チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[26350] (ネタ)勇気を継ぐ者の登場が早過ぎる件について(デジアドに大輔投入)
Name: 若州◆e61dab95 ID:e58c3713
Date: 2011/03/05 04:53
彼には6つ上の姉がいる。
6つという歳の差は意外と大きいもので、彼が生まれたとき姉は小学校に入学していて、
彼が小学校に入学したとき既に姉は小学校を卒業し中学校に入学していた。
おそらく彼が小学校高学年になる頃には、姉は中学校を卒業し高校に進学するだろう。
それは彼がまだ知らない世界を少しだけ早く、その自慢気な口ぶりから情報として知ることができて、
いずれ自分が知ることができる世界に想いを馳せる楽しみがある。
1歳でも歳の差が縮まれば小学校の時だけは、1年間だけでも同じ通学路を歩き、
おそらく日常茶飯事のケンカをしながら通うことがあったかもしれないが、事実上それはありえない。
つまり、姉は常に彼にとって一歩だけ早い人生を歩んでいて、
おそらく同じ進路を取るだろうとぼんやり考えている彼は、彼女が通ってきた道を歩むことになるのである。
それがいやとか、いやじゃないとか彼は小学校に進学するまで具体的に思い描いたコトはなかった。
ただなんとなく、姉のことを知っている人がいるから、
顔と名前を覚えてもらえるのは早いだろうなという漠然とした予感だけはしていた。
実際にそれは事実だった。
どうやらほんの少しだけ珍しい苗字は、あっという間に姉を連想させたらしい。、
姉の弟かと何回も顔も見たことがない上級生や先生、通学路沿いの近所の人達に聞かれたし、
別に隠すことでもないので肯定したし、しばらくすれば面倒になったので自己紹介するときには必ず姉の名前を先に付けるようになった。
ああ、あの、と大抵初対面よりも親しげに、時には姉が在学していたときの思い出話も交えながら話しかけてきて、
顔と名前だけは確実に覚えてもらえるのは便利だった。
しかし、とある一点において、そのある意味お約束のようなやりとりが次第に苦痛になってきたのはいつの頃だったか、彼ははっきりとは覚えていない。

姉が所構わず自分をネタにして笑っていると知ったとき、少なからず彼はショックを受けた。
そりゃあ、6つも下の弟なんて姉からすれば全てが未熟であり、
欠点だらけでプラスになるようなところなんてひとつも無いかもしれない。
何か失敗したり姉と比較して劣るところがあったとき、
いつも両親から姉を見習えと耳にたこができるほど聞かされてきたのは事実である。
彼も彼なりに姉のことはある程度見本とすべきところはあったし、姉として認めていたつもりである。
だが、上級生や先生から聞かされる思い出話の中で、姉は彼の欠点をあげては笑い、
こんな弟嫌いだと、いらないと軽口程度に話していたと、まるで濁流のように聞かされ続ければ、
小学校に入学する前姉をどのように見ていたのか彼はまるで思い出せなくなっていた。
時にはその噂を伝聞してきた上級生に、実際にそういう人間なのかと面と向かって聞かれたこともある。
もちろん全否定に全力を注いだが、そういう事が1年間続いた彼は、姉の言葉を使うとすればすっかりすれてしまった。

姉の愛情表現だと人は言う。自分の弟について話すとき、無条件で褒めちぎるのはブラコンだけだと。
普通はどうしても照れが入ってしまい、あることないこと口に出してごまかしてしまうだけだから気にするな、と励まされる。
でも、とまだ幼い彼は思うのだ。
本当に嫌いじゃなかったら、隠れて自分の弟のことをわざわざ悪く言うなんてことしないんじゃないかと。
そうこぼすと決まって、本当にお前は姉のことが大好きだなと満面の笑み付きでからかわれてしまう。
ちがう、そうじゃない、と反論したところでお門違いの揶揄は止まらず、
気づけば彼のまわりではすっかりシスコン扱いとなってしまっていた。不快である。
そういうわけで、すっかり彼は姉に習って、自分から姉のことは嫌いであると公言するようになってからずいぶんな月日が流れていた。

幸か不幸か彼は直球かつ単純な少年だった。
喜怒哀楽の表現が実に分かりやすく、端から見ているととても微笑ましい言動や行動が多々あり、
人によってはそれをからかったり、怒らせたりして楽しんでいる。
そういう意味でも非常に周囲から好かれる人間だった。
勢いに任せて行動したり、土壇場になればそれなりに根性を発揮して人を引っ張れる力のある子だった。
姉に嫌われているのではないか、という目先の疑惑に対して考えながら行動するタイプであり、
どうしてもその向こう側にある背景や人の考えを読み取るのは、まだ小学校2年生の彼にはあまりにもハードルが高すぎた。
目には目を、歯には歯をというハンムラビ法典のような単純明快な態度は、
返って姉を楽しませているのかもしれないという予感を常に抱えるはめになっているが。
なにはともあれ、彼、本宮大輔と本宮ジュンの関係は今日も元気に険悪である。


「勝手に入ってくんなよ、姉貴」


お姉ちゃんから姉ちゃんに変わり、姉貴になる頃には大輔はすっかり反抗期に突入していた。
小学二年生が口にする言葉にしてはやや乱暴であるが、内弁慶のきらいがある彼はとりわけ姉に対しては顕著だった。
勝手知ったるなんとやら、とばかりにノックも無しに堂々と入ってくる失礼極まりないジュンは、
いつものように大袈裟に溜め息をつくのだった。


「あいも変わらず可愛くないわねえ、アンタは」


ふん、と鼻を鳴らし、素で見下し状態のジュンが姉という立場に君臨しながら、
大輔と自分の関係を女王様と下僕の関係から認識を改めたことは一度もない。
それが大輔の反発をさらに強めているのは言うまでもない。
ずかずかと入ってきた色気も糞もない部屋着のジュンは、呆れた様子で大輔の部屋を見渡した。


「ちゃんと掃除しなさいよ?手伝わされんのアタシなんだから」

「うっせーなあ」

「足の踏み場もないなんて信じらんない。
アンタねえ、明日からキャンプだってのに少しは片付けたりしないわけ?
ほら、またサッカーのユニホーム脱ぎっぱなしにしてる。
ほら、さっさと脱衣所持ってきなさいよ、きったないわねー」


勝手にベッドの上を占領され、まるで汚物をみるがごとくぞんざいに摘まれた哀れなユニホームが、大輔の顔面に直撃する。
何すんだよ!とさすがに怒る大輔だが、次から次と衣類を放り込まれればたまらずそれをもって部屋から一時退却せざるを得なかった。
結局最期はしぶしぶ言う事を聞くのは、大輔の部屋は汚部屋というが相応しい惨状だったので、
弁解の余地無しであり、ジュンの言うことに寸分の横暴もないことは事実だからだった。
男兄弟の頂点に立つのに必要なのは、暴力や恐怖ではなく、完膚なきまでに叩きのめせる正論の嵐と圧倒的な話術である。
わっとまくし立てられてはさすがに対処の仕様がないのが悲しいところだ。
大好きなサッカー選手のポスターが泣いている。
しばらくして帰ってきた大輔が見たものは、折角リュックの中に準備していた明日持っていくキャンプ用の荷物を、
ポケットというポケットから全部ひっくり返された部屋だった。


「何すんだよ、姉貴!勝手に触るなよ!」

「あーあー、ほら、適当に詰めてるからチャック壊れるんじゃないの。
お父さんから借りてるやつなんだから、ほら、もっかいちゃんと入れなきゃ駄目じゃない」

「わかったわかったから、返せってば!」

「つべこべ言わずにさっさと着替えこっちに渡しなさいよ。ほら、ネーちゃん畳んであげるから」

「なんだよもー」


図星ながら、口だけは減らず口。売り言葉に買い言葉の応酬が続く。
まるで幼児のごとく一から十まで世話を焼かれるのがこれまた微妙な羞恥心を伴うから勘弁して欲しい。
出版関連の仕事についている父から借りた大きめの旅行カバンは、はちきれる寸前だった。
投げつけるように渡した衣類を手慣れた様子でたたみ、
くるくると丸めてビニル袋に入れる姉の手際の良さにより、あっという間に収納スペースが増えていく。
ん、と差し出された手に、はあ?と返した大輔に待っていたのは、さっさとプリント出しなさいよという冷たい姉の声だった。
仕方なく勉強机の上からそれをひっぱり出してきた大輔から渡されたプリントにざっと目を通したジュンは、
そのまま一つ一つ確認するとばかりに持ってくるものを呼称する。
ぼけっとすんな馬鹿と一睨みされ、しぶしぶ一つずつ姉に見せていく大輔は、
明日のカレーに使う米と集金袋を両親に伝え忘れていたことに気付き、
慌ててキッチンで肉じゃがを作っている母のもとに飛んでいった。
再び大輔が帰ってくる頃には、まだまだ余裕のある旅行かばんが用意されていた。
しかし傍らに座っている姉の様子がおかしい。


「大輔、これなによ」


げ、と大輔は思わず後退した。差し出されたのは新品のカメラだった。


「なに勝手にお父さんのカメラ入れてんの」

「いーじゃん、別に」

「よくない。いくらすると思ってんのよ、馬鹿じゃない?」

「んだよ、ケチ。姉貴の修学旅行は持ってってた癖に」

「ダメに決まってんでしょ、アンタそそっかしいからすぐもの壊すし、無くすし、危ないじゃない。
アタシが前使ってた使い捨てカメラ、まだフィルム余ってるから持ってきなさい」

「ちぇ」

油断もすきもありゃしない、と大袈裟に溜め息をついた姉は立ち上がった。
さっきキッチンで会った母の反応からして、恐らくこの一連のお節介すぎるちょっかいは母の差し金で間違いなさそうだった。
相変わらず仲がいいわねえとサラリと流してしまう母には、姉よりも頭があがらない大輔である。
残りのスペースに、ありったけお菓子やゲームを入れれば入る。
ありがとうの一言がどうしても言えず、ちらちらと視線を向けながらも、
ごそごそとリュックを漁り始めた大輔に溜め息が降ってくる。


「ったく、手伝ってあげたんだからお礼の一つや二ついったらどう?」

「頼んでねーじゃんか、俺、ひとこ、いででででっ?!」

「生意気なこと言う口はこの口かしら?」

「ごめんごめん、いういういうって!ジュンお姉ちゃんどうもありがとうございましたあああっ!」

「そうそう、宜しい。素直が1番よ、素直がね。
あーもう、素直におねーちゃんおねーちゃん言ってくれてたアンタはいったいどこに行っちゃったのやら」

「………姉貴のせいだろ」

「え?なんかいった?」

「なんでもねーよ!さっさとどっかいけってば」

「はーいはい」


すっかり赤くなってしまったであろう頬をさすりながら、涙目で睨む大輔などどこ吹く風。
まだまだアタシより身長低いくせになに言ってんのかしらねえ、このちびっ子は、と
優越心全開で笑うジュンに、再びイラッとくる大輔だった。
そうそう、と去り際に思い出したように振り返る姉に、今度は何だと身構える。


「大輔」

「んだよ」

「ほら、手え出して」

「は?」


しぶしぶ顔を上げれば、ぽん、と投げられた何かが落下する。
反射的にキャッチした大輔の手元から輪っかのひもが垂れ下がった。


「ほら、それ持ってきなさいよ、大輔」


思いの外重量があって驚いてみてみれば、中学進学と同時にジュンが両親にお小遣い一年分と引換にして買ってもらったPHSではないか。
そしてそこには、ひもが通してある。


「キャンプ場すっごく広いみたいだし、アンタ友達と遊んでるうちに迷子になりそうだから、それ首から下げときなさい。
なんかあったら、お母さんに連絡しなさいよ。使い方は聞けばわかるでしょ」

「え、あ、っと」

「壊さないでよ、何かあったら罰金ね」


思わぬ奇襲にしどろもどろになる大輔、してやったり顔で笑うジュンは出て行く寸前だった。


「ありがとう、ねーちゃん!」

「ホント、ソレくらい素直な方がいいわよ、絶対」

「うっせえ」


バタンと扉を閉じられた。大輔はPHSをリュックの上に置き、はあ、と溜息をつく。
結局今日も自分のことが嫌いかどうか問いただすことができなかった。
自分から行くなんてできないから、こういう機会でもないとなかなか話す機会なんて無いのに。
ずりいよ、ばーか、とこぼした言葉は、少しだけ泣きそうだった。








少年はまだしらなかった。ひと夏の思い出が、大きく彼を成長させていくことを。
そして、母と共に出かけたサマーキャンプが誰も知らない世界への冒険の始まりになることを……。
干ばつ。洪水。真夏に降る雪……。世界中がおかしかったその夏。
日本からは見えるはずのないオーロラを目撃した少年たちは、
オーロラの裂け目から飛来した謎の光に異世界へと連れ去られてしまう。
すべてが未知のその世界で彼らは出会い、そして学んでいく。

今、新たな冒険の幕が開く。



[26350] 第一話 激闘!サイバードラモン!
Name: 若州◆e61dab95 ID:e58c3713
Date: 2011/03/06 00:06
大輔は退屈だった。
折角キャンプ場なんていう広大な遊び場を目の前にして、団地住民の親睦だかなんだかの目的のために、
ろくな自由時間も設けられないままがっちがちのプログラムに拘束されているのが大いに気に食わない。
テントを設置するときには、ここでみんなと一緒に寝るのかとわくわくしたし、
夜になれば肝試しや花火大会、ビンゴといったココロ踊るイベントが控えているとしてもである。
空は入道雲が眩しい夏色の快晴に恵まれているし、ちょっと外に出るだけでハイキングコースとして設けられた森や渓流釣り、
鮎つかみなんていう面白そうな看板が立っているきれいな川がある。
しかもサッカーできそうなくらいの広場や遊具があり、
実際家族連れや他のイベント参加者達の、キャッチボールやバトミントンなど楽しそうな喧騒が横たわっている。
なのに、なんで自分はここでひたすら人参の皮を剥いてるんだろうと我に返るたび、大いに落胆する大輔である。


「大輔、手がとまってるーわよー」

「はいはい、やりますよ、ミヤコサン」


大嫌いな姉のごとくニヤニヤしながら指摘してくるのは、鶏肉のカットに悪戦苦闘している幼馴染である。
たった1歳しか違わないのに、下級生と上級生に分けられる区分が確かに存在していた。
カレー作りと言っても、包丁を使ったり、ガスコンロで火を使ったりするのは上級生の仕事として割り振られていて、
下級生組は危ないからとそれらの機材を触らせてすらもらえない。
納得がいかずごねた一部の女子生徒は、両親からマンツーマンの指導協力のもと悪戦苦闘しているが、
さすがに母親に見てもらいながら料理をするのは気恥ずかしくて頼めやしない。
結果として代わりに渡されたのは、百円ショップで調達したのだろうプラスチックのピーラーと、
ごろごろと入った野菜で今にもひっくり返りそうなザルとボウルだった。
下ごしらえを任された下級生たちの反応は、男子と女子で綺麗に別れたのは言うまでもない。
最初こそ滅多に無い経験に目を輝かせて、真面目にひとつひとつ水洗いする係、
ピーラーでひたすら皮を剥く係、大量のお米を洗う係と仕事をこなしていたのだが、
30分もすれば黙々とやっている女子はさておき男子は飽きてしまう。
包丁を握らせてもらえないせいで、実際に野菜を切ったり、じゃがいもの芽をとったり、
肉やウインナーを切ったり、といった作業すら上級生に独占されてしまっているのだ。
そのため、危険が伴う作業に保護者が自然と集中してしまうのはある意味仕方のないことで、
大人たちの目が手薄になり、褒めてもらえる気配すらないと察知するや彼らの手のひら返しは早かった。
単調すぎる作業ばかり押し付けられているという現実は、
たちまち慣れてしまった下級生たちに飽きと不平、不満をもたらす。


つまらない、と愚痴をこぼしたのは誰だったか大輔は覚えていない。
しかし、あっという間に広がっていった同調は主に男子の間に広がっていき、
かねがね同意だった大輔も手元がお留守になる。
やがて隣に座っている友達との会話に夢中になり、順調だった作業に滞りが見え始めると、機敏に反応したのは女子だった。
小学校低学年は男子も女子もあまり性差はでないが、成長期が早い子だと男子よりも身長も体格も精神面でもずっと大人びていく事が多い。
そのため、大輔が参加しているグループもその例にもれず、男子のことをまだ子供だと馬鹿にしている子がちらほら出始め、
そのなかでもリーダー格の子が代表して文句を言いに来ることが多かった。
子ども会のイベントでは、度々男子の不真面目さを優等生よろしく指摘する女子と男子で喧嘩になるか、
目ざとく保護者に密告した女子に男子が報復でケンカを売りに行く、という仲間割れが発生するのが恒例行事となりつつあった。
今回は後者がそれに当たる。
子ども会のイベントは学校と違ってその子供の両親が参加しているという大きな違いがあり、
直接その親に密告するほうがダメージがでかいと女子はよく知っていたのである。
こうしてアドバンテージを最大限に有効活用された結果、
その男子のある意味筆頭でもあった大輔、他数名の男子下級生は両親に捕まり、
公衆の面前でこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
やんちゃ盛りのスポーツ少年に、ちまちまとした作業を当たらせるのは少々酷だと判断したのか知らないが、
大輔は呆れた様子で母に罰として、男子上級生達に混じって飯ごう炊さんに使うマキを拾ってくるように命じられたのだった。
してやったり顔の幼馴染をにらみつつ、そのメガネに今度落書きしてやると犯行予告を心のなかに刻みながら、
大輔は上級生グループに追いつくべく荷物を持ってかけ出したのだった。
ちなみに罰を命じられた瞬間、よっしゃ、ラッキーと反省ゼロのガッツポーズを目撃した母親は、
大いに肩をすくめてあまり遠くに行かないようにと釘を差したのは別の話である。マキ集めなんてさらさら大輔にやる気など有るはずもない。
折角目の前に今まで行ったことのない知らない場所が広がっているのだ。
くまなく探検したってなんら問題は無いはずだ。
あとで女子に自慢してやろうと考えながら、大輔はマキ拾いの場所として教えられた場所へと急いだのである。

山道を抜けると祠が立っていた。
ここまで来てようやく知っている顔を見つけた大輔は、早速大声でその人の名前を呼んだ。


「太一さーん!空さーん!」


大輔の声に気付いた二人が手を振り返してくれる。
一目散にかけ出した大輔に、太一と呼ばれた青い服装の似合うゴーグル少年は驚いたように名前を読んだ。
何故か木の上で昼寝をしていたらしい彼は八神太一、大輔の通うお台場小学校のサッカー部の先輩である。
サッカー部のエースであり、キャプテンとして多くの部員を抱えるサッカー部を纏め上げている頼れる先輩といったところか。
ちなみにあこがれの先輩である太一のトレードマークとも言えるゴーグルを、
何度か大輔はねだっているが、今のところ却下されて撃沈している。
結局自分で似たようなゴーグルを見つけて付けるようになってから、
真似すんなよ、と軽口叩かれるようになった。

太一の妹に光という大輔と同級生の女の子がいるが、今日は風邪をこじらせて休みである。
一緒に行くと最後まで強情に粘る妹を説き伏せるのに苦労したと笑う太一の話を聞くたびに、
今まで同じクラスになったことがなく、こういったイベントで挨拶する程度でよく知らないが、
太一さんが大好きなんだろうなあと大輔は思っていた。
そりゃあ、こんなに可愛がってくれるお兄ちゃんがいるなんてうらやましい限りである。
姉といわば同属嫌悪を通り越した複雑な関係を形成している大輔にとって、
それが大きなハードルとなり、今となっては家族にうまく甘えることができないという寂しさを抱えている。
妹がいることで兄として人に頼られることが当たり前だ、
というスタンスの太一は非常に居心地がいい存在だった。
太一も、懐いてくれる下級生をもつことに満更でもないため、かねがね良好な関係を構築しつつある。

しかし、姉とのことを知られたくない大輔は、家に友達を呼んだことはない。
もっぱら遊びにいく専門のため、休日なんかは友達とも太一とも外で遊ぶことがほとんどである。
詳細について知っている人間は皆無だった。
今のところ大輔は打ち明ける気もないし、今更相談できる問題でもないため、
だれも知らない状態である。
よいせっと軽い身のこなしで木から飛び降りてきた太一が、よう、と笑った。


「大輔じゃねーか、どうしたんだよこんなトコで。下級生は料理の手伝いじゃなかったっけ?
あー、まさかお前面倒になって逃げてきただろー」

「違いますよ!ただ、みや、じゃなかった女子がサボってるってちくったせいで、
マキ拾い手伝って来いって言われただけですってば!」

「駄目じゃない、大輔君。仕事はきちんとしないとね」

「はーい」


先程空さんと呼ばれたボーイッシュな服装の女の子は、
太一と幼馴染で、同じくお台場小学校5年生の竹之内空という。
お台場小学校のサッカー部は、女子でも混じって参加することができる。
大輔がクラブに入ったとき、空は太一とツートップでお台場小サッカー部の黄金期を支えている紅一点の女子選手だった。
そして、親睦を深めて今に至る。
残念ながら足にケガをしてしまい、休止状態である。
無理をおして出場した大会で、無念の敗北を喫した遠因となったのを負い目に感じてか、と噂されている。
俺たち、いつでも待ってますよ、とエールを送る大輔だが、
なぜだか空は、いつも複雑そうな笑顔でありがとうというだけだ。
真面目な人なんだろうなあ、と大輔は思っている。

