埋まらぬ思い
テーマ:東北関東大地震**今回の震災についての自分の気持ちをテーマ『東北関東大地震』にまとめさせていただきました**
自分は、縁あって昨年の2月から宮崎にお邪魔させてもらっています。
宮崎の方の県民性は、フレンドリーで、のんびりしていて、色々なことに寛容。
とても居心地がよかったこともあり、それからも仕事の依頼があれば二つ返事で引き受けていました。
その中で起こったのが口蹄疫問題。
皆さんもご存じの通り、たくさんの牛や豚が殺処分になりました。
あの時、テレビでは「県内にたくさんの消毒ポイントが…」と簡単に説明されていましたが、あの消毒ポイントに立って運営していたのは酪農関係の方が多ったと聞いています。
自分の家の牛や豚を守るためならまだ頑張れます。
しかし、収束直前では多くの酪農家の方が自分の家の牛や豚が殺処分された後も、口蹄疫が他県に出ないようにと戦っていたのです。
イベントで宮崎にお邪魔すると時折「口蹄疫で大変なのですけど、息抜きで遊びにきました」という方がいらっしゃいました。
それでも自分はなんと声をかけたら良いのか分からず「頑張ってください」としか言えませんでした。
他人に言われるまでもなく、皆さんいっぱいいっぱいまで頑張っていらしたであろうに…。
僕は何もできないことを本当に心苦しく思って、ブログの呼びかけだけでなくテレビを使ってもっと大掛かりに義捐金の呼びかけをしようと計画したこともありました。
しかし、結局それは行いませんでした。
口蹄疫問題の初期は、消毒薬の不足が最大の課題でこの時は全国から消毒薬や義捐金が集まりました。
もちろん、テレビで多くの家畜が殺処分される映像が流れた中期後期についても同じように義捐金が集まったことでしょう。
しかし、多くの家畜を埋めるための穴を掘る映像や現場の悲惨な状況を伝える報が流れるにつれて、宮崎の方への風評被害も広がったのです。
宮崎ナンバーだという理由だけでホテルの宿泊を断られたり、石を投げられるなんてことが、本当に、現実に起こっていました。
自分は宮崎に頻繁に出入りしていたから、そこかしこで消毒が行われていて宮崎の車が一番清潔であったことも、酪農家の皆さんがどんな思いで口蹄疫と戦っていたかも知っていたから、とても悲しくなりました。
自分の計画はこの風評被害を広げるだけで大した効果を得られないかもしれない…散々迷って、悩んで、計画を断念することにしました。
14日の夜に東京に帰ってから、比較的軽いと言われる東京の状況に驚きました。
池袋行のバスは復旧の見通し立たず、電車は半分以上が動いていません。
自分が到着した時間ではまだまだ明るいはずの新宿や池袋もシャッターを下ろしたお店が多く、人通りもいつもの3分の1以下。
翌日に向かった電気屋さんでは、乾電池や防災グッズが売り切れて、僅かに残った懐中電灯を求める長い列ができていました。
その足で向かったコンビニとスーパーでは、カップラーメンとお米などが売り切れ。
異常事態であることが肌で感じられました。
その中で自分のしたことは、知人の安否確認とテレビを見ることくらい。
節電と称して、部屋の中でダウンを来てエアコンは付けませんでした。
しかし、前のブログで書いた通り実家が古くて余震で倒壊してもおかしくありません。
だから、地震速報が気になってテレビは付けっぱなし。
節電になっているんだかいないのだか、まったく分からない状態です。
そんな生活が今日で三日目。
自分の中で出た結論は「このままではいけない」ということです。
節電をしてじっとしていれば、東京電力や自衛隊の方が原発問題をなんとかしてくれるかもしれない。
じっとしていれば、誰かが高速道路を直してくれて、物流が良くなるかもしれない。
じっとしていれば、工場で品物が生産されて、コンビニの商品棚も昔のように戻るかもしれない。
しかし、それはじっとしていたから良くなったのではなく、どこかで誰かが頑張ったり、体を張ったり無理をしたり…いつも以上の努力をして回復させているものであって、体の傷のように自然治癒するものではありません。
自分は待つタイプの人間ではないから、「思いと行動」で書いたように、それが間違っているか正しいかが分からなくても、自分のできることをしたい。
要は、宮崎にいた時と思いは変わりませんでした。
