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[26434] 俺妹AVG: 妹たちの夜 (俺の妹がこんなに可愛いわけがない)
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/09 11:37

新垣あやせは死んでいた。

人気のない公園の片隅で、朝露にぬれる下草の影に隠れるように。

発育のよい均整の取れた身体は力なく投げ出され、艶やかな黒髪は泥にまみれていた。

きっちりと結ばれていた襟元のスカーフはだらしなく緩み、

乱れたことのなかったスカートの裾からは、真っ白な太ももがあられもなくはみ出していた。

そこにあるのは、明らかな暴力と冒涜の跡形。

そう。

新垣あやせは殺された。





妹たちの夜(まいたちのよる)


― あらすじ ―

オタクな友達、黒猫がノベルゲームを作成した。
実在の人物を登場人物にした、というふれこみだけでも嫌な予感しかしないのに、そのうえ推理モノだって!?
ひとつの与えられた状況に対し、いくつの異なる回答を用意できるのか。
マルチエンディングAVG風小説。


― 主な登場人物 ―

高坂京介:本編の主人公。高校3年生。俺。

高坂桐乃:京介の妹。HNきりりん。中学3年生。

黒  猫:本名・五更瑠璃。高校1年生。京介の友人兼後輩。

沙  織:本名・槇島沙織。高校1年生。ぐるぐる眼鏡の巨女。

新垣あやせ:桐乃の親友。中学3年生。被害者。

田村麻奈実:京介の幼馴染。高校3年生。

赤城浩平:京介の級友。高校3年生。

赤城瀬菜:京介の後輩。浩平の妹。高校1年生。

高坂大介:京介の父。警察。



― 注 ―

冒頭に描写してある通り、『作中作』での出来事とはいえ、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の登場人物が殺されたり、逆に犯人として他のキャラクターを殺した、といった描写があります。
そういった描写が苦手・許容できない、という方は注意して読み進めてください。








[26434] 発 端
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:11
(1)


どうしてこんなことになったのか。


 長らく絶縁状態にあった妹から人生相談なるものを受けて以来、何度となく繰り返すこととなった自問ではあるけれど、今回もやっぱり原因は妹 - すなわち桐乃にあると言わざるを得なかった。
 確かに黒猫や沙織の果たした役割も小さくない(というか、黒猫に至ってほぼ全面的な責任がある)が、やはりきっかけはこの我がまま読モ茶髪妹にあったのだから。

「そーいやさ、あれ、なんだっけ?『ベルフェゴールのなんとか』。あれって完結(笑)したの?」

 そう挑発的に煽ったのは高坂桐乃。
 俺の妹にして、成績優秀・容姿端麗・運動神経抜群の完璧超人である。
 これで性格も良かったらどこの妖精さんだよってもんだけど、そこばっかりは神様からの補正が効いたらしい。
 ひらいた口からは、我がままか、罵詈雑言しか出てこない仕組みになっている。

「マスケラもそうだけどさー。あーゆうのが好きな奴らってぇ、風呂敷広げるだけ広げて、結局は納めきれずに『俺たちの戦いはこれからだー』って、お茶を濁しちゃうんだよねー」

 そういって、はたと気が付いた、という仕草をする。

「あっ、ごっめーん。マスケラはまだ『終わってない』んだったよねー。一時的に中断しているだけで」

 ケラケラと笑う桐乃。
 なまじ整った容姿なだけに、その憎たらしい笑みがより映える。つまり憎らしさ倍増。

「……くっ、マスケラは……マスケラは……!!」

 一方、挑発されている側の黒猫こと五更瑠璃は怒りのあまりまともに言葉も発せられない状態だ。屈辱に顔をゆがめ、殴りかからんばかりの様相を呈している。
 もともと色白な所為もあり、桐乃の挑発を受ける度に顔色が赤や青にと変化して、まるで信号機のようである。

 今、ふたりが議論しているのは、互いが支持するアニメの優劣について。
 妹の桐乃が愛してやまないのは、「メルル」こと「星くずういっち☆メルル」。小さなお子様から大きなお友達まで幅広いファン層を有するいわゆる魔女っ子ものので、すでに3期50話を超えるロングヒットとなっている。
 対する黒猫が聖典と崇めているのが「マスケラ」こと「maschera~堕天した獣の慟哭~」。女性層や腐女子の支持が高く、アニメの放映自体は休止しているにも関わらず、一部の層による根強い支援は未だに健在。
 相容れない価値観を有するふたりの信者は、まるで挨拶のごとく、顔を合わせるたびに互いの意見をぶつけ合っていた。
 しかし、未だ現役で放映中のメルルに対し、すでに休止してから半年を越えんとするマスケラの分はどうしても悪くなりがちだ。
 それほど口げんかの強くない桐乃ではあるが、最近は押し気味に勝負を進めているように見える。
 上から目線で勝ち誇った笑みを浮かべる桐乃と、目じりに涙をうかべて歯軋りをしている黒猫。
 どう言葉を尽くして説明しても、絶望的に仲の悪いふたりが、一方がもう一方をいじめているようにしか思えないだろう。
 しかし、傍から見ている俺にはなぜか、ふたりの子猫が仲むつまじくじゃれあっているように見えてしまう。
 それは、隣に座るもうひとりの友人、沙織も同じだったらしい。

「まあ、まあ、落ち着いてくだされ。仲良きことは美しき哉、とは申しますが、こうおふたりでいちゃつかれては、私も京介氏もあてられてしまいますよ?」

 桐乃と黒猫をとりなしつつ、そうでござろう? とばかりに俺を振り返る沙織。
 ωな感じに口をゆがめ、同意するのが当然、と言わんばかり。
 女優の藤原紀香と同じ3サイズのナイスプロポーションを有するこの女は、いつでも超然とした態度で乱れがちな俺たちの関係をまとめてくれている。
 ただ、その落ち着いた態度と風貌はあくまでも作られた『沙織』であり、彼女本来の姿ではない。
 彼女もまた桐乃や黒猫と同じ、寂しがり屋で傷つきやすい女子高生に過ぎないことを、今では俺も桐乃たちも知っている。
 にもかかわらず、過去に俺は何度となく、桐乃や黒猫に関わる面倒ごとをこの長身の女の子に押し付けてきてしまっていた。
 だから、借りを返すというわけではないけれど、沙織の要望にはなるべく答えてやらなきゃいけないな、と思っている。
 仕方なく、俺はため息交じりに口を開いた。

「まあ、いつも通りって感じではあるけどさ。せっかく4人で集まったわけだし、もう少し和やかにいこうじゃねぇか」

 そういって、ぐるりと目の前の友人たちを見回す。
 まだ言い足りないといった感じの桐乃。すねたように口元をすぼめる黒猫に、相変わらず楽しげな笑みを浮かべている沙織。
 ここは、桐乃の部屋だった。
 目の前の3人は、妹とその友人ということになる。
 とはいっても、彼女たちが桐乃の友達か俺の友達か――という議論は不毛だろう。
 兄と妹に共通の友人が居たって、なんらおかしなことはないんだからな。
 ま、一年ちょっと前の俺であれば、『そんなバカなことがあるかよ』ってなツッコミを入れるとこだろうけど、そんな過去を振り返っても仕方がない。
 今俺の目の前に居る妹はやっぱり俺の妹だし、その左右に座るふたりのオタク少女は、俺が胸を張って宣言できる大事な友人なのだ。
 ただ、普段の住処や生活がそれぞれバラバラなため、こうして4人が一同に介することはそう多くもない。
 その貴重な1回を費やして俺たちが話しあっていたのは、今度の夏コミに出す同人誌についてだった。
 黒猫のサークル『神聖黒猫騎士団』のマスケラ同人誌に相乗りする形で、俺たち4人がそれぞれ持ち寄った内容を合算して一冊の本にする。その最終段階が今日だった。
 内容的には稚拙で、将来きっと俺の黒歴史の1ページになるんだろうなーなんて思わないでもないが、それでも本が順調に出来上がっていく様を前に、どうしてもテンションが上がらずには居られなかった。
 話し合いがひと段落した閑話時にも関わらず、いつもにも増して桐乃の舌鋒が鋭いのは、そうした気分の高揚が収まっていないせいもあるのだろう。
 それにしたって桐乃よ、『ベルフェゴール』はないだろう?

「『ベルフェゴール』って、前に黒猫が書いたあれだろ? お前、あれ完結して欲しいの?」

 思わず素で桐乃に問いかけてしまった。
 黒猫がいつか俺たちに見せてくれた『ベルフェゴールの呪縛』。
 黒猫らしいダークで耽美で変態で、まさに混沌、という言葉がしっくりと来る謎漫画だったことだけは覚えている。
 というか、それ以外のことは思い出したくもない。
 桐乃がブラコンの変態で天使の転生体で、幼馴染の真奈美に至っては諸悪の根源らしき悪魔ってことにされていた――って、なんで俺、思い出してるんだ。
 思わず自己嫌悪に陥りそうになって首を振ると、桐乃も同様な気分になったらしい。

「そうよね。あんな中2設定の漫画、今更完結されてたって困るよね、うん」

 迂闊な言葉を口走った自分に言い聞かせるように、桐乃は大きく頷く。

「そうでござろうか? 拙者はなかなか楽しませてもらいましたぞ」

 と、勝手な戯言を吐くのは沙織。
 あの漫画において、それほど奇天烈な役割を配されなかった者の無責任な軽口といわざるを得ない。
 しかし、そんな沙織にしても、続いて放たれた黒猫のひとことには驚愕せざるを得なかったろう。

「……ベルフェゴールの呪縛は……完結したわ。まったく別のお話として生まれ変わってはしまったけれど、ね」

 そのつぶやきはまさに爆弾。
 ぎょっと目を剥いた俺たちの視線は、すまし顔の黒猫に向かわざるを得なかった。



(2)


「……なにか言いなさいよ」

 あの謎漫画を完結させたからって、俺たちから賞賛の言葉を聞けるとでも思っていたのだろうか?
 思わず言葉を失った俺たちに対し、黒猫は少し拗ねたように口を尖らした。
 仕方なく、代表として沙織が黒猫に問いかける。

