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[25758] 大学がファンタジー世界に転移しました(仮)
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/09 16:41
 


 大学+転移+魔法ファンタジー世界


 だいたいこんな感じです。


更新履歴

 2011/02/01 第一話投稿

 2011/02/04 第二話投稿 第一話、第二話の誤字訂正 指摘、ありがとうございました。

 2011/02/11 第三話投稿 第一話日付を変更 書くの停止
 
 2011/03/04 こそこそと第三話まで微妙に修正中 時期を夏休み直前に。これで暇な文系は排除だぜー! 理系ヒャッハ―! を実現するために試行錯誤。人数は大体1500前後に。矛盾を後付けであれこれ。これで大丈夫な、はず。書くの再開。


 2011/03/05 第四話投稿

 2011/03/09 第五話投稿 全話微修正





 



[25758] 第一話「転移」
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/08 14:26
 2011年8月5日、日本中が熱い夏に辟易し始めた中、全国を揺るがす大事件が起きた。
 その余りにも突飛な事件は、内容の奇怪さも相まってか在日米軍の秘密実験だとか、自衛隊が不発弾の処理を誤っただとか、はたまた宇宙人の仕業だ、と色々な説が浮上したものの決定的な証拠が出ることはなかった。

 そして、その事件の行方不明者の数の大きさ(後の調査で延べ1500人にも及ぶ事が判明した)から、世界最大の集団失踪事件として世界に認知されることとなる。







 2011年8月5日 南キャンパス 教育棟103号室

「えー、であるからして、この培地のphは……」

 カーテンに締め切られた部屋の中ではおおよそ30名ほどの学生が、教授の補講を聞いていた。テストで点を十分に取れなかったから……という質の補講ではない。教授が四月の頭にインフルエンザにやられた為に出来なかった授業に押されて、こうした形になっているのだった。
 ここ南キャンパスの教育棟の教室は朝日が差し込み、眩しいことで有名である。よって通常、学生たちはカーテンを閉め切り、隙間から洩れる光に映し出された塵を眺めながら講義を受けていた。
 地方国公立に通う学生たちの一般的な傾向として『生真面目』ということが言われている。もうそろそろ夏休みかどうかという、もっとも緩みやすい時期にしては、皆真面目に受けているようであった。

 しかし、その中にも無論例外がいる訳で。香藤克哉は昨日の徹夜マージャンの所為か、机に突っ伏して惰眠を貪っているのであった。

「ちょっと、香藤君! そろそろ起きないと坂田と言ってもさすがに怒られるわよ!」

 小声で隣から注意された香藤は、まだ完全には開ききっていない、その寝ぼけ眼をこすり、ぶつぶつと呟きながらも覚醒する。そんなめんどくさそうな態度に呆れたのか、注意した張本人である松田久美は溜息を軽くついて、目の前の黒板をノートに写す作業に戻るのだった。
 坂田教授――別名、仏の坂田はその講義中に爆睡していても全く気にも留めない授業進行、また齢80を超えると噂されるよぼよぼの外見からそのうちぽっくり逝ってしまうのでは? という余計なおせっかいから付けられたあだ名である。その外見を見た香藤も最初はなるほどと感心したものだ。
 香藤としては後で松田にノートを見せてもらえればそれだけでよい。講義の内容をリアルタイムで聞くよりも、香藤にとっては今、体力を回復させる方が大切であった。

「……ベンケイソウ型酸代謝を行うのは、cam植物で……、む?」

 子守唄の様に単調な坂田の朗読が止まる。学生たちも机に落としていた目線を上げて辺りを窺う。部屋を照らしていた蛍光灯が一斉に消えたのだ。停電か、と誰かが訝しんで呟く。
 数秒経って、すぐに回復しないことを悟った坂田はのそりのそりと、閉めきった東側の窓辺に近づきカーテンを開けた。太陽光でも真っ暗よりマシと考えたのだろう。

 開けた坂田は、その細い目を大きく開けてその窓の外を見つめていた。そんな挙動不信な様子を見て学生たちの頭上に、はてなマークが浮かぶ。

「坂田教授、どうなさったのですか?」

 近くにいた女学生がたまらず声をかけた。が、その言葉にも反応せず、老教授は外を見つめたままだ。しばらく経って、教授は何度も外を見て、何度も何度も確認するように外を見て、ようやく声を発した。

「ワシが耄碌したのか……ちょっと、そこの君、来てみなさい」

 指名された女学生は、戸惑いながらも同じ様に窓辺に近づいて……、同じ様に固まった。

「……現実、の様じゃのう」

 ポツリと洩らした坂田の言葉が教室に響く。

 教育棟に並走するように植えられていたはずの街路樹、そんないつもの光景は消え失せ、窓の外には地平線が見えるほどの荒地と青い海が広がっていた。











 第一話「転移」







 大学には三つのキャンパスがある。硬式野球サークルの応援歌が『Eの形の~』で始まる通り、大学を上空から見るとEの形に見えるのは有名だ。上から北キャンパス、中央キャンパス、南キャンパスと何のひねりもないネーミングであるが、学外には分かりやすいと好評であった。
 
『本部』と呼ばれる中央キャンパスにある文化ホール、その第一会議室には重苦しい空気が漂っていた。
 工学部准教授である、若林啓志はその空気を感じるに事態の深刻さと、このファンタジックな状況が真実であることを改めて認識したのだった。

「見ろよ、あの顔。この世の終わりって顔してるぜ」
 
 若林は気楽そうな声で、苦手な教授をあげつらう隣の男を呆れた顔で見る。農学部准教授、正木敏と若林は同時期に准教授になり、年が近いこともあって度々話す間柄であった。若林は、正木の事をあまり深く物事を考えない男、簡単に言うと馬鹿だと内心思っていたが、このような状況にあってさえいつもと変わらないその態度を見て、呆れを通り越して感心してしまう始末であった。
 文化ホールは、学外から招かれた著名人の講義の時などに使われるホールである。その為にホールには数百人ほどが入れるほどの大きさが確保されていた。今回集められたのは大学に勤める職員である。8000人を超える学部生を擁していた大学に勤める職員もそれなりに多く、このホールでさえ少し手狭な感じがするほどであった。

「……まぁ、あの噂が本当なら頭を抱えたくもなるだろうさ」
「そんなもんかねぇ。俺なんかワクワクしてるんだが」
「それは、なんちゅうか、おめでたいことだな」
「……今、馬鹿にしたか?」

 それを直接聞く時点でそういうことじゃないのか、と若林は思った。

「お、集まったみたいだぞ」

 正木は壇上を見やる。ざわめいていた会場が水を打ったように静かになっていく。壇上に登った男は、会場中の視線が一手に集まったのを確認するとゆっくりと話し始めた。

「皆さん、前置きは無しにして初めに結果だけ伝えましょう。皆さんの”噂”は事実です」

 正木は顔を緩め、正反対に若林は顔をしかめる。

「先ほど学門などを見に行きましたが、確かにこのキャンパス外はすべて荒地となっていました。それも、北キャンパスの方はなんと海、正確に言うと崖に面しています」

 より具体的な話を聞いて、若林はなるほどと先から鼻をくすぐる潮の匂いの正体を理解した。何故どちらかと言うと山の中に”位置していた”筈のこの大学が、海に面しているということに納得はしていなかったが。

 壇上の男の言葉を聞いて再び会場はざわめき始める。

「では、まずプリントを配ります。それを見ながら、今後の対応を追って説明します」

 配られたプリントを眺めながら隣の職員と話合う者、一心不乱にプリントに齧りつく者……様々であったが唯一共通していたのは一体この状況は何なのかという不安であった。
 若林もそのプリントに目を通す。半分ほど読み進めた後、大体が地震などの災害が起きた時のマニュアルである事に気がつく。学生たちは一か所に集め、まずは点呼、欠けている学生などいないかなどを確認するなど、なるほど確かに合理的である。こんな訳が分からない事態に直面して、すぐにマニュアルを用意出来る辺り岡田学長は有能な男なのだと若林は改めて思った。

 若林はその処理能力に舌を巻くとともに、この後向かいあうだろう学部長教授たちの渋い顔が脳裏に浮かび顔をしかめる。学長と教授陣の犬猿の仲は、大学でも有名な話だ。

 この大学も国立大学法人化によって、平成16年から独立行政法人としての出発を余儀なくされた。その結果、ほとんどの国立大学と同じ様に教授会の権限が弱まり、反対に学長の権限が高まった。
 この学長が曲者で、これまでなら教授会で決まった学部長などが収まるのが通例であったが、今回の改正により学長選考会議という別の会議で決まることとなった。そして、その学長選考会議には学外からも参加できることとなり、付属病院院長などの学外の有識者が参加できる。
 学校の運営は難しい……ことから、学長を民間から迎えようという動きが出てもおかしくはない。そして、結果選ばれたのが、当時大規模通信事業に参入を果たしたことで有名であった企業グループの若き会長であった。

 結果面白くないのが教授会だ。結局、教授会自体が学長の案に賛成するだけの機関になってしまったのだから。彼らは勝手に学内職員からの意見聴取としてアンケートを実施し、学長に対抗したりと血みどろの戦いに発展した。
 そのような経緯があるから、当然教授陣と学長の溝は深い。

 若林は、これからの事を思い深く溜息をついた。











[25758] 第二話「決意」
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/08 15:02
 南キャンパスには『離島』と呼ばれる建物がある。もっともその建物を知っているのは極一部の学生のみで、大多数の学生は知らないのであるが。
 名前の由来は、その名の通り三つあるキャンパスの中でも面積の大きい南キャンパスの端に位置している事から来ている。一説には戦後初期に建てられた建物を一新する際、態々取り潰さなかった建物の生き残りという話だ。そんな歴史ある建物であるから当然外見は今にも崩れそうであり、利用しようとする学生は今までいなかった。

