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[21864] 【習作】There Must Be Angels! (Angel Beats!×Fate)
Name: saitou◆bef4fc0e ID:57996561
Date: 2010/10/03 17:53
 WARNING!

・この作品は文才がないどうしようもない阿呆が、勢いに任せて書いた処女作品です。
・多少の自己解釈自己設定があります。
・キャラがぶれているかも知れません。
・不明な点や駄目だと思う点は感想板へお願いします。
・更新は不定期です。勢いに任せて書いているので終われるか分かりませんが、少なくとも終わらせるつもりです。

初めて書いた作品なので思い切り叩かれるところはあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

なんか弄ってたら消えてしまいました><
もう一回投稿します。



[21864] プロローグ 一、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:57996561
Date: 2011/01/24 23:23
男子寮室内



ふっと目が開く。

寝起きだからだろうか、よく頭が働かない。

横にあった時計を見る。午前五時。まだ大分早い。

二度寝しよう。そう思い、毛布をかけ直す。

やはり布団と言うのは魔性のアイテムだ。

そんな取り留めのない事を考えながら、眠気に身をゆだねようとする。

が、ふと意識が覚醒する。


おかしい。此処は何処だ?俺は何故こんなところで寝ている?


疑問は膨らみ、止まる所を知らない。

机の上の手鏡が目に入る。

少し赤茶けた髪、やや童顔で中肉中背。

コレは、誰だ?

そう思った瞬間、頭の中のピースが全てかみ合わさる。

ああ、そうか。





俺は、死んだんだった。





学園大食堂内




俺には記憶がない。


名前すら持ち物に書かれてあった物から推測したに過ぎない。だけど、まったく無い訳じゃない。

そもそもの話、記憶がまったく無ければ赤ちゃんの様なものだ。何もできやしない。

欠けていたのは俺自身に関する記憶のみ。

自分は何者で、何処から来て、何処へ行くのか。どこに住んでいたのか、恋人はいたのか、友人関係はどんなのだったか、何も覚えてやしない。

けど、記憶喪失というのは、この世界ではよくある事らしい。

しかし記憶がないと言うのはやはり不安な物だ。

そんな気持ちを察してくれたのだろうか、慣れない内はサポートしてくれる人を付けてくれるという。

今日はその人が校内を案内してくれる予定で、今はその相手を待っているところだ。

名前は確か…

「お早う御座います」

「うぉ!?」

咄嗟に声のした方を見ると、見知らぬ女性がいた。

綺麗な金髪に、鳶色の瞳。顔立ちは日本人形のように可愛らしいが、無表情を貫いている。

「失礼ですが、貴方が衛宮士郎さんですか?」

「ええ。そうですけど…」

そういう事を聞くという事は……

「じゃあ、君が遊佐さん?」

「はい。申し遅れました。遊佐といいます。今日から貴方の一時的なサポートをするようにと、ゆりっぺさんから言われました。呼び方はどうぞお好きなように」

ツインテールというのだろうか、長い髪を両サイドでくくっていて、ほかの生徒と違う戦線の制服を着ている。

「ありがとう。じゃあ、俺も好きなように読んでもらって構わない」

「そうですか。わかりました。それでは……衛宮さんとお呼びしますね。それで早速校内ツアーの事なのですが……」

と言いつつ、遊佐は手持ちのバッグから校内パンフレットの様なものを取り出し、俺に渡してきた。

「とりあえず、今日は日頃使う所、それから衛宮さんが見てみたい所を、二つ三つ見ようと思いますが、何処が見たいですか?」

言われてパンフレットをパラパラと見てみる。

「あ~、そうだなぁ」

渡されたパンフレットを眺め、興味のあるものを探していく。

「……………………………じゃあ、この二つでどうかな?」

興味のある部分を指しながら、パンフレットを遊佐に見せる。

「弓道場と………調理室……ですか?」

少し困惑した様子で遊佐が尋ね返す。無理もない。普通の男子高校生は調理室になんか向かいたがらない。

「参考までに、何故ここにしたのか聞いてもよろしいですか?」

「いや、何となくだよ、本当。ただ、ちょっと行ってみたいかな、なんて。駄目かな?」

我ながら、本当に何で弓道場と調理室何だろうか。

生前俺は弓道や料理をやっていたのかもしれない。

「そうですか。ここからだと……調理室が近いですね。では、そちらから先に回りますか?」

「ああ。そうしてくれるならありがたい」

「いえ、これも仕事の内ですので」

そういうと遊佐はくるりと向きを変え、こちらです。と俺を案内し始めた。

これは何かお礼を考えないといけないな、そんな事を考えながら、俺たちの校内ツアーは始まったのであった。





調理室内



「ここが調理室か」

まず最初に案内されたのは、一番近いという調理室だった。

現在使っている人はおらず、無人だったが手入れはされているのだろう、料理用の器具は清潔に保たれているし、包丁などもきれいに研がれている。

「衛宮さんはどのような料理を作るのですか?」

無言で器具を確認していると、手持無沙汰になったのだろうか、遊佐が話しかけてきた。

「あ~、たぶん和食」

「たぶん?」

「ああ。俺って記憶がなくてさ、だから生前自分が何をよく作ってたか、なんて全く覚えてないんだけど、材料とか見てると和風な食べ物のレシピを多く思い出すんだ。だからそう思った。何なら、何か軽いものでも作ろうか?もう十二時くらいだろう?」

時計を見つつそう言う。

「というか、ここの材料は勝手に使っても良いのか?」

根本的なことを忘れていた。材料がなければ料理は作れない。

「ええ。ここにある物はすべて使用可能です。材料も気がつけば補給されていますから」

「ならよかった。それで?何が食べたい?俺が作れる物で、ここにある材料でできるなら作るけど」

「そうですね…」

遊佐はそう言って少し考えた後、

「では、和風サンドウィッチで」などと仰った。

「和風サンドウィッチ?」

何だろうそれは。

「そうです」

「……なんでさ?」

「和風料理が得意と仰っていたので、おむすびでも良かったのですが…何となく今はサンドウィッチな気分なので」

………………どんな気分なのだろう、それは。

とにかく、お題を出されたからには相手を満足させるものを作らねばなるまい。

こう、何だろう。料理人魂の様な物が俺を掻き立てる!……気がする。

「あーっと、材料は…こんなもんでいいか。すぐに済むから、ちょっと座って待っててくれ。」

材料は揃い、装備も万端。こうして俺の死後初の料理が始まったのであった。
                 ・
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「よし。出来た」

「正にあっという間でしたね」

内容は卵辛子サンドに味噌カツサンド、それに即興で作ってみた衛宮特製和風しめ鯖サンド。

しめ鯖なんてサンドウィッチにしてもいいのか、と思うだろうが、こいつは一味違う。

本格的に鯖を締めるには時間がかかるので鯖カンで代用したが、工夫を凝らすべきところは他にもある。

まず醤油で…(前略 次に中の具材に…(中略 そして最後に…(以下略 する事によってできる俺特製の品物だ。

即興とはいえ結構自信作でもある。

とりあえずあるだけの材料を使って作ったので、少し量が多くなり過ぎてしまったかもしれない。

まあ、後で誰かにあげればいいか。

「しかし料理ができたのはいいけど、飲み物が欲しいな。何か買ってくるよ。何がいい?」

「いえ。サンドウィッチを作っていただきましたし、飲み物は私が買いに行きます」

「いや、いいよ。サンドウィッチは案内してくれているお礼みたいなものだし、自販機の場所を覚えておきたい」

「……そうですか。分かりました。では……正午の紅茶のレモンティーをお願いします」

「わかった。レモンティーだな。すぐ行ってくる。あ、それと道は右に行って真っすぐだったよな?」

ええ、と頷く遊佐を横目に、俺は調理室を出た。





自販機前



「えーっと、レモンティーは…こいつか」

遊佐に頼まれていたレモンティーを買う。

それにしても意外に飲み物が揃っている。

ジュースからスポーツ飲料、メジャーと思われる物から聞いた事のないマイナーな物まで大体の飲み物がある。

うーん悩むなぁ。

Keyコーヒーにするか、型月茶にするか、敢えてニトロソーダーにしてみるべきか…いや待てよ。

サンドウィッチに合うものじゃないといけないんだからソーダーは無いな。

だとすると遊佐と同じ正午ティーにするべきか………。





そんな事を考えていたからだろうか、俺は人が来ている事に気が付かなかった。

そして彼女も、集中していて俺がいることに気が付かなかった。

もし、どちらかがほんの少し周りに注意を払っていたら、きっと違う結末になっていたのだろう。

だからこれは、運命なんだと思う。






俺は、この時、この死んだ世界で、運命に出会った。


「「あ」」


ゴチンと、鈍い音を立ててぶつかる。

考え事をしていたせいか、俺は見事に尻もちをついた。

自然と、相手を見上げてしまう形となる。

彼女は茫然とこちらを見ている

こちらも茫然と相手を見ている。

相手が落としたのだろう、紙が周りに散らばり、バサバサと音を立てて舞い上がる。

廊下から入る太陽の光が紙を照らし、彼女の姿を写し出す。

「――――――」

声が出ない。

ただ視界には彼女の姿だけがあった。


その光景は、とても神秘的だった。


いくらの時間がたったのだろう。一分だったようにも、一時間だったようにも思える。

永遠にも思える時間が過ぎ、相手が口を開く。

「なあ」

その一言で、意識が覚醒する。
柄にもなく少し見とれてしまっていたようだ。

でもそれだけじゃない。



俺は、前に、どこかで、同じような、光景を………?



思考にノイズが走る

視界が割れる/聴覚が狂う

体中が悲鳴を上げる

吐き気がする/頭が割れる

頭の中で撃鉄が起きる。

あれは何だろう。



そう、 確か、 俺は、 彼女に。



「なあ、おい。おいってば。大丈夫か?」

思考に邪魔が入る。

はて?さっきまで俺は何を考えていたんだろうか。

とても重要なことだったと思うのだが。

「あ、ああ。大丈夫。すまん。ちょっと呆としてた」

「ならいいんだが…」

まだ少し納得はしていないという顔。

「アンタ、NPC……じゃあないよな、行動が変だし」

「変って……まあ、いいけどさ」

腰の埃を払いつつ立ち上がり、彼女に向き合う。

肩に下げたギターケース。周りに落ちている楽譜から想像するに、音楽家だろうか。

「それで、えーっと。その、ゴメン。ぶつかって。俺は、衛宮士郎。最近こちらに来たばかりなんだ」

「へぇー。新入り。じゃあ今日の会合で話す案件っていうのは、その事か?」

「たぶんそうだと思う。知らないけど。それで、その、あんたは誰だ?」

「ん?ああ。ゴメン。紹介遅れたね。アタシは岩沢。たぶん今日の会合で説明があると思うけど、陽動部隊のリーダー」

「陽動部隊?」

聞きなれない言葉だ。

「ああ。その説明も、きっと今日の会合で話されると思う」

「ありがとう。けど、本当にゴメン。ちょっと飲み物買うのに迷っててさ、その、周りに注意を払ってなかった」

「いや、それを言うならアタシもさ。新曲を書いていてね。ちょっと、集中してた」

「いやいや、俺が注意してればよかったんだし、そっちが謝ることじゃない」

「いや、むしろこっちから突っ込んだんだから責任はアタシにあると思う」

いいや俺だ。

いいやアタシだ。

そんなことを言い合ってにらみ合う。


「「……………………ハハッ」」


同時に噴き出す。

「どうしてアタシ達、こんな事でにらみ合ってるんだろ」

「ああ。まったくだ」

たがいに笑いあいながら話を続ける。

「じゃあこの話はもう終わり。お互いに不注意だった。それでいい?」

「ああ。お互いに不注意が重なった。それだけだ」

「いいね。……っと。そろそろ時間だ。アタシはそろそろ行くよ。じゃあね新入り」

「ああ。いってらっしゃい。…ああ、ちょっと待った」

そう言って自動販売機でスポーツドリンクを買う。

「はいコレ。お近づきの印」

スポーツドリンクを彼女の方に投げる。

「ん。いいの?コレ」

「ああ。これからもよろしく。岩沢さん」

「岩沢でいいよ。じゃ、また会合でね」

ああ、と頷くと、岩沢はどこかへいった。
きっと打ち合わせか何かあるのだろう。

「さぁて、俺もそろそろ…」

時計を見る。調理室を出てから20分はたっている。

「やばい。すっかり忘れてた…っ!」

急いで頼まれていた正午ティーと、自分の分の型月茶を買う。

やばい。こんなに時間がたっているのなら焼きたてのトーストはもう冷めているだろう。

それに遊佐が怒っていないか心配だ。

むしろ既に食べだしてるかも…

俺は買ってきた飲み物を片手に、急いで調理室に行くのであった。





[21864] プロローグ 二、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:57996561
Date: 2010/09/12 19:13
弓道場前



酷い目にあった。

結局遊佐は食べだしてはいなかったもの、黙して語らず食事が始まるまで不機嫌だった。

サンドウィッチも冷めてしまい、本来の風味を損なってしまったがそれでも及第点だと思う。

遊佐に感想を聞きたかったが、無表情ながらも一心不乱な食べ様を見て聞くのは止しておいた。


そんなこんなで色々あって、俺は頼んでいたもう一つの場所、弓道場前に来ていた。

「それにしても、これは中に入らせてもらえるのか?」

「それは…」

遊佐が何か言おうとした時、突然背後から声がかかってきた。

「よう、遊佐っち!」

「今日は、部長」

知り合いなのだろうか、気安く挨拶をする二人。

「相も変わらず、無愛想だなぁ遊佐っち。
それで?そこの隣の彼は誰?はっ!まさか遊佐っちの彼氏?」

「違います」

即答。僅かの間もなく切って捨てられた。

「ふぅん。と、言ってるけど、本当の所はどうなのさ、色男」

と言って俺に流し眼を送る部長さん(仮)

「どうなのさって言われても…
彼女は仕事で俺を案内してくれているだけですよ」

「ふぅん、へぇ、ほぉ。ま、とりあえずそういう事にしておいますか。
ああ、申し遅れたね、あたしは松任谷。
そこの弓道部の部長をやらせてもらってて、そこの遊佐っちとは旧知の仲って奴?」

「違います」

「うぅ。やっぱり遊佐っちは冷たいなぁ。だがそこがイイ!」

………テンションの高い人だなぁ。

まあ、それはともかく、少し聞き捨てのならない事があった。

「部活って、やってると消えてなくなるんじゃ…?」

この世界に来た時にゆりから最低限の事は聞いていた。

曰く、この世界は死者の世界である。

曰く、この世界には天使という物がいて、俺たちを排除しにかかる。

曰く、天使の言いなりになって、日常生活を送ると消えてしまう。

部活動という物は、高校生生活の中において日常的行為と言っていい筈だ。

それを続けていくという事は、消えてしまうという事ではないだろうか。

「ああ。まともな部活動を続けていたら、まあ、消えちまうだろうさ。
けど、それはまともな部活動を続けていたらの話。
あたしを含めた戦線のメンバーの部員は半分幽霊部員の様なものさね。
授業に出ていてもまともに受けなければ消えないだろ?
同じようなものさ」

だろ?と言われても、授業を受けた事がないので分からないのだが…

「はい。講義の時間はそこまでです。
そろそろ会合の時間が近づいてきていますのでさっさと見てしまいましょう。
いいですよね、部長?」

「ああ!新入部員は大歓迎さ!」

「部に入るかは分かりませんよ。
では行きましょか、衛宮さん」

「衛宮?」

と、どこか不審げな顔で部長は呟いた。

「あ、悪い。自己紹介がまだだった。
俺は衛宮士郎。ここには来たばっかりですけど、よろしく」

「あ、ああ。よろしく。けど、衛宮。衛宮かぁ」

「どうかしたのか?」

「いいや。何でもない。何でもないんだ。たぶん気のせいさ」

と言って、納得していないと言う顔で

「それじゃあ行こうか。部長なんだから、案内くらいはちゃんとできるよ」

そういって弓道場内に入って行ってしまった。


弓道場内



「へぇ。外観からでも想像できたけど、やっぱり広いな」

「ええ。超巨大マンモス校ですから。人口に合わせて大きさも大きくなったのでしょう」

「それに形も普通じゃない」

通常、弓道場というものは遠的場と近的場が分かれて存在する。

近的場は通常28m遠的場は通常60mであるが、この道場は二つの道場をくっつけた感じの道場で、ちょうど凸の字型になっている。

「そうなんですか、部長?」

「ああ。衛宮君の言う通りさ。
そら、ちょうど道場が卓球のラケットみたいな形になってるだろう?
本来、弓道場ってのは短いのと長いのがあるんだが、ここのは合体してるんだ。
変な形だけど、こっちは移動しない分楽だから誰も気にしないのさ」

へぇ、と気の無い台詞を呟き、話を俺の方に向けてきた。

「ところで衛宮さん。
この弓道場来たかったと言うことは、一本撃っていきたいと言う事ですか?」

「え?いや、そんな事悪いだろう。
皆まじめにやってるのに部外者がしゃしゃり出てくるなんて」

「いや、いい考えだ。ちょっと一手でも良いからやって見給え。
というかやってみてくださいお願いします」

急に打って変わったように頼み込む部長さん。

「いや、弓も無いですし」

「道具なら貸すから。お願い!」

「…はぁ。そもそも俺は、自分が弓を引いていたかどうかも覚えていない男ですよ?」

「それでもいいよ。一連の動作は覚えてるんだろ?
だったら大丈夫。頭で忘れてても体が覚えてるって!」

どうしたんだろう。何か企んでいるんだろうか。

「どうしたんですか、急に。
いつもならもっとふざけているのに」

「いやぁ、衛宮君がどのくらい出来るのかちょっと見てみたいかなぁ。
なぁ~んて……思っちゃったり…」

「で、どうするんですか衛宮さん?」

「どうって言われても……」

周りのNPC達もさっきからの遣り取りを見てか、こちらに注意を向け始めた。

このまま長引けばそちらの方が迷惑だろう。

「頼む!一手だけでいいから」

「はぁ…分かりました。じゃあ一手だけ」

「よぉし!いやぁ、君ならやってくれると思っておりましたよ!
あ、礼とかは、てきとーでいいよ!」

………本当にテンション高いなこの人。









SIDE:遊佐


「ゴメン。予備は木製しかないけどカーボンじゃなくてもいいかい?」

「ええ。むしろ木のほうが好みです」

ひゅ~。渋いねおたく。という部長達の遣り取りを聞き逃しつつ、質問する。

「ところで、どういうつもりですか?部長」

「ん~?どう言う事ってどう言う事さ、遊佐っち」

あくまで白を切るつもりだろうか。

「普段の貴方なら、一度断られたらそれ以上薦めることはまず無いです。
それなのに衛宮さんにはしつこく薦める。
何か裏があると考えるのが当然かと」

「え~。裏なんて無いよ。ただ…」

「ただ?」

「…………いや、見ていたら分かるよ。そら、そろそろ衛宮君が矢を放つぞ。
静かにしていないと」

部長の話が気にならないわけではなかったが、実際に衛宮さんの射が始まろうとしていた。



流れるような動作で本座から射位へと足を踏みしめ、体を安定させる。


弓を上に持ち上げ、引く。


その目は鷹のように鋭く、的を狙う。


その光景に一瞬、場が凍りついたかのように静まる。


そして矢が放たれる。大気を切り裂き、飛翔する。


続けてもう一射。自然な動作。無駄の無い動き。


まるで、ただ弓を射るためだけの投擲兵器。

ここからでは遠くて見えないが、何故か私はあの矢が外れているとは思えなかった。

弓道に関して全く無知と言って良い私をして、そう思わせる。

それほどの技量が衛宮さんにはあった。

私は部長に先の話を問いただす事も忘れ、ただただ先の弓技に思いをはせるのであった。






SIDE:衛宮


「ふぅ。こんなもんか」

やはり俺は弓道をしていたのだろう。部長の言う通り、体がかってに動いた。

何と言うか、勘を取り戻したといった感じだ。

遊佐達の所へ戻り、弓やその他雑多な装備を返す。

「部長?」

どうしたのだろう。何か呆けている。

どうかしたのかと、遊佐に問おうとすると、遊佐もまた呆けていた。

「おい遊佐、遊佐ってば」

肩を突いて揺り起こす。

「ふぇ?」

「は?」

何やらかわいらしい声が聞こえたような……

「ぁ……衛宮、さん?えっと……何でしょう」

「あ、ああ。次はどこへ行くのかなって」

「え、ええ。其の事でしたら、もうそろそろ定例の会合がありますので、
一先ずゆりっぺさん達と合流しましょう」

「分かった。あ、部長さんご苦労様でした」

「え?あ?あのあの、えと、その…」

?どうかしたのだろうか挙動が不審だ。

「衛宮さんはどうぞ先に行っててください。
私は部長と話がありますので」

「え?うん。分かったけど…」

腑に落ちない。何を話そうと言うのだろう。

「ぇ?いや、ちょっと、遊佐っち、」

「校長室の場所は分かりますね?教員棟の一番上です。
すぐに私も向かいますので、行って下さい」

「いや、けど…」

「い い か ら 行 っ て 下 さ い」

「ハイ、ワカリマシタ」

アレは駄目だ。
何と言うか…ああなった女性に反抗する事は無駄だと俺の生存本能が叫んでる。

というわけで、部長を見捨てて校長室に向かうのであった。






SIDE:遊佐


「さ。衛宮さんもいなくなった所ですし、知ってることを洗いざらい喋ってもらいましょうか」

「いや…いなくなったって言うよりどっか行かせたって言う方が近いような…」

「何か違いが?」

「いえ、なんでもないです」

変な部長。

「ではまず、彼は何者ですか?」

「え~そんな事から聞いちゃうのぉ?まったく遊佐っちは空気が読めないなぁ。
こういうのは、こう、しょぼい事から聞いていって、最後に大きいことを聞くのがお約束って………いえ、何でもないですゴメンナサイ」

本当に変な部長。何をそんなに怯えているのだろう。

「いやでも、遊佐っちには悪いけどあたしもたいして彼の事を知ってるわけじゃないんだよ」

「部長が知っている限りのことでかまいません。話してください」

「うん。まぁ、別にそれはいいんだけどさ。
一つ聞いていいかい?」

「答えられる範囲でしたら」

「なんで遊佐っちは彼にそんな興味を示しているんだい?
察するに彼と会ったのはそんなに長い訳でもないんだろう?
なのに遊佐っちは彼に興味を抱いてる。何故だろう。
そいつを教えてくれたら、あたしも快く知ってる情報を教えようじゃないか」

「興味……?」

これは興味なのだろうか?今彼に抱いてるこの気持ちは。

そう言われればそうかもしれない。

「私の仕事は衛宮さんに学校を案内すると共に、その適正を見分けゆりっぺさんに報告する事です。
それには彼の情報が不可欠」

でも、そういう任務とは別に個人的にも興味を感じていることは事実だ。

何故だろう。

「ですので、貴女の情報が必要なのです。部長」

「はぁ。まぁ、今回はそういうことにしてやってもいいか。
まだまだ時間は腐るほどあるんだからね」

手を頭にあて、やれやれと首を振る。

その分かってないなぁ見たいな態度に少しイラッと来るが、これでも一応情報提供者。

落ち着いて対処しないと。

「それで本題です。彼は何者ですか?」

さっきも聞いた問いを再び問いかける。

「彼は…………そうさなぁ、そう……伝説みたいなものだったよ」

「伝説?」

まぬけに問い返す。

「そう、伝説。彼は公式の試合で一度も的の中心から外したことのない人なのさ」

「は……ぁ?」

公式試合で…一度も?

「勿論いろいろな噂が飛び交った。弓に細工してるとか色々ね。
でも彼の弓には細工なんて施されてなかった。
それに一度でも彼の射を見た人は誰もそんな事言えやしなかった。
そのくらい彼の射は完成されたものだったんだ」

えらく実感のこもった声だった。

「実はあたしもその無責任な噂を流してた口でね。
当時は色々いったもんさ。
彼の家の保護者が実はやくざな所のお孫さんでね。
しかもその人が弓道部の顧問ときてる。
こいつは出来すぎてる。
だから裏からやくざが手を回してる…………とかね」

当時を思い出したのだろう。苦笑いが顔に張り付いている。

「今から思えばあれは嫉妬だったんだろうね。新人の中では勿論彼は飛びぬけていた。
一年にして既にエース。その才能に誰もが驚き、恐怖した。
でも彼は弓道をやめてしまったんだ」

「え?」

そんなに才能があったのに?

「学校が違うから良く分からなかったけど、何でも事故にあって利き手を壊したらしい」

「………………」

それはどんな気持ちだったのだろう。

そんな成績を出すという事はそれ相応の練習を積み重ねてきたのだろう。

そんなにも頑張っていた弓がほんの一瞬で出来なくなる。

全ての努力が否定されたようなものだ。

「まさか彼はそれを苦に………?」

「どうだろう……でも、この世界に自殺者はいない。そうだろう?」

だがそれは今までの話だ。これからもそうだとは限らない。

でもいたずらに部長に気を遣わせるわけにも行かない。

「そう…………ですよね。きっとそうです」

「ああ。きっとそうさ。ぱっと見た感じ彼はそんなにやわじゃないよ」

ああきっとそうに違いない。あんな射を打つ人がそう簡単に死ぬわけが無い。

「でもそういう話を聞くと、衛宮さんのイメージが変わってきてしまいますね」

「ああ。あたしも一回だけ見たことあったけどそん時は射に心を奪われていたからね。
本人をあまり見ていなかったんだ。
だから本当に彼が衛宮なのか確証が持てなかったんだけど、あの射を見て確信したよ。
彼は衛宮だ。間違いない」

「そうですか………貴重な情報ありがとうございます」

そう言ってそろそろゆりっぺさん達の所へ行こうとすると、部長が呼び止めた。

「あのさ、遊佐っち。彼は今記憶が無いんだよね?」

「ええ。そう伺っています」

「だったら…………いや、やっぱりいいよ。
うん。やっぱりこう言う事は自分で言わないと」

?まぁ自己解決しているのならいいでしょう。

「ありがとうございました。それではまた、部長」

「ああ、またな遊佐っち。それとエミヤンにあったらまた来てくれと言っておいて」

「エミヤン?」

「あたしの考えた彼のあだ名。どう?良い感じでしょう。
使いたくなったらいつでも使っていいよ」

「使いません。伝言の方は伝えておきます」

「ちぇっ。遊佐っちはのりが悪いなぁ」

後ろから聞こえる雑音を無視し、私はゆりっぺさん達の所へ向かうのであった。









[21864] プロローグ 三、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/09/18 21:48
裏山中腹


SIDE:衛宮


「やばい。迷った」

この学校は広い。それこそ事前の知識がないと迷子になってしまうほど。
しかし校長室には一回行ったことがあるし、地形把握能力は有る方だと自負している。

ならば何故迷子になったのだろうと自問自答する。

実に簡単なことだ。

困っていた人を助けていたら見知らぬ場所にいた。ただ、それだけの事。

何故だろう。NPCとは聞かされていても困っている人を見ると助けたくなる。

そうして人助けをしていたら見知らぬところにいた。

たぶん裏の方にある山だと思うが………

どうしてこうなった………っ!

やばい………っ!たぶん迷子なった事が遊佐に知れたら…っ!

………恐ろしい……考えるだけで恐ろしい……っ!

幾つもの言葉が頭の中に渦巻く。

いやでもホントは一人でも行けたんだけど人助けが無ければ簡単な事だったんだけど人が困ってるのにそのまま放って置くのもなんか駄目だと思うし人助け自体は悪い事じゃないしNPCとはいえすごく困っていそうだったしNPCと普通の人の違いもいまいちよく分からないしそもそもの話遊佐に無理矢理追い出されただけで自分から出て行った訳じゃないしいやでもそれが信頼の証だとするなら俺は裏切っていることになる……………???

やばい混乱してきた。とりあえず落ち着け俺。平常心。平常心。

しかし、俺はいったいどうやってこんな所に入り込んだんだ?

「はぁ………なんでさ」

「……誰か居るのか?」

突然声が聞こえてきた。こんな裏山に?幻聴だろうか?

「お~い誰も居ないのか?」

「いや、待ってくれ!」

まずい!ここで逃しては次にいつ人に会えるか分からない。

少なくとも校舎までの戻り方は聞かないと………っ!

声のした方へ駆け足で向かう。

胴着を着た人影が見える。薄目で、空手か柔道経験者を思わせる、がっしりした体付き。

足音を聞きつけたのだろうか、こちらを向く。

「おぉ。本当にいたのか」

「いや、悪い。いろいろあって道に迷ったんだ。だから、校舎までの道のりを教えてくれないか?」

「いやそれは別にかまわんが……」

そう言うと彼はこちらを探るように一瞥して問うてきた。

「こんな所にいるって言う事はNPCじゃないよな………

しかしお前みたいな奴は見た事が無いぞ」

「ああ。見たことないのも無理はないさ。昨日この世界にやってきてたんだ。
俺は衛宮士郎。よろしく」

手を差し出す。

「む。そういう事か。そういえば、ゆりっぺが今日新人の紹介をすると言ってた様な気がするが、お前のことか?」

「たぶんそうなんじゃないか。」

「そうか俺は松下。こちらこそよろしく」

手をぐっと握り返される。握力も強い。

「それはそうとなんでこんな所に?」

「見て分からんか?日課の練習だ」

言われてみれば松下は背負い投げの練習をしていたのだろうか、帯を木に括り付け肩に乗せていた。

「それにそれはこちらの台詞だぞ。昨日来たというならなおさらの事こんな所に来る事はないだろう」

「いや、色々あってさ……」

返事をすると共に苦笑いをする。

「ふぅん。まあ、俺も人のことを言えんが、変わった奴だな。
まぁいい。それで校舎までの道のりだったな。俺もそろそろ帰るところだったからそのついでに案内しよう」

「すまん。助かる」

そう言って俺達は山を下り始めた。

こうして俺は新しく戦線のメンバーと知り合ったのであった。






対天使用作戦本部入り口前


「馬鹿じゃないですか」

「いや、何もそんな言い方しなくても………」

裏山での邂逅の後、制服に着替えるから松下と別れ、俺は校長室へと向かった。

そうして入り口の前にいた遊佐と鉢合わせしたのだった。

「NPCを助けて道に迷う人なんて始めて見ました」

呆れながら似そう言ってくる遊佐。

「いや、そうは言っても困ってたんだよあの人。そういうのって見てみぬ振りはできないだろ」

「はぁ。もういいです。さっさと入って下さい。そろそろ会議が始まります」

そういって遊佐は俺に背を向け何か呟いた後、校長室のドアを開けた。

「ゆりっぺさん。衛宮さんをお連れしました」

「あら、遅かったじゃない。主賓抜きで会議始めちゃうところだったわよ」

「申し訳ありません。どうやら衛宮さんが道に迷っていたそうで」

「ふぅ~ん。ま、ここは広いもんね。始めてだったら無理もないわ」

そう言ってこちらに視線を向ける。

「こんにちは衛宮君。昨日ぶりね。今日はどうだった?」

「ああ、本当に助かった。見たい所も一応全部見れたし、大体把握した」

「迷子になってたのにですか?」

「うっ!それは………」

遊佐がボソッと横やりを入れる。そう言われると立つ瀬がない………

「冗談です。別に衛宮君の言う事を疑ってるわけではありません。
ですので、会議を続けてください」

…………迷子になってたのは事実だからいいけどさぁ。

「うん。さっそく仲良くやってるようね。安心したわ」

そしてこちらを見てニヤッと笑う。
反応に困る。余計な事を言うと危険な目にあいそうだ。



「それでは定例の会議を始めるわ!」

ゆりが叫ぶと突然部屋の電気が消え、パソコンの電源が付いた。

どうしたことかと思っていると、ゆりは窓の上からスクリーンを出して帽子をかぶり意味深にこちらをちらっと見た。

「その前に、そいつは誰なんだゆりっぺ」

と、ソファーに腰をかけていた眼付きの悪く、腰に木刀を佩いている男がこちらを見ずにゆりの方へ質問する。

「あれ?通達してなかったっけ?もう何人か知ってるかもしれないけど、彼が昨日言った新人。名前は衛宮君よ」

ゆりがそう言うと部屋中の視線がこちらに集まってきた。

「ほぉ………こいつがか」

と含み笑いをしてチラリとこっちを見る。

馬鹿にされているようで内心あまり面白くない。

「まあ説明も終わったところで、今日の最初の議題は衛宮君の事よ」

「俺のこと?」

「そ。まだ昨日の返事をもらってないでしょ。時間は与えたんだからこの場で返事をくれない?」

昨日の返事というとこの戦線に入るかどうかという奴だったか。

「一つ確認しておくけど、この戦線がしたいことというのは、
天使と呼ばれる物を撃退し、この世界で安全に暮らすこと………だったよな」

「ええ。そうよ。天使を倒さなければ私達に未来はない」

何か頭に引っかかる。

本当にこれは正しい事なのか?自衛のためとはいえ誰かを傷つけるということが?

たとえやらなければやられるのがこっちだとしても。

それは……………

「で?結論は?」

「………わかった。俺は戦線に入る」

周囲から感嘆の声があがる。どうやら歓迎されているようだ。

でも、もしかすると俺は状況に流されただけかもしれない。

後で後悔するかもしれない。

でも、今はこれが最善だと思えたんだ。

「我が戦線にようこそ!衛宮君、あたし達は貴方を歓迎するわ。
そして貴方にこの戦線のメンバーだけに伝える合言葉を教えるわ」

「合言葉?」

さっきここに入る前に遊佐が呟いてた言葉だろうか。

「そう。ここの扉には仕掛けがしてあって合言葉がないと吹っ飛ばされるの」

「吹っ飛ばされるって…」

「文字通り建物の外に放り出されるわ」

………どんなセキュリティーなんだここは

「対天使用罠なんですもの。その位しなくちゃ意味がないわ」

「………そうですか」

もう突っ込むのもめんどくさい。

そしてゆりは軽く咳払いをし、

「ちょっと話がずれちゃったわね。その合言葉は、神も、仏も、天使も、なし」

そしてスッと右手を差し出してきた。


その言葉にこめられた意味を、俺はまだ知らない。

この戦線の辿って行く軌跡を、苦難を、俺はまだ知らない。

それでも俺は、この戦線と運命を共にすると、決めた。



「ああ。これからよろしく頼む」

そして俺は、差し出された細く華奢な手を、掴んだ。









「それでは、今回のオペレーションを説明するわ」


あの後、他のメンバー達の軽い自己紹介が終わり、ゆりはそう言った。

「オペレーションって何だ?」

「それを今から説明するのよ」

と言いつつ、ゆりは後ろのスクリーンを指してこう言った。

「オペレーション:ブルファイト」

周りから声があがる。

「おぉ」「もうそんな時期か」「去年は散々だったよな」「うわ、面倒くせぇ」「まぁまぁ」「Oh! It’s Festival Time!」

「ブル………ファイト………?」

闘牛………?闘牛をするのか?この世界では?

「近々始まる学園祭で天使をおちょくり、かき乱す!」

どう言うこと?と、遊佐に目で尋ねてみるも、遊佐はただ首を振るばかり。

えーと、つまり、何だ。自分達を闘牛に見立てて学園祭で暴れまくると言うことだろうか………?

だが大抵闘牛は………いや、よそう。皆乗り気だ。それでいいじゃないか。

「それで、具体的にはどうするんだ?」

「衛宮君は初めてだから分からないか。遊佐……は仕事があるし………高松君?」

と、隅の方にいた男に声をかけた。

メガネをかけていて、知的な雰囲気を醸し出しているが、阿呆らしい。

「当日まで、彼の世話をしてあげて」

「わかりました」

そしてこちらを向き、

「よろしくお願いします。衛宮さん」

と、手を差し出してきた。

「ああ、こちらこそ」

手を握る。見た目とは裏腹に、結構筋肉が付いている。

意外にもスポーツマンなのだろうか。

俺たちが握手をすると、ゆりは話を続けた。

「それじゃあ、具体的な説明をするわ。まず、この学校の学園祭には出し物の人気投票があるの。そしてこの作戦では、そのランキングの一位から十位までを私達SSSがゲットする」

「出し物を出すには、先生や生徒会の許可が要るんじゃないか?」

疑問に思ったことを聞いてみる。

「それじゃあ意味がないのよ。普通に参加してたら消えちゃうじゃない」

何言ってるの?とでも言いたげな顔だ。

「勿論ゲリラ参加だから、生徒会や先生達の妨害が考えられるわ。どう対処するかは自分達で考えて行動なさい」

生徒会や先生達の妨害か………せわしないな。

「適当な人と組んで行うもよし、単独で何かをするもよし。そこらへんは好きに任せるわ。けど、もし生徒会の妨害でランキングに載れなかった場合は………死よりも恐ろしい地獄の罰ゲームを用意しているわ」

その時、皆に緊張が走る。

死よりも恐ろしい罰ゲーム?皆が緊張してるって言うことは相当な物なのかもしれない…

「なぁ、地獄の罰ゲームってどういう物なんだ?」

と、近くにいた高松に聞いてみる。

「何でも噂によると、発狂し人格が狂うとか」

「どんな罰ゲームだよ、それ………」

「さあ?わたしは受けたことがありませんので」

そんな会話を繰り広げていると、ソファーに座っていた日向が立ち上がって言った。

「だったらさ、ゆりっぺ!」

それを見ると、ゆりはまたか…という顔をして口を開いた。

「たぶん聞くのもうんざりする様な意見だと思うけど、一応聞いといてあげるわ」

「女子メンバー全員でストリップショーをすれヴぁっ!」

まさに一瞬だった。

机を乗り越えてジャンプ。そしてその勢いを殺さずに日向の腹へと飛び蹴りが炸裂する。

悶絶する日向。………うん。あれは日向が悪い。

「一般常識は守ること!他に聞きたいことがある人は随時聞きに来て!以上!」

そしてゆりは怒って出て行ってしまった。



[21864] プロローグ 四、
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Date: 2010/09/20 14:55
他の人も、ゆりと同じ様に出て行ってしまい、残ったのは俺と高松のみ。

どうやら遊佐も、ゆりの言っていた仕事とやらで何処かへ行ってしまったようだ。

そしてこの作戦をどうするか二人で話そうとした時、悶絶から復活した日向が立ち上がった。

「ぐへぇっ。ゴホッゴホゴホッ………あー。死ぬかと思った」

「この世界では死にようがありませんので、安心してよいかと」

「そういうこと言ってるんじゃねぇよ。あの時ゆりっぺ、確実に俺を殺そうとして蹴ったぜ?ありえねぇよ」

「ありえないのは貴方の意見だと思いますが」
「ありえないのはあんたの意見だと思うぞ」

同時に突っ込む。もしかして、俺は高松と相性が良いのかもしれない。

「おぉ?何だ何だ。さっきあったばっかり立ってのに息がばっちり合ってるじゃねぇか。………それにしても、俺の案、そんなに酷かったか?」

「ええ。何であんな案が通ると思ったのですか?そちらの方が不思議です」

「さすがに、あれは酷いと思うな」

「ちぇー。いい案だと思ったんだがなぁ。天使はおちょくれるし、NPC男子の人気を獲得できるし。いいこと尽くしじゃないか」

「ストリップするのが貴方ならゆりっぺさんも何も言わなかったでしょう」

まぁたしかにそうだろうけども。高松よ。それは誰が得する?

「はぁ?!俺に脱げってか?それで誰が得するんだよ」

「少なくとも一部の女子には人気がでるでしょう。それに私が言っているのは、自分がする気もないのに他人に全て任すのは、いかがな物かと言っているのです」

それを言われると痛いらしく、黙ってしまった。

「まあ、ちょっときつい言い方かもしれないけど、高松の言ってることは正しいと思うぞ。今からでも一応謝ってきた方がいいんじゃないか?」

「ああ、確かにそうだな…………………決めた!俺さっきの事ゆりっぺに謝ってくるよ。ありがとう高松、衛宮。またな!」

やはり根はいい奴なのだろう。吹っ切れたように立ち上がり、唐突に去って行った。








「何と言うか………ここの皆は、いい奴らなんだけど、個性的だな……」

「そう言う貴方も、もう戦線のメンバーですけどね」

「ハハッ。違いない」

そして二人で笑いあう。

一頻り笑った後、俺は高松に学園祭のことを切り出した。

「ところで高松。学園祭の事なんだが………」

「そういった話は食堂に向かいながら話しましょう。まだ夕食を食べていないでしょう?」

あ、夕食と言えば、昼食の余ったサンドウィッチの事すっかり忘れてた………

はぁ。少しもったいないけど、動物のエサにでもするか………

「どうしたのですか?そんな間違えてゴキブリでも口にしてしまったような顔をして」

「う~ん。当たらずといえども遠からず、かな」

「ゴキブリを食べたと言うのですか………!?なるほど、私は貴方の事を見くびっていたのかもしれません………」

………ん?あれ?今、何か凄い事いったような………?

