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自称やまと新聞が主張する『焚書による活動停止』が、全くの出鱈目であることが図らずも証明されてしまった件(w

以前、↓このようなエントリーを投下したが、


このエントリーを再度見直してみて、
やまと新聞の公式サイトに書いてあった
↓この記事を改めて、見直してみた。


ここで、

『敗戦時にGHQは日本の歴史と精神を抹殺するために多くの書物に焚書を命じました
(焚書とは書物を焼き払うなどして人々の目に触れないようにすることです)』


とありますが、
もしかして、『焚書』って・・・
↓これの事なんですかねぇ・・・




なるほど、彼等が『焚書、焚書』って言っていた意味が
なんとなく分かった気がします。
この事をいっていたんですね。

でもね、

以前のエントリーでも取り上げたと思うけど、


GHQが日本に来て、プレスコードなる検閲をしまくる前に、
既に、やまと新聞は終刊してるんですよ。
プレースコードを敷こうが敷くまいが、
そんな事、やまと新聞の『焚書(爆w』とは何ら関係ないことが、
図らずも証明されてしまったようですね。

もし、強いて関連があるとしたら、やまと新聞が終刊するまでに掲載した記事で、
何か『プレスコード』にひっかかる部分があったぐらいだろうと思っていた。

ところが、・・・


どうやら、このブログ主のお方は、
評論家の宮崎正弘先生のメルマガから引用なさっているようですが、
帝都日々新聞の野依秀市氏の書籍が『プレスコード』に引っ掛かったというお話。
やまと新聞が『プレスコード』に引っ掛かったなんて一言も書いていない。
まさか、この部分を根拠だと言うんじゃ・・・ないでしょうねぇ(w
そんな根拠薄弱な事を言うまいと信じておりますが(w

さて、嘗て、熱心にやまと新聞をPRしていた
ハイパー・メディア・マルチ・保守ブロガー(爆wのねずきち様が、
人様の書籍を引用して、『プレスコード』について触れているようです。

※このエントリーでは、引用先は記載されているようです。

自ら『プレスコード』について、エントリーを投下していたのにも関わらず、
上の『やまと新聞の編集コラム』については、何故スルーするのでしょうか?
[ 2011/01/29 09:21 ] 保守&呆守 | TB(0) | CM(0)

自称やまと新聞の疚しさ

今回のエントリーは、
これまで、胡散臭さ10000%だとある程度わかったねずきちが、
以前も、そして現在も熱心に応援していると思われる
あの新聞(wについて、ちょっと一言。

うちのブログでも、一応挙げたことがあったんだけど、
とあるところから何か知らんけど圧力が合ったので、
そのときは、びびって削除してしまったのだが、
やっぱりこれは言っておかないと思い、
今回、手直しをして、再度エントリーを投下する。

ちなみに、今度は、
よっぽどの事が無い限り、削除はしない。
詳しくは、↓これを読んでくれ(w


それと、その当該エントリーを投下した時と今と比べて、
うちのブログの書き方とか、表現とかもちょっと変わってきていることもあり、
わずかではあるが、その事を自覚しているつもり(wなので、
だいぶ手直しをする部分、加筆する部分があるかも知れませんので、
予めご了承を。

ではでは、前置きはこの辺にして、
本題に入りたいと思います。

まずは、私が以前ブログ(旧)で述べた(※現在は当該エントリーは削除)
『やまと新聞』に関する印象を挙げておく。


『やまと新聞は?』って方もいらっしゃると思いますが、
私、正直申しましてあの新聞社に対しては少し懐疑的に見ています。
詳しい話はまたの機会にしますが、
別に記事の内容に難癖をつけるつもりはございません。
私から見ても、他紙と比べて遜色のない記事を書きます。
しかし、あの新聞社の沿革について、『もの凄く曖昧な』記述があると。
団長さんところとか、他にも疑っている方がいるんで、
『やまと新聞』編集部の方は、これらの『疑惑』を払拭するコメントが必要になってきます。
それができない限り、私は、この新聞社を支持する事はできません。


『疑惑』と書いた部分があるが、
エントリー投下当時は、『嫌疑』という言葉を使ったが、
ちょっとこれでは語弊があると思い、『疑惑』と訂正した。
でも、このやまと新聞が胡散臭いという疑念には何ら変わりは無いわけで。

但し、やまと新聞の『記事の内容・報道姿勢』については、
この当時とあまり変わってない。既存メディアに比べたらマシな方。
多分、信じては貰えないかも知れないが・・・(w

