を可愛い奴だと思っている。

 にゃん子は俺が初めて、自ら手を伸ばして手に入れた家族。

 分かれた後、千年も待ってくれたにゃん子。

 そんなにゃん子になんの感情も抱いてないだなんて、あるはずがない。

 それが愛や恋だというのなら、

 俺はそれを否定しない。








 例えどこに居ようとにゃん子の勝手なら、これは俺の勝手だ。

 にゃん子のことを好いているのも。膝の上にいて欲しいと願うのも、俺の勝手だとも。

 後は成り行きに任せる。


「にゃん子」

「にゃ……? ご主人、どしたの……?」


 にゃん子は、雨降る路地裏で水を滴らせていた。

 掛ける傘。

 掛ける言葉は一つ。


「帰るぞ」




















「ご主人のて、あったかいね」

「お前さんが冷え切ってるだけだ」

「うん」


 にゃん子の手を引く。


「ご主人は、にゃん子のことなんてどうでもいいんだと思ってた」

「んなわけあるか」

「だって、どれだけ擦り寄っても。どんなに好きって言っても、ご主人からは何もしてくれなくって……」


 寂しげなにゃん子。


「にゃん子は、ご主人のこと大好きなのに」


 それに答えなかったのは俺、ということか。


「ご主人からにゃん子に触ってくれないし……」


 ああ、俺の馬鹿野郎め。

 俺のせいか。俺のせいだ。

 だが、ならば。謝るよりも。


「もうまだるっこしいのは無しだ」


 謝るよりも、白状しよう、なにもかも。

 俺はそんなにゃん子の名を呼ぶ。


「にゃん子」

「ん……?」


 ――そして俺は、空いている腕でにゃん子を抱き寄せた。


「にゃっ!? ご、ご主人、濡れちゃうよっ!?」

「いいんだよ。それよりも」


 じたばたと暴れるにゃん子を無視して、俺は言う。


「これでもすごく恥ずかしいんだ。……今はこれで勘弁してくれ」

「ん……」


 きっと顔が赤いだろう。

 だから、にゃん子に見せないように、にゃん子の頭を胸に抱き寄せる。


「俺は確かに、俺からお前さんに何かしたことはほとんどないな」


 でもそれは。


「だけどな。お前さんから何かしに来たことを拒んじゃいない」


 結局これだ。


「――それが答えだ」

「ご主人……」


 何か言おうとするにゃん子を、俺は遮った。


「……黙れ。何も言うな。多分なに言われても恥ずかしいから」


 ぎゅっと回された腕に力が篭る。


「なあ、にゃん子。侘び一つだ。一つだけ言うことなんでも聞いてやる。なんかないか?」

「ご主人とえっちしたい」

「もう少しやさしめで」

「じゃあ、ご主人と番いたい――」


 俺を見上げて、にゃん子は言った。

 俺は半眼でにゃん子を見て、答える。


「悪いがな。俺は犬猫じゃないんでな。番は断る」

「そっか……、ごめんなさい。変なこといって」


 そこで。


「犬猫じゃねーんだ。飼い主と飼い猫以上を求めるってんだろ? 俺も一応人型だからな」


 そこで俺はわざとらしく目を逸らした。


「――嫁なら募集中だよ。馬鹿野郎め」


















「ごしゅじーん、ごしゅじん。ごしゅじん……!」

「まったく、一週間帰ってこなかったと思えば帰ってきてこれか」


 いつもよりも三割り増しですりすりと。


「まったく、勝手な奴だ」


 呆れたように俺は溜息を一つ。

 すると、にゃん子はきょとんとしながら、しかしすぐに慈しむような顔で呟いた。


「うん。身勝手だよ。猫っていうのはね、構ってほしくなったらすり寄って、飽きたらどっか行くの。で、また寂しくなったら戻ってくるの」


 にゃん子の指が、俺の背を滑る。

 俺はわざとらしく憮然と呟いた。


「やっぱり身勝手だ」

「でも、戻ってくるよ」


 俺は頷く。


「そうかい」


 にゃん子は今度は俺の前に回り、胸板に頬擦りする。


「何度でもすり寄るよ? 構ってほしくて新聞の上にも乗っかるし、作業してても邪魔するよ? それで、飽きたらどっか行くの」

「我がままだな」

「でも、戻ってくるよ」

「そうかい」

「猫はね。我侭で、身勝手なの。だけど、戻ってくるのは。ご主人様が大好きだからなんだよ?」


 膝の上で俺を見上げるにゃん子。


「犬みたいに従順じゃなくて、我がままだけど」


 にゃん子は身勝手で、好き放題で、確かにまあ、わがままで、そして。

 ……可愛くて仕方がない。