「っ…ごめん。考え事して適当に返事した。全然近くないし、俺はゴキブリなんていう物は匂いを嗅いだことすらない」

「………びっくりさせないで下さい。これからは貴方の事をゲテモノマスターと呼んでしまう所でした」

危ない危ない。でも外国の何処かにはゴキブリを食べる国もあると聞いたことがあるような……ないような……

「しかし、だとするなら貴方は何を考えていたのですか?」

「あ、ああ。昼にサンドウィッチを作ったんだけど、作りすぎちゃってさ、誰かにあげようとして忘れてたから、どうしようかなって」

「そう言う事でしたら、松下五段にあげては如何でしょう。柔道の練習後はとてもお腹が空くと言っていた気がしますよ」

なるほど、あの体躯だ。それ相応のカロリーは摂取するだろう。

「いい考えだな。ありがとう。後であげるよ」

「そうした方がよろしいかと。では、食堂に参りましょうか」

食堂は確か………学生寮までの途中にあったな。

「ああ。それでさ、学園祭ってのは………」

そうして後ろ手に校長室の扉を閉め、俺たちは校長室を後にした。











学園大食堂前


「つまり、学園祭は前夜祭と後夜祭を含めて三日間あるって言うことだな?」

「ええ。前夜祭は主に夜の間だけ、学園祭と後夜祭は一日中です。後夜祭に関しては、岩沢さんも入っているガールズデッドモンスター、略してガルデモのゲリラライブも開催されます」

そう言えば、さっきの会合ではあまり岩沢と話せなかった。

次にあった時は、もっと話せればいいが………

「それで、貴方はどうします?料理ができるのなら、喫茶店などが考えられますが」

「う~ん。喫茶店は一人じゃできないし、何より妨害が来たとき客に迷惑がかかると思うんだ」

「そうですね………では、移動制にするのは如何でしょう」

「移動制にするって………売り歩きって言うことか?」

うん。それなら良いかもしれない。妨害が来ても、走って逃げることができるし。

「ええ。それなら、どうにでもできますから。私の話はお役に立ちましたか?」

「ああ。十分役に立ってくれた。ありがとう。高松も何かやるなら手伝うよ」

「それは何よりです。こちらも貴方のする事を出来得る手伝いましょう」

そんな遣り取りを交わしていると、食堂に着いた。

食堂には皆で一緒に食べたりする事もあるが、基本的に自由だという。

まあ、小学生ではないのだから、当然といえば当然の事なのだが。

「ここで食券を買って、あちらの方で食べ物と交換します。この食券をNPCから平和的に奪うミッションもありますが…それについては、今は関係ないので飛ばします」

平和的に奪うって………まぁ好奇心がそそられない事もないが、今は聞かなかったことにしよう。どうせそのうち分かることだし。

「へぇ。やっぱり食堂も大きいな。………っと、あそこにいるの、日向とゆりじゃないのか?」

食堂の二階を見ると、日向とゆりが一緒に夕食をとっている。あの様子だと、ちゃんと謝ったようだ。

適当にクリームパスタを買って(高松は蕎麦だった)、二人に近づく。

途中で日向が気付き、挨拶してくる。

「おう、衛宮。高松。………へへっ。さっきは、ありがとな」

「その様子ですと、仲直りされたようですね」

「おう。っていうか、別に喧嘩してた訳じゃないんだけどな」

二人の座っているテーブルまで辿り着く。

「それにしても大きい食堂だな。端から端まで行くのも大変だ」

俺の隣に日向。反対側にゆりと高松が座り、食事を始める。

「ええ。岩沢さん達のライブも、ここで行われるのよ。ゲリラライブだけどね」

「ふぅ~ん。あ、胡椒とってくれないか」

向こう側に座る高松に渡してもらう。

「どうぞ。……その感じだと、もうこの世界にも慣れましたか?衛宮さん」

「え?うん。まぁ何とかやっていけると思うよ」

ここのスパゲッティーは、なかなかおいしい。後で食堂のおばちゃんからレシピを貰えないだろうか。

「そういえば、他の皆さんはどうしました。食事が終わる時間には少し早いような」

たぶんこれは市販のクリームソースじゃないな。

「ああ、皆学園祭に向けて色々工作するんだとさ」

恐らく、オリーブオイルでアスパラガスとベーコンを炒めた物を、ツナとバター、後牛乳か何かでクリームにしたんだろう。

「お二人はしないのですか?別に暇だというわけでもないのでしょう」

胡椒が付いていなかったのは個人に任せるためだろうか………

「あたしも色々したかったんだけど、日向君が急にやって来るもんだから、止めたの。工作なんてものは明日でもできるんだしね」

パスタ一つとってもこの作りこみ様。他の食事も凝っているのだろうか。気になる。

「で、衛宮は何するか決めたのか?」

「え?」

料理のことを考えていてすっかり聞き逃してしまっていた。

何を話していたのだろう。聞きなおす。

「悪い。考え事してた。何の話だ?」

「はぁ~。聞いてなかったのかよ。だから、学園祭で何をするかって言う話」

「さっきも思いましたが、衛宮さんは注意力が散漫な様です。人と会話している時は、その人に注意を向けるべきかと」

む。言い返しようのない正論だ。確かにその通りだと思う。

「まあまあ、二人とも。そんな責める様な言い方をしないであげなさい。それだけここの食事がおいしかったって言うことでしょ」

「まぁ、そう言う事なら…」

二人は渋々納得したような顔をした。

「それで結局、衛宮君は何をする事にしたの?」

「うん。まあ、まだ具体的には決めてないんだけど、食べ物販売系にしようと思う」

「ふぅ~ん。衛宮君って料理できたのね。意外……って言うほどの事でもないか」

そう言うとゆりは、二人の方へと顔を向けて聞いた。

「で?二人はもう何をするか決めたの?新人の衛宮君ですらもう決めているのに、まだ何も決まっていないなんて事はないでしょうね」

ゆりの表情は笑っているが、目が笑っていない。

正直、少し怖い。

「ええ。私のほうは大体案が出来つつあります」

「俺は………ほら、まずゆりっぺに謝ろうと考えてたから……その……まだ、何にも」

「へぇ~。日向君は、女の事で頭がいっぱいで、何も考えられませんでしたって言うのね」

意地悪な言い方をするゆり。

「な、何もそんな言い方することないだろ」

「ふふふっ。ゴメンゴメン。ちょっとからかってみただけ。別に悪いって言ってるわけじゃないわ。まだ時間は有るんだし、ゆっくり考えたら?」









平和な時間。幸せな日々。あの世の楽園。

まだここに来て間もないが、それでもこの世界の人達と触れ合ってきてわかったことがある。

皆、幸せに生きようと努力し、行動している。

その姿は、正しいはずだ。人は常により良い人生を送りたいと考える。

けど、その為に誰かを犠牲にするのは正しいことなのだろうか。

自分達の幸せのために他者を蹴落とし、不幸へ陥れることは正しいことなのだろうか。

答えは出ない。記憶が戻れば、答えが出るのだろうか。

だとするなら早く戻って来て欲しい。










結局その後、三人と別れた。

聞きたいことも聞けたし、後はもう寝るだけか。

そう思い、男子寮へと足を向ける。

すると、食堂から男子寮まで道で岩沢と会った。

「あれ。岩沢じゃないか。どうしたんだ?こんな所で」

「ん?ああ、衛宮か。見ての通り、飲み物を買っているんだけど」

そう言いながら右手に持つペットボトルをこちらの方へ見せてきた。

「いや、そうじゃなくてさ。何で岩沢が買ってるんだ?こう言うのって普通マネージャーとか、雑用係みたいな人がやるもんだろ?」

「ああ、そう言う事。雑用係……か。居るには居たんだけど、消えちゃってね。以来誰もやれる人が居ないから、ローテーションを組んで買いに行ったりしてる訳」

「何で誰もやろうとしないんだ?」

ガルデモはこの世界ですごく人気だという。

だとするならば、志願者が多くてもおかしくはない筈だ。

「あ~。ほら、NPCを雇うわけにもいかないでしょ?かといってあたしたちみたいなNPCじゃない連中は他にも色々やってるから、常に手伝ってくれる訳じゃないし、何よりこういった仕事は忍耐力とある程度の筋力が要るから」

なるほど。確かに言われてみればそうだ。物事には適正というものがある。誰もがなりたい職業になれるわけではないのだ。

「まぁ、その点衛宮は………合格かな。どう?ガルデモのマネージャー。やってみない?」

口元に笑みを浮かべ、こちらを伺う岩沢。

そう言ってくれるのはありがたい。だが……

「少し、考えさせてくれ。まだ来たばっかりで右も左もわからない状況なんだ」

「ふぅん。まぁ、いいけどさ。気が変わったらいつでも言ってよ。あたし達も使える手足は欲しいからね」

「あ、でも困ったことがあったらいつでも言ってくれ。特に最近は学園祭で忙しいだろうから」

「ん。ありがとう。でも、今特に困ってることは………あ」

「何かあるのか?」

「あー。いや、いいよ。何と言うか、衛宮じゃ無理だろ」

「む。そういう言い方をされるとむしろ気になる。言うだけでもいいから言ってみてくれ」

「んー。まあ、夜食に最近飽きてきたって言うか、あたしも少しなら作れるんだけどレパートリーがあんまり多くないし」

へ?

「何だ。そんな事か」

言い渋るからもっとすごい事かと思った。

「そんなことって衛宮。あたし達にとっては結構重い問題なんだぞ」

「あ、いや、そういうことを言いたいんじゃなくて。俺、料理作れるぞ」

「は?」

驚きで目を丸くする岩沢。

はて。コレはそんなに驚くことだろうか。

「むしろ何で俺が作れないと思ったんだ?」

「いや、他の戦線のメンバーの男はまともな料理作れないし。生前男が料理が得意なんて話聞いた事なかったし」

そこで俺を疑わしそうに見る岩沢。

「むしろお前の方こそちゃんとした料理作ってるのか?料理が下手な奴が、自分で料理うまいと思ってるだけじゃない?」

「だったら試してみるか」

といって俺は、松下に上げようとして結局会えずに残してしまったサンドウィッチを岩沢に見せる。

「それは、なに?」

「俺が昼飯のときに作った余り。少し作りすぎちゃって。冷めてるけど、たぶんまだ食べれる」

「ふぅん。期待はしてないけど」

そう言って岩沢はサンドウィッチを掴んで口へと運び、ついばむように食べる。

「……………………………………………………………うまい」

「それはよかった」

岩沢は、少し釈然としないような顔をして感想を言った。

やはり他人に美味しいと言ってもらえる事はうれしい。

少し顔がにやけていたのだろうか。岩沢がこっちからふいっと目線を外した。

別に岩沢のことを笑ったわけじゃない。そう言おうとして、先に喋られた。

「コレくらいの腕だったら、その、夜食を作ってくれないか?」

「それはいいけど………」

俺が言おうとしている事に気付いたのだろうか、岩沢はそれ以上言うなとでも言いたげ首を振った。

岩沢も別に俺が嘲笑っているわけじゃない事を察してくれたのだろう。

「それで?俺はいつ持って来ればいいんだ?」

「いつもあたし達が使っている空き教室に、大体この時間帯くらいに持ってきてくれると助かる」

「わかった。大体この時間帯だな。後、何かアレルギー持ってたりする人はいるか?大変だからな、そう言うの」

「いや、いないはずだよ。それにいざアレルギーで倒れたとしても、この世界では死なないからね」

「いやまぁそうだろうけど」

下らない冗談を交えつつ、俺たちは話した。

なぜだろう。岩沢と話していると時間がたつのが早い気がする。

いくつもの話題を話し、語り合った。

気が付けば、さっきまでの記憶への執着は薄くなっていた。



そんな中ふと、岩沢がこう切り出した。

「何て言うか、衛宮と話していると、饒舌になる気がする。あたし、普段はこんなに話さないのに」

「うん。俺も、いつもと比べて話し込んでるような気がする」

これは偶然の一致なのだろうか。それとも、何かの縁?

「あっ………そろそろ休憩時間が終わるみたいだ。それじゃあ、明日はよろしく」

「ああ。まかせとけ。きっと美味しい物作ってくるから」

「ははっ。今日はありがとう。いい気分転換になった」

「いや。俺も楽しんでたし、何より岩沢とはもっと話してみたかったから」

その言葉を聞くと、岩沢はフイッと顔を背けた。 ?何か変な事でも言っただろうか。

「後、こいつも持って行って他の人達も食べてくれるとうれしい」

岩沢にサンドウィッチの入ったタッパーを渡す。

「ん。ありがとう。たぶん皆も喜ぶ」

そう言うと、岩沢は少し先まで走り、こちらを振り返って

「明日の夜食、忘れるなよ!」

と叫んで去ってしまった。

う~む。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。

皆目見当も付かないが、恐らく何かしたのだろう。

次にあったら謝っておかないと……

そうして俺も、男子寮へと戻ったのだった。



[21864] 学園祭準備編 一、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/09/25 19:27
対天使用作戦本部


「先の会合から早三日。勿論出来てるとは思うけれど、まだ学園祭の出し物を決めていない人、いないわよねぇ?」

ゆりは、会合開始直後からそんなことを言った。



岩沢との会話からもう三日。アレから俺は毎日(といっても三日間だけだが)夜食を作りに行った。

どうやら俺の夜食はガルデモの他のメンバーにも結構好評らしい。料理人冥利に尽きる………って俺は料理人じゃないけど。

「でもさぁゆりっぺ。逆に言うとまだ三日だぜ?ちょいと性急すぎやしないか?」

アホな事を考えていたら日向が反論していた。まあ、日向の言うことも一理ある。

「甘い!まるでジャムの上に蜂蜜をかけて、更にその上に砂糖をばら撒いたかの様だわ」

「な、何もそこまで言わなくても…………」

力なくうなだれる日向。

……最近日向の扱われ方が酷い。と言っても俺が最近来たからそう思うだけで、前からこんな扱いだったのかもしれないが。

「いい?バックアップする方にも準備が必要なわけ。早いこと決めてくれないと苦労するのは裏方なんだから」

そしてチラッと遊佐のほうを見る。

そういえば最近遊佐と喋っていない。やはり仕事が忙しいのだろうか。

「で?日向君は論外として、他に決めてない人いる?」

さすがに誰も手を上げ様としない。

「うむ。よろしい。じゃあ一人何も思いつかなかった日向君は……何か思いつくまでずっとスクワットね」

「えぇ~?そりゃないぜ、ゆりっぺ」

「いいから、さっさとやりなさい」

「マジかよ………。一、二、三………」

日向は本当にスクワットをやり始めた。やはりここではゆりの発言力は高い。

「それじゃあ、端から順に出し物と誰がやるか言いなさい。勿論常識は守ってね」

と言って日向を軽くにらむ。日向はひるんだような声を出したが、変わらずにスクワットをやっている。

日向がスクワットしている傍ら、ソファーに座っていた高松が立ち上がる。

「それでは僭越ながら、私から話をさせてもらいます」

高松はゆりを見詰めながらそう言うと、今回の作戦の事を切り出した。

「今回私達は学園祭にて天使を迎え撃つ訳ですが……」

そこで高松は言葉を区切り、辺りを見渡しながら

「私は天使をおちょくり、生徒から人気を得、なおかつ実利を得る方法を思いつきました」

おぉ、と周りの人から歓声が上がる。

「御託はいいのよ。で?その方法とは?」

「その方法とは………我々対NPCによるサバゲーです」

サバゲー……?サバイバルゲームのことだろうか。

「サバゲー?まぁ、たしかに天使をおちょくる事は出来るかもしれないわ。でもどうやって実利を得ようというの?」

「確かにサバイバルゲーム単体では参加料を募ったところで高が知れています。しかし、それを賭け事にすれば?」

「! なるほど。他のメンバー達と共謀してトトカルチョを開くわけね」

トトカルチョとは何ぞや?と隣の大山に聞いてみると、元はサッカーでの賭け事のことを指すらしい。券を買ってどこのチームが勝つかを予想し、当たっていたら配当金をもらうという、競馬みたいなものだと言われた。

「はい。勿論一口にサバゲーといっても色々ルールを作成しないといけませんから、まだ全て完成したとはいえませんが」

「ふぅ~ん。面白そうね。いいわ。採用する」

「ありがとうございます」

高松がソファーへ座る。それと入れ替わるように、この前睨んできた藤巻が発言する。

「そんで、俺と大山が券を売り歩く。券はまだ作ってないから作らなきゃいけねぇが」

「なるほど…………でも二人だと足りなくないかしら」

「あっ!だったら俺が入るぜ!」

スクワットしていた日向が急に叫んで自己アピール。

というかまだスクワットやってたのか。

ゆりは白けた目線を日向に向けつつ

「まあ余計な事させる方より、売り子させる方がいいかもね」

と言って許可した。

「いやぁ~。良かった良かった。案なんて全然思いつかなかったから、あのまま一生スクワットするのかと思ったぜ」

「あらぁ?そっちの方がいいなら、学園祭までずっとスクワットさせてもいいのよ?」

「け、結構です…」


…………………

…………



その後、他の皆は自分のする事をゆりに伝え、残るは俺一人になった。

「じゃあ最後になっちゃったけど、衛宮君は何をするつもりなの?」

俺は考えていた事を口に出した。

「本当は、移動制の食事処にしようと思ってたんだが………」

そこで言葉を止め、高松の方を見る。

「高松の提案したサバゲーを手伝う人数は多い方が良いだろ?だから、高松を手伝う事にする」

いいよな?と高松に目線で問う。

高松は少し驚いたような顔をして、顔を軽く縦に振った。

「へぇ~。ま、当人達が納得してるなら別にそれでいいわ」

そう言うとゆりは机に乗せていた足を下ろし、立ち上がって宣言した。

「ではここに、オペレーション;ブルファイトの本格的始動を宣言する!以降何か変更がある場合は、私もしくは遊佐に言ってちょうだい。解散!」

……………………

………





「しかし本当に良かったのですか?」

会合の後、少しなまった肩をほぐそうと背を伸ばしていると、高松がこちらに近づき聞いてきた。

「何が?」

「学園祭の出し物の事です。別に貴方に手伝ってもらわなくても、十分学園祭を乗り切ることは出来ます。御自分のやりたい事をなさるべきではないですか」

「む。その言い方だと俺が嫌々手伝ってるみたいじゃないか」

「おや。違うのですか?」

失敬な。俺はそんなに薄情な奴に思われているんだろうか。

「たしかに一度喫茶店みたいな事はやってみたいかなって思ってたけど、友人が困ってたら普通助けるだろ」

「衛宮さん……」

一瞬、言葉に詰まる高松。

「それに裏方もやってみると面白いかもしれないし」

「………ええ。そかもしれません。では衛宮さん、手伝っていただけますか?」

その言葉に、俺は無言で肯いた。

「で?俺は具体的には何をすればいいんだ?基本的な事なら、多分なんでもできるぞ」

ここに来てまだ数日だが、自分に出来ることとできない事位はわかるようにはなっている。まぁ、まだ記憶は戻っていないんだけど。

「では衛宮さん。貴方は、サバゲーでお腹をすかした人達のために食事を作って下さい」

「え?」

それでは俺のやることはあまり変わらない。

「本来は食堂のNPCに作ってもらうように頼むつもりでしたが、貴方が来てくれると言うのでその必要はなくなりました」

「でも本当にいいのか?俺なんかが食事担当で」

暗に、迷惑じゃないかというニュアンスをこめる。

「もちろんです。私の目的を達成することが出来、なおかつ貴方のやりたいことも出来る。完璧な結論だと思いませんか?」

「高松……」

今度はこちらが言葉に詰まる番だった。

「………手伝ってくれますか?」

「ああ。どれだけ役に立てるかわからないけど、よろしく頼むよ」

手を握り合う。

高松……いい奴だな。

どこまで出来るかわからないが、出来ることはやろう。


俺たちがこれからの展開を話し合おうとすると、突然藤巻が話しかけてきた。

「おい。そこで手を握り合ってる男二人。いつまで握ってんだ?もしかしてお前ら、コレなのか?」

手を口の横に反らす様に当て、ポーズを作る藤巻。

突然すぎるその言動に驚きつつも、困惑を隠すことが出来ない俺。

「なあ高松。コレって何だ?」

藤巻がした、変なポーズを真似る。

「む………それは……」

ゴニョゴニョゴニョ

「ああ。成る程。そりゃあ勘違いだ。俺たちはそんな間柄じゃないよ」

「マジレスされても、それはそれで困るんだが……っと、そうじゃねぇ。俺が言いてぇのは、券をどうするかって言うことだ」

券を……どうするか…?

「ギルドに大量受注した筈ですが、何か問題でも?」

「誰があんなところからとって来んだよ。めんどくせぇし、遠いだろうが」

「まぁギルドは地下数十階まであるしね」

あ、大山居たんだ。気が付かなかった。

「結構な量がありますし、何人かで取りに行くと言うことでいいのではないかと」

普通に大山が会話に入ってきた事に何の反応も見せない二人。と言うか気付いているのか?

「複数人で一気に取りに行くということだね」

うん。何で大山は言わなくてもわかってるような事を繰り返すんだろう。

「あ、だったら俺が行ってくるよ。飯だけ作るんじゃ働かなさ過ぎだから」

「お。わきまえてんじゃねぇか、新人」

「でも、衛宮君だけじゃ地下の間取りはわからないだろうし、券は多いから一人で運べるものじゃないよ」

「と、言うことはもう一人くらいつけたほうが良さそうですが……」

と言って周りを見回し、誰かを探すような仕草をする高松。

「残念ながら筋肉自慢の野田さんは居ないようなので、私が行きましょうか」

「まぁ、頼んだところで素直に行ってくれるかどうかは怪しいところだがな」

「野田君はゆりっぺ一筋だからねぇ」

「……野田って誰だ?」

そんな人が居ただろうか。

「ああ。先の会合でも今回の会合でも彼は来ませんでしたからね。知らないのも無理はないかと」

「う~ん。彼は…何と言うか、馬鹿?」

「ああ。馬鹿だな」

ひどい言われようだ。そんなにも馬鹿なのだろうか。

「まあ居ないものはしょうがねぇ。高松が行ってくれるってんなら反対はしねぇぜ」

「えぇー。ちょっとは自分から行くとか言わないの?藤巻君」

「だったらお前が行くか?」

「僕は、その、ホラ、筋力が足りてないから……」

「つまり、行きたくないって事だろ」

まぁ結構遠いらしいし、行きたくない人を無理に行かせることはない。

「じゃあ早速行ってくることにするよ。高松、案内してくれないか?」

「ええ。善は急げといいます。さっさと行って終わらせてきましょう」

そうして俺たちは、武器製造所、ギルドへと向かうのであった。



[21864] 学園祭準備編 二、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/10/03 17:54
体育館 内部



「また変わったところにあるんだな」

体育館に着いて早々、俺たちは体育館の下の方から(あそこは何て言うんだ?)パイプイスを取り出して、ギルドへの道を開いた。

こんな変な所に隠してあるのでは、ほとんど見つかる心配はないだろう。

まぁ、話を聞く限り、それでも見つけられそうなところが天使の怖いところだが。

「ええ。ギルドが天使に見つかり崩壊してしまうと、私たちは弾丸の供給無しで闘うことになりますから。対策しても、し過ぎると言うことはありません」

それに、こう言ったこまごまとした事もできなくなりますからね。等と言いながら高松はギルドへの入り口へと目を向けた。

この下にあるギルドという場所には、チャーさんという戦線でも古参のうちに入る人物が仕切っているらしい。職人気質で、敵には容赦がないが味方には優しいと言う兄貴分だとか。

「で?どうやってギルドへ行くんだ?かなり下の方にあるんだろう?」

「先方に取りに行くと伝えておきましたので、罠は解除されているはずです。そして、少々遠いですが、ギルド最深部へと向かいます」

…………………………………え?…………何?罠?ギルドって、そんなに危険な場所なのか?

「あ………あー。ゴメン。この世界に来て知らぬ間に疲れていたみたいだ。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

「む。それはいけませんね。今日の所はやはり一旦帰って休みますか?」

「い、いや。そんな大した事じゃないんだ。ただ、さっきの言葉をもう一度言ってくれないか?」

「無理をしてはいけませんよ。それで、さっき言ったことですか?罠は解除されているはずなので、少々遠いですがギルド最深部へと向かいます」

やっぱりかぁぁぁあああああああ!!!

いやぁね、わかってましたよ?ただ万が一、万が一実は本当に疲れて聞き間違えたという可能性を考慮してですね。

「どうしたんですか?衛宮さん。そんな膝と手を地に着け、落ち込んで。本当に大丈夫なのですか」

「いや、何でもない。本当に、何でもないんだ……。じゃあ、そろそろ行こうか」

膝に付いたほこりを払いつつ立ち上がり、高松を促す。

「?……大丈夫ならいいのですが……」

かなり不審げな顔をされたが、どうやらスルーしてくれたようだ。

ここの人達は全員スルー能力が総じて高い。まぁ、そうでもないと生きていけないのかもしれない。

ゆりの、あるがままを受け取れと言う訓戒が効いてるのだろう。あれって要は分からない事があってもスルーしろって事だからな。

などと現実逃避をかましつつ、ギルドへの道のりを行く俺。

果たして、この後俺を待ち構えてるものは何なのだろうか。

乞うご期待!




























なんて意気込んでみたのはいいのだが、延々と歩くだけで、普通に地下まで降りられた。何の障害もなく。普通に。

罠があるって言ってたからとんでもなく危険かと思ったのに。

「………なぁ。こんなに簡単に行ってしまって良いものなのか?」

もっと何かこう、何人もの人が道中で命を落とす(ここでは死なないが)……位の事は想像してたのだが。

「?罠は切っていますから。しかし、もし仮に何らかの事があって罠が作動した場合は、構造が複雑ですし、地下までたどり着くことは難しいと思います」

うへぇ。それは大変だ。相当の量を歩いて多少なりとも体力を消耗すると言うのに、さらにその上罠があるなんて。

「まぁ、そんな事は天使が襲撃してくるか、事前にギルドへ連絡し忘れない限り大丈夫でしょう………………………そこを左です」

「っと……こっちだな。そう言う事を言うって事は襲撃をかけられた事があるのか?」

「そんな事があれば、いくら罠があると言えどギルドはただでは済まないでしょう………あ、そこは右です」

「ん。こっちか……と言うか、そんなに天使って無茶苦茶な存在なのか。化物じみてるな」

「ええ。何度私たちは彼女に煮え湯を飲まされてきたことでしょう」

「ふ~ん……………………ん?…………………“彼女”?…………って事は、天使って女性?」

「何を今更………っと、そう言えば衛宮さんは、まだ天使を直に見たことがないのでしたか」

今まで聞いた話を総合すると、天使とは怪力で、凶暴で、戦線メンバーを幾たびも倒してきた、化物じみた奴と言う事だが……

「天使は外見に限って言えば可憐で、愛らしいと言っても良い位の美少女です」

な、なんだってーーーー!!!

衝撃の事実!戦線は美少女と戦っていた!………まぁ、ゆりも美少女といえばそうなんだが。

「いえ、むしろ美幼女でしょうか。身長的に考えて」

「えっと、つまり俺たちは、見た目美少女に攻撃を加えているのか?一方的に?いくら化物染みてるからと言って?」

「む。そういう言い方をすると悪く聞こえますが、我々はNPCには危害を加えませんし、銃を使うのも天使にだけです」

「いや、そうは言っても………」

違和感が残る。入隊する前も少し思ったが、それは果たして正しいことなのだろうか。

「一度戦ってみれば分かると思いますが、銃でも使わないと勝てる相手ではないのです」

「話し合いという手だってあるはずだ。武力をもって話しかけるなら、それは恐喝であって話し合いじゃない」

「彼女は一方的に襲いかかり、私たちを打ち倒していく。そんなものと、どう話し合えと?あなたは熊を目の前に話し合おうというのですか?」

「天使には言葉が通じるんだろ?だったらなんか熊じゃない。きっと話し合えるはずだ」

「詭弁です。話し合おうとしても、殺されるのが落ちです。躊躇していては、何もできない。衛宮さん、天使を目の前にして銃を撃つのを躊躇うというのなら、貴方は戦場に入らないほうがいい。覚悟がないものは、銃を撃ってはならない」

それでこの話はもう終了だ、と言わんばかりに足を速める高松。

………機嫌を損ねしまったかもしれない。

もう、天使を擁護するような事は、言わないほうが良いのかもしれない。

でも、いくら化物じみているからと言って、少女を一方的に銃で攻撃する理由になるのだろうか。

頭のどこかで、それは違うと何かが囁いている。

頭のどこかで、それは仕方ないことだと誰かが呟いている。

俺は誰の言うことを信じればいいのだろう。分からない。

だって、俺には記憶がないのだから。

俺は………

「見えてきましたよ、衛宮さん」

その言葉で現実に引き戻される。

前を見てみると、永遠に続くかと思われた通路も終わりが見えてきた。

「ここを降りればギルド最深部です………さぁ、降りましょう」

先ほどの口論の所為だろうか、こちらに目を向けず降りだす高松。

………まだ天使とも戦っていないのに、生意気なことを言ってしまったかもしれない………

全ては自分の目で確かめよう。そして、全てを確かめた後、答えを出そう。

たとえこれが、一種の逃避なのだとしても、今の俺にはそうすることしかできない。

そんなことを思いつつ、俺はギルドへと降り立った。







ギルド最深部


「はぁ?」

間抜けな声が口から出た。

驚いた。それはもう驚いた。細かいことがどうでもよくなるほどに。

それも無理からぬ事と思う。なんて言ったって、こんな光景が目の前に広がっているとは思いもよらなかったからだ。

まずはその広さに圧倒された。東京ドームが丸々入るんじゃないかって言う位(見たことなんてないが)のとてつもなく大きい空洞。

そして次に目が言ったのは、高度に機械化された工場群。コレだけ本格的だとは思いもよらなかった。せいぜい町工場位の物と想像してたのに。

これなら原爆だって作れそうだ………

下を見ると、俺がギルドの威容に圧倒されている間に、高松は既に降りきって人と話をしていた。

まずい。見とれるのは後でも出来る。早く追いかけないと。



俺が下に降っていくにつれ、地下の様子がどんどん明らかになっていく。

下には絶え間なく誰かがうごめいており、何処かの悪役が、まるでゴミのようだ!と言うのも、この様子を見ては賛成してしまいそうになる。

少し行った所で高松は、ガタイの良い男が話をしていた。

「ああ。頼まれていた券はそこのダンボールに詰めてある。本当はペイント弾も出来ているんだが………さすがに、二人で持って帰れと言うのもなんだしな」

「ええ。また何人かここに来る様に、ゆりっぺさんに伝えておきます」

「おう。その時はギルドからも何人かつけるから、そんなに人数はいらねぇぞ」

「助かります」

そこでガタイのいい男は俺の姿が目に入ったらしく、高松に聞いた。

「おい高松。あそこにいる奴は誰だ?見ねぇ顔だが」

「ああ……彼は衛宮さん。最近来た、新入りです」

高松は先ほどの遣り取りにまだ気にしているのだろうか、顔をあわせようとしない。

そんな二人の間に横たわる空気に気付いたのだろうか、ガタイのいい男は俺に近づく様に合図した。

「おう。お前が衛宮か。俺はチャー。ここの責任者みたいな立場に居る」

おお。この人がチャーさんか。噂にたがわず、デカイ。

「はじめまして。俺が衛宮です」

「お前さんの事はゆりっぺから話は聞いてるぞ。将来有望な新人なんだってな」

自分で思った事はないが、ゆりにはそう思われていたらしい。うれしいような、そうでないような。

「それで、学園祭でサバゲーをやる事もあって、お前の銃を用意した」

え?

「俺サバゲーに参加する予定はないですよ?」

「普段の作戦の事も考えてだ。銃を持ってないことには対抗しようがないからな」

そう言って、付いて来いと先導する。

え~っと。これは、付いていかないといけないんだろうか?

高松の方を見る。

「行ってきてはどうですか。まだ時間も有ることですし」

高松は少しギクシャクとしているものの、こちらを見て言葉少なにそう言った。

「………ああ。じゃあ、そうさせてもらおうかな」

遠くでチャーさんの呼ぶ声がする。早く行かないといけない。

まだ少し高松のことが気になったものの、俺はチャーさんのもとに行くことにした。






チャーさんについて行ってしばらくすると、ある建物の中に入った。

その建物は他のものと同じ様な形をしており、パッと見分けはつかない

建物の中に入り、とある部屋まで入ると、チャーさんは壁に立てかけてあった銃を取り、こちらに渡してきた。

「これがお前の使う銃、イジェマッシSV-98だ。元はロシアの銃で、装弾数は十発。あくまで、本物を模した物だが、本物に勝るとも劣らない代物だ」

渡された銃を手に取る。ズシリと重い。その重さは、これが人殺しの兵器だと言う事を否応無しに気付かせる。

「ライフルの弾丸は拳銃とは規格が違うから、専用の弾がある。今回は学園祭用にペイント弾だが、平時には実弾が配給される」

と言って、部屋の片隅に置かれていたダンボール箱を持ってきて俺に見せた。

ダンボールの横には、ぺいんとだんとひらがなで書かれている。

…………ここの人は、ペイント弾くらいまともに書けないのだろうか。

その後、銃の取り扱い方や使用方法などを軽く聞いて、俺たちは雑談へと移った。

「そう言えば、この銃とかはどうやって作ってるんですか?」

「ほう。いい質問をするな。この世界では生命あるものを作り出すことは出来ない。しかし…」

チャーさんは近くの泥を掬い、強く握る。

「こうやって粘土質の土を握り、作りたいものを強く頭の中に描き出し、強く念を込める。すると………」

そう言って手を開く。手の中には少し水気の抜けている泥があった。

「??どこが変わったんですか?」

「触ってみろ」

言われた通り、泥に触れてみる。これは………

「少し………硬い?」

想像していたより水気がなく、どちらかというとゴムのような感じだ。

「泥をゴムに変えてみた。短時間だから中途半端だが、時間をかければなんだって作れる。それこそ銃だってな」

ゴム化した泥を握る。フニフニフニフニ………やばい癖になりそう。

ああ、これはあれだ、こういうトレーニング用の器機があったような……

「だがまぁ、あまり複雑なものは変えることが出来ない。銃は複数のパーツを合体させることによって出来る…………聞いてるのか?」

ジロっと睨むチャーさん。

「え、ええ。勿論聞いてましたよ。あれですよね、あんまり複雑なのはちょっと難しい、とか何とか……」

「はぁ。その泥は没収だ。寄越せ」

しぶしぶ泥ボールを渡す。……ちょっと気に入ってたのに。

「まったく………ん?」

チャーさんはボールをまじまじと見つめ、次いで俺のほうへ視線を寄せた後、またボールを見つめた。

?何だろう。ボールに何か付いていたのか?

「衛宮。お前、これ握りながら何か想像したか?」

唐突な質問。それに少しびっくりしたものの、その眼光に押されるように正直に答えた。

「ええ。その、健康用品でこういうのがあったような……って」

「ような?そんなに軽く?」

何故そんなことを聞くのだろう。何か気が付かない間にしてしまったのだろうか。少し、ポカーンとなる。

そんな俺の態度に、少し冷静さを失っていることに気付いたのだろう。少し落ち着いた様子で話す。

「……はぁ。まあいい。いや本当はよくないが、良しとしておこう」

自己完結されても俺にはさっぱり分からないのですが。

まぁ、良しとしているのだから無駄に波を荒立てる必要はないか。

「それより、少し高松との空気が悪かったが、どうかしたのか?」

急激な話題転換。少し不自然だが、このままこの話題は辛かったので乗ることにした。

「ええ。それが、………」

話をすっかり話してしまう。と言っても大して話すこともないが。

「……ほぉ。それで少しぎすぎすしてたのか」

「ええ……少し、思うところがあって」

「さっさと謝っちまう事だ。本当の友人なら、それで水に流せるさ」

果たして高松と俺は、真に友人と言えるのだろうか………まだ会って数日しか経っていないというのに………

そんな思いを鬱々と抱きながら、結局チャーさんと別れた。

………しかし、ごまかされたような気がするが、チャーさんは結局何が言いたかったんだろう。











SIDE:チャー


「こいつはとんでもない逸材なのかもな」

掌にはさっき衛宮から没収した泥ボール。いや、それはもうゴムボールと言っていい程の物になっていた。

通常あんな短期間で泥がゴムに変わることは断じてない。

それは他のギルドメンバーでも試してみて分かっている。

ほんの数十秒では泥をゴムに変えることは俺たちでは出来ない。

人の想像力には限界があり、思っている以上に物事を詳しく覚えていないからだ。

だが、もし奴が例外だとするなら………

予想以上に期待できる新人が来たことに喜びを覚えるとともに、少し疑問も覚える。

あんな事を軽々とやってのける奴は生前何をやっていたのか?

ゆりに聞いた所によると記憶喪失タイプらしいが……

………まぁ考えても詮のないことか。

大事なのは、我等が戦線に有望な新人が来たと言うことだ。

「……ギルドに誘うってのも、いいかも知れねぇな」

「何かいいましたか?チャーさん」

小声で言ったつもりが、少し声が大きかったらしい。通りすがりのメンバーに聞こえてしまった様だ。

「いや、なんでもない。それより、例の件はどうなってる?」

「例の件………ああ、アレっすか。今のところ六割って感じらしいっすよ」

「そうか。ありがとう」

アレも順調だし、学園祭が終わったら衛宮の勧誘を、ゆりに打診してみるのもいいかもしれない。

そう考えると、やる気も出てきた。さぁ、もう一踏ん張りだ。

「いいか野郎共!この学園祭は絶対に成功させるぞ!」

おうっ!と言う周りの声を受け、俺は持ち場へと戻った。



[21864] 学園祭準備編 三、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/10/10 18:09
ギルド最深部



チャーさんとの話の後、俺は高松を探していた。

途中で出会ったギルドの人に聞いてみると、なんでもトイレに行ったという。

なるほど、こんなに広い所だ。トイレの一つや二つあったとしても、何もおかしくない。

まあ、トイレならすぐ帰ってくるだろうと高をくくって早十分。さすがに遅すぎる。

もしや高松の身何かあったやもしれぬと、探し始めてもう数分。ようやく俺は高松が入って行ったと言うギルド第三トイレへと足を運んだ。

第三って………何個トイレあるんだよ。などと思いつつ、男子トイレに突入。ここはまず高松にさっさと謝ってしまおう。

男子トイレの入り口に手を掛け、ノブを握り、扉を押す。

そこには――――――――――――――信じられない光景が待ち受けていた。

お、落ち着け……素数を数えるだぁ………素数は一と自分しか割れない孤独な数字。俺に勇気を与えてくれる……どこかの神父もそう言っていたハズ。でも正直、神父ってキチなキャラ多いよね。

………………………ハッ!危ない危ない。すっかり変な電波を受信してしまった。

だがそれも無理からぬことだと思う。

だって、そこには変態がいたんだから。



「……………………………何してるんだ?」

「―――――――――――ゑ?」

上半身裸の変態こと、高松は俺のほうを振り返ったまま固まった。

最初に握手した時から、筋肉は付いているだろうと思ってはいたが、まさか自分の筋肉を鑑賞するのが趣味だったなんて………人は見かけによらないものだ。

どうやら彼は自分の筋肉をまじまじと見つめていたらしく、妙なポーズをとっており、その様子が高松をより一層滑稽な様子にしていた。

二人の間に冷たい風が流れる。

これは前の口論とは何の関係もない。そう、ただ高松がHENTAIであったというだけの話。

「………あー。ごめん。何か、邪魔した。もう一回、出直すよ」

「………いえ、それには、及びません」

脱いだシャツをもう一度着なおそうとする高松。

「いや!良いんだって。ほら、何て言うか、個人の趣味だしさ。その、こんな場所でするって言うのもどうかとは思うけど」

「………ええ。それに関しては、今まさに後悔している最中です………」

うなだれる高松。まずい。なにかフォローを入れないと……

「あー………その。なんて言ったらいいかわからないけど、全裸じゃなかっただけまだましだと思うぞ?世の中には毎朝自分の全裸に酔う人も居るって言う話だからさ!」

「……………全裸は五分くらい前に終わりました………」

………………………………………………。

「と、とりあえず、外出てる」

トイレの入り口のドアを閉め、もたれながら腰を下ろす。

後ろから聞こえてくる、高松の衣擦れの音。

その音は、心なしか落ち込んでいるように聞こえた。

「なぁ。そのままでいいから、聞いていて欲しいんだ」

気が付くと俺は、口を開いていた。

「…………………」

よしっ。その無言は肯定と受け取ろう。

「その、さ。聞いてるかもしれないけど、俺って記憶がないんだよ。だから正直、ここに来たときは、不安だった」

気が付けば、見知らぬところに居て、自分が誰か分からない。

それは、何も見えない暗闇の中に裸で放り出される事にも似た気持ち。

「でも、そんな時、ゆり達が、現れた。現れて、くれた」

それは、暗闇に灯される一条の光のように、俺を導いた。

右も左も分からない俺の足元を、照らしてくれた。道を見せてくれた。

「その時、俺は確かに救われた。この世界に、いても良いと思えた」

過去の自分のことは、俺には分からない。もしかしたらとんでもない悪人だったのかもしれないし、とんでもない善人だったのかもしれない。

この世界には前世でとても辛い目にあった人達が集まるという。だとすれば、俺も人並みではない辛い目にあったのだろう。

でも、そんな事は今の俺には関係ない。

この世界に生きている人達は皆、前世でどんな目にあっていようと懸命に、今を生きている。

「だから俺も懸命に生きる。俺は、彼らに、ゆりや、遊佐や、もちろんお前にも、会えて嬉しかったし、この世界で会えて良かったと思っている。だから俺は、お前と、お前達と、できるだけ諍いを起こしたくない」

会って間もないが、彼らを見ていると分かる。彼らはなんだかんだ言ってもいい奴らだ。恐らく高松の言ってた事は本当の事で、銃でも使わないと天使には敵わないのだろう。

「でも、それでも。俺は、和解の道を探したい。甘いといわれてもいい。夢物語というのなら、そうかもしれない。
でも、俺は分かり合えると思うんだ」

この気持ちがどこから出たのかはわからない。でも、それは大切なことだと思うから。

「無抵抗でいろって言ってる訳じゃない。ただ、話し合いの道を探したい。
例えそれが、雲を掴むような話でも、追ってみたいと思うから。
だから…………力を、貸してくれないか?」

…………………………………………………………………。

返事は、ない。

まぁ、当たり前といえば、当たり前な話。

今日まで敵だった者と仲良くしてくれと言っても、よほど特殊な条件でもない限りすぐに出来るものではない。

高松の了解を得ることが出来なかったのは悲しいことだが、仕方のない事でもある。

残念だ。

本当に、残念だ。

………さて、俺の言いたい事は全て言ってしまった。

提案を認められなかった者は、潔く去るとしましょうか。

手を付き、座り込んでいた腰を上げようとする。

けれど、腰が重い。歩き続けたせいだろうか。

そして、足早にこの場から距離をとる。

残念だ。心の中でもう一度だけ、そう唱える。

その時突然、後ろの扉の開く音がした。

まさか、と思って後ろを振り向く。



そこには、トイレの入り口には、高松が立っていた。

半裸で。

「っていうか服着ろよ!」

「衛宮さん。貴方の話は聞かせてもらいました」

俺の突っ込みは無視された。しかしシリアスなシーンに入ろうとしているので我慢する。

「確かに貴方の考えは甘いと言わざるをえない。あの天使を相手に話し合いで解決しようなぞ、無計画にエベレストを登ろうとするようなものです」

メガネに手をクイッと上げつつ話す高松。いいから服を着ろよ。

「話し合いを持つということは、対等の位置にいなければならない。しかし圧倒的武力を持つ相手と対等の立場になるためには、こちらも武力を持つ必要がある」

そうかもしれない。でも、その前に服着ろよ。

「しかし、もし、仮に、天使と分かり合える機会が与えられるとしたら。貴方が天使を話し合いにつかせる時が来たのなら。貴方の覚悟を見せていただけるというのなら………その時は、私も微力ながらお手伝いさせていただきましょう」

友人として、ね。とウィンクをしながらこちらに話す高松。

「高松………」

いいから服着ろ。

とは言え、高松の言葉は正直ありがたかった。今はこの言葉で精一杯なのだとしても、これから俺が頑張っていけばいいだけの話だ。

「………それではそろそろ上に戻りましょうか。貴方も新しい銃の性能を試してみる必要があると思いますし」

少し照れたように顔を背けて話す。どうでもいいが、半裸の状態でそれをすると、性犯罪者みたいだ。

「……ああ。券も早く持って上がらないとな」

券がないことには、儲けを得ることが出来ない。

「ええ。藤巻さんや大山さんも、待ちくたびれている頃でしょう。速く行って次の準備もしないと」

「そういえば、俺も食材を大量に入手しとかないと」

「お互いたくさんやることがあるようなので、さっさと帰りましょう」

「ああ。それには同意する。けど、その前に服を着ろ」

高松の肌には、すでに鳥肌が立っていた。







地上 体育館前



地上に戻って、券を一度校長室に置いた後、俺は高松と分かれて橋の所で銃の練習をしようと思い立った。

本当はこんな物に頼りたくはないが、この世界では何が起こるか分からない。いつまでも守ってもらうのも嫌だし、自衛の方法くらい身につけたほうがいい。

手にはチャーさんから託されたイジェマッシSV-98。

銃の先のほうには二脚が付いているが、弓道に慣れているなら伏射より立射のほうが良いと言われたので、とりあえずに二脚を外し、抱えるように銃を持つ。

銃床を肩に当て、スコープを通して川の向こう側を見る。

…………これじゃあ近すぎるな。

目標を変え、向こう側の橋の方へ目をやる。

……うん。アレくらいなら十分か。

橋の欄干上には誰かが置いていったのだろう。缶コーヒーの空き缶が置いてあった。

丁度いい。あれを目標にしよう。

目標を視認。スコープを覗き、空き缶に照準を合わせる。

弾倉に初弾を込め、セーフティーを外し、引き金を絞る。

パァン

…………痛ったぁああああ!!!

