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  高校の先生のために書いたマイナスイオン  08.31.2003



この一週間、全く時間的余裕が無くて、HP用の記事を書くことができなかった。そこで、「理科教室」なる高校の先生のための雑誌用に書いた原稿の、やや古いバージョンをここに使わせていただく。実際に雑誌に掲載されるのは、もう少々コンパクトにしたものである。

殿村先生に読んでいただきながら、追加、削除をしてここまで書くことができた。感謝。


マイナスイオンとは何か

                   東京大学生産技術研究所 安井 至


1.マイナスイオンは商業用語

 家電製品にマイナスイオンという耳慣れない言葉が目立ちはじめたのが、2000年頃、そしてエアコンが最初だろうか。その後、空気清浄機、ヘアドライヤー、扇風機、冷蔵庫、などなど考えられるあらゆる商品にマイナスイオン機能をうたうものが増殖していった。
 同時に、トルマリン(日本名:電気石)なる宝石(鉱物)がマイナスイオンを出すという宣伝によって、トルマリンを混ぜ込んだシリコンゴム製の腕輪などが流行した。
 このマイナスイオンという言葉は、実は学術用語ではない。もっぱら商業用に作られた言葉である。その実体は何か。人体に何か良い影響があるのか。などについて、未だに結論が出た訳ではない。
 ここでは、このような未科学とでも言うべきマイナスイオンについて、その経緯と問題点について解説を行なう。


2.正式名称は"空気負イオン"−その歴史と実体−[1]

 マイナスイオンの歴史的起源だが、機能性イオン協会副会長の山田氏によれば、「1899年に、エルスターとガイテルが空気イオンを発見し、分子イオンと名前を付けて以来、約100年の研究の歴史が有る」[2]、とされている。この空気イオンのうち、負に帯電したものをnegative air ionと呼ぶが、日本で、それを誰かがマイナスイオンと呼び変えたらしい。実体は、空気中を漂う水の微粒子に何か他の成分が付着し、かつ静電気を帯びたもので、寿命が短く0.01秒から長くても1秒以内程度だとされている。水に付着する他の成分としては、硝酸イオンNO−、水酸イオンOH−、硫酸イオンSO2−などが上げられている。positive air ionは、同じく水の微粒子に正の帯電を安定化させるNH4+などの、なんらかの成分が付着したものだとされている。また、空気中のホコリ類もプラスの電荷を帯びているとされる。
 通常、高校・大学で学習するイオンは、水溶液中に存在する荷電粒子であるが、同じイオンという名称をもつものの、マイナスイオンは全く異なった概念であることに、まず注意する必要がある。
 そこで本稿では、マイナスイオンの名称を使わず、正式名称である空気負イオンあるいは負の空気イオンと呼ぶこととする。一部の広告などには、マイナスイオンは水(溶液)中にも存在するとされているが、それは通常の陰イオンのことを意味すると理解し、水(溶液)中にはマイナスイオンは存在しない、という立場で説明を行なう。

