桜庭一樹読書日記

2011.02.07

またまた桜庭一樹読書日記 【第7回】(1/2)[2011年2月]

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似てる?
【似てる?】『本に埋もれて暮らしたい』刊行にあわせて、某書店さんでフェアをしていただけることに。で、店内配布用ペーパーに書店員さんが四コマ漫画を描くことになって、打ち合わせ中にわたしの似顔絵を練習し始め……「あれっ。いろいろやってみたけど、目や鼻を描いてないのっぺらぼうバージョンがいちばん似てますねぇ」「えーっ、まさかそんな……って、ほんとだ!?」と一同、おどろいたのだった。(桜庭撮影)

1月某日

おれたちの仲間で床の上で死ねれば極楽じゃ。たいていの者は旅で死んだ。その場で埋められて木の十字架は立っても、あとは雨や風に曝されるばかり。そして誰からも忘れられるんじゃ。牛の暴走に巻き込まれて、土と血でこねた肉団子のようになったアリンド、牡牛角にかけられ三メートルも放り上げられ、腸を垂れ流して死んだジョゼ、酒の上で口論し決闘して二人とも死んだ奴らもいる。破傷風でひきつりもがいても手当の法もない、無法者ぞろいが肩ひじをはり、思いのままのことをしておったが、みんな消えていきよったわい

――『うつろ舟』


 むくっ。起きたぞー。
 あっ、今日、テレビだ。
「週刊ブックレビュー」の収録である。特集コーナーで『伏 贋作・里見八犬伝』をやってくれるのだ。コーヒー飲んで、ご飯食べて、着替えて、ちょっとだけ仕事する。
 出かけようと鞄にあれこれ荷物を入れながら、ふっと脳裏をよぎる記憶があった。もう何年か前……書評ゲストとしてこの番組に出た後、実家からかかってきた、電話だ……。

母  「見たわよー。近所の人たちも、みんな見たわよー。ねぇ、あんた、年配の人たちに、とってもウケがいいわよ! なんだか昔の子みたいだからかねー(←褒めてるつもり?)」
わたし「……」
母  「アッ……(そわそわ)」
わたし「……それって、垢抜けないってこと?」
母  「……アッハッハッハ! だって、うちの周り(鳥取)にもさ、あんたみたいな感じの子、もう一人もいないのよー」
わたし「あんた、みたいな……?」
母  「アッ……。いけ、ない……。ほんとに、もう……。『笑点』が始まっちゃう!!」

 ガチャン!
 と、ちゃんと怒る前に電話は切れてしまったのだった……。い、いかん、やなこと思いだしちゃったよ……。
 ま、気を取り直して、元気に出かける。
 収録は無事に終わって(書評ゲストの堀江敏幸×豊崎由美×いしいしんじの掛け合いが面白かった!)、近いので徒歩で文藝春秋に向かって、〈週刊文春〉のインタビューを受けてから、本屋によって、てろてろと帰ってきた。
 1936年に、19歳でブラジルに渡った日系移民、松井太郎の小説『うつろ舟』を、寝っ転んで読み始めた。
 農場主の息子ツグシは、父の死後、悪妻を得て物狂いを起こし、農場を妻とその一族に盗られてしまう。家を出て一人になり、ちいさな借地で暮らしながら、過酷な自然の中で生きるが、ある日、その土地もまた出て行かねばならなくなった……。
 自然描写の荒々しさの中で、獣のように寡黙な主人公ツグシの傍らにいつしか寄り添って、うなずきながら読んで、この、主人公を信じたり心配したりしながらいつのまにか自分も寡黙に、自然の只中に放りだされたような心地になっていくこの感じって、なにかに似てるなぁと考えていて、途中で、あぁ、子供のころのシートン動物記だっ、と思いだした。孤独な銀色狼や、獰猛な灰色熊、弱くて強いちいさな鳥の話……。
 主人公は自然に追われるように、流れ、流れて、死んだ女の連れ子を育て、裏切られ、またどこかに流れていく。運命のきまぐれな命令みたいに、けっしてひとところにずっと居られない。獣に安住の地がなく、生き延びる戦いが日常として続くように。
 松井太郎は、息子がサンパウロにスーパーマーケットを出したのを機に隠居し、以降、70年代から30年以上にわたって小説を書き、自ら装丁、定本した全集を出し続けている。解説によると“彼の静かな存在は、ブラジルの日本語文学の最後の光芒のように思える。現実主義におおいつくされたかのようなブラジル移民文学の、べつの可能性を終盤になって示し、たそがれる太陽の残光がひときわ眩しく見えるように、その最後の特異点として輝いている。”
 日本で刊行されないと、なかなか読めないから、出てくれてよかった……と思いながら、だんだん眠くなってきて、ばたっ。寝た。




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