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[26498] とんぱち(ダーツ物)
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/16 22:28
初投稿です。

自分が趣味でやっているダーツをテーマに書いていくつもりです。

つたない文章だと思いますが、気長に付き合って頂ければと思います。

感想を頂けると尻尾を振って喜びます。



3/16 タイトルにジャンルを追記しました。



[26498] 1
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/15 20:47
 始業式から1ヶ月が過ぎ、新しいクラスでの生活にだいぶ慣れた。
 窓の外を見ると、とうの昔に花びらが散ってしまい、緑の装飾を身に着けた桜の木が暖かそうな陽気をその身に受けて佇んでいる。

 ふと教室を見ると、お昼休みも半ばに差し掛かっており、クラスの半数以上は食事を終え、雑談でにぎわっていた。

 陽気のせいか、食後の胃が落ち着いてきたのか、はたまた最近バイトが忙しく、毎日深夜まで働いていたせいか、とにかく眠気が押し寄せてきた。
 
 つるんでいる友人は食堂に行っており、自分で弁当を作ってきている俺は特に話す相手もいない。
 そんな中、わざわざ眠気を我慢して起きているというのは体力の温存という意味では得策ではない。
 そう、理由をつけ、早々に昼飯を取り、残りの昼休みを寝て過ごす。

「……藤堂君。ちょっと起きて貰えないかしら?」

 ふと、顔をあげてみてみると見知らぬ女性が立っていた。
 毎日丹念に手入れされているのだろう、ハリのある真っ白な肌。水晶のように澄んだ瞳は蛍光燈の光を吸収して輝いている。出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる完璧なプロポーション。1000人いれば999人が振り返る美貌。
ダーツバーでバイトをしている為、着飾った綺麗な女性を見る機会が多いが、それらの女性が一般人に見えてしまう程圧倒的な存在感があった。
 思わず見とれていると――

「……あの? 藤堂君? 起きてる?」

 声をかけられているのは理解していたが、寝起きのため思考がついていかない。
 半分寝ぼけた頭で考える。
お店の常連にこんな人いたかな? あれ? 今学校だよな? もしかしてこれって夢なのか? もう一度寝なおせば幻も消えるかな。

「……おやすみ」

「ちょっと! なんで寝なおすのよ! 起きてよぉっ!」

 見知らぬ美女がゆっさゆっさと身体を揺すってくる。

「……すいません。開店は17時からなので後程お越しください」

「……ううっ。……いい加減起きなさい!」

 なにやらすすり泣く声と苛立っている声が聞こえてきたので再び顔を上げる。
 目に涙を溜めて俺を見ている美女。

「……えっと。どちら様ですか? 俺に用事でも?」

 ようやく会話が成立した事にほっとしたのか、一瞬呆けた後気を取り直した模様。

「他ならぬ藤堂君にお願いがあるの」

「俺に?」

 この様な美女は知り合いにいない。それだけは断言できる。ましてやいきなりお願いされるなんて想像の埒外である。

「私にダーツを教えて欲しいの」

「ごめん。無理」

 願い事を一言で断られて目が丸くなった。

「ちょっと! せめて話を最後まで聞いてよ!」

 更に食い下がろうとしてくる彼女にこの話はもうおしまいとばかりに昼寝の体勢をとる。
 取りつく島がなく慌てた様子だったが、次の言葉により形勢が引っくり返る。

「それなら、バイト先にあなたが高校生だとばらすわよ」

 慌てて起き上がったせいで椅子が倒れ周りの注目を集める。
 細められて鋭くなった視線を目の前の敵に対してぶつける。

「ちょ、ちょっと……そんなに睨まないでよ。話を聞いてほしいだけなんだから」

「……場所変えるぞ。ここで話すのはまずい」
 


              ※


「んで? なんで俺のバイトの事を知っている? ダーツを習いたいってどういうことだ?」

 不機嫌なのを隠すこともせず話し始める。
 普段なら初対面の相手にそれほど失礼な態度はとらないのだが、今回は特別だ。

「ちょっと! 一度に聞かれても答えられないったら! バイト先の事は友達に聞いたの」

「なんで俺があんたにダーツを教えないといけないんだ?」

「あんたって失礼ね! ちゃんと名前で呼んでよ……」

「俺あんたの名前知らないんだけど?」

 そういうと、謎の美女は整った顔を崩し笑い出した。

「おい! 何がおかしいんだよ?」

「ごめんなさい。そういえば初対面だったわね。長い付き合いになるかもしれないから自己紹介しておくね。私は武井理沙。これからよろしくね、パートナーさん!」

 まだ引き受けてもいないのに何を言ってるんだ? 言葉に含むものを感じたが、何故ダーツを習いたいのか知りたいためスルーしておく。

「……それで武井さん? どうしてダーツを習いたいんだ?」

 今まで笑っていた武井が塩の塊を口に入れたような顔に代わる。もっとよく表情を見ようとすると目を反らし小声で話し始める。

「……父と賭けをしたの……」

 父親という言葉に心が反応する。その瞳は一瞬憎悪で満たされたが、こっちの方を見ていなかった武井は気が付かなかった。

「親子の賭けのためにわざわざ俺を巻き込もうと? ダーツバーでバイトしてるってことは知っているかもしれないが、俺は今一人暮らしをしている。生活費を稼ぐので精一杯なんだ。悪いけど無駄な時間を割いている余裕はない」

 そう言うと、武井の顔がますます絶望に変わった。

「それなら! 私がダーツを教わる分、藤堂君の仕事手伝うわよ」

 手を叩き、グッドアイデアとばかりに笑顔で提案をしてくる。

「ダーツ教わる分って……、炊事・洗濯とか買い物だぞ? あんた料理とか洗濯できるのか?」

「えっと……スクランブルエッグぐらいなら……」

 明後日の方向を見て頬をかいている。

「もしかして料理できないのか?」

「違うのよ! 卵焼きを作ってたら気が付いたらスクランブルエッグになってたというか……。料理以外なら力になれると思うの!」

「ハァ……。とりあえず熱意はわかったが、親子でダーツ勝負結構じゃないか。無理に特訓とかしないでもいいんじゃないか?」

「……そんな事言って。私が負けたらあなたも後悔することになるわよ?」

 何やら先程から含みをもたせているのがやけに気になる。

「なんかさっきから言いたいことがあるみたいだけど、回りくどいのは面倒なんではっきりと言ってくれないか?」

「父との賭けの条件の話よ。私が父に負けた場合、ダーツの日本チャンピオンの息子さんと結婚すること。これがどういうことかわかるかしら? 現日本チャンピオン藤堂幸三の一人息子の藤堂直哉君」

「……っは? 今なんて言った?」

「だから! 私が父とのダーツに負けた場合、藤堂君と結婚しなければならないのよっ!」



[26498] 2
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/15 22:28
「お待たせ!」

 ふと横を見ると、一度家に帰って着替えてきたのだろう、私服姿の武井が立っていた。

 同級生の私服姿など普通に学生生活を送っていれば中々見ることができない、半袖の白のブラウスにロングスカート。頭に麦わら帽子でもかぶればそのまんま深窓の令嬢で通りそうな格好で現れた。
 髪はこれからダーツの特訓ということもあり、緑のリボンで後ろに纏めてある。

「そんじゃ早速いくか」

 背もたれにしていた電燈から離れ歩き出す。
 出足が遅れてしまい追いかけるように武井が付いてくるが男女の歩幅の違いなのか追い付くのに多少時間がかかる。

「まずはどこにいくの?」

武井が疑問を口にする。

「ここからちょっと歩いたところにあるダーツ専門店だ。まずは道具をそろえないと練習も何もないだろ?」

「お店に置いてる貸出用のダーツじゃだめなの?」

「あれは軽すぎるし、なにより公式競技では使えないからな。それに自分のダーツに慣れることで安定したスコアを得ることができる」

「なるほど……」

 隣を歩く武井は俺の言うことを一字一句聞き漏らさないようにこっちを見ながら歩いている。
 前を見ないで歩いていると向かいから歩いてくる人にぶつかりそうになる。仕方ないので肩を引き寄せぶつからないようにする。

「あっ、ありがとう」

「とりあえずちゃんと前みて歩け」

 はぁい。と気のない返事が返ってくる。
 途中で狭い路地に入り、奥まったところを行くと昭和を感じさせるコンクリートのビルが見えてきた。壁はコンクリートにひびが入り所々かけている。階段は足をかける幅が狭いくせに1段が高く、学校の階段に比べるとかなり歩き辛い。人がギリギリすれ違えるぐらいの幅しかない階段を昇り5階に上がると、ガラスの扉がある。
 中には所狭しとダーツ用品が置かれている。各メーカーのダーツがショウケースに収められており、その周りには消耗品のチップやフライトなどが置かれている。

 カウンターには目つきが鋭く、パッと見では族上がりと思われる人物が座っている。
 この店のマスターの相澤浩人こと澤さんだ。

「ご無沙汰してます。澤さん」

「よう。なおじゃねえか。久しぶりだな。今日はどうした?」

「今日は知り合いにダーツ教えることになりまして。女性向けのダーツなんですけどお勧めあります?」

そういうと、澤さんの目が面白いものを発見したとばかりに俺の後ろに注目する。澤さんの顔をみてビビったのか、視線から逃れようと武井が俺の背中に隠れる。

「なんだ、お前彼女できたのか」

「違いますよ。ただダーツ教えるだけですって」

 面倒くさそうに言うと、そういう事にしておいてやるよという顔でにやにやしている。

「そっちのお嬢ちゃんに合いそうなダーツだな。とりあえずこれと……あとはこっちかな」

 そういうとテーブルの上に何種類かダーツを並べてくれる。

「武井。どれか気に入ったのあるか?」

 聞いてみると、武井はどうしてよいかわからない様子でダーツを手に取っている。

「藤堂君。これって何が違うの?」

「長さや溝の間隔が違うぐらいかな。この中で一番扱いやすいやつを選べば良いと思うぞ」

 澤さんが選んでくれたダーツはレディース用の初心者パックやケースからチップまでピンクで統一されているものなど、女の子が喜んで身に着けそうな仕様のものが並んでいる。
 この中からどれが一番良いかなんて判断がつかないだろう。

