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  戦国異端記 作者:YAMASAN
27話における盗作では誠に申し訳ございませんでした。
私の認識が甘かったことを痛感しました。

できるだけ早く、正式な謝罪文と27話の差し替えをおこないますので少々お待ちいただきたいと思います。

本当に申し訳ございませんでした。




少々不謹慎ですが、この回はR-18のような過激な描写が出てきます。
嫌な方は飛ばし読みを推奨いたします。
29話 


 時間は半月前まで遡る。



 船から第一歩を踏み出す。
 自分の故郷に足を踏み入れたのは約一年ぶりのことだった。
 次に戻ってこれるのはいつのことだろうか。
 もうここに来ることは無いのかもしれない。
 そう思うと、たいしていい思い出があったわけでもない、むしろ悪い思い出のほうが多いこの故郷も感慨深いものに変わっていった。
 感慨深い? 僕が? まだそのようなことを考えることができることに自分自身で驚く。
 肺には船倉の火薬特有の臭いがこびりついていた。
 ゆっくりとゆっくりと肺に溜まった空気を吐き出し、新鮮な外気と入れ替えていく。
 潮風特有のネバッとした生暖かい空気であったが、贅沢はいっていられない。
 ここぞとばかりに精一杯胸を膨らませる。
 「何をしている! ちんたらするな。遊びに来たわけじゃあないんだぞ」
 先を歩く大男に怒号を浴びせられた。
 しまった。
 距離をかなり離されてしまった。
 追いつかなくては。
 先を歩く男はただでさえ歩幅が大きい。
 まだ体が成長しきっていない僕には追いつくことは一苦労だ。
 それでも縦にも大きく、横にも大きいため大人としては比較的歩くのは遅い。
 港の喧騒を縫うようにして走る。
 目標は目立つため、はぐれたり見失う心配は無い。
 そんなことより追いつくことが遅れて、鞭で打たれるほうがよほど怖い。
 せっかくあの狭い船の中から出てきたのだ。今日ぐらいは鞭に怯えることなく過ごしたい。
 できれば屋根のあるところで眠らせてくれればそれに越したことは無い。
 ドンッ!
 考え事をしながら走っていたため道行く人にぶつかってしまう。
 しかし、そんなことに構っていられない。わき目も振ることなく走る。
 「こらぁ、クソガキ!!! どこに目ぇつけてんだ!!!」
 僕の背中に向けてであろう罵声が飛んで来る。
 すいません。過去の僕なら謝っただろう。
 残念ながらそのような心の余裕は持ち合わせていない。
 最初はもっていたのかもしれないが、多分どこかに置き忘れてしまったのだろう。
 未来を捨てたのはいつからだろう。
 明日を考えなくなってからどれぐらいたっただろうか。
 今日を生きるということはそれほどまでに得難く困難だ。

 「このガキ。どれだけ迷惑をかければ気がすむんだ。貴様のような者は今日の飯を食えるだけありがたいと思えよ」
 頭上から罵声が飛んでくる。
 よかった。今日はご飯を抜かれることはなさそうだ。
 例え残飯同然のものだろうと。
 「ありがとうございます。ご主人様」
 僕は安堵と共にいいなれた言葉を口にする。
 「だが、その前に罰として鞭をうたなくてはな」 
 大男は青い目と分厚い唇を歪ませて小気味良さそうに顔を崩した。
 僕は落胆し、顔を暗くする。
 その反応に満足したのだろう。
 それ以上の罰は追加されることは無かった。

 宿屋は港町のはずれにあった。
 宿屋の人には最初から何かしらの連絡があったのだろう、すんなりと中に通してくれた。
 「この、たたみというのはいつ来ても慣れんな。いちいち靴を脱がなくてはいけないなどと野蛮な国なだけのことはある」
 忌々しそうに靴を脱ぎ捨てると青い目をした大男は畳の上に胡坐をかいた。
 「こんな辺境の戦争しかしない蛮族のところまで来なくてはならんとは」
 なら来なければいいのに。と思うがそのようなことはおくびにも出せない。
 「とっととやることを終わらせて植民地に帰りたいぜ」
 「ですが、今しばらく時間がかかると思いますよ。領主様に話を通さなくてはなりませんし」
 ギロッと男はこちらに青く大きい瞳を向ける。
 しまった。
 後悔したがもう遅い。
 「貴様っ! 口答えするきか! いい度胸だな。奴隷の分際で」
 僕は慌てて訂正する。
 「いえ……そのようなつもりは」
 男は嬉しそうな笑みを浮かべる。
 「そうだったな。先ほどの罰がまだだったな。服を脱いで背中を向けろ」
 有無を言わせぬ口調でそう告げる。
 僕は黙って言われたとおりにした。
 反抗したところで今以上に辛い罰が待っていることは明白だ。
 「ほら、猿轡だ」
 男は布を放り投げる。
 素直に従うことが最良だ。
 経験からの判断だ。
 せめて前の罰の傷がいえてからにしてもらいたかった。
 背中には何本もの鞭後と、最近できた新しい赤い痣が残っている。
 肌色の部分などかすかにしか残っていない。
 男はそのようなことお構いなしに輿に常備している奴隷用の鞭を取り出すと躊躇無く振り下ろした。
 「ングッ」
 くぐもった悲鳴が部屋に立ち込める。
 男は鞭を振るわせるたびに息を荒くしている。
 疲れているためではない。興奮しているのだ。
 意識を失ったほうが楽なのだが、男はそこは心得たもので意識を失わないギリギリのところで鞭を休ませる。
 男は容赦なく鞭を叩きつける。
 そのたびに僕の背中に赤いみみずばれのような傷が増えていく。
 「ガッ グッ ンンッ」
 猿轡の上から我慢できない悲鳴が漏れる。

