鉄が溶けるということ、または、熱と鉄

世界貿易センターの鋼材が衝突した旅客機のジェット燃料などの火災によって溶けたからビルが崩れたというような話がありました。しかしそれは誤認識であるか、比喩的な表現でした。そのような報道は非常に少なかったはずです。いまだに、古い文章を再利用して、「公式見解ではジェット燃料で鉄骨が溶けた」とか「公式見解では鉄筋コンクリートが溶けた」などと書いている人もいます。この程度の知識で「9.11事件の真相追及」とはあきれた話です。

専門家たちは、熱で鋼材の強度が低下したという説明をしています。専門家が皆そう言っているのですから、私のサイトでは、その根拠まで詳しく紹介したことはないと思います。鉄は熱すると強度が下がることは日常経験したり見ることもできます(附録参照)。鉄でできたもの補修ではバーナーで熱してから修正することがあります。また、鉄パイプなど曲げるときには、やはり熱して曲げます。日常感覚からみてあたりまえのことであって、細かな説明は必要ないように思うのですが・・・。

熱と鉄の関係について、参考になる記述を見つけたのでいくつか紹介します。

「曲がる」と「溶ける」の境界線

『強さの秘密 ―なぜあなたは床を突き抜けて落ちないか』

確かに、鉄は1500度Cまでは溶けないとは言え、融解という言葉が意味するのは、金属が自分の重みで流れる状態であり、普通その状態の応力は無視できるほど小さい。しかし、たとえわずかでも力学的な応力を外から加えれば、融点よりはるかに低い温度で流動が起こり、ついには破断することになる。比較的短時間(たとえば強度試験機の動作にちょうどよいくらいの時間)の負荷に対しても、強度は(温度を上げると)急激に落ちる。(p226)

鉄の融点は1535度Cだが、鋼材の多くは300度Cくらいを超えると使用できない。(p227 図9.7 の説明文。図は引っ張り強度と温度の関係の概略をしめすグラフ。WTCタワーのトラスの下弦には引っ張る方向で力がかかっていた。)

以上は、J.E.ゴードン著 土井恒成訳『強さの秘密 ―なぜあなたは床を突き抜けて落ちないか』(丸善、1999年9月)。J.E.ゴードン氏は材料工学の研究者。土井恒成は専門はX線天文学(理学博士)、翻訳当時はサイエンスライター。 未読ですが、ゴードン氏には、『構造の世界―なぜ物体は崩れ落ちないでいられるか』丸善 (1991/11)もあります。

事件現場の高温の鋼材や変形した鋼材が「溶けた鉄」と表現されたことも、意外に実体にあっているのかも知れません。

耐火鋼

耐火鋼は一般の鋼材に比べ高温時の強度が高い鋼材です。耐熱性を向上させるモリブデン等の合金元素を添加することにより、600℃における耐力が常温規格耐力の2/3以上であることが保証されています。" JSCA(日本建築構造技術者協会)/ 『鋼材』- 建築に使われる鉄鋼の種類と性質"

耐火鋼でも600度では常温の耐力の2/3ということです。もしこれが間違いでないとすれば、アンダーライターズ=ラボラトリー社の元社員ケビン=ライアン氏のその鋼鉄は耐火基準に合格しています。この耐火試験では約1000度で数時間さらすという基準を設けています。我々は貿易センターに使われた鋼鉄は規格を満たしていることに合意しております。加えて非耐火性の鋼鉄でもおよそ1650度という超高温に達するまでは溶けないはずです。ブラウン博士の1090度という温度がハイグレードな鋼鉄を溶かしたとする主張は意味不明です。つじつまが合っていません。もしあの鋼鉄が柔らかくなったり溶けたりしたのなら両タワー内の火災の原因はジェット燃料ではなかったということになります。などという発言はかなり疑問です。

火災による耐力低下

火災により構造物の鋼材の温度が上昇すると耐力は著しく低下し,本来の機能が失われる. (日本建築学会大会学術講演梗概集/ 火災による耐力低下を考慮した骨組構造の崩落解析 、同「図-2 部材の耐力低下曲線」も参照のこと)

注: 上のPDFで、2005 年にマドリッドのWindsor ビルで起きた大火災においては,ビルが全焼したにも関わらず骨組だけは残存し全体崩壊には至らなかった. と書かれています。残存したといわれるのはセンターコアのことで、上層部の鉄骨でできた外周部分は崩壊しています。