あまりの音の大きさに、耳が痛くなる。

注意していなかった俺が悪いのだが、一時行動不能に陥る。

クソッ。こんな事なら消音機を付けておくべきだった。

まぁ、今更そんな愚痴を言っても始まらない。それより戦果を確認しよう。

…………よし。大きな穴の開いた空き缶が、吹っ飛んで橋の上に落ちている。


パチパチパチ。


後ろから拍手する音が聞こえてきた。

誰だろうと思い、振り向く。

そこには、ゆりが立っていた。

「あれ?何でこんな所にゆりが?」

さっきは校長室にいなかったが。

「そこらを歩きながら色々してたら、突然銃声がするんですもの。驚いて見てみたら、貴方が銃を撃っていたって訳」

……あれ?見ていたって事は……

「もしかして……撃った後のことも……見ていたり?」

そこでゆりは、これ以上は堪え切れないとばかりに笑い始めた。

「あれは中々傑作だったわね。こう、銃を撃ったかと思えば急に耳を押さえてのた打ち回り始めたんだもの。つい笑っちゃったわ」

俺の真似をしているのだろう。銃を構える格好をした後、耳を押さえてのた打ち回る仕草をした。

知らず、頬が熱くなる。

「あ~。その事は誰にも言わないでいてくれると助かるんだが……」

「ふふふっ。しょうがないわね。でも、銃声のことを除いたら中々やるじゃない。遊佐からは聞いてたけど、ほんとに上手いのね、狙撃」

「別に、そこまで自慢出来るほどの事か?少し遠くの空き缶を吹っ飛ばしただけだぞ?」

「あの距離で少しって………なんだかんだ言って、やっぱり貴方もここの住人なのね」

素で引いた様子のゆり。あれ?俺そんな変な事言った?

「………はぁ。まあいいわ。そんな事より、これだけの狙撃ができるのなら次のサバイバルゲームに参加してもらおうかしら?」

「うへぇ。それはまだ勘弁してくれ。まだ銃の扱い方にも慣れてないのに」

さっとゆりから距離をとる。少し練習しようとしただけなのに、本格的参戦させられるのは敵わない。せめてもう少し後なら……

「何も今決めろなんて言うつもりはないわ。でも覚えておいて。いつか貴方も戦うことになるかもしれない。その時は私たちもできるだけの事をするつもりだけれど、本当に頼れるのは結局のところ、自分自身なのよ」

ゆりのその言葉には、深い意味が込められている気がした。今はまだその意味を汲み取ることは出来ないけれど、いつか分かる日が来ると信じている。

「さ、せっかく訓練するんだし、邪魔者はさっさと退散するとしますか。邪魔して悪かったわね、衛宮君」

「いや、そんな事はないけれど……」

颯爽と俺に背を向け、立去って行く。と、その途中でこちらを振り返り、声をかけた。

「ああ、そうそう。忘れてた。はいコレ」

ヒョイッと放物線を描きながら物が飛んで来る。

思わずキャッチする。

「何だコレ?」

見た目的には……木札?

「チャーはチャーで新人用の銃を貴方に上げたようだけど、実はあたし、すでに他のギルドメンバーに貴方用の武器を作るよう頼んじゃったのよねぇ~。せっかくだし、使ってくれない?ギルドのフィッシュ斉藤って言う人にその木札を見せれば交換してくれるわ」

彼はたまに地上に来るから。等と言いつつ去ろうとするゆり。

「じゃあ、コレを渡すために声をかけたのか?」

「まぁ、たまたま見かけたから丁度いいかなって言うのと、耳を押さえていたのをからかおうと思って」

てへ。とかわいらしく笑うゆり。……美少女というのは得だ。そんな顔をされると、追求しにくくなる。

「はぁ。まあいいけどさ。それじゃあ、気をつけろよ」

「じゃあまたね、衛宮君。ちなみに、サバゲーの参加要請は冗談じゃないわよ。ちゃんと考えておいてね」

勘弁してくれ、と笑いながら分かれる。

……それにしても武器か。あんまりそんなものに頼りたくないのだが。

まあ人の好意を無碍にするのも悪い。けれど、使うかどうかは俺次第だ。




その後、三十分くらい銃の練習をして晩飯を食べに行った。

恐らくこれで銃の性能は把握したと思う。

ちなみに晩飯は豚骨ラーメンだった。……ここって料理のレパートリー豊富すぎると思うんだが。



[21864] 学園祭準備編 四、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/10/24 17:31


学園祭まで後三日と言う所で、問題が発生した。







俺は、食堂のおばちゃんから食材をもらって調理室を使って日持ちする料理を作っていた。

切り干し大根やひじきの煮つけ、きんぴらごぼう等の常備菜や、大量に作れるシチューやハヤシライスやカレー。持ち運びできる炊き込みご飯のおにぎり。
そして疲れたときにつまめるお菓子を作ろうと調理室を探していると、絞り袋がなかった。

ケーキのクリームとかに使うアレだ。

この前見た時はあったと思うのだが……

しょうがなく食堂のおばちゃんに貸してもらおうと食堂に行ってみると、マヨネーズの袋しかないといわれた。

俺自身はそれでもいいと思ったが、そんな事をすると一部のNPCから文句が来る可能性がある (NPCには料理にうるさい奴もいるらしい) との事で駄目になり、しょうがないので調理室の中を探してみると、少し前まで袋があった痕跡があった。

誰かが持っていったのだろう。

戦線の中でも趣味で料理する奴はいるし、もしかしたらNPCが持っていったのかもしれない。

戦線の中の誰かが持っていったのならば取り返せばよし、NPCが持っていったのなら……
まあ、その時は色々と諦めるしかないだろう。







そんな訳で、少し作り過ぎてしまったおにぎりを持ち出して、校内の戦線のメンバー達を探し回っているわけなのだが……

「何だコレは………」

「おう!衛宮じゃねぇか!どうだ、お前もやってくか?」

威勢のいい掛け声と共に、日向がこちらへ振り返る。
その姿はいつもの制服ではなく、何故か赤いジャケットを着ていた。

「………日向は、何をやってるんだ?」

「ん?見てわかんねぇか?ムーンウォークの練習だけど。これってなかなか難しいんだぜ?」

そんな事は見たらわかるし、そもそもこんなに大きな音でBeat Itが流れてたら馬鹿でもわかる。

「いや、そんな事を聞いているんじゃなくて、お前券の仕事があるんじゃないのか?こんなとこで他の所手伝ってる余裕あるのかよ」

「いやぁ~。券の発売は学園祭当日だけ頑張ろうかなって。大山とか藤巻が頑張ってくれているだろうし」

「はぁ。またゆりにどやされても知らないぞ。まったく」

そう言ってあたりを見渡す。何人かの生徒が日向と同じような格好や、白いスーツなんかの恰好で踊っている。
全然できてない奴もいるが、たいていの奴は形だけは様になっている。

「それは勘弁。そんで、どう?お前もやらねぇ?」

「遠慮しとく。俺が踊っても様にはならないだろうし」

「まあ後三日だしな。付け焼刃でやっても面白くないか。でもまあこいつを持っていってくれよ。いつ来ても踊れるように。替えはまだあるからさ」

日向は着ていた赤いジャケットを脱ぎこちらに渡してきた。マイケルジャクソンの着ていた服を真似たものだろう。

……正直いらないんだが。まあ、いいか。

「……そんな事は多分ないだろうけど、一応貰っとく。学園祭終わったら日向に返せばいいのか?」

「ああいや、それはTKに返してやってくれ。TKがギルドで特注した物らしいから」

「分かった。洗って返す……っとそうだ。ずっと踊ってるんだったら腹が減っただろ?おにぎり食うか?」

「お。悪ぃな。じゃあ一個だけ……ってうまぁ!!どうしたんだよコレ、食堂の新しいメニューか何かか?!」

うん。気に入ってくれたのは嬉しいが、米が飛んで顔にかかった。話をする時は口のものを全て飲み込んでからにしろ。

「違う……まったく。これは俺が自分で作ったんだ。後、話をする時は……」

「まじか!そういや高松に飯を作ってくれって言われてたもんな。なるほどこの味なら納得だぜ」

「いや、まあ、ありがとう。でも、お前、米を……」

「いやぁ。こんだけ飯の出来るやつがいたら安心だな。次に何か会ったときは弁当作ってもらえるし」

「ああ、まあそれはいいんだが日向……」

「だったら学園祭の時弁当作ってくれよ!俺も一応サバゲーに出るんだけどさ、少しなら自由時間があって見て回れるんだけど、出店はもうほとんど回っちゃってさ。今年はどうしようかと思ってたんだよ。いや~助かった」

「……………………日向」

「何だ?」

「お前、人の話を聞けって言われたことないか?」

「?言った事ならあるけど」

「……………そういやここは非常識な奴が多かったな」

嘆息を一つ。

ここの住人には何を言っても無駄でしかないのだろうか。

こんな日向でさえ、あのメンバーの中ではまともに見えるのだから。

「何か釈然としないが………あ、嫌だったらいいんだぜ?無理にしなくても」

「いや、そういう訳じゃない。はぁ……まぁいいや。ところで、絞り袋知らないか?あの、クリームとかに使う奴」

これ以上日向のペースに乗せられていると頭がおかしくなりそうだったので、急激な話題転換。
まあ、もともとこの事が聞きたくてここに来たのだから、本来の話題に戻しただけなのだが。

「絞り袋………ああ、あのケーキとかに使うあれ?知らないけど……ってか、そもそもそんなの持っていく奴がいるのか?」

「調理室からなくなってるんだから誰かが持っていたんだろう。誰かは分からないけど」

「ふ~ん。あ、だったら岩沢が知ってるかも。あいつ、意外に料理とかしてるし」

「ホントか?ありがとう。じゃあちょっと訪ねてみる。あ、けどこの時間帯どこにいるか分かるか?」

「あ~。この時間は……A棟の空き教室で音楽の練習でもしてるんじゃないか?学園祭も近いし」

「いや、本当にありがとな。助かった」

「ま、おにぎり代って事にしておいてくれ。美味しかったぜ」

「ありがとう。じゃ、ダンス頑張ってくれよ」

「おうっ!」

じゃあな、という言葉を背に受けつつ教えられた場所へと足を向ける。

さぁ。急ぐとしよう。学園祭までは、後三日しかないんだから。







第一連絡橋下 河原




そんな風に決意をした数分後、俺は河原で釣りをしていた。

いや、待ってくれ。俺も最初はまともに探そうとしたんだ。けど、河原にいた釣り青年があまりにも楽しそうに釣るもんだから……いや、これは言い訳だな。誰にしているのかは自分でも分からないが。

「少しは釣れたかい?」

後ろから声をかけられる。結構かっこいい声。イケメンボイスとでも言うのだろうか、アニメの声優なんかでも食っていけそうな声だ。

「いや、まだ………ってキタ!」

持っていた竿に反応があった。始めて数分で一匹かかるなんて、もしかして俺には釣り人(アングラー)としての才能があるのかも、なんて自惚れてみる。

「そうだっ!力強く引っ張れ!絶対に離すなよ!」

後ろからの助言を聞きつつ、リールを回す。結構重い。

ぐるぐる回していくうちに、魚が近づいてくる感触がある。そしてココ!と思ったときに思いっきり竿を引っ張った。

水面から飛び上がるように引っ張り上げられる魚。

水飛沫と共に陸へと釣り上げられた魚は、初めての成果と言うことも相まって凄く綺麗だった。

「やったな。初めての釣りでコレくらいの魚が釣れたら上出来だ」

大きさは大体50cm位の、バスだった。

「いや、結構面白いもんだな。釣りって言うのも」

「だろう!まあ戦線でもたまに釣りをすることがあるからな」

「へぇ。俺は最近来たばかりだからまだやったことはないけど、機会があったらまたやりたいな」

「そう言ってもらえると、オイラも嬉しいよ」

どうして俺がこんな川辺で川釣り青年と釣りにいそしんでいるかと言うと、理由がある。

どんな理由かというと………あれだ、説明するのが面倒くさい。

はい、回想シーンスタート!









第一連絡橋 通路



日向達のいた場所から岩沢達の練習していると言うA棟は川を挟んでおり、連絡橋を使って渡るしかない。

多少面倒ではあるが、そうでもしないと向こう側へ行けないのだから仕方ない。

そう言う訳で橋を渡っていると、橋の下で釣竿が見えた。

こんな所で釣りができるのかと半ば感心していると、釣りをしている本人が見えてきた。

麦藁帽子に半袖短パン。この位置からでは顔の判別はつかないが、口元が微笑っているのはわかる。

その様子から見るに、相当釣りが好きなのだろう。よく見ると、竿を持つ手つきも堂に入っている。

その楽しそうな様子を見ていると、こんな忙しいときではあるが興味が湧いてきた。何だろう、俺の釣り人(アングラー)としての血が目覚めたとでも言うのだろうか。

「お~い」

河原の青年に声をかけてみる。しかし、聞こえているのかいないのか、何の反応も返さない。

とりあえず降りて話をしようと河原へと下る。

降り立ってみると、河原は意外に広く、戦線のメンバー全員で来ても支障がないほどだ。

「なあ、そこの釣り青年!」

俺の重ねての呼びかけに、釣り青年は人差し指を唇にあてて静かにするように促した。

何だろうか、と思いながらもとりあえず黙る。

俺が黙っていると、辺りは川の流れる音しかしない。

ふと、トンボが飛んできた。川以外に動くもののないこの空間において、それは自由気ままに飛び、釣り青年の帽子の縁に止まった。

だが、釣り青年はそれに気付いた様子もなく、川面を見つめて釣りに没頭している。凄い集中力だ。

何となく声をかけるのを躊躇っていると、彼は急に動き出したかと思うと、飛び上がった。

ジャンプと同時に竿を振り上げていたのだろう。竿の動きと合わせて魚が宙を舞う。

魚は万有引力の法則に従い、地面へと落ちる。が、落ちた先には壺があり、うまい具合にその中に落ちる。その一つを見ても彼がこの道において只者ではない事は容易に想像できる。

「で?オイラに何か用かい?」

振り向いた釣り青年の顔は、己の見せた芸に対する自慢の色を見せず、ただ釣りを楽しむことが出来たと言う清々しい顔をしていた。

「あ……いや、ちょっと橋の上から見えたからさ、何をしているのか気になって」

そう言うと彼は少し不機嫌な顔になり、こう言った。

「ああ。さっきの声はアンタのだったか。困るねぇ。あんなに大きい声を出されちゃ魚が逃げちまう」

「あ、すまない。そこまで気がつかなかった」

そうか。だとするとさっきは不躾な事をやってしまった。

「ま、過ぎたことを気にしてもしょうがないか。これから人が釣りをしている傍では大声を出さない方がいいぜ。…………そうだ。アンタも釣り、やるかい?そうすれば釣りの最中に大声を出そう何て事は思わなくなるだろ」

ふと、今思いついたようにそんな事を言い始めた釣り青年。誘いを断ることは簡単だが、本当に断ってしまっていいのだろうか。

俺が彼の釣りを邪魔したことは事実だし、過去に戻れる方法がない以上それは取り消せるものではない。ここは一つ彼の言うことを聞いて彼を満足させてやる事が先程の無礼の贖罪と成るのではないのだろうか。

と言うのは、まあ後付の理由で、本当は少し釣りをしてみたかっただけなのだが。

「じゃあ、やってみようかな。他に釣竿持ってるか?」

「お、本当にするのか。言ってみただけなんだがねぇ」

そう言いながらも、少し離れた所に置いてあった荷車から釣竿を取り出し、俺に手渡す。

「ん。ありがとう。で?こいつをどうするんだ?」

「ああ。まずはそいつの先に……」

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と言う訳だ。

相変わらず誰に弁明しているのかは分からないが、こいつは仕方のないことだったんだ。俺のDNAが釣りをしろって叫んでるんだからしょうがない。

「………ぉい。おいってば。おい!」

「ん!?何だ?!敵襲か?」

「何を寝ぼけてるんだ?結構な大物釣ったからって意識を飛ばすのはどうかと思うがね。オイラは」

はっ!気付けば誰とも知れない相手に言い訳をしていた。やばい…実は俺って、結構疲れているのかもしれない。

「……ああ。いや、なんでもない。それよりこの魚どうするんだ?食うのか?」

「ん?まあ食ってもいいんだが、ミッションじゃないし離そうと思うんだが、どうだ?」

「いいんじゃないか?キャッチ&リリースで」

釣り針の先についた魚を掴み、川へと放流する。

放された魚は、喜びを表すかのように激しく動くと、川の底へと逃げ去ってしまった。

「それで、釣りも体験したことだし、どうする?まだやるか?」

魚が川底へと逃げ去るのを見送った後、釣り青年は出し抜けにそんな事を言った。

「本当はもっとやってたい所なんだけど、本当はやることがあってさ。そろそろ行かなくちゃならないんだ」

そうだ。思えば本来ここで釣りをしている余裕なんか俺にはないはずなのだ。なのに釣りをやってしまった俺は……まあ、馬鹿なのだろう。

早く絞り袋を探し出さなくちゃならない。そのためには、まず岩沢に聞いてみなくては。

「そうか……じゃあオイラも、そろそろギルドへ戻るとしますかねぇ。偶々休みを貰えたからと言って、学園祭の準備で忙しいときに釣りに来るのは、ちょっとまずかったかもしれねぇ」

ああ。それでこんな所にいた訳だ………ってギルド?ギルドと言えばたしか……

「そう言えば聞いてなかったけど、アンタ、名前はなんて言うんだ?」

「ん?オイラの名前かい?まあ、名乗るほどの名前じゃないが、人呼んでフィッシュ斎藤ってんだ」

フィッシュ斎藤……?フィッシュ………斎藤?

「……そう言えばアンタの名前も聞いてなかったな。アンタの名前は?」

「あ…ああ。俺の名は衛宮。衛宮士郎だ」

「衛宮……?」

向こうもこちらの名前に心当たりがあるらしく、首をひねっている。

おかしいな。確か最近何処かで聞いた名前だと思うのだが……

「衛宮、エミヤ、えみや……何だっけか。たしか何処かで聞いた名前なんだが……ん?」

「俺もアンタの名前を聞いたような…と言うか、そんな個性的な名前聞いたら普通忘れな……あ!」

「「そうだ!たしか、ゆり(ゆりっぺ)に言われてた相手!」」

そうだ思い出した!フィッシュ斎藤と言えば、ゆりが俺の武器を作ってくれるよう頼んでいたギルドの職人の名前だ!

どうして忘れていたのだろう。こんな個性的な名前、忘れようとしても忘れる事なんて出来そうもないくらい個性的なのに。

「なるほど。アンタが衛宮だったのか。ゆりっぺが新人に武器を作ってくれなんて珍しい事言うからどんな奴かと思ってみれば。へぇー」

「フィッシュ斎藤。こんな個性的な名前なのに……やっぱり少し疲れてるのかな、俺。っと、そういえばこの木札、今渡してもいいか?」

「おお。すまんな。ま、こんなもんはただの証明書みたいな物だから、あんまり意味はないんだけど」

木札を懐へしまいながら、斉藤は荷台から何か細長い袋を取り出した。そう、それは………

「弓?」

袋から得物を取り出しながら感触を確かめる。間違いない。弓だ。

「ああ。ゆりっぺからの注文で、カーボンファイバー製。一応理論上では何度か天使のハンドソニックにも何回かは耐えられる……ハズだ。カーボンファイバー製の欠点である加工のしにくさも、この世界では泥から継ぎ足したりすることによって補うことが出来る。出来る事なら、自分でやったほうがいいだろうが」

手元の弓を見る。黒塗りの西洋弓。握りの部分にはハンドソニックを受け流すために丸くなっている。
それにカーボンファイバー製だからだろうか、とても軽い。だが、軽さのせいで少し頼りなく感じる。

「へぇー。まあでも、銃があるのに、こいつの出番なんてあるのか?」

「まあ基本はないだろうが、あれだ、天使にはディストーションがあるから」

「ディストーション?」

「天使のガードスキルだよ。詳しいことまでは分からんが、ある程度の質量以下の攻撃だと弾き返される。その時の為のそいつだ。ま、いわば切り札だって所か」

弓の方に視線を向ける。こいつが………対天使用の切り札。なんか、複雑な気分だ。話し合いで解決したいと思っているのに、ディストレーション用の切り札が手元に来るなんて。

「まあ、和弓が好みだったんなら悪かったよ。少し時間がかかるが、和弓に直すかい?」

じっと弓を見つめていることを不審に思ったのだろうか、そんな事を言い始めた斎藤。

「いや、これでいい。たしかに和弓の方が慣れてるけど、何故かこいつは手の馴染みがいい」

カーボンと木だったら木の方が好きなのだが………なぜだろう。

「ふぅーん。ま、いいけどさ。これで俺も肩の荷が下りたって所だ。それじゃあまたな、衛宮」

「ああ。また会えたら、そん時はまた釣りをしよう。じゃあな」

斎藤は荷車を引きながら去っていく。

………ところで、なんで荷車なんて持ってきているのだろう。ツッコムのが遅かったかもしれない。

まあそんなこんなで俺の初めての釣りが終わったわけだが………結構面白かったな。

竿、自分で作ってみるかな。






[21864] 学園祭準備編 五、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/10/31 17:32
学習棟A棟前



……………………………………暑い。

この学園は共通言語が日本語なだけに、気候も日本に近い仕様になっている。

つまり、夏は蒸し暑い。

川の近くは比較的涼しかったが、川から離れるにつれ暑くなってくる。

顔から吹き出てくる汗をぬぐいながら、先へと進む。

建物の中に入ってさえしまえば、クーラーが効いているはず。そう思ってA棟まで歩いていると、突然後ろから声をかけられた。

「お。衛宮じゃないか。どうした、こんな所で」

聞き覚えのある声。そう、この声は………

「岩沢!いや、ちょうど岩沢を探してたんだよ」

ちょうど休憩中だったのだろう。肩にタオルをかけ、手にペットボトルを持ちつつこちらに挨拶してきた。

「あたしを?」

何故に?という顔をして首をかしげる。

「いや、それが………」

「おぉ~い岩沢!皆待ちくたびれてるよ!」

俺が事の次第を説明しようと口を開くと、それを遮るようにA棟の教室から大きな声が響いてきた。

「あぁ!ごめん!すぐ行く!ごめん衛宮、また後に………っとそうだ、アンタも練習見てく?」

「へ?」










学習棟A棟 空き教室




「はぁ!?こいつが“あの”衛宮!?」

空き教室に女の子の声が響く。

連れてこられた教室は現在使われていない空き教室の一角で、岩沢達はいつもその教室で練習しているらしい。

「ん?そうだけど。何?」

岩沢がポニーテールの子に答えを返す。何かおかしい事でもあるのか、という態度に少し鼻白んだ様子を見せたが、勢いを取りもどし、問い返す。

「何ってお前、あの、最近練習の合間に料理を作ってくれてる方の?」

「そう。その衛宮」

他にどんな衛宮がいると言うのだろうか。

「と言うか、何でそんなに驚いてるんだ?」

「何でって、そりゃぁ……」

そしてこちらに指先を向ける。

「だってあいつは……………男だろ!」

…………………………………………は?

「……当たり前だろ?ほら見ろ、衛宮も呆れて見てるじゃないか」

「え?」

そこで初めて俺の視線に気付いた様にこちらを向く。

「「…………………………」」

無言のまま見つめあうこと数秒。

先に口を開いたのは彼女の方だった。

「えーと。いや、その、アンタが女じゃなかった事が不服なわけじゃなくて、ただ岩沢が差し入れとか言って食べ物ヒョイッと渡したかと思ったら、それが結構うまくて、誰がくれたのか聞いても衛宮としか答えないで練習始めてたし、男手料理上手いなんてペンギンが空を飛ぶ様なものだなって思ってたからそれで……」

「ああはい分かった、分かったから少し落ち着いて話してくれ!」

「あ、ゴメン」

まるで掴みかからんとばかりに近づいてきたポニーテールの子を押しとどめ、落ち着かせる。

「それで、えーと。その、俺が衛宮士郎だけど………」

「あたしは、ひさ子。ガルデモでリードギターやってる」

「あ、うん。高松から聞いた事がある」

意外に高松はガルデモの大ファンで、岩沢に会ったことを話したらガルデモのことを意気込みながらすっかり話してくれたのだった。

「へぇ~。それにしてもあんたが衛宮かぁ。この指からあんな旨い物が作り出されるなんて、なんか信じがたいな」

そう言ってまじまじと俺の指をみるひさ子。少しむず痒い。

「そ、それで岩沢。練習するんじゃなかったのか?いいのか、始めなくて」

その視線にに耐え切れず、とっさに岩沢へ話を向ける。

「ん?ああ。始めたいのはやまやまなんだけど、ベースの子がちょっと用を足しててね。待ってるって訳」

そう言えば高松から聞いたガルデモのメンバーはボーカル&ギターとリードギター、ドラムとベースの四人だったはず。

ボーカルは岩沢で、ギターはひさ子。ドラムは……後ろの方に隠れているあの子だろう。だとすればベースは………

「遅れましたぁ!」

突如として空き教室の扉を勢いよく開け、突入してくる人影。

かなり大きい声で叫んだので、近くにいたひさ子は耳を痛そうにしていた。

「関根!入ってくる時に挨拶するのはいいが、人の!耳元で!大きい声を出すな!」

すみませーん、とまるっきり反省していなさそうな態度で謝った後、こちらの存在に気づく。

「あれぇ?ひさ子先輩。この人誰ですか?」

「ああ、そいつはあれだ。最近料理作ってくれてる衛宮だよ」

「………………………………………………………………………………ええぇー!!ホントですか?!だってあのその、男の人ですよね?」

「そうだけど……」

「だって……えー!ホントにホント?嘘じゃなくて?」

「嘘だと思うんなら本人に聞いてみろよ……」

丸投げされた!

「えーと、あの、妹さんとか居られませんか?」

「いや、俺の知る限り妹はいないけど………そんなに男が料理するって変か?」

「え?いや、別に変じゃナイデスヨ?ただ、男の人に負けた……」

「えーと、関根、さん?」

「そんな!女のくせに男の人に料理で負けた私にさんなんてつけないで下さい。あたしなんて、あたしなんて……」

どうしたらいいの分からず困った状況になったと思っていると、ひさ子が助け船を出してくれた。

「大丈夫だ関根。料理がまともにできる女の中でもこいつにかなう奴なんてのはあまりいない。お前が恥じることなんて何一つないんだ!」

助け舟………なのか?

「ひさ子先輩……」

「関根……」

抱き合う二人。そのテンションの高さについていけず、取り残される俺。

「ゴホン。………それで、関根も戻ったことだし、あたしはさっさと練習を始めたいんだが………」

はっと気付いたように身を離そうとするひさ子。しかし関根の方が離そうとしない。

「ひさ子先輩!あの時交わした契りを忘れてしまったというのですか!」

「何のだよ!そんなもんいつしたんだよ!」

バシッという音と共に頭に張り手をかますひさ子。

「いたたたたっ。痛いですひさ子先輩!ジョーク!ジョークですってば!」

とっさに離れる関根。

「はいはい。それじゃあまずはAlchemyから始めるよ」

その遣り取りを、さすがに飽きだしたのか適当にあしらいまとめに入る。

岩沢のその言葉に急いでベースを抱えなおし、準備する関根。

「三、二、一、スタート!」

音楽が奏でられる。

知らぬ間に心が躍り、聞き入る。

音楽知識なんてまったくない俺でさえ引き込むような何かがその曲にはあった。

なるほど。生徒の間で人気だというのもうなずける。

そう言えば高松もAlchemyは良いって言ってたっけ。










最後に音の余韻を残しつつ、彼女らは演奏を終えた。

俺は、自然と拍手していた。

歌って暑くなったのだろうか、首に巻いたタオルで汗を拭いながら、こっちを見る岩沢達。

「なんというか、凄かった。うまく言えないけど、凄く良かった」

「あんたが日頃料理作ってあげてるのがどんな人物か分かった?」

「ああ。これだけ人の心を動かせる人達に俺は料理を作ってたのか。何か、誇らしいよ」

「それはちょっと言い過ぎのような……」

「それだけ感動したって事さ。あ、そうだ。そう言えば何か次の料理で欲しいものあるなら、聞いとくけど」

「あ、それだったら……」

「いや、ちょっと待って下さいひさ子先輩。ここは後輩である私たちに発言権を譲ってくれるというのが、良き先輩たる見本だと思います!」

「いやいや、ここは先輩に譲るのが後輩としての義務だろ?」

「そんな事ないよねぇ?みゆきち。みゆきちも、衛宮さんの料理美味しそうに食べてたもんね。好きな物食べたいよね」

「え?まぁ、それは……」

少し上目づかい気味にこちらを見る入江。しかし生来の性格からか、言いたい事をはっきりと言いにくいらしい。

「そんな煮え切らない態度じゃ駄目だよ、みゆきち。じゃないと衛宮さんの手料理とられちゃうよ?」

「それは……食べてみたいけど……」

「ほらひさ子先輩。みゆきちもこう言ってますよ」

「いや、どうせ作るのは衛宮だ。だったら誰の物を作るのか、衛宮に決めてもらえばいいじゃないか………衛宮は、あたしの杏仁豆腐を作ってくれるよな」

そう言って距離を近づけるひさ子。

「いえいえ、ここはあたし達のババロアを作ってくれますよね。衛宮さん」

距離を近づける関根。

「いやいや、ここはあたしの……」

「いえいえいえ、ここは……」

さらに距離を縮めるひさ子と関根。

助けを求める視線で辺りを見回すが、一歩はなれた位置で苦笑いしている岩沢と入江を見て、これは駄目だと諦める。

「衛宮?」「衛宮さん?」

「ああ分かった!分かった!どっちも作るから勘弁してくれ!杏仁豆腐とババロアだな。次には作ってくるからとりあえず離れてくれ!」

強引に二人を引き離す。俺も男だ、美少女二人が近くにいていつまでも冷静にいられる自信なんてない。

「ははっ。なんだ最初から二つとも作ってくれれば良かったんじゃないか」

「そうですよぉ。二つとも作れるなら最初からそう言って下さいよ」

………あれ?何でこんなにボロクソに言われてるんだろう、俺。

「………悪かったな気が利かなくて。それよりも、俺は岩沢に聞きたい事があって来たんだが」

「ん?ああ、そう言えばそんな事言ってたっけ。それで何?デートのお誘い?」

「えー!岩沢先輩と衛宮さんってそういう関係だったんですか!だから食事を作ったり………納得です!」

「なんでさ!岩沢も誤解を招く発言は控えてくれ!そうじゃなくて、絞り袋!ケーキのデコレーションとかに使うあれ、知らないか。日向から岩沢は意外に調理室を使うって聞いてさ」

「絞り袋……?ああ、アレね。最近使ったことは……ない、と思うけど」

「そう、か。ありがとう。また他をあたってみるよ」

「あ、だったら遊佐をあたってみたら?あの子意外に料理作るし、お菓子なんかもたまにくれたりするから」

「ホントか?ありがと。じゃあ今度は遊佐をあたってみるよ。後、杏仁豆腐とババロアの味付けなんかはこっちで適当にするけど、問題ないよな」

「あ、うん。べつにいいけど」「こっちも別いいよね、みゆきち?」「あ、別に何でも…」

「わかった。また機会があったら聞きに来るよ。じゃ」

後ろ手に扉を閉める。教室から聞こえてくる分かれの声を背に、俺は教室を離れた。







学園テニスコート前



遊佐はどこにいるのだろうか。そう思い、考えてみるとそう言えば普段何をやっているかわかるほど俺たちは深い付き合いをしているわけではないことに気付いた。

その事実を少しさびしく感じつつも、それならばこれから知っていけばいいと思い直す。そうだ。まだまだ時間はあるのだ。

とりあえず、気は向かないが遊佐の友人(自称)である弓道部の部長のところへ行こうと思い、弓道場へと足を向けた。

そこに待ち受ける者が何なのかも知らず……










「貴様が衛宮だな」

その殺気立った声に、まず体が反応する。

とっさに体を反転し声の主と対峙する。

男だ。そして腕には見慣れない得物。ハルバードというのだろうか、斧と槍を合体させたようなものを担いでこちらを睨んでくる。

「ほう。その身のこなし、多少はやるようだな」

「………そういうアンタは何者だ」

話をしながらも注意を逸らさない。奴は本気だ。

「ふん。そんな事はどうでもいい。俺が聞きたいことは唯一つ。貴様、ゆりっぺから何を貰った」

「は?」

目が点になる。コイツは何を言っているんだ?

「ふん。白々しい。どんなつもりでゆりっぺに近付いたか知らんが、この俺の目の黒い内はゆりっぺに指一本触れさせんぞ」

「あんた………何か誤解してないか?」

「あくまで白を切るつもりか。ならばこちらにも考えがある」

得物を槍のように構え、穂先を下方へ向ける。それだけで、こいつが相当の膂力を持つことが分かる。

本来ハルバードのような重い得物は、下から切り上げるよりもむしろ上から切り下げる方が簡単で、威力も高い。が、コイツはそれを軽々と扱い、構えはまったく微動だにしない。

………強い。隙を見せれば………やられる。

「落ち着け。俺は別にアンタと戦いたいわけじゃ……」

「問答無用!」

得物を下方に下げたまま突撃してくる。

結構な重さであろう得物を持ちながらの突撃にしては中々に速かったが、目で追えないほどではない。

「せぇい!」

突き出される得物。神速とは言いがたいが、それでも十分に速度の乗った攻撃。当たればただではすまないだろう。しかし………

「なにっ!?」

いけるっ!たしかに力は強いが、当たらなければどうということはない!かわせる……かわせるぞ!

「小賢しい真似をっ!」

振り回されるハルバードは確かに脅威的だ。しかし、力は強いが巧くない。狙いは正確だが真っ直ぐすぎる。そして何より速さが足りない!

「落ち着け!まずは話を……」

「とぉりゃあ!」

駄目か…………だがこのままではジリ貧だ。どうする……………そうだっ!

「ほう。ようやくやる気になったか。面白い。無抵抗な奴を嬲るのにも飽きてきたところだ」

仕切りなおしのつもりだろうか、わざわざ距離をとる。相手がわざと作った隙。その間に、斎藤からもらった弓を弓入れの中からとりだす。

「チッ。弓使いか。だが……矢を出す暇は与えん!」

距離を開けたことの失策を悟ったのだろう、あけた距離をさらに詰めてくる。しかし、こちらは元より矢を出す気はない!

ガキンッ!

硬い物と硬い物がかみ合わさる音。繰り出された暴風のごとき一撃は、俺の弓本体によって阻まれていた。

「なんだと!」

相手は驚いた声を上げる。恐らく弓自体を武器として使うなど思いもよらなかったのだろう。しかし、天使の攻撃に耐えられるというだけあって、弓自体はかなり頑丈だ。問題は………

「く…なんて馬鹿力だ」

奴の膂力を侮っていたということか。先程の一撃も、あちらは片手で、こちらが両手であるにも関らず腕が吹っ飛ばされるかと思う程の威力だった。このままでは……押し切られる。

「せぇい!」

一瞬に全力を込め、奴の得物を弾く。

「チィッ!」

奴は弾かれた得物を強引にこちらへぶつけてくる。その攻撃を受け流し、反撃しようとするが、奴の恐るべき馬鹿力によって体制が崩れ、手が出せない。

攻撃を避けようとするも、弓を持っている状態では先ほどのようにうまくかわせない。しかし弓を捨てようとする仕草を見せればそれは致命的な隙となる。

「はん!どうした!その程度か!」

好き勝手に言ってくれる!

とりあえず距離をとらなくては始まらない。しかし相手はそんな隙を見せようとしない。

千日手だ。だが、まだ手は有る!

「はぁぁあああああぁぁ!!!」

奴のハルバードがものすごい勢いでぶつけられる。わざとその攻撃を受け止め、その勢いを殺さずに後ろへと跳ぶ。

ごろごろと無様に転がりながらも距離をとる。

「ふん。梃子摺らせおって」

弓兵に距離をとられる事の恐ろしさも知らず、まるで勝者のように悠々と歩いて距離を詰める男。その油断が命取りとなる。

うずくまった状態のまま相手に分からぬようこっそり矢を取る。

男が止めを刺そうとハルバードを振り上げる。振り下ろす力+重力の威力は、先程までの攻撃より強いだろう。真っ二つにされてもおかしくない。が、不思議と恐怖心は湧いてこない。

俺はこっそり弓に矢を番え、相手を狙う。

勝負は一瞬で決まる。

弦を放し、矢が相手に刺さるのが速いか、ハルバードが俺の体をぶった切るのが先か。

勝利の女神はどちらに微笑むのか。

俺は、身を翻し、弦を放し…


「そこまで!」


ばぁん!という銃声と共に制止の声が入る。

そのいきなりの爆音に、とっさに手が止まる。それは相手も同じだったようで、体に当たるほんの少し手前に切っ先があった。

「どう言うつもりだ、女」

低く、脅しつけるような殺気立った声。それは後一歩と言う所で邪魔されたせいだろうか、それとも単に気が短いだけか。恐らくは両方だろう。

「いやいや、ホントは邪魔する気なんてこれっぽちもなかったんだ。たださぁ、うちン所の近くで血が流れるのを黙って見とくってのも考えもんだろぉ?」

そんな声を、飄々とした態度で受け流す。それは自信の表れか、それともただ虚勢を張っているだけなのか。

「そんな理由でこの戦いを邪魔したというのか」

怒りのあまり、ハルバードの向きを替える。まずい……このままではっ!

「落ち着け!貴女も挑発しないで下さい!部長!」

「や。エミヤン。お久ぁ~」

悪びれない態度。やはりこの人は何処か苦手だ。思い出せない誰かに似ている気がする。

「それにしても心外だなぁ。あたしはただ思った通りの事を言っているに過ぎないのに」

「そう言うのを挑発してるって言うんです!」

はぁ。自然とため息が漏れる。もうこの空気は戦える雰囲気ではない。

「なぁそこの。今日はもうコレくらいで勘弁しないか?どう見ても戦える雰囲気じゃないだろ?」

チッと舌打ちが一つ。やはり相手も、もう戦える雰囲気ではない事は悟っているのだろう。ハルバードを引き戻し、戦う姿勢を止める。

「貴様、名は?」

短い問いかけ。でも、アンタ最初に俺の名前言わなかったか?

「もう知ってるだろ?何で聞き返す」

「いいから答えろ」

言外に空気を読めと言う雰囲気を漂わせつつ、迫ってくる。また戦闘になるのはめんどくさいし、ゴメンだ。さっさと言っておくか。

「衛宮、衛宮士郎だ」

「俺は野田。いずれ貴様を倒す男の名くらい知っておいたほうがいいだろう。ゆりっぺから貰った物、せいぜい今は大事に持っておけ」

野田……野田…………ああ。そう言えば大山が野田君はゆりっぺ一筋だからとか何とか言ってたような……

ああ、なるほど。つまり、コイツは大好きなゆりっぺが男に贈り物をしたから嫉妬してるわけだ

「つまりはただの嫉妬って……フゴフゴフゴ」

余計なことを言おうとしていた部長の口をふさぐ。まったく。火に油を注ぐことしかしない人だ。

どうやら幸いなことに、野田には聞こえていなかったらしい。良かった。

そのまま立ち去る野田。取り残される二人。

思えばあのまま勝負を続けていたら、どちらかが確実に怪我をしていただろう。と言うかむしろ死んでいた。

そう思えば、部長が止めてくれた事に感謝するべきなのかもしれない。そう思い、部長のほうへと振り返る。

「その、部長」

「あー良いって良いって。別に感謝されるような事は何一つやっちゃあいないんだからさ」

こう言った恩に着せない所が彼女の魅力なのかもしれない。

「でも、一応感謝はしとく。ありがとう」

「…………あー。うん」

お礼を言われることになれていないのか、顔をそっぽ向ける部長。心なしか頬が赤いような……

「そ、そんな事よりもエミヤンはどうしてこんな所まで?普段ならこんな所まで来ないだろう?」

「ああ、そうだった。俺は部長に会いに来たんだった」

俺のその言葉に何故かさらに顔を赤める部長。何か変な事言ったか?俺。

「えっと、それは、どういう意味で受け取ったら良いんだ?その……ゴニョゴニョ」

最後の方は声が小さすぎてよく聞こえなかった。が、その姿は普段の姿を知る者から見ると少し、と言うか、かなり不審だった。正直気持ち悪い。

「遊佐を探してるんだけど、どこにいるか知らないか?俺あいつの事、思えばよく知らなくってさ。友人(自称)の部長なら知ってるかなって」

すると上機嫌だった態度が一変し、急に不機嫌になった。

???訳が分からない。女心というのはいつになっても分からないものだ。そう納得することにする。

「ったく。あたしだってそりゃ………ないけど………だからって…んぁあああ!!」

ぶつくさ何か呟いたと思ったら突然奇声を発する部長。……どこか壊れたか?

