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[26363] It`s all right! (めだかボックス的なネタ)
Name: うたかた◆9efe3df0 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/08 14:43
 殺したい犯したい奪いたい愛したい消えたい笑いたい泣きたい――支配したい上り詰めたい勝利したい斬り伏せたい殴り倒したい――飛んで跳ねて踊って歌って楽しみ喜び哀しみ怒り自由自在に奔放に狂いたい。

 「All right――全て肯定してあげよう。感謝したまえ」




☆☆☆☆☆☆



 やぁやぁやぁ良く来たね。遠い所ホントまあ良く来たものだよ。しかし何だいその顔は。ボクが学生服着てたらおかしいかい? いやいや気にしなくて結構だ。よくあるのだよ見た目で勘違いする奴が。その点キミは自分を納得させようとしているあたり高評価だ。ボクの中では株がウナギ登りの大好評だよ。

 ――人懐っこい笑顔で少年は言うのだ。稚気を交えて俺を見上げ、回転椅子でくるくる回り、ふと思い出したように回転の最中でキーを叩く。回り続けたまま一週ごとにしかし正確に、その姿はまさに常軌を逸して俺の目に映る。

 それで君の願いは何だったかな。ああそれ以上の言葉は不要だとも。文頭の一字が思い出せなかったのだよ。やれやれ、ボクも歳かな。廃業かな。まあどうでもいいことだ。お代は適当に置いて行ってくれたまえ。できればボクも代価など欲しくはないのだが、やはりこの世界マネーなくして何もできやしないのだよ。このお金はキミのように願いある者のため有効に活用させてもらうさ。ではこれが目的の物だ。受け取りたまえ。

 ――ヴヴヴヴヴと壊れそうな異音を発してプリンタが用紙を吐き出す。二枚三枚計五枚。文字と図面がびっしりの中身をざっと見確認し、未だ回り続ける少年の横か前か後ろか定かじゃないが机に札束を放り投げる。金は必要と言いながら額を確かめようともしない。なるほど噂は真実。これはまともな人間じゃあない。真面目に付き合う奴が馬鹿を見る。

 あははそう変な顔をするな。そうとも、変な顔だ。決して愉快な顔でも不快な顔でもない。世間一般から見た評価などボクは何も問題視しないのさ。しかしそれが世間逸般であるなら問題視せざるを得ないのだよ。喜ばしいことに。うん? 矛盾してるって? ボク個人としては矛盾の故事成語は前提から矛盾しているように思うがね。最強の矛に盾? 何だいその不思議アイテム。そんなものが作れるなら盾も矛も用無しじゃないか。必要があるからこそ道具は作られるのだよ? 必要に応じない限り道具が作られるわけないだろう。キミの願いを、ボクが“全肯定”したようにね。

 ――ピタリと椅子を止め、少年は回転の名残もなく真っ直ぐに立つ。それでも身長は俺の胸ほどしかない幼顔が、ツカツカ無遠慮に歩み寄って下から覗くのだ。俺の表情を下から覗き上げるのだ。途端に俺はどうしようもない不安に襲われる。見上げられているのに見下ろされているような、その眼差しが得体の知れない焦燥と極めつけな畏敬を押し付けてくる。逆らえない。いつしか俺の膝は落ち、正しく見下ろされていた。

 素晴らしいじゃないかキミの願いは。好きな女を手に入れたいと願う心は雄として正常なものだとも。だからボクは応援する。キミが真に彼女を手にするために二十七人の犠牲が必要だとしても、それは必要だから犠牲となるのだよ。ただの通過点だ。路傍の石だ。そんなものに気を捕らわれてボクの期待を裏切らないでくれたまえ。何せボクはキミを“全肯定”しているのだよ。恥をかかせたらどうしてくれようか? まあその時考えれば充分だろうね。何せキミはボクに“全肯定”されたのだから。さあ、時間だ。行きたまえ。願いを叶えたまえ。ボクはキミの願いを何一つ塵一つ億千万に一つも否定しない。