鋼材自体の温度が問題

耐火試験においては、耐火被覆が施された一般鋼による構造部材の鋼材温度が平均350℃以下かつ最高450℃以下であることを判定条件に、その耐火時間を決定していたが、1992年に実施された多数の高層鉄骨架構棟における熱応力変形解析の報告から、耐震設計された一般鋼による構造骨組は600℃程度まで温度上昇しても耐火性を保持する可能性が示されたと分析している。・・・H形断面・箱形断面部材の短柱圧縮実験では、圧縮ひずみ15%程度における残存圧縮耐力は、H形断面部材および箱形断面部材共に、500℃においては基準強度の0.4倍程度、600℃においては0.2倍程度であった"審査の結果の要旨"

耐火被覆があっても問題になるのは鋼材自体の温度です。耐火被覆の外側表面の温度ではありません。つまり、単なる火災の温度の問題ではありません。耐震設計された一般鋼による構造骨組は600℃程度まで温度上昇しても耐火性を保持する は、耐震設計でない場合はやはり350度〜450度という話であることを誤解しないように。耐火被覆が剥離脱落していた場合は、火災の温度が500度以下でも危険だということです。

セ氏300度とか600度という温度は、セ氏1000度より低い温度です。WTCの火災の場合、最高でセ氏1000ほどであっただろうということです。たとえば紙や木などはセ氏200〜300度前後で燃え出すのですから、その温度でも鋼材に悪影響があるはずです。

木材との比較

意外にも、木造住宅が鉄骨住宅に比べ火災に対して優れているという話。

木材・鉄・アルミニウムを加熱した場合、鉄・アルミニウムは3分から5分で強度が著しく低下しますが、木材は15分たっても約60%の強度を維持します。("やまぐちの木の家/ 火災や地震に強い木造住宅" )

を見てください。鉄やアルミニウムが過熱開始後の数分間に垂直に近い状態で急激に強度が低下しているのに対して木は斜めに推移していて徐々に強度が低下している事がわかります。これは、鉄やアルミニウムが火災によってグニャリとまがってしまうのに、木は構造物としての形を維持し続け、避難時間をかせいでいることを意味します。木は燃えると表面に炭化層をつくって酸素の供給を絶ち、しかも、それが断熱材の役割をして、炭化速度を失速させるからです。だから、30分間くらいでは燃え切らない程度の太い木でなければ意味がありません。 (日本木造住宅産業協会/ 火を手なずける)

鉄って融点に達しなくても、高温になると急速に強度が落ちるらしい。グラフ(←Thompson, H. E. :F. P. J., Vol.8、NO. 4, 1958)の標準加熱曲線が右側の目盛に合わせて上昇すると、鉄は5分後に強度が半分、10分を経過すると10分の1ぐらいに落ちる。そして20分後にはもう完全に逝ってしまうらしい。この時点で900度にすら達していないのに。 ("佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン/ 陰謀論×陰謀論=?@9・11同時テロ" (ブログタイトルのワカリマシェンは原文では半角))

鉄は、熱が加わると急激に強度が低下するが、木材は、相当程度火にさらされても、急激に強度が低下することはない。出典:Thompson H,E、F、P、J、Vol8、N0.4,1958 ("木造住宅7つのポイント/ 防火性能"<)/p>

発火後4分経過 という説明の写真。おそらく上下に圧縮する力がかけられていて左の鉄はバックリングをし始めています。 ("耐火性 | テクノロジー(スーパー ツーバイフォー) | 三菱地所ホーム")

鉄は5分(約500℃)で加熱前強度の40%,10分(約700℃)で10%に,またアルミは3分(約400℃)で20%になり,5分以内に溶融する. ("木造建築物が火に強いとはどういうことですか?")

一般的に木は火に弱い素材と考えられていますが、加熱実験では、木は鉄やアルミよりも強度低下が遅いという結果がでています。 木はある程度以上の厚みがあれば、いったん燃えると表面が焦げて炭化層を形成。これによって内部まで火が進行せず、強度が低下しにくい性質とあいまって、万一火災が発生しても燃え進むには時間がかかり、結果的に構造体も残りやすくなります。 一方、鉄は火災時レベルの熱(800℃以上)を受けると急激に強度が低下、変形してしまいます。 (次はグラフの説明) 鉄は5分ほどでほとんど強度がなくなりますが、木材は15分経過しても60%の強度を保っていることがわかります。 ("木造軸組工法-アキュラホーム")

