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[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 15:47
最初に見たのはガラス越しに見える良く分からない機械が沢山敷き詰められ弱々しい光に照らされた部屋。

最初に聞いたのは『白き少女』を包む水の揺れる音。

呼吸をすれば自分の口から酸素が吐き出されコポコポという音と共に上の方へと浮かんでは消えていく…。

ゆらり、ゆらり、入れ物に満ちた水が彼女を揺らす…。

(…此処は何処?)

知らない場所だ。いや、そもそも自分が誰なのか。どうしてこのような場所に居るのか。何故存在しているのかすら彼女には分かっていなかった。

彼女はキョロキョロと辺りを見回し、ぺたぺたと自分を閉じ込めているガラスの壁を触れては不思議そうに白い髪を揺らし首を傾げる。

(わからない)

何度考えても、何度辺りを見回しても自分の置かれている状況に彼女は理解出来ないで居た。しかしそれは当然な事なのだろう。彼女にとって自分が何者なのかと言う記憶など最初から存在しないのだから…。

(…こわい)

心細い。寂しい。それが彼女にとって最初の感情だった。目覚めた場所が誰も居ない部屋で、しかも狭いポッドに閉じ込められればそう感じるのは当たり前なのかもしれない。閉じ込められた少女はガラスを叩き外に呼び掛けるもポッドの防音は完璧に機能しており少女の声は外には届く事は無かった…。







あれからどれ程の時が経過したのだろう。陽の光どころか常時薄暗いこの部屋には時間と言う概念から隔離されているのではと錯覚までしてしまう程だ。しかし幾ら時間が分からないと言っても延々と声を出し続けていれば当然体力も消費する。幼い少女となればなおさらだ。先程まではガラスを叩き大きな声で助けを呼んでいたその姿も今では疲れ果て膝を抱え込み眠たそうにうとうととした表情で液体の中を漂っている。このまま疲れて寝てしまうのだろうか。そう思われたその時だ。

「これが例の欠陥品かね?」

閉ざされた部屋の入口が開かれ、その入口から漏れた光が彼女を照らしたのは…。

開かれた扉からはぞろぞろと見知らぬ大人達が入ってきた少女が入っているポッドを囲んで行く。何人かは部屋に置いてある機械を操作していたが少女にはそれが何なのか子の大人達が誰なのかは分からない。

「はい。髪の色素もそうですが、肉体の強度も他の実験体と比べて大きく劣っています。とても計画に使えるとは…」

(…誰?)

部屋に入ってきた大人達はきっと科学者か何かなのだろう皆、白衣を身に纏っていた。そして白衣達はこの部屋にいきなり現れてはポッドを見上げて口々に「欠陥」だの「劣っている」だのと目の前に居る少女を馬鹿にするような言葉を吐き、汚らしい物を見る様な目で彼女を睨む。しかしそんな視線を向けられている当の本人は唯不思議そうに此方を見上げて来る人物達を眺めていた。その姿はまるで水族館でべったり水槽にへばりついて水の中を泳ぐ子供の様だったが、立場はまるで逆でそれに眺めて居る物も大勢の大人。余り見て心が和む光景では無い。寧ろ一般人から見れば不快極まりない物だろう。

「オリジナルや他のクローン達の髪の色は黒だと言うのに白とは…」

「何処かで問題が生じて…」

「髪だけでは無い。肉体の方もだ。これでは強化工程に耐えられん。これは明らかに失敗作だ」

(よく聞こえないや…)

額をガラスにくっつけて耳を凝らすも彼等の声は少女には届かない。

(…なに話してるんだろ?)

そんな彼女を他所に、少女の目の前で何やら討論を始める科学者らしき者達。科学者らしき者達の表情はどれも優れずに居た。その表情から察して彼女の存在は余りにも予定外の事であり大きな支障だったのだろう。これだけの設備だ相当の金額が動いているに違いない。

「では、この欠陥品は廃棄しますか?」

「馬鹿を言うな!これ一体作るのにどれだけの費用を使ったと思っている!?」

「しかしこれのパラメーターでは先程も申しましたように今後の計画に耐えられるか…」

「…刷り込みは出来ているのだろう?」

この中で一番立場が上の人物だろうか。今まで黙って少女を見上げていた男が初めて口を開き低い声を鳴らして隣に控えていた男に問う。

「はい。他のクローン同様。戦闘知識他、規定の教育課程の刷り込みは完了しています」

男はそうかと頷くと暫し考える仕草を取りもう一度少女を見上げ呟く。

「…ISのデータ取りに使う。少しでも元を取れ」

「しかし所長。これは他の実験体とは違い何時壊れても可笑しくない状態で「誰か手の空いている者にこれの傍に常に待機させ監視させろ」は、はぁ…」

「我々にはもう後が無い。失敗は許されんのだ。良いな?」

「は、はい!」

次は無いそう言い聞かせる様な冷たい目で睨まれ、男の部下と思われる男性はその眼に怯え、声を震わせながらも返事をする。男はその返事を聞くと同時に白衣を翻し入口の方へと戻っていきその場に居た全員が彼の後に続いてぞろぞろと部屋を出て行く。

(待って!いかないで!)

部屋を去っていく彼らを見て少女はまた一人ぼっちになってしまうと慌ててガラスを叩くが誰一人振り向きはせず、無情にも扉は閉まり再び薄暗い部屋で唯一人になってしまった…。

(此処から…出して…)

そう願う少女の声はポッドの中で虚しく響くだけだった…。








―――Side とある女性研究員




「は?私がですか」

突然の上司の辞令に私はコーヒーを飲む作業を止め間抜けな声を溢し私の肩に手を置いている上司を見上げる。どうでも良いが作業中に突然背後から肩を叩くのはやめていただけないだろうか。「明日から来なくて良いよ」とか「今までお疲れ様」とか言われそうで心臓に悪い。

「ああ、例の…3510号の監視員をやってくれとの上からの命令だ」

3510号…ああ、欠陥品っていうあの…。

その噂は下っ端である私にも届いていた。何でも一体だけでも一生遊んで暮せるほどの大金はたいて作った実験体の一体がまるで役に立たない程の欠陥品だったという話だ。髪の色素は抜け落ち真っ白。肌の方も白く、筋力の方も他の実験体と比べ全て劣っていると言う事らしい。他の実験体は全て強化工程に入っていると言うのにその欠陥品だけは今だ調整の段階も終了していないと聞いている。廃棄はされるだろうって皆も私も思っていたのだが…。

まさか私がその欠陥品の監視員を任されるとはなぁ。拒否権…無いんだろうなぁ…。

嫌な仕事を押しつけられた物だと思う。何が悲しくてそんな嫌な役を好き好んで任せられなければならないのだ。断れるのなら断りたいが勿論そんな事許されないのだろう。

「監視なんて必要なんですか?他の実験体は一纏めにしているそうじゃないですか」

「肉体が不安定でな。何時停止するか分からん」

うは、ホント嫌な仕事を押しつけられたわ…。

つまり24時間監視しろとの事だ。平社員は辛い物である。

「早急に頼むとの事でな。今日から監視に入ってくれ」

「き、今日からですか!?」

「うむ。調整も済んでいないからな。寿命が短い分、上の連中も少しでも多くのデータを取るためには時間が惜しいのだろうさ」

「はぁ…」

「まぁ、そう落ち込むな。一ヶ月かそこらで解放されるさ。そう長くは持たんよアレは」

「…」

幾らクローンで欠陥が生じているとしても実験体は生きている。それをどうとも思わない此処の連中は歪んでいるのだと私は思う。自分もその連中の一部なのだが…。

はぁ、慣れるってのも嫌な物ね…。

そう自分に嫌気が指しながらも椅子から立ち背筋を伸ばし与えられた事例を復唱する。

「…分かりました。現時刻から欠陥品の監視任務に入ります」

「うむ。愛玩動物を眺める気楽な仕事だと割り切って頑張りたまえ」

他人事のように…。

目の前で笑うおやじに苛立ちを覚えながらも上司から監視対象が待つ部屋のカードキーを受取り自分の職場を後にした。この職場とも一ヶ月ほどお別れとなるとどうも複雑な気分である。別に誇れる仕事でも無いし唯自分の才能を活かせると言うだけの場所。正直この場から離れられると聞いた時は少しだけほっとした気持ちが無いと言えば嘘になる。まぁ、あの上司の言う通り息抜きを与えられたと言う事で素直に喜んでおこう。息抜きの内容は人として最低の物だが…。

廊下を抜けエレベーターに乗り込むと目指す階のボタンを押す。目的の階はクローン培養区域の最深部だ。

あそこ薄暗くて気味が悪いのよねぇ…。

エレベーターに揺られながら私は心底嫌そうにうげぇ~と声を漏らす。

『最強のIS操者』のクローンを培養し優秀なIS操者を量産するこの計画も既に中盤にまで進んだ今ではクローン達の強化工程に入りクローンの培養は既に停止され殆どの者が培養区域には出入りする事は無くなった。その為か電力削減の一環で普段は必要最低限の明かりしかあそこは点けられていないのだ。量産段階に入るまでかなりの『人間の様な物』が廃棄されたからか研究員の間では出るって噂があるくらいだと言うのに…。自ら進んで出入りするのは相当のマッドサイエンティストだろう。

「あ…着いたってうわぁ…」

ドアが開いた瞬間私は早くも引き戻したくなった。視界に映るのは廊下の奥が見えない薄暗い空間。天井のライトは点いておらず足元のランプだけが辺りを弱々しく照らしていた…。

「あ~やだやだ。帰りたい…」

弱音を吐きながらも床の明かりを頼りに目的地へ進んで行く。計画開始当初はこのエリアも多くの研究員が往ったり来たりしていたと言うのに今は本当に寂しくなった物だ。

「『クローン培養区画』…『クローン計画』最重要エリアとも呼べる場所…か」

『クローン計画』とは我が国が立ち上げたIS開発プロジェクトの一つである。他国の国々が最新鋭のISを開発する中、我が国はISの乗り手に注目し、もっとも優れたIS操者の遺伝子を使ってクローンを培養。優秀なIS操者を量産しようと言うのがこの計画の最終目的だ。勿論、人としてではなく兵器として…。しかし、問題点が多くあり今だ成功に至ってはいない…。

そもそもクローン技術がまだ完成されていない技術なのだ。そんな状態でどうして優秀な操者を量産できると言うのだろう。それが理由で国もこの計画を切り捨てようと言う声が上がっており上の連中も最近焦り出している様だ。まぁ、下っ端の私にはあまり関係の無い話なのだが…。

しかも聞いた話ではドイツでも似たような研究が行われ結果を残しているらしいと言うのに、我が国ではこの有様だ。本当に駄目駄目な国である。

まぁ、あくまで噂話だけど…。

そんな非人道的な実験が口外されるとは思えない。この国だってこの計画は機密中の機密なのだから。それに、ドイツは第3世代の開発も形が纏まりつつあると言う。別に操者にこだわる必要も…と、どうやら着いたらしい。

「この部屋ね…」

歩く足を止め目的の部屋の前で立ち止まる。この部屋が例の欠陥品とやらが保管されている場所だ。何だかんだ言って莫大な金額が掛かっている所為かセキュリティーは完璧で分厚く頑丈な扉で閉ざされており爆弾でも持ってこない限りこじ開ける事は無理だろう。

私はポケットからカードキーを取り出すとカードリーダーに通しロックを解除する。

「これ、が…」

ロックが解除され開かれた扉を潜ると、私は思わず嘆声をもらし暗闇の部屋でおぼろげな光に照らされて生体ポッドの中で膝を抱えて眠っている白き少女を見上げた…。

私もオリジナルの写真をテレビや資料で見た事はあったが…。

「白い…髪…」

白だった。何もかもが。髪も肌も。オリジナルとは全て異なる色だった。それに、腕や足も簡単に折れてしまいそうな程細い。肉体の成長に必要な栄養素は常に生体ポットに満たされている培養液から送られていると言うのに、だ。

成程、確かにこれは欠陥品だ。

調整が済んでいないとは言えこれでは計画に使える見込みは0に近いだろう。それでも廃棄しないのはそれだけウチもヤバい状況にまで追い詰められていると言う証拠だ。

『パチクリ』

「…あら?」

考えに耽っているといつの間にか少女は眠りから覚ましポッドに張り付き此方を不思議そうに眺めていた。その姿を見て可愛いと感じたこの気持ちは何処かに捨ててしまおう。先の長く無い道具に感情移入などしてしまえば後が辛くなる。

…それにしても本当に似ていないわね。姿形は幼いとは言えオリジナルその物なのに雰囲気がまるで違う。髪の色で印象が変わったからかしら?

なんとなく手をポッドに触れてみる、すると彼女も私の手に重ねる様にしてポッド越しに手を合わせて来た。

好奇心旺盛な子供そのものね。他のクローン達も最初はこうだったのかしら?

私は下っ端だからクローンの開発まで深く関わってはいないが訓練中のクローンを何度か見た事はある。皆人形の様に表情が無く、唯命令を聞くだけの存在の様に見えた。一体何をすればこれからあの様な姿に変わり果てるのか…。

詳細は知りたくない。
きっとロクな内容ではないだろう。

「っと…眠り姫は我慢の限界みたいね」

気付けばポッドの中の少女はまるで催促するようにぺしぺしと割れる筈も無い防弾ガラスを叩いていた。どうやら出して欲しいらしい。そんな少女に私は苦笑するとポッドの足元にある端末を操作する。するとポッドの中の培養液が少しずつ抜け始めた。少女は突然の事に目を丸くして驚いたがその表情はだんだんと驚きから興味へと変わっていく。

…本当に子供なのね。

培養液の排水口をじっと興味津々に見つめている少女の姿に私はそう思わずにはいられなかった。これが自分達の目標としている兵器になり得ると言うのだろうか?とても信じ難い。実際計画の内容を聞いた時でさえ眉唾物だったと言うのに更にこんな物を見てしまえばこの計画が成功するのか当事者である筈の私自身でさえ疑いたくなると言う物だ。

『ポッドを開放します』

「…」

培養液が排出されると同時にシステムアナウンスが発する機械音と共に少女を閉じ込めていた防弾ガラスがゆっくりと昇っていく…。

『pi―…ポッドの開放を完了しました』

ポッドの開放が完了した事を知らせるアナウンスを聞き流しながら私はぺたりと隔てる物が無くなったポッドの底にぺたりと座りこんでいる少女に歩み寄る。

「調子はどう?3510号」

身体の状態については既に知らされてはいるが一応本人に確認した方が良いだろうと思い私は3510号に訊ねる。しかし返ってきたのは…。

「…?」

不思議そうに此方を見上げ首を傾けるという可愛いらしい少女の姿だった…。

言葉が通じない?報告によれば刷り込み作業は済んでるって話だけど…?

「あの…私の言ってる言葉が分かる?」

「こくり」

少女は黙って頷くと私はほっと胸を撫で下ろす。

良かった言葉が通じた。刷り込みまで失敗してたらどうしようかと思ったわ…。

「本日より貴女の監視員になったクリス・オリヴィアよ」

素っ気無く挨拶だけ済ますと、私は彼女に背を向けて入口へと向かう。しかし背後からは一向について来る気配が無い。私は面倒だと深く溜息を吐き立ち止まり振り返る。

「何をしているの?ついて来なさい」

「!」

私の言葉に反応してか3510号はポットから這い出ると…

コテッ

…こけた。

「…」

妙な静寂が部屋を支配する。

「!」

ガバッと起き上がる3510号。しかし起き上がった途端また…

コテッ

…こけた。

ちょっと…まさか…。

「~~~っ!」

何度も何度も3510号は起き上がろうとするもその度に転んでいく。そんな虚しく奮闘する3510号を見て私は嫌な可能性が頭を過ぎる…。

「歩く所から始めろっての…?」

最悪のスタート。どうやら私は本当に面倒な仕事を押しつけられてしまった様だ…。














あとがき

お久しぶりです。その所為で内容が薄いです。短いです。

原作開始までまだまだ掛かり話の内容がまだ把握し辛いでしょうがもうしばらくお付き合いください。今作の流れは

プロローグ(現在ココ)→観察日誌編(日記風で1~5話くらい使う予定)→原作スタートてな感じです。

今回は完結目指したいですね。学園黙示録は原作の方が完結するか分からないので…(--;



[26146] 3510号観察日誌1
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/21 14:36


―――3510号観察日誌



9月4日(晴れ)



今日から3510号の監視が始まった。これからずっと同じ部屋で一緒に生活しずっとアレにくっ付いて居なければならない。気が重い…。

上司から受取った辞令書を見てみるとISのデータ取りのために3510号を使うつもりらしい。確かにISなら適性が高ければ身体能力はさして問題は無いだろうが、それでも最低限の筋力をつけなければならないだろう。とりあえず最初は歩行練習からだ。


…その前に服を要請しておこう。何時までも裸と言うのはこちらも目のやり場に困る。




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9月5日(晴れ)



監視を開始してから二日目。マンツーマンで歩行練習に取り組んではいるがやはり一日で歩行が出来る筈が無い。このままではあっという間に彼女の肉体に限界が来てしまうだろう。上は別に3510号の観察記録を求めてはいないのだ。他の方法を考える必要があるのかもしれない。最低の場合、調整をしてもらい3510号の寿命を伸ばすことを申請するのも考えなければならない。余りにも時間が足りない。


計画とは関係無いが、前日記した様に3510号とは寝食を共にしている。食事も何でも興味深そうに食べるし、目に映る物全てに興味を示していた。まるでその姿は子供その物だ。非常に無口で何もしゃべらないが…。




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9月6日(晴れ)



調整の要請の返答はコンマ単位で直ぐに来た。返事は「NO」調整にどれだけの費用が掛かると思っていると長々と小言までおまけについて来た。人の苦労も知らないで…。

調整の申請を通すにはそれなりの結果を見せる必要があるだろう。なら、本来の目的であるISのデータだが…それも問題がある。ISの操縦に最も必要なのはイメージ。歩けない3510号にどうやってISを操作しろと言うのだ。


そう言えば歩行訓練のついでに地上にあるIS専用の訓練場まで連れて行ってみたのだが、3510号は珍しく目に映る物全てに興味を示していたと言うのにISには全く興味を示さずずっと空を眺めていた。何を見ていたのだろう?…空?





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9月11日(曇り)



ずっと地下生活だと時間の感覚が掴めなくなる物だ。監視の辞令を受けて一週間が経過した。歩行訓練の成果は好ましく無い…。

今度もう一度調整の申請を出す事にする。返答は変わらないだろうが…。


歩行訓練以外での3510号の生活だがこの一週間で私に懐いたのだろうか?ずっと私の後ろについて来ている。私がソファーに座っている時は私の足元でちょこんと座り。自室に備え付けられているキッチンで料理をしている時はずっと私の後ろでエプロンを握っていた。…正直落ち着かない。



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9月16日(雨)



最悪の事態だ。3510号が倒れた。どうやら身体の限界が近づいているらしい。これは一か八か賭けてみるしかないだろう。3510号の体調が回復次第ISに搭乗させる事を決意する。


今日は一日中彼女の看病をしていた。ベッドに苦しそうにして眠る彼女はずっと私の手を握り離そうとしなかった。不安なのだろうか?何故か私が子供の頃に風邪を引いて看病してくれた母の事を思い出してしまった。情が移ってしまったと言うのだろうか?有り得ない。




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9月17日(雨)



体調は一向に良くならない。まさかこのまま…地上では雨が続いているらしい。


彼女は熱にうなされてか何やらうわ言を呟いており、私は気になって口元に耳を寄せてみると微かにだが「閉じ込めないで」と聞き取れた。どうやらポッドの中がトラウマになっているのかもしれない。




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9月18日(雨)



体調は回復はしていないが熱はだんだん引いて来た。どうやらまだ大丈夫な様だ。明後日には健康な状態に戻っているだろう。体調が回復次第ISの訓練に入る。上にISの使用要請を出しておこう。


熱が引き余裕が出て来たのか珍しく「プリン食べたい」と喋った。まさか一番長い台詞がプリン食べたいとは…思わず笑ってしまった。




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9月19日(晴れ)



体調の方は問題無い様だ。ISの使用許可も通っている明日には万全の状態で望める事だろう。明日結果が出せなければそれで最後だ。せめて成功する事を願おう…。


何故か知らないが3510号が以前にも増して更に懐いている様な気がする。朝起きた時私のベッドの中に潜り込んでいた時はかなり驚いた。




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9月20日(晴れ)



今日が運命の日。今日結果が出せなければ恐らくこの子は…。今日の事が気になって昨日は眠れなかった。今現在も私を悩ませているアレは私のベッドで気持ち良さそうに寝ていると言うのに…呑気な物だ。さぁ、もう直ぐ時間だ。あの子を起こして訓練場に向かうとしよう。願わくば、この日誌に良き結果が記される事を祈って…。











パタン…

私は日誌を閉じデスクの引き出しにそれを仕舞い、座っている椅子にもたれ掛り大きく背伸びをする。結局眠れず仕舞いだった。何だかんだ言って私も3510号の今後が気になって仕方が無いのかもしれない。

「スゥ…スゥ…」

ふふ、呑気に寝ちゃって。

ベッドを覗いてみるとそこには今日が自分の運命を決める日だと言う事も知らずに安らかに寝る3510号の姿があった。

今日結果を出せなければ処分されちゃうって言うのに、本当にこの子は…。

「…3510号。起きなさい」

「…ぁぅ?」

優しく肩を揺らすと3510号はゆっくりと身体を起こし眠たそうに目を擦りこちらを見上げてまだ眠たいを視線で訴えて来る。その仕草はとても可愛らしい物だったが時間は限られている。私は心を鬼にして彼女を抱きかかえた。

「ぅ?」

「さぁ、行きましょう。貴女の運命を決めにね」

「?」

私はそう彼女に話しかけるが彼女はその言葉の意味を理解出来ずにまたいつもの様に首を傾げるだけだった。











あとがき


原作まで殆ど日記風にします。重要なイベントはちゃんと書きますがそれ以外も書くと原作までに10話まで使いそうなので;






[26146] 3510号観察日誌2
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/22 23:28

暗いのは嫌い。とてもこわいから。



一人は嫌いとても寂しくて寒いから…。



クリスが好き。優しくてずっと私の傍に居てくれるから。一人ぼっちにしないから。



お日様が好き。私を照らして優しく温めてくれるから。



風が好き。風が運ぶ色んな香りと私の髪を揺らし肌を撫でる感触がとても心地良いから。



空が好き。綺麗でとても広くて此処とは違って何処までも何処までも広くて私を閉じ込めないから。自由だから。



私も行ってみたい。あの空に…。



あの鳥の様に自由に何処までも飛んでいきたい…。



私は、空を飛べる事が出来るのだろうか?あの鳥の様に…。











――――Side クリス・オリヴィア





「3510号を連れて来ました」

3510号を抱きかかえ、私はISが収納されているハンガーへとやってくると、今日、訓練に使用するために上から借り受けたISの整備をしているメカニックに話し掛ける。

「ん?…あぁ、『欠陥品』か」

声を掛けられたメカニックは振り返ると私の腕の中で気持ち良さそうに抱えられている3510号を見て嫌な顔を隠そうともせずにこの子の目の前で「欠陥品」と吐き捨てる。この子を見て第一声がそれか…と、私は不快に思いながらも表情に出す事無く頭を下げた。私も人の事は言えないのだから。結局は私もこの男と同類なのだ。彼の態度に対して憤る資格など私には無い。

「…はい。今日はよろしくお願いします」

「時間の無駄だと思うがね。乗りこなすなんて出来やしないさ」

頭を下げる私に短く舌打ちをする男。どうやら余り3510号を快く思ってはいないらしい。しかもまだ試していないと言うのに結果まで決め付けてくると来た。

やってみないと分からないでしょう?

