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[25604] 魔法少女ありか☆マギカ (まどか☆マギカ オリ主ループ)
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2011/03/03 01:29
私は菜の花畑が好きだ。
これはむかしからずっとだし、こうやって楽しい時を積み重ねているからその感情はきっと、これからも天井を知らずに積み上がっていくのだろう。

夢のようにきれいな黄色の氾濫に頭のてっぺんまで埋まりながら、モンシロチョウを追いかけて掻き分ける。

「ははっ、こら、ありか! そんなに走ったら転んでしまうよ」

「いいもーん、べつに! ころんだらお花さんにうけとめてもらうもん!」

大好きなお父さんが微苦笑を浮かべてたしなめるけど、そんなもので今の私の勢いは止まらない。
春の太陽みたいに爽やかに目に映える花に、白く可憐なちょうちょが止まるのを見て、息を潜めた。

「よーし、うごかないでよ…?」

お母さんが大丈夫かしらなんて、遠くから笑っている。うるさい、もう小学1年生なんだから、そんなに心配しなくたって平気だもん!
こっそり、こっそり近づいて……、思いっきり黄色い波を切ってジャンプ。

飛びかかった先のモンシロチョウにもう避ける術など無い。やや上から飛びかかった私を避けるまでの時間なんてもうないんだ!
かかった獲物をにやりと見つめそして私は……


――急にモンシロチョウが消え去り、ぽっかりと空いた果てない奈落へと落ちる












「夢…かぁ……」

天から落とされるような感覚に強引に引きずり出されるように目覚め、私はせんべい布団から起き上がった。
幸せな夢を見ていた気がするが、最終的にはあまり面白くないことになった夢だったんだろう。寝汗と冷や汗の中間ぐらいの汗が、首筋の悪寒を通じて夢の中身を保証する。

まったく、そんな保証なんていらないのに……。

せめて寝ている間くらい、幸せの絶頂を楽しんでいたい。そんな風にぼやきながらも顔を洗って歯を磨き、軽く先生にバレない程度のナチュラルメイク。
朝ごはんは食べない主義だ。昔は食べていたけれど別に食べなくても平気だし、そのためだけに起きる時間を早くするくらいだったらギリギリまで寝ているほうが割に合うってもの。

着替えを終え、盛大にぶった切られたのをどうにかこうにかみすぼらしくない程度にまで繕った高校のブレザーを羽織る。
今朝も敬愛すべきクソオヤジ様は平常運転なようだ。今日も今日とて居間のアルコール臭がキツい家を逃げるように出た。


―――はぁ…、どこで間違えたんだろう……。


知っている。どうせ母さんと父さんの不和で、二人が離婚した時からに決まってる。
どっちが先かは知らないが、やれフーゾク行ったでしょやらお前もフリンしただろやらなんやら、小学生の娘と友だちがいる状況にも気づかずに口論してた時の方が正確だろうか?
まあ、どっちでも一緒だけど。


 学校についても、憂鬱な気分は収まらない。

下駄箱について自分の靴箱がギラギラ光っていることにいきなりげんなりする。
靴に画鋲なんて何時の時代の話だかさっぱりわからないし、それに上履きにこんもり山ができるほど盛りつける意味はあるのだろうか。
私の足が決して大きいサイズでないことを差し引いたとしても、それだけで校舎全体の掲示物をまかなえそうなほどに量がある画鋲たち。
こんなにじゃらじゃらと集めてくる根性なり財力なりがあるんだったら、もっと別のことに費やせばいいのに。馬鹿みたい。

 教室に行っても憂鬱は終わらない。特に話すべきこともないし、ただただ沈黙を決め込んで机に突っ伏すだけ。
中学校の頃に唯一の友だちが存在をくらまして以来どうせ味方なんていやしないし、物を自分の目の届かない場所に置いておけないためなるべく減らした結果、暇潰しに本すら持ってこれてない。
教室から目を離すことと単独で人目のつかないところへ行くこと、二重の意味でトイレもおちおち行けないが、幸い膀胱は強靭な方で、私自身我慢強さと根性においては自信がある。
 あとはこの根性が学力に繋がっていれば高校で地元の連中からグッバイできていたのだが、あいにくと私の頭の出来はぱっぱらぱーだったご様子。ここまでやっても学力は平均レベルにとどまっていた。

「世界のバカヤロウ…」

嗚呼、この世が憎らしい。なんで私だけこんなに苦しまないといけないんだろう。
もしも私にもう少し、努力が反映される程度に上等な頭があったら、こんな生活なんぞ送らないで、いい奨学金で地元から離れた国立高校にでも通って家でもうちょっとゆっくりできたかも知れないのに。お父さんと仲直りする時間もとれたかも知れないのに。
バイト漬けの生活を抜け出せばきっと、時間ができてお父さんとも仲直りできるはずだ。またしっかり働いてくれて、ふたりだけでも楽しい生活に戻れるに違いない。ぜんぶ時間がないのが悪いんだ。

―――それは欺瞞だ。

 ああ、そうだよ。全部わかってる、そんなの。
もしあれがあったら、もっとこうだったら。そんなの世界中でみんな同じことを考えてる。

下校中の列車の中、目の前で座っている生え際の後退したオッサンだってもっと髪があればと思ってるに違いないし、端っこでケータイいじってる中学生だってもっと小遣い増えればなとか思ってるんだろう。

第一そもそもきっと、意思さえあれば時間がないなんて言わずにお父さんを説得しようと頑張れるはずだ。
でも私はそれをしない。結局のところそれはやる気がないからだ。


「はぁ…、せめて妄想の中でくらいは、自分に甘くありたかったなぁ……」

我がことながら損な性分だと思うがやめられない。
もうちょっと人生ラクーに生きられないもんだろうかとも思わないでもないが、かれこれ生まれてからの付き合いで無理だということは分かりきってる。

そんな益体もない考えに、いつまでも時間を浪費するのもよろしくないだろう。
私は電車の中に居る時間を活用すべく数学の教科書を取り出した。

眼に入るのは、ずたずたの表紙。

自分の現状を思い出し、憂鬱は加速する。
本当に、妄想にでもなんでも逃げ込みたい。もうやめたい。
何をやめればいいのかも見当がつかないが、もうなんでもいい、なんでもいいから今のままでいたくない。


―――もう、世界なんてぶち壊してしまいたいっ!




そして、私の願いは叶った。












ぬたり。


空間という空間が、絵の具で上から塗り替えられるようにその意味を変えていく。
おぞましい、世界を呪うような咆哮が頭蓋の一歩内側を荒れ狂い、目と鼻の先から遠近感が狂ってゆく。

でも、それだけの衝撃を受け止めていても、私の心は平静なままだった。
……いや、平静にさせられていた?

自慢じゃないが、私は常識的な人間だ。
そこそこ肝は太い方であるかも知れないが、それは常識の範疇での話であり、天地がひっくり返るような異常事態が引き起こされてはパニックになるのはまず間違いないはずだ。

――正気でいられること、まずそれ自体が狂気。

まるでピカソの絵の中にでも引きこまれたかのようなでたらめな色彩の、距離の概念の崩れた世界に放り込まれてもせいぜい「ああ、道が変わっちゃったなぁ」くらいにしか思えない。
そんなの、おかしい。おかしいと思えない自分がおかしい。陰謀だ。

空に浮かんだ穏やかな顔をした三日月からでたらめな方向にワイヤーが垂れ下がり、虚空からほうぼうに伸びる電柱には規則性が見られない。
夜空にはぐにゃぐにゃに曲がりくねった線路が敷かれ、目玉しか無い車掌服が一心不乱にスカートを穴あけパンチで蜂の巣にしている。
首から上だけが換気扇の羽みたいになっている蛇がレールの上をのたうって、高らかにどこかで聞いたようなクラシックを唄い上げながら絡み合い、楽しそうに笑う。笑う。
私はいつの間にか、ウロボロスみたいな形でぐるぐると輪っかになったまま回り続ける列車の屋根に立っていた。風はなく、側面に張り出した黄色いベンチではアラビア数字の塊が恋人のように睦み合って楽しげだ。

「なんだってーのよ……」

手元にあるずたずたの教科書を見て、逆に安堵する。それはただ刻まれただけでなにひとつ非常識なこともない。
ついさっきまで憂鬱の象徴だったそれが今度は日常の象徴に様変わりする。

「ぷぷっ……」

なんとも滑稽だった。

「あはははははははは!」

――ああ、滑稽で、面白くてたまらない。
なんで私はこんなところにいるのだろう。なんで私はいじめられなきゃならないんだろう。なんで私の父さんはのんだくれてしまったんだろう。なんで私の両親は離婚したのだろう。


なんで


なんで



「■■■■■■」

近くの中学指定のスカートを、ブレザーを、リボンをずたずたにしていた目玉が振り返った。
穴あけパンチをかちかちと鳴らし、真っ青の車掌服が風もないのに宙にたなびく。

「■■■■■■」

蛇たちが振り返った。空気を送るための部位を音もなく回転させながら、脇の虚空から舌をちろちろと出して舌なめずり。

「■■■■■■」

アラビア数字が振り返った。二つのかたまりが指らしき数字の網をこちらに向けて、なにごとか金切音を上げる。

そしてかれらは一斉に私へ寄り始める。


「来るな!」

手元にあった教科書を投げる。アラビア数字が数学の書を飲み込むだなんて、ひどい皮肉だ。

「来るなっ!?」

通学カバンも投げる。受け止めた目玉の群れが、一瞬にして穴あけパンチで蜂の巣にする。


「くるなぁぁああああぁああぁぁぁぁぁああああぁぁ!!!!!」


私は身も投げる。あんなおぞましい連中に寄られるくらいなら、己食らう蛇のドーナツ状になった中心に落ちたほうが万倍マシだ。
何も無い上を無限に回り続ける車輪が遠くなっていくのをただ呆然と見つめ、風を切って落ちる、墜ちる、堕ちる。


「がぐっ!?」

ぐきりと、首から嫌な音が聞こえた。視界が真っ赤に染まり、目鼻口から体液が滴り落ちる。
息を吸おうとすれば何かが詰まり、吐こうとすれば口から湧き水が溢れ出す。

――痛い。痛い。

まるで骨の髄から肉が剥がされるような激烈な灼熱感。
魂ごと鎌で刈り取られる。車掌帽の死神が切符を拝見に微笑む。

―――もうやだ、こんなの……っ!



「僕と、契約をしないかい――?」

声が聞こえた。

「願いごとをひとつ、なんでも叶えてあげるよ」

男の子の声だ。
私への救いは、何一つ正気な部分のない世界で淀みなく聞こえるその声だけだ。

「願いは何だっていいんだ。お金でも、命でも、何でも叶えてあげる」

――それなら、きっと、そう。抜け出せるだろう。わたしは



「僕と契約して■■■■になってよ!」


―――あの頃に、戻りたい






契約は、成った。














☆弁解
 3話の「いつもの虚淵に戻ります」宣言で興奮してやらかしました。
 先がわからないという性質上見切り発車であることは否定できませんが、SSに使う設定上にゆとりを大きく持っているので、たぶん更新停止にまではならないんじゃないかと思われます。毎週バックヤードでSS内の設定が更新されることになるでしょう。



[25604] 現実って、摩訶不思議
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:a9fe3bf4
Date: 2011/02/04 05:14
「春見さん……、春見さん……? 起立って言われてるわよ」

身に染みるような寒さに、ふと目が覚める。
いや、原因は寒さではないのかも知れない。寒さなんかじゃなく、温かい呼びかけが私を覚醒させたのだ。

少なくとも、そう思えるくらいにはそれは眩しいトーンだった。

「マミ……?」

目を開けば、そこには中学生の頃にどこかへ失踪してしまった友の姿。
黄金色をした髪はくるりと優雅に渦巻くようにパーマがかけられて、優しげで優雅な顔立ちにわずかに面倒そうな表情が浮かんでいる。本人はそのつもりはないだろうが、私にはわかった。だって、しっかりしていそうに見えて意外と脆くて、ちょっとずぼらな彼女だから。

華奢な体に清楚なイメージのある私服。少なくとも最後に見た中学三年生の頃は超・中学生級に盛っていた胸囲もなく、ただただ清楚な少女がそこにいた。

今の今まで高校生やってたのに、いきなり小学生の時のマミがそこにいる。
そして、私に優しく呼びかけてくれる。
それも、朝優しく起こすお母さんみたいなシチュエーションで。


「なんだ、夢かぁ」

私は胸に手を伸ばしてさわさわとまさぐった。

「ひゃっ!?」

あの中学の頃のふかふかむにゅむにゅとした感触でない、ぷにっとした適度におさまりのいい、安心出来る感覚。
どうせ泡沫の夢だ。電車の中で寝入ってしまってそこから悪夢を見てたとかいうオチに違いないのだから、

「んー、このくらいが安心……、爆乳マミちゃんよりも身近……にゃむ。」

「寝ーぼーけーてーなーいーでー……」

きりりとマミの右手が弓のように引き絞られ、そして振り下ろされた

「起きなさいっ!」

「あてっ!?」

ごかんと脳髄に衝撃が来て、ようやく意識がまともに浮かび上がる。ついさっきまで訳のわからない世界の中で、バケモノに襲われていた高校生の私。でも今いるのは見滝原小学校の体育館。
さっき殴られたように、痛みもあるし冬時なのか寒々しいと皮膚が感覚を伝えてくる。

小学生、中学生を過ごしてきた記憶の存在。しかしその最後の現実味の無さ……。

――客観的に見て、どっちが夢かなんて一目瞭然だよね。

違和感は未だ残る。だがいくら頭がよろしくない(バカとは言わない。悲しくなる)私であろうとどっちが現実的なのかは流石にわかる。
そうさ、父さんと母さんが離婚する? マミが中3で行方不明になる? そんなのただの夢だ、悪夢だ。あの頭のおかしい世界くらいに悪夢だ。
私はちょっぴり長い夢を見ていたんだ。だからもう、現実に帰ろう。

「ごめん、寝ぼけてたよ。で、今いつだっけ?」

「いつってあなた……」

「そんな目をされるいわれはないと思うんだけど」

マミが夏の終わりに地面に落ちてるセミでも見るような目で私を見つめてくる。
私は別にかわいそうな子でもなんでもないのに、優しそうに見えて相変わらず微妙に毒がある。でもそれが陰湿にならず、お茶目に、ないしは相手によってトゲトゲしてるように見えるのはやっぱり磨き上げた容姿のせいだろうか。
アネキというよりお姉さま的といった雰囲気も、自らそうあろうとする意思によって演出された努力の結晶であり、私みたいに泣いたり喚いたりしない強さを持っている。
忍耐は得意でも自分を飾る気にならない怠け者の私とは、大違い。

「はいはい、お馬鹿なこと言ってないで、早く教室帰るわよ」

「ほーい」

ガラス玉のアクセサリが落ちてたけど誰か持ち主はいませんかー、などと大声で聞いて回る先生の声をBGMに、差し出されたマミの手をとって立ち上がった。

――ついさっきまで高校生やってたような気分だった私が、ついつい甘えたくなってしまう。
やっぱりマミはすごい友だちだよなぁと再確認した。


「で、今っていつさ?」


教室まで歩いても、結局そこだけはわからなかったのだった。

小学校の時は毎月朝礼があった気がするので、そのどれだろうとは思う。でも、それ以上はちょっとわからない。教室に行っても、黒板には日付が書いてなかったし――日直の書き忘れだろうか。
昔友だちだった――いや、今もか。夢の中と混同しすぎだ私――子に聞いてみたけど、「そんなに楽しみなの?」とか笑われてしまった。
どうやら日頃楽しみにしてるような日ではあるらしい。