だから、これからもホールのイベントに参加するつもりです。
ただし、関東東北の電力不足の地域では数カ月に渡り御断りをさせていただき、関西、九州、四国地方のみにしたいと思っています。
東京で自分にできることは何なのかを考えました。
そして、それは「埋まらぬ思い」を少しでも埋めることなのではないかと思いました。
口蹄疫の時に、宮崎の方と隣県の方でさえ、その意識には天と地ほどの差がありました。
もちろん、人は同じものを見ても感じ方が違うから、同じ宮崎でもその精神が薄い方もいたでしょうし、隣県にも宮崎の苦労を分かってくれている人もいたでしょう。
ただ、一般的にはその距離が遠いほど、職種が違えば違うほど、意識の共有が難しくなります。
今回の地震の件にしても、津波の被害に合われた方と自分の実家のように内陸で家が損傷した人、大きな被害はなかったけれど東京で色々と不便を感じている人…みんな不安の内容や震災から立ち直ろうと言う意識が違うと思います。
まして、遠く西日本に住んでいたら、この地震に対しての危機意識がまだ低い人もいるでしょう。
自分は、ホールでマイクを使って話をさせてもらえる立場にあります。
また、ホールの方と話をして、募金や節電を呼び掛けることもできます。
その立場を使って自分がどんな不便をしているのかを説明し、義捐金を集める努力をすることが被災地に対して自分にできる仕事なのだと思います。
普段は募金をするタイミングを失っていても、自分が声をかけるのがきっかけになって、募金をしてくれる人がいると信じています。
自分が行くことで数千円でも数万円でも募金額が増えれば良いと考えています。
ライターの中にはイベントを自粛する人も多いようです。
自分のブログは、それを非難するわけではありません。
パチンコ関係の仕事は良くないイメージを持たれがちで、こういった場面で非難されることが多いです。
こういう時期だから大人しくしているのか、こういう時期だからこそ、活動するべきなのか…どちらが正しいか分からない中で、自分は活動するべきだと判断しただけです。
僕は、西日本に元気でいて欲しい。
めいっぱい仕事をして、遊んで、経済活動が活発になればなるほど、お金のめぐりが良くなって義捐金が増えると思っています。
東北、関東に気を使って西日本まで元気をなくしてしまったら、それこそ日本は大変なことになる。
ちなみに、関東のホールでイベントをしないのは「関東は元気にならなくていい」ということではありません。
関東は関東で被害を受けていたり、自分のように被災地に親族がいらっしゃる方も多いと思います。
余剰資金がある方もいるかと思いますが、これからお金がかかると思うので今回被害のなかった関西方面の方にお願いする方が本筋であると考えたからです。
また、関東の方は同じ地震の恐怖を味わっていますから、当日関東にいなかった自分が言うまでもなく高いチャリティーへの意識を持たれていることでしょう。
宮崎でイベントについてのブログを書いていると「不謹慎だ」「やるのは勝手だがブログでアップするのはやめろ」などの意見がありました。
自分の考えでは、「不謹慎だ」などと言っている場合ではありません。
これで幾ばくかでも義捐金が集まり、被災地の役に立つならそれ以上のことはないでしょう。
「やるのは勝手だがブログでアップするのはやめろ」と言うのは、見えなければ良いとは思わない、コソコソと告知も大義もなく安全な地方で仕事をするのはただ自分の都合だけを考えた仕事であり本意ではありません。
ブログで明示することでたくさんの人の集まってもらえば、たくさんの義捐金が集まる可能性があります。
…と言いたい。
それが被災地のために良いと信じて行動しています。
タイトルの「埋まらぬ思い」は被災して復興に向けて頑張りたい人と、その意識が薄い人のことだけではありません。
同じく被災地に対して何かしたい…と思っていても、その行動が節電のように控え目な生活になる人もいれば、何かイベントをとアクティブになる人もいる。
同じ目標を持っていても埋まらぬ思いを抱えながら、しかし、節電であっても義捐金であってもきっと被災地の役に立つはずです。
僕とこれを読まれている方には考え方の「埋まらぬ思い」があるかもしれません。
しかし、行動の規範は違っても目標は同じなので、いつか道が同じになると思ってみんなで頑張りましょう。