 どれだけ我慢したのだろうか。
 限界寸前のところで拷問は終わった。
 僕はゆかに俯けに倒れていた。
 既に息も絶え絶えだ。
 男はそれを見ると満足そうにし、さらに息を荒くした。
 そして、そのまま下腹部をまさぐり一物を取り出した。
 凶悪なまでにそれは直立していた。
 デブッと突き出た腹の下にいきり立ったものがあった。
 僕の下半身をまさぐり、着物を脱がし無理やりねじ込もうとする。
 すでに抵抗する気力も無い。
 もしあったとしても抵抗はしないだろう。
 いつものことなのだ。
 後ろの穴に異物が入ってくる感触がする。
 ものすごく痛いが苦痛の悲鳴を上げる体力はもう残っていない。
 「猿ばっかりで文化も三流なこの国だが1つだけいいところがあるな」
 そういって僕の尻を優しくなでる。
 「脱がしやすいこの服だけはわが国も参考にする価値はあるな。すぐ挿入できる」
 「んっんっ」
 なすがままだ。
 「かわいい顔に産んでくれた両親に感謝するんだな。そうでなかったら貴様など鉱山送りぐらいしか使い物にならんだろう?」
 そういっている間にも男は容赦なく腰を動かした。
 「おいっ!何とか言えよ」
 男は全く反応のないぼくに嫌気がさしたのだろう。
 鞭でできた新しい傷跡をぐじぐじと指でかき回した。
 無理やりこじ開けられる傷口から血がたれているのが僕からでもわかる。
 「ぐっぐあっ」
 たまらず嗚咽が漏れる。
 「鉱山だけは勘弁してください。何でも望むようにいたします。ですから鉱山だけは」
 僕は必死に言葉をつむいだ。
 男はそれを聞いて満足したのだろう。
 「そうだっ! 貴様ら猿は白人様の言う事を聞いていればいいんだ」
 男は満足そうに溜まっていたものを僕の腹の中に放出していった。



 はぁ。はぁ。
 夜の闇の中をひたすら走る。
 周りは真っ暗で何も見えない。なので僕はひたすら前を走る背中を追った。
 だんだんと傾斜が激しくなる。
 足がもつれて転びそうになるのを何度もこらえながらひたすら走っていく。
 必死で走っているのだが前の背中に追いつくどころか離されていくばかりだ。
 このままでは捕まる。
 僕の頭に嫌な想像が浮かぶ。
 「あっ」
 思わず転んでしまう。
 前に石があったことに気がつかなかった。
 前にのめりこむように倒れてしまう。
 体が泥だらけになってしまう。
 置いてかれる。
 捕まってしまう。
 そう思うと自然と涙が出てきた。
 「ううっ うえっ ヒック ヒック」
 必死に涙を飲み込もうとするが、体は僕の言う事を聞いてくれない。
 嗚咽にも似た声が出てくる。
 「だいじょうぶ?」
 前を走っていたはずの、置いていかれたと思った少女がそこにはいた。
 「ああっ こんなに汚れちゃって。ほら、だいじょうぶ。ね?」
 そういって僕の体中にこびりついた泥を手で払ってくれる。
 「はしれる?」
 少女は手を差し伸べてくれる。
 「うん」
 勝手に出てくる涙をこらえながら少女の手をとる。
 「うん。おとこのこだ」
 そう言ってこんな状況でも少女は笑顔を向けてくる。

 ああっ そうだ。僕は子供のころからずっとこの笑顔に救われていたんだ。
 僕を救ってくれた笑顔。そしてこれからも僕を守ってくれるだろう笑顔。
 そう、このとき僕は幼いながらこの少女を守りたいと思っていた。
 

 僕の住んでいた村は小さな、そして平和な村だった。
 村の人は全員顔見知りだ。
 小さく、のどかの村だった。
 ここ以外では戦という恐ろしいことが起こっているらしかったが、ここではそんな心配は無用だった。
 よそ者もめったに来ないこの地ではそのようなことに巻き込まれるはずもない。
 僕はよくいじめられていた。
 村の僕と年の近いの子はみんな僕より背が高く体が大きかった。
 近い年の子はみんな僕より年が大きかったからだ。
 この村では僕が最年少だ。
 僕より小さい子はいるがその子はまだ2歳だ。一緒に遊ぶことはまだできない。
 年も大きく、体も大きい子に大勢で囲まれては何もできなかった。
 「戦ごっこしようぜ」
 含みを持った笑顔で誘われる。
 そういって誘われたときは最後にはいつも僕がボコボコにされてしまう。
 そしていつも助けてくれるのが彼女だった。
 「コラーッ 何やってんの!!!」
 「げぇ!!! ちぬの奴だ! みんなにげろー」
 そういっていじめっ子たちはみんな蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
 「この男女がー 今に見てろよー。たすけー、おまえもだー。女にばっかり助けられてそれでも玉ついてんのかー!」
 「男女と女男とおにあいだー」
 「ちぬとたすけはおにあいだー」
 いじめっ子たちは遠くから捨て台詞をはいていく。
 「うるさいぞ! お前ら。やるならかかってこい」
 ちぬと呼ばれた少女は威勢良く怒鳴った。
 「ほら、だいじょうぶ?」
 いつも通りそういって僕に手を差し伸べてくれた。
 ちぬは村一番の美人だ。
 僕より5歳年上だ。
 長い黒髪に肌は透き通るように白い。
 大きく切れ長の目は少女として不釣合いなものだったがそれは色気となって表れていた。
 庄屋の息子かどこぞの偉い人の側室にでもなるだろうというのが村の大人たちの意見だった。
 そんな子がなぜ僕をいつも助けてくれるのかはわからない。
 たぶんいじめが許せないんだろう。
 「かえろう」
 そういってくれた。
 僕は差し出された手をつかんだ。
 夕日の中を2人で歩いていく。
 「わたし隣町の庄屋の息子に結婚を申し込まれたんだ」
 ちぬは突然切り出した。
 「へぇ、隣町ってあの大きな蔵のある?」
 「そうよ」
 周囲が暗くなってきているからだろう。ちぬの顔が暗くなっているように見える。
 「受けるの?」
 寂しくなっちゃうなぁと思いながら質問する。
 「いやよ。あそこの息子、女ったらしだもの。隣町の女の子なら見境なしなんだって。
 それにわたし、普通の生活がいいんだ。貧乏でも、好きな人と畑を耕して、ゆっくり暮らしたいんだ。
 あっ こどももたくさん欲しいな」
 僕は何を言っているのかよくわからず不思議そうにちぬの顔を見上げた。
 「まだ早すぎたか。君がもっと大きければいいのにね」
 そう言ってちぬは少し悲しそうな顔をした。
 「すぐ大きくなるよ。去年はたくさん身長が延びたんだよ」
 僕はちぬを勇気付けようと口にする。
 ちぬはフフッと笑うと小さな声でそういうことじゃないんだよなぁと呟き
 「期待してるぞ」
 と言ってくれた。
 「うん」
 僕は精一杯大きな声で明るく答えた。
 「わたし、待ってるから」
 ちぬは再びそう呟いた。