だが、ここで私の頭がひらめく。この寒さと嬉しいこと……、きっとクリスマスに違いない。そう、きっとそうだ。
寒いのが好きじゃないこの私が、冬時に喜ぶようなイベントなんざ3つしかなかった。走りまわって遊ぶ雪の日とお年玉が貰えたお正月、それとなんか楽しい気分になるクリスマスだ。
前ふたつはありえない。よく考えてみたらそもそも正月前は学校ないし、雪の日は降ってみるまでわからない。
そして特に意地汚い私は昔、クリスマス近くの休日に行われるホームパーティを心待ちにしていた。お父さんとお母さん、私の三人が集まって家族みんなでささやかなパーティを開く……ことにもちろん興味なく、そこで出される、何かいいことがあった日にしか作らないお母さん手製のごちそうを食べんがために舌なめずりして休日を心待ちにしたものだ。


――今考えれば、お父さんとお母さんがいたから意味があったのに、そんなことも気づかぬまま。


いや、今考えればとかそういうことじゃないんだっけ。ずいぶんと頻繁に、さっきの夢のことを思い出してしまう。現実と夢の区別は付けようね、じゃないと年寄りに「これだから最近の若いのは」とか言われることになるんだから。




冬休みの注意事項なんてもののくどくどしたお説教を終えて、ようやく放課後。たった今から冬休み。

「じゃあ、帰ろうか」

「うん」

結局のところ、私の推理に狂いはなかった。
あれは冬の終業式で明日からは冬休み、オマケに今日は土曜日で帰ったらそのままパーティっぽいときた。

マミと私の通学路は同じ方面だ。だから一緒に帰るのは日課であった。

夢を見た以前のことが思い出せないが、朝から今までの私の狂喜っぷりはきっと凄まじいものがあったろう。
そして記憶にある私は、このころマミとつるんではアホな話をしたりイタズラしたりでやりたい放題だったような。
つまるところ……。

「マミ、いつもうるさく迷惑かけてごめんね」

「あら、熱でもあるの?」

「ひどっ! ただちょっとしみじみといつもヒドいことばっかりしてるなぁっって振り返っただけなのに!」

「まあ、そうね。休み時間になるたび私を引っ張って池の鯉まで連れて行ったり」

「そんなことしてたっけ……?」

「とぼけても無駄よ、無駄」

いや、ホントにそんなことしてたっけ、と常緑樹のたくましい通学路を歩きながら思い出す。
どっかしら連れ出してたことは覚えてるし、あじさいの中に突撃したりひまわり畑に突撃したり腐葉土作りのための落ち葉溜めに突撃したり……突撃してる記憶しかないね。不思議。

というかいくら頭悪いとはいえ、流石に小学校の頃の私、落ち着きなさすぎじゃあるまいか。


「まあ、いいか。明日から、マミはどうするの?」

「どうって、休みを満喫するわよ」

「昼まで寝てたり?」

「私はそんなに怠惰じゃありません」

すっぱりとマミには否定されるが、慎重ではあっても意外とずぼらというか大雑把というか、刹那に生きてるフシのあるマミのことだ。怪しいところだと見ている。

「かっこつけるために紅茶の淹れ方の練習したり?」

「なぜ私の最近始めたことを知ってるのよ!?」

私は知っている。
別に趣味でもないのに、お姉さまっぽい行為をするために一時期紅茶に走っていたことを。
しかもその内、自分で自分に淹れるのが楽しくなってきて日常化してきてしまったことを。
更には理想のお姉さまノートなるものが存在して、10個くらい項目のあるうちの最初の方にある「紅茶を淹れるのが上手」のチェックボックスにマークが入ることを。

――夢で。

いや本格的にダメかもしんない、私。
起きてからいくら経っても、”自分が高校生である”としか認識できないし、寝る前の記憶が浮き上がってこない。

――あれは、本当に夢なのだろうか?

父さんと母さんが離婚し、たまたま呼んでいた友だちから話が広まっていじめが数年にわたって横行する。

――そんなのを、ただの悪い夢で済ましていいのだろうか?


「ふはは、さっき見た夢に出てきたのだよワトソンくん!」

そんな不安も振り払い、私は笑った。

「そんな魔法みたいな話、私が信じると思ったの? はーなーしーなーさーい!」

「わひゃ、ちょ、やめっ……!」

実は結構知られたくなかったのか、羽交い締めにされてくすぐられる。


「あ、だめ……! そこ私弱いんだって……、あははははははははは!」

「言ーいーなーさーい!」

「いや、ホントマジだってマジマジ! 夢に見たんだよーぉあははははははひゃひぃっ!」


結局信じてもらえなくて、振り払ってダッシュで家に逃げ帰った。
「ほらさ残念また来週ー!」などと大声で捨て台詞を吐きながら家の扉を開けて飛び込んだのだった。






「たっだいまー!」

「おかえり、ありか。早く部屋に荷物を置いてきちゃいなさい」

居間の扉を開けて飛び込むと、整頓された綺麗な居間。
テレビの上には塵一つなく、窓際では赤みがかった葉っぱの観葉植物が元気に枝を伸ばし、出窓にはサボテンが四つも顔をそろえて並んでいる。
そんな片付いた部屋の中で、父さんがテレビ脇にある室内用のクリスマスツリーの電飾をいじっていた。
LEDがぴかぴか光る電飾なのだが、いくつもあるLEDの中のどれか一つでも不調だとほとんど全部の電気が消えてしまうのでやっかいなのだ。
お父さんがお酒の臭いもさせずにそれを直している。

なんというか、それだけで瞼の裏から熱いものが込み上げてくる。

たかが夢でなんとも大げさなことだ。私のことながら呆れてしまう。
そんなもので泣いてしまうなんてバカげている。私は強い子だ、何があろうと泣いてなんてやらないって決めたんだ。


「おかえりなさい、ありかちゃん。チキンは今から揚げちゃっていいわね? ありかちゃんの大好きなスモークサーモンのマリネもできてるから、ちゃんと手を洗ってくるのよ」


キッチンから母さんが顔を出した辺りで、ついに決壊した。
涙がぼろぼろとあとからあとから、止めどなく溢れてくる。
何年も、何年も会えなかった母さん。
止めようにもどうにも止まらないそれに、母さんも父さんもあたふたとして、こっちに駆け寄ってきた。

「どうしたんだい、ありか? どこか痛いのかい?」

「ええと、お腹痛いの? 風邪? あ、料理に虫が止まってたのバレちゃったかな?」

ううん、違うの。ただ、ふたりがいてくれるだけ。それだけが嬉しくて、泣いちゃってるだけ。

そのうちもう止めることすら馬鹿らしくなってきて、そのまま両方の顔をだきよせて(というよりもしがみつく形になっちゃったけど)思いっきり泣いた。
泣いたのが十年ぶりにも感じるくらい、長い間泣いていなかったような気がする。

父さんも母さんも、わけもわからず突然泣き出した娘に原因を聞くことは諦め、顔を合わせて苦笑してからそのまま二人で揃って抱き上げた。
「そういえば、こんなふうに二人でありかを抱っこするのは久しぶりだな」と父さんは感慨深げにつぶやいた。
「そうね、あなた。この子が赤ちゃんのころに戻ったみたい」母さんはふふっと笑いを漏らして抱きしめる手の力を強めた。




そのあと、何時間泣いたのかはわからない。
5時間くらい経ってた気もするし、十分と経ってない気もする。

それでも、泣きに泣いて泣きつかれた頃には、もうお腹がぺこぺこだった。

「それじゃあ、昼ごはん兼パーティ、始めちゃいましょうか」

「うん、みんなで食べよう!」

心がすっきり晴れ渡り、もう何も憂いなんて残ってなかった。
手を洗い、うがいをしてから居間に戻ってくると、もう揚げ終わったチキンがほかほかと湯気を立てていて……



――がきり。

空気が、凍った。

天井が、床が、壁が。
観葉植物がサボテンが父さんが母さんがキッチンがテーブルが料理がクリスマスツリーが――ありとあらゆる風景が奈落へと突き落とされる。
空間がのたうつようにすげかわり、夢のなかで見たキュビズムの世界に塗り変わっていく。

ツノのついた干しぶどうが青く燃え盛り、蝋でできた足場を焼き崩す。

ぶんぶんと羽音を立ててバスケットボール大な髭面のトンボたちが部屋中を飛び回り、世界を切り裂くのは破壊を許された水の踊り子。なめくじのように舌で這いずり回り、背中に浮き出た赤い発疹から緑色の刃が突き出て、空間を切り刻んだ。その狭間から袋詰めになった苦悶の仮面がぼとぼとと滴り落ちる。

蝋で出来た島の周りを覆うのは、ブランデーでできた海だ。中を漂う電気ウミウシが時折その粘着質な翼を打って飛び上がる。
ミルク色の風がびゅうびゅうと吹いてブランデーに波を作り、波があぎとを開けてトンボたちを噛み砕く。

「はは……ははははは……」

――夢?

高校生になった夢を見た。

――あれが夢?

電車でわけのわからない世界に巻き込まれた夢を見た。


――否。



「現実って、摩訶不思議」



もう一言も発することが出来ず、私は乾いた笑いを上げ続けていた。





干しぶどうが私を焼き尽くすまで





☆あとがき

シリアスな人が長続きしません。ザ・お気楽人間である私には荷が重いのでしょうなぁ。
原作の次の話が放送されるまでに書き上げるのが目標でしたが、いろいろな締め切りが被っていてけっこう難しいです。来週はたぶんないですね。
まどかマギカで毎回一番楽しみにしてるものは魔女の結界です、という偏食家ですが、どうか見捨てないでやってください。
あと、マミさんはこんなのじゃないやいという文句は一切受け付けません。なぜなら私の中ではマミさんは駄目な子ですので。その方が萌えますから。



[25604] うん、わかった。絶対に。
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2011/02/10 02:23



ありかの意識が浮上する。
肉の燃える灼熱感に絶叫し、魂が引き剥がされるような激痛に身をのたうたせようにも動かす肉体もなく、ただただ痛みと己を侵食しようと闇から引き伸ばされる虚無感の腕に捕われていた……、などという認識は一瞬で覆る。
幻痛も残留もなく、一瞬で心地良い微睡みに包まれて安らかに在れる。
この感覚を味わうのは二度目だろうか。かつて未来の世界で一度感じたことのある――いわば、正常であることが異常であるという感覚。

「春見さん、春見さん……」


目を開けばマミの顔があった。
最後に見たのが相当前にすら感じる、友だちの顔。
そこには燃えるおばけも、食いちぎる顔の群れも何も無い。

「起き……?」

気が狂いそうな極彩色の光点もアルコールの海もない、何の変哲もない見慣れていた見滝原小学校の体育館。
頬に触れる温かい手から長時間冬の体育館の空気に晒された顔に確かな熱が伝播するその感覚に安堵し、思わず涙腺がゆるむ。
もう痛くない、あったかい。己を自制する間もなくそのままマミに抱きついた。

「うあああああああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁ!」

「え? ちょっと……うぇえ!?」

目を白黒とさせ、足元に転がるガラス玉を蹴飛ばして抱きつくありかを受け止めた。
マミとしては、日頃から突拍子も無いことを思いつきで始めるわ、行動が唐突な割に頑固で一貫した態度をとるわで扱い辛い友人ではあったが、さすがに起こした瞬間に泣かれるのは初めてだ。
むしろ誰がそんな要素を懸案に入れるというのか。

「ああ、はいはいはい。悪い夢でも見たのね?」

よほど怖い夢だったのだろう。せいぜい寝てたのも十分やそこらだというのに、ここまで大泣きしないでもよかろうに……。
周りから生徒教師関係なく注がれる好奇の視線に頬を赤らめながら、マミは苦笑して友人を抱きとめ、背中を安心させるようゆるくぽむぽむと叩いてやった。

「うぇああっ……」

「はいはい、大丈夫よ、大丈夫。全部悪い夢なんだから――」


――全部悪い夢だった

そんなわけない、あれは現実だ。あの痛みも恐怖も凍りつく世界も、みんなみんな現実だった。
私が今、ここにいるのも時間が巻き戻ったからだ。
普通だったらあのまま死んでいた(むしろ普通は死因がないから惰性で生きてたかも)ところを、あの声に願って巻き戻った。それが私。

――受け入れよう、天使だか悪魔だか知らないが、超存在はいるんだ。

もちろんその中には、私を二回殺したあの化け物どもも含まれる。
それどころか、私の時間を巻き戻した声すらヤツらと同じ存在なのかも知れない。

でも、私は今ここにいる。
未来が消えてしまおうが、過去に戻って一日と経たずに消えてしまおうが一緒だ。
ここにいて、マミの体を折らんほどに抱きしめている。

「夢でも……夢でもいい。もうちょっとだけ……」

今はただ、刹那的にでもマミを感じていたかった。







二人揃っての通学路の終端。

「それじゃあ、またね」

「ええ、冬休み中も遊びましょう?」

「うん、わかった。絶対に遊ぼうね」

「約束よ。日時とかは夜にメールで」

「あいあい」

家の前でマミとありかは分かれた。
特に喧嘩をするでもなく、ただ仲良く世間話をしていただけだ。

話題はただなんとなく流れていくが、毎週観ているドラマについての話題がどうもマミにとって印象的に感じた。

『あれはね、友だち――シュージくんだっけ? クスリでヤバくなるよ。
そのあと主人公と殴り合ってどうにか治るけど、そいつにクスリを使わせたヤクザの連中のアジトとか突き止めて潜り込むんだけど、突然紛争地帯を昔歩きまわってたことがあるって設定が出てきて、家の倉庫の先込め式ライフル片手に大立ち回り。
最後は悪い連中をぜんぶシメて川崎市の裏のオーナーになっちゃうんだ』

マミの記憶が正しければ、”アドミッションスクール”は学園ドラマだったはずだ。
そんな突然わけのわからない展開になるはずない、と突っ込んでやった。
そうしたら、言うのだ。

『そりゃ私だってそー思うけどさー? 実際そうなっちゃうと逆にアリなんじゃないかなと思うよ。ミシマくんほんとにかっこよかったし』

にしし、とイタズラな笑みを浮かべてありかは言った。

『あたしは未来予知に目覚めたのだー、なんつってね』

そんな能力が目覚めたなら是非とももっと有用に使って欲しい、とマミは思う。
よくわからないけれど株やらレアメタルやら為替やらに手を出せばきっとすごいお金になるんじゃないのかな、と漠然と思う。
それにテスト前に予め答案を見て天才的なヤマを張れたり、ドッジボールでどこにボールが来るかわかって避けられたりする。
予め相手がどんなことを言うのか分かっていれば、突然の突拍子のない発言に地を表してあたふたすることもない。
そうすれば才色兼備なお嬢様なんてものも実現ラクそうだな~などと、ありえない空想を広げた。