 ――さあ、行くのだ。その言葉で俺は我に返る。感激が胸に溢れる。俺は肯定された。俺の願いは正しいものだと。素晴らしいものだと。目的のための犠牲は必要であるからこその犠牲だと。神よこの巡り合わせに感謝します。生まれてこの方初めて感謝します。全てが終わった暁には、何を差し置いてでも報告に参ります。だからそれまで、しばしの別れを惜しみます……。



☆☆☆☆☆☆



 「はてさて、どうして誰も彼も最後は神だ王だ天だ主君だと鬱陶しいのやら。全くもって片腹痛いとはこのことだ。いやむしろむず痒いというものだ。ボクはただ、寄せられる願いを片端から“全肯定”しているだけだと言うのに」

 やれやれと嘆息した少年が回転チェアに座り直す。そろそろ次のお客が来る準備をせねばならない。

 「ああ忙しい忙しい。少しは休ませてくれたまえ。これでは土日に友達と遊びに行けやしないじゃないか。学生というのも煩わしいが、しかしいつだかに願われてしまったからには、取り敢えず高校ぐらい卒業しないといけないのだよ――いや待ちたまえボク」

 確かこないだパンフレットが、と紙が雑多に山と積まれた机をひっくり返す勢いで捜索し、三秒でおおと目を見開いた。

 「招待状? 勧誘状? 何でもいいが素晴らしい。入学と在学に全費用負担するから是非来てほしいと? ああなぜボクはこれを見逃していたのだ。一週間合格のため受験勉強したのがまるで無駄になってしまった」

 ひとしきり人生の無駄を嘆いた後、兎にも角にも入学意思があることをメールで知らせる。返事は五秒後に来た。余りのレスポンスに流石に目を丸くする。

 「何かなこの返信速度。オートでプログラム組んでたにしては内容がおかしい。まるで虎視眈々とボクが届け出るのを待ってたみたいじゃないか。……なるほどなるほど。嫌な臭いだ。しかしこうまで望まれては行かざるを得ないというものだよ」

 幼い顔立ちで目一杯不敵に笑い、勢いのままスチール机に仁王立ち、あらぬ彼方をびっしと指差す。

 「精々悪だくみするがいい。ボクは一切合財完全無欠にそれを全く否定しない! 迂遠なことをしてないでボクに直接頼みに来たまえ! 一から十から百から兆まで、僕はその悉くを肯定し――ひゃあ!?」

 荷重に耐えかねた椅子の足が折れた。埃と紙を巻き散らし、雪崩のような衝撃に家が打ち震える。書類やら設計図やら諭吉さんやら果ては週刊少年ジャンプに至るまで、種々も雑多な紙山に少年が埋まった。騒ぎを聞きつけた誰かが部屋の扉を開け慌てて救助に入る。

 とまあそんな具合に締まらない少年であるが、外れた性格捻じれた神経の割に人望高く、本人としては自分がやりたいようにやった結果であるためそれが不思議でならず、気付いた時には御殿のような家に住んでいた。



 幼い外見容姿に手足。


 縦首終始たてくびしゅうし、十五歳。


 『異常アブノーマル』な“全肯定オールライト”を引っ提げて。


 箱庭学園・入学決定♪





[26363] 第1箱 後にも先にもきっとボク一人だけだとも
Name: うたかた◆9efe3df0 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/08 12:32
 「何と大きな箱庭城! じゃあなくて、塾だったか調べによると。なるほど江戸から続く権勢は見事なものだよ。壮大遠大摩訶不思議、姿形は違えど百年単位の威容はここにあり。まったく流石のボクと言えど首を縦に振らざるを得ないよこの広さには。――いやちょっと待ちたまえよボク。感心するのは良いが広い等号疲労するではないか。つまり――――――広すぎだとも箱庭学園!」

