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製品版手に入れた!
やるよー。

20110313

[]とあるコンビニの金曜日から土曜日にかけて

 最初に。

 うちの店のある場所は神奈川県で、地震の直接の被害はほぼなく、停電というかたちで間接的な被害があった程度です。そういう場所でのある一日の話だと思ってください。あとこの文章はあくまで「店を運営する側の人間」として書いてます。ミクシの日記に追記したやつです。


 15時に起きるつもりで目覚ましかけてたが、地震でさすがに目が覚めた。揺れの感じと長さで「あ、これは一定以上は来ないな」と思ったんで、そのまま寝てた。なぜなら眠かったから。

 うちの奥さまが「やばいよ、これ避難しなきゃまずいよ」って、部屋着から着替えつつ、俺を呼びに来たが、俺はこの段階でもまだ寝る気でいた。うちの奥さまの表情が引きつってるのを見て「あー、じゃあしょうがないなー、安心させるために避難するふりでもするかー」と思いつつ、いやいや起床。ちなみに、うちの奥さまも地震で飛び起きたらしく、飛び起きた人が着替え終わるまで、俺は確実に熟睡していた、ということになる。

 しかし、そういうふうに慌てる人がいるってことは、これはそこそこの地震なのだな、と判断して、店に行くことを決めた段階で、停電。もっともさすがに昼だと照明もついてなくて、テレビの電源が消えたことでようやく気づいたくらい。


 店に着いたが、店頭にパートのおばちゃん二人がいるくらいで、あとはどうってことない光景。この段階ではまだ「停電そのうち復旧すんだろ」くらいに思ってた。

 それが、店に入った瞬間、パートのおばちゃんものすごくおびえてる。

「やー、本震の揺れがあれだったら、そうそうでかい余震なんか来ないっすよ」

 俺が呑気に言っていると、

「なんでそんな落ち着いてるんですか。おかしいですよ!」

 などと言われる。俺の判断としては「長く揺れるにゃ揺れたけど、震度そのものは大したことない」という判断だったんで、なんでそこまで取り乱してるのかわからない。

 とりあえず、パートのおばちゃんのうちの一人は、子供が心配だっていうことで、上がりたいというので帰ってもらった。本当はこっちがそれに気がついてやるべきだったんだが、この段階では、ぜんぜんおおごとじゃないって判断してたんで気がつかなかった。もう一人のおばちゃんは残ってくれることに。

 この段階で、レジの無停電装置は作動せず。使えないこと夥しい。おまえなんのためにあるんだ。意味ないだろう。

 そんで、このあとどうするかの判断に迫られたが、その場で俺は、商品単品の販売データは取れなくていいから、手計算で商品を売ることを決断。実は災害時の対策については、以前からある程度考えてあったんで、このへんは既定路線。

 おそらくなんだけど、地震関連では、発生直後には商業施設は混乱起きない。もちろん地震の直接の被害は別だけど、人間はまず自分の身を守ることと、周囲の人たちの安全のことを考える。物資の確保に思い至るのはその次の段階で、それまでにかかる時間がだいたい10分から15分くらい。これは災害の規模によると思う。今回の場合は、停電から15分くらいで殺人ラッシュがスタートした。

 とりあえずフォーメーション決めた。うちの奥さまとパートのおばちゃんにレジを担当させる。電卓で手計算なんで、えらい遅い。んで、俺は売場に陣取って、価格がわからない商品があったときの値段調べる係。レジやってる人に「値段わからない商品があったら大声で言え」と指示。俺はそれを聞いて売場を駆けずり回り「リッツ168円!」とか怒鳴る係。

 レジの行列が5人以下にならなくなった時点で、入口から入ってきた客全員に「ただいま時間かかっております。お弁当類すべてありません。次の入荷の目処は立っておりません。それでよろしければご利用ください」と大声を浴びせかける方針にした。

 16時前あたりに、夜勤の人が店に来た。あと朝のパートのおばちゃんが手伝いに来た。これで人員は5人。だいぶ楽になる。

 で、フォーメーション変更。一人を入口に立たせて、来店客全員に「レジがいつ終わるか約束できません」と告げさせる。この段階で、弁当、パスタ、パンなどすべて完全欠品状態。さらに、電池、懐中電灯、ろうそくなどの防災用品も全滅。来店客にそれを知らせる係も兼務。今回、まだまだ客のほうに余裕があったなーと思うのは、こうした事実を告げると帰る人がかなり多かったこと。これ、ライフラインのうちダメになったのが電気だけってのがかなりでかい。地域的に都市ガスがほとんど普及してなくて、水道とガスが生きてたのはでかい。震度そのものがそこまで大きくなくて、建物の倒壊がなかったのもある。

