きっと、だいじょうぶ。

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きっと、だいじょうぶ。:/20 選択のとき=西野博之

 アラシは、いま22歳。小学3年からの不登校で、中1のとき母に連れられて「たまりば」にやってきた。

 私たちのフリースペースでは、積極的に登校刺激を加えたり、無理に進学を促したりはしない。でも近年、小中学校にはほとんど行っていなくても、高校には通うようになる子が増えている。

 アラシは、同学年の仲間が高校進学を考え始めた頃、「俺も一緒に受ける」とは言わなかった。「いまじゃない」。彼がとった選択は、東京の出版社でのアルバイト生活。本の整理や梱包(こんぽう)、発送など雑務全般。苦手な電話対応も、なんとかこなした。

 バイト生活も2年が過ぎる頃、彼の中で変化が訪れた。「高校に行ってみようかな」。そして、出版社に近い定時制高校に通うことになった。仕事しながらの高校生活。バイトがない日は、フリースペースに来て、仲間と南米のフォルクローレの演奏を楽しんだ。彼はボンボと呼ばれるアンデスの打楽器に興味を持ち、やがてアフリカの太鼓であるジャンベにもはまり、来れば必ず誰かとセッションする日々を送っていた。

 あるとき県と市とNPOが共催で開いた「不登校相談会」の座談会で、彼に体験談を話してもらうことになった。不登校中の親子や教育関係者であふれるたくさんの聴衆を前にして、アラシは語った。

 「不登校がなんだったのか、いまだにわかりません。不登校を“乗り越えた”という感覚ではなくて、フリースペースを中心に出会いが広がっていって、いま、ぼくは幸せなんです」

 この言葉は、居合わせたたくさんの人の心に響いた。目頭をハンカチで覆う母親たちの姿もあった。

 定時制高校を卒業した彼は、いま大学の1年生。彼は言う。「フリースペースでの日々は、特になんということのない日常の暮らし。昼ごはんを皆でおいしく食べて、仲間と一緒に演奏して、ダベっていただけ」。その時間の中で「根拠のない自信」がつくられていったのだと。「どこへ行っても面白いことはあるだろう。面白いヤツはいるだろう」。そう思えるようになった大事な時間であったと。

 いま県立高校の前期試験の発表が終わり、合格の知らせが次々に届き始めた。一方で世の中には、動き出せずに苦しんでいる若者や気をもむ親御さんもいるだろう。皆と同じ時に進学することだけが「正解」なのではない。子どもを信じて寄り添えば、その子の「いま」は、きっとくる。(NPO法人フリースペースたまりば理事長)=次回は20日

毎日新聞 2011年2月6日 東京朝刊

 

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