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[8661] 【ネタ】カノン×リリカルなのは(クロスオーバー)
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/05/16 21:59


初めまして、マキサといいます。

今回初投稿しました。カノンとリリなののクロスです。他の作品の設定なども若干クロスしています。

以下注意書きですので、本編を読む前にご覧になったほうがいいです。



・この作品は、祐一を主人公としています。

・時間設定矛盾してます。(なのは達が小3、祐一小5)

・ある程度カノンを知らないと、意味不明かもしれません。(大雑把な設定など)

・時々出てくる北川の扱いが少々酷いので、北川好きは見ないほうがいいかもしれません。でも祐一の親友です。

・祐一の性格は、自分の中ではこうじゃないかな? という考えで構成されていますので、見る人が見ればオリキャラに見えるかもしれません。

・スタートからしばらくは、なのは達主演キャラは出てきません。

・作品を書きながら気づいたのですが…自分は、かなりのご都合主義好きです。ご都合主義が嫌いなら、やはり見ないほうがいいかもしれません。



自分でも文才ないなと思いつつ、それでも頑張って書いていきます。時々いる毎日更新さんのような神業はできません!←重要

思いつきで書いている部分もあるので、至らない点が多々あるかもしれません。ご容赦いただけると幸いです。





一番下にネタバレ(?)を書いています。作品を読めばすぐに気づくことかもしれませんが。






































カノン・・・・ALL BAD END後→逆行→幼少時代でHAPPY END、その後からの話。

つまり祐一の精神年齢は二十歳越え。




[8661] プロローグ&第一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/08/27 04:32










・・・・・・痛い。体中が痛い。痛みを感じる。正直な話、意識を保っていられるのが不思議な程。

これは・・・必要な痛み。これから私が消え逝く証・・・。

これでいい。これで他の者に厄災を振りまかずに済むのだ。

そう思っていた。そのはずだった。

だが・・・違う。しばらくして私はそう理解した。時間が・・・経ち過ぎている。

私が死ねば、無になる。そこには痛みも何もない。そしてもちろん、なにを思うことも無い。

だが私は、痛みを感じている。そして、今現在もこのように思考している。

つまりこれは、私が生きているという証拠。存在している証拠。



なぜ?



いけない。私は滅びなければならない。このままでは、このままでは我が主に被害がいく。

滅びなければならない。滅びなければ・・・だが、どうすればいい? 私の体は動かない。

少しなら動かすことも可能だが、それでは意味がない。

魔法を使うことも考えたが、私に自身を殺す機能など・・・ありはしない。

・・・他にも様々な方法を考えたが、どれも不可能という結論が出てしまう。

私が消滅するには、魔法が必要。しかしその魔法は、私以外の誰かによるものであることが絶対条件。

その魔法を行使するにも、そういう知識を持たなければ・・儀式的な何かが必要になる。



駄目だ・・・何も思い浮かばない。時間はそれほど無い。時間を掛ければ掛けるほど、主たちに危険が迫ることになる。

だが今の私では何をすることも出来ない。このままではだめだ・・・。誰でもいい、誰か・・・



多くの者達を不幸にしてきた私には、願うことすら許されないかもしれない。

しかしそれでも、願わずにはいられない。私の他の何を犠牲にしてでも、守りたい者たちだから。

・・・その願いが天に通じたのか、定かではない。が、こちらに人らしきものが近づいてくる。

人・・・なのだろうか? 分からない。

だが藁にもすがる思いである私は、残された全ての力を使い、その相手に言葉を放つ。



殺してくれ。私を、ケシテクレ・・・と・・・。



そしてそこで、私の意識は途切れた・・・。

























SIDE変更

「はっ・・はっ・・はっ・・」

山道を走る、走る、走る・・・とにかく走る。目指しているのは俺たちの【学校】・・・という名の遊び場。

足場は悪いし、道らしき道も無いし、急いでるせいか道のりが異様に長く感じる。しかも寒い。寒いのでのんびりと歩くのも嫌だが、こんな全力疾走は今すぐやめたい。

ずっと走り続けているので、コートの中はかなりポカポカしている。汗だくにならなず体温が上がるだけなのは、子供だからか?

首には”いつでも暖かいマフラー?”が巻きついているので、歩いても寒くはならないだろう。

だがそういうわけにもいかない。何故なら・・・



「ね・・・寝坊した~~~!」



とうわけだからだ。約束の時間は12時。今は12時20分。完全に遅刻である。



「ちっくしょ~~。なんで12時に起きんだよ~! 昨日寝たの10時なのに・・・これじゃまんま名雪じゃな・・・

 はっ、まさかこれは・・・名雪の呪い!? 理由はなんだ!? 心当たりは・・・山ほどある!! 見当がつかん!

 どれだどれだ・・・そうかアレか! ・・・そう、あれは去年のこと。

 三時のおやつ時に、あいつが最後に残しておいたイチゴケーキのイチゴを食ったことがある。

 あいつがそのイチゴを楽しみで残していたことはもちろん知っていた。

 だが、俺のいたずら心が、それを見過ごすのをよしとはしなかった。

 ほんの一瞬・・・あいつの意識がケーキの最後の一口に向いたあの瞬間。

 まるで猫が獲物を狙うように、俺の手は素早くターゲットを捕捉した。

 そしてそれをすかさず口へ運び、二噛みもせぬうちに飲み込んだ。

 ・・・イチゴが無くなった事に気がついた名雪の狂乱ぶりは凄まじかったな・・・。

 もしやそのことを根に持って、俺に呪いをかけたんじゃ・・・ちゃんと後で俺のイチゴあげたのに・・・」



探偵物でもよくあるように、「あれは・・・」という出だしで俺の罪を告白してみた。若干説明口調で。



「あんなに昔のことを未だに怨んでいたとは・・・。食べ物の恨み・・・否、名雪の怨み、恐るべし。

 そして名雪よ、俺の恨みも恐ろしいことを、帰ったら身をもって教えてやろう! ・・・字的に負けてる気がするな」



冤罪だよーーという電波が届いた気がするが、無視する。こんな電波は日常茶飯事だ。



「・・・はぁ。一人漫才って、辛いなぁ・・・。漫才って言うか、一人芝居か?

 こんな時かおりんかミッシーが居てくれれば、的確な突っ込みをしてくれるのに。

 ってか、全力疾走中にこんだけ喋っても息切れしないのって、やっぱ便利だよな。

 おかげで時間無くて走ってる今でもけっこー心理的余裕あるし。・・・こういう時だけ、名雪の遅刻癖に感謝だな。

 毎朝遅刻しそうな名雪を起こし、学校までフルマラソン。走りながら会話するのは日常茶飯事だった。今ではいい思い出だな。

 おし、ほっぺたぐりぐりの刑から、ほっぺたむにむにの刑に減刑してやろう。感謝しろよ、名雪」



だから冤罪だよーーと電波が来た。無視だ、無視。



「しかし、その遅刻癖に毎度俺は付き合わされてたんだよな・・・。おかげで走り方はうまくなったが。

 未来に向けて、今のうちに何かしら手を打っておくべきか? 命題、~寝雪の睡眠時間を減らそう大作戦~

 ・・・98%徒労に終わるな(確信)。そもそも名雪と一緒に俺が走る必要が無いんだが。やっぱ作戦練ったほうがいいかな?

 普段は学校ギリギリまで寝る名雪より一時間早く起きるとか、最終兵器オレンヂを使うとか・・・か?」



う~む、これはなかなか名案か? 誤爆して俺に被害が無ければ、だが。えーと、誤爆する確率は・・・

・・・けっこうヤバ目の作戦だな。本気(マジ)最終手段としておこう。つまり考えないようにしよう。

考えたらアレがくる・・・。く~る~、きっとくる~。ワッカという名のホラー映画の主題歌が浮かぶ。無視。

それにそろそろ目的地に・・



「・・・・・・あ、しまった。やっちまった・・・スキル発動だ」



突然だが告白しよう。俺は昔っから、複数の不幸スキルを有する。その内のひとつが発揮した。

こういう考えごとをしながら道を歩いて(走って)いると、



「なぜか道に迷うんだよな~~~!! ここどこだ~~~~!!」



とりあえず大声を出して状況確認をしつつ助けを求める。一石二鳥。

返答は?!

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

無い。



「くぅ~ん」



あった。が、望んでいたものではなかった。



「あ、悪いな真琴。起こしちまったか」



俺の首に巻きついている”いつでも暖かいマフラー?”の正体はこいつだ。

姓は沢渡、名は真琴。俺の飼っている子狐だ。狐のクセに名字まで持っている贅沢な奴だ。

いや、名付けたの俺だけど。

しょっぱなから暴露するが、真琴は妖狐だ。この地域では有名な『ものみの丘』の伝説に出てくる本物の。

しかもそこそこのいたずら好き。

・・・先に言っとくが、左手が鬼の手な主人公が出てくる漫画の妖狐とは一切関係が無い。真琴は人化の術覚えるのにドクロなんて使わない。・・・多分。

誰に対して言ってんだ? 俺。



「・・・」

「ん? どうした?」



真琴がある方向をじっと見ている。あっちに何かあるのか?

真琴は時々、こういう風に何も無いはずの空間をじっと見ていたりする。大抵が幽霊とか魔物とかその類だけど。

たまに500メートル以上離れた所にある、屋台で売ってる肉まんを眺めていたりもする。視力嗅覚良いんだよなー、こいつ。

だがここは林の中。こんな所に屋台なんてないし、方角的にあの先1キロ以上はまだ山の中のはず。

ならば、アレの類? でも悪意的な何かを感じるわけでもないし・・・



「くーん」

「? あっちに行けって事か?」

「くん」



俺にあちらの方向に行くことを進言している真琴。あっちに何があるのか・・・俺には何も感じんがな。真琴は何かを感じ取ってるのか?

どうせ道に迷ってるんだ。どの方向行っても一緒だろ。見晴らしのいい所に出れば方角も確認できるし、もしかしたらあっこが【学校】かもしれない。

真琴の本能に任せてみるか。



「いこうか、真琴」

「く~ん」


念のため、何かあっても対応できるように周りに気を張りながら進んでいく。










進めど進めど木、木、木。ざっと100メートルは歩いた。

真琴はまだ同じ方向を向き続けている。



おそらく200メートルは歩いたころであろうか? 足場が悪いので距離感が掴めない。

だがここまで来たら俺にも分かってきた。何かが居る。何かは分からないが、おそらく人じゃない。

人じゃないが、悪意は感じない。悪意は感じないが、警戒はしておこう。世の中何があるか分からんからな。

そして結構急な坂を登り・・・俺は”それ”を見つけた。・・・あとで思ったが、”それ”という言い方は失礼だったかもしれないな。

何故なら、どう見ても女性の姿をしているからだ。

黒いタンクトップ・・・じゃない。袖が無いタートルネックに・・・いや、あれワンピース系?

タートルネックとミニスカが一体になったような服を着ている。

この季節じゃ、実用性皆無だな、多分。すげー寒そう。

髪は綺麗な銀髪、ロングヘアだ。髪が光を反射してきらきら光っている。・・・見る角度によってはハゲに見えそうだ。

彼女は木にもたれ掛かっている。周りに比べ、二回り以上大きな木の根元に。

しかも近づいてみたら満身創痍。目に見える傷は少ないけど分かる。これ、けっこーヤバイ。手当ては早めのほうがいい。

警戒を解いて、傷の具合を確かめようと・・・したら、視線がこちらを向いた。・・・紅の瞳だ。

俺のほうを見てはいるが、視線は虚ろだ。誰かいる、というのを理解しているだけかもしれない。

『大丈夫ですか?』『何があったんですが?』『しっかりして下さい』など、お約束な言葉をかけようとした。

我ながら気が利かない。アドリビトゥムには強いんだが。

聞こえるかどうかは分からないけど・・・それでも、何も話しかけないよりはいいはず。そう思い、だが寸前でやめた。

彼女が何かを話そうとしていたからだ。もしもこれが彼女の最後の言葉で、俺が喋りかけたせいで聞き取れなかったなど、笑い話にもならないからな。

一言一句、聞き逃さないように全神経を耳に集中させる。例え切れ切れの言葉でも、その中から彼女の意思を汲み取るつもりで。

待つ。そうして、彼女が発した言葉は・・・



「・・こ・・・・・・・ケシ・・クレ・・・・」



―――――――――――――――こ・け・し・く・れ。

こ・けしくれ。こけ・しくれ。こけし・くれ。こけしく・れ。同時に四つの言葉を思い浮かべる。すぐにひとつの単語を見つけ、そこから言葉の意味を考える。

『こけしをくれ』

・・・実はこの人、けっこー余裕なんじゃないかとマジで疑ってしまった。

こけし、コケシ、KO・KE・SI。

コケシくれ?! コケシってアレだよな、丸い頭で円筒形の体の木製人形! 漢字で書くと小芥子と書くヤツ。なんでコケシ? ってかそんなもんこんな所にあるわけ・・



「って、持ってるし!!」



なんっでだよ! 言っとくが日常から持ってるわけじゃないよ?! 未来で友達になる(予定の)アンテナ少年から貰った物だよ?!










   ~20分ほど前を回想~



朝寝坊した。遅刻だ~~! そして小5のクセに中学生も真っ青なダッシュをかましている俺に追いついて、



「はりゃほれうまうー!」

「のわぎゃーーーー!!!」

「うほぅ」



ゼ○ダのムジュラの(ような)仮面を被っているアイツは、突然奇声を上げて襲ってきた。流石にあまりの恐ろしさに、思わず手が出、そして



「はりゃほれほろうっ!」

「ぎゃーーーー--!!!」



再び襲ってきたので、立ち止まってフルボッコにした。最初に肉体強化した右手で鳩尾に一撃いれ、体が『く』の字になった瞬間踏ん張りを利かせた左のアッパー。

仮面をふっとばし、そこから顔を中心に殴り、蹴り、回転バックブローから踵落としのコンボ、とび膝蹴りで体を浮かせた後のラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ・・・うんぬん。

ストリートファイターもびっくりな華麗さであったが、怖かったので加減は一切出来んかった。

丁度それを見ていた同い年ぐらいの真面目そうな少年は、真っ青になりガタガタ震えていた。

後でよくよく思い出してみれば、あれは名無しの久瀬君だったかもしれない。

将来高校で生徒会長になる嫌味なヤツだ。本当は嫌味なのは口だけだが。

10分ぐらいでようやく倒して、突然立ち上がったヤツが、



「最強がこの仮面を受け継ぐ。お前は今日から【マス○・ザ・斉藤】だ!」



とボコボコの顔で言い、ムジュラの(ような)仮面とこのコケシを渡してきた。『いるかボケ!』とつき返そうとしたら既にそこにアンテナはいなかった。



   ~回想終了~










と言う経緯で手に入れたコケシだ。正直呪われてそうだからとっとと手放したかったのだが、迂闊な所には捨てられない。

ちゃんと捨てたはずなのに、帰ったら玄関で鎮座していたりしたらホラーだからだ。

だが必要としている人がいるなら渡すのが筋だろう、きっと。とりあえずコケシを差し出した。



「どうぞ」



・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・・

・・・

反応がない、ただの屍のようだ。って!?



「やばっ! 回想時間長すぎた?! もうこの人死んで・・はない。・・・・ぎりぎり?」



時間的にあまり余裕はないのは確かだ。人あらざるものだから死にはしないかもしれないが、このまま彼女を見捨てるわけにはいかないよな。

・・・・・・・とりあえず、病院には連れて行けないな。彼女のベースが完全に人間とは限らないし。

そもそも実体はあるのか? ふと思い、頬に触れてみる。



「っ!!? 冷たっ!!」



実体はあるが、体が既に冷え切っている。凍死の危機ありと脳が信号を出す。

すぐに俺が着ているコートを脱いで、彼女に被せ、次は・・・



「・・・っくーーーん! 祐君どこーー!?」



俺を呼ぶ声が聞こえてきた。この声は・・・



「アリシアーーー! こっちだーーー!! 急いできてくれーーー!!」

「・・・こっちーーー!?」

「飛んでこーーーい!!」

「わかったーーー!!」



今のうちに出来ることは・・・



「真琴、彼女に巻きついて暖めてくれ。”レイク”スタンバイモード」



真琴はすぐに彼女に巻きつく。起きた後もずっと俺にくっ付いていたから、かなり暖かいはずだ。

そして首から提げている赤いペンダントに魔法の行使を命じる。見た目はただの丸い石だが、実はこいつアーティファクト級のアイテムらしい。

最近知り合いになった人は、デバイス、と呼んでいた。その人曰くかなりブラックボックスが多いとのこと。

あまり使うことはお勧めしないと言われたが、俺がこいつ以外を使う日は来ないと思う。



≪我と契約をせし者、汝と我の契約は「前口上はいいから、早く治癒魔法を!」って、最後まで言わせてください、前口上。

 まったく、久しぶりに呼んで「お前の台詞無駄に長いんだよ。治癒急ぎ、口上あとあと!」・・・はぁ。OK、どんなタイプで?≫

「一気に回復・・・は負担がかかるな。徐々に回復タイプで」

≪イエス、マイマスター≫



レイクが治療を開始。つっても、効くという保証はないがな。彼女、人じゃないし。



≪・・・ん? 彼女は・・・≫

「どうかしたか? レイク」

≪いえ、彼女は「いたーーー! やっと見つけたーーー!!」・・・いいえ、なんでもないです≫

「? まぁいいか。アリシア、おはよ。ナイスタイミングだ」

「えっへへ、おはよ~。僕ナイスタイミング?」

「でもどうしてここにいる? 先に家を出てただろ?」

「何だか祐君が道に迷ってる気がしたから、探しにきちゃった。

 ・・・って、このおねーさんだれ? なんで寝てるの?」



この子の名前は【アリシア・テスタロッサ】。半年ほど前に家に住み込むことになった五歳児だ。もうすぐ六歳になる。

紅い瞳に金色のロングで、左右の髪を少しだけ縛りツインテールにして、残りを背中に流している。ツーサイドアップと呼ばれる髪型だ。

服装は・・・一言でいえば薄着、これに尽きる。魔法少女のキャラがプリントされたTシャツの上に、青いジャケットを羽織っているだけ。下は薄緑のスカートだ。

雪の降るこの町、しかも時期的にも最も寒くなる今日この頃~な中でこの格好・・・はっきり言って自殺行為ともとれるだろう。

寒くないのかと聞いたことがあるのだが、どうやら寒くないらしい。彼女の母親、【プレシア】さんのお守り効果だとか。

無駄に色々な効果が詰まっているらしい。身体強化能力、飛行能力、痴漢撃退能力、緊急時テレポ能力、以外のその他モロモロは、あまり使えない。

なんだよ、缶を蹴ったら遠くまで飛ばす魔法とか、一輪車に乗っても絶対こけない魔法って。やや羨ましいじゃないか。

ちなみにアリシアは俺のことを【祐君】と呼ぶ。俺のほうが6歳年上なんだけど。



「ああ・・・ちょっと疲れて、眠ってるみたいだ。あと、コケシに異様な執着心を見せている」

「コケシ? 祐君、コケシってな~に?」

「これだよ。いるか?」



ポケットに入れていたコケシを見せる。



「うわっ、なにこれ~。かわい~ようなそうでもないよ~な・・・僕いらない」

「だよなぁ・・・コケシは置いといて、そんなわけでアリシア、俺は今からこの人・・・このお姉さんを秋子さんのところに連れて行く。

 皆には遅れて行くって伝えておいて欲しいんだけど」

「うん、いいよ~。なんてったって祐君のお願いだもんね、まかせてよ。・・・寝坊したってことは、みんなには内緒、だよね」

「ははっ・・そうだな、内緒だ。・・ありがとな、アリシア。

 それとプレシアさんに、今すぐ秋子さんのところに来てほしい、って念話しておいてくれ」

「わかった~。じゃあ後でね~」



ふよふよと来た方向へ飛んでいくアリシア。

よし、皆への伝言はOKだ。帰り着いたころにはプレシアさんは秋子さんのところにいるはず。

あの二人がいれば、何とかしてくれるだろう。

後はどうやって彼女を水瀬家まで運ぶかだけど・・・。

背負うのは・・・無理。身長的に。横抱き(お姫様抱っこ)は・・・無理。体力的に。となると・・・



「緊急時だし、飛行魔法を使わせてもらうか。あとは人に顔を見られなければ・・・」

≪マスター。どうせなら、そのマスクを使ったらいかがですか?≫

「・・・これを?」

≪ハイ≫

「いや、確かに顔は見られないだろうけど・・・俺が周りから見えなくなる魔法は? 認識錯覚させる魔法とか」

≪嫌です。疲れる上、魔力の無駄です。今は緊急時です、急いだほうがいいのでは?≫

「無機質なのに疲れるってどうよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。緊急時だし、しょうがないか」

≪妙に沈黙が長かったですね≫

「うるさい。お前の頑固さを思い出してたんだ。こういうときぜってー魔法つかわねーもんなおめー。こんちきしょーめ」










後になって知ることになる。これは、始まりの音。俺というイレギュラーが、リリカルな物語に介入する、カノンの音色。

・・・っと、大げさに言ってみるが、実際はそんなに大したことはしない。

何故なら俺は、基本的に傍観する者だから。物語にはそこまで関わらない。深く関わり過ぎると世界の修正力に引っかかるからな。

ただちょっと、納得できない運命なら、俺を修正できない程度に”捻じ曲げ”はするかもしれないがな。

絶望を経験し、世界を怨み、運命と対立することを望んだ時点で、俺はどこかがキレていた。

それでよかった。おかげで俺は手に入れた。失ったはずの大切なものを。

守る力を、そして破壊する<鍵>、【ブレイカー】の力を。だから俺は、全てを壊し、全てを守る。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だめだ、拒絶反応でジンマシンが出そう。先に言っておくが、今の嘘だ。

即席で作ってみたけど、俺こういうことすると体が痒くなるんだよな~。しかも意味ワカンネーぞ。

っていうかこれ・・・



「前が見えねーー! なんだこれ!? めちゃめちゃ不便じゃねーか!!」

≪マスター、心眼です! 心眼でとらえるんです!!≫

「出来るかーーー!!!」



斉藤のマス○、前が見えませんでした。

さっきのモノローグ的な何かも現実逃避ついでの適当な時間潰しだったんだが、無理。持たせられない。

もちろん被って飛んださ、ど根性ガエルもビックリなど根性で。









[8661] 第二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/19 10:50







≪飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回って回って堕ち~る~ぅぅ~≫

「不吉! 不吉だろうが! 即刻ヤメろ!!」

≪え~。でも飛んでますし≫



ええ、ただ今自分、飛んでいますとも。俺高所恐怖症だし、かなり怖い。視界ゼロだし。

前が見えない仮面つけて空飛んでるから当たり前だが、いまさら外すわけにもいかないし。

頼りになるのは、自分の平衡感覚と、我が相棒の声のみ。・・・それも頼りになるのか、甚だ疑問ではあるが。



≪マスター、回ってください≫

「い・や・だ! それに今は怪我人運んでるんだから、そんな無茶できるわけないだろ!」

≪そこであえてチャレンジ「しない!」・・マスター、ちょっとノリが悪いですよ≫



まったく、こいつはなぜこんなに人をおちょくるのが好きなのか。出会った瞬間は、もっと主(俺)に従順な感じだったのに。

本人談だが、昔はもっと真面目で、常に主を一番に考え、可能性を模索し、最善の助言をしていたらしい。

今は見る影も無いがな。こんなんだから、俺は普段はレイクをマナーモードにしている。

マナーモードならチカチカ光るだけで、喋ることは無いし。

ちなみに今は待機モードだ。マナーモードだと魔法は使えないから。

しかしよく喋る。日ごろの鬱憤がたまってるのかな?



「なぁ、何でそんな性格になっちまったんだ? 昔の健気な(感じだったかもしれない)お前はどこへ行ったんだ・・・」



本音は堅っ苦しいのってあんま好きじゃないが、つい言ってしまう。俺個人はこの性格のが嬉しい。遠慮いらずだし。



≪この性格はマスター譲りです。契約時に記憶を共有したんですからね。当然です≫

「・・・傍から見た俺って、そんな性格なのか?」

≪ツッコミ役がいるときは時々こんな感じですよ。いつもじゃないですけど≫



カオリンらがいるときはこんななのか、俺。ちょっと反省。

二十歳過ぎの大人が、なにやってんだか・・・けど、しょうがないんだ。

精神は肉体に引っ張られるものなんだから。



「それはそうと・・・彼女、どう思う?」

≪質問が漠然としすぎていますよ≫

「わざと漠然と言っているんだ。お前の考えを教えて欲しい」

≪・・・どうでしょうね。今の状況じゃ、どうにもこうにも判断できないというのが、正直な感想でしょうか。

 人じゃないことは確かですけど、悪い存在だとは思えない。

 ですけど、私たちに害が無い可能性も無いわけじゃないです。

 私には敵も多いですからね。あるいは誰かからの差し金かも≫

「・・・んー、多分、それはないな」

≪理由は?≫

「勘」

≪でしょうね≫



俺の勘・・・悪いときの勘はよく当たる。9割ぐらいで。

つまり彼女が敵、もしくは敵からの差し金なら勘が訴えてくる。

今はそんなことないから、セーフ。ということ。



≪マスターの考えは?≫

「俺? 俺の考えは・・・大体お前と同じ・・かな。

 ただ、彼女は敵じゃない。言っとくが、勘だけじゃないぞ。

 それだけははっきりと分かる」

≪・・・マスターはお人好しですからね。そう思い込みたいだけなのでは?≫

「お人好しなのはお互い様だ。お前も本当は、最初から敵とは思いたくないだろ?

 それに、もし何かあっても、すぐその場で対処すればいい。

 混乱している主を瞬時にサポートするのが、お前の役目だったんだろう?

 もし起きた瞬間襲い掛かってきても、お前なら大丈夫だろ」

≪・・・おだてたって、何もでませんよ。それに、過信してもらっても困ります≫

「過信じゃない、確信だ。それに信頼もしてる」

≪・・・確かに、スペックの高さは取り柄ですからね。それよりマスター≫

「お、なんだ?」

≪もうすぐ目的地に到着します。ここからは私がナビしますので、その通りに動いてください≫

「あいよ」










水瀬家に到着した俺は、到着と同時にすぐさま仮面を外し、後頭部でインターフォンを押す。だって両手塞がってるし。



  ぴ~んぽ~ん♪



いたってシンプルな音が鳴り響き、すぐにドアが開く。



「お帰りなさい、祐一さん」

「ただいまです、秋子さん」



中から出て来たのは、俺の母さんの妹である秋子さん。俺が一生頭が上がらないなと思う人物の一人。

青い髪を三つ編みにして、体の前に垂らしている。六年後も、今とまったく同じ姿だった。

4年前、過去に来て初めて会った時、ここが本当に過去なのか一瞬疑ってしまったほど、未来と変わらない。

ちなみに俺の母も同じ系統だ。”変わらない”。いや、母さんが姉だから、そっちが本家か?

俺の事情は(逆行してきたこと、レイクのこと等)大体話している。

・・・話すつもりはなかったんだが、秋子さん勘が鋭いのなんのって。最終的に邪夢で脅されました。



「プレシアさんも、ただいま」

「おかえり、祐一」



そして秋子さんの後ろに佇んでいた女性にも挨拶をする。

この人は【プレシア・テスタロッサ】。アリシアのお母さんだ。

今でこそこのように微笑みながら『おかえり』と返してくれているが、最初のころは般若のような形相をしていた。

ものすごい厚化粧で、服装はまんま魔女だったし。

ここが『あるはざーど』って場所じゃないと知ったときの憤怒の表情といったら・・・

正直マジびびった。

理由を聞いたら、なるほどなるほど。

娘のアリシアを助けようと――いや、死んでたんだから生き返らせようと、か?――して、

病にかかり、自分の寿命が縮まるのも無視して研究した末見つけた治療法が『あるはざーど』にあるということで、

孤軍奮闘頑張った結果、見事失敗に終わったらしい。哀れだ。

そのアリシアも今は元気に遊んでいる。アリシアの復活劇は・・・おいおい話すとしよう。



「プレシアさん、アリシアからどの程度聞いてます?」

「祐一が女の人をお持ち帰りするってことだけ」



・・・にゃろめ。もっとマシな言い方なかったんかい。



「とりあえず、彼女を休ませてから説明しますので、リビングにいてください」



寝かせる場所は・・・二階の俺の部屋でいいか。

・・・俺の家は他にあるのに、なぜかこの家には俺の部屋がある。



「祐一さん」

「はい? 何ですか秋子さん?」

「その人、祐一さんの部屋に寝かせるんですよね?」

「はい、そのつもりですけど」

「二階の扉、どうやって開けるんですか?」



・・・・・・あ



「ふふっ。プレシアさん、二階の扉、開けておいてください。あと暖房も」

「ええ、いいわよ」



プレシアさんはすぐに二階に上がっていった。



「祐一さん」

「・・・あ、はい?」

「他に必要なものは? 手当ても必要ですよね?」

「えっと・・・それじゃ、ほっかいろとかあれば、お願いします。

 体とか冷え切っていたので」

≪治療の方は私がします。ご心配なく≫

「はい。だったら、湯たんぽ、作っておきますね」



ほんと、頭が上がらない。



「それにしても祐一さん・・・力持ちですね」



・・・現在、お姫様抱っこ中です。だって背負うと引きずるし。









[8661] 第三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/05/16 22:00









玄関では、変な形してた靴に苦戦した。何とか脱がせ、二階へ運ぶ。

とりあえず彼女を布団に寝かせ、名雪の部屋から毛布を拝借して、それも被せる。



「祐一、面白いもの持っているわね」

「・・・気にしないでください」



プレシアさんに斉藤のマス○を見られながら言われた。

こんなもの水瀬家に置く訳にも行かないので、仕方なくコートの下から背中に入れる。

横から見たら、背中が若干不自然にぼこって膨らんでいることだろう。

その後すぐに秋子さんが湯たんぽを持って部屋に入ってきた。

いや、早すぎやしません? お湯沸くの。



「もともと沸かしていたのよ。私たちのお茶用に」



解説ありがとう、プレシアさん。



「真琴、もういいぞ。レイクはここでいいか?」

≪OKです≫



真琴を呼び戻し、レイクを枕元に置く。

レイクは常に俺と繋がっている状態だから、多少離れていても魔力供給は出来る。

枕元に置いとけば、後はレイクが自動で治療してくれるという寸法だ。

俺に張り付いた真琴はコートの真ん中のボタンを口で器用に開け、腹の中に入ってくる。



「あう~」



震えている。よほど冷たかったんだなぁ。

それと真琴、あう~なんて使っちゃいけません。普通の狐は鳴かないぞ、あう~なんて。

秋子さんが布団をめくり、膝の裏辺りに湯たんぽをセットする。・・・あれ?



「秋子さん? 湯たんぽそのまま肌に当ててたら、火傷するんじゃありませんでしたっけ?」



ゴム製の湯たんぽは専用カバーで覆ってはいるが、最初はかなり高温のはず。大丈夫なのか?



「大丈夫ですよ。そうならないように、水を足して少し冷ましてますから。

 本当は寝る少し前に布団に入れて暖めておくものですけど、そんな時間なかったですし」



流石秋子さん。俺の心配など杞憂だったようだ。



「それじゃあ、下に行きましょう。何があったのか、説明しますから」










説明は一言で済んだ。



「山の中で怪我してる彼女を見つけました。以上」

「・・・祐一さん、できればもっと詳しい事情を・・・」

「いやほんと、それだけです」



それ以外にない。



「ただ彼女、人間じゃないみたいです。幽霊とかの類じゃないことは確かですけど・・・何か、までは分からないです。

 実体もありましたし。俺じゃそれが限界でしたから、後は二人にお願いしようと思って連れてきた次第です」



アリシアさんは魔法方面で、秋子さんは謎な方面での知識を持っている。詳しくは俺も知らない。知りたくないです。

二人が組めば、この世に解けない謎はなかったりして。



「最初からそう言いなさい。・・・いいわ。一応、調べておくわ。

 魔法関連で人じゃない、人型のなにかなら、ある程度心当たりがあるし、範囲もそこまで広くないから。

 それで分からなかったら・・・」

「ええ、私が引き継ぎます。引き継ぐと言っても、身元を調べたりするぐらいが精一杯ですけど」



秋子さんのことだ、様々なパイプを持っているに違いない。口では謙遜してるけど。



「十分です。それでお願いします。それと秋子さん、まことに申し訳ないんですが「了承」・・・俺まだ何も言ってないです」

「彼女が目を覚ますまでは、責任を持ってこの家で面倒を見ますよ」



・・・なんで分かるんだろ。



「えっと、よろしくお願いします」

「気にしなくていいんですよ。家族のお願いなんですから、当然です」



家族と呼んでもらえる。それが・・・ものすごく嬉しい。顔がにやける。



「そ、それじゃあ俺、約束があるので行きますね! あ、プレシアさん、レイク使っても良いですよ。

 あいつスペック高いから、サポートなんてお手の物なんで! いってきます!」



早口で言って、家を飛び出す。にやけ顔見られてないと良いんだけど。






「・・・顔、にやけてましたね」

「ええ。可愛いわね、祐一」















水瀬家を出た俺は、ひとまず商店街へと脚を運んだ。

このまま【学校】へ直行するわけにもいかない。現在の時刻は12時50分だ。

アリシア経由で遅くなることを伝えてはいるが、このまま手ぶらというのもな・・・。

あいつらは気にしないだろうが、俺が気にする。

というわけで、おみやげを買って行こう!

あまり時間も掛けられないな。

さてなにかを買おうか・・・



「タイヤキ! ・・・に、しようと思ったが、いつもの屋台がない・・・残念」

「肉まん! ・・・全員分は置いてないか。ここコンビニも少ないし」

「アイス! ・・・寒い中待たせてさらに冷えるものって、どうよ?」

「牛丼! ・・・は嵩張って邪魔だし、皆お昼ご飯食って来てるだろうし・・・」

「イチゴ! 却下。名雪が全部食うに決まってる」



なかなかいいものが見つからない。時間ばかりが過ぎてゆく・・・どうしよう。



「う~ん・・・お?」



発見。














ブツを買い、【学校】へ急行。今度は移動中何事もなかった。

町からも見える大きな木の根元が俺たちの【学校】。

山道を走り、木々を抜け、やっと到着。ここに来るまでが異様に長く感じたぜ。

さて、皆は・・・いた。

全員こちらに背を向け、しゃがんで何かをしている。

さて、なんと声をかけようか。



「くぅ~ん」

「・・・よう皆、遅くなった」



真琴に先を越され、出ばなをくじかれてしまった。全員の視線が俺のほうに向く。



「あっ、祐一くん!」←あゆ

「祐一、おはよ~」←名雪

「「遅刻だよ~、祐一」」←舞×2

「祐一さん、大遅刻です」←栞

「相沢君、遅かったじゃない」←香里

「遅刻ですよ、相沢さん」←美汐

「あはは~、おはようございます」←佐祐理

「おはよう、祐一さん」←一弥

「おはよ~。二度目だけど」←アリシア

「くぅん」←真琴



ははは、一斉に言われたので誰がなんと言ったかさっぱりだ。

遅刻、遅いという単語はちらほら・・・。



「悪い、実は道端に外人さんが倒れてて・・・」

「言い訳なんて見苦しいわよ」

「相沢さんのことです。大方寝坊したか、」

「もしくは、またトラブルに巻き込まれたんでしょう? 生粋のトラブルメーカーだものね、相沢君は」

「ぐはっ・・・俺って、そんなに信用ないのか?」

「言葉通りよ」



香里、今日は辛辣だな。もっとオブラートなのを望むぞ。でないとグサッと来る。

天野は俺の行動的確にとらえすぎ。そして二人とも、息ピッタリすぎ。

ってか、(半分)本当のこと言ってるのに疑われる俺って・・・。



「安心して、祐一」

「私達は信じてるから」

「ありがとう、まいまい。お前ら二人は本当にいい子だな~」

「「えへへ」」



大きな舞と小さな舞に慰められる。頭を撫でると、喜ばれた。

大きい舞は一つ年上だが、本人は気にしていないようだ。(小=まい、大=舞と表記します)

まいは、舞の力が人型になった姿だ。舞と初めて会ったころ、つまり7歳のまま成長していない。

姿は違うが、性格はまさに双子と言っても過言ではないほどそっくりだ。

子供のころの純粋さそのままな舞は、俺にとっての癒しだったりする。



「うにゅ~。みんな、祐一が来るまで待ってたんだよ~」

「え、待っててくれたのか? 先に始めてもよかったのに・・・」



名雪は目が線になっている。昼過ぎは暖かいから(俺にはそれでも寒いが)、眠くなったんだろう。

・・・気を使わせちまったかな。しかし、まだ寝るか。



「待ってる間、何をしていたんだ?」

「これを作っていました」



栞が俺の前に手のひらを持ってきた。何か乗っている。これは・・・



「雪で作った雪見大福?」



丸い雪団子が二つ、縦に並んでいる。



「な?! そんなこという人嫌いです! こんなに立派な雪だるまなのに!」

「冗談だ。ちゃんと雪だるまに見えるぞ」



栞の頭を撫でて、周りを見渡す。あちこちに雪で作られた作品がある。

大量の雪ウサギに雪だるま。タイヤキにケロピー(なかなかうまい)そして・・・



「なんじゃこの芸術的雪ウサギは・・・」



美術館に飾れるんじゃないかってほど綺麗な雪ウサギだ。ファンタジー風にリアリティ(この表現も微妙だが)に出来ている。

カメラがないのが悔やまれる。



「あはは~、私と一弥の合作ですよ~」

「僕は雪を集めただけで、ほとんどお姉ちゃんが作ったんだけどね」



ボソッと一弥が耳打ちする。

はぁ・・・ほんとなんでもそつなくこなすよな、佐祐理さんって。

あれ? そういえば・・・



「ミシミシ、天音(あまね)はどうした?」



天音とは、天野の飼っている子狐の名前だ。真琴ととても仲がいい。もちろん妖狐。



「・・・なんですか、その一寸後には真っ二つに折れていそうな呼び方は」

「ミッシーの呼び名が不評だったからな。俺の乙女コスモから新たに湧き上がってきた名前を呼んでみた」

「・・・そんな酷なことはないでしょう」



どうやらまた不評だったらしい。



「あの子は今、里帰りしています」

「里帰りってことは・・・ものみの丘か。だったら一週間は帰ってこないな。

 しばらく真琴、貸そうか?」



真琴は(もちろん)天野とも仲がいい。この町に来たら二、三日は必ず天野宅へ泊まりに行くぐらいだ。

だが天野は今は遠慮しておくと答えた。正月が近いから、真琴に構う暇がないかも、ということだ。



「祐一くん祐一くん」

「んあ? なんだ、あゆあゆ」

「うぐぅ、あゆあゆじゃないもん。祐一くん、相変わらずいじわるだよ」



ほっぺたを膨らませるあゆ。頭を撫でてなだめると、少し機嫌が直った。



「ははっ、悪い悪い。それで、どうしたんだ?」

「その背中にあるの、なに?」



おっと、そうだった。

俺が、背負っているのはかなり大きなカバン。



「実は、遅れたお詫びに買ってきたおみやげだ」

「わは、なになに?」



最初にアリシアが食いつき、



「相沢さん、別に気を使っていただかなくても・・・」

「ありがと~祐一くん」



などなど、『気を使わなくてもよかったのに』という大人組と『わ~い、ありがとう!』という子供組に分かれた。

だれがどちら組かは推してしるべし。



「先に言っとくが、食べ物じゃないぞ。中身は・・・これだ!」



出すときに少しだけ溜め、一気に紙袋から出す。出てきたのは・・・



「わわ、たからばこ!」



しかも繊維強化プラスチック製。専用の入れ物(カバン)付き。なんでこんな物が商店街に、

小学生の俺でも買える値段で売っていたのか・・・謎すぎる。

そこには他にも珍妙なものが数多く置いてあった。

注意書きに書いてあった『決して割れない壷』には惚れた、あの店は商売上手だ。

店の名前は【九月堂】。覚えておこう。

”たからばこ”の蓋を開けて・・・周りを見る。

みんなどこにしまっていたのか、布に包んだ何かを手に持っている。



「よし、順番に持ってきたものを入れろ~!」



小さい子から順番に。最初はアリシア、次にまい、一弥、栞、天野、香里、あゆ、名雪、俺(と真琴)、舞、佐祐理さんの順だ。

全員が入れ終わり、しっかりと蓋をする。

これで下準備は済んだ。

もう一度周りを見る。今度は全員、手にスコップを持っている。かくいう俺も持っている。



「それじゃあ恒例の・・・ついにこの日が来た~! やろ~ども、準備はいいか~!」

「「「「「「「お~!」」」」」」」



二人ほど返事をしないが、いつものことだ。



「さっそく掘るぞ~! 最初に掘り当てたものには、商店街で交換できるお米券(5kg)を贈呈だ~!」

「「「「「「「おお~!」」」」」」」

「ちなみに、どこに埋まっているかは分からない!」

「「「「「「「ええ~!?」」」」」」」

「範囲はこの大きな木の周り! しかもここからここまで(約1.5メートル四方)のどこか!

 範囲は狭いが、毎度のことながらなかなか見つからない! だから一番深く掘った者には副賞もつけるぞ~!」

「「「「「「「おお~!」」」」」」」

「根っこに傷をつけないよう気をつけろよ~! 各々位置につけ! 任務開始だ~!!」



俺の掛け声とともに、一斉に散る。

毎度毎度言ってから思うのだが、20過ぎにもなってこの掛け声はかなり恥ずかしい。










今日は12月27日。これから、タイムカプセルを発掘する。









[8661] 第四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/05/16 22:07










各々掘る場所はすぐに決まったようだ。前回はかなり深いところまで掘ったので、浅く広くでは見つからない。

各自でチームを組んでいる。



「一弥。最初はお姉ちゃんが掘るから、掘った土が落ちてこないように周りを固めていって。少ししたら交代ね」

「うん、わかった」





「まい、絶対掘り当てようね!」

「うん! お米券も副賞も、私と舞で独占だよ!」





「お姉ちゃん、早速やりましょう!」

「まって栞。確か前は・・・この辺に埋めたはず。栞、このあたりを中心に掘るわよ」





「アリシアちゃん、一緒にやろう」

「うん、いいよ~。あゆちゃん体力ないし、僕がついててあげる」

「・・・うぐぅ、ボクの方がお姉ちゃんなのに・・・」

「わたしも一緒にやる~。く~」

「あれ? なゆちゃん? なゆちゃ~ん?」

「・・・名雪さん、寝ちゃった」





「・・・・・・・」

「くぅ~ん」

「あ・・・真琴。・・一緒に・・・掘ってくれますか?」

「くぅん!」

「ふふっ。のんびり頑張りましょう」





役割分担を決めたり、前回の記憶から大まかな見当をつけたり、何も考えず勢いで掘ったり。

考えれば結構しんどい作業なのだが、みんなの顔はイキイキしている。

俺も適当な場所で地面を掘り返し始める。タイプカプセルを埋めた正確な場所は大体憶えているが、

もちろんそこを掘るようなことはしない。

俺じゃない誰かがカプセルを見つけ、喜ぶ。周りは羨ましそうに見たり、純粋に褒めたり。

その、一見どこにでもありそうな暖かい瞬間が、俺はすごく好きだ。

ああ、もちろん掘るときは全力で掘るぞ。遊びで手抜きはしないのが俺の主義だ。







今やっているタイムカプセル発掘と埋設(で合ってるよな?)は、年に二回開催されている。

主催者はもちろん俺。期間は夏休みと冬休み中。賞品はいつも俺の自腹なので、なかなか頭を悩ませている。

そんなことはおくびにも出さないがな。

決行日は、ここにいる全員が集合できる日だ。皆、いつもこれを楽しみにしていると言ってくれた。



『みんなのタイムカプセル』は元々、4年前、舞対策に考案したアイディアだ。

俺もここまで大々的なイベントになるとは思ってもいなかった。



誰かが掘り当てるまで時間がかかりそうなので、俺は回想をしながら掘り進めることにする・・・。







4年前、舞と出会ったあの年のこと。

麦畑に、舞と一緒にタイムカプセルを埋めた。

舞はタイムカプセルが何か分からないようだったので、『未来の自分に向けて、過去の自分が送る宝箱みたいな物』と説明する。

それでもいまいち解っていないようなので、とりあえず実践することにした。

これは、「今度タイムカプセルを掘り出しに来るよ」という俺の意思表示だったのだが、

当然ながら子供に、しかもそんじょそこらの子供以上に純粋な舞には解らなかったらしい。

これは言い訳にしかならないが、まだ過去に戻って日が浅かったから、うまく子供の心理を理解できなかった。



結局前回と同様、帰る日に「まものがくるんだよ!」という電話が来た。

自分の浅はかさを恨みつつ、母にちょっと友達のところに行ってくると言い、麦畑へ急行。

そこに居たのは舞と・・・まい。まだ人の姿をとっていなかったまいだ。おかげでぜんぜん見えなかった。

俺が来たことで嬉しそうな顔をした舞が、「そこにまものがいるんだよ」と何も無い空間を指差さなかったら、気がつかなかった。

まいがいることが分かった俺は、とりあえず巧みな話術を披露した。いや、舞が純粋すぎたんだな、あれは。

ある意味騙すための話術だ。これほどまでに罪悪感を感じることなど、これまでにあっただろうか? いや、無い!!

断言できるぐらいこの時の舞を騙すことは勇気がいった。俺がんばった。

正確な内容は端折るが、大まかな会話は



「ほら、あれがまものだよ!」

「舞、アレは違うよ」

「ちがう? ちがくないよ、まものだよ」

「違うんだ。あの子は遊び場を荒らしに来たんじゃなくて・・・」

「じゃなくて?」

「ええと・・・そう、タイムカプセルを守っているんだ!」

「え? どうして?」

「俺と舞が埋めたタイムカプセルが、誰かに取られないように」

「ええ!? そうなの!?」

「そうだ。あの子は舞と同じぐらいいい子なんだ。ほら、よく見てみ。舞と同じ姿をしてるだろ?」

「え?」



ここで舞のイメージがはっきりしたのか、俺にも見えるようになった。舞と同じ姿の、まいだ。

まいが成長しないのは、舞の中のこのイメージが定着してるからだろうと思われる。



「あ、ほんとうだ」

「だろ? 俺は今から帰らないといけないけど、」

「うう・・・」

「・・・舞がいい子にしてたら、次の冬休みには必ず来るから」

「いい子にしてたら?」

「そうだ。だからこの子とも喧嘩しちゃいけないぞ」

「うん、わかった」



という意識誘導の末、俺はなんとか舞とまいの対立を防いだのだった。

悪いおじさんに騙されたりしないか、おにーさん本気で心配になりました。



そんなこんなでその年の冬休み、約束どおりタイムカプセルを掘り出した。

これで俺が嘘をつかないことを証明し、また遊びに来ると約束する作戦だったが・・・



「じゃあ、もっかい埋めよう!」

「は?」

「だから、もっかい埋めるの、たいむかぷせる!」



舞がまたやると言い始めた。よほど楽しかったらしい。



「さんせ~!」



”まい”も賛成する。どうやら俺が帰ってからの4ヶ月で自我が芽生えたらしい。



「え~と・・・とりあえず、今はだめだな」

「え~?」

「なんで~?」

「どうして~?」



二人の”台詞引継ぎコンビネーション”は、もうこの時には完璧だった。



「タイムカプセルに入れる物が無い。今掘り出したのをまた入れるワケにもいかないし。

 明日、タイムカプセルに入れる物とスコップを持って、ここに集合。

 そのあと、前に約束したとおり、俺の秘密基地に案内するから、そこに埋めよう」

「「わ~い!!」」

「あと、俺の従妹も紹介しよう。いつものんびりしているヤツだが、きっと二人と仲良くしてくれるぞ」

「「やった~!!」」



翌日は、名雪も交えて4人でタイムカプセルを埋めた。



これが『みんなのタイムカプセル』の始まりだな。








そして年々数が増えていき、今では11人+2匹の大所帯だ。今日は一匹いないが、里帰りじゃしょうがない。



「ありました!」



丁度回想も一区切りついたころ、タイムカプセルが見つかった。

彼女はそれを穴から取り出し、みんなに見せる。確かに以前埋めた丸いクッキーの缶が二つ。

発見したのは・・・



「はい、今回の勝者は、天野・真琴チーム! みんな、拍手!!」



パチパチパチと拍手が響き、「すご~い」「いいな~」という声が混じる。みんなの表情は、暖かい。

まさにこれが俺の見たかった光景だ・・・。



「掘り当てたのは初だったな。おめでとう」

「真琴が、がんばってくれましたから・・・」

「真琴だけじゃなくて、二人で一緒に掘り当てたんだ。そうだろ? 真琴」

「くぅん」

「ほらな。だからおめでとう、天野、真琴」

「あ、ありがとうございます」



あの天野が珍しく、うっすら頬を染めてテレている。

よく見ると少し微笑んでいる。うん、いい表情だ。



「さてそれじゃ、続いて副賞を・・・」



周りを見ながらそこまで言って、言葉を切った。



「・・・決めようと思ったが、ダントツだな、香里」

「うるさいわね、ほっといてよ!」



他に比べ、明らかに群を抜いている。よくもまあ、あそこまで掘れたもんだ。

50・・・いや、60はある。

・・・普通20cmも掘れば、そこにはないと思い別の場所を掘り始めるが・・・香里のやつ、意地になったな。

香里が自分の記憶を信じ、ここにあったはずと掘り続けた結果がこれだ。

『同情してます』って視線を送ったら、恐ろしい眼力が返ってきた。

あれがそのまま進化したら、『コロス笑み』と呼ばれる物になるのだろうか。

タイムカプセルは、実際はこの穴から30cm離れたところに埋まっていた。



「お姉ちゃん、今まで一回も掘り当てられてないのが悔しいから、今日は絶対見つけるんだって、昨日張り切ってましたから」

「ちょっと栞! 聞こえてるわよ!」



栞が俺にコソッと耳打ちしてきたが、香里には聞こえていたらしい。・・・いや、あれはワザとだな。

香里に聞かれたのに、栞のやつまったく慌てていない。香里が栞を追いかけ、逃げる栞はあっさりと捕まった。



「えう~、本当のことじゃないですか」

「だ・ま・り・な・さ・い!」



香里の気迫に、しかし栞は怯まず。ほんと、仲のいい姉妹だよな~。

二人の会話をBGMに、とりあえず用意したタイムカプセルを先に埋設することにした。

香里が掘った穴の底の周りをスコップで崩し、広げ、”たからばこ”が丁度安定するように調節する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、こんなもんかな。



「はい、祐一さん」

「お、ありがと、佐祐理さん」



佐祐理さんからタイムカプセルを受け取り、ゆっくりと穴へ降ろす。

あとは掘り返した土を戻すのみ。

と、俺の対面から土が穴に落ちた。

見ると・・・真琴だった。後ろ足でせっせと土を戻している。

俺も土を入れることに専念した。周りでは、皆自分の開けた穴を埋めている。

じゃれあっていた美坂姉妹も参戦する。掘っているときとは違い、元に戻すのはすぐに終わった。



「こんなもんかな」



一応周囲を見回し・・・うん、問題ない。

土をいじったので積もってる雪が茶色に変色していたりするが、まあ綺麗な状態に戻った。

腕時計を確認。14時30分。ここに到着したのが13時20分だから・・・

はは・・・回想長すぎ。どんだけ?(汗)



「おっし、みんな行くぞ~!」



缶を持ち、掛け声をかけたら返事が返ってくる。『は~い』だったり『お~』だったり。



タイムカプセルの楽しみは、これからだ。









[8661] 第五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/08 15:21









時間は少し進み、ここは月宮宅・・・あゆの家の玄関前。

なぜここに居るかというと、単純に【学校】から一番近いからだ。

タイムカプセルは掘り出した後、すぐに開けるわけにはいかない。

スコップを使ってはいるが、土を掘り返すのだから、当然俺達は泥だらけになっている。

泥を落とし、綺麗になってから開けるのが、毎年の恒例だ。

ああ、着替えは置いてある。このメンバーは仲がいいので、結構頻繁に他の家に泊まりに行くからだ。

各家には、必ず一着はみんなの着替えがある。俺だけはこの町出身じゃないから、持参しないといけない。



「お母さ~ん、ただいま~」

「おかえり~、あゆ。・・・あらあら、皆もいらっしゃい」



奥から女の人が出てきた。家事をしている最中だったのか、エプロンで手を拭いている。

この人があゆのお母さん。はっきり言おう、美人だ。顔立ちはあゆと似ていて、あゆが順調に成長すればこのようになるのでは?

という感じなのだが・・・俺は知っている。あゆが成長しても童顔は直らず、このような美人にはならないことを。

そのかわり、可愛い系に成長する。あゆもいい人のところに産まれたよな。それを言ったら他の皆も当てはまるんだけど。



「お久しぶりです、またお世話になりに来ました」

「久しぶりね、祐一君。もうお風呂沸いてるから、順番に入っちゃいなさい」



あゆから聞いていたのだろう、準備も万全だ。さっそく誰から入るかジャンケンをする。

さっさと汚れを落としたいのか、気合も十分みたいだ。

・・・一応言っとくが、俺はジャンケンに参加しないぞ。

子供だし、別に皆と入ってもなんとも(と言うと失礼か)思わないが、皆の方は気にしだす年頃だろうし。

だから去年から、俺は一番最後に入ることにしている。



「僕は祐君といっしょ♪」

「ぼ、ボクも祐一さんと入ります」



年齢的に考えて一弥はセーフだろうに、ジャンケンをせず俺のところに来る。

まだまだ子供だし、家でもたまに佐祐理さんと入ったりしているらしいのだが・・・。

現に佐祐理さんは気にせず、一弥を呼んでいた。逆に一弥の方が気にしていた。

マセてるな。助け舟を出し、俺たち三人と舞は待つことにした。



舞とまいはいつも一緒だ。二人はバラバラに入れない。この二人、ジャンケンでは100%同じ手を出す。

すなわちどちらかが片方がジャンケンをすればいい。

もし一番風呂が三人決まり、あと一人を決める時に舞とまいが残っていたら、永遠に決着がつくことはないだろう。



ただのジャンケンなので、燃えるような展開があるわけでもなし。決着はすぐについた。

一番風呂は名雪、天野、栞、佐祐理さん。

二番目にあゆ、舞、まい、香里。

そして最後に俺、アリシア、一弥、真琴だ。

皆が上がるまでは時間がかかるので、その間にコートやクッキー缶についた汚れなどを払うことにする。

外に出て、”たからばこ”が入っていたバッグを降ろし、コートを脱いだところで、



  カランッ



と音がした。見てみると、



「ああ、忘れてた」



すっかり存在を忘れていた、斉藤のマス○・・・いや、伏字はよそう。斉藤のマスクだ。



「これをタイムカプセルに入れればよかったな・・・」



考えてみれば、タイムカプセルはマスクを手放す絶好の機会だったのだが・・・。

いや、未来の自分に問題を丸投げするだけだけど。

まだポケットにコケシも入っていたっけ。

そばにいたアリシアが食いついてきた。



「うわ、なにそれ。かっこい~ようなそうでもないよ~な・・・」

「お前、その台詞今日二回目。いるか?」

「いらない」

「だよなぁ。一弥は?」

「いえ、ボクも」



ふむ、どうしようか・・・。

よし、この斉藤のマスクは恭介にあげるとしよう。





(※ネタバレです。リトバスプレイ中の人は読まないように!)

―――棗 恭介(なつめ きょうすけ)―――

俺の学校の友達で、いつもいつも唐突に変なことを始めるヤツだ。俺のいっこ上。

あいつは【リトルバスターズ】なるもののリーダーで、日夜正義のために活躍しているらしい。本人談だ。

最近、蜂の巣退治で新聞にも載ったことがあるほどの大物。

高校三年のころ、二年の修学旅行について行く為バスに(無断で)乗り込み、そのバスが事故にあったりしたのだが、しぶとく生還していた。

ルックス良し、頭良し、性格良しで、ムードメーカー。実行力もあるし、器量もいい。なにより、子供のように純粋だった。

そんな俺から見てもイイ男な恭介は今、小学六年生。このマスクを渡したら、どんな反応をするのだろう。



その時の反応を想像しつつ、土を払う。マスクはコートに包んでおく。

アリシアに構い、一弥をからかい待つこと約1時間、俺達の番になった。















SIDE:あゆの母

あゆ達が出てきて、入れ替わりで祐一君達がお風呂に向かった。

小さな女の子を構う姿を見ている分には、ただの面倒見の良い男の子にしか見えない。

あの子は不思議な子供。どこからどう見ても子供なのに、素知らぬ顔をして、私達親子を助けてくれた。

大人の私でさえドキッとするような表情を見せる時もある。

私の女の勘が告げている。彼は将来、絶対にイイ男になる。

でも、この子達は気がついていない。子供だからしょうがないんでしょうけど・・・。

こういうのは、あれかしら? ライバルとか、そういうのが出てこないと自覚しないとか?

他の親御さん達も祐一君を狙ってるだろうし・・・私もあゆに発破をかけるべきなのかな?













SIDE:祐一

お風呂で久々にビビッときた。もとい、ゾクッときた。

なんか嫌な予感がする。具体的には、そう遠くない未来に修羅場かなにかが待っていそうな気が・・・。

以前も言ったが、俺の嫌な予感は9割の確立で現実となる。しかも大半がロクなもんじゃない。

・・・だが外れる確立も一割は残されているはず。



――祐一さん。奇跡は、おきないから奇跡って言うんですよ。



電波が来た。聞こえない聞こえない。



「祐君? もう終わった?」

「ん~、もうちょっと」



ただ今アリシアの髪を洗っている最中。一弥は湯船に浸かっている。

真琴は俺の頭の上でぐて~っと。



「おし、オッケー」



シャワーでしっかりと流す。うむ、完璧。

お湯に浸からないようアリシアの髪をタオルで巻き、頭の上で束ねる。



「一弥、交代だ」

「あ、はい」

「おっふろ~」



一弥が出て、アリシアが飛び込む。ってこらこら、行儀が悪い。



「祐君、こっちこっち」

「はいはい」



アリシアに促され、俺が先に座り、アリシアが俺の前に座る。

そして俺の顎はアリシアの頭に。高さが丁度良いんだよな~。

風呂に入る時のいつものポーズだ。ふへ~、ごくらくごくらく。

寛いでいると、視線を感じる。見れば、一弥がこちらを見ていた。



「どうかしたか?」

「え? ええっと・・・ちょっと失礼かもしれないですけど、

 なんだかこう見ていると、ホントの兄妹みたいだなって」

「俺とアリシアは家族だぞ。まあ、一度も『お兄ちゃん』なんて呼ばれたことはないが」

「祐君は祐君だし」

「ほらな」



最初の自己紹介のときに、「俺のことは祐一君でも祐一さんでも、祐君でも好きに呼んで良いぞ」って言ったのが原因。

祐ちゃんと言わなくて本当によかった。



「でも、羨ましいです」

「何が?」

「僕、お姉ちゃんはいるけど、お兄ちゃんはいないから。

 お姉ちゃんがお姉ちゃんでよかったけど、やっぱりお兄ちゃんも欲しかったな・・・って」



佐祐理さんほど理想的なお姉ちゃんもそうはいないだろうに。贅沢なヤツめ。



「だったら、俺のことをお兄ちゃんと呼んでも良いぞ」

「ええ?! えっと~・・・祐、にいちゃん、ですか?」

「・・・う~ん、あんま面白くない」

「僕は恥ずかしくなってきました」



赤くなった顔ではにかんだ一弥。そっち系のお姉さんが見たら迷わず『お持ち帰り』するだろう破壊力。

もちろん俺はそっち系の趣味じゃないので、どうということはない。



「今はまだ祐一さんって、呼びますね」

「おお。・・・まだ?」

「はい、まだ」



まだって、なに? それはつまり、後々は兄と付ける気なのか?

は!? まさかこいつ・・・アリシアと結婚する気か!?

アリシアはまだ5歳だぞ! お嫁になんてやりません!!



「(お姉ちゃんと祐一さんが結婚したら、必然的に祐一さんは僕の”お義兄ちゃん”になるわけだしね)」

「(むむ、なんだか一弥くんからイヤな感じが)」



何故だか知らんが、この狭い範囲に不穏な空気が渦巻いている気がする。話題話題・・・



「おお、そういえばお風呂場といえば・・・真琴、今のお前は知らないだろうけど、

 昔お前、風呂場で俺にタライをぶつけてきた事があったんだぞ。あれって、どっから調達してたんだろうな?」



毛皮が濡れてちょっとへばっている真琴の頬(あたり)を突付きつつ俺が思い出すのは、悲しくも暖かい思い出。

アレは俺の中でも未だに解けていない謎だ。(京アニのカノン第5話参照)



「くぅん?」

「分かんないよな、お前も」

「祐君祐君」

「ん?」

「まこちゃんが怒るなんて、珍しいね。なにしたの?」

「ん~、丁度その時俺、考え事しててさ。真琴が風呂に入ってるのに気がつかなくて、うっかり入っちゃったんだ。

 その後すぐ出れば良かったんだけど、な~んかこのまま引くわけにはいかないって思ってさ。

 これも何かの縁だ、一緒に入るとしようって言った瞬間、”きゃあ~~~!!!”って叫びながらタライその他を投げてきたんだ」

「あう、あう~~!!」

「きゃあ?」

「なんで怒るの?」



真琴が必死で首を振る振動が伝わってくる。安心しろ真琴、もう昔のことだ。

一弥、そこは突っ込んじゃいけないところだ。聞き流すことも覚えるように。

アリシア、お前もあと十年もすれば分かるようになる。



「若気の至りってヤツだな」





風呂場の騒動は、この一言に尽きる。









[8661] 第六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/05/23 10:53










風呂は20分くらいで上がった。俺は持参の服を、アリシアはあゆの服を借りている。

居間へ入ると、各々が寛いでいる。部屋の隅にはドライヤーが置いてあった。

誰かが使ったのだろう。そもそも髪長いの多いし。

真琴を持ち、ドライヤーまで連れて行く。早く乾かさないと風邪を引くからな。

スイッチを入れ、少し離してから真琴に風を送る。



「熱くないか? 真琴」

「くぅん」



大丈夫そうなので、全身を撫でながら満遍なく乾かす。段々フサフサしてきて、気持ちがいい。

完全に乾いたのを確認してから、真琴を頭の上に乗せる。



「アリシア、おいで」

「うん♪」



今度はアリシアを呼ぶ。俺の前まできて、背を向け座った。

俺はドライヤーを持って、アリシアの髪を乾かし始める。



「♪」



ドライヤータイムはアリシアのお気に入りだ。これの時間はいつも機嫌が良い。

アリシアの髪を傷めないよう加減して髪を乾かす。こういうときも手は抜かない。

にしてもアリシアの髪って、やっぱ気持ち良いな。サラサラしてて。

もともとドライヤー自体が温まっていたというのもあって、数分で終わった。



「おっし、終わり!」



若干名残惜しそうなアリシアだが、文句は言わないらしい。撫でこ撫でこ。



「相沢さん」



アリシアを撫でていると、天野が話しかけてきた。傍に香里もいる。



「実は、ちょっと私たちからの相談があるの」

「相談? 天野と香里から?」



この二人が俺に相談事を持ちかけるとは、珍しい。

大人組のこいつらは、普段から大抵のことは一人で解決しようとするし。



「言ってみな。可能な限りは聞いてやるぞ」

「実は、私の副賞と、天野さんのお米券を、取り替えてほしいの」

「取り替え? 唐突だな。二人が別にそれでいいんなら、俺にも異論はないぞ」



あ、”異論”って言葉はこいつらにはまだ難しかったかも。もう言っちまったからしょうがないけど。

しかし賞品の取っ替えか。俺が風呂に入っているときに話したのか?



「そして、私は副賞はいりません。代わりに一つだけ、相沢さんにお願い事を聞いてほしいのです。

 ・・・勝手なお願いなのは重々承知しています。ですがどうか、聞いていただけないでしょうか?」



・・・天野。重々承知とか、小学4年生が使う言葉じゃないし。相変わらずおばさんくさいな。



「だったら天野、副賞を取り下げる必要はないぞ」

「え?」

「何故なら今回の副賞は・・・コレだからだ!」



それにしても今回は、タイミングがいい。

用意していた副賞を取り出す。副賞は・・・名刺サイズの紙が一枚だ。

もちろんただの紙ではない。とある言葉が書かれている。



「『相沢祐一がなんでもお願い聞いてあげるで賞。注意→ただし、俺が出来ることに限ります。願いを増やせという願いは受け付けません。

 例え俺の出来ることでも、”今持っている全財産をくれ”などという理不尽な願いも却下されますので、あしからず』?

 しかも同じことが三回書かれています。あ、それぞれの文章の最後にはイラスト付です。ウサギと狐と・・・狸?」

「字が細かすぎるわよ! しかも無駄に凝ってるし!」

「カオリン、ナイス突っ込み!」



これは三枚組みの『相沢祐一、なんでも券』だ。この一枚に三回同じことを書くのは苦労したぞ。

しかもちゃんとハサミ無くても大丈夫なように、カッターで細かな切り取り線も入れてある。



「なんでこんな無駄なことに全力を尽くすのよ、相沢君は」

「全力じゃないぞ。6割程度だ」

「一度アナタの全力を見てみたい気もするわね」

「それはまたの機会に」



本当に苦労した。なんせ今回は副賞を用意するのを忘れたから、急いで作ったんだ。

・・・秋子さんから、0.18mmのボールペンを借りて。

これって、時代的に確かまだ一般発売されてないはずなんだけど・・・。

秋子さんの謎がまた一つ増えることになった瞬間だった。



「相沢さん、早速一枚使わせてもらいます」

「おう、いいぞ」



天野から券を受け取る。絵柄は・・・狸だ。

狸って、確か三枚組みの真ん中の券に描いてたんだけど・・・。なぜ端っこを使わない。

・・・せっかく書いたのに、このまま捨てるのはもったいないな。また書けば良いだけなんだけど。



「さて、天野。お願い事ってのは、なんだ?」

「・・・天野」

「?」

「その、天野という呼び方を止めてほしいんです」



・・・どういうことだ? 天野を天野以外で呼べということか?



「あまのん?」

「そうではなくて!」

「分かってるって、美汐」



いくら俺でも、そこまで鈍感馬鹿じゃないぞ。



「!! ・・・いきなりは驚きます。相沢さんは、話にもっと脈絡をつけてください」

「善処はしよう。・・・そういえば、名字で呼んでるのって、美汐だけだったな。

 悪かった、今まで気がつかなくて」

「気にしないでください。これで、皆さんと同じですから」



頭を撫でてやると、困った顔はしていたが、満更でもなさそうな感じだった。



「・・・ほら、相沢君。皆も待ってるんだし、早くタイムカプセル開けましょう」

「お~。・・・香里? なんか、ちょっと不機嫌じゃないか?」

「そう? そんなことないわよ。気のせいじゃない?」



香里が少しピリピリしてたようだったが・・・本人に自覚は無いようだ。

なんなんだかな~。



「そうか・・・。あ、そだ。はいよ、『一番深く穴を掘りましたで賞』の、お米券。

 それと、使用済みで悪いが、『素晴らしい友情で賞』としてこれも渡しておこう。いつでも使いな」

「・・・ありがと」



香里にはお米券と、先ほど美汐が使った『相沢祐一、なんでも券』を渡しておいた。

コレで少しは機嫌が良くなってくれると良いんだが・・・。

なんだか物で機嫌を取ってるあたり、嫌な大人みたいで、自己嫌悪。



「気持ちを切り替えて、タイムカプセルを開けるぞ~!」



缶二つを机の上(今更だが、あゆの家は掘り炬燵だ)に置くと、全員が集合する。

”8時だよ!”と心の中で叫んでおく。

それぞれが座ったところで、一つ目の缶を開ける。

中に入っていたのは・・・封筒。



「あ、コレボクの」

「これは私のです」



あゆと栞が即効で手を出す。表に名前が書いてあるので、すぐに自分のだと分かる。

中身は手紙。

内容は王道の、『未来の自分へ、過去の自分より』。

・・・ではなく、『その時に一番心に残った出来事と、あまり残らないどうでもいい思い出』だ。

これには別に、なにか特別な意味があるわけじゃない。

ただ未来への自分へ手紙を書けというのよりかは書き易いかなって思っただけ。

実際俺でも、未来への自分に、なんて何書けば良いかわかんないからな。しかも開けるのは年に二回もだし。

しかしこれが、こいつらには結構好評なのだ。なんでも、家でも話題として使っているとか。

自分で書いた印象の薄い出来事を見て、「あれ? こんなことあったっけ。そういえばあったかも」と思い出しつつ、家族で会話するんだとさ。

皆自分のを見つけ、早速中身を開いている。

さて、俺のは・・・最後に残ったこれだ。

確か前回は、近所に住んでる今年高校二年生の折原浩平さんの奇行の数々を書いていたはずだが・・・。

封筒から出し、三枚折りにしてある紙をぺらっと捲る。





――この世界には秘密がある――





紙から目を離し、目頭をつまむ。疲れてんのかな?

なんとなく諦めつつ、もう一度紙に目を落とす。





――この十字架には秘密がある――





なんか文字が変わっていた。



「どうかしたの? 祐一」

「名雪、世の中には知らないほうが良いことがいっぱいあるんだ」

「??」

「分からないなら例を出す。例えばこの手紙の中身とか、秋子さんが作るオレンヂ色のゲル状物体とか」

「わわっ、私なんにも聞いてないよ!」



そう、それでいい名雪。あのまま手紙の中身を気にすれば、アレを食うのと同等の出来事に遭遇したかもだぞ。

迷子と同じく、俺の不幸スキルのひとつ、トラブルメーカー。

俺はあくまで巻き込まれているのでこの言葉は若干語弊があるのだが、

俺は自分じゃ意識してないのに何故か、そう何故か! 厄介ごとに巻き込まれる。

しかも他人から見たら俺が原因らしい。

失敬な!

そして数々のトラブルに巻き込まれてきた俺の勘が告げている。これ、絶対ヤバイことだ。

しかも手紙を見た時点で既に回避不可。俺に出来ることは、これ以上被害者を増やさないことだけ。

どうせどうにもならないので、とっとと残った缶を開けることにする。

封筒に入ってなかったことを考えて、十字架とはこの中に入っているのだろう。

今の俺にとってこの缶は『パンドラの箱』同然だが、開ける以外の選択肢などありはしない。



「次開けるぞ~」



言っとくが、俺は進んでトラブルに巻き込まれるほど厄介事好きじゃないぞ。

パカッと開けると、中には布に包まれた何かが複数。

”たからばこ”に入れた物と同じような・・・というか、ぶっちゃけ同じだ。布の柄は違うが。



「あ、確か前の模様はコレだったよね、一弥」

「うん、それだよ」

「私たちのは」

「コレだね、キリンさんハンカチ」



今度は封筒のように名前は書いてないので、柄で見分けている。

一人一つずつだと探すのが面倒になるので、布で包むのは二人で一つにしている。

あゆと名雪、舞とまい、香里と栞、美汐と天音、佐祐理さんと一弥、俺と真琴とアリシアだ。人数が溢れるから俺達だけ三人。

ただ、時々は一緒に入れるメンバーを変えたり、一人一つで包んだりもする。いつも同じだと、飽きるからな。

俺達のは・・・これ。

持った瞬間分かった。これに入ってる。

俺は浩平さんや恭介達の写真を入れていた。もしまだ写真が入っているのなら、もっと分厚いはずだ。

だが写真は入っていなさそうである。



「どうしたの祐君? はやく開けよう」

「あ、ああ」



アリシアはこれが初のタイムカプセルになるため、もんの凄く期待に満ちた目で見てくる。

つまり俺には最初から逃げ道は・・・無い。

覚悟を決め、ブツを包んでいる布(俺達はスカーフ)を解く。



「わあ・・・」



アリシアは感動している。大人になると何故こういうことで感動できるか分からないな。損した気分だ。

中には・・・やっぱり。鈴付きの首輪と、リボンと、十字架が入っていた。

リボンを先にアリシアに渡す。



「はい、アリシア」

「ありがと~」



このリボンは、俺がアリシアに初めてプレゼントしたものだ。

タイムカプセルに入れるとき、本当にいいのか? と聞いたら、

『タイムカプセルって、自分の大切なものを入れる宝箱なんでしょ? だったら大丈夫。これは、私の宝物だから』

と言ってくれた。思わず抱きしめて頭を撫で回した俺は間違っていないと思う。

次に鈴付き首輪を持つ。



「くぅん」

「慌てるなって。真琴」



これは真琴お気に入りの鈴。鈴は俺が母さんに作ってもらった特別製だ。

音が普通の鈴とは違う。・・・何が違うとはハッキリは説明しづらいが。

なんで母さんこんなもの作れるんだ? って質問は愚問と言うものだよ。

首輪を真琴に着ける。久しぶりの首輪が嬉しいのか、早速首を振る真琴。それに合わせ、鈴がちりんちりんと鳴る。

それを満足げに見つめて、俺は手の中に残った最後の一つに意識を移した。

ちょっと凝った装飾の十字架。それ以外は特徴らしき特徴は見当たらない。

レイクがいれば解析系の魔法が使えるかもしれないが、今は手元にないし。

どこかがカチッと回ったりしないか気になりあちこちいじったりしたが、何も無かった。

これって、何なんだ?



「祐一さん」

「・・・・・・」

「祐一さん?」

「・・・んあ? 佐祐理さん?」



俯けていた顔を上げたら、目の前に佐祐理さんの顔・・・って、近い近い近い!

思わず後ろにのけぞったら、アリシアにぶつかった。



「わきゃっ!」

「おっと、悪い。大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

「ごめんなさい、私がいきなり話しかけたから」

「佐祐理さんは悪くないって。悪いのは俺。ちなみに異論は認めません。

 ところで、どうかした?」



おどけた風に言って、さっさと話題を変える。

佐祐理さんとリアルで「ごめんなさい」「こちらこそ」「いえいえ私のほうが」をする気はない。

そういえば佐祐理さん、さっきは俺のほぼ対面にいたのに、何故俺の横に?



「祐一さん。この後何があるか、憶えていますか?」

「え?」



佐祐理さんが小声で耳打ちをしてくる。息が耳に当たってくすぐったい。



「今年は、祐一さんが一番目ですよ」



それだけを言い、元の場所に戻っていく。

この後? 一番目?

佐祐理さんの言葉の意味を考える。

この後・・・タイムカプセルを開けた後は? 皆で中身を見せ合う。

皆で見せ合った後は? 思い出の品について語り合う。・・・語り・・・合う?

そこでようやく俺は佐祐理さんの言わんとしていることを理解した。

『みんなのタイムカプセル』では、開けた後にそれにどんな思い出が詰まっているかとか、どんな経緯で手に入れたとか、そういうことを話すのだ。

本来なら写真を見せて浩平さんや恭介達の奇行を話すはずだったのだが、その計画は脆くも崩れ去った。

つまり俺は、この十字架で話をでっち上げなければならない。しかも即席で。

まさか馬鹿正直に「中身がすり替えられちゃった、てへっ」なんつー愚かしいことを言うわけにもいくまい。

そんなことをしたら、次回からワクワクしながらタイムカプセルを掘り出せなくなるだろうし。

中身変わってないだろうかと不安でドキドキはするかもしれないが。

なにはともあれ、急いで話を考えないと。



「今年は誰からだったかしら?」

「祐一さんからですよ。祐一さんの話、いつもすごく面白いですから、楽しみです」



皆の視線を俺が独占♪

・・・美坂姉妹よ、なんて間が悪い。何故例年よりそれを早める。いつもなら後10分は余裕があった筈なのに。



「あ~・・・よし、それじゃあ、この十字架についてのエピソードを語るとしよう」



結局その場で話を作ることになった。



「この十字架は、俺んちに代々伝わっているものでな。

 口伝では一千年前から存在しているらしいんだ。名前はアヴァンシェル。

 コレには天使が宿っていて・・・・・・




















 ・・・相手は天界と魔界の最強の存在を倒した男。そしてその肉体を、究極の厄災が乗っ取っている。その力はもう、未知数。

 だが魔王の心には、それでも絶望は無かった。当然だ、彼は一人じゃない。自分を魔王だと知っても、共に歩んでくれた仲間達がいる。

 その仲間達がいる限り、自分は負けない。流星の降る町で、最後の対決が始まった。

 たった一人の最凶の存在と、仲間を伴った最強の魔王。勝利を掴んだのは・・・最強の魔王。

 仲間の弱点を知っている自分。自分の弱点を知っている仲間達。

 お互いがお互いを知り合っているからこそ的確なカバーが出来、ピンチすらもチャンスに変えられた。

 結果、最大のチャンスに繰り出した魔王の一撃がトドメだった。究極の厄災は、潰えたのだ。

 しかし魔王は知っていた。最悪の敵を退けることは出来たが、これで終わりではないことを。

 これは一千年の昔より続いてきた戦い。そしてこれからも続いていく。

 先祖代々受け継がれてきた魔王という使命。力は新たなものに受け継がれ、厄災もまた、再び現れる。

 そして新たな厄災が現れるのが、俺の代。俺の一族は、魔王と共に戦う家系で、

 この十字架は、俺のじーちゃんから貰ったものなんだ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



しんとしていた。みんなぽか~んとしている。

話しているうちに話が肥大していってしまったのだが・・・やりすぎたか?

ちょっと不安になってしまった。



「えっと・・・面白くなかった?」

「・・・なんというか・・・」

「話が壮大すぎた・・・と言うところでしょうか」

「あはは~・・・」



香里、美汐、佐祐理さんも呆然としている。

この三人のこんな様子は、初めて見るかもしれない。

このままこの空間だけ固まったままになるかと思ったのだが・・・



「す・・・」



子供の思考力とは、とても柔軟に出来ているらしい。



「すごいよ~! 祐君!!」

「祐一凄~い!!」



アリシアとまいに抱きつかれた。別に俺が凄いわけじゃないんだが・・・。

この二人を筆頭に、次々に抱きつかれる。

舞、あゆ、栞、一弥、佐祐理さん・・・って?!



「佐祐理さんもですか!?」

「あはは~」



佐祐理さんはさっきのが作り話だと知っているはずでしょ!

それからてんやわんやの大騒ぎ。結局話は俺のだけで終わってしまった。

名雪? 名雪なら寝てるぞ。俺の話が長すぎたらしい。話し始めて10分で沈没した。

俺が喋った時間は一時間強だ。我ながら驚くほど回る舌だと実感した。















「お邪魔しました」

「またね~」

「うん・・・本当に送っていかなくて大丈夫?」

「はい、大丈夫です。それに俺達子供より、あなたの方が夜道は危ないんですよ」

「あら、どうして?」

「乳臭い子供よりかは、美人な女性のほうが危ない人に狙われやすい、ということですよ」

「うふふっ、それって口説いてる?」

「さあ、どうでしょう」

「うにゅ~、おやすみなさい~」



時刻は18時過ぎ。日はとっくに沈んでいる。

他の皆はまだ残っている。全員迎え待ちだ。皆に帰るとは言ったので、見送りにきたのはあゆのお母さんだけ。

俺達は自分で帰る事にしている。こんなことで秋子さんの手を煩わせるのも気が引けるし。



「ねえ祐一君。うちのあゆなんか、お買い得よ。今のうちに先買いしておかない?」

「・・・あなたもですか。・・・考えておきます。他の人にも同じこと言ってますけど」

「いっそ第2婦人とかでもいいわよ? 祐一君なら安心だし」



これも同じことを言われた。具体的には舞のお母さんとか、佐祐理さんのお父さんとか・・・。

普通、「お前のようなヤツに娘はやらん!!」でしょうが。



「?? 祐君、どういう意味?」

「アリシアはまだ知らなくていい事だよ」

「祐一君ぐらいの子供なら、今の意味も分からないはずなんだけどね・・・」

「知識だけは、人の二倍ありますから」



前回の18歳と合わせて、ざっと22歳分の知識が。今11歳だから、丁度二倍。



「アリシア、手」

「うん」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」



こうして俺達は月宮宅を後にした。










帰り道。アリシアと名雪と手を繋いで歩いている。名雪はもう完全に寝ている。



「あ、祐君祐君」

「ん? どうした」

「今思い出したんだけど、あのお姉さん、起きたんだって」

「そうか、目が覚めたのか。いつごろだ?」

「ん~・・・ドライヤーしてもらってた時」

「そうか」



一時間以上前か・・・



「邪夢の被害に遭ってなければいいんだけど・・・」

「え? なに?」

「なんでもない」





俺の懸念は現実となる。









[8661] 第七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/06/05 08:19








知らない天井だ。





と言う言葉が頭に浮かんだ。何故?



・・・ここは、どこだ?

体を起こし、あたりを見回す。

殺風景な、部屋。外から差し込む光は茜色で、日が沈みかけていることを示している。

ぼーっとする頭で現状を理解しようとする。何故私は、ここにいるのか。

私は・・・・・・

そこで扉が開く。そこから現れたのは、青い髪の女性。

とても穏やかなそうな顔立ちだった。

彼女は私に近づいて、私の身を案じる発言をしてくる。体は大丈夫だと答え、何故私がここにいるのかを問う。

そしてそれを聞いて、私はようやく状況を理解することが出来た。



私は・・・生き残ってしまった。つまりは、そういうこと。

現実のあまりの非情さに、私は絶望してしまう。

そして無理だとは知りつつ、それでも思わず「私を殺してくれ」と呟いた。

それを聞いた女性は、何も言わず、部屋から出て行ってしまった。おそらく、気を使って一人にしてくれたのだろう。



一人になった私は、考え始めた。

どうしたら自分を滅ぼすことが出来るのか。

確かに生き延びはしたが、まだ新たな暴走までに多少は時間がある。それまでに出来ること・・・。

先ほどの女性が魔導師だとしたら全てうまく行くのだが、そうそう都合のいいことはないだろう。

ならば、再び主はやて達と連絡を取り、もう一度私を消してもらうか。

しかしこの案はあまり気が進まない。

主はやてをもう一度悲しませることになるかもしれないし、第一、その方法で失敗したのだ。同じことが二度起こらないとは限らない。

それに連絡をとる方法がない。念話はある程度の距離までしか届かないし、主の住所など、私は知らないのだから。

ならば無差別に念話を送り、誰かに・・・とも考えたが、根本的に無理だ。ここは主のいた、”魔法のない世界”なのだから。

何故そうだと分かるのか。考えてみれば、当然の帰結だった。私を殺す魔法程度では、次元の壁を破ることなど、到底出来はしない。

やはり僅かな可能性に賭け、主はやてを探し出すしか・・・。



そこまで考えたところで、再び扉が開く。現れたのは、先ほどの女性。

微笑を浮かべ、手に何かを持っている。ビンに入っている、紫色をした何か・・・。

女性は、私にそれを差し出してきた。【ぢゃむ】という食べ物らしい。

だが、私の中の何かが訴えかけている。アレを食べたら駄目だと。

懇切丁寧に断ろうとしたのだが、すごくイイ笑顔で詰め寄ってくる。



いや、私はいらないと・・・え、美味しい物を食べれば、少しは気が落ち着くって?

私はもう落ち着いて・・・落ち着いているなら殺してなんて言わない?

あっ、だから、いらない・・・私は、本当に落ち着いて・・・

ちょ、スプーンで掬って、それをどうする気・・・・・・あ、いや・・・・・・









あああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・



















SIDE:祐一

「ただいま」

「ただいま~!」

「おかえりなさい。あらあら、名雪はもう寝ちゃったのね」

「う~、起きてるお~」



何事もなく無事水瀬家へと帰り着いた。とりあえず一安心。

玄関のドアを開けたら、当然のように秋子さんがいた。

だから、どうして俺達が帰り着く時間が分かるんですか。やっぱ魔法使いでしょ、あなた。



「名雪、ご飯は?」

「食べるお~」

「そう。じゃ、いらっしゃい。祐一さん達はどうします?」

「お腹すいた~」

「先にアリシアの分だけ、お願いします。俺はあの人の様子を見てきますので」



ついでにレイクも回収したほうがいいだろう。レイク忘れたままうっかり家に帰ったりすると、色々うるさいし。

デバイス? って、普通自分のマスターに文句なんて言わないって聞いたんだけど、あいつにそれは当てはまらない。

とことんイレギュラーな存在だな。さすが骨董品。



「ええ。プレシアさんも二階にいるから、少し話を聞いてからのほうがいいかもしれません」

「はい。それじゃアリシア、食べる前に手洗いうがいを忘れるなよ」

「は~い」



皆がリビングに入っていくのを見送って、俺は階段を登る。

タンタンタンと、足音が軽快なリズムを刻む。

二階に着いたら、プレシアさんが俺の部屋の前で膝をついているのを発見した。

はあ?!



「ちょっ! プレシアさん?! どうしたんですか!?」

「・・・・・・あ・・・祐一・・・」



あのプレシアさんの視線が虚ろだ。マジ何があった!?



「祐一・・・ごめんなさい」

「突然なに言ってるんですか」

「ごめんなさい。でも信じて。本当に、そんな気はなかったのよ」



訳も分からず謝られ、混乱する俺。まるで弁解するように言葉を話すプレシアさん。

とりあえず、理由を聞き出すことにした。



「プレシアさん、何があったんですか。ゆっくりでいいので、話してください」

「・・・数日前に、秋子が」

「秋子さんが?」

「秋子が、別世界の美味しい果物が欲しいって言ったの」



美味しい果物? 今のプレシアさんの状態と、果物に何の関係が?

まだ分からないので、続きを促すことにした。



「それで?」

「だから私は、採ってくることにしたの。

 秋子には日頃からお世話になっているし、少しでも何か返せないかと思って。

 ・・・でも」



でも?



「まさかそれが、邪夢に使われるなんて、私、思ってもみなくて・・・」

「なん・・・だと・・・!?」



邪夢?!! まさか秋子さん、邪夢を改良させて・・・。

しかもこのプレシアさんの状態からして・・・。



「結果的に・・・邪夢は、その凶悪さを・・・増したと?」

「・・・ええ」



この世に神はいないのか・・・いいや。

謎邪夢を上回る、謎邪夢。これこそがゴッド(神)か。ゴッド謎邪夢。語呂が悪い。

神邪夢と書いてシン・ジャム? なんかいまいち。

若干の現実逃避をしつつ、それでも話を進めるため、訊く。



「プレシアさんは、もうその邪夢を?」

「いいえ、私は食べていないわ。食べたのは・・・」



プレシアさんが、静かに指差す先は・・・俺の部屋。

俺はゆっくり近づき・・・扉を開けた。

そこにいたのは俺が助けた女性。しかし、様子がおかしい。

彼女は、頭を抱えてガタガタと震えていた。お化けを怖がっている小さな子供のように。

本来邪夢には人をここまで怯えさせるほどの破壊力はなかったはずだ。

確かに独創的な味で、一度食べれば二度は口にしたくなくなるが・・・。

新しい邪夢、一体どれほどパワーアップしたというのか。

新邪夢を知らなかったとはいえ、ここに連れてきてしまった俺には、彼女をそのままになんて出来ない。

俺は思わず部屋へ飛び込んだ。

すぐさま飛びつき、彼女を頭ごと抱きしめる。

昔、聞いたことがある。心臓の音は、人を安心させる効果があるとかないとか。

どっちだったか忘れたが、今は他に手段が思い浮かばない。

最初は暴れた、もの凄く。だが、しばらくすると少しずつ落ち着いていく。

途中から頭を撫でることも混ぜ、俺はひたすら抱きしめ続けた・・・。










10分ぐらい抱きしめただろうか? ようやく女性に動きがあった。



「あ、あの・・・もう大丈夫です」

「ん・・・そうか」



解放し、彼女と向き合う。紅い瞳がこちらを見る。

眼を見る感じ、確かに落ち着いているようだった。



「えー・・・と、自己紹介をしよう。俺の名前は、相沢祐一。あなたは?」

「・・・リインフォース」



リイン・フォースさんか。外人さん風に、リインが名前かな?



「リインさん。まず先に、俺は、リインさんに謝らないといけません」

「え?」

「あのジャ」



ビクッと震えるリインさん。どこまでトラウマになったのか・・・。



「・・・アレについてです。アレは、本来そこまで凶悪なものじゃなかったんです。

 別に体に害があるわけじゃない(筈だ)し、逆に体にいい物だった(かもしれない)んです。・・・味以外は」



彼女は黙って訊いている。最後の一言を聞いた時、一瞬瞳のハイライトが消えた。



「あなたをここに連れてきたのは俺なんです。アレがパワーアップしているなんて知らなくて・・・

 知らなかったとはいえ、本当に申し訳ないことをしました」



深々と頭を下げる・・・どころじゃ済まない問題なので、土下座をする。これで少しは許してもらえないだろうか・・・。

リインさんは黙っている。というか、考え込んでいる?

頭を下げているので表情は分からないが、そんな気配を感じる。



「・・・・・・頭を上げてください、祐一」



言われたとおり、頭を上げる。手は床についたままだ。

リインさんの視線がまっすぐ俺を貫く。



「祐一。あなたに一つ、お願いがあります」

「なんなりと」



ちょっと時代劇っぽく言ってみた。特に反応は返ってこなかった。



「私を、ころ、ッ!!」

「リインさん!?」



『ころ』まで言って、突然怯えた。「ころ」で何かを思い出したのか?

ころ・・・コロッケ? リインさん、拒絶反応が出るほどコロッケ嫌いとか?



「いいえ! なんでもないです!! ・・・私を・・・終わらせて? そう、終わらせてください」



次に出てきた言葉は、穏やかではなかった。

『終わらせる・・・』

色々と捉えることは出来るが・・・答えは多分




「それはつまり、死にたい、ということですか?」

「そうです。あなたには私を終わらせる為の手助けをして欲しいんです」



ということはさっきの『ころ』は、『殺して』という意味だったのだろう。

なんでまたあれほど怯えたのかは不明だけど。秋子さんがまた何かしたのか?



「理由を、聞かせてもらえますか? 話はそれからで」

「・・・分かりました。お話しましょう」



聞いたことを要約すると、

彼女が、【夜天の魔導書】の管制人格(プログラム)だということ。

夜天の魔導書は、元々は魔法を蒐集するだけの無害な物だったということ。

悪質な改造を受けて、凶悪な魔導書になったこと。

いままで数多の存在を不幸にしてきたこと。

新たな主の名の下、名前を貰い、ようやく己の存在を確立できたこと。

それから『防御プログラム』という悪い部分の排除に成功したこと。

防御プログラムが破壊されている今しか、自身を殺すことが出来ないということ。

そして、このまま彼女を放置すれば防御プログラムが再生し、再び多くの存在を不幸にすること。

以上だ。

しかし彼女、最初は自分が凶悪な魔導書で、運良く自我を持つことが出来たから今のうちに終わらせて欲しいとしか言わなかった。

絶対何か隠してると思って、巧みな話術で根掘り葉掘り聞き出したら、案の定だった。



「・・・うん。よし、わかった。協力するのはやぶさかじゃないけど、条件付きだな」

「感謝します。・・・条件付きとは?」

「その前に、本当に俺で大丈夫なのか?」



話を聞きだしているうちに、段々敬語を使うのが疲れてきたので、今はもう普通の話し方だ。名前にさん付けもない。本人から承諾は得ているぞ。

彼女が俺に協力を要請してきたということは、普通の方法じゃ彼女は死なないということ。俺で出来ることなのか?



「おそらく、問題はないかと」

「それでそれは、今すぐ出来ることなのか?」

「・・・今すぐは、無理です。少し準備が必要で」



よし! 心の中でガッツポーズをとる。もし「今すぐ実行!」なんて言われたら、俺にはなすすべもない。

せめて準備が整うまでに、彼女をなんとか説得できれば・・・。

魔法関連っぽいので、プレシアさんの協力も取り付けるべきか。



「祐一。確認しておきますが、あなたは魔導師ですよね?」

「魔導師? 俺が?」

「ここにある赤い石。これは、デバイスですね。私の怪我の治癒が異常に早いので、疑問に思っていました」



枕元に置いてあったレイクを指差して言う。ありゃ、バレてら。

しょうがないのでレイクを見、アイコンタクトを送る。



≪・・・何故祐一がマスターだと気づきました?≫

「彼の視線が時々、あなたに向いていました。それに、彼からは微弱ですが魔力を感じます」

≪観察力はなかなかですね。及第点をあげましょう≫

「なんの及第点だ。あ~、レイクの戯言は無視していいぞ。・・・俺が魔導師かどうかって訊かれたら、微妙だな」

「魔力は、有るのでしょう?」

≪今の魔法世界の世間一般で言えば、”魔力ランク”はA、といったところでしょうか。ってマスター、無視は酷いです! 無視は!≫



ちなみに俺は、Aがどの程度かは知らない。周りの魔導師って言ったら、プレシアさんだけだし。



「ランクがA? それ程高くは感じられませんが・・・」

≪人の魔力を、見た目だけで判断するのは早計ですね。それに私のマスターは特別製です、甘く見ないでください≫

「人をオーダーメイドの特注品みたく言うな。それでリイン。大丈夫なのか?」

「それだけあれば、十分です」

「そうか、わかった。だったら、俺から出す条件が二つ。それが呑めるなら、協力する」



真剣なのは後で思い出すと恥ずかしさのあまり悶絶するから、あまり好きではないんだが・・・そうも言ってられんよな。



「一つ目。リイン、『諦めるな』。絶対に」















SIDE:リインフォース

祐一が出した条件。私にとっては理解できないものだった。

『諦めるな』?

何に対して、言っているのだろう。



「祐一。訳が分からないのですが・・・」

「『暴走』とやらが始まるまでに、俺がお前を生かす方法を探し出す。だから、”生き残る事を”諦めるな」



生き残る事を、諦めるな・・・か。そんなことは・・・



「・・・無理です。夜天の・・・【闇の書】は、今のままではただの凶悪な魔導書です。

 システムは、基礎構造から壊れています。内容を変更することは出来ません。

 私が生き残れば、また多くの存在に厄災を振りまいてしまう。私は・・・生きるわけにはいかない」

「俺がなんとかする。システムを直す」



本当に、なにを言っているのだろうか? そんなこと出来るわけがない。



「闇の書を使役することが出来るのは・・・アクセスできるのは、主だけです。

 そして、完成プログラムである私にすら書を直す能力はありません。勿論、あなたにも。

 何より・・・正常だったころの夜天の魔導書のデータは、残されていません」



そう。遥か昔、私が歪められた結果、私の中から本来の夜天の魔導書のデータは消えた。

元より旅をする初代マスターの性格ゆえ、他の場所にデータが残されている可能性はない。

この少年にどうにか出来るようなら、とうの昔に他の誰かがしている。

あなたには何も出来ない。諦めろ。その想いを込めて、彼を見る。



だが彼を見て・・・私は彼の瞳にのまれた。



彼は、私を見ていた。そして、何も見ていない。彼の瞳には、何も映って・・・いない。

色彩の消えた、空虚な眼。

主とそう変わらないであろう年頃の少年に、私は一瞬とはいえ恐怖を抱いた。

何故かは分からない。このような瞳には、長い時の中で幾度も出会っているはずだ。

だがその瞳も、すぐに鳴りを潜める。



「悲しい出来事が、あった」

「・・・・・・」



今度は悲しそうな瞳で、微笑んでいる。

私は、言葉を発することが出来ない。まだ、先ほどの眼が脳裏に焼きついているから。



「多分リインも、悲しい出来事を経験してきたんだと思う。

 不幸比べをしたいわけじゃないから、詳しくは聞かないけど・・・。

 きっと、俺に劣らないぐらいに悲しんできた筈だ」



今にも泣き出しそうな顔を伏せ、だがすぐに上げて、真剣な眼差しで私を見る。



「俺はさ・・・ちょっとだけ、人より運が良くてさ。全てを失ったその時に、一つの希望に出会えたんだ。

 その希望が居てくれたから、俺はここに居られる。

 だから決めたんだ。もしも・・・俺のように、生きることを諦めている人が居たら、絶対に助けるんだって。

 俺がその人の、希望になるんだって。・・・ちょっとおこがましいけどな」



言い終えてから、彼は純粋な笑みを浮かべる。吸い込まれそうな、笑顔。

何故こんな笑みを見せられるのか。今の彼の笑顔には、陰が無い。



「俺は約束する。リインに『始まり』をあげる。だから、絶対に諦めるな。

 ちなみに俺は、約束は絶対に破らない。・・・遅刻は時々するけどな」



最後に冗談っぽく付け足して、彼は普段の表情に戻った。

彼が言ったことは、彼に言われたことは、主はやてととても似ていた。

だが、彼の覚悟は主とは比にならないくらい、強い。なにが彼を、このようにしたのだろう・・・。



「でも・・・私が直る可能性なんて、本当に・・・奇跡でも起きない限りはない」

「リイン。万に一つの可能性でも、それは起きないわけじゃない。それに」



彼は私の言葉を遮る。私は彼に抱きしめられ・・・



「奇跡は、起こるから奇跡って言うんだ」



優しい声色でその言葉を囁かれた時、私は・・・・・・。







顔が熱い。体温が上昇する。思考がぼやける・・・。自分でもこれは危険だと理解する。



≪あ~あ、堕ちちゃいましたか。私の他にもデバイスを堕とすなんて。ジゴロですね、マスター。流石です≫

「なに意味不明なことを言ってるんだ、お前は」

≪彼女を見て、同じ台詞が言えますか?≫

「は? リインがどうか・・・って、どうしたリイン!」



祐一が私に話しかけてくる。ぼやけた思考では言葉を紡ぎ難いが、それでも言葉を返す。



「あ、いえ・・・大丈夫です。少しすれば治まる筈です。あまり気になさらないでください・・・」



実際言葉を発している今現在も、少しずつだが私の異常は治まってきている。



「だったらいいんだが・・・。まだ、怪我が治っていないのか?」

≪寝ぼけないでください、マスター。私の治癒術が不完全なわけ無いじゃないですか。

 怪我のほうはもう完璧に治癒しています。治っていないのはマスターの頭から抜け落ちたネジだけです≫

「・・・レイク、もしかして不機嫌か? なんか凄く辛辣だけど」

≪ええ、ちょっと。でもまあ、別にいいですけどね≫

「随分とあっさりしてんな」

≪今日寝る前には、先ほど言った台詞を思い出して布団でのた打ち回るマスターの姿を拝めますからね。それで良しとしましょう≫

「良しとするなーー!!」



彼らの会話を聞きながら、どうにかある程度の思考は取り戻す。

体温も通常に戻った。



「あ、そうだリイン」

「はい? なんでしょうか」

「えっとさ・・・悪いな」

「?」

≪あなたがマスターに、”自分を殺す手伝いをしてくれ”と頼んだのに、

 結局あなたを助けるということがマスターの中で決定してしまったんですよ。

 手伝いに協力するとか言っておきながら、矛盾してますよね。それについて謝っているんです≫

「俺の心境解説、パーフェクトだな。ありがとう」

≪いえいえ≫



ああ、そんなことを気にしていたのか・・・。



「それだったら、私は気にしていません。

 ・・・私とて、生きたくなかった訳ではありません。

 だから、祐一に諦めるなと言われたとき、本当は嬉しかったんです」



そういえば祐一は、私に『始まり』をくれると言った。

言葉を深読みすれば・・・プ、プロポーz・・・。



≪リインフォース、顔が赤くなっていますよ≫



ハッとして、我に返る。きっと祐一の言葉には、裏なんて無いと分かっているのに・・・。

どうやら自分は、かなり重症のようだ。

祐一からなんらかの指摘が入る前に、話題を変える。



「祐一! 祐一の二つ目の条件、なんですか!?」

「二つ目? ・・・ああ、二つ目か。

 これは条件ってほどの条件じゃない。っていうか、協力するのは無効になったから、条件もくそも無いんだが」

「それでもいいです。言って下さい」

「・・・ここに居る間は、俺達の家族として、一緒にいること」



祐一は、本当に主はやてと何の関係も無い人間なのか?

なんだか、言ってる事が酷似しているような気がする。

だけど私には断る理由も無く、快く承諾した。



「それじゃあ、晩御飯でも食べるか。リインも、物は食べれるんだろ?」

「はい」

「じゃあ、行くぞ」



ドアへ向かう祐一。その後姿を見ながら、ふと思う。自分は、いつからこういう人格になったのか?

確か自分は、もっと合理的に物事を考えていたような気がする。現に、ほんの少し前までは確かにそうだった筈だ。

だが今は、物事を合理的には考えていない・・・訳ではないが、さほど重要視しなくなったし、なにより口調も少し違ってきているような・・・。

一瞬、紫色をした何かが浮かんだ。

まさか・・・。



「祐一」

「なんだ?」

「ここに、青い髪の女性が居るでしょう? 彼女は一体、何者なんですか?」



祐一が一瞬、あの空虚な瞳を見せる。



≪リインフォース。いいことを教えて差し上げましょう≫

「あの人には、疑問を持つだけ無駄だ」



その言葉に、私は一度、深く頷いた。









[8661] 第八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/06/10 11:46







で、一階に下りた訳だ・・・が



「なに、この状態」

「ひっ!!」



名雪が完全に目覚め顔を真っ青にし、アリシアが疑問顔。頭の上にクエスチョンマークが付いているな、あれは。

秋子さんが紫色のジャム入りビンを持って佇んでいて、プレシアさんが必死に何かを言い聞かせている。

今まで存在感無かったが、ずっと俺の首に巻きついていた真琴は、俺が部屋に入るなり襟から懐に飛び込んできた。

で、リインが悲鳴を上げ俺の背後に回り怯えている・・・。

以上を考慮すれば、出てくる答えは・・・



「あれが新作の邪夢か。まさか紫とは・・・」

≪マスター。余裕そうに言っていますけど、血の気が引いて真っ青ですよ≫

「悪いか? ただでさえ食いたくない邪夢がパワーアップしたんだ。そうなるだろ」

≪私には分かりかねます≫



今日ほど無機質であるレイクを羨ましく思った日は無い。

だが羨んでいても俺が人外になるわけじゃない。現実に目を向けることにする。

プレシアさんが秋子さんを説得している。過去の経験からして、この状況でのプレシアさんの勝率は高い。

秋子さんもただ”自信作の美味しいジャム”を食べて欲しいというだけで、無理強いはしてこないし。

・・・時々、朝食に邪夢ぬったパンを出す時もあったけど。

このままプレシアさんに説得を任せても問題は無いと思うが、万一という事もある。

念のため、俺は話題をそらすのに力を貸す。



「アリシア、もう食べ終わったのか?」

「うん。さっき”ごちそうさま”したよ。おいしかった~。そしたら秋子さんが」

「そっから先はいい。秋子さん、ご飯貰っていいですか? 一緒にこの人の分も」

「あ、はい。ちょっと待っててくださいね」



邪夢を持った秋子さんが台所に引っ込む。

とりあえず一安心。



「む~、祐君。人の話は、最後まで聞かなきゃいけないって言ったの、祐君だよ」

「時と状況をちゃんと理解している場合は、その限りじゃないんだよ」

「?? どーいうこと?」

「そのうちアリシアにも分かるようになるよ」



頭を撫でこ撫でこ。アリシアは舞みたいにいつまでも純粋なままで居て欲しいよ。

この中で邪夢の凶悪さを知らないのは、アリシアと真琴だけだ。真琴は本能で感じ取ってるみたいだけど。



「ありがとう、祐一」

「お礼はいいです。飛び火することも考えたら、ある意味自分の身を守ってるも同然ですしね」



一人被害にあったら、その場に居る全員が巻き添えになる事もある。

ていうか実際にあった。9人フルメンバーで水瀬家に泊まりにきた時に。

あれ以来、ここに泊まりに来るのは親戚である俺を除いて皆無だ。

あの惨事といったら・・・言葉には出来ない。



「うにゅ~、安心したら眠くなっちゃった」

「せめて歯磨いて風呂入ってから寝ろよ」



寝ぼけた名雪はその足で二階へと上がった。多分、着替えを取りにいったんだな。

・・・まさかそのまま寝ないよな?



「リイン、座りな。多分今日はもうアレは出ないから、安心していいぞ」

「・・・本当ですか?」

「経験上、そうである可能性は高いと言っておこう」

「分かりました」

「彼女の紹介は、秋子さんが来てからしますので」



リインを椅子に座らせ、俺は秋子さんを手伝うべく台所へ・・・。

と思ったが、土鍋を持っている秋子さんと鉢合わせした。



「もう出来たんですか!?」

「もともと、作り置きしていましたから」



ほっとした。もしあの数十秒で作ったのなら、秋子さんをさらに畏怖の目で見なければならないところだった。

結局何もせずすごすごと戻る俺。何も持たないのはかなり情けないので、せめて箸だけは持っていこう。



「あいよ、リイン」

「ありがとうございます」

「祐一、私のは?」

「はれ? プレシアさんまだ食べてないんですか?」

「私にそんな時間はなかったわよ」

「・・・確かに。それじゃ、これを使ってください」



俺の箸を渡し、自分の分を取りにもう一度台所へ向かう。

俺が部屋に入った後すぐに降りてきたなら食べる時間もあっただろうが、プレシアさんはそんな薄情な人じゃない。

多少状況が落ち着くまでは、部屋の外で待機してくれたはずだ。

しかも降りたら降りたでアリシアが邪夢の被害に遭いそうで、未然に防ごうとしたわけだし。

箸を持って席に着き、ようやく食事開始だ。



「それじゃ、いっただきまーす」

「いただきます」

「・・・いただきます」



鍋の中身はおでん。

リインの身の上話をしながら食べる。今ここに居るのは全員魔法を知っているから、秘密にする必要は無い。

ただ彼女が本のプログラムだということは伏せておく。あまりベラベラ話すことじゃないし。

アリシアは途中で飽きて、テレビを見に行ったけどな。

食べ終わるまで二十分程、特に何が起きるわけでもなく、無事に終了。

いやさ、食事中にまでトラブルが舞い込んできても困るんだけど。



「そういうことなので、リインは家に居候させようと思うのですが」

「それでは祐一さんが大変でしょう? この家で面倒を見ても良いんですよ」

「秋子さんには普段からお世話になりっぱなしですから、これくらいは自分でしないと。

 それに家には魔法に詳しいプレシアさんも居ますし、いざという時は迅速に対応できると思うんですよ」



今は俺と秋子さんで話し合いをしている。議題は、どちらの家にリインを住まわすか。

自分が拾ってきた問題だし、秋子さんにも負担がかかるから俺は自分の家で面倒を見ると言うのだが、秋子さんもなかなか引かない。

もともと面倒見のいい人だし、すっごいお人よしだからなぁ。

過去(未来?)では、身元がまったく分からない真琴を了承の一言で居候させたぐらいだし。



「プレシア、あなたは話に参加しないのですか?」

「私も居候させてもらっている身だから、口は出せないのよ」

「居候? ・・・ニート、ですか?」

「失礼なこと言わないで。ちゃんと働いているわよ。

 ただアリシアが、異様なくらい祐一に懐いているから一緒に暮らしているのよ」

「アリシアとは、”てれび”を見ている子供ですよね。そうは見えないですけど」

「普段は見せてないだけで、実際はかなりのものよ。あの子、祐一と離れる気ないのよ。

 詳しくは私も知らないんだけど、昔祐一がアリシアを助けたのが原因でね・・・。

 一度祐一と離れてアパートにでも引っ越さないかって言ったことがあるんだけど・・・大変だったのよ」

「何かあったのですか?」

「・・・涙をぽろぽろ零しながら、お母さんなんて・・・だ、大っ嫌いって、い・・・言われたわ」

「我侭を言うような子供には見えなかったのですけど・・・人は見かけによらない、とはこういう時に使うのでしょうか。

 ・・・プレシア、泣かないでください。対応に困ります」



これ以上秋子さんに迷惑(本人は迷惑だと思ってないだろうが)をかけるのは、俺としても気が進まない。

だが秋子さんも引かない。こうなったら・・・



「リイン、決めてくれ」

「私の所と祐一さんの所、どちらに住みます?」



秋子さんもやはり同じことを考えていたようだ。俺の言葉に続いてリインに問う。

プレシアさんと会話していたリインだが、こちらの話もちゃんと聞いていたらしい。すぐに返事をする。



「そもそも私は、どちらかの家に居候するとは一言も・・・」

「どちらか決めない場合は秋子さんの家だ。・・・(朝食はアレが出てくるぞ)」

「祐一の所にお世話になります」



最後の台詞は、秋子さんに聞こえないよう口パクだ。卑怯と思うなかれ。これもリインを助けるためだ。



「・・・そうですか。しかたがないですね。

 ですが祐一さん、もし困ったことがあったら、遠慮なく言って下さいね。力になります」

「はい。その時は遠慮なく」



ようやく話が終わった。三十分ぐらいやってた気がする。ふと時計に目をやると・・・7時35分。



「もう時間も時間なので、おいとましますね」

「あら、泊まっていかないんですか?」

「そうしたいのは山々なんですけど、家でご飯を待ってる猫が一匹いますので」



それに今日泊まったら、明日の朝には新作邪夢パンを出されそうだし。

それが分かっていて泊まるような、そんな高レベルなチャレンジ精神は持ち合わせていない。



「そうですか・・・では、玄関までお見送りしますね」



俺は見た。秋子さんがほんの一瞬、残念そうな顔をするところを。

普段だったら、単に俺達が帰ることへの寂しさ故だと思っただろうが、今回は違う。

俺の第六感も告げていた。秋子さん、朝食に邪夢を出す気だったんだ。間違いない。

よかった、帰ることにして。



「プレシアさん、泣き崩れてないで行きましょう。アリシア、帰るぞ」

「は~い」

「そうね、帰りましょうか」



泣いていたプレシアさんも、アリシアが現れた瞬間いつもの感じに戻る。

アリシアの前では立派な母親を演じていたいらしい。

プレシアさんを慰めようとしていたリインも呆然としている。



「・・・プレシア」

「リイン、プレシアさんはアリシアが絡むと大体こんな感じだ。振り回されないように気をつけろよ」

「たった今身をもって痛感しました」



ドンマイ。















帰り道。

水瀬家を出てしばらくしてから、ようやく俺は気がついた。



「リイン・・・コート、貸そうか? サイズは合わないだろうけど・・・」

「大丈夫です」



リインの服は、森で見つけたときのままだ。つまり、冬には実用性皆無の。

リインがあまりにも自然体だったせいで、完璧にスルーしてしまった。

あの秋子さんも気がつかなかったことを考えると、本気で寒くないのだろう。



「う~、見てるだけで寒くなってきちゃう」

「帰ったら、私の服を見繕ってあげるわ。明日には買い物ね」

「別に気になさらなくても」

「そういうわけにもいかんだろ。プレシアさん、俺も付き合います」

「私だけで大丈夫よ。祐一とアリシアは、お友達と遊んでらっしゃい」



プレシアさんは気を利かせてくれたんだろうけど、今回は意味なし。



「明日からは、みんな用事があるんだって。遊べるの僕と祐君だけなんだよ」

「新年に向けて、いろいろ準備がありますからね。俺達もボチボチ大掃除でも始めないと」

「「大掃除?」」



何故に疑問系?

ああ、そうか。この二人は正月は初経験なんだっけ。あれ、リインもか?

正月については話したけど、その前の大掃除や準備については何も話してなかったな。

いい機会なので、話しておこう。まずは大掃除についてだな。

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・




















SIDE:リインフォース

正月の話を聞いているうちに、一軒家に着いた。

これが祐一達の家? 外装は・・・先ほどまで居た、”みなせ”の家とまったく同じだった。



「ちなみに間取りも同じだ。家具の位置が若干違うだけで他は全部同じ」



祐一が私の心を読んだかのような発言をしてくる。少し驚いた。

視線を向けると、得意げな祐一の顔。その表情にキュンときた。もちろん顔には出さない。

心の中では、この程度に反応する自分に対して悶絶している。

祐一はこちらを気にした様子もなく、玄関の鍵を開ける。



「た~だいまっと」



ドアを開け中に入っていく。祐一が靴を脱いだところで、”それ”は現れた。



「にゃう~」

「おうただいま、ルシィ」



子猫だった。まだ産まれてそんなに経ってなさそうに思える。

足の毛色が違うので、一瞬靴下を履いているように見えた。

両手足と尻尾、それと耳と口周りがこげ茶色の毛で、残りは白色。

祐一は子猫を抱き上げ、肩に乗せる。と、子狐が目を覚まし、祐一の肩の上で子猫とじゃれ合い始める。

そこそこ激しくじゃれ合っているのだが、まったく落ちる様子は見せない。器用だな、と思った。



「ただいま~!」

「ただいま」

「おかえり~」



アリシアとプレシアも家の中に入っていく。

私は・・・



「おかえり、リイン」

「! ・・・は、はい。た、ただいま、もどりまし・・た」

「この場合は『ただいま』、で良いんだぞ」



不意打ちだった。いきなり言われて、咄嗟に答えることが出来なかった。

初めて言う言葉には、柄にもなく緊張してしまった。



「おかえり~」

「おかえりなさい」

「・・・」



不思議な気持ちだった。ただ『おかえり』と一言言われるだけで、そこに温かさを感じる。

ああ・・・これが、家族というものなのか・・・。

納得し、嬉しくなった私は、もう一度言いたくなった。



「ただいま」















家の中に入れば・・・本当に同じだった。

実は道をグルッと回ってまた戻ってきただけと言われても、納得できるほど。



「うにゃ~」

「彼女はリインだ。リイン・フォースさん」

「にゃお~ん」

「そうだ。新しく今日から家族になったから、お前も顔を覚えるんだぞ」



祐一は子猫と普通に会話をしている。

子猫は祐一が喋るたびに首を傾げたり、頷いたりしている。フリではなく、本当に話しているのかもしれない。

しかしその光景を眺めていて、一つの違和感を感じた。

私はそれを指摘・・・しようとしたら、スカートの裾を引っ張られた。

視線を下げれば、そこにいたのはアリシアだった。屈んで視線を合わせる。



「アリシア、どうかしたのですか?」

「祐君今からルシィのご飯作るから、先にお風呂に入ってきたらどうかな」

「・・・お風呂?」



確か【烈火の将】が大の風呂好きだった気がする。



「そう。毎日ちゃんと入らないと、ばっちいよ」

「ばっちい・・・分かりました。

 しかし、お風呂というのは、用意するまでに多少時間がかかるのではないでしょうか。

 その間にご飯も出来上がっているのでは?」



洗ってからお湯を張るまで。正確な時間は不明だが、おそらく10分程度ではないはず。

子猫のご飯なので、作る時間もそんなに長くなるはずはない。



「大丈夫だよ、もう沸いてるから」

「・・・いつ沸かしたのです?」



先ほど帰ったばかりなので、当然そんな暇はない。一体いつの間に?

アリシアに案内され、お風呂場に向かった・・・。










「本当に沸いていますね」



湯気も出ている。手を入れると、いい湯加減・・・。

自動で温まるタイプかと思ったが、それらしき機械が見当たらない。

魔法ならどうかと考えたが、決まった時間にお湯を沸かすようなそんな都合のいい魔法はない。



「誰が沸かしたのですか?」



案内してくれたアリシアに問う。



「ルシィだよ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ほんの一瞬思考が停止した。

幻聴が聞こえたのかと思った。しかし人ならぬこの身で、幻聴などはありえない。

記憶が正しければ、『ルシィ』とは、先ほどの子猫の名前。

あの子猫がお風呂を?



「ルシィって、とっても頭がいいんだよ。

 祐君の言うこと何でも聞くし、ドアだって自分で開けちゃうんだから。

 トイレの場所も一回で覚えたし、なゆちゃん家に行っても絶対になゆちゃんには会わないんだよ。

 なゆちゃんネコアレルギーで、触ったら涙と鼻水が止まらなくなるんだって」



無邪気に語るアリシア。確かに話を聞く限りでは賢い。なゆちゃんが誰なのかは分からないけど。

ご飯を食べたらキチンと皿を台所に持っていき、時々自分でリモコンを操作しては”てれび”を見ているそうだ。

・・・実は変身魔法を使用している人間ではないのか?



「アリシア、ルシィはなぜこの家に?」

「私は知らないよ。夏くらいに、祐君が拾ってきたの。

 『ぴろ』ってネコの、お母さんなんだって言ってたけど・・・」

「『ぴろ』?」

「祐君が昔飼ってたネコだって。『ピロシキ』って名前で、あだ名がぴろ。

 あ、ルシィもあだ名で、本名は『ボルシチ』っていうんだよ。

 真ん中とって、ルシィ。かっこいいよね」



祐一が”昔”飼っていた猫の”母親”?