そんなことを考えていたため、見逃してしまった。
最後に分かれるときのありかの笑顔が、とてもじゃないが明日を約束しているとは思えないような諦観を含んだ眼であったことを。







その日の夜に、メールの返信はなかった。




次の日の朝になっても、メールは返ってこない。




いい加減にしなさい、と思って電話をかけても、電源が切れていた。




何日経っても、同じだった。




仕方ないので家に直接出向いてみた。警察が春見家にテープを張っていた。










新年になってもありかは学校に来なかった。

捜索願の届出があって、ありかが行方不明になったことを初めて知った。





何年も何年もそのままだった。
ありかの家は父方の祖父とやらが引きとって、売りに出された。

今ではもう、捜索は迷宮入りになって、もともとの春見家には別の誰かが住んでいる。



「ねえ、キュゥベエ。私は思うのよ」

「なんだい、マミ?」

両親がいなくなってがらんとしたマンションの部屋に、大の字に寝転がったままふと、漏らした。

「私なんかが魔女と戦う前から、この街ではもっともっと沢山の魔女が人を襲って、食べていたんじゃないかって」

「そうだね、それは紛れもない事実だ。……当然過ぎて、誰も言わないほどにね」

戦いに疲れた精神をフローリングにもたれさせ、ふと最後の会話を思い出す。

「それと同時に、私の知らないところで沢山の魔法少女が死んでいったんじゃないかって」

初陣は越えた。
自分自身の命を願い魔法少女になったマミの生存能力が極端に高かったのも幸いしたが、どうにか弾という弾を撃ちこんで、魔女を倒すことができた。

でもあのときのありかはどうだったのだろう。

ひょっとしたらただの家出かも知れない。誘拐かも知れない。拉致かも知れない。
けれど世の中の裏に潜む真実を知ってしまえば、そんなとってつけたような理由なんてもう信じることができない。

魔女だ――ありかはきっと、魔女に食われたのだ。


「魔女……か……」


――もう、何も。


もう誰も殺させなどしない。
この私、巴マミが魔法少女になったからには、この街の人たち全てを守ってみせる。




――だって、もう、わけもわからず大切な友だちが消えていってしまうなんてイヤだから














☆あとがき
書くべきものをどうにか間に合わせたので、開いた隙間で家を空ける前に投稿。短い上に薄いのはどうかご勘弁を

うん、「ループもの」なんだ。済まない。
死にまくってマミさんとからんだからにはって言うしね、一度こんなことをやりたいとしか思わない。

こんな感じのことがあったら原作のああいう姿勢になるんじゃないかなぁと妄想してました。
もうセイギノミカタなんて言わせない!



[25604] やっぱり私はクズだよ
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:846afa14
Date: 2011/02/25 01:19

「やっぱり、一度の偶然じゃなかったみたいだね……」

二回目の時間遡行、そこからの帰宅、そして家族団欒。
夢のように楽しいクリスマスパーティーは終わってしまった。
またもやあの異空間の出現によって……。

燃える干しぶどうの眼が爛々と輝き、私を睥睨して焼き尽くさんと迫り、ウミウシが水面を跳ねて紫電を放つ。
袋から抜け出たつのつきの仮面が私を貫くために殺到する。

私は為す術も無く貫かれた。恐ろしげなその容貌に憎悪すら生まれる。
骨髄を切り剥がすような絶望的な灼熱感に次いで襲う、体中の内臓が抜けていくような破滅的な悪寒に身を震わせ、それでもぴくりとも指を動かせず、私は空間の中で事切れた。










「春見さん……?」

マミの声で覚醒を迎えるのも、ありかにとってはもう三度目だ。――いや、逆行していない初回を数えれば四回なのか。
痛みも悪寒も何もなく、ただ冷えた体育館の中で揺すり起こすマミの手の感触を感じるだけの安らかさ。

――また死んでしまった。

まだ動揺から抜け切れているわけではないが、胸を突き破って飛び出すほどに嘆きが湧いてくるでもない。

「うん、起きてる。今立つよ」

だから、余計な心配をわざわざマミに掛ける必要もなかった。
突然しっかりとした反応が帰ってきたことでマミは狐に摘まれたような顔をしたが、彼女としても起こす手間が省けたことに文句はない。

「随分と寝起きがいいじゃない。本当に寝ていたのかしら?」

「ううん、起きてた。超起きてた。実はマミにお姉さまごっこをさてあげるためだけに寝たフリしてた親友の私に感謝するといいよ」

「いーらーんーうーそーをーつくなっ!」

「いひゃいひゃ、ひょうはひゅうひはふひひゅうひゃんひひどひょうひへひゅうひょうひひほはいひゅうはっへわはっへうほん」

頬をつねるマミを無視して「いやいや、今日は12月23日土曜日で終業式の最中だってわかってるもん」と冷静に言ってやった。
ほっぺが言う事を聞かなくてもこれだけいえるところから、春見ありかがいかに冷静でクールな女なのかがわかるはずだ。

――友人に抓られても冷静な鉄の女、春見ありか。

今度からはそう名乗ってみようか、なんてアホなことを考える余裕すらある。


ふとありかは、今まで自分がこの終業式を落ち着いた気持ちで迎えたことがなかったことを思い出した。

一回目はもう記憶にない。小学校の頃の記憶なんて、とっくに時の彼方だ。
二回目は、一回目の時間遡行のとき。高校生のときにわけのわからない声に願ったのが原因だ。夢と言われて、どうにかして自分自身そう思い込もうとしていたことを覚えている。
三回目は、バケモノに焼き尽くされて殺されて、気がついたらここにいた。死んだ時のショックがあまりにも大きすぎて、相当取り乱してマミに迷惑をかけた。
四回目にしてようやく死ぬのも慣れてきて冷静になってきた。

冷静になれたら、あとはいかにしてあのバケモノどもに殺されないようにするかを考えねばなるまい。
まずは前回までで、わかったことをまとめてみる。

ひとつ、帰宅してしばらくすると化け物が現れる。

ふたつ、死ぬと体育館での終業式に戻される。

みっつ、母さんの料理はおいしい。


前ふたつは1回目、2回目の共通点からわかったこと。
一回目で殺されてもなお愚かなことにも家に帰ってしまったのは、あれは偶然であって何度も起こることであるとは確信できていなかったからだ。
でも偶然も二回起きれば偶然とは言えない。テストの選択問題を決めるときの最終兵器、えんぴつくんと同じ原理だ。あ、どうでもいいけどえんぴつくんを湯島天神でいつか調達しないと。

みっつめは、2回目――即ち前回で料理を口にして思ったことだ。
主観数年ぶりに口にした母の料理、しかもクリスマス仕様の気合の入ってる好物尽くしなのだ。不味いワケがない。
泣きわめいたりして余計な時間をかけなければ、食べ終わらないまでも各料理一口くらいは食べる時間があったことを前回実証させてもらった。
ここからあのバケモノの登場は、私が料理を食べようとするという条件付でなくて時限式であることが判明した。


で、私としてもそう何度も死にたくなんてない。
死ぬのは痛いし、時間が戻れば一瞬で余韻ひとつ残さず消え失せるとはいえあの体の芯から冷たくなっていくような喪失感はそう何度も味わいたいものでもない。というか味わいたいなんて人がいたら変態だ。

今のところ考え得る手段としては、完全に家に近寄らないことだろうか。
あのバケモノがいる世界に叩き込まれるときに、私以外の人間は絶対に入らないようだ。
これは過去三回――沢山の乗客がいた電車の中、父さん母さんの眼の前で消えたのにあの中では誰も見なかったところからしてほぼ真実だろう。

となればあとは、あのバケモノが居座るのかあの時間にだけあそこにいるのかを見極めなければならない。


いい加減痛みを感じてきた頬の肉を引っ張り続けるマミの手を外して、私は言った。

「マミ、私、今夜は帰りたくないにょ」

「……」

噛んだ。頬が痛くて上手く口が回らなかっただけなので、私に責任はない。

「マミ、私、今夜は帰りたくないの」

「い、言い直すのね……、そこ……」

あいにく私は諦めが悪い。
だから、そこに可能性がある限り何度でも手を伸ばし続けるのだ。――いま私、ちょっとかっこよくなかった?

「マミ、私、今夜は帰りたくないの」

「ああもう、わかったわよ! 何でベッドシーン前のセリフに影響されてるのーとか、あれだけ楽しみにしていたパーティはどうしたのーとか聞いてあげればいいんでしょう!?」

「さっすがはマイフレンド、話がわっかるー!」

マミ、大きく嘆息。
ため息をつくと幸せが逃げるというし、悪いことをしちゃったなとも思う。
特にここ数年、客観的に見てたぶん不幸な目にあいまくっていた私に対してのため息だから、余計に縁起が悪い。

「で、ダメ?」

「わからないけど……、そうね。お母さんに聞いてみるわ。難しいとは思うけれどね」

――脳髄を冷気が突き抜ける。

そう、そうだった。完全に忘れていた……。
ついついマミに親がいないことが当たり前とでもいうように話していたが、マミにだって当然両親がいる。

――私の知る限りでは、今度の建国記念日あたりまで。

もうあと三ヶ月とせずに、自動車事故からマミが奇跡の生還を果たす。
奇跡というからには、それは非常に低い確率なわけだ。果たして三人の家族が乗っていて、みんながみんなただで帰れるだろうか?

――それどころか今度はマミすら死んでしまうかも知れない。

私は少なくとも一度高校生まで生きているのに、あいつらはまるで私の時をこれ以上進ませるものかとでも言うように執拗に私を殺しにやってくる。
こうして今、そんなことを考えるのも過去とは違う私だ。
だったら、奇跡が何度も同じように起こる保証なんてどこにもない。


――でも、私には気にしている余裕がない。


考えなければならないことではあるけど、正直なハナシ現状ではどうしようもない。
注意しようにもその頃にもう私が死んでいたら直前に呼びかけの一つもできないし、どうせ時間が巻き戻るのなら呼びかける意味もない。
それ以前に、友の親より我が身が大事。自分が死ぬことと友だちの親が死ぬこと、どちらがマシかと言われたら真っ先に友だちの親の死をとる。
嗚呼そうだ、認めよう。春見ありかはもう死にたくない。死を恐れて、全力で逃げようとする臆病者だと。

「私ってクズだなぁ……」

迷いなく自分の身が可愛いという結論を出した自分に、嫌気が差した。












「いや、お泊り頼まれたくらいでそこまで卑下されても困るんだけれど……」

突然宿泊を頼んだと思えば落ち込んだありかを見て、マミは反応に困る。
お泊りくらい何度もした仲だし、お互いのお母さん同士もよくお茶する仲だ。
ただちょっと急なだけで、そこまで自己嫌悪に走るほどでもないだろうに……。

マミとしても、そこまで言うなら久しぶりにありかと一緒に寝るのも悪くないかな、なんて思っているのだからそんなことは言わないでほしい。


「今日はお父さんも帰ってこない予定だし、お父さんに迷惑をかけないだろうからたぶんいいって言ってくれるわよ」

「え、それマジ?」

ありかの眼が希望に輝く。現金だなあなんて思いながら、マミは苦笑した。

「お母さんから春見さんのお母さんに連絡が行けば、きっと大丈夫。久しぶりに手をつないで寝ましょう」

「わかった、やっぱりいい」

ありかの表情が一瞬消えて、マミの夢想は砕かれた。

「あ、ごめんね? ちょっと今日は用事があるの、忘れちゃってたのを今思い出したの。その気にさせちゃってごめん!」

言っては悪いが、ありかはあまり勉強のできる方ではない。でも、頭の回転は悪くないのだ。
そして、コストの天秤を揺らして釣り合うかどうかを測るときには、いつものふざけた表情が一瞬消える。
本人は気づかれていないと思っているようだし、実際に長い間付き合わなければ見落とすくらいのごく短い時間だろう。
だがそれを見せたということは、あのふざけているような調子のお泊りは何かしら事情があってのことだったということだ。

それも、恐らく親に連絡が行くとマズいのではないかという条件付き。
喧嘩してプチ家出でもする必要があったのかも知れないけれど、そう考えるとそのままでいるのは友だちとしてよろしくないだろう。

「お母さんと喧嘩でもした? それなら早く謝ったほうがいいわよ」

「ああ、違う違う。心配ない心配ない」

手をひらひらとさせながらいうありかを見て、違和感。

――この娘、こんなに切り替えるの上手かったかしら?

今日はいつもよりもこころなしか会話の流し方が上手いように感じる。
なんというか、いつもならもっとひとつのことにこだわるように思えるのだ。
ただの気のせいといえばそうなのだろうけれど、微妙に引っかかるものを感じた。

「ただちょっと、一方的にやることがあるだけだから」

――間違いない。

その爛々と輝く瞳に、マミは確信した。
今日のありかは異常だ。執念にも似た昏さと希望の輝きをごちゃまぜにした、得体の知れない光……、命懸けとでも言えそうな危うさが、しかし確固たる地盤の上に鎮座していた。

「それじゃあ、またね。あえたら冬休み中にも遊ぼ?」

「ちょ、ちょっと……!?」

それだけだった。たった一言、軽くそう言い残すと、呪いのような輝きを瞳の奥に押し込めて、そのまま通学路とは別方面へと走り去ってしまった。







唖然とするマミを尻目に、ありかは駆けてゆく。

どこへ? どこでも良い。一晩ほど過ごせれば、それでいい。
あのバケモノをやり過ごせれば、それでいい。

一晩で足りるかはわからない。できれば三ヶ月くらい家を空けてみたい――だが流石に一日以上何も食べないでいるのは辛いものがあるからやめておく。
もう痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。
家が恋しくなろうと、あの恐ろしいバケモノが待っていると分かっている場所に帰るのなんて真っ平御免。
クリスマスパーティを無断で無視したことに罪悪感はあるし、あとで怒られるだろうし、もったいないとも思うが、それでもバケモノに食われるよりはマシな結果になることだろう。


駆けて、駆けて、胸が苦しくなって、だんだん足が上がらなくなってきて、そこでようやく立ち止まると、そこには公園があった。
家からは自転車で15分くらいの場所だったろうか、随分遠くまできたものだ。小学生が走って辿り着くのは相当難しい場所だったが、よほど走ることに熱中したくなるほどに破滅的な気分だったらしい。

「バカだよね、私……」

自分であっさりと見捨てるような考え方をしておきながら、今更自分自身に嫌悪するだなんて、何様のつもりだ。
そもそも最初からわかっていたはずなのだ、私が独善的な性格をしてることくらい。
周りの環境に言い訳して自分自身の環境を良い方向へ導こうなんてぜんぜんしようとしなかった、未来の世界なんていい例だ。
いじめの解消も諦めれば親子仲も諦め、父母の仲すら諦める。私がどうにかしようと本気で動いていたらどうにかなったかも知れないものが、こんなにも溢れて残っている。

ああ、そうだよ。いいじゃない。
人間、自分の命が一番惜しいのは当然のことだ。
一歩間違えるだけで――逆に間違いがなければ私が殺されるような世界で、他人の命なんてかまっていられるもんか。