3.発生源は静電気と電離現象

雷が発生源か

 空気負イオンは、1899年から知られている現象だけに、もともと天然に存在する物質である。基本的に静電気と電離現象が発生源だと考えれば良い。雷はまさに静電気による放電であって、同時に多くの空気イオンを作り出しているものと考えられている。そもそも、絶縁体である空気中を電気が伝わる現象が雷であり、そのため、空気中に電気を運ぶ粒子が存在していることと関連性は深い。
 電離現象とは、電気的に中性の物質に高エネルギー粒子が作用し、正・負の電気を帯びた2種の物質に分解することを言う。高エネルギー粒子としては、宇宙線・放射線がもっとも一般的であるが、太陽からの紫外線でも同様の効果がある。かなり極微量の放射線でも、空気を電離し、正負の空気イオンを作り出すとされている。勿論、放電によっても電離現象が起きる。
 以上のような自然現象とは別に、人工的に空気イオンを作る方法がある。以下のような方法が知られている。
・電極による放電を利用するもの
・電子を放出するもの
・水を破砕させるもの
・紫外線によるもの
・天然鉱石の放射線利用のもの
 電極による放電は、雷の模倣とも言えよう。これは電子の授受によって生ずる高エネルギープロセスの一つである。すなわち、放電の中では、安定な分子が原子に分解するといった通常起きない反応が起きる可能性がある。放電現象に付随して、周辺の酸素、窒素分子も分解されて、原子状酸素や窒素を生ずる。原子状酸素などは不安定なので、周囲の分子と反応し、オゾンや酸化窒素を生成する。これと同時に、どのようなプロセスによるのか明らかではないが、空気負イオン、空気正イオンが生成するとされている。
 どの程度の数が発生しているのか、と言えば、それは条件によって様々である。オゾン臭がする製品、例えば、ヘアドライヤーなどでは、50万個/cm3ほどの負の空気イオンが発生しているとされ、一方、電極を使用しているものであっても、扇風機のように、摩擦によって静電気を起こしている程度のものであれば、1000個/cm3程度、あるいは、それ以下のようである。
 しかし、この数値もかなり不確実性が高い。なぜならば、この負の空気イオンの測定器というものの出す数値そのものが、何を計っているのか疑問だからである。米国でこのような装置を製造しているところに、アルファ・ラボがあるが、そのWebページ[3](http://www.trifield.com/air_ions.htm)によれば、人の吐く息の中にも高濃度(2〜5万個/cm3)の負の空気イオンが存在すると記載されている。実際、測定器に向かって息を吹きかけると、測定値は大きく変動する。しかし、これがアルファ・ラボの言うように、人の息の中の空気イオンのためであるのか、それとも湿度の影響を受けているのか、明らかではない。
 このアルファ・ラボの言う、ヒトの息の中の負の空気イオンが本当であるとすると、発生器などというものは全く不必要で、単に、室内に多数の人間が存在している状況が負の空気イオン濃度が高い状態を実現する方法だということになる。後述するような負の空気イオンがストレス解消や快適性の向上に寄与するとしたら、多数の人間が狭い空間に存在することとは、逆の効果のようにも思える。

滝も発生源か

 水を破砕するということによって、空気イオンが生成することは、ノーベル賞学者のフィリップ・レナードの名前にちなむレナード効果というもので説明されている。もっとも、レナードがノーベル賞を受賞したのは、1905年の陰極線(電子線)の研究によってであり、水破砕による空気負イオンの話とは関係が無い。
 水を滝のように高所から落下させると、水滴は正に帯電し、細かい水しぶきと空気は負に帯電する。しかし、帯電する機構についてはレナードの論文には明らかにされていない。[3]
 水滴の大小によって荷電が異なり、大きな水粒子は正に、小さな水粒子は負に帯電するようである。ただし、水の種類によって異なり、実験的には蒸留水がもっとも帯電しやすく、塩水では、むしろ小さな水粒子も正に荷電するとされている。正の電荷を帯びた大きな水粒子は重力で落下するために、滝などの周辺には、負の空気イオンが浮遊することになる。
 滝の周辺に行けば、大量の水が落下していて、なんとなく気分がよいのは事実である。この気分の良さは「滝壺周辺にマイナスイオンが存在するためである」、というのがマイナスイオン商品を売っている人々の主張である。しかし、滝壺付近が快適であることは認めるにしても、それが周辺より低い気温や水しぶきを浴びるためではなく、空気負イオンのためだと証明することは不可能だろう。