「へん!遊佐なら今あたしん所の企画手伝ってもらってるよ」

「へぇー。結構熱心なんだな。言っても良いか?」

「何でアタシに聞くんだい?好きにしたら良いじゃないか」

ふん、と顔をそっぽ向けて歩き出す部長。本当にわけが分からない。女って、不思議だ。








[21864] 学園祭準備編 六、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/02/01 19:37
弓道場内部




結局部長の機嫌は直らないまま弓道場へと来てしまった。そもそも何で怒っているのかもわからないのに機嫌を直すというのは至難の業だと思う。

「あの~…………部長?」

「あ゛ぁ?」

「いえ、何でもないです」

へたれと言うなかれ。こちらを見る彼女の眼付きは、悪鬼羅刹の如く、鋭く威圧している。

「ったく。そういうとこがいけないんだよねぇ。わかってないんだよなぁ」

ぶつぶつ呟くその姿は、滑稽を通り越して不気味でさえあった。



そんな不気味な部長と共に弓道場の前まで行くと、意外なことに、と言うかびっくりした事に、道場にかなりのデコレーションがなされていた。

と言って洋風ではなく和風の飾り付けで、正月などにみられる門松やら何やらがあふれている。

「部長~!」

その時突然、高く微妙に幼い声がする。どこからするのだろうとあたりを見渡すと、入口の近くからこちらに近づく人影が見える。

その人影は小さく、普通の学生服ではなく紺色の和服を羽織っていて、俺たちのいる場所まで小走りでやって来た。

「部長!ここなんだけど………………」

「ああ。ここは……………」

そして俺を無視して話始める二人。その着ている服に何らかの説明が欲しいと思ったが、どうやら部長の企画する出し物に関する事の様だ。部外者である俺は関わらない方がいいだろう。

しばらく話し合っていると、聞きたい事は全て聞いたのだろうか、雰囲気を変えて話す二人。

その様子はとても親しそうで、二人の仲がいい事がよく分かる。

「お、そういえば紹介してなかったね。こいつが衛宮。あたしはエミヤンって呼んでるけど、あんまりはやっている様子はないかな」

「こんにちは」

「ああ。こんにちは」

挨拶を返すと、まじまじと見つめられる。な、何だ?

「………え?」

目の前の、小さな部員がこぼしたかすかな声。

「どうかした?」

「え?いや、なんでもないよ。それより部長、その、この人は何でこんなとこに?」

すると部長はろくでもない事を思いついた顔をし、ぼそぼそと部員に耳打ちする。

「え?…………うそっ!?………そうなの?………へぇ~」

何を耳打ちされたのか、こちらを見る目付きが若干変化したような………何だ……何を言ったんだ………

「あ、じゃあ早く会わせてあげたほうがいいんじゃ………?」

「ああ、だからこうして彼を連れてきたんじゃないか。それをアンタが………」

「ああっと、私ふと急用を思い出したような……さようならぁー!」

「あ!おい!………行ってしまった。ちぇっ」

嵐のように来て、嵐のように去って行ってしまった。

「何だったんだ、一体……?」

結局俺には挨拶も紹介もなく消え去った部員。もう一度会うことはあるのだろうか、たぶんないだろうが。

「ったく。………あ、悪いエミヤン。待たせちゃったかな?悪いね。奴ももう少し落ち着きを学べばいいのに」

アンタが言うな。とも思ったけれど、何か悪巧みしたせいか、機嫌が直ってきた様子の彼女に何か言うのは藪蛇だと思い、あえて言わなかった。

「それは別にいいですけど………さっきの子に何を言ったんですか?途中であの子の俺を見る目つきが変わったんですが」

「えっと……その、ほら、あれだ。うん。あれ」

あれだよ、とか言いつつ場を濁そうとする部長。……見苦しい。

「そんなに言いたくないなら別にいいですよ。ただ、俺はともかく他の人の迷惑になるような事はしないで下さいね」

「それなら大丈夫!むしろあたしの行動は一人の少女に多大な進歩をさせたといっても過言ではないだろう」

むしろその自慢げな態度が不審なのだが………。まあ、本人もこう言っている事だし、気にしないでおくか。

この判断が間違いであった事を強く思い知るのに、そんなに長くはかからなかった。

………。

……。



弓道場内部




その外見同様、道場内も装飾を施されており、壁は祝い事でもないだろうに紅白幕が垂れ、射場の真ん中には何種類かの和服がこれ見よがしに置かれていて、隅の方はカーテンレールによって仕切られている。

その中で何人かの弓道部員らしき人達がせわしなく働き回っていて、そこには先程の和服弓道部員もいた。

「あ、ぶちょー。これどこに置いといたらいいですかね?」「部長。当日来てくれるスケットは何人くらい必要ですか?」「部長!服の数が予定より少ないです!」「部長も遊び回っていないで手伝ってくださいよー」

「あーはいはい、そいつは隅のほう置いといて。スケットは雑用は少しでいいけど、着付けが分かる奴をなるべく多く。服の方はあたしの方からギルドへ直接言ってやるから今出来ることをしな。後あたしは遊んでるんじゃない。周りの出し物であたし達のライバルとなる相手を探っているのさ」

ふむ。こうやって見ていると、部長は結構人徳があるようだ。なんだかんだ言っても皆部長を頼っている。

「部長、弓道部はいったい何をするつもりなんですか?」

「ふふふ。それはだね………」

「あ、衛宮さん」

部長が得意げに何か語ろうとしたその時、声をかけられた。探していた声。遊佐の声だ。とっさに振り返る。

「おう。久し…………ぶ……り……?」

振り返ると、美女がいた。

なんて言うと陳腐に聞こえるが、しょうがない。だって、厳然たる事実なのだから。

遊佐は、いつも二つにくくっている髪を下ろしてまっすぐに伸ばしている。それだけならここまで動揺することはなかっただろう。

しかし、それだけではなかった。

遊佐は和服を着ていたのだ。

無論ここには他にも和服を着ている人が何人もいて、特別浮いていると言う訳ではない。

しかし、しかしだ。

和服というのは意外に人を選ぶ。洋服のように形にものすごく差異があるわけでもなく、違うのは色や柄、もしくはその服に合った帯の選び方ぐらいな物だろう。

胸は大きすぎても変に見えるし、露出も少ないので分かりにくい。しかしその点遊佐はちょうどいいと言える。
大き過ぎず、かつ小さ過ぎるということもない。

姿勢にしても、背はピンッと張っていて美しいし、立ち居振る舞いは優雅だ。彼女と比べれば、他の人は服に着られているように感じてしまう。

着物の柄自体は濃い青色の布地に白と紺の花模様で、少し落ち着いた感じがする。帯は艶やかに紅く、そのただでさえほそい腰を、さらにほそく強調するように締め上げていて、さらさらとして美しい金の髪には、髪の色と対比させるように翡翠のように深い蒼味がかった玉の簪が一本挿されている。

「?どうしたんですか」

俺が黙っている事を不審に思ったのか、首をかしげてみせる遊佐。

「あ、いや、その…綺麗だ。似合ってる。」

その言葉で自分がどういう格好をしていたのか気付いたらしく、遊佐は恥ずかしそうに顔を俯け、頬を赤く染めた。

「い、いきなり……何ですか」

「い、いや、その和服、すごく似合ってる。正直……見蕩れてた」

「お~い。あたしは無視ですかぁ~。二人だけの世界にこもってないで、こっちにも注意むけてねぇ~。………無視ですか。ああ無視ですか。そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ」

こういう時、自分の口下手さにうんざりする。せめてもう少し口がうまければこの気持ちを伝えることができるのに。あと、何か変な言葉が聞こえてきたような気がするが、気のせいだと信じたい。

「その、他の人も着ているけど、どうして和服なんて着てるんだ?何か祝い事でもあるのか?」

「あ、部長から聞いてませんか?何でも弓道部が着物のレンタルと着付けを行うそうで、手伝ってくれと泣きつかれまして……で、気がついたら私も着物を着せられていたと言うか………………………………………………………似合いませんか?」

「い、いや、そんな事はない!むしろ似合いすぎと言うか、綺麗と言うか…………って、いつも綺麗じゃない訳じゃなくて、いつも綺麗だけど、今日はさらに綺麗と言うか……………あぁっ!何言ってるんだ俺!?」

こっそり遊佐のほうを見ると、向こうも顔を真っ赤にして俯いている。その言葉は偽らざる俺の本心だったが、さすがにちょっとクサい台詞だったかもしれない。

「………そ、そんな事よりどうしてこんな所に?普段はこんな所に来たりはしないはずですが?」

この気恥ずかしい空気をどうにかしたいと思ったのだろう。急な話題転換をする遊佐。

「あ。そ、そうだ。実は遊佐を探してたんだ」

ポンっという擬音が聞こえてきそうなくらい更に顔を赤くする遊佐。

「な、ななななな、なななななな……」

………壊れた?

「え、衛宮さんは、どうしていつもそう!……………え?」

話の途中で遊佐は何かに気付いたように俺の後ろを凝視した。振り返ってみると、扉の影に目の部分だけを出して(たぶん隠れているつもりなのだろう)こちらを伺っている部長達の姿が見えた。

「あ、やばい。バレた。撤収!撤収!みんな所定の位置について!」

その部長の声と共にごそごそと動く音が聞こえる。恐らく複数人以上がいると思われる。

そして当の部長本人は何食わぬ顔でやって来て、

「やあやあご両人。お話は済みましたかなぁ?」

等とぬけぬけと言う。

「………部長。言い残す言葉はそれだけでいいですか」

地獄の底から聞こえてくるような低く、暗い声。その声だけでいかに彼女が本気であるかということが分かるというものだ。

さすがの部長もこれはヤバイと感じたのか、顔色を変え、

「あ、あたしちょっとおなか痛くなってきた。みんな後はよろしくねぇ」

ダッシュで走り去る。運動部の部長というだけあって中々速い。

「私が逃がすとお思いですか?」

追走する遊佐。普段はオペレーターとして活動しているせいか運動はあまりしていないようだが、遊佐も遊佐で速い。和服であの速度が出せるならたいしたものだと思う。

ただ体力という面から言えば部長に軍配が上がるから短期決戦に持ち込めなければ……

等と考えていると、声をかけられた。さっきまじまじと見つめてきたあの子だ。

「追わなくていいの?」

「………さすがにあれは部長が悪いだろ。覗き見するってのはちょっと」

「へぇ」

女の子がこちらを見つめる。その瞳は深く、澄んでいて、何を考えているのか分からない。

「ま、追わないって言うならそれもいいと思うけど。ただ、もうそろそろ行く末を考えた方がいいんじゃない?いつまでもふらふらしてると、後悔するかもしれないよ」

「え?」

それはどう言う事か聞き返そうとすると、他の部員がこちらの方から目の前の子を呼ぶ声がした。

「はいはぁ~い。今行きますよ…と言う訳で。さよ~なら~」

言いながら駆け足で立ち去る女の子。

いったい何なんだ……

俺が呆けて突っ立ている後ろでは、遊佐に捕まったであろう部長の間抜けな呻き声が流れていた。

………。

……。







時は過ぎ去りもう午後8時。

何故か俺はその後遊佐と話し合うことが出来ないまま会場の準備を手伝わされ、そして何故か打ち上げみたいなものに参加させられていた。

部員の意味深な発言と、会場の準備の疲れが俺を眠りへと誘うが、部長が俺を捕えて離さず連れてこられてしまった。

連れてこられた…といっても設置した会場をそのまま流用しているから、別に移動するわけではないが。

連れてこられてしばらくすると、部長たちは一旦準備があるからと別れ、こうして会場内を適当にぶらついている。

会場内に置かれたテーブルには、色とりどりのお菓子と、とりあえず自動販売機から買えるだけ買ってきたと思われるドリンクの山が並んでいた。

手持無沙汰な俺はとりあえずスナック菓子を手に取ってみる。

うむ。見事なじゃが○こ。ジャンクフードに代表される無駄にカロリー高そうな感じ。

口に含むとサラダ味で、塩が効いている事がよくわかる。いつも食べると飽きてしまうし、体にも悪そうだがたまに食べる分には美味しい。

ところで、どう考えてもサラダの味がしないのにないのに、どうしてサラダ味なんて言う名前がついたのだろうか。不思議だ。

「ごほん。それでは、第……何回目だっけ?え?何回目でもいい?じゃあ……第X回目会場準備終了記念パーティーを始めたいと思います!」

なつかしのじゃ○りこを食べていると、部長によるパーティー開始が宣言された。

宣言に呼応してそこかしこから拍手が上がる。

「司会はわたくし、部長こと、松任谷でお送りいたします」

沸きあがる歓声。みんなノリのいい人達だ。

「では皆さん。堅苦しいことは抜きにして………かんぱぁ~~い!!」

「「「「乾杯!」」」」

グラスの打ち鳴らす音が響き渡る。もちろんお酒は飲めないので、ジュースなのだが。

音頭をとり終わると、みんな思い思いの人と雑談し始める。

とくに話せる相手も居らず、やはり一人むなしくじ○がりこを食べていると部長がやってきた。

「やぁエミヤン。チミもごくろうさま」

「いや、俺なんてたいした事はやってないですよ」

実際俺がやったのは少しの荷物を言われた場所においたくらいだ。俺がいなくても誰かが変わりにやっていた事だろう。

「はいはい。謙遜乙。さ、堅苦しいことは抜きにして、パァーっとやりましょパァーと。じゃがり○ばっかり食べてないでさ」

そう言いながら腕を伸ばして肩を組もうとしてくる。あと、乙ってなんだ。

「いや、パァーっとって言われても……」

言いながら抵抗するものの、無理やり組みついてくる。ちょ、部長、胸!胸が当たってる!

「それにしてもエミヤンってじゃが○こ好きなの?食べさせてあげようか?口移しで」

じゃ○りこを唇でついばみ、たばこをくわえるみたいにこちらへ向けてくる。

「ちょ、部長?!それは冗談ではすまないような…」

「まふぁまふぁ。エフィヤンふぉ思春期らからふぉういうヒフュフェーヒョンをもーほーしたことふらいあるんへしょ?」

何を言っているのかさっぱり分からない。口に物を含んで話すな。誰か通訳してくれ。

不自然に顔を近づけてくる部長。顔が近い。吐息かかってる。

「何を言ってるんですか。日本語しゃべってください。あと顔が近いです」

「あぁん?あたひのかふぉが近いと、何ふぁもんらいれもあるのふぁい?」

じゃ○りこが、口にくっつきそうな程顔の距離が縮まる。

「いや、一応部長も年頃(?)の娘さんなんですから、もうちょっとそういう所を自覚してですね………………」

「あ、もふぃかふぃて………んぐ。君、童貞かい?」

ぶっ!

「なんてこと聞くんですか!仮にも年頃(?)の………」

「ぶぅ~。遅れてるぅ。最近の子は小学生でもビッチとか売女とか普通に使ってるよ?むしろ知らないほうが貴重なんだよ?」

そんな事情は知りたくなかった!日本の社会は(死んでいるので関係はないが)いったいどうなってしまうのか!

「     部     長     ?」

思わず背筋が凍るような冷たい声。俺に向かって言っている訳でもないのに、つい体が反応してしまう。

「ゆ、遊佐っち?」

「あなたは、いったい、この神聖な道場で、何を大きな声で叫んでいるんですか?」

その冷たい瞳の視線は、俺の肩にしなだれかかってじ○がりこをむさぼる部長に注がれていた。

「あ、あれ~?遊佐っち、頼んだ仕事は……?」

「終わらせましたよ。それはもう完璧に。あとで部長が文句を言わないよう。完璧に。それで疲れて帰ってみれば聞こえてきるのは聞くに堪えないスラングばかり」

口元は笑っている。しかし、その冷徹な目は笑っていない。

「どうやら、部長には“教育”が必要なようですね」

「な、何さ。あたしには自分が淫売じゃないって事も主張させてくれないのかい。ビッチ女郎には人権はないのか」

あ、今かすかに残っていた目の光が消えた。

「ちょっと来てください部長。いやとは言わせませんよ」

「え?マジ?だぁ~れぇ~か~たすけてぇ~~。お~か~さ~れ~る。嫌!やめて!だがその言葉は遊佐っちは届かず、無残にも……ちょ、痛い痛い。髪の毛、髪の毛を引っ張るのはヤメレ。はげたらどぉする……」

フェードアウトしていく遊佐と部長。さよなら部長。貴方のことはたぶん忘れませんよ。

お、ポッ○ーも美味しそう。

「はぁ。やれやれ。そんな事じゃ、いつまでたっても進展しないってのに」

「!?」

気配もなく後ろをとられた。

「そう思わない?アナタも」

「すまないが、何を言っているのかわからない」

こいつの前では決して気を抜いてはいけない。言動からして不審だ。

「やれやれ。これじゃあ報われないなぁ。誰がとは言いわないけど」

「なにがさ」

「べっつにぃ~。悩めばいいじゃない」

こちらに背を向け去っていく部員。その背中は、少しいじけているように見えた。

「お~い」

その背中がさびしそうに見えたからか、俺はふと声をかけていた。

「ん?なに……ってうわぁ!」

部員が振り向くとともに、型月茶を放り投げる。際どい所でキャッチした部員が文句を言ってくる。

「あ、あぶないなぁもう!女の子にはもっと丁寧に扱った方がいいんじゃない?!」

「いいから、それやるよ。○ゃがりこばっかり食べてるとのどが渇くだろ?」

バカっという言葉を残しつつ、そのまま走り去る部員。文句を言いながらもそれ以上何もしてこないって事は、案外悪い奴じゃないのかもしれない。

「   衛   宮   さ   ん   ?   」

はっ!殺気?!

後ろ振り返る。そこには冷たい瞳でこちらを見る遊佐の姿と、地面に倒れ伏している部長の姿が!

「またそうやって女の子に声をかけて誘ってるわけですかそうですか……………“教育”が、必要のようですね」

誰かぁーたぁーすーけーてー!




そして俺は“教育”された。遊佐ニハ、逆ラワナイヨウニシヨウ。



[21864] 学園祭準備編 七、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/11/17 18:41
弓道場 外



無事打ち上げも終わり、(途中部長が司会のマイクで歌いだすなどのアクシデント等もあったが)部員達が寮に帰っていく中、俺は遊佐を呼び出して本来の目的を話した。

「なるほど、つまり衛宮さんは調理室の絞り袋がなかったから私を訪ねた、というわけですね?」

何故だろう。心なしか、遊佐の目付きが鋭い気がする。

「あ、ああ。さっき会った時にでも言おうかと思ったんだけど、途中から記憶が抜けてて何してたか思い出せないんだ」

具体的には部員Aと分かれた直後から二十分くらいの記憶がすっかり抜け落ちている。いったい俺に何があったのだろうか……ただ分かる事は、遊佐はなるべく怒らせないにしようということだけだった。

「ええ。たしかに私は絞り袋をもっています。その………クッキーを作ろうと思って」

へぇ。岩沢から聞いてはいたが、本当に遊佐はお菓子とか作るんだな。

「どんなのを作ろうと思ってるんだ?俺でよければ手伝うけど」

「……………秘密です。手伝ってもらうほどのものでもないですし…………ところで関係ない話ですが、衛宮さんは甘い物が好きですか?」

「?いや、とくに食べ物で好き嫌いはないけど………何でそんな事聞くんだ?」

いえ、と遊佐はあわてた様に手をパタパタと振ってごまかす。

「なんでもないです。ただちょっと聞いてみたかっただけで。ところで絞り袋のことは分かりました。後でちゃんと返しておきます」

そのうやむやにしようとする態度を不審だと思ったが、追求されたくなさそうだったので、スルーした。

時には聞いてなかったふりをする事が大切なのだろう。

「……………………………はぁ。それにしても、衛宮さんが私を訪ねて来たというのはそういう事ですか。まあたしかに、そんな理由でもないと、衛宮さんは来てくれませんよね」

あ、あれ?何故か遊佐さん怒ってらっしゃる?さっきまでそんなそぶりを見せなかったのに。女性って、不思議だ。

「い、いや。俺も機会があれば行こうと思ってたんだ。それがたまたま今回のと重なっただけで………」

何で俺は弁解してるんだろう。

「いえ、いいんです。言い訳なんてしなくても。ガルデモの皆さんに夜食作る時間はあっても、私に会いに来る時間は作れないんですよね」

言っている内に遊佐のボルテージがどんどん上がっていくのが分かる。言いながら不愉快な記憶を思い出しているのだろう。

「いや、そういう訳じゃあ……」

そこで言葉が止まる。なら、どういう訳なんだろう。たしかに深い意味はない。ガルデモのメンバーも遊佐も俺は同じくらい大事に思っている。

けれど実際、今まで行かなかったのは事実なのだ。時間も、捻出できなかったといえばウソになる。

だとすれば何故俺は遊佐に会いに行かなかったのか?

俺が急に言葉を止めたことを自分のせいだと誤解したのだろう。遊佐の顔色が変わった。

「……………いや、俺は甘えてたのかもしれない」

遊佐の好意に。

そう考えた瞬間、激しい後悔の念が押し寄せてきた。と同時にふとこの場にいることが場違いに思えた。

「ごめん。少し頭冷やしてくる」

自分でも良くわからない感情が、俺を襲い、走らせる。

後ろから俺を引き止める声が聞こえる。呼びつけておいたのに走り去ると言う行為はひどく矛盾に満ちた行動だと思いながらも、足を止める事が出来なかった。

…………ゴメン。遊佐。








適当に走っていると、自販機が見えてきた。

少し息も乱れてきたところだったので、立ち止まり金を入れてボタンを押しつつ、先程の事を思い返す。

はぁ。何であそこで走り去ってしまったんだろう。別にやましいことなんかなかったし、あのままでは誤解することになるのではないだろうか。

そんな鬱々とした感情に囚われていると、後ろから声がかかった。

「何してんの、衛宮?」

岩沢の、声だった。

「どうした?こんな所で」

その声は、不審半分気遣い半分と言った感じだった。

「……岩沢か。その……何と言ったらいいのか」

女の子と話してたら気まずくなって逃げ出したって言うと、なんとなく聞こえが悪い。

まあ、実際その通りなのだけれど。

「ふーん。そう。何か訳ありみたいね。たぶん友人関係。しかも女性」

「………何でそう思う?」

そのときの俺の顔は、たぶん驚きに満ちたものだったと思う。

「だって、アンタが他に悩みそうなことって何かある?」

「そりゃあ俺だって少しは悩んだりするさ」

憮然とした顔で応える。悩みが何もない奴と思われるのは心外だ。俺も悩みの一つや二つは持っている。

もう一段階料理を美味くするにはどうすればいいだろう、とか。

本当に天使を説得することが出来るのか、とか。

高松の脱ぎ癖は直らないのだろうか、とか。

「けど、他の事で悩む時、アンタはそんなに言いよどむのかい?」

「それは………」

たしかに、そうかもしれない。ただ、高松の趣味は人に話せる類のことではないだろう。

「なんか、そういうのってさ、何と言うか、アンタらしくない感じがする」

「え?」

俺らしい?

「そ。アンタはさ、いっつも何処か抜けてて、困ってる奴がいたら放っておけなくて、けど意外に料理なんか出来て、でもやっぱりニブイ。そんな奴なのさ」

言いながら、隣の自販機でスポーツ飲料のボタンを押す。

「アタシは、人と話すより歌を歌ってるほうが好きだし、言葉で伝えるよりそっちの方が、アタシの感じてる事や考えてる事を伝えることが出来ると思う」

ガタンと音がして、スポーツ飲料が落ちてくる。岩沢はそれを確認して、けど、と続ける。

「アンタも似たようなもんなんだよ。言葉より、行動のほうが伝えられる。不器用だけど、アタシ達はそうすることでしか相手に伝えることが出来ないんだ」

だから、迷うなよ。と、岩沢は言った。

「普通の奴なら、そうやって悩んで考えて皆が笑いあえるいい案が思いつくかもしれない。でも、アンタはそうじゃないだろ?悩んで、考えて、行動しないと。アタシやアンタみたいな不器用者が何も言わないで察してもらう、なんて都合のいい事を考えてたらいけないんだ」

言いながら、自販機の取り出し口からかがんでスポーツ飲料を取り出す。かがんだ際、かすかに汗の跡が残るうなじに目を奪われる。

「だからさ、アンタはもう行きな。こうしてアタシとしゃべってるより、アンタにはする事が残ってるんだろ?」

ペットボトルのふたを開け、ラッパ飲み。岩沢の自慢である喉が、ごくごくと上下する。

ぷはぁっ、と勢いよくペットボトルから口を離す。実に漢らしい。 

「それに、さ。実を言うと、アタシの方まで迷っちまう気がするんだよ、アタシとよく似たアンタが迷ってると。何でだろうな……アタシはアンタの事情も知らないってのにさ」

その、岩沢風に言うのなら“らしくない”物言いに、違和感を覚える。けど、その違和感を言い表すすべは俺にはない。だから、岩沢の言うように、行動でしめすしかないのだ。

「……………俺なんかと岩沢が似ているかどうかなんて分からない。でも、少なくともコレだけはわかる。岩沢はいい奴だ。俺が保証する。だからさ、岩沢はもっと自分を信じていいと思う」

パンッと自分の頬を叩き、気合を入れる。

「ありがとう。なんか吹っ切れたよ。もう迷わない。俺は俺の道を行くよ」

岩沢は、それでいいとでも言う様に一度首を縦に振り、行ってきなと手で合図した。

俺も応えるように首を縦に振り、その場を走り去る。

ただ一度、岩沢の姿が豆粒みたいに小さくなった時、一度だけ、ベンチに座っている岩沢に振り返り、一言だけ言った。

「ありがとう!俺、岩沢みたいな奴は好きだ!」

それから先は一度も振り返らず、ただ遊佐の元へと急いだ。











「………………遊佐」

遊佐は、弓道部前のベンチに力なく座り込んでいた。

その様子に、少し声をかけるのをためらう。

「…………………衛宮………さん?」

ゆっくり顔を上げる。その顔は、何故という気持ちで溢れていた。

「…………ああ。そうだ」

遊佐の顔から驚きの感情が過ぎ去った後に残ったのは、後悔だけだった。

「……………その、先程はすみません。感情的になって「先に、聞いて欲しいんだ」……何ですか?」

台詞の途中で遮られても、遊佐はいやな顔一つせず話を促す。

「俺は、遊佐に甘えてた。遊佐の優しさや、気の利くところなんかに」

遊佐の表情には生気と言うものに欠けていて、こんな表情をしているのが自分のせいである事が悲しかった。

「俺が、ここに来た時、案内してくれたのは遊佐だったよな。あの時、任務ですからって言いながらも、親切に俺の行きたい所を案内してくれた遊佐を見て俺は、ああ、いい人だなって思ったんだ」

まあ、ここの人はみんな気のいい奴らばっかりなんだけど、と続ける。

「なんだかんだで俺は遊佐に頼ってた。しっかりしていたし、冷たい表情をしてるけど実はいい奴なんだってわかってた」

いつもの無表情な彼女を思い浮かべる。時にはきついことも言うれど、それもその人のことを思って言っているのだ。

「そんなだったから、たぶん心のどこかで安心してたんだ。遊佐だったら大丈夫って」

遊佐は強い人だ。でも、彼女とて人間だ。心配はするだろうし、とくに俺のようにふらふらしている奴はなおの事放ってはおけなかったのだろう。

「でもそうじゃなかったんだ。そうじゃなくて、俺が遊佐を安心させなくちゃいけなかった。この世界でいろいろあって時も遊佐に心配をかけるばっかりで、安心させてやれなかった」

遊佐の目をしっかり見据える。その目には突然語りだしたことに対する狼狽と、それに倍する程に何を言われようとも受け止めるという強い意志が感じられた。

「さっきの事もそうだ。それに言い訳する気はない。でも、これだけは知っていて欲しい。俺は遊佐を軽んじていたわけじゃない。だいじに思ってるし、だいじにしたいと思ってる。それはガルデモのメンバーもそうだし、戦線のメンバーにしても同じなんだ」

一歩、遊佐に近づく。返答は、ない。

さらにもう一歩、近づく。

二人で手を伸せば届く距離。でも、片方だけが伸ばしたのでは到底届かない距離。そこで俺は立ち止まり、手を伸ばす。

「だからさ、これからも俺と仲良くして欲しいんだ。これから出来るだけ、遊佐を安心させるようにしていくからさ」

「…………絶対とは言ってくれないんですね」

「え?」

「わかりました。衛宮さんは見ていてハラハラさせる人ですし、私が見ていないと不安ですから、仲良くしてあげます。あと、心配ですから、これからは自分から会いに行くことにします」

遊佐は、俺の伸ばした手を、しっかりと掴んだ。

「………………ありがとう。………あ、そうだ、これ」

自販機に行った時買った飲み物を渡す。

「何か買っちゃったからさ、これあげるよ。仲直りのしるしってことで」

「……………ありがとうございます。そう言えば私ものどが渇いてきたきがします」

遊佐は缶を手に持ち、プルタブに手を伸ばす。

そういえば適当にボタンを押したので、どんなものを買ったのか覚えていない。

でもまぁ、自販機で売っているって事は飲めないシロモノではなのだろう。

けど万が一飲めたものではないシロモノだった場合のことを考えて、ジュースのラベルを盗み見る。

…………………………………ニトロソーダ?

「あ、遊佐、待った!」

「え?」

時既に遅し。プルタブの明けられた缶は、走ってきた影響で炭酸が抜け、凄い勢いで噴き出した。

ブシャァァアアアアア!と言う擬音が当てはまるほどの勢いで噴き出すソーダ。

………………どれだけ炭酸濃いんだよ、このソーダ。

既に和服から制服へ変えていたのは不幸中の幸いだった。もし和服なら部長さんの所にも迷惑がかかっていただろうし。

「ゆ、遊佐!?大丈夫か!?」

止めようと近づいていた俺自身も濡れていたものの、遊佐は缶の真上にいた訳だからそれはもうずぶ濡れだった。

いつもの制服がびしょびしょになり、体に張り付いて体付きが強調されている。

…………遊佐って意外と着やせするタイプだったんだな。それに透けてるせいで胸を押さえつけてる黒いブラが………

「え、衛宮さん。その……じろじろ見られるのは………ちょっと」

はっ!煩悩に身を任せてはいけない!色即是空、空即是色……

「あ、その、悪い!あ、そうだこれ」

急ぎ自分の半袖のワイシャツを脱ぎ、遊佐に羽織らせる。少し濡れてはいるものの、遊佐の服に比べればなんて事はない。

「その、悪いです」

濡れた服の変わりにシャツを与えられ、文句を言うタイミングを見失う遊佐。

「そんな事気にするなよ。遊佐が濡れたのは俺のせいなんだし、いつも世話になっていることに比べたら何てことない」

しかし遊佐は気まずそうな顔をしている。

う~ん。どうすれば………あ、そういえば。

「ちょっと待っててくれ、すぐ戻る」

弓道場に向かい、中に置いていたもらい物のジャケットを取ってきて羽織り、遊佐の元へ帰る。

「悪い。待たせた」

「いえ、三分も待ってませんが………どうしたんですか、それ?」

………たしかにこの黒いズボンに赤いジャケットはないかもしれない。服装に疎い俺でもそう思うのだから、遊佐から見ればなおさらの事だろう。

「これはその、なんだ、日向に無理矢理押し付けられたと言うか何と言うか……とりあえずこれで別に俺の服装を気にしなくても良くなっただろう?」

俺には高松のように人前で脱ぐ趣味はない。断じてない!

「あ、はい。それはそうですけど………この服、どうすればいいんですか?」

「あ~。そうだな……また、取りに行くよ。とりあえず今日は寮の前まで送っていくから、もう帰ってシャワーでも浴びた方がいい」

「じゃあ、洗って返しますね」

そこで遊佐は安心したように笑みを見せた。

いつも仏頂面をしているだけに、その笑みはかわいらしく、年相応のものに思えた。

「……………………………笑うと、やっぱりかわいいな」

「え?なんですか衛宮さん?」

「いや、なんでもない。さあ、早くシャワーを浴びないと風邪をひくかもしれないからさっさと行こう」

「忘れたんですか?この世界に病気はないんですよ?」

「あ~なんかそんな事を聞いたような気も………でもべとべとしてるだろ?洗い流した方がいい」

「そうですね。べとべとして冷たいです。けど、今の私にはこのシャツがありますから」

俺の貸したシャツを胸に寄せ、そのぬくもりを確かめるようにギュッと握る。

その仕草に、不覚にも少しかわいいと思ってしまった。

照れ隠しに、相手の目を見ず手を引いて歩き出す。

「あっ………」

少し声を漏らしたが、それ以上何も言うことなく遊佐は歩き出した。

手には暖かなぬくもり。多少濡れているが、そんな事は気にならなかった。

俺の心の中には何か分からないが暖かな気持ちで満たされていて、これが幸せなのかもしれないと、そう思った。











その日、夢を見た。

ひどい、悪夢だった。










[21864] 学園祭編 ~前夜祭~ 一、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/12/20 20:44
対天使用作戦本部



「全員集まったわね。……では、これより学園祭におけるサバゲーの概要を説明するわ。高松君」

学園祭当日。といっても今日は夜に前夜祭があるだけで昼は店の準備がある。

だがNPCから見るところの不良である戦線のメンバーは、店の準備をサボり校長室で怪しげな会議をしていた。

「はい」

ゆりに呼ばれ、さっと立ち上がる高松。

「それではサバイバルゲームの基本的ルールと、天使対策を話したいと思います。

一つ、ゲームで使う銃器や弾はこちらで支給する。

一つ、弾がなくなった場合、銃の支給された場所でもらうことが出来る。

一つ、弾に当たり、アウトの判定が出た場合は即刻規定の位置へと急ぐこと。

一つ、移動できる範囲は橋から裏山までとする。

一つ、参加者以外に弾を当てた場合失格とする。

一つ、必ずゴーグルを着用すること。

一つ、ナイフアタックはなし。

以上です。何か質問はありますか?」

「はいはいはーい!ナイフアタックて何?」

もはや恒例と化している日向の質問タイム。まあしかしそれは俺自身も気になっていた所ではあった。

「それは、本来サバイバルゲームにおいて弾を当てる以外にも、相手と接触することにより相手を失格とすることの出来るルールの事です。しかしこのルールを採用すると、天使が優勢になってしまいますので却下することになりました」

なるほど。天使の武器は基本ハンドソニックのみと聞く。いくら化物染みていようと、銃の扱いにかけては素人と言うことか。

「それは分かったけど、実際どんな風にサバゲーを始めるつもりなの?時間帯は?人数は?全部で何人くらいを予想してるの?」

横から大山が質問する。大山にしては珍しい事に、分かりきったことではなくまともな質問をしている。

「そう話を急がないで下さい。まずは時間帯ですが、明日の午後を予定しています。NPCが少なくなり、かつ完全にはいなくならない程度の人数の時決行するつもりです」

「ちょっとまて。何でいなくなったら駄目なんだ?危険じゃないか」

その聞き逃せない言葉に、つい口を挟んでしまう。ペイント弾とはいえ、怪我をさせる可能性はある。

「それは、銃の弾をむやみに撃たせないためと、天使の動きを制限するためです」

「天使の動きを制限って………別にそんな事をしなくてもゲームなんだから正面から倒せばいいじゃないか」

「はぁ。やっぱりお前は何にもわかってねぇぜ。だからお前はあまちゃんなんだよ」

横から話に割り込んできたのは、あいかわらず腰に木刀を佩けている藤巻だった。

「天使はこっちが万全の状態でも足止めをさせるのが限界なんだぜ?まともにやったって勝ち目は薄いだろうが」

その言葉にムッとする。

「そんな事はやってみなくちゃわからない。大体いつもだって天使は無傷ってわけじゃないんだろ?それに今回の俺たちの目的は天子の足止めじゃなくて、ペイント弾を一発当てればいいだけだ。まともにやったって勝機はあるはずだ」

お互いの意見の相違に睨み合う俺たち。

「はいはい二人ともストーップ。残念だけど衛宮君。これは確定事項。変えることは出来ないわ。それにこの時間帯はあたしじゃなくて生徒会の方から指定してきたんだから」

「どういうことだ。わざわざ向こうから不利な条件を突きつけてくるなんて」

ゆりは首を横に振り、松下の言葉を否定した。

「そうでもないわ。この条件はむしろあたし達にこそ不利なのよ。あたし達はNPCを狙わない。それを知ってる奴が生徒会の中にいる。それが天使の発案なのか、NPCの発案なのかは分からないけど、この条件であたし達はむやみに銃を撃つことが出来なくなった」

対天使作戦における基本的対処方法は、天使に対応できないほどの銃弾を叩きつけることだそうだ。だがそれは跳弾がNPCに当たる危険がある。

つまり、俺達は人混みの中で銃を撃つことが出来なくなったと言うわけだ。

「…………分かってもらえたようね。じゃあ高松君。続きを」

「はい。次に人数ですが、募集してくる人数によるとしか言えません。場合によっては1チーム三名と言う事態もありえます。が、恐らく人数はある程度集まると思いますので、ここでは一先ず1チーム10名と考えればいいと思います。それと、バトル形式も集まった人数によってバトルロワイヤルか、トーナメントに分かれます」

そしてメガネをくいっと中指で押し上げ、話を切る。

「となると、あらかじめある程度のメンバー分けはしておいたほうがいいな」

教室の端のほうで聞いていた松下が口を出す。たしかにそのほうが効率はいいだろう。

松下の言葉に触発されたのか、日向がこちらに話しかけてきた。

「衛宮、俺と組まねぇか?」

その申し出はありがたいが………

「俺は食事担当だからサバゲーには出ないぞ」

「なんだってー!?」

と言うかまず真っ先に俺に話を持ちかけるなんて………相方がいないのか?

「はいはい。とりあえずチーム集めはこれが終わった後にしてちょうだい。で?他に質問は?」

ゆりの言葉に、ソファーでふんぞり返っていたハルバードの男―――野田が発言した。

「サバゲーの基本的なルールが分からんのだが。どうすればいい?ゆりっぺ」

「たぶんそう言う奴が出てくると思って、チャーにサルでも分かるサバゲールール集を作らせておいたわ」

「全部チャーの奴に丸投げだな」

無謀と言うか何と言うか、日向がツッコム。

その瞬間、ゆりが銃を天井に向かってぶっ放した。

空になった薬莢がコロコロと地面を転がる音がする。

はじめに見たときはなんて恐ろしい事だと驚いたが、もう慣れてしまった。慣れって恐ろしい。

「誰かなんか言った?」

「いいえ。なんでもありません」

銃声の音にびびったか、大人しくする日向。

「日向君は自ら地雷に踏み込んでいくよね。ハラハラするよ」

冷静なツッコミをする大山。まったく同感だ。

「ちなみに依頼したのは昨日」

「どう考えても無茶振りじゃねぇか」

日向は何回やっても懲りない。

「うるさい!文句があるなら日向君に全てやらせてもいいのよ?」

「はいすみませんゆりっぺさんはいつも正しいです」

「ふん。当たり前よ。で?他に質問がないようならこれで一旦解散とするわ。以上!」

その言葉で皆三々五々に散っていく。俺も仕上げに行かなくちゃ。

目指すは調理室。明日のサバゲーのために大量に作っておかないと。




廊下



まずはやるべき事を頭の中で確認する。

まずは飯を炊いておかないといけないし、それ以外にも今日くらいから煮込んどかないといけないのもある。他にも……

「おい、衛宮」

廊下を歩きながら今日の予定を立てていると、名前を呼ばれた。

「ん?ひさ子じゃないか。どうした?」

振り返るとギターを背負ったひさ子がいた。何で苗字じゃなくて名前で呼ぶのかというと、本人がひさ子と呼べと強要してきたのだ。

「どうした、じゃねーよ。お前昨日はどうしたんだ?来ると思って何も用意してなかったから、カップラーメンをすするはめになっちまったじゃないか」

言われて見れば昨日は飯を作りに行ってない。

「………あー。ごめん忘れてた。また今度何かで埋め合わせするよ」

「忘れてたって……お前、本当に衛宮か?」

疑うようなまなざし。食事において俺は相当信用されているようだ。まだそれほど長い付き合いでもないのに、何でそこまで信用されてるんだか。

「ひどい言い草だな。俺だって失敗することはある」

「………え?」

「怒るぞ」

「ははは。ゴメンゴメン。でも本当にただ忘れただけなのか?アンタ、そういうとこは律儀だから忘れないと思ってたんだけど」

「…………まあ、ちょっと調子が悪かったんだよ。もうなんて事ないから心配しなくていい」

そう、昨日俺はよく覚えてはいないのだが、悪夢を見ていたらしい。気が付いたら昼で、体がとてもだるかった。肉体的なものだとこの世界ではすぐ治るので、おそらく精神的なものだろう。

いったいどんな夢だったんだろうか。覚えていない。

「まぁ、調子が悪かったんなら仕方ないか。でも、休む時は事前に何か一言欲しいね。でないとまたカップラーメンになっちゃうから」

そもそも、カップラーメンなんてどこで手に入れるのだろう。購買にでも売っているのだろうか。

「そりゃ責任重大だな。ガルデモのメンバーに体に悪いカップラーメンばっかり食べさせるわけには行かないし」

「そう思うんだったら、何かあったら言ってくれよ。あたしだってアンタには感謝してるんだからさ。出来ることでなら相談に乗るよ?」

「ありがとう。でも、今ガルデモは忙しいだろ?むしろ何かあったらこっちに言ってくれ。何でもやるからさ」

「ん。ま、何かあったらアンタに頼むことにするよ。けど、自分の体調には気をつけなよ」

「ああ。でもひさ子こそ気をつけろよ?ボーカルじゃなくても風邪なんて引くもんじゃないからな」

「そういう台詞は岩沢に言ってやったら?あいつだって女なんだから彼氏には心配してもらいたいだろうよ」

…………………………………………………は?