昔飼っていた猫の子供というのならまだ納得できますが・・・。



「アリシア。ルシィが、ぴろの、お母さん、なんですか?」

「うん、そう言ってたよ」



言い間違いじゃないかと、一言一言区切って言ってみたが、変わらない答えが返ってきた。

あの猫は多分、生後一年以内。その猫の子供? ありえない話ではないのだけれど・・・昔、という単語が気になる。



「タオルはここ、服は脱いだらここに入れてね。あ、着替えは後で持ってくるからね」

「あ、はい、ありがとうございます」

「『ありがとう』でいいよ~」



考えているうちに、アリシアは出て行ってしまった。

・・・ルシィについては、後で祐一に聞き出したほうがいいかもしれないですね。

もしかしたら祐一の過去に関係があるのでしょうか・・・。

気になりはしたが、とりあえずお風呂が先か。

浴槽には、お湯が張ってある。烈火の将はこれに入るのが好きだったのか。

何故こんな物が好きなのか、いまいち分からないが・・・入ってみれば分かるでしょう。

服を脱ぎ、私は人生(?)初のお風呂というものを体験する・・・。















烈火の将シグナム、私はあなたに謝らなければならないようです。

お風呂を出た私は、決意する。もう一度烈火の将に・・・いや、シグナムに会えたのなら、誠心誠意心を込めて、謝ろうと。

お風呂がここまで素晴らしい物だとは思ってもみなかった。

本来は入っても入らなくても一緒だが、これからは毎日入ることにしよう。

猫のことなどもうどうでも良くなってしまった私は、いままで浮かべたこともない、ホクホク顔という表情で、リビングへと向かう。



「お~リイン、遅かったな。風呂はそんなに良かったか?」

「はい、堪能させてもらいました」

「服のサイズ、大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとうございます、プレシア」



リビングには祐一とプレシアがいた。机の上にはレイクも置いてある。子狐と子猫にじゃれつかれているけど。



≪あああああ! 目が回る、回ります! マスター、いい加減に助けてください!≫

「もう少し構ってやれよ。取って食われるわけじゃないんだし」

≪そーいう問題じゃないでしょう! あ、ちょっと、咥えないで! マスター、本当に取って食われそうです!≫



デバイスも目を回すのでしょうか?

そこはかとなく疑問を感じながら、流石に不憫に思った私はレイクを取り上げる。



≪はあ、はあ、はあ、ありが、とうござ、います、リインフォース≫



息切れするデバイス。本当に、何なのでしょう。

子狐と子猫は恨めしそうな目で私を見る。そんな目で私を見ないでください。



「リイン、悪いけど、リインの事情はプレシアさんに話したぞ」

「それと、記録に残されているあなたの事も話させてもらったわよ」

「・・・そうですか」

「あなたも大変ね。暴走して世界を崩壊させたり、アルカンシェルで吹き飛ばされたり」



私がお風呂に入っている間に、私の前科が暴露されていました。

祐一はどう思うでしょうか・・・。チラッと祐一を見る。



「俺としては、なんでプレシアさんがそんなことに詳しいのか激しく疑問なんですけど」

「アリシアを生き返らせる過程で、ユニゾンデバイスについても調べたからよ。

 時空管理局には無限書庫と呼ばれている図書館があって、ほんっっっっっっとうに本が多いのよ。

 そこで調べれば分からないことはないって言われるくらい蔵書が多かったから、調べてる途中で目に付いたの。

 元々は魔法を記録するだけの魔導書で、ユニゾン機能はあとで誰かが付け足したらしいんだけど。

 私が求めているものじゃなかったから、途中で放り出したわ」

「へえ。一度見てみたいなぁ・・・」

「首が痛くなるわよ」

「縦に並んでるんですか!? 外から見たらどうなってんだろう・・・」



ほのぼのと会話をしている。私の過去についてはどうでもいいみたいですね。

それから時空管理局についての雑談はしばらく続いた・・・。

・・・時空管理局?







「それじゃ、作戦会議を始めるか」



長々と会話してしまった。もう9時を回っている。



「とは言ったけど、実はリインを助ける大体の目星はもうついてるんだよな」

「・・・はい?」



今何か聞き捨てならない言葉を聞いた。もう大体の目星はついている?

長き時を旅してきたが、ただの一人だって闇の書を直せる人間は現れなかった。

それを祐一は、アッサリと直せそうだと言っているのだ。

唖然と祐一を見ていると、ニヤリと笑って返された。



「言っただろ? 俺は、たとえ遅刻はしても、約束は守るんだ」



そう言って机の上に何かを置いた。

これは・・・十字架? デザインは、主が使っていた杖に似ている・・・。



「やっぱり、リインには見覚えがあるか?」

「・・・はい。これと似ている物は知っています・・・でも、違う」



そう、アレは主の杖。こんな所にあるはずはない。

じっと見ていたら、突然十字架が消えた。

周りを探したら・・・あった。少し離れたところで、子狐のおもちゃにされている。



「こらこら、真琴。これはおもちゃじゃないぞ。代わりにこれで遊んでろ」



ポケットから木彫りの人形を出して、子狐に与える。子狐は早速転がして遊び始めた。

・・・よく見ると人の顔が描かれていて、それがグルグルと回っている・・・なんだか恐い。

視線をそらし、もう一度十字架に目を向ける。・・・やっぱり似ている。



「実はこれ、今日掘り出したタイムカプセルの中から出てきたんだ」

「タイムカプセル?」



何故そのようなものの中から?

そもそもタイムカプセルと私を救う目星とに、どういう関係が?



「『過去の自分に向けて』タイムカプセルを残したのって、多分俺だけだろうなぁ」

≪やりましたね、マスター! 世界初です!≫

「ぜんっぜん嬉しくないな。いやもう本気で。

 ・・・あゆもこういう気持ちだったのか。悪かったな、あゆ。

 あとレイク、俺の記憶をネタにするのはやめろ!」



先ほど祐一が言った、『過去の自分に向けて』。そして、遅刻はしても約束は守る。

遠まわしな言い方だが、これを解釈すると、

『祐一が未来で私を直す方法を見つけ出し、それを過去の自分に送った』

ということになる。

・・・まさか、ですね。そんなことはありえない。

私も多くの魔法を蒐集してきたけれど、過去を遡る魔法など、ただの一度も蒐集した事は無い。



「さて、それでは今からこれを起動状態にするけど、

 何が起こるかわからないから、とりあえず心の準備だけはしておくように」



祐一が真面目な顔になる。

その表情はとても大人びている。彼が本当に子供なのかが分からなくなるほどに。

そして、その口が、言葉を紡ぐ。






「カノン」









[8661] 第九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/06/09 15:05







『同じ旋律を何度も繰り返しながら、少しずつ豊かに、美しく和音が響きあうようになっていくんです。

 一見違いの無い毎日を送りながら、でも少しずつ変わっていけたら、いいですよね』



俺の好きな言葉。佐祐理さんから聞いた、カノンという曲と、その意味。

目覚めたリインに出会ったとき、この十字架の秘密には気がついていた。

そして闇の書のサイクルを聞いたときに、この合言葉だと確信した。

終わりの見えない永遠を繰り返す闇の書。でもそれは同じ繰り返しじゃない。

カノンと同じで、少しずつ変わっていく。だからこそ、彼女はここにいる。

もし合言葉にするなら、これしかない。

十字架は、動き出す。



≪パスワード確認。音声認証、及び魔力波認証をクリア。”カノン”、起動します≫



機械的な声が流れ、十字架が独りでに宙に浮く。

そして十字架の前に開く、三つの半透明の・・・モニター? で、いいのか?

それが俺とリインとプレシアさんの前に展開される。



「おお、未来的」

「ミッドチルダは、大体がこれと同じよ」



ミッドチルダってどんなとこなんだ? 漫画とかで見る、SF風な世界なんだろうか。

車が宙を走ったり、ビームサーベルが存在してたりするのか?!



「多分、祐一が今考えているような所じゃないわ」



心を読まれた、それだけ顔に出ていたということか。ショック。ビームサーベルが無いなら二重でショック。

開かれている映像は、どれも違う。

俺のは日本語、二人のは見たことも無い文字だった。プレシアさんのは、英語に似ている。

多分それぞれに一番馴染み深い文字が表示されているんだろう。内容は同じなのか?



「始まりは大文字で、”虎の巻”。二人とも同じこと書かれてますか?」

「ええ、書かれているわ」

「ですね。・・・虎の巻って、何でしょうか?」

「簡単に言えば・・・あ~、夜天の魔導書の、参考書?」

「参考書・・・そうですか」



説明しづらいが、大体はそんな意味だ。『あんちょこ』とは言うな。



≪リインフォース、私をマスターのところへ≫

「はい」



俺と記憶を共有したレイクは、日本語が一番見やすいようだった。

リインからレイクを受け取り、一緒に見ることにする。



「一通り読んでから、話し合いましょうか」



プレシアさんは早速読み進めていく。リインも読み始めたので、俺もそちらに集中する。

このモニターは視線に合わせて画面がスクロールするみたいで、なかなか快適だ。

魔法って、不思議だよな。一体どんな原理で動いてるんだ?

質量保存の法則とか無視している時点でこの世界の常識は当てはまらないんだろうけど、やっぱり気になる。



≪マスター、画面が止まっていますよ≫



おおっと、いかんいかん。思考がそれるのは俺の悪い癖だな。

今度こそ集中して読み進めていく・・・。





1分後。

一通り読んだところで、目を離す。なんだこれ・・・。

二人に視線を移すと、同じような表情をしている。



「読みました、よね」

「ええ」

「なんなのでしょう、これは」



中に保存されていたものは二つ。



一、闇の書の防御プログラムが再生する日付と時間。

二、俺達がどのように行動すればいいのか。



内容はものすごく単純に書かれていて、なんだか逆に不安になってしまった。

仮にも虎の巻なら、もっと詳しく書いて欲しい。

ホントにこれ俺が作ったのか?



≪・・・マスター、一番上に画面を動かしてください≫

「は? ああ、いいけど・・・」



レイクに言われたとおり、画面を虎の巻の画面に移す。

一体何がしたいのか・・・と、そこで俺も気がついた。



「ああ、俺のやりそうなことだ」



画面の左上、そこを凝視する。すると、なんと凝視したところがアップになった。



「虎の巻の字が大きすぎて、見逃してたみたいですよ。一番上の画面、左上にその1、その2って書かれてます」

「あら、本当ね」

「・・・文字の小ささに、そこはかとなく悪戯心を感じますね」



そりゃあ、未来の俺のすることですから。心の中で告白しつつ、その2に切り替える。

そこにあったのは、俺達の行動に関する、解説。



「再起動?」

「・・・パソコンかよ」

「分かりやすくていいじゃない」



ここから、虎の巻に書かれていたことを抜き出し、紙に写していく。

読んだ感じ、本番中にこれを閲覧することは出来なさそうだからな。

1は虎の巻のその1で、2はその行動に対する解説だ。





リインフォースの防御プログラムの再生は、年の始まり10分前。







1、この話し合いが終わったら、カノン(十字架)はリインに持たせておくこと。防御プログラム再生時までは肌身離さず。

2、未だ夜天の書と夜天の書の主との繋がりは健在であるため、カノンでこれを断ち切る。←持ってると自動処理します。

こうする事により、夜天の書が暴走しても主を巻き込む危険性が無くなる。

さらにプログラムが再生時にリインが持っていると、防御プログラムにリインが主だと誤認識させることが可能。

二重の効果によって、主の安全はより確実なものになる。

防御プログラムが復活すれば、後はカノンに内蔵されているプログラムが勝手に起動していろいろやってくれる。

一瞬防御プログラムに飲み込まれそうになるかもしれないが、多分大丈夫なので気にしないように。



「そもそも、防御プログラムの再生を待つ必要があるのかしら」←プレシア

「・・・将来的な問題? じゃないでしょうか」←俺

「一番最後の文章に、どうしようもなく不安を感じます」←リイン





1、基礎プログラムの上書きまで時間稼ぎ。2、3時間ほど。

2、意味はそのまま。さらにいくつか追加でインストールするので、結構時間がかかる。

防御プログラムは、自分と主(この場合はリイン)を防衛するために、敵を潰しにかかる。

つまり、周囲にいる生命体に無差別に攻撃を加えてくる。

魔導書の中の魔法は基本的に紛失しているが、最初からプログラムされている攻撃はしてくる。

主な攻撃は守護騎士アタック。耐えるべし。



「・・・もしかして、戦闘?」←俺

「しかも持久戦ね」←プレシア

「守護騎士・・・の攻撃?」←リイン





1、防御プログラムを停止させる、魔力ダメージで。かなり堅い。

2、一旦落として、もう一度立ち上げる。パソコンの再起動みたいなもの。一度落とさないと正常作動しません。

生半可な攻撃じゃ通らないので、要注意。



「また戦闘・・・」←俺

「リインフォース、あなたに通る攻撃って、どのぐらいの威力が必要?」←プレシア

「・・・相手が防御プログラム本体なら、魔力と物理の複合四層式バリアがあります。

 それが無くても本気で防御に回れば、Sランク魔導師の攻撃でも通るかどうか・・・」←リイン





1、終了。お疲れ様でした。

2、再起動を果たせば攻略完了! ガンバレ!



「書く内容が段々適当になっていますね」←リイン

「難攻不落なロストロギアの、攻略法ね。一体誰が作ったのかしら」←プレシア

「・・・なんで俺を見てるんですか?」←俺





以上。



紙に抜き出した。モニターと見比べてみるが、他に重要そうなことは書いていない。



「年の始まり10分前は、新年の10分前で間違いないな。今回重要なのは、戦闘について」



出来ればバトル関係は回避したい・・・無理だろうけど。

絶対にロクな目に遭わないんだよな。



「・・・私はお役に立てそうにありません」

「なら、祐一は持久戦ね」

「ああ、やっぱり・・・」



後半戦で魔力ダメージを与えるなら、俺よりか遥かに魔法を知っているプレシアさんのが適任だ。

つまるところ、俺が残された持久戦に当てられるのは必然と言える。



「最大3時間の時間稼ぎか・・・やるっきゃないよな。耐えるとしますか」



グチグチ言っててもしょうがない。どうせやる以外選択肢は無いんだ。



「しかし、祐一の”魔導師ランク”はAなのでしょう? 最低でも2時間、耐え切れるのですか?」

「・・・? リインフォース、祐一のランクは誰から聞いたの?」

「レイクからですが」

≪私はそんなこと一言も言っていませんよ≫

「え?」



思い出すのは今日の会話。ああ、なるほど。

俺も同じような手はよく使うからすぐに見抜いた。レイクにからかわれているぞ、リイン。



≪私はマスターの”魔力ランク”はAと言いましたが、”魔導師ランク”は言っていません≫

「ささやかだが趣味悪いなレイク」

≪マスター譲りです≫



そうだった。



「リインフォース。こう見えて、祐一はかなり強いわよ」

「そうなのですか?」



俺を見て言われても、俺は知らないぞ。

第一、今までプレシアさん以外比較する対象がいなかったから、俺自身がどの程度なのかサッパリなんだよな。

何度かプレシアさんと模擬戦(強制)させられたけど、全部沈んだし。



≪プレシアはかつて、大魔導師と呼ばれていたほどの魔法の使い手です≫

「もうずいぶん昔の話よ」

≪その彼女がかなりと言うからには、それだけの実力はありますよ≫

「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

≪今日マスターと離れているときに聞きました≫



今日か。タイミングが良いな。確かにレイクをサポートに使っていいとは言ったけど。



≪マスターの秘密と交換条件で≫

「さらりととんでもない事暴露したな! どれを喋った!!」

≪安心してください。全開状態のマスターの強さについてです≫



ふむ、それなら安心・・・出来ません。

全開がプレシアさんにバレたってことは・・・。



「明日から3日間は、魔法の特訓ね」

「あの~、やっぱりそれって」

「祐一の全開、見せてもらうに決まってるじゃない」



ああ・・・そんな笑顔で言わないでください。

プレシアさん普段は温厚な顔して実は結構なバトル好きだ。

曰く、別にバトルジャンキーじゃなくって、ただ将来有望な新人を育てるのが楽しいだけらしいんだけど。

プレシアさんは自分の娘に教えたいみたいだけど、アリシアはまだ幼いから、代わりに俺に目をつけられたんだ。

毎度本気で戦ってはいたけど、全開まで見せたら後でどんな特訓させられるか・・・。



「それで結局、どのぐらいの強さなのですか?」

「明日の祐一の実力を見てからじゃないと、何とも言えないわ。

 だけど、最低でもAAAランクはあることは保障するわよ。

 それと祐一の戦闘スタイルを考えたら、2時間は持たせられるはず」

「AAAランクですか・・・。それで、そのスタイルは?」

「・・・避けること中心だ」



どんな時でも逃げ回るよ、俺。

避けることの重要さは、『まい』との戦いで嫌というほど思い知ったし。

今回はあの時と違って相手が見えるわけだから、そこまで必死になる必要も無いと思うけど。

舞のように強い味方がいるならまた違った戦法を取るが、俺一人の場合はこれが基本。



「でしたら、私の使う魔法についても説明したほうがいいですね」

「お、それは助かるな」

≪守護騎士アタックでしたっけ?≫

「名前から推測すると、何かを召喚して攻撃する魔法かしら?」

「・・・そ、それは多分、守護騎士が使う攻撃法のことかと・・・」

「≪守護騎士って何?≫」

「・・・守護騎士、というのはですね・・・」



分からない俺とレイクはリインから守護騎士についてのレクチャーを受ける。

そしてリインが所有(?)していた騎士達の、能力についても。

実際見ないとピンと来ないな。なるほど~とは思うけど。

現在その騎士達は夜天の主の元にいるが、その能力は書にも記録されたままらしい。



「ふむ。武器は剣、槌、指輪、拳か。でも状況によって形状変化は可能だから、総数はその限りじゃないと?」

「そうなります。剣は鞭と弓矢に、槌は大槌に、指輪は振り子状に。拳は唯一形状の変化はしません。

 指輪と拳の守護騎士はサポート、防御系の魔法を得意としたため、そちらでくるかもしれません」

≪しかし話を聞く限り、その武器はそれぞれの守護騎士のデバイスだったのでしょう?

 今回の戦いでもそれらの技を使ってくるのですか?≫

「確かに武器はデバイスですが、おそらく問題なく使います。

 デバイスとは本来魔法をより使いやすくする媒体でしかないのですから、それを補える魔力と技量さえあれば」

≪なるほど≫

「なんで同じデバイスのお前が納得してんだよ」

「魔力でデバイスの代わりをする、ということね。相当大変でしょうけど、確かに不可能じゃないわね」



他にも守護騎士の残りの能力、リインの魔法、その威力と効果範囲、継続時間と追尾性の有無などを教わり、

逆にこちらの手持ちの魔法を教えて、どれが有効なのか、効果薄なのかも検討する。

プレシアさんの使う魔法の中から四層バリアの貫けるものを選別し終えたら、いつの間にか雑談タイムになっていた。

俺の家族や、リインの主達について。プレシアさんの栄光ある過去とかが中心だったな。



「あ、そういえば、プレシアさんが魔導師ってことは知ってるんだ」

「溢れる魔力を抑えきれていませんでしたから」



これは余談だが、会話の途中で一瞬だけ新作の邪夢の話になり、実際に食べたリインの感想からアレは

【混沌邪夢(カオスジャム)】

と呼ばれるようになった。















時間は既に11時近く。

時間も遅くなってきたので、雑談はお開きとなった。



「リインはこの部屋を使ってくれ」

「はい。ありがとうございます」



リインに案内した部屋は、かつての真琴の部屋。

最もここは水瀬家ではないし、真琴も俺と一緒に寝ているから誰も使っていない部屋だ。

押入れに仕舞ってある布団を引っ張り出して床に敷く。

布団は他の皆がいつ泊まりに来てもいいように、ここに戻ってきてからすぐに洗濯してある。



「朝ごはんは7時半ぐらいだから、その頃には下に来てくれ。目覚ましは・・・」



普段は全然使わない携帯電話をポケットから取りだし、アラームをセットする。



「ほれ、これを使ってくれ。目が覚めたら携帯を開けて、ここのボタンを押せばアラームは止まるから」

「はい」

「他になんか必要なものとかあるか?」

「いいえ、大丈夫です」

「そか。俺とプレシアさんの部屋はそこにあるから、なんかあったらいつでも言ってくれ。

 それじゃ、おやすみ」

「あっ、祐一」

「ん?」

「あの、えっと・・・いえ、おやすみなさい」

「? おやすみ」



何か言いたそうだったリインは、結局何も言わずに部屋に入っていった。

明日の朝ごはんどうしようかな・・・と考えつつ部屋に戻ろうとしたら、プレシアさんの部屋の扉が開く。

プレシアさんとアリシアの部屋は俺の部屋の隣、水瀬家の名雪と同じ部屋だ。

中から、先に部屋に戻ったプレシアさんが出てきた。

そのまま隣の俺の部屋へ行き、扉を開け中を覗いている。

俺もプレシアさんの下から部屋を覗く。



「アリシア?」



中を覗いたら、そこには俺の勉強机で寝ているアリシアがいた。

そういえばアリシアはリインが風呂から出る前に、「おべんきょうしてくるね~」と二階に上がったきりだった。



「ああ、やっぱり」

「寝てますね。どうします? 部屋に運びましょうか?」

「・・・このまま祐一の布団で寝させてあげてくれる?」

「俺の?」

「ええ。今日はちょっと夜更かししそうだから」



プレシアさんの夜更かしなんて珍しいな。いつもなら12時までには絶対に寝るようにしてたのに。

・・・俺の母さんに「食事と睡眠はしっかりとるように。娘と少しでも長く一緒に居たいならね」って脅されて以来、12時までに寝るのは習慣になっているそうだ。



「久しぶりに大型の魔法を使うことになりそうだから、デバイスのメンテナンスをね」

「プレシアさんて、メンテも出来るんですか・・・」

「本職じゃないし、専用の機械があるわけじゃないからから時間はかかるけれどね。

 私だけじゃなくて、魔導師なら自分のパートナーぐらいは自分でしっかりと整備しないと、一人前とは呼べないわ」

「だったら俺は一生半人前かもしれませんね」

≪ちゃんと私を整備してください、マスター≫

「レイクはブラックボックスの塊じゃない。あなたが相手だったら、私でも半人前になるわ」



少しだけ会話をして、おやすみの挨拶をしてから別れた。

デバイスのメンテかぁ。今の俺じゃ無理だけど、いつかは・・・。

密かに決意しつつ、部屋の中に入る。

アリシアに近づいて、抱き上げる。温かい。



≪すっかり眠っていますね≫

「今日はタイムカプセル掘り出したりしたから、疲れたんだろ」



子供って体温高いよな、やっぱり。

起こさないようベッドにゆっくりとおろし、掛け布団を掛け・・・すかさず真琴とルシィがアリシアの横に潜り込む。

速い。

アリシアの勉強道具を片付けてから寝るとするか。

机に戻り、アリシアがしていた物を見て少し固まった。

机の上に広げられていたのは、『小学6年生の計算ドリル』。



「この年でもうここまで・・・天才? 鬼才?」

≪間をとって秀才でいいのでは?≫

「じゃあ神童で決定だな」

≪・・・マスター≫



レイクが絶句した。勝った! 何に勝ったって? 俺にも分からん!



≪魔法を使う者は、総じて理数系が得意になる傾向にありますが・・・それだけではないですね。

 マスターの物真似でもしてるんじゃないですか?≫

「物真似? って、”アレ”?」

≪”アレ”なら短期間で様々な知識を取り込めますからね≫



”アレ”って、少し前に一度説明しただけなんですけど。まさかモノにしたのか?



「子供のうちから、よく習得できたもんだな」

≪むしろ思考が柔軟な子供だからでしょう。

 私から言わせて貰えば、18歳の一般男子であったマスターが一瞬で覚えたことのほうが驚きですよ≫

「漫才とは、常に思考の連続だからな」

≪柔軟性抜群とでも言いた・・・?≫

「? どうした、レイク」

≪・・・マスター、パソコンを開いてください≫



なんだ? よくは分からないが、パソコンを引っ張り出すことにする。

パソコンは、この勉強机の下の引き出しに仕舞われている。家のはノートだから、どこにでも仕舞えて便利だ。

ドリルと筆記用具を片付け隅に置き、パソコンを机の上に置く。

電源を入れてから起動までの時間が長く感じるよな・・・。

1分後、パソコンは完全起動した。



「起動したぞ。どうすればいいんだ?」

≪ちょっと待ってください・・・はい、終わりました。メールボックスを開いてください≫

「メール? ネットに繋いでないのに、メールなんて届いてるわけがない・・・こともなかった」



家のパソコン有線LANの筈なんだが、いつ無線LANになったんだ?

中を開いてみたら、圧縮されたデータが二つ。

それぞれのタイトルは『魔』と『闇』。



「これ、なんだ?」

≪先ほど私宛に送られてきました。内容は不明です。送信元は・・・あの十字架ですね≫

「十字架・・・カノンからか」



虎の巻に書かれていた通り、カノンは今リインの手元にある。

そこから送られてきたデータか。

先に『魔』のデータを解凍して開いてみる。



「魔法陣・・・と、トリガーが多数か」

≪ほう・・・なかなか高等な魔法もありますね≫

「ふ~ん。そうなのか・・・ん?」



俺は魔法陣だけ見せられてもよく分からないので、ざっと見てから下にスクロールする。

その途中で、ある言葉が目に付いた。



「ディバイン・バスター」



面白い名前だな。誰の魔法なんだろう。何かを皮肉っているのか?



≪ディバインの意味は”神聖な”、”神”などですね。それにバスター・・・”倒す”、でしょうか≫

「『神聖なる一撃』か、『神殺し』か・・・意味は完全に正反対だな」

≪魔法としては並ですね。突飛して強いわけでもない、単なる砲撃魔法です≫



単なる砲撃魔法・・・ね。魔法陣を見てみるが、やっぱり分からん。

内容は大体分かったから、次の『闇』のデータを開ける。

中は・・・訳の分からん文字の羅列。これ、プレシアさんのモニターの前に表示されていた字に似ている。

一番上だけ、日本語だった。



「『闇の書・システム』・・・なるほど。これでデバッグをしろって事か」

≪かなり難解なシステムですね。最初にこれを作った人の気が知れません≫



スクロールバーが物凄くちっさい。これ全部読み解くにはどんだけかかるんだろう。

読み解く前に、文字を理解しないといけないな。日常そっちのけでこれ一つに集中しても、何年かかることやら・・・。



≪でも、するんですよね、マスターは≫

「当たり前だ。約束したからな」

≪目標は?≫

「10年以内」



パソコンをシャットダウンする。

なんにしても、今は目先の問題を片付けるほうが優先だ。

リインを助ける為に必要なこと・・・。



「レイク、さっき開いた魔法は憶えているな」

≪はい≫

「俺が寝ている間に、介入してこい。魔法は夢の中で習得する」

≪相変わらず無茶しようとしますね≫

「返事は?」

≪イエス。マイマスター≫



寝巻きに着替え、目覚ましを設定してから電気を消す。

ベッドに入り、いざ寝ようとしたところでレイクから。



≪マスター≫

「なんだ?」

≪今日は随分と恥ずかしい思い出が増えましたね≫

「・・・・・・」





二時間寝付けなかった。









[8661] 第十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/10/15 01:05










12月28日、午前6時。朝。



『あ『バンッ』・・・』



今日は俺の勝ちだな、名雪。

腕だけをブンと振り、目覚まし時計が鳴りきる前に止めた。

目覚まし音は名雪の声で入れてある。名雪に無理言って入れてもらった。

台詞は勿論『あさ~、あさだよ~。朝ごはん食べて学校いくよ~』だ。

この目覚ましは名雪の声なので聞いてて眠くなる、目覚ましにはあるまじき目覚まし。

一瞬で起きないと100%二度寝をするというトラップ。

おかげで俺には『朝のあと5分』というものが存在しないのさ。限りなく自慢にならない事だが。

ちょっとした優越感を感じつつ、起き上が・・・れなかった。体が重い。

手探りで体を触ってみたら、なんかあったかいもの・・・。



「アリシア、か」



正面からひしっと抱き付かれている。

コアラみたいだな。



≪おはようございますマスター、さっきぶりですね≫

「おはよーさん」



レイクとは夢の中で会ってましたさ。

眠りながら特訓をするという、俺とレイクのみに可能な離れ技。『精神リンク』。

しかし



「ねみぃ・・・」



体の疲労は回復したが、精神的な疲れは癒えてない。だから眠い。

睡眠時間も少なかったため、さらに眠い。

5時間ぐらいは寝たが、実際は徹夜と変わらない。



≪でも寝不足になってまで特訓した甲斐はありましたね。3割はコンプしましたよ≫

「魔法を5つか。でもこれ、今時のようにプログラムとして体にセットすれば、一瞬なんだろ?」

≪そうやって楽しようとした結果、今のような堕落した魔導師が増えたんですよ。

 それに発動スピードやいざという時の咄嗟の魔法構成は、自分で魔法陣を描いたほうが圧倒的なんですよ≫



確かに。プレシアさんがちょっと大き目の魔法を使うときは、足元か杖の先に魔法陣が描かれてから発動する。

魔導師の中では優秀なので、描かれきるまで約1秒。

効果音で表現すれば、ファフィーンって感じか。

だけど俺の場合は、ヴァッ! まさに一瞬だ。自分でも分からん例えだな。



「まあ、魔法構成は昔に比べて随分速くなったよな。

 それに自分でやると、同じ魔法から他のバリエーションも思いついたりもするし。お得お得」

≪・・・化け物め≫

「まだ言うか。しつこいぞ。その言葉は夢の中だけにしとけよ」

≪分かりましたよ・・・・・・・・・・・・・・・・大体、どこでそういう発想が・・・≫



まだブツブツ言ってるし。

さっき夢の中で使った魔法。レイクからすれば、かなり化け物染みた一撃だったみたいだ。

俺が他の魔法を参考に考え出したオリジナル、たった一発こっきりの大魔法。

レイク曰く、敵味方問わず人数が多くなればなるほど威力を増す悪夢の砲撃・・・らしい。

試したわけじゃないので本当かどうか分からないが。

強力な手持ち魔法が増えたと思えばいいか。

魔法自体は誰でも思いつきそうなもんだけど・・・そうでもないのか?

少し布団の中で考えていたら、睡魔が襲ってきた。

っとと、こうしちゃいられない。今日の朝食は俺が当番だから、寝過ごすわけにはいかない。



「アリシア、アリシア。起きろ。もしくは起きなくてもいいから離してくれ」

「く~。む~」



揺すってみたら余計に抱きついてきた。実は起きてんじゃないのか?

しょうがない・・・。



「アリシア~・・・どりゃ!」

「む~! ・・・ふにゃぁ」



力が抜けた一瞬の隙を突いて、抜け出した。

俺が何をしたのかって? アリシアを思いっきり抱きしめたんだ。

アリシアが寝ているときにぎゅって抱きしめると、力が抜けてふにゃっとなるんだよな。



≪ジゴロめ≫

「誰がジゴロだ馬鹿者め」



知ってるか? ジゴロって、日本語でヒモのことを言うんだぞ。










一回に下りた俺は、まず先に洗面所へ行く。

水で手と顔を洗い(ものすご冷たいけど、眠い今は丁度良い)、口をゆすぐ。

さっぱりしたところで、次にすることを考えながら台所へ移動。

確か、昨日の時点でそんなに食材は残っていなかったはず・・・と思い出し、念のため冷蔵庫を開ける。



「やっぱり、何にも入ってない」



俺のところは、日持ちするもの以外は基本的に買い置きはあまりしない。

食材は時間が経てばどうしても味が落ちるし、もしついうっかり腐りかけの物食べて、「お腹壊しちゃいました♪」なんてイヤだからな。



≪マスター、豆腐と納豆がありますよ≫

「だな。乾燥ワカメもあるから、みそ汁は作れる。一昨日買ったやつだから、賞味期限も大丈夫」



冷蔵庫を閉め、次に炊飯器を開ける。

4人分は・・・大丈夫。



≪でも少し硬くなっていますね≫

「見ただけで分かるのかよ、すげえな」



骨董品のクセして、かなり高性能。



「ん~、確かこれも一昨日炊いたヤツか。このまま食べても問題ないが・・・」

≪硬いですよ≫

「わかっとる。少し黙ってなさい」



昨日は俺朝食なし、夜秋子さんところ。

こんなに残ると分かっていれば、少な目に炊いたんだけどな。

冷蔵庫の中を再度確認。何か使えそうなものは・・・。



「卵・・・ぐらいか」



俺の料理のレパートリーでは目玉焼き、卵焼き、ゆで卵しか作れそうに無い。

もしくはご飯と混ぜてオムライスとか?



「う~ん、いっその事・・・」



一つ閃いたが、合うかどうか分からないので、念のためにレイクに聞いてみる。



≪まあ、問題ないと思いますよ≫

「そうか。じゃ、それでいくか」



献立は決まった。時間もたっぷりあるし、まずは・・・。



「シャワーを浴びよう」



昨日風呂に入ったのが夕方頃。朝なので寝汗も少しかいている。

俺は着替えを取りに、再び二階へ。



・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



7時15分。



「おはよう、祐一」



プレシアさんが一番に起床してきた。

目はやや半開きだ。



「おはようございます。昨日は、何時まで作業してたんですか?」

「ん~、3時くらいかしら」



そら眠いはずだ。

プレシアさんはフラフラと自分の席に着く。



「眠そうですね。先に朝ごはん、食べます?」

「このくらい平気よ。皆が揃ってから、一緒に食べるわ。

 ・・・はぁ。昔なら、徹夜の三日や四日、普通だったんだけどね。

 今じゃ、規則正しい生活を送っているせいで、こんなにも眠い」



最後あたりはあくびをかみ殺しながら喋っている。

規則正しい生活を送っているのはいい事だと思いますよ、プレシアさん。

俺の母さんが原因だから口には出しませんけど。

俺はコップに入った牛乳と、今日の分の新聞を渡す。



「あら、ありがとう」



プレシアさんの朝は、一杯の牛乳を飲んで新聞を読むところから始まる。

なんだか、こうやって椅子に座って新聞読んでる姿だけ見れば、お母さんというよりお父さんだよなあ・・・。

お父さんなプレシアさんを横目に見ながら、作った朝食を机の上に並べていく。



「おっはよ~」

「おはようございます」



そうこうしていると、アリシアとリインも起きてきた。

アリシアの頭の上に真琴、リインの腕の中にルシィもいる。



「おはよう」

「おはよ、二人とも。一緒に下りてきたんだな」

「うん!」



朝から元気だな、アリシア。

その元気をプレシアさんにも分けてやれ。



「じゃ、朝ごはんにするか」



丁度準備も終わった。それぞれが席に着く。



「あう~」

「うな~」

「はいはい、ちゃんとお前達の分もあるから。

 あと、いくらお腹がすいたからって、その鳴き声は駄目だぞ。二人とも」



ご飯を二人(俺は二匹とは呼ばない)の前に置いたら、もうすでに俺の声は届いていない。

ご飯にだけ目が向いている。

それでも食べないで待っているのは、躾がいいからか賢いからか。後者だな。

俺も自分の席に着く。



「それじゃ、いただきまーす」

「いっただきま~す」

「いただきます」

「・・・いただきます」

「くぅん」

「にゃ~」



全員で一斉に食べ始める。

基本これがいつもの朝食の風景。今日からは一人多くなるな。

今日のメニューは焼き飯、卵焼き、味噌汁だ。



「あれ? 今日のチャーハン、いつものと違う?」

「お、気がついたか。材料無いからちょっと工夫して、納豆焼き飯にしてみた。

 ちなみにアリシア、炒飯じゃないぞ。焼き飯だ」

「? どう違うの?」

「卵を入れるタイミング」



炒飯は卵を先に炒め、次にご飯を入れる。

対し、焼き飯はご飯を先に炒め、卵を後から入れる。



「ふ~ん、そうなんだ」

「勉強になったか?」

「ぜ~んぜん」



ニッコリとってもいい笑顔で言い切った。ここまで見事に言い切られるとスカッとする。



「だって、チャーハンとやきめしの味の違いなんて、わからないよ」

「あ、それは俺も同感だな。

 卵が先かご飯が先か、なんてどっちでもいいのに、なんでわざわざ分けたんだろうな?」

「ん~、僕にはわかんない。でも、祐君のご飯がおいしいってことだけはわかるよ」

「・・・ありがと」



素で褒められるとテレる。

アリシアの何の裏も無く人を褒めることが出来るところは、一種の才能だよな。

テレてるところを見られるのは恥ずかしいので、会話をプレシアさんに移す。



「プレシアさん、今日はどうします? 買い物は俺達だけで行って、プレシアさんは寝ててもいいですよ」



今日の買い物。昨日言っていたリインの服の購入。

プレシアさんは寝不足みたいだし、無理に引っ張り出すのは酷だろう。



「私も行くわ。たまの娘達との買い物、行かないはずないでしょう。

 それに、祐一は女性の服のコーディネート、出来るの?」

「・・・で、出来ません」



自分の服を買う時でさえ大雑把な俺が、まともな女性向けの服装を選べるとは到底思えない。

それによく考えてみたらリインは大人だから、下着とかも必要になるはず。

そんな時、俺やアリシアが役に立つ可能性は低い。

ここはプレシアさんに任せるのが吉か。

配慮が足らないな、俺も。せめて秋子さんの半分くらいは配慮の心が欲しいな・・・。



「服を見立てるのは得意だから、安心して良いわよ」



プレシアさんの仕事は、服のデザイナーだ。

プレシアさんは異世界出身だから、当然俺たちと服のセンスも違う。

そこに目をつけた母さんが、プレシアさんを斡旋した。

(俺たちからしたら)常に新しいセンスで服をデザインしているので、すでに幾つかの人気商品も出ているほど。

毎日いろんな服に出会っているから、プレシアさんの服のセンスはかなり良い。



「あの・・・昨日も言ったのですけど、別に気を遣っていただかなくても・・・」

「リインこそ、気にするな。俺達が好きですることだ。

 それに、人の厚意は受け取らないと、それこそ失礼にあたるんだぞ」

「そ、そうなのですか・・・?」

「そうよ。納得しなさい」



俺とプレシアさんのゴリ押しには、リインも頷かざるを得ない。

・・・親切の押し売りしてる気分だな。



「・・・はい、分かりました。ありがとうございます」

「気にするな」

「お礼は良いわ。・・・早くご飯食べないと、冷めるわよ」


話ばっかりしていたので、俺もプレシアさんも全然箸が進んでいない。

リインに至っては、まだ一口も食べていないな。

そのリインが焼き飯に箸をつける。



「・・・ギガうま(ボソッ)」

「どうだ?」

「あ、はい、おいしいです」

「そうか。口にあって良かった」



俺も焼き飯を食べる。ん、自己採点80点。中々良い出来だ。

それからも食事は和気藹々と進んだ。




















「で、」

「あ」

「っと言う間に」

「デパートに到着だね」



上から俺、リイン、プレシアさん、アリシアだ。

ここは隣町の大型デパート”イオ○”。

食事の後片付けをして、小休憩の後に出掛けた。

プレシアさんは残念ながら自動車免許を持っていないので、電車とバスで移動だ。

電車もバスも初体験のリイン観察は、貴重な時間だった。



「祐一、恥ずかしいから声に出さないでください」

「げ、まさか」

「口に出してるわよ」

「ぐはっ、やっぱり・・・ここ2、3ヶ月は一度も無かったから治ったと思ってたのに・・・」

≪癖というのは総じて治らないものですよ≫

「喋るな」



胸のレイクを指でピンと弾く。マナーモードに切り替えた。



≪ああ、そんな殺生な!≫

「だまらっしゃい」



レイクがチカチカ光るだけで沈黙する。

店の入り口でのんびりしてるわけにもいかないので、とっとと店の中に入る。



「いっちば~ん」

「あっ、ちょっと待てアリシア、手を繋がないと迷子になるぞ!」



って速! 子供の足って短いのに、なんであんなに速いんだ!?

アリシアを追いかけるプチ鬼ごっこはすぐに終わる。俺の脚力をなめんなよ。



「祐一・・・アリシアももう子供じゃないんだから」

「プレシア、どう見ても子供にしか見えないんですけど」



半ば強引に手を繋ぐ。アリシアは口では文句を言っているが、顔は嬉しそうに笑っている。

こんにゃろ、愛いやつ愛いやつ~と空いた手で頭を撫でまくる。



「リインフォースは事情を知らないのよね。あの子、外見は子供だけど、中身は10歳なのよ」

「10歳? では主より年上・・・しかし、そうは見えませんね。成長が遅いのですか?」

「そうじゃないわ。肉体年齢のほうは、確かに外見通りよ。

 多分、精神的にもそんなには変わらないはず。だけど、アリシアが自分は10歳だって譲らないのよ」

「何故ですか?」

「・・・お姉ちゃんは年上じゃなきゃいけないって、アリシアが言ってたの。

 ・・・・・・フェイトのことは、一言も話してないのだけれどね・・・」

「え?」

「いいえ、なんでもないわ。行きましょう」



リインとプレシアさんも追いついた。

案内板を確認。さて、洋服売り場は何階だったかな? ってか無駄に広すぎ・・・。



「あ、真琴はマフラーのフリしとけよ」

「く~ん」



イオ○って、ペットOKだったっけ?















で、洋服売り場に到着・・・してからもう3時間経っている。

女の人の買い物は長いとはいうが・・・。



「リインはこれなんてどうかしら? あ! アリシアはこっちも似合うわ!」



もうプレシアさんの独壇場だ。男の俺ではまったく口を挟めない。

目も凄い生き生きしている。プレシアさんのこんな一面、初めて見た。しかもまだ一着も決まっていない。

俺の母さんも一緒に買い物に来たときにはそんなことも無かったんだけど・・・母さんが抑制力になってたのか?

アリシアは喜んで着せ替え人形になっているが、リインは困惑顔で、俺に救いの目を向けている。

すまない、リイン。こうなったプレシアさんは、俺でも止められそうにない。

まさかただ服を買いに来ただけで、こんな目に遭うとはリインも思っていなかっただろう。俺もそうだ。

物凄い罪悪感を感じながらも、つつっと目をそらす。

すると、そらした先、斜向いの店入り口に見知った後姿を見かけた。

あれは・・・一弥?

一弥らしき存在が、店の中に入っていった。

その時、俺は閃いた。一弥をだしにしてこの買い物を終了、もしくは一時中断できないだろうかと。



「プレシアさん、知り合いを見かけたので、俺ちょっと離れますね」

「いってらっしゃい。後で祐一にも合いそうな服を何点か選んでおくからね」



後半の部分は聞き流す。プレシアさん、正気ですか? ここは女性服専門店ですよ。

すぐに戻るとリインにアイコンタクトを送った。リインはコクンと頷いていた。

送った自分が言うのもなんだが、よく通じたな。

リインフォースの視線を背中に感じながら、俺は店を後にする。










所詮斜向いなので、移動時間は十数秒だ。そこも服屋だった。

ただ、普通の服屋じゃなくって、もっと奇抜な・・・・・・そう、アニメに出てきそうな服。

コスプレだ。コスプレ用の衣装が売っている店。

そこまで考えて、ふと思った。もしかしたら一弥じゃないかもしれない。

いくらなんでも、こんな所に一弥がいる訳が無い。

普段から真面目な一弥は、アニメらしいアニメだって見ることは少ない。

好きなアニメはと尋ねたら、『DE○TH NOTE』と即答するほどだ。

あんな腹黒い頭脳戦やってるのなんて、普通の子供の見るもんじゃないぞ。

しかも本人は見てて意味をちゃんと理解し、タメになると口走るもんだから将来が恐い。

若干話が逸れたが、そんな訳で他人の空似かも・・・と1分間ほど悩みつつ、もう一度よく見てみる。

丁度その瞬間、背を向けていた少年が横を向いた。やっぱり一弥だった。どう見ても一弥だった。見間違えようが無い。



「なにやってんだ? あいつ」



一弥だと確信したので、店の中に入る。

なんにしても、一弥がいればプレシアさんを止めることが出来るかもしれない。

中に入ったら、周りにはコスプレ用の服、服、服・・・。当然っちゃ当然だな。

ガン○ムの地球軍服、本気(マジ)狩るトラハの魔女っ娘の衣装に、ゴジ○のきぐるみ(これコスプレ衣装か?)。

俺が通っていた高校の女生徒用制服・・・ってこれ、コスプレ衣装じゃないだろ!

店主がなにかを狙って、明らかに失敗しましたって感じの物まで置いてる。

よくイオ○に店を出せたな。俺が心配することじゃないが・・・テナント少ないのか?

目的の人物はどこに・・・周りを見渡し、すぐに見つけた。

そこの試着室の前でターゲットは挙動不審げにしている。

周りをきょろきょろと見回しながら、試着室に向かって声をかけている。

傍から見ればかなり怪しい。

こんなに怪しい一弥に何にもしないのは、俺の芸人魂に背くことになる。

一弥を驚かしてやろうか。そうしましょう。よし決定。

そうと決まれば、早速気配を消して、一弥の背後に回りこむ。

気配の消し方? 母さんに教わった。

一弥の真後ろの服の物陰に身を潜め、息を殺し絶妙のタイミングを待つ。

一弥が試着室に声をかけている時、意識がそちらに向いた。

今だ!

素早く忍び寄り・・・一弥の口を両手で思い切り塞ぐ。



「ボドドドゥドオー」

「っ!!! ーーーっ!!!」



かなり驚いているようで、すっごい必死に暴れている。

はっはっは。大方変質者に襲われてるとでも思っているんだろ。

俺だって突然こんなことやられたら暴れるし。



「おちつけって、一弥。俺だ」

「ーーーっ!? ーーっ!! ・・・っ!?」



耳元で小声で喋ったら、最初は暴れていた一弥も俺だと気がついたようだ。徐々に大人しくなる。

完全に冷静になったところを見計らって、口から手を離す。



「っぷはぁ、はぁ、はぁ、ゆ、祐一さん?」

「おう、祐一さんだぞ」

「な、なんですか、今の言葉」

「今の? ボドド?」

「はい」



なんと言われてもな・・・特に意味があったわけじゃないんだよな。

強いて言うなら・・・



「魂の叫び?」

「なんで疑問系なんですか・・・」

「突っ込みどころはいいぞ。そんなことより一弥、こんなところで何をやっているんだ?」

「!? そ、それは・・・」

「一弥、どうかしたの?」



一弥の視線が試着室に向く。次の瞬間、聞き覚えのある声と共に閉められていたカーテンが開いた。





そこに居たのは・・・





シャアッ!! っと再び閉められるカーテン。



「さ、佐祐理さん?」



中には本気狩るな魔女っ娘のコスプレをした佐祐理さんがいた。

いや正直言うと、一弥がここにいる時点で佐祐理さんもいるのではと薄々考えていたんだ。

しかしまさか、佐祐理さんがコスプレしているなんて・・・俺の想像の範疇を超えている。



「ふえええええええええええぇぇぇぇぇ!!?」



カーテンの内側から、佐祐理さんの叫び声。

あっちもかなり驚いているようだった。



「・・・・・・一弥、何が何なんだ?」

「えっ?! あう、えっと、お姉ちゃんがまじょっ」



混乱した一弥が何かを口走ろうとした時、カーテンの正面から何かが飛び出してきた。

それは一弥の顔面目指して・・・



  スコーンッ



小気味よい音を立てて一弥の”顎に”直撃した。

そして少しだけ上昇し、再びカーテンの中に戻っていく。軌道はブーメランをイメージすれば分かりやすいだろうか。

音は小気味よかったが、一瞬宙に浮いた一弥はそのまま仰向けにぶっ倒れる。

俺の動体視力は捕らえていた。俺の右側を通り過ぎた”棒状の何か”は、反時計周りに回転していた。

つまり、佐祐理さんは下からのスイングでアレを投げたってことだ。

あの狭い試着室の中で、一弥を浮かせられるほどの回転力を持たせた? どうやって?

頭は混乱し様々な疑問を生み出していたが、思うことは一つ。

再びシャアッと開くカーテン。



「なに、この急展開」

「はぇ?」



そこには、普段着の佐祐理さんが立っていた。

着替えるの早くね?

そしてさっきの棒状の何かはどこへ行った?




















SIDE:リインフォース

疲れた・・・。

ここはデパートの一角の洋服店。プレシアにここに連れ込まれて、もうどれほど経ったか・・・。

この店の服は種類が豊富なので、デザインも多彩に選べる。

そのせいで、プレシアは未だに私達の服を選んでいる。

アリシアも楽しそうにはしているけれど、そろそろ飽きてきているように見えます。

はしゃいでいた分の反動か、かなり疲れているようでした。表面には出していませんが。

子供に気を遣わせてどうします、プレシア。

店の中の時計を見たら、1時半を回っていた。

この店に着いたのが午前の10時頃だったので、もう3時間半以上経っている事になる。

祐一、早く戻ってきてください・・・。



「リインフォース、次はこの服はどう?」



プレシアがまた服を差し出してきた。



――ずっとプレシアのターン!

――もうやめて、リインフォースのライフはゼロよ!



はっ! 今言葉が頭を駆け抜けました・・・。

何だったのでしょう。これが現実逃避、というものでしょうか。

長い時を生きてきましたが、現実逃避というものを体験するのは初めてです。

(――後で祐一に訊いたところ、これは現実逃避ではなく”デンパ”と言うらしいです。自分か鬼気迫ったときに聞こえてくるとか――)

しかし現実逃避をしていてもしょうがないので、服を受け取ります。



「ただいまです」



30分ほど前に出て行った祐一が戻ってきてくれました。

もう限界です、プレシアを止めてください!

多分私は、そんな視線を送っていたと思う。

店に入って来た祐一の後から、女の子と男の子も入ってくる。



「佐祐理ちゃんと一弥くんだ! こんにちは~」

「はい、こんにちは~。昨日ぶりですね、アリシアちゃん」

「こんにちは。プレシア小母さんも、こんにちは」

「こんにちは」



こんにちはを目の前で連呼されると、何故だかこんにちはという言葉に違和感を覚えた。不思議な感覚です。



「すまないリイン。すぐに戻ってくるはずだったんだが、対象が気絶していてな。

 今さっき目を覚ましたところなんだ」

「いいえ。祐一が戻ってきてくれただけで、私は嬉しいです」



自分で思っていた以上に精神的に疲労していたみたいで、祐一に声をかけられた瞬間、どっと疲れが襲ってきました。

祐一と話していると視線を感じたのでそちらを向くと、祐一と一緒に入ってきた女の子と男の子。

祐一も気がついたようです。



「佐祐理さん、一弥。彼女はリイン。リイン・フォースさん。

 プレシアさんの知り合いで、昨日から家に住むことになったんだ。

 これから会うことも多くなると思う。外人さんだが、日本語も大丈夫だから普通でいいぞ。

 リイン、二人の名前は倉田佐祐理と倉田一弥。俺の友達だ。

 名字で分かると思うが、姉弟だ」

「あはは~、初めまして。倉田佐祐理です」

「倉田一弥です」

「・・・初めまして。あの、祐一、ちょっといいですか?」



疑問顔の祐一を試着室へ連れて行きます。

初めての人間がいる前でこういう行動をとるのはどうかと思いましたが、今を逃せば言う機会がなくなりそうな気がしました。

連れ込んだ時、祐一は困惑顔になっていました。視線を祐一の高さに合わせて、小声で話します。



「祐一」

「な、なんだ?」

「私の名前は、リインフォースです」



昨日から時々感じていた違和感。それは、私の名前。

彼は私の名前を、リインとフォースで切っています。昨日子猫に私の名前を教えていた時もでした。



「? 知ってるぞ。何を今更」

「リイン・フォースではありませんよ。リインフォースです。

 リインフォース、で、一つの名前です」

「・・・・・・あ、あはは」



やはり祐一は誤解をしていたようです。

リインフォースは主から貰った大切な名前。間違えて覚えて欲しくないです。



「あ~・・・・・・悪い」

「いえ、誤解さえ解けていただければ」

「だったら、名字は?」

「ありません」



あえて名乗るとすれば、夜天とか、闇野とか、八神なのでしょうけど、この姿で日本人の名字は合いませんし・・・。



「今のところはフォースが名字で、いいです。私は祐一に、私の名前を誤解して欲しくなかっただけですし」

「そうか。あ、ならさ、俺もリインフォースって呼んだ方がいいか?」

「・・・それはそれで嫌です」



折角親しくリインと呼ばれているのに、今更リインフォースに戻されるのは納得がいきません。

・・・わがままじゃないですよね、これぐらいは。



「ん、わかった。・・・・・・ところでさ」

「・・・な、なんですか?」



祐一が私の顔をじっと見てきます。今私と祐一の顔は同じ高さにあるので、いつもより接近しています。

ちょっと顔が熱くなる。祐一にバレてないでしょうか?



「リイン・・・お前さ・・・」

「は、はい・・・」

「なんか昨日よりか、幼くなってない? その、見た目とかじゃなくて、内面っていうか・・・」



? 何を言っているのでしょうか・・・?



「小学生高学年女子がある日突然、お母さんのことを甘え声でママと呼び出したみたい・・・って言えばいいのかな?」

「訳が分からないんですけど」

「うん、俺にも分からんかった。・・・いいや。忘れてくれ。

 見ている分には言うほどの変化は無いし、モーマンタイだ。

 俺的には、人間味が増して、今のほうが良いし」

「そ、そうですか? ありがとうございます」



祐一に褒められました。自然と顔が綻んでいきます。

疲れもどこかへ飛んでいった気がします。



「遅延性邪夢? いや、まさかな」



祐一が何かを喋ったのですが、まったく聞き取れませんでした。

思考が受け付け拒否をしたかのようです。なんと言ったのでしょう?



「あ、一弥がピンチだ。んじゃ、とりあえずプレシアさんを止めてくるわ。ちょっと待ってなよ」

「はい」



駆け足でプレシアのところに行きました。

プレシアは少年と話していて、祐一が横から割り込んでいます。

どうやらこの店の服をプレシアがあの少年に着させようとしていたみたいです。

被害拡大しなければいいんですけど・・・。



「あはは~」

「っ!?」



驚きました。先ほどの少女の方が、私のすぐ傍に立っていたのです。

まったく気配を感じませんでした。



「すみません。驚かせてしまいましたね」

「いえ、大丈夫です」



髪を大きなリボンで留めた、可愛い女の子でした。

目が大きくて、朗らかな雰囲気が全身から出ています。

まだ小さな女の子なのに、もうすでにとても魅力的で・・・。



「魅力、という点では、私はまだまだですよ」



・・・・・・心を読まれた?



「あ、警戒しないで大丈夫ですよ。私は・・・佐祐理は、祐一さんの味方ですから」

「どう信じろと?」

「信じてください、としか」

「・・・・・・」



真剣な目をした少女。こんなに真剣な表情をしているのに、信じないというのは失礼というものでしょうか。

祐一の友達と聞いているので、信じるに値する人物だとは思います。

しかし、だからといって警戒を緩める気はありません。



「では、そのままでいいので、少しだけお話を聞いていただけますか?」

「・・・はい」



返事をした後、少女は少しだけ間を置き、話し始めた。



「佐祐理は・・・実は、弱きを助け強きを挫く、正義の魔女っ娘なんです」

「のっけからふざけていますね。話はそれだけですか?」

「ああ、ちょっと待ってください! 本当のことなんです!」



問答無用で立ち去ろうとした私に向かって、慌てた様子でそれでも本当のことだと言う。

仕方なくその場に留まる。



「くすん、ちょっと祐一さんのマネをしただけなのに・・・」



魔女っ娘なんて、他の次元世界にいけばいくらでもいます。

私の主だって、魔女っ娘です。



「リインさんの・・・あ、リインさんと呼ばせていただきますね。

 リインさんの考えているような魔女っ娘とは、少し系統が違います。

 佐祐理の使える魔法は、心を読んだり、時を操ったりするのが主体ですから。

 時間を戻す魔法だけは無いですけど」



少し、驚きました。そんな魔法は、今まで聞いた事も無かったからです。



「・・・それは便利ですね。言葉を話さなくても、コミュニケーションを成立させられるのですか」

「それはそうですけど、やっぱり言葉を交わすほうが佐祐理は好きですね。

 あきこさ・・・私のお師匠様も、そう言っていました」

「同感です。それで、その言葉で何を私に伝えたいのですか?」



ちょっと辛辣な気もしますが、警戒している以上こういう口調になるのはしょうがないです。



「では、単刀直入に言います。リインさん、あなたは、祐一さんが好きですか?」

「!!」



ドキッとした。祐一を好きか?

それは恋愛感情? それとも友情?



「あ、内容はともかく、好きか嫌いか、でいいです」

「・・・でしたら、好き、と答えます」

「あはは~、よかったです」



私が祐一を好きだと、なにがよかったのでしょう?

わかりません。

少女は私の両手をぎゅっと握りブンブンと振る。握手でしょうか?



「でしたら、リインさんも一緒に、祐一さんを支えましょう」

「主語が抜けていて意味不明なのですが。何を言いたいのです?」



私はきっと、呆れた顔をしていると思います。突拍子もないにもほどがあるでしょう。



「あいにく、今は時間がありません。今すぐ言える事は、祐一さんには支えが必要ということです。

 その理由は祐一さんの過去に由来しますので、私の口からは言えません。

 そして人数は、多いほど良い。これだけです。この続きは、またの機会に。

 あ、私のことは少女じゃなくて、佐祐理って呼んで下さい」



少女・・・佐祐理が話し終えた直後に祐一がやってきた。



「話が纏まった。今から、昼ごはん食べに行くぞ」

「あ、はい」



祐一に視線を向けた。そしてその先、少年の隣に、佐祐理がいました。

先ほどまで佐祐理がいたところを見てみても、誰もいない。

祐一も、佐祐理がいたことには気づいていない様子。



「祐一」

「なんだ?」

「なんでしょうね、この急展開」

「・・・それ、さっき俺も同じ事思った」





世の中不思議でいっぱいです。祐一と同じことを考えたことが、少しだけ嬉しかったです。









[8661] 第十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/06/21 09:03









昼食は、黄色い服に赤い髪のピエロがマスコットキャラのファーストフード店でハンバーガー。

あたりまえだが、真琴がいる以上俺達は飲食店に入るわけにはいかない。

俺の分は買ってきてもらい、ベンチに座って食べる。

俺達が全員高校生ぐらいなら食べ歩きでもいいんだけどな。



「食べにくいよ、祐君」

「がんばれ」



ティッシュでアリシアの口周りの汚れを拭いてやる。

いつもご飯は俺の母さんや俺、プレシアさんの誰かが作るから、アリシアはジャンクフードを食べるのは今回が初めて。なかなか苦戦している。

大人なら問題ないが、子供だとハンバーガーとかは綺麗に食べられないんだよな。

一口一口が小さいからどんどん中の具がずれていくし、ソースとかマヨネーズとか手にベットリ付いて悲惨なことになるし。

それ対策にバーガーの包み袋そのままで食べるのも手だけど、最後のほうはやっぱり悲惨なことになる。

袋の底に残った、垂れ出たソース&マヨが口の周りに付いたり鼻の頭についたり。

慣れるまではどうしようもない。



「その点、リインや佐祐理さんは綺麗に食べるよな」

「あはは~、普通に食べてるだけですよ」

「特別、何かしているわけじゃありませんよ」



見てて羨ましくなる光景だ。バーガー食べて汚くならないなんて。

俺も高校生とまではいかなくても、せめて中学生ならもっと楽に食べられるのに。



「綺麗に食べるっていえば、真琴もそうだよな」



真琴の分もハンバーガーだ。ソースが毛皮に付くのがイヤなのか、異常なほど綺麗に食べる。

姿を他に見られたら騒がれるかもしれないので、服を買ったときの紙袋で真琴の周りを囲っている。

ああそうそう、服は店を出る前に買っている。

プレシアさん、あんだけ着せ替えして悩んで(遊んで)いたのに、いざ店を出るとなったときパッパと決めてしまった。

とっかえひっかえ服を着替えさせられて、散々振り回されたリインも口あんぐりして呆けてたな。

・・・・・・実際はしてないぞ。そんなイメージなだけ。



「でもこの荷物、どうしよう」



今ここには大きなが紙袋四つ分ある。

リインの服だけじゃなくて、アリシアやプレシアさんの分も購入してあるからこんなに多くなってしまった。

・・・三人分にしてはちょっと多い気もするが・・・。

この後下着も買わないといけないし(さっきの店では残念ながら売ってなかった)、アリシアはゲーセンで遊ぶことも希望している。

帰りには食材も買わないといけないから、そう考えたらこの荷物は結構邪魔になる。

・・・店を回る順番間違えたな。失敗失敗。



「ふぇ? この荷物がどうかしたんですか?」

「へ? ああ、なんでもないなんでもない」

「嘘です」「嘘だね」



佐祐理さんと一弥のステレオで来た。

一弥、バーガーに苦戦してたんじゃないのか?



「・・・この後他にも買い物しないといけないから、邪魔になるなって思ってたんだ。

 別に佐祐理さんたちは気にしなくても大丈夫だよ。なんとかするから」

「はぇ、そうなんですか・・・」



佐祐理さんの目が荷物と俺の顔を行き来している。なんだ?



「・・・ねぇ、一弥」

「うん、いいと思う」



今度は姉弟のみで会話を成立させている。

羨ましい。

残念ながら今の俺には、言葉を交わさずとも心情を察してくれるような友達は皆無だ。

昔は北川がいたんだが、今の北川変態だから俺と呼吸を合わせること出来ないし。



「祐一さん。よろしければ、この荷物を祐一さんのお宅まで届けましょうか?」

「・・・はい?」

「あ、OKが出たよ」

「うん。お姉ちゃんにもちゃんと聞こえたよ」

「え? いや、今の『はい』はそういう意味じゃなくて・・・」



俺の言葉は聞いていない。ガン無視だ。

佐祐理さん、あなたいつからこんなに強引になったんですか?



「それでは、お願いしますね」

「「御意」」



どこからともなく、がたいのいい男二人が現れる。

誰!?



「紹介しますね。私達のボディーガードの、太郎さんと一郎さんです」



名前に突っ込みたかったが我慢した。偉いぞ俺!

片方が黒い警備服(太郎さん)、片方が黒いスーツ姿(一郎さん)で、両方とも黒のサングラス。

格好からすでに私達ガードマンですと超絶アピールしている。

だが傍から見ればすげー怪しい。俺が警察なら発見後2秒で職務質問に移っている。



「「失礼します」」



紙袋を両手に引っつかんで即効で立ち去った。超高速だった。

袋に囲まれていた真琴は、突然壁が消え代わりに見るからに怪しい大男が出現したため怯えて俺の懐に入り込んできた。

突然の出来事に俺もしばし思考が鈍る。

ただ呆然としていても、真琴が腹の中に入ってきた時はずり落ちたりしないように下をしっかり支えていたが。

リインとアリシアも目を丸くし、プレシアさんのみいつも通りだ。



「・・・・・・・・・・・・・・・何者?」

「私達が呼べば、いつでもどこでも現れる不思議な人たちです」



不思議で済ませていいのか?

佐祐理さんたちって、ボディーガードがいないといけないほどの身分だったのか?

あんな目立つ姿で仕事に支障があったりしないのか?

こんな人達が俺達の周りにずっといたのか?

などなど他にも突っ込むところが多々あるのだが・・・



「・・・ボディーガードが『御意』って言うのは、アリなのか?」



何故だか俺の口から出てきたのはそれだけだった・・・。










とまあ食事中にこんなハプニング的出来事があったが、荷物が無くなって助かったことに変わりはない。

佐祐理さんにお礼を言い、食べ終わったゴミを片付けて早々、俺達はアーバ○(ゲーセン)へと繰り出す。

昼食を食べ終わって今2時、帰宅予定は6時頃。

さっきの服買いの二の舞にならないように、時間はある程度計算した。

ここで2時間遊び、下着買いに1時間弱、食料買うのに30分、帰り着くまでに30分だ。

二の舞とは買い物をする順番のことではなく、プレシアさんの買い物にかかる時間についてだ。

どうやらプレシアさんは仕事柄、服があるならいろんなバリエーションを見ておきたくてあんなに時間がかかった模様。

時間が無いのなら即行で決め終わるっぽい。

楽しいはずの休日の買い物でもやってしまうんだから、もう職業病だよな、あれ。

そんなわけで下着を買う時間を極力減らす為に、とにかく遊んで時間を潰す作戦だ。

ゲーセンだし、2時間ぐらいなら軽く潰せるだろう。



「ほい、アリシア。あんまり無駄遣いするなよ。

 余ったらおこづかいにしていいからな」

「うん」



千円札で5千円分渡す。服はプレシアさんのお金だから、これは俺の自腹だ。

プレシアさんはここも自分が出すと言ったが、プレシアさん一人に払わせるのも気が引けるし、そこまで大した金額でもない。

なんだかんだ言って説き伏せた。

アリシアに5千円はちょっと多い気もするが、念のため。

受け取ったら肩掛けポーチにきちんと仕舞った。



「リインにも」

「わ、私にもですか?」

「おう」



リインにも5千円。

今日で俺の財布は一万円の出費か。

小5にこの金額はかなり大きいが、俺は別に買いたい物も少ないからお金なんて有り余っているので気にしない。

ああ・・・お金が有り余ってるって、良い響きだな・・・。

お小遣いとかお年玉をコツコツ貯めた成果である。



「佐祐理さんと一弥は?」

「私達は大丈夫です」

「お金は持ってきてるよ」



OKっと。

おっしゃ、行きますか!



「集合時間はここに4時。それでは解散!」



これじゃまるで修学旅行の号令だな。

その号令と共に「わ~」とアーバ○に突撃する。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・アリシアのみが。

あれ?



「ゲームセンターに入るのは初めてなので、遊び方が分からないです」

「お姉ちゃんと同じく」

「・・・私も」

「玩具で遊ぶ歳でもないし・・・私はアリシアについているわ」



それぞれの言い分。その後すぐプレシアさん離脱。

プレシアさんが離れたから説明するの俺一人かよ。

俺は頑張って基本的な部分をレクチャーする。

が、あまり理解してもらえなかった。

一度覚えれば簡単なことなんだけど・・・。

後は実践で覚えてもらうしかない。



「じゃ、実際に遊んでみるぞ」

「「「はい」」」



真面目が基本な3人。楽しく遊べるのだろうかと、ちょっとだけ不安になった。

両替機で両替した後、しばらく俺達は4人で行動した。










所詮はゲームセンター。30分も経てば、どんな人でも自然と遊べるようになる。

それぞれが散りめぼしいゲームに向かって行く。

最初は一弥がUFOキャッチャー。次に佐祐理さんがポップンミュージック17。

リインがストリートファイターZERO3だ。

・・・・・・時代的にあっちゃいけないものがあった気もするが、気にしたら負けだ。

さてと、俺は・・・



「機動戦士ガ○ダム・・・戦場の絆・・・?」



うん、気にしたら負けだ・・・。

他のにしよう。










遊び始めたら、時間なんてあっという間。

気がついたらもう4時前だった。

ゲームも丁度一段落ついたので、集合場所に向かうことにする。



「祐一さ~ん」



その途中で、誰かに呼ばれた。

声のした方には一弥、周りは袋に入ったキャッチャーの景品だらけ。

おいおい、いくら使ったんだ?



「よお一弥、大量だな」

「はい、頑張りました」



今の一弥はいつもと比べても一段とはしゃいでいる。

楽しめたようで安心した。



「一つにつき何回ぐらいした?」

「5個目ぐらいまでは3回ぐらいかかったんですけど、コツを掴んでからは全部一回で!」



ぬいぐるみの数は、軽く見ても20個以上。それ以外が30以上。

ざっと一万円ってところか。豪勢に使ったな。

今まで無駄遣いしてない反動だろうか。



「それで、どうやって運ぶつもりだ?」

「太郎さんたちにお願いしようかと」

「・・・そうか」



本来の仕事をさせてもらえないとは可哀想に。ボディーガードが宅急便になってるぞ。

ほら、一郎さんがそこの柱に隠れながら男泣きしているぞ。だけど見ないフリ。

薄情と言うなかれ。俺におっさん慰める趣味なんざない。



「祐く~ん!」

「祐一さ~ん!」



再び俺の名を呼ぶ声。今度はアリシアと佐祐理さんだ。

その後ろには当然プレシアさんもいる。

ありゃ、リインを除いて全員集合してしまった。



「楽しんだか、二人とも」

「うん!」

「はい。ゲームセンターって、面白い所ですね」



佐祐理さんの笑顔も今日はさらに眩しい。2割増しだ。



「アリシアは今日どこで遊んでたんだ?」

「えっとね~、ガ○ダム!」



あれで遊んでたのか。道理で一度も見かけなかったわけだ。



「どうだった?」

「ダッシュとジャンプが使えなかったけど、負けなかったよ」

「おし、えらいぞ~!」



頭をわしゃわしゃと撫でる。



「えへへ~」



嬉しそうなのでそのまま続行。

アリシアが満足するまで続けた。



「それじゃ、リインを迎えに行くか」



リインはまだ集合場所に来ていなかった。なのでこっちから出向くことにする。



「リインさんはどちらに?」

「確かZERO3をしてたよな」



移動してなかったらまだあそこにいるだろ。

佐祐理さん達と会話をしながらぼちぼち向かう。

そして着いた時、俺は信じられないものを目にした。



「行列すげ~」

「リインさんの後ろ、誰も並んでいませんねぇ」



ZERO3に群がる人、人、人の列。

列は30人ほど並んでおり、隣の機械も空いているのに、誰もそちらに移らない。

どう考えてもリインを狙うアホor純情な男共だ。



「でもアホだった場合、これほど恐いものはないからなぁ」



今リインを連れ出したりしたら、何を仕出かしてくるか分からない。

睨まれるだけで終わる可能性も大いにあるが、ガラの悪いのもいるので余計に用心すべきだろう。

仕方がない。



「俺も並んでくる」

「祐君、僕がしようか?」

「リインの実力が分からない以上、俺が行ったほうが確実だよ」

「そだね。いってらっしゃい」

「え? え? どういうこと?」



唯一一弥だけが意味が分かっていない。

佐祐理さんが丁寧に説明してくれるだろうから、俺は何も気にせず列に並ぶ。

俺がすることはつまり、ゲームでリインに勝つことだ。

いきなりリインを連れ出したら今まで並んだ他の客に悪いし、さっきも言ったがガラの悪いやつもいる。

だったらこれで俺が勝てばルール上何の問題もない。負けた者は去るのが定めだ。

遠慮なくリインを連れ出せる。

幸いリインはかなり強いようで、キャラ選びを含めて一人当たり2分もかかっていない。

早い者は40秒とかで死んでるので、うまくいけば30分でリインと対戦できる。



30分後・・・



俺の前にはあと一人。本当に30分で俺の番になる。

リイン強すぎだろと思いつつ、最後の一人もすぐ負けた。

さて、俺の番だ。キャラ選択。

リインはさくら、俺はリュウ。

ROUND1と表示され、俺も思考をゲーム用に切り替える。



「それじゃ・・・スタート」



その3分後・・・



俺の画面に表示されるは二度目のWINの文字。

おっし!

北川と死ぬ気で散々特訓した俺の腕をなめんなよ!!

ちょっと過去を思い出し、俺は席を立つ。



「リイン、もう行くぞ」

「・・・あ・・・祐一?」



リインは負けて呆然としてたようだ。

しょうがなくリインの手を握って立ち上がらせる。



「待てよ」



はい、予想通り。

相手を一瞥だけする。それだけで十分。



「ごはぁっ」



ひざから崩れ落ちる男。

この手の『待て』と言う男には二通りある。

顔を真っ赤にして相手に告白しようとする突っ走り青春青年(少年)か、いきなり喧嘩を吹っかけてくるただの馬鹿か。

顔を一瞬見ただけでどっちか分かる。今回は後者だった。

だから今日覚えたての魔法を使った。

認識錯覚と砲撃の二つ。俺が改良した魔法陣が要らない簡単なヤツ。

それを鳩尾にぶち込んだ。

成功してよかったよ、うん。

男はぴくぴくと痙攣して泡を噴いている。

・・・やりすぎた?



「逃げるぞ!」

「ええ!?」



リインの手は握ったままでダッシュ!

他のお客達は皆唖然としている。今がチャンス!

アリシアたちは俺が魔法を撃った瞬間にはもう撤退していた。

早いぞ!



「ごめ~~~ん!!」



謝罪を言い残し、俺達はアーバ○を脱出した。










「もう、やりすぎだよ祐君」

「う・・・反省してます」



合流して早々、アリシアに怒られた。

ちょっと驚かせてその隙に逃げるつもりだったんだが、思った以上にダメージが大きかった。



「祐一。力を持たない普通の人には、ただの力も脅威になりうるから、気をつけないとね」

「はい、以後気をつけます」



佐祐理さん達がいるので、魔法と言葉には出さない。

頭の中では『力』を『魔法』に置き換える。



「でも、ああいう輩にはあれ位で丁度いいかもね」



こそっと言ってくれたプレシアさんのフォローが身に染みる。



「さて、それじゃあ下着を買いに行きましょう。

 かなり時間を食っちゃったから、急がないと」



再びプレシアさんの目が輝きだした。

後30分しかないが、それでもやるらしい。



「あの、祐一さん」

「?」

「私たちも、そろそろ自分の買い物に戻りますね」

「ああ・・・そっか。佐祐理さんたちも買い物に来てたんだっけ。

 ごめんな、付き合わせちゃって」

「あはは~、いいですよ。楽しかったですから」

「ボクも楽しかったです」

「また一緒に、ゲームセンターに行きましょうね」

「おお、また今度な」

「ばいば~い」



佐祐理さん達が去っていく。それを見送ってから、俺達も歩き出した。

向かう先はランジェリーショップ。





・・・さて、俺はどこで時間を潰そうか・・・。









[8661] 第十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/09 20:04










俺は今日、致命的なミスを犯した。

当初の予定では下着を買うのに1時間、食料の買い物30分で、帰宅に30分の計算だった。

ゲームの出来事で30分ロスしたから、1時間が30分になるものとばかり思っていた。

しかしランジェリーショップに着いた後、プレシアさんに言われた言葉。



「それじゃあ祐一は、私達の買い物が終わる前に今晩の夕食を買ってくるといいわ」



ごもっとも。そう、別に皆一緒に買い物をする必要はなかったのだ。

プレシアさんが買い物をしている間に、俺は残りの買い物を済ませればよかっただけ。

こんな簡単なことに気がつかないとは・・・不覚。

リインとアリシアにも悪いことをしてしまった。結局買い物が1時間になってしまったからだ。

確かに最初から1時間の予定だったが、1時間と初めから知っているのと、30分だと思っていたのが1時間に増えたのじゃ、精神的に随分と違う。

お詫びとして、今晩の夕食は二人の好きな物にしよう。



「しまった」



そしてここで二つ目のミスに気がついた。リインの好きなものを聞いていない。

今俺は籠を持ってモンペチ(猫缶)を選別中である。今更聞きに戻るわけにもいかない。



「・・・はぁ」



ついついため息。噂ではため息を吐くと幸せが逃げるそうだが、出るもんは出るんだからしょうがない。

自分は結構詰めが甘いのだと知ってしまった。俺の母さんや秋子さんならそこんとこもしっかりしてるんだけど。

こんなところは父さんの血を引き継いだのかな・・・そして二度目のため息。



「うぐぐ・・・ならば晩ご飯は、ヤキソバでも作るか。

 アレならアリシアも好きだし、なにより俺の得意料理・・・を?」



唐突だった。

俺の腰に何かが抱きついてきた。

驚いて視線をそちらに移す。女の子だ。歳はアリシアとそう変わらなさそう。

金色の髪の左右をちょっとだけ、ちょこんと結んでいる。目立つ特徴はそれぐらい。

顔立ちはかなり可愛い。にっこ~と笑顔を浮かべている。あんだ?

そして俺の前に回り、今度は正面から抱きついてきた。



「をを?!」



だが俺はこの程度で狼狽えるような精神構造をしていない。

すぐに状況を把握し、少女の行動理由を予測する。



「あ~・・・迷子か?」



抱きついたままふるふると首を振る。違うのか。



「じゃあ、探し物?」



  ふるふるっ



「もしかして生き別れのお兄さんに似ているとか?」



  ふるふるっ



茶目っ気たっぷりに言ってみたが、これも普通に違かった。



「遊びたいだけ?」



  ふるふるっ



どれを言っても違う。パッと思いつくものは全部言った。もしかしたらこの子にとっても特に意味のない行動なのかも。

相手は小さな女の子だから、無下にすることも出来ないし・・・どうしよう。

結局何も出来ずそのまま1分間、俺は少女に抱きつかれる。

そして始まりが唐突なら、終わりも唐突だった。

俺から離れ、即行で立ち去っていった。角を曲がる直前、俺のほうを向き『バイバイ』と手を振って。

何だったんだ・・・。

とりあえず俺は、自分の財布が無事かを確かめた・・・。




















SIDE:??

イオ○ショッピングセンター。

この店の屋上で、俺は待ち人を待っている。

そろそろか・・・。

自分の時計を確かめて、そう思う。そろそろ、帰ってくる。



「パ~パ~~!!」



予定通りの時間。少女が俺に向かって走ってくる。

俺は両手を広げ、その子を迎え入れる。



「おかえり」

「ただいま~」



頭を撫で、少しだけそのまま・・・。



「ちゃんと出来たか?」

「うん! がんばったよ」

「えらいぞ~」



再び頭を撫でながら、俺は物思いにふける。

ここでの最後の仕事は終わった。もう俺が手助けすることは、無い。



「後は、あいつ次第・・・だな」



俺があいつに施した最後の仕掛け。



  【覚醒】



あいつにはこの先、力が必要になる。だから、精々頑張って開放しろ。

花咲くその瞬間までは見守ってやるから。

目を瞑り祈る。

それと、ここでは死んでくれるなよ。・・・無用な心配だろうがな。



「帰ろうか、ヴィヴィオ。ママのところに」

「うん」



俺の足元に展開される魔法陣。

色は、虹色。

その光に包まれて、俺達はこの時代から姿を消した・・・。




















SIDE:祐一

買い物も滞りなく終わって、自宅に帰りついた俺達。

晩ご飯には得意料理のヤキソバを披露し、初めて食べるリインにもかなり好評だった。

そして空腹を満たしてからしばらく。

俺とプレシアさんは今、ものみの丘にいる。理由は勿論、魔法の特訓。



「それじゃあ、始めるわよ」

「・・・うっす」

≪マスター。ふぁいと、ですよ≫

「名雪の真似か? 似てないな」



俺のテンションはかなり低い。昨日の睡眠不足に加え、晩ご飯後の眠たい時間が重なったためだ。

本当なら風呂入ってとっとと寝たい。でも我侭も言ってられない。

俺は、自身を魔導師と呼べるほど魔法というものを知っているわけじゃない。

リインを助けるために、せめて戦闘ぐらいはまともにこなせる様にならないとな。

眠気を気合で抑え込む。



「訓練内容はいつも通りよ。最初の30分が祐一の攻撃。

 バリア系の魔法を私に使わせたら、残り時間に関係なくその時点で終了。

 次の10分は私の攻撃。とにかく回避すること。2回被弾したらもう一度最初から。

 最後に20分、私と祐一の試合。3回被弾したら最初から。

 私に一撃入れるか制限時間逃げ切ることが出来たら今日の模擬戦は終了。

 いいわね?」

「はい」

「結界を張るわよ」



プレシアさんから魔力が溢れ、このものみの丘から半径2キロが世界から遮断される。

この中で何が起きようとも、外からは見ることは出来ないし、現実世界にも影響は無い。

そしてこの魔法を感知できないのは、管理局魔導師も同じ。そこが他の結界魔法と違うところ。

プレシアさんが発案したオリジナル魔法。すごいぞ大魔導師。

どこからともなく杖が現れ、プレシアさんの服が変化する。【バリアジャケット】と呼ばれる魔導師の鎧。

ついつい「歳を考えてください」と言ってしまいたくなる、肌が部分的に露出されている服。

俺も自分に活を入れる。



「いつでもどうぞ」



プレシアさんの目つきが変わった。鬼畜モードに入った!

俺も自身のモードを切り替える。

昨日の約束通り、全開モードに・・・。



「いきます!」



ダッシュして一気に間合いを!



「ちょっと待って」



ずべしゃぁあっ!!

見事にヘッドスライディングをかましてしまった。



「なんですか! 折角気合入れたのに!!」

「祐一。レイクを起動し忘れているわよ」



俺の胸元、未だペンダント状態のレイクを指差しながら言う。



「こいつはこのままでいいんです。起動させるつもりはありません」

「何故? まさかその全開を出せば私に勝てる、と驕っているわけでもないんでしょ?」

「とんでもねーです」



プレシアさんの目つきが恐い。



≪プレシア。マスターは己の力を少しでも把握しようと私を使わないでいるだけです。

 都合のいいことに、全開モードはマスター一人で行使可能ですから≫

「デバイスを使わない時点の己の弱点を顧みて、そこだけを集中的に克服する算段かしら?」

≪そこまで深くは考えてないでしょう。マスターですし≫

「・・・レイク、言外に馬鹿と聞こえるぞ」



最近俺に対する態度がキツクなってない?



「・・・デバイス無しでも、私は手加減はしないわよ」

「はい。こちらも遠慮なく行きます」



踏み込んだ分の距離をあけ、再び対峙する。

そして最初すっころんだ時同様、正面から突っ込む!

いつもの俺程度の実力じゃプレシアさんに一撃だって当てる事は出来ない。

いままでだって、ただの一度もバリア系の魔法を使わせたことがない。

けど俺が新たに覚えた魔法。これでプレシアさんの不意をつける。

今の全開モードの俺なら、



「アクセルシューター」



防御魔法を使わせることも可能になる。

両手を横に突き出し、”闇色の”魔法陣から魔法弾を作り出す。

右から25、左から25、計50発もの魔法弾。その全てが全てプレシアさんに向かう。



「サンダーブレイド」



だがプレシアさんは欠片も慌てることなく、攻撃魔法を放つ。

向かって来るのは稲妻の剣。

このルールではプレシアさんは防御魔法を使えないので、攻撃魔法で攻撃を落としてくる。

その際俺が余波に当てられたとしても、それはルール違反にはならない。

そこまで抑えてやってたらそもそも訓練の意味がないしな。

魔法弾に迫る剣、その数10。

保持魔力は桁違いなので、10対50でも余裕で敗北する。

ってか1発の余波でもいくらか消し飛ぶ。だが俺は構わず特攻する。

数瞬後、俺の前方を走る魔法弾に稲妻の剣が直撃・・・しない。

直撃する瞬間、その全てが軌道を変えて剣の横を通り過ぎた。

剣は何にぶつかる事もなく、俺の真上を虚しく通過する。



「っ!!?」



流石のプレシアさんでも驚愕の表情を浮かべる。

俺の攻撃は簡単にプレシアさんに防がれるのが常だった。だが今の一撃はかすらせる事すら出来ていない。

驚いている今こそチャンス!

俺は魔法弾を5つ、先攻させる。



「ふっ!」



だがそれは当然ながらあっさりと落とされた。

これは足止め。俺も落とされる事承知で先攻させたのですぐ次の攻撃に移る。

20発を左右から、15発を上空から、残り5発はプレシアさんの死角になる背後から。

逃げ道がなくなるよう絶妙の配置、若干の時間差で同時に向かわせる。

そして俺は正面から



「フォトンバレット」



プレシアさんの使う初級魔法と、最後の5発を打ち込む。

全方位からの同時攻撃、プレシアさんは全方位攻撃魔法を持っていない。

魔法弾の一部が落とされそこから突破されそうになったが、他の魔法弾が落とされたところをすぐにカバーする。

広域魔法を撃つだけの時間も無い。

つまり・・・



「サークルプロテクション!」



防御魔法の使用を余儀なくされる。

魔法陣から紫色の膜がドーム状に展開される。

もともとそこまで魔力を込めていなかったので、攻撃はあっさりと防がれた。

バリアを解いたプレシアさんが、きつい目つきでこちらを睨んでくる。

恐っ!



「・・・今の魔法、誘導操作弾ね」

「え・・・と、はい。俺は遠隔操作弾て呼んでたんですけど」

「いつそんな魔法を覚えたのかは問わないわ。そこに興味はないしね」



じゃあなんでそんなに恐い目つきで睨んでくるんですかっ!



「祐一、一つ質問に答えなさい。

 あなた、魔法弾を連係させて動かしていたわね。

 あれだけの誘導操作弾、コントロールしていたの?」



あの状況でもきちんと周囲の魔法弾の動きを把握していたようだ。

でなきゃこんなことは言わない。

別に隠す必要もないので、正直に答える。



「ええ、まあ。全部を独立させて動かしていました」

「最大でいくつ操作可能?」

「最大? え~・・・ざっと80、ぐらいですかね。誘導弾の操作のみに集中したら、多分その倍ぐらいです」

「そう・・・。レイクからは『かわす事が難しければ当てることも難しい』とだけ聞いていたけど、これがその正体。

 種はあるの?」

「最後の模擬戦が終わったら教えてもいいですよ」



折角プレシアさんに初勝利できるかもしれないチャンスなのだ。

今種明かししたらもったいない。



「だったら、早く始めましょうか。『当てる事の難しさ』を見せてもらうわ」



珍しくプレシアさんが急かす。そんなに知りたいのか?

それともバトル好きの魂に火をつけてしまったのか・・・。

俺も次のプレシアさんの攻撃に備えて、いくつかの魔法をピックアップしていく・・・。















あれからのプレシアさんの攻撃は鬼だった。

一撃当たれば確実に行動不能になるだろう攻撃ばっかり撃ってきて、迂闊に足を止められない。

プロテクションなんて以ての外、絶対ブチ破られる。

だが隠し通してきた全開モードの甲斐あって、なんと今回俺はプレシアさんに一撃加えることが出来た。

一撃というがバリアジャケットには弾かれたけど。俺は被弾ゼロ。

でもマジで一撃入れられるとは思わなかったので、自分でもかなり驚いた。しかも開始10分で。

結局模擬戦合わせて一時間もかからずに、俺達は帰路へとついている。

約束通りプレシアさんに自分の力の秘密、全開モードの種を明かしながら。

仕掛けは至極単純。それを聞いたプレシアさんの反応は・・・脱力。



「そんなに意外でした?」

「ええ。こんな方法、今の魔導師じゃ普通は思いつかないわ。

 でも同時に、汎用性もないわね。はっきり言って、祐一レベルはもう稀少技能の域よ」

「やってみれば案外できるもんですよ。要は柔軟な思考力と、情報処理の効率性ですから」

≪第一、昔の魔導師は皆出来ていたことです。今の魔導師に出来ない道理はありません。

 恐らく魔法をプログラム化する技術が広まったのが衰退の原因でしょう。

 かつてはマスターの年齢で、マスター以上の能力を持っていた子供なんてざらにいたんですよ≫



一度でいいから昔の最強魔導師軍団を見てみたい気もするよ。

レイクの言い分だと、今の魔導師はかなり堕落しているらしいし。



「【複数思考能力・マルチタスク】・・・つまり、全開モードというのは・・・」

「マルチタスク全開、って意味です」

≪現在のマスターだと、最高思考分割数は83。私がサポートに回れば、さらに底上げされますよ≫



戦闘中などでは83通りの行動パターンを模索できるってことだな。

如何にして敵の攻撃を無駄なく避けるか、敵の隙をつけるかを瞬時に計算、判断できる。

単純に言えば、俺は常人の83分の1の時間で思考できるって訳だ。

レイクがプレシアさんに『かわす事が難しければ当てることも難しい』と言ったのもこれが理由だ。

ただ実際のところ、行動パターンなんて20通りもあれば十分なので、残りの60は魔法に費やす。

今回の場合で言えば、10を魔法の構成に、50を誘導弾の操作に使った。残された3で【フォトンバレット】。



「けれど祐一、複数思考能力はその数を増やせば増やすほど思考が単純化されていくのが基本よ。

 そこは一体、どうやって解決しているの?」



プレシアさんから尤もな質問を出された。

俺もそこには苦労したんだよなぁ・・・。



≪単を個に≫

「・・・なにを言っているの?」

「ああそれ、昔のレイクの教えですよ。短すぎて謎かけにしか聞こえないけど。

 単純化される思考を個、つまりそれ一つで一つの思考になるように独立、昇格させよって意味。

 究極的に言えば、訓練で克服しなさい、ということです」

「身も蓋もないわね」



ですよね~。言葉の意味を理解した時、俺もまったく同じこと考えました。

しかし魔法をプログラム化しない俺のような化石魔導師(←昔のって意味な)からしたら、これほど必要になる能力もない。

誰にも知られず――見えもしないんだから当然だが――毎日毎日訓練してるんだぞ。



「現存する魔導師の中でこんなことが出来るのは、祐一だけの可能性もあるわね」

「いや、そうでもないですよ。

 少なくとも俺が知る限りでは俺以外にあと1人、います」

≪ああ、彼女ですか≫

「彼女? ・・・まさか、秋子?」

「≪いやいやいやいやいや≫」



俺とレイクの声がハモる。

あれはあれで、魔法とはまた違った別の力が働いている気がする。



「秋子さんや母さんじゃありません。だけど、身近にいる人。

 尤も、俺も昨日初めて気がついたんですけどね」




















SIDE:リインフォース

「くしゅんっ!」

「大丈夫ですか、アリシア」



アリシアが何の前触れもなくくしゃみをしました。

見た感じ体調は悪くなさそうですが、風邪の前兆かもしれません。

もう布団に入って寝ることを進言しますが、彼女は大丈夫と言い張ります。



「多分だれかが僕のうわさをしてるだけだよ」

「噂? 何故噂をされるとくしゃみが出るのですか?」

「う? う~ん・・・よくわかんない。でもそーいうものだよ」

「そうですか・・・」

「それに、祐君に遊んでもらう前に寝るわけにはいかないよ」

「ふふっ、じゃあちゃんと起きていないといけませんね」



こんなところは本当に子供みたいです。

・・・あ、いえ、アリシアは子供だから今の発言は別に問題なんてないですよね。

アリシアが垣間見せる子供らしからぬ表情が原因で、見た目通りの年齢なのか本当に分からなくなりました。

祐一が一緒にいる時は一度もそんな表情を見せませんけど。



「ただいま~」

「へっくし!」



玄関の戸をあけて、2人が帰ってきた。

祐一も誰かに噂されていたのでしょうか、盛大なくしゃみをしました。



「おかえり~!」



アリシアが玄関に出迎えに行きます。

私は台所に向かい、お茶の用意を始めました。

2人は外から帰ってきたから、きっと体温も下がっています。

だからアリシアに習ったばっかりの、温かいお茶を入れるとしましょう・・・。




















SIDE:祐一

アリシアを構いに構い倒し、気がつけばもう11時。就寝時間がそこまで迫っていた。

俺は唯一風呂に入っていないので急いで風呂に入り――アリシアは既に入っていて、リインとプレシアさんも俺達が遊んでる最中に入った――自室へ戻ってきた。



「あ゛あ゛~・・・疲れた」

≪今宵は魔法の特訓は?≫

「無しだ無し。流石にこれ以上は体が持たない」



森の中でリインを見つけ水瀬家に運び、タイムカプセルを掘り出し開け、十字架についての作り話を即席で。

水瀬家に戻ったら混沌邪夢の存在を知り、リインの事情を知り、助けようと決意して昨日の夜は魔法の特訓。

徹夜したのとほぼ同じ状態で今日、早起きして朝食を作り、

デパートに行きプレシアさんの買い物に3時間以上付き合い(俺は見てただけだが)、ゲーセンで2時間遊びまくり、

帰ったらプレシアさんと魔法の特訓。で、さっきまでアリシアと遊んでいた。

いくら俺でもそろそろ寝ないと、道路の真ん中でも突然ぶっ倒れる自信あるぞ。



「ねむい~」



ベッドにボフンと倒れ込む。腹に違和感。



「んん?」



手を突っ込み引っ張り出してみたら、長方形型の何かがあった。布に包まれている。

これは・・・もしかして・・・。

布を解いてみる。中からは案の定、写真が出てきた。

俺がタイムカプセルに入れていて、本当なら昨日掘り出す予定だった写真が。

これがベッドに置いてあったという事は・・・。



「・・・不法侵入だぞ~」



どうせ聞こえてもいないだろうが、とりあえず突っ込む。



≪写真を届けるという正当な理由があるため、不法侵入じゃないのでは?≫

「それならポストに入れれば十分だ。態々家の中に踏み込む程の理由にはならない」

≪そうですね≫



俺もレイクも、至極どうでもよさそうに話す。実際問題どうでもいいからな。

出てきた写真を適当に捲っていく。いつも楽しそうな恭介達を写した写真、浩平さんの奇行を記録した写真。

近所の沢渡真琴さんとの記念写真や、旅の最中らしい人形遣いと一緒に撮ってもらった写真。

俺が過去に戻ってきてからの、俺の時間が詰まっている。

50枚ほど入れていた全部が、欠けることなく入っていた。

最後に入れていた写真は、リトルバスターズや浩平さん達と一緒に写った、全員集合写真。

皆、心から楽しそうな笑顔を浮かべている。それを見て俺の頬も綻ぶ。

そして最後まで見終わったとき、気がついた。

一番最後の写真、その後ろにまだ一枚残っている。



「真っ白だ」



何も写っていない、真っ白な写真。手にとって見る。

すると、変化が生じた。



「・・・へぇ」

≪ほう、これは・・・≫



真っ白な筈のそこに写っていたのは、俺。推定18歳。

俺が手を離せば、写真の俺も消える。



≪マスター以外に見つからないための処理ですね。

 恐らく他の人間が触っても、この写真には何も写りません≫

「手の込んだ事を・・・」



再び手に取り、写真の俺を見る。

表情を見れば、今の俺より幾分か落ち着いている印象を受ける。

服装も今の俺なら考えられないような格好。これが異世界の格好かな。

写っているのは俺一人、場所は・・・多分この家の客間だ。

万一他の誰かが見ても、未来の写真だと決定付けられる物は一切写っていない。

写っているのも他の人からしたら、俺に似た顔立ちの誰かが写ってると思うだけだろう。

写真を裏返してみる。そこには言葉が・・・俺に対するメッセージが書かれていた。





『未来とはとても移ろい易く、また同じ時間も存在しない。

 ここから先が、分岐点。これ以降、俺達は交差しない』





≪ここから先が分岐点。ここ、つまり今現在の時間までは皆、同じ時間を歩むという意味でしょうか≫

「同じ時間が無く、俺達は交差しない。

 俺が進む未来は、写真の俺とは違うって言いたいのかな。

 今回の件で言えば、写真の俺はリインを助けることが出来たが、お前も同じとは限らないと」

≪そこを重点的に見れば、『注意せよ、未来を楽観視すれば死ぬぞ』と取れますね≫

「脅しだな」

≪ですね≫



元々楽観視なんて欠片もする気は無いが。

どんな時でも手を抜かないのが俺のモットーだ。



「・・・寝よう」



そろそろ意識が限界なので、写真を机の上に置き、電気を消してベッドに潜り込む。



「おやすみ、レイク」

「おやすみなさい、マイマスター」



明日に備えて今は眠る。ごーいんぐまいどりーむ・・・。









[8661] 第十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/30 00:52








時間は夜、空は満天の星、周りは雪景色。

星が明るいので、暗闇とは程遠い明るさ。

俺は積もった雪の上に仰向けに倒れていて、空には変なコスチュームを着たリイン。



状況がまったく理解できない。俺は部屋で寝ていたはずでは?



リインが口を動かして何かを喋っているが、音は一切伝わってこない。

しばらくするとそれも終わり、リインは俺に向けて手をかざす。

黒い魔法陣が浮かび上がり、その周囲に赤いクナイ・・・に似た何かが現れる。

矛先は明らかに俺。

なんだかかなりヤバそうなので、体を動かし回避行動をとろうとするが、体が思うように動いてはくれない。

ざっと見る限り20以上のクナイ、その全てが俺に向けて打ち出された。

速い!

クナイが通った後には赤い残像が残り、まるで流星のように俺に向かってくる。



赤い彗星・・・シャアか!



この出来事に現実感を感じない俺は、こんなときでもボケを忘れない。むしろ現実逃避か?

どっちにしろ動けない俺はそれを見ていることしか出来なくて・・・

だがその時、ピンクの髪をポニーテールにした女性が俺の前に現れ、鞭のようなものでその全てを無効化した。

事の成り行きを唖然と見ていた俺は、別の誰かの手によって助け起こされる。

視界に入ってきたのは、金髪セミショートの女性。その人は俺に手をかざして、治癒魔法をかけてくる。



俺、怪我してんのか?



治癒している間はポニーテールの女性と、いつのまにか現れた大槌持った赤毛ゴスロリ少女が時間を稼ぐ。

今の内にセミショートの女性に何がどうなっているのかを聞こうとしたが、口が動かない。

ここに至って、俺はようやく理解する。



そうか、これは・・・夢だ。



冷静に考えてみたら、動けないほどの怪我をしていはずの俺が体の痛みを、雪の冷たさを感じていない。

痛みが麻痺しているほどの大怪我を負っている可能性もあるが、口すら動かないのはおかしい。音も聞こえないし。

俺が状況を理解できるようになった頃に、登場人物がまた増えた。

今度は俺よかいくらが年下の・・・少年? 後姿しか見えないが、髪短いし多分少年だ。

しかも青い大型犬に乗っている。服装は温かそうな白いセーターに小豆色のスカート、タイツだかストッキングの上から、さらに靴下を履いている。



あれ? スカートって事は、少年じゃなくて少女か? こりゃ失敬。



リインに何かを叫んでいる・・・気がする。音が聞こえないし後頭部しか見えないから、なんとなくなんだけど。

空では未だリインとポニーテールの女性&ゴスロリ少女がバトルを繰り広げている。

ボーっと見ているのも暇なので、どうせ夢だし届かないだろうが、一応疑問を投げかける。




















12月29日、午前7時。朝。



『あさ~、あさだ『バンッ!』・・・』

「あんた達誰さ」



言う前に名雪の目覚ましに起こされてしまった。意味不明な敗北感。

それにしても変な夢だったな・・・。



「にゃお~(おはよう、祐一)」



目を開けたら、ルシィの顔全開。普段は目が線で温厚そうな顔つきのルシィだが、今は目はパッチリと開いている。

いつもは意図的に閉じていて、俺の部屋でだけ開けているそうな。その行動理由が分からん。

ちなみに、ルシィの言葉は俺にしか聞こえない。他の誰も聞き取れないのに、俺だけ聞き取れるのも謎だ。



「おおルシィ、おはよ。レイクもおはよ」

≪おはようございます、マスター≫



もう夢のことはきっぱり忘れて体を起こす。気にしていてもしょうがないし。

布団の上に乗っていたルシィを持ち上げる。



・・・んん?



ルシィを見ていると、体温が上昇し、心拍数が上がり、目が潤んでくる。

漫画とか小説でよく目にするこの症状・・・まさか、恋!? 俺とルシィの禁断の愛フラグ!!?

ピトッと俺の額に当てられる”にくきゅう”。あ、冷たい。



「にゃ~。なお~・・・にゃあ(熱いです。顔も赤いし・・・風邪かもしれませんね)」

「なるほど、風邪か。道理で体がだるい筈だ」

≪自分で気がつかないんですか?≫

「ふっ。生憎と、体がだるくなる原因なんて昨日の時点で心当たりがありすぎてさ」

「うにゃ~、にゃあぁ・・・(自慢にもならないことを、よく自信満々に・・・)」



猫のくせして器用にため息なんて吐いている。

駄目だぞ、ため息を吐いたらその分だけ幸せが逃げるんだ。俺も昨日したけど。



≪後40分もすれば、起きてこないマスターを気にかけて誰かが様子を見に来てくれるでしょう。それまで眠っていては?≫

「にゃあ、にゃ~(ちょっと時間がありますね。私が呼びに行きます)」



ルシィがレイクを咥える。そしてそのまま階段へ。



≪ちょっ、ちょっと?!!≫

「う~、な~(私は言葉が話せませんので、代わりにお願いします)」

≪私はマスターと違ってあなたの言葉は分からないんですってば! っていうか咥えないでください!! 喋らないで~! 飲みこまれます~!!≫



・・・レイクの悲痛な叫びが遠ざかっていく。可哀想な気もするが、リビングに着けばレイクも事情を察してくれるだろう。

俺はベッドの中で大人しく待つことにした・・・。



「ふぇっくしゅっ!」















しばらくするとプレシアさんが体温計を持って来てくれた。体温計を受け取って、早速計測してみる。

家の体温計は脇に挟むタイプだ、5分間は暇だよなぁ・・・。



  ピピッ



計測し終わったので脇から出し、見てみる。・・・無言でプレシアさんに渡す。



「39度1分。高いわねぇ」

「二度目・・・やります・・・」



念のため体温計でもう一度計ってみる。39度4分。さっきより上がった。



「昨日の買い物の時に貰ってきたのね。今日はもう大人しく寝ていなさい」

「でも、今日は大掃除をする予定だし・・・」

「無理して悪化したらどうするの。新年には夜天の魔導書の防御プログラムと戦うことになるんだから。

 それまでに治っていなかったら元も子もないのよ。それとも、私一人に戦わせるつもり?」

「うぐぅ・・・大人しく寝ています」



まさかこんな時に風邪を貰ってくるとは・・・不甲斐無い。

疲労で抵抗力が弱まったことも原因だろう。昨日のクシャミの時点でもっと気をつけとくべきだった。



「今日、明日の特訓も無しね。無理もさせられないし。

 その代わり、負担にならない程度のイメージトレーニングは時々しておくといいわ」

「はい」



要するにいつもやってる事をしていればいいわけだ。

実はあと少しでマルチタスクの総量が1つ増えそうなんだよな。

今日中に後1つ増えるのなら、風邪を引いたのも満更悪いことだけではない。

前向き、前向き・・・。

頭に乗っかってきたルシィが、俺の額を前足でポンポンと叩く。



「にゃう~(ご飯時以外は、私が看病しますからね)」

「ルシィ(猫)に看病される俺(人間)って・・・シュール過ぎるだろ」



風邪だと分かったら急に体がだるくなってきた気がする。人間の心理って不思議だなぁ。

結局俺は一日、ベッドで過ごすことが決定した。










「祐一、体の調子は?」

「祐君、大丈夫!?」



ベッドの中で大人しく本を読んでいたら、アリシアとリインがやってきた。

アリシアはやや涙目。部屋に突入すると同時に、俺にダイブッ!



「っとと。心配性だなぁ。別に生死を彷徨うような大袈裟なもんでも無いのに」



飛びついてきた時、アリシアへの衝撃を減らすためにアリシアの下半身を流し、俺の脚に覆い被せる形にする。

綺麗に流せたと内心喜ぶ。



「朝食の時、プレシアから祐一が風邪を引いたと聞きました。大丈夫ですか?」

「リインにも心配かけたな。大丈夫、本当にただの風邪だから。一日寝ていれば全快確定」



アリシアの頭を撫でながら答える。

事実、40度以下の風邪ならレイクの治癒魔法があれば一日で全快できる。

風邪による負担、体のダルさ等もレイクのおかげでかなり軽減される。

だから9度の高熱でもそんなに辛くない。



「そうですか・・・。・・・・・・」

「?」



ホッと息を吐き安心した様子のリイン。その後無言で近づいてくる。

俺の傍、ベッドの端に腰掛け、そして・・・俺の額に手を当てる。



「・・・熱いですね」

「そりゃ、風邪引いてるし」



この温度差が気持ちいい、思わず浸っていたくなる。

目を閉じてそれを感じていると、その手が離れ頭部に移った。

手はそのままぎこちなく上下する。これは・・・撫でられているのか?

人に撫でられることは久しぶりなので、少しくすぐったい。

リインを見てみれば、戸惑っている表情。



何でそんな顔してるかな? 撫でられてるのは俺なのに。



だけどその表情もすぐに変わる。とてもやわらかい感じ・・・そう、近所の真琴さんが時々俺へ向ける表情に近い。

母性本能に目覚めたお姉さんみたいな感じかな。

リインが俺を撫で、俺がアリシアを撫でる。その空気が心地良くて、俺達はしばらくそのままでいた。



「・・・・・・私はいつ入っていけばいいと思う?」

≪私達なんて、アリシアが部屋に入ってきた瞬間に退避したんですよ。気を利かせて≫

「にゃ~(入ってはいけませんよ、真琴)」

「あう~」←今起きてきた。部屋に入ろうとしたところ、ルシィに止められる。



おかゆを持って、部屋の外で待機していたプレシアさん達に気がつくまで、ずっと・・・。




















SIDE:リインフォース

≪さて、風邪を引いたマスターを除いたこの面々で大掃除を開始しようと思います。

 ・・・が、戦力的には微妙なアリシアと、大掃除初の女性2人。

 指示を出せるのが私しかいないので、もう大雑把でいきましょう≫

「はーい」



元気よく返事をするのはアリシア。

明日は祐一に用事があり、結局掃除をするのは今日しかないそうです。

「明後日でもいいのでは?」と聞いたのですけど、「試験前(闇の書暴走前)に掃除をしたら絶対碌なことが起きない。これ世界の常識」と真面目な顔で説得されました。

魔法的、科学的根拠があるわけでもないのに、異常なほどの説得力です。

掃除をするならと、レイクを渡されました。

ネックレスに出来るよう、ワッカ2つがクロスした物に収められ、今は私の首に提がっています。

炎髪灼眼の少女が首から提げている、ア○ストールをイメージすれば分かりやすいかと。

・・・・・・?? 炎髪灼眼? ア○ストール? 何を言っているのでしょう、私は。



≪大掃除をする際は、普段目に付かないところを重点的に、を心がけてしてください。

 それとは別に、普段掃除をしているところもお忘れなく。

 手始めに自分の部屋からしていきましょうか。

 ここに来て一週間も経っていないからどうせあまり散らかってはいないでしょうけれど。

 それが終わったらお風呂場、トイレ、床や窓など、思いつく箇所を掃除していってください。

 ああ後、台所の換気扇、網戸、照明器具。ここは結構見落としがちですが、汚れの巣窟です。埃でいっぱいです。

 掃除方法は私が直々に裏技を教えますので、その時に声をかけてください。

 換気扇、及び台所はプレシアが担当した方がいいですね。そこを使うのはマスターとプレシアのみですので。

 障子は・・・いいでしょう。どこも破れていませんし。

 埃はタンス等の家具の上、床の隅に溜まりやすいです。それとエアコンのフィルターと壁。

 フィルターは一度掃除機で吸ってから取り外し、水でざっと洗ってください。掃除機をし忘れたら埃が落ちてきます。

 壁は一見綺麗に見えますけど、濡れた雑巾などで拭くだけで部屋が明るく見えます。

 つまり見えない小さなゴミが付着しているってことですね。

 埃が舞うので目が痒くなったら掻いたりせずに水で洗ってくださいね。でないと目を傷めます。

 本当は家具を動かしての掃除をしたいのですけど、重労働になりますので今回は無しです。

 以上が大掃除をする際の一般的な掃除箇所と注意点です。理解していただけましたか?≫



饒舌なデバイスです。間を置かず一気に言い切りました。

目を回し、息切れし、人をからかい更には饒舌。デバイスとしてこれは有りなのか。



「わかりました」

「十分よ」

「オッケーだよ」

≪・・・・・・優秀すぎるのも考え物ですね。からかい甲斐がありません≫



? 今の言葉のどこにからかいが含まれていたのでしょうか。



≪マスクは着用必須ですよ≫










早速私にあてがわれている部屋に戻ってきたのですけど・・・。



「特に片付けるところがありません」

≪たった2日で足の踏み場もないほどに散らかっていたら驚愕ですよ。

 デバイスの私でも華麗なるヘッドスライディングを決める自信アリです≫



・・・今のは突っ込みどころ?



≪では、床拭き窓拭き壁拭きです。雑巾と新聞紙を用意してください≫

「雑巾と・・・新聞紙?」

≪新聞は窓を拭くときに使います。新聞で窓を拭けば、雑巾を使うより綺麗になるのです!≫

「物知りですね」

≪これでも結構掃除好きなんですよ≫



デバイスがどう間違ったら掃除好きになるのか。そもそもどうやって掃除するつもりでしょうか。

疑問はつのりますが、彼女相手に気にしたら負けなんでしょうね。

下から掃除用具を持ってきて、まずは窓から。レイクの指示通りに、最初に雑巾でしっかりと拭きます。



「・・・掃除する必要があるのか疑問に思うほど、変わりません」

≪元々この家には年に二ヶ月程度しか住みませんから、汚れることも少ないんです≫

「二ヶ月?」

≪マスターの両親の都合で、夏と冬の休み中だけは、マスターの叔母の秋子さんが住んでいるこの町に滞在するんです。

 あなたはその年間二ヶ月の間にマスターに見つけられたんですから、幸運ですよ≫



次いでくしゃくしゃに丸めた新聞紙で仕上げていきます。確かに雑巾で拭く前より多少は綺麗になった気がします。



「叔母、というのは先日のぢゃ・・・む、の女性のことですよね。何故その叔母の所でお世話にならないのですか?」

≪マスターの母親からの提案です。当時9歳のマスターに、「(丁度二十歳だし)自炊して生活してみない?」とのことでした。

 最低限の生活能力を培わせる為でしょうね≫

「厳しい母上なのですね。・・・終わりました」

≪実物見てる自分としては、厳しいなんてとんでもない、と言っておきます。

 やることは確かにハードですけど、息子にはダダ甘ですよ。あの環境でマトモに育ったマスターも兵です。

 じゃ次は外側ですね。寒いので服を着込んだ方がいいですよ≫

「大丈夫です。この体はプログラム、寒さとは無縁ですから」



雑巾と新聞紙を持ち、窓を開けます。

外は暖房器具が利いている家の中とは違い、冷たい風が吹いていて・・・・・・

冷たい風が・・・・・・。



≪そうでしたね。寒さが苦手なマスターなら羨ましがること間違い無しです≫



 バンッ!



外にも出ずに、思い切り窓を閉めてしまいました。



≪どうかしました?≫

「・・・・・・寒い」

≪はい?≫

「寒いです」

≪・・・は?≫



クローゼットを開け、昨日の買い物で私に与えられた服を幾つか着込んでいきます。

ファッション重視で選んでくれたプレシアには悪いですけど、暖かそうなのだけを選んで。



≪ちょっとあなた、寒さには無縁だったのでは?≫

「そのはずなんですけど・・・」



五枚着にして、マフラーに帽子を被り、もう一度窓を開けます。



「ああ、これなら大丈夫です」

≪・・・段々とプログラムっぽくなくなっていきますね≫

「何か言いました?」

≪いえ、何も。さ、早く続きをしないと、いくら着込んでいたとしても徐々に寒くなっていきますよ≫

「はい」



さっきより早く、黙々と作業していきます。

濡れた雑巾から体温が奪われ、手が冷たいです。



≪寒いで思い出しました。リインフォースに聞きたいことがあるんですが≫

「何ですか?」



吐く息が白い。冷たい空気のせいで、息をする度に体温が下がっていくかのようです。

寒いというのが、これほど大変なものだったとは・・・。



≪あなたは、マスターのことが好きですか?≫



『寒い』からどう連想ゲームをすれば、『私が祐一を好きか?』になるのでしょうか。

このデバイスの思考回路はかなり複雑に絡み合っているか、修復不能なほど壊れていること間違い無しです。

あまりにも突拍子がないので、一瞬手が止まってしまいました。



≪ああ、答えはいいです。もう分かっていますから≫



だったら聞かないでください。寒いんですから。



≪本当に聞きたかった事はそこではなくて・・・ああ、遠まわしに言うのは私のキャラじゃありませんね。

 ズバリ聞きます。リインフォース、あなたは『マスター』が好きですか?

 それとも『男の子としてのマスター』が好きですか?≫

「・・・質問の意図を理解しかねます。もうちょっと簡潔に出来ませんか?」



少し間が開き、再び彼女が口(?)を開きます。



≪ぶっちゃけ・・・あなたはショタコンですか?≫







首からデバイスを外し、大きく振りかぶって空の彼方へ投げ飛ばした私を、誰が責められましょうか。









[8661] 第十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/13 16:12









SIDE:リインフォース

つい衝動に任せてレイクを投げてしまいましたが、冷静になって思い返してみればアレは祐一のデバイス。

流石にあのままにしておく訳にもいきません。急いで探してこなければ。

窓拭きを終わらせ、掃除用具を持って部屋の中に戻ったところで、誰かが部屋をノックしてきました。



「はい?」

「リイン、俺だけど」



ゆ、祐一!? そんな、風邪で寝ていないといけないはずでは!?

手に持ったものを放り出して扉に駆け寄り、ノブを回し勢い良く手前に引きます。



  バンッ!



「おわっ!」

「あっ! すみません祐一、驚かせてしまって」

「ああ、大丈夫・・・ってか、何で家の中でそんな厚着してんの?

 ドアよかそっちに驚いたぞ。一瞬知らない人かと思った」



勢い良く開けすぎて驚かせたのかと思ったら、私の格好に驚いたようでした。

確かにさっきまではラフな格好だったのに、今は服を五枚着して、マフラーと帽子も装着しています。

知らない人が居たと勘違いしても仕方がありませんね。

・・・・・・・・・ではなくて!!



「祐一! あの、寝ていないといけないのでは?!」

「大丈夫だって、すぐ戻るから。心配してくれてありがとな。それより自分の服装に気をかけなよ。

 それと・・・手を出してみ」

「は、はい・・・」



言われたとおり手を出します。そして私の手に乗せられる何か。

それは・・・



「レ、レイク!?」

≪ナイスピッチング≫



先ほど空の彼方に投げ飛ばしてしまったレイクでした。

投げる時に魔法も行使していたので、この家から少なくとも半径10km以内には存在しないはずの。



「あの・・・すみません祐一・・・レイクは・・・」

「投げ飛ばしたことか? どうせまたレイクがからかう様なこと言ったんだろ。俺もレイクも気にしてないさ。

 リインもレイクの言うことはあんまり真に受けるなよ、馬鹿を見るだけだから」

(いえ、私が聞きたいのは何故彼女がここにいるかなのですが・・・)



言葉は心の中に留めます。確かに投げ飛ばしたことも気がかりでしたが・・・。

祐一の言葉は軽快ですがやはり体調が悪いせいか・・・いえ、眠たそうなんですかね?

どっちにしろ、あまり力の入っていないふにゃふにゃ(?)とした顔で笑っています。



≪むしろ馬鹿な目に遭ったのは私ですよ。生身でマッハ0.8を体験するとは思いませんでした≫

「お前の場合半分以上は自業自得な」

≪マスターもいずれトライしてみては?≫



一つため息を吐いた祐一が、先ほどまでとは違う笑顔を浮かべます。凄く迫力のある笑み。

私の心にも何故か言葉にし難い微妙な感情が芽生えました。

敢えて言葉を選ぶとしたら・・・強者に睨まれた弱者の気持ち、でしょうか。

簡単に言えば、この笑顔の祐一には強気に出る気が起きません。

(――後々に知ることですが、この笑みは祐一の母上直伝の”技術”らしいです――)

笑顔のまま私の手から無言でレイクを取り、廊下の小窓を開けて・・・



「飛んで飛んで~ってか? いいかげん、しつこいっちゅうとんのじゃどあほ!

 そして俺は高所恐怖症だば! おんどりゃー!」

≪それどこの方言っにゃああぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・っ!≫



やはり体調が悪いせいか、祐一の言葉遣いとテンションが変です。

私には意味不明な会話(=ネタ)を披露した後、レイクを投げ飛ばしました。

身体強化か何かの魔法でも使ったのか、パワーもスピードも十分です。先ほどの私と比べても、何の遜色も無いほど。

叫び声は瞬く間に聞こえなくなり、数秒は静寂が続きます。

祐一はゆっくりと姿勢を正し、私に見せるように右手を差し出します。

見てみれば手の平の上、そこに小さな魔法陣が展開されています。次の瞬間、そこにレイクが出現しました。



「こんな感じに、イラッとしたらいつでも放り投げていいぞ。

 こいつはどこに居ても、どんな時でも俺のところに戻ってこれるんだから」

≪何度もはちょっとキツイです、マスター・・・≫



召喚魔法? 通常の召喚魔法とは趣が異なりますね。デバイスを呼び出すなんてことが普通出来るのでしょうか?

レイクから祐一が学んだ魔法は古い魔法らしいので、その影響かもしれません。

再びレイクを手渡されたので受け取ります。丁度その後、下から掃除機を持ったプレシアが上がって来ました。

掃除道具を持って上がってきたついでに、先ほどの祐一の掛け声を聞いて様子を見に来たようです。

窓を閉めていた祐一は勿論プレシアに捕まり、部屋に連れ戻されました。これから説教でしょうか・・・。

困り笑顔でこちらに手を振っていた祐一が印象的でした。



≪リインフォース、リインフォース≫

「あ、はい?」

≪掃除の続きをしましょうか≫

「そう・・・ですね」



そもそも祐一が部屋を出た理由が、私がレイクを投げ捨てたことが原因なので、どうにも後ろ髪引かれる思いです。

ですが――これは直感なのですが――今のプレシアに何を言っても、やぶ蛇にしかならない気がしてなりません。

ならばせめて、この大掃除とやらを精一杯こなして償いとせねば。

決意新たに部屋に戻り、放り出してしまった雑巾諸々を片します。



≪それで、さっきの話の続きなんですけど≫



  ガギャン!



