俺と鬼と賽の河原と。生生世世
「おっ、おはよう!」
「うん、おはよう」
朝、そう、次の日の、朝、という奴だね。
色々と、悪魔を打倒してみたりとかやったけど、なんのことはなく、いつもの日常。
そして、本当は学校に行かなきゃ行けないのだけど、まあ、色々あったから、というわけで偉い人の計らいで今日は休み。
そんなわけで、家の門の横に立つ、青いあの子に向かって、俺は片手を上げた。
「体の調子は? 痛いところはないの?」
彼女は、俺に向かって問う。
しかし、俺は無傷もいいところだったりするから、俺は苦笑いを返した。
「それはこっちの台詞だよ。殴られたのは君さ。俺は、特になにも?」
「んっ、別に心配してた訳じゃないわ。私が予定外にやられたから一応責任として言ってるだけよ」
なんだかこう、素直じゃないなぁ、と思う。
その言葉は、額面どおりに受け取るには、あまりに慈愛に満ちていたし、そういう性格だ、と言うのは俺も理解している。
ただし、この上何か行ったりすると泥沼に足を突っ込みかねないから、俺は流すことにした。
「はいはい」
結局、あの後、悪魔を倒してすぐ、彼女の膝の上で目覚めたはいいけど、大したことは話さなかった、と言ってもいいと思う。
お互い疲れてたんだ。彼女は殴られてたからそのまま病院に行ったし。
とりあえず明日家の前に来る、と彼女が言い残していたので、こうしてる訳だね。
どちらかと言えば心配なのは彼女の方だ。悪魔に思い切り殴られていたはずなんだけど……。
「君はなんともないのかい?」
「鬼の頑丈さを嘗めんなってやつね。この通り、ぴんぴんしてるわ」
そう言って、腕をぐるぐる回す彼女のわき腹に、俺は人差し指を触れさせる。
「っ!?」
びくん、と大きく肩が跳ねて、彼女はわき腹を押さえた。
「無理することはないと思うよ? ほら、上がっていきなよ。怪我人を外にほっぽりだすのはあんまり好きじゃないよ」
「あ、アンタねぇ……、まあいいわ。上がってやるからお茶を出しなさい」
「ん。それじゃ、行こうか」
其の五十三 俺と狭き世界の日常。
由壱の家は、外観からも想像できる通りに、和風だった。
そんな所にやってきたのは、由壱からとあることを聞きたいためでもある。
それは……。
「で、でもアレよね。あんなことしたわりに、あっさりしたもんよね」
違う。私が聞きたいのはそんなことじゃない。
けれど、まあ、アレね。いきなり本題なんて怪しすぎて仕方ないから、こうして段階を踏んでいくのが良策だわ。
心の準備とか必要だし。
「自分で表彰を断ったんじゃないか」
「まあ、そうなんだけど」
居間に座って、私はお茶を啜る。
お茶の苦味が私の頭を冷静にした。
「流石に表彰は疲れるだけよ。良いことして疲れるだけってくたびれ損じゃない」
結局、私も由壱も、面倒くさがって、休みだけを要求した。
別に問題なく受理され、民間の善意の協力で片付いたとかなんとか、ってお父さんは言っていた。
「まあ、そんなもんだよね。俺も明日から学校だよ」
それを言うなら私も、だ。由壱に向かって、私は頷く。
しかし、そう考えてみると。
「そういえば、アンタ、学校通ってるって……、同じとこを?」
「地獄で正式な学校ってやつが他にあるのかい?」
塾のようなものならある。けど、学校という正式名称を冠することができるのは、一つだけ。
「……同じ学校だったのね」
「まあ、あそこ広いから」
困ったように、はは、と由壱は笑う。
しかし、それでも。
「むしろ外で会う方がアレよ」
学校と、世界じゃ規模が違う。
あんな風にばったり出会えるのは、本当に希少な経験だと思う。
「確かにそうだね。やっぱり変な縁があるみたいだ」
そんな言葉に、どきり、と心臓が高鳴った。
変な縁。それは赤かったりしないかしら。細くて、小指に繋がってるような……。
ぶんぶんと頭を横に振る。
由壱が不思議そうな顔をしていたようだけど、こっちはそれを気にしていられる余裕はない。
「どうしたの?」
「なんでもないっ」
恥ずかしい。頬が赤い気もする。
早く話題を変えたくて、私は口を開いた。
「いやっ、あの、アンタって……」
アンタって……、の先が思い浮かばない。
どうにかしようと口をぱくぱくとあけては閉めて、やっと外に出た。
「特殊な訓練でも受けてんの?」
私の馬鹿。いきなり何を言ってるのよ。
世間話に唐突に訓練とか、空気を読めないみたいじゃない。
由壱も、少しばかり面食らった顔。
「いや、どうして」
「悪魔を倒したときのお手並みが、ね」
とりあえずごまかしに掛かる。
悪魔を倒したときの由壱の手並みからして別に不思議なことでもないはず、よね?