 というより、その状況ですら客があれだけ殺気立ってたことを考えると、激甚ってつく災害が起きたときのことは想像するだに恐ろしい。

 俺は売場の中心であいかわらず値段調べ係。あとは店内に向かって大声で「わからないことがありましたら聞いてください」と常に絶叫。

 17時近くになると、レジの行列が20人を割らなくなり、行列が店内を一周して外にはみだしかける。俺は停電からこっちずっと大声上げてたんだけど、ここでさらに大声を上げることに。いまこの状況でいちばんやばいのは、客の殺気に俺が迫力負けして、場の支配権を失うこと。そうなったら、パニック起こると思った。それくらい状況は緊迫してた。なので、そばにいる人間が耳をふさぐくらい大声で、特に意味のないことでもずっと声を出し続けた。そのせいか、客にレジの順番を守らせるために出す指示も、ほぼそれに逆らう人間はいなかった。

 17時からの高校生は二人とも定時前に店に来た。これで、合計7人。パートのおばちゃんは戦線離脱。それと入れ替わりに、別の夜勤の人が、兼業のほかの仕事帰りに店に顔を出す。駐車場の車がやばい感じになってたので、交通整理を即依頼。実は今回の騒動中、いちばんのポイントはここだったと思う。うちの店は交差点のすぐそばにあって、しかもアウトカーブの途中にあるので、駐車場の入口がすごく入りづらい。そのうえ、出て行くのもなかなかめんどくさい。その交差点の信号が消えてるからなおのこと。ここで事故が起きたら、もうどうにもならないパニックになることは明白だったんで、この判断はよかったと思う。

 このへんで弁当が入荷。すでにトラックは出てたせいで、納品そのものは通常どおりの数が来た。が、店内の雰囲気を見て、ここで弁当をいきなり出すのはまずいと判断した。この店内の人間の数、雰囲気で弁当出したら、そこに人間が殺到して事故が起こりかねない。そこで、納品は裏の倉庫に直接入れてもらう。店内の客足がちょっとでも途絶えるのを待つ。タイミングを見計らって、いま現在いちばん人が少ない雑誌の通路の前あたりにケースごと直接置いて「お弁当が入荷しました! お弁当が必要なお客さまは売場側の通路へ行ってください!」と告知。それでも人間が集中して5分ともたなかったが、混乱は避けられたっぽい。

 このころには売場のあちこちが商品崩されてぐちゃぐちゃに。


 17時過ぎから、外光だけでは視認できない部分が店内のあちこちに発生してきた。最初は懐中電灯でなんとかレジ打ってたが、電卓がソーラーなもんで死にかけ。ここに至るまで照明のことを考えてなかったのは、ちょっと致命傷。しかも店の懐中電灯用の電池を確保するの忘れて、全部売ってしまった。店内に使える電卓が2台しかなく、客の処理がどうにも追いつかなくなり「もうだめだー」ってなりかけたころに、たまたま向かいの銀行の店員が来店。「よければ電卓をお貸ししましょうか」というので、一にも二にもなく飛びつく。ちなみに銀行の人は、本部の指示で今日は泊まりとのこと。どこも大変だわ……。

 とりあえず、ろうそく2本をパートの人が持ってきてくれてたんで、それを各レジに。あとは、俺の車を持ってきて、アイドリングかけっぱで、店内をハイビームで照らすことに。これが効果あった。

 あとは、22時になるまで、一人欠け、二人欠けして、最終的には最初に手伝いに来てくれた夜勤の人と、高校生二人、俺とうちの奥さまだけが残ることに。客数は20時くらいまでは手に負えないレベルで殺到。フォーメーションを忠実に守り、なんとかやり過ごす。ちなみに、うちの奥さまは、この時間帯のうちの空き時間を利用して、商品が欠落してスカスカになった棚に、次々とデッドストックを移植。夜目が効くほうだとは言ってたけど、あれはおかしいレベル。つーかこの混乱時に棚がえしてどさくさでデッドストックを売ろうっていう発想がおかしい。売場は惨憺たるありさまだったんだけど、このときのうちの奥さまのがんばりにより、なんとか混乱してるってレベルではないところまで復帰。しかしあの状況でほんとに見えてたんだろうかあの人。いやまあ、見えてたんだろうけどさ……。