無言で窓を開けます。思っていたより力が入っていたようで、開けた瞬間変な音が響きました。



≪す、少し落ち着いてください、リインフォース。何故そんな話をしたのか、一応こちらにもそれなりの理由があるんです。

 話を聞いてからでも遅くは無いでしょう? それに流石に三度目は私も辛いので、出来れば遠慮したいかな~と・・・≫



最後の部分にはえも言われぬ想いが籠もっていました。振り上げた腕を下ろします。

窓を閉めレイクを首に掛け直し、掃除を再開します。ああ、後でプレシアに掃除機を借りてこないと。



≪・・・なんだか私に対する態度が容赦無くなっていません? この短時間で≫

「そう言われてみれば・・・。しかし私にも不可解な行動なんですよね。

 どうやらあなたに対しては遠慮していないみたいなんですよ」



事実彼女と一緒に居ると、気がついたときには自分でも信じられない行動をとっています。

さっき窓から放り投げた行為も同じ。私自身、こんなに過激な行動をとる事に驚いているぐらいです。



≪自分でも理解できない行動? デフォルトでそれでは無いんですよね?≫

「あなたがふざけた態度を取ったときに体が勝手に反応するだけで、普段はそんなことありません」



これは話す気はありませんが、ふざけている態度と言いはしましたけど、体が勝手に動いたからふざけていると気がついただけであって、

勝手に動かなかったらその言葉は表面上のまま受け取っていたことでしょう。

さっきのショタコン発言も、ヘタをしたらそのまま真剣に考えたかもしれません。

・・・そう考えたらこの体質(?)で、実は私はかなり助かっているのでは?



≪ふざけた時だけ? 他には?≫

「ありません・・・多分」

≪嫉妬という可能性は?≫

「ありません。というか、私が何に対してあなたに嫉妬するんですか」

≪愛≫










三度目を体験させました。何を、とは敢えて言いません。



≪オーケー、分かりました。本当に私がふざけた瞬間に容赦が無くなる事が≫



今現在は一階の掃除をしています。二階の掃除はレイクを受け取る前に終わらせました。

プレシアに言われたとおり、一階のあまり物が置いていない部屋(水瀬家の秋子の部屋)を掃除中。

最近掃除されたばかりなのか、軽い埃以外何も無いのですぐに終わりそうです。



「申し訳ないです・・・しかもついに、『やりすぎた?』という感情も沸いて来なくなりました」

≪疑問系? ・・・・・・『やりすぎた』ならば、やってしまった事への後悔があると考えられ、

 『やりすぎた?』となれば、それにはちょっとした反省の色が垣間見えます。

 それも無くなったという事は、つまり・・・・・・・・・ですか?≫



まるで誰かに状況説明でもしているような解説の仕方です。



「よく理解できましたね」

≪悪魔ですか!!≫

「冗談です」

≪・・・・・・≫



顎を開けて唖然としている彼女の姿が目に浮かびます。いえ、デバイスなので顎は無いですけど。

彼女が人を揶揄して楽しんでいる理由が少しだけ分かりました。



≪あなたが冗談を言うとは思いませんでした・・・しかも冗談に聞こえません≫

「嘘を吐く時は、100%の嘘よりか、少しの真実を混ぜた方が信憑性が増すそうです」

≪恐いことを言わないでください≫



あながち嘘でもないのですが、それを言うのは酷でしょうか。



≪仕方が無いですね。ここは一旦負けを認めて、話を進めるとしましょう。

 しかし覚えていなさい。たとえここで私が倒れても、第2、第3の・・・うにゃっ! 冗談です冗談!!≫



気がつかぬ内にレイクを握り締めていました。

いくら私の意志に関わらず勝手にやっているとは言っても、少々過激すぎる気がします。



「すみません」

≪いや、何であなたが謝るんですか。茶化しているのはこっちなのに≫

「いえ・・・すみません」

≪変な人ですね・・・。ええっと、ではどこから話しましょうか・・・。

 ああそうそう、最初のショタコン云々は9割方からかうつもりで言っていました。

 実際に言いたかったことは他にあるので悪しからず≫



一瞬で先ほどまでの罪悪感もなくなりました。



≪そうですね・・・始まりは、マスターの夢です。この場合の夢は、将来の~ではなく、ドリームの方です≫

「寝ている間に見る、というものですね。私は未だに見た事が無いですけど」

≪そうです。実は今日、私はマスターの夢を覗き見しました。

 それはまるで、独身男性のお風呂を覗く美女のように≫



突っ込みを期待している、と取って良いのでしょうか・・・。

突っ込み所があちこちあるのでどこから突っ込めばいいのかも解りませんけど。

実力行使で解決しようとする体を気合で抑え込みます。衝動のまま動いていたら、余計な時間を食うだけです。



≪そこで・・・・・・・・・・・・・・・詳しい状況説明は省きますね。

 よく考えてみたら話すのも疲れますし≫

「端折りすぎもどうかと思います」

≪端は端でも、端的ならば問題ないでしょう?≫

「はし・・・たんてき?」

≪・・・・・・この国の文字では、『端折る』も『端的』も、同じ『端』という字を使うんですよ≫

「そうなのですか。覚えておきますね」

≪・・・・・・ごめんなさい≫

「なにがですか?」

≪いえもうホント、ごめんなさい・・・≫



意味も分からず何度も謝られました。

さっきと立場が逆転しています。しかもぐだぐだです。



≪コホン、まあともかく・・・要点だけを上げますね。

 そのマスターの夢ではあなたは暴走していて、マスターは絶体絶命のピンチを迎えていたんですよ。

 所詮夢なので信憑性は薄いですし、私がついているマスターが絶体絶命なんてあまりあることじゃないんですけど・・・。

 そんな時、どこかのお助けキャラのごとく颯爽とコスプレ集団が現れました。

 ピンク髪のサムライ風美女と、赤毛のゴスロリ美よぅ・・・少女。

 あと絶対うっかり系だろ的な美人お姉さんとちょっとデカイ犬+αです≫

「・・・聞き覚えのあるメンバーですね」



コスプレ集団・ヴォルケンリッター・・・【蒼き狼】がただの犬扱いなのは良しとして・・・

まさかその+αとは主のポジションでしょうか?



≪やっぱりそうですか。サムライ美女が剣を、ゴスロリ少女が槌を使っていたのでピンと来たんですよね♪

 アレだけ特徴丸出しでも気がつかないマスターも鈍いですよねぇ。

 鈍いといえば、知っていますか? マスターが何故・・・≫

「・・・・・・あの、続きは?」

≪はっ! またやってしまいました。

 すみません、私の思考はどうにも話題と別方向に流れて行く傾向があるんですよ。

 ちなみにマスター譲りです≫



そんなことは聞いていません。思考が逸れる云々以前に人の話を聞きましょう。



「夢とは言ってしまえば、現実性の無い妄想のようなものでしょう?

 一応軽く守護騎士達の特徴やデバイスのことは話していましたし、

 偶然夢となって出てきてもそこまで不思議なことでも無いと思いますけれど・・・」

≪確かにたかが夢と切り捨てることも可能ですけど・・・。時期的に考えてもタイミングが良すぎます。

 それに夢にもかかわらず、知らない人間複数の容姿服装が細部を思い出せるほどにしっかりしてました。

 もしかしたら、本当に暴走日に相見えることがあるという予知夢とか正夢とか、その可能性も無きにしも非ず、です≫



『夢』というものを概念でしか知らない私では、その重要性を理解できません。

私が知る以上に夢には特殊な力があって、今の言葉にも一理ある事も否定はできません。



≪そしてここからが私が”本当に”聞きたかったことです、リインフォース。

 もしもその時に、夢と同じようにあなたの主と再会・・・いえ、違いますね。

 たとえ再会できなくても、一連の出来事が終わった後、あなたはどうしますか?≫

「・・・どう、とは?」

≪大雑把に分類するなら、あなたの主の下に戻るか、それともこのまま、マスターと共にいるか。

 全てが終わったら、あなたは自由になれます。それ以外の選択肢だってあります≫



・・・全てが終わったら・・・考えたこともありませんでした。

でも私が”今”を生きる以上、このまま何も考えずに生きていく訳もありません。



「・・・・・・私は」

≪別にこの場で答えを出さないといけないわけじゃないんですよ。

 どんなに最低でも、明後日の終わりまでは考える猶予があるわけですし、それに今は目先の問題に手一杯でしょう。

 でも、そんなに遠い未来の話でもありません。

 それまでに答えが出ないとしても、せめて心構えだけでもあれば、少しは気が楽になります≫

「・・・・・・」

≪もしあなたが”ただのデバイス”だったら、悩ませる必要もなかったんですけどね・・・。

 残念ながら私はあなたに、『デバイスはただ主の為だけに在るべし』、な~んて言えません。

 どうするかは自分で考え、自分で結論を出すべきです≫



随分真面目なことを言っています。そしてこんな彼女に対して、私は不謹慎なことを考えてしまいました。



「・・・レイク」

≪はい?≫

「あなたって、実は結構面倒見の良いタイプですか?」

≪んま! なんて失礼な! 実はも何も、私は元々面倒見の良いタイプですよ。

 ただちょっとマスターの性格を受け継いだせいでおっちょこちょいが雑じっちゃってますけど≫



ちょっとであんなに茶化すの大好きな性格になるのなら、祐一はどれだけだと言うつもりですか。



≪ただまぁ、あなたを見ていると、どうにも私の【妹】を思い出してしまうんですよね。

 だから余計に世話を焼きたくなってくるのかもしれません≫

「妹?」

≪私と同時期に作られた、姉妹機です。

 真面目だけが取り柄だから、多分どこかで生きていると思いますけど、どうしているのやら・・・≫



言葉に込められた感情からは、本当にその妹を心配していることが感じられます。

自分でも宣言していた、面倒見が良いというのも嘘は無いでしょう。



≪でも今は姿見えぬ妹より目の前の問題です。

 リインフォース、全部終わったらうちの子に、というか私の妹になりませんか? というかなりなさい≫

「ちょっと待って下さい。あなたついさっき『自分で考え、自分で結論を出すべき』だと言ったばかりじゃないですか」



しかも先ほどの会話の流れからどうやったらこんな超展開になるんですか!



≪日本の素晴らしい諺を教えましょう。『それはそれ、これはこれ』です。

 あなたがマスターを好きなことは知っています。

 『男の子としてのマスターが好き』なら問題ありませんが、『マスターが好き』なら即刻鞍替えしなさい。

 都合の良いことにあちらのメンバーは全員女のようですし、男の子好きならこちらに残る以外選択肢はありません。

 ぶっちゃけ『ショタコン』に・・・≫





デバイス(レイク)が鼻息荒く迫ってくるイメージが頭に浮かび上がります。

一度頭を冷やさせることと、悪寒が走ったことを理由に、”四度目”を決行しました。

後で祐一から聞かされたことですが、アレはレイクの照れ隠しだそうです。

真面目なことを言ったのが恥ずかしかったんだとか・・・。















≪かあぁぁゆいですうぅぅっ!≫



  カリカリカリ



「ごめんな、レイク・・・」

≪あうあう・・・気にしていませんけど、この痒みは・・・あっ、そこですマスター≫



  カリカリカリ



「元々真面目な性格のお前が、俺の性格取り込んだせいで真面目なこと言えなくなってたなんてな・・・」

≪言えない訳じゃないですけど、拒絶反応で全身が痒くなってくるんですよねぇ≫

「そうだとは知らなかったとはいえ、ごめん」

≪気にしないで、マスター・・・あうっ!≫



  カリカリカリカリ



「でもリインから逃げ出すためとはいえ、その誤魔化し方は無いんじゃないか?」

≪ですから、後で、あんっ! マスターからフォローをお願い・・・あふっ、しますね≫

「・・・・・・色っぽい声を出すな。俺の方が恥ずかしくなる」





  カリカリカリ









[8661] 第十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/13 16:22








時間は夜、空は満天の星、周りは雪景色。

星が明るいので、暗闇とは程遠い明るさ。

俺は積もった雪の上に仰向けに倒れていて、空には変なコスチュームを着たリイン。



またかよ。二度はいいっちゅうねん。



突っ込みを入れてみたが、残念ながら返答は無いし、夢も変わらない。返答あってもビックリだけどさ。

流石に二度目となると俺も冷静だ。どうせなので慌てず騒がず周りを観察してみる。

リインは相変わらず何かを喋っていて、だけど音が無いから聞き取ることは出来ない。

読唇術できないかな~と口元を見てみるが、そもそも俺は読唇術をマスターしていないし、

何よりこんな薄暗い中20メートル以上離れている人の口の動きが見えるゴッド・アイの持ち主でもない。

母さんか秋子さんあたりならそれも可能かもしれないけどな。

空は雲ひとつ無く、彼方の方面では若干赤みがかっている。

その方向に太陽もしくはそれに類するものがあると推測できる。日没後か夜明け前?

・・・それを知ったからって、何がどうなるわけでもないか。

そこまで考えたところで、前回同様リインが手をかざしてきた。

その周囲に浮かぶ赤いクナイ(仮)。



いちにーさんしーごーろく・・・23個か。やっぱり多いな。



と、ここで驚くことに『俺』が前回と違う行動をとる。

なんと起き上がってリインに手を向け、魔法弾を作り出したのだ。

『アクセルシューター』

その数、リインと同じく23発。俺が作るにしては数が少ない。

それだけ消耗しているのか、或いは数を減らし一撃一撃の魔力圧縮濃度を上げたのか・・・。

打つべきタイミングを計っているのだろう、『俺』とリインはそのまま一時硬直する。

先に打ち出したのは・・・『俺』。スピードはあちらが上。

互いが衝突したのは、お互いが立っている丁度中間地点。

魔法同士のぶつかり合いで、衝突時に爆発が起こる。爆発時に発生した煙で、視界が塞がれた。

本来なら爆煙のため何も見えないはずの空間、その中が俺にははっきりと見える。

(多分)魔力負けして打ち落とし損ねたクナイ(仮)が3発、爆煙を突き進みながらこちらに向かってきている。

だが『俺』はそれが分からないのか、回避行動に移っていない。

爆煙を突き破りクナイ(仮)が視界に収まるようになってようやく行動を起こそうとするが、もう遅い。

あのスピード相手じゃ今から回避行動をとっても避けられないし、新しく魔法弾を作り出す時間も無い。

せめてもの悪あがきで防御魔法でも張るつもりだろうか、『俺』の手が上がっていく。

だが多分、それすらも間に合わない。

まるでスローモーションのようにゆっくりと俺に近づくクナイ(仮)・・・ってか、本当にゆっくりだ。

これは別にクナイ(仮)のスピードが落ちたわけじゃない。時間そのものがスローに流れている。

その証拠に爆煙も未だに健在だ。普通なら多少は霧散しているぐらいの時間は経っているのに。



まさか、あれだろうか。

人は死ぬ直前には体感時間が長く感じるというが、もしや『俺』がそれを体験しているのか?



ちょっとヤバイんじゃないかとは思うが、こんな状況でも――夢だからか――やはり現実感は沸いてこない。

クナイ(仮)との距離が2メートルを切った時・・・・・・ってか、もう(仮)って言うの疲れた。やめよう。

とにかく”何か”が横から『俺』の体を掻っ攫った。

掻っ攫った”何か”のスピードはクナイのそれを超えていて、あっという間に軌道上から離脱する。

そこでようやく世界に時間が元に戻った。

”何か”はクナイ以上のスピードなだけはあって、かなり速い。景色が流れるように過ぎ去る。

相手は『俺』の胸か腹あたりを抱きしめながら前方に飛んでる模様。つまり『俺』は後ろ向きに飛んでいる。

俺はまだしも、実際にGや風を感じている『俺』にとっては絶叫マシーンも斯くやあらん、だ。



人抱えてこんなスピード出す常識外れなヤツは誰だ?



視界の端でなびいているのは金色のツインテールと黒いマント。髪の長さからして、また少女だ。

視界の右端に魔力刀が見える。これって鎌か?

前回のお助けキャラとは違う人っぽい。

リインから結構な距離をとってから止まり、その少女は俺を解放する。

少女が少し離れてくれたおかげで、そこでようやく俺はその顔を拝む事が出来た。

そこにいたのは・・・

俺の知らない表情をした、俺のよく知る少女・・・・・・




















12月30日、午前9時。朝。



  ピンポ~ン♪



空は絶好のピクニック日和・・・じゃない残念な天気だ。曇り空の下鳴り響くインターフォン。

俺は今友達の家を訪問している。表札にはローマ字(筆記体)で『misaka』の文字。

何を隠そう、美坂姉妹の家だ。何をも何もマジで隠す必要はない。

押して待つこと十数秒。通話用になったインターフォンから声が聞こえてくる。



『はい、どなたですか?』

「かおりん、俺だ~」

『・・・すみません。今両親が仕事で不在ですので、あからさまに怪しい人物に敷居を跨がせる訳には行きません』



そのままブツッと切れた。

香里め、あの反応は俺だと分かっているな・・・。

もう一度インターフォンを押して謝ってから中に入れてもらうのも手、だけどそれはちと悔しい。

そもそもの原因が俺がふざけたことにあるので自業自得としか言えないけど、

仮にも20過ぎの大人が小学5年生の少女に負けを認めるのもちょいと癪だ。

そこ、大人気無いとか言わない!

そんな訳で、そのまま何もせずにその場でボーっと突っ立っておく。香里に対する意趣返し。



香里が自分からドアを開けてくれるまで待つ!



少しだが、都合よく雪も降ってきたし。

口調は辛辣だが根は優しい香里なら、寒空の下ハチ公のようにじっとしているこの状態の俺を放ってはおかないはず。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分。

俺は香里が扉を開けてくれるのをひたすら待つことにした・・・。










「まったく・・・いくらなんでも、普通あんなことする?」

「俺は軽く30分は覚悟してたんだけど・・・」



俺の想像より香里はずっと優しかった。待つこと10分で開けてくれたのだ。

雪降る中俺を2時間も待たせた従妹に見習わせたいぐらいだ。実際、部活が長引いたらしいからしょうがないんだけど。

香里が貸してくれたタオルで、頭に乗って溶けた雪=水を拭く。



「ところで、今日はアリシアちゃんは? てっきり相沢君と一緒だと思ってたんだけど」



香里からしたら俺とアリシアはワンセット扱いか。・・・間違ってはいないけど。

もしアリシアとセット扱いじゃ無かったら、俺本当に30分放置されてたりして。



「アリシアなら今・・・」







「くしゅんっ。うう~、ひま~。遊びにいきたい~」

「私が話し相手になりますから、我慢してください」

≪マスターに会う時は【プレシアのお守り】を身に着けておくべきでしたねぇ。

 あれって健康祈願も兼ねてましたから≫








「・・・ってなことになってる」

「下の2人誰? それにあの子が風邪を引くなんて珍しいわね」

「ん? ああ、どうやら俺の風邪がうつったみたいで」

「・・・なんですって?」

「あ」



やばい、やぶ蛇だった。

ちょっと待ってなさいと言い残して何処かへと消える香里。

(元)病弱な妹を持つシスコンな香里にしてみれば、自分の風邪を妹にうつすなど言語道断なはずだ。

香里から見た俺はどう考えても『悪』。このままだと撲殺決定!?

今のうちにこっそりと帰るべきか。いや、仮にそんなことしたら次に会ったとき、さらなる地獄が手招きすることになる。

用事も今日のうちに済ませた方が良い。

脳内会議はあちこちで開かれ、結果大人しく待つ案が可決した。

そう待つことも無く、香里は戻ってくる。手に何かを持って。

武器か!? とも思ったが、違うようだ。いやまて。武器って、俺ってどんだけ香里をコブシ系中心で考えてんだよ。



「風邪は引き始めが肝心だけど、病み上がりも肝心なのよ。ほら、後ろ向いて」



香里が持ってきたのはドライヤーだった。

ドライヤーの使用方法なぞ、決まっている。しかもさっきの香里の台詞、『後ろを向いて』。

それの意味するところは・・・・・・つまりそういうことだ。

もちろん抵抗はした。そんなに濡れてないから大丈夫とか、自分でするとか。



「言ったでしょ、病み上がりも肝心だって。油断して手を抜いたら風邪ぶり返すわよ。

 それに相沢君は自分のことになると、途端に大雑把になりがちだもの。私がするわ」



ぐうの音もでないとは、このことだろう。

結局押し切られ、香里のなすがままになる。

ブオ~という音と共に徐々にドライヤーの風が温まっていき、俺の頭を撫でる香里の手が少しだけ気持ち良い。



「あら、思ったよりサラサラね。しかも柔らかい・・・猫っ毛ってやつかしら」

「遊ぶなよ」

「遊ばないわよ」



念のために釘を刺したら即答された。そんなにバッサリと言われると少し寂しいぞ。

香里との会話は時々言葉のキャッチボールが恋しくなる。



「相沢君、一つ聞いて良い?」

「おう、なんだ?」

「体調悪かったのなら、無理して来なくてよかったじゃない。どうしてわざわざ電話までして?

 それにアリシアちゃんも風邪で寝込んでるのに、傍にいなくていいの?」



香里の言ったとおり、俺は昨日の夕方に美坂家に連絡を入れていた。

冬休みが終わるまでに絶対に果たしておきたい約束があるからだ。



「傍にいてあげたいのは山々なんだけどな・・・。今回は留守番してもらった。埋め合わせは後でするつもり。

 電話までした理由は、どうも今日以外は俺に用事が入りそうだから。だから今日中がよかったんだ。

 俺も出来れば休み終わりあたりにしたかったんだけど・・・」

「・・・その用事って、いつまで?」

「下手したら、冬休みいっぱい。最終日まで皆と遊べないかもしれないんだわ」

「そうなの?」

「一応、未定」



ちなみにこの場合の用事で遊べないとは、イコール俺が怪我して動けないかも、という意味合いだ。

何故そんなことを言うのかといえば、それは勿論あの夢が理由だ。

いくら鈍感な俺でもあんな夢2回連続で見たら、流石にただの夢じゃないと分かる。

多分俺が夢と同様怪我することは確定事項だろう。後はその怪我の度合いによる。

怪我がよっぽど深くなければ遊べないということも無いはずだが、香里には念のために遊べないかもと伝えておく。



「そう、未定ね。じゃあ大丈夫そうだったら、また連絡頂戴ね」

「お~。・・・・・・そいえば、栞はどうしたんだ?」



俺が今日用事があるのは、栞の方。その栞の姿が未だ見えない。

まさかちゃんと連絡行き届いてなくて出かけているとか?



「あの子なら、部屋でずっと洋服を選んでるわよ」

「服を、ずっと?」

「ずっと。朝から」

「オシャレにあんま気を使わない栞がねぇ。栞もお年頃なんだな」



確かに最近は服装に気を使っていたような気がしていたが、気のせいじゃなかったみたいだ。

でも朝からなんて、逆に気を使いすぎじゃないのか?



「あ~・・・相変わらず」

「何が?」

「ううん、相沢君はそれでいいわよ」



何故だろう。香里にその気は無いのだろうが、そこはかとなく馬鹿にされたような気分になる。被害妄想かな。



「それにしても、相沢君も物好きよねぇ。毎年一回、栞の絵のモデルになりたいなんて。

 描いてもらってどうするの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・観賞? いや鑑賞かな」

「その沈黙の長さは何? なんで言い直したの?」

「あの独特の絵を相手に観賞など、観賞という言葉を侮辱しているようなものだよ香里くん。

 でも鑑賞なら意味合い的にはぎりぎりセーフだ。沈黙の理由など言わずもがな」

「・・・確かに。栞のアレは美しさとは程遠いけど、芸術とは言えるかもね」



文字の違いを即座に理解するとは、流石香里。(将来)学年主席なだけはある。



「ちなみに描いてもらったのは、一応全部とってあるぞ。俺が一番最初に描いてもらったのと最後に描いてもらったの、

 パッと見全然見分けがつかないんだから、びっくりだよ」

「下手の横好き、ここに極まれりね」



本人がいないからって、お互い言いたい放題だ。

誤解の無いように言っておくが、俺にとっての一番最初の絵とは、

俺が過去に戻る前、あの悲劇が起こる前に公園で描いてもらったあの絵のことだ。

だから『全然見分けがつかない』じゃなく、『全然見分けがつかなかった』の方が言葉としては正確だ。

つまり2年間(美坂姉妹と会ったのが一昨年)その腕が変わっていないのではなく、今から最低でも6年間はその腕は変わらない。

過去(ここ)で最初に描いてもらった時の驚きといったら、言葉に尽くせない感動だった。もちろん同情的な意味で。

栞の絵の上達が俺の目的じゃないから、別に良いっちゃ良いんだけどさ。

でも毎度あの絵を見せられ、尚且つ感想まで求められるのは正直勘弁して欲しいところ。



「ん~・・・よし、いいかな」

「サンキュ。けっこー時間かかったな」



雪が軽く溶けただけだからすぐ終わると思ってたけど、思ったより長かった。



「・・・そうかしら。そんなこと無いと思うけど」



一瞬の沈黙が気になったから香里の方を向いてみたら、彼方の方向を向いていた。

さては香里め、俺の髪で遊んでいたな。



「さあ、栞のところに案内するわ」

「自然としたつもりだろうが、まだまだポーカーフェイスがなってない。

 あからさまな話題逸らしや態度は、その人間にとって不都合があるものだと悟られやすいぞ」

「な、なんのことかしら? それより早くいきましょう」



今の香里はどうにも感情が表面に出やすいから、からかい易くて面白い。

焦ってる香里なんて数年後には見られなくなるだろうから、今のうちに心のフォルダに保存しておこう。










「って、俺は栞の部屋の場所知ってるっての」

「監視よ、監視。相沢君を一人で行かせたら、絶対途中で寄り道するもの」

「俺は王道RPGでよくある、人の家に勝手にズカズカ上がりこんで家捜しする勇者かよ」



香里の部屋が栞の部屋の通り道にあるからこその発言だろうが、

いくら俺でも勝手に人の部屋に入るようなそんなデリカシーの無いことはしないぞ。

大方名雪あたりに聞いたんだろうな。俺はあいつの部屋には入るから。でもそれだって秋子さんの正当な許可がある。

部屋に着いたら香里がドアをノックする。



  コンコン



「栞? 相沢君連れてきたわよ」

「え! もうですか!? え、えう~~っ!」



中からバタバタと騒がしい音がする。これは急いで部屋を片している音だ。

なんてお約束な。しかも事前に連絡まで入れていたのに。



「じゃあ私は部屋に戻るわ。後で飲み物持って行くから」

「お構いなく~。ココアでよろしく」

「どっちなのよ」



軽いやり取りをして、香里は戻っていく。さて、こうなると栞の片付けが終わるまで暇になる。

どうやって時間を潰そうか・・・。



「ああ! これはこっちじゃありません!」

「あれ? 鉛筆はどこですか~!?」

「えう~、筆立てを倒してしまいました・・・」

「靴下脱ぎっぱなしです~! さらに私まだパジャマのままです~!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



潰す必要もなさそうだ。

しかし栞よ、1人で大声だして実況中継はお兄さんどうかと思う。



3分ほど待たされ、ドタバタドタバタしていた部屋がようやく静かになる。

最後にコホンと咳払いが一つ聞こえ、やっと準備が整ったようだ。



「どうぞ~」



部屋の主からも入室許可が下りた。ドアを開け、部屋の中に入る。

部屋の中央に栞は立っていて、片付けを頑張ったのか少し頬が赤い。

栞の部屋は意外なことに、この年頃の少女にしては珍しいぐらい物が置いていない。

いや、これは語弊だな。物は置いてある。あるのだが、ぬいぐるみ系の女の子女の子したものが置いていないだけ。

逆に本棚にはそれ系の漫画、小説がぎっしりと詰まっている。

この数ヶ月でまた量が増えたようだ。そろそろ本棚に収まりきらなくなっている。

ドアを閉めてから、栞と向き合う。



「おはよ、栞」

「おはようございます、祐一さん。お待たせしちゃってごめんなさい。それと・・・」



栞がスカートの端を摘み、ぺこりと一礼して続きを言う。



「ようこそおこしくださいました、素敵な魔法使いさん」





それに対する返答として俺は少しだけ苦笑して、何も言わずに栞の頭を一撫でする。









[8661] 第十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/11 23:28







大好きな公園の噴水前で1人、私は泣いていました。



私は、生まれた時から体が弱かった。

学校はよく風邪で欠席していたし、楽しみにしていた遠足はいつも当日に体調を崩して行けなくなる。

学校の体育すら、出席できた方が珍しいぐらいでした。

どこへ行くにも、何をするにも体調のことが付いて回った。それが鬱陶しく感じる時も、偶にはあった。

でも普段はそんなことは気にしていない。

だって、お母さんやお父さん、お姉ちゃんがいたから。

健康じゃない分、健康な同い年の子よりたくさんたくさん可愛がってもらって・・・。

だから体が弱いことなんて、別になんとも思っていませんでした。



・・・思っていないと、思っていました。



だけどそれは嘘で、本当はそれがとても悲しかった。

何が切っ掛けだったのかは憶えていない。

ただ憶えているのは、そのことに気がついたせいで、大泣きしていたってことだけ。

いつもは寒くても多少は人がいる公園なのに、不思議なことにこの時周りには誰もいなかった。

だから、思う存分泣けた。

泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて・・・・・・気がつけば、誰かに頭を撫でられていました。

初めはお姉ちゃんかとも思ったけど、すぐに違うと知りました。お姉ちゃんは、こんな風に頭を撫でない。

こんな・・・髪の毛がグシャグシャになるような乱暴な撫で方はしない。



「え、えう~~~!!」

「ははっ、気がついたか?」



頭を守るように押さえながら相手を見たら、いたずらっ子の様な笑顔を浮かべている男の子がいました。

ううん、いたずらっ子です!



「だ、誰ですか、あなたは」

「にゅっふっふ、よくぞ聞いてくれた。むしろ聞いてくれなくて問答無用で逃げられたらどうしようかと激しく心配した」



男の子は少しだけ下がり、



「俺の名前は相沢祐一。素敵でマジカルな魔法使いだ!」



コートの一番上のボタン以外を全て外し、まるでマントのようにバサッとはためかせながら高らかと名乗りました。



これは二年前の冬、私が初めて祐一さんと出会った瞬間です。




















SIDE:祐一



「ふふふっ・・・」



俺の肖像画をスケッチブックに描きながら突然笑い出す栞。傍から見れば少々不気味だ。

自室だからまだしも、外だったら周りの人間は引くぞ。

・・・むっ、もしや俺の服装がどこか変なのか? 身だしなみ、チェック・・・。



「あ、動かないでください祐一さん」

「ぬぬ、しかし俺の服装どこか変なところがあるんじゃないか?」

「そんなことありません」

「じゃあなんで突然笑い出したんだ?」



元の格好に戻りながら聞く。意味もなく笑い出した訳ないだろうし・・・。

あれか? 少し早いが、箸が転がっても笑うお年頃というやつか?



「ちょっと、昔のことを思い出しちゃってて」



思い出し笑いだったか。



「昨日の本気狩るトラハのこととか?」

「・・・祐一さん、昨日のテレビは昔の出来事ですか?」

「ふっ、俺にしたら1時間前の出来事すら遥か昔のことだ」



クスクスと笑う栞。そんなに面白い事言ったか?



「いいえ、祐一さんは変わらないな~って。思い出していたのは、私と祐一さんが出会った時のことですよ」

「ああ・・・あれか」



言われて回想してみる。思い出すのは、コートをなびかせぶっ飛んだ自己紹介をする俺。

・・・・・・何故あんなことを実行してしまったのか・・・自分でも不思議だ。

しかもあの後、「さむさむ」ってすぐにコートのボタン留めたんだよな。かっこ悪い。

アレもきっと、若気の至りってヤツなんだろうなぁ・・・たかだか2年前の出来事だけどさ。



「カッコつかないとこしか見せてない・・・」

「そんなことありませんよ。私にとってはカッコよかったです。

 私、白馬に乗った王子様が好きだったんですけど、祐一さんのせいで魔法使いの方が好きになっちゃったぐらいですよ」



前回のアレで分かった人もいると思うが、俺は栞に、自分が魔法使いだとバラしている。

理由は、その方が都合がよかったから。

これだけじゃ意味不明だろうから、追加説明をしておこう。

栞がこの世を去った原因・・・不治の病は生まれつきの病気じゃなく、

どうやら生来からの虚弱体質が招きよせた厄災らしい。運が良いことに今の栞はまだ感染していなかったのだ。

それは俺と一緒に、遠くから栞を観察していたレイクも確認している。

既に病にかかっていた場合の治療方法も一応考えてはいたが、一度見てみないと完治させられるかは分からない。

100%治療可能と言い切れない以上、正直この発見は俺にとったらかなり幸いと言えた。



「杖掲げてファイアー! とかしないけどな。砲撃どっかん! って感じ」

「羨ましいです。私にもできないでしょうか?」

「あ~・・・無理だわ。栞って、魔力ゼロだから」

「残念です~・・・」



俺は栞が病気にかかる前、根源から治して栞を助ける方法を考えることにした。即ち虚弱体質の治療。

だがいくら魔法といっても、人の体質を変える、なんてこと早々に出来るほど万能じゃない。

一晩悩み続け、レイクと散々相談して解決方法を模索した。

結果採用された手段は、『肉体強化と若干の治癒魔法を使って体を健康状態にもっていく』というもの。

一気には無理でも、徐々に免疫機能が向上していけばOKだ。



「じゃあ、空を飛ぶ魔法はあるんですか?」

「あるぞ、初歩だ。だけどスピードは人によってピンきり」

「祐一さんは?」

「俺は中間。他の魔法でブーストさせれば”きり”。でもどっちかというと空中を走る方が速い」

「祐一さんって、空でも走ってるんですね」

「・・・でも、ってところがなんか引っかかる言い方だな」



体力無い上体調も悪くなりやすい栞に無理した運動はさせられない。だけど体を動かさないと虚弱体質も改善しない。

無理して運動させたら体調崩して結局寝込むことになる。寝込めば当然基礎体力も無くなっていく。

本末転倒と悪循環が見事に両立している。

そこで強化魔法を運動する際のサポーター代わりにして、治癒魔法で初期段階の風邪を未然に防げばどうか? となった。

上記でも記した通り栞は魔法を使えないが、そこに至るまでの手段はレイクが持っている。



「新しい家族、ですか?」

「そう、家に1人増えた。期間限定かもしれないけど」

「期間限定・・・迷い猫か何かですか?」

「むしろ迷い人だな」

「行き倒れ?! 交番に届けましょう!」



方法は、魔法の術式を何かの媒体に編み込み、それを通して2つの魔法を発動させ栞に効果をもたらす、というものだ。

魔力は収束魔法の応用で、随時周囲に漂っている浮遊(?)魔力を活用することにした。

これもまた別の術式を使わないといけないので媒体には計3つの術式が必要になるが、それは些細な労力だ。

これなら魔力無しの栞でもなんとかなる・・・・・・・・・と思った。



「へぇ~、栞は料理を習い始めたのか」

「はい。筋がいいって、お母さんにも褒められました」

「・・・・・・作りすぎには注意しろよ。あと料理には無闇に砂糖を使わないこと」

「えう~、それお姉ちゃんにも言われました」



そこまで決まったところで・・・・・・なんと一つ、問題が発生した。

魔法は、媒体が対象に触れているときしか効果が発動しない。そんな肝心なことを忘れていた。

媒体はともかく、栞にそれを常に身に付けさせるにはどうすれば良い?

いくら栞でも、知らない人に突然プレゼントされたものを常に身に着けるはずが無い。

栞は基本妄想少女だが、普通に現実的なのだ。



「料理の基本はさしすせそ。意味は分かるか?」

「砂糖、醤油、スイカ、セロリ、そうめん?」

「分からずとも即答したその度胸は認めよう。だが砂糖と醤油しか合ってない。しかも醤油は『し』じゃなくて『せ』だ」



そこでまた1、2時間考えたんだが、途中でレイクがはっちゃけた。

≪もうマスターが魔法使いだって言っちゃえば良いんじゃね?≫って感じに。

一晩以上考えたからか、テンションがメーターを振り切ったようだ。俺も良い案が思いつかなかったので、これに乗った。

こんな都合で、栞に魔法使いだとバラしたわけ。

・・・・・・無駄に長い追加説明だった。



「ええ!? じゃあ祐一さん、昨日風邪引いてたんですか!?」

「・・・なんでそんなに驚くんだよ」

「だって、祐一さんが風邪を引くなんて想像が出来なくて・・・」

「それはあれか? 言外に馬鹿と言っているのか?」

「えう?! そ、そういうわけじゃないです!」

「冗談だ、そんなに焦るなって」



焦っている時も栞の手はシャカシャカ動いている。意外に器用だ。

・・・・・・しゃかしゃかへい!



「祐一さん、立ったら駄目です」

「はい、すんません」



俺も大人しく今の作業に意識を集中する。

俺は今首にチョーカー、肩にストールを身に着けて椅子に座っている。この2つが例の媒体で、今や栞の立派な所有物だ。

あまり関係の無いことだが、俺の手作り。ストールは冬用で、チョーカーが夏用。

これを作っていたが為に、栞に接触するのが1年も遅れてしまったのは俺とレイクの秘密である。



「チョーカー・・・今更だが、学校で先生とか友達に何か言われたりしてないか?」

「? 何も無いですよ。みんなオシャレだね~って褒めてくれます」

「校則ゆるい学校で良かったな、栞」

「??」



アクセサリー駄目って学校は山ほどあるからな。本当に良かった。

ストールは茶系の色を中心としたチェック柄。香里がプレゼントしたあのストールをイメージして作った。

そしてあのストールとの違いは、左右真ん中に大きく描かれている円形の魔法陣。

パッと見はオシャレな模様。広げてみないと魔法陣とは気がつかないだろう。

これと同じものがチョーカーにも小さく刻まれている。これが件の3つの術式で、媒質に当たる。

最初に魔力を通して初期の動作さえ済ませてしまえば、後は全自動の代物。楽だ。



「ストール、結構使い込んでるな」



ストールを撫でながら、気がついた。端の方がちょっと解れてきている。

それ以上解れないように応急処置の跡もある。



「はい。祐一さんに言われたとおり、いつも肌身離さずですから」



俺の魔力を通し、緩みや弛みが無いか、綻びが無いかをチェックする。

魔法と言っても、使い続ければ当然劣化もあるしガタも来る。今回みたいな媒体の傷みもある。

だから年に一回、絵描きと称した媒体検査をするのだ。



「あっ、今の祐一さんの顔、せくしーです」

「せ、セクシーってか。ちゃんと意味分かって使ってる?」

「えへへ、意味は分からないです」



検査中俺はあまり動けないから、そのついでに栞が絵を描く。何故ついででそうなったのかは、俺に聞かないでくれ。

栞が一年間使うものなので、慎重かつ丹念に。そして解れも軽く直しておく。

なにぶん作ったのが二年前だし今は道具も無いから、完全修復は出来ないけど。

近いうちに本格的な修復か、或いは作り直す必要あるかも。



  コンコン



ノックの音が響いた。香里かな?



「はい、どうぞ」

「・・・祐一さん、ここ私の部屋です」



  ガチャ



「人の家でも遠慮無しね、相沢君。はい、ココア持ってきたわよ」

「わあ、ありがとうお姉ちゃん」

「ありがとう、香里」



ココアを受け取り、早速一口。

うまい!



「相沢君、お昼ごはんは食べていく?」

「あ♪ だったら私、腕によりをかけますよ」

「ん~・・・いや、今日はいいよ。アリシアも暇してるだろうし、早めに帰る」

「えう~、残念です」



栞より俺の方が料理が上手だと教えたら、どんな反応するのかひじょ~に興味がある。

興味はあるが、栞が料理への意欲を無くす可能性もあるので言わない。

それから絵が完成するまでは、香里も交えての雑談が続いた。



「もしも祐一さんに会えなかったら、私は今頃どうなっていたんでしょうね・・・」

「何だかんだで、逞しく生きてたと思うぞ」



なんせ真冬に外でバニラアイス食べてるくらいだし。















美坂姉妹に見送られ、家に帰る途中でちょっと寄り道をすることにした。



【九月堂】



商店街にぽつんとある、タイムカプセルにも使った”たからばこ”が売っていた店だ。

アリシアへのお土産を買っていこうと、この店に立ち寄る。

面白いものを物色しようと思ったのだが・・・・・・どうにも”ある物”が俺の目を引いてやまない。



「やはり良い」



『決して割れない壷』。前回来た時に俺が惚れた壷だ。

今日財布の中はそこそこ入っているし、アリシアのお土産を買って、壷も一緒に買うには十分。



「う~~~ん・・・・・・」



いつもの俺なら迷うことなく、即買いだろう。だが、今はそれが出来ない。

別に壷が大きすぎて運べないわけじゃないし、人目についたらヤバいデザインなわけでもない。

でも、買えない。それは何故か?



「これを買ってしまったら、見知らぬどっかの誰かの死亡フラグを立ててしまいそうな気がする・・・」



他人からしたら、何を馬鹿な、と思うかもしれない。壷一つで人が死ぬなんて馬鹿げているかもしれない。

だけど俺は、確信にも近い何かを感じている。

ここで俺が壷を買ったら、そのうち誰かがフラグを踏むことになる。

そんなことは絶対に嫌だ。それが見知らぬ他人だったとしても。

泣く泣く、本当に泣く泣く俺は壷を元の場所に戻す。



「祐一さん?」

「くうっ・・・はれ? 秋子さん」



1人こぶし握り締め悔し涙を堪えていたら、秋子さんとバッタリ遭遇した。

秋子さんからしたら、今の俺の行動は相当な奇行に映っただろう。

俺は店を出て、秋子さんの元へ向かう。



「こんにちは、秋子さん。買い物ですか?」

「ええ。食材の買出しと、日用品をいくつか」



今日はバリバリ平日なのだが、真昼間から買い物・・・。秋子さんって、本当に何の仕事をしているんだ?

水瀬家に居候していた時も、平日普通に家にいたし、朝晩のご飯も一緒に取ってたし。

仕事で遅くなる、と連絡があったときは大抵が夜に帰ってきたので、昼の仕事だとは思うんだけど・・・。



「そうだ。丁度良かったわ」



ぱっと花咲く笑みを浮かべ、手を合わせる秋子さん。とってもぷりてぃーだ。



「何がです?」

「祐一さんに頼まれていた件、ようやく分かりましたよ」

「頼まれて・・・あ! 分かったんですか!?」

「はい」



秋子さんに調べてもらったのは、リインの身元。

自分で頼んでおいてなんだが、本当に分かるとは思っていなかったのでかなり驚いた。

だってさ、人じゃないリインの身元なんて、普通分かるもんじゃないべ?

そして同時に確信した。やっぱり秋子さん普通の人じゃない。いやまあ、前々から分かってはいたけど。



「写真を知り合いに送ったら1人だけ、最近見かけたことがあると返事がありました。

 いつもならあの人も(結界内部に入れなくて)見過ごしていたそうなんですけど・・・。

 今回は本当に運が良かったですね」



送ったって、ファックスだよな? 写真はいつ撮った? 見過ごすって、どゆ意味?

・・・秋子さんだから、秋子さんの知り合いだからと考えれば全て些末な問題だな。



「それで、リインの家族の住んでいる場所は?」

「海鳴市です」

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「【八神はやて】。この子がリインフォースさんの主です。私立聖祥大学附属小学校に在学中の小学3年生。

 尤も彼女は足に障害を持っているので、書類上在学しているだけですね。通学はしていないみたいです。

 家族構成は・・・・・・ご両親は、お気の毒ですけれど他界しています。

 その代わりではないですけど、半年ほど前から親戚と名乗る女性三人とペットが一緒に住み始めた模様です」



海鳴市・・・それに読みにくい上無駄に長ったらしく感じる学校名・・・。

聞き覚えがあるどころじゃない。



「ご近所じゃん」



俺の通ってる学校の屋上からなら聖祥学園の一角を見ることも出来るほど近所だ。



「偶然って、すごいですね。冬休みが終わったら、一度顔を見せにお伺いしたらどうですか?

 ああそれと・・・はい、これがその子の家の住所です」



住所と電話番号、簡単な地図も渡された。俺としては大助かりだが、やはり疑問が浮かぶ。

有名人ならともかく、一般人を個人でこんなに調べられるものなのか?

秋子さんが調べたにせよ、知り合いが調べたにせよ、探偵並に手際が良いことは確かだ。



「ありがとうございます、秋子さん。このご恩は、必ず返しますので」

「他人行儀ですよ祐一さん。家族なんですから、当然です」

「いえ、家族でもけじめはつけとかないと」



親しき仲にも礼儀あり、だ。秋子さんには普段から世話になりっぱなしだし、いつか絶対恩を返さないと。

でも、秋子さんが困ることってあるのか?

・・・・・・・・・・・・ちまちまと料理を作ってあげたり、肩を揉んであげたりするぐらいしか思いつかないや。



「じゃあ、一つお願い事をしようかしら?」

「なんなりと!」



秋子さんからお願い事なんて、又とない機会だ。この際何でも聞くつもり。



「新作の邪夢を作ったんですけど、試食を・・・あら?」



生存本能に従い、脱兎のごとく逃げ出した。リインから聞かされていた【混沌邪夢】だ。

前言撤回しよう。邪夢以外なら、何でも聞くつもり。







「あらあら・・・・・・おトイレ、近かったのかしら?」



普段は心を読んでいるのではないか? と(実際時々は読んでいるが)いうほど鋭い秋子だが、何故かこういうときは鈍い。

この鈍さは、水瀬の血か? 祐一(の鈍さ)を知る者が見ていたら、大半はそう思ったことだろう。

ベクトルは完全に違うが。















「それで、これが主さんの電話番号。どうする? 本番前に電話しとくか?

 心配をおかけました、って連絡でもいいと思うぞ」



家に帰って早速、リビングでお茶を飲んでいたリインに報告する。

主の住所が分からなくて迷子同然だったので、これで喜んでくれると思ったんだけど・・・。



「あ・・・はい・・・・・・」



なんか反応が芳しくない。おかしいな・・・・・・主にいつでも会えるようになったのに。

電話の使い方が分からないのか? と思ったが、そんな感じでもない。



「リイン、どうかしたのか?」

「・・・・・・」



考え込んでる。ちょっと揺すってみたが、反応が無い。

仕方が無いので、リインの手足を動かし『ロダン作の考える人』のポーズをとらしてからココアを入れにいく。

ヤカンを火にかけ、粉末ココアをコップに入れながら思いを馳せる。

そういえば『考える人』って、何を考えているんだろう? 一説では地獄を見ているとも聞いたことがあるけど。

地獄の門を潜る人を見ているんだっけ? 両方似たようなものか。

もし地獄を見ているなら、それ見て何を考えているのか・・・・・・どっちにしろ考えているのか?

これは新発見だ。

わりとどうでもいいことばかり考えていたら、いつの間にかお湯が沸いていた。

コップにお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜながらリビングに戻る。

リインはまだポーズを決めたまま考えていた。

自分でやっといてなんだが、一瞬ビクッて驚いちまった。

リインの隣に座りスプーンで掬い、一口啜る。熱っ! 甘っ!



「分量間違えた・・・」



考え事していたせいか、アリシア用の分量で入れてしまったみたいだ。思った以上に甘い。

子供の体だから甘いものは多少大丈夫になったけど、これはちとキツイか?



「え?」



そうこうしている内に、リインも戻ってきた。自分のしていたポーズに疑問顔。

本当に気がついていなかったのか?



「えと・・・あわっ!」



隣に座っている俺に視線を向けて驚いていた。

おーばーりあくしょん。

確かにちょっと近いかもとは思ったけど、そんな体を仰け反らせるほどじゃないだろ。

椅子が二本足になり、そのままだと向こうに倒れそうな勢いだったので、宙を泳いでいたリインの手を掴み、引き戻す。



「っ・・・と。えっと・・・・・・祐一、一つ提案があるのですが」

「提案? なんとなく想像がつくけど・・・」



すぐさま姿勢を正すリイン、俺はコップに口を付けてココアを飲む。甘っ!



「主はやてに連絡して、今回のことに手を貸してもらえば「ああ、それ無理」・・・な、何故ですか?」



言い切る前に一刀両断。

俺だって考えなかったわけじゃないその提案。それが出来ればどんだけ楽になることか。

でも無理だし。



「家のプレシアさん、次元犯罪者」

「・・・・・・ああっ!」



リイン吃驚してら。思いっきり忘れてたみたいだ。

そう、プレシアさんは次元犯罪者、管理局から追われる身だ。

『あそこ』から落ちてきたから管理局側は死亡扱いにしてると思うけど、もし見つかったらただ事じゃ済まない気がする。

だから他からは手を借りられない。

管理局がどんなところかは知らないけど、もしかしたら犯罪者には容赦しないとこかも分からないし、用心するに越したことは無い。

それにリインが関わった事件には管理局も出張って来てたって聞いたし、その主も管理局と全くの無縁でもないだろう。



「連絡入れるのはギリギリ大丈夫だと思うけど、手を貸してもらうのは多分アウト。管理局にバレる。

 あ、リインの提案は嬉しかったぞ。俺達の身を案じてくれたんだよな」



あんだけ考えていたんだ、俺には思いつかない色んなことも相当考慮したんだろう。

その考えを無下にして、悪い気もするな・・・。



「でも大丈夫、俺たちだけでも何とかするから」

「・・・はい」



・・・・・・あ、素朴な疑問が。



「リイン先生、質問! リインが主の下に戻る・・・管理局に接触する分は大丈夫なのか?」

「え? 先生ですか?」



釣られるのそこじゃない。



「ええと・・・大丈夫です。主はやてが正式な夜天の主になりましたから、管理局側も無用ないざこざを起こす気はないでしょうし」

「そか。なら安心だな」



折角主と再会できても、すぐに引き離されたら元も子もない。

俺のとりあえずの懸念は解決した。



「さてと、それじゃ俺はアリシアの様子を見てくるわ。電話番号の紙は渡しておくから、

 電話する気になったらかけなよ」

「はい」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・・リイン」

「はい?」

「・・・手、放してくれないと動けない」

「ひあっ!! すみません!」



倒れそうになった時掴んでから、そのままリインが放してくれなかった手。自分でも忘れてた模様。

今日のリインはうっかりが目立つな。というより、いつもより雰囲気がのんびりしている?



「そのコップまだココア残ってるから、甘いの大丈夫なら飲んでもいいぞ」

「えっ、ちょっ、祐一!?」



リビングを出る時にそう言い残しておく。アレは俺には甘すぎた。

そういえばリインはお茶を飲んでいたな。のんびりしてたのは、お茶の『和』の雰囲気に当てられたのかな?

階段を上り、アリシア&プレシアの部屋に行く。



「ただいま~アリシア。プレシアさんもただいま」

「おかえりなさい」

「おかえり、祐君。ねえねえ、おみやげは?」



・・・・・・・・・・・・・・・あ゛、忘れてた。





無言で栞の絵を差し出したら、プレシアさんに叩かれた。









[8661] 第十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/07/24 18:11










時間は夜、空は暗雲、そして周りは猛吹雪。

さんどめ~、もう説明するのも疲れた。・・・・・・あれ、なんか違う?

相も変わらず空中浮遊を楽しんでいるリイン。足場に展開されている魔法陣の色は、黒い。

リインの色は俺の闇色の魔力光とよく似ている。違いがあるとすれば、リインの方がやや紫がかっていて、発光しているところか。

魔力は波長によって色が違う。それらは総じて発光するものなのだが、俺のは発光しない。

発光しない魔力は魔力”光”と呼べるか否か。甚だ疑問だ。

討論する相手がいないのが悔やまれる。プレシアさんは「変」と一言で切り捨てたしな。

今現在は夜なので、こんな時は俺の攻撃は卑怯なほど厄介である。相手にとって。

だって暗いから攻撃見えないし、背後から誘導操作弾をドカン! とかも出来る。

当の『俺』も地べたを這いずり回って魔法弾を作り・・・・・・這いずり回って?

なんか今までと違い異様に雪の上をかさかさと動いている。

・・・この表現は駄目だ、ゴの付くものを連想させられる。横二重線ものなので仕切り直し。

なんか異様に雪の上を高速で動いている。一面白色なので俺の動きがよく分かる。



って、あら? 俺どこからこれを見てるんだ?



前回までは俺は『俺』の視点だったが、今回は誰の視点でもない。

俺は『俺』とリインの両方を見ているし、自分の思うとおりに視点が変更できる。

四方八方、自在に視点変更は出来るが、場所移動が思うように出来ない。幽体離脱したら、こんな感じかな?

どうせすることもないので、『俺』の動きを観察することにする。

丁度『俺』は空中へ飛び上がり、超三次元での戦いに移行していた。

空に上がったら警戒するところが増えるだけなのに、なんで・・・

あ、『俺』が立っていたあたりが剣山みたいになってる。リインの攻撃魔法か、納得。

空中でもリインが繰り出す攻撃はことごとく避け、撃退可能な魔法は魔法弾で打ち落としている。

傍から見たら『俺』にリインほどの派手さは無いが、すんげーバトッてる感が伝わってくる。

大怪獣決戦とまでは言わないけど、それなりの戦い。

ただやっぱり劣勢だ。そりゃ魔導師もどきじゃ本場の魔導師には勝てないだろうけどさ。



・・・・・・これってどのくらい戦い続けているんだ?



『俺』にもリインにも目立った外傷は見えないが、『俺』はかなり疲労している。

荒い息づかいを見れば分かる。それでも攻撃を避け続けているんだから、大したもんだ。別に自分自慢じゃなくて。

時間稼ぎが目的な訳だから、攻撃する必要は無いんだよな。

俺の役割を再認識する。俺は、時間稼ぎさえすればいい。仕上げはプレシアさんがしてくれる。

『俺』もそこはちゃんと理解しているのか、攻撃に移るようなことはしていない。

・・・・・・いや、攻撃する隙が無いのかな?

引っ切り無しに襲ってくる攻撃を避けるだけで精一杯に見えないことも無い。

しばらくはそんな攻防・・・攻撃一辺倒と防御一辺倒が続いていた。

これが延々続くのかと思ったが・・・俺の動きが何故か一瞬止まる。その一瞬の隙で、俺に赤いクナイが殺到する。

直撃!? と思ったが、直前で防御に間に合ったみたいだ。『俺』の周囲が爆煙に包まれる。

そこにトドメとばかりにリインが超々巨大な大槌を振り下ろした。



ゴォルディオン・クラッ○ャー!!!(←勇者王ヴォイス)



どことなく、昔見た熱血ロボットアニメを彷彿とさせる光景。声まで聞こえてきた。

リインの後ろにガオ○イガーの影が見える。・・・取り憑かれた!?

もし『俺』がそれ(ゴルディオン・クラッ○ャー)を食らうと思うと、なかなかにショッキング。

山のようにでかいその一撃がハッタリじゃないのなら、強固な防御魔法の上からでも一撃で落とされること請け合いだ。

果たして結果は・・・・・・思わず目を覆いたくなるほどの閃光と、そして大爆発。

これは、ゴルディの一撃が原因じゃない。『俺』が何かしたな。

その証拠に、超々大槌持ったリインが遥か上空にぶっ飛ばされてる。

さっきまで雪は散々吹雪いて、嫌になるほど俺の視界を狭めていたが、閃光か魔力の余波で雲が吹き飛ばされた影響により止んでいる。

空一面に星空、雲一つない。

さらに下方面の雪が一部、ゴッソリと蒸発して地面が顔を出している。

それほどの威力、残念ながら『俺』もただじゃ済まなかったらしく、遥か彼方に吹き飛ばされていた。

閃光ではっきりと視認は出来なかったが、リインと『俺』の現在地は分かる。

動かし辛い体でえっちらおっちら『俺』へと飛んでいく。

運良く雪が無くなった場所より遠くに飛ばされたので、雪のクッションで落下時の怪我を負う事はないはず。

案の定、到着してみたら見事に雪に埋もれていた。これなら怪我もないだろう。

・・・・・・だが、あまかった。

どれぐらいかというと、里村茜先輩の大好物、超甘い蜂蜜練乳ワッフル並だ。激甘だ。

確かに落下時のダメージは無かっただろうが、爆発のほぼ中心地にいた『俺』が、大した怪我をしてないはずが無かった。

服はボロボロ、体は満身創痍。はっきり言って、もうこれ以上は動かさないで病院に直行即入院レベルだ。

だがそうは問屋が卸さないとばかりに、リインも空から戻ってきた。



ここからだ。



ここからが前回、前々回の夢と同じ。

空は満天の星。リインが何かを話し、『俺』が雪の上に倒れている。

今まで見ることの出来なかった『俺』の状態・・・最初の夢の時に『俺』が満足に動くことが出来なかったのも納得できた。

しかし今日の『俺』は大分根性野郎らしく、リインが話している最中にも関わらず起き上がった。

はっきり言おう。これ以上は無謀だ。無茶したら、どうなっても文句は言えない。

けどそれでも諦めないのが【俺】という存在。

『俺』は愚直なほど真っ直ぐにリインに突っ込む。そして、堕とされた。

再び雪の上に仰向けに倒れる。もう立ち上がれそうに無い。

トドメを刺すつもりなのだろう、リインが手を向ける。



これは・・・流石に、絶体絶命か?



俺も顔をしかめる。今まで俺は『俺』を見ることが無かったが、今回は最後まで客観的立場で見ることが出来た。

痛々しいというか痛いというか・・・。もう最初からこれが現実だと思って見ているから、尚更。

リインが撃ったのは、砲撃魔法。前回までの赤いクナイじゃない。

『俺』にはそれで十分とでも思ったのか・・・。間違ってはいない。現に『俺』は欠片も動くことが出来ないし。

砲撃魔法は一直線に進んで・・・・・・横から来た桜色の砲撃魔法に弾き飛ばされる。

おおう!?

俺は砲撃が飛んできた方向に目を向ける。ピッコ○かベジ○タばりな登場をした今回のお助けキャラは誰かと。

目を向けた、んだが・・・残念ながら時間切れ。起きる時間になったようだ。

世界が白一色に染まる。そこで一瞬見えたのは・・・・・・白い服を纏った・・・



天使。




















12月31日。午前8時。朝

朝食を終えて一休み。皆客間でゴロゴロしたりテレビを見たり本を読んだり・・・。

今日の深夜にはこの中の三人で熱いバトルが繰り広げられるなんて想像もつかないほど穏やかな時間だ。

俺はソファーの上でだらだら、真琴は俺のお腹の上でコロコロ。アリシアはプレシアさんの太腿でゴロゴロと本読み。

リインは子供のようにキラキラとした目でテレビに釘付け、プレシアさんはアリシアの頭を撫でながらうつらうつら。



「コホッ」



そんなのんびりとした空気の中、咳が一つ響く。

テレビ以外に音源が無いのでよく聞こえた。



「アリシア、まだ風邪治ってないのか?」

「え? 今の僕じゃないよ」

≪マスター、アリシアの風邪なら私が昨日しっかりと完治させましたよ≫



そうだった。その為に昨日レイクをアリシアの傍に置いていたんだ。レイクが手を抜くはずも無い。

だったらさっきの咳は誰だ?

レイクとリインは人外だから風邪を引かない。当然俺であるはずも無い。

真琴は俺のお腹の上にいるから、咳をすれば振動が伝わってくる。消極的にいけば・・・・・・

なんだ、プレシアさんの咳か。昨日一日中アリシアの看病していたから、風邪を貰ったんだな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「アリシア、洗面器を!!「ゴハッ!」・・・遅かったか。トイレットペーパーと洗面器を持ってきてくれ」



プレシアさんが突然吐血した。血はアリシアの背中にドバドバと零れる。



「は~い」



アリシアは読んでいた本を置き、血がついた上着を脱ぎ捨てて、とてとてと客間を出て行く。

俺はプレシアさんに近寄り、背をさすりながらレイクを使って『新陳代謝が良くなる回復の魔法』をかける。

『新陳代謝が良くなる回復の魔法』はレイクが保有している魔法で、どういう原理で効果が働いているのかは目の前で吐血しているプレシアさんでも分からないらしい。

増血の魔法が無いから、その代わりだ。これで少しは体内で血を作るのが早まればいいんだけど。



「プ、プレシア! 大丈夫なのですか?! 血が・・・」

「心配しなくても・・・んぐ、大丈夫よ、ただの持病だから、ゲボッ」



再び吐血。今度は絨毯に命中。血は広がり未だに被害拡大中。



「あらら。プレシアさん、今日はもう絶対安静指令です」

「は~い、洗面器。お母さん、血はこの中に吐いてね」



アリシアは洗面器をプレシアさんに渡し、絨毯に散らばった血をトイレットペーパーに滲み込ませていく。

トイレットペーパーを使う理由は、その方が安上がりだから。アリシアも手馴れている。

そもそもプレシアさんが吐血するのは、今に始まったことじゃない。昔(出会った当初)から何度もだ。

アリシア復活以降約1ヶ月は日常化していたこの光景。俺もアリシアも何の心配もしていない。

これもしばらくは治まっていたんだけど、風邪を引いた影響で再発したらしい。

俺に感染し、アリシアにうつり、プレシアさんをも発症させるとは、中々に手強いウイルスだ。

逆にリインは初めてなので、かなりうろたえている。そりゃ俺だって知り合いが突然吐血したら戸惑うだろう。

しっかしなんつー間の悪さ。どうすっか、この状態になるとプレシアさんは回復までにかなり時間がかかるぞ。

こりゃ今夜の戦闘には参加できそうにない。



≪今夜マスター1人で戦わないといけなくなりましたね。どうします?≫

「なるようになるさ。どうせバタバタしててもどうにもなんないし」



とりあえずリインと協力してプレシアさんを二階へ運ぶ。

洗面器も忘れない。これはアリシアに運んでもらう。

部屋のベッドに寝かせ、枕元に洗面器を置いたところで一段落。



「祐一」

「はい?」



血の気が・・・じゃなくて血が失われて顔色真っ青だけど、プレシアさんが話しかけてくる。

俺的にはさっさと休んで欲しい。



「実はこんな時の為に、秘策を用意してあるの。今夜行く前に、私の部屋に寄りなさい」



倒れることを想定していたプレシアさんは凄いと思う。

だけどまさかそれ(秘策)を用意していた為に、血を吐く結果になったわけじゃないよな? ないよな?

一応了解の旨を伝えて、部屋を出る。

部屋を閉めたら中から「カハッ」っと聞こえてきた。断末魔みたいだ。



「あ~あ、髪にも血がベットリだな。後始末が終わったらお風呂入るか」

「うん!」



背中に直撃を食らったアリシアの髪は、下半分が真っ赤に染まっている。

二度目の吐血では魔法をかけていた俺も無傷とはいかず、血を浴びてしまった。

ある程度は拭き取ってあるが、後で風呂に入ってしっかり落とさないと気持ち悪い。

どっちも傍から見たら殺人事件起こしたと勘違いされそうな程返り血(?)を浴びている。



「リイン。悪いんだけど、お風呂を沸かしてきてくれないか? 俺達は片付けしてくるから」

「・・・・・・・・・」

「リインお姉ちゃん?」



アリシアはリインをお姉ちゃんと呼んでいたのか、知らなかった。

リインからの返事が無い。おかしいな。リインの目の前で手をひらひらさせてみる。



「リイン、どうかしたのか? さっきから全然喋らないけど」

「・・・お二人の逞しさに驚いて、声も出ないだけです」



ああ、なるほどな。

そういえば夏休みの時家に泊まりに来ていた香里達も、吐血したプレシアさんに顔色一つ変えずに対処する俺たちを見て、こんな感じの反応だったっけ。

あゆ達子供組は終始大パニックだったけど。



「こんなもん、慣れだよ慣れ。前はしょっちゅうだったし」

「リインお姉ちゃんも、そのうち慣れるよ」

「・・・・・・お風呂、沸かしてきます」



ちょっと意気消沈した感じで下に下りてゆく。そんなにショックのでかい出来事だったか?

俺とアリシアは顔を見合わせ、互いに首を傾げる。

数年後、思い出話でこの話題になった時に初めてリインが話してくれた、この時のリインの内心を説明すると

「もしこんな出来事が日常的に起こるのなら、私なんかがついていけるのか心配になった」

とのこと。

全く無用な心配だ。事実2ヶ月後にはリインも完全に馴染んでいた。





イス、ソファーを退かして絨毯を畳み、服を購入した時の大きな紙袋に入れて玄関に運ぶ。

ぶちまけられた血の範囲が広すぎるので、絨毯はこのままクリーニングに出すからだ。クリーニング店の人には少々申し訳ないが。

よく考えたらリインにこっちを手伝ってもらって、アリシアにお風呂沸かしてもらったらよかったんじゃないかと気がついたのは紙袋に入れた後である。

さてお風呂が沸くまでに少し血を洗い流しとこうとしたところでリインがやってくる。

なんとびっくり、もうお風呂が沸いたらしい。早いな、まだ5分ぐらいしか経ってないのに。

お風呂場から戻ってきたリインは、妙にすっきりとした笑顔を浮かべていた。

何があったかは分からないが、どうやら悩みが吹っ切れたらしい。喜ばしいことだ。

それにしてはいい笑顔を浮かべていたのでリインに理由を聞いてみたところ、

「友達が出来た」としか答えてくれなかった。お風呂場でどんな友達を作ったというのか。

なおこの日以降、リインとルシィの一緒にいる時間が増えたことを先に述べておく。










朝の騒動もなんのその、お昼ご飯を食べ終わった後は全員客間でゴロゴロと雑魚寝していた。

並び順は入り口からリイン、俺、アリシアだ。後始末は終わっているので、血はどこにも残ってない。

いい若者が真昼間から、日向ぼっこしている猫のごとく腑抜けているのもどうかと思うが・・・これが中々の至福の時間。

ああ、プレシアさんにもちゃんとご飯を作ったぞ。病人食じゃない普通のヤツ。食事でどうなる持病でもないのだ。

食事で栄養摂らないと発作を起こしやすくなるがな。

だけど食事を持って行ったときに洗面器に溜まった血を見たときは、流石に心配をした。

人間、体内の血液を急激に失えば出血死、人体の血液量3分の1が失われたら失血死の危険性もある。

ただまぁ、本人は『軽く貧血気味』と答えていたので、今すぐどうこうはならないだろう。魔法も効いてはいるみたいだし。

今日の晩ご飯は血液関連の物中心で作るかな。



「・・・祐一」

「ん?」

「やはり今からでも、我が主に手を貸してもらった方が良いのでは?」



ゴロゴロ・・・ゴロゴロ・・・



「ん~・・・そうだなぁ。管理局はアレだけど、プレシアさんも戦前離脱したし、確かに俺だけじゃ」

「ねえねえ、何の話? お母さんがどうかしたの?」



何の話って・・・・・・そうか、アリシアには事情をまだ教えてなかったな。

言ってしまえば、アリシアにはほとんど関係ないからすっかり忘れていた。

紙とペン、紙とペン・・・。



「つまりだな、アリシア。リインの体の中には今、お化けが住みついているんだ。

 そのお化けが今夜あたりにリインから出て大暴れしそうだから、俺とプレシアさんで退治する予定だったんだよ。

 だけどあの通りプレシアさんが早々にリタイアしたから、どうしよっかな~って話」

「へ~、すごいねぇ」

「その紙とペンは何のために用意したんですか?」

「実は使う必要が全く無いことに今気がついたが、アリシアにも分かりやすいように図で描いて説明しようと思って用意した」



紙とペンは元の場所に戻しておく。

そんでまた寝転がってゴロゴロ~。イスは退かしたままだから、3人寝転がるスペースが十分にある。

タオルケットも用意してある。暖房もオーケー。

今日一日は出来るだけここでだらけて体力を温存する作戦。嘘だ、ホントはただだらけたいだけ。俺今『だ』を何回言った?



「祐君強いから、お母さん居なくても絶対負けないよね」



いきなり言われたその言葉には、絶対の信頼が感じられた。

アリシアさん、それはつまり俺1人で戦えということでしょうか?

転がってアリシアの方を向いてみたら、異常なほどキラキラした目で見つめてくる。

・・・・・・・・・逃げられない。男として、何より兄として。



「そのとおり。お化けなんて俺が本気を出せば、一捻りだ」



そしていらぬ見栄も張ってしまった。これで後に引けない。俺1人で戦う以外の選択肢はもう(俺の中には)存在しない。

今夜の戦い、負けられぬ。



「祐一・・・」



呆れた声を出すリインに俺はアイコンタクトを送った。

男には引けぬ時だってあるのだ。



『きっとなんとかするから』

『無茶だけは、しないでください』



リインもすかさず返してくる。

顔には在り在りと感情が出ている。訳すと「しょうがないですね、もう」だ。

たった数日で、よく俺の性格を理解している。

夢を知っている俺はそれに対し、苦笑だけを返す。

全てが終わったら誠心誠意、心を込めて謝るとしよう。







アリシアとリイン、二人と話してゴロゴロしていたら、いつの間にか眠ってしまったようだ。

夕飯の買い物・・・まだしてない。プレシアさん用の血液食材買って来ないと。

体を起こそうと思ったら、全く動くことが出来なかった。

寝起きで積極的に開こうとはしない瞼を、意識して開いていく。

最初に視界に入ってきたのは・・・もう夕方なのだろう、オレンジ色の光と、それを反射する金髪。

正面から抱きついてるアリシアだ。またコアラになってる。

ちょっとだけ笑みを零し、前と同じ手を使って脱出しようとして・・・固まった。

背後からアリシアの手とは別のぬくもりを感じる・・・。

今この家でアリシア以外に俺に抱きついてこれるのは・・・一人しかいない。

信じられないことだが・・・・・・リインが俺の後ろから抱きついて寝ていた。

視線をずらしたら、リインの腕は俺を通り越してアリシアの背中までのびている。

俺はリインとアリシアに完全に挟まれ、サンドイッチ状態だ。身動き出来ない。

背中に二つ、やわらかいのが当たっているが・・・何故か、それは然して気にならなかった。

ソレに焦る以上に、二人に挟まれているこの空間が心地良い。

なんか、前にもあったな・・・。俺が風邪を引いたときだっけ、確か。

次第に眠気がやってくる。

ああ、だけど暗くなる前に買い物はしておきたい・・・暗いと足元が危ないから・・・でも、眠い・・・。

現在進行形で眠気が襲ってきている以上、ほぼ勝敗が決している葛藤を心の中でしていると・・・



「男冥利に尽きますね、祐一」



知らない声が、すぐ傍から聞こえてきた。そしてスッと頭に何かを乗せてくる。

根性でどうにか薄っすらと目を開くと・・・知らないお姉さんがいた。

慈しむような目で、表情で俺を見ている。誰?



「夕飯の買い物は私が行ってきますので、もう少し寝ていて良いですよ」



知らないお姉さんは俺の頭を撫でる。さっき頭に乗せられたのはこの人の手だったのか。

気持ち良い。そのまま俺は眠気に身をゆだねる。

眠りに落ちる直前、こんな声を聞いた。



「頑張り屋さんなのは昔から知っていますけど、もう少し自分の体も労わってくださいね・・・」



結局この人は、誰何だったんだろう・・・。







「と、いう夢を見た」

「夢ですか。その・・・状況、祐一の心境を懇切丁寧説明してくれたのはありがたいのですけど・・・」

≪せめてオチ用意してくださいよ、オチ≫

「レイク・・・あなた直球過ぎますよ」

「オチならあるぞ。起きて冷蔵庫の中を見てみたらあらびっくり、今皆の目の前にある料理の元となったものが入っていましたとさ」



プレシアさん用に買おうと思っていたレバーとかしじみとかその他も。

ただし俺の財布からしっかりお金は無くなっていて、代わりにスーパーのレシートが入っていた。

本当に誰かが買ってきたのか、それとも俺が無意識の内に買ってきたのか・・・。



「レイク、お前は何か見てないか?」

≪私はついさっきまでプレシアの元で魔法をかけていましたので・・・。

 ん~・・・二階には物音一つ響いてきませんでしたよ≫



プレシアさんを治す為にレイクはプレシアさんのところに預けてきたのだが、

夕飯を持っていったら、これ以上無駄魔力を使うなと突っ返されたんだ。

治療魔法は確かに俺の魔力を使ってるが、ほんの微々たるもんだから気にしなくても良いのに。



「妖精さんが買ってきてくれたんだよ」

「アリシア、それはちょっと無理がある」



相変わらず不思議なことばかり経験するよな、俺。昔からだが。



以上、夕食の一コマだ。これで俺が負けたら最後の晩餐だなぁ。・・・洒落にならん。









[8661] 第十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/06/27 18:13










突然だが、俺は今危機に陥っている。

どのくらいかというと、雪降る中駅前の屋根が無いベンチに2時間放置される以上の危機だ。

現在の時間、11時45分(地球時間)。リイン暴走予定時刻5分前。場所、別次元世界。

誰にも被害を出さない為に、リインの転移魔法で生物が存在しない世界に移動することになった。

俺は人生で初の別次元世界に繰り出したのだが・・・究極的に寒い。猛吹雪、風がめがっさ寒い。



「寒いです・・・でも、これでも一番マシな世界ですよ」

「条件は生物がいないってだけなのに、案外ないもんだな」

≪世界がある以上、それに適応した生物が存在するのは当たり前です。

 それでも存在しないってことは、それだけ厳しい環境ってことですよ≫



例えば、星そのものの持つ熱が異常に高い(地表はマグマでドロドロ)世界。

例えば、かつて人間同士の戦いによって生物の住める環境じゃなくなった(生物に有害なガスが健在中)世界。

例えば、この世界以上に極寒な(気温はいつでも絶対零度。一瞬でカッチン。酸素も凍っている)世界。

生物がいない世界の数は少ないが、全体的にそんなレベルだ。

この世界は星全体に頻繁に隕石が落下するため、生物が存在できないらしい。

ここが見つからなかったら、候補は若干の生物がいる荒れた世界に変更していただろう。巨大な百足の住む砂漠とか。



「レイク、自分が立っているその場だけ自分に合った環境になる魔法とか無いのか?」

≪そんなピンポイントな魔法ありませんよ。あったとしても環境変化の魔法なんて、魔力の維持コストが半端じゃありません。

 ・・・・・・ん、ではマスターを中心に移動式の遮断結界魔法を張って、風を凌ぐとか?

 暖かくはなりませんが無いよりマシになりますし、

 これなら仮に戦いになっても、マスターが結界の外に出ることはありませんよ≫

「じゃ、それ採用」

≪マスターは移動式の結界魔法・・・持ってるわけありませんね。私が術式を描くので、マスターは魔力の補給を≫

「あいよ。それにしてもお前って、変なところで便利だよな」

≪変は余計です、自覚はありますけど。多くの魔法を見ていれば、自ずと使えるようになるものです。私だって・・・≫



レイクは薀蓄を披露しながらも術式と魔法陣を描き、魔法を完成させていく。

自律思考型であるインテリジェンスとかいうのだからこそ、

主の魔力を使いながら自分の魔法を、独自の判断で使うことが出来るようになっているらしい。

・・・インテリジェントだっけ?

他にもブーストとかアームドとかあるとプレシアさんに教えてもらったが、詳しくは覚えていない。



「これで大丈夫なのか・・・。時間までリインも入ってな」

「はい」



俺を中心に直径1メートルがドーム状の結界によって保護されている。

どうせ時間までは何も無いので、リインを招き入れる。



「あ・・・素通り出来るんですね」

≪物質的なものは全て貫通し、逆に非物質的なものはある程度遮断します≫



周りは吹雪なのに、雪がこの結界の中に入った瞬間減速して、普通の雪のようにひらひらと落ちていく。

雪は物質で、風は非物質扱いなのか。

収まらない悪天候をぼさっと見つめる。もちろん思考はいつでも稼動状態だ。

俺が今考えているのは、俺の敗北回避方法。あの超爆発と閃光の理由。

それと、ここに来る前にプレシアさんから渡された”秘策”について。

複合四層式バリア破壊のカード4枚と、リインへのトドメか、もしくは危なくなったら使えと言われ渡されたカードが1枚。

このカードにはプレシアさんの魔法が込められていて、起動したら術者の魔力を吸い取って発動するらしい。

使用方法は至極簡単、魔力を込めるだけ。吸い取るってニュアンスが恐ろしい。

・・・・・・俺、干乾びないよね?



「祐一」

「・・・ん? どうし・・・おお!?」



振り返ってみたら、リインの両頬に一本ずつ赤い入れ墨が入っていた。



「そろそろ時間のようです。防御プログラムが完全に再生しました」

「そうか」



いよいよ・・・と思うと、俺の気も引き締まっていく。

レイクを首飾りから外し、手に持つ。心の中で念じてから、モードチェンジさせる。



「サークレット・・・ですか?」

「レイクがレイクとして一番力を発揮できる形状。

 視認できる場所なら、どこに魔法陣を作ることも出来る、ディライトモード」

≪久しぶりですね、この姿は≫

「プレシアさんとの模擬戦は、いつもグラッドモードだったもんな」



サークレットを身につける。ぴったりフィット。

形はドラ○エ3の主人公がしているようなシンプルなのだ。額の石は赤いが。

額にある石、これがレイクのコアにあたる。

今回は模擬戦とは違う。手加減なんて以ての外、俺の本気で持久戦を凌がなきゃいけない。

初っ端からこの形状は、手を抜かないという俺の意思表示。

腕時計を眺める。11時48・・・49分。



「よっしゃ! リイン、指きりをしよう!」

「・・・指きり、とは?」

「手を出して」



言われたとおり右手を出したリインの小指と俺の小指を絡める。

約束の歌は歌わず、手だけをぶんぶん振る。

・・・この歳になったら、歌を歌うというそんな些細なことも恥ずかしい。



「これは?」

「俺の国の、約束の証。俺は約束する。リインを助けること、助けた後俺が五体満足でいること。

 もし俺が約束を破ったのなら、指きりの掟どおりゲンコツ万発くらって、針千本を飲む。

 しかも今はサービス期間中、畳針千本だ!」

「・・・・・・」



唖然としてますリインさん。脳内では俺が畳針を飲み込む光景を想像していると予想。



「絶対約束を守るってことだよ。リインからの約束は?」

「わ、私もですか?!」

≪双方が約束をして、初めて意味を成します。相手の条件には同等の条件を出すのが礼儀ですよ。

 内容はよく考えてくださいね≫



・・・ただの指きりじゃないか、何大嘘ついてんだか。



「では・・・・・・祐一が私を助けてくれた暁には、私はあなたの騎士になりましょう」

「ぶふぅ!?」



俺が口を出すより早く、レイクに乗せられたリインがとんでもない事を約束してきた。をいをいをい!



≪黄昏の騎士となって、僕の全てを捧げよう?≫

「なんかどっかで聞いたことあるような言葉・・・じゃなくて!」

「夜天が黄昏の騎士では、いけませんか?」

「うぐっ!」



物凄く寂しそうな顔。反論できない。



「そうこうしている内に」

≪時間になりました≫

「・・・お前ら、俺で遊んでる? 息ぴったりだな、おい」



ボケ基本たまに突っ込みの俺をからかうとは、二人とも余裕癪癪だ。

緊張してるの俺だけ?



「はぁ・・・どっと疲れた」

≪私達はこのテンポが一番良いんです。マスターが焦ったり真面目に物事に取り組んだりしたら、絶対に良い結果じゃ終わらないんですから≫

「人の古傷をサラリと抉っていきやがって・・・」

「くすくすっ」



リインまで笑っている。

こんな時になんだが・・・不安なんて一欠片も含んでいない、凄く綺麗な笑顔だ。



「さあ、本当にもう時間です」

「はいよ。それじゃ・・・ゆーびきった!」



「た」と同時にリインと指を離し、急いでその場を飛びのく。

同時にリインの背後から闇が噴き出し、リインを覆い尽くす。



「・・・だ、大丈夫だよな?」

≪一瞬防御プログラムに飲み込まれそうになるかもしれないが、多分大丈夫なので気にしないように。byカノン≫



あれって、こういう意味だったのか?

噴き出した闇は溶け込むようにリインと一体化し、その様相を変える。

温かさ重視でだるまの様に着込んでいた服は消滅し、そこには夢と同じコスチュームを着たリインが居た。

右腕と両足にベルトが幾重にも巻きつき、服装は言葉では表現できない不思議なものだ。けどカッコいい。

背中に2対の黒い翼、それと耳のところにも1対。翼だけじゃなく、全体的に黒い。

左腕に頬と同じような赤い入れ墨が数本現れている。両手には黒いグローブ。



「あれが・・・防御プログラム? 話に聞いていた姿とは違うな」

≪未来のマスターが、またいらぬ気を利かせたのでしょう≫

「どちらかというと人型のほうが俺はやりやすいから、いらぬ気遣いじゃないけど」



ファンタジックなややグロい化け物が現れると聞いていたので、少し安心した。

俺は夢のアレ(リイン)が、その化け物から変化したものかもと想定していたし、

対化け物戦のシュミレーションは出来なかったので、これは助かる。

リインは・・・『彼女』は片手に書を持ち、あれが【闇の書】だと俺は断定した。

自律思考を持たない、夜天の防御プログラム。彼女は目を開ける。その瞳にハイライトは、無い。

よし、【ダーク・リイン】と名付けよう。・・・ん? 【リイン・オルタ】の方が良いか?



「準備運動・・・する暇なさそうだな」

≪時間はあったんですから、とっととやっておけば良かったんですよ。

 でもこの寒さだと、どっちにしろ筋肉は収縮して意味無かったかもしれませんけど≫



右手に持っている闇の書が光り、形状が変化する。それは輝く・・・



「ゲートボール用のスティックへと姿を変えた」

≪間違った説明ありがとうございます、あれはどう見ても槌ですよ♪

 デバイスを別の形に変化させる、これなら守護騎士全ての技を使えますね。

 ですけど自分(本)を媒体に別の武器を作成するとは・・・あな恐ろしや~≫

「どこが?」



彼女は左手にピンポン玉サイズの鉛玉を各指の間に一つずつ、計4個出現させ、構える。そして・・・



「彼女は俺たちを敵だと認識してるのか? 話しするより問答無用って感じなんだが」

≪というより、周囲の生物は全て敵、って感じじゃないでしょうか。

 ほら、カノンの説明文にも書いてあったでしょう?≫

「そうだったっけ?」



打ち出した!!

鉛玉は一直線に俺に向かってくる。俺はそれに向かって手の平を広げる。



「プロテク」

アクセルシューター

「あるぇえ?!!」



俺が魔法を発動するより早くレイクが魔法を起動して、鉛玉を落とす。

手の平広げて魔法を使おうとしていた俺の手の行き場は?



≪マスター。いい機会ですので、私が実戦というものについて少しレクチャー致しましょう≫

「今まさに実戦の真っ只中ですが」



俺の正当な突っ込みは無視された。

初撃を落とされたリインはスティックを少し変形させ、それを使って回転を始めた。

この攻撃はリイン(フォース)によって聞かされている。確か【ラケーテンフォルム】から繰り出す、【ラケーテン・ハンマー】。

魔力をスティックの片方からジェット噴射のように噴出させ、遠心力で攻撃力を上げる一撃だ。



≪今回のように相手の魔法が分かっている場合は別ですけど、基本初めて戦う相手の場合、攻撃は避けるか落とすかのどちらかに絞ってください≫

「なんで? 防御は駄目なのか?」



遠心力でスピードを加え突撃してきたリインの攻撃は、上空に飛んで避ける。文字通り、飛んで。

俺の背中にはリインとお揃いの黒い翼がある。

背中から翼を生やして飛ぶ魔法、基本すぎて名前も無いとのこと。

なお翼の色は、使用する本人の魔力光に。レイクから教えてもらった魔法その1。

リインは上空に逃げた俺を追うように進路を急変更させる。

うっそ!? カクッて曲がったぞ!



≪理由は・・・相手が使う魔法は、その全てが見た目通りのものとは限らないからです≫

「限らない、というと? フォトンバレット、うらぁっ!」



2発時間差で攻撃を撃ってみるが、回転であっさり弾き飛ばされた。

後ろを向いている時に当てればいいってもんでもないみたいだな。

あの一撃の純粋な破壊力は、ヴォルケンリッターと呼ばれる4人の守護騎士の中でも上位の方だとか。

正面から受けるわけにはいかないよなぁ。



≪フェイント、ダミー、幻影・・・色々あります。けど、一番危惧しなければならないのは、本来の魔法とは別の魔法効果が付属されている魔法≫

「別の魔法?」



前方にプロテクションを2重展開。これでどれだけ耐えられるが、実験。

俺は後方に離れる。足元には足場を、小型の【フローターフィールド】を展開させる。

これはカノンに載ってた魔法で、空中に魔法陣の範囲だけ足場を作成するものだ。

一瞬でプロテクションが破られた時、どの方向にでも避けられるように用意。



≪例えば、バインド系の魔法効果が付属されている場合≫

「バインド・・・拘束系の魔法か」

≪そうです。純粋魔力の砲撃や、最初の【シュワルべ・フリーゲン】みたいな準魔力の半物質。

 付属させやすかったりし難かったり色々ありますが・・・

 シュワルべフリーゲンの鉄球等、魔力で出来た半物質は特に付属させやすい≫



リインがプロテクションに衝突。一つ目はものの2秒で破られた。

それでスピードは少し落ちたが、二つ目もあまり持ちそうに無い。

だけど、これなら・・・



≪魔法が対象にぶつかった瞬間発動するタイプ。

 もしその時、マスターがバリア系の魔法を発動していたら、その魔法ごと拘束される可能性もあります≫

「なるほど」

≪些か昔の戦法ですし現代版は確認していませんけど、戦闘ではまず相手の動きを封じる基本的部分は変わらないはずです。

 基本的に攻撃は受けたらいけませんよ。・・・と、言ってる傍から忠告無視してますが≫



【ラウンドシールド】展開。プロテクションの強化版的な魔法。

防御できる箇所は狭くなるが、防御力はプロテクションの比じゃない。

思ったとおり、二枚目のプロテクションを破壊し更に減速したリインは、ここでついに止まった。



≪砲撃を≫

ディバイン・バスター!



レイクの特性、魔法陣を任意の場所に出現させることが出来る。

俺はそれを使い、リインの背後から魔法を命中させる。

【ディバイン・バスター】。ただの砲撃魔法とレイクは言っていたが、高度な魔法だけが、使える魔法とは限らない。

メールボックスに送られてきた魔法の中では、これも立派な攻撃魔法だ。

爆煙が舞い、すぐに吹雪に吹き飛ばされる。

そこには変わらずのリインが居た。



≪バリアの存在を確認。四層式バリアは残念ながらありますね。やはり本体に早々ダメージを負わすことは出来ません≫

「ああ・・・そうだな」



魔法を受けた衝撃ゆえか、闇の書は元の姿に戻っていた。

リインは手元の書をまた変化させる。次は剣へと姿を変えた。

俺に視線を向ける。相変わらず何の感情も浮かんでいない瞳。

・・・・・・なんか、違和感が・・・・・・。



≪どうかしましたか?≫

「・・・う~ん・・・なんというか」



剣は鞭へと形状変化し、俺に襲い掛かる。

【シュランゲフォルム】。中距離攻撃用の形態・・・連結刃、だったかな。

縦横無尽に俺に襲い掛かる、それら全てを飛行魔法のみで回避する。

・・・おかしい。



「攻撃が単調すぎな気が・・・」



夢の中ではリインの攻撃はもっと過激だった。

息もつかせないほどの魔法の連続使用に接近攻撃、それが無い。

それに動きも機械的というか、マニュアル通りというか・・・。



≪計画性が無く、ただ技を繰り出しているだけですね≫

「・・・・・・逆に、技を見せている・・・手の内を明かしている?」

≪ああ、そうも見えます。でも何のために?≫



続いて【シュランゲバイセン・アングリフ】。連結刃に魔力を上乗せし、破壊力アップの空間攻撃。

威力とスピードが上がった以外は、さっきの攻撃とそう変わらない。ひたすらかわすだけ。

しばらくしたら攻撃も止み、リインは鞭から形状を元に戻した。剣状態の【シュベルトフォルム】。



「もしかして・・・」

≪何か分かりました?≫



剣を構え、そこから凄まじい魔力の圧縮を感じる。

この攻撃・・・【紫電一閃】?

カタカナが並ぶ攻撃魔法の中で、数少ない漢字持ちの技。

一度見てみたいと呟いていた、必殺技。



「あっ・・・そうだったのか。感謝感謝だなぁ・・・」

≪自分ひとりで納得しないで、私にも教えてください。

 それとこの技、いくら私でも正面から衝突したらお陀仏な威力ですからね≫



ディバインバスターをリインに向けて撃つ。

結構魔力を込めたんだが、紫電一閃によって真っ二つに切られた。

断ち切る技か。



「さっき思ったこと、間違っていなかった。

 俺たちが少しでも有利になるように、リインは意図的に手持ちの技を見せている」

≪と、いうと?≫

「あのリインな、まだリインの意識を持っているんだ」



思ったとおり、紫電一閃を放った後でも俺に追加攻撃をしてこない。

書をシュベルトフォルムから洋弓状の【ボーゲンフォルム】に変化させ、弓も番えず弦を引く。



「一度見てみないと、その技がどんな技かは普通分からない。

 俺がそうぼやいていたのを、憶えてくれてたんだ」

≪なんとまあ、健気と言うか何と言うか。本人あんな状態なのにその心遣い・・・胸がキュンとしますね≫

「胸無いだろ、お前。でも本当にありがたい」



弦を引いたら矢(というより槍?)が現れる。

俺は後方に下がつつ、ラウンドシールドを張る。

矢が解き放たれた瞬間、今よりさらに上空に回避!

残したシールドはパァンと砕け、矢はあっという間に吹雪の中へと姿を消す。そして爆音。



「一瞬も持たなかった」

≪速さと貫通力なら守護騎士随一、【シュツルム・ファルケン】。キャッチフレーズ通りですね≫



矢が消えた方向を見ていたら、僅かだが『ドドドドドッ・・・』と空気の振動が伝わってきた。

雪崩れてるな、あれは。



≪マスター!!≫

「おわっ!!」



目の前に光る何かが現れ、そこから手が飛び出して俺を捕縛しようとした。

飛び退きかわしてリインの方を向いたら、リインは既に書を別のものに変化させていた。

右腕から先が、輪の中に消えている。



「これが【旅の鏡】か?」

≪要注意、ですね。見せるために目の前に展開させたんでしょうけど、腕とか足とか捕らわれたら一大事ですよ≫

「そうだな。でも【ペンダルフォルム】で攻撃に転用させられそうなのはこの技一つだけって言ってた。

 リインをよく観察していれば、躱すのはそう難しくない。

 書は一つだけなんだし、他の武器とのコンボで使ってくる心配も無い」



リインは右腕を輪から抜き取り、ペンダルフォルムを解除する。

そしてしばらく、その動きを止めた。



「これで一通り・・・ってことかな」

≪まだリインフォースに聞かされた中で、使用して無い技はいくつかあります。

 最初の槌の時に使用可能な【ギガントフォルム】の【ギガント・シュラーク】。

 シュベルトフォルム時の【飛竜一閃】・【陣風】。

 威力が高いから出せないのか、出すためには条件が足りないのか・・・≫

「単に時間切れっぽいぞ」



リインを指差しながら教える。リインの頬にラインが増えていた。左右に1つずつ、最初のと合わせて4本。

これで俺の中の違和感は完全に消えた。夢で見たリインだ。

いよいよだ。



「こっからは攻撃の嵐だぞ。覚悟しとけよ、レイク」

≪出来るだけサポートもしますけど、当てにはしないでくださいね≫



リインが俺たちを見る。吹雪越しでも分かるその瞳には、敵意の感情が浮かんでいた。

こんなに純粋な敵意を向けられたのは、初めてかもしれない。



「・・・・・・・・・き・・・さ・・まら・・・・・・っ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「気のせいか、レイク。今ダークリインが敵意バリバリで話したように聞こえたんだが」

≪気のせいでしょう。自律思考能力が無いリインオルタに、感情を持つほどの知能はあるはずないです≫



顔を伏せ、肩を震わせ、拳を握り込むリイン。

前髪で目元が隠れているから表情が見えず、お陰でより一層得体の知れない威圧感が増す。



「・・・どいつも、こいつも・・・」



「喋ったな、確実に。感情をあらわにして」

≪確かに。しかも何故か分からないですけど≫

「≪・・・・・・滅茶苦茶怒ってる?≫」



「私を馬鹿にするのも、いい加減にしろーーー!!!」



叫んだ瞬間、翼をバサッと広げたリインから溢れた魔力が、暴風のように俺たちにぶつかってきた。

翼を全開に広げて耐える俺。気を抜くと、あっという間に遥か彼方へ吹き飛ばされてしまいそうだ。



「くっそ! 防御プログラムに付喪神とか言うつもりか!?」

≪いえ、未来のマスターの策略かも!!≫

「≪しかもどいつもこいつもって、誰のことだーー!!≫」



自律思考があるとすれば、当然学習機能も備わっているはず。これはやり辛くなりそうだ・・・。

あと3時間弱、怒髪天のリインを凌ぎきれるか?





俺達は知らない。俺達より先に防御プログラムをフルボッコにしたメンバーがいたせいで、ダークリインが大層ご立腹だったことを。

リイン(フォース)が頑張ってくれたお陰で、リイン(ダーク)の怒りの炎に油を注いだことを。

重要なので2回言う。俺達は知らない。









[8661] 第十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/05 13:44








「よっ、ほっ、あらよっと、ってあわわわあぁ!」

≪遊んでる場合ですか、マスター・・・プロテクション≫



逆立ち状態で逃げ回っていた俺のピンチを、レイクの防御魔法が救ってくれた。別に遊んでたわけじゃないんだけど。

ダークリイン大絶叫からの攻撃は予想通りというか・・・予想以上にとんでもないものだ。

雨あられのごとく降り注ぐ赤いクナイの回避に息をつく暇もなく、突然俺の周囲にクナイが現れたときは驚きすぎて心臓が止まるかと思った。

あの魔法は【ブラッディ・ダガー】という名(リインが使うときに叫んでいた。まんまだ)で、

レイクのディライトモードの特性同様、出現場所を自分で決めることが出来るらしい。



「魔力がっ、無尽蔵、ゲホッ・・・だからって、好き放題撃ち過ぎだ」

≪並みの魔導師ならまず間違いなく魔力が枯渇してますね≫

「俺の魔力は・・有限だから、出来る限り節約して戦わなくちゃいけないってのに。ずり~!」



基本的に自分の周囲に浮かせてから俺に射出するが、時折思い出したように俺の周囲に出現させるから困りものだ。

さらに書を変化させ、シュランゲフォルムで逃げ道をなくしてのクナイ攻撃だったり、

クナイで追い詰めてからトドメのラケーテン・ハンマーだったり、バリエーションにも富んでいる。

今迄で一番危なかったのは、旅の鏡を落とし穴の如く設置してのクナイ。あれはマジで危険だ。

俺は雪の上を走る。足場はフローターフィールド、飛行魔法持続より燃費はこっちの方が良い。

リインの攻撃を避けては、時々攻撃を入れる。さっきからずっとそれの繰り返し。



「ディバイン・バ、ぐっ」

≪・・・中々良い隙だったのですが、易々と魔法を撃たせてはくれませんね≫

「ちっくしょう、当たれば少しは、はぁ・・攻撃が止むのに」



最初は隙を狙った俺の攻撃も入ってはいたんだが、学習能力が厄介だ。

戦う端から自分の隙を見つけていって、それらを無くしてくる。

同じパターンでは一度しか攻撃を当てられない。しかもバリアに阻まれてダメージは無し。

ジリ貧だ。時間稼ぎが終わればもっと攻めようがあるんだけど。



「レイク、今、どれくらい・・だ?」

≪まだ1時間を突破したところです。最低でも、後1時間以上≫

「なっが・・・はぁ・・・はぁ・・・足が肉離れ起こしそ~」

≪この戦いが無事終われば、肉離れだろうと筋断裂だろうと一日で完治させてあげますよ≫



体力的にも精神的にもかなりキツイ。1時間ほぼ動きっぱなしだ。

無理してる甲斐あって今のところは一発も貰ってないが、いつまで避け続けられる?



「くそっ、いい加減に当たれ!!」

「やだね!」



地面から杭が出てきたので空に上がる。【鋼の軛】・・・たしか、そんな名前の魔法。

まともに食らったら一撃必殺なのに、これで攻撃魔法じゃなくて捕縛用の拘束魔法だってんだから、魔法ってのは分からない。

あっちも相当苛立ってる。躍起になって攻撃が過激になるとかわし易くなるが、逆に攻めてくる時間が長くもなる。

苛立ってない時とどっちがいいかと問われれば、どっちもどっちだと答えよう。

だってリイン、べらぼうに強いし。



≪この状態での残り2時間は、長いですね≫

「だけど・・・1時間は突破した!」



どれだけ劣勢でも、決定的一撃を貰わなければ終わらない。

舞先生、あなたの教えは俺の中で生きています!



「・・・・・・あれ?」

≪どうしました? 今の状況の突破口でも見つかりました?≫

「なあレイク。舞の教えって、避けて避けて時間を稼げば必ず舞が助けに来てくれるってもんじゃなかったっけ?」

≪私が知るわけが無いじゃないですか。もし仮にそうだとしたら、どうだというんですか?≫

「俺、何の為に避けてんだっけ?」

≪別にあの魔法に正面からぶつかっても良いんですよ。安全は保障しませんけど≫



想像してみる。壁のように迫ってくるクナイに俺が正面から立ち向かって行く、見た目だけは勇ましい姿を。

そして一瞬後にはメッタ刺し・・・。



「オーケー、俺が馬鹿だった」

≪こんな時に、何考えてるんですか。・・・あっ、マスター≫

「うおっと!? あっぶなー。それで、どうした?」

≪バインドが・・・≫

「は?」



フローターフィールドを駆使して空中浮遊芸を披露していた俺。

死角から迫ったクナイを持ち前の勘の鋭さでかわした次の瞬間、俺の両足はバインドに捕らわれた。

設置型!?



「なにいぃ!!?」

≪ディフェンサー≫

「ディフェンサープラス!」



俺とレイクの同時魔法で周囲全面に張られる広域結界、それに衝突するクナイ。

【ディフェンサー】と【ディフェンサー・プラス】。

どちらも高速で発動できるタイプの防御魔法。ただ発動は早いが、張ることが出来る範囲は最高180度。

しかもなんと防御力の方はお粗末。けど、ギリギリ防げた。

これはカノンの魔法なんだけど、もう少し防御力があるのが欲しかったぞ。

っ!?



「ヤバイ、まさか?!」

≪この状況、夢と同じ≫



夢で動きが止まったのは、このバインドのせい・・・?

だったら、



「次は上!!」



見上げたら、既に振り上げられているゴルディのハンマー、もといギガントシュラーク。以降ギガント。

生で見るとさらにデカイ。

やっぱりそうだ。



打開策を!



俺は10の意思を魔法に残し、あとの74を全てこの状況の打破に当てる。

今の俺にとって、1秒とは1分に等しく、それだけ思考にも焦りが無くなる。



足はバインドに捕まっている。外してギガントの範囲外に逃げる時間は無い。

レイクのモードチェンジを・・・いや、どのモードもあれを跳ね返す力を持っていない。

俺が新しく覚えた魔法の中に何か・・・。アレをどうにかできる強力な魔法の発動には時間がかかるし、補助系魔法の中にも状況を好転出来そうなものは無かった。

防御魔法の重複展開・・・無駄だ。多少の威力軽減は出来るかもしれないが、一撃で堕ちる威力なのは多分変わらない。

バインドの解除魔法は? ・・・無い。

攻撃魔法で無理やりバインドを解けるか? でも試したこと無いし、もし解けなかったら時間の無駄な浪費の上、ただの自爆になる。



一度考えたことから今まで考えつかなかった事までを、時間の限り考える。

考え・・・・・・考え・・・・・・考え・・・・・・考え・・・・・・。

結局行き着いた答えは、俺があらかじめ考えていた方法。

後ろポケットに手を入れる。



「レイク」

≪はい?≫

「俺の性格を一言で表すと?」



ギガントが・・・・・・



≪好奇心旺盛≫

「だよなぁ」



振り下ろされた。



≪で、ちょっと馬鹿≫

「後でお仕置き」



一枚のカードを取り出して、目の前に迫ったギガントに放り投げる。

両腕は頭上でクロスさせ、レイクのコアを守る。



「ディフェンサープラス」



無いよりかマシの防御魔法を発動した直後、ギガントとカードが衝突した。

目の前が光に包まれ、続いて聞こえてくる爆音。

鼓膜に響いてくる音があまりにも凄すぎて、俺は一瞬気を失った。










目が覚めた時は、雪の上。



「い・・・つつ・・・」



体を動かしてみたら、鈍痛。回りは依然、猛吹雪・・・

雪は冷たい、怪我は軽傷、明日は全身筋肉痛だ。



「はは・・・やっぱり。夢とは違う」



新たな可能性を、夢とは違う未来を見たくなった。

結果が、これ。思った以上に怪我が少ない。

これはラッキーだ。好奇心旺盛に、救われたのかもな。

空には丁度到着したらしいリイン。その距離は夢の時より、近い。

夢に見ていた光景と似てはいるけど、全然違う。雲は晴れておらず、吹雪も止まない。

リインは上空にとどまったまま、微動だにしない。



「警戒・・・しているのか?」



あんなもん食らったら当然か。

しばらくしたら、さらに近づいてくる。

最後には、あんな魔力を近距離で浴びたにもかかわらず変わらずに存在する、移動式結界の中に入ってきた。



「よもや、あのような手段を持っていたとはな。だが、もうネタ切れか?」



結界内なので、風に阻まれること無く声はダイレクトに聞こえてくる。

そうか、そのために近づいたのか。



「これで、鬼ごっこは終わりだ」



リインの瞳からは苛立ちが消えている。思わぬ反撃を食らって、冷静に戻ったのだろう。

・・・或いは怒り疲れたのかな。1時間以上怒ってたことになるし。

俺の額に手を押し当てたリインは言葉を続ける。



「この距離なら、外さない」



額に直接当たるリインの手。

・・・・・・直接? レイクは、いないのか。

さっきの爆発で吹き飛ばされたか? 呼び戻さないと。



「せめてもの情けだ。苦しませはしない」



額に当てられたリインの手に、魔力が圧縮するのが分かる。

殺傷設定なら、まず間違いなくスプラッター映画だ。



「眠れ、永遠に」



物騒なことを言っているリインの手に、そっと俺の左手を乗せる。

怪訝な顔をされた。それに構わず、俺は言葉を放つ。



「俺がここで倒れたら、俺の身近な人が悲しむ」



さらに怪訝な顔になるリイン。当然か、いきなり相手がこんなこと言いだしたら。

俺だってリインと同じ状況なら、怪訝な顔して動きを止める。

このほんの少し・・・これで時間は稼げた。



「悪いな、リイン。俺はさ、身近な誰かを悲しませるのは嫌なんだ。

 だから・・・・・・」



リインの手を痛くならない程度にぎゅっと握り、【扉を開く】。



「本当に悪いと思うけど、一度だけ反則をする」



ニッと笑う。

俺が何かをすると悟ったリインが魔法を発動するけど、もう遅い。

リインが発動した魔法はキャンセルされ、魔力が周囲に散っていく。



「なっ!?」



素早く体を起こし、右手で後ろポケットからカードを1枚抜き取る。

それを唖然としているリインの腹部に押し当て、その状態で起動させる。



「ぐあっ!」



一瞬後、リインは凄い勢いで結界の外へ弾き飛ばされた。



うっし!!



満身創痍の演技に完璧に騙されたリインの隙を、見事つく事が出来た。

あのカードには最低発動魔力より過分に魔力を注いだので、これでしばらくは戻ってこれないはず。

即座にレイクを呼び戻す。

左手に収まったレイクは所々に罅が入っていたが、コアは無傷だった。



「よっ、レイク。無事だったか」

≪それは私の台詞です。お怪我は? リインオルタは?≫

「怪我はあちこち有るけど、動く分には問題なし。リインはお空の彼方にぶっ飛んだ」

≪そうですか、一先ず安心しました≫



本当は体を動かすたびに激痛が走るが、運良く骨折などはなさそうだ。

夢の中の俺は本当に満身創痍だった。けど、今の俺はあれ程じゃない。

これは、運命が変わったてことでいいんだよな?

リインが飛んでいった方向を眺める。戻ってくるまでに、まだ少しは時間がかかる。



「レイク」

≪リカバリー・・・はい?≫



レイクは自己修復中だった。

・・・別に良いんだけどさ、その修復魔力一応俺が出してんだから、一言ぐらい欲しかったぞ。



「ちょっと質問したいんだけど、いいか?」

≪いちいち断らなくても、普通に聞いてくれば良いじゃないですか≫

「まあ、それもそうなんだけど・・・」



なんか返答が予想できるから、思い切って聞けない。

でもグズグズしてたらリインも戻ってくるし・・・。しょうがないか。



「俺が最後までリインと、タイマン張って戦った場合、勝てる確立はどのぐらいだ?」

≪・・・最後までって、何でそんなこと言うんですか? 始めからずっと一対一の予定でしょうに。

 はっ! もしかしてこの後、増援が来るということを遠まわしに言ってるんですか!?≫

「白々しいぞ。どうせ俺の夢を除き見てたんだろ?」

≪バレてましたか≫



さっき自分で口に出してただろうが。

レイクは『む~ん・・・』と数秒ほど唸り、沈黙し、答えを返す。



≪おおよそ・・・12.71%ぐらいでしょうか≫

「・・・・・・ちなみに、その微妙な数字には何か根拠が?」

≪ありません≫



ですよね~。

はぁ・・・小数点以下四捨五入で13%かぁ。思った以上に低い。

やっぱ聞かなきゃよかった。



≪この後誰かが助っ人に参上すると仮定したら、大体・・・≫

「来ないぞ、助っ人」



続きを言うレイクの台詞を、一刀両断にする。

は? と間抜けな声を出す我が相棒。

うんうん、そうなるだろうと思った。



「俺が夢を見たせいで、色々変わった・・・と、思う」



ポケットから一枚のカードを取り出す。

夢を見ていなければ、さっきのギガントに当てる予定だったであろうカードを。



≪これって・・・プレシアから貰った、困った時の一発大逆転のカード?≫

「まあ、そういう意味に取れない事もないカードではあるな」



ピンチの時に使えと言われたら、普通『お助けカード』とかそんな発想する。俺もそうだった。

でもこれは違うと思う。

夢では相手に僅かばかりのダメージを与えて自身は大怪我を負った、ある意味メガ○テ的なカードだ。



「さっき俺が使い損ねたカード」



大怪我を負った夢の俺は、運が悪かったのか間が悪かったのか・・・・・・。

トドメに使えとも言っていたのを考慮したら、多分後者だ。



≪じゃあマスターは、あの時このカードを使うつもりだったんですね≫

「そう」

≪でも、だったら何故使わなかったんですか? 助っ人が来ない理由は?≫



説明が一言で済むから助かるな。



「より正確に言うなら、このカードを使わなかったから助っ人が来ない」

≪・・・・・・≫



レイクは何も喋らずに、点滅している。無言で考え込んでいるポーズだろうか。



≪・・・・・・このカードは、つまりは発煙筒の代わりだった? 危険信号を他者に知らせる為の。

 でも危険を知らせる相手って・・・・・・プレシア?≫

「違う。元々別の人たち用に作っていたんじゃないかな? 少し考えれば、すぐに分かるとは思うけど」

≪・・・・・・・・・・・・ならば、時空管理局? 大々的に世界の治安を守ると名乗るほどの者達。

 あの夢ほどの威力が本当に出たのだとしたら、察知できないはずが無いでしょうし≫

「だと思う。憶測だし、確定情報があるわけじゃないんだけどな。

 それに、普通に使えば管理局を呼び込むほどの威力が出るとは限らないし。

 でも十中八九、そのために作られたカードだと思うぞ」



ずっと考えていた。夢の中で何故あんなにタイミングよく助っ人が現れたのか。

その答えが、多分これだ。プレシアさんも何を考えてこれを渡したんだか。

管理局に知られたら、自分の身が危険になるのに。



≪これを使わなかったから助っ人が来ない。なら、さっきは何を投げたんですか? まさか・・・・・・≫



無言でポケットから残りのカードを出す。物理と魔法のバリア破壊カードが、一枚ずつ。



≪一枚はギガントシュラークにぶつけたとして・・・あと一枚は?≫

「さっきリインをぶっ飛ばす時に使った」

≪マジで!!?≫



タメ口はレイクの混乱口調だ。

しかし切り札使った甲斐あって、リインは未だに戻ってきていない。どこまで飛ばされたんだ?



≪ヤバイです、カードが二枚だけ・・・さらに援軍無しだとすると、このまま勝率一桁突入ですよ≫

「そんなに落ちるのか。・・・これからどうしよう」

≪どうしましょう・・・≫



レイクと一緒にうんうん唸って考える。



「いっそ、時間ギリギリまでどこかに隠れてるとか?」

≪やめといた方が良いですよ。そんなことしてリインオルタが他の世界に移動でもしたら、私達には追う手段がありませんし。

 ・・・発想を逆転させて、逆に逃げるのではなく攻めるのはどうですか?≫

「分かってるとは思うけど、攻めに入ったら俺の魔力はそう長く持たないぞ」

≪ですよねぇ≫



俺はこのレベルの戦闘を最後まで持続させられるほど、保有魔力が大きいわけじゃ無い。

凡人よりかは多いとはプレシアさんに常々言われてきた。けどここじゃそれもあまり意味はない。

俺が戦闘で持っている凡人以上のものといえば、マルチタスクのみ。今はそれを駆使して猛スピードで考える。

相手に学習機能がある以上いつまでも逃げの一手じゃ、大概かわし切れなくなってくる。

残り魔力はギリで半分ちょい。あと砲撃魔法数発で、残量と消費量が逆転するだろう。

ひたすら考える。

考えるが・・・・・・良いアイディアも浮かばずに、時間だけが過ぎていく。



リインはまだ戻ってこない。迷子か?









[8661] 第二十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/05 13:44







「ああもう! 焦れったい!」



3分は考えた。全開の俺にしたら軽く3時間分。頭が痛い。



≪どう考えても、魔力が足りずにタイムリミットのパターンばかりですね≫

「魔力が足りない。足が限界。気絶していた間に息は整ったが、全身ダメージは負っている」



マルチタスクだって、随時全開でいられるわけじゃないのに。

あれの使用中は脳内の回転数が尋常じゃないから、使いすぎると眠気が急激に襲ってくる。



≪コンディション最悪ですね。治癒魔法をかけてあげたいのは山々ですけど、あれは魔力の消費が存外と激しいですし。

 せめて外部からでもいいので魔力を取り込められれば・・・≫

「そこさえクリアできれば、まだ対処法が・・・・・・?」



レイクの言葉になんか引っかかった。重要な言葉を聞き流した気がする。

何だったっけ。確か・・・・・・取り込み? そうだ、外部からの魔力の取り込み。

スッゴイ聞き覚えのあるその言葉。でもどこで聞いたんだっけ?

しかもその為の手段を知っているような・・・知らないような・・・そんな感じ。



「≪・・・あ!≫」



パッと閃いた。レイクも同じく声を上げる。内容も恐らく同じ。



「浮遊魔力の活用」

≪魔力収束の術式≫



レイクと『忘れてたな~』『盲点でしたね~』と言い合う。

栞治療の際に使ったのに、記憶の彼方に封印されていたみたいに忘れていた。

まさか既に知っている魔法が、解決策に結びつくとは思わなかったぞ。

これなら・・・・・・



「ああ!!」

≪な、なんですか?!≫

「俺・・・術式憶えてない」



なんとかなると思ったのに、なんとここでトラブル発生。

術式をすっかり忘れてしまっている俺。この短期間でかなりの魔法を覚えた反動か?

栞のストール作るときにはしっかりマスターしてたのに。

なんという間の悪さ!



≪はあ、そんな事ですか。それなら私がサポートにつけば・・・ああ!!≫



レイクまで叫び声を上げる。ま、まさか・・・



「な、なんだ!? レイクも術式忘れたのか?!」

≪いえ、術式は憶えているんですけど・・・収集した魔力を、マスターが使えるタイプに変換することが出来ません≫



どゆこと? レイクの言葉の意味を考える。

オレが使えるタイプの魔力に変換・・・・・・何のことだ?

浮遊魔力は、誰にでも使える同一性のものじゃないのか?

個人によって使える魔力と使えない魔力があるってことか?

他にも色々聞きたい。でもどれから聞いたらいいのか迷う。



≪じゃ、契約しましょうか、マスター≫

「そのノリと内容に、俺はどう返せばいいと」



レイクの中では理論が組み上がっているのだろう。けどノリに乗って、はいそうしましょうかと言う訳にもいかない。

珍紛漢紛なまま流されるのは、俺の性に合わないのだ。ああちなみにこの漢字、”チンプンカンプン”と読む。

珍紛漢(チンプンカン)でも同じ意味だからな。



「説明求む、説明求む」

≪・・・~~~っ説明し辛いです! でも頑張ります!

 いいですか? 本来なら契約なんてしなくても、マスターに再び術式を覚えてもらえば済む話なのは分かりますよね。

 けど・・・知っての通り、術式は言葉で説明しただけで理解できるほど簡単なものじゃありません」

「ああ、確かに」



夢の中で一つの魔法を覚えるのにも、小一時間かかったもんな。

魔法を使うにも陣の全体をイメージしたり、頭の中で式を画いたり、色々あるのだ。

最近の魔法はその一部が省略されているらしく、心底羨ましい。



≪しかも、時間もありません。今こうしている間にも、リインオルタはこちらに向かってきています。

 マスターに再び術式を覚えてもらう暇が無いので、苦肉の策として私がサポートにつかせていただくんですけど・・・

 ただこのまま収束をしても、魔力は前マスターの波長に合った魔力に、勝手に変換されてしまうんですよ≫



頭の中でレイクの言葉を反芻する。

前マスター? ・・・内容はつまり、収束した魔力が現マスターの俺が使用できる魔力とは、違う魔力に変換されるって事でいいんだよな。

でもなんで今更前マスターの話が出てくるんだ?



≪ですので契約して、マスターに本当のマスターになってもらうんです。

 これで収束した魔力は、マスターの魔力に合った形に変換できます≫

「ストップ。契約して俺の魔力に変換できるのは一応分かったが、契約自体は随分昔にしただろう?

 何の為に再契約なんてするんだ?」

≪再契約じゃありません、契約です。

 契約は確かにしましたけど、マスターはマスターでも、未来のマスターとじゃないですか。

 過去に戻った今契約は無効になり、私のマスターはマスターではなく、遥か昔の別のマスターに戻った訳です。

 要約すれば、マスターはまだマスターじゃないから、契約してくださいって事≫



マスターマスター言ってて意味不明だ。

とりあえず分かったことは、契約すれば現状打破の方法が見つかるって事だけ。



「・・・・・・ああ、なるほど。お前を起動するたびに、何度も何度も前口上を言うのにはそんな理由があったのか。

 しつこいと思ってたけど、道理で」

≪我と契約をせし者、汝と我の契約は既に破棄された。我は新たな主との契約を望む者。

 中略。

 ソナタが我と契約を望むのなら、契約の言葉を≫

「聞けよ! 問答無用かよ! さらに省略?!」

≪今し方、索敵魔法の発動を感知しました。使用者はリインオルタです。

 早くしないと襲来してきますよ。急いで急いで≫



久しぶりの前口上を喋ったと思ったら、問答無用で契約させようとしてくる。

頭の方は展開についていけてない。

索敵魔法が使用されたことを省みるに、リインが案の定迷子になっていたのは理解したけど。



≪あああ、時間がありません。頭の中で考えるのは後にして、さっさと契約してください≫

「急かすなよ。禿げるぞ」

≪それは嫌です!!≫



涙声だ。そんなに嫌なのか、禿げるの。



「え~・・・っと。それじゃ、とりあえず契約すればいいんだな」

≪ですです。いそいで~≫



契約の言葉、なんだったっけな。

・・・・・・最初は・・・・・・



「我、契約を望みし者なり。

 我が言葉を祝詞とし、その身を現世に顕現させよ」

≪既に現世に顕現してますが、そこはお気になさらずに≫

「分かってるって。昔の言葉をなぞってるだけなんだから、横から入ってくるなよ。

 え~・・・風は天に・・・じゃない、空に。星は天に。

 そして、不動の心はこの胸に。不屈の心は我が下に。

 この手に力を。ブレイクハート」

≪OK、スタンドバイ、レディ。セットアップ≫



派手に光が迸るわけでもなく、背後で爆発がドドーンと起きるわけでもなく・・・。

無事に契約は終わった。



「・・・何か変わったか?」

≪ただマスターが正式なマスターになったって以外は、変わらないですよ≫

「これってパワーアップするのか?」

≪パワーは上がりませんが、オプションとして新しい杖と衣服がついてきます≫

「ふんふん」



・・・・・・それっきり、レイクは話さない。



「・・・・・・他には?」

≪それだけです≫

「マジで!?」



思わずレイクと同じ言葉を使ってしまった。でもこれは思った以上に予想外だ。

変身後のパワーアップは全国のヒーロー大好き男の子の憧れだというのに、それに真っ向から喧嘩を売ってる答えが返ってきた。



≪まあまあ。私のサポートの効率性もアップしますし≫

「さらば、男の子の永遠の夢・・・か」

≪・・・・・・こんなにムードの無い契約するのって、私達ぐらいでしょうね。折角私の真名初公開なのに。

 けど、そんなことどうでも良いです。来ますよ!≫



空を見上げたら、俺に向かって急降下してくる赤い物体・・・ブラッディダガーだ。

アクセルシューターで落とす。



≪マスター、想像してください。私の新たなる姿と、マスターを守る無敵の鎧を≫

「何だそれ? 昔はそんな台詞無かったじゃないか」

≪前の時は契約早々に過去へ飛んだじゃないですか。必要ないと思ったんですよ≫



背後に出現した旅の鏡から出てきた手を、スパンと叩く。

囮攻撃を使っての捕縛作戦か。あぶない。



「新たなる姿と鎧・・・」

≪これらがさっき言ってたオプションです。服のデザインは自分で好きに選べます≫

「それって杖と・・・衣服? 鎧って、もしかしてプレシアさんのバリアジャケットみたいなやつのことか?」

≪そうですよ、アレです≫



バリアジャケットは、魔導師の鎧として定番の魔法だとか。

そうか、これで俺も正式な魔導師ってことに・・・

・・・・・・・・・ん?