密かにジュンじゃなくて空が本当の姉だったらいいのに、と思い描くこともしばしばだ。
空は大輔が思い描く理想の姉ともいうべき存在だった。
自分のことを否定しないし、理由もなく理不尽な命令も言わないし、悪口も言わないし、
なによりもサッカー部の大会があると必ず来てくれて、レギュラーだけでなく補欠やサッカー部のみんなを褒めてくれる。
自分がサッカー部に入ると決めてから、一度も見に来てくれたことの無い、
おそらく興味もないだろう姉とは大違いである。
お前空の前のほうが素直だよな、と口を尖らせる太一の言葉に、はあ、と大輔は首をかしげた。
なんのことかさっぱりわからない。
大輔にとって太一も空も理想の兄や姉というフィルターが掛かっているせいか、
上級生相手ではそういった方面はとんと無頓着でもあった。
ちなみに太一はかわいがっていたいとこが、
実は他の親類に対しても、結構懐いているのをみてショックを受けるのと同じダメージを受けているだけである。
意匠返しに羽交い締めを食らってちょっかい掛けられる。
なんとか逃げ出した大輔は、けほけほと軽く咳き込んだ。


「なあ、カレーってどこまで進んでる?」

「まだ下ごしらえの準備っす。まだまだかかりますよ、きっと」

「うへえ、腹減った」

「太一ソレばっかりね」

「だって朝光説得すんのに時間掛かってさ、だめなんだよ。あーもー、腹減った」


大げさにお腹を抑える太一に、空と大輔は笑った。


「あ、雪!」


緑色の帽子と服が印象的な見たことのない男の子が無邪気に声を上げる。
大輔と同じくらいだが、団地住まい向けの子ども会主催のサマーキャンプに、
無関係な子どもが紛れ込んでいるとは考えにくい。
小学校は普通同じなはずだし、団地に住んでいるなら顔も名前も大体憶えている自信のある大輔はてんで記憶になかった。
あんな奴いたっけ、と考えながら大輔は本降りし始めた雪に見入る。
謎の小学生は、傍らにいた同じ金髪をしている上級生らしき男子に話しかけている。
あの人なら見たことある。太一さんとよくいる人。仲いいんだろうか。
つられて大輔も空を見上げると、さっきより降量が増えている気がする。
8月なのに雪?と仰天する声がして振り向けば、パソコンをいじっていた上級生。
カウガールのような格好をしている女子生徒に、
何やらカバンを抱えて走ってきた、最上級生らしい男子生徒が何やら話しかけていた。


「やべえな、そろそろ帰ろうぜ」

「そうね、ちょっと寒いもの。行きましょ、大輔君」

「ハイ」


急に気温も下がり、猛吹雪の予感すらしてきた。
これはさすがにマキ拾いなどしている暇はない。
すると大輔の首もとにかけられていたPHSが音をたてる。
あわてて覚えたばかりの手順で耳を押し当てた大輔に、少々慌てた様子で母親の声がした。


『大輔、今どこにいるの?』

「え?あ、太一さん達と一緒にハイキングコースの崖のとこ」

『急に天候悪くなっちゃったから、とりあえずキャンプは中止ですって。
太一君達にも駐車場でまってるから、早く戻ってらっしゃいって伝えてくれる?』

「おう、わかった!」


PHSを切り、早速太一たちに事情を話した大輔は、太一が周囲にいた子供たちにも説明するのを確認する。
さすがにこの猛吹雪の中行くのは危険だというメガネの上級生の意見により、
たまたま近くのお堂に逃げこむことにする。
空に連れられて同行した大輔は、しばらくしてやんだ雪により、一面銀世界に包まれた光景にテンションが上がる。
大輔の目の前をさっきの謎の小学生が走っていく。
それを太一の友達の上級生が、危ない、とか、風邪引くとか注意しながらかけていく。
まるで兄弟みたいだが、太一さんの話では聞いたことないなあ、とぼんやり思う。
羨ましいと嫉妬の根が張ることに気付いていながら、大輔は見て見ぬふりを決め込んだ。
一目散にかけ出した大輔に、ずりーぞ置いてくなよ先輩差し置いて!と
憤るキャプテンの声がするがスルーである。
雪玉でもぶつけようかと手にとろうとした大輔は、
カウボーイハットの上級生がテンション高く上げる声に顔を上げた。


「すごーい綺麗!あれって、オーロラ?日本でも見れるんだー!」


思わず見とれる大輔は、ありえないと頭をかかえる最上級生の言葉も、
何故かさっきまでつながっていたネット通信も、携帯電話も、使えないと戸惑う上級生の言葉も気づかない。
よって、大輔のことを心配してさっきから電話をかけているのだが、
なぜか繋がらなくなっているPHSの向こう側の母親の心労など知るはずもない。
オーロラが本来オゾン層と太陽光線の関係で発生する現象であり、
オゾン層が限りなく薄くなる南極もしくは北極でなければ観測されないことなど、
まだ小学2年生である大輔が知るはずもないし、
そもそも日本で観測されるのは極北に位置する場所だけであることなど分かるはずもなかった。

ただニュースで洪水が起こったとか、地震が起こったとか、
やけにニュースが多いなあくらいしか気に留めていない小学生に、そ
んな難しい話を理解するほうが困難である。

なんにせよ。

その見とれていたオーロラから突如放たれた光に気付いたときには既に遅く、
大輔、そしてたまたまその場所にいた他7名の子供たちは、
その光りに包まれてどこか知らない異世界へと飛ばされてしまったのである。









第一話 激闘!サイバードラモン!










「ここ………どこだよ……。太一さーん!空さーん!誰かーっ!いたら返事してくれよっ!!」

気がついたとき、大輔はテレビの中でしか見たことがない、ジャングルの密林の中にひとり倒れていた。
そばにいたはずの太一も空も、他の子どもたちの姿も見当たらず、
さっきから必死に大声を上げて助けを求めているのだが、返事はなし。
代わりに聞いたこともないような猛獣らしき声が聞こえてきて、
恐怖のあまり立ちすくんでしまったほどである。


迷子になったらその場からなにがあっても動くなと、
大型ショッピングモールに家族連れで買い物にいくたびに、
姉から聞かされていたためか、体に染み付いていた。
闇雲に動き回られるとすれ違いになったり、
時間が掛かったりして二度手間で迷惑をかけるだけだから、と何度となく叱咤されてきたのだ。
泣きべそかいて母親にすがった幼少期、もうこのころから既に姉は冷たい目で自分を見ていた気がする。
お客様サービスセンターで両親を待ちわびる子供は、誰もが無事でよかったと笑顔で頭を撫でもらったり、
手をつないで帰っていたのに、姉にそういう事をされた記憶はない。
探せど探せど、姉からの愛情を感じ取れるような思い出が、皆無だという事実が重くのしかかる。
そのことに気付いてから何年経っただろうか、大輔は姉に弟として愛されることを半ば諦めていたのかもしれなかった。

だから、なおさら。

無意識のうちに姉として、兄として、重ねてみていた太一と空がいないという現実は、大輔にとって凄まじいダメージを与えていた。
泣きそうになるのを我慢して、必死に呼びつづける大輔の声が響くことなく密林の中に溶けていく。
どうしよう、どうしよう、とパニック状態になりつつあった大輔は、
首にかけられていたPHSに気付いてあわてて母親に連絡しようと操作するが、
圏外という表示が無常にも記されただけだった。
途方にくれる大輔は、無意識のうちにPHSを両手で握り締め、祈るような思いで待っていた。
いつも待っていれば必ず誰かが声をかけてくれたのだ。
淡い思い出が、彼の性分である無鉄砲を抑えこみ、直感で進んでいくという無謀な行動を抑制していた。
彼がその自由奔放な行動を発揮することができるのは、心に余裕が有るときだけである。
まだ幼い彼が突然置かれた環境を楽しむことができるような楽天さは持ち得ていなかった。
その判断はかねがね正解といえる。
現在彼がいるのはファイル島のとある密林地帯、現在彼が見つめている先の山道は崖が待ち構えていた。

しかし、待っていれば誰かが助けに来てくれる、という淡い期待は、この日を境に木っ端微塵に粉砕することになる。



がさり、と音がした。ほっと安堵して大輔が振り返ると、巨大な影が落ちる。
大輔は一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。
なぜなら、彼の何倍も大きな大きな巨体が彼を見下ろしていたからである。
真っ黒な体をした大男が、4枚の赤黒く染められた血のような羽を揺らし、
しっぽをゆらし、ゆうゆうとこちらに近づいてきたからである。
表情が読みとれない銀色の仮面からは、鋭いツノが二本頭上に突き出している。
その鈍色の仮面に歪んでうつる、今にも泣きそうな子どもが自分であると気付いた大輔は、あわててかけ出した。
大男は無言のまま、凄まじいプレッシャーを帯びながら迫ってくる。
なんなんだよ、あいつ!と大輔は訳がわからないまま絶叫した。


デジモンデータ

サイバードラモンーCYBERDRAMON―

レベル:完全体

タイプ:サイボーグ型

属性:ワクチン種

どんな攻撃にも耐えられる、特殊ラバー装甲に身を包んだ竜人系のサイボーグ型デジモン。
コンピュータネットワークにウィルス種のデジモンが発生すると、
どこからともなく現れて全て消滅させてしまう。
特殊ラバー装甲は、優れた防御能力だけでなく、攻撃力をも増幅させて繰り出せる機能も持っている。
必殺技は、両腕から構成データを破壊する超振動波を出して、敵の周囲の空間ごと消し去ってしまう「イレイズクロー」だ。


走って走って走って、追い立てられるように走っても、低学年の体力と持続力ではどうしてもすぐにバテてしまう。
時折後ろを振り返りながら一直線に逃げていた大輔は、突然広がった視界に戦慄を覚えた。
ころころと蹴飛ばした石が奈落の底へと誘わんとして、口を開けて待っている断崖絶壁。
退路はない。振り向けば、正体不明の怪物がその鋭利な爪と腕にあるブレードを豪快に振り上げているところだった。無
我夢中で助けを求めて叫んだ大輔の目前に、容赦なく暴力が襲いかかる。
飛び降りるかどうか必死で考えた大輔は、
その豪腕で体ごとたたきつぶされて殺されるくらいなら飛び降りてやる、と即決して、決死のダイブをはかった。
これがひとつのきっかけであったかもしれない。
少なくともこの日から、大輔は自分から動かないと誰も助けてくれないのだと、強烈に思い込むようになっていた。



その時である。

無防備に投げ出された小さな体を受け止める何かが、横からサイバー・ドラゴンのもとを飛び去った。
空振りした豪腕から振り下ろされた爪が、さっきまで大輔がいた断崖絶壁をえぐりとり、
奈落の底へと轟音をたてて落としてしまう。
そして目前で獲物をかっさらった、新たな敵を無機質な視線で見つめるのだった。


「おい、おーい、大丈夫か?起きろ、やばいんだから!」


たしたし、と軽く叩かれ、記憶が彼方に飛んでいた大輔が目を覚ますと、ものすごい風圧が大輔を襲う。
反射的にゴーグルをした大輔に、便利だなソレ、と太一くらいの謎の少年が何かにつかまりながら大輔を支えていた。
ほら、捕まれよ、と手を差し伸べられ、わけがわからないまま、真っ青な何かに捕まった大輔は、
自分が何かの動物の上に乗っており、それが大きな羽を羽ばたかせていることにきづく。
大きな尻尾とまるで恐竜のような姿。ゲームで出てくるドラゴンを彷彿とさせるそれ。
驚きのあまり手を離しそうになり、暴れると落ちるってば!と少年に指摘され、
慌てて少年の体にしがみついた大輔は訳がわからず少年に疑問をぶつける。


「え?え?ここどこ?こいつなに?!えええっ?!」

「だから暴れるなよ、落ちるってば!あーもう、賢くらいの癖に落ち着きない奴だなあ。
俺は遼。秋山遼。アンタは?」

「お、おれ?オレは大輔。本宮大輔」

「そっか、大輔。オレがさっき、崖から落ちたアンタを助けたんだ。な?エアロブイドラモン」

「そうだよ、大輔。崖から飛び降りるなんて危ないじゃないか!なんでオレ連れてないんだよ、はぐれたの?」

「うわっ?しゃべった?!」

「何いってんだよ、大輔。オレだよ?進化の姿違うけど、覚えてないの?!」

「はあっ?オレのこと知ってんのかよ、お前!」

「あれ?おかしいな。人違いじゃないのか?」

「違うって!オレが大輔のこと見間違う訳ないじゃないか!
オレだよ、大輔!パートナーのブイモンだよ!覚えてないの?ホントに?」

「ぶ、ブイモンだか、なんだか知らないけど、オレアンタたちのこと知らないって。
なんなんだよ、ここ!オーロラに巻き込まれて気づいたらここにいたんだけどっ」

「………おい、エアロブイドラモン、どーいうことだよ。ゲンナイさんが言ってた時間軸じゃないじゃないか!」

「お、オレに言われても知らないよ!オレはただゲンナイさんが言うとおり、
この先にあるアジトをぶっ潰せっていわれただけで……!」

「くっそ、こんなところにまで時間の歪が起きてんのかよ!
入るゲート、やっぱとなりの奴であってたんだ。間違えた!」

「なにわけ分かんないこと、話してんだよ、あんたら!」

「詳しいことはあとで。まずは、サイバードラモンをなんとか正気にしなきゃ」

「黒い歯車で操られてるんだよ、遼!」

「ったくもー、強い奴の気配がするって勝手に飛び込んどいて、
なに操られてんだよ、バカ!早く目覚ませよ!」


デジモンデータ

エアロブイドラモン

レベル:完全体

種族:聖龍型

羽が生え、空が飛べるようになった青い大型の竜型デジモン。
遠距離攻撃、接近戦どちらも対応でき、空中戦を得意とする。そ
の姿はさらなる試練と戦歴を得たものだけが到達できる姿とされ、
伝説にも歌われている。
必殺技は逆V時の光線を口から吐き出し、相手を引き裂くVウイングブレードだ。




とりあえず、サイバードラモンと呼ばれたバケモノは、本来遼の仲間らしい。
遼がエアロブイドラモンに指示している方向を凝視すると、確かに後ろの背中に黒い歯車みたいなものが突き刺さって見えた。
好戦的らしいあのバケモノが飛び出していって、もともと来る予定ではなかったところに来てしまったらしいが、大輔はそのおかげで命拾いしたわけで、そのゲンナイとか言う人に大輔は密かに感謝した。
どうやって壊すのか遼は困っている。サイバードラモンがこっちに気付いて、一気に急上昇したのだ。
逃れるように大きく旋回する図体にしがみつきながら、大輔は、勇ましく仲間を救おうと頑張る遼の姿を間近で見たのである。
それはそれは、強烈なインパクトを持っていた。
何か止めるものがあれば、とつぶやいて必死に考え込んでいる。
エアロブイドラモンが言うには、サイバードラモンは容赦なく襲いかかってくる猪突猛進型だから、
背中を向けることは絶対にありえない上に、エアロブイドラモンのスピードでは撹乱は無理らしい。
だからといって逃げるのは仲間を見捨てるからできないと必死で打開策を考えている遼。
なにもできない自分を歯がゆく思いながら、大輔はふと有ることを思いついてリュックの中を探った。


「なあ、これ、使えないかな?」

「おおっ!サンキュー、大輔!これならなんとか行けるかも!
よっしゃ、行くぞエアロブイドラモン!あの脳筋の目を覚まさせてやんないと!」

「OK,遼。さっすが、大輔。オレのパートナーだけあるよな!」

「だからお前誰だよ」


さっぱりついていけない大輔は、とりあえず目の前の驚異に集中することにした。
チャンスは一度だけ。緊張のあまり震える手を必死で堪えながら、
大輔はエアロブイドラモンの頭の上までよじ登ると、追いかけてくるサイバードラモンをみた。
遼が後ろから白いデジタル時計のようなものを取り出して、構えている。
なんかのどっきりメカなのだろうか。
遼が後ろから3,2,1,とカウントしてくれる。
せーの!で大輔は使い捨てカメラのフラッシュをサイバードラモンにかざした。


「よっしゃ、今がチャンス!」


一瞬まばゆい光に反射的に振り払う動作をしたサイバードラモンの隙をついて、
大きく旋回したエアロブイドラモンはその口から豪快にビームを発射した。


「Vウイングっ!!」


放たれた光線が黒い歯車に直撃する。
その衝撃により、豪快に吹っ飛ばされたサイバードラモンが岩壁に縫い付けられた。


「だ、大丈夫なのか?味方なのに!」

「大丈夫だって、あの戦闘狂。ほっといてもピンピンしてるから」

「だな」

「ありがとうな、大輔。お前のおかげで助かったよ」


くしゃくしゃ、と頭をかきなでられて、大輔は照れくさくなって、そんな事はないと首を振った。
弟という立場でずっと生きてきた大輔にとって、人から頼りにされて感謝され、
そして褒められるという体験は数えるほどしかない。
屈託ない笑みを向けられ、ありがとう、と口にしてくれた遼は、大輔にとって凄まじい衝撃を与えたも同然だった。
人から頼りにされるということは、こんなに心が暖かくなるものなのか、
くすぐったくなるものなのか、と初めて知った感覚に戸惑いを隠せない。
生まれて初めて、対等に認めてもらえた気がして、大輔は気分が昂揚するのが分かった。
太一が下級生のサッカー部員に対して「頼れるお兄ちゃん」であろうとする理由が少しだけ分かったきがした。
この体験は、大輔の中に強く刻み込まれ、太一と同様に少しでも人から頼りにされる人間になりたい、
という大輔の初めて抱いた希望をはっきりと自覚させるきっかけとなる。
いまはまだ、その時ではないけれども。


思い出したように、大輔はつぶやいた。


「ところで、ふたりとも、何者?」


エアロブイドラモンと遼は、どこか気まずそうに目を逸らした。
微妙な沈黙の中、先程紐なしバンジーを決行した崖へと再びエアロブイドラモンは、大輔を下ろしてくれた。
ようやくお待ちかねの質問タイムである、筈なのだが、
遼とエアロブイドラモンはさっきの潔さはどこへやら何やら焦っている様子である。
さすがの挙動不審に大輔はジト目で睨みつけた。


「なあ、ここってどこ?お台場の近く?」

「いや、違うよ。えーっと、その、あえて言うなら、異世界、かな?」

「えっ?!異世界?どういう事だよ」

「うーん………なんていうか、どこまでいっていいのやら、ええっと、その」

「どうかした?」

「………驚かないで聞いてくれよ、大輔。実は俺たち、未来から来たんだ」

「・・・・・・・・・・・えー」

「信じてくれないの、大輔?!」

「だから、なんでお前はオレのコト知ってるんだよ」

「そりゃ、オレと大輔は運命共同体だからだよ。パートナーなんだから」

「だから、そのパートナーってなんだよ」

「だーもー、エアロブイドラモンは黙っててくれよ、ややこしい。
俺達はとある事情で未来から来て、こうして敵と戦ってるんだ。
大輔たちを助けるために」

「助けるため?」

「信じてくれとは言わないけど、本当なら俺たち大晦日に会う予定なんだ」

「大晦日?………意外とすっごい近くの未来だなあ」

「まあ、そういうわけで、未来から来たから、いろいろ喋っちゃうと未来が変わっちゃうっていうか、
俺達と大輔が出会った時点でいろいろやばいかもしれないけど、
これ以上の変化はこわいから黙っててくれ」

「えー」

「頼むよ、このとおり!」


太一ほどの年上の人間に頭を下げられることに慣れているはずもない大輔は、
なんだか申し訳なくなってきて分かったと頷いた。
あからさまにほっとした様子で遼は胸をなで下ろす。


「その様子だと、まだブイモンとは会ってないみたいだな。
これから会う仲間なんだ、大切にしてやってくれよ」

「そっちの俺にもよろしくね、大輔」

「なんか意味分かんないけど、分かった」

「ここにいれば助けはくるから、安心してよ」

「未来予知?」

「まあね」


わかったと頷いた大輔に、じゃあ半年後に会おうな、と意味不明な言葉をのこじて秋山遼とエアロブイドラモン、
そしてサイバードラモンは空の彼方に消えてしまったのだった。
しばらくして、これからどうしようか途方にくれている大輔を発見した太一から、
大声で呼ばれるまで空の彼方を大輔は眺めているのだった。






本日の特別ゲスト

秋山遼
デジモン02の賢の回想、およびデジモンテイマーズにも出演した。
ワンダースワンソフトから始まるのデジモンの育成シュミレーションゲームシリーズの主人公である。
デジアド及び02に密接したストーリーシナリオとなっているが、細部には矛盾も見られるため、
ゲームとアニメはパラレルワールドということになっている。
このSSに登場した遼の時間軸は、このシリーズ初のゲーム、アノードテイマー&カソードテイマー である。