 ちぬはどこかのお金を持っている偉い人に嫁いで幸せな生活を送るだろう。
 僕はたぶん父の跡を継いで農地を耕して暮らす。
 少し寂しいけどそういうものだと思っていた。それでいいと思っていた。
 このときは。このときまでは。


 それからしばらくは何も変化の無い生活だった。
 最初は大人たちがする噂話からだった。
 「近くで戦が起こるらしい」
 詳しくはわからないが、戦は怖いものという認識はあった。
 「この村は大丈夫だろ。とる物も無い小さな村だ」
 笑い話にもならず、だんだんこの噂は人々の頭から忘れ去られていった。
 
 次が起こったときには既に手遅れだった。 
 村に大量の兵が押し寄せてきた。
 いや、僕は兵といえばもっと綺麗なものを着て、威厳のあるものだと思っていた。
 しかし村に来たのは山賊と間違えるほど恐ろしい風貌をしたものたちだった。
 村の大人たちは僕たち子供を先に逃がしてくれた。
 一緒に逃げてきた子供は他にもたくさんいた。
 今は僕とちぬの2人だけだ。
 村がどうなったのかはわからない。
 後ろで煙を上げているのは多分村だろう。
 
 最初はわざわざ僕たちなんかを追いかけてくることはないと思っていた。
 しかし何度か怒声が聞こえてそんな考えは甘いものだとわかった。
 僕たちは必死に走った。
 走り続けた。
 しかしこどもの足だ。だんだんゆっくりになっていく。
 走りが駆け足に変わり、歩きになり、最後にはその場から一歩も動けなくなってしまった。
 僕だけではない、ちぬも既に肩で息をしていて次の一歩を踏み出すこともできなさそうだった。
 僕は最後の力をふりしぼり、近くに手ごろに隠れることができそうな木のうろを見つけた。
 その中に入ると、2人ともヘタリとその場に座り込んでしまった。
 もう歩くこともできない。
 「ここまで来ればだいじょうぶだよね?」
 僕は不安からくる恐怖を考えないようにする。
 「ええ。だいじょうぶよ。きっともうあきらめたわ」
 「そうだよね。村のみんなだいじょうぶかな?」
 「きっとだいじょうぶよ。明日には私たちを探しに来てくれるわ」
 そういってちぬは僕の頭を抱きかかえてくれた。
 かすかに震えているのが着物ごしからわかる。
 僕も抱きしめ返す。
 怖いのはみんな一緒だ。
 きっとだいじょうぶ。明日には何も変哲の無い生活が待っている。そう自分に言い聞かせて深い闇に落ちていった。
 
