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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (8)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成9年10月25日 1,075部発行
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_/_/   Media Watch: Intellectual Honesty(知的誠実さ)
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/  1.北朝鮮の日本人妻里帰り
_/_/  2.Intellectual Honesty(知的誠実さ)
_/_/  3.「帰るべき朝鮮がない」大江健三郎氏
_/_/  4.希望に満ちた北朝鮮の青年
_/_/  5.北朝鮮の惨状を大江氏はどう考えているのか?
_/_/  6.あいまいなのは?
_/_/  7.佐藤勝巳氏のIntellectual Honesty
_/_/  8.若いうちから、Intellectual Honesty を磨くべし
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■1.北朝鮮の日本人妻里帰り■

 北朝鮮との間で、日本人妻里帰り問題の交渉が進んでいる。(他
の国へ行った日本人妻ならパスポート一つで自由に帰国できるのに、
この程度の事を恩着せがましく政治カードとして使えるというのは、
やはり北朝鮮の外交手腕は世界一流だ。こういう「メジャ
ーリーグ」級外交官を何人かスカウトして日朝交渉にあてれば、、、
おっと、失礼、冒頭から脇道にそれてしまった!)

 実は、これら日本人妻たちは、当時のマスコミの「北朝鮮礼賛報
道」の犠牲者なのである。朝日新聞の当時の記事が、最近の月刊誌
に紹介された。[1]

    「どこを見てもみんな実によく働いている。第二次帰還船の帰
    還者を乗せて清津に、入港したとき、港に近い製鉄所から溶鉱
    炉の赤い火が高く上がっていた。あのほのおは帰還者歓迎のタ
    イマツですと出迎えの若い学生はいった。」(昭和24年12月27
    日付)

 本年9月10日の朝日新聞社説「里帰りを静かに迎えよう」と比較
してみよう。

    「北朝鮮に渡った在日朝鮮人の多くは、戦前日本に徴用され、
    戦後は生活不安と差別に苦しむ人々だった。そうした背景に十
    分目を向けないで、希望者は帰国する方がむしろ彼らのしあわ
    せにつながる、というのが、当時の空気だった。」

 朝日新聞自体が「当時の空気」を作った側であったという事は頬
かむりしている。

■2.Intellectual Honesty(知的誠実さ)■

 自らの思想と言論に責任を持ち、間違っていたら、きちんとそれ
を認め、出来る限りの事をする、こういう姿勢を、Intellectual 
Honesty(知的誠実さ)と呼ぶ。朝日の態度は、まさにこの逆、
Intellectual Dishonesty(知的不誠実)と言える。

 知的誠実さに欠ける人間は、自分の思想的誤りを自分に対しても
ごまかしてしまうため、いつまで経っても、その思想が深化しない。 
同じ過ちを何度でも繰り返す。国際派日本人として活躍するために
は、Intellectual Honesty が、不可欠の資質である。

 北朝鮮をめぐって、Intellectual Honesty において対照的な姿勢
を示した二人の人物を以下にご紹介したい。

■3.「帰るべき朝鮮がない」大江健三郎氏■

 まず Dishonesty の例は、ノーベル文学賞に輝いた大江健三郎氏
である。

       結婚式をあげて深夜に戻つてきた、そしてテレビ装置をな
    にげなく気にとめた、スウィッチをいれる、画像があらわれる。 
    そして三十分後、ぼくは新婦をほうっておいて、感動のあまり
    に涙を流していた。それは東山千栄子氏の主演する北鮮送還の
    ものがたりだった、ある日ふいに老いた美しい朝鮮の婦人が白
    い朝鮮服にみをかためてしまう、そして息子の家族に自分だけ
    朝鮮にかえることを申し出る……。

      このときぼくは、ああ、なんと酷い話だ、と思ったり、自分
    には帰るべき朝鮮がない、なぜなら日本人だから、というよう
    なとりとめないことを考えるうちに感情の平衡をうしなったの
    であった。[2]