ゲームのあらすじは以下のとおり。
デジアドの冒険が終わり、『選ばれしこども』達に平穏な日々が戻ってきた。
しかし、彼らに倒された敵の生き残り・ムゲンドラモンとキメラモンが互いに生き残るために融合し、
ミレ二アムモンとして復活、時間を操る能力を駆使してかつての強敵デジモン達を復活させ、
こども達を異空間へ幽閉してしまう。
大晦日にチャットを楽しんでいた主人公・秋山リョウが太一のアグモンに助けを求められ、
デジタルワールドで冒険をすることになる。
敵の時間を操る能力のため、太一たちの冒険がなかったことになり、
時間が夏の時代に戻ってしまっている。
それを救うために太一たちが過ごした冒険をつい体験する内容になっている。こ
のSSでは大輔が初代選ばれし子供のため、反映されたようだ。
ちなみにサイバードラモンはテイマーズにおいて相方として出演している。

このゲームでブイモンは出てこないが、続編には初期の相棒候補として登場する。
そしてそのブイモンがアニメのブイモンと同一個体であることが明かされているが、詳細は不明。
アニメでも何らかのかかわりがあったと思われるが、
アニメで唯一接点が確認されている、ゲームでもアニメでも選ばれし子供として遼と共に冒険したはずの賢が、
暗黒の種の副作用で当時の記憶を喪失しているため回想の真意は不明である。



[26350] 第二話 僕らの漂流記
Name: 若州◆e61dab95 ID:e58c3713
Date: 2011/03/07 04:20
巨木に青い小さな腕が生えている。
うわあっと飛び退いた大輔の声に反応して、ぶんぶんと大輔の声に反応するように上下に揺れる腕が、
にゅきにょきと生え、突如歪んだ緑色の光からちっこい青い生き物が飛び出してきた。
へにょりとした三角の耳と小さいしっぽを揺らしながら、
見事に着地した青いドラゴンの子供のような生き物が、キョロキョロとあたりを見わたす。
顔の部分と腹の部分は真っ白である。誰かを探しているのか、どこか必死な様子だ。
エアロブイドラモンをマスコットにしたような小さな姿に、さっきの出来事を思い出した大輔は、
もしかして、こいつが俺のパートナーとかいうブイモンなのか?と連想する。
しかし、あの逞しいドラゴンのような勇姿とは程遠い、頼りなさそうな、ちっこい生き物である。
何となく姿の面影はあるものの、あまりのギャップの激しさに、イマイチ大輔は声をかけていいかどうか困ってしまう。
そのうちそのちっこい生き物は、大輔の姿を発見するなり、あーっと大きな声で叫んだのである。


「あーっ!見つけたっ!」

「おあっ?!見つかった!」


反射的に間抜けな返答をしてしまった大輔は、何いってんだ俺、とセルフツッコミする。
しばし目と目がかち合ったまま、お互いに硬直していた大輔とちっこいの。
瞬きすること数回、硬直していた大輔よりも先に、行動に起こしたのはちっこいのだった。

くりくりとした大きな赤い瞳が、うううう、と抗議の眼差しを大輔に向けたのだ。
今にも泣きそうな顔でじわじわと大粒の涙を貯め、ぐずり始めたではないか。
突然現れたちっこいのが何故大輔の顔を見るなり泣き出すのか理解できず、困惑と戸惑いに揺れる大輔。
お、おい、どうしたんだよ、と声を掛けるやいなや、凄まじいスピードでちっこいのは大輔に襲いかかった。
突然の出来事に状況すらろくに把握できず、うまく飲み込むことができないまま、
真正面の攻撃にもかかわらず、とっさの判断でうまく受け止めることができない。
だからといって避けるのはかわいそうだし、弾き返すのはもっての外だろう。
結局直接行動にうつす前に、無防備なまま大輔は後ろにひっくりかえったのだった。
受身なんて知らない素人同然の子供に、受け流しなんて出来るわけもなく、
豪快に尻餅を付いた大輔は、その衝撃をもろにうけてしまう。体が悲鳴を上げた。
いってえ、と若干涙目な大輔は、反射的に何すんだよ、と怒ろうとしてその言葉を飲み込んだ。
腹の上に乗っかったちっこいのが、超至近距離で大輔の顔をじいいっと覗き込んでいたからである。
その顔は今まで抱えてきた激情を爆発させる寸前までになっていて、思わず言葉を失ってしまう。
そしてちっこいのは、ありったけの不安と怒りをはらんだ声で、
それこそ、この密林全体に響かんばかりの大声で、叫んだのである。


「だいしゅけのばっかあああ!」


それはもう鼓膜が破裂するのではないか、という程の轟音だった。
舌足らずなあまり「す」の音が発音できない様子は、その愛らしさと相まって非常に保護欲をそそるが、
唾を吐かれながら大声で喚かれた大輔はたまったものではない。
耳を塞ぎたいが容赦なくちっこいのは喚き続ける。


「なんで?なんでっ?!なんでオレを置いてっ、どっか、いっちゃうんだよおおっ!おいてくなよ、ばかああっ!」


あまりの迫力に痛みなど吹っ飛んだ大輔は、ぽかんと口を開けたまま絶句するしか無い。
ちっこいのは、なんで?なあなんで?!と大輔のアンダーシャツをぐいぐい引っ張りながら聞いてくる。
ぼろぼろ涙を流し、しゃくりあげながら、だいしゅけだいしゅけとまっすぐ見上げてくる。
まるで一人ぼっちになった迷子が、ようやく会えた両親にあえて、安心のあまり泣き出してしまったそれとよく似ていた。


「うっぐ……ずっ……待ってたんだよ、オレっ!ずっとオレ、だいしゅけのこと、
待ってたんだよ!会うの楽しみにしてたんだよおっ!なのに、なのに、う、う、ううう」


ぽかぽかと叩いてくる手に大輔は自然と手が伸びていた。
ちっこいのが暴れたせいであらぬところにひっくり返ったPHSの音がなる。
微妙に首が締まって痛いが、寂しかったと泣きじゃくるちっこいのを見ていると、
こうしなきゃいけないんだ、という感じが湧いてきて、大輔はちっこいのを抱きしめていた。
ぴたり、と動きが止まる。おずおずと顔を上げてきたちっこいのに、大輔は自然と笑顔になっていた。
泣くなよ、と頭を撫でてやると少しだけおとなしくなる。


「わっ、わりい、ごめん。気づいたら一人ぼっちだったから、怖くなって逃げてたんだよ」

「オレがだいしゅけって呼んだの、気付いてなかった?」

「ごめん、ぜんぜん聞こえなかった」

「ひどいや、だいしゅけ。もう置いてかないよな?」

「置いてかないって。俺が置いてかれたのかと思ったんだよ、太一さんも誰もいないしさ」

「よかったーっ!」


安心しきった様子でにへらと笑ったちっこいのは、ぐしぐしと乱暴に顔を拭う。
そしてまっすぐ大輔を見据えて、元気いっぱいな笑顔を浮かべたのだった。


「オレ、チビモン!だいしゅけのパートナーなんだ!よろしゅくな、だいしゅけ!」


デジモンデータ
チビモン
レベル:幼年期2
タイプ:幼竜型
幼年期のデジモンには珍しく胴体と両手両足を持っており、
小さな両手で物をつかみ、両足でぴょんぴょん移動することができる。
非常に食べ盛りで、特に甘いモノが大好き。また、寝ることも大好きで、目を離すとすぐ寝てしまう。
必殺技は、ぴょんぴょん跳ねながら相手に体当りする、ホップアタックだ。


「よろしくな、チビモン!」

「うん!そーだ、だいしゅけ!早く太一たちのとこにいこう!みんなだいしゅけのこと探してるんだ」

「マジかよ、そういう事は早くいってくれよな、チビモン!どっち?」

「んーと、あっちだ!」


チビモンを抱き抱えたまま、大輔は走りだしたのだった。

「だいしゅけー、痛いよ、これ!」

大輔の腕にすっぽりと収まり、だっこされたまま道案内しているチビモンが悲鳴をあげる。
反対方向に引っかかっていた大輔の首にさげられたPHSが、走っている衝撃で所定の位置に戻ってきたため、
さっきからカチャカチャと音を立てて、チビモンのそこかしこにぶつかるのだ。
そのためなんとかPHSを捕まえようと躍起になるも、あっちにこっちにと揺れるそれをなかなか捕まえられず、
ようやく捕まえたと思ったら落っこちそうになり、あわてて拾い上げた大輔が立ち止まってくれて今に至る。
何とかしてくれとのパートナーデジモンの要望に、大輔はうーん、と考え込んでしまう。
圏外表示で使いものにならないPHSだが、ジュンが自分の為にと貸してくれた大切なPHSだ。
首から下げて、絶対に離さないようにと念を押されている以上、
下手にリュックにしまいこんでなくしてしまったらあとが怖い。
これを返すときには、今度こそ頑張ってジュンが姉として家族として、自分のことをどう思っているのか聞こう、と
サマーキャンプに出かけるときに決めたのだ。いわば願掛けの部分もある。
だからいつもならめんどくさがってリュックに入れっぱなしにするところを、頑ななまでに持ち続けていたのだ。
そして今や、訳の分からない、遼にいわせれば異世界に飛ばされてしまった以上、
家族との繋がりを感じることができる唯一の品物がPHSと言っても過言ではない。
もし無くしたりして怒らせたら、今度こそ大輔はジュンに対して何も言えなくなってしまう。
大っキライと散々公言しておきながら、やっぱりどこか期待しているフシがある大輔だった。

それをチビモンはなんとかしろという。
初対面で大輔のことを知っていて、パートナーだと宣言したこの頼りないちっこいのを抱えて、
俺が守ってやんなくちゃいけない、と少なからず感じていた大輔である。
無邪気なまでに一途に信頼されるのは、眩しいほどに初めての経験だらけである。
張り切るのも無理はなかったが、少々由々しき問題だった。
そんな事知らないチビモンは、どうして大輔がそれだけ頭を悩ませて、うんうん唸りながら歩くのかわからない。
そして、大輔は言ったのだ。

「じゃあ、いっぺん降りろよ、チビモン。おんぶするから」

「やだっ!オレ、離れたくない!だいしゅけ、それ、片付けろよう」

「だめ、ガマンしろよ」

「えええっ!なんで?!」

「なんでも!」

「むあーっ!オレより大事なのかよう!オレ、だいしゅけのパートナーなのにーっ!」

「ダメなもんはダメなんだよ!ねーちゃんのなんだからっ!」

「………え?」

「あ………。あ、その、あ、姉貴から借りてる奴だから、無くしたら怒られるんだよ。
オレの姉貴、すっげーこわいし、面倒だからその、わりい」


感情の高ぶりのあまり、無意識のうちにねーちゃん、と口にしてしまった大輔は、
慌てていい慣れた姉貴という言葉に置き換えてごまかすように説明する。
何故か大輔の名前を知っていたとはいえ、チビモンは出会ったばかりの存在だ。
いろいろと説明してやらないと分からないことに気付いた大輔は、
心の奥底にある気持ちを押し固めるように言葉を紡いでいく。
やがて落ち着いてきたのか、いつもの調子を取り戻した大輔に、チビモンはPHSをつかんだまま笑った。


「分かった。じゃあ、オレが持ってればいいんだよな!」

「おう、よろしくな、チビモン」


再び一人と一匹は他の子供達と合流するべく先を急いだのだった。
道中、ふと大輔はチビモンに秋山遼やサイバードラモン、エアロブイドラモンを知っているかと聞いてみたが、
チビモンは首を振って知らないと答えた。大輔の知り合いかと逆に尋ねられ、なんでもないとごまかした。
やっぱり未来から来たっていうのは本当かもしれないと判断した大輔は、太一たちに話すかどうか悩んだ末、
結局自分でも説明しきれないと気付いて黙っていることにした。
ゲンナイさん。黒い歯車。ゲート。操られている。本来知りえない情報を聞いてしまった大輔は、
のちに彼らが本当に未来から来たのだと知ることになるのだがそれはまた別の話である。
同じく、運命共同体って何だと聞いてみたがチビモンは疑問符だ。
しかし、何となくニュアンスは感じ取れたのか、口癖にように俺と大輔は運命共同体だと嬉しそうに言うようになるのも
完全なる余談である。










大輔が7名の漂流してきた子供たちと再会したのは、それからすぐの事だった。

「よかったなー、チビモン。大輔見つかって!」

「太一たちのおかげだな!みんな、ありがとう!」

「チビモンに感謝しろよ、大輔。俺達がここに来たとき、大輔はどこだって大騒ぎしてたのチビモンなんだぜ?
おかげでみんなで手分けして探してるうちに、俺がこの望遠鏡で崖にいたお前見つけられたってわけだ」


ほら、忘れ物。お前のだって、と太一から、遼が持っていたものと全く同じ白い機械を渡される。
ありがとうございます、と受け取った大輔は、どこか誇らしげなチビモンにありがとなともみくちゃにする。
デジヴァイスというらしいそれは、どうやらここにいるメンバー全員が必ず持っているもののようで、
大切なモノだとチビモンからも言われた大輔はそれをPHSと同じところに下げることにした。


「えっと、迷惑かけてごめんなさい。それと、探してくれて、ありがとうございました。
俺、お台場小学校2年の本宮大輔です。太一さんと空さんと一緒で、サッカー部に入ってます。
よろしくお願いします」

サッカー部で培った上下関係を尊ぶ運動部の規則と生活が、元気な挨拶としっかりとした挨拶を可能にした。
大輔の自己紹介が済んだところで、実は大輔を捜すために既にお互いの紹介が住んでいるらしいメンバーは、
大輔が知っている太一や空を除いて、再び挨拶してくれることになった。
メンバー紹介は以下のとおりである。

メガネをかけているメンバーの中で1番背が高い上級生は、城戸丈というらしい。
アザラシかオットセイの子供のような姿のプカモンがパートナーのようだが、
イマイチこの世界やデジモンのことを受け入れられず挙動不審気味である。
微妙にプカモンとも距離をおいているのがちょっと気になった。
漂流してきた子供たちの中に大輔がいないことに最初に気付いて、
必死で探してくれたチビモンのため、すっかり仲良くなっている大輔に驚かれたのは言うまでもない。
唯一の6年生ということで、何か困ったことがあったらいってよ、と言われたので、
大輔は素直に頷いた。どうやらこのメンバーの中では自分達が最年少らしいと気付いたのである。

次に丈の横から飛び出していたのは、太刀川ミミというカウボーイのかぶってる帽子
(テンガロンハットという言葉をまだ大輔は知らない)
とウエスタンな格好をしている4年の女の子である。
ころころとよく表情が替わる人で、言いたいことははっきりいう感じらしく、
大輔は何度か返答に困って太一や空にバトンタッチする場面が多々あった。
パートナーはタネモンという植物を乗っけたデジモンで、プカモンと違って口調が女の子だった。
パートナーによって性別が一緒なのかと聞いた大輔に、
チビモンは性別って何?オレたち、そんなのないよ?と言われて驚いたりする。

そしてミミの隣にいたパソコンを抱えている少年を見たとき、ようやく大輔は同じサッカー部の上級生だと気付いた。
ミミと比べてかなり小柄であり、電子機器を使いこなしているところをみると、
なんだか頭よさそうなイメージが先行してしまい、グラウンドで一緒に活動する以外、
顔を合わせたことがなかったため気付かなかったのである。
通りでさっきから太一や空と、大輔のことを手のかかる後輩だと話しているわけである。

「光子郎先輩、パソコン使えたんすね、知りませんでした。すっげー!」

「そんなこと無いですよ。大輔君だってPHS持ってるじゃないですか」

「え、あ、これは、迷子にならないようにって持たされてるだけなんで」

「あはは、そうですか。どうです?使えます?」

「だめっす、圏外だって」

「そうですか、僕の携帯も使えないんですよ」

はあ、と二人はため息を付いた。


そんな光子郎を半ば押しのけて前に出てきたのは、太一の友人である5年生の上級生だった。
抱えられているツノをもった丸い形をしたツノモンとの挨拶もそこそこに、大輔は思った。
金髪で日本人離れした外見を持つ彼を大輔は何度か見たことはあるが、実際にこうして会うのは初めてである。
何度か太一の口から聞いているはずなのだが、太一の話は大抵話題があっちこっちに飛んでループするため、
聞かされる側はイマイチよく覚えていなかったりするので、大輔はなんですか?と尋ねるしか無い。
どこか近づきがたいクールな雰囲気を持っており、なんだか怒っていることが分かって、
大輔は少し身構えながら顔を上げた。
石田ヤマトだと短く挨拶してくれたので、軽く会釈した大輔。
彼はしばし大輔を見下ろしながら沈黙し、その気まずい雰囲気にいたたまれなくなった大輔が、
しどろもどろに成っていると、ボソリとつぶやいた。

「なんであんな所にいたんだ?」

「え?」

「だから、なんであんな崖に一人でいたんだ?危ないだろ」

「え、っとあ、その」


話さない、と決めた手前、じゃあお前は何をしていたのだと当然聞かれるであろう返答を、
全く考えていなかった大輔は虚をつかれ、ますます挙動不審になる。
眉を寄せるヤマトに、大輔の腕の中にいたチビモンがずいっと顔を上げた。


「なんで怒ってるんだよ、ヤマト。
だいしゅけはみんなと離れてて、一人ぼっちで目が覚めたんだ。
だから、わけわかんなくて、オレのことも、すぐ近くに行くまで全然気付いてなかったんだよ?
すっげー怖くて訳分かんないから、あの崖んとこでみんないないか、探してたんだ。
だいしゅけのこと、いじめるなよ!」


言い返されたヤマトは、一瞬驚いた顔をして、あ、いや、ちがうんだ、と慌てて言葉を重ねる。
なにが?と警戒しているチビモンに、大輔は落ち着けってば、と諭した。


「大輔っていったっけ、お前、タケルと一緒でまだ2年生だろ?
このメンバーの中では1番小さいから、あんまり危ないことすんなって言いたかっただけなんだ。
誤解したなら、謝る。ごめんな、心配したから」

「あ、は、はい、心配させてごめんなさい。気をつけます」

「分かってくれたんならいいんだ」


少しだけ表情を緩めてくれたものの、イマイチ、ヤマトという人は顔に出す表現が足りない。
言葉のちょっとしたニュアンスや会話の流れから、相手の思考を予想してみる、憶測する、
という作業がとても苦手な大輔にとって、動作や顔といった分かりやすい部分がほとんど無愛想なヤマトは、
正直全く何を考えているのか分からず、なにを返していいのか分からなかった。
チビモンのおかげで、心配してくれたから注意しただけだと知ることができたが、
大輔は内心この人苦手だとすっかり苦手意識をもってしまう結果となる。
なんかこえーこの人、あんま話したくないな、とヤマトに聞かれたら落ち込みそうなことを心のなかでつぶやいていた。

ちなみにヤマトの方でも、タケルと同じ年ということで守ってやらなくてはいけない、と考えていたのだが、
無邪気で素直でいい子なタケルと比べて、活発で自分のことは自分でする、自立心あふれる真逆のタイプだったため、
率直に守ってやるといっていいのかどうか分からず戸惑ってしまっただけだとフォローしておくとしよう。


そして最後に、大輔が小学2年生であると知るやいなや、さっきから話したくてうずうずしていた、
例の謎の小学生がひょっこりと顔を出した。
さっきヤマトの口からも名前は出ていたのだが、無駄に緊張していて頭に入らなかった大輔は、
その小学生を見ることにする。
よっしゃ、俺のほうが微妙に身長高い!と朝の朝礼なんかで前から数えたほうが早い大輔は、
少しだけ優越感を感じていた。

「こんにちは、大輔君。僕、高石タケル。僕も同じ小学校2年生なんだ、よろしくね。
この子はトコモンだよ」

「よろしくねー、大輔」

「おう、よろしくタケル、トコモン」

このメンバーの中では、このタケルという少年と自分が最年少のようである。
年上ばかり相手だと敬語を使わなくてはいけないので、ようやくいつもの砕けた口調で話す相手が見つかり、
大輔は肩の力を抜いた。

そして少しだけ疑問がもたげてくる。
ヤマトはタケルのことを、まるで兄弟のように気にかけていたようだが、
聞いた限りではヤマトとタケルは苗字が違うではないか。
同じ金髪だし、てっきり兄弟だと思っていた大輔は疑問符を浮かべた。
小学二年生に二人の兄弟が両親の離婚という家庭の事情で離れて暮らしていることなど、
察せよと言う方が無理である。
それよりも、とりあえず同じ学年なら、なんで大輔は自分が知らないのか分からなかったので、
先に聞いてみることにした。
大輔の事前情報として、サマーキャンプは団地に住む子供向けの子ども会のイベントであり、
そこに住んでいる人しか参加しないはず。
たいてい参加する子供たちは同じ小学校に通っているはずだ、という先入観が先にある。