「黒猫氏。その、悪魔ベルフェゴールが“堕天(フォールダウン)”とやらを引き起こした、あのお話の続きが出来ている、ということでござろうか?」

「それは違うわ。貴方達があのお話の続きを期待しているのだとしたら、申し訳ないけれど、期待に添えないことを謝らなければならないでしょうね」

 なにかに躊躇うように黒猫は視線を落とした。

「私が新たに作り直したのは、先ほども言ったようにまったくの別物なの。『ベルフェゴールの呪縛』の後継に位置付けたのは、ただそのコンセプトが同じだったからよ」

「コンセプト? 中二的な?」

 意図することなく挑発的な言葉を吐く桐乃を無視して、黒猫は言葉をつなぐ。

「ベルフェゴールの呪縛と、私が完結させたお話の共通点。それは、登場人物として貴方を、私を、沙織を、そして先輩を用いているということ。私たちを取り巻く現実を反映した、私たちだけの物語。それが――私が作り上げた世界よ」

「……なんでそんなもん、創ってんのよ?」

 淡々と告げる黒猫に対し、桐乃が俺たちの気持ちを端的に代弁した。
 『ベルフェゴールの呪縛』なる漫画を完結させようとするのはまだ分かる。すでにいくらか手をつけてる中途の作品なわけだし、その完成を目指すのを責めようとは思わない。
 でも――

「なんで、私たちを登場人物にして、まったく別の作品作ろうとしてんのよ? それも私たちに断りもなく。夏コミに向けて忙しい時期だってのに、ワケわかんない。まさかそれも夏コミで発表しようとか思ってたの?」

「まさか。私たちの赤裸々な日々を、公共の場で発表できるわけないでしょう?」

「な、なによ赤裸々な日々って……って、だったら、なんのためにそんなの創ってんの?」

「『強欲の迷宮(改良版)』のフラグ立てプログラムの練習用よ」

 黒猫は事も無げにいった。

「はじめて『強欲の迷宮』を作ったとき、製作の終盤になってかなりのバグが出て、酷く苦労をさせられたのよ。だから、習作として、ね」

 『強欲の迷宮』とは、黒猫が友人の赤城瀬菜と共同制作したRPG要素の組み込まれたノベルゲームである。
 なにを隠そう、この俺こと高坂京介もその製作の一端を担っていたりする。
 作品の質については多くを語らないが、ただ完成までには、聞くも涙、語るも涙の紆余曲折があったということだけを述べておこう。

「プログラムのこととかよくわかんないけど、練習用に私たちを登場人物にするって、なんか感じ悪いんですけどぉ」

 意外とまっとうな理由が述べられたもんで、桐乃のイチャモンにも力がない。
 一方沙織はなんとなく得心した、という顔をしていた。

「ふむ、確かに、なにかを作ろうとする場合に、なるべく感情移入しやすい媒体を選ぶ、というのは有効な手段ですからな。練習用にと、我らを登場人物にした物語を用いる、というのは悪くはないかもしれませんな。ただ――」

 と、ここでカクリと首を横に曲げて。

「どーして、その物語を我らに黙っておったのですか? すでに完結に至っているご様子。それなりの手間と時間もかかっていることでしょうに。習作であるがゆえに、我らに見せるまでもないと考えていた、ということでしょうか?」

「そんなん決まってるじゃん。どーせいつもの中二病全開の邪気眼満載な内容だから、恥ずかしくって見せらんなかっただけだって」

 桐乃がおかしそうにせせら笑う。ホント、人をムカつかせたらこいつの右に出る奴はいないな。
 傍から見ている俺ですらそう思うのだ。
 正面からムカつく笑みを見せ付けられている黒猫のじくじたる思いは相当なものだろう。
 それでもぐぐぐっと唇をかみ締めて、口から出掛かったなにかを必死に耐えている。
 そんな意固地な様子に、俺は違和感を感じた。
 今までの黒猫の行動原理に照らすと、桐乃からの挑発に際し、自作の開帳をこれほどためらうのはおかしい。
 黒猫の作る創作物の内容はいつでもどうにもアレではあるが、彼女自身はそのアレ具合を(自覚的には無自覚的にかは知らないが)恥じ入る様子をみせたことは一度もない。
 それはプロの編集者から数時間に渡り罵倒されるような小説であっても、2chでアンチのスレッドが立つようなゲームであっても変わらなかった。
 それこそ親友を性奴隷にするような小説を、自信満々で親友本人に見せるほどである。
 そんな黒猫が今、これほどの挑発に対してもその発表をためらっている。
 その内容たるや一体全体、どれほどの混沌を内包しているというのだろうか?

「『強欲の迷宮』って、部活のひとと作ったっていうホモゲーでしょ? なに? あれの習作ってことはホモゲーなの? そこの(と俺を指差し)三下が裸で部活の先輩と抱き合ってるシーンなんかを練習しちゃったりしてるの? ギャハハー、ばっかみたいー」

 俺の懸念など露とも知らず、桐乃はいつもの嗜虐的な態度全開である。
 しかしギャハハーって女子中学生の笑い方じゃないな。

「くっ、男色の部分は、そもそも赤城さんの趣味であって、私はあんな穢れた戯言を習作しようなどとは考えたこともないわ」

「では、黒猫氏の作られたゲーム……でよろしいのですよね? そのジャンルはなにになるのですか?」

「ジャンルは……AVG (アドベンチャーゲーム) よ」

 AVGとは、プレイヤーがコマンドの入力や選択肢などにより行動を選択していく形式のゲームである。桐乃が得意とするギャルゲーやアダルトゲームの多くもこのジャンルに分類される。
 当然、桐乃は凄い勢いで食いついてきた。

「なに、AVGって、もしかして恋愛ゲーだったりするの? 似合わないーっていうか、キモッ。正直言ってひくわー」

 大げさなジェスチャーで黒猫を挑発する桐乃だったが、黒猫はつまらなそうに一瞥。

「心配しなくても、貴方のお兄さんといちゃいちゃするような、そんな軟弱なゲームではないわ」

「――なっ!!!」

 さっと顔を赤らめた桐乃を流し見て、黒猫はふふんっと鼻をならした。
 
「私が作った作品は……分岐型AVG、いわゆるノベルゲームよ。推理もののね」

「ほうっ、ノベルゲーですか。往年の名作AVG『弟切草』にはじまり『かまいたちの夜』、『SIREN』などを生み出し、またギャルゲーにおいても『雫』から『To Heart』に続くLeaf三部作など、今なお色褪せない名作の数々が想起されますな」

 沙織が俺でも知っているゲームのタイトルをいくつか挙げる。
 AVGはRPGやアクションゲームのような複雑な操作が必要なゲームとは異なり、文章を読み進めることが主体となる。
 そのため、サスペンスものや物語を読ませるタイプのものとの親和性が高く、先に沙織が挙げたゲームの多くもサスペンスな内容が大半を占める。
 中でも代表的な推理系サウンドノベル『かまいたちの夜』は、2とか3とか、今でもいろんな媒体で作られ続けていると聞く。
 雪山のペンションを舞台に、そこで起こる不可思議な殺人事件の謎を解く事が主目的のゲームでありながら、選択肢によってはかなりぶっとんだお話になるとかなんとか。

「なんか、話だけ聞くと面白そうだな」

「そう……かしら?」

 黒猫が一瞬嬉しそうに頬を赤らめる。
 しかし、直ぐに困り顔になって。

「でも……殺されてしまうのよ?」

「誰が?」

 当然俺は問いかけた。
 そういえば、こいつの作品はあの『ベルフェゴール』の後継。俺たち実在の人物達を登場人物にした創作物だと言っていた。
 黒猫の習作が『かまいたちの夜』のような推理ものであるならば、そこに推理すべき謎としての殺人事件があるはずで、物語の構成員が俺たちである以上、俺たちの内の誰かが殺される役になることは避けようがないのだろう。
 でも、今まで散々、天使だ悪魔だベルフェゴールだと弄くられてきた俺たちだ。
 今更、死体役をふられようが、殺人鬼の役をふられようが怒るような間柄じゃねえ。
 俺、桐乃、そして沙織は、以心伝心寛容の心を持って黒猫の返答に耳を傾けた。
 しかし。

「……新垣あやせ」

「へ?」

 黒猫の唇からぽつりとこぼれたその名前は、あまりにも予想外。
 発せられた言葉の意味が分からなくて、俺は思わず言葉を失った。

「最初に殺されるのは……『新垣あやせ』よ」

「ふざけんなっ!!」

 2度目にあやせの名前を聞いた瞬間、怒髪天を衝く勢いで激昂したのは桐乃だった。

「あんた、自分がなにをいったのか分かってんの!!」

「……分かっているわ」

「わかってないっ! 分かってるはずがないっ!!」

 見上げる黒猫に、つばを吐きかけんばかりに桐乃はまくしたてた。
 
「あんたがあやせの何を知ってるっていうの? 何にもしらないでしょ? 言葉を交わしたことだってあるはずない。そんなことあれば、絶対にあやせの口から話聞いているし。それなのに、あんた、あやせを『殺す』ゲームを作ったって? いくらゲームの中でもやって良い事と悪い事あるじゃん! 考えてみてよ! 親友と思ってたクラスメイトが、見ず知らずの他人と、自分を貶めるようなゲームを楽しんでプレイしてたってっ! そんなの許せるはずがないっ! そんなの友達なんかじゃないっ!」

 一気にまくし立てて、桐乃は荒い息をついた。
 目じりには涙まで浮かべている。
 実際にプレイしたこともないゲームの話にどれだけ必死なんだよ、と思わないでもなかったが、桐乃をバカだと断じることはできなかった。
 新垣あやせ。
 桐乃の同級生であり、読者モデルとしての仕事仲間でもある黒髪の美少女。
 桐乃はあやせを一番の友達だといって憚らないし、あやせもまた桐乃を親友として強く慕っている。
 黒猫や沙織がオタク仲間という『陰の世界』の親友であるとするならば、あやせは『陽の世界』すなわち一般人としての親友であり、その住み分けを桐乃は強く意識していた。
 これは、かつてあやせに桐乃のオタク趣味がバレた折、ふたりの友情が崩壊寸前にまで陥ったトラウマの所為でもある。
 今でこそあやせも桐乃の趣味に一定の理解を示しているが、当時の惨状は俺も深く印象に残っている。
 というか、あやせの中では現在進行形で、当時の諍いの根源は俺であるとの認識をもたれているのだから忘れようもない。
 あやせは怒らせると本当に怖いのだ。
 それこそ彼女が『ぶち殺します』と宣言したならッ! その時スデに行動は終わっているッ! というくらいに覚悟が違う。
 それだけに、いや、もちろん、そういったことではないのだろうが、桐乃が本気で怒るのは理解できた。
 しかし、だからこそ、俺は桐乃を落ち着かせるべきだと思った。
 なぜなら黒猫もまた、桐乃が怒るであろう事を理解してゲーム内容を話すことを躊躇っていたのだろうし、その口を無理やりこじ開けたのは、他ならぬ桐乃自身だったのだから。