 22時前くらいから問題発生。車のガソリン残り少ねえwwww朝までアイドリングでもたねえ。

 まだガソリンのあるうちに、停電してない地域まで、照明になるものを買いに行くことを決意。しかし、判断が遅かった。ろうそくが切れかけ。懐中電灯も怪しくなってきた。

 というわけで、車が店を離れているあいだ、クローズすることを決意。それが23時くらい。というのは、この段階では車のライトだけが唯一の光源で、その車が店を離れてしまうと、真の暗闇が訪れるから。そうなると営業どころの騒ぎじゃない。客だってかならず懐中電灯持ってるってわけじゃない。持ってきてない人もかなりいた。

 あわてて車を動かして出かけるが、アイドリング時はまだけっこうあったように見えたガソリンが、実際に走らせると、目盛りが一気にがた減り。ざっと残り走行可能距離を試算するが、ぎりぎりもいいとこ。うちの近くの非停電地域とおぼしき場所までのルートを考えるんだけど、どこかには通行止めの場所が挟まる。裏道を通り、さらにガソリンスタンドが殺人ラッシュを起こしてるに違いないことを考えると、うかつな動きはできない。なにより、店を長時間離れるのが怖い。

 というわけで、走り始めて即リターン。

 店に戻って、いったん家へ。納品がいつ来るかわからないので、朝までは店に待機しなきゃいけない。そこで、毛布と、あと予備の懐中電灯とかを準備して店に戻る。入口を施錠してクローズ。

 んで、クローズしてるあいだに、ふっちらかった売場のかたづけをやりつつ納品を待とう、と思ったのだが、店に着いた戻った時点で、もう疲労困憊。

 この時点で、最初に手伝いに来ていた夜勤の人はまだいてくれたのだが、どうせそうそう電気が復旧するとも思えず、クローズしてるあいだは俺とうちの奥さまで充分に仕事をかたづけられると思ったから、帰宅許可を出す。

 このあたりで、本部の人間から電話。


「地震ですので、溶解した冷凍食品は保険がききません」


 終わったぁ☆ 10万円吹っ飛んだぁ☆

 まだアイスは完全には溶けていなかった。そこで夜勤の人にハーゲンダッツ好きなだけ持ってっていいって言った。廃棄するしかない以上、もうゴミっすよゴミ♪

 この知らせと、あとは疲労で、もうなんもやる気しねえ。土曜日もけっこうハードワークになるのは目に見えてたから、だらだらしてから仮眠しようかと思ってた。

 そしたらそこで、衝撃のお知らせが。

 うちの地域には「防災放送」ってのがあって、常日頃は「4時になりました。小学生のおともだちは、早く家に帰りましょう」とかいうどうでもいい放送とか流してるのだが、この日は防災放送大活躍。やれ津波警報だ震度いくつの余震だとずっと知らせていたのだが、人が寝ようかなーと思った矢先に、

「まもなく、電気が復旧します。火災の発生に気をつけてください」

 えー。

 まじっすかー。

 いまは店をクローズ状態にしてるけど、電気が戻ったら、店をあけないわけにはいかない。んじゃ、俺、働かなきゃだめってこと。えー。勘弁してくださいよー。死ぬほど疲れてるんすけど。だるいんすけどー。

 つーわけで、2時過ぎくらいに電気復旧。営業再開。だってもう、営業できる状態であれば営業するしかないから。そうするしかないから。それがコンビニってもんだから。

 俺は、通常の夜勤の洗いものとかの作業。うちの奥さまは売場の整頓。

 もう、ここからのうちの奥さまの動きが鬼神レベル。自分だって相当に疲れてるだろうに、売場のありとあらゆるところを完璧に整頓。レジを通さずに商品を売ってしまった関係で、計算上の在庫が狂っているのを、専用の端末で修正しながら。優先順位から考えれば後回しでいい作業なのだが、うちの奥さまは「客が来たとき売場ガタガタだったらかっこ悪いだろ」の一言で、その作業を6時間ぶっ通しで継続。朝の客が来る6時くらいには、売場は、カップめんとかの一部商品が大きく欠落している場所を除き、ほぼ平常時と変わらない状態まで復旧させた。もう執念というほかない。