――私は、私が生き残るためだけに行動する。

誰にも文句は言わせるもんか。

「君もそう思わない?」

「うにゃー?」

コンクリートの山で埋められた土管の上を歩いていた黒猫くんをひょいと抱き上げた。
ぐっと抱きしめて見ると、走り終えて火照った体にはちょっと暑苦しいほどに暖かい。

ふと脳裏をよぎるのは、黒猫が横切ると不幸が起きるなんていう迷信。

まあ、確かに黒猫なんて不吉かも知れない。
それでもこれからこの寒空の下で野宿することを考えたら、黒猫だって心強い味方なのだった。





*

――朝。


土管の中を吹き抜ける冷たい風に目を覚ます。すっかり冷え切った体が訴える寒さに身を起こし、そのまま土管から這い出た。空はまだ夜を引きずった紫色。
おまけに昨夜抱いて寝たはずの黒猫はどこかへと消えてしまい、ダッフルコートにくるまって寝ているのは私だけになってしまっていた。そりゃ、寒いわけである。

それでも生きて迎えられたことでか、何故か清々しく感じる朝の空気の中、うーんと伸びをひとつするとこの体がまだ小学生であることを実感する。
たったこれだけの体操で冷えた体が目を覚まし、お腹の底に熱が灯るのだ。活動用にギアの変わっていく体を感じて、若いっていいな、なんて思ってしまった。高校生が言うセリフじゃないとは思うけれど。

昨日から着たきりスズメの制服のまま、公園の水飲み場の水で顔を洗って一口水を飲む。
恐らく昨日の朝以来何も食べていないお腹も再起動して食べ物を求めてくるが、この際仕方あるまい。小学生にご飯抜きはキビシかったということだろう。

――やっぱり、家に帰ろう。

ごはんもそうだが、それ以上に家の中が気になる。
やつらがいつまでも家の中にいて、私が入った途端に私を食い殺すのか。
それとも、いなくなって私はまた平穏に生活を送れるようになるのか。

――平穏か、死か。

二者択一の運命を、私は今目の前にしていた。
公園からゆっくりと歩き、滅多に見ることのない早朝の町並みを見物しながら家の前に着くと、まだ父さんも母さんも寝ているようだった。
まあ無理もないだろう。公園にあるパステルグリーンのペンキで塗られた時計を見たときはまだ、朝の4時だった。我が家が動き始めるのは7時ごろからで、たかだか自転車で十五分の公園を小学生の足で歩いたからといって3時間もかかる道理はないだろう。

お母さんたちは起きていないかも知れないが、鍵くらいならいつも用意している。
鍵を鍵穴に挿し込んでぐいっと左に捻り、違和感。

鍵を開ける方にひねっても、金属の噛む感覚がない。手応えがない。

まったく、夜に鍵を閉めるのを忘れたな、無用心な。娘が寒さに震えながら夜明かしする中、親は呑気に鍵もかけずにぐっすりか。
呆れるような、微笑ましいようなちょっと愉快な気分になりながら、音を立てないようにこっそり忍びこむ。

――こんな優しい気持ちで忍びこむのは初めてかも知れない。

時を遡る前はよく家に忍びこむように入っていたが、それは飲んだくれた父さんとの会話を厭っての怠惰の結果だ。
こんな、寝ている母さんたちを起こしたくないだなんてポジティブな理由じゃあなかった。
今思えばこの家の平和の象徴とも言えた母さんが居るだけで、こんなにも自分の精神に差が出るなんて、われながら現金だよねと苦笑する。


ふと、鼻が異臭を捉える。

廃工場に悪くなった牛乳をぶちまけたような、妙に生理的嫌悪を覚える臭い。


――暖かな気分が、反転する。


押し寄せる悪寒に足を駆け、リビングの扉を蹴り開けると、そこには、



父さんが寝ていた。

母さんが寝ていた。



赤黒い中で、喉から包丁を生やして寝ていた。

朝日の中で、観葉植物の鉢をばらばらに砕いて寝ていた。



真紅に輝く中で、何かを抱え上げたかのように腕を掲げて寝ていた。

鉄錆が匂う中で、何かを振り回したかのように腕を折り畳んで寝ていた。



揉み合った後のように寝ていた。

首筋に奇妙な形の痣を浮き上がらせて寝ていた。





「あは、あはははははは……」


――何が、平穏か死かの二択だ。

すっかり失念していた。
考えもしなかった。


――マミの親が死ぬ可能性があって、なんで私の父さん母さんが死なないと言える?


それはそうだ。やつらはバケモノなんだ。
バケモノなんだから、たとえ自分で手を下せなくとも父さんを殺せる。
バケモノなんだから、たとえ自分で手を下せなくとも母さんを殺せる。

父さんも母さんも、あのセカイの外であいつらに殺された。


「あーっはっはっはっは! やっぱり私はクズだよ!」



マミの親が死のうとも、知らぬふりができると豪語した。
自分の命が一番大事なのは当然だなんて、言い訳できた。

それでも、いざ自分の親が奪われればこんなにも心が破綻しかける。おかしくなる。





――沈黙





どれだけ笑い続けたろう。1時間かも知れないし、10時間かも知れない。
それだけ笑ったら、突然何も音が出なくなった。言葉が浮かばなくなった。
時計が止まってしまったかのように、何もやる気が起きなくなった。

静寂の中。
ただただ、私は時計の秒針の刻む音を聞いていた。
私の中では止まっているのにも関わらず、無関心に時を刻み続ける時計の音……。

かちこち。かちこち。

でも、いつまでもそうしているわけにもいかなくて。


「もしもし、警察ですか?」


ようやく私もかちこち動き出して、最初にしたことは110番通報だった。







☆あとがき
きた! 設定爆撃きた! 6話放送で、立てた構想を破壊されたのがおいしいです。
なんかもう、予定が狂ったとかそういう悪感情ではなく、ただただ「うひょー、ぶっ壊れたぜぃ!」と跳ね回りたくなるようなわくわくした衝動が駆け巡っております。
ありかのソウルジェムに例外処理を加えてどうにか設定を修正しました。先が決まってちゃつまらないだろ! 読者はそれでいいけど作者はそれやっちゃいかんだろ! でもやる。玉砕上等というよりもむしろ玉砕を楽しみましょう。

それにしても、いいですよねまどかマギカ。
さやかと仁美とか、まどかと母とか、上辺の会話は平和っぽいのに片方の内面に一歩踏み込むと途端に超重量なこの紙一重な空気がたまらんです。
魔法の単語に夢もキボーもありゃしない、気がついたらクリティカルダメージ受けてる感も見ていてハラハラして最高です。「ドキドキの魔法タイム」の看板に偽りなし。



[25604] まるで亡霊ね
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2011/02/25 01:18

あの日から、ありかはただ死体のように動くだけだった。
何かを欲しがるでもなく、何かに取り組みもしない。
憂鬱な気持ちを強引に震わせながら、マミは病室の扉を開いた。


「おはよう、春見さん」

「ああ、おはよう」


いつも通りの挨拶。
もともと細かった肢体は更に痩せこけ、ショートボブの髪も手入れを怠ったか栄養が足りていないか、はたまたその両方が原因か、光沢を失っている。
力を失った腕はだらりとベッドに垂らされ、病室の中でただ白く横たわるだけのありかは、もはや挨拶を必要としているとは思えないほど無気力に答えを返した。


――ことわざというものは、大抵なにかあったときにひとつくらい引用できるものがあるものだ。
弱り目に祟り目、泣きっ面にハチ。今回はこの二つ。

ひとつめは、ありかの両親の死亡。……それも、お互いがお互いを殺そうとして、相打ちの形で致命傷を与えたまま意識を亡くし、死亡。
きっかけはわからない――警察では『痴情のもつれ』ということになっていて、あのありかを挟んで仲のよさそうな二人が浮気を巡って殺し合うなどと、にわかには信じられなかった。
それでも、起こってしまったからには信じないわけにもいくまい。

そしてさらに悪いことは続く。事件の後二ヶ月強でありかの指が麻痺で動かなくなった。
それからは、治らないどころの話ではない。病状は日を追うごとに悪化し、今では腕も動かなければ足も動かない。

まだ動かなくもない程度にマシな腕に人体工学に基づいて作られた杖を固定してようやく動ける。
その程度まで運動能力が落ちたまま、しかしありかは泣き言すら言わなかった。

言ったのはただ一言、「私は父さんと母さんを見捨てた。だから、これはただの報いだよ」


「調子はどう? 少しは……」

「うん、いつも通りだよ」

「そう、なの……」

ここ最近は悪化の一途を辿っている友の言葉の意味に、マミは嘆息した。
悪ノリする娘ではあったが、それが負の方向を向いたときにはここまで際限なく悪化するというのは知らなかった。
そんなありかの今まで知らなかった一面に頭を痛めつつ、いい加減慰めることが無駄だと

「それで? お医者さんからは何か言われてないのかしら」

「完璧に匙を投げられたようなものだよ。完全に原因不明の意味不明、何が起こってるのかすら現代医学じゃわからないとさ」

手のひらを上に向けて肩をすくめようとして失敗、ありかはそのまま

魂が抜けたように腕が動かなくなる。生命が吹き飛んだように足が動かなくなる。
脳を調べても正常で、神経への命令も正しく機能しているはずであり、神経を伝って電気信号が飛び交っているはずなのに筋肉がぴくりとも反応しない。皮膚感覚もない。
電気ショックを与えてようやく反応するものの、神経からの電流にはまるっきり反応がないというまさしく現代医学の敗北である。

「逃亡の代償ってやつよ、当然のペナルティだ。私はきっと、死ぬまでこのままなんだよ」

もっとも死ぬのもそう遠くはないだろうけど、と諦めたように空虚に笑みを浮かべるありかに、マミは戦慄した。
もはやありかは自分の死をなんとも思っていないのだろうか。ありかという時計は、お父さんとお母さんの死で大切なネジが外れて完全に壊れてしまったのだろうか。
もう幼き頃からの親友が、ありかとは違う別の物質に変わってしまったのではないかと寒気すら覚える考えが脳裏をよぎった。

「元気を出しなさい、ね? あなたが死んだら悲しむ人だっているんだから、簡単に諦めちゃだめよ」

そんな考えを振り払うかのように明るく焚きつけたが、その言語は果たして、本当にありかに向けてのものだったのだろうか。
ひょっとしたら、ありかのことをいい加減に見限ってしまいそうになる、自分自身への励ましだったのではないだろうか。

マミはそんな風に、自分で自分の発言を再び咀嚼した。
そう、あきらめちゃだめよ、マミ。


だが、返し刀は残酷だった。

「おばあちゃんもいるにはいるけど、駆け落ち同然だったせいでほとんど縁は切れてる。父さんと母さんももういない。学校の友達だって、どうせ転校していく人たちと扱いは大差ないよ」

ただ変わって、忘れていくだけ、とありかは笑ったまま言った。

「じゃあ、誰が悲しむの? いつまでも変わらない誰かの唯一に、私はなれるの?」

「私じゃあ、駄目なのかしら。私がずっと覚えているだけじゃ、駄目なのかしら?」

「駄目だよ。友達はあとから変わるんだ。代わってしまうし、変わってしまう」

意外にも友達というものは替えが効く。効いてしまう。
たとえ一時悲しもうとも、しばらくすればそれはナニカに上書きされてしまう。忘れてしまう。

「いくら喪失感に苛まれようと、友達は一人で終わらない」

家族のように、完全に足跡が残るようなものではない。
友という轍は、常に新雪によって装いを新たにして連綿と積み重なっていく。

いつかマミだっておばあさんになって死ぬだろう。そりゃあ、人間なのだから仕方ない。
その時、傍らに泣いてくれる人がいるとする。けれど数日は泣いていたとしても、また他の友を背に立ち上がり、存在は変質し、消えていく。

だから家族がいる。家族はずっと家族であり、英雄でも愚者でもない。

ありかは語った、変わらぬ存在が欲しいと。

自分のことを正しく認識する人間が欲しいと。


だが――それは、幼馴染では駄目なのだろうか。

子供の頃から一緒にいる、幼馴染で無二の友では駄目なのだろうか。


「だって、私はそうだったもん」

何かを懐かしむような、遠いどこかを見つめるありかの瞳。


「もしマミがある日突然死んだとする」

「……突然、なによ」

「まあなに、冥途の土産だと思って聞いてみなよ。私がしゃべれるのはもう最後かも知れないしさ?」

二重の意味で縁起でもない仮定だった。
マミもありかも、まだまだ若い。寿命なんていくらでも残っているはずだ。こんなところで死ぬなんて、あっていいはずがない。

「もしさ、マミがいなくなっても、私はすぐに忘れるよ」


唖然。マミには口を開くことすらできない。


「マミが消えてもね、私はただ、何日か泣くだけなんだ。それが終われば日常が戻っちゃうんだ」

さらりと言った。今まで同様の薄ら笑いにはどこか嘲るような香りが混じって胸を突付く。

「そんなの、なってみなくちゃわからないでしょう!?」
「わかるよ」

真顔だ。ありかの表情が一瞬で抜け落ちた。

「私が一方的にクズなだけかもしれないけれど、それでも私、自分のできないことで他人を信用できないんだ」


――深い。


目の前に立ち塞がる自己嫌悪の断崖にマミはめまいすら覚える。
今、この瞬間に理解した。

ありかはずっと、自分が死ねばいいと思っていた。

お父さんやお母さんが死ぬくらいなら自分が死んだほうがいい、そう思っていたからここまで泣き言ではなく、自虐のみを行ってきたのだ。
己を嘲笑し、あの日に外泊したらしい自分の浅慮を呪い続ける。それがライフワークとなって、己が死を今か今かと待ち望み続ける。


「まるで亡霊ね……」

マミは呻くように呟いた。
縁起でもない、と気づいた頃にはもう遅い。何がツボにはまったのか、ありかは大笑いして昏い光を眼に宿らせていた。


「そうだよ、私は亡霊なんだ。もう終わっちゃった”春見ありか”の亡霊なんだよ!」

だらりと垂れ下がった腕を掲げて高らかに哂う。

「だから、早く成仏して消えてしまうべきなんだ! 馬鹿みたいな化け物どもを連れてさ」

朗々と読み上げるように、ありかが哂う。


「ごめんなさい、あなたは亡霊なんかじゃないわ。謝るからそんなことは言わないで……」

「いいんだよ! どうせ私はあく……かはッ!?」

「ありか!?」

突如、世界の終りが来たかのように顔を歪めて倒れた。
あばらの浮き出るほど痩けた胸を力の限り掻き毟ろうとして力なく叩き、身体を丸めようともがいて足が動かず体勢を崩して地に落ち、転がる。

「あかっ……くは……っ!?」

「ちょっと、冗談言ってる場合じゃないわよ、質の悪い冗談はやめてよ、ねえありか!?」

息をしていない。肺が上下していない。
マミはただの小学生だ。奇跡も魔法も見たことないし、医療知識があるわけもない。
けれどありかにだいぶ前に言われていたこともある。


――麻痺が進行したら、肺まで届くかも知れない


「ねえ、死なないで!」

肺が麻痺すれば死ぬしかない。
急いでナースコールを叩きつけるように押すと、白目を向き始めたありかを仰向けにして平手を構えた。

息が止まったら心臓マッサージ

ドラマでもよくあるシーンだ。
人工呼吸だか心臓マッサージだかはよくわからないが、どうにかしなければありかが死んでしまうことは間違いない。
今まさに、目の前で魂が抜けていくように消える命を、何もせずに放っておけるものか。


「看護師さん、早くッ!」

子どもの力では足りないかも知れないと、腕を高く振りあげて……




「あれ? 私、どーしてこんなとこに?」

突然だった。苦しみも絶叫も、すべてを置き去りにして、我に帰ったかのようにありかがきょとんと目を瞬かせた。
目を見開いて硬直するマミを置きざりにしたまま、くるくると左右を見回して、右手でこめかみをぐりぐりと捏ねて、おもむろに立ち上がって窓際に寄り見滝原の街並みを見渡してから首をかしげる。

「マミ、どゆこと?」

「ありか……あなた、体が……?」

動いている。たった今まで命が抜けていくように麻痺の進行が止まらず、働きを止めた肺に苦しんでいたというのに、けろりとその動きを健常者のそれに戻してみせた。
もう、奇跡や魔法というほかないだろう。一周回って悪魔の業かと疑うほどに、それは唐突な快癒だった。
だというのに、ありかはほへっと顔の造形を崩して笑うだけ。

「マミ、名前で呼んでくれるのは久しぶりだね。なんか呼んでくれなくなってからちょっと寂しかったもんだから……」

「今はそんなこと言ってる場合じゃ……」


気づいた。

ありかの瞳にはもうあの破滅へ突き進む光は無かった。
それこそ憑き物が落ちたかのように素直で、とぼけて騒ぎながら一緒に登下校をするありかが戻ってきていた。
動きももう昔のありかで、今はお腹を鳴らしてはお腹すいたーごはんーだのとふらついている。

そこで、ぴたりとありかが動きを止める。
うーん? と顎を揉み、首を傾げ、耳を指で伸ばし……そんな和やかな動作につい、マミが気を緩めていると、


「ああああああああ!?」

「な、なに!?」


思い出したかのようにありかが絶叫した。
さっきまでのありかがまた帰ってきたかと身構え、そして


「クリスマスパーティどうなった!?」



事件が起きてから全ての記憶が消えていることに、マミは気づくことになった。








☆あとがき
うひょー、毎週毎週SSに新しい設定が生えていくこの感覚がたまりません!