 声を大にし手はメガホン。どこから登ったか校舎の屋上。気の済むまで思う存分叫ぶ終始の姿が合った。



☆☆☆☆☆☆



 桜散る何たら今日の良き日がどうたらで始まる入学式もそこそこに、場面は教室。一年十三組はその他と同様、初顔合わせの同級生たちに緊張と興奮を隠し切れ――――るわけもない。ならば気楽に雑談しているかと聞けば否。

 「……ボクは恥ずかしい。完全免除特待扱いの文句に飛びついたボクが情けない。ああなぜ入学式に期待していたのか。よし、今からでも遅くはないのだよボク。さっさとこんな学校転校届けを出し転出してしまうのが吉なのだよ」

 独り言が寒々しく教室に響く。そう、寒々しくである。本来三十人四十人と収容可能な教室は、まさしく閑散の有様。担任どころか副担任の姿さえない学級崩壊もたけなわ真っ只中な十三組だった。幼小中と愉しく学園生活に明け暮れてきた終始にしてみれば、これはもう詐欺である。広告に偽りあり。掲げる看板に注釈が欠けていたのである。楽しい学校友達たくさん、ただし十二組まで、みたいな。
 ぽつねんと机に座りスライムの如く伸びきりだらけきった終始の耳に、威勢のいい扇のパンッとした開く音が聞こえたのはその時だ。

 「そう落ち込むな縦首同級生。例えたった二人であろうとクラスはクラス。十三組は十三組。級友は級友だ。むしろ私としては貴様が登校し出席してくれたことが素直に喜ばしい。お互い孤独な入学式を迎えず済んだのだからな」

 閑散と寒々しくぽつねんとした教室を、輝く後光で埋め尽くしそうな今現在唯一のクラスメイト。さっき軽く自己紹介した所によると、黒神めだかというらしい彼女がひたすら自信に満ち溢れた態度で言いきった。

 「それにこれしきの事で見切りをつけるのは速すぎる。今日は入学初日だぞ? せめて一月待つが良い。その時にはここに居残った選択が大吉であったと思い知る」
 「ふぅん? 一月か。学生生活に大半の人間が慣れてしまう区切りの期間じゃないか。冗談はよしたまえよ黒メダカ。今すぐなら兎も角、一月後では自分の選択を悔い転校を決めても新たなクラスに馴染むのがそれはそれは大変になってしまうのだよ。キミにその責任が取れるとでも?」
 「答える必要はないな。なぜなら私が責任を取るような事態には決してならんからだ。断言しよう、縦首同級生。そして宣言しよう。地球が引っくり返ってもあり得んが、もしもの時はこの私がきっちりと責任を清算してやる」

 へぇ、ほぉ、と興味深げに終始は机から身を起こし、

 「で、どう責任取るのか言ってみたまえ」
 「貴様の学園生活を潤すため、恋人でも何でも好きにするがいい」


 「ストォォォ――――ップ!!」


 教室の戸が破壊寸前の騒音を奏で、具体的にはドガシャァンという効果音の後、いきなり現れた男子が憤然とした面持ちで入室してくる。終始の隣の席で、扇が閉じる音。

 「善吉か。もう入学最初のホームルームは終わったのか? 私たちのクラスは見ての通り、まだ始まってすらいないが」
 「そういう話をしに来たんじゃねえよ! つか、恋人がどうのって本気なのかよめだかちゃん!? お前が何考えてるかなんて分かることの方が少ねえけど、これだけははっきり分かるぜ。こんなガキの我がままにそこまでして付き合う義理はねえってな!」

 ガキ呼ばわりにむっとした表情の終始は、椅子を蹴立てて机に足を乗せた。

 「その不躾な指をどけたまえ。何だい多少人より背が高いからってその上から目線は。大体ホームルームも終わっていない教室に不法侵入するキミは、一体何様のつもりだい?」
 「カッ、人にものを尋ねる時はまず自分がばっ!?」