 しかし、今年からは『麻雀同好会』といういかがわしい名前の同好会が書類上では活動場所としている。

 皆、学生は各担当の教授のもとで集合しているはずであるが、『離島』にはパチパチと小気味よい音が響いていた。

「あ、それロンだわ」
「げっ、マジかよ」
「えーと、メンタンドラ1だからゴンニーだな」
「ちぇ、スジひっかけだったかよ、やるな」
「たまたまだよ、たまたま」

 元々、電気がつくかどうか怪しい、古ぼけた蛍光灯の下に卓を囲んだ四人の男が麻雀を打っていた。埃が何層にも降り積もった部屋からは歴史を感じられるが、卓からドアまでは獣道の様に埃が掃除されている。

「にしてもよー、まぁもう遅いっちゃ遅いんだがこんな所で麻雀なんか打ってていいのかね?」

 先ほど悔しそうな声を上げた男が、静かにサイコロをふる対面の香藤に声をかける。サイコロの目を確認した香藤はパイを切り分けながら片手間に返事を返した。

「大丈夫だろ、だって担当教授があの坂田だぜ。全員の顔を覚えているかもあやしいよ」
「顔を覚えていなくても、名簿で確認ぐらいするだろ。さすがやばくねえか」

 と口では言いつつも、その男の顔はちっとも心配そうに見えない。それよりも今配られたパイを見てにやにやと笑っている。

「きったぞ、これ。最短コースだ……また、代返を松田ちゃんに任せたのか?」
「まあ、一応」
「かー、罪づくりな男だねぇ! 釣った魚には餌をあげない主義ですか!」

 おっと言いつつパイを手の中に入れた。

「……人聞きが悪いな。海江田、なんか言ってやれ」

 香藤は右隣に向いて言う。

「釣った魚というより養殖魚、なんじゃないか? 幼馴染でこんな地方大学までついて来てくれたんだろ、どんなけ健気なんだよ」

 顔を手配から上げずにメガネをかけた細い男、海江田智樹は答えた。

「ああ、松田さんが不憫だよ。で、ホントの所はどこまで進んだんだ? ええ?」

 白状してまえと香藤の左に座る井上は肘でつつきからかう。お調子者らしい、笑顔の下で輝くシルバーアクセサリーが、彼のちゃらい雰囲気を一層際立たしていた。そんな言葉に全く動じず、香藤は気だるげにもう何度言ったか分からない言葉を重ねる。

「……だから、アイツとはそんな仲じゃあねぇと何度言ったら」
「わかーてる、分かってるって香藤君。大丈夫だって、君が孕ませようが、できちゃった婚だろうが俺達はお前を応援するぜ」

 と香藤の対面に座る、久保田俊明は右手の親指を立てて笑顔でそう言い切った。久保田の笑顔は、その大柄な体と半そでの服も相まって見た感じは好青年然とした印象を香籐に与えた。香藤は心の中で本当にそんな奴じゃないと心の中で呟くもそういう事態として認識されている事に安心する。

(大丈夫だ、こうしておいたほうが”都合がいい”)


「あ、その豆腐ポン」

 と久保田が香藤の捨て牌から白を自分の手に加えた。沈黙の中、淡々と牌がマットに打ちつけられる規則的な音だけが響く。いつもなら学外の交通騒音でうるさいはずだが、今日は静かであった。

「……静かだよな、ホント。何がおこったんだか。誰か聞いてるか?」
「いや、俺は何も」
「つーか、同じクラスなんだから聞きようがねえだろ。情報は教授ぐらいからしか入ってこねえんだからさ。……まあでも、この状況が普通じゃねえのは分かるよ。だってなぁ」

 外の景色が変わってんだもんな、と久保田が呟く。何故だ? 何が起こってる? と大声で喚きたいのを香籐が自重していたのは、同じことをみんなが思っていることは分かっていたし、喚いた所で答えが得られるとは思えなかったからだ。

「そういえば香藤、お前真っ先に教室から出て行った癖にここには最後だったよな? 何してたんだ?」
 
 海江田がふと思いだしたかのように尋ねる。

「ああ、外が変わってるっていうからどんな場所になってるかって思ってな。高い所に行って携帯のズームを使って見てみたんだ」
「へー、さすが香藤。行動が早いな。で、どうだった」

 手を休めることは無くても、確かに皆の興味は香藤の話に移っていた。

「後で話そうと思ってたんだがな…… まあいいや、結論から言うと町みたいなのが写ってた」
「マ、マジかよ!?」

 井上が背をのけ反らして驚く。その他二人も大なり小なり驚いているようであった。

「ああ、これだよ」

 ごそごそとポケットから一世代前の携帯を取り出した香藤は、写真フォルダからその画像を選び出した。

「……画像、荒いなぁ」
「つーか、これ町か? どっちかって言うと村、集落ってレベルじゃね?」
「こんなの教科書ぐらいでしか見たことねぇよ、バラックって言ううんだっけ?」

 香藤の携帯を中心に、四人が携帯を覗きこむ。

「つーかしょぼすぎるだろ携帯、お前これ何世代前のだ?」
「二年前」
「古っ! 機種変しろよ!」

 ほっとけと香藤がうっとうしそうに手を振る。
 顔を突き合わせた状態での井上の大きい声は思いのほか耳に響いた。

「ということは、近くに人が住んでるってことか?」
「だろうな、この家をみると……日本? ってとこに疑問符が付きそうだが」
「お前、ここが日本じゃなかったらどこだっていうんだよ」
「知るか」

 そして、香藤はつぎつぎに写真を見せていく。数十枚もの写真を見るに、どうやらこの北キャンパスの裏には断崖絶壁の崖がありその下には青い海が広がっているらしいと香籐は説明した。写真には白い飛沫が滝のように断崖から海にへと流れ落ちている様子が映っている。

「……どこのナイアガラだ?」
「綺麗だが……こんなところみたことねえぞ」

 こんなに綺麗な場所なら観光名所になっててもいいだろうにな、と海江田が呟く。

「……日本か、ここ?」

 四人は答えを発しない。

「……なんなんだよ、もう」

 久保田がか細く呟く。香藤が無言で携帯をしまうと、四人は力なく席に着いた。

「あー、お前の番だぞ海江田」
「すまんすまん」
「お、その中、ポンだ」

 久保田が中牌を加える。これで三元牌の内、二つをコーツにしたことになる。大きな役にあと一歩である。

「やっべえぞ、久保田の奴、あの顔だとあいつ絶対持ってる」
「へっへっへっ、さー、どんと来い」

 ニンマリと笑う久保田に嫌な顔をしながら、井上は牌を取る。っげ! と呻いた井上はもう降参とポーズをとって降りはじめた。

「アイツ、發引いたな」
「うー、まあいいさ。この局は降り切る!」

 香藤が牌を引こうとして手を止める。三人が訝しげに注目する中、そう言えば、と香藤は口を開いた。

「なんか、今日、暗くないか」
「何言ってんだ。この『離島』に電気が来ているはずがないじゃないか」

 この電灯は二十年前のもんだぜ、と半ば感心しながら久保田が言う。

「いや、電気が来ないのは知ってるさ。それでもいつもより暗くないか?」
「そう言えば、確かにそんな気がしないでもないが……」

 井上があっと声を出した。

「そうだ、太陽だ! 太陽光がが入って来ないからだよ!」
「真上ということか? 太陽が真上って昼だが、今は?」

 香藤が慌てて先の携帯を取り出す。

「……九時半だ」
「まさか、とは思うが携帯が壊れてる訳ないよな?」
「それは無い。今朝見た時も、ってまだ朝、だったはずなんだが」

 窓から井上が顔を出してみると確かに真上かちょっと西側に太陽が出ていた。

「……記憶、みんな失っていたとか?」
「携帯が気を失う訳ないだろ」

 井上に海江田が突っ込む。舌をだす井上に香藤がため息を吐いた。

「ということは」
「ここは日本じゃないって線が濃厚だな」
「ていうと、なんだ? 一瞬で大学全部がどこか外国に移動しちまったってことか?」
「オカルトかよ。なんだ、第三研の奴らに何か吹き込まれたか?」
「俺も信じられないけど、……以外にどう説明するよ」

 皆の視線が宙を彷徨った。普通ではあり得ない様な状況を頭の中で想定するも、どこかで現代日本の常識がそれを打ち消すのを繰り返す事数回、香籐は愕然とする。

「……予想以上にやべえぞ、これ」
「食糧とかどうすんだ? くっそ、救助もくそもねえのか」
「食糧より水だよ水。生協だけでは絶対足らないだろうしな」

 予想出来る未来は最悪、すべての物資が足りてない状況だった。

「うちの大学って何人いるんだっけ?」
「確か……全学部生で8000人は超えてたと思う」
「そんなにいるのかよ。というと今日は何人大学にきてるんだ?」
「さぁ、文系の講義は知らん。けど、もう夏休みに入った奴もいるっていう話だから文系は来てないかもしれんな」
「ま、全員が補習なんていうのはうちのクラスだけだろうよ」
「三日ぐらいで食糧尽きるんじゃないか?」

 それは無い、と否定できないのが辛い。香藤の頭には『蠅の王』が思い浮かんでいた。

「……シャレになんねえな」

 四人は顔を見合わせた。











「……提案なんだが」

 宙をジッと見つめていた香藤であったが、沈黙を破るとゆっくり椅子に座ながら山から牌を取った。パッと他の三人の視線が集中する。その様子を眺め、香藤の話は続いていった。

「状況がヤバそうなのは分かった。ここである程度気付けたのは僥倖だ。他のみんなは危機意識なんてもってないだろうからな」
「まあみんな、ただの停電ぐらいにしか思ってないだろうよ」