下半身不随と脳の麻痺も入れようかと一瞬迷ったものの、流石に不謹慎すぎたのでカットしました。
まどかもさやかもいい加減普通に笑うようになってきて、マミさんがすっかり過去の人として偶像崇拝されててちょっぴり寂しい今日この頃。
さやかの中でマミさんが聖人になっていることが逆に精神的に足を引っ張っているような原作の描写がちょっぴり悲しいです。

以下オリジナル魔女の魔女図鑑

  Clemens
騒乱の魔女の手下。その役割は迎合。
もとは魔女の体の一部だったが、投げ捨てられて地面に埋められてすくすくと育った。
魔女に面白そうなことを持って行き、その全ての意見を肯定するのが仕事。たまにそんな生活が嫌になるが、逆らうと魔女が怖いのでそのままでいる。
ブランデーの球の中で生きているのでいつもお酒が切れないように周りから継ぎ足している。



[25604] 誰か、私を呼んだ?
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2011/03/03 01:28

――あなたは、誰?

私は広がっていた。

――そんなに必死な、あなたはだぁれ?

私は広がり、たゆたっていた。

――だいじょうぶ、もうだいじょうぶ。だから落ちつこう?

私、なにやってるんだろう。

――私? 私はね……







「ん……?」

意識が覚醒するのはもう見慣れた光景。生徒数の割にはだだっ広く寒さの際立つ体育館。
そんな中でマミに肩を揺らされて意識に火が灯るのももう慣れっこだ。

「――誰か、私を呼んだ?」

それでも、誰か知っているようで知らない声に呼ばれたような気がした。

「そりゃ、さっきから私が起こしてるからに決まってるわよ」


それもそうだった。
時を越えたありかを起こすのはマミの役目。これは今までの時間旅行――ループにおいて不変のことがらであった。
誰か別の人に呼びかけられたような気もするが、きっと気のせいだろう。


「……あれ?」

自分がループしたのはなんとなくわかる。死ぬと巻き戻るはずの時間は間違いなく巻き戻っていたが、それでも私は自身の死因を覚えていない。
前回はあのバケモノから逃げ出して、それから……。


「ペナルティ、アリなんだ……」

逃げ出したペナルティっていうのがあるらしい。
最後の記憶は珍しく曖昧だが、その状況に行き着く過程には心当たりがあった。

「何をいつまでも寝ぼけてるのよ。校長先生の話だってさっきから言ってるでしょ。……ちょっと、どうしたの、まさか具合でも悪いの?」

私は前回、父さんと母さんを見捨てて逃げ出した。見殺しにした。
そうしたらある日突然、体に魂が行き届かなくなるように、末梢から動かなくなっていき、そして最後には――

「心臓麻痺でもしたかな?」

「いきなり死んでる宣言された!?」

なんで校長先生の話聞くと心臓麻痺するの、などとマミがわめいていた。

「何言ってるのさマミ、心臓麻痺なんて起こったらまず死ぬに決まってるじゃない。私が死んでるように見える?」

「自分から言っておいて流石に理不尽じゃないかしら!?」

なるほど、どうやら私の脳からこぼれた独り言がマミの話と妙な形で噛みあってしまったらしい。
なんとも不思議な偶然もあるものだ、と少し笑った。なんというか、笑うのもちょっと久々な気がする。

「ああ、気にしないで。ちょっと考え事してただけだから」

「私はちょっとした考え事で心臓麻痺なんて言葉が出るような友だちを持っていたの!? と言うか春見さん、人の話は聞きましょう!」

確かにふと出る言葉が心臓麻痺というのもちょっと考えさせられるものがある。
何度も死ぬ目に合うような異常な状況でもなければ、ひょひょいとは出ない言葉だろう、きっと。

――それでも。

人間の命は脆い。交通事故で失う。バケモノに食われて失う。簡単に殺しあわされて失う。
それが私や家族、マミの両親だけでなく、マミにだっていつでも起こり得ることだけは、忘れてはいけないだろう。
勿論、本人が念頭に置いて行動しておくに越したことはないだろう。

「心臓麻痺なんてよくあることだよ。日本中のどこででも起こり得る。
 ――いや、世界中で起こることだね。だからさ、その可能性を日常に埋もれて考えもしない日本人がおかしいんだ。平和に包まれて、バカになっちゃってるんだ」

「心臓麻痺について突っ込んだと思ったらなんか思った以上に正論が帰ってきたわ、日本人全員に向かっての否定付きで!」

「おお、倒置法かぁ。あとさ、校長先生の話の時に大声出しちゃ駄目だと思うんだ。人の話は聞かないと」

「……すみません」

ものすごく釈然としなさそうな顔でマミは黙って、無言で睨んでいた校長先生に視線を戻した。
くるくるとパーマのかかった髪を揺らして、あとで覚えてなさいよと言わんばかりにありかへ振り返りながら話が終わるのを待った。

なんとなくやり込めたような形になってしまって申し訳なく思わないでもなかったが、今は校長先生のお話を聞くのが先だ。

あ、そうだ。
この話を覚えて次回以降ハモって言えるようにしたら、ちょっとした生き甲斐になるんじゃないだろうか。
人生生き甲斐がないと駄目だ。だからこれからは校長先生のお話を気晴らしがわりに聞くことにしようと考えた。

『なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――』、

体をまさぐるが、特にメモに使えそうなものもなかったため、空で覚えようとありかはがんばってみるのだった。







「いてっ」

話が終わり、体育座りで座ろうとしたところでありかは尻に痛みを感じた。
高校生から成長途中に逆戻りしたためだいぶ軽く感じるお尻をどけてみると、そこには妙なガラス玉。

篭のような意匠をした金色の地に包まれた、無色透明なガラス玉で、カーテンから漏れる陽の光に透かしてみるときらきらと反射させてちょっときれい。
惜しむらくは中にちょっと濁りが見られるところだが、それさえなければホンモノの宝石みたいで、なんとなく手放すのが惜しくなる。
きっと高校生までそういったものに縁のなかった私にとって憧れるものがあるせいだろう。


――そういえば、これって持ち主が見つからないんだよね。


ふと今までのループを思い出すと、3回とも結局持ち主が見つからないで放置されていたものだったはずだ。
それにそれに、よくみると水晶にも見える(見分け方なんて知るはずもないが)この宝石だ。
パワーストーンなんて信じてもいなかったが、時間旅行にバケモノまであるこのご時世、ちょっとくらい奇跡やご利益にすがってみるのも悪くない。

うん。悪くない。小学生の私ではちょっと背伸びしてる感はあるかも知れないが、少しくらいいいよね?

拾いあげてスカートのポケットに突っ込んでみると、なんとなく心が安らいだ気がした。
なんというのだろう、まるで長い間分かたれていた母さんに再び会えたときにも感じたような、暖かな感覚。
たかが石ころでこんなにも変わるのか、パワーストーンというのはなかなか侮りがたいものがある。


「ここまできたら、徹底的にオカルトで対抗してやるんだから!」

水晶にパワーがある。じゃああとは?
神社で買ったお守りでも投げつけるか? 塩でも撒くか? それとも般若心経でも唱えてやろうか? もちろん知らないけど、適当に南無阿弥陀仏だの南妙法蓮華経だの唱えておこうか。
それで駄目なら殴ってやる。学校の金属バットでぶん殴るし、それで駄目なら包丁で刺してやる。それでも死なないようなら打ち上げ花火でも水平発射してやる!

とにかくありとあらゆる手段を使って、あのバケモノをぶっ飛ばす!


――そして、何としても父さんと母さんを守る。


ぐっと、また動くようになった拳を握り締めて、自分の魂に約束を交わした。
そうだ、負けてなんてやんない。私はあのバケモノどもに抗って見せる。
例え刀折れ矢尽きようとも、ぶん殴ってぶち殺す。


――だって私には、いま、握れる拳があるんだから










そういった理由で、ありかは生まれて初めて盗みを働いた。
時間を逆行しているとか、そういった屁理屈を一切無視しての初めてだ。

盗んだ品目はただの一品、その名も金属バット。一本で叩くぶつ殴るの三つの機能を備えたミズノ製の一品だ。
学校の体育倉庫の奥にしまわれている品で、少し錆びて相当前から使われていないことが推察できる。
実際、暴力事件の発生より小学生に鈍器を持たせるのは危険なのではないかというPTAの突き上げで体育倉庫の奥深くに封印され、もう長いこと陽の目を見ていないモノであった。

何もしてないのに、レッテルだけで放逐された悲劇の一本。

なんとなく、自分の境遇とかぶって見えてありかは笑ってしまった。
もっともバットは物で、ありかは人間だ。バットが何もしない事に罪はないが人間が何もしなかったらそれは怠惰となる。

バットを持ってこっそり帰宅し、ただいまと挨拶してリビングに入る。


「お帰り、あり……何でそんなものを持ってるんだい?」

バットを手に持って家に帰ったら、父さんにそんなことを言われた。
それはそうだろう。小学生の娘が突然クリスマスの日に金属バットを持ってきたら、客観的に見て怪しい。
しっかり教育しようとも思うだろう。

「ちょっとさ、処分品ってことで処分される前にもらってきたの。ほら、暴力事件のアレ」

「ああ、あれで……」

いかんなあ、バットまで禁止するなんてそれは違うんじゃないか、などとぶつぶつと呟きながら、父さんは納得したように頷くと、それはそれとしてと区切った。


「じゃあ早く玄関に置いてきなさい。母さんもありかのことを待っていたんだよ」
「ありかちゃんは揚げたてのチキンが好きだもんね」

「うん、今置いてくる」



玄関に金属バットを置いて、ニ階の子供部屋に荷物を置き、居間に戻って母さんの料理を待つ。


パーティのお昼ごはんは美味しかった。記憶どおりにからっと揚がったチキンに香り豊かなスモークサーモンのマリネ、にんにくの香りが食欲を掻き立てるガーリックパン。


食べ終わってごちそうさまを言う前に割れて、サブリミナルで割り込む異界。


でも、バケモノ世界に飲み込まれた後に玄関に金属バットを取りに行ったらまず玄関自体が存在しなかった。


「食らえ、ありかパーンチ!」


私は死んだ。










そういうわけで、ありかは今度は時間ギリギリに家に入ることにした。

バケモノが現れるのは経験上2時ごろになる。
これに遅れるとたぶん父さんと母さんが死んで、それに満足したのかバケモノは撤退する。
そしてこいつを逃がすのはきっとルール違反なのだ。見捨てれば私は現代医学では説明のつかない不思議な力で死ぬことになる。

装備はお守りの水晶に金属バット。こんどこそ、あのバケモノどもをぶっ飛ばすのだ。

『~♪』

携帯のアラームが鳴る。セットされていた時間だ。
『帰ってくるのはまだなの?』などのメールを黙殺したまま電源を切り、なるべく音を立てずに玄関の戸を開いた。
この時点ではバケモノはまだいない。
何か異常はないかなぁと探ってみるが、特に無い。


「まだかしらありかちゃん。遅いわねえ……」

「もうそれで何度目だい? 母親としてありかを信じてもう少しどしんと構えて待っていたらどうなんだ」

「なによ、別に誰に迷惑をかけているわけじゃないんだからいいじゃない。器のちっさい男ねぇ」

「僕に迷惑をかけていることがわからないのか? まったく、体重ばかり増えてぜんぜん精神的に落ち着かないんだなきみは」

「なんですって! あなたこそ心にゆとりが足りないと思わない? 頭の毛根と一緒に心臓の毛まで死んじゃったのかしら?」

「何だと隠れ肥満!」

「何か違うって言うの毛生え薬浪費家!?」


……居間の空気が最悪なことを除けば。

というか、小学生の頃から割と仲悪かったんだ。私がちょっと遅れたらここまで喧嘩が発展するなんて。
逆行する前の小学生時代も、自分がいないときはこんなだったのだろうかとちょっとありかは遠い目であらぬ場所を見ていたが、それもそう長くは続かなかった。


――ぴきり。


空間が音を立てて罅割れる。
割れた中からは極彩色の輝き。閃光を放つウミウシが笑顔の仮面の咆哮に乗って、ミルク色をした風を逆撫でる。
火の玉が八本足を生やしてふよふよとなにものかを探して彷徨う。

――そう、そこは気狂い玩具箱


「はっ、上等よ」

上唇をぺろりと舐め、粟立つ皮膚をごまかして無理やり笑みを形作る。
死ぬ覚悟ならダース単位で決めてきた。

今のありかを完全に殺せるものなどありはしない。魔女だろうが魔王だろうが天使だろうが神さまだろうが、ありかの時を巻き戻すトリガーにしかならない。


――自分で決めた約束を忘れない限り、私は無敵だ。


「てやああああああああああああ!」


なにぶんありかは我慢強い性質をしている。
金属バットを両手で握り締め、近くにいた火の玉目がけて殴りかかった。

ありかが何をしているのかわからないのか、全く無反応でバットはバケモノの真芯を捉えた。
手応えアリ。足をもつれさせて地面に倒れ込んだ炎のバケモノに向かって、再度振り上げたバットを再び振り下ろした。

ぐしゃり。

腕が確かな感触を伝えてくる。もういちど。

ぐしゃり。

そうだ。

ぐしゃり。

そうだ。そうだ。

ぐしゃり。

その気になれば、バケモノなんて屁でもないんだ!