「なあ、タケルって何組だっけ?わりい、思い出せないんだけど」

「え?あ、ううん、違うよ。僕河田小学校の2年生なんだ。
夏休みだから、お兄ちゃんのとこに遊びに来たんだ。ね?お兄ちゃん」


タケルが振り返ってヤマトを見る。ヤマトは思わぬ質問に一瞬答えを窮した。
まだ幼い弟は、家庭の事情について未だによく理解していない気配がある。
その上、ヤマトは家庭の事情について、野球部に所属する過程で、
同じ運動部という共通点から親しくなった太一や空に対しても、
自ら語ったことはない。
それは幼い弟を傷つけたくない、聞いてしまったと友人に気を使われてしまうのが嫌だ、という
ヤマトが基本的に相手が傷つくことに非常に敏感であるため、慎重である性分がそうさせていた。
ここに答えてしまえば、自分とタケルが兄弟であることが判明して、家庭の事情が知られてしまうことになる。
どう答えようか迷っているうちに、横槍が入った。

「そっか、大輔知らないんだっけ?タケルはヤマトの従兄弟なんだよ。
夏休みだから遊びに着てたんだってさ」

それは、初めてこの問題に直面したとき、とっさについた嘘だった。
夏休みともなれば、お台場という絶好の観光スポット近くに済む団地の住人たちは、
よく親類を集めて遊園地やフジテレビなどに出かけることがよくある。
そのため、いとこが遊びに来ていて、サマーキャンプに参加したのだという嘘は、
今までヤマトがタケルの存在を微塵も感じさせなかったため、あっさりと信ぴょう性を帯びてしまった。
なんだ、お前弟いたんだ?と何気ない太一の言葉に、反射的についてしまった嘘は、
あっさりと受け入れられ、またこうして大輔という少年にまで浸透している。
従兄弟ってなに?と無邪気に聞く弟に、離れて暮らす子供同士のことだと、
近からずも遠からずな表現で教えたためかタケルもうなずいている。

そんな事、知りもしない大輔は、太一が嘘をつかない性格であると当たり前のように受け入れているため、
あっさり納得した様子でうなずいてしまった。
まずい。ヤマトはそう思った。
タケルも大輔も同じ年だから、きっといろいろ会話することが大くなるだろう。
守ってやらなくては、と人一倍タケルに過保護な自覚のあるヤマトも、
3歳という歳の差は、意外と話し相手でも微妙に大変だったりするので、
大輔の存在は正直ありがたかった。
ただし、大輔が従兄弟という嘘を信じてしまったということは、
一人で従兄弟の家にきて、この漂流に巻き込まれてしまった一人っ子だと勘違いしているおそれがある。
そこからいろいろ話がいったら、バレてしまうおそれがあった。
どうしよう、と自ら付いた嘘に必死で打開策を考えているヤマトは、
タケルと大輔を見比べて怖い顔をしていることに気づかない。
それがますます大輔の苦手意識と、チビモンの不信感を煽っていることなど、知るはずもない。


やがてこの微妙な誤解が、ややこしい事態を招いていくことになるのだが、
突如現れたクワガーモンの奇襲によって、海へとダイブすることになる彼らは、
まだ知りもしないのだった。



[26350] 第三話 大好きと大嫌いの狭間で
Name: 若州◆e61dab95 ID:ab875a90
Date: 2011/03/09 23:35
クワガーモン
レベル:成熟期
種族:昆虫型
頭に大きなハサミがついた昆虫型デジモン。全身がかたいカラに守られているため、防御力にもすぐれている。
パワーも強力で、ハサミの部分で一度敵を鋏むと、倒れるまで離さない。カブテリモンとはライバル関係にある。
必殺技は、巨大な腕を使って相手を真っ二つにするシザーアームズだ。

8人の子供たちとデジモンたちは、モチモン曰く「知能がなく本能的な行動しかできない」らしいクワガーモンに襲われた。
必死で逃げまわる子供たちを守ろうと幼年期のデジモンたちが果敢にも成熟期のデジモンに立ち向かう。
しかし、全く通用しない技に半ば諦めかけたとき、8体のデジモンたちは光に包まれ、成長期へと進化を遂げる。
そして彼らの総攻撃でなんとか撃退することができたものの、油断した隙を突かれて、最期の一撃が子供たちとデジモンたちを海へと落下させた。
プカモンから進化したゴマモンの操る魚たちのおかげで、なんとか岸辺に辿り着いたものの、元いた場所から大きく離されてしまった。
海沿いを歩けばつづ大陸があるかもしれないという太一の意見で、海を目指したものの、電話ボックスがずらりと並ぶ奇妙な光景が待っていた。
疲れた太一達は、そこで休憩もかねて持ち物を確認し合い、しばしの自由時間とすることにしたのだった。

「大輔、お腹へったよー!」

「俺も、ぺっこぺこだ、腹減ったあ。そういえば、カレー結局食べそこねちまったんだよなあ」

あーあ、とがっくり肩を落とす大輔に、カレーって何?と機敏に反応した相方が食いついてくる。
チビモンの時よりもずっと大人びた声ながら、態度そのモノは無邪気で元気いっぱいなやんちゃ坊主と変わらない。
大輔くんと良く似てるわね、と空は笑ったが、大輔はゼッテー違うと否定した。
俺、こんなに甘えたがりじゃないし、真っ直ぐ思ったことをそのまま言えないし、素直じゃないし。
もし俺がこいつとおんなじなら、かわいい弟が欲しいとのたまう姉が、これだけ自分を嫌うわけがない。
きっと姉が欲しいのは、タケルみたいな奴なんだろう。
従兄弟のヤマトをお兄ちゃんお兄ちゃんと慕い、無邪気に笑ってニコニコしていて、しかも素直でいい子である。
絵に描いたようないい子である。自分とは大違いだ。
そこまで考えてはたと我に帰った大輔は、何考えてんだ俺、とネガティブ思考を打ち消すべく首を振った。
全部腹が減ってるから悪い。だかららしくなく、うじうじ考えてしまうんだと切り替える。
余計腹減るから勘弁してくれと思いながら、目をキラキラさせている弟分にいやということもできず、
大輔はサマーキャンプで食べるはずだったカレーについて語り出す。
お互いに空腹なせいでより具体的な情景描写が入り、空想もとい妄想が余計に空腹を加速させてしまう。
何度目になるかわからない腹の虫を見かねてか、それともこの世界に来る前から腹が減っていた影響か、
持ち物を確認したときにタケルと大輔が大量のお菓子を持っていたため、
大切な食料だからと一括して管理することになったジャンケンでパーを出した太一の宣言により、
ひとつだけお菓子を選んでもいいことになる。

大輔が選んだのはチョコレートだった。
育ち盛りの食いざかり、昼飯を食いそこねている子供に、チョコレートひとつはあまりにも偏食粗食と言わざるを得ないが、
漂流の身である以上文句は言えない。とうていチョコレート一枚で空腹が満たせるとは思えないが、何もないよりはましだった。
本当なら全部一人で食べてしまいたい。
家にいたら、大抵半分こと言いながら、明らかに3分の2,いや5分の1を残して横取り独占してしまう横暴な姉がいるが、
今はそんな奴いないのである。でもなあ、と大輔はちらりと横を見た。
その代わりに、チョコレートって何何、大輔!と興味津々で甘い匂いのするパッケージをガン見している我が相棒が一人いる。
自分を運命共同体だと未来予知したエアロブイドラモンが、大切にしてやれと、よろしくといっていた、あのブイモンが。

ブイモン
レベル:成長期
種類:小竜型
数少ない古代種デジモンの一匹。古代種の成長期の中でも高い戦闘力を持っている。
性格はいたずら好きでやんちゃ。
今はその時ではないが「デジメンタル」を使って、「アーマー進化」すると爆発的な力を発揮する。
必殺技は、勢いをつけて頭から突っ込む強烈な頭突きを食らわせるブイモンヘッド。
ちなみに威力は中くらいの木なら簡単になぎ倒すほど。
子供たちのパートナーデジモンの中では、唯一の接近戦型の直接攻撃の技を持っており、射程の長い相手は苦手。

真夏のテントの中に放置していたので、嫌な予感はしていたのだが、やっぱりチョコレートは少し溶けていた。
これでも日陰の方を置き場所に選んだつもりだったが、みっしりと沢山の荷物の中にうもれていたせいで、
あまり予防効果は無いらしい。
パッケージを破って銀紙に包まれた板を取り出した大輔は、いち、にい、さん、とブロック数を数え、
ちょうど半分あたりでパキンと真っ二つに割った。そして早く早くといきり立っている食いしん坊に、
その銀紙を少しだけ剥がして渡したのだった。
虫歯の詰め物のせいでうっかり銀紙をかんでしまうと、きーんとなるトラウマのおかげで、
なんだか世話をやく兄貴のような行動になっている。
そんなこと気付きもしない大輔は、自分のぶんもぱくついた。
ありがとだいすけー、と初めてパートナーと食べる食べ物に触れたブイモン。
その数分間のテンションの上がり方は尋常ではなかった。
この世のものとは思えない絶品を食べたとばかりに、大絶賛。じゃあここで何食べてたんだよと大輔は思ったが流された。
あっという間に平らげてしまったブイモンに、もっとくれと強請られて、慌てて自分の分を死守するために猛攻を交わすハメになり、
結局最後までゆっくりと貴重な食べ物の味を堪能することができなかった悲劇。
最後の一口を放り込んだ大輔に、ブイモンはあああっと大声を上げて、まるでこの世の終わりのような顔をした。
チビモンのようにわんわん泣くことはなくなったが、その代わりにずっと大きくなったためだっこできなくなった。
その時と同じくらいショックな顔をしている。いちいち行動が大げさでつい大輔は笑ってしまい、ブイモンは拗ねるのだった。
周りを見れば、みんな思い思いに休憩時間を楽しんでいる。
クタクタに疲れていた大輔は、しばらくブイモンと色々話をすることで、棒になっている体を休めることにした。

しかし、厄介ごとはそう待ってはくれないらしかった。

砂漠に響き渡るミミの悲鳴。何だ何だと集まってきた子どもたちの前に、巨大なヤドカリのようなデジモンが現れたのである。
あろうことか太一たちが集めて置いておいた荷物の真下から現れたそれは、邪魔だとばかりに荷物を豪快に投げ飛ばし、
近くにいたミミたちに襲いかかった。
デジモン博士と化しているテントモンによれば、シェルモンというらしいこのデジモンは、海辺に住処を構え、
縄張り争いが熾烈で、とっても凶暴らしい。早く言えと全員からのツッコミを受けたのはおいといて、
あわててそばにいた太一とアグモンがミミたちを助けるためにかけ出した。

シェルモン
レベル:成熟期
種族:水棲型
「ネットの海」の海岸や浅い海底などに住む、ヤドカリのような姿をした水棲型デジモン。体は柔らかいため、体が入るものなら何にでも住み着いてしまう。
体の成長とともに住処を変えるため、最後には小さな岩山程度の大きさにまでなるらしい

無茶だとテントモンの叫びに、うるさいとバッサリ切り捨てて、必殺技の火の玉で応戦するアグモンだったが、
とっさにミミをかばって太一がシェルモンの鞭のようなツタに捕まってしまう。
縦のように太一を差し向けられ、慌てて太一たちに加勢しようとした大輔たちは立ち往生を余儀なくされてしまう。
シェルモンのつたが太一をギリギリと締め上げる。 ボクが太一を守るんだと叫んだアグモンの叫びに、太一のポケットに入っていたデジヴァイスが反応した。
激しい振動音に溢れる光。眩しかったのか、投げ出すように太一を開放したシェルモン。投げ飛ばされた太一を受け止めたのは、
成熟期に一段階進化を遂げたグレイモンだった。

グレイモン
レベル:成熟期
種族:恐竜型
頭の皮膚が硬い殻のようになった恐竜型デジモン。攻撃力、防御力ともに高く、体中が凶器。
性格は気性が荒く攻撃的だが、頭が良く手なずければ心強いパートナーになる。
生息範囲が広いのも特徴でほとんどの島や大陸に生息しており、特にフォルダ大陸に住むグレイモンは狂暴性が低く知性が高いため、
仲間と緻密に連携しながら戦うことができる。
必殺技は、超高温の炎を吐き出し、すべてを焼き払うメガフレイム。

圧倒的なパワーでシェルモンの攻撃をはね返したグレイモンは、必殺のメガフレイムでシェルモンを海の彼方へ吹っ飛ばす。
進化によって力を使い果たし、太一の前に再びアグモンが退化した姿で倒れる。
慌てて駆け寄ってきた子供たちは、疲れただけだと笑うアグモンに感謝し、アグモンが復活するまで暫く休憩を延長することにした。
先程の進化の光、デジヴァイスの関係、などいろいろ上級生たちが難しい顔をして話し合っている横で、
さっぱり話に加われない大輔は、太一に言われてばらばらになった荷物をタケルと二人で回収することになる。
さすがに小学生2人では運べないということで、ヤマトが付き添いに同行することになった。
心のなかで、まじかよーっと一方的な苦手意識を持っているヤマトの先導のもと、複雑な心境で沈黙しているブイモンと共に
山林へと足を運んだのだった。





第三話 大嫌いと大好きの狭間で




「あった!俺のリュック!」

旅行かばんとは別に、いつも持っていく荷物はサマーキャンプ用に買ってもらったリュックに放り込んでいた大輔は、
唯一この世界に持ってきた私物が詰まっているリュックを草むらで見つけて、ほっと胸をなでおろした。
ありましたー!と高々とリュックを掲げる大輔に、ぶっきらぼうにヤマトがそこで待っているよう指示を出す。
どうやら他の子供達の荷物の中には、さらに奥のほうに投げ飛ばされたものがあるらしい。

「ボクも見つけたよ、おにーちゃん!」

白いリュックを抱きしめたタケルに、ヤマトは二人で待っているよう告げると、そのまま奥に消えてしまった。
はーい、とお行儀よく返事をしたタケルは、大輔のところにやってくる。
別のところを探していたらしいブイモンとパタモンも集合した。
ヤマトが見えなくなったことで、ほっとした様子で小さくため息を付いた大輔に、
タケルが興味津々で話しかけてくる。

「ねえ、ねえ、大輔くん、大輔くんがもってるそれ、オウチの人に貸してもらったの?」

光子郎との会話で、迷子防止に持たされていると聞いていたタケルの質問に、
まーな、と大輔は嬉しそうに笑った。いいだろー、と自慢気に笑う大輔に、いいなあ、ボクもほしいとタケルはいう。
素直な反応に気を良くした大輔は、得意げにかざす。傍らに吊り下げられているデジヴァイスがカタリと音を立てた。

「姉貴のだから、壊したら怒られるんだよなー、大輔」

何となく楽しそうな二人の会話に加わりたくて、ブイモンは大輔と自分しか知らない話を出して、
話題の中心になろうと躍り出た。あっ、こら!と慌てて口を抑えた大輔。
もがもがと苦しそうに手足をばたつかせるブイモンを強引に引き戻した大輔は、
恐る恐るタケルとパタモンを見る。

「へええ、大輔くんってお姉ちゃんいるんだ」

「タケルと同じだねー」

「だね!」

従兄弟のヤマトをお兄ちゃんを慕うタケルをみて、従兄弟と実の姉弟は微妙に違うだろと思いつつ、
必死で姉貴の話題をどうそらそうか考えた。くふひいよひゃいふけとバンバン叩いてくるブイモンに気付いて、
あ悪いとようやく解放する。酸欠で危うく死ぬところだったブイモンは、恨めし気に大輔を睨みながら深呼吸した。

「大輔くんのお姉ちゃんってどんな人?」

ほらきた。一番聞かれたくない質問が飛んで来る。
姉のことは誰にも言わないで欲しいと、早いことブイモンに言うべきだったと後悔したがもう遅い。
なんで?と聞かれたら、姉と自分との間に横たわっている複雑な事情と現状、そして自分の気持ちを
一から全て説明しなければならないほど、ブイモンは大輔と同じことを知りたがる。
嫌な予感はしていたのだ。しかし、ジレンマに陥っていた大輔は、結局チョコレートの時に
ブイモンとの会話があまりに楽しくて問題を先送りにしてしまってこの様である。
俺の悪い癖だと笑った。
八つ当たりだと分かっていながら、ついついブイモンを睨んでしまう大輔である。
あれ?なんかオレ睨まれてる?と大輔の心境なんて分かりっこないブイモンは不安気に大輔を見上げて、
消え入りそうな声で名前を呼ぶ。はあ、と大げさにため息を付いた大輔はタケルを見た。



大輔の不自然な対応に、あれ?とタケルは早速違和感を覚えていた。
タケルからしてみたら、なんとなく、お姉ちゃんとお兄ちゃんの差があるとはいえ、
同じ弟の立場であることが明らかになり、いろいろと話ができるだろうと思うとうれしくなって聞いただけである。
まるでお姉ちゃんの存在を知られてほしくなかった、としか取れない行動、
そしてみるみるうちに困ってしまう大輔の態度、表情、全てがタケルにとって肩透かしだった。
話題を提供してくれたブイモンに不機嫌そうに睨みつける大輔は、一瞬ではあるが本気で怒っていた。
なんでだろう、と思うのも無理は無い。
タケルにとって、ヤマトお兄ちゃんは自分のことを気にかけてくれて、かまってくれて、遊んでくれる
とっても優しいお兄ちゃんである。
お母さんもお父さんも好きだが、甘えたいさかりで両親の離婚という家庭の事情から引き離され、
こうして長期休みみたいな機会がないと会えなくなったお兄ちゃんがタケルは大好きだった。
数年前までは当たり前のように、一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、ゲームをしたり、
テレビを見たりという何気ない日常が確かに存在していたが、奪われてしまった思い出は戻らない。
一緒の小学校に通う夢はもう見ない。
会いたい時に会えない寂しさがお兄ちゃん子にさせる一方で、その離婚にいたるまでの経緯が、
タケルに歳相応以上の卓越した観察眼を身につけさせてしまったのが悲しいところである。
不意識のうちに、相手が何を考えているのか読み取ることに慣れてしまったタケルは、
言葉や行動に起こさないと相手が何を考えているのかよくわからない、小学生らしい感性をもつ大輔とは違い、
大輔のとったあべこべな行動が訳のわからないものとして映ってしまう。

PHSがお姉ちゃんのものだとブイモンは言う。
大輔は嬉しそうにPHSを見て、笑い、自慢気に、得意げに見せてくれたはずだ。
そしてデジヴァイスと同じように常に肌身離さず持っている時点で、とても大切なモノだ。
迷子用といってはいるが、それはきっと大好きなお姉ちゃんのものを貸してもらえたからだろう。
大輔の抱える事情を全く知らないにもかかわらず、タケルは残酷なほど大輔の真意を見抜いていた。
それゆえに、何故それを教えてくれたブイモンを、その驚くほど冷ややかな眼差しで咎めるようににらめるのか、
そして不自然なほど沈黙してしまうのか全く理解出来ない。

じゃあ、分からないことは聞いてみよう、という素直な思考回路に到達した。
タケルはいい子である。いや、無意識のうちにいい子であろうとする癖が身についている。
離婚調停が決まるまで、親戚の家に預けられ、そして母に引き取られて数年になる生活の中で、
母子家庭で仕事に忙しく家を空ける多忙な母に少しでも迷惑を掛けまいと、
お母さんや友達や先生、近所の人達が望むいい子のタケルくんであろうとしている。
それはお兄ちゃんであるヤマトにまで及んでいるが、
タケルが無意識のうちに素直で明るくて聞き分けのいい、いい子な弟であろうとすればするほど、
同じ境遇を強いられてタケルの癖に勘づいているヤマトはますます過保護になっていく。
本当はこの世界に来たときに、真っ先にヤマトに、帰りたいと抱きついておもいっきり泣きたいのだ。
わがままになって、甘えてみたい、もっと素直になりたいと思いながらもできないタケルにとって、
年上のメンバーばかりの中で唯一同学年の大輔は、背伸びをしなくていい存在として認知されていた。
いい子であることは変わらないけれども、同じ年で、弟という同じ立場なら、
ちょっとだけ話を聞いてもらえるかもしれないという思いがあったことは事実である。
タケルが観る限り、お姉ちゃんがいるとは思えないほど、大輔はしっかりしている男の子である。
それこそ、ヤマトにくっついている自分が恥ずかしくなってくるくらいに。
だから正直、ヤマトに危ないことはするなと怒られている大輔が羨ましかったりするのだが、まあそれは置いといて、
気のいい大輔だったら分からないことは教えてくれるだろう、という気持ちがそうさせた。
それなのに、投げかけた質問に帰ってきた答えは、驚くほどあいまいなものだった。

「わかんね」

「え?」

「わかんねーや、全然」

「なんで?」

「なんでって………俺が知るかよ」

困ったように大輔は頭をかく。

「まあ、いーじゃねーか、別のこと話そうぜ、タケル」

大輔は話題を切り替えたいのか、強引に話題の転換を要求してくる。
タケルの頭の中ではすっかり、大輔のお姉ちゃんイコールヤマトお兄ちゃんのような存在であるという公式が出来上がっているのに、
大輔は全く頓着しない様子で、本気で困っているのである。嘘を付いているようには見えない。むしろ答えが見つからなくて困っている。
タケルはここで引き下がるのは嫌だと思った。
大輔はおそらくお姉ちゃんと家族と一緒に住んでいて、毎日毎日同じ時間を過ごして生きているのである。
それこそタケルだけの力では、どれだけ頑張っても願っても届かない夢の世界に似ている毎日の中にいるはずの大輔が、
いつでも側にいてくれるだろうお姉ちゃんのことが分からないと言うのである。
正直、タケルには聞き捨てならない言葉だった。大好きなお兄ちゃんを否定されて、また家族で暮らしたいと思っている自分を
否定されているような気がしたのだ。それは明確なまでの嫉妬であり、蔑ろにする大輔への秘めた怒りでもあるが、タケルは気づかない。