「これは上の決定でもあります」

彼の態度に苛立ちを隠しながら私は感情を見せない平坦な声でそう告げる。「上の決定に文句があるのか?研究員でも無くたかが整備員であるお前が?」と若干脅しながら。するとそれを聞いた男は表情に怯えを色を見せ咳払いをして逃げる様に視線をISに向けるのだった。

「…分かってるよ。そう凄みなさんな」

「…」

男はISに整備を再開すると、私もそれ以上何も言わないでいた。どうやら整備にはまだ時間が掛かる様だしもうしばらく此処で待っていようと考えていると、ふと私の腕の中でじっとしている3510号に視線が止まる。

「じぃ~~~…」

…また空を見てる。

以前もそうだ。この子は何も無い空を唯じっと眺めていた。歩行訓練もほっぽり出して何もする事無く唯空を眺めていた。私も彼女の視線を追って空を眺めるがやはり何も無い。あるのはゆっくりと流れる雲だけだ。

…?

この子をそこまで気を惹かせる物があの空にあると言うのだろうか?目を凝らしてみるがやはりあるのは青空だけ特に変わった物は無い。だと言うのにこの子は真剣にまるで憧れる様にじっと空を眺めていた…。

「…」

「じぃ~~…」

何もする事が無いので私もこの子と一緒に雲が流れて行くのを眺めている事にした。良い天気だ。今日は気持ち良い天気になる事だろう。出来る事なら今日はずっと外に居たいものだ。ずっと地下に居るとかびてしまいそうになってしまう。だがそれは許されないだろう。何処に目があるか分からない余りこの子を外に出すのは良く無いだろう。此処は本土から離れた無人島に建設された施設だが衛星で監視されている可能性だってある。訓練が無い時はクローン達は施設にしまっておく。それがウチの方針だ。

「…」

分かってる。この施設が行っている研究が公にされでもしたら自分も唯では済まないと言う事くらい。でも…。

未だ空を眺めている彼女を見て私は思う。未来の無いこの子には少し位自由を与えては良いのではないのかと…。

…いけない。情に流されるのは私の悪い癖ね。だから何時まで経っても万年平社員なんだわ。

どう足掻いた所で、どんなに科学が発展した所で、この子は…いや、この子達は長くは生きられない身体。死ねば誰も悲しまず世間に知られる事無く処分され、役立たずと判断されればまた処分される。道具同然の存在。そんな存在に情なんてあってはならない。仕事の邪魔になるだけだし辛くなるのは自分なのだ。

…でも、だからこそこの仕事になれない自分が居る。感情を捨てきれない自分が居る。

…駄目ね、私。

「おい。ISの準備は完了だ。何時でもいけるぞ」

「あっはい!……わぁ」

物思いに耽っていると男の整備が完了したと言う知らせに現実に引き戻され私は慌てて返事を返すと3510号を抱え直して整備されたISへと駈け寄ると思わず息を漏らしてしまった…。

黒に塗り染められた鋼鉄の巨兵。世界最強の兵器<インフィニット・ストラトス>。何時も遠目で眺めていたが間近で見るのは初めてで実際に見るとその迫力に圧されてしまう。

『打鉄』。オリジナルの故郷である日本の第2世代量産機。性能が安定しており扱い易いと評判で日本にあるIS学園以外でも多くの国々が訓練に使用している機体だ。この研究所でもこの打鉄で訓練が行われている。兵装がオリジナルのISと近いと言う理由が一番の理由なのだが…。

「おい何してんだ?早くそいつをコクピットに乗せろよ」

「あっ…すいません。ほら、じっとしてるのよ?

「…コクン」

男の急かす言葉に私は慌てて抱えている3510号を持ち上げコクピットに座らせた。既にインナー・スーツは部屋を出る前に着替えさせているので問題無い。しかしこうしてみると他のクローンは調整の際に肉体を強制的に成長させているため幼いにしても出る所は出ていると言うのにこの子は見た目9歳くらいで何て言うか残念である。何処がとかは言わないが。

「…?」

「な、何でも無いから。気にしないで」

じっと自分を見て来る私が気になったのか首を傾げる彼女に私は笑って誤魔化すと傍に居ると危険なのでISから離れる。

私が離れたるのと同時に、機体の至る所から空気が吐き出され開いていた装甲が3510号の身体に装着されていき彼女とISが『繋がった』。

起動は問題無いシステムも異常無し。コンソールに表示されているパラメーターも正常値だ。此処までは順調だろう。後は上の連中を納得させるだけの成果を出せれば…。

「まぁ、起動はな…」

っ!少し黙ってくれないかしら?

隣で見学している男を睨むと男は笑って口を閉ざす。私はそれに舌打ちしオペレー再開する。

「3510号。まずは歩いてみて。大丈夫、いつも通りにやれば出来るわ」

「コクリ」

私の指示に3510号は頷くとゆっくり、本当にゆっくりだが一歩また一歩と歩き出す。…しかし。

「っ!」

彼女は数歩目でバランスを崩し、大きな音を立てて盛大に転んでしまった…。

「っ!?何をしているの!?早く起き上がりなさいっ!ほら!歩いて!」

このままでは…このままでは3510号の廃棄が決定してしまう。ISもロクに操作出来ないと分かればあの子に価値なんて…。

「っ!…っ!?」

私の声に応える様に何度も何度も3510号は起き上がって歩こうとする。しかしその度に転倒してはハンガーを大きく揺らす。

「おいおいおい。勘弁してくれよ。誰が直すと思ってんだぁ?」

「黙って下さい!今は訓練中です!」

「…ちっ!すいませんねぇ」

派手に転倒している機体を見てそう文句をたれる男を声を荒げて鋭く睨み黙らせると、彼女の方へと視線を戻す。彼に当たった所で結果は変わらない。このままでは。このままでは…。

駄目…なの?

そもそも歩けない3510号にISの操縦なんて無理な話だったのだ。歩き方の分からないあの子にISを操縦させるなんて…。

「~~~~っ!」

もがく様に起き上がろうとする3510号の姿を見るのがとても辛く目を逸らす。いつもなら転んでは手を差し伸べてあげられると言うのに、今はそれが出来ない。例えそれが出来たとしてもそれは彼女を救う事にはならない。何も出来ない自分がただ無力で憎たらしかった…。

「~~っ!………」

「?」

「…お?諦めたか?」

ピタリと止む騒音。何かあぅたのだろうか?私は気になり逸らした視線を再び彼女へと戻す。するとそこには…。

「じぃ~…」

ハンガーを這い様に出たのだろう。ハンガーから出た所で覗かせた空を眺めている彼女の姿がそこにはあった…。

「じぃ~…」

眺めている。憧れる様に、羨む様に、愛おしむ様に。唯、空を眺めていた…。

また、何を見てるの…?

あの子の瞳には何が映っているの…?

何をそんなに、求めているの…?

わからない。わからない。わからない。わからない…。

「お~い。研究員さんよぉ。もう終わらせてくれねぇかぁ?午後には他のクローンの連中が使うんだからよぉ?」

バサッ

…え?

何かが、一瞬私から陽の光を遮った。私は自然と空を見上げると、光を遮った正体を見て目を見開く。

まさか…。

「じぃ~………んっ!」

あの子が眺めていたのは…。

「おい!」

見ていたのは…。

「おい!聞いてんの……んだぁああああああっ!?」

「きゃあっ!?」

衝撃が暴風が私達をハンガー全体を吹き抜ける。男は風に負け盛大に転び、私はコンソールに掴まりなんとか吹き飛ばされるのを間逃れる。一体何が起こったのだろう。私は辺りを見回すと風の正体を知り驚きを上回り、喜びで心が震えた。

「何だぁ?今のかぜ…は…」

違うこれは自然の風なんかじゃない。そんなんじゃない。これは、これは…。

そうこれは、小鳥が羽ばたいて生れた風だ…。

「んなぁああああああっ!?」

空を見て男は絶叫する中、私はその空を舞う小鳥を見て微笑んだ。そうか、彼女が見ていたのは空なんかじゃない。この檻の中で閉じ込められていた彼女が見ていたのは空を自由に飛ぶ鳥の姿だったのだ。自由を憧れて、自分もそうなりたいと願って…。

そっか。そうなのね…。

空を嬉しそうに自由に舞う彼女。その表情は今まで見た事が無い程幸せそうな物だった。あまり感情は表情に出さないあの子があんなにも幸せそうにしている。

…良かった、ね。

叶わぬ願いだ。私はそれを知っている。どんなに足掻こうとも、願おうとも彼女は使い捨てられる運命。でも、今の彼女を見て、短い時間だが共に過ごしてきて彼女を祝福せずにはいられなかった。

本当に、良かった…。

彼女はいつまでも空を舞い続けていた。今の気持ちを表すかの様に…。















「何?3510号の調整の申請?」

訓練の後、私は報告書をまとめて上司の許へとやって来ていた。再び3510号の調整を申請するために…。

「はい」

私は上司の言葉に頷く。

「馬鹿を言うな!調整にどれだけ金が掛かると思ってる!」

上司の返答は以前と同じ物だった。しかし、今度ばかりは引き下がる訳にはいかない。私は負けじと自分の意見を述べる。

「しかし、3510号のISの搭乗結果をご覧になった筈です。初搭乗でのあの飛行技術。他のクローン達でも不可能でした。時間を掛ければより有用なデータが得られると私は考えています」

「君の意見などどうでも良いんだよ!下っ端が口出しするなっ!」

「っ!」

机を殴る音にビクリと身体を震わす。

確かに彼の言う通りだ。下っ端の私が意見を述べるなどうぬ溺れにも程がある。下っ端は下っ端らしく言われた事だけをすれば良いのだ。だが、だとしてもだ…。

「他の実験体よりの良いデータ?結構じゃないか。予定通り死ぬまでISのデータを収集すればいい」

「しかし!」

「我々が目指しているのは最強の操者だ。ロクに歩けないISのデータ取りではない。そんな物に金を使う余裕なんて無い」

「ですが!3510号の寿命も長くはありません!ISのデータを収集するにも時間が無ければ!」

「なら眠らさず24時間ISに乗らせればいい」

何を馬鹿な事を!そんな事をすれば!

「それではあの子の体力がもちません!」

「構わんさ。所詮道具だ」

「っ!…しかし良きデータを得る為には万全な状況をっ!」

「何を騒いでいる」

私と上司の口論で騒がしかった室内がその低い声により一瞬にしてしんと静まり返った…。それに私の気のせいだろうか?その低い声が響いた瞬間、部屋の温度も急激に下がった様な錯覚まで感じてしまったのは…。

「っ!?」

「し、所長!?」

慌てて振り向いた先に居たのはゼル・グラン博士。この研究所の所長にしてクローン計画という非人道的な計画の発案者でもある人物…。

この研究所で最も恐ろしく狂った人間…。

クローン計画。この計画はISが世界に現れる以前から軍事運用出来ないか彼が発案していた。しかしクローン禁止国際条例。そしてその非道さにより今まで実行に移される事はなかった。だが、ISという兵器が現れ事態は急変した。各国とは比べ技術が劣る我が国はクローン計画に頼るしか方法は無くなったのだ。国の命運を握る彼は次第に力を蓄えていき、今では我が国でかなりの発言権を持つまでに到る。この国で彼に逆らう事は死を意味すると言っても過言ではないだろう。

まさか、こんな所に出て来るなんて…。

私の職場は地位が低い連中の集まりで上の連中が此処に足を運ぶなんて事はまず無い。だと言うのに何故この研究所のトップがこんな場所に…。

「…っ」

嫌な汗が私の背中を伝う。喉も乾いてカラカラだ。目の前の化け物に身体が怯えてガチガチ硬直している。上の命令に意見した私はこのまま殺されてしまうのではないだろうか?そういった恐怖に怯えて…。

「し、所長!?何故この様な所に!?」

「欠陥品の様子が気になってな。報告を聞きに来たのだが…何の騒ぎだ?」

「えっ!?いえっ…あの、これは…」

っ!?これはもしかしたらチャンスかもしれない!

聞けば廃棄される筈の3510号をISのデータ取りに使うと決めたのは所長らしい。ならもしかしたら3510号の調整も…。

「3510号の調整について話していたんです!」

「ちょっ!?君っ!?」

「…何?」

ピクリと所長の表情が動く。

「本日、始めて3510号をISに搭乗させたのですが、3510号の飛行操作には目を見張る物がありより良いデータを収拾するためには時間が必要と考え調整を申請した次第です」

そう報告すると、私は上司にデスクに並べてあった報告書を手に取ると所長に渡した。

「…ふむ」

所長は受取った報告書を目を通しあらかた報告書を読み終えると視線を此方に向けてくる。

「…ISは今日初めて乗せたと言ったな?随分遅い様だが?」

「は、はい。3510号は一人で歩行するのも困難なため、今までは歩行訓練に中心に行っていました」

「成程、確かに時間が足りんな…しかし何故もっと早く調整の申請を出さない?こんな事初日でも分かっていた事だろう?」

「あ、いえ…申請を求めたのですが…」

チラリと私は上司を見ると、上司は顔を真っ青にしてだらだらと汗を物凄い勢いで流し始めた…。

ちょ、独断だったのかよこのオヤジ…。

「聞いていないぞ。どう言う事だこれは」

「は、はい!結果を出せない欠陥品に予算を割けれないと思いまして!」

所長に睨まれ震えて応える上司だが、まったく答えになっていない。所長は何故報告しなかったのかと訊ねているのにどうして彼の意見なんて求めているだろう。

「現に結果を出している。私はそう言う事を聞いているんじゃない。何故報告しなかったんだと聞いているんだ」

「そ、それは…!」

「もういい。君は要らん」

「――――っ!?」

所長の言葉に絶句して既に顔を青を通り越して白に変えている元・上司。ご愁傷様ざまあみろである。

…あ、これ気を失ってるわね。

「君」

「あ、はい!?」

「調整の申請は承諾した。準備に時間が掛かるから明後日になるだろう。それと、今度からはそう言った話は私に直接通す様に」

「は、はい!ありがとうございます!」

要件を済ました所長はそれだけ言うとこの場から去っていき私は大きな声で返事をすると深々と頭を下げて所長を見送るのだった…。








「………まさかあの欠陥品がな。強化工程中の成果が出せていないクローンは廃棄するか」







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9月20日(晴れ)



勝った。あの子は賭けに勝ったのだ!これで調整が受けられる。あの子は僅かではあるが生き長らえる事が出来た。これで当面の心配は無くなった。所長とのコンタクトが取れるようになったのも大きい。これを利用しない手は無いだろう。


今日は御馳走にしよう。あの子にとって色々と記念すべき日だ。











「ふふ…」

「?」

私は向かいで不器用にフォークを使い服を汚しながら食事をしている3510号を頬杖を突いて微笑ましく見守る。彼女は不思議そうに首を傾げるが私は何でも無いから気にしないで食べなさいと食事を勧めた。

「…ねぇ」

「ぅ?」

「明日からも頑張ろう?」

「?…コクン」















あとがき


何気に日誌2回目にして重要イベント。原作までどれだけかかるんだろうね…。



[26146] 3510号観察日誌3
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/23 05:06
「は?成果が出せていないクローンを廃棄…ですか?」

「ああ」

「で、ですが。よろしいのですか?あの欠陥品すらも廃棄を惜しんでいたと言うのに肉体に問題の無い実験体を廃棄とは…」

調整を済ませ強化工程の段階に移っている実験体はあの少女と比べかなりの額が既に投資されている。それを廃棄するなど彼の部下である男には信じられない事だった。

「構わん。代わりのクローンはまだ数体ある。結果の出せない失敗作など邪魔なだけだ」

「は、はぁ…了解しました」

「…時間が無いのだ。私にはもう時間が…」

要件を済ませ去っていく途中、彼は誰も聞き取れないほど小さな声でそう呟いた。普段感情を感じさせないその口から焦りと言う感情を漏らして…。

…この日、数体のクローンが研究所から姿を消した。










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9月22日(晴れ)



先日、所長が言った通りに3510号の調整が行われた。3510号は最初は生体ポッドの中に入るのは嫌がっていたが私がずっと傍に居てあげるからと言ったら悩みはしたが素直にポッドの中に入ってくれた。暫くはこの暗い部屋の中で3510号と一緒に缶詰生活の様だ。世話の焼ける子供である。


しかし、こうやって生体ポッドの中で眠る彼女を見ていると最初に出会った時の事を思い出す。あれからまだ一ヶ月も経っていないと言うのに可笑しい物だ。私はそんな感傷浸る自分に苦笑すると、調整のため眠っている彼女をずっと見守っていた…。





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9月23日(曇り)



調整2日目。調整にはまだ暫く掛かるらしい。早くあの子をあそこから出してあげたいものだ。





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9月24日(雨)



…失敗した。まさかお手洗いに行っている間にあの子が目を覚ますなんて…。私がお手洗いから戻ってきたのを出迎えたのはポッドの中で泣きそうな(というか泣いていたが)な表情で頬を膨らませている3510号だった。私はポッドの中には声が届かないので手を合わせてごめんと謝るが彼女はそっぽを向いて機嫌を悪くしてしまった。これはご機嫌とるのに時間が掛かりそうだ…。





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9月25日(雨)



不快極まりない。今日の調整担当者が同期の友人だったのだが、その友人が3510号とじゃんけんで遊んでいた私にこんな忠告をしてきた。「可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?」と…。

…分かってる。そんな事は…。


その日の私はどうしても友人の言葉が頭から消えず気分が晴れる事はなかった…。


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9月26日(晴れ)



3510号の調整が完了した。これで、これでこの子はまだ生きられる。これで…。


ポッドから解放された途端。彼女は私に抱き着いて来た。心細かったのか、彼女は弱い握力で必死に私の服を掴み離れようとせず私はそんな彼女に苦笑すると濡れるのを構わず他の研究員の目を気にすることなく彼女を抱きしめた。




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9月28日(晴れ)



調整のおかげか3510号の歩行も物凄い速度で上達していっている。今ではもう私の補助無しでも一人で歩ける程だ。まだ歩ける距離は短いがこの調子ならそう遠くない内に一人で歩いて生活する事が出来るだろう。


歩けるようになった所為か3510号の好奇心が更に増した様な気がする。最近では私のする事成す事真似する様な仕草も見せている。子は親の背中を見て育つ、か。ふふふ。




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9月29日(晴れ)



今日は所長から直々に辞令が来た。内容は「ISを優先的に回してやる。結果を出せ」との事。どうやら3510号の報告書をちゃんと目を通してくれているらしい。期待されているのかそれとも他に何かあるのか。私にとって都合の良い事だが何か気に掛かった…。


先日記したように3510号の好奇心が増している。私が席を外した隙に私のPCを使ってネットサーフィンをしていた時は心臓が止まるかと思った。情報漏れなどしたらとんでも無い事になる。幸いそんな事は無かったが…。

私はきつく彼女を叱っておいたが、ネットで何か見たのだろうか?「…オワタ」とか何処の国の言葉か良く分からない単語を呟いていた。ネットは子供の教育に良くない。



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10月1日(晴れ)



外ではだんだんと気温が下がり始め私と3510号を撫でる心地良い風が秋を感じさせる。久々に外に出た所為か3510号もとても嬉しそうだ。今日はISの訓練のために外に出たのだがメカニックが呼びにくるまで暫く久しぶりの外を二人で楽しんでいた。


ISの搭乗訓練の方は…あれは訓練と呼べるのだろうか?私には唯空を飛びまわっていただけに見えたのだが…。まぁ飛行技術の方は伸びている様なので文句は言われる事はないだろう。




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10月2日(晴れ)



ISの搭乗訓練には専門の教導官が居る。勿論私では無い。私は唯の下っ端研究員だ。ISの知識なんて一般常識に毛の生えた程度しか知らない。何故そんな事を日誌に書いているかと言うと、今日のISの搭乗訓練が原因だ。

どうもあの子は初搭乗の時が原因でISは自分の遊び道具か何かと勘違いしているのかもしれない。初登場は大した結果が出る訳でもないと言う理由で教導官は不在。二回目もどれだけの技量があるかの確認で口出しはされなかった。だが今日は本格的な訓練のため教導官が直接3510号の教導を行っていた訳なのだが…。

「3510号が訓練中ずっと空を飛でいるだけで言う事を聞かない」

物凄い形相で訓練を見学していた私に苦情を言いに来たのだ。そんな事言われてもと困り果て、貴女もISの操者なんだから捕まえて地上に引き摺り下ろして叱れば良いじゃないかと提案したがすばしっこくて捕まえられないとの事。空で追いかけっこしていたのは飛行訓練では無かったのか…。

ウチの教導官は国の代表には選ばれてはいないが、IS操者としての能力は優秀だったはず。そんな彼女が捕まえられないとは…。普段はぼーっとしているのに空を飛ぶ事に関してはあの子に勝てる人なんていないんじゃないだろうか?ISの操作はイメージが大事ならば、空を誰よりも憧れるあの子は…。




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10月3日(雨)



今日は雨のためISの訓練は中止。3510号も心なしか灰色の雲に覆われた空を見上げて不満そうである。他のクローン達は室内でトレーニングをしている様だがこの子には無縁な話だろう。今日は二人でゆったりと過ごす事にする。


夕食準備中何やら視線を感じると思ったら3510号が私の作業をじっと真剣に眺めていた。今まで色んな物に興味を示していたが、今日のこれはまるで空を、いや鳥を眺めていた時と同じ物だった。料理に興味があるのだろうか?




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10月8日(雨)



季節の変わり目は天気が崩れやすい。此処の所ずっと雨だ。その所為で3510号の機嫌もずっとご機嫌斜めだ。さてどうした物か…。ISも一応室内で訓練する設備はあるがこの子を乗せると地盤をぶち抜いて空に飛び出しそうなので乗せないでおこう。それが賢明だ。うん、それが良い。


今日もあの子は私が食事の準備をしている時にじぃーっと真剣に此方を眺めていた。ふむ…?