 現在の北朝鮮の飢餓地獄しか知らない若い人々には、「自分には
帰るべき朝鮮がない」と嘆く大江氏の感慨は、想像を絶しているだ
ろう。しかし共産主義を理想とする人々の間では、北朝鮮がさかん
に「地上の楽園」として宣伝されていた時期があったのである。

■4.希望に満ちた北朝鮮の青年■

     北朝鮮に帰国した青年が金日成首相と握手している写真があ
    った。ぼくらは、いわゆる共産圏の青年対策の宣伝性にたいし
    て小姑的な敏感さをもつが、それにしてもあの写真は感動的で
    あり、ぼくはそこに希望にみちて自分およぴ自分の民族の未来
    にかかわった生きかたを始めようとしている青年をはっきり見
    た。

     逆に、日本よりも徹底的に弱い条件で米軍駐留をよぎなくさ
    れている南朝鮮の青年が熱情をこめてこの北朝鮮送還阻止のデ
    モをおこなっている写真もあった。ぼくはこの青年たちの内部
    における希望の屈折のしめっぽさについてまた深い感慨をいだ
    かずにはいられない。北朝鮮の青年の未来と希望の純一さを、
    もっともうたがい、もっとも嘲笑するものらが、南朝鮮の希望
    にみちた青年たちだろう、ということはぼくに苦渋の味をあじ
    あわせる。

     日本の青年にとって現実は、南朝鮮の青年のそれのようには、
    うしろ向きに閉ざされていない。しかし日本の青年にとって未
    来は、北朝鮮の青年のそれのようにまっすぐ前向きに方向づけ
    られているのでない。[3]

■5.北朝鮮の惨状を大江氏はどう考えているのか?■

 残念ながら、「北朝鮮の青年の未来と希望の純一さ」は、「南朝
鮮」の青年達が疑い、嘲笑したように、今日の破局の中に失われて
しまった。大江氏がこれだけ思い入れをした「老いた美しい朝鮮の
婦人」や、「希望にみちて自分およぴ自分の民族の未来にかかわっ
た生きかたを始めようとしている青年」達は、今や住む家も洪水に
流され、食べ物も自由も希望もなく、ただ餓死を待っているであろ
う。

 そうした北朝鮮の惨状について、大江氏はどう考えているのだろ
うか。大江氏が昔の自分の文章を覚えているなら、自らの不明を恥
じて、読者にお詫びをするとともに、自分の見通しがなぜ間違った
のか、思想的にきちんとした反省をしなければならない。それをし
ないこの人は言論人としての資格はない。将来も、また同じような
過ちを繰り返すのみである。

 また上記の熱のこもった文章が、単なる共産主義かぶれの若気の
至りではなく、北朝鮮の人々への真実の思い入れだとしたら、自ら
率先して、北朝鮮救援活動を始めるか、ノーベル賞の賞金を北朝鮮
救済の資金として提供する位の事はあっても良いのではないか。大
江氏は、昨年は米国プリンストン大学で静かな研究生活を送ったよ
うだが、現在は別の意味で「帰るべき朝鮮がない」のだろうか。要
はつねに人事なのだろうか。

■6.あいまいなのは?■

 大江健三郎氏は、「あいまいな日本の私」と題したノーベル賞記
念講演をストックホルムで行った。そこには次のような一節がある。
 
     広島、長崎の、人類がこうむった最初の核攻撃の死者たち、
    放射能障害を背負う生存者と二世たちが−−それは日本人にと
    どまらず、朝鮮語を母国語とする多くの人びとをふくんでいま
    すが−ー、われわれのモラルを問いかけているのでもありまし
    た。[4]
    
 「核攻撃の犠牲者たる日本人が、なにか特別のモラルを持たなけ
ればいけないそうだ。投下した者のモラルは問わないわけである。 
」とは、谷沢永一氏の評である。これが国際常識であって、大江氏
のもってまわった言い方と、その非常識な内容とでは、聴講者は何
を言っているのか、分からなかったであろう。内容は単に50年前
の東京裁判史観とマルクス主義史観であり、その後の歴史学の進歩
などは、まったく省みられていない。