その他の発生方法

 現在、製品化されているマイナスイオン製品は、以上のいずれかの原理に基づいている。シャープのプラズマクラスターイオン(商標)あるいは除菌イオンは、やはり電気的な手法による発生であるが、負の空気イオンだけではなく、正の空気イオンも同時に発生するとしており、この正負の空気イオンが空中に浮遊している化学物質やカビ・細菌に同時に付着し、正負の電荷が中和する際に、物質を分解したり不活性化すると主張されている。
 放射線による負の空気イオン発生は、電離現象を考えれば、同量の正の空気イオンを発生しているはずである。すなわち、シャープの言うプラズマクラスターイオンを発生していることになるだろう。しかし、通常利用されている放射線の量は、天然のバックグラウンドと同程度であって、したがって、空気イオンの発生量は微量である。もしも大量の空気イオンを発生させようとしたら、強い放射線が必要になる。
 トルマリンなる宝石がマイナスイオンを出すということで、かなり商品が売れたらしい。提案されている機構は、トルマリンが歪を受けると電圧が生じ、その電圧によって空気が電離するからというものである。確かに、トルマリンは、結晶を加熱したり、あるいは応力を掛けると、電圧を発生する性質がある。これを焦電性・圧電性と呼ぶ。しかし、電気量としては極めて微量であり、一瞬にして消費しつくされる。そのため、常時なんらかの歪が与えられているような状態で無い限り、電圧が発生し続けるということはない。しかも、発生する電圧がどの程度のものなのか、それは、トルマリンの結晶の大きさと歪の大きさによって決まるが、通常使われているような粉末状のトルマリンであれば、空気を電離するのに十分な電圧がでるとも思えない。むしろ、トルマリンが微量の放射線を出すという可能性の方が妥当な解釈なのかもしれない。いくらひいき目にみても、トルマリンのマイナスイオングッズは、インチキ商品だと結論して良いだろう。


4. 少な過ぎて生体への効果はゼロ[1]、[4]

 これまでに、負の空気イオンの生体への影響は様々な観点から検討されている。ヒトに対しては、疲労回復に効果、反応速度が向上し集中力が上がる、快適性が向上する、抑鬱、リラックスできる、などといった効果があるとされている。
 マウス・ラットなどのげっ歯類を使用した動物実験によって、脳内物質の一つであるセロトニンが減少して、上記のような効果が出るという主張もされている。
 しかし、前述のように、空気イオンは発見からすでに100年以上を経過し、その人体影響についても発見直後から検討が行なわれているにも関わらず、絶対的に信頼性があると考えられる結果は得られていないのが実情である。
 それは、実験的にかなりの困難があるからだと考えられる。その原因は、間違いなく、空気イオンの量が絶対的に少ないことではないかと考えられる。同時に、他の要素、例えば、副生するオゾンの影響や、湿度の効果を分離して測定することが不可能だからであろう。

5.空気イオンの量と副生物の濃度

 空気イオンの発生には、どうしても副生成物を伴う。副生成物というと少ないという印象を持たれるかもしれないが、果たしてそうなのだろうか。その実態を検証してみよう。

プールに目薬1滴より薄い

 空気イオンの量は、トルマリンなどを使った製品の場合の100個/cm3といった少ないものから、人工的な放電現象を利用し、高濃度に作る場合であれば50万個/cm3程度のものである。このように記述すると、いかにも多いといった感触を与えるが、通常の空気1cm3には、2.5×10^19もの分子が含まれている。すなわち、大気中における空気イオンの濃度は、10^−14といったオーダーである。かなり希薄な濃度を示す単位として、ppm、ppb、pptが使用される。それぞれ10^−6、10^−9を、そして、pptは10^−12を意味するが、負の空気イオンの濃度は0.01pptといった量でしかない。
 この0.01pptという量であるが、溶液の場合で考えてみたい。1gの有効成分を水に溶かしてこの濃度の溶液を作ろうとすると、なんと、1億トンの水が必要になる。利根川水系には東京の水がめとしていくつかのダムがあるが、その最大のものは、矢木沢ダムである。満水時には、1億1500万トンの水を貯めることができる。この矢木沢ダムに、たったの1グラムの成分を溶かした状態が、空気イオンの量にして、50万個/cm3という量である。通常、負の空気イオンの量として、1000個/cm3といった発生量のものが多く、しかも、不安定で減少しやすいという性質のために、発生源から1mも離れたら、濃度はすでに急激に下がっている。となると、矢木沢ダムに目薬を一滴たらしたような状態が、通常の負の空気イオンの状態である。これで、その有効成分がなんらかの効果を出すだろうか。
 ダイオキシンは、一般には猛毒の物質として知られている。そして、これは余り知られていないことかもしれないが、普通の空気中にも、ダイオキシン分子は10万個/cm3程度は存在する。量的には、負の空気イオンと同程度か多い量である。しかし、なんら毒性は発揮されない。理由は少なすぎるからである。要するに、化学的な作用によって何か生体反応を起こすには、負の空気イオンの量である50万個/cm3程度では、まったく不足していると言わざるを得ない。