「桐乃、落ち着け。そんな剣幕で怒鳴られたら俺でもビビる」

 実際、ちょっとびびったしな。
 矢面に立たされた黒猫の恐怖たるや相当なもんなんじゃないだろうか。
 桐乃を抑えつつ、血の気の引いた顔をしている黒猫に正対した。

「なんであやせなんだ? お前ら、会ったことあったっけ?」

「もちろんないわ」

 黒猫は少し震えの残る声でささやいた。

「でも、容姿、そして人となりについては、いくらかは聞き及んではいるわ。彼女の性格、そして立ち位置を鑑みるに、今回の物語には彼女の登場が不可欠だった。確かに悪乗りだというのであれば、それは謝るしかないのだけれど……不当に彼女を貶めようとしたわけではないわ」

 じぃっと見つめる黒猫の瞳に、桐乃は居心地悪そうに身体を揺すった。
 少しは落ち着いたのだろうか。下唇をかみ締めて、困ったように眉を下げていた。

「きりりん氏は、どーしてあやせ氏が『殺される』ことが許せないのでござるか?」

 と、沙織が問いかける。

「例えば、きりりん氏本人や拙者が殺される役であったのなら、きりりん氏はそこまで怒りはしなかったでござろう?」

「そりゃ……そうだけど。でも、これは殺したとか殺された、とかが問題なんじゃなくって――」

「本人の預かり知らぬところで、その人を揶揄するようなことをするのが許せない。そうでござるな?」

 こっくりと頷く桐乃。
 妙に可愛げのあるその様子を満足げに見つめて、沙織もまたうんうんと頷く。
 そして。

「だったら問題はなにもないでござるよ」
 
 とんでもないことを言い放った。

「黒猫氏のゲームをプレイする場に、あやせ氏もまた呼べばよいのでござる」


「「無理だー!!」」


 期せずして俺と桐乃の声がハモった。





[26434] 1. 俺は黒猫に話しかけた
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/15 01:22
 案ずるよりも産むが易し、とは誰がいった言葉だろうか?
 昔の偉い坊さんなのか、それともその辺の助産婦さんの繰言か。
 誰にしろ、きっとそいつは恵まれた人生を歩いて来たに違いない。
 こと俺に関して言えば、今までに、えいやとばかりにやったことで、後悔しなかったことなどない。
 生まれついての不幸体質なのかどうかは知らないが、なにかヤルごとに不名誉なレッテルが増えていくような気がしていた。
 妹からの相談しかり、黒猫へのお節介しかり、そして――あやせへの対処もしかり。
 シスコンにして、セクハラ先輩。近親相姦上等の鬼畜兄貴とは俺のことだ、などと自己紹介した日には、まわりからひかれるどころか、警察か病院にしょっぴかれることだろう。

 特にあやせ。
 つんっとすました整った顔立ちに流れるような黒髪が良く似合う、妹の友達にして俺の一目ぼれラバー。
 初対面ではあんなに可愛い笑顔を見せてくれてたのに、今では通りかかっただけで、まるでゴキブリでもみるような面で目を逸らされる。
 携帯電話はつい最近まで着信拒否されてたし、対面する時には警報器常備――って『どうしてこうなった?』と思わずにはいられなかった。
 それだけに、すべてが順調に進んでいる今日という日はなにかの記念日なのかも知れない。

 今、俺の前には、妹と我が家に招待した3人の少女が仲睦まじげに談笑していた。
 家族の前では決して見せたこともない、ひまわりのような満開の笑みを浮かべているのが、妹の桐乃。
 この会合が開かれる前までは俺以上に緊張した面持ちで、そわそわと落ち着きのない様子だったのが嘘のよう。右に左に、友人達の顔をみながら会話をリードしていく。
 彼女のこんなくったくのない笑顔を見るのは本当に久しぶりに思えた。
 そんな桐乃の両脇に座っているのが、沙織と黒猫。
 飾り気のないチェックのシャツにジーパン姿の沙織は、180を越える長身を小さくかがめ歓談の輪に合いの手を入れていた。お調子者を標榜し、場を盛り上げることにかけては定評のある気配り上手。オタクの象徴として外すことのないぐるぐる眼鏡のその奥には、きっと優しげな澄んだ瞳があることだろう。
 対する黒猫は、そしらぬ顔で茶などを飲んでいる。日本人形然とした色白の細面に、なぜかしっくりと馴染む黒いゴスロリ衣装。常に一歩、周りからその身を引いているようでありながら、友人たちの会話にこっそりと耳を傾けている様は妙に微笑ましかった。

 そして、彼女たちの中心に位置する場所に足を崩して座っているのが、本日の主役たる新垣あやせだった。
 休日登校した帰りだという彼女の服装は、桐乃も通う隣町の中学校の制服。桐乃とはまた違ったきっちりとした着こなしは、清楚でお嬢様らしい、そんな『あやせらしさ』を醸し出していた。

「そこで拙者は言ったのですよ。『友達の友達はまた友達だ』と」

 沙織が大きな胸をさらに大きく反らした。

「きりりん氏の親友だというならば、それは我らの友であるも同然。我らとあやせ氏の間にあるのは、偏見という名の幻の壁ばかり。見えない壁の両端に位置する我らとあやせ氏が、真ん中に居るきりりん氏の人柄を認め信頼するならば、我らの巡り合いになんの心配がありましょうや?」

「沙織っ、あんた良い事いうわー」

 珍しく素直に同調する桐乃に、あやせもにっこりと微笑む。一歩引いた位置に座る黒猫もまた、こくりと頷いていた。
 それはとても幸せな光景。
 交わることがないと思われてきた陰の世界と陽の世界が交差する時。
 それぞれの『親友』を不自然な程に接触させ得なかった状況を打破したことは、永い間、桐乃を苦しめてきた負い目を取り払うに十分だった。
 幸せすぎて桐乃のテンションは限りなく上昇していく。
 元々、ひとつのことにはまり込むと、周りが見えなくなる性質だ。
 それぞれの親友たちがこうして一同に解し、友好を重ねているという雰囲気に酔っていたのかもしれない。
 だから――桐乃は気付かなかった。
 あやせを見つめる沙織の瞳に宿る小さな炎も。
 黒猫があやせに向ける瞳の色の奇妙な輝きも。
 そして、部屋全体を覆うどろりとした腐臭にも似たナニカにも。
 そう、なにも………


「そろそろ、私、帰らなくちゃです」

 あやせがそう切り出したのは、夕方5時を過ぎようかという時間だった。
 えー?っとばかりに桐乃が不満げな顔をしたが、あやせの帰る時間については、会の最初にすでに聞かされていたことだった。
 両親が働いているあやせの家は、夜遅くまで誰もいない、ということが少なくない。そういう意味では正式な門限があるというわけではなかったが、生粋のお嬢様気質であるあやせはいつでもきっちりと自身の決めた門限を守るのだ。

「沙織さん、黒猫さん。本日はどうもありがとうございました。とても楽しかったです」

 あやせはそういってぺこりと頭を下げた。
 きっちりと斜め45度まで腰を曲げた、きれいなお辞儀だった。
 そういえば、桐乃やあやせが中学生なのに対し、沙織や黒猫は高校生。桐乃なんかも本来であれば、もう少し礼節を重んじても良いのかもしれない。

「桐乃が寂しがると思いますので、皆さんはもう少し居てあげてください。それじゃ、桐乃、バイバイ」 

 送ってくよ、という桐乃と並んで部屋を出て行くあやせを見送り、俺はほうっとひとつ、息をついた。横を見ると、沙織も黒猫も同じように、ほっとした顔をしている。
 ふたりともそんな素振りは見せなかったけれど、本日のあやせとのファーストコンタクトに気を遣ってくれていたのだろう。
 すべては桐乃のために。
 そう考えると、俺たちみんな、桐乃のこと好き過ぎだろう、と思わずにはいられない。
 傍らのコップに注がれたお茶を飲み干すと、俺は――


 黒猫に話しかけた。


 どうだった?という俺の問いかけに、黒猫はくすりと笑った。

「首尾は上々、といったところじゃないかしら?」

 我関せずといった無表情ながら、そこはかとなく満足げな様子が伺える。
 確かに極度に人見知りの黒猫にしては、それなり以上にあやせとの会話に加わっていたように思える。

「流石にマスケラの布教をするには時機が尚早かもしれないけれど……いずれは、我が陣営に加えてみせるわ。クククッ、親友という名の外堀を埋められたときのあの女の屈辱に歪む顔が今から楽しみだわ」

 いつも通りの悪巧みを呟いている様には、妙に安心させられる。
 これならば、今後もなにかの折りにあやせと会わせて良いかもしれないな、と思えた。
 あやせを送り出して戻ってきた桐乃もまた、確かな手ごたえを感じたのだろう。

「今日はどうもありがとね。どう? あやせって良い子でしょ?」

 誇らしげに親友の自慢をする桐乃は、無垢な子供のようであり――そして、本当に、何も知らない子どもだったんだって思わされることになる。


                      *


 あやせたちとの会合の次の日。
 俺と桐乃は眠気も覚めない明け方に、親父の高坂大介に呼び出された。
 お袋に起こされて、眠い目をこすりながらリビングに向かうと、そこにはきっちりとスーツを着こなした親父が座っていた。
 いつもであれば、着流しの浴衣に身を包んでいる時間帯だ。
 警察に勤める親父は、管轄内でなにかがあると日時を問わずに呼び出される傾向がある。
 こんな朝早くから出勤時のようにスーツに身をまとっている、ということは、急な呼び出しによる出勤間際なのかもしれない。
 俺と桐乃が無言で顔を見合わせていると、親父は厳かな声で「座りなさい」と促した。
 明け方のリビングは、弱い朝の光に照らされてほの暗い奇妙な空間と化していた。
 親父が身にまとう威圧的な空気があたりに充満し、俺たちを圧迫していた。
 並んで座った俺たちを前に、親父が口を開いた。

「俺は、今から出勤しなけりゃならん。近所で事件があったのでな」

「近所で?」

 思わず復唱した俺をぎろりとにらみつけ、親父は言葉を続けた。

「そうだ。通りを少し行ったところにある公園で、殺人事件があった」

「………」

 酷く不吉な予感がして、心臓がドキドキと鳴る。
 指の先が冷たくなるような感覚に手を握り締めると、手のひらは汗でぐっしょりと濡れていた。
 隣に目を向けると、桐乃もまた、青ざめた顔でテーブルの端をじっと見つめていた。
 もしも襟元を寄せるように両の手が胸に重ねられていなければ、その震える小さな手を握ってやったのに。そんな残念な気持ちになった。
 ふるふると揺れる桐乃の眼差しが、俺の方を向く。
 そう感じた瞬間、思わず俺は目をそらし、再び親父に目を戻してしまった。
 その時を待っていたのだろう。
 親父は真っ直ぐに俺の目を見返して、低い、腹に響く重い声で言った。

「被害者の名前は新垣あやせ。お前や桐乃の知り合い……だったな?」


 ―――ッッ!!