でも、社歴とか沿革って、やはりその会社の歴史であり、顔の一部分なわけですよね?
しかも、『保守系新聞』を標榜している所の社歴が、
もの凄く曖昧でいい加減なのって如何なものだろうか?
中には、
『報道姿勢が愛国だから、そんなの問題無い』とか、
『何を報道してるかで評価すべき』だとか仰る方々がいますが、
やはり、『日本が云々』とか、『愛国』とか、『保守』を標榜して、
正論を言いまくっている人間は、『自分に嘘』をついてはいかんと思うのですよ。
もし、自分の言っていることに『嘘・偽り』があった場合は、
きちんと謝罪して、訂正していくべきです。

今となっては、そんな事言っても、
『お前はシナ人に言いように動かされているバカ左翼』だと罵られることでしょうが(w

さて、話を本筋に戻します。

まず、エントリー投下当時、
やまと新聞に対する疑念を持つきっかけになった一つとして、
↓こちら、団長さんのブログで、『やまと新聞』関連のエントリーが投下されました。


これを見たのが、『やまと新聞』に疑念を持つようになったきっかけです。

その問題となった『やまと新聞@wikipedia』について

↓当時の切り取り


↓現在の状況




つまり、やまと新聞の主張としては、

↓こういう事のようです。


明治19年(1884年)福地源一郎が『やまと新聞』を創刊
※日出国と書いて、(やまと)と読ませていた。

『帝都日日新聞』

『新夕刊』

『やまと新聞』に再改題

この間、一回も廃刊になったことはございません。(キリッ!



と、以前は↑このように書いたのですが、
↑こちらのまとめは、あくまでも上記のWikipediaの削除申請の内容をまとめただけの話。

実際、やまと新聞編集部を自称する輩が、
以下のような事をWikipediaに書き込んでいたようです。


あれま?随分と食い違いが・・・(w

上のWikipediaの削除申請部分で、既に結論が出ている感を否めないのですが、
とりあえず、『やまと新聞』の主張が本当なのか、
今一度検証してみる必要があります。

まずは、
↓当時のWikipedia(やまと新聞)


↓現在






つまり、


明治17年(1884年)10月4日 條野伝平(東京日日新聞創始者)が『警察新報』を創刊

あぼーん

明治19年(1886年)10月7日 『やまと新聞』 創刊(児玉 誉士夫がオーナー)

昭和19年(1944年)4月   新聞統制により休刊

(空白期間)

昭和21年(1946年)1月11日 『新夕刊』が創刊

昭和25年(1950年)3月20日 『日本夕刊新聞』に改題

昭和27年(1952年)7月10日 『新夕刊』に復題(保全経済界がスポンサー)

昭和29年 スポンサーの保全経済会が巨額詐欺事件を起こす(保全経済会事件)

(業績悪化)

昭和33年(1958年)4月16日 新創刊の新聞として『国民タイムズ』に改題

(経営の行き詰まり)

大映社長の永田雅一が経営に乗り出して新社を設立

昭和34年(1959年)2月16日 国民タイムス新社が『国民タイムズ』を承継。

昭和35年(1960年) 4月1日 国民タイムス新社が『国民タイムズ』を廃刊。
代わりに『夕刊東京スポーツ』が創刊。
号数は国民タイムスのものを継承せず、改めて第1号とした

昭和37年(1962年)9月   『東京スポーツ』に改題。



というわけですよ。

ん?

何かおかしいと思うのですが・・・

そこで、あらためて「やまと新聞」公式サイトから


ここでポイントなのは、『GHQによる焚書』
彼等が主張する『焚書』とは、一体何なのでしょうか?
私には意味が分かりません。

その前に、大日本帝国の指揮下にて、
『新聞統制』が行われていたんじゃないですかねぇ?


その事が一切書かれていないのは、
一体どういう事なんでしょうか?

そこで、とあるブログを見つけたわけですよ。


ぼやきのおっちゃん氏が注目したのは、
『全国新聞総合目録データベース』という国立国会図書館主題情報部新聞課が運営しているサイトで、

↓当時


↓現在


現在もきちんと存在しているようですね。

上記のWikipediaを見ているだけで胡散臭いのは十分に伝わったと思いますが、

あらためて、やまと新聞が主張している事が正しいかどうか
下記の全国新聞総合目録データベースを用いて見比べてみましょう。

『日出国新聞』


『やまと新聞』


『帝都日日新聞』


『新夕刊』


『やまと新聞』


一番最初の『日出国新聞』を見てみるとわかるように、
『明治19年に創刊されたやまと新聞』は昭和19年4月に既に終刊しております。終戦前です。
それと、上記の『新聞統制』を見る限り、GHQなど一切関係なさそうですね。

しかも、GHQが東京に設置されるのは、その後の昭和20年(1945年)10月ですよね?