「何で分かんないの?」

予想以上に食い下がるタケルに、少々大輔は驚いていた。
まだまだ出会ってから数時間も立っていないと思うが、ちょっとだけ話して、一緒に行動してきた中で把握していたタケルとは違う。
異様なほど大輔と姉の関係性について突っ込んでくる、頑固者の一面、しかも何故か怒っているような気配さえ感じられる。
なんか俺、変なコトいったっけ?と思い直してみるが、特に変なことを言ったつもりはない。
姉との複雑な関係を知られたくない大輔は、それでもタケルの質問には正直に答えたつもりである。
だって、どんな人?と聞かれたから。答えは単純明快わからないである。
同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、6つも歳の差がある大輔とジュンは生活サイクルが全く違う。
ジュンは中学生だし、朝は部活、夜は部活か友達と遊びにいったり、泊まったりで遅かったり帰って来なかったりする。
大輔もサッカークラブの活動で帰るのが遅くなる日もあるが、基本的にはぎりぎりまで友達と遊んでいるため帰るのは遅い。
バタバタする朝なんて、大輔が寝坊寸前に起きることには、ジュンはいないし、帰ってきても夕食は適当に済ませる。
部屋は別だし、ゲームばっかりしていて、うるさいから勉強に集中できないと怒鳴り込まれることはあるが、
基本的にお互い無干渉である。だから大輔は姉の好きなものも友達もなにをしているのかも全く分からない。
聞きたいとも思わないし、逆に聞いて欲しいとも思わない。顔を合わせたら喧嘩ばかり、若しくは下僕扱い。
ジュンが自分のことをどう思っているのかも知らないのに、答えられるわけがなかった。
そうして出した結論なのに、問われるがまま馬鹿正直に答えた大輔は、タケルが信じられないという顔をしているのがわからない。


お互いがお互いのことを知らなさ過ぎたこと、そして同じ年だったこと、原因はいろいろある。
お互いが置かれている環境が真逆と言ってもいいにもかかわらず、無意識のうちに前提を自分の家族として会話を進めていたせいで、
致命的なまでに二人の間には認識のズレが存在していた。
それ自体分からないため、二人は次第に喧嘩腰になっていく。はらはらと見つめるパートナーデジモンなど眼中になく、
どんどん口調が乱暴になっていった。
やがて姉のことを知られたくないと考えていた大輔も、次第にヒートアップしていく中でどんどん会話が本気になっていく。

「しらねーもんは、しらねーよ。とりあえず、姉貴が俺のこと大っきらいだとは思うけどな。
姉貴のやつ、所構わず俺の悪口言いふらして、俺なんかいなきゃいいなんていうんだぜ?ふざけんな」

「大輔くん、お姉ちゃんと喧嘩したの?」

「ケンカ?んなもん毎日毎日飽きるほどやってるよ。しばらく会わなくていいんだもんな、せいせいするぜ」

「大輔君、ずるいよ」

「は?」

「大輔君ずるいよ、何でそんな事平気で言えるんだよ。僕だってお兄ちゃんと一緒に喧嘩してみたいのに」

「はあ?なんだよそれ」

「僕だってお兄ちゃんと毎日喧嘩したり、仲直りしたり、遊んだり、一緒に学校いったりしてみたいよ。
大輔くんはお姉ちゃんと一緒に住んでるんでしょ?僕は……そんなこともうできないのにっ!
ずるいずるいずるいよ、大輔くんは!なのにお姉ちゃんのこと大っきらいだなんて、ふざけないでよ!」

ここで、ヤマトがついた嘘が止めをさしてしまう。
大輔はヤマトがついた嘘を太一経由で教えてもらったため、タケルとヤマトはいとこ同士だと認識している。
大輔からすれば、大好きないとこのお兄ちゃんと住めない、とダダをこねる一人っ子の甘っちょろいわがままと同列にされてはたまらない。

「何いってんだよ、お前。ヤマトさんとお前はいとこ同士なんだろ?
兄弟じゃあるまいし、一緒に住めないなんて当たり前じゃねーか。
なに勝手に八つ当たりしてんだよ、ふざけてんのはお前だろ!」

タケルはヤマトの知識により、従兄弟≒兄弟と認識している。
大声を上げるほどの大げんかに慣れていないので、感情が先走り顔を真赤にしたタケルが叫んだ。

「なんでそんなこといえるの?なんでお母さんとかお父さんと一緒のこというんだよっ!
なんで僕だけお兄ちゃんと一緒にすんじゃだめなの?!ふざけないでよ、バカっ!
ホントはお父さんともお母さんともお兄ちゃんとも一緒にまた暮らしたいのにっ!
それだけなのにっ!」

「はあ?なんだよそれ、それじゃまるで、お前とヤマトさんが兄弟みたいじゃ……」

「僕とお兄ちゃんは兄弟だよっ!」

「苗字違うじゃんか」

「おかあさんとお父さんが仲悪くなっちゃったから、一緒に住めなくなっちゃったんだもん、
僕じゃどうしようもないもん!」

ここでようやく大輔はタケルとヤマトが抱える複雑な家庭環境を垣間見て一瞬言葉が詰まるが、
ヒートアップしてしまった頭はもうとっくに余裕なんて喪失していた。
タケルが一人っ子と言う事で我慢していたことがある。
でも、タケルがヤマトと兄弟であるということを知った今、
なんども大輔が夢見た仲の良い兄弟の姿を見せつけられてきた大輔にとって、
タケルの言葉は火にガソリンのタンクを投げ込むようなものだった。

「なんだよそれ、なんだよそれっ。一緒に住んでりゃ家族なのかよ、ふざけんなっ!
あんなやつ、家族でも何でもねーよっ!
俺みたいな弟なんていらないって、いなきゃよかったのにって平気でいって回ってるようなやつ、
お姉ちゃんでもなんでもねーよっ!
タケルお前、言われたことあんのかよ。謝っても、ありがとうお姉ちゃんっていってもぶん殴られて、
おまえなんかいらないんだって公園の真ん中でみんなの前で怒鳴られたことあんのかよっ!
どんなに頑張っても褒めてくれなくて、お前はダメだって言われ続けて、
弟だって認めてくれたことも一回もないなんてふざけたこと、ヤマトさんからされたことあんのかよ!
離れてても仲がいいならいいじゃねーかっ!ずりーのはタケルの方だろ、バカヤロウ!
俺だってケンカなんかしたくねーよ、もっと仲良くしてーよ、でも姉貴が俺のこと嫌いなんだ、どうしろって言うんだよ!!」

「僕に八つ当たりしないでよ、知らないよ!」

取っ組み合いのケンカが始まりそうだった。
二人の剣幕に圧倒されていたパタモンとブイモンが慌てて仲裁に入ろうとしたとき、
二人を一気に現実に戻す第三者の声と力強い手が二人の間に割って入った。

「なにやってんだよ、二人とも!」

ぴしゃり、という大声に仰天した二人が顔をあげると、急いで走ってきたのか息を切らしているヤマトの姿が眼に入る。
反射的にヤマトに大輔のことをいおうとしたタケルは、ヤマトが大輔もタケルも関係なく真剣に怒っているのを感じ取って恐怖に駆られる。
こんなお兄ちゃん、知らない。見たことない。ヒートアップしていた大げんかはどこへやら、借りてきたねこのように大人しくなった二人。
ブイモンとパタモンはほっとして、お互いに顔を見合わせた。
二人の大声を聞きつけて走ってきたヤマトは、丁度大輔の姉に関する情報をしつこく聞きたがるタケルと嫌がる大輔の問答から
以下全部の内容をほとんど聞いていたのだ。
さすがに状況が状況である、大げんかの原因に自分がついた嘘が絡んでいることは嫌というほど理解している。
ここで自分がすべきことは年上としてケンカを仲裁して仲直りさせること、ソレが二人にとって1番傷つかない方法だと判断しての行動だった。

「いいから落ち着け、二人とも。一体どうしたんだ、俺が聞いてやるから全部話してみろよ」

実の弟のほうを取るのではないかと訝しげな大輔だったが、するわけ無いだろ、と断言するヤマトにしぶしぶ事情を説明する。
タケルもタケルで意固地になっている部分もあり、大輔の目は避けていたが、主張するところは外さない。

「そうか、なるほど」

ヤマトの判断に二人はハラハラしながら見上げる。
ヤマトは二人の目線にまでしゃがむと、二人の肩に手をおいた。

「悪いな、ふたりとも。俺の嘘でケンカがこじれちまったんだ。俺のせいだな、ごめん」

「は?」

「え?」

思わぬ第三者からの謝罪に思わずタケルと大輔は顔を見合わせた。

ヤマトは苦笑いして事情を説明する。全然気付いていなかった二人は、その点についてはお互いに謝った。
そしてお互いに生じていた微妙な誤解が解消されたところで、でも、と言いながらまた喧嘩しようとした二人に、
平等にげんこつが振り下ろされたのだった。



[26350] 第四話 お姉ちゃんという宿題
Name: 若州◆e61dab95 ID:8b8e6d47
Date: 2011/03/09 23:25
それは1年ほど前に遡る。
お台場小学校サッカークラブは、各学年それぞれが、保護者やOG・OBが会員を務める後援会の全面協力体勢のおかげで
外部から指導に来てくれるコーチのもとで、思いっきりサッカーをすることが出来る環境が整っていた。
代表者の佐々木コーチは、サッカーをすることが大好きな子供達に思いっきりサッカーに打ち込める環境を提供し、
お台場小学校を卒業しても子供たちが人生においてスポーツを愛してくれるようにすることが指導方針だと話している。
関わる全ての人達に元気と感謝の気持ちを分け与える事ができるチームにするという方針のもと、
多くの子供達が広大なグラウンドでサッカーボールを追いかけている。
毎週決まった曜日と土日祝日はサッカー練習で埋め尽くされる。
サッカークラブに入りたいと入部届けを職員室に提出してから早半年、
大輔も小学二年生以下を対象とした関東にある小学校との交流戦や地方大会ともなれば、
少しでも背番号10番のツートップの片割れに近づきたいと、一生懸命レギュラーとして日夜努力していた。
本人は大好きなサッカー選手に憧れ、ボランチをやりたいとずっと言い続けているが、
担当コーチからこれからたくさんの壁にぶつかり乗り越え、いろんなタイプの選手と味方として敵として会うのに、
基本技術の向上やサッカーの基礎知識の学習、ボールの技術向上がまだまだ発展途上であるにもかかわらず
そんな簡単に任せられるかと突っぱねられて長いことになる。
なかなか認めてもらえないとやっきになり、どんどんサッカーにのめり込んでいる大輔他多くの子供たちのもっぱらの楽しみは、
親御さん達の差し入れ、もしくは家族が手によりをかけて作ってくれたお弁当だ。

もちろん大輔もその一人であり、その日も練習の合間、貴重な1時間半の休憩に入るやいなや、全速力で昼飯タイムに突入した。
友達と弁当のおかずを比べたり、互いに好き勝手争奪戦を繰り広げるさなか、大輔も参戦すべく愛用のお弁当箱を開いた。
しかし、その日のお弁当は、母親が調子でも悪かったのかと心配になるくらい、チームメイト他本人からも大不評だったのを大輔は覚えている。
育ち盛り食べ盛りのスポーツ少年は、好き嫌いが実に分かりやすく、彩りや栄養バランスを気にするご家族の心遣いなどどこ吹く風、
いわゆる真っ茶色な弁当が大好きだった。ハンバーグや唐揚げ、ミートボールなんかが入っていたらテンションが上り、
嫌いな野菜が細かく刻んで紛れ込んでいるとあからさまに食欲が失せてしまう。
そして仲間たちでなんとか消費して、空っぽなお弁当を家族に見せようと努力する。
なぜなら嫌いなものだからと残したり、まずいと文句を言ったりしたら、折角労力を尽くして創り上げたお弁当を否定されて怒ったご家族が、
お弁当を二度と作らない、もしくは自分で作れ、買って来いと脅迫めいた脅しをかけてくるからである。
そんな攻防もまた日常茶飯事な本宮家におけるその日の弁当は、はっきりいってラインナップだけなら弁当の三種の神器が揃っていた。
おにぎり、玉子焼き、タコさんウインナー。あと付け合せのトマトとポテトサラダ。
いつも弁当箱の傾きなど考慮せず適当にカバンに突っ込んでいるせいで、寄り弁になってしまうのが当たり前だったその日はなぜか、
寄り弁にならずささやかな奇跡に感動したりしていた。
その日は特別「いつもの味」が徹底的に排除されていたのを覚えている。ポテトサラダ以外。
おにぎりの形は歪だし、のりの位置がおかしいし、なんかしょっぱいし。
本宮家直伝の甘い卵焼きは焦げ目がほとんどを覆いつくし、苦くて甘さなど吹っ飛んでいたし、
タコさんウインナーはなんかいつもの四足じゃなくて二足歩行になってたし、茹で過ぎたのか体が破裂してたし。
それでも物体Xや汚弁当ではなく、食べれることは食べれたので完食したはいいものの、
大輔のお母さん風邪?とチームメイトに本気で心配されたほどだった。
大輔の母は料理を趣味とするような人間ではなかったが、既に2年のキャリアを誇る台所の魔術師が、
ここまであからさまな失敗をするなど考えられなかったのである。
お大事にってよろしくな、と別れた友達を背に、真っ先に家に帰った大輔はお帰りと迎えてくれた母が元気なのにほっとした。
いつものように泥だらけにして帰ってきた大輔に風呂場に行くよう指示を出し、忘れないうちにプリントと連絡帳を渡すよう言われ、
かばんをひっくり返して渡す。
湯沸かし器をスイッチいれてと叫んだ大輔は、思い出したようにいったのだ。

「なあ、今日の弁当スッゲー酷かったんだけど、寝坊した?」

思えばその日、朝から珍しく姉貴とは喧嘩しなかったと大輔は回想する。
やけに上機嫌でソレがかえって不気味で話しかけられなかっただけなのだが、本人に言ったら殺されるので大輔だけの余談である。
その時大輔が見たのは、明日コロッケの調理実習があるとかで昨日の晩からキッチンで練習していた、
エプロン姿の姉だった。聞き耳を立てていたらしく、ばつ悪そうに顔を背けたジュンは慌てた様子で部屋に帰っていく。
ぽかんとしながら姉を見送った大輔に待っていたのは、なんてこと言うのアンタ、とものすごい剣幕で怒る母親だった。

「今日は大輔のお弁当も作ってあげるんだって、5時からずっとキッチンにたってたんだよ、ジュンは。
お弁当忘れたの気付かなかったでしょ?今日お友達と映画行く約束してるって言うのに、
わざわざ反対方向までいってくれたんだよ?なんてこと言うの、大輔。謝りなさい!」

その頃の大輔は、まだジュンのことを「お姉ちゃん」から、何となくチームメイトに言うのが照れくさくなって「姉ちゃん」に切り替えた頃だった。
ジュンのことを知っている先輩や先生方から、自分の悪口を姉が言いふらしているということを聞いてはいたものの、
まだ姉のことを信じていた時期である。素直に自分からごめんなさいと言える時期だった。
お弁当を作ってくれたのは嬉しかったし、今まで興味のかけらも示さなかったサッカーを頑張る自分を見てくれたのが嬉しかった。
でも何で練習を見に来てくれたんなら、一声掛けてくれなかったんだろう、そしたらもっと頑張れたのに。
疑問に思いながら大輔はジュンの部屋を尋ねたが、鍵がかかっていた。
ジュンは昔から不都合なことが起こると鍵を掛けるくせがあり、怒っていると直感した大輔は、
いつものように「ごめん」と自分から謝り、「今日お弁当作ってくれてありがとな」と感謝した。
いつもなら、仕方ないわねー、と横暴な条件付きではあるもののジュンは笑ってゆるしてくれたのだ。
しかし、その日だけは何故か様子が違った。
いつまで待ってもカギを開ける音がしない。バンバン叩かないでよ、ドア壊れたらどうすんの、と軽口叩いて
招き入れてくれたはずの姉の笑顔が現れない。そして、なんども開けようとノズルをまわしても返事がない。
これは本気で怒らせたと次第に焦り始めた大輔は、「姉ちゃん」から「お姉ちゃん」に変わり、
嫌われたらどうしようという焦燥感と不安からどんどん嗚咽が混じった叫びに変わっていく。
しばらくしてドアは開いたものの、そこに立っていたのは真っ赤に泣きはらした姉の姿があった。
それからなにがあったか大輔はよくおぼえていない。
確かなのは、その時はまだ言われたことがなかった酷い罵声と拒絶の言葉を一方的にまくし立てられ、
ごめんなさいという言葉を繰り返しながら俯いたら、乱暴に突き飛ばされたこと。
ばたばたばたと走り去った姉は、帰り際からぽつぽつと降り始めた雨にもかかわらず、傘もささずに飛び出したのだ。
大輔は慌てて傘を2本もって姉を追いかけ、いつもサッカーをして遊んでいる公園の真ん中で姉を見つけた。
ざんざんぶりの雨の中、傘もささずに力なくブランコに座り込んでいるジュンを見つけた大輔は、声をかけようとした。
ここまでは断片的な記憶だから、無我夢中だったのだろうと大輔は思う。
その時ジュンが笑っていたか泣いていたか、もう思い出せない。だが、そこでかわされた会話だけ鮮明に憶えている
とこか遠くで夏休み期間でも活動を続ける小学校か、中学校の生徒の帰宅を知らせるチャイムが響いていた。
小学生の集団下校が見えた。

「アンタが笑ってた相手、誰?」

「え?ああ、いっつも話してるだろ?太一さんと空さんだよ」

その時、ジュンはあーもう!と乱暴にブランコのチェーンをつかんだため、錆び付いているブランコがきしんだ。
ああ、思い出した。確か、ジュンは、ジュン姉ちゃんは、生まれて初めて俺の前で泣いていた。

「あーあ、いっつもお姉ちゃんやってたアタシが馬鹿みたい。何やってんだか」

「はあ?」

「アンタはいっつもそうよね、なんにも知らないで、平気な顔してアタシばっかり空回りするんだ。
もう疲れちゃった。もういいわ、大輔、アンタ今日から家族でもなんでもないわ。
「お姉ちゃん」て二度と呼ばないで」

乱暴に傘を奪って返ってしまったジュンの姿にぽかんとした大輔は、
とんでもないことを言われたことに気付いて、あわててジュンを追いかけてすがって謝って走った。
大衆の面前で同じ言葉を繰り返されたってめげなかった。振りほどかれた拍子に、殴られたような跡が残ったって気にしなかった。
たった一人の姉だ、お姉ちゃんと呼べなくなるのが嫌だった。気づいたら家にいた。
とりあえずびしょ濡れになった大輔とジュンは母親にこっぴどく叱られ、その日は一言も話せないまま終わってしまった。
次の日目が覚めて大輔は真っ先にジュンの部屋に駆け込んだ。もしかしていなくなっているのではないかと心配したのだ。
しかし、待っていたのはいつもと変わらず、何やってんのアンタ、とあっけらかんとして笑うジュンの姿。
まるで昨日のことは嘘だったのか、とばかりにけろりとしていて、大輔の言葉にはあっさり「嘘」だと翻してしまったのだ。
そんな事が何度か続いたある日、気づいたら大輔は姉の言うことが素直に信じられなくなっていた。









それが大輔がタケルとの大喧嘩の最中に口走った、「謝っても、ありがとうお姉ちゃんっていってもぶん殴られて、
おまえなんかいらないんだって公園の真ん中でみんなの前で怒鳴られたこと」、のあらましである。
生まれて初めて家族以外の人間に、自分と姉との間にある複雑な関係を積み重ねてきた一端を、
ぽつぽつではあるが話した大輔は、自然と心が軽くなった気がした。
はあ、と大きなため息を付いた大輔に、ブイモンが大丈夫か?大輔、泣きそうだよ、と見上げてくるので、
乱暴に目元を拭った大輔は、にひひと笑った。
なんて言っていいのか、言葉が見つからない。そうヤマトとタケル、そしてそれぞれのパートナーデジモンの顔に書いてある。