「これ試し投げさせてもらいますね」

 そういうと返事を待たずにダーツマシンに移動する。

「武井。とりあえず全部投げてみろよ」

「えぇぇ!? いきなり投げるの!?」

「とりあえず投げなきゃわからないだろ。試しだから気にせずボードに向かって投げてみろ」

「わかったわ。頑張ってみる」

 そう言うと、眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をしてダーツボードに向き合う。
 次の瞬間、何をしようとしているのかわからず一瞬硬直してしまう。
 武井は全部のダーツを右手に持ち、それらを一気にダーツボードに向けて投げ放った。
 キャッチボールをするようなフォームで投げ放たれたダーツのうち何本かはボードにぶち当たり地面に落ちる。その時の衝撃でフライトが取れてしまい散々な状況になっている。
 澤さんを見ると呆れ顔をしている。多分俺も同じような顔しているのだろうな……。

「ちょっとまて! いきなり何してるんだ!」

「え? だって! 全部投げろって言ったじゃない」

「いきなり全部投げるやつがどこにいる! 一本ずつに決まっているだろ!」

「えぇー! そんなのちゃんと言ってくれないとわからないわよ。藤堂君の説明不足よ!」

「……」

「……」

 睨み合うこと数秒。
 あまり納得はいかなかったが、これ以上言い合っても意味がない。

「……わかった。説明不足だったみたいだな。今度は一本ずつ投げてみてくれ」

「ふふん。わかればいいのよ」

 そう言うと今度は1本のダーツを持ち、ラインの上に立つ。

「えいっ!」

 無茶苦茶なフォームで上半身を揺らしながら投げる武井。ダーツはボードまで届かず手前で落ちる。

「あっれー?」

 思い通りの所に届かなかったのか首をかしげている。その際にリボンで纏めている髪が揺れて子犬が尻尾を振っているように見える。

「とりあえず投げ方の基本からだな。ちょっと退いて」

 そう言うと、武井を横に移動させ自分のダーツを取り出した。

「まず基本は立ち位置だ。いくつか立ち方があるが、今回はもっとも使われているクローズドスタンスを教える。ラインに対して平行に足を乗せるんだ。次に肘を肩の高さまで上げて固定する。そして手を引いて手首の力を使ってこう――」

 タンッ! という音がして、ボードにダーツが刺さる。

「すごーい! 綺麗なフォームね。やっぱり藤堂君ってダーツ上手いんだね」

 掛け値なしで尊敬の眼差しでこっちを見ている。
とりあえず次はお前が投げる番なんだがちゃんと覚えたのか?

「これでも子供の頃からやってるからな。おやじにきっちり仕込まれてる」

「藤堂君って左利きだったっけ? ダーツって利き腕と逆で投げる方がいいの?」

 今、左手で投げたことにより新たな疑問を与えてしまったようだ。

「いや、あくまで俺がやりやすいだけで普通は利き腕で投げたほうがいいぞ」

「そっか……。えっと……まずラインに平行に立って……肘を肩の高さに上げて……手首を使って……えいっ!」

 トッ! 小さな音を立ててボードの中心より下のほうにダーツが刺さった。

 一度のアドバイスでちゃんと飛ぶようになっているし、もしかすると飲み込みは早いのかもしれない。

「そうそう、そんな感じでいいぞ。結構飲み込みがいいな」

「本当? ダーツが的に刺さると気持ちいいね」

 嬉しそうな顔で微笑みかけてくる。思わずつられて笑いそうになるが、このぐらいで喜んでいては駄目だ。

「いいから、ほかのダーツも投げてみろ」

 緩んだ顔を引き締めて他のダーツを投げ始める。一通り投げ終えたが、物足りないのか再度投げなおす。それでもしっくりこないのか首をかしげている。

「どうした? 気に入ったのがなかったのか?」

「……うん。投げてみた感じどれも同じような感じで選べないかも。…………ちょっと藤堂君のダーツ借してもらっていいかな?」

 色々投げてみるのは良いことなのでケースに収めているダーツを取りだし武井の手に乗せる。

「わー。使い込んでるんだね。なんか手に馴染んで投げやすいかも」

 そういうとボードに向き直り投げはじめた。
 タンッ! タンッ! タンッ! 続けざまに矢が刺さる音がする。

「あっ。これ投げやすい。私もこれにしてもいいかな?」

「別に良いと思うけど、それ気に入ったのか? エレメント社製のダーツだから結構高いと思うぞ」

「そうなんだ? でも折角だから同じダーツがいいな。……えっと、このダーツが欲しいんですけど置いてますか?」

 俺から目を外して澤さんに確認をとる。
 わざわざ同じダーツにしなくてもいいと思うんだが。

「ああ、それなら倉庫にあったと思うから見てくる。なお。俺がない間に客が来たら相手しておいてくれ」

 そういうと、裏の倉庫に引っ込んでしまった。

「良いダーツ見つかってよかった。これで練習を開始できるわね」

「そうだな。後は自分のダーツで投げ込んでなじませる事だな」

「ところで藤堂君。ダーツの横に置いてあるあの機械はなに?」

 そういうと、ダーツボードの横に設置してある機械をぺたぺた触りだした。

「それは『ダーツスタイル社』が出しているダーツマシンだよ。カードをさすところが4か所あるだろ? そこにカードをさしてダーツをすれば終了後にゲームの内容が記録されるんだ。現在の自分のレベルを知るためにも使えるし、ダーツスタイルの独自のゲームもあるから人気あるんだぜ。そもそもダーツがはやったのが――」

 カランと鈴の音が鳴り、ドアが開く。どうやら新たな客が来たようだ。
 澤さんから客が来たら相手をしておいてくれと言われたのでとりあえず応対をする。

「いらっしゃいませ」

 入ってきたのはパンク系の何かバンドでもやっているのか金髪と茶髪の男が入ってきた。年齢的には大学生かその上あたりだろうか。
 二人は俺の方を見ることはせずダーツ用品を見ていたが、途中で武井を見るなり目を丸くして驚きを顕にした。
 そして、下心があふれ出ている笑顔で理沙に話しかける。

「君ダーツはじめて? 俺達結構ダーツ歴長いんだけどさ、良かったら教えてあげようか?」

「……えっと、はい、ダーツは……初めてです。……せっかくの申し出ですけどもう他の人に教えてもらう約束してまして……」

 馴れ馴れしく近寄っていく金髪。どうしたら良いかわからないらしく、目で助けを求めてくる。
 代わりに接客をするつもりだったが、そんな目で見られると何とかしないわけにはいかない……。

「すいませんお客さん。そいつ俺の連れなんです。コーチは俺がやることになってるんで間に合ってます」

「なんだおめえは! 『ビースト』のトーナメントで毎回上位に入る杉さんが教えてくれるって言ってるんだ。お前みたいな素人がしゃしゃりでるんじゃねえ」

 茶髪の方が絡んできた。言ってることが無茶苦茶だ。
 もし本当にダーツを教えたいだけなら是非やってくれ。
俺だって好きでコーチをやるわけじゃない。
仕方なくやるだけだし代わって欲しいぐらいだ。
問題はどうみても真剣に教える気がなさそうな金髪。
せめて下心が顔に出ないぐらいのポーカーフェイスは身に着けてもらいたいものだ……。
 金髪の方――杉さんとやらは茶髪の自分を持ち上げる言葉を聞いて満足そうにうなずいている。

「そんな俺がマンツーマンで教えてやるって言ってるんだから悪い話じゃないだろ? あんな素人に教わるより上達できるぜ」

 さて、どうするか……。
 非常に面倒くさい話だが、この事態を何とかしなければ予定していた特訓に入れないらしい……。
 上手く断る口実が思いつかず、かといって金髪に教わるのが嫌なのがはっきりわかる様子で俯いてしまっている。
しびれを切らした茶髪が提案をする。

「ならこうしようぜ、杉さんとそこの素人が勝負して勝った方が教えればいいんじゃね?上手い人が教える方がダーツも楽しいってきっと!」

 承諾したわけでもないのに話がとんとん拍子に進んでしまい、気が付けばダーツボードの前に。

「勝負の方式は《カウントアップ》だ。メドレーでやってもいいんだが、お前みたいな素人相手にメドレー勝負は金がもったいないからな」

 《カウントアップ》とはプレイヤーが3本ずつ投げていき、8セットの24本を投げそのスコアの合計を競うゲームだ。メドレー前のフォームの確認や肩ならしとしてよくやるダーツの基本ゲームだ。
 財布からプレイカードを取りだし差込口に入れる。すでに金髪が1番上に差し込んでいるのでその下に入れる。

「そんじゃ、ちゃっちゃと終わらせてコーチと行きますか」

 そう言うと、ラインに立ちダーツをかまえた。立ち位置はオーソドックスなクローズドスタンス。距離を稼ぎたいのか、軸足に体重を乗せ前傾姿勢をとっている。
 人差し指と親指でバレルをつまみ残る指を添えるのが基本だが、金髪は中指も使いバレルをつかんでいる。
 肘は直角ではなくやや開くような形でテイクバック時に利き目ではなく左右の目の真ん中辺りに向けてフライトを持っていく。
 リリースのタイミングは一定で、ダーツは1本がブル(ダーツボードのまんなか)に入り残り2本はブルを中心としたシングルラインに突き刺さる。50・19・12と合計で71点。
 金髪は納得がいかなかったのか舌打ちし、ボードに刺さったダーツを回収してダーツボードの右下についているボタンを押しターンを切り替える。

「投げ始めだからちょっと失敗しちまったが、普段は1スローで2本はブルに行くんだぜ」

 自慢気に武井に話掛けている。
 だがちょっとダーツに詳しいものが聞けば失笑ものだ。1本目がブルに入っているのにもかかわらず、結局2投目・3投目とブルに入らないのはグルーピングができてない証拠だ。
 やっぱりこいつに任せても上達することはあるまい……。