「大好きです、ごしゅじんさま――」





















「んっふっふー」

「すごい楽しそうだな、おい」


 にゃん子と手を繋いで、晴れた街を歩く。


「ご主人からお外に誘ってくれるなんて、夢みたいだよっ!」

「うるせー。らしくねーことしてんのは分かってんだよ」

「でも、にゃん子はうれしいよ?」

「……そいつは重畳」

「あ、そだ。ねえねえ、ちょっといいかなご主人」


 にゃん子が、俺の手を握ったまま、俺の前に出る。


「ついてきてっ」

「おーおー、好きにしてくれ」


 手を引かれ、路地裏へ。

 一体なんだ、と思って、そこでにゃん子が立ち止まった。


「ここだよ」


 汚い路地裏にぽつんと置かれているのは、それはダンボールだった。

 中には小さな小さな子猫達が。

 俺は戦慄の表情で、口を開く。


「まさか、隠し子……」

「にゃあっ、酷いご主人!! ご主人としかえっちしないもんっ!」

「あー、冗談だ。で、これは?」

「最近のお出かけの理由、かな?」


 ダンボールの上には、下手糞な、木で組まれた屋根がある。

 こんなことしてたのか、こいつは。


「そーか」

「ご主人、嫉妬してる?」

「……いや」

「にゃー、ご主人が恥ずかしい。でもちょっとうれしい」


 なんだこいつは。

 誤魔化すように、にゃん子の頭を乱暴に撫でる。


「で、放っておけなかったってか?」

「うん」


 そうか、と俺は頷いて、そのダンボールを持ち上げた。

 予想以上に軽い。

 そして、そんな俺を見て驚くにゃん子。


「えっ、ご主人!?」

「なんだ」

「どーするの?」

「連れて帰るんだろ」

「そっか」

「嫉妬してるのか?」

「にゃーん」

「誤魔化すなよ。可愛いから」

「ふにゃーっ……! て、照れちゃうよ?」

「照れろ照れろ」

「でも、ほんとに連れて帰るの?」

「そのつもりだよ」

「……じゃー、にゃん子とご主人のこどもだー」

「そーだな」

「あれ、否定しない」

「……まーな」

「でも、ちゃんと欲しいよね?」

「善処しよう」

「何人欲しいっ? ご主人っ、野球するっ!?」

「まあ、居たら楽しいだろうが……」


 俺はぽつりと漏らす。





「縁側にお前さんが居れば――、大体幸せだよ」

「……にゃー」





























―――
かゆ うま



[20629] 人物設定
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6975828a
Date: 2010/09/02 21:53

キャラ紹介ネタばれ付き。




ざっくばらんに説明します。
ネタばれをあっさり行っているので、前スレ読むのは面倒くさい方はどうぞ。大体のことはわかると思います。


あと、大きな変化とか、現在の状態に関わる重要な(独断と偏見で厳選した)話の話数も記載しております。
気に入ったキャラクターの肝心な話だけ選んでみたいという状況が起こったらばそちらを参照するといいかと。

ちなみに、基本的に全て前スレの話数を指しています。


……あと、非常に情けないのですが、設定を書いていたファイルが文字化けして読めない状況で、私の記憶をもとに設定を新たに書き起こしています。もし不備とか確かここはこうだったよな……、とかあればこっそり教えてください。








 野郎(主人公)




如意ヶ嶽 薬師(にょいがだけ やくし) 初登場 一話

 主人公で天狗で賽の河原で石を積むアルバイター。
 如意ヶ岳の元大天狗で、死んで以来は気ままにスローライフ。
 得意技はフラグ立て。特筆すべきは性欲が薄い挙句に、人の好意にまったくもって鈍感。色事には無縁だと思って生きてる。
 その性欲の薄さが本来の生物から外れているというなんか微妙な条件で天狗になった。
 別に大天狗としては特別強い力があるという訳でもないが、風を超精度で予測できるため非常に厄介。防御や回避が得意。
 短いと言うほどでもなく、長くもない、非常に微妙な長さの黒髪と、やる気なさ気な目をしている。背の高さは百七十あるかないか。
 基本的にスーツ上下か着流し。五行思想に則って、水気の黒い色の服を好んで着る。
 後述の藍音とは拾って育てた仲であり、大天狗時代は上司と秘書の様な空気だった。
 更に後述の憐子さんとは生前に師弟関係であった。