 そのあいだ、俺は通常の夜勤が8時間かけてやる作業を4時間で終了。


 6時から、早朝勤の女の子がふだんどおりに店に来る。家が海のすぐそばにあるんだけど「高台だったらどこでも安全だから」という理由で、避難所ではなくうちに来てくれたらしい。余震のせいでほとんど寝ていないらしかったが、とにかく来てくれた。感謝するしかない。

 朝7時くらいからはまたラッシュ。

 ふだんだったら、来店客には「いらっしゃいませ、ただいま○○がお安くなっております、いかがでしょうか」が来店の挨拶なんだが、俺がレジに入っていたので方針変更。「いらっしゃいませ」を抜きにして「ただいま弁当、パン類すべて品切れ、入荷の目処は立っておりません。すぐにお召し上がりになれる商品は揚げ物だけとなります」に変更。昨日からの喉の無理がたたって、正直もう死にそうだったけど、売場を見て「なんだなにもないのか」となってから説明するよりは、入口の段階で揚げ物を印象づけたほうが、トータルとしては客の満足度は上がると判断。「自分でないと確認してから、店員がごめんなさいと言う」よりは「入口の段階で事実を知って、でも食べられるものはある」のほうが絶対に失望は少ないと思った。

 で、俺はそのまま9時までレジ続行。空いた時間にレジで発注やりつつ。

 揚げ物はキチガイ状態のMAX陳列。停電の影響で、金曜日に揚げ物作れなかったので、在庫はたっぷりあった。

 9時までのあいだに、遅れて入荷した納品がけっこうあったんだけど、そっちの処理はうちの奥様が担当。俺がレジをやる。揚げ物、おでん作り、温かい飲料の補充なんかはバイトの女の子が担当。

 朝の8時に高校生の女の子が手伝いに来てくれたので、その子には放置状態だった雑誌の陳列を依頼。半分根ながら9時過ぎには帰っていった。

 んで、俺は今日、本来は13時からまたシフトで、正直これはもう死ぬかなーと思ってたんだけど、朝9時になって、ふだん昼のシフトに入ってるおばちゃんが「私、今日できますので、よろしければ出ましょうか」と言ってくれた。

 正直、助かった。本当に助かった。

 朝9時から昼までは、メインの女の子と、やり手の高校生の女の子、それとパートのおばちゃんのなかでもピカイチの3人シフトでまったく安泰。昼下がりも申し出てくれたパートのおばちゃんがいる。もう一人の男の子は正直やばいレベルなのだが、そこは、朝勤に入ってる高校生の女の子が「よかったら17時まで残れますよ。体力やばいから途中休憩もらいますけど」と言ってくれて、昼もこれで安泰。

 今日の夕方からは、大学生の女の子が入ってたんだけど、どうもどこかで足止め食らってるらしい。「いまから帰る努力しますけど、16時までに着ける保証がないので、あらかじめ連絡しときます」との電話あり。それくらいは誤差の範囲だから、どうとでもなる。


 つ ー わ け で 。

 俺は晴れて家に帰れることになりました。

 現状で、やれる対策はすべてやった。あとは日曜日の昼までシフトはないですが、いまから寝て夜には店に行く予定。


 今回のまとめ。

 バイトを大事にして、融通はできるだけ効かせる、という自分の方針に今回ほど感謝したことはなかった。この状況ではシフトに出たい人なんていないけど、みんな時間どおりにきっちり来てくれた。さらには、シフト関係ないのに手伝ってくれた人が、合計で5人くらいもいた。ちなみに俺からはまったくだれにも頼んでない。ケータイはもちろん家電もつながりづらい状況だったから、頼む方法もなかった。

 ちなみに、地域でいちばん長い時間店をあけてたのは、うちらしいです。ここは、素直に誇っていいところだと思った。


 と、以上の部分が騒動が終わって帰宅した直後にミクシで叩きつけた日記を一部修正したもの。具体的には個人名とか削った。

 以下は今回の騒動を通じて思ったこと。とりあえず、思いつくままに書いていく。

 実質今回の被害は停電だけだった。もっともただの停電だったらあそこまでの騒動には絶対なってなかったと思う。騒動を後押ししたのは、まちがいなく地震だったから。そしておそらくは断片的にみんなが集めてきた情報。俺自身は店にカンヅメ状態で、得られる情報といえば、モバツイで見てたTLくらいのもんだった。で、客のほうはもうちょっと詳しかった。おそらく情報の震源地はワンセグ。それと停電してない地域から地元に戻ってきた人たち。それで「とにかくやばいらしい」っていう噂のほうが先行してて、みんなが「この先やばい」と思い込んでたのはかなりあると思う。