 次は俺が投げる番。
 左足を軸にスローラインにクローズドスタンスで立つ、テイクバックは利き目とは逆の左目。目線とチップの先端がブルと直線よりやや上の20のシングルラインに来るように調整をしてリリースをする。1本目は20シングルのブル寄りなところに刺さる。
 2投目は今の刺さった位置を計算に入れブルの中心よりやや下を意識して投げた。狙い通りに2本目の矢はブルに吸い込まれた。3本目は前と同じ要領で投げ、狙い違わずブルに吸い込まれる。
 20・50・50の合計120になり金髪を大きく引き離す。

「なんだと! まぐれに決まってる。俺はレーティング11だぞ。こんなガキに負けるわけがねえ」

 見た目が自分より若そうだから経験がないと思って侮っていたのだろう。
 真剣な目つきに変わり、ラインに立つ。
 ブルに3本刺さり、50・50・50の合計150という点数がでる。ダーツでハイレベルな投げ方をすると出る《アワード》というものがある。ブルに3本入るのは《ハットトリック》だ。
 それとは別に、真ん中の黒いブルに3本入る《スリーインザブラック》というアワードもあるが、よほどのプレイヤーでなければ偶然以外で出すことはできない。

「っしゃ! どうだ! これが俺の力だ!」

 2ゲーム目でハットトリックを決めた事で勝利を確信したのだろうが……。
 続く俺の2ゲーム目。
 50・50・50の合計150点。同じくハットトリックを決め金髪を再度突き放す。
 その後3・4・5ゲームはお互いに一進一退で同じような点数を加算していく。
 6ゲーム目。
 1本目がブルに入り2本目は力みすぎてリリースが速い、だが結果としてそれが最良だったようで、ダーツはブル寄りのシングルラインの上、つまり20のトリプルに突き刺さった。金髪に驚きと幸運に対する笑みが浮かぶが、すっぽ抜けた事を隠したかったのか3本目を20トリプルを狙い成功させる。
 50・60・60の合計170点。仮に俺がハットトリックを決めても同点になってしまう。
地力の差では負けるつもりはないが、賭けになっているのが武井のコーチ権――自分の人生までかかっている以上、危ない橋を渡るわけにはいかない。
 ダーツを持ち替え右足をラインに乗せ、スローイングの体勢に入ったところで――

「お! お客さん来てたのか、悪いな。ちょいと探すのに手間取っちまった」

 澤さんが戻ってきて明るい声で話してきた。

「なんだ? カウントアップやってるのか? なかなかいいスコアじゃないか」

澤さんの言葉には答えず、俺はいったんスローラインからいったん離れて左足を前に置きスローイングの体勢を取る。
 50・50・50の150点を取り金髪に並ぶ。
 金髪が舌打ちする。
 優勢になるチャンスだったが互角の勝負になってしまい焦りが見える。

7ゲーム目。
 先程のように20トリプルを狙わずブルに狙いを戻したようだ。
 50・19・17で合計86点これでトータル627点。

「くそっ! 肝心な時に入らねえ」

 何とか勝てそうだな……。内心ほっとしてプレッシャーが消えていくのが分かった。今なら余裕でハットトリックを狙えるだろう。
 スローイングの体勢を取り、投げる瞬間――



ガシャッ



 突然の音に驚いてダーツが制御を失い得点圏外のボード外側の黒いセグメントに刺さった。
音の正体をみると、灰皿がリノリウムの床に落ちていた。

「ははは! アウトボードしてやがるぜ!」

 アウトボードが余程愉快なのかダーツボードを指さして笑う金髪。
 そして灰皿を落としたであろう犯人の茶髪がニヤニヤしてこっちを見ている。
 ……汚い真似をする。抗議しても無駄だろう。灰皿を倒したのは茶髪の方だ、何か言ってもはぐらかされるのがおち。そう思って再び投げる体勢に戻ろうとしたが……。

「ちょっと!? 今の卑怯じゃないですか?」

 武井が猛然と抗議を始めた。

「おいおい。今の見ていたろ? 俺じゃないし不幸な事故みたいなもんだろう」

「………………最低ですね。私、そんな人にダーツ教わりたくありません」

 軽蔑の瞳で金髪を睨みつける武井。澤さんも何が起こっているのか察したみたいで険しい目つきで金髪を見ている。

「武井、いいからやめておけ」

「でも、藤堂君、私納得できないよ」

 まだ憤慨する武井を放っておいてダーツボードに向き直る。相手が汚いことをするならそれを正面から破ればいいだけだ。
 0・12・50の合計62点これでトータルは618点になった。
 間をおかず金髪が投げる。
 50・50・50合計150でトータルは777点。レーティングが11の割には中々の高得点だ。

「おいおい! 縁起の良い点数じゃないか。しかもハットトリックだしてもお前に勝ち目はないぜ! こりゃもう俺の勝ちは決まったようなもんだな。」

 下品な笑いを浮かべている金髪と茶髪。こんなやつらに武井を渡す気は全くないが、今回勝つためには159点以上取る必要がある。
 状況に余裕があるときは何度か狙うこともあるが、こういう最後の場面でぎりぎりの勝負をしたことはない。まして茶髪が再び妨害をしてくるかもしれない。
 心臓が早鐘のように鳴り響きこれが真剣勝負であることを今更ながらに実感した。

まず1本目。最初にリスクを背負ってでも20トリプルを狙う。
狙いは違わず、20トリプルに突き刺さった。とりあえず第一段階はクリア。後の2本をブルに叩き込めば合計で160で金髪をまくることができる。
 緊迫が高まる中、狙いをつけて2本目を放つ。
 2本目は危なげなくブルに突き刺さる。
 前の感触が残っているうちにグルーピングで決めてしまおうと構えた所、右の方で茶髪が動く気配を感じた。ある程度予測していたのでスローイングを止めて横を見る。
 今度は売り物のダーツを足元に投げつけようとしていた。そしてそれを阻止しようと武井が腕を掴んでいた。

 策を見破られ気まずそうに手を振り払う茶髪。
 このままブルを狙おうと思ったが、狙いを変えることにした。姑息な真似をする二人に怒りがわいたというのもある。1投で実力差を見せつけてやる。
 構えを取り、狙いをブルではなく右下の17のトリプルに変更する。
 そのことに澤さんが気が付く。安定したフォームの為、どこを狙っているかは一目瞭然なはずだ。
 遅れて気が付いた金髪と茶髪。妨害するまでもないとばかりに口元に笑みを浮かべている。
 胸の前で両手を握りしめて最後の一投を見守る武井。
 3本目のダーツが思い描いた理想通りのコースを飛びボードに突き刺さった。

「「なにぃー!」」

 金髪と茶髪の叫び声が店中に響き渡る。敷地にして3坪ほどしかない狭い場所なのでうるさくて耳にキーンとくる。

「ありえない……。最後のはまぐれに決まってる。キャッチで勝った気になるなよ」

「言いたい事はそれだけですか? 勝負は俺の勝ちなんで彼女の指導は俺がやります。文句はありませんよね?」

「てめぇ! 生意気なんだよ。たかがカウントアップ一回でどっちが強いかわかるわけがねえだろう! メドレーで勝負しろや!」

 先程までの言葉はなんだったんだろう……。いい加減うんざりしてきたので言い返してやろうかと思ったが――

「お客さん。事情は大体わかりましたが、ちょっとラフプレイが過ぎませんか? なおは最後17のトリプルを狙いましたよ? トリプルはブルと違って面積が1/3です。勝負の最後の一投でそんなところ狙えますか? それがあなたとなおの実力差ですよ」

 認めたくないと思っていた事実を突き付けられた様子で金髪が口ごもる。

「てめえ! たかが店員が生意気なんだよ。素人が口出すんじゃねえ」

 いまだに場の空気を理解していない茶髪が澤さんに食ってかかる。

「素人ですか……。なお借りるぞ」

 そういうと俺のダーツを受け取りダーツボードに立つ。
 軸足を斜めにおいてミドルスタンスの姿勢をとり腰を落とす。独特のフォームから投げられたダーツは3本とも20のトリプルに突き刺さった。
 その場にいる理沙以外の全員が息をのんだ。澤さんが狙ったのは20のトリプルが3本、つまり1スローで得られる最高得点でありもっとも難しいアワードの一つだ。

「「……とんぱちだと!」」




以下、用語解説

ブル……ダーツボードのまんなか。中心の黒い部分はインブル。その周りの赤い部分はブルという。

メドレー……ダーツの公式競技のゼロワンゲームとクリケットゲームの事。ゼロワンゲームを先にやり、その次にクリケットをやる。
先に2本取った方が勝利。

グルーピング……先に投げたダーツと全く同じように投げる事。同じ投げ方をすることによりほとんど同じ場所に刺さる。

クローズドスタンス……両足をスローイングラインに対して平行に置く。

ミドルスタンス……スローイングラインに対して体を斜め45度に開き、足幅を肩幅と同じくらい開く。

レーティング……ダーツの上手さのレベルの事。上限は算出方法により異なるが、この物語では最大は18となります。数字が高いほど上級者。

アワード……投げる3本のダーツで特定の条件を満たすこと。以下アワードの解説
 
スリーインザベット……ダブルラインかトリプルラインの同じ数字に3本のダーツが刺さる事。
ハットトリック……ブルにダーツが3本刺さる事。
スリーインザブラック……インブルにダーツが3本刺さる事。
ロートン……3本のダーツで101点以上獲得すること。
ハイトン……3本のダーツで151点以上獲得すること。
ホワイトホース……3本のダーツで20-15の数字のトリプルに刺さる事。ただし同じ数字に2本刺さった場合は成立しない。
TON80……20のトリプルにダーツが3本刺さる事。別名とんぱち

アウトボード……ダーツが得点圏外の黒い外枠に刺さる事。



[26498] 3
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/15 22:52
「納得いかないわ!」