「だから姉貴のこと話すのいやだったんだよ。嫌いになれない俺が、スッゲー情けねえじゃんか」

はあ、と自嘲気味につぶやいた大輔に、ごめんね、大輔くんとタケルが言ってくるので力なく首を振った。

「いーって、気にすんなよ」

むしろ思わぬ形で心の黒い塊が吐き出せたことを大輔は素直に感謝していた。
そして大輔は、何か思うところがあったのか、思案しているヤマトを見上げる。どうした?と無愛想な眼差しが向けられた。
ヤマトに対する一方的な苦手意識は、もう大輔の中から完全に消え失せていた。
相変わらず何を考えているかよく分からないものの、タケルと自分をえこ贔屓なしで真剣に、対等に叱ってくれた人である。
ただちょっとだけ、いやだいぶ?考えていることを行動とか体で表現するのが苦手な人なのだ。
それでも本気でタケルや自分のことを1番に考えてくれる人であると分かった。それだけで十分だった。
なるほど、太一と空と仲良しなわけである。
ようやく納得いった大輔は、改めてこんなお兄ちゃんがいるタケルが心のそこから羨ましいと思った。
そして、この人ならなんか教えてくれるかもしれない、と思い、大輔は思い切って口を開いたのである。

「ヤマトさん、姉貴、なんであんな事言ったと思います?」

「うーん、そうだな。大輔、何個か聞いていいか?」

「え?あ、はい」

「ありがとう、と、ごめんは言ったんだよな?じゃあ、ごちそうさまは?おいしかったは?またつくってほしいは?
ついでにいうと「サッカーを見てもらえたらもっと頑張れるから、一回練習見に来てもらいたい」って正直に言ったか?」

「えー、そんな事恥ずかしくて言えないっすよ」

「言ってないんだな?」

「………はい」

「俺の意見を言わせてもらうとすれば、ごちそうさまが言えないお前は、
もし俺の弟だとしてもジュンさんと同じでぶっ飛ばしてたと思うぞ、正直」

「えええっ?!」

予想外の返答を真顔で返された大輔は、ブイモンと共に思わず声を上げた。
ヤマトの物騒な物言いに同じくびっくり仰天したタケルが、どうして、お兄ちゃんと訪ねてくる。
ヤマトはいいか?よく聞けよと前置きすると、うっすらと笑ったのだった。

「実はこう見えても、俺は料理が得意だ」

「………はい?」

「返事は?」

「へ、へえ、凄いっすねヤマトさん」

「まあな。さっき説明したとおり、俺は父さんと二人で住んでるんだ。でも父さんは全く料理ができない。だから俺がするしかなかったんだ。
ちなみに野球部の大会とか、練習とかで必要な弁当は全部俺の自作だ。金かかるしな」

「はあ」

「大輔、お前料理なんてしたことないだろう。大変だぞ。目玉焼きがうまく作れないせいで、その日のテンションががた下がりするくらい落ち込む」

「ええっ」

「だから分かるんだ。弁当を作るっていうのは、思いつきでできるようなもんじゃないんだってことがな。
不恰好だって、失敗だらけの弁当だって、ジュンさんがお前のために作ってくれた弁当だろ?
俺なら、「ありがとう」より「ごちそうさま」が欲しいな。「ごちそうさま」って言葉は、食べた人にしか言えない言葉だろ」

「………なるほど。でも、言い過ぎじゃないっすか?」

「まあ、俺もジュンさんじゃないから、あってる自信はないけどな。俺がそう思っただけだ。
あとは、「お姉ちゃん」から「姉ちゃん」に変わったのもその頃なんだろ?何でやめたんだ?」

「だって恥ずかしいじゃないっすか」

「じゃあ聞くが、太一に聞いたんだけど、お前最初は「太一先輩」「空先輩」って呼んでたそうだな。
なんで「そのころ」から「太一さん」「空さん」って呼び方を変えたんだ?」

真っ直ぐ見下ろされる視線に、大輔は思わず顔をそらしてしまった。
うまく言葉が紡げない。図星である。ばれている。誰にも口にしたことないのに。
不思議そうに相方の名前を呼ぶブイモンに、この動揺によってうるさくなった心臓の音が聞こえないことを祈りながら、
大輔は必死で言葉を考える。なんとか言い返さなくては。ここで言いよどんでは認めてしまうといっているようなものではないか。
必死で考えるものの、半ばパニック状態で真っ白になった頭はろくに機能せず、ただぞわぞわとした悪寒がする。

やっぱりな、とヤマトが呟く言葉にびくりと大輔の体が揺れた。
大輔が「太一先輩」「空先輩」という、お台場小学校サッカー部の先輩、後輩の関係を連想させる呼び方から、
唯一二人だけ「太一さん」「空さん」という単なる上下関係に使われる汎用性高い呼び方に意図的に変えた時期は、
大輔の中で「ジュン」という「お姉ちゃん」像が揺らぎ始めた時期と完全に一致する。
あの日、「お姉ちゃん」であることが「疲れた」、とはっきり言い放ったジュンの言葉は、今も強烈な印象をもって大輔に打ち込まれていた。
それはさながら、自分には「価値」があると自己肯定の礎となる条件付きではない、無償の愛情注がれて育つはずの赤子が、
その対象である母親から、母親ではなく女としての一面を見せられる不幸に似ている。
それは、生まれて初めて大輔の目の前で「ジュン」が「お姉ちゃん」であるという存在を脱ぎ捨て、
一人の人間として現れた瞬間でもあり、未知の存在でもある「ジュン」というタダの人間を目撃した瞬間だった。
大輔は知らないのである。
「ジュン」という一人の人間は生まれた頃から大輔にとっての「お姉ちゃん」であった一方で、
「本宮ジュン」というはっきりとした自己を確立しようともがく思春期の兆候が見え始めた、
13歳のちっぽけな子供であるということを。
そして子供から大人へと変化していく中で、今までと同様に「お姉ちゃん」であることを無条件に求められた「ジュン」は、
「お姉ちゃん」の象徴である大輔の腕を振り払おうとしたのだ。
「ジュン」は気付いていたのである。
「お姉ちゃん」であることをやめた「ジュン」ではなく、新しい「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」の形である
「太一さん」「空さん」という存在が、大輔の中にしっかりと芽生えてしまっていることに気付いてしまったのである。
本当は大輔は、八神太一のことを「太一(お兄ちゃん)」、武之内空のことを「空(お姉ちゃん)」と呼びたいのである。
しかしそれはできないと分かっているから、さん付けにする。
なぜなら、八神太一は、どれだけ頑張っても本宮大輔のお兄ちゃんにはなってくれないからである。
八神太一には、八神ヒカリという3つ年の離れた妹がおり、大輔と同じ年であるため、
そして太一が妹の存在を公言するほど大切に思っていることを、言葉の節々から、大輔は嫌というほど感じていた。

3年前太一は光を殺しかけたことがあるという。
体調が悪い妹の世話を頼み、留守番をお願いして出て行った共働きの両親。
お兄ちゃんだからといわれ、調子にのって頷いたものの、思い出した友達と遊ぶ約束。
遊びたいさかりの太一は、風邪を引いていたヒカリを無理やり外に連れだして、友だちと一緒に遊ぶという暴挙に出る。
もともとお兄ちゃん子だったヒカリは、丁度いろんなことを真似したがる時期だったため、
出かけるという太一になんの疑問も抱かずついていってしまう。
そうしてサッカーに夢中になる太一は、辛さを我慢してベンチでずっと待っていた光のことなど忘れ、
陽が沈むまでザンザン遊び倒し、我に帰ったときには風邪をこじらせ高熱で倒れた妹がそこにいた。
搬送される救急車、扉の向こうに運ばれる妹、そしてこっ酷くしかる母親と緊急連絡で慌てて帰ってきた父親。
あの時、太一は心のそこから妹を失うことを恐怖した。そして負い目が生まれた。
俺は「お兄ちゃん」にならなきゃいけないんだと、その時初めて太一は思ったという。

遊び半分の戯れの中で大輔は太一に「お兄ちゃん」と呼んでもいいかと聞いたことがある。
可愛い後輩の戯言に太一は少し困った顔をして、ごめんな、と笑ったのである。
俺は八神ヒカリだけのお兄ちゃんであって、八神太一は八神ヒカリのお兄ちゃんでなくてはならない。
だから八神太一は本宮大輔のお兄ちゃんにはなれないと、冗談めかして言われたのだ。
だからせめてもの抵抗で、大輔は「先輩」呼びから「さん」付けに呼び方を変えた。
どうやらすでに見抜かれている大輔の心理、ことごとくこの兄弟は自分とは相性が悪いと大輔は痛感した。
やっぱ苦手だ、この人。

もちろんヤマトも、始めこそ姉の心理を完全に理解しろという無理難題を押し付ける気はなかった。
しかし、大輔は無意識ながら「ジュン」という「お姉ちゃん像」が揺れ動いたという事実を感じ取っており、
全く知らない「ジュン」という存在が現れたことを知っていながら、怖くなって距離を置いたと気付いた。
大輔はそこまで理解できる子供だと判断した。だから中途半端にヒントを出して投げたのだ。
あと一歩。姉に嫌われていると思い悩む大輔が、その泥沼から這い上がるのは目前なようにヤマトには見えていた。
だから畳み掛ける。

「お前、ジュンさんと太一や空と比べて、どっちが好きだ?」

「え?」

「嘘つくなよ、重要なことだから」

「………………そりゃ、姉貴に決まってるじゃないっすか。嫌われてたって、姉貴は俺の姉貴なんだし」

「そこまで分かってるなら答えは簡単だな、大輔。あとは自分で考えろ」

「えええっ?!そんな、俺考えるの苦手だから相談したのに!」

「まあ、ひとつアドバイスしてやれるとすれば、大きくなったらわかることもあるって事だな。
「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」はお前の考えている以上に大変だってことだ。
がんばれよ、大輔、」

さあいくか、二人とも。太一たちが待ってる。大輔の頭から離れて言った手が先導する。
思わぬ宿題を残されてしまった大輔は、意地悪だこの人と心のなかでぼやく。
ヤマトと大輔のやりとりを聞いていたタケルは、パタモンを抱えて大輔と同じように首をかしげている。
分かったか?と一抹の望みを託して聞いてみたが、全然分かんないや、とタケルは肩を落とした。
分かった?大輔、と疑問符を浮かべているブイモンに、頭を抱えた大輔はわかんねーよ、とつぶやいた。





やがて大輔は知ることになる。
「お兄ちゃん」や「お姉ちゃん」という存在はあくまでも、大輔の見る絶対像に過ぎず、
彼らには彼らなりの苦悩が有るということを。
しばらくして、他ならぬヤマトと太一から教わることになるのだが、今はまだ知るよしもないのだった。



[26350] 第五話 僕らの漂流記 その2
Name: 若州◆e61dab95 ID:8b8e6d47
Date: 2011/03/10 22:58
ヤマトやタケルと共にみんなの荷物を回収した大輔は、集合場所に指定されていた浜辺へと帰ってきた。
激しい波が岩礁に打ち付けられ、潮風が冷たい。絶えず海水が雨のように舞っている。
おーい!と手を上げた大輔たちを待っていたのは、全員総出でのお出迎えではなく、逃げろーっという本日二回目の太一の絶叫と
必死でこちらに全速力で走ってくるみんなの姿だった。
訳がわからないまま合流した3人に、毎度おなじみのテントモンによるデジモン紹介講座が始まった。

デジモンデータ
モノクロモン
レベル:成熟期
種類:鎧竜型
鼻先に巨大なツノが生えた、トリケラトプスのようなデジモン。ツノは成長すると、体長の半分をしめるほどの大きさになる。
このツノと体を覆う物質はダイヤモンド並に硬く、貫けない物はないといわれている。
草食性でおとなしいが、一度怒らせると恐ろしい反撃を繰り出してくる。
必殺技は、口から火炎弾を吐き出すボルケーノストライク。

大人しいから心配要らないという説得力皆無な解説に、全員がじゃあ何で襲われているのだと突っ込んだあと、
その直後に反対方向からもう一体のモノクロモンが現れる。
モノクロモンは群れで生活するデジモンではないと否定するテントモンだが、回りこまれたと焦る子供たちは、パルモンとミミの一声で、
ついさっき大輔たちがいた樹林方面へと逃げ出した。
実はシェルモンの時と同様に、縄張りに迷い込んだ子供たちを敵だと勘違いしたモノクロモンが、
縄張り争いになると、その巨大なツノで相手が出て行くまで襲いかかるという本能のまま行動したことなど知る由もない。
子供たちを追い払い、もう一体の侵入者を発見したモノクロモンは、自らの生息区域を守ろうと豪快にツノを振り上げた。

海辺の砂浜に電話ボックス、密林に立ち入り禁止の自動車標識という意味不明な組み合わせが、この世界の特異さを物語る。
西日が傾き、樹林全体が茜色に染まる。伸び始めた影が次第にゆっくりとなり、疲れた様子で歩きの足取りも重くなっている。
この世界に迷いこんでから、ずっと走りっぱなしだった子供たちは、すっかりくたくたになっていた。
真っ先に音を上げたのは、このメンバーの中でも体育以外の運動に縁がなく、上級生としてのメンツもないミミである。
オシャレを優先して移動に不向きなブーツでこの世界に来たミミが、不慣れな一日全力疾走も合わせて、もう疲れて動けないといった。
そろそろ休憩したいと、丁度近くにあったヤシの巨木に体を預け、先に行こうとする太一に声をかける。
シェルモンに襲われた際に助けてくれた太一が、まだまだ先を目指そうと足取りを緩めないため必死で付いて行っていたのだが、
そろそろ限界が来てしまったようである。
天真爛漫で自由奔放を体現したような女の子であるミミが、わがままと取られかねない率直な意見を我慢して、
今までみんなに付いてきたのは大したものだった。
実際問題、そろそろ体力の限界を感じ始めていたメンバーたちは、ミミの言葉にここぞとばかりに便乗し、
そろそろ寝る場所を探そうという方向で固まった。昼飯はお菓子の袋一つだけ、空腹も拍車をかけている。
さっきのモノクロモンに関する件から名誉挽回しようとテントモンが、すっかり有焼け色に染まる空に豪快な羽音を立てて舞い上がる。
見つけたと博多弁で真っ赤な爪を興奮気味に差したテントモンの先には、大きな湖があった。
目の前に広がる湖にホッとしつつ、このままでは野宿になると嫌がるミミに、またもや朗報が飛び込んでくる。
存在を主張するように丸いヒカリを放つ乗り物、荒川区都電でおなじみの路面電車が一両、何故か湖につきだした丸い孤島に放置されていたのだ。
本来なら不審に思う光景だが、この世界にきてから幾度も不自然な光景を観てきた子供たちはすっかり慣れてしまい、
こういう世界なのだという感想を持って、かねがね好意的に受け入れられた。
ちなみにこの電車、真っ白な車両に緑と黄緑の横線がデザインされたものである。
人がいるかも知れないという期待を胸に中にはいってみるも、だれもいない。光子郎いわくまだ新しいらしい。
線路もなく、電気を供給する場所もないのにライトが暗くなり始めた湖を照らしている。
とりあえず、ここを今日の宿とすることが決定するやいなや、5年生組は火おこし、その他は食べ物調達係に迅速に別れることになった。
みんなお腹がすいているという一点においては共通していたのである。





第五話 僕らの漂流記 その2





「大輔、こっちこっち!」

「わーっ、とっと、あっぶねえ!ブイモン、もっとゆっくり歩けよ、こける!」

「いーから早く!」

お前の鼻は犬並みか、とこっそり大輔は思いながら、ぐいぐいと大輔の右手を引っ張って先導するブイモンにつられて走った。
こっちのペースなどお構いなしで、ブイモンは未だに有り余っている元気で大輔を振り回す。
まるでゴールデンレトリバーのような大型犬に振り回される子供である。
大輔はタケルを探していた。見失って何となくブイモンに聞いた大輔は、例の件でヤマトにすっかり相談役を取られ、むしろ大輔を怒らせてしまい、
大喧嘩のあとの仲直り=親友フラグのタケルに、大好きなパートナーを取られるのではないかと危機意識を募らせていたことなど知らない。
大好きな大輔に頼られた!と目をキラキラさせ、ブイモンなりにパートナーとして少しでも役に立とうとしているのだが、
イマイチうまいこと伝わっている気配はない。

「いたよ、大輔!タケルだ!」

パタモン達は果物をとりにいくと行って、パートナーの子供たちから離れて森の奥に行ってしまっている。
もちろんブイモンも誘われたのだが、最初の出会いでのっけから置き去りにされたのではないか、という
恐怖を味わってしまったブイモンは、首を振って今に至る。
チビモン時代の狼狽ぶりを知るメンバーは心中お察しするとばかりに誰も茶化したりはせず、あっさりと別れたのだ。
それに加えて大輔が抱える悩みを知ったブイモンの中では、大輔が最優先事項であり、
他のメンバーは越えられない壁が存在していた。
ありがとな、と頭をなでられ、にこにこと笑ったブイモンは釣竿片手に魚と格闘している光子郎と、
泳いでいる魚たちを眺めながら、水をくんだバケツを横においたタケルを見たのだった。

「あれ?どうしたの?大輔君」

「あ、いや、その……まだ謝ってなかったと思ってよ、あんときはヤマトさんの話で頭がいっぱいでそれどころじゃなくてその、
ごめん。悪かった。なんにも知らないのに、いろいろひどいこといってごめん。だから、その、なんだ」

えーっと、とその先をわざわざ口にだすのが恥ずかしいのか、赤面させながらばつ悪そうに大輔は目をそらす。
しどろもどろながら大輔の言いたいことが大体把握できたタケルは、ぱっと目を輝かせた。
なんだよ、ときまり悪そうに睨んでくる大輔に、ううん、なんでもないとタケルは笑いながらごまかした。
同年代の子供の中では、ある意味未来予知、先読みとも取られてしまうほど、タケルは相手の感情を読み取るのが巧みだ。
そんなタケルにとって、大輔は気持ちがいいくらい喜怒哀楽、考えていることが分かりやすい相手である。
裏表がない、隠し事が一切ない、抱えているものがない、というぞっとするほど真っ白な子供は存在しないが、
タケルの印象はかねがねそんな感じで、大輔は嘘を付くのが苦手な人間であるという高評価を持っていた。
始めこそ、大輔が抱えている問題とその背景、そして勘違いが理解出来ないせいで大喧嘩してしまったが、
今となっては大輔が常に一本の道をとおっていることがはっきりと見通せた。
基本的にタケルは、両親の離婚といい子であろうとする優等生思考が邪魔をして、
自分の意見を主張して相手と対立したり、時には争いごともじさないという強気な姿勢は回避の対象であり、
自分もそういった状況を好まない平和主義的な傾向にある。
だから、そもそも大輔との大喧嘩がタケルにとっての大事件であり、
ヤマトに二人で叱られたのが生まれて初めてのお兄ちゃんに怒られたという、出来事でもある。
今まで友達と喧嘩なんてしたこともなかったタケルは、道徳の時間や教科書、テレビ、等による知識として、
喧嘩の仲直りの仕方を知ってはいても未経験だ。
そもそも仲が悪くなった友達がいたら、相手の気持ちを本人より先に理解してしまい、自分から意見を引っ込めて謝るのがタケルであり、
大喧嘩にまで至らないのが普通だった。
だがその普通をぶち壊したのが、本宮大輔という自分とはあらゆる意味で正反対の少年である。
仲良くなりたいと思ってはいたものの、具体的な行動が伴った実績がないタケルは、
大輔に嫌われていないか、友達になりたいと思ってもらえなかったらどうしようという不安が先行してしまった。
いらぬところまで慎重なのは、大好きなお兄ちゃん譲りである。
なかなか行動に移せずにいた矢先、大輔から誤りに来てくれたのである。うれしいに決まっていた。

「僕の方こそごめんね、大輔君。僕、今まで喧嘩したことなかったから、どうやって謝っていいのか分かんなくて遅れちゃった。
許してくれる?」

「許すもなにも、謝ったんだからもうこれで終わりだろ?
つーか、今まで喧嘩したことないってどんだけヤマトさんと仲いいんだよ、お前。すげーな」

「喧嘩できなかっただけだよ、えへへ。今度、お兄ちゃんと喧嘩できるかな」

「やめとけよー、ヤマトさん怒らせるとスッゲー怖かったじゃねーか。喧嘩しないに越したことないって」

「でも、喧嘩するほど仲がいいんでしょ?」

「し過ぎはどーかと思うけどな」

「じゃあ、僕と大輔くんはもう友達だよね?」

「なっ………」

「どうしたの?」

「なかなか恥ずかしくて言えないようなこと、サラッというんじゃねーよ!こっちが恥ずかしいわ!」

わざわざ口にだすなよ!と大輔が絶叫する。
まるで幼稚園児の女の子がお互いに友達であるかどうかを確認し合い、頷き合ってニコニコしあう様子が浮かんでしまう。
ますます顔を赤くした大輔がタケルを睨むものの、それが照れ隠しであり、はっきりと友達だと肯定してくれた喜びから
タケルは自然と笑顔になっていた。なに笑ってんだよ!と大輔の怒鳴り声がするもお構いなしである。
そんな大輔をちょいちょいと引っ張る青い手がある。
なーなー大輔えと甘えた態度が嫌な予感をさせる。
恐る恐る振り返った大輔は、案の定タケルの喧嘩したら友達発言を真に受けて、喧嘩しようぜとばかりに戦闘態勢をとっているブイモンを見た。

