世界中をさまよう2万人の脱北孤児(下)
「脱北孤児養子縁組法案」 米国は前向きだが韓国は事実上放置
6歳のとき脱北したヒョソンさん(15)は「隣家の塀の横で泣いていると、知らないおばさんに手を取られ“行こう”と言われたことだけは覚えている」と語る。ヒョソンさんはベトナムを経て韓国にやって来たが、その間の記憶はまったくないという。両親がどうなったかも分からない。ヒョソンさんを診察した医師は「育ち盛りのときにしっかりと栄養を取っていないため、脳がまともに成長していない」と語った。
だがヒョソンさんは頭ではなく、体で過去のことを覚えている。葦が生えた川沿いを目にすると、胸が高鳴り体が硬直するという。ひそかに国境を越えるため、何時間も茂みに隠れていた記憶がよみがえってくるからだ。
北朝鮮にいるときからすでに孤児だったり、脱北の際に両親と生き別れになった子どもたちは、韓国に来て「無縁故離脱青少年」として認められた場合、定着支援金や無償教育、医療保護などの支援を受けることができる。さらに20歳になると、永久賃貸住宅を借りることもできる。「セタ民(韓国に定住した脱北者)特例選抜制度」により、大学に進学できるという希望も持てる。
しかし、ミナさん(9)のように、脱北女性が中国など第三国で出産し、その後捨てられた子どもたちは、誰からも関心を注がれない。咸鏡北道出身のミナさんの母親は2001年、食糧を手に入れるため20代で豆満江を渡ったが、すぐに人身売買組織に売り飛ばされ、中国の村を転々とした後、50代の朝鮮族男性との間にミナさんをもうけた。
ある日、脱北者支援団体の関係者と偶然出会ったのを機に、娘のミナさんを抱いたまま逃げ出した。2008年に韓国入りしたミナさん親子は2年間、共に生活していた。しかし母親は「子どもの顔を見ていると、中国にいたときのことを思い出す」としてミナさんを見捨てた。ミナさんが韓国政府から支援を受ける方法は、今のところ見当たらない。
統一部(省に相当)の関係者は「中国など第三国で生まれた子どもたちは、父親がきちんと手続きをすればその国の国籍を得ることができるが、厳密には“北朝鮮離脱住民”ではないため、母親と共に韓国国籍を得ることはできても、通常の脱北者と同じような支援を受けるのは難しい」と語る。
脱北者の70%は女性で、その多くが人身売買の危険にさらされている。そのためミナさんと同じ境遇にある子どもについて、複数の民間団体は「中国だけで最低1万人いる」と推測している。
北朝鮮人権記録保存所のユン・ヨサン所長は「中国人の父親が金を使って手を尽くせば、中国の戸籍を得ることができるが、脱北女性と売買婚をする中国人男性は生活水準が高くないため、子どもが合法的に正式な身分を得ることができず、捨てられるケースが多い」と語る。グループホーム「わが家」のマ・ソクフン代表は「韓国に来ることもできず、中国で幽霊のようにさまよう子どもたちはどれだけ苦労していることだろうか」と話した。
金真明(キム・ジンミョン)記者