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ぱたん…




「…ふぅ」

日誌を閉じると私は小さく息を吐く。この日誌を書くようになってもう一ヶ月が経つ。色々あったが本当にあっという間の日々だった。

最初は嫌な仕事を押しつけられたものだと思ったけど…。

「スゥ…スゥ…」

ふふっ…。

私のベッドの中で安らかに眠っている3510号を見て私は微笑む。

嫌な仕事だろう。それは今も変わらない。でも、悪くない。この子と過ごす日々は悪くない。例え、結末は決まっているとしても…。

「おやすみなさい」

私は眠っている彼女の髪をそっと撫でてそう優しく囁く。

この子には、まだ『明日』があるんだから…。











「…私の料理している所を妙に真剣に見てると思ったら…」

翌朝私は何かが焦げる臭いにより目を覚ますと目の前の惨状に頭を抱える。

別に悪くない。興味のある事を自ら進んで実践する事は悪くない。寧ろ良い事だろう。その経験は必ず糧となるのだから…しかし。

「だからってこれは酷過ぎるでしょーがぁ!?」

「…っ!?(ビクゥッ」

何かを焼いたのであろう最早それが何だったとか分からない程黒焦げに焦げた謎の物体X。そしてめちゃくちゃに散らかされたキッチン。そして色んな物が飛び散って汚れた床。酷い。余りにも酷い光景だった。

「もうっ!」

「…ぅぅ」

怒っている私に怯えて縮こまっている彼女。私はそんな彼女の姿を見てやえやれと溜息を吐くと、ポンと頭の上に手を置いて…。

「料理がしたいなら教えてあげるわよ…」

そう微笑んだ。

「!」

「料理。してみたいんでしょう?」

「コクコク!」

物凄い勢いで何度も首を上下に動かす彼女。

「なら、時間が空いた時に練習しましょうか?」

「コクコク!」

まったく…またやる事が増えちゃったじゃない。

そんな事を考える私だったが。その表情は全然嫌そうな物では無かった。









「……でも、まずはこれを片づけないとね」

「…コクン」













あとがき

日記風だから速いけど。原作が始まったら速度落ちるよ?絶対に!



[26146] 3510号観察日誌4
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/25 04:08
「3510号!指示通りに動けと何度言わせるんだっ!?」

今日も教官の怒声が訓練場全体を揺らす。最早日常的風景となりつつあるそれは本来ならこの施設この場所では別段可笑しい事では無い。他のクローン達の訓練にも彼女の怒声は毎日の様に響いている。しかし、今響いている怒声はベクトルが余りにも違い過ぎていた。

「~♪~♪」

「だから!今は飛行訓練では無く射撃訓練だと言っているだろうがっ!」

「はぁ…」

教官の怒声など聞こえていないと私達に伝えるかの様に笑顔でくるくると空に円を描いて舞い続ける3510号。それを見て頭を抱える私と怒声を響かせる教導官。

ISの訓練をする様になってもう一月が経つだろうか。その一月の間、何度もISに搭乗し訓練を行ってきたがそれは訓練と呼ぶには余りにも程遠い物だった。幾ら注意しても、幾ら叱っても3510号はISに搭乗すれば空しか飛ばないで、エネルギーが尽きるまで空を舞い続けるのだ。確かに本来の目的であるISのデータ収集は順調に行われている。飛行機動のデータのみだがそれだけでも3510号のデータはどのクローン達のデータより良い記録を残している。

「…」

確かに結果は残している。それでも私は心配でならなかった。命令を聞かない実験体を上の人間が生かしておくだろうかと。今直ぐにでも廃棄が決定するのではないかと不安でたまらなかった。

だって言うのにあの子は…。

「~♪」

「…もぅ」

私の悩みなど知らずに気持ち良さそうに空を舞う3510号。本当にどうした物か。何とかしなければいけない。そう分かってはいながらも、これと言った打開策が思い付かず空を自由に舞う彼女を眺める事しか出来なかった…。

「ったく!今日も無駄に時間を消費してしまった。おい研究員。いい加減に降りて来いとお前からも言ってくれ。お前以外の人間の言う事はろくに聞かんからな」

「…」

「おい。聞いているのか?」

「………え!?何ですか?」

考え事をしていると急に教導官に声を掛けられつい訊き返してしまう。

「何ですか?じゃない。他のクローン達もこの訓練場とISを使うんだ。早くアレをどうにかしてくれ」

もうそんなに時間が経ったのか。気付けばハンガーにはあの子の姉妹でもあるクローン達が綺麗に整列して待機している姿があった。ISは大変貴重で数が限られているためこうやって交代で使っていくしか訓練の方法が無い。しかし、訓練場を独占し長時間ISを乗れる3510号はこれでもかなり優遇なのだ。クローン達はISの倍以上の数はいる為ISに乗れるのは一日長くて1~2時間。しかし3510号は一日に6時間はISに搭乗している。

これも所長が優先的にISを回してくれているおかげだけど…。

一度は調整もせずISのデータ取りをして廃棄する予定だったあの子をどうしてあそこまで優遇するのか。私は気になって仕方が無かった。最近では上の人間の雰囲気に焦りといった物を感じるがそれが関係しているのだろうか?

そんな事を考えながらコンソールへ向かっていると、ふとある事に気付いた。ハンガーで待機しているクローン達の数が明らかに減っているのだ。この前までは20体はいた筈だ。だが今は15体しか居ない。別の場所で待機しているのか?だが、今までは一纏めで訓練していたと言うのに一体どうして…。

効率を考えて一部は他の訓練でもさせてるのかしら?でも今までそんなことしてなかったしそんな話は聞いてないけど…。

3510号の監視員になって、他のクローン達の訓練状況も一応は伝達は届くようになっている。しかし訓練内容が変更されたという伝達は私には届いてはいない。私の様な下っ端には伝える必要は無いだけかもしれないが…。

「…」

「おい何をしている。早くしないか」

「あっはい!…3510号。今日はもう終わりだから降りて来なさい」

『……ん』

私が指示すると同時にピタリと空で停止しゆっくりと降りて来る3510号。訓練の指示は言う事聞かないのにお終いだと伝えれば素直に降りて来るのは一体全体彼女の中ではどう言うルールが構築されているのだろう。まったく不思議でならない。

「やれやれ…」

「あの…」

「ん?」

漸く大人しくなった3510号に疲れ果て溜息を吐く教導官に、私は数の減ったクローン達の事を訊ねてみる事にした。研究の方は深く関わってはいないが訓練を担当する彼女なら何か理由を知っているかもしれないと思ったからだ。

「クローン達の人数が少ない様ですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、そんな事か。廃棄された」

彼女の口に出た言葉に全身の血の気が引き視界が揺らぐ…。

………ぇ?

「今…何て?」

彼女は一体今何と言ったのだろう?私の聞き間違いでなければ廃棄されたと言っていた様な気がするが。まさかそんな事ある筈が無い。欠陥品とまで言われていた3510号ですら廃棄されずにいたと言うのにまさかそんな事…。

「廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな」

「そん、な…」

あの子の…姉妹が…?

あの子達が互いに姉妹と認識しているのかは私には分からない。同じ母親から生まれて来たという訳でも無い。でも、だけど。あの少女達は確かにあの子の姉妹たちで…。

「まぁ、私から見たらどれも同じ顔だから誰が廃棄されたか分からんがな」

正直どうでも良いと言うと彼女は待機しているクローン達の方へと去っていき私は一人コンソールに呆然と立ち尽くす。『成果を残せなかったから』彼女の言葉が何度も何度も頭の中に響かせて…。









「………」

訓練が終わり自室へと戻った私は3510号を放ったらかしで机に突っ伏して自分に問い掛けていた。自分の所為なのか?と…。

―――廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな。

3510号が結果を出したからあの子の姉妹が…でも、そうしなければあの子が…。

一体何が間違っているのか。一体私はどうしていたら良かったのだろう。結果を出さなければあの子は死んでいた。でも結果を出したせいであの子の姉妹は廃棄されてしまった。命が失われてしまった…。

私が殺したのも同然だ…。

やってしまった自分の行いの重さに、命の重さに今になって漸く気付く。この研究に関わると言う事はこう言う事だと分かっていた筈だ。いずれあの子とも別れが来る事も以前から自分に言い聞かせて来たではないか。だと言うのに何故今になってその重圧に圧し潰されようとしているのだ自分は…。

くいっくいっ…

「っ!?」

突然スカートを引かれて驚いて振り向くとそこには心配そうに私を見上げる3510号の姿があった。

「……ぅ?」

…そうだ。この子に関わってから…。

元々この仕事は自分には合わないとは分かってはいた。だが仕事だと割り切ってはいたのだ。でもこうしてこの子と関わって。この子も生きているのだと知って以前の様な考え方がもう出来なくなっていた。

どうすればいいのよ…っ。

結果を出さねばこの子は廃棄される。結果を出せば他の子達が廃棄される。では、どうしろと言うのだ?

わからない…わからないっ!

ばんっ

「っ!?ビクゥッ」

何もかもが分からなくなり机に殴りつけてしまい、その音に3510号はビクリと身体を震わした。

「ぁ…」

しまった。この子を怖がらせてしまった…。

自分の見っとも無い姿に悔いると、私は怯える3510号の頭にそっと手を置いて頭を撫でる。

「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」

「…フルフル」

首を横に振っているのは気にするなと言う意味なのだろうか。どうやら気を使わせてしまったらしい。まったく、こんな小さな子に気を使わせるなんて本当に自分はなんて情けない…。

何が間違っているのか…そんなの決まっている。この研究。この計画こそ間違っているのだ。考えるまでも無いではないか。

それでも…。

それでも私は。研究を続けていくしかない。この子を長く生かすためにも。例えそれが他の命を犠牲にするとしても。それしか方法は無いのだから。無力こそが罪。きっとこれが何も出来ない私の罰なのだろう…。

…でも、本当にそれで良いの?

この子にとって長く生かすということが一番大事な事なのだろうか?他にもっと大事な事があるのではないだろうか?このまま唯『生かされている』だけの人生でこの子を終わらせてしまって良いのだろうか?

…良くない。

現在のクローンの寿命は約1~2年程とされている。とても短い時間だ。だからこそ、その短い人生を楽しんで貰いたい。後悔の無い様に。しかし、それは此処では叶わない願いだ。この檻の中に閉じ込められていたらこの子は何も知らずに生涯を終わらせてしまう。鳥かごの中の小鳥で終わってしまう…。

この子を此処から逃がす…何処に逃がす?何処に逃がしたところで必ず国は追って来る。証拠隠滅のために。この子を殺しに…。それに、この子を匿ってくれる人が存在するのだろうか?クローンで明らかに厄介に巻き込まれると分かっていると言うのに…。

…待って。

本当に無いのか?そう自分に問いかける。今自分は何に関わっている。何の所為でこうして非人道的な計画が始まったのか。

ある…。

私には心当たりがあった。

ある…一つだけ。あそこならきっと…。

あそこならきっとこの子を守ってくれるだろう。この子に沢山の物を与えてくれるだろう。どの国も関与できないあの場所なら。きっと…。

ぎゅっ…

「…オロオロ」

再び黙りこんでしまった私が心配でたまらないのか私の腰に抱き着いて来る3510号。私は彼女を安心させるように微笑む。

「…何でも無いから。心配しないで」

―――可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?

ええ、本当に…。

「何でも、無いから…」

そう言って微笑むが、心の内ではいずれ来るであろう結末と自分の無力さに泣きたくてたまらなかった…。
















――――Side ゼル・グラン





「何度も言っている。計画は順調だと」

『…』

「ISのデータは送った筈だ。それを見てその様な判断しか出来ないのか?だとしたら早々にその席を後任に譲るべきだろうな。まぁ、後任も大して変わらんだろうがな」

『…っ!』

私の見下した言葉に電話の相手は見苦しい程の反応を見せるが私はそれを鼻で笑いながら会話を続ける。

「結果は出している。文句はあるまい」

この一ヶ月間の成果は今までに無い程の物だったと言いえよう。我々の目的である「最強のIS操者」に偏ってはいるが近づいているのは確かだ。

その結果を出したのがあの欠陥品だったと言うのが意外ではあるがな…。

『…っ!』

「計画は続ける。文句は言わせんぞ」

『~~~っ…っ!』

乱暴に電話が切られるとそこで会話は終了してしまい私は受話器を相手とは反対にゆっくりと置きそのまま椅子に腰を下ろし深く溜息を吐いた。最近反対派の連中の活動が活発になっていると聞いたが上層部が計画からの撤退を執拗に要求して来るのはそれが原因か。

特別に解決策がある訳でもないと言うのに非人道的だの何だのと思考を常識に囚われる日和見主義者の馬鹿者共め。この計画が成功しなければ我が国に明日が無いのが分からないのか!

他国は次々に新型のISを開発していく中、我が国は他国が開発した量産型に頼るばかりで何ら進歩を遂げていない。今、我が国は他国に勝る技術を持たなければ破滅しか道は無い。そしてその技術がこのクローン計画なのだ。だと言うのに反対派の連中は未だに非人道的だとほざいている。

無能共め…。

人と人との競争に道徳など邪魔な物でしかない。そんな足枷捨て去ってしまえば良い。報告ではドイツでは遺伝子強化の研究が行われていると聞く。この分野でさえ他国に抜かれようとしていると言うのに…。

「馬鹿が…」

「荒れていますね、所長。本国からですか?」

書類の束を抱えている部下がそう訊ねて来るのに私は何も言わず無言で頷く。

「最近多いですね。また成果を出せとかそんなのでしょう?」

また無言で頷く。そんな下らない事で一々口に出して反応してやるのも馬鹿馬鹿しい。それだけ先程の会話の内容は下等な物だった。

「…何か報告でもあるのか?」

そんな下らない事を言う為に話し掛けて来た訳ではないのだろう。そんな事で時間を無駄に費やす無能者など私の部下には居ないし必要ない。

「はい。本国から送られた資料が此処に」

「本国から?どうせ下らない物なのだろう?」

「そうですね。どちらかと言えばそうなのかもしれません。どうぞ」

苦笑する彼は抱えていた書類を差し出すと、私はそれを受取り内容に目を通す。渡された書類に記されていたのは本国が開発中の新型のISについてのものだった。

IS…ああ、そう言えばそんな話も上がっていたな。まったく開発は進んでいない様だが。

「新型…第3世代か」

もし開発が成功すれば我が国も先進国と肩を並べられるのだがな…。

「新型と言うよりパーツの実験機ですね。武装なんてありませんし」

「何?どう言う事だ?」

彼の言葉に眉を顰め、資料を読むのを止める。

「EN兵器なんて開発出来る程我が国は進んでいませんからね。当然かと。完成しているのは新型のスラスターだけと言う酷いものですから」

デザインもアレですし…と言う部下の言葉は敢えて聞かなかった事にした。そもそも興味も無い。

「何でそんな物の資料が送られて来る?」

「新型スラスターのデータが欲しいそうです。理論上では現存するどの機体よりも複雑な機動が可能…らしいです」

なんと曖昧な…。

此方も時間が無いと言うのにそんな性能がはっきりしないガラクタの開発に付き合えと言うのか。馬鹿ばかしい。私は付き合ってられんと資料を破り捨てようと手に力を込めるがふとある事を思い付きピタリと手を止めた。

…待てよ?その新型。上手くすれば使えるかもしれん。

捨てようとしていた資料をもう一度読み直し、それを確信するとニヤリと笑みを浮かべある人物の顔を思い浮かべて心の中でこう呟いた。

「丁度良いのが居るではないか」

と…。










――――Side クリス・オリヴィア






「よっと…サラダはこれでいいわね。3510号!トーストは焼けたぁ~?」

「じぃ~…」

「ああ、まだみたいね…」

トーストが焼けるのを唯じっと眺めている3510号を見て人型のレンジかアンタはと苦笑すると、出来たサラダをテーブルに運びトーストが焼けるのを待つ事にする。

大切にしよう。今、この時間を…。

昨日から私はこの子と過ごす時間を今まで以上に大事に過ごしていた。後悔はするだろう。でも最悪の形で終わらしたくないから。だから私は…。

…チンッ

「っ!」

レンジのトースターが焼けたのを知らせる音と同時に3510号はこんがり黄金色に焼けたトースト二枚を皿に乗せてウキウキした表情で此方へと運んで来ると、テーブルに皿を置き自分の向かいの席に座った。

「はいご苦労様。それじゃあ頂きましょうか?」

「コクリ」

もぐもぐと美味しそうにトーストに噛り付く3510号。唯のトーストなのにとても幸せそうに食べる姿は見てるこっちまでも幸せにしてくれる。

「…」

「?」

私がじっと自分を見ているのが気になったのか食事を一旦中断して此方をじっと見つめて来る。

「何でも無いわ。ほら早く食べなさい。今日も訓練があるんだから」

「コクリ」

そう言うと、素直に頷き食事を再開する3510号。そしてそれをずっと眺めている私。

暖かな時間だ。ずっとこんな時間を過ごせたらどれだけ幸せだっただろう。それは叶わぬ願いだとしてもそう思わずにはいられなかった…。

「と、そうだ。今日から訓練の時間は少し留守にする事があると思うけどちゃんと教導官の言う事を聞くのよ?」

「…?」

「ちょっと用事がね…分かった?」

「…コクリ」

本当に分かっているのだろうか。私は彼女の事が気になったが、言っても無駄だろうと判断しこの話は終わりにして自分も食事にする事をした。

Pipipipi…

と、そんな時だ。部屋の通信端末の音が鳴り響いたのは。

…呼び出し?

席を立ち端末の画面を覗くと私は目を丸くする。画面に表示されていたのはなんと所長の名前だったのだ。なんてタイミングだ。私はまさか感づかれたのではないのかと慌てて端末を操作して通信を繋げる。

「な、何のご用でしょうか?」

『今日からISの訓練はこちらが用意した新型を使って貰う』

「…新型?」

突然来た所長からの通信の内容は、また急な物だった。

その時、私もあの所長すらも分からなかった。そのISがあの子に本当の翼を与える事になるなんて…。










あとがき

話の流れが早い?ですよね~



[26146] 3510号観察日誌5
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/02/28 02:01
「新型…ですか?」

余りにも突然の命令に思わず訊き返してしまった。だってそうだろう。新型を任せられるなんてエース級もしくは代表候補クラスの操者でないと有り得ない話だ。それを彼等にとって使い捨ての道具でしか無い3510号に任せる?一体どう言う事なのだ…。

「何故あの子…3510号なのですか?適任者なら本国にも幾らでも居るのではないでしょうか?実験体達の教導をしている教導官だって優秀な操者だと聞いています」

『生れて間も無く、そして搭乗経験の少ない3510号を捕えられない者等あてに出来ん』

「…チラリ」

私は後ろを振り向きあの子を見る。あの子は食事を終えコップに注がれたミルクをチョビチョビと飲む作業の最中だった。

…う、うう~ん。

それを本人の前で言えばどれだけプライドをズタズタにされるだろうか。科学者とIS操者など分野が余りに違い過ぎて科学者である彼に此処まで言われたら…。事実だとしても彼女に同情してしまう。

『それに、今回の新型は少々特殊でな』

「特殊、と言いますと?」

『IS開発のノウハウをロクに理解出来ていない馬鹿共が造ってしまったISと呼ぶには余りにもおこがましいガラクタ…と言えば理解出来るか?』

「…成程」

我が国は今まで海外からの輸入を頼りにしていたためISの開発など初めての試みだったのだろう。そしてそれよこれよと考えも無しに組み立ててしまったためISを造っていたつもりがISの様なモノが出来上がってしまったに違いない。そしてそれのデータ取りをウチが押しつけられてしまったと言う事か…。

クローン計画にしか興味の無い所長にとってこれ以上に迷惑で面倒な話は無いだろう。心なしか所長の声も苛立っている様に聞こえる。

『本国が此処に送って来たのも誰も扱えないからというのが一番の理由だ。でなければ此処に任せないだろう』

そうか。IS開発の連中は謂わばライバル同士の様な物。決して敵に塩を送る様な真似はしないだろう。此処に送られてきたのも「データ取りもロクに出来ない役立たず」と言うレッテル貼らせるためでもあるのかもしれない。まぁ、それはあっちの方も同じだろうが…。

『私から言う事は一つ、結果を示せ。それ以外は認めん』

そう言うと通信は途切れ端末からはそれっきり音は聞こえなくなってしまう。

結果を示せ。それ以外は認めない。つまり、結果が残せなかった場合は…。

「…っ」

何て勝手な…っ!

物言わなくなった端末を睨みつけ怒りに震える。あの男はあの子を特別視しているように思えたがそれは勘違いだった。あの男はこの子も、この子の姉妹達も道具としか見ていない。

…急がないといけないってのにっ!

決意したのは昨晩で、準備が整っていないと言う段階ですら無い。計画を実行に移すには色々な手回しと時間が必要になる。そんな時にまさかこんな邪魔が入るなんて…。今日を乗り切らなければその子が処分されてしまう。そんな事になれば元も子もないのだ。

どうする?理由を付けて今日は…いえ、そんな先延ばしにした所で何の解決にもなって無いじゃない。

「?」

「っ!?…ど、どうしたの?」

思考に耽っているといつの間にか彼女が私の傍に近づき此方の様子を上目遣いで伺っていた。

「ん」

トーストが乗った皿を差し出す彼女。そんな彼女の行動に困惑する。

「んっ」

「えっと…?」

どうしたのかしら?

「私が作った。食べる」

先程彼女がレンジと睨み合っていた光景を思い出す。そうか、確かに調理したとは言い難いが彼女が焼いたには違いない。成程、感想が聞きたいのか。私は皿に乗った既に冷たくなりかけているトーストを手に取るとそのまま一口齧る。

「…どう?」

「ふふ、美味しいわ。上手に焼けたわね」

「…ん♪」

満足そうに頷くと彼女は自分が座っていた椅子に戻ると、再びミルクをちょびちょびと飲み始める。

「…もぐ」

もう一口トーストを齧る。冷たいけどとても暖かな物を感じた。そう言えば誰かの手料理とか食べたのは何時ぶりだろうか?もう何年も食べて無い様な気がする。

「くすっ…手料理とは呼べないけどね」

そうあの子に聞こえない様に笑みを溢すともう一口トーストを齧る。

そう言えば、トーストを焼くのも最初は出来なかったっけ…。

最初の頃はよく丸焦げにして二人揃って苦い顔でトーストらしきモノを食べたものだ。それを今では成長して焦がさないで焼ける様になっていた。何度も何度も真剣に練習して…。

あの子に賭けよう。今までだってそうして来て此処まで来たんじゃない。頑張って来れたじゃない。

あの子が今生きているのも、私が今この手に持っているコレも。あの子が強く望んで、頑張って手に掴んだ物だ。私は何もやっていない。あの子自身が得た物なのだ。

何故だろう。今まで自分を苦しめていた不安が晴れ。この子ならきっとやれると大丈夫だと。私は手に持っているトーストを眺めていたらそんな事を思えるようになっていた。

「3510号」

「?」

自分の名を呼ばれてコップを置き此方を向いて来る彼女に私は微笑んでいつもの言葉を彼女に贈る。

「今日もがんばろ」

「コクリ」











朝食を済ませると直ぐにISスーツに着替えて訓練場に向かう私の3510号。

訓練場に続く廊下をこの子と歩くのはもう日課となっていた。しかし一月前とは違う部分がある。そう、もうこの子は私に抱えられて移動するなんて事は無い。私の隣に並んでちゃんと一緒に歩いている。まだ私が歩幅を考えてあげないと付いて来れないという部分はあるがそれでもこの子は一人でもう完璧に歩けるようにまで成長したのだ。これを喜ばずして何を喜べと言うのだろう。きっとこれが子の成長を喜ぶ親の気持ちなのだろう。私は子を産んだ事は無いが今の気持ちはきっと、実の子を持つ母親と同じものだと。私はそう思っている。

「…!…!」

「ふふっ」

隣で一生懸命に歩いている彼女を見て私は微笑む。速度を落として欲しいと言えば落としてあげるのに。とりあえず少しだけ速度を落としてあげよう。気付かれないようにこっそりと。

「…ふぅ」

速度が落ちた事で表情に余裕が出来る。このペースで行こう。そう急ぐ事も無い。それに…。

「この時間を大切にしたいから…」

「?」

「ふふ、気にしないで。独り言よ」

私の呟きに彼女は反応し此方を見上げて来るが私は微笑むだけでそれ以上は何も言わない。きっと私は最後まで真実を言う事は無いだろう。この子に重い物を背負わせないために、この子に足枷を付けさせないために。真実は私と共に…。

…やめよう。この事を考えるのは。

今はその時じゃない。私は頭の端に思考を仕舞い込む。

「…そう言えば、まだ今日の事について話して無かったわね」

「?」

「実はね、今日は貴女に本国から送られてきた新型の実験機に乗って貰う事になってるの」

「…?」

あはは…分からないかぁ。刷り込み作業が済んでるから大学に行ける程度の知識はある筈なんだけどなぁ…。

暫し考えるがやはり理解出来ないのか首を捻る彼女に私は苦笑するともっと分かりやすく説明してあげる事にした。それはもう色々と省略して。

「えっとね、新しい乗り物に乗るの。分かる?」

「!…コクリ」

理解出来たか。良かった。

色々と問題ありな説明だったが理解してくれたならそれで良いだろう。余計な事をこの子に教えて不安にさせる必要も無い。この子はいつも通りにしていれば過ごして貰えればそれで良いんだ。

「…そら」

「本当ね。良い天気」

彼女の言葉に私も視線を上げて太陽の眩しさに目を細める。見上げた先には何処までも続く青空が広がっていた。外部からの監視の目を逃れるために地下に存在する研究所で唯一空が見えて唯一空がある場所。それがこの訓練場である。そしてこの子が一番大好きな場所でもある。

「…♪」

…ほらね?