「ああ、うん、なるほど。別に何も受けてないよ。大体自滅だったしね」
納得したように由壱が手を叩いて、言う。
へぇ、何も受けてないんだ。
と、何か感想くらい言わないといけないわね。
まあ……、ただの人にしちゃ頑張った方よね。
「でも、格好良かったわよ……? アンタ……」
「あ、うん、ありがとう」
照れた顔の由壱。待って、今私何言った?
『……でも、格好良かったわよ……? アンタ……』
「って待った待った、今のナシ!」
「え、あ、うん」
とりあえずよく分からないけど、とばかりに由壱は頷く。
私はこめかみに指を当てて、頭を悩ませる。
「今建前を出すからちょっと待ってなさい……、ええと」
「あ、今の本音なんだ。ええ、と、照れるね……」
「う、うるさいわね。えー、かっこいいわよ! 格好いいですとも!!」
「いや、そんな投げやりに言われても……」
照れくさくて、指先が勝手に畳へのの字を描く。
思い浮かぶのは、地に伏した私の前に立つ由壱の姿。
……そういえば、こいつ、二度も守ってくれたのよね。
そう思うと、私がこうしてのうのうとしているのは、どこか気に入らなくなった。
何かしてあげたいと思う。
そう、あれよ。礼の一つや二つ、出せるのが大人の余裕だわ。
「その、由壱……?」
恥ずかしくて伏せていた顔は上げられないまま、視線だけを動かしてちらりと由壱を見る。
「なんだい?」
由壱は、私に向かって苦笑いしていた。
「その……、あの時、守ってくれたお礼に……、その、お礼よ?」
そう言って、私は念を押す。
だけど、お礼とは言ってみたものの、何も持っていないことに今気が付く。
金は、大した額を持っていないし、それはなんか違うわよね。
物は、価値のあるものなんて持ってないし、おあつらえ向きな大切なものとかも、ない。
ええと……、あの。
「お礼にっ……」
もういいや、言っちゃえ!
「私の体……、好きな所、一つだけ触っていいわよ……?」
「ぶふっ」
「な、なによ」
「いや、あのね。なんでそんなことを……」
「じゃあ、他に何をしたら良いって言うのよ? こう見えて何もないわよ? お金とか、その他恩恵とか」
「そういうとこがダメなんだと思うけどね。あるよ、他に色々」
由壱が言ってくれるけど、別にお世辞が聞きたいわけじゃない。
「じゃあ、何があるのよ……?」
「うん、その……、魅力が」
照れながら、由壱は言った。
言われた私が恥ずかしくなる。
「でも、どうせだし、いい機会だから、触らせてくれるかな?」
「え……」
「いやならいいんだけどね。ちょっと気になってたことがあるんだ」
……。
えっと、まじ……?
由壱が立ち上がる。立ち上がっただけで、私の心臓は跳ね上がった。
そりゃ、由壱も、男の子だし。
それに、それは私の体に興味があるってことで……。
歩いてくる一歩一歩にどっ、どっ、と心音が鳴る。
ま、まあ、うん。胸くらいなら……。
そして、由壱は私の前に立ち。
それ以上は、その……。
……私の頭に触れた。
「へぇ……、うん。硬いんだね」
「……どこ触ってんのよ」
「え、角?」
由壱の手は、私の頭の、ちょこんと出た片角に触れていた。
「……はあ」
「なんで溜息っ!?」
私の胸の高鳴りを返せ。
「そもそも何で角なのよ」
「いや、結構鬼の人と付き合いがあるのはいいんだけど、一度も触ったことってなくってさ」
「その付き合いのある人に触らせてもらえばいいじゃない」
「妹に突然角触らせて、って言う兄は?」
「変態」
「でしょ? だからこういう機会にしか触れないじゃないか」
そう言って由壱は笑う。その笑顔が眩しくて直視できない。
私だけ変なこと考えてたなんて、と恥ずかしくて由壱が眩しかった。
自分の穢れ具合を再認識させられた私は、人知れず肩を落とし、正座で角を触る由壱を見上げる。。
「感覚とかはないんだね」
「他の人は知らないけど、私はないわね。まあ、私と比較しても何一つ役に立たないけど」
私の生まれは大分特殊でレアだから、そういうことになる。
「折れても生えてくるのかな?」
「知らないわよ。それとも、折って見る……?」
「いや、いいよ」
苦笑いして由壱は返した。
残念……、って残念って何よ。折られないほうがいいじゃない。
そうして、由壱は私の角を触り続けた。
強めに摘んでみたり、撫でてみたり、突付いてみたり。感覚はないけど、周囲の感覚とかで分かる。
「んっ……」