 太陽の件には気づいた奴はいるかもしれないが、と久保田が補足する。

「確か、あの後教授たちが呼び出されてた。教授たち、というか職員側は警備員のおっちゃんとかから報告をうけてるだろうし集会でも開いたんだろう。学長は優秀だから、すぐに水と食料が足りないことに気がつくと思うし、今後の事とかも話合わないといけないはずだからな」
「……そういえば、奈多さんが中央の方に走って行ってた」
「学部長が、か?」

 ああ、確かに見たと海江田は頷いた。

「その集会で何を話すか、っていうと……」
「まずは学生の確認って所か」
「妥当だな」
「後は?」
「それこそ水と食料だろう。そして、その問題を解決するために今後どう行動すべきか」
「間違ってないんじゃない?」
「あの学長なら話合う必要も無さそうだけども」
「『みんなの同意を得た』って事実が重要なのさ」

「……回りくどいな、何が言いたいいんだよ?」

 香藤が苦笑する。

「スマン、もうちょっと待ってくれ。自分でも確認しながらだから、もし間違ってたら指摘して欲しい」

 その言葉を聞いて他の三人は呆れた顔をしながらも何処か面白がる様な、そんな楽しげな顔をしていた。この四人の中で誰がリーダーという共通認識はない。ただ、何か面白いことを始める時は香籐の提案からであることが多かった。この麻雀同好会も香籐が言いだしっぺとなって出来たものであり、書類上も会長は香籐である。

「ああ、結局この大学に今いる人数を養えるような食糧は無い。内側に無いってことは外に探しに行くしかない」
「外? っていうと、あの集落か?」
「まあ、あそこにも一度行ってみる必要があるだろう。まずはどの国か聞いてみないといけないし、大使館への連絡は急務だ」
「だな。そこまでは同意する。で?」
「学長は考える。このままじゃじり貧だ。誰かを外に出して食糧もろもろを確保しなければならない。けど、誰を外に出す?」
「そりゃあ、職員の警備員さんとかじゃねぇ?」

 三人は頷く。

「それでもいいんだが、大人っていうのは責任を負わないといけない。もしそれが原因で死んだりしたら、命令を出した学長の責任ってことになるだろ?」
「……なるかもしれんが、考えすぎなような気がするなぁ。こんな緊急事態にそんな事考えるか? 死ぬか生きるかの瀬戸際なんだぜ?」
「……もし他に手が無ければそうするかもしれん。だが、もっとベターな方法がある」
「ベター?」
「志願者が出る、ということさ」
「志願者、ねえ」

 海江田は首を捻る。

「そりゃ、学長からみればそれがベターだろうけど…… この流れだと俺達が志願するって流れなんだろう?」
「そうだな」

 香藤が当然、と頷く。

「そのメリットは?」
「よく考えて見てくれ。ここでただ待っているだけなら俺達はたくさんいる中の普通の学部生だ。食糧が回ってくるか、それすらも分からん。それに、もしその警備員やらのおっちゃんが失敗したらどうする? 学長やら大人はいいが、真っ先に飢えるのは俺達普通の学部生だぞ。
 そして何より、特別になれる」

「……」

 考え込む三人を見て、香藤は静かに牌を置いた。

「まあ、嫌な奴は遠慮なく言ってくれ。確かに外に出たら危険もあるだろうし、ここが安全なのは確かだしな」

 長く続く沈黙。

 数分は経った。切れるような空気の中、海江田は牌を山から一つ静かに取り出した。

「大体は了解したよ。つまりは、リスクをとってメリットを得よってことだな。……了解、その話に乗った!」

 海江田は牌を力強く置いた。

「それに何より、面白そうだしな」

 と言って、にやりと香藤に笑いかける。

「おう」
 
 香藤も軽く笑った。


「そうか、なら俺も参加しよう」

 久保田はそういって山から牌を取り、ちらりと見た後そのまま捨てる。

「俺達の行く末が知らないおっさん警備員に決められる、っていうのも癪な話だしな」
「まったくだ」

 香藤と久保田は頷き合った。

「で、何が必要なんだ? 宣誓書でも作るか?」
「そうだな、サインをして母音も押しておこう」
「朱印は……赤ボールペンで大丈夫か?」

 三人でいそいそと用意をし始める中、おおい! と右手から大きな声でツッコミが入った。

「……なんだ井上、俺達は忙しいんだが」
「いやいや、その流れおかしいでしょ!? そのまま、俺が牌をバーン! と叩きつけて『しょうがねぇ、俺も参加してやるよ!』で〆る流れじゃなかったんじゃねぇのか!?」

『……?』

「いやいや、そんな何言ってんだ? みたいな顔を止めろ! 本気で傷付く!」

 端っこで、めそめそ泣き始めて本気でうざくなってきたので三人は、はいはいと席に座る。
 どうぞどうぞと、勧められた微妙な空気の中、泣き笑いしながら井上は牌をとって勢いよく叩きつけた。

「よし! 俺もそれに参加させてもらうぜ!」
「あ、それロン。大三元ね」
「ちくしょー!」

 こうして彼ら『麻雀同好会』は外に出る決心をする。これが四人のその後の運命を大きく変えていくのだった。





 








 会議後の執務室、『本部』に入る学長室にはぐったりとする岡田学長の姿があった。
 そして、トントンという扉を叩く音。一瞬顔をしかめた岡田であったが、すぐにいつもの頼りがいのありそうな学長の顔に戻り外に入れと声をかける。

「失礼するよ」

 こんな言葉遣いをする奴は二人ほどしか岡田に心当たりはない。彼が心を許せる数少ない友人の一人だと知って、岡田は格好を崩した。

「大分まいってるみたいだね。ホントお疲れさん」
「ああ、ありがとう」

 入ってきたのは、岡田の高校時代からの友人である奈多慎吾であった。
 奈多も若くして学会に注目される人物で、農学部教授であり、学部長も務めている。彼が理系の学部をまとめてると言ってもよく、多少反発があっても岡田が学校を運営できているは彼によるところも多い。
 奈多は、彼をねぎらいながら缶コーヒーを渡す。嬉しそうに開けて飲む岡田であったが、口をつけて顔をしかめた。

「……ぬるいな」
「まあね。うちの研究室も冷蔵庫から電源落ちてるから。全く、うちのラッシーちゃんたちが全滅だよ」

 まったくここが羨ましいと言いつつ首をふる奈多。ここ、本部のみに緊急発電機が設置されているのであった。奈多はここより理系学部の教棟につけて欲しそうな顔をしていたが、メンツという物も重々承知している風であった。

「で、ここの電気はいつまで持つの?」
「……普通に使って三日ほどらしい。無論、コピー機をまわしてから運転は止めてあるがね」

 そりゃよかったと奈多は息を吐いた。で、と岡田は何か用件があるだろうと催促する。

「いや、電気は欲しいけど余裕、無いんだろ?」
「実は当てが無いことは無い。付属病院用の発電機がこっちの敷地にあるからな、それはまだ使えるし、余裕もある」
「……その、発電機は残っていたのかい? 荒地になったんじゃなくて?」
「ああ、一応敷地内だがな。しかし、面白い報告があった」

 何やら引きだしを開けて、レポート用紙のようなものを取り出す。
 それを眺めながら岡田は話始めた。

「発電機で発電した電気を病院に伝えるために電線で、病院までつなげているんだが……」
「へんな構造だよね。で? それが?」
「ちょうど切れてたんだよ。敷地を出た辺りでね」
「それは…… 確かに興味深い話だ」

 奈多の顔が何かおもちゃを見つけたような、面白がった顔になる。
 このような顔は岡田が彼と友人を続けてきた間で何度か見たことがある顔であった。奈多がこの顔をしたのなら、彼はその興味対象を徹底的に調べるに違いない。この行動力こそが奈多を若きエースに押し上げたのだ。

「電線が張っていたと仮定すると、ちょうど敷地と外の境目だ」
「……つまり、境目で世界が変わった? というよりこちらと断絶したのか……」

 ぶつぶつと自分の世界に入り始めた奈多を眺めながら、岡田はぬるいコーヒーをすする。

「まあいいや、後で考えよう。それより聞きたいことがあったんだ」
「なんだい? 出来るだけなら答えてあげよう」
「実際問題、どれだけもつ?」

 奈多のストレートな質問に、岡田は苦笑を隠せなかった。

「相変わらずストレートに聞くね。概算だけど、生協にあるものとか目ぼしい物をすべてを集めても普通に食べれば二三日後にも無くなるだろう。もっと小出しにすればもう少し伸ばせるかもしれないけど」

 そうだとしても精々五日程だけどね、と岡田は肩をすくめる。

「水は? どうするつもりなんだい?」
「水? ああ、報告でそう遠くない所に綺麗な川があるらしい。まあ、そんな所から汲まなくてもここの貯水槽の水を使えば何とかなるんじゃないかな? 煮沸すれば腹も壊さないだろうし」
 
 とにかく足りないものだらけだよ、と珍しく弱音を吐く岡田に奈多は眉をひそめた。

「大変みたいだね」
「そりゃそうさ。まず何が起こってんだかわからないんだから」

 全くお手上げと、岡田は両手を上げた。

「そんな君に朗報、と言っていいか……」

 そういって奈多は後ろから四枚の紙をだした。そこには宣誓書と気合いの入った文字が記してあった。サインと拇印が押してあるその書類を受け取って岡田は目を細めた。

「これは、誰だい?」
「うちの一回生。それも『麻雀同好会』の奴ら」
「ああ、あの子たちか」

 なるほどと頷きながら、宣誓書モドキを眺める岡田。それをニヤニヤと奈多は何も言わず静かに見つめていた。

「で? これが本題だったんだけど、彼らを使うのかい?」
 
 僕の教え子なんだけど、との言に大笑する岡田はその目に涙を浮かべながら言い放った。

「は、ははは! お前が教え子を心配するたまか!?」
「さすがにそこまで笑われると僕だって傷付くよ」

 と言いつつも傷付いた様子は微塵もない。

「は、はぁ、はぁ…… いや、確かにこの四人もお前の教え子だよ……」

 笑い過ぎて、流した涙を手でぬぐいながら岡田は呟く。

「……まあ、若者には頑張ってもらいましょう」
「ですね」

 そして二人でにやりと笑いあった。





※食糧が二三日という計算ですが、あるサイトを参考にして、全品目のカロリー平均を求める、コンビニが2500品目ぐらいあるらしいので、生協にはその半分ぐらいかなぁ(適当)と仮定してそれを乗算して、在庫が大体一ダースぐらい?(これも適当)として、12を乗算して、そして一日に必要な2000キロカロリーで割ると、大体2350人!
ということで、結構多めに見積もってもこれなので二三日ってことに。厳しいですね。




