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天声人語

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2011年3月10日(木)付

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 飛行機による大西洋単独横断のリンドバーグは、米国が第2次大戦に参戦するのに反対して世論の袋だたきにあう。ナチスと近いなど様々にあげつらわれたが、愛する飛行機が空前の大殺戮(さつりく)をもたらす悪夢を予測したのが大きな理由だった▼的中は歴史が証明している。わけても無差別爆撃でおびただしい市民が殺された。ドイツ軍のゲルニカ空爆に始まり、日本軍による重慶、連合国軍によるドレスデン――。惨禍の延長線上に東京大空襲があった。下町を焼き尽くした戦災から今日で66年がたつ▼こうした空襲を、軍事評論家の前田哲男さんは「眼差(まなざ)しを欠いた戦争」と言う。殺す側も殺される側も互いを見ることがないからだ。機上の兵士には「苦痛にゆがむ顔も、助けを求める声も、肉の焦げるにおいも、一切伝わらない」(『戦略爆撃の思想』)のである▼加害の意識は薄らぎ、殺戮のむごさだけが増幅する。その究極が広島、長崎だった。そして今、実際に飛行機にも乗らず、遠い他国に爆弾を落とせる時代になった▼兵士は家族と食事を済ませて出勤し、基地にある「操縦席」で無人機を遠隔操縦する。アフガンの戦場で敵を攻撃し、ミサイルや爆弾を撃ち込む。勤務が終われば子どものサッカー試合を見に出かける。米国での現実の話である▼基地から戦場までは約1万2千キロ。無差別爆撃の非人間性とはまた違う、無機的な、背筋が冷たくなる光景だ。殺したり殺されたりする用に人をあててきた歴史に、人はいつか決別できようか。犠牲者を悼みつつ平和を願う。

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