「彼氏?誰が?」

「え?アンタ、岩沢と付き合ってないの?」

「なんでさ。それは岩沢に失礼だと思うぞ」

「そんな事ないと思うけどねぇ。って言うか、アンタ等付き合ってなかったのか。岩沢、アンタと喋ってる時だけ饒舌だから、何か特殊な関係だと思ってたよ」

「そうなのか?」

「ああ。岩沢ってホラ、音楽に無茶苦茶入れ込んでるだろ?だからそれ以外にあんまり興味を抱いてないって言うかさ」

言われてみればそうかもしれない。思えば、彼女がそれ以外に熱中しているところを見たことがない。

「いや、でも俺と岩沢は別に変な関係じゃないぞ」

「う~ん。そこまで言うなら本当なんだろうね。いや、こんな短期間に岩沢をオトすなんてすごいプレイボーイだと思ってたけど、そんな事はなかったわけか」

そうかそうか、と一人納得した様子で頷くひさ子。まったく人騒がせな。

「だったらアタシと付き合ってみない?」

「…………何でそんな結論に至ったのさ」

「衛宮って意外に力持ちだし、料理できるし、まともな会話できるし、考えてみれば中々優良物件だし」

「……………………褒めてくれるのは嬉しいけど、それは買い被りすぎだ。俺なんか全然たいしたことない奴だし、ひさ子にはもっといい奴があらわれるよ」

「………はぁ。なるほど。こりゃ岩沢も大変だ」

「?」

「いや、なんでもない。それより、ちゃんと岩沢にも昨日は調子が悪かっただけって言っときなよ。表面上は平気そうにしてたけど、たぶんあれはアンタの事気にかけてたよ」

「ああ、分かった。今度行った時ちゃんと言っとくよ」

そしてひさ子は空き教室へと、俺は調理室へと別れた。







調理室



もうこの調理室も実に馴染んでしまった。どこに何があるかすっかり分かるし、変なものがあったらすぐ感付く。

戦線のメンバーもたまには来るが、NPCがほとんどで、あまり来ない。

色んな事を考えつつも、手は止めない。野菜を刻み、肉を裂く。

われながら慣れた動作だと思いつつ、具を鍋の中に放り込む。

よし。あとはぐつぐつと煮込むだけでシチューが完成する。

火力を弱火に設定して、鍋のふたを閉じる。ある程度の時間がたったら焦げないようにかき混ぜないといけないが、まあ当分大丈夫だろう。

前にかけていたエプロンを外し、一息つこうと端のほうにあるソファーに腰をかける。

ドサッと結構大きな音を立て、倒れこむように座る。自分でも知らないうちに集中して疲れていたようだ。

ふぅ。と深く息を吐き、体中を弛緩させる。これでやるべき事はほとんど終わった。後は銃の手入れとか、弓の手入れとか、その他雑多なことしか残っていない。

手入れは後でも出来るし、何をしようかと思っていると、調理室のドアが開かれた。

「こんにちは、衛宮さん。その、お邪魔じゃないですか?」

見てみると、遊佐だった。扉で体を半分隠し、窺うようにこちらを見る。

「遊佐じゃないか。いや、ちょうどいい所に来てくれた。さっきちょうどする事がひと段落着いてさ、何しようかなって思ってたんだ」

「それは良かったです」

トコトコとこっちへ近づき、自然な動作で俺の横に腰を下ろす。

「あ、それと、これなんですけど」

「ん?何コレ」

袋を渡してきた。

「クッキー作ってきたんです。試食してくれませんか?うまく出来たか見てもらいたくて」

む。それは責任重大だ。

「わかった。役に立てるかわからないけど、とにかく食べてみるよ」

袋の口を開け、クッキーの形を見る。外見は渦巻き型で、きっと絞り袋はこれに使ったのだろう。

一枚つまみ、ヒョイッと口の中に放り込む。

サクッとした食感。中はしっとりしていてほのかに甘い。そしてのどを嚥下する時にかすかに香るレモンの匂い。

普通に美味しい。

「うん。美味しい。っていうかこれ、俺が作るより美味しいんじゃないか?」

「本当ですか。よかった」

心底ほっとしたように言う遊佐。

「うん。ホントに美味い。もう一つもらっていいか?」

「あ、はい。その袋ごとあげます」

「アリガト」

もう一つつまんで食べる。

結構癖になるな。

そのまま俺のクッキーを咀嚼する音だけが調理室に響く。

遊佐との間に会話はないが、悪くないおだやかな空気が流れている。

しばらくクッキーを食べていると、遊佐がこちらに話しかけてきた。

「そう言えば衛宮さん。昨日はどこにいたんですか?寮に行っても返事がなかったから、校舎中を探し回ってしまいました」

「あ、悪い。昨日はその、昼まで寝込んでて、起きても体がだるかったからそのままもう一回寝たんだ。だからノックされても気付かなかったんだと思う」

「寝込んでたって、大丈夫なんですか?」

心配そうに話しかけてくる。

「ああ。もうなんて事はない。倦怠感も残ってないし、絶好調だ。ただ………」

「ただ?」

「いや、その関係ないかもしれないんだが、その時夢を見た気がするんだ。あんまり思い出せないけど、それは俺にとって重要な夢だった気がするんだけど……」

そう、俺は何か彷徨っていた気がする。

赤い、赤い、赤い道を。

「ま、そんな事はどうでもいいんだ。あんまり覚えてないし」

「どうでもいいって………そんな、自分の記憶ですよ?」

「うん。でも、今必要はないから」

それより今は学園祭を成功させることだけを考えよう。みんな頑張っているんだし、俺も迷惑にはならないようにしないと。

その時、ふと喉が渇いた。そして遊佐にお茶を淹れていないことに気付いた。

「あ、そうだ。せっかくだからお茶で淹れようか。この前茶葉を発見してさ、淹れてみたいと思ってたんだ」

立ち上がって棚に収納されていたWEDGWO○Dのアッサムを取り出す。本当は日本茶の方が好きだが、残念ながら日本茶は見つからなかったのだ。

お茶を淹れようとポットにミネラルウォーターを注ぎ、温める。

俺はその間に茶を淹れるためのカップを棚から取り出して温めておく。カップが冷えているとお茶も冷えて香りが飛んでしまうからだ。

クッキーがあるのでお茶請けはいらないとしても、ミルクとシュガースティックを一応置いておいて………っと。

お。水が沸いたようだ。

茶漉しの上に茶葉を載せ、湯をできるだけ高いところから注ぐ。

茶葉が踊り、薄紅い茶がカップに注がれる。

もう一つ同じ様に淹れた後、茶を蒸らす為にふたをする。

「もうちょっと待ってくれ。後二分くらいで出来ると思うから」

ソファーに座りながら俺の行動を見ていた遊佐に言う。

暇だったかもしれない。

「あ、はい。わかりました」

少し呆っとした様子で応える。

その様子に違和感を感じないでもなかったが、一先ず紅茶のことに専念する。

本当は蒸すポットと飲む様のポットは変えたほうがいいのかもしれないが、時間をかけ過ぎると遊佐も暇だろうと思い、とりあえずふたを取り、紅茶の香りを嗅ぐ。

うん。悪くない。

遊佐からのクッキーを皿に移し変え、紅茶と共にトレーに乗せて遊佐のところまで運ぶ。

「はい。紅茶。遅くなったけど、クッキーのお礼と思ってくれればいいから」

「あ、いただきます」

紅茶に少しミルクを入れ、味をたしかめるようにちびりと飲む。

「あ、美味しい」

「それはよかった」

遊佐が飲んだことを確認した後、砂糖もミルクも入れずに紅茶に口をつける。む。少しぬるかったかも。

けどまあ合格点ではないだろうか。遊佐も美味しいといってくれたことだし。

紅茶を飲み、クッキーをつまむ。遊佐と過ごす優雅な午後の一時。

暖かく、そしてどこかホッとするような感覚に身をゆだねる。

こんな風に日々が続けばいい。そう思った。







[21864] 学園祭編 ~前夜祭~ 二、
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Date: 2010/12/20 20:44
「それにしても、暑いですね。そう思いませんか、衛宮さん」

不意に、遊佐が尋ねてきた。
その言葉に、手にしていたティーカップを置いて遊佐を見る。

「あ、悪い。紅茶、熱かったか?」

「あ、いえ。そういうわけじゃなくて…………ほら、まだ夏ですし」

「そろそろ秋も近づいて多少は涼しくなったと思うんだが」

熱い鍋をかき回していた俺はともかく、遊佐まで汗をかいているって事は、遊佐は結構暑がりなのかもしれない。

「そうですか?私にはまだまだ暑いように思えるんですが」

そう言って、胸元を軽く開き、パタパタと扇ぐ。肌の上に残った汗が光に反射しキラキラと光って眩しい。
その、なんとも言えない扇情的な姿に、少し、目を奪われた。が、すぐさまそっぽ向く。
あくまで紳士的でいるべきだと思ったのだ。

「そ、そうかな。うんまぁ、言われてみればそうかもしれない」

見たい。でも見てはいけない。そんな矛盾に満ちた思いに、暑さとは違った意味で汗がだらだらと吹き出てくる。

「ええ。そうですよ。ほら、衛宮さんも、汗、かいてるじゃないですか」

クスクスと可愛らしく笑う遊佐。その様子だけを見ると、とても愛らしい。

「………………ところで衛宮さん。何で目線をあわせようとしないんですか?」

遊佐は両手をイスにつけたまま、こちらににじり寄ってきて反応を窺うように上目使いで見てくる。
少し開けた胸元から、女性特有の甘い香りが鼻をくすぐる。

遊佐さん。そのポーズは危険です。何と言うか、その、色々危ないところが見えてしまいそうです。

「いや……その………別に意味はない、けど………あ、そうだ。紅茶のおかわりを……」

「いえ。今はいいです。それよりも衛宮さん」

遊佐の瞳が、俺の瞳を捉えて放さない。

「は、はひ?」

つい声が裏返ってしまう。俺は何を緊張してるんだ。

「こっちを…………見て下さい」

潤んだように濡れた瞳。その瞳に、吸い込まれそうになる。
じっと見つめ合う。
互いの呼吸まで聞こえてくる距離。

遊佐が、その形の良い口を開く。

「衛「おーっす衛宮!遊びに来たぞ」っひぃぁ!?」
ガッチャン!
「熱っ!」
「あ、すみません!」
「あ~………タイミング、悪かったか……?」

……………………………………………………………何があったかというと。

遊佐がしゃべろうとした直後に日向が現れ、それに驚いた遊佐がトレーに乗っていた紅茶をこぼし、こぼれた紅茶が俺の頭の上へ思いっきりかかった、と言う訳だ。
幸いな事に紅茶は既にぬるく、火傷するって事はなかった。(まあ、ここでは火傷したところですぐに直るのだけれど)

「本当にすみません、衛宮さん」

遊佐は紅茶で濡れた俺の体を拭いてくれている。
別に自分で出来るといったのだが、私のせいですから、と言って寄せ付けない。
楽といえば楽なのだが、女の子一人を働かせるというのは、いささか心苦しい。

「はい。結構です」

遊佐の拭き掃除が終わり、自由になる。
そこで俺は調理室の端で縮こまって正座している日向に目を向ける。
日向は居心地の悪そうに目をきょろきょろさせて、俺の視線に気付くと謝ってきた。

「スマン衛宮!なんかお楽しみの最中に割り込んじまった!俺は何も見てないから存分に続きを…って痛っ!痛ぇよ遊佐!」

日向の台詞が言い終わらないうちに、遊佐がその耳を引っ張る。

「貴方のその可哀相なくらい貧相な脳みそにも分かるように説明するのも面倒ですが、あえて説明するならば貴方のその考えはゲスの勘繰りと言う物です」

たしかに恋愛感情がない人と特別な関係と疑われるのは遊佐にとって嬉しくはないだろう。

「でもさっき…………痛っ!それホントに痛い……スミマセン調子に乗りました!」

「私と、衛宮さんの間には、何もありません。そうですよね?衛宮さん」

「ん?…ああ。なんだかよく分からないけど、別に遊佐とは何もないぞ?」

あれ?何でそこでこちらを睨んでくるんですか?本当に女性というものは分からない。

「え、ええ。何もありませんよ。これっぽっちもね!」

不貞腐れたようにそっぽ向く遊佐。………参ったな。また機嫌を損ねちゃったかも。
少々嫌な空気になりそうだったので、急速に話題転換。

「と、ところで日向。こんな所に来たって事は、何か俺に用事でもあったんじゃないのか?」

「お、そうだった。実は……」

「何をさりげなく立とうとしているのですか?誰も立ち上がっていいとは言ってませんよ?」

「ハイ。スミマセン」

黙って座りなおす日向。遊佐の目が、怖いです。まるで虫けらを見るかのようだ。

「…………でさ。聞いてくれよ。ゆりが、貴方も踊ってばっかりいないで少しは大山君達みたいに少しは働いたら?なんて嫌味を言ってきてさぁ」

簡単に想像できるな。部屋の隅で踊り続ける日向に過激な突っ込みで説教をかますゆりの姿。

「そんなこんなで色々あって、気がついたら俺が券を全部の三分の一以上売り払わないと女装するって事になってたんだ」

「それは………酷いな(日向の格好が)」

「だろ?だからさ、その………」

今までぺらぺらと話していた日向が、少し言うのをためらった。

「なんだ?言うだけ言ってみろよ。何ができるかわからないけど、俺だったら手伝うぞ?」

「その………売り払う方法が思い付かなくってさ。できればその………力を借りたいというか……三人寄れば文殊の知恵って言うか……まあ、そんな感じ?な訳なんだが……その、手伝って……くれないか?」

自分から言い出したことなのに他人の力を借りることに羞恥心を覚えているのだろうか。少し言葉がとぎれとぎれだ。

「ああ。もちろんそれは構わない。けど、どうして俺なんだ?他にも頼れる奴がいるだろ?」

「だって、大山とか藤巻とかは謂わば商売敵だろ?TKと松下五段はダンスに夢中だし、ガルデモに迷惑かけるわけにもいかねぇし、他にまともな奴はいねぇだろ」

高松は……………ってまともな奴ではないか。すぐに脱ぐし。

「で、俺のところへ来たって訳か」

なるほど。別に日向に友達がいないって言う訳じゃないようだ。

するとそこで、今まで黙って会話に参加しなかった遊佐が口を出した。

「つまり日向さんは、アイディアを考える知恵もなく、頼れる友もなく、大きな口だけ叩いて、自分が女装したくないがために衛宮さんに泣き付いてきた、と言う訳ですか」

「うぐっ。そう言われるとそうなんだが………恥を忍んで頼む!俺に力を貸してくれ!」

正座の状態で頭を下げ、完全に土下座の格好になる。
その格好だけでいかに日向が本気か分かる。

「…………という事ですが、どうします?」

「どうするもこうするも、俺の答えはさっき言ったはずだ。日向に協力する」

元から協力する気だったし、ここまでさせて協力しません、と言う訳にはいかない。

「あ、ありがとう衛宮!やっぱりお前は頼りになるぜ!」

「ふぅ。仕方ないですね。しょうがないから私も手伝ってあげます」

「え゛それはちょっと………」

嫌そうに顔を歪める日向。なんか、本当に嫌そうだ。
苦手意識でもあるのだろうか。

「何か問題が?」

「何もないです……」

何だかんだでどうやら話もまとまったようだ。

「じゃあまずどうやって売るかを考えるか?」

「普通に売り歩くだけじゃいけないのですか?」

「たぶん大山も藤巻も同じ様なことはするだろうから、三分の一も売ることは難しいんじゃないか?」

「あ、じゃあ遊佐が売り子にすればどうだ。見かけは綺麗なもんだから、ただ売るだけなら何の問題も……っ痛ぁ~。ジョークだよジョーク」

無言で日向の耳を引っ張る遊佐。痛そうだ。

「でも、結構いいかもしれない。無論それだけじゃまだ不安だからもう何個か案が必要だろうけど」

「衛宮さんまでそういう事を言うんですか?」

「だって遊佐は可愛いじゃないか。たぶん売り子をすれば皆買っていってくれると思うぞ」

………………………………数瞬の間。

「も、もう!何言ってるんですか!その、恥ずかしいじゃないですか!」

「わ、悪い」

遊佐が背中を叩いてくる。と言っても遊佐の細い腕で出せる力は余り強くない。
日向は結構痛そうにしてたけど、二人はただじゃれていただけなんだろう。

「見せ付けてくれちゃってまあ」

その時、日向が何か呟いた、気がした。

「?」

「なんでもねぇよ……ハァ。俺も彼女欲しいなぁ。そしたらこうやって部屋に連れ込んであれこれ……」

「『こうやって』なんですか?」

「決まってるじゃんか。二人見つめ合って熱いキスを………はっ!」

日向の後ろにはいつの間にか遊佐の姿が。

「馬鹿な!お前は衛宮とイチャイチャしてた筈では!」

「へぇ。さっき私は言いませんでしたか?それは、ゲスの、考え方だと」

遊佐は近くにあったモップを無言で持ち上げ、柄の部分を日向に向ける。
………何も見なかった事にしよう。

「あ、いや、なんでもない。なんでもないからその棒をしまってくだsアッーーー!」

あーあー。何も聞こえなーいー。……………なんだかんだ言って二人とも仲いいな。




「……………それで、結局どうするんだ?」

痛そうに尻を押さえている日向を尻目に、遊佐のほうを見る。
遊佐は何かに目覚めてしまったかのようにサディスティックな目付きで息を荒げていた。
その様子に何か末恐ろしいものを感じながら、声をかける。

「はぁ…………………はぁ…………そう、ですね。とりあえずは………NPCのよく集まる場所を……探せば……効率は…良くなるかと」

「なるほど。合理的な考え方だな。じゃあ俺は聞き込みに言ってくる。後は二人でごゆっくり」

後ろ手に調理室の扉を閉め、歩き出す。
少し離れると、遊佐達の騒ぐ声がした、気がした。

「貴方が割り込んだせいで!衛宮さんが!どっか!行っちゃったじゃないですか!どうして!くれるんです!」

「ぎゃお!それはっ!俺のっ!せいなのかぁ!?オゥ!」

………大丈夫。遊佐は遊佐だ。
例え新しい趣味に目覚めたとしても、俺は態度を変えることはない。





さて。NPCの調査といったものの、実を言うと聞き込みなんてしなくても屋上から見渡せばNPCがどこに集まっているかなんて言うのはすぐに分かる。

なのに何故調査という名目で外に出たのかというと、遊佐に負い目を感じていたからだ。

あの一件で俺と遊佐の距離は縮まったと思う。
だけどその分他の人達との距離は離れてしまったんじゃないのか。

元々戦線メンバーとあまり話しているようには見えなかったけど、俺の世話を焼いてくれるようになってからその傾向に拍車がかかったように思える。
だからと言う訳じゃないけど、他の人とも過ごして欲しかった。
俺なんかと居るよりずっといいと思うし。

まあ、相手はあの日向だけどさ。けど他の人は忙しそうだったし。

ぶらぶら歩きながらNPC達の動きを見る。
どうやら今は昼食時で食堂へ向かう奴が多いみたいだ。
けどクラスの出し物の試食で腹を満たしている奴もいるらしく、その数はいつもに比べて少ない。

そう言えば俺も遊佐や日向の襲撃のせいで昼飯食べてないな。クッキーは食べたけど。
調理室へ戻って何か食べ物取ってきてもいいんだが、お楽しみ中だったら気まずいしなぁ。

考えながら歩いていると、部長が一人フランクフルトを頬張っている所を見かけた。
どうやら部長はまだこちらに気付いていないみたいだ。
ここは厄介事に巻き込まれる前に逃げるべきか。

「あ、エミヤン」

しまった!わずかな逡巡の間に見つかった!獣みたいに勘の鋭い人だな。

「なんだよ返事してくれよぉ。これじゃ見知らぬ人に挨拶した馬鹿みたいじゃないか」

「見知らぬ人でいたかった……」

俺の心からの呟きに気付いたのかそうでないのか、部長は陽気な調子で笑うとこちらに近づいてきた。

「ま、ここで会ったが百年目ってね。諦めてあたしの企画した文化祭前日ツアーのお供になりな」

はぁ。この様子じゃあ何を言っても無駄なようだ。
仕方ない。ついて行くしかなさそうだ。

「まったく。こんな所で油売ってていいんですか?」

「大丈夫大丈夫!弓道部の連中はあたしがいない位で何も出来なくなる程やわな奴らじゃないよ」

そういう問題じゃない気がしたが、本人がこう言っている事だし気にしない事にした。

「じゃあまずはどこを回ろうか。こう見えてもあたしゃあNPCにも結構顔が利いてね。大抵の所で試食させてくれるんだ。三組のたこ焼きだって、五組の焼きそばだって食い放題だ」

「へぇ。NPCもそういうのを作るんですね。なるほど。NPCの料理を食べてみるのも面白そうだ」

俺の返事が気に入らなかったのか、部長は少し眉を顰めて言った。

「思ったけど、何でエミヤンあたしに敬語使ってんの?もっとフランクリーにいこうぜぇ。あたしとエミヤンの仲じゃないか」

「いったいどんな仲だと思っているのか気になりますが、ほら、『一応』部長って『一応』先輩じゃないですか。『一応』敬意(?)は払っておかないと」

「ほうほう。でも、ああ見えたって遊佐達もエミヤンより前からここにいるんだよ?それは先輩って事なんじゃないの?」

せっかく一応って部分を強調したのにスルーされた……。何か虚しい。

「そうじゃなくて、ほら、部長ってアレじゃないですか、アレ」

「ん?大人の色香を放ってるかい?」

「いえ、どちらかと言うと子供っぽいです。そうじゃなくて……何だろう、言いにくいな。こう、何と言うか、達観してるというか…いや、違うな。何だろう、まあ、とにかく先輩っぽいと言う事です」

「遊佐達からはそんな感じはしないと」

「ええ」

「ふぅん。あたしだけに感じる特別さって事かい」

「?まあ、そういうことになりますか」

「……悪くないね」

そう言うと部長は歩き出した。
その足取りはどことなく浮かれている様で、不思議だった。

「速くしな!置いてくよ!」

「はいはい」

言われるがままついて行く。
やれやれ、今日もまた慌しい日になりそうだ。




[21864] 学園祭編 ~前夜祭~ 三、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/12/20 20:44
「ありがとー!学園祭当日は弓道部の所に来てよ。おまけしちゃうからさ」

「はいはい。別に期待してないよ」

そう言いながらも、相手はにこやかな態度を崩さず、部長に店の物の余りを渡す。ここでもう三軒目だ。
部長と俺の手にはそれぞれチョコバナナとフランクフルト、そして綿アメが握られていた。

「部長って、意外に人望あるんですね」

これは俺の本心だった。
道行く者の結構は挨拶してくるし、偶に話しかけて来さえする。
NPCだけに限って言えば、ゆりより人気があるかもしれない。アホキャラとしてだが。

「意外とは失礼な。あたしは人望で部長になったような女だよ?」

「へぇそれは凄いですね」

さらりと言われたが、その人望がないから部長になれない人もいるだろうに。
くだらない事を考えている事が悟られたのだろうか、部長がこちらに聞き返す。

「む。その言葉は信じてないな」

「いや、そんな事はなくて………ただ」

「ただ?」

「人望を得られるというのは、やっぱり才能の一種ですよ。部長より弓が巧くても、他の誰にも部長にはなれない。
だって、エースと大将を分けるのは人望ですから」

「エミヤン……」

部長は、俺のその言葉に何故か少し悲しそうな顔をした。
何か変な事を言ってしまったのだろうか、少しの間会話が止まる。
それは、遊佐との穏やかなで静寂な空気とは違い、ただ荒涼としているだけだった。

そんな湿った空気を一掃しようとしたのだろうか、部長はことさらに明るい調子で話しかける。

「そう言えばさ、こうやって二人で並んで歩くのって初めてだったっけ?」

「まあ、言われてみればそうかもしれませんね」

正直、部長の気遣いはありがたかった。俺は別に部長と険悪になりたい訳ではない。

「そうさ。あんたが来てもう結構たつのに、そんな事もしてなかったんだねぇ」

「いや、別にする必要がなかっただけじゃぁ……」

言いあっている内に、先程までの空気は払拭され、いつものお気楽な感じに戻っていた。
やはり、部長との空気はこうでないといけない。

「またまたぁ、そんな事言っちゃってぇ……………ん?」

部長が何かに気付いたかのように声を上げる。
俺も部長の見ている方へ目を向けると、通路に人が通りかかった。
あれは確か……。

「あ、ヤバ」

その時、隣に立っていた部長が声を漏らす。
俺がいったいどうしたのか聞きただそうとする前に、部長が何も持ってない方の手で俺の手を取り走り出す。

「あの……部長?あれって………」

「シッ。いいから黙って」

心なしかあせったような声で急かす部長。
いつもとは違った真剣な様子に少したじろぎながらも黙る。
人目から隠れるようにこそこそと移動を開始する部長と俺。

「チッ。予想外に追手がかかるのが速い……。後20分位は大丈夫かと思ってたのに……」

「もしかして部長………あれって弓道部の連中じゃあ……」

俺の言葉が言い終わらないうちに、少し先の角から人影が飛び出してくる。
その人影は行く手を遮るように立ちはだかり、俺達に(主に部長へだが)叫んできた。

「見つけましたよ部長!サボってばっかりいないで少しはこっちを手伝ってください!」

今までずっと走ってきたのだろう。
息は乱れ、汗はだらだらかいているが、その瞳は部長をきちんと捉えている。

「あ!ほら、エミヤンが黙ってないから見つかったじゃないか!」

「えぇ?そもそも部長が黙って抜け出さなければ追手なんて来ないでしょうに」

「えぇ~い。うるさい、うるさい、うるさぁい!とりあえず………………逃げるよ!」

「あ、部長!」

来た道を引き返し、部員を撒こうと走り回る。
ずっと走り回っていたせいで疲れていたのだろう、思うように調子の出ていない部員。
見る間に引き離して撒くことに成功し、校舎の中に逃げ込む。

「…………ところで、何で俺まで逃げてるんですかね」

走りこんだ息を整えながら部長に話す。
同じ様に息を整えていた部長がふぅふぅ言いながら応える。

「……何でって、そりゃ、………なんとなく?」

「もう俺帰っていいですか?」

「ここまで来たら一蓮托生ぉ!途中で抜けようなんて図々しい真似しようったって、そうはいかないZ☆E」

そのテンションの高さにうんざりする。
ここで無理に帰ってもいいが、さっき空気が悪くなった時の気遣いを思い出し、少しの間だけなら我慢しようと思い直す。

「……はぁ。わかりましたよ」

もうどうとでもなれ。

「はっはっはっはっは。それでこそエミヤンというものだ」

何やら意味が不明瞭な事を言いつつも息を整え前を見る。
その眼には、不屈の意志が表れていた。

「で、どうするんです?逃げるにしても、どう逃げるんですか?」

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた。あたし達の作戦目標は、当初予定していた店全てを回りつつ、何食わぬ顔で弓道場へやってくる!これ以外は全て失敗だ!」

「はぁ。その高いテンションどうにかなりませんか」

「なに、あたしはテンションが高くないとキャラが立たないからね。世知辛い世の中さ」

何を言ってるのかわからないが、どうせ碌でもないことだろう。無視する事にする。

「じゃあまずはどこから回ります?」

「ここからだと………中華飯店が近い、かな?」

「中華飯店ですか……?」

何故だろう。中華と聞くと何か思い出す気がする………
何だったろうか。
中華……中華………

「ん?どうした?もしかして、中華苦手?」

「あ、いえ。何でもないです。それじゃあ行きましょうか」

思い出しそうだった事柄に無理矢理蓋をして、部長と連れ添って歩きだす。
見つからないようにこっそりと、俺達は逃避行を開始した。






「お、部長!いいのか弓道部手伝わなくて!さっき弓道部の連中が探してたぞ?」

「あんがと。会ったらもうちょっとしたら帰るって言っといてよ」

「ほどほどにしとかないと後が怖いぜ?」

「はいはい」

通行人の言葉に律儀に返事しながらも足を止めない。
すぐ先刻まで部員達が追いついてきたのだった。
俺達は追い詰められていた。

「それで、中華飯店はどっちです!?」

「そこ、そこを左折!」

廊下を走り、左折する。
見えた!

「お~い宇多田!来てやったぞ!何か寄こせ!」

「ん~?ああ、部長か。どうした、そんなに急いで………ああ、また逃げてるのか。部長職は大変だな」

「嫌みはいいから何かくれ!超特急で!」

「う~ん。今だと………麻婆豆腐しか残ってないね。連れの方はそれでいいかい?」

部長と話していた―――ウタダ?という人が、俺の方へ目を向ける。

「おいおい何であたしには何も聞かないのにエミヤンには聞くんだよ。差別か」

「アンタは何でも食うからね。聞くだけ無駄ってもんでしょ」

思い当たる点があるのだろう、反論は出ない。いや、出せない。
ただ拗ねた様に口を窄めて唸っているだけだった。

「まぁ、あそこで唸ってる馬鹿はほっといて、本当に麻婆でいいかい?少し待つってんなら点心も作れるが……」

「あ、いえ。麻婆でいいです。急いでますし」

本当の所、点心のほうが良かったのだが、この際文句は言うまい。
別に麻婆も嫌いじゃないし。

「じゃ、ほい」

話している間にも準備をしていたのか、ほとんどタイムラグなしに麻婆を渡してくる。
うむ。何処かの誰かさんとは違って手際がいい。

「ほら、あんたもそんな所でいじけてないで、あげる物あげたんだからさっさとどっか行っておくれ。邪魔だ」

「聞いたかいあの言葉!?ちょっと信じられないくらいの横暴ぶり。そんな事だからあんたは―――」

「何言ってんだい。そもそもあんたが―――」

何やら口論が始まってしまった。
どうやら部長と中華飯店の人は仲が良いようだ。
本当はすぐに逃げた方がよいのだろうが、一度始まった口論は中々終わらなさそうだった。

部長達が口論している間、何をするでもなく適当に内装を見る。
中華風にアレンジされた店内は、元が教室であることを感じさせない。

中華の店によくある、回転する丸いテーブルの上には、薄いピンクのテーブルクロスが掛けられており、ラー油やその他調味料がその中心に置かれている。
店員は、より中華らしさを演出させるためか、赤や青のチャイナドレスを着用している者がいる。
これが文化祭当日だと全員チャイナドレスになるのだろう。

そんな中、制服を着た一般生徒が、客席について一人黙々と真っ赤な麻婆を食している様が目に付いた。

人形のように綺麗な顔立ちをしていて、かなり小柄だ。
ぱっと見、小学生みたいな形だが、学校の制服を着ている所を見るに、高校生なのだろう。
ただ、真っ赤な麻婆を黙々と、しかしがっつりと食べ行く様は、傍から見ていても気持ちがいいものだった。

まあただ、食べている麻婆は俺でも食欲が減退するくらい濃い赤色をしていたのだが。
けど、俺の料理も、食べてもらえるならあんな風に食べてもらいたいものだ。

そんな風に感傷に浸っていると、ドタドタと足音が聞こえてきた。
恐らく弓道部の部員達だろう。

「部長!楽しいおしゃべりもいいですが、来ましたよ!」

「だいたいあんたは……ってああ?もう来たのかい。撒いたと思ったのに、案外早いじゃないか」

口論を一時止め、麻婆を袋に入れて走る準備をする。
俺も遅れない様に急いで準備する。

「あんたとはきっちり話をつけてやるから、覚悟しとけよぉ!」

相手の返事も聞かず、しかしきちんと捨て台詞は忘れず廊下へと飛び出す。
そこにはちょうどあっけにとられた部員達の姿があった。

「あ、待て!」

待てといわれて待つ馬鹿はいない。
部員達の言葉を無視して走り去る。
変な逃走劇だが、むしろ何だか楽しくなってきた。
廊下を一気に駆け抜け、部員を置いてきぼりにする。

その時、先程の麻婆少女の声が立ち上がり、何かを言った、様な気がした。

「廊下を走っては―――」

けど、よく聞こえなかった。





[21864] 学園祭編 ~前夜祭~ 四、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2010/12/20 21:47
中華飯店を出た後、俺達は射的屋や人形焼き、喫茶などの比較的メジャーな所から、
ゲテモノ食いや懐かしの駄菓子なんていうマイナーな物まで適当に貰い、順調にノルマをクリアしていった。
しかし、最後の最後に難問に突き当たる。

部員達が、教室で籠城していたのだった。

今までも、俺達の向かう店があらかじめ分かっているかのように、行く先々に部員達が配備されていた。
だが、複数に配備する必要があるためか、最初の方はさして数は多くなく、簡単にあしらう事も出来た。
が、しかし、残る店も残り少なくなるにつれ、配備される人員も増えてくる。
そしてついに残る店があと一つという所で、他に配置されていた人員が集まり、立て篭もったという訳だ。

通常、人が立て篭もっている所を突破するのは容易な事ではない。
城を攻める際、攻撃する側は守る側の3倍の人数が必要という話を聞いたことがある。
たしかにアレは城ではない。城ではないが、見張りも含めてこちらの10倍ほどもある。

いくら城ではないと言っても限度があるだろう。
こんなのを、いったいどうしろと言うのだろうか。
ここまで来ると、笑いが込み上げてくる。

途方に暮れて部長の方を見てみると、その顔は笑みを浮かべてはいても、目は決して笑っていなかった。

「上等ォ…………」

口から洩れる呟きは、いつもの部長の様な余裕さはなく、ただ乾いた囁きにしか聞こえなかった。
その平坦な口調に、部長の本気が垣間見える。

ゆらりと幽鬼の様に立ち上がり、ふらりと入口の方へゆっくり近づく。
強行突破する気だ。

「待ってください!無理に突入しても、この人数差じゃあすぐに取り押さえられるだけです!」

見張っている部員に気付かれない様に小声で怒鳴る。
今部長は怒りで我を失っている。無理にでも止めないと。

「だったらどうするって言うんだい!他に何か策でもあるのか?!」

「とにかく静かに!どんな作戦を立てても見張りに気付かれたら一巻の終わりです。ここは冷静にならないと」

とりあえず動けない様に部長を羽交い絞めにする。
すると、俺のその言葉にとりあえず納得したのだろう。声を潜める部長。
やれやれだ。

「状況を把握しましょう。俺達の勝利条件は、あの教室の試食。そして俺達の敗北条件は、俺達二人の確保。その認識で正しいですか?」

羽交い絞めの状態なので、自然に囁きかけるように言ってしまう。
まあ、見張りに聞こえないようにしなければいけないから仕方ないだろう。

「あ、ああ。それでいいと思うよ」

耳にかかる俺の息がこそばゆいのか、少し身をよじる部長。
とりあえず冷静になったようだし、放すか。

「とりあえず、教室の周りを回ってみましょう。何か抜け道があるかもしれません」

「そ、そうね。あるかもしれないね」

羽交い絞めの状態から解放された後も、どこか部長の様子がおかしい。
反応が鈍いというか、どこかぼおっとしてるというか。
しっかりして欲しいものだ。

まあ、そんな部長は一先ず置いておき、とりあえず外へ出て窓からこっそり近づけないものか見る。
しかし、見張りが常に3人はいるせいで近づく事すらできやしない。
正直、手詰まりだった。

ただ、教室の中をカーテンとカーテンの合間から覗ける事を発見した。
あまり多くは見えないが、教室の中心に誰か立って指示をしている人がいる事は分かる。
恐らくその人物が、俺達の行く店を先回りするよう仕向けた人物なのだろう。
教室にいながらそんな事をやってのけたあの人物には称賛の念を禁じえない。
だから、その人物が誰なのかという事に、好奇心を抱いた。

カーテンが邪魔で少ししか見えないが、恐らく服の形状からして女子だろう。
しかし肝心な顔から上がカーテンで隠れている。
もう少しで見えるのに、見えそうで見えない。
見たいのに見る事が出来ないというのは、中々に焦れるという事を今日初めて知った。

「そろそろ動いた方がいいんじゃない?」

部長の心配する声も、今は遠い。
もう少しなんだ………もう少しで、覗ける………!
そんな俺の思いが天に通じたのか、突如風が吹いた。
恐らく、人はこれを神風と言うのだろう。
邪魔だった布が捲れ、隠された聖域が露わになる。
ほんの一瞬、ほんの一瞬だったが、俺にはそれで十分に見る事が出来た。

髪を頭の両側に高く束ねたツインテールに、綺麗にたなびく金の髪。
そして、無感情に指示を下すその容貌。
それは、間違えようのない遊佐だった。

「……………遊佐?」

間抜けな声が漏れる。
俺が茫然としている間に、風は凪ぎ、カーテンは元の位置に戻った。

「遊佐っちが、どうしたのさ」

部長の声すら、遠くに聞こえる。
頭の中では、見知らぬ部員に指示を送る遊佐の横顔が思い返された。
何故だ。何故遊佐が。

「ねぇ。どうしたのさ。黙っちゃって」

「…………部員に指示を与えていたのは、遊佐です」

部長は、その言葉を聞いても顔色を変えなかったばかりか、さも納得したと言わんばかりに首肯した。

「なるほど。遊佐っちならあたしの行きつけの店も知っているし、他人をサポートするのにも慣れてるか」

「驚かないんですか?遊佐が、敵方にいるって言うのに」

「なぁに。本当は抜け出したこっちが悪いんだ。困った部員が遊佐っちに泣きついたとしても不思議じゃないよ」

………たしかに、本来役目から逃げているのはこちらの方なのだ。
遊佐が見るに見かねて部長を捕まえようと考えても無理はない。無理はないのだが………。

「なんだい。あたしの推理じゃ不満かい?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……」

ならどういう訳なのだろう。分からない。

「だったらこう考えればいいのさ。遊佐っちは、あたしとエミヤンが一緒に出かけているのに焼餅を焼いて妨害しに来た、とかね」

いったい何を言い出すのかと思えば……

「それはあり得ないでしょう」

「ま、例え話さ、例え話。深く考える事はない」

はぐらかす様に、話を煙に巻く。
何故今そんな事を言い始めたのか理解できないが、そんな事よりも今は考えるべき事がある。

「ともあれ、相手が遊佐ともなると、たぶん通常の通り道は全て塞がれていると考えて間違いないでしょう」

だとすると、通常でない通り道を探すしかない。
通常じゃない……通常じゃない……

「………通風孔なんてどうだい?」

「通風孔?」

何か案を思いつこうと頭を捻っていると、部長の方から提案された。
通風孔って言うと、あのスパイ映画なんかでよく使われるアレか。

「ああ。あんな所に人を配備することはできないし、意外となんとかなるんじゃないかね」

「通風孔、通風孔、ですか。発想は悪くないけど、問題がありますよ」

「問題、かい?」

はて?と首をかしげる部長。
分からない事は分からないと言えるのは、部長の美点だと思う。

「ええ。一つ目は、たぶん通風孔は掃除されてないでしょうから、物を持って帰ろうとしても汚れてしまう。
二つ目は、入れたとしても確実に気付かれます。中にも人がいましたしね」

スーパーボール掬いとかだったら別に汚れてもかまわないのだが、食べ物となるとそうはいかない。
衛生状態の善し悪しによって味も変わってくるし、何より作ってくれた人に対して失礼だ。

「じゃあどうするって言うんだい」

「何か手はあるはずです。何か………」

そうだ。ここまで来て諦めるなんて事はあってはならない。
何か手はないのか……何か……

「…………………………………あぁ面倒くさい!別にあたしゃぁ考えるのが得意な訳じゃないんだ!
こうなったら無理にでも突撃を……!」

「待った待った!落ち着いて早まらないで!」

「誰だ!そこにいるのは!」

暴れだそうとする部長をまた羽交い絞めにしようとすると、見張りの人物にがこちらの声に反応した。
どうやら大きな声を出しすぎたらしい。
部長もどうやらまずいと思ったのか、とりあえず逃げる事にした。

「あ!待て!」

思ったが、人を追いかける時に言う台詞って他にないのだろうか。



……………………

……………

………





「とりあえず、撒いた……かな?」

俺達二人は階段のあたりで身を隠し、辺りを窺う。
どうやら見張りは追ってきていないようだ。

「くそっ。こんなの、どうすればいいんだよ………?」

走り疲れて床に腰をおろし、うなだれる部長。

「もう、諦めるしかねぇのかなぁ」

その姿は、旅に疲れ切った旅人の様で。

俺は、そんな部長の姿は見たくなかった。

「立って下さい。部長」

気がつけば、俺はそう言って部長の手を引いていた。
引っ張る俺の手を見て意外そうな顔を向ける部長。
たぶん、俺自身も部長と負けず劣らず意外そうな顔をしているのだろう。

だが、俺は掴んでしまった。自分でどんなに意外だったとしても、この手を掴んでしまった。
だったら、衛宮士郎の取るべき道は一つしかない。

「エミヤン…?」

何故だ。とその瞳が問うている。
何故お前は諦めないのか、と。

一つ、ため息をつく。
それは自分自身にもその理由が分からなかったからであり、けど同時に、それは魂の刻みつけられた行動原理だと、頭の何処かで気付いていたからに他ならない。

「誰かが打ちひしがれた様子なんて見たくありません。とくにそれが、部長の様な能天気な人だと特に」

「なっ!」

部長が何か言い返そうとするのを遮って、こちらの言いたい事だけを言う。

「自分で言ったことでしょう?全部の店を回るって。自分で言ったこと位責任を持ちましょうよ」

「でも、教室を見なよ。あんなのをどうやって突破するって言うんだ?」

そう言った部長の目は諦めを宿していた。
それは、負け犬の目だった。

「そんな事は関係ない!あんたは部長だ。部長とは、それに慕う者達の理想だ!
部員が、俺が、そしてあんた自身が望む理想は、こんな事で挫けるほど柔な物なのか!?」

悔しかった。部員が、そして俺が信じた部長が、こんな事で挫けてしまう事に。
そして信じた。部員が、そして俺が信じた部長は、こんな事では挫けない事を。

「エミヤン………」

死んでいた部長の目が、輝きを取り戻す。
戦うために。勝つために。

「そうだね。あたしは部長なんだ。部員に、あんたに、そしてあたし自身に胸を張って誇れる理想。それが、部長なんだ」

地に足を踏ん張り立ち上がる。力強く、決然と。
立ち上がった部長の目は決意に満ちていた。
それは、獲物を狙う戦士の目だった。
だったら、その目に応えなければならない。

「俺が、囮に出ます。その間に突入してください」

本当は、最初からその作戦は考えついていた。
けど、囮作戦は本命となる方を信じきらなけらばならない。
先程までの負け犬の様な部長では無理だった。けど、今の部長なら。

「いや、それじゃあ駄目だ」

「いえ。それしか方法はないんです。それ以外に、アレを打ち倒す方法は……」

「………分かった。成功したら、道場で落ち合おう」

俺の本気が伝わったのか、部長はそれ以上何も言わないでくれた。
その信頼に応えなければいけない。

「それと、こいつを持って行きな」

渡されたのは、丸い小さな玉を複数個。
これは……

「癇癪玉?」

「そう。衝撃が加わると爆発して音出す奴」

こんなものをどうやって…………もしかして

「まさか、あの射的の景品貰ってきたんですか?!」

そう、まだ部員に追われる前、俺達は射的屋の所で誘われるまま射的をし、そして当然の事ながらいくつか物を当てた。
俺の方は物はいらないと断ってきたのだが、部長の方は何か色々していたかと思えばちゃっかり一人だけ貰っていたとは……。

「いやぁ。やっちゃったぜ」

「やっちゃったぜ。じゃありませんよ!景品貰ったら当日迷惑になるから止めておきましょうって言ったじゃないですか!」

「まあまあ。こんな所で役に立ったから良しとしようじゃないか」

部長は、軽い調子で答えを返す。
油断も隙もあったもんじゃない。

「………一応、役に立ちそうなので貰っておきますが、この事は後できっちり説明してもらいますからね」

「ほらほら。囮をするなら早くした方がいいよ。これ以上集まってきたら厄介だしね」

シッシッと犬でも追い払うように俺を追い出す。
俺もそれ以上は無駄話をせず、一度その場を離れる。

最後に少し振り返って、頷く。
部長も返礼するように頷いた。
その姿を見た後、走り出す。



さあ、陽動を始めよう。






SIDE:部長


教室の周りから、怒号と破裂音が聞こえる。
どうやらエミヤンが陽動を開始した様だ。

エミヤンは自分の身を挺してあたしを送った。
だったらあたしは、その信頼に応えないといけない。
それが、どんなに博打染みた事だったとしても。

見張りはすでに破裂音がした所へ向かっていて、もういない。
しかし油断は出来ない。教室の中には遊佐がいて、部員達の動揺を抑えていることだろう。
望む所だ。あたしが誰だか思い知らせてやる。

兵は迅速を尊ぶと言う。そして時は人を待ってくれない。
エミヤンが陽動していられる時間はあまり多くない。すぐに人数差に負けて捕まってしまうだろう。

ポケットから鼠花火を取り出す。本当は、打ち上げの時にでも使おうと思っていたけど、しょうがない。
常備している(別にタバコを吸うためじゃなく、悪戯する時とかに使う)マッチを擦って、導火線に火をつける。
シュワッーっと音を立てながら動き回ろうとする花火を止め、こっそり教室に近づいて窓を開ける。

教室の中は軽くさざめいていたが、あまり大事にはなっていないようだ。
これも遊佐っちの手腕による物だろう。
しかし、これを受けてもその平静さを保てるかな?