[25758] 第三話「荒地」
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/08 16:29
 

 今の法律では20歳になれば成人とみなされる。しかし、最近はその年齢を18歳ほどに引き下げることも検討されているらしい。うん、それは結構な事だ、大いに賛成する。それぐらいが妥当だと思う。
 大人になるとは、なりたいものを諦めてなれるものになろうとなる事だ、とは誰が言ったことだったろうか。気取ってんじゃねえよと反発を覚えるのはそれが真実であって、自分自身の耳に痛い言葉だからかもしれない。

 そう言う意味では俺が大人になったのはまさに18の頃、大学進学の頃だった。行きたい大学を諦めて手頃な大学で妥協したあの判断が正解かどうかは分からないが、自分が大人になったのはたぶん、あの頃だろう。自分自身が特別でない事に気付いたのもその頃だったんじゃないだろうか。至ってこの俺自身がどうしようもなく普通であった事に今更ながら気付いたのだ。それが、堪らなく嫌だった。

 そして大人になってから、三年。普通であることを、俺がしぶしぶ認め始めた頃、転機は突然やってきた。












「……という訳でこの教室で静かに待機しておく事、トイレは水が流れないと思うからそのつもりで」

 そういうと、助教授はだるそうな顔のまま机に突っ伏した。
 朝、突然に起きた停電はただの停電では無いように思われた。その後すぐ職員会議があったようで呼ばれた職員もいる。残って学生たちの面倒を見ていた教授もいて学生たちと何が起こったのか推測し合っていたのだが、集会から帰ってきた人から事情を聞いた教授はその後、一切口を閉じてしまった。教室で待機、あとで追って事情は知らせるの一点張りだ。

 教室では待機を命じられた学生たちがそれぞれ固まっている。
 講義が休講なったほうが嬉しいらしく、思い思いのグループを教室で作っては駄弁っていた。グループの一つに三人が集まっているグループがある。他人が見れば似合わない、と評するであろうそのグループは美男美女+凡人という構成であった。顔の話である。

「……だからさ会長。今日の午後でもいいからさ、ついて来てくんない? 俺一人じゃさすがにあそこに入るのは怖えよ」
「んー、わーかった、行く行く」
「こんにゃろう、先週もそんなこといってばっくれただろ」

 と凡人、川西康弘の隣の男は彼の顔を見ようともせず、机のレポート用紙とかれこれ三分ほど睨めっこを続けている。そんな、どうしようもない様子の松田一樹に溜息をつく川西はもう一人の美女担当、安藤亜美をチラリと見ると、彼女は肩をすくめ、お手げのポーズをとった。

「いや、別に安藤さんでもいいんだけど」
「絶対、嫌!」

 さいですか、と呟くも元々川西は彼女に期待などしていなかった。実質彼女が松田目当てでこの執行部に入ったのは有名な話で、その事は川西も知っていたからだ。
 
 この三人が集まっているのは彼ら三人がこの大学の執行部に所属しているからだ。松田が会長、安藤が副会長、そして川西が会計担当である。もう一人、書記担当もいるが別クラスなので集まることはできなかった。
 
 この大学の学生自治会は珍しい形式を採っていた。他の学校と同じ様に執行部、正式名称を執行委員会は選挙によって選ばれる。普通は会長、副会長、と別々に選ばれた者がその役職につくのであるがこの学校は違った。会長なりなんなり、やる気のある人が会長、副会長、書記、会計の四人を集め、立候補団を作るのだ。そして、学生たちはその立候補団に投票することになる。
 
 であるからして、その立候補団が極端に出にくい事態となった。誰も、執行部なぞめんどくさい事には関わりたくない訳で。普通は奇特な方々が血迷って手を上げることで例年、他の学校は決まっていく筈なのであるがここは違う。
 まず、最初に四人ほど賛同者を集めなければならない。そこからしてハードルが高いのだ。毎年、一立候補団がでればいい方で、時には出ない事さえあるのだ。そうなると現職の方々が奔走することになる。大学生になったばかりのか弱い仔羊たちを脅したり、すかしたりとあの手この手で後継者を何とかしなければならない。
 しかし、今回の立候補団は違った。何と自主的に立候補したのである。さぞ現職の方々は胸をなでおろしたに違いない。

 そして、今、川西が何を壮絶に断られたかというとサークル予算の承認の話であった。
 執行部は学生自治費として、全学生から集めた予算を使って様々な活動をする。その内容は多岐にわたるが、予算の大部分を占める用途として『サークル活動支援金』という物がある。これはサークル活動を学生が無理なく活動できるように、といった目的で必要な金額を申請すればそれについての予算が執行部から降りる、というものだ。
 
 これに関しては、基本、サークル連合会が中心になって処理される。サークル連合会とは執行部下の専門委員会の一つだ。他には、広報・渉外部、大学祭実行部、学生寮自治会などがある。そして、特別委員会として選挙管理委員会や会計監査委員会などもある。
 
 例を上げれば、野球部ならバットを購入し、実際使っている事などを会計が確認し、領収書などを添付した申請書を会計に提出、確認した後、それを執行部が予算として計上し学生総会で承認を受け、やっとお金がサークルに帰ってくることとなる。こんなにめんどくさい手続きを踏むのは、勿論、個人の使い込みを防ぐためだ。

 川西は執行部会計として、その購入された物が実際に使われているか、そして必要なものかを確認しなければならない。それについて来てほしいという頼みを断られたのだ。

「うーん、しかし、何をそんなに怖がってんだよ、川西」

 松田がやっとレポート用紙から目を離し、顔を上げた。どうもこの騒音だらけの教室の中で考え事は無理だと彼は判断したようだ。こういう物事をいい加減に済ます所は腐れ縁として長い付き合いのある友達、松田の悪い所だと川西は思った。

「だーかーらー、何回も言ってんじゃねえか。あそこは不気味な話しか聞かねぇってさぁ」

 川西がそこまでいうのは文化部の中でも、名前からして浮きに浮きまくってる真理探究部であった。

「最初っから、気持ち悪かったんだよ、あそこ。なんだよ、『真理』って。もう、胡散臭さしか感じとれねえよ」
「……そういうなよ、川西。アレだって、先輩達がいう我が校自慢の、三大不思議サークルの一つじゃねーか」
「はっ、その三大も今じゃ二つしかないけどな」

 川西は鼻で笑った。

 この大学には『三大不思議サークル』という頭がお花畑のような名称のサークルが存在した。その名をファンタジー研究部、第三文明研究部、真理探究部という。存在自体がファンタジー、と言われるその三サークルはその全くふざけた名前や、何やってるか分からない不気味さも相まって、三大不思議サークルとして学内外に有名であった。
 語尾が過去形なのは最近の少子化もあってか(原因はそんなことじゃないと川西は確信していたが)、部員の減少によって三つの内、二つが合併し、新たに第三文明・ファンタジー研究部というサークルが新たに誕生したからである。部員の少なくなった二つのサークルが統合したというニュースを聞いた川西の顔面はピクピクと痙攣していた、とは専らの噂である。

「ってか、あんなサークルが今まで存続を許されていたっていうのもなー」
「ふむ。噂によると、昔の会長が弱みを握られていたらしい」
「どんな理由で設立したんでしょうね……」

 サークルを新規に作るにはそれなりの活動内容を提出する必要がある。しかし、その裁可は執行部の会長に委ねられていたのだから、そう言った噂が流れるのも不思議はなかった。
 ちなみに、サークルを停止させるのは現状、部員数が足りなくなるなどの決定的な物がなければ、執行部にはどうすることも出来ないのであった。川西は、それを聞いて大いに悔しがったという。

「しかし、停電といい何が起こったんだろうなぁ」
 
 レポートをするでもなく、手持無沙汰になった松田が呟く。

「停電っていうからには電線が切れた、とかじゃねえのか?」
「……それで休講にするかしら。それに教室に待機って」

 安藤が川西の言葉に疑問を呈す。確かに、停電が送電関係の故障などであれば学生たちをここに閉じ込めておく必要はどこにもないと川西は納得する。

「っていうと、事件が起きた? 地震、なんて感じなかったしなぁ」

 だよなぁと目で問いかける川西に、松田は軽く頷いた。

「しかし地震以外に何か起きたとして、ここに避難しておくべき様な災害なんて思いつかないぞ」
「うーん、戦争、とか」
「テポドンが落ちてきますー、ってか」
「……まあ、それが今のところ一番それっぽいかな」

 川西はそれは無いだろうと思っていたが、頭からそれを否定することもできなかった。100%あり得ないと言い切ることもできそうになかったからだ。

「……だからさ、会長。これが終わったら一緒に来てくれよ。『祭壇用』に買った家具に金を出すかどうかを俺一人で決めるのは荷が重すぎる」
「それは……なんというか。お疲れさん」
「……はぁ」

 溜息をついて、川西は窓の外を眺めた。窓から見える中庭には少し違和感を覚えたが、特に変わった所もない。今のところ、この教室内も皆が集まり駄弁っているだけで、いつもの日常の一コマであった。
















 麻雀部の四人が学部長に宣誓書を渡してから二時間もしないうちに、四人は学外の荒地をトボトボ歩いていた。四人ともこんなにハイスピードで話が進むとは思っていなかったが、事態は意外と切迫していたらしい。