 突然隣から不満げな声がした。手はダーツの組み立て作業を続け目だけを隣に向ける。
 顔をフグのように膨らませながらダーツを組み立てている。
 慣れていないのかたどたどしい手つきでシャフトとバレルを組み上げ、シャフトの先にフライトを取り付けようとしているが、イライラしている為か中々取り付ける事ができないようだ。

「まだ言ってるのか、一体何が不満なんだ?」

 相手するだけ疲れると思ったが、この先の練習で不機嫌でいられても困ると思い、話を聞くことにした。

「全部よ! 私のコーチ権を賭けの対象にしたことも! あの二人の卑怯な行いも! 最後にわざわざ難しい場所狙ったことも!」

「仕方ないだろ。あいつら本当にマナー悪かったし、普通に断ってもだめだったし。勝負で負けなかったんだから良いじゃないか」

「確かにそうだけど……。でも……」

 何かを言おうとして口を噤んでいる。

「まあいいわ。過ぎたことを言っても仕方ないし、練習を始めましょう」

 そういって、組み上げたダーツを握り立ち上がる。
 
 俺たちはダーツを買った後、ダーツを設置している近くのゲームセンターに移動していた。
 さすがにダーツバーとは違い、周りが騒がしい。
 ゲームセンターはゲームをするところというイメージな為、ダーツマシンはがらがらで、3台あるダーツは俺達が来るまで誰も投げていなかった。
 店内の照明が強く、普段より若干ボードが見ずらい。

「とりあえず、基本的な事から教えるが、まず頼んでた調べものはどうだった?」

「ばっちりよ! 父のレーティングよね? 本人から聞くと嘘言われるかもしれないから他の人に聞いたけど9だって言ってた」

「9か……」

 思っていたより高くは無い。だが全くの初心者の理沙が3週間ちょっとで勝つには厳しい相手でもある。

「9ってそんなに凄いの?」

「まずレーティングについて説明しよう。レーティングとはダーツの強さの基準を示すものだ。《クリケット》と《ゼロワン》の《スタッツ》により決定する」

「え? ちょっといきなりそんな説明されてもわからないわよ。もっとひとつひとつ噛み砕いて説明してもらえない?」

「そうだな、説明しても解り辛いかもしれないし実際にやってみるか」

 そう言うと、ダーツマシンの真ん中にあるコイン投入口に100円玉を4枚投入する。

「まずは《ゼロワン》からだ今回は最初だから301にしよう」

 マシンを操作し、メドレーゲームを選択。プレイを開始する。

「あっ! なんかゲーム始まった? 数字が301って表示されてるわね」

「そう。これが301というゲームだ。プレイヤーが交互に3本ずつ投げていって先に0にした方が勝ちという単純なルールだ」

「ふーん。結構簡単そうね。とりあえずやってみましょう」

「とりあえず先に投げてみろ。言う程簡単じゃないぞ」

 よーし、と言ってラインに立つ。さっきの金髪との勝負でフォームを見ていたおかげか最初に比べてさまになっている。
 続けざまに3本投げる。
 5・17・14と3本ともばらばらの位置に刺さった。

「あれ~? 藤堂君みたいにまんなかに飛ばないね」

「だから言っただろ。簡単じゃないって。投げ方が毎回違うから刺さる場所が違うんだ」

「こう構えて1本目が刺さったらその感覚を覚えておいて同じ動作を繰り返す」

 そういって実践して見せる。
 1本目がブルに入り、そのまま2本目3本目がブルに吸い込まれるように収まる。

「すごい! 何度見ても手品見たいね」

「とりあえず今回は練習だから俺はクリアしないから投げてみろ」

 真剣な表情になりダーツを構える。

「ちょっとストップ。そのままの体勢でいて」

 武井の横に立ちフォームの修正をしてやる。

「ちょっと腕が伸びきってるから肘をしめて直角になるようにして。親指と人差し指以外は添えるようにダーツにつけて――」

「ええっ! そんな色々言われてもわかんないからもっと直接指導してよ!」

「え、直接って?」

「だから腕の位置とかわからないから藤堂君が私の身体に触って導いてよ」

 ……なんとなく言葉が卑猥な感じがするが、わざと言ってるんじゃないだろうか?

「いいのか? 触っても?」

「改めて聞かないでよ。言っておきますけど、変なところ触ったら殴るからね」

 睨みつけてくる武井。ダーツバーでも指導をしたことがあるから初めてではないのだが、相手が恥かしそうにしているとこちらも照れてしまう。
 変なところに触らないように気を付けながら、腕の位置、手首、肩の向きなどを修正していく。

「大体こんな感じだな」

「なんか窮屈ね。動きが制限されてて投げづらいかも」

「窮屈なのは最初だけだ。ダーツは肘より上の力だけで投げるから他の部分は極力動かないようにした方がいいんだ。とりあえず同じ動作を意識して投げてみな」

 言われるままに同じフォームで繰り返し投げる。
 だんだんと要領がわかってきたのか刺さる位置が寄ってくる。液晶の点数も減少していき最終ゲームで残りが42になっていた。

「じゃあ最後の仕上げだ。このゲームは先に0にした方の勝ちだ。まずは10のシングルを狙ってみて」

「なんで10なの? 14のトリプルに入れれば0になるんじゃない?」

「本当に狙えるならそっちの方が良いけど、初心者には10狙いの方が有効なんだよ」

 とりあえず疑問は解けていないが素直に10を狙ってダーツを投げる。
 狙い通りシングルの10にダーツが刺さった。

「よし。上手いぞ。次は16のダブルを狙って見て」

 これも素直に狙いを付ける。
 今度は外れてしまい、ダーツは16のシングルへ入ってしまう。

「そっか。これで同じ投げ方をすれば16で上がれるってことね」

 説明をする前に解答にたどり着いたみたいで納得した顔で頷いている。

「それもあるが、ここを狙って置けばダブルアウトルールだった場合対処がしやすいんだ」

「ダブルアウト? 最後はダブルで上がらないといけないってこと?」

「その通り。説明してないのによくわかるな」

「言葉の意味通りだもの。今回は普通に16シングルに投げてもいいんでしょ?」

「ああ。でもそうだな、今度お父さんに勝負の形式を詳しく聞いておいてくれ。それがはっきりしないと練習メニューも組みづらいしな」

「わかった! 聞いてみるね」

 慣れてきたのかリラックスして投げたダーツは16に収まりゲームクリアとなった。

「よし。次はクリケットやってみるか」

「なんかお菓子みたいな名前ね」

「それはビスケットだろ? お腹すいたか?」

「別にすいてないわよ。それにビスケット好きじゃないし」

「ふーん。俺は紅茶に合うから結構好きだけどな。まあそれは置いておいてクリケットの説明をするよ。まずクリケットで使う数字は20から15とブルだけだ。お互いに3本ずつ投げていき20から15の陣地を獲りあう。全ての陣地を獲り終えブルに3本入れたほうが勝ちというルールだ。これは最低限のルールなので詳しくはやりながら話そう」

 そういって液晶を見ながらパネルを操作する。クリケットにも色々種類があるが、今回は公式で使われているスタンダードクリケットを開始した。

「えっと。まず20を狙えばいいのかしら?」

「そうだな。基本的に高い数字から狙うのがセオリーだ。各陣地に3本入れるとその陣地は制覇したことになる。ダブルだと2本・トリプルだと3本、1回刺さればカウントされるから」

 意識的に高い位置を狙うのは初めてなため、武井のフォームが崩れ、ダーツはてんでばらばらな所へと飛んで行った。

「全然入らないわ、ビスケットって難しいんじゃない?」

「公式競技だし初心者にはきついと思うけど、慣れるとすごく楽しいよ。あとビスケットじゃなくてクリケットな」

 続いて俺のターン。
 ダーツを3本投げて20トリプル・20シングル・5シングル。合計で4本が20に刺さった。

「今4本刺さったわけだけど、クリケットで必要なのは3本までなので4本目は得点として加算されるんだ。これは対戦相手が20を閉じるまで続く。とりあえず次は19狙ってみて」

 19は真ん中よりやや左下、時計でいうと7時ぐらいの場所になる。余計な力を入れなくても飛ばしやすいせいか、フォームも戻り、安定した投げ方で2本決めることができた。

「よかった。ちゃんと刺さったわ。上の方って何か投げづらいわね」

「そうだなー。俺はそんなことないけど、女性だとダーツボードに全然届かない人もいるからさ。そういう人は上まで投げるのって辛いみたいだな。とりあえず2本刺さったわけだけど、20は俺が支配しているからこのまま放置でセオリー通りの攻め方なら次は19閉じて得点が上回っていたら次を閉じるという風に展開していく。練習だから同じぐらいになるように投げるよ」

 武井を追い抜かないように調整して投げて19を2本ゲットする。

「さて、これでお互いに19を2本閉じてるわけだけど、完全に閉じるには3本必要になる。今回も19狙ってみて」

「はい! ……さっきと同じ感覚で。えいっ!」

19トリプル・19シングル・3トリプルで合計4本。

 中々良い刺さり方をしたので次の説明がしやすい。キャッチというのもあるだろうが、コントロールはいいんじゃないか。

「ナイスキャッチ。とりあえずこれで4本刺さったから武井の点数はオーバー分の3本×19で57点になった。こうなると、俺は19を閉じる前に武井の点数を上回っておく必要がある。だから次は20を狙う」