……すごい恥ずかしくなってきた。
実際どれくらいたったのかは分からないけれど、すごく時間が長く感じる。
「由壱」
「なにかな?」
「その……、もうダメ」
耐え切れない。うん、無理。
「あ、えっとっ、ゴメン」
そう言って由壱は手を離す。
私と由壱に、微妙な空気が流れた。
お互いにお互いを直視できない妙な空気。
何故か気恥ずかしくて、私は強引に声を上げた。
「えっとね……? そろそろ帰ろうと思うんだけど」
「ああ、うん」
そこでやっと私は本題に入ることにした。
今日の本題。
昨日の事。聞きたかった事。
昨日の最後の方、由壱が言った――。
「ききき、昨日アンタ、ほ、『惚れ甲斐がある』って、言ったわよね……? 言ってたわよね……? アレ、私の気のせいじゃない……?」
あの言葉。あまりにもあっさり言われたから、幻聴なのかと、一晩布団の上でごろごろ悶える羽目になった。
ただ、代わりにしっかりと自覚した。
私はこの、五歳くらい年下の男の子に、恋してる。
……答えてもらわないと、今日も眠れないわ。
「ああ、言ったよ?」
「っ――」
由壱は言った。当然見たいな顔をして、あっさりと、照れもなく。
……夢じゃない。
でも、そこまであっさり言われると、その、生き様に惚れたの方向か、男女として惚れたのか判断が付かないというか……。
どっちなのよ?
ほんと、どっちなのよう……。
「……えっと、帰るわ」
ただ、確認する勇気はなくて、私は今日も布団の上でごろごろ悶えることにした。
◆
「それじゃあ、また」
「そうね、また」
「……そういえば、君の名前は?」
「そういえば言ってなかったわね」
「うん」
「私の名前は青野 葵。しっかりと、胸に刻んだ?」
「……え」
世界って狭いんだね兄さん。
まあでも、これも俺の平凡な日常か。
―――
シリアス完全に終了。
ということで青野さんちの葵さんでした。概ね予想通りの結果でしょう。
ただのツンデレでは終わらない予定。
返信。
奇々怪々様
今回の騒動のメインは、由壱の冴え渡るような愛の告白と、山崎君の男らしさです。
かませっぽいのは仕方ない。ヒルダさんなんてモロかませでしたし。というか薬師に一蹴されました。
山崎君は、コレが中世ファンタジーだったら、主役を晴れたと思うんですがね。残念ながら地獄でデュラハンですから。
そして、由壱の愛の告白、やっぱり言われたほうが悶々としてます。直球過ぎて意図がつかめないという状況。
1192様
由壱さんはさほど活躍しないと見せかけて大活躍。
惚れ甲斐があるとか叫んじゃうあたり、テンションが上がるとなにしでかすか分からない人です。
おかげさまで葵は既にノックアウト。全然アウトです。
そして、今回薬師よりも主人公ぽかったですね、はい。
SEVEN様
今回薬師と比較すると驚くほどの主人公ぶりですね、由壱は。むしろ薬師がダメなのか。自分から聞いたんだからヒルダの話くらい聞いて行けと。
そして、勢い任せで告白ですが、お相手には変な届き方をしたようです。果たして完全に伝わるのはいつか。
多分薬師よりかは速いです。むしろとっととくっつくんじゃないですかね。両思い間違いなしですし。まあ薬師とは年季が違うんです。青臭さがそれはそれでフラグに繋がりそうですけど。
薬師がHexeなんて知ってるのは、1,生前魔女の"友人"が居た。2,この業界の基本用語なので覚えてる。3,話せないけど単語だけは得意だよ。の、どれかだと思われます。
通りすがり六世様
悪魔と戦闘を繰り広げる。なんとなく策を思いつく。勢いで告白する。という由壱さんの行動力。特に三つ目。
好きだ、っていうより惚れた、って言う方が恥ずかしい気がします。なんとなくですけど。
結局あの場においては精神的に薬師よりも強かったんじゃないですかね。薬師はあの時なんとなく張っ倒してましたし。
とりあえず、葵は爆弾発言に振り回されるようです。
migva様
ここまで長らく暖めた甲斐があったというものです。由壱シリアスをやろうと思ったのが半年位前で、やっとです。
由壱も、熱くなると暴発するタイプですね。でも反省も後悔もしないから性質が悪い。言ったよ? だから何? という。
お姉さんは、暫く悶々と過ごすみたいです。確認できる日はいつ来るのか。
ただ、今回のベスト男前賞は間違いなく山崎君。一番微妙な人は薬師。一番可哀想なのはヒルダとラミエルさんでしょう。
最後に。
由壱結婚しろ。