 大江氏の思想は、1950年代の冷戦時代から一向に深化していない。
それがそのまま化石のように残されているのは、本人のIntellectual
 Dishonesty と、それを覆い隠すもってまわったあいまいな文体の
故である。この講演は「あいまいな日本の私」よりも「日本のあい
まいな私」と題すべきものであった。

■7.佐藤勝巳氏のIntellectual Honesty■

 大江氏と見事に対照的な姿勢を示したのが、現代コリア研究所長
の佐藤勝巳氏である。佐藤氏はかつて日本共産党の活動家で、在日
朝鮮人の帰国運動を支援していた。しかし、帰国者の多くが日本に
残った親戚に生活物資を送るよう依頼してきたり、北朝鮮の厳しい
現実を伝えてきて、次第に「地上の楽園」という宣伝文句が嘘であ
る事に気がついた。

 佐藤氏は自分が騙されて、多くの人々を北朝鮮に送り込んだ事に
責任を感じ、以後、北朝鮮の内部情勢に関する調査分析に全力をあ
げる。今日の我々が以前とは比較にならないほど、北朝鮮に関する
詳細な情報と客観的な分析を入手できるのも、佐藤氏の貢献が大き
い。佐藤氏は日本の朝鮮総連からの送金が北朝鮮の国家財政を支え
ていることを明らかにし、この問題に関して米国政府からも情報提
供の依頼を受けたほどである。また北朝鮮に拉致された日本人の救
援のために積極的な支援活動を展開されている。

 佐藤氏の、自分が北朝鮮に騙され、その結果、多くの人を不幸に
してしまった、という痛切な反省が、今日の氏の多大な社会的貢献
の基盤になっているのである。Intellectual Honesty の見事な例と
言うべきである。

■8.若いうちから、Intellectual Honesty を磨くべし■

 人間なら誰しも考え誤りがあっても不思議ではない。大事な事は、
誤りに気がついたときに、それを自分や他人からごまかさずに直視
し、すみやかに誤りを正すとともに、なぜ自分がそういう誤りを犯
したのか、きちんと分析することである。国際派日本人として、若
い頃からこういう Intellectual Honesty を身につければ、将来大
きな舞台に立った時に、そうひどい誤りは犯さないであろう。大江
氏のようにスウェーデンまで行って、国際的な檜舞台でとんちんか
んな事を言うような愚は避けられるであろう。Intellectual Dis-
honesty の例は、大江氏に以外にも少なくない。以下に代表的な
例を挙げるので、他山の石としていただきたい。

1)旧社会党の人々は、日米安保条約に反対し、自衛隊を違憲とし、
  PKOにも反対したが、現在は与党としてすべて賛成しているよ
  うだ。この態度の変化に関して、どのような総括がなされている
  のだろうか。
  
2)朝日新聞は、戦前は体制翼賛記事を書き、戦後は一転して、「日
  本軍国主義」非難を繰り返しているようだが、この間にどのよう
  な総括を行われたのだろう。(「常に儲かるように記事を書く」 
  という方針なら、見事に一貫しているとも考えられるが。)

3)中国政府は、文化大革命、天安門事件など、数々の内政上の失敗
  を繰り返したが、現在は「社会主義的市場経済」という考えに転
  換し、自由化による経済成長を追求している。この間に過去の失
  政に関してどのような総括がなされたのだろうか。
  
[参考]
1. 日本人妻里帰り『帰国』礼賛者たちの罪と罰、宮塚利雄、
  「諸君」平成9年11月号
2. わがテレビ体験、大江健三郎、「群像」(昭三十六年三月号)
3. 二十歳の日本人、大江健三郎、「厳粛な綱渡り」
  (文芸春秋社)
4. あいまいな日本の私、大江健三郎、岩波新書
  (2,3,4は、「こんな日本に誰がした」、谷沢永一、クレスト
  社,より引用)
5. 北朝鮮崩壊と日本、長谷川慶太郎、佐藤勝巳、
   光文社カッパビジネス

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