ちらりと彼女を見れば目を輝かせて空を眺めていた。ISの訓練をするようになってから、此処に来ればいつも彼女はこうして空を眺めては落ち着かない様子でまだかまだかとISに乗るのを待つ様になっていた。

さて、ハンガーに待機している整備の人やこの子を待たせるのも何だ。さっさとハンガーに向かうとしよう。

「ほらほら~何時までも空を眺めてないでさっさと行くわよ~?」

「うぅ~っ!」

ずるずるずる~…

いやいやと駄々をこねる彼女を無視して彼女を引き摺ってハンガーへ向かう。反抗している様だが彼女自身軽いし力も無く。この一ヶ月で私も彼女をおぶったりして力が付いているため易々と彼女を引っ張る事が出来た。

「はいはい我儘言わないの~」

「う゛ぅ~っ!!」

「…何やってんだお前ら?」

ハンガーに到着した私達を出迎えたのはメカニックの人達の呆れた様な視線と、もうこの子専属とも呼べるあのIS訓練初日にISの整備を担当していたあの男だった。

「気にしないで下さい」

「…ぅぅ」

向けられる視線を華麗にスルー。この一ヶ月間でそう言う変な物を見る様な視線には耐性がついているのだ。この研究所の人間にしてみればクローンであるこの子にこんな風に接する私は変人の様な物だろう。当然変な目で見られる。それを毎日人と出くわす度に向けられればそれは耐性が付くに決まっている。

「…まぁ、良いけどよ。お前さんがそれで良いのなら。俺には関係ねぇ」

意味有り気な言葉を呟き彼はハンガーの奥の方へと歩いて行く。私も新型の件が気になったので彼の後について行く事にした。此処で、待っていても向こうから運ばれて来るだろうが、この子の命が関わる以上、どうしても気になって仕方がなかったのだ。

「あの…新型は何処にあるんでしょうか?」

「あ?…ああ、あのガラクタの事か」

新型と言う単語に彼は一瞬何の事か悩むと、思い出したと頷き新型をガラクタと言い換えて口に出す。ISに関わるメカニックの人間にまでガラクタ扱いとは。一体どれだけ酷い物なのか…。

「もう搬入されてるよ。あのコンテナがそうだ」

そう言って彼が指差したのは頑丈な造りをした4メートルはあるであろう大きなコンテナだった。

彼はコンテナに近づくとコンテナの操作盤を操作すると、ガコンと重い音を立ててコンテナがゆっくりと開き始め中の機体が姿を現した。

「ウチの国が必死こいて開発した第3世代実験機」

「…ぇ?」

正直に言おう。私は新型の事を本国が何も考えずに別の国の機体のパーツをあれこれくっ付けたオリジナルと言うには余りにも酷い継接ぎだらけの機体だと思っていた。しかしどうだろう。私の目の前にあるのは私の予想を遥か上を越えたモノ…。

「開発名【イカロス・フテロ】。人が造り出した張りぼての翼だ」

翼そのものだったのだ…。

異形。このISを一言で現すとすればそれだろう。兵器としての物々しさは無く、装甲も極限にまで削られ、まるでそれは女性の理想的なフォルムを連想させる。そしてコクピットを覆う様にして畳まれた翼はまるで天使の様だ。美しい。そして美しいからこそ異形に見えた。これは兵器。人を傷つけ命を奪う兵器なのだ。なのに、何故こんなにも美しいのだろう?

「!…羽…」

実験機の翼を見てそうぽつりと呟く彼女だが、表情は無表情な物だと言うのに目は真剣そのものだった。どうやらビジュアルの所為か実験機に興味津々らしい。

「にしてもイカロスとは、開発部の連中も皮肉なもんを送ってきやがったなぁ」

「ギリシャ神話の話からきてるんですよね。この名前…」

イカロス・フテロと言うのは恐らくギリシャ神話の『イカロスの翼』からきたものだろう。名工ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。と言う物語だ。

「太陽は神、イカロスは俺ら。命を作り出す神の御業に手を出そうとしている俺達は地獄に落ちてしまえって意味なのかもな」

「…」

彼の言葉に私は目を伏せる。確かに彼の言う通りだろう。私達は地獄に落ちるべきなのかもしれない。でも、これに乗るのはこの子ではないか。そんな縁起でもない物を押し付けるなんて…。

「まぁこんなモン作り出すアイツ等も大概だけどな」

「え?」

「こいつぁ一度も飛行実験が行われていない機体なんだよ。いや、出来ないが正しいか」

「…は?」

飛行実験が行われていない?そんな物を押しつけて来たのか本国は?いやそれ以前に出来ないって何だ?それでは本当に唯のガラクタではないか。

「面倒だが説明してやろう。コイツの特徴は見ての通り翼だ。8枚の羽の先端全てにスラスターが付いていてそれが変則的な機動を可能にさせてるんだが…実はすべて手動操作でな。操作が複雑しすぎてまともに飛ぶ事すら出来ねぇんだわ。仮に飛ぶ事が出来たとしてもまず武器は使えねぇだろうな。操作で手一杯だろうさ」

「ちょ…駄目じゃないですかそれ」

ガラクタとかそれ以前の問題だ。飛ぶ事も戦う事も出来なければ何のためのISだと言うのだ。

「本来なら補助機能とかが付いてる筈なんだがな。ウチの国じゃあそんな大層なもんは造れねぇんだろ。付けれたとしてもコンピュータに任せている所為で本来の性能は発揮しきれないかもな」

「そんな物なんですか?」

私はISに関しては詳しく無いのでそう言う専門的な理論は理解出来ない所が多い。補助を付ければ操作が楽になり余裕が出来ると思うのだが違うのだろうか?

「補助がオートとなるとどうしても自分の意思とは反する行動や若干の誤差が出ちまうんだよ。その所為で性能も殺しちまう。そう言う意味でもこの新型は欠陥品なんだ」

「駄目駄目じゃないですか。そんなの設計段階で分かる筈でしょう?」

「だが使いこなせれば恐らく空戦では敵無しなんじゃね?とか考えてるんだろうなぁ。本国の連中は」

「馬鹿げてる…」

「それだけ大きな力が必要なのさ。今の現状を覆すには。アンタ等が研究しているのだってそうだろ?」

彼の言う通りだ。こんな禁忌に手を染める程にこの国は廃れ始めている。国民には知らされてはいないとは言え国のトップがそれを許す時点で…。

ぐいっぐいっ!

ん?

何やら必死に私の袖を引っ張っている彼女。何事かと思えばちらちらとあの実験機を見ている事から考えてあれが凄く気になるらしい。

「乗る!…乗る!」

手を万歳してコクピットに乗せてくれとせがむ彼女。背が小さい彼女では屈んだ状態の機体でも一人で乗る事は出来ないため私が持ち上げて乗せてあげなければならない。いつもそうして乗せてあげているのだが今日はいつも以上に興奮した様子でISに乗りたがっている。こんな彼女はこの一ヶ月で初めて見る。それだけこの機体が気に入ったらしい。

「クッククク…んじゃそろそろ始めるか。こっちのチビ鳥も我慢の限界の様だしな」

「…ですね」

いくら悩んだ所で意味が無い。とりあえず彼女を乗せてみない事にはと、私は彼女を抱き上げコクピットに座らせる。

『―――Access』

彼女が座ったと同時にシステムが起動。装甲が彼女に装着され彼女とISが『繋がる』。しかし様子が少しいつもと違う。画面が幾つも表示されシステムが自動的に作動している様だが…?

「あれはシステムがチビのリンクを最適化してるんだ」

「それってつまり…専用機!?」

「誰も使いこなせなかったって報告は聞いて無いのか?チビがあの機体のテストパイロットだ」

「テストパイロット…専用機…」

唖然として私はあの子を見上げる。

凄い。専用機なんてとても名誉なことではないか。専用機を任せられるのは国の代表か代表候補位しか居ないと言うのに…。

「チビ。さっきの話聞いてい…る訳ねぇか。もう一度言うがその機体は今までの機体とは違う。いつも通りに飛べるとは思うなよ?」

『…コクリ』

唖然とする私を他所に、いつの間にかコンソールにまで移動していた彼はコンソールを通して彼女に一言忠告をすると無言で問題無いとあの子は頷く。

…3510号。

不安な表情であの子を見上げる。この結果があの子の未来を決めるのだ。今回は前回以上に難しい条件かもしれない。彼女はこの試練を乗り越える事が出来るのだろうか…?

…お願い。

「おい!そこにいるとあぶねぇぞ!運べねぇだろうが!」

「…っ!?は、はい!」

すごい剣幕でそう怒鳴る彼に私は慌ててコンソールの方へ駆けていき、彼と入れ変わり管制を務めるとクレーンが外に3510号と実験機を運び終えた事を確認して通信を繋げる。

「3510号…やれる?」

『………………ん、飛ぶ!』

バサァッ!

暫し空をじっと見上げ眺めるのに満足したのか小さく呟くと、掛け声と共に折り畳まれた翼を大きく広げた。大空を飛ぶこの時を待ち望んでいたかの様に、喜びを表すかの様に、翼は目一杯に広げられ…そのままばっさばっさと翼を上下に大きく振り始めた。

は…はぁ?

あの子の予想外の行動にポカーンとしてしまう私。一体あの子は何を始めるつもりなのだろう?

「あの子…何を…?」

こう言っては何だがなんとまあ間抜けな光景だ。鋼鉄の翼を必死に上下に振る。その姿はまるで…。

「鳥の真似をしてるのか?あのチビ」

そう、雛鳥が巣から必死に飛ぼうとしている姿にそっくりなのだ。しかし、あの翼は鳥の翼とは違う。いくら振っても空を飛ぶ事は…。

『ん~っ!…ん~っ!』

しかし彼女は翼を振るのを止めようとはしない。一生懸命に飛べると信じて空を見上げながら必死に翼を振っている。

「今更なんだけどな…」

「はい?」

突然彼が口を開いて何か話し始めた。

「あれは一度も飛行実験が行われていないって言ったけどよ…あれは行われていないんじゃなくて誰も飛べなかったんだよ」

「!?」

驚愕の事実に私はあの子から視線を外し彼の方を見る。

「スラスターを吹かせばその衝撃で上に飛ぶんじゃ無く後ろに吹っ飛んで壁に激突。他のパイロットがやっても地面に激突とか似たような結果ばかりで誰一人飛ぶ所か宙に浮くことすら出来なかったって話だ」

そんな馬鹿な。じゃあ何故そんなものを此処に送って来たの?このままじゃあの子が…。

視線を彼女の方へと戻す。あの子はまだ翼を振り続けている。飛べると信じて…。

…3510号。

「こりゃ、駄目か?」

…そんな事無い。

「まだです」

まだだ。まだ終わっていない。

『ん~っ!ん~っ!』

だって、だってあの子は…。

「いや…だってよぉ?」

「まだあの子は…」

『っ!…ん~っ!!』

「諦めていません!」

その瞬間だった。地上に暴風が吹き荒れたのは…。






「ほう…」

「所長。これは一体…?」

「賭けに勝った、か…」

唖然とモニターを眺める部下を無視して、彼はニヤリ笑みを浮かべる。






「嘘だろ?おい…」

「3510号…」

誰もが空を見上げていた。私も、隣に居た彼も、他のISの整備をしていたメカニックの人達も、事情など目もくれず青空が広がる空を見上げていた。

そしてそこには…。

「3510号!」

翼を羽ばたかせて空を舞うあの子の姿があった…。

『ん♪気持ちいい…』

本当に気持ち良さそうにそう返事をするあの子に私はただ「そっか…」と笑ってこたえ。また空を見上げる。色々と不安が多かったが、彼女が喜んでいるのならそれで良いだろう。私はそう思い空を見上げる。

「成程、そう言う事か…」

「え?」

皆が唖然と空を眺める中、隣で空を眺めていた彼が突然そう呟くので私は驚いて彼に視線を向ける。すると彼はやはり皆同様に空を見上げていた…が、彼が眺めているのはあの子では無いらしい。眺めていたのは。そう、あの子に気を取られ気付かなかったが一緒に飛ぶ鳥の方を彼は見ていたのだ。

「まさかあの子。鳥の真似を…?」

あの時と同じように…。

最初のIS搭乗の際、あの子は空を飛ぶ鳥を見て初搭乗にも関わらず空を飛ぶ事が出来た。それは自分が憧れる空を自由に飛び回る鳥の様に飛びたいと願うイメージが強かったから。だが、今回はそのまんま鳥の真似をあの子はやってのけたのだ。

「本来ならどこの大昔の冒険家だよって笑う所なんだろうけどな」

確かに、本来なら有り得ないと笑う所なのだろう。しかし、ISだからこそそれを可能にした。彼女のイメージを忠実に再現できたのだろう。それも、彼女の純粋さ故に出来た事…。

「鳥…か」

…綺麗。

陽の光を反射して輝くその翼に、私は心の中でそうぽつりと呟くとあの子の姿を目に焼き付けていた…。










――――Side ゼル・グラン






「報告は聞いた。ご苦労だった」

『はい。ありがとうございます』

「今後も期待する。以上だ」

私は必要最低限の会話を済ませ通信を切ると、今日の出来事を思い出しニヤリと口の端を吊り上げる。これで本国の連中も少しは大人しくなるだろう。何せあの欠陥機を使いこなせるクローンが現れたのだ。反対派の連中も文句は言えまい。私の研究は証明されたのだ。

だが、まだ…。

そうだまだ終わってはいない。まだ問題は山積みだ。クローン研究はやっとスタート地点に立ったようなものだ。しかし、少しは時間に余裕が出来た事だろう。あの欠陥品の御蔭で…。

コンコンッ…

「所長。ご報告が…」

「何だ。人が良い気分に浸っている所に…」

私の言葉を返事と見なしたのかドアを開け部屋に入って来る。そんな少し強引な部下の行動に私は不審に思い眉を顰めた。

「何があった?」

「…本国の反対派の連中に動きがありました」

…何だと?

一瞬、我が耳を疑った。今彼は何を言った?

「新型のデータは送った筈だ。何処に不満がある?」

「不満は無い。だからこその行動でしょう。クローン計画の情報が各国に漏れた可能性があります」

馬鹿な…何て愚かな事を!?奴らめ、自滅するつもりか!?我々を巻き込んで!?

「その情報は確かなのか?」

「まだ確証は持てませんが…可能性は高いかと」

「…っ」

まだ本国から何も伝達は無い。本当に情報が漏れたのならこの研究所は証拠隠滅のため処分する事になり何らかの伝達が届く筈だ。

…我々事消すと言う可能性を除けば、だが。

「…研究は続ける。君は引き続き本国の動向を探りたまえ」

「了解です」

…。

礼をして去っていく彼を横目に、私は重苦しく息を吐く…。

急がねばならなくなった。余裕が出来たと思った矢先にこんな事になるとは。おのれ、反対派の連中め…。

やっと、やっと此処まで昇りつめたのだ。過去幾度と無く自分の研究を馬鹿にされそれでもなお私は研究を訴え続けた。そして悲願が叶おうとしているのだ。

「終わらせない。必ず私が正しかったと言う事を思い知らせるまで終わらせてなるものか…っ」

憎しみに満ちた呟きが部屋に響いた…。








――――Side クリス・オリヴィア



「これを、この操作盤の裏にくっつけて…と」

殆どの者が眠りについた深夜。私は通信管理室にこっそりと忍び込み、ジャミング装置を操作盤の裏に設置する。

「これで私の部屋からの通信履歴は残る事は無いわね…」

これで外と連絡が取れる。あとは連中と連携して…。

これは明らかな裏切り行為。だが、私は全てを敵に回してもあの子を助けなければならないのだ。そう、それがこの国であろうとも関係無い。絶対に私はあの子を助けてみせる。それが、私の命を引き換えにしたとしても…。














あとがき


やべぇ、原作始まらねぇ!(゜Д゜;

キャラクターイメージ

…は、どうやらアドレスは描きこめないようなので場所だけ教えときますね。

TINAMIというサイトの「金髪のグゥレイトゥ!」か「インフィニット・ストラトス」か「~あの鳥のように…~」と検索すれば出てくるはずです



[26146] 3510号観察日誌6
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/02 00:26


「どうした貴様ら!4対1だぞ!一撃ぐらい当ててみせろ!」

「「「「っ!」」」」

ISに搭乗した4人のクローン…いや、あの子の姉妹達が教官に罵声を浴びせられ空を飛びまわるあの子に襲い掛かるが、その猛攻はいとも容易くひらりひらりとさけられてしまう。

今日の訓練内容は3510号が乗る新型の戦闘データを取るための模擬戦と言う名の『鬼ごっこ』である。教官やあの姉妹達は模擬戦のつもりなのだろうが、4人に狙われているあの子本人はそうだとは思ってはいない。確かに何の兵装も持たないイカロス・フテロでは逃げる以外方法は無いが…良いのだろうかこれで?

データは取れるし今まで飛行データが取れなかった分、開発部の連中は嬉しいことこの上ないだろうが…こんな遊びに付き合わされる教導官の事を考えると気の毒でならない。私は楽しそうにしているあの子を見られて満足しているが。

しかし流石と言うべきか。あの新型の性能もあってか4人相手でも掠りもしない。あの4人は姉妹の中でも成績が優秀な方だと言うのに…。やはり第三世代と第二世代。そして専用機とではこんなにも差がある物なのだろうか。どの国も第三世代の研究、開発に苦戦している様だが、それ程第三世代の壁はとても高いらしい…。

開発部の連中も、開発したは良いけど乗れる人材があの子だけじゃ…ね?

乗る相手を選ぶ機体など欠陥機でしか無い。それは誰もが思う事だろう。事実、あの機体。イカロス・フテロも量産の目途が立っていないのだ。あの機体が誰にでも扱える物に仕上がるまで一体何年かかるのか専門外である私にはわからない。整備班の人間の言う話では今の我が国の技術では恐らく兵器として形になるのは不可能で他国の技術協力がなければまず無理だろうとの事。他国に無い物を造ろうとして完成には他国の協力が必要とは何とも情けない話である。

…にしても。

「はぁ…寒いわね」

白い息を吐いてそう呟くと、私はあの子達が舞う空を見上げる。秋と言う涼しい季節も終わり。この研究所にも冬の季節が訪れようとしていた。吹き抜ける風も冷たくなり始め空もいつも以上に澄み渡っていた。きっと空を飛んでいるあの子もさぞ喜んでいる事だろう。

さて、私は自分の成すべき事をするとしましょうか。

そろそろ約束の通信時間だ。あの子も問題無く訓練をこなしている様だし自分は自分の目的を果たそうと、こっそりと訓練場を後にする。









「以上が現状の研究成果です」

誰も居ない自室で、私は通信機を使い反対派に属しているある男と密談を交わしていた。その会話の内容は、本国にも送られていない研究所にある機密の情報に関する物だった…。

『成程、つまりその欠陥品である実験体3510号しか望ましい成果はあげていない…と?』

「……はい。その通りです」

通信相手の『欠陥品』と言う単語に、一瞬私は言葉を詰まらせたが彼の言葉を肯定する。反対派であるこの男がクローンを快く思っていないのは分かりきっていた事だ。あの子の事を人間として見てないのも今の言葉で容易に想像できる。

どいつもこいつも腐ってる…。

『どうかしたかね?』

「…いえ、何も。詳細のデータを送ります」

自分の権限で入手出来る情報を彼へと送信する。3510号監視員の仕事を任せられてからか、私も上の情報が幾らか公開される様になっていた。それでもまだ私が知らない情報など幾らでもあるだろうが反対派の彼等にとって私が渡す情報も十分な交渉カードとなるに違いない。

『…うむ。確かに受け取ったよ。これでかなりやりやすくなる。クローン計画の情報管理は厳重でね。こちらではなかなか手に入らないんだよ』

「そうですか」

正直相手の事情などどうでも良い。私は反対派の仲間では無いのだから。彼等と慣れ合うつもりなど毛頭ない。私の思う様に動いてくれればそれでいいのだ。それ以外の事は好きにすれば良い。

『今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する』

「…はい。よろしくお願いします」

彼の書いたシナリオはこうだ。世界にクローン計画の情報が漏洩。クローン禁止条約に違反したと疑いがかけられた我が国は、各国の追求を逃れるために証拠隠滅という建前で研究所ごとその関係者を全て排除。漏洩した情報は偽情報でクローン計画なんてものは最初から存在しなかった事にするという分かりやすい物だった。

無論、世界は納得しないだろうが証拠が無いのなら文句なんて言えず。クローン計画と言う真実は完全に闇の中に消えていく事になるだろう。要は結果さえよければそれでいいのだ。殺人事件も死体さえ見つからなければ事件にならない。つまりそう言う事だ。

「では、そろそろ。あまり仕事場を離れると疑われますので…」

『うむ。次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう」

「はい。では…」

要件を言い終えると早々に通信を切り、それと同時に緊張が解けたのかどっと疲れが私を襲い。ふぅ、と溜息を吐き天井を仰ぐ。

「…」

―――今後ともよろしく頼むよ。何、安心したまえ。君の安全は保障する。

…どうでもいい。

自分の命なんてどうでも良い。この研究所の人間がどうなろうがどうでも良い。この国がどうなろうがどうでも良い。何もかもがどうでも良かった。あの子さえ笑っていれば。それで…。

「…そろそろ訓練が終わるわね」

壁に架けられている時計を見れば、時計の針が12時を指そうとしていた。そろそろ午前の訓練が終わる時間である。急いであの子を迎えに行かなくては。

「…」

次に連絡する時は『大掃除』の前日となるだろう。彼は確かにそう言っていた。終わりの日は近い。でもまさか反対派が此処まで焦っていたなんて…。

新型の件が影響している?