少し開けた窓から、止めていた鼠花火を投げ入れる。       *危ないので、良い子は絶対に真似しちゃ駄目ダゾ。
軽快な音と共に花火が床を縦横無尽に駆け巡る。
部屋中に悲鳴が重なり、木霊する。人々が逃げ惑い、無数の影がそれを追う。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。気の弱い者は腰が抜けてしまったようだ。
気を確かにもった者も、花火を避けるように扉付近に集まっていく。

この時を、待っていた。

大体の人間が扉付近に逃げ込んだ時を見計らい、ロケット花火に点火し、教室の中へと発射する。
空中から人を襲うロケット花火に身の危険を感じたのだろう。皆扉をくぐりぬけ、教室から脱出する。

人がいなくなったその瞬間を見逃さず、窓を全開にして教室の中へと入り込む。
転がり込んだ教室内は、花火の火薬臭かったが、そんな事を気にしている余裕はない。
驚いた人によって倒された机や椅子を避けながら一目散に扉へと駆け出し、内側からカギを閉める。
カギが閉まった事に気付いた何人かが、扉の外を叩いてくるが、今さらそんな事をしても何の意味もない。
カギは閉まり、人は追い出され、教室にはあたしだけが残った。

つまり、あたしは賭けに勝ったのだ。

その事実に安堵する。
これであたしはエミヤンの期待に応える事が出来た。
部長としての責務を果たしたのだ。

後は専用の台に置かれていた林檎飴を二つ持って行くだけでいい。
けど、この店の奴らには悪い事をした。後でゆりっぺから何か言われるかもしれない。
でも、今そんな事は気にならない。その位気分がイイ。最高にハイって奴だ。

「さてさて、肝心の林檎飴ちゃんは……」

あれ?台に飴が……………ない?

「林檎飴なら、もうここにはありませんよ」

「え?」

後ろから、声が聞こえた。
軽やかな鈴のごとく澄んだ女性の声。
馬鹿な……あり得ない……………人は全て外に閉めだしたはずだ……
なのに、何故…………何故………

「何故お前がここにいる………!?遊佐っちぃいい!」

普段は無気力とさえ感じさせる瞳が、今は厳しく細められ、こちらを睨む。
透き通るような美しい金の髪を風に靡かせ、華奢な腕を不遜に組んで仁王立ち。
正真正銘、遊佐だった。

「それはこちらの台詞です。私の予想だと、部長が陽動で、衛宮さんが本命だと思ったのですが」

陽動が見抜かれていた?いや、別に驚くほどの事ではない。
相手は遊佐なのだ。こちらの手の内は、ほとんどバレテいるのだろう。

「答えろ遊佐っち。いったい、何時から作戦の事を予期していた」

「何時からも何も、始めからです。そもそも、籠城をされた場合の対処方法は限られてきます。強行突破か、兵糧攻めか、抜け道です。
そして抜け道は既に封鎖してあり、兵糧攻めはナンセンス。だとすれば強行突破しかない。しかし普通に攻めても捕まるだけ。
だったらどう攻めるか。そしてその中で部長や衛宮さんが選ぶであろう作戦は、陽動作戦しかあり得ない」

完璧に、読まれていた。
どうしようもないくらい理路整然として、反論のしようがない。
いや、仮に反論する事が出来たとしても、現実的に作戦が読まれていたのだから、それはただの見苦しい言い訳にすぎなくなる。
しかしこちらにも意地という物がある。

「へぇ。じゃあ遊佐っちは、この作戦が陽動だとわかっていて、なのにこうやってあたしに追い詰められた、と言う訳だ」

「追い詰められる?部長、日本語は正しく使いましょう。貴方は今、私に追い詰められているのです」

何を馬鹿な、と言いかけて、はっと気づく。
あたしが此処でこうして逃げずに遊佐っちと話をしている理由。
それは、林檎飴がなくなっていたせいで。

「まさか遊佐っち、あんたは、もしかして……………」

「はい。ここの林檎飴は、全て私が買い取りました。さすがに全部は食べきれなかったので弓道部の皆さんに配ったりしましたが」

しまった…………そうか、そう来たか。
あたし達の目標が食べ物にあると知られた時点で、こうされる事は予想してしかるべきだった。
そう。買い占めという事態を。

あたし達は油断しいていたのだろう。
所詮前夜祭だと。まさかそこまではやるまいと。

「甘かった。ここに売られていた、林檎飴より甘かった……」

「別にうまいこと言えていませんよ」

「うるさい!」

もう打つ手はない……のか?
こんな所で、何もできずに捕まるだけなのか。

「今までの貴女の行動は全て無駄になりました」

あたしを見る遊佐の目付きは、まるで地を這う蛆虫を見るかのように冷たい。
その目は、お前は敗者だと、負け犬だと、口より雄弁に物を語る。
その視線に、耐えられない。

アキラメロ。あきらめろ。諦めろ。諦めてしまえ。
心の奥で、臆病なあたしがそう囁く。
決着は付いた。これ以上やっても見苦しいだけだ。
諦めよう。これ以上醜いと思われるのは我慢できない。

けど、何故だろう。まだ、諦めたくない。そう囁く声も聞こえてくる。
そしてその声は、どんどん大きくなって弱気な声を打ち消していく。

諦めてどうする。諦めない。諦めたくない。諦めてたまるか。
心の中で、部長であるあたしがそう呟く。
諦めない。これ以上見下されるのは我慢できない。

決着はついた?それがどうした。
あたしの望みがどれだけ困難だろうが、そんな事はあたしと何の関わりもない。
弓道と一緒だ。どれだけ的が遠くても関係ない。

だって、目標(まと)は中てられるためにあるんだから。

不撓不屈の精神で、遊佐を睨みつける。
あたしの激情を真っ向から受けても、遊佐は顔色一つ変えやしない。

「……………………………………………へぇ。その目、諦めないと言うんですか。この状況で」

確かに状況は絶望的だ。
先行きは見えないし、具体的な案も思いつかない。
けど、諦める事だけは決してしない。
エミヤンが信じる部長は、そしてあたし自身が信じる部長は、こんな所で挫けたりしないはずだから。

「――――――――そうでした。部長は、そういう人でしたね」

何処か懐かしそうに、遊佐が呟く。
そういえば、初めて遊佐と会った時もこんな感じだったような気がする。

彼女は彼女で意地になり、あたしはあたしで一歩も譲らなかった。
すれ違って、突っ走って、でも最後には仲良くなれた。
友達になれた、と思う。

けど、今そんな事は関係ない。
遊佐っちが、いや、遊佐があたしの前に再び立つというのなら、容赦しない。

「ふふっ。本当に懐かしい。本気なんですね、部長」

「あたしはいつでも本気だよ」

そんな軽口の応酬でさえ、緊張を強いられる。
緊張した状況の中、遊佐は無造作に手をポケットに突っ込む。
もぞもぞとポケットの中で目当ての物を探し出し、ある物を引っ張り出した。
そのビニールの包み紙でくるまれた物は、まごう事なき林檎飴だった。

「あげたんじゃ、なかったのか?」

「ええ。けど、2個だけ余ってしまっていました」

遊佐の意図が読めない。
いったい遊佐は、何をしようと言うのだろうか。

「何のつもり……?何で今ここでそれをばらす?」

「本気になった部長って、何をするか分かりませんから」

「はぐらかすな!」

怒鳴りつけてもなお、飄々とした態度を崩さない遊佐。
こいつの態度が変わるのは、自分が気に入ったモノが絡んだ時だけだ。

「別にはぐらかしているつもりはありませんが……。そうですね。他にも理由を付けるとするならば、交渉をやりやすくするためでしょうか」

「交渉?」

この場面でそれを言うという事は、遊佐は元々その交渉とやらのためにあたし達を追いかけていたのだろう。

「ええ。部長、貴女は、私と勝負してもらいます」

「分かった。その勝負、受けよう」

遊佐の言葉に、即答する。
そもそも、遊佐の提案を受ける以外に道はないのだ。
だったら、何で迷う必要があるだろう。

「勝負内容、聞かなくていいんですか?結構重要な事だと思いますが」

「いいんだよ。あたしに選択肢はないし、遊佐が勝負にならない競技を選ぶはずがない」

それはある意味絶対的な信頼だった。
勝負の命運を分ける競技の種目を、遊佐だからという理由で聞きもしない。
たとえ敵であっても、遊佐はそんな事をしないと信じている。
他の人が見ればただあり得ない事であっても、あたしにとっては当たり前の事だった。

「………………まぁ、いいです。部長が勝てば、この飴を二つ。そして負ければ――――――――――」

遊佐の口から出てきた条件は、厳しい物だった。
しかし、選択の余地はない。
あたしには戦う事しか残されていなかった。

そうしてあたしは、勝負を受けた。









結果、あたしは遊佐に負けた。




[21864] 学園祭編 ~前夜祭~ 終、
Name: saitou◆92d7fd20 ID:a7a76251
Date: 2010/12/27 00:09
SIDE:岩沢



「――――ストップ。じゃあ、ここで一旦休憩とろうか」

最後にギターの弦を打ち鳴らし、バンドのメンバーに休憩を告げる。
ひさ子達の一息つける声を聞きながら、歌い疲れた喉を潤そうと机の上に置いておいたペットボトルに手を伸ばす。

しかし、蓋を開けてグッと呷ると、ペットボトルの中身はすぐになくなってしまった。
もう一本飲もうにも、もうこの教室にペットボトルは存在しない。

仕方ない。買ってくるか。

「飲み物買ってくる。何か欲しい物ある?」

ギターを下ろし、首に巻いたタオルで汗を拭きつつ、他のメンバーに声をかける。
どうせ買いに行くんだったら、まとめて買ったほうが効率がいい。

「あ、じゃあ、あたしとみゆきちはアクエリでお願いします」

「じゃあ、あたしはポカリで」

アクエリが二つに、ポカリが一つ。そしてアタシ用のボルビックが一つ。
うん。手持ちの金で何とかなる。

「けど、何で最近、ジャンケンで行く人を決めないで、岩沢さんが行ってるんですか?」

入江をからかっていた関根が、ふと思いついたように言う。

「ん?言われてみれば、最近買出しジャンケンしてないな」

ひさ子の同調する声を聞きながら考える。
言われてみれば、そうだ。何でアタシが率先して買出しに行ってるのだろう。
ようやく少し冷えてきたとはいえ、こんなクソ暑い外を歩く趣味なんてないのに。

「言われてみればそうだけど、だったら関根が行く?」

「あ、あたしはちょっと………みゆきち、行く?」

関根は、アタシのその言葉に少しうろたえ、入江にパスする。

「え、えー?しおりんが言ったんだから、しおりんが行ってよ」

「いや、ここは敢えてひさ子先輩が行く、というのはいかがでしょうか先輩」

「いや、いかがでしょう、じゃねぇよ!別に岩沢が行くって言ってるんだから、それでいいじゃねぇか」

自分のギターの調子を見ながら、ひさ子が反応する。
まあ、自分から暑い外へ出たがる奴はいないか。

「ま、いいさ。今日はアタシが行くよ。次はまたジャンケンね」

「うぇー。余計な事言っちゃった」

「自業自得だ」

辛辣なひさ子のツッコミを聞き流し、空き教室の扉を開ける。
ガラガラと音を立てて扉を開けきると、関根と言い合っていたひさ子が声をかけてきた。

「でも、本当になんでジャンケンで決めないんだ?」

その問いに、答えがつまる。
何故人任せにしないで、自分から行くのか。
何故だろう。自分でもよくわからない。

よく分からない。が、この自分でもよく分からないモヤモヤした気持ちを、歌にすればどうなるだろう。

そう思い付いたら、後はもう止まれない。
先のひさ子の発言など意識の向こうへと消え、音楽に対する思いだけが残る。
どのように歌にするのか。Aメロは、Bメロは、サビの部分はどうするか。
テンポは、フレーズは、入りは…………あぁ!どこかに書いておかないと!