「・・・・・・ちょっと待てよ。まさか俺って、今までずっと”すっぴん”で戦っていたって事か?」

≪当たり前じゃないですか。何を今更≫



あっさりと言い切りおった。

酷い! 言ってくれればよかったのに!



≪むしろ気がついて無かったマスターにびっくりですよ、私は。

 バリアジャケットの存在はプレシアで知っていたでしょうに≫

「さ~て、レイクの新モードとバリアジャケットかぁ」

≪露骨に話題を変えてきましたね≫



飛行魔法を発動する。

飛び上がった瞬間、俺が立っていた場所から鋼の軛が突き出してきた。



「か、間一髪・・・」

≪マスター、こちらも索敵魔法でリインオルタを探しますので、その間に杖と鎧をイメージしてください≫

「ほいほい」



適当に空を飛び回りながら考える。どんなのがいいかな。



≪だけど杖は一応、手抜きはしないで下さいね。

 グラッド・レイジ・サッド・ディライトの4モードを押し退けて基本形態に割り込むわけですから≫

「安心しろ、ことこういう遊びに関しては、俺は手は抜かない主義だ」



迫り来るリインの砲撃をかわし、意識の一旦はリインを探すのに当てる。

攻撃はどこから?/どんなのがいいかな。

左前方と上空から飛んで来る/最初に思い浮かんだのは、刀。

なら・・・右のほうかな?/舞に貰った、戦う力。

な~んてな、居るわけ・・・居たし/けど杖じゃないし。



≪それもらい、です!≫

「は?」



レイクは唐突に叫び、その姿を変化させた。

サークレットから、刀・・・の形状をした武器に。刀にしてはかなりゴツイ。刀身は曲線だけど。

テ○ルズ・オブ・デ○ティニーに設定だけはあって、結局本編には出されなかった番外のソーディ○ンと偽っても通じそうな外装だ。

腰にはいつの間にか鞘までついてる。



「レイク、これ杖じゃない。しかも俺の想像から懸け離れてる」

≪次、バリアジャケット!≫



その大声にほとんど反射的に、うっかりと思い浮かべてしまったのは、写真に写っていた未来の俺の姿。

灰色のズボンと白い長袖のインナーに、肘までを覆う紺色のアウター。

アウターにはラインと、他にもちょちょいと装飾が入っている。

腕には所々ベルトらしきものが巻いてあり、両手には蒼いグローブ。

ベルトはダークリインの服を参考につけたのかもしれない。

全体図を見れば、特に印象的に映るのは、異様に長い白のマフラー。腰より少し下まで垂れていて、

垂れてる部分を背中に回して両方を思い切り広げれば、マントに見えるぐらいは幅があるであろう程、ゆったりと波打っていた。

もしかしたらあの写真は、未来の俺がこのバリアジャケット作成の為に仕掛けたトラップだったのかもしれない。

そんな意図は全く無く、ただ異世界のファッションを見せようとした可能性もある。

ただどっちにしろ、今この瞬間、俺があの衣装を思い浮かべた事実は変えようが無く・・・・・・。



≪いただき! です≫

「ああ! 待った!!」



待てと発した言葉は、何の抑止力にもならなかった。

俺から虹色の魔力が迸り、服が変容していく。

変身中に素っ裸にならないのは、不幸中の幸いか。

膝から下は写真に載っていなかったので想像していなかったのだが、靴はブーツになっていた。



≪マスター。マスターの魔力光が虹色になっていますよ。綺麗ですね~≫

「・・・・・・まぶしい。目に沁みるぜ」



服が勝手に決められたことに、ちょいと涙がちょちょ切れそうだ。

今まであまり光源が無い状態での、突然の眩い光。かなり鬱陶しくてしょうがない。

空が雲に覆われ、光があまり届かない故闇に慣れた目に、これは毒だ。

これなら前の闇色の魔力光の方が断然・・・・・・。



「あんですと~~~!!?」

≪マスター、リアクションが遅いです。それに魔力光が変わることなんて、別に珍しくも無いですよ≫

「え? ・・・あ、え? そういうもん?」

≪そんなものです≫

「原因は?」

≪一度マスターの心(ハート)が壊れた(ブレイクした)から・・・・・・・・・だったりして(ボソリ)≫



最後の方は聞こえなかったが、魔法というものに詳しくない俺は、この言葉には納得せざるを得ない。

後に、レイクのこの言葉はただのでまかせだと知る。だがそれは後日の話だ。

もう一度リインに目を向ける。リインは変わらずその場所に存在した。



≪あら、リインオルタがあんな場所に・・・≫

「さっきから動いていないんだよ。攻撃も止んでるし。俺達の動きを探っているのかも」

≪ふ~ん・・・ならご期待にお応えしないと。特攻です!≫

「いやいや、俺に死ねと? ・・・・・・あれ、でもそれ・・・悪くない」



咄嗟に否定してしまった俺だが、一つだけ試してみたいと考えていた魔法があるのを思い出した。

迂闊に危険なことして無駄魔力を消費する可能性を考えて、実行するのは断念していた魔法。

何よりそれをするには接近することが不可欠だし、

攻撃を外してカウンターで魔力ダメージを食らえば、俺の魔力はガリガリと削られる。

でも今なら、ある程度の危険を冒しても試してみるべきかもしれない。

俺が既に失った魔力は戻らないが、今から使う魔法の大半は集めた魔力で使用できるし、

もし成功すれば、リインにバリアを無視してダメージを与えられる。

それは結果的に、攻撃回数を劇的に減らせることに繋がるかも。

チンッとレイクを鞘に仕舞う。



「レイク。リインの懐に飛び込む為には、どんな魔法がベスト?」

≪不意をつくなら、高速移動魔法を推薦しますね≫

「高速移動魔法・・・そいじゃ、【ブリッツアクション】!」



短距離限定の超高速移動魔法。

これを駆使し、コンマ数秒でリインの懐内に飛び込む。

接近する時にかかったGが凄かった。

右手を腹部に当てて・・・・・・そういえばこの体勢、さっきリインにカードを使ったときと同じだ。至極どうでもいいが。



「ブレイク・・・」

「!?」



リインは即座に反応して腕を振り下ろしてきた。俺はそれをフリーになっていた左手で受け止める。



「いづっ! ・・・インパルス!!」



【ブレイク・インパルス】

相手の固有振動数を割り出し、それと同じ振動波をこちらが打ち出して、うんたらかんたら。

小難しいので説明も難しいが、要は内部破壊の魔法だ。

固有振動数を割り出すのに少し時間がかかるのが弱点。だが俺は、マルチタスクでほんの少しの時間短縮が出来たりする。

四層式バリアの固有振動数を全て割り出し、打ち出した後はひとつのバリアを越すごとに僅かに振動数のパターンを変える。

全てのバリアを貫通した振動波のダメージにより、リインは初めて苦悶の表情を浮かべている。

俺の想像は当たったようだ。けど、リインの顔でその表情は罪悪感が半端ない。

ダメージを与えられたという事実に喜ぶ気はせず、気分は一気に急降下。



≪攻撃来ます≫



だがリインはそんな状態でも、強力な蹴りを繰り出してきた。すぐ反応し、かわす。



「何度か当てないと、大きな効果は期待できないか。でももうしない」



何度もあんな表情させられないっての。

リインの様子を観察してみる。伏せられた顔は前髪で表情が見えない。両手が僅かに発光している。



≪あの両手の光は、【シュヴァルツェ・ヴィルクング】を使用した後ですね。

 ブラッディダガー同様、リインフォースが初めから覚えている魔法のはずです≫

「なんつー覚えにくい名前。どんな魔法だっけ?」

≪手に打撃力強化と、何かしらの破壊効果を付属させて攻撃する、格闘魔法≫



俺の左手のダメージは、あれが原因か。お陰で手が今だピリピリしている。

手を数回振り、痺れを紛らわす。

リインはようやく伏せていた顔を上げた。そこには嬉々とした表情が浮かんで・・・・・・



「なあ、レイク。リインのあの表情、どっかで見たこと無いか?」

≪はい? ・・・・・・ああ、あれですよ≫

「あれ?」

≪プレシアと同じ・・・戦闘狂の顔≫



ダークリインもその類の存在だったか。

それを聞いた瞬間、俺はほんの少し自分の行動を反省した。

カードが原因か、さっきの奇襲が原因かは不明だけど、俺は知らず知らずのうちに自分を境地へ追い込んだのかもしれない。

プレシアさんがあの表情になった時、その戦闘力は3割増しだ。

恐らくリインも・・・。



「貴様」



俺を鋭い眼光で睨みつけながら話しかけてきた。



「・・・あ~・・・・・・俺?」

≪他にいないでしょう、残念ながら≫

「・・・・・・なんでせうか?」



リインを直視せず、若干脇のほうに視線を逸らしながら答える。

気分は親に叱られた子供だ。



「貴様、名はなんと言う?」



名を問われた。さて、どうしよう。

この場合普通に名を名乗るべきか、それとも『俺の歌を聴けーーー!!!』とか言いながら、

かっこいいんだか悪いんだか、人によってその意見は明暗に分かれる自己紹介をすればいいのか。

ここは無難にいくべき?



≪姓は相沢、名は祐一。ミッドにもベルカにも属さない古代式魔法の使い手。

 そして私がブレイクハート。アンティークデバイス。

 二人合わせて、芸人魔導師コンビです!≫

「ちょ! おま!!」

「相沢祐一・・・か。お前のことは憶えておこう、ゲイニン魔導師よ」



あ~あ、納得しちゃったよ。

しかも明らかに芸人の意味を理解していない上、台詞が『殺す前に名を聞いておいてやる』だ。



≪私のことは華麗にスルーですか、そうですか・・・≫

「しょうがないって。お前って、結局のところ武器なんだし」

≪リインフォースやオルタのように人型じゃないといけないんですか?! デバイス差別です!≫

「俺に怒られても困る。怒るならあっちだ」

≪あんな恐い人の前でそんな恐ろしいこと出来るわけないじゃないですか!!≫

「それ本人の前で言っちゃ駄目だろ!」



でも芸人として、スルーされる気持ちには共感。

図らずとも漫才をしていた俺たちを放置して、リインは闇の書をシュベルトフォルムへ変形させていた。

魔力の圧縮を感じる・・・。



「紫電一閃かな・・・」

≪魔力を圧縮して、書の強度を上げているだけでしょう。打ち合うつもりですかね?≫

「打ち合い苦手なんだけど・・・。舞との修行も散々だったし」



一方的にボコされてるのを修行といえば、だけど。

ましてや子供の体だ。体格差を考えても、そう何度も打ち合えるとは思えない・・・。

レイクを腰から抜く。シャンッと良い音がした。



「レイク。俺の勝率、どのくらい上がった?」

≪リインオルタのパワーアップを見越して、約30%ぐらいと言っておきましょう。魔力を気にしないで良いのは大きいですねぇ≫

「飛行魔法と、他一部は自腹だけどな」

≪些細なものでしょ?≫



俺もリインの真似をして、自分の魔力をレイクに圧縮してみる。

するとどうだろう、レイクが淡く虹色に光り始める。



≪あふ・・・・・・マスターの魔力、気持ち良いです・・・・・・≫

「なんか危ない人の発言だな、それ」

≪マスターの魔力には、対象を強化する変換効果がありますね。少々異例ですけど≫

「また知らない単語が出てきた。変換効果って、何?」

≪それはですね・・・≫



リインが斬撃を放ってきた。俺はそれを受け流し、逆に切りかかる。





≪戦いながら、少しずつ話してあげますよ≫









[8661] 第二十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/11 23:30










戦いを打ち合いに転じたとは言っても、俺の基本スタイルは変わらない。

ひたすら避け、隙あらば確実な一撃を入れる。何も変わらない。

変わったことといえば、どんなに避けても、リインが怒り任せな攻撃をしてこなくなったことかな。

リインと打ち合いを始めて、1時間経過。

そこ、手抜きとか言わない! 戦ってるこっちは大変なんだから。



「ふっ」

「うわっとと、らあっ!」



10のアクセルシューターを常に展開し続ける。

向かってくるブラッディダガーを落とし、俺の周囲に展開されるものは発射前に潰す。

時々リインの牽制に使い、自分が攻撃する為の足止めにする。

かなり情けないが、うざい攻撃だと自分でも思う。



「デアボリック・エミッション」

「ああ! ずるい!!」

「戦いにズルイも卑怯もない。いくぞ!」

≪ブリッツラッシュ≫



アクセルシューターを魔力へ還元し、高速でこの空域から離脱する。

【デアボリック・エミッション】は、超広域空間攻撃魔法。

発動地点を中心に全方位に拡大していく純粋魔力は、受ける側からしたらまるで真っ黒い壁が迫ってくるようである。

既に三度発動しており、これで四度目だ。最初の一撃以外は全て避けている。

その一撃を防ぐことは相当に難しく、防御魔法の上からでも魔力をゴリゴリと削られる。

ガリガリじゃない、ゴリゴリだ。この音である程度違いを察してもらえるだろうか。

最初に受けた時は、残り魔力を30%にまで減らされた。

魔力が枯渇した時、魔導師は強制的に睡眠モードに陥るので、これ以上は受けられない。



「ソニックムーブ!」



そして【ブリッツラッシュ】は、ブリッツアクションと同様の短距離超高速移動魔法。

違いは、魔法をかけることが出来る対象。

ブリッツアクションは、使用した本人を加速させる魔法。

対しブリッツラッシュは自分、乃至魔法をかけた相手を加速させた魔法だ。

少々関係がややこしいのだが、要はレイクが使う場合、ブリッツラッシュじゃないと俺には効果が無いのだ。

だけどブリッツ系は飽く迄短距離限定。なので効果が切れる前にソニックムーブを発動する。

【ソニックムーブ】はブリッツアクション並みのスピードが出る上、

距離は消費した魔力分だけ移動可能な、一見ブリッツアクションよりか使いやすそうな魔法。

けど瞬間速度と燃費はブリッツアクションの方が上だったり。

全部カノンの魔法。同じような魔法ばっか三つもあるのに最初は疑問だったが、こんな使い分けがあったのかと納得した。



≪セーーーッフ!!≫

「ぎ、ギリギリ・・・だった」



デアボリックエミッションの射程圏外に離脱できた。

すぐ傍に壁が迫っていたので、今回は駄目かと諦めるとこだった。

拡大スピードは速いが、特定の範囲までしか攻撃を広げられないのがこの魔法の短所だ。

ま、元々の範囲が広いから、大した慰めにはならないけど。

魔法が消滅するのを確認してから、再びアクセルシューターを展開する。



「はっ・・はっ・・す~~・・・ふぅ」

≪大丈夫ですか? マスター≫

「ん・・・飛行魔法を使える分、走る必要がなくなったから、まだいける」



フローターフィールドを使ってる間は走りっぱなし。あれに比べたら、飛んでることの方がどんだけ楽なことか。

その場で息を整えながら待機。俺は時間を稼ぐのが目的だから、積極的に攻勢には出ない。

待つこと数十秒、リインが飛んできた。



「またかわしたか。しぶといな」

「避けることに関しては、師匠から免許皆伝もらってるし」

「ふっ」



嬉しそうな表情、その理由は言葉に出さずとも顔に出ている。

思わぬ強敵に出会えて嬉しい、と。

バトルジャンキーの相手をさせられている俺からしたら、たまったもんじゃない。



「貴様との戦いは、存外楽しかったぞ」

「あ~りがとさん。こんだけ頑張ってつまらなかったと言われたら、

 北川に道路の真ん中で”らき○すたダンス”させないと気が治まらないところだぞ」

≪それがどのぐらい怒っているのか、私以外には絶対に分かりませんね。しかも伏字になっていません≫



俺は踊ったことがある。浩平先輩の高校学園祭で。

死ぬほど恥ずかしい黒歴史だ。

軽音楽部のライブと偽って、勝手に体育館の舞台を使ってのダンスだった。

先輩、軽音楽部では幽霊部員なのに、よく申請通ったよな。氷上シュンて人が暗躍したという噂もあったっけ。

先輩の企画で、俺含めリトルバスターズ全員が巻き込まれ・・・恭介だけはノリノリだった。

来年・・・いや、もう今年か。実行するのは今年の学園祭だった気がする。まさか今回もすんのかな、同じこと。



「それだけに、この戦いが終わることを残念に思う」



ちょいとばかり過去に思いを馳せていたのだが、今のリインの言葉は聞き逃せない要素があった。



「なんか、もう終わる的な発言だな。それは次の攻撃に、それだけの自信があるってことか?」

「何を訳の分からないことを。貴様だろう? 私の体に、妙な仕掛けを施したのは」

「・・・はい?」

「とぼけても無意味だ。私の時間が無くなっていく、それを内側から私に教えてくる”モノ”がある」



リインは、お前の内心なんてお見通しだぞ♪ とでも言いたげに俺を見てくる。

何を言いたいのかさっぱり分からない。というか話が噛み合っていない。

リインは俺が何かしたと思っているようだが、俺は本当に何も知らない。とんでもない言い掛かりだ。



≪なるほど≫

「お、レイクが原因か?」

≪違います。時が迫っている、ということですよ≫



謎かけ? いやいや違うな。時が迫っているって言ってたから・・・。

迫っている時・・・・・・時間といえば・・・



「時間稼ぎ?」

≪ビンゴです≫

「あれ? でもまだ2時間くらいしか経ってないぞ。あと1時間近く残ってるはずだ」

≪マスターが勝手に3時間だと思い込んでいるだけでしょう? あれ(カノン)には2,3時間と載っていました。

 多分、そろそろなんですよ≫

「そうなのか。悪いリイン、(今の俺は全くの無関係だが、未来の)俺が原因っぽい!

 だからそんな『それ見たことか』とでも言いたげな眼差しは止めてくれ」



無言で責める眼差しは中々辛い。

こんなやりとりしている間もリインは攻撃せずに待ってくれてるんだから、律儀というかなんというか。



「ふん、まあいい。詫びとして、私の願いを一つ聞いてもらおうか」

≪うっわ! まあいいと言ったくせに、要求を突きつけてきましたよ。凄まじい我が儘っぷり≫

「そう突っかかるなよ、レイク。仲良くなったよしみだ、俺に出来ることなら何でも聞いてやるぞ」



俺とダークリインがいつ仲良くなったのかって? この1時間の間以外にないだろうさ。

戦いの間も俺とレイクはこんなノリだから、自然と・・・な。



「・・・・・・本当だろうな」

「男に二言は≪無いこともないですが、基本的にありません! 多分!≫・・・割って入ってくんな~」

「ならば安心するが良い。お前にも出来ることだ」

≪絶対碌なことじゃありませんね≫



『フンッ』と鼻から勢い良く息を出し、自分の言葉にうんうん頷いて自信満々に怒っている、

器用なレイクを頭の中にイメージした。人型なんて見たこと無いから鼻から息出すのは完全にイメージだけど。

レイクのリインに接する態度は辛口ならぬ苦口だ。

自己紹介の時にスルーされた事をまだ怒っているらしいのだが、本当のところ理由は別にあるっぽい。

なんでそこまで嫌うかな?



「私の中に存在している”モノ”。仕掛けたのが貴様なら知っているとは思うが、私が魔法を使う度に活動を活性化させ、その都度私の時間を削ってゆく」



初耳です。未来の俺はどんな修正プログラムを組んだというのか。



「強力な魔法を使えば使うほど、より多くの時間を消費する。

 事実上、全力の攻撃は次の一撃が関の山だ。最後くらい逃げずに、正面から受けてみろ」



それは死ねということですか~?

俺は早速前言を撤回したい気分になった。



≪技はこちらが指定しても良いのならば≫

「そのぐらいは妥協しよう」



そしてリインの要求を実行しなければならない本人そっちのけで、話が進んでいく。

お~い、俺は良いとは言ってないぞ~。ごねても最終的には折れることになったとは思うけど。



≪ならばあなたは、紫電一閃を使いなさい≫

「それでいいのか? 私は構わないが、もっとランクを落としたほうがお前達の身の為だぞ」

≪私のマスターなら、あなた程度の攻撃なんて軽くいなします≫



さらにレイクが指定した魔法はリインが使う中でも、対人戦ではかなりの威力を発揮できる強力な技。

ってか二人とも、話し方が上から目線だ。傍から見ている分にはどっちもすっごい偉そう。



「ちょいと、レイクさん。俺にアレを受けきる自信は無いのですが」

≪大丈夫です、私を信じてください≫

「でもさ、あれ見てみろよ」



リインを指さす。その手に持っているシュベルトフォルム形態の闇の書には、感じなくとも目で確認できるほど魔力が圧縮されているのが分かる。

剣や槌に変形している間は常に光り輝いていた闇の書はその輝きを失くし、どんどん黒色に染まり・・・・・・



「どう贔屓目に見ても、アレはヤバイぞ」

≪・・・・・・・・・・・・だ、だいじょぶ・・・ですょ~≫



最初に比べて随分と勢いが無い。流石のレイクも尻すぼみしたな、これは。

大方、俺の変換効果付きの魔力で強化されてる自分なら耐え切れると踏んでいたんだろう。

直視はしたくないが、もう一度本を見てみる。

あんな黒々としている本・・・もとい剣ならば、”邪険”と呼ぶのが似合いそうだ。

レイクは打開策を特には考案せず・・・。多分このまま俺をアレに突っ込ませる気なんだろう。

100%死ぬ。



「リイン、少しそこで待ってろよ。ちょっくら雲吹き飛ばしてくるから」

「雲を? ・・・何をする気かは知らんが、残された時間もそう長くは無い。急げよ」



レイクが解決策を用意していなさそうなので、自分で動くことにした。

アクセルシューターをパージ。俺はソニックムーブを使い、今いる空域から更に上空へ飛ぶ。

レイクの結界魔法が無ければ、この悪天候の中真っ直ぐに飛ぶことも出来なかっただろうな。



≪マスター、何をするつもりですか?≫

「さっき言っただろ。雲を消すんだ」



雲の中に突っ込む。水蒸気や雪の結晶は物質だから結界を素通りしてくる。

つべたい。



≪そもそも、どうやって雲を吹き飛ばすつもりで?≫

「夢を参考にして、同じようなことを。威力はモドキにも及ばないだろうけど」



ここらへんでいいかな・・・と適当に当たりをつけて止まり、ポケットから対魔法バリア用のカードを取り出す。

カードに少しだけ、魔力を込める。



≪大方の見当がつきました≫

「さすが相棒」



カードを放り、俺は上空へ。



「ディバインバスター」≪ブリッツラッシュ≫



俺とレイクはほぼ同時に魔法を唱える。

ディバインバスターはカードにぶち当たり、直に砲撃魔法を浴びた起動しかけのカードは暴発。

魔力はまるで風のように吹き荒れる。

マッハで上空へ退避する。そうしたら思った以上に空に昇っていたようで、雲から抜き出た。



「っまぶし・・・・・・・・・・・・」



俺はまず真っ先に、目の前に広がる世界に驚いた。

そろそろ顔を出しているだろうと思っていた太陽は出ていなく、空は全方面オレンジ一色に染まっている。

周りを見回してみたが、太陽らしき強い光も見当たらない。ならなんで、空はこんな色をしているんだ?

空をよく観察してみれば、オレンジの中には未だに星が瞬いていて、この星がどれほど地球と違うのかを如実に教えてくれる。

朝方にこんなに綺麗な空、日本じゃ・・・地球じゃ見られない。



世界が違うと、見える風景もこんなに違うのか。



一瞬見とれてしまった。俺は眼下へ目を向ける。なんとそこでも凄まじい世界が広がっていた。

雲もオレンジに染まっている。空の色を反映しているのか。

雲の凹凸で陰が出来・・・影の部分は光の関係か、乳白色に。



こっちも凄い・・・



空と同じ色に染まった雲の中央に穴が開く。俺の真下、カードを炸裂させたあたりだ。

穴は円形になり、その輪が瞬く間に広がっていく。渦巻いていた魔力が逃げ場を求めて四方に散ったんだな。

魔力が風のようになり雲を吹き飛ばしただけだが、視界に映るそれは一見、神秘的な光景にも思えた。



「うわ・・・!」



俺たちにも魔力波が襲ってきたが、すぐに通り過ぎる。

神秘的な光景に出会えて感動に浸っていたい気持ちを、無理矢理切り替える。

リインにも時間が無いんだ。

半径数キロメートル。視界に入る限界ギリギリ、その範囲にある雲は全て吹き飛んだ。

俺が全てを終わらせるまでは、雲は戻ってこないはず。



≪最後に一つ、質問なんですが・・・≫

「ああ」

≪何の為に、雲を吹き飛ばす必要が?≫



尤もな質問が来た。でも普通最初にするもんじゃないか?



「ん~・・・ずっと思ってたんだけどさ、視界が悪くてかったるいんだ。邪魔だから、吹っ飛ばした」

≪そんなことの為にカードを一枚消費したんですか!? もったいない≫

「勿論、それだけじゃない」



飛行魔法に回していた魔力を断絶する。

俺の体は次第に重力に引かれ、ひゅ~~~・・・と落下していく。



≪・・・・・・・・・理解しました。こんな時にからかうなんて、マスターも人が悪いですね。

 重力に身を任せてどんどんスピードを上げてから、リインオルタの一撃に対抗する威力をつけるつもりですね。

 吹雪に煽られスピードが落ちたり標準が大幅にずれたりしないために、このようなことを≫

「違う違う。後半間違って無いけど前半微妙に違う」



納得風に言われても、そんな気は無い。重力で少し威力を上げるって所は合ってるけど。

レイクと会話はしつつ、レイク自身に魔力を注入していく。



「レイク、豆知識だ。人が重力に従い落下していった場合、約200メートルでトップスピードになる。

 たとえ1000メートル上空から落ちたとしても、実質200メートルから落下した時とスピードは変わらないわけよ。

 まあ大人子供で個人差はあるし、風の抵抗とかで変わっていくだろうけど、基本的はそんなだ」

≪・・・・・・つまり?≫

「俺が重力を利用するなら、この距離は長すぎるってこと」



俺とリインの距離は、ざっと2キロメートル。

見晴らしが良く直線距離ではあるが、あの魔力を込められたオドロオドロしい邪険が無ければリインの存在を認識できるかも怪しい。

それと念のため、語弊の無いように言っておく。リインは俺の”真下”2キロメートルにいる。間違えるなよ。

残り魔力23%。



「この距離は、俺の準備がしっかりと整うまでの時間だ。

 その準備にどれだけ時間がかかるか分からないから結構多めに離れたけど」



徐々に落下するスピードが上がり、それに伴いレイクに込める魔力も増やしていく。虹色の輝きも増す。

残り魔力20%。



「リインのあの一撃には、俺も込められるだけの魔力と、全力の一発で対抗するつもり」

≪ふむ・・・心意気は分かりました。が、あの場で飛行魔法をキャンセルする理由は無いでしょう。

 200メートル以降スピードが変わらないのなら、言ってしまえば飛行魔法のほうが速いですよ。

 魔法でもっと近くに寄り準備してから、再度魔法で接近すればこんなことする必要ないと思いませんか?

 なにより時間の無いリインオルタの為に、時間も短縮できますし≫



確かに魔法なら、重力で落下する人間のスピードを超えての飛行が可能になるだろう。だが俺はしない。

レイクの意見に対する明確な答えも持っている。



「そんなもん、俺が恐いからに決まってるだろう。生粋の高所恐怖症である俺の腰抜けっぷりをなめるなよなめるな。

 いくら飛行魔法で多少慣れたとはいえ、上空でそんなスピード出して飛んだら目も開けてられないっての。

 現にブリッツアクションやソニックムーブ使ってた時には、普通に瞑ってたさ」

≪言葉は威勢が良いですけど、内容情けないです。しかも最初の方の言葉が変。『なめるな』を二度言ってます≫

「悪いか。恐くて舌がうまくまぁらな・・・回りすぎるんだ!」



しかしなんだかんだで、レイクもリインを気に掛けてはいるようだ。時間のことを気にしていたし。

あれだな、巷でいうツンデレってのだ。

残り魔力15%。距離はあと半分ぐらいだ。



≪・・・くぅ・・・ぅんっ≫

「・・・・・・どうかしたのか?」

≪マスターの魔力、なんだか新境地を開拓してしまいそうな気持ち良さです。

 魔力を注ぎ込まれる程に言葉にしようの無いほどの快感が走って・・・。

 そうこれはまさに、エクスタシーとでも呼べるほど・・・・・・」

「それもらい! この形態の名前はエクスタシーモードだ!」

≪墓穴を掘りました! なんだか様々なあらぬ誤解を招きそうなネーミングです!≫

「さっきのお返しだ」



俺の服勝手に決めたことに対してのな。けどこれですっきりだ。

グラッドレイジサッドディライト。どのモードも感情に基づいているからエクスタシー絶頂とか混じっても別に違和感も無いし。

それとレイク、新境地を開拓する気持ち良さってのがどの程度なのか全くもってイメージし辛い。



「それはそれとして、マスター。少々魔力を込めすぎではありませんか?

 いくら攻撃系用に使うための魔力は無尽蔵状態だとしても、

 自身の魔力を消費しすぎるとこの後の行動に差し支えるかもしれませんよ。

 私は気持ち良いからいいんですけれど≫

「もちろん分かってる。それと魔力は最初から、限界まで使用するつもりだからな」

≪何故?≫



リインの姿はまだ肉眼では見えない。思った以上に落下するスピードが遅いな。それともこんなもんなのか?

それにしては落下時に風を感じない・・・・・・はっ!

忘れてた。結界張ってるから、風は中を素通りしていかないんだ。

つまり結界を維持するって事は、風の抵抗をモロに受けて加速しないってことじゃ・・・。

残り魔力12%



≪マスター?≫

「・・・気にすんな。自分のアホさ加減に呆然としていただけだから。

 それでな、なんで限界まで頑張るかというとだな・・・・・・」

≪はい≫

「・・・・・・言葉にし辛いな。あえて言うなら・・・礼儀、だな」

≪礼儀?≫



今日は疑問系ばっかりだな、レイク。

俺が疑問を抱かせるようなことばかりしているからか?



「今リインは、現状で出せる全ての力を俺一人に向けている。

 だから俺も現状で出せる精一杯の力を出さないと、失礼じゃないか・・・ってな。

 ただでさえ最後の自分の時間を削ってまで、俺の為に魔法を使おうとしているんだ」



俺の為の魔法が攻撃魔法って所には、なんとも微妙な気持ちになるが。

残り魔力10%。



≪・・・相手の気持ちをそこまで考えているにも拘らずその想いに答えようとしなかったら、確かに礼儀なんて持ち合わせていませんね≫

「だよな。だから俺も、今は・・・今だけは、リイン一人を見るつもり。

 この後のこととかその他、この一撃入れるまでは考えない」

≪後先考えずの行動ですか・・・・・・マスターらしいです。

 昔はそれが凶と出ましたが、今回は吉だと良いですね≫

「酷いな。これでも前よりは考えてる方なんだぞ。もうあんな悲劇は懲り懲りだからな」



何があったのか疑問だろう。教えてしんぜよ~。

邪夢だ、の一言で十分だよな。これ以上は思い出させるな。



「それじゃ、結界を解くぞ。お前と話し続けてたから結界解いてなかったけど、このままだと不完全な一撃になる」

≪待ってください、最後に一言アドバイスを。

 もしマスターの一撃がリインオルタに通ったのなら、すぐに私をリインオルタに接触させてください。

 バリアで攻撃は本体に届かないでしょうから、いっそのこと切りつける勢いで構いませんので≫

「? わかった」



リインとの距離が(恐らく)300メートルになったあたりで、ようやく結界を解除。

風を遮るものが無くなり、予想通りスピードが・・・・・・



「って! はやいはやい速い!!」



加速加速加速・・・恐怖だ。ジェットコースター以上の恐怖だ。

高所恐怖症の人間にしか分かるまい、この恐さ。

肉が腐ってデロデロに溶けたゾンビのリアルVer.の顔を15センチの超至近距離で眺め続ける恐怖とでも言えば、

高所恐怖症じゃない人にも少しは理解できるか?

だがそんな状態でも根性でレイクに魔力を注ぎ続ける。

俺の残り魔力は7%。これ以上は無理。圧縮した魔力は維持、後はリインに突っ込むだけ。

何とか目を開け続けリインが視認できる距離になった。

リインも俺を見て構えに入る。剣を腰の高さに。なぎ払う構え・・・かな。



「・・・・・・あっ」



慌てて俺も構えに入ろうとする。でもどう攻撃すればいい?

突き? 斬り? それともリインと同じ薙ぎ?

イメージする。突きの場合、斬りの場合、薙ぎの場合どうなるか。でもどれもうまく想像できない。

当然か。俺は相手と剣を交えるという体験をしたことが無いし、リインの攻撃は専ら避けてたから参考にならない。

相手が薙ぎの場合に有効な攻撃って無いのか? でも俺は知らない。

どうすればいい? どうすれば・・・・・・。

ふと思い出したのは、舞の姿。屋上から落ちてきた時の事。

あの舞はどうやてまいに攻撃していた? ・・・・・・・・・たしか・・・・・・・・・。

右上段に構え、攻撃は体全体の捻りを使って・・・。

これでリインに勝てるのか? いやいや、もっとアグレッシブにいかなきゃ駄目だよな。



これでいける!



方針は決まった。再びリインを見る。

あちらは完全に準備を終えている。後はこの距離がゼロになれば衝突するのみ。

残りはほんの50メートルぐらいだが、そのほんのは異様に長くなると感じた。



40・・・・・・レイクを右上段に構え、体を捻る。



30・・・・・・捻りすぎて攻撃のタイミングを間違えそうだったので、調節をする。



20・・・・・・リインの口が動いた。紫電・・・そう呟いたんだと思う。



10・・・・・・この距離でようやくリインが動いた。それに合わせ、俺も動く。



そして・・・・・・・・・・・・・・・





「一閃!!」


「はぁ!!」





ゼロ。ぶつかり合う俺とリインの一撃。お互い全力の攻撃。

高密度の魔力同士がぶつかり合ったんだから、当然大規模な爆発があるものだと予想していた。

だが・・・・・・



  バチィ!!



「なぁあ?!!」

「?!」



爆発どころか僅かばかりの拮抗のみで、俺の一撃がリインの紫電一閃を打ち破った。

あまりにもあっけなく。

もしや全力に見せかけたフェイントかと思いリインを見たが、リインも唖然とした表情をしている。

結局何が起きたのか分からないまま、慣性の法則に従い振り切られた俺の一撃は、リインの一枚目のバリアを破壊した。

更に、ほぼ反射的にレイクを引き戻して、リインにぶつける。



≪バスター≫



二枚目・・・。









[8661] 第二十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/20 14:11










「つまりお前の一撃の方が、圧縮された魔力が研ぎ澄まされていたという事だろう。

 紫電一閃は圧縮した魔力を爆発的に、相手に向けて放出するようなものだ。当然噴き出た分の魔力は分散する。

 私が負けるのも、考えてみれば自然の道理か」

≪冷静に状況分析していますが、結局負けたことには変わりないですよ≫

「追い討ちかけるなレイク」



激突の後、思った以上にリインの落ち込みっぷりは凄かった。こんなキャラだったのかと一瞬目を疑うほど。

オー・アール・ゼット、だ。空中でその体勢をするなど、意図的にとしか思えないほど見事に表現している。

それほどあの真っ向勝負で、自分が勝てるという想いが強かったのだろう。

思わず背をポンポンと叩いて慰めてしまいたい衝動に駆られる光景。



  ポンッポンッポンッポンッ



「・・・・・・何故背を叩く」

「あ~・・・いや、なんとなく。こうしてもらいたいんじゃないかと思って」



衝動に駆られるどころか、本当に背を叩いてしまっていた。

俺こそ追い討ちかけてんじゃないのかな?



「・・・ふん」

「え~っと・・・あんまり気を落とすなよ。リインの一撃も、中々だったって」

「いらぬ世辞だ」



気を遣ったつもりが、不機嫌そうな顔をされる。

どうにも俺には人を慰める才能が無いっぽいな。



「・・・・・・・・・だがまぁ、気遣いには感謝はする」

≪素直じゃありませんね。嬉しいなら素直に表現すれば良いのに≫

「誰が嬉しいと言った、誰が!」



たった今まで落ち込んでいたが、立ち上がって(立ち直って?)レイクに詰め寄ってきた。

レイクの挑発に乗せられた形だが、もう元気になってる。

この二人、最初は犬猿の仲になるかと思ってたけど、案外気が合う者同士かもしれない。



≪あなたが嬉しいか否かは些細なことですし、台所の戸棚の隅にでも置いてカビが生えるまでは放置しましょう。

 そんなことより私達が勝ったんですから、何かしらの賞品を求めます。

 こちらは態々あなたの要求を呑んだんですから、これくらいは当然ですよね≫



・・・・・・ずうずうしい奴め。



「要求とはさっきの事か? 私は、こいつが何でも言うことを聞くと言うから願いを述べたまでだ。

 そもそも私の体の変調が原因でそこに至り、突き詰めればそれこそこいつの責任であろう。

 私が何かをしてやるなど、お門違いも良いところだ」



尤もな意見だ。リインが何かをしなければならない理由は全くない。

確かに俺――正確には俺の頭に『未来の』が付くが――が原因だし、俺に出来ることなら何でも言うことを聞くといったのも俺だ。

俺達が勝負に勝ったことは間違いないが、だからといってリインに何かしてもらうってのは首を傾げる話になる。

『敗者は勝者の言うことを何でも聞く』とか、『勝者には豪華景品が付いてくる』という取り決めが事前にあったのなら問題ないと思う。

だが俺の記憶が正しければ、そんな契約した記憶も約束した記憶も、ここ数時間の間には無い。



≪マスターに責任はありません。少なくとも(現時点の)マスターは(まだ)冤罪です。それは私が証明します。

 何の非も無くあなたの戯言に付き合ったのですから、それぐらいは当然の権利だと抗議しますよ≫



レイクの『少なくとも』と『マスターは』の後に僅かな沈黙があった。

その中にどんな言葉が含まれているのか・・・容易に想像が出来る。



「本人が言った事だ。自分に原因があると」

≪それ嘘です。マスターが自分から濡れ衣を着たんです。それぐらい気付きなさいこのスカポンタン≫

「ス、スカ? ポン? ・・・その言葉が何かは知らんが内容は分かる。私を馬鹿にしているだろう、貴様」

≪当然です≫



どっちかが引かないと徐々にエスカレートしていく兆候が見える。やっぱりただの犬猿だったか?

それとレイク。ツナギの裏側が変身コスチュームになっていて、いつも決め台詞の後に歯を光らせ、

たった一回だけだが男の大事な部分を光らせるという変態行為を自信満々に成し遂げた、

おもちゃ屋の息子が主人公のアニメなんていつの間に見たんだ?

・・・俺の記憶を共有した時か!



「・・・こんなところで貴様と言い合っていても、何の得にもなりはしないか」

≪あなたが何かをしてくれれば、私達は得をしますけれど≫

「まだ言う気か。あまり図に乗るなよ。粉々にするぞ」

≪出来るものなら≫

「はいはいヤメ! ストップ!」



折角引こうとしてくれたリインの心遣いも無駄にして、レイクが更に挑発する。

犬猿の仲もただならず・・・ってことだな。

誰かが二人を止めないと、最終的には一触即発状態にまで至っているだろう。そんな感じがした。

そして残念ながら誰かに当たる第三者はこの場に居る俺しかいない。



「・・・ふん」

≪ちっ≫



俺が間に入ったことで、二人はしぶしぶとその矛を収めた。

はぁ、やれやれだ。

どちらかというと、レイクの方が一方的に突っかかっていただけのような気もするが。



「・・・・・・・・・私の質問に一つ答えろ。そうしたら私もお前達の質問に一つ答える」

「はい?」



いきなりのリインからの提案・・・?

なにがなんだか。



「・・・これが精々だ。私が負けた事実も確か。負けた以上、勝者の言葉に耳を傾けねばなるまい。

 先に言っておくが、これ以上の譲歩は無いからな」



釘も刺された。とりあえず、知らんうちに質問する権利を得たらしい。

が、俺がリインに質問するようなことなんて無い。何を言えばいいのか。



≪ちっ、やっぱりですか≫

「何がだ?」

≪なんでもないです。・・・いいでしょう、それで手を打ちます≫

「どうしてお前はそんなに偉そうなんだ」

≪リインオルタが相手だからです≫



こんだけトゲトゲしたレイクを見るのは初めてだ。普段はこんな毒舌なヤツじゃないはずなのに。

それだけダークリインを嫌っているって事か・・・・・・でもそんなはずは無い。

レイクが相手と会話をする。それだけで、決してその相手を嫌っていないという証拠になる。

さては何か企んでいるな、レイクのヤツ。



≪では私から≫

「リインが最初で良いぞ」

≪ま~~す~~た~~・・・≫

「怒るなよ。別に良いじゃないか。交互に質問するのなら、最終的には質問する数は平等になるんだし」



第一質問する内容が思いつかん。レイクはいくつか用意してるだろうが。

ここはリインに先行させて、その間に考える方がいい。

何よりダークリインがどんな質問してくるのかがひじょ~に興味がある。



「私が先で良いのだな?」

≪くっ・・・仕方が無いです。許可しましょう≫

「だから、何でお前はそんなに偉そうなんだよ」

≪リインオルタが相手だからです!≫



どきっぱりと言われた。全く意味が分からん。或いは意味は無いのか。

それともあれか? 最近話題にこそあまりされていないが、

今現在もありとあらゆる場所で問題になっている人種差別ならぬデバイス差別というやつなのか?



「それでリイン、最初の質問は?」

「まずは・・・・・・そうだな。その呼び方について聞こうか」

≪呼び方?≫

「何故お前は私をリインと呼び、そいつはリインオルタと呼ぶのか」



俺、レイクと順々に指差しながら言う。

最初は訳が分からなかったが、よくよく考えてみれば『そうか』と納得できる。

ダークリインとリインフォースは違う存在なんだっけな。

俺で例えれば、見知らぬ相手に「よう斉藤」と呼ばれるようなもんか。そりゃ理解できんわな。

さて、じゃあ説明を・・・・・・どこから説明したもんかな。



「ん~と・・・・・・リインフォースって、誰のことだか分かるか?」

「リイン・・・フォース? いや、知らんな」



まずはそこからか。ダークリインがどれだけのことを知っているか分からんから、どこから話せば良いのかも分からん。

適当に当たりをつけて話していくしか無いか。



「リインフォースっていうのは、闇の書の・・・管制人格のことだ。こう言えば、分かるか?」



管制人格だよな。完成人格じゃ無かったよな。読みが一緒だからややこしい。

読みが一緒だからこそ、どっちか分からなくても言葉に出来るとも言える。どうでもいいか。



「マスタープログラムのことか? 出会ったことは無いが、存在は知っている」



良かった。もう一人のリインのことは知っていたか。

でも同じ肉体(?)を共有しているのに出会ったことが無いとは・・・。でも、そんなもんかもな。

ゲームの後に敗者に罰を下すのが主だったのに途中からカードゲームに変化した漫画の主人公も、

本編の途中までは自分の裏の存在と対面できなかったし。



「そのマスタープログラムの名前が、リインフォース」

「ほう、あいつに名前が出来たのか」

≪そこから派生して、私はあなたをリインオルタと呼んでいます。

 オルタの元となったのは、剣の名を持つ大食い魔人からですが≫



知らない。俺はそんなの知らない。こいつ俺とは違う理由で名付けていたんだ。

それで俺のと名前が一緒なのはどんな偶然か。

レイクは俺から離れれば好き勝手に行動は出来ないのに、どこから情報を収集しているんだ。

(※祐一は逆行直前は18歳になったばかりです。アレはやっていない設定)

俺の名づけたオルタはオルタナティブから。オルタナティブは二者択一、という意味だ。

ダークリインは言わば『もう一人のリイン』となる。そこから捻り考え、俺はその名に行き着いた。



「俺はダークリインとリインオルタの二つ考えて、心の中ではダークリインと呼んでる」

「こちらも興味深い話だな。何故前者の方に?」

「防御プログラムは闇の書の闇、ってリイン・・フォースに教えられたから。

 闇の英語読みはダークだし、シンプルだ」

「それだけか?」

「それだけ」



捻って名付けても、相手にその意味が伝わらなければそれはかなり悲しい。

リインオルタと自分で考えてなんだが、これの意味を理解できるのは相当少ないだろうと思いダークに可決した。

逆にシンプルすぎるという反対意見は受け付けません。



「名とは、個を識別するために付けるらいしいな。その程度の理由でつけるのが、或いは妥当ということか」



リインが勝手に推測し、勝手に納得している。

今更だが、どう考えても自律思考能力あるよなぁ。質問の一つはこれにするか。



「でも折角だから、リインにも新しく名前付けようか? あ、他に自分の名前があるのならそれでもいいけど」

「必要ない。ダークリインかリインオルタで十分だ」

≪ダーク・リインオルタ。いえ、ダークリイン・オルタ? いっそダークリインオルタで一つの名前として・・・≫

「混ぜるな混ぜるな」



リインがいいと言ってるのに、レイクは構わず名前をつけようとしている。

しかも繋げただけの安直さで、名前に対するセンスは無視。

ダークリインオルタは呼ぶ方が困る。長すぎだ。



「さあ、次は私が質問に答えよう。時間は有限だ、急いだ方が良い」

「おっと、そうだな。それじゃあ・・・レイク、先いいぞ」

≪ありがとうございます、マスター≫



俺の質問は些細なものだし、ここは相手に譲る心を。



≪では・・・最初の質問は答え辛いでしょうから、答えられる範囲で答えてください≫

「ああ。可能ならば答えよう」

≪私達に有益になる情報を出来うる限り公開してください≫

「卑怯くさっ!」

≪一つは一つです、マスター≫



ここにきて、俺はレイクの考えていることが理解できた。

最初のレイクらしからぬ賞品要求やそのしつこさは、始めからこれが目当てか。

リインから何かを引き出すためにあんな事言い出したってことだよな。

レイクが何をどこまで考えているのか分からんが、この類の悪知恵は完全に俺からトレースされている。



「・・・・・・なんでもいいのか?」

≪私達に有益なことならば、何でも≫



顎に手を当て考え出すリイン。このテーマに難易度とかあれば”むずい”だな。

相手にとって有益な情報なのかどうなのかは、その相手にしか判断できないわけだし。

ただ間違ったりしても罰ゲームは無しだらか、まだ気楽だよな。

少し考え、リインは口を開く。



「もうすぐ私は消える。私が消えた後のことを、お前達は知っているか?」

「いや、知らない。何か起きるのか?」

≪何をすべきなのかは知っていますけど、それ以外の事は大概知らないですね≫



リイン本体に強力な魔力ダメージをぶつけるんだっけか。

管理局に知られるのはヤバイからあのカードは使えないので、もっと別の方法で。

どの程度威力が無いといけないのかが鍵だな。



「私も憶測しているだけで、真実そうなるかは分からない。私が消えた後のことだしな。

 そのことは忘れずに、心して聞くことだ」

≪それでもいいです。闇の書について詳しい情報がまったく無い私達よりかは、真実に近い危険予知が出来るでしょうし。

 なによりどんな物事でも、その危険性を知ることに損はありません≫

「そうか・・・では話そう。

 ・・・私が消えた後、私という制御を失った書は、恐らくその役目を全うするためだけに動き出す。

 その役目とはつまり、侵食と・・・拡大」



神妙な面持ちだ。それだけ真面目な話なんだろう。内容的にも物騒気味だ。



≪侵食とは、聞き捨てなら無い単語ですね。

 ・・・・・・その侵食する対象、範囲、及びそのスピードは?≫

「それを問うということは、新たな質問を追加するということになるが?」

≪かまいません。今私達に必要な情報です≫



二人だけでどんどん話を進めていく。困った。

話の内容は分かるが、それがどういった重要性を持つことなのかいまいち分からない。

危機感が足りないと言い換えてもOKだ。



「侵食する対象は、触れたもの全て。範囲に制限は無い。あえて言うならば、対象全てを侵食しきるまで。

 この何も無い星だと・・・・・・そうだな、星そのものが対象だろう。

 お前達もうっかりと近寄りすぎれば、侵食に巻き込まれるぞ」

≪スピードは?≫

「知らない。私とて、自分の能力の全てを理解している訳ではない。

 ましてや私が消えた後、制御下を離れたのなら尚更予測不可能だ。

 私が消えたために暴走し、異常なスピードで侵食するのか、それとも私という統括者を失くしその逆になるのか。

 これ以上は私も分からない」



どっちにしろ何もせずに静観していたら、拡大しすぎて取り返しの付かないことになるってことだよな。

手遅れにならないうちに決着をつけるのか・・・・・・短期決戦だ。苦手だなぁ。



「私が知る情報の中でお前達に役立ちそうなものは、これぐらいだな」

≪一つしか答えていませんよ≫

「情報という不確定なものが役立つかの判断は、個人によって異なる。

 私個人はこれのみがお前達に役立つものだと判断し、これ以外の情報は役に立たないと判断した。何も問題は無いはずだ。

 もしかしたら私の知る情報の中でお前達に有益な情報があるのかもしれないが、それは私の知るところではない。

 その情報を私から詮索し探るのは勝手だが、お前たちの質問の機会に探れ。

 さて、次は二度続けて私の質問だ。異存は無いな」



してやったりな顔。話の筋も通っているし、これは一本取られたな、レイク。



「くっ、不覚でした。・・・・・・異論はありません」



反論しないあたり、自分の負けはキチンと認めてはいるんだな、感心感心。

潔さは立派だぞ、レイク。策士が相手の策略に嵌っただけのような気もするが。



「・・・とは言ったが、自分の疑念を相手に話すという行為は中々に難しい。

 聞きたいことは多くあるはずなのに、言葉にするとどう表現すれば良いやら・・・」

≪だったら質問権を私に譲ってください。時間も無いんですから≫

「それとこれとは話が別だ。私の持つ権利をお前に譲る理由が無い」



そらそ~だ。うんうんとリインの言葉に頷いておく。

俺の動作が目に入ったのだろう、こちらを向いたリインと目が合った。

・・・・・・何故だろう、嫌な予感がする。しかも今までに数回しか感じたことが無いほどの変り種な予感。



「二つ目は・・・・・・そうだな。さっきお前が使った技の名前でも聞こうか」

「お、俺?!」



突然のご指名。自分で自分を指差し確認を取ってみたら、一回だけ頷かれた。



「私の攻撃を破ったのだ。その技の名ぐらい知りたいと思うのは、至極当然のことだと思うが?」

「お、おう、そうだな。え~と・・・その・・・あ、あれ~は」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



今までほとんど蚊帳の外だったのに、急に話の輪に加えられて焦った。

輪に加えられただけなら問題ないのだが、質問された内容が問題だ。



『俺の使った技の名前』



はっきり言って、あれはただ我武者羅に魔力を込めただけの一撃で、名前なんて無い。

ゲームのような派手な技を使う者から見たら、「ぶるぁあああ!」と迫力満点に怒られるほどおこがましいシロモノかもしれない。

無駄に魔力を込めた一撃です~、名前なんてありませ~ん。と答えるのがリインの質問への正確な解答なのだが・・・・・・

けどそれを馬鹿正直に告白するのは正直はばかれる。

何故かと言うと、さっきのリインの紫電一閃・・・

リインの落ち込みようからも伺えると思うが、あの一撃にはかなりの自信があったらしい。

その自信満々の一撃が、ほんの2時間前に正式な素人(←重要ポイント)魔導師となった俺が考えた、

名前も無い即席の攻撃に敗れたとなると、その後の落ち込み様が予想できない。

混乱する頭で考えながらリインを見る。あまり感情の浮かんでいない目で見つめ返された。

適当にカッコいい名前をつけて誤魔化すしかない。



「な~ま~え~・・・は・・・」









[8661] 第二十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/09/30 21:36








刻一刻と過ぎていく時間。無言で見つめてくるリインはプレッシャーの塊そのもの。

こうなったら俺の乙女コスモの力を借りて、湧き上がってきた名前をそのまま口に出すしかない。

考えろ。考えるんだ。多少は後悔するかもしれないが、このままリインに精神的大ダメージを与えるよりかは良い結果に繋がる・・・と思う。

それに俺は己の乙女コスモを信じている。きっと悲惨な運命にならないよう本能で回避してくれるはず。

そしてようやく浮かんだ一つの名前。それは、振り下ろしの時に舞の一撃を真似たから連想されただけ。

焦っていた俺は、その言葉の意味も考えずに口走る。



「は・・・はちみつくまさん!」



言ってから猛烈に後悔した。俺の乙女コスモのバカ!

ない。これはない。ありえない。

いくら焦っていたとしても、これだけは口にしてはいけなかった。

これは舞を象徴する重要な言葉なんだ。

まだ使ってもらってないが、中学に上がったら使ってもらおうと密かに計画していたのに。

何故もっとビシッとした名前を思いつかなかった、乙女コスモ。



「そうか。良い名だな」

「うそおぉぉ??!」



まさかと思いリインの顔を見てみたら、本当にそう思っていそうな表情。

なぜ!? なにゆえ!? どこにそんな要素が!?

蜂蜜だぞ! 熊さんだぞ!?

技を使うときに『うぐぅ!』とか『あう~!』とか『えう~!』と叫んでるのとある意味大差ないんだぞ!

心で滅茶苦茶突っ込みまくっているが、頭の片隅では「ああ、異世界出身ならこんなのもありかな~」と納得している。

いや、ありなのか? 本当に。



「なにを驚いている。それより、私の二枚目のバリアを破った魔法は?」

「へ? 二枚目? ・・・・・・ぽ、ぽんぽこ・・・たぬきさん?」



思わず自分でも疑問系。二枚目のバリアを破ったのって、レイクの独断攻撃のことだよな。

あの攻撃の原理は、レイク内に蓄積された俺の魔力の全てを相手に放出しただけの単純魔法。

魔力を我武者羅に込めただけの最初の一撃よりかは若干魔法っぽいが、

ぶっちゃけ無駄に魔力の多いディバインバスターみたいなもんだ。

切った直後にほぼゼロ距離砲撃が可能らしいから、はちくまとのコンボとしては使えそうだけど。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



それはどうでもいい!! なにズレた思考してんだ俺?!

今の最優先事項は、今のを取り消して別の呼び名を挙げることだろ!

でないとリインの中では技が『はちみつくまさん』と『ぽんぽこたぬきさん』で決定して・・・・・・



「こちらはやや風変わりな名前だな。だが、センスが良い」



決定してしまった~!

お・・・遅かった。手遅れだ。今更な名前変更は、不自然すぎる。

このまま一生この攻撃は”はちくま”と”ぽんたぬ”なのか・・・。

またしても的中してしまった、俺の嫌な予感。今回のは限りなく自業自得に近いが。

・・・・・・ついでにどこに突っ込めば良い。

風変わりなところ? センスのところ? はちくまと比べてどう風変わりかと聞くべき?

センスについては、あまりといえばあまりの見解の違い。混乱通り越して悟りを開きそうだ。



「あ、あ~・・・あぁ~・・・ああ、そうかな」



もういいや。どうとでもなれだ。

リインを落ち込ませない当初の目的は達せた訳だし、弁解するのも不自然だし。

きっと今の俺からは、諦め臭がプンプンとしていることだろう。



≪さあ、質問二つは終わりました。次は私の番です!≫



俺がこんなでも意気揚々と質問を繰り出そうとするレイク。ぽんぽこは二つ目の質問とカウントしたのか。

元気だなぁ。その元気を俺にも分けてくれ。



「すまないな。このやり取りをもうしばらく続けていたいのは山々だが、もう時間のようだ」

≪か、勝ち逃げっすか!?≫



いきなりのタイムリミット宣言。予兆も何も無かった。それとレイク、ご愁傷様。

リインをよく観察してみれば、その足元から徐々に透けていってる。



「そんなつもりはない」

≪無くても勝ち逃げです!≫

「・・・それでもお前が勝ち逃げだと言い張るのなら、今のうちに質問をするといい。

 時間内に答えられるかは分からんが、それでも良いならいくらでも答えるぞ」

≪質問する事柄多すぎです! どれ質問すれば良いんですかあ!≫

「まずは落ち着こう、レイク」



相当焦ってる。こいつ一体どんだけ質問するつもりだったんだ。

そうこうしている間にもリインは消えていく。時は金なり~、たいむいずまねー。まさにその通り。



「それじゃ、リインに二つほど聞きたいことがあるんだけど。レイク、俺が質問してもいいか?」

≪うぐぐ・・・マスターちゃっかり者です。さっき私が質問させてもらったから、私は譲るしか無いです≫

「言うなら早くしろ」



リインはもう膝あたりが消え始めている。消えるスピードが速い。

顔の前でピッと人差し指を立てる。答える時間ぐらいは持って欲しいな。



「一つ目。リインが自律思考している理由」

「自律思考?」



そこで疑問そうな顔すな。時間が余計無くなる。



≪思考すること、考えることです≫

「・・・ああ、考えることか。なに、あれに深い理由は無い。

 言うなれば、同じ事を延々と繰り返すことに暇を感じ、他者を真似て戯れに思考することを覚えただけだ」



おお、びっくりだ。

構造的には漫画系でもよくある、アンドロイドやターミネーターが感情を持ったり思考するのと大差ないのかな。

そう考えてみると魔法と科学は、全く違う分野であっても実はかなり似通っているのかもしれない。面白い発見だな。



「じゃ、二つ目。これが終わったら、もう一度リインと・・・お前と会うことは出来るか?

 レイクも交えて三人で喋るの面白いから、もっと色々話してみたい」

「・・・心遣いには、感謝しよう」



遠まわしな言葉だが、それだけで理解してしまった。

元々ある程度予想していたから、落胆は少ない。



「出来る限り前向きに善処するべし」

「無茶を言うな。・・・すぐに私から離れろ。取り込まれたくなければな」

「分かった」



結局リインは自分が消えることに怯えることもなく、あっさりとその姿を消した。俺はすぐにその場を離れる。



≪リインオルタ、武士道精神に溢れた強敵でした≫

「武士道というより、方向的に騎士道じゃないか? 服もどちらかというと洋服寄りだったし」



レイクと無駄話をして、ちょっとした切なさを紛らわす。

リインが居た場所に残されたのは、闇の書のみ。扱う者が居なくなったためか、重力に従い落ちてゆく。

落ちていく様をボーっと眺めていると、その様子がコマ送りのように見えるな。

これって、脳内に記憶された映像を思い出しつつ目の前に落ちていくその続きを目で見ているから、そう錯覚しているんだと予想。回答やいかに。

雪の上にボスンと落ち、数秒ほど静寂が続いた。

目には見えないが予想できる。雪の中で闇の書の姿は変容を開始してるんだろうなぁ。

雪が盛り上がり何かが出てきた。植物の蔓のような物だ。

”そいつ”はそれを伸ばし雪の上に張り付く。闇の書の形態が不明だから、とりあえず”そいつ”としておこう。

そしてその蔓はどんどん侵食範囲広げていって・・・。



「どこかグロッ!」

≪リインオルタの言ったとおりですね≫



拡大していく。ああ、急がないとヤバそうだ。

ドンドンドンと、3発ディバインバスターを打ち込んでみる。

直撃した部分の蔓は吹き飛んだが、すぐに再生。効果は無いようだ。



≪リインオルタが消える前に、せめてバリアのこととか聞きたかったです≫

「バリア?」

≪マスターは分かりますか? ギガントシュラークの爆発で私がマスターから離れてしまった後、

 バリア破壊のカードを一枚リインオルタに直撃させましたよね。

 それなのに、ついさっきまで全てのバリアが健在だった理由について≫



記憶の糸をたどる。・・・・・・確かに、カード一枚リインに食らわせたな。



「さあ? バリアは自動修復されるものなんじゃないか?

 もしくはカードとバリアの相性が悪くて、最初からずっと一枚も壊れていなかったか」



闇の書が落ちたところに2発打ち込む。効果は・・・無い。

吹き飛んだ雪の中にも、闇の書は影も形も見えない。まさか移動したのか? こっちを先に攻撃したほうがよかったか。



≪物理破壊と魔法破壊、マスターはどっちのカードを使ったんです?≫

「ん~・・・正直、憶えてない。カードは適当に取り出しただけだけだから。でもそれは今関係ないだろ」

≪それもそうですね≫



ランダムに5発ほど打ち込んだが、どれもダメージを与えたように見えない。

侵食スピードも再生スピードも半端じゃないな。



≪元々複合四層式バリアは防御プログラムであるリインオルタが使っていた。

 その彼女が消えたということは≫

「多分もう無い」



レイクが魔力を収束する。俺は術式を完成させる。役割分担はもう完璧だ。

前方に展開される巨大魔法陣と、そこに収束される魔力。

巨大な虹色の魔力球が出来上がる。



「本当にお前って、変な思考しているよな。もう意味の無くなったバリアのことなんて、普通気にしないぞ」

≪放っといてください。・・・この大技は、反動注意ですよ≫

「はいよー」



「≪スターライト・ブレイカー!≫」



巨大な魔法陣に見合った巨大な砲撃魔法が、放射される。

【スターライト・ブレイカー】。カノン表記の中では最強レベルの、砲撃魔法。

周囲に存在する魔力を収束限界まで集めて、そのまま打ち出す大魔法。実際に使うのは初めてなんだけど・・・

なにこの魔法。

まるで浦飯さん家の霊界探偵少年がアニメOPで撃つ霊丸だ。

撃ちながら唖然としていたら、突き進んだ砲撃が勝手に闇の書の蔓を3分の1ほどを消す。

信じらんないほど威力が高いんだけど。

しかし残念ながら闇の書は見当たらず、侵食も止まらない。



「くそっ、違ったか」

≪2発目充填、行っときます?≫

「・・・駄目だ。この魔法初期始動時に使う魔力が大きい。今ので残り魔力が4%を切った。

 乱発は得策じゃないし、何より魔力コントロールが大変すぎる。やるなら確実な時じゃないと」



さあ、どうしようか。多分威力はスターライトブレイカーで十分だと思うけど、打ち込む所が分からない。

どこかにある闇の書本体をピンポイントで打ち抜かないといけないのか、またはコアみたいな物があるのか。

そんなところは、”虎の巻”に一切書かれて無かったよな。まさかこの蔓全部が闇の書とか?

もしそれが助っ人登場により明らかになるはずだったとかになると、これは打つ手が無い。適当に砲撃魔法を当てるだけだ。

・・・いや、そこはさして重要じゃないか。使いたくは無いが、一つ確実であろう的な手があるし。



≪マスター!!≫

「っ!?」



今までに無いレイクの焦った声。何事!?



「・・・・・・あれ?」



おかしい。さっきまでと景色が違っている。

空には白い雪の大地が見渡せ、地面には茜色の大空が広がっている。

これは・・・世界が逆さまになった?



≪よかった、気が付かれましたね。っていうか、そのタイプのボケは古典的ですよ≫

「また口に出してたか。レイク、俺どんな状況?」

≪真っ逆さまに落ちている最中です≫



背中から翼を生やし再び宙に浮き、空へ舞い戻る。

飛行魔法を発動した時下を見たけど、地面との距離が100メートル無かったよな、今。

危なく闇の書の蔓が侵食している雪の上にダイブするところだった。

・・・今更なんだが、蔓じゃなく木の根っこなんじゃないか?

侵食の済んだ所が、天空の城ラピ○タに発生している木の根っこに見える。



「一体何があったんだ? 俺の魔法がキャンセルされたとか?」



何が起きたのかさっぱり分からなかった。

とりあえず可能性的にありそうなものを口に出してはみたけど、それは無いだろうと自分で否定する。

どんなに複数のことを意識していても、意識の一部はこちら側に残しているから、普通気がつく。



≪いいえ、違います≫



案の定違うみたいだ。



≪眠っていたんですよ、マスターは≫

「げっ! マジか!?」



だが予想より嫌な方向だった。

複数分割していた思考の内5つほどを残し、他全てをその意識に結合する。

自覚認識が強まり、急激に襲ってくる睡魔。



「うわ、嘘・・・時間切れ? 魔力切れ?」

≪どっちも、です≫



今日一日でマルチタスクを使いすぎた代償と、魔導師特有の魔力切れ時に起こる強制睡眠、それが同時に。

どちらか片方ならもうしばらくは持つはずなのだが、両方だと相乗効果を生んで早めの睡眠に入るのか?

今まで何の眠気も無かったことを考えて、どうやらたった今撃ったスターライトブレイカーが決め手だったようだ。

もう何もしていなくても、眠気は波のように襲ってくる。

・・・眠い!



「レイク、レイジモード・・・」

≪? どうしたんですか、今頃≫

「早く」



レイクをエクスタシーモードからレイジモードへ。

この形態は腕を守る籠手型で、俺の左肘から手の甲までをぴったりと覆っている。

レイジモードやディライトモードに関わらず、全ての形態が今の俺の体にしっくり来るサイズに変形可能で・・・

どうでもいいか、今は。

バリアジャケットを解除し、元の服装に戻ってからポケットに手を突っ込む。

掴んで引っ張り出すのは、結局この戦闘中に使わなかったカード3枚。

それを篭手になったレイクと俺の腕の隙間にねじりねじり・・・。



≪マ、マスター?≫



バリアジャケット展開時って、元々着ていた服とかポケットに入っていたこのカードとかどこに収納されているんだろう。

異次元に転送されているとかSFチックなことじゃないよな。



「ぃよっし!」



最後に両手でパンッと頬を叩いて、気合が入りましたと表明。



≪マスターの顔・・・・・・≫

「ん?」

≪碌なこと考えていない表情です≫



すっかり見抜かれてる。こいつともそこそこ長い付き合いだ、やっぱり分かるのだろう。

レイクにニッと笑いかけ、両手を空に。



「レイク、後のことは頼んだ。それとカードは全部プレシアさんに返しておいてくれ」

≪・・・げっ≫



マルチタスクを全開にして、俺からさらに上空に魔法陣を描き始める。

レイクの底上げサポートも借りて、描き始めは100以上の場所。完成までは一気に。

俺が自分で考えた、一発こっきり。確実だが出来れば使いたくなかった手、早速使うことになった。

世の中なんでこんなに理不尽なんだ。



≪マスターが倒れるようなピンチでも、人型じゃない私はまったく動けないんですけど≫

「そこはほら、どうにかしてくれ」

≪無理難題ですよ!≫



魔法陣は完成させた。直径が2、3キロの超絶巨大な魔法陣。

別に陣の大きさに制限は無い。

広げようと思えば、陣をイメージさえ出来れば際限なく広げることも可能だし、狭めようと思えば10メートル程度に抑えることも出来る。

ただし、魔法の効果範囲は魔法陣の大きさだけ広がる。威力には殆ど変化なし。広げた方が得は得なのだ。



≪これはまた、大きいのを作りましたね・・・≫

「・・・・・・ねむい」



完成させた魔法陣に魔力が収束されていく。結局のところ、この魔法は収束魔法。

発想だけはオリジナル。自分で言うのもなんだが、大魔法。

破壊力も俺の手持ち魔法の中では群を抜いている。けどいくつか弱点が。



「これで決着つくよな」

≪闇の書を強制停止に持っていければ、つきます。これだけの一撃なら心配しても杞憂に終わると思いますけど≫



この魔法を使ったら、俺はほぼ必ず気絶する。それと魔力が収束されるまでに時間がかかる。

あとは・・・・・・そうだな、自分じゃ威力を制御できないって所か。

空に出来上がってきたのは、魔力の球体。色は虹と黒と闇が混ざって、複雑色。

サイズはどんどん大きくなる。



≪不安を煽る光景です・・・≫

「・・・疲れた」



この球体には、ここら一帯の魔力が全て詰まっている。

浮遊魔力は勿論のこと、この数時間で俺やリインが使用した魔法の残りカスも含めて全て。

戦いの中で使用した魔法、魔法同士で相殺されたわけでもなく宙に散った魔法はそのまま魔力に・・・空気中に滞在している。

あの球体には、元々この世界この辺り一帯に存在していた魔力や、ブラッディダガー数百本にデアボリックエミッション4回と俺の魔力50%分、

他リインが使った、紫電一閃を始め様々な魔法の全てが入ってるも同然と考えれば・・・冗談じゃない破壊力。

まさに化け物染みた攻撃。レイクが夢の中で化け物と呼んでた理由も納得できる。

ただその内のいくらかは俺が使う魔法用に変換したから、実際にはもう少し威力は落ちるけど。



「痛いかな、あれ」

≪まともな魔導師でも痛みを感じる前に堕ちますよ。殺傷設定なら塵も残りません≫



まさに敵味方関係無しで、事前に魔法を使えば使うほどパワーアップ。

今回は俺とリインだけだったが、魔導師の乱戦とかある場所で使ったら、どうなるんだろう。



≪あまりにも度が過ぎる威力だと、昏睡状態に陥る可能性もありますけどね≫



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ちょっとまて! 聞いて無いぞそんなの!!」

≪あははは! 言うのを忘れていたんです! 悪かったですね!!≫



逆切れて開き直った!? なんて器用なヤツ!

怒ったはいいが完成直前の魔法のキャンセルなんて出来やしない。下手すりゃ暴発だ。



「はぁ・・・どっちにしろ、このままだと他に手は無いか」

≪時間もありません。これを撃たなかったら、マスターが強制睡眠に入って星ごとお陀仏です≫

「覚悟を決めるか。落下コントロールは任せた、俺は魔力コントロールするから」



空を見上げれば、魔法陣と同等のサイズになった魔力球。通常、収束できる魔力の限界地点はスターライトブレイカーまで。

この一撃は、飽和状態なんて疾うの昔に過ぎ去っている限界突破。

俺がマルチタスクで魔力をコントロールしなければ、一瞬のうちに爆発してしまう爆弾。

これで・・・・・・完成。

初のお披露目で、こんなに不安な気持ちになるとは思わなかった。

後悔先に立たず、だな。昏睡だけは免れたいもんだ。



「最後は結局、こんな形。ギリギリすぎて笑いも起きない。

 後悔するのは、これっきりにしたいな」

≪無理でしょう≫



だよな~。俺ってそういう星の下に生まれてないし。

せめて次・・・次があればの話だが、その頃にはもっと自分の魔法のことを知っておくとしよう。

今回効率よく戦えれば、この魔法使わなくて済んだ訳だしな。



「自爆はロマンだ」

≪ポチっとな≫



この魔法の最大の弱点。収束する魔力があまりにも大きすぎるので、絶対に俺自身が”真下”から支えないと、空に維持できないこと。

そして発動後、対象へと向かうそのスピードは、大きさを増すごとに鬼になる。

事実上200メートルを越えた時点で、俺がこの魔法の直撃コースから離脱することは叶わぬ夢へと成り果てる。



「一騎当千・・・」





「≪ラスト・リグレット!!≫」





上記でも述べたが、この攻撃の後俺は気絶する。

空に出来上がった魔法球は、レイクのコントロールによりそのまま垂直落下してくるからだ。

つまり落ちてきたそれは俺を巻き込み・・・・・・、全てを破壊する。一応非殺傷設定だが。

直下以外の下手な方向に動かそうとしたら、折角収束した魔力が分散するか爆発するかになるので、垂直に。

砲撃でもない、ただ魔力の塊。だからこそ威力は絶大。俺はどうせ逃げ切れないのだから、最初から玉砕する覚悟。

俺は睡魔が先か魔力ダメージが先かも分からぬまま、意識を落とした。









[8661] 第二十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/10/24 18:10









SIDE:リインフォース

強い衝撃を受けた直後、急速に意識が浮上する。



「・・・え?」



気がつけば、見知らぬ大地に座り込んでいた。ここは・・・?



「私は・・・・・・」



何があったのか・・・記憶を探る。最も新しいものを探り、すぐに思い当てる。

曖昧な記憶は多々あり、鮮明に憶えているのは祐一と指切りをしたところまで。

それ以降のことは朧げで・・・はっきりとしない意識に釣られる形で、途中から完全に思考することを止めていたことは憶えている。

どこかフヨフヨとした感覚を味わいながら、見知らぬ所を漂って・・・

次の瞬間にはこの場所に戻ってきていた。



「祐一は・・・?」



周りを見渡すが、姿が見えない。周囲は何も無い大地が広がっているだけ。

どの方向を見ても、殆ど同じ光景ばかり。剥き出しの大地と、茜色に染まった空。風も吹いていない。



「祐一・・・どこにいるのですか、ゆういち! 聞こえていたら返事を!」



大声で呼びかけても祐一からの返答は無い。私の声は虚しく響き、消える。

呆然とその場に座り込んでいると――考えたくは無いが――最悪の事態も考えてしまう。

いえ、その思考に至るのは早すぎる。

もしかしたら返事が出来ない状況なのかもしれない。どこかで気を失っているのかもしれない。

そうだとしたら、こんなところで座り込んでいる場合じゃない。自分で動き、祐一を探して・・・



≪(リインフォース・・・リインフォース。聞こえますか?)≫



心を決めたところで突如頭に響いてきた声。まだ少しぼんやりしている頭で考える。

たった数日ですが、すでに聞きなれたこの声は・・・



「レイクですか?」

≪(そうです。念話で失礼)≫



デバイスが単独で思念通話を? そんなことが可能なのか。

いいえ、そんなことは些細な問題です。



「あなたは、今どこに? 祐一と一緒なのですか? それにこの世界は?」



矢継ぎ早に質問をする。聞きたいことは沢山ある。祐一の安否は勿論のこと、この世界のことも。

周りは地面がむき出しになった荒地で、空には雲すらない。

私の記憶が確かなら、ここは雪の大地と雲に覆われた極寒の世界だったはず。そことは、明らかに違っている光景。



≪(答えていくので、落ち着いて。まずこの世界ですが、ここはあなたに連れてこられた世界です。

 周りが色々と変わっているので一見そうは見えませんけど、間違いありません。

 そして私はマスターと一緒。一応無事なので、心配無用です)≫

「・・・そうですか」



ホッとした。正直な話、気が気じゃなかった。

無事だと分かると、冷静な思考能力も戻ってきます。

祐一が無事で、私がここに居る。

その事実の意味することは・・・祐一が約束を守ってくれた、ということ。



≪(そして現在地なんですけれど・・・・・・ちょっと動ける状態じゃないので、手を貸していただけますか?)≫

「あなた達はどこに?」

≪(後ろです)≫

「うしろ?」



振り返ります。先ほど見たときと変わらず荒れた大地と茜空。それと・・・灰色の雲。

風によって流され、こちらに向かってきている。それ以外はどこを見渡しても、何も変わったところは無い。



≪(下です、下)≫

「した・・・」



今度は視線を下に。でも荒れた土地以外何も無い。

更に視線を落としていき・・・やはり何も無い。

からかっているのかと怒ろうかとした時、視界に土以外のものが移りました。

私の足元に、蒼い色の・・・プレート? 装飾が施されています。土から僅かに顔を覗かせていました。

あまりにも足元過ぎな上、土に埋もれて気がつかなかったようですね。

灯台の足は真っ暗、という日本の諺そのままです。

そのプレートの一部に、罅割れてはいますが、見覚えのある赤い石が。



「これ・・・あなた、ですか?」

≪(そうです。見ての通り破損が酷くて、口に出しての会話が不可能でして)≫

「いえ、それはいいんですけど・・・」



プレートは完全に土にめり込んでいる。

これは掘り出さないと取り出せないのでは?

土を取り除こうと、プレートの周りの土に触れます。



「・・・?」



土に触れてみたが感触は無く、更に押し込むと指はあっさりと地面に沈みました。まるで抵抗を感じません。

精々が、粉雪に手を突っ込んでいる程度の抵抗です。



≪(ああ、これは一見土に見えますけど、たった今降り積もったばかりの軽い土だらけです。

 多分手を突っ込んで引っこ抜けば、あっさりと終わりますよ)≫

「それにしては抵抗が・・・」

≪(世界が違うので、土の性質も当然違っているんでしょう。重い方じゃなくてよかったです)≫



若干の躊躇の後、言われたとおりズブリといきます。本当に抵抗がありません。

レイク(?)に触れてから分かったのですが、このプレートはプレートではなく、筒のような形状だと知りました。

筒状のそれを右手でしっかりと掴みます。大きさは、両手で掴めば軽く一周できるぐらいですね。

ひっぱり上げようとしますが、入れる時とは違い今度は若干の抵抗が・・・いえ、質量があります。

より力を込めやすい体勢になろうと、左手を地面に・・・



≪(あなたの居る地点より外側には手をつかないほうが良いですよ。

 その中心地点だけが、この辺りで唯一硬さを保っている地面ですので)≫

「は? はぁ・・・」



レイクの助言を受け、左手はつけないことにしました。

少々体勢的には無理がありますが、しかし無理と諦めるほどでもないので、一気に引き上げます。

レイクが引っこ抜け、その後からズボッと別の何かも引っ張り上げられました。

それは・・・・・・



「ゆ、祐一?!」

「きゅ~・・・」



目をぐるぐると回している祐一。完全にのびています。



「祐一・・・祐一・・・」



軽く呼びかけましたが、意識を戻す様子はありません。

急いで祐一の状態を調べます。服があちこち破けていて、繕っても継ぎ接ぎが目立つでしょうね・・・という程度で、幸いなことに体には怪我も少なく安心しました。



「外傷は少、魔力枯渇の強制睡眠ですか?」

≪(そうです。それプラス、強力な魔力ダメージでのノックダウンですね)≫



腕を持ってブラブラとさせていたら流石に祐一も辛いだろうと、私の足の上に座らせます。

左手で祐一の背中を支えて・・・。かつて夢の中で、主はやてにしてさしあげた体勢とよく似ています。



「祐一・・・魔力切れで倒れるまで無茶をして・・・」

≪(いえ、どちらかというと最後はただの自爆。自業自得のような・・・・・・ま、いいです。

 丁度良いのでその体勢のまま、じっとしていてください)≫



レイクは沈黙します。私は祐一に付着した砂を払いつつ、待ちます。

服はもう使い物にならないでしょうから、こちらは軽めに。1分ほどかけてある程度落とし終えたので、続いて頭を。

軽く払うとバサバサと砂が落ちていきます。もう一度払うと更にバサバサと・・・バサバサと・・・ばさばさ・・・どれだけ入り込んでいるんですか。

いくら落としてもどんどん落ちて、勢いが衰えません。



≪(準備が出来ました。飛びますよ)≫

「どこに飛ぶのか知りませんけれど、ちょっと待って下さい。祐一から砂が・・・」



払っても払っても出てきます。止まりません。



≪(ん? ん~・・・マスターの頭を下にしてもらえます?)≫



何か考えがあるのでしょう。私はその言葉に従い、祐一を持ち上げひっくり返します。

次の瞬間、祐一の頭から大量の砂がザザァーっと。

ええ?!



≪(土の色が周りと違いますね・・・。気にしなくて大丈夫ですよ、そのうち元に戻りますので)≫

「祐一の身に、一体何が?」

≪(私の破損が原因です。力が変な方向に働いて、ちょっとマスターの頭が別世界と繋がっているだけです。

 先ほども言いましたが気にしないでください。絵的には・・・ぷっ、凄く面白いですけど・・・くくっ)≫



声には喜色がありありと浮かんでいます。自分が原因でマスターに迷惑をかけているのに、当の本人は面白がっている。

怒って良いですかね、これ。



≪(飛びますよ。早くさっきの体勢に)≫



祐一を元の体勢に戻し、抱きしめます。砂でザラザラですが、気にしません。



(いつかこのデバイスとは、しっかりと”お話し”しなければなりませんね)



心の中で決意を固めます。



≪(っ!? 今不吉な悪寒が・・・)≫



勘が鋭いですね。

このデバイスから祐一を守るように抱きしめていると、(見間違いかもしれませんが)罅割れているレイクが若干光り、次は私の足元に”漆黒”の魔法陣が現れます。

発光しない、黒。まるで闇のような深い色。



≪(すぐに終わります)≫



言い終わるが終わらないかの内に、言葉通り終わっていた。

ここはもう、生物の生息できない荒れた世界じゃない。

誰も居ないはずなのに、人の温かみを感じることが出来る場所。



≪(相沢家の客間に到着~。お出口は~正面です)≫

「・・・なんですか、この転送魔法」



こんなにあっさりとした転送魔法に出会ったのは、長い時を生きた私にとっても初めてです。

近距離を転移したのならまだ分かりますが、世界を渡ったにも関わらず肉体的な負担は無く、転送速度も異様に早い。

気がつけば終わっていた、という言葉そのままだった。

祐一の魔法にもレイクの魔法にも、いつも驚かされてばかりです。



≪(緊急魔法、とでも言うんでしょうか。もしもの緊急時にはこの場所に転送されるように、あらかじめ設定されているんです。

 更に説明を加えると、肉体的な負担はほぼゼロ。緊急時ということは、=瀕死状態という可能性が考えられますよね。

 それなのに負担の重い転送魔法なんて使ってしまったら、むしろ瀕死者へのトドメになるかもしれないでしょう?

 その事態を危惧した私の初代マイスターが、私の体に仕込んでくれた能力です。

 緊急時以外は絶対に発動しないし、設定できる場所も一つだけの限定能力ですが、その便利さは今し方体験したとおりです。

 今もある種の緊急時ですので、私のプログラムをチョロっと誤魔化して作動させました)≫

「・・・説明、ありがとうございます」



そこまで詳しく聞く気は無かったのですけど・・・。

何にしても助かりました。机の上を降りて(転送先は机の上でした)祐一を抱えて立ち上がります。

扉に駆け寄りノブに手をかけ・・・



「!?」



手をかけたところ、私が力を加えていないのに勝手にノブが下りました。

反対側から、別の誰かがノブを下ろしたようです。

ノブから手を離し、少し後ろに下がります。このまま扉が開けば、ゴツンといくからです。

祐一を抱え直し、正面を見据えます。果たして、扉の向こうから現れたのは・・・・・・



「ああ、あなたでしたか」



薄茶色の髪を、肩辺りまで伸ばしている女性。

夜目が利く為か、その瞳は電気がついていない真っ暗な部屋の中でも、しっかりと私を見ています。



≪(・・・何者です? この知的美人風のお姉さんは)≫

「私は、リインフォースの友達です。味方ですので警戒しないでください、ブレイクハート」



ブレイクハート? ・・・彼女が口に出した名前は、聞き覚えの無いものでした。

この場でその呼び名に当てはまる者を考えます。・・・分かっています、レイクしか居ませんよね。

ならばレイクとは、祐一が短縮してつけた名前なのでしょうか。

始めの頃は、どうにも頭からキャッシング会社の言葉が消えな・・・私はまた何を考えているのでしょう。



≪(ふむ、私の念話をキャッチしたということは、そちら関係の人物ですか。何故私の真名を?)≫

「それは・・・企業秘密ですね」

≪(あ、秋子さ~ん!?)≫



ぢゃむの女性が一体なんだと言うのか。



≪(ぐぐぐっ・・・伝家の宝刀まで使われたら、味方だと信じるしかないですね)≫

「あなたにとっての敵味方の基準はどうなっているんですか!」

「しっ! 静かに、リインフォース。あまり騒ぐと子供達が起きてしまいます」



はっ! あまりに意味不明過ぎて、怒鳴気味に突っ込んでしまいました。

平常心、です・・・。



≪(マスターの方はしばらくの間、どうあっても起きませんけどね)≫

「それでも、ですよ。リインフォース、祐一をこちらに」

「はい」



ぐったりしている祐一を手渡します。

少しだけ・・・本当に少しだけですけど、名残惜しかったです。



「服がボロボロ、それに砂がザリザリ。部屋に運ぶ前に、まずはお風呂ですね。

 まったく、いっつもいっつも人に心配かけてばっかり」



悪戯っ子を心配しているような口調とは裏腹に、祐一を見るその表情はこの暗闇でも分かるほど、優しさに溢れています。



「私は祐一をお風呂に入れてくるので、あなたはプレシアに一応報告を。

 それが終わったら、今日は休んだほうがいいですね。もう二時過ぎです」

「はい。では、お願いしてよろしいでしょうか」

「任せてください」

≪(リインフォース、私もプレシアのところに連れて行ってくれませんか?)≫



言うが早いか、縦真っ二つに分かれて祐一の腕から離れるレイク。床に落ちました。

石の部分に罅が入っているのに、そんなショックを与えて大丈夫なのでしょうか。



≪(・・・~~~っ!!)≫



痛みを感じているみたいです、言葉にならない叫びが頭に直接聞こえてきました。

デバイスに痛覚がどうとか、彼女に対してはもう今更ですね。

半分になったガントレットの両方を拾って・・・傍にカードが落ちているのに気がつきます。



「これは・・・?」

≪(そ、そちらも拾ってください。3枚落ちてるはずです・・・ぅぅ)≫



暗くて見え辛かったですが、確かに3枚ありました。

全て拾って立ち上がります。



「リインフォース、お休みなさい」

「はい。お休みなさい・・・」



彼女は客間から出て風呂場へと向かいました。

私は二階へと上がり、プレシアの元へと向かいます。



≪(それで、彼女は誰なんですか?)≫

「私の友人です。名前は諸事情により明かせないですけど・・・あなたにとっても、見ず知らずの他人というわけでも無いんですよ」

≪(気になりますね・・・何より美人でしたし)≫

「それと、彼女のことは祐一達にも内密にお願いします」



釘を刺すのも忘れません。それは彼女の願いだから、私はその心情を優先します。

プレシアの部屋は・・・祐一の部屋の隣でよかったんですよね。









[8661] 第二十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/08/30 23:00










部屋の前に行くと、扉の前にプレートがかかっていました。



『アリシア&プレシアのへや』



木でできた、お手製のプレートです。

ここで間違いないですね。控えめにノックします。



「開いているわよ」



プレシアはまだ起きていた模様。レイクを小脇に抱えて、扉を開きます。

アリシアの部屋でもあるそうなので、ゆっくり。



「アリシアなら祐一の部屋で寝ているわ。普通に入りなさい」



無用な心配だったようです。普通に開けて、中に入ります。



「おかえりなさい、リインフォース」

「あ・・・はい。ただいま」



笑顔と共に迎え入れてくれました。この優しさは、嬉しいです。

プレシアはベッドから上半身だけを起こしていて、傍らには本が置いてあります。

ずっと起きて待っていてくれたんですね。

嬉しさを胸に歩み寄ると、あるものが視界に入ってきました。そして視線を逸らします。



「祐一は、大丈夫?」



思わず逆にあなたが大丈夫かと聞き返したくなります。

床に置いてある、洗面器いっぱいに溜まった血には極力視線を向けません。



「怪我は軽傷です。魔力の使い過ぎで、今は眠りに落ちています」

≪(あと魔力ダメージのノックダウンです~)≫



どうしてもそこに拘るんですね、あなたは。



「全て、恙無く終わりました」

「・・・そう。流石祐一ね。それで、あなたはその報告をしにここまで?」



ここではたと気がつきます。報告とは、他に何を言えばよいのでしょうか。

祐一は無事、事は全て問題なく終わった、以上。

他に伝えることがありませんね。



「はい、私からは以上です。それとレイクから何か・・・」

「レイクから?」



ここに連れて来て欲しいと言っていたので、何かあるのでしょう。

私は手元のレイクをプレシアに差し出します。



「あら、レイクだったの。随分素敵な格好ね」

≪(ほっといて下さい。リインフォース、カードを)≫

「カード? これのことですか?」



手に持っていた3枚のカードを、プレシアにも見えるようにします。

カードを見たプレシアの表情が、一瞬凍りつきました。



「・・・・・・・・・」

≪(あなたにお返しします)≫



プレシアは無言で私の手からカードを受け取り、その内の1枚をじっと見始めます。

今まで浮かべていた表情とは違い、プレシアのその表情は、私が一度も見たことのないものでした。

憶測で予想するなら、何かを思い出しているような・・・後悔しているような・・・そんな時に浮かべる表情だと思います。



「・・・・・・ジュエルシード・・・戻ってきたのね・・・」



ボソリと呟いたその一言は、あまりにも声が小さすぎで聞き取れません。



≪(なにかそのカードに、思い入れでも?)≫

「いえ、なんでもないわ。あなた達も、早く休みなさい」



プレシアが内心で悩んでいることは、直前の行動で予想がついています。

ですがその心の内はプレシアの問題ですし、私が口を挟むことじゃありません。

こんな時に祐一なら、どのような行動を取るでしょう・・・。



≪(プレシア、悩み事は口に出したほうがすっきりしますよ。・・・マスターなら、こう言いますね)≫

「あなたは時々、私の心を読んでいるのではないかと思うような事を話しますね」

≪(心を読むなんてそんな器用なこと、私でも出来ませんよ。

 リインフォースの場合は、その瞳から意思が伝わってきます)≫



私の瞳が感情を映し易いとは思えないのですけどね。

佐祐理のように心を読んでいるのではないかと、ついつい勘繰ってしまいそうです。

プレシアは俯き、しばらくは部屋の中に沈黙が続きます。このまま部屋を去るべきでしょうか、私。

待つこと数分、ようやくプレシアが口を開きました。



「ねえレイク、リインフォース。あなた達は私より長い時間を生きてきたのよね」

≪(そうです)≫

「はい」

「だったら、教えてくれる? どうして忘れてしまいたい過去というものは、こんなにもそのことを忘れさせてくれないのかしらね」



カードを手元で弄びながら紡がれたその問いかけには、異様な重みがあります。

それは私達への質問に聞こえますし、或いは自分への訴えのようにも聞こえます。

私はそれに応えようか迷います。それに対する答えは持っているのですが、それは私の想いであって、プレシアの想いではない。

その僅かな葛藤の間に、レイクが話し始めました。



≪(失いたい過去ほど、得てしてそうです。簡単には忘れさせてくれない、そんなものなんです。

 それは辛いと思いますよ。忘れたいと望んでいるのに、忘れられない。

 でも例え忘れても、結局はいつか思い出します。辛い現実と、向き合わなければならなくなります。

 見たくないのに、見えてしまう。知りたくないのに、知ってしまう。

 ・・・・・・思い出したくないのに・・・・・・思い出してしまう。

 世界はいつだって、そんなことばっかりですよ。望んでいないことばかり起こる、不条理で、不合理な世界)≫



・・・・・・レイクの経験してきた時間に、どんなことがあったのでしょう。

悲しみの声で紡がれる度に、悲痛の想いが伝わってきます。

気がつけばプレシアも、じっとレイクの言葉に耳を傾けています。



≪(プレシア、あなたの気持ちは痛いほど分かりますが、その上で言わせてもらいます。

 忘れた方が良い過去なんて、一つもありません。現実から目を背けるなんて、止めた方が良いです。

 あなたが忘れようと思っているその過去があるから、今のプレシアが居るんです。

 月並みな台詞ですけど、過去を否定するということは、今ここに居る、自分自身を否定することに繋がります。

 あなたはマスターと出会った自分を、否定したいのですか?)≫



悲しみの籠った声。普段の彼女からは想像もできない。



「・・・・・・・・・いいえ」

≪(だったら過去は忘れずに、憶えていて下さい。世界はいつだって理不尽です。でもその現実を、受け入れてください。

 逃げても駄目、立ち向かっても駄目。立ち向かうことの出来る人は、本当に心の強い人だけです。

 弱い人間だったら尚更、ただ静かに・・・受け入れて)≫



訴えかけるようなレイクの言葉は終わり、部屋には沈黙が戻ります。

プレシアは再び俯き、今度は物思いにふけっているようです。



「・・・諦めろ、ということ?」

≪(違います、受け入れるんです。その二つは、似て非なるもの。諦めは、現実を直視したくないからする行為です。

 プレシア。大切な家族のあなたには、こんなはずじゃない現実を、しっかりと見据えていて欲しいです)≫

「・・・・・・こんなはずじゃない、現実を・・・。似たような言葉を、どこかで聞いた事がある気がするわ)≫

≪(以上、終わりです。今のはマスターならこう言うだろうとシュミレーションした結果です。

 込めた感情は私のオリジナルですが。・・・感情の込め方喋り方、迫真の演技だったでしょう?)≫



一瞬で、もう普段のレイクに戻っていました。

どう考えても、演技には思えない程気持ちが籠っていたんですけど。

思わず引き込まれてしまってました。



「・・・・・・あなた自身だったら、どんな言葉をかける?」

≪(仮に私なら、忘れたいなら全身全霊をかけて忘れろと進言していますね)≫

「・・・そう。だったら、本心から忘れたくなった時には、そうするわ。・・・もう休みなさい、あなた達も」

「・・・はい。お休みなさい、プレシア」

≪(お休みなさい)≫



プレシアは少しだけ、憑き物が落ちたようでした。それを見届け部屋を出て、自分の部屋へと戻ります。

廊下を歩く度に私の体温を奪う空気の冷たさが、どれだけの時間私があの部屋に留まっていたのかを教えてくれます。

もうすっかり、あの室温に体が慣れきっていました。

部屋についたら早速暖房をつけて、布団を・・・・・・

今更ながら、レイクを未だに持っていたことに気がつきます。



「レイク、祐一の部屋に戻りますか?」

≪(どっちでもいいです。どっちにしろ、マスターが目覚めるまでは私のリカバリー能力も使えないですし)≫



私も(何故か)疲れていたので、レイクと共にそのまま部屋に直行。

部屋に入ってすぐ着込んでいた服を脱ぎ、適当に置いておきます。・・・片付けは、明日に。

畳んである布団の上には、目覚ましが置いてあります。

デパートに買い物に行った時、私がプレシアに捕まっている間に祐一が買ってきてくれた物です。

セットは・・・・・・今日ぐらいは、いいでしょう。

布団を敷いて準備を終えたら、後は寝るだけです。

レイクは枕元に置く。潜り込んだ時の布団の冷たさには、少し身震いしました。



「冷たい・・・」



温まるまでは布団の中でじっとしています。

祐一は冬が好きじゃないと言っていましたが、この一点については同感です。



「レイク。先程の話で、どうしても引っかかっていることがあるんですけれど」



寒さで寝付けないので、レイクと話すことにしました。

眠る直前まで誰かが傍に居たという経験はあまり無いので、こうして話すことは新鮮です。



≪(なんでしょう?)≫

「あなたが祐一をシュミレーションして話したあの言葉。本当に、祐一はそんなことを言うことでしょうか。

 別に疑っているわけではないんですけれど・・・いえ、この言い方はどのように聞いても疑っていますよね。

 ですが内容の方があまりにも卓越しすぎていて、その・・・」



祐一と初めて話し合った時に見た、祐一の瞳は忘れていない。忘れられない。

だけど、祐一がどんな闇を持っていたとしても、まだ子供だということには変わりはない。

物事を悟っているような物言い、大人のような考え方。今の・・・子供である祐一からは想像出来ません。



≪(シュミレーションじゃありませんよ。あの言葉全て、私がマスターからもらった言葉。請け売りです)≫



が、レイクからの戻ってきた返答は、私の予想を軽く覆しました。



「請け売り?」

≪(です。今からー・・・そうですね、もう3年前ですかね。

 あの頃の私にもプレシアと同じく、過去を忘れ去りたいと考えていた時期がありました。

 マスターがマスターになる以前も時々ですが、突発的にそんな事を考えていました。持病みたいなものですね)≫



カラカラと陽気に笑う彼女。持病って・・・。

それに3年前? 祐一の今の年齢は、11歳。その3年前・・・8歳?



≪(そして全く同じ質問を、マスターにしたことがあるんです。その際に返ってきた返事が・・・あの通りです。

 いっちばん最後の『大切な家族』のあのくさい台詞も、そのままですよ)≫



主はやてもその年頃の子供達に比べたら自立していますが、祐一はまた別格の考え方をしています。

8歳の頃から、そんなにしっかりとした自分の考えを持っていた?



「冗談・・・」



瞬きする間に頭の中を駆け巡るのは、祐一のこれまでの行動。

子供のように無邪気に振舞っていて、ふと目を向けたら時々子供らしくない表情をしていたり。

いつでも相手を気遣う心、その優しさ。それと・・・空虚な瞳と、その瞳とは相反するあの純粋な笑顔。



「・・・では無さそうですね」

≪(ところがどっこい、全部真実で・・・いやいや、今の場面は『冗談・・・ですよね』と聞くところだと思うんですけど!?

 『では無さそうですね』って、そうであってもおかしくないとでも言いたげな返事ですよ)≫

「これまでの祐一をよくよく思い返してみると、そうであってもおかしくないと思い直しました。

 今までの行動も、言動も、鮮明に思い出してみれば、どこか子供らしくない」

≪(思い直さないで下さいよ。こちらはあなたの反応を予測して、古い言葉まで用意していたのに・・・)≫



声色だけで拗ねられても、私にもなんとも答えられません。

その古い言葉とは、多分私が理解できなかった『ところがどっこい』に対するものなのでしょう。

どっこいの意味が分かりませんが・・・雰囲気から察するに、物事を否定する言葉ですね。



≪(まったく・・・。要するに、あの台詞は間違いなくマスター本人の想いそのものです)≫

「祐一の・・・想い・・・」

≪(そう。本当なら私だって、プレシアにあんな偉そうな事を言える立場じゃないんですよ)≫

「そうでしょうか? あの時の言葉には説得力があったと思いますよ。あなたが経験してきたことだから、尚更でしょうか」



実際聞いていた、当事者じゃない自分でもそう感じたんです。

プレシアは私以上にそう感じたはずです。部屋を出る直前に見た表情だけでも、それは伺えました。



≪(所詮モノマネ、猿真似です。確かに経験は経ていますが、私は未だに過去を乗り越えてはいません。

 プレシアに言った台詞はモノマネなりには立派だったと思いますけど、

 過去を受け入れられて無い以上結局は全部、自分に返ってくるんです。やはは・・・)≫



力無い笑い。後半は明らかに沈んでいます。今日のレイクは感情の変化が激しいですね。こんなに話すのも珍しい。



≪(マスターは相手によってその話し方を変えます。私にはわりかし真面目に言ってくれましたけど、プレシア相手になら・・・

 自分の経験やその時のマスターの気持ちを交えてもっと面白おかしく、場を和ませながら自分の想いを話してくれてたと思いますよ。

 マスターはシリアスや重い話が嫌いですから)≫

「・・・そうですね。そんな気はします」



確かに普段は陽気な祐一が、暗い話を好むようには見えません。場を和ませるためなら、体の一つも張るような性格ですし。

・・・ああ、この数日である程度の祐一の性格は理解してしまったようです。

今回のことで、一つ重要なことを再確認してしまいました。



≪(そうだ。シリアスついでにもう一つ、大事な事をあなたに教えます)≫

「今日のあなたはいつに無く、真面目な事を話しますね」

≪(破損が酷いお陰で、発作が来ないんです。言える内に言っておいたほうが良いかと)≫

「発作?」

≪(こっちの話ですよ)≫



相変わらず自分視点で話しているから、相手(私)には理解できない。

こっちの話とは、どんな話ですかね。



「それで、何を聞かせてくれるのですか?」

≪(むう・・・種類で例えるなら、深刻な話です。・・・命題、マスターの本質について)≫

「本質・・・」



言い換えるなら祐一本来の姿、その在り方について。題名だけなら、確かに深刻そうに聞こえます。

しかし彼女のことなので、そう思わせて実はそうでなかったというパターンかもしれません。



≪(マスターは、大切な人を助けるためなら、自分が傷付く事も厭わない人です。

 今回の事件だって同じ。本当は運が良かっただけの、かなり危険な綱渡りもしています。

 こんなことを続けていけば必ず、潰れます。それはマスターであろうと無かろうと同じこと。

 その上最後のアレは・・・・・・そもそも、あんな自爆魔法を考えた時点で相当の急勾配です。

 このまま何も手を打たずただ傍観しているだけならば、その思考はいずれマスター自身に大きな傷を残す悲劇へと繋がること請け合いでしょう)≫

「普通に深刻な話ですね」



最後のアレとか、何のことかはわかりません。ただレイクは真面目に、本心から話しています。

危険な綱渡りの件は、祐一の目が覚めたらやんわりと問いただすことにしましょう。



≪(・・・今の一言で、あなたが直前に何を考えていたのかが手に取るように分かりました。

 私の熱は、あなたに届いていなかったんですね・・・)≫

「すみません、口を挟んでしまって」

≪(気にしていません。こんな性格ですから、真剣な時真面目な事話していているのに、

 本当に真面目な話なのかどうか疑われたとしてもしょうがないんです。・・・ぐすん)≫



しょげてます。ちょっと可愛い。

しくしくと口だけで泣いていますが、この部分はどう考えてもわざとらしい。



≪(・・・こほん。え~遠まわし気味に話し始めましたが、そのことで私からあなたにお願いがあります)≫

「脈絡の無さは凄いですね。祐一についてその本質を教えてもらう側なのに、お願い事もされるとは思いませんでした」

≪(そこはあえて、スルーで行きましょう。・・・続けますよ。

 もしもこの先、あなたがマスターと共にあるのなら、マスターのその本質を忘れないで下さい。

 そして私の説得も聞かずマスターがとんでもない無茶をしようとしていたら、物理的に全力で止めて下さい)≫



逸れそうになる話の路線を咳払いで無理矢理修正し、続きを述べてきます。

無理矢理路線を戻したせいか、内容もやや脱線気味な突発的お願いでしたが、一応は理解できました。

しかしそれは、私が祐一の傍にいることが絶対条件です。

彼女のことだから、この可能性は当然考慮しているはず。



「私が主はやての下に戻るとは考えていないのですか? その場合、祐一の傍に私はいませんよ」

≪(分かっています、あなたにその選択肢があることも。だから強制はしません。

 自分の主の下、平穏に暮らしたいというなら今日のこの出来事は忘れてください。

 ・・・あなたはあなたのあるがままで、マスターと共にいて欲しい。それでなければ意味は無い。

 マスターを止められる存在は、真にマスターを想っている者だけですから。

 条件上あなたならば、マスターを止められます)≫



誤魔化しはなくやや遠まわし気味ではあるが、私が祐一を想ってると言われたというのに、

恥ずかしいという想いは湧いてきません。

逆に納得と、私が祐一を想っている事に対する嬉しさが心を占めます。不思議なものです。



≪(以上が私のお願いです。返答は後日で・・・)≫

「今します」

≪(・・・大切なことなので、もっと時間を掛けて考えましょうよ)≫



彼女から呆れた声が。自分のお願いが通ったんですから、素直に喜べば良いのに。

私の事を考えての発言でしょうけど。



「別にあなたに何を言われるまでもなく、元からそのつもりです。祐一は約束を守ってくれた。私も祐一を守ります」

≪(それは・・・・・・指きりのことですか? 黄昏の騎士がどうとか)≫

「違います。第一あれは、祐一が私を気遣ってしてくれたお呪いのようなもの。

 それとは違う、私と祐一の、一番最初の・・・約束」



今思い出しているのは、私が初めて祐一と会話した時の事。

祐一が、私の希望になると宣言してくれた、あの瞬間。



「約束通り祐一は私に、主はやてとは違うもう一つの『始まり』を下さいました。それに報いぬなど、それこそ騎士の名折れ。

 ヴォルケンリッターのように戦闘に特化はしていませんが、私の全ての力を持って、祐一を守り続けるつもりですよ。

 それに・・・我が主には、優秀な守護騎士が四人もついています。何も問題はありません」

≪(・・・・・・はぁ。欠片も迷い無しですか。

 どうしてマスターの周りはこう、愚直なほど真っ直ぐな存在が集まるのでしょうか。これも類友ですかね・・・)≫



祐一が祐一だからでしょうね。

私も理由を考えてみましたが、それ以外に言葉が浮かびません。

何故あれほど引き寄せられるのか、傍にいたいと思うのか。それは理屈じゃないんですよね。



≪(せめてその主さんに連絡ぐらいはしたほうが良いですよ)≫

「はい。主はやてには、祐一の・・・冬休み? が終わって元の町に帰ったときに、会いに行くつもりです」

≪(ならいいでふ。ふぁ・・・ぁぅ~。・・・私はそろそろ、眠ります。今日は流石の私も精魂共に疲れ果てました。

 久方使っていないシリアスモードも披露し過ぎた事ですし。あなたも寝て魔力を回復させた方がいいですよ)≫



枕元に置いてある時計に視線を向ければ、もう3時前です。

この時間に眠ったら、起きる頃に日はどこまで昇っているでしょうか・・・。



「そうですね。布団も温まりましたし、私も寝ることにします」

≪(子守唄でも歌ってあげましょうか・・・?)≫

「子守唄? ・・・結構です」

≪(そう言わずに、聞いてみてください。この歌はマスターのお墨付きですから、ぐっすり眠れると思いますよ)≫



断ったのに、勝手に歌い始めました。何が何でも歌うつもりなのでしょう。

止めても無駄だろうと、目を瞑りその歌に耳を傾けてみます。



≪(♪ ~♪ ♪♪~ ♪~~♪ ♪~♪♪~♪~)≫



不思議な事に、何を言っているのか聞き取れません。レイクが言葉を発しているのかも、うまく理解できません。

ただ心地良いメロディーが流れてるだけのような気がしますし、歌を歌っているような気もします。

心地よい歌に誘われて、幾ばくの時も経たずに私は眠りに落ちました。





≪(♪~・・・リインフォース?)≫

「・・・・・・・・・・・・」

≪(リインフォース)≫

「・・・・・・・・・・・・」

≪(もう眠ってしまいましたか。寝息も聞こえてこないとは、相当疲れていたんですね。

 リインオルタがその体であれだけ大暴れしていたんですから、当然でしょうか。

 ・・・・・・今の内に送信送信・・・ピッピのピッっと)≫



・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・



≪(・・・完了。さて、寝ましょ寝ましょ。お休みなさいです、マスター)≫









[8661] 第二十五話 メールを送ったその先
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/09/03 12:44








SIDE:祐一(?)

レイクからメールが届いた。正直な話かなり驚いた。まさか来るとは思っていなかったからな。

早速中を開く。



『宛先、未来のマスター様へ。あなた方はもう私達とは殆ど関係ない人達なので、目上に対する礼儀は華麗に省きます。

 早速本題です。本日我がマスターはあなたの目論見通り、魔導師としての”覚醒”を果たしました。

 しかし夢で見た少女達に出会う事態にはなりませんでした。

 ざまぁ、です』



短く、そして内容はこちらを挑発するような文章。

俺は送られてきたこのメールを、地球にある我が家の自分の部屋で見ている。

俺の内心は怒り心頭だ。



「パパ、怒ってる?」



メールを一緒に見ていた愛娘は怯えた視線を俺に向ける。

この子の前で俺が怒りの感情を見せることは滅多にないから、余計恐いことだろう。



「・・・レイク」

「祐一くん。気持ちは分かるけど、ここにいるレイクを責めても・・・」



怒りの含んだ声でレイクを呼んだら、これまた一緒に見ていた彼女も俺を止めようとする。が、もう遅い。



「欠片も華麗に省いていない! ただ省いているだけじゃないか!」

「怒りの矛先そこ!?」

≪文章をよく見てください! 私のことです、そう見せかけて思わぬところに必ず華麗な場所が・・・・・・とうぜん・・・・・・ありませんでした!≫

「んぅ~。パパもレイクもいつもどーり」

「あうぅ・・・本当にいつもどおりだよ、二人とも」



安心した愛娘は俺に抱きついてきたので、抱き返し頭を撫でる。なでなで。脱力して項垂れている彼女にもなでなで。

レイクとのいつも通りのくだらないやり取りを終わらせ空間モニターを切り替える。

そこに映し出されるのは、ついさっきまで過去の俺がいた世界。

その場所には強力な魔力反応をキャッチした為だろう、本来ならあの時に来るはずだったその世界の助っ人が映っていた。



・・・・・・クロノ・ハラオウン。



「この世界は、クロノが来る予定だったんだな」

「え? クロノくんが?」

≪みたいですね。折角従来どおりの展開なら、主演として大活躍できる予定だったのに≫

「よりによって今回俺が頑張ってしまったせいで、すっかり出番がなくなっちまったな」



画面のちびクロノは地道に現場調査をしている。何があったのか少しでも手がかりを見つけようと頑張っているのだろう。

だがどう考えても、何かが見つかるとは思えない。

何故なら過去の俺とリインが戦っていた場所は、最後の魔法の影響で完全な荒地になっているからだ。

手がかりがあろうとなかろうと、何もかも全て吹っ飛んでいる。

そしてあと1時間もせぬ内に、吹き飛ばされた雲は再びあの空を覆い、雪で大地は埋め尽くされるだろう。



「不運だ、クロノ・・・」

≪ご冥福を祈りましょう。あっちのクロノ・ハラオウンにも、こっちのクロノ・ハラオウンにも≫

「二人とも。クロノくん、まだ生きてるからね」



やんわりとナイスな突っ込みありがとう。

現実にはならなかったが、あの場にクロノが来た場合どんな手段であの場を切り抜けたかな?

デュランダルで一斉氷結・・・以外に手はないだろうな。もしくは援軍が来るまで時間稼ぎか。

シュミレーションしながら見ていると、映像に乱れが生じる。

・・・こちら世界とあちらの世界を結ぶ繋がりが切れ始めた。



≪もう時間ですか。十年も時間を掛け準備したというのに、実行すればあっという間でしたね≫

「そうだな・・・」



ここから先この世界は、もう俺達が干渉出来る世界じゃなくなる。そう思うと、少し寂しいかな。

数十秒後にはモニターに砂嵐が吹き荒れるだろう。

名残惜しい気持ちはあるが、最後まで見ていたら切なさが湧いてきそうなので今の内にモニターをオフに。

イスに寄り掛かり体重預けてだらける。疲れた・・・。



「祐一くん」

「ん?」

「この世界の私達って、もう出会うことないのかなぁ」



消えたモニターを見ながら彼女は言った。顔を向ければ、寂しそうな顔をしている。

彼女が何を伝えたいのかは分かっている。

俺と彼女はさっきのリインとの戦いの最中、出会った。

そしてこれまでの人生を振り返るに、ここ以外で彼女達と深く関わるような出来事に遭遇する確立はかなり低めだ。

ここで俺が他の皆に出会わなかったら、魔導関連の事件に巻き込まれることも無い。

俺に抱きつき、いつの間にか寝入っているこの子に会うことも無い。

本来ならこの機会を措いて他に、俺達が出会う可能性は無いはずなのだ。

・・・そう、本来なら。



「悲痛な声出して何考えてるのかと思えば・・・」

≪心配するだけ無駄というものですよ≫

「え?」



俺には確信がある。彼女のその心配が杞憂であるという確信が。

理屈なんか全く無いけれど、絶対の自信。勘などという不確定なものでもない。



「確実に俺達は出会うことになるさ。それも近い内に」

「何でそう言い切れるの?」



レイクと目を合わせる。こいつは今俺と同じことを考えているんだろうなあ。

アイコンタクトを送る。「どうせなので同時に言うか」と。彼女を見、口を開く。



「≪世界はいつだって、そんなことばっかりだから≫」



下の階から食器のような陶器類が割れる音が響いてきた。



「うぐぅ~~~~~!!」「あうぅ~~~~~!!」



続いて叫び声がユニゾンして響いてくる。騒々しい。



「あいつら、またやったな」

「にゃはは。後片付け、手伝ってくるね」



そう言い残し、サイドに纏めた長いシッポを靡かせ彼女は部屋を出て行く。

彼女だけが、俺と一緒にコレを見ていた。俺達にとっての懐かしい思い出が見れるかもと思ったからだ。

残念ながら、現実はそんなに甘くなかったな。

多分俺の手助けをした前回の俺達も同じような理由で、あの時の俺達を見ていたことだろう。その俺は果たして懐かしい思い出を見れたのか、見れなかったのか。

この僅かな期間を除けば、俺は他の世界の俺達と干渉することは出来ないから、確かめるすべは無い。



「それにしても・・・・・・次の俺は、思った以上に覚醒するのが早かったな」



俺は過去の俺の覚醒を誘発させる為、俺と同じ魔力波長を持つ愛娘―――ヴィヴィオと過去の俺を接触させた。

だがいくらヴィヴィオと接触させて覚醒を誘発させたとはいえ、早すぎる。

俺もヴィヴィオとの接触はあったが、覚醒自体は15歳の時。何が違うんだろう?

カードのアレだろうか。でもそれだけじゃあ、理由としては薄い・・・。それに何であの時、過去の俺はあのカードを使わなかったのか。



≪何事も、想像通りにはならないものですよ。良い意味でも、悪い意味でも≫



愛娘をベッドに寝かせながらぼやいただけなのに、レイクが返事をくれた。そうだな、理由なんてそんなものなのかもな。

はてさて、次の俺はどんな物語を創っていくのか。気にはなるが、見れない以上気にしていてもしょうがない。

気にする余裕も無い。なにせ俺は目の前の問題を片付けるので精一杯なのだから・・・・・・ということにしておくか。

嘘は言ってない。今回で言えば、俺は今からヴィヴィオに添い寝をしてあげないといけない。

ヴィヴィオは寝る時に誰かが傍に居てやらないと熟睡しないからな。

昔はザフィさんやらがその役目だったんだけど、残念ながら機動六課はちょいと前に解散したので当てに出来ない。



 ちりん♪



扉の方から鈴の音がし、顔を向ければ相沢家の猫が二人(昔にも言った記憶があるが、俺は二匹と呼ばない)揃って鎮座していた。

僅かに開いていた扉の隙間から部屋に入ってきたようだ。

片方は尻尾に鈴をし、片方は首輪を付けている。姿はそっくり、見分ける時は雰囲気見た方が確実だ。

時々お互いの鈴と首輪を交換して家の皆に悪戯するから困り者。

二人とも昔とちっとも変わらない子猫の姿。まるで成長を知らないかのようだ。うん、どっちも成長していないんだけどさ。

足音を忍ばせベッドに近づき、ベッドの端にひょいと飛び乗る。

そのままヴィヴィオのすぐ傍まで近寄り、振り向く。



「俺の代わりに、添い寝してくれるのか?」



鈴をしている猫が返事の代わりに尻尾に結んだ鈴を一つだけ鳴らし、二人はヴィヴィオを挟んで両サイドで丸くなる。

現在夜の10時。夜行性の猫が夜にしっかり睡眠をとる、猫としてそれはどうなのか。

まあヴィヴィオと一緒に寝ていてくれるというんだから、お言葉に甘えるとしよう。



「それじゃ、俺も下の片付け手伝ってくるから。何かあったらすぐ呼んでくれよ、オ――、――ス」



二人の名を呼ぶと、後に呼んだ首輪をしている方の猫が俺を見て、頷く。そして目を瞑った。

俺は電気を消し、部屋を後にする。さあ、今日は何枚割ったのかな・・・・・・。









[8661] 第二十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/09/12 13:47










夢・・・夢を見ている。


あたり一面にはたくさんの木と、降り積もった雪。


私の立っている所は広場のように開けた空間で、その広場の真ん中には、周りの木と比べてもひときわ大きな木がそびえ立っている。


大きな木の根元には、私と同い年ぐらいの男の子と女の子。男の子は私に背を向けて、女の子を抱き起こしています。


この位置から僅かに見える女の子の栗色の髪の一部に、赤い”何か”が付着していて・・・。


下の雪は、女の子から零れ落ちた”何か”で真っ赤に染まっています。





それが何かを理解した私は居ても立っても居られず、二人に近寄ろうとします。


だけど、私の足はピクリとも動きません。


頑張って動かそうとしても、両足はまるでその場に縫い付けられたかのようで・・・。


私が四苦八苦している間にも女の子の頭から流れ出す血は止まることを知らないかのように、雪を更に真っ赤に染めていく。


じれったい想いだけが胸を締め、せめて少しでも近づこうとその二人に手を伸ばして・・・・・・















元旦、高町家



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」



目が覚めれば、私は自分のベッドの中。しばらくの間ボーっと、何があったのか思い出す。



「ゆめ・・・・・・?」



二人に伸ばそうと思っていた手はしっかりと天井に向けて伸ばされていて、私はその体勢のまま固まっている。

夢を見て、手を伸ばしたら現実でも同じ格好をしていた。ちょっと恥ずかしくなって、手を下ろしつつ体を起こす。



「・・・・・・なんか、変な夢みちゃった。・・・・・・あれ?