誰も使えなかった新型をクローンであるあの子が始めて使いこなす事が出来た。そのせいで研究の成果は証明され、反対派は不利になる事を予測してこの様な強行手段を取る事になったのだろう。あんな欠陥機を送って来る時点であれだが、何と短絡的思考の持ち主なんだ連中は…。

相手を何処まで信用して良いかは分からないけど。せめて此処で派手に暴れてくれる程度には働いて貰わないと…。

「って、本当に急がないと。あの子を待たせる訳にはいかないわね」

慌てて部屋を飛び出し訓練場へ向かう。廊下ですれ違う同僚達は走っている私を見て何事かと妙な視線を送って来るが気にせず私は廊下を駆けていった。









「はぁ、はぁ…ああ、やっぱり終わってる…」

息を切らして訓練場へ辿り着いてみれば、やはり訓練は既に終わっており訓練場にはぽつんとあの子だけが取り残されていた…。

失敗した~!?あの子ものスッゴイしょんぼりしてる!?

訓練場の端でしょんぼりと肩を落とし寂しそうにしているあの子を見てやってしまったと頭を抱える私。とりあえずあの子の所に行ってみよう。

「ごめんなさい!待たせちゃったよね!?ほんと~にごめんなさい!」

「…ぷいっ」

ああ!不貞腐れないで~!?

迎えに来て即頭を下げて必死に謝るがあの子は頬を膨らませてそっぽを向いて何も応えてくれない。これは相当怒っていらっしゃる様子。

まずい。これはものすっごく不味いですよ?この子がこんなに怒るなんて初めてじゃない?どうしよう?どうすればいいの~…?

こちとら独身で子育ての経験ゼロ。子供の機嫌の取り方なんて知る訳が無い。此処はセオリーで食べ物で釣ると言う方法で攻めてみる。

「そ、そうだ!今日の晩御飯は貴女の好きな料理にしましょ?ね?何が良い?もちろんデザートのプリン付きよ?」

「…ぷいっ」

ああ!?駄目!全然機嫌直してくれない!?

むしろ悪くなっている様にも見える。どうやら余計に気分を害してしまったらしい。物で釣ろうとしたのが悪かったのか…。

ああどうしたら…ってあら?

「…ぎゅっ」

腰の辺りに小さな衝撃を感じ何かぶつかったかと視線を下ろすと、なんとそこにはさっきまで不貞腐れてこちらを見ようともしなかったあの子が私の腰にしがみついているではないか。しかも涙目で。

「さ、3510号?」

さっきまでとはまるで反対の態度に一体何事かと私は戸惑ってしまう。

「ど、どうしたの?急に抱き着いたりして?」

「う~…」

いや、う~って言われても…。

そんな唸られても困ってしまう。せめて人語で話して貰わないと意思疎通が出来ないのだが…。

どうしたものかしら…。

未だに抱き着いて離れない彼女に私は頬を掻いて困り果てる。唯でさえ普段この子は言葉数が少なく表情が乏しいから扱いが難しいと言うのに…。

「………だ」

「え?何?」

ぽつりと彼女が微かに聞き取れる程の音量で何かを呟く。

「一人は…やだ」

「あ……」

…そっか、一人ぼっちになるのが怖かったのね。

調整の時も私が少しの間、居なくなっただけでアレなのだ。こんな広い訓練場で一人残されては…。

「ごめんなさい。寂しかったよね?」

「ん…コクリ」

ぼふっと私の胸に顔を埋める彼女に、私は優しく頭を撫でてあげる事で応える。しかし、彼女の頭を撫でている私の表情は悲しみに歪んでいた…。

ごめん、ごめんね…。

本当は今直ぐにでも口に出して謝りたかった。涙を流したかった。でも、それは出来ない。この子には何も知らずに飛び立って欲しいから…。

本当に、最低だよね…っ。

そんなの自分の勝手な都合ではないか。この子と面と向かって話す勇気が無いだけではないか。真実を知った時、この子がどれだけ辛い思いをするか分からない訳が無いと言うのに…。

ごめんね…っ。

心の中では涙を流し私は彼女を抱きしめる。見上げた冬の空は何処までも澄んでいた…。

別れの時は刻一刻と迫っている…。










――――Side ゼル・グラン






「どうやら情報の漏洩は確かなようです。そのため、本国も計画から撤退する考えが出始めている様ですね…」

「馬鹿な…っ」

部下から渡された報告書を床に叩きつける。

何故だ!?何故、こんな事に…

「この研究所の場所まで各国に漏れているとなると時間の問題かと…」

何がとは聞かない。そんなの決まっている。この計画が何の成果も出せずに終わってしまうと言う事だ。私の研究が…。

「本国の連中は何と言って来ている?」

「まだ、何も…」

何も、だと…?

有り得ない!ここまでの騒ぎになっていると言うのに何も無いだと!?各国に情報が漏れたという事実さえ部下に秘密裏に調べさせたと言うのにこちらには一切の情報が来ていないだと!?これは一体どう言う事だ!?

「ふざけるなっ!」

私は感情に任せて机を殴る。目の前の部下の事なんぞ知った事では無い。これが物に当たらずにいられるか。

「私がこの島から出られないと知っての情報規制か!」

「今、本国に戻ったとしても身柄を拘束されるのが目に見えていますね…」

部下が苦い表情でそう言うと、膝を折り床に叩きつけられた報告書を一枚一枚と拾っては纏めていく。

「…しかし、このやり方は強引過ぎはしませんか?今まで似たような事は幾度もありましたが今回は自分の首も締めている様な物ではないですか」

報告書を拾い終えた彼はそう私に疑問を訊ねて来る。

「我々を潰せるのなら自分の国の立場が危うくなろうとも関係無いと判断したのだろう。時間が解決してくれるとな!」

「…」

しかし、彼の言う通り今回の奴らの行動は少し妙だ。実験機の件が関係しているにしても強引と言うにも限度がある。連中も馬鹿では無い。このようなギャンブルに等しいやり方などしよう筈が無いのだ。何か原因がある筈だ。連中をこうも勢い付ける何かが…。

「反対派はともかくとして。上の連中がこうも簡単に計画を見切りをつけるというのは考えにくい。これまでどれ程の金を投資したと思っている?」

「…それについてなのですが」

「何だ?」

「我々が送っていない筈の情報を何故か本国が知ってしまっている様なのです」

「送っていない筈の情報…?」

「望ましい成果を上げているのは欠陥品…3510号のみ。と言う真実です」

馬鹿な…。その情報を上に知られたと言うのか!?

しかし、それならこの連中の行動も納得できる。国が計画から撤退する考えを持ち始めたのなら反対派の連中もこれだけ派手に好き勝手出来る訳だ。国外に情報が漏洩したとなれば国が計画から撤退する事を決定的な物にする事も容易い…。

だが、どうして情報が漏れた?情報は厳重に管理している筈だ。反対派がこの研究所内の情報を得るなど不可能に近い…。

「内通者…」

一番可能性が高いのはそれだ。いや、それしかないだろう。しかし何が目的だ?そんな事をして何の得になる?この計画が成功すれば地位は約束されると言うのに。

考えられるのは研究に耐えられなくなった臆病者か。或いは情に流された愚か者…。

情に流されたと言うのならそれは偽善でしか無い。長くて2年。早ければ一年未満で死んでしまうクローンだが。国がこの計画から撤退を決定してしまえばそのクローンも排除されてしまうのは目に見えている。ならばこのまま生かされている方が実験体達もまだ幸せだろうに。

…どのみち、この流れは止められんか。

流出してしまった情報をどうする事など不可能だ。国が取る行動も目に見えている。そして内通者を探すにしても今となってはもうどうでも良い事なのかもしれない。

「見当もついているしな…」

「はい?」

ぽつりと溢した言葉に部下は反応するが私は何でも無いと首を振りそれから口を閉ざした。

小娘が…。何を考えている?

小娘がアレに愛情を向けているのは報告で聞きそして私も実際に目にしている。しかし理解し難い。奴は何がしたいのだ?

ふん。何を考えているかは知らんが見せて貰おうじゃないか。どうせ反対派の味方と言う訳でも無いのだろう?

反対派はクローンの存在を嫌っている。非人道的だの何だの言っておいてクローンを人間として認めていないのだ。そんな連中の仲間にあの小娘がなる訳も無い。

我々を利用するか。まぁ、良いだろう。我々の破滅は決定してしまった様な物だ。なら、この国ごと巻き込んでやる。私の研究を認めなかった報いだ。

くっくくくくくっ!…私を切り捨てた事を後悔するが良い。貴様らもお終いだ。

内通者はそのまま放置しておいてやる。奴を消した所で今更何も得られる物も、失う物も有りはしない。どうせ奴も私がそうすると見込んでの行動だったのだろう。なら、とことん利用されてやろうではないか。恐らく、奴が企んでいるのは…。















それから一週間が過ぎた…。



この一週間は彼女にとっても、少女にとっても暖かな日々だった…。



一緒に遊んで、一緒に料理して、一緒に風呂に入って、一緒に寝て…。


少女にとって温もりに包まれた日々だった…。



こんな日々が何時までも続けばいい。彼女も、少女もそんな事を思っていた。



そんな日の夜の事。その日々の終わりを告げるメッセージが届く…。











――――Side クリス・オリヴィア





本国の計画撤退はほぼ確定していると言うのに今日も研究所の様子はいつもと変わらぬ物だった。情報が規制されているのだろう。隔離されたこの研究所内にいる研究員は外の情報を得るのは上からの伝達しか入手経路が無い。所長や上の連中が知らないなんて事は無いと思うが…。

恐らく、私の事も気付いているでしょうね。

所長は馬鹿では無い。寧ろその逆だろう。私の行動。思考。全て見通しているに違いない。私を放置しているのは私を殺した所で今更どうにもならないからと無駄な事をしたくないのと。この子、3510号の監視員として適任者が居ないから、と言った所か。

「もうすぐ…」

カレンダーはもう12月を示していた。あと2週間程すればあの子と二人でクリスマスパーティをしていたかもしれない。でも、そんな一時は決して来る事は無い…。

叶うなら、あの子と一緒にシンタグマ広場のツリーを見たかったなぁ。クリスマス一色で飾られた街を一緒に手を繋いで歩きたかった。メリーゴーランドにも乗せてあげたかった…。

他にも一杯してあげたいことがある。見せてあげたい物がある。伝えたい事がある。でも、それは叶わない願い…。

Pipipipi…

「!?」

PCにメールが届いた事を知らせる着信音が響き私は急いでメールの内容を確認する。内容は一言のみだった。

『明日、0400にて掃除を決行』

「…」

ついに明日か。

私は引き出しから紙とペンを取り出し、手紙を書き始める。今は安らかに眠っているあの子と、ある人物に向けて。

「…」

何と書こう?私はペンを持ったは良いものの、書く内容に悩み唯ずっと紙を眺めていた。そんな事をしている間に時間は止まる事無く進んでいると言うのに。焦る気持ちを抑えてペンに力を込めペンを走らせる。でも、どうしても伝えたい事が書けない。

「…っ」

ごめんなさい…。

書いては消し。書いては消しを繰り返す。何度も、何度も繰り返す…。

―――一人は…やだ。

「……ぐっ…」

ごめん、ね…。

ぽたっ…ぽたっ…

紙に何かが落ち滲む。それでも私はペンを走らせては書いてはまた消しと。作業を繰り返していた…。

「っ…ひぐっ…!」

ごめん…。

伝わらない。何を書いても。どんな言葉を並べても伝えられない…。

「ひっく…ぁ…ぐすっ…!」

こんな『ママ』で…。

時は無慈悲にも進んで行く。刻一刻と、指定された時間は迫り。結局、何度も書き直し涙でぐちゃぐちゃになった紙切れに私が書いたのはこの一言だけだった…。



―――この子を、守って…。















あとがき

次回、研究所編 最終回…。




[26146] 3510号観察日誌7
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:00

――――12月12日 AM03:57




「作戦3分前だ。各員、作戦内容は把握しているな?」

「「「「「はっ!」」」」」

「よし。0400に目標の真上を通過すると同時に降下。ハンガーを制圧しISを確保した後、研究所内『全て』の人間を排除する」

「「「「「了解!」」」」」

「ISを壊すなよ?『男』の俺達の命より貴重な物なんだからな」

「「「「「了解!」」」」」

「…ん?」

「どうした?何かあったのか?」

「あ、いえ。レーダーに一瞬何か映ったように見えたのですが…気のせいだったみたいです」

「そうか。目標はISを5機所持している。レーダーから目を離すな」

「はっ!」



03:58

カチッカチッカチッ…

「スゥ…スゥ…」

「…もう直ぐね」

安らかに眠るこの子を髪を愛おしそうに撫でながら私は時計を見ていた…。



03:59

カチッカチッカチッ…

「所長。少し休まれては?此処最近睡眠をとっていない様ですが・・」

「…」

「…所長?」

私は部下の言葉に耳を傾けずただじっとその時を待つ。胸に付き纏う妙なざわめき。きっと、今日がそうなのだろう…。




カチッカチッカチッ…

04:00




「さぁ時間だぞ!エアボーンだ!」





時計の針が4時を指した時。爆音が響き研究所全体を大きく揺らした…。










――――クリス・オリヴィア




「始まったわね…」

爆発が研究所を揺らした後、研究所の至る所から銃声や悲鳴が響き始める。どうやら時間通りに彼が言う『大掃除』が始まったらしい…。

急がないと…。

襲撃部隊の構成は伝えられてはいないが、ISを連れて来ていてもいなくても、ハンガーは既に押さえられている筈。本国もISは貴重なため可能なら無傷の状態で確保したい。なら、ISが保管されているハンガーを最優先に狙うのは当然と言えるだろう。

あの子をISに乗せれさえすれば、後はどうにでもなる。問題はどうやってハンガーまで行くか…。

エレベーターで行くのは無謀すぎる。非常階段も駄目だろう。なら残された通路は…。

視線を天井へ向けると、そこにあったのは通気口。気は引けるが此処しかないだろう…。幸い私でも通れるくらいの幅だ。通気口を通ってエレベータまで移動。そして上を目指そう。

ルートは決まったわね。

「3510号。起きて」

私はベッドで眠る彼女の肩をゆさゆさと揺らすと、彼女は眠たそうに目を擦りながらゆったりと身体を起こす。普段ならまだ寝ている時間だ。眠いのは仕方が無いだろう。しかし、今はそんな呑気にしている場合では無い。

「んぅ……」

「ごめんなさい。眠いのは分かるけど。我慢して」

テキパキと彼女をパジャマからISスーツに着替えさせ、此処から脱出する準備をする。大して時間は掛からない。何せ準備なんてこの子を着替えさせるだけなのだから。所要時間は1分。過去最短記録で彼女を着替えさせて準備は完了。後は引き出しにある手紙と…。

「…っ」

拳銃を懐に仕舞って部屋を出るだけだ。

銃なんて撃った事無いけど…。

当てる事も、牽制にすらもならないかもしれない。しかし持つのと持たないとでは全く違う物だろう。きっと…。

『う、うわああああああっ!?』

「っ!?」

「……?」

直ぐ近くで同僚の悲鳴が上がる。もう近くまで来ている様だ。今直ぐにもでも移動しなくては…。

「…さて、行きましょうか」

「?…コクリ」

今の状況が全く理解できていない彼女はとりあえず頷き私の手を握って来る。暖かかった。私の一番大好きな温もりだ。この温もりが後少しで失われると考えると辛かった。

しかし、今はそんな悲しみに浸る時すら許されず。私はこの子の手を引いて通気口のパネルを開いた…。










――――Side ゼル・グラン




「所長!逃げてくだ……がっ」

目の前に頭が弾け首から血を噴き出し血の噴水へと変わり果てた嘗ての部下に、私は今まで世話になった礼と共に静かに黙とうし、部下を殺めた侵入者を睨みつける。

「随分と手荒な事をするものだ。貴様等が同じ国の者だと思うと自分に流れる血が嫌で仕方が無い」

「貴方にだけは言われたくありませんね。抵抗は諦めていただこう。上からは研究員は全員殺せと命令されている」

「実験体はどうした?」

「全て排除した」

そうか。別に心痛むものではないが、連中に排除されたとなると気に食わないという気持ちもあるな。しかし…。

小娘。まさか殺されたなんて事はあるまいな?

もしもそうだとしたら期待はずれにも程がある。この私を利用したのだ。そんなつまらない結果は絶対に許されない。

「あれだけ金を掛けておいて馬鹿な連中だ。保身のためなら市民から巻きあげた金も溝に捨てるか」

「巻き上げたのは貴方でしょう。グラン博士」

「ふん。だが、選んだのは国のトップだ。違うか?」

「…」

目の前の男は何も言わない。男にとってはどうでも良い事なのだろう。マスクから覗かせるその眼には感情と言う物が見られなかった。

「答えんか。まぁ貴様の意見はどうでも良い。ところで、クリス・オリヴィアも殺す対象に含まれているのか?」

「全て殺せと命令されている。例外は無い」

…だろうな。連中が証拠を残すとは思えん。

「そうかそうか。で?勿論ハンガーは押さえたのだろうな?監視の者は?」

「無論居る。ISを使える実験体もそれを指導していた教導官も既に排除済みだ」

成程、だとするとあの小娘が目的を達成するのは難しいか。ISに乗り込めさえすればどうにかなるだろうが。それまでに死んでしまうだろう…ならば。

私はポケットからスイッチを取り出す。

さて…ならば私も国に痛手を負わせてやろうか…。

「!?動くなっ!」

「さらばだ」

私が何か企んでいる事に気付いたのか男は銃をの引き金を引くが遅い。男が引き金を引く前に、私はスイッチを押し何処かで響く爆音と共に頭を撃ち抜かれ鮮血を撒き散らし絶命した…。




「くっ!何処が爆発した!?各員!状況を知らせよ!何処が爆発した!?」












――――Side クリス・オリヴィア




「っ!また爆発の揺れ…随分と派手にやってるわね」

二度目の大きな揺れに、襲撃の激しさが増してきていると判断した私は。更に移動速度を上げていく。しかしこうも狭く匍匐前進での移動だと幾ら急ごうがそれは歩く速度より遅いのはどうしようもない事だった。

「う~…狭いのいや」

後ろでついて来ているあの子が涙声でそんな事を言うが我慢して貰う以外ない。廊下を通れば射殺される以外ないのだから。

「我慢して。もう少しでエレベーターに…ほら見えた!」

「…見えない」

私は見えて来た光と、出口から見えるエレベーターを吊るすワイヤーを指差すが、私が視界を遮っているため彼女には見えないでいた。考えても見れば当然である。

「あ、あはは…あ、良かった。運良くこの階で止まってる」

後は音を立てずに屋根に乗って中に誰も居ないか確認…うん誰も居ないわね。

耳を押し当て中から人の気配が無い事を確認すると、私は通気口で待っていたあの子を引っ張り出してエレベータに乗り込むと一階のボタンを押してまた屋根に登る。

「?…中」

「此処じゃないと危ないのよ」

「???」

上昇するエレベータの屋根の上で私はそう説明したが、彼女は全然分かっていない様子だった。

そんな中、数分すると一階へと到着しエレベーターが止まる。誰も入って来る様子も無い。今の内に移動しよう。

再び通気口の中へ。あの子は心底嫌そうにしていたが問答無用で引き摺り込もう…としたが、通気口内の様子がどうもおかしかった。

「うっ…けほっけほっ!煙?」

通気口から黒い煙が流れ込んできて耐えられずエレベータへと戻る私。何かが燃えているのだろうか通気口は煙で満たされ移動するのは不可能な状態だった…。

…何処かで爆発が起きてたからそれが原因かしら?

しかしどんな理由であれ、これでは通る事が出来ない。危険だが廊下を通るしか方法はないだろう…。

「下に降りましょう」

「コクコク」

随分と嬉しそうね…。

通気口に入らなくて良いと分かったのか嬉しそうに何度も首を上下に動かす彼女。今自分が置かれている状況を理解しているのならこんな反応はしない筈なのだが…考えるのはやめておこう。

中に降りると、私は入口の陰に隠れ彼女を私の後ろに押し込み開閉ボタンを押しドアを開ける。

…反応なし。

ゆっくりと開かれたドアに外からは何も音はしない。どうやら人はいない様だ。ほっと胸を撫で下ろし外を覗きこんだ。覗きこんだ私の目に映り込んだのは、いつもこの子と一緒に歩いていた廊下の変わり果てた光景だった…。

爆発の影響か、彼方此方で火災が発生し黒煙を上げ、廊下には嘗ての同僚と、襲撃してきた軍人と思われる男の死体が転がっていた…。

「…っ」

目の前に転がる死体と人の焼ける臭いで胃の中の物を戻しそうになるが、私はそれを必死に耐えて彼女の手を引き廊下を歩いて行く。

「…くさい」

彼女は鼻を押えてそう訴えて来るが私もそれは同じだ。しかし、私はそれを口にしない。これは私の招いた事なのだから。彼らを殺した張本人がそんな言葉を吐いて良い訳が無い。

…でも、何で襲撃してきた軍の人間まで?

死体の状況からみて死因は爆発によるもの。戦いのプロである彼等が自分の攻撃で死ぬとは考えにくい。では、誰が…?

第三の勢力でも介入してきたとでも言うのだろうか?此処には国の半分以上のISが存在する。そしてこの場所は公には出来ないとなると狙うには絶好の場所ではある。

「でも今はそんな事考えている場合じゃないわね。今の内に急いでハンガーに向かわないと…」

状況は把握できないが、どうやら先程の爆発で双方共に被害が及んでいる様だ。なら、敵が混乱しているであろう今がチャンス。今の内にハンガーに向かいISを奪ってこの子を…。

この子の手を引き変わり果てた廊下を走る。瓦礫や、死体を跨ぎながら。その中の幾つかはまだ息があり呻き声を漏らす者も居たが私は足を止める事無く進み続けた…。

「ぅ~…」

「ごめんね。もう少しの我慢だから」

次第に顔色まで悪くなって来る彼女に私は謝る事しか出来ない。せめて外にでさえすればこの臭いや煙も少し位は弱まると思ったのだが。どうもハンガーに近づくに連れて煙の勢いも増していっている様な気がする。

おかしい。彼方此方で火災は起こってるけど此処まで酷くは…まさか!?