 「起きて。起きて」
 誰かが僕を起こそうとする。
 「ん、んんっ」
 体を起こそうとすると体中に痛みがはしった。
 「ここどこ?」
 「わたしよ。ちぬよ。わかる?」
 僕は昨日何が起こったか改めて理解した。
 確か村に兵隊が押し寄せて、村はたぶん燃えていて、何とか僕たちだけ逃げることができたんだ。
 僕は昨日を思い出してブルッと体を振るわせた。
 「だいじょうぶ。もうだいじょうぶよ。
 ほら、聞こえるでしょ。村の大人たちが迎えに来てくれたのよ」
 そういってちぬは耳に手を添える。
 僕も同じように耳をすまして、手を添えた。
 かすかに声が聞こえる。
 「おーい。もうだいじょうぶだよー。兵たちはかえっていったぞー。
 でてこーい。どこにいるんだー。あとはおまえたちだけだぞー」
 本当にかすかであるがうっすらと聞き取れる。
 村からの迎えだ。
 よかった。みんな無事だったんだ。
 「やった。これで帰れるね」
 僕は喜び飛び跳ねながら言う。
 「そうよ。本当に良かった。よかった」
 ちぬはへなへなとその場に崩れ落ちた。
 安心して気が抜けたのだろう。
 「早く行こう。僕たちに気づかないで行っちゃうかもしれない」
 僕ははやる心のままにせかすように言う。
 「そうね。早く行きましょう」
 ちぬは起き上がり、笑顔を見せて振り向いた。
 本当に良かった。わき目も振らずに走ってきたから僕道わからなかったんだ。実は私も。
 というような他愛も無い会話をしながらかすかに聞こえる声を頼りに山道を下っていく。
 だんだんと僕たちを呼ぶ声が大きくなっていく。
 はっきり聞こえるくらいになると僕たちは声を張り上げた。
 「ここよー。わたしたちはここにいるわー」
 「とおちゃーん。かあちゃーん。」
 精一杯おなかから声を出す。
 「おおっ!!! いたぞ、生き残りがいたぞ!!!」
 そんな驚いたような声が聞こえた後、再び声が返ってきた。
 「どこだー! どこにいるー!!! 無事なのかー? ででこーい! でてきてくれー。
 あとはお前たちだけだぞー。ここまで来てくれー」
 とおおぜいの人が僕たちの声に答えてくれた。
 再びその声を頼りに僕たちは声の主を探していく。
 「おーい。ここだよー」
 そういいながら見通しの悪い山道を必死に探していく。
 声が近くなって来ると少し開けたところに出た。
 見通しもいい。
 「おーい。おーい」
 僕は必死に叫んだ。隣にいるちぬも同じように叫ぶ。
 「やっと出てきたか」
 そう声が聞こえた。
 「え?」
 と僕は声のした方角のほうに顔を向けなおす。
 そこには村人ではなく、昨日村を襲った兵隊たちがいた。
 皆一様に派手な着物を着込んでいる。赤や黄などをたくさん使ったものだ。
 鉢巻をしているものや、腰巻をしているもの、着物をわざと着崩しているものまでいる。
 そしてその背後には昨日村から一緒に逃げてきて、途中で僕たちとはぐれたはずの村のこどもたちが縄でくくられていた。
 「やっと、でてきたか」
 一番偉い人だろう。頭に赤い布を巻いていて、着物の片方をずらしている男が出てきた。
 「このガキが。てこずらせやがって。これもそれもおめぇらの対応の悪さがいけねぇ」
 部下をかき分けて出てきた男は近くにいた男に八つ当たりをした。
 「へい。ですがこの作戦ばっちりでしたでしょ。所詮はガキ。ノコノコとでてきやしたぜ。
 あっしがこれを思いついたことを忘れないようにおねげぇしやすぜ。頭領」
 「ばかが。おまえらが手間取らなけりゃあもっと手早くすんだんだ」
 頭領と呼ばれた赤い鉢巻をしている男は部下を小突いた。
 「おまえら、こんなガキ2人、とっとと捕まえちまえ」
 頭領は指示を出した。
 周りにいる兵が一斉に武器を構え、僕たちを睨みつける。
 僕は震える足を叩きつけた。
 隣でペタンッと尻餅をついて泣きそうになっているちぬの手をつかみ元来た道を走り出した。
 罠だった。
 殺される。
 わかったことはこれだけだった。
 父ちゃんや母ちゃんがどうなったか、村のみんなはどうなったのか。
 つかまってしまった子供たちはどうなってしまうのか。
 次々沸いてくる不安と恐怖を飲み込み、ただひたすらに足を動かした。
 しかし、所詮は10にも満たないこどもの足である。
 すぐに周りは塀に囲まれてしまった。
 僕は必死に抵抗した。
 武器も何も持っていないが、大声を上げて手足をばたばたと動かし、捕まるまい、殺されるまいと反抗を試みた。
 ちぬを守らなくては。
 その思いで一杯だった。
 「うるせぇ、ガキ」
 ゴンッと音がした。
 頭に鈍い感触がし、意識が遠くなっていくのを感じた。