 この言葉で起きるのって、前にもあったような・・・デジャヴ?」

≪おはようございます、マイマスター≫(←日本語表記ですが、英語で話しています)

「あ、おはよう。レイジングハート」



机の置かれたハンカチの上にポツンと置いてある赤い石。今挨拶をしてくれたのはこの子。

魔導師の杖、インテリジェントデバイスのレイジングハート。

昔とある出来事があって譲り受けて以来、ずっと傍に居る私の大切なパートナー。



「おはよう、なのは」

「うん。ユーノ君も、おはよう」



レイジングハートと同じ机の上、タオルを敷き詰めたバスケットの中に寝ていたフェレット――ユーノ君も挨拶をしてくれた。

ユーノ君はフェレットだけど、本当は魔法で姿を変えている、私と同い歳の男の子。

そしてレイジングハートを譲ってくれた、私の魔法の先生。



「どうかしたの? ケータイが鳴るまで、まだ少し時間があるよ」

「・・・なんだか、変な夢見ちゃって・・・」



枕の横に置いてある携帯電話を開いて、時間を確認。朝7時の・・・10分前。

普段ならこの10分も貴重な時間だけど、夢のお陰ですっかり目が冴えちゃった。

これから眠るには時間がちょっとすぎるので、携帯のアラーム機能をOFFに。



「夢? なのはが昨日言っていた、初夢っていうの? フジとタカと茄子は見れた?」



昨日初夢について説明したから、ユーノ君は興味心身。

一富士二鷹三茄子。これを初夢で見たら縁起が良いそうです。なんでかは分からないけど。

ユーノ君は富士と鷹を見たことが無いそうなので、いつか図書館で写真集を借りてきて見せてあげようと計画中。



「全然見れなかった・・・むしろ、夢見が悪かった・・・かな」

「あー・・・そっか。でも夢は夢だよ、縁起が良い悪いでその年が本当に変化するはずも無いし。

 だからそんなに落ち込まないで・・・」

「ん~ん、落ち込んでるのはそこじゃなくて・・・」



目の前に困っている人が居たのに、何もしてあげられことだよ。

そう続けようと思ったけど、口にするのは止めた。

さっきユーノ君も言ったけど、夢は夢。気にしていてもしょうがないよね。



「そこじゃなくて?」

「何でもない」



そうと決まったら気持ちを切り替えて、今日のことを考える。

今日は・・・・・・。



「今日は初詣!」

「うわっ! びっくりした~」



驚いているユーノ君を余所に、ベッドの中から飛び降りる。

うっかりしてた。いつも通りの感覚で携帯のアラームをセットしちゃった。

本当なら今日はいつもより30分早く起きる予定だったのに、早速予定が狂っちゃったよ!

今日はフェイトちゃんやはやてちゃん達と初詣に行く約束をしている。

約束の時間は8時だから、いつもならご飯食べてゆっくり歩いてもまだ余裕があるんだけど、今日は別だよ~!

パジャマを脱ぎ捨ててタンスから普段着を引き出す。急がないと!



「うわわっ!」



なんだか慌てているユーノ君。どうかしたのかな? って気にしてる場合じゃない、時間無いよ~!

着替え終えたら、最後にレイジングハートを首から提げて、準備完了。

慌しく部屋を出て、走って一階へ。行儀が悪いけど、今日ぐらいは神様も目を瞑ってくれるよね。



高町なのは、今日も一日頑張ります!










一階に下りると、朝ごはんの良い匂い。匂いのする所――リビングの扉を開ける・・・・・・前に。



「わっとと、洗面所洗面所」



直行。洗面所で顔を洗って口をゆすぎ、寝癖を直し髪型をセット。終わった! 

リビングに入ると、お父さんとお母さんが居た。



「おはよう、なのは。あけましておめでとう」

「おはよう、お父さん! あけましておめでとう!」



テーブルで新聞を読んでいるのが私のお父さんで、喫茶『翠屋』のマスター高町士郎さん。

とっても優しいお父さんで、いつもお母さんとは仲良し。

他の子のお父さんやお母さんを見ていると、家の両親はすこ~し仲良が良過ぎる気もするけど。



「なのは、おはよう。時間大丈夫?」

「おはようお母さん。ちょっとあぶないかな。それと、あけましておめでとうございます」

「はい、おめでとうございます」



キッチンにいるのはお母さん。翠屋のパティシエール、高町桃子さん。

いつもニコニコ笑顔で、一緒にいるだけでとっても幸せな気分になれるの。

キッチンに入って、お母さんが用意していてくれた朝ごはんを受け取る。今日のご飯もおいしそう。



「じゃあ、急いで食べないとね」

「うん!」



お盆に載っている料理を出来るだけ揺らさないように、でも早く運ぶ。

テーブルについたら私も席について、手を合わせて・・・



「いただきます!」



私が言い終わると同時に、さっき私が閉めた扉がまた開いた。

振り返らなくても分かる。ユーノ君だ。



「おはよう、ユーノくん。あけましておめでとう」

「あけましておめでとう」

「あ、はい。あ、あけまして? おめでとうございます、桃子さん、士郎さん」



ユーノ君のことを含め、私が魔法少女になったことを家族に話したのは、一週間前。

最初はみんな戸惑っていたけど、今ではもう完全に馴染んでいます。フェレット状態のユーノ君が話しても驚かなくなったし。

みんな、順応速度が異常です。



「はい、ユーノくん。朝ごはん」

「ありがとうございます」



私の後ろで緑色の光が輝いた。ユーノ君が魔法を解いてフェレットから戻ったんだね。

これも見なくても分かる。いつものことだから。

残った料理を口いっぱいに含んで、ちゃんと噛んでから牛乳で流し込む。一気に飲んだから喉が痛かった。



「ごちそうさま!」



ユーノ君がお盆を持って席に着くのと、私が席を立つのは同時だった。



「あっ・・・」



物言いたげな声がしたのでその方向を見ると、ユーノ君の寂しそうな顔。どうかしたのかな?

あ、ご飯かな。私が急いでるから食べられないと思ってるのかも。仕方ないよね、お母さんのご飯おいしいし。



「ユーノ君はゆっくり食べててもいいよ。私は準備に少し時間がかかるから」

「あ・・・うん・・」



それでも寂しそうな顔は治らない。

私は頭に?マークが浮かんでいるけど、それより時間が無いことのほうが気がかりだったので、そのまま食器をキッチンの流し台に。

そして洗面所に戻って、歯を磨いて・・・。それも終わったらもう一度お母さんのところへ。



「お母~さん♪」

「は~い」



うきうきした気分が抑えられず声にも出ちゃった。でも気にしないもん、お母さんも楽しそうな顔だから。

エプロンを外したお母さんと一緒にキッチンを出る。



「さて、ユーノくん。新年が明けたことだし、実は少し君にお話しがあるんだが・・・」

「え?」



リビングを出るときそんな会話が聞こえてきました。お父さんの声がピリピリしていたような・・・ま、いっか。

私達の行き先は、お父さんとお母さんの部屋。

二人の部屋にはそんなに物は置いていなくて、化粧台とベッドと、小さな本棚があるだけ。

あとは部屋に元々添えつけられているタイプのクローゼット。私達は部屋に入ると他には目もくれず、一直線にそこに向かう。

クローゼットを開けたお母さんが取り出したもの、それは・・・・・・



「わあ、かわいい・・・」

「でしょ? なのはが着てるところ、お母さんも早く見たいわ~」



振袖でした。赤色の生地で、あちこちに散っている桃色の花びらが可愛い振袖。

毎年お母さんが用意してくれるんだけど、当日までどんな柄を選んでくれたのか内緒にするから、初詣はいつも楽しみ。

でもクローゼットの奥にこんなに念入りに隠さなくても、なのはは探さないよ。

お母さんに着付けを手伝てもらって、着替え始めます。でもこれ着るのって、結構時間がかかるところが難点なの。

だから今日は朝から急いでたんだけどね。

振袖と格闘すること約30分、やっと着替え終わった。



「うんうん、やっぱり私の見立ては間違って無かったわ。なのは、可愛い~」



むぎゅっと抱きしめられた。にゃはは、くるしい・・・。

お母さん越しに化粧台の鏡が見える。そこに映るお母さんに抱きしめられた私は、ちょっと困った顔をしていた。

しばらく鏡の中の自分と睨めっこをしていたら、ようやくお母さんが開放してくれました。



「後で写真撮りましょうね♪ それはそーと・・・なのは」

「なに?」

「時間、大丈夫?」



え? と部屋に付けられた壁掛け時計の時間を見て見れば・・・・・・



「ち、ちこく~~~!!」










走りにくい草履を履いて出来る限りのスピードで走る、走る、走る・・・。

朝の宣言どおり、なのは頑張っています! でもいきなり頑張り疲れそう。走るのあんまり得意じゃないのに・・・。



「もうすぐだよ、頑張ってなのは~・・・」



肩の上でユーノ君が無責任な発言。

アリサちゃんたちの要望もあるからフェレット姿の方がいいよと言ったのは私だけど、

頑張ってる私の上に乗って応援だけしているなんて、理不尽な気持ちになる。

でもユーノ君、家を出る直前は汗びっしょりで震えていたの。お父さんが何か言ったみたいなんだけど、何を言ったのかな?

待ち合わせの神社の鳥居が見えてきた。鳥居にはもうみんな集まって、私の到着を待っている。

もしかして、遅刻しちゃった?



「あ、なのはちゃ~ん!」



一番最初にすずかちゃんが気がついて、私に手を振ってくれた。私もなんとか走りながら振り返す。

そしてすずかちゃんに続いて、みんな私に視線を向けます。



「ご、ごめ~ん。はぁ・・はぁ・・・遅れちゃった・・・よね」

「ううん、そんなことあらへんよ。ぎりぎりセーフや」



最近出来た私の新しい友達――はやてちゃんは、これまた最近知り合い(友達?)になったシグナムさんに抱かれながら、腕につけた小さな時計を見せてくれた。

待ち合わせ時間8時の・・・1分前? 2分前?



「よ、よかった~」



安堵のあまり服のことも忘れて思わずその場に座り込みそうになった。あぶないあぶない。

改めて皆を見回します。フェイトちゃん、アルフさん、はやてちゃんとシグナムさん、アリサちゃんにすずかちゃん、

ヴィータちゃん、シャマルさん、クロノくんにエイミィさん、最後にリンディさん。ザフィーラさんはお留守番かな?

去年までは三人だけだったのに、今までに無い大所帯。クロノくんを除いて、みんな振袖姿だぁ。

はやてちゃんのところは、お金とかどうしてるんだろう。振袖って、レンタルでも安くないはずだよね。

姿勢を正し、息を整える。挨拶はしっかりと、ね。



「あけましておめでとうございます」



新年恒例の挨拶をすると、口々に「おめでとう」や「おめでとうございます」と返してくれた。

恒例の挨拶も終わったところで、もう一つの恒例もしようと思います。それはもちろん・・・



「なのは、振袖姿よく似合ってるじゃない」

「ホント、かわい~」

「にゃはは、ありがとう。アリサちゃんとすずかちゃんもとっても似合ってるよ」



振袖の褒め合いです。二人のは・・・・・・説明が難しい柄なの。

アリサちゃんは、上が白で下にいくほどに徐々にブルーグレーになっていて、お花や鶴が画かれてる振袖。

すずかちゃんは、髪の色によく似ている濃い紫色の生地に、足元に集中した花柄が特徴の振袖。

そういえば振袖って、花柄のものが多いよね。なんでだろ?



「フェイトちゃんも、綺麗~」

「あ、ありがとう、なのは」



頬を赤くして照れています。フェイトちゃんは恥ずかしがり屋だから、振袖着るのは恥ずかしいのかも。

フェイトちゃんの振袖は・・・・・・当然というか、黒の生地ベースに桃の花。

何故かフェイトちゃんには黒がよく似合うの。

それからはやちゃん、シグナムさん、ヴィータちゃん、アルフさんシャマルさんエイミィさんと、次々に似合うと褒めていきます。

色や柄のほうは・・・説明が疲れるので、さっきの名前順に白、紫、白、赤、緑、藍ということで。

そして・・・・・・



「リンディさん・・・」

「ん? なになに?」



声から何かを期待している感じがひしひしと伝わってくる。

さっきも言ったと思いますが、この場にいるクロノくん以外は、全員が振袖を着ています。文字通り全員が。

もちろんその中にはリンディさんも含まれていて・・・・・・。

大人っぽい落ち着いた感じの振袖。リンディさん見た目は家のお母さんと同じぐらい若いから全然違和感ないけど、確か振袖って結婚していない女の人が着るものだよね。

リンディさんはクロノくんのお母さんだから、着るならどっちかというと留袖の方じゃ・・・?

周りにヘルプの視線を送れば、振袖の意味について知っていそうなアリサちゃんやすずかちゃん、はやてちゃんの全員が視線を・・・逸らした。

み、見捨てられた!?



「お、大人っぽくて清楚な振袖ですね。とっても似合っています」

「あら♪ ありがと~」



私は突っ込まず、褒めることにしました。結果、リンディさんはすご~く喜んでくれた。

私間違ってないよね? そうだよね?

もう一度三人に視線を送れば、今度は「よくやった」「頑張ったね」の類の視線が返ってきた。

うん、頑張ったの。



「さあ、それじゃあ張り切っていきましょ~!」



私の言葉がよほど嬉しかったのか、テンションが異様に高くなったリンディさんが先頭の指揮を執り始めた。

ちょっとだけ・・・本当にちょっとだけ嘘をついたことに、肩身が狭くなった気がする。

何で私、こんなに居心地悪くなってるんだろう・・・。



「なのは、どうしたの? 走ってきたから、疲れちゃった? もう少し休む?」

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」



心配して気遣ってくれるフェイトちゃんの優しさが嬉しい今日この頃です。









[8661] 第二十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/09/12 13:49










「この神社って、ちっちゃい狐さんが住んでるんだよ。お姉ちゃんの友達が、その子と仲良しなんだって」



何気ない会話をしながらひたすら長い階段を上る。人が少ないなぁ。

この八束神社は海鳴市唯一の神社なんだけど、隣町に有名な神社があるからみんなそっちに行くんだよね。

その代わり、初詣でお参りする為に何十分も待つ必要が無いからちょっとした穴場を知ってる気分。

ちなみに話題の人は、神咲那美さん。今高校3年生で、とっても可愛い人。



「へぇ。私は見たことないなぁ。神社に来るのもずいぶん久しぶりやし」

「あ・・・そっか。ごめんね」

「ううん、気にせんでええよ」



そうだった。はやてちゃん車椅子だから、階段も通れないんだよね。うっかりしてた。

あれ?



「はやてちゃん、車椅子は?」

「ああ、あれなぁ。邪魔になるから家に置いてきたわ。階段とか砂利道が大変やし。

 いつもならザフィーラに乗せてもらうんやけど、流石にこの格好やとな。シグナムもごめんな、疲れたやろ?」



はやてちゃんはシグナムさんに抱っこされている。しかもお姫様抱っこ。

シグナムさんがそれをするのは、とっても似合っている。



「いいえ。主はやてはとても軽いので、いつまででも平気です」

「もう、お世辞が上手くなったやないの」

「シグナムが疲れたら、次は私が抱っこしますね、はやてちゃん」

「むぐぐ・・・あたしもはやての役に立ちたいけど、こればっかりはな」



はやてちゃんの家族は、本当にはやてちゃんのことが大好き。

絆・・・っていうのかな。それが普通の家族と比べても、とっても強いの。

血の繋がりなんかなくても本当の家族なんだって、見てて実感できる。



「フェイト~。この服やっぱり動きにくいよ。一歩一歩が細々してて・・・」

「そうかな? 私は気にならないけど・・・でもアルフは普段から大股で歩くから、この格好は歩き辛いかもね。

 初詣が終わったらすぐ着替えてもいいから、もう少し我慢してね」



フェイトちゃんとアルフさんの会話に耳を傾ければ、アルフさんは振袖に苦戦しているみたい。

・・・巫女さんの服なら見た目より動きやすそうだよね。アルフさんはそっちの方が似合うかも。

そういえば那美さん、今日はいるのかな。時々別のところにお仕事に行ってて居ない時があるんだよね。

お友達の子狐さん警戒心が強いから、那美さんが居る時じゃないと見つけてもすぐに逃げ出しちゃう。

私はいつも遠くから見るだけなんだよね。いつか撫でてみたいと思ってるんだけど。



「・・・クロノくん。女所帯に男一人だと、肩身狭くない?」

「うるさい、エイミィ。分かってるのなら、このまま他人のフリをさせてくれ」

「集団から少しでも離れて歩こうと努力する気持ちは分からないでもないけど・・・無駄だと思うよ」



先頭を歩いていたリンディさんが引き返してきた。どうしたのかな?



「どういう意味だ?」

「どうもこうも・・・」

「ほらほらクロノ、遅れてるわよ」

「うわっ、か、母さん!? ちょ、押さないでくれ!」



と思ったら、すぐに戻ってきた。さっきまで一番後ろを歩いていたクロノ君の背中を押しながら。



「こーいう意味だよ・・・って、聞こえてないか」

「?」



隣に並んだエイミィさんが何か呟いていたけど、聞き取れなかった。

みんなでワイワイ楽しく進む。神社の途中手水舎で両手や口を清め、全員が終わったら再度出発。

一番奥のお賽銭箱の前には軽く列が出来ていた。

でも並べば数分もかからず済みそう。待っている間に、着物とお揃いの巾着袋からお財布を取り出す。



「はいはいみんな、ちゅうも~く!」



アリサちゃんが先頭になって、全員の視線を集める。

やっぱりやるんだ、初詣のうんちく。正月初体験者も入ったもんね。

私とすずかちゃんは今からアリサちゃんが何を話すのか知ってるけど、一緒にアリサちゃんに視線を向ける。



「みんな! お賽銭は基本いくらでもいいけど、一の桁は5円だからね! そして10円1枚だけってのは駄目よ!

 絶対に駄目なのは、お金の数や金額が4や9の数字になること! この二つは縁起が悪いんだからね! 言語道断よ!」



私とすずかちゃんが今の台詞を聞くのは、これで三回目。去年一昨年と続いて聞かされてきたこと。

物事は合理的に考えて、縁起とか気にしなさそうなアリサちゃんだけど、実際は人一倍そのことを気にする性格。

毎回口酸っぱく聞かされた。年初めが肝心なんだとか。



「なのは、どうして?」



フェイトちゃんが私に聞いてきた。頼ってくれるのは嬉しいけど、この場合まずアリサちゃんに聞く方が正しいよ。



「ん~・・・言っちゃえば、昔の人が考えた日本ならではの言葉遊びなんだけどね」



口酸っぱく聞かされたアリサちゃんの言葉を思い出しながらフェイトちゃんにも教えてあげる。

・・・何度も聞かされたわりには、私も大雑把にしか憶えてないんだけど。



「5円玉なら、”ご縁”がりますようにって意味。縁起が良いようにってことだね。

 逆に10円なら”遠縁”ってことで、縁が遠くなるよ~って風に、入れた金額によって語呂があるんだよ」

「じゃあお賽銭は、5円玉を入れたほうが縁起が良いんだね」

「うん。他には15円で”十分ご縁”があるようにとか、45円で”始終ご縁”があるようにとか、色々あるよ」

「そうなんだ・・・」



フェイトちゃんもお財布を取り出して小銭をあさり始めたので、私も自分のお財布の中を確認する。

え~っと・・・500円玉が1枚、100円玉が2枚、50円玉が1枚、10円玉が1枚。

・・・・・・と、5円玉が3枚。計775円。

じゅーぶんにご縁がありますように、で15円にしよう。



「なのは・・・」



小銭を取り出したところで、フェイトちゃんが沈んだ声を出した。お財布の中を見て肩を落としているみたい。



「どうかしたの?」

「これ・・・」



フェイトちゃんがお財布の中身を私にも見えるように差し出した。

中には・・・銅色の小銭が2枚と、アルミ製の、お金としては一番価値が低い小銭4枚。

それ以外に入っている様子は無い。フェイトちゃん、小銭あんまり持ち歩かないのかな?



「どうしよう・・・アルフの分もあるのに」

「あ、だったら私5円玉2枚持ってるから、それをあげる。15円なら縁起も良いし、私と同じだよ」

「なのは・・・ありがとう」



さっきまでとは違い、喜びの声。うるうるとした目で見つめられると、なんだかすごく照れくさくなっちゃう。

にゃはは。



「ありがとよ、なのは」



アルフさんが私の頭をぐりぐりと撫で始めた。アルフさんって、見た目はともかく、中身は私より年下なんだよね。

私は別にあんまりそのこと気にしないんだけど・・・なんだかなあ、この扱い。

フェイトちゃんとアルフさんに5円玉を渡して、フェイトちゃんがアルフさんに10円玉を渡す。



「フェイトさん・・・私に言ってくれれば、ちゃんと用意していたのに・・・」

「予め初詣の予備知識を仕入れてしっかり準備しているところはマメだな、母さん。空回りだったけど」



そして待つこと数分、私達の番。

お賽銭を入れて、紐を引っ張って大きな鈴をガラガラと鳴らします。先に二礼・・・



  パンッパンッ



二回手を合わせます。そしてお願い事。

お願い事は・・・・・・無難なところで、今年一年良い年でありますように。

最後に一回礼をして、フェイトちゃんアルフさんと一緒に列から抜け出す。

出た所には、先にお参りを終えたみんなが待っていてくれてる。列に並んでいるのはあと数人。

はやてちゃん家のところと・・・・・・すずかちゃんだけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気のせいかな。すずかちゃん、最近影が薄くなってない?



「お待たせ~」



ヴィータちゃんお賽銭入れた後力いっぱいガラガラと鳴らして、パッと頭だけ下げて戻ってきた。



「ヴィータちゃん、お願い事した?」

「ちゃんとしたぞ、失礼だな。紐をからがら~ってしてる時に」



「がらがら~」と言いながらグーを縦に並べて、両手を思い切り左右に振って鈴を鳴らすジェスチャーしてくれた。

お願い事言うタイミングがすっかりズレてるね。

あと紐はガラガラ鳴らないよ、ヴィータちゃん。鳴ってるのは上にある大きな鈴の方。態々言うほどのことじゃないけど。

最後にシャマルさんがキチンとお参りして、全員終了。次は・・・



「うおおおおお、あおあああああぁぁぁぁーーー!!!」



突然響いてきた絶叫に、私と他二人を除いてみんな揃ってビクッとした。

クロノくんとシグナムさんは、明らかな戦闘体勢になっている。

絶叫の発生源は、次に私達が向かう予定の場所――社務所。



「また・・・また・・・大凶を引いちまったあああぁぁぁぁーーー!!!」

「浩平! しっかりして~!」



崩れ落ちている男の人と、それを支えている女の人。どっちも見た感じは高校生ぐらい。

極端に背が高くて大人びているとか、逆に童顔とかじゃなければ、どっちも見た目通り高校生のはず。



「大凶の人だ」

「大凶の人だね」

「大凶の人よね?」



順に私、すずかちゃん、アリサちゃん。驚かなかった私以外の他二人は、この二人のこと。

この人の絶叫はアリサちゃんのうんちく同様、毎年のことだから慣れちゃった。



「な、なのはちゃん? すずかちゃん? アリサちゃん?」

「「「なに?」」」

「アレって、何なん?」



はやてちゃんがあの人を指差す。私達は顔を見合わせる。誰が言おうか選択中。

二人の視線が揃って私に集中した。私が代表して言う事になったみたい。

決まったところでいざ喋ろうとしたら、はやてちゃんだけじゃなく全員の視線が私を向いている。

軽く緊張しちゃうな・・・。



「あの人はね、大凶の人。何故かは知らないけど、毎年毎年必ず大凶を引き当てる不運な人なの」

「毎年大凶を? でもそのぐらい、偶にならあるやろ。確率的にはかなり低いやろうけど。

 それだけで大凶の人呼ぶんは、流石に失礼やない?」

「それだけじゃないよ。あの人、初詣に何回かおみくじを引いてるらしいんだけど・・・・・・結果が全部同じなの」

「え? つまり・・・大凶?」

「うん。私達3人が一緒に初詣に来た最初の頃からいたから、多分・・・・・・3年ぐらいそうなんじゃないかな」



「これで4年・・・4年連続・・・・・・」

「ほ、ほら、浩平。結びにいこう! また引けばいいよ!」

「いや・・・・・・もういい。諦めた・・・。俺の今年の運勢は絶望色なんだよ、長森・・・ぐふっ」

「こ、浩平ーーー!!!」



「4年みたいだね」



ぷちドラマを繰り広げている二人から視線を逸らし、3年と言った言葉を訂正する。

何とか立ち上がり肩を落として帰っていく大凶の人。体はすごい勢いで左右にゆらゆらと揺れ、よく倒れないなと感心する。

女の人は大凶の人を支えてあげようとするけど、大凶の人はゆらゆら揺れているからうまく支えられなくて一緒にフラフラしているだけ。

来年は頑張ってね、と無言のエールを送っておく。



「世の中には変わった人が居るのねぇ」



そんなしみじみした声で言ったら可哀想ですよ、リンディさん。

確かに大凶を何度も引くのは、確率的には同情を通り越して感動すら覚えそうなほど凄い・・・というか変だと思うけど。

さて、大凶の人が現れたから止まってたけど、初詣最後の楽しみを実行しよう。

社務所に向かう。



「すみませ~ん、おみくじ一回」

「は~い。・・・あ、なのはちゃん」

「那美さん? あけましておめでとうございます」



社務所には那美さんがいた。なんだか会うの久しぶりだな。



「あけましておめでとうございます。おみくじは、一回百円ね」

「はい」

「うん、じゃあこれを振って」



ひらがなで大きく『おみくじ』と書かれたお御籤箱を渡された。

八束神社は、箱を振って小さな穴から棒を一本出して、棒に記された番号の籤を受けとるタイプのおみくじ。

おみくじは神社によって引き方が違うみたいだけど、本当なのかな。

私はこの神社以外のは知らないから、機会があれば他のおみくじも見てみたいかも。

箱は全部で三つ、籤は60以上ある中で大凶自体は二つしかないらしいから、大凶の人がどれだけ不運なのかは謎なの。



「なのは」

「あ、フェイトちゃん。フェイトちゃんもおみくじ、引く?」

「うん・・・やり方、教えて」



フェイトちゃんに軽くおみくじの仕方を教えて、私がお手本をする。

カシャカシャ振って、棒を一本出す。



「はい、那美さん」

「5番ね・・・はい、これね」



半分に折りたたまれた紙を渡された。中はまだ見ない。

箱をフェイトちゃんに渡す。フェイトちゃんはお金を那美さんに渡して、お御籤箱を振る。

その横では他のみんなもおみくじを引いている。



「きゅ~」



全員が引き終わるまで待っていようと思ったら、肩の上でユーノ君が鳴き出した。



「? ・・・ユーノ君も引きたいの?」

「きゅきゅ」



うんうんと首を縦に振る。そっか、ユーノ君もしたいんだ。

でも、どうしよう。ユーノ君のサイズだと、どう考えても箱を振れないよね。

・・・・・・あっ、そうだ。



「那美さん、おみくじもう一回」

「え? また引くの?」

「うん。こんどはこの子の分」

「この子? ・・・そのフェレット?」

「うん」



那美さんはユーノ君に視線を向ける。ユーノ君もじっと見返している。

・・・・・・なんだか、那美さんの視線が変。目を凝らして、訝しむような視線。

もしかして、ユーノ君の正体に気が付いている? ・・・まさかね。



「う~ん・・・ん、じゃあ一回いいよ」

「はい。お金・・・」

「あ、いいよ。フェレットだし、今回はサービスするね」



人差し指を立てて『しーっ』っとする那美さん。

今おみくじを引いたフェイトちゃんが返した箱を、再び手渡してくれたので受け取る。



「ありがとうございます、那美さん。それじゃあ、ユーノ君箱を揺らして」



棒が出ない程度に箱を斜めに構える。私が持ってユーノ君が引けば、何とかなるよね。

ユーノ君は前足でタシタシと箱を叩く。一本棒が顔を出したので、それを引っ張り出す。



「49番」

「49? また? え~と・・・はい、どうぞ」



箱を返して籤を受け取る。那美さんが言った「また」って、どういう意味だろう?

なんにせよこれで全員引き終わったよね。視線を向ければ、それぞれおみくじを開いている。



「もう行きますね。お仕事頑張ってください、那美さん」

「ありがとう。またね」



他のお客さんの邪魔にならないように、社務所を離れる。



「なのはちゃん、今年も自信ある?」

「う~ん、どうかな。分かんないよ。でも大吉引けたら良いなぁ」



すずかちゃんから今年の自信の程を聞かれた。私は謙遜して答えたけど、実は結構自信あるんだよね。

私の密かな自慢。生まれてから一度も大吉以外を引いたことが無いの。

ちょっとドキドキしながらおみくじを開く。

運勢は・・・・・・・・・









[8661] 第二十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/04/07 07:35










結果は・・・・・・『大吉』





やった、記録更新!

何度引いても嬉しいよね、大吉って。にへら~としながら中身を読む。

まずは・・・・・・願いごとの欄について。

ね~がいっごと♪ え~っと・・・・・・『夢見るあなたは恋する乙女』。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・なに、この内容。一瞬で浮かれていた気分が吹っ飛んじゃった。



「変なおみくじ・・・・・・」



八束神社って、時々変な籤が混じってるんだよね。これもそうかな?

それに乙女って、これを引いたのが男の人だったらどうするつもりなんだろう。・・・気にしちゃ負け?

せめて”願い事”に何にも関係がなさそうな文なところには、突っ込んでもいいのかな。



「・・・う~ん・・・」



テンションは今さっきと比べ物にならないくらい下がってるけど、気を取り直して次にいこう。

恋で始まったから、どうせなので恋愛を見ようかな。



恋愛、恋愛・・・・・・『運命の出会いあり。臨機応変に』。



後半変だけど、まあ普通だね。よく書かれている類の事だ。次次・・・。



学問・・・『誘惑は強大、苦手分野も万全に』



誘惑・・・何を指して誘惑って言うのかな。魔法のこと? それは・・・確かに強大かも。

はっきり言って、勉強するよりも魔法を覚えるほうが面白いから、得意科目はともかく苦手科目は少し不安。

これからはもう少し身を入れて勉強しようかな・・・。



失物・・・『探せ』



見も蓋も無いとはこのことでしょうか。幸い今のところは失くしたものが無いので、一安心。

最後に、今年一年を通しての教訓。



今年の教訓・・・・・・『人生で最強の分岐点也』



・・・最強なんだ。最大とか、最初最後じゃなくて。まさか書き間違いじゃないよね。

一通り見終わり、後は私に関係なさそうなことばかり。大吉なのは嬉しいけど、今年は変な籤引いたな・・・。

突っ込みを待っているとしか思えないよ。



「きゅ~・・・なのは、僕のも」

「あ、ごめんねユーノ君」



我慢しきれずに言葉を使っちゃったユーノ君。ユーノ君の籤は折りたたまれたまま、まだ私の手の中にある。

自分の籤を小さく畳んで、巾着袋の中に入れる。

そしてユーノ君の籤を空ける。運勢は・・・





『大凶』





・・・・・・・・・目を擦って、もう一度見直す。

大凶。変わらない二文字。



「なのは、なんて書いてあるの?」



耳元でぼそぼそと喋るユーノ君。正直に話していいのかな・・・。

・・・・・・うん、嘘をついてもしょうがないよね。



「・・・・・・・・・・・・・・・大凶」

「え?」

「大凶・・・って、書いてある」



しばらく続く沈黙。ユーノ君は大凶の意味を考えているんだろうなあ。

さっき大凶の人がいたから、そこからも大凶の意味は理解できると思う。

・・・そっか。那美さんの言ってた「また」って、こういう意味だったんだ。



「・・・それって、確か・・・」

「うん、一番悪い運勢だよ」



他の運勢も見てみる。・・・・・・・・・内容は散々。

失物は見つからず、健康は害し、恋愛成就は困難。唯一学問だけは良さ気な事書いてあったけど、それも他よりかマシって程度。



「で、でもほら、おみくじだし! 遊びみたいなものだから!」

「そ、そうだよね! 遊びだよね!」



フォローしたらユーノ君も食いついてきた。このままただのお遊びだから関係ないよということにしておこう。

大凶の紙は、木に結んでおく。これで木が厄を浄化してくれるんだよね、確か。



「なのは、どうだったの? 木に結んだってことは、あんまり良くなかった?」

「あ、アリサちゃん。ううん、私は大吉。結んだのは、ユーノ君のおみくじだよ」

「そうなんだ。初おみくじの運勢が悪かったなんて、ユーノも災難ねぇ」



肩の上のユーノ君の頭を撫でるアリサちゃん。

アリサちゃんももうユーノ君が人間だって知ってるけど、扱いは完全に小動物に対するそれ。

・・・私も同じようなものなんだけどね。



「そうそうなのは。なのはは初夢見た?」

「え? どうして?」

「今はやて達とその話題で盛り上がったの」



はやてちゃんを見ると、すずかちゃんと話していた。かなり盛り上がってる。



「うん、見たは見たけど・・・」

「本当? じゃあ、あっちで聞かせて」



アリサちゃんに手を引かれ、私は三人(シグナムさん含む)の元へ。

ジャリジャリと砂利道を踏みしめる音が3つほど響く。・・・3つ?

・・・・・・ついさっきまで居なかったはずのフェイトちゃんが、いつのまにか後ろから付いてきていた。

本当にいつの間に?



「お、きたきた。なのはちゃんの初夢、どうやったって?」

「見たってさ」

「ほんま? 聞かせて聞かせて」

「・・・あ~・・・それはいいけど、その前に・・・なんでその話になったの?」



さっさと話を進めていく二人から、経緯を聞かせてもらう。つまり内容はこう。

はやてちゃんの引いたおみくじに『初夢は正夢、案ずるが良き結果』と、やや意味深そうで、やはり意味不明なことが書かれていたらしい。

それではやてちゃんが初夢を思い出していたところ、すずかちゃんとアリサちゃんがはやてちゃんのおみくじを覗き込んで夢の内容を問うたとの事。

そこから互いの夢の内容を話し合い、一気に盛り上がった。大体こんな感じだって。



「で、でもね、私の初夢ってあんまり良い夢じゃ無かったよ。むしろどっちかというと悪かったような・・・」



正直なところ、進んで話したくは無い夢だった。あの夢は多分、男の子が大切な人を守れなかった縁起の悪い夢。

ただの夢だけど、そんな夢を初夢で見たなんて言うのは、お正月の浮かれた気分が台無しになりそうで・・・。



「ならなおさらや。そんなに悪い夢見たんなら、口に出したほうがすっきりするかもしれんし」



なるほど・・・それはそうかも。悩み事を他の人に話すと、結構すっきりするって聞くもんね。

あれって、自分の悩みを人に話していく内に、自分の中でもその事柄を整理できるからなんだよね。

だったら口に出して、少し自分の考えを整理してみようかな。



「・・・うん。じゃあ、話すね。その代わり、変な夢だって笑わないでね」

「内容次第では、保障できないわね」



正直者だな~、アリサちゃん。でもそんなこと言ってるけど、多分笑わないで真剣に聞いてくれると思う。

目を瞑って、夢にしては鮮明に記憶しているそれを思い出す。



「夢を・・・見ているの」

「なに言ってるの? 初夢の話しなんだから、そりゃそうでしょ」

「ううん、違うの。見ているものが夢だって、自分でも分かってるの。そこでは雪が降っていて・・・」



舞い落ちる雪。本当にチラチラと降っているだけで、注意しなければ気が付かないぐらい少しだけ。



「周りには雪がたくさん積もってた。空は・・・そう、オレンジ色。夕方だった」



自分で声に出しながら確認する。オレンジ色の空。雪は降ってたけど雲は少なかった。

周囲の木に葉っぱは無くて、寂しい景色。もしも春だったなら、きっと綺麗な光景が広がっていたと思う。



「場所は多分、どこかの林の中。そこの、ちょっと開けた空間。そこに私が立っているの」

「林の? なのはちゃんは、そこに行った事あるの?」

「ううん、見覚えは無かったかな。それで、そこには一本だけ大きな木があって・・・・・・その木の根元に、男の子と女の子。

 男の子が女の子を抱き起こしていて・・・」

「なんや、恋人同士の逢瀬をデバガメしてたんか?

 他人のラブラブ見せ付けられるんはたしかに良い気分はせんけど、ちょっと関心せんよ」



そこだけを聞くとそんな風に誤解するよね。うん、今のは私が悪かった。

でもはやてちゃん、だいぶせっかちさんだよ。



「そんな雰囲気じゃないよ。だって女の子、頭から血を流してたから・・・その血で、下の雪が真っ赤に染まるぐらい」

「血・・・真っ赤・・・」



すずかちゃんがピクリと反応した。でも気にせず続ける。

だけど・・・それで終わりなんだよね。



「雪にどんどん血が広がっていって、私はどうにか駆け寄ろうとしたんだけど・・・・・・そこで目が覚めちゃったの」



結局、男の子がどうしたのかも、女の子がどうなったかも分からないままだった。



「心配だね、その子達・・・」



私の夢の中の人たちまで心配してくれるフェイトちゃんはとっても優しい。

他のみんなは・・・聞き終われば中々重い内容だったので、何と声をかければいいか分からないって感じかな。

夢の話と言っても内容が内容だから、全員複雑な表情をしている。



「ふぅ。話したら、結構すっきりしたかな」

「お陰でわたし達はちょっとブルーな気持ちよ」



アリサちゃんにポカンと頭を叩かれた。痛い。だから良い夢じゃなかったって言ったのに。



「・・・私が話したんだから、次はみんなの番」



私だけ話してそれで終わりなのは酷い。私も他のみんながどういう夢を見たのかが知りたい。



「あ、ほんなら次は私。すずかちゃんには話してる途中やったんやけどな。

 私が見た夢は・・・なんとリインフォースの夢や」



そこから始まったはやてちゃんの演説。時間は約5分ぐらい。

要約すると、寝ている間中はやてちゃんがリインフォースさんになっていて、男の子と戦っていたそうな。

うろ覚えで、男の子がくまのプッさんとか、平成狸合戦ぽんぽんがどうとか言ってたみたい。

そうそう、リインフォースさんっていうのは、はやてちゃんの元に居た夜天の書さんの名前。

今はもう・・・・・・なんだけど。それでもどこかで、はやてちゃんの事を見守っていてくれてると思う。



「そんでな、目が覚めたときに閃いたんよ。あれは、リインフォースの過去の思い出やったんやないかな・・・ってな。

 過去にもリインフォースを想ってくれてた男の子が居て、私の夢とおみくじは、暗にその事を私に教えてくれたんやないかな~って。

 都合良すぎるかも知れんけど、おみくじにも案ずる(考える)ことが書いてあったし、考えた結果きっとそうやと愚考した次第で。

 ・・・・・・なんや、いつのまにか初夢とおみくじがゴッチャになってしもてるな」



私と比べれば随分と良い話。私の夢もそうやって何かしら理由を補整できればいいんだけど・・・・・・

あんなシーンだけ見せられたら、いくら頑張っても良い話に補整はできないよね、どう考えても。

あとはやてちゃん、リインフォースさんの過去の思い出話しならプッさんとぽんぽんは時代的に存在しないと思うんだけど。

それに近いなにかってことかな?



「リインフォースさんか・・・会ってみたかったな、私も」

「会えなかったのって、わたし達だけだもんね・・・。綺麗な銀髪の女性だったのよね?」

「そうや。瞳が紅くて、美人で。特に良かったんは、あのぽよぽよしてそうな胸・・・」



胸の話になった時、はやてちゃんを抱いているシグナムさんが眉をひそめ困った顔をしたけど、誰も気がついていない。

シグナムさん、胸のことでコンプレックスでもあるのかな? あんなに大きいのに。

三人が会話しているのを目の端に捉えつつ、少し離れてフェイトちゃんと会話する。



「楽しそうに話してるけど、やっぱりまだ無理してる感じがあるね、はやて・・・」

「うん、そうだね。あの日からまだ一週間しか経ってないんだもんね・・・・・・」



あの日とは勿論、リインフォースさんが・・・夜天の魔導書が終焉を迎えた日。

たった一週間前なのに、今ではそれが凄く昔のことのように思える。

リインフォースさん・・・・・・本当にあれだけしか、方法はなかったのかな・・・。



「すまない、感傷に浸っているところ悪いんだが・・・」

「く、クロノ君!?」



足音も立てずに私達の後ろにクロノ君が立っていたので驚いちゃった。

・・・あ、クロノ君の立っている所、参道の石畳だ。



「申し訳ないんだが、僕と母さんとエイミィはこれからアースラに戻らないといけない。

 今日中には家に帰ってこれるとは思うから、フェイトもあまり遅くならないうちに帰って来るんだぞ。

 まあ暗くなるどころか、今はまだ朝の時間帯だけどな」

「どうかしたの、クロノ。何かあった?」

「あった・・・いや、どうだろうな」



苦虫噛み潰したような顔。初めて見るな、クロノ君のこんな表情。



「クロノはちょっと寝不足気味で疲れてるのよ。眠気押し殺して自分が現地に赴いたのに、何も見つけられなかった訳だし」

「ふえぇぇ!!?」



後ろからリンディさんの声。振り向いたら確かにそこに居た。

あ、あれ? 足音が立たない参道にはクロノ君が立っていて、私達はクロノ君の方を向いていたから背後は完全に砂利道。

今足音した? 足音、した?



「いつのまに・・・あ、いえ。えっと、それって一体どういう?」



湧いた疑問を押し殺し、もう一つの疑問をぶつける。

クロノ君が寝不足気味・・・現地に赴いたって言ってたから、昨日何かあったってことだよね。

私は一時ごろまで起きてて、ユーノ君と魔法についてのお話ししてたけど、それまで何にも連絡がなかったから・・・それ以降に?



「昨日・・・いや、今日か。今日の朝早くにアースラが、異世界で発生した強大な魔力反応を感知したんだ。

 時間も時間だったから、それで僕が現地に急行した訳なんだが・・・」

「何かがあったことはあったんだろうけど、その世界は雪の降る世界でね。

 あったという証拠諸共が、全部雪の下に埋まっているのよね」

「・・・・・・詳細を、教えてもらえますか? 私にも何かお手伝いが出来るかも」



真剣な顔でお願いをするフェイトちゃんに、クロノ君とリンディさんは顔を見合わせる。

リンディさんが一つ頷いて、クロノ君が話し始めた。

・・・私は前(クロノ君)に後ろ(リンディさん)にと視線を動かさないといけないから大変。



「手助けしてもらえるようなことではないが、詳細は教えておこう」



どうせなので私も耳を傾ける。私も何かお手伝いできるかもしれないし。

はやてちゃんたちは・・・エイミィさんが話しをしている。・・・あれ? 何だか盛り上がってる?

先に帰るって話しをしているんじゃないの? 疑問は頭を掠めるけど、クロノ君の話しが始まるので意識をそちらに戻す。



「僕がその現場に到着した時そこにあったのは、地面に巨大隕石でも落ちたんじゃないかと思うような大きなクレーターと・・・」



くれーたー? って、あれだよね。お月様に描かれているウサギさん。

あれが確か、くれーたーの集まりで出来ている。



「それと・・・高密度な魔力空間。それも僕が体感してきた中でも、数度しか感じたことがない程の濃度」



魔法戦・・・魔導師同士が戦った場合、双方の魔力によって空間の一部分の魔力密度がその他の周囲に比べて、異常なまでに高まった場所。それが魔力空間。

もちろん魔法世界は、魔法が無い世界に比べて元々の魔力濃度が高いらしいんだけど・・・その魔法世界で過ごしてきたクロノ君がたった数回だけ?

それって、実はかなり珍しいことなんじゃないかな。



「まあ、そこは問題じゃない。それより問題なのは・・・そもそもその世界には、生物が存在していない事なんだ。

 そんな世界での異常なまでの魔力変動・・・恐らくあそこには、異世界から来訪した魔力を扱う何者かが居た。

 そこから憶測するにあの異常な高密度魔力空間は偶発的な発生ではなく、魔法の使用による残留魔力によって出来たもの・・・。

 現時点で分かっているのが、精々それぐらいだ。

 この後もう一度現地に赴いて、それが終わったら報告書も書かないといけない」



「はぁ」と、私のお父さんがクリスマス時のピーク中に吐くため息と同じぐらい、心底疲れているため息を吐いてる。

大変なんだな、時空管理局のお仕事。



「一体どこの誰が、何を理由に、どんな方法でそんな高密度魔力空間を作り出したのか・・・分からないことだらけよ」



リンディさんも困ったため息を吐いた。クロノ君ほどの疲労感は感じさせないけど。



「あの・・・そんなに凄い密度だったんですか?」

「そうよ。この前の闇の書事件の最後、その時あなた達の魔法によって海上に出来た濃密な魔力空間。

 それに更に上乗せで色を付けたら、それぐらいの密度かしら。

 しかもそれが半径2キロにも及ぶ広範囲。なんにしても、異常なことよ。

 複数犯の可能性が高いわね・・・もしかしたらどこかの組織の、何かしらの実験という可能性も・・・あ、あら。

 ごめんなさいね、こんなところで。職業病ね」



舌を出し額をこつんと叩くリンディさん。

それにしても・・・痕跡探しかぁ。私にお手伝いできることはなさそう。

自慢じゃないけど、失し物は殆どしたことが無いから、効率良く見つける方法も知らないんだよね。

目に見える物ならまだしも、目に見えない、あるかどうかも分からない物だもんねぇ。

現場の調査には、私の知らない作法とか手順とかが色々ありそうだし。



「そんな訳で、特に緊急事態というわけでもないから。フェイトさんはお友達と遊んでいらっしゃい」

「はい・・・。何かあったら、すぐに連絡を下さいね」

「その時はよろしく頼む」



クロノ君とリンディさんははやてちゃんたちにも挨拶をしに行く。

話はエイミィさんが先にしていたので、一言二言会話をしただけで三人は神社の林の中へ向かう。

転送魔法を見られない為に、人気のないところへ行ったみたい。



「忙しいんだね、時空管理局のお仕事って」

「そうだね。・・・お正月ぐらいは、ゆっくりさせてあげたいな・・・・・・」

「お仕事だから、しょうがないよ」



翠屋だって――定休日を除いて――休める日のほうが珍しいぐらいだし。

・・・・・・でもクロノ君とリンディさん、普段はいつお仕事してるんだろう。

エイミィさんはデスクワークをしているらしいけど、二人もそうなのかな?



「それじゃあ気分の切り替えも兼ねて、着替えてから遊びにいこっか」

「うん。・・・でも、どこに行くの?」

「みんなと相談してから決めよう」



フェイトちゃんの手を引く。3人が帰って、残った全員は一箇所に集中している。



「あ、なのは、フェイト。あんた達、話の途中なのに何であんなに距離取ってたのよ。

 ・・・まあいいわ。悪いんだけど、時間だからわたしももう行くわね」



みんなのところに到着したら、開口一番アリサちゃんが言い出した。

時間?



「アリサちゃん、これから何か予定あるの?」

「は? なのは、大丈夫? 熱ない?」



額に当ててくるアリサちゃんの手は冷たい。こんなに寒い上野外なんだから、正確な体温なんて測れないよ。



「アリサちゃん・・・もしかして馬鹿にしてるの? ちょっと頭、冷やす?」

「違うわよ。だって初詣が終わった後にわたしが抜けるのは、毎年のことじゃない」



毎年のこと? 何があったっけ・・・・・・。

遡って考えてみよう。去年の初詣が終わった後に、アリサちゃんが何をしていたのか・・・。

記憶を探る・・・・・・。ちょっと考え込めば、確かに思い当たるものがあった。

でも思い出せなかっただけで風邪かどうか心配するなんて、失礼なの。毎年とは言っても、今年でまだ3回目だよ。

私はアリサちゃんほど記憶力が良いわけじゃないんだから。



「・・・ごめん、すっかり忘れてた」

「別にいいわよ」

「アリサ、用事?」



フェイトちゃんはアリサちゃんの用事を知るはずもない。

当然の如く質問する。



「まあね。わたしのパパ、いつも年の初めになるとわたしを連れて、学生時代の親友のところに行くのよ。

 パパの親友だから、わたしはオプションとして連れて行かれるようなものなんだけどね」

「へぇ・・・学生時代からの友達なんだ。いいね、そんな関係」



私は今みんなでこうしている時間があるから何にも不思議に思わないけど、

例えるなら、私達が20年後、30年後までずっと友達同士でいるようなものだよね。

そんなに長い時間仲が良いままでいられる友達がいるのって、本当はとってもすごい事。



「未だに付き合いがあるのは凄いと思うけど、近頃本当に親友同士なのか不思議に思う時があるわ。

 どっちかといえば、親友と書いて敵対相手と呼ぶような仲かもね」



よく父親をお手本としているアリサちゃんは、どんな時でも父親やその周りを冷静に見ている。私なら真似できないな。

アリサちゃんのお父さん、デビットさんは人付き合いが良くて仕事関係以外で敵を作るようなタイプじゃないって、お父さんが褒めてたんだけど・・・。

フェイトちゃんとシグナムさんの関係みたいに、ライバルってことかな?

それと今この場では関係ないけど、私のお父さんとデビットさんは親友。

二人は私とアリサちゃんの喧嘩で初めての顔合わせをして、それからの付き合い。サッカー好き同士気が合ったみたい。



「これから着替えて、車で数時間かけて移動するのよ。

 まあそこにはわたしより三つ年上のお姉さんが居るから、行く事自体は吝かじゃないんだけど・・・あんまり乗り気じゃないのよね」

「どうして?」

「普段は尊敬できるパパの、馬鹿な一面を見せられるから・・・」



あ、この部分は憶えている。アリサちゃんが、唯一尊敬できない父親の姿だって肩を落として嘆いてたな。

後にも先にも、自分のお父さんの事を悪く言うのはこの時だけなんだよね。



「最近旗色が悪いから、来年こそは勝つぞ~って、昨日息巻いてたわ」

「? ・・・何か勝負事でもしてるの?」

「そ・れ・は~・・・・・・なのは、答えられる?」



ええ!? ずっと傍観していたのに何でいきなり質問振られてるの!?

えっと、えっと・・・尊敬できない父親の姿・・・父親の勝負・・・。



「・・・む、娘自慢・・・だっけ?」

「あったり~」



おぼろげな記憶で半分以上当てずっぽうだったんだけど、当たっちゃった。自分でもびっくり。



「娘自慢? それって、アリサとその・・・相手方の、お姉さん?」

「そうそう。『どっちの娘の方がより魅力的か』って議題で、父親同士酒を交わしながら討論するの。

 お酒が入ってるからどっちも子供みたいにムキになって・・・それを毎年の見せられるの」



わっ! 最後のところでアリサちゃんが一気に落ち込んだ。

背景に文字があれば、『ず~ん』と出ているに違いないぐらい肩を落としている。

よっぽど嫌いなんだ、その時のお父さんが。



「ほら、アリサちゃん。そろそろ行かないと、鮫島さん待ってるんじゃない?」



もう一つ思い出した。この状況のアリサちゃんは、強引に話を切り替えないと立ち直らない。

話を切り替えるにも話題が思い浮かばなかったので、いっその事強引に打ち切ることにした。



「そう・・・そうね。それじゃあ行ってくるわ。お土産持って帰ってくるから、楽しみにしててね」



案の定即行で立ち直った。切り替えの速さはアリサちゃんの美点だよ。

言葉には出さずに褒める。

決めたら即実行のアリサちゃんは階段へ向かい・・・・・・



「じゃ~ね~、みんな~」



途中で振り返って手を振り、階段を下りていった。段差があるのですぐに姿が見えなくなる。



「ねえ、なのは」

「なに?」

「なのはは、アリサが言ってたお姉さんに会った事あるの?」

「ん~ん、ないよ。・・・でも、どんな人かは前に聞いたことある気がするな」



名前も聞いた事ある気がするんだけど・・・・・・何て言ってたっけ?



「どこかの地方の、議員の娘さんで、アリサちゃんがお姉さんって呼んでて・・・・・・・・・で・・・・・・・・・で・・・・・・・・・・・・・・・・・・すずかちゃ~ん」



どうしても思い出せなかったので、すずかちゃんを呼ぶことにする。すずかちゃんは小走りで近づいてきた。

私たち三人は基本一緒にいたから、そのことを聞いた時にはすずかちゃんも一緒だったはず。

憶えてないかな?



「どうかしたの? なのはちゃん」

「アリサちゃんが普段お姉さんって呼んでる人の名前って、何だったか憶えてる?」

「な、なのは。別にそこまでして聞きたいわけじゃないんだけど・・・」



遠慮がちに「もういいよ」と言ってくれたフェイトちゃんだけど、それじゃ私は止まらない。

フェイトちゃんはただ気になって聞いてみただけだろうけど、私は気が済まないの。

思い出せそうなのに思い出せないもどかしさが、胸にモヤモヤとしたものを残しているから。



「アリサちゃんのお姉さん?」

「そう。印象深い覚え方をした気がするんだけど・・・う~んと・・・」

「・・・急に言われると、なんて名前だったか・・・。そうだ。名字は一年生の頃の、担任の先生と同じだったよね」



言われてみれば、確かにそんな覚え方した記憶がある。あの先生の名字は・・・・・・○○。



「あとは名前・・・・・・」



アリサちゃんから何度か聞いているはずなのに、その部分がまったく思い出せない。

見事に忘れてる。



「・・・・・・アリサちゃんはいつも、”何とかお姉さん”て、お姉さんの前に名前を付けて呼んでたよね」

「うん。嬉しそうな顔で何度も何度も・・・。何て呼んでたかな? 花の名前が入ってたような・・・」

「私は、真っ白いイメージがあるよ。じゃあ、真っ白い花?」

「真っ白い・・・・・・真っ白い花・・・・・・?」

「茉莉花・・・薮茗荷・・・草牡丹・・・犬鬼灯・・・水仙・・・白花蒲公英? ううん、もっとオーソドックスな花だよね」



すずかちゃん、難しい花の名前を知っているね。聞いた事ないのもあるよ。

花は私も知ってる名前だったはずだから・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・あと一息なのに、出てこない。



「ユリ・・・とか?」

「「それ!!!」」



真っ白い花いっぱいあるのに、ものすごいピンポイントで言い当ててる。

フェイトちゃん凄い!



『それでね、○○○お姉さんはとっても頭が・・・』



ユリの名前を聞いたお陰で、お姉さんのことを話すアリサちゃんの嬉しそうな顔と、言葉を、ふと思い出した。



「思い出したよすずかちゃん、フェイトちゃん。倉田さゆりさんだ!」









[8661] 第二十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/04/07 07:35










SIDE:アリサ

さて。初詣を終えてから早いことに4時間が経過。

ほんの1時間前に、ずっと姉同然に慕っている佐祐理お姉さんと、出会った当時から何かと面倒を見てきた弟分の一弥の二人と再会をした。

佐祐理お姉さん達と一緒に食事をし、絶品の料理に舌鼓を打ちながら横目で父同士が酒を交わし始めるのを確認したのが45程分前。

昼食も食べ終え、父親からちょっと離れたソファでくつろぎながら佐祐理お姉さんと一弥の三人で会話をしだしたのが30分前。

そこから20分は、大人二人もまだ素面と同じぐらい普通に落ち着いて話し合っていた。

・・・・・・そう。10分前までは、どこを見ても何の問題も無いほど平和だったのだ。



「あまい。それはあまいぞ!!」

「そう述べるからには、それなりの理由があるのだろうな。答えろデビット!」



何故たった10分でこんな状況になっているのか。

リアルタイムで二人の傍に居たけどまったくもって理解できなかったわたし、アリサ・バニングスが、

テンションが高いまま討論をしている父とその友人の醜態を視界の外に追いやりつつ、今回の話を始めさせてもらうわ。



「ふはははは!! 心して聞くがいい!!」



ていうかこの二人、夏場に猛運動して汗を流した後水分をガブガブ取るかのように日本酒焼酎、果てはウイスキーなんかの度数の高いお酒を滅茶苦茶飲んでるのに急性アルコール中毒にならないって、どんな肉体構造してるのよ。



「アリサちゃん、私の部屋に行く?」

「行きたいのは山々なんですけど・・・ここにいないと、いざという時に迅速に行動出来なさそうなので」



心の中で、たとえ不本意だとしても、と付け足しておく。

お酒の飲みすぎで倒れてそのままポックリなんて、笑いのネタにしかならない。

いつでも救急車を呼べるように、片手に携帯電話を用意しておこう。

本当に不本意だけどしぶしぶ二人に視線を戻す。監視してないと、心配だわ。



「確かにお前の娘は可愛い。それは認めよう。だが私のアリサは、将来美人になると保証されているも同然の美貌と、

 この歳で中学生並みの勉強をスラスラと解いてしまう知性、更にはリーダーシップさえ兼ね備えている子だ。

 これ以上の子がどこにいる!? いや、いない!!」

「ッハ! 貴様の目は節穴か!? しっかり目を見開いてみてみろ! ここにいるだろう!!

 リーダーシップ? それがどうした! リーダーシップは後天的にでも備えることが出来る!

 俺の娘は容姿端麗、品行方正、文武両道に加え、他者を気遣う優しさ、

 そして先天的才能が必要とされるカリスマ性すら持ち合わせている!

 何より・・・・・・この歳で家事全般を全てそつなくこなすことが出来るのだ!!」

「な、なんとおおぉぉ!!?」



家事の部分で、パパが今まで見せなかった狼狽を見せる。家事は他に比べてポイントが高いのね。



「家に帰った後に、家事専門の家庭教師を雇うべきか・・・」



パパがわたしにも聞こえる程大きな小声で、ずっごく面倒くさそうなことを口走っていた。

とりあえず、これだけは言わせて。

やめなさい。

これ以上習い事を増やされるのは勘弁してほしいわ。なのは達と遊ぶ時間が無くなっちゃうじゃない。

まず家事専門の家庭教師が居るかどうかすら分からないけど。

それにしても、なんて不毛な会話・・・。



「っふん! だが家事の中でも最も肝心な、料理の腕はどうなのだ! 腕が付いていかなければ何にもならんぞ!!」

「愚かだ。愚かな質問だ! 今日食卓に並んだ、お前も絶賛していた料理。あれは佐祐理が作ったものだぞ!!

 そして料理のレパートリーは既に87! しかもこれは、ここ一年で習得した技術だ! そして現在進行形で増え続けている!」

「あれほどの腕を、たった一年でだと?!! ええい、倉田の娘は化け物か・・・!」

「凡人とは違うのだよ、凡人とは!!」



アルコール入った大人って、なんでこんなに馬鹿なの? それとも家の親達だけが特別に馬鹿なの?

それと倉田のおじさん。まさかとは思うけど、出来る料理が増える度に、それを覚えてるの?

だとしたら――佐祐理お姉さんには申し訳ないけど――『この人相当な暇人じゃないか』という疑惑の目を向けてしまうかもしれない。



「だ、だが、私のアリサは・・・!」

「ふっふっふ。やはり今のお前では、俺と佐祐理を超えることは出来んわ!」



素で『ふっふっふ』なんて使う人、初めて見た。・・・でもお酒を飲んでいるから、ある意味『素』ではないわね。



「なっ!? ・・・どういう意味だ」

「お前は今、言ったな。『私のアリサ』と。それも二度」

「そ、それがどうした・・・」



パパが押され始めた。たじろいでいるのがその証拠。

仮にも大会社の経営者なんだから、劣勢でも堂々としていてもらいたいわ。



「よく聞くがいい。その後理解しろ・・・」



倉田のおじさんが僅かばかりの間を空ける。パパは今が好機と、乱れた息を正す。

何でちょっと押されただけで息切れしてるのよ。

・・・・・・呆れた視線で二人を観察していたら、倉田のおじさんの雰囲気が急に変化した。

なんだろう、あの何かを悟ったような目は。



「デビット。娘というものは、いつかは別の男と”つがい”になる」



前置きが始まった。出来るだけ長くならないことを祈ろう。

それとさっさと決着を付けて。わたしが遊びに行けないから。



「なっ!?」

「それは運命であり、避けられぬ宿命なのだ。我々が父であり、親である以上な・・・」

「そ、そんな事は許さん!!」



バンッと机を叩いて立ち上がるパパを、倉田のおじさんが無言で手の平を見せることで抑える。

わたしも大型犬を訓練する時にするからよく分かる。『待て』だ。

だけどパパは変わらず怒り心頭。お酒が入ると短気になるのって、絡まれる方からしたら迷惑極まりないことよね。



「落ち着け、冷静に現実を見ろ!」



まずはあんたら二人が冷静になれ。

わたしから見れば、現実を見ていないのはどっちもどっち。佐祐理お姉さんは12歳で、わたしはまだ9歳なのよ。

わたしに至っては結婚できる年齢まで後7年もあるんだから。

本当に冷静ならこんな歳の子供にそんなこと心配するなんて、無益なことだと気がつくでしょ!



「ぐっ・・・むぅ・・・」



フカフカの椅子に再び座り直す父。真っ赤な顔は深刻な表情だ。

テーブルに置いてあるお酒入りのグラスに手を伸ばし、飲む。グラスの中はすぐに空になった。

それだけでは飽きたらず、今度はボトルに直接手を付け呷りだした。

落ち着こうと必死なんだろうけど、どうせなら水を飲んで落ち着きなさい。倒れるわよ。



「嫁に出すにしろ婿を貰うにしろ、娘は別の男と夫婦になる。それは大昔から続いてきた、いわば避けられぬ運命だ。

 我々は、いずれそれに向き向き合わなければならない」



言ってることは立派なんだけど、いまいち立派に聞こえない。

毎年この時期はアホらしいと感じる会話ばかりしているせいかしら。お酒のせいで顔も真っ赤だし。



「私は見つけた。娘にふさわし男を!!」



今度は脈略も無く、決め台詞的なものを言ってきた。

まあ話の流れからして、そのまま会話を続けていけばその流れにはなったんでしょうけど。

酔っ払いの行動は解らないわ。



「人というのは、見た目や家柄だけではない。その内に秘める輝きこそが、最も重要な要素だ。

 私はそのことを、10歳の少年に教えられた」

「10歳の少年? まさか、その少年が・・・」

「そう。彼(か)の少年こそ、私が無限の輝きを見出した少年。彼こそが、私の娘にふさわしい相手。

 今はまだ11歳だが、その輝きの片鱗は既に見えている。

 だが『私のアリサ』などと言って他の男を見ようとしないお前では、その輝きに気が付くこともない!!」



テンションはマックス、ノリにノリまくっている。彼(か)のなんて、今時使わないわよ。一人称も”俺”から”私”になってるし。

おじさんとパパの間では、目には見えないアニメのような劇的な展開が繰り広げられていることだろう。

とても威圧感を感じさせるBGMが流れているとか、雷が落ちて『ビギャビギャ~ン』とか、意味も無く『どっか~ん』って音が聞こえてくるとか。



「お前が気が付き焦る頃には、既に輝けるものはその全てが余所の者の手に落ち、手遅れだったという事態だ。

 分かるか? お前が既に敗北しているという理由が。悟り既に行動している私と、行動していないお前との決定的な差。

 数年後には、その結果は如実に現れていることだろうな」



ようやく前置きが終わり本題に戻った。どれだけ脱線するのかも興味があったけど、残念ながらここで終わりみたい。

いやいやいや! 早く終わってよかったのよ、うん。



「ぐっ・・・ぐぅ・・・・・・」

「私の勝ちだよ、デビット」

「まだだ! まだ・・・・・・勝負はこれからだ! スピリタス!!」



スピリタス・ウォッカ。世界最強のお酒で、アルコール度数が96%の怪物。・・・らしい。

パパはそれを、この家の使用人に追加注文する。

わたしはお酒なんて飲んだこと無いからアルコール度数なんて聞かされてもピンと来ないけど、相当ヤバイ代物とは聞く。

勢いに任せて押し返すつもりなんだろうけど・・・多分自殺行為よね。

使用人がスピリタスを持ってきて、パパが引っ手繰る。



「くっくっく・・・まだまだ、勝負はこれからだ」



だめ・・・もう限界・・・。

これ以上パパの壊れていく姿を見続ける勇気が無い。突っ込む気力も失せた。

今年は・・・・・・もういいわよね。それに使用人もいることだし。



「佐祐理お姉さん、一弥。散歩に行きましょう」

「あ、ごめん。ボクは残るよ」

「なに、一弥。まさかあれを見ていたいの?」



視線をもう一度父親ズに向けると、パパがスピリタスを一気飲みしていた。

即行で視線を逸らす。



「そうじゃなくて、約束があるから」

「約束?」

「そっか。祐一さんと初詣だね?」

「そうだよ」



一弥が『にっこ~』と擬音が聞こえてきそうなほど、すんばらしい笑顔をしてくれた。

祐一さんって誰なのかしら。一弥の嬉しそうな表情からして、悪い人ではなさそうだけど。



「一弥、一週間前からソワソワしてたもんね。やっぱりそれが理由だったんだね」

「うん。憧れだったんだ~、祐一さんと初詣行くのって」

「二人とも、誰の話をしているの? 祐一さんって・・・・・・」



とある方向から、人が倒れるような音が響いてきた。

その後「今年も俺の勝ちだな、デビット」とか「救急車を一台・・・はい・・・場所は・・・」とか聞こえてきた。

わたしの携帯電話は出番無さそうなのでポケットに仕舞い、佐祐理お姉さんの手を引いて部屋の出口へと向かう。

遠ざかるお馬鹿な騒動には目も向けず耳も貸さない。わたしは何も見ていないし聞いていない。

部屋の扉を閉じれば、騒動は聞こえなくなった。防音設備は完璧ね、さすが倉田家。

倉田家には何度も遊びに来ているので、勝手知ったるなんとやら。

佐祐理お姉さんの部屋へ行き、クローゼットから佐祐理お姉さんの着替えを見繕って、着替え終えたら早歩きで玄関へと一直線。



「どこに行くの? 行きたい所でもある?」

「ないです。今は、ここから離れられるのならどこでも・・・」



目的地が定まらぬまま、わたし達は町へと繰り出した・・・・・・。




















SIDE:祐一

俺は今、神社に向かっている。多少の寄り道をしながら。



「しゅ・・・羞恥プレイだ・・・・・・」

「祐一、元気元気!」

「そうだよ。可愛くて、」

「とっても似合ってるよ」



右からまい、左から舞の声援。久方の台詞引継ぎコンビネーションで褒めてくれるが、欠片も嬉しくない。

そもそも何故二人がいるのか? その答えは・・・俺が呼んだから。

二人がいなければ、俺は動くことすら儘ならない体なのだ。

・・・・・・説明だけだと色々難しいので、所々台詞を織り交ぜながら回想してみよう。







不思議なことに、昼前に目が覚めた。

・・・・・・最近バタバタしてたのですっかり忘れていたが、一弥と初詣に行く約束をしていたのを思い出した。

死ぬほど眠気が襲ってくる中、『俺は約束したことは必ず守る』というポリシーを貫くため、何とかかんとか起き出した。

体中がバラバラになりそうなほどの激痛。



あんぎゃーー!!



叫び声に駆けつけてくれた、プレシアさんの診断結果・・・・・・過度の筋肉痛。

そら普段はしない無理な動きであんだけ運動すれば、そうなることは自明の理だわな。証明する必要ないのに見事に証明してしまった訳だが。

約束事は守りたい俺。激痛で鈍る思考を総動員させた末、急遽マイマイシスターズに出動してもらう。(机の上で充電している携帯を取ることも出来なかったので、電話はアリシアにしてもらった)

ジャスト10分、マイマイ来集。

そんでもって舞の治癒の能力で筋肉痛を治してもらおうと思ったのだが・・・・・・。



「治癒? どうやって使うんだっけ?」



舞は力の使い方をすっかり忘れていた。

舞だけに、「オー舞ゴッド!」なんつったりしてマイマイをびっくりさせてしまったのでちょい反省。

最後の希望を託すつもりで、まいに視線を移せば・・・・・・



「私? う~ん・・・・・・痛みを和らげるぐらいは出来ると思うけど、治癒は舞にしか出来ないよ。

 舞の全能力の、5分の1の出力しかないもん、私。残り5分の4ぜーんぶ舞の中。

 それに・・・・・・痛みを和らげる効果は、私の体のどこかに触ってる時だけだよ」



限定的だが、なんとも頼もしい答えが返ってきてくれた。

是非にと頼むと、舞が「わたしも、わたしも~♪」と便乗。

何にしても効果を確かめなければならないので、先にまいと手を繋ぐ。死ぬほどきつかった筋肉痛が一瞬で治まる。

おっしゃ! これで何とかなる・・・と解決法を見つけた矢先に、更に一つの壁にぶち当たった。

着替えられない。

より正確に言えば、俺は着替えられる。だが、まいの方が・・・



「女の子の前で着替えるなんて、祐一”はれんち”だよ!」



と真っ赤な顔で抗議してきた。破廉恥って、あーた・・・変な言葉知ってんのな、その容姿で。

それに引き替え舞の方は、俺が着替えるとこを見て恥ずかしく思う理由がまったくもって理解できないという表情を浮かべていた。

二人の中身を交換したら、外見と精神年齢がジャストフィットなのではないかと愚考してしまったよ。

まあこんな感じで俺は説得、まいが拒否という行為をやいのやいのと繰り返して・・・・・・・・・。

プレシアさん再び参上。

マイマイを部屋から追い出して、筋肉痛で満足に動けない俺を実力行使で着替えさせ始めた。

俺は碌な抵抗も出来ずに(全身筋肉痛なのに、プレシアさんが無理矢理動かした際のあまりの痛さに半分以上気絶していた)引ん剥かれ、服を着せられた。



ここまではいい。ここまでは・・・・・・・・・。



今回なにが悪かったかといえば、俺が何かしらの選択肢を間違えたところだろう。

死ぬほど痛い筋肉痛でも、無理して自分で着替えていれば、避けられたかもしれない。

或いはもっと効率的な方法でまいか、もしくはプレシアさんを説得出来ていれば、問題無かったのかもしれない。

どっちも仮定の話で、現実にはどうなったかは分からない。ただ少なくとも、今ほど後悔することはなかっただろう。

何も出来ずに、この結末を迎えてしまうよりかは後悔する要素は無かった筈だ。

・・・・・・とまあ話を引き延ばして現実に目を向けることを拒んでいたが、どうにも限界だ。流石に突っ込まずにはいられない。

プレシアさん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで気絶から目覚めれば、俺は女物の服を着ているのですか?

しかも不自然なほどに俺とフィットしているのが気になるのですが。アリシア用に買ったのだとしても、ちょっとサイズが大きすぎません?

それといつの間に買ったんですか。

この質問に対し、プレシアさんの回答は以下のようになった。



「女の子同士なら、手を繋いでいても恥ずかしくないでしょう?

 それとその服はアリシアの為に買った服じゃないわよ。買ったのはイオ○のデパートに行った時ね」



ご丁寧に、質問した順番に答えてくれた。最初のところはプレシアさんの配慮かな? 俺は女の子二人と手を繋いでいても気にしないのに。

そんで後半のプレシアさんの言葉から推測するに、この服最初っから俺に着せるために買ったってことだよな。

はっきりとは言わなかったが、そうに違いない。

ああ、なるほどな。買い物した時妙に紙袋の数が多いと思ったら、俺の服も入っていた訳か。納得納得。



してたまるかこん畜生め!!



・・・・・・と普通なら言う、及び考えるのだろうけど・・・その時はそんな気力もなかった。筋肉痛で天元突破だ。

さあ、グズグズ言っててもしょうがないので服の説明をしよう。上は黒のレザージャケット。

デザインはプレシアさんが選んだだけのことはあり、文句なし。

下はちっちゃい女の子が穿いたら似合いそうな、ふわふわフリフリ付きのサーキュラースカート。色は白。

せめてズボンなら誤魔化すことも可能だったのに・・・・・・。

プレシアさんに散々写真を撮られ(もしかしたら単に女装させたかっただけの可能性も十二分にありえたよな)、

マイマイと一緒に家から送り出された。寒い・・・・・・。

女装はしてるけど俺だとバレなければ何の問題も無いか~と楽観的に考えて家から離れたのは、完全に俺のミスだったな。

右手にまい、左手に舞と手を繋ぎ、商店街を散策しながらしばらくして気が付く。

視線が俺に集中している。

この時点でようやく、俺はとある事柄に思い至った。

毎年この時期に、大人数で町中を駆けずり回って遊びまくっていた俺。もし俺が大人側の立場だったら、そんな子供達のことあっさり忘れるか?

答えは否だった。しかも数は年々増えていってたし、有名にならないはずがない。



俺だとバレてる。



だが今更引き返す訳にも行かず、俺はそのままパン屋に昼食を買いに行った。

そして買い物を終え出てきたら・・・・・・数はそこまで多くないが、明らかに俺を見に来たらしいギャラリーがいた。

タイヤキ屋のおやじ、コンビニのおばさん、牛丼屋のお兄さん、えとせとら・・・。

ご贔屓にしているお店屋さんは殆ど来ていたなぁ。

それはもうものっそい見られていた。水族館という場違いな場所に居るドナ○ドピエロをじっくりと見るかのごとく。

俺はそのギャラリーを突っ切って商店街の出口へと向かった。







以上が回想・・・・・のようなものだ。以降ずっと、見世物になるパンダの気持ちを味わっている。

顔から火が出るとはこのことか。想像以上に恥ずかしい。俺に見られて悦ぶ趣味はないぞ。

殆ど現実逃避のように過去を思い出していたのだが、俺達は未だに商店街を抜け出せていない。

タイムカプセル掘り出した時は回想したらあっという間に時間が過ぎたのに、なんでこんな時はパッと時間が過ぎてくれないんだ。



「じ~んじゃ♪ じ~んじゃ♪」

「はっつも~うで~♪」

「お~みく~じお~みく~じ♪」

「だっいっきち~♪」



二人は6倍サイズのどでかメロンパンを仲良く分け合いながら、よく分からない歌を楽しそうに歌っている。

言うタイミングがなかったので言わなかったが、二人は初詣まだだ。

無理強いして二度目の初詣に誘ったりしてはいないので、勘違いしないように。



「祐一」

「ん?」

「初夢見た?」



歌を打ち切り急激な話題変換。うむ、正月にその話題は正しい。

その上マルチを封じた(下手に使ったら、いつパッタリと眠ってしまうか分からないから使うに使えない)今の俺なら、

その手の話題をしている間は周りの視線を気にせずに済む。中々やるな、おぬしら。

ちなみに今の会話は先が舞、後がまいだ。台詞引継ぎコンビネーションは、基本舞から始まりまいで終わる。

はてさて、初夢・・・・・・。



「夢・・・ゆめ・・・? 夢・・・」



初夢? ・・・・・・見たような・・・見てないような・・・・・・。

どうにも寝る(?)直前の記憶が強すぎたためか、夢にまで意識が回っていなかった。

・・・ああ、でも・・・・・・。



「見たな、夢」

「ほんと?」

「どんな?」



右に視線を向ければ、舞のきらきらした瞳と俺の目がガチンコ。

左に視線を向ければ、まいの爛々と輝く瞳と俺の目がガチンコ。

・・・・・・容姿以外で、舞とまいを決定的に見分ける違いを見つけた。新年早々めでたい。



「ん~・・・あ~・・・・・・でもあれは・・・・・・」



初夢・・・? でも初夢は初夢だしなぁ。

・・・・・・別にいいか。話そう。



「最初は・・・・・・女の人と、女の子が居るんだ」

「女の人と、女の子・・・・・・」

「ああ。見た目は殆ど似てないけど、実は二人は親子関係」

「親子? じゃあ女の子はお父さん似なんだね」



父親が出てきたかは、残念ながらまったく憶えてない。

だけど、父親の容姿もその子供とは違うと思う。



「それで・・・・・・女の子の方が、悪の秘密結社に捕まって・・・」

「・・・どうなるの?」

「洗脳をかけられる」



洗脳・・・だったよな。もしくは催眠術とか、その辺りだったはずだ。

そっからどうなったっけ? 



「それで・・・・・・そうそう。操られた女の子が、魔法で大人になるんだ」

「魔法!? すご~い、メルヘンだ~!」



まいがそれをすごいと言うのは何かが間違っていると、俺の中の何かが断固抗議している。

魔法がメルヘンならお前はファンタジーだ、まい。頑張れ、ファンタジー代表!



「それから母親とは敵対して・・・助けに来た母親と洗脳された娘の親子対決! ・・・・・・あれ? 対決したっけ?」



どうにもそこら辺の記憶が朧気だ。

なにぶん今思い出しながら喋っているので、思い出せなかった所はどうやっても思い出せない。



「とりあえず最後は母が勝ち、娘を取り戻し、悪の根は滅びた・・・と。確か、そんな感じの夢」

「ふえ~・・・・・・・・・あれ?」

「・・・・・・・・・あ」



ふっ、どうやら二人とも気が付いたようだ。

俺が話した初夢。実は舞なら知っている話なのだ。だから俺自身、これを初夢と呼んでいいのか葛藤したしな。

でもこれを見たのは真実だし、嘘ついて誤魔化しても面白くない。



「それって・・・・・・」

「もしかして・・・・・・」







「「セーラームーン?」」







「ああ。しかもRのシリーズだ。・・・・・・をいをいをい!! 伏字使おうよ伏字!」

「「伏字?」」



ああ、駄目だ。この二人には、伏字を使うという概念は無い。

まあ別に、態々伏字にする必要は無いんだけどさ・・・・・・。



「俺の初夢、それなんだよな。名雪のビデオ見たのが原因だとは思うんだけど・・・」



なんと俺の従妹様は、無印からSSSまでの、全ての回をビデオに録画しているのだ。

それをアリシアが夏休みの終わり頃から借りてて、現在進行形で毎日二話ずつ見ている。

向こう(元の町)の家では、フローリングに座ってニュースを見ている俺を無視してアリシアはビデオをセット、チャンネル変更。

俺の真ん前にポスンと座って、俺を座椅子代わりにして見るのが日課だった。

アリシアの座椅子代わりになっていた俺も、半分以上は一緒に見ていたんだな、これが。

何故半分以上なのかというと、残りの半分未満は夢うつつだったから。

アリシアってサイズ丁度いいから、抱きしめるようにくっ付いてたら気持ちよくて寝ちゃうんだよな。

この町では、ビデオを持ってきてないからすっかり見てなかったけど、

意識のどこかでセーラームーンを見れないアリシアの事を不憫に思ってたんだろうなぁ。

でなきゃめでたい日である正月に、そんな夢を見る理由がわからん。



「あははは、祐一子供みた~い!」

「はははっ! そうだよな。正月早々の夢なのに、子供っぽ過ぎだよな~」

「あはははは・・はは・・・は・・・ぁ~・・・祐一」



徐々に笑い声が鳴りを潜めて、真剣な表情になっていく舞。逆方向を見れば、まいも同じような表情になっていた。

どうしたんだ?



「何となくなんだけど・・・祐一はそれ笑っちゃいけないと思う」

「なんでさ」

「祐一にとっては、他人事じゃなくなる気がするんだ。・・・・・・勘だけど」



舞の勘はよく当たると評判だ。主に俺の中で。

でもまさか、女の子が洗脳されたり大人になったり、母親と戦ったりとかのアニメーション的な出来事には遭遇しないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しないよな?

俺達は無言のまま商店街を抜け、神社へ行く前にパンを食べようと、腰掛けるベンチがある公園へ向かう。

そこで・・・・・・・・・





「ツンデレ萌え~~~~~!!!!!」

「いや~~~~~!!!」





外国人っぽい少女に襲い掛かろうとルパンダイブしている、最近ますます変態度が増した親友に遭遇した。



ルパンはネタがだいぶ古い!! お前何歳だよ!!?









[8661] 第三十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/09/30 21:39










SIDE:アリサ



「ようじょ~~~~~!!!」

「きゃああ~~~~~!!!」



佐祐理お姉さんと町に繰り出して少々。

私は今、変質者に追いかけられている。鮫島はいない、佐祐理お姉さんはどこ!?

周りの人間は助けてくれない。相手が私と同じ金髪なせいで、兄妹同士とでも思われてるの?! なんて屈辱!!

なんでこうなってるの?! どうして!? わたし何か悪いことした!?

確かに最後はお父さんが敗北するところを見届けはしなかったけど、今年はそれだけしかしてないわよ!?



「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」



10分ぐらい逃げに逃げ回り、気が付けば公園のような所に来ていた。私以外の足音は聞こえてこない。

振り切れたのでは・・・・・・? そう思い、背後を見てしまった。



「ツンデレ萌え~~~~~!!!!!」

「いや~~~~~!!!」



失敗した。足音を消していたんだ。無駄にハイスキル。

後ろを振り向いてスピードが落ちた為、今が好機とスピードを増した変態に追いつかれてしまった。

その変態は飛び上がり、奇妙なポーズでわたしに突っ込んでくる。

恐怖のあまり、わたしの足は動いてくれない。せめてもの抵抗と、右の手をグーにして突き上げる。

アッパーカット。

素人のわたしがしても大した威力は出せないけど、何も抵抗しないよりはマシ!!

まるでわたしのコブシに当たりにくるかのように、変態は顔をコブシに向けてずらしてきた。気持ち悪い。



「それはネタが古過ぎじゃこらーーー!!!」



天の助けか、ヒーロー張りのタイミングで人が現れる。・・・助けに来てくれたのかそうでないのか解らない台詞と共に。

変態は進行方向を変え、真横に吹っ飛んでいった。

変態の後ろから現れた少女が、空中に浮いている変態に華麗な後ろ回し蹴りを決めたから。



「あづぁ!!」

「え?」



だけど突然現れたその人は、変態を蹴り飛ばした後僅かに進路変更し、そのままわたしに向かって落ちてくる。

変態を蹴ったせいで軌道が変わり、更に空中だから身動きが出来ないのだ。

そう気が付いたのは、わたしと彼女が衝突した瞬間。



「うあっ!」

「い゛・・がっ!」



次に来る痛みに備え、わたしの体が反射的に硬くなる。

わたしの体は無防備のまま倒れ込みそうになり・・・・・・



「ぐ・・・ぐっそ!」



彼女に痛いほどの力で抱きしめられる。空中なのに恐るべき身体能力で彼女は、わたしと彼女の位置を逆にした。

わたしが上で、彼女が下。このままだと地面に叩きつけられた時の衝撃は、殆どが彼女に集中してしまう体勢。

知らずわたしは、彼女のジャケットをギュッと握る。

ほんの一秒かそこらで、わたし沢山の事考えてるわね・・・。頭の片隅で、そんな呑気な事を思った。



「祐一!!」



誰かの声が聞こえ、倒れたことを証明する衝撃が伝わってきた。

だけども来ると覚悟していた以上に、衝撃が少ない。



「ぐっ・・・がはっ・・・り、リイン・・・・・・か?」

「はい、そうです。祐一、大丈夫で「あだだだだ!! リイン、今は動くな!!」す、すみません!」



ほんの数秒前まで誰も(わたしを抱きしめている少女を含む)居なかったはずなのに、

固まっているわたしのすっごい至近距離から二つの声(少女含む)が聞こえてきた。・・・・・・誰の声?

何があったのかを確認するためにも、まずは起き上がらないと・・・・・・。



「そ・・・そっちの子も、出来ればちょっとだけジッとしていてくれると嬉しいかな~」



そっちの子って、私のことよね。



「は、はい・・・わかりました」



言われたとおり動くことを諦める。

動きたいのは山々だけど、この人はわたしを変態から救ってくれた恩人・・・かもしれない人。

理由はどうあれ、「嫌」と一言で切り捨てるのは躊躇われる。

でもこのまま動かずにいて大丈夫なの? さっきの変態、また襲ってきたりしないわよね?



「祐一、何してるの?」



状況を理解できないまま、30秒は経ったかしら。

また知らない女の子の声が聞こえてきた。・・・・・・・・・知らない?

頭に引っかかる違和感がある。知らない声?



「まい・・・タッチだ、タッチ。痛くて動けない・・・」

「は~い」



知らない(?)少女の返事と共に、ようやく彼女はわたしを放してくれた。

わたしも動けるようになったので、早速起き上がる。やっと状況を理解することが出来た。



「リインも、サンキュ」

「祐一、お怪我は?」

「おかげさまで、全然」



わたしは変態を蹴飛ばした彼女を下敷きにしていて、その彼女の下には(本当にいつの間に割り込んだのか)銀髪が綺麗な女性がいた。

倒れる直前に聞いた声もこの人ね。

この人がわたしと彼女のクッションになってくれたから、わたし達(特にわたし)への衝撃が和らいだみたい。



「びっくりしたよ~。祐一、いきなりいなくなっちゃうんだもん。

 見つけたら見つけたで、こ~んなに離れた所に瞬間移動してるし」

「ついつい突っ込みの体質が働いたせいでな。突っ込んだ直後は激痛のあまり、死ぬかと思ったけど」

「後先考えずに行動するからだよ」



知らない声の少女は、やっぱり知らない人だった。それも同じ声が二人。

少女達はとても容姿が似通っている。姉妹なのね。



「ところで・・・・・・このお姉さん達、だれ?」

「ああ、この人達は・・・・・・こっちの銀髪のお姉さんは、俺の知り合い。

 金髪の少女は、赤の他人。君、大丈夫だった? 怪我無い?」

「は、はい」

「そう、よかった」



綺麗な笑顔だな~。他人を想いやる優しさに満ちている。

お母さんもよく、こんな表情をわたしに対して浮かべていた。

けどその表情もすぐに鳴りを潜め、後に残されたのは男の子がするようなやんちゃな笑み。



「さって、俺はあのアンテナの様子でも見てくるか」



右手の拳を左の手の平にパンパンと叩きつけ、気合十分さをアピールしている。

スタスタと変態がぶっ飛んだ茂みの方へ向かって・・・・・・

って、ええ!?



「危険ですよ! 戻ってください!」

「平気平気」



わたしの制止の言葉も聞かずヒラヒラと手を振り、ちっちゃい方の女の子と手を繋いだまま茂みの中に入って行っちゃった。

警戒心はまるで持っていないように思える。本当に大丈夫なの・・・?



「では、こちらはこちらで自己紹介をしていましょうか」

「そうだね・・・そうですね。最初は私から~」

「何でそんなにのんびりしているんですか!

 あの人変態のところに行っちゃったんですよ!?」



あんなに危険な行為をあの人はしているのに、それを止めようともしなかった。

二人はあの変態の恐ろしさを知らないんだわ!

・・・と、かくいうわたしもそれほど知っているわけじゃないんだけど、それでも!



「大丈夫。祐一が平気って言うんだから、平気なんだよ」

「ですね。祐一は何の根拠もなしに物事を口にするような、そんな人ではありませんし」

「ね?」

「はい」



お互い目を合わせて頷きあった。その表情からは、欠片も心配している様子を伺えない。

この人達の、あの人に対する信頼度はどうなっているの?

自己紹介をすると言っていたからこの場の全員初対面なんでしょうけど・・・この団結力は何? どこからくるの?

それだけあの人を信頼しているってこと?

あの・・・祐一というお姉さんを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・を?



「え? あれ?

 けどさっき・・・・・・スカート?」

「? どうかしましたか?」



銀髪お姉さんの疑問の声は、右から左に素通りする。

スカート・・・・・・してた。それに・・・でも祐一。・・・”俺”?

様々なキーワードが頭の中をグルグル回っている。

わたしがこの世に生を受けてからこれまで9年。今日ほど脳を回転させた日はないわ。

散々考えた挙句最終的に出た結論は・・・・・・事情を知っていそうな二人に聞いたほうが早い。



「唐突ですけど、お二人に質問します」

「え?」

「なんでしょうか」

「さっき変態のところに行った人は・・・・・・・・・・・・・・・男の人?」



そんな馬鹿な、と思っている。

あんなに慈愛に満ちた、母性を感じさせるような笑みを浮かべた人が、実は男の人なんて。

・・・冷静に、この二人の言葉やあの人の一人称を考えたら・・・・・・男性の可能性が高いわよね。

心の中では『否定してくれ』と思っている。でないと母性を持つはずの女として、負けた気分になりそうだから。

・・・頭の中では『男だ』と理解もしているけど。



「そうだよ」



黒髪のお姉さんの方があっさりと肯定。現実は非情だった。

わたしの中で『ピシッ!』っと何かに皹が入った気がするけど、皹を光速で修復する。

そんなことで落ち込むなんて、わたしじゃない・・・と心の中で自分を叱咤し。



「お待たせ」

「祐一、お帰りなさい。早かったですね」

「まあな。あいつが正常に戻ったか確認して、お寺でお祓いしてくるように進言してきただけだし。

 君にも迷惑かけたな。あいつ時々暴走して変態行動はするけど、根は悪い奴じゃないんだ。

 許してやってくれないか?」

「いいえ、だ・・・大丈夫ですよ。はい・・・」



俯き加減で返事をしてしまう。視線を合わせられない。

女装している男・・・へんた・・・いや、流石に失礼すぎでしょうわたし!



「そうでした。祐一、これを」



銀髪お姉さんが差し出したのは、こげ茶色のロングコート。丈の長いヤツ。

柄からして男物・・・よね。



「これは・・・?」

「祐一の所有物です。クローゼットから拝借してきました。どうぞ」



彼女・・・彼はすぐにコートを羽織る。丈は丁度、彼の足元までを覆い隠した。

これにより、スカートは外からは完全に見えなくなる。



「おお! ・・・あれ? 俺としては猛烈に助かったけどさ、なんで持ってきてくれたんだ?」

「頼まれたんですよ、今日の起き抜けに。『祐一がプレシアから女装を強要された挙句家から追い出されたから、手助けをしてあげて』と。

 それで部屋からそれを見繕い、急いで追いかけてきました」



どうやら女装は、彼の趣味ではなかったようだ。ちょっと安心。

顔を上げて再び彼を見れば、確かに男の子に見える。服装だけで結構変わるものなのね。



「誰に? アリシア・・・なわけないよな」

「それは・・・・・・企業秘密、ということで」

「あ、秋子さ~ん!?」

「・・・違います。この言葉で、何故ぢゃむの女性を思い浮かべるんですか、あなた達は」



会話についていけない。わたし段々と傍観者になっているわね。

と、黒髪お姉さんの方が、彼のコートの袖を引っ張り出した。

・・・・・・二人の身長は同じぐらいなんだから、わざわざ袖を引っ張らなくても声をかければいいと思うんだけど。



「祐一、祐一」

「どした、舞」

「自己紹介しても良いかな。祐一が戻ってくるの早かったから、まだしてないんだ」

「お~、いいぞ。・・・どうせだし、この際全員やっとくか」



彼の視線はわたしにも向く。わたしも?

指差し確認を取ってみれば、うんうんと頷かれた。わたし、この中で多分唯一の部外者なんだけど。

・・・・・・彼はそんなこと、微塵も気にしてないみたいね。



「最初は私! 川澄舞、11歳。今月の終わりに12歳になります。

 祐一とは4年前からのお友達。好きな動物はうさぎさん!」



言い出した黒髪お姉さんから自己紹介を始めた。

お姉さんの方は思ったとおり、わたしよりも年上だったみたい。

それにしても年齢以上に可愛い人。人一倍子供の純粋さを持っているというか・・・そんな風に見える。



「なら次は私だね」



お姉さんが終わったからか、彼と手を繋いでいる妹さんの方が話し始めた。

こっちはわたしより年下よね。どう見たって、小学校入学前の子供にしか見えないし。



「川澄まい。歳と誕生日は舞と一緒。祐一と出会ったのは、舞よりちょ~っとだけ後の方。

 私と舞は同じ名前だけど、呼ぼうと思ってる方を意識しながら呼べば大抵聞き分けられるから、安心してね。

 好きな食べ物はー、ぎゅ~どん!」



ええ!? まさか双子!?

確かに容姿は似ているけど、それにしたってこの身長差で同い年って・・・。

信じられないことに名前も前の人と同じだし。親はその時どんな心境でその名前を付けたの?



「次、リイン」

「はい」



驚愕している私を余所に、自己紹介は坦々と進んでいく。

男の人が指定したのは銀髪お姉さん。

・・・・・・今更だが本当に珍しい、銀髪なんて。どこの国の出身なのかしら。

だけどこの人、銀髪に赤い瞳で、すっごい美人なんだけど・・・・・・服を着込みすぎよね。

完全にダルマになっている。あれだけ着込んでたら、逆に暑そう。

服のせいで分からないけど、もしこれでスタイルも抜群なのなら、神様は万人に平等ではないと力説せずとも証明できそうよね。



「初めまして。先日から祐一の所で居候をさせてもらっている、名をリインフォース・カノンと申します」



日本風に姓を前、名を後にしたのかしら。カノンがファーストネームよね、多分。



「・・・え?」



バッと振り向き、銀髪お姉さん・・・カノンさん? に視線を向ける彼。

その行動を見取ったカノンさんは、彼の左側(手を繋いでいる女の子とは逆の方)まで移動して少し屈み、耳打ちする。

変な行動。



契約の証、とでも思ってください

契約?

・・・・・・新生リインフォース、とでも

なんのこっちゃ

「私は祐一と共に在る者なので、これからはあなた方と顔を合わせる事も増えるでしょう。

 よろしくお願いいたします」

「お姉さんの自己紹介は堅っ苦し過ぎ。もうちょっと砕けた感じでも良いよ~、子供だけなんだし」



わたしも黒髪お姉さん・・・舞さんとは同意見だわ。

・・・お姉さんが舞さんなら、ちっちゃな方はまいちゃんて呼ぼうかな。・・・たとえ見た目に反して、まいちゃんがわたしより年上だったとしても。



「はい」

「んじゃ次は俺だな。つっても、実質自己紹介をする相手は一人だけだが」



彼はわたしに向き合う。この人に見られていると思うとわたしは意味もなく、服装や髪型に変なところが無いか気になりだした。

なんとなく・・・彼は苦手な相手。実際に接した時間は皆無に近いのに、そう感じる。

なんで・・・?



「俺の名前は、相沢祐一。現在11歳で、小学五年生。

 好きなのは楽しい事、嫌いなのは悲しい事、苦手なのは真面目な事。

 皆で楽しむ為なら、事前準備も手間を惜しまない性格。趣味と特技は無し。以上」



わりと万人が思っていそうな内容、当たり障りの無いシンプルさ。

クラスに転入してきた転校生を彷彿とさせるような自己紹介だった。

相沢祐一・・・ね。



「呼ぶときは呼び捨てで良いぞ。そこらへん気にしないタチだし」

「遠慮しておきます、相沢さん」



よく観察していると、フランクな言葉遣いや子供っぽい仕草とは裏腹に、見た目以上に大人びた雰囲気を感じ取ることが出来る。

・・・・・・ああ、そうか。ようやく彼が苦手に思えた理由が分かった。



「懐かしいやり取りだなぁ。かつての香里以来の会話だ。

 呼び捨てはともかく、せめて名前で呼んでくれ。どうにも最近、苗字で呼ばれるとくすぐったくてな」

「・・・・・・はい、祐一さん」



彼は大人なんだ。彼相手じゃ、わたしはわたしのペースを保てない。

クラスの子達を引っ張っていくのが常だったわたしが、彼が相手だと逆に引っ張られる立場にある。苦手意識を持つはずだわ。



「最後は、わたしですね」



・・・他の子供よりちょっとだけ大人びているわたしと、他の子供より圧倒的に大人な彼。

いつもの負けん気を起こす気にもならない。

まったく。佐祐理お姉さん以外に大人な子供がいるとは思わなかったわ。



「アリサ・バニングス。9歳。アリサが名前です。

 日本生まれですけど、見た目と名前で分かる通り日本人じゃありません。

 この町には、父親に連れられて遊びに来ています。

 それで・・・・・・・・・えっと・・・あの・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・どうした?」



これは言い出し辛い。でもここではっきりと言った方が良い。



「ま・・・・・・ちょっと道に迷っていて・・・道を教えてもらえたら助かるな~と・・・」

「そうか、迷子か」

「っ!! はっきり言わないで下さい!!」



率直にも程があるわ! この人には他人を気遣う心が無いの!?

まさかこの歳になって迷子なんて・・・・・・それもこれも、あの変態のせいよ!



「迷子ぐらいで恥ずかしがるなよ。知らない土地で変態に追いかけられるってレアな体験すれば、十中八九迷子になるさ」



ちゃんとそこら辺の事情分かっているのなら、あんな発言しないでよ。

恥ずかしいじゃない。



「それで、バニングスは「アリサで良いです」・・・アリサは、どこに行きたいんだ? 道案内するぞ」



初対面の相手に名前で呼び捨てなんて、平生ならかなり不愉快な行為のはずなのに、それを自ら許してしまう。

相手が祐一さんだからか、そんな風には感じなかった。これは祐一さんの人柄が理由・・・?



「・・・商店街」

「あいよ、商店街な。・・・・・・って、商店街?」



祐一さんは、わたしが入ってきた公園の入り口を見、彼が入ってきたであろう公園の入り口を見た。

わたしもざっと見てみる。何か違いでもあるの?



「まい・・・あの方向に、別の商店街でもあるのか?」

「あっち? あっちは・・・・・・住宅街だったと思うよ」

「そうか。・・・なら、ぐるっと逃げ回ってこっちに来たんだな」



その会話で、彼が何をしていたのか理解できた。

わたしが行こうと思っている商店街と彼が知っている商店街が同じ場所だと、確証が欲しかったんだ。

完全に会話からの推測なんだけど、彼らは商店街の方向から来たのね。

この公園の出入り口は二つ。わたしが入ってきたところと、祐一さんたちが入ってきたところ。出入り口は位置的に正反対。

祐一さんが入ってきた出入り口からわたしも入ったんなら、入る直前にわたしと祐一さんはすれ違っている。

わたしにはそんな記憶が無いし、事実彼らとはすれ違ってない。つまりもう一つの入り口からわたしは入ってきたことになる。

方角が違うし、もしもわたしと彼らの考えている商店街が違ったら、とんだ無駄足になるから・・・・・・。

この人は気遣いが無いように見せかけて、その実すごく周りに気をかけている。



「出発するぞ~、皆」



掛け声をかけて祐一さんは先頭をスタスタと進んでいった。

舞さんは祐一さんと手を繋ぎ、カノンさんは祐一さんの斜め後ろから付いていく。

わたしは・・・・・・ちょっと迷ったけど、舞さんの隣に並ぶ。



「アリサちゃん」

「はい?」

「これから、長い付き合いになりそうだね」

「え?」

「握手握手」



移動中、舞さんから呟かれた意味深な言葉。手を差し出したら、嬉しそうに握り返しブンブンと。

相変わらず純粋さ抜群の笑顔だったので、なにか特別な含みがあったようには思えなかったのよね・・・・・・何だったのかしら。

商店街に着くまでの間、短い時間だったけど、祐一さんはわたしを退屈させない会話をしてくれた。

この町のこと。例えばこの町には新しい高校が建設中で、その中は実は迷路のように入り組んでいるとか、

屋台のタイヤキは他のどんな店のタイヤキよりも美味しいとか。

特に念入りに聞いたのは、猫のところ。この町は人に慣れた猫が多いらしい。すずかが聞いたら喜びそう。

そして・・・・・・・・・・・・商店街が見えてきた。デカデカと『商店街』と書かれたアーチ状の看板もある。



「ここが商店街。アリサの思っているところと、相違無いか?」

「・・・多分」



正直商店街の入り口だけを見ただけじゃ、自信薄。

ここだ! と決定付けられるものも、パッとじゃ見つけられない。



「アリサちゃ~ん!」



商店街で記憶にあるものが無いか検討するためウロウロしていたら、私を呼ぶ声。佐祐理お姉さんだ。

呼び返したら、声を頼りに急ぎ足でわたしのところに来てくれた。

佐祐理お姉さんはすごく息切れしている。必死になってわたしを探していてくれたみたい。



「よっす。あけましておめでと、佐祐理さん」

「あ、あけま、して、おめでとう、ございま・・・すぅ~」



膝に手を付いて息を整えながらの佐祐理お姉さんの挨拶。

祐一さんのこの口調・・・佐祐理お姉さんを知っている?



「はぁ・・はぁ・・祐一さん、アリサちゃんとどこで?」

「公園」

「公・・園?」

「変態に追いかけられてた」



わたしは佐祐理お姉さんにムギュッて抱きしめられた。

ちょっと痛い。



「ごめんねぇ、アリサちゃん。私がうっかり・・・」

「ううん、気にしてないですよ」



佐祐理お姉さんに抱きしめられながら、祐一さんからここの4人(祐一さん、佐祐理お姉さん、舞さん、まいちゃん)が友達同士だと説明を受けた時は、世間は狭いって本当だな~と実感する。



「祐一さんも、ありがとうございます」

「いえいえ。佐祐理さんのお役に立てたんなら、光栄ですよ。アリサも、良かったな」



まるでただの迷子にそうするように、頭を撫でられた。ちょっと、屈辱。迷子だったのは否定できないけど。

・・・こんな風に頭を撫でられるのって、いつ以来かしら。



「あはは~。・・・ところで、祐一さん?」

「なんでせうか?」

「一弥との初詣は、どうなったんですか?」



祐一さんは数秒間硬直する。ゆっくりとした動作でポケットから携帯を取り出してカパッと開いた。時間の確認ね。また数秒沈黙する。

ポケットに携帯を仕舞った頃には、今まで常に感じられた余裕が感じられなくなった。

最後に深いため息。・・・・・・遅刻したのね。



「まだ間に合う! マイマイ、リイン、行くぞ!」

「「最初っからラストスパート♪」」

「はい」



来た道のりをUターンし、祐一さん御一行は走る。

・・・・・・・・・・・・・・・と思ったら、すぐに引き返してきた。



「食べる時間が無かったから、アリサにこれやる! 外側カリカリで中モフモフだから、おいしいぞ!」



一体どこに隠していたのか、祐一さんから紙袋を押し付けられた。

中を見る。



中身は・・・・・・何の変哲も無いメロンパン。

それも沢山。



これは何。わたしに何を求めているの? もしかして挑戦状?

外側のカリカリと中のモフモフを交互に食べて、見事完食してみろって事なの?

祐一さんに是非とも問いただそうと思ったんだけど、視線を向ければ祐一さんはそこには居なかった。

周囲を見渡しても、いない。



「速い・・・」

「瞬発力は、みんな常人以上ですねぇ」



しょうがないので袋の中から二つメロンパンを取り出し、佐祐理お姉さんと一緒にかぶりつく。

どうしようもなく、カリモフだった・・・。

















お父さんが病院に運ばれている為、今日は必然的に倉田家に泊まる事になる。

鮫島がいるからわたしだけ帰ることも可能だけど、いくらなんでもそこまで非情にはなれない。

翌日の朝に、前日の醜態をまるで感じさせないお父さんと一緒に帰るのが毎年の事。

夕飯は、佐祐理お姉さん作の手料理を皆で頂いた。

その時に初詣のことを嬉しそうに話す一弥の様子からして、祐一さんは無事に間に合ったようだ。良かった。

それも終えれば後することは、お風呂に入って寝るだけ。お風呂に入り終えた今、わたしは佐祐理お姉さんと一緒の部屋に。

来客用の部屋は沢山あるけど、わたしはいつも佐祐理お姉さんと寝る。



「電気消すよ、アリサちゃん」

「はい」



部屋の中は真っ暗になり、佐祐理お姉さんがベッドに入り込んでくる衣擦れの音が伝わってくる。

佐祐理お姉さんがベストポジションを確保したら、後に残されるのは静寂。

数十秒後は二人とも、ただ眠るためだけに沈黙していた。



「佐祐理お姉さん」



わたしは何とは無しに、佐祐理お姉さんに呼びかける。

特に聞きたいことがあるわけでもなかったんだけど・・・・・・。



「・・・ん?」

「あの・・・佐祐理お姉さんと祐一さんって、友達なんですよね。一体いつから?」



思わず口をついたのは、お昼に出会ったあの人のこと。

あんなに印象深い人なのに、佐祐理お姉さんの口からは一度もその話題を聞いたことが無い。

ただの友達なら、別に気にもしなかったと思うけど・・・あれだけ個性たっぷりなのに一回も無いなんて、不思議。



「・・・そっか。アリサちゃんには、話してないもんね。

 私と祐一さんが最初に出会ったのは・・・一番最初に出会ったのは、二年と半年ぐらい前だよ」

「二年と半年・・・」



思ったよりずっと前から出会っていた。水臭いな、教えてくれても良かったのに。

あ・・・二年と半年前って・・・・・・。



「一弥が・・・入院していた時期?」

「うん、その頃。一弥が病院のベッドに伏せていて、私は一弥がどんどん窶れていく姿を見ているしかなかった時」



自傷気味に説明された言葉には、未だに暗い感情が見え隠れしている。

あの時期のことは、当時まだ小学校に上がったばっかりだったわたしも憶えている。

ずっと凛としていた佐祐理お姉さんには元気が無く、入院している一弥のお見舞いにお父さんと行った時、元々痩せていた一弥が、いつにも増して痩せこけっていた。

痛ましい姿に同情し、わたしは極力一弥が退屈しないように努力したっけ。

・・・・・・思い返してみれば、すずかのバンダナを取って苛めていた事も、苛立つ自分を誤魔化す憂さ晴らしだったのかもしれないな。



「夏休みの真っ只中だったかな。私は毎日一弥のお見舞いに行って、日々痩せていく一弥の話し相手をして・・・・・・」



間近で見続けてきた佐祐理お姉さんの精神的な苦痛は、どれほどのものだったのだろう。

一弥と長い時間一緒ではないわたしでさえ、自分の無力さ加減に苛立っていたのだ。

佐祐理お姉さんの心境は、わたしが将来かけても理解することが出来ないかもしれない。



「そんな憂鬱な日々を過ごしていたある日にね、私が一弥の病室に行くと、部屋の中から話し声が聞こえてきたの」

「もしかして、それが?」

「うん。祐一さんだった」



やっぱり。でも話の展開から予測できたとはいえ、何でそんなところに?

祐一さんって、病院とは程遠いイメージしかないんだけど。



「こっそり部屋の引き戸を開いて隙間から中を覗いたら、知らない男の子の後姿と・・・・・・笑顔の一弥。

 信じられなかった。私だって滅多に見ることが無かった一弥の笑顔が、そこにあったから」



そうだ。わたしも、一弥の笑顔を見たことは殆ど無かった。

一弥の笑顔をよく見るようになったのは、ここ最近のこと。そう、二年前からだった気がする。



「でもその時は、何で見ず知らずの男の子が一弥の笑顔を見ているの? そう思ってた。

 ついつい頭に血が上って、『わたしの弟に何をしているんですか!』って、勢いで怒鳴り込んじゃった」



今のほんわか佐祐理お姉さんなら、「あはは~」って迫力ある笑みで相手の反省を促してきそうなものだけど、

礼儀正しくて、いつだって凛としていた時期の佐祐理お姉さんの怒鳴り込む姿なんて、想像もできない。



「その頃の祐一さんってね、とっても不思議な目をしていたんだよ。透明で、純粋で、無垢で・・・・・・。

 今みたいな子供っぽい表情を浮かべることなんて、無かったなぁ」



こっちは更に想像できない。やんちゃな男の子をまさに体現しているような人だったのに。

・・・・・・そりゃ、子供っぽくない仕草は時々あったけど。

それにしたって、透明で、純粋で、無垢な目って・・・・・・どんな目よ。

別に佐祐理お姉さんが嘘を言っているとは思わないけど・・・見間違いか何かじゃ?



「そこから、どうやって友達に?」

「ううん。友達になったのは、それから半年経った頃だよ。その日は何も言わずに、私の頭を二、三度撫でて帰っていったの」



人の頭を撫でる撫で癖でもあるの? あの人。

今日はわたしの頭も撫でていったし。



「祐一さんは元々この町の出身じゃないんだ。

 夏と冬の長期休み期間の間だけ、この町に遊びに来ていて・・・私が夏に出会えたのは、その日一日だけ。

 次に再会できたのは、冬の休みだった。一弥は休み中何度か会ってたみたいだけどね」



半年後はどんな状況で再会したのかしら。町を遊びまわっていた祐一さんを、偶然佐祐理お姉さんが見つけたとか?

ありえそう。



「信じられない話かもしれないんだけど・・・・・・祐一さんは弱っていく一弥を見かねてね、あの子に魔法をかけてくれた魔法使いなの」

「ま、魔法?」



不意に出されたその単語は、わたしにとってここ数日で慣れ親しんだものだった。

クリスマスになのはとフェイト、はやてから自分達は魔法使いだと聞かされてから、『魔法』の言葉は頻繁にわたし達の間を行き来するようになったからだ。

もっとも、魔法を使えないわたしとすずかがいる以上、何ヶ月も続くような話題じゃないでしょうね。

でもまさか祐一さんがその・・・魔法使い?



「そう、一弥が元気になる魔法。一弥を笑顔にする魔法。

 その日を境に、一弥の顔に見る見る生気が戻っていって・・・まるで入院生活が嘘のように、元気になった」



ああ・・・比喩的表現ね。びっくりした。

まあこんな身近に、相次いでポンポンと魔法使いが現れたらたまったもんじゃないけど。



「夢を見ているのかもと思った。一時期はね、一弥はもう助からないって、本気で諦めていたこともあったから。

 元気になった後で、一弥から話を聞いたの。祐一さんの事とか、色々。そしたら、すっごい答えが返ってきたんだよ。

 『祐一さんがいてくれたから。祐一さんが、

 「頑張らなくても良い。我慢しなくても良い。好きなことは胸を張ってしな。

 子供がやりたいと思うことをやるのは、何も悪いことじゃないから」

 って優しく諭してくれたから、元気になれた。やりたいことをやろうと頑張れたんだ』って。

 あの自己主張も満足にしなかった一弥が、祐一さんを褒めちぎってたのよ」

「祐一さんって、本当に子供なんですか?」

「あはは~。ある意味では子供じゃないかもね~」



ある意味? 11-2,5=(四捨五入で)9歳。

わたしと同じ年齢の子がそんな言葉を使うなんて、そこにどんな意味があるのか是非とも教えてもらいたいわ。

でもたとえ本当に秘密があったとしても、佐祐理お姉さんは教えてくれないでしょうね。

他人の秘密を軽々しく口にしない人だから。



「それを聞いた後は、居ても経ってもいられなくて・・・。

 謝りたくて、お礼を言いたくて、町中を四方八方探してみたけど、祐一さんは見つからなかった。

 もう、夏休みは終わってたんだ。だから冬の休みに祐一さんと再会できた時は、本当に嬉しかった・・・。

 私と祐一さんの付き合いは、それからかな」

「へぇ~」



二人の出会い他諸々は大まかに理解できた。そこから佐祐理お姉さんの話し方、喋っている言葉に含まれている感情。

それらを観察しとある確証を得た今、心の中でニヤニヤが止まらない。



「佐祐理お姉さんって、もしかして・・・・・・・・・・・・」

「な~に?」

「祐一さんの事、好きなんですか?」

「・・・・・え?」



暗くなった部屋の中、私に目を向けた佐祐理お姉さんと目が合った。

瞳には”図星”の二文字が浮かんでいるように見えてならない。



「ふぇぇえええええ!!?」

「あう!」



き、近距離から大声を出されたから、耳が!!

耳を押さえて蹲る。(寝転がっててもこの表現が正しいのか不明だけど)

そしたら佐祐理お姉さんがわたしの両肩を掴んで、ガックンガックンと揺すり始めた。

脳がシェイクされる。あわわわわわわ。



「そんな! 私なんかが! 祐一さんと! 釣り合うわけ! 無いじゃない! 変なこと! 言わないで!」

「ご、ご、ごめん! なさい! 謝るから! 揺すらな! いで!」



佐祐理お姉さんの揺すぶり攻撃はしばらく続いた。お陰でわたしの頭の中はグワングワンしている。

あの佐祐理お姉さんが、こんなに取り乱すなんて・・・・・・。



「まったくもう。ほら、もう寝るよ。夜も遅いんだから」

「はい・・・」



夜も遅いといわれたけど、今はまだ夜の9時半ぐらい。

健康的だし子供としては正しいかもしれないけど、普通に早すぎるわ。

この時間はいつもは子犬たちと戯れるために起きていたから、眠れないのよね。さっきの騒動も合わせて余計に。



「すぅ・・・すぅ・・・」



佐祐理お姉さんはもう寝入っている。早すぎ。

倉田家に遊び道具は殆ど置いていないから、どうしても寝る時間は早くなっちゃう。

そりゃもう慣れっこな佐祐理お姉さんはあっさりと眠れるかもしれないけど、わたしは無理。



「・・・・・・はぁ」



それにしても、今日は疲れた。最近はとんと無い程濃い一日だった。

始まりの変態騒動を除けば、なのは達への良いお土産話ができたわ。

今日のあの一時間にも満たない、祐一さん達と過ごした時間。教えてもらった街角(猫)の情報。

まずは新しく知り合った人達のことから教えてあげよう。

川澄舞さん、まいちゃん、カノンさん・・・・・・相沢祐一さん。



「ふふっ」



自然と笑みがこぼれる。なのは達に話していたら一日ぐらいは話題に困りそうにも無い。

なにせ女装が似合う男の子だものね。祐一さんは個性的な人だった。

絶対なのは達も、会ってみたいって言うわ。



・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・



祐一さん達と出会ってからの出来事を思い出していると、不意に頭を掠めた、カノンさんの自己紹介。

はれ? リインフォース?

カノンの名前だけに気を取られてその時は気にもしなかったけど、あの人そう名乗っていたわよね。

それに銀髪・・・・・・



『そうや。瞳が紅くて、美人で。特に良かったんは、あのぽ・・・』



後半部分は意図的に忘れてしまったけど、はやてに聞かされた外見的特長の一致。

これって・・・偶然なのかしら。帰ったら、はやてに確認を取ってみるべきかな・・・。

・・・・・・今頃になって睡魔が襲ってきた。少しずつ思考が定まらなくなっていくのが分かる。

今日は眠いから、明日帰っている道中にでも考えよう。

おやすみなさい・・・・・・。









[8661] 第三十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/04/07 07:37










『あさ~、あさだよ『ペシ』・・・』



いつに無いほど力無い一撃で目覚ましを止める。

腕がミシリと音を立てたが気もしたが、昨日と比較さすれば言葉に表現するのも愚行といわんばかりの楽さ加減だ。

・・・我ながら言葉の使い方が訳分からん事になっている。朝だし、まあこんなもんか。

・・・・・・朝にしては妙に暗く無いか? ムクリと上半身を起こし、暗い中薄目で時計を確認する。

朝の・・・・・・・・・5時半?



「・・・何でまたこんな時間に?」



寝起きの若干寝ぼけ頭で考える。

そういや昨日夜頃に、俺が動けないから遊んでくれないと分かるや否や、

真琴が目覚ましを相手に格闘して遊び始めたっけ。

俺は顔を向けるのも億劫だからその音を聞いているだけしか出来なかったけど。ズレとしたら、その時か。

しょうがないヤツだな~、アイツも。



「どうしようか・・・」



あまりにも残念な時間に目が覚めてしまった。

普段なら後30分、余裕で眠れるだろう。もし名雪なら30分フルで睡眠時間に割り当てられること間違いなし。

しかし昨日家に帰り、ベッドに入ってまいと手を離した瞬間から激痛で動くことも出来なかった俺は、

リインが破損しているレイクを持ってきてくれたり、

晩ご飯だとプレシアさんに起こされアリシアに食べさせてもらったりしている以外は、ベッドの中でひたすら眠り続けていたのだ。

超・絶、眠くない。



≪ふぁ~・・・くぅ・・・。おはようございます、マスターマイスター≫

「どっちかに絞れ」

≪ではマスター。どうかしたんですか? こんな朝っぱらから≫



枕元にはレイク。丸い石の状態でベッドに放置されている。

レイクの修復は、昨日プレシアさんが晩飯時に起こしてくれた時点で終わらせている。

破損は激しかったからリカバリー機能を何度も使い、時間をかけてどうにか直した。

こいつが完全修復しているからこそ、昨日の今日なのにこれだけ筋肉痛が治まっているんだ。

ほんと、レイクの治癒魔法様様だよな。



「いやさ、半端な時間に目覚ましが鳴った上、寝すぎで眠気が無いんだ。どうすればいいと思う? 行動の選択肢をプリーズ」

≪・・・お風呂に入ってきたらどうです? 昨日入っていないですし≫

「それ採用即実行」



布団を捲くり床に足を着く。素足だから冷たい。スリッパどこにやったっけな・・・。



「おっと、そうだ」



ベッドから立ち上がり、俺のベッドの中で仲良く寄り添って寝ている真琴とルシィに布団を掛け直す。

更に目覚ましの時間を7時に合わせ、再度セット。時間になればルシィが起き出して、目覚ましを止めた後真琴を連れて下に来てくれるだろう。

本心から思う。ルシィは猫にしておくには惜しい人材・・・いや、猫材だな。

動物の賢さ上限値が255なら、200以上は確実にある。



「な~んてアホな事考えながらレイクを移動用のペンダント(アラス○ール式のヤツ)に収納し、首から提げるのであった」

≪なに一人で状況説明しているんですか≫

「なんとなくな」



着替えをタンスから引き出し、一階の脱衣所へ行く。

朝方だから寒さも一入だ。



「暖かい部屋から廊下に出たんだから、寒いのはしょうがないが・・・あえて言おう。寒い」

≪そこで態々あえて言う必要は100%ありませんね≫

「一瞬で家全体が快適な温度まで温まる発明って、無いもんかな」

≪整備コスト維持コスト諸々馬鹿にならない金額になるでしょうね≫

「俺のお小遣いで足りる?」

≪寝言は寝てからほざいて下さい≫



日々レイクの突っ込みには容赦というものが無くなっていく。時には愛が欲しい。

尤もそんなこと口に出しても≪愛? なにそれ。おいしいの?≫と返してくるに決まっている。

どうして分かるのか? 何故なら、仮に俺がそう問いかけられたらそう返すからだ。

・・・飽く迄も北川とか、そのタイプの友達だけにだからな。

あゆや舞あたりの純粋さ抜群の皆にそんなこと言った日には・・・・・・どんなことになるか、想像すら出来ない。

真の一流とは、ボケる相手をきちんと見極め、使い分けなければならないのだ!