とっさに近くの机に置いてある紙を取り出し、思いついた事を書き連ねる。
イントロが、こう入って………サビのフレーズは………。

「……だめだこりゃ」

「岩沢さん、こうなると長いですもんね」

その内、周りの声も気にならなくなる。
こうやって、歌の事を書き連ねている時はいつもそうだ。
周りが目に入らなくなる。頭の中の音楽が、私を書き出せと怒鳴りだす。

「なあ岩沢。とりあえず書くのはいいけど、飲み物買ってからにすれば?」

「しっ。少し黙って。今思いつきそうな所だから」

~~~♪~~♪~~~~~~♪
それでサビに入る。
それから………

アタシは周りの視線も省みず、延々と音符を書き続けた。

結局買出しに行ったのは、30分後の話だった。





学習棟A棟 廊下


一段落ついた所で辺りを見回すと、ひさ子も関根も入江も麻雀をやっていた。三人打ちで。
途中から入るのもなんだし、とりあえず飲み物を買いに行く事にした。

教室の扉を開けると、暑い風がこちらへ吹き付けてくる。
その暑さにまだ夏なのだと感じて歌のフレーズを思いつきそうになったが、そろそろ行かないと日が暮れそうなので諦めた。

廊下を歩いていると、自販機が見えてくる。
いつも使っている空き教室に程近く、少し前までは飲み物を買うときはいつもここに来ていた。
けど、最近は違う。いつも買っていた飲み物がここでは売られなくなったからだ。

特段好きだったというわけではない。
どこにでもある飲料水。けど、アタシは生前からずっとそれを飲み続けていた。
だからだろうか、どうにも他の飲料水を飲むと違和感が付きまとう。
どうでもいいといえばどうでもいいが、ライブの途中にいつもと違う飲料水に気を取られて失敗した、なんて事になったら目も当てられない。
だからアタシは買い続けた。売っている自販機がなくなるまで。





そういえば、初めてアイツと出会ったのもここだったな。

今は用のない自販機の前で、あの日のことを思い出す。
あの飲料水がなくなった事に気付いた数日後。
他に売っている所を見つけた次の日の事。

ぼーっとしてたアイツに、ぼーっとしてたアタシがぶつかった。

ただ、それだけの話。

それは運命なのかもしれないし、それとももっと別な何かのせいなのかもしれないし、ただの偶然だったのかもしれない。
でも、そんな事はアタシ達には関係なかった。
大事な事は、アタシとアイツが出会ったという事実だけだ。


そうして、アタシ達は巡り合った。






学習棟A棟 階段



校舎の階段を下りていると、ドタドタと複数の足音が聞こえてくる。
こんな暑いのに走り回っているのは、よっぽどの暇人か馬鹿に違いない。
もしくはこの暑さにやられてしまったかだ。

さしたる興味も湧かず、階段を下りる。
足音はしだいに近づき、怒鳴り声が聞こえてきた。

「待てぇ!」

そんな事を言う位ならさっさと走ればいいのに。
どうせ止まる訳もないのだから。

階段の踊り場に出ると、走っている連中が見えた。
その服装から、NPCではないと分かる。
まあ、廊下を走り回っている時点でNPCではないだろうと思ってはいたが。
寡聞にして、廊下を走り回るNPCがいるというのは聞いたことがない。アタシが知らないだけかもしれないけど。

それにしても、こんな暑い中をよく走る。
誰かを追いかけているようだが、いったい誰を…………………ん?あれは………?

「……………衛宮?」

追いかけられているのは、さっきまでアタシが思い描いていたアイツ――――――衛宮だった。

「えっと…………………………………何で?」

当然の事だが、応える声はない。
アタシの声は、ただ虚空へと消え去っていった。

















落ち着け………素数を数えるんだ………。


たしか、生前バイト先の先輩が無理矢理貸し付けてきた漫画本に、そんなことが書いてあった気がする。
背後霊同士を戦わせる超能力バトル物で、緻密な頭脳戦が売りだった。
そう言えばあれ、最後まで読みきってなかった。最後はいったいどうなったのだろうか。

「って、今はそんな事を考えてる場合じゃないだろ!」

そう、確かに今はそんなことを考えている場合ではない。
知り合いが追われていたのだ。それも比較的常識的な奴が。

これが日向や野田みたいな奴らだったら、追われているのにも納得がいく。馬鹿だし。
しかし、しかしだ。
あの衛宮が。人畜無害、学校の便利屋、一家に一台衛宮士郎と言われている、あの衛宮が、追い掛け回されているとなると話は変わってくる。
一大事といっても良い。ゆりが見ても驚くだろう。

アタシだって、そりゃもう驚いた。
どの位驚いたかというと、うろ覚えの漫画の台詞を思い返して、慣れないノリ突っ込みを誰もいない所にやってしまう位には驚いた。

いや、むしろ誰もいなかった事は喜ぶべきかもしれない。
ガルデモのヴォーカルが公共の面前でいきなり突っ込みをしていたなんて噂が流れれば、人気が落ちて聞きに来る人数が減ってしまうだろう。

まあ、今はそんな事より衛宮だ。
いったい何があったのだろう。昨日休んでいたのと何か関係があるのだろうか。
本人に聞こうにも、追手と共にすごい勢いで走り去ってしまったため、もう目に見える位置にはいない。

まったくアイツは人に心配ばっかりかけさせる。
昨日休んで連絡入れないし、この前だって……………………………………。
いや、まあ、別に、何にもなかったけどさ。

とりあえず、衛宮が見えない今、アタシがやるべき事は一つ。買い出しの続きをする事だ。
衛宮の事が気にならないと言えば嘘になるが、本人がいないんじゃどうしようもない。
まず飲み物を買って、それから今後の事を考えるとしよう。

のろのろと足の動きを再開させる。
この暑さのせいか、それとも妙な物を見た事による冷や汗か、少し汗ばんできた。
首にかけっぱなしにしておいたタオルで汗をぬぐいながら、ふと衛宮の事を考える。

アイツはお人よしだから、何かに巻き込まれたのかもしれない。
いつか見た時も、NPCを助けようと駆けまわっていたし、今回も何か厄介な事に巻き込まれたのかもしれない。

そう考えると、不安になってくる。
そうだ。気がつけば衛宮は巻き込まれている。
アタシの知らない所で、知らない奴と。

そう考えると、なんだか胸がもやもやする。
それは、教室を出る時に感じたものと似たような、でも、もっと冷たい別の何かだった。






弓道場前公園



弓道場前。ここには自販機が一つしか置いていない。
けど、ここに来たのには訳がある。
それは、アタシの飲む物が売っている一番近い場所だからだ。

他に理由なんてない。

とりあえず階段を下り、砂にまみれた地面の上に立つ。
自販機は、部活帰りの者に売りつけるためか、入り口の近くに置いてある。
グラウンドの方を見れば、さまざまな部員が自分達の出し物の設置を黙々と行っている。
アタシ達も、彼らに負けないように頑張らないと。

でも、そのためには飲み物が必要不可欠だ。
と、言う訳で自販機に金を入れ、スポーツ飲料を買う。

ボタンを押すと、ゴトゴト音を鳴らしてペットボトルが落ちてくる。
ペットボトルはよく冷えていて、持ってみるとひんやり冷たい。
こんな暑い日にはうってつけの代物だ。

買い出しに行った人の特権として、先に自分の分を開け、口を付ける。
甘く、冷たい水が、喉を通り過ぎていく。
ごくごくと嚥下しながら、木陰の下で少し休もうと都合のいい場所を探す。

グラウンドの縁には木が林立しているから、別にどこでもいいと言えばいいのだが、どうせならベンチのある場所がいい。
木陰で、ベンチのある場所というと………お、あった。
しかしそこには、広いベンチを丸々占有するよう横に臥せている奴がいた。
先に座られているのなら仕方ない。迷惑な座り方だが、諦めるほかはない。

しかし、あの背格好。どこかで見た事があるような………

少し、近づいてみる。
近づくにつれ、相手の様相がはっきり分かってきた。
人の証である戦線の服はどこか煤けていて、髪が少し赤みがかった、中肉中背の男。

あいつは、もしかして……………

「衛宮………?」

長椅子に寝そべっていた男は、アタシの言葉に驚き立ち上がる。
立ち上がって顔を見ると、相手が誰なのかはっきり分かった。

赤い髪の毛に引き締まった顔立ち。眼差しは鋭いが、人相が悪いと言うほどではない。
いつもはムスッとした顔をしていて、でも笑うとどこか愛嬌が漂うお人よし。

先程追われていた、衛宮だった。

衛宮は目をパチパチさせて驚きを表現しつつ、こちらを見る。
髪はいつもよりボサボサで、かなり汗をかいている。
立ち上がった衛宮は、こちらを見据えて一言、

「岩沢………?」

と言った。

「「………………………。」」

二人の間に言い知れぬ空気が漂う。
コイツは…………何をこんな所で寝そべっているんだ………!

「あ、あのさ」

先に均衡状態を崩したのは、衛宮だった。

「何で岩沢がここに………?」

その間抜けな言葉に、苛立ちが募る。
今はそんな間抜けな言葉より、もっと別の言葉が欲しい。

「言うに事欠いてそれか………………」

「え?」

ほう。どうやら聞こえなかったらしい。
だったらしょうがない。
聞こえるくらい大きな声で言ってやる。

「他に!言う事は!ないのかって聞いてるんだ!」

自分でも少しビックリする位の声が出る。
それはたぶん、昨日来なかった事とか、アタシを心配させた事とか、追われていた事とか、諸々の事が重なっての事だと思う。

アタシ自身が驚いた位だから、衛宮の方はもっと驚いただろう。
案の定、少し腰が引けていた。

「何で昨日は来なかった」

少し、目が赤いかもしれない。
そう自覚しながらも口は止まらない。
珍しい、と自分でも思う。
歌以外でこんなに感情を乱すなんて。

「何で連絡の一つも入れなかった」

ああ、駄目だ。
考えないようにしていた事がどんどん溢れ出してくる。

「ひさ子も、入江も、関根も、もちろんアタシだって心配してた」

結局、昨日アタシ達が食べた物は適当に握られたおにぎりだった。
衛宮が来る前は、さほど不味いとも感じなかったそれが、昨日ほど飯が不味く感じた時はなかった。
それは衛宮の作ってくれる料理の味に慣れてしまったからでもあるが、それ以上に衛宮がいなかったせいだ。

「答えろ!衛宮!」

アタシの声に、面食らった様な顔をしていた衛宮が思慮を取り戻す。
その瞳に力が宿り、こちらを見詰める。

「岩沢。俺は…………」

衛宮が口を開く。

「俺の作った物がそんなに喜ばれているなんて思いもよらなかったし、自分が休んだ位でそんなに皆が心配してくれるなんて思ってもみなかった」

そこで衛宮は一旦言葉を止め、ゆっくり考えるように言葉を吐き出す。
後悔するように。懺悔をするように。

「でも、それは言い訳だ。昨日行けなかったのは事実なんだ。例えどんな事情があっても、連絡を入れるのを怠った理由にはならない」

一言一言に、悔恨の気持ちが籠っている。

「でも、これだけは知っておいて欲しい。俺は、ガルデモが嫌いで行かなかった訳じゃない。面倒くさくなって行かなかった訳じゃない。俺は今でも、ガルデモが好きだ」

その言葉は真摯で、力が籠っていた。
視線は微塵も揺るがず、口調もはっきりしている。
これが嘘だとは思えない。
そもそも、衛宮はそんな嘘をつくような奴じゃない。

けど。

「それが、どうした」

衛宮の目が、少し悲しげな色を帯びた。

「アタシは、そんな言葉だけじゃ許さない」

そんな事じゃ許してあげない。
言葉だけじゃ、許してあげない。

「けど、どうしても許して欲しいなら、飯を作りに毎日来て」

えっ?という呟きを無視して一気に話す。

「飯を作りに、雨の日も、風の日も、雪の日も、暑い日も。
もうアタシ達を心配させない様に、遅れたり行けなくなったりする場合は連絡をよこして。
でないと、ライブを永遠に見せさせない。どんな手段を使っても、絶対に追い出す」

だから、昨日と言う日を駄目にした、その責任をとって。

それはアタシの本心だった。
もうこれ以上心配をかけるなら、もうこれ以上アタシの感情を乱すなら、もうこれ以上音楽の邪魔をするなら、衛宮であっても切り捨てる。

「はっ。ははははっ」

それなのに、衛宮は笑った。
楽しそうに。嬉しそうに。

「何で笑う!?」

「いや、悪い。別に岩沢の事を笑った訳じゃないんだ。ただ、俺って愛されてるなって」

「なっ!」

思わず顔が赤くなる。
こんなのはアタシらしくないと思いながらも、顔の紅潮を止められない。
そんな顔を悟られまいと背けるが、衛宮はさらに微笑みを深めるばかりだ。

くそっ。どれもこれも全部衛宮が悪い。

「べ、別に、そう言うんじゃ、ない。ただ…………そう!ただ、来るか来ないかはっきりしないと、他の奴らにも迷惑がかかる。だから、次ガルデモに迷惑がかけるようなら、アタシはアンタを切り捨てる。ただ、それだけの話だよ」

アタシの言葉に、衛宮はわかってるとただ深く頷いた。

「分かってるなら、それでいい」

ぶっきらぼうにそう言い放つが、頬はまだ熱い。
けど、言いたい事は言い切った。
だったら後やるべき事は一つ。それは………。

「ハイ、これ。飲みかけで悪いけど」

そう。仲直りだ。
とりあえず、しんどそうな衛宮に飲んでいた飲み物を与える。
少しぬるくなってしまったが、その位は許してもらおう。

「あ、ああ。ありがとう」

そしてペットボトルの口を見たままジッと動かない衛宮。
? どうかしたのだろうか。

「別にそんなに高い物でもないし、残りはやるよ」

ああ。と、ぎこちない返事をしながらも、やはりジッと動かない。
なんだ、仲直りのアタシの飲み物が飲めないのか。
ん?アタシの飲み物…………?
アタシが口を付けた飲み物………?
それはつまり、

間    接    キ    ス

「ちょっと待った。やっぱりなし。ペットボトル返して」

意識してしまえば、耐えられるものではなかった。
そもそもアタシは、前世で音楽一筋だったため、まだ男と手を繋いだ事さえない。
それなのに間接キスなんて………アタシにはまだ早いというか何というか………。

「お、おう」

粛々と無造作にペットボトルを投げ返す衛宮。
最初から気付いていたなら言って欲しかった。

なんとなく、気まずい空気が流れる。
こんな空気にさせるために、ペットボトルを渡した訳じゃないのに。

そんな空気を破ったのは、一人の闖入者だった。

「部、部長!?」

グラウンドの茂みから出てきた女は、アタシ達の少し離れた所に出て、地面に倒れ伏した。
戦線のメンバーであることを示す制服はすでにボロボロになり、派手に汚れている。
顔に見覚えはないが、服からして恐らく戦線のメンバーなのだろう。

「どうしたんですかその服!それに作戦は、作戦はどうなったんです!?」

「…………」

背中を太ももで支え、上半身を起き上がらせる。
大きな声をだす余力もないのか、衛宮の耳元で何事かをぼそぼそと話す部長(仮)。
たぶんシリアスなシーンなのだろうが、もう少し顔を遠ざけて話せないものか。

部長(仮)は、緩やかな動作でポケットに手を突っ込み、飴らしきものを衛宮の手に渡した。
それに、衛宮は驚いた様子で受け取る。
どうでもいいが、見事にスルーされているな。アタシ。

そして二言三言何か会話した後、部長(仮)は静かに目を閉じた。
まるで、死んだように眠った。

「悪い、岩沢。少し用事が出来た」

「その人、さっきアンタが追われていた事と何か関係があるの?」

「……………見てたのか」

恥ずかしい所見られたな、と頭を掻きながら気まずそうに言う。

「………その、色々あったんだ」

何も言ってくれないその態度に、少し悲しくなる。
けど、言わないからには何か理由があるのだろう。
そう思えるだけの余裕は得る事が出来た。

「………そう」

いったいどんな女なのかと、顔をよく見てみると少し思い出してきた。
どこかで見た顔かと思えば、弓道場の部長が、こんな顔をしていた気がする。
あまり接点がないので忘れていたが。

「ふぅ。お人よしだね。衛宮は」

「そうでもないさ」

そう言いながら肩の下から手を差し入れ、体を起こさせる。
その拍子に、どこかが痛んだのだろうか、うっと声を漏らす部長(仮)。
その様子に、より丁重に運び出す衛宮。少し、大変そうだった。

「手伝おうか?」

「いや、いいよ。俺はこういう事位しか出来ないんだから、助けられてちゃ格好つかないだろ?」

そう言って、恥ずかしげに笑う。
それは、自分の不器用さを嗤うようであり、他人に何かが出来る事を誇るかのようだった。

「………そうか。だったら、いいや。明日、暇ならライブに来てくれ。皆、待ってると思う」

「ああ。分かった」

そこから先、衛宮は後ろを振り返らなかった。
いつもそうだった。この前も。その前も。
そして最後に少しだけ振り返って言うのだ。


「あ、岩沢」


こうやって。


「ありがとう。岩沢のおかげではっきりした。俺ってやっぱり、ここの人達が好きだ」


アタシの感情を揺らしてくる。


衛宮が行き、見えなくなった所で一人呟く。



「アタシもアンタの事、嫌いじゃないよ」





SIDE:衛宮



追われていた時間も今は過ぎ、もう夜になっていた。

複数あるグラウンドでは、まるで夜を駆逐するかのように盛大に炎が燃え盛り、NPC達が踊っている。所謂キャンプファイアーという奴だろうか。

「こんな所で何してるの?」

突然後ろから声がかかる。しかし、今はなんとなく振り返る気分にはならない。

「何って、見れば分かるだろ。グラウンドを見下ろしてるんだ」

手すりに腕を乗せた状態で億劫に答えを返す。
そんな俺の答えが不服だったのか、声に少し苛立ち混じる。

「あたしが聞いてるのは、こんな屋上の縁で、何でグラウンドを見下ろしてるかって事なんだけど」

そう、俺は今、屋上からグラウンドを俯瞰した風景を覗いていた。
炎は轟々と燃え、NPCはその周りで砂糖に群がる蟻のように動き回っている。

「今日は色々な事がありすぎて、疲れたんだ」

「ああ。遊佐さんから聞いたわよ。派手に暴れたそうね。まあNPCに直接的な被害がなかったからよかったけど、次からはなるべくああいう行動は控えてね」

でないと、いくら新人といえど厳罰は免れないわよ、と続ける。

そんな事は分かっていた。あれが本当はいけない行為であるという事も、NPCに迷惑をかけたという事も。
でも、今はそんな事より重要な事が頭の中で蠢いていた。

遊佐の事。ガルデモの事。部長の事。学園祭の事。

それらから少しでも逃げ出したくて、屋上へ来た。

屋上からは、夜空が見えた。
月は半分欠け、いくつもの星の光が夜を裂き、屋上を照らす。
その幻想的な風景に、一時心を奪われる。

が、その気持ちもすぐに馬鹿騒ぎによってかき消される。
下の方を見ると、多くの人々が飲めや歌えやの大騒ぎ。
騒がしい事この上ないが、ここの風景としては星の光より似合っているかも知れない。

「聞いてる衛宮君?」

ふっと追憶から引き戻される。
いつのまにか、俺の後ろから手摺の横へと移動していた。
先刻から話しかけてくる女―――ゆりがこちらを覗きこんでいた。

「ん?悪い。もう一回頼む」

「はぁ。しょうがないわね。いい?もう次はないからね。……明日の話だけど、基本的に貴方には料理を担当してもらう予定よ。けど、未来の事なんて誰にもわからない以上、次善策と言うのは必要になる。だからもしかして非常時には貴方に参加してもらう事になるかもしれないわ」

「俺なんかに頼るよりも、他に頼る奴らがいるだろう」

「可能性の問題よ。行く事があるかもしれないけれど、覚悟しておいてねって事。それに、優れたスナイパーって、中々現れないのよねぇ」

正直、買いかぶりすぎだと思ったが、どうせ参加する事はないだろうと高をくくる。
頷くだけなら誰にだってできる。

「うむ。素直でよろしい」

俺の返答に、満足したように頷き返すゆり。
適当に頷き返しただけなのにそんな反応をされると、こちらとしても戸惑ってしまう。

「それはいいけど、本当に明日は大丈夫なのか?聞く所によれば、天使ってすごく強いそうじゃないか」

話を変えたくて、明日の話を持ち込む。
それに、気になっていた事でもある。

「う~ん。実の所、勝率は半々、いえ、四六くらいの割合なのよねぇ」

「それじゃあ駄目じゃないか」

「いや、別に賭けごとで儲ける訳だし丸っきり無駄ってわけじゃないのよ?」

実験にもなるしね。と、ぽつりと零すゆり。
ゆりはゆりで、何か試しているようだ。

「まあ、いいけどさ」

「ええ。いいのよ」

他に言う事もなく、聞く事もないので、何とはなしに空を見る。
空一面に散りばめられた星は、それだけで俺の気持ちを慰めてくれるかのようだった。
ゆりの方も特段何も言わず、俺とは違い下のNPC達やそれに紛れて馬鹿をやってる連中を見る。

結局、その後は適当に解散した。
俺は星に、ゆりは馬鹿騒ぎに見飽き、それぞれに屋上を離れる。
適当に会い、適当に話し、適当に見、適当に別れのあいさつを交わし、適当に分かれた。

こうして適当に、俺の前夜祭は終わった。



[21864] 学園祭編 ~サバゲー予選~ 一、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:a7a76251
Date: 2011/02/05 22:36
学習棟A棟 屋上



何で俺はこんな所にいるのだろう。
気が付けば、俺は校舎の屋上で松下と辺りを見張っていた。

「………なんでさ」

「ん?どうかしたのか?」

俺の独り言を、質問と勘違いしたのだろうか、松下が聞き返す。
何でもないと適当にあしらいつつ、こうなった原因を思い返す。

そう、あれは今から一時間ほど前の事だった。






一時間前 調理室



「これでよし、と」

レンジから温まった物を取り出しつつ、一息つける。
これで何とかサバゲーまでには間に合いそうだ。

やる事を終えて手持無沙汰になったので、辺りを見回してみるが、当然の事ながら何もない。
暇をつぶそうにもゲームもなければ本もない。
この前の様に遊佐が来てくれれば何の問題もないのだが、あいにく遊佐は準備で忙しいらしい。
部長の事とか色々と聞きたかったのだが。

仕方がないので、体でも動かそうかと考えていると、何の偶然か調理室の扉を開ける者がいた。

高松だった。

「高松じゃないか!」

「お久しぶりです、衛宮さん」

そう言って部屋の中へとはいってくる。
久しぶりに見た高松の顔は、心なしかやつれて目の下に隈が出来ている様に見えた。

「………どうしたんだ?疲れているようだけど」

「ええ。二日は寝てませんから」

何かサラッと物凄い事を言われたような………

「二日!?どうしたんだ一体!?」

「それはですね………」

何でも高松はサバゲー提案者として責任を取らされ、ゆりや遊佐、その他いまだ名も知らぬ戦線のメンバー達と共にずっと校長室で働き詰めだったという。

「という事は、もう仕事は全部終わったのか?」

「ええ。でも、まだ一つ残っているんです」

「何だ?手伝える事なら言ってくれ」

「いえ、それには及びません。何故ならそれは……」

「何故ならそれは……?」

「私自身がスナイパーとして参加し、サバゲーを勝利に導く事なのですから」

そう言った高松の目は、長時間における労働のせいで疲れ果ててはいるものの、揺るぎのない強い意志が垣間見えた。

「………そうか。ならけど、なんでこんな所に?」

「ああ。それはですね………」

高松が言葉を続けようと息を継いだ時、何かに気付いたかのように注意をそらす。
その視線は机の上に置かれた料理に目が止まり、動かない。

「……ん?何だ?食うか?」

「………あ、はい。丸一日何も食べていないので、お腹が空いているんです」

では失礼して、と言いながら皿の上の食べ物を摘み食いする高松。
その様は容赦を知らず、ガツガツと机上の料理を食べまくる。

「おいおい、そんなに焦って食べると………」

「んぐっ!」

突如奇声を発し、悶え苦しみ床に倒れ伏した高松。
あ~あ。言わんこっちゃない。

「え~と、水は……」

あれ?どこだっけ。

「ん~~!ん!ん!!」

苦しそうに水を求める高松。
その様子に、少し焦る。

「あれ?ここにあったと思うんだが……」

ここでもない、そこでもない。あれ?どこだ?
飲み物は別の人が持ってくるから調理室に置いていなかったというのもあるが、まったくないはずがない。

「ちょっと待ってろよ。今助ける」

その内高松の顔色が土気色を帯びてきた。
そろそろ本当にやばい!

「何でだ!この前はここにあったのに!」

机の上も、机の下も、机の中も、冷蔵庫の中も、冷蔵庫の上も、冷蔵庫の下も、棚の中も、棚の上も、棚の下も、何処を探しても見つからない。
まるで誰かが意図的に隠したみたいに。

「大丈夫だ!まだ助かる!気を強く持て!」

だが高松は弱弱しく首を振り、床に何か文字を書こうとした。

“私の かわりに サバゲーに  出”

そこで高松は力尽き、書いていた手は弱々しく痙攣したかと思うと、そのまま力なく横たわった。

「た、高松ぅーーー!」

力尽きた高松の亡骸を前に、俺は一人立ち竦む。
高松の犠牲は無駄にはしない。もうこのような事は起こさせない。
飲み物は確実に常備する。

「分かった。俺がお前のかわりに勝利をもぎ取ってやる」

高松の顔が、少し安心した、気がした。

………………

………



(今思えば、あれって確実に演技だと思うんだけどなぁ)

昨日買っておいた水もなかったし。展開が早すぎたし。
まぁ、頼まれて引き受けた以上はちゃんとしないとな。

「それにしても広い学校だ」

屋上から軽く見渡すだけでもかなりの範囲が見渡せる。
それが、俺がここに配置された理由でもあるのだろう。

「ああ。推定だが、二千人以上いるらしいからな。その分大きくならざるを得ないのだろう」

松下が適当に返事を返す。
まだ始ってはいないが、少し気の抜きすぎの様に感じる。

『ピンポンパンポーン』

間抜けなSEと共に、放送が流れる。
事前の打ち合わせにあった天使からの開催の言葉だろう。

『午前10時になりましたので、ここに、学園祭の開催を宣言します』

学園中のスピーカーから、簡潔な学園祭開催の合図が流れる。
そしてこの声の人が、戦線の敵であり、現生徒会長である天使だという。

事前の打ち合わせでは、開始の合図と共にサバゲーが開始され、第一予選が開始されるとか。
何故に予選かと言われると、一チームは八名で、前夜祭で事前に申し込んできたチームは40グループ。
更に噂を駆けつけ本日受付をしてくるチームを数えると、さすがにチームが多すぎるという事だそうだ。

メンバーは俺と松下を含め、椎名、野田、TK、藤巻、日向、ゆりの八名で、遊佐は直接参加せずにオペレーターとして全体の総括をするらしい。

俺はスナイパーとして、松下は観測手――――風の向きや距離を測り、余計な雑事でスナイパーを煩わせないように世話をし、かつ有事の際には安全の確保する役割―――――として屋上に配置された。

「まあ、改めてよろしくな。衛宮」

「ああ。こちらこそよろしく。上手く出来るか分からないけど、がんばるよ」

「初めての物事に失敗はつきものだ。今回は別にそんなに気負わず、敵を見つける事に専念すればいいんじゃないか?」

「ありがとう。そう言われると気が楽になるよ」

挨拶を交わしていると、遊佐からトランシーバーに合図が来た。

「………こちら遊佐。応答願います」

「………こちらB班。定刻通り所定の位置に付いた。次はどうすればいい?」

松下がトランシーバーに向けて応答する。
松下が出てくれた事に、心の中で少し安堵する。
正直、まだ遊佐の事は心の整理が出来ていない。

「………B班はその場で待機。その後別のチームを発見次第、射撃してください」

「………B班了解。これより哨戒活動に入る」

「………本部了解。新しい情報が入り次第連絡を入れるのでトランシーバーの電源は切らないで下さい」

本部との交信を終え、一息入れる松下。
感情の読めない遊佐が相手だと、少し緊張するようだった。

「なあ、松下」

「ん?何だ?」

「いや、その、もし射撃をする時にいきなりトランシーバーが鳴ったらびっくりして照準を外すかもしれないから、少し音を小さくしてくれないか?」

「ああ、何だそんな事か。分かった」

トランシーバーの設定を弄くり始める松下。
何も疑わないその態度に、少し心が痛む。
先程言った言葉は別に嘘ではないが、それ以上に心の整理が付くまで遊佐と会いたくない気持ちがあった。

任務に私情を入れる事への抵抗感もあったが、今遊佐と直接話せば自分が何を言い出すか分からない。
そして感情に身を任せて話せば、恐らくどちらにもよくない結果が訪れる事が予測できる。
それだけは避けないといけない。

「たぶんこれでよし、と」

どうやら松下のトランシーバー設定が終わったようだ。

「悪いな。無理言って」

「こんな事、無理でも何でもないさ」

なるほど、皆が松下五段と敬意を払われているだけはある。
頼れる兄貴分といった感じだ。

「さて、雑談もいいが、そろそろやらないとゆりっぺに怒られる」

「それもそうだ。それじゃあそろそろ始めますか………」

手に提げていたトランクケースからライフルを取り出し、掛け紐を首からかける。
松下はどこからともなく双眼鏡を取り出し、辺りを睥睨する。

「衛宮は双眼鏡を使わないのか?」

「ああ。俺はちょっとばかり目がいいから。双眼鏡で範囲を減らすより効率がいいんだ」

と言ってもこんな事は気休めだ。そう簡単に見つけられるはずが………。

「来た!」

松下のその言葉に、急いで方向を確認する。

「そんな馬鹿な!いくらなんでも速すぎる!」

松下の示す方向を見れば、確かに女生徒が………って、アレは!

「麻婆少女……?」

そう、アレは確か宇多田さんの所でひたすら麻婆を食べていた少女だ。
彼女もサバゲーに参加していたのか。

「麻婆少女?何を言っているんだ。アレは天使だ」

「…………………………………え?彼女が……………天使?」

言われて、よく見直す。
小柄で、かわいらしく、無表情で、色素の薄い髪と肌。
どこからどう見ても、戦線の大敵となるような人物には見えない。

「見かけに騙されるな。あんな姿でも常人では計り知れないほどの力を出す」

護衛も付けず、銃で狙われるなんて思いもよらない様子で黙々と歩いて行く天使。
自信の表れなのか、それとも本当に考えついていないのか、その様子に演技の臭いは感じられず、何の気負いも感じられない。

しかし、いくらなんでも遭遇が早すぎる。
この位置に配置を言ってきたのは………遊佐だったはず。
何故こんな的確な位置が分かった?これは偶然なのか?それとも………。

「こちらB班!天使発見!天使発見!これからどうすれば………何?射撃?だが人数が…………ああ……そうだが……………わかった。これより射撃を開始する」

松下がトランシーバーに向かって対応している。
どうやらこの状況で射撃しろとの事だ。

「できるか?衛宮」

「…………できるかできないかで言えば、できる」

彼我の間は目視で凡そ100m。
ゆりからのお達しでスコープは120mで合わせてあったから、そこまで難しい事じゃない。


けど、問題は。



俺に、人が撃てるのか、と言う事だ。



銃身を手すりの上にしっかりと置き、ライフルの重さを全て手すりにかける。
右腕はグリップを握りしめ、余った方の手で銃床を肩に引き付ける。
スコープの視界を調整し、ボルトを引いて薬室にペイント弾を送り込む。
スコープのサイトを覗きこみ、十字を彼女の頭に合わせる。

手が、震える。

これは本物の弾ではない。そう分かっていながら、引き金を引く事ができない。
人に、人の形をした者に、武器を向ける事を体が拒絶している。
アレが、アレが戦線の敵なのだ。そして今、自分はその敵を引き金を軽く引くだけで倒す事が出来る。

しかし、アレが、彼女が、いったい何をしたというのだろう。
彼女が戦線のメンバー達を倒したというのなら、それはこちらだって同じ事。
むしろ一対多数で戦っている分、こちらの方が悪く見られる。

たとえどんなに相手が強かろうが、一人に対して複数の人数で立ち向かう事は卑怯なのだ。

迷うな。

それなのに今俺は卑怯にも不意を打って彼女を倒そうとしている。

迷うな。

そうでもしないと勝てない相手とはいえ、俺は……

迷うな。

俺は…………っ!

「あ」

敵が――――天使が、こちらの存在に気付いた。
いや、後から考えれば、そんな事はなかったのだろう。
恐らく風が流れてきた方向を偶々見た、とかそんな他愛もない事だったのだろう。

しかし、その時の俺は動揺していた。
その視線が、こちらのスコープを覗いていると勘違いするほどに。

結果、俺は早まった。引き金にかけていた指が、驚きで引かれてしまった。
動揺して照準のずれた弾は、当然の事ながら標的には当たらず、天使の近くの地面に小さな穴を開けただけだった。
肩に残る反動の感触と、硝煙の香りに少し茫然となる。
しかし呆っとしている時間はなかった。

銃声自体はサプレッサーのおかげで聞こえなかったようだが、地面についた跡で大体の位置を特定したのだろう。こちらに猛スピードで走りこんでくる。

いけない。このままでは……

距離という優位を失ったスナイパーの末路は散々聞かされた。つまり、敗北だ。
こちらの位置を特定され、猛烈な勢いで迫ってくる以上、戸惑う事即ち死へと直結する。

戦いへの疑問と人の姿をした者を撃つ嫌悪感を一先ず心の底へと沈め、頭を戦闘用に切り替える。
とりあえず猛スピードを止めるため、威嚇の一射を加える。

当たれば御の字、せめて速度を落としてくれれば……
しかし、相手はそんなに甘くはなかった。

天使は走りを止めずに腕から剣をだし、虚空を鋭く切りつける。
無造作に切り捨てたかに見えた天使の剣は、しかしその実俺の放った弾丸だけを正確に見極め、払い落す。

「なんて奴だ……」

矢払いの術、というのはたしかに存在する。
自分の方向へ向かってくる矢だけを正確に打ち払う術の事だ。
西洋から東洋まで、古代から近代に到るまでそう言った話には枚挙に暇がない。

しかし、それはあくまで弓矢の話である。

音速を超える銃弾を視認し打ち払う事は、もはや矢払いの術と言うべきではない。神業だ。
そもそも、矢払いの術でさえ、普通の人間にとってすれば神業なのである。
自分に向かってくる矢を見据え、取り乱さずに打ち払う。
反射神経や度胸の問題ではない。技の問題でもない。半分運だめしの様な物だ。

それが、弓ですら難しいそれを銃弾で、しかも軽々と行う。
これだけで、いかに天使が異常な力を持っていて、油断するべきではないという事がよく分かる。
戦線が毎回手を焼いているというのも、無理からぬ話だ。

しかし今はそんな事に感心している場合ではない。
このゲームにおける死の代表とでも呼ぶべき存在が、その恐るべき脚力を持ってして襲いかかってきているのだから。

「おい、まずいぞ……すごい勢いで走ってくる」

隣で俺と同じようにスコープを覗いていた松下が、ぽつりと不安を押し隠してそう零す。
確かに天使は見る間にどんどん近づいてくる。
俺のライフルは弾かれ、松下のサブマシンガンでは届きそうにない。
だったら………

「逃げよう」

「は?」

何を言っているのか分からない。そんな顔をして、立ったまま呆ける松下。

「だから、逃げよう。他に手段なんてない。このままだと、確実に俺達はやられる」

「逃げるって、逃げてどうするんだ」

「勘違いするなよ。俺達の最終目標はこのサバゲーに勝つ事だ。天使を今ここで倒す事じゃない」

「それはそうだが……」

渋る松下を余所に、ライフルを片付け逃げる準備をする。
ここで言い合っている間にも、天使は校舎に入り階段を渡ってこの屋上へと来るかもしれない。

「早く逃げないと……今ならまだ校舎の中で遭遇する事は避けられるかもしれない」

「一応ゆりっぺに報告を……」

「そんな事は後でも出来る!今はとりあえずここから逃げないと…」

「その必要はないわ」

背後から、突然の声。
童女のような、それでいて感情を排した無垢な声。文化祭開始を告げていた、生徒会長―――天使の声。
だがそんなはずはない。
今、天使は下にいる。この下に。校舎の下に。
だけどここは屋上で、俺はフェンスを背にしている。
壁に階段なんて物は付いてない。登れる訳がない。錯覚だ。

「だって、貴方達はここで敗れるのだもの」

けど、耳を打つこの澄んだ声が、頭に染み入るこの声が、錯覚であるはずない。
アリエナイ。アリエナイ。アリエナイ。アリエナイ。アリエナイ。アリエナイ。
現実から目をそらすな。後ろを見ろ。そしてその目で確認しろ。
彼女の姿を。死神の――――天使の姿を。

「ごきげんよう」

状況を理解していないかのような、軽く優雅な挨拶。
しかしその綺麗な声とは裏腹に、天使の顔はこれ以上はないと言う程の無表情。
遊佐も無表情だが、天使は更にその上を行く。

「そして」

持ち上げられた右手には、銃でのみ失格と認めるというルールからか、手から出ている剣ではなく、腰に吊り下げたホルスターから抜き出された拳銃が握られていた。
天使の小さな手に握られた拳銃は、照門と照星と目を一直線にし、小揺るぎもせず俺を狙う。

「さようなら」

引き金に触っている指に力が込められる。
後ほんの数ミリ指を動かせば、その瞬間俺の体は真っ赤に染まる事だろう。

まずい。まずい。まずい。まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい

頭の中はそんな言葉でいっぱいなのに、体は痺れたように動いてくれない。
初めて感じた死の恐怖に、足が竦む。

………………初めて?

武器を突き付けられ、絶体絶命のピンチに陥ったのが、初めて?

本当に?

いや、 俺は、 たしか、 どこかで、 ?

しかし思考している間も天使は待ってくれない。
無情にも引かれた引き金によって、拳銃から飛び出した銃弾が俺を……

………あれ?発射……されていない?

よく見ると、天使は引き金を引いてはいない。いや、引いてはいるものの、その速度が圧倒的に遅いのだ。
何だこれは。天使が遊び心を起こしたとでも言うのか。
しかし聞いた話では、天使は相手を嬲る様な事は今までなかったと聞く。
では……何故?

とりあえず射線から逃れようと体を捩ろうとするが、思うように体が動かない。
頭だけが焦って空回りする。
そこで、初めてこの現象の正体に気付く。

天使が遅くなっているのではない。
俺の認識する速度が格段に速くなっているのだ。

そう気付いた瞬間、頭に激痛が走る。
脳内の神経を剥き出しにされて熱湯に叩き込まれたような、耳の中へと溶けた鉛を詰め込まれたような、そんな感覚。
耐え難い痛みに、呻き声を出そうにも、それさえも遅い。

一秒の何分の一の時間のはずなのに、無限にも思える時間の果てに、頭の中に一つのイメージが浮かぶ。

撃鉄が上がる。
神経にナニカが流れこむ。
頭の何処かが覚醒する。

全てを得たかのような全能感と、呑まれれば死ぬという恐怖感。
相反する二つの感覚が俺を襲い、苛む。

そこでようやく天使が引き金を引き切った。
銃口から銃弾が飛び出る。
それはたしかに恐ろしいスピードを出しているのだろう。
しかし、今の俺の前では子供が投げる弾より遅い。

筋肉の引きちぎれる音が体内に木霊するが、そんな事は構わず無理に体を動かす。

バァン!

俺が射線から逃れた後に、銃声が屋上に木霊し、銃口から噴き出る硝煙が風に揺らめく。
煙が晴れ、薄いベールに隠されていた天使の顔が明らかになる。
常に無表情だった天使の顔が、少し、驚きを帯びた。
当然だろう。倒したと思った相手が、無傷でそこに立っていたのだから……!

「………外した?」

そう天使が呟いた時、松下がサブマシンガンを腰に構え、銃弾をばら撒く。
毎分300発の銃撃が猛威を振るう。
しかし、その素早く攻撃を察知した天使は、瞬時に後ろへジャンプする。
屋上の地面がペイントで赤く染まる。
恐ろしい程のジャンプ力で銃弾をかわした天使は、上手い具合にフェンスの向こう側へ降り立ち、日輪を背にこちらを見る。
この距離では一気に近づくとしてもフェンスが邪魔になり、すぐには来られない。

「………形勢、逆転だな」

既にあの全能感は消えていたが、サバゲーが始まった時に支給された拳銃を向ける。
同時に松下もサブマシンガンを向ける。
いくら剣で銃弾を弾けようと、同時に二方からの攻撃は捌けまい。

「………どうやって銃弾を?」

「……さぁ。自分でもよく分からない」

たしかに自分でもよく分からない事ばかりだった。
急に頭が痛くなり、視界が減速し、弾丸をかわした。
それを聞くと、もう用はないとばかりに背を向ける。

「待て!」

その言葉は、落ち行く天使を心配しての言葉だったのか、ただ獲物を逃がしたくないが故の言葉だったのかは、今となっては分からない。しかし前者の場合、その心配は杞憂だった。
そして、どうやって壁を登ってきたのかも判明した。

そう。ハンドソニックを使ったのだ。

登りは突き差しながら駆けあがり、下りは落ちる一歩手前で壁を突き差し落下の威力を低減させたのだった。
フックの代りがあったとはいえ壁を登る事のできるその脚力と、威力を低減させたとはいえ落下の衝撃に耐えたその頑丈さには、敵とはいえ見事という他はない。

しかし、いくら相手に感嘆した所で、相手が帰ってくる訳ではない。
ライフルはもう戻してしまったので、すぐには出せない。
仕方なく、手にしていた拳銃で追撃を行う。
しかし、所詮は射程範囲10mほどの小火器。驚きの脚力で走り去った天使を前に、豆鉄砲ほどの役には立たなかった。

「………居場所がばれた。速く移動しないと」

天使を逃がしたという事は、相手にスナイパーが此処にいるという情報を渡してしまったに等しい。
早いうちに移動しておかないと、敵の対スナイパー部隊が強襲してくるだろう。

「…………いったい、何をしたんだ?」

俺にはさっぱり何が起きたか分からなかったと、松下が呟く。
そんな事、

「……俺が知りたい」

俺の体に何が起こったのか、今も残るこの鈍痛は何か、頭に思い浮かんだあのイメージはいったい何なのか。
俺が知らない俺の記憶。そこに、全ての答えが隠されているのかもしれない。
けど、今はそんな事よりも移動を最優先させねばならない。
でないと天使を撃退したことも全て水泡と帰す。

「急ごう。もしかしたら、今にも相手がやって来るかもしれない」

松下は、何も言わなかった。



[21864] 学園祭編 ~サバゲー予選~ 二、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/02/05 22:36
SIDE:直井



「暇だ」

「は?」

荒涼とした校舎の廊下に、間抜けなNPCの声が響き渡る。

「二度も同じ事を言わせるな。暇だと言ったんだ」

「えぇっと……しかし、それが今回の仕事なのでは?」

「やかましい!NPC風情が口答えするな!」

(…………NPCって……何だ?)



その日、神である僕は旧校舎の屋上で愚かな獲物が罠にかかるのを待っていた。

巣を張り蟲を狙う蜘蛛のごとく、ひっそりと愚民共を狙い撃ち続けて早40分。
仕留めた人数は五人に上るが、ここ十分で一人も来ないとあってはいささか退屈が過ぎる。

「そうだ貴様。今そこで踊れ。神への感謝の舞を捧げろ」

「………急に踊れって言われても無理ですよ。副会長」

「ふん!愚民ごときに大層なものは要求しない。いかに低能でも盆踊りや阿波踊りの一つくらい出来るだろう」

「えぇ~。何と言う無茶振り……………はいはい分かりました分かりましたからその銃こっちに向けないで下さい暴発したらどうするんです」

「ふん。その時は貴様の頭が吹っ飛ぶだけだ。さぁ、無様に踊って見せろ」

「はぁ………なんでこんな人の下にいるんだろ、俺………えー。たしか………えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ……」

「もういい。見るに耐えん」

「アンタがやれって言ったんでしょうが!」

しかし暇だ。
所詮NPCはNPC。犬でも芸で人を楽しませるというのに、それすらもできんとは。
まぁ、隣で怒鳴っているNPCも不快だが、それ以上にただ待つしか出来ないこの状況の方が不満なのだが。

立華さん―――生徒会長はメインアタッカーなのであちこちに出かけられるからいいものの、スナイパーであるこの僕はどこにも行けず、ただ愚民共を撃ち続けることくらいしか出来ない。

「それにしても現れませんね。他の連中」

愚かなNPCが、見れば分かるような事をわざわざ口に出して言う。
余りにも馬鹿馬鹿しい。そんな当たり前の事を一々言うなと怒鳴る気も失せてくる。
なんで僕はこんな愚物を飼っているのだろうな。

とりあえず隣の阿呆は無視してグラウンドを見渡す。

この場所は地図から見て校舎全体の三分の一を見渡せる好条件で、狙撃する場所に適していることは誰の目にも明らかだ。
故になるべく早い段階でここを占拠するようNPC達に通達したのだが……どうやら相手はそんな事も分からない馬鹿どもの集まりらしく、NPCが来てからも誰かが屋上へと立ち入ることはなかった。

現状況は実に上手くいっていると言ってもいい。
フフフ。まぁ僕は神だからな。全てが僕の盤上で動くのは当然の事なのだが。

しかし、マンハントも中々に面白いものではある。
撃たれた後も何が起こったのかわからずに呆然としていた奴らの顔。
そして何が起こったかわかった後の口惜しがりようといったら…………愚民にふさわしい間抜けっぷりだ。



そんな間抜けな奴らを見ていたせいだろう。あいつらを見かけた時も、また間抜けな獲物が罠にかかったくらいにしか思わなかった。

「副会長!誰か来ました!A校舎側から二人です!」

その声に、呆けていた意識を鋭敏化させる。
このNPCは人を愉しませる事には向いていないが、単純な作業ならきっちりとこなす。

焦らずにライフルを言われた方へと向ける。
……………いた。赤毛とデブの二人組みが、間抜けな面を晒しながら反対側へと歩こうとしている。

「ふん。馬鹿が馬鹿面を引っさげてのこのこやって来たか。飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ」

照準を先頭の赤毛に合わせる。

「風速と距離」

傍らに立つNPCに、言葉少なく必要な事項を問う。

「風は東から吹いていますが無視できるレベルです。距離は……ざっと100と言った所でしょうか」

弾道は重力によって曲がっていく。
それは距離が遠ざかれば遠ざかるほど激しくなり、目標との差は広がる。
故に狙撃する上で、風と距離は確実に知っておかなければいけない事だ。

「距離は百、か」

だとするなら……この位か。

スコープ内の十字を、間抜けの顔より三センチほど上に合わせる。
これで奴の間抜けな顔面に、真っ赤な花を咲かせることができるだろう。

こんな遮蔽物のない所で呑気に歩いている愚か者どもに、敗北という名の教訓を与えてやる。

後引き金を数センチ引く。それだけで先頭の赤毛は敗退し、後ろの奴も遠からずこちらの餌食となる。

………………………………ハズだった。

「なっ!」

思わず、引き金を引く手が硬直する。

落ち着け。僕は神だ。神は何があっても動じない。



そう。



例えスコープ越しに、獲物と目が合ったとしても。



「どうしたんですか、副会長」

こんな時にも呑気なNPCの声が煩わしい。
今は貴様なんぞにかけている時間はないというのに。

落ち着け。冷静になれ。そうだ。実際目が合った訳じゃないのかもしれない。
恐らくただ風の流れてきた方を向いただけ………っ!

「あっ!奴らが急に走り出した!」

うるさいそんな事は言われなくてもわかっている!
しかし今は怒鳴っている時間さえも惜しい。
ずれた照準を急いで直す。しかし走っている人間に弾を当てるのは至難の技だ。

だが神になら、僕にならできる!

はやる鼓動を落ち着かせ、神経を集中させる。
狙撃に必要なのはこの集中力と、針の穴を通すような慎重さ。そして何事にも動じない不動の精神。
この三つがあれば、あの間抜け面をブチ抜く事など造作もない。

震えそうになる手を押さえ、慎重に狙いを定め、レンズの十字を調整する。
五倍に拡大された視界が、赤毛の顔を映し出す。
生意気そうに釣り上った眦に、鍛えているであろう躍動する肉体。
どこを見てもむかつく愚民だ。

「早く!早くしないと奴らが!」

神であるこの僕をコケにした罪は重いぞ……

「ああ!何やってんだ!早く!早く撃たないと!」

その鬱陶しい面を真っ赤に染めてやる……

「ああ!もう!これが終わったら、会長に言って配置換えてもらいますから……」

「うるさい!少しは黙ってろ!」

いつまでも口の減らないNPCの顔面をぶん殴る。

「いつも!邪魔ばかり!しやがって!話しかけたら!集中が!途切れるだろうが!」

ライフルを引っ掴み、倒れたNPCに振り下ろす。

「狙撃をしようと!している!スナイパーに話しかけるな!」

ライフルから身を守ろうと身をよじるNPCの背に、踵を思い切り振り落とす。

「そんな事だから!貴様は!うだつが!上がらないんだ!」

散々NPCを殴りつけた後グラウンドを見れば、すでに連中はどこかへ行っていた。

「貴様のせいで!獲物を逃したじゃないか!このクズめ!」

もはや死体のように動かないNPCの腰に腕を回し、止めとばかりにジャーマンスープレックスをかける。

「……ギブギブ………もう無理…………………おれ、このゲームが終わったら………生徒会やめるんだ…………ガハッ!」

NPCの戯言を無視し、先ほどの連中のことを考える。

たしかに狙撃に失敗した直接的な原因はNPCにあるが、初めの狙撃が撃てなかった理由はあの赤毛にある。
偶々顔を向けた先がこちらだった、という可能性はあり得ない。
奴の視線はぶれなかったし、こちらを“視て”少し呆けたような顔をしていた。

ここからあそこまでは、おおよそ100メートル程離れている。普通の者は見えたとしても“点”くらいにしか思えないだろう。
しかし、奴はその距離をものともせずに“点”を銃と判別した。
信じ難い事だ。今まで狙われていると言う事を撃たれてすら何が起こったか分からない者しかいなかったのに、奴は撃たれる前に狙撃を察知したのだ。

頭抜けた視力の良さと、危険を察知するあの直感。
そして引き金を引く手が止まったほんの一瞬を見逃さず逃げ出した判断力の高さ。
生意気そうな見た目とは裏腹に、厄介な奴だ。

もしかすると、今回のサバゲーで一番注意するべきなのは、あいつなのかもしれない。

「よくも神聖なこの僕の顔に泥を塗ってくれたな……この屈辱、覚えておくぞ、赤毛」

しかし、古来より神に逆らったものの末路は決まっている。


死あるのみだ。



[21864] 学園祭編 一、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/02/05 22:36
第三コート 奥



『ピンポンパンポーン。ただいまを持ちまして、予選会を終了いたします。生き残ったチームは、所定の場所に申請しに来て下さい』

広がる青空の下、チャイムの音と共に、予選終了の合図が鳴り渡る。

「「お、終わったぁ」」

その音に、思わず松下と共に地面にへたり込む。
少し情けないな、と思わないでもないが、今くらいは大目に見てもらいたい。

「人間、やれば出来るものだな」

背中越しに、松下が話しかけてくる。
向こうも疲れているのだろうが、それ以上に達成感に満ちているのだろう。

「ああ。変な仮面被った変態が奇声を発しながら襲い掛かってきたときは、さすがにどうなるかと思ったけど」

「まったくだ。何て叫んでたっけか…………うまうー?」

「ああ……そう言って倒れたな。あいつは」

まあ、それはともかく、こうして無事に予選は超える事ができたのだから良しとしよう。
それに、これで高松への義理も果たした。
きっともう高松も回復している事だろうし、本選は俺が出なくても大丈夫だろう。

けど、思えば本選にでない理由が俺にはあっただろうか。
そう、例えば出し物を見てくれとか、曲を聴いてくれ、とか。
そんな………事を………言われた………ような………。

「…………悪い!俺用事を思い出した。ゆり達にそう言っておいてくれ」

「え?あ、おい!」

ライフルをカバンに詰め込み、引き止める松下の声を振り切って通りへと躍り出る。
目指すは体育館でのガルデモライブ。サバゲーに気をとられ、すっかり忘れていた。

けど、走っていけば何とか開始までに間に合うだろう。
そんな楽観的な考えは、大きな通りへと出た瞬間、霧散した。
サバゲーによって隔離されていた空間を一歩出れば、そこは多くの人が行き交いする歩行者天国。
そのあまりにも多い人の群れに、一瞬立ち止まる。

道の端には出店が並び、通りにはアーチがかかっている。
トウモロコシの焼ける香ばしい香りや、タイ焼きの焼きあがる甘い匂いが漂った通りは思った以上に人があふれ、雑然としている。
しかし、今ここで歩みを緩めれば、きっと岩沢達のライブには間に合わないだろう。

人込みを掻い潜る決意をし、足を動かす。
見渡す限りの人の中、隙間を見つけながら急いで走る。
しかし、ただ走るだけでも気を使わざるを得ず、時折人にぶつかり文句を言われる始末。

(とりあえず、第三コートを抜ければ………)

すみません、と謝りながら、人を掻き分け前進する。
走りに走り、グラウンドの端の方まで来れた時、多すぎる人の熱気によって、こぼれた汗が目に入る。
立ち止る事すら億劫で、走りながら服の袖で汗を拭う。

「ちょっとそこの人どいてぇー!」

そんな中突如、少し幼いような声が上から響く。
……………………………………………………上?
その声に惹かれるように、上を見上げ………思わず、棒立ちになる。
だって、誰が想像できただろう。

空から、女の子が降ってくるなんて。

「ごふッ!」

受け止めようと手を伸ばし、受け止めようとするが、失敗。
女の子諸共に通路の上に倒れ付す。

「いたたたた……もう!どいて!どいてって言ってるでしょ!」

ぶつかった拍子に痛めたのだろうか、腰の辺りをさする少女。
ピンク色のフリフリの衣装に、手には変な形のステッキを持っている。

「わ、悪い。そんなつもりじゃあ……」

そこでふと気付く。あれ?こいつって………。

「すみません。大丈夫ですか?」

その時、横から声がかかる。
こちらはブルーを基礎とした似たような格好に、また変なステッキを持っている。
背は目の前の子よりは少し大きいが、たいした差はない。
けど、どこか大人びているような、達観しているような、不思議で、静かで、少し遠慮がちな声で語りかけてくる。

「ごめんなさい。ちょっとそこで劇の予行練習をしていたもので……」

「あ、いや。俺も不注意だったし……」

変な格好(ブルー)のまま謝ろうとする子を止めようとするが、先に変な格好(ピンク)が遮る。

「いいのよ美遊。こんな言っても聞かない奴………って、よく見たらアンタ!」

驚愕したようにこちらの顔を見る変な格好(ピンク)。この反応はやっぱり………。

「………………えーと。もしかすると、弓道部の?」

キャー!と身悶えするように地面を転がり回る部員A。
あー………やっぱり。
どこかで見たような顔だと思った。
けど、そんな格好で地面を転がりまわると、パンツ見えるぞ?
まあ、俺は落ちてくる時に見えたから既に柄を知ってるんだけど。

「………知り合いなんですか?」

「ん?ああ、知り合いと言うか何と言うか……うん。部活関係でね」

曖昧に言葉を濁しながら、最適な言葉を考える。
そもそも、コイツと俺の関係など、別にたいした物ではない。

「知り合いが弓道部の部長と友達でね。そのツテで会った事が一回あったんだよ」

そう、特段何もなかった。
ただ、コイツが最後に意味深な言葉をちょこっと言っただけの話。

「へぇ………弓道部で……………弓道部?」

自分の言葉にハッとなったようにこっちを観察し始める変な格好(ブルー)。
いくら可愛い顔立ちをしているとはいえ、そんなにジロジロ見られると居心地が悪い。

「その……何してるの?」

「…………あ……………そ、そのっ!すみません!」

顔を真っ赤にしながら急に距離をとる。