「ば、ばっか、そんな事しなくても、俺達は運命共同体だろ?喧嘩なんかいらないっての!」

大輔は必死で叫ぶ。まるで免罪符のような使い方に少々不満げながら、ブイモンはしぶしぶ解いたのだった。
ブイモンの必殺技でもある頭突きは、中くらい木ならなぎ倒してしまうほどの威力がある。
小学二年生の男子生徒、しかも平均よりしばし小柄な体格、がそんな攻撃をもろに受けたら死んでしまう。
あー、よかったと胸をなでおろした大輔は、そうだ、と思い出したようにタケルを見た。

「なあタケル、友達としてお前に言っとくことがある」

「え?なに?」

「お前ずりーぞ、なんでさっきから太一さん達にばっかかまってもらってんだよ、ヤマトさんがいるだろ!」

「ええっ?!なんだよ、それっ」

「こけたくらいで太一さんとヤマトさんに声かけてもらえるとか、う、うらやましすぎるんだよお前!
荷物持ってもらえるとか、大丈夫かって声かけてもらえるとか、どんだけ贔屓だよ」

「えーっ、欲張りすぎるよ大輔君!僕、お兄ちゃん以外知らない人ばっかりだったのに、
大輔くんはもう空さんとか太一さんとか、光子郎さんと知り合いだったじゃない!
それに、それって大輔君なら大丈夫だからって思われてるからでしょ?
僕、この中で1番頼りないって思われてるから、羨ましいのに!」

「なにおーっ」

「なんだよーっ!」

隣の芝は青いというか、お互いに正反対であるがゆえに無い物ねだりの極地、である。
お互いの当たり前が一番欲しいものであるという事実が、ついさっき仲直りしたばかりだというのに
再び喧嘩を火の粉を散らす光景となっている。大丈夫だろうか、この二人は。

そして二人を止めるのもまた、上級生であるという事実は変わらないようである。

「大輔君」

先程から聞いてみれば、事情はよくわからないが仲直りした下級生という現場に居合わせたのはまだいい。
微笑ましい青春の1ページを間近でみた。これもまたいいことである。
しかし、大輔が来る前に、のんびりと泳いでいたゴマモンのせいで魚影がまばらになり始めていた時点で、
いらっときていた。

「タケル君」

そして、こちらの事情などお構いなしに、所構わず大声を上げて喧嘩し始め、どんどん乱暴になっていく足あとが
魚影の数をどんどん減らしていくのである。
極めつけが、空腹という何者にも代えがたいイライラの原因である。
あ、と声を上げて恐る恐る振り返った大輔とタケルが見たのは、
わなわなと怒りに震える上級生、さっきから完全に存在を抹消されていたサッカー部の先輩ブレーン、知識の泉、光子郎だった。
魚が逃げないように、全力で感情を抑えながら声を落として話しているため、余計恐怖心を煽る。
なんか背後にいる。滅多に怒らない人を怒らせる恐怖を何度か経験したことのある大輔は反射的に後ずさりする。

「僕は何をしていますか?分かりますよね?」

「はい」

「釣りです」

「どうして僕が怒っているか分かりますよね?」

「はい」

「ごめんなさい」

「今すぐ、ここから立ち去って、食べ物探してきてください。そうじゃないと釣った魚、あげませんよ」

バケツには何匹か既に連れた獲物が泳いでいる。
顔を見合わせた大輔とタケルは謝り、大輔はブイモンと共に果物をとってくると言って森に消え、
タケルはお兄ちゃんを探しに行ってくると、その場をあとにした。









「なあ、ブイモン、なんかうまいもん知らねえの?」

頭の上で好物の赤い実のなった房を抱えているテントモンがいる。ピヨモンが羽ばたきながら、空高く実を付けている木の実をとろうと悪戦苦闘し、
持ち前の間接攻撃で収穫したきのみをキャッチするという連携をとっているパタモンとガブモンがいる。
そして植物であるという特性からか、やたらときのこの知識が豊富でミミに褒められているパルモンがいる。
恐らくここにいないアグモンは、火をつけるという役割を果たしているだろう。この世界の知識など皆無な大輔は、当たり前だがブイモンに頼る。

「まっかせとけ!どんな木だって倒してやるもんね!」

「うおおおいっ!違うって、きのみ、果物!なんか知らないかって俺は聞いてんだよ!」

「え?何だよ、大輔、それならそうと早く言えよなあ。こっちだよ、早く来て!」

「ってまたこのパターンかよ、うわあっ!」

しばらくして、大輔はブイモンが知っている「美味しい果物」とやらがなっている木の前に到着した。
大輔二人分位の高さに、たくさんのみずみずしい果実が成っている。
緑色の細長い葉っぱの間から、ハートを逆さまにしたような大きな実が沢山なっていた。

「桃だ!すげーぞ、ブイモン。ここってホントに何でも有るんだなあ」

バナナだったり、りんごだったり、ミカンだったり、ココナッツだったり、
育ちやすい気候も環境も、そして季節さえバラバラな果物が沢山あるおかしな場所である。
それはここデジタルワールドがネットの海を漂うたくさんの情報、データを元に作られており、
類似したデータが沢山組み合わさって出来上がっているという秘密がそうさせている。
そのため現実世界の常識などでは到底考えられないちぐはぐな光景がデータ処理の関係で存在しているのだが、
無論現時点で大輔たちが知るはずもなかった。

「よーし、俺登るから大輔取ってくれよ」

「おう、まかしとけ!」

上着を脱いでアミの代わりにした大輔は、ひょいひょいと登っていくブイモンにいつでもこいと手を振る。
ほそっこい枝にこそ実が集中しているが、体重で大きくしなっている枝がなんとか届く距離まで下げていた。
大きいやつを狙い目に、8人分×2この16こ、ひとつひとつ落としていく。
こういうことは得意な大輔は、いい感じで受け止めていった。上ばっかり見上げていて、足元がお留守になるのだけは頂けないが。

「おわっ、とっとっと」

「大輔!」

枝が折れんばかりに揺れる。ひっくり返る光景を想像して思わず目を閉じたブイモンは、しばらくして恐る恐る下をのぞいた。

「大丈夫かい?大輔君」

「あ、じょ、丈さん。ありがとうございます」

「大輔、大丈夫?!」

「おう、丈さんが支えてくれたんだ」

慌てて飛び降りたブイモンが駆け寄る。ずれたメガネを戻しながら、気さくな笑顔を浮かべて現れたのは、6年生の丈だった。
どうやら一度迷子になった前科がある大輔が、ブイモンが共に一緒であることは承知ながら心配になって付いてきたらしい。
気をつけなよ、と大輔から離れた丈は、大輔の抱えるたくさんの桃に目を丸くした。

「大丈夫かい?重くない?」

「え、あ、あはは、結構重いです」

「じゃあ持つよ、貸してごらん」

「え?いいんですか?」

「い、いいよ、いいとも。2年生の君にそんなたくさん持たせるわけには行かないからね」

見るからに優等生な外見の丈である。
身長は高いし大輔よりもずっと大きい体格をしているが、見るからに勉強一筋といった様子で、
なんというかどことなく頼りなさを感じてしまう大輔だが、あえて言わなかった。
6年生であるというプライドが全面に出ている上級生にわざわざ口答えする必要はない。
甘えればいいのである。それがサッカー部の中で学んだ下級生の特権だった。
お願いします、と差し出した大輔に、受け取った丈が一瞬、い、という顔をしたのを大輔とブイモンは敢えて気づかないふりをした。
いや、ブイモンがダメ出ししようとしたのを慌てて大輔が止めたのだ。なんでーとブーたれるブイモンのことを気づかれる前に大輔は指示を出す。
こういう時変に気をつかってしまうと、サッカー部の先輩あたりからよく怒られたのである。

「そーいや、味見してないよな、ブイモン」

「え?食べていいの、大輔?」

「だって、まっじー奴だったら怒られるじゃん。丈さん、一個くらいなら味見してもいいっすよね?」

「え?あ、いやいや、ダメだよ大輔君、ブイモン。みんなお腹空いてるんだから、先にたべちゃ」

「えーっ」

予想以上の真面目基質な丈の対応に驚いた大輔だったが、仕方ないので3人でもどることにした。





太一たち5年生組が作った焚き火を囲んで、子供たちは星空が広がる中、念願の夕食にありついた。
やけに詳しいヤマトの手ほどきにより、魚は一匹ずつエラから尻尾にかけてぐるぐる回して、
肝臓などの器官は取り除かれ、真水らしい湖にさらわれて処理済みだ。
すごいやお兄ちゃんと尊敬のまなざしを向けるタケルに、満更でもなさそうにヤマトは笑った。
もしかして、タケルにいいお兄ちゃんを見せるために、こっそり勉強でもしていたのかもしれない。
なんとなくそう思って指摘した大輔は、しーっという言葉と口を塞がれ、黙ってろという無言の訴えにより肯定された。
お兄ちゃん、一緒に食べようよと大輔と話しているのにむっとしたのかタケルが袖を引いてくる。
見るからに嬉しそうなヤマトである。やっぱり大切にされてるなあ、と改めて思いながら魚にかぶりついた大輔は、
骨をとってやろうかと甲斐甲斐しく世話を焼きながら、頭から行くのが男だろ、という太一のちゃちゃによりスルーされた
ちょっとかわいそうな一面を見た。
また太一さんに世話焼かれてる……と無言のまま見ている大輔に、側に座っていた空がぽんぽんと肩を叩いた。
慌てて振り返った大輔に、空はにこにこと笑う。

「太一ったら、こんな可愛い後輩置いといてなにしてるのかしらねえ」

「な、ちょ、空さん!」

名前を呼ばれたことに気付いたのか、何だ大輔?と太一が寄ってくる。
あわあわとした大輔が、なんでもないっす、としどろもどろになりながら言うので、ふーん、と太一は腕を組んで見下ろした。

「なーんか。怪しい」

「へ?」

「大輔、俺に隠してることないか?タケルは同い年だからいいとして、
なんか荷物取りに行ってから、ヤマトと仲よさそうじゃねーか。
自己紹介したときはすっげービビってたみたいなのによ」

「え?そ、そーっすか?まあ、その、いろいろあったんで」

「いろいろねえ」

昔から太一の直感は侮れない。冴え渡る時が多々あることを知る大輔は、冷や汗を流した。
サッカー部を引っ張るキャプテンとしての立場は、そのみんなの中心となるカリスマ性だけではないのである。
大輔からすれば、姉との不仲というある種の弱みは、尊敬する太一の友人であるというややずれた立場にあるヤマトだからこそ、
ある意味打ち明けられたと言ってもいい。
あの人は慎重だから、こっちの心境を察して、必要でもない限り闇雲にふれ回ったりしないだろうという判断だ。
尊敬するからこそ、ひそかに兄のように慕っているからこそ、幻滅されたくないという思いが強い。
そんなフクザツな心境を後輩が抱えていることなど知るはずはない太一は、
ただただ可愛がっている後輩が不自然なまでに短時間で、ヤマトと仲良くなっているのが気に食わない。
しかもそれを秘密にするのが気に食わない。
いつもそうだ。こいつ、懐いてる割に、一度も家にあそびに来たことないし、家に呼んでくれたこともない。
こっちはいつでもいいっていってるのに、何故か友人の家か公園が選択肢になる。
大輔は姉の不仲を知られたくないため、家に呼ぶのは慎重になる。
しかも太一の家にいったら、きっといやでも八神ヒカリのお兄ちゃんである太一を見るハメになるのだ。
怖くてできるわけがないのである。
まあ、そういうわけで、徐々に入っていった誤解の兆候が、一気に亀裂を生んだのは夕食後のことである。







大輔は衝撃を受けていた。目の前で、太一とヤマトが取っ組み合いの喧嘩しているのである。
きっかけは、青いしましまの毛皮をかぶっている温かそうな恰好のガブモンに、太一がその毛皮を布団替わりに貸してくれと
冗談がわりにいったこと。
アグモンのような色をした体格を覆い隠す毛皮を取られ掛け、ヤマトのところに逃げ込んだ恥ずかしがり屋。
ヤマトは勢い余って太一を突き飛ばしてしまい、ソレが勘に触ったのか喧嘩に発展してしまった。
呆然としているうちに、でるわでるわお互いに溜まっていたらしい不平や不満の嵐。
「お兄ちゃん」という頼れる存在が、しょうもないことで喧嘩しているだけでも驚きだが、
本気の言い合いの中に、タケルと大輔がやったのと同じような、嫉妬から来る怒りが混じっていることに大輔は硬直していた。


ちょっと待ってくださいよ、太一さん。
なんで俺のことまで引き合いにだしてんですか。
いたたまれなくなって、大輔は何も言えなくなってしまった。



[26350] 第六話 星明かりの下で
Name: 若州◆e61dab95 ID:8b8e6d47
Date: 2011/03/13 20:06
本宮大輔は「暗い」を経験したことはあっても、「真っ暗」を経験したことはない。
本宮家では、寝室もリビングもキッチンも、ありとあらゆる部屋の電気を切ってから寝ることは暗黙の了解で禁止されており、
何故か必ずひとつは豆電球を付けた薄暗い明かりをつけたままにしておくことが、義務付けられていた。
たまたま真っ暗な部屋があれば、わざわざ豆電球をつけるという不自然なまでの徹底ぶりである。
当たり前だと思っていた習慣が実は珍しいものであると知った大輔が、不思議に思って両親に聞いた限りでは、
災害に巻き込まれた際に真っ暗なままだと困るという、やけに説得力のある真に迫った説明だった。
ああ、なるほど、とどこからの情報源であるのかまでは大輔は気にしなかったため、知る由もないが、
もし大輔が細部にいたるまで突っ込んでいたら、家族は一般論と正論、常識の言葉を積み重ねて誤魔化されていた。
それは、このお台場にある団地に住んでいるごく一部の家庭において共通していることであり、
半ば暗黙の了解としてタブー視されている出来事がきっかけであるのだが、それらを大輔が知ることになるのはまだ先のことだ。
大輔が聞いた理由は、人は目が暗闇に慣れるには、個人差があるがある程度の時間を要する上に、
身動きがとれないことはいざという時に致命的な時間ロスになるということだった。
それはジュンが中学進学と同時に念願の一人部屋を手に入れた大輔にも、自然と身についている習慣であり、
まどろみに落ちるまでの数分間、まぶたの向こう側はいつもうっすらとオレンジを帯びていた。
それに寝付けなくてカーテンをめくれば、夜遅くまで勉強をしているのか、生活サイクルが違うのか、
ベランダの向こう側のカーテンからはいつも光が漏れていたし、
ベランダの外に出て、遠くを見れば夜遅くまで高層ビルや大きなネオンの光が溢れ、行き交う車のライトが通りすぎていく。
小学校で雨の日の昼休みにかくれんぼをした時だって、掃除用具の中に隠れたとしても足元や上の方は光が漏れていたし、
絶好のサボり場所として大人気の体育館の準備室だって、目の前のものの輪郭が確認できるくらいには薄暗い程度。
自分が立っているのか、座っているのか、どこにいるのか、感覚的に迷子になってしまうほどの縫い目のない真っ暗な世界など、
寸分の光すら存在しない、真の意味での「真っ暗闇」など、現代を生きる子供たちがまず経験することはない世界である。

本宮大輔は、気づくと生まれて初めて経験する真っ暗闇の中にいた。
無音の静寂があたりを支配する、ぞっとするほどの真っ暗な世界の真ん中で、大輔はそこにいた。
見渡しても見渡しても、習字の時間に使う墨汁、若しくは絵の具の黒をぶちまけたような世界が広がっている。
おそるおそる、とんとん、と大地を踏みしめてみるとしっかりとした安定感があり、どうやら立っていることに気づく。
慌てて太一たちを呼んでみるが、声は響くことなく暗闇の中に吸い込まれてしまう。
大輔の心のなかをあっという間に埋め尽くしたのは、この世界の中に一人ぼっちではないかという耐え難い孤独と恐怖、そして不安だった。
ここから逃げ出したい衝動にかられるが、この世界がどうなっているのか全くわからないという、別の方向からの事実が震え上がらせた。
一歩踏み出して、実は奈落の底に続いていたらどうしよう。どこまでいっても真っ暗だったらどうしよう。
込み上げてくる感情を踏みつぶすために、口元に手を当てて大声で仲間たちの名前を読んだ大輔は、
かちゃかちゃという音が胸元にあることに気づく。
手探りで首もとにかかったままのデジヴァイスとPHSの存在に気付いた大輔は、祈るような気持ちで手を伸ばしたが、
ディスプレイの光であたりが照らせるかもしれないという安心感は、あっという間に崩れ去った。
次第に荒れていく呼吸。目尻あたりに込み上げてくる熱がある。乱暴に拭った大輔は、何とかこらえようと深呼吸した。

その時、初めて大輔は寒いと思った。
この世界に来る前の猛吹雪で感じた壮絶な冷たさが、大輔の口から肺いっぱいに満たされていく。
まるでたった今、思い出したみたいな不思議な違和感があった。
まるで感覚が戻ってきたみたいな、微妙なズレがたった今修復されたみたいな、よくわからない何か。
なんで今まで気づかなかったんだろうと首をかしげたくなるほどの寒さが、大輔を襲った。
吐き出された息が温かい。おそらく白い息が暗闇に溶けていくに違いない。
思わずはいた息で少しでも暖かくなろうと手をこすり合わせるが、ますます手先が冷えていく。
頭のてっぺんからつま先の指まで、震えたくなるような寒さが襲いかかった。
小さく悲鳴をあげながら、大輔は縮こまった。びゅうびゅうといつの間にか耳元では、風の音が聞こえる。
真っ暗な世界に音が生まれた。感覚も生まれた。でも何も見えない凍てついた世界が広がっていた。
まるで冬みたいだと大輔は思った。木枯らしが大輔の真っ赤になった耳を撫でた。

『―――――――――て』

びくりと大輔は肩を震わせた。
風が泣いているのかと思ってあたりを見渡すが、暗闇のなかでただ木枯らしの音が響いている。
小さな声だった。聞き逃してしまうような、小さな小さな声だった。でも聞こえた、そんな気がした。
人間なのか、デジモンなのか、それともあんまり考えたくないけれども、それ以外の幽霊とかそういったたぐいの何かか。
さっぱりわからないけれど、大輔には、何かを紡いだ存在がいることがはっきりと感じ取れていた。
だれかいるのかと大輔は叫び返すが、その小さな小さな声は聞き取ることができない。
風の音が強すぎてうまく聞き取ることができないのだ、すぐ側で何か言っているという感覚はあるのに。
もどかしくて、聞こえないと大輔は叫ぶ。こっちこいよと大輔は呼ぶ。
一人ぼっちじゃないと、この世界にただひとり存在しているのでは無いのだという希望が、恐怖や不安を吹き飛ばして、
大輔を積極的な行動に取らせた。

『―――――』

聞こえた、今度こそ聞こえた。風の音じゃない、気のせいなんかじゃない、誰かの声が聞こえた。
はっきりと聞こえた!確信した大輔は一目散に走りだした。風の向こうにだれかいる。はっきりといったのだ、来てと!
全速力で走る大輔。進行しているのか後退しているのか感覚が迷子になり、方向すらわからないがただ一直線に大輔は走った。
一人は寂しい。一人は嫌だ。そう思って、懸命に走った。息が上がり、走るのが辛くなり、やがて体力の限界が来るが大輔は走った。
そして息が上がりきり、膝に手を当てながら体全体で呼吸した大輔が、再び走ろうと前を向いたとき。

突然、光が現れた。今にも消えてしまいそうな、暖かな光だった。ふわふわと大輔の目の前で浮かんでいる。

「蛍?」

ぽつりと大輔がつぶやいたとき、ぱちりと目が開いた。ぼんやりとした世界がやがてひとつの輪郭を形作っていく。
だいすけえ、と心配そうに顔を覗き込んでいるブイモンがそこにいた。

「…………あれ?ゆ、夢?」

「大輔え、大丈夫か?なんかうなされてたけど」

「ブイモン……あー、なんだ、夢か。なんか。変な夢見た」

「どんな夢?怖い夢?」

んー、と寝ぼけ眼なまま、ごしごしと目をこすった大輔はブイモンに話そうとするが、えーっと、と間延びした言葉の先が紡げない。
あれ?どんな夢だっけ?ふああ、と豪快に大きなあくびをして、涙目を再び乱暴に拭うが、さっぱり思い出せない。
まるで砂漠に垂らした一滴の水のように、思考の彼方に沈んでしまった夢の断片は、もうすくいきれないほど曖昧になっていた。
夢をみたという自覚はあるし、変な夢をみたという感覚もあるし、モヤモヤとした不安が漠然と残っているものの、
大輔が現実に戻ってきたときにはそれは霞の彼方に消えてしまっていた。

