ここ数週間で報じられた3つのニュースは、ロシアのアジア太平洋地域への回帰を告げるものかもしれない。1つ目は、昨年のメドベージェフ大統領に続く、ロシア国防相による、軍事視察目的の南クリール諸島(日本の北方領土)訪問に関するもの。2つ目は、ロシア海軍による太平洋上への照準シフトと、向こう10年で1億5000万ドル(約124億円)以上を投じた潜水艦・水上艦の配備拡大計画に関するもの。3つ目は、ロシアによる新世代地対空ミサイル「S-400」と対艦巡航ミサイルの極東配備に関するもの。
これら3つのニュースはいずれも、70年に及ぶ南クリール諸島をめぐる露日間のいざこざにかかわるものであり、両国の関係悪化を示唆するもののように見える。無尽蔵にも見えるオイルマネーを財源として、ロシア政府はここ20年で初めて北太平洋地域において自らの存在感を高める態勢を取りつつある。
だが、メドベージェフ大統領とプーチン首相によるこうした土台作りの真の目的は恐らく別のところにある。長年対峙している中国からの防衛だ。この意味において、日露政府は両国関係の新たな危機を防ぐ必要があるとともに、両国が直面する中国からの安全保障上の脅威にどう対処するかを両国共同で検討する必要がある。
ロシアと日本はシベリアとクリール諸島周辺をめぐって19世紀半ばから争いを続けてきたが、ロシアと中国の紛争の発端はさらに古く、1600年代にまでさかのぼる。両国は数千マイルに及ぶ国境をめぐって、1969年まで小競り合いを続けてきた。地域覇権をめぐる争いに日本が無関係だったわけではないが、己こそユーラシアの真の指導者であると信じているのはロシアと中国だ。
例えば、ロシアは、中核的な戦略的利害地域周辺において影響力を回復したいとの思惑から、日本周辺で空軍機の飛行を大幅に増やしている。このことは2つの疑問を生じさせる。1つは、こうした動きは、ロシア政府によるアジア太平洋地域に重点を置いた明確な政策シフトに関係しているのかということ。もう1つは、そうであれば、なぜ今なのか、またメドベージェフ大統領とプーチン首相の最終的なゴールは何なのか。
1つ目の疑問に関する答えはシンプルだ。ロシア政府は、他の主要国同様、自国の未来の繁栄はアジア太平洋地域の国々に依存していることに気がついたのだ。北東アジアを中心とする世界の貿易システムにおけるロシアの役割は主に原材料とエネルギーの供給だ。
だが、ロシアの極東地域における影響力の拡大には、地域的な協議の場での発言力の拡大や中国や日本政府などとの通商交渉における切り札の確保といった政治的要素も絡んでいる。ロシア政府は、中国への対処に関してモンゴルのように無気力である、あるいはオーストラリアのように孤立しているとみられるのを嫌がっており、軍事力強化の取り組みは、その主張を直接的に示す方法の1つだ。
さらに重大なのは、プーチン首相やメドベージェフ大統領はロシアの長期的な位置付けに重点を置いており、彼らの最終的なゴールは恐らく同地域における中国の勢力拡大への対処にあることだ。両国は、ロシアの過疎化した極東シベリア地域が今後、膨大な原料や資源を求める軍事大国、中国にとってますます魅力的に映ることを認識している。
木材や石油、ガスなどはもちろんのこと、清潔な水に至るまで、シベリア地域は、単に経済成長だけでなく、工業国としての基本的な生活必需品の一部を中国が今後維持するために必要な原料や資源の多くを提供してくれる。1つ例を挙げよう。一部の推計によると、中国の純石油輸入量は2035年までに4倍になり、1日当たり1400万バレルに達する見込みだ。一方、ロシアの予想石油埋蔵量の65%と天然ガス埋蔵量の85%は中国のすぐ北部のシベリア地域に位置している。
シベリア地域は、ウラル山脈からカムチャッカ半島に至るまでの960万平方キロメートル以上に及ぶ範囲を指す。その全人口はわずか約2500万人で、人口密度にして、1平方キロメートル当たり3人以下だ。さらに東の極東連邦管区は人口わずか700万人で、人口密度は1平方キロメートル当たり1人。一方、国境を挟んだ中国側には1億人が暮らしている。
極東連邦管区に居住する中国人は公式には5万人にとどまるが、通商の大半は既に中国人が掌握している。地政学的見地から、ロシアの人口減少に伴って今後シベリア地域における中国の影響力が増すのは確実であり、中国政府は恐らく将来的に同地域の領有に関心を持つようになるだろう。
海軍力の増強や小規模領域に対する領有権の主張、防衛能力の強化に重点を置いた新生ロシア構築の原動力となっているのは、これだ。日本は、ロシアの国益を脅かすとは考えにくく、この露中間の見え透いたけん制合戦のかく乱に利用されたにすぎない。だが、こうした中国のシベリア地域に対する関心の高まりを認識することは、ロシアと日本にとって、アジア太平洋地域の将来的な地政学的環境について協議する絶好の機会となる。
日本も、ロシアの石油や天然ガス資源に期待を寄せる一方で、日本海を経由する北極航路への中国の関心の高まりを注視している。中国の欧州通商にとって、北極航路が確保できれば、政治的問題をはらむ南シナ海航路を回避できる可能性がある。だが、ロシアからであれ、欧州からであれ、北部航路経由での中国への通商が増えれば、日本は恐らく中国海軍による航行もいずれ増えるのではとの懸念を抱くようになる。これは、中国海軍のプレゼンス拡大から太平洋経由の通商ルートを守ることへのロシアの懸念と重なる。
さらに大局的に見て、ロシア極東における中国の影響力や直接支配が拡大すれば、日本は大きな懸念を持ってそれを注視するようになる。そうした現状の変化は計画的に起こる可能性も、同地域の中国市民に対する攻撃などによって偶発的に起こる可能性もある。そうした中国の拡大は、日本政府にとって、南西諸島加え、北部地域の防衛をも著しく厄介なものにする可能性がある。南西諸島の防衛強化は現在、昨年12月に公表された「新防衛計画の大綱」で戦略的目標の1つに挙げられている。
太平洋地域の将来に関するロシアとの対話は、経済関係の拡大につながるのみならず、ひいてはシベリア通商における中国の支配力を減じ、日本にとっての同地域における現状維持の重要性を維持することにもなる。ここに米国の果たせる役割がある。日本政府との安全保障協議の拡大のみならず、ロシア極東地域の安定をめぐるロシア政府との広範な協議だ。この段階において、中国政府がそうした初期の対話に加わらない理由はない。
中国人自身を含め、中国政府がシベリア地域への拡大といった混乱を招く事態に決して踏み切ることはないと考えているものもいる。だが、重要な原材料資源が眠る過疎地へのアクセスを必要とする中国の成長を受け、ロシアは既に行動に出ている。米国と日本も同様に、北東アジアにおける混乱と不安定化の可能性をじっくりと考慮し、過去に多くの国がそうであったように、不意を突かれることがないよう備えておく必要がある。
(マイケル・オースリン氏はアメリカン・エンタープライズ研究所の日本部長でウォール・ストリート・ジャーナル電子版のコラムニスト)