キョーメーションケアによる実践例

アルツハイマー型認知症(ATD:Alzheimer type dementia)の人の事例を通して、
キョウメーションケアについてご説明します。

80代 男性 (2008年2月入居)
  • ●診断名:アルツハイマー型認知症
  • ●障害老人の日常生活自立度:A1
  • ●認知症高齢者の日常生活自立度:Ⅱb
  • ●既往症:2型糖尿病、糖尿病性偏性網膜症、黄斑変性症、高血圧、尿路結石
  • ●入居日:2008年2月
  • ●HDS-R実施日:2008年3月10日 7点/ 30点
年齢0点S「いくつだろう? 昭和2年だといくつ?」
時間に対する見当識0点S「知らないよ。そんな難しいの、やらないでよ」
場所に対する見当識0点S「私の部屋」
3単語即時再生3点S「桜・猫・電車」
計算1点S「93…80いくつだっけか?」(100から7は引けるも、その次が引けない)
数字逆唱1点S「2-6-9。…3-5-2-9」(4桁が言えない)
3単語遅延再生0点S「忘れたよ~。難しいよ」
5品目の視覚性記憶と再生2点S「スプーン、カメラ…」(2つ正解)
野菜語想起0点S「大根。人参。きゅうり。南瓜。もうわかんないよ」 
不安・焦燥・抑うつ・収集


入居前

認知症の人のご家族から病歴を聴取します。キョウメーションケアでは、RDR (Retrospective Data Research)により病歴の整理をします。時系列に回想し、質疑応答方式で10項目。認知症の発症時期や初期発症を見出します。
(※資料1のRDRシートはイメージです。A氏のものではありません。)

介護職員は、認知症の人の状態変化を観察・記録し問題点を抽出。観察は各種スクリーニングテストと併用します。13項目の観察では、認知症の人の残存能力やADLの状態も把握。

情報共有のため、ケア記録を問題指向型記述方式「SOAP」で記述。できるだけS・O・A・Pの順に記録し、困難な人には、SとOを中心に記録するよう指導します。

アセスメントの収集 A氏の場合
入居前の生活状況を把握するために、本人を取り巻く関係者からも多くの情報を収集します。
A氏の歩行は、室内においては前屈姿勢ですが安定していました。外出時には、パーキンソニズム(前傾・小刻み歩行・震戦)が見られるため、支えがないと不安定です。ただし、突進現象(身体がこわばり、前のめりに突進するような歩行)や硬直は見られませんでした。
また、糖尿病性の神経症から頻尿であり、時折、尿失禁や便失禁がありました。
さらに外出することや家族と離れることに不安感を抱きやすく、まとわりや興奮が懸念されたため、
家族より、「本人にどのように話して入居の同意を得るべきか?」といった相談がありました。


暫定プランをたてて入居を迎える

  • ◆ 入居時に、ソーシャルワーカーなどによってケースワークを実施しました。
  • ◆ 糖尿病には薬物療法や食事療法、運動療法が必要であることを伝え、施設入居の説明をしました。
    本人よりS:「そうですか。仕方ないですね」との発言がありました。
  • ◆ 介護職員より「さみしかったりすることもあるかと思いますが、私たちも家族のように感じて頂けるようにがんばりますね」といった声かけによる適応への支援が行われました。時折本人より、S「明日、妻が迎えに来ますから」という帰宅願望の訴えが夕刻より見られました(夕暮れ症候群)。現実見当識訓練(RO:リアリティーオリエンテーション)の対応として、介護職員が大きく頷きながら傾聴し、糖尿病であることと、当グループホームでの食事療法の必要性を話すことで、A氏は納得され穏やかに過ごされました。
  • ◆ 入居時、当クリニックとの調整の結果、食前インスリン注射(朝:ヒューマログ11単位、昼:ヒューマログ9単位、夜:ノボラピット300R、11単位)を看護師が実施しました。家族が心配されていた大きな気分障害などは、介護職員の対応によって消失していきました。
  • ◆ 2008年8月には、低血糖(+)と振戦が強く見られましたが、本人からは、S「何ともないよ」との発言がありました。
  • ◆ カンファレンスにて、数値的にも食事療法の効果が出てきているためインシュリンは中止し、食事のみでコントロールすることにしました。(血圧:102~129/56~72、血糖値:朝→112~143/昼→79~215/夕→78~128)
  • ◆ 認知症の中核症状としては、記憶障害、見当識障害のほかに構成失行や着衣失行が見られ、上着を裏表逆に着ていることがありました。このため、介護職員は信頼関係の構築に努め、更衣の際の着衣順に衣類を整える準備や声かけを行い、気分障害を起こさないよう支援することを確認しました。
  • ◆ グループワークには拒否がありました。そのため居室で過ごされることが多く、あまり活動的ではないとの報告がなされました。そこで、もともとの生活歴との比較から、抑うつ傾向によるアパシー(意欲低下)であると判断し、ケースワークの実施時間を増やすようにケアプランを追加しました。

認知症診断、MDSアセスメント、RDR、入居前生活情報などから、暫定プランを作成。この段階では、まだ主観性が高いので、入居後の観察が重要です。


入居後

1. 精神機能障害評価票(MENFIS)の実施

入居1週間の行動観察により、精神機能障害の把握につとめます。MENFISは、【認知機能障害】【動機づけ機能障害】【感情機能障害】の側面から評価する尺度です。介護者による行動観察に基づき、精神症状や認知症の行動・心理症状(BPSD)の重症度を評価します。一例としてA氏の認知機能の下位項目を図4に示します。このように、精神機能障害の状態を、機能間・項目間で比較し把握します(資料3)。