 重要話

 二十一話 三十二話 三十三話 七十八~八十一話 百十七~百十九話 ホームページに格納済みの過去編数話。

 まあ主人公なのでシリアス編を見とくとちらほら過去が知れます。二十一話にして初めて天狗であることが分かったり。









 ヒロイン。




前(さき) 初登場 一話

 鬼であり、薬師の担当鬼。メインヒロインです。
 薬師が地獄に来てからの付き合いであり、十年来までとは言わないものの中々に気心が知れている。
 しかしながら、未だに本編で薬師のどこに惚れたのか明かされておらず、その点では最も謎な女性。彼女だけは出会いのシーンが未だ明らかになってない。
 紅い色の髪の毛を腰までストレートで流している。頭部には小さいというかこんまい角。目も紅い。
 服装はある程度動きやすい服装を好み、基本的にはホットパンツとかトレーナーとかそんな感じ。スカート類は苦手。後、若草っぽい和服を普段着ていると薬師は言っているが、最近は薬師の目を気にしてファッションに気を使っているという裏設定。
 無論、ぺったんこである。


 重要話

 特になし。

 メインヒロインとしてはどうなのかと思われそうながら、日常の象徴であり、今の所根幹にかかわるシリアスは存在しない。とりあえずまんべんなく登場する。







李知(いち) 初登場 十二話

 鬼であり、忘れ去られているが、じゃら男の担当鬼。
 色々と複雑な事情が存在し、地獄が人を人工的に生み出して、現世で生活させようとするプロジェクト唯一の成功作ながら、既に命を失い、更には地獄で鬼となっている。
 ちなみに、何故死んで鬼となったのかのエピソードはまだ描かれておらず。
 後述の玲衣子とは一応の親子関係であるが、境遇が似た人間の先輩後輩だった故引きとられた訳で、母玲衣子と血のつながりはない。
 実際にこの世に生み出したのは、数珠 愛沙である。
 基本パンツスーツ姿であり、キャリアウーマン風味。黒い長髪に少々きつそうな感じの目元の美人。
 しかしながら、恋愛の経験はあまりに少なく、素直じゃないのと、たまに暴走する。
 完璧主義で、そのことに関して潔癖症とも言える部分を持っていたが、適当な薬師のおかげで和らいだ。
 ちなみによく薬師の家にいる猫又、にゃん子の仕業で猫耳が生えてくる。ロリ化もする。最近に至ってはお見合い話云々の問題で、薬師の家に居候中。
 裏設定だが、要するに名前の由来は成功体一号。
 隠れ巨乳。


 重要話

 十八話 四十九話 六十一話 九十話 九十一話

 お見合いしたり、猫耳化したり、人質に取られたりしてます。








安岐坂 由美(あきさか よみ) 初登場 十話

 兄の由壱と共に薬師と家族登録し、正式に薬師と家族になっているが、その関係は妹であり娘であるという不思議な状態。薬師の事をお父様と呼ぶ。
 薬師とは違うおっさんと家族登録していたのだが、騙されていて、鬼となってしまう。
 そこを薬師が助けた(通報した)結果、そのまま薬師と家族登録へ。
 生前は虐待され気味だったので、父性に飢えている。
 その辺り、薬師に向かっては複雑な想いがある模様。ただし、家族登録は妻であるとか娘であるとかではなく、家族として登録するだけであるために、ある意味、薬師とは兄妹であり、親子であり、夫婦であると言える。
 ちなみに、黒髪の猫っ毛でであったが、最近鬼になった影響で色素が薄くなってきているらしい。現在茶。その内淡い茶から金になるやも。目も同じく。ちなみに外見年齢小学校中学年。


