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FC 第一節「父、旅立つ」
第九話 誕生日プレゼントのワナ
<ロレントの街 地下水道>

シェラザードの依頼である目的物の回収を目指して地下水路を進んで行くエステル達。
ネズミ魔獣を倒した後は余裕たっぷりにズンズンと速足で歩いて行く。
先頭を行くヨシュアにも油断があったのかもしれない。
蛾の群れのような魔獣が突然アスカに向かって飛びかかって来る!

「きゃあああっ!」

驚いたアスカは真後ろを歩いていたシンジに飛びついた。
シンジはアスカに押し倒されるように床に倒れ込んだ。
頭を強く打ちつけて、シンジは気を失ってしまいそうになる。
しかし、シンジの意識を引きもどしたのはアスカの悲鳴だった。

「痛っ!」

蛾の群れの魔獣がアスカの背中を突いていた。
それに気が付いたシンジはアスカを抱き寄せると、自分と体の位置を入れ換えた。
自分の体を盾にしてアスカを守るシンジに、アスカは驚いて目を丸くする。
蛾の群れの魔獣がシンジの背中を突いているのだろう、シンジが苦痛に顔をゆがめた。

「シンジ!」

エステルが棒を振り回して蛾の群れを追い払おうとするが、なかなか上手くいかない。
ヨシュアは戦術オーブメントをかざして、アーツの詠唱を始める。

「こらっ、シンジから離れなさい!」

ヨシュアがアーツを詠唱している間も、エステルは魔獣に向かって武器である棒を振り回し続けていた。

「エステル、そこから離れて!」

ヨシュアに告げられて、エステルは慌てて飛び退いた。

「アクアブリード!」

ヨシュアの戦術オーブメントから水しぶきが上がり、蛾の群れに向かってほとばしった!
そのアーツの攻撃により、蛾の群れの魔獣は倒された。

「武器が当たりにくい魔獣が居るなんて」
「うん、だからアーツで攻撃した方が良い場合があるんだ」
「あたしもアーツが苦手なんて言ってられないか」

ヨシュアの言葉を聞いてエステルはため息をついた。

「シンジ、今回復するから」

アスカは水のアーツであるティアを詠唱してシンジの背中の傷を回復させた。

「ありがとう、ずいぶん楽になったよ。でも、アスカの服が汚れちゃったね」

床に倒れ込んで泥だらけになったアスカの服を見て、シンジはそうつぶやいた。
蛾の魔獣の攻撃によって裂かれてしまったのか、アスカの服の背中の部分は少しボロボロになってしまっている。

「別にこのぐらいたいした事無いわよ」

アスカは顔を赤くしてシンジを見つめた。
もっとアスカは悔しがると思っていたシンジは不思議に思った。

「それより、シンジの方こそ大丈夫?」

シンジの背中の傷は直ったが、強く床に打ちつけた後頭部はズキズキと痛んでいた。
アスカに聞かれたシンジは思わず自分の後頭部に手をやってしまった。
それに気が付いたアスカはシンジに近づいてシンジの後頭部に手を重ねる。

「ごめん、アタシが急に飛びついたせいで。シンジの事腰抜けって言えないわね」

そう言って舌を短く出して笑ったアスカの表情を見て、シンジは可愛いと思った。

「さあ、そろそろ行こうか」
「そうだよ、早く試験を終わらせてご飯を食べようよ」

ヨシュアとエステルに声をかけられて、アスカとシンジはパッと体を離す。

「まったくエステルってば、ご飯の事ばかりね」
「はは、そうだね」

アスカとシンジは照れたのをごまかすためにエステルにそうツッコミを入れた。
地下水道を進んで行ったエステル達は通路の突きあたりで古い木箱を見つけた。

「やった、箱を見つけたよ!」

予想外に早く目標物を見つけたエステルは喜びの声を上げた。

「罠や鍵はかかっていないみたいだ」

しかし、ヨシュアが箱を開けると、中に入っていたのはティアの薬が数個とセラスの薬だった。

「どうやら、依頼目標の小箱はこの箱の中には入っていないみたいだね」
「救急箱って書いてある」

木箱にかかれた文字をシンジが読み上げた。

「シェラ姉ったら、紛らわしいことしないでよ!」

怒ったアスカは木箱を思いっきり蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた木箱は壁に激突し、ふたの部分が外れて壊れてしまった。

「アスカ、多分あの箱は遊撃士試験を受ける人達のために代々用意された救急箱じゃないのかな?」

ヨシュアに指摘されて、アスカは顔を青くする。

「ええっ、壊しちゃったよ、どうしようシンジ?」
「素直に謝るしかないよ」
「そうだ、シンジが壊しちゃったことにしなさいよ!」
「ええっ、どうしてだよ」
「だって、シェラ姉もシンジならすぐに許してくれそうじゃない」
「僕は怒られ損じゃないか」

シンジはそう言って顔をふくれさせた。

「ばれた時の方が怖いよ」
「そうだよ、シェラ姉も鬼じゃないって」

ヨシュアとエステルにも諭されて、アスカは自分で謝る事を受け入れた。

「じゃあ、さっきの扉を開けて進むのかな」
「きっとそうだよ」

エステル達は行き止まりの通路を引きかえして鉄格子の扉に手を掛けるが、鍵が掛かっていて開かない。
ヨシュアとシンジは2人で何回も体当たりをするが、扉はびくともしなかった。

「じゃあ、残るはあの道しかないわね」

そう言って、アスカは後方に見える水道をまたぐ橋を指差した。
ヨシュアとシンジは早く言ってくれよと言わんばかりにアスカをにらみつけた。
扉に体当たりしたから肩が痛い。
エステル達は立ちはだかるネズミ魔獣と蛾の群れ魔獣を倒し、しっかりとした造りの大きめ木箱を見つけた。

