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発信箱:妥協の季節=倉重篤郎(論説室)

 政治とは妥協の技術だという。

 特に外交がそうだ。互いに国益と国民目線を背にして自己主張するが、言い値の丸取りは不可能で、4割譲って6割取れば上等、場合によっては49対51でも成功だという。その能力は、戦争によってではなく、話し合いによって紛争を解決する政治家の最も重要な資質の一つなのだろう。

 もちろん、大胆な妥協はリスクを伴う。より多く取れたと身内を説得し、その大義名分を世の中に納得させる政治力が要る。

 転じて、菅直人政権の行方である。すでに「崖っぷち」「自壊の始まり」という。今後も年金切り替えミスによる厚生労働相の責任問題、4月の統一地方選の劣勢など、党内外からの退陣圧力は一層強まるだろう。

 ただ、過去の事例と政治力学の本質は別のことを物語る。首相退陣は、本人がやる気を失った時、与党内に強力なライバルが出現した時、国政選挙の敗北、内閣不信任案が衆院で可決された時しかない。現段階ではいずれも考えにくい。首相のポジションというのは思った以上に強いのである。 だからといって、居座りを勧めているわけではない。前段に戻り、いよいよ「妥協の政治」の出番と思うのだ。菅首相が国会答弁で繰り返し言及するのが、98年秋の金融国会で、衆参ねじれに苦しむ時の小渕恵三自民党政権に対し、野党第1党・民主党代表として同党案丸のみという救いの手を差し伸べ、結果的に日本発の世界金融恐慌という大惨事を防いだ、との自負である。

 野党・自民党に対し、貸しを返してほしい、とも聞こえるし、今度は与党としてあの時に匹敵する大胆な妥協(丸のみ)をにおわせている気もする。大事なのは一ポイントでも多く取ること、そのことが自己保身ではなく、確信犯として掲げた理念・政策の実現につながるか、である。

毎日新聞 2011年3月10日 1時16分

 

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