 鉄拳一閃――横合いから飛んだ拳が男子の頭にラクダのようなこぶを作る。それを成した当人は、額に手を当て嘆息し、呆れたご様子。

 「……すまんな縦首同級生。こやつは私の幼馴染み、人吉善吉だ。迷惑をかけた。そして善吉、今のは貴様が悪い。ホームルーム終了まで外に出て待っておれ」
 「いやちょ――めだかちゃん!? ホームルーム終了も何も始まってさえねえものをどうやって待てって言うんだよ! おいっ!? 少しは話聞――」

 廊下の外でもう一度ゴンッと痛々しい音が響き渡る。とりあえず終始は黙祷しておいた。自業自得にしても報われない感じが大。そうして開いた戸をピシャリと閉め戻ってくるのは、何事もなかったように凛とした面持ちのクラスメイト――容姿端麗を体現する彼女。

 「さて、横槍が入ったが話を戻そう。私は自分が口にしたことさえ守れぬ人間ではないぞ。それに私は高校生活を楽しく送ると決めているのだ。大事なクラスメイト一人さえもが楽しめぬ高校生活を作るつもりは、これっぽっちも微塵もない!」
 「ほーぉ? そこまで言い切るからには具体的な行動指針ぐらい決まってるんだろうね」
 「いや、まだ細かく考えてはおらん」

 ガクッ、と体勢が崩れる。机から落ちかける。危うい所で姿勢を立て直す。

 「……やれやれ、まったく。キミはノープランでありながらボクに学園生活を賭け金にしろと言っているのだよ? しかもチップは絶対に取り返せない時間。自信はあるようだけれども、ボクはキミのことなど何一つ信用してないのだ。――故に答えは、当然“イエス”!」

 大仰にサムズアップして見せれば、当たり前のように返る怪訝な顔。

 「……信用してないのではなかったか?」
 「信用してないとも。しかしそれとボクが“肯定”しないのは別問題なのだよ。覚えておきたまえ黒メダカ。ボクは誰であろうと何であろうと、見知らぬ他人を否定するような真似ができない人種であるのだ。挨拶を交わし名前を交わした相手なれば言わずもがな。……精々、ボクの期待を裏切らないでくれたまえよ?」

 不敵に笑い手を差し出せば、返ってくるのは完膚無き美笑と握手。まったくもって頼もしい。終始は笑みを深くする。

 「後悔させないでくれたまえ。ボクが“肯定”したからには、そんな結果にならないだろうけれども」
 「無論、後悔の余地なく楽しませてやろう。この私が確約する。大船と言わず巨大戦艦に乗ったつもりでいるが良い」



☆☆☆☆☆☆



 教室の戸が開く。善吉が顔を上げると、ブレザーの制服に着られているような幼いナリの少年が上機嫌で出てくる所だった。こちらに気付き、やぁと言わんばかりに片手を上げる。

 「何だ何だ、言葉通り本気で待ってたのかいお人吉。その忠犬染みた健気さに感服の念を送ってあげよう」
 「カッ――テメエみたいなのに感服された所で感動する俺じゃねえよ。めだかちゃんのクラスメイトだか何だか知らねえが、もしテメエがあいつの優しさに付け込むような野郎だったら覚悟しとけ。新月の晩は特別にな」
 「愉快なたわ言はその辺にしておきたまえ。ボクのボディガードはやや過保護な嫌いがある。闇討ちに来た者を返り討ちにしてしまうのは不本意なのだよ」
 「……はあ?」

 なんだそりゃ、と善吉の頭に浮かぶ疑問符。返り討ちにしないでどうするのかさっぱりだ。返り打たれる気は毛頭ないにしても。
 自分の胸に届くかどうかという少年がツカツカと歩み寄り、下から見上げてきた。上機嫌な笑みを変えないまま、赤い唇が縦に割れる。