 桐乃の息を呑む音がやけに大きく耳に響いた。







[26434] ▼ 幕 間 ▼
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/10 15:12
新垣あやせは死んでいた。

人気のない公園の片隅で、朝露にぬれる下草の影に隠れるように。

発育のよい均整の取れた身体は力なく投げ出され、艶やかな黒髪は泥にまみれていた。

きっちりと結ばれていた襟元のスカーフはだらしなく緩み、

乱れたことのなかったスカートの裾からは、真っ白な太ももがあられもなくはみ出していた。

そこにあるのは、明らかな暴力と冒涜の跡形。

そう。

新垣あやせは殺された。













[26434] 1. 俺は麻奈実に話しかけた
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/15 01:22
「行って来ます」

 俺が家を出たのは、普段よりも30分ほど早い時間だった。
 親父に起こされてから再度眠るだけの時間もなく、結局早起きした分だけ登校が繰り上げられたかたちとなった。
 ゆっくりと高校への道のりを歩きながら、俺は親父の言葉を思い返していた。

「新垣さんの娘さんが、今朝方公園で亡くなっているのが発見された」
「自然死ではないと聞いている」
「詳しくは署に行ってみなければわからん」

 親父の話はあまりに断片的で、ただ『あやせが死んだ』ということしか理解できなかった。
 普段の親父であれば、捜査に関する情報を娘や息子に明かすなどということはありえない。今回、態々俺たちをたたき起こしてまであやせのことを教えてくれたのは、あやせと俺たちとの関係を知っているが故の親心だったのだろう。
 ショックのあまり言葉もなくぼうっと虚空を見つめる桐乃を心配そうに見返して。

「桐乃は今日は学校を休みなさい」

 そういいさして、親父は職場へと向かった。
 桐乃は頷くこともなく、幽鬼のごとくゆらりと立ち上がると、自室への階段をのぼっていった。
 ぱたん、と小さくドアの閉じる音がした。
 俺はその間、ただ座っていることしか出来なかった。
 学校へと出かける前、桐乃の部屋の扉を叩いてみたが、中からはなんの返答もなかった。
 親友の突然の死に、泣き疲れて眠っているのか。
 それとも意識する間もない喪失感に、ただただ呆然としているのだろうか。

「俺は学校に行ってくるぞ」

 殊更大きな声で宣言し、俺は家を出た。
 そして今、あやせが殺されたとおぼしき公園の前に辿り着いた。
 その公園は、俺の家から数分もかからない場所にあり、子どもの頃よく遊んだ場所だった。
 最近は外で遊ぶ子どもが減ったのか、昼間でもあまり人影が見られなくなっていた。
 ただ、すぐ裏が交番になっており、治安の面での不安が取りざたされたことはない。
 お陰で夜半に不良がたむろするようなこともなく、閑散とした情景に拍車をかけていた。
 公園の入り口には、1台のパトカーが停められていた。
 公園内を覗き込むと、遊具の影のさらに奥まったところに大きなブルーシートで作られたテントのようなものが立っていた。
 周辺を制服姿の警官が動き回り、シートの隙間からは、時々写真を撮っているのか、フラッシュが漏れていた。

 あやせはまだ、あの場所に居るのだろうか?
 
 俺はそんなことを考えた。
 夏になり、下草がのびてくる季節だ。
 横たわるあやせの身体はそんな雑草の陰に隠されて。
 長い永い永遠の夜を、独りこの場所で過ごしていたのだろう。
 そう思うと、ふいに眩暈にも似た感覚が襲い、俺は慌ててその場を立ち去った。

 俺が学校に着いたとき、ホームルームまでの時間はまだ20分ほどもあった。
 にも関わらず、クラスにはすでに数人以上のクラスメイトが蠢いていた。
 クラブの朝錬に参加していた連中、電車やバスの時刻の関係でこれくらいの時間に来ざるを得ない奴、様々な理由で彼らはこの時間にこの場所に存在しているのだろう。
 普段よりも早い時間に現れた俺に対し、友人の何人かが「早いな」とか「どーした高坂」などと話かけてくる。
 彼らは近くの公園で起こった事件について、なにも知らないようだった。
 まだニュースにもなっていないようだったし、親父からのリークがなければ知りようもないはずの情報だ。
 もともと話題にしたりするつもりもなかったけれど、俺もまた事件のことは何も知らないようなフリをした。
 適当に朝の挨拶を交わし、自身の机に1限の授業の準備をする。
 そうこうする内に、普段俺が登校するくらいの時間になった。
 すでにクラスの連中はほぼ全員が集まっており、俺が毎朝他愛もない話をし合う親しい友人たちも登校してきていた。
 そんな友人たちを見回して――


 俺は麻奈実に話しかけた。

 
「きょうちゃん、今日は早かったんだねー。どうしたの?」

 俺が声をかけるとちょこちょこと近付いて来たのは田村麻奈実。
 小さい頃からの幼馴染で、学内でもっとも気心の知れた相手といえる。
 小動物然とした雰囲気に、ふにゃっとした締まりのない笑顔。飾り気のない大きな丸めがねの所為もあって、実年齢よりも数歳幼く見えた。
 こいつとの付き合いはかなり長い。あまりにも長いため、隣に居ることが当たり前のようになってしまっており、普通の男女の気兼ねとか、そういったものとは無縁になっている。
 その距離感が理解できない連中からは『お前ら付き合ってんの?』などと聞かれることもあるが、その問いに対しては丁重に否定の言葉を述べさせてもらっている。
 じゃあどういった関係なの? と改めて聞かれると答えに窮してしまうのだが、それは特別な感情があるから、というわけではなく、ただ俺と麻奈実との関係を周りの連中に理解できるように言語化することが難しい、というだけの話だ。

「あんまり良く眠れなくてな。早起きしちまった」

 麻奈実もあやせの事件は知らないらしいので、俺は適当に嘘をついた。

「眠れないの? だいじょうぶ?」

 俺の虚言を真に受けたのか、麻奈実は心配そうに顔を覗き込んできた。
 そして、むっと目を細めて。

「きょうちゃん、なんか疲れてる?」

「あー、疲れてる。眠れなくて暇だったから、小さい頃のアルバム引っ張り出してきて、お前が川に落ちて泣いてる写真とか、お前がこけて泣いてる写真とか、お前が迷子になって泣いてる写真とか1晩かけてスキャンしてたもんでな」

「なっっ、きょうちゃん、私の小さい頃の写真なんて探し出してどーするの!?」

「ネットで公開したら、その筋のひとが喜ぶかなって思って」

「だ、ダメだよっ、そんなことしちゃダメだよっ」

 俺の思いつきの冗談に本気であせっていた。いつもの麻奈実だった。
 変化しないその関係が、今はなぜかとても大切なことのように思えた。

「冗談だよ、馬鹿」

 ぽんっとひとつ麻奈実の頭を叩き、教室の扉を指差した。
 ちょうど担任が入ってくるところだった。
 麻奈実は文句を呟こうとしたのか口ごもり、結局、「じゃあね」とだけ囁いて自分の机へと帰っていった。
 退屈な授業がはじまる。
 これもまた変化しない日常だった。






[26434] 2. 俺は電話をかけなかった
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/15 01:22
 キ~ンコ~ン カ~ン~コ~ン

 終業のベルがなる。
 昼休みになり、クラスがざわめき立った。
 携帯電話で確認してみたが、あやせの事件がニュースになっている様子はなかった。
 実際はどういうものなのかは知らないけれど、女子中学生が殺された、というショッキングな事件なだけに報道の規制が効いているのかもしれなかった。
 俺はぶらりと席を立つと廊下へと向かった。
 クラスの連中と話す気分ではなかった。
 窓から外の景色を眇めると、遠くにあの公園が見えるようだった。

 そういえば、桐乃はどうしてるだろうか?

 ふと妹の桐乃のことが気になった。
 部屋の壁にもたれて、未だに膝を抱えているのだろうか?
 それともあやせを殺した犯人を捜すべく、沈んだ気分を回復させている頃だろうか?
 脳裏に茫然自失の呈であった桐乃の姿が思い出された。
 途端に無性に桐乃が心配になってくる。
 せめて出掛けに声を聞いておくべきだった。
 無理やりにでも部屋の中に押し入って、頬を張り飛ばして正気に戻し、その上で慰め、励ましてやるべきだった。
 襲い掛かってきた後悔の念が胸を締め付けた。
 歩みを止めて、携帯電話を取り出すと――

 
 俺は電話をかけなかった。


 液晶の画面に『高坂桐乃』の文字が浮かんだところで、俺の手は止まった。
 いくら桐乃が心配だからって、昼の空き時間にまで妹に電話をかけるなんてどうかしている。
 これではシスコンだと揶揄されても反論のしようもないではないか。
 俺は小さく苦笑いをすると、結局かけることなく電話をしまった。
 弁当を用意してこなかった俺は、適当に学食でパンを買い、食べた。

 午後の授業も退屈極まりないものだったが、俺はとりあえず目を開けていた。
 しかし、教師の話の内容は一片として頭に入ってくることはなかった。
 ただ胸ポケットにしまった携帯電話の重みを感じながら、今日は寄り道をせずに真っ直ぐ家に帰ろう、と考えていた。
 家に帰ったらまず桐乃の部屋に行き、今度こそあいつとちゃんと向き合って、あいつの声を聞こうと思った。
 普段は憎たらしい奴の繰言も、今日くらいはしおらしく、かつてのような素直な声色をしているかもしれない。

 ああ ―― 桐乃の声が聞きたい。

 放課後までの2時間。
 俺はずっとそう念じていた。
 それなのに。
 どうして俺は電話をかけなかったのだろう?


