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[25465] 【インフィニット・ストラトス】一夏は私の嫁
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/23 14:10
あてんしょんぷりーず。


1 このお話はよくあるIF設定。心ひろーく持つ方推奨。
2 原作四巻までは読んでいないとネタバレになるやもしれません。
3 作者はラウラさんが大好きです。シャルも大好きです。


平気だぜ! というかたは【続きを読む】をどうぞ。



[25465] ラウラさんデレ度MAX
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 IS学園。
 グローバルなこの学園に在籍する生徒は、国籍も多様だ。
 黒髪。
 茶髪。
 金髪。
 そして――銀髪。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 見渡す限り女子、女子、女子。そしてまた女子なこの状況下。唯一の男子である織斑一夏は、自己紹介をしていた。
 ……これが針のむしろってやつなのか……客寄せパンダならぬ客寄せ一夏。……なーんてな?
 教室中の好奇の視線に晒されているこの状況。じわじわと精神を削られ、とても下らないギャグを、心の中で飛ばす。
 真ん中最上列。一体誰の悪意があってこんな目立つ、注目を集める場所に配置されていた己の席を恨めしく思いながら、一夏は冷や汗をたらし続けていた。
 そんな中でも、救いはあった。
 顔見知りが二人いた事である。
 一人は幼馴染。
 もう一人は過去に二週間ほど一緒に暮らし、文通を続けていた少女。
 ……箒!
 助けを求めるように、まずは幼馴染に視線を送る。

「……ふん」

 目が合った瞬間、視線を逸らされる。その勢いで、ポニーテールにしている長い黒髪が揺れていた。窓の外の眺める横顔は、どこか不機嫌に映る。
 まぁ要するに、拒絶されたのだろう。
 ……うぅ。ら、ラウラは?
 幼馴染の態度に、嫌われているのかと顔色を青くしながら、一夏が反対側を向く。
 一夏は真横ですぐに、上目の隻眼に迎えられた。
 今度は幼馴染のように逸らされない。
 じぃっと。
 じぃぃぃっと、瞬きするのも惜しむように、赤みがかった右目で一夏を見続けている。
 ラウラは睨むでもなく、その切れ長な目で、何かを訴えているようだった。残念なことに、一夏には圧力は伝わっても、無言の内容は伝わってこない。
 結果。孤立無援な実情を一夏は悟る。
 腹を決め、すぅと一呼吸。周りが一夏のアクションに、過敏に反応する。

「以上です」

 周囲から期待の空振った、ずっけこる音が聞こえた。同時、一夏の頭頂部にチョップが振り下ろされる。

「いっ!?」
「なぜ一番肝心なことを口にしない。それでも私の嫁か」

 周囲から、どよめきの声が上がった。



ラウラさんデレ度MAX



「ラ、ラウラ?」

 懐かしい呼び方に顔をあげると、下手人がむすりと口を尖らせていた。
 少女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。
 昔に比べて伸びた、腰よりも長い、銀を糸にして縫い合わせた様に美しい銀色の髪。ただし無造作に流されているだけなので、お嬢様のような髪、という印象からは外れる。
 左目には医療用などではない、本格的な黒い眼帯をしている。だというのに、顔の造詣の完成度は失われていない。
 引き締まった態度からは、冷静――ともすれば冷たいといった雰囲気も受けるだろうが……今はどちらかというと微笑ましい。身長は女子としても小さいので、一夏にチョップをするために、背伸びをしていたからだ。

「いや、だってな……他に何を言えって言うんだよ」
「何を置くとも、私の嫁であることは宣言しないか。それは嫁としての義務だろう」
「そんな義務初めて聞いたぞ……」
「漫才はそこまでにしておけ」

 直後、先ほどよりも大きく――懐かしい衝撃を受ける。
 体が記憶しているこの衝撃をもたらせる人物は、一夏の記憶に一人しかいない。

「千冬姉!?」
「織斑先生だ」

 間髪いれず、本日二度目の過去との邂逅が訪れた。
 頭を抑える一夏の横、ラウラは直立不動で千冬と向き合っている。

「教官!」
「ボーデヴィッヒ、お前もだ。私はここでは教官ではない。もっと適切な呼び方があるだろう」
「承知しました、千冬義姉様」
「……織斑先生だ。いいな?」
「はっ!」

 軍隊そのものの敬礼をし了承するラウラ。その大仰な反応にため息を吐き、千冬が自己紹介を始める。
 歓声とも嬌声ともつかぬ声を背景に。業種不明だった己の姉の秘密を知った一夏が驚いていると、横で鼻を鳴らす音が聞こえた。

「ラウラ、なんでそんなご機嫌斜めなんだ?」
「……別に機嫌を損ねてなどいない」
「どう見ても機嫌拗らせてるだろ……」

 先ほどの二割増で眼光が鋭い。……だけでなく、柔らかそうな白い頬っぺたが膨れている。

「ああ、あれか。千冬姉が人気ありすぎるからか?」
「それもないとは言わんが、違う」
「じゃあなんだよ」
「一夏のせいだ」

 寝耳に水な発言。一夏は思わず、え、俺? と己を指差した。

「ちょっと注目を浴びたくらいで、私以外の女にデレデレするな。私の嫁の自覚が足りん」
「デレデレなんてしてねぇよ! 困ってたんだよ!!」
「ふん。男はみんなそう言い訳をするんだと聞いたぞ」

 誰にだよおいそいつ呼んで来い。一夏は喉元まで出掛かった言葉をぐっと飲み込んだ。
 クラスメイトの喚声とも歓声とも取れる騒ぎが一段落し、自己紹介が続けられていく。
 取り立てて紹介する必要もないモブの順番が消化され、

「次、ボーデヴィッヒ」
 真打の登場である。
 堂々と立ち上がったラウラは、先ほどのやり取りで期待が湧いているクラスメイトに会釈することもなく。

「ラウラ・B・織斑だ。嫁はそこの織斑一夏」
「待て」
「織斑先生、なんでしょうか?」
「ボーデヴィッヒ。何時から織斑姓を名乗るようになった?」
「無論、一夏と出会ってからです」
「……まだ籍は入れていなかったはずだが?」

 そもそも一夏もラウラも十五歳である。結婚などできようはずもない。
 が、ラウラは勝ち誇ったように胸を張る。

「日本に婿入りという習慣があるのは理解しています。将来のためにも、今のうちから慣れておいたほうが良いかと」

 あくまで俺が嫁なのか、という一夏の発言はスルー。

「そう簡単に一夏はやらんぞ?」
「貰いません。奪います」

 両者真っ向から眼力勝負。
 余裕綽々で、楽しげな笑みを浮かべる千冬。対するは不敵な笑みで迎え撃つラウラ。
 教室全体を、二人が醸す重圧が支配する。いまや二人以外の傍観者に許されているのは、息をして事態の推移を見守ることのみ。

「あー、二人とも?」

 唯一の例外である一夏が声をかける。どこからか冷気を伴った視線が刺さってきたが、気合で事態の沈静化を図った。
 甲斐あって、まず千冬から肩の力を抜いた。

「……まぁいい。とにかく自己紹介をやり直せ」

 銀色が上下に動く。

「現在はラウラ・ボーデヴィッヒだ。将来はラウラ・B・織斑になる」

 スパン!!!!
 学園の隅に至るまで、出席簿を頭めがけて振りぬいた音が響き渡った。



 一夏が疲れきった体で割り振られた部屋に向かうと、そこには先客が存在していた。
 幼馴染である、篠ノ之箒だ。
 すったもんだの挙句、撲殺されかけた一夏が命からがら廊下へ逃げると、騒ぎを聞きつけた女子の皆様にお出迎えされる。

「なにをしている」
「……ラウラ!!」

 女子の垣根を割って姿を現したのは、見知った銀髪。
 一夏の表情が、地獄に仏とばかりに明るくなった。穴の開いた扉から駆け寄り、手短にこれまでの経緯を説明する。

「まったく、早く部屋に戻ってこないかと待っていたというのに……浮気か?」
「なんでそうなるんだ……って、部屋で待っていた? この部屋じゃなくて?」

 ラウラは鷹揚に頷き、

「お前の部屋は私と一緒だ」

 嫁なのだから当然だな、と得意げに胸を張った。
 一夏がはてと首を傾げる。

「けど、この資料には俺の部屋はここだって記載されているんだが……」
「記入ミスだ」
「……そうなのか?」
「ああ。私がいち早く発見し、誤表記を正させた」

 物言いにどことなく不穏当なものを感じた一夏だったが、問いただすより先に行くぞと襟首をつかまれる。
 ……まぁ、女子の囲いから抜け出させたし、いいか。そういえば荷物はどうなっているんだろうなぁ。あ、箒はほとぼり冷めたら謝ろう。
 などと暢気に考えつつ、引きづられていく一夏だった。



 まだ機嫌を損ねていた箒をなだめ、謝り、やっと一息ついた一夏が、ベッドに倒れこむ。
 脱力しきった状態で横を向くと、隣のベッドに腰掛けたラウラの姿。

「まさかラウラまでこの学園にいるとはなぁ」
「本当は転校してくる予定だったのだがな。上に掛け合って予定を早めさせてもらった」
「ふぅん。なんか、色々大変みたいだな」
「その甲斐はあったがな」

 ふっ、と口元だけでなく、目元も緩ませ、ラウラが笑う。
 元々、氷で作られた彫刻のように整った美貌を持つラウラだ。加えて、常から浮かべるのは皮肉るような笑みであることが多い。
 ……やっぱり、可愛いよな。ラウラって。
 普段見ない類の笑い方に、一夏は事実を再確認する。

「……そうじろじろ見るな。惚れ直したか?」
「いや違うから」

 これからは同居人なのだからと、シャワー時間の取り決めなどを行う。
 ラウラは一緒にすませればいいのだと主張したが、一夏が断固拒否をした。その際、拗ねたラウラの機嫌をなおすのに、昔同様ココアが有効なことを発見する。
 夜も更け、廊下を出歩く音が響かなくなった頃。一夏が就寝の準備をすませた。

「そろそろ寝るよ。ラウラ、おやすみ」

 ラウラは若干の間を空け、ん、と頷く。
 ガラリと浴室の扉が開く音がした。一夏は先に浴びさせてもらったので、ラウラはこれからだ。
 カラスの行水のように短い時間で、水音が止む。
 再び浴室の扉が開けられた。部屋の中で、ラウラが髪の毛の水分を、わしゃわしゃと拭き取る音が聞こえ――そのまま一夏と同じ布団に潜り込んできた。
 ぎゅっと一夏の胴に腕が回される。そのままがっちりとホールドに移行。

「ふむ、意外と大きく逞しいものだな。一夏の背中は」
「らら、ラウラ!?」

 使った石鹸の香りなのか。これまでに嗅いだ事のない、いい香りが一夏の鼻腔を満たす。

「なんだ?」
「なんだじゃないだろ! なんで俺の布団に潜り込んでくる!!」

 混乱したまま首だけ後ろに回すと、何を言ってるんだこいつは、なんて視線に晒された。
 あれ、俺がおかしいの? と疑惑に駆られたが、そんなものを吹き飛ばす衝撃が襲い掛かってきていた。

「し、しかもお前、裸!?」

 抱きつかれた感触的に、衣服を着ていない可能性が濃厚だ。小さいながらも柔らかな弾力を持った物体が、背中に押し付けられている。
 正確には裸ではないのだろうが。眼帯は目に見えるし、太もものレッグバンドの感触は伝わってくる。だからどうしたという気もする。
 仕様のない奴だ。目で語るラウラ。

「日本人の癖に常識に疎いのだな、一夏は。夫婦とは包み隠さぬものなのだぞ?」
「いやそれは意味が違う!」

 この偏ったラウラの日本観はいったい誰が吹き込んでいるのか。もしも元凶に出会ったら説教をかまそうと一夏は心に誓った。

「いいから服を着ろ! 風邪引いたらどうするんだ!」
「寝るときに着る服がない」
「俺のシャツやるから! それ着ろ!」

 ぴくり、ラウラの眉が動く。

「……わかった」
「あー、じゃあそこのバッグの中に入ってるから。適当に選んでくれ」

 背後からごそごそと聞こえる音を、一夏は全力で目を瞑りやりすごす。

「着たぞ」

 振り向くと、ラウラは一夏のTシャツの中でも、真っ白で大きめの物を選択していた。
 裾が膝近くまである。早い話がだぼだぼだ。
 水に塗れた髪は生渇きのようで、光を弾く銀髪が艶やかに艶かしい。

「……なぁ、ラウラ?」
「なんだ? こ、この服はもらったのだからな? 返さんぞ」

 了解と手を振る。
 それは別にいい。裸状態が解除されるのならば妥当な犠牲だ。

「本当に服がないのか?」
「嘘を言ってどうする」

 ラウラがベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばす。置かれていたバスタオルを取り、寝起きはこれを体に巻き付けるつもりだったと説明した。
 あまりに年頃の女の子らしからぬ服装事情に、一夏が眩暈がしたように額を抑える。
 が、すぐに気を取り直して膝を叩いた。

「よし、行こう」
「行く?」
「ああ。早めに服を買いに行こう」
「嫁のか?」
「ラウラのだよ!」

 ラウラにとっては、どこまでも他人事らしい。
 可及的速やかにラウラの服装事情を一般化させないと、一夏の精神が持たない。
 もしかしたら慣れるかもしれないが……同い年の女の子が裸で寝ていることに慣れるなんて、それはそれで問題だ。

「……む? ということはもしや、一夏が私の服を?」
「そりゃ誘ってるの俺だし。センスは保障しないけど……ラウラは素材がいいからな。俺が多少変なコーディネート選んでも、見れると思う」
「そ、素材がいい?」
「ん? ああ。ラウラは可愛いからな」
「か、かわ!? そ、そう……か。それは、その……」

 ラウラはごにょりと口ごもり、俯いてしまった。

「ラウラ、どうした?」
「な、なんでもない! 一夏が服を選んでくれるのが待ち遠しいだけだ!」
「お、おう? そうか」

 赤い頬のまま、寝る! と宣言したラウラが、再び一夏の布団に潜り込んできた。どうやらこれを譲る気はないらしい。
 一夏は覚悟を決め、布団を頭から被る。
 長い夜になりそうだった。





 アニメ登場はまだかまだかと舞っていたら……。ラウラ好きが高じて拗れた。シャル早く出ろ。
 矛盾? キャラ崩壊? はしょりすぎ? ネタだしご勘弁。続くかどうかはわからない。






『ク、クラリッサ、クラリッサ・ハルフォーフ大尉。聞こえるか?』
『こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉、受諾しました。ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長、いかがなさいましたか?』
『その、だな……わ、私は素材がいいらしい……ぞ?』
『――隊長。まずは状況把握をしないことには。一から詳しく事細かに、経緯を一言一句違わずにお願いします』
『そ、その、だな―(略)―ということなんだ』
『なるほど……その言葉、偽りはないようですね』
『そ、そうか!? そう思うか!?』
『隊長から聞き入れた情報を総合するに、おべっかは苦手なタイプだと見受けられます。その場を凌ぐ為に適当なことを言ったというよりは、本心からの可能性が高いでしょう』
『う、む……うむ。一夏はその通りの性格だ。よく言えば実直。悪く言えば単純だからな』
『時に隊長』
『うん?』
『週末のショッピングには、どのような服を着ていくおつもりで?』
『軍服か制服だが。そもそも、これしか持っていないから一夏が選んでくれるという話になったのだ』
『――なんと愚かな』
『お、愚かだと!?』
『学生同士の最初のデート。それも休日という、学生の身分から解放される日に制服でのデートなど言語道断! 普段の画一的な格好から開放された姿でなくては、あれ、こいつこんなに女らしかったっけ? と胸を高鳴らさせ、異性を感じさせることなどできはしない!!』
『――!? し、しかし……ならば私はどうしたら……』
『……週末までは五日ほどありますね。ご安心を。それまでに私が――いえ、隊の全員が選び抜いた、隊長に似合う服をお届けします』
『ほ、本当か?!』
『ただし、私たちがお送りするのはただの一着のみです。それ以降は、意中の彼に選んでもらってください。ああ、選んでもらった服を着用した隊長の写真は、配送を忘れずにお願いします。今後の作戦の参考用にです。ええ、それ以外に他意はありません』



[25465] ラウラさんは沸点が低い
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 白んだ空に、一夏が虚しい勝利を手にした翌日。
 食堂で、一夏が大あくびをしていた。

「しゃんとしろ。私にまで恥ずかしい思いをさせるつもりか?」
「……ああ、すまん」

 横に座ったラウラに注意され、目を擦って眠気をかき消そうとする。
 多少ましになったところで、いただきますと礼をした。ラウラも倣い、手を合わせる。
 一夏とラウラが頼んだのは焼き魚定食だ。ほどよく皮に焦げ目のついた魚が、朝から食欲をそそる。

「お、これうまいぞ!」
「うむ……こういうのは素材を引き立てる、と言うのだったか」

 ラウラは箸を使い、器用に身をほぐしていた。

「ラウラって箸使えたんだな」
「訓練したからな。日本に住むにしろドイツに住むにしろ、嫁が毎日作るみそ汁を飲むのは、婿の義務だ」

 日本食なのだからな、と事も無げに言い放つラウラ。
 ……本当に、誰がそんなこと吹き込んでるんだ?
 一夏の疑問は深まるばかりである。
 と、一夏は視界の片隅に、箒の姿を捉えた。おーい! と手を振り、存在を告げる。
 箒も気がついたようで一歩、二歩と近づいて――はっとしたような表情を作った後、そっぽを向いて遠い席に行ってしまった。

「……なんだ? 箒のやつ」
「さあな。む、く……」
「ラウラ?」

 横から若干の苛立ちとが混じった声が聞こえてくる。
 一夏は、ラウラの手元に目を落とす。ああ、なるほどと合点がいった。煮豆がうまく掴めないらしい。

「焼き魚はほぐせるのに、煮豆は取れないんだな」
「こいつがつるつるとしているからだ」

 折り悪くも、寮監として現れた千冬が、時間が迫っていることを告げる。
 大抵の学生が食べる速度を上げているのだが、ラウラの小鉢に盛られた豆の数は減っていかない。
 見かねた一夏が、横合いからひょいと摘んでラウラの口元に運ぶ。

「ほら、ラウラ」
「う、うむ」

 ラウラがその小さい口を開き、一夏の箸を口に含んだ。
 そのままもぐもぐと咀嚼。

「……ん。その……す、すまないな」
「このくらいどってことないさ」

 残りもいいかと聞かれ、一夏は快く引き受ける。
 ラウラは肌が白いため、頬の薄紅が一層際立つ。昨日の夜、裸で抱きついてきても堂々としていたラウラが、このくらいで照れているというのは不思議な感覚だった。
 悪い気はしない。反対に微笑ましくさえ思えてくる。
 ……なんか、小動物に餌あげてる気分になってきた。
 全ての豆を食べ終えたラウラと一夏は、共に食堂から移動する。時間が押しているので早足でだ。
 ――どこからか、ばきりと。何かが壊れた音が聞こえた。



 教室にて。
 一夏は、今日も冷や汗を流し続けていた。
 副担任である山田麻耶先生による授業が、さっぱりと理解できないからである。
 朝御飯をしっかりと食べ、頭の回転はばっちりなはずなのだが、何を言っているのかわからない。疑問が疑問を呼びもはや何がわからないのかもわからない状態に陥っていた。
 周りのクラスメイトは、皆授業についてついていっている。
 IS学園に入学するには、高い倍率を誇る入試を通らなければならない。狭き門をくぐった入学生が優秀なのは自明の理だ。
 不甲斐ない自分の頭に絶望していると、挙動不審に気がついたらしい。麻耶にどこかわからないところがあるのかと訊ねられた。
 ……隠しても仕方ないか。

「ほとんど全部わかりません……」

 頭たれながら白状する。さすがに全体がわかっていなかったという回答は予想外だったらしく、麻耶のほうがうろたえてしまった。
 その後、千冬からの質問に素直に答えると、驚愕の事実が発覚した。
 一夏が一週間前に古い電話帳と間違えて捨ててしまった本は、事前に予習しておかなければならない教材だったらしい。
 お叱りの言葉が、出席簿とともに降ってくる。

「必読の物を捨てるな馬鹿者が。あとで再発行してやるから、一週間以内に覚えろ」
「いえ、織斑先生。私のものを渡します」

 それを貸すから、再発行は不要とのこと。ラウラ自身は、今更基礎を読み返す必要がない。

「部屋に戻ったら、基礎を教え込んでやろう」
「ラウラ、いいのか?」
「ああ、もちろんだ。ふふん、腕が鳴る」
「……お、お手柔らかに頼むな?」

 一夏の頼みには応じず。ラウラがふふ、と得意げに笑う。

「嫁の面倒を見るのも夫婦の仕事のうちだからな」

 どうも悦に入っているらしい。一夏は、スパルタにならないことを全力で祈った。
 千冬から心構えを説かれ、一夏は改めて気を引き締める。手助けしてくれる存在もいるのだ。これくらいでへこたれてはいられなかった。
 なんとか授業を乗り越えた一夏は、机に伏せ、休み時間を満喫しようとしていた。
 昨日から女子の視線がちくちくと刺さりまくりなのだ。今のうちに気力を回復させておかなくてならない。
 が、

「ちょっとよろしくて?」
「んあ?」

 気の抜けていたところに声をかけられ、変な声が出る。

「まぁ、なんて返事かしら。このわたくしから声をからられる光栄を存じませんの? それ相応の態度をとるべきでしょう?」

 磨かれた宝石のような碧眼が、つり目気味に一夏を映していた。
 腰まで流れる豊かな金髪に、わずかに掛かったロール。腰に手を当てる様が似合っているところも合わさり、高貴な雰囲気を醸し出していた。いいとこのお嬢様なのかもしれない。
 正直、一夏の苦手なタイプだった。ISができてからというもの、女性=偉いという風潮が世界的である。目の前にいる女性が高圧的なのも、同じ理由だろう。
 そんなもの、暴力と何が違う。

「何故一夏がお前などを相手にしなくてはならん。貴様こそ身の程をわきまえたらどうだ?」
「な――なんですって!?」
「こらラウラ! 初対面の相手に失礼だろ!」

 一夏が叱ると、ラウラがそっぽを向いた。自分は悪くないと思っているらしい。
 あとでもう一度言って聞かせるかと考えながら、セシリアに向き直る。

「悪いな。で、君は誰だ?」
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「あ、セシリアって名前なんだ。よろしくな」
「昨日の自己紹介を聞いていなかったんですの!?」

 そんな余裕が昨日の一夏にあるはずがない。ラウラと千冬のショッキングさで、他の全ては吹っ飛んでいた。

「で、代表候補生ってなんだ?」

 瞬間。セシリア含め、様子を窺っていた全員が動きを止めた。
 ISに関する知識ゼロの一夏が、そんなに素っ頓狂なことを言ってしまったのかと頭を掻いていると、後ろの席のクラスメイトが補足してくれる。
 専用機を用意されるとは、個人にISが用意されるということ。
 端的に言ってしまえば、エリートなのだと。
 額に青筋を浮かべていたセシリアだったが、一夏が理解したと見るや余裕を取り戻す。自らの偉大さを認めたと思ったのだろう。

「まったく、無知とは罪でしてよ? まぁ、どうしてもと泣きついてくるのなら。選ばれた存在である私が、ISについて教えてあげてもよろしくてよ? なにせわたしく、唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 やけに唯一が強調されていた。自慢したい体がありありと見える。
 けれど、そんなものはラウラになんの効果もない。

「一夏にお前の世話は必要ない。代表候補というのなら、私もドイツの代表候補生だ」
「……さっきからなんなんですの? あなたは」

 セシリアが苦い顔をする。会話を邪魔されているだけではなく、自分以外に代表候補生がいた事にも起因しているのだろう。

「ラウラ・B・織斑。貴様とて自己紹介を聞いていないではないか」
「ああ、思い出しましたわ。織斑先生に頭を叩かれていたお馬鹿さんでしたわね」

 またも険悪な空気が流れ始めようとしたので、一夏が話題を変える。

「入試ってあれだろ? ISを動かして戦うやつ」
「……むしろ、それ以外の入試を教えてほしいところですわ」
「俺も倒したぞ?」
「……は?」

 セシリアがまん丸な目を披露した。
 ラウラはラウラで、私の嫁なのだから当然だな、と呟いていた。
 再起動を果たしたセシリアが、震える唇で真偽を問う。

「た、倒したって、教官を?! あなたも?!」

 一夏は、試験の時を思い返した。
 突っ込んでくる教官。
 避ける自分。
 壁にぶつかり、動かなくなる教官。
 ……。

「たぶん」

 そんな、とセシリアがうちひしがれる。意外と打たれ弱いらしい。

「唯一と聞いていましたのに……!」
「女子ではってオチじゃないのか?」

 一夏の余計な言葉に、セシリアの眦が上がる。

「あり得ませんわ! あなたみたいな、知的のかけらすら感じない期待はずれな――」
「――貴様、いい加減にしておけ」

 怒気を隠そうともせず、ラウラがセシリアを睨みつける。気圧されたセシリアが、ジリと後ずさった。

「おい、ラウラ? 落ち着けって」
「私は落ち着いている。手早く、確実にこいつの舌を引っこ抜こうとしているだけだ。夫婦とは一心同体。嫁への侮辱は私へのものと同等。いや、それ以上だからな」
「あー……まぁ、気にしてないっちゃ嘘になるが……ラウラが怒るほどのことじゃないって」
「いいやそんなことはない」

 言外に止めるなと注意されている。冷静に見えるくせに熱くなっている。完全に頭に血が昇っているようだ。

「表に出ろ。嫁への侮辱をその身で後悔させてやる」
「あ、あら。あなた程度が何を後悔させてくれるのかしら?」

 呑まれることを無様と感じたのか。セシリアが引き攣りながらも笑みを浮かべ、正面から挑戦状を受け止めた。

「盛り上がっているところ悪いが」

 パパシーン!!!! 乾いた音が、金と銀の頭から発せられる。

「すぐに次の授業が始まるだろう。そういうことはせめて放課後にしろ」

 とんとんと出席簿で肩を叩きながら千冬がうずくまるラウラとセシリアを見下ろし、言葉を被せる。

「それとわかっていると思うが……ISの指定区域以外での使用は禁止されているからな?」

 一瞬、ラウラの肩が動く。しかし表情には出さず、わかっていますと告げる。

「ああ、それとボーデヴィッヒ。荷物が届いているから、後で取りに来るように」
「――!! 了解しました!!」

 やけに気合の入った返事に、千冬が訝しげに眉を寄せる。が、すぐに表情を引き締め、教員としての責務を果たし始めた。
 だがしかし。授業を始める前、千冬が何かを思い出してぽんと手を打った。決めなければならないことがあるらしい。

「クラス代表?」

 またもや聞きなれない単語である。
 なんでも再来週にあるらしい。それに出る代表者は、一年間クラス長を勤めることになるらしい。
 一夏は事前知識がゼロなので意味は知らない。ただ委員長みたいなものかと思っているだけだ。
 面倒そうだなぁと他人事に考えていると、その代表に自分が祭り上げられようとしていた。

「お、俺!?」

 思わず立ち上がると、周りから期待と興味の入り混じった視線が注がれる。
 理由は男だから。
 ……なんというありがた迷惑なんだ。
 無責任なクラスメイトの期待に、一夏は思わず頭を抱えたくなった。このままで、無投票当選になりそうである。
 推薦されたことを辞退しようとするも、千冬がばっさりと切り捨ててくる。

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 バン! と机と叩いて立ち上がったのは、セシリアだ。
 最初こそ一夏の目に救いの女神に映るセシリアだったが……興奮し、凄まじい剣幕で罵倒を始めてくる。
 カチン。
 一夏の頭の中で、何かが打ち鳴らされたような擬音が響く。

「イギリスが世界に誇れることってなんだよ。料理がまずいってことくらいか?」

 気がつけば売り言葉に買い言葉。思わず言ってしまった余計な一言が火種となり、勝負へと発展してしまった。
 言ってからやってしまったと後悔するが、一度はいた唾は飲み込めないのだ。
 一夏は覚悟を決め、怒り心頭のセシリアから決闘を受け入れる。
 ハンデをつけるかと一夏が提案すると、クラスメイト全員から本気で笑わられてしまった。
 ISを動かすことができる女子は、世界的強者だ。セシリアの嘲笑とクラスメイトの苦笑に意地になった一夏は、 ハンデを拒否。真っ向勝負を提案した。
 セシリアも嘲り混じりにそれを了承。千冬が間隙を見計らい、手を打ち鳴らす。勝負は一週間後の月曜に決まり、一夏は周りのクラスメイト共々席に座り、授業の開始に意識を集中しようとする。

「安心しろ、一夏」
「ラウラ?」

 小声で話しかけられ、一夏が驚く。ラウラは授業、特に千冬の教えは聞き逃さないようにしていたからだ。

「安心しろって、なんのことだ?」
「嫁の癖に、私が言ったことをもう忘れたのか?」
「ラウラが言っていた……? って、なんだっけ」
「私がISの基礎を叩き込む」

 ラウラが、口の端を持ち上げた。

「故に、一夏に敗北はない」

 淡々と。しかし自信に溢れた声でラウラが宣言する。
 下手な男より男らしく凛々しい横顔に、一夏は思わず見惚れそうになった。

「私の受けた屈辱も託すことにしよう。ふふ、一夏ならできると確信しているぞ?」
「……了解。期待に添えるように頑張るよ、教官殿」

 一夏は思わず笑ってしまう。
 ここまで信頼をおかれているのだ。応えられなければ男が廃るというもの。一夏の中で決闘に負けられない理由が一つ、追加された。




 続いちゃいました。オリジナル休載してる身分で。てへ。
 続いた以上、シャルの優遇は確定されました。
 シャルの優遇は、確定されてしまいました。この作者、シャルが好きだからーーーー!!!! 
 下手するとタイトルが『僕は一夏のよ、よめ……。な、何言ってるんだろうね、僕は!』に変更されてたかもしれないくらいにーーーー!!!!