やまと新聞が主張している『GHQのよる焚書』が、
全くの出鱈目であることが、図らずとも証明されてしまったわけです。


あとは、やまと新聞の主張では、
福地源一郎氏がやまと新聞をつくった的な表題がある様ですが…




ん?これは一体どういうことでしょうか?

更に、『福地源一郎 やまと新聞』ってググって見ると・・・

↓エントリー初投下当時


↓現在


どうやら検索件数は減っているようですが、
それにしても、異常なまでの『やまと新聞』の『ヨイショ』には、
当時も、そして今も辟易としています。
一体何なのでしょうかねぇ?

これでは、適切な検索ができないので、
福地源一郎氏の号である『桜痴』をヒントに『福地源一郎 福地桜痴』でググって見た。
↓当時


↓現在


こちらは、さっきの検索結果とは逆に、検索件数が増えています。(特に、話の本筋とは関係ないですが、)
それと、検索結果に『やまと新聞age』の結果がきれいさっぱり消えているのが、
この検索結果を見れば、一目瞭然となっております。(w

その上記の検索結果を取り上げてみると・・・




上記にもあるが、あらためて↓


上では、『一緒に東京日々新聞を創刊』って書いているが・・・


つまり、

『江湖新聞』
創業者:福地源一郎 :條野採菊(條野伝平)が嘗て働いていたことがある。

『東京日日新聞』
創業者:條野採菊他 :福地源一郎が後に入社したと同時に主筆に就任。

『警察新報』
創業者:條野採菊  :東京日日新聞関係者が参画していた。

『やまと新聞』
創業者:條野採菊  :東京日日新聞を退社した福地源一郎が顧問として迎えられる。
※やまと新聞創刊:明治19年 福地源一郎顧問就任:明治21年



では、『やまと新聞』側は、なぜ『福地源一郎がつくる』という表題をつけたのでしょうか?
編集コラムを見ても、その答えがいまいちよくわかりません。
単に、福地源一郎の歴史を綴っているだけの代物だろ?って話を、
なぜ福地源一郎のみの名前を使って、あたかもその人物が作ったみたいな記載をしたんだろ?
とりあえず、やまと新聞の創業者が、條野採菊のみであることに違いはなさそうです。
上記のWikipediaを基に、時系列を見ていけば、『福地源一郎が條野採菊と一緒に創刊』という
記述は明らかにおかしいことがわかるわけです。


また、エントリー投下当時は、
そんな『やまと新聞』を応援し、
自身のブログに『やまと新聞』のバナーを、
ぺたぺた貼り付けていた哀れなブロガーさんを紹介したのですが、
今回は、面倒くさいので、割愛します。
上記の『やまと新聞 福地源一郎』の検索結果をご参照願います。

それと、



んで、↓おまけ


日心会の会員数が50万人?
考えただけで身震いがしてくるのは私だけでしょうか?
私はご勘弁願いたいモノです。(爆w

それと、


中山センセは、
『「日本の心を伝える会」まだ4000人です。せめて4〜5万人とどんどん増えてほしいと思います。』
なんてことを発言なさって、本当に大丈夫なんでしょうか?
[ 2011/01/27 21:18 ] 保守&呆守 | TB(0) | CM(0)

マオイスト愛国極左(w の西村修平氏に対して、神奈川外人犯罪追放運動がウ◎コ投げ!

最近、個人商店と成り下がった『主権回復を目指す会』ですが、
その店主修平しゃん@西村修平氏に関する白書(wが出てきた様です。


最近の修平しゃんを見ていると、
何だか相当ウ◎コを投げつけられているようです。
この文書が、真実を伝えるモノか、
それとも、修平しゃんを貶めるための怪文書かは、
皆さんの判断に委ねます。

この文書が、修平しゃんを客観的に見るときの判断材料になるでしょう、多分(w
但し、書いている人間を完全に信用できるかどうかはまた別の話。
私は、ちょっと信用できませんねぇ(w二人とも。
[ 2011/01/27 07:53 ] 保守&呆守 | TB(0) | CM(0)