 「おい、こいつらやっちゃっていいよな?」
 「おいおい。まずいって。頭領から止められてるだろう」
 「いいって、いいって。ばれりゃあしないさ。これは俺たちの戦利品なんだろう?なんも問題ないさ
 今なら男だってかまやぁしないさ」
 「お前……衆道の気があったのか」
 「いやいや……普段は無いさ。坊主じゃああるめぇし。しかしこうも溜まってくるとな」
 「まぁ。気持ちはわかるさ」
 「おっ! 兄弟話せるな」
 「俺もおこぼれに預からせてもらうとするかね」
 だんだんと意識がはっきりしてくる。
 うっすらと目を開けると着物をたくし上げようとしている男の姿が一番に目に入った。
 「選り取りみどりだ。どいつにしようかなぁ」
 そういいながら男は1人1人無遠慮に物色していく。
 どうやらここは小さな小屋のようなところだった。
 その狭い中に大勢が押し込められている。僕の村の人もいれば全然知らない人もいる。
 そうだ!!! ちぬは、ちぬはどうなった。
 僕はガバッと跳ね起きた。
 「よかった。気がついた」
 目の前にちぬが飛び込んでくる。
 「本当に良かった」
 目には涙が溜まっている。
 「おっとうとおっかあは? どこ?」
 「ごめんなさい。探したのだけどここにはいないみたい。わたしの両親も……」
 目の涙を拭いながらちぬは答えてくれる。
 「おいっ そこっ うるせぇぞ」
 そういってさっきまで物色していた男がこっちに向かって肩を揺らしながら歩いて来た。
 「このガキどもっ!!! 少しはおとなしくできねぇのか」
 そういって男は拳を振り上げた。
 「おっ! こいつぁ。田舎者ばっかりで、芋くせぇ奴としょんべんクセェやつしかいないと思っていたがこいつは……なかなか……いや、上玉じゃねぇか」
 そういって男はちぬのあごを乱暴に持ち上げ、下種な表情を浮かべる。
 「へへっ こいつはいいやぁ。おいっ! こいつはどうだ?」
 「おおっ! いいの見つけたなぁ。俺はこいつにするぜ」
 そういいながらもう1人の男は女の髪を引っ張りあげる。
 「いたいっ!!! お願い助けてっ。なんでもする。何でもするから命だけは」
 「姉ちゃん。よくわかってんじゃねぇか。なーにおとなしくしてれば命ばっかりは助けてやるさ。
 おめぇも気持ちよくしてやるよ」
 もう1人の男は嬉しそうに腰の辺りをモゾモゾとさせた。
 「きがはええなぁ。まぁいいか、俺もこっちでお楽しみといくか」
 男はちぬの腕を引っ張り連れて行こうとする。
 「いやっ!!! やめてっ! はなして!!!」
 させるもんか!
 僕は男に掴みかかろうとしたが、縄で両手がふさがれていることに今更ながら気づいた。
 思うように動きがとれない。
 ガブッ
 僕は必死に体を動かして男の腕に噛み付いた。
 「なんだっ! こいつっ! ちくしょー。離せよ。このガキッ」
 「ふぁなぁふふぁんが」
 噛み付いたまま声を上げる。
 「生意気なガキめっ 身の程を教えてやる」
 男は空いているほうの手で剣を取り、手を振り上げた。
 そのまま振り下ろされるかに見えたときギィィィっと扉が開く音がした。
 「騒がしいな。何をしている?」
 新しい男が小屋に入ってきた。
 「お、お頭……これはその……」
 さっきまで威勢が良かった男たちがしどろもどろになっている。
 「そう、あれです。こいつらがおとなしくしないので少し躾けてやろうと思いまして」
 僕が噛み付いていた男が必死に言い訳をする。
 お頭と呼ばれた赤い鉢巻の男はジロッジロッと2人の男を交互に見る。
 たぶん一番偉い人なのだろう。
 「ほう、お前らの躾けとやらは女限定なのか?」 
 「へへっ」
 男たちは追従の笑みを浮かべた。
 「お前ら、大事な商品に手をつけようとするとは何事だっ!!! 少し外に出て頭を冷やして来い」
 「お頭。それは誤解ですぜ」
 「もういい。わかったから外に出てろ。少し用があるから出てろ」
 お頭は真に受けることなくしっしっと手を振って退出を促した。
 2人の男はしぶしぶちぬともう1人の女を放して小屋から出て行った。
 「おいっ! 入って来い」
 お頭は外に向けて言い放つ。
 呼ばれて出てきたのは背の小さい小太りの男だった。
 「あっしに用ですかい? 肩もみでも何でもいたしますぞ」
 もみ手をしながら追従の笑みを浮かべている。
 「あいつはっ」
 ちぬは驚きの声を上げる。まさかっいいえ、いくらあいつでもそこまではっ。
 「知り合いなの?」
 僕はちぬに質問する。
 「ごめんっ。後から説明するからお願い。私を隠して」
 ちぬは僕の後ろに隠れる。
 「お前の言っていた女はここにいるのか?」
 「へいっ。拝見させてもらいやす」
 男はもみ手と愛想笑いをしながら1人1人丹念に顔を確認していた。
 腰を低くしたままジロジロと目を動かしていく。
 ゆっくりとこちらの方に近づいてくる。
 僕の前に来るとそこでピタリと止まった。
 背中越しにちぬが震えているのがわかる。
 「そこの女、こっちへ出て来い」
 男はさっきまでとはうってかわって、居丈高な口調で命令する。
 「いたのか?」
 赤い鉢巻を巻いた男はたいげそうに尋ねる。
 「いえ、この小僧の後ろにいる女の顔がみえねぇもんでして。はい……」
 はぁ。鉢巻の男は深くため息をついた。
 「今は悪いようにはしねぇからでてこい。確認だけだ。な」
 僕の後ろで震えているちぬはそのようなこと聞こえていないようだった。
 「み、みのがしてください」
 僕は勇気を振り絞る。
 「あぁ? てめぇには聞いてないんだが」
 ものすごい目で僕をにらめつける。
 「俺はてめぇの後ろにいる姉ちゃんに話しているんだが。
 優しく聞いてやってるうちに、な。俺はお前らを手荒に扱おうっていうんじゃない。
 むしろ丁重に扱っているほうだ」
 そう言って鉢巻の男は刀を抜いた。
 トンットンッと手持ち無沙汰に肩に刀のみねを置く。
 ちぬはおずおずと僕の背中からでてくる。
 それでも震えているし、僕の服から手を離さない。
 「こいつです。間違いありません」
 小太りの男がちぬを指差す。
 「ほう。ではこれで全員というところか」
 刀を見つめながら鉢巻の男は確認する。
 「へい。たぶん。それで約束のほうは?」
 「約束? なんのことだ?」
 鉢巻の男はつまらなそうに相手をしている。
 「そんな!? 旦那。忘れてもらっちゃあ困りますぜ。
 私のところの村と隣の村を全員差し出したらこの女を貰ってもいい。そう約束したはずですぜ」
 小太りの男は形相を変える。
 「ああ、全員差し出したら。な。
 逃げられたじゃあないか。少なくともこいつらを探し出したのは俺の部下だ」
 「そいつはねぇですぜ。ちゃんと隣の村まで案内までしたっていうのに」
 「うるさいやつだな。おい、入って来い」
 外に出ていた男たちが頭領の声を聞いて入ってきた。
 「なんかありました?」
 「こいつを縛れ。少々手荒にしてもかまわん」
 「いいんですか?」
 「まぁ、どうせこいつは二束三文ぐらいしかならなさそうだしな。
 ただしこいつと違ってガキと女は高く売れる。丁重に扱えよ」
 頭領は部下をにらみつけた。
 先ほどのことがあった負い目だろう。部下たちは罰の悪そうな顔をする。
 「へへっ じゃあこいつも縛って放り込んでおきやすね」
 そういって小太りの男を縛り上げようとする。
 「何をする!? 私は村で一番の地主だぞ。こんなこと許されるはずが無い。
 父に、父に言いつけてやる! ここら辺を支配する大名にもあったことあるんだぞ。
 お前らのような奴はすぐに捕まるさ。ざまぁみろ」
 小太りの男はひたすらに暴れている。
 鉢巻の男は吐き捨てるように言った後出て行った。
 「おまえの父ならあまりにもうるさかったから切ったよ。
 あと今回のこれの命令はその大名様とやらさ。ここら辺は近く戦争になるらしいからそれなら有効活用しようというわけさ。
 運が無かったな」
 