 「それはそれとして、ねぇお人吉」
 「俺は人吉善吉だ。お人吉じゃねえ」
 「ボクは縦首終始というがキミ、黙りたまえ。教室で黒メダカと話した結論を伝えてあげようと言うのだから黙って聞きたまえ」
 「……」

 ……黒メダカっておい。
 そんな善吉の感想など知らず、取り敢えず黙った事で縦首終始は再び口を開いた。

 「ボクはこんな寂しいクラスは嫌なのだよ。すぐにでも転校をしようと心に決めたのだが、キミの懸想する――」

 うぉいと突っ込みを入れかけたが、睨まれた善吉は忍耐の二文字で口を閉じる。

 「――彼女、黒神めだかことボク命名黒メダカに説得されてしまったのだよ。一月待てと。一月待てば素晴らしい学園生活を提供してやると。何の根拠も指針も持たず言い切ったのだよ。いやはやちゃんちゃら可笑しいったらない。ボクと彼女は初対面で、そんな相手を信用して貴重な一カ月をベットするような人間は、後にも先にもきっとボク一人だけだとも」

 うん? 何か今文脈がおかしかった気がした善吉である。

 「しかしボクだけがチップを積み立てるのは不公平というものだ。故に彼女にも相応のリスクを背負ってもらった。あらかじめ明言しておくと、これを言い出したのは黒メダカの方だから、ボクに当たり散らされても非常に困るのだが――――結果次第で、彼女はボクの恋人となってくれるらしい」
 「んなっ……!?」

 叫びかけた善吉の前で、終始がしぃっと唇に指を立てた。にぃっ、と唇が吊り上がる。
 ぞあっ――と背筋に氷塊を流し込まれた。覗き上げられる瞳から目が離せない。

 「彼女のような女性を恋人にできるとあれば涙ものだろうけれども――しかし残念ながら、極めて無念ながら、そのような結果にはならないだろうね。何せ彼女はボクに“肯定”されたのだから。このボクが“肯定”したのだから」
 「……!」

 動けない――足から力が抜けていく――眩暈にも似た何かが脳髄を直撃する――

 「そして、ボクはさっきボクをガキ呼ばわりしたお人吉さえ“全肯定”してあげよう。キミの忠義は正しい。キミの愛情は正しい。キミの親愛は正しい。キミの友愛は正しい。キミの彼女に抱く全ては何一つの嘘も偽りも虚飾もなく正しいのだよ。故にボクは奈落の底から天の蓋まで余すことなくキミの思いを“全――」


 「そこまでにしてくれないか縦首同級生」


 凛とした声音が響く。はっと我に返った善吉は、終始から飛び離れた。
 帰り支度を整えた黒神めだかが、正気を取り戻したらしい幼馴染みの様子にパンと扇を閉じる。

 「これは私の大事な大事な幼馴染みでな、余りからかわれては困る。善吉は貴様に何を言われずとも、私のことを正しく思ってくれている。貴様のそれは小さな親切、大きなお世話というものだ」
 「う~ん……からかいのつもりは毛ほどもないのだけれども、そう言う話じゃないようだね。やれやれ仕方がない。せっかくボクが“全肯定”してあげようと言うのに、しかし大きなお世話とまで言われては、これ以上の口出しは無粋というものだよ。精々惜しみたまえ、ボクの“全肯定”は国家元首でさえ順番待ちなのだから。――ではバイバイ、黒メダカにお人吉。また明日~」

 鞄片手に右手を上げて、幼いナリの少年が、陽気な足取りで帰っていった。
 その背中が角を曲がり、足音さえ聞こえなくなってようやく、善吉は詰めていた息を吐く。額に浮かんだ汗を拭う。と、差し出されるハンカチ。