 ちなみに今回、情報を得やすかった順としては、いちばんはケータイからつないだネットの災害情報、あとついったー。ドコモ以外が壊滅状態だったってのは、だいたいの噂どおり。次に固定電話間の通話。いちばんやばかったのはケータイどうしの通話。これは壊滅状態だった。

 ライフラインとしてガスと水道が生きててなお客は殺気だってた。おそらく激甚災害になったら、これはこれでかえって助け合いみたいな部分はきっと出てくると思う。ただし、前提として地域の共同体がまだまだ強固に生きてる地域だってのはある。

 あと、コンビニって実質オール電化なわけだけど、この状況で停電するとどうにもならねえ。これは復旧後の話になるんだけど、おそらく本部が被害受けてたら、コンビニのシステムまるごと死ぬ。なにがまずいかっていうと、発注システムとかぐだぐだになって、入る商品も入らなくなる。このへんちゃんとしたパックアップシステムがあるかどうかは俺は知らない。ただ、立ち直りの過程で本部に依存してる割合ってのを考えると、首都圏が被害受けたときは、ほんとにいろんなものが死ぬと思う。つーか日曜現在もまだシステム死んでる。物流自体は生きてるんだけど、どこか一箇所がだめになると下流である店まで軒並み影響食らうってのがあって、消費者の段階ではさらに影響が大きくなるっていう、生物濃縮みたいな現象が起きた。


 そんで、必要なものの順番っていうのを、今回つくづく考えざるを得なかった。

 災害の程度にはよる。人間の生命が第一優先ってのはまちがいないが、それでも俺は、人が不安に置かれた状況で、いちばん優先して必要なのは、正確な、しかし大雑把な情報だと思った。詳細すぎるとまずい。それは今回、とりあえず余震も収まり、電気も復帰し、流通もまあ大丈夫、っていう状態になってなお、大量の保存食品を買ってく人があとを絶たなかったことにはっきりと表れてる。あの人たちがなぜあそこまで焦って大量の食料を買い込んでいたのかといえば、それはたぶんテレビ見てたからだ。俺がちゃんとテレビを見たのは、地震の翌日に家帰ってきて、ぶっ倒れるように寝て、目が覚めたあとの深夜のことだ。そこで初めて「やばいことになってる」と思った。実はその前の段階、新聞が店に入荷した時点では災害の規模は把握してた。そのときには「いまの自分にとっての影響度」ということで事態を把握することしかしてなくて「遠からず復旧する」という判断だった。しかしテレビを見てるうちに「もし巨大な余震が来たらどうしよう」と考える人たちの心理がよくわかった。

 今回、確かに売上は上がった(その分損害もでかかったわけだが)が、しかしその売上のかなりの部分が、いちおー事態が収まったあとの「不安に駆られた人々の大量買い」によっている。本気でやばい状態だったらこっちも数量制限とかかけるんだけど、見通しは立ってるんでふつうに売った。だけど、売る側から見てると「それ必要なの?」って思う大量買いすごくあった。別に災害の歴史とか勉強してるわけじゃないんだけど、本当の緊急時にはああいう物資の大量の抱え込みが、均等な配布を妨げるものになるんじゃないかと思う。そして、なぜそんなことになったかといえば、客のほうに必要以上の恐怖心があったからだ。

 わかっておくべきは「いつまでがんばれば生きることに不安がなくなる」っていう情報だ。これがわかって周知徹底されれば、パニックの起きる確率は大幅に下がると思う。俺自身は災害とかに対して非常に鈍感なほうで、それは、いかに震度4か5程度とはいえ、揺れが収まるまでそもそも布団から出ることすらしなかった、みたいな部分によく表れてるんだけど、そういう人間でも「いったいこの状況はいつまで続くのか」っていうことには相当な不安があった。もしこのときに「首都圏の被害はあまり大きくないから、国を動かしてる根幹のシステムはまだ死んでない」っていうことがはっきりわかってれば、ここまで不安にはならなかったと思う。

 もちろん問題は、そうやって周知徹底させるシステムなんてどうやって構築すんだよって話なんだけど、そこはとりあえず措いておく。この優先順位は「まさにそのとき」俺が欲しいと思ったものにもとづいて書いてるからだ。