 場面は変わる。
 


 男は目を血走らせていた。
 「え? かわいがってほしいんだろ?」
 はぁはぁと声が出るくらい息が荒くなっている。
 眼下には尻で後ずさるよく知っている顔がある。
 ちぬだ。
 男は卑猥な形に似たランプを高く高く掲げた。
 船倉は暗いため、人の顔は良く見えない。
 やはり上玉だ。 
 男は舌なめずりをする。
 乱れた黒髪と細い肌に吸い付くような着物である。
 肩はあらわに露出され、ランプに照らされて青く光っている。
 雪のような白い肌にランプの明かりが注ぐ。
 「ほら、かわいがってほしいんだろ。いってみな。私をかわいがってください。おいしく頂いてくださいって」
 そういった後、ゲラゲラゲラと笑う。
 ちぬは答えなかった。
 何を言っているのかわからないからだ。もちろん僕にも理解できない。
 ちぬは円らな瞳に困惑の色をのぞかせながら後ずさるだけだった。
 へへっ そそりやがるっ きっと生娘なんだろっ
 言葉が通じてないことは男も承知なのだろう。さっきから盛んに呟いている。
 「ほら、いってみ。アントニオ様に初めてをささげたかったんです。私の膜はアントニオ様にとっておいたのです」
 たまんねぇぜ。男は自分の言葉に酔いしれながら涎を拭う。
 もちろん僕には言葉などわからない。
 わかるのはずっと後のこと、僕がポルトガル語をある程度しゃべれるようになってからだった。
 しかし、今この男が何をしようとしているのかはわかる。
 それぐらい明白だった。
 
 僕が捕まった後につれてこられたのは船だった。
 異人の船、異人、鬼のような顔をした全く違う人間に僕たちは売られた。
 火薬と交換に。

 異人の男は腹に樽ほどの脂肪を抱えている。
 頭は卵のようにつるつるで禿げ上がり、油によってテカテカと光っている。
 唯一の若かりしころの名残である髪は後頭部に少し残る程度である。
 腕も足もぶくぶくに超え太り、動かすのも億劫そうである。
 ピシッとしている服が余計に滑稽さをかもし出している。
 誰がこのような中年男に初めてをささげたいと思うだろうか。
 
 男はそれぐらいわかっていた。
 人一倍外見にコンプレックスを抱いていた。
 まともに望んで、望んだままを得られるとは思っていない。
 だからこのような植民地くんだりのさらに奥の辺境までわざわざ人を買いに来ているのだ。
 植民地にさえ来ればポルトガル人にかなわない望みは無いといっていい。
 男もそれを望んできたのだった。
 どうせこいつらのなかで本国、ヨーロッパまで生き残るのは半分もいない。
 ならつまみ食いしても構わない。なーに、みんなやっている。
 役得という奴だ。
 
 15世紀以来ポルトガル王国は拡大の一途をたどっていた。
 航海王子と呼ばれるエンリケ王子は多くの航海者を育てた。
 1488年にアフリカ大陸最南端からインド洋に航海する道を見つけたことにより、ヴェネツィア共和国により独占されていた香料を仕入れることに成功する。
 得た利益によりさらに各地に植民地の拠点を築き上げた。
 海外各地を植民地支配し、交易体制を築きあげた。
 ポルトガル海上帝国の誕生である。

 日本に最初にやってきたのはキリスト教だった。
 宣教師の次にやってきたのは人買い、奴隷商人だった。
 奴隷商人と普通の商人はみわける事ができない。同時に両方経営していることが普通だ。
 奴隷といっても勝手に他の国の人をさらっていくわけではない。
 そのようなことは稀だった。
 その国の指導者と友好関係を築き、穏便に商品を受け取るだけだ。
 男なら奴隷として鉱山かどこかに売り払う。
 女なら、淫売屋に放り込むか、買い手がつけばどこかの家にメイドとして送り出す。
 家畜のように手縄をかけ、連れて行く道中に、男は荷物運搬として酷使される。
 それが女となれば味見を楽しむ権利も奴隷商人には当然の権利だった。
 これが後300年も続くヨーロッパの植民地政策の実態だった。

 「だからやめられねぇ」
 この土地はポルトガル人であるというだけで人としての格が1段も2段も上がった。
 原住民を見下しながら、本国では王侯貴族しかできないような特権を享受することができた。
 