・・・俺は別に漫才師って訳じゃないけどさ。漫才好きだけど。

脱衣所の扉を開け、中に入る。洗濯機、確認。



「洗濯物、溜まるのが早くなったよな~」

≪一人増えればそんなものでしょう≫



洗濯機の中には、適当に詰め込まれた洗濯済みの洗濯物が。

この洗い方はアリシアだな。色物はちゃんと分けないと色落ち&色移りするって言ってるのに。

・・・でも色移りって、俺は今まで見たことも無いんだよな。本当にするのか?

後学の為にも、アリシアと一緒に一度実験してみるのも良いかもしれない。赤い服と白いハンカチとかで。

計画を立ててみるとウキウキしてきた。気分は子供の為に科学の授業を準備する先生って所かな。

服を脱ぎ洗濯籠に入れ、タオルを肩に掛ける。



≪あ、マスター≫

「なんだ?」



  ガチャ



≪先客がいますよ≫

「は?」

「・・・え?」



戸を開ければ、浴室は湯気でぼやけていた。湯船から蒸気が湧き出ている。誰かが沸かしたんだな。

全体的に白色に染まったそこでは、一糸纏わぬ姿のリインがシャワーを浴びて・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



お互い突然の出来事に硬直していた。しばらくの後、硬直からの復帰を果たした俺は、ガチャンと浴室との戸を閉める。

余計な考え事をしていたせいで、シャワーの音を完全に聞き逃してしまった。

着ていた服を再度着直し、着替えも持って脱衣所から出る。

出たところで、背後の扉に背を預けズルズルと座り込むと片手で顔を覆い、思案する。



「なんつーベタな展開」

≪ギャルゲーの主人公ですか、マスター≫



言うな、レイク。俺もそう思っていたところだ。

モロに見てしまった。リインの、ともすれば神々しささえ感じられる体を。

だが俺が座り込んでいるのは、その事が原因じゃない。

それ以上にこんな、今時の漫画でも早々拝めないようなシチュエーションに自分が遭遇したせいで、力が抜けたのだ。

・・・・・・だけど、リインの体は綺麗だったな。

抜群のプロポーションに絡みつく水に濡れた銀髪は、普段は彼女の雰囲気ゆえかそこまで感じさせない色香を、妙に際立たせていた。

白い肌は湯で温まっても色気づくことなく白いままで、胸の先の方には白い肌とは若干色の違う・・・。



「いかんいかん。これじゃあ思春期を迎えた頃のただのエロガキだ」

≪マスターの外見なら、ちょいとばかり早い思春期でも通りますよ≫



自分の側頭部をコツコツと小突き、レイクを人差し指で『ビシッ!』っと弾く。

アホか。思春期なんてものは、疾うの昔に卒業したわ。

何にしても風呂に入るという選択肢が無くなった。手持ち無沙汰になった俺は立ち上がり、とりあえずリビングに行くことにする。







≪それで、何をします?≫

「朝ごはん・・・・・・には早すぎるな。献立でも考えるか」

≪時間をかけてコッテコテの朝食とかどうですか?≫

「朝からそんな重いもん皆に食わせられるか」



食材は今何があるかだよな・・・。昨日プレシアさんが何を買ってきたかが鍵だ。

冷蔵庫を開ける。



「あいや~・・・」

≪そいや~・・・≫



冷蔵庫の中には・・・色々あった。食材あり、飲み物あり。

いつものスッカラカンの冷蔵庫の中に比べれば、かなり色取り取りな感じに買い足してある。

その中でも取り分け多いのは、ホイップクリームやバター、苺等、ケーキの材料に関係してそうな物。

アリシアにケーキでも作ってあげる気だったんだろうか・・・。

今日という日を考えれば、その可能性も無くは無い。



「あの人お菓子作れないだろ」

≪これはマスターに対するメッセージですかね。訳すれば『作れ』と≫



プレシアさんには元々お菓子作りの才能が無い。これでもかって言うぐらい無い。

普通の料理はどうとでもなるのに、その方向がお菓子に向けば何故そうなるのか分からない物が出来上がる。

なのに味だけは悪くないから、丸っきり救いようが無い程じゃないけどさ。

それはプレシアさんも重々理解している筈だ。ということは、レイクの言う通りなんだろうな。

どっちにしろ先に朝食、これは後回しだ。冷蔵庫を閉じ、炊飯器を確認する。



「中身、無し」

≪炊く為のご飯も余っていませんね。昨日あたりで使いきりましたか≫



冬休みはそこまで長くないし、10kgで足りるだろうと思ったんだが・・・読みが甘かったか。

今日明日にでも買い足しに行かないと。残り一週間弱、主食はパンってのも悪くは無いが、アリシアは基本的に米と味噌汁が好きだ。

パンは・・・一斤分ある。こっちも持って昼までって所か。

冷蔵庫の中にベーコンと卵があったな。これで朝らしい軽いものでも作れるか。

・・・それだけだと栄養が偏るな。野菜、野菜・・・・・・今のうちにポテトサラダでも作って冷やしておくかな。

朝食頃には良い具合に冷えているだろう。

材料はジャガイモ、キュウリ、タマネギ、缶詰のコーン、キャベツ、ニンジン・・・でいいか。

冷蔵庫からそれらを取り出し、水を鍋に入れて火にかけ、その中に洗ったジャガイモを放り込む。

エプロンを付けて、調理開始だ。







約20分後。

ポテトサラダを冷蔵庫に入れ、ケーキ作りの準備を始める。

朝食の時間まではどうせ暇だし。今のうちに作っておこう。

ケーキを作るための道具は(何故か)一通り揃っているから、それを引っ張り出し軽く洗っておく。



「・・・・・・俺なんで冬休みの、それもまだ日も出きっていない朝っぱらから、お菓子作りなんてしているんだか」

≪いくら口でグチグチ文句を言ってても、料理では絶対に手を抜きませんよね、マスター≫



当然。誰かに食べてもらい、おいしいと言ってもらうことが俺の至福の喜びなのだ。手を抜くはずが無い。

俺ってば料理人! ・・・・・・あ~、アホらし。口に出したら場が白けそうな台詞だ。



「誰かの為に何かをしてあげるのは基本的に嫌いじゃないしな。

 それにこの時代じゃ、好きな漫画の続きもあと7年以上待たないといけないし」

≪今の会話のどこに漫画の話しが・・・ああ、要するに暇だと?≫

「まあな。暇つぶしがてら料理に全力を注ぐんだよ」

≪暇つぶしがてらで料理に全力を尽くしますか。いつになってもマスターの思考は理解し辛いです≫



呆れた声出されても困るぞ。俺はずっとこの考え方でやってきたんだし。

第一その思考はレイク、お前にも受け継がれているはずだろうが。俺の思考と記憶を一時期とはいえ共有したんだから。

冷蔵庫から卵を取り出し、ボウル(ガラス製)を二つ用意。・・・・・・はあ。漫画の続き、読みたいなぁ・・・・・・。

小説の魔法少年ハリポ(魔法少女本気狩るトラハ風に呼び方を変えてみた。我ながら良いネーミングだ)はどうなったのかな。

最終巻が出るまで、まだ何年も待たないといけないんだよな・・・・・・。

唐突に訪れた、まさにどうすることも出来ない現実に向き合っていると、ガチャッと扉が開く音がした。



「おはよ、リイン」

≪おはようございます≫

「・・・・・・おはようございます、祐一、レイク」



扉からは予想通りの人物が現れた。あれから・・・もう20分以上経つのか。

朝っぱらから、よくそんだけ長いことお風呂に入っていられるな。



「祐一・・・」



リインの声は暗い。さっきの出来事が尾を引いているのだろう。

カウンター越しに俺を見つめてくる視線。とりあえず、どんなことを言われても謝るべきだよな。

こういう場合は、総じて男が悪いと相場が決まっているし。作業の手を止め、こちらに向かってくるリインを見つめる。

リインはカウンターの手前までゆっくりと歩いてきて・・・・・・カウンターに突っ伏した。

『ガンッ』て、結構いい音がしたぞ。大丈夫なのか? この行動には何の意味が?



祐一・・・。羞恥心って、何なのでしょうか・・・



突っ伏しているから声がくぐもっていたが、内容はハッキリと聞こえた。

羞恥心が何かを問うているのか。なるほどなるほど。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?



羞恥心が何かって? なぜ、なに、なにゆえそんな質問?

まさかそんな質問が来るとは毛ほども思っていなかったから、どう答えたらいいのか皆目見当もつかない。

俺は試されているのか? リインに。



「あ~、羞恥心・・・と、は・・・・・・」



辞典、辞典はどこ!? いや、辞典じゃない。

リインが聞きたいのは、そんなことじゃないはずだ。・・・・・・恐らく、だけど。

第一、辞典に書かれているのは精々が、恥ずかしいと想う気持ち、とかその程度のことだろう。

それになにより、この家には辞典の類は置いていない。全部向こうの家だ。

どうすんの、俺。



≪ふむ・・・混乱していますね、マスター。いいでしょう、私がリインフォースと話をします。

 マスターはケーキ作りに集中していてください≫

「解るのか?」

≪女の子の問題でしょうからね。少なくとも、マスターよりかは理解できるかも、と≫



無機質だから羞恥心の概念自体持っていないレイクが、本当に俺よりかそこら辺理解しているとは到底思えないんだけど・・・。

・・・・・・女の子同士の会話なら、俺よりか理解できるかもしれないという言葉に一理あるのも確かだよな。

レイクも声から判断すれば、一応性別は女だろうし。

・・・・・・よし、レイクに任せてみようか。

思案は一秒。レイクを首から外し、カウンターの上に置く。



「リイン。レイクが話を聞いてくれるってさ」

≪よろしく≫

「・・・・・・はい」



ノロノロとした手つきでレイクを手繰り寄せるリインを見届けて、俺は再びボウルに手を伸ばす。

でもなんでリインはそんな変な質問してきたんだろうか。お風呂場のことを怒るでもなし、注意するでもなし。

不明すぎる・・・。レイクに一任したし、こっちはこっちで集中するか。

まず最初にお湯で軽くボウルを温め、、黄身を崩さないよう力加減に注意して卵を6個割る。中身はボウルに・・・っと。



≪では教えてください。どんな理由があって、その質問をしたのか。大方先程の事件が原因でしょうけど≫

「・・・・・・・・・頭が混乱して、どこから話せばよいのか」

≪・・・チラチラとマスターを確認しなくても安心ですよ。料理中のマスターに他者の会話は聞こえていませんので。

 そうですねぇ・・・あなたは、羞恥心の意味はご存知ですか?≫

「はい。羞恥、すなわち恥じらいの心です」



白身はメレンゲにする為、黄身を別のボウルに移す。

グラニュー糖・・・なんてもの、買ってあるわけ無いか。砂糖砂糖・・・。



≪理解しているのなら話が早い。そう、恥じらいの心。恥ずかしいと思う心。

 先ほどあなたもお風呂場で感じたはずですよ≫

「・・・・・・ではやはり、あれが世間一般で言う、恥ずかしいと呼ばれる感情ですか・・・・・・」

≪? 変な言い回しですね。それはあれですか? あなたは恥ずかしいと感じたことが、今までに無かったと?≫

「近いです。恥じらい、と呼ばれる感情自体が、それを感じる他の存在と比べると非常に薄いのです。

 極端に述べるのなら、他の者に胸を揉まれたとしても、そこまで羞恥の心を持つこともありません」



泡立て泡立て・・・ちゃららちゃっちゃちゃ~。泡だて器~!(未来から来たネコ型ロボット風)

チャッカチャッカチャッカ、チャッカチャッカ・・・・・・シャカシャカ?

途中で更に砂糖を追加して、またかき混ぜる。軽く角が立てばOK。・・・こんなもんでいいか。よし次。



≪いえ、その場合見知ってる者に揉まれた方が、より大きな羞恥を感じるものかと・・・≫

「そんなものですか・・・?」

≪兎も角。マスターに見られたのが理由で、恥ずかしいと思った訳ですよね?≫

「はい」



メレンゲ作ったやつとは違う泡だて器で、香り付け用のバニラエッセンスも入れた砂糖混入済みの卵黄泡立て。

泡立て終わったらメレンゲを二回に分けて加えていく。薄力粉を数回に分けてふるい入れ、混ぜ混ぜ。

ジャガイモを煮る時に使用した湯で湯銭にかけていた、溶かした無塩バターも入れて混ぜ混ぜ。



「私自身、これほどまで強く羞恥心を感じたことが無かったので、混乱してしまって・・・」

≪それが恥じらいの心なのか疑問に思ってしまい、思わずマスターに聞いてしまったという所ですか≫

「はい・・・。お風呂に入りながら考えても、余計混乱するばかりで・・・」

≪今のあなた、まるでリストラされそうで不安に掻き立てられているサラリーマンのようですよ≫



ケーキ専用のパラフィン紙を円型のケーキ型に敷く。ああ、型のサイズはお店で使っているような大きいホールサイズな。

やや高いところから生地を流し込む。そして170度に温めていたオーブンに。

いつの間に温めていたのかという質問は無し。おっと、その前に。

空気抜きを忘れるところだった。バンッ・・・バンッ・・・。



「例えが分かりません・・・」

≪それほど不安そうに見えるって事です。自分の感情を持て余しているんですね。

 羞恥を感じるのは、別に悪いことではありませんよ。女性ならば尚の事です。

 マスターを落としたいのなら、多少の羞恥はあったほうが武器になりますし≫

「っおと!? 私はそんな!! ・・・別に、そんな気持ちは・・・」



オーブンに入れたら、ホイップクリーム作りに移る。

冷蔵庫から生クリームを取り出し、新たなボウルに砂糖と一緒に入れ、泡立て。

・・・・・・生クリームとホイップクリームって同じような扱われ方されてるけど、厳密には違う物もあるんだよな。

乳脂肪だけを原料にしたクリームが生クリームで、植物油や添加物を利用して作った、生クリームの代替品がホイップクリーム。

けどケーキに使われているのは生クリームを泡立てたヤツだからか、ホイップ(泡立て)クリームって呼ばれてる。ややこしい事この上ない。

だったら植物油のホイップクリームはコンパウンドクリームだとか、キチンと素人に分かりやすいように表示してほしいよな。

生クリームは早めに形にしないと、成分が分離して泡立ちにくくなるから手早く。

完成。程よく固まって、いい塩梅。味見。うへぇ、甘い。



≪欠片も無いわけじゃないでしょ?≫

「それは・・・その・・・・・・でも」

≪デバイスだからって遠慮するのは損ですよ。マスターそこら辺気にしない人ですし≫

「リイ~ン。ちょっと味見してくれ。俺の味覚じゃ加減が分からん」



ホイップクリーム入りのボウルを持って、リインの側まで移動する。

なんでケーキのクリームって、こうも甘いんだろう。



「っとと。まだ話し途中だったか?」

≪ある程度キリはいいですよ≫

「そっか。そんじゃ味見頼む」



ボウルを差し出す。するとリインは疑問顔。何か必死に考え込んでいるようにも見える。

どうしたんだ?



「え~と・・・甘いものは、苦手か?」

「・・・・・・・・・」

「リイン?」

「っは! ・・・あ、いえ、そんなことはないです。基本的に、どんなものでも食せますから」

「だったら・・・そうか、食べ方か。これは別にスプーンとかの食器は使わなくてもいいぞ。

 こうやって指で掬って・・・」



ボウルを片手で持ち、右手でクリームを掬い上げる。

フワッとした感触が指をくすぐり、持ち上がったそこにはいい感じにクリームが。硬さも申し分ない。



「パクっていくんだ」

「分かりました。では・・・」



理解したらしいリインは、そのまま俺の右手を優しく取って、顔を近づけ・・・・・・てえ?!



  『パクッ』



・・・と、漫画とかなら効果音が付くだろうと思うほど見事に、俺の指ごとクリームを一気に咥え込んだ。

口の中でリインの舌が、にゅるりと俺の指を舐め上げる。



「っ!!??」



ゾクッとした。言葉では到底表現できそうも無いものが、背筋を通り過ぎる。

少しの間指を舐め続け、最後に残ったクリームを優しく『ちぅっ』と全て吸い上げ、ちゅぽんと音を立てて口を離す。



「あまい・・・でも美味しいです。舌触りもふわっとしていましたし」

≪リインフォース・・・その方向で羞恥心は働かないんですか・・・?≫

「・・・はい? なんのこ・・とで・・・・」



言葉途中で、リインの顔が真っ赤に染まっていく。ああ、自覚していない行為だったのね。

とりあえずクリームはOKと。



≪流石にマスターも赤いですね≫

「だまらっしゃい」

≪ホント、どこのギャルゲーかと思うような展開続きです≫



やかましいわ。



「申し訳ありません、祐一! 少し考え事をしていたせいで、あの・・・!」

「お~う、気にするな。俺も気にしないから」



どうやってこの場を乗り切ろうかと考えていたら、タイミング良くオーブンが『焼き終わったよ~』と合図をくれた。

これ幸いとキッチンに戻ってオーブンを開け取り出せば、いい感じに膨らんだスポンジケーキ。

おお、上々だ。あとは冷まして3つにスライスした後、苺を加えながらパレットナイフでナッペすれば完成・・・と。



「デコレーションはどんなデザインにしようか」

「いい匂いですね」



振り向けば、リインがレイクを持ってキッチンに入ってきていた。

まだ若干顔が赤かったが、俺の言ったとおり気にしないことにしたようだ。



≪マスター・・・・・・≫

「なんだ?」

≪私たちの会話時間、精々が3分ですよ≫

「?」

≪時間を支配するのは、私としてはどうかと思います≫

「何言ってんの、お前」



時間を支配って・・・本当に何を言っているんだか。

仮に俺がどんなに器用万能だとしても、時間を支配するような魔法は使えないっての。

それがどんだけ厳しい特殊条件下でしか使えないかってのは、レイクなら十分すぎるほど分かっているだろうに。



「時間を支配できるのがいるとすれば、母さんと秋子さんぐらいのもんだ。俺はどうあっても出来ん」

≪確かにあの二人は時間を操作しているのではと思う行動してますし、容姿の変わらなさは異常ですけど・・・・・・。

 マスターも今先程、その領域に足を踏み入れてましたよ≫

「ありえんだろ、常識的に考えて」

≪ですけど確かに・・・・・・いえ、もういいです≫

「祐一。これは、私にも作ることが出来るのでしょうか?」



唐突にリインがケーキに興味を抱いた。瞳がキラキラしている。

え、何? 料理好きにでも目覚めた?



「出来るぞ。料理に変なスキルさえ付いてなければ」

「変なスキル?」

「そう、変なスキル。いい機会だし、確認ついでにリインも一緒に作ってみるか? どうせもう一つ作る予定だったし」

「はい」



でも同じケーキだと張り合いが無いよな。チョコケーキにするか。

だとすればスポンジの作り方と材料は・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・



5分後。



「よし出来た。デコレーションも完璧」

≪だから! 時間を支配するのはどうかと思います!!≫

「何を言っとるか、お前は」









[8661] 第三十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/10/15 01:05










SIDE:リインフォース



「ぐるぐる連絡網~」



朝食も食べ終わり小一時間ほど経った頃。

謎の言葉と共に祐一が取り出したのは、文字と数字が一定法則で書かれた紙。

私はリビングでお茶を飲みながら今後の私の身の振り方について考えを纏めていたところなので、この行動には驚かされた。

唖然としている私を余所に、同じテーブルでココアを飲んでいたアリシアが即座に反応します。

椅子から離れて祐一から紙を受け取り、電話のところへ。



「上二人頼むな」

「任せて~」



祐一はポケットからケータイ電話を取り出し、ピッピッピとボタンを押し始める。

アリシアも家の電話で、同じく。



「プレシア。何が始まったのでしょうか?」



私の正面で新聞を呼んでいる彼女に訊ねます。

プレシアは気だるげに新聞から顔を上げ、祐一達に目を向けた後に答えてくれました。



「友達に遊びの連絡をしているのよ」



昨日からプレシアは元気がありません。心ここにあらず、といった感じに考え込んでいます。

恐らくは一昨日の夜、あの質問の後からずっとそうなのでしょうね。

部屋を出るときはもっとスッキリした表情を浮かべていたはずなので、ここまでボーっとする理由が分かりません。

あれ以降に更に悩みが増えたのでしょうか?

祐一とアリシアも心配はしていますが、放置する方針のようです。



「うん、家に集合。暇だったらでいいって~。・・・うん・・・うん・・・。持ってくるものは~・・・」

「昼食はこっちで用意するから、食べてこないこと。それと・・・冬休みの宿題持参で。

 ・・・・・・・・・そう。皆でするんだ。・・・え? 終わってる? う~ん・・・じゃ、とりあえず来てくれ」



祐一はかなり手馴れています。流れ作業のように、二人目を終わらせました。

アリシアはようやく一人目を終え、二人目にかける為に紙を確認していますが、祐一は何も見ずに三人目にかけ始める。

記憶するほど繰り返した行為なんですね。



「何故ぐるぐる連絡網なのでしょうか? 見た様子、回る表現や比喩をする場所はどこにもないですけど」

「特に意味は無いわね、確か」

「・・・・・・何の為につけたんですか、ぐるぐるって」

「お遊びでしょう」



祐一ならしそうな納得の理由です。プレシアは再び新聞に顔を落とした。

私もお茶を飲む作業に戻ることにします。

はふ~・・・お茶おいしいですね~。



「おう。そんじゃ昼ごろな」



四人目を終え『ピッ』と携帯を切った祐一は、ようやく一息つきました。

アリシアも二人目を終えた以降かけることは無かったので、計六ヶ所に電話したことになりますね。

その中には昨日出会った容姿が非常に似通っている少女達――舞とまい――や、

私には理解できない不可思議な力を持つ少女の佐祐理もいるのでしょうか。

・・・・・・いるでしょうね。祐一の性格上、この町の友達全員呼んでいそう。



「よし。今から水族館に行くか、リイン」

「・・・・・・・・・はい?」



祐一の唐突さにはいつだって驚きます。たった今まで私のほうに視線を向けることも無かったのに、これですから。

しかも内容的にそれはどうなのでしょう。数時間後には友達が来るのではなかったのですか?



「冗談はさておいて・・・買い物に行くから、荷物運ぶの手伝ってくれ」

「ああ、冗談でしたか。分かりました、準備してきます」

「私も~」

「あ! アリシアは・・・・・・」



祐一の声は聞こえていないようで、タンタンと階段を上っていくアリシア。

あまりの素早さに止める事も出来ず、止めようと差し出した手はそのままに固まる祐一。

後姿を見ている分だと、なんだか哀愁が漂っているようにも思えます。



「・・・・・・はぁ。まぁ、いいかな」

「準備してきますね、祐一」



私もアリシアの後を追う様に二階へ戻り、私に割り当てられている部屋で外出用の服に着替える。

ファッションなど毛頭考えていない、分厚い服の6枚重ね着。着膨れしすぎて一番上に着た服のボタンが弾け飛びそう。

靴下もモコモコのものに履き替え、最後にマフラーを巻いて手袋片手に玄関へ向かう。

そこでは既に、二人が私を待っていた。服を着込むのに時間がかかり過ぎましたね。



「すみません、遅れました」

「別にそこまで待ってないって。それに家の中なんだから、そんな言葉は不要」

「なり~」



笑顔で待っている、相も変わらず優しい人達。やはり、とても温かい気持ちになる。

どうしてこんなに温かいんでしょうね・・・。



「しっかし、また随分と着込んでるな」

「暑そ~」

「これぐらい着込まないと、外へは出たくありません」



好きで厚着しているわけではありません。外が寒すぎるから、厚着する他無いのです。

と、心の中で言い訳を述べてみる。早く春にならないでしょうか・・・。



「でもアリシアはプレシアさんのお守り持ってるからそう思うかもしれないけど、

 実際外の寒さを感じたらリインぐらい着込みたくなるって」

「そっかな~」

「冬の寒さを忘れるのはイカンとですよ。ってなわけで、お守り貸してくれ」

「やだ」



見てて微笑ましい二人。

家族・・・・・・友達? 兄妹・・・パートナー・・・この二人はそのどれにも当てはまりそうだから不思議です。

変な関係ですよね。



「リイン用に、お守り作った方がいいかな・・・。リインも欲しいだろ?」

「お守り? アリシアが普段持っている、アレですか?」

「そうそう。プレシアさんから作り方習わないといけないから、ちょっと時間かかるけど」

「いえ、特に必要性は・・・」

「耐寒機能万全だぞ」

「お願いします」



頭が理解するより早く、祐一の右手を両手で『ガシッ』と握り締め、頭が理解すると同時に口に出していました。

そこに今先ほどまでの遠慮する気持ちはまるでありません。

行動の素早さに隣でアリシアがビクッと驚いていましたが、些細なことです。



「お、おう・・・お願いされました」

「はい、是非に」



心なしかやや引いている祐一を見て、少し自重するべきだと思わないでもないですが・・・心が急いて体が落ち着かない。

なにせこれで寒さとは無縁・・・・・・とまではいかないまでも、それに近い状況になります。

それは薄着のアリシアがまるで寒がっていない事からも分かる。落ち着く方が無理な話です。

はしゃいでいた私はその時、あることに気が付きます。

祐一の手が・・・・・・温かい。

じっと握ってみますが、私の手に体温が移るばかりで、祐一の手から熱が消えるような気配がありません。

何故?



「・・・・・・リイン、そろそろ買い物に行きたいんだけど・・・・・・どうかしたのか?」

「祐一・・・。祐一の手は、どうして温かいのですか?」

「は?」



疑問の声を上げるのは尤もです。すっごい変な顔で見られたのも、しょうがないです。

しかしこの疑問を撤回する気はありません。同じ寒がりの祐一が私より薄着でも大丈夫なのは、体温が高いから?

由々しき事態です。理由を究明しなければ。

そのお守りが出来るまでは多少時間がかかるようですし、可能ならば私も自力で耐寒能力を備えないと。



「ん~・・・特に変な意図も無く、普通にその質問をしているのなら・・・・・・子供は基本的に、体温が高いから・・・かな」

「そうなのですか・・・・・・。アリシア、手を」

「え? うん」



差し出されたアリシアの手も、包み込むようにギュッと握る。祐一同様、私の手より断然温かい。

真正面から祐一を見詰め、言う。



「不公平です」

「理不尽な嫉妬だー!」



玄関に響く祐一の正論なる叫びが、耳にダメージを残しました。















SIDE:祐一

やっとのこと商店街に繰り出した。

時間が時間(朝の9時)だから開いている店も半分ぐらいだけど、目当ての店は開いている時間だから無問題。

最初に寄るのは、



「もう40過ぎでガタイ&人柄がいいのに何故かお嫁さん貰えなくて、

 秋子さんに実は惚れててそれなのに本人にはちっとも気づいてもらえず周囲の人達から哀れみの視線を集めるだけの、

 なんともありがちな設定の肉屋のおっちゃーん! 肉くれ~!」

「大きなお世話だ! 肉はどんなんをご所望だ!?」

「挽肉ー!」



次に、



「女っぽい名前が嫌いだから昔からブタだのゴリラだのむしろ名前の方がいいっぽくね?

 ってな酷いニックネームで周囲に自分を呼ばせていた八百八第14代目に店を譲り、

 現役引退した後も何故かこの町で再度店を開くことにした八百八第13代目の八百屋のじ~さーん! 新鮮な野菜プリーズ~!」

「喧嘩売りに来たのか祐一!! らっしゃい安くしとくぜ!!」

「おっとこまえー!」



ラストは・・・



「米屋のばっちゃん、105歳なのに元気だねぇ・・・はい、おこめ券」

「はいはい~。どうも~、ありがと~ね~」



のんびりした口調に、思わずこちらも同じテンポに呑まれそうになる。のんびり~。

旅の人形遣いから沢山譲ってもらった全国共通おこめ券は、いつでもどこでも大活躍だ。

お米代はあと半年間無料の予定。なんであの人そんなにおこめ券持っていたんだろう?

旅の途中で出会うこともあるだろうから、その時に聞いてみるか。



「商店街の皆さんと仲が良いのですね、祐一。かなり失礼なことも言ってたのに、笑っておまけまでしてくれましたよ」

「この町の人達は特別。ここ以外でそんなこと言ったら憤怒の嵐だから、くれぐれも気をつけなよ」

「・・・気をつけるも何も、私はそんなこと言いません」



この町はどこか変だ。スーパーが近くにあるのに八百屋や肉屋がバリバリ健在だし、

流行のアイスクリーム屋が潰れたと思ったら人気の無い老舗が普通に生き残っているし。

・・・老舗は、数年間誰一人として買い手が付かなかったアリクイの巨大人形が鎮座していたあそこな。



「お米(10kg)は俺が持つから、リインは肉と野菜持って」

「私がお米を持ちます」

「いいっていいって。力仕事は男の役目」



「よっこいしょ」と掛け声をかけて米を肩に担ぐ。・・・歳を取ったもんだな、俺も。

肩幅が足りないから米がずり落ちそうになるが、これは諦めて無理にでも担ぎ続けるしかない。

家まで気合の勝負だ~・・・・・・などと考えていたら、アリシアのキラキラした瞳に遭遇。忘れてた。



「私は?」

「・・・・・・アリシアは~」

「何すればいいの?」

「・・・・・・・・・」



そんな期待いっぱいの目で見ないで欲しい。

だって何にも考えてなかったんだし。リインの野菜か肉を持ってもらうか? もしくは新たに何か買い直す?

5歳のアリシアが家に持って帰れる重さの物にしないと・・・・・・なんて考える前に、



「まずはそのにゃんこ達をどっかに置いて来い。それから頼むから」

「わかった~」



アリシアは物陰に向かっていく。・・・・・・「にゃ~にゃ~」と鳴き続ける大量の猫を引き連れて。

いつの間にか湧いてきた奴らは後ろから付いて行くので全部じゃなく、アリシアの腕の中や頭の上にも・・・。

まさに猫に埋もれているアリシア。体に乗ってるのだけで20匹は居るんじゃないか?

とって~もアンビリーバブルな光景。

猫が多い商店街に出るといっつもこれだ。本人が何をするわけでもないのに、皆アリシアに寄ってくる。

・・・あんだけ上に乗っていればさぞかし重いだろう。そんだけ体力あるなら普通に荷物持たせても大丈夫か?



「さっきから気にはなっていたのですけど・・・・・・アリシアのアレはなんですか? 祐一」



アレって、目の前に広がるアレのことだよな。

視線の先でアリシアは頭の上に乗った猫を地面に下ろし、体に付いたのを引っ剥がし引っ剥がしと大変そうだ。

猫も然る事ながら、アリシアの都合など関係ありませんとばかりに再び体によじ登る。

本人滅茶苦茶苦労しているだろうが、見ている分には微笑ましい光景だな。



「アレは、アリシアの特異体質。何故か野良猫飼い猫とわず、猫に異様に好かれるんだよ」

「それはまた・・・特殊な魔法や道具を使わずにそうなのだとしたら、奇怪な体質ですね」

「なんで”あんな”なのかは、プレシアさんにも分かんないんだと。

 プレシアさんから仕入れた情報だと、昔はリニスって名前の山猫と仲良くなって毎日山の中を遊びまわってたらしい。

 山猫って基本人に懐きづらいから、そこを考えれば生粋の体質だろうってさ」

「そうなのですか・・・」



店と店の隙間、人は通れない猫の通り道手前でアリシアは猫に何事かを言い聞かせている。

アリシアに引っ付くのを止めて大人しく座っているにゃんこ達は、アリシアの言葉を果たして理解出来ているのだろうか・・・。



「不思議な子ですね、アリシアは。

 ・・・・・・いいえ、アリシアだけではありません。佐祐理も昨日会った少女達も、どこか不思議」

「そうか?」

「祐一はどんな物事も受け入れられる性格ですから、気が付かないのでしょう。不思議ですよ、皆。祐一も含めて」



・・・・・・何か? リインよ、つまり俺達は全員類友だと言いたいのか?

俺、類。その他友。或いは舞あたりが類で、その他友とか?

・・・・・・・・・考えてみたが、それだとなんか違うよな。微妙に引っかかるし。

第一一人の誰かに他の者が引き寄せられると考えることが早計だ。



「不思議・・・ね」



そもそも、不思議な存在が集まるこの町が逆に変だとも言える。

今考え付くだけでも俺の他、不思議能力少女舞、生霊あゆ、ものみの丘の狐達。

俺が知らないだけで、この町にまだ沢山居るかもしれない。

最近はアリシアとプレシアさんが増え、最後に未確認ではあるが秋子さん(この人不思議に分類できるのか? 分類するなら、むしろ”謎”とかの項目な気もするが)とか。

ものみの丘の狐達は最初から住んでいたからまだしも、舞と秋子さんは別の所からこの町に引っ越してきた。

舞は周囲の迫害から逃れるため、秋子さんは結婚後ここに住まいを構え。

もし俺が類なら、俺の周囲に誰か彼か集まらないとおかしいもんな。

案外この町には



「実は地面の下には龍脈なるものが流れちゃったりなんかしちゃったりして、なんとか~! ってなこともあるかもしれないのですよ、うん」



なんて伝承があるのかも。・・・今の言葉、俺は口に出してないからな。

台詞のナレーションは、頭片側に長短二つのポニーテールがあり、リトバスメンバーズでお馬鹿キャラを演じるあの人。



「そろそろ説得が終わりそうだな。猫達もボチボチ諦め始めてる」

「・・・・・・よく見ただけで分かりますね」

「ずっと見てればなんとなく分かってくるさ。ほら、諦めてチラホラと猫道から帰っていくのもいる」



元の町で俺の周囲の連中って言ったら、リトルバスターズの面々とか浩平先輩が主。

浩平先輩の奇行や恭介率いるリトバスの行動はやたら目に付くが、不思議は絡まない。まさに普通の人々だ。

・・・・・・蜂退治の為に全身蜂蜜塗って蜂の巣に突撃した挙句、

仲間から全身火達磨にされたのに少々の火傷で済んだ愛ある筋肉馬鹿が普通かどうかは疑問も残るが。

俺が類に属するなら彼らも友になるが、全然普通。だから俺(類)が呼んでいるとは言えない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

でもよくよく思い出してみれば浩平先輩が、妹さんを失くしたことが切っ掛けで異世界慰安旅行に出かけるのはもうすぐだよな。

それに前の世界で恭介達から、無限ループ摩訶不思議アドベンチャーが訪れたとか何とか聞いたような・・・・・・。

あれ? まさかのまさかだが・・・・・・信じられないことだが・・・・・・むしろ信じたくないことだが・・・・・・俺が類に属する可能性かなり高いんじゃないか?!



「ただいま~」



くだらなくも重大な発見に愕然としている内に、アリシアが戻ってきた。急いで思考を切り替える。

心の中で新しくファイルを作り、今考えたことを新規保存。暇な時にでも再び開けて大いに悩むことにしよう。



「おかえり。今日は随分時間がかかったな」

「うん。何度も言い聞かせてようやく納得してくれたよ~。どうしてだろ?

 いつもはもっと聞き訳が良くて良い子達なのに」

「そろそろアリシアが帰る日が近いって分かってるから、少しでも構ってもらおうと必死なんだろ」

「そっか。みんな~! 今日は無理だけど、明日遊びに来るからね~! いっぱいあそぼ~!」



にぱっと笑顔を浮かべて未だ物陰からこちらを覗いていた猫達(ジーッとこちらを見ている無数の目が相当恐い)に向かって大声を上げるアリシア。

聞いた途端に居なくなる猫達。マジで理解してるのか、あいつら。



「祐君」



にっこにこのアリシア。分かってるって。でもそうだなぁ・・・・・・。



「とりあえず、これ持ってみ」



米10kgを持たせてみよう。

普通に考えれば10kgの物を5歳の少女が持つのはかなり苦なはずだけど・・・。



「わっ・・・と。ちょっと重いね、これ」



苦しい表情は欠片も見せずにあっさりと持ちおった。ちょっとだけですか、そうですか。

頻繁に持病を発動する病弱なプレシアさんとは違い、アリシアは日々逞しく育っていますね。おにーさん嬉しいです。

でも筋肉ムッキムキな妹は嫌だから、そんな風にはならないで下さい。おにーさんからのお願いです。

ここで一句閃いた。



『アリシアは 見た目以上に 力持ち』



・・・安直な上、見たまんま。駄作だな。心の中で自分の句に大きく『ボツ』の烙印を押す。



「・・・・・・中がザラザラだから、形が変わって持ちにくいね」

「おっと。米は俺が持っていくから、アリシアはリインから野菜の入ってる買い物袋を受け取ってくれ」

「は~い」



米を俺に返してからリインの所へ物を受け取りに行くアリシア。

・・・・・・・・・・・・ん?



「アリシア、ちょいストップ」

「え?」

「そのまま動くな」



背を向けたまま固まるアリシア。丁度野菜入りの買い物袋を受け取っている最中だった。

律儀なことに、リインも袋を手渡している状態で固まっている。そこまでキッチリ固まることは無いんだけど・・・。

俺はアリシアに近づき・・・



「動くなよ」



もう一度念を押してから、アリシアのジャンパーの襟部分から右手を中に突っ込む。



「ゆ、祐君!?」



驚いた声を上げるアリシアだが、言われたとおり動かずじっとしている。

目指すはインナーとアウターの間。そのアウター側。



「・・・やっぱり」



外から見たら微妙に膨らんでいたから疑問に思ったが、案の定だった。

目標・・・・・・捕獲。モサモサした物をむんずと掴む。

アリシアはジャンパーの前を閉じていないので、引っ張り出せばアッサリと”それ”を抜き取ることが出来た。



「よし。もう動いて良いぞ」

「う? うん。・・・・・・あれ?」



振り向いたアリシアの視線は、俺の手に注がれている。正確には、俺が持っている”あるもの”に。



「うにゃ~」

「アリシアのジャンパーに潜り込んでたぞ」

「うそ?!」



アリシアはもう引っ付いていないか体中を触りまくっているが、もういないぞ。

こいつ、さっきアリシアが猫に埋もれていた時に紛れ込んだんだろうなぁ。

アリシアに爪を立てないために、ジャンパー側にしがみ付いていた事は褒めておこう。

掴んだままブラブラさせておくのも可哀想なので地面に降ろす。



「ごめんね、にゃんこ。僕今日は遊べないんだ。明日は遊びに来るから、我慢してね」



賢いにゃんこはまるで「了解した」とでも言わんばかりに一つ返事をし、他の猫同様物陰に消えていった。

・・・魔法少女アリシア、使い魔は猫。魔法少女としては文句のつけようが無いぐらいバッチリな組み合わせだな。

ただし、猫の数は100匹を優に超える。



「お~し。帰るぞ、アリシア」

「うん」

「帰ったら早速料理を作らないとな。13人分とチビ達2人分、総計15人か。

 あま・・・美汐の所のあいつがものみの丘から帰ってきてたら16人。重労働だ」

「私も手伝います、祐一」

「おう、ありがとリイン。今日は知り合い沢山増えるから、楽しみにしときなよ」



さーてさて、時間までに何品作ろうか・・・。









[8661] 第三十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/10/19 07:31










商店街での買い物も無事に終え、家に帰り着いたので早速料理作りに入ったが・・・そっから時間は遥かにすっ飛ぶ。

昼食を食べ終えた現在は集合した全員、俺の部屋で宿題を片付けている。

ここに至るまでの経緯の中にも、リインと初対面の面々は自己紹介をしたりなんたり色々あったが、そこら辺はなんとな~く想像してもらえると助かる。

俺の机を使う者、床に寝転びながらする者、物置部屋から律儀に引っ張り出してきたちゃぶ台で宿題を広げている者などスタイルは様々だ。

11人が一つの部屋に集まっているのでやや手狭だが、動き回らず宿題をするだけなら問題は無い。

んである程度予想していた通り、宿題を終わらせていたのは香里と美汐の2人。

先生の言いつけ通り一日一枚コツコツ終わらせていき、残り少しが佐祐理さんと一弥。

まったく宿題に手をつけていないのは名雪だけ。

残りは夏休みの敵・・・もとい、『冬休みの友』を半分終わらせてたり、最初の一枚だけだったりと区々。

そうそう、こいつらの学校はクラス担任の先生が宿題を用意する方式。

お手製のプリントには先生の努力が見えるようだが、大半の生徒達は宿題を厄介な敵としか見ていないんだと思うと涙がホロリ。

先生だって、苦労してるんだよなぁ・・・。



「お姉ちゃん、ここの答えは?」

「自分で考えなさい」



栞は床に寝転びながら宿題をする派のようだ。

香里はその横で栞の宿題を見てあげてる・・・んだが、どうにも栞は楽したがって香里に答えを聞きまくっている。

質問された香里は厳しく突き放し、質問した栞はあっさりと諦めて問題に取り掛かる。

何度も何度も、飽きもせずよくやるよな。感心する。

だが栞が本当に分からないところは答えの導き方を優しく指導する香里。なんとも理想的な家庭教師。



「舞~、後何枚?」

「一枚~」



マイマイコンビは手分けして宿題をしている。スピードは常人の二倍だから終わるのも早い。

純粋さ抜群天真爛漫な性格故あまり勉強は得意じゃないと周囲に思われがちだが、こいつら勉強はかなり出来る方だ。

運動神経は元々良い――かつての舞との稽古では、運動苦手じゃない俺が手も足も出ずに木刀で滅多打ちにされるほど強くなってたし――のに、更に勉強も出来ます。

文武両道の、隠れスーパーレディー。そう考えれば無口の舞が佐祐理さんのパートナーだったのも頷ける話だ。

ここから先は蛇足だが・・・まいの知識は、そのまま舞と同じらしい。しかし物事の受け取り方は必ずしも同じとは限らないとのこと。

昨日俺の着替えで舞とまいの反応の違いは、そこから来ている。



「だらかここはこうなるの。分かった? なゆちゃん」

「う、う~ん・・・・・なんだか、納得できない。いろんな意味で」



名雪に問題の解き方を教えているのは、なんとアリシア。

うん、俺は分かっていたけど。こないだ小6の算数ドリル解いてたのを見たばっかりだし。

けど名雪は釈然としていない。いくらのんびり屋の名雪でも、明らかに年下な少女に勉強を教えられるのは気分的に微妙なようだ。

単を個にするマルチタスク技術は、着々と天才少女を作り上げている。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



宿題を終わらせた、又は終わっている残りのメンバー佐祐理さん、一弥、美汐の3人は、俺の部屋の本を漁って静かに読んでいる。

優等生組は頑張って宿題をしている皆の邪魔にならないよう心配りを忘れない。流石だ。

そんでもって、皆が宿題を頑張っている姿を高みの見物している俺は・・・・・・



「・・・・・・」

「・・・・・・」



  カリカリカリ



「・・・・・・」

「・・・・・・」



  カリカリカリ、カリ・・・・・・



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・うぐぅ」



もちろん本当に高みの見物などせずに、あゆの宿題を見ている。

一つ一つの問題に地道に、静かに努力する姿は微笑ましいぐらいだ。

ただこいつ、分からないところがあっても俺に聞こうとはしない。

根が真面目だから、宿題は自力で頑張らないと駄目だと思い込んでいる節があるんだよな。

どうしたもんか・・・。



「あゆ。ここはな・・・」

「ダメだよ、祐一くん。宿題は自分の力でやらないと」

「平気だ平気。ヒントだけだ」

「だって・・・」



う~む、あゆの頑固さにも困ったもんだな。仕方がない。



「あゆ。宿題って、何の為に出されてるか知ってるか?」

「・・・何の為?」

「それはな、宿題をさせることで物事の考え方、考える能力を培う為に出されたんだ。

 先生が傍にいない以上、正確な答えがすぐに返ってくる訳じゃない。

 答えを解く方は合っているか分からないから疑心暗鬼になり、何度も何度も宿題を見直し考える。

 そこが先生の狙いだ。姑息な手で、ドツボに嵌る生徒を想像して薄ら笑みを浮かべている。

 あゆは十分に考え、大いに悩んだ。それで先生の趣旨は半分以上達成されている。

 だから分からないところの解き方を他人から聞いても、別にズルじゃない」

「しゅ、しゅし? ぎしんあんき? どつぼ?

 ・・・・・・祐一くんの事だから、難しい言葉使って適当なこと言ってるんじゃないの?」



疑われてます俺。いやまあ普段からあゆをからかうから、どうにも俺には疑ってかかるようになっている。

事実半分以上は適当だけどさ。本当に生徒の苦しむ姿を見て薄ら笑い浮かべるような先生なら、ちゃんと学校側が動いてくれてる。



「ほらほら、あゆも次が最後の一枚なんだからキビキビ解く。それでだな~、ここの答えは~」

「うぐぅ! ヒントだけって言ったじゃない! 答えはダメ~!」



はっはっは。あゆはからかうと本当に面白いな~。的確なリアクションを返してくれる。焦った感じが特に良い。

意地悪はここら辺にして、言ったとおり答えの導き方を軽く教える。

相沢祐一、腐っても小学生に勉強を教えるぐらいわけない。

あゆだって人並みの頭脳は持ち合わせているのだから、それだけでスラスラと問題を解いていける。

答えはバッチリ。最後は算数のプリントだ。

書かれた文章を見て自分で数式を書き込み答えを出す、ただの算数よりかちょっとだけ頭を使う数学に近い算数。



「ここから後は分かるか?」

「うん、この範囲は得意だよ」



あゆの瞳には『ボク自信あるよ』とでも言いたげな力強いものがあった。俺は大人しく見守ることにしよう。

後ろに下がり、俺も宿題終え組と同じように本でも読もうかと考えていると・・・。

・・・何だろう。ピスピスと、物理的じゃない何かが俺に突き刺さっている気がする。これは・・・・・・視線だ。

どうせ狭い一室。見渡せば誰かなんてすぐに分かる。そう思い見回せば・・・・・・。

・・・・・・ほとんどの視線が俺に向いてる。



「相沢君。あなた、宿題は? 私達だけ呼んでおいて、自分だけ何もしてないじゃない」



皆を代表してか、真横で栞の宿題を手伝っていた香里が質問を浴びせてきた。

おお、ようやくその質問が来たか。

待ってたのに誰も質問してくれないから寂しかったぞ。



「ああ、俺んところは宅習性・・・自宅学習性だから、明確な宿題は無いんだ。

 各個自由に宿題をしてきなさいってことだな。それももう終わってるし。え~と・・・ほれ」



机の引き出しから(今更だが、あゆは俺の机で宿題をしている)ルーズリーフを取り出し、香里に見せる。

「何で最初にその事を言わなかったのかしら・・・」とでも言いたそうに怪訝な顔をしている香里は、

早速最初の一ページを開いて・・・固まる。次々にパラパラ捲っていって・・・「う゛~ん」と唸り声を上げた。

余程気になったのか、佐祐理さんが読んでいた本を閉じベッドから離れて香里の後ろに回りこみ、ノートを見る。



「え~。いいな~祐一。宿題は自由なんて」

「それは違うぞ、名雪。逆に明確な宿題があった方が、精神的には楽なんだ」

「そうなの? そんな事無い気がするけど・・・」

「長期休みにちゃんとした宿題出されてる方は分からないもんさ、こーいうのは。

 宅習性だと自分だけじゃどこまでしていいのか見当も付かない上、やった量が少ないと学校で居残り指定受けることになるし、最悪だ。

 これは先生によるところが大きいんだが、俺の担任はそこらへん容赦しないタイプだし。

 生徒が夏休み、もしくは冬休みの宿題分の勉強している横で先生は自分の仕事を片付けるだけなんだから、

 先生としては居残りさせてもさせないでもどっちでもいいんだろうなぁ。だからズバズバお前は居残りだとか言えるんだ」



マジで辛い、宿題範囲の指示が無いのは。

体は子供頭脳は大人な、どこでもかつでも奇跡的な確立で事件に遭遇する名探偵とほぼ同じ珍体験している俺はもうそんなこと思わないけど、

今じゃない昔の子供時代は何すればいいのか分からなくて、机の前で鉛筆握り締めたまま呆然としてた記憶がある。

しかもうちの学校がその体制になったのは今年の夏から。

休みの最後に宿題を片付けるタイプのクラスメートは慣れない宿題の体制に、今頃はどこまですればいいのか分からず辟易しているだろう。



「ふえ~。正弦定理に余弦定理ですね~」



パラパラとノートを捲る香里の後ろからノート覗き込んでいた佐祐理さんは、そこに書かれている問題を見事言い当てていた。

はい?



「何で知ってるんですか」

「知り合いのお姉さんが、丁度この範囲の勉強をしているところを見たことがあるんですよ~。

 これって、高校生の問題ですよね?」

「ああ」



ほっ。この歳で高校生の問題ができるのかと、一瞬疑ってしまった。

それにしても数式見ただけで正弦定理とか分かるもんなのか? 俺でさえ本屋で教科書見るまで呼び方忘れてたってのに。

相変わらず記憶力良いよな~、佐祐理さんは。



「相沢君。親に宿題をしてもらうのは反則よ」

「俺がそんなずっけぇことするかよ」

「途中に別の方言が混じってるわよ。って、自分でしたの!?」

「おう。数学得意なのは密かな自慢」

「お姉ちゃん、私にも見せて! ・・・・・・わっ、凄いです。三角形と英語と数字がいっぱい」



栞も興味に引かれて見にきた。驚いてくれて嬉しい限りだ。

たまには俺の反則な境遇を利用してちょっとした自慢をしても、罰は当たらないだろう。

それに折角の珍しい体験なのに何事もせずにいるのはもったいない。

天才も20を過ぎれば凡人とも言うし、今のうち今のうち。



「でも、これをそのまま出して先生に何も言われないの?」

「そこを期待している」

「また下らない事考えてるわね」



流石香里だ。俺の性格をよく理解している。

・・・・・・・・・俺って、そんなに単純な性格してるのか? 今の台詞、何度言い続けてきたか分からんぞ。

ノートには佐祐理さんが先ほど言ったとおり、高校で習う正弦定理、余弦定理あたりの問題と解を淡々と書き続けた。

俺の担任は生徒のことを考えず事務的に教鞭を振るっている人間なので、意趣返し(特に恨みがあるわけでもないが)として。

出した後に指摘でもされたら、目の前で別の問題解いてやるつもりだ。



「「終わった~!」」



無事宿題を終えたマイマイが、佐祐理さんが抜けたことで空いたベッドの穴に揃ってダイブした。

気持ちは分かるが、埃が舞うからやめてけれ。

続いて栞も宿題を終わらせ、舞と同じくベッドにダイブした。だから埃が舞うって。



「えへへ~。祐一さんがいつも使ってる枕~。・・・・・・いい匂い」

「おい香里。お前の妹である栞がかなり危険なこと口走ってるけど、姉としてどうよ?」

「私に変態の妹なんていないわ。それに被害を被るのも相沢君だけだし」



姉として以前に、人としてその考え方はどうなのよ。被害が俺にだけ及べばノープロブレムですか?

それと妹の奇行をシレッとスルーしている薄情なお姉さんへ、個人的に前半のその台詞は好きくないです。



「出来た~。祐一くん、出来たよ」

「へ~い」



栞のことはほっとく事に決めた。枕ぐらい満足するまで好きにしていいさ。後で洗えばいいだけだし。

それより思ったよか圧倒的に早く仕上げたあゆの宿題を見に行く。

プリントを見て驚いた。生真面目なあゆは計算方法も真面目で、まるで教科書に書かれている例文かと思うような印象を受ける解き方を披露していた。

この短時間でこれだけ早く書ければ、漢字の書き取りなんかはクラスのトップにランクイン間違い無しだな。

式の方はもう少し砕けた感じでもいいと思うが・・・これがあゆの個性なのだろう。指摘せずに大目に見てあげよう。

問題を見、答えを一瞬で弾き出しながら答え合わせをしていく。

問1・・・ワンダフル! 問2・・・ブラボー! 問3・・・パーフェ・・・・・・・・・あれ?



「あゆ、問3間違えてる。式に使われてる数字が違うから、最後らへんが正解とは程遠い答えになってる」

「え? あれ?」



ケアレスミスがあったので指摘したら、消しゴムで式をいそいそと消して新たに書き直し。

何故わざわざ全部消す? 間違えてる数字を書き換えてちゃんと計算していけば良いだけなのに。

書き終えたそれは俺がもう一度確認をする。気を取り直し、今度こそパーフェク



「あゆ。器用と皮肉られたいか? 不器用と褒められたいか?」

「どっちを選んでも嫌な結果になりそうな気がするのはボクの気のせい?」

「算数の答えは間違ってるけど、花丸満点大正解をあげよう。だから途中から違うっちゅうてんねん!」



  パンッ



「うぐぅ! 痛い!」



痛い筈無いだろうが。ノート破いて神速で作ったペラペラのハリセンで軽く叩いただけだぞ。

ケアレスミスしたところは正しく訂正されていたが、今度は別の場所でケアレスミスしやがった。しかも算数で。

英単語の並び替えでうっかり二度とも間違えるならまだ分かるが、得意の範囲と大言を吐いた算数で二度も計算間違いするか!?

しかも数字を間違えて計算していたときは出来てた場所なのに。



「・・・・・・いじわる」

「ちょい待て」



愚痴をこぼしながら再び消しゴムで式を全消ししそうになったので慌てて、あゆの手を掴んで止める。

一瞬ピクッと反応したが、無理矢理消そうとはせず大人しい。



「わざわざ全部消す必要はなし。消すのはここと、こっからの数字だけ」



右手で数字を指差し、左手であゆの手から消しゴムを抜き取って、俺が消していく。

消しゴムは真新しく角があるから、消したいところだけを綺麗に消すことが出来る。消しゴムの角って素晴らしい。



「間違えた部分を消す分には問題ないけど、必要な部分まで消すのは時間の浪費だ。

 テストとかだとそんなことするのは時間が惜しいから、間違えた所だけを消すようにな」



中学はまだしも高校になると書く式も問題も多くなり、数学系は特に時間が圧迫される。

全消しの癖をつけてたら、高校のテストは最後の問題まで行き着かなくなる可能性もある。ここはあゆに注意しとかないと。

消しゴムを置き、あゆの左手に再び鉛筆を持たせる。

あゆがサラサラと数字を書いていくのを横目に、残った問題の答え合わせをしていく。

・・・・・・他にミスしてる所はない。あの問題だけだったか。体言通り、この範囲が得意なことは間違いないようだ。



「他はオーケー。終わったか?」

「これでいいの?」

「・・・ん。よし、正解」



ご褒美に頭を撫でる。よしよし。気分は『えらいえらい』と子供を褒める親も同然。

でも精神的に親と子ほどの年齢差はついてないから、完全に気分だけなんだけどさ。

あゆは純粋なまなこで俺をじっと見つめる。はて? いつもならここで嬉しそうな顔するんだけど。



「ねえねえ祐一くん。もしかして、少しおっきくなった?」

「は? どした、素っ頓狂な質問して」

「う~ん・・・どうしてだろ? なんだか急に大きくなった気がする」

「そんな訳ないだろ。人の体は数日で劇的に成長するようには出来てない。ほれ」



あゆの右手を取り、俺の左手を合わせる。男女の俺達が成長期に入る時期は違うから、今の俺達の手の大きさはほぼ同じぐらい。

否。悔しいことだが、あゆの方がまだ若干大きい。

あゆに負けるとは、何たる屈辱。どうにか早く成長期に入らないもんか。



「いつもと変わんないだろ?」

「だね・・・・・・う~ん」



コテンと首を傾げるあゆ。本当にどうしたんだ?



「あ~、それあれだよ」



ベッドでゴロゴロとしていたまいが不意に会話に参加してきた。

あれって、どれ?



「祐一の存在感が増してるんだよ。おーら全開っ! とか威厳ばりばり! って言えば、分かりやすい?」

「なんとなくは分かるけど・・・それ逆に分かりづらいと思うよ。まいちゃん、表現の仕方が祐一くんに似てきたよね」

「ほんと~? だったら嬉しいかな~」



にっこ~笑うまい。ええこや~。後で思いっきり頭を撫で撫でしてあげよう。

しかし今の言葉、気になるな。存在感が増してるって・・・・・・俺自身が特別な何かをした覚えはないから、

考えられるのはリインとの対決か初詣のどっちかだよな。

はっ! そうか。二つを通して、人間として一回り成長したことの証なのか!

このままいけば、十年後くらいには一キロ以上離れた人間にも俺の存在を感知できるぐらいの存在感が身につく・・・・・・わけないか。

そんなことになったら不便の極みだ。相手から俺の位置モロバレじゃないか。

きっとトイレの中が唯一の安らぎ空間なサラリーマンさんに引けをとらないほどトイレ好きになること間違いなし。

誰にも知られず安らげる空間は万人に必要だと思うのですよ。

我ながら下らない事を考えてるな、うむ。



「俺の存在感が云々はとりあえず部屋の隅に置いておくとしよう。今日は存在感が絶好調の日なのかもしれないし」

「そんな都合の良い日は存在しません」

「美汐。何事も否定するところから始めたらいけないぞ。

 美汐だって、たった今まで異常なほど存在感無かったじゃないか。それの逆だと思えば、無い筈もない」

「そんな酷なこと・・・・・・。本人の目の前で言うほど、酷な事はありません。相沢さんは人として不出来です」



出た、「人として不出来です」。これを使うのは、本当に稀なことだからな。

明らかに褒め言葉じゃないのに、美汐からその言葉を引き出せたら妙に勝った気分になる。



「悪い悪い。美汐は友達に対しても固いから、どうにもにはからかいたくなる気分になるんだ」

「今後一切、そんな気分にならないでください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな、善処はしよう」



悩みに悩んだ末、そう答えた。

善処とは単純に言えば、それを行うに向けて前向きに努力しますという意味だ。

努力はするが裏を返せば、保障はいたしかねますとも捉えられるから、俺がよく活用する便利な言葉。



「・・・その沈黙の長さは相沢さんが心中で葛藤した時間だったとすると、

 今後それらが無くなる可能性は絶望的だと言わざるを得ませんね」

「それが固いって言ってるんだ。お前小学生らしからぬ発言しすぎだぞ。子供は子供らしく理屈なんか考えず無邪気に笑ってろ」

「子供らしい、とは?」

「ほら、『にこ~』って」



お手本に『にこ~』と、無邪気と呼べる笑顔を浮かべる。

鏡を見なくとも分かる。完璧だ。



「確かに無邪気な笑顔そのものですね。ですが普段の相沢さんを知っているが故に、違和感しか感じません」

「何気に酷いな、お前」

「冗談ですよ、相沢さん。とても可愛らしかったです」

「それも男に対しては褒め言葉とは取れない場合もある。以後男子に対してはあまり使わないように」

「善処はしましょう」



・・・俺と同じ言葉で締めくくってきたか。美汐も俺との会話で段々とレベルアップしているってことか。

余裕綽々でうかうかなんて、してられなくなるよな~そのうち。



「収拾つかなくなりそうだから話を戻すぞ。俺の存在感云々は置いといて、までだったな」

「もともと相沢君の不用意な発言が原因でしょうに」

「聞き入れませーん。それで・・・名雪は宿題残りどれぐらいだ?」

「・・・え?」



ちゃぶ台を使って宿題をしていた名雪は、いきなり話題を振られて疑問の声を上げる。

会話の内容さっぱり分かっていないな。



「あと三枚だよ~」

「そっか。サンキュ」



名雪の代わりに、名雪の宿題を見ていたアリシアが答えてくれた。

アリシアの方が周囲に気を配っているよ。

名雪も将来陸上部の後輩達を引っ張る役柄につき、見た目の雰囲気に反して面倒見の良さが発達していくのだが・・・。

その才能(?)が開花されるのは今しばらくかかりそう。



「お~し皆、リビングに行くぞ~。名雪は宿題終わらせてからな」

「え~? 私一人仲間外れ?」

「終わったら来い。でもマッハで終わらせないとお前の分の苺が俺の胃袋に消えることになるから、

 早めに下りてくる事を推薦する」

「わっ、わっ、祐一極悪だよ!」

「急げよ~」



部屋の中にいる全員外に押し出し、俺も部屋を出る。

部屋を出た所で、アリシアが俺の傍に寄ってきた。



「ねえ祐君、なゆちゃん一人じゃ終わるまで何十分もかかっちゃうよ?」

「それなら大丈夫。1、2分待ってればな」

「一体どういう意味ですか? 相沢さん」

「待ってれば分かるって」



人差し指を立てて口元に持っていき、皆に『静かに』の合図をする。

各々不可解そうな顔はしていたが、質問をして来る事もなかった。

それから1分後・・・・・・・・・



  ガチャッ!



「私のイチゴ~~~!!」



大声と共に部屋を飛び出してくる名雪。

予測した通りだ。



「・・・・・あれ? みんな、何でまだ部屋の前にいるの?」

「お前を待ってたからに決まってるだろ。宿題はちゃんと全部終わらせたのか?」

「え? うん」

「じゃ、下いくぞ。苺が名雪を待っている!」



激励を飛ばすと名雪が普段では考えられない俊敏さで階段を下りていき、

その後ろからは名雪ほど苺に対し執着心を持たない皆がゆっくりぞろぞろと続いていく。

俺は一度ある物を取りに部屋に戻り、それをポケットに入れて俺を待っているアリシアと並び、しんがりに。

でも俺が普通に階段を下りるスピードだとアリシアには速くて危ないから、ゆっくりと下りる。

並び階段を下りている途中、当然の質問をアリシアがしてきた。



「祐君、なんでなゆちゃんこんなに早く宿題が終わったの? すっごい早かったよね」

「あれは、イチゴパワーだな」

「いちごぱわー?」

「苺が絡んだ瞬間、常人には計り知れないスピードで物事をこなす名雪の特殊能力だ。

 普段ののんびりとした雰囲気とは違い、その表情は鬼気迫るものを感じさせる。

 ただ誰かが傍にいるとどうにもその力が発揮されないから、誰一人その時の名雪を見たことが無い」

「すごいね~」

「・・・って感じじゃないかな~と想像している。実のところ、根拠は何一つ無い。

 ホントに、何でだろうな。誰か理由を教えてほしいよ」

「・・・・・・祐君」



呆れた表情のアリシアはがっくりと肩を落としているので、俺は慰めとして頭を撫でてあげる。

階段の最後の一段を下り廊下を歩く。



「別に100%完全な想像じゃないぞ。俺だってただずっと名雪の従兄でいたわけじゃない。

 俺の経験論から言って、確率的には最も高いのはイチゴパワーだってだけだ」

「なゆちゃんからは想像できないよ~」

「だな。それはそうとアリシア。今日は、地球に存在する一年間という年月の中でも最も特別な日になるから、よく覚えておくんだぞ」

「特別な日? なになに?」

「それはな・・・・・・」



扉をガチャッと開ける。

そこには、ほんの数時間前とは若干様変わりしているリビングが待っていた。



「わ~・・・」



壁一面には折り紙を切り、輪にして鎖のように繋げて作られた輪飾りが。

昼食前まであった4人分でも十分な大きさのテーブルは物置部屋に仕舞い、それより二周り以上大きい縦長のテーブルが出されている。

エクステンションテーブル。左右がスライドして使用面積を伸ばせる、便利テーブルだ。

本来なら大体10人用だが、子供が多いので13人でも十分に使える。

テーブルには、いつもは無い真っ白なバラの刺繍入りテーブルクロスが敷かれ、

端の方はメッシュ状になっているので、僅かながらだが豪華さを醸し出している。

椅子はしっかり13人分。先にリビングに来たメンバーは扉を開けた先、机の手前で両手を後ろに回し一列に並んでいる。



「今日は何の日? これから何があるの?」

「誕生日」

「たんじょうび?」

「その人が生まれたことを祝して、一年に一回お祝いをするイベント」

「だれ? だれのたんじょうび?」

「誰だと思う?」



この状況見て分からないかな~。皆揃ってアリシアを見てるんだから、ちょっと考えれば気がつきそうだけど。

ビッグサプライズを頑張って用意しても、相手が驚いてくれなかったら意味が無い。



「あゆちゃん?」

「あゆの誕生日は1月7日。まだ先だな」

「なゆちゃん?」

「12月23日。もうとっくに終わってる」

「舞さん? それともまいちゃん?」

「どっちも1月29日」

「栞ちゃんか香里さん?」

「それぞれ2月1日と3月1日。来月と再来月だ」

「・・・美汐ちゃん?」

「12月6日。ちなみに真琴は1月6日。お祝いは四日後だな」

「わかった、佐祐理さんか一弥くんだね」

「5月5日と・・・・・・・・・一弥、お前の誕生日いつだ?」

「今日じゃありませんよ」

「だとさ」

「なら、お母さんだね」

「違う。アリシア、お前分かってて言ってないか?」



ここまでことごとく外せば、流石に疑問の言葉が口をつく。

たとえ口に出しても、アリシアは人をからかうような子じゃないと自信を持って言えるが。

疑問符が頭の上に浮かんでいたアリシアは、ようやく合点がいったという笑顔を浮かべる。



「俺やリインの誕生日でもないからな」



念のために先手を打ったら、一瞬笑顔のまま固まった。

マジでそう思っていたのか。アリシアは写真に残しておきたいほど良い表情をしている。



「・・・・・・違うの?」

「違う。さあ、誰だと思う?」



誰だ、とは聞いたが、消極的にいけばもう答えは一つだ。

僅かばかりの時間を置きその事に気がついたアリシアが、頬を赤くしながら口を開く。



「・・・もしかして・・・えっと~・・・そのぉ・・・・・・」



もじもじしながら照れているアリシア。可愛いな~コンチクショウ!



「そゆこと」



ポケットからアリシアへのプレゼントを取り出し、目の前にぶら下げる。

アリシアの目の前で揺れているのは、天使の人形。誰に渡すことも無くなった、もはや俺だけの思い出の品。

キャッチャーの景品だから、まったく同じやつなのかどうかは分からないけど・・・。

昔と同じく2千円以上使ってしまったぜい。誰だよあんなに取りにくい場所に置いたの!



「誕生日おめでとう、アリシア」

「「「「「「「「「おめでと~」」」」」」」」」



一同揃って後ろに手を回し隠していたプレゼントを差し出す。

アリシアは目の前に下がっていた俺の人形を受け取り、胸に抱きしめる。



「でも、僕の誕生日って・・・・・・」

「今日だよ、間違いなく。割り出すのに苦労したけど」



なにせ魔法世界と地球とじゃ僅かながら月日の数え方が違うのに加え、アリシアには身体活動が停止していた時期がある。

魔法世界の時間を地球時間に換算し、アリシアの止まっていた時間を正確に数え、そこから差し引き俺のところで生活していた時間を加えることで、今日だということが判明した。

電卓は使うけど、計算するのは大変だこと大変だこと。



「みんな、席に着きなさい」



キッチンに控えていたリインとプレシアさんは、ケーキを持って登場した。

綺麗にデコレーションされたショートケーキとチョコレートケーキ。朝に作った俺とリインの共同作品。

この時の為に冷蔵庫でしっかり冷やしたから美味しい筈だ。

各々はとりあえずプレゼントを仕舞い、席に着く。

俺はアリシアの手を引き、長方形のテーブルの辺が短い方、所謂お誕生席に連れて行く。



「アリシアは、ここな」

「うん。ありがとう」



ロウソクは、アリシアの意思を尊重して11本用意。

ショートに5本、チョコに6本挿し、火を点ける。

本当なら夜にするべきなんだろうけど、ここにいる全員でアリシアをお祝いするなら昼間しか時間が無い。

昼間だから最高に綺麗な瞬間は拝めないが、それでもアリシアの瞳はきらきらと輝いている。

想像していたような驚きは無かったが、喜んでくれてなによりだ。

アリシアにロウソクを吹き消すタイミングを教え、カーテンを閉めて俺も席につく。

俺の合図と共に皆でお誕生日の歌を歌い、心の中で思う。





今日一日は、アリシアにとって特別な日にならんことを・・・。















≪(ガラじゃないですよ、マスター)≫

「(突然心の中に割り込んでくるな)」









[8661] 第三十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/30 16:08










  1月3日。午前10時。



この日、この時。絶望から一掴みの奇跡を拾い上げた少年の滞在する町に、とある集団が来訪する。


集団はその殆どが、この世界には一般的に存在しないはずの、魔法というものに精通する者達。


通称、魔導師。


魔導師達は一つの目的を持って、この地に足を踏み入れた。


・・・・・・・・・電車に乗って。


魔導師集団という肩書きの割には、ごくごく平凡な来訪。


転移魔法を使えるんだから使えよと思わないでもないが、


それを現地の人間に見られるのはこの世界のメディア的にも魔法世界的にも非常に厄介なことになる。これは致し方ない所業だろう。


・・・・・・・・・(犬含め)12人と大所帯にもかかわらず、男は(犬除き)3人しかいない。信じられないほど偏っているので、この集団のことは彼女達と表現させてもらおうか。


見た目だけでは、おおよそ魔導師と見分けることは出来ない彼女達。


日本と呼ばれるこの国にしては、外見だけで一目瞭然なほどに日本人離れした者もチラホラいるが、それは些末なことだろう。


特別珍しいものなど無い、一見どこにでもありそうな在り来たりな町。そこに彼女達が来た理由。それは・・・・・・





「ここにおるん? リインフォース」





失ったはずの、たった一人の大切な人を探すために・・・・・・。















「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」

「リイ~ン、起きろ~。あっさだぞ~」

「ん~・・・。寒いから~・・・グラタン煮込んで温まって~。もう玉子焼きは・・うふふっ・・・おはようございまふ~・・・・・・」

「だめだ、寝ぼけてら。どんな夢見てんだか。

 ・・・・・・眠れないからって寝る前にミスター味っ○全巻とクッキングパピー貸したの、失敗だったかなぁ。

 まさかこんなに睡魔に弱いとは・・・」

≪マスター、一発で起こす方法ありますよ≫

「へ?」

≪謎邪・・・≫

「やめんか!」



目的の本人は枕を抱きしめ、布団の中で御眠状態なのだが・・・・・・。











SIDE:なのは

電車にガタゴト揺られること約二時間。ようやく昨日、アリサちゃんが話題にしていた町に到着する。

私やフェイトちゃんは疲労困憊。逆にはやてちゃんは、今にも走り出しそうなほど(車椅子だけど)そわそわしている。

本当に、大変だったの・・・。

電車に乗っていたことじゃない。その前、ここに来るまでの苦労が半端じゃなかった気がする。

何がって? はやてちゃんを止めることが、だよ・・・・・・。



昨日、いつもの様に皆で集まって、朝方に帰ってきていたアリサちゃんのお家でお茶会をしていた。

帰ってきたアリサちゃんが買ってきてくれたその町の特産物お菓子を摘みながら、お土産話を聞いてて・・・。

不意に話題に上がった、リインフォースさんの名前。それと、アリサちゃんの発言。

アリサちゃんには悪意があったわけじゃなくて、ただ単に聞いてみただけなのは分かっている。

ただね、タイミングが悪かったんだと思うの。



「その町にね、リインフォース・カノンさんって名前の、銀髪に紅い瞳の女性が居たんだけど・・・もしかしてはやてが言・・・」



そこからはもう大騒動。はやてちゃんが一刻も早く駆けつけようとする一方、私たちは見事なチームワークではやてちゃんを押し止める。

少し冷静になったほうが良い。

他人の空似だったら無駄足になっちゃう。

いくらなんでも何の準備も無しに知らない町に行くのは危ないから、せめて保護者に付いていってもらわないと・・・都合が良い時まで待って。

シグナムさんたちはどうするの? 置いて行くつもり?

等等、どうにかはやてちゃんが冷静に思考できる時間を作る。

のんびりお茶会どころの雰囲気じゃなかったので、それはその場でお開きに。

早速帰りがけフェイトちゃんと一緒に翠屋に寄って、仕事をしている家族に相談したらお兄ちゃんが保護者役を引き受けてくれて。

その事を電話ではやてちゃんに告げようと電話をしたらシャマルさんが出た。

はやてちゃんならさっき財布片手に家を飛び出したわちょっと変だったような気がするわね、と事情を知らないゆえの何とも呑気な回答。

私たちも電話を切って家を飛び出し、駅前ではやてちゃんを捕まえることに成功。

一定以上のスピードが出ない車椅子で、本当に良かった。

そこからがまた、説得の嵐。

今すぐにでも行こうとするはやてちゃんを止めるために使用した労力は、土日の翠屋でお客さんがピークになった時と同じぐらいだった気がする。

途中で、いつの間にか出来ていた野次馬の中からリンディさんが現れて協力くれなかったら、どうなっていたかな・・・。あんまり想像したくない。

結果として、保護者役にリンディさんも立候補してくれた。

勝手に先々行動しないように私の家にはやてちゃんと、私と同じストッパーとしてフェイトちゃんを泊めて、

リインフォースさんの話題に繋がらない様フェイトちゃんと二人散々会話に気を使っていたのが一番疲れたかな。

そして翌日である今日。私、フェイトちゃん、はやてちゃん、アルフさん、シグナムさん、ヴィータちゃん、

シャマルさん、ザフィーラさん、リンディさん、クロノ君、ユーノ君と、最後に私のお兄ちゃんの高町恭也さん。

以上のメンバーで、この町にやって来たわけで・・・・・・。





「ほな、手分けしてはよリインフォースを探しに・・・」



到着早々、はやてちゃんが言い出した。まだ着替えとかの荷物持ったままなのに。

昨日のお茶会や駅前の時よりかは我を忘れていないけど、それでもいつもの様な落ち着きが無い。

無理もないよね・・・。



「待って、はやてさん。それより先に、まずホテルに荷物を預けましょう。

 それと、集合場所と集合時間も決めておかないといけないわ」

「せやけど・・・」

「焦ってはダメよ。そんな時だからこそ、冷静に行動することを心掛けなくちゃ。焦りは危険を呼び込むもの。

 夜天の・・・リインフォースを探すことに集中しすぎて自分の周囲に無頓着になってたら、事故に遭ってしまうかもしれないわ。

 私の言ってる事、分かるわよね?」

「・・・・・・はい」



うわ~、リンディさん、まるではやてちゃんのお母さんみたい。

はやてちゃんもリンディさんには無理に反論しようとはしない。

私たち一行は、ホテルに向けて歩き出した。

宿泊費モロモロは、はやてちゃんに生活の援助をしてくれているギル・グレアムさんが申し出てくれたので、旅費の心配はないとの事。

宿泊施設の予約はリンディさんに任せっきりだったから、ちょっと申し訳ないかな。



「はやて」

「? なんや、クロノ君。どうかしたん?」

「その、夜天の魔導書の官制人格のことなんだが・・・あまり、過度な期待はしないほうが良い。

 期待が過ぎると、その分落胆も大きいからな。

 あっ、いや、別に可能性がないとは言っていない。ただ、その可能性も考えていたほうが、心へのダメージも少なくて済むと・・・」



移動途中、クロノ君がはやてちゃんを気遣ってアドバイスをしている姿を目撃できた。

言ってる事の意味も分かるし、そんなことを言う理由も分かる。ぬか喜びは辛いもんね。

でもクロノ君。言葉足らずで言い直したのは分かるんだけど、それもあんまりフォローになってないよ。

そのせいではやてちゃんが悲しそうな顔になり、ヴィータちゃんからの眼光が厳しいものになった。



「・・・・・・すまない、うまく言葉に出来ない」

「大丈夫や。クロノ君の言いたいこと、私も分かっとる。でも少しでも可能性があるのなら、信じたいんよ」

「・・・そうか」



はやてちゃん、強いな。もし私がはやてちゃんのような立場だったら、同じようなこと考えられたかな・・・。

・・・・・・そんな立場になるところから、既にぜんぜん想像できない。仕方ないよね。

ホテルに向かう最中も、周囲を確認することを忘れない。

案外リインフォースさんがひょっこりそこら辺を歩いているかもしれないし。



「・・・・・・あ♪ そうだ」



すっごい名案を思いついちゃった。私たちが探さなくても、あっちに気づいてもらえればいいんだ。



「どうかしたの、なのは」

「フェイトちゃん。もしかしたら、リインフォースさんと連絡が取れるかもしれないよ」

「え? どういうこと?」

「つまりね・・・・・・」



すぅ・・・と目一杯息を吸い込む。ここで息を吸い込むことに意味はないけど、気合の問題。

苦しくなってもギュッと目を瞑り、更に空気を吸い込んで、もうこれ以上は無理だと感じたら一瞬止める。

お腹にグッと力を入れて、溜めた気合を一気に外へ叩き出すイメージ。



『リインフォースさーーーーーーん!!!!!』



力の限り、出来るだけ遠くに・・・リインフォースさんに届くように念話を飛ばす。

懇親の力で飛ばしたお陰か、今までで最高の出力だった気がする。

念話を使えるのは、一般的に魔力を持っている人間だけ。私の住む世界は魔法なんて存在しない、魔力を持たない人たちが文化を築いてきた世界。

本来魔力を持たない人たちから、私みたいに魔力を持って生まれてくる子は稀に居るって聞いたことがある。

だけど、それは本当に稀なことだとも教えられた。

だったらきっと私の飛ばした念話は他の誰かに迷惑をかけずに、リインフォースさんだけに届くはず。

その方が「リインフォースさーん!」って名前を呼びながら探すよりかは、人に迷惑をかけないもんね。

私が飛ばした念話はまるで山彦のように何度も何度も反響して、そのせいでしばらくはキンキンと耳に残った。

そして徐々にその勢いを弱めながら、消えていく。

完全に聞こえなくなったところで吸い込んでいた息を吐き出し、一息つく。

会心の出来。そう心の中で満足しながら、閉じていた目を開く。



「・・・・・・あれ?」



隣を歩いていたフェイトちゃん、前を歩いていたヴィータちゃん、はやてちゃんの車椅子を押していたシグナムさんすらも、耳を押さえながら蹲っている。

死屍累々、なの。

唯一何事も無く立っているのは、お兄ちゃんだけ。そのお兄ちゃんも、突然の出来事にポカンとしている。

珍しいものが見れちゃった。



「高町・・・」

「は、はい!」



他の人より逸早く立ち直ったシグナムさんが、すっごい表情で私に詰め寄ってきた。顔は迫力満点。逃げ出したい。

どうして!? 私何かした?!



「高町・・・お前の発想、考え方は悪くない。だが、次からは我々に一言断りを入れてからにしろ。こんな至近距離で・・・」



シグナムさんは言葉の途中でピタリと動きを止める。その隙に私は何が悪かったのか考える。

念話の発想自体は悪くなかったんだよね。だったら・・・・・・・・・・・・

あ・・・そっか。そうだよね。ここにいるのって、皆魔導師だった。

こんなに近くで大きな念話を使ったら、皆の耳元で大声を上げているようなものなんだよね。

悪いことしちゃったな・・・・・・。早計だったよ。

謝ろうとシグナムさんを見たら、シグナムさんは私のことなんてもう眼中にない様子だった。

さっきまで怒っていたはずなのに、キョロキョロとまるで警戒でもしているかのように周囲を見回し・・・



「念話を受けつけるな!!」



周囲の目も憚らずいきなり叫んだ。

事情を知らない人から見ればシグナムさんの奇行とも取れそうな行動を唖然と見ていた私は、反応するのが遅れた。

そして耳が『キィィ・・・ン』という音を微かに拾い上げ・・・・・・



『うるさーーーーーーい!!!!!』

「にゃ!!」



続いて凄まじい怨霊の念話を拾い上げた。漢字は音量じゃなくて、文字通り怨霊。

恨みすら篭っていそうな念話だった。頭が割れそう。

さっきまでの皆と一緒で、私も耳を押さえて蹲る。

こ、こんな声を私も出していたの?



「なのは、何が聞こえてきた? それと、大丈夫か?」

「ヴィータちゃん・・・心配してるの? してないの?」



ちゃんとシグナムさんの助言通り念話の受付拒否をしていたのだろう、私とは違い問題なく立っているヴィータちゃんが聞いてきた。

けどこの場合、普通「大丈夫か?」って真っ先に聞くよね。「何が聞こえてきた」が、どうして先にくるのかな?



「今のなのはと同じ状態になるようなこと、あたし達はなのはにされたんだぞ」

「う・・・ごめんね」



それを言われると弱いな。まさか他人に迷惑をかけない方法で知り合いに迷惑かけるなんて思わなかったんだもん。

でも私が悪いんだもんね。謝るところはきちんと謝らないと。



「ダメよ、ヴィータちゃん。なのはちゃんをあんまり責めちゃ。なのはちゃんだって、別に悪気があったってやった訳じゃないんだから」

「けどよぉ、シャマル・・・」

「突き詰めれば、はやてちゃんの為を想っての行動だったんだもの。

 はやてちゃんの事を想ってくれてる女の子を、あなたは責められるの?」

「・・・・・・ちぇ」



シャマルさんの説得に、ヴィータちゃんはしぶしぶ引き下がってくれた。

良心に訴えかけて相手に反省を促してるところとか、相手に反省を強要させてる訳じゃないのにすっごく効果的。

リンディさんとは違うタイプのお母さんみたいだよね、シャマルさんって。

お陰で私のせいなのに怒られるヴィータちゃんを見て、こっちの良心もチクチクと痛んで・・・・・・。



「・・・ごめんなさい」

「ど、どうしてなのはちゃんの方が落ち込んでるの?」

「なんでもないです・・・。それでさっきの念話のことなんですけど・・・・・・」



気持ちを切り替えて、念話のことを思い出す。何が聞こえてきたか、だったよね。



「何て言ってたかな・・・」



複数の声が入り混じって、更に頭が割れそうな頭痛が襲ってきたからあんまり鮮明には覚えてなかったんだけど・・・・・・。

えっと・・・確か・・・・・・。



「『うるさーい!』・・・だったかな」

「うるさい?」

「うん、多分そう。それが沢山・・・」

「沢山だって!!?」

「ふえ?! う、うん沢山・・・あれ?」



クロノ君が大きな声を上げてびっくりした。けど気がついたことがある。

前も考えたけど、念話を受信できるのは基本的に魔力を持った人間だけ。

じゃあ返ってきた念話が沢山だったのは、どうして?

返ってきた声の中に、見知った(?)声はなかったから、ここにいる皆じゃなかった筈。

どういうことなの? この町に、魔力を持った人がいっぱい居るの? まさか、魔導師・・・?



「母さん。今この世界にいる魔導師は・・・」

「ええ。現在第97管理外世界に配属されている管理局魔導師は、私達だけのはずよ」

「なら、何かしらの事情でこの世界に管理局員が来ている・・・・?

 もしくは、魔力を持った人間が、偶然この町に集中しているのか・・・・・・」

「例えそうだとしても、念話を普通に返してくるのはおかしな話よね。

 魔法を知らない管理外世界の住人が、念話を念話と知らずに返してくるなんて芸当、早々出来るとも思えないし・・・」



早速クロノ君とリンディさんが議論を始めてしまった。魔法とか管理外とか、こんなところでするお話じゃないよね。

シグナムさんやシャマルさんはリンディさんたちの話をじっと聞いているけど、私たち子供組とお兄ちゃんは置いてけぼり。



「そんなことより、はよホテルに行ってリインフォースを探しに・・・」

「魔法に精通している人間がいる? この町に」

「下手をしたら、先日の無人世界での出来事も・・・いえ、でもそう考えるのはいくらなんでも都合が良すぎるわね。

 現段階ではまだ魔導師がいるとは限らない訳だし。独自に魔法を学んだ魔力持ちという可能性も・・・・・・」



はやてちゃんのその言葉も聞こえていないようで、議論も止まらない。

もどかしそうで、今にも泣き出しそうなはやてちゃん。

せめて集合場所だけでも決めてたら、私が荷物を持って先に行かせてあげることも出来るのに・・・。



「なのは」

「・・・なに? お兄ちゃん」

「行きたいなら、行くといい」

「お兄ちゃん?」



今まで黙って私たちの後ろを歩いていたお兄ちゃんが、私の隣に追いついてそう口に出した。

見上げれば、大人っぽい静かな瞳で私を見返してきている。



「荷物は持つ。連絡は携帯でも、俺には使えないが念話というやつでも出来る。集合する時はそれで十分だろう。

 個人でバラけず、最低でも二人以上で行動すること。

 それだけ守れれば、俺は文句は言わない。討論しているあいつらにも、言って聞かせる」



お兄ちゃんの提案。その言葉足らずの優しさに、正直嬉しくて胸がキュ~っとした。

保護者役を買って出てくれたけど、ずっと影が薄かっ・・・もとい、寡黙だったお兄ちゃんが、こんなこと言ってくれるなんて・・・・・・。



「どうする?」

「・・・うん。行ってくるね」

「そうか。他の皆も、行くなら遠慮せずに俺に荷物を預けてくれ」



ずっと焦れていたはやてちゃんが我先にと荷物を預け、続いてヴィータちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君が。

旅行用バッグが両手にどんどん増えていくけど、お兄ちゃんは何ともない顔をしている。毎日のトレーニングの成果だね。



「ありがと、なのはのにーちゃん」

「おおきに、なのはちゃんのお兄さん。このお礼はいつか必ず」

「気にするな」



お礼を言ったはやてちゃんとヴィータちゃんは、さっそく私たちとは別行動を取ってリインフォースさんを探しに飛び出した。

ヴィータちゃんがはやてちゃんの車椅子を押し、はやてちゃんが方向指示。

毎回思うんだけど、ヴィータちゃんの身長じゃ車椅子押すの大変そうだよね。

でも電動式の車椅子は、充電が切れたら手動で頑張らないといけなくなる。

何があるか分からないから、念の為に節約しているのかな?

二人はジグザグに動いたりもせずに直進するので、人の波に隠れてあっという間に見えなくなった。



「アルフ。あなたはここに残って、みんなをお願いね」

『ああ、任せといてよ』



フェイトちゃんに抱かれた子犬のアルフさんが、尻尾をぶんぶんと振りながら頷いた。

お兄ちゃんに荷物を預けたんだから、私もここでじっとしているわけにもいかないよね。

一緒に探しに行こうとフェイトちゃんに声をかければ、即座に肯定の一言が返って来る。

はやてちゃんたちは向こうに行ったから、その方向とは逆がいいかな・・・・・・。



「あ、待ってなのは。僕も一緒に・・・」

「え? でもユーノ君、分かれて行動したほうが効率がいいよ」

「分かれてって・・・二人一組が基本だよね。このままじゃ僕だけ余っちゃうよ。だから、一緒に・・・」



何を言っているのかな、ユーノ君。すぐ傍にもう一人、ちゃんといるのに。

私が視線を向けているのをユーノ君も見取ったのか、その方向に視線を向ける。

視線の方向にいるのは・・・・・・。青い毛の、大きな犬。



「・・・・・・・・・へ?」

「ザフィーラさんなら一人に数えても大丈夫。それに人手は沢山割いた方が効果的なんだよ。

 人海戦術って言ったかな。・・・・・・なんか意味合いはちょっと違ったような気もするけど・・・。

 私はフェイトちゃんとあっち側に行くから、ユーノ君は別方向お願いね。

 リインフォースさんを見つけたら、すぐに連絡して。頑張ろうね、フェイトちゃん」

「うん、なのは」

『行くぞ、ユーノ・スクライア。お前は探し物が得意だったな。働きに期待している』

「ちょっと待ってザフィーラさん、僕は人探しは別に・・・ああ! ・・・・・・なのは・・・・・・」



魔法論議の騒動を背にして、私たちもはやてちゃんたちと同様、リインフォースさんを探し始めた。

この広い町じゃ見つけることは大変かもしれないけど・・・お友達の悲願だもん。頑張ろう。















一方その頃。一部のカノンメンバーズ。

実はこの中に、なのはに念話を返していた者達がいた。



「うぐぅ・・・なに、今の大声。耳がキーンてする」



母親の手伝いとして、小さい背ながらも一生懸命洗濯物を干していた、頭に赤いカチューシャをつけている少女が、



「えう~。なんですか、今の。まるでストールから響いてきたような・・・」



外の公園で大好物のバニラアイスを片手に、ストールを羽織った少女が、



「頭いった~い! 誰なの、大声出した人」

「ふえ? 舞、どうかしたの?」



沢山の友達の中でもとりわけ仲の良い、親友とすら呼べる少女と遊んでいた超能力少女が、



「キーンて来た・・・キーンて来た・・・なに、今の?」

「ね・・念話っていうんだよ・・・。頭の中で会話が出来るの・・・ぅぅ。頭がくらくらする」



商店街で猫達と遊んでいた、外見年齢は同じ年頃のちっちゃな少女達が、



「あう~・・・あう~~!!」

「う~・・な~・・・」



最後に、狐と猫の仲良しコンビが。それぞれ声の音程や込めた想いは違えど、皆同じ言葉で返した。

無意識ながらも、念話を完璧な形で成した少女達。そこには一部を除いて、その魔法に関する知識を持つ者はいない。

多くの物事を見、経験してきたリンディが出した『独自に魔法を学んだ魔力持ち』という予測は、まるで見当外れとなった。

逆に都合が良すぎると切り捨てた『無人世界で起きた出来事の関係者』の方が当たりなのだから、面白い。

英国の詩人の言葉、『事実は小説よりも奇なり』とは、よく言ったものである。



そしてその『関係者』諸君は・・・・・・



「ひあ!」

「お、やっと起きたか。もう朝ご飯冷めてるぞ」

「・・・? ゆ、祐一。今誰か耳元で、『うるさい』って叫びませんでしたか?」

「そんなことしてないし、されてないぞ。どした? 変な夢でも見たのか?」

「違います」

「見てないのか? あれだけ寝言言ってたのに」

「いえ、夢は見ましたけど・・・」

「どっちだよ」

「そうではなくて・・・・・・」

≪どこかの誰かが、無差別に大声で念話を使用していましたね。

 それじゃないですか?≫

「ああ・・・やはりそうだったのですか。その念話は、何と?」

≪分かりません。あんまり大音量の予感がしたので私は受け付け拒否をしました。

 二回ぐらい声が飛んでいましたので、そのどっちかが『うるさい』だったのでしょう≫

「そうですか・・・。祐一・・・も、聞いてないですよね。さっきの会話から判断すると」

「おう。そもそも俺って、念話自体使えないぞ」

「・・・え?」

「だから、念話は使えないの。どれだけプレシアさんに特訓されても理論を教えられても、体得出来ないんだよな」

≪体得以前に感覚的に覚えられるはずなのに、何故でしょうね≫

「なんでだろうな。リインは分かるか?」

「いえ・・・分からないですね・・・」

「だよな。ま、困ることじゃないし別にいいか。

 それじゃ俺は味噌汁とおかず温め直すらか、リインは着替えて洗面所で顔洗ってから朝食な」

「はい」



リインフォースのことを探す念話のことなどまったく気づかず、気にかけず、いつも通りだった。





結論を述べれば・・・・・・

なのはの念話は、最終的にリインフォースを起こす事以外には役に立っていなかった。

と、いうことである。









[8661] 第三十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/05 16:27










SIDE:祐一

リインの朝ご飯を用意し、現れたリインがそれらを食べ終わるまでの間、俺はコーヒーを飲みつつボヘ~っと無駄な時間を過ごす。

やっぱりコーヒーは無糖に限りますなぁ。・・・・・・いや、嘘だけど。

マグカップの中身は無糖コーヒーじゃなく、砂糖控えめミルクたっぷりのカフェオレだ。

子供の内からめっさ苦い無糖コーヒー飲むつもりはないよ、俺。

それにいくらなんでも子供の俺が、無糖コーヒーの良さを悟ることの出来る味覚してるわけないっちゅうねん。



≪マスター。その裏拳は誰に対しての突っ込みですか?≫

「架空、俺」

≪寂しい人ですね≫

「うっさい」



いいじゃないか、心の中で自分を相手に心和む会話くらい。言葉の響きだけだと可哀想な人だけど、たまにこんなことしても罰は当たらんだろ?

至極どうでもいいことだが、マグの絵柄部分には漢字が書かれていて、正面はまだれと呼ばれる部首と、その中に木が二つと鬼が一つ。裏面には『王』。

俺の愛用だ。



「ごちそうさまでした」

「おうさ。お粗末さまでした」



マグを机の上に置き、両手を合わせているリインの食器を音も立てずにコンマ数秒で纏めて、流し台へ持っていく。

我、神速を極めるに至り。

リインはビックリだろうな。

目を瞑り両手を合わせご馳走様している一瞬の間に、目の前にあったはずの食器が無くなってるんだから。

流し台で軽く水につけ、スポンジ片手に腕まくり。

・・・・・・あ。これだと左の袖が捲り上げられないな。歯を使い、ぐいぐいと引っ張りあげる。

スポンジに洗剤少々をつけたところで、リインが慌ててキッチンに入ってきた。



「座ってていいぞ~リイン」

「いえ、そんな訳にもいきません。私は居候の身なのですから、せめて家事手伝いはします。させて下さい」



「私そこは絶対に引き下がりません」とでも言いたげなリインの表情。

・・・あ~、そういえばそうだったっけ。

すっかりと忘れていたな。俺にとっては別段に気にするほどの事でもなかったし。

食費光熱費は実質家で出すことになるから、リインとしては責任とかそんなのを感じているんだろう。

さて・・・さて・・・どうするか。わざわざリインに居心地が悪い空間作るのもなんだしな・・・。



「リイン。この家に滞在している間の約束事、憶えてるか?」

「約束? この家に居る間の・・・?」



少しだけ考え込むリイン。すぐに思い当たったのか、「しまった。そういえば・・・」的な顔をする。



「『ここに居る間は、俺達の家族として、一緒にいること』。言っただろ? 家族なんだから、遠慮するな」

「・・・・・・ですが」

「という訳で、俺も遠慮するのはやめにする。俺が皿を洗うから、リインは乾いた布で皿を拭いて棚に仕舞っていく係な」

「あ・・・はい!」



俺の言葉を理解するのに少し時間がかかったのかキョトンとした顔を見せ、すぐに笑顔を浮かべ皿拭きを承諾した。

よし、良い表情。

洗った食器は順次リインに渡す。思ったよりもリインは手際良く、皿を拭き棚に戻していくスピードは速い。

食器はどうせ今し方リインが使った分だけなので、分担すればあっという間に終わった。

やることは半分にしかなってないのに、二人でやると随分楽に感じる。

負担は気分的に4分の1ぐらいに減った気がする。別段俺一人でやっても苦にはならないが、これはお得な気持ちになるな。

後始末を終わらせタオルで濡れた手を拭きながら、リインに尋ねる。



「なあリイン。リインは俺達と一緒に向こうに戻ってから、マスターの所に帰るんだよな」

「・・・・・・ええ、まあ。一応は、その予定ですね」

「なら今日はどうするんだ? 俺は今日ちょっと用事があるから、もうすぐ出かけないといけないんだけど」



アリシアは朝ご飯を食べてすぐに、まいと遊びに出かけてしまった。

プレシアさんも仕事(デザイン)関係で異世界に足を運び、資料集めに行っている。

双方帰ってくるのは、早くても夕方あたりだろう。

今日一日は、この家の住人全員別行動だ。



「私は・・・・・・・・・そうですね。延ばし延ばしにしていましたが、これから主はやてに電話をしてみようと思います」

「まだ電話してなかったんかい」



電話番号が書かれている紙を渡してから、すでに3日過ぎてるぞ。

初日なら電話する踏ん切りがつかないのは分かるが、時間かけ過ぎだ。

時間が経つほど、あっちの主さんは悲しみに暮れる時間が増えていくのだろう。不憫に思えてくる。



「ええ。中々心の準備が出来なくて・・・」



早く連絡入れてあげればいいのに、何を躊躇っているんだか・・・。



「電話を終えた後は・・・その時に考えます。近辺を把握する為に、散策にでも出ましょうか・・・」

「散歩に行くのか? んじゃ、これ渡しとくな。使い方は、ある程度は憶えてるか?」



ポケットから携帯電話を取りし、ほいとリインに渡す。



「はい、基本的な使い方は大丈夫です。しかし・・・良いのですか? 祐一にも必要なものでしょう?」

「俺って、携帯は時計代わりにしかしないから。それにリインが散歩中に迷子になったりした方が、困るだろ?」

「なりません」

「その思考から危ないんだよ。迷子のプロなめんな」

「なんのことですか・・・」



呆れ顔のリイン。油断していると他人事じゃないってことが分かっていないぞ!

俺がどんだけ迷子になっていると思ってるんだ。

よく知っているこの町でも年に二回は迷子になるほどの、迷子の名人。それが俺だ。

・・・・・・大半が考え事をしている時とか、冒険気分で新天地を目指した故の結果なんだけどさ。

その度にコンビニの店員さんに現在地を聞き、主に俺が知っている有名所を照らし合わせて自力で生還し・・・・・・。

・・・分かっているさ。俺の場合は自業自得だって事は。



「ま、念の為だって。この家の電話番号は、電話帳の自宅2って名前で入ってるから。

 それと家の鍵が玄関にあるから、出るときは鍵をかけて。鍵はポケットにでも入れて、帰ってきたら戻しといてくれ。

 あとは・・・・・・それぐらいかな」



思いつくだけのことを言い切り、ふと壁にかけられている時計を見上げれば、11時前。

もうこんな時間か。時の流れは早いこと早いこと。



「それじゃ、出かけてくるな。真琴ー!」

「くぅ~ん」



二階に向かって名前を呼びかければ、階段をトコトコ下りてくる子狐一人。

真琴が俺のところに到着する前に、玄関に用意していたコートを着込む。

到着した真琴はコートのボタンを留めている俺の足から垂直に体を上り、首に巻き付きもぞもぞと安定する位置を探す。

これが非常にくすぐったい。場所が決まったら、俺の頬をぺろっと舐めてそこで落ち着く。

真琴が俺の頬を一舐めしたのは、場所が決まった時の合図。

一度位置を決めれば、真琴は位置を変えずとも一日中だって首に巻きついていられる。



「ああそうそう。鍵のところにお金も置いておくから、昼ご飯は外で食べるなり材料買って料理するなり自由にしてくれ。

 どうしても欲しい物があったらそれに使ってもいいからな~。それと極力夕飯までには帰ってくるように。

 晩ご飯は皆で食べるのが家の習わしだから」

「はい」



言葉の中で夕飯と晩ご飯を一緒に使ったが・・・意味合い的には合っているにしても、どうも違和感を覚えるな。

靴を履き、玄関の扉を開ける。空は晴天、今日は絶好の洗濯日和だな。干しときゃよかったと後悔した。



「いってきま~す」















SIDE:リインフォース

「いってきま~す」

「いっ・・・」



扉を開け出かける祐一に声をかけようとしますが、一瞬詰まってしまった。

何分この言葉を使うのは初めてなので・・・。

躊躇したお陰で扉はガチャンと閉まる。失敗した・・・・・・。



「い・・・い・・・いってらっしゃい・・・」



もう聞こえているとは思わないけど、何とか言い切ることは出来た。

いつも私は「いってきます」を言う側だったので「いってらっしゃい」にチャレンジをしたのですけれど、相手に聞こえてなければ意味が無い。

これからも精進しなければならないですね・・・。

一つため息を吐き鍵の置き場を確認する。

他の物と見分けるためか鈴が付属している鍵が、鍵が纏めて入っている籠とは別に置いてあった。

その下には祐一が言っていたこの世界のお金、紙幣も置いてある。茶色の紙。近くに寄って確認する。

右上に輪が四つに棒線一本。確か・・・1万、という単位。お金の中ではかなり大きな額の物だった気がする。

わざわざそんな高価なお金を用意してくれた祐一の心遣いは、素直にありがたいです。

食事は取らなくても大丈夫なので、使わないよう心掛けましょう。

玄関からリビングに戻ってふと、気がついたことがある。



「不思議なものですね。人一人居ないだけで、これほど静かになるなんて」



祐一が居なくなった事により、途端に静かに感じるリビング。・・・いえ、リビングだけではありません。

今この瞬間は家全体が静寂に包まれている。

書の中で主からの起動を常に待ていた私にとっては懐かしくもあり、又寂しい気分にもなる。

もう慣れた事とはいえ、長い時間この空間に居るのは心理的にあまり好ましくない。

タンッタンッとあえて足音を立てて二階の自分の部屋へ戻る。



「確か、タンスの上に・・・」



衣類を仕舞っているタンスの上。そこにポツンと置いてある二つ折りの紙。

記憶に違わず、その場所に置いてあったそれを手に取る。

主はやての連絡先が書かれた紙・・・。

祐一に渡されたケータイを片手に持ち、しばらくの間ケータイと紙の二つと睨めっこをする。



「・・・・・・連絡、しないといけませんよね・・・」



本当は、何度も何度も主はやてに連絡を入れようとしていた。しかしそれが実現できないまま、今日に至る。

電話を手に取るたびに胸に湧いてくる想い。これが私に電話をさせることを躊躇わせていた。



「不安・・・この気持ちは、不安?」



それでも・・・出かけ際に祐一に言った手前、今日こそは後に引く気はない。今度こそ・・・主はやてに連絡を入れる。

電話をかけたら、誰が真っ先に出るのか・・・。

烈火の将や風の癒し手ならば良い。お互い冷静に、現状整理をしながら話すことも可能でしょうから。

ですがもし主はやてが出たとしたら・・・・・・。

想像出来ないところが怖い。

それがここ数日間、主達に連絡を入れる勇気が持てなかった理由。

あのとても優しい主のことなので私のことを拒絶することはないと思いますが、それでもどんな反応が返ってくるのか・・・。

電話越しとはいえ主の前で、それもあんな別れ方をした私がどこまで冷静で居られるのかも分からないですし。

受話器を手に取れば、いつもその事だけが頭を占める。



「妥協点で、紅の鉄騎か蒼の狼が出てくれればまだ対処の仕様が・・・」



いえ、これは考えるだけ時間の無駄。

風の癒し手が洗濯物を干していたら・・・紅の鉄騎がテレビを見ていたら・・・それだけで主が電話に出る確率は上がる。

それとは逆、主が何かしらの用事で出なくなる可能性も、勿論ある。

誰が出るかは一分一秒、その時々の状況が違うだけで変わってくるのだから・・・。

そんなこと当たり前なのに・・・分かっていても、勇気が持てなかった。



「往生際が悪い、と言うんでしたっけ。今の状況は」



ですけど、時間も随分経っています。覚悟を決めましょうか。

祐一のケータイを握り締める。

すると、今までリビングに設置されていた電話を持つと湧き出てきていた嫌な気持ちが少し治まる。

これなら・・・出来るかもしれない。

緊張する手でケータイを開き、紙に書かれている数字を確認しながらボタンを押していく。

一つ一つ、確実に。最後のボタンを押し終えたら何度も紙と、表示されている数字を確認する。

問題無い事を満足するまで確認し、発信ボタンを押しすぐさま耳に押し当てて・・・。



「そもそも何故私はこんなに緊張しているんでしょう?」



誰も答えることの無い質問を口にしていた。















「はっ!」

「ど、どうしたんだ、はやて? なんだか険しい顔してるけど・・・」

「・・・なんやよう分からんけど、あと一日家に留まってれば余計な苦労せんで良かったんやないかな~って気がしてきたんや」

「はやて・・・。気をしっかり。あたしは何があってもはやてを見捨てないから」

「ヴィータ? どうしてそんな温かい目で私を見てるん?」















『ご用件のある方は、ピーッという発信音の・・・・・・』

「・・・・・・・・・」



折角勇気を出して主はやての元に電話をしたというのに・・・それに出たのは居留守の際に使われる、所謂”るすばんでんわ”と呼ばれる機能だった。

脱力。

『ピーッ』と音が聞こえてきたけれど、何を喋るのか考えるのも億劫になった。



「・・・・・・・・・で・・・・・・」



結局・・・



「・・・・・・出直してきます・・・・・・」



この時に残せた言葉は、この一言だけでした・・・。

ケータイを閉じ、大きなため息を吐く。

自分で自覚していた以上に気力というものを消費していたようで、そんな気はなかったのに背中から布団にボフンと倒れこんだ。



「・・・・・・はあ。また、祐一に助けられましたか・・・・・・」



祐一のケータイを掲げながら呟く。一つの山場を越えたことで、一つの事に気がつけた。

これのお陰で今まで出来なかった、主に電話するという行為を実行することが出来た。・・・勇気を貰った。

次なら、普通の電話でも大丈夫な気がする。



「悲嘆に暮れる事は多々ありましたが、不安に駆られる事は初めて経験します・・・。

 むず痒くて、嫌な気持ちです」



気分転換に、散歩にでも行きましょうか。

布団から起き上がり、クローゼットの中から服を取り出そうと、取っ手に手を掛けた・・・。















SIDE:なのは

知らない町でリインフォースさん探しを始めて早1時間。歩き回りながらも、気がついたことがある。

リインフォースさんを・・・ううん、例え誰であったとしても、探し人を見つける為にはある程度場所を特定してからじゃないと、それは至難の業になるってこと。

探し人が必ずしも道端を歩いているとは限らない、建物の中に入っている可能性もある。

同じ場所にずっと留まっていると言い切ることも出来ない。

なにより町一つだと、範囲が広すぎる。



「だったら、どうするの? 人に聞き込みをしていく?」



隣を歩いているフェイトちゃんに私の考えを話したら、このような答えが返ってきた。

聞き込み・・・かぁ。



「悪くは無いよね。けど、もっと確実な方法がいいかな。

 リインフォースさんにたどり着くまでに何人に訊けば良いのか見当もつかないし、

 この町に居られるのだって二、三日が限界なんだもん」

「そうだよね・・・学校、あるもんね」



地道にコツコツっていう意味ではまさにうってつけの方法かもしれないけど、そんな事してたら日が暮れて朝になってまた日が暮れても手がかり一つ入ってこないかもしれない。

もどかしさを覚える。夏休みはあんなに長いのに、どうして冬休みこんなに短いの?

けど、ぐずぐず考えていてもどうしようもない。もっと違う方向に頭を使わないと。

はやてちゃんの為にも、もっと効率的な方法を考えなくっちゃ。

どうやったら、範囲を絞ることが出来るのか・・・。



「だったら・・・アリサに電話して、リインフォース・・・について聞いてみたらどうかな?

 アリサが出会ったって場所の近くなら、リインフォースを見たって人もいるかもしれないし」

「・・・フェイトちゃん」

「どうかな? 駄目かな?」

「ううん、そんな事無いよ。すっごくいいアイディア。フェイトちゃんって、頭いいね」

「そ、そうかな・・・えへへ」



はにかみながらテレるフェイトちゃん。私も同じ女の子だけど、素直に可愛いって思う。

それに頭の回転も速い。すごいな~。

早速ポケットから携帯電話を取り出す。リダイヤルボタンからアリサちゃんの名前を選択。

携帯を耳に当てる。



『はい、アリサです。なに? なのは』



1コールも聞こえない内にアリサちゃんが出た。早すぎるの・・・。



「もしもし、アリサちゃん? 今大丈夫? まだ習い事終わってなかったかな」

『平気よ。今一段落着いたところ』

「良かった。ちょっとアリサちゃんに聞きたいことがあるんだけど、良い?」

『いいわよ。でもメールじゃなくて電話してくるなんて、珍しいじゃない。急な用事なの?』

「うん、結構急ぎかな」



私はアリサちゃんから、リインフォースさんと出会った場所を詳しく教えてほしいと質問した。

怪訝そうな声をしながらも、アリサちゃんは詳しく教えてくれる。

ポイントは、商店街の近くにある公園。



「そっか・・・うん、分かった。ありがと、アリサちゃん」

『・・・なのは。まさかとは思うけど、今その町に居たりしないわよね』

「え? え~っと・・・」



言葉に詰まった事により、アリサちゃんは事情を察したらしい。



『あんた、馬鹿じゃないの!!?』

「うにゃ!」



電話越しなのにものすごい怒声が響いてきた。耳がキンキンする。

私、これ今日二度目・・・。

どうして怒られてるの?



『いい、なのは。よく聞いて。昨日はあえて話題しにしなかったことなんだけど・・・その町にはね、変態が出没するのよ』

「へ、へんたい?」



いつになく迫力があるアリサちゃんの声。

変態って、アレだよね。春先になったらよく現れるようになるから、学校でも毎年毎年注意するようにって先生から教えられる、アレ。

私は運良く今まで一度も遭遇したこと無いけど。



『そう。変態、変質者、危ない人。そんな呼ばれ方されている人のことよ』

「そ、それは分かるけど・・・」

『あんた、今誰かと一緒?』

「え? うん、フェイトちゃんと一緒」

『・・・・・・二人だけ?』

「うん」

『二人だけじゃ、ちょっと心許ないわね。

 いい? もし金髪で頭にアホ毛の生えている、私達よりも少しだけ年上の男子が居たら、絶対に近寄っちゃ駄目よ。

 見つかっても駄目』



見つかってもダメって・・・・・・それはムリな話だよ、アリサちゃん。

どれだけ注意しても、見つかっちゃうことは私たちにどうこう出来る問題じゃないもん。

見つかっちゃうときは見つかっちゃうよ。



『フェイト以外の誰かとそこに行ってるんなら、その人とも合流して身を固めること。分かった?』

「う、うん『ブツッ』・・・え?『ツー、ツー』・・・」



き、切れちゃった・・・。

そのままにしていても仕方が無いので、私も携帯を仕舞う。

アリサちゃんが真剣だったから、多分その言葉には嘘も冗談も無い。

この事、念話で皆に教えないといけないかな。それとリインフォースさんを見かけたって場所のことも。



「フェイトちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・フェイトちゃん?」



まずは傍にいるフェイトちゃんにその事を伝えようと名前を呼んだ。

けどフェイトちゃんは私に背を向けていて、返事をしない。

聞こえていなかったのかと思ってもう一度呼んでみたけど、やっぱり反応が無い。

不思議に思いながら横に回り込んでフェイトちゃんの顔を覗き込んでみる。



「ど、どうしたの?! フェイトちゃん」

「・・・・・・うそ・・・」



フェイトちゃんは真っ青な顔色で、信じられないものを見ているかのように目を見開き愕然としていた。

横に回りこんだ私のことにも気がついていない。

私もフェイトちゃんの視線の先を追ってみる。

その視線は・・・・・・私の間違いじゃなければ、道端で会話をしている二人の女の人たちに向けられている。

何度も視線をフェイトちゃんと女性達に行き来させて、私の勘違いじゃないかを確認する。



「だって・・・・・・そんな・・・・・・」



間違いない。あの二人がどうかしたの?

その事を訊こうと口を開いたら、フェイトちゃんがすごい瞬発力で駆け出す。

魔法も何も使ってないのに一瞬姿を見失うほど、初動が速かった。

すぐに私も追いかける。行き先は・・・勿論、あの二人のところ。

片方は青い髪を三つ編みに、それを体の前の方で垂らしているお姉さん。

そしてもう一人は・・・私たちに背を向けているので顔は分からないけど、薄茶色の髪の毛を肩口辺りで切りそろえている人。

体格的に、女性で合っているはず。

その人たちに向けて、脇目も振らず一直線に。

そしてフェイトちゃんは、私さえ一度も聞いた事が無い程の大声を張り上げた。





「リニス!!!」









[8661] 第三十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/11/30 18:14










まさかあの子が・・・・・・そう、思わざるを得ない。





朝と言うには日が昇りすぎ、昼と呼ぶにはまだ若干時間の余裕がある微妙な時間帯、午前10時。

家の中で気持ちの良い日の光を浴びウトウトしていた私の頭に、馬鹿のような大声で無差別念話が送られてきた。

痛いのは頭ばかりで、日差しの下で何も考えて無かった私は言葉の内容を欠片も理解することはできなかったけれど。

念話のせいで一瞬悶絶しながらも渾身の力で恨み辛みを込めた一言を返信し、回復するまでには一時の時間を要した。

痛みでのた打ち回りながらも一つ、解った事がある。

あれは、私の知る誰かの声ではなかった。

私が知る、この町で念話を使用できる者。その数は圧倒的に限られている。

いえ、限られているどころの問題ではありません。

魔導師のプレシアを筆頭とし、その娘アリシアと、最近現れたリインフォースの三人だけ。

人でない物も条件に収まるのなら、デバイスである彼女も含まれ四人になりますが・・・どっちにしても然して変わらない。

その誰とも当てはまらない声。

頭痛も落ち着いた頃には高速で回転し始める私の頭脳は、とある可能性を提示した。



まさか・・・時空管理局。



魔導師が・・・魔法そのものが存在しないこの世界で、念話を使用出来る存在はいない。

念話の概念そのものが無いのだから当然です。

それをあれだけはっきりと使っていたのだから、これは念話のことを知っていると考えるのが妥当。

ならばつまりは、この魔法が無い世界で魔法を知っている存在がいることになる。

可能性を考慮したら、時空管理局員がいる可能性は十分に高い。

懸念が杞憂ならば良い。

だけれどそうじゃない場合、もしも本当に時空管理局が来ていたのなら・・・誰が最も危険な立ち位置にいるのか。

そこに思い至った私は、すぐに行動を起こす。

魔法を使わなければ、時空管理局にも私の存在を察知することは不可能。ならば私は大々的に行動することが出来る。

迅速に行動する為なら”人型”の方が対応もしやすいと考えたのが・・・・・・おそらくは最大の失敗。

リインフォースの服を少々拝借し、町の中で”彼女”を探し出す。

念話の事を”彼女”に伝え、それとなくあの人のフォローに回ってもらえないかとお願いしている最中・・・



「リニス!!!」



どこからか私の昔の名を呼ぶ声が聞こえ・・・姿は見ていないけれど、その声だけで誰が私を呼んでいるのかが分かってしまった。

よりにもよって、人型の私のことを知っているあの子が・・・・・・。

今更言い訳にしかならないけど、あの子がここにいるなんて、誰に予想が出来たでしょうか。

他の次元世界も合わせれば無限とも言える程広いこの世界。

広い砂漠の中から唯一色が違う砂粒を偶然見つけるような、気の遠くなる確立の中・・・・・・あの子に再び出会える確立など如何程のものか・・・・・・。



「リニス・・・だよね」



私のすぐ傍、背後で私に呼びかける声。

奇跡のような巡り合わせ。・・・のような、ではなく、まさに奇跡と呼んでも過言ではありません。

だけれど・・・・・・私は今の状況を素直に喜び、あの子に微笑みかけることは出来ない。

本当なら今すぐにでも振り向き、私が記憶しているより少しだけ背丈が伸びたであろうその姿を確認したい。

抱きしめ、優しく頭を撫で、咲き誇る花のような笑顔を見ることが出来たのなら・・・心の赴くままその名前を呼ぶことが出来たのなら・・・どれほど心が満たされることか。

ほんの一瞬その誘惑に負けそうになる弱い心を叱咤し、自然に動き出そうとする体を必死に抑え込む。一瞬の間を置く。

私の後ろに愛しいあの子がいる。そう理解はしていても・・・でも、だからこそ



「はい?」



私と後ろにいるこの子は他人。そう、自分に言い聞かせる。















SIDE:なのは

素っ頓狂な声を上げて振り向いた、フェイトちゃんが名前を呼んでいた(と思われる)女の人。

知らない街角で思わぬ再会って、本当にあるものなんだね・・・勉強になったよ。

フェイトちゃんの尋常じゃない行動からしてもただの知り合いじゃないとは思うんだけど・・・どんな知り合いなのかな。

そこまで考えてようやく私はフェイトちゃんに追いつくことが出来た。は、速すぎるよフェイトちゃん・・・。



「え~・・・と。もしかして君、私に話しかけているの?」

「・・・・・・ぇ」



追いつき止まることで、私もちゃんとその人の顔を見ることが出来た。ふわ~、優しそうな人~・・・。

端整なその表情は、キョトンと不思議そうな顔をしている。



「な~に? 何かご用?」



女の人は知らない子を見る目で私を・・・”私たち”を見ていた。

あれ? フェイトちゃんの知り合いじゃないの?

疑問に思い隣のフェイトちゃんを見てみるけど、フェイトちゃんも戸惑っている。


「ど、どうしたの? 私だよ・・・フェイトだよ」

「ふぇいと?」



今のフェイトの発音も、言い慣れていない感じがする。

フェイトちゃんは切実な様子なんだけど、お姉さんはほんわか。

どこか、噛み合っていない雰囲気な気が・・・・・・。



「ん~・・・お姉さんと君、どこかで会ったことあるのかな?

