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【新聞】記者クラブのど真ん中で試みる「朝日『官邸クラブ』ツイッター」

2011年3月10日

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写真:朝日新聞政治グループ「官邸クラブ」のツイッター(http://twitter.com/asahi_kantei)拡大朝日新聞政治グループ「官邸クラブ」のツイッター(http://twitter.com/asahi_kantei)

 とりあえずやってみようか―。そんな軽い気持ちで始めた「朝日新聞官邸クラブ」取材班のツイッター(http://twitter.com/asahi_kantei)=自称「チーム官邸のつぶやき」だが、日が経つにつれてフォロワー(読者)が予想外に増え、始めたこちらが驚いている。

 1月下旬からつぶやき始めたが、やって良かったと思うことが多い。私自身(「キャップ」)を含め、官邸取材の現場にいる面々に意識革命も起こっている。まだ始まったばかりだが、我々のささやかな試みを報告したい。

●組織力を生かした質の高い発信を目指す

 「官邸クラブでツイッターをやりませんか」

 サブキャップの林尚行記者(「サブキャップB」)が私に提案してくれたのが年明け、菅直人首相の年頭記者会見を終えた1月上旬のことだった。クラブ員たちとの飲み会でツイッター話に花が咲き、官邸クラブとして「政治ツイッター」を始めてみたらどうか、となったという。林記者は「新企画案」として粗々(あらあら)のコンテまでつくってくれた。

 私はツイッター未体験だったが、ミクシィは三日坊主に終わった過去がある。仕事が忙しくなると心身ともに疲れ果て、ブログの更新などやる気にもなれない。ただ、官邸クラブなら総勢14人の記者がいる。これなら続くのではないか、というのが私の直感だった。

 ツイッターは無数にあり、またメディアによるツイッターもすでにたくさんあるが、いずれも個人または特定の人によってつぶやかれているものが多い。ここに組織力を生かしてメンバーが代わるがわるにつぶやき、個人の視点や感想にとどまらないよう質を高め、他のツイッターとの差別化を図ることができないか、とも考えた。

 始めるに当たり、もう1人のサブキャップ、星野眞三雄記者(「サブキャップA」)も含めて3人で「対策」を練った。14人が好き勝手につぶやいたのでは、内容の統一性やフォロワーへの対応などで混乱も招きかねないからだ。

 幸い、官邸クラブなど政治取材の現場では、クラブが取材の最小単位となって、さまざまな危機管理に当たるだけでなく、クラブ員の原稿もキャップかサブが手直しをしてからデスクに出稿する、という慣行がある。

 ツイッターでもこの手法を援用することにした。まず、クラブ員からつぶやきたい内容をキャップとサブにメール送信してもらったうえで、「つぶやきました」と一報を入れてもらう。内容の妥当性を判断し(必要があれば朱直しを入れ)、ツイッター上にアップする。フォロワーへの返信やリツイート(RT=転送)も、キャップとサブ3人のいずれかが可否を判断して行うことにした。

 あくまで「お堅いイメージの政治報道に親しみを持ってもらい、朝日新聞の政治記事にも目を通してもらえれば」との思いから始めた試みだ。クラブ員にツイート(つぶやき)は無理強いせず、キャップ、サブにも過重な負担にならないようやっていこう、と申し合わせた。官邸担当デスクを通じて政治グループのデスク会に上げてもらい、政治エディター(政治部長)の判断を仰いだところ、予想外にもあっさり通ってしまった。

 ただ、1月14日に内閣改造・民主党役員人事が迫っており、ツイッター話はしばらくお預けとなった。開設に向けて具体的に動き出したのは翌週の17日ごろから。ちょうど1週間後の24日が通常国会開会日で菅首相の施政方針演説も予定されており、我々のツイッターも24日スタートと決めた。

●やってみてわかった「ツイッター情報」への需要

 驚いたことにフォロワー数は開始から1〜2日で1千人を超え、1週間も経たないうちに2千人を突破した。当初は興味のなさそうな顔をしていたクラブ員も「そんなに反応があるんですか」と乗ってきた。

 「総理番」、「(官房)長官番」など14人のクラブ員がそれぞれの取材対象を持っており、普段は取材結果をメモにして全員に回している。その積み重ねが「紙面」になるのだが、あえて書かない話も多い。そんなこぼれ話も、ツイッターでの発信は可能だ。紙面とは違って、インターネットでは反応がダイレクトに(早いものは10秒前後で)返ってくる。

 中央省庁のある広報幹部は「いろいろ批判は受けるかもしれないが、絶対に続けてほしい」と伝えてきた。首相官邸の内側という取材現場からリアルタイムで発信する情報には、確実な「ニーズ」があるのだ。また、官邸内の取材先から「この場面、つぶやいてよ」とささやかれたクラブ員もいる。紙面とは違う、新たな発信手段を得たことで、取材の幅も広がりつつある。

 実際に発信している官邸取材からの「つぶやき」に対して、フォロワーからは様々な反応が寄せられている。ふだん、(よほどの特ダネでもなければ)読者や取材先からの反応が限られている政治記事に比べれば、これほどダイレクトな反応を政治記者の一人ひとりが体感できるものはないだろう。

 なかには眉をひそめたくなるような罵詈雑言もある。ただ、政治取材の現場にいれば、一方的な「朝日新聞批判」や「政治報道批判」に常にさらされている。むしろ、こうした批判を目に見える形でネット上に書き込んでもらうことで、その他のフォロワーからは「本当に朝日の政治記者ツイッターなのだな」と信じてもらえるという効果があるのではないか、とさえ思っている。

