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[働きすぎ日本人]
働くのは週二日で十分だ 週休五日タコヤキ集団の実験
働きたくない。好きなことをして暮らしたい。そうは言っても、いざとなると生活が心配ですよね。じゃ、いったい何日働けば生活は成り立つのでしょう。そんな実験をしている集団が東京にいました。


週二日だけ働いて、あとの五日は好きなことをして暮らす? そんなの夢物語だよなあ。
「僕もそう思っていた。週六日働くのが当たり前だと。それが、本当にできたんですよ!」

夕闇が降りた団地に、赤い提灯がぽっかり灯っている。屋台から、タコ焼きを焼くうまそうな匂いが流れてくる。黄色いエプロン姿の早坂憲明さん(三三)は、列を作る客をさばきながらそう言った。近くの駅から団地へ帰るサラリーマンの一群が通り過ぎた。早坂さんも、四カ月前までは札幌市で仏具のセールスマンをしていた。あくせく走り回り、週一日の休みもぐったり。一度でいいから腹の底から笑いたい、と思った。

「タコ焼き売りは、仕事をしているという感じじゃないから忙しくても楽しい。あとは畑へ行ったり神社の朝市で野菜を売ったりして暮らしてますよ」

「ドンカメ」。早坂さんが参加しているグループだ。東京都八王子市が生活拠点になっている。「食うために働くのではなく、自分のやりたいことをやるために働く。そのためには、衣食住のコストを極小にして、最低限しか働かなくても食える仕組みを作ろう。それが私たちの目標です」案内役の本部付理事、土居伸光さん(四八)がそう説明した。仕組みはこうだ。週に二日、交代で働きに出る。

仕事は、近くに何軒かあるスーパー前の屋台でタコ焼きを売ることだ。六個四百円。その売り上げで、マンションを借りて共同で住む。残りの五日は何でも好きなことをしていい。なぜタコ焼きなのかというと、誰でも作業をすぐ習得できて拘束時間が短く、しかも利益率が高いから、なのだそうだ。

有機農法の愛好家の集まりが母体になっている。九四年九月「自然環境保全施設基金」という名称でスタート。八王子に新築のマンションを借りて生活を始めたのは、昨年八月のことだ。そのマンションは、畑が残る宅地にあった。3LDK八戸で、三十四人が共同生活を送っている。

「ほら、もう夢物語とは言わせませんよ」土居さんは収支表を広げてみせた。タコ焼きの売り上げが、月三百万円ほど。そこから、マンションの家賃計九十六万円のほか、食費、光熱費その他を賄う。一人あたり月八万円の収入があれば、住居と食費は確保できることが分かってきたそうだ。

暖かい部屋を、カレーを煮る匂いが満たしている。食事は、部屋ごとに調理して分け合う。食住の費用を分担して、一人当たりの生活コストを安く抑えているのだ。見回せば、簡素な部屋ながら家財道具はちゃんと揃っている。テレビ。ビデオ。留守番電話。パソコン。ステレオ。冷蔵庫。車は十五台を共有している。それぞれが持ち寄ったものだ。本や雑誌、CDも共有している。よく考えれば、この方が無駄がない。

男性二十八人、女性六人。年齢は三十歳代前半が多い。デザイナー、僧侶、美容師、鍼灸師、大学生。北海道、鹿児島、大阪、大分。職業も出身地も多彩だ。

隣の部屋では、男女数人が和裁を習っている。自分でデザインした機を織る女性もいる。どれも「仕事」ではない。週休五日の「遊び」である。かと思えば、別の部屋では、近くに借りた畑で取れたダイコンを漬物にする作業が進行中。本物の自給自足を目指しているのだ。将来は、綿を栽培して服を作ったり、自分で家を建てたりしたい。ここの人たちは、そんなことを生き生きと語るのだ。

悩みはある。よく宗教・思想団体に間違えられるのだ。
「でも、ここには禁止事項はない。何か買いたい物があれば、五日の休みの間にどこかでアルバイトしたっていいんですから」
土居さんはそう言うのだ。

「これだけが、かつての名残ですね」
四畳半の寝室のベッドの上に、椎名啓悦さん(二四)は、イブ・サンローラン社製の名刺入れを出してみせた。名刺には、あのゲーム機メーカー「セガ」の社名が。六年間、勤務していたのだ。

スポーツカー。ブランドものの洋服。クリスマスイブには彼女とホテルでディナー。ここに来るまでの椎名さんは、そんな贅沢な消費生活を送っていた。
「出費がかさみ、カネがいつもない。なのに、一〇〇%は満足できない。いつもイライラして、こんな生活望んでいない、と思った」

近くの作業場に連れて行ってもらった。木材や金属用の工作機械が並んでいる。ここの人々が「遊び」のために使う場所だ。
「近所のおばあさんが、僕の机を買ってくれたんですよ」
椎名さんは、生まれて初めて作ったという木机をいとおしげに撫でた。いま、木工に夢中なのだ。買えばいい、とかつては思っていたのに。
「仕事で作れと命令されてもやらないでしょう。自由にさせてもらえる時間がたっぷりできて、脳が活性化したみたい」

あくせく働いて買ったスポーツカーで事故を起こし、大怪我をした。そんな経験が椎名さんの転機になっている。働きすぎの過労で一年療養生活を強いられた。仕事で走り回るうちに、妻をがんで亡くした。他にも、多くの人が「何のために働くのか」考え直さざるをえない経験を経ている。ここの人々が口を揃えて語るのは、かつての消費生活で欲しいと思ったものが、実は必要がないと気付いた、という体験だ。

例えば、葉石守さん(三九)。かつてはデザイナーだった。
「旅行やレストランから野菜作りに興味の対象が変わった。子供と過ごすのも、ディズニーランドに行くより一緒にイチゴを作る方がいい。だから何かを『捨てて来た』という感覚がない」

(AERA 96.01.15)





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