 でも君みたいな可愛い子、一度会ったら忘れそうに無いんだけど・・・」



困った顔をしているその人は、とても嘘を言っているようには思えない。

じゃあ、人違い? とても演技をしているようには見えないし・・・。



「・・・わ、私だよ、リニス。忘れちゃったの?」

「リニス? ああ、やっぱり誰かと勘違いしているのね」



女の人は・・・もうお姉さんって呼んじゃおう。お姉さんは少しだけ後ろに下がり、クルリと一つ回った。

穿いているスカートがふわりと浮く。絵になるくらい綺麗~。

でも今の行動に意味があったの? 何かのアピール?

お姉さんは片手を自分の胸にそっと当てて、口を開く。



「私の名前は、キィ。フルネームは、日本風に言えばピロ・キィ」



外国風な名前で名乗ったお姉さん。でも日本風って言ってるし、外国の人なのかな・・・?

ピロ・キィさんか・・・・・・。

何故だか『ロ』と『キィ』の間に、ありもしない”シ”の言葉が聞こえた気がした。

ちょっと頭を捻って、理由を考える。

・・・ああ、そうか。その一文字加われば、ドイツでもポピュラーな料理・・・揚げ饅頭になっちゃう。

・・・・・・気がついちゃうと、とっても突っ込みたくなった。

でも知らないお姉さんの名前に対していきなり突っ込んだりしたら失礼だね。



「じょう、だん・・・だよね・・・。だって」

「残念ながら」

「・・・・・・」



一寸の望みに縋るような目を、キィお姉さんに向けていたフェイトちゃんは俯く。ポロポロと涙を零しながら。

自分のスカートをぎゅっと握り、泣くことを堪えようともしないその姿は、小さな子供・・・。

私だって、フェイトちゃんのこんな姿を見たことが無い。

知り合いだと思っていたのに、人違いだった・・・ってだけだったら、フェイトちゃんはこんな風に泣かない。

きっとそのリニスさんって人は、フェイトちゃんにとってとても大切な人なんだ・・・。

私がフェイトちゃんに慰めの言葉をかけようとすると、それより先にお姉さんが動いた。

片膝を地面に着け、優しくフェイトちゃんを抱きしめる。頭に伸ばされている右手は、ゆっくりとその頭を撫でていた。



・・・はぁ。まったく

・・・・・・ぁ・・・リ・・・

ずるいですね、あなたは。そんな顔をされたら、私が何もせずにいられる訳ないじゃないですか・・・お陰で私の迫真の演技も、水泡に帰しました・・・・・・

・・・リニ・・ス・・・?

あなたを泣かせてしまった事、謝ります。ごめんなさい、フェイト



小さな声で何か囁いているお姉さん。私は完全に蚊帳の外。半端に伸ばした右手を下げる。

どうしようかと悩んでいたら、お姉さんと一緒にいた三つ編みのもう一人のお姉さんが、私に向かって手招きしているのが見えた。

フェイトちゃんとキィお姉さんを避け、そちらに移動する。

すると三つ編みのお姉さんは私の手をそっと握り、今いる位置より更にフェイトちゃんたちから離れる。



「??」

「内緒話が聞こえないように、こちらからも気を配ってあげないとね」



コソッと教えてくれた三つ編みお姉さん。そっか・・・そんなものなんだぁ。

抱きしめ合っている二人に視線を向ける。この位置からだとフェイトちゃんの顔が見える。

さっきまでとは違い、その表情に悲しみは見られない。口は小さく動いているから、お互い小声で話しているんだと思う。

やっぱり二人は知り合いだったのかな・・・。ならどうしてあのお姉さんは、フェイトちゃんのことを知らん振りしてたんだろう?

・・・・・・あ、そうだ。



「あの・・・お姉さん」



クイクイと三つ編みお姉さんの袖を引っ張る。

お姉さんは私の方を向いてとってもいい笑顔を返してくれた。

重要そうなので、一応二回言ってみる。うん、とってもいい笑顔。



「えと・・・付近に公園がある商店街って、どこにあるんでしょうか?」



フェイトちゃんが動けないんなら、今のうちに私が出来るだけのことをしておこう。

もちろん疑問は募ってるし、フェイトちゃんのことは心配だけど・・・あのお姉さんがいるなら、多分大丈夫。そう思う。

まずは皆に連絡する前に、商店街の場所を聞いてざっと探しておいた方がいいよね。

そう思っての行動だった。



「商店街に行きたいの? 商店街なら、この道をずーっと真っ直ぐ・・・」



お姉さんは一つの道を指差す。

その指し示す方向を見ると、わりと大きな道がずっと続いている。

これなら道に迷うことはなさそうかな。

商店街へと続くその道から、丁度男の子が走ってきている。私より少し年上ぐらいかな?

一瞬アリサちゃんの言っていた言葉を思い出して警戒したけど・・・金髪じゃないから、変態さんじゃないよね。

そこそこある人通りなのに、ひょいひょいと何でもないかのように人を避けて、こっちへ向かってきている。

こんなに滑る道をよくあんな風に走れるなぁ。



「大きな分かれ道はないから、安心よ」

「はい、ありがとうございます」



お姉さんに向かってお礼を言っている私の後ろを、猛スピードで何かが通り過ぎた風を感じて・・・



「はれ?」



風が素っ頓狂な声を上げたと思うとスピードを維持したままに、私の側面をぐるっと迂回して三つ編みのお姉さんの前で止まった。

視線を移したら、私が今まさによく走れるな~と感心していた男の子だった。

雪のせいで滑る道路なのにピタリと止まるなんて、出鱈目だなぁ。滑って転んだらどうするつもりなんだろう?



「やっぱり。こんにちは秋子さん。奇遇ですね、こんな町方面で会うなんて」

「こんにちは、祐一さん。今日は随分と遠出をしているんですね」

「ええまあ。ちょっと野暮用が・・・」



お姉さんという話し相手を失ってしまった私は、失礼かもしれないけど男の子を観察させてもらうことにした。

茶色のロングコートに黒い手袋。首には毛皮のマフラーが巻かれている。

まるで生きているかのような、子狐さんのマフラー・・・。

ああ・・・あれって、動物さんの皮を剥いで作られているんだよね・・・。

この前偶然テレビでその事を知った私は、しばらく物凄く気分が落ち込んだりしたっけ。

つまりあんなにちっちゃくて可愛い子狐さんの毛皮を、どこかの見知らぬ誰かが剥いだってこと・・・?



「明日は帰る前に、また顔を出しますね」

「ええ。・・・じゃあ、お昼前に来てください。ご飯、一緒に食べましょう」

「はい! 是が非でも行かせてもらいます。楽しみにしてますね。じゃあ、また」



ニコッと笑いながら子狐さんの尻尾あたりを撫でている男の子。

この人に責任はないけど、ちょっとだけ、非難の目で見ていたかもしれない。

その視線を感じ取ったのか、男の子が私の方を向く。私は彼と視線を交わした。



不思議な目・・・。



私の彼に対する第一印象は、この時生まれた。

深くて綺麗な目をしていると感じたフェイトちゃんの瞳とはまったく違う、不思議な・・・。

ドクンと、私の胸で何かが脈打った。



「・・・え?」



心臓のように、ドクン・・ドクン・・と連続して伝わってくる何か。

わけも分からず、その鼓動が伝わってくる発信源を掴もうと胸を押さえる。

手の中には今着ている服と、その内側にある硬い何かが・・・。



この鼓動・・・・・・レイジングハートから?



服越しに握ったレイジングハートは、私の手の中にあってもその鼓動を止めない。

困惑している私をよそに、状況は変化していく。突如私の視界がぶれ、ノイズのようなものが走る。

右目が、”今”を見ている左目とは別の光景を映し出した。





暗い・・・。あたりは真っ暗で・・・僅かな月明かりだけが、周囲にある沢山の机の存在を教えてくれる。


ここは・・・学校? 教室かな。そこで女の人を抱き起こしている男の人・・・。


初詣に同じような光景を見たせいか、デジャヴのようなものを感じる。





  パンッ!!



「にゃ!」

「お、反応した」

「え? え??」



いつの間にか私の目の前で両手を合わせている男の子。

さっきの音・・・猫だまし?



「大丈夫か? どっか具合でも悪いのか? 心臓に病を患っています~とか、そんなことないか?」

「は? い、いいえ・・・大丈夫です」



何だったのかな、今の。

レイジングハートからはもうあの変な鼓動は感じられない。握り締めていた手を離す。

・・・ああ、そっか。レイジングハートを握り締めているのが胸を押さえているように見えて、だから心臓がどうとか心配してくれたんだ。



「あの・・・どうも、ありがとうございます」

「お礼を言われることは何にもしてないんだが・・・」

「私のことを心配してくれました」

「・・・」



あ~・・・この顔は多分、「変な子だ」とか思っているんだろうなぁ。

思っていることが完全に顔に出ている。ある意味、器用。



「大丈夫なら良いんだが・・・無理して倒れたりするんじゃないぞ、見知らぬ子供よ」



・・・・・・み、見知らぬ子供? 何その言い回し。

第一印象は綺麗さっぱり吹き飛んだ。この男の子、変な人。



「もし具合が悪くて周囲の人の手が必要な時は、遠慮せずに道端にいる俺のような人間とかに哀願して、救いの手を差し伸べてもらえ。

 ここにおわす美人なお姉さんでもOKだ。でも息が荒くて明らかに怪しいおじさんとか、

 目が血走ってて頭にアンテナ生やした金髪クンにだけは、間違ってもそんなことするんじゃないぞ。

 じゃ」



「美人なお姉さん」と言って三つ編みお姉さんを示したその手を、「じゃ」の言葉と同時にシュパっと挙げて私から意識をそらす男の子。

部分部分に解らない言葉が入っていたけど、要は変態には気をつけなさいってことだよね。

男の子はこの場から去るかと思いきや・・・今度はフェイトちゃんの方へ意識が向いている。



「お~、公衆の面前でドラマを繰り広げてら。真琴、見るか?」

「・・・くぅん」



もそもそと動く男の子のマフラー。そして鳴いた。うそ、あれ生きているの!?

じゃあ飼い狐・・・。

マフラーだと思ったときはそう思わなかったけど、生きているんだと思うと、私は無性にその子を触りたくなった。

今さっきまでとは手の平返したような思考だけど、でも、だって、だって・・・・・・

八束神社の子狐さんは警戒心が強くて、触らせてくれないんだもん。



「真琴は興味なし・・・か」



フェイトちゃんたちをもう一瞥だけして、今度こそ男の子は去って行った。

あうう・・・狐さん・・・。

男の子が見えなくなった後もしばらく名残惜しげに見送っていると、トントンと肩を叩かれた。



「あ、フェイトちゃん。もういいの?」

「うん。もう大丈夫・・・。なのはは、何してるの?」

「それがね、狐さんが・・・」

「狐?」

「・・・・・・なんでもない」



フェイトちゃんは男の子と狐さんを見ていなかったんだから、分からないよね。

言葉は胸の内に仕舞う。

また男の子に会う事があれば、触らせてもらえるようにお願いしよう。・・・・・・会えれば良いなぁ。



「そうそう。アリサちゃんからの伝言、教えるね」

「アリサ? なんで?」

「なんで・・・って・・・・・・リインフォースさんのこと」

「あ! そ、そうだったね。うん、そうだった・・・」



その慌てっぷり・・・もしかしなくても、リインフォースさんのこと忘れていたね、フェイトちゃん。

わざわざ指摘はしないけど。



「アリサちゃんは、商店街の近くにある公園でリインフォースさんに会ったって言ってた。

 だから今から、商店街に行ってみようと思うの」

「商店街? 公園じゃなくて?」

「うん。多分公園よりか商店街の方が、リインフォースさんを見たって人が多いと思うから・・・」

「彼女を探しに来たのですか?」



フェイトちゃんの後ろからキィ(?)お姉さんが話しかけてきた。

「そうです」と答えようと思って、彼女の言葉に引っかかるニュアンスがあることに気がつく。

頭の中で、その引っかかった言葉を反芻してみる。


『彼女を探しに来たのですか』


『彼女を・・・』。それってつまり・・・このお姉さんはリインフォースさんを知っているって事?

早速聞こうと思ったんだけど・・・それより先に、フェイトちゃんがキィ(?)お姉さんに言葉を返す。



「そうだよ。私は、その彼女を探しに来たの。彼女のこと、知っているの?」

「知っていますよ。なにせ、私のお友達ですから」

「だったら「だけど、居場所までは教えてあげません。これでも体面がありますからね」・・・そっか」

「自力で見つけ出す事・・・これは課題と思ってください」

「課題を終えたら?」

「もしもあの人を見つけることが出来たのなら、そうですね・・・・・・ご褒美をあげましょう」

「頑張る」



二人の会話の前には、私が言葉を挟む隙がない。フェイトちゃんは両手を胸の前でグーにして、やる気を表明している。

まあフェイトちゃんのやる気が向上したのなら、結果オーライ・・・かな。



「私の立場上あなた方を素直に応援できる訳じゃありませんけど・・・諸事情抜きなら、フェイトの事は応援していますよ」

「うん。ありがとう」

「夕方までは、大手を振って探しなさい。夕方以降は、あの人と鉢合わせしないように注意すること」

「・・・・・・うん」



・・・夕方とかあの人とか、何の事やらサッパリ分からない。小声で会話していた時、二人は一体何を話していたんだろう?

その後もフェイトちゃんを心配する言葉がつらつらと出きている。いつ終わるのかな・・・。



「あらあら。あの人ったらまた・・・」

「あ、お姉さん」

「私のことは、秋子さん、でいいわよ」

「秋子お姉さん? 私の名前は、高町なのはです。なのはって呼んでください」



見知らぬ子供にいきなり名前で良いなんて・・・フレンドリーな人。

だから私もお返しに、名前で呼んでくださいとお願いする。

秋子お姉さんは”いい笑顔”で私の頭を一撫でだけして、キィ(?)お姉さんに向かって歩き出す。



「キィさん、もうそのくらいで」

「・・・ですが・・・」

「その子を大切に想う気持ちは分かりますけど、愛護と過保護は別物です。

 程々にしておかないと、相手に嫌われてしまいますよ」

「うぐっ」



キィ(?)お姉さんはぐうの音も出ない様子。秋子お姉さん、強い。



「・・・そうですね。それじゃあフェイト、車には気をつけてくださいね」

「うん。今度はいっぱいお話ししよう、リニス」

「ありがとうございました、お姉さんたち」



私はフェイトちゃんと手を繋ぎ、秋子お姉さんが教えてくれた商店街の方向へ向かって歩き出す。

キィ(?)お姉さんの発言から、少なくともリインフォースさんという名前の人が居ることは確実になった。

商店街で、せめて手掛かりだけでも見つかりますように・・・・・・。















「キィさん」

「はい? というか、もうその名前で呼ばなくて良いですよ」

「では、ルシィ・・・さん。言葉途中でしたけど、祐一さんのことをどうしたら良かったんです? 助けが必要と言っていましたけど」

「・・・・・・ああ、そのことですか。それはもう、大丈夫です」

「そうですか・・・」

「あの子が信用している人達なら、彼にも悪いようにはしないでしょうし。

 無いとは思いますが、もしも彼に助けが要用になったのなら、秋子に頼らず私自ら行うことにします」

「・・・珍しいですね。貴方は、その姿で祐一さんの前に出るの、ずっと拒んでいたでしょう?

 猫でいるのにはもう、疲れましたか?」

「逆に居心地が良すぎて、どうにも・・・。それもこれも、祐一の傍が居心地良すぎ・・・・・・っ!」

「・・・・・・」

「も、勿論それだけではありませんよ。

 私の正体を明かしておかないと、有事の際異世界などに逃避行する時に置いてきぼりを食う可能性もありますし・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・それにですね、」

「祐一の匂いはお日様の匂い、ですか。思考が乱れて本音が漏れていますよ」

「っ! 心を読まないで下さい秋子!!」

「すっかり祐一さんに骨抜きですね」

「誤解を招くような言い回しもしないでください!!」









[8661] 第三十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/30 16:08










SIDE:祐一

数時間後には帰宅する相沢家に別れを告げた俺は、名雪の寝坊につき合わされていた当時に学び取った疲れない全速力を駆使して町方面に繰り出していた。

目的は、昨日約束していたリインフォース用のお守り、それを作るための材料買出し。

あの後・・・アリシアの誕生日イベント以降に即プレシアさんにあれの作り方訊いてみたんだが、

どうやらあのお守りは俺が作った栞のストールのように媒質に直接術式を仕込んだ物とは違い、

プレシアさんらが使う魔法のように物体に発動式を直接セットする方法を使用しているらしい。

時代の進歩した今では人体やデバイスに魔法をセットするのと同じように、

物体に術式を編みこまずとも魔法をセットする事が可能だとか。

便利な世の中になったもんだな~とか思うんだろうな、昔の人間なら。



だが俺があれ一つ作るのにかけた手間隙、その苦労に対し完璧に喧嘩を売っている。俺の憤りをどこに向けて抗議すれば良いんだ。



などとストールを一から作る苦労を知っている俺の、100%自分勝手な逆恨みをプレシアさんに愚痴ったりもした。

そしたらプレシアさんは、別にそれは無駄なことじゃないと答えてくれる。

そこらで売っている物より、手間隙かけて心の篭ったプレゼントされた方が、女の子は嬉しいもんだとさ。

そんなもんかねぇ?

プレシアさんのお守りも、市販品等に様々な魔法効果を付属させた類の物じゃないらしい。

曰く、生地や糸を除けば完全な手作りだとさ。

市販品でも十分魔法のセットは可能らしいんだけど、より強い効果を望むなら手作りが一番だとも聞かされた。

一針一針心を込めながら縫っていくと、魔法科学が発展した世界でも解析できない不思議パワーで効果アップを望めるらしい。

どんだけ不思議現象なんだよ、な話でもある。



何事も手抜きはいかんつーこったな。



結局俺の中ではこんな結論で落ち着いた。んで手抜きはいかんついでに、素材も手抜きしないことにした。

商店街の中にも一応手芸用の小道具等を売っているお店はあるのだが・・・どうせならより多くの物の中から良い材料を選び出そうと、町に出てきている。

流石にプレシアさんの様な凝った物(見た目は恐ろしく豪華なんだよね、プレシアさんのお守り)は作れないが、

安い生地ですぐにボロボロになりそうなのだけは作りたくないよな。

そんなことを思いながらネットで調べたお店までもうすぐのところまで来たその時、



「おっを?!」



俺はとんでもないものに出くわす。

この瞬間ばかりは理性が吹っ飛んだ。84の理性(思考)の内で、5つぐらいは確実に。

無理もないだろう? その理由を聞けば、多分3割くらいの子供は納得できると思う。

俺が出くわしたとんでもないもの。相手は・・・・・・子供がその背に乗れるくらいの大きな犬だ。



「でかっ!!」



それを見た俺に、雷が落ちる(無論、比喩だ)。度合いを擬音で表せば、ガチガッチボーンってな感じ。

威力的にはサンダダだ。いや、サンダー系に”ダ”は無いけど。

混乱しているな、俺。まずは何故俺がそんなことになっているのかの説明を始めよう。

何かと子犬を彷彿とさせるリトバスメンバーズが一員、クドリャフカ嬢の飼っている(本人は妹だと宣言している)犬に、ストレルカという名の大型犬が居る。

俺が高校生の頃にこの犬が、ベルカという名の子犬を背に乗せて学校の校内を徘徊しているのを校舎から眺めたことが何度もある。

犬が嫌いじゃなければ誰しも子供の頃一度は夢見るであろう、犬に跨って駆け回ること。

俺の小学校時代には近所にもクラスメートにも大型犬を飼っているのが居なかったので、口惜しいことにその夢をかなえることが出来なかった。

校舎からそれを見るたびに、乗りたかったなぁ~とぼんやりいつも思い出していたんだな、これが。

歳を重ねる度に犬に乗りたいという欲求は無くなって(むしろサイズ的な問題もあって諦めて)いたんだが・・・・・・

若返ったせいで、その欲求も戻ってきたようだ。なにせ今ならその夢も叶う。

俺は脇目も振らず、側面から犬に突撃する。

勿論噛み付いてきそうになったら、避けることが出来る自信あっての行動だ。

あいやいや、いくら衝撃的現実が目の前にあるからといって、見知らぬ犬にいきなり抱きつくのは駄目だろ俺。

そんなことは飼い主に失礼だし、何よりシャム夫(勝手に命名)のストレスになるかもしれない。

せめて飼い主を特定してその人にお願いしてからじゃないといかん・・・。

・・・・・・この思考だと、既に犬に乗ること前提だな。



「ってすでに犬に跨ってるーー?!」



と頭では考えていたのだが、体は正直だった。無駄なこと考えていたせいで他の理性(思考)が暴走中の体を止めるのを忘れていた。

俺はアホか。

しかしシャム夫は暴れたりもせず大人しい。あらま、躾が良いのか? でも内心迷惑に思っているかもしれない。

飼い主&シャム夫に謝らなければ。だがそもそも飼い主居るのだろうか? 首輪付いていないよな。

体毛に隠れて見えないとかだろうか・・・。

シャム夫の首元を探る。



「・・・あ、あの~」



疑問を解消するためにシャム夫に跨ったまま、首輪が隠れていそうな鬣の中をワシャワシャと探る。

すると女の子のような声変わりする前の男の子のような、微妙な音程の声が聞こえてきた。

声の主を探せば・・・・・・これまた男の子か女の子か迷う微妙な容姿をした、異国風の子供が居た。

男・・・? いや、女か? と見せかけて実は男? 更に裏を読んで、本当は女の子ってオチでしたとか?

迷う、迷う、迷う・・・・・・。表情には出さないが、力の限り全力で迷う。

・・・結論。間違えたら相手に失礼だから、あえて性別が判るまでは男か女かには触れないでおこう。

少年少女は非常に困った顔。そりゃそうか。見知らぬ子供がいきなり自分の犬に跨ったんだもんな。



「すなまい。これは君の犬か?」

「は? ぼ、僕の!? い、いいえ、違います!」



なんだ、違うのか。ならなんで声をかけてきたんだ? 犬に跨るのは危ないから心配してくれたのか?

気は弱そうだが、心優しい少年少女だな。



「あの・・・僕のじゃないですけど、知り合いの女の子の家族です・・・」

「家族・・・?」



犬を家族と申すか。それはなんと面妖な女の子。

自分のことを棚に上げそんな失礼なことを考えている俺の頭脳を、とあるキーワードが交差する。

異国の出で立ち、犬を家族と呼ぶ女の子・・・。

俺はこの単語に当てはまる人物を、一人知っている。さっき考えていたからこそこの瞬間に思い出せたんだがな。

まさか・・・・・・



「・・・もしやと思うが、それは能美という名字のおにゃのこではないか?」

「・・・・・・は?」

「なんだ、違うのか? その子ってわふ~わふ~鳴いてないのか?」



俺の言っている意味が分からず更に困惑顔になりながらも、フルフルと首を振る少年少女。

残念、俺の深読みのしすぎだったか。ああでも、今彼女は外国を旅している真っ最中だっけか?

なら日本にいるはずも無いか。ちびっ子クドリャフカに出会えるかもと思ったのだが、仕方ない。



「悪かったな、勝手にこいつに跨って。何故だか無性にもの○け姫になりたい気分だったんだ」

「も、もの○け姫?」

「そう。大きな犬に跨って、『生きろ』と書かれた旗を掲げて町中を走り回ってみたり・・・とかな」

「はあ・・・」



少年は欠片も分かっていない表情。もの○け姫知らないんだな。

それ以前に、突然訳の分からない事言い出した俺に対して疑問を浮かべているのかもしれない。

自分でも実感している。背に乗れるほどの大型犬に出会ったせいで、俺のテンションは捻れまくった斜め上方向に急上昇している。

モロとかの超ビッグサイズなら、俺の身長が高校生ランクだったとしても問題なく背に乗れそうなんだけど・・・そんな狼現実には居ない。

子供の今の内にしか出来ないことなんだよ、犬に跨って走るってのは。だからこうして、俺はシャム夫に跨っている。

でも・・・・・・



「正当な飼い主がここにいないんじゃ、しょうがないか」



見知らぬ子供に背に跨られていては、シャム夫にとっても飼い主にとってもいい迷惑だろう。

俺としても、犬に跨りたいという夢は一応叶った訳だし。それだけで良しとしようか。

でもやっぱり名残惜しいからもう二度だけ鬣を撫でて、俺はシャム夫から降り・・・



「ヲン!」

「おわっ!」



降りようと思った矢先、俺が背に勝手に乗ってもずっと動かずにいたシャム夫が、突如大きな声で吠え体を震わす。

驚いた俺は降りようとする行為を中断し、反射的に鬣を掴む。

あ、やば。結構強めに掴んだぞ。今のは痛かったんじゃ・・・。



「す、すまーーー!?」

「ちょっ、ザ、ザフィーラ?!



謝ろうと俺が発した言葉は最後まで紡がれず、少年少女の声が一瞬にして遠ざかる。

それもそのはず、シャム夫が俺を乗せたまま走り出したからだ。

置いていかれそうになる俺の体は仰け反り、掴んでいた鬣に引っ張られるようにしてシャム夫と共に前進を始める。



「おい、どうしたんだ?!」



いきなりの事態に驚いた俺だが、すぐに冷静さを取り戻し状況を確認する。

シャム夫は突然走り出した。だがこの行動には俺を振り落とすような意思は感じられない。

振り落とすなら走り出さずに、その場で暴れ回れば良いだけだしな。ならどうなっているんだ?

何がなんだか分からないが、鬣を掴んだままは痛いだろうととりあえず力を入れて掴んでいる手を離し、首に抱きつく方に変更する。

人の群れが流れるように俺の横を通り過ぎていく。風が体に当たる。

車に乗るだけじゃこのスリルは味わえないな。軽く30キロとか出てないか?

にしても・・・思ったより揺れないもんだな、犬の背中って。こんな事態なのに呑気な俺だよ。

人を避け、時には人が引き、ただ一直線に走っていくシャム夫・・・。



「・・・・・・もしかしてお前・・・・・・?」



ピンと閃いたシャム夫のこの行動理由。いや、だがもしや・・・ありえるか?

・・・・・・・・・・・・十分にありえるよな。



「俺がさっき言ってた事・・・犬に跨って町中を駆け回ってみたいと少年少女に言っていたのを理解してたり?」

「ヲン!」

「ってことは、俺の単なる我が侭に付き合ってくれてる?」

「ヲン!!」



二度立て続けにタイミングよく吠えた。ただの偶然か、本当に俺の言葉を理解している非常に賢い犬なのか・・・。

こんな時舞がいてくれれば、動物の気持ちを的確に言い当てることが出来るんだろうけどな。

こいつが言葉を理解している場合としてない場合、どう事態が動くだろうか?

う~む・・・・・・よし、都合の良い解釈するとしよう。

たとえそれが俺の勘違いで、シャム夫が俺を振り落とそうとしているだけだとしても、

俺がアスファルトに投げ出されてちょっと痛い想いをするだけだ。

積年の望みが叶う絶好の機会でもあるし、逃す手は無い。



「おし! それじゃこのまま直進だ、ストベルカ!」

「ヲォン!」



☆―――――名も無き犬はシャム塚シャム夫からストベルカにジョブチェンジした―――――☆



・・・なんだか俺の脳内で変なファンファーレが流れたようだ。名が無いのにシャム塚シャム夫と名が付いている。これ如何に。















SIDE:シャマル

リインフォースを探し始めて、少しだけが経過。

町中を探し回っている現在、彼女どころか彼女の影すら未だに見つけられていない。

・・・・・・探し始めですぐに見つかったら、それはそれでびっくりだけど。

ここに来る前から常々思っていたことだけど、これは根気の作業ね、と改めて思い知らされる。



「・・・何故涙を流しているのだ、シャマル」

「ぐすっ・・・ううん、何でもない。何でもないのよ、シグナム。

 まさか普通は全く出番の無い私が、私という視点で物事を考えられる立場にいることに感動しているわけじゃないのよ。

 ただそう・・・・・・朝ご飯作りを手伝っていた時に刻んだタマネギが、今頃になって目に沁みてきただけなの」

「そ・・・そうか・・・。理由はどうあれ、騎士が泣くなどみっともない。これで涙を拭け」

「うん。ありがとう」



シグナムからポケットティッシュを受け取り、目から零れ落ちる涙を拭き取る。

ああ、状況説明をしないといけないわよね。これが私の役割なんだから、しっかりやりましょう。

まず・・・はやてちゃん達があの子を探しに飛び出して行くのを、黙って見送った後からよね。

あの後、道端でするにはとんでもない会話をしている親子を落ち着かせてホテルに向かったの。

ホテルまでは意外と遠くて、はやてちゃん達を見送る判断は我ながら正解だったと思う。

先に行かせた事でクロノ執務官と、なのはちゃんのお兄さんである高町恭也さんがほんの少し揉めたみたいだけど・・・。



「リンディ提督の鶴の一声で、クロノ執務官が沈黙」

「突然何を言い出すのだ、シャマル」

「ああ、こっちのことは気にしないで」



思わず口に出ちゃってたみたいね。失敗失敗。

移動途中は・・・当然というか、非常に周囲の視線が集中していた。

それというのも、恭也さんが原因。

子供用の荷物とはいえ四人分も余計に持っているから、傍から見たら一人だけ重労働を強いられているみたいだものね。

重いだろうからせめてはやてちゃんとヴィータちゃんの分は、私とシグナムで分担すると恭也さんに言い出たけど、恭也さんはあっさり否定。

女性に重い荷物を持たせるのはどうにも抵抗があったみたい。



「こういうのも、『気は優しくて力持ち』って言うのかしら?」

「・・・シャマル」

「お、怒らないでね・・・」



ホテルに到着し部屋に荷物を預けた後は、この町で誰がどう行動するかを決めることから始まった。

結果、リインフォースをよく知る私とシグナムが彼女を探しに歩き、

恭也さんとクロノ執務官が集合場所兼昼食が取れる”雰囲気の良い”(←リンディ提督曰く、重要な要素)お店を選別することに。

残ったリンディ提督と、フェイトちゃんの使い魔アルフの二人は、ホテルの一室でこの町についての調査を。

些細な魔力すらをも察知するタイプの探索魔法があるとのことなので、彼女はそれを使用するみたい。

調査と大げさには言うけど、実際はその魔法で町全体をサーチするだけね。

探索魔法などを使用している最中、術者はどうしても無防備になりがちだから、アルフはその彼女の護衛。

もしこの町にいる魔力持ちが悪質な魔導師だったら、思わぬ襲撃を受ける可能性もあるから・・・念の為ね。

一時間、長くても数時間には探索魔法の結果が出ているはず。私達はそれまで歩き回り、あの子を探す。

見つからなければ、リンディ提督の魔法から割り出された魔力反応のある地点を中心に探し回ることになる。

残ったメンバーで手っ取り早く考えた、適材適所のアイディア。

そして今、私達は歩き回って探している途中。



「以上が、大まかな解説ね」

「・・・・・・はぁ。シャマル、下らない事を言っていないで真面目に探せ」

「ご、ごめんなさい」



解説も終わったので、私もリインフォース探しに戻ることにする。ああ、疲れた。

この辺は丁度、町の真っ只中かしら。町を行き交うのはスーツ姿の・・・サラリーマン? が多い。

でも時には仲の良さそうな親子や恋人が、楽しそうに笑顔を浮かべている。

海鳴市でも人の賑わう所に出れば、普通に見かける光景。どんな町でも共通する、平和な光景よね。



「シャマル」

「ん?」

「主はやてがいない今、将として一応、お前の意見を聞いておきたい。問題ないか?」

「・・・・・・うん。あの子が本当に生きているのかについて、よね」

「そうだ。お前も私と同じ答えだろうから、一応・・・だがな」



シグナムが聞いてきた重い内容の話。私からしたら別に突然でも何でもない、当たり前な質問。

はやてちゃんの前じゃ迂闊に出せる議題じゃないから、今まで自重していただけ。

だって私達の意見は、はやてちゃんを悲しませる結論を出しているから・・・。

念話でする手もあったんでしょうけど、それよりかはこうしてキチンと口から聞きたかったから、お互いずっと機会を窺っていた。

ここにいるのは私達二人だけだし、絶好の機会。



「あいつは・・・消えた。私達の目の前で、間違いなくな」

「そうね。闇の書と一緒に、彼女の肉体を構成しているそれが崩壊していったのは、間違いないわね」

「私達はそれを、この目で確認している。主はやてやその友人のように魔法を元々知らなかった者達からすれば、

 ”もしかしたら・・・”その可能性を考えてしまうのも、無理からぬことだろう。だがあれは、完全な崩壊だ。

 無限再生能力が消え去っていたあの状態で、蘇生などありえない」



目を瞑れば未だに鮮明に思い出せる、あの瞬間。消えていくリインフォースと、泣き崩れているはやてちゃん。

足元から消えていくあの子の、不安も苦しみも未練もない安らかな顔も、全部。

それしか手が残されていなかった。それが最もベストな答えだった。

頭の中で釈明はいくらでも思い浮かぶ。けど、思い出せば何度も自分の無力感に苛まれる。

もしかしたら他の方法があったんじゃないか。あの子を救う手段があったんじゃないか。

もう手遅れだけれど、もしかしたらをいつも模索している。



「普通に考えたら、万に一つの可能性すら残されていないはず。

 しかし主のご友人・・・アリサ・バニングスだったか。彼女はこの町であいつと出会ったと言っていた」

「そこが分からないのよね。本物なのか、偽者なのか・・・・」

「可能性としては、後者の方が大きいだろう」

「広い世界だものね。同じ名前で、似通った容姿の存在なんて、一杯いるわ。アリサちゃんも、あの子に直接会ったことがある訳じゃないんだし。それに・・・」



同じ結論を、私とシグナムは出している。

今はお互いその考えを口に出して、確認し合っているだけ。

そして言葉にする毎に、その考えが妥当だと意思が固まっていく。

・・・・・・ネガティブと言われてもしょうがないけど、それしか答えが出てこないんだもの。



「もし本物だとしたら、私達のところに帰ってくるはずよね」

「逆に、帰ってこない理由の方が見つからない。ならばやはり・・・」



アリサちゃんの見間違い。或いは、赤の他人。

シグナムが止めた言葉の後には、そんなのが続くんでしょうね。



『あの子が生きているなんて、ありえない』



はやてちゃんの前じゃ絶対に口に出来ない・・・多分私達、ヴォルケンリッターが胸に秘めている共通の考え。

揺らぐことの無い現実。そして、”もしかしたら”の希望を考えているはやてちゃんへの答え。

あの小さいヴィータちゃんだって、そのことに考えは至っている筈。見た目以上に無知じゃないもの。

でも・・・・・・そうだと答えが出ていても、ヴィータちゃんもザフィーラも、今現在はやてちゃんと一緒に全力であの子を探している。

そこにあるのははやてちゃんの指示に従う騎士としての意思だけなのか、それとも・・・・・・。



「・・・・・・・・・でも、たとえあの子が生きている可能性が絶望的だと理解していても・・・それでも、信じてみたいわね」

「シャマル・・・・・・」

「奇跡って、あると思う? シグナム」



生きていてほしい・・・。そう願っているのは、私だってはやてちゃんと同じ。ヴィータちゃんも、同じ。

ヴィータちゃんにとっては、私以上にそうであってほしいはず。



「そんなもの、ありはしない」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・とは、一概には言えんな。

 私達が主はやてに出会えたこと、それ自体が奇跡とも呼べるだろう」

「うん。そうよね」



視線を向ければ、こっちを見て呆れ顔のシグナム。呆れているのは私に対してか、もしくは己自身か。

結局皆、はやてちゃんに感化されちゃってるのよね。

シグナムも昔に比べれば、随分と柔軟になっているし。

辛く苦しい旅路の中で最後の最後に巡り合えた、最高の主様・・・はやてちゃん。

私達がはやてちゃんに出会えたそれが奇跡だとするのなら、きっとリインフォースだって・・・。



「諦めるのは、アリサちゃんの言っていたその本人を見てからでも、遅くないわよね」

「そうだな。それからでも、決して遅くは無い。万に一つも無いのなら、億に一つならあるかもしれない。

 主の為になるのなら、その絶望的な可能性に縋ってみるのもたまには良いだろう。

 ・・・昔なら考えもしなかったであろうな。このような運試しに縋ろうなどと」

「そうね。ふふっ」



少しだけ、元気が湧いてきた。

あの子を探そうと活力が戻る。

今ならすぐにでもあの子を見つけられそう・・・そんな気さえする。



「・・・む? シャマル。そこの横断歩道の対面側に・・・」

「ええ!? シグナム本当に見つけちゃったの?!」

「いや、ヴィータがな・・・」



びっっっくりした。まさか本当に見つけたのかと思っちゃった。

このタイミングでそんな事言うなんて、紛らわしすぎるわ。・・・・・・私が勝手に勘違いしちゃっただけなんだけどね。

向かいの方、シグナムが見ていた方向に目を向ける。



「・・・本当、ヴィータちゃんね」



っとと、ここでも状況説明、一応しておくわね。

ここはちょっと大き目な十字の交差点で、丁度どっちの横断歩道も赤信号になっている時。

私達の進行方向の信号が、まさに今赤になったばかり。シグナムが言っている対面は、進行方向に対し横の方角。

もうすぐ青になる方ね。そこにヴィータちゃんがいるの。赤色のおさげだから、すぐに分かったわ。

それと・・・・・・私のこの位置からじゃはやてちゃんの姿が確認できないけど、恐らくはやてちゃんもいる。

なんで恐らくなんて曖昧な言葉を使っているのかというと・・・・・・

人通りが多いから、ヴィータちゃんの正面(つまりはやてちゃんがいる辺り)に人の壁が。

だから残念なことに、車椅子の一部も見えない。

実はヴィータちゃんだって、おさげが見えているだけでちゃんと顔までは確認できていなかったり、なのよね。

でもあのちっちゃい背と、赤いおさげの二つを照らし合わせれば、そこにはヴィータちゃん以外の答えは残っていない。



『ヴィータちゃん、ヴィータちゃん』

『・・・・・・ん? シャマルか? 何かあったのか?』

『ううん、今のところは何にも。ただちょっとヴィータちゃんの姿が見えたから、念話してみただけ』

『なんだよ、くだんねー事で連絡してくるなよ。こっちはあいつを探すので必死なんだからな』

『ごめんね、ヴィータちゃん』



と口では謝っているけど、私達を探してキョロキョロしているヴィータちゃんの姿を見ているのが面白く・・・もとい、微笑ましくてしょうがない私。

しばらくあちこち見ていたけど、終いには後ろを向いちゃった。

ああ、そっちは方向が逆よ。



『ヴィータちゃんの後姿が見えてるわ』



バッと音が聞こえてきそうな勢いで方向転換する。そしてようやく私を見つけた。

やっほ~と手を振れば、あっちも元気よく手を振り返してくれて・・・



『って! 違うだろあたし!』

『どうかした?』

『・・・なんでもねー』



手を振られていたから自然と振り返してしまった自分に、憤慨でもしているのかしら? 「そこを左折だ、ストベルカ!」可愛いわね。

ヴィータちゃんは顔を引っ込め、人込みの中に入っていった。はやてちゃんに知らせに行った・・・?



「ダッシュ!」



ヴィータちゃんが出てくるのを待っていたら、元気の良い男の子の声と共に、私の背後でブワッ・・・と風が吹いた。

・・・違う、何かが通り過ぎた。

反射的に、風の向かった方向を見る。



「・・・・・・・・・ザフィーラ?」



ぽけっ・・・と見送ってしまった。でもあの後姿、見間違えようも無い。

ザフィーラが、見知らぬ子供を背に乗せて駆けていく。その姿も、人の波に消えていった。

確かユーノ君と一緒に、先にあの子を探しに出たのよね、ザフィーラは。

パッと見だけど服装も髪の色も違ったから、背に乗っていたのが実はユーノ君だった・・・・・・はず、ないわよね。

私のすぐ後ろを通ったから・・・シグナムなら、ほんの一瞬ザフィーラと対面したはず。

それなのに彼は止まらずに、一直線に駆けて行った。気が付いていなかったの?



「シャマル、シグナム」

「はやてちゃん・・・」



横断歩道が青に切り替わったから、二人もこっちに移動してきた。

このまま横断歩道の手前で止まっていたら他の歩行者の迷惑になるから、私も少しだけ場所を移動する。



「どや、リインフォースのこと、何か分かったか?」

「まだ、何にも」

「そか」



私がそう答えることを予想していたのか、はやてちゃんに落胆は見られない。

リインフォースを自由に探せるようになったからか、はやてちゃんの表情にも僅かばかりの余裕が戻ってきている。

ちょっとだけ、安心した。



「リンディ提督が探索魔法を使って、ある程度の範囲を絞っている所だから・・・あと二時間も経てば場所は絞れるはずよ」

「それは、結果が待ち遠しいな。私も何人かに聞き込みもしてみたんやけど、この辺りじゃ見かけた人はおらんそうや。

 場所を移動してから、もっかい探し始めた方がええかも・・・」

「シ、シグナム! 大丈夫か!?」



私とはやてちゃんでお互い現状の情報交換をしていたら、ヴィータちゃんの焦った声が響いてきた。

何事かとはやてちゃんと一緒にシグナムへ視線を移す。シグナムは私たちに背を向けて・・・・・・・・・動いていない。

そういえばシグナム、さっきからずっと黙り込んだまま。

ヴィータちゃんがシグナムの前方に回りこんで揺さぶっているけど、その行為を止めない上、注意すらしない。

どうにも様子が変。



「シグナムが、どうかしたの?」

「それが・・・・・・」



「ど、どうしたんやシグナム?! 顔が赤いで?!」



早くもシグナムの前方へ移動したはやてちゃんが、ヴィータちゃんと同じく声を上げる。

お陰でヴィータちゃんから聞かなくても状況が理解できた。

シグナムの顔が、赤い・・・え、なんで?

急いで私も移動し確認する。ついさっきまで・・・私とシグナムが言葉を交わしていた時までは、そんな事なかったはずなんだけど・・・。

もしかしてシグナム、体調が悪いの? 私が気が付いていなかっただけ?

仲間の不調に気が付かないなんて、風の癒し手としてあるまじき失態。

そう思い再び、シグナムの顔を見る。・・・・・・二人の言うとおり、シグナムの頬に赤みがさしていた。

これ・・・おかしい。こんなに赤いのなら、さっきの会話の時点で私が気が付かないはずはない。



「な・・んでもありません、主はやて・・・。私のことはお気になさらずに」

「なんでもないわけあらへんやろ! そない顔真っ赤にして!」

「シグナム。何があったの? 突然過ぎるわよ、あなたのその状態」



まるで熱に浮かされた様な顔。風邪でも引いたんじゃないか? そう見紛う状態。

だけど私達は空気中で舞っているウイルスで風邪を引くことはないから、それはありえない。



「シグナム・・・正直に話してな。何があったん?」



はやてちゃんの言葉に僅かな逡巡を見せるシグナム。

しばらく思案した後観念したのか、ようやくその口を開いた。



「・・・実は・・・」

「実は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・私もよく、憶えていないのです」

「・・・・・・・・・は?」



散々逡巡していた割に、出てきた言葉はそんなものだった。

私じゃなくても、突っ込みを入れたくなる。

なんであんなに言い淀んでいたのよ!



「その・・・・・・何かを見たような気はするんです。何かを見たのは間違いないんですけど・・・そこからの記憶が曖昧で」

「どーいうことなんだよ。はっきりしねえなぁ」

「私ではない想いが、私の想いとなり・・・とてもよく知る、私の知らない誰かの感情・・・その奔流に飲み込まれた・・・。

 言葉にするのは難しいのですが、そのような・・・・・・」

「シグナムやのーて、シグナムの想い? 感情の奔流? もっと、解りやすく・・・」

「・・・・・・・・・・・・すみません。言葉では、説明し切る事が出来ません」



長い付き合いの私ですら初めて見る、シグナムの変調さ。

耄碌して言葉が出てこないとか、そんなことはまずありえないから考えるだけ無駄よね。

彼女が言葉では説明できないと言うのなら、もしかしたら本当にシグナム自身理解できていないのかもしれない。

でも私が目を離した一瞬の間に何があったの? ・・・・・・精々、ザフィーラが私達の傍を駆け抜けて行ったくらいよね。

・・・・・・・・・あ。ザフィーラのこと、忘れてた。



「シグナム・・・とりあえず移動しよ。な?」

「はい・・・」



はやてちゃんがシグナムの手を握ったので、私はヴィータちゃんに代わりはやてちゃんの車椅子を押すことにする。

ザフィーラのことは、一旦置いておきましょう。彼だって、何の理由も無しに行動を起こすようなことはしない。

何かしらの理由があるはず。





シグナムの身に訪れた不可思議な事態。その理由が、数刻後には判明することに・・・・・・。

逆に言えば、今からしばらくは分からないってことね。















一方、少し時間が経過した頃の・・・商店街。



「・・・ねーアリちゃん。そんなに猫に抱きつかれて、苦しくない?」

「慣れだよ、慣れ~。まいちゃんもやってみる~?」

「・・・・・・ごめん。猫のせいで声がくぐもってて、何て言っているのかさっぱり分からない」



姿が見えなくなるほど猫に抱きつかれた少女と、



「ねえなのは。あれ、何かな?」

「う、う~ん・・・・・・よく分からないけど、早足で通り過ぎよっか」

「うん・・・」



同じ遺伝子を有している少女の二人が、密かにニアミスしていたり・・・。









[8661] 第三十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/11/18 05:40










SIDE:祐一

結局、あれから二時間に渡ってストベルカを乗り回してしまった。

町中を駆け回り、ひっさびさの大冒険。知っている道から知らない道にまで入り込んで、迷子になりかけたのは俺だけの秘密だ。

最後に体験したのはもういつ以来かもわからない程の満足感が俺を包んでいる。



「走れ、ストベルカ! もっと速く! 風になるんだ!」



ついうっかりと忘れ去ってしまった少年少女のことを思い出さなかったら、あと一時間くらいは冒険していたことだろう。

んで俺達はその少年少女の居た場所に戻っているところ。どう考えてもまずい。

二時間つったら、俺が名雪に待たされた時間と同等だ。

デパートや喫茶店にでも避難していてくれたのなら何の問題も無いのだが、その場でずっと待っていた場合を想定すると・・・・・・。

想定するだけでもヤバイ。どのぐらいヤバイかと言うと、ヤバイ以外の言葉が脳裏に思い浮ばないくらいヤバイ。つまりヤバイ。

高校二年生の俺だから雪が頭に積もるほどの時間ベンチに座ったままでも大丈夫だったが、

十歳前後の子供がこの寒空の下俺のときと同じようにじっとしていたら、凍死しかねない。

喫茶店は高望みだとしても、せめて体を動かして凍死を免れていてくれ。

明日の町内新聞の見出しが、『異国の子供、犬に逃げられ道端で凍死!!』なんて勘弁だぞ!



「あ~、でも凍死は思考が飛びすぎか。北極や南極みたくマイナスうん十度とかならともかく」



子供を寒空の下放置がまずい事には変わりないがな。

俺が高校生の姿だったら、通報されても文句は言えない。罪状は(犬の)カツアゲだな。

若干の現実逃避を織り交ぜた思考遊びをしている内に、見えてきたゴール地点。ん? スタート地点か?

一般的に目的地と呼ばれる場所には、想像はしていたが現実ではあって欲しくない光景が・・・・・・。

そう、少年少女は待っていた。この寒さの中。



「どうもご迷惑をおかけしました!」



頭の中で考えるより早く瞬間的に即刻超スピードでストベルカから飛び降り、謝る。

キチッと90度背を曲げ、謝罪。これ、足にすごい負担がかかるんだよね。

相手を二時間放置したことを考慮すれば、土下座をしても俺としては構わない。

でも道端で土下座は俺にとっても相手にとってもデメリットにしかならないだろう。具体的には周囲の目が・・・。

だから土下座は却下した。



「ええ!? だ、大丈夫ですよ! だからそんな、何処からともなく現れていきなり頭を下げないで下さい」

「何処からともなくとは変なことを。きちんと背後から俊足で近づいたじゃないか。

 それにさ、主人の帰りを待つ忠犬ハチ公の真逆バージョン・・・寒空の下、犬の帰りを待つ忠人子供を君に経験させてしまった。

 原因は俺だから、頭下げて謝るのは当然のことだと思うが」

「何のことだか分からないから、ハチがどうとかは無視しますよ。他の突っ込みどころもスルーします。

 知らないお姉さんが、僕のことを心配して何度もお店の中へ入りましょうって声をかけてきてくれて、寂しくはありませんでしたし!」

「それは、なんとまた・・・・・・」

「優しい人が多いんですね! この町って」



慌てて俺を慰めようと言葉を探している様子の少年少女。ええ子や~。突然の事態に対する適応力も優秀だ。

けどそのお姉さんの善意ある発言。果たしてそれは、善意だけの行動だったのだろうか。

この少年少女は美男子にも美少女にも見えるからな。或いはショのつくお姉さんがこの子を・・・・・・と、これは考えすぎか。



「・・・感心しているところ水を差すようだが見知らぬ子供よ、こう考えることは出来ないだろうか」



だが本当に100%の善意だったかどうかは、不明だ。今となってはもはや迷宮入り事件だが。

俺は謝罪の意味も込めて、俺に出来る精一杯の助言をこの少年少女に伝授しようと思う。



「他人と初めて接する時は、まず最初に疑うべきか、疑わざるべきか。

 人を信じろという言葉があるし、逆に信じるなという言葉もある。

 横に並べれば意味は矛盾しているのに、それ一つを見つめればどれもこれも正論だ。

 見ず知らずの他人を信用するのは勿論良い事だが、信用しすぎるのは程々に抑えておくんだぞ。

 世の中不景気だから、痛い目を見てからじゃ遅いんだ」

「はい?」

「俺個人としては、信じる者は救われることもあるかもだが、稀に足元も掬われるから注意が必要かと思うのですよ。

 勘違いするなよ。キリスト教を馬鹿にしているとか、そんなつもりは無いからな」



人を信用し過ぎると思わぬ石に蹴躓く事があるので、不意に口に出してしまった少年少女への心配。

この年齢の子供にしたら、単なる謎かけにしか聞こえないだろう。

・・・・・・より正確に言うのなら、俺と同格の人間・・・意味不明な言動を理解できる者にしか、本当の意味では理解できるようはずもない。

時々遭遇する、名字に川を持つ未来の友なら阿吽の呼吸で理解もしてくれようものなんだけどな。



「要は何を伝えたいかと言えば・・・・・・人を見る目を養えってこと。

 結論、疑うことも信じることも両方を程よく出来る人間。それらを内包している者が、人を見る目があるんだと愚考する」

「あの・・・何を言っているんでしょうか?」

「なに、単なる言葉遊びだ。人の良い子供に、善意ある助言をさ」

「はあ・・・」



ああ、案の定理解できていない。

でも人を信じる心優しい子供に、人を安易に信用したらいけないよと懇切丁寧に説明して、

他者を信用しない子供が量産されることになる手助けをするのは俺としても本意じゃない。

ここらがギリギリのラインか。俺に残された手は、この子が悪い大人に遭遇しないことを祈ることだけだ。



「にしてもさ、こいつってスタミナ半端じゃないな。二時間殆どぶっ通しで走り回ってたのに、息一つ乱していないし」

「・・・・・・は、話に脈略が無い・・・・・・」

「ハイスペックだよな~、お前って。どんな鍛え方してるんだ?」



呆然としている少年少女を捨て置き、ストベルカの胴体をワシャワシャと探る。

毛で覆われているが故に見えぬ中身はどうなっているのだろうか。

おお~、良い肉つきだ。がっしりとして、硬くて・・・けどこの硬さは骨だけじゃない。筋肉だ。

マッチョ筋肉・真人のボディとナイスな勝負をしそうだな。他の箇所も触ってみる。

ブンブンと勢いよく振られている尻尾もぎゅむっと握ってみるが・・・・・・なかなかどうして、想像以上に硬い。これは単純に骨か。

二時間ぶっ通しで町中を走り回ったその足も胴体と同じように、叩けばコツコツと音が返ってくる硬い筋肉が・・・・・・。



「あれ? 筋肉じゃない。・・・はあ!? 爪付きガントレットしてる?!」

「ええ! 今頃!?」

「へぇ~。お洒落さんだな。似合っているぞ」



ポンポンと、人間で言うなら肩に当たる部分を軽く叩く。

洋服来た子犬は時たま見かけるが、ガントレットは初めてだ。斬新なアイディアだよ。

飼い主の女の子は、案外俺と気が合うのやもしれんな。この突飛性とか。



「おっと。そういえばさ、こいつの飼い主ってどこにいるんだ? こいつの背中に勝手に跨って乗り回しちまったから、謝罪を述べたいんだが」

「謝罪? ・・・・・・えと、大丈夫ですよ。

 彼の・・・主は、そのぐらいのことであなたを怒るような、そんな器量の狭い子じゃない(はず)ですし」

「あ~違う違う。心配しているのは俺のことじゃなくて、君やこいつのことだよ。

 俺のせいで随分と時間を取らせたし、その飼い主にも心配をかけただろうから」



ごくごく普通にあれこれ考えたら、この少年少女は飼い主に代わってストベルカを散歩に連れ出していた可能性が大きい。

状況的に思考すれば8割方それで正解なはずだ。

だとしたら俺のような邪魔者が介入したせいで、余計な時間をとらせてしまったことになる。

飼い主にもさぞ要らぬ心配をかけていることだろう。

余談だが残りの一割は、大きな犬を野放しで飼い慣らしている、解放感溢れるご主人の場合。少年の方が犬につき合わされている状況な。

で最後の一割は、その他。



「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・どした?」



無言の少年少女。その瞳には、「この人案外良い人かもしれない」と書かれている。

分かりやすっ!



「いえ。僕たちのことを心配してくれたんですよね。ありがとうございます。

 何度も言うようですけど、大丈夫ですよ。

 それに彼の主は、所用のせいでそれどころじゃないでしょうから。僕の方から、事情は伝えておきます」



早口に捲し立てられた。

そこまで強気で言われたら、これ以上食い下がるのは逆に迷惑になるか。

正直、しこりの様なものが若干胸に残るが・・・これを解消しようとするのは、俺のただの自己満足だよな。



「ん、分かった。謝罪と、お礼を伝えておいてくれ」



ここで妥協することは男として責任ある行動とは言えないかもしれないが、否定する以上は相手の意思を尊重すべきだろう。

個人的には犬にガントレットを付ける稀有な趣味の少女に会ってみたかったな・・・。



「んじゃまたな、ストベルカ。今度会えたら、また背中に乗っけてくれると嬉しいかな」

「ヲン!」



・・・・・・その元気の良い鳴き声は、了解の返事なのか、拒否の返答なのか。

尻尾は依然変わらずブンブン振られているから、前者で合っているだろう。



「次会えるのを楽しみにしているからな~」



ストベルカの顔を両手で挟み、額と額とをコツンとぶつける。相沢流、動物に気持ちを伝える以心伝心術~。

こちらが一方的に気持ちを伝えるだけなのに、以心伝心と呼ばれる矛盾はどう解消すればよいのだろうか。

術の極意は至極簡単。心の中でひたすら念じるだけ。

伝われ~、伝われ~・・・。



「あの~・・・・・・」

「ん? なんだ?」

「彼の名前は、ストベルカじゃありませんよ。ザフィーラです」



ザフィーラ。ザ・フィーラ、ザフィー・ラ・・・ザフィー・・・



「ザッフィ?」

「ザフィーラです」

「ザッフィだろ?」

「ですから・・・・・・いえ、もういいです」



あらら、諦めちゃった。からかい過ぎたか。何を言っても無駄と予想でもついたんだろうか?

もっかいストベルカ・・・もとい、ザフィーラと目を合わす。

くりくりとした黒真珠のような目に、俺が映っている。その目から感情を窺うことが出来ない。

動物のこんなところから感情を読み取る舞の高等技術には、毎度感心する以外の言葉が見つからないよ。



「ザフィーラか。男らしくて、いい名前だな。その足のガントレットが伊達じゃないのなら、その爪でご主人様を護ってやれな」

「ヲオン!」

「よし!」



合わせていた額を離し、再びザフィーラの肩部分をポンと叩いてからすくっと立ち上がる。

また出会えたのなら、後先考えず今度こそ力の限り遊んでみたいもんだな。今日は手加減してしまった。

さて、散々遊び倒してしまったが、当初の目的を完遂するとしよう。リイン用のお守りを買いに行かなければ。

いくら時間にはまだまだ余裕があるとはいっても、用事は早めに済ませるに越したことは無い。

もしかしたら、俺すらも想像出来ない様な急用が飛び込んでこないとも限らないしな。

俺は目的地に向かう為、この場に背を向けて・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



何か忘れている気がして、少し顎に手をやり考える。ポーズのイメージは、迷宮無しの名探偵。

・・・・・・おお、そうだ。欲求のまま遊んだっていうのに未練が残っていたせいで、危うく忘れるところだった。

少年少女に迷惑をかけたのに、名前も教えずハイさようならではあんまりだろう、俺よ。

振り返り、少年少女を視界に入れる。



「一応自己紹介しておくな。俺の名前は相沢祐一。君は?」

「僕ですか? ユーノです。ユーノ・スクライア」

「ユーノ・スクライア・・・・・・うむ、覚えた。縁があればまたどっかでな、スクライア。そんときゃお茶でも奢るよ」

「はい。その時は、よろしくお願いします」

「じょ!」



俺は振り向くことなく、今度こそ目的地へ向かう。









「じょ?」



背後で聞こえた少年少女――じゃないな。名前から判断して、少年――の疑問の声は、当然のことながら無視したが。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



「・・・・・・何だか掴み所の無い人だったなぁ・・・・・・」

『不思議な少年だ・・・』

「あ、ザフィーラ。驚いたよ。どうして突然あんな行動を? 理由を聞こうと念話しようとしても、ずっと受付拒否をしているし」

『あんな行動? それは私が、あの少年を背に乗せ走り出した時のことか?』

「うん、そう」

『うぬ・・・・・・それは、私にも解らぬ』

「解らない?」

『解らぬ。何故かは解らぬが、あの少年が我が背に乗り落ち込んでいると思うと、居ても経ってもいられなくなった』

「ザフィーラにも、どうしてあんな行動を取ったのか理解できていないってこと?」

『そうだ。理屈じゃない、心の奥底から湧き上がる衝動。それに突き動かされたとでも言えば良いだろうか』

「どういうこと・・・? 別に普通の・・・・・・ちょっと変わった性格に目を瞑れば、普通の子供だったと思うんだけど・・・」

『それが解れば、私とてこれほど首を傾げてはいない』

「傾げているんだ・・・」

『・・・・・・・・・・・・』

「・・・・・・・・・・・・」

『ユーノ君、ザフィーラさん』

「あ、はい。この声は・・・・・・リンディ提督ですか?」

『ええ、そうよ。二人とも、今らかある場所に集合してほしいのだけれど・・・大丈夫? 何か事故に遭遇したりはしていない?』

「いいえ、大丈夫です」

『問題ない』

『そう。それじゃあ今からそのお店の名前を言うから、そこに集合ね。お店自体は有名らしいから、誰か人に聞いてそこまで辿り着いて』

「分かりました」

『お店の名前は・・・・・・』















SIDE:なのは



『百花屋よ』



リンディさんからそんな念話を受け取って、数分後。私とフェイトちゃんは、目的の場所に辿り着いた。

喫茶店だ・・・。

元々念話を受け取った時は集合場所の目と鼻の先だったから、私達が一番乗りかな。

私達と歳もそう変わらなさそうな通行人の女の子から「えう~。私通行人扱いですか・・・」・・・ストールを羽織った女の子に道を訊いたら、すぐに答えが返ってきた。

地元の人にはすっごく有名みたい。人気店だって。

って、え? 何今の。どこから聞こえてきたの?



「どうかした? なのは」

「ううん、なんでもないよ」



空耳・・・だよね。うん、絶対そうだ。

気を取り直して、お店の扉を開ける。

カランカランと扉に取り付けられているベルが響き、続いて店員さんのいらっしゃいませ~の声。

わぁ・・・家のお店と全然違う雰囲気だなぁ。

翠屋は学生さん・・・それも女の人がよく集まるお店だらか、店内も女の人向けにデザインしてある。

けどこのお店は、誰が入っても場違いな感じが出ない風に作ってある。若い男の人が居ても、ご年配のおばあさんが居ても、変じゃない。

私もデザイナーさんじゃないから、ほんとのところはっきりと分かる訳じゃないんだけど・・・・・・全体的に落ち着いた感じ。

ちっちゃな小学生が居たら、流石に違和感が混じるかもしれないけどね・・・。

リンディさんの指示通り集合場所に来たは良いけど、これからどうすればいいのかな?



「いらっしゃいませ~。二名様でしょうか?」

「え!? え~っと・・・」



入り口でじっとしていたら、女性の店員さんが声をかけてきた。

ど、どうしよう。こんな時、なんて答えれば良いのかな・・・?



「あ、あの・・・ちょっとここで、待ち合わせを・・・」

「待ち合わせ? ああ、なるほど。こちらでございま~す!」



ニコッと笑っていると、八重歯がチラリと見える店員さん。テンション高く背を向ける。ついていけば良いのかな?

フェイトちゃんと目を合わせ、私が先行する。



「あ、お兄ちゃん」

「クロノ・・・」



店員さんに案内された席には、お兄ちゃんとクロノ君がすでに座っていた。

複数のテーブルをくっ付けて、即席の大人数用の席にしている所。

お店の人が気を利かせたのか、テーブルはLの字型に組んである。

テーブルの形的にも目立つし、お店の入り口から見たら完全に丸見えなのに、まったく気が付かなかった。

二人とも無口だし、このお店の雰囲気に溶け込んでいるからかな。



「ご注文がお決まりになりましたら、私か他のウエイトレスを呼び止めてくださいね。

 ちなみにウエイターは居ないので、素敵な出会いを期待しても意味無いですよ~。って、お嬢ちゃん達には関係ないか。

 傍に誰もいなかったら、厨房に向かって大きな声で叫んでください。す~ぐに駆けつけますので。ではでは」



八重歯がチャームポイントの店員さんは、元気の良い声と共に離れていった。あんな調子で疲れないのかな。

店員の態度として採点をつけるなら、最低ボーダーラインをギリギリ掠めて失格になりそうな店員さんだけど・・・気さくで良い人そうだよね。

事務的に店員をする人よりかは、好感が持てるなぁ。



「・・・座ろっか」

「うん」



呆けっと立っているのも変なので、私はお兄ちゃんの隣に座る。フェイトちゃんは、クロノくんの隣。

お兄ちゃんはくっ付けた大人数テーブルの一番壁側、端っこの席に座っていて、クロノくんはその対面に。

必然、私とフェイトちゃんも対面同士。

視線を合わせ、どうしたものかとお互い困った顔をする。

お兄ちゃんは家族以外は基本無口だし、クロノ君だって仕事関係以外での話はあまり饒舌な方じゃ無い。

適当な話題を振ろうにも、お兄ちゃんもクロノ君もこのお店の雰囲気に寛いでいるみたいで、なんとも声をかけがたい。

フェイトちゃんと二人で「困った。さあどうしよう」と考えて・・・・・・まず最初に、飲み物を注文することにした。



「お兄ちゃん、メニューを取って」

「ん、ああ。ほら」

「ありがとう」



お兄ちゃんにメニュー表を取ってもらって、開く。

飲み物は、大体メニューの一番最後に載っているんだよね。

えと・・・オレンジ、りんご、グレープフルーツ、カルピス、ウーロン茶、どろり濃厚・・・



「・・・・・・オレンヂ味?」

「それは飲まない方が良い」

「え? どうして?」



私が聞くと、つつ・・・と視線を逸らされた。お兄ちゃん、もしかして何か知っているの? それとも剣士としての勘?

もう一度メニューを見直す。



どろり濃厚オレンヂ味



どろりの表現は分かるけど、濃厚って・・・味が濃厚なのかな。舌触りが重いってことなのかな。

それに何より気になるのは、オレンヂの部分。

オレンジじゃなくて、オレンヂ。どうして文字を分けたのかな。

前の方に普通のオレンジジュースはあるから、店長さんがオレンジをオレンヂの文字を勘違いしちゃってるってことじゃないよね。

私もそのメニューにはなんとな~く嫌な予感を感じ取ったので、残りのメニューに目を通す。

紅茶、コーヒー、ハーブティー、カチェボ・・・・・・・・・カチェボ?

チョコレートココアとかキャラメルミルクもある。種類は豊富な方だね。

キャラメルミルクって、どんな飲み物なのかな。聞いたことが無い。でも名前の響きからしてすごく甘そう。



「フェイトちゃん、決まった?」

「うん。なのはは?」

「決まったよ。すみませ~ん!」



近くに居た店員さんを呼ぶ。店員さんは丁度他のお客さんにオーダーの品を届けたところだったので、すぐに来てくれた。

お盆を小脇に抱えエプロンのポケットから手書き用の伝票を取り出しつつ素早く移動してくる一連の動作にぎこちなさは垣間見えず、正直感嘆を覚える。

翠屋のお手伝いの一環でウエイトレスをする自分としては、是非とも見習いたい部分。プロだ、この人。



「はい。ご注文はお決まりですか?」



さっきの店員さんとは違って、礼儀正しいウエイトレスさん。

あの人は店員さんって感じだったけど、この人はウエイトレスさんって気がする。

変なの。どうしてそんな風に違う感想が出ちゃうのかな。



「えっと・・・キャラメルミルクを一つ、お願いします。フェイトちゃんは?」

「あ、私はこの・・・どろり「キャラメルミルクをもう一つお願いします!!」・・・なのは?」

「いいから、ここは私の言う通りにして」

「う、うん・・・」



フェイトちゃんは気が付いていなかったみたいだけど、私には分かった。

どろりの言葉をフェイトちゃんが口にした瞬間、ウエイトレスのお姉さんが完全に硬直した。

喫茶店の中の空気も、流れていたなごやか~な音楽もピタリと止まり、まるでピキンッ・・・と凍ったように感じた。

絶対尋常じゃないよ、これ。



「はい。キャラメルミルクを、お二つ。ホットとアイスがございますけど」



このお店の鬼門なんだね、あのジュース。関わったら危ない。気にしてもいけない。うん、私は気にしない。

飲み物はホットとアイスかぁ。外は寒かったし、ずっと歩き回っていたから体も冷え切っている。

この状態で冷たいアイスを注文するほど、私はチャレンジ精神に溢れていない。

ここは当然・・・



「ホットを」「お願いします」



私に続いて、フェイトちゃんが言葉を続けた。一つの言葉を二人で・・・。

ナイスコンビネーションだ。ウエイトレスさんも微笑ましそうにしている。

ちょっと、恥ずかしいかな。にゃはは。



「ホットを二つですね。以上でよろしいでしょうか?」

「追加で、コーヒーのホットも二つ」

「コーヒーのホットを二つ追加、ですね。かしこまりました。少々お待ちください」



お兄ちゃんがウエイトレスさんに追加注文をしてきた。

私がお店のお手伝いをしていたなら絶対に聞き逃しちゃう、横から別の人からしてくる追加注文も、相手に聞き返したりすことなく注文を反芻する。

その後一礼してから離れていくウエイトレスさん。無駄が無い。やっぱりプロだ~。

あ・・・そういえば・・・・・・



「お兄ちゃん。コーヒー、二つも飲むの?」



全員が集合するまではそれぐらいの時間掛かっちゃうかもしれないけど、だったら一つを飲み終わった後にまた注文すれば良いのに。

二つ目を飲み始める頃には、絶対冷めちゃってるよ。



「一つは俺のじゃない。クロノのだ」

「クロノ君の?」



クロノ君の前、机の上に置いてあるカップに目を向ける。

私達が席に着いた時にはまだ残っていたカップの中身は、すっかり空だった。



「ありがとうございます、恭也さん」

「気にするな」



クロノ君の分だったんだ。早とちりしちゃったな。

コーヒーは私、お砂糖とミルクをいっぱい入れて、カフェオレ状態にして飲む。

お兄ちゃんは何も入れずにブラックで飲むんだよね・・・。あんなに苦いもの、よく飲めるな~っていつも思う。

前は何度か舐める程度に飲んでみたことあるけど、進んで飲もうとまでは絶対に思わない苦さだった。

クロノ君もブラック派なのかな・・・?

あれ? でも・・・・・・クロノ君、コーヒーが空になったとか、そんな事一言も言ってなかったよね。

お兄ちゃんが気を配った・・・んだよね。



「お兄ちゃん」

「なんだ、なのは」

「お兄ちゃんとクロノ君って、仲良いの?」



密かに周囲に気を配るお兄ちゃんが何も聞かずにクロノ君の分を注文したってことは、

少なくともお兄ちゃんはクロノ君の好みを知っていることになるよね。

だって、じゃないとお兄ちゃんは他の人の分まで勝手に注文したりはしないもん。

それにクロノ君もお兄ちゃんの事を『恭也さん』って、わりと親しげに呼んでた。

あまり接点の無い二人のはずだけど、私の知らないところで親交を深めたりしているのかな。



「仲が良・・・くはない。ほんの数時間前に、口論をしたばかりだからな。

 ただこの店を探している道すがら、世間話とか、妹を持つ兄としての心構えを少しだけアドバイスをしたな。

 参考になったのかは分からんが」

「恭也さん、それ以上は・・・」

「分かっている」



クロノ君がお兄ちゃんに、何に対してか分からない釘を刺した。

前後の会話から考えて・・・兄としての、アドバイスの部分だよね。というか、それしかない。

兄としてのなんたるか(そこまでは詳しく説明して無いだろうけど)をクロノ君に説くお兄ちゃんの姿・・・想像出来ない。

でも・・・フェイトちゃんには、リンディさんから養子縁組の・・・親子になりませんかって相談がきている。

だからクロノ君も、色々努力してきているんだね。



「?」



話題の当人に目を向ければ、私が視線を送ったことに対し嬉しそうににっこりと笑っているフェイトちゃん。

私が苦笑いを返したら、フェイトちゃんが同じ笑顔のままコテンと首を傾げた。

なんでか図的に頭の上には『はてなマーク』が浮いているように見える。

多分クロノ君の密かな努力は、あんまり伝わっていない。

あまり気を使って喋らないのも無意味だと気がついたので、それからは軽い雑談が続いた。

注文した飲み物が届けられ、扉に取り付けられたベルの音がなる度に、少しずつ集まっていく皆。

最初ははやてちゃんとシャマルさん、次いですぐ後にシグナムさんとヴィータちゃん。

しばらくして、他に比べて妙に疲れた感じのユーノ君が入ってきて・・・・・・



「お待たせ。ごめんなさいね、ちょっと時間がかかっちゃって」



私たちに集合を掛けたリンディさんが、一番最後に到着した。手にパンフレットサイズの何かを持って。

・・・・・・アルフさんとザフィーラさんは外で待機ね。勿論だけど。









[8661] 第三十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/11/25 17:48










SIDE:なのは

念話で集合の連絡を受け取ってから、約30分程で全員がお店に集まった。

席順はこう。

アルファベットでLの字を書いた時、下面の角の部分(お誕生席に当たるところ)が壁に面していて、

Lの内側から順にお兄ちゃん、私、角を跨いではやてちゃん、ヴィータちゃん。

L字の天辺部分になるお誕生席(?)がリンディさん、外周を回る形でユーノ君、シグナムさん、シャマルさん。

また角を跨いでフェイトちゃんとクロノ君。これで一周。

最後にお店に入ってきて、一人も欠けることなく席に着いているのを確認したリンディさんが、まず真っ先に指示してきた事は・・・。



「ご飯を食べましょう」



すごく普通だった。

のほほんなふんわり笑顔は、見る人全員を和ませる効果があるようで・・・・・・はっきり言うと、私は随分と拍子抜けした。

もう1時を回っているしお腹すき時だから丁度よかったけど、

てっきり手に持っているパンフレットのような物で何かをすると思っていたから、余計に。



「さあ、メニューから好きなのを選んでね。お金のことは心配しなくても大丈夫だから」

「全部、グレアム提督持ちだからね」

「ああんっ、クロノ、そこは言っちゃダメよ」



こっちの心境など我関せずで漫才(かな?)を繰り広げているは、

私のお母さんと同系統の母親リンディさんと、実の年齢に容姿が追いついていない息子クロノ君。

本人は気にしているかもしれないし、失礼だとは思うから口には出さないけど、14歳に見えないんだよね~クロノ君って。

二人は姉弟と間違えられてもしょうがないくらい仲良し。

・・・・・・・・・・・・魔法世界の住人は皆、この世界の人たちよりか成長するのが遅いのかな。それともクロノ君の一家だけが例外なのかな。



魔法世界に対する私の疑問は膨らむばかり・・・。



謎は横に置いておいて・・・リンディさんの『お金を気にせず好きな物を食べて』発言は、単に見栄を張りたかっただけみたい。

大人の事情って言うのかな。張る無いと思うんだけど。

先にメニューを見て、食べたいと思った物はいくつか選んであったから、隣に座っていたはやてちゃんにメニューを渡す。

隣と言ってはみたけれどL字の内側、丁度角の部分を挟んでだから、言葉としては厳密には違うのかもしれないけど・・・。



「はやて、あたしはお子様ランチ」



メニューも見ずにはやてちゃんの横に座っているヴィータちゃんがお子様ランチを注文してきた。

ヴィータちゃんが外食をしたらいつも何を注文するのかがよく分かった瞬間。

何度も言うようだけど、ここは喫茶店。ファミリーレストランじゃない。

サンドイッチとか軽食系は沢山置いてあるけど、お子様ランチが置いてあるはずも無い。

私が見た時だって、オムライスが精々だったもん・・・。



「ヴィータ。ここは喫茶店なんやから、お子様ランチなんかは置いてるはず・・・・・・」



メニューを広げてペラリとページを捲った音が聞こえ、はやてちゃんの言葉が詰まった。

どうしたんだろう?



「置いてある」

「うそ?!」



衝撃の事実を聞いて、思わずはやてちゃんの横からメニュー表を覗き込む。

そこには私が見たときには無かった、明らかに軽食としては量が多いであろういろんな物が載っていて・・・・・・。



「なのはちゃん、ここフェイントや。最後の方に飲み物が載っとるのに、次のページがあんねん。ほら・・・」



私が見た最後のページと、本当の最後のページをペラペラと捲って証明してくれたはやてちゃん。

飲み物が一番最後に来るものって意識があったから、あのページが最後と思い込んじゃっていた。

しかもこのメニュー表、表面はハードカバーだけど中は一枚一枚がプラスチック(後から知った。ラミネートっていうんだって)に包まれてないから、余計気がつきにくい。

意外と悪質・・・。じゃない、固定概念に捉われていない自由なメニュー表だったんだね。

そのページを見ていなかった私は、はやてちゃんの横から一緒に見させてもらう。

スパゲッティ、ハムサンドセット、ドリア、ナポリタン・・・他ずらりと並んだ食欲をそそるメニューの数々。全部手書き。

その手書きされた文字からは、手書きゆえの温かさが篭ったイメージが伝わってくる。

値段の方もお手頃で、喫茶店にしてはかなり安い価格設定がされている。お客さんにとっても優しい。

改めて、どれを注文するかを考える。どれにしようかな・・・・・・。

う~ん・・・・・・・・・よし、この『軽食セット』にしよう。

ちょっと気になる。値段も普通のとそう大差があるわけでもないし、いいよね。



「なのはちゃん、もうええ?」

「うん、大丈夫。ありがとう」



改めて席に着く。はやてちゃんは、次の人にメニュー表を回す。

そう時間も掛からず全員が決め終え、頃合だろうと傍に控えてくれていた八重歯の店員さんにそれぞれ注文を開始。

店員さんは次々に注文されるそれを言い淀むことなく反芻し、伝票に書き加えていく。

プロのウエイトレスさんと同じく、この人も相当手馴れている。見かけによらないんだね・・・。

そんなどうでもいい事を私が考えているその瞬間、事件が起きた。



「この・・・・・・ナポリタン? を一つ。食後には、この店おすすめのデザートをお願い出来るかしら」

「ナポリタンを一つと、この店おすすめのデザート・・・と。おすすめのデザートは、少々お値段張りますけど?」

「ええ、構わないわ。ああそれと、これを一つね」

「はい? ・・・・・・・・・・・・ハ? マジデ?!」

「え? はい、マジで。飲み物ですよね、これ」

「はあ・・・・・・まあ、飲み物といえば飲み物かと・・・・・・。

 わかりました・・・・・・。どろり濃厚オレンヂ味を、お一つですね。以上でよろしいですか」

「ええ、以上で」



お兄ちゃんも自分の分の注文を言い終え、店員さんから意識を逸らしている時。

最後にリンディさんがとんでもない事をのたまっていた。

耳が単語を拾い上げ、脳が意味を理解するまでに少しの時間を要する。

その隙に店員さんはさっさと厨房(?)に引っ込んで行き、止める間もない。

あまりに突然過ぎた為、行動するのが遅れてしまった。

勘で”それ”の危険性を理解しているお兄ちゃんと、予感でなんとなく知覚した私がリンディさんが頼んだ物が何かを理解するまで、

それから、行動を起こすまでの時間が少なすぎたのもあるかな。



「どうしよう、お兄ちゃん」



小声でお兄ちゃんに相談する。最善策はたった今した注文を止めてもらうこと、なんだけど・・・・・・。

飲むどころか見てもいないそれを、唐突に「危険な香りがするから、注文はキャンセルしてください」って言うのは、お店側に対してどうにも抵抗がある。

翠屋で例えるなら、「このシュークリーム、危ない気がする」と、初めて入ってくるお客さんから言われる様なものだよね。

ものすごく失礼。ただの勘で、憶測で物事を口には出来ない。

お兄ちゃんも珍しく神妙な顔で冷や汗をタラリと流している。



「とりあえず、様子見だ。ただの勘違いなら、問題無い」

「・・・いいのかな、それで」

「・・・・・・店には失礼な言い方だが、不味いのなら残せば良いだけの話だ。

 一口飲んで死に至るような毒物を、喫茶店側が盛るはずも無いだろう」

「・・・・・・そうかな・・・・・・」



どうしても勘違いじゃないような気がしてくる。

理由も根拠も無いのに、漠然と感じてしまう危機感。

お姉ちゃんの料理を軽く凌駕する何かが、出てきそうな気もするんだよね・・・。



「はい。それじゃあ皆、注目して」



リンディさんの掛け声によって、話は保留になった。

私もお兄ちゃんも、リンディさんに視線を移す。

お店に入ってきた時に持っていたパンフレットをテーブルの上(中央、Lのカクッてなっているところ)に広げ、皆に見えるように公開した。

それは・・・・・・



「暗号か?」

「観光者用のマップだ。駅に置いてあっただろう」

「ばっ! わ、わかってるよそんなの!」

「所々に、マジックで×が書いてありますね」



ヴィータちゃん、シグナムさん、シャマルさん三人の会話。

それを横目に、私もパンフレットをよく見てみる。開いてあるのは、町全体の地図がざっと載っているページ。

・・・・・・確かに、カラーのペンで×印がいくつもしてある。

色も黒、青、緑・・・沢山。ページの隅っこの方には色別にラインが引いてあって、その横に1,2,3て数字が振ってある・・・。

何だろう、これ。



「あの~・・・なんですか? これ。なんや×が沢山付いてるんですけど・・・」

「まずは、我先にと夜天の魔導書の官制人格を探しに飛び出しちゃった子供達に、私がホテルに着いた後で何をしていたのか、から説明するわね」

「あうっ・・・ごめんなさい」

「気にしていないわ。大切な人の安否が気になるのは、至極あたりまえなことよ」



頭を下げて謝るはやてちゃんを見るリンディさんの眼差しは、優しい。

年齢に対し極めて若く見えるリンディさんも、やっぱりお母さんなんだよね・・・。

私もはやてちゃんの後ろの方から、一緒になって頭を下げる。

それから教えてくれた、リンディさんのしていたこと。

探索魔法(公には言えないから多少言葉はぼかしていたけど)を使用して、町全体の魔力反応をサーチすること。

2時間かけて複数回、ひたすらそれだけをしていたんだって。



「すごい・・・」

「ふえ? そうなの? フェイトちゃん」

「うん。町全体をサーチするのって、とっても大変なことなんだよ。集中力も消費する魔・・・えと、あれも、半端じゃないよ」



探索魔法を町全体の範囲で使用したことが無いから私には分からないことなんだけど・・・・・・

フェイトちゃんが心底驚いていたから、相当すごい事をしていたのは理解できた。



「そして、この地図に書いてある×印の説明なんだけどね・・・」



サーチを使用して、それに引っかかった場所がマップで×のしてある所。

マップの端で書いてあるラインとその横に振ってある数字は、反応があった場所と回数とを見分けやすくするためらしい。

1の横には緑のラインが引いてあるから、緑の×が一回目に反応があった場所。2の横は青いから、青の×が二回目の反応・・・という具合に。

計八回で、反応は複数箇所。とまあ、一通り説明が終わったところで・・・ここからが本題。



「この×印の中にはね、あなた達全員の反応も入っているの。

 より正確に他の反応と区別する為に、あなた達が何処をどう通ったか、このペンで×の印を元にラインを引いて」



最後にそう言って、リンディさんは8色のどれとも違う赤いペンを取り出す。

これで道筋を書いてってことだよね。点と点を鉛筆で繋いだら、魚とかの絵が出てくる子供の教材絵本と同じ要領で。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ど、どう見ればいいのかな・・・?」

「・・・分からない・・・」



さあ、問題が発生。地図の見方が分からない。・・・正直、どこの×がどの辺りに該当するのかが見当も付かない。

第一リインフォースさん探しを始めてから何処を通ったのか、何処を曲がったのか、欠片も思い出せない。

マップにはおすすめ名店がほんの数店分描かれているけど、それ以外は大雑把な形でしかないし、このお店だって何処にあるのか特定不可能。 

駅の場所は分かるし、そこからどの方向に歩き始めたかだけは憶えているから、

せめてそれを元に出発地点とある程度でも道のりを割り出そうと頑張ってみるけど、すぐに諦める。

たとえそこが分かっても、この三時間の道筋すべてを回想する事は出来ない。



「あ、あら? どうしたの、皆」



誰も机の上に置かれたペンを取ろうとせず、お互いパートナーと見合わせて困った顔をしてるだけなので、リンディさんも困ってしまっていた。

でも、どうしようもないよ・・・・・・×の印が多すぎる。



「母さん。人を探しながら見も知らぬ町を当ても無く徘徊しつつ、現在地を意識しない中いつサーチされたのかも分からない状況で、これだけの×印・・・。

 どれが自分か特定することは、この年頃の子供では相当難しいのでは・・・。事実、僕でもかなり苦労しますよ」

「・・・・・・そ、そうよね。これはちょっと、印が多すぎたわよね」



多すぎたどころじゃない。

緑(つまり最初)の印の数だけで、既に10以上・・・。

印は一人につき一つじゃなくて、場所で一つだけ。

私達は二人一組で行動を基本としていたので、全部合わせても印は5つ分だけのはず。明らかに印がオーバーしている。

しかも×は基本この商店街の周辺に集中しているから、後半の私とフェイトちゃんは消極法でも特定できない・・・。



「ああ・・・でもこれ、多分僕です」



たった一人、ユーノ君だけが赤いペンを取って、一つの×印を○で囲んだ。

そこは、他の黒に比べても一際黒い色で×の印が付いていて・・・・・・違う、沢山の色が合わさって、黒色に見えるんだ。

×の端っこの方からは、黒から飛び出た緑や青の色がはみ出している。



「僕は事情があって、二時間ぐらい同じ場所に留まっていましたから・・・いくつも色が重なっているこれが、僕のはずです」

「ほんなら、その周辺にチラホラある緑が私達・・・?」

「だと思う・・・けど、わかんない」

「ホテルを出発してからの探索開始・・・。だとするなら、私とシャマルはホテルに最も近いこれか?」

「そうね・・・この商店街方面に近い反応がクロノ君達だとしたら、恐らく・・・」



あれは自分達じゃない、これとこれは論外とすればこれがそうじゃないか、これは確実に違う・・・あーだこーだと意見を述べる。

全員がテーブルに広げられたパンフレットを覗き込み、どうにか確定できたところは赤のペンでラインを引いていく。

少しずつ、少しずつ・・・。手がかりを増やす為、捜索範囲を減らす為。リインフォースさんを見つけることが出来るように。

それぞれがどうにか、なんとな~くこんな道筋じゃなかったかというのが判明し出した所で、ボチボチと料理が到着しだした。

パンフレットを片付けるリンディさん。続きは料理を食べ終えてから再開とのこと。



「あの、リンディさん」

「ん? どうかしたの、なのはさん」

「わざわざリンディさんが探索魔・・・あれを使って探さなくても、

 アースラを使えばリインフォースさんを見つけること、出来るんじゃないですか?」



町の中を歩き回りながらも、時々頭を掠めていた疑問をリンディさんにぶつけてみる。

半年ほど前、私とフェイトちゃんはとある物をめぐって争っていた。

ジュエルシードと呼ばれる、ロストロギア。

詳しくは長くなるので省くけど、その当時ジュエルシードを探す際に使われていたのは、アースラの探索システムだった筈。

あれを使えば、あんまり苦労することなくリインフォースさんを見つけられるかもしれないのに・・・。



「う~ん・・・・・・確かに出来ないことも無いのだけど、今回はアースラの力を使うわけにはいかないのよ」

「使うわけにはいかない? どうしてですか?」

「色々事情があるのよ。まだ子供のあなたじゃ難しい、大人の事情が」

「?」



子供の私じゃ分からない理由。

後々に聞くことになるんだけど・・・・・・アースラのような大型航行船には、

その戦艦が何時頃に何をし、どう行動したかを常に記録する機能が存在するらしい。

職務中に職務とは関係ない無駄な行動をしていないかを本局で確認し、職務怠慢を防ぐ効果がある他、

艦に不測の事態が起こった場合、一体何が起こったのかを明確に記憶する存在でもある。

これは私達の世界で言う、飛行機に乗せられているブラックボックスと同じ物と考えても良い。



「そうね・・・・・・あと6年。

 それだけ経ってもまだこのことを気にしていて、尚且つあなたが管理局に就職する気持ちがあるのなら、改めて教えてあげるわ。

 まだあなた達には、重い話だから。もっと大人になってから・・・ね」

「・・・・・・わかりました」



もしもアースラでリインフォースさんを探し、見つけてしまった場合・・・・・・それらの結果は、アースラに記録される。

リンディさんの気遣いによって、闇の書事件についてはやてちゃんは表立って関係はしていないと時空管理局に報告されているけど、

それによって事実上罪は(長い歴史の中で起きた事件も含めて)闇の書本体、及び官制人格を勤めるリインフォースさんに集約されていた。

闇の書の消滅と共にはやてちゃんの罪は・・・完璧にとは言えないけど、その殆どが消え去っていることになっている。

でもその闇の書が、実は消滅していなかったら・・・・・・。



「はい、お子様ランチをご注文の方はどなたでしょうか?」

「あたしあたし!」

「ラーメンセットをご注文の方~」

「僕です」「俺もだ」



これがまたややこしい事になるけど・・・・・・結果的には、はやてちゃんの罪となるか、夜天の・・・闇の書の罪となるかの二択しかない。

前者の場合、はやてちゃんは半永久的にどこかの施設に監禁されるか、

管理局の監視付きで一生を管理局の駒として使われ続けるか・・・下手をすれば、殺されるか。

後者になったのなら、闇の書に永久封印の処分が下される可能性も十分にありえる。

闇の書を封印する方法は、はやてちゃんに生活の援助をしているグレアムさんがもう見つけていることだし・・・ね。



「軽食セットの方~」

「は~い、私です」



それでなくても、納得できない人たちがいる。昔、闇の書の被害にあった遺族の方々。

今回シグナムさんたちにリンカーコアを収集された、被害者。

後者の場合はどうしようもない。事実、起こしてしまったことだから。

だけど前者・・・これが厄介。はやてちゃん自身に罪は無いのに、無理矢理罪を擦り付けようとする人たち。

リンディさんは言っていた。人の心は弱いから、何かに責任を押し付けないと潰れちゃうから・・・これはもう、どうしようもないことだと。

外から口うるさく言ってくるだけなら、無視すれば何の問題も無い。

あちらからは直接手を出す様なら、堂々と抵抗して良い。

だけど・・・・・・リインフォースさんが生きていた場合は、はやてちゃんに対する弾劾が、桁違いに激しくなる。

もしかしたら、普通の生活をすることすら儘ならないほどの・・・・・・。

だからこそ、時空管理局には気がつかれちゃいけない隠密行動。アースラを使うわけにはいかなかった。

これらは全て、私が中学の卒業と同時に、リンディさんから聞かされたこと。

でも・・・今の私は、リンディさんやクロノ君がそんなに気を回してくれていたのに気がつくはずも無く、

単純に目の前に置かれた美味しそうな昼食で頭が一杯だった。



「おいしそ~」



私の頼んだ軽食セットはサンドイッチが三つ、ポテト、小振りのドリアにオレンジジュース。ドリアはまだグツグツとしていた。

私以外の皆の分もほぼ間を置かず運ばれてきたのにどれも出来たて同様で、物によっては湯気も普通に出ていた。

厨房に何人居るのかは分からないけど、11人分を同時に作るのは一人二人じゃ無理だよね。

どうやって短時間でこんなに作ったのかな?



「さあ、食べましょうか」



各々「いただきま~す」と声をかけ、食べ始める。

私も早速サンドイッチに手をかけ、パクリと口に含む。



「・・・・・・・・・普通に、美味しい」

「喫茶店やからって、油断できんもんやな」



隣で呟いていたはやてちゃんの意見には同感だよ。

素材が良いのかな。サンドイッチは作り方が単純だしどれも味が同じような物だと思っていたけど、これは全然違う。

美味しい。

値段が安くてこんなに美味しいとは思わなかった。

パクパクと、あっという間にサンドイッチ一つを食べ終わる。

軽食セットが運ばれてくるのと一緒に来たキャラメルミルクは、名前から想像できる通りすごく甘かった。

オレンジジュースが付いてきててよかった・・・。キャラメルミルクは、一番最後にゆっくり飲もう。

ポテトはちゃんとカリカリでボリュームも満点。でも脂っこさは感じさせなかった。

続いてドリア。これも美味し~。美味しい以外の言葉が見つからない。ストールの女の子が言っていた、人気店になる理由も分かるよ。



「これなら、どろり何とかのジュースも、ただの杞憂で終わるかな・・・・・・」

「なんか言った? なのはちゃん」

「ううん、なんでも」



こんなに美味しいんなら、きっと大丈夫だよね。鬼門だとか失礼なこと考えちゃって、ちょっと悪かったかな。

思い思いに雑談も交えながら、和気藹々と昼食は進んでいく。

シグナムさんはシャマルさんに話しかけられるので、それに対する自分の意見を述べていて(話の内容は難しくて聞き取れなかった)、

ヴィータちゃんは雑談も交えながらはやてちゃんのお世話を・・・・・・あれ? 逆にお世話されてるのかな?

ヴィータちゃんの頬っぺたについているピラフ(お約束だね)を、はやてちゃんが取りパクリと食べていた。

寡黙タイプのクロノ君は、隣のフェイトちゃんに話しかけられる度に食べる手を止め、律儀に返答している。

兄妹仲睦まじい姿(まだ兄妹じゃないけど)。外見はサッパリ似てないけど。

リンディさんは料理を一口する毎に、驚きの表情を浮かべていた。リアクションこそないけど、じっくりと料理を味わっている。

お兄ちゃんとユーノくんの二人だけは無駄に喋ることも無く、黙々とラーメンセットを啜っている。

元々喋らないお兄ちゃんは兎も角だけど、ユーノ君は席の関係(右隣がシグナムさんで、左隣がリンディさん。テーブルの一番端)で、

喋る相手が居ない。これはもう、楽しく会話しながらの食事は諦めるしかない。



「杞憂・・・だよね。・・・・・・なのかな?」



ざっと見回してみたけど、大丈夫。どの料理も美味しいって、みんなの顔に書いてある。変な物なんて出てくるはずないよね。

・・・・・・そうは思うんだけど、どうにも一抹の不安は残っている。

ウエイトレスさんと、店員さんのあの反応・・・・・・まだ、忘れてないもん。



「お、おまたせしました~。どろり濃厚、オレンヂ味です~・・・」

「あら、ありがとう」

「以上でご注文はお揃いですよね。デザートは後で運んできますのでっ!

 ごゆっくりーっ!」



台詞の途中でぴゅーっと厨房へ逃げていく店員さん。一目散だった。

う、う~ん・・・やっぱり、杞憂じゃない・・・のかな?

わからない・・・。

透明なグラスに入って運ばれてきたそれは、鮮やかなオレンジ色だった。

全体的に見れば色にややムラがあって・・・パッと見はジャムや、崩した果実入りのゼリーのようにも見える。

見た目だけなら、別に怪しいところは無い。

オレンジ色に喧嘩を売るようなオドロオドロしい紫と黒のマーブル模様とか少し想像していたので、そこは安心したかな。

それにストローを挿すリンディさん。

二つ目のサンドイッチを咥えてそれを見送る私は、どうなることかと内心ではびくびくとしていた。

そして口をつけ・・て・・・・・・・・・



  ぢぅぅぅぅぅぅぅ~~・・・・・・



大凡品位なんて感じない音を立てて、吸い出した。

吸っているんだろうけど・・・ジュースがストローを上っていくスピードが、異様に遅い。

透明なストローの中を、ゆっくりゆっくりオレンジ色の液体が上っていって・・・・・・

あまりの遅さに途中で不思議に思ったリンディさんが、口を離しストローを確認する。



「なのは、どうしたんだ? 食べないのか?」

「え? あ、食べるよ。うん、食べる・・・」



お兄ちゃんに指摘されたので、一応サンドイッチを平らげて机の上のオレンジジュースを手に取る。

ちびちびと飲みながらも、視線はリンディさんに釘付け。

リンディさんは再びストローに口をつけた。



「・・・何やってるんだ?」

「し~っ。静かに・・・」



今度はヴィータちゃんが私の行動を不審に思い口を出すも、

人差し指を口元に持っていったらそれ以上訊かず私の視線を追っていた。

すぐにリンディさんを見ていることに気がついたのか、ヴィータちゃんも一緒になってじっと見始める。



近い、ヴィータちゃんの位置からじゃリンディさんとの距離が近いよ!



私の誠心誠意込めた視線の突っ込みも虚しく、ヴィータちゃんには届いていない。

幸いなことに、リンディさんは美味しい料理に夢中で、こんなに近い距離からのヴィータちゃんの視線にも気がついていなかった。

再度ぢぅぅぅ・・・と吸い、私とヴィータちゃんはその行動を見守っている。傍から見たら、大分シュールかもしれない。

今度こそジュースは、リンディさんの口の中に入った。

僅かな間の後、リンディさんの喉がコクリと動いて・・・・・・。

口を離し、グラスを机の上に置く。



「すみませ~ん」

「は、は~い!」



リンディさんが店員さんを呼んだ。

厨房方面へと視線を移せば、私達と同じくリンディさんを見守っていた(?)店員さんが。

キビキビとした先ほどまでの動きは完全に鳴りを潜め、一転ギクシャクとした動きで駆けつけてくる。



「な、なんでしょうかぁ・・・」

「マスターを呼んでくださる?」

「はいっ、ただいま! ボ、ボスーー!!



ゲフンッゲフンッゲフンッ!!

オレンジジュースを両手で握り締めながら、思わず咳き込んでしまった。

ボスって・・・ボスって!? 



「ちょ!? なのはちゃん、大丈夫なん?」

「平気、平気。何でもない何でもない」

「さっきから変やで、なのはちゃん。ヴィータと一緒になって、ご飯も食べんと・・・」

「うん、気になるよね。気になるのは分かるけど、今は気にしないで」



店員さんの奇行に思わず咽込んじゃった。

ジュースを飲んでいる最中じゃなくて本当に良かったよ。

流石にリンディさんもこちらに気がついたみたいだけど、にゃははと愛想笑いだけしてポテトを摘む。

ボス・・・ボス・・・ボス・・・。はむはむとポテトを食べながら頭の中で反芻されるこの言葉。

あだ名の時点でかなり凄い。最初に頭の中でイメージされたのは、缶に載っているちょび髭の生えたダンディー(?)なおじさん。

まさか刺青入ったゴツイおじさんがこの料理を作ったとかじゃないよね。だったら子供ながらに自信無くすよ、私。



「お待たせしました」



けど、現れたのは意外や意外。呼ばれたあだ名とはかけ離れた綺麗なお姉さん・・・・・・にゃ?



「私が、この喫茶『百花屋』のシェフとマスターを兼任させていただいています、

 水瀬「秋子お姉さん?」・・・なのはちゃん? さっきぶりね」



まさかの人物。たった数時間前に商店街への道のりを尋ねた、青い髪を三つ編みにしているお姉さん。

その人が今、リンディさんの傍に立っていた。



「なのはさん、お知り合い?」

「はい。道を尋ねた時に、少しだけ話を・・・」



本当に少しだけしか会話してないけど、言葉を交わしたんだから、知り合いだよね。

それにしても驚いた。世間は狭いって言葉はテレビとか漫画でよく聞くけど、そんなもの早々あるものじゃないと思っていたのに。

これって、ものすごい確立の出来事だよね。

友達のフェイトちゃんが偶然、知らない町で再会したお姉さんの友達が秋子お姉さんで、偶然集合場所に選択したお店のマスターさんで。

言葉の中には二つしか偶然が入っていないけど、多分私の知らないところでもっとある。

例えば、偶然秋子お姉さんが喫茶店を出て街中にいたこと・・・とか。



「改めまして、水瀬秋子です。それで、お呼びしたご用件は何でしょうか。

 ・・・・・・もしや料理に、不満でもございましたか?」

「いいえ、その逆です。素材は上等、シェフの腕も上級。

 こんなに素晴らしい料理を作られたのは一体どんな人物なのか、年甲斐もなく興味が湧いてしまいまして」

「あらあら。お褒めに預かり、光栄です。ですけど私の腕など、それ程のものでもないのですよ。

 ここは有名なレストランではなく、商店街の一角にあるただの喫茶店なのですから」



大人の会話だ。大人の会話を繰り広げている。

思い思いで食べていた皆の意識も、二人に向いてきているのが分かる。



「ご謙遜を。本当に素晴らしい料理ですよ。特に・・・」



リンディさんが、ついさっき机の上に置いたグラスに手を伸ばす。

あ、あれって・・・・・・。



「この飲み物。絶品です」

「ありがとうございます。そのジュース、実は私の自信作でして。お口に合って良かったです」

「ええ、最高に美味しかったです。一口飲んだだけで感動いたしました。これ一つが、まるで完成された料理のよう・・・」



うっそ、そこまで褒めるの!?

じゃあ本当に、美味しいのかな・・・・・・。

お兄ちゃんの勘(+私の嫌な予感)に頼りすぎて、私が過剰に警戒していただけなのかもしれないと思い直し出す。



「一体どのように作られているのですか? 是非ともレシピを教えてもらいたいのですけれど」

「申し訳ありません。こちらは、私が特殊な方法により独自に作り出した物。

 口伝や作り方を書いた紙を見ただけで真似できるような物ではありません。

 何よりこれの作り方を教えるのは、私の二代目・・・このお店を継ぐ方にだけと心に決めておりますので」

「そこをどうにか、お願いできないでしょうか」



「どうかお願いします」、「困りましたねぇ」。リンディさんと秋子お姉さんが交渉の応酬が続く。

チラチラと見ていた観客(私以外の皆)も、二人に興味を持ったのかガン見に移行している。



「・・・そんなに美味しい・・・んでしょーか? あたしもそれ、飲んでみて良いですか?」



そんな中、興味を持ったヴィータちゃんが、ジュースを飲みたいと言い出した。

応酬を繰り返していた二人はヴィータちゃんに標的を変更する。

リンディさんはぜひ飲んでみてと勧めて、秋子お姉さんは嬉しそうにニコニコと微笑んできっと美味しいわよと言っている。



「ストローを用意するわね。ちょっと待ってて」

「あ、大丈夫・・です。リンディ提・・・さん、のストロー使わせてもらいますので」



使い慣れていない、目上の人に使う丁寧な言葉でストローを取りに厨房に戻ろうとした秋子お姉さんを引き止めて、

リンディさんが使っていたストローに手をかける。

よく見れば透明なはずのストローは、未だにオレンジ色。

中身が逆流して戻らないんだ・・・どれだけゲルルン状なんだろう?

『じゅぞぞ・・・』とリンディさんと同じように吸い上げて・・・口からストローを離し、すすすっとリンディさんにジュースを押し返す。



「どう? 美味しいでしょう?」

「・・・タイヘン、ドクソウテキナオアジデゴザイマシタデス」



素晴らしい笑顔のリンディさんから視線を逸らし、ヴィータちゃんは片言で感想を述べた。

無言ではやてちゃんに向き合う。



「ヴィ、ヴィータ? どうしたん?」

「ナンデモナイヨ、ハヤテ・・・。ソウゾウシテイタヨリ、ズットアマクナカッタダケ・・・」



はやてちゃんのほうを向くヴィータちゃんの目が、虚ろになっている。

前触れも無く椅子から立ち上がり、はやてちゃんにひしっと抱きついた。

・・・・・・ああ、なんとなく、解っちゃった。お兄ちゃんの勘は、依然優秀だったってことだよね。



「ヴィータちゃん・・・私のオレンジジュース、飲む?」



口直しに。言外で、そう付け加える。



「いい・・・。しばらく、オレンジ色の飲み物見たくない」



ヴィータちゃんに様々な視線が向けられている。

ジュースの危険性をなんとなく理解していた人(お兄ちゃんやクロノ君)からは同情だったり、

理解していない人からは疑惑の視線だったり。

それも長続きはしなくて、各々自分の昼食を片付けに戻った。

食事が終わった後でも、ヴィータちゃんに芽生えた恐怖心は拭い去られること無く・・・・・・

地図についての話し合いが終わるまで、はやてちゃんにくっ付いて離れることはなかった。



どろりのレシピ伝授については、秋子お姉さんの勝利だったとだけ言っておきます。









[8661] 第四十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/11/25 17:54










SIDE:なのは

「う~ん・・・・・・力が集まっている場所に、なのはさんの話も総合すると・・・・・・

 やっぱりこの商店街を中心にした方が、確立は高そうね」

「ほんまですか?」

「当てもなく町中を探し回るよりかは、確実にね」



食事にかかった時間(リンディさんの粘り含む)が30分、食後にマップの話の続きをすること30分、

合計で約一時間が経った。私がアリサちゃんから聞いた話も伝えて、やっとのこと絞ることが出来た範囲。

散々時間はかけちゃったけど、それなりの成果あり。



「しかしリンディ提督。全ての反応がこの商店街に集中しているわけではありません。

 この一つだけ離れた反応・・・不特定に動いているこちらを蔑ろにするのも、どうかと」

「・・・そうね、確かに」

「リンディ提督、この方面は私かシグナムに任せてもらえれば・・・・・・」

「いえ、それは効率が悪いわ。

 この反応が移動している道筋には特定の軌道があるわけじゃないし、

 探索している間は町の中を中心に動いてはいたけど、今現在もそうだとは言い切れないのよね」



そのはずなんだけど・・・・・・・・・

大人の会話はとっても長い。そろそろ行動しないとお店としても迷惑になるだろうに、一向に全員の意見が纏まらない。

特に追加注文をするわけでも無いのに無駄に長く店内に留まられることは、お店を経営している側としてはとっても迷惑。

家が喫茶店を経営しているからこそ、そこら辺のことはよく解る。

お店が忙しい時間帯は特にそう。一つ二つ席を占領されるだけでも、お店の混雑に追い討ちをかけて・・・

私達が見てないところで、帰っちゃうお客さんも居るんだって。

そんな意味も無く居座ろうとするお客さんがいれば、必ず愚痴るのはお姉ちゃん。



「一人でも多くのお客さんを捌かないといけない時に・・・。駄弁るんなら放課後の学校か友達の家で駄弁れ~!!

 ・・・って、ことなんだよね~」



って風に。お客さん本人には、流石に面と向かって言えないけどね。

まあ身内の私怨や、喫茶店側の主張を一時的に脇において置いておくとはしても・・・

私はもう、自分の足で歩いて聞き込みをして探せば問題ないと思うの。

なのに大人の人たちは自分以外・・・誰がどう動いて、何を理由にその行動に至るのかまで明確に計画しないと気が済まないらしい。

それが理由ということになるから口に出せないし、結果としては無闇矢鱈に探すよりかはよっぽど確立は安定しているから、

考えること事態が相当気の引ける話なんだけど・・・・・・お陰で私たちは、凄まじく暇だった。

暇をしている私たち子供の為に、秋子お姉さんが好意でサービスしてくれたお店のおすすめデザート『イチゴサンデー』も食べきって、

結局また暇を持て余している。



「はい。温かいお茶のおかわり、お待ちどおさま」

「ありがとうございます」

「子供には堪えない? 大人の長話」

「にゃはは・・・かなり。もうおしりが痛いです」

「でしょうねぇ。でも大人になると、そうなるのよ。子供の頃以上に時間に鈍感になっちゃってね。頑張れ若者」



パチリとウインクして他のお客さんへ接客しにいく八重歯の店員さん。

とっても友好的な人。たった数回言葉を交わしただけなんだけど、もう仲良くなっちゃった。

そうそう。イチゴサンデーって言うのは、イチゴとアイスと生クリームが大きなパフェの器に綺麗に盛り付けられたパフェのこと。

・・・・・・今パフェって二回言っちゃった。パフェ用の器なんだからパフェに決まってるよね。

メニュー表を見たんだけど、イチゴサンデーって一つ880円もするんだって。

イチゴも綺麗な赤色のが沢山入っていたし、アイスとホイップクリームも翠屋で使っているのとはちょっと違ってて・・・多分翠屋より質の良いヤツを使っている。

家で使っているのよりずっと美味しかったもん。

それを子供の人数分。6つ(クロノ君の分も含まれていた)も用意してくれたんだから、

秋子お姉さんも懐が深いというか、心が広いというか・・・。

お店の経営、大丈夫なのかな? ・・・・・・かな?



「う~ん、じゃあ「あの~、リンディさん」・・なにかしら? なのはさん」

「話し合い・・・そろそろ切り上げないと。他のお客さんにもお店にも迷惑がかかっちゃいますので・・・その~・・・」



まだまだ話が続く気配がありありなので、私も痺れが切れだした。いくらなんでも長すぎる。

大人の人にはそう思わない程度の時間なのかもしれないけど、子供の私たちには辛い。

基本大人向けに作られている座り慣れない椅子に長時間座りっぱなしなので、私はおしりも痛い。

・・・・・・はやてちゃんは自分用の車椅子に座っているし、フェイトちゃんはそんな素振り見せてないけど。

そういえば、ユーノ君も平気そうだよね。あれ? おしりが痛いの私だけ?



「あらら・・・もうこんなに時間が経っているのね」

「そうね、そろそろ出ましょうか。その後は一旦解散。皆はこの商店街を中心に、彼女の探索。

 私はホテルに戻って引き続き調査してみるから、何かあったら連絡を」

「ではリンディ提督、話の続きはこちらで・・・」



シグナムさんが自分の頭を指差した。念話でってことだね。

私はリンディさんが会計を済ませている間に、秋子お姉さんに挨拶をしておこうと席を立つ。

いっぱいサービスしてもらったのに、お礼を何にも言わずにさようならなんて、嫌だから。

ちなみに、さっきから名前が出てきていない上私より先に痺れを切らしそうなヴィータちゃんは、もうとっくにお店を出ている。



「なのは、また一緒に頑張ろうね」

「うん、フェイトちゃん。あ、でもちょっと待って。秋子お姉さんに挨拶してくるから。

 先に外で待ってて」



それぞれの道筋を地図で特定し終えた頃になって、やっとのことはやてちゃんから離れることが出来たヴィータちゃん。

オレンヂのトラウマは、どうにか記憶の奥底に封印することに成功したのかな。

それからイチゴサンデーを食べ終えてすぐに、外で待機しているザフィーラさんを弄くってくるって出て行って・・・帰ってこない。

一人だけでなんて、薄情だよ。話が長引く予兆はあったから、気持ちはとっても理解できるんだけど。

何はともあれ、終わりは終わり。秋子お姉さん、いるのかな・・・?

奥を覗き込もうとしたら、タイミング良く店員さんが出てきた。八重歯の店員さんじゃない、また別の人。

秋子お姉さんがイチゴサンデーを持ってきてくれて、それを密かに手伝っていたフロアスタッフ。



「すみません」

「はい? ああはいはい、なんでしょうか?」

「秋子お姉さん、いますか?」

「へ? お、おね?!」



秋子お姉さんと言ったら、店員さんの驚きようが尋常じゃない。

どうしたんだろう・・・?



「・・・コホン。うちの首領ドンなら今、奥に引っ込んで料理を作っている最中よ・・・ですよ?

 ん、何か違うな。子供相手は口調が難しい・・・」



店員さんは首元押さえながらコキコキと首の骨を鳴らす。

ドン・・・呼び方が変化している。しかも悪化傾向。

秋子お姉さん、ここではスタッフの人から悪者扱いなのかな。とってもいい人なのに。



「・・・誤解の無いように言っておくけど、首領ってあだ名はあっしにとっての親愛の印なのよ。

 首領の呼び方はあっしだけ。フロアで働いている他のヤツらは、それぞれが別の呼び方をしててね。

 あの人に頭の上がらないのが揃っているから、ここ。その表れ」

「?」



フォローのつもりか、それとも私の考えが顔に出ていたのか、弁解を述べ始めた店員さん。

全然解らない。親愛の印が、なんで物騒な呼び名になっているのか・・・。



「それで、首領に何か御用?」

「あの・・・秋子お姉さんにはとってもお世話になったから、お礼を言いたくて」

「そっか。それで態々お礼を言いにくるなんて・・・最近の子供は進んでいるのなぁ」

「・・・はい?」

「ああ、突発的な話題に対応する能力は無いのか。やっぱりまだまだおこちゃまおこちゃま」



ぽりぽりと人差し指で頭を掻いたのち、私の頭をアルフさんと同等の力でぐりぐりと撫で回す店員さん。

実は言葉通りではない、言葉に隠された何か(話題に対する反応?)に期待していたらしい・・・んだけど、私じゃ意味を汲み取れなかった。



「でも首領が料理中、奥の厨房に入ることは禁止されているのよね」

「そうですか・・・」

「基本的に、自分の仕事は他人に見せない人だから。お礼は後であっし・・・おっと、私のほうから伝えてあげようか?」



・・・・・・仕方が無い。本当は自分から面と向かってお礼を言いたいところだけど、秋子お姉さんの邪魔をしたら悪いもん。

お店だって忙しそうだし、店員さんも長くは引き止めていられない。

・・・そういえば店員さん、自分の呼び方を訂正していた。

あっしあっしって何度も言うから気になってはいたんだけど、『私』とかと同じ意味なんだね。少し賢くなった。



「・・・はい。じゃあ秋子お姉さんに・・・」



伝言を伝えてもらおうと一瞬、考える。どんな言葉を伝えてもらえば良いのか。

イチゴサンデーをサービスしてくれたこと、道を教えてくれたことにもお礼を言いたい。

でも二つともだと言葉にするのが難しいな・・・。

・・・・・・・あ、難しく考えなくても良いんだ。もっと単純に・・・



「ありが「私がどうかしましたか?」と・・・?」



言葉が決まり口に出している途中、私の真後ろやや頭上から秋子お姉さんの声が。

振り返れば、案の定その人の姿。いつもの笑顔でたたずんでいる。

いつの間に後ろに? 別の出口からフロアに出て、後ろから話しかけてきたのかな?



「あら首領。この子が首領に、話したいことがあるらしいです」

「本人目の前でも首領呼び!?」

「まあ気になさんな。それじゃ、あっし~じゃない、私は席を片してきますので」

「はい、お願いします」



最後にビシッと親指立てて私たちが使っていた席に向かっていく、あっしが一人称の店員さん。

個性豊かな人といえば聞こえは良いけど、礼儀知らずとも取られそうで危うい気がする。

いろんな人が働いているんだね、ここ。

私のお店もお父さんお母さんとスタッフの人たちは仲が良い方だと思っていたけど、このお店は規定外。仲良過ぎ。



「・・・なのはちゃん?」

「ああ、はい! えっと・・・」



いけないいけない。個性の強い人に気をとられて本来の目的を忘れそうだった。

お礼、お礼・・・。



「あの・・・・・・ありがとうございます」



あ、違う。本人目の前なのに、端折る必要ないんだ。言ってから気がついた。

これじゃ単純すぎて、『ありがとう』の意味が伝わらないんじゃないかな。

秋子お姉さん良い人だから、イチゴサンデーのことだけだと勘違いするかも。

その前・・・道を教えてもらったことに対しても言いたいのに。

でも私のそんな心配は、秋子お姉さんが発した次の言葉で吹き飛んだ。



「ええ、どういたしまして」



なんだか、この一言だけで全部が伝わってきた。

私が言いたかったこと、その全てが伝わってきたよって聞こえた気がする。

・・・根拠も無いのに、そう理解できたの。ふしぎ・・・。

ああ・・・・・・。あの店員さんが、頭が上がらない人って言ってた理由が、少しだけ分かった。

まるで自分のお母さんみたいな、そんな安心感・・・包み込む優しさがある。自分の全てを肯定された気分。



「にゃはは・・・。あの、また来ますね。私、遠くに住んでいるから中々来られないですけど、絶対に」

「ええ、またいらっしゃい。お友達とご一緒に」

「はい。さようなら、秋子お姉さん。ごちそうさまでした」

「ありがとう。またね、なのはちゃん」



最後に一礼してから、お店を出た先で待っているフェイトちゃんの所へ行く。

秋子お姉さん・・・・・・とっても優しいお姉さん。

すぐまた会えそうな気がするのは、どうしてだろう・・・。



「リンディさん、先に出ていますね」

「ええ」



レジのところでは、リンディさんがまだ会計をしていた。

長いよ。

金額が気になるけど、普通のお店よりずっと安くで済んでいる確信があった・・・。















「吠えてあなた方を呼ぶわけでも無く、寂しげな声で鳴くわけでもなく、じっと。

 賢い子達ですね。周りに、主人に迷惑がかかると知っているんです。

 毛皮があるから人間よりか遥かに温度の変化に鈍感ですが、寒いことには変わりないんですから。

 もう少し早めにお店を出てあげた方がいいですよ」



外へ出たら、フェイトちゃんとはやてちゃんが知らない女の子からお説教を受けていた。

これ、どんな状況?

知らない女の子がアルフさんを抱きかかえていて、その背を撫でている。尻尾は宙で、ゆらゆらと。

対面にはフェイトちゃん。私と同じくどうすればいいか分からず戸惑っている様子。

ヴィータちゃんが肉まんに齧り付いていて、はやてちゃんはザフィーラさんを撫でながら、真面目に聞き入っている。

ううん、お説教って空気じゃないね。アドバイスを受けている感じ。

シグナムさんとシャマルさんは、はやてちゃんの傍に控えて・・・やっぱり訳が分かっていない顔。



女の子に抱き上げられていたアルフさんは、フェイトちゃんに手渡された。



「・・・ごめんなさい。これからは気をつけます」

「いいえ、謝る必要はありません。

 ・・・・・・もしかしたら、少々説教じみて聞こえてしまったかもしれませんね。申し訳ありませんでした。

 誤解なさらないで下さい、別に怒っているわけではないのですよ。

 あなたのことも、この子犬のことも知らない私が・・・赤の他人である私が怒るなんて、ただのお門違いですから。

 ですが周囲の目から見れば、あなた方は犬を何の抵抗も無く外に放置する残酷な飼い主と捉えてしまうやもしれません。

 どうかそこは、自覚なさってください」



矢継ぎ早に紡がれる言葉は・・・・・・・・・・・・丁寧な言葉が多く使われていて、逆に古臭さが目立つ。

だけど、気持ちは伝わってきた。アルフさんとザフィーラさん・・・それと私たちのことも心配しての発言だってこと。

それで・・・・・・・・・この子、だれ?



「動物の入店を許可しているお店は早々ありませんから、外で待たせておくのも致し方ない手段でしょう。

 ならばせめて、風の当たらないところで待たせてあげてください。この子達だって、寒さを感じないわけではありません。

 そして戻ってきたのなら、待っていたご褒美を渡してあげてください。とても、喜びます」



そこで言葉を止め、女の子は手に提げていたビニール袋から、紙に包まれた何かをフェイトちゃんに差し出す。

あれは・・・・・・肉まん?

