<オフショアリングの衝撃>
2004年2月、当時ホワイトハウスの大統領経済諮問委員会CEA委員長を務めていたN・グレゴリー・マンキュー現ハーバード大学教授が披露した貿易に関する一般論が、政治的に大きな論争を巻き起こした。
エコノミストの多くが擁護したマンキューの発言は、オフショアリング外国へのアウトソースと不適切に名付けられた現象に関するものだった。オフショアリングとは、仕事をする人ではなく、雇用が外国へ移動すること、とりわけ、富裕国から貧困国へと雇用が移動する現象のことを意味する。
マンキューは次のように述べた。オフショアリングとは、アダム・スミスの時代以降、エコノミストが語ってきた貿易がもたらす利益を示す最近の現象の一つにすぎない。これまで以上にわれわれが取引できる対象が増加しており、これはよいことだ。
民主党、共和党を問わず、アメリカの政治家がこぞってアメリカの雇用に関するマンキューの冷徹な見方に憤慨し、一方、エコノミストは、オフショアリングは通常の国際貿易と変わらないという彼の主張を団結して擁護した。
マンキューの見方は経済学的には正しい。有名な比較優位の原則でも、新製品の貿易が行われるようになれば、経済全般の生産性と繁栄が強化されるとされている。しかし、マンキューと彼を擁護したエコノミストは、オフショアリングの重要性及びそれが富裕国の経済を混乱させる可能性を軽くみていたかもしれない。量的な変化があまりに大きければ、それが質的な変化と化すこともある。実際、オフショアリングの場合、そうなる可能性が高い。われわれは現在のところオフショアリングという現象の氷山の一角を見ているにすぎず、それが全貌を現したときの衝撃は非常に大きなものになる。
たしかに、まだオフショアリングは大きな流れをつくり出しているわけではないし、経済にとっての意味合いもそれほど大きくはなく、マンキューに対する批判は度が過ぎていた部分がある。オフショアリングに関する信頼できる公的なデータは存在しないが、その断片的な研究から判断すると、今日までのところ、オフショアリングによって外国へ流出した雇用は100万にも達していない。この数字はかなりの規模に思えるかもしれないが、急速に変化する巨大な米労働市場の現実を考えれば、100万の雇用といっても、それは、2週間弱という時間枠で生じる雇用喪失の規模にすぎない。とはいえ、技術とグロバールコミュ
ニケーションが刻々と進化している以上、非対人サービスのオフショアリングが今後拡大していくのは避けられない。ここで言う非対人サービスとは、質の低下をほとんど伴うことなく、電子的に遠くから提供できるサービスのことだ。
来るべきオフショアリングの時代を、迫り来る経済崩壊の兆しとみなすべきではないし、その流れを止めようと試みるべきでもない。貿易がもたらす利益とは、世界全体としてみれば、生産性の向上によって得るものはあっても、失うものはないということに他ならない。過去に起きた貿易上の変化をめぐってもアメリカと他の富裕国経済は逆風にさらされただけでなく、利益と恩恵も確保してきた。だがそのためには、富裕国の政府と社会はオフショアリングがもたらす複雑かつ多面的で壮大な課題に正面から取り組んでいかなければならない。国のデータシステム、貿易政策、教育システム、社会保障プログラム、そして政治そのものが新しい現実に対応しなければならなくなる。だが残念なことに、この面での対策は現在まったくとられていない。
Alan S. Blinder
現在はプリンストン大学教授で、専門は経済学。1993〜94年に大統領経済諮問委員会のメンバー、94〜96年に連邦準備制度理事会の理事を務めた。
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