 それよりも、私が驚いたのは、我々が伝える140文字を単なる“つぶやき”としてではなく、政治取材の現場にいる「メディアからの発信」と受け止めているフォロワーが確実にいることだった。

 フォロワーからの反応が多いのは、首相の「会食情報」だ。政治記者の感覚では、首相が誰と何を話したのかが「筋」なのだが、フォロワーは「その会食は公金なのか、自腹なのか」と攻めてくる。首相の会食なのだから公金でいいんじゃないのと“永田町ズレ”した私などは思うのだが、公私の別や「税」の使われ方に対するネット上の反応は鋭い。

 ツイッターを始めた時期は、エジプトでムバラク大統領の退陣を求める民衆デモが発生したころと重なった。同大統領の退陣が2月11日に決まり、翌12日に菅首相が「民主的に新たな政権が誕生することに期待したい」といった声明を発表したことをツイッターで知らせると、「一晩考えてその程度のコメントか」と非難が殺到した。外交問題に対する政権の姿勢を問う声も多い。

 もちろん、政権に好意的なフォロワーもいるはずだが、批判の声が大勢を占めるなかで 「さくら」的な反応は寄せにくい面もあるだろう。それを差し引いても、まっとうでダイレクトな反応は非常に参考になる。

●「隠す」から「開く」へ 政治情報の「フラット化」

 政治取材の象徴的な現場である官邸クラブを舞台にツイッターという小さな「窓」を開いたのには、惰性となっているような取材現場の慣行に変革を試みたいという思いもあった。

 首相官邸には内閣記者会(永田クラブ)という記者クラブが組織されており、正会員は常駐約20社のほか地方紙、地方局、夕刊紙、スポーツ紙など104社。このほか、海外メディアを含めたオブザーバー会員が79社(いずれも2月時点)いる。常駐各社は政治部記者を中心に数人から十数人規模の官邸クラブを、それぞれ独自につくり、首相官邸を拠点に取材を進めている。

 政治取材は、多方面の取材源から得た緻密なファクトの積み重ねが求められ、チームプレーが欠かせない。一方で、独自の報道をするためにも、できるだけ限られたメンバーで情報を共有し、結果を目指してもいる。これが、他社のクラブ員の取材動向を常に気にするといった「内向き思考」を生んでいる。

 そこで、ツイッターを始めるに当たって心したのは「隠すこと自体にしか意味がないような情報は可能な限り開示する」という姿勢だった。

 政治取材の現場では、かなりの量の「取材メモ」をメールで仲間内に回している。中には独自報道の根幹となるような取材結果もあるのだが、メモにするまでもない内容も多い。これが、原稿も書かずにメモばかり書くという悪弊につながっている。そうであれば、メモにするよりも、ツイッターでネット上につぶやいた方がよほど生産的だ。

 とにかく、開示してもいい情報はできるだけ外に出し、情報を「フラット化」する。部内や社内だけでなく、日本語を解する人であれば誰もが閲覧できるネットという世界に向けてだ。情報の「境目」をなくす作業を自らに課すことによって、初めて「これこそ一定の結果を出すまで開示せずに独自に追究すべきテーマだ」という選別眼も養われてくる。そう信じたい。

 ツイッター開始にともない、遅ればせながら私は携帯電話をスマートフォンに買い替えた。クラブ員のつぶやきを迅速にアップするには、ノート型パソコンと同じようなネット環境が常時、手元に必要なためだ。

 これまでは「今日は紙面がきつそうだから」のひと言で、出稿を見送ってしまうこともあった。だがツイッターを始めてから、ニュースサイトとしてのアサヒ・コムのページ・ビューの「偉大さ」に気づき、今では紙面に載らずともアサヒ・コムへの積極出稿を心がけている。

●「電子化」を意識して模索する取材現場

 現在は、クラブ員にはキャップ、サブのフィルターを通してつぶやいてもらっている。ただ、ツイッターの最大の魅力は「速報性」と「伝播力」だ。いずれ、クラブ員一人ひとりが各自のスマートフォンから直接、つぶやいてもらう手法に切り替えるかもしれない。そうなれば、政治取材の現場で起きていることを、さらにリアルタイムで世界に伝えることができる。

 今のところ、ツイッターで「稼ぎ」があるわけではない。だが、いつまでも“紙”での発信だけにこだわっていては、「座して死を待つ」結果ともなりかねない。今回の試みでわかってきたのは、取材の最小単位である官邸クラブが団結力と連係プレーを維持し、新たな発信手段さえ持てば、有力な「攻め手」になり得るということだ。

 これまでメディアの激変を予測する指摘は多々あったけれど、取材現場や記者の一人ひとりが具体的にどう対応すべきかを示すものは少なかったように思う。特に、個人による取材だけではどうしても限界のある政治取材などの現場では、チームプレーによる取材をどう維持していくのかが課題だった。ツイッターが暗示するのは、電子化時代のメディアと記者の生き残り方なのかもしれない。(「ジャーナリズム」11年3月号掲載)

   ◇

坂尻顕吾(さかじり・けんご)

朝日新聞政治グループ記者。1969年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。93年朝日新聞社入社。鹿児島支局、福岡報道センター(社会部)を経て、98年から政治部(現政治グループ)。自民党、外務省担当、北京総局などを経て2010年9月末から官邸クラブ・キャップ。

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