『という訳で、君たちにはいち早く食糧の目処をつけてもらいたい』

 と真剣な顔をして言っていた学長の顔を香籐は思い出す。彼らの話によると、食糧は生協の物や、学生寮の物を集めても二三日持つかどうか。それ以上はどうしようもないと言っていた。

『私たちが最も恐れているのは、みんなが恐慌を起こすことでね。食糧は十分だとみんなには伝達するしかない』
『それはっ! 皆に嘘をつくという事ですか!?』
『……どうしようもないのさ。どっちにしろこの状況を隠し通せるのも二三日が限度だ。もし食糧が乏しい状態でみんなに学校ごと知らない土地にいつの間にか転移していたって発表すれば大変な事になる。それだけはどうしても避けなければならない。
 だからこそ、君たちが食糧について話を付ける事が重要なんだ、いいね』


(ずいぶん、責任重大だな……)

 香藤は心の中で呟いた。

「にしてもよー」

 最後尾の井上が声を上げる。彼のみならず、男四人は大きなリュックサックを背負っていた。中には数日分の食糧と水。寝袋など便利な物などは入ってるはずもなく、もしその集落までつかなければそこらへんに寝転がって野宿である。
 幸運な事に、気温はこっちで言う春並みであり、寒さに凍えるといった心配はなさそうであった。

(まあ、一日も経ってアソコにつかなければ”詰み”だがな)

 みんな、そう思っているだろうと推測するが態々不安になるような事を口にする必要もあるまい、と香籐は無言で歩みを進める。

「あー、車使えれば一発だったのになぁ」
「乗用車に無理言うなよ。こんな所オフロードタイヤでもいけるかどうか怪しいぜ」

 最後尾の井上の言葉に久保田は言い返す。
 その言葉が言い終わらぬ内に海江田は石につまづいた。先頭の海江田は、手持ちのコンパスを時々確認しながらであったからだ。というのも荒地からは直接集落が見えない。事前に四人は高いところから大体の方角は把握していた。

 学外にでた四人を迎えたのは、ただ広い荒地であった。所々に大きな石と言うより岩というべき物も見える。

「……こう言うの、ステップって言うんだっけ?」
「ステップ、じゃないだろ。あれって地区区分の為の定義、とかじゃなかったか」
「確か中央アジア?」
「というと、モンゴルとか?」
「モンゴルは草原のイメージだな」
「それにしてもさぁ……」

 誰もが目を逸らしている現実に、香籐は溜息をつきながら指摘する。

「いくらなんでも、揃い過ぎだろう」
『だよなー』

 というのも、確かに目に映る場所全てが荒地で、確かに丈の短い、イネ科らしき植物があちこちに生えているのだが、その全ての植物が同じ背丈なのであった。遠目から見ると、コピー&ペーストさながらであった。

「なんで切った跡も無いんだよ」
「いや、切ったっていうのもおかしくないか? こんなデカイ土地を誰が管理してんだよ。どんだけ手間がかかるんだか」
「そうだよなぁ。手間もかかるし、何より目的が分からん」
「……これ全部ある高さになると成長が止まってる、て事になるんかねぇ」
「意味不明だな」

 結論として、ここはどこかおかしい、というのが四人の結論だった。
 分からない物を気にする必要も無いし余裕も無い、ということで不思議、の一言で済ませてしまう農学部の四人であった。

「暇だわー」
「黙れ、黙って歩け」

 事前に計算された距離は約25キロほど。想定六時間ほどで集落につく予定である。














 六時間弱、そろそろ日が沈みオレンジ色に空が染まりかける頃、集落まであと少しという所にまで四人は来ていた。足はすでに棒のようになり、口数は少ない。誰が何と言わなくても、みんなが極度に疲れ切っているのは各自十分分かっていた。

「あー、後もう少しだな」
「ああ、……少し休むか」
「やめてくれ、今、足を止めれば次に歩き出せる自信がない」
「そう、だな」

 海江田の顔は疲れ果ててはいたが、目の前の集落に心引かれている様子であった。遠目からはバラックにしか見えなかった集落の様子が、正しくそうだと確信できるほど近くに来ていたからだ。

 荒地に接するように門があり、その両端には映画や漫画でしか見たことがないような見張り小屋が併設されていた。そこには見張りの人がいるようで、すで灯は焚かれている。
 荒地しか目にしてこなかった四人の前にやっと、立派な森が見えた。それは門の横を覆っていて、右、左にそのまま途切れることなく、続いている。その様子にも彼ら四人は違和感を感じざるを得なかった。

「……この森もおかしくねえか?」
「確かに、どうもきっかり線を引いたように荒地と森の境があるな」

 というのも、明らかに誰かが管理しているかのごとく森と荒地の境界線が真っすぐになっている。それも真横に一直線だ、不自然に決まっている。
 ……だが、不自然、といえばこの荒地だって不自然さは目につく。とりあえず、四人はその集落の人と接触を取ろうと門へ近づいていった。

 門の前に到着する。此処からは両端の見張り小屋の中までは確認できない。しかし、香籐は近づくにつれ、集落の中が慌ただしい雰囲気になっているのを感じた。

 門は大きな木を束ねて作っているようである。その構造は簡単なものの、大きさだけでも圧倒される威容を誇っていた。

「誰かー、いませんか!」

 門の開け方など知らない香籐は取りあえず大きな声で叫ぶ。すると、

「おお」
「こりゃ、すげえな」

 と思わず二人から漏れた感嘆の通り、圧倒的な迫力をもってその門は開門していく。ゴゴゴと低い地鳴りのような音と共に、門は奥に跳ね上がるように、ゆっくりと門は開いていった。

 その様子に目を見張っていた四人はさらに、その門の中で準備していたのであろう、軍隊の様な規律のとれた人の列に驚きを通り越して言葉を失っていた。
 その空気に飲まれて誰もが動き出せないでいると、その綺麗に並んだ隊列の奥から何やら一人だけ違った服装の男が近づいて来る。その男はゆっくりと四人の前まで歩き、胸に手をあて軽くお辞儀をし、こう言い放った。


 「ようこそいらっしゃいました。”魔女の森”の魔女の皆様」




 

※水平線は4.5キロぐらいらしいです。食糧関係でもうしかすると、距離をまた変更するかもしれません。



[25758] 第四話「魔法」
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/09 16:40

「ようこそいらっしゃいました。”魔女の森”の魔女の皆様」

 正装をした男が胸に手を当て、恭しく頭を下げる。同時に周りの兵士たち、それも中世時代からそのまま飛び出してきたかのような男たちが一斉に敬礼に合わせて横に持つ剣を揃って掲げた。ピタリと一寸の狂いも無い、完璧なその行儀は四人をさらに混乱させることになる。
 
 そのまま五秒ほど経っても頭を下げたままの男、そして周りの兵士たちも微動だにしないその光景はまるで絵画めいた情景であった。雰囲気に呑まれて、香籐を含む四人が動けなくなってしまうのも仕方がない。

 静止した時の中、四人の先頭に居た海江田が声を発する。

「あ、あの……」

 情けない声だった。
 
 それは本人にも分かったようでもう一度、先ほどの声をかき消すように正装の男に再び声をかける。

「と、とりあえず頭を上げては貰えませんか?」
「いえ、皆様が魔法使いであるなら、そんなご無礼な事……」

 本人は真面目に言っているつもりなのであろうが、どうもその敬語の言い方やイントネーションが少し可笑しかった。よく見るとその正装も糸が解れているような有様で、イマイチ締まらない。
 海江田は振り返って三人に困ったような顔を向ける。他の三人も同様、この絵本の中に迷いこんだような状況に戸惑い、途方に暮れていた。

 
 揚げていた、見た目重そうな剣を持つ兵士らの腕が震えだす。
 
 皆、辛そうだった。


「……状況が全く理解できませんが、一旦何処かに入りません?」

 香籐は周りを見渡して、そう提案するのであった。


 
 四人は正装の男と数人の兵士に連れられて、奥の方へと案内される。四人は集落のたたずまいが気になり、黙りこくったまま移動中もキョロキョロと忙しなく周りを見渡していた。
 
 集落の様子は大体香籐の撮った写真そのままであった。
 地面は舗装されている、なんてことは当然無くてむき出しの茶色い地面のままである。バラックと皆が評した小屋、正確にいえば掘立小屋はあり合わせの木材を組み合わせて出来ていて、その材質に統一感を感じずわい雑な様子であった。先まで荒地と言えども一応は植物の生えた土地を歩いていたからであろうか、香籐は地面から風で舞い上がった砂埃にせき込んだ。
 香籐たちのその行軍を、兵士たちはその近傍から不安そうに見つめている。歩いているうちにすっかり日が沈み、歩く先々で松明に火を灯す兵の姿も見えた。


「どうぞ、散らかっていますが……」

 目的の場所らしき建物に一行は到着する。
 
 その建物は確かに今まで見てきた小屋とは違い、しっかりと立てている風に見える。恐縮しながら四人が通された部屋はその中央に大き目のテーブルが佇んでいるだけで、物が少なく右奥に本棚が見えるだけだ。通された部屋にも机の真上、天井から吊り下げられたランタンからは、ぼんやりとした明りが洩れる。

「いえ、ありがとうございます」

 海江田が頭を下げると、その行動に吃驚したように正装の男は顔を強張らした。
 
 明りに照らされたその男の顔は思ったより若く思える。元は目に痛いほどの原色であっただろう、くすんだ色の服に彼の眩い赤毛が映えた。年は二十代後半だと香籐は推し量るもそれに自信は無い。
 席に着いた五人はどちらから話を切りだすかまごついているようだった。先まで付いて来た兵士たちは、この建物の前で歩哨として立っている。

