通い慣れた道だった。07年12月6日、午前8時過ぎ。島根県安来市の市立第一中3年、安井尚平さんは自宅から学校へ向かいペダルを踏んだ。いつもなら15分ほどの道のり。民家が軒を並べる中、片側1車線の県道右側の歩道(幅約2メートル)を走り、左カーブにさしかかったころ、後ろから突然、対向車線を越え歩道に乗り上げてきたワゴン車が迫った。フロントガラスに頭を強く打つなどし、意識が戻らず家族の呼びかけにも応えないまま、2日後、15歳で息を引き取った。
ソフトテニス部に所属し、その年の夏は全国大会に進んだ。出棺の際は部員や友人らが「ずっと俺達の仲間だ」と大きく手書きした横断幕で見送った。人なつこく周囲に慕われる人柄。母(45)の夢に現れる姿はいつも笑顔を浮かべている。
ワゴン車の男性(26)は夜遊びの末の居眠り運転だった。合成麻薬の使用も発覚し、懲役3年6月の実刑が確定。尚平さんの父(50)は、息子が事故時に着ていた学生服を手に裁判を傍聴した。
尚平さんに落ち度はなかったが、父には悔いが残る。中学では自転車に乗る際にヘルメット着用を義務付けているが、尚平さんは3年になってかぶらなくなった。事故当日も前かごに入れたまま。「もっと注意していればよかった」。ヘルメットをしていれば命を落とさなかったかもしれない。運ばれた病院で少しでも話ができたかもしれない。
尚平さんが出席するはずだった翌春の卒業式では、同級生の生徒会長が答辞で尚平さんを悼みながらヘルメット着用を呼び掛けた。事故後、現場の歩道は拡幅され、ガードレールも設置された。だが、父の悲しみが癒やされることはない。「事故の前日だったかの夕食で、自分より大きくなった尚平が『一緒に背を測ろう』と言ったのに結局しなかった。あれをしていればとか、これがあれば事故はなかったはずとか、後悔ばかり」
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中学生の交通事故件数の9割近くが自転車乗用中だったことが、毎日新聞の集計で分かった。全世代の2割に比べて突出して高く、中学生の事故死亡者の2人に1人、負傷者の3人に2人は自転車に乗っている際だった。通学や買い物などに便利で身近な移動手段だが、何気ない日常に大きな危険が潜む。
政府は8日にも、全ての交通の基本理念や方向性を定めた上で自転車の活用も盛り込んだ「交通基本法案」を閣議決定する。だが、自転車用通路の整備やルール、マナーの周知など事故防止対策は道半ばだ。法案決定を機に、自転車を取り巻く現状と課題を探る。
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北村和巳、馬場直子が担当します。
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毎日新聞 2011年3月8日 東京朝刊