 重要話

 十三話~十五話

 とりあえず重要なのは薬師の家に居付くまで。後は大体ほのぼのとしたエピソードが多く、戦闘が混ざる様なシリアスな展開は無い。







如意ヶ岳 藍音(にょいがだけ あおね) 初登場 三十七話

 如意ヶ嶽でなく、如意ヶ岳。薬師にとっては娘のような気がしないでもない何か。
 生前の薬師に拾われた過去を持ち、その当時は、自然発生の妖怪の中でも自意識らしい意識を持たないまるで植物状態であるかのような状況だったが、薬師が介護気味に育てている中で、それなりの人間らしさを手に入れた。
 成長後は、薬師の身の回りの世話をするメイドとして働き、そして、秘書のようなことまでこなすように。
 最終的に死ぬこととなった薬師の後を追うように藍音も地獄へ行き、転生するはずであったものの、薬師が地獄にいることを知り、戸惑ったり愛憎渦巻いたりしたが、最終的に薬師家のメイドに落ち着いた。
 性格は寡黙にしてクールで完璧なメイド。しかし変態的。というか薬師のことに関しては倒錯している。
 銀髪であり、胸元まで髪があって、二束に纏め、それを前に垂らしている。目は藍で、名前の由来。基本的にメイド服。
 ちなみに背は薬師より低く、大体肩口まで。とすると百五十ちょいくらい。


 重要話

 七十九~八十一話 過去編がホームページに格納してある。(題:薬師昔話 藍音さんのお話。)

 初登場からの数話と過去編、七十九からのシリアスを読めば大体問題ない。尚、薬師の過去とリンクする場所が多いので、薬師の重要話も抑えとくとそれなりにいいかも。オチを務めることも多く、結構沢山出てくる。







閻魔(えんま) 初登場 十四話

 地獄の最高権力者。裁くというか、全体的に執政を担っている。ワーカーホリック。
 仕事命でとても優秀に働く。しかし家事能力は零に等しく、腐敗聖域を作りだす才能の持ち主。
 最近は薬師がたまにやってきて家事をしないと生きていけないのではないかと思われる。
 ちなみに本名は初染 美沙希(ういそめ みさき)という妹とお互いに付けあった名前があるのだが、可愛らしさたっぷりなので恥ずかしがってあまり人に名乗らない。
 料理は殺人クラス。基本仕事で気を張る分、薬師には甘えたがる所がある。
 背格好は高めに見て女子高生。今は黒髪を三つ編みにしている。そして、どうやら閻魔の制服は年々投票で決まるら しく、去年はブラウスにスカートだったが、今年はセーラー服。
 まあ、そんな彼女だが、地獄においては最強。神にも等しいパワーを持つ。現世にいるとランクが少し下がるが。
 ただし、神の如しパワーがあろうが偉かろうが、幼児体型は治らない。属性ツン自爆を持つ。


 重要話

 二十二~二十四話 八十五話

 初登場はちょっとした顔見せのみで、本格的に薬師と関わりだしたのはこのあたり。それからは駄目人間っぷりを晒したりなんだり。八十五話は三つ編みセーラーにジョブチェンジした話。










二 由比紀(したなが ゆいこ) 初登場 三十一話

 閻魔の妹。本当は閻魔と二人でアダムとイブになるはずだったが、イブとイブじゃどうしようもない挙句に生み出された時点においては地球に酸素も何もあったものではなく、生まれおちた時点で窒息死。
 そうして、地獄にて治世をするのだが、そこは姉に任せきり。由比紀はそれなりに自由に生きている。
 ちなみに、二由比紀は姉から送られた名前。本編では語られていないものの、昔は名前もなく、貴方とか役職名とかで呼び合っていたのだが、後々不便になって付けたのだとか。
 妖艶な感じがしないでもないが、一歩踏み込むと初心でシャイ。自分からするのは平気でもされるとアウト。
 ちなみに姉と違って体の起伏が激しい。有り体に言えば胸が大きい。
 銀髪の麗人といった感じで、赤いドレスなんかを着ている。あと、強い。炎を操る。
 ツンデレっぽいが自爆気味。
 尚、月一位の頻度でアダムになるはずだった体が男になろうと体を再構成するのだが、無論無理で、結果しばらくの間肉体年齢が低下する。有り体に言えば、幼女になります。