「日本語うまいですね……」

 最初に口火を切ったのは意外にも井上であった。

「ニホンゴ?」

 オウム返しで返事をする男。彼の顔はいわゆるヨーロッパ系の彫の深い顔であり、どう見ても日本人には見えない。他の兵士たちも同様であった。

「何です、それは?」
 
 心の底から疑問に思っているかのような、きょとんとした顔で男は尋ねる。

「……え?」

 短い声、というより音が思いがけず喉から漏れる。想定すらしてなかったその返答に香籐は慌てて聞き返した。

「い、いや今喋ってるこの言葉ですよ! 日本の言葉です!」
「今喋ってる……、標準語の事ですか?」
「……標準語?」

 何やらさっぱり分からない。四人だけでなくその赤毛の男も混乱していた。

「……日本、という国は知っていますか?」
「ニホン? さっきから出てくるそれは国なんでしょうか?」
「はい。一応は知られている国ではあるんですけど」
「すみません。私は聞いた事ありません」

 確かに今自分たちと日本語で会話しているこの男が日本を知らない。他にも気になる奇妙な所もあり四人は今のこの状況を未だ理解できないでいた。
 そういえば、と久保田が声を上げる。

「門の前で、俺達の事を”魔女の森”うんたらとか呼んでいましたよね?」
「? ええ、”魔女の森”の魔女、と呼ばせて頂きましたが。何か不味かったでしょうか?」
「魔女……?」

 ここにきて、四人は助けを求めた先がカルトやらそれに類するものである可能性すら検討せざるを得なくなったのである。







「ちょっと、待ってください。あなた方は魔女の森からいらっしゃったんですよね?」
「いや、だからその魔女の森っていうのは……」
「ああ、森の中の魔女の方々はそう呼ばれているのをご存じ無い、と」
「いや、だから……」

 話が通じ合わない。
 彼らの言葉のキャッチボールは一向に成立する気配を見せず、香籐は天井のおぼろげに光る何かを眺めていた。
 かみ合わない会話に苛立ったのか、少し強い口調で赤毛の男は四人を問い詰める。

「だからあなた方は魔法を使えるのですか、使えないのですかどちらです!?」
「……」

 
 海江田が天井を仰ぐ。

「あ、貴方は魔法が、その、本当に存在すると思いで?」
「? はい」

 赤毛は質問の意図が分かりかねる、といった不思議そうな表情で頷いた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 目の前の男に聞こえない様にテーブルから遠ざかり、四人は集まり固まる。四人とも歩き通しの疲労と、この支離滅裂な会話に憔悴していた。


「ちょっと、あれ真性っぽいぞ」
「俺達と会話出来てるってことは、日本語使ってるって事だよな?」
「ああ、敬語までばっちしだ」
「しかし日本は知らない、と」
「……訳わかんねぇ」
「魔女の森ってあの荒地の事か?」
「いや森、にはどうも見えないぞ」
「バカ、周りの森が魔女の森なんだろうよ」
「……一つ、思ったことがある」

 皆の眼が海江田に集まる。海江田はくたびれたメガネを弱弱しく押し上げ、

「魔法は存在するかもしれん」

 と言いきった。

 
 四人が話合った結果、差し当たりお互い自己紹介をする事となった。四人が順に済ませた後、赤毛の男は落ち着きを取り戻したのか静かに口を開く。

「私は王国第三陸兵隊隊長のカトー・アランです」
「えーと、アランさん?」
「はい」
「王国と言うのは……」
「……」

 また目を白黒させるアランに、香籐はまた気分を害してしまったかと危惧するも、彼はその眉間に寄った皺を手で揉みながら、

「……そうですよね、魔女の森の方々ですもんね、分からなくても仕方がないのか」

 と小声でつぶやいた。どうやら呆れられているようであるが怒っている様子では無い事に香籐は安堵する。

「ここは中央から東に位置するリゲチャ王国、という所です」
「リゲチャ、王国……」

 海江田は他の三人を見渡すも、誰もが聞いたことも無いと首を振る。

「アランさん、つかぬことをお聞きしますが、アメリカとかイギリスとかそう言った言葉に聞き覚えは……」
「ありません」
「そう、ですよね」

 四人は肩を落とした。
 どう考えても目の前の状況証拠たちが指し示すのは一つ。

 大学がファンタジー世界に転移したということであった。









「なるほど、ずっと中にいたので外の事は分からない、と」
「はい。そうなんです」

 ここがファンタジー世界だということはとりあえず置いといて、四人はこのアランと名乗る男の話を詳しく聞くことにした。

「分かりました…… では私が説明しましょう」
「お願いします」

 どうも自分たちが魔法使いでは無い、と分かった所でアランの中では対等になったらしいと香籐は思った。最初の様な仰々しさはアランと四人の間には無い。

「まず、我がリゲチャ王国ですが中央から大体東、僅かに南に位置しています」
「中央、とは?」

 海江田が尋ねる。アランはハッとした表情になり、失敬と照れたように頭をかいた。

「ああ、すみません。そこから説明しないといけないんでした。この世界には中央と呼ばれる王国でない国があります。名前をアンドラ国というんですが、何故王国でないかというと、そこにはちゃんとした王がいないんですよ。そこでは民衆がある一定期間の王を自分たちで選んでいるらしいです」

 不思議ですよねと話すアランは皆の反応がいまいちなのを見て残念がったが、そのまま説明を続行する。

「大体、みんなは中央と呼んでいますね。何故っていうと」

 アランは立ち上がり奥の本棚に近寄ると、何やら古ぼけた、茶色い巻紙を取り出してきた。シュルルとその巻紙を巻いていた紐を解くと、ほのかな明かりに照らされたテーブルの上にそれを広げ、巻紙の中心を指さす。

「ここが中央。ご覧の通り、地図のど真ん中に書かれています。そしてそこから東に行って少し南下した所に……」

 四人の目は彼の指を追って、線で囲まれた比較的周りより小さな国に辿り着いた。そこにはLigatureとの文字が書いてある。


「思いっきし英語じゃねえか……」

 海江田が頭を抱えた。

「学術文字を読めるんですか!?」
「え、ええ。……一応」
「ほー、さすがは魔女の森に住んでるだけはあります」

 何がさすがなのかさえ分からなかったので、ハハハッと香籐は乾いた声で笑うしかなかった。

「説明を続けますね。中央の話が何故重要かというと、勿論、人がたくさんいて国力が高いというのもあるんですが……、一番の理由はそこに最高学府があるからです」
「最高学府?」
「ええ、数ある魔法学院の中でもこの中央魔法学院が一番真理に近いと言われております」
「魔法、学院……」

 久保田が顔を手で覆う。

「あのー」

 おずおずと手を上げる井上に、何ですかとアランは説明を邪魔され、いささかむくれた様子で尋ねた。

「魔法、っていうのはその魔法学院って所に通えば使えるようになるという事ですか?」
「……いえ、そう言うことではありません。魔法を、使える使えないでいえば少しなら誰でも使えます」
「という事はアランさんも?」

 身を乗り出し問いただす井上に、アランは静かに頷いた。

「ええ、まあ、多少は。それで何故魔法学院に行くかと言う話ですが、端的にいえば真理を追究するためです」
「心理?」
「真の理とでもいいましょうか」
「ああ、そっちの方ね」

 香籐は納得した。心理を勉強する魔法学院、というのも何やら合わないイメージであったからだ。

「真理を追究すること、それが魔法を追究することにも繋がるからです」
「真理、真理ねぇ……」
「ちょっと曖昧すぎないか? 真理って具体的には?」
「それを追究するのも学院の仕事の一つです」
「なるほど」

 唸る四人を満足気にアランは眺める。調子に乗ったアランの口上はさらに軽快になっていった。

「そうですね、例えば子供も魔法を使えるには使えるのですけど、勿論出来ることは限られてきます。そして特別に魔法使いに師事したり学院に通わなくても大人になれば、微々たるものですが使える魔法は増えます」
「年を取れば自然に増えていくんですか……」
「それがそうでもないようで。昔の文献によると貴族の子息などは成人しても増えないみたいです」
「……それはなんとも」

 ちょっと失礼と、席を立ったアランは話を続けながら後ろの本棚を探る。

「魔法に関しては確か……あったあった」

 彼が持ってきた本、というより数枚の薄い紙を綴じたパンフレットらしき物は先ほどの地図みたく黄ばんではいなかったが品質の低い紙らしく文字が滲んでいたり、所々に穴があいている。
 それを捲るアランは紙に載っている言葉を指しながら説明を続けた。

「大体の魔法がこの本には載っています」
「この薄い本にですか? 全部?」

 魔法・呪文とくれば辞書並みの分厚い本を想像していた香籐は訝しむ。

「ええ、大体の呪文は載ってます」
「その、魔法というのはやっぱり呪文を唱えて……?」
「え、ええ。皆さんがどんな物を想像しているか分かりませんが完成された呪文は例外なくそうです」
「……後ろの方に《隕石落とし》やら《増分裂》やら不穏な単語が並んでるんですけど……」

 本にはその作用らしい説明とカタカナがその下に書いてある。カタカナは呪文の音を表しているのであろうか、それ単体としては意味を成していない。
 その疑問がツボに入り、口の端ををピクピクと痙攣させながらアランは苦しそうにその疑問に答えた。

「そ、そんなの出来ないに決まってるじゃないですか…… 最後の方に載っている呪文なんて、それこそ中央の学院とか宮廷の魔法使いやらでないと使えませんよ」
『……』
「……ふぅ、逆に言うと魔法を極めればそんな事すらできる訳です。だから中央の国力も存在感も大きいのですよ」