副生物は空気イオンの50万倍以上

 一方、空気イオンを作るために、コロナ放電(細い針やブラシに高電圧をかけたときに放電する現象)を使用する場合には、多少のオゾンを副生することが知られている。オゾンは有毒であるが、副生するオゾンの濃度は、0.01ppm程度であり、それ自身有害だとは言える濃度ではない。しかし、この0.01ppmという微量のオゾンであっても、それを個数で数えると、2500億個/cm3程度となる。負の空気イオンの量の50万倍は存在することになる。通常、50万倍の濃度差は、他の物質の作用を隠蔽するのに十分な差である。すなわち、ある効果が有ったとしても、それを負の空気イオンのためだと判断するのか、それよりも50万倍も多く存在しているオゾンのためだと判断するのか、これは、かなり難しい選択であると言わざるを得ない。
 例えば、マイナスイオンドライヤーと呼ばれる製品は、髪の毛をサラサラにする効果があると言われている。メーカーによれば、それは、負の空気イオンが空気中の水分を髪の毛に付着させ染み込ませるからだ、と言う。空気イオン1個が10個の水分子を含んでいたとしても[1]、50万個/cm3程度では、量的には全く問題にならないほど少量である。しかも、ドライヤーを使う場合には、最初から髪の毛は濡れている。水が大量に存在している状態であり、その水の量は、それこそ、10g程度はあるのではないだろうか。個数にすれば、アボガドロ数に近いことになる。このように大量に存在する水がなんら影響を与えず、負の空気イオンが持ち込むほんの微量の水が、髪の毛に影響を与えること自体、通常の化学的常識からは考えられないことである。
 髪の毛の手触りがある程度変化することは、体験上、どうも事実である。この現象になんらかの説明を加えよということであるのならば、むしろ、オゾンが水にとけてオゾン水となり、髪の毛の表面と反応を起こして髪の毛の表面構造になんらかの影響を与えると考える方が妥当性がある。オゾン水は、化学的に活性で酸化作用があり殺菌や漂白に用いられる。すなわち、有機物に対してなんらかの影響力があることは確実だからである。
 となると、負の空気イオンがなんらかの生体効果を持つとしたら、全く別の機構がありうるかという問題になる。細菌の出すフェロモン分子は数個で受け手の細菌に影響を与えるという。となると、50万個もの空気イオンは、十分以上の量のように思える。しかし、ヒトという生命は、60兆個もの細胞からできている。かなり鋭敏な感覚は、ひょっとしたら嗅覚であるかもしれないが、その場合であっても、オゾンのような有臭物質が50万倍も大量に存在しているとき、負の空気イオンが選択的に検知されるとは考えにくい。


電気的効果も考えにくい

 化学的な性質ではなく、イオンとしての電気量が生体への影響を司っているということは無いのだろうか。
 よく知られているように、生体中の神経上を伝わっている情報は、電気信号の形をとっている。電気的パルスによって、様々な感覚などが伝達される。そのパルスの電気量を概算してみよう。まず、電流値を500pA、継続時間が20m秒の方形波だと仮定すると(実際には三角波に近いが)、多めの推算で10pCとなる。
 さて、50万個/cm3の負の空気イオンの持つ電気量は、ファラデー定数(96500C/mol)を使って算出してみれば、0.1pC程度であり、2桁低い量である。このように考えると、神経系に電気的な作用によって、影響を与えるには、やはり空気イオンの数は決定的に不足していると考えられる。
 このようにしてみると、やはり電気的な作用でも、量的には不足しているのではないか、と考えられる。

6.空気負イオンの効用はコジツケ!?