「私だ」
「受諾。こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です。如何なされましたか? 隊長」
「荷物を受け取った。驚くほどの速さだったぞ」
「お褒めの言葉、恐縮です。こちらもそれだけ本気だった、ということです」
「私はいい部下を持っ…。誇りに思うぞ」
「部隊の全員が選んだ洋服です。隊長の嫁も気にいるかと」
「うむ、世話をかけるな。あとは買い物の日を待つのみだ」
「時に隊長。彼とは普段、どのように過ごしているのですか?」
「どうとは? 特に変わりはない。何時も通り過ごしているが」
「――隊長は、雅というものを理解していないようですね」
「み、雅?」
「日本人とはギャップに弱いもの。普段と変わらず過ごしては、隊長の意外な一面に胸を高鳴らせることなどできはしない!!」
「――!? し、しかしそう言われても、私は、その……どうしたら……」
「……これはまだ、隊長には荷が重いやもしれません。まずはありのままの隊長をアピールしましょう。それからでも遅くはありません」



[25465] ラウラさん初デートに挑む
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:02
 クラス代表決定戦が行われることが確定したその日の放課後。
 一夏はラウラに連れられ、アリーナへと来ていた。
 来る途中、すれ違うたびに女子から声を掛けられそうになったり掛けられたりしたのだが、ラウラが睨みを効かせていたため、いずれも挨拶を交わした程度で離れていった。

「ISの基礎知識はともかく、操縦の仕方は体得するしかない」

 空の開けているアリーナからは、燦々と陽光が降り注ぐ。
 一夏は先に支給されたISスーツを着、その光を一身に浴びていた。

「ん? じゃあ、今日はどうするんだ?」
「一夏の専用ISは届いていないからな。今できることをする」

 今できること? 一夏が首を捻る。
 まずは、と同じくISスーツ姿のラウラが集めた情報を開示する。

「セシリア・オルコットの専用IS名はブルー・ティアーズ。砲撃戦仕様、特にレーザー兵器による射撃戦を好む機体だ」
「へぇ……ラウラよく知ってるなぁ」
「情報収集は戦の基本にして最重要項目だぞ?」

 覚えておけと胸を小突かれた。

「一夏は戦闘経験は皆無と言っていいだろう。だから、まずは射撃に慣れてもらう」

 慣れる? 嫌な予感を覚えつつ、一夏がまたもや首を捻った。

「よく見ていろ、一夏」

 ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が展開された。

「へぇ、それがラウラのISか。黒いんだな」
「感想なら後で聞くぞ?」

 再度見ていろと注意された。
 ラウラがレールカノンを宙に構え――ガオン! 轟音と共に、大気を切り裂くように弾が撃ち出される。

「弾が見えたか?」
「……多少? 軌跡が見えたくらいだな」
「では、撃たれたのを見てから避けられると思うか?」
「そりゃ無理だ。距離にもよるだろうけど」
「そうだ。故に、避けるためには発射前の銃口の位置から察するしかない」
「撃たれる前にその位置から移動しろってことか」

 うむ、とラウラが満足気に頷く。答えはお気に召したらしい。

「無論向こうもそれを予期して射撃をしてくる。そうなるとものをいうのは感と経験だ」
「……あー、なぁ、ラウラ? 今日の特訓って、もしかして?」

 返事の代わりに、ラウラがカノン砲を構える。

「撃つから避けろ。今日の訓練はそれだけだ」
「待て! それ死ぬだろ! 実弾だろそれ!」
「大丈夫だ。私が嫁を殺すものか」
「そ、そうか?」
「なに、起き上がれなくなっても、私が風呂からなにから世話をしてやるから安心しろ」

 くく、とラウラがサディスティックな笑みを浮かべる。
 何一つとして安心できない!! そんな一夏の絶叫と、カノン砲の重音が重なった。
 ちなみにカノン砲を使った一発は一夏大きく外れていた。実際の訓練は軍隊仕込みの基礎鍛錬である。
 ……ラウラも、ジョークをするくらいに柔らかくなったんだなぁ。
 あとはもう少し披露する場を考えてほしい。切に願う一夏だった。


 そんな調子で一夏が扱かれて日々は過ぎていった。
 もう一度寝れば決闘の当日になる日曜日。澄み渡った空は、まるで外出することを推奨しているかのように心を誘う。
 体調管理も勝負のうちと、今日の訓練はなし。一夏とラウラは、前々からの約束通り、洋服を選びに町へと繰り出そうとしていた。

「その、だな、一夏。着替えるから、少し外にいてもらえないか?」

 朝食を食べに着替える途中、予想外の言葉に、一夏の体が固まった。
 が、それも一瞬。

「あ、ああ、気がつかなくてすまん」

 すぐに再起動を果たし、早足で部屋から出て行く。
 普段、ラウラは一夏がいようとお構いなしに着替えを始める。一夏の方が気を使って出て行っているのだ。
 ……日頃から言って聞かせていた効果が出たのか?
 一夏がぼんやりと今日巡る店の候補を決めていると、扉が内側からノックされた。着替えが終わったらしい。

「お……」

 出迎えたラウラは、腰の辺りに大きなリボンがついた、白いワンピース姿。袖やスカートにつけれれた小さなリボンがアクセントを添えている。
 シンプルながら、女の子らしい華やかさを十分にもつ姿だった。

「じ、じろじろと見るな……」

 いつもの堂々とした態度はどこへ雲隠れしたのか。両手を前でもじもじとさせていた。

「こんなひらひらの服、着慣れていないし、おかしいかもしれないが……」
「いや、可愛いぞ。よく似合ってるよ」

 ラウラの肌は白い。髪も銀髪だ。白一色に染まったラウラは、新しい一面を一夏に見せ付ける。

「……ん。そ、そうか」

 褒められ、ラウラがそっぽを向いた。――口元を緩ませ、頬を鮮やかに変えながら、である。
 ……なんか新鮮だな。
 恥らうラウラの姿は、一夏の脳裏にしっかりと焼きつけられた。

「問題ないのだな?」
「ああ」
「……どう問題ないのだ?」
「ん? だから、その白いワンピース、ラウラによく似合ってるぞ。どこもおかしくない」
「そ、そうか。似合っているのか。うむ、ならば問題ないな」

 胸の前で腕を組み、仁王立ちしたラウラがうむうむと頷く。
 そのラウラの表情とは裏腹に、一夏は少し渋い顔をしていた。

「おかしくはないんだが……なぁラウラ、その眼帯って外しちゃいけないのか?」
「気になるのか?」
「街に出るにはちょっと浮くかな、って思っただけさ。ラウラがその眼を好きじゃないっていうのは聞いてるし、外せなんて無理強いはするつもりないぞ?」

 でもなと、一夏が真正面からラウラを見据える。黒い眼帯の下。金色の瞳が透けて見えた気がした。

「俺はその眼をラウラに好きになってほしいと思う。だって自分の身体の一部だぜ?」
「一夏……」
「風呂上りとかに少し見せてもらうことあったけど、俺は綺麗だって感想しか浮かばなかったよ。隠すなんてもったいないって思うくらいにな」
「――ッ!! ま、まったく! お前というやつは……!」

 ラウラは全身の筋肉を無駄なく使い、一夏が反応する間もなく一瞬で懐に潜り込む。そのままぽふりと抱きつき、ラウラが一夏の胸に顔を埋めた。

「どうしそう、女の心を揺らすのだ」
「なんのことだ?」
「……そんなことを言われたら、余計に外せなくなるということだ」
「なんでだよ?」
「この眼を綺麗と思ってくれるのは、一夏だけでいい」
「嫌いだから他の人に晒したくない、とかではなくて?」
「一夏が綺麗といってくれた眼だ。……まだ完全に嫌悪感は消えないが、薄まってはいる。ふふ、我がことながら、こんな現金な性格だとは知らなかったぞ?」
「そっか。それはなによりだ」
「うむ。では、行くか。時間がもったいない」

 ラウラの小さい手に引かれ、一夏が歩き出した。



 やってきたのは駅舎でもあるショッピングモール。小店から大手まで、色々な店が並んでいる。

「……相当な人の数だな」
「そりゃ休日だしな」

 ちなみに手は繋いだままである。ラウラに限ってないとは思うが、この人混みではぐれる可能性もあるからだ。
 案内図を見、適当にレディースの店を検索。一番近い店に入る。
 店内は女子中学生と女子高生で溢れていた。見る限り男性は一夏のみ。居心地の悪さを感じたのだが、しっかりとつながれたラウラの手が離してくれない。

「いらっしゃいま……せ……」

 笑顔で出迎えた店員の表情が、驚愕に固まった。そのまま、ほぅ、と魅了されたような吐息が漏れる。
 店員の反応で気がついたのか、辺りからも人形のようだと注目を浴びる羽目になった。
 ……まぁ学校でも似たようなもんだしな。
 注目を集めているのがラウラなだけましだと割り切る。
 実際には恋人にしか見えない一夏にも興味の視線が集まっているのだが……ラウラの付き添いとしか思っていない一夏は気がつかない。
 周りの様子を気にも留めていないラウラが、適当に店の中をうろついていく。

「お、ほら、これなんかどうだ?」

 その最中、一着、二着。服の種類すら知らない一夏が、感性だけで服を選んでいく。

「またスカートか。さっきから一夏が持ってくるのはスカートばかりだな」
「同い年の女の子の服装なんて、俺はよく知らないからな。ラウラに似合いそうなの選んでるだけだよ」
「……そう言われては反論できないではないか」

 嬉しそうに悪態をつき、ラウラが籠に服を入れる。

「ラウラ、試着したらどうだ?」
「面倒くさい」
「でもサイズが合ってなかったら困るだろ?」
「多少合っていなくても着れる。それに成長しても買い換える手間が省けるではないか」

 そういう問題じゃないんだが、と一夏が眉を逆ハの字に寄せる。

「お連れの方も、きっと御試着なされたお客様の姿を楽しみにしていると思いますわ」
「む、そうなのか?」

 いつの間にか近寄ってきた店員が、話を合わせて! と必死な眼で懇願してきた。

「あ、ああ。見てみたいな」
「ふむ、ならば着てみるとしよう」

 先ほど一夏が選んだ服を手に、ラウラが試着室に消える。
 はぁ、とため息をひとつ。一夏が店員に感謝の言葉を送る。

「あー、すみません。助かりました」
「いえいえ、こちらこそ眼福――げふん。ところでお客様、女性物について知識がおありで?」
「いや、さっぱり」
「でしたらあの子のコーディネート、私に任せてもらえませんか!?」

 ずずぃと詰め寄ってきた店員の瞳が、情熱で燃えていた。
 断る理由もない。一夏は快諾した。
 その後、熱に浮かされたように服を持ってくる店員に、ラウラが一夏に趣味を訊ねながら購入する服を絞っていく。
 当面は十分かといった着数を選び、

「さて、後は寝巻きだな」
「あるからいらん」
「あるって……あれ俺のシャツだろ? ちゃんと体に合ったものにしたほうがいいんじゃないか?」
「いらんといったらいらんのだ」
「そっか。なら、まぁいいのか?」

 パジャマの購入は卯木の機械になりそうだった。そのまま会計を済ませる。

「一夏、私の荷物なのだから私が持つぞ」
「これくらいはいいって。それより、本当に払わなくてよかったのか?」
「専用機持ちは給金が出るからな。それに、あの金額を払えたのか?」
「……う」

 ラウラのことを気に入ったらしい店員が値引きはしてくれたのだが、それはそれ。元からかなりの値段がする服を大量に買ったのだ。一夏としても貯えがないわけではないが、あの金額はぽんと出せる額ではなかった。

「夫婦間でどちらが金を出すかなど、気にする必要もないだろう。いずれは共有財産になるのだからな」
「いや、個人の金ってのは大切だぞ? その人の働きに対する正当な報酬なんだからな?」
「ふむ。まぁもう払ってしまったのだから議論しても仕方ないだろう。それより、このあとどうするんだ?」
「もう学園に戻るってのももったいないな。どっかで飯食って、店回ろうぜ。日用雑貨とかも買いたいしな」

 一夏たちは朝早く出たのだが、買い物を終えた頃にはちょうどお昼時になっていた。
 人が出てくる時間だからか、人混みも一層密度を増している。一夏は承知したと頷くラウラに手を差し出す。ラウラも自然な動作で一夏の手を握った。




 アニメに鈴きたーーーーー!! テンションあがってきたぜ―!!!
 作者の書く話にしては長くなったので切ります。続きは近いうちに。
 シュヴァルツェア・レーゲンって小型兵器持ってないよね。取り回し難しそう。



[25465] ラウラさんの敵は転校生
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:03
 クラス代表決定戦は、相打ちに終わった。
 雪片で切りかかり、セシリアに一撃を与えた瞬間、両者シールドエネルギー切れ。
 世にも珍しい相打ちの瞬間、千冬以外の観客、当事者全員が何が起こったのかわからず、唖然としてしまった。
 千冬から大馬鹿者にランクダウンした呼び方で出迎えられ、敬いのまったくない労いの言葉を頂いた後。
 疲れた体を引きずって控え室に戻ってみれば、怒りのオーラを撒き散らして仁王立つラウラが待っていた。

「この愚か者め。だからフォーマットとフィッティングが終了するまでは回避に専念しろと言ったのだ。一次移行してからが本当の勝負だと、しっかり伝えたはずだがな」
「う……面目ない。でもほら、ビットは落とせたじゃないか?」
「変わりにミサイルを貰ったのでは意味がない。ふむ……どうやらISの操作の前に、戦いの心構えを教える必要がありそうだな。明日から覚悟しておけ?」
「……了解しました、教官殿」

 引きつった笑みを浮かべてしまうが、むしろ一夏から頼みたい内容だった。
『俺の家族を守る』
 クラス代表決定戦で言った言葉を、嘘にしないために。

「それとだな、一夏。その……お前の守る家族に、私は含まれているのだろうか?」
「ん? 何当たり前のこと言ってるんだ?」
「……当たり前のことか。それはすまなかった、許せ」

 何故かその後しばらく、ラウラは上機嫌だった。上機嫌に一夏を絞り上げていた。それからは、精神的にも肉体的にもきつい、きつーい訓練が連日続いているが、根はあげていない。
 ちなみにセシリアがよくわからない理由で辞退したので、クラス代表は一夏に決定。クラスメイト全員が歓声をあげて喜んでいた。
 一夏は思う。できれば、次には自分も喜べるような事で一体感を味わいたいと。
 何時もの様に、ラウラと共に登校する。

「一夏さん、ラウラさん、おはようございます」
「ああ、おはよう、セシリア」
「おはよう」

 決定戦移行、何故か態度が柔らかくなってよく話しかけてくるようになったセシリアが、朝教室に入った途端に話しかけてきた。

「聞きまして? 転校生が来るそうですわよ?」
「転校生?」

 今は四月の下旬。
 ……この時期の転校生となると、始業式に間に合わなかったのか?
 一夏が憶測を口にすると、同意が返ってきた。IS学園は特殊な学校なので、色々と問題が起こったり、手続きに時間が掛かったりもするらしい。
 クラスメイトの女子が、横合いから情報を追加してくる。

「なんでも中国の代表候補生らしいよ?」
「ふぅん。でもそれって、このクラスなのか?」
「二組にって聞いてるけど」
「ならば私たちにはなんの関係もないな」

 ラウラがしめて二十分後。

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 一組に、金髪の貴公子が光臨していた。
 ”貴公子”が、である。

「男……?」

 驚き、半ば呆然としながら一夏が呟いた。ついで胸に巻き起こったのは、歓喜の感情。
 ……仲間が来た!!!
 女子の園に男一人の生活は、中々に辛いのである。
 周りのクラスメイトからも歓声があがり続けている。シャルルは中性的な、一目で美形と言える風貌だ。手足もすらりと長い。これで人目を惹かないはずがないので、仕方ないことだろう。
 重大女子のノリに、面倒くさそうに千冬が騒ぎを鎮圧。

「デュノアは織斑と同室だ。先達として気を配るように」

 一夏が快く頷いた。男同士なので同室になるのは当然だろう。

「……む? ということは、私は」
「ボーデヴィッヒは現状の部屋のままだ。暫く一人だな」

 ――なのだが、ここに納得がいかない者がいた。

「な……何故ですか!」
「は、はい!?」
「何故私が一夏と別室にされなければならないのですか!!」
「そ、そうは言われても~……」

 弱りきった顔で麻耶が縮こまる。寮の部屋割り担当は彼女だからだ。

「今までの部屋割りは暫定だったのだ。こちらも学園としての名目がある。男女が同室というは、外聞が悪いのはわかるな?」
「しかし、一夏は私の嫁です!」
「誰の嫁ですか! わたくしは認めませんわよ!」

 横からの抗議は、二人まとめてシャットアウト。

「法的根拠は何もないだろう。日本は届出婚主義で事実婚を認めていない。諦めろ」
「く……!」

 歯噛みし、拳を握り締めるラウラ。
 鬱憤の晴らしどころを見つけられないのか、ギッ! とシャルルを睨みつける。話についていけないシャルルは、何故睨まれるのかわからずに困惑していた。
 見かねた一夏が、何故ラウラがここまで興奮しているのか把握できないままに諌める。

「どうしたんだよ、仕方ないことだろ?」
「……離れ離れになるのだぞ」

 なんとも思わないのかと。ラウラの目が、拗ねた光を灯して問いかける。
 あまりに深刻に見えてしまっているラウラに、一夏は思わず噴出してしまった。

「大げさだって。部屋が変わったっていっても、すぐ近くだろ? 同じ寮内なんだからさ」
「……それはそうだが……」
「別に何時でも遊びに来ればいいからさ。ああ、もちろんシャルルの都合がいい時だけどな?」

 むぅと唸り、ラウラが椅子を軋ませながら座った。納得していないのが顔にありありと出ている。後でココアを差し入れして機嫌をとっておいたほうがよさそうだった。
 一夏はどうすればいいのか判断がつかないらしいシャルルに話しかける。

「えっと、デュノア? すまなかったな」
「え!? あ、ううん。ちょっとびっくりしたけど」
「俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「あ、なら僕もシャルルでいいよ。よろしくね、一夏」

 あからさまにほっとした表情を作ったシャルルに、よろしくと手を差し出した。

「握手しようぜ。これからの挨拶ってことでさ」
「あ……うん、よ、よろしく」

 緊張しているのか、頬がほんのり赤くなったシャルルと手を握る。

「シャルルって、手小さいんだな」
「そ、そうかな!?」

 何故か周囲が騒いだが、一夏とシャルルはさっぱりと原因がわからない。
 事態の収拾がつくのを珍しく待っていてくれた千冬が、ぱんぱんと手を打ち鳴らす。シャルルに席に座るよう指示し、すぐさま一時限目の授業を開始した。



 休み時間になれば、シャルルの周囲を質問が埋め尽くすかと思ったが、そうではなかった。どうも放課後時間を作って歓迎会をするらしく、その席でということになったようだ。
 そうなれば皆の関心ごとは自然、迫ったクラス代表戦へと流れていく。

「じゃあこのクラスの代表は一夏なんだ?」
「ああ。なんでかそうなった」
「わたくしと相打ちになったのですし、一夏さんにはその資格が十分にありますわ。自信をお持ちになって」

 セシリアの激励にも、生返事をしそうになった。 選ばれた以上は全力を尽くすつもりではあるのだが、未だにどうしてこうなったと頭を抱えたくなる一夏である。
 一組の他は四組のみが専用機持ちであるらしい。
 クラスメイトたちが楽勝だと余裕を漂わせる空気の中に、不意に訂正が入った。

「その情報古いよ。二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

 声の主は、方膝を立てて入り口の扉にもたれていた。
 一夏の聞き覚えのある声と、見慣れた長い黒髪を結んだツインテール。

「お前、鈴か?」

 一夏はセカンド幼馴染だろうと確信し、思わず誰何の声を上げる。

「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 鈴がふっと小さな笑みを漏らす。
 ……ニヒルを気取っているんだろうか。似合わないよなぁ。
 正直者の一夏は内心をそのまま口に出した。

「なに格好つけてんだよ。似合わないぞ?」

 激高した鈴が怒鳴り散らそうとしたとき、背後に立った千冬が拳骨一発。千冬の存在に呻いた鈴が、涙目で一夏に時間を空けるように要求を押し付け、クラスへと戻っていった。



 時は移り昼休み。鈴も合流したので、ちょうどいいと一夏は学校案内もかね、シャルルを食堂に誘った。
 付いてきたのはラウラ、セシリア、その他の一組の女子数人。箒にも声を掛けたのだが、気がつかなかったのか教室から消えてしまった。

「鈴は相変わらずラーメンか。好きだなぁ」
「いいじゃない。美味しいんだから」
「シャルルはどうするんだ?」
「うーん……一夏のお勧めってない?」
「ここのは基本的に全部美味しいぞ。けど……そうだな、俺は今日はとろろ定食にするけど」
「あ、じゃあ僕もそれにしようかな」
「日本食だけど平気なのか?」
「うん。興味もあったし」
「私は焼き魚定食を。……今日こそは煮豆を落とさず食べてみせる」

 丸テーブルに、端から鈴、一夏、ラウラ、シャルルの順で座る。残りは座りきれないので隣のテーブルだ。
 一夏と鈴が他愛ない世間話――二人の昔話で盛り上がっていると、様子を監視していたセシリアが隣の席から移動してきた。
 机を破壊せん勢いでバン!!! とテーブルを揺らした音が鳴る。

「ちょっと一夏さん! その子と親しすぎではありませんこと!?」

 セシリアが、はっと気がついたように慌てた。

「ままま、まさか、付き合ってますの!?」
「べ、別に付き合ってるわけじゃ……」

 まんざらでもなさそうに鈴が否定し、一夏が平常運転で肯定する。

「そうだよ、なんでそんな話になるんだ? 鈴とは幼馴染ってだけだよ」
「大体、一夏は私の嫁なのだ。ありえない話をするな」
「よ、嫁って何よ?! 一夏が?! あんたの?!」
「その通りだ。……む、他人に認められるというのは心地よいものだな」
「誰が認めたのよ!! そんなの絶対認めないからね!!」
「そうですわ! 何を勝手な!!」
「認めてもらう必要などない。一夏は私の嫁だ。異論は認めん」
「ああもうなにこいつ! 頭沸いてんじゃないの!?」

 元々大きくない鈴の堪忍袋は、ぶっちりと切れる寸前だ。場の空気が悪くなっていくことを読んだシャルルが、換気をしようと話題変えを試みる。

「ラウラって箸使い上手だね。一夏から教えてもらったの?」
「いや、隊の者が持っていた資料を基に、枝を箸の形に加工してドイツで特訓した。一夏の作ったみそ汁を毎日飲むためにな」

 つけた換気扇は、故障していたようだった。

「な、なんであんたが毎日一夏の作ったみそ汁飲むのよ!」
「私の嫁なのだから当然だろう」

 唾を飛ばさんばかりに声を張りあげる鈴だったが、ラウラは涼しい顔で受け流す。
 肩をふるふると震わせていた鈴だったが、

「――いい。わかった」
「え?」

 わかった? 何が?
 一夏が疑問を口にする間もなく。鈴が机を叩き立ち上がった。

「一夏!」
「なんだ?」
「約束は覚えてるわよね!?」
「約束? ……って、酢豚がどうとかってやつか?」

 それ!! と鈴が表情を輝かせた。

「ま、覚えていて当然よね。だから一夏、あんたは私の酢豚を毎日平らげなさい!!」
「……は?」

 状況を理解できない一夏を置き去りに。ラウラと鈴の視線が交差した。
 お互いに、改めて、はっきりと認識する。
 ――こいつは敵だ、と。

「なんだ、三人で食事するってことか?」
「そんなわけないでしょこの馬鹿!! 一夏は黙ってて!!」
「嫁はただ見守っていろ」

 一蹴され、当事者なのになー……と一夏の背中が煤けた。シャルルが乾いた笑いをしながら、気を落とさないでと一夏を慰める。優しさが身に染みた一夏が、涙を拭う真似をした。

「何時もすまないねぇ、シャルル」
「一夏、何言ってるの? 大丈夫?」

 大丈夫の言い方から、本気で心配しているようだった。どうやら日本のお約束は通じなかったようである。

「ちょっと!? わたくしを放って置いて何を盛り上がってますの!?」
「……え、あんた誰?」
「引っ込んでいたほうが身のためだと思うが」
「ぶ、無礼ですわよ!!」

 喧々囂々。
 女の子三人の喧騒を眺めつつ。復活した一夏はシャルルの横に移動し、仲良く食事を続けていた。

「一夏ってもてるんだね」
「ははは、シャルルはジョークがうまいなぁ」
「ジョークって……だって目の前のこの状況……」
「ああ、女三人寄ればかしましいとはよく言ったもんだよな」
「え……」

 予想外の言葉に、シャルルがぱしぱしと目を瞬かせた。

「まぁ、喧嘩するほど仲がいいっていうしなぁ。よきかなよきかな」
「えっと、一夏? やんちゃな子を見守る保育士さんみたいな顔をする場面じゃないと思うよ?」
「大丈夫だって。最初仲が悪いほど、後で仲がよくなるもんだ」
「そ、そういうものかな?」

 うむ。と一夏が重々しく頷いた。己の実体験に基づいたこの法則に、一夏は自信を持っている。

「俺なんて、ラウラとも鈴とも、セシリアとだって最初仲悪かったからなぁ」
「へぇ……」

 シャルが未だに言い合っている横を、ちらりと見た。

「そうは見えないけど」
「本当だって。セシリアはこの間決闘したろ? 鈴とも喧嘩したしな。ラウラとなんか本気で殴りあったし」
「い、一夏って、意外とバイオレンスなの?」

 シャルルが身を引いた。慌てて一夏が誤解を解きにかかる。

「いや待て待て待て。鈴とラウラとは子供のころの話だからな? それにほら、今は仲良くなったし」
「……仲良くなりすぎな気もするけど。一夏って天然なのかな?」
「ん? 何か言ったか?」

 難しい顔をしたシャルルが、気にしないでと首を振る。

「セシリアとの決闘は最近なの?」
「最近と言うか……先週?」
「近いんだね。でも、なんで決闘なんか?」

 疑問符を浮かべるシャルル。一夏は一度失敗した日本の伝統を試みる。

「かく……しか? 一夏、なにそれ?」
「……いや、すまん。えっとだな」

 発端は適当に。クラス代表を決めるためにだけ、とだけ説明した。

「でもすごいね、一夏は男なのに、女と、しかも代表候補生と相打ちになるだなんて」
「他人事みたいに言うなって。シャルルだって同じ境遇なんだぞ?」
「あ、そ、そうだよね。うん、頑張るよ」

 何故かわたわたとして手を振ったシャルルが、むん! と腕に力を込める。

「改めて見ると、シャルルって腕細いな」
「そう? そんなに細い?」
「ああ。あ、そうだ。どうせだし一緒にトレーニングしないか?」
「トレーニング?」
「俺はまだIS来たばっかりだし。放課後にアリーナ借りてトレーニングしてるんだよ」

 アリーナに大穴を明けた失態は記憶に新しい。一夏は暇を見つけてはラウラに――クラス代表戦以降はセシリアも参加して――操縦を教わっていた。二人の講師は優秀なのだが、たまに漂う一触即発な空気は何故だろうと一夏は謎に思っている。

「うん、いいよ」

 シャルルの二つ返事に、一夏が笑顔を浮かべる。

「おう! この学校でたった二人の男だからな。一緒に頑張ろうぜ」
「……そう、だね」

 お昼休みが、和やかに過ぎていった。



 セシリアが嫌いなわけじゃないんだ!!! ただ気がついたら出番がなくなっていただけなんだ!!! 箒は話す機会を逸脱しすぎて、どう話しかけていいのかわからなくなってます。
 えーっと、アニメが十話くらいだとして、OPのあれが銀の福音。
 ……。
 かいちょぉぉぉぉぉぉ!!!! アニメでてこないのかなぁぁぁぁ!!!?? ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!



「クラリッサ! 私だ!」
「受諾。こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉です。その様子ですと……デートは成功したようですね、隊長」
「ああ。隊の皆が送ってくれた服も好評だったぞ」
「それは重畳です」
「と、ところで、なのだが……大尉は料理をできるのか?」
「私の腕前は、隊長もご存知であると思いますが」
「サバイバル環境下で、ではない。その、一般的な家庭料理がだな……」
「――隊長。やるべきです」
「な、なんの話だ? わ、私はまだ何も言っていないぞ?!」
「隊長の相談に乗り続けて何年経っていると思っているのですか。思い人に料理を作ってあげたいのでしょう?」
「あ……う……~!!」
「いいですか、料理の腕前を気にしてはいけません」
「し、しかし、やはり美味しいものの方が喜ぶのではないか?」
「いいえ!! むしろ最初は下手なほうが有利なのです!!」
「な、なに? 大尉、どういうことだ?」
「……多くは申せません。ただ一言、日本恋愛の伝統、とだけ伝えておきましょう」
「う、ううむ……日本の文化とは、奥が深いものなのだな」




[25465] ラウラさんは寝起きがいい
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/14 20:21
 脱力して体を投げ出した。柔らかい布団は、一夏の体を優しく受け止める。

「ああ、つっかれたー!」
「あはは、お疲れ様、一夏」

 放課後の特訓から、鈴とラウラはずっと付きっ切りだった。
 夕食で解散かと思ったが、甘かった。一夏の荷物移動から先ほどまで、二人はくっついてきたのだ。
 部屋の作りは他と変わらない。ただ、荷物をまだ解いていないので、少しごちゃごちゃしている。
 夜遅くということで二人とも戻っていったが、何をあんなに張り合っているのかと思うほどに衝突を繰り返していた。
 お陰で一夏のIS特訓も熾烈を極め、体力の限界と相成ったわけである。

「一夏、ごめんね? 部屋のシャワー先につかわせてもらっちゃって」
「いいよ、それくらい。少し休まないと動けなかったしな……」

 予断だが、鈴の教え方は感覚重視。ラウラの教え方は手本を見せた後に体に叩き込む。
 両方とも、教え子にとっては骨の折れる教え方だった。

「一夏って、ほんとにISの事知らないんだね」
「そりゃそうだ。偶然IS動かさなかったら、こんなところ縁がなかっただろうし」

 セシリアから聞いた話では、IS学園に入るものは、遅くともジュニアスクールからISについて学び始めるらしい。単純に年季が違うのだ。
 そう考えると、鈴の努力には頭が下がる。
 中学校三年から勉強をはじめて代表候補生。

「あいつ、一体どれだけ苦労を重ねたんだろうなぁ」
「あいつって誰?」
「鈴だよ。ほら、ツインテールの俺の幼馴染。中学三年まで俺と一緒に学校通ってたし、まさか代表候補生になってるなんて思わなかった」

 と、一夏の脳裏に疑問が湧き上がってきた。

「そういや、シャルルは何時ごろからISを動かせるってわかったんだ?」
「え!? え、えっと、何時だったかな……?」

 シャルルがぎこちない笑顔を浮かべた。一夏は顔をしかめ、地雷を踏んだことを自覚する。
 ちょっと頭を使えばわかりそうなものだ。シャルルのISに関する知識や操縦の熟練具合を見た限り、一夏よりもずっと早くにISはずだ。なのに世間では”男としては一夏が初”になっている。色々と、ややこしい事情があるのだろう。

「悪い。答えにくいこと聞いちまったみたいだな」
「……ううん。一夏は悪くないよ。僕のほうこそ、変に慌てちゃってごめんね?」
「気にしてないって。シャルルには感謝してるしなぁ」

 感謝? とシャルルが首をかしげた。

「僕、特に何もしてないよ?」
「シャルルだって体験しただろ? 女子からの視線とか包囲網とか」
「あ、あー。あったね」

 本気で忘れていたようである。あの女子からのプレッシャーに今だ慣れない一夏としては、その順応能力が羨ましい限りだ。

「ほんと、男が一人じゃないって事がこんなに心強いとは思わなかったよ……」

 なにせこのIS学園の女子生徒、男子と接する機会が少ない。故に一夏はこれまで珍獣のような扱いを受けていたいっても過言ではない。入学式に冗談で思った客寄せ一夏が、ぴたりと当てはまってしまう状況なのだ。

「あ、でも客寄せシャルルってなんか語呂いいな」
「なに言ってるのさ。僕はパンダじゃないよ?」

 冗談が通じなかったようである。一夏としては笑い飛ばしてほしい所だ。

「シャルルは女子への対応もそつなくこなしてるし、ほんと見習いたいよ」
「……一夏は見習わなくても、十分だと思う」
「ははは、こやつめ!」
「一夏?」

 シャルルなりのジョークへの対応も通じなかったようだ。

「……すまん、気にしないでくれ」
「一夏って、たまによくわからなくなるね?」

 くすくすと笑うシャルルの笑顔に、一夏は思わず見惚れそうになった。
 ……女子が騒ぐわけだよなぁ。
 解いている髪も相まって、まるで女の子だ。一夏は心の中で、シャルルは男、と現実を再認識しておく。
 その後もお互いベッドの上のまま談笑していると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
 こんな時間に誰だ? と顔を見合わせる。近かったので、一夏が扉を開けにいった。

「はい、どちら様?」
「私だ」
「あれ、ラウラ?」

 ノックの主は、部屋に戻ったはずのラウラだった。着替えてきたのか、寝巻き代わりの一夏のシャツを身に纏っている。銀髪がしっとりと濡れているので、シャワーを浴びてきたのかもしれない。

「こんな時間にどうしたんだ? 忘れ物でもしたのか?」
「寝に来たに決まっているだろう」

 ……。

「寝に来たに決まっているだろう」

 二回言われ、一夏はようやく状況が把握できた。シャルルは固まったままである。

「なんで? ラウラ、自分の部屋あるじゃないか」
「なんでも私は、枕が変わると寝られない性質らしいぞ?」

 何故伝聞口調なのか。

「でも枕って言ったって、俺はラウラの枕なんて持ってきてないぞ?」
「一夏……抱き枕というものを知らないのか?」
「いや、それは知ってるけど。でも、ラウラはそんなもの使ってなかっただろ?」

 ラウラから無言で指差された。
 後ろを振り向く。シャルルがいた。慌ててぶんぶんと首を振っている。
 向き直ると、まだ一夏を指し示したままだ。
 ここまできて一夏は思い至る。
 部屋が一緒のとき、ラウラが抱きついてきていたことに。

「……もしかして、俺とか言わないよな?」
「理解できたようでなによりだ。では寝るぞ」

 一夏の返事も待たず横をすり抜け、ラウラが一夏の布団に潜り込む。

「え、ええ? い、一夏とラウラって……」

 突然の事態に混乱しているのか、シャルルの目がぐるぐると回っている。

「いや、これはなシャルル」
「え、えっち! はれんちだよ! 一夏!」
「えっち違う!! そんな目的じゃなくて単なる添い寝だ!!」

 単なる添い寝であろうと、多感なこの年だからこそ問題がありそうなものだが。

「そ、そうなの?」

 正常な思考ができなくなっているシャルルは、思わず納得してしまいそうになった。

「うむ、そういうことにしておこう」
「誤解を招くような言い方するなって!」
「そ、そういうことってなんなの?! いちかのえっちーー!!」
「……なぁラウラ、やっぱお互いの部屋で寝ようぜ?」