消火に気を使う鉄骨造

鉄は熱を加えると急激に力を弱め、柱や梁がアメのように曲がり、突然崩れてしまう事があります。消防隊員さんはかえって鉄骨造の方が消火活動に気を使うと言われています。 ("竹沢社長の大黒柱ブログ・ 何故? 木造の家がいいのですか?(その1)")

鉄骨構造(規模は違いますが、WTCも鉄骨構造)の長所と短所については:

(長所)強度・粘り強さが大きい。 / 大空間がとれる /材質が均一で寸法精度が高い。 (短所)露出した部分では耐候性が低く錆びやすい。熱も伝えやすいので耐火性も劣る。/ 上から押さえる力に対して座屈しやすい。(下敷きなどを立てた状態で上から押さえるとぐにゃっと曲がりますね、その状態を言います。)/ 高温時に耐力が低下する。/ 柱・梁の部分で熱を伝えやすく結露の原因になりやすい。("政峰建設の住宅情報ページ/ 住宅に使われている構造とその特徴" )

熱による鋼材の変化が崩壊のきっかけ

NISTによれば、鋼材でできた床をさえる部分(トラス)が火災の熱で垂れ下がり、それが外壁の柱を内部へ引っ張り込んだために、衝突階付近で柱がバックリング(座屈)したのが崩壊のきっかけだったとしています。

(参考) FEMA 報告書 第2章 2.2.1.4 建築構造の火災荷重への応答
NIST ではないですが、FEMA の報告書に3つの仮説が図解入りで紹介してあります。NIST の見方は2つ目に近いと思います。

熱とは関係ない破壊

そして、火災の影響のなかった部分、衝突階より下部、の主に外壁の柱、そしてコア部分の柱についていえば、通常予想される荷重と、ビルの上部の階が落下してきたときの衝撃では後者がはるかに大きく、それに耐える強度など元々ないのですからひとたまりもありません。特に接合部分は強度がさらに落ちるのですからバックリング(座屈)が起きるのはあたりまえでしょう。

* たとえば 1kg の物体が床の上に静かに置いてある場合。この物体が床に与える力は1kgですね。ではこれを、建物のほぼ1階分の高さに相当する4mから落下させたとします。そのとき床に加わる力は、
落下距離=重力加速度(9.8m/s2) × 時間2 × 1/2 ですから
約4m=9.8m/s2 × 時間2 × 1/2
時間を 0.9秒とすると
約3.97m=9.8m/s2 × 0.92 × 1/2
概算ですからこの数値を使います。
床に衝突した瞬間の物体の速さは、速度=加速度 × 時間 ですから
9.8 × 0.9 = 8.82m/s
床で停止すると考えると、このとき 速度=加速度 ですから床に加わる力は
F = mα = 1kg × 8.82m/s2 = 8.82 kg・m/s2
つまり、静かに置かれた場合の、約8.82倍の力が加わるということです。

平たく言えば、あなたは4mの高さから地面に飛び降りて怪我をしない自信がありますかということですね。まあ、普通は2m以上は止めた方が良い。

バックリング(座屈)は細長い材料に長い方向で圧縮させる過大な力を加えた場合に折れ曲がってしまう現象。WTCの外壁では柱が、柱の上下方向の接続が比較的弱かったので接合部分に曲げる力がかかりボルトがちぎれ分離しました。(参考: "建築構造と防災(四人の会)>Presentation>世界貿易センタービルの崩壊に関する報告/松下冨士雄 (PDF)")

附録:実験

簡単な実験をして見ましょう。


準備するものは、全長28mm(針金の直径0.85mm)ほどのメッキされている鉄製のクリップ(ゼムクリップ)、マッチ、5円硬貨8枚、ペンチ(またはプライヤ)。クリップは鋼鉄です。

まず、クリップを伸ばして真っ直ぐの針金にします(約102mmになります)。片方の端の8mmほどを直角に曲げます。これで5円硬貨が落ちないようにします。5円硬貨8枚を直角に曲げた方の端に引っ掛けます。もう一方の端をペンチで挟んで針金を水平にします。

マッチをすって、針金の中ほどを熱します。マッチが燃え尽きる頃には、針金はかなり曲がっているはずです。私の実験では針金は赤熱さえしなかったです。そして曲がりは残ります。

簡単な実験ですが、鉄が熱に弱いことは分かると思います。

手近の材料ということでクリップを使いました。この実験の難点は、元々曲がっているクリップを伸ばしたのですから、伸ばしたときに針金が弱ってしまったのか知れません。しかし、冷えていたときより曲がったことは確かです。(ヤケドと火事には気をつけてください)

(2007/06/16)


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