            *
            
 
 帰宅すると、お袋が真っ青な顔で俺を出迎えた。
 おろおろと慌てふためき、どうにも要領を得なかった。
 ただ、「桐乃が、桐乃が」と言っていることは理解できた。
 俺は慌てて階段を駆け上がり、桐乃の部屋へと向かった。
 桐乃の部屋のドアは、お袋がすでに開け放っていたのか、開いたままだった。
 がらんとした広い部屋に、しかし、桐乃の姿を見ることはできなかった。

「ドアをノックしても、あんまり桐乃が静かだったから――、だからドアを開けてみたの。そうしたら鍵はかかってなくて、でも、桐乃は居なくって。あの子が出て行ったことに気が付かなかった! あの子がまさか、ひとりで外を出歩くなんて!」

 お袋が階下でなにかを訴えている。
 親父に電話をしているのかもしれない。
 俺は玄関へと取って返すと靴を履くのも煩わしく、ひっかけるようにして外へと飛び出した。
 初めて桐乃から『人生相談』を受けて以来、俺は何度もあいつの後ろ姿を追いかけた。
 でも今日ほど後悔と、不安と、恐慌を感じながら走ったことはなかった。
 あてどもなく俺は街中を走り続け、探し続け、それでも桐乃を見つけることは出来なかった。
 そして深夜。
 まんじりともせぬままお袋とリビングで過ごしていると、一本の電話がかかってきた。
 親父からの電話かと思ったが、それは親父の上司からのものだった。
 電話を取ったお袋はひと言ふた言言葉を交わし、そして声にならない悲鳴をあげて崩れ落ちた。
 ゆっくりと倒れていくお袋の小さな身体を、俺は支えることもできずに呆然と見下ろした。


                                        
            *
            *
            *




   高坂桐乃は死んだ。

   勇敢にも親友の敵を取るべく、犯人探しの旅に出て。

   暗い路地裏、闇の中。

   悪い連中につかまった。

   あやせを殺した犯人の。

   その真実を知ることもなく。

   幾人もの暴漢に、襲われ、穢され、壊された。

   可愛い可愛い桐乃はもういない。

   あるのはだた、かつては高坂桐乃と呼ばれていた、

   汚れて穢れた肉塊だけ……
















▼ 熾天使の蛮勇 ~ 別名:桐乃陵辱エンド






[26434] 後日談1
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:11
「「って、ふざけんなぁぁぁ!!!」」


 俺と桐乃は同時に吼えた。

「どーしていきなりバッドエンドなのよ! っていうか、あの場面で電話かけないってありえなくない?」

 桐乃の怒りの半分は、なぜか俺に向いていた。

「いや、そこは仕方ないだろ! 製作者の黒猫がそっちを選べっていったんだから!」

 先ほどの「電話をするかしないか」の選択肢。
 いかにもな選択肢だったので、流石の俺も「電話をする」を選択するつもりだった。
 しかし黒猫が、「そこは『電話をしない』を選択してちょうだい」と、横から口を出してきたのだ。
 先の展開上ここの選択肢は回収しておく必要がある、とかなんとか言うものだから、選んでみたのが運の尽きだった。
 案の定、バッドエンドへ直行する選択肢だったようだ。

「今のエンドが、このゲームに複数あるエンディングの中でもっとも醜く、もっとも見易いエンディング、『熾天使の蛮勇』よ」

「フザケンナ。なにが熾天使(ウリエル)よ。別名、桐乃陵辱エンドって書いてんじゃん! あたしのこと、陵辱する気満々じゃん!」

 いきり立つ桐乃に対し、黒猫はふんっとばかりに鼻を鳴らす。

「あなた、親友をゲーム内で死体役にしておきながら、自分はキレイなままでいようと思っていたの? まあ、なんと汚らわしい性根でしょう」

 さも軽蔑した、というように首を振り。

「やはり、貴方にはこの陵辱エンドこそがふさわしいわ。肉欲の地獄に沈み、堕天した獣として生涯を過ごすがいいわ」

「邪気眼禁止―!!」

 暴言に切れた桐乃が黒猫に飛び掛った。
 美少女ふたりによる上に下にのキャットファイトは微笑ましくもあったけれど、目のやり場に困るのが曲者だった。
 仕方なく力ずくでふたりを引き離し、ぜーぜーと荒い息をつく黒猫に向き直る。

「で、桐乃の陵辱エンドはあきらめるとして」

「あきらめんなっ!」

 同じく息の荒い桐乃の叫びを無視して、俺は黒猫に問いかけた。

「今のとこ、選択肢は3つ、『黒猫に話しかける』、『麻奈実に話しかける』、そして『電話をかけない』だったわけだけど、選択肢を変えることで、今後の展開変わっていくのか? どれを選んでも桐乃が陵辱されるエンドとかだったら、流石の俺でも怒るぞ?」

 俺の問いかけに黒猫は胸をはる。

「侮らないでちょうだい。このゲームでのエンディングは桐乃陵辱エンドを入れて全部で7つ。それぞれのエンディングにおいて、『新垣あやせ』を殺した人物も、その動機もすべて異なるわ」

「マルチエンディングって言ってたけど、展開が変わるんじゃなくて、犯人自体が変わるのか? しかも7つって――登場人物足りなくないか?」

「もちろん、桐乃陵辱エンドの場合、あやせを殺した犯人は未定だけど、『未定』というのも『異なる犯人』のひとつとして数えてもらわないといけなくなるけれどね」

 黒猫はそういって、思い出したように付け足した。

「そうそう、最初の選択肢、『黒猫に話しかけた』と『沙織に話しかけた』。これは、『沙織に話しかけた』を選択すると、準強制的に沙織とのフラグが立ってしまうから。しばらくは『黒猫に話しかけた』を選択することをオススメするわ」

 ちなみに、なぜ『準強制』なのかといえば、先ほどの選択肢『電話をかける・かけない』で、『電話をかけない』を選択すると、無条件で桐乃陵辱エンドに直行してしまうかららしい。

「じゃあさ、あんたが登校するところから再開してさ、今度はさっきと違う選択肢、『赤城に話しかけた』を選択してみようよっ」

 あっさりと自身の陵辱エンドのショックから立ち直ったのか、桐乃は再びPCのマウスを操作はじめる。
 俺はため息をひとつついて、桐乃の横からPCの画面を覗き込んだ。






[26434] 2. 俺は赤城に話しかけた
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/15 01:30
「行って来ます」

 俺が家を出たのは、普段よりも30分ほど早い時間だった。
 親父に起こされてから再度眠るだけの時間もなく、結局早起きした分だけ登校が繰り上げられたかたちとなった。
 ゆっくりと高校への道のりを歩きながら、俺は親父の言葉を思い返していた。

「新垣さんの娘さんが、今朝方公園で亡くなっているのが発見された」
「自然死ではないと聞いている」
「詳しくは署に行ってみなければわからん」

 親父の話はあまりに断片的で、ただ『あやせが死んだ』ということしか理解できなかった。
 普段の親父であれば、捜査に関する情報を娘や息子に明かすなどということはありえない。今回、態々俺たちをたたき起こしてまであやせのことを教えてくれたのは、あやせと俺たちとの関係を知っているが故の親心だったのだろう。
 ショックのあまり言葉もなくぼうっと虚空を見つめる桐乃を心配そうに見返して。

「桐乃は今日は学校を休みなさい」

 そういいさして、親父は職場へと向かった。
 桐乃は頷くこともなく、幽鬼のごとくゆらりと立ち上がると、自室への階段をのぼっていった。
 ぱたん、と小さくドアの閉じる音がした。
 俺はその間、ただ座っていることしか出来なかった。
 学校へと出かける前、桐乃の部屋の扉を叩いてみたが、中からはなんの返答もなかった。
 親友の突然の死に、泣き疲れて眠っているのか。
 それとも意識する間もない喪失感に、ただただ呆然としているのだろうか。

「俺は学校に行ってくるぞ」

 殊更大きな声で宣言し、俺は家を出た。
 そして今、あやせが殺されたとおぼしき公園の前に辿り着いた。
 その公園は、俺の家から数分もかからない場所にあり、子どもの頃よく遊んだ場所だった。
 最近は外で遊ぶ子どもが減ったのか、昼間でもあまり人影が見られなくなっていた。
 ただ、すぐ裏が交番になっており、治安の面での不安が取りざたされたことはない。
 お陰で夜半に不良がたむろするようなこともなく、閑散とした情景に拍車をかけていた。
 公園の入り口には、1台のパトカーが停められていた。
 公園内を覗き込むと、遊具の影のさらに奥まったところに大きなブルーシートで作られたテントのようなものが立っていた。
 周辺を制服姿の警官が動き回り、シートの隙間からは、時々写真を撮っているのか、フラッシュが漏れていた。

 あやせはまだ、あの場所に居るのだろうか?
 