 人体への作用を除く負の空気イオンの効果を検証してみる。各家電メーカーの製品にうたわれている負の空気イオンの効果には、次のようなものがある。
 *掃除機における集塵効果
 *空気清浄機における集塵効果
 *冷蔵庫における野菜鮮度保持効果
 掃除機としては、日立製のクリーン・ボールがある。吸い口にマイナスイオンを発生させる仕組みが組み込まれているとされている(http://kadenfan.hitachi.co.jp/clean/ion/ac.html)。
 よくよくその仕組みを見ると、イオンブラシというプラスチック製の固定ブラシと回転するブラシが擦れて、静電気が発生するような構造になっている。どうやら、回転するブラシが負に帯電するようで、ここで、負の空気イオンが発生し、それが正に帯電したホコリを吸い付けるというのが動作原理のようである。
 しかし、もっと常識的な解釈をすれば、単に、正に帯電したホコリを負の静電気を帯びたブラシが吸いつけているということで十分に説明が可能であって、そこに負の空気イオンの存在を結びつけることは不必要のように思える。
 さらに、この掃除機は、掃除をしているときに、本体から負の空気イオンを放出し、室内のイオン濃度を2000個/cm3程度にすると同時に、これによって、空気中を浮遊しているホコリの荷電が中和されて、落下速度が速くなると主張している。
 同様の効果は、空気清浄機においてもしばしば主張されていることである。ホコリに帯電させてそれを集める技術は、昔から電気集塵機の原理として使用されていることであって、これも負の空気イオンの機能として解釈するまでも無いことである。
 最近、冷蔵庫に光プラズマイオンを応用したと言ったものがある(http://www.toshiba.co.jp/webcata/refrige/gr_nf505ck.htm)。植物ホルモンであるエチレンを分解し、野菜の保存性を高めると同時に、庫内の浮遊菌の活動をマイナスイオンパワーで抑制するとしている。具体的にどのような装置が使われているのか、実体が必ずしもはっきりしないのだが、光触媒も使用されているようなので、エチレンの分解が起きても不思議ではない。しかも、放電をしているような図が描かれているところをみると、オゾンが発生していることはどうやら確実であろう。光触媒とオゾンとの協調的な効果であると考えるのが妥当なのではないだろうか。
 このように、各種家電製品において、ある程度効果が認められる製品が出ている。しかし、静電気の制御、ホコリの荷電状態の制御、さらには、光触媒やオゾンの効果で説明すべき現象が、マイナスイオンの名称を使って説明されているように思える。


7.なぜ「マイナスイオン」が流行したのか

 今回の「マイナスイオン」の流行は、10年後には、「そんなこともあったね」と完全に忘れられているだろう。すでに、末期的症状を示し始めている。しかし、そんなものがどうしてここまで流行したのだろうか。
 エアコンが流行の最先端を走ったのは、どうやら事実のようである。それでは、なぜエアコンだったのか。それは、最近の家電製品の商品企画がどのように行なわれているかを理解する必要がある。
 まず、エアコンの基本性能であるが、冷媒がR410Aに変更され、暖房時の空気温度も上昇し、同時にインバーターを使った機器が一般的になり、機器の効率が向上した。すなわち、どのメーカーの機器も基本的な性能は、同一の価格帯の製品についてはほぼ横並びで、何か新しいキャッチフレーズが必要な状況にあった。
 このような要請は、家電量販店からメーカーに伝えられるようである。そして、東芝からマイナスイオンエアコンが売り出され、社会がこれを受け入れた。恐らく、一般社会の健康指向と、なんらかの癒しを求めている世相の繁栄しているのだろう。
 そして、東芝のマイナスイオンエアコンが売れると見ると、その情報は、家電量販店などからメーカーに伝達され、ほぼすべてのメーカーがこれに追従した。大メーカーとはいっても、商品企画は、ほとんど量販店が支配をしており、技術者の良心といった「化石」のようなものは、ほとんど有効に作用する余地は無いのである。
 「マイナスイオン」という言葉がエアコンや空気清浄機によって一般化すると、この言葉を使った商品が乱発されることになる。特に、トリマリンを使ったマイナスイオン商品は、「トルマリン」という宝石の神秘性とカタカナ語、さらには、マイナスイオンの持つ健康と癒しのイメージで、売れてしまった。このトルマリンであるが、宝石グレードのトルマリンは希少であるが、黒色のトルマリンは、ブラジルなどで算出するが、ほとんど価値の無い石ころにすぎない。これを商売に結びつけたのは、ある人の知恵だったと言われている。
 一旦火が付けば、誰でも右に倣えの日本社会であるから、それから先は、ご承知の通りである。