「ハンガーもさっきの爆発の被害にあってるんじゃ!?」

誤算だった。ISは本国も無傷で確保したい筈と確信していた為ISが破壊されるなんて事は考えていなかった。もし、ISが破壊されていたとしたら、もうこの子を逃がす事が不可能になる。

「…っ」

「あぅ!?」

私は彼女を抱えて廊下を走る。もう廊下に転がる死体を意識する事は無かった。いや、そんな余裕も無くなったと言うべきなのだろう。

息を切らしながら私は願う。無事であってくれと。しかしハンガーに辿り着いて私が目にしたのは残酷な現実だった…。

「そ、そんな…」

ガクリと膝をつく。私の目にしたのは最強の兵器の残骸。爆発の所為であろう。機体は黒く焦げ腕や脚はバラバラに散らばっていた…。それも一機だけでは無い全ての機体がそうなっていたのだ。

まさか、本当にISを破壊するだなんて…。

「どうすればいいの…?」

力無く誰も答えてくれる筈も無い問いを呟く。当然返って来る筈も無い。私の耳に届くのはパチパチと火が弾ける音だけだ。

頼りのISは鉄屑に変わり果て脱出手段は失われた。どうすればいい?どうすればここからこの子を脱出させる事が出来る?どうすれば…。

くいっくいっ…

…?

「何?どうかしたの?」

作り笑いで服を引っ張って来る彼女に微笑みかけると、彼女はすっとハンガーの奥の方を指差した。

「イカロス・フテロ…壊れてない」

「えっ!?」

バッと彼女の指差す場所を見る。すると、そこにはこの子の専用機であるイカロス・フテロが無傷で佇んでいた。

ど、どう言う事?どうしてこの機体だけ?

慌てて立ち上がって機体に近づいて行く。そして近づいてみて更に疑問が思い浮かぶ。妙なのだ。この機体の周辺だけは爆発の形跡がない。むしろこの機体に影響が無い様に爆発した様にも見る。まるでそうなる様に爆弾を設置して爆破したかのように…。

偶然とは考え辛いわね。他の機体は見事に破壊されてるのに…。

ともあれ、この子の機体が無事で良かった。何故この機体だけ無事だったかと言うのはこの際置いておこう。考えている時間は残されていないのだから。

「さぁ、機体に乗りなさい3510号」

そう言って彼女を持ち上げる。もう慣れてしまった彼女をコクピットに運ぶこの作業。これで最後だ。

「…?まだ空暗い」

「今日は特別なの」

いつもの訓練だと勘違いしているのか。そんなこの子に私はそう誤魔化すとこの子をコクピットに乗せてISを起動させ目的の座標を登録する。これで迷わずに真っ直ぐ目的地に向かえる筈だ。

「………」

…ついに来ちゃったかぁ。

来なければ良いと思っていた。ずっと続けばいいと、この子の傍に居たいと。でもそれは許されない。別れの時間がやってきてしまったから…。

「3510号」

私は最後に微笑んで話し掛ける。お別れは笑ってしようとそう決めていたから…。

「?」

「ハイパーセンサーの指示する場所に向かって飛ぶのよ?良いわね?」

「ん」

「あと、此処には戻って来ちゃ駄目。分かった?」

戻ってきた頃にはきっとこの場所は更地に変わって誰も居ないだろうから…。

「!……フルフル」

「駄目」

「や」

「言う事聞きなさい」

「いや!」

「きゃっ!?」

激しく首を横に振りあの子は私の言葉を拒絶すると、彼女はISに強化された肉体で私を軽々と持ち上げる。一緒に連れて行こうと考えているのだろう。一人ぼっちになるのは嫌だから。この子は孤独が嫌いだから。きっと誰かが傍に居てあげないとこの子は生きていけない。でも、此処から逃げなければ今死んでしまう。それだけは私が阻止しなければならない。この子を愛する者として…。

「…大丈夫。迎えに行くから」

彼女の頬に手をそっと触れて優しく語りかける。子供をあやす様に優しく…。

そう、必ず迎えに行く。

「…」

「絶対に、絶対に迎えに行くから。それまで待ってて、ね?」

例えこの身が朽ち果てようとも、必ず迎えに行く。貴女が全てを終えた時に絶対に迎えに行く。そしたらまた一緒にくらそ?またあの暖かな日々を…。

「一人は…いや」

「一人じゃないわ。貴女が行く所は人が一杯居るの。きっと友達も出来る。寂しいなんて事は絶対にない」

「…何処?」

「学校よ。知識にはあるわよね?」

「コクリ…勉強するところ」

「そう。あと、友達を作る所」

「ともだち…」

「そうよ。此処では絶対に作る事が出来ないもの…だから、作っていらっしゃい。きっと掛け替えのない宝物になるから」

その存在は、きっと貴女の人生をより暖かな物へと変えてくれる。貴女を孤独から守ってくれる。もう、私は貴女を守れないけどその友達がきっと貴女を守ってくれるから…。

「…………行ってくる」

「良い子ね」

長い沈黙後、渋々ではあるが友達と言う物に興味が出たのだろう。私の言う事にあの子は従ってくれた。

…そうだ。大事な物をあげるの忘れていた。

「ミコト…」

ぽつりとそう呟く。

「?」

「貴女の名前よ。何時までも3510号だと友達出来ないからね。ミコト・オリヴィア。それが貴女の名前」

番号じゃなく。貴女が貴女だと証明する名前。貴女だけの名前。私が最後に送ってあげられるもの…。

「ミコト…ミコト…」

そう何度も繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。心に刻みつけるように。ミコトは何度も呟く…。

「ん…」

「気に入って貰えたかしら?」

「コクリ…クリスがくれたから」

「…そう」

ああ、卑怯な子だ。もう覚悟していたつもりなのに。そんな言葉を滅多に見せない笑顔と共に言われたら覚悟が揺らいでしまうではないか…。

「っ…これ!『織斑 千冬』と言う人に渡してちょうだい。きっと力になってくれる筈だから」

こみ上げて来る涙をぐっと堪え、手紙を取り出すとミコトに渡す。力になってくれるなんて何の根拠のない出まかせだ。これは唯の私の願望でしか無い。しかし私には彼女にしか頼れる人物なんて居ないのだ。

「ん…」

バサァ…

「ミコト」

翼を広げ飛び立とうとする彼女の背中に私は呼び掛ける。

「?」

「いってらっしゃい」

「…いってきます」

最後の、本当に最後の言葉を交わし、彼女は鳥かごから抜け出し翼を羽ばたかせて大空へと旅立った…。

いってらっしゃい…そして、さようなら。私の愛しい娘…。

娘が飛び去っていった空を眺めながら私はこの数ヶ月間を振り返った。短くも長い日々だった。満たされた日々だった。愛おしい日々だった。

最初の頃は、面倒な仕事を押し付けられたと愚痴を吐いていたと言うのに。いつの間にか、あの子と過ごす日々が楽しくなって。掛け替えのないものになって…。

気付けば、あの子の事を我が子の様に想っていた…。

私の部屋にはあの子との暮した思い出が詰まっており、あの子の写真も沢山保管されている。あの子との思い出。あの子との過ごした日々。それは、私にとって宝物だった…。

どうか、あの子の行く先にも温もりが在りますよう…。私はそう願い天を仰ぐ…。

嗚呼…どうやら終わりみたいね。

後ろの通路から聞こえて来る大勢の足音。きっと軍の人間だろう。私の人生も此処で幕閉じだ。

「ミコト…さようなら」

そう呟いた瞬間、私の視界は紅く染まり。意識はそこで途絶えた…。











――――Side ???






「研究所が所有するIS5機奪取が目的だったんだけど…」

バイザー型のハイパーセンサーが映し出すのは黒煙を上げる研究所と、ハンガーに転がる4機のISの残骸。まさかこっちが襲撃する前に自爆するなんて思いも因らない事が起きてしまった。

面倒な事を…。

自決するのは勝手だがそんな事は私が関与していない所でやって貰いたい。スコールにどう報告すれば良いのやら…。

「ん…?」

センサーに反応が在りセンサーが指す方向を見ると、ハンガーからISが物凄い勢いで飛び出して来る。あの特徴的な翼。報告で聞いたギリシャが開発した第三世代か…。

「せめて1機だけでも確保しないと言い訳も出来ないわね」

何せ、何処ぞの『お構いなしの雨』はこっちの事情など考慮してくれないのだから。

内心そう愚痴を溢すと『サイレント・ゼフィルス』奔らせ、飛び去った新型の後を追う。しかし流石は新型と言った所か、高速機動型なだけはあってこの機体では追い付けそうに無い。接近して取り押さえようと考えたが無理そうだ。なら自慢の羽を千切って落としてしまおう。そう判断した私は『スターブレイカー』を構えて照準を定めて撃ち放つ。

ビュンッ…

『…?』

「避けたか」

易々と回避され少しイラっとしながらも再度狙って銃を撃ち放つ。しかし結果は同じだ。何度撃っても奴には掠りさえしなかった。

「ちっ…ちょこまかとっ!」

『???』

「いい加減落ちろっ!……なっ!?」

苛立ちの籠った声でそう叫ぶ。しかし叫んだ瞬間センサーから新型の姿が消える。

「何処に消えた!…あそこかっ!?」

センサーが再スキャンした結果。新型は私が居る場所とはかなり離れた場所を飛んでいた。一瞬にしてあんなに距離を離されるとは。私は信じられない物を目にしている気分だった…。

『エル。作戦は失敗よ。戻りなさい』

急に響くISのプライベート・チャンネルの作戦失敗を意味する声。

「まだ終わって無い」

『いいえ。貴女のそのサイレント・ゼフィルスではあの新型には追い付けないわ。それに、随分とエネルギーを使ったんじゃない?』

声の主の言う通りゲージがかなり減っていた。このまま撃ち続ければ帰りのエネルギーまで使ってしまう事になるだろう。

『戻りなさい。良いわね?』

「っ…了解」

小さく舌打ちすると、私は方向変えて、新型とは違う方へと飛び去って行く。心に苛立ちを残して…。

『そう苛立たないでよ。どうせまた会うことになるんだから。その時に奪えば良いわ。あの機体が完成している状態で…ね』

励ましている…つもりなど毛頭ないのだろう。唯、声の主は好き勝手に話しているだけ。こちらの都合など関係無しに…。

それに、私が苛立っているのは落とせなかったという悔しさから来るものではなかった。あれは…。

…苛々する。まるで遊ばれているみたいだった。

そう、あれは。まるで遊びに付き合わされているようで。私など眼中に無かったと言った雰囲気で…。

「次は…必ず…」






















―――Side 織斑 千冬
     IS学園




「今日の授業はこれで終了とする。解散!」

「「「「有難うございました!」」」」

もう今年も終わりか。毎年毎年、喧しい馬鹿者共が集まって来るが如何にか物になりつつあるな。まぁ、まだまだひよっこ以前だが…。

全員が礼をするとキャッキャッと騒ぎながら校舎へと戻っていくのを眺めつつそんな事を思っていると、キラリと何かが空で光った様に見えた。

む?何か光ったか?

陽の光で何かが反射して光った様に見えたが…気のせいだろうか?

目を細めじっと空を眺めると、やはり空でまた何かが光った。飛行機かとも思ったが明らかに小さい。それにこの速度…ISか!?

「山田君!今直ぐ生徒達を避難させろ!」

「え?な、何でですか?」

「いいから急げ!」

「は、はいぃ!?み、皆さ~ん!急いで校舎に戻って下さぁ~い!」

私の怒声に涙目になりながらも彼女は慌てて生徒達を校舎へと誘導する。どうにか生徒の避難は間に合いそうだが…しかし何処の馬鹿だ。白昼堂々とこの学園にISで乗り込んで来る奴は。

空を睨み待ち構える事10秒。小さな点だった機影も今ではハッキリと視認出来る。目立つ翼とシルエットから察して高機動特化機と言った所か?

良い度胸だ。捻り潰して委員会に叩きだしてやる。

そう後の事を考えながらも演習で使用していた打鉄に乗り込み。さあ、相手になってやろう。と、勢い良くスラスターを噴かせ向かってくる未確認機体と接触…する筈だった。

「…何?」

余りにも予想外の結果に、呆然と後ろを振り向く。

なんと、接触すると思われたソレは。私など見向きもせずに横をすり抜け、そのまま校舎の方にも向かう事無く大きな爆音と共にグランドにクレータを作り停止したのだった…。

「んきゃあああああっ!?」

…どうやら爆風に巻き込まれた馬鹿者がいるらしい。聞きなれた同僚の間抜けな声に、私は頭を押さえやれやれと溜息を吐いた…。











「この機体。酷く破損してますね。よくこんな状態で…」

グランドに墜落してきた機体は酷い状態だった。両足は千切れかけ、本来なら美しかったであろうその大きな翼も表面が剥げ、無残な物だった。

「攻撃による物では無いな。機体の方が耐えられなくて自壊したのか…」

一体何処から飛んできたかは知らないがとんだ欠陥品だな。この機体は…。

長距離飛行に耐えられず自壊するとは。ISと呼ぶには余りにも酷い出来だ。元々ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。現在は軍事転用されているが、それでも攻撃されたのなら兎も角として。飛行しただけでこうはならないだろう。

「何処の機体でしょう?見た事無いですね」

私の記憶にもこんなISは存在しない。こんな余りにも特徴的な機体を見れば忘れる事はないだろう。

「どこぞの国が鉄砲玉として送り込んで来たかとも思ったが…どうやら違うらしい」

「て、鉄砲玉って…」

そんな馬鹿な事を考える連中がこんな間抜けな事をする訳も無いだろうし、それにこの機体。どうやら武装もしていないらしい。

「と、とりあえず!パイロットを助けましょう!…ってええ!?」

「…っ」

これは…どう言う事だ?

クレータを滑り降り、半壊した機体からパイロットを引き摺り下ろそうとコクピットに近づいた私と山田君はパイロットの顔を見て言葉を失う。何故ならそのパイロットは…。

「お、織斑先生…?」

私と瓜二つの少女だったのだから…。









あの後、私と山田君は急いでこの少女を保健室に運んだ。幸いな事に、シールドはちゃんと機能していたため彼女の身体に怪我は存在しなかった。

「疲労で眠っているだけで、命には別状はないそうです」

「そうか…」

夕陽に照らされて茜色に染まる保健室のベッドで白い少女は眠っていた。彼女の言う通り本当に疲れていただけなのだろう。その表情はとても安らかな物だった。

「あの、この子は一体何者なんでしょうか?えっと、その…何て言うか…」

「私に似ている、と?」

「あ、はい…」

言葉に困っていた彼女に私はハッキリと発言すると彼女は目を逸らして頷く。確かに聞き辛い事なのかもしれないが、真実を先程知ってしまった私にとっては何を今更と言った感じが強く。特にコレと言って気にする様な事は無い。

不快極まりない事は変わらないがな…。

ポケットから封筒を取り出すとそれを睨みながらそう思う。この少女を保健室に運んだ後。私はこの封筒の中身を確認したが。本当に不快極まりない内容だった。

「あの…?その封筒は?」

「別に中身を見ても構わないですよ」

「え?あ、はい。えっと、手紙…ですね?なになに……これは」

手紙の内容に彼女の表情が困惑から一気に眉がつり上がり真剣な物へと変わる。唯事では無いと判断したのだろう。まぁ、この学園に居る以上、こう言う事は表に見えないだけで裏では日常茶飯事なのだが。今回はかなり特殊な例だ。

「この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…」

「…」

この手紙を書いた本人はこの少女とどんな関係で、どんな気持ちだったのだろうか。私にそれを知る術は無いがきっと悔しい気持ちで一杯だったに違いない。この少女を手放す不甲斐無さ。この少女を守れない自分の無力さで…。もし、自分もこの書き手と同じ状況だったらどうしただろう。一瞬、弟の顔が頭を過ぎったが直ぐに私はそれを振り払う。

私は、決して手放したりなどしない。守ってみせる…。

「…あとは、データディスク?」

封筒から出て来たのはデータディスク。私を不快にさせた原因がそのディスクの中に入っている…。

「何が入ってるんでしょう」

「『クローン計画』とやらの情報だよ」

「クローン…計画…ですか?」

「さっきも君は言っただろう?私にそっくりだと。つまりそう言う事だよ」

クローン計画。私の遺伝子でクローンを培養。私と同じ能力を持ったIS操者を量産すると言うふざけた計画だ。まさか私が知らぬ所でそんなものが行われていようとは…。

「そんな…だ、だって!人間のクローンは!」

「国際条約で禁止されている。だが、これは事実だ」

目の前の少女は紛れも無く私のクローンだ。肌と髪の色は異なるがな…。

「…この子どうするんですか?」

「…」

―――この子を、守って…。

守って…か。何と身勝手な事を言ってくれる。

IS学園特記事項。本学園に於ける生徒は、その在学中に於いて、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。この学園の生徒になれば少なくとも3年は身の安全が保障される。そして、この少女なら生涯安全が保障されるだろう。その寿命故に…。

だが、それは学園側が受け入れればの話だ。こんな厄介事受け入れるとは考え辛い。特に、この子の出生を知れば尚更だ。

「この子を守ってって…この手紙を書いた人はどうしたんでしょうか?」

「…さあな。最悪、死んでいるかもしれんな」

「そんな…だったら何でこの子と一緒に逃げなかったんですか!?」

「この少女個人なら学園が受け入れる可能性が高くなるからだ。この手紙の主が一緒に居れば学園の性質から考えて確実に受け入れを拒否しただろう。少しでもこの子供が助かる確率を高める為、自分の命を切り捨てたか。別の意味でもな…」

あの機体の破損状況。一人だから此処まで辿り着いたものの、もし二人なら途中で墜落していた。

そして、この学園でなければ延々と逃亡生活をしなければいけなくなる。死と隣り合わせの…。国は絶対に逃がしはしないだろう。ならせめてこの子だけは…と、そう言う事だ。

やれやれ…。

がしがしと頭を掻く。望んでも居ないと言うのにどうして厄介事とは立て続けにやって来るのか。それに…。

「…盗み聞きとは良い度胸だな。更識 楯無」

「えっ?」

「あらら…ばれてましたか」

ぱちんと扇を閉じる音を響かせひょこりと保健室の入口から顔を覗かせると、奴は悪びれる様子も無く部屋に入ってくる。

「何の用だ?まぁ、聞かなくても分かるが」

「はい♪生徒会長としてのお勤めを♪あとそのディスク下さいな♪」

「ほざけ。暗躍する生徒会長なんて居るものか。あとやらん」

どうせ遅かれ早かれ自力で情報を入手するだろうが。

「人聞きが悪いですね。せめて警護って呼んで下さいよ」

扇で口元を隠して優雅に笑う更識だったが。その笑顔を向けられた私はまったく笑ってはいなかった。寧ろその笑顔を見て唯でさえ苛立ってると言うのに更に苛立ちが増し、隣に居る山田君ががくがくと震えていた。

まったく、とことんイラつかせる奴だ…。

「ああ、あと。あの機体の解析が終わりまたよ」

何故それを貴様が知っているなどとは聞かない。もう質問するのも疲れる…。

「機体名は【イカロス・フテロ】何て言うか、名は体を表すって感じですね」

「イカロスの翼、ですか…ギリシャ語ですね」

「皮肉な名前を付けたものだ。由来した物語と同じ結末になるとはな。笑えん」

「機体の方も欠陥も欠陥ですからねぇ…どうするんです?このイカロス少女」

…。

「…貴様はどうして欲しいんだ?『生徒会長』殿?」

「私としては厄介事を持ち込まれるのは困りますけど、このIS学園に厄介事なんて日常茶飯事ですし。今更って感じですね」

否定出来ん…。

くすくすと笑う更識に頭を押さえる。本当に彼女の言う通りなのだから困る。だからこそ持ち込みたくないのだが…。

「私は『委員会』の決定に従うだけですよ。それが仕事ですから」

「ふん、狗が」

「酷いですね。生徒会長と言う責務を果しているだけじゃないですか」

黙れ女狐め。

「それで、どうするんです?」

「…さて、な」

安らかな寝息をたてている少女を見る。

―――この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…。

…まったく。

助けてやる義理は無い。寧ろ自業自得とも言えるだろう。しかしあの手紙の事を思い出すと、どうしても良心がズキズキと痛む。あの一言は無駄に言葉を並べるよりも遥かに重みがある物だった。

「はぁ、面倒事が増えたな…」

今からやらなけれならない山積みの仕事の事を考えると、溜息を吐かずにはいられなかった…。



















あとがき

会長が出る5巻はまだ読んで無いからキャラが書けないと言う(゜Д゜;

早く6巻まで読み進めないと…。



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第一話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/08 01:03

桜舞う春の空。暖かな風は花も甘い香りを運び学園の桜の樹を揺らす。

「ん~~♪」

今日の気分は気分は絶好調。この良い天気と暖かな気温は空を飛ぶのにもってこいのコンディションだろう。私は屋上で空を眺めてそんな事を考える。しかし何故だろう。何か忘れている様な気がする…。

「………ん」

ん、まぁいい…。

忘れると言う事はきっとどうでも良い事なのだろう。私は引っ掛かる事を記憶の奥の方に仕舞い込んで空を眺める事に集中する。本当にいい天気だ。千冬や真耶にイカロスを使っては駄目と言われているから使わないが、本当なら今直ぐにでも飛んでいきたい気分だ。でも、飛んだら千冬が怒るからやめておく。千冬は怒ると叩くから苦手だ。

「むぅ…」

早く飛びたい。真耶が言うにはもう少し我慢したら好きなだけ飛んで良いよと言っていたが、何時まで我慢すればいいのだろう?

「ん~~…」

もう少し我慢する。今はこのぽかぽかで暖かな日差しの中で空を眺めて、お昼寝でもしよう。

「すぅ…」

そうして、私は今日もいつも通りお日様に見守られながら眠りについた…。

クリス…。

優しい母に包まれて眠る夢を見ながら…。














第一話「白き少女」













――――Side 織斑 一夏





「全員揃ってますねー。それじゃあSHRを始めますよー」

にっこりと笑顔で微笑み黒板の前でそう告げるのは俺のクラス副担任である山田真耶先生。身長は低めで外見も生徒に混じっても違和感ない程だというのにこれで先生だと言うのだから世の中分からないものだ。

しかも着ている服も少し大き目でサイズが合って無く。なんだかその姿は背伸びをする子供を連想させる。本人に言ったら怒りそうだが…。

これもこの学園だからこそ、なのか?な訳無いか。

入学式で他の教員を見たが別にそう言う訳でもなかったし。まぁ、それでも他の学校と比べれば若い先生も多くて皆女性教員だったけど。

「それでは皆さん。一年間よろしくお願いします」

『…………』

し~ん…

柔らかな笑顔での挨拶。本来なら見惚れても良い程のその笑顔もこの教室を包む変な緊張感の中では何の意味もなさない。誰一人山田先生の挨拶に無反応なのだ。まぁ、その変な緊張感というのは多分、自分が原因だろう。絶対。だってこの教室に入った時からずっと背中に視線が突き刺さって痛いんだもん…。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で…」

ああ、可哀そうな山田先生。まさか無反応だなんて思わなかっただろうに…。

でもスイマセン。反応してあげたいんですけど突き刺さる視線で金縛り状態なんです。動かないんです。むしろ俺を助けて下さい。何故?何故って、お前…。

俺以外のクラスメイトが全員女子だからだ!