「藤堂君。キャッチって何? さっきの人も言ってたけどダーツの用語?」

「ああ、意図せずに投げたダーツが高得点に入ることをキャッチって言うんだ」

「つまり、まぐれおめでとう。ってこと?」

「言い換えるとそうなるな」

「なんですってー!」

「そんな怒るなよ。今日が初日で確実に狙いつけてトリプル狙えてなかったろ?」

「私が怒ってるのはそっちじゃないわよ。さっきの人達、藤堂君の事馬鹿にしてたってことでしょ!」

「まあ、味方からの言葉ならいい意味で使うけど、あの人達だから皮肉で言ってるのは間違いないな」

「私そういうの嫌い。男らしくないわよ」

 わざわざ俺の為に怒ってくれてる武井を見てると、さっきの二人に対する苛立ちはどこかへ飛んで行ってしまった。

「藤堂君。なにニヤニヤしてるのよ」

「いや、ありがとう。俺のために怒ってくれたって判ったら何か嬉しくってさ」

 顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

「……別に藤堂君のために怒ってるわけじゃないわよ。男らしくないのが嫌いなだけっ!」

 あれ? なにこのツンデレ。出会いこそ最悪だったけど、元々綺麗な容姿してるしもしかして可愛いんじゃないか?
 思考が変な方向に傾きそうになったので、考えを振り払いダーツに集中する。
 1本目が20トリプルに突き刺さり、2本目は19のシングルを狙うが外れる。3本目も19を狙いシングルに入る。

「これでお互いに19を閉じたうえで得点は俺が上回ってる状態だ。そうすると次は何を狙えばいいかわかるか?」

「18を狙えばいいのよね?」

「その通り。基本的に相手より優位に立つためのゲームだから、得点が上回らないとだめだ」

 18を狙ってみるが、やはり上は苦手みたいだ。18は時計でいうと2時にあたる。
 さらに20と違って斜めの狙いも必要なので的に当てるのには相当苦労している。
 結局3本決めるまでに4ゲーム使ってしまった。

「やっと閉じれた。これ難しすぎるよー」

「上は苦手みたいだな。これから練習して上手にならないと。特に20とかは攻めの要だからかなり重要だぞ」

「……うん。頑張る!」

「というわけでとりあえず18を閉じた」

「えっ! ちょっと! せっかく苦労して閉じたのにー」

「これが勝負の世界だ。相手より先にクローズしなければ負ける上に、実力差がありすぎると弄ばれるだけだ」

「ふーん。藤堂君私を弄ぶつもりだったのね」

「いや、そんなつもりはないが、4ゲームも外して投げて退屈だったからな」

「……いいわよ」

「うん? 何がいいんだ?」

「この年頃の男の子って好きな子に意地悪したいのよね? 私、藤堂君になら弄ばれても構わないわよ」

「お前の中で俺はどれだけ鬼畜な扱いになってるんだ?」

「エレベーターに駆け込もうとしている人の目前で笑顔で“閉”のボタンを押すひとくらい?」

「それ、ただの嫌な奴じゃないか」

「それか、こぼした牛乳をふき取った後の雑巾ぐらい?」

 おまえ、俺の事嫌いだろ……?

「とりあえず、お前がどう思ってるか良くわかった」

「今のはあくまで一般人から見た時の藤堂君よ。私は、ダーツが上手な藤堂君を尊敬しているわよ」

「俺の見た目ってそんなに嫌な奴ぽいの!?」

「あー。もう面倒くさいからそれでいいや」

 自分から人を貶めて置いて面倒臭いって、弄ばれてるの俺の方じゃないか?

「じゃあ次は17を狙えばいいのね?」

 話はこれで終わりとばかりにいきなりダーツの練習に戻る武井。楽しそうに17に狙いをつけていた。
 17トリプル・17シングル・2シングル。

「下は結構狙えてるみたいだな」

「ほんと? いっそ下だけ狙ったほうがいいのかなー」

「本当に入るならそれでもいいけど、19と17をクローズされたら完全に打つ手がなくなるんだよな」

 即座に17をクローズしついでに20を1本とっておく。

「ああー! せっかくクローズしたのに意地悪!」

 武井がむくれて抗議してくる。

「さあ、次は16と15をクローズしてくれ」

 先ほどの仕返しではないが、物事をスムーズに説明するためにどんどんクローズしていく。
 うん、決して、別に、全く根に持ってないからな。
 その後、武井がクローズしては俺が追いかけるという感じで一通りの数字に投げる練習が続く。

「最後の締めはブルだ。これをクローズして得点が相手を上回っていたら勝ちになる」

「上回らなかった場合どうなるの?」

「相手プレイヤーがクローズできていない数字に入れて相手の得点を上回るようにすれば勝ち」

 何とかブルに3本入れることができた。

 あ……。なんか疲れ切ってる……。

「以上がゲームの説明になる。この二つのゲームの成績を記録して平均化したものが現在のレーティングになるわけだ」

「ううぅ、ダーツって思ってるより難しいのね。私、お父さんに勝てるのかなぁ?」

「いや、勝ってもらわないと困るから! 練習メニュー組むからきちんとこなしてくれよな」

「藤堂君はいいわよね。ダーツ上手いし。自分で勝負するわけじゃないんだし」

「そうは言うが、逆を言えば自らの力でどうにかできないってことだぞ? 他人に任せて自分は見物なんて方が嫌じゃないのか?」

「そうだけど……。開始からこんなに躓いて自身なくすよ……」

 ちょっと厳しくやりすぎたかな。

「大丈夫。グルーピングもできてるし、武井はセンスあるよ。お父さんのレーティングは俺より下なんだから。今からみっちり俺が教えれば勝てる」

「本当に? 信じていいの?」

 すがるような目で俺を見る。なんだか捨てられた子犬みたいだな……。
 無意識のうちに手が動き頭を撫でていた。
 不安にさせまいとできる限りの笑顔と言葉を選び武井に話しかける。

「教えるのはダーツバーのお客さん相手で慣れてるからな。どんなに運動神経がないやつでも1ヶ月あれば形にはなる」

それでもなお不安そうな武井を説き伏せ、練習メニューを作成してその日は解散となった。
 翌日からはバイトがあるため、次の練習日は土曜日ということなる。



以下、用語解説

フライト……ダーツの一番後ろに付く羽の部分
バレル……ダーツの真ん中に付く金属の部品。後ろにシャフト・前にチップが付く。ダーツの本体。
シャフト……後ろにフライト・前にバレルが付くナイロンの棒。
チップ……バレルの前に付くナイロンでできた部品。ダーツボードに刺さる為先端は細くできている。

スタッツ……ゼロワンとクリケットゲームの1本当たりの平均数字の事。



[26498] 4
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/15 23:18
翌土曜日
 
 学校がなく、先日の金曜日はバイトをしていたため午前中はゆっくり過ごし、家事などを一通りすませた。

 午後から武井との練習の約束があったため、簡単に作った昼食をとり出かける支度をする。
 待ち合わせ時刻の10分前に先日のゲームセンターに到着した。
 武井はまだ来ておらず、手持ちぶさただった為、先に準備を始めていると――

「あれ? 直哉君だー!」

 後ろから突然呼ばれる。
 学校で普段よく聞く声がしたので振り向いてみると――

 白いセーターに身を包み。こちらを見上げるようにしている少女――もとい同級生がいた。

 1年の頃からクラスが一緒の吉崎杏奈だ。

「こんなところで会うとは奇遇だな」

「そうなの? 安奈、週末はいつもここにいるよ?」

「いや、同級生と学校以外で会うのは珍しいなと思ってさ」

「確かに! 直哉君って休みの日は家からでなさそうなもやしっ子ぽい印象だもんねー」

「まてぃ! その認識はどうかと思うぞ。俺だって休みの日は必ず外出してるぞ」

「ふうん? たとえばどんなところに?」

「スーパー行ったりとか……」

「それってお買いものだよね」

 可哀想な人を見るような目で見られた。

 別にいいじゃないか、日ごろのバイトで疲れてるんだから一日家でゴロゴロしてたって。

 青春を謳歌する学生らしくはないと思っているが、現実は優しくない。
 人が一人で生きていく為にはどこかの時間を犠牲にしなければならないんだよ。

 あと、土日がポイント5倍セールなのも欠かせない事情ではあるが、それを言い出すとますます可哀想な目で見られそうなので言わないことにした。

「……まあいいじゃないか。ところで吉崎はこんな所で何してるんだ?」

 まさか一人でゲームセンターというわけもあるまい。友人と待ち合わせしているところ俺に気が付いて声をかけたのだろう。
 吉崎とは高校に入って1年の頃からの付き合いになる。

俺はバイトの為部活に入っておらず、あまり親しい友人がいない。
 馬鹿話で盛り上がる横山と黒岩を除けば数少ない話し相手となる。

 向こうは校内でも指折りの美少女という噂も流れており、ひそかに男子の人気を集めているらしい。主に一部の男子から「成長してほしくない美少女No.1」の評価を受けていると黒岩が言っていた気がする。

「安奈はね、週末はここでダーツの練習してるのですよ!」

 偉そうにのけ反って答えた際に小ぶりな胸が微かに、本当に微かに揺れたのを俺は見逃さなかった。

「ええー! 吉崎ってダーツやるんだ? 初めて聞いたぞ」

「ふふふん! ダーツやるのですよー!」

「んで、誰と待ち合わせ?」

「ほえ?」

 何やら不思議そうな顔をしている。何か変なこと言っただろうか?
 なんと言い出せばいいかわからず、吉崎の次の一言を待っていると、

「……ああ! 誰かと一緒とかないよ。安奈いつも一人で投げてるから」

「それじゃカウントアップばかりやってるのか?」

「違うよー! カード2枚刺してエア対戦してるのです!」

「つまり自分で2人分投げて対戦してるって事か……」

 想像してみたが、思っている以上に楽しくなさそうだ。
 ていうか、エアダーツってどんな造語だよ。

「そういう直哉君はどうしてここに? ていうかダーツ始めたの? 安奈が教えてあげようか?」

 次々と質問が飛んでくる。興味深々なその瞳は新しいおもちゃを発見した子供のようにキラキラと輝いている。

「いや、俺も前々からやっているんだ。今日は友達と待ち合わせ。そいつに今ダーツ教えてるんだ」

「おおー! 今まで身近でダーツやってる人いなかったから嬉しいな。安奈も一緒に投げていい?」

「別にかまわないぞ。ずーっと教えてるわけでもないし。間ができたら暇になるから相手がほしかったところだしな」

「わーい。初めて人と投げれるー!」

 無邪気に喜ぶ吉崎は子供のようだった。
……見た目も含めてね。

「今なんか失礼なこと考えなかった?」

「いや、別になんも考えてないぞ」

 まさか心が読めるのか?
 驚愕を表に出さずポーカーフェイスで誤魔化す。

「むー! 怪しいなぁー!」

 膨れている顔も子供っぽい。

「ところで直哉君の友達って黒岩君? それとも横山君?」

「いや……。丁度来たみたいだな」

 入り口を見ると武井がこっちに向かって歩いてきた。

「遅いぞ。10分の遅刻だ」

「ごめんなさい。ちょっとお父さんがうるさくて出てくるのに時間かかったの。…………あれ? だれその子?」

 俺の隣を指さし、吉崎を見ている。

「同じクラスの吉崎だ。ここでよくダーツ投げてるみたいで鉢合わせした」

「待ち合わせってあの武井理沙さんなの!? なんで直哉君と?」

 どうやら武井は学校内で結構有名らしい。

「……はじめましてよね? 武井理沙です」

「はじめまして。吉崎安奈です。直哉君とは一緒のクラスで、去年から一緒のクラスです」

 なぜに二回いう……?

