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天声人語

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2011年3月8日(火)付

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 前原誠司外相の違法献金をめぐる辞任に、米国の作家O・ヘンリーの短編「善女のパン」がどこか重なる。小さなパン屋でいつも古くて安いパンを買う男がいた。きっと貧乏なのだと女主人は思う▼ある日、彼女はこっそりパンにバターをたっぷり塗って渡す。だが男は建築家で、図を描くときにパンを消しゴム代わりにしていたのだった。情けが仇(あだ)となり、大事な図面にバターがついて台無しになる――。前原氏に献金をしていた焼き肉店の女主人も、よもや善意が足を引っ張るとは思わなかっただろう▼在日韓国人で、苦学する前原氏を少年の頃から励ましてきた人だそうだ。とはいえ外国人から政治家への献金は法に背く。批判、反省は当然だ。それでも外相辞任という結果には、なぜか収まりの悪さが残る▼将棋でいえば、政権は飛車を失ったような痛手だろう。前原氏は首相の慰留を断った。叩(たた)かれる前に辞めたとも言われ、泥船から逃げたとの臆測もある。いずれにせよ短兵急な辞任劇で、日本外交はまた「格付け」を下げることになる▼「日本では総理より草履のほうが長持ちする」と、笑えぬ冗談を日本通の米国人が言っていたと聞いた。外相はもっとはかない。在任2年余のクリントン国務長官には次が4人目。これでは「対等」とはまいらない▼総理をころころ代えるのは良くないという、ありがたい民意に菅さんは支えられてきた。だが、いよいよくたびれた草履の感が強い。踏ん張れるかどうか。歳月の空費で終わっては、情けが仇どころか恩を仇、となる。

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