 重要話

 五十二話

 五十二話にて遂に恋を悟る。大きな変化があった話はそれくらいで、他はほのぼの。









玲衣子(れいこ) 初登場 三十四話

 李知の母、ということになっていて、李知と同じく地獄で作られた人間。
 しかし、失敗作であり、地球の重力に耐えられない体である。
 尚、結婚の経験があり、未亡人でもある。
 和風建築の家で一人過ごしていて、なんとなく老後の寂しい生活を彷彿とさせる所に、薬師がたまに現れては口説いていく現象から娘を焚きつけるつもりが少しずつ本気になって来た。
 現在は親子丼を検討している。尚、家事能力は無い。
 外見は李知を優しげにすればこんなものか、という感じで、しかし、李知より背は低い。和服を好む。
 最近地獄の対外の交渉事に関する仕事をし始めた。というより復帰に近いものがある。その際はタイトスカートにスーツのキャリアウーマン風味。


 重要話

 四十五話 八十三話 九十~九十二話 九十七話 百三十四話 ホームページに玲衣子IFエンドあり。

 最初は娘を焚きつける方向だったのが次第に本気に、みたいな構成なので結構多いです。












銀子(ぎんこ) 初登場 十九話

 しがない露店の銀細工売り。しかしその実態は世紀の錬金術師パラケルスス。
 正解にはパラケルススの作りだしたホムンクルスであるが。
 基本的に無表情でクールな気がしないでもないが、言葉の大半は無駄な冗談で構成されている。
 薬師との意味のない会話を好む節がある。
 少し前までホームレスだったが、見兼ねた薬師が家に連れ帰った。既に居候というかペット感覚である。
 今では華麗なニート生活の合間に惚れ薬とかを作って人生を謳歌している。
 髪は銀髪で肩の少し上くらいまで。目は金。薬師に買ってもらった黒い服がお気に入り。
 外見年齢は結構若い。中学生から高校生くらいまで。


 重要話

 五十四話 七十二話

 初登場からかなりの話数があってから、再登場した。元々名無しモブだったはずが、思った以上に会話のテンポがよくてそのままヒロインに。五十四話再登場の話であり、七十二話は薬師の家に居候することとなる話である。まだシリアス編は存在しない。











如意ヶ岳 憐子(にょいがだけ れんこ) 初登場 五十三話(回想でちょろっとだけ) 過去編以外での本格参戦は百話以降。

 薬師の師であり、子供だった頃の薬師を拾った人。
 薬師の先代の大天狗だったが、しかし、長い生のあまりに気がふれる。所構わず死を撒き散らした所、薬師に殺されることとなった。
 それよりしばらくは消滅状態であったが、地獄にきて精神的に整理のついた薬師が再構成。そのまま薬師の家に居付く。
 平安時代にすでにズボンのスーツを着て、英単語混じりに話す不思議な人だったが、今は和服を好んで着ている。巫女服の緋袴やら、その他諸々。ただし、薬師に向かっては全裸な事が多い。尚、和服に下着は付けない派。
 黒髪黒目だが、髪の毛は地面につきそうなほど長い。もしくはつく。
 大人の色気があるが、若々しい服を着せれば高校生で通る感じ。

 重要話

 七十九~八十一までの其の一の前の……前後編 百話 ホームページに格納済みの過去編  

 復活前の過去編、復活編、復活後、といった感じで三つに分かれる。百話以降に復活後のエピソードが。












数珠 春奈(じゅず はるな) 初登場 九十二話

 閻魔が研究をやめた後も人造人間の研究を行っていた数珠家の、元当主。
 数珠家は全て李知達のような人造の人間で構成されており、春奈は後述の愛沙による最高傑作。
 しかし、肉体は最高傑作だったが、頭は非常に悪い。バカでアホ。元々当主なんてがらじゃないというか遊びたい盛りだったが、バカを当主にそえることで数珠家を従えようとした愛沙が春奈を当主とした。
 数珠家があった頃は、好きに遊ばせてくれない愛沙を嫌っていたが、薬師によって数珠家から解放された後は、愛沙と親子としてそれなりに上手くやっている。
 相当の世間知らずで、殴り合いを遊びだと思っている節があったり、やることなすことに手加減がなかったりする。
 遊んでくれる薬師に懐いている。
 相当におさなく、黒髪だが、光に当てると蒼く見える地面に届く程の長髪に、碧い目を持つ。
 基本的に白いワンピースで跳ねまわる。