8.空気イオンは未科学である

 以上述べてきたように、空気イオンの存在は、100年前から確認されているとしても、その組成であるとか、生体への効果、さらには、その作用機構などについては、まだまだ未解明のことばかりである。その理由は、一つは余りにも微少であること、さらには、安定な化学種ではなくて、経時変化をするからである。すなわち、真空装置の中などで純粋なものを作っても、それが、大気中に放出されたときには、もはやどのような化学種になっているか分からない。
 となると、現代科学の最先端技術を使っても、恐らく、この物質の本質解明には相当苦労をするだろう。すなわち、未だ科学的解明は不十分であって、この物質が何か効果を示すと断言するのは難しい。
 広島大学の島田氏、高知高専の長門氏のように、純粋に物質の追及を行なう試みが、未科学が科学になる可能性を示している段階である。[5]
 こんな未科学の物質であっても、最近の大メーカーは商品化してしまうのである。一体、誰を信用すべきなのか、恐ろしい時代になったものである。


9.おわりに

 2003年7月現在、マイナスイオンは未だ市場では生きている。学者が無責任な評価を加えるという例が見られるのは、極めて残念である。東芝キヤリアとセルミ医療器が共同で開発したという長寿命型マイナスイオンには、富山医科薬科大の教授がコメントをして、いかにも効果があるといった印象を与えることに貢献している。しかし、これまで述べてきたように、「ある装置を検証した」と思っていても、実際には、「ある装置の、ある設置条件下での、そのときの大気中の微量成分(硫黄酸化物、窒素酸化物など)の元での効果を検証した」に過ぎない。また、副生成物の存在を全く無視しているとしか思えない。すなわち、科学としてもっとも重要な「普遍的な真実」を記述したものにははっていない。
 このような未科学商品が、大した検証もなしに、しかも大メーカーによって商品化される時代そのものを批判の対象にすべきであるのだろう。同時に、中立的な立場と考えられている学者も、社会的にどのように利用されているかを充分にかつ慎重に考える必要があるだろう。
 同時に、中高の理科の先生方も、常に正しい情報を得て、正しい時事情報をいつでも生徒達に伝達することが望まれているだろう。

 最後に、上記セルミ医療器は、この8月に薬事法違反で営業停止処分を受けた。関連して、厚生労働省の担当官は、以下のように述べている。「マイナスイオンがどんな物質で人体にどう影響するかが証明されない限り、効能のある医療用具として承認することはないし、前例もない」。


引用文献

[1]総括的にマイナスイオンに関する情報をまとめたものとして、
「空気マイナスイオン応用事典」琉子友男・佐々木久夫編著、人間と歴史社、ISBN4-89007-127-X、がある。4万円もする本であるので、お奨めはできない。
[2]http://www.japan-ion.jp/iken/yamada030120.html 機能性イオン協会副会長の山田氏によるページ
[3]http://www.n-ion.com/ このサイトは、マイナスイオン商品を販売しているサイトであって、不利なことは記述されていないが、科学的なスタンスをとろうと努力しているところである。
[4]「マイナスイオン」を考える、琉子友男、p1、日本化学会中国四国支部、第37回化学懇談会、2002年12月。
[5] 同上の報告書。