その態度はその態度で結構傷付くんだけど………。

「あの、ちょっと、失礼します!」

言うが速いか、部員Aを端の方へ連れ去り、何やらもぞもぞと喋りだす。

「なんで………に?……………れは………たしかに……………」

「だから…………で……それで………なの。……………って言う訳」

「けど……………………でも……………………………うん…………………通りにする」

途切れ途切れに聞こえる言葉からは、どこか不安げな響きを持っていた。
その事も気になるけど、まずいな。このままだったら演奏が始まってしまう。
しかし、このまま放って置くわけにもいくまい。なにせ自分が当たってしまったのだから。

「あー。その、何をするにしても、少し急いでくれないかな。この後予定があるんだよ」

俺がこんな事頼める立場にあるか分からないけどさ、と付け足す。

「もうちょっと!あと数秒待って!」

部員Aが叫ぶ。
道の脇にある出店の置時計で時刻を確認する。
うん。まだぎりぎり大丈夫かな?

「おまたせー」「おまたせしました」

どうやら会議は終わったようだ。

「で?結局なんだったんだ?」

「そ、それh…「ちょっと説明してただけよ。男だったら細かいことは気にしない、気にしない」」

無理矢理話を打ち切られた……別に細かいことではない気がするのだが……。
まあ、聞かれたくない事なのだったらしょうがない。
女の子なのだから、聞かれたくないことの一つや二つはあるのだろう。

「……まあ、いいけどさ。けど、これは説明して欲しいんだけど………その格好、何?」

先程何やら劇がどうのと聞いたが………その格好で?

「こ、これは……その…………厳正な審査に基づく、厳正な抽選の結果、と言うか何と言うか……」

「……ようするに、くじ引きではずれを引いちゃったって事か………ご愁傷様」

「な、なによ!べ、べつに、悔しくなんてないんだからね!」

「そ、そうですよ!わたし達二人とも主役なんですから。お兄さんに一番見られる位置という訳です!」

「は、はぁ!?美遊、ア、アンタ、何いいいい言ってんの!べ、べつにコイツに見られるために主役になったわけじゃあ……」

劇の疲れが出たのだろうか、部員Aの顔は赤く、視線もフラフラと泳いで安定しない。
と言うか、お兄さんってなんだ。

「おい、大丈夫か、顔が真っ赤だぞ。少し休んだ方が……」

「う、うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!そ、そもそもアンタがぶつかってこなかったら………もういい!もう知らない!美遊、行こっ!」

そして、ふっと顔を背け、さっと駆け出す。
美遊と呼ばれていた少女は、その様子を見てどうするか少し逡巡し、部員Aについていく事に決めたようだ。
最後にこちらを向いて一礼し、追っかけていく。

「ちょっと待って……ィヤ!」

最後の方の言葉は、風に紛れて聞こえなかった。


走り去ってしまった二人を見据えつつ、先程の遣り取りを反芻する。
結局あの二人は何が言いたかったのだろう。

…………………劇があるから見にきてね、と言う事だろうか。
まあ、何も予定がなかったら行ってみるのもいいかもしれない。
あの服装でどんな劇をするのか、興味がないでもないし。

その時、時計の鐘が、時を告げた。
キーンコーンカーンコーンという、学校特有のどこか間抜けな雰囲気を思わせる音が、校内に響く。
時計を見れば、もはや彼女達がステージに立つ頃合。
嵐のような二人組みに気を取られ、時間を忘れるとは………不覚。
とりあえず急ごう。行った時にはすでに遅かった、なんて笑い話にもならない。




学習棟前 階段



「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ………!」

変な事で時間をとりすぎた。
もしかすると、もう終わってしまっているかもしれない。
それでも、一縷の望みを賭けて階段を上る。
周りの奴らが、邪魔そうな目を向けてくるが、今はそんなことに関わっていられない。

上り、上り、上る。
普段、そんなに苦にしていなかった階段が、今となって牙をむく。
少し足を止めたとはいえ、酷使した体はあまり言うことを聞いてくれない。
ふとすると、足を止めてしまいそうになる。

でも、それでも足を止めないで、諦めないでいられるのは。
白い目を向けられても、挫けないでいられるのは。
ここまで、届いてくるからだった。
彼女の、彼女達の、歌が。


“find a way ここから song for 歌うよ”


階段を上りきり、体育館へ走りこむ。
大腿筋は既に悲鳴を上げ、全身汗まみれだ。

体育館の扉をバタンッと開ける。けど、誰もこちらに注意を向けない。向けられない。
会場に入るや否や、歌声と共にムワッとした熱気が吹き寄せ、一瞬躊躇する。


“rock を響かせ crowと歌うよ”


目の前に広がる圧倒的な人混みの中を、かき分けるよう進む。
人込みの中は汗臭く、掻き分ける手は誰とも知らぬ人の汗にまみれ、少し気持ち悪い。


“いつまでこんな所に居る? そういう奴もいた気がする”


前へ、前へ、前へ、前へ。
岩沢たちが見える、この先へ。


“うるさい事だけ言うのなら 漆黒の羽にさらわれて消えてくれ”


歌ももはや佳境という時に、なんとか岩沢達の見える場所までたどり着く。
サーチライトがステージを踊り、音が会場内を反射する。
そのステージの真ん中で、岩沢が、歌っていた。

マイクを片手に熱唱するその姿は、とても、神々しく見えた。




体育館 裏



ライブも終わり、人々が三々五々に散っていく中、俺はSPみたいな事をしていた奴らから情報を聞き出し、岩沢達に会おうとした。
SP曰く、恐らく岩沢達は裏の水飲み場で休んでいるだろう、との事だった。
手ぶらで行くのもなんだと思い、途中で適当にスポーツドリンクを人数分買い、岩沢達のいるという水飲み場へと赴く。
情報の通り、と言う訳にはいかなかったが、ひさ子が水飲み場の所であたまから水を浴びていた。

「よっ」

「お、衛宮じゃないか」

被った水を拭きながら、ひさ子が返事を返す。
その気さくな態度に、思わず頬を緩ませつつ、ほいっとスポーツドリンクを投げ渡す。

「ん。サンキュ」

タオルを持っていないほうの手で、危なげなくボトルをキャッチ。
しかし先程まで水を飲んでいたせいか、そのままカバンの中へと仕舞い込む。
その様子にちょっと拍子抜けしたものの、まあ別に今飲む必要はないか、と思い直し、先程のライブの感想を伝える。

「さっきのライブを聞いてたけど、その、凄くよかった。なんて言うか、胸にグッと来た。ありがとう」

「な、なんだよ。真顔でそんな恥かしい事言うなよ。照れるだろうが」

ひさ子は顔をプイッと横に向け、ボソリと呟くように言った。
その態度に、意識していなかったこっちも、何故か恥ずかしくなってくる。
そんな空気を誤魔化すため、自分用に買ってきたペットボトルを開け、ゴクゴクと飲む。
冷たい感触が、火照った体にひんやりと心地よい。
全体の三分の一程飲んだあたりで、ペットボトルの蓋を閉める。
冷静になった所で、辺りを見回し他のメンバーを探してみるが、彼女達の姿は影も形もない。

「そう言えばさ、他の連中は?」

「ああ。皆は、楽器の片付けに行ってる。もうそろそろ帰ってくるんじゃない?」

「へぇ。そっか」

そうか。まだ休めてないのか。手伝ってこようかな。

「何だい、その気のない返事は?やっぱり本当の目的は岩沢だった?」

どこかムスッとしたような表情で、ひさ子が告げる。
あれ?さっきまでもう少し機嫌がよさそうだったのに………何故だ。

「いや、そんな事はないぞ?というか、俺が来たのは、ただガルデモの皆に差し入れでもどうかなって思ったからだし」

「差し入れ……ああ、さっきのスポーツドリンク?」

「ああ。ちゃちな物で悪いかな、って思ったけど、今から何か作ってもたぶん間に合わなかっただろうからさ」

むしろ、部員Aとかと話してたせいでライブが見れないところだったし。

「そんな、べつに差し入れなんて無くたってよかったのに。アンタが来てくれるだけで、みんな充分嬉しいさ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、俺って、差し入れだけしかガルデモと関わってないからさ」

「そんな事ないっ!」

唐突に出たひさ子の声に、思わずペットボトルを落としてしまう。
ガラガラとペットボトルが転がり、色んな所へ転がってしまう。

「あ、悪い」

慌てて拾い集めようと地面に屈むと、ひさ子も手伝ってくれた。
散らばってしまったペットボトルを集めながら、ひさ子がポツリと呟く。

「でもさ、もうそんな事言うなよな。確かにアンタの料理は美味しいけど、それだけだったらこうして談笑なんて、しない」

そして、静寂がやってくる。ただ、ペットボトルを拾う音だけが木霊する。
俺は、ばれないようにそっと、ひさ子の様子を窺う。
その目は、前髪に隠れてよく見えなかったが、少し、悲しんでいるように見えた。
ひさ子にこういう顔をさせたのは自分だ。そう思うと、こっちも少し悲しくなる。

「………………………ありがとう」

「え?」

「………いや、なんでもない」

ひさ子の言葉は、純粋に嬉しかった。だから、お礼を言った。
でも、やはりどこか気恥ずかしい。

ひさ子はこちらを呆然と見、そして少しだけ口元に笑みを浮かべながら、

「アンタって、変な奴だね」

と言った。
その顔に邪気はなく、ただふとそう思ったから口にした、といった風情である。

「………なんでだろう。その言葉、よく言われてきた気がする」

今や忘れた遠い過去、どこかで誰かが俺の事をそう評していた、そんな気がする。
それがいったい誰なのか、そんな事は思い出せない。
けど、その記憶を思い出そうとすると、胸が暖かくなる気がする。

「でもさ、そういう事を言うのは、岩沢に言ってやりなよ」

ひさ子は、ホイッと拾った分のペットボトルを渡しつつ、続ける。

「けどさ、きっと岩沢の奴、ふぅんそう、とか言って何でもなさそうな顔してさ、気のない振りをするだろうけど、絶対アイツは喜ぶと思うよ」

「……何で、そういう風に思うんだ?」

俺の言葉を受けてひさ子は、遠い所を見つめるように、ポツリと呟く。

「何でって……そりゃまあ、アタシも一応女なわけだし、同性同士分かることもあるのさ」

その横顔は、どこか寂しげにも、侘しげにも見えた。
俺がその言葉に、何か返事を返そうとしたとき、丁度良い―――いや、悪いか―――タイミングで、彼女達が帰ってきた。

「あれ?あれって、衛宮さんじゃないですか?お~い、衛宮さぁ~ん!」

体育館の裏口の方から、三人がぞろぞろと出てき、三人の中一番先頭に立っていた関根が反応する。
関根自身は無邪気にこちらに向かって手を振っているが、入江はなんでここに?って顔をしているし、岩沢にいたってはこちらの存在に気付いてすらいない。
呑気とすら言えるほど大きく手を振り、こちらに合図をする関根。
思わずひさ子と顔を見合わせ、苦笑する。
ああ、関根ってこんな奴だったな、と。

「衛宮?」

関根の大きな声に、ようやく岩沢が気付き、顔を上げる。
その顔は呆然としていて、何が起こったかよくわかっていないようだった。
そんな彼女の様子にも苦笑しながら、俺は彼女達に向かって大きく手を振った。




[21864] 学園祭編 ~幕間~
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/02/14 20:45
SIDE:遊佐



「納得いかないわ」

電気が消え、午後の日差ししか入り込まない対天使用作戦本部の中で、点滅する画面を見ながら女の人―――ゆりっぺさんが罵る様に吐き捨てる。
彼女が不機嫌な理由はただ一つ。先程の予選会のせいだ。
結果的には予選を通過できたものの、10名のうち4名は被弾。
しかも、その内の2名はゆりっぺさん直轄のメンバーの人で、ゆりっぺさん自身も後一歩という所まで追い込まれたともなれば、それも無理からぬことだろう。

「実戦経験もあって、良い武器を優先的に回させて、遊佐さんというサポーターまでつけたのに、何であたし達は苦戦したの?」

その声は、別に答えを期待してのものではなく、ただ自問自答のための独り言に近かった。
しかし、ここで応えておかないと話が続かないので、おざなりに返事をかえす。

「恐らく、今まで対NPC戦を想定したことがなかったからだと」

今まで戦線は、対天使用の作戦にのみ従事してきた。
それは今までNPCと敵対する理由がなかったからであり、NPCに対し攻撃を加える事をゆりっぺさん自身が禁じていた事とも関係がある。
しかし、今回の作戦では、ペイント弾とはいえNPC相手に武器を向ける事が必要になった。

今まで銃を向けてはならないとされていた者に、急に銃を向けろといっても普通戸惑うものだろう。
例えるなら、昨日まで崇めていた石像を、突然これはただの石に過ぎないと言われるようなものだ。
正当な理由があると分かってはいても、無意識のうちにNPCは撃ってはいけないと染み付いている以上、一瞬の躊躇いが生じる。
そこが、命取りになったのだ。

「本当に?本当にそれだけなのかしら」

しかし、それでは納得いたしかねるのか、ゆりっぺさんは険しい顔を変えないまま、眉間によった皺を揉み解し、何事か考えている。
そしてゆりっぺさんは初めて画面から目を逸らし、決然と私の方へ顔を向けた。
その目には、思考と、疑惑と、不安があった。

「私のグループは初めの一時間だけで、4回も敵チームとであった…………これははたして偶然なのかしら?」

まるで偶然とは思っていなさそうな声で、話を続ける。

「仮定の話だけれど、もし………もし、誰かが、戦場にいるあたし達の居場所を逐一ばらしていたのだとするならば、こんなにも敵のチームに当った事の辻褄が合うわ」

「……つまり、ゆりっぺさんは何が言いたいのですか?」

私のその言葉に、ゆりっぺさんはきゅっと口を結び、まるで私の反応を見たくないかのように、背を向ける。
その背中は、なるべくなら今から言う言葉を言いたくない、と言っているかのようだった。

「じゃあ、はっきり言うわ…………あの時、あたし達全ての居場所を知っていたのは、遊佐さん。貴女だけなのよ」

―――――― 一瞬で、空気が重くなった。
緊迫した空気の中、どうするか考える。
今、ここでやってしまうべきだろうか………?

「……………………ま、いいわ。今は過ぎ去ってしまった事よりもこれからの事を考えましょう」

そう言うとゆりっぺさんは、何の懸念もしていないというようにさっと機械を操作し、画面を変える。
そこには、メンバーの予選会での働きをまとめたものだった。

「…………………ほら、何やってるの?手伝ってよ」

…………少し、呆れた。スパイの疑惑が掛かっている者の目の前で、こうも堂々と手伝えとは………。
ゆりっぺさんはそう言ったきり画面に向かって仕事を始めた。
部屋にはキーボードを叩く音と、時折呟くゆりっぺさんの声しか聞こえない。

「………………椎名さんは……まあいつも通りね。銃器だけってのがネックだったんだけど、どうにか扱えているようだし…………野田君は……うん。彼もまあ、いつも通りか……………」

淡々と成果を読み上げながら、画面をスクロールさせていく。
その後姿は無防備で、こちらに注意を払っているようにはまるで見えない。
恐らくここで銃を抜いたとしても気付く事はないだろう。

………………今行うべきだろうか。
今ならば周りに目はなく、絶好の機会とも言える。
しかし………。

横目で彼女の姿をちらりと確認する。
いつも被っているベレー帽はどことなくなく萎れ、気のせいか普段より覇気がないようにも感じられる。
果たして私は、こんなゆりっぺさんを前にして………。

私が色んな事を考えている間にも、ゆりっぺさんは黙々と作業をこなしている。
そんな中、ただ傍で突っ立っているだけというのも間抜けな感じがして、近くへ寄って横から画面をこっそり覗く。
ちらっと見えた画面には、赤毛で釣り目な“彼”が映っていた。

「…………お?衛宮君、意外に頑張ってるわね。松下五段と一緒だったとはいえ、一度天使を退けてるわ」

「…………………」

彼の名を聞いた瞬間、不覚にも一瞬、胸が高鳴る。
ただ名前を聞いて、写真を見ただけなのに、胸の高鳴りが、押さえられない。
紅潮しそうな頬を懸命に抑えながらも、表面上は何もなかったかのように取り繕う。

衛宮、士郎。
不器用で、朴念仁で、鈍くて、でも、優しい人。
そして今、私がもっとも関心を寄せている人。

ふと、暖かく香ばしい紅茶と、甘いクッキーの匂いを思い出す。
そういえば、彼とはもう結構会っていない。今頃どうしているのだろうか。
またクッキーでも焼いているのだろうか、それとも女の人とどこかへ出かけているのかもしれない。
そう考えると何故か、胸がキュッと締め付けられるような気分になる。
おかしい。どうしんたんだろう。この世界に病気はないはずなのに。

「遊佐さん?」

無言のうちにも何かを感じ取ったのだろうか、ゆりっぺさんが振り返り、こちらを覗き込む。

「……いえ。何でもありません」

描いていた妄想を掃い、頭を切り替える。
ゆりっぺさんに気付かれるとは………やっぱりあの人の事を考えると調子が狂う。

「……………ええ。大丈夫です」

それでも心配そうな視線を向けるゆりっぺさんを振り払うように、仕事を始める。
今は彼の事を考えるのはよして、目の前の事に集中しよう。
そうだ。まだ時期ではない。もう少し待とう。時期が来るまで。





SIDE:直井



知恵の輪。それは絡み合った二つの鉄片を、知恵を用いて引き離す娯楽。
強固に組み合った金属片は、容易に変形せず、外れない。
その様子は、まるで“奴ら”のようで………。

「――――と言う訳です。………副会長?」

「…………聞いている。話を続けろ」

手元の知恵の輪を弄りながら、視線を向けずに発言する。
本来なら返事する事すら億劫なのだが、今回に限ってはそうもいかない。
何故ならこれは、ボクの神への道の重要な一歩となるからだ。

「んっ……では続けます。先程も言った通り、今回の予選会では二つの実験――――即ち、事故に見せかけた敵メンバーの排除、そして実験中の“例のアレ”の確認を行い、両者とも一定以上の成果を収めることに成功しました。
前者は補充要員がいたせいであまり効果をあげることは出来ませんでしたが、少なくとも一人を排除することに成功。今日の8時位までは起きだす事はないでしょう。
後者については………まあ、言う必要もないかと思います。“アレ”はすっかり役目を果たし、我々を勝利へと導きました」

NPCの言葉を耳に入れつつ、知恵の輪を弄り続ける。
金属製の知恵の輪は、ずっと握っていたせいですっかり温くなってしまったが、未だに外れる気配はない。
どこかでやり方を間違えたのかもしれない。

「副次実験として行った潜入工作は全員が失敗。しかしながら、敵の賭け札―――通称“チケット”の隠し場所は凡その見当はついており、指示があればすぐにでも突撃することが出来ます」

「―――よくやった。これでボクの作戦はまた一歩成功に近づく」

だがまだこれからだ。まだ何も始まってはいない。
地下のアレもまだ完成してはいないし、それに何よりあの男―――赤毛の存在もある。油断は出来ない。

赤毛―――あの得体のしれない、今までの情報に載っていない新人が、最大の障害になるかもしれない、なんて事はほんの一時間前には思いもよらなかっただろう。
しかし、実際に出会い、戦ってみたからには、それも無理からぬ事だと分かる。
あいつは、あの赤毛は異常だ。どこがどう異常なのか、はっきりとした事を言うには、まだ奴の事をよく知らないためできないが、いつか奴の異常性を暴いてやる。
そうして今後の決意を新たにしていると、NPCが何か言いたげにこちらを見つめているのが見えた。

「どうした。もう貴様に用はない。どこへなりとも失せろ」

「……あ、あのっ!……その、副会長」

「何だ。用があるならさっさと言え」

NPCの不審な態度に、ほんの少し、苛立ちを露にする。

「………………………あの、これで、良かったんでしょうか」

「何がだ」

その要領を得ない言葉に、より一層苛立つ。
トロトロとしたしゃべり方は、どうにも気に入らない。

「その、彼らは校則を違反しているとはいえ、立派なうちの生徒です。それを、こんな……」

「何をなまっちょろい事を言ってるんだ。貴様も聞いているだろう。奴らが生徒会長を一方的に嬲る様を」

「しかしっ!向こうにも何か事情がっ!」

「貴様、その言葉、矛盾すると思わないか。あいつらは、ただ風紀を守らない事に異を唱えた会長を、逆恨みで攻撃を仕掛けているんだぞ。
こちらの事情も考慮せず、無秩序に問題を起こし、反省せず、後始末は全て生徒会任せだ。そんな奴らに何を同情する?ボク達のやっている事はただの正当防衛だ」

「でもっ。でもっ!それでも、人が争うなんて、おかしいです!」

もう面倒くさくなってきた。所詮、愚かなNPCに何を言っても無駄か。
まったく。このボクに無駄な時間を使わせやがって。

「違う。ボクは神だ」

「え?」

催眠術を行使する。
NPCと視線を交わらせ、その深層へとボクの命令を届かせる。

「貴様はただの人形だ。言われた通りにしか動けない人形。そしてその人形の持ち主はボクだ。だから貴様はボクの言うことを聞かねばならない」

「………私は、人形。…………ただの、人形」

NPCの目は虚ろになり、ぼんやりとし始める。
催眠術にかかった徴候だ。

「そう。そうだ。貴様はただの人形だ。そして今、ボクは貴様に命令を下す。さっさと下がって次の本選に備えておけ」

「……………はい。わかりました」

そう言うとNPCは素直に立ち上がり、くるりとボクに背を向け入り口へと向かう。
完全に催眠術にかかったようだ。やれやれ。ようやく鬱陶しいのが帰る。
置いておいた知恵の輪に再び手を伸ばし、弄りを再開する。

この知恵の輪は、あと少しという所でいつも駄目になるなかなか厄介な代物だ。
本格的に取り掛かろうと気合を入れると、視界の端にまだNPCの姿が見えた。

「何だ。ボクは失せろと言ったはずだぞ」

「……………」

入口付近で立ち止まっていたNPCは、ただ無言のままにボクを見つめている。
何をしているのかを誰何しようと立ち上がった時、その頬に一筋、涙がこぼれた。
その瞳からこぼれ落ちる雫は、顎を伝わり、その足元へと落ちてゆく。

その涙の軌跡を目で追いながら、何故か無性に苛立ちが湧き、気がつけばボクは手に持っていた知恵の輪をソイツに投げ出していた。
小さい物だったのであまり大きな音は立てなかったが、顔面に当たり、少し、赤く腫れた。

「いいから失せろ!どこへなりとも消え失せろ!早くボクの視界から消えちまえ!」

腕を振り上げながら、激情を露に叫び上げる。
NPCは、知恵の輪が当たった部分を擦りながら、催眠術にかかった者特有の、何を考えているのか分からない瞳をこちらに投げかけたまま立ち去った。

肩で息をしながら、冷静になろうと努める。
荒げた息を落ち着かせながら、投げてしまった知恵の輪を拾い上げる。
それは少し、いびつに歪んでしまっていた。




SIDE:衛宮



「まいったな………」

岩沢達のライブから数十分後、俺は何をするでもなく、ただ立ち呆けていた。

「これからどうするかな………」

岩沢達との会話は有意義なものだったし、面白かったけど、当然の事ながら何事にも終わりは来る。
岩沢たちも女の子。汗をかけばシャワーを浴びたいと思うのも仕様がない事だ。
そういう訳で岩沢達はシャワーを浴びに行き、俺は一人取り残された。
サバゲーの本戦を観戦しようにも、まだ時間が余っている。

うーん。どうするべきか………。


1.うーん。そういえば部長に来るよう言われていたような……。
2.そうだ。劇場に行こう。
3.いや、ここは敢えて遊佐を探そう。
4.面倒くさいし、そこらのベンチで休憩するか。



[21864] 学園祭編 二、
Name: saitou◆bef4fc0e ID:3e74f817
Date: 2011/03/05 23:14
3.いや、ここは敢えて遊佐を探そう。


そうだな。思えば最近遊佐と会っていない。この機会に会うというのもいいだろう。
そして、そうと決めたら即行動だ。時は人を待ってはくれない。
でもまあ、取り敢えずは食事を取ろう。飯を食わねば戦は出来ない。

しかし、どこで取るか。自分で作るには時間が遅いし、何より今日は学園祭だ。せっかく店があちこちにあるのだから、行かない手はない。
とりあえず、道で配られていたパンフレットをもらい、現在位置からもっとも近い店を探す。

「あー。………ここからだと……………ガルデモファンクラブが近いか……」

どうやら学習棟B棟で、ガルデモのライブ感謝パーティーがあるという。
しかも途中からガルデモのメンバーが参加するという公式な物のようだ。
なるほど、さっき話を打ち切られたのはこう言う訳もあったのか。

そう納得しここに行こうと決意する。
こういう祭りの食べ物は味ではなく雰囲気を楽しむものである。
だとすればここは中々に良い所だ。きっととても華やかに違いない。
それに遊佐はガルデモのマネージャーみたいな事もやっていた。誰か遊佐の位置を知っている者もいるだろう。

そう言う訳でB棟に向かって歩き始める。
それが、いったいどんな結果を招く事かも知らないで………。



学習棟B棟 空き教室


「では!ガルデモライブを記念いたしまして!かんぱぁ~い!」

「「「「かんぱぁ~い!!!」」」」

高いテンションと共に乾杯の音頭がとられる。
いつもは空いているB棟の空き教室は、今や結構な人で賑わっていた。

「おう!アンタもガルデモファンなんだろ?こっちで一緒に飲まないか?」

親切にもそう言ってくれる人(NPC?)の申し出をやんわりと断る。
B棟の空き教室はただでさえ狭い教室に多くの人が集まり、混沌とした様相を呈していた。
思っていたよりも人が多く、雰囲気を楽しむよりも先に気分が悪くなってくる。
これもガルデモの人気なればこそ、とポジティブに考えるが、やはり暑苦しいものは暑苦しい。

とりあえず腹が減ったので配給をしていた子からカレーを貰い、適当にあたりをぶらつこうと考える。
どうにもここはガルデモ好きのファン達が好き勝手に集まり、騒ぐための場所であるようだ。
中には興奮しすぎてマイクを片手に歌いだす子もいる。まあ、中々上手い。
カレーも一般的なもので、誰にでも食べてもらえるよう甘口に設定されているが不味くはない。
いや、そんな心遣いを鑑みるならむしろ美味いと言ってもいいかもしれない。

今日は色々あって疲れたので、座って食べようとするが人が多く、どこのイスも埋まっている。
カレーを片手に、うろちょろと探し回るが、空席はない。
こうなったら恥を忍んでさっき声をかけられた所まで戻るか、そう思い、軽く溜息をついていると声をかけられた。

「あー!こんな喜ばしい日に溜息ついてる人がいるーっ!」

耳を劈くような大声で指を指される。
あまりの声に軽く耳を塞ぎながら、声の方へ目を向ける。
そこには、先程までステージの上で歌っていた少女がいた。

「駄目ですよぉ。こんな目出度い日に溜息なんて」

年の頃は、自分より少し下くらい。背は………あまり自分が言えた事ではないが、大きくはない。
戦線の服をパンク風に改造している所を見るに、NPCではないのだろう。
その娘は腰に手を当て、人差し指を立てながら説教をするように話を続ける。

「今日は折角のガルデモライブで皆テンション上がってるのに、一人空気読めずに溜息なんて、許せません!」

「あ、ああ。悪かったよ。ちょっと考え事しててさ」

あまりの少女のテンションの高さに、少し引きながらも返事をする。
少女は俺の言葉を聞き、少し大げさに驚いて俺に聞き返す。

「ええ!?考え事ぉ!?」

「何故そこで驚く」

そんな俺の突込みにも頓着した様子を見せず、ただ微笑みながら軽く流す。
その様子に少し呆れが来たものの、しかしここはそういう場所だったな、と思い出す。
そもそもここは死後の世界だ。人が死を経験し、何もおかしくないという事の方がおかしいのだろう。
…………ん?でもその論法だと、俺自身もどこかおかしいという事になるのか。

「ほら、またそうやって考え込んで。悩み事があるなら、さっさと言っちゃった方がいいですよ。ガルデモのファンは皆家族みたいなものなんです。
そう思うだろ、みんなぁー!」

「「「「「おぉー!!」」」」」

最後の方は、俺にではなく周りにいたガルデモファンに言ったもので、物凄い勢いで返事が返ってきた。
こいつら本当にNPCか?と疑心が広がるが、彼らも見ず知らずの俺のために言ってくれているのだ。その好意を無にするような事はしたくない。

「あー。じゃあ、女の子を見なかったか?このくらいの身長で……髪を上の方に二つ括って、髪の色は金なんだけど……」

「「「「ちっ。リア充かよ」」」」

一斉に大バッシング。
おい。家族がどうとか言う話はどこいった。

「まあまあ、そう言わず。目撃した人とかいないんですか?」

「あー、そんな奴ならどこかで見たような………。たしか………この教室を出て右に真っ直ぐ行った所の突き当りの部屋に入っていった気が、せんでもない」

聴衆の一人が思い出したように発言する。

「本当か!ありがとう!あ、これよろしく」

「え?右に出て突き当りってたしか………」

矢も盾もたまらず、カレーを少女にあげ渡し、走り出す。
まさかそんな近くにいたとは。その思いが、俺の足を駆り立てる。

「あ、ちょっと!カレー!どうするんですかコレ!」

「もう行っちゃったぜ?」

「あーあ。右の突き当りって確か……」

「ああ……。あそこは確か……」

「「「シャワールーム」」」





部屋を出て右に曲がり、突き当りの部屋へ行く。
その部屋は他の部屋とは違い、一切隙間のない密閉された部屋。
こんな部屋に遊佐が何の用があったのか。それは分からない。
しかし、どんな理由があろうとも俺は遊佐に会う。
その決意を新たに、俺は、扉を開けた。

「うわっ、なんだこれ。何も見えない……」

扉を開けた途端に湿気が顔に降りかかり、そのあまりの濃度に一瞬視界が利かなくなる。
ムワッとした湿気を振り払うべく、腕を動かし湿気を払う。
生温い湯気が晴れ、徐々に部屋の全貌が明らかになっていく。
湯気に隠れてよく見えないが、どうやらここは着替え室のようだった。

ここは……着替え室?なんでこんな所に、こんな物が……?

その答えが出る前に、部屋の奥にあった曇りガラスでできている扉がキィッと軋む音を立てた。
その扉に注意を向け、視線を動かした途端、

――――――――湯気より、頭の中が真っ白になった。

「衛宮、さん―――――?」

目に付いたのは、厳かな金の色。
秋の稲穂のように豊かな、それでいてやわらかさを失わない、金の髪。
いつもは高く結い上げられているその髪が、今は無造作に垂れ、水を滴らせている。

「…………………………………え?」

咽喉が痺れ、間抜けな音が漏れ出る。
頭の中が真っ白で、何も考える事ができない。
そんな阿呆のように突っ立っている俺の目の前には、シャワーを浴びていたのだろう遊佐がいた。

「…………………………」

無言が場を支配する。
俺はどうしていいのか分からず混乱し、遊佐はそんな俺を呆然として見つめている。

無言で見つめ合う事数秒。

「………………………その、扉、閉めて、くれませんか?」

始めに現実感を取り戻した遊佐が、恥ずかしそうに顔を俯け、扉で体を隠しながら囁く。
その声で、俺にもようやく現実感が舞い戻る。

「わ、悪いっ!」

急いで外に出、扉を閉める。そして、扉に重心を預けながら尻餅をつく。
ドスンと来る衝撃と、床の冷たさに、いまだにぼんやりとしていた頭が働き始める。

……やってしまった。不慮の事故とはいえ、女性の風呂場を覗いてしまった………。
しかも覗いたのが遊佐だったなんて……。やってしまった………。
どうしよう。責任を取るべきなのか。でも、責任って言ったってどう取ればいいんだ?切腹?
でもここじゃ何やっても死ねないし、第一、俺なんかが死んだ所で遊佐が喜ぶとは思わないし……。
だったらどうやって責任を取ればいい?結婚?………いやいやいや。どこの民族の風習だよ、裸見たら結婚って。
いやでも、結婚するとしても遊佐はきっと和式も洋式も似合うんだろうな。着物はこの前見て似合うのは分かってるし、きっと純白のドレスもあの金の髪とよく合う事だろう。顔立ちもどちらかといえば西洋風なのだし、洋式にするのかな?いやでもあの着物も結構綺麗だったし……。それに洋式だったら俺はタキシードって事になる。俺のタキシード姿って、いまいち似合わなさそうだ。それだったらまだ袴とかの方が……。それに結婚しても住むところはどうしよう。新しい家を建てるべきなのか。一から全部作るのはさすがに大変だな。いや、それよりもまず子供は何人がいいだろうか。こういうのは遊佐の意見も聞いてみないといけないけど、結構大事な事だと思うし。男の子二人に女の子一人?馬鹿でも良いから健やかに育って欲しいなぁ。でも最近はグレて不良になる子も多いって聞くし……。あ、そもそもこの世界で子供って産めるのだろうか。死んだ後の世界って事は子供もできないのかもしれない。子供ができないかもしれないっていうのは少し悲しいけれど、まだそう決まったわけじゃないし………。

――――――――――――って、いやいやいや!俺は何を考えているんだ。まだ結婚するって決まってないし。何で俺はこんなにテンパっているんだろうか。

「あの……。もう、いいですよ」

扉越しに、どこか躊躇いがちな声がかかる。
その声に乱れていた思考がまとまり、自らの不埒な考えに思わず赤面する。

「そ、そそそ、そうか。ゴメン」

さっと腰を上げ、扉から距離をとる。
すると遊佐は扉を半開きにし、顔の部分だけを扉の外に出す。
扉から出てきた遊佐の髪はほんのりと濡れており、急いで着替えてきた事を感じさせる。
頬はシャワーのせいか、それとも別の事のせいか上気して、紅かった。

「その、すみません。こんな格好で……」

濡れた唇が、艶かしく動く。
その妖しい動きに魅了されながらも必死に理性を保ち、話を聞く。

「あ、え、あ、う、い、いや。そんな事は気にしてない……………ってそうじゃなくて、その、さっきのあれは、わざとって訳じゃなくて、あ、いや、でも、こうやって見ちゃった時点で釈明の余地はないから、遊佐は、怒っていい」

いまだにバクバクいってる心臓を落ち着かせ、どもりながらも言いたい事を伝えた。
気恥ずかしさに俯きがちになり、遊佐の顔を見る事が出来ない。
ああ、今遊佐はどんな顔をしているのだろう。蛆虫でも見るかのような、見下しきった顔で俺の事を見ているのだろうか。
でも、どんなに軽蔑されてもしょうがない。俺はそれだけの事をしてしまったんだ。

俺が俯いていると、遊佐は扉を完全に開け、無言のまま手を伸ばし俺の頬に触れた。
女の子らしい、やわらかな感触。そして吹き抜けるシャンプーの香り。

「……事故、だったんでしょう?」

「………………………あ、ああ。そうだ」

「だったら、責めるのはお門違いです」

「でも、俺は……」

そこまで言いかけると、遊佐は俺の頬に添えていた手を、俺の唇に押し付けた。
たったそれだけの事で、言おうとしていた言葉が霧散する。

「お互いに忘れましょう。この件は、誰も悪くありませんでした。ほんの少し、互いが不注意だっただけ。それでいいじゃないですか」

「………遊佐は、それでいいのか?好きでもない男に裸を見られて」

「それは…………」

そして言葉を止め、遊佐は俺から手を離し、背を向けた。
髪がふわっと靡き、俺の視界を覆う。

「だって、衛宮さんですから」

答えになっていない答え。
どこかはぐらかされたように感じつつも、下手につつくと墓穴を掘りそうなので、深く突っ込む事が出来ない。
そして、言うだけ言って遊佐は歩き始める。

「あ、待ってくれよ」

先行する遊佐に追いつき、肩を並べて歩き出す。

それにしても、さっきの言葉はどう受け取ったらいいのだろうか。
遠回しな嫌味?いや、遊佐はそんな事は言わないか。
まあ、口調から察するに、少なくとも嫌われてはいないのだろうとは思う。

「ところでさ、今どこへ向かってるんだ?」

「空き教室です。ガルデモの皆さんが来る前に少し準備をしておかないと」

空き教室といえば、俺がカレーを食い、遊佐の情報を貰ったところだ。
なるほど。あそこにガルデモが来る予定だったから、あんなに人口密度が高かったんだな。

「あ、なんか俺に手伝える事あるか?荷物持ちくらいだったら役に立つと思うけど」

「ありがとうございます。そうですね……とりあえず机を退かしたりしないといけないので、その時手伝ってください」

机運びか……まあ、何とでもなるだろう。
そのくらいなら何個でも持ち運べる。

遊佐と話していると教室が見えてくる。
教室は部屋の外からでも分かる程の盛況ぶりで、やはりガルデモは人気なんだな、と感じる。
そして教室のドアを開けると、先程のガルデモファン達がいた。

「あ、リア充だ」「遅かったなリア充」「ナニしてたんだリア充」「お、それがさっき言ってた娘か。レヴェル高けぇなリア充」「さすがリア充!俺達に出来な(ry」

「リア充って言うな!」

「おや?リア充の意味が分かるんですか?」

「いや。ただ馬鹿にされてる事は分かる」

ちらりと遊佐の方を見ると、糞に集る蠅を見る目つきでこいつらを見ていた。
まあ、こいつらならしょうがない。

「これが噂のリア充の女か」「ちっ。リア充が」「これだからリア充は」「なんでリア充のくせにこんな所にいるんだよ」「リア充爆発しろ」「もげろ」

「散々な言い草だな!」

「………何ですかコレ。すごく気持ちの悪い人達ですね。ドン引きです」

遊佐が心底軽蔑しきった目を向ける。
あの時こんな目で見られていたら、俺は精神的に立ち直れなかっただろう。

「美少女に罵られてる!ああ、また新たな道へ入りそう……」「これいいな……ガルデモの皆も罵ってくれないかなぁ」「リア充はいつもこんな美少女に罵られているのか……うらやましい奴」

「ここは本当に変態だらけだな!」

頭が痛い……。
こんな奴らをいつまでも相手にしてたら、頭が腐ってきてしまう。
遊佐も同じ考えなのか、早々に彼らを無視し、会場の準備を始める。
配置を考えているのだろうか、遊佐は教室を一通り見回して考え込んだあと、俺に指示を送る。

「すみません。このゴミ箱と、あの机を外に出してくれますか?」

「分かった。………よっと」

まず近くのゴミ箱を運び出す。やはり人が多いからか、ゴミの量も半端ではない。
両腕に力を入れ、教室の外へ置いておく。
教室の中へ戻ると、遊佐が机の人に話しかけ、会場の準備のためにどいてくれないか交渉している。

「あ、さっきのリア充先輩!」

「リア充って言うな!………って、ああ。アンタか。何か用か?」

唐突な声の持ち主を辿れば、先程のガルデモファンのパンク風少女だった。
右手にカレーを、左手にスプーンを持った少女は、怒ったように話しかける。

「何か用か?じゃないですよ!アタシにカレー押し付けるだけ押し付けておいて、そのままどっかに行っちゃうなんて、鬼畜です!リア充です!」

「うん、たぶんリア充はそういう使い方しないんじゃないかなぁ!」

まあ、それはともかく。

「それ、持っててくれたんだな。あげたつもりだったんだけど」

彼女の持っているカレーに指を差しながら話す。
俺がそう言うと、彼女は怒ったように話し出す。

「食い残しを食えって言うんですか!しかも男の人の!なめてんのかワレェ!」

そう言われてみれば、たしかに女性に食べ残しを与えるというのは間違っていたかもしれない。
そう、例えこんな形でもこれは女の子なのだ。

「………なんか、失礼な事考えてませんか?」

「え?……ハハハ。ソンナワケナイジャナイカ」

「カタコトなのが気になりますけど……まあいいです。それよりこれ、重いから早く持ってください」

「あ、悪い」

渡されたカレーを持つ。そしてお礼を言おうと思い、そこでふと思い出す。
こいつ、名前なんだっけ。

「あー。ありがとうな………えーっと………………」

「ユイです。人々は畏怖と尊敬と愛を持ってこう言います。ユイ☆ニャンと!」

右手を目の横に当てて、キラッっと擬音が付きそうなほどのポーズ。
勿論右手の人差し指と小指と親指は立てた状態だ。

「そうか。ありがとうユイ☆ニャン」

「そこは突っ込んで下さいよ!」

?自分からユイニャン(笑)と言っておきながら嫌がるなんて、変わった奴だ。
俺が不思議そうな顔をしているのが気にくわなかったのか、ユイ☆ニャン(笑)は一つわざとらしく溜息をつき、頭を振る。

「リア充先輩は駄目ですねぇ。やっぱり人はリア充になれば堕落しちゃうものなんでしょうか」

「………散々な言われようだな。後、俺はリア充じゃなくて衛宮だ。衛宮士郎」

「へぇーそうなんですかリア充先輩」

「お前覚える気ないだろ……」

そこで遊佐が俺を呼ぶ声が聞こえる。どうやら交渉が終わったようだ。
そこで、なんだかんだ言ってカレーを持っててくれた彼女に、別れを告げる。

「それじゃあ、遊佐が呼んでるから」

「はいはい、お暑い事で。リア充もげろ」

「だから、俺はリア充じゃないし、別に遊佐とはそういう関係じゃないって」

「ケッ。別にどんな関係だって関係ありませんよ。そういう風に見えたら、それはもう立派なリア充なんです」

まるで捨て台詞のように言葉を残し、立去って行くユイ☆ニャン(笑)。
またいつか会うことがあるのだろうか。
その時、また遊佐の呼ぶ声が聞こえる。やばい。待たせたかもしれない。

「ゴメン!今行く!」

急いで机の所へと向かう。
そこには腕を組み、どこか不機嫌そうに俺を睨む遊佐がいた。

「手伝ってもらっている身でこういう事を言うのは心苦しいのですが………遅いです」

その言葉とは裏腹に、遊佐の口調から心苦しさは感じられず、むしろ怒りが込められていた。

「悪い……向こうで一悶着あってさ」

「へぇ。女の子と談笑するのが衛宮さんにとっての悶着なんですね」

ぐぅ。それを言われると辛い。

「ゴメンゴメン。すみませんでした。本当に遅れて申し訳ない」

「私が言いたいのはそういう事じゃなくて………もういいです。速くその机を運んでください」

プイッとそっぽ向く遊佐。
あれ?何で謝ったのに不機嫌になってるんだ?
周りのガルデモファンも、にやけながら見てるだけだし、本当に訳がわからない。




さっさと机を運び出し、残りの奴も全部片付け、一服しようと部屋の隅にいると、遊佐がやって来た。
その手には飲み物が二つ握られ、俺のそばに腰を下ろすと、片方を俺に渡してきた。

「お疲れ様でした。はい、これ。お礼といっては何ですが」

どうやらもう機嫌は直ったらしく、いつもと変わらない態度に見えた。
そして渡された飲み物のラベルを見ると、ポ○リだった。
軽い運動の後にスポーツ飲料を持ってきてくれるとは、やっぱり遊佐は気配りが上手い。

「お、サンキュ。丁度のど渇いてたとこなんだ」

硬い蓋をキュッと開け、一気に三分の一ほど飲みつくす。
自分で思っていた以上にのどが渇いていたようだ。
遊佐は座ったまま、自らのペットボトルから正午ティーをチビチビと飲み、俺に向かって話しかける。

「さて、これでステージの設置も全部終える事ができました。手伝ってくれて本当にありがとうございます」

「う~ん。他にもう仕事はないのか?」

「ええ。全部終わりました」

「そっか。やっと終わったかぁ」

ようやく終わった労働に一息つけるため、ぐっと身を反らし背筋を伸ばす。
しかしそこではっと気付く。
あれ?そういえば、そもそも俺は何しに来たんだっけ?

「ところで、衛宮さんはここに来るまではどこに?」

そんな疑問が頭を過ぎった時、ピッタリのタイミングで遊佐が話しかけてきた。
とりあえず考えを中断し、遊佐の質問に答える。

「あ、ああ。サバゲーが終わってからガルデモのライブを聞いて、それから食べ物でも取ろうと思ってここに来たら、遊佐がここにいるって聞いてさ。
最近会ってなかったし、話そうと思って……………あんな事に」

話を自分で整理しているうちに、“あの時”の情景を思い浮かべてしまい、顔が赤くなる。
遊佐も同じなのか、少し頬を赤らめ、誤魔化すように咳をした。

「ンンッ………余計な事は思い出さなくて結構です」

「はい………スミマセン」

その様子が、少し可愛らしいと思ったのは内緒だ。

「まったく。衛宮さんには女の子を恥ずかしがらせて喜ぶ趣味でもあるんですか?」

「誤解だ!事実無根だ!」

いや、たしかに恥らう遊佐の姿も可愛いと思ったけど!

「まあ、そういう事にしておいてあげますか」

「本当だよ!」

言っても信じてくれない悲しさというものを感じた。




「ところで、衛宮さんの今後のご予定は?」

今までの話の流れを完全に断ち切るように話し始める遊佐。
また何か悪ふざけかと思ったが、態度が真剣だったので話を聞く。

「え、ああ。別に何もないけど………」

その俺の返事を聞くと、遊佐は安堵するように一つ溜息をつく。
今度は何を言うつもりだ、と軽く警戒しながらも、慎重に遊佐に返答を返す。

「だったら、その…………できたら、でいいんですが………その」

?遊佐にしては珍しく歯切れが悪い。
遊佐はもっと言いたい事ははっきり言う方だと思っていたのだが。

「ん?何かあったか?」

「いえ、そうじゃなくてですね………その、もし、よかったらでいいんですが………」

そこで遊佐は決意したように息を止め、力強く話し始める。

「その、これから一緒に学園祭を…「ここにいたのか衛宮!探したぞ!」…せん、か?」

遊佐が何かを言おうとしたその時、丁度いいタイミングで(いや、悪いというべきだろうか)松下が乱入してくる。
今までずっと走っていたのか、汗まみれになっている松下の息は荒かった。

「どうしたんだ松下。汗だくじゃないか」

「説明は後だ。とりあえず今は速く来てくれ」

そういって松下は俺の手を掴むと、駆け足で俺を連れて行く。

「あ、おい、ちょっと!」

松下は俺の制止を振り切り、あくまでも走り続ける。
しかし振り払おうにも、何か柔道の技でも使っているのか、手がまったく外れない。

「遊佐!」

思わず遊佐の方に顔を向け、呼びかける。

「行ってください!恐らく重要な事でしょうから!」

「けど、遊佐の方が先に……!」

「いいんです!けど、いつか埋め合わせはして下さいね!」

遊佐の態度に迷いはなかったが、少し寂しそうな顔をしていた。

「………ああ!まかせとけ!」

その悲しそうな顔を見るのが嫌で、遊佐の頼みごとを請け負う。
しかしどんどん腕を引っ張られ、ついには視界から遊佐が見えなくなってしまった。

「頼むからもう少し速く歩いてくれ!」

焦っている松下の声が聞こえる。
その声はとても切羽詰っていて、とてもピンチな状況である事を知らせていた。
しかし、そんな松下にかかわらず、俺はただ遊佐の事を考え続けていた。



[21864] ???? とある部屋での出来事
Name: saitou◆f02dd8bc ID:22eb52f6
Date: 2011/01/30 11:26
まいった。本編が未だにできない。
と言う訳で、外伝というか、どの程度までのグロさは大丈夫か調べるアンケートみたいな物を更新。
この程度屁でもねぇぜ、という方。もしくは、このグロさでもマジ勘弁、という人は感想くれるとうれしいです。


時間的には、本編で天使を生徒会長から降格させ、直井君が出しゃばってきたあたりです。
それでは、どうぞ。

















SIDE:???



清閑とした廊下に、かつかつかつと、靴音が響く。
その、新雪を踏み荒らすにも等しい行為を、敢えて愉しみながら、歩き続ける。

やがて一つの部屋の前で足を止め、服装の乱れを整え、声の調整をする。
防音仕様のせいでここからは聞こえないが、中では楽しくやっている事だろう。
いや、楽しんでもらわなければならない。
何せ、僕自身が直々に誘ったのだから。

昂ぶる心を落ち着かせ、気合を入れるようにネクタイをキュッと結ぶ。
その時、自分の手が震えるのを見て、内心苦笑する。
これでは初デート前の童貞のようだ、と。
まあ、手が震えるのも仕方ない。何せこの中にいるのは………。

まだ微かに震える手で、扉のロックを解除する。
シュッと空気の抜ける音と共に、扉が開く。
部屋の中からあふれ出す光で、一瞬、視界が駄目になる。

しかし、部屋の中心にいる男の顔は容易に想像できる。
その表情を想像しただけで、自分の頬が緩むのを感じる。

なんたってコイツは、

「やあ」

ボクの、

「気分はどうだ、赤毛」

敵なのだから。






SIDE:衛宮



連れてこられてから、もうどの位たったのだろうか。
いや、実はまだ何分もたっていないのかもしれない。
時間の感覚がどんどん曖昧になっていく。
こうしてどんどん自我も希薄になっていくのだろうか。

「オラッ!寝惚けてんじゃねぇよ!」

また一発、殴られる。
リズムもなく、ただ機械的に、無機質に、ただ、殴る。
もう何度目だろうか、数えるのも馬鹿馬鹿しい。
今ではむしろ、殴られること自体よりその単調さが苦痛になってくる。

殴る方も痛いだろうに、その拳打は緩むどころか、むしろ激しさを増していく。
殴られ、蹴られ、踏んづけられ、意識を失えば水をかけられ強制的に覚醒させられる。
そんな事がどの位続いた事だろうか、殴られて破けた鼓膜がようやく治り始めてきた頃、プシュッという空気の抜けたような音と共に、扉が開く。
それと同時に、今まで殴りかかっていた者達が一斉に壁際に退く。
どうした事かといぶかしむ前に、“ソイツ”が俺の目の前に現れた。

「やあ。気分はどうだ。赤毛」

黒髪黒目の黒帽子という出で立ちの、若々しい少年。
顔や体格だけを見れば、女子と間違えられてもおかしくのない位の美形だった。

「お゛………ば…え゛………………?」

咽喉が潰れているせいか、上手く声が出せない。
無理に咽喉に力を入れると血が出てきた。
咽喉が詰まる前に、急いで吐き出す。

「汚いな。だが、貴様には相応の汚さだ」

そう言うとソイツは、服に血が付かないように上手く爪先を咽喉に抉り込ませる。

「!!!!!!????」

元から痛んでいた咽喉に、止めとばかりに繰り出された一撃は、俺に声を出す事を許さない。
俺に一撃を入れた本人は、痛みにもがく俺をゴミでも見るかのごとく見下し、吐き捨てる。

「フン。クズが。だが、クズはクズなりに使い道がある」

痛みに耐えながら、何の事かと思いを巡らす。
しかし、何があろうとも、俺は目の前の男に屈する事はない。
そんな気持ちを、口ではなく目に込める。

「………………忌々しい目だ。その目はボクを不快にさせる……………オイ!こいつを押さえていろ!」

ソイツは壁際に下がっていた奴を呼び、俺の体を押さえ込ませる。
殴られ続けていたせいで、体に力が入らず、まったく身動きが取れない。

「果たしていつまでそんな目をしていられるかな?」

ソイツはそう言いながら屈みこみ、俺の左瞼を思いっきり開かせる。
露出させられた目でソイツを見る。ソイツは、嗤っていた。

「一つ、試してみようか」

ぐっと顔を近づけ、俺の目を覗きこむ。
俺の視界いっぱいに、奴の顔が映る。
端整で可愛らしいとすら言える顔立ち。
それが何故、こんなにもおぞましく見えるのだろう。

奴の指がゆっくり動く。
ゆっくり、ゆっくり、見せ付けるように、ゆっくり、ゆっくり。

そして、ソイツの、指が、俺の、目に、入った。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

始めに感じたのは、痛みではなく異物感。
体の中に、自分のものではない物が入る嫌悪感。
そして、ソイツの華奢な指が強膜を突き破る感触。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

左の視界は、もう映らない。
ただ、暗い影がぼんやりと映る。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっんぐ!!……う゛ーっ!う゛ーっ!」

あまりにもうるさかったのか、口に何かを詰め込まれ、強制的に黙らせられた。
呼吸が苦しくなり、意識が朦朧となる。

「                     」

奴が何か言った。だが、何も聞こえない。奴の声も、自分の叫びも。
ただ、視神経が千切られていく音が、頭の中に木霊する。
ぶちぶちと目玉を刳り抜いたソイツは、口元を激しく歪ませ、左目を残した右目の前に掲げる。

「そら、貴様の目玉だ。自分から見ても醜悪な出来だろう?そんな醜悪な物を取り除いてやったのだから、感謝の一つくらいはあってもいいだろう?」

感謝?こいつは今、感謝と言ったのか?
狂っている………何もかも……。
コイツも、この世界も。

「さあさあさあ、どうした。言って見せろ。ワタクシメの目玉を刳り抜いて下さりありがとうございました、と!」

もう、諦めてしまおう。だって、痛いのはもう嫌だ。
ボコボコに殴られて、蹴られて、踏んづけられて、挙句の果てには目玉まで刳り抜かれる始末だ。
もういいじゃないか。俺はもうがんばった。
言ってしまおう。屈服の言葉を。
言ってしまおう。服従の言葉を。
言って、楽になろう。

「お゛……」

「どうした。そんな小さな声では聞こえないぞ」

その瞳は歓喜に染まり、俺を見る。

「お゛…れは……」

俺は囁く。奴の耳元に。
呻くように。呟くように。

「俺は、おま゛え゛に、ぐっじな゛い゛」

言った。言ってしまった。もう取り返しはつかない。
でも、コイツには屈しない。この程度の奴には屈しない。
昔の事なんて思い出せないが、俺はもっと大きな物と闘っていた気がする。
だから、コイツ程度には屈せない。

「…………………………………………………………………………止めだ」

喜悦に歪んでいたはずのソイツの顔には、今や不自然なほどの無表情しか浮かんでいなかった。
ソイツは、屈めていた腰を伸ばし、さっと立ち上がる。

「本当はこれくらいで“アレ”を使おうと思っていたが、気が変わった。おまえには、地獄こそがふさわしい」

そう言って、かつかつかつと靴音をたてながら、俺に背を向け歩き出す。
そして入り口付近で立ち止まり、傍にいた者に何事か語りかける。

「貴様は真性のサディストだ。人が苦しむ様を見るのが何よりも楽しい。特に赤い毛を持つ男を見ると無性にいたぶりたくなる」

薄らぼやけた視界の中、奴の目が、赤く染まったような気がした。

「そら、そこに男がいる。貴様が欲して止まない赤毛の男だ。アイツを見ていると貴様は何故か無性に苛々する。殴りたい、蹴りたい、踏んづけたい。そんな欲求を抑えきれなくなる」

それはまさに、悪魔の囁きのように、ゆっくり、しかし確実に染み込んでいく。
目は虚ろに虚空を見上げ、ぶつぶつと意味のわからない言葉を吐き出たと思うと、首を不自然な角度にグイっと曲げ、こちらを向く。
その眼には、底知れぬ不気味な狂気が漂っており、一目で正気でない事が窺えた。

「お゛………あ゛…え゛………な゛にを゛……………?」

「フン。口を開くな。大気が汚れる」

俺に目を向けもせず、そのまま立ち去る。
どうにかして追いかけようと弱々しく手を伸ばすが、誰かがその手を踏みにじる。
走る激痛に耐えながら、面を上げる。
そこには、狂気の瞳を宿し、三日月のように口を曲げた、一人の………。

「事が終わるまで、貴様はそこでずっとそうしていろ」

無情に扉は閉まり、俺は部屋の中へと閉じ込められる。
飢えた獣のようなこいつ等と共に。

ああ、獣の唸り声が聞こえる。
俺を狙って奴らが来る。
隻眼になってもよく見える。奴らの醜悪なあの顔が。
俺を刺し、焼き、潰し、分解し、絞め、突き、裂き、落とし、壊す。
それだけしか考えていない、奴らの顔が。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

俺はここに来て初めて、痛みではなく恐怖から、叫びをあげた。
ああ、誰か、誰か。ここには、獣が、い……


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