 重要話

 九十四話

 比較的後期に出て来たキャラなので、重要な話は多くないし、シリアス部分もさほどないので、これだけ見ておけば十分。下腹部を薬師にキュンとさせられたイベントとかもありましたが。















数珠 愛沙(じゅず あいさ) 初登場 九十話

 数珠家を後ろで操ってた人。
 完璧な人間を製作する研究をもっと自由にするため、玲衣子、李知を人質に、地獄運営を相手に戦ってみるものの、お節介な大天狗の介入ですべてご破算に。
 全てを大天狗が吹っ飛ばしていったため、逆にすがすがしく人生というか地獄での生活を再スタートさせる。
 しばらく留置されていたものの、優れた科学者である愛沙の技能と研究を地獄の発展に提供するという形で解放され、現在は春奈と二人、親子で暮らしている。
 意外と母として上手くやっており、慣れない家事に四苦八苦しつつも習得して行っている。
 最近炒飯だけの食卓から脱出し始めている。
 外見は白髪赤目で兎が如し。。年齢は見た目二十後半くらい。


 重要話

 九十~九十二話 百十九話 百二十話

 出た当初は意地悪なおばさん風味だったが、最近可愛くなってきたと評判の愛沙ですが、初登場から退場し、その後の再登場までしばらく間が空きました。百十九終盤で再登場し、百二十にして完全復帰と相成ります。












にゃん子(にゃんこ) 初登場 ホームページに格納されている、薬師昔話 猫の話

 生前薬師が買っていた猫。生前の時は賢い猫程度だったが、今となっては千年ものの猫又である。
 にゃん子という名前は地獄で再会した時に薬師が付けた。
 玲衣子の家に居て、李知を猫耳化したりしてアピールしていたが、気付かない薬師に痺れを切らして薬師の知り合い全てを猫耳化する事件を起こす。
 その後、薬師が迎えに行き、一件落着。薬師の飼い猫へ戻る。
 人を跨いでさまざまな呪いをかけることができる。
 猫形態では黒猫。
 人間形態では、猫耳、ゴスロリ、で、背中辺りまでの髪を後ろで二つに縛っている。結構ちっちゃい。
 あと、語尾に「にゃ」を付けるのはキャラ付けらしい。


 重要話

 百九話 百十話 百二十七話

 意外と最近出て来たので、重要な話はそこまでない。メインよりもアシスト側での登場の方が多いかも。














ベアトリーチェ・チェンチ(愛称ビーチェ) 初登場 百十四話

 元々はテロリストグループに所属しており、薬師を殺すのに一役買うはずだった人間。
 本来は薬師を籠絡し、油断を誘って特殊なナイフを突き刺し、精神的外傷を突いてどうにかするはずが、思った以上に薬師の思考がぶっ飛んでいたため上手くいかなかった。
 そして、後悔しきりの所、薬師による別に背中刺した位気にすんな宣言によって淡い恋心を抱く。
 までは良かったが――、トリガーハッピーかつ乱射魔で、考えが物騒な方向に飛んでいくタイプ。
 爆発物に、銃器トラップにまみれた決闘で薬師を恋人にしようとした。
 首元までの黒髪に、眼鏡。優しげな瞳をしているが、銃を撃ち始めるとちょっととろんとしたやばい感じにトリップする。
 長いスカートにブラウスで、カーディガンを羽織るファッションが基本。


 重要話

 百十四~百十九話 百四十一話

 出て来たのはかなり最近で、しかも一気に百十四から十九まででシリアスな話を構成した。そして百四十一でついにトリガーハッピー参上。



















 EXヒロイン



鈴(りん)

 薬師の住んでいた現世とは違う世界の日本に住んでいた少女。
 声が出せないため、コミュニケーションはペンとメモに頼る。
 白い髪と紅い目ながら、しかし日本人。
 現在じゃら男と同居中の幼妻状態。
 可愛らしい外見とは裏腹に、幼女に見えて中身は成人間際。
 丈長めの清楚な感じのスカートを好む。可愛らしい感じの白いキャミソールとかも可。


