殺したい犯したい奪いたい愛したい消えたい笑いたい泣きたい――支配したい上り詰めたい勝利したい斬り伏せたい殴り倒したい――飛んで跳ねて踊って歌って楽しみ喜び哀しみ怒り自由自在に奔放に狂いたい。
「All right――全て肯定してあげよう。感謝したまえ」
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やぁやぁやぁ良く来たね。遠い所ホントまあ良く来たものだよ。しかし何だいその顔は。ボクが学生服着てたらおかしいかい? いやいや気にしなくて結構だ。よくあるのだよ見た目で勘違いする奴が。その点キミは自分を納得させようとしているあたり高評価だ。ボクの中では株がウナギ登りの大好評だよ。
――人懐っこい笑顔で少年は言うのだ。稚気を交えて俺を見上げ、回転椅子でくるくる回り、ふと思い出したように回転の最中でキーを叩く。回り続けたまま一週ごとにしかし正確に、その姿はまさに常軌を逸して俺の目に映る。
それで君の願いは何だったかな。ああそれ以上の言葉は不要だとも。文頭の一字が思い出せなかったのだよ。やれやれ、ボクも歳かな。廃業かな。まあどうでもいいことだ。お代は適当に置いて行ってくれたまえ。できればボクも代価など欲しくはないのだが、やはりこの世界マネーなくして何もできやしないのだよ。このお金はキミのように願いある者のため有効に活用させてもらうさ。ではこれが目的の物だ。受け取りたまえ。
――ヴヴヴヴヴと壊れそうな異音を発してプリンタが用紙を吐き出す。二枚三枚計五枚。文字と図面がびっしりの中身をざっと見確認し、未だ回り続ける少年の横か前か後ろか定かじゃないが机に札束を放り投げる。金は必要と言いながら額を確かめようともしない。なるほど噂は真実。これはまともな人間じゃあない。真面目に付き合う奴が馬鹿を見る。
あははそう変な顔をするな。そうとも、変な顔だ。決して愉快な顔でも不快な顔でもない。世間一般から見た評価などボクは何も問題視しないのさ。しかしそれが世間逸般であるなら問題視せざるを得ないのだよ。喜ばしいことに。うん? 矛盾してるって? ボク個人としては矛盾の故事成語は前提から矛盾しているように思うがね。最強の矛に盾? 何だいその不思議アイテム。そんなものが作れるなら盾も矛も用無しじゃないか。必要があるからこそ道具は作られるのだよ? 必要に応じない限り道具が作られるわけないだろう。キミの願いを、ボクが“全肯定”したようにね。
――ピタリと椅子を止め、少年は回転の名残もなく真っ直ぐに立つ。それでも身長は俺の胸ほどしかない幼顔が、ツカツカ無遠慮に歩み寄って下から覗くのだ。俺の表情を下から覗き上げるのだ。途端に俺はどうしようもない不安に襲われる。見上げられているのに見下ろされているような、その眼差しが得体の知れない焦燥と極めつけな畏敬を押し付けてくる。逆らえない。いつしか俺の膝は落ち、正しく見下ろされていた。
素晴らしいじゃないかキミの願いは。好きな女を手に入れたいと願う心は雄として正常なものだとも。だからボクは応援する。キミが真に彼女を手にするために二十七人の犠牲が必要だとしても、それは必要だから犠牲となるのだよ。ただの通過点だ。路傍の石だ。そんなものに気を捕らわれてボクの期待を裏切らないでくれたまえ。何せボクはキミを“全肯定”しているのだよ。恥をかかせたらどうしてくれようか? まあその時考えれば充分だろうね。何せキミはボクに“全肯定”されたのだから。さあ、時間だ。行きたまえ。願いを叶えたまえ。ボクはキミの願いを何一つ塵一つ億千万に一つも否定しない。
――さあ、行くのだ。その言葉で俺は我に返る。感激が胸に溢れる。俺は肯定された。俺の願いは正しいものだと。素晴らしいものだと。目的のための犠牲は必要であるからこその犠牲だと。神よこの巡り合わせに感謝します。生まれてこの方初めて感謝します。全てが終わった暁には、何を差し置いてでも報告に参ります。だからそれまで、しばしの別れを惜しみます……。
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「はてさて、どうして誰も彼も最後は神だ王だ天だ主君だと鬱陶しいのやら。全くもって片腹痛いとはこのことだ。いやむしろむず痒いというものだ。ボクはただ、寄せられる願いを片端から“全肯定”しているだけだと言うのに」
やれやれと嘆息した少年が回転チェアに座り直す。そろそろ次のお客が来る準備をせねばならない。
「ああ忙しい忙しい。少しは休ませてくれたまえ。これでは土日に友達と遊びに行けやしないじゃないか。学生というのも煩わしいが、しかしいつだかに願われてしまったからには、取り敢えず高校ぐらい卒業しないといけないのだよ――いや待ちたまえボク」
確かこないだパンフレットが、と紙が雑多に山と積まれた机をひっくり返す勢いで捜索し、三秒でおおと目を見開いた。
「招待状? 勧誘状? 何でもいいが素晴らしい。入学と在学に全費用負担するから是非来てほしいと? ああなぜボクはこれを見逃していたのだ。一週間合格のため受験勉強したのがまるで無駄になってしまった」
ひとしきり人生の無駄を嘆いた後、兎にも角にも入学意思があることをメールで知らせる。返事は五秒後に来た。余りのレスポンスに流石に目を丸くする。
「何かなこの返信速度。オートでプログラム組んでたにしては内容がおかしい。まるで虎視眈々とボクが届け出るのを待ってたみたいじゃないか。……なるほどなるほど。嫌な臭いだ。しかしこうまで望まれては行かざるを得ないというものだよ」
幼い顔立ちで目一杯不敵に笑い、勢いのままスチール机に仁王立ち、あらぬ彼方をびっしと指差す。
「精々悪だくみするがいい。ボクは一切合財完全無欠にそれを全く否定しない! 迂遠なことをしてないでボクに直接頼みに来たまえ! 一から十から百から兆まで、僕はその悉くを肯定し――ひゃあ!?」
荷重に耐えかねた椅子の足が折れた。埃と紙を巻き散らし、雪崩のような衝撃に家が打ち震える。書類やら設計図やら諭吉さんやら果ては週刊少年ジャンプに至るまで、種々も雑多な紙山に少年が埋まった。騒ぎを聞きつけた誰かが部屋の扉を開け慌てて救助に入る。
とまあそんな具合に締まらない少年であるが、外れた性格捻じれた神経の割に人望高く、本人としては自分がやりたいようにやった結果であるためそれが不思議でならず、気付いた時には御殿のような家に住んでいた。
幼い外見容姿に手足。
縦首終始、十五歳。
『異常』な“全肯定”を引っ提げて。
箱庭学園・入学決定♪