そう、此処は女性にしか動かす事が出来ない兵器。IS(インフィニット・ストラトス)の操縦者を育成するための学校。つまり、女性しか入学出来ない訳である。本来なら…。

突き刺さる視線の理由は当然クラスにぽつんと男子が一人だけ居るから。しかも目立つ『真ん中の前から二列目の席』。そりゃ目に入るし気にならない訳が無いし視線も集まる。しかもこの学園に来る前に、ニュースで大々的に世界に自分の存在を放送されたのだからちょっとした有名人だ。自分は望んでなんていないし有名になっても嬉しくもないが。何故なら現在の様に見世物状態になるのだから…。

何でこんな事になったんだっけ…。

思い起こせば今年の2月。俺、織斑一夏が試験会場を間違ってISを起動させてしまったのが原因だ。女性にしか動かせない筈が何故か男の俺が動かしてしまって俺の意思に関係無く強制的に入学させられてしまったのだ。まぁ、ぶっちゃけると誰が悪いか問われれば会場間違えた自分が悪いですすいませんでした。って話になる訳だが…。

弾ならハーレム最高!とか言って喜ぶんだろうけどなぁ。

実際に男一人で女に囲まれるという体験している身から言わせてもらえれば、男子校行きたいです。マジで…。

ちらり

「………」

救いを求めて窓側の席に視線を向けるのだが、その視線の先に座っていた無慈悲な幼馴染 篠ノ之 箒は視線を送っても顔を逸らすだけ。箒さんや、それが6年ぶりに再会した幼馴染に対する態度でしょうか?もしかして俺嫌われてる?俺何かした?なんにも記憶にないのですが…。

「……くん。織斑 一夏くん!」

「は、はいっ!?」

目の前から聞こえる自分の名を呼ぶ大きな声によって逃避していた魂を現実へと引き戻され、はっとして裏返った声で返事をしてしまう。

「あっあの、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!自己紹介、『あ』から始まってい今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?だ、駄目かな?」

掛けているメガネがずり落ちそうになる程ペコペコと頭を下げる山田先生。何て言うか、その、先生としての威厳が全く無い…。生徒にそんなに頭を下げるのはまずいんじゃないだろうか?それに今日は入学初日であって生徒に舐められる様な事はしない方が…。

「いや、あの、そんなに謝らなくても…っていうか、自己紹介しますから、先生も落ち着いてください」

「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ?絶対ですよ!」

がばっと顔をあげて、俺の手を取り熱心にそう聞いて来る山田先生。

いや、そんな熱心に言わなくても…。ていうか皆自己紹介してるのに俺だけやらないって言うのは不味いでしょ。雰囲気悪くなるし。てか近い、近いって!

何にしても、自己紹介は入学初日のイベントみたいなものだからやるしかないだろう。やると言ってしまったしやってやろうではないか。何事もはじめが肝心だ。最初の印象が交友関係を大きく左右させる。

さてと、何と喋るべきか…ん?

自己紹介を始めようと席を立ったは良いものの。俺の意識は自分の前の席に集中する。

空席…?

そう、空席である。入学初日に。別に珍しいと言う訳ではないだろう。風邪かもしれないし家の都合かもしない。でも、俺は前の空席が妙に気になった。さっきまで現実逃避して気付かなかったくせにとは言わないで貰いたい。色々と一杯一杯なのだ俺も。

「あの…」

気になったので山田先生に聞いてみる事にする。副担なんだしこの空席の生徒の事も知ってるだろう。

「はい?何ですか?」

「いや、どうでも良い事なんですけど。前の席の人はどうしたんです?」

「え?ミコトちゃ…こほん。オリヴィアさんですか?さ、さぁ、どうしたんでしょう?入学式にも居なかったですし…あわわ!もしかして事故に遭ったんでしょうか!?」

いや、俺に聞かれても…。

大丈夫なのかこの先生は?涙目でうろたえている山田先生にそう思わずにはいられなかった。とりあえず分かった事は前の生徒の名前はオリヴィアさんって事と、先生も理由が知らないって事だ。

まあ、知らないならしかたないし。ただ単に気まぐれで気になっただけでそこまでして知る事でもないから良いか。

「山田君。オリヴィアは学園で暮らしてるのだから事故に遭う訳無いだろう」

…え?

沈黙の教室に凛として聞きなれた声が響いた途端、教室中がざわめき出す。だが、俺はそんなざわめきなど耳に入って来ない程に混乱していた。何故なら、突然現れて俺の目の前に立っていたのは…。

「あ、織斑先生。会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」

世界で唯一人の家族で姉である織斑 千冬だったのだから…。

職業不詳で家にろくに帰ってこないで危ない仕事でもやってるんじゃないかと思ってたらまさかIS学園で教師をしてただなんて…。

「そ、そんなことより大変なんですよ織斑先生!オリヴィアさんが!」

「どうせまた自由気ままに散歩でもしているんだろう。入試の時だって…」

「あの時は心配しましたよ~!試験会場に来ていないって連絡を聞いた時は授業ほっぽりだして飛び出しちゃいましたもん!」

おい教師!

「まぁ、結局は学園の屋上でぼーっと空を眺めてただけというオチだったがな」

そいつも随分とフリーダムですね!?

今の会話を聞いていると随分とアレな奴だと言うのが分かる。て言うか良く合格できたな。フリーパスで此処に来ている俺が言うのも何だが。

「まぁ、アイツの事はどうでも良い。どうせふらっと此処に来るだろう」

良いのか。それにしても珍しい。あの厳しい千冬姉が規則違反を許すなんて…。

一体どんな人物なのだろう?千冬姉がそんな自由気ままな行動を許すなんて束さん位しか思い浮かばない。まぁあの人は色んな意味で規格外なので参考にすらならないけど。それに千冬姉も許していると言うより諦めていると言った方が正しい。

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らっても良いが私の言う事は聞け。良いな」

何と言う暴君。流石は千冬姉だ…。

無茶苦茶な暴力発言に批判の声が上がるかと俺は思った。しかし、教室にはそんな声はまったく無く、それどころか喜びに満ちた黄色い声が響いた。

「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

お姉様って…いや、何も言うまい。

元々此処は女子高みたいなもんだし、そう言う物なんだろう。そうに違いない。そう自分に言い聞かせる。

「あの千冬様にご指導していただけるなんて嬉しいです!」

「私、お姉様のためなら死ねます!」

有名なんだなぁ千冬姉は。でも最後の人は落ち着こうな。

きゃーきゃー騒ぐ女子生徒達。まるで人気アイドルを前にして騒ぐファン達の様だ。たぶん間違ってはいないのだろうが騒がれている千冬姉本人はかなりうっとうしそうにしている。

「毎年、よくこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも私のクラスだけ集中させているのか?」

頭を押さえて本当にうっとうしそうに溜息を吐く千冬姉。毎年これなら気持ちは分からなくもないが、しかし愛想良くしても罰は…。

「きゃあああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾して~!」

前言撤回。今のままで宜しいかと存じます。むしろ毎年良く我慢できるね。流石、千冬姉である。

「やれやれ…まぁいい。織斑続けろ」

「え?…あっ、ああ!」

自己紹介ね。忘れてたよ。場の空気に流されて…。

濁流だったけども。

「えっと………織斑一夏です。よろしくお願いします」

名乗り終えると、頭を下げそして上げる。はい終了これで終わり!と言うつもりで頭を上げたのだが…目の前の女子生徒達は『もっと色々喋ってよ』的な視線を送って来る。そして『これで終わりじゃないよね』と言う場の空気。すいません終わりです。別に話す事なんて特にありませんし自慢する程の趣味や特技もありません…。

『………』

し~~~~ん…

…えーと。

どうする?どうするよこの空気。頼む助けてくれ幼馴染!と視線を箒に向けるがやはり逸らされる。薄情者め…。

い、いかん。このままじゃ『暗い奴』のレッテルを貼られてしまう。

考えろ。考えろ俺。まだ何か方法がある筈だ。俺は脳をフル稼働し思考を巡らせ、そして…。

「以上!」

大きな声で堂々と自己紹介の終了を告げる。それを聞いた途端、一斉にずっこける女子生徒達。彼女達は一体俺に何を期待していたのだろうか…。

パァンッ!

「いっ―――!?」

無駄にでかい音と共に後頭部に衝撃と激痛。後ろを振り向けば千冬姉が出席簿を片手に俺の真後ろに立っていた。あの出席簿で叩いたのかそりゃ痛い訳だ。

「挨拶も満足に出来んのかお前は」

「いや千冬姉…俺は…」

「学校では織斑先生と呼べ」

パァンッ!

よ、容赦ねぇ…。

二度目の衝撃に「うおおおお…」と呻き声を上げながら頭を抱えて縮こまる。

「え?織斑くんって、あの千冬様の弟…?」

「それじゃあ、世界で唯一ISが使えるのも、それが関係して…」

しまった。今のやり取りで俺と千冬姉が姉弟だと言う事がクラスの皆にばれてしまったようだ。まぁ、遅かれ早かればれる事だから問題無いだろう。

「無駄な事に時間を使ってしまったな。では次の生徒自己紹介を……まったく、漸く来たか。馬鹿者め」

え?誰がだ?

俺の自己紹介が終えて次の生徒の番に移ろうとした時、突然千冬姉が妙な事を言いだした。漸く来たか。確かに千冬姉はそう言った。しかし、教室には誰もやって来てはいない。俺を含めて千冬姉を除く教室の全員が困惑するが千冬姉本人はそんな俺達の事を気にもしないでその『誰か』が来るのを待つ。

ガラッ

ホントに来た!?

すると、驚くべき事に千冬姉の言う通り黒板側のドアが開いて前の空白の席の主であろう生徒が入って来たのだ。しかし本当に驚くべき事はそれでは無かった。その生徒が入ってきた途端。再び教室中がざわめき出し、誰もが自分の目を疑った。俺も、今まで我関せずだった箒も目の前にある光景に言葉を失う。何故なら…。

「遅刻だ。何をしていた馬鹿者」

「空…みてた」

教室に入ってきた千冬姉と並ぶ白い少女は背や髪、肌の色は異なるものの、千冬姉と瓜二つだったのだから…。

「え?千冬様の妹?」

「そっくり…」

「でもオリヴィアって名字だよね?」

そんな訳が無い。俺に妹なんていないし俺は彼女を知らない。全くの初対面だ。

え?ど、どう言う事だよ!?

他の生徒達は千冬姉の小さい頃を知らないから似てる程度にしか思わないだろうが俺は千冬姉が小さい頃から知ってるから分かる。そっくりとかそう言うレベルでは無い。同じなのだ。まったく。千冬姉の黒とそっくりさんの白でまるでコントラストを見ている気分だ…。

パァンッ!

千冬姉にそっくりな少女に千冬姉は俺と同様に容赦無く出席簿を少女の頭に叩き込む。

「あぅ…」

頭の痛みに叩かれた所を両手で押さえる白い少女。先程俺も叩かれたから分かる。あれ、痛いよね。

「馬鹿者が。いい加減自由放漫な態度は直せと言っているだろう。…まぁ良い。自己紹介をしろオリヴィア」

「…ん」

若干恨めしげに視線を送りながら頷くオリヴィアと呼ばれた少女。そして千冬姉の指示通りに戸惑う俺達を前に自己紹介を始める。

「…ミコト・オリヴィア」

『………』

し~~~~ん…

あれ?デジャヴ?

静まり返る教室にそして名前を言った後、黙りこむオリヴィアさん。この光景さっきにもあった様な気がするのは気のせいでは無いだろう。だって当事者は俺な訳だし。

「(え?それだけ?)」

「(他にも言うべき事あるよね!?)」

「(千冬姉様の関係とかほら!)」

何やら期待やら好奇心に満ちた視線を送る生徒達だが、その視線を向けられる当のオリヴィアさんはまったく気にしていないというより気付いていない様子。たぶんこのまま放置すれば自己紹介は終わるだろう。俺みたいに。

「あ、あの~、オリヴィアさん?他にも色々ありますよね?昨日練習したよね?ね!?」

「?」

何故か山田先生が必死になって訊ねるがオリヴィアさんは唯首を傾げるだけ。しかし昨日練習したと言うのはどう言う事だろう。山田先生とオリヴィアさんは私生活でも親しい間柄なのか?

「す、好きな物とか苦手な物とか~!」

涙目でそう訴える山田先生。何て言うか見てるこっちが辛くなって来る。生徒を不安にさせる教師ってどうなんだろう?

『(だから何故先生がそんなに必死になってるんですか…)』

恐らく、慌てふためく山田先生を見て教室に居る生徒全員がそう思っただろう。

「…好きな物は空と鳥。嫌いな物は暗いところ。狭いところ」

後半のやつは物じゃなくて場所だな。

「あと、専用機持ち…」

専用機と聞いてざわっと教室中がざわめく。

ん?専用機?

専用機と言う単語は俺には良く分からないのだが、周りの生徒の反応から察するに随分と凄い事のようだ。良く分からんが…。

「…おわり」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑と言いお前と言い…もう少しマシな挨拶があるだろう」

「…苦手な物は千冬」

パァンッ!

「あぅ…」

「織斑先生と呼べ。馬鹿者」

容赦ねぇ…。

しかし今の会話で千冬姉もオリヴィアさんと知り合いだと言う事が分かった。オリヴィアさんが千冬姉に似ているのはやっぱりそれと関係しているのだろうか?

ま、まさか!?顔も知らぬ親の隠し子!?

可能性は0じゃない。寧ろその可能性がかなり高―――。

パァンッ!

「な訳あるか」

何故俺の考えた事が分かるんだ…。

と、そこんな事をしている間にチャイムが鳴る。

「さぁ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えて貰う。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、良いなら返事をしろ。良く無くとも返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

選択肢が無いじゃないか…。

何と言う鬼教官。千冬姉が厳しいのは承知しているがこれは俺が知っている家に居る千冬姉の比じゃない。実はこの人、千冬姉に変装した別人では無いだろうか。そっくりさんが目の前に居る訳だしもう一人くらいそっくりさんが居てももう俺は驚かないぞたぶん…。

それにしても…サプライズ満載な入学初日だ。女子生徒だけの教室に実の姉が担任で、しかもその姉のそっくりさんまでいると言う。俺はこんなんでこの先やっていけるのだろうか?不安である。

「何時まで呆けている。馬鹿者」

パァンッ!

…本当に、不安である。

「…ジィ~」

「な、何だよ?」

自分の席にやってきたオリヴィアは、そのまま席に座るかと思いきや何故かじっと俺の方を見つめて来ては一向に座る気配が無い。

「…同じ?…違う…少し違う」

「は?何を言って…」

突然、意味深な言葉を言い出すオリヴィアに俺はどう言う意味か気になり、訊ねようとしたのだが、それは千冬姉の出席簿により阻まれてしまう。

パァンッ!

「あぅ…」

「早く席に着け」

叱られて素直に席に座るオリヴィア。しかし俺は今の言葉がどうしても気になってしまう。『…同じ?…違う…少し違う』あの言葉はどう言う意味なのだろう?同じとは何だ?何を指しているんだ?それに、彼女の纏う雰囲気。どうしても俺は彼女と他人の様な気がしなかった…。


















あとがき

祝!原作開始!

てか主人公なのに登場シーン短いなおい!?



[26146] IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第二話
Name: 金髪のグゥレイトゥ!◆60293ed9 ID:b6052bea
Date: 2011/03/09 21:53
―――一夏達がIS学園に入学する前のある日…。




「ふんふ~ん♪ふんふんふ~ん♪」

そこは奇妙な空間であった。部屋は薄暗く詳細不明な機材で埋め尽くされ地面を埋めつくすケーブルはまるで木々の根っこ。そんな不思議空間に響くのは若い女性の鼻歌とキーボードの叩く音のみ。キーボードをまるで楽器のようにタイピングして歌う女性の名は篠ノ之 束。ISの開発者である。

ぱらりろぱらりらぺろ~♪

「お?きたきた~♪」

まるで電話が鳴ると予想していたかのように独特な着信音を鳴らす携帯を見てにんまりと笑みを浮かべる束。その独特な着信音を鳴らす携帯をダイブしながら手に掴むと、すかさず携帯を開くと耳に当てた。

「もすもす~終日♪待ってたよ~♪ち~ちゃん♪」

『…まるで私が電話を掛けて来ると予測していたみたいだな』

電話の相手は織斑千冬であった。篠ノ之 束と織斑 千冬。その出会いは小学生から始まり。以来ずっと同じ学校同じクラスという。切っても切れない腐れ縁の仲である。まぁ、切れなくしているのは束本人が色々と細工をしているからであるのだが…。

「愛で繋がってるから…って待って待ってぇ!切らないでぇ~!」

受話器から電話を切ろうとする気配に気付き慌てて引き止めようとする束。二人の電話での会話はいつもこんな感じだ。

『気色の悪い事を言うからだ』

「もう、照れ屋さん♪…まってまってぇ!ちーちゃぁん!」

『…はぁ、まぁいい。今日は二つ頼みたい事が合って電話を掛けた』

「んん~?何かな何かな?ちーちゃんの頼みなら何だって聞いちゃうよ~?」

実際に篠ノ之 束に不可能は無いのだろう。ISを生み出した誰も匹敵する事が出来ないその頭脳。その気になれば世界だって征服できるかもしれない。だからこそ世界各国は篠ノ之 束を必死で探しており、自分達で保護したいと企んでいるのだ。

『クローン計画とやらに関わっていたクリス・オリヴィアの安否を知りたい。此方で調べても戸籍が抹消されていて調べようが無くてな』

「お安い御用だよ~。ちょちょいのちょ~いっと~!」

軽いノリで返事をすると、束は軍のデータベースを楽々とハッキングしてしまう。その掛かった時間は僅か3秒。軍のセキュリティーは涙目である。幾ら天才でも限度を超えている。

「ん~…残念だけどその人死んじゃってるよ?ギリシャに住んでたみたいだけど」

『…そうか』

「二つ目は~?」

人が死んだと言うのに軽い気持ちで次の話題に移る。束にとって千冬を入れた3人以外は興味の対象外で死のうが生きようがどうでも良い事なのだ。先程、残念と口にしてはいたがあれも本心ではないのだろう。

『ああ、実は直して貰いたい機体があってな…』













第2話「ともだち」












――――Side 織斑 一夏




「あー……」

まずい。耐えられん…。

一時間目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。なのだが、この教室内の異様な雰囲気の所為で俺は気が休まる事が無く。今にもその重圧で押しつぶされそうだ…。しかも世界でニュースになった所為で廊下には俺の姿を見る為に他のクラスからも新入生や在校生が詰めかけている。本当に動物園の動物の気分だ。これはSHRも時よりもひどい…。

そりゃ、女子高に男子が入学してきたと聞けば好奇心が湧くのは当然なのだろうが休み時間もこれだと本当に身が持たない。誰か助けてくれる人物はいないのだろうか?居ないだろうなぁ…。

「…ちょっと良いか」

「え?」

助けを求めていた所に、空気を呼んだかのように話し掛けてくる女性の声。俺は慌てて顔を上げると、そこに居たのはあれだけ我関せずの態度を取っていた六年ぶりの再会になる幼馴染の篠ノ之 箒だった。

六年も経つが髪型は今も昔も変わらずのポニーテール。雰囲気も昔のまま。いや、六年前よりも更に鋭さを増したようにも思える。例えるなら日本刀の様だ。

「廊下で…は無理だな」

廊下を見れば女子で埋め尽くされており、視線も気になって落ちついて話も出来そうに無い。とりあえず人の目が無く落ちつける場所が俺としては好ましい。もっとも、此処以上に人の目がある場所なんてそうそう無いだろうが…。

「早くしろ」

「お、おう」

自分について来いと言わんばかりに廊下へ出て行ってしまう箒。そして箒がやって来ると廊下に居た女子達一斉にざあっと道を空ける。まるでその光景はモーゼの海渡りだ。

まぁ、そんなこんなで移動に苦労せず屋上にやって来れた俺と箒。屋上は授業を挟む短い休憩もあってか、人の姿は見られなかった。勿論俺達の後を付いて来て屋上の入口には教室の時同様に女子達で溢れていたが。まぁ、教室よりは幾倍もマシだろう。

しかし屋上にやって来たは良いのだが、話し掛けて来た箒は一向に話し掛けて来ようとしない。屋上まで連れて来て置いて何も話さないとはどう言う事なんだ?あの場から抜け出せただけでも俺は助かるがこれはこれで辛いぞ。

「そういえば」

「何だ?」

何時までも無言でいるのも気まずいのでふと思い出した事もあり俺から話を切り出す。

「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」

「………」

俺の言葉を聞いて顔を赤らめる箒。いかん。どうやら気に障る様な事を言ってしまったみたいだ。何か表情が険しい…。

「何でそんな事知ってるんだ」

「何でって新聞で見たし…」

「な、なんで新聞なんか見てるんだっ!」

何を言ってるんだ箒は。意味が分からないし言っている事が無茶苦茶過ぎる。まさかこんな所まで連れて来られて新聞読むな何て言われるとは思わなかった。まぁ、無茶苦茶言われたが相変わらずの男っぽさに安心した。元気そうでなによりだ。

「まぁ、その、何だ…」

まずこれは言っておくべきだろう。久々にあったのにまだ済ませて無いし。

「何だっ!?」

少しは落ち着け…。

「久しぶり。六年ぶりだけど、箒ってすぐ分かったぞ」

漸くこの言葉を言う事が出来た。拙宅再会したのに挨拶無しは寂しいもんな。

「え…」

「ほら、髪型一緒だし」

やはり箒にはポニーテールが良く似合う。サムライってイメージだし。

「よ、良くも覚えているものだな…」

「いや、忘れないだろ。幼馴染の事くらい」

「………」

ギロリ

いや、そこで睨む。怒る。不機嫌になる!?

キーンコーンカーンコーン

どうやら休憩時間も終わりらしい。二時間目を告げるチャイムにそれまで入口を埋めつくしていた女子達も授業に遅れる訳にもいかないので自然に教室へと戻っていく。

「さて、俺達も戻る…あれ?」

戻るか。と言い掛けた所で俺は屋上の片隅に視線が止まり。言い掛けていた言葉も疑問へと変わる。

「どうした?」

「いや…あれ」

俺は視線を先を指差す。指された場所にはあの千冬姉に瓜二つの少女。ミコト・オリヴィアがチャイムが鳴ったと言うのに教室に戻ろうともせず空を眺めている姿があった…。

「あいつは…」

やはり箒も気になるのだろう。箒も千冬姉とは小さい頃からの付き合いだ。それに箒の姉である束さんは千冬姉に親友でもある。気にならない方がおかしいだろう。

「あいつ、チャイムが鳴ったのに戻ろうとしないみたいだけど。大丈夫か?」

流石に入学式、SHR、そして授業までその日の内に3回遅刻したなんて笑い事じゃ済まされないぞ。千冬姉もそろそろ堪忍袋の緒が切れるかもしれない。唯でさえ怒って無いのが不思議なくらいなのだから…。

「声掛けた方が良いよな?やっぱり…」

「え、あ、ああ…そうだな…」

気が進まないのか、箒から返ってきた返事はハッキリしない物だった。まぁ、気持ちは分かる。身内にそっくりな人に出逢ったんだ。戸惑うのも無理は無い。俺だってそうだ。

でもだからって放置する訳にもいかない。という訳で急いでオリヴィアの居る場所に掛けて行き話し掛けてみた。

「お~い!オリヴィア!もう授業始まるぞ~!」

「…?」

声を掛けられたオリヴィアはこちらに気付くと視線を空から外し俺達の方を見て不思議そうな表情を浮かべる。

…いかん。やっぱり何度見ても千冬姉にしか見えない。

ぽわわんとした雰囲気は本人とは全くの別人なのだが。やはり顔立ちは本人その物で身内である俺には何度見ても戸惑ってしまい。今、感じているこの何とも言え無い気分は慣れそうに無い。

「…じぃ~」

また見つめられてるよ…。

SHRの時もそうだったが何故この子は俺をこんなに興味深そうに見つめるんだ?いや、他の女子も眺めてはいたがこの子の送って来る視線は他の女子の好奇心で向けて来る視線とは何か違う様な気がする

「やっぱり…ちがう…」

まただ。一体何が違うって言うんだ?