そのまま数度殴りつけると、バケモノは弾けて忽然と消え去った。
煙も肉片も残さず、まるで最初からいなかったかのように消えてなくなってしまった。
そいつが存在した痕跡はただ金属バットに残る確かな熱のみ。

「はぁ……、はぁ……」

乱れる呼吸を正すと周りにはまだまだ同じような奴らが一杯だった。

『uoradnnannnan』『ubosaubosa』『adukokuohinamasaako』『adukokuo』『inamasaako』『adukokuohinamasaak』

――見られている。

包囲を狭めるようにやってくる火のついたレーズンみたいなしわしわのバケモノたち。
金属バットを掲げて、やつらを威嚇するようにぶん回す。
さっきまでの振り下ろしで大分腕が疲れていたが、この際そんなものは関係なかった。

殺らなきゃ殺られる。

殺られても次があるし、いい加減死ぬことにも慣れてきたが、そうそう無駄死を繰り返したくはない。
かと言って逃げたら父さんが死ぬ。母さんが死ぬ。

ならば取るべき手段は特攻のみ!

「らああああああああああああああああああああ!」

バットを引きずりながら駈け出して、そのまま一閃。
こちらの行動に無関心に寄ってきていたバケモノをジャストミート。50ヤードはふっ飛ばした。

返す刀でその隣を歩いていたバケモノに振り下ろす。
地面に焦げ跡を付けながら蝋の島を転がってブランデーの海までホームラン。

そのまま振り返って背後のヤツを――

ぶん殴ろうとして、手からバットがすっぽ抜け、地面に空虚な音を立てて転がった。
小学生女児の握力の限界だ。

「そんな……」

鈍く輝く金属のバットは子どもが殺人的に扱うには重すぎたのだった。
無手になったありかはそのまま、転がるようにしてその場を離れようとしたが、それでもあまりに無謀だった。

げじげじとした繊毛の生えたバケモノの足が、ありかの行く手を遮ったのだ。

「ファッキン、バケモノ」

炎に抱かれるように、緩やかに肌を包みこんでいく嘔吐するほどの灼熱感。

もう数度目にもなるそれに焼かれていき、ありかは再び絶命した。

 

















☆あとがき

テンション上がりながら見た原作8話と惰性で買って読んだ生徒会の一存が化学反応を起こしました。
このSSで現在一番怖いのはおりこマギカです。マミさんは今まで死んでからノータッチだったお陰で好き放題回せていますが、前日談されると一気に粉砕される可能性がゴリゴリ上がっています。
そこまで行くともうパラレルで押し通すしかないのです。

あと、QBのアフターケアがゼロなせいで何時まで経っても主人公が魔女を魔女と呼ばないのですが。
はやくループを脱出しないと話になりません。



[25604] ただいま
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2011/03/13 15:40
――あなたは、誰?



「たらあああああああああああ!」

金属バットを掲げ、燃え盛る干しぶどう目がけて振り下ろす。内部の液体に浮かんだ細胞片をぶち抜いて、大きく身体をひしゃげさせた。
ごろごろと転がってくる絶叫仮面たちをゴルフ打ちで吹き飛ばす。真芯を叩きつけられた仮面は罅を入れながらブランデーの海にホールインワン。
びりびりと電気を放つウミウシを丸い先端で突いて蝋の地面に叩きつける。断末魔のようにぎらりと激しく輝いてから燃え尽きた。
なるべく最低限の力の入れ方で自重に任せるように殴りつけるも、やはりだんだんと腕が言うことを聞かなくなってくる。
それでも構わずぶん回し、

手からすっぽぬけて飛んでいった。

そして私は、ヤツらの射出された角で串刺しにされた。


バット――不可。殴り倒すだけの腕力がない。

一体二体までなら倒せるが、半永久的に殴れるだけの体力がない。





――いっしょにがんばろう?



「邪魔あ!」

包丁を突き出す。酒で清めて迷信に縋った刃が深々と、毛の生えた緑のトンボを串刺しにした。
返す刃で炎の怪物を切断しようと迫るも、その炎の強さにリーチの短い包丁での一撃を断念して反転。
駆けながら空中に飛んでいるウミウシを切断し、蝋の島から出る苺の飛び石を渡って別の島へ。遠くから飛んできた炎を纏った角を地を転がって避ける。
いい加減眼が慣れ始めた相手の挙動に、それでもなお冷や汗が噴き出る。ゲームやなんかと違い一撃貰えばほぼ終了だ。
いくら殺されることに慣れてようと痛いものは痛いんだから、傷なんて負ったら全力で動けなくなる。ただでさえ身体能力は未来より落ちているのだ、そのような状態で生き延びられるはずもない。
目の前で顎を開く緑トンボにステンレスの刀身を振り下ろし

甲高い音を立てて、折れた刃が飛んでいった。

そして私は、左胸を丸ごと食いちぎられた。



包丁――不可。刃が耐え切れない。

台所に突入して奪取、刃を日本酒で清めたりしてみたが途中で刃筋が立たなくなって使い物にならなくなる。







――はじめまして。




「「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――」」

もう耳にたこができるほど繰り返し聞いた校長先生の話に、ありかがタイミングを合わせて唱和する。
前後から音の違う同一内容のお説教が聞こえてきたマミがぎょっとしながら振り向くが、ありかは眉ひとつ動かさない。

ただただ校長の話を、テンポを合わせて同時に唱えるのみ。

――ありかが3ケタ代も中盤に差し掛かるほどの回数聴いた、努力の結晶だ。

ありかにとってみれば、気の遠くなるほど回数を繰り返した世界での、数少ない眼に見える形での成果だ。
無論まったく意味はないが、いい加減前週のありかとは違うということをありか自身が知覚できねば気が狂いそうなのだから仕方ないといえば仕方ない。


「ねえ、どうしたのよ春見さん」

顔を覗き込むマミすら、ありかにとってみればもう何度目かわからない。
そんなときは黙って眼を見返してやれば、何事か悟ってか黙ってもう何も聞かなくなる。これも経験上すでに知っていた。


「まあ、当然だよね……」


純真無垢というか初心というか、ぶっちゃけバカだった頃の春見ありかから、死んで死んで死にまくり、そして父さんも母さんもマミたち巴一家もみんな救ってやろうと決意したありかに変わったのだ。
もはや別人と言っても相違ないだろう。きっと。

――私は、もうあの頃の自分じゃない!

ただ自分の幸せばかりを考えて、自己中心的に自分だけ平穏であればいいと逃げていた弱い春見ありかなどでは断じてない。
例え命を何度投げ捨てようと戦い、みんなの幸せを守る。周りの他人が幸せであるよう祈り、願い続ける。

此処に居るのはそんなありかだ。



だからありかは、今日も戦いの刻を迎えることになる。

逃げようにも何度だって目の前に戻されるし、それならいっそ戦い続けて、奴らをボコボコにしてしまったほうがよっぽどいい。





数周前から、ありかは本気でオカルトに頼ることを考え始めた。
塩に、清酒、銀、そしてパワーストーン。

結果としてそれは大成功を収めたと言っても過言ではない。


――右に構えた水晶でぶん殴る。

誰が落としたのかは知らないが、落とした人さまさまだ。キスぐらいまでならしてあげてもよろしく思えてくるほど感謝している。
丁度良く突き出た突起に紐を結わえられ即席の武器として振り回される卵型の水晶は、鋭く奴らの側面に突き刺さった。

パワーストーンで殴られた、干しぶどうは千切れて中から吹き飛ぶ。ウミウシは塵へと分解される。仮面は砕けて破片になって島に溶ける。

こと、労力に対するバケモノへの打撃力の効率は今まで扱ってきたどんな鈍器をも凌ぐ。それどころか下手をしなくとも刃物すら上回った。

目端に映る角に気づき、飛んできたそれにタイミングを合わせて側面から水晶を打ち付ける――霧散。
足元走る仮面をサッカーボールみたいに蹴って掬い上げ、角を打ち落とした慣性を脇で一回転させて殺してからぶん殴る――粉砕。


軽くて扱いやすく、かつ奴らを殺しきることができる武器に気づいたことによってありかの戦線は一気に色を取り戻したのだ。


「これでも……喰らいなさい!」

体勢を低くしたまま蝋の大地を踏みしめ、バケモノが十数体集まっている所へ突撃する。
身体の脇でぶんぶんと水晶を回転させたまま集団に分け入り、思いっきり薙ぎ払った。

数体がまとめて塵になる。

――もういっちょ!

そのまま勢いに乗って水晶の起動を縦に変え、目の前に居るヤツを殴り倒した。
半円を描いて戻ってきた水晶を今度は斜めに軌道変更、側方へ踏み込みながら――

視界の端に、こちらへ突っ込んでくるウミウシが見えた。

しかしもう軌道の変更は無理だ。構わずに側方の連中を薙ぎ払ってから、手元に水晶を引き戻し――


――腕にぴとりと貼りついた、ぬめっとした冷たい感覚が一瞬で灼熱感に変わり、意識が吹き飛んだ。










――ねぇ、どうしたの? どこか痛いの?






「「なので冬休みに入るにあたりー、皆さん我が校の生徒たちには以下のやくそくごとを守っていただきたいのです。これはなにも君たちの自由を奪おうという意地悪ではなく、あくまで校長先生がきみたちに元気で健やかに冬休みを過ごし、新年もまたはつらつとした姿で私たちの目の前に現れてくれるよう――」」

いい加減聞いた回数が千の位に繰り上がりそうになるほど繰り返せば、いい加減声のトーンすら覚えてくる。そして、校長がどのような発生方法をとっているかも研究できるというものだ。
ありかはもはや、完璧だった。

「「知らない人にはついていってはいけません。あなたたちは目がキラキラと輝いていて、実に素晴らしい子供たちです。我が校の誇りです。ですから、かわいいからと怪しい人がよからぬことを企んで寄ってくるのも理解出来ない話では――」」

完璧なトレースであった。完璧な校長ボイスによる、完全なステレオ音声であった。
毎回微妙に違う校長の間の取り方すら、列の後ろのほうから肩とお腹、それから目線を見るだけで全てが手に取るようにわかる。
長年付き合った親友同士でもこうは合うまいというほどに、一方的にありかは校長のすべての動作に深い理解を示していた。

もはやありかのその動きは、完璧に校長だった。

ひょっとしたら、校長がありかだったのかも知れない。

全宇宙が始まったとき、ありかは校長と同化し、あらたなる校長の説教を継ぐものとして担い手になることを義務付けられていたのかも知れない。


――無論、そんなわけはない。


だが、それほどまでにそれは芸術的だった。ステレオ音声と化し、完全に溶け込んでいたのだ。

「春見さん……あなたは一体何をしているのかしら?」

「魂の結晶よ」

マミが顔を引き攣らせるのも当然だろう。さっきまで寝ていた親友が起きたと思ったら示し合わせたかのように校長と説教を合わせるのだ。
そのようなことが人間にできる技だろうか。否、明らかに尋常ではない。というかアホだ。

しかし傍から見ればアホではあっても、ありかにとってはもはや譲れないライフワーク。
一度生き返ったら一説教をサラウンド。そのあとはマミとふざけるなり他の友達と談笑するなりしばらくのびのびと過ごし、その後は家に帰ってご飯。
いい加減味にも飽きてくるが、そのへんはもうどうしようもない。一回、飽きたのでマヨネーズをしこたまかけて食べてみたこともあったが、怒られて武器の準備時間が削られた上に油っこくて別に美味しいわけでもなかったのでやめにした。
味に飽きたという理由で丸腰で奴らに相対、素手で倒せるのが仮面のバケモノしかなくて、仮面を蹴り飛ばして逃げ続けた末に足に力が入らなくなって崩れて死亡、なんて情けない回もあったものだ。

だからありかは、いつもどおりに脂っこいチキンを噛みしめ、あさりが入っているチャウダーをすすり、カリカリのガーリックトーストを胃に流し込む。

戦闘継続時間が少しでも伸ばすためにも腹ごしらえはしておくべきなため、食べないなどという愚は犯さない。
半ば義務のようなものながらも腹八分目までいただき、水を汲みに行くふりをして台所へと席をたつ。

その中でまず日本酒を取り出し、滅多に使わない肉切り包丁と使い古しの万能包丁に適当に振りかける。
あまり変わらないような気もするが、しないよりは心なしかバケモノを殺しやすい気もするのでおまじない程度だと思ってこのプロセスは欠かさない。
そうして肉切り包丁を腰に下げ、万能包丁を左手に、ちょっと濁った気がする水晶に繋がった紐を右手に持ったところで世界が切り替わる。


ちかちかと天井が裂け、床が割れ、サブリミナルに移り変わる感覚にはもう何の感慨もわかない。



「もう、いい加減殺されてなんかやらないんだから!」

奴らとの戦いで生残るのは、慣れてみると意外と簡単だった。
死なない戦いの秘訣は、下手に退くよりも相手の鼻先で踊って見せることだ。
もうやめてしまったとはいえ剣道でもそうだったが、変に気圧されて逃げるよりも案外思い切って突っ込んだほうが安全なものだ。

背後から飛んできた燃え盛る角を、炎に怯むこと無く舞うように一回転し手に持った包丁の柄で払いのけ、そのまま撃ち出したヤツを無視して前へと駆ける。

最低限の時間ならば炎に触れても火傷はしない。それを利用してなるべく最小限の消耗で連中唯一の投擲武器をいなして、前回覚えた順路で蝋の島を駆け抜ける。
バケモノを無視して進むのは、今回の目標は奴らの殲滅ではないからだ。


――この数周で気づいたことだが、この世界にはちゃんと座標があるらしい。

ブランデーの海に浮かぶ蝋の浮島が大地になり、少しの水路を飛び越えればすぐまた別の島がそこにある。
端の島まで来たかと思えば、その上にちかちかとがめつく輝く結晶体でできた飛び石が宙に浮き、どこかに繋がっているのだ。

それを飛び移って進んでいけば、白とショッキングピンクの目に痛いしましまで飾り付けられた、ありかの高校生の頃の身長の十倍はありそうな馬鹿でかい扉がある。
前回は遠くから見える扉を頼りに、探検がてら道を探しバケモノを殲滅しながら扉の寸前まで進んだ。
だが結局疲れが溜まっていたせいで、扉の前にいた連中の密集部隊と戦っている間に力尽きて殺された。


よって今回はなるべく体力を温存し、記憶していた道から最短ルートを考えて扉の前まで辿り着く。

例によって扉の前では、バケモノたちが数十体ほどひしめいてぼうぼう燃えていたいた。
毎回毎回、ぼうぼうと自分の体燃やしてご苦労なことだ。

取り留めもないことを考えながらも、自然体で連中の間に分け入る。

まずは右手に持った水晶での薙ぎ払い。手元の一振りだけで十体近くがはじけ飛ぶ。
その大きく縁を描こうとする弧の間隙を掻い潜って飛来するは空飛ぶ電気ウミウシ。これは左手の万能包丁で串刺しにし、そのまま振り捨てながら他のバケモノを水晶で薙ぎ払う。