 「ああ……サンキュ、めだかちゃん。助かったぜ。しっかし何なんだあいつ……話聞いてるだけで頭が朦朧としてきやがった」
 「……私はともかく、貴様は面識があるはずだぞ善吉」
 「はあ? 知らねえぞ俺は。あんな個性的な奴会ったら忘れねーっての」
 「いや、十何年も前、箱庭病院で貴様は会っている。凄く楽しくて面白い相手と遊んだと、後日私に嬉しげな様子で報告していたよ。その相手の名前が、確かシューシだった」
 「……よく覚えてるな、んな大昔の話。欠片も記憶にねえんだがよ」
 「ふむ。どうやら向こうも覚えてないようだが、さしたる問題はあるまい。知人であろうと、他人であろうと、私の善吉を誑かそうとした事実に変わりない」
 「俺はお前のじゃねえっ!!」





 何はともあれこうして出会いは果たされた。再会であるのか再開であるのか誰も知らないけれど、とにかく新たな出会いがあった、それは幸い。


 そしてもう一つの出会いもまた近くに迫る。


 時は四月、桜もいい加減散りゆく季節。


 見ず知らずの『英雄』と出会うまで――





 「……うん? 何だい、この連続的な破壊音は」





 ――あと二分。




[26363] 第2箱 “全肯定”と呼んでくれたまえ
Name: うたかた◆9efe3df0 ID:65210421
Date: 2011/03/10 15:34
 赤の他人に肯定されて怒る人間は居る。否定されず憤る人間は居る。その心理を読み解くことは“全肯定”たる終始にとって不可能以外の何でもなかったが、だからと言って肯定しないわけにもいかない。故に肯定されて怒るような、否定されて憤るようなイベントには、幼少の頃より積極的に参加してきた。同情に怒気を晒す輩には、共感こそが何よりの武器なのだ。
 つまり、クラスメイトとさよならを言って二分後の終始の発言。

 「はてさて、ここは紛れもなく第九条に守られた日本であるはずなのだけれども、ひょっとしてテレポートしてしまったのかいボク。これじゃ七歳の時に体験した中東紛争地域と変わらないというものだよ」

 爆撃か砲撃か定かでないが、滅多やたらに砕けまくり壊れまくりな第三校舎裏を丹念に見て回る。過去の体験と違う点があるとすれば、十名ばかりの人間が倒れているだけで、屍は一つもないことか。

 「そして妙な点があるとすれば、火薬の臭いが全くしないことか。誰かが、何かの理由を持って、人為的に成したのは確実だろうけれども――……うん? この腹部のあざは拳骨かい? ふざけたサイズだね全く。こんな馬鹿げたサイズの手を持つ人間を、ボクは生まれてこの方今日しか見ていないのだよ。何か言い逃れはあるかな、日之影空洞生徒会長――――略してヒトカゲ会長」

 終始が振り向いた先に今までなかったはずの影が差す。小さな終始の影をすっぽり覆い尽くしてしまう。それほどの巨躯、それほどの巨体、それ故の威圧感で、その男はいつの間にか佇んでいた。

 「……ここは普通見つけられたことを驚くべきなんだろーが、俺としちゃその略され方にびっくりだ。俺は炎なんか吹かねえし、ましてや進化なんかしないぜ? しかしよく俺が生徒会長だと分かったなあ。それに殴り合っていた直後とは言え、よくもまあ俺が目に入ったもんだ」
 「あはは、何をまた痴呆の振りなどするのやら。入学式での新入生に向けた生徒会長挨拶から二時間だって過ぎていない上、ヒトカゲ会長ほどの巨漢がボクの目に入らないわけがないのだよ」

 お陰様で見上げる首が痛い痛い、と終始はぼやく。
 幼いナリでとぼける少年に、空洞は得心が行ったように腕を組む。

 「成る程、今年入った十三組の中で、たった二人だけ式に出席していた内の一人か」
 「縦首終始という。精々記憶に留めてくれたまえ。さて、お互いに見知った所で最初の質問に戻るのだが、ここに倒れるヤンキー風の奴らはキミの仕業かい?」
 「知ってどうする。知った所で――――どうせお前も忘れるんだ」