「……そうなんだ。私はクラスは全然別で一緒になったことがないけど、親同士が仲良くて今も藤堂君につきっきりで、マンツーマンでダーツを教えてもらってるの」

 つきっきりもマンツーマンも同じ意味だろ! なんで二回言うんだ?

「そうだったんだ。直哉君? それなら教えてくれれば良いのに。わたし、武井さんの事なにも聞いてないよ~?」

「わたしも、吉崎さんみたいな可愛い子と知り合いなんて初めて聞いたわよ~?」

 吉崎の口調を真似て語尾を伸ばす武井。
 お前ら怖いぞ……。なんで笑顔なのに笑ってないんだ?

 お昼の混雑時に黒岩がファーストフードでスマイルを注文した時の店員さんの笑顔にも似た、そう、腹の中では怒りが渦巻いているのにそれを隠そうとして隠しきれずに笑っているような笑顔を二人そろって浮かべていた。

「そっ、そんな事は別にいいじゃないか……。とりあえず練習始めよう。時間もないし」

 二人のあまりの迫力に、強引に話を打ち切り練習の開始を促す。
 武井はその話をされたらいつまでも笑っているわけにも行かないので準備を始めた。

「とりあえずカウントアップ2~3回やってみて身体が温まったら対戦しよう」

 たんたんとダーツを投げる武井を観察してみる。
 今日までの間、ほぼ毎日投げ込んでいるだけあり、最初に比べてフォームはスムーズになり、投げるダーツも狙ったところからそれほどずれていないところに刺さっている。
 これなら次のステップに進んでもよさそうだな……。幸い相手もいることだし。

「吉崎はレーティング幾つぐらい?」

「安奈は高いよ~。なんと7なのです! 崇めてもいいよ~」

「ふむ、まあまあだな。武井がウォーミングアップ終わったら相手してやってくれ」

「えええぇ! それだけぇ~?」

「何がだ?」

「もっとこう、反応があるもんじゃない? 『そんなにレーティング高いのか!?』とか『さすが安奈様! 惚れました!』とかさー」

「ないわ! 大体なんで俺が吉崎を尊敬したり惚れければならないんだよ!」

「なにさー。ぶーぶー。そういう直哉君はレーティングいくつなわけ?」

 不満げに俺のレーティングを訪ねる様は、自分と大差ないと確信している態度だ。

「11だよ」

「…………え?」

「だから11だって言ってる!」

「嘘だぁぁぁぁぁ!」

 突然叫びだしたため、周りのお客もなんだとばかりにこっちを見ている。

「いや、嘘じゃないって。子供の頃からやってるからこんなもんだろ」

「よし! 本当かどうか勝負してみよっ!」

「何故そんなに疑う!? 昔は素直な良い子だったのに……」

「うん。それは直哉君の日頃の行いに聞いた方がいいよ……」

「……」

 入学当時、まとわりついてくる吉崎に色々嘘ついたりもしたからな……。
 俺の言うことの8割は嘘だと思ってるんじゃないだろうか。




「珍しく本当だったよぉ……」

「負け犬のくせに失礼だな。俺が嘘いった事あったか?」

「いっつもじゃん! 直哉君の嘘で安奈がどれだけ被害にあったかわかってる?」

 口をすぼめて上目づかいにジロリと見上げてくる吉崎。こいつのこういう表情を見たいが為、ついつい冗談を言ってしまうのだが、本人はそれに気が付いてないようだ。

「そうだっけか? そんな事より吉崎の方こそ本当に7なのか? もう少し善戦してもよさそうだったけど」

「あまりのレベルの違いに戸惑ってうまく投げれなかったのー! か弱い女の子なんだからもう少し手加減してよねっ!」

「か弱いやつが後ろからドロップキックかましてくるのか? 先月の恨みは忘れてないぞ」

 小柄な割に、全体重を乗っけたキックをされ5分間その場でうずくまったことを思い出した。

「あれは直哉君がいけないんだよ。安奈をだまして購買でぶ……ブルマを買わせようとするんだもん。おばちゃんにすごい変な目で見られたんだからね!」

 学校のネタで盛り上がっていると、武井が冷ややかな視線で俺達を見ていた。

「藤堂君。私、もう、ウォームアップ、終わってるんだけど? いつまで待っていればいいのかしら?」

 身内ネタで入ってこれない為放置されていたようだ。
 わざわざ一言ごとに区切ってしゃべるあたり結構待たせてしまっていたようだ。

「あ、悪い。それじゃあ吉崎と対戦してみてくれ。現状でどれほどの実力差があるかやってみよう。吉崎、ちょっと相手してもらえるか?」

「……ん、わかったよ。全力でやってもいいの?」

 猟師が銃でイノシシを狙うように、鋭い目をして武井を見る吉崎。

 なんでそんなに真剣なんだ。お前たち初対面のはずだろ?
 だが、実力差をはっきりさせておかないと今後の成長にも影響がある。

「もちろん。下手に手を抜かれたら困るから容赦しないでくれ」

「……なんか二人して私を苛めようとしてない?」
 

 勝負はあっという間についてしまった。先ほどの吉崎と俺の勝負みたいに強者が一方的に弱者をいたぶる展開だった。

「ふふふ、ここに入れちゃおうかなー」

「いや! やめて! 入れないで!」

「そうはいってももうこんなに迎え入れる準備できてるじゃないかこの淫乱め!」

「違う! そんなことないわ!」

「ほーら。2本入ったぞ~。もう1本入れてやろうかな? どうしようかな~?」

「……いやぁ」

 遠巻きに見ている間そんなやり取りが聞こえてきた……。
 それにしても吉崎のやつノリノリだな。
 余程俺に負けてうっぷんがたまっていたんだな。

 元々負けず嫌いな奴だし今後も良い練習相手になるんじゃないかな。
 そんなことを考えていると決着がつき二人して戻ってくる。

「……うううぅ。汚されちゃったよぉ」

「ぷはーっ! 堪能してきちゃった」

 泣きそうな武井とは対照的に実に嬉しそうな吉崎。どちらも根が素直なのかたかが練習ゲームでこうも表情が変わっているさまは傍から見ていると面白い。
結果はまあ、見るまでもなかった。

「武井さんは上を責められるのが苦手みたいね。1本入れるだけで可愛い声で鳴くから面白かったよ」

「吉崎さんは意地悪よね。私の弱い所ばかり突いてくるんだもん」

 吉崎に対して抗議の声を上げる武井。
 負けたことが相当悔しかったと見える。

「それがダーツの基本だからな……。でも、始めて1週間足らずの割には善戦した方じゃないか」

「そうなの!?」

「……でも負けは負けよ。こんなことで本当に間に合うのかな?」

 スパルタでいくつもりだったが、負け続けたことで心理的に参ってしまったようだ。
 今のうちに現実を見せておきたかったが、もう少し考えてやればよかったな。

「間に合うって何が? トーナメントか何かにエントリーするの?」

 武井の呟きを聞き取って質問を投げてくる。
 どうしようか? 俺達の親が決めた結婚話うんぬんは第三者に話すには濃すぎるし……。
 いや、まてよ? どうせならあえて真実を話した方がいいか? いつもの冗談と向こうが勝手にとってくれればいいわけだし。

「実はお父さんと賭けをしていて……」

 黙っていると武井が話始めてしまった。しかもなんか真実を言おうとしてるようだ。
 俺が言う分には冗談になるが、初対面の人間からの言葉なら真実として受け取ってしまうだろう。
 学校で変な噂になったら厄介だし止めるタイミングを狙っていると――

「負けたら結婚するの!」

 ちょっと! いきなり結論言うなよ! 止める暇ないじゃないか!