そうやって旋風のようにありかが蹂躙した後は、もうバケモノは一体も残っていなかった。

しかし、扉をゆっくり調べたり、果てはピッキングまで試すにはこいつらを残しておくと都合が悪いかと思い殲滅したが、どうやらその必要性は薄かったようだ。


――ごがががが。


お腹を震わせるような重い音を立てて、ショッキングピンクが真紅に変色し、扉が部屋の向こうへと開き始めたからだ。

「防犯意識のかけらもない無用心っぷりだね。いいよ、乗ってあげる」

誘っているのだろう。向こうはにやついた唇の描かれたベールに包まれて見えないが、どうせ次の部屋に行ったらこの狂った世界から開放してあげますおめでとうなんて言うはずない。
だったら行って蹂躙するまでだ。どこまで続くかは知らないが、例え無限に近い距離があろうとも、それが有限であるのならばいくらだって奥まで進んでやる。

「それにしても敵を全員倒したら開く扉とか……、RPGのダンジョンかなんかかっつーの」

まあ、ありかとて分かりやすいのは嫌いじゃない。
いい加減最適な解がわかってきているせいで大分小難しい事に手を出すようになってきてしまっているが、本来はシンプルに行くのが好きな性分だ。
実際に複雑な事情に直面してしまうとどうすればいいのかわからなくなって閉塞してしまうものの、眼の前に敵がいてどれだけ失敗しようとも最終的にそいつらを倒せなどというのは得意分野だ。



唇のヴェールをくぐると、そこには巨人がいた。

――否、正確に言えば人ではない。
薄暗い部屋を色とりどりの光を放つ歯車が照らし出す光景は実に派手だ。
その部屋の主は光の中で、それを誇るかのようにふんぞり返る。
そいつはガラスみたいにてらりとした光沢をした透明なヒトガタで、顔に黒いしわしわの複眼を貼り付けてそこに居座っていた。身の丈5mはある透明な肉体が壁際の光を照り返し、色とりどりに輝いている。
ここまで部屋と身体が相乗効果を生み出していると、そもそも部屋自体がこのヒトガタを美しく見せる為に存在するように思えてすらくる。

そいつは柔らかに、五指をこちらを歓迎するかのように開き、そして足を六本増やしてそのまま足踏みを始める。
人間としての動きをする気がまずないことは明らかだった。

そして突然ぐねりと身体を回しブリッジするように仰け反って、ありかめがけて猛進した。


「はっ、いいじゃない。下手に人間っぽい姿をしてなくてね。思う存分やれるってものよ!」

軽口を叩いて応じるように前に踏み出す。右手に水晶、左手に万能包丁。構えは必要ない、あくまで自然体。
今までの連中とは姿が違うため、どう殺しに来るのかが読めない。だがそれでもありかとて今までの戦いの中で動体視力を大いに伸ばしている。

上半身に構えられた拳の一撃を右に半歩移動して避けつつ、包丁ですれ違うように斬りつけた。
ずぶずぶと沈み込んで掬いあげられたその刃に、手応えは無い。

――この感覚には覚えがある。

このデカブツの手下だったのか、今までの部屋に居た奴らの中の干しぶどう頭の外膜を斬りつけた感覚だ。
炎に巻かれているのは中身そのものではなくその外側の膜のようなもので、それを斬りつけても特に相手に痛手は負わせられない。
そいつらを狙うときは中身をやらなければならない。だがこのデカブツには中身がなく、透明な肉体があるだけだ。

「八方塞がりとかカンベンしてよ……、まあ駄目でも力づくで押し通させて貰うけれどね!」

振り下ろされる、腹から生やした鎌のようなガラス質の腕を包丁の柄で横から殴って軌道をそらし半歩ステップ。
腰の動きをそのまま右手に集め、水晶を相手の胴体目がけて叩きつける。
そこそこの手応えと共に脇腹が抉れるが、すぐにその穴は埋まる。

胴体にも、腕にも特に弱点はない。

確かに目で見たところでも、そいつのその部分は透明で手応えがありそうには見えない。
ありかは槍のように突き出される腕の一撃を次々と左右に捌いて避けながら考える。
どうすれば死ぬかなんて特に思いつかない。けど――

「流石にさ、頭に心臓に股間……」

腹から生えて突き出されたガラスの槍の上に手をついて、そのまま身体を一気に跳ね上げ、相手の胸元を水晶の一撃で粉砕した。
小さい頃は体操を習っていた身の上だ、こちとら持久力がなくとも小学生の頃が身軽さの最盛期。高校生じゃ余分な肉で無理だったであろうこんな動きだってできる。
しかし手応えはない。

「鼻目鎖骨喉肘膝、どれか当たれば死んでくれるよねぇ!」

どこに当たれば死ぬのかわからなければ片っ端から殴り倒す。
どうせそれで力尽きてありかが死んでも、もう一度やりなおせばいい。
ありかの強みは、例え肉体を轢き潰されて死んだとしても平気でリベンジできるということだ。
例えみんなが助かる確立が1%に満たない奇跡でも、それが引き起こるまでありか自身が繰り返せばただの必然へと引き摺り下ろせる。

奇跡を必然に。

そのためならばどんな闇でも振り払ってしまえる。

ありかは左腕が変化した槍を掻い潜り、デカブツの足元へ転がり込んだ。

今度は八本あるうちの三本ほどまとめて膝を薙ぎ払って破壊し、同時にもう一本を肉切り包丁で引き裂く。――手応えなし。
一瞬体勢を崩しかけたデカブツのやや下りてきた鎖骨めがけて水晶をぶん回す。――手応えなし。
危機感でも覚えたのか、取り付くありかを引き剥がそうと振り上げた右腕に繋がる肩を粉砕する。――手応えなし。
次々と潰される攻撃に焦れたか腹から杭を伸ばすが、その上に踏み込んで登り首に一撃。――手応えなし。
首が吹き飛んで大きく傾いだ頭の複眼から青い炎が噴射される。流石に少し驚いたものの足の下に潜り込んで背後から頭蓋を打撃。――手応えあり。

にやり、とありかは口端を歪めた。

そういえば全面透き通ったボディの中で唯一色を持っていたのは頭についた複眼だった。
4mちょっとの高さにあるため狙いにくくはあったが、少し考えれば狙うべきはそこだとすぐにわかってしまう。


『GYKWYYYVPHYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!』

ぐるりと頭が180度反転してこちらに向き直ると、天井へ向かってガラスをひっかくような咆哮を上げる。
脳髄を焼き切るような騒音に耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、ありかはそれを無視した。今武器を手放すなんてことはしたくないのだ。

脳の伝えてくる鈍い痛みに耐えていると、ここにきてデカブツが突如吠え始めた意味を知った。
――囲まれている。仲間を呼ばれた。
どこに潜んでいたのやら、ウミウシのバケモノが周りにぞくぞくと現れてありかをずらりと囲んでいた。

タイマンでやる気はなかった。今までは遊びのつもりだったから一対一を許してやっていたといったところか。

ならばそれはそれで構わない。ありかは危機を逆に笑い飛ばす。
どれだけ相手が物量を投じようが――


「私を消せると思うなよっ!」


バケモノの手下どもにはかまわず、ありかは駆けだした。
思えば今まで殺してきたのは小物しかいなかった。その中で、小さいのを呼び出したりと親玉のような働きをするこのデカブツを倒せば何か事態が好転するのではないかとありかは希望を抱いた。


腕を駆け上がり複眼に一撃。背中から伸ばされる刃腕の側面を蹴り飛ばしながらもう一撃。


青く輝き炎を吐く予兆を見せた眼に一撃。悶えながら伸ばされた左腕に跳び乗って一撃。


3本ほど腹部から増えた腕を根元に入り込んで避けながら一撃、外から飛んできたウミウシを肉切り包丁で刺し殺しながら一撃、


跳びながら一撃、乗りながら一撃、やられる前に一撃風のように一撃舞うように一撃――


―― 一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃一撃!!



一回で駄目なら二回やれ。
二回で駄目なら百でも千でもやってやれ。

これがループの中で身につけたありかの真骨頂だ。

一撃入れるごとに目に見えてデカブツは弱っていく。
悶えて増やした腕も崩れ去り、下半身はブランデーの雫になって蒸発し、もう腕も右一本しか残っていない。


「これで……終わりぃ!」


水晶を思いっきり頭上で一回転させてからくす玉大の頭部に叩きつけると、そいつはガラスが割れるような断末魔を上げて蒸発していった。
同時に水晶が輝きを強め、光を照り返してきらきらと輝いてみせた。

初めて見たときの体育館の中での輝きを覚えている。
ループを繰り返すごとに濁りを強めたそれが、初めて見たときの輝き以上に綺麗に見えた。

「きれい……」

風のくり抜かれたような臭いのする色彩の狂った電飾の世界がほつれ、さぼてんとクリスマスツリーの共存する我が家のリビングへと戻っていく中で見た水晶の美しさに、自然とため息をつく。
こんなもの、別にそこまで珍しかったわけでもない。
単純にきらきら光る物くらい高校生の頃に割と見慣れているのだからそこまで気にする必要も見られない。

それでも、なんとなく惹かれてしまった。きれいだと思ってしまった。

目の前で机に突っ伏してすやすやとやすらかな寝息を立てている父さんと母さんを見たときの、勝利の美酒とでもいうやつだろうか。

「父さん、母さん……」

よく考えて見れば、最初の一回以降は家に帰ってきたのは身体だけで、心は別の方向へ向いていた。
家庭に帰ってきてなどいなかった。
だから、改めてもう一回言っておくべき言葉は……


「ただいま」


この一言だった。







私はやっと、日常に帰ってきたのだった。















☆あとがき
なんかマブラヴのハイヴ攻略SS書いてる気分になってきました。
関西の最速放送には間に合わなかったものの関東には間に合わせたのでおkということにしてください。
こちらはヴィクトリカ→まどっちのスーパー悠木碧タイムはまだなのです。

ありか強すぎない? という意見については、数百回死んでるからということで押し通させていただきます。経験値上昇しまくってます。
一周一日で換算すると二、三年毎日勝利が絶望的な魔女と戦うことになります。ほら強そう!

そろそろ設定周りがバレかけているので、感想に対しての返信は自粛させていただきます。


……というところまで書いて投稿しようとしたら揺れました。ビビりました。
ラノベが後頭部に当たったぐらいで超無事です。



[25604] 私が守ってあげる
Name: ネイチャー◆3223ff75 ID:d12af934
Date: 2011/03/16 15:08


「やっほー、マミ。遊びに来たぜよー?」

「なんで土佐弁なのよ」

以前から普通な動きをする娘とは言えなかったが最近輪をかけて変人になった友に、マミはため息をついた。
終業式から奇行が増え、(校長先生のお話がステレオ化したときは度肝を抜かれた)冬休みに入っても様子がおかしいありかのことは、密かに心配していた。
元からふざけたノリの好きなありかだったが、最近はどうも無理やりそうしているような、本当はもっとゆったりしたいんじゃないかなんて……ふとしたときに緩やかに凪いだ眼をすることが多い。

「時の旅人になってみた」

それでもこの脊髄反射のノリを楽しもうとはしているようなので深くは突っ込まない。


「まあなに、ちょっとした思いつきだよ。私は冬休み中特に予定とか無いからね、縁側でぼけーっとしてるような生活は送りたくないし」

「あなたはもう少し落ち着いて、ぼけーっとしてもバチは当たらないと思うわよ」

「同感。でも無為に過ごすとなんか時間を損してるみたいでヤだ」

ただの軽口――というわけでもないらしい。
どうも重いというか、焦っているというか、不自然なものを感じる声色。

「ちょっとは休んでもいいと思うけど……」

「マグロは泳ぐのをやめると死ぬんだよ?」

「そんなに生き急いでどうするのよ人間」

「ぶち殺すぞヒューマン?」

「私は別に機械でもなんでもないわよ」

それでも構わない。ありかが軽口にしたいのならば、軽口として喋ってしまおう。
だってこうやって笑っているありかは、とても楽しそうだから。

マミは十分に茶葉が飛び交ったティーサーバーの茶こしを押し下げた。苦み成分のそれ以上の抽出が止まる。
そのままカップに温めるために入れたお湯を捨て、ティーサーバーを傾けて紅茶を注ぎ入れた。
こぽこぽと音を立てて香りのいい、薄暗い紅色の紅茶が注がれる。

最後の一滴まで注ぎ入れてから、後に入れたほうをありかへ差し出した。

「はい、どうぞ」

「やっほー、いただきまーす!」

お茶菓子はありかがお母さんから、と持ってきたケーキ。
昨日クリスマスの処分で駅前で売ってたやつにデザインがよく似てるのは気にしないでおいて、マミはフォークで切って口に運ぶ。普通に美味しい、甘くてふわふわだ。
少なくともありかが「うめえうめえ!」などと品性をどこかに置いてきたような貪りかたをするくらいには味の保証が効くことは間違いない。

ちょっと甘くなった口の中を紅茶で一息。
ほんわかする香りに、適度な渋味が爽やかだ。

ありかもならうように紅茶を口に含み、

「ん~、60点!」

「そんな……」

ありかが飲んで出した答えに肩を落として落ち込む。
それを妙に生温かい眼で見守るありかにマミは軽く殺意が湧いた。

「あ、あなたに紅茶の何がわかるって……」

なにせ紅茶に限らず、食べることは専門で料理なんて目玉焼きレベル。
料理に関連する特技は早食いだけという基本的にずぼらなありかに言われるとどうにも理不尽だ。


「いや、マミだったらもっとおいしい紅茶を淹れられるはずだからさ」

さらりとさも当たり前のように言われるとマミとしてはかなり困る。
期待されてるようで嬉しいような、食い専に得意げな顔をされて鬱陶しいような微妙な気分。

「ははっ、マミったら変な顔してる、おっかしー」

「誰のせいよ、誰の」

顔に出ていたか、とマミはちょっと反省。
だがなんとなく気に食わないことには変りない。

「どこがマズいのか教えなさいよ。自分ながらいい出来だとは思うんだけど」

「あー、ちょっと到達点知ってるだけ……」

これより美味しい紅茶を飲んだことがあるだけ、なんて。
そう言われても、マミとしてはそう納得できるはずもない。

「むー、強いて言うなら……」

どーだったかな、などと呑気にこめかみをぐりぐりと揉んで、おおっと手をぽんと打った。

「なんかそれ使ってなかった気がする!」

びしりと指を指すは空になって茶葉だけが残るティーサーバー。
ありかの奇行に、いい加減マミも苛立ってきた。

「あのね……容器もなしにどうやって淹れろって言うのよ? まさか空中芸とか言わないでしょうね」

「いやそうじゃなくて……、その無駄に付いてるかこーんって押し下げるやつじゃなくて、普通の急須っぽいの使ってた気が、しないでもなくなくない」

「むちゃくちゃ曖昧じゃない!」

それでもなんとなく一見筋は通っているように見えるから性質が悪い。
だいたいティーサーバーではなくティーポットを使ったからと言って……言って……。

「変わりそう……」

細かい知識があるわけじゃないが、なんとなく無駄に機構が付いてるものよりもシンプルなもののほうが美味しく淹れられる気がしないでもない。
癪だけどあとで調べてみよう、などと考えるあたりマミは真面目だった。