 シャルルの頭からは、湯気が出てきそうな勢いである。この調子では止めたほうが無難だろう。折角できた友達なのだから、初日から仲が拗れそうなことは避けたい。

「この部屋で寝ることが駄目ならば、嫁がこちらに来ればいいではないか」
「駄目だって。千冬姉に怒られるぞ?」
「む……千冬義姉様か……」

 千冬の名前に、初めてラウラが逡巡した。暫く考えて込んでいたが、最後は苦渋の表情で頷く。しかし意外とちゃっかりとしているようで、明日の朝迎えにいくことを交換条件にもちだされた。

「じゃあお休み、ラウラ」
「ああ」

 パタンと扉を閉じ、嵐が過ぎ去った。
 疲れたようにため息を吐き、シャルルが訊ねる。

「ねぇ一夏、ラウラって何時もこの調子なの?」
「この学園で知り合いの学生って俺一人だからかなぁ。懐かれて悪い気はしないけどな」

 能天気な一夏の台詞に、シャルルが更にため息を吐いた。

「ん? どうしたんだ?」
「ううん、なんでも。さ、寝よ?」



 シャ!!
 カーテンの開く音と同時、差し込む日差しに体が朝を認識した。一夏が目を開き時間を確認すると、何時も通りの起床時間。

「おはよう、一夏」
「おはよう、シャルル。早いんだな」

 笑顔のシャルルに、一夏は目を細めて挨拶を返す。
 既にシャルルが着替え終わっていた。首元で結った金の髪が朝日に眩しい。
 ぐぐっと伸びをし、眠気を体から追い出す。

「ふふ、一夏って結構寝顔可愛いんだ」
「やめてくれよ。男にそういうこと言われても嬉しくない」

 気持ち悪くとまでいかないのは、シャルルの整った顔立ちのせいだろうか。

「じゃあ、女の子に言われたら嬉しいの?」
「……いや、恥ずかしいだけだな」

 一夏は洗面所の使用許可を取り、身だしなみを整える。

「じゃあラウラ起こしてくるか。シャルル、朝ごはんは先に食べちゃっててくれ」
「まだ一人で行動するのは不安だし、待ってるよ」

 有難くシャルルの言葉を受け入れ、寝巻きを脱ぐ。

「わぁ!!」
「な、なんだよ、いきなり大声上げて」
「い、一夏こそ! なんでいきなり脱いでるのさ!」
「なんでって、着替えないといけないからだけど」
「あぅ……そ、それはそうだよね。ごめんね?」

 一夏は、別に気にしていないと返す。
 真に気にするべきことは、他にあったからだ。

「シャルル、なんでそんなじろじろ見てるんだ? 俺の体どっか変か?」
「ふぇ?! じろじろなんて見てないよ?! いいから早く着替えて!」

 真っ赤になったシャルルが、慌てて背を向けた。反応をおかしく思いながら、一夏が制服に着替える。

「なんか、たまにシャルルって反応おかしくなるよな。同姓なんだから、裸くらい気にしないだろ?」

 ビクリ! シャルルの肩が跳ねる。
 背を向けたまま、

「ぼ、僕って男の人の裸、見たことないからさ!」
「ふぅん、珍しいな。シャルルって育ちがよさそうだし、そこが関係してるのか?」
「う、うん! 実はそうなんだ!」

 シャルルが勢いよく首を上下に振った。一夏は追求を止め、そういうこともあるんだろうと納得する。

「じゃあラウラ起こしたら戻ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「わかった。一夏、いってらっしゃい」

 廊下に出ると、まばらに女子が歩いていた。
 その殆どが寝巻き。ようするに薄着。
 ……ほんとに無防備すぎる。
 中にははだけていたり、露出の大きな服の者もいる。健全な男子な一夏としては、目のやり場に困る状況だ。
 すれ違い様に朝の挨拶もそこそこに。早足で昨日までいたラウラの部屋に向かう。
 ノブを回すと、なんの抵抗もなく扉が開いた。
 部屋の奥のベッドに、広がっている銀髪が見える。

「ラウラ、朝だぞー、起きろー」

 シャルルのようにカーテンを開け、声をかける。

「ん……一夏?」
「おはよう」
「ああ、おはよう」

 ラウラが腕を伸ばしてきた。一夏は腕を引っ張り、上半身を起こさせる。すると勢いそのまま、ぽふりと、一夏の胸にラウラが顔を埋めてきた。

「ラウラ?」
「寝起きで力が入らなかった。許せ」
「いいけどさ。ほら、顔洗ってきちゃえよ」

 ん、とラウラが頷いた。言われたとおりに洗面所へと消えていく。
 一夏は千冬の世話で培ったスキルを発揮。ラウラの仕度を手伝っていく。

「ほら、タオル。あと制服とかここに置くからな?」
「うむ」

 返事を聞き、洗面所の扉を閉める。

「待たせたな、一夏」

 女性とは思えぬ着替えの速さを誇るラウラは、すぐに現れた。

「いや、待ってないけど、相変わらず早いな」
「着替えなどそんなものだろう」
「あ、ラウラちょっと待った」

 歩き出そうとしたラウラを、一夏が引き止めた。
 どうした? と振り向いたラウラをベッドに座らせる。

「髪、もうちょい丁寧に梳かさないのか?」
「櫛は通した」

 予想通りの返答に、一夏が櫛を取り出す。

「じゃあ俺が梳かすな。ちょっと動かないでくれ」
「いいと言っているだろう」

 言葉では反論しながら、体は動かさない。了承と受け取った一夏が、ラウラの長い長い銀髪に櫛を通していく。

「痛くないか?」
「むしろ心地いいが。うまいのだな」
「千冬姉の髪を梳いたことがあるからなぁ」
「むぅ……」

 ラウラが小さく唸る。頬も膨れているようだった。

「あ、どっか痛かったか?」
「違う」

 違うらしい。二言目もないので、気にしないことにした。
 ラウラの髪を至近距離で眺めていると、ふつふつと勿体無い気持ちが湧き上がってくる。

「折角綺麗な髪なんだ。もうちょい手を入れても罰は当たらないと思うぞ?」
「髪の梳かし方など、私は知らない」

 瞳が、ぴたりと合う。
 ラウラが目を細め、

「だから、一夏が梳いてくれればいい。それで解決だ」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ」

 言いながら髪を梳き終わる。

「よし、シャルル待ってるし、朝飯食いに行くか」
「うむ」

 連れ立って部屋に戻り、シャルルと合流。
 時間に余裕をもって来た食堂は、混雑にはほど遠い状態だ。注文から料理まであっという間である。
 一夏が音頭をとり、三人で合掌。
 メニューは一夏が朝なのに日替わりランチ。シャルルがトーストにベーコンエッグで、ラウラはそれにハンバーグを追加していた。

「一夏もラウラも、朝からがっつり食べるんだね……」
「何を言う。朝に一番食べるのが体の稼動効率はいいのだぞ」
「そもそも消費されないエネルギーなんて全部脂肪になるんだし、寝るしかない夕食に量を食べるほうがおかしいんだよな。太っていいなら知らないけど」
「ふぅん、そうなんだ?」

 食べ初めて十分もすると、ちらほらと知っている顔も見え始める。
 シャルルが質問をしたのは、みそ汁を載せた盆を持ったクラスメイトと挨拶をしたときだ。

「そういえば、一夏が毎日ラウラにみそ汁を作るってなんなの?」
「日本流のプロポーズだ」
「違う。違わないけど違うからな?」

 むしろ一夏の方が聞きたい。案の定、シャルルの表情が困惑に変わる。

「よくわからないけど……じゃあ鈴の酢豚を毎日食べるっていうのは?」
「いやそれが、ぼんやりとしか覚えてないんだよなぁ。鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を奢ってくれるとか、そんな約束だったと思うんだけど……」

 なにせ約束したのが小学校の頃である。むしろ約束があったことを己の脳細胞に褒めてやりたいくらいである。
 けれど、所詮それは一夏の自己満足。

「駄目だよ一夏! 女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて!」

 シャルルの突然の大声に、周囲の注目が集まる。集まるが、興奮したシャルルと驚いている一夏は気がつかないし、ラウラも周囲の視線など気にしない。
 め! とでもいうかのようにシャルルが指を立て、叱ってくる。

「一夏は鈴との約束をちゃんと思い出してあげて。でないと、可哀そうだよ」
「……そうだよな、わかった」
「……」

 一夏が叱られている最中、ラウラは無言を貫き通していた。



この作品的よくわかるキャラクター紹介。
ラウラ・ボーデヴィッヒ……主人公。信念を貫き通すデレデレ。
織斑一夏……ヒロイン。一級旗建築士にして旗折職人。
織斑千冬……ラスボス。
シャルロット・デュノア……マスコット。癒し系てれデレ。
鳳鈴音……幼馴染要素搭載型ツンデレ。
セシリア・オルコット……不憫属性。高飛車デレ。
篠ノ之箒……ごめん今のところ空気。



「……」
「こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉。受諾しましたが……隊長?」
「クラリッサ……」
「如何なさいました? 声に覇気が感じられませんが……」
「……嫁が私を蔑ろにする……」
「――詳しく内容を窺っても?」
「その、だな。一夏の他に男の転校生が来たのだが……それとつるんで、私と二人の時間が減ってきているのだが……」
「ようするに寂しいのですね?」
「……そう、なのかも、知れん……」
「そう心配することはないでしょう。女の園に男が一人。心理的に圧迫されていたところに仲間が来たことで、優先順位が一時的に大きくなっているだけでは? ……日本にはB――若衆道というものもありますが、一夏殿にその気はないようですし」
「そ、そうなのか?」
「ええ。あ、隊長、申し訳ありませんが画像を転送して戴けませんか? 隊長の想い人とその男性の友人が特に仲良くしている場面を。参考に。ええ、参考にです」



[25465] ラウラさん嫉妬を覚える
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/01/28 02:04
 午前中の授業からずっと、一夏は脳細胞をフル活動させていた。
 ……鈴との約束……約束……出かかってはいるんだけどなぁ。
 シャルルに言われたとおり、鈴との約束をなんとか思い出そうとしているのである。

「織斑。おい、織斑!」
「うーん……なんだったかなぁ」
「……」
 ズバン!!!

 一夏は昼休みまでに、都合十回は頭を叩かれる羽目になった。



「おー、いてて……」
「一夏、大丈夫?」

 叩かれた頭を摩りつつ大丈夫だと返す。
 実際、衝撃と痛みは凄まじいが、たんこぶができるような殴り方をしないのが千冬だ。

「あれだけ呆けていれば当然だな。何をしている」
「自分の記憶力の限界に挑戦かな?」

 結果は見ての通り。午前中を費やしてこれでは、ため息の一つも吐きたくなる。

「いーちか」
「鈴?」

 一夏を悩ませる張本人がひょっこり姿を現した。なにやら大きな包みを手に持っている。

「なに辛気臭い顔してるのよ」
「誰の性だと思ってるんだよ。鈴との約束で悩んでるんだぞ?」
「あたしとの約束で?」

 数瞬の沈黙の後。

「え、え? それってど、どういう意味?!」

 何を想像したのか。顔を赤に青にと忙しなく変え、必死な形相で鈴が詰め寄ってくる。

「どういう意味もなにも、ひとつしかないだろ?」
「ひ、ひとつ?」
「ああ。なぁ鈴、いいか?」
「――駄目!」

 目を瞑って絶叫する鈴に、一夏が目を大きくした。

「え、なんでだ?」
「馬鹿! こんなにたくさんの人が居る前でなんて駄目に決まってるでしょ!! そ、そういうことは二人っきりでないと……」
「それこそどういう意味だ?」
「いいから後で! ほら、今はお昼食べに行くわよ!」

 頬を真っ赤にした鈴に手を引っ張られ、教室から一夏が消えていった。その後ろをラウラが当たり前のようについて行く。迷った様子を見せながら、シャルルも後を追った。

「あら、一夏さん? どこに行きましたの?」

 ちょっとした用事で出かけていたセシリアが、クラスメイトから事情を聞いた後に絶叫した事は……言うまでもないだろう。



 鈴に連れられやってきたのは屋上だ。
 IS学園の屋上は、どこの荘園かと見間違うほどに花壇が整備されており、春の陽気も相まって人が居ないことはないのだが、今日は貸しきり状態だった。きっとシャルル目当てで食堂に押しかけているに違いない。

「なぁ鈴、俺は食堂に行こうと思ってたんだが……」
「行く必要ないわよ」

 微笑んだ鈴が、手に持った包みを前に差し出した。

「はい一夏、お弁当」
「弁当? 作ってくれたのか?」

 受け取った一夏が包みを開くと、タッパーが二つ。
 一つは白米。もう一つは酢豚だ。

「へぇ、美味そうだな」
「そうでしょ? ちょっとした自信作なんだから」
「でもなんで弁当を?」
「昨日言ったこともう忘れたの? あんたはあたしの酢豚を毎日食べなきゃ駄目なの!」
「量的に二人分か。私の分は買ってこなくてはな」
「うお!」

 急に話しかけられ、一夏が驚きながら振り向くと、ラウラがぴたりと背後に張り付いていた。その後ろには、困ったように笑うシャルルもいる。

「なんであんたも居るのよ」

 機嫌悪そうにツインテールを揺らし、鈴が威嚇する。

「一夏の居る場所に私が居て、なんの疑問があるのだ?」
「疑問だらけよ!」
「まぁいいじゃないか。飯は大勢で食べたほうが美味しいぞ?」

 不用意な発言をした一夏は、ぎっ! と鈴から睨まれる。

「……はぁ、最悪。折角一夏と二人きりになったと思ったのに……」

 俯いた鈴だったが、すぐに気を取り直して顔を上げる。切り替えは早いのである。

「一緒に食べるのはいいけど、弁当はあたしと一夏の分しかないわよ?」
「わかっている」
「あ、僕がラウラの分も買ってくるよ」
「シャルル、購買の場所覚えてるか? 俺もついて行ったほうが――」
「だ、大丈夫だよ覚えてるから! 一夏はここで二人と待ってて。ね?」
「そっか。わかった」

 短い付き合いながら、シャルルがしっかり者だと認識している一夏は、疑わずに頷いた。
 備え付けの丸テーブルに、三人で腰掛ける。

「……」

 一夏の対面に鈴。

「……」

 右手にラウラだ。

「……」

 ……なんでこんなに空気が重いんだ?
 暑くないのに汗が止まらない。現在進行形で汗の噴出す量が増加中である。

「お待たせ。適当に見繕ってきたよ」
「お帰り! シャルル!!」
「た、ただいま?」

 待ち望んだ帰還に、一夏はテンションがおかしくなった。
 なにはともあれ、昼食だ。

「一夏、割り箸」
「おぅ。悪いな」

 受け取り、

「……て、酢豚はつっつき合えばいいけど、ご飯はどうするんだよ」

 白米のタッパーは鈴が抱えたままである。

「た、食べたいならしょうがないわね。言ってくれれば――」
「蓋を使えばよかろう」
「なるほど」

 ラウラの指摘に、一夏は早速タッパーの蓋を皿代わりにすることにした。何故か呆然とした鈴の持っているタッパーから、白米を半分頂戴する。
 準備万端になった一夏が、酢豚に手を伸ばす。
 豚肉を頬張った途端、甘酢の味と香りが口いっぱいに拡がった。
 ……これ、親父さんの味に似てるなぁ。さすが親子。
 一夏の脳内に、幼い頃鈴の実家である中華料理屋の店内が蘇る。
 ……あ――
 触発されたように。鈴と出会ってからの記憶が、順繰りに再生されていく。
 夕暮れの教室、珍しく殊勝な鈴。そして、その頬を夕日のせいでなく染めた鈴が口を開き。
 ――思い出した!!

「『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?』だったなぁ」
「な、なにいきなり約束呟いてるのよ。……それよりどう? 上達したでしょ」
「ああ。こりゃうまい!」
「でしょ!?」

 頬を赤く染め、鈴がにししと笑う。

「――ほぉ?」
「ラ、ラウラ?」

 深く静かに怒り心頭になっているラウラに気がついたのは、シャルルだった。
 袖をくいくいと引っ張り、

「一夏、ねぇ一夏」
「ん? どうしたんだよ、シャルル。あ、シャルルも食べてみろよ、ほんとにうまいぞ」
「それは楽しみだけど、そうじゃなくて……」

 ちらりとシャルルの目が動き、すぐに助けを求めるような表情になる。シャルルの様子を変に思いながらも、一夏が視線を辿る。
 ――そこには、瞳から表情から感情が消え去っっているラウラがいた。

「……ええっと、ラウラ?」
「なんだ?」

 耳が凍えそうなほどに冷たい声。

「……いえ、なんでも」

 怖かった。
 真の恐怖の前に、人は雄弁になれない。
 それはもう怖いとしか言いようがないほどに怖かった。

「おい貴様」
「んー? なによ?」

 方や暗黒全開。
 方や幸せいっぱい。
 対照的な二人の会話を、一夏とシャルルは固唾を呑んで見守る。

「私と戦え」
「なんで?」
「貴様が嫁に料理を作るか、嫁が私に料理を作るのかを賭けての勝負だ」

 何で俺が景品になってるんだ? という一夏の疑問はスルー。

「方法は?」
「ISでに決まっている」

 ふっ、と鈴が嘲るように口元を歪めた。

「いいけど、あたしが勝つよ? あたし強いし、気力充実してる今はもっと強いもん」
「その鼻っ柱叩き折ってくれる」

 両者譲らず。背格好の似た二人は、胸を突きつけあわんとばかり。

「なんでこいつら、こんなに仲悪いんだ……?」
「……一夏のせいじゃないかな」
「え、俺? そんなはずないって」

 一夏の全く邪気の無い否定に、シャルルは頭を抱えたくなった。

「それで、何時戦うの?」
「クラス対抗戦。衆人観衆の前で無様に敗北するといい」
「はぁ? 一組のクラス代表は一夏でしょ?」
「嫁と私は一心同体だからな。嫁がクラス代表ならば、私がクラス代表になっても問題あるまい」

 そうなの? 一夏。いや、俺は知らない。
 外野の声は、最早二人に届かない。

「――誰が誰の嫁よ。あたしは認めないって言ったでしょ!!」
「認めてもらう必要などないと、私も言ったはずだが」
「……いいわ、全力で叩きのめしてあげる」
「やってみろ。できるものならばな」

 赤の瞳と翠の瞳の間で、特大の火花が散る。
 ガクブルと仲良く震えている一夏とシャルルが見守る中、代表候補生による対決が確約されていった。



 テンションあがってきたので短いながら更新!!!!
 シャルきたーーーーーー!!!!!! ひゃっはーーーー!!!!! 来週がもうマチキレネーゼーーーーー!!!!!
 ………………って、あれ、ラウラは……? ねぇ、ラウラは? ラウラはどうしたの、ねぇ?
 なんかデレ度が上がってしまっている鈴さん。責めるなら勝手に動くこの腕にしてください。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「中国代表候補生、鳳鈴音について可能な限りデータを集めろ。迅速にだ」
「――了解しました。時に隊長」
「なんだ?」
「これは隊長の想い人に関わる事態でしょうか」
「だったらどうする? 部隊を私的目的に使うと軽蔑するか?」
「いえ、全力で支援させていただきます」



[25465] ラウラさんが蚊帳の外その1
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/18 02:18
 シャルルと鈴が転校してきてから、幾日か経過した。
 ずずず。
 一夏とシャルルの部屋の中には、茶を啜る音のみが響き渡っている。

「ふぅ……やっぱ緑茶は落ち着くなぁ」
「ほんと一夏って日本茶が好きだよね」

 さすがシャルル。これが鈴なら、絶対に爺臭いと言われているところである。
 同室になって以来、一夏が食後に日本茶を入れることが習慣になっていた。

「シャルルは気に入ってくれたようでよかった。セシリアは色が引っかかるらしいんだよなぁ」
「紅茶と比べてまだ違和感あるけど、おいしいよ。新鮮な感じ」
「抹茶は呑んだことないよな 駅前に抹茶カフェってのもあるんだぜ」
「抹茶って、色々と作法があるんじゃないの」
「いや、そこはコーヒーみたいな感覚で呑めるんだ」

 一夏自身、抹茶は略式でしか呑んだことがない。というか現在の日本人、ちゃんとした作法の抹茶を嗜んだ事のある人のほうが少ないだろう。

「へぇ、ちょっと行ってみたいなぁ」
「今度案内するよ。一緒に行こうぜ」
「うん、ありがとう一夏」

 シャルルの素直な感謝に、一夏はどもりながら照れ隠し。それを見抜いているシャルルは、笑みを柔らかくする。
 空気がむず痒い一夏が、強引に話題を変えた。

「それにしても、シャルルの講義はわかりやすいなぁ」
「力になれてるなら嬉しいな」
「なれてるなれてる。百人力って感じだよ。お陰で射撃のことがわかってきた」

 ラウラはクラス対抗戦――というより、鈴との戦いに燃えているらしく、訓練に余念がない。夕食は一緒に食べるのだが、部屋に遊びに来ることがなくなった。それは鈴も同様である。
 では一夏はといえば、セシリアとシャルルをコーチ役に、練習の日々である。
 クラス対抗戦の代表交代について、ぶちぶちとセシリアに責められたのは余談である。

「でも今までって、ラウラとかセシリアに教えてもらってたんだよね」
「……なぁ知ってるかシャルル。凡人は、天才の言葉を理解できないんだぜ」
「い、一夏 なんでそんな哀愁たっぷりなの」

 気にしないでくれ、と何かを悟ったような笑顔の前に、シャルルが額に汗を浮かべた。

「でもその言葉通りだと、僕は凡才なのかな」

 和ませようとしたのか、冗談めいた苦笑混じりだ。

「ああいや、そういうわけじゃなくて。さっきのは例えだし、なんていっていいのかな……」

 頭を悩ませ、適切な例を探す。

「セシリアだと、理屈とか理論とかすっ飛ばしてこれをやれって言ってくる感じかな。数学とかで公式知らないのに答えはこれだって言われてるようなもんだ」

 ラウラは一応理屈を説いてくれるが、とりあえず体に叩き込む派である。実践式とでも言えばいいのだろうか
 その点シャルルは救世主だ。一夏がわからないところを、何故わからないのかと糾弾するのではなく、原因を教えてくれる。
 その中性的な雰囲気も相まって、一夏には天使に映ったと言っても過言ではない。

「……」
「一夏、なに 僕をじっと見てるけど、なにかついてる」
「いや、男同士っていいなぁって思って」
「……そ、そうだね」

 シャルルがぎこちない笑いを浮かべた。
 そんなに変なことを言ったかと、一夏は言葉を反芻しようとしたが、

「でも、何で急にそんなこと」

 シャルルの言葉に、対象が少し前の記憶に摩り替わった。

「あー、俺、シャルルと一緒になるまでは、ラウラと同室だったんだけど……」
「……色々と聞きたいことはあるけど、後にするよ。だけど」

 重い重い息を吐き、一夏が言葉を搾り出した。

「俺が居るのに服を着替えようとするんだよ……」
「……はぇ」
「シャワーも一緒に浴びようとか言うし、寝るときは服を着ないとか……。ちょっとはこっちが男だって事を意識してくれって感じだよ」
「ちょ、ちょっと待って一夏 それ本当なの!?」
「本当だから困るんだよ……。もうここまでいくと、なんかラウラって性の意識が薄いんじゃないかって思うんだよな」

 きっとまだまだお子様なんだよなぁ、なんて台詞をほざく一夏。シャルルは、積極的な事が裏目に出る好例を目の当たりにした。

「あのね、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと」
「もしかしたら、気を悪くするかもしれないけど……いい」

 機嫌を窺うシャルルに、一夏は鷹揚に頷いた。

「もちろん。どんなことだ」
「一夏ってさ……女の子に興味、ないわけじゃないんだよね」

 ぶっ!!
 一夏が、含んでいた緑茶を噴出した。

「な、なんだその質問」
「そ、その過敏な反応って……やっぱり、一夏?!」

 げほげほと咽る一夏の背中を摩りながら、シャルルが悲鳴めいた声を上げる。

「やっぱりってなんだよ!? 俺は健全だ」
「でも、鈴とかラウラとか……」
「ん なんだって」
「だ、だって、女の子と居るより僕と居るほうが落ち着くとかいうし……」
「そりゃ同性同士で居た方が気兼ねなく付き合えるに決まってるだろ」

 更にシャルルは人当たりがいいときている。一緒に居て和む雰囲気を身に纏っているのだ。

「つ、付き合う……!?」
「そこに反応するなよ」

 ……なんだか今日のシャルル、変だなぁ
 真っ赤になったシャルルの反応に、何故か同じように真っ赤になりながら一夏が怒鳴る。
 一夏は調子を戻すように、こほん、と咳払いをし。

「IS学園全体が女子で埋まってるじゃないか。ある程度は慣れたけど、何処行っても視線浴びてばっかで落ち着かない」
「そうなんだ」
「……シャルルってさ、結構神経太いよな」
「え、普通だと思うけど」

 絶対太い。

「寮は寮で皆薄着だし。そりゃそういう目ではなるべく見ないようにしてるけど、やっぱ目はいっちゃうだろ。それに気づかれた時の気まずさったらないぞ……」
「そっかな。僕は可愛いってくらいにしか思わないけど」

 樹齢千年を超える御神木の太さだ。一夏が心の中で確信する。これが日本と西洋の差なのだろうかと愕然としながら頭垂れた。

「のほほんさんみたいな服装なら、かわいいで済ませられるけどなぁ……」

 彼女は猫のきぐるみのようなパジャマを着ている。朝食の席でまであの格好なのだが、たまに着替えが間に合わないのか遅刻をしてくる。穏やかな外見の通りののんびりさんだ。

「のほほんさんって、布仏本音さん」
「……すまん、本名知らない」

 未だにクラスメイトの名前を覚え切れていない一夏だった。

「一夏……」

 シャルルの責めるような視線に、思わず顔を背けてしまった。クラスメイトの名前を覚えていない一夏が全面的に悪い。

「でも、女の子を意識したりはするんだ」
「当たり前だろ」

 一夏の中で、シャルルが自分をどう認識しているんだ と聞きたいような聞きたくないような疑問が浮かぶ。

「じゃあ一夏ってさ、なんで彼女作らないの」

 一拍、二拍。
 目を瞑った一夏が、静かに口を開く。

「……俺ってさ、千冬姉に助けられてばっかりなんだ」

 唐突な一夏の身の上話。
 シャルルは疑問で口を挟むことなく、聞き役の姿勢に入る。

「ずっと、ずっと俺は育ってきたんだ。千冬姉が自分を犠牲にしてまで助けてくれて……さ。だから、俺は今、十分幸せだ。幸せなんだ。……だったらこれからは、千冬姉の方が幸せにならないとおかしいじゃないか」

 一夏がベッドに寝転んだ。天井に手のひらを向け、光を掴むように閉じる。

「俺は千冬姉を守れるくらいに強くなりたい。……いや、なる。なって、千冬姉に俺は大丈夫だって伝えるんだ」

 一瞬見せた力強い横顔に、シャルルは目を動かせなくなった。
 一夏はすぐに、にっと笑うと、

「他のことはそれからでいいかなってさ。千冬姉が良い人見つけて、結婚して。それを見守ってからじゃないと安心できないからな」

 シャルルが何か言いたそうに口を開き……閉じた。

「……」
「な、なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「一夏のシスコン」
「なんだとこんちくしょう」

 飛び起き、シャルルに襲い掛かった。
 奇襲に成功した一夏は、シャルルの餅のように柔らかい両頬を掴んでこねくり回す。

「いひゃ! いひゃいよいひひゃ!」

 最後にちょんと左右に引っ張り、ぱ! と離した。掴まれた頬を両手で抑え、シャルルが涙目で抗議してくる。

「ひどいよ一夏。言いたいことを言えって言うから言ったのに……」
「なんだよ、こんなの友人同士の軽いスキンシップだろ?」

 シャルルの上目遣いに少しどきりとしながらも、質問の答えはこれで以上と締めくくる。

「とにかく! 俺は千冬姉が彼氏作るまで、彼女を作るつもりはないんだ。わかったか?!」
「う、うん、一応は」
「一応なのか」
「それにしても一夏って、織斑先生に彼氏ができたら『欲しければ俺に認めさせてみろ!』とかやりそうだよね?」
「何言ってるんだよ、当然だろ」

 真顔での、疑問系ですらない断定。
 シャルルは乾いた笑いを返すしかなかった。
 一夏がじとりとシャルルを睨み、

「シャルルだから教えたんだからな。他の人に言うなよ?」
「いいけど……なんで隠すの?」
「だって恥ずかしいだろ。まるでシスコンだって吹聴してるみたいでさ」
「自覚はあるんだ?」

 くすくすと、シャルルがおかしそうに笑った。

「ほっとけ。とにかく、約束だからな?」
「うん、僕と一夏だけの秘密だね」

 シャルルが浮かべているのは何時も通りに柔らかな笑顔なのだが、何処となく機嫌がよさそうに見える。
 その優しげな視線に気恥ずかしくなった一夏が、早口にまくし立てた。

「あそうだシャルル抹茶の件、今度の日曜日でいいだろ?  こっち来たばっかりで雑貨も必要だろうし買い物ついでに行かないか?? な、そうしようぜ」
「いいの? 助かるよ」
「別にこれくらいどってことないから、気にするなよ」
「うん。ふふ、楽しみだなぁ」

 ……シャルルって、笑顔が多彩だな。
 本当に嬉しそうなシャルルにつられ、少しの間二人で笑いあう。
 早くも週末が待ちきれなくなりそうだった。



恐れていた事態が発生。やべぇ、ラウラさんの出番がなくなった。
次回は『一夏は私の嫁』をお休みし、鈴主役の短編を更新未定です。



「クラリッサ。クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか?」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「少し訊ねたいことがある」
「どのような事柄でしょうか」
「クラスの女子が嫁のことを指して、受けだのなんだのと話していたのだが、一体な――」
「隊長にはまだ早い!!!」
「な、なに?」
「ん、んん……失礼しました。気にしない方がよろしいかと」
「いや、しかしだな」
「気にしない方がよろしいかと」
「う、む……そうなのか?」
「気にしない方がよろしいかと」



以下『もしも子供の時に一夏がほんの少し鋭くて鈴がうっかり素直になっていたら』嘘予告。



「ねぇ一夏」
「ん? どうしたんだよ鈴。なんか様子が何時もと違うけど」
「あ、あのね? その……料理が上達したら、毎日あたしの酢豚食べてくれる?」
「へ? 別にいいけど?」
「ほ、ほん――」
「でもそれって、なんかプロポーズみたいだな」
「――ほぁ?」
「鈴? 大口開けてどうしたんだ?」
「ば、ばかぁ!!! 一夏の馬鹿!! 馬鹿一夏! 一夏馬鹿!!!!」
「な、なんでそんなに怒ってるんだよ!?」
「みたいってなによ!! こんな言葉がプロポーズ以外にあるわけないでしょ!!!!」
「……へ?」

 略。

「鈴。お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
「なに格好つけてんだよ。似合わないぞ?」
「なによぅ! それが久しぶりに会った婚約者に言う言葉?」
「こ、婚約者?! ――一夏!!!」
「一夏さん、どういうことですの!?」
「え、あ、ちょっと待て! 箒もセシリアも、なんでそんな興奮してるんだ!?」
「これが興奮せずに!」
「いられますか!!!」
「はぁ……この様子じゃ、やっぱり思ったとおりだったみたい。宣戦布告しておいてよかったわ」
「この状況とクラス対抗戦に、どんな関係があるんだよ……」
「ないわよ?」
「って、じゃあ鈴はなんで宣戦布告してたんだ?」
「決まってるじゃない。一夏はあたしのだんな様なんだから、誰にも渡さないって事をよ!」
「誰がお前のだんな様だと?」
「そりゃ一夏があたしのォ!? ~~っつ~――! 誰よ! って、げぇ、千冬さん……」
「織斑先生だ。今回は見逃してやる。鳳は早く自分の組にもどれ、SHRが始まる時間だ」
「はい……。じゃあ一夏、また後でね!」



[25465] ラウラさんのクラス対抗戦
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/05 19:38
 五月の頭。
 一夏とシャルルが出かける約束をしていた日曜日に、事件は起こった。