 俺はそんなことを考えた。
 夏になり、下草がのびてくる季節だ。
 横たわるあやせの身体はそんな雑草の陰に隠されて。
 長い永い永遠の夜を、独りこの場所で過ごしていたのだろう。
 そう思うと、ふいに眩暈にも似た感覚が襲い、俺は慌ててその場を立ち去った。

 俺が学校に着いたとき、ホームルームまでの時間はまだ20分ほどもあった。
 にも関わらず、クラスにはすでに数人以上のクラスメイトが蠢いていた。
 クラブの朝錬に参加していた連中、電車やバスの時刻の関係でこれくらいの時間に来ざるを得ない奴、様々な理由で彼らはこの時間にこの場所に存在しているのだろう。
 普段よりも早い時間に現れた俺に対し、友人の何人かが「早いな」とか「どーした高坂」などと話かけてくる。
 彼らは近くの公園で起こった事件について、なにも知らないようだった。
 まだニュースにもなっていないようだったし、親父からのリークがなければ知りようもないはずの情報だ。
 もともと話題にしたりするつもりもなかったけれど、俺もまた事件のことは何も知らないようなフリをした。
 適当に朝の挨拶を交わし、自身の机に1限の授業の準備をする。
 そうこうする内に、普段俺が登校するくらいの時間になった。
 すでにクラスの連中はほぼ全員が集まっており、俺が毎朝他愛もない話をし合う親しい友人たちも登校してきていた。
 そんな友人たちを見回して――


 俺は赤城に話しかけた。

 
「よう高坂、今日ははやかったんだな。どうしたんだ?」

 俺が声をかけると、意外そうな表情を浮かべて近付いてきたのは赤城浩平。
 高1のときからのつきあいで、学内でもっとも気心の知れた男友達といえる。
 平均よりも一歩抜き出た長身に、ムカつくくらい爽やかな笑顔。サッカー部に所属している所為かガタイも良く、いかにも頼りになる体育会系男子、といった容姿をしている。
 こいつとの付き合いはそれなりに長い。暇をもてあましたとき、なにかイベントがあるようなときには、自然とつるむことが当たり前のようになってしまっており、赤の他人同士が持つ気兼ねとかそういったものとは無縁になっている。
 その距離感が理解できない連中からは『お前ら付き合ってんの?』などと聞かれることもあるが、その問いに対しては拳骨をもって対応させてもらっている。

「あんまり良く眠れなくてな。早起きしちまった」

 赤城もあやせの事件は知らないらしいので、俺は適当に嘘をついた。

「眠れない? だいじょうぶかー?」

 俺の虚言を真に受けたのか違うのか、赤城はからかうように顔を覗き込んできた。
 そして、むっと目を細めて。

「高坂、なんか疲れてんのか?」

「あー、疲れてる。お前に借りたDVDを見てたら意外と嵌っちまってなー。やっぱ、DVD付きのPCは良いよなぁ。今までは親父やお袋が寝静まるの待ってリビング行かなきゃ見れなかった映像が、自室に居ながらみられるもんな。夜中なら、イヤホンしとけば音漏れしないし、邪魔も入らんし」

「その辺の感慨はよくわからんなぁ。オレんとこは昔から部屋にビデオあったから」

「このブルジョアめ。DVD鑑賞だけじゃない。夜歩きひとつにしたって俺はいつも苦労してんだぞ。親父の商売が商売だからな。夜中に急に電話かかってきたりするんだ。鉢合わせたりしないか心配で心配で」

「親父さん、警察関係だったか? そうそう夜遊びもできんとは可哀想に」

 赤城はにやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべる。コイツの親がなんの商売をしているのかは知らないが、妹と結託して、ちょくちょく夜遊びに出向いているらしい。
 とはいえ、殆んどの場合は、妹のお願いでゲームの早売りに並んだり、ゲームの予約に走ったり、といった具合らしいから、必ずしも羨ましいわけじゃない。

「お前の夜遊びの実態を公開したら、その筋のひとが喜ぶだろうな」

「だ、ダメだっ、そんなことしたらぶっ殺すぞ!」

 俺の思いつきの冗談に本気であせっていた。いつもの赤城だった。
 変化しないその関係が、今はなぜかとても大切なことのように思えた。

「冗談だよ、馬鹿」

 ぽんっとひとつ赤城の胸板を叩き、教室の扉を指差した。
 ちょうど担任が入ってくるところだった。
 赤城は文句を呟こうとしたのか口ごもり、結局、「じゃあな」とだけ囁いて自分の机へと帰っていった。
 退屈な授業がはじまる。
 これもまた変化しない日常だった。


          *


 キ~ンコ~ン カ~ン~コ~ン

 終業のベルがなる。
 昼休みになり、クラスがざわめき立った。
 携帯電話で確認してみたが、あやせの事件がニュースになっている様子はなかった。
 実際はどういうものなのかは知らないけれど、女子中学生が殺された、というショッキングな事件なだけに報道の規制が効いているのかもしれなかった。
 俺はぶらりと席を立つと廊下へと向かった。
 クラスの連中と話す気分ではなかった。
 窓から外の景色を眇めると、遠くにあの公園が見えるようだった。

 そういえば、桐乃はどうしてるだろうか?

 ふと妹の桐乃のことが気になった。
 部屋の壁にもたれて、未だに膝を抱えているのだろうか?
 それともあやせを殺した犯人を捜すべく、沈んだ気分を回復させている頃だろうか?
 脳裏に茫然自失の呈であった桐乃の姿が思い出された。
 途端に無性に桐乃が心配になってくる。
 せめて出掛けに声を聞いておくべきだった。
 無理やりにでも部屋の中に押し入って、頬を張り飛ばして正気に戻し、その上で慰め、励ましてやるべきだった。
 襲い掛かってきた後悔の念が胸を締め付けた。
 歩みを止めて、携帯電話を取り出すと――

 
 俺は電話をかけた。


 液晶の画面に『高坂桐乃』の文字が浮かび、無機質なコール音が耳に響く。
 いくら桐乃が心配だからって、昼の空き時間にまで妹に電話をかけるなんてどうかしている。
 これではシスコンだと揶揄されても反論のしようもないではないか。
 俺は小さく苦笑いをすると、電話を耳にあて桐乃が出るのを待った。
 しかし、いくらコールを響かせても、そこから桐乃の声が聞こえてくることはなかった。

 どうして桐乃は電話にでない?

 俺は一抹の不安を感じながら、今度は自宅に電話をかけた。
 コール音が鳴ること3回。今度は聞きなれた声が聞こえてきた。

「京介かい? どうしたの。あんたまだ、学校だろ?」

 お袋の問いかけに、俺は桐乃に電話をかけてみたが繋がらないことを伝えた。

「親友を殺されてあいつも落ち込んでたし、万が一のこともある。一応、あいつがちゃんと部屋にいるか確認してくれないか?」

「あんた、随分妹思いになったのねぇ。前はあんなに冷たくあつかってたのに」

 お袋の揶揄に俺は顔が赤くなるのを感じた。

「そんなこと、今はどうでもいいだろ」

「ま、良いけどね。桐乃なら、ずっと部屋にいるはずよ。少なくとも家を出てるはずはないわ。お母さん、ずっとリビングにいたし。そろそろお昼だから、桐乃も下りてくると思うわよ。朝、食べてないからお腹すかしてんじゃないかしら」

 のんびりとそんなことを言う。あまりにも危機感のない言葉に、先ほどまでの、なにかを失ってしまうのではないか、という焦燥感がかき消されるのを俺は感じた。

「……なら良いけどさ。頼むから、あいつがちゃんと部屋にいるのかどうかだけ、確認してくれよ」

 再度要請すると、お袋は『はいはい』とおざなりに返事を寄越した。
 きっと俺のシスコンぶりにあきれているのだろう。
 俺自身、こんな醜態をさらしている状況に、恥ずかしさを通り越して驚きを感じてるさ。

 結局、お袋とやくたいない話をしている内に昼休みは終わってしまった。
 電話を切る間際、お袋が突然受話器越しに大声で怒鳴った。

「あ、桐乃。下りてきたの? 今、京介が電話してきてて。あんたが電話にでないって心配してたわよ」

『んー、さっきの五月蝿い電話、アイツだったの? 眠ってたのに起こされた』

 遠くそう答える桐乃の声を聞いて、俺は電話を切った。





[26434] 2. 俺は部活に顔を出すことにした
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:14
 午後の授業も退屈極まりないものだったが、俺はとりあえず目を開けていた。
 しかし、教師の話の内容は一片として頭に入ってくることはなかった。
 頭を占めるのはあやせのこと、桐乃のこと、そしてこれからのこと。それぞれがどうなって、そしてどのように動いてくのかが、まったく想像つかなかった。
 そもそも俺はどうすべきなのか。
 桐乃は間違いなく、あやせが死んだ真相を明らかにしようと行動を起こすだろう。当然、心情としては俺もその傍にいて、桐乃の手伝いをしてやりたいという思いはある。
 だが、それは危険な行為なのではないだろうか?
 あやせが殺された。
 直接的な、犯人から危害を加えられるかもしれない、という危険もさることながら、昨日の集まりを経ての今日。その奇妙な符合が、偶然のことなのか、それとも、昨日の集まりが契機となって今回の事件が起こったのか。
 それが酷く重要なことのように思えてくる。
 深く考えようとすればするほど、開いてはいけないパンドラの箱に手をかけてしまっているような、言い知れない恐怖を感じた。
 突然襲った寒気にゾッと身を震わせる。
 俺はとりあえず、放課後の行動方針だけでも決めることにした。

 今日は、普段であればゲーム研究会に顔を出す日にあたる。
 ゲーム研究会は俺がこの春に入部した、その名の通りの古今東西のゲームを研究し、語り、作る部活である。
 その実超絶なスゴ腕ゲーマーでもある黒猫につきあって入部して以来、週に2回程度、顔を出すようにしている。
 俺のようにゲームに対して特に思い入れのない人間でも簡単に受け入れてくれる懐の広い会である。出来る限り義理は果たしておきたい。
 あやせのこともあるし、桐乃が心配なので黙って帰宅してしまう手もあるが―― 


 俺は部活に顔を出すことにした。


「きょうちゃん、今日は部活?」

 幼馴染の麻奈実が声をかけてきた。
 部活がないなら一緒に帰ろう、というオーラを出していたが、俺はその誘いを断った。

「ああ、今日は部活に顔出してくわ」

「そっか、ざんねん」

 麻奈実は寂しげに苦笑いをすると、他の女友達の方へと歩み去っていった。
 俺はその後ろ姿を見送って、ゲー研部室へと向かった。
 部活にはそんなに長居するつもりはなかった。適当に理由を述べて、顔だけ出して帰るつもりだった。
 
「ちわっす」

 部室に入ると、中には赤城瀬菜が居た。

「こんにちは、高坂せんぱい。他の方はまだ来てませんよ」

 部室を見回した俺の視線に気付いたのか、瀬菜はそう言って椅子から立ち上がった。

 赤城瀬菜。
 俺のクラスメイトである赤城浩平の妹だ。
 理知的な容貌に飾り気のない大きな丸めがねの所為もあって、清廉な雰囲気を身にまとっている。実際、きっちりとしたことを好む委員長タイプで、クラスでもリーダー的な役割を果たすことが多いと聞く。
 ちなみに同じめがねっ子という意味では麻奈実に似ていなくもないが、年上にも関わらず麻奈実の方が数歳幼く見えた。
 