 で、一番目が情報だとして、次に必要だと痛感したのは「光」だ。闇はやばい。俺がクローズを決意したのもこれが理由だ。実は商品を店頭に運び出せば商売は継続できたんじゃないかと思う。暗いったって、鼻つままれてもわからない完全な闇ってわけじゃなかった。夜目がかなりきかない俺でもそうだった。「意地でも営業を継続してやる」と思ってた俺が断念したのは、たぶん闇を必要以上に恐れたからだと思う。理屈で判断下す前に「暗くなったらどうにもならない」と思った。

 ついでに書いておくと、停電地域の方はおそらくだれでもご存知のように、単一と単二の電池、及び懐中電灯は瞬殺食らった。ろうそくがそのあとくらい。店自体も似たような状況で、店にあった懐中電灯の電池がなくなって、そのあとはろうそくで凌いだ。で、闇のなかにあっていちばんありがたかった照明は、実はろうそくだった。裸火の与える落ち着きは意外にバカにならないっていうのと、あと単純に実用性が高い。明るいんだ、あれ。もちろん余震なんかの問題で、裸火の扱いに慎重にならざるを得ない局面ってのはあると思うが、それでも火の与える安心感はかなりなものだ。あと懐中電灯ついでに言っておくと、単三か単四で使える懐中電灯はぜひ装備しとくべき。つーのは、そもそも流通量として単一と単三はケタが違う。入手の容易度っていう点で、単三のほうがはるかに強い。うちの店でも、ふだんの在庫量は単三のほうが3倍か4倍くらいだ。この差はたぶん、規模のでかい店ほど大きくなる。クローズ後、事務所でぼーっとしてるときの照明は、自宅から持ってきたものだったんだけど、ミニマグライトとヘッドライトで、偶然、単三か単四を使用するやつばっかりで、それらの在庫は家に腐るほど(実際一部は腐食してた)あったんで、その後のことを心配しなくてよかったのがでかい。呑気にポテチ食ってジュース飲んでる余裕すらあった。それ以外に食いものなかったともいう。いやほら、オール電化だからお湯沸かす手段なくて。

 ……と、ここまで書いてきて思ったのだが、どうも俺は騒動のさなかに「崩壊したらいちばんやばいのは、人間の安心だ」と思ってたっぽい。うちの奥さまみたいに強度のアレルギー体質だったりしたら話は別だが、ある程度の健康体の人間なら、丸1日くらいはそう簡単には死なないだろう。そして人間どうしが互いを「生かそう」とするなら、生存確率はさらに上がる。しかしここが崩れたら、それはかなりのものが壊れるし、終わる。

 個人的な話なんだけど、俺は体質がゴキブリっていっていいレベルで死なない人間だし、なんでも食うし、もし一ヶ月くらい風呂に入らなくてもなんのストレスもないと思うんだけど、もしライフラインずたずたになるような事態になったときに、うちの奥さまの医薬品どうするかっていうのはすごい不安。常に1ヶ月分くらいの予備持ちつつ回すしかないよなあ……。


 最後に。俺の騒動はとりあえず終わりました。だけど、まだまだつらい状態にある人はたくさんいる。俺がやれることなんてあんまりない。どうせ募金すんなら店の募金箱に見せ金として万券入れといたほうがいいかなーと思ってそうしたら、札の募金めっちゃ増えたけど、それだって大した貢献にはならない。他人への共感能力が著しく低くて、他人の苦痛も喜びもあんまり感じない俺だけど、それでも「いちばん不安だったときの自分」を考え、それよりつらい状態の人間がいると思うと、なにかできることはないのか、あんなんダメだろと強く思う。

 がんばってください、は絶対違う。なんとかなるから、も違う。もしあのとき欲しかった言葉があるとするなら「あなたがそういう状況にあるのは知っていて、みんなが助けようと思ってますから、いつかそれはあなたのもとに届きます」っていう厚意そのものだったと思う。もちろんそのベースになっているのは「俺らやばいかもしんないけど、日本は全体としてはまともに動いてる」っていう信頼感だ。

 そしてそうしたものが現実的になった力が必要で、俺だったら「客が暴発しそうになってるのをなんとか抑える人手」だったし、別の人にとっては「あたたかい環境」で、ほかの人にとっては「水」だったかもしれない。そしてそれらを直接に届けられないときには、間接的にそういうものに変えうる「金」だと思う。

 以上、本来はブログに載せるつもりなかったんだけど、なんかの参考になればと思って、転載して追記しました。

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