「わぁ!」
「……む?」
「んー……シャルル、どうし――たあ!?」

 目の前の光景に、一瞬で意識が覚醒する。
 ラウラがシャルルを押し倒し、ナイフを首筋に当てていた。

「な、なにやってるんだ?!」
「……シャルル・デュノア? 何故お前は私に襲われている」
「それは僕が聞きたいかなぁ……」
「よくわからないが、すまない。寝ぼけていたようだ」

 とりあえずラウラが刃物をしまう。全てはそれからだった。
 三人とも寝巻きのまま、ベッドに腰掛ける。

「えーっと、色々と聞きたいことはあるが……なんでラウラがここにいるんだ?」

 しかも服装は一夏のシャツ。髪にはところどころ寝癖があった。
 一夏には夢現ながらも、ラウラの匂いに包まれていた感覚がある。一緒の布団で寝ていたからだろう。

「もぐりこんだからだが?」
「……なんで?」
「一人寝は寂しいからだ」
「ひと……?!」

 シャルルが何を想像したのか、一瞬で赤に染まった。

「……なぁラウラ。その言い方、誰に教えてもらった?」
「隊の者だが?」

 頭痛を堪えるように、一夏が表情を歪めた。しかしとうとう元凶を特定したのだ。何時か殴りこみに乗り込むと、心に誓う。

「あんまりその人の言うこと、素直に信じないようにしたほうがいいぞ。絶対におかしいから。それに前言っただろ? お互いの部屋で寝ようって」
「二、三日考えたのだが、何故私がそれに従わなければならない?」
「なんでって……」
「私は嫁と一緒に寝たいから寝る。それだけだ」

 あまりに堂々とした宣言に、一夏は二の句が次げない。
 仕方なく、この問題は横に置いておくことにした。

「で、なんでシャルルにナイフを突きつけてたんだ?」
「私にもわからん。寝ぼけていたとしても、そうあることではないのだが。……シャルル・デュノア、私になにかしたのか?」
「ううん、僕はとくになにも。朝起きて、身支度整えて、一夏を起こそうとしたら布団が大きく膨らんでるのに気がついたんだ」

 布団をめくったところ、ラウラを発見したとの事。どれだけ驚いたのか、今のシャルルの表情からでも予想がついた。

「とりあえず一夏とラウラを起こそうとしたんだよ。それだけ、うん、それだけ」
「……さっぱり原因がわからないんだが」
「奇遇だな、私もだ」

 ラウラがシャルルに向き直り、深く頭を下げた。

「なんにしろ、嫁の友人に失礼なことをした。すまない」
「頭上げてよ。僕は気にしてないから」

 シャルルの寛大な心に感謝しつつ、ラウラが頭をあげた。
 そしてそのまま、シャルルの顔を見つめる。

「僕の顔、なにかついてる?」
「……いや、気にしないでいい」

 言いながらも、自らの手の平を睨みつけていた。
 どうしたらいいのかわからないシャルルは、そう、と返すことしか出来なかった。
 微妙な空気になったのを察した一夏が、ラウラに話しかけて注意を逸らす。

「なぁラウラ、今日はどうする予定なんだ?」
「軽く汗を流して、休息を取るつもりだ。嫁こそどうなのだ」
「シャルルと買い物行くつもりだけど」
「……」
「って!」

 ラウラは不機嫌そうに唇を尖らせ、一夏の頭を叩く。

「何故私を誘わない」
「だってラウラ、疲れてるんじゃないのか?」
「心配は嬉しいが、無用だ。この程度で調子を崩すような柔な体ではない」

 ならば遠慮なく、と声をかけると、言い切るより早く了承が戻ってきた。
 ラウラがお出かけメンバーに加わり、数十分後。

「よっし、じゃあいくか?」
「うん、僕は準備オッケーだよ」
「私も問題はない」

 施錠を確認し、並んで寮の廊下を歩く。
 ラウラは前に買い物に行った時、一夏に選んでもらった服を着ている。ゆったりとしたワンピースに、淡い青のカーディガンの組み合わせだ。
 そして、特徴的な銀髪を三つ編みにしていた。

「髪というのは、やはり重いものだな。結ぶとよくわかる」

 ちなみに、服装も一夏がチョイスした組み合わせである。千冬の世話焼きをしていたのは伊達じゃない。

「そのセットしたのは俺だけどな。ラウラ、自分でできないのか?」
「この髪が綺麗だと言ったのは一夏だろう? ならば嫁が手入れをすべきだ」
「そ、そういうものなのかな?」

 制服のときからわかっていたことだが、シャルルの手足はすらりと細い。ジーンズにシャツという、シンプルながら品のよさを感じさえる私服に着替えた今は、どこのモデルかというような雰囲気を醸し出していた。

「ねぇ一夏、他の人は?」
「ん? 声かけてないぞ?」

 当然のことのように言うと、シャルルが目を丸くした。

「え、なんで?」
「なんでもなにも、鈴は最近訓練頑張ってるから休日くらいゆっくりしたいだろ。セシリアは日本茶に抵抗あるらしいから、誘ってもこないだろうし」

 ……箒も捕まらなかったしなぁ。
 近づくと威圧感たっぷりに一夏を睨みつける箒の姿を思い出す。声をかけようとしても、決まって鼻を晒し足早に去ってしまうのだ。
 初日にやらかした失態は、思った以上に根深いらしい。話ができるくらいにほとぼりが冷めるまで放っておこうと一夏は考えていた。

「それで、今日は何処に行くのだ?」
「適当に雑貨とか見て回って、抹茶カフェに寄ろうかって話をしてたんだよ」
「抹茶か……それはいいな」

 ラウラの表情が微かに綻ぶ。日本の文化に興味津々な様子に、一夏とシャルルも軽く笑いあった。



 前回来たショッピングモールにて、店を転々とした後のおやつ時。
 今日一番の目的である抹茶カフェにて、一行は休息を取っていた。

「シャルル、女物の服詳しいんだな」

 この間の洋服店に行った時のやりとりを思い出す。シャルルは店員に引けを取らない知識でもって、ラウラの服を選んでいったのだ。
 それはもう、付き合わされた一夏とラウラが疲れるほどにパワフルに。

「そ、それは妹の服をよく選んでいたからでね?」
「へぇ、シャルル、妹いたんだ」
「う、うん。そうなんだ。だから僕が興味があったとかそういうことじゃないのほんとだよ!?」

 身を乗り出し、必死な形相で訴えるシャルルに、一夏が面食らった。わかったから落ち着けと、手を前に出して押し戻す。

「でもシャルルの妹さんかぁ……。きっと綺麗、いや可愛いんだろうな」
「そ……うでも、ないんじゃないかな」
「謙遜するなよ。シャルルの妹なんだから、容姿端麗なんだろ?」
「ま、まぁ、僕の妹のことはいいじゃない」

 話を打ち切りたいシャルルが、手元の抹茶をくいと飲む。わーこのお茶おいしーねー! と無理やりテンションを上げていた。
 様子をおかしく思いながらも、つられて抹茶に口をつける。ほんの少し加えられた砂糖が、緑茶特有の苦味と渋みを旨みへと変えていた。
 くいくい。

「どうしたんだ?」

 袖を引っ張られる感触に顔を向けると、ラウラがじぃと見上げてきていた。

「ずるいぞ。私も褒めるといい」

 意味がわからない。

「褒めろって言ったって……何を?」
「なんでもかまわん。嫁が私のいいと思ったところを褒めろ」

 唐突に難題を仰せだった。
 かといって普段のクールさを微塵も感じさせず、期待に胸ふくらませているラウラを無碍に扱うことも出来ない。

「あ、あー、ラウラって強いよな!」

 ぱっと思いついたことを、反射で口に出す。シャルルがものっすごく大きなため息を吐いたのがわかった。自分でも言った後にないと思ったが、今更どうしようもない。
 ラウラの目が、すぅ、と細くなった。

「ならば次の対抗戦、あの小娘を圧倒する様を見ているといい」

 傍から見ていても悪寒が走るような、残忍な笑みを浮かべる。
 ……これはこれで喜んでいる……のか?
 よくわからない。とりあえず鈴に向け、南無と拝んでおくことにする。

「時に一夏、てれすことはどういう魚なのだ?」
「……てれすこ? って、なに?」
「魚なはずなのだが、詳しくは知らない。名前が特徴的だから覚えていたのだが……覗いた魚屋には置いてなかったのだ」
「あー、それ落語だよ。架空の魚だ」
「……そうなのか」

 澄ましているが、ラウラの頬がほんのりと紅色だ。知らなかったことが恥ずかしいらしい。

「一夏、よく知ってたね」
「お茶飲みながらテレビ回してたらやってたんだよ」

 折角だから煎餅齧りながら鑑賞したとの事。

「うむ、日本人なのだから伝統芸能を楽しむのはよいことだ」
「そうだね。今度僕も見てみたいなぁ」

 ツッコミ要員が不在なまま、賑やかに休日を過ごす三人だった。



 そして迎えたクラス対抗戦。
 それまでにも鈴とラウラはちょくちょく衝突しており、緊張を深めていた。今日、その全てが爆発するのだ。少し考えるだけで、凄まじい戦いになることは間違いない。
 余談だが、ラウラは未だに一夏の布団に潜り込む日々だ。なんとかやめさせようとしたのだが、うまく説得できていない。シャルルもかなり気まずそうなので、早急に千冬に相談しようと検討している。

「まったく! 一夏さんが出ないのならば、わたくしが出るつもりでしたのに!」
「あー、すまん、セシリア」
「一夏さんが謝ることはないですけれど……」

 一夏とシャルル、それにセシリアは、一般生徒と同じアリーナの観客席で観戦していた。満員御礼の中、よく席が取れたと感心する。
 周囲の注目が、クラス代表生よりも一夏たちに集まっているのは言うまでもない。そんな状況でも普段どおりに振舞える自分を、一夏は慣れたなぁと感慨深く思う。

「ねぇ一夏、どっちを応援するの?」
「どっちって言われてもなぁ……どっち――」
「どっちもはなしだからね?」

 天使の笑顔で逃げ道を塞いでくるシャルル。
 一夏が弱った顔で上空を見上げれば、そこには黒色の機体と、鋼色の機体の姿があった。ドイツの第三世代型IS『シュヴァルツィア・レーゲン』と中国の第三世代型IS『甲龍』である。
 暫く唸った後、

「ラウラ」
「……理由は?」
「俺のISの師匠だから」

 聞き耳を立てていた全員が崩れ落ちた。

「な、なんだ?」
「いやあの、一夏……ほんとにそれだけ?」
「んー、たぶん」

 ……なんか鈴とラウラって考えたら、ぱっとラウラが浮かんだんだよなぁ。
 理由がわからないので、それは内緒にしておいた一夏だった。



 対戦の開始を告げる合図の少し前。上空で睨みあっていた二人が均衡を崩したのは、鈴がラウラへとプライベート・チャネルを飛ばした時だ。

「へぇ、逃げずにきたのね」
「逃げる必要などどこにもないからな」

 鈴のこめかみに、くっきりと血管が浮いた。これから試合なのだから、ぼっこぼこにするには少し早いと、切れるのは自制する。

「一夏が見ているのでな。悪いが、手を抜くつもりはない」
「いらないわよ。負けたときの言い訳にされちゃたまんないわ」

 お互いに薄く笑う。

「あんたが一夏とどんな関係なのか知らないけど、一夏と一緒にご飯食べるのはあたしなのよ」
「なんだ、私が嫁にみそ汁を作ってもらえるからと嫉妬か?」
「なんでそうなるのよ!」
「ちなみに、私は嫁に可愛いと言ってもらったぞ」
「しかもいきなり話を飛ばすな! それにあたしだって言ってもらったことくらい」

 ……。

「あるわよ!」
「ほぉ、ならば、何故詰まった?」
「む、昔のことだからちょっと思い出すのに時間がかかっただけよ!」
「……ふ」

 ラウラの冷笑に、鈴のボルテージが一段上がる。
 衝撃砲が一夏めがけて放たれた。シールドに阻まれ届かなかったが、驚いたことに変わりはない。抗議の意味を込め、声を荒げる。

「な、なにするんだ、鈴!」
「うっさい! あんたが悪いのよ!」
「意味わかんないぞ!?」
「……わたくしも一夏さんが悪いと思いますわ」
「僕もかな」
「そんな、シャルルまで!?」

 両隣の容赦ない裏切りに一夏が絶叫するが、誰も取り合わない。



「……なにをやっているのだ、あいつらは」
「わ、わかいっていいですよねー?」
「まったく、これだから十代女子のノリにはついていけん」
「……織斑先生? どうして笑っているんですか?」
「別に。あの二人とも、十代の女子なんだと思っただけです」

 要領を得ない様子の麻耶を促し、千冬が試合の開始を宣言した。



 試合開始のブザーが鳴ると同時、ラウラが全速で突撃する。

「人の嫁に手を出すとは、いい覚悟だ!」
「くぅ……! 舐めんな!」

 不意を突かれた鈴は、左右から繰り出されるプラズマ手刀の連撃を手に持った大刀、双天牙月で裁いていく。
 しかし、ラウラの攻撃は切り返しが早い。打って出る隙が見つからず、防戦一方になってしまう。
 たまらずに鈴は距離をとろうとするが、ラウラがそれを許さない。黒い暴風雨にも似たプラズマ手刀の猛攻を、髪の差ひとつで避けるしかなかった。
 戦いは、ラウラが優勢に展開されていった。




 シャルが来るまでに更新間に合った……!!!



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか?」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「デュノア社について、何か知らないか?」
「デュノア社というと、フランスのIS企業ですね。業績が芳しくないそうですが、それ以上のことは」
「……そうか」
「それがなにか?」
「いや、気にしなくていい。以上だ」
「……以上ですか」
「クラリッサ、何か問題でもあったのか?」
「いえ、了解しました」



[25465] ラウラさん宣戦布告する
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/05 19:38
 全ての試合を終え、今動いているISはたった一つになった。

「それではクラス対抗戦優勝者、ラウラ・ボーデヴィッヒさんからインタビューを貰いたいと思います!」

 新聞部副部長、黛薫子が、マイク片手にアリーナ中央に佇むラウラへと突撃取材を敢行する。

「ボーデヴィッヒさん、勝利の感想をどうぞ!」
「……」

 ラウラは目を瞑ったまま応じない。
 聞こえているのかと不安になった薫子が、おそるおそる名前を呼ぶ。

「あ、あの、ボーデヴィッヒさん?」
「とくに語ることはない。私とシュヴァルツィア・レーゲンが当然に勝利した。それだけだ」
「そ、そうですか……」

 薫子は頬の引きつりを抑えつつ、当たり障りのない質問を繰り返すが、取り付く島もない。五回目にして会話を諦めた。
 だが、

「ええっと、最後に何かありますか?」

 締めにと訊ねた反応は、気色が変わっていた。

「……ならば、全校生徒に告げておくことがある」

 ラウラがゆっくりと目を開く。その視線の先には、薫子とラウラのやりとりに苦笑している一夏の姿。
 ――と、腕を絡めるセシリア。
 試合中のいかなる状況よりも真剣に。
 ラウラがISの開放回線をつかい、声高らかに宣告する。

「織斑一夏は私の嫁だ!! 異論は受け付けん!!」

 ――世界が止まる。
 その日、盛大な歓喜と驚愕の声で、IS学園全体が揺れた。



 学食デザートの半年フリーパスをゲットした一組女子は、カロリーと苦闘する日々を送っていた。

「ほんと女子って、甘いものが好きだよな」

 今もお茶をしないかと誘ってきた女子を断ったばかりだ。

「仕方ありませんわ。女の子はそういう風にできてますもの」

 ふわりと絹のような金髪を靡かせ、セシリアが言う。

「一夏はそうでもないの?」
「一般的程度には食べるけど、こう連日は食べたくないなぁ」

 ぐぐっと伸びをし、授業で凝った肩をほぐした。クラスに居る生徒の数は、HRが終わったばかりだというのに半分も居ない。

「シャルルはどうなんだ?」
「僕も毎日は……。太っちゃうし」

 てへへ、と恥ずかしそうに笑った。
 一夏はシャルルの体を、下から上へと観察する。

「シャルルは細いんだし、もう少し肉をつけたほうがいい気もするけどな」
「肉……」

 複雑そうな表情で、胸へ視線を落とした。

「どうした?」
「う、ううん! なんでもないよ!」
「殿方とは不思議ですわね。肉をつけたいだなんて」
「あんまりひょろひょろでも困るだろ?」
「そういうものですの?」
「そういうものなんだよ。それにしても」

 ちらりと横に視線を動かせば、人垣に銀髪が埋もれていた。

「ラウラもよく人に囲まれるようになったよなぁ」

 クラス対抗戦の後からである。それも上級生、同級生問わずにラウラへと人が集まっていた。

「ふふ、人気者になっちゃったね」
「本当でしたら、わたしくがあの立場にいたはずですのに」
「ちょっと心配だけどな。ラウラって愛想ないし、大丈夫なのか?」

 シャルルは語る。
 この時の一夏の表情は、控えめに言って、初めてお使いに行く娘を心配する父親のようだった、と。
 と、人混みからするりとラウラが抜け出し、近寄ってくる。

「一夏、どうかしたか?」
「え、何が?」
「私に熱い視線を送っていただろう」

 周りが沸くがスルー。こういうとき、下手に反応すると増長を招くと学んでいる。

「ラウラもデザート食べに行くのか?」
「誘われたが断った。今日は嫁とISの訓練をするからといったら、皆快く納得してくれたぞ」

 普段から寡黙なラウラが、一体何を話しているのか。
 気になるのだが、
「なぁ、どんな話をしてるんだ?」
「特に嫁に言うようなことはない」
 さらりと流され、引き下がるしかないのが現状だった。
「そっか。じゃあ行くか」
 三者から了解の意が返ってくる。
 ……わからないんだから、気にしないほうがいい。
 一夏はこの判断を後々、無理にでも聞いておけばよかったと後悔することになる。



 アリーナで待っていた鈴と合流し、総当りでの模擬戦闘で汗を流した夕食。
 ずぞぞぞぞぞ!!!!
 バン!
 凄まじい勢いでラーメンを平らげた鈴が息を荒げ、ラウラに突っかかっていた。

「一回勝ったくらいで調子に乗るんじゃないわよ! 次は絶対にあたしが勝つんだから!」
「何度挑まれようとも一緒だ」
「ぐぎぎ……!」

 鰈の煮つけを食べながらの冷めた対応に、歯軋りを鳴らす。
 実際、鈴はいいところなしでラウラに負けていた。他の者に比べたら一番試合にはなっていたのだが……手も足も出なかったことに変わりはない。
 アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。
 通称AIC。ラウラ自身は停止結界と呼ぶ、慣性停止能力の第三世代兵器である。
 これにより自慢の衝撃砲を潰された鈴は、接近戦を余儀なくされた。
 結果は、ラウラの優勝が示すとおりだ。
 ワイヤーブレードとプラズマ手刀の複合攻撃に翻弄され、たまらず距離をとったところで大型レールカノンが火を噴く。
 遠距離でも近距離でも、ラウラが上手としか例えようのない試合内容だった。

「ぜ……ったいに来月の個人トーナメントで目に物見せてやる……」

 据わった目で鈴が呟いた。
 今日模擬戦闘が多かったのはそれが理由だ。
 六月末に行われる個人トーナメントは、学年別であることの他は制限がない。

「その個人トーナメントだけど、なんか仕様を変えるんだろ?」
「ええ。まだ詳細は発表されていませんが、ルールの変更があるらしいですわ」

 グラタンを食べる手を止め、セシリアが言う。
 ここにいる五人は、当然のように参加を決めていた。専用機の稼動経験、データを取る絶好の機会だからだ。

「あ、一夏、あんたデザート食べないんでしょ。あたしにフリーパス貸してよ。……食わないとやってらんないわ」
「別にいいぞ」

 ほれと鈴にパスを渡すと、一目散に注文口へ向かっていった。

「夕食なんて、一番カロリーとる必要がない食事なのになぁ。ただ太るだけだってのに」
「……一夏、それ、鈴に言っちゃ駄目だよ?」
「え、中学の頃から言ってるけど?」

 シャルルから鈴の背中に、哀れみの篭った視線が送られた。
 そんなことは露知らず。一夏は自分の鯵の塩焼きをほぐしながら、ラウラの手元に視線を注ぐ。

「しかし、ラウラの煮つけもうまそうだな」
「食べるなら分けるが」
「いいのか?」
「遠慮する必要はない。日本にはことわざがあるのだろう?」
「ことわざ?」

 思い当たる節がない一夏にやれやれと首を振り、ラウラが自慢するように教えてくる。

「嫁のものは私のもの。私のものは嫁のもの」
「うん、そんなことわざ聞いたことない」
「嫁はそれでも日本人なのか? まったく、やはり私がついていないといかんな」

 ラウラの中では、自分が間違っているという可能性は存在しないらしい。

「まぁ、貰っていいっていうなら貰うけど」
「構わない」

 手を皿に伸ばそうとするが、ラウラに妨害された。なんでだと思う間もなく、

「ほら、口を開けろ」

 鰈の身を箸で摘み、手で皿をつくったラウラが差し出してきた。

「……あのな、ラウラ」

 ぱくりと鰈の煮つけを頬張った。全く生臭くなく、身が口の中でほろりととける。醤油と酒、味醂で旨みを引き出された、匠の味付けだった。

「手で皿を作るのは礼儀違反なんだぞ」
「……そうなのか?」
「ああ」
「ならば、次からは気をつけるとしよう」
「あ、貰ってばかりじゃ悪いし、ラウラも鯵食べるか?」
「うむ、食べるぞ」

 先ほどとは互い違いに。食事が進んでいく。
 驚きのあまり、ぱくぱくと口を開くセシリア。
 対照的に、同室となったシャルルは、この程度のこと日常茶飯事に見ている。もはや動じなくなり、仲がいいなぁとしか感じずにのほほんとしていた。
 鈴が戻ってきてツッコミを入れるまで、この不思議な空気は持続された。



 ラウラ登場記念に連日更新! 短くてほんとすみません。ついでにラウラのIS名間違えてた……!
 無人ISは一夏の戦闘データを取るために投入されたと解釈しているので、戦っていないこの話では乱入無しです。……代表候補生が多いからって理由でもよかったのかな。



「織斑、何を黄昏ている」
「……千冬ね――ぐぁ! お、織斑、先生」
「なんだ。暇ではないが、これでも教師だからな。相談事があるのなら聞くだけ聞いてやるぞ」
「ドイツまでの飛行機代って、いくらかなぁ……」
「……いきなり何を言い出すのだ、お前は」
「戦いを挑まないといけない人が、そこにいるんだ」
「何を無駄に格好つけている」



[25465] ラウラさんの失策
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/07 19:33
 もはや日課になった朝のラウラ起こし。
 挨拶を交わして制服に着替えたところで、一夏がラウラの髪をセットする。
 ラウラは本当に髪を気にしないので、梳かすのは完全に一夏任せになっている。
 今日もベッドに座ったラウラの髪をいじっていたのだが、

「一夏、胡坐を掻いてくれ」
「ん? こうか?」
「うむ」

 ぽすり。
 ラウラが猫のように軽やかな動きで、膝の上に乗っかってくる。そのまま一夏の腕を動かし、自分の体に纏わりつけた。小柄なラウラの体は、すっぽりと一夏の腕の中に納まった形になる。

「……なにやってるんだ?」

 女の子の軽さに驚きつつ、一夏が訊ねた。

「膝の上に座っているだけだが」

 ご満悦なようで、喉を鳴らしそうなほど上機嫌だ。そのまま髪の手入れを続けてくれと促してくる。

「なんで?」
「日本の夫婦はこうするものなのだろう?」
「……また隊の人に吹き込まれたのか?」
「いや、これは上級生の者が教えてくれた」

 ラウラから返ってきた予想外の答えに、一夏が愕然とする。
 ……敵が、増えた……!
 ラウラの純粋さを守るためには、どうすればいいのか。
 一夏の頭を悩ませる日々は続く。
 とりあえずは、この状態をどうにかしないとまずい。ラウラから漂う香りや暖かさやら。思春期の男として色々と問題が起こりそうだ。

「あー、そのな? 密着しすぎでブラシをとおしにくいんだけど」
「そうか」

 思ったよりも素直に離れる。ほっと息をし、
 ――向き合う形で、ラウラが座りなおしてきた。

「お、おい、ラウラ?」
「ふむ、この抱き合う形というのもいいものだな」

 ラウラが首に腕を回しているため、耳のすぐそばから声が届く。その気になれば、息遣いまでも聞こえてきそうなほどだ。

「そ、そうか?」
「これならば問題ないだろう? さぁ、髪を梳かすといい」

 確かに髪を梳きやすくはなったが、男子としての問題は飛躍的に上昇している。
 具体的には、柔らかい感触を伝えてくる小振りながらも確りと主張している膨らみなどをどうすればいいのかということだ。
 ……やっぱ女の子って柔ら――って、いやいやいや! 信頼してこういうこと任せてくれてるんだから、そういう邪なことは考えるな!
 煩悩を退散させるため、うろ覚えな除夜の鐘を音を脳裏に響かせる。
 終わるまでに、百八回ではきかなかったのは、語るまでもないだろう。



 帰りのSHR。
 早速昨日の話題に上った情報が、千冬からもたらされた。

「最後に。学年別の個別トーナメントは、二対二の戦いに変更された」
「それは何故ですか?」
「建前的には、新入生の連携力の向上をと聞かされている」
「建前って……じゃあ、本音は?」
「参加者があまりにも少ないからだ」

 千冬が名前を呼び上げ、指をすっと曲げていく。
 指を折り曲げる回数が、六を数えたとき、

「以上だ」
「以上って……」
「今のって、専用機持ちの人ばっかり?」
「そうだ。まだ参加の受付を開始したばかりとはいえ、一般生徒の参加者が全く居ないのは珍しい」

 原因は、先日のクラス対抗戦。
 あまりにも圧倒的なラウラの戦闘力を目の当たりにし、一般の生徒の間では諦めムードが漂っているらしい。同じ専用機持ちなのに、なんの苦もなく蹴散らした戦いを見ていれば、わからなくもない。

「確かに、一対一ならば、ボーデヴィッヒの優位性は揺るがないだろう」

 千冬が、不機嫌だと知らしめるように鼻を鳴らす。

「だが打倒が不可能だと決め付ける……個人的には、そんな負け犬根性を発揮するやつは参加しなくていいと思うのだがな」

 雇い主に対し、不遜な態度を取ったまま続ける。

「上はそう思わないらしい。言うならば救済措置だ。一対一でボーデヴィッヒに敵わなくとも、二対二ならば連携と戦術で覆せるかも知れんからな」

 にやりと、

「意地を見せてみろ一年坊」

 挑発じみた笑みを浮かべての激励。
 これでもこないならば、元の一対一に戻すだけとのこと。
 それでは解散と、HRを終える。

「ふん、私と一夏に敵うものか」
「俺?」
「お前は私の嫁だろう? 私と組まなくて誰と組むのだ」

 ああ、と出席簿で肩を叩き、教室を出る直前。千冬が言い残した。

「わかっていると思うが、ボーデヴィッヒは専用機持ちと組むのは禁止だ」
「な……!!?」
「お前は下手をすると、専用機持ちと二対一の戦いでも勝つほどの実力を持っていると判断されたからだ。いわゆるハンデだな」

 驚きに声を失ったラウラを気にも留めず。上は面倒ばかり押し付けるといいたげにため息を吐き、千冬が廊下へと出て行く。
 後には、呆然としたラウラと、当然かと納得する一夏。哀れんだり苦笑したりするクラスメイトのみが残されていた。



 それから数時間たった後も、ラウラはぴりぴりとした空気を発していた。

「……納得いかん」
「そうは言っても仕方ないだろ?」
「だが嫁が私以外と組むなど……むぅ」

 対し、上機嫌なのは鈴だ。

「ま、一夏と組むのはあたしに任せなさいよ! 同じパワータイプで相性もいいしねー?」
「なにをおっしゃっているのかしら。接近戦タイプの一夏さんには、援護射撃できるわたくしが一番ですわ!」
「でも、セシリアのブルーティアーズって多対一に特化してるだろ? あんまりマンセルって得意じゃないんじゃなかったっけ?」
「わたくしと一夏さんの相性なら、そんなこと些細な問題ですわ!」
「はん! 相性ならあんたよりも一夏と一緒に居る時間の長いあたしの方が上よ、上!」

 ぎゃいぎゃいと毎度のごとく喧嘩を始める鈴とセシリア。
 シャルルが止めようとしてくれているので、一夏はそっちを任せて心配ごとを訊ねる。

「それよりもラウラ、組む当てってあるのか?」
「………………問題ない」

 いやに間があった。

「シャルルも。どうするんだよ」

 女子に囲まれていた光景を思い出す。
 一夏の方には、八つ当たり気味に剣呑な気を撒き散らすラウラが横に居たので、女子が近寄ってこなかったのだが……その分までシャルルに集った感があった。

「あ、あはは……どうしようね」

 その時は考える時間が欲しいと切り抜けたシャルルだが、あの調子では明日以降も続くのは明白である。早急に解決しなければならない問題だ。

「なら俺と組まないか?」
「……いいの?」
「いいもなにも、俺も決まってないし。シャルルが組んでくれるなら心強いから」
「それは僕の方こそだよ」

 照れくさいのか、ほんのりと頬を染めたシャルルと、改めて握手を交わす。
 パートナーが決定したことに気がついた鈴とセシリアから文句が飛ぶまで、まだ少し時間を要する。



 夜中、ノックする音に扉を開けると、そこには黒猫が居た。

「何を固まっている」

 黒猫が聞き覚えのある声で、日本語をしゃべった。

「…………ラウラ、か?」

 銀髪。眼帯。そして猫耳のついた被り物。
 きぐるみパジャマを着たラウラだと認識するのに、時間がかかった。今までのラウラから創造できなかったのだから仕方ない。

「やっほー、おりむー」
「のほほんさん?」

 黒猫パジャマの後ろから現れたのは、黄猫パジャマだった。

「本音から何処で売ってるのか聞いて、一緒に買いに行ったのだ」
「へぇ……」
「私、こういうのた~くさんもってるからー」

 普段から甘え袖の制服を着ている本音だ。衣装棚がそういう系統の服で埋まっていることを想像するのはたやすかった。

「でも、ラウラはなんでその服を?」
「前に嫁が言っていたのを思い出した。本音の服は可愛いと」
「あ? ……あー、そうだったかも」

 天井を睨み、記憶を検索する。
 何時だったか、シャルルに愚痴ったとき、説得に使ってみればとアドバイスを貰った。その通り、ラウラの寝巻きを説得するのに使ったのだ。

「でもそんときは突っぱねたじゃないか」
「夫婦というものに倦怠期はつきもの。それを回避するために、新鮮な刺激が必要らしい」

 どこどなく得意げである。
 ……貯金、いくらあったかな。
 最早一刻の猶予も無い。一夏の頭の中で、パスポートを取ってからドイツに行くまでの過程が、シミュレートされていく。
 思考の片隅でシミュレートは続け、

「で? このパジャマを見せに来てくれたのか?」
「それもある」
「あとはねー。パートナーけっせい記念のかおみせだよ~」

 一瞬言われたことがわからずに首を捻る。
 遅れ、個人別トーナメントのことだと理解が追いついた。

「え!? ラウラとのほほんさん!?」
「そーだよ~。私はラウっちとくむのだー」

 渾名呼びだ。何時の間にか仲良くなっていたらしい。
 本音は人当たりがいいというか、ゆるーりマイペースな性格なので、ラウラの性格にも物怖じせずに付き合えるようだった。

「意外というかなんというか……なぁ、シャルル」

 話しかけるも、反応が返ってこない。

「シャルル?」

 訝しく思いもう一度声をかける。
 シャルルは俯き、溢れ出す何かを堪える、ふるふると震えていた。

「か……」
「か?」

 ――爆発。

「かわいいーーー!!!」

 目を輝かせたシャルルが、目にも留まらぬ早業で黒猫ラウラを捕獲。

「こ、こら、抱きつくな!」
「えー、だってラウラがすっごく可愛いんだもん。仕方ないじゃない」
「ええい、いいから離せ! 嫁以外の男に抱きしめられる趣味は無い!」
「え、おと……あ……!」

 ばっ! と開放すると、ラウラがすばやく距離をとった。警戒する表情を見たシャルルが、しゅんとしょげかえる。

「……ごめん……。つい、興奮しちゃって……」
「気をつけろ。次は実力で排除する」
「うん……」

 その日、落ち込んだシャルルが復活することは無かった。



 短いなら更新頻度で勝負なんて言ってみる。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「こちらは特に問題無い。そちらで変わったことはあるか?」
「いえ、こちらも常と変わりありません」
「そうか。ならば、定期連絡を終わる」
「………………は。了解しました」