「わかんねーや」

「そっか」

「あーもう、だめだ、寢らんねえ」

すっかり目が醒めてしまったらしい頭は冴え渡り、眠気が全く訪れないことに気付いた大輔は小さくぼやいた。
ようやく慣れてきたあたりを見渡せば、みんな思い思いのリラックスする体勢のまま、深い眠りに堕ちている。
いびきが聞こえたり、寝言が聞こえたりしている。ここでだらだらとブイモンと喋っているのもいいけれど、
外を見れば相変わらず変な色をした紫色の空と薄暗い外が広がっている。時間はわからないが、夜なのは分かる。
ぼんやりとオレンジ色の光と二つの影が見えた。
そういえば、太一、ヤマト、光子郎、丈の順番で、かわりばんこに見張りをすることになったと大輔は思い出した。
俺もやりたい。夜の焚き火で見張り番とかなんかワクワクする、と好奇心を刺激されてブイモンと立候補したことも。
太一の影響を受けたのか、大輔だけずるいと思ったのか、タケルが僕もやるといいはじめて、二人でごねたのだが、
結局太一とヤマトに危ないから駄目だと却下されて拗ねたまま寝てしまったのだ。
そーだ、と大輔はいいことを思いついたと笑う。首を傾げるブイモンに内緒話。

「ブイモン、ちょっと外いこーぜ。太一さん達と一緒なら、怒られないだろ」

一人とデジモン一匹で危ないのなら、見張りをしている太一達上級生と一緒なら大丈夫だろうという屁理屈にも程がある理由づけ。
だが、どうしてこうも、こっそり抜けだして夜の散歩というシチュエーションは、冒険するみたいなわくわくを生むのだろう。
抗いがたい好奇心に抵抗できず、ブイモンも頷いた。
折角みんな寝ているのに、起こしてしまったら悪い。大輔は、電車の椅子からそっと足音を立てないように降りると、
そっと外に抜けだしたのだった。





第六話 星明かりの下で





「すっげー!」

手が届きそうな満天の星空が、大輔とブイモンの頭の上に広がっている。
この世界の空は大輔の知っている色ではない。真っ黒な空に紫色を混ぜあわせたような、奇妙なマーブル模様を描いている。
それはこの世界にきてからずっとそうだった。青空は気持が悪いくらいの水色。空は青や水色や藍色が混じった変化があるものだと知っていれば、
一色しか無い空なんて、それこそ小学低学年が描く絵画の世界である。
夕焼けだって赤とオレンジと茜色がグラデーションを描くのではなく、マーブルクッキーのような中途半端な混ざり具合だった。
これはこれで面白い光景である。
頭上に瞬く星々は、白だったり黄色だったり青だったり赤だったりするが、星座や宇宙について微塵も知識がない大輔は綺麗だとしか思わない。
家のベランダから見る空はネオンの光に遮られて、月はおろか星の姿さえ見せてくれないことを思えば、この光景は十分感動ものである。
北極星がないから、北半球ではないこと。でも、南十字の星座が見えないから、南半球かも怪しいこと。
知っている星座が一つでもあって、星を見ただけで結び付けられるような知識と経験、そして冷静に考えられる現実を見通す目があったら、
こうものんきに口をとじるのも忘れて見入ることなんてなかっただろう。
大輔はまだ小学二年生である。理科なんてまだ習っていない。夕食時に丈や太一、空たちが空を見上げて深刻そうに話をしていたのは知っているが、
好奇心を満たすのに毎回大忙しの大輔がである。わざわざ面白くもなさそうな話に首をつっこむはずもなかったので、無理も無い。
一つのことに夢中になると気が済むまで全力で突っ走る、よく言えば集中力がある職人タイプ、悪く言えば配慮が足らない子供。
そんな大輔が、背後から近づいてくる足音と気配に気づかないのは、ある意味いつものことであった。

「なーにやってんだよっ、大輔!」

ばしっと後ろから両肩に手を置かれる。うぎゃっと変な声を上げてしまった大輔につられて、ブイモンも縮み上がってしまう。
慌てて振り返った一匹と一人の前に、いたずら成功とばかりにニヤニヤしている太一の姿があった。
駄目だろ、勝手に抜け出しちゃと呆れた様子で肩をすくめられ、軽く頭を叩かれた。
痛い痛いごめんなさいと力任せに肩を揉まれ、別に肩なんて凝っていない大輔は悲鳴を上げた。
ほら、こいよ、とずるずる大輔が強制連行されてしまう。ブイモンは慌てて、焚き火を見守っているアグモンのところへ駆け寄った。

こうこうと炎が揺らめいている。常にゆらゆらと火影を揺らしながら、面白い動きをしているのを見るのは結構おもしろいと大輔は知る。
温かい光と熱が肌寒い夜を凌がせてくれている。
なんとなく夢で寒かったことを思い出した大輔は、夜が寒いからあんな夢見たんだなと、勝手に自己完結していた。
獣は火を怖がるらしい。だから、火を絶やさずにいることが、見張り番の大切な仕事の一つなのだと得意げに語る太一に
感心の眼差しが4つ。
ふふん、すげえだろ、と胸をはる太一に、さっきまで眠いとかいってたくせにー、とマイペースなアグモンがちゃちゃを入れた。
え、そうなんすか?と残念そうにアグモンと太一を見比べる後輩の眼差しに、う、と太一はつまって、あははとから笑いした。
お前余計なこと言うなよ、とアグモンを睨みつける太一。アグモンはどこ吹く風で、顔洗ってくるんじゃなかったの?と返した。
黙らせようと立ち上がった太一とアグモンのおっかけっこが始まってしまう。
いや、もう聞こえてますから、太一さん。大輔はぽんぽんとブイモンが肩を叩いてくるのをみて、小さくため息を付いた。
この世界にきてから、どうも自分の中の「尊敬するサッカー部の先輩としての太一」が、
がらがらと音を立てて崩れ始めている気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。
空回りしている印象があることに大輔は気づきつつあった。出来れば知りたくなかった一面である。
しばらく、お互いに話す言葉もなく、4つの沈黙が続く。しばらくして、大輔がぽつりとつぶやいた

「なんか、驚きました」

「んー?なにが?」

「太一さんでも、喧嘩するんだなーって」

「あはは、そりゃ俺だって怒ったり泣いたりするって。当たり前だろ、何いってんだよ大輔」

「そりゃ、そーですけど、その………ヤマトさんとのあれとか」

「あー……あれはなー」

かっこわりいとこ見せちまったなあ、と太一はばつ悪そうに頭をかいた。

結局、やめてよお兄ちゃんというタケルの今にも泣きそうな叫び声と、丈の仲裁により事なきを得たものの、
一歩間違えたらヤマトと太一どちらかが喧嘩別れして、メンバーの中から戦線離脱しそうな緊迫感があった。
一発触発の恐ろしい喧嘩だったと大輔は回想する。
あれだけお互いに本気を出して大喧嘩しているのは生まれて始めてみた大輔である。
自分とタケルよりずっとずっと大きい二人が、大声で喧嘩をしていた。とても恐ろしいものを見てしまった。
正直二人を見るのが怖くなって、大輔はずっとうつむいているしかなかった。
大輔の心中を察したのか空に連れられて一足早く電車に乗り込んで、大丈夫よ、と優しく背中をなでられて、
頷いて、ブイモンに手を握ってもらいながら、ハラハラしながらそのまま眠ってしまったのだ。
もう夢のことなど覚えていないが、悪夢を見るのは無理も無いかもしれないと改めて大輔は思った。
大輔にとって、太一は「お兄ちゃん」であってほしい人なのである。
姉であるジュンのように大声を上げて喧嘩をする姿など、想像したこともなかったし、想像したくもなかった、
ある意味最悪とも言える光景を見てしまったわけだから、大輔が自分が考えている以上のダメージを受けるのは無理も無い。
勝手に創り上げた心の拠り所が、自分とは望む一面とは違った一面を見せてしまったことで、
久方ぶりに大きく大輔の中で揺らいでいるものがあるが、まだ大輔は気づいていない。
太一は、少しだけ、沈黙したあとでぎこちない口調で呟いた。

「あれ、大輔も悪いんだぞ」

「え?俺ですか?」

「大輔が、ヤマトと仲良くなったりするから」

ずいぶんと子どもじみた理由だった。

「なんか、俺、のけ者みてえじゃん。なんか、ヤマトにいくら聞いても教えてくれねえし、お前ごまかすし」

覚えのある言葉である。
ヤマトお兄ちゃんがいるくせに、太一にやたらとかまってもらっているタケルの姿が目について、
ずるいずるいと駄々をこねて、なかば八つ当たり気味に喧嘩になったことを思い出す。
欲張りだとタケルに言われてカチンときたが、実際その通りだと大輔は思った。
自分のことは自分でする、という自主性と自律性を遺憾なく発揮すればするほど、
母親、父親、近所の人達、コーチ、にえらいえらいと褒められて嬉しくてどんどん一人で頑張って、
出来ることは自分で全部することが当たり前になっていた。
クラスメイトからも友達からも、サッカー部の先輩からも後輩からも、
大輔なら一人でできるから安心だと、任せられると、頼りにしてると、言葉をかけてもらえるたびに
認めてもらえるようで嬉しかった。
対等に扱ってもらえているきがして、嬉しかった。背伸びしていると自分も大人になれた気がして余計に頑張れた。
だから、自分が転んだときは自分で立ち上がったし、大丈夫かとブイモンに言われたときは笑ってきにすんなと返したし、
食料集めだって誰かにくっついて手伝うのではなく、自分で食べ物を調達するという行動に自然と出ていた。
だからだからだから、一度本気で大喧嘩したからこそ、うっかりタケルには我慢していることを口に出してしまったけれど、
いつもの大輔ならば「なんだって一人でできる大輔」で有ることが自分であり、
「甘えたい大輔」は子供みたいで恥ずかしいと無意識のうちに心の奥底に押し殺してしまうはずだった。
まるで拗ねたように不機嫌そうに大輔を睨んでくる太一が、自分そっくりに見えて、
大輔は何故か心のなかにすとんと落ちてくるものがあった。
なんだ、太一さんも、俺と同じなんだ。そーいうところ、あるんだ。
思わず笑ってしまった大輔は、なに笑ってんだよこら!と半ば羞恥心をごまかすためにちょっかいを掛けてきた太一に捕まってしまう。
じーっと二人のやりとりを見ていたブイモンが、大輔に言う。

「なあ、大輔。太一にも相談してみたら?」

「え?」

「なんだ?大輔、お前なんか悩みでもあんのか?」

「え、えーっと……」

「ヤマトと一緒でおにーちゃんなんだし、相談したほうがいいって大輔」

「お?なーんか聞き捨てならないこと聞いたぞ、大輔。
サッカー部の先輩じゃなくて今日あったばっかのヤマトに相談することってなんだよ、おい」

やばい、と思ったときには遅かった。容赦なく脇腹と脇の下あたりをこちょこちょとくすぐってくる攻撃が大輔を襲う。
たまらず大笑いし始めた大輔は、やめてくれと必死で抵抗するが、太一は容赦なくくすぐり攻撃を仕掛けてくる。
ひいひい言いながら、涙目、呼吸困難になり始めた大輔は、この時ばかりは本気で笑死しかねないと危機感を募らせ、
とうとう言います言いますから、やめてください!と白旗を全力で振りかざしたのだった。
その場に崩れ落ちた大輔は、半ば笑いながら太一に全て白状するしか道は残されていなかったのである。

「なんで今まで相談してくれなかったんだよ、お前」

「だって、太一さん、いってたじゃないッスか」

「え?俺なんかいったっけ?」

「言いましたよっ!だから俺、相談できなかったのにっ………」

「え、あ、おい、泣くなよ!」

「泣いてません!」

「えー………わりい、全然わかんねえや。なあ、俺、何かいった?」

「八神太一は、八神ヒカリのお兄ちゃんじゃなきゃいけないから、
八神太一は本宮大輔の「お兄ちゃん」にはなれないんだっていってたじゃないっすか。
だから俺、てっきり相談しちゃだめなんだって思ったんすよ。
ヒカリって子の「お兄ちゃん」じゃなきゃいけないってことは、
一瞬でも「お兄ちゃん」としての太一さんに相談しちゃだめなんだって」

「あー………あんときか、だってお前、あん時そんな素振り全然見せてなかっただろ?分かんねえよ」

「言えるわけないじゃないッスか、そんなこと。嫌われたらって思ったら、怖かったし。
俺、姉貴にも嫌われてるかもしれないのに、姉貴と仲悪いってバレたら、
姉貴とも仲良くなれない悪い子だって思われたくなかったし」

「考えすぎだって、大輔。そんくらいで俺がお前のこと嫌いになるわけ無いだろ、ばっかだなー」

辛かったんだな、とわしゃわしゃ頭をなでられて、うるっと涙腺が緩む大輔だったが、
無言のままうつむいてしまう。

「そっか、だからタケルとヤマトが仲いい兄弟だって知って、喧嘩して、相談したわけか。
ごめんな、大輔。俺全然気付いてなかったな、俺がヒカリのこと話すたんびに辛い思いしてたわけか」

「………はい」

「難しい問題だよなあ。俺、ヤマトと違って全然分かんねえからアドバイスとか思いつかねえけどさ、
俺がジュンさんの立場だったら、あれだな。寂しいかもな」

「さみ、しい?」

「そうそう。大輔って2年生のくせに、人一倍サッカー頑張ってるだろ。ちょうちょ結びだって一人でできるし、
コーチにあーだこーだ言いにいったりして、言われたことだけやったりなんて、絶対にしないだろ?
お前が俺の弟だったら、あれだな、お兄ちゃんとしての立場、カタナシだな。俺、いらねーじゃん、みたいな?」

なんていうか、わからないけどな、と太一は続ける。

「もっと素直にさ、甘えたらいーんじゃねえかな。お前もタケルも全然わがままいわねーじゃん。
そりゃ、年上ばっかりだし、言いにくいかもしれないけどさ、もっと頼れよ、俺達を。
つーか頼りにさせろよ、寂しいだろ」

「そうそう、太一やボクたちを頼ったらいいんだよ、大輔。一人ぼっちでないたりしないでさ、
ブイモンとか、みんなに困ったことがあったら言えばいいんだよ」

アグモンと太一の意見に耳を傾けていた大輔は、はい、と小さくつぶやいた。
それでよし、と太一達は笑う。焚き火の勢いがやや弱まったのを確認した太一は、傍らに積んであるマキをくべた。

「じゃあさ、そろそろ寝ろよ、大輔。明日も大変だしな」

「ここはボク達に任せて、おやすみー」

「分かりました。おやすみなさい」

「ありがとな、太一、アグモン。おやすみー」

「おう」

「またあしたねー」

立ち上がった大輔とブイモンが電車へと帰っていく。ブイモンが様子を伺うように、大輔を見上げた。

「なんか、不満そうだね、大輔」

「うーん、なんていうか、嬉しいんだけど、なんかなあ」

「そうだよなあ。オレもなんかもやもやする。太一たちの言葉はうれしいけど、なんか足りない?」

「んー、なんていうか、わかんねーけど、もやもやする」

「なんでだろう?」

「なんでだろうなあ。わっかんねーや。でも、もう変な夢は見ない気がする」

「手、握っててあげようか、大輔」

「んー……おう」

どこか遠くで、ハーモニカの音が聞こえた気がした。









空が白み始めた頃である。
ブイモンと空に起こされた大輔が外を見ると、路面電車があった陸の孤島がものすごい勢いで動いていた。

デジモンデータ
シードラモン
レベル:成熟期
種族:水棲型
蛇のように長い体をした水棲型デジモン。ネットの海や湖などに生息する。
攻撃力は高いが知性はほとんどなく、感情のままに生きている。敵に巻きついて物凄い力で相手の体をしめあげる。
必殺技は氷の矢を吹き出す、アイスアロー。

ざぶんと沈んでいくシードラモンのしっぽを見た太一が声を上げた。どこかで見たような模様だと思っていた大輔は顔を引きつらせた。
あれは陸の孤島にへばりついていた、大きな葉っぱか何かだと思っていたら、眠っていたシードラモンのしっぽだったらしい。
やばい、俺とブイモン何回も通りすぎるのに、普通に踏んでたような気がする。あわあわとしていると、大きな衝撃と共にぐらつく。
丈にブイモンごと抱え込まれた大輔は礼を言った。やっべーという顔をしているのは、大輔だけではなく、太一たちもである。
大輔と別れたあと、太一とアグモンは見張り番を続けていたのだが、新しくくべたマキの中に竹と同じ構造のものが混じっていたらしく、
熱せられたそれは中の空気が膨張して破裂し、破片が飛び散ってしまう。それが丁度ぐさりとシードラモンのしっぽに突き刺さったらしい。
お前らのせいかとその場にいた全員の心の声が一致したところで、ようやく浮島だったことが判明した陸の孤島が、
何故か沈んでいる鉄塔だらけの地帯で停止する。しかし四方は湖。シードラモンに襲われたら為す術がない。
唯一進化した経験のあるアグモンが何度か試みるが、何故かデジヴァイスも反応がない。何も出来ないまま、シードラモンが現れた。
デジモンたちが応戦するものの、成熟期のシードラモンの大きな巨体相手には技が届かない上に、
空中戦ができるデジモンたちの攻撃が命中する前に素早い動きでかわされてしまう。

その時、タケルとパタモンの悲鳴が聞こえた。
振り返ると、対岸に置き去りにされていたヤマトとガブモンがみんなに追いつく為に湖を渡っており、
さっきからヤマトの姿が無いことに気づいて必死で探していたタケルが、周囲の静止を降りきって駆け寄り、
さっきの衝撃で湖に落ちてしまったのだ。
ようやく岸に辿り着いたヤマトの前に、タケルを救出したゴマモンが顔を出す。
一同がほっとしたところで、シードラモンの叫び声が現実を引き戻した。

「こっちだ、シードラモン!」

タケルのことを頼んだとゴマモンとパタモンに言い残し、ヤマトは単身シードラモンを挑発して反対方向に泳いでしまう。
ガブモンがあわててシードラモンに攻撃してヤマトから気をそらそうとするが、巨大な尻尾に薙ぎ払われたガブモンが陸の孤島に吹っ飛ばされてしまった。
一向に進化の兆しを見せないアグモンに業を煮やした太一が湖に行こうとするが、空たちに止められる。
大丈夫かと大輔とブイモンがガブモンに走りよる。ガブモンは毛皮を背負ったせいで泳ぎが不慣れであるにもかかわらず、なんとか泳ごうとするが足がすくんで動かない。
タケルが必死でパタモンに助けを求めるが、自分の弱さを自覚しているパタモンは及び腰、タケルを任せると言われた手前、タケルのそばから離れることができない。
みんながハラハラとヤマトを見守る。せめて岸の上に上がってしまえば、という希望も虚しく、追いつかれてしまったヤマトがシードラモンのしっぽに締め上げられ、
湖の底に沈んでしまう。ぶくぶくと泡が沈んでいく。
大輔は慌てて行こうとするが、ブイモンに全力で止められた。ざばんと豪快なしぶきが上がる。締め上げられたヤマトの絶叫が響く。
相手が息絶えるまで締め上げるという事実を鬼のようなタイミングで告げるテントモンを、光子郎が叱責した。
泣きそうな顔で見守るタケルのお兄ちゃんという声が木霊した。

「もうヤマトの吹くハーモニカが聞けないなんて……あの優しい音色が聞けないなんて……!」  

嫌だ、と咆哮が湖全体に響いたとき、ガブモンの体が白い光に包まれた。 ガブモンとヤマトの絆に共鳴したデジヴァイスが、2つ目の進化を開花させた瞬間である。

デジモンデータ
ガルルモン
レベル:成熟期
種族:獣型
極寒に生息している狼のような姿をしている獣型デジモン。
全身が青白く輝く毛に覆われていて、そのひとつひとつは伝説のレアメタルといわれる「ミスリル」のように硬い。
獲物を見つけ出す勘と、確実に仕留める力をもっているため、他のデジモンから恐れられている。
またとても賢く主人に従順で、なつきやすい性格をしている。「グレイモン」同様生息範囲が広く、
属性もワクチン・データ・ウィルスと全てのパターンが確認されている珍しい種だ。
必殺技は口から高温の炎を繰り出すフォックスファイアーだ。

それは圧巻だった。大きく跳躍したガルルモンがヤマトを拘束していたしっぽに噛み付き、
緩んだところでヤマトが湖に落下する。
タイミングよくゴマモンの配下の魚たちが絨毯となって受け止めたのを確認したガルルモンは、
痛みのあまり水の中に逃げこもうとするシードラモンの首筋に襲いかかった。
振り払おうと暴れ回るシードラモンだが、あれだけ威力を誇ったしっぽがガルルモンに傷ひとつ付けない。
ガブモンのかぶっていた毛皮は、実はガルルモンのデータであると判明した瞬間である。
ガルルモンの毛皮は伝説上の金属のように硬いという解説がテントモンからなされるが、肝心のミスリルの単語が出てこないため、
デジモン解説講座は半ば子供たちから信用半分に聞き流され、役に立つか絶たないかわからないと手厳しい光子郎の言葉に撃沈する。
それはともかく、シードラモンの口から吐き出された氷の矢を、高温の時に初めて現れる青光い炎が圧倒し、追撃するようにガルルモンがシードラモンをなぎ倒す。
まるで猛獣の狩りを見ているようなド迫力の光景に唖然としている子供たちは、とりあえずヤマトの無事と、シードラモンを撃退したガルルモンの帰還を祝ったのだった。

やがて岸はゴマモン達の大移動によってもとに戻り、再び子供たちは眠りについた。
湖には、眠るタケルとパタモン、ガブモンへの子守唄に優しいハーモニカの音が響いていた。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.09552598