「今日は早いですね」

「ああ、授業が終わってからすぐ来たからな」

 俺は今日は即早退する旨を瀬菜に伝える。

「もしかしてお疲れですか? なんか目の下にクマがあるように見受けられますが」

 クマがあるのかどうかはしらないが、疲れた様子が身体からにじみ出てしまっているらしい。クラスの連中にも似たようなこと言われたし。

「ああ、ちょっとな」

 面倒なので適当にお茶を濁そうとすると、瀬菜はにやりと『いやらしい』笑みを浮かべた。

「もしかして、昨日はお楽しみですか?」

「……なにを言っているんだ?」

「またまたっ、お兄ちゃんと一夜のランデブーを果たしてたんですよねっ、キャー、やっぱりお兄ちゃんが責めの高坂せんぱいの誘い受けですかっ」

 瀬菜は目をキラキラと輝かせながら、頬を紅潮させていた。
 また病気が発症してしまったらしい。
 先にも述べたように、『見た目は』清廉潔白な優等生に見えるのだが、瀬菜には重大にして致命的な欠陥があった
 それが腐女子という不治の病。
 よく分からないが、あらゆるオスの行動をホモで淫靡でインモラルな方向に結び付けて考えてしまうやっかいな病気らしい。
 彼女の前で『疲れた』と言えば、それは野郎と乳繰り合った結果であると認定され、ため息をつけば、それは男友達との恋の悩みに苦悩していると判断される。
 正直、一対一の会話が非常に成り立ちにくい。せめて他の部員、特に黒猫のような瀬菜にもつっこみをいれることのできる存在が居て欲しかった。
 まだ他の部員は来ていないが、部室に顔を出したということで、一応の義理は果たしただろう。
 早々に部室を立ち去ることにした。

「せんぱい、お兄ちゃんに会いたくなったら、いつでも家に遊びに来てください」

 去り際まで、瀬菜は一貫して瀬菜のままだった。






[26434] 共通パートその1
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:14

 家に帰ると親父が居た。
 いつもの着流しを身に着けて、リビングに腰を落ち着けている。

「ただいま」

 声をかけると、うむ、と一声。それから俺に向き直り、「ちょっと座りなさい」と言った。

「俺はこれらからまた仕事に戻らにゃならん」

 親父はそう切り出した。
 あやせの事件は、家に程近い場所で起こった犯罪だった。管轄とか詳しいことは分からないが、親父もかなり忙しく働かなければならないのだろう。
 今朝は急な呼び出しにおっとり刀で駆けつけたが、今度はしっかりと寝泊りを考慮した準備をしての再度の出勤、ということらしい。

「お前が帰ってくるのを待っていた」

 親父はそういって、手にしていたタバコをもみ消した。親父が俺の帰りを待っていた理由は改めて聞くまでもない。

「お前と桐乃は、昨日新垣さんの娘さんに会っているな?」

「ああ、桐乃とその友達と一緒に遊んだ、っていうのか? 桐乃の部屋でだべってたよ」

「なぜ桐乃の友達と一緒にお前が居るのかは、あえて聞くまい。俺がお前の年頃の頃は、妹と一緒に遊ぶなどということはなかったが、今は時代が違うのだろう」

 親父がなぜか遠い目をする。
 親父よ、高校生の頃に女のことでなにか嫌なことでもあったのか?
 厳格な親父の高校生時代をなんとなく想像しながらも、親父の次なる言葉に耳を傾けた。

「お前達は、いつ頃まで部屋で一緒に居たんだ?」

「だいたい5時頃だったと思う。あやせが門限を気にして、帰るって言い出したのがそのくらいの時間だ」

「では新垣さんの娘さんとお前達が遊んでいたとき、他に誰がいた?」

「桐乃のオタク友達がふたりいたよ。俺の学校の後輩でもある五更瑠璃って奴と、槇島沙織っていう背の高いぐるぐる眼鏡の奴だ。ほら、前に写真を見せたことがあるだろ? あいつらだよ」

 親父は、桐乃にオタクの友達が居ることを知っている。ひょんなことで桐乃のオタク趣味がばれて以来、特に隠しているわけじゃないし、また、ふたりともちょくちょく家に来てたから、お袋もその存在を知ってることだろう。
 ふむ、と小さく頷く親父。

「その中に男はいないな?」

「ああ、いねぇよ」

 どんだけ親バカなんだ、と思わないでもなかったが、冗談や親心からの問いかけではなかったらしい。

「新垣さんの娘さん――あやせさんが殺されたと思しき時刻は、午後6時以降だ」

「俺たちと別れた後――ってのは当たり前だな」

「ああ、それは疑う余地はないだろう」

 お前達がみんなで結託して嘘でもついていない限りな、という言葉が聞こえてきそうだ。
 親父はこと犯罪に関しては、身内であろうと容赦はない。長年培ってきた眼力は、俺や桐乃の如き子どもの浅はかな嘘など一発で見抜いてしまうことだろう。

「正確には6時から8時の間くらいと思われている。あの公園は最近では利用者も少なく、また下草がかなりのびていて、横たえられてしまったら一見してはわからんようになっていた」

 それでもすぐ傍に交番があるような場所だ。一晩中見つかることがなかったというのは、あやせにとっての不幸、犯人にとっては僥倖であったのだろう。
 ちなみに死因は後頭部の打撲ということだった。
 転んだ際に偶然頭をぶつけた結果なのか、それとも犯人から後ろに殴られたのかはわかならい。ただ、彼女の近辺には、打撲を作ったと思しき握りこぶし大の石が落ちていたということだ。
 
 と、そこで親父がぎろりと目を光らせ俺に問いかけた。

「あやせさんがここを出たのは5時頃だということは分かった。では、残りの友達は何時頃家を出たのだ?」

「まさか、黒猫や沙織を疑っているのか?」

「黒猫?」

 一瞬戸惑ったように首をかしげた親父は、それでも威圧的な眼力を減じさせることはなかった。
 そしてひと言、違う、といった。

「俺が確認したいのは、桐乃の友達のアリバイじゃない。お前のアリバイだ」

 え? と言葉をなくした俺から目をそらすこともなく。

「これはまだ署内だけの話だが、あやせさんはただ殺されただけじゃない。犯されていた」

 おか――

「それって――」

「正確には、彼女のふとともと洋服の一部から精液を拭った後が検出された」

 親父は感情を殺し、淡々と言った。

「あやせさんには、付き合っていた特定の男性が居なかった。携帯電話を確認したが、彼女のアドレスに登録されているのは、モデル仕事の関係者か、京介、お前のものだけだった」

「ちょ、ちょっと待ってくれ親父」

 俺の制止にも止まることなく、親父の追及が続く。

「また、ここ何日かの通信履歴を確認したところ、この近辺にすむ住人で彼女が電話をかけたり受け取ったりした痕があるのは、我が家だけだった。桐乃とお前のことだ」

「だから俺がやったっていうのか?」

「最近の女学生というのは、なにをするにも携帯電話を利用するのだろう? その携帯電話に、オトコの匂いをさせるものがお前しかない。場所も場所だ。正直に言おう。署内では、お前が最重要容疑者と目されている」

「ふざけんなっ!」

 俺は思わず激昂して立ち上がった。
 しかし、親父は俺の殺意をこめた眼力をそよ風程にも感じた様子もなく、「座りなさい」と言った。
 俺は座り直すしかなかった。

「もちろん、状況だけでお前をあやせさんを殺した犯人だと断じるつもりはない。だからまず、お前のアリバイを確認したい。他の友達は何時頃帰った? そしてお前と桐乃は何時頃まで一緒に居た?」

「くろ、いや、五更と沙織は、それぞれ6時前には帰って行ったよ。あいつらが帰るのにあわせて俺も自分の部屋に帰ったから……」

 あやせが殺されたとする6時以降のアリバイはない。もちろん、7時過ぎには夕食を共にしているからその時のアリバイはあるが、それ以前もそれ以降も部屋に篭っており、俺の在室を証明するもの、できる人は居なかった。
 こんなことなら、黒猫や沙織とチャットでもしておくべきだったのだろうか、と俺は後悔する。

「俺も7時頃に帰ってきて、夕食をお前と一緒に食べたことは自信を持って証言できる。しかし、食後にもお前がちゃんと家にいたかどうかは述べることができん」

 そもそも、親族の証言は証拠として採用されないからな、と親父は自嘲気味に呟いた。

「……俺は警察に行かないといけないのか?」

 俺の問いかけに、親父は首を振った。

「現状は、単なる状況証拠だけだ。お前があやせさんを殺さなければならない動機なども存在するようにはみえない」

 いや、その辺はどうだろう。
 俺は度々あの公園であやせと会ってたけど、その度に「死んでください」とか「ぶち殺します」とか言われてた気がする。
 あの情景をみられていたら、殺意のひとつやふたつ、あっという間に捻出されてしまうことだろう。
 返答できない俺をちょっと心配そうにみやりながら、それでも親父は言葉をつないだ。

「で、どうなんだ? お前は、新垣さんの娘さんを、あやせさんを殺したのか?」

「殺してない」

 腹に力をこめて、強く断言する。
 すると親父は「よし、わかった」と言って――

 小さなシャーレのようなガラス容器を取り出した。
 そして、くそまじめな表情を崩すことなく命令した。

「この容器の中に、お前の精液を入れてこい。俺はそれを署に持っていって、DNA鑑定にまわす」

「って、おやじぃ! 全然信用してないじゃねぇか!」

 俺が愕然として叫ぶと、親父は自信満々に首を横に振った。

「なにを言っている。お前を信用しているからこそのDNA鑑定だ。考えても見ろ、犯人の残した精液とお前のDNAが一致しなければ、それだけでほぼお前の容疑は晴らされることになる」

 確かにDNAが一致さえしなければ、俺が協力者という形で犯罪に関わる可能性は残るものの、主犯と目されている現状に比べれば、飛躍的に状況は改善される。 俺以外の男の影がちらつくのであれば、行きずりの犯罪を含め、可能性は外へと広がっていくことになるだろう。
 逆に、ここでDNAが一致するようなことがあれば、俺の犯行ってことが確定してしまうだろう。
 もしも俺が犯人であれば、絶対に了承のできない申し出である。
 だからこそ親父は俺を信頼してこの提案をしたのだろうし、その信頼に答える為にも俺は親父の差し出した入れ物を受け取らないわけにはいかなかった。