 「ひへっひへっ たまんねぇぜ」
 下腹部に溜まったものから心地よい痺れを受ける。
 周りから嗚咽がこぼれている。
 すすり泣くものもいる。
 別にわざわざ船倉でこのようなことをすることはない。
 別の部屋には暖かいベッドとワインが置いてある。
 アントニオという男の完全な趣味だった。
 一番の器量良しを他の女のすすり声というスパイスを聞きながら味わうことが最高の贅沢だと心得ていた。

 「どうだ? え? 見るのは初めてか?」
 アントニオは前をはだけて自分の物をさらけ出した。
 ちぬは涙目になりながらさっと顔を伏せる。
 男はそれをみていっそう陵辱心を駆り立てられる。
 「どうなんだ? いってみろ? え?」
 太鼓腹の下についた露なものをちぬの頭の上に迫らせた。
 「ひへっひへっ ほしいんだろ? これが、え? このアントニオ様の大きなものが欲しいといってみな。
 遠慮することは無いさ。周りの皆も見てくれている。お前だけじゃない。これからもう2、3人は試したいからな」
 涎を手の甲で拭う。
 へへっ まだ少女だ。
 あそこの毛は生えているのか? いや、案外剛毛かもしれない。
 いやいやいや、全く無いかもしれない。うん。きっとそうだ。
 この航海中は2、3人綺麗どころを見繕ってずっと俺に奉仕させてやろうか。
 口もいいし、膣でもいい。
 なーに、時間はたっぷりあるさ。ゆっくり楽しもう。
 「へへっ ちょっと見せてみな。だいじょうぶ。だいじょうぶ。何も怖いことは無い。
 ちょっと確認するだけだから」
 下卑た笑いと共に太い指がちぬの股に侵入する。
 「いやっ」
 ちぬは精一杯声を張り上げ、必死に抵抗するが2倍も3倍も大きい男の力にかなうはずも無い。
 やすやすと侵入を許してしまう。
 剛毛だ。
 こんなかわいい顔をして。へへっ。
 男はまた別の快感を得る。
 「ひへっ ひへっ ほーら、じゃあ本番だ」
 アントニオは自分の股間のものをわざとちぬの顔の前にもって言った後、下のほうに下ろしていく。
 ちぬは精一杯の抵抗を示すが、抑え付けられているからどうにもならない。
 鮮血が弾ける。
 「おおっ なかなか使い心地がいい。誇っていいぞ。俺のもので初めてを迎えられるからな」
 げへげへ笑いながら男は腰を振っていた。
 


 僕は眠りから跳ね起きた。
 嫌な夢を見た。
 僕は、僕は何もできなかった
 いつぶりだろうかこの夢は。懐かしい地に帰ってきたからだろうか。 
 嫌な汗をかいている。服も下に敷いている藁もびっしょりだ。
 あの後ちぬがどうなったかはわからない。
 事が終わった後、他の2,3人の女と共に連れて行かれてそれっきり合うことは無かった。
 僕は鉱山に売られた後、必死にポルトガル語を勉強し、今のご主人様にそれを見込まれて買われる事となった。

 「おい、お前何してる。早く準備しろ」
 叩き起こされる。
 「はい……」
 寝ぼけた目をこすりながら答える。
 「主人より遅いとはいい度胸だ。いつもなら罰を与えるところだが……」
 気味の悪い笑顔を顔いっぱいにした。
 「だが今日は機嫌がいい。早く支度しろ。港に行くぞ」
 
 この地方を治める大名からいつもより早く品の受け渡しをするとの連絡があったらしい。
 僕は急いでご主人様の後を追う。


 「この分だと早く帰れそうだな」
 満足そうにご主人様は呟いた。
 今日はかなり機嫌が良い。
 「とっとと受け取って早く帰りたい。お前もそう思うだろ?」
 そういって僕のほうを向く。
 「はい」
 とりあえずのおざなりの同意を口にする。
 「うん。うん。お前もそう思うか」
 相当機嫌がいいのだろう。
 自分の太鼓腹をバチンッバチンッと叩きながら僕に話しかけてくる。
 普段は用を言いつけるときと罰を考え付いたときしか僕に話しかけることは無いのに……
 すぐに品の引渡し人だろう男が現れた。
 「待たせたな。品もすぐつくはずだ」
 僕は通訳してご主人様に伝える。もちろんもっと優しい言葉には修正している。
 「それは、それは。忙しいところすみませんね。こちらも今回はたっぷりと火薬を用意しております。
 見ていかれますか?」
 これはご主人様。商売だと口調が変わるのもいつものことだ。
 「うむ。そうだな。先に見ておこうか」
 「了解しました。今運ばせます」
 愛想笑いを顔に浮かべている。

 水夫たちが火薬の入った樽を持ってくる。
 その数は相当なものだった。
 「うむ。それでは」
 そういって男は樽の1つを開けて中を確認する。
 「うむ。確かに」
 男はそういって頷いた。
 「あの、それでは私どもも品を確認したいのですが」
 ご主人様がいうのを通訳して男に伝える。
 「ああ、そうだったな。すぐ来るだろう」
 