ブログ『yasuの思想放談 〜保守思想のススメ〜』が、当ブログにウ◎コ投げを開始したようです。

何か、うちのブログにウンコ投げを開始した方がいるようです(w


一言言ってもいいですか?
あなたが取り上げてくださっているエントリー、

アレは暇つぶし用のネタですよ(w

別に、誰かに寄りかかっているわけではないですから(爆WWWWWWWWWWW

あのエントリーを読んで、真に受ける奇特な方がいらっしゃったとは、
私もこのブログをやっていた甲斐があるってもんです。

折角なので、こちらも貴ブログを宣伝して差し上げないと、
失礼にあたると思いますので(w

まず、↓こちらですが、


なるほど、反米保守を標榜なさっているようですね。
ここまでは別に異論はございません。
各々多種多用な考えがあっていいと、私は思っています。

ところが・・・




自分は、保守だと云々かんぬん言っているくせに、
なんですか?
このボリュームの少なさ(爆www
それと、公開している全エントリーの大部分が、
『有害DQN・マジキ〇ガイサイト』って(爆wwwwwwww
殆ど誰かをディスりたいだけのブログじゃねぇか!

それに、政治、思想・哲学、歴史等々のエントリーがゼロって、これどういう事?
人様に『度を過ぎるとバカ』なんて講釈をたれる時間があるんでしたら、
そこら辺のエントリーを充実させる方に専念なされたら如何でしょうか?(w

それと、私の事を『誰かに寄りかかっているルサンチマン』
と見事な(wレッテル貼りをなさっているようですが、


そう仰るのでしたら、↑これらのリンクを全て切って、引用文を一切用いずに、
自分自身の頭だけで、貴ブログを運営なされては如何でしょうか?
あなたの仰っている事は、いまいち説得力に欠けるのよ(w

http://www.blueocean.bz/worm/home/about/459218890X

もうすこしがんばりましょう (花とゆめCOMICS) | Web本棚サービス BlueWorm


それともなんですかねぇ・・・
保守陣営の単なる宣伝マンなんて事はないでしょうねぇ〜!(爆w
私は違うと信じたいですけど。

最後に、今回私に初めてウ◎コ投げしてきた貴ブログの管理人に一言。

自分がウ◎コ投げしているのだから、
第三者にウ◎コ投げされる覚悟ってのも必要なのではないかと。
人様を批判しておいて、自分が批判されるのが嫌だなんて輩が一番腹が立つ。
この事においては、右も左も関係ない。

私は、こういった批判が出てきたことにむしろ感謝しているのだよ。
うちみたいなへっぽこブログに食いついてきた輩が出てきたことに。
まぁ、あんまり本意ではないけど、以後お見知りおきを。m(_ _)m
[ 2011/01/26 08:26 ] 保守&呆守 | TB(0) | CM(1)

元マオイストの西村修平氏の『歴史の1ページ』がまた一つ増えそうです。

以前、元マオイストの西村修平しゃんが、
秋葉原にあるオノデンソフマップ、ラオックスにてドンチャン騒ぎをした件で、
何か動きがあったようです。

まずは、うちのブログで取り上げた
当該エントリーをご覧になって下さい。





んで、↓今回のニュースをブログ『日護会(笑)』管理人の切葉鳩氏が、
そのことを伝えてくださっておりますので、
詳しくは↓こちらをご覧になって貰えれば思います。


どうやら、修平しゃんの個人商店である『主権回復を目指す会』が、
秋葉原が管轄の万世橋警察署によって、家宅捜索を受けたそうです。


警察の皆さんも、あのような事態が起こらないように、
一生懸命、捜査に取り組んでおられるようです。

しかし、

修平しゃんは、案の定、
そのように受け止めているはずが無く、
『脅しだ』と主張なさっているようです。


↓こちらも、関係があるのかどうかは、今の段階では何とも言えないですが、念のために。


最近、裁判とか、街宣とかで、
すっかり話題に上らなくなった修平しゃんですが、
ここにきて、また困ったことになったようです。

だって、あれって明らかに営業妨害だもん(w
やり方がいくらでもあったのにも関わらず、あれをやってしまっては・・・
もう擁護しようが無いです罠(w
あれを擁護するのは、リーマン予想を証明するよりも難しいと私は思いますがね。



【おまけ】
りゅう氏のブログをちょっと読んでいたら、


↓こちらの動画をみつけた(w


あと、miracle氏が、おまわりさんに感謝しているようです。
話の内容は、うちとだいたい同じですが、
何だかmiracle氏のお人柄が滲み出ている素晴らしい内容となっております。冗談抜きで。


それと、今回の家宅捜索、
りゅう氏のブログを読んで、気づいたんだけど、
どうやら、↑上の動画の件らしい。何か勘違いしていたみたい。(恥w
[ 2011/01/25 00:40 ] 保守&呆守 | TB(0) | CM(0)

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