「俺は後小一時間ほどで家を出る。それまでに出しておけ」

 そういって親父は俺を解放した。


            *


 陰鬱な気持ちで部屋に戻る。その途中で桐乃の部屋の扉が嫌でも目に入った。外界の干渉を拒絶するように閉じられたそのドアは、一年ちょっと前までの、遠くやるせない距離感を感じさせた。
 俺が帰ってきていること、今この廊下に立っていることにも気付いているはずだ。でも、あいつが自ら扉を開け、顔を見せてくれることはないのだろう。
 俺はため息をひとつき、桐乃の部屋のドアをノックする。

「桐乃。起きてんだろ? 入っていいか?」

 と、わずかにごそごそと動く物音がする。そして扉が小さく細く開けられた。

「ごめん。今はまだ……」

 俯きがちに隙間からそういう桐乃。俺からは頭の頂点しか見えないわけだが、乱れた長髪からだけでも桐乃の状況が芳しくないことは理解できた。

「あんまり無理すんなよ」

 俺の言葉に桐乃は小さく首を振り、

「明日には。明日にはきっと……いつものあたしに戻ってるから」

 そういって、扉を閉めてしまった。
 強引に入り込んで、元気付けるべきなのだろうか?
 そう思わないでもなかったが、桐乃の頬に残る涙の痕が俺に二の足を踏ませた。
 プライドの高い桐乃のことだ。
 涙に濡れた顔を俺に見られたくはないのだろう。
 あいつの言葉通り、明日元気を取り戻していることを信じて、今日はそっとしておいた方が良いのかもしれない。
 それに今の俺は、桐乃を元気付けること以上に、自身の萎えたリバイアサンを元気付けることが急務になっているからな。
 結局、新たな言葉をかけることなく、俺は桐乃の部屋の前を離れた


         *


「親父。ほら、これ」

 靴を履き終えた親父を見送りがてら、俺はさりげなく手に持つそれを差し出した。意識しないようにしても、白濁した液体の入ったシャーレを手渡しするのは気恥ずかしい。
 目をあわせないようにしていると、親父はうむ、とひとつつぶやき受け取った。
 
「京介。今日は俺は帰らないだろう。家のこと、桐乃のこと、頼んだぞ」

「分かってるよ」

 俺の簡素な返事でも一応満足したのか、親父は家を出ようとして、ふと思い出したように振り返った。

「そういえば、京介。あやせさんは手帳のようなものを持っていなかったか?」

「手帳?」

「そうだ。先にもいったが、携帯電話には仕事のマネージャー関係以外、男の情報などなにも入っていなかった。もしも男女交際などがあったとしたら、そうしたものがあってしかるべきだと思うのだが」

 そういったものも見つからなかったらしい。
 犯人が持ち去ったのか、それとも元々あやせがそういったものを用いていなかったのかは分からない。

「少なくとも、俺はあやせが手帳をいじったりしているのをみたことはないけど?」

 そういうと、親父は相変わらずの感情の読めない顔で、ふむ、と小さくひとつ頷くだけだった。

「桐乃に聞くか?」

「いや、まあ良いだろう。あれは今落ち込んでいるようだからな。明日にでも聞いてみよう」

「そっか」

 先ほどの桐乃の状態を思い出し、なんとなくほっとする。

「では行ってくるぞ」

「ああ、気をつけてな」

 声をかけると、僅かに相好を崩し俺に背を向けた。
 その広い背中は分厚い年輪を感じさせた。見るものを安心させ、すべてを任せておけば大丈夫だと思わせる安定感。
 だから俺は想像もしなかった。
 親父ですら判断を誤り、後悔するようなことがあるのだということを。





 その晩、桐乃は死んだ。






[26434] ▼ 幕 間 2 ▼
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:16



高坂桐乃は死んでいた。

人気のない公園の片隅で、朝露にぬれる下草の影に隠れるように。

発育のよい均整の取れた身体はきれいに整えられ、染められた茶色い髪はすかれて滑らかに波うっていた。

きっちりととめられた襟元は一片の緩みもなく、

膝元までのばされたスカートの裾からは、真っ白な太ももが見えてしまうこともなかった。

そこにあるのは、明らかな尊厳と加工の跡形。

そう。

高坂桐乃は殺された。







[26434] 後日談2
Name: こねこねこ◆0adc3949 ID:268f7392
Date: 2011/03/16 22:31

「って、あんたが死ねぇぇ!!!」


 桐乃は吼えると同時に、握っていたマウスを黒猫に向けて投げはなった。もちろんコードの長さに阻まれて黒猫までは届かない。

「どーしていきなり殺されてんのよ! あたしの見せ場なんにもないじゃん! なに? これもまたバッドエンドなの?!」

 いきり立つ桐乃に対し、黒猫はふふんっとばかりに鼻を鳴らす。

「そんなわけないでしょう? この茶髪読モは文字も読めないのかしら? 書いてあったでしょう? 『共通パート』と」

「そのタイトルが信じられないから聞いてんのよっ、このクソ猫!」

「待て、桐乃! その膝は危なすぎる!」

 今にも黒猫にシャイニング・ウィザードをかましそうな桐乃をなんとか取り押さえ、俺は黒猫に向き直る。なんかさっきも似たような状況があった気がするが、この際気にしてもしかたない。
 まあ、俺も黒猫に聞きたいことがあるからな。

「今回桐乃が殺されるってのはあきらめるとして」

「あきらめんなっ!」

 ぽこぽこと俺の背中を叩く桐乃の叫びを無視して、俺は黒猫に問いかけた。

「『共通パート』と銘打っているところで桐乃が死んでるんだが、これはどういうことなんだ?」

「どういうもこういうもないでしょうに」

 黒猫はさも呆れたとばかりにため息をつく。

「この作品において『桐乃の死』は不可避、ということよ。どの選択肢を選ぼうとも『桐乃』は死ぬわ」

「なによそれ!!」

 いきり立つ桐乃に対し、黒猫はさも軽蔑した、というような視線を向けて。

「あなた、親友をゲーム内で死体役にしておきながら、(以下略)」

「それはさっきも聞いた―!!」

 ついに切れた桐乃が、俺の制止を振り切って黒猫に飛び掛った。
 今回2度目となる美少女ふたりによるキャットファイトは相変わらず微笑ましく、そして目のやり場に困るものだった。

「しかし、俺が心配するこっちゃないけど、桐乃が死んだ、となると更に登場人物減っちまうんだけど、大丈夫なのか? 確かエンディングは7つで、犯人もみんな異なるって言ってなかったか?」

「その辺は大丈夫よ。これ以上人死が出ることもないし。それとこれは先に言っておくべきことなのかどうか分からないけれど、『エンディングは7つ』と言ったけれど、その内のひとつは特殊なエンディングになっているわ……って、そろそろ離れなさいっ!」

 まとわりつく桐乃を引っぺがし、はぁはぁと荒い息を整える黒猫。桐乃はころころと部屋の端まで転がってから、何事もなかったかのように起き上がった。

「あんたの話聞いてると、このゲーム、ずいぶん怪しげに聞こえてくんのよね。厨二病臭っていうかなんていうか。もしかして、あたしを殺したいが為だけに作ったんじゃないでしょうね?」

「このゲームの本来の目的については前にも話したでしょう? たまたまよ」

 そういえば、このゲームはプログラム練習用として作ったんだったけな。

「だとすると、推理小説風な様相をしてるけど、これってちゃんとした推理モノじゃないのか?」

「もちろん、容疑者のDNA鑑定の仕方とか、死亡推定時刻の求め方とか、そういった専門的なところは申し訳ないけれどおざなりよ。それ専用の資料を吟味したわけでもないし」

 そうエクスキューズして。

「だけど、犯人を推理できないわけじゃないわ。むしろ、可能性がありすぎて困るくらいじゃないかしら。だからこそ今回のお話は、『定められた状況の中で、どれだけ異なる犯人・動機・展開をこじつけることができるか』をメインにしているわけだし」

「こじつけってことは、突拍子もない展開になったりするのか? 実は桐乃には双子の妹がいて―とか、ドッペルゲンガーが、とかみたいな?」

 ぱっと思いつくおかしな展開を挙げてみたが、黒猫はあきれる、というよりむしろきょとんと目を見開き俺を見返した。

「あなたの妹はもうひとりいるの?」

「いねぇよ!」

「なら、問題ないわ」

 すまし顔で断じる黒猫。

「この物語を作ったのはあくまでも私だから、私の知りえない情報は入っていないわ。そして、私の有する知識のほとんどは、貴方達にも既知のことばかり。もしあなたに生き別れの妹が居ようとも、あなたが時間旅行が可能な異能力者であったとしても、私が知らない以上、それはこの物語の中には反映されていないわ。あくまでも、私の知る限りの私たちの物語。そう認識してちょうだい」

 良く分からないが、あんまり理不尽な展開はない、ということで良いのだろうか?

「ま、先に進めてみればわかるんじゃん? 今のところ、変に厨二病発症してる様子もないし」

 桐乃は相変わらず、あまりひとつのことにこだわる感じではなかった。投げ出していたマウスを再び手にすると、ゲーム画面を見据えながら黒猫に問いかけた。

「あたしが殺されちゃったっていうのはムカつくけど、これから聞き込み調査とかやったりすんでしょ? あとどれくらいで犯人わかるわけ?」

「あと一息よ。というか、聞き込み調査とかないし。あなたも先輩も、もう見せ場はないわ。だって、犯人当てまでには『共通パートその2』があるだけだから」

「そうなの!?」

「そうなのよ」

 思わず振り返った桐乃に、黒猫は意地の悪い笑みを返した。

「現状でも、犯人や動機をこじつけることはできるってことか」

「そういうことね。次のパートはオマケみたいなものだし、できれば犯人は誰なのか? 犯行の動機はなんなんだろう? なんてことを考えながら進めてもらえると嬉しいわ」

 そうつぶやく黒猫の顔は、あくまでも淡々としたものだった。





【共通パートその2】に続く






**************

とりあえずのあとがき


本作は「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の推理もの風AVGチックなマルチエンディング小説です。
テーマは、「与えられたひとつの状況に対し、いくつの解釈をこじつけることができるか?」です。
エンディングは『桐乃陵辱エンド』+5つ+特殊エンドの計7つを考えています。
皆さんもぜひ展開できそうなエンディングを考えていただけると嬉しいです。
アイデアがかぶろうがかぶるまいが構いませんので、感想掲示板などで展開予想・妄想などをリストアップしていただけたら、場合によっては私のアイデアにとって代えます。
では。
 


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