 そういったとおりすぐに品はやってきた。
 手に縄をかけられた人人人、大勢過ぎてどれだけいるのかわからない。
 「ほう、これはまた集めましたね」
 感心してご主人様は頷く。
 「今回は多くの火薬がほしかったからな。量だけじゃなく質も良いぞ。
 こいつなんてどうだ? まだ若いぞ。いくらでも働ける」
 そういって男は僕とそう年の変わらない子を指す。
 僕より薄汚れた服を着て、腕も細い。触れれば折れてしまいそうなぐらいだ。
 「女はいるんでしょうね?」
 「もちろん揃えたさ。今回は若いのが多い。それと丈夫だ。長い航海でも耐えられるぞ」
 「種類は多いほうがこちらとしても嬉しい。いつも通り1樽50人でよろしいですか?」
 「うむ。そのつもりだ」
 「わかりました。また次回もよろしくお願いしますね」
 ご主人様はそういうと水夫に命令する。
 「おい、こいつらを連れて行け。いつも通り船倉に閉じ込めておけ。決して逃がすなよ」
 「旦那様」
 水夫は確認するようにご主人様に伺いを立てる。
 「わかっとる。わかっとる。この後で選別をする。いいか? いつも通りわしが最初だぞ」
 水夫たちはそれを聞くと嬉しそうにはしゃいだ。
 選別と呼ばれる一種のこの船の儀式だった。
 船には女性を乗せる習慣は無い。
 船乗りに女というのは縁起が良くないとされている。
 それでは今買った女はどうなのか?
 今買ったのは女ではない、いやそれ以前に人ではない。商品なのだ。
 長旅をしてきた水夫にとって女にありつける機会は大変限られている。
 商品を仕入れた後は貴重なその機会となる。
 僕が買われた時と同じように。


 火薬も運び終わり、奴隷という商品も運び入れた。
 後は出航を待つばかりとなった。
 その時、ちょうど周りがばたばたと忙しくなった。
 どうも戦が近くに起こるらしい。
 もっともそれは最初からわかっていたことだった。
 戦があるから僕たちはここにいるのだ。
 事前に情報を掴んでいたため、火薬をいつもより多く運び込むこととなったのだ。
 しかし、なにやらあわただしい雰囲気というだけで、ただの通訳の僕には何が起こっているのか全くわからなかった。
 「積荷は全部のせたな。ならぐずぐずするな。早く出航しろ」
 ご主人様の怒号が飛ぶが、急な出航のため他の水夫たちの足並みは揃わない。
 「くそっ。変な因縁をつけられるのはごめんだぞ」
 その場をウロウロと行ったりきたりしている。
 いったい何が起こっているのだろう。
 と疑問に首をかしげる。
 と、1人の若い男が大勢を伴ってこちらにやってくるのが見えた。
 僕と同じくらいの年齢だろうか?
 ずいぶんと若いのに、その格好は高貴なものだった。
 僕には一生縁の無い世界だ。
 「ここか?」
 「はい。そうですが…… いったい何をするおつもりで?」
 若い男の堂々とした態度に相反して案内している年を取った男はオドオドしている。
 「おい。そこのお前! この船の所有者だな。中を見るぞ」 
 若い男はご主人様に有無を言わせぬ口調で迫った。
 「いや、それは、ちょっと……」
 ご主人様は愛想笑いともみ手を崩さなかったが、内心は頭にきているはずだ。
 頭に青筋が浮かんでいる。
 「まぁなんといわれようと勝手に入るんだけどね」
 そういって若い男はズンズンと勝手に中に入っていった。
 ご主人様は必死に止めようとするが後ろに伴われてきた男たちに阻まれてしまう。
 「あー、やっぱりか」
 若い男はいつの間にか船倉への扉を開け勝手に中を覗き込んでいた。
 その若い男に伴われてきた多くの男たちは中を見て絶句している。
 中には奴隷が所狭しと敷き詰められているはずだ。
 手には縄をかけられ、着るものも満足ではない。
 若い男は表面上は涼しげな表情を崩さない。
 「おい。切れ」
 若い男は端的に言い放った。
 それを受けた老人といってもよいほどの年齢の男がすぐさま命令を出す。
 すぐに命令どおり水夫の1人が切られた。
 「ひぃっ」
 ご主人様が突然のことに驚いて悲鳴を上げた。
 さっきまで平静だった若い男がピクリと眉を上げた。
 「俺は切れといったぞ」
 「ですから、水夫を1人切ったまでです」
 平然と老齢の男は答える。
 「そのような木っ端な者な者などいくら切ったところで」
 声に怒りがこもっている。
 「お望みとあればもう1人切りますが」
 「俺はあいつを切れといったのだ。あいつを」
 若い男はご主人様のことを指差した。
 「そのような人手は余っておりません」
 「んなバカな。ああ、もういい。わかった。全員捕らえろ。一人も逃がすな。
 あと繋がれている人たちを開放した後、事情を聞いておけ。すぐに上の判断を仰ぐ」
 「御賢明な判断。感謝します」
 「ふんっ」
 若い男はそのまま僕のほうに向かって歩いてきた。
 「ん? お前は? 日本人か?」
 僕に気づき声をかけてきた。
 日本人? 何のことだろう?
 「すみません。何のことでしょう?」
 「ほう。日本語ができるのか? 中国人? というわけでもなさそうだな。
 お前、いったいここで何をしている?」
 「僕ですか? 僕はご主人様に通訳として買われただけです」
 「ご主人様というとあいつか?」
 若い男はご主人様を指差す。
 ご主人様はちょうど縄をかけられているところだった。
 「はい」
 「そうか。通訳といったな。ポルトガル語ができるのか?」  
 「はい。必死に勉強しましたから」
 ほうっと若い男は感心したように頷いた。
 ご主人様に買われなかったら今でも鉱山にいただろう。
 死んでいただろう。
 「これから行くあてがあるのか? もしないのなら一緒に来るか?
 今回のことでいろいろ聞きたいこともある」
 ご主人様がとらえられた今となってはもちろん行く当てなど無い。
 「はい。お願いします」
 僕は二つ返事で答えた。
 いったい何ものなのだろう。
 「失礼ですがお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 若い男はぶっきらぼうにそういった。

 「宇喜多、宇喜多秀家だ」
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