[25465] ラウラさんとシャルルさんの決闘
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/09 00:37
 二組のパートナーが決まった翌日は、半日授業だった。午後は丸々ISの訓練に当てられるので、連携の練習をしたりするのにちょうどいい。

「今日あいてるのって、どのアリーナだっけ?」
「第三アリーナだよ、一夏。早く行こう?」

 シャルルに、昨日の失敗を引きずっている様子はない。一晩経ったら、心の整理がついたようだった。
 一夏の手を引こうとしたところ、前に銀髪の影が立ち塞がる。

「シャルル・デュノア。少し時間をもらいたい」
「え、僕?」

 てっきり一夏に用事だと思ったのに水を向けられたシャルルが驚く。

「そうだ。一夏たちは先に行っていてくれ」
「ん? あ、ああ。わかった」

 返事を聞いたラウラがシャルルを一瞥し、そのまま入り口に向かう。

「あ、待って! じゃあ一夏、また後でね」

 一夏に手を振り、ラウラの後をついて行くと、

「ここ、第二アリーナだよね? いいの? 入っちゃって」
「千冬義姉様から許可は取った。今ここに居るのは、私たちだけだ」

 ラウラが、アリーナ中央で振り向いた。
 冷厳と表するに、相応しい表情で。

「えっと……それで、なんでここに?」

 まるで敵とでも相対したかのようなラウラの様子に、シャルルは戸惑いが隠せない。
 心当たりがあるとすれば、昨日のことだ。

「もしかして昨日のこと? それならごめ――」
「その男装はなんのためにしているのだ?」

 シャルルの心臓が急速に収縮された。全身の血が凍りついたかのように寒気が増していく。
 動揺を抑えようと、R―リヴァイブ・カスタムⅡの待機形態であるクロスを握る。

「な、なんのことかな? 僕はお、男だよ? 男が男の格好をして、何がおかしいのさ」
「ならば、胸につけている物はなんだ?」

 ヒュッと息を呑む音が、いやに大きく聞こえた。

「気がつかないとでも思ったのか?」

 極寒の眼差しのまま。
 ラウラが一歩、

「一度目は、寝ぼけてナイフを突きつけた時」

 また一歩と、距離をつめていく。

「感触が変だった。筋肉のつき方も、女性である隊の者たちと同じに思えた。ただ、あの時は確証がなかったため、判断を保留した」

 俯き立ち尽くすシャルルと、一足飛びの間合いで足を止めた。

「だが、昨日抱きつかれた時に確信した。貴様は女だ。シャルル・デュノア」

 言葉は返ってこない。
 ラウラは、ただただ言葉を浴びせる。

「どうして男と偽ったのか。そんなことはどうでもいいのだ」

 重要なことは、ただ一つ。

「何故、一夏に近づいた?」

 シャルルは答えない。
 ただ俯いて沈黙を通している。

「一夏のデータ収拾のためか? それとも、取り入ろうとでもしたのか?」

 なんにしても。

「もしも私の嫁に危害を加えるつもりならば……加減はしない」

 瞬時に部分展開したカノン砲をシャルルの頭に突きつけ、ラウラが宣告した。

「さぞ楽しかっただろうな? 正体を知らない嫁をあざ笑うのは。よくもまぁ腐った性根を持ったものだ」
「そんなわけ……ないじゃないか!」

 顔を上げたシャルルの瞳に宿るのは、紛れもない憤怒。普段の穏やかさは、完全になりを潜めていた。
 激昂したシャルルは、悲鳴にも似た甲高い声でラウラを糾弾する。

「僕がどれだけ……! 何も知らないくせに! ラウラにそんなことを言われる理由はないよ!」
「知らないな」

 だが、ラウラは揺るがない。

「私は、お前の本当の名前すら知らない」

 それまでは努めて冷静に話していたといわんばかりに。
 声に、熱が篭る。

「隠している分際で、よくも吼えたものだ!」

 逆に、ラウラの渇にシャルルが怯んだ。続きの言葉を飲み込んでしまう。

「黙っていても理解してもらえるなど。……とんだ幻想を抱いているものだ。なぁ? シャルル・デュノア」
「違う! 僕は、シャルルじゃ……!」
「貴様の本当の名前が何かなど知りはしない。だから、私は貴様が名乗った『シャルル・デュノア』と呼ばせてもらう!」
「――うるさい!! シャルルにならなければならなかった、僕の……私のことなんてぇ!!!!」
「知らないと言った筈だ!」

 言い終わった時には、お互いにISを展開していた。
 上空高くへと飛翔する黄色い機体――R―リヴァイブ・カスタムを、黒い機体――シュヴァルツィア・レーゲンが追っていく。

「クラス対抗戦で、ラウラの戦い方は見た!」

 両手にマシンガンを持つ。集団率よりも回転性を重視し、絶え間なく銃弾のカーテンを形成する。
 シュバルツィア・レーゲンの最大の武器であるAICは、集中しなければ使えない。

 だからこそ、面での制圧。

「仮に使えても、弾の停止した位置からAICの軌道がわかる。これでAICは封じたよ!」

 そしてラウラの遠距離の手は、取り回しの重いレールカノンのみ。ワイヤーブレードが届く中距離まで踏み込ませず、持久戦に持ち込めば勝てるというのがシャルルの考えだ。

「AICを封じた? ……だからどうした」

 回避行動を取りつつ、牽制としてカノン砲を撃っていたラウラの動きが、変化した。

「そんな豆鉄砲で、私とシュヴァルツィア・レーゲンの進撃を止められると思ったのか?」
「そんな……!」

 面と手数で来るのならば、一点辺りに破壊力はない。
 ――それでは、シュヴァルツィア・レーゲンの守りは貫けない。
 故に回避は考えない。シールドエネルギーが多少削られようとも、懐に潜り込むことを優先する。
 重厚な造りに違わぬ頑強さに任せ、瞬時加速を使い弾幕を突破。最短距離でシャルルに体当たりを仕掛けた。

「あぐ!」
「止めたいのならば、ガトリングでも持って来い!!」

 肉弾戦になってしまえば、構え、狙い、引き金を引くプロセスが必要な銃器に優位性はない。
 シャルルはプラズマ手刀の一撃をマシンガンの銃身で受け、そのわずかな隙にブレードを呼び出した。しかし、プラズマ手刀とワイヤーブレードを操るラウラに対し、シャルルの接近戦の手はブレードのみ。
 左の盾も使い、なんとか猛攻を受け流すが……それも限界を迎えた。

「あ……!」

 右手をワイヤーで絡め取られ、その隙にブレードを弾き飛ばされた。

「終わりだ」

 ラウラのプラズマ手刀が眼前に迫る。
 ……避けられない。けど!

「まだ!」

 カウンターの要領で、左の腕を突き出す。僅かに動いた程度で回避された。
 構わない。
 手元が、ラウラの顔に向いてくれるのならば。
 プラズマ手刀がシールドを削る衝撃に、意識が揺れながらも、左手にショットガンを呼び出す。
 目くらましになればいいと、散弾を連続発射。虚を衝かれたラウラの姿勢制御が揺らぐ。
 その一瞬に、今度は体制を立て直したシャルルのほうから密着するほどに間合いをつめる。

「ワイヤーで繋がってるなら、そっちだって逃げられない!」

 突き出された左腕。そこに装備された盾の装甲がパージされる。
 ズン!!
 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』が姿を表すと同時、金属を突き破る重音が辺りに響いた。
 ラウラが咄嗟に盾にしたレールカノンに、大穴が穿たれる。

「いけぇ!!」
「ちぃっ!」

 決死の覚悟で勝負を決めにいったシャルルに対し、ラウラの反応は早かった。
 右手を絡め取ったワイヤーと、杭が打ち込まれたカノンをパージ。そのまま全速でバックブーストし、一瞬の間に距離をとる。
 気づき、シャルルも後退しようとしたが、既に次弾装填が完了し、撃鉄を起こしてしまっている。
 抜こうとしたが間に合わない。炸薬の爆発が引き金になり、カノンの爆発が起こる。

「う、ぐ……」

 巻き込まれたシャルルは、吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。背中を強かに打ちつけられた衝撃に、まともに息ができない。

「……私とここまで戦えたとはな」
「まだ、勝負は着いてない……!」
「ふん、勝つのは私だ」

 睨みあい、残された武器を構えようとし――

「――と、言いたいところだが、これ以上は個人別トーナメントまでに修繕が間に合わなくなる」

 ラウラが体から緊張を解いた。まさかレールカノンを失うとは思わなかったと、ラウラが苦い顔をする。
 一方、シャルルはといえば、

「……へ?」

 何が起こっているのかわからず、きょとんとしていた。

「これは警告だ。もしも本当に嫁に仇なすならば、容赦はしない」
「……やっぱり、僕を疑ってるんだ」
「当たり前だ」

 シャルルがISを待機状態にしたのを見て、ラウラもそれに倣う。

「ラウラ、信じて。一夏に害を加えるとか、そんなつもりで彼の隣に居たつもりじゃないの」
「……知っている」

 ぷいとそっぷを向き、ふてくされた口調でラウラが続ける。

「一夏はお前を、『シャルル・デュノア』を信頼している。その信頼を裏切っている貴様が許せなかっただけだ」
「…………一夏には、僕から打ち明ける。だから、お願い。私に……少し、時間を頂戴」
「……ふん、私の嫁を傷つけたら、承知せんぞ」

 言い残し、ラウラは早足にアリーナから去る。後には、覚悟を決めた表情のシャルルが残された。



生まれて初めてまともに書いたアクションシーンがこれだよ! 下手すぎで泣きたい!
二人が戦ってる場面は、マクロスプラスのdog fight を聞きながら。名作すぎて困らない。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「その、だな。聞きたいことがあるのだが……」
「は!!!! このクラリッサ、微力を尽くさせていただきます!!!!!」
「い、いや、そこまでしてもらうほどの事ではない」
「それはこちらで判断すべきことです!! さぁ、用件をどうぞ!!」
「ク、クラリッサ? なんだか、テンションがおかしくないか?」
「いえ、平常心は保っております。さぁ、どうぞ!」





[25465] ラウラさんの好敵手、目覚める
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/12 18:50
 一夏は鈴とセシリアにしごかれながらラウラをシャルルを待っていたのだが、結局、二人は合流してもISの訓練に参加することはなかった。
 ラウラは一夏の指導を。シャルルはどこか元気がなく、すぐに部屋へ戻ってしまった。
 訓練が終わり、一夏が部屋に戻っても、なにやら難しい顔で考え込んでいる。夕食の時間になったので誘ったのだが、後で食べるからと断られてしまった。
 仕方なくラウラと夕食にきたところ、今日訓練をさぼっていた本音を発見。会話が聞こえる距離まで近づくと、自分の名前が話題に上っていた。

「よ。なんか俺の名前が聞こえたけど」
「やあやあおりむー。今日もラウっちとらぶらぶしてたー?」

 何時ものごとく、甘え袖に手を隠したまま上げてくる。一夏も上げ返し、

「いや別に」

 平然と否定した。ラウラとパートナーになって以来、本音は挨拶がてらに聞いてくるのだ。

「で、ええっと……のほほんさんたち、何話してるんだ?」

 例のごとく、一夏は本音以外のクラスメイトの名前がうろ覚えだった。

「専用機持ちの人たちのISを、MSに例えると何かなって話してたの」
「MS?」
「そうそう。やっぱり織斑君はエピだよね!」
「えー? OOじゃないの?」
「……何言ってるのか、さっぱりわからん」
「わからなくてもいーことも、世の中にはた~くさんあるのだよー」

 おりむーはまた一つかしこくなりましたー、と頭を撫でられる。長い袖が目の辺りで当たってきて、少し困った。

「ちなみにのほほんさんはわかるのか?」
「きーてるだけでもたのしーよー?」

 要はわからないと。

「一夏、本音、なんの話をしているのだ?」
「俺にもわからん。なんかMSってやつで俺たちのISを例えてるらしいぞ?」

 合流したラウラ共々、当事者の癖に蚊帳の外に置かれた。

「やあやあラウっち。今日もおりむーとらぶらぶかねー?」
「うむ」

 平然と頷いた。
 と、残り二人のクラスメイトからじぃと視線を感じる。

「なんだ?」
「ボーデヴィッヒさんのISはMSっていうより、黒い王子様のあれかなぁ」
「あ、わかるわかる!」
「……本当に、何の話なのだ」
「世の中には、知らなくていいこともあるそうだぞ」

 ラウラがむぅと唸る。

「あとで隊の者に聞いてみるか」
「やめておいたほうがいいと思う」
「何故だ?」
「なんか知らんが、ものっすごく嫌な予感がする」

 とりあえず相席の許可を貰い、一緒に食事をすませた。
 途中に混じる意味不明な単語は、全力で右から左に抜かせた。



 食事を終え、一夏が自室の扉を抜ける。

「あ、一夏。おかえりなさい」

 そこには金髪の女子が居た。

「……すみません、部屋を間違えました」

 動作を巻き戻したように外に出る。
 番号を確認する。やはり一夏とシャルルの寝泊りしている一室だ。
 おかしいなぁと首をひねっていると、

「い、一夏、間違ってないから!」

 中から聞こえてきたのは、シャルルの声である。
 再び扉を開ける。
 やはり、学園の女子制服を着た金髪の少女が、そこに居た。

「ええっと……シャルル、だよな?」
「そ、そう。僕だよ」

 シャルルは視線をさ迷わせ、

「え、えっと……」

 言葉を捜した末、

「どうかな?」

 若干頬を染め、はにかんだ笑顔で聞いてくる。

「……似合ってるとは思うぞ? うん、可愛い」
「そ、そっか。えへへ……」
「けど、なんで女装し――まさか、そういう趣味なのか!?」
「違うよ! いや、えっと……あれ? ……違うけど違わなくてでもやっぱり違うの!」
「なんかよくわからんが落ち着け」

 深呼吸をするよう薦めると、素直に従った。この辺り何時も通りのシャルルだ。

「あ、もしかしてあれか? 実はシャルルの妹なのか?」
「なんでそうなるの!」
「……サプライズ?」
「違うってば!」

 なんだか今日のシャルルは、テンションの上がり方がいいなぁと思う。

「あとあれだ。双子の兄妹が入れ替わって学校に通うとか。そういう話、本で読んだことあるぞ」
「それはフィクションでしょ! これはノンフィクション!」

 もういいから一夏は黙って話を聞いてて! と怒るシャルル。
 ぷんぷんという擬音がとても似合いそうだった。怖いというよりも微笑ましい。思わず噴出しそうになってしまったが、それはさすがに自重する。

「悪い。それで、どうしてシャルルはそんな格好をしてるんだ?」

 一夏の質問を聞いたシャルルが、表情を真剣に引き締める。
 すぅ、はぁ。
 呼吸と、覚悟を整えた。

「それは、僕が女の子だから、だよ」
「ふぅん」

 ……。
 気安かった。
 それはもう夕飯のメニューを聞いたほうがまだ気のある返事になるのではないかと思えるほどに、気安い返事だった。

「あの、一夏。僕、女の子だったんだけど」

 もしや意味を理解できていないのではないかと心配に思い、もう一度繰り返す。

「うん。女子制服もよく似合ってるし、普通に……いや普通以上に可愛い女の子だな」
「それは嬉しいけどそうじゃなくて! なんでそんなリアクション薄いの! こっちは一大決心で……僕がどれだけ勇気を振り絞ったと思ってるのさ!!」

 火山が大噴火だ。顔を真っ赤にし、髪の毛を逆立てるかのごとく怒りを発してシャルルが胸元に寄ってくる。
 理不尽な気もするが、勢いに圧されて思わず謝った。

「あ、いや、すまん。なんというか、驚くより先に納得しちまったんだ」
「……納得って、なに」
「シャルルって男っぽくないというか、なんか女の子みたいだなって思うこと多かったし」

 共に暮らして一月近く。その間に思った回数は、十ではきかない。……というよりも、一日一回は思っていた気がする。

「……一夏にそう思われてたんじゃ、他の人にばれるのは時間の問題だったのかなぁ」
「どういう意味だよ」
「教えてあげない」

 シャルルが、ふいと拗ねたように横を向く。

「まぁいいか。でも、それじゃなんで男装なんか?」
「……実家からの命令なんだ」

 シャルルが、静かに。感情を押し殺したような声で語りだす。
 デュノア社が今落ち目であること。その社長である父親と、愛人であった母親。二年前に引き取られ、ISの適合が高かったために、テストパイロットをしていたこと。そして、本妻との確執。
 曇った表情で泣きそうになりながら、それでもシャルルは境遇を晒していく。
 一夏は口を挟まない。ただ、時折握り締めた拳の筋肉が、ぎりぎりと悲鳴を上げていた。

「だから、僕が男装してたのは、広告塔として。……そして、特異ケースである、一夏のデータを盗んでこいって言われてなんだ」

 これで、全部。シャルルが締めくくる。

「……軽蔑、した?」

 窺うように。拒絶を恐れながらも、シャルルが聞いてくる。

「してるよ」
「――あ」

 険しい表情と、怒りの篭った言葉で即答された。
 その端整な表情が絶望に歪み、

「その父親、絶対にぶん殴ってやる」
「え……?」
「ふざけやがって……親だから子供を自由にしていいと思ってるのかよ! 少しはシャルルの気持ちも考えやがれ!」
「一夏……僕のこと、許してくれるの?」
「許すって……なにをだ? 騙していたのはシャルルの意思じゃないじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「俺たちとの付き合いまで演技だったのか? 違うんだろ?」
「当たり前だよ!」
「じゃあ俺には問題ないよ」

 一夏が、包容力を感じさせる、力強い笑みを浮かべる。

「俺にはデュノア社なんてどうでもいいからな。シャルルがシャルルなら、それでいい」

 その言葉に、救われた気がした。
 ありのままの自分を、無条件で肯定してくれることが、こんなに嬉しいことだったのだと思いしる。

「……シャルロット」
「え?」
「お母さんがつけてくれた、僕の本当の名前」

 何時もの、柔らかいほんわりとした笑顔が浮かべられていた。

「一夏には、シャルロットって呼んでほしいな」
「いいのか?」
「うん。ふふ、ここで僕のことシャルロットって呼ぶの、一夏だけだね」
「事情知ってるの俺だけだもんな」

 予想通りの反応に、シャルロットは苦笑いしか浮かばない。もう少し意識してくれてもいいんじゃないかと思うが、もしも意識するくらいに感性があったなら、すでにラウラに転んでいでいておかしくない。
 これでは、鈍感さに感謝するべきなのか、判断がつきそうになかった。

「それで、シャルロットの事は秘密にしておいたほうがいいんだよな?」
「……えっと……今は、まだ。ばれたら、きっと呼び戻されると思う」
「なら絶対にばらさない。シャルロットをそんな奴に渡してたまるかよ」
「ありがと、一夏」

 話の区切りに詰まった息を吐き、シャルロットがその場にへたり込んだ。

「シャルロット?」
「なんか、ほっとしたら気が緩んじゃったみたい」

 恥ずかしそうに笑い、手を使ってベッドに腰掛ける。

「もし実家のことでなにかあったら、すぐに相談してくれ。俺はシャルロットの力になりたい」
「……頼ってもいいの?」
「当たり前だろ。いらないって言っても無理やり聞き出してやるからな」
「いらないなんていわないよ。そんな贅沢、罰が当たっちゃう」

 くすくすと笑うシャルロットに、陰りは見えなかった。
 随分と長く話していたようで、既に夜も遅い。
 一夏、シャルロットの順に、重い話の余韻を吹っ切るため、部屋の湯船に浸かる。風呂は命の洗濯とはよく言ったもの。疲れた体と精神が、お湯の温かさでじんわりとほぐれていくのを感じられた。
 特性の男装用コルセットをつけずに、シャルロットが普段と同じ寝巻きに着替える。そして、すでに半分夢見心地になっていた一夏に話しかけた。

「ねぇ一夏、知ってる?」
「ん……? なにをだ?」
「ラウラって、一夏と一緒に居るとき、本当に安心したように眠っているんだよ」

 きっと知らないだろう。それは、何時も早起きして二人の寝顔を見ている、シャルロットの特権だ。

「だから……あのね、一夏。今日、一緒に寝てもらっても、いい?」

 一夏は、まどろみが遠くに逃げていくのを感じた。

「な、なんでそうなるんだ!? 駄目に決まってるだろ!」
「頼っていいっていったのに……」
「なんの関係があるんだよ?!」
「ラウラとは寝れるのに」
「あ、あれは単なる添い寝! それに勝手に潜り込んでくるんだから仕方ないんだ!」
「じゃあ僕も勝手に潜り込むもん」

 一瞬何を言われているのかわからなかった。
 頭が真っ白になっている隙に、シャルロットが布団へと入り込んでくる。そのまま背中から腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。

「えへへ、一夏、あったかい……」
「お、おいシャルロット、離れろって! この状態はまずいだろ!」
「だって一夏、僕が女の子って打ち明けてもリアクション薄かったし……本当は信じてないんじゃないかなって」
「信じてる! 信じてるって!」
「ほんと?」
「ほんとだよ! こんな嘘ついてどうするんだ!」
「……やっぱり信用できない。だから今日はこのまま。女の子って信じてくれるまで、離してあげない」

 悪戯ッぽい口調でそういうと、一層強くしがみついてきた。最早一夏は、シャルロットの温もりやら柔らかさやらで一杯一杯である。反論したくても、まともに考えが纏まらない。
 こうして一夏は、精神を削る夜を過ごすことが決定された。



とうとうやっちゃったけど後悔しない。一夏の天然具合が原作に輪をかけてる気がする。
たまたま目にした捜索板の紹介見て思ったこと。
この作品はラブコメっていうよりデレコメのほうがしっくりくると思うの。語呂悪いのは気にしない。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか?」
「こちらクラリッサ・ハルフォーフ大尉、受諾しました」
「予備パーツの状況はどうか」
「レールカノンの予備はただいま運搬中です。恐らく、トーナメントには間に合うかと」
「そうか。すまない」
「いえ」
「時にクラリッサ。MSとは何かわかるか?」
「――」
「クラスの女子が私や嫁をMSに例えていたのだが、私には何のことだかわからなかったのだ」
「……(つぷ)」
「クラリッサ? おい、クラリッサ」
「………………(ばたり)」
「どうしたのだ、応答しないか!」



[25465] ラウラさんのあいさつ回り
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/14 20:22
 夜が深く、丑三つ時と称される時間帯。
 一夏は植物ですら眠るといわれているその時間に、眠れないでいた。
 もちろんその原因は、抱きついて寝ているシャルロットである。背中に当たっている呼吸によって上下する柔らかい膨らみやら、シャルロットの女の子特有の香りやら。年頃の男子には刺激が強い。強すぎる。
 瞼に力を込めて必死に寝ようとしているのだが、その時点で逆効果なことに気がついていない。
 それでも、何とかうつらうつらとし始めた頃のことだ。
 カチャリ。何かが動いた、小さな音が聞こえた。
 ……今のは、扉を開く音か?
 半分寝ている頭に何故? と疑問が浮かぶと同時に、一人の人物が思い起こされた。
 何時も忍び込んでくる、ラウラである。最近は気に入ったのか、黒猫パジャマで来ることが多い。
 部屋の中の光源は、カーテン越しの月明かりだけ。薄目を開けると、暗くても月明かりを反射する銀の髪を確認できた。
 足音を立てず、ラウラが近寄ってくる。
 止めたいのだが、止められない。
 ドクドクドクと、緊張から一夏の鼓動がいやに早くなる。下手をしたら心音でシャルロットを起こせそうなほどだ。
 そして、布団がめくられた。
 布団を手にもったラウラと、ばっちり目が合う。

「……なにをしている?」

 その威圧感に、なぜ狸寝入りをしなかったのかとすぐに後悔した。

「お、男同士の親睦を深めようかと」
「ほぅ……」

 視線が針のごとき鋭さで、一夏を射抜いてくる。

「シャルル・デュノアは女だったはずだがな?」
「な?! ……んのことだ? はは、ははははは……」
「隠す必要はない。今日、そのことで少し話をしてきたからな」
「……まさか、あの時抜けていたのって?」

 予想は当たったらしく、こくりと頷いかれた。

「まぁそれはどうでもいい。そんなことよりも重要な事態が起こっているからな。なぁ、一夏?」

 随分と棘のある名前の呼び方だった。

「……ええと、ラウラ? ナニヲソンナニゴリップク?」
「わからないか?」
「……ごめんなさい」

 自分は悪くないはずなのに。むしろ被害者と言ってもいいはずなのに。
 口が勝手に謝っていた。言い訳すら出てこようとしない。
 だって、怖かったから。
 本当に殺されるかと思うほどに、ラウラからの重圧は酷かった。

「いいか一夏、私は浮気を許さん。それをよく覚えておけ」

 そう言い、ラウラが胸元に飛び込んでくた。

「お、おい、ラウラまでかよ」
「シャルル・デュノアがよくて私が駄目というのは納得できん。既に起こってしまった以上、今回に限り許してやる。だがしかし、次にこんなことがあったら……わかっているな?」

 あかべこ人形のようにぶんぶんぶんと縦に首を振る。最後のわかっているな? の部分に、いやに力が入っていた。

「む……」
「どうしたんだ?」
「シャルル・デュノアのせいで手が回しにくい。まぁ、一夏が抱きしめてくれればいいだけだが」
「なんでそうなる?!」
「……いやなのか?」

 そこで上目遣いの上に寂しがるような口調なのは、本当に卑怯だと思う。
 男として、逆らえるはずがない。

「……これでいいのかよ」

 ラウラの頭を胸元に引き寄せるように、腕を回した。

「うむ。今日は良い夢が見られそうだ」

 背中にシャルロット。
 胸元にラウラ。
 二人の少女の存在を感じ続けるその晩、一夏に睡魔が襲い掛かることはなかった。



 朝。
 目を覚ました少女たちは、一夏を除け者に二人でなにやら分かり合っていた。とりあえず、ラウラがシャルロットのことを女の子と知っているのは確かなようだ。
 眠い目を擦りながら、一夏は出かける準備をする。
 一月以上空けている家の様子を見に、一夏が地元に戻った休日。予定が合ったこともあって、中学時代の友人と遊ぶ約束を取り付けていた。

「久しぶりだな、弾」
「おう、いち……か……」

 弾の言葉が、尻すぼみになっていく。
 視線が固定されている先は、当然のように一夏と手を繋いでいるラウラだった。
 シャルロットも来たがったのだが、別行動だった。なんでもISの損傷具合やらを確かめないといけないらしい。ラウラはレールカノンを失ったのみなので、その必要はない。

「そっちの美人さんは誰だよ! もしかして、とうとう彼女つくったのか!? この抜け駆け野郎め!!」

 凄まじい剣幕で詰め寄ってくる弾に、一夏が説明しようとし、

「そんなんじゃねぇよ! 同じ学園の――」
「婿のラウラ・B・織斑だ」

 横から補足が入った。
 弾の動きがぴたりと止まる。一夏は、人の目って本当に点になれるんだなぁ、と場違いに感心してしまった。

「……婿?」
「婿だ。そして、一夏は私の嫁だ」

 一夏を指差し、確認。

「嫁?」
「嫁だな」

 ぎぎぎと。まるで錆付いた螺子を回すようにがくつきながら、弾が首を一夏へと向ける。

「おま、おま……! 恋人すっ飛ばして、結婚だとぉ?!」
「は? ってうぉう!」

 弾が一夏の襟首を掴み、前後に激しく揺さぶる。

「何故俺を結婚式に呼ばなかった!! 俺では友人代表スピーチに不足だとでも言うつもりか?!」
「おい落ち着け! 錯乱してるだろお前!」
「これが落ち着いていられるかぁ! 祝儀は今月ピンチだから来月な!」
「お前ほんとはちゃんと頭回ってるだろ!?」

 ラウラに助けを求めようとし、止めた。格好悪いというのもあったが、騒ぎが拡大する可能性が高かったからだ。
 悪戦苦闘しながらも暴れる弾を抑え、十分ほどかけて誤解を解いた。

「いやー、すまん! 気が動転しちまった」
「たく……。俺らまだ十五だぞ? 結婚できるわけないじゃないか」
「いやだってIS学園ってどこの国でもない場所だろ? だったら結婚くらいできんのかなって」
「お前な……常識で考えろ。そんなはずないだろ?」
「その割に、横の子が手を打ってるけど」
「え?」

 言われラウラのほうに向くと、確かに手を打っていた。
 まるで、その手があったかというかのように。

「なるほど……。郷に入っては郷に従えという言葉の通り、嫁に合わせるつもりでいたが……これは、いけるかもしれん」
「いけるか! ラウラ、冷静になれ!」
「大丈夫だ。クラリッサに任せれば婚姻届程度、すぐに用意できる」
「任せるな! あとそのクラリッサっていう人がいっつも変なこと吹き込む人か?! 覚えたからな!」

 心深くに、敵の名前を刻み込む。

「大体、学生なんだから無理だって!! あそこだって学園なんだから!!」
「しかし学生結婚と言う言葉もあるではないか」
「それは大学生からが対象だ!」

 仲睦まじいじゃれあいを一歩引いて見ていた弾が、ぽつりと感想を漏らす。

「そうか、これが夫婦漫才か」

 言いえて妙だった。

「おいこら弾、変なこと言うなよ。ラウラは純粋だから、割と信じちまうんだからさぁ……」
「うるせえ幸福野郎」

 やっかみまじりに、首をロック。一夏の抵抗もなんのそので、ぐりぐりと頭を小突く。

「仲がいいのだな」
「ええまぁ、一応親友ですから。……蘭には気の毒だが、仕方ないよなぁ……」

 ちらりとラウラの全身を見、

「うん。これじゃあ勝負にならん」
「勝負? なんだそれ?」
「美人の伴侶をみっけたお前は、幸せもんだって事だよ。俺もお前に兄と呼ばれる可能性がなくなってせいせいする」

 弾の言い方に、なんで俺が弾を兄と呼ぶんだ? と一夏が首をひねる。
 何時も通りの反応に、弾がやれやれと肩を竦めた。

「で、どうするんだ? その子連れて俺と遊ぶとか言い出すつもりじゃないよな?」
「え、駄目なのか?」
「……俺がどうしていいのかわかんないんだよ」

 なんでこうも察しが悪いんだと、弾が恨みがましい口調になった。

「なんなら、私は家に帰っているが」
「いやいや! こーの朴念仁にそっちが合わせる必要ないっすよ。俺はこいつが元気なの確認できたし、帰ります」
「え、なんでだよ」
「うるっせぇ! いいから、今日は織斑さん……あー、いいや。ラウラさんとデートしてこい。じゃあな!」

 言うや否や、弾は手を振りながら去っていく。
 ラウラはともかく、状況を理解できない一夏は、呆気に取られるばかりだ。

「……なんなんだ? あいつ」
「彼は名前をなんという?」
「ああ、五反田弾だよ」
「そうか。一夏、友人は大事にしないとな」
「そりゃもちろん」

 思ったよりも時間が余ってしまった。かといって、出かけるにも当てがない。

「俺ん家でのんびりするか?」
「そうさせてもらおう」

 織斑家で、ゆるりと午後の時を過ごすことにした。



アニメスタッフてめぇら……シャルの回気合入りすぎたろ! 惜しみないグッジョブを送らせてください!!!!
どうでもいいけど、シャルは猫よりも犬って感じがする。一夏にあーんされてるときにぶんぶん振られてる尻尾が見えたのは作者だけですかそうですか……。



「ただいまー」
「あ、こらこのぐうたら! 昼の開店準備サボって、こんな朝から何処行ってたのよ!」
「ちょっと一夏と会ってきてな」
「え、一夏さんと会ってきたの!? なんで私に教えてくれなかったのよ馬鹿お兄!!」
「……蘭」
「な、なによ、その生暖かい目」
「……く」
「なんで泣くの?!」
「強く、生きろよ」
「なんなのよ、もう!」



[25465] ラウラさん啖呵をきる
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/14 20:22
 今日を含め、学年別トーナメントまで一週間といったところである。
 最近の放課後はアリーナが満員御礼。自主練習をする人たちで溢れかえっていた。
 一夏とシャルロット、ラウラもそれは同じだ。無論鈴とセシリアも一緒である。
 ちなみに。鈴とセシリアは一夏がシャルロットと組んだために、あぶれ者同士で組むことにした。
 あまり仲の良くない二人が、何故組むに至ったのか。結成理由は至極単純だった。