「いかにもこれが目標の箱って感じだね!」
「アスカ、もう箱を壊したりしないでよ」
「解ってるわよ」

アスカは不機嫌そうな顔でシンジに答えた。
ヨシュアが箱を開けると、そこには4つの表面が綺麗に磨かれた小さな木箱が入っていた。
箱にはエステル、ヨシュア、アスカ、シンジの名前が書かれた貼り紙が貼られている。

「きっとこれはシェラ姉からあたし達へのプレゼントだよ」
「誕生日プレゼントだね、アスカ」

エステルとシンジは笑顔でそう言って箱を開けようとした。
しかし、アスカが叫んで注意を喚起する。

「待ちなさい、これはシェラ姉のワナよ!」

エステルとシンジは驚いてフタにかけていた手をひっこめた。

「アスカの言う通りだよ。依頼には目標の回収だけで、内容物の確認は含まれていないはずだよ」
「じゃあ、箱を開けたら……」
「多分、試験は不合格ね」
「危なかった~」

アスカの言葉を聞いて、エステルはホッとしたように胸に手をやって息を吐き出した。



<ロレントの街 遊撃士協会 ロレント支部>

地下水道からエステル達が外に出ると、ロレントの街はちょうどお昼時の様子だった。
エリッサの両親が経営する居酒屋アーベントにはランチの客が詰め掛けていた。
そんな人々の姿を羨ましそうに見つめるエステルを急かして4人は遊撃士協会に居るシェラザードの下へと向かうのだった。
シェラザードは4人がそれぞれ持ってきた小箱を丁寧に調べると、にやりと笑う。

「どうやら、開けた形跡はないみたいね」
「ふふん、ワナに引っかけようとしても無駄よ、アタシが居るんだからね」
(……僕もワナだと気が付いたんだけどな)

堂々と言い放つアスカを見て、ヨシュアはため息をついた。

「ほらアスカ、あの事を謝っちゃいなよ」
「分かってるわよ!」

シンジに言い返したアスカは、恐る恐るシェラザードに地下水道に置かれていた古い木箱を壊してしまった事を告げた。
すると、シェラザードはしてやったりとニヤリとした笑みを浮かべる。

「遊撃士協会の備品を壊してしまうなんて、褒められたものじゃないわね」

そう言うと、シェラザードはアスカの名前が書かれた貼り紙の貼られた小箱を手に取った。
アスカ達は不安そうにシェラザードを見つめた。

「それじゃあ、アスカだけは不合格だと言う事で。残念、1人だけ置いてきぼりになっちゃうわね~♪」

シェラザードがからかうように言うと、アスカはビクッと体を震わせ、目に涙を浮かべた。
その姿を見たシェラザードは慌ててアスカをなだめる。

「ア、アスカ、冗談だから! 私が悪かったわ、だから泣かないで!」
「別に泣いてなんかいないわよ!」

アスカは手で涙をふきながら、シェラザードに言い返した。

「……さあ、分かっているとは思うけど、その子箱の中身は私からあなた達へ渡すものよ」
「もう開けて良いの?」
「ええ」

エステルの問い掛けにシェラザードがうなずくと、エステル達は小箱を開けた。
中に入っていたのは準遊撃士の紋章だった。
表面には人々を守る象徴としての盾とコテが重なった準遊撃士のシンボル。
背面にはエステル・ブライト、ヨシュア・ブライト、アスカ・ブライト、シンジ・ブライトとそれぞれ名前が刻まれていた。

「あなた達を本日12:30を持って準遊撃士に任命します」

シェラザードがそう宣言すると、エステル達は笑顔になった。

「僕が遊撃士か……」
「信じられないよ」

ヨシュアとシンジは、ぼう然とした様子で手に持った準遊撃士の紋章を見つめていた。

「2人とも辛気臭いわね、もっと喜びなさいよ」
「そうそう、やったー、やっほーい!」
「エステルは喜び過ぎ」

アスカははしゃぐエステルにツッコミを入れた。
シェラザードはそんなエステル達を見て嬉しそうに微笑む。

「さて、お腹もすいたでしょう? 今日はアスカの誕生日だし、お姉さんがおごってあげるわよ♪」
「やったー」

シェラザードの言葉を聞いたエステルは飛び上がって喜んだ。

「おごるって言っても、《アーベント》のランチじゃない」
「まあそう言いなさんなって。私もそんなに稼いでいるわけじゃないんだから」
「アスカ、夜にご馳走にならない方が良いよ」
「そうね、シェラ姉って酔うと絡んで来るし」
「私が酒乱だって言いたいのかしら?」

シェラザードは少しむくれて否定しないエステル達をにらみつけた。
その後エステル達とシェラザードが《アーベント》でランチを食べていると、息を切らせたエリッサがエステル達の席にやって来る。

「大変よ!」
「……何があったの?」
「それがどうやら、ルックとパットが北の門から街の外へ出て行ってしまうのを、街の女の子が目撃してしまったらしいんです!」

シェラザードの質問に対するエリッサの答えを聞いたエステル達は驚きの声を上げる。
ルックはロレントの街で暮らす腕白小僧だ。
きっと同い年の少年パットを半ば強引に連れて行ったのだろう。

「街の外は魔獣が居て危険ですよ」
「ええ、早急に2人を見つけて連れ戻さなければならないわ!」

ヨシュアの言葉にシェラザードはうなずき、急いで外へと出て行った。
エステル達もあわてて後を追いかける。
見送ったエリッサはエステル達が無事にルックとパットを保護できる事を祈るのだった。
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