「へ? 誰と? 武井さんって冗談言うタイプなの?」

「冗談じゃなくて本当よ。しかも相手は藤堂君なの」

 何、勝ち誇った顔で言ってるんだ。
 よく漫画とかで見るドヤ顔というのがある。本来は自慢などに対して使う顔だが、何故このタイミングでそれを出したのか理解できない。

「……嘘…………だよね?」

 対して吉崎はショックを受けたように言葉が震えている。
 吉崎が確認をするため俺に聞いてくる。さすがにたちの悪い冗談だと思っているんだろうが、全部事実なのが笑える。

「残念ながら事実だ」

 悲しいかな、事実は小説より奇なりとはよく言ったものだと思う。
 こうして自分の身に降りかからなければ面白かったんだがな。

「だって! ……そんなのって。私は認めないよそんな事!」

「そんな事言っても……。親同士が決めた事だし!」

「いまどき親同士が決めた許嫁なんて古いよ! 直哉君はそれでいいの?」

 他人事なのに心配してくれているのか、心なしか目が潤んでいる。
 思えばいつもそうだったな、気軽に人の領域にずかずか上り込んでくる奴だが、それでもうっとおしいと感じないのはその心には打算もなく純粋に心配してくれているからだ。
 そんな関係が心地よくて俺の方もついつい冗談を言ってからかっていた。
 困った顔をする吉崎をみるとなぜか落ち着いてくる。

「俺だって納得してるわけじゃないさ。この結婚を破棄させる条件がちゃんとある」

「……それが武井さんがお父さんに勝つこと? お父さんの実力がどれほどかわからないけど私程度にも届かないようじゃ無理だよ」

「……っ」

 痛いところを突かれた為武井が苦い表情になる。

「そんな事やってみないとわからないだろ。まだ2週間ある。やる前から無理って決めつけるのはどうかと思うぞ」

「私、今のレーティングになるまで1年かかってるんだよ!? お父さんに勝つって言って残り2週間でどうやってそこまで引き上げるのさ? 本当は直哉君も武井さんと結婚したいんじゃないの? 彼女美人だもんね……」

 だんだんと論点がずれてきた。
 どうして感情的になるのかね。

「来週末だ」

 俺の突然の宣言に頭にハテナマークを浮かべる二人。

「それまでに吉崎に勝てるように武井を鍛える。吉崎の言ってる事が正しいかどうか俺が証明してやる」

「えっ、ちょっと、藤堂く――」

「……わかった。もし武井さんが負けた場合、私の願い事一つ聞いてもらうからね!」

「かまわないぞ。俺にできる事ならなんだってやってやる」

「待って――」

「大した自信だね。頼もしいけど私も全力でやるから覚悟しておいて!」

 気が付いてみたら吉崎と勝負することになっていた。



[26498] 5
Name: デザイン◆1a700868 ID:45b2ea6e
Date: 2011/03/16 22:16
 その後、「秘密の特訓があるから」と言って二人でゲームセンターを出て向かった先は、武井の父親が経営しているダーツバーだった。

 どこか良い場所はないかと探しているところで武井が「そういえばお父さんがお店の個室を顔パスで使えるようにしておいたから練習していいって言ってたわ」との事らしい。
 最初に言ってくれれば吉崎に会わずにすんで厄介な勝負を引き受けずにすんだものを……。

 武井に案内されるままについていくと、駅前に戻ってしまった。
 この辺にあるのはチェーン店のダーツバーだと思ったが……。

「ここがお父さんの経営してるダーツバーよ」

「ここってグリフォンじゃないか。エレメンタルの直営店だぞ? 場所間違えてないか?」

 世界でも有数のダーツの会社、エレメンタル株式会社。
 その歴史は意外と浅く、ここ十数年で一気に業界最大手にのし上がってきた。
 世界で戦えるトッププロとも契約しており、各種イベントの際にはプロが直接指導を行ったりしており、日本のダーツ業界の重鎮だ。

 リリースされているダーツはそのすべてがが高性能で高級品。長く投げても疲れないように形状から分析して作っていると聞いたことがある。
 かくいう俺も、メインは当たり前だが、サブのダーツもエレメント社製を揃えている。

「言ってなかったかしら? 家の父はダーツの会社の社長なのよ。細かいことは気にしないでさっさと入りましょう」

「全く細かくないから! だからか……。うちの親父とお前の父親の接点が思いつかなかったけどこれで納得いった」

「でもお父様とは大学時代からの親友らしいわよ。今回の結婚話も、本当の親戚になるためにって事らしいけど」

 そういってこっちを待たずにさっとエレベーターに乗り込んでしまった。
 慌てて追いかけて乗り込む。
 まだ詳しく聞きたいところだったが、ほどなくエレベーターが目的の階に到着してしまった。
 武井はエレベーターを降りるなり、カウンターに向かい、そこに立っている店員さんに話しかける。
 本当に話がついていたらしく、店員はカウンターから出てきて俺を一瞥して先頭を歩いていく。

「こちらがオーナーより提供するように言われた個室になります。お嬢様、存分にこちらで練習するようにと言伝を承っております」

「お嬢様!?」

「何よ? 文句あるの?」

 俺の過敏な反応が気に入らなかったようだ。

「いや、文句はないんだが、お嬢様とか呼ばれる人はじめてみたから」

 元々育ちのよさそうだとは思っていたが、まさか社長令嬢だとは思わなかった。

「ところで、お嬢様。藤堂直哉様というのはそちらの方でしょうか?」

「ええ、そうですけど。彼が何か?」

「オーナーと藤堂幸三様より伝言を承っております」

「親父から?」

 何をいまさら話そうというんだ?
 時間がたてば俺の怒りが収まっているとでも思っているのか?
まずはオーナーからの伝言です、と店員が手紙を読み始めた。

「やっほー、なおリン。元気してる?」

「軽っ! うざっ! 誰だよ!?」

「うざいとは失礼だな。初対面の緊張をほぐそうと思っただけだ。理沙の父親の茂樹だ。以後よろしく頼む」

「今のあんたがアドリブでしゃべってるだろ?」

あまりの的確な言葉に店員を睨みつける。

「いえ、本当に手紙に書かれているもので……」

「まあいいや、続きを読んでください」

「娘を頼む」

「嫌です!」

「はっはっは、君は冗談が上手いな。うちの娘のどこが不満だというのかね?」

「結婚は好きな者同士でするものだ。親が勝手に決めた結婚話なんて認めないと言ってるんだ!」

 なんで会話をしているようになっているんだ。この店員本当に手紙を読み上げてるのかよ!
 応答が適切すぎて本人がしゃべっているんじゃないか?
 後ろで武井が拳をぎゅっと握っている気配が伝わってくる。ふと、どんな表情をしているか気になったが目の前の油断ならない手紙に意識を戻す。

「まあいい。君との冗談の応酬はそれなりに楽しいが、そろそろ本題に入ろう。理沙から聞いている通り、私と理沙は今賭けをしている。勝負の内容は01とクリケットのメドレー勝負で2本先に取った方が勝ちというものだ。賭けている対象については今更説明しなくても理沙から聞いていると思うので省く」

 ここまでは実際に聞いている内容そのままなので頷いておく。

「今回の勝負は言うまでもなく私達の方が圧倒的に有利だ。なので公平を期する為、練習場所とコーチを用意させてもらった。後は君が娘を導いてやってくれ」

「……」

「それで?」

「はぁ、それでと申されますと?」

「結局オーナーは何を言いたかったんですか?」

「多分意味なんてないわよ。あえて言うなら藤堂君に挨拶をしておきたかったんじゃないかな?」

 色々腑に落ちないものはあったが、他人の父親の考えなんてわかるわけもないし労力の無駄と割り切った。

「まあ、なんにせよ個室で投げ放題というのはありがたい。今日からはここでしっかり練習出来るわけだ」

 実際にダーツを教えるようになってからゲーム代で結構な出費があった為、今月の食費を切り詰めないといけないなと思っていたところだった。

「じゃあ、練習開始するか。店員さん伝言有難うございました」

「ええと……」

「俺達時間がないんですぐ練習はいりますのでお気遣いなく」

 店員が何かを言おうとしているがあえてしゃべらせずにいる。

「藤堂君。お父様の伝言をまだ聞いてないわよ」

 ちっ。それを聞きたくないからとっとと練習に入りたかったんじゃないか。

「では。幸三様の伝言を伝えます」

 そういうと店員は手紙を取り出して読み始めた。

「命令だ。子供は黙って親に従え」

 そこに親父がいるかのように睨みつけてしまう。

「以上が幸三様よりの伝言になります」

「えっ? それだけ?」

 武井が拍子抜けしたような表情で聞き返す。

「はい。以上になります」

そういって店員はそそくさと出て行ってしまった。

 親父らしい伝言だ。昔から自分の思い通りにならないと気が済まず常に相手を屈服させてきた。
 武井が悲しそうな目でこっちを見ている。弁解はすまい。あんな伝言を送ってくる親がいるのは事実だ。

「あー、えーっと、とりあえず吉崎に勝つための特訓だったな。今日からは吉崎戦を想定した練習メニューにはいる。場所も手に入れた事だし厳しくやるからそのつもりでいいか?」

「……藤堂君」

 気まずい空気を振り払うようにしたつもりだがごまかせなかったようだ。

「ねえ……。お父さんとの間に何があったの? なんで藤堂君は一人暮らししてるの?」

 いままで触れなかった疑問を聞かずにいられなかったようだ。

「悪いけど……。人の家庭事情に突っ込まないでくれないか?」

 親父の伝言を聞いて怒りが収まらなかったのだろう。八つ当たりので武井に冷たい言葉をかけてしまった。

「その…………ごめんなさい」

 嫌な沈黙が流れる。

「ごめん」

「えっ?」

「今の完全な八つ当たりだ。武井には関係ないのに当たってしまって悪かった」

「ううん。いいの。私の方こそ立ち入ってしまってごめんね」

「家庭の事は正直話したくないんだ。俺自身まだ吹っ切れてないし、機会があれば話すよ」

 まだ完全に普段の雰囲気に戻ってはいなかったが、強引に練習に入った。
 この日の特訓は夜遅くまで続いた。





翌水曜日

「この日が来るのを鼻を長くして待っていたよ!」

 ダーツの勝負宣言から数日がたった放課後、武井の仕上がり具合も問題なさそうなので早い方が良いと思い、吉崎に勝負を前倒しさせてもらった。
 それにしても鼻を長くしてどうする。
 本当に締まりのない顔をして、可愛い顔が台無しである。