「見てなさい一夏……私と組まなかったこと後悔させてやるんだから」
「ふふ、ふふふふふ……一夏さん、覚悟なさって下さいね……?」

 コンビ結成時の発言がこれだ。両方とも据わった目で闇を纏っており、一夏の中で記憶の隅に追いやりたい光景になっていた。
 鈴とセシリアは、連携などを極秘にしたいらしく、最近は訓練を一夏たちと一緒にしていない。
 ラウラも本音を指導している時間が多くなり、一夏といる時間は減っていた。
 そうすれば当然、一夏の訓練相手はシャルロットとなる。
 シャルロットのISであるR―リヴァイブ・カスタムⅡの点検、修繕も終わっている。一夏は連日、模擬戦闘で射撃戦について学ぶ毎日だ。
 結果、最近の一夏は、寝ても覚めてもシャルロットと一緒だった。当然ご飯――今の時間帯なら、夕飯を食べるのも空く時間的に一緒である。
 今日のメニューは、一夏は焼き魚定食。シャルロットは海老のグラタンである。

「そういえばシャルルって、あんまり日本食食べないな。興味あるって言ってなかったっけ?」
「そうなんだけど……僕、箸をうまく使えないから」

 少し恥ずかしそうに、シャルロットがはにかんだ。

「そういや、初日に食べてたとろろ定食も、スプーン使ってたっけか」

 とろろはつゆで伸ばしてしまえば、粘り気も薄まる。啜るという文化がない外国人でも、混ぜてしまえばリゾットのように食べれるとろろはまだ食られたのだろう。

「練習はしてるんだけど……まだ全然なんだ」

 頑張っている人を見れば、応援したくなるのが人情である。

「なら俺が教えてやろうか?」
「そんな、悪いよ」

 ぶんぶんと首を振っている。相変わらずの遠慮深さだ。
 一夏はそれが気に入らない。

「何言ってんだよ。頼っていいって言っただろ?」
「一夏……うん。じゃあ、お願いしようかな」
「おう!」

 シャルロットの信頼全開の笑顔に、力強く笑い返す。
 と、視界の端に、夕飯なのにお菓子を食べている黄色い狐を発見した。

「あ、織斑君とデュノア君!」

 一緒に机を囲んでいた本音の友達(例によって一夏はうろ覚え。確か谷口さん)が先に気づき、声をかけてきた。

「よ。のほほんさん」

 大人数用のテーブルだったので、席がまだ空いていた。相席を頼むと、快い返事がくる。
 食べ始めたばかりなのか、テーブルの上にはご飯にハンバーグ、サラダ、しょうが焼きにきんぴら。そして本音の前に、ケーキが数種類。

「ちょっと聞いていいか?」
「んー? なに、おりむー」
「なんで練習、ISでこないんだ?」

 クラス代表決定戦でセシリアと戦う前の一夏がそうであったように、本音も基礎体力作りと称してラウラにしごかれていた。未だにISを操っているところを、授業以外で見たことがない。

「だって、訓練機の申請って大変なんだよー?」
「そうなのか?」
「うん。申請書の枚数は、大体レポート用紙が十枚くらいかな?」
「いーなー、おりむーたちは専用機があって……」

 本音が、ぐでーっとテーブルにだれた。
 その後もぐちぐちと続く文句を聞くに、申請を書くのがただひたすらに面倒だということはわかった。

「……専用機持ちでよかった」

 味わう必要のない苦労なら、したいとは思わない。

「でも一夏って、まだ代表候補生じゃないんだよね?」
「ああ。なんか上のほうで揉めてるらしい」

 条約がどうのこうのと話し合っているらしい。初めてのケースなために慎重を期する必要があるのだろうが、当人からしてみたら遅いなぁという感想しかわかない。

「ラウっちの訓練も厳しいしー。私はできる子~だけど、とてもお疲れー」

 糖分が必要なのです、と、手元にケーキの載った皿を引き寄せてぱくり。

「うまうま。フリーパスを獲得してくれたラウっちにかんしゃ、かんしゃ」

 言いつつ、既に半分を食べ――次の皿に手を伸ばした。

「……もしかして、ラウラと組んだのって?」
「デザートのお礼だよー」
「……そんな理由で組んでたの、あんた」

 もう一人座っていたクラスメイト――たぶん櫛灘(くしなだ)さんが呆れ混じりにジト目になった。その気持ちは非常にわかる。
 のんびりゆったりとしている本音らしい、と言えばいいのか。悩むところだった。
 そこでようやく、本音が気づく。

「そういえば、なんでラウっちと一緒じゃないのー?」
「なんでもなにも、四六時中ラウラと一緒にいるわけじゃないし」
「またまた~」
「いやまたまたって。別にそう何時もラウラと一緒じゃ……」

 適当に思い返すと、部屋にいるとき以外、ラウラが横にいる場面しか思い浮かばない。

「ないよな?」
「なんで僕に聞くの」

 若干早口な上に語尾が下がっていた。この学園で、最もシャルロットと過ごしている時間の長い一夏は、すぐに気づく。
 ……なんで不機嫌になってるんだ?
 気づけても、原因にまで考えが至らないのが一夏たる所以である。
 そんな一夏は放置し、シャルロットは本音に答えていた。

「ラウラは、織斑先生に呼ばれてたよ」
「ラウっち、なにかやったの?」

 一夏とシャルロットは沈黙を通す。
 正直なところ、心当たりがありすぎて検討がつかなかった。



 などといったやり取りが食堂で行われている頃。
 人目を避けるため、千冬とラウラは、ラウラの部屋にいた。

「わざわざ呼んですまんな、ボーデヴィッヒ」
「お話とはなんでしょうか、織斑先生」
「お前が織斑たちの部屋に夜遅く入っていくのを見た、という話を聞いてな。寮の風紀のために、事実かどうかを聞きたい」

 背筋を伸ばし、ラウラが滑舌よく返答した。

「は。私は、一夏と共に就寝しておりますので」
「……全く。少しも誤魔化そうとしないとはな」

 その度胸には恐れ入ると、千冬が片目を瞑る。
 ラウラは千冬の態度に全く堪えず、

「私は何も問題があるとは思っておりません」
「問題があるから私が来た、とは思わないのか?」
「しかし、双方同意の上での行いです」
「関係ないだろう。お前たちは学生で、ここは学園だ。保つべき面目がある。……まぁ、教師として注意するならば、学生らしい節度ある付き合いの範囲を超えている。寝るのならば一人で寝ろ、と言った所か」
「……ならば、教官個人としては?」
「やるのならばせめてばれないようにしろ。……話題を提供された十代女子の黄色い声は、耳障りでたまらん」

 うんざりといった感情を隠そうとしていない。千冬が話を切り上げようとし、

「時に織斑先生。ここは、結婚はできるのでしょうか」
「……ボーデヴィッヒ。お前は今、何を聞いていた?」

 真剣な表情のまま、唐突にラウラが話題を変えた。
 千冬が顔をしかめる。どうしてそんなに話が飛ぶのか、理解できなかった。

「一夏の布団に潜り込むのは、人目につかぬようにしろ、と」
「それで何故そんな話になる」
「この間天啓を授かりました。ここは、どこの国にも属さぬ場所。ならば、日本の法で婚姻関係になれなくとも……」
「残念ながら無理だな。ここはあくまで学園だと、何度言ったらわかる」
「打てる手は打っておくべきかと」

 千冬の眉が、微かに動いた。

「随分、根が深いようだな?」
「何をいまさら。油断すると惚れると忠告をしてきた方とは、思えぬ台詞です」

 誰がここまで劇的だと予想できるだろう。過去を知っている千冬が、何度腹を抱えて笑いそうになったことか。
 そういう意味では、行き過ぎとはいえ歓迎するべき変化だといえる。

「私は、あなたになりたかった。教官の強さ、凛々しさ、堂々とした立ち振る舞い。……そして、その自分を信じる信念に、身を焦がしました」
「だが、過去形だな」
「ええ。あなたは、私の目標のままです。けれど私は、もうあなたになりたいとは思わない。……一夏がそれを教えてくれました」

 ラウラが、大事な宝物を抱くように胸を抑えた。そのまま一直線に千冬を見据え、

「私は、千冬義姉様を越える。私は私のまま、織斑の姓を手に入れて見せます」
「……そう簡単にやらんとは、言ったはずだがな?」
「私も言ったはずです。奪うと」
「やってみせろ、小娘」
「瞠目させてみせましょう、教官」

 譲れぬ意思の張り合い。
 お互いに浮かべたのは、威嚇にも似た獰猛な笑みだった。



観覧数十万いっちゃったよ……。どんだけラウラとシャル好きな人多いんだ……。この作品って、ラウラさんとシャルが可愛いってことしかないのに……。
読んででくれてる皆さんありがとうございます!!!



「一夏のやつ一夏のやつ一夏のやつ……!!!」
「……ねぇ、鈴」
「なによ、ティナ」
「こんなこと言いたくないけど……いい加減鬱陶しい」
「ふん、それはごめんなさいね。いいじゃない、傷心のルームメイトを気遣いなさいよ」
「その言葉、傷心って言葉を除いてそっくりお返しするわ」
「大体あの馬鹿なんで嫁って言われて反論しないのよ。頭おかしいんじゃないの!?」
「本人に直接言いなさいよそういうことは」
「だってもしも一夏が『そうだよな、婿だよな』なんて肯定してきちゃったらどうすればいいのよ!」
「私が知るわけないじゃない」



今回のNG。
「やってみせろ小娘」
「瞠目させてみせましょう、おばさん」



[25465] ラウラさんが蚊帳の外その2
Name: チョビ◆fc16cc12 ID:59eaf74d
Date: 2011/02/18 15:02
 いよいよトーナメントが前日に迫った夜。全学生が、そこかしこでトーナメントに向けて熱気をあげている。
 そんな中で一夏とシャルロットは、部屋に夕食を持ち込んで作戦会議をしていた。

「だから、基本は僕が注意をひきつけて一夏が強襲。それでいいと思うんだ」

 シャルロットがサンドイッチをこくんと飲み込んでから、大雑把に内容を述べる。
 二対二という異例の形式になったからか、一般生徒からもそれなりに参加表明が来たらしい。
 とはいえ、専用機持ち以外の生徒が駆るISは、授業でも使っている量産機。近接戦防御力重視の打鉄と、安定性、汎用性に優れたラファール・リヴァイブのどちらかを選択して使用することになっている。どちらも白式の出力には遠く及ばない。
 さらに、シャルロットならば射撃武装の豊富さから牽制手段には事欠かない。R―リヴァイブ・カスタムの機動性も相まって、相手を翻弄するのに適している。
 性能差で押し切れるなら、押し切ってしまおう。シャルロットの策は、単純なだけに破るのが難しかった。

「ラウラや鈴と当たるまで、手の内を温存したいってわけか」
「それもあるけど、単純に瞬間加速に対応できる子がいないんじゃないかっていうのもあるよ。雪片での攻撃回数を最小限に抑える意味でも、これがいいと思う」

 だがこれは、あくまでも一般の生徒に対しての戦い方だ。もちろん油断はしない。授業中、麻耶がラファール・リヴァイブを使った模擬戦闘で、セシリアと鈴を手のひらで遊ぶかのように倒してしまったのは記憶に新しい。
 けれど、トーナメントでの相手は教師でなく同じ一年生。最終的な敵は、やはり鈴にセシリア、ラウラと本音、あとは四組の専用機持ちが組んだペアだろう。
 真に作戦が必要なのは、この三組に対してだった。

「その中でも、やっぱラウラをどうするかだよなぁ」

 一夏が唸りながら、沢庵を齧る。
 稽古をつけてもらっている時でも、ラウラには勝った例がない。それはシャルロットも同様だ。

「ラウラに関しては僕に任せて」
「なにか策があるのか?」
「うん。一応、対策は用意したよ」

 通用するかはわからないけど、とシャルロットが苦笑した。

「そっか。ならシャルロットに任せた」
「え、いいの? まだどんな手段か言ってないのに」
「シャルロットなら、おかしな策なんてわけないしな。期待してるぜ?」

 気楽に一夏が言った。信頼を置かれたシャルロットはといえば、頬を赤くしながら、頑張ると意気込んでいる。
 どちらも食べ終え、ご馳走様と手を合わせた。

「さて、食器戻してくるか。シャルロットはシャワー浴びちゃったし、その格好で出れないだろ?」

 シャルロットが女の子であることをばらして以来。訓練が終わって部屋でシャワーを浴びてからは、男装用コルセットをするのをやめていた。

「ごめんね、一夏」
「いいって。それより、緑茶淹れといてくれないか?」

 シャルロットが女の子だと明かしてから少しして、緑茶の淹れ方を教えて欲しいと頼まれた。基本だけ教えたのだが、今ではシャルロットのほうが美味しく淹れられる位に上達している。
 一夏はそこまでこだわって淹れていたわけではない。軽く温度について注意していた程度だ。独学で勉強しているシャルロットに抜かれたのは、当然だろう。
 食堂まで、そう長くない距離を往復する。
 戻ってくると、シャルロットが頼んだとおりお茶を用意してくれていた。
 感謝の言葉を送り、食後の一服を楽しむ。
 と、一夏は、ふと髪を結んでいないシャルロットの髪が目に付いた。

「なに? 一夏」
「いや、ちょっとな」

 すっと、シャルロットの頬に手を伸ばし――そのまま通り抜け、澄んだはちみつのように甘い金色の髪に触る。

「……どうして僕の髪弄ってるの?」
「いや、シャルロットの髪って綺麗じゃないか」
「き、綺麗?! ほんと?! 一夏、ほんとにそう思う?!」
「ああ。そりゃこの髪で綺麗って思わないやつなんていないだろ」

 興奮したシャルロットの様子を気にすることなく。
 す、す。手で梳くようにして柔らかな髪の感触を楽しみながら、一夏が言う。

「なのに何時も後ろで縛ってばかりだし、たまには変えないのかなって」
「だって似合わないよ。それに一応僕、男の子で通さないとだし」
「……うーむ。似合わないなんてことないと思うんだけどなぁ」

 後ろに回り、シャルロットの髪を手で括る。

「ほら、横で結ぶのだって似合うと思うぞ?」
「えー、似合わないよぉ」

 二人でじゃれあいながら笑っていたのだが、やがてシャルロットが振り向き、

「ね、一夏。そんなに普段と違う僕の髪型、見たい?」
「ん? 見せてくれるならそりゃ見たいぞ」
「え、えっとね?」

 もじもじと、手をこねくりながらが言う。

「なら、一夏が僕の髪整えて」
「俺が? なんでだよ」
「一夏、ラウラの髪のセットしてるんでしょ? だったら、僕の髪だってできるよね?」
「そりゃまぁ、いいならやるけどさ」
「僕は構わないよ!」

 さぁどうぞ! と、随分気合の入った声と共に、頭をずずいと前に出された。
 本人から許可がおりたのだ。一夏が手を伸ばし、

「……でもね、一夏。交換条件に、我侭言っても……いい?」

 シャルロットの言葉が続いたので、途中で止めた。
 また遠慮しているのかと、一夏が苦笑する。

「なんだよ? 弄らせてもらうのはこっちだし、できる限り聞くぞ?」
「あのね、ラウラと同じように、やって欲しいんだ」
「え」

 一夏の体が固まった。
 ラウラと同じようにというと、あれである。
 ――膝椅子だ。正式名称は知らない。知る気もない。
 人間は環境に適応する生物だ。一夏にとって、ラウラは仕方ない。もう毎日のようにやっているので、慣れである。
 だがしかし、シャルロットは違う。つい最近女子だと知ったばかり。慣れていたりしたら、それはもう年頃の男子として何か欠陥を抱えているとしか思えない。
 ただでさえ女の子ということを知って以来、意識しようとしなくても意識してしまうのだ。ふとしたときに、甘い香り――女の子の香りが漂ってくるのに気がついたり。
 服を着替える時だって、一夏は部屋を出ると言ったのに、男同士でそんな気を使うのは不自然とシャルロットが主張するから、背を向けあって着替えている。見えない分、衣擦れの音がいやに大きく聞こえ、妄想を駆り立てて大変なのだ。
 故に、ここはなんとか断ろうとする。

「あ、あのな、シャルロット。ラウラと同じっていうのは、難しいというか……」
「……なんで?」
「なんでって言われても、なんでもとしか」
「なんで。ねぇ、教えて? 一夏」

 にっこり。
 それはそれは愛らしい笑みだった。
 ――威圧感を、除いて。
 一夏は額に汗を掻きながら、

「そ、それはだなぁ! あー……ラウラがのってくるんだよ」

 隠しても仕方がないので正直に述べる。

「と、ということは……僕が一夏の上にのるの?!」
「そういうことだ。だから、やめておかないか?」
「……僕が、ラウラに比べて重いから?」
「誰もそんなこと言ってないぞ?!」

 シャルロットが、しょぼんと肩を落とす。変にネガティブに捉えたようだった。

「俺からしたら、ラウラもシャルロットもそんなに変わらないよ。そりゃラウラのほうが小柄な分軽いだろうけど、シャルロットだって十分軽いと思うぞ?」

 というよりも、女子全員が軽いと言った方がいい。

「なら、問題ないよね?」

 墓穴を掘るとは、こういうことを言うのだろう。普段シャルロットが見せる慎ましさは、どこに行ってしまったのか。
 なんとか説得できないかと頭を巡らすが、文章が思いつかない。自分の貧弱な語彙力に、一夏が絶望した。

「……はぁ、わかった。この話題切り出したの俺だしな……」

 一夏が覚悟を決め、ベッドの上で胡坐を掻く。舞い上がっている気分を落ち着かせるために少しだけ瞑想。ポンと腿を叩いて、心の準備が整ったことを知らせる。

「そ、それじゃ、お邪魔します……!」

 かちこちに硬くなりながら、シャルロットが一夏の上に腰を下ろす。柔らかな女性の体が、熱を伝えてくる。
 シャンプーの香りを振りまきながら、ふわりと金の髪が踊る。どれだけ一夏が意識しないようにしようとしても、これは強烈に心を揺さぶった。

「あの、一夏。重くない?」
「うん、やっぱり軽いな」

 予想通り――否、予想以上に軽かった。

「ほんと、ラウラもシャルロットも物好きだよな。男の膝の上なんて、固いだけだろ? ベッドに据わった方がいいんじゃないか?」
「……そんなことないよ。なんだか凄く安心できる」
「そういうもんか? と、髪型弄るにも、髪留め用のゴムがないと」
「はい、これ」

 目の前に差し出されたおやかな手が持っていたのは、黒のヘアゴムだった。
 ……用意がいいなぁ。
 諦めの境地に達しながら、ありがとうと受け取る。
 なるべく下を――シャルロットの胸を見ないように、髪に意識を集中させる。

「ようし、じゃあいくぞ?」

 もうこうなってしまえば楽しんだ者勝ちだ。きっと勝つ相手は思春期男子の煩悩だろう。
 まずは定番の三つ編み。シャルロットの持つ純朴な雰囲気に、家庭的な女の子の印象が強まった。
 ついでツインテール。鈴のように長くはないが、短いこれはこれで可愛さが強調されている。

「やっぱ似合うじゃないか」
「うーん、そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」
「ならシャルロット、試してみたい髪型とかないのか?」
「え? えっと……それなら――」

 鏡を見ながら、品評会に熱をあげる。
 と、時間を忘れて二人で髪弄りに没頭すること小一時間。

「一夏、ほんと器用なんだね」
「そうか? これくらい誰でもできるだろ」
「……それに、女の子の髪に慣れてる感じがする」

 少しだけ、声のトーンが低くなった。

「そりゃ最近はラウラのやってるからな。そもそも千冬姉の髪弄ってたし」
「そうなんだ」

 なんだかまた織斑姉弟の強い絆を知った気がして、シャルロットは複雑な心境になる。

「折角一夏が結んでくれたけど……女ってばれるわけにはいかないし、この髪型で外には出れないね」
「ああそっか。それはそうだ」
「だから、これを見れるのは一夏限定だね」

 限定、の部分が若干強調されていた。
 覗き込むようにして、照れ笑いを見せるシャルロット。一夏はそれを、普段男装を強制されているからだろうと結論付けた。



 そうして、ついに個人別トーナメントが始まった。

アニメがシャル無双過ぎてもう無理。もう限界。シャルかわいすぎるんだけどなにこの俺得。
某大型絵サイトによくいきますが、刺激貰いまくりです。今回の髪ネタもその一つ。絵師さんネタに使わせて下さりありがとう!!



「ねぇねぇラウっちー」
「本音、なんだ?」
「おりむーとは何処までいったのー?」
「ふふん、それは答えられん。私と嫁だけの秘密だ」
「え〜、つまんないー。ヒント、ヒントちょうだい?」
「ふむ、まぁ、結婚の挨拶は済ませた、とだけ言っておこう」
「うわぁ、じゃあ祝言まで秒読みって感じ?」
「いや、まだだ。私は千冬義姉様を超えなくてはいけない」
「……がんば、ラウっち」



[25465] ラウラさんの個人別トーナメントその1
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/20 02:05
 個別トーナメント当日であろうと、一夏がラウラを起こすのは変わらない。
 日課だからだ。

「……ん。おはよう」
「ああ。おはよう、ラウラ」

 最近は腕を引っ張り上体を起こし、抱きしめるところまでが一連の動作になっていた。
 ラウラが顔を胸に埋めたまま、声をあげる。

「いよいよ今日が個人別トーナメントか」
「ああ。俺がどこまでできるのか、いい腕試しになるな」
「私が教えたこと、無駄にするなよ?」
「当たり前だろ、教官殿?」

 笑いあい、普段どおりに身支度を整えた。

「……一夏。少しかがめ」
「ん? なんだ」
「上級生の者から習ったまじないだ。私はそんなもの信じないが……たまには試してみたい」

 まじない? と疑問を抱くも、ラウラがしたいというのならば断る理由も見つからない。
 一夏は大人しくかがみ、ラウラと同じ目線になる。
 するとラウラは一夏の前髪に手を通し、すっとあげ――顕になった額に、そっと口付けを落とした。

「え……あ……?」

 事態が飲み込めずに、目を白黒させている一夏に、追い討ちがかかった。

「次は嫁が私にする番だ」
「俺もするのか?! それはまずいだろ!!」
「私だけするのでは公平ではない」

 ラウラは既に自らの手で前髪を払いのけ、額をさらけ出していた。
 だがはいそうですかと――例え唇同士以外といえど、純正の日本人である一夏が、キスをできるはずがない。
 ラウラは、決して気が長くない。
 十秒も経つと、惑っている一夏に痺れを切らし、

「……仕方ないな」

 実力行使に出た。一夏の頭を腕で引き寄せ、抵抗させる間もなく、強引に自分の額に唇をつけさせる。

「お、おい!」
「た、確かにもらったぞ」

 流石に恥ずかしかったのか、ラウラは俯いてしまう。よく見れば首筋まで真っ赤だ。
 だがそれは、一夏とて同じこと。
 ……おまじない。これはおまじないなんだ。それ以外に意味はないんだ!
 新鮮なラウラの様子を脳裏に焼き付けながらも、一夏は破裂しそうな己の心を鎮めるのに必死だった。



 通常ならば前日には発表されるトーナメントの組み合わせ。今回はタッグマッチという異例の形式から、当日に決められることになっている。
 今までの抽選方式が、正しく機能しなかったのが一つ。
 もう一つは参加登録をしたはいいものの、組む相手を見つけられなかった者を考慮したためだ。その場合、個人参加同士、くじで斡旋することになっている。
 今は全員チームが決まり、トーナメント表に名前が入れ込まれるのを待っている最中だった。ちなみに全て生徒の手作りのくじで抽選している。

「さて、俺たちはAブロックの一回戦、一試合目か」
「ラウラは同じAブロックだけど、鈴たちはBブロックだね」
「優勝するには全員倒さなきゃならないんだし、関係ないさ」

 一夏とシャルロットは、男子更衣室で待機。恐らくすし詰め状態になっている女子更衣室とは違って、二人でゆったりとした空間を使っていた。
 間近に控えた出番に備え、一夏が体の筋肉をほぐしていく。

「一番最初でよかったな」
「え、なんで?」
「あんまり待ち時間が長いと、考えなくていいことまで考えちまう。こういうのは勢いが肝心だからな」
「そっか……うん、僕だったら手の内をばらさなきゃいけないなぁって、考えマイナスになっちゃってるかもしれない」
「ほらな? まぁ、シャルロットは考えすぎってこともあるんだろうけどさ」
「ふふ、一夏は凄いね。一緒でよかった」

 おおげさな賛辞に、一夏が照れてそっぽを向く。その様子に、シャルロットが更に笑みを濃くした。
 変な空気を打ち消すように、一夏が手を打った。

「ここだと教師入ってくるかもしれないし、シャルルって呼んだほうがいいか」
「ね、一夏。僕の名前なんだけど……いちいち変えてて、言い難くないかな」
「ん? んー……そりゃまぁ、確かに。けど仕方ないだろ?」
「えとね、だから……一夏が呼びやすい呼び方で呼んでくれない?」
「それってあだ名をつけてくれってことか?」

 あだ名? とシャルロットが首をかしげた。どうやら通じなかったようだ。

「あー、愛称のことだよ」
「あ、あい……う、うん、そう! お願いしてもいい?」

 固唾を呑み、シャルロットが返事を待つ。
 一夏は何をそんなに硬くなっているのかと不思議に思うも、快く頷く。それを見たシャルロットは、花開くような笑顔を見せた。その笑顔のまま、子犬が撫でられるのを待つかのような瞳で一夏から名前を呼ばれるのを待つ。

「そうだな、ならシャルって呼ばせてもらうぜ?」
「シャル……うん、いい! すごくいいよ!」

 よほど気に入ったらしい。頬を緩ませたまま、シャル、シャル、と小声で何度も繰り返している。時折もれる、えへへという笑い声がかわいらしい。
 ……思いっきり気に召したようだな。
 何よりなことである。ただ、もう移動しなければならない。シャルの意識を戻すため、一夏がくしゃりと頭を撫でた。

「わ、一夏?」
「よし、行くか! シャル!」
「あ……うん! 行こう!」



 移動したアリーナで一夏たちを待っていたのは、打鉄を纏った同級生が二人だ。
 対戦表に描かれた文字は、『織斑・デュノア』VS『篠ノ之・岸里』
 奇しくも、一回戦一試合目は一組同士の対決である。
 ピットからシャルと共に飛び出した一夏。

「一夏」

 近づいて声をかけてきたのは、箒だった。試合前で落ち着いているのか、普段はどこか不機嫌に見える表情が、無表情に近いほどに落ち着き払っていた。
 ……箒と話すの、どれくらいぶりだったかなぁ。
 初日にやらかして以来、箒から話しかけてきたのは初めてだ。怒りが解けたのかと喜んだ一夏だったが、

「箒、お前も参加してたんだな」
「……貴様に、伝えておくことがある」
「ん? なんっ!?」

 鼻と髪の毛ほどの差をもって刀型近接ブレードが突きつけられた。
 面食らって切っ先から徐々に箒の顔へと視線を移す。

「今日という日をどれほど待ったか……」
「ほ、箒?」
「いいか一夏! 貴様の腐りきった性根を! 私が! 今日! ここで! 正してくれる!!」
「は? なに言ってるんだ?」
「覚悟しておけ。今日の私は、人としての情を捨てた存在だ……」

 きすびを返し、箒が岸里の下に戻っていく。……何故か岸里の表情が、泣きそうなほどに歪んでいた。
 一夏は悟る。
 試合前で精神が落ち着いているのだと思ったのは、間違いだったのだと。箒は今、怒り狂っている。憤怒すら生温いその立腹に、表情を作ることでさえ忘れてしまっていただけだ。

「……一夏、何があったの?」
「俺が聞きたい……」

 ほとぼりが冷めるまで、近づかないようにしていただけなのに、何故あそこまで怒っているのだろうか。皆目検討が着かなかった。
 今も殺意全開の視線を浴びている。恐怖に逃げ出したくなる体の震えを懸命に抑えながら、試合の合図を待ちわびる。
 一。
 二。
 三。
 ビーとブザーが鳴る。余韻が終わると同時、四機のISが動き出した。
 まず先手は、シャルのマシンガンからだ。

『僕が前に出るから、一夏は機を窺ってて!』

 プライベート・チャネルで、シャルから指示が来る。一夏は素直に従い、箒と岸里の資格を取るように動き、隙を狙う。

「うわわわわ、デュノア君最初っから激しすぎー!」
「ち、邪魔するな!!」

 箒は右にブーストを吹かして回避するが、戦い慣れていない岸里はそうはいかなかった。実体盾を構えて、亀のように体を縮こませてしまう。
 当然、シャルと一夏がそれを見逃すはずもない。マシンガンを岸里に集中させ、一歩も動けぬように縫い付けにし、一夏が下から瞬間加速で強襲。

「もらった!!」
「え? きゃあ!」

 雪片二型を下からすくいあげるようにして振るう。
 ザン!
 斬撃音と共に、岸里の打鉄が絶対防御を発動。シールドエネルギーが大幅に削られ――止まらないシャルのマシンガンによって、ゼロになる。
 試合開始から、三十秒経たず。機能停止した岸里の打鉄は、地面で損傷甚大を表していた。

「まずは一機、だな」
「やったね、一夏」
「く……!」

 助けにいくことすらできなかった箒が歯噛みする。

「一夏、油断はしないでね」
「あの箒を前にして、油断なんてできるかよ……」

 パートナーを失っても、些かも衰えない――むしろ増大している箒の殺気をひしひしと感じ、一夏が顔を青くする。

「はぁぁぁ!!!」

 烈烈の声を発し、箒が一夏へと切り込んできた。実体剣を雪片仁型で受け止め、鍔迫り合いになる。

「一夏!!」
「くぅ……!」

 腕力では一夏が上の筈なのだが、徐々に徐々に押し込まれていく。
 ――だが、箒の目に映っているのは、一夏だけだ。

「後ろががら空きだよ?」

 この戦いは二対二なのである。
 箒の背後に回ったシャルが、両手にショットガンを出現させた。
 ラピッド・スイッチ(高速切り替え)。
 シャルの器用さが成立たせるこれは、通常一秒から二秒はかかる装備呼び出しを一瞬で完了させた。
 照準を背に合わせ、休む間もなく、散弾を零距離で連射する。

「くぅ……! い、一夏ぁ!!」
「……ごめん。でも、僕も譲りたくないんだ」

 ぽつりと。誰にも聞こえないほどに小さく、シャルが呟いた。距離を離そうとする箒に喰らいついたまま、無慈悲に、ショットガンを打ち込み続ける。
 ほどなくして、箒の打鉄も機能を停止させた。
 一回戦は、一夏とシャルの勝利で幕を閉じた。



 その後も専用機持ちは危なげなく勝ち進んでいく。

「やっぱ、ラウラ強いな……殆ど一人で決めてやがる」
「お陰で、布仏さんの動きがよくわからなかったね」
「ああ。でもなんていうか、わざとそういう風にしてるみたいだったよな」

 シャルが同意した。本音の戦力を温存していると考えるのが妥当だろう。
 鈴もセシリアも肝心の連係プレイは見せていない。分断し、一対一で相手を倒していた。

「なぁシャル、ラウラを抑える策ってどんなんなんだ? 結局聞かずにきちまったけど」
「策というか、秘密兵器というか。できれば、あんまり使いたくないんだ。大変だから」
「大変って、何がだ?」
「ええっと……色々?」
「なんかよくわからんが、フォローが必要なら俺に任せてくれよ」
「え、でも……」
「俺たち、パートナーだろ?」
「……いいの?」

 一夏が、胸を叩く。パートナーとして、そのくらいはこなしてみせるという決意の表れだった。



 迎えた各ブロック決勝戦。
 Aブロックは一夏とラウラの組。Bブロックは鈴と四組の代表候補生の組だ。
 専用機を纏った三人と、ラファール・リヴァイブを纏った本音。
 ブロック決勝戦を行う四人が、アリーナの空の下に会していた。

「私の嫁ならばここまできて当然だな。……だが、勝利は譲らんぞ?」
「それはこっちの台詞だ、ラウラ」

 お互いににやりと笑い、軽口を叩き合う。
 一方。

「おりむーもラウっちも、やる気満々だね~」
「布仏さんはそうじゃないの?」
「本音でいーよ? デュノア君。勿論私もやる気満々~」
「じゃあ僕もシャルルでいいから」
「じゃーしゃるるんだー」
「しゃ、しゃるるん?」

 戦いの前とは思えないのどかさだった。元々穏やかな二人だ。緊張感のかけらも感じられない。
 が、それも試合のブザーが鳴るまでだった。
 ビー。
 合図と共に、

『一夏、作戦通りに!』
『わかった!』

 短いやりとりを交わし、一夏が白式の出力を全開。一気に本音へと迫る。

「わ、わ、おりむー速いよ~」
「悪いなのほほんさん。……真っ先に落とさせてもらうぞ!」

 本音が慌てて距離を取ろうとするが、出力の違いから引き離せない。

「予想通りだな」

 まずは戦力の劣るものから退場させる。二対二なのだから、理にかなった戦法だ。
 本音と一夏の追いかけっこに割って入ろうとしたラウラだったが、その前にシャルが立ちはだかる。

「どけ。貴様では私には勝てん」
「ラウラ、前に止めたいならガトリング持ってこいって言ってたよね」
「それがどうした」
「だから、もってきちゃった」

 なに、と驚く間もなく。
 リヴァイブ・カスタムの背中に、固定兵装が展開される。銃身を束ねた格好をしたそれが動き、左右の脇から突き出るようにして砲身を固定した。

「デュノア社製の試作品。まだ開発コードしかないIS用ガトリング、WBW-78C。三十mm弾を毎分四千発射するこいつなら、流石に無視できないよね?」

 シャルロットが天使のように美しい笑みを浮かべながら、照準が極端にぶれるのを防ぐために用意されたグリップを握った。
 ガチャリ。
 重々しい音と共に、左右の多連装銃口がラウラを向く。

「ちっ!」

 すぐに回避行動に移ったラウラの舌打ちを撃ち抜くかのように、弾丸の嵐が発射された。



祝! 箒さん初台詞!!! もうここしか登場させる場所が見つからなかった!!! でも次回以降は保障できない!!!
ガトリング、これ元ネタはチェインガンだろこれと気づいても無視してください。元ネタからしておかしいし、名前使っただけです。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「レールカノン、確かに受領した。それと、もう体調は大丈夫なのか?」
「ええ。ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「いや、大事無いならそれでいい」
「勿体無いお言葉です」
「これからも私の補佐として、色々と世話になるだろう。期待しているぞ」
「は! 隊長と嫁に関する問題は、私にお任せください!」
「……仕事の話なのだが」



[25465] ラウラさんの個人別トーナメントその2
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/21 17:41
 ドルルルル!!!
 削岩にも似た炸薬の破裂音が、地上付近のアリーナに響き渡る。
 鉛の礫に晒されているラウラよりも。
 苦悶の表情を浮かべているのは、破壊を撒き散らしているシャルロットのほうだった。

(う……く……! やっぱり、反動が強すぎる……!)