 アランはやっとのことで笑いの波が過ぎたのか、真面目な顔に戻る。不意に、香籐は疑問に思ったことをぶつけてみた。

「……アランさんは魔法に詳しいんですね。学院に通ってたとか?」

 ストンと部屋の空気が二三度下がったような気がした。

 アランの顔が固まり、目が宙を泳ぐ。地雷踏んだか? と香籐が内心冷や汗をかいていると、アランは肩を落とし項垂れてポツポツと話しだした。

「ええ、通ってました。どうも成績が良くなかったようで落第して放校処分になりましたけど」
「それは……すみません」
「ええ、大丈夫です。気にしないでください」

 というものの部屋の温度は簡単には戻らなかった。そんな湿った空気を打開するかのように井上は無理に明るい声を上げる。

「ま、まあそのおかげで俺達は魔法に詳しく慣れたわけですし! ホント感謝ですよ!」
「……ありがとうございます」
「この《隕石落とし》やらの下のカタカナは呪文を表しているんですか? このイソトイケスンイって」
「あ、呪文文字も読めるんですね……」

 さらに落ち込むアラン。

「あー、もう!」

 井上が我慢ならずに大声を出そうとした、その時。

 外から聞こえた、大音量の爆発音に井上の声はかき消されたのであった。








<作者コメ>
魔法使いレベル99で出現した1500人。wktkです








[25758] 第五話「細部」
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/03/09 18:28
 井上の声は外から聞こえる大音量の爆発音にかき消された。予期しない爆音に香籐は鳥肌が立つのを感じる。海江田は驚きのあまり、周りをメガネがずり落ちそうになるのも構わず忙しく見渡していた。久保田は仰天し、動けない様に見える。いの一番に反応したアランは腰を浮かして周りを窺っていた。
 そのまま数秒が過ぎ、歩哨をしていたであろう見たことのある兵士が外から飛び込んできたかと思うと、アランの元に駆け寄り耳打ちをする。彼の報告を聞き目を見開いたアランはそのまま固まっていた井上を凝視した。

「やっぱり……魔法使いじゃないですか……」

 アランの呟きが兵士にも届くと、兵士もギョッとして井上の方を見つめる。
 井上はこの状況を理解できていなく見えて、その口を金魚のようにパクパクと動かすのみだ。小屋の外からはサイレンに似た警戒音と人の雑多な音が途切れることなく聞こえてくる。

「今のは……?」

 ようやく衝撃から立ち直ったのか、メガネを元に戻しながら何やら事情を知っているらしいアランに海江田が説明を求める。香籐は大体、予想がついてはいたが確認のためにもアランの言葉を待った。何より彼の予想は香籐自身にも信じがたい物だったのだ。
 アランは井上から目線を外さないまま、兵士を外に追いやった。

「……小さな大きさですが、外に隕石が落ちたそうです」
「それはやはり」
「ええ。今まで私も一度しか見たことありませんが間違いありません。《隕石落とし》の魔法です」
「井上、お前……」

 全員から視線が集中した井上は顔を青くさせる。

「いや、知らんがな! 俺が魔法使えるわけないじゃないか!」
「でもなぁ」

 久保田が胡乱げな目で井上を見つめる。

「それでも俺は今まで魔法なんて使ったことなんて、無い!」

 井上は叫ぶ。このまま疑われたままじゃかなわないと、

「久保田も呪文を唱えてみろよ! 俺達はこの世界じゃ凄い魔法使いなのかもしれないじゃないか!」
「この世界……?」

 井上は久保田に呪文を唱えるように言う。アランが首を傾げた。

「……分かった。アランさん、その本を見して頂けますか?」

 本を受け取った久保田はその本の後ろ側から書いてある魔法を順繰り見ていく。

「物騒な呪文ばかりだ」
「それはそうです。学院運営には多額のお金も労力もかかりますし、必然的に国営になります。魔法使い方の使う魔法はその威力の大きさから、軍事力として中核を担いますし……」
「……なんか、世界が変わってもそういう関係は変わらないんだな」

 物騒な言葉が並ぶ中、《敏捷化》の文字に彼の目が止まった。

「アランさん、この《敏捷化》というのは?」
「あー、それは一定期間の間、呪文を唱えた者の身のこなしが軽くなるという呪文です」
「……難度はどれくらいの?」
「国立の魔法学院を卒業したぐらいの魔法使いでないと唱えられないはずですよ」
「なるほど。つまりこれを唱える事が出来たなら、魔法使いと名乗れるぐらいの難度はある、という訳ですか」
「ええ、全く十分です。もっとも《隕石落とし》の難度には劣りますが……」

 と言いながらアランは井上の方を見やる。井上は黙ったまま、久保田の方を催促するように見つめるだけだ。

「あー、えーと……アクオシュイ、でいいのかな」
「どうだ? 何か体に変調は?」
「いいや、特にないかな」

 と香籐に応えながら久保田は少しテーブルから離れ、腰を低く落とした。ふぅと軽く息を吐き、反復横とびの要領で動き出す。

『おお!』
「やっぱり……」

 久保田の反復横飛びはおよそ通常の数倍の速さであると香籐には感じられた。例えるとすれば、ビデオを早送りした時の映っている人間の動き、とでも言うのであろうか。確かにわずかに風切り音さえする、その敏捷さは通常では考えられない程度であった。
 その速さに驚き、感心する四人とは別にアランの顔は青いままである。その様子に気付いた海江田は理由を尋ねる。

「どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
「いえ、魔法使い様に生意気な言葉遣いをしてしまい申し訳なく……」

 強張る彼のその青い顔に海江田は、

「……急にそんな言葉遣い、止めて貰えないですか?」

 と告げた。その言葉を聞いてアランは鳩が豆鉄砲をくらった顔になる。しばしの間茫然とした後、そうですよね、魔女の森の方たちですもんねと俯き呟いてからは先と変わらない調子に戻った。
 久保田の成功を見た残り二人も同じことを試してみるに、同様の効果が表れたことからやはり四人全員が少なくとも魔法使い、と自称しても大丈夫らしいほどには魔法が使えることが分かった。もう一度、《隕石落とし》の呪文を唱えるほどの勇気は四人には無かったがそれも仕方がないだろう。その後、連れだって見学しに行った《隕石落とし》の跡を見るに香籐はその選択が正解だったと改めて確信した。
 幸運な事に周りに点在する兵たちの小屋が存在しない、彼らが”魔女の森”と呼ぶ場所に隕石が落ちたのだが、現場の惨状たるや香籐の想像を一回りも二回りも超えたものだった。これが人の住む所に堕ちた場合など想像したくもない。

 アランに連れられ現場を回り終えた四人はその被害の大きさに全員が恐れ慄いていたのだった。
 この惨状をたった一言で作り出した事実、そしてそれが自分でも容易に行えるであろうことに香籐は恐怖していた。口数少なく元の小屋へと戻る香籐たちに兵達の恐怖の色に染まった視線が刺さる。海江田、久保田たちの顔も血色が良くない。
 テーブルに着いた四人とアランは終始無言であった。その沈黙を香籐が口火を切って破る。

「そういえば……、食糧の事を話すのを忘れてました」
「ああ、そうだった」

 海江田は今、思いだしたかのように目をパチクリさせながら答えた。

「食糧?」

 話の見えないアランも眠いのか欠伸をしながら瞼をしぱたかせる。

「はい」

 頷いて用件を切り出そうとした香籐は、うっと言葉に詰まった。その様子をアランは不思議そうに眺める。
 
 香籐は今の状態で食糧の事を切り出せば、脅して食糧をせしめることにならないだろうか、とふと思ったのだ。勿論、その様な事を彼らが目論んだはずもない。だが、外から見るとそうとしか考えられない状況のように香籐は思えた。かといってここでこの話を切り出さない訳にもいかないのである。四人には1500人の今後がかかっているのだから。

「……あのー、食糧が要るんです」
「あ、ええ。分かりました。多少なら都合出来ると思いますが」
「多少じゃ効かない、と思うのですが……」
「? 一体、どれくらいですか?」
「ざっと1500人分ほどです」
「せ、1500人!」

 やはりアランの予想した人数の遥か上であったようで、彼は驚き素っ頓狂な声を上げた。他の二人もようやく本来の任務を思い出して、しまった、という顔をしていた。1500という数字は香籐たちが大学を出る時に学長から教えてもらっていた。

「そんなに多くの食料を何に使うのですか!?」
「いや、勿論人に食わせる為ですよ……」
「まさか……いや、そんな人数どこにいるのです? 軽く一都市は養える量ですよ!?」
「あなたが”魔女の森”と呼んでいる所に居るのです。1500人程」
「! そんなにも魔法使いが……」
「い、いや! まだ彼らが魔法を使えるとは決まった訳じゃないです!」

 と香籐が言い繕うも、本人でさえそんな事を信じてはいなかった。この四人だけがこの世界に特別扱いされる理由も無い。彼らが使えるのだから、たぶん、他の1500人も使えるのだろう。
 アランは最初はただ狼狽しているだけであったが、徐々に落ち着きを取り戻していった。宙を見つめたまま何やら呟いている。その様子を四人は緊張した面持ちで見守っていた。

「……結論から言います。この宿営地にあるだけをかき集めても、その人数だと一週間ほどしか持たないでしょう」
「そう、ですよね。虫がいい考えでした……」

 海江田は項垂れる。香籐らにはこの魔法を使って食糧を奪うだけの度胸も勇気も無かった、――今はまだ。

「しかし」

 俯いていた顔たちが起き上がる。

「魔法使いたちが相手、というなら国が援助してくれるかもしれません」

 その言葉が四人に届いた瞬間、彼らの目に希望の灯がともった。












「というと、二人ほど首都に向かう必要がある、と」
「はい。《隕石落とし》を使えるほどの魔法使いとなると国単位でも一人居るか居ないかですから、二人も居ればかなり融通して貰えると思います」
「なるほど。では首都に行ったとして、どんな処遇になるんでしょう?」
「詳しいことまでは分かりませんが、そう悪いことにはならないと思いますよ? 高位の魔法使いがこの国に長期滞在するなんてことは珍しいので、実験的な事をさせられるかもしれませんが」
「じ、実験的……」
「あ、いえ、精々学院の教員程度だと思います。もし変なことをして体に何かあれば大変な事ですからね」
「なるほど……」