 重要話

 二十五~二十八話 百三十九話

 明かされてない設定が一番多いかもしれない。あと、サブヒロインであり、じゃら男との関係であるため、なかなか話数が稼げない部分もある。














 野郎共






じゃら男(じゃらお) 初登場 二話

 アクセサリーでズボンとかがじゃらじゃらしているからじゃら男、と薬師が名づけた。別名を飯塚猛(いいづかたける)という。
 不良やってたが、薬師にぶたれたり、とある少女に恋したり、鈴を拾ったりしてる間に丸くなった。
 生前は捨て子であり、血のつながらない母に育てられた過去を持つ。
 現在は鈴を拾って二人で生活している。
 しかし、最近に至っては家事のほとんどを鈴に任せ、次第に鈴なしではいられない体に。
 恋する男子だが、もうすでに鈴と結婚しろよという領域に達してきた。
 薬師をセンセイとしたっていたりいなかったりする。
 ちなみに、潜在的にマザコンで、普通にロリコンなため、見た目ロリで中身大人な鈴はストライクゾーンまっしぐら。


 重要話

 六~八話 二十五~二十八話 百三十九話

 かなり最初からいる人。どこにでもいる不良モブだったが最近幸せいっぱいです。












青野 鬼兵衛(あおの きへえ) 初登場 七話

 青鬼。正に青鬼。筋骨隆々の青鬼がスーツを着て歩いている。
 性格は丁寧で親切なタイプ。
 妻帯者で、反抗期に入って来た娘が最近の悩み。
 先輩に振りまわされ気味だがやる時はやるお父さん。
 こないだ現世で不倫したりしなかったりでぼこぼこにされた。


 重要話

 五十七話 五十八話

 実は強い系の人。その内娘と妻が出てくればいいなと思っている。









安岐坂 由壱(あきさか よいち) 初登場 十話

 由美の兄。兄故に、ある程度しっかりしないといけないと思って生きている。
 その為、鬼にならずに済んだ節も。
 最近男を上げて来た気がしないでもない。
 薬師に対しては理解のある弟である。
 メイド萌えらしい。
 短髪の黒髪で、まだ子供といった空気。Tシャツに長いズボンを好む。


 重要話

 特になし。

 ちらほら現れて、薬師を客観的な視点で語っていく方。その内彼のシリアスも出てくる。














酒呑童子(しゅてんどうじ) 初登場 十七話

 赤鬼まっしぐら。
 酒呑み。
 お色気担当。
 すぐ脱ぐ。
 弱いくせに脱衣麻雀したがる。
 野球拳も。
 茨木童子に尻に敷かれている。


 重要話

 特になし。

 お色気担当。他になし。











ブライアン・ブレデリック 初登場 二十一話

 薬師の現世とは別のファンタジー世界の住人。
 生前は名の知れた魔剣士だったが、祖国の兵器を稼働させるために地獄へ行き、多くの魂の怨念を増幅し現世に送ると言う事件を起こした。
 これにより一時的に地獄の都市機能が麻痺するなどの問題が起こったほか、最悪ど派手にクレーターができかねないこととなった。
 しかし、彼は薬師に殴り倒され、被害は程々。その後は万年人員不足の地獄で、実動員として働き、あちこちの現世で、霊的な現象と戦っている。
 最近戦ってばかりだった人生を振り返って自分探しをしている。そのおかげで頭のネジが抜けた感がある。
 外見は金髪碧眼でオールバック。ワイシャツにスラックスとか着てる。


 重要話

 六十六~六十八話 百三十五話

 現世での事件解決他、自分探しのブライアンが。大分いい感じに馴染んで来たのかもしれない。










翁(おきな) 初登場 六十六話

 竹取翁であり、讃岐の造(さぬきのみやつこ)。
 不老不死の霊薬とは一本の刀であり、それで刺し貫かれた人間の魂を記録し、象るという手法で不老不死を成す。
 本体は手に持った方の刀であり、消えたりでたりして戦ったりする。
 本来は好々爺だったが、長い年月に、かぐやも妻もいない現実に絶望した挙句に、刀の方にも不具合が見られ、狂気に身を浸す。
 かぐやのいる竹を求めては、人の腹をかっ捌いていたが、遂に地獄から派遣されたブライアンと薬師に止められる。
 一度刀は折れてしまったが、下詰神聖店の店主により修理され、今では薬師の茶飲み友達となっている。