 筋肉が悲鳴をあげ、骨を歪めんばかりの振動が腕に伝わってくる。
 何せまだ試作段階の代物である。保障されているのは、弾丸を発射できる事のみ。使用負荷については対象外だ。
 脇を締め、歯を食いしばって必死に衝撃を殺そうとしても、抑え切れるものではない。
 その上、姿勢制御と反動抑制に機能を割いているため、普段のような高機動戦は展開できない。
 ラウラも同様にAICは使えないが、向こうにも射撃武装であるレールカノンがある。そこからの正確な射撃を紙一重で避けるのが、今のシャルロットに許された機動だった。

「動きが甘いな。使えもしないものを無理に使うと、自滅するだけだ」
「その使えもしないものに動きを封じられてるのは、誰かな」

 皮肉の応酬は五分だとしても、実際に劣勢なのはシャルロットだ。
 おまけに、限界も近い。一夏が来るまで保てるか怪しいものだ。
 全て、強力すぎる火力の代償である。

(腕の感覚もなくなってきちゃったし、しっかり狙って撃ってられるのは、後一分あるかないかってところかも)

 明日から当分は腕をまともに動かせない。筋肉痛は確定だ。もしかしたら、医者にかかることになるかもしれない。
 けれど、まぁ。
 それもいいかと思えてしまう。

(一夏、フォローは任せてくれって言ってたし)

 なにせ、手が使えなければ、食事だってまともにとることができない。

(ラウラがしてもらってるの見て、ちょっと羨ましかったし……い、いいよね? それくらい)

 疑問系でありながら、同意を貰おうとは思わない。シャルロットの中では、すでに一夏に食べさせてもらうことが決定事項である。

(それに着替えだって……き、着替え……?! え、えと、えと……ど、どうしよう!! はぅぅ、は、恥ずかしいけど……でも一夏が望むのなら僕はかまわな――)

 現実での戦い方と同様、シャルロットの妄想は過激だった。
 と。

「うぁ!」

 レールカノンの砲弾が、肩口を掠めていく。

「戦いの最中に考え事とは、なめられたものだ!!」

 体制が崩れたところに切り込んでこようとしたラウラに、流れるままに体を一回転。無理やり照準を合わせ、弾幕で圧し止める。
 無茶な姿勢で撃っているために、反動が息が詰まりそうなほどに大きい。けれど、今は止められない。止めた瞬間懐に攻め込まれる。追い払うことが最優先だ。
 なんとか距離をとり、体制を立て直す。ラウラが舌打ちするのがわかった。
 シャルロットは妄想を振りほどき、ラウラに意識を集中させる。
 勝って、一夏に気兼ねなく甘えるために。



 ラウラとシャルロットが地上近くで戦っている頃、一夏と本音は空高くへと飛翔していた。

「く、この!」
「おりむー怖いー!」

 青い空を背景に、涙声の本音を、苛立った様子の一夏が追いかける。
 それでもなんとか動き先を予想し、瞬間加速で追いついたと思った瞬間。本音が右にターンした。

「それも織り込み済み――」
「ひょいっと」
「――だって、なに?!」

 ――したかと思えば、後方宙返り。
 本音が視界から消える。虚を突かれた一夏は、勢いを止められず、自分から距離を離してしまった。慌てて反転するが、既に本音はアサルトライフルを構えている。急ぎその場から動くと、弾丸が一瞬前にいた空間を通り過ぎていった。

「くそ! まったく、やりにくいな」

 本音はのらりくらりと軌道を変え、一夏を翻弄していた。後一歩で雪片の射程圏内といったところで、逃げられてしまうのだ。
 距離感をうまくごまかされている。これは一夏に、模擬戦闘でシャルロットが見せた、『砂漠の逃げ水』という戦い方を髣髴とさせた。
 格闘戦をしていたと思えば射撃戦。中距離戦だと思えば接近戦。着かず離れず。押しては引き、引いては押す。
 違う点は二つ。
 シャルロットのものは技量によるものだが、本音は天然だということ。そして、本音の攻撃精度はシャルロットほど高くないことだ。お陰で、未だにどちらも攻撃を食らわずにいる。

「おりむー、ラウっちからの伝言だよー。『嫁は速いが、動きが直線すぎる』……だってー」
「……似てないな、のほほんさん」

 ラウラの物真似のつもりなのか、本音がきりっと表情を引き締めていた。似合わないことこの上なく、思わず噴出してしまいそうになる。

「それはこっちだってわかってるさ」

 ISの訓練の最中、幾度となく耳にした指摘だ。自分では多少フェイントなどを入れているつもりなのだが、本当につもりだったようだ。

「そうなの?」
「ああ。けどあいにく、俺はシャルみたいに器用じゃないんだ。一つの戦い方を極めるほうが、向いてるのさ」

 にやりと、不敵に一夏が笑う。
 それは、千冬が浮かべるものというより、ラウラが浮かべるものに似ていた。

『シャル、このままの作戦でいこう』
『了解。じゃあ僕はこのまま、ラウラを抑えてるね』
『頼む』

 短く意思疎通をし、

「さて、行くぞのほほんさん!」

 再度、一夏は本音へと向かっていく――と見せかけ、瞬間加速を使い、一気に本音を切り離す。
 今度は本音のほうが虚を突かれた。背後からライフルを撃つが、照準がうまく定まらない。
 一夏が目指す先にいるのは、ラウラだ。
 これが、本来の作戦。
 一夏が本音を倒せるならよし。
 できないならば本音を追い払い、稼いだ数秒で、最低でもラウラを一撃を加える。
 そのために、地上と上空で戦う場所を離した。目論見は見事に成功したといっていいだろう。
 だがしかし、相手はあのラウラだ。
 当然、一夏の接近にも気がついている。

「オオオオオ!!!」
「甘い!!」

 上空から飛来した、瞬間加速と落下の勢いが乗った一夏の一撃を、プラズマ手刀で受け止める。
 だが、完全に勢いを殺すことはできず、押され、地面に足が着く。
 ラウラの動きが、止まった。

「やれ、シャル!」

 言われるまでもなく、シャルロットはガトリングを撃ち続けている。ばらけた弾が多少一夏にも当たるが、それ以上にラウラのシールドエネルギーが削られていく。毎分四千の連射速度は伊達ではない。
 その中でもラウラは冷静だった。一夏を蹴り飛ばし、ガトリングの射線から退避。

『本音、頼む』
『了解~』

 本音がバズーカを呼び出し、

「らんしゃ、らんしゃ」

 場違いなほど楽しそうに。一夏とシャルロットに向け、狙いもそこそこにバスバスと撃ち出した
 近接信管が仕込まれていた弾頭なのか、近くまで飛ぶと破裂して爆煙を撒き散らす。その隙にラウラは、本音の元へと後退する。
 無理に追わず、一夏とシャルロットも合流した。

「……どのくらいラウラを削れたんだ?」
「かなりいけたと思う。ただ、こっちも限界かな……」

 腕を摩りながら、シャルロットが言う。これ以上、ガトリングの反動には耐えられそうにもない。まだ普通のマシンガンなら撃てるだろうが、それだって狙いは甘くなるだろう。ならば、最早ガトリングはかさばるだけだ。シャルロットはガトリングを消し、ショットガンとライフルを一挺ずつ呼び出した。

「どうする? 一夏」

 最早奇策は使えないだろう。正面からぶつかるしかない。

「とりあえず俺が切り込むから、シャルはフォローを頼む」
「わかった。任せて」

 一夏と飛び出し、シャルロットが後を追った。

 
 
 本音と合流したラウラは、険しい顔をしていた。

「ラウっち、なんだか不機嫌?」
「……ふん、気に食わん」

 ダメージによるものではない。

「何故一夏は、私以上にシャルル・デュノアと息を合わせているのだ」

 それは模擬戦闘で組んだ時の事を考慮しての結論だ。一夏のシャルロットのコンビネーションは、ラウラと一夏のそれよりも連携が取れていた。
 これは、一夏が、というより、シャルロットが合わせているところが大きい。
 それがまた、ラウラにとっては腹立たしかった。

「うーん……相性?」
「尚のことだ。私と嫁の相性が悪いなど、認められん」

 拗ねたように言う。ラウラ的に譲れないところらしい。一夏の一番でいないことが許せないのだ。
 仏頂面のラウラに対し、本音がにこにこと笑う。

「ラウっちは乙女だね~」

 予想だにしなかった言葉に、珍しくラウラが目を丸くした。

「……私が、乙女?」
「そうそう。がんば、ラウっち」

 迫ってくる一夏とシャルロットに向け、本音がライフルを連射する。援護を受けながら、ラウラが前方に突進した。

「一夏!」
「ラウラ!」

 プラズマ手刀と雪片二型が交差する。
 ここからは小細工無し。
 お互いの個人技と連携を合わせた、実力勝負だった。


 アクション難しいよぅ……。珍しく続きます。



 別アリーナで行われている、Bブロック決勝戦。

「セシリア! 邪魔!」
「鈴さんこそ、もう少しわたくしの動きを理解して動いてくれませんこと?!」
「ああもううるっさいわね、衝撃砲でまとめて吹っ飛ばすわよ?!」
「できるものならやってごらんなさいな! まぁ、鈴さん如きにできるとは思えませんけれど」
「……いい度胸じゃない。あんたなんかあたしの敵じゃないのよ」
「あなたたちね……誰と戦ってるかわか――」
「「五月蝿い(ですわよ)!」」
「邪魔するんなら」
「先にあなたから片付けますわ!」

 Aブロックより一足先に、優勝組が決定した。



[25465] ラウラさんの個人別トーナメントその3
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/23 13:56
 シャルロットは弾切れになった銃を放り捨てながら、次から次へと銃を呼び出す。絶え間ない銃撃は、ラウラと本音を襲い、一夏が隙を見て切りかかる。
 両者のペアを比べた場合、前衛はラウラのほうが上である。一夏の一撃は確かに大きいが、そもそもラウラはワイヤーブレードを使い近寄らせない。当たらなければ意味がないのだ。
 だがしかし、後衛はシャルロットの方が優れている。
 シャルロットの援護を十とするならば、本音の援護は五から六。
 シャルロットに備わっている天性の器用さと、専用機による拡張領域の差だ。
 ゆえに、一夏はシャルロットに攻撃が届かないよう、攻撃を捌くことに専念していた。

『このままじゃ、ジリ貧だな……』
『……一つだけ、僕に切り札があるよ。でも、接近しないといけないんだ』
『なら、露払いは俺が務める。シャルは、俺が守ってみせるさ』
『うん、信じるよ。僕は、一夏を信じる』

 覚悟を決め、二人でカウントを合わせる。
 三、二、一。
 一夏とシャルロットが、同時に加速した。
 一夏が先行し、多少の被弾は覚悟の上で、ワイヤーブレードの凶刃を弾く。

「いけ、シャル!!」
「うん!!」

 その僅かにもたらされた空白の時間に、シャルロットが瞬時加速をかけ、ラウラに肉薄した。

「何?!」

 既に盾はパージしている。
 六十九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻』。以前にもラウラに使用されたそれが、何時かの焼きまわしのようにラウラに突き刺さる。

「ぐ……!」

 一度食らっていた経験から、杭が打ち込まれると同時に蹴りを入れ、衝撃と共に後退。連射されることだけは避けた。すかさず本音がカバーし、シャルロットを追い払う。

「ラウっち、大丈夫?」
「無事とは、言い難いがな……」

 それでもラウラのシールドエネルギーは、ごっそりと持っていかれた。ガトリングで削られた分も合わせ、危険域に突入しそうなほどだ。
 おまけに、体を貫いた衝撃が抜け切らない。
 この機を見逃さず攻め込んでくる一夏を迎え撃つが、ラウラの動きは自分でもわかるほどに繊細さを欠いていた。本音もシャルロットに抑え込まれ、援護は期待できそうにない。

(このままでは……!)

 ――負ける。その言葉が頭をよぎった瞬間。
 ドクン。
 ラウラの心の底で、何かが蠢いた。

『――願うか? 汝、自らの改変を望むか……? より強い力を欲するか……?』

 胸の奥から届く声は誘惑する。勝利したいならば、願えと。力を求めろ、と訴えてくる。

「ラウラ!」
(一夏……?)

 意識は昏いものに飲み込まれそうになりながらも、鍛えられた体は反射的に一夏の攻撃を受け止めていた。
 つばぜり合いになりながらも目に映るのは、間近に迫った、真剣な一夏の顔。
 ……そうだ。願うまでもない。

(そんなものは、必要ない!)

 何が改変だ。
 自分は誰だ? 
 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 それ以外の何者でもないと、一夏が教えてくれた!
 強い力? 力だけで、一夏に勝てるものか。
 ――そうだ。過去、弱いくせに自分を圧倒した、あの一夏に……!

(私はラウラ・ボーデヴィッヒだ! 嫁ならばともかく、貴様にくれてやるものなど……ありはしない!!)

 力を込め、消えろと念ずる。黒く澱んだものに抵抗すら許さず、霧消させていった。
 内面の問題にけりをつけたラウラは、一夏と切り結ぶのをやめ、一端距離をとる。
 体の痺れは、すっかり取れていた。

「どうしたラウラ、動きが鈍くなってるぜ?」
「一夏。もう一度私の名前を呼んでくれ」
「は?」
「頼む」
「……ラウラ。これでいいのか?」
「うむ。礼を言うぞ」
「礼って……おい、ほんとにどうしたんだ?」
「ふ、気にするな」

 戦っているとは思えないほど穏やかに、ラウラが笑う。何時もとはまるで違うラウラの一面に一夏は見惚れそうになるが、ぶんぶんと頭を振り、試合の最中だと気を取り直した。
 一夏は雪片を握り締めラウラへと向かうが、ワイヤーブレードが接近を阻む。本音もそれに合わせ、中距離戦を展開。またも射撃武器のない一夏がじり貧になる。
 こうなると状況を打開できるのはシャルロットなのだが、ラウラがレールカノンとワイヤーブレードを巧みに使い、自由に動かせない。
 そして、一夏がワイヤーブレードに捕まった。左足を絡めとられ、地上へと叩きつけられる。

「一夏!」

 動きの取れない一夏のフォローに入ろうとしたシャルロットだったが、それが隙を生んだ。

「もらったぞ」
「しまった……!」

 とうとうAICの発動を許してしまう。
 だが、動きを止められたシャルロットよりも先に、動きを止めたラウラへと銃火が襲い掛かる。
 下方向からの射撃に視線を向けると、地上にいる一夏が銃を構えていた。
 シャルロットが呼び戻さずに投げ捨てていた銃。弾薬の残っているそれを、一夏は使用したのだ。シャルロットは訓練の時、できるだけの銃の使用許諾を、一夏に出していた。
 精度は高くないながらも、一夏が弾幕を張る。
 が。
 完全に虚を突いた筈の攻撃に対する対応は早かった。盾を呼び出した本音が、割って入り、ラウラを守ったのだ。
 その稼がれた時間の間に、ラウラがワイヤーブレードをシャルロットに絡め、

『本音』
『はいはーい。私にお任せ~』

 動けないシャルロットに本音が取り付いたのを確認。今度は一夏へとレールカノンを撃ち込み、牽制する。
 一夏は舌打ちしながら瞬時加速でシャルロットたちの元へ向かうが、間に合わない。
 ――半ばしがみ付く様にしてシャルロットに近接している本音の左腕に、必殺の武器があった。

「それは……!」
「いっくよ~?」

 R―リヴァイブ・カスタムが持っているのだ。ラファール・リヴァイブも当然装備できる。
 第二世代型攻撃力最強に座する、あの武器を。
 本音が、握りこぶしと共に、パイルバンカーを突き出した。

「どっかーん!」

 本音の陽気な掛け声とともに、炸薬がシャルロットの腹へと、鉄杭を打ちつける。

「うわぁ!!」

 ISの絶対防御によって致命傷にこそならないものの、衝撃は相殺しきれない。ラウラはそれを利用して離脱したが、シャルロットには衝撃が強すぎ、そんな考えすら浮かばない。
 リボルバー機構によって連射される鉄杭は、容赦なくシャルロットのシールドエネルギーを奪っていき――三撃目。
 残量、ゼロ。

「シャル!」
「一夏、ごめん……!」

 助けに入るのが間に合わなかった一夏と入れ違いに。被害甚大になったシャルロットが、ゆっくりと地上に降り、膝をついた。
 一夏とラウラはそれをしばし見下ろし、向き合う。

「さて、あとは嫁だけだな」
「……そう簡単には負けないぜ?」

 一夏が雪片を構えると同時、ラウラがプラズマ手刀を振るう。

「私と組んでいれば、こうはならなかった」
「まだ言ってたのか? 仕方ないだろ、そういう風にルールで決められたんだから」
「ふん。ならば、もっと私にかまえ。共に試合をできないのだから、その埋め合わせは必須だろう」
「なんだその理屈?!」

 軽口を叩きあいながらも、ラウラは攻撃の手は緩めない。一夏はワイヤーブレードとプラズマ手刀の複合襲撃を必死に捌くが、少しずつ損害は増えていく。
 それに加え、本音も攻撃してくるのだが、一夏には堪らない。もはや雪片を振るう余裕もなく、ただ攻撃を回避するのみだ。
 そして、一夏一人ではラウラのAICを抑えることはできない。
 理論上は雪片で絶ち切れるらしいのだが、見えない攻撃を完全に予測できるほど、一夏は戦いなれていなかった。

「くそぉ!!」
「終わりだな」

 AICの網で絡めとられた一夏に、ラウラがプラズマ手刀を振るう。それは狙い違わず、一夏の胸へと叩きつけられた。
 雪片のバリアー無効化攻撃によって減っていたシールドエネルギーが、完全に底を尽く。
 この瞬間、勝者と敗者が決定した。
 被害甚大になった白式を、ラウラが支える。
 敗北しながらも、一夏はさっぱりとした口調で話しかけた。

「ああ、たく、負けたよ。ラウラは強いな」
「強い、か……」

 感慨深くラウラが言い、試合中と同じように、柔らかく微笑んだ。

「誇れ、一夏。私が強いというのならば、それは嫁が与えてくれたものだ」
「俺が?」

 きょとんとして間の抜けた面になった一夏を抱きしめながら、ラウラは地上へと降りていく。
 ふわりと着地すると、ISを解除したシャルロットが心配そうに駆け寄ってきた。

「一夏、大丈夫?!」
「ああ。シャルのほうこそ平気か?」
「ちょっと打ち身はあるけど、それくらいだよ」

 パートナーの無事を確認し、一夏がぐっと拳を突き出した。

「ラウラ、勝てよ」

 ラウラが、こつん、とその小さな拳を合わせる。

「当然だ」

 当たり前のように勝利を誓い、Aブロック決勝戦が終了した。



 ラウラさんは主人公だし、仕方ないね。
 主人公を正気に戻すのは、ヒロインの役目だよね。仕方ないね。
 アニメの展開追い越しちゃったぜ。……どうしようかな。とりあえず、この話は次回更新時に前話と統合します。あと今更ですが、イグニッションブーストは『瞬間加速』ではなくて『瞬時加速』でした。またまたやっちまったぜ。修正しておきます。



 その後の一年個人別トーナメント決勝戦。

「……どういうこと?」
「何がだ?」
「なんであんたがここにいんのよ!! なんで一夏のやつ負けてんの?!」
「そうですわ! わたくしたちが、一夏さんを後悔させるためにどれほど修練を積んだとお思いですの?!」
「私が知るわけがない」
「なにこの展開! 普通は一夏が決勝にやってきてあたしたちがコンビネーションを見せ付けるところでしょうが!」
「ふん、貴様ら程度の急造コンビネーションが、嫁に通用するものか。私の嫁だぞ?」
「嫁嫁嫁嫁うるっさい! 何よその言ったもん勝ち!! いいわ、この間の借り、利子つけて返してやる……!」
「無駄口はいい。嫁に優勝すると約束しているのだ。とっとと始めるぞ」

 それから十五分後。
 ラウラと本音の優勝が決定した。



[25465] ラウラさんの慰労会
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/25 02:06
 かぽーん、という効果音を考えたのは誰だったか。定かではないが、それは問題ではない。ようは、一夏が風呂に入っているということが理解してもらえればいい。
 しかも、部屋についている小さな風呂ではない。女性陣が使っている大浴場である。IS学園にふさわしい色々な設備が付いた豪華な、だ。
 これまでは、男性と一緒にお湯を使うとかどうすればいいのかわからない、という言われた側こそどうしていいのかわからない理由で使用不可能だったのだが、とうとう時間制限で男性も使えることになった。
 折角使用可能になった広い湯船。
 疲れている体。
 となれば、入らないほうが嘘である。

「くぁー! 染み渡るなぁ……」 

 体を洗うのに使ったタオルを湯に入らないよう脇に置き、ばしゃりと顔にお湯をかける。
 風呂好きな一夏は、ちょっと熱めのお湯に浸かるやいなや、鼻歌を歌いだしそうなほどに上機嫌になった。

「シャルのやつ、腕大丈夫なのかな……」

 ふと頭をよぎるのは、無茶をさせてしまったパートナーのことだ。ラウラたちとの戦いのあと、すぐに医務室に行ったのだ。
 一夏も着いていこうとしたのだが、シャルロットからラウラたちの戦いを見ていてあげてと頼まれた。優勝者が決定後、様子を見に行こうとしたところ、ちょうど麻耶から大浴場の使用許可が下りたことを聞いたのだ。
 更に麻耶は、シャルロットのほうに先に行っていたらしく、伝言まで頼まれていた。

『僕は大丈夫だから、一夏はお風呂に入ってね』

 言葉に甘え、風呂に来た一夏だった。シャルロットのことは心配だが、特に問題ないようだし、部屋で聞けばいいだろう。
 大浴場の鍵を持っているのは麻耶だ。一端部屋に帰り、着替えを持ってから開けてもらった。
 ……鈴とセシリア、へこんでなけりゃいいけどな。
 特に鈴は、リベンジマッチとしてかなり燃えていたはずである。あれだけこてんぱんにされてしまったのだ。後で慰めに行ったほうがいいかもしれないと考えていた。
 と。戸が開く後が聞こえた。

「……え?」

 入り口には、看板が立ててあったはずである。
 『只今男子入浴中』
 事故が起きると気まずいため、自分の目でしっかりと確認もした。
 それでもなお入ってくる存在。
 一夏に心当たりは、一人しかいなかった。

「ラウラか?! ラウラだな! 今は男子が入浴中だぞ!! 女子は後だ、後!!!」
「……ラウラじゃないよ」

 想定していなかった声は、普段の声質より低かった。

「シャル?!」
「ふふ、ごめんね? ラウラじゃなくて」

 振り向いた一夏を迎えたのは、とても綺麗な笑顔だった。だというのに、なんだか黒いものがこぼれている気がする。
 ああ、こぼれるような笑顔とはこういう意味なのか、と一夏は悟る。

「いやシャルでも一緒だって!! 女子は後! 今は男子の時間だぞ?!」

 慌てて背を向ける。シャルロットは体にタオルを巻きつけていたが、それでも肌の露出が多い。年頃の男子には刺激が強すぎる。細く柔らかそうな腕や足を、ついつい思い出してしまった。

「僕、対外的には男子だよ?」
「対外的になんて関係ないだろ?! 俺は男でシャルは女!」

 余裕のない一夏は、シャルの肌がほんのりと上気していることに気がつかない。

「大体腕はどうだったんだよ!」
「腕は特に問題なし。ただ、今はそこまででもないけど、やっぱり筋肉痛にはなるだろうって」
「ああ、そっか。大事無いならよかった」

 診察は予想よりかなり早く終わったらしい。医務室から部屋に戻ろうとしたところ、再び麻耶に合い――連れてこられ、今に至る。
 ……うん、風呂に入ることに異論はない。
 だがなぜ混浴になるのか。出るまで待っていてもらうことはできなかったのかと訊ねたところ。

「だ、だって、お風呂から出る時間が違いすぎたらおかしいでしょ?」
「……だったら俺が脱衣所で待ってればいいだけじゃないか?」
「駄目だよそんなの! 一夏湯冷めしちゃうかもしれないし! だから、その……一緒にお風呂に入るのも、し、仕方ないことだと思うんだ!」

 力説である。
 妙な迫力を発揮しながら、ならびたてるシャルロット。風呂に入る時間など人それそれじゃないのか、などと疑問を挟む余地がなかった。

「そ、そうか? ほんとにそうなのか?」
「う、うん。ほんとにほんと」
「うーん……」
「……一夏、僕と一緒に入るの、いや?」

 渋る一夏の態度に、シャルロットが嫌われているのかと不安がった。
 そのか細い声に思わず向いてしまったら、捨てられそうな子犬の目が直撃した。
 ぬぐ、と言葉に詰まった一夏は、ばりばりと頭をかき、

「……ちゃんと体洗ってから湯船入れよ」

 背を向け、それだけを搾り出す。
 弾んだ返事に、我慢は男の勲章と言い聞かせる。
 後ろで水が跳ねる音が、断続的に聞こえた。
 キュ。
 やがて、蛇口の閉まる音がし。

「お、お邪魔、します……」
「お、おう」

 シャルロットが近くに入ってきたのがわかったので、すす、と距離を開ける。

「……」
「……」

 波の具合からシャルロットが近づいてきたのがわかったので、すす、と距離を開ける。

「……一夏、やっぱり僕がいるの、迷惑?」
「そ、そんなことはないぞ。ただその……な? わかるだろ?」

 シャルロットが一夏の恥ずかしがる様子を見て、かわいいとくすりと笑った。
 だが全身が真っ赤なのはお互い様である。シャルロットだって羞恥を感じていないわけがない。
 一杯一杯なのはお互い様だ。だから、ここは自分から勇気を出すべきだろうと、口を開く。

「僕は、構わないよ?」
「――」

 一夏が真意を問いただすより早く。
 ガラリ。
 大浴場の戸を開く後が聞こえた。

「……え?」

 デジャビュである。
 揃って振り向いた先に、長い長い銀髪をたなびかせた、小柄な体躯があった。

「待たせたな、一夏」
「ラウラ?! なんで入ってきた!!」
「嫁は婿の労を労うものだと聞いた。そういうときは、背中を流すものなのだろう?」

 もう誰から聞いたかは訊ねない。入れ知恵している犯人の特定は不可能だからだ。今の一夏にできることは、ラウラの中の間違った知識を正すことのみだ。
 蛇口の前に陣取ったラウラがタオルを取り、その柔肌をさらけ出す――

「いやいやいや待て!」

 ――寸前で、待ったがかかった。

「なんだ? 早く嫁も来い」
「俺が洗うのか?!」
「何を言っている。交互に決まっているだろう」
「だ、駄目だよ! そんなの駄目!」

 シャルが湯船の中から立ち上がる。
 つられ、ラウラも立ち上がった。

「これは私と嫁の問題だ。部外者は関係ない。そもそも、何故シャルル・デュノアが入っているのだ?」

 ラウラの目が細まる。責めるようなその視線に、一夏は思わず風呂の中で縮こまった。
 しどろもどろになりながらも、シャルロットが反論する。

「それは、あの、僕が男子ってことになってるからで……一夏は悪くないよ」
「……ふん。まぁそれは置いておいてやる。だが、夫婦間のことにしゃしゃり出るな」
「で、でも、一夏はいやがってるよ!」
「ふ、知らないのか?」
「え……なにを?」

 首をかしげるシャルロット。ラウラが胸を張り、知識を披露する。

「いやと頭を縦に振る、という言葉をだ。日本人というものは、本心でいやだと思っていなくとも、口や顔にいやだと出してしまうものらしい」
「……そ、そうなの?」

 若干嬉しそうな声を出し、一夏を見るシャルロット。先ほど避けられたのは、一夏の裏腹な態度ではないかと期待しているようだ。
 味方だったはずのシャルロットまで敵に回ってしまった。一夏は思わず湯煙昇る天井を睨み、どうしてこうなったと呟いた。

「……あがる」
「え?」
「なに?」
「俺は、もうあがる! あとは二人で仲良くな!」

 脇においてあったタオルを取り、腰に巻く。ばしゃりと水をまきあげながら、一夏が立ち上がった。
 そして脱兎のごとく駆け抜けようとし、ぐらりと頭が揺れる。色々な理由で頭に血が昇っていたところに急に動いたせいで、立ち眩みを起こしたのだ。

「い、一夏?!」
「大丈夫か?」
「あ、ああ、まぁこれくらいなら」

 と。
 ラウラとシャルロットの視線が、下に向いていることに気がついた。
 一夏の視界の隅に、外れたタオルが見える。

「む、むぅ……」
「ひゃ!」

 ラウラは頬を上気させたじろぎながらも、じぃとそこを逸らさずに見つめている。
 シャルロットは真っ赤になって顔を手で隠していた。……が、指と指の間が開いている気がするのは、気がするですませていいのだろうか?