 聞く分にはそう悪くないように香籐は思えた。他の三人も嫌そうな顔はしていない。

「なんで高位の魔法使いがこの国には居ないんですか?」

 井上が無邪気に尋ねる。

「そうですねぇ…… 本当の所は本人しか分からないのですが、高位の魔法使いとなるためには中央に行かなければならない、という話は以前しましたよね?」

 井上が頷いたのを見て、アランは説明を続けた。

「勿論、中央に留学なんて生半可な才能じゃ許されないことですしそれに弛まぬ努力も必要だ、と言われています。でも全くこの国からそんな人が出ない、って訳ではないんです。実際に例年、中央の学院は定員一杯だって聞きますしね。
 このリゲチャ王国でも二三年に一人ぐらいの割合で留学する人も出ます。けれども結局、彼らは帰ってこないんですよ。大体が本人の希望で、です」

 それでも時たま帰ってくる人もいますがね。まぁ、我が国には前例はありません、と残念そうにアランは言った。
 ジッと会話に耳を傾けていた海江田がアランに尋ねる。

「大体の事情は把握しました。ここから首都までは大体どれくらいの距離なんですか?」
「えーと。馬車は知っていますよね?」
「ええ、もちろん」
「はは、そうですか、それは良かった。大体馬車で二日程です」
「ずいぶん近いですね」

 予想していた距離よりは大分少なかったようで海江田は驚いた顔をした。
 急いでの時間ですけどね、とアランはいい加減眠そうに瞼を擦りながら補足する。

「すみません、こんなに遅くまで事情を聞いてもらって……」

 申し訳なさそうに恐縮する久保田に、アランはそんなことは無いとブンブン音を鳴らしながら首を振って否定する。

「そんなことは無いですよ! あなた方との取引は長期的に見れば、我が国に利益になるお話ですし」

 そう言いきった後、何かを言いかけたアランは考え直したのか、口を無理やりに閉じた。ややあってまた口を開けようとするも、一拍、止まってまた考え込む素振りを見せる。香籐には彼が何かを話そうか迷っている風に見えた。
 何度も逡巡し、やっとのことでアランは口火を切った。

「……最初は魔法使いが出てくる、と聞いて大分怖かったんですよ」
「と、いうと?」
「ええ。魔法使いっていうのは……、そのぉ……ずいぶん上から目線の方が多いので……」
「ははん、さてはビビって対応してたけど、こいつら魔法の存在すら知らないようだぞ、と?」
「……はい、その通りです」

 顔を赤くして縮こまるアランのその様を、久保田は面白そうに見ていた。

「なるほど、だから魔法が使えると知って、また態度を変えたんですね?」
「……はい」
「そんなにかしこまらないでくださいよ。さっきも言いましたがこうして周りの話を聞けたのも、食糧の話も、感謝こそすれ恨むなんてこと出来ません」

 香籐は心の底から久保田の意見に同調する。この世界で初めて出会った住人が彼の様な人間であったことは、感謝してもしきれないとまで思っていた。 
 彼らの感謝の言葉を嬉しそうに聞いていたアランであるが、聞き終わるとパンと手を叩いて場をまとめる。

「さあ! こんな遅くまで皆さんお疲れでしょう。急ぐにしろ食糧を積み込むのも日が昇ってからでないと出来ません。今日はすっかり休んでください」
『ありがとうございます』

 その後、寝室に案内された香籐はそのままベットに倒れ込んだ。その弾力、肌触りともに現代日本のに比べようもなく劣ってはいたが、疲労困憊の香籐は数秒と待たずして意識を落としたのだった。











 翌日、夜明けとともに起こされた香籐はまだベットに齧りついていたかったのだが、無理やりにでも海江田らに引っ張られ昨日と同じ小屋へと向かった。
 朝靄がかかったその集落は幻想的な光景、と言えなくもなかった。遠くから聞こえてくる鳩の鳴き声が妙に耳につく。四人と案内役の兵士は寝起き特有の気だるげな雰囲気のまま、昨日の小屋へと入っていった。

「おはようございます」

 小屋の奥に入ると、もうすでにアランが席についていた。それを見て香籐の頭が一気に覚醒する。

『おはようございます』
「昨日はよく眠れましたか?」
「ええ……まあ」

 香籐が他の三人を見渡すと、それぞれが同意の意を示すかのように頷く。
 
「昨日は疲れ切っていましたから……」
「はは、そうですか」
「はい。……それで今日は?」
「後もう少しで食糧の荷積めが終わるので、それまでに誰が首都に行くか決めてもらえればよろしいかと思いまして」
「ああ、なるほど」

 四人はお互い顔を見合した。昨日の晩は色々な事があり過ぎてそんな事まで考える余裕が無かったのだ。皆の後悔している顔を見るに、昨日の内に決めておけばよかったと他の三人も思っているようであった。
 四人の様子を見ていたアランは、申し訳なさそうな顔をして口を開く。

「あと……出来れば首都に行く方に井上さんが入っていると、こちらとしては助かります」
「お、俺!?」

 井上が驚いき、若干裏返った声を上げる。

「はい。他の皆様も高位の魔法使いには違いないのですが《隕石落とし》の魔法を確かに使えると分かっているのは、井上さんだけですので」

 井上はなんとも微妙な顔をしていた。その顔を見るに本当に行くのが嫌という訳ではなさそうだ。
 首都に行くのは正直、誰でもいいと思っていた香籐はその流れに乗って、自分もと立候補し他の二人もそれにしぶしぶ同意したのだった。どうも他の二人もどちらでもいいように考えていたのであろうが、この流れが気に入らなかったのだろう。
 こうして首都へ向かう井上・香籐。当面の食糧を持ちかえる海江田・久保田の二つのグループに別れることになった。

「アランさんはどちらについて行かれるんですか? それともここに留まるとか?」
 
 後は食糧が積み込めれるのを待つだけとなった海江田がアランに尋ねる。

「今回の件を報告しなければならないので……香籐さんらと一緒に首都まで戻ります」
「なるほど。という事は食糧を積んだ車には、兵士の何人かをつけてもらえるってことでいいんでしょうか?」
「ああ、そのことについてですが……」

 失敗したという顔でアランは質問に答える。

「私たちは魔女の森の内部に入れないんですよ。どうも結界が張ってあるらしいのですが……」
「結界!? いえ、結界はどうでもいいんですが、そうなると俺達二人で運ぶなんて到底出来ませんよ!」

 海江田が焦った顔で叫んだ。もう結界なんてファンタジーな用語にいちいちツッコミを入れるような男はここに居ない。その反応を予期していたらしく、ふふんと得意げになってアランは昨日と同じくあの魔法書を取りだした。

「大丈夫です。そのための魔法ですよ。ほら、ここを見てください」
「《軽量化》……?」
「はい。これさえ使えば、いくら重い重量の物でもそれこそ人差し指一つでどこまでも運べるようになります!」
「は、はぁ」

 胡散臭げな表情の海江田に、大丈夫ですよと安心させるようにアランは声をかけた。そのやり取りを見ていた久保田が質問を重ねる。


「その魔法書は結構貴重な物だったりするのですか?」
「いや、そう言う訳ではありません。そうですね……本、自体が高価なものではあるんですが、この本が特別高いという訳でもありませんね。もし呪文が分かったとしても使えない魔法がほとんどですから」
「すみません、その本を少し貸していただけますか?」
「ええ、いいですけど」

 おもむろに久保田はノートとボールペンを取りだし、中の呪文を効果とともに書き写していった。それを見ていた他の三人も、なるほどと同様に書き写していく。その様子をアランはショックを受けた様子で穴が開きそうなほどジッと見ていたのだった。

「す、凄い……それはマジックアイテムですか? ……こんなの見たこと無い」
「ま、まあそんなもんです」

 久保田は説明するのも面倒くさいのか誤魔化すように笑う。
 伊達に現役大学生をやっていない四人は文字数の少ないこともあってか、ものの数分で全ての情報を書きだした。











 朝靄もようやく見えてきた太陽にかき消され、朝特有のあの肌がひんやりするような寒さを和らいできた。門の前には馬車らしきものにたくさん積まれた食糧と、そのそばに佇む二人の男。そしてそれを見送るようにアランと香籐、井上が立っていた。そしてその五人の周りを好奇心むき出しの様子で兵士たちが囲む。

「えーと、アクオリュイエ!」

 さっき取ったメモを見ながら、呪文を唱えた海江田の右手は食糧の方に向けられていた。というのも、後でアランに聞いた話だとその魔法の作用する場所というのはその人が意識している場所、という随分あやふやな場所に限定されるらしいのだ。
 それを鑑みると、昨日の井上の《隕石落とし》の危険性に思わず身震いする香籐であった。

『おお!』

 どよめきが起きる。
 食糧の塊をじっくり観察してみると、それはホバークラフトのように地面から数センチ、という所まで浮上していた。恐る恐る久保田がその荷物を押すと、するりと氷上をすべるように荷物は動いていった。安心の笑みをこぼす二人。

「じゃ行ってくる」
「おお! 学長らによろしくなー!」
「了解。お前らも早く食糧を送れせろよな! ピストン輸送してもギリギリなんだから!」
「分かってる!」


 巨大な塊を軽く押しながら、歩いて行くという奇妙な二人が見えなくなるまで香籐は手を振っていた。






<作者メモ>
 感想がありがてぇです、ほんと。グダグダな感じですがよろしくお願いします。
 三人称単視点、多視点は調べました、感想、ありがとうございます。なるほどー、理解できたのかしらん。この作品は単視点で色々な組織のそれぞれの主人公の視点にする、って感じで進めていこうと思います。二つの主人公がかち合う時は、多視点にしたいとおもいますが。筆者は主人公を、他の主人公の観点で見るっていうのが大好きです。









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