2. RDR分析
RDR分析を行った結果、A氏自身の生活歴に大きな変化は認められませんでした。
家族との関係では、親子関係の調整役だった次男の独立時期がA氏の発症の半年前であったことから、次男の独立が発症要因の一つと推測されました。
病前性格は、人見知り、わがまま、猜疑心があり、友人は少なく、自宅では話好きで、子煩悩だったそうです。
糖尿病は55歳で診断されました。70歳頃よりアルコールの多量摂取によって転倒や尿失禁、便失禁がありました。この頃より、健忘状態が強くなり始め、アルコール性コルサコフ健忘症の疑いがありました。そして75歳で、アルツハイマー型認知症と診断されています。
3. 生活パターンの分析

睡眠と排泄パターンを168時間記録してグラフ化し生活状態に照らして分析を行います。

詳細はこちら ※睡眠排泄パターングラフ

◆現在では睡眠測定器を用いて対象者の睡眠パターンに加え、体動のデータから熟眠度なども測定できます。

4. 臨床検査

原因疾患を識別するために、頭部の画像検査を行います。
A氏の場合、アルツハイマー型認知症の診断に必要な検査として、新規入居で確定診断がなされていなかったため、MRI・血液・生化学検査を行いました。

脳神経細胞の残存部位を捉えるために、Kyomation Balance Sheet(キョーメーション・バランスシート):KBSを作成。「画像検査」で確認された病変と、「行動観察」で評価された生活機能を照らし合わせることで残存機能を考察し、その機能の活用を検討します。
将来発症するであろうBPSDを予見し、ケアプランに対処方法も含めて記載します。

KBS A氏の場合

ケアプランの作成

1. MDSアセスメントを記録する

A氏の場合 (B:認知項目)
右に記してあるのが前回値で、こちらの項目は変化ありません。

SOAP方式で記録することで、アセスメントの根拠として機能します。MDS項目に関連した記録としても活用できます。MDSは過去3日~7日の間に見られた諸問題がピックアップされるので、変化していく認知症の症状をとらえることができます。

(E:気分・行動項目)
右に記してあるのが前回値で、こちらの項目はやや改善しているのが分かります。

2. RAPs(問題の領域別の指針)による判断

MDSアセスメントによって、対象者の潜在的な課題や能力、好みなどがスクリーニングされ、ケアにおいて留意すべき項目が「トリガー(引き金)」されます。その項目に関連する領域の要因、あるいは問題に特有の危険因子が含まれているかどうかを、RAPs(Resident Assessment Protocol:問題の領域別の指針)によって確認。
MDSによってトリガーされた項目を線で結んでいくことで、心身の問題点が視覚的なグラフとして理解でき、トリガーされた項目の根拠とケアの方向性が確認できます。

3. カンファレンス
  • ※介護者・計画作成担当者・医師または看護師、栄養士などが参加。MDSでトリガーされた項目と関連する領  域の判断根拠を確認し合い、問題領域を選定して、ケアプランに盛り込むよう話し合われました。
  • ・近時記憶障害と失計算が顕著であり、生活の中でその能力を活用しようとすると焦燥感が見られる。
    このため、ケアプランの作成で、生活リズムの再構築・24時間のリアリティオリエンテーション、励まさず共感的に支持するといった抑うつ改善法を活用する。意欲低下に対しては「ここで病気を治したい」という動機づけを行う。
  • ・排尿は、認知症と身体疾患からの糖尿病性頻尿であり、いずれ失禁が出てくることが予見される。そのため、定時の排泄パターンの見守りと声かけ、失禁時の受容対応や、身体の保温、水分量の調整などが必要である。
  • ・認知症はアルツハイマー型認知症であり、心理面では高齢者の性格特性である「過去追走型」であり、現在の状態との違いを感じることで錯乱する可能性がある。そのため「今」を楽しみ、落ち込みにつながることがないような支援方法を構築する必要がある。
  • ・小脳は比較的問題ないため運動機能は維持されているが、今後、運動野の障害から手・唇の振戦が強くなり、唇が下がるなどの表情変化が出てくる可能性があるので、注意して観察する。
4. ケアプランの作成


ケアプランには、介護職員が中核症状やBPSDを客観的に理解できるよう対処方法も含めて記載します。

5. 結果(モニタリングより)

排泄パターンに沿った見守りと誘導によって、7月より失禁が改善し、リハビリパンツから通常のパンツに変更されました。また帰宅願望が消失し、主体的に生活できる時間が増えていきました。
TBS(認知症の行動心理症状の評価)からは、抑うつや心気的な言動、不安などのBPSDが、段階的に軽減・改善したことがわかります(表)。


MDSのアセスメントにおいても、解決すべき課題に対してプランを実施したところ、トリガーが消失しました。
緑色の線は、1か月後のトリガーを現したものです。
「うつ、不安、悲しみの兆候」などが消失しました。

TBSの結果と同様に、生活の障害となっていた心理面の改善がうかがえます。

ここで紹介した事例は、アルツハイマー型認知症の人へのキョウメーションケア例ですが、ピック病やレビー小体型認知症の人のケースにおいても、症状の改善や緩和が可能です。キョウメーションケアは、基礎的な医学・看護学・介護学に裏づけられた、アセスメント・ケアプラン・対人援助技術に基づくケアの実践だからです。