「あとは足りないものといえば……愛情?」

「ああ、ごめんなさい。それだけは絶対に足りてなかったわね」

「ひどっ!?」

こんなにも私はあなたを愛しているのに! などと抱きつきに来るありかの額を押して止めると、マミに手は届かない。古典的なギャグが成立した。


時間遡行してから、ないしは遡る前までも望めなかったような、平穏で温かい日常がそこにはあった。





そんな日々に埋没する中、ありかにはひとつ気がかりなことがある。

「これ、このままほっといていいのかな……」

リビングのサボテンの鉢にいつの間にやら生えていた、負の思念を詰め込んだかのように黒い球を黒光りする金属の檻で覆ったような不思議なデザインをした栄養剤っぽい何か。
どことなく武器の水晶にも似たデザインだが、底が針のようになっていてまるで地面に刺すかのようになっているため栄養剤かなと勝手に思ってはいるが、見ているだけで精神が汚染されるような感覚を覚えるためあまり好きではない。
というかむしろ捨てたいくらいなのだが、母さんが植えたんなら勝手に捨ててはマズかろう。

冬休みの宿題として出された計算ドリルの問題を解きながらあくびを軽く一つ。どうにも退屈だ。
だがここでやめるわけにはいかない。だってそうして後で後でと伸ばし続けていたら冬休み最終日になっていたからだ。

こればかりは、ありかの母もすっかり呆れてしまっていた。

「なんというか……やっぱり私の娘よねえ……」

ながらダイエットとして爪先立ちして皿を洗いながら、ダイニングキッチンから居間でドリルに取り組むありかを見やる。
ここまで切羽詰まるまで手をつけないのは珍しいが、地味にやっていたけれど最後結局間に合わずに切羽詰まることになるのは懐かしい気持ちになる。

「ママも若い頃はそうやって宿題を最終日に片付けたもんだわ……」

大学のゼミでの悪夢。そして出会い。
レポートの提出期限ギリギリに図書館に篭ってガリガリ筆を掻き鳴らしているときに閉館だからと止めに来たバイトがありかのパパだった。
あのときは「放して! 私にもう少し、もう少しだけレポートをォォォ!」などと絶叫しながら机に意地でも齧り付こうとして、結局その図書館バイトにカラオケボックスで完成を手伝ってもらったんだったか。

「はぁ……懐かしいわねー」

思えばあの人には迷惑かけっぱなしだった。最近毛が怪しいのも、私がストレスを与えすぎたのかも知れない。
思えば最近、お互いの悪いところしか見ていなかったかも知れない。
もう少し優しくしてあげてもいいかな、なんて物想いにふけりながらありかを微笑ましげに見守っていた。


「じゃあちょっとくらい手伝ってもいいんじゃないかな、なんて思うけど」

「だーめ、勉強は自分でやらないと自分の為にならないぞ?」

「わかりきってるからもういいよ……」

切実なありかの訴えも算数の嫌いな小学生の言い訳にしか聞こえない。
円周率は3.14とするってなんだ。もうπでいいだろ。もしくは3.14って残しておいちゃダメ? あ、そうダメですか。
ぶちぶちと文句をぶうたれながらもありかは計算を続ける。
バケモノを殴るのはもう苦にもならなくても、3.14はとても苦になるのだ。正直だるい。やってられない。眠いチョコ食べたいお腹すいた。
















まるっきりありかは緩みきっていた。
あのバケモノから逃げた周で発現した麻痺の兆候もなく、父さんも母さんも仲良く火種は見当たらない。ありかが帰ってきたかったのはこんな楽しい日々だったと強く思ってしまう。
だからひと通りレースゲームなんてして遊び倒し、次の約束をしようとしてマミに告げられるまで忘れていたのだ。

「私、明日の日曜日は家族でドライブにいく予定なのよ。だからちょっと遊べないわ」

ごめんなさいね、と困ったように笑うマミを見て、ありかは硬直した。

幸せすぎて忘れていた。あの刻が迫っていることをだ。
――ありかの生活の、全ての破滅の始まり。
その時が来てしまえば、もはやマミとは今まで通りの関係ではいられなくなる。
時間を遡る前では、ありかの無神経さがマミを傷つけてしまった。お節介さがマミを暴き立てようと猛威を奮い、関係を根こそぎ抉り取ってしまった。

――そして数年後、マミは消えた。

勇気を出して一歩踏み出し、仲直りできればと何度夢想したことか。
日に日に余裕を無くしていくマミを見ては気を揉んだり、何か開き直ったかのように取り繕い始めたマミに邪推したり、仲の良い後輩ができて少し肩の力が抜け始めてその娘に嫉妬したり……。

そして、しばらくして突然いなくなったり、だとか。

後輩の娘に尋ねて見ようと席を立ったことが何度あったことか。
でも、結局聞くことはできなかった。あんな夢が砕けたような顔をされてはそう簡単に話しかけることができるわけもないし、それにその後輩も、結局……。

「ヤバい件に足でもを突っ込んでたんだね、きっと」

「家族のドライブにそれ以上の深い意味はないわよ!?」

家族の予定を話しただけでヤクザの抗争にでも巻き込まれたような表現をされたらそれは驚く。
マミの突っ込みは会話の流れとしては妥当なのであった。言語というコミュニケーションツールの不自由さの具象だ。

だが、ありかとしてはここは退けない。どうにかしてこの家族小旅行を止めねばマミの崩壊が始まる。
ありかは顔を引き締めた。


「ねえ、ドライブなんて行かずに遊ぼうよ」

だから、言った。

「えっ……?」

そんなことを真顔で言うとは思わなかったマミの思考が一瞬停止する。

「ドライブ中止にしようよ、何か嫌な予感がするからさ、お父さんお母さんも一緒に説得してあげるからさ、家にいようよ。ほら、今マミのお母さんに……」

「ちょっとちょっと、何を言ってるのよ!」

強引につかんだ腕を振り払う。そこにあるのは拒絶の意思。

「勝手に人の予定を決めないで! なんなのよ一体……」

「でもさ……」

当然の反応だ。ありかはもとよりあまりわがままな少女ではない。他人の意思は尊重し、自分も殺さず妥協案を見つけるような性質をしていて、必要以上に気を使うこともなく付き合いやすい娘だ。
それが突然あまりに強引に、本人の意志を無視して話を持って行こうとした。驚きとありかがこんなことをするわけないという信用、そして一抹混じった疑念と失望。
少なくともいつものありかじゃないということだけはわかっていた。

「ちょっと頭冷やしなさいよ。今のあなた、ちょっとおかしいわよ」

だから、遊んだあとでちょっとハイになっていたのかわからないが、考えなおしていつものありかに戻って欲しいとマミは思っただけだ。
それでも、否定は否定以外の何物でもないのだった。



「……そうだね。私、ちょっとおかしくなってたかも。じゃあね」

「……ええ、また今度」

そう挨拶して手を振り、自らの家の方向へ歩み去るありかの瞳にあったのは執着にも似た決意だ。
マミは気づいていた。明らかに何かがおかしいと。二ヶ月弱過ごしてきて、やっぱりどこかがおかしい。
大旨の態度は元のありかと大した違いはない。――多少過激になった気はするが、その程度だ。

だがその瞳の奥に秘めているものが違いすぎた。利発さと激しさを天秤にのせてぐらつかせていたそれではない。
何も求めていなさそうでナニカを渇望するギラつきが違いすぎた。世の無常さを悟ったような平静が違いすぎた。
今までが「精一杯生きている」だとすれば、今は「命をかけてしがみついている」とでも言うのか。

(しがみついているって、何に……?)

マミはかぶりを振ってその疑問を振り飛ばした。考えすぎだ。
最近読んだファンタジー小説のせいで疑心暗鬼になっているのかも知れない。老いた魔女が秘薬を使って近衛騎士の心を乗っ取り主人公の姫を破滅させようと企む、シリーズものの第4巻。
最終的に魔女が騎士に精神を重ねすぎ主人公に恋心を抱くことで、より強い恋心を持つ騎士に逆に精神を飲み込まれて倒さるといった内容だ。心のなかで戦う騎士の描写や、それと戦う魔女の悪意が次第に和らいでいき、最後には倒されても幸せそうだった様子がとても心にのこっている。

「まったく、ホントに考えすぎね……。私もありかのこと、言えないじゃない」

自身も相当めちゃくちゃなことを考えているくせに、とくすりと笑った。
ちょっと強引に遊びに誘いたくなるような気分だったのだろう。そんな時も人にはあるのだろう。
せめて楽しんで帰ってきて、普通にあったことをありかに話して聞かせていれば、そのうちありかも機嫌を直すに違いない。






だが、それは所詮夢想である。

ありかが帰って普通に夕飯を食べるところまでは、マミの予想圏内だったろう。

だが夜、寝る時間になってからは大外れだ。


「マミのお父さんとお母さんは、私が守ってあげる」


散々使い倒した包丁を物色しに置き場に行く。今回は肉切り包丁を一丁だけ拝借。
刃を清める必要など無い。今まではバケモノを殺めるために使っていた包丁だが、今宵はバケモノ狩りが目的ではないのだから。
包丁を持ったら即、マミの住むマンションに人目を避けつつ失踪した。。地下駐車場から巴宅の車を探し出す。

――メタリックブルーのワンボックス、メタリックブルーのワンボックス……と。あった。

見つけた小型の車へと近づくと、まずはそのホイールに刃を立てる。
何かを突き刺し、貫通させて斬り開くのは慣れたものだ。余裕をもって四輪総てをパンクさせた。

それでも、車輪だけ換えてドライブに行かれるかも知れない。

ありかはワイパーを叩き折る。コンクリートブロックで殴りつけボンネットをへこませる。そのままブロックを投げ込んでフロントガラスに蜘蛛の目を張らせる。

拾いあげてもう一度、拾いあげてもう一度……。


そうやって息が上がり始めるほど運動した頃、ようやくコンクリートブロックはフロントガラスを突き破り、車の運転席へ入っていた。

これだけやればもうどれだけ強行しようとしたところで走ることなどできまい。
昏い達成感に溢れながら、ありかは身を翻した。
車を壊してしまった罪悪感と命を救ってやったのだという達成感がないまぜになって、なんとも言えぬ昂揚を感じさせた。
包丁の刃はフロントガラスを破る過程で欠けてしまったが、なに、どこかで捨てればいい。

途中で目に入った工事現場に投げ捨て、家に気配を殺して駆け戻った。













月曜日、小学校の教室で雑談に興じる二人が居た。
喧騒の中で二人の声がこれといって通るわけでもなかったが、HRを前にクラスの半分以上はすでに登校している。


「それでね、結局ドライブは中止になっちゃったのよ。あなたの約束を断ったんだから、土産話くらい用意しておきたかったのだけれど……」

「まあ、仕方ないよ」

あはは、とありかは笑った。

「お父さんなんて『久しぶりの家族サービスがー!』だって。本人たちの前で言うセリフじゃないわよね」

「家族サービスを考えるだけでも幸せじゃない。言葉尻をあげつらっちゃだめだよ」

「そうね、そんなこと言うのも悪いわね。だってそのかわり一家で家の中でくつろいでいたけど、ああいうのもいいかなと思っちゃうもの」

「おばさんくさいぞー?」

「うるさいわね、仕方ないでしょ?」


それでも、ありかにはやはり油断があったのだろう。もう全ての引き金は潰してしまったという油断が。
その緩みが、再び破滅のトリガーを引いてしまう。


「そうだよね、車が壊されてたんなら仕方ないよね」

「そうねぇ、春見さん。ところで――」


――かちり。

世界が凍りついたような錯覚に囚われた。


「なんであなたが、私の家の車が壊されていたことを知ってるのかしら?」


にこり。巴マミの顔は仮面が張り付いたように笑顔のままだ。

そう、今までの会話でマミは一度もこのことを話していない。
マミとありかの家は通学路で合流するようになっており、相当迂回してこないとマンションを通らないため朝に確認しているはずもない。

発覚したのが昨日の朝。マンションの地下駐車場の利用者は多くない。
薄暗くもあるため、相当視力が良くないと気づかない程度の片隅に置かれているとそこまで注目を集めもしなかった。よって、あまり噂は拡散しない。


「え、えっとー……」


答えに詰まった時点でありかの負けだった。
何故知っている、何故ドライブに行く前日に車が壊された。何故断ったとき、あんな瞳をしてマミを睨んだ。

そして何故、どもってしまった。

それが示すのは、示してしまうのはただひとつの事実だった。


「あなたなのね、あれは」


「で、でもあれは! 良くない予感がするから、仕方なく……!」

「そんなわけのわからない理由でそこまでする?」

でも、本当なのだ。本当にあのままドライブに行けば交通事故に巻き込まれて死んでしまっていたのだ。
マミ独りだけになってしまっていたのだ。

それはやっぱり悲しい。

だから、あれはマミのためにやったことだったのだ。



――だが、そんな理屈はマミには通らない。

人間には通らないのだ、そんなおとぎ話(ファンタジー)な理屈。



「ごめんなさい。私、あなたとはやっていけそうにないわ」

「えっ……?」



『あなたとはやっていけそうにないわ』

どこかで、遠い昔に聞いた言葉だった。
それは日常の崩壊への引き金(トリガーワード)だった。

それは友達も両親も、あらゆる日常をありかから奪い去る第一石だった。


おかしい。

なんでだ。

私はただ、マミの両親を助けたかっただけなのに。

マミのためにやったのに。

どうしてマミは、マミのために何かすると去って行ってしまうの?

変だ。おかしい。ありえない。



すたすたと歩き去るマミに手を伸ばし、指を開こうとして――失敗。だらりとゾンビのように手の甲が垂れ下がる。

一歩踏み出そうとして――失敗。ぐにゃりと膝と足首がその役割を放棄し、崩れ落ちる。


『あ……れ……?』


口から出そうとした声は声帯のどこにも引っかからず、声にならない空気の吹き抜けになってひゅうひゅう音を鳴らすだけ。
覚えがある感覚。ずっと前に体感したことのある麻痺。

そして絞めつけられる胸と心臓。

苦しさに呻き、胸を掻き毟ろうとして腕を少しも動かせず――





ありかの精神は暗転した。











――長い、長い夢を見ていた気がする。


――ねぇマミ、どうしてそんな顔するの?


――大丈夫、私は大丈夫だから。









☆あとがき
おっかしーなー、今周ばかりは明るく、ありかを思い切り甘やかす予定だったのになぁ……という作者です。本編に脳を汚染されすぎました。虚淵性物質が脳内にこびりついて被玄したようです。風向きとガイガーカウンター超怖いです。無事に地震を切り抜けたと思ったらこれから無事にならなくなるなんてあるわけない。そんなのあたしが許さない。
書いてて「誰も未来を信じない」の意味がよくわかりました。ほむらもそりゃ説明を諦めるってものです。未来を知っている(笑)で誰も相手にしてくれませんよ。

それにしても場面転換ってやり辛いですね。どうやっても不自然な進め方にしかならないのが困りものです。

あと、SGの強度ですが、一応設定があります。……というか書いた後考えました。マスケット一発で砕けるくらいだなんてそんな…あんまりだよ…。


感想返しに制限つけてよかったです。こんなに核心脇5cm通る感想が多いと、ついついいらんことを口走って自爆してしまいそうで恐ろしい…


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