「言葉の使い方間違ってる! この場合は首を長くしてだろ」

「間違ってないよ。直哉君が安奈に屈する日が来たんだから、それはもう鼻が伸びまくっても仕方ないんだからねっ」

 いつ俺がお前に屈するって言った。

「とらぬ狸の皮算用って言葉の意味知ってるか?」

「えっと……。狸は可愛いから殺しちゃダメって事? 直哉君は可愛くないから容赦しないよ?」

 うん、毎度確認していたがこいつ馬鹿だ。

「ことわざも知らないし! あとさりげなく今俺を貶めたな?」

 いつまでもこいつの相手をしていてもしかたないので対戦する本人に話を振る。

「武井もなんか言ってやれ」

 一度こてんぱんにやられた相手だからか緊張しているようだ。

「藤堂君は私のものよ。誰にも渡さないわ」

 緊張しすぎてこっちも頭がいかれたようだ。
 治してやらないとなと思い、チョップをしてやる。

「痛いじゃない。何をするの?」

 後頭部をおさえて非難の視線を向けてくる。

「お前が意味不明な事を言い出すからだろ。今日は負けませんとか適当に応対しておけばいいんだよ」

「なんだ……。それならそうと言ってよね。紛らわしい」

 そういって仕切り直しをする。

「藤堂君は確かに可愛くないわ」

 本日二度目のチョップ。

「痛い……。ちゃんと藤堂君の事誉めたのに」

「今のどこがほめ言葉だ。相変わらず不可解な奴だ」

 とりあえず放っておくとこのまま雑談に入ってしまいそうだったので勝負を進める事にした。

「じゃあルールの確認な。クリケット1本勝負で先行は武井。これで異論はないな?」

「ちょっと! 普通はセンターで決めない? 最初から異論ありまくりだよ!」

 いきなり異論の声が上がる。

「なんだ、自信満々だったから先行ぐらい譲るものだと思っていたんだがな。所詮吉崎の自信なんてその程度か。期待外れだったな」

 とりあえず、俺はどんな時でも吉崎をいじれるチャンスがあれば実行することにしている。
本人的には不満だろうが、このタイミングでいじらないわけが無い。
 もちろん試合を優位に進めるため、相手のメンタルを削っておく意味合いもあるが。

「うぐっ。正当な要求してるのに、なんだかいけない事してるみたいだよ。……ごまかされませんからねっ! ちゃんとセンターしてからやらなきゃダメだよ。公式ルールに乗っ取ろうよ!」

 吉崎の言い分はもっともなので素直に受け入れておく。
 センターとはお互いに1本ずつ投げて、ブルに近い方が先行という順番決めの事だ。
 じゃんけんで勝った吉崎がまずダーツを投げる。

 今のやり取りで動揺してしまったのか、ダーツはブルからはずれてシングルラインのトリプル寄りに突き刺さる。
 続いて投げる武井。吉崎が失敗したことによりリラックスして投げたおかげで、見事ブルに刺さった。
よしっ! とガッツポーズをとるさまはお嬢様とは思えないが、ダーツを楽しめているようで見ていて微笑ましい。

「じゃあ先行は武井で勝負開始だな」

 堂々とボードの前に立ち、毎日の練習通りにスローイングを開始する。
 20のシングルに3本刺さり即座に20をクローズ。
 吉崎が驚きの表情を浮かべる。
 先日は形にもなっていなかったのに初っ端から3本でクローズだ。
 舐めていたこともあり相当ショックだろう。

「一応練習はしてたみたいねっ! でも負けないよ!」

 続く吉崎は、まず19を狙う。特に苦手でもないのかトリプル1本とシングル1本で早速リードを奪われた。
 2ゲーム目。武井は20のシングルに3本。吉崎は19で2本取り、武井が一歩リードする。
 3ゲーム目・4ゲーム目・5ゲーム目と武井は常にシングルを狙い3本ずつ取り続ける。
 対して吉崎はトリプルをたまにとるが、狙いがぶれてしまい思うように点数を重ねられないみたいだ。

「もしかして……。ひたすら20を狙って練習した?」

 10ゲーム目になりようやく気が付く吉崎。もっと早く気が付けよ。

「さあな。俺も毎日付き合っていたわけじゃないからよくわからない」

 内心では「計画通り」と某ノートの所有者が言いそうな言葉が頭に浮かんだがまさにそんな気分だった。
 ……笑っちゃだめだ。今笑うと吉崎の疑問を肯定することになる……。そうだ18ゲーム目で宣言しよう。すでに勝負がついた後なら……。

「直哉君が気持ち悪い顔でにやけてるってことはそうなんだね。なら20閉じちゃったらどうなるのかな~?」

 差が付いているとはいえ、19に2本も入れられてしまえば追い抜かれてしまう程度だ。
 さすがは吉崎というところか。俺のポーカーフェイスを見破って真実にたどり着くとは。だてに付き合いが長いわけじゃないな。
 11ゲーム目・12ゲーム目と武井は律儀に20を狙って得点を重ねていく。
 吉崎はというと、20を狙い始め12ゲーム目で閉じてしまう。

「さて、これで理沙ちゃんはもう何もできないね! あとは追いつくだけだよ」

 2ゲームの犠牲を払った為か、差は8本まで開いてしまっている。確かに前回の武井ではこうなってしまえばどうしようもなかっただろう……。
 13ゲーム目。武井は狙いを19のシングルに切り替える。狙いは良かったのだが、シングル2本でターンエンド。
 吉崎の13ゲーム目。トリプル1本とシングル1本に入り合計4本。これで差は残り4本になった。
 吉崎としては今の19の2本はまぐれだと思っていたのだろう。続く14ゲーム目はお互いに17を狙い2本刺さる。
 15ゲーム目。武井が17をクローズし、おまけで19にも刺さった為、吉崎は他の数字で加点をしなければならない。

「うぐっ」

 なにやら苦しげな声をあげた。
 残りがこのゲームを含めて6ゲームしか無いので、セオリー通りにいくなら17より有利な数字の18で勝負をすべきだが、吉崎は16を狙って投げた。
 なんとか4本分刺さったが、武井だってコンスタンスに17を狙っていきリードを保ったままゲームが終了する。

「武井の勝ちで文句ないな?」

「……ありません」

 いかにも「文句があります」といった顔で俺を睨みつけてくる吉崎。

「本当に勝てた……」

 ようやく勝ちの実感が湧いてきたのか嬉しそうな武井。

「まあ、こんなもんかな。武井、よく頑張った! 偉いぞ」

 そういって何気なく頭を撫でてみる。
 借りてきた猫のように大人しくなり。目は俺の手をじーっと見つめている。
 褒められて嬉しいのかされるがままだ。

「ううー……。理沙ちゃんばかりずるいよー。私も頑張ったもん」

「そうだな。吉崎も練習に付き合ってくれてありがとうな」

 そういって、武井の頭から手をどけて吉崎の頭も軽く撫でてやる。

「それにしてもすごいね」

 武井の上達ぶりの事だろう。まあ、実は種があるんだけどな。

「吉崎が18苦手なのはわかってたからな。20と19と17を重点的に練習させたうえでクリケットを勝負に持ち込んだんだ」

「ありゃ? ばれてたの!?」

「そりゃ、投げるところ2回も見せてもらったしな。武井も上は苦手だし。武井より背が低い吉崎なら上はきついのかなーって思った」

「そういう狙いだったのね。だから20のシングルをひたすら狙う練習させられたんだ……」

「まあな、20は基本だからな。ここをきちんと押さえないとクリケットの場合一気にゲームを持って行かれる可能性がある」

 本当の上級者同士の対戦ではこんな展開はあり得ないが、レーティングがそれほど高くない場合は苦手コースの一つ二つは持っているもんだ。
 そこを効率よくついてやれば、ある程度の試合にはなると踏んでいた。仮に負けても大した願いでもなかっただろうし。

「もしかしてお父さんとの勝負の時も同じ方法使うつもり?」

「そのつもりだ。というか3週間でまともに勝負するにはそれしかないだろう……。武井の上達は結構速いし。ハリボテではあるが、このままやればレーティング9とはいえそこそこの勝負ができるんじゃないか?」

 ほかに有効な作戦が無い以上これがベストのはず……。

「ねえ、藤堂君。吉崎さんが勝った時は願い事一つ聞くんだったよね? 私が勝ったから私の願い事きいてくれるのかしら?」

 誰のために特訓してるとおもってる……。
 だけどまあ、今回の練習はきつめだったのによくやったしいいか。

「いいけど、何か願い事あるのか?」

「……私も、直哉君って呼んでいいかな?」

 ……?

「別にかまわないぞ」

「それで、私の事も理沙って呼んでくれない?」

 不思議な提案だが、別に問題はないので了承しようとすると――

「あっ! ずるーい。私だって直哉君に安奈って呼んでほしい!」

「駄目よ。吉崎さんは勝負に負けたじゃない。これは勝者の特権なのよ!」

 勝ち誇って吉崎にに駄目だしする武井。
こいつらはどうしてこんなにいがみ合うのだろうか?
 頼むから、毎度どうでもいいことで張り合うな。

「別に俺はどっちでもいいけど。とりあえず理沙がそういってるから吉崎は勝負に勝ったらだな」

 自分でそう呼べと言ったくせに、呼んでみると顔を赤くして照れている。
お前が照れると呼んでる俺まで恥ずかしくなってくるじゃないか。
何がしたかったんだ本当に。

「そんじゃ俺はスーパーの特売があるから帰る。あとは吉崎と二人で練習してくれ」

 勝負も大事だが俺の財布事情も大事なのだ。
 卵の格安セールのチラシが入っていたので急がないと売り切れてしまう。

「なんか、ダーツ投げてる直哉君はかっこいいけど、こういう直哉君って所帯じみてるというか……」

「良い旦那さんになりそうね」

 口々に勝手なことをいう。

「実は理沙ちゃん満更でもないんじゃ? でも本当に結婚したいならこんなにダーツ上達してないか」

「……ええ、もちろんよ。親同士が勝手に決めた結婚話なんて間違ってるわ。私は絶対そんなの認めたくないもの」

 たまにこの勝負の条件を忘れてるような、親しさを顕にすることがあるが、やはり結婚には反対のようだ。
 まあ、生半可な覚悟じゃあ今日までの練習にもついてこられなかっただろう。
 帰り支度をして店をでるころにはすでに二人でガールズトークが盛り上がっていた為挨拶もそこそこに店を出た。


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