 無表情に、空洞の巨体が踵を返す。無感動な声音に、無感情な背中に、終始は歩幅の差から早足で付いて行く。

 「何を当たり前のことを言ってるんだい? 人が持つ様々な機能の中で、忘却とは抜きん出たものの一つなのだよ。人は忘れるからこそ強くもなれるし弱くもなれる。記憶力の良さは美徳だけれども、忘却力が欠点だと誰が決めたか言ってみたまえ」
 「……生徒会業務の邪魔だ。新入生はホームルーム終了後、速やかに帰宅するよう言われてるはずだろ」
 「それが不思議なことに先生の一人も来なかったのだよ。故にボクら十三組は自主解散で自由解散。どこに居ようがどこに行こうがとやかく言われる筋合いは皆無なのだよ。まあそんな事よりヒトカゲ会長――」

 と、と、と。と前に行き、三倍近い身長差の生徒会長を仰ぎ見る。

 「ボクの個人的な調査によると、この先は不良という人種がたむろし易い場所の一つ、体育館裏に行き着くと思うのだが」
 「それがどうした」
 「いやいや、大した事ではないのだよ。そう殺気立たないでくれたまえ。例えヒトカゲ会長が、今し方の校舎裏と同じ光景を作り出そうとしているのだとしても、ボクはそれを咎める所か否定する気もないのだから」

 頭の後ろで腕を組む。にぃっと口の端を持ち上げ言う。

 「ただね――疲れているように、見えるのだよ。ヒトカゲ会長。箱庭学園97代生徒会長。キミはこの一年、どれだけ体力を消耗したんだい? どれだけ精神を摩耗したんだい? 休養はきっちり取ったのかな? 静養はしっかり取ったのかな? それともまさか――――休む暇もなかったと、言うんじゃないだろうね」
 「――」

 空洞が小さく呟く。放っとけと、どこか苛立たしげに、邪魔っけに。

 「あはは、ははは。でも大丈夫――キミ行いは、どこまでも、正しいのだよ」
 「……何も知らねえ奴が」
 「口出しするな? 分かったような面で肯定するな? いやいや、ボクは例え何も知らなくたって“肯定”するけれども、幸いかな、ボクは知っているのだよ。悪を倒す正義の虚しさを。秩序を守る勇士の報われなさを。何があったか、それを話すには長編映画三本作ったって足りないし――微に入り細を穿って説明した所で、同じ境遇の者には無駄な同情しか生まないのだけれども……」

 初めて。
 空洞の顔に、興味の色が浮かぶ。関心が寄せられる。
 それまでの饒舌が嘘のように、終始は黙って見上げたまま。
 無言の会話は、数分もの間、続いた。

 「……………………そう、か」

 フッ、と崩れた無表情に微笑が浮かび、終始もまた笑顔に戻る。

 「“肯定”の『異常性アブノーマル』――俺の強ささえも肯定するせいで、俺を認識できるんだな」
 「何の事か分からないけれども、ボクを呼ぶなら“肯定”ではなく“全肯定オールライト”と呼んでくれたまえ」

 この瞬間が終始は大好きである。いつだって何だって、肯定を肯定と受け取り、否定を否定される瞬間が大好きなのである。
 肯定することは嬉しい。
 肯定されることは、もっと嬉しい。
 それが縦首終始の行動原理で行動理念。
 軽く手を振って、終始は校門へ。空洞は体育館裏へ。
 その途中で、終始が思い出したように広く高い背中へ言葉を投げた。

 「ああそうそう、忘れる所だった。何を食べたらそこまで背が高くなるか、参考までに教えてくれたまえ」

 縦首終始、十五歳。
 小さな背丈に伸び悩むお年頃。





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