「うわぁあぁぁああ!!!」

 慌てて隠し、今度こそ一夏が逃げ去った。



ふぅ……あぶねぇ、ほとばしりすぎて思わずXXX版行きになるところでしたぜ。一夏ったらマジヒロイン。
全く関係ないけど、原作見ないで書いてても、シャルの決定打の言葉がほぼ一緒になったw 記憶に焼きついていたようですw 



「……」
「……」
「……一夏の、見ちゃったね」
「……ああ」
「……」
「……何を考えた?」
「……ふぇ?! ぼ、僕は、なにも?!」
「……そうか」
「……」
「……」



[25465] ラウラさんは恥ずかしがる
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/02/26 19:03
 風呂場でのハプニングのあと、ラウラとシャルロットはのぼせる限界までお風呂に浸かっていた。
 衝撃的な映像に、頭がゆだって冷めてくれなかったからだ。だったらまずは風呂から上がればいいと思うのだが、そこまで考えが回らないほどにパニックになっていたのである。
 廊下を歩いている今はなんとか思考が働くようにはなったものの、一夏とどう接すればいいのかわからないのはかわらない。
 それでも、ラウラはともかく、シャルロットは一夏と同じ部屋に戻らなければならない。
 そろりと部屋のドアを開ける。

「い、一夏……?」

 恐る恐る声をかけるも、反応がない。
 すぐに布団が膨らんでいることに気がついた。覗き込むと、

「……寝ちゃってる」

 あどけない寝顔をさらした、一夏がいた。
 ベッドの脇に、へたりと座る。緊張が一気に抜けてしまったからだ。
 その安らかな寝顔に、気まずくなっていた自分が馬鹿らしくなってくる。
 八つ当たりに、シャルロットがつんつん、と一夏の頬を指でつつく。
 されるがままに起きない一夏に、シャルロットが語りかけた。

「……ね、一夏。僕ね、僕が僕ならいいって言ってもらったとき、嬉しかったよ? 渡さないって言われたとき、嬉しくて、嬉しくて……泣いちゃいそうだった」

 柔らかな笑顔で、穏やかに。シャルロットは、心境を告白する。
 自分を、自分自身を、認めてもらったから。必要とされたから。

「もしも……もしも僕がデュノアに、あの人のところに戻らされても……一夏は、僕を助けに来てくれる? 僕を、あの人から奪ってくれる?」

 返事はない。眠っているのだから、当たり前だ。
 それでも期待してしまうのが乙女である。眠り続ける一夏に、しょうがないなぁと苦笑する。

「いつか、ちゃんと言うから……返事を聞かせてね」

 すばやく寝巻きに着替え、もぞりと、静かに一夏の布団に忍び込む。ラウラには悪いと思うが、思うだけだ。行動を止める動機には弱い。
 あの夜と同じように、とはいかない。一夏は腕を放り出しながら仰向けで寝ていたので、少しだけ腕の位置を修正。枕にさせてもらい、

「おやすみなさい、一夏」

 そっと頬に唇をよせ、ついばむようにキスをする。己の大胆な行動に恥ずかしくなりながらも、シャルロットは一夏の温もりに安心し、寄り添いながら眠りに落ちていった。



 カーテンから漏れた日差しが、目覚めを告げる。

「ん……あー、朝か……」

 一夏は起き上がろうとし――腕が動かず、斜めになる。
 なんだと思い顔を向けると、そこには一夏の腕を枕にし、すやすやと眠るシャルロットの姿があった。

「あー、なんだシャルか……」

 寝ぼけ眼で現状を認識。
 半分寝た意識のまま、おーい起きろー、と揺さぶる。

「……って、なんでシャルが俺の布団にいるんだ?!」

 昨日の記憶をたどるも、さっぱりとわからない。
 確か昨日は、風呂場での出来事の後、どうしていいのかわからなく、気持ちの整理もかねてとっとと寝てしまったのだ。

「んー……あさ?」

 懊悩しているうち、こしょいこしょりと目を擦り、シャルロットが目を覚ます。

「あ、一夏、おはよう」

 一夏の姿を認めた瞬間、朝の日差しに負けないくらい眩い笑顔で朝の挨拶をしてくる。

「あ、ああ、おはよう――じゃ、なくて!」

 かわいらしく小首をかしげるが、今の一夏に効果はない。

「なんで俺とシャルが同じ布団で寝てるんだ?!」
「え……? あ、ああ!」

 今の状況に気づいたシャルロットが、布団をぼふりと被る。目元だけを布団から出し、恥ずかしそうに言う。

「い、一夏、だめだよそんな。あ、朝からだなんて……」
「あ、朝からとか、なんのことだ?」
「……一夏のえっち」
「なんなんだよ?!」

 ぷしゅー、と音がしそうなほど真っ赤になって、シャルロットが沈黙した。
 埒が開かない。一夏は布団から完全に抜け出し、

「で、なんでシャルは俺の布団で寝てたんだ?」

 恥ずかしさをごまかすため、若干ぶっきらぼうに言う。
 それを聞いたシャルロットは、不機嫌なのだと受け取った。

「……お、怒ってる?」
「怒っちゃいないけど……吃驚した」

 少しの間、お互いに視線を漂わせた。

「え、えと……たぶん、寝ぼけてたんだと思うけど……」

 シャルロットは迷った挙句、真実を隠した。
 言い訳を信じた一夏が、重く溜息を吐く。

「次からは気をつけてくれよ? 流石に、心臓に悪いぞ……」
「う、うん。ごめん。でも、心臓に悪いって?」
「そりゃ起きてすぐ横に可愛い女の子がいたら驚くだろ……」
「一夏、僕でも驚くの?」
「当たり前だろ」

 一夏が、何を当たり前のことを、と言いたげに顔をしかめる。
 その反応を見たシャルロットは、布団に完全に引っ込んだ。
 にやけた顔を、一夏に見られないように。



 昨晩は珍しく潜り込んでこなかったラウラ。何かあったのか? と思いながら起こしに行くと、何事もなくベッドで寝ていた。

「ん、んん……一夏?」
「ああ、おはよう、ラウラ」

 薄く笑って挨拶をする。何時ものように手を引っ張り起こし、ラウラの頭が、一夏の胸で止まる。
 ラウラがすぅと軽く呼吸をして意識の覚醒を促した瞬間。
 目を見開き、布団に篭った。

「……ラウラ?」
「な、なんだ?」

 布団からくぐもった声で返事が来た。

「なにやってるんだ?」
「う……む……」

 何時もは目を合わせて堂々と会話をしてくるのに、その片燐もない。

「そ、その、だな……昨日のことなのだが……」
「昨日って……うぁ……!」

 一夏が忘却のかなたに忘れ去りたかった事柄が、ラウラの口から放たれる。
 察するに、昨日忍び込んでこなかったのは、恥ずかしいかったからのようだ。
 ストップをかけようにも、ラウラが続けるほうが早かった。

「一夏、や、やはり、その……男でも、見られるのは、恥ずかしいものなのか?」
「そ、そりゃ恥ずかしかったに決まってるだろ!! 女性に見せたのなんか初めてだぞ?!」

 思春期になってから、ではあるが。
 なんでこんなことを告白しているのかと頭の片隅で思いながら、一夏が絶叫する。

「そ、そうか。ち、ちなみにだが! 私も見たのは初めてだ!」

 そんなことを大声で宣言されても、一夏はどうしていいのかわからない。
 だがどうすればいいのかわからないのはラウラも一緒だった。
 ラウラは首筋まで真っ赤になりながら、

「は、初めてどうし、だな?」

 こんな始めて同士、嬉しくもなんともない。

「……もうやめようこの話題」

 頭を抱え、げんなりとしながら打ち切る。
 心の傷が広がるだけだ。誰もそんなことは望まないだろう。

「う、うむ。嫁がそういうのなら、私の心のうちにとどめるだけにしておこう」
「頼むから消し去ってくれ!」
「それはできん。大切な嫁との思い出だからだ」

 ラウラは、テレもなくきっぱりと言い切る。そのあまりにも堂々とした態度に、一夏は説得を諦めた。
 ……まぁ、他の人に言いふらさないんだったら、まだマシか……。
 妥協した、ともいう。
 その後は何時も通り着替えをすまし、一夏がラウラの髪をセットする。もはや膝の上に座らせたまま髪を梳くのも慣れたものだった。

「よし、じゃあ朝食に行くか」
「ああ」

 シャルロットと合流するため、一旦部屋に戻る。

「あれ? シャル、なんで着替えてないんだ?」
「う、腕が、うまく動かなくて……」

 痛みで引きつりながらも、笑顔で答えるシャルロット。

「あー、なるほど。でも、着替えられないほどなのか?」
「男装用コルセットとか、ちょっと大変なんだ」

 後ろに腕が回らないらしい。取り合えず、今日は部屋で食事を取ることにした。
 事情をラウラに話し、二人で朝食を貰ってくる。
 そして。

「一夏、次は卵焼き食べたいな」
「はいよ」
「一夏、ご飯を頼む」
「はいはい」

 何故か一夏が二人に食べさせていた。気分はひな鳥に餌をあげる親鳥だ。
 よりにもよって、全員分和食を選んでしまった一夏のチョイスが悪いのだが。ただでさえ箸が苦手なシャルロットだ。筋肉痛でまともに使えるはずがない。
 結果。
 シャルロットは、一夏に食べさせて欲しいと懇願した。それを聞いて、ラウラが黙っているはずがない。私にもしろと一夏にせがみ、この構図が生まれたのである。
 ちなみに、一夏はラウラが食べさせていた。自分で食べると言ったのだが、頑として聞き入れられない。

「あー……なぁ、やっぱスプーンでも持ってくるから」
「一夏、フォローは任せろって、言ってくれたよ?」

 皆まで言う前にされる悲しそうに顔に、抵抗を諦めた。
 なんとか食事を終え、一夏が食器を戻しに立ち上がり。

「あ、シャル、着替えどうするんだ?」
「うん、そうだね……」

 ちらりと一夏を見る。
 シャルロットの中で、『一夏とお着替え』と『羞恥心』の天秤が、ぐらぐらと揺れ……。

「ラウラ、手伝ってもらえないかな?」
「私がか?」
「ああ、それいいな。手を貸してやってくれよ」
「……嫁からの頼みならば、断れんな」

 やれやれ、と口元で笑い、ラウラが頷いた。




シャルロットさんが大人しい顔して過激なのは公式です。うん、仕方ないね。
…………うん、好き勝手に書きすぎて、そろそろ切れたシャルロッ党の人に殺される覚悟はできてる。
ラウラさんが堂々としているように見えて、意外と恥ずかしがりなのも公式です。
うん、仕方ないね。これは仕方ない。



「……」
「こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です。受諾しましたが……隊長?」
「ク、クラリッサか……?」
「はい。隊長、どうなされたのですか?」
「いや……ん……」
「……」
「すまない、頭が混乱して、うまく纏められん……」
「いえ、心配なく。隊長が落ち着くまで、いくらでも待機します」
「そ、そうか。頭が回るまで、悪いが、一旦切らせてもらう」
「はい」
 ……。
 …………。
 ………………。
「く、ク――」
「隊長、どうぞ。どのようなご相談でもなされて下さい」
「あ、ああ……」
「……」
「や、やっぱり言えん! 私は、私はぁ……!」
「隊長? ……切れたか。また嫁絡みなのだろうが、あそこまで取り乱すとは。一体、何が……ああ、気になる! 今の隊長がどれほど可愛いのか、気になって仕方がない!!」



[25465] ラウラさんの休息日
Name: チョビ◆75f4b8ea ID:77815be2
Date: 2011/03/01 04:51
 朝食を終えると、一夏とラウラは外に出かけることにした。緑茶の茶葉が切れたので、買いに行くことにしたのだ。
 シャルロットは腕の痛みは予想以上らしい。無茶を言って借りてきたガトリングについてレポートもあるらしく、今日はゆっくりと休養するとのこと。
 お土産を買ってくることを誓い、出発。要望は特になかったので、一夏とラウラがいいと思ったものにする。
 出先は何時もの通り、駅前のショッピングモールである。抹茶を呑みたいというラウラの希望もあった。抹茶カフェを気に入ったらしい。
 駅から出ると、さんさんと降り注ぐ日差しが出迎えてくれる。その眩さに一夏は目を細めた。
 季節はもう夏である。道行く人々の中に、長袖を着ているものはいない。
 一夏もTシャツにジーンズ。ラウラはこの間シャルロットが選んだ、白のースリーブワンピースである。どちらも涼しげな格好だ。

「日差しがきつくなってきたなぁ。もう夏だよな」
「夏……日本の四季か。興味深いな」
「ドイツはどうなんだ?」
「冬が長い。夏も、そう暑くはならん」

 夏でも二十度を下回る日もあるらしい。それでは、これからが大変だろうなと、一夏は他人事に思う。日本の夏の暑さは、これからが本番だ。
 と、夏という単語が、ある行事を連想させた。

「夏か……そういえば、地元で夏祭りがあるな」
「ほう? どのようなものなのだ?」
「どんなって言っても、普通の……って、日本の普通って言って、伝わらないよな。ほら、俺の幼馴染の篠ノ之箒っているだろ?」

 道を歩きながら、思考を言葉にしていく。
 箒の生家である、篠ノ之神社が盆の時期に行う祭りだ。本格的なもので、神楽舞もやっている。
 出店が並ぶ様子や、来る人が浴衣姿であることが多いなどを説明するうち、一夏はラウラの瞳が輝きだしたことに気がついた。
 そういえば、ラウラは日本文化に興味津々なのだった。

「行きたいのか?」
「ああ」
「そっか、じゃあ行こうぜ」
「うむ。なんとしても予定を空けるとしよう」

 簡潔に約束を交わす。夏休みの楽しみが、一つ増えた。
 しかし、ラウラが渋い顔をした。

「それにしても、浴衣か。持っていないな」
「別に着なきゃいけないってわけでもないけどな。でもラウラが着てみたいなら、買うか?」
「……嫁は、私が着ているところを見たいか?」

 何時もの通り冷静な瞳の奥に、期待を隠し。ラウラが瞬きせずに見上げてきた。
 一夏は、難しく考えることなく賛同する。

「そりゃな。似合うだろうし、ラウラの浴衣姿、見てみたいぞ」
「そ、そうか。ならば買うとしよう。ふふ、楽しみにしておけ?」
「ああ。ラウラの浴衣姿か……髪くくったほうが似合いそうだな」
「あまり今から想像するな、気が早い。楽しみが減るぞ」

 口調こそ余裕を保っているが、ラウラの頬はほんのりと上気し、口元も緩んでいる。照れ隠しなのは見え見えだった。
 そうこうしているうち、目的地の葉茶屋に到着。とりあえず、何時も飲んでいる銘柄の煎茶と、パックのほうじ茶を選ぶ。ついでにお茶請けとして、抹茶羊羹を購入した。
 そして、後一つ。
 ラウラが、ビニール袋から取り出した。

「梅こぶ茶……。どのような味なのだ?」
「ま、飲んでみてのお楽しみってことで」

 笑い、ラウラから梅こぶ茶のパックを受け取り、ビニール袋にしまう。
 近くにある時計が示すのは、十一時を少し過ぎたところだ。

「昼はどうする?」
「抹茶カフェで軽くでいいのではないか?」

 妥当なところだったので、反論はない。
 だが昼には少し早いので、ぶらぶらとウィンドーショッピングを楽しむ。
 なくなっていることを思い出した雑貨やらを買い、時間もちょうどいい具合に。来た道を戻り、抹茶カフェに戻る途中、とある店が目に付いた。

「ここにもこんなのがあるんだな」

 女性店員がメイド服を。男性店員が執事服を着て接客をしている。
 奇抜である。メイド&執事喫茶、といったところか。
 多少レトロな感じのする看板に書かれた文字は、『@クルーズ』。

「なんだ? ここは」
「多少変わってるけど、メイド喫茶ってやつだな。ま、縁がないだろうし、いいだろ」

 興味がなかったので、スルーして通り過ぎる一夏たち。
 そして抹茶カフェにやってきたのだが、

「満員だな」

 空いているにはあるのだが、それはカウンター席で一人分のみ。

「ラウラどうする? 待つか、他のところいくか?」
「待つ時間が勿体無い。まかせろ、私にいい解決方法がある」

 どんなものか訊ねる前に、ラウラはさっさと店員に言い、カウンター席へと歩いていってしまう。一夏はどうするのかと思いつつ後をついていくと、カウンター席に座らされた。

「で――」

 これからどうするのか? と言う言葉は、音にならなかった。
 銀髪がふわりと踊って、着地した。

「……ラウラ、なにしてるんだ?」
「嫁の膝の上に座っている」

 それがなにか? と全く悪びれていない。一夏は、疑問に思っている自分の方が悪いのではないかと疑いそうになった。
 ラウラは、ただでさえ人目を惹く容姿をしている。こんな目立つことをすれば、それは客から店員まで、あますことなく視線を集めてしまうだろう。
 実際に、そうなった。
 あたりから唖然や嫉妬、興味本位といった感情がまぜこぜになって届く。ラウラは気にしていないようだが、一夏の精神は確実に磨り減っていっている。

「いやまずいだろ。降りろって」
「なぜだ?」

 ラウラは本当に不思議そうに、首を傾げていた。

「なぜって……あー、その、公衆の面前でこういうのはだな……」
「私は一夏とこうしたい。だからするだけだ」

 曇りなく澄んだ赤い瞳で、見つめてくる。

「いや、それはそれとして、時と場所ってもんが……」

 目と鼻の先にラウラの存在を感じながら、どう説明すべきかしどろもどろになりながら考えていると。
 一夏の肩が、ぽん、と叩かれた。
 振り向くと、店員が笑顔で、

「ご注文はいかがなさいますか?」
「え」
「とりあえず抹茶ミルクを二つ頼む」

 この状況はスルーか?! と固まる一夏をよそに、ラウラが注文した。

「いや、これはいいんですか?」
「お店側としては、席をつめてもらえてとても助かります」

 えー。
 予想外の回答に、一夏はもはや、それすら声にでない。
 更に店員は、わざとらしく身を引きすまなそうに。

「それに、恋人同士の逢瀬の時間を邪魔するのは、気が引けますし……」
「いや、俺たちは恋人じゃ――」
「恋人ではないな。夫婦だ」
「ならなおさら問題ないですね」

 固まって解凍する気配のない一夏を放置。この体制でも食べやすい料理を薦める店員。ラウラは薦められるままに料理を頼んでいく。
 伝票に注文を書き留めた店員が、去り際にもう一度一夏の肩を叩く。
 はっと現実に戻った一夏へ、

「男の甲斐性の見せ時ですよ?」

 やたらといい笑顔で、グっとサムズアップしていった。
 誤解だ! と主張しようにも、既に姿は厨房の奥に消えている。
 気がつけば、周りからもラウラを擁護する空気を感じる。
 完全にアウェイである。
 一夏は諦め、一度溜息を吐き。
 ……ま、いいか。確かに待つの面倒だったし。
 ラウラもご満悦なようだし、開き直ることにした。
 周りから生暖かい視線を向けられているのがわかった。
 非難の視線がないのが救いだった。
 とりあえず、席が空くまでの我慢だと、一夏は自分に言い聞かせる。
 が、現実は残酷だ。……というより、自分たちの注目度を見誤った、というべきか。
 一夏とラウラが食べ終わり、会計を済ませるまで、この店の席が空くことはなかった。



友人Nから、デレコメのコメは何処いった? といわれました。コメディ……笑い? なにそれ。
とりあえず今回で高速更新は終わりです。2~3日に一話とかもう無理。これからは週に一度、もしくは半月に一度更新できるかどうかだと思います。



 よくわかるこの作品的登場人物紹介その2

ラウラ・ボーデヴィッヒ……主人公。天然その一。一夏の婿。
シャルロット・デュノア……マスコット。天然その二。一夏の嫁のポジションを獲得しつつある。
織斑一夏……ヒロイン。天然その三。ラウラの嫁(確定)、シャルの婿(未確定)。
織斑千冬……ラスボスにしてツッコミという名の制裁要員。
鳳鈴音……幼馴染属性にして希少な純ツッコミ要員。。
セシリア・オルコット……不憫属性もちのちょろ可愛い人。
篠ノ之箒……そろそろ篠ノ之空気に改名しそう。
布仏本音……ゆるゆるのほほん。
五反田弾……一夏の親友。結婚式のスピーチは任せろ!!
五反田蘭……ダークホース。やばいほど可愛い。やば可愛い。でも出番がない。
クラリッサ・ハルフォーフ……色々な意味で黒幕。



「クラリッサ・ハルフォーフ大尉、聞こえるか」
「受諾。こちら、クラリッサ・ハルフォーフ大尉です」
「個人別トーナメントを通してのシュヴァルツィア・レーゲン稼動データを送る」
「了解です。他に何かありますか?」
「…………いや。特にはない。そちらからはあるか?」
「隊長の嫁との関係はいかがですか?」
「順調だ。嫁と夏祭りに行く約束もしたぞ」
「――夏祭りですと?」
「そうだが?」
「隊長、夏祭りに向け、既に何か動いていますか?」
「浴衣を買うということは決めたぞ」
「着付けはできるのですか?」
「着付け? ……ああ、嫁ができるらしい」
「……流石ですね。隊長の嫁は」
「ふふふ、そうだろう?」
「ならば、下駄は必須でしょう」
「しかし、私は下駄を履いたことがない。うまく歩けないかも知れんな……」
「それが必要なのではないですか!」
「な、なに?」
「……失礼。いいですか、隊長。浴衣に下駄というものは最早様式美であり、切っても切り離せないものなのです。そのような無様、隊長に晒させるわけにはいきません」
「そ、それほどのものなのか……」
「その通りです。それに、慣れない下駄でうまく歩けなくとも、秘策があります」
「秘策?」
「ええ。隊長の嫁の腕を借りて歩けばよいのです」
「なるほど。それは良い案だ。流石クラリッサだな」






[25465] ラウラさんの臨海学校―始動編―
Name: チョビ◆fc16cc12 ID:f226f1ee
Date: 2011/03/09 15:34
 朝。一夏は、珍しくシャルロットより早く起きた。
 原因は、昨日の抹茶カフェで気疲れを起こしたからである。何時もより早く就寝したため、何時もより早く目が覚めたのだ。
 隣を見ると、シャルロットはまだ寝ていた。
 ……先に着替えを済ませておこう。
 シャルロットを起こさないように、静かに着替えを用意する。

「一夏……」

 今まさに洗面所に消えようとしていた一夏は、シャルロットの声に振り返った。
 起きたのかと思い近づくと、瞼を閉じたままだ。どうやら、寝言だったらしい。
 ……夢、俺が出てるのか?

「あ……」

 思わず寝顔を覗き込んだ瞬間、ゆっくりと、シャルロットの瞳が開く。
 すぐ目の前には、一夏の顔。必然、目と目があった。

「よ、シャル。おはよう」

 軽く笑い、一夏が挨拶をする。だがシャルロットからの返礼はない。
 寝ぼけ眼で半覚醒した意識のまま。

「いちか~」

 にへら。
 幸福そのものといった蕩けきった表情を浮かべ、一夏の首元に抱きついていった。

「お、おい、シャル」

 驚き声をかけるが、シャルロットに起きる気配はない。
 それどころか、瞳を閉じ、ゆっくりとその顔が近づいてきて――。

「起きろって! 寝ぼけるな!」

 焦り、更に大きな声で呼びかけると、ようやく動きが止まった。
 シャルロットが、二度、三度。ぱちくりと瞼を動かす。ぼんやりとしていた紫水晶のように綺麗な瞳に、理性の光が宿っていった。

「……あれ? 一夏、なんで制服じゃ……ここ、僕たちの部屋? 廊下じゃないの?」

 きょろきょろと不思議そうにあたりを見渡しているが、一夏にとってはそんなことをしているシャルロットのほうが不思議だった。

「なんでって、そりゃ朝だし」
「あ……さ……朝?」

 呆然と、シャルロットが繰り返す。

「それより、離れないか?」

 一夏は熱を帯びている頬をこりこりと掻き、視線を逸らしながら言う。
 え? とシャルロットが状況の把握に努め、

「わぁ!」

 一呼吸置いて、今の体勢に気がついたシャルロットが、驚き飛びのく。

「ご、ごめんね一夏。なんか、寝ぼけちゃったみたいで! 気にしないで!」
「そりゃまぁ寝ぼけてたんなら仕方ないし、別に気にしないが……」

 しないんだ……と自分で言っておきながらショックを受けている。色々と複雑らしい。

「なんか寝てるとき俺の名前呼んでたけど、夢に出てたのか?」
「っ! あ、それよりもほら、着替えないと遅刻しちゃうかもしれないよ!」

 ね? ね?! と懸命に誤魔化そうとしている。
 聞かれて嫌なことのようだ。どんな夢なのかは気になるが、この様子だと聞かないほうがいいのだろう。見え透いた誤魔化しの手にのることにし、この話題を打ち切った。



 ラウラを起こし、何時も通りに朝食を食べに行く最中。

「おーりむー」

 背後からの呼びかけに振り返るより早く、右腕に重みが加わった。呼び方で予想はついていたが、やはりといったことろか。
 犯人は黄色い狐耳が特徴的なフードを被った人物、本音だ。
 本音は一夏を見つける度にこうして引っ付いてくる。そしてラウラに手招きし、もう片方の腕に抱きつくようけしかけてくるのだ。
 今も例に漏れず、ラウラによって左腕も占領されてしまった。

「……なぁ二人とも、歩きづらいんだが」
「だそうだ、本音」
「はいはーい」

 ぱっと。普段よりも俊敏に本音が離れる。
 にっしっしー、とでも笑い出しそうな顔をして。

「ラウっちだけなら大丈夫だよねー?」
「え、いや、ラウラだけならって。転んだら危ないだろ?」
「私と共に訓練をしているのだから、この程度でバランスを崩すようなことはない。万が一転んだら、バランス訓練の追加だ」
「というわけで、おりむーに拒否権はないのでしたー」

 個人別トーナメントで組んだ影響なのか、ラウラと本音はこうして一夏を追いつめることが多くなっていた。

「……のほほんさん、友達が先にいってるんじゃないのか?」
「あ、そうでした。かなりんたち待たせちゃってるの」

 とたとたと、本音が駆けていった。
 後姿に溜息を吐きかけ、一夏が歩みを再開する。

「全く、ほののんさんの悪戯も困ったもんだよな……」
「……その割には一夏、嬉しそうだった気がするけど?」
「シャル? 何か不機嫌になってないか?」
「知らない」

 つんと唇を尖らせ、ぷいとそっぽを向いた。
 原因のわからない一夏は頭を傾げるが、ラウラはそうではない。

「ふむ……嫉妬か?」
「は?」
「ラ、ラウラ?!」
「嫁と腕を組んでいるのが羨ましいのだろう?」
「う……う~……!」

 何か言い返したいらしいが、言葉がでないようだ。少し涙声になっている気もする。
 助け舟を出すため、一夏が、ぽんとラウラの頭に手を置いた。

「ラウラ、嫉妬とか変な事言うなよ。シャルが困ってるだろ?」
「……」
「……はぁ」

 ラウラが呆れたように一夏を見上げた。シャルロットの溜息は、そうだよね、何時ものことだもんね、と言いたげである。
 ラウラとシャルロットの視線が交わり、同時に頷いた。

「シャルル・デュノア。今回だけなら片方の腕を貸そう」
「じゃ、遠慮なく」

 本音が掴まっていた位置に、今度はシャルロットの腕が絡まった。

「ラウラ、僕のことはシャルルでいいから」
「そうか。わかった」
「お、おい?」
「なんだ?」
「なに?」
「……なんでもないです」

 意見することすら許されず。なにやら分かり合っている女子二人に挟まれ、一夏は食堂へと引き摺られていった。
 シャルロットと一夏の腕組みを見て、一部の女子のテンションが朝からクライマックスになったのは……想像するに容易いことだと思う。



 教室では、最初にセシリアが出迎えてくれた。
 軽く挨拶を交わすと、すぐに旬の話題が上る。

「そろそろ臨海学校ですわね、一夏さん」
「ああ、そういやそうだったな」

 七月の頭にある行事だ。なんというか、この学園は一月に一度は大きな行事をやらないと気がすまないのかと疑いたくなる。

「海か」
「楽しみだよな。海で泳ぐのなんて久しぶりだ」
「私の水着姿も楽しみに待っててくださいませ。今年に合わせて新調しましたの」
「へぇ、そうなのか?」
「ええ」

 その後もまだ見ぬ海に思いをは馳せていたのだが、やがてHRの時間になり、千冬と麻耶がやってくる。その姿を見た、一夏たちを含む雑談していた生徒全員が、即座に席に着いた。
 出席を取った後は特に連絡事項もなく、すぐに終了。教室中が一時間目の用意をする時間へと移行している中。一夏は、HRが始まる前から、何か引っかかるものを覚えていた。
 先ほどの会話を思い返し、一体何が気になったのかと探り。

「……あ」

 一つの単語が網にかかった。

「どうした?」
「ラウラ、水着ってあるのか?」

 年頃の女子としては、異常なほど服に執着のないラウラだ。水着を持っていない可能性も十分に考えられる。というか、持っていない可能性のほうが高い。
 しかし、一夏の予想は裏切られた。

「当然だ。学校指定の水着は持っている」
「……そうか」

 一夏は、思わず遠い目をしてしまう。
 学校指定の水着とは即ち、スクール水着である。
 ……似合ってるといえば、似合ってるのかもしれない。
 予想が裏切られないほうがよかったのか。判断はつかなかった。
 微妙になった空気を察したラウラが、訝しげに眉を顰めた。

「なんだ? 何かおかしいのか?」
「いや、きっと臨海学校に学校指定の水着を着る女子はいないだろうなぁ、って思ってさ」
「なぜだ?」
「なぜもなにも……女の子はお洒落だからか?」

 無難な回答をする。
 着てこないであろう事には核心が持てるが、その理由までは説明しきれない。乙女心を語るには、一夏の想像力は貧相だった。
 しかし、ラウラにとって重要なのはそこではない。

「……」

 顎に手をあて。
 ラウラは授業が始まった後も、ずっとその姿勢のまま考えこんでいた。



 一夏が水着の件で気になったのは、ラウラ一人ではない。
 しかし秘密にしている関係上、誰かの目があるところで話すわけにはいかない。そのことを聴けたのは、授業を終えて部屋に戻ってからだった。

「筋肉痛はもういいのか?」
「うーん、まだ痛いけどね。でも、食事できないほどじゃないよ?」
「そうか。ああ、今度マッサージしてやろうか? 千冬姉にもやってたけど、中々のものなんだぜ?」
「あはは、じゃあお願いしようかな」

 まずは当たり障りのない話題から。
 お土産の羊羹をお茶請けに、くつろぎムードの中で切り出す。

「なぁシャル」
「なに? 一夏」
「臨海学校、どうするんだ? 男のまま乗り切るつもりなのか?」

 シャルロットが普段どおり、柔らかい微笑を浮かべ、

「どうしようね?」

 困っているのに全く困っていない声音で言う。

「……俺が聞いてるんだが」
「一夏は僕がこの部屋からいなくなったら、寂しい?」

 湯飲みを両手に持ち、飲む振りをして上目遣いに。何の関連があるのかわからないことを問うてくる。
 何故そんなことを? と発言の意味を考え、一夏は一つの答えに至った。

「まさか、父親が何かしてきたのか?!」
「あ、ち、違うよ!」

 ガタン!!
 椅子を倒して立ち上がるほどの一夏の反応に、慌ててシャルロットが否定する。

「そ、そうか」

 ばつが悪そうに、一夏が椅子を戻して腰掛ける。

「ごめんね、なんか誤解させちゃって」
「……いや。こっちこそ深読みしちまったみたいで、悪い。でも、何かあったら言ってくれよ?」
「うん。一夏は優しいね」

 シャルロットの二割増しの笑顔に一夏が照れ、茶を啜って誤魔化した。

「別に優しいわけじゃ……。約束したろ、シャルは渡さない」
「……俺のものだから、って加えてくれ……ないよね、一夏だもん」

 期待するだけならタダだ。ただし、タダより高いものはない。乙女の夢を叶えてくれない、シビアな現実だった。

「ん? なんだって?」
「ありがとう。僕のこと、真剣に考えてくれて」
「友達だし、当然だろ?」

 シャルロットの笑みが、若干苦いものに変わる。わかっていたことだが、やはり一夏にそういう意識はないらしい。
 しかしそんな変化には気づかず、一夏が続けた。

「まぁこの学園にいれば、三年間は平気なんだけどな」
「え?」
「特記事項第二一」

 つらつらと内容を読み上げる。
 簡単に纏めれば、IS学園に在籍するものは、如何なる干渉も受け付けないといったところだろう。

「よく覚えてたね。特記事項って五十五個もあるのに」
「正直、最初はうろ覚えだったよ。でもシャルを守るために使えると思ってさ。他にも色々調べてるんだぜ?」
「……ありがとう、一夏」

 胸にこみ上げてきた暖かいもののせいで、視界が滲む。一夏に気づかれないようにするため目を瞑り。

「最後に、一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「僕は、一夏の傍にいてもいいの?」
「当たり前だろ。シャルは、ここに居ていいんだ」
「……そっか。当たり前か。ふふ、じゃあ、これからもよろしくね、一夏」

 人は嬉しくても泣けるのだと、シャルロットは知った。



アニメでシャルの夢の話がカットされてたのを見て、カッとなって冒頭に追加した。後悔はしていない。
書けば書くほどシャルと一夏が勝手にいちゃいちゃし始めるんですけど。どういうことなの? なにこれ病気か何か? だから勝手にキャラが動くタイプの作者は信用ならないと言われるんだ……。
でも次からはラウラさんが大活躍(予定)です。 


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