 重要話

 六十六~六十八話

 ホラーチックにクレイジー爺さんが暴れまわってました。再登場が待たれる。







比叡山 法性坊(ひえいざん ほうしょうぼう) 初登場 七十九話

 比叡山の大天狗。
 妻を失い、それを生き返らせるため、全ての魂を彼のいる世界(薬師の現世)に逆流させようとした人物。
 妻を生き返らせるためとはいえど、非常に迷惑。世界数個滅亡させかけた。
 しかし、薬師に止められ、消滅させられる。
 が、その後憐子さんと一緒に再構成。生きがいが見つかるまで薬師のスタンドとなる。
 大男で、質実剛健といったタイプ。


 重要話

 百話

 地獄で生き返ると言う不思議な状態。ちなみにビーチェ編の薬師の戦闘時に更に再登場した。







下詰 春彦(しもつめ はるひこ)

 下詰神聖店という胡散臭い雑貨屋を営む青年。
 地獄だろうが現世だろうが求める人間の前に現れる店で、野菜から伝説の剣まで売りつける。
 薬師とはそれなりの付き合い。
 黒髪でツンツン気味。見た目高校生男子で、白いTシャツ姿で発見されることが多い。







一 三斗九升五合(にのまえ しとない)

 ラーメン屋店主。謎の人物。









サブヒロイン補欠



一 里見(にのまえ さとみ) 初登場 番外編シリーズ。(ホームページに格納済み)

 三斗九升五合に拾われた少女で、娘として生活するほか、薬師に危ない所を助けられたりしている。
 薬師とは未だ友達づきあいの範疇を出ていない。
 正直、作者がどこに挟もうかと悩んでいる内に出すタイミングを失ってしまった人。いつか出したい。しかし想う事は簡単だが。





有木津島 清華(あきづしま せいか) 初登場 五十七話

 鬼兵衛と一緒に現世でとある事件を解決しようと奔走した、とある学園の生徒会長。
 昔鬼兵衛に会っていて、殺してもらう約束をしていた。
 しかしなんだかんだとあって、結局鬼兵衛と京都旅行したりと、鬼兵衛にとっては不倫、不倫である。
 




宇高 芽衣(うたか めい) 初登場 六十六話

 現世での不可解な連続殺人事件解決に薬師とブライアンが駆り出された時、寝床として使った家の親子の娘の方。
 父親のその事件でなくしており、その際にブライアンの不器用な優しさに慰められ、淡い恋心を抱く。
 果たして再びブライアンと出会う日は来るのか。



宇高 遼子(うたか りょうこ) 初登場 六十六話

 宇高芽衣の母。当時妊娠中。
 薬師と事件中にそれなりに仲が良かった。
 夫を事件で亡くしており、その後釜というべきか、親子二人で生きる現状をどうにかしてくれる人物が欲しかったのかもしれない。












 EX(書きかけ)




霊侍☆THE☆スライム

 パステルカラーな紫色の、透けてる液体。動く。スライム。
 昔は、描かれた物を現実とするレクロシキの書によって作り出された人間であったが、描かれている文章と、破滅的なまでに下手な絵の矛盾を突かれ、人としての形を保てなくなったため、この姿に。
 しかし、現状スライムは存在している状態と存在しない状態が同時に重なって存在しているため、消滅させることは非常に困難である。
 本気になると、金色になる。
 厨二病。







丸太

 喋る。薬師の家の押し入れに入っていた。
 ひぎぃいい、木屑になっちゃう!! とか、らめぇええええ、薪になっちゃう!! とか言う。





折れた刀

 自称村正。真偽は定かではない。
 喋る。あと、薬師が試し斬して折った。






花子さん

 別にトイレに居る訳でもない七不思議のひとつ。
 魂と魄の間に入り込み霊体を操れるという超高等技術を持つが、その技で男女の仲を取り持つことしか考えていない。







メリーさん

 携帯に負けた。









 薬師が一目ぼれした。







高下駄

 戦闘時常に薬師に踏まれているドM。









鉄塊

 鉄の塊。ぶつけると痛い。








二宮金次郎

 全裸。
 最近半裸になった。








オレ・オレオ

 間違い電話をしてしまう粗忽者。









ジョン・スミス

 モアイ。現在は三途の川底に沈む。




リチャード

 二代目モアイ。砕けて散った。




高田梅代

 首を高速回転させながらタップダンスを踊る猛者。脳内孫はロシア人チック。








サイクロプスさんの奥さん

 幸せ盛りの二十七歳。








バアル

 出産に立ち会った経験アリ。







村田君

 枕。







感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.73621797562