「違うって…何がだよ?」

「『私達』と少しちがう…」

…私達?

わ、分からん。この子が何を言いたいのか全く分からん。言葉が足りなさ過ぎる。

ちらっ…

「………」

箒に視線を送るが箒も何を言っているのか分からない様子で唯首を左右に振るだけ。困り果てた俺はとりあえず授業が始める事を伝える事にした。

「ええっと…とりあえず教室に戻ろうぜ?授業が始めるし」

「?」

いや、そんな不思議そうにされても困るんだが…。

話題を切り替え様としたが返って来たのは首を傾げて不思議そうにしているオリヴィアの表情のみ。そして俺は確信した。この少女は千冬姉でとは別人であると。何故なら千冬姉がこんなに可愛い仕草をする訳が無い。俺の姉がこんなに可愛いワケが無い!

「一夏。今何を考えた…?」

「イヤ、ナニモカンガエテナイゾ…?」

隣にある物凄いオーラを感じてだらだらを汗を流しながら俺は必死に誤魔化す。あれ?隣を見ていないのに鬼の姿が脳内に映ってルゾ?

「と、とにかく!早く教室に戻ろうぜ?千冬姉…じゃなくて、織斑先生にまた叩かれるぞ?今度は割と本気で…」

唯でさえ出席簿で叩かれるのは痛いのだ。それに千冬姉の怒りが加わればまさに鬼に金棒状態になる訳で。…ん?何か違うか?

「?…どうして?」

「どうしてって…授業があるからだろ?勉強するために学校来てる訳だし」

まぁ、授業の大半を理解できていない俺が言うのも何なんだが…。

「…勉強?」

「そうだな。勉強だ」

「勉強…学問や技芸を学ぶこと。学習する事」

「え?まぁ、そうだな。それで間違って無いと思う」

勉強の意味なんて普段普通に使っている言葉だから考えた事は無かったが、オリヴィアが今言った事で間違いないだろう。

「ん…なら、必要ない」

「え?」

「全部おぼえてる」

「ええ゛!?」

今何と言いましたかこの子は!?全部と言うのは学校で習う事全部と言う意味か!?一時間目の基礎知識でさえ俺には意味不明だったと言うのに全部覚えてるだと!?

アホの子っぽい雰囲気を漂わせていると言うのにこのギャップ。俺は自分の耳を疑い慌てて箒の方を見るが箒も俺同様に目を丸くしていた。

「専用機を持っている事から優秀なのだろうとは思ってはいたが…」

専用機持ちって凄いんだなぁ…。

箒の言葉にほへぇ~と息を漏らすと自分が入学した学校の凄さを改めて思い知らされる。超エリート校の名は伊達じゃない。俺なんてISの事が無ければこんな学校に入学出来る筈が無いのだ。成績なんてあんまり良い方でも無いし。

しかし、だからと言って授業を受けなくて良いと言う事にはならないだろう。此処は学校で俺達はこの学校の生徒だ。ならこの学校のルールに従う義務がある。

「でも、サボりはいけないだろ?」

「?…サボリ?」

「サボタージュの略だな」

「破壊活動…してない」

…うん。言葉って難しいね。鎖国状態の俺の頭に国際化が訪れるのは当分先になりそうだ。

「学生の本分は学業だ。学業を怠るなんて事はあってはならない。違うか?オリヴィア」

おお!そうだ箒!もっと言ってやれ!

「?」

しかし言われた本人は理解していない表情で首を傾げるばかり。そんな様子を見て箒は疲れたように溜息を吐く。小さく『まるで姉と会話している気分だ』と呟いていた様な気もするが聞かなかったと事にしておこう。

「はぁ…では問うが。お前は何のためにこの学園に来たんだ?」

「…ともだち」

「む?」

「友達?」

ぽつりと呟かれたその言葉に俺と箒はきょとんとしてしまう。まさか此処で『友達』と言う単語が出て来るとは俺も箒も思わなかったのだ。

「クリスに友達をつくって来いって言われたから…」

クリスというのが誰かは知らないがきっとオリヴィアの家族か何かなのだろう。海外では兄妹でも呼び捨てにする所もあるらしいし。

「学校はともだちを作るところってクリスが言ってた…」

「むぅ…」

「友達を作る所、か…間違ってはいないよな。うん」

まるで小学生に対して教える様な内容だが間違っては無いだろう。一人ぼっちの学園生活なんて最悪としか言いようが無い。一人で学園生活を送った所で思い出なんて一つも作れないのだから。

「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人」

さっきの勉強の事もそうだけど。まるで辞書に書いてる事をそのまんま声に出しただけみたいな言い方をしてるな。まるで知識をそのまんま暗記してるみたいだ。

「…よくわからない」

「え?いま自分で意味言ったじゃんか」

「…フルフル」

あ~…どうも会話が噛み合っていない様な気がする。何て言うか互いの主観と言う物が違うのかもしれない。

「良く分からないのに友達が欲しいのか?」

「ん…コクリ」

子供の好奇心みたいなもんか?

「なら、俺がオリヴィアの友達になってやるよ。俺も箒も友達だ」

「…ともだち?」

「ああ!」

「なっ!?一夏!?私は一言も!」

「良いだろ?別に友達になるくらい」

「し、しかしだな!」

箒はちらちらとオリヴィアの方を見る。

ああ、成程。やっぱ千冬姉に似てるから気になるんだな?

俺もまったく気にならないって訳じゃないが、実際に話してみて千冬姉とまったく違うってのは分かった。それに、外見で人を判断したらいけない事だろ?

「じゃあ、改めて自己紹介するな!俺は織斑 一夏!よろしくなオリヴィア!」

「…だから勝手に話を進めるな「ほら、箒も自己紹介しろよ」~~~~っ!…篠ノ之 箒だ!」

「…ミコト・オリヴィア」

「じゃあ、ミコトだな!よろしくな!」

「ん…一夏」

「あ~もうっ!勝手にしろっ!」

ははは、何照れてんだよ箒の奴。

顔を紅く染めてぷいっとそっぽを向く箒。相変わらず素直じゃないな箒の奴は。

「それじゃあ友達も出来た事だし、教室に戻ろうぜ?」

「ん」

満足そうに頷くミコト。表情はあいかわらずの無表情で読み取り辛い物ではあったが、何となくだその表情は笑っている様に俺には見えた。

「んじゃ急ぐぞ!大遅刻だ!」

「コクリ」

「こ、こら!一夏!て、ててて手!手を引っ張るなっ!?」

箒とミコトの手を引いて俺は走り出す。箒が何か大声で叫んでいるみたいだったが俺は気にせず走る。だってもう授業は半分くらい終わってる頃だしこれ以上遅れると本当にサボりになるだろ?流石に入学初日でそれはまずい。俺は唯でさえ授業について行けてないんだからサボリなんてする余裕は無いんだ。

そう言う訳で俺は全力で走る。遅刻はもうどうしようもないが走って教室に飛び込めば誠意は伝わる筈!駄目な時は道に迷いましたって謝ろう!

そんな事を願って俺達は教室に飛び込む。そして、そんな俺達を待っていたのは…。

「入学初日でサボりとは良い度胸だな。グランド5周今直ぐ行って来い!授業を遅れた分は放課後補習だからな!」

鬼の様な形相の織斑先生だったとさ…。

「「ば、馬鹿なっ!?」」

「…オワタ」

入学初日に3人揃って補習が確定。

ちーん…











「んだぁ~…しぬぅ~…」

二時間目が終わり休み時間になると同時に俺は自分の机にぐてーっと倒れ込む。まさか入学初日でグランドを25キロも走らされるとは思いもしなかった。箒も流石に堪えているみたいで眠そうにしてるしミコトなんてもう死ぬ寸前の状態だ。…てか大丈夫かミコト!?真っ白に…って、これは元からか。口から魂が出てるぞ!?

「ちょっとよろしくて?」

何だこんな時に!?今はミコトの一大事なんだぞっ!?

死にかけ(?)のミコトを見て慌てて駈け寄ろうとした俺を邪魔するように誰かが声を掛けて来る。俺は振り返るとそこに立っていたのはロールのかかった綺麗な金髪で白人特有のブルーの瞳をした女子だった。ややつり上がった状態の瞳で『私は偉いんですよ』的なオーラを全開に出して俺を見ているソレは、今時の女子をそのまんまに体現しているかのようだ。

今の世の中、ISを使えると理由だけで女性が優遇される。まぁ、優遇されるだけなら構わない。大昔の男が偉いという考えが逆になって再来しただけなのだから。しかし、その優遇の度が過ぎてしまったのが今の現状だ。女=偉いの構図が一般的な認識になり。男の立場が完全に奴隷、労働力になってしまっている。町中ですれ違っただけの女にパシリをさせられる男の姿も珍しくは無い。

まぁ、身に纏っている気品から察するに、実際に良いところの身分なのだろう。俺には関係の無い事だが。

「訊いてます?お返事は?」

「訊いてるけど…どう言う用件だ?」

前の席のミコトを気にしつつそう答えると、声を掛けて来た女子はかなりわざとらしい声を上げる。

「まぁ!なんですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

「…」

あ~めんどくせぇ…。

ISが使えるからってそんなに偉いのか?確かに今現在、国の抑止力の要となっているのはISだ。だからIS操縦者は偉い。そしてISを使えるのは女性しか使えない。だからといって全ての女性が偉いというのは可笑しいだろう。偉いのはIS操縦者であって女性では無い。そして仮に操縦者であったとしてもだ。限度と言う物がある。

「悪いな。俺、君の事知らないし」

自己紹介で名乗っていたのかもしれないが、あの時俺は余裕もなかったし千冬姉やミコトの事で頭が一杯で他人の自己紹介なんて聞いてなんていなかった。だから目の前の女子の名前も当然知らない。

しかしその答えがよろしく無かったらしい。それを聞いた途端、目の前の女子の目が更につり上がり目を細めると、男を見下したような口調で話を続ける。

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試次席のわたくしを!?」

次席かよ。いや、次席も凄いけどさ。何か微妙だな…。

代表候補生と言う聞きなれぬ肩書がどんなものか気になったが次席の方に気がいってしまって訊ねる事はしなかった。

「次席かよ」

あ、やばっ!?口に出ちまった!?

慌てて口を塞ぐが時既に遅し。

「な、なんですって…?」

あ~…やっぱりまずかったか。かなり怒ってるよ。

低い声で呟きぷるぷると拳を震わすセシリア。顔に影が落ちている所為で今どんな表情をしているかまったく把握出来ないが。まぁ、表情が見えなくても彼女から溢れ出る怒りオーラでお怒りなのは余裕で分かる。

「本来なら…本来なら!わたくしが主席になる筈でしたのに!それなのに!」

いや、悔しいのは分かるけどさ。認めようよ現実を。凄いと思うぞ?次席なんて大したもんだよまったく。頭の悪い俺には真似できない事だよ。

「そちらの方さえ居なければわたくしが主席でしたのに!」

「そちらの方?」

「そこでのびているオリヴィアさんの事ですわ!」

『ええええええええええええええ!?』

セシリアの声が大きかったためか教室にいた全員が衝撃の事実に驚きの声を上がった。勿論、その中に俺も含まれている。

ナンダッテ…?

ミコトが主席?HAHAHAHA!おもしろい事を言うなセシリアは。ミコトが主席な訳無いじゃないか。ほら、箒だって信じられないって顔してるだろ?きっとあれだよ。何かの間違いだよ。それか同じクラスにオリヴィアって名字の子が居るに違いない。うん、きっとそうだ。アハハハハ…。

「ヘー凄い奴がいたもんダナ。それで?そのオリヴィアって子は何処に居るんダ?」

「貴方の前に居るでしょう!?」

「ハハハハ…何言ってるんダヨ?こいつはミコトだぞ?」

「ミコト・『オリヴィア』さんでしょう!?貴方こそ何を言ってらっしゃいますの!?」

凄い剣幕だ。これ以上怒らせる前に俺も現実から逃避するのはやめておこう。

「えっと……マジで?」

「さっきからそう言っているでしょうに!」

そうか。マジなのか。と言う事は屋上でミコトが言ってたのも本当なんだな。すげぇなミコト。疑ってごめん。

当の本人は疲れで眠っているが心の中で謝っておく。

「そうか…でもそれはミコトの実力だろ?悔しいのは分かるけどさ、さっきの言い方はどうかと思うぞ?」

まるでそれはミコトが居なかった方が良いみたいな言い方で気に喰わない。そんなに嫌なら別の学校に行けば良いだろう。IS学習を組み入れている学校は世界各地にあるだろうに。

「…ふんっ、まぁ良いですわ。代表候補生でも無いオリヴィアさんと比べるのも馬鹿馬鹿しいですし」

「だからその言い方を止めろって言ってるだろ。さっきから代表候補生代表候補生って…そんなにそれが偉いのかよ?」

寝ている本人の目の前で悪口言いやがって。ふざけるんじゃねぇよ。嫌いなんだよ。そう言うの…。

「国家代表IS操縦者、その候補生として選出されるエリートが偉くないとでも言いますの?」

成程、代表候補生ってのはそう言う物なのか。言われてみればそのまんまだな。でも、だからどうしたんだ?それがミコトと何の関係がある?何も関係が無いじゃないか。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡…幸運なのよ。お分かりかしら?」

「分からないな。俺はお前と同じクラスになっても別に幸運でも何でもねぇし。寧ろ『友達』のミコトと一緒のクラスになれた事の方が100倍は嬉しいね」

「…何ですって?」

どうやら聞こえていなかったらしい。ならもう一度顔をひきつかせている代表候補生のセシリアに言ってやろう。

「聞こえなかったのか?俺はお前よりミコトと一緒のクラスの方が嬉しいって言ったんだ」

「んな!?なななななななっ!?」

白い肌を真っ赤にしてあまりの怒りで言葉にならないといった様子のセシリアを見て俺はニヤリと笑みを浮かべる。ははっ、友達を馬鹿にした奴を言い負かす事が出来て胸がスッとしたぜ。口喧嘩で女相手に勝つ事が出来るなんて俺もやれば出来るもんだな。

「一夏。いい過ぎだ」

「箒?」

今まで此方の様子を見ているだけだった箒が此方にやって来て仲裁に入って来る。何だよ?まさか箒はあっちの味方をするつもりなのか?

「友の悪口を言われて怒るのは無理もないが少し冷静になれ。初日で問題を起こすのは不味いだろう?」

箒にそう言われた瞬間。千冬姉の顔が脳裏に過ぎった。そうだ。もし俺が問題を起こせば千冬姉に迷惑が掛かるんだ…。

「そうだけど…」

「…まぁ、ミコトは私の『友人』でもある。不快に思わないでも無い。…しかし代表候補生殿。確かにお前は候補生に選ばれる程のエリートだが、それを言うのならミコトも専用機を持つエリートになる訳だがどうだろうか?」

「ぐっ…」

おお、箒の援護攻撃だ。

「エリート同士、互いに認め合い、競い合い、高め合うのがエリートらしい対応なのではないか?」

「っ…そうですわね。その通りですわ」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて箒の言葉に同意するセシリア。此処まで言われて反論すれば自らの立場を危うくするのが分かっているのだろう。俺もこれ以上は絡むつもりはない。

キーンコーンカーンコーン

すると、そこに空気を呼んだかのように鳴り響く三時間目の開始を告げるチャイム。それを聞いてほっと胸を撫で下ろす教室に居た女子一同。なんて言うか皆には悪い事をしたな。全然休めなかったろうな。すまん…。

「ふんっ…」

鼻を鳴らして不機嫌な表情のまま自分の席に戻っていくセシリアに俺はやれやれと溜息を吐く。こりゃ、面倒な因縁を付けたれたかもな…。

「全員席に着け。授業を始めるぞ」

全員が席に座り終わった頃にタイミングを合わせたかのように千冬姉と山田先生が教室に入って来た。

さて、気を取り直して勉学に励みますか。

「すぅ…すぅ…」

…とりあえずミコトを起こそう。三時間目が居眠りとかそろそろ本気で笑えないから。千冬姉が修羅になっちまう。







「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

一、二時間目とは違い三時間目は山田先生では無く千冬姉が教卓の前に立つ様にして授業を始まる。まぁ、担任は千冬姉何だし何ら不思議ではないか。一、二時間目を山田先生に任せたのは経験を積ませる為とかじゃないだろうか?だって色々とテンパる事が多いし…。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

思い出したように聞きなれない言葉を口にする千冬姉。クラス対抗?何だ?もう体育祭か何かか?随分と早いなIS学園。

「クラス代表者と言うのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席…まぁ、クラス長だな。ちなみに対抗戦は、入学時点で各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更は無いからそのつもりで」

…うん。何を言っているのかチンプンカンプンだ。事前知識0の俺はまったく会話の内容に理解出来ず置いてけぼり状態。教室中がざわざわと騒がしいが何か重要な事らしい。何だか責任重大そうだぞ?選ばれた奴はご愁傷さまである。

「はいっ!織斑君が良いと思います!」

…はい?

「では候補者は織斑一夏…他に居ないか?自薦他薦は問わないぞ」

いやいやいや!?何勝手に俺が候補者に上がってるんだ!?

「ちょっと待った!俺はやらな―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦された者に拒否権など無い。選ばれた以上は覚悟しろ」

いやいやいやいや!?本人の意思も大事だろ!?何これ!?最近こんなのばっかなんですが!?

IS学園に強制入学させられて今度はクラス長?冗談じゃない。俺の自由と意思は何処へ消え―――。

「待って下さい!納得いきませんわ!」

バンッと机を叩いて立ち上がったのは、俺とミコトに因縁を付けて来たセシリアなんとか?名字の方は忘れたがこの際なんでも良い。あいつの事はあまり好きにはなれないが今の状況を何とかしてくれるのならどんな奴でもどんとこいだ。

「その様な選出は認められません!大体、クラス代表が男なんていい恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにその様な屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

そうだそうだ!…って、ちょっと待て。今何か酷い事言われなかったか?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこの様な島国までISの修練来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ありませんわ!」

サーカスって…俺は猿扱いかよ。て言うかイギリスだって島国だろうが。

「いいですか!?クラス代表には実力があるものがなるべき、そして、それは国にも選ばれた代表候補生であるわたくしですわ!」

普通此処まで行ったら頭にのぼった血も下がるもんだが、どうやらアイツは違うらしい。それどころかますますヒートアップし始めている。クラス代表になんてなりたくは無いがここまで言われるとちょっと癪だ…。

「大体、文化として後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

あ…駄目だ。堪えられそうにない。

何かプッチンと頭の中で切れた様な音がした。もう何て言うかミコトの件もあって色々と我慢の限界だ。

「イギリスだって大してお国自慢はないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ…!?」

「何だよ?言い返せないのか?はっ他人の国の事笑えないじゃないか」

「あっ、あっ、あなたねぇ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

顔を真っ赤にして何を言い出すかと思えばそんなことかよまったく…。

「先に侮辱してきたのはそっちだろ?」

「決闘ですわ!」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。で?勝負の内容は?」

「此処はIS学園だと言う事をお忘れではなくて?」

成程…ISを使っての勝負か。セシリアの言う事は間違ってない。寧ろ道理と言っても良いだろう。

「わかった。じゃあ勝負はISで「少しお待ちなさいな」…何だよ?」

「イギリス代表候補生のわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会。なら、オリヴィアさんもこの決闘に参加して貰いましょう」

「ちょっと待てよ。ミコトは関係無いだろ」

「大ありですわ。同じクラスに専用機持ちが二人。どちらがISで優れているか証明させなければなりませんわ」

それはお前の都合だろ…。

どうやらまださっきの事で根に持っているらしい。まったく、これだからプライドの高い人間は…。それもセシリアは典型的な今時の女子だから更に手に負えない。

「別に誰が代表になろうとどうでも良いが。オリヴィアは誰にも推薦されていないぞ?」

そうだ。千冬姉の言う通りミコトは誰にも推薦されていないし自ら立候補した訳でも無い。ならこの決闘に参加する義務なんてミコトは無いんだ。

「あっ、じゃあ私がオリヴィアさんを推薦します!私としてはオリヴィアさんの方が気になってたし!」

「あ~!わたしもわたしも~!」

ちょっ!?空気読んでくれそこの女子!?

「ふむ。これで問題は無くなったな。それではオリヴィアとオルコットの勝負は三日後の木曜。織斑は一週間後の月曜。第三アリーナで行う。各自それぞれ用意をしておくように」

「ちょっ!?待ってくれ千冬姉!」

パァンッ!

いっつ~~…。

「織斑先生と呼べ。自薦他薦は問わんと何度言わせるんだ。馬鹿者」

「で、でも!ミコトはどちらかと言えば巻き込まれただけで…ほら!ミコトも何か言ってやれ!」

「…ぐ~…」

がたたっ。女子全員が一斉にずっこける。

ってうお~いっ!?

「さっきから何の反応も無いと思ったら寝てたんかいっ!?」

パシ~ンッ!

「……おぉ?」

俺にツッコミを入れられ目を覚ましてむくりと起き上がるミコト。きょろきょろと辺りを見回して状況を自分なりに把握しているのだろう暫く考え込むような仕草を見せて口を開く。

「…おひるごはん?」

「いやまだ二時間目だから!?」

まさかそんな言葉が来るとは俺も予想外だよ。

「はぁ…オリヴィア。三日後にオルコットと模擬戦をして貰う。良いな?」

「…んコクリ」

寝ぼけた表情で頷くミコト。あれは絶対理解していない。断言できる。

「うむ。それでは授業を始める」

ぱんっと手を叩いて話を締める千冬姉。俺の反論の余地も無く。決闘は決まってしまった…。

ミコトの奴、大丈夫なのか?いやそれよりも俺の方が大丈夫なのか?ISの操縦なんて入試の時が最初で最後だってのに…。

対戦まで後一週間の猶予がある。それまで基礎をマスターしておかなければ。その為に、とりあえず俺は基礎知識を身につけるべく授業に集中するのであった…。

まぁ…何とかなるだろ。たぶん。










あとがき

…一夏が主人公?

てか不味いですよ。5巻を読み終えたんだけどエムって千冬姉のクローンでない?少し話考え直す必要がありそうだ。








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