余録

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余録:フランソワ・ド・カリエールはルイ14世に仕えた…

 フランソワ・ド・カリエールはルイ14世に仕えた17世紀から18世紀のフランスの外交官である。その著書「外交談判法」(邦訳=岩波文庫)は、今日でも世界各国で外交に携わる者の必読書といわれる▲カリエールはだまし合いが珍しくなかった当時の欧州外交にあって外交使臣は「交渉において誠実であるべきで、ウソをつかぬことが大切だ」と訴えた。また同著は交渉者の専門職化の必要も主張した。つまり近代のプロの外交官による持続的な外交を提唱したのだ▲この本では外国使臣が赴任国の王や大臣の行状をけなして不信をかうのは「交渉家に許されぬ非常識」と述べられている。だが非常識に陥る者は何人もいて「必ず告げ口するに決まっている廷臣の前で任国の宮廷の利害に対して甲斐(かい)のない反感をあらわにする」のだ▲外交官なら一度は読んだことがあるはずの警告だ。なのに耳を疑ったのは、沖縄駐在の前米国総領事が任地の沖縄県民を「ゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも作れない」と米学生を前にしてこきおろしたという報道である▲今は国務省日本部長であるこのK・メア氏は「発言記録は正確でない」と釈明した。だが戦後の占領統治や基地問題を通し複雑な対米感情を抱える沖縄県民が学生の証言もある発言を「差別」と怒るのは当然だ。8日には沖縄県議会などが謝罪を求める決議を行った▲カリエールは先の「非常識」な行いについて、自分の感情のために国の利益を損ない「自らの無能力や不忠実を証明するもの」と手厳しい。そして言う。「よい助言者がいる君主ならば、こういう過ちに陥る交渉家を召還するに違いない」

毎日新聞 2011年3月9日 東京朝刊

 

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