コンビニでも見かける、それと同じ。よく見れば、ビニール袋もコンビニ印のやつだ。

更に困惑を深めたフェイトちゃんの左手に、肉まんをそっと持たせる。



「・・・え? これ・・・」

「差し上げます。その子に食べさせてあげて下さい。少し冷めてしまいましたが、中はまだ温かい筈です。

 そちらの大きな子にも、どうぞ」



続いてはやてちゃんにも肉まんを渡した。一体誰なのかな、この子。

冬の日に、肉まんを配る女の子・・・。マッチ売りの少女の親戚さんとかじゃないよね。

肉まんを宣伝するための売り子? でもコンビニだし・・・。



「動物は、ただ可愛がるだけの愛玩動物ではありません。命があり、生きています。

 だから、優しく接してあげてください」



力強く、うんうんと頷くはやてちゃん。ザフィーラさんが愛玩動物・・・・・・。

色々想像してみるけど、どう考えてもただの愛玩動物にはなりえないね。

はやてちゃんのは、それとはまた違った頷きなんだろうけど。



「大丈夫です。ザフィーラは・・・この子は、私の家族ですから。力強くて、いつだって私のことを守ってくれる狼です」

「・・・・・・余計なおせっかいだったようですね。差し出がましい事を致してしまいました」

「いえ、そんな・・・」

「私はこれで、失礼いたします。どうかこれからも、その子達を蔑ろにしたりしないで下さいね。

 行きましょう、天音」

「くぅん」

「わっ!」



私の隣の茂みがガサッと揺れ動き、中から小さな狐さんが飛び出してきた。

その狐はトコトコと女の子のところまで駆けていき、しゃがんで待ち構えていた女の子が拾い上げる。



「あっ、待って下さい! 私、八神はやて言います。お名前、教えてください」

「・・・・・・ただの通りすがりです」

「そうやなくて、名前・・・」

「私の事は、狐に摘まれて見た幻とでも」



「では」と最後にお辞儀をし、女の子は去っていった。

自分のことを幻だと言う、人にアドバイスをする女の子。再三言うようだけど、誰なの?

また、変な人・・・? 変な人との遭遇率、多いのかな、この町。



「フェイトちゃん、さっきの子は誰なの?」

「・・・わからない。外に出たら、アルフを抱いてヴィータと話していて・・・・・・」

「ヴィータちゃん、知り合い?」

「知らない。でも肉まんくれた良い人。あたしが外に出たときには、もう居たぞ」



最後の一口を口に放り込み、ヴィータちゃんが説明してくれた。

食べ物に釣られて他人と話をしていたんだね、ヴィータちゃん。



「狐に摘まれた幻・・・・・・。現実には居ない人間ちゅう事の比喩?

 ほんなら、名前がありません・・・違う、名乗るほどの名前なんてありませんってことやね。よー考えとる」

「は、はやてちゃん? どうしたの?」



こっちはこっちで、なんだかよく解らない事に。

あの女の子の残した言葉を解読しようと(ただの深読みのような気がするけど)はやてちゃんがブツブツと独り言を・・・。



「なんでもあらへん。シャマル、はよ出発しよ。リインフォースを、探さんと」

「え、ええ・・・・・・シグナム、ヴィータちゃんをお願いね」

「わかった」



リンディさんを待つのもそこそこに、はやてちゃんとシャマルさんが商店街の人込みに消えていった。

喫茶店では表に出さなかったけど、本当は一分一秒でも早く動きたかったはやてちゃん。

でも・・・あの女の子と話して、少しだけ落ち着きが戻ってきていた。

あんな考え方(女の子の言葉を深読みしたこと)、余裕が無い時には出来ないもんね。



「どうしたのかな、はやてちゃん」

「・・・・・・多分、あの子に近しいものを感じたんだと思うよ」

「近しいもの?」



近しいものって・・・境遇とか生い立ちとか、そんな話かな。

私には理解できなかったけど、フェイトちゃんには何か感じ取ることができたのかもしれない。

現に、納得がいったとでも言わんばかりの顔でフェイトちゃんは頷いている。



「うん。動物相性的に」





一も二もなく、納得してしまった自分がいた。









[8661] 第四十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/12/04 15:02










SIDE:なのは

フェイトちゃんが知らない女の子から貰った肉まんは、着々とアルフさんの口の中に消えつつある。

はぐはぐと肉まんに齧り付くアルフさんの姿には、微笑ましさしかない。

それからすぐに、お店の中からリンディさんが出てきた。私はお店の前で立ち止まっていたので、脇に退く。

大分時間がかかってたみたいだけど、どうしたんだろう・・・。

リンディさんのその両手には、大事そうにオレンジ色の小瓶が抱えられている。



「♪」

「うぐっ・・・」



鼻歌でも歌いだしそうな程上機嫌なリンディさんとは対照的に、そそくさと(一番近くにいた)私の後ろに隠れるヴィータちゃん。

緊張の面持ちでリンディさんの手にある物を睨んでいる。

・・・・・・・・・これって・・・・・・・・・



「す、すごく嬉しそうですね、リンディさん」

「ん♪ ええ、とっても。あの人から、あの飲み物になる前の作品・・・ジャムを分けてもらったのよ」

「それ、食べるんですか?」



ジャムなんだったら食べる以外の選択肢なんてないんだけど、どうにも訊ねてしまう。

私がリンディさんと会話を始めた頃、ヴィータちゃんは私から離れフェイトちゃんの後ろに隠れた。

どれだけ不味かったんだろう、あれ。



「それは勿論。・・・ああ、なのはさんも少し味見してみる?」

「いえ、結構です」

「そう・・・遠慮してない? きっと美味しいわよ」



遠慮なんかしていません。割と切実にそう思っています。



「食べるのは勿論だけど、でもその前に~・・・・・・味を再現するために、一度アースラの機材に通してみたいわね」



しかも量産する気満々です。

味を再現って・・・可能なの? 機械に通しただけで。

リンディさんに笑顔を向けたまま少しずつ後退し、フェイトちゃんの隣に並ぶ。



「ねえ、フェイトちゃん。この世界の食べ物って、魔法世界の機械に通したらどうなるの?」

「・・・えっとね、通す機材とその性能によって逐一変わるから、一概にどうとは答えきれないんだけど・・・」

「アースラに積んである機械のレベルでいいよ」

「・・・アースラなら・・・・・・その物体が構成されている・・・・・・なんて言えばいいのかな。

 ・・・・・・・・・・・・・・・水とか塩分、鉄分に栄養素とか・・・それに含まれている成分の比重が、大体解るぐらいだよ」

「だからその配合を巧くコントロール出来れば、同じ材料を使わなくても同じ物が作れたりしちゃうのよ。便利でしょう?」



正面からリンディさんが、私が次に質問しようとしていた「味の再現は可能か」の部分についての解を述べる。

再現可能ってことですね、わかりました。

危険がグッと身近な物になった気がするよ。

ジャムに尋常ならざる力が働いて、分析できないって結果が出たりしないかな・・・。

ああでも、そんな危険な食べ物だったりしたら、リンディさんの身近にいるフェイトちゃんやクロノ君が一番危ない。

これは逆に、再現できる程度の危ない物であってくださいって祈るべきなのかな・・・。



「ところで・・・はやてさんとシャマルさんは?」



浮かれていたため今になってようやく、リンディさんは二人がいないことに気がついた。

私はどうなることか気が気じゃなかったので、答えることが出来ない。

それに答えるのは、ヴォルケンリッターの将であるシグナムさん。



「先に行きました」

「そう・・・。しょうがないわね。この場はお開き。

 クロノはここで、夜天の魔導書の官制人格を探索する事に集中して」

「はい」



一瞬でリンディさんは仕事用の真面目な顔に切り替わった。

まるで一発芸だね。



「なのはさんのお兄さんは、そうね・・・・・・官制人格のことを唯一知らないだけだし、

 下手に動き回るよりかは、ホテルで私の近辺を護ってもらう方が良いわね。アルフさんの代わりに、私の護衛。

 それでアルフさんが、クロノについて。日が沈むまでに見つからなければ、今日の探索は終わり。

 明日に備えて至急ホテルに戻ってくること。・・・以上かな。

 なのはさん達はホテルの場所、知らないわよね。場所が分からなかったら、念話で連絡をして。その時に説明するわ」

「「はい」」

「それじゃあ、解散」



掛け声を受けて、二組に分かれたまま散り散りに動く。

どうせ方向的に右か左か(或いは前か後ろ)の選択しかないのだから、一緒の方向に行く人もいるんだけどね。

私たちも少しの間はヴィータちゃんたちと一緒に。

だけど途中、分かれ道を待つより早くヴィータちゃんが裏道のようなところに入っていった。



「ヴィータ、何処へ行く」

「んあ? なのは達と団子になって探しててもしょうがないだろうが。

 案外こんな入り組んだ場所に秘密基地みたいな所があって、そこにいるかもしれねーし。こっちに行く」

「待て、ヴィータ!」



呼び止めるシグナムさんの声も無視して、先へ先へ進んでいく。

秘密基地の発想は明らかにテレビの見すぎだよ、ヴィータちゃん。

ずんずんとまったく知らない道に進んでいく足取りには迷いが無くて・・・・・・絶対に道に迷うよね。



「・・・はぁ。仕方が無い」

「大変ですね、シグナム」

「問題ない。テスタロッサ、高町。後で・・・」



裏道とは言ってみたけど、人二人が横に並んで通れるぐらいの道幅は十分にある。

シグナムさんはヴィータちゃんを追う。手のかかる妹に振り回される姉だよね、この構図。

二人が離れたゆえ、再びフェイトちゃんと頑張ることになった私。

今度こそ、リインフォースさんを見つけ出したい。確実な方法が無くても、地道に頑張るしかなくても。

・・・・・・でも、やっぱり簡単な方法があれば・・・それに越したことは無いな。

どうしてリンディさんは、アースラが使えないって言っていたんだろう?

それに・・・リインフォースさんも、どうして戻ってこないのかな。戻って来れない理由でもあるのかな。

パンフレットに沢山マークされてた魔力反応っていうのも気になる。



「・・・・・・分からないことが多すぎるよ」

「なのは、大丈夫? 疲れてる?」

「・・・ちょっとだけ。でも喫茶店で休んだばっかりだもん、頑張らなくちゃね」

「うん、頑張ろう」



分からない事だらけでも・・・それでも、出来ることはある。

頑張っていこう。



『「やっと、見つけた!」』



決意新たに元気を出したところで、背後から声が聞こえてくる。

聞き覚えがある。ほぼ毎日聞いている声。そして・・・それとダブる形で、全く知らないはずの声も聞こえてきた。

知らない方の声はすごく鮮明で、はっきりと聞こえたはずなのに・・・・・・

その声はどこかぼやけていて、記憶の奥底から呼び起こされたような声だった。

驚いて振り返る私の右目に、再びノイズが走る。

左目で見知った姿を見つけるのとほぼ同時、右目が映し出した光景は・・・・・・



夕方の町。全身を覆い隠していたボロボロの布を脱ぎ去ってこちらを睨みつけて来る、知らない女の人だった。















SIDE:祐一



「ふ~。満足満足」



デパートの小物売り店にて厳選に厳選を重ね、生地を選別。軽く小一時間は経った気がするが、正確な時間なんざ覚えていない。

現在、同じデパート内にある飲食店で軽く一息入れている。

メニュー表を見て、軽く昼食になる物・・・ミートソーススパゲッティとコーヒーを注文。

親同伴でない子供一人、デパート内の店で昼食を取る。図的にはそこそこシュールだろうな。

味の方は商店街にある喫茶店・・・百花屋と比べればあんまり期待は出来ないだろうけど、さてさてどのくらいのお味か。

せめて標準レベルの味でありますように。

注文したのが届くまでは暇なので雑誌でも読もうかと腰を上げ・・・やっぱり止めた。

今し方買ったばかりの袋に乱雑に突っ込まれた商品を取り出し、再び袋に詰め直す。



「祐一。どうして買ったものを袋から出して、また入れ直してるの?」

「中に入っている商品の比重がちょっとばかり悪かったからな。バランスの関係上、一度入れ直した方が良いと思ったんだ。

 これは紙袋だが、透明なビニールの場合はここで丁寧にバランス良く袋に詰め込むことに成功すれば多少見栄えも良いし、

 持ち運びも・・・中の商品の重さが余程偏ってなければ、疲労が幾分か軽減される。これ、俺流の豆知識だ」

「ふ~ん」

「興味なさそうだな・・・。まあ見栄えの方はそこまで気にしなくても問題は無いんだが。

 普段スーパーとかで買い物をしていると、物の詰め方結構気になってくるもんさ」



ちなみに俺が貰った袋は取っ手も付いていない茶色の紙袋。

外側からは見えないんだから、見栄えもへったくれもあったもんじゃないが。

手提げ用のビニール袋ならば適当に手に提げて持って帰れるのだが、取っ手も無い紙の袋だとそうもいかない。

抱えて持って帰る以外方法が無いのだから、自然取っ手があるものに比べ両手にかかる負担が増加する。具体的には二の腕の。

今回は軽い物だけだからそうでもないが、これ重かったら帰りは相当ダルイ事になっていたな。

紙袋なだけでそうなのだから、両腕に子供を抱えてスーパーで買い物をしているSUPERな奥様方のパワフルさには尊敬を通り越して恐怖すら抱きそうだよ。

・・・・・・寒い駄洒落を考えてしまた。ガッデム!



「んでさ、舞、佐祐理さん」

「なに?」

「はい?」

「あまりにも自然に会話に加わってきたせいで、思わずナチュラルに返してしまった訳だが・・・・・・一体いつの間に現れたんだ?

 数分前まではいなかったよな」



まるで最初っから居たかのように会話をスタートさせてしまったのだが、この二人はついさっきまで居なかった筈だ。

舞も佐祐理さんも突っ込めよと一言も言ってくれないので(元々突っ込みを期待してもいなかっただろうけどさ)、

俺が自分から指摘してしまった。ボケが主流の俺にまさかの突っ込みをやらせるとは・・・。

天然恐るべし。



「祐一がこのお店のメニュー表を見ている時に、こっそり忍び足で近づいたんだよ」

「あはは~。舞ったら、祐一さんの気配がするってこの建物の中に飛び込んでいったんですよ。

 私も半信半疑で付いて来たんですけど・・・ふぇ~、本当にいましたね~」

「うん。祐一の気配は私、間違えない自信があるよ」



気配でそんなことが分かるようになったのか。すげ~ぞ舞。

不思議メルヘンパワーは、着々と以前の舞に近づいていっているみたいだ。

・・・将来的には舞空術習得したり、気孔波打ち出したりしないよな。そいつぁ流石に勘弁だぞ。



「はぎれと、糸が二つと、紐と・・・これ、何に使うの?」

「こらこら、はぎれなんて言わない。何だか安っぽく感じるから」



舞が俺の買ったもの(布)を見て、はぎれ扱いしてきた。

酷いぞ。はぎれって、言い換えれば使い残りの布切れってことなんだからな。

とまあ口では安っぽく、とは言ったものの・・・実際俺が買った生地は安い。

別にはぎれじゃない、ちゃんとした生地として売っている物だったが、それでも安いもんは安い。

生地と紐を買ったが、会計には千円札を一枚出せば事足りた。形になる前の生地、素材系は総じてそんなもんだ。

ロールとかになると相当高いけど。

う~ん・・・・・・やっぱ普通値段の生地より、ちょっと高いけど丈夫そうなの買ったほうが良かったかな?

今更になってまた買う際に生じていた悩みが復活し始めてきた。

でも俺の脳内にビビッと来たのは、普通値段の生地の方なんだよなぁ。

何より納得いくものが出来るまで何度失敗するか分からないんだから、生地が無駄に消費される予定は大だ。

あんま高い生地買って失敗=捨てるのは、いくらなんでも勿体無い気がする。なれば俺の選択肢に問題はない。

うむ、OK。



「手芸でもなさるんですか?」

「う~ん・・・まあ手芸・・・かな。それで、二人はどうしてこんなに離れた街中にまで?

 買い物に来たにしては、随分と軽装ですよね」

「それはですね・・・」

「ああ、ちょいとストップ。当ててみせます」



眉間に人差し指を当てて「むむむ・・・」と思考する。



買い物の線は・・・多分、無い。舞と佐祐理さん、財布はいつも肩掛けポーチに仕舞っている。それが今日は無いからな。

ウインドウショッピング? これはかなり有力だが・・・・・・いやいや、佐祐理さんのことだ。

俺の想像斜め上をいく答えを用意しているかもしれない。

二人以外の別の人物がいて、その相手と街中で鬼ごっことか? ・・・これは流石にありえんか。

佐祐理さんももうすぐ中学生だ。態々そこまでして鬼ごっこはしないだろう。

・・・・・・逆に舞なら喜んでやりそうなもんだけど。

んで他に・・・その行動に意味があり、尚且つ佐祐理さんならやるかもしれない俺の予想斜め上を突っ走りそうな理由・・・



「・・・・・・街中の穴場巡りツアー?」

「ただのお散歩ですよ」

「うわめがっさ普通だった!!」

「めがっさ?」



舞の疑問の声も俺の耳には届かない。

思考の裏をかかれた、まさかの通常攻撃。佐祐理さん・・・予想の遥か下を、水平飛行していきおった。

完全なる敗北・・・略して完敗だ・・・。



「・・・ねえ祐一。ただ外れたってだけなんだから、そんな力の限り悔しがらなくてもいいんじゃない?」

「ふっ。舞よ、俺の何処が悔しんでいるように見えるんだ? 50字以内で簡潔に述べてみよ」

「全部。纏ってる雰囲気も、プルプル震えているコブシも、顔も」



ド直球! 時速150キロ強のストレートなデッドボールだ!

中々に容赦無いな、舞のやつ。マジで簡潔に述べてきた。



「いい子いい子。よしよし」

「舞・・・。それは傷心で落ち込んでいる男子からしたら、ある意味究極のトドメだ。

 ボールに入れればポケットに収まるモンスター風に言えば、『効果は抜群だ!』を通り越して『一撃必殺』の域になる。

 落ち込んでもすぐ立ち直れる奴も含めて、今後は絶対にしちゃ駄目だぞ。勘違いする奴が出てくるから」

「祐一にしかしないよ、こんなこと」



信じられない大胆発言!

それは俺に勘違いしろってことですか? 舞に惚れても良いってこと?

・・・・・・って、んなわけないか。

子供心の純度マキシマムの舞には、そんな下心というか・・・・・・まあ、無い。とりあえず無い。そんな感じのは。

舞は恋愛に対する何たるかの感情が、同年代の子供と比べても極端に疎いんだよな。いや・・・幼い、か?



「ファイト~!」

「いっぱ~つ!」

「合いの手ありがとう」

「どういたしまして♪」



落ち込んでいようが立ち直りは一瞬。俺達に集まる視線なんて気にしない気にしない。

どれ・・・ここらで昔のことでも回想しながら、俺が何故舞に対してそう思うのかの理由を、脳内で説明するとしようか。



「舞、佐祐理さん。何か好きな物頼んでも良いぞ」

「え? でも・・・私、お金持ってないよ」

「今日の俺はリッチだ。何でも頼んで良いぞ。デザートだけでもOKだ」

「イチゴのケーキある? イチゴ」

「あるある。舞はショートケーキと・・・佐祐理さんは?」

「ふえ? 私は・・・・・・」



夏と冬の休み期間にだけ使用する、この町の相沢家。そこの俺の部屋の本棚には、

俺にとっての思い出の品であり、ベタベタなお約束な展開が連発する少女漫画・・・

『恋はいつだって唐突だ』

という漫画が置いてある。

昔(逆行前)も古い部類の漫画だったが、この時代でもかなり古い本であり、

男で精神的に大人な俺が見てもそこそこきついもがある。正直に言えば内容がかなり小っ恥ずかしい。

逆にそこが面白い漫画、とも取れるんだがな。



「結局、今年の冬休みは祐一のお家でお泊り会、出来なかったね」

「そうだな。俺も今年に入った頃からは色々忙しくて、皆と遊ぶ時間が取れなかったし。まあそんな年もあるさ」

「また夏休みに、ですね」

「夏休みかぁ。その時は私達、中学生だね」

「だね~」



とある日、舞がそれを俺の本棚から引っ張り出していたことがあった。

去年の夏あたりだったかな。他の皆が遊ぶ時間が取れなかった為、舞とまいと俺の三人で俺の部屋で遊ぼうってなっていた時だった記憶がある。

あまりにも露骨な恋愛漫画VSマイマイコンビ。

ピュアな舞達がそれを見てどんな反応をするのか。

案外顔真っ赤にして黙り込んだまま黙々と読み進めていくんじゃないかな~とか考えながら、俺はワクワクしながら見守っていたんだ。

だが・・・・・・。

・・・・・・続きは説明が難しいな。思い出せる範囲で、舞とまいの会話を抜粋してみるか。





「まい」

「ん~?」

「この斜めの線、顔が赤くなってるってことだよね。どうして顔が赤くなってるのかな?」

「風邪じゃない?」

「でも・・・いきなり風邪引いたりするのかな?」

「元々引いていたんだけど、気がついていなかったんだよ」

「そっか~」





「胸がドキドキする・・・?」

「病気かな」

「顔また赤いね。病弱なのかな・・・可哀想」

「舞~、これただの漫画だよ」





「あ、ソファに躓いて男の人が女の人を押し倒した」

「女の人、後頭部打ったよね。痛いよね~絶対」

「男の人、早く退いてあげれば良いのに」

「なんで長々と上に乗っかってるのかな?」





「間接キッス? 何で動揺してるかな?」

「一つのフォークでケーキ一緒に食べるなんて、普通だよね」

「うん」





などなど・・・。予想だにしないリアクション。

おまいら恋愛もの見たことないんかと突っ込みそうになるほど見当はずれもいいとこな会話続き。

自分の気持ちはそのまま表に出すほど純粋な二人だから、漫画を見た場合の受け取り方も、本当に純粋なんだよな。

漫画のように『これがこれ、更にこういうことだから、読者にはこう伝わるはず』と、

遠まわしに読み手側に理解してもらおうとする類のものは、大の苦手。

赤点レベルの理解力。



「あ」

「いうえお」

「ふえ? どうしたの、舞」

「俺に対する突っ込みは無しですか、佐祐理さん」

「祐一祐一」

「ん?」

「真琴は食べ物屋さんに連れてきたらいけないよ」

「・・・・・・っは! ・・・忘れてた」



一言フォローを付け加えるのなら、だからといって二人は空気を読めない訳でもない。

むしろ、自分がいる場(空間)の空気を読むことには長けている。だから会話中も見当外れな意見を述べることも無い。

単に自分が当事者でないのなら、純粋に戻るだけである。

ただ『恋はいつだって唐突だ』の場合、作者が読み手側にどう受け取って欲しいのか、漫画の主人公らの心の内の葛藤などガン無視状態である。

見てる分には面白かったけどな。突っ込みを入れそうになる体を抑え込むのには苦労した。



「お待たせいたしました。こちら、ミートソーススパゲッティです」

「どもっす」

「それとショートケーキがお二つ・・・」



実際これが、去年までの舞達の感性だったのだ。今はどうか知らんが、あれは一年やそこらでそう変わらないないはずだ。

ともかくそんな訳で、舞は知人or他人に、自分を恋愛対象として見てもらおうと考えながら行動したりするような、

そんな不純な感情は微塵も持ち合わせていない。

これが、舞に下心が無いと断言する理由だ。

・・・・・・なんかこれじゃ、舞に下心があるはずない云々の話じゃなくて、

舞の意外なポケポケっぷりを解説しているだけのような気もするな。

あれだな、気にしたら負けってやつだな。

中学に上がれば自然そういう方面にも話題が流れていくようになるから、舞もこれまでのように純粋無垢なままってわけにはいかないだろうけど・・・。

はてさて、どれほどの成長をするのやら。

恋愛感情には疎いくせに、此間は人の着替えでは顔真っ赤にして「破廉恥」と叫んでいたから、一応少しは成長はしているのか?

と、ここで一旦思考を終える。料理が運ばれてきたからな、それに集中しよう。

思考しまくり心ここにあらず状態で、味を気にせず機械的に食べるなんて作ってくれた人に失礼だもんな。

運ばれてきたそれの見た目は美味しそう。当然ながら。



「んじゃ、いただきます」

「いただきます」

「いただきま~す」



ミートソースとスパゲッティを絡めて、フォークに巻きつけ早速一口。

むぐむぐとスパゲッティをかみ締め、感想一言。



「うん、普通」



心の中では「うわ~、このお店にはコックさんいないのなぁ」とか思っている。

何故なら、味が・・・あれなんだよな。インスタント。

スパゲッティは普通に茹でているだけ。まあスパゲッティの特別な茹で方なんて、俺は聞いたことも無いが。

勿論俺にアルデンテがどうとかは全くもって分からないから、茹で加減は無難なぐらいだな、としか感想は出てこない。

そして味の決め手となるミートソースは・・・・・・多分缶詰とかそこらへんかな。

スーパーで買うやつと同じ味がする。

ふむ・・・デパート内にある無名の飲食店なら、こんなものかな。

別に不味いって訳でもないから、外れではないな。当たりでもないが。



「う~ん・・・?」

「・・・・・・」

「ん? どうした、二人とも」



舞が妙な声を上げたので思わず視線を向けてみれば、舞も佐祐理さんもフォークをくわえたまま首を傾げている。

なんか、微妙な顔。

ケーキ食って微妙な顔って・・・・・・



「・・・・・・まさか、不味かったのか?」



こういうお店のデザート・・・特にケーキ系には、他の料理と違って外れがあってはならない。

常識的に考えれば、ケーキに限らず料理には外れ自体存在したらいけないんだけど。

でも当たりばっかりのお店があっても面白くは無いな。外れがあるから、当たりが引き立つ。

・・・・・・微妙に路線変更しそうな傾向のある思考を元に戻す。

率直に言えば、余程の理由がない限りケーキに外れなんて無いはずなんだが・・・・・・?

まさか余程の理由があるケーキなのか? それってお店としては相当ヤバイレベルなんじゃ・・・。



「いいえ、違います。美味しいですよ。一般的な味のレベルは十分に満たしているケーキです。

 でも・・・・・・ね? 舞」

「うん・・・」



二人は目を見合わせ、お互いが言わんとしている事を意思疎通できているみたいだ。

俺にはさっぱり分からんがな。



「ん~・・・・・・・・・想像していたよりかは、美味しく感じなかっただけ」



悩んだ末、舞が言いにくそうに言葉の続きを述べてきた。

想像していたよりかは美味しくなかった・・・か。

舞が言い辛そうにしていたのは、折角俺が奢ってくれたのに「美味しく感じない」と言ってしまうのに気が引けているからだと理解した。

そんなこと気にしなくてもいいのにな。

何はともあれ、俺は俺なりに舞の言葉の原因を推測してみる。



「それって・・・味覚が変わってきているってことじゃないか?

 子供の頃は大の甘い物好きでも、大人になると味覚が変わって全然食べなくなることもあるみたいだし。

 案外二人もその類かも」

「それは違うよ」



俺の憶測は舞によって、間髪を容れず即行で否定された。

えらい自信満々だ。

舞はケーキをフォークで掬い、再び口に運ぶ。佐祐理さんも舞の隣でそれに続く。

まみまみと咀嚼しコクンと呑み込まれるまで、俺はスパゲッティに手をつけずに静観する。



「やっぱり・・・そうかな」

「そうだね」



お互いはまたもや顔を見合わせ、互いが言いたいことを理解しているようだった。



「だから、どうしたんだ?」



どうやら今度こそ確信を得たようで、揃って真っ直ぐと俺の目を見つめてきた。

おおう、何故か知らんが気圧されるような気迫を感じるな。

どっちもプレッシャーなんて微塵もかけてきていないのだが、

俺の心境的にここは気迫があったほうが盛り上がるような気がするから気圧されている気がしている。

要するに、思い込みってやつだ。

二人は「せーの」の合図をしていないにもかかわらず、声をハモらせて俺に宣言してきた。



「「昨日のケーキの方が、美味しかった(です)」」

「合格!!」

「・・・・・・・・・なにに?」

「俺の○○○○!!」





不意打ちであまりにも嬉しいことを言ってくれたので、感極まったお兄さん懐かしくもとんでもない事口走ってしまったような気がするんだが・・・

そこら辺はあんまりよく憶えていない。



余談の豆知識だが、『間髪容れず』とは『”間”に”髪”の毛を”容れる”隙間も無い』という意味で、

区切りは『間、髪容れず』となる。『間髪、容れず』と区切り部分を勘違いする人も多いようだが、間違えて覚えるんじゃないぞ。









[8661] 第四十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/12/22 18:16










SIDE:祐一

カフェで舞、佐祐理さんの二人としばしの雑談を交わし、デパートの入り口で別れた後に俺は帰路に着いた。

デパートに来る時通った道・・・・・・。

・・・・・・記憶に残る道筋を・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・そのままなぞって・・・・・・・・・・・・。

そのはずなんだが、



「ここ、どこだ?」



家のある場所(と思しき方角)に向けて真っ直ぐ歩いているというのに、進めば進むほど知らない道が続いている。

横道に逸れたわけでも、冒険心をくすぐられた訳でもない。真面目に帰るつもりだった。

だってのに・・・・・・

見知った道に出るような兆候は・・・・・・無い。

しょうがないので遠目に見える歩道橋に一度登ることにする。

踏む度にカンカンカンと音が鳴る、メッキが剥がれちょいと錆た階段を登り、歩道橋の真ん中に移動する。

・・・・・・やはり見知った道は存在しない。ものみの丘や【学校】も確認できない。

念の為、周囲を確認。人影無し。

すぅ・・・と息を吸い込む。



「またかよ!!」



お腹に力を入れて叫び、お陰でストレスはしっかりと発散された。

すっきり。

歩道橋に登ろうと思った理由はこれだけである。



「ちっくしょうめー。今回はスキル云々抜きで、本気で純粋に迷った~」



手すりに背を預け、一人愚痴る。

やっぱり最初の曲がり道、左じゃなくて右に行くべきだったのか。

初っ端に間違えたせいで、今は見知らぬ歩道橋で立ち往生だ。

本来俺のような迷子熟練者ならば・・・彼方此方と彷徨った挙句道が分からなくなったのでないのなら、

元の道を引き返せば良い、と思うところだが・・・・・・。

既に何度か引き返し、進み、曲がり、また引き返しと繰り返し・・・・・・どこをどう行けば戻れるのかも、皆目見当がつかない状態だ。

典型的な迷子。詰まる所、手遅れ。



「・・・・・・なっちまったもんは仕方が無い。状況確認が先決だ」



素早く思考を愚痴モードから切り替え、辺りを観察する。

俺が立っているのは、歩道橋。注意点、俺の知らない歩道橋。

その真下の車道は片側二車線。下の歩道は、中々広い。

車道はやや広く、前後共に真っ直ぐと伸びており・・・・・・多分どちらかの車道沿いに真っ直ぐ突き進めば、

駅方面あたりにでも出るのではないかと思われる。

たとえ駅に出ないとしても、知っている大通りに出られれば結果オーライ。

さて、ここで問題なのは・・・・・・どの方向に進めばそこに出られるか、ということなのである・・・。

前進か、後退か・・・・・・。

少なくとも今この時点で、それ以外の選択肢を選ぶのはNGである。横道に入ったり、とかな。

いくら俺がチャレンジ精神に溢れているとは言っても、迷子の上さらに迷子になるような愚行を犯すのは浅はかだ。



「むむむ・・・これは、俺の人生を大きく左右する分岐点だぞ。

 ここで選択肢を間違えれば俺の未来に待つのはお先真っ暗な世界、慎重にならなければ・・・・・・」

「にゃぁ・・・にゃ、うな~(ただの迷子なのに・・・よくそこまで話を大きく出来ますよね、祐一)」

「あながち間違いでも無いぞ。ここで間違えた選択をすれば、俺が家に帰り着けるのは8割以上の確立で日が暮れた後だ。

 電灯はあるだろうが、お先が真っ暗なことには変わりがない」

「にゃあ、にぁ(言葉遊びですか。余裕ですね)」



ん? 俺今誰と話しているんだ?

キョロキョロと周囲を見渡す。相も変わらず人の姿は無い。



「にゃ~、にゃ~(下ですよ、下)」



? よくよく注意してみれば、猫の鳴き声・・・。

世界は広し。けれど猫語なのに俺が理解できる言葉を発する猫は、オンリーワン。わんわん。



「ルシィか?」

「にゃう~、うな~(やっと見つけました、祐一)」



鳴き止むと同時に俺に飛び掛るルシィ。真琴と同じように、だけどそれ以上の素早さで俺の体を駆け上がってくる。

おお、速い速い。

ルシィが足をつけた俺のコートには、猫の肉きゅうスタンプがポンポンと押されていく。

足跡は可愛いが・・・・・・これは帰ったら洗濯だな。

首に巻きついている真琴を踏ん付けないよう注意しながら俺の肩へ足をかけ、最後は華麗に跳躍。

俺の頭に腹から乗る。

昔、真琴に乗っかっていたピロのポジションだ。猫の体温温かい。



「おっと。どうした、ルシィ」

「にゃあ、にゃあ(いいえ、何でも)」

「また猫の気紛れでも閃いたか?」



俺の頭に乗っかったまま、くてっと力を抜く子猫・・・黙秘するつもりのようだ。

・・・・・・まあいいや。

第一俺には、人・・・もとい、猫を気にする余裕は無い。

・・・まてよ。



「ルシィ」

「にあ?(はい?)」

「お前は、ここに来るまでの道のり・・・覚えているか?」

「にゃあ・・・にゃあ、にゃあ、なお~(ええ、まあ一応は。道案内しましょうか?)」

「頼む」



助かった。これで帰れる。

猫の割には俺以上にしっかりしているから、或いはルシィなら帰りのことも考えているかと思ったんだが・・・。

大当たりだった。・・・・・・俺って、猫より方向音痴なのな。



「ふっふっふ。お困りのようだな!!」

「にゃあ~・・・(まずは歩道橋を降りて・・・)」

「おう、歩道橋を降りるんだな」

「無視かよ!? スルーしないでお願いします!!」

「ん?」



俺に対する、このキレのいい突込み。

声変わり前なのに、声変わり後とそんなに違いがみられないこの声。

最近懐かしいようなそうでもないような、ムジュラ(のような)仮面、【斉藤のマスク】を俺に渡したヤツ。

誰かと思えば・・・



「お前は・・・・・・」

「よう! 二日ぶりだな、名も知らぬ親友!」

「誰だ?」

「ちょっと!?? 竜巻旋○脚食らわしたよね!? 食らわされたよね?!」



「食らわしたよね!?」で俺を指差し、「食らわされたよね?!」で自分を指差す北川少年。

声が裏返るほど興奮している。

こいつからしたら一昨日の後ろ回し蹴りは、竜巻○風脚としか捉えられなかったのか。

・・・・・・んでも、背後から攻撃したからそう捉えられてもしょうがないか。



「でも俺とお前が友達になれるのは6年後の話だし・・・今親友になるのは、ちょっとな」

「何の話だよ?!」

「だから、6年後の話だって。分からん奴だなぁ」



テンション高いよ、今日の北川。はっちゃけが露骨になってきている。

6年後にはある程度いいレベルに落ち着いき、見事クラスのムードメーカーになっているのだが・・・。



「で、どうしたんだ? どんな理由でこんな所にいる? 北の字よ」

「・・・ふう。焦ったぜ。まさかこのまま「じゃ!」とか言って立ち去られるんじゃないかと思っちまったジャマイカ」

「お望みとあらばそうするが? ジャマイカは今のご時世どうなんだ?」

「嘘! ヤメテ! それにジャマイカはまだナウいじゃないか!!」



ああ、そうか。ジャマイカはまだナウいのか。俺の感性としてはナウいが既にナウくないんだが。



「ウオッホン! 気を取り直して・・・それで、そこ行く少年よ。なにかお困りのようだが・・・」

「ああ、もう解決した」

「・・・なんですと?!」



たった今道案内可能な猫が現れたばかりだからな。

親切にも現れてくれた北川には少々申し訳ないが、ここで申し訳なさそうな顔をするなんて、俺達の間では許されない。

大口開けて呆然としている北川に親指を立てて、ニカッと笑い宣言。



「ま、次があったら頼むわ!」

「お、おう、任しとけ! うおおおぉぉ~ん・・・」



・・・・・・北川は男泣きをしながら走り去ってしまった。相当ショックだったらしい。

俺には一欠けらの罪も無いんだが、あの後姿にはどうにも罪悪感を感じてしまうな。

にしても・・・・・・北川、どっから登場したんだ?



「なお~(さ、行きましょう祐一)」

「おう」



俺はルシィの道案内を受け、知らない街角からの脱出を開始した。



5分後・・・・・・



「・・・・・・で、商店街到着か。すんげー近いじゃん」

「にゃあ。うにゃ(逆にあそこで立ち往生していた祐一にびっくりですよ)」



どうして迷子になっていた、俺。

世界の不思議と対立でもしていたのか? それとも俺の中に眠る、未発見スキルの一端だったのか?



「うにゃ~(ほら、行きますよ)」

「行く? 行くって、何処に?」

「うな~(案内します)」



ポムポムと肉きゅうで俺の額を叩く。肉きゅうが気持ち良い。

どことなく問答無用な今日のルシィからはいつになく、意思というものを感じる。

日溜まりで寝転んでいる時とは大違いだ。猫の気紛れでも起こしたのか?

まあ荷物も少ないし、急ぎの用事も無い。たまにはルシィに付き合うのもいいだろう。



「はいはい。どっちだ?」

「にゃにゃ~、にゃ~・・・(真っ直ぐ、です。真っ直ぐ・・・)」















SIDE:なのは



「まったく。最初から私を連れて来れば良かった話じゃない。どうして黙ってたのよ」



ヴィータちゃんと別れた後・・・私たちの背後から声を掛けてきたのは、腰に手を当て仁王立ちしていたアリサちゃんだった。

アリサちゃんのすぐ後ろには、すずかちゃんも一緒。アリサちゃんに連れて来られたらしい。



「うん・・・ごめんね、アリサちゃん。でも・・・」

「『でも』は無し。いくら魔法事だからって、私達に秘密で出かけるなんて許すまじきことよ、なのは」

「そこは私もアリサちゃんに賛成。せめて一言欲しかったかな。友達なのに、水臭いよ」



アリサちゃんもすずかちゃんも非難の目で見てくる。

私とフェイトちゃんはさぞ、ばつの悪い顔をしていることだろう。

悪いことをした自覚は・・・ある。



「ごめんね・・・。今度はちゃんと、言うから・・・約束する」

「・・・・・・まあフェイトが約束するんなら、今回は許してあげる。なのははあんまり信用できないんだけど」

「酷いよ、アリサちゃん」

「なのはって、本当に重要な事は私達にだって隠し立てするじゃない。当然の評価よ。

 さあ、行くわよ」



アリサちゃんは先頭になって歩き始めた。商店街の町並みは知っているのかな?

私達はその後に続く。



「・・・すずかちゃん。アリサちゃんは、どうしてすずかちゃんまで連れてきたの?」

「あはは・・・何でかな。突然家に押しかけてきて、『なのは達の所へ行くわよ、すずか!』って・・・」

「他皆こっち来てるんだから、すずか連れて来なかったら一人仲間外れじゃない」



・・・あ、そっか。そうだね。

私たちが総動員していたから、すずかちゃんにとって大切な友達(私にとっても、だけど)、

アリサちゃんを除いてみ~んなこの町に来ちゃってたんだよね。



「改まっててあれなんだけど・・・ごめんね、二人とも」

「ううん、私はもう気にしてないよ」

「・・・・・・私は、フェイトが謝ったときに許してるわよ」



すずかちゃんはにっこりと、アリサちゃんは前を向きながら。

優しいな、二人とも。



「で・も! 次は無いと思いなさい」

「にゃはは・・・うん!」



私たちが魔法に関わっていることは、クリスマスイヴの日に二人にバレちゃっている。

これ以上秘密にするようなことはない。

もっと思い切って、色んなことを話してみるのも良いかもしれないね。



「それでアリサ、どこへ向かってるの?」

「ん? 佐祐理お姉さんの所よ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

フェイトちゃんの質問に、アリサちゃんはごく自然に返していたけど・・・違くない?

リインフォースさんの所へ向かっているんじゃ・・・・・・。



「アリサ。私たちが探しているのは、夜天・・・えと、リインフォース、って人なんだけど」

「はあ? 知ってるわよ、そんなこと」

「知ってるって・・・じゃあ、どうして?」



フェイトちゃんの疑問の声は尤も。

思わずフェイトちゃんとアリサちゃんの会話に聞き入る。

リインフォースさんを探しに、アリサちゃんがお姉さんと呼んで慕っている人のところへ行く。

アリサちゃん、もしかして何か勘違いしているんじゃないかな・・・?



「言っとくけど、適当に町中歩いて偶然カノンさ・・・じゃなかった。リインフォースさん? を見つけるよりは、

 よっぽど確実な方法よ」

「?」

「・・・リインフォースさんはね、相沢祐一さんって人の所で居候しているのよ。

 100%会いたいのなら、まずは祐一さんのお宅に押しかけるべき。ここまではいい?」

「うん」

「そう。そして私は、祐一さん家の住所を知らない。だけど祐一さん家の住所を知っている、佐祐理お姉さんの居所は知っている。

 だから行くの、佐祐理お姉さんのところへ」



懇切丁寧なアリサちゃんの説明。すっごく分かりやすかった。

今し方アリサちゃんが自分で言っていた、アリサちゃんを最初に連れて来れば良かったって話も。

確かにそれなら、確実。この数時間頑張ったのも、なんだか非効率だったような気もしてくる。

でも、一つ疑問が・・・・・・。横から会話に加わって、疑問を口にする。



「アリサちゃん。電話は?」

「・・・・・・・・・」

「電話すれば、早いんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・ないのよ」

「え?」

「佐祐理お姉さん、携帯電話持ってないのよ、残念ながら。

 自宅にも居ないから、私が直接こっちに来たの」

「・・・そ、そこまでしてくれたんだ」



電車で来るのにも数時間かかったのに・・・。



「と・も・か・く、佐祐理お姉さんに会いに行くの。幸い居場所は分かってるから、会いさえすれば・・・・・・あ」



言葉半ばでアリサちゃんが立ち止まる。ぞろぞろ付いてきていた私たちも一緒。





「アリサちゃん?」

「アリサ?」

「・・・・・・手間が省けたわよ。ほんと、どこに居てもわかるのね」



私に顔を向け、顎で前方をしゃくる。釣られて私はその方向を見る。

視線の先に・・・・・・どこかで見たような男の子が。



膝下に及ぶ丈の長い、茶色のコート。

首に子狐さんのマフラー。

頭に猫。

左手で抱え込まれた二つの紙袋、右手には一匹のタイヤキ(食べかけ)。

ついでに、口の横には餡子が。



「・・・さっき見た時よりもバージョンアップしてる」

「なによなのは、祐一さんのこと知ってたの?」

「・・・祐一さん? あの人が・・・」

「そうよ。フェイト、知らなかったの? なのはは知ってたのに」

「うん・・・」



「ふ~ん」と興味なさそうな返事を返し、躊躇する様子もなくアリサちゃんはその人に接近する。

私達は置いてけぼり。

バージョンアップした男の子はアリサちゃんに気がつき、「よっ」とでも言うようにタイヤキを持っている手を挙げる。



「あの男の子が・・・」

「なのは」

「ふえ?」

「いつの間に知り合ったの?」

「いつ・・・・・・」



フェイトちゃんがキィお姉さんとの再会に気を取られている間に。

心の内だけで回答。



「う~ん・・・少し前にね。数回喋っただけだから、本当にただ知り合ったって感じかな」

「そっか」

「まあ、その時は頭に子猫さんは居なかったけどね・・・」

「頭乗り子猫・・・」



あ、すずかちゃんが食いついていた。

アリサちゃんは二言三言と言葉を交わし、こちらを指差す。

彼がこちらに意識を移した。

次の瞬間、再び私の右目にノイズが走り始める。



三度目となると慣れたもので、目を閉じ顔をフルフルと左右に振る。それだけでノイズは消え去った。

少し目がチカチカする。一体何を伝えたいのかな、これ。何か意味がありそうなんだけど・・・。

私に訪れた異常な現象。でもそれを気にするより重要なことが、今目の前に。

アリサちゃんは男の子を連れて、こちらに来る。



「なのは。祐一さん、話を聞いてくれるって」

「うん・・・ありがとう」



アリサちゃんから事情までは聞かされていないのか、彼はあまりこちらに気をかけず口元の餡子を拭っている。

少し、緊張してきちゃった・・・・・・。









[8661] 第四十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/12/13 18:13










なのはが祐一と再会する場面より、少しばかり時間を遡り・・・・・・



SIDE:リインフォース



「それで、ここが~」



私は現時、祐一の従兄妹であり秋子の娘である水瀬名雪という少女に、町を案内してもらっている。



「畳屋さん。この町に、一軒しかないんだよ~」



彼女とは、気分転換がてら散歩に出ようとしたところ、偶々玄関先で出くわした。

どうやら祐一と遊ぶ為に訪問したようです。

ただ残念なことに、祐一は既に出かけた後。この家にも今は私しか居ない上、私も出かけるところだと掻い摘んで説明する。

祐一が居ないと分かるや、見ているこちらも気分が落ち込みそうなほどがっくりと肩を落として帰ろうとしていたので、

思わず町を案内をして欲しいと声を掛けてしまい、今に至る。



「ここが電気屋さん。向かい側が、お布団屋さん」



かつての私では考えられないこの行為ですが、あまりにも残念そうなその表情が、彼女をそのまま帰らせることを良しとしなかった。

のんびりとした得意げな表情で「任せてよ~」と、あまり頼りになりそうもない口調で受けてもらったときは少々の不安も抱きましたが・・・

やはり現地の人間、地理には詳しいですね。



「ではこの方向に真っ直ぐに行けば、先ほどのアイスクリーム屋に着くのですか?」

「うん、そうだよ~。すごいね、リインさん。方向音痴の祐一とは大違いだよ」

「祐一はよく迷子になるのですか?」

「え~っとね・・・今はそれほどでも無いんだけど、昔はいっつも迷子になってたよ」



彼女と行動を共にするとよく分かる。案内されて行く先々で、彼女・・・名雪は祐一の事を話す。

祐一って酷いんだよ、ここでは祐一がこんなことしたんだよ、祐一と一緒にこのお店に立ち寄るんだよ。

その思い出話の数だけ、祐一と名雪が共に時間を過ごしたことを示している。

嬉しそうに話すその表情だけで、こちらも微笑ましい気持ちになるのは、どうしてでしょう・・・。



「それで祐一、私のイチゴ盗っちゃったんだよ」

「そうなのですか・・・。でも後で、返してくれたのでしょう?」

「うん。祐一って、いっつも意地悪はするんだけど、人が本当に嫌なことは絶対にしないもん」

「だからこそ、こんなにも人に信頼されるんでしょうね」

「信頼かどうかは分からないけど・・・みんな、祐一のことが好きなんだよ~」



他愛の無い会話。他愛の無い時間。

のんびりと散歩をしながら、こんな無駄話に花を咲かせる。

戦乱の時代を生きていた頃は、望むことすら出来なかった時間。

望んだとしても、絶対に得ることが出来なかった平和。

苦渋の経験を経ているからこそ、この時間がより一層尊いものだと感じることが出来る。

楽しい、ですね。



「それでね、次はこの商店街」

「ここへは一度、来た事がありますね」

「名物はいっぱいあるんだけど、私の一番のおすすめは~・・・・・・ああ~~!!」



商店街への入り口に到着早々、名雪がのんびりと驚いていた。さらに大声を上げる。

声は大きいのに、何故かとても大声と言い切ることが出来ないような大声。

まったりとした大声を上げるという器用な真似をした名雪は、ある一点の方向を直視している。



「名雪?」



呼びかけてみますが、反応がありません。仕方が無いので、私も道の先を見ることにする。

道行く人に、私が見知った者は居ない。商店街は前回来た時と同様で、別段華やかになったわけでもない。

パッと見、特に変わったところは・・・・・・



「ね、猫さ~ん!!」



突如、呼びかけても反応が無かった名雪が、大声を張り上げながら走り出す。やはり大声に聞こえない。

子供にしては、良い脚力と瞬発力ですね。将来が楽しみです。

・・・・・・・・・冷静に状況分析している場合じゃありませんでした。私も追わなくては。

一歩目に力を込め、駆ける。元々大人と子供の歩幅は違うので、追いつくのはすぐです。



「名雪、どうしたんですか?」

「猫さんが、あそこに~!」

「猫?」



もう一度、前方を確認する。別に猫の姿なんて確認できませんが・・・・・・。

そのかわり、やや異常な現象が視界に入ってくる。いえ、まさかあれが・・・猫?

肉眼では薄らぼんやりとしか確認できませんが、あのオブジェ・・・・・・幾重にも折り重なった、猫? 猫の山。

商店街中の猫・・・否、この町の猫全てが集まっているような気さえします。

商店街入り口からでは相当距離があったのですが、あれを猫と視認しましたか、名雪。

凄まじい静止視力です。これが動体視力だったとすれば、脚力も合わせ相当なスポーツ向きの肉体だったと言えますね。

その時ふと、数日前にアリシアから聞かされた言葉を思い出す。



「・・・名雪、あなたは確か猫アレルギーでは?」



私の言葉は届いたのか、僅かにスピードが落ちる。しかし止まるには至らない。

スピードがまた上がったり、急に下がったり・・・・・・一応名雪の内心では、葛藤があるのではと思われる。

それにしてもあの集まった猫達・・・あれに近い光景を、ごく最近見た覚えが・・・・・・



「うう~・・・。でも、猫さんが、猫さんで、猫さんなんだよ~!!」



視線はオブジェに真っ直ぐ、私に向けて言う。

意味が分からない。

遠くに居た猫達のオブジェに、段々と近づいていく。もう十分に視認できる距離になると、こちら(むしろ名雪)に気づく猫が幾匹か。

明らかに驚いている視線。徐々に警戒の眼差しに変わってきているのが、この距離からでも解る。

徐々にこちらに向く視線は増え、猫と名雪の距離が20メートル程に迫った瞬間・・・・・・猫は蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。



「ああ、猫さ~ん・・・」



名残惜しげな声で、名雪は徐々にスピードを落とし立ち止まる。

残念そうな名雪には申し訳ないですけど、恐らくこれでよかったんだと思います。

アレルギーがどれ程のモノかは知りませんが、体に悪影響があるのかもしれませんし。

猫達が何故折り重なっていたのか。その疑問を解消するために、私は猫が居た場所を確認する。

そこには・・・



「アリシアと・・・・・・えと、まい?」

「あ、リインお姉ちゃん」

「う、うん、まいだよ~。・・・はあ、苦しかった」



元気いっぱいのアリシアと、ややぐったりと疲れ気味のまい。

どうやら猫の中心に居たのはこの二人のようです。

なるほど、道理で。見たことがあるのも当然です、昨日も目撃したばかりなのですから。

あの異常現象に。



「猫達と遊んでいたのですか? アリシア」

「そうだよ。昨日約束してたからね。なゆちゃん来たからもう皆逃げちゃったけど・・・うん、満足はしてくれたみたい」

「アリちゃん、よく体力が続くねぇ・・・」

「あはは。まいちゃんも頑張ったよね」



呆れ果てているまいとは対照的に、アリシアはケロッとしている。

昨日の時点でも感じていたことですが、この二人は見た年齢も近いせいか、他の者と比べても格別に仲が良いようです。

服に絡みついた猫の毛。二人とも自分の服を掃わず、まずお互いの服から先に掃っています。



「お洋服に猫の匂いが染み付いちゃった」

「帰ってすぐにお風呂に入らないとね」

「背中流しっこしようか」

「うん」



それにしても・・・・・・・・・どうしてでしょうか。

この二人の組み合わせ・・・何故だか私の記憶に存在する、誰かを髣髴とさせる。

・・・・・・どこかで似たような組み合わせが・・・・・・



「くしゅん!」



思考に耽ろうとしたところ、名雪がクシャミを。続いて二度、三度、四度・・・・・・・・・。

気になり顔を向けてみれば、目を涙でうるうるとさせて鼻をすすっている名雪の姿が。



「なゆちゃん? あ、猫の毛?!」

「わわ! 名雪さん避難避難!! 急いでここから離れて!!」

「ぐしゅ・・・でも、りーんざんのまぢあんないが・・・」



鼻水ですでに言葉もまともに話せていないというのに、未だ私に気を使おうとする心遣い。

感謝はしますが・・・これはよくありませんね。目に見えて症状が悪化している。

うるうるしていた涙はポロポロとこぼれ、秒毎に鼻をすする回数が増えていく。



「心遣いは痛み入りますが、無理はいけません。名雪、あなたは自分の身を案じてください」

「そうだよ。顔すごい事になってるし、一度家に帰ったほうが良いよ」

「・・・・・・う゛ん゛・・・ごべんなさい。じゃあい゛え゛にがえるね・・・。ぐしゅ、まだね、みんな・・・」



鼻をぐずぐずと鳴らしながら、名雪は来た道を戻り始めた。

とぼとぼとした足並みに、くしゃみの度に上下する肩。

災難ですね。猫好きが猫アレルギーとは。

しかも今回、本人は猫に触ってすらいないというのに。



「大丈夫かな、なゆちゃん」

「アレルギー自体は結構な頻度で起こしてるから、もう慣れっこだよ。・・・多分」



三人で心配し、姿が見えなくなるまで見送る。

私は一人、心の中で思う。今度このようなことがあるのなら、名雪を止めることにしましょうか。

勿論、名雪の身も案じてですが・・・それに加え、猫の心配も。

仮にあの状態の名雪に、猫が捕まりでもしたら・・・・・・・・・

涙と鼻水で毛並みをぐしゃぐしゃにされること間違い無しです。それは流石に、猫も災難でしょう。

見過ごすことは憚られます。



「そうだ、忘れてた・・・。おはよう、リインお姉ちゃん」

「・・・おはようございます、アリシア」

「今日はお寝坊さんだったね。昨日は夜更かししてたの?」

「ええ・・・ちょっとだけ」



味っ○とパピーさんは料理の天才ですね。



「やっぱり。夜更かしはお肌の・・・なんだっけ、天敵? らしいから、止めた方が良いよ。朝も辛いし」

「そうですね。それはしみじみと実感致しました。次からは気をつけることにします」

「よぅし。お風呂に入るなら私の家が良いよ。家ならすぐそこだし、着替えもあるし」

「うん、そうだね。リインお姉ちゃん、またお家でね」

「はい」

「ばいば~い」



二人は急ぎ足に駆けて行く。この寒さの中でも元気が良いその姿は、まさに子供特有。

仲良く手を繋ぎ駆けて行くその姿は・・・



「やっぱり、似ていますね」



・・・? 似ている・・・誰に?

誰にも似ていない・・・ですよね。少なくとも、私の記憶にある限りはそのはずです。

私は自分の思考に疑問を抱きつつ、当初の目的通りの一人で街中散策を始めた。





尚、現時刻・・・祐一となのはが二度目の会合を果たした瞬間である。















SIDE:アリサ



「・・・そうか。それで遠路はるばるこの町まで・・・」

「はい」



懇々と説明を続けるなのは達を目尻に、あたしとすずかは祐一さんから貰ったタイヤキを、静かに食べていた。

冷たい風が吹く中、ひたすら傍観に徹する。

一応あたし達はこの出来事に無関係なわけだし、出しゃばり過ぎるのもなのは達に悪いだろうから。

それにしても美味しいわね、このタイヤキ。寒い気候も相まってか、タイヤキの温かさが身に沁みる。



「ん・・・あらかたの事情は分かった。要はリインと引き合わせれば良いんだな?」

「はい」



手首に巻かれた小さな腕時計を、チラリと確認する。かれこれ20分か・・・。

大分時間がかかった説明も、ようやく終わりそう。

タイヤキを口の中に放り込み、残りのカフェオレ(これも祐一さんの奢り)を一気に飲み干し、いつ動いても良いように備える。

まったく。説明に時間かけ過ぎよ。なのはもフェイトも、どうして話の核心から入らないのかしら。

これなら適当なお店で時間を潰した方が良かったわ。



「てことは、二人のうちどっちかが八神はやて・・・・・・」

「「え?」」

「・・・って顔じゃないな。はやてって名前は、もっと幸薄そうな顔してる気がするし」

「ちょっと待ってください。私達、はやての名前は出していないはずですよ。どうして知っているんですか?」



何気に突っ込みどころの言葉はスルーし、フェイトが祐一さんに食いついた。何故だか微妙に祐一さんを警戒している気もする。

今もなのはよりか若干前に出て、いつでも動けるようにかほんの少しだけ膝を落としている。

学校のロングコートを着ているから傍目には分からないけど、少しだけさっきのフェイトより背が低くなったから間違いないはず。

そういえば・・・・・・そうね。あの会話の中では、はやての名前は出ていない。

でもそこって、そんなに重要なことなのかしら?

名前なんて、カノンさんに直接訊けばすぐだろうし。何より警戒する意味が分からない。



「あき・・・じゃない、リインに聞いたんだよ。というか、それしかないだろう?」

「・・・あ。・・・そうですよね、はい」



恥ずかしそうに頬を染め、警戒を解いたフェイト。

案の定、カノンさんに聞いたみたい。でもその前一瞬言いよどんだのはどうしてなのか。祐一さんの目も、若干泳いだようだし。

それにしても気になるのは、フェイトの行動。はやての名前が出ただけなのに、あの過剰な警戒。

まるで警戒しなきゃいけない相手がこの町に居るかのようだった。

もしかしてこの二人、まだ私に隠し立てしている事があるんじゃないでしょうね。

是非とも聞きださないと。



「・・・ふむ。まあ案内するのは吝かじゃないんだけど・・・・・・今すぐは、ちょっと無理かな」

「・・・・・・えっと、理由を訊いても良いですか?」

「リインの現在地が分からないから、案内することが出来ないんだ。

 多分自宅はもう出てるだろうし、連絡が・・・・・・あ、携帯があった」



『閃いた』という顔をした祐一さんが、周囲を見渡す。

キョロキョロと何かを探し、次いで思案している顔。

携帯があったと言ったのに、取り出すこともせず何かを探している。それが見つからなかったから、頭を捻っている・・・?

これってつまり・・・・・・



「祐一さん、使いますか?」

「んあ? おお、使っていいのか?」

「どうぞ」

「サンキュ」



あたしはポケットを探り、携帯電話を祐一さんに渡した。

やっぱり。祐一さんは、公衆電話を探していたのね。

最初の何かを探していたのは、公衆電話探し。

それが無かったから、今度はどこにある公衆電話が一番近いか考えていたわけよね。

でもどうしてあたし達の誰かから借りようって思わなかったのかしら。まさか、そこに思考が及ばなかったの?

だとしたら、案外抜けている。



「おかしいな・・・」

「? どうしたのよ、なのは」

「あ、アリサちゃん。それがね、はやてちゃんに連絡を入れようと思ったんだけど・・・携帯が繋がらないの」

「・・・携帯が繋がらないんなら、念話すれば良いんじゃない?」

「そっか。それもそうだね」



なのはは目を閉じ念じ(?)始める。

こっちもこっちで抜けてるわよねぇ。フェイトに至っては言わずもがなだし。

・・・・・・もしかしてこの中で一番しっかりしてるのって、あたしかすずかがなのかしら。



「魔法って、凄いよね。遠くの人と連絡を取れる念話って、とっても便利そう」

「・・・・・・そう思うのは幻想よ、すずか。魔法って言葉があるから、神秘的な響きに聞こえるだけ。

 念話って、魔法世界の携帯電話よ、多分。携帯ならこの世界にもあるじゃない」

「あ~・・・。そう考えると、別に念話でも携帯でも、どっちでも良い気がしてくるね」

「ふえ?! どうして!?」



待っている間すずかと軽い会話を交わしていたら、なのはが突然の大声。

余程驚いているのか、周囲の目も憚らず・・・。お陰で周囲の目がなのはに集まる。

まあそれも一瞬のことで、すぐに奇異なモノを見る目は無くなったんだけど。

それを見計らって、なのはに近づく。



「今度はどうしたのよ、なのは。まさか念話出来なかったの?」

「それが・・・・・・念話は通じたんだけどね・・・・・・」



なのははかなり唖然としていた。

念話が通じたっていうのに、そんな大声を上げるのか理由が分からない。

あたしはなのはが言葉の続きを話してくれるまで待つ。



「受付拒否・・・されちゃった。いま忙しいって・・・・・・」

「それはまた・・・・・・予想外ね」

「うん」



折角の吉報に、連絡拒否か。どうしたのかしら、はやて。

・・・後は、祐一さんの電話待ちね。



「あ~あ~・・・まあ理由は聞かずとも、大体分かった。晩ご飯は多めに用意しておくから、とっとと決着付けな。

 ・・・・・・・・・・・・・・・ん。気持ちは分からんでもないが、どうせそんな時は来たんだ。

 時間を引き伸ばすだけ無駄だって。・・・・・・・・・じゃ、一言だけ激励をば。ふぁいと、だぞ。リイン」



祐一さんは電話を終えたようで、耳から携帯を離し『ピッ』とボタンを押した。

『切』ね。



「・・・・・・・・・・・・はいよ~。携帯ありがとな、アリサ」

「はい。・・・それであの・・・どうでした?」

「・・・差し迫って、リインのところに案内する必要が無くなった・・・」

「・・・はい?」

「そんなところかな」



言葉を濁す祐一さんは、随分と不思議な苦笑いをしていた。

何があったのか・・・せめて断片的にでも情報を聞き出そうと思い、あたしは口を開き・・・



「うぐふぉ!」

「ひああ!!」



問いかけの言葉は悲鳴に変わり、あたしは祐一さんに抱きつかれ、勢いそのままに押し倒される。

倒れる時には受身をとるとか、そんなことを考える余裕も無かった・・・。





倒れ込む祐一さんの背中に一瞬だけ、金と黒の何かが抱きついているのを、あたしは確認した。









[8661] 第四十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/05 16:28










SIDE:リインフォース



唐突ですが、街角で主と再会した私は・・・・・・



「リインフォースーーー!!」

「主!」

「止まれーーー!!(怒)」

「止まれませーん!!」



窮地に立たされている。







何気ない散歩。特に何が起こるとも期待はしていなかった。

ただ電話により異常に高まった緊張を弛緩させる為・・・気分転換がてら辺りを散策するつもりで、外へ出た。

名雪のお陰で予想とは少々違う形での散策となったが、それも今は当初の予定通り一人。

おそらくこのまま何事も無く散策を終え、夕方までには相沢家へ戻る。

家では夕食の準備を始めているだろう祐一に手伝いを申し出、一緒に夕食を作りその後食事。

食後になれば居間で祐一達と雑談を交わしながらの食休み。

大好きなお風呂にはゆっくりと浸かり、体の芯まで温まったら部屋へ戻り眠る。

そして翌日。

祐一と共に主が生活しているあの町に赴き、主はやての元に・・・・・・。

それが私の予定だった筈。そうなるだろうと思っていた。



「リイン・・・フォース?」



ふと聞こえた小さな声。どこかで呟かれた、私の名前。

普段なら確実に聞き逃すであろう・・・囁き。

その声は・・・・・・



「リインフォース・・・」



絶対に聞き間違えるはずが無い、あの御方の声。闇の書の・・・ただのプログラムである私に、新たな名前を下さった主。

ふり向く。そして探すまでも無く見つけた、その姿・・・。

主・・・。



「主はやて・・・」

「リインフォース」



私が主の名を呼び、主が私の名を呼ぶ。

それだけで、私はこれが幻想でも幻覚でもなく、本当に現実のことだと認識した。



「リインフォースーー!!」



・・・・・・・・・主が、こちらへ向かってくる。そう頭が認識した瞬間、自然と私の足は動き出していた。





主とは正反対・・・方向に。



「んなあ?!」



背後から聞こえる主の声もなんのその、足は躊躇無く爆走し始めた。

それからずっと、私と主(と主の車椅子を押す風の癒し手)は全速力で鬼ごっこをしている。

最初は何が起きたのか分からず唖然として追いかけてきた主も、今は憤怒の表情で追ってきている。

ほんと、どうしてこんなことになっているのでしょう・・・。



「何で逃げるんや、リインフォースーーー!!!」

「主が突然湧いて出てきたからです!!」

「人を台所の天敵みたくいうなーーー!!(怒)」

「私にだって心の準備ってモノがあるんです! 後日改めて主のお宅を訪問しますので、今は見逃してください!!」

「ええからとまれーーー!!」

「無理ですーーー!!」



商店街を出た後は、今日覚えたばかりの道を駆け巡る。

我武者羅に走り道に迷わぬ為、決して知っている道以外には踏み込まない。

名雪との数時間と、それ以前に祐一と歩き回った道は全て覚えている。逃げられる行動範囲は広い。

こんなことで名雪の町案内が役に立つとは、皮肉です。

と、私のポケットで何かが振動し始める。分厚く着込んでいる服があるので、気がつけたのは偶然。

手を入れ振動している物体を掴み出せば・・・・・・



「ゆ、祐一のケータイ!?」



こ、これに出ても良いのでしょうか。祐一のケータイですが。

しかしここに祐一は居らず、私がケータイを握っている。

主はやての住居にある電話が鳴った時・・・風の癒し手や紅の鉄騎も出ていた。

なれば、出るのが礼儀? 緊急の用事の可能性もある。出た方が良い。

一瞬の思考の巡回の後、私は電話に出ることにした。

『ピッ』とボタンを押し、耳に当てる。



『お、出た。もしもーし、リインか?』

「あ、はい。祐一・・・ですか?」

『おう、祐一だ。ちょっと話があるんだが、いいか?』

「出来れば手短にお願いします」



状況が状況なので、ぶっきら棒な言葉になってしまう。

一瞬主から意識を逸らしてしまったので、確認のために背後を振り返る。



「なのはちゃん、ごめん! いま忙しいから後で!!」



主は大声で誰かと話していた。思念通話・・・?

主の後ろで車椅子を押している風の癒し手は、息切れ激しくそれでも頑張っている。

もし車椅子を押しているのが烈火の・・・シグナムだったなら、今頃追いつかれていたはず。

でもいっそのこと、追いつかれた方が良いのかもしれない。

逆にこの場で逃げ切ってしまったら、今後どのような顔で主と対面すれば良いのか分からない・・・。



『風の音・・・? リイン、走ってないか? 何かあったのか?』

「いえ、その・・・」



「待てや、リインフォースーーー!!!」



「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』

「・・・・・・・・・あの」

『あ~あ~・・・まあ理由は聞かずとも、大体分かった。晩ご飯は多めに用意しておくから、とっとと決着付けな』



祐一、察しが良すぎます。

着膨れして非常に走り辛い状況の中、それでも私は祐一と話す。

これなら無理にでも薄着で我慢しておくべきでした。



「正直、この状況は想定していません。私はどのような顔をして主と会えばよいのでしょうか・・・」

『・・・ん。気持ちは分からんでもないが、どうせそんな時は来たんだ。時間を引き伸ばすだけ無駄だって』

「それは・・・そうなのですけど・・・」



でも・・・・・・踏ん切りがつかない。主と接触・・・・・・その後どうなるのかが分からない。

電話をする際にも感じた、理屈じゃない恐怖が私を襲う。感情に任せ行動した(逃げた)結果がこれです。

これが世で言う自業自得というものですね。



『じゃ、一言だけ激励をば。ふぁいと、だぞ。リイン』

「・・・はい」



凄まじく力が抜ける祐一の激励。肩の力が抜けた。その影響でガクッと体勢を崩しスピードが落ちる。

少しばかり笑いがこみ上げてきた。力が入らない。

何とか体勢は持ち直したけれど、落ちたスピードをこれ以上取り戻すのは望めそうに無い。

これでは追いつかれ・・・・・・いや、風の癒し手も疲労でスピードがやや落ちている。

それを考えれば、それでも五分か・・・。

再度背後を確認。主は未だ怒髪天。

・・・・・・・・・主のお怒りが最高点を過ぎるまでは、もうしばらく逃げ続けることにしましょうか・・・・・・。















SIDE:なのは

真横で一部始終を見ていた私には、状況がよく理解できた。

倒れる祐一君(私達と祐一君はお互い自己紹介済み)と、それに巻き込まれるアリサちゃんの図が。

まず、アリサちゃんに携帯を返す祐一君。

そしてその背後から、祐一君の背中に飛びつく子供が二人。



「うぐふぉ!」



不意打ちを食らった祐一君が仰け反り、まるで自動車に衝突でもしたかのように吹き飛ぶ。

踏ん張る間も無かったんじゃないかな。それから悲鳴。



「ひああ!!」



立ち位置悪くその進行方向にいたアリサちゃんも巻き込み、諸共アスファルトの地面に倒れ込んだ。

以上が起きた出来事。私は四人が揃って倒れるのを、コマ送りで見ている気分だった。



「あ、アリサちゃん!?」



焦りが声になって出たのは、目で見た映像と状況を頭が理解した頃。

アリサちゃん、後ろ向きにかなりの勢いで倒れてた。

祐一君の腕が邪魔(?)をしてその瞬間は見ていないけど、確実に後頭部をぶつけた筈。

心配で駆け寄ろうと一歩目を踏み出そうとする私。だけど一歩・・・・・・たった一歩踏み出した途端、その足は動かなくなった。

祐一君の背に抱きついている、一人の女の子に気がついたから・・・。



「え? フェイトちゃん?」



横からのすずかちゃんの疑問の声は尤も。でも・・・違う。彼女はフェイトちゃんじゃない。

フェイトちゃんと同じ容姿で、少しだけフェイトちゃんより幼くて。



「アリシア・・・」



そう、フェイトちゃんも気がついている。

半年以上も前に、時空庭園に発生した虚数空間に落ちていった・・・フェイトちゃんの・・・・・・。

けど、どうして?



「?」



フェイトちゃんの呟きが届いたのか、そちらへと意識を移す彼女・・・アリシアちゃん。

驚きの色に染まるその顔。

フェイトちゃんとは違い人懐っこそうな印象を受ける表情に、驚きに見開かれた目。赤い瞳は、フェイトちゃんと全く同じ色。

アリシアちゃんは・・・・・・そっか。そうだよね、フェイトちゃんのことは知らないはずなんだ。

この子にとったら、いきなり目の前に自分と全く同じ顔をした女の子が現れ・・・



「アリ「フェイトー!!」あぐっ! ・・・っ!」

「え? え? あれ? あれ? フェイト、大丈夫?」

「っっ・・・けほっ、けほっ・・・!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えと、どういうことなのかな?

胸を押さえてうずくまるフェイトちゃん。アリシアちゃんがフェイトちゃんを揺さぶり、安否を確認している。

アリシアちゃん、フェイトちゃんのことは知らないはずなんだよね。

なのに今、フェイトちゃんの名前を叫びながらアリシアちゃんはフェイトちゃんに激突した・・・よね。

多分、抱きつこうとしたんだろうけど。

ただ身長的にまずかったのか、アリシアちゃんの頭はフェイトちゃんの鳩尾にクリティカルヒット。

あれは相当痛い。お兄ちゃんぐらい強くても、お父さんから一撃綺麗に貰えば一時的な行動不能に陥る人体の急所。

それで、悶絶・・・・・・。

ど、どっちに行けば良いの・・・・・・?

アリサちゃんのことが心配・・・ではあるんだけど、フェイトちゃんの方を放っておく事も出来ない。

けどアリサちゃん、頭を打ったよね。で、でもフェイトちゃんも鳩尾に一撃入ったし・・・・・・。

ぐるぐると頭が思考を繰り返し、私は呆然と立ち尽くす。思考の巡回の末、私は近い方・・・アリサちゃんに駆け寄る。



「アリサちゃん、大丈夫?!」



アリサちゃんはまだ祐一君と知らない少女の下敷きになっている。

早く救出はしたいんだけど、祐一君をどう動かせば良いのかが分からない。祐一君、どうして動かないの?



「・・・う、うん、まあ。あたしは平気だけど・・・」



少し声が遮られていたけど、アリサちゃんの声が聞こえてきた。

容態を見てみないことにはまだ何とも言えないんだけど・・・声から判断して、大丈夫そう。



「祐一さん、大丈夫ですか? か、体が強張っていますけど・・・」

「・・・あれ、祐一?」

「て・・・手首変な方向いった・・・」

「わっ! ごめん!」



祐一君の言葉で、上に乗っていた女の子は素早く退いた。

手首を傷めたのか、祐一君が右の肘を地面に着けてゆっくりと体を起こす。



「ま~い~・・・」

「ご、ごめんね。すぐに痛み止め・・・」

「でこピン一発!」

「いたっ!」



おでこを両手で押さえ、女の子は数歩後ろに下がった。

で、でこピン・・・。地味に痛そう。



「これでチャラ。痛み止めはいいよ、そんな大げさにせんでも大事無いし」

「うう・・・痛い。自分で自分に痛み止めしないといけないよ・・・」

「アリサは無事か?」

「・・・はい。平気です」

「本当に大丈夫? アリサちゃん」



私はアリサちゃんの背後に回り、後頭部を調べる。目立った外傷はなさそう。

表面上は分からなくてもタンコブ出来てるかと思い、触れてみる。

そしたら頭を振って拒否された。



「別に大丈夫よ。頭は打ってないし」

「そうなの? でも結構、勢い良く・・・」

「祐一さんが守ってくれたのよ。左腕であたしの頭を抱きこんで・・・」



アリサちゃんが祐一君を見る。

祐一君はアリシアちゃんに近づき、黒髪の女の子同様でこピンの制裁をしていた。



「・・・敵わないなぁ、あれは」

「?? なにが?」

「何がどうって問題でもないわ。また祐一さんに借りが出来ちゃったってだけ」



内容の部分が殆ど省かれていて、アリサちゃんが何を言いたいのかが解らない。

そう思っていたのが露骨に顔に出ていたのか、アリサちゃんは私の顔を見てため息一つ、説明を始めてくれた。



「さっき祐一さんは、あたしを守るために動いてくれた。それが借りなのよ。・・・祐一さんだって、あんな状況だったのにね」

「そ、それは借りって言わないんじゃ・・・? だって、倒れたのはそもそも祐一君に巻き込まれたのが原因だよね」

「それはそれ、これはこれ、借りは借りよ。変態に助けられた時のも合わせて、どうにか返さないとね。

 ・・・・・・んで、あのフェイトにそぉっくりな女の子、誰なのかしら?」

「わ、忘れてた・・・!」



無事だったアリサちゃんを放置して、急いでそちらへ向かう。

すぐそばだから駆けつける意味も無いんだけど、それでも急いだ。

フェイトちゃんはダメージからどうにか回復したばかりで、幸い事態はあまり進展していない。

良かった。私がいても何の力にもなれないだろうけど、せめて見守るぐらいはしたい。

駆けつけた私の頭に、祐一君の手が乗せられる。あれ? はい?



「あんまし似てるから、案外まいが変身でもしているのかと思ったが・・・どうやら本当にただ似ているだけらしいな。

 疑って悪かった、なのは」

「は、はい?」



理由も解らず謝られ、そのまま頭をぐりぐりと撫でられる。

えと、あの、私はフェイトちゃんとアリシアちゃんのとんでも事態を・・・・・・。

言っても聞かなそうなので、撫でられながらも頑張って視線を向ける。



「フェ~イト♪ フェ~イト♪」



両手をフェイトちゃんと繋ぎながらぴょんぴょんと喜び飛び跳ねるアリシアちゃんに、困った顔のフェイトちゃん。

私が想像していた以上に、フェイトちゃんの混乱は少ない。

ど、どうしてあんなに落ち着いていられるの・・・?



「あの、祐一君。頭をぐりぐり撫でてるこの手をどけてもられると、助かるんですけど・・・」

「二人が気になるんだろ? だが・・・まあ見守っとけ。

 俺にもこれがどんな事態かなのは解らんが、本人達はある程度状況を理解しているみたいだ」



何故だか随分と達観した顔でそんなことを言われた。

この人、アリシアちゃんのこと知っているんだ。事情を聞きたいところだけど・・・今は無理。

大人しく、見ている方がいいのかな・・・?



「ア、アリシア? アリシアはその・・・」

「な~に?」

「・・・・・・アリシアなの?」

「折角の再会なのに、哲学的な質問だね。『アリシアはアリシアなの?』かぁ・・・」

「・・・あ・・・そうじゃなくて・・・」

「ううん、答えるよ。フェイトにとってのアリシアがどんななのかは解らないけど、僕はアリシアだよ。

 アリシア・テスタロッサ。プレシア・テスタロッサの娘で、それでフェイトのお姉ちゃん。

 ・・・・・・フェイトにとって、証明になるかどうかは微妙なんだけど・・・これでいいかな?」



アリシアちゃんは正面からそっと、フェイトちゃんを抱きしめる。

背はフェイトちゃんのほうが大きいはずなのに、こうして二人視界に納めると、アリシアちゃんの方がお姉さんに見えるから不思議。

びっくりしているフェイトちゃんにはお構い無しに、何事かを話す。



「現実でも、こんな風にいたかったなぁ」

「っ!」

「・・・これが、私なりの証明。憶えてる?」

「うん・・・憶えてるよ、アリシア」



フェイトちゃんもそっと、アリシアちゃんの背に手を回している。

証明・・・憶えている? 二人の会話がわからない。

でも祐一君の言うとおり、本人同士は理解できあっているみたい。

私や他の皆は、そっと二人から離れる。落ち着くまでは・・・ね。





・・・あれ? アリサちゃんの姿が見えない。どこ行ったのかな・・・。









[8661] 第四十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/12/23 16:55










SIDE:祐一



「なんだか私たち、置いてけぼりなんだけど。祐一、どういうことなの?」



ある程度離れたところで、まいが俺に質問をしてくる。二人に声が届かないよう声量は調節して。

説明してやりたいのは山々なんだけど、でも俺だってそんなに事情を知らない。

突然の新展開にびっくりしているのは俺だって同じなのだ。

あんな優しい表情のアリシアは初めて見るし、そもそもアリシアに姉妹がいるなんて聞かされてな・・・・・・・・・アリシア本人がそんな感じに吹聴していたことはあったな、確か。自分はお姉ちゃんだ、って。



「あの、私も同意見です。質問いいですか?」



何故かは知らぬが、ついでとばかりになのは便乗。



「アリちゃんにそっくりなあの人、だ~れ?」

「あの子・・・アリシアちゃんがどうしてここにいるんですか?」

「もしかして、アリちゃんの姉妹とか?」

「リインフォースさんと知り合いなのはどうしてですか?」

「ああ、それは私も気になってた。リインさんとどこで知り合ったの?」

「祐一君は魔導師なんですか?」

「え? 魔導師ってなに?」

「えっとね、魔導師って・・・あ、教えちゃいけないんだった」

「秘密なの? じゃあしょうがないか。それで祐一、どうなの?」

「どうなんですか?」

「あーもー、同じ声で交互に話すな。混乱する」

「「え?」」



片耳を塞ぎ、ステレオからモノラルにしてやり過ごす。

まいとなのはは、顔を見合し首を傾げている。

自分が聞いた自分の声と、他人が聞いた自分の声は全然違く聞こえるから、この二人には何を言っているのか分からんだろな。



なんとびっくり事実、この二人はまったく同じ声なのだ。



揃って全く同じ声なもんだから、俺は最初まいが変身して【高町なのは】って子になっているんじゃないかと憶測を立てていた。

フェイトはまんまアリシアが成長した姿だったし、こっちも声同じだし。しかもファミリーネームは【テスタロッサ】だ。疑わん方がどうかしている。

魔法の中にも変幻用の魔法とか、人の認識を錯覚させる魔法とかあるのでそこらへん使ってんじゃないかな~・・・とかな。

完全に邪推だった。二人を疑った俺は穢れた大人さ。



「あ♪ やっとわかった。それだったんだね、さっきからあった違和感」

「す、すずかちゃん?」

「なるほどね。一昨日舞さんの声を聞いた時感じた、頭に引っかかる違和感・・・やっとすっきりしたわ」

「アリサちゃんも?!」

「ようアリサ、どこ行ってたんだ?」

「薬局。すぐ傍にあって、探す手間が省けました。手、出してください」

「む・・・別に平気なんだがなぁ・・・」



仕方無しに右手を差し出す。

一瞬姿を消し戻ってきたアリサのその手には、さっきまで無かった市販品の湿布とネット状包帯が。

手首は本当に軽く捻っただけなのに、態々買ってくるとは律儀な子だ。

湿布をされ、ネット状の包帯を被せるまで、俺は大人しくしていた。



「ちょ、ちょっと待って、皆。私とこの子が同じ声なのって、そんなに自然とスルーする程度の問題なの?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、なんだって!? まいとなのはが同じ声だと?!!

 とんでもない事件じゃないか、ギネス級の大発見だぞ!! 是非とも小学一年生の頃に作った俺の友達100人に自己紹介を・・・」

「ごめんなさいあやまりますからそれいじょうはやめてください!」



なんだ、つまらん。折角リアクションしたというのに、早々にギブアップした。

ギブアップするには早過ぎだぞ! もう少々なのはをからかいたかった!



「演技お上手ですね、祐一さん。すごいです」

「なんのなんの。すずか嬢も発声練習とちょっとしたリアクションのとり方さえ学べば、

 このぐらい習得できましょうぞ」

「・・・天然は置いといて、リンディさんを呼んだ方がいいんじゃない? なのは」

「・・・・・・うん、そうする」



気のせいかもしれんが、この月村すずかって子は、舞と似た雰囲気があるよな。

なんというか・・・・・・強い? 或いは強くなりそう。微妙に人外的な能力とかでさ。

特訓すれば、だろうけどな。俺何でこんなこと分かるんだろ?

なのはは一人離れ、連絡(念話だろうか?)を入れ始める。念話使える魔導師はいいよなぁ、携帯の通話代がかからんで。



「それでえと・・・相沢さん?」

「祐一でいいぞ、祐一で」

「じゃあ、祐一さん。その頭の上の猫さんは、祐一さんの飼い猫ですか?」

「ん? ・・・ああ、そうだ」



まだ頭の上に乗ってたのか。

人目も気にせずぐて~っとなるのは・・・まあ、納得できる。猫だし、温かい所が好きなんだろう。

光を吸収した髪の毛とか、結構温かいんだよな。



「お名前は?」

「ルシィだ」

「抱っこさせてもらっても、いいですか?」

「それぐらいなら、別に・・・・・・あ、ちょっと待ってくれ。ルシィ、用事は? あったんだろ?

「にゃあ、にゃ~(終点に着きました、もういいですよ)」



終点? 意味深で意味不明。

猫の気紛れの終点ってことなのかな?

返事は了承と受け取り、手を頭上に持っていき、ルシィを持ち上げる。



「うん・・・いいってさ。ほいよ」

「わあ、ありがとうございます」



ふんわりした笑顔だ。にっこりと笑むすずか。

子猫一人でよくここまで笑顔になれるな。猫好きってことか。

名雪と気が合いそうだ。・・・・・・逆に、この二人は会わせない方がいいかも。

羨ましがって暴走するかもしれないし、名雪のやつ。



「あったかい・・・毛並みも良いね、きみ」



ルシィは子猫ではないが、成人猫でもない。中程の大きさでしかないので、小さな女の子でも苦もなく抱くことが出来る。

優しい手つきで背を撫でられているルシィ。無口ながらもなんだかご満悦のご様子。

うむうむと満足げに(なる理由は無いのだが)頷いていると、くいくいと袖を引かれる。

すっかり放置してしまったが、まいだった。



「祐一。まだ答えてもらってないよ、質問。アリちゃんそっくりの子のことと、リインさんのこと」

「ああ・・・そうだったな」



あのフェイトって子のことは、俺もよーわからん。リインのことは説明出来るけど、びみょーに長くなるな。

しかもなのは他多数に説明すること考えたら、二度手間になりそうだし。

まいなら親兄弟(母親と舞)を除けば口は堅いし、魔導師についても話して良さそうだよなぁ。



「・・・・・・おし。まいは晩ご飯俺ん家で食べてけ。その方が色々説明しやすい」

「え? ほんと? まいだけお泊まり?」

「ああ、泊まっても良いぞ」

「やった~!」



ぴょんぴょん跳ねながら喜ぶその姿は、まんま子供だな。

誰がどう見ても、11歳の少女には見えん。いやそもそも人間でも無いんだけどさ。

そんじゃまそろそろいいかな~と、アリシア&フェイトの元へ行く。

二人は飽きもせず、未だに抱き合っていた。ちょいと話しかけ辛い。

話しかけたら空気読めよ~的な視線を向けられるかもと、実は内心ちょびっとだけびびってたりする。



「ほら二人とも。そろそろ移動するぞ」

「あ、祐君。もうすこし~」

「周りの視線集めてるから、もう終わり」

「は~い」



二人は割かしあっさりと離れてくれた。

そして俺は、離れて並んだ二人をぱっと見比べる。

・・・本当に身長と髪型以外には違いが無いように思える。まるで舞とまいだな。



「・・・・・・まいとアリシアは友達。なのはとフェイトも友達」



成長したまい&アリシア=なのは&フェイト?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・しまった、声繋がりでくだらないことを考えてしまったぞ。



「ん?」

「ああ、何でもない何でもない。積もる話もあるだろうが、それは家でしてくれ。道端だと人目につくから」

「うん、わかったよ」



人目につく以前に、実は既に容姿で周囲の目を集めていたりするのだが、気がついていないこの二人。

日本人は外国の人には敏感なのですよ。



「アリシアはこの子(フェイト)のこと、ちゃんと紹介してくれよ」

「え? ・・・祐君にはずっと前に話したよね、フェイトのこと」

「・・・は?」



知らないからアリシアにフェイトのことを説明願おうと思ったのに、意見が食い違う回答。

既にアリシアはフェイトという子について説明済みとのこと。

待て待て、それはありえん。何故ならフェイトという名前をアリシアの口から聞くのは、今日が初めてだからだ。

最近増えたよな、理解できない出来事。そしてその度に俺はこの言葉を胸の内で繰り返すのだろう。

どういうことだ?



「・・・・・・あ・・・そっか。そうだったね、忘れてたよ。ごめんね、祐君」

「こ~ら、一人で勝手に自己完結するんじゃない。謝られる意味が分からん」

「祐君には記憶が無いんだってこと、思い出したの」



・・・・・・なんかもう、突っ込むことすらどうでも良いって感じだよな。

記憶が無いなんて今回に限ったことじゃないし。かといって、放っとける問題でもない・・・。



「はぁ・・・。じゃあ、あとで説明頼むな」

「は~い」

「それと今から買い物に行くから、荷物持ち手伝ってくれ。

 ああフェイト、フェイト達は日帰りで来たのか?」

「・・・いえ、ホテルに宿泊で・・・」

「じゃあ晩ご飯は俺ん家でも大丈夫だな。手伝い決定」

「・・・・・・はい?」



ビシッと指差し、決定宣言。

あんまりにも問答無用な気もするが、説明するなら時間と手間省略も考えて、夕飯は家で食べてもらった方が効率が良い。

その場合、こうでもしないと買う物多すぎて持ちきれないことになる。

この場に居るメンバーも含め、予想では最低でも7、8人は増えるだろうから、買い物は多めに。

・・・・・・明日は俺達も帰るから、出来るだけ無駄な買い物はしないよう気をつけないとな。

いっそ泊まってもらうつもりで買うのなら、明日の分も考え逆に買わないといかん。どうするか・・・。

そこら辺は買い物しながら追々決めていこうと思い、俺は彼女達を引き連れてスーパーに向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男女比率凄いが、今更今更。










町を巡り再び商店街に戻ってきた。逃げ続けるのもそろそろ限界です。そろそろ、どうにかしないと・・・・・・。

風の癒し手は、見ているこちらが同情してしまいそうなほどにヘトヘト。

それでもスピードは落とさず維持しているのだから、すさまじい根性。

かくいう私も、かなり・・・限界が近い・・・。

唯一元気なのは、車椅子に座りっぱなしの主のみか。主も怒髪天は通り過ぎ、今はただ純粋に怒りと不安のみの表情。

祐一の言う、決着をつけるのなら、今。人気の無い場所が良い。

どこか、人気の無い場所に・・・・・・。どこか、ないか。・・・知らない。思い浮かばない。

私はたった一人の友人に、救援を求めた・・・。










大量の買い物袋を両腕から引っさげて、スーパーから出る。風が冷たいな。

買い物の最中、リインを探しに動員された人数をなのはから聞きだして脱力。予想を超えた大人数。

そして急遽全員の手を借りて、食材を買い込み。出費は別に痛手ではないが、それでも普段ならありえない金額に。

大人混じると凄いよな、食材の量も。

・・・・・・言っとくが、今度はちゃんと真琴&ルシィ動物組には外で待っててもらったぞ。

いくら俺でも、動物二人連れて食品がずらりと並ぶ店に入るのは抵抗がある。寒いだろうが、しょうがない処置だ。

イ○ンは別だけどな。広いし、それ以外の店もいっぱいあるから。

両方とも律儀に、スーパーの目の前にある花壇の前に仲良く並んで座って・・・・・・



「にゃあ!(祐一!)」「くぅん!」

「うを!」



大人しく待っていた二人は、待ちかねたと言わんばかりの勢いで俺に抱きつき、体をよじ登り始める。

ね、猫の肉きゅうスタンプと狐の肉きゅうスタンプが!!

真琴はどうやらただ寒かった(体毛があるくせに・・・)ようで、クルクルと俺の首に巻きつき固まった。

暖を取り始めている。俺はコタツか!

対しルシィは、俺の頭に飛び乗った後はデコに少しだけ爪を立てた。

あだだだだだ!!



「こらルシィ! 爪を立てるな!」

「うな~、にゃ~・・!(祐一、右の道を真っ直ぐに進んで・・・早く!)」

「はあ? 何で?」

「うにゃ~! にゃあ!(何でもいいから早く! 荷物捨てて!)」

「どうしたの? 祐君」

「いや・・・それが、いてててっ!」



アリシアには説明している時間も惜しいとばかりに、ルシィがさらに爪を立ててきた!

怪我しないように手加減はされているが、それでも痛いって!



「ああもう分かったって! アリシアとまい、皆に家まで道案内頼む」

「うん」

「祐一はどうするの? 急用?」

「みたいだ。悪いんだけど、これも頼むな」



袋を地面に置き(卵が入っているのでそうっと・・・)、右手に向かって走る。

まだ店を出てきているところだったメンバーは、俺のいきなりの奇行に意味が分からずポカーンだろうな。

だが気にせず走る。後のことは、あれでしっかりしているアリシアかまいがやってくれるだろうと信じて。





・・・走る。

俺は何故か走ることが多い。思い返せば子供の頃からそうだったよな~。幼い頃から何かと。

ちゃんとした走り方を学んだのは高校時代に名雪からだが、それ以前にも走る機会は同年代の男子に比べ、多かった。

陸上部とかサッカー部ほどの運動量とは程遠いけど、それでも帰宅部とは比べ物にならない程度には。



元々走ることに対しての才能のような物はあったんだろう、多分。

割と平凡で無い俺の人生において走ることが多かったのも、理由の一つかもしれない。

名雪の遅刻癖が尤も大きい要因なのは間違いないな。

駆ける距離を稼ぐ度、走ることに関しては苦労が無くなっていった。

無駄に頑張った! ああ、無駄にな! 本来は早々役立ちそうに無い疾走スキルだが、時折役に立つ。こんな時は、殊更に。



そう・・・T字を間近にどちらへ行こうか猫と相談しようとしたまさにその時、目の前の道を左から右へ走り去っていた銀髪の女性と、

その後を追う車椅子に乗った少女(と、車椅子を押している金髪美女)を追いかける状況では特にな。



≪(超限定的状況じゃないですか。もうちょい幅を利かせましょうよ。寝坊しても遅刻しない~、とか)≫

「(だっからお前は! 人の心の中に勝手に割り込むなって言ってんだろ~・・・が!)」



それに寝坊は俺が原因じゃない。俺一人なら(基本的には)寝坊しないんだからな!



「(さてレイク。物の序でだ、CMで有名なライフカードを提示してくれ)」

≪(アイアイサー)≫

「(現在どんな選択肢がある?)」

≪(地震、雷、火事、親父の四択ですね)≫



・・・質問した俺が馬鹿なのか、質問に律儀に返したレイクが馬鹿なのか。



「(・・・・・・すまない。ふざけた俺が悪かった。だが参考までにどんな内容なのか、聞いておこう)」

≪(一、地震を起こし、両者の足を止める)≫

「(うん、欠片も問題の解決になっていないな。同時に俺の足も止まるし)」

≪(二、雷落として、リインフォースの足を止める)≫

「(直撃か?! 黒こげで死ぬだろ!)」

≪(三、火事を起こして、野次馬の足を止める。四、酔っ払いの親父を起こして、会社に行かせる。以上)≫

「(前者は俺が前科持ちになり、後者はひたすら無意味。しかも止まるのは俺の足だけ・・・)」

≪(そういえば黒こげで思いました。黒こげと黒ひげって、発音似てますよね)≫

「(・・・なんかもう、どうでもいい)」



一つとしてまともな選択肢じゃない。しかも天災は人力じゃ無理だ。

真面目なシーンで真面目じゃないのって、こんなに疲れるもんだったっけ?



≪(ある程度は落ち着きましたか?)≫

「(・・・・・・おかげさまで。今度は普通に知恵を貸してくれ。まずこれは、どんな事態なんだと思う?)」



前方の三人を追いかけながら、レイクとリンクしている心の中で問う。

これがどんな状況どんな理由でそうなったのかは皆目見当もつかないが、見た以上は放っておくわけにもいかない。

リインは明らかに彼女達から逃げていて、車椅子の少女と金髪おっとり系美女はそれを追いかけている。

見たまんまの意味なのか、そうでもないのか・・・。

もしや、あの車椅子の少女が八神はやてと呼ばれる少女なのだろうか。

目の前を通り過ぎる時に一瞬しか、しかも横顔しか見れなかったからはっきりと断言は出来ないが、

車椅子の少女は幸が薄そうな顔をしていた気がする。

まさかのもしやで、まだ決着つけてないのか? それとも決着つけた上で、追いかけられているのか?



≪(本人に尋ねてみては?)≫

「(この状況で直接?)」

≪(念話があるでしょうに・・・。みょみょみょみょみょ・・・)≫



・・・なんだろう。念話していることの擬音化だろうか・・・。

念話って本当に便利だな。可能なら俺も覚えたいよ。



≪(念話が通じましたよ。やはり正面の子狸少女が、【八神はやて】だそうです)≫



・・・・・・・・・子狸?



「(じゃあ、どうして逃げているんだ? あんだけ時間経ったんだから、決着ついててもおかしく無いだろ)」

≪(待ってください。みょみょみょ・・・・・・・・・・・・まだ決着つけてないそうです)≫

「(・・・・・・マジかよ)」

≪(それを成す為に、人気の無い場所を探しているそうですよ)≫

「(人気の無い場所?)」



人気の無い場所で決着とやらをつけるのか?



≪(みょみょみょ・・・ものみの丘という場所へ、つれて行って欲しい・・・だそうです)≫

「(ものみの丘? ・・・・・・リインにものみの丘のこと話したことあるっけ?)」

≪(さあ? まあともかく、マスターが先導して連れて行ってあげてはどうでしょう?)≫



ものみの丘・・・真琴と初めて出会った場所。今は俺達の遊び場となっている。

風が吹きぬけるこの丘は、冬になると冷た~い風が体を打つ。冬場は俺達以外の人は、皆無。

進行方向的には、確かにものみの丘へ向かっている。けど、このまま真っ直ぐに進めば石がデコボコとしている登りにくい坂道コースだ。



「(でもあの金髪おっとりさんは、かなり限界っぽいよな。あんな状態で、あの女の子を抱えたまま丘を登りきれるか?)」

≪(無理でしょ)≫

「(きっぱり言うなぁ、お前は)」

≪(十中八九、無理でしょ)≫

「(四文字熟語を加えただけじゃ変わらん変わらん)」



手を貸すか・・・それとも、飽く迄彼女達だけで決着をつけさせるか。

それが可能なのならこのまま帰ろうかとも思うんだが・・・。

と、金髪おっとりさんの体がぐらつく。何とか持ち直すが、それでも危うい。



「出来れば当人達の問題に、俺が干渉したくはないんだけど・・・」

≪(ものみの丘まで運んで、その後は放置して帰りましょう)≫

「そだな・・・」



方針が決まったので、一旦足を止める。リインらとの距離が離れていくが、道はしばらく直線だから多少は大丈夫。

足に意識を集中し、足に覆った肉体強化魔法を、再度施していく。

ぐっぐっと屈伸をし、違和感が無いかを確かめる。二重にかけるのは何かと大変。

問題無しと判断したら再び前を見据え、スタンディング・・・・・・スタート!



走ることとは、要は足のバネと反動を利用した運動だ。走ること自体に全身の力はあまり使わなくてもいい。

素早く足を前に出すこと。出した足を地面に着く際、踏み込んで跳ね返ってくる反動を利用して出来るだけスピードを落とさずに前へ進むこと。

地面に着く足は膝の曲がりで力が殺されないよう、極力真っ直ぐ垂直に。

太ももを上げる力、反動の受け取り方。これらを鍛えれば、誰でも速く走れるのだ。

後は風の抵抗だとか上半身の振り方だとか細かいことがあるが、それはどっかに置いておく。

ただ現実は踏み込んだ後・・・足を上げる事に力が必要で、走り方に慣れ速く走れても、足に疲れが溜まる。

疲労すれば勿論スピードも落ちるが・・・それを解消するのが肉体強化の魔法。

肉体を強化すれば、力が増え疲労が減る。二重ともなれば、効果は相乗。

まるで足が羽にでもなったかのように軽く、一歩踏み出すごとにスピードが増してゆく。

他人が見たら、ありえないくらい速い、と思うだろう。この年齢の子供にしたら、だけどな。増すスピードに上限は当然存在する。

最高スピードは精々、足の速い高等部バスケ部員並か。コンパス(足)の長さという枷があるんだから、この結果も当然。

だが疲労で足運びが遅くなっている大人相手なら、これで十分。ものの一分で、止まっていた間に離された距離を詰める。

金髪おっとりさんの斜め後ろに並び、僅かに思案する。自分がなにをするのか。何をすれば良いのか。

頭の中でいくつかシミュレートし・・・・・・その考えを破棄する。考えるだけ無駄だからだ。

車椅子の横に並ぶ。



「ちょいとゴメンよ」

「っっ、んな?!」



走っている車椅子から直接、少女を持ち上げ背負う。

失敗すれば少女が怪我をするのは必須。でもこれが一番手っ取り早い方法。

外道と言うなら言いやがれコンチキショウめ。非常識上等、もうドンと来い!

車椅子押してた金髪おっとりさんは無視。どうせなのは達の関係者だろうから、帰りに拾っていく。

普通に背筋を伸ばしたまま走ると背負った少女が大変なので、若干体勢を前へ沈ませる。



「ちょ、なっ、ええ!?」

「喋ると舌噛むから、あんまり喋らない方が良いぞ」



一気に加速し、リインに並ぶ・・・・・・と同時に、通り過ぎる。



「お兄さん、行き過ぎや! 戻って戻って!!」

「聞く耳持たぬ! リイン、俺の走り方真似てみろ!」



リインなら俺の走り方を見ただけで、マスターできるはずと信頼を込めての発言。

背中で喚く少女の声は無視し、リインが離されていないかちゃんと気配を感じつつ、俺はものみの丘を目指した。









[8661] 第四十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2009/12/31 17:04










SIDE:リインフォース



ものみの、丘へ・・・・・・。



救援の思念通話を飛ばせば、この一言が返ってきた。

私の向かう先が決まった瞬間。ただ問題は、私はその場所を知らないということ。

それに対し、案内人を送るとの返事を貰ったきり、彼女からの音沙汰は無い。

丘というからには、やはり丘なのだろう。町外れに丘が見えるので、とりあえずそこへ向かうことにした。

建物が邪魔をして目的地であろう場所が見えなくなるけれど、それでも一直線に進んできた。

途中、何の前触れもなくレイクからの思念通話があり、背後に祐一が迫っていることを知る。

なるほど、彼女の言っていた案内人とは、彼のことなのか。

主を背に乗せた祐一が、私を追い抜かしていく。祐一の走りは私とは違っていて、それを真似れば疲労が幾分か軽減された。

祐一は真っ直ぐに進まずいくつか角を曲がり、駆け、丘の麓へ案内する。

緩やかな坂を駆け上っていく間、主は何度も背後を振り返り、私へ視線を向けてきたが・・・私は目を合わせられずにいる。

気まずいのではない。緩やかとは言えど、坂は坂。走れば足元は覚束無く、気を抜けば膝から崩れ落ちそうになる。だから視線を合わせられない。

十数分ほど走り続けようやく、見晴らしの良い場所に出た。吹き付ける風は冷たく、思わず身震いする。

祐一はその丘の中程で止まり、私も数メートル離れて止まる。祐一は・・・・・・器用なことに、背に背負った主を私に向かって放り投げてきた。



「なっ!?」



相変わらず、祐一の行動には驚かされる。私は一度止めた足を再度動かし、主を受け止めにかかる。

だが途中、私は道なき道に空いていた穴に足を取られ、体勢を崩す。何故こんな時に・・・。

無様に転びそうになる体を必死に動かし、どうにか主を正面から抱きとめることに成功。

ただそれと同時進行で私の体勢を整えるのは困難で・・・私は主を抱きしめたまま、背中から倒れこんだ。

抱きしめた腕の中で「あだっ」と発する主の声に、少しばかり安堵を覚える。



「じゃあリイン、俺達は帰るから。晩ご飯までには、戻って来な」



膝に手をつけ頭上から私を見下ろしながら、祐一は淡々と述べた。この状況に対して、何の動揺もしていない。

先ほどは電話越しでしたが、それにも関わらず彼は本当に状況を理解していたようです。

コクリと頷いてみせるとすぐに、言葉通り丘を降り始めてしまう。

・・・・・・気を使わせてしまったのでしょうか?

ゆっくりと上体を起こす。



「主はやて?」



名前を呼べど反応は無し。主は私の背に腕を回し、しがみついたまま離そうとはしない。

再び名を呼び、離してくれとお願いもしてみたけれど・・・更に力を込め、私の体を抱きしめてきた。

この手を離せば、また私が逃げ出してしまうとでも思っているかのように。



「主はやて。このままでは、話が出来ません。少しだけ、お離れ下さい」

「・・・・・・・・・」

「大丈夫です。鬼が捕まってしまったのですから・・・もう、鬼ごっこはおしまいです」



その言葉でようやく納得したのか、体を離す主。それでも両手は、私の服をしっかりと掴んでいる。

怒りの感情は鳴りを潜め、今はただ不安な感情だけが表に出ていた。

私は頭を巡らせ、出来る限りやさしい声が出せるよう意識しながら喋る。



「逃げている間、何を話そうか必死に考えていました。・・・でも結局、無難な言葉しか思い浮かびません。

 言語能力の低さをお許し下さい。

 お久しぶりです、我が主。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」



続く静寂。主の顔から表情が消えた。沈黙が痛い・・・。



「・・・・・・なあ、リインフォース」

「はい」

「私はな・・・めっちゃ心配してたんやで、リインフォースのこと」



感情の篭らない声。



「リインフォースがいなくなったあの日から・・・・・・しばらく、碌に眠ることも出来へんぐらいに・・・な」

「・・・はい」



それは分かる。この心優しい主のこと。私が消えた後は、さぞ胸を痛めていたことと思う。

かつての主達とは違い、決して自分の私利私欲を満たす為だけに他者を傷つけることはせず、人の為自分の為になることには一生懸命になる主。

そんな主だからこそ、他の騎士達も主はやての事を好きになったのだから。

しかし私は・・・主が苦悩しているだろうと理解していたけれど、連絡もせずに目を瞑っていた。

主には、私を責める権利はある。覚悟もしている。主の言葉を・・・待つ。



「リインフォースの事を夢に見る度に・・・こういう言い方は変かも知れんけど・・・夢かどうか確かめる為に飛び起きたし、

 夢やと分かってがっくりきて・・・ほんであの時の事を思い出すたび、胸が張り裂けそうになった。

 毎夜毎夜苦しんだんは私の勝手やけど・・・それでも、苦しかった」

「・・・はい」

「せやからアリサちゃんからリインフォースのことを聞かされた時、ほんまに、ほんまに喜んだんやで。

 まるで見当外れの他人かもしれへんし、本人やって確証も無かったけど・・・それも、嬉しかった。居ても立ってもいられんかった。

 今日ようやく探しに来られて・・・必死に必死に探して、やっとの思いで見つけ出したのに・・・リインフォース、逃げてまうし・・・」

「・・・・・・申し訳ありません」



主を膝に乗せたまま、頭を垂れる。その言葉には、嘘偽りは一切無いであろう。

この町に来た後も、全力で私のことを探してくれたはず。

だというのに、主の気持ちも察しずに私はのうのうと散歩をしていたのだから・・・返す言葉も無い。



「教えて、リインフォース。マスターの命令とちゃう、お願いや」

「はい。私に答えられることならば・・・」



「リインフォースは、私のことが嫌いなん? 不甲斐無い主に、愛想尽かしたんか・・・?」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・あまりの質問の内容に、しばし思考が停止した。

どんな質問にも即答する心積もりでいたが、こればかりはそうはいかなかった。


”私が、主を、嫌い?”


ありえない。



「それはありえません。絶対に」

「ならどうして? どうして逃げたりしたん? どうして・・・すぐに帰ってきてくれなかったんや・・・?」



どうして・・・。どうして?

そんなこと決まっている。祐一が帰る日に合わせた方が、都合が・・・・・・違う。

いざ主を目の前にして、それがただの口実であることが分かった。



「どうし・・・て・・・」



自分を誤魔化していた言い訳は嘘だとわかった。理由は他にある。では、その理由とは・・・?

誰の為の理由なのか。自分の為か、主の為か・・・・・・祐一の為か。

自分自身のことなのに、その自分が解らない。

考える時間は無い。このまま返答をせずに沈黙するということは・・・。

それは主の言っていた、”主のことが嫌いになった”ということを肯定しているようなもの。

100%・・・それだけはありえない。だが理由も無しでは、その言葉にすら信用性を持たせられない。

返答を窮する私など気にもかけず、時間は過ぎ去っていく。

共に、主の表情には・・・防御プログラムが暴走していてさえも見せることが無かった、諦めの感情が・・・垣間見えた。

咄嗟に、主を抱きしめた。何を思うわけでもない。ただそうしてしまっただけ。

すると、



「私は・・・怖かったんです」



それまで考えても出てくることの無かったその答えが・・・すんなりと、出てきた。



「怖・・・かった?」



主が私の言葉を繰り返したことで、確信が深まる。

同時に理解する。理解不能の恐怖感。

何故あれほど電話をかけることに躊躇していたのか・・・その理由が、これ。

私が主の元に連絡を入れることでどうなるのか、冷静でいられるのか・・・それが怖かったのでは無い。

電話をかければ、主と再会することが避けられなくなるから。



「そう、怖かったんです。主に近づくことが。主を巻き込み、再び危険に晒してしまうことが・・・」



結局のところ、祐一を信じ切れなかった自分。

私は・・・・・・主だけではなく、祐一のことも裏切っていたのか。

自分に憤る。



「私の中の防御プログラム。あれは夜天の魔導書が存在する以上、どうしても無くてはならない機能です。

 それが復元する予兆があるが為、私は主の下を去り消えました。・・・消えたはずでした。

 しかしこうして私は生きている。それはつまり、復元した防御プログラムにより再び主に危険を背負わせることになります。

 それも前回までとは違い、桁外れな危険を・・・。それが怖かった」



いくら祐一から治ったと口で言われても、本当かどうか、私に確認するすべは無い。

確かに・・・確かに、闇の書を制御し、守護するプログラムの一端として私と共に存在していた闇の書の防御プログラムは、沈黙している。

それも完全に。

新しい防御プログラムを作成するわけでもなく、ほぼ凍結状態の防御プログラムが再稼動する傾向も無い。

だがそれでも・・・万に一つ、の可能性もある。私自身、その可能性に予め手を打つ手段は皆無。

もし私が主の元に戻り、闇の書の闇が傍にいた主に反応し・・・そして・・・・・・

その恐怖が、私も知らぬ間に心の奥底に根付いていた。



「繰り返しになりますが・・・・・・申し訳ありませんでした、主はやて。

 せめて連絡だけでも、入れておくべきでしたのですが・・・」



心の中で恐怖している部分を、払拭する。主が傍にいる、それでも防御プログラムは稼動しない。それが私が心配していたことへの答え。

祐一を信頼できなかった私が許せない。彼は命まで、賭けてくれたというのに・・・。

もっと祐一を信頼していれば・・・きっと、こんなことにはならなかった筈。主にご迷惑をお掛けすることも無かった筈。

・・・・・・祐一に対する裏切りに、ならなかった筈。

本当に、馬鹿な私。



「馬鹿やなぁ」

「ええ、本当に。配慮の足りない、愚かな行動でした」

「ちゃうねん。馬鹿なんは、私の方。自分、リインフォースの気持ちも知らんで、勝手に色々思い込んで・・・」



主の顔に安堵の表情が、浮かんだ・・・。

釣られて私も安堵する。



「それは、私も同じことです。主はやての苦悩を、理解しきれずにいたのですから・・・」

「ほんなら、お相子やね」



主の顔に、ようやく笑みが戻った。この顔の方が、私は好き・・・。

・・・ただ思うだけでもむず痒いですね。自分が、好き、という言葉を使うのは。



「双方思うところはあるけど、今回のこと全部水に流すということで、万事解決や」



最後に満面の笑みで、そう宣言される。

私は少しだけふっ・・・と笑い、その後表情を引き締める。



「いいえ、お相子ではありません」



主がそれでよくても、私は納得するわけにはいかない。自分の罪を煙に巻くのは趣味じゃない。

譲らない。その想いを込めて主を見る。満面の笑みからキョトンとした表情に変化する主に構わず、言葉を発する。



「お互いがお互いを理解しきれていなかったことはそうかもしれませんが、それ以外では私の方に非があります。

 私は自身が生存していることを隠していたも同然で、主はやてはご存知なかった。ですから・・・」

「駄目や」



これから一ヶ月、主のお宅の家事全般を私がいたします。それでお詫びとさせて下さい。

そう続くはずの言葉は、拒絶の言葉によって遮られた。

私の頬に軽く衝撃が走り、ペチンと音が鳴る。

両頬が主はやてに挟まれたのだ。痛くは無いが、驚いた。



「遺憾とか後悔とか懺悔とか、そんなもんは水に流すんや。全部な」

「いえ、ですが・・・」

「マスターとしての命令や。今後一切、今回のことについては口を出さんこと。罰は与えん。私が許すんや、納得しい」



・・・もしや主、何か勘違いをされているのでは? 何となく、会話がかみ合っていない気がする。

私はこの事態は大した事とは・・・・・・大した事ではありますが、今主が表情に出しているほどは多分、大事(おおごと)だとは思っていません。

”ききせまる”表情・・・というのでしたっけ。日本語は未だに習得できていないので、言語が合っているのか心配です。



「我が主・・・顔に迫力がありますよ」

「そ、それは口には出さんでええの! ほんで、どうなん? 聞けるんか、マスターの命令」

「・・・はあ・・・解りました」



主の命令は絶対遵守。そこに私のプライドなど挟む余地無し。

では、あの・・・海鳴? に戻った後は主のお宅には留まらず、直行で祐一のお宅で良いのでしょうか。

勿論祐一の家に住み込むには、祐一もしくは祐一の親御様からの許可を貰う必要があるわけですが。

本当は主はやての家にて宿を借りながら、ゆっくりと祐一の両親を説得する心積もりでもありましたが、マスター命令ではしょうがありません。

我が主に対するお詫びと、説得期間の一ヶ月と、寒さを凌げる宿確保の一石三鳥な状態ではあったんですけど・・・。

ああでもその前に、



「まずはこれまでの事、これからの事。主はやてには事情を説明せねばなりませんね。ですが、どこから話したものか・・・」



私が祐一に立てた誓いのことから? それとも、私が何故こんなところにいるのか・・・?

何にしても、祐一と正面から直接対峙させてからの方が、色々話し易い気がする。

急な話にはなるでしょうが、祐一及び祐一の両親を説得するのは町についてからと致しましょうか。

祐一の両親の性格――レイクから聞かされたそれをそのまま鵜呑みにして大丈夫――なら、恐らく必死に頼み込めば承諾を貰える筈。

・・・・・・何より最優先事項である主の説得、一番骨が折れそうな予感。ただの予感であって欲しいところですが・・・無理でしょうね。



「そや! それより先に、せなアカン事があるやんか!

 リンディ提督に連絡入れて、他の皆も呼んで、夜天の魔導書について対策考えんと!」

「え? ええ、そうですね。他の騎士達の顔も、久しぶりに見・・・・・・対策?」



どれに対しての対策? ・・・夜天の書の?

だってあれはもう・・・ああ、主達は知らない。



「諦めたらアカンよ、リインフォース。きっと何か・・・何か、手があるはずや」

「ぎりぎりまで考えるんや。また勝手に消えようとか考えてたら、許さへんで。本気で怒るからな」

「こうなったらユーノ君とか使(つこ)て、無限図書館とか言う場所で・・・」



矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、右の親指の爪を噛みながら、真剣な表情で本当に考え込んでしまった。

今主の頭の中では、どれだけの思考が交錯しているのでしょうか。


・・・・・・このまま、勘違いさせたままの方が面白くなりそうな気が・・・・・・


はっ! いけない、考え方が祐一に感化されてしまっている。



「もう良いのです、主はやて」

「何言っとるんや・・・いいわけない。諦めたらアカン」

「ご安心下さい。私はもう、大丈夫ですので・・・」

「大丈夫なわけっ! ・・・・・・・・・”もう”」

「はい。”もう”・・・です」



最初は頭の方が、言葉の意味を理解しきれなかったようでした。

なので『もう』を強調し、喋る。そこでようやく私の意図に、主も気がついてくれた。

私を説得する為か、腕をギュッと掴んでいた手からは徐々に力が抜ける。

気の抜けた表情でやや呆然として・・・強張った体の方からも、力を抜いた。



「そか・・・そか・・・・・・そか・・・」



ブツブツと納得の言葉を呟き・・・・・・ポロポロとその両目から、涙を零し・・・ええ!?

あまりの事態に、私は混乱してしまった。ここは本来、喜んでもらえるところだと思っていたからだ。

わたわたとポケットからハンカチを取り出し、主の涙を拭う。

ぽけっ・・・とその行動に身を任せていた主は、自分が泣いていることを自覚していない。

頬に当てられた私の手に触れ・・・・・・



「あれ・・・?」



ようやく、そのことに気がついた。



「・・・ずっと、気ぃ張っとったからなぁ。安心したら、気が抜けたんやろか・・・」



私の手を頬に当てて、静かに泣き続ける主。

溢れ出すそれを、私はもう片方の手にハンカチを持ち替えて優しく、何度も拭う。



「そや。これだけはリインフォースに言っとかな」

「何でしょうか?」

「鬼ごっこってゆーのはな・・・・・鬼は捕まえる側なんよ。鬼が捕まるんは、鬼ごっことちゃうで」



・・・ここでその突っ込みですか・・・。









[8661] 第四十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/10 18:13










SIDE:リインフォース

服の着膨れ故そのままだと碌に主を抱え上げることも出来なかったので、脱いだ服の一部を主に持ってもらう。

町中を歩く人並みの格好にはなったのだけれど・・・寒い。

背中と膝裏に手をかけ主を持ち上げて、服はそのお腹の上に乗せているだけだから、そこまで苦労はかけないだろう。

足の疲労は大分回復した。子供一人抱えながら坂を下るぐらいなら、何の問題も無い。

主を抱えて、丘を降りる。



「・・・これも夢なんかなぁ・・・」

「どうかしましたか?」

「なんでもあらへんよ。・・・・・・うん、夢やないな」



私の首に手をかけ抱きつき、頬を私の頬につけすりすりと擦り寄る。無礼を承知で思う・・・小動物みたいで可愛い。

しかしお腹に乗せている服は大丈夫なのでしょうか? 落として帰ったりしたら、プレシアに激怒されそうで怖い。

その状態のまま、丘の麓まで降りる。そこからは記憶をたどり、来た道を引き返していく。

下手な方向に進み、罷り間違っても迷子になどならぬように。



「なあリインフォース。道、分かるん?」

「一度通った場所なら、ある程度は」

「へぇ、そうなんか。ヴィータやったら何度か道に迷って、ようやく覚えられるんやけどな」

「あの子は・・・・・・とても真っ直ぐな性格ですから。多少のことは気にもせず、進んだ道は振り返らず・・・」

「せやから今回も迷子になってへんか、ちょっと心配やわ。捜索の組分け、失敗したかもなぁ」



私のフォローはあまりフォローとは呼べず、結局主の紅の鉄騎に対する認識は子供ということに変わり無し。

あまつさえ「また迷子になっているのでは?」と心配し始める始末。

見た目は主より幼いですが、精神的には彼女の方が少しだけ成熟しているのですけどね・・・。

だがそんなこと、主にとってはどうでもいい事実。

一番重要なのは、見た目は明らかに紅の鉄騎が年下なことと、彼女が甘んじてその立場を受け入れているということか。

二人がそれで良いのなら、私が口を挟む問題でも無いんですけれど。



「嘘だ! ぜってー、何かした!」



噂をしていたからか。ふと、遠くから紅の鉄騎の声が聞こえてくる。

それも・・・何か、トラブルでも起きているような・・・。

予感がした。

とんでもないタイミングで、狙い済ましたかのようにトラブルに巻き込まれる人物。

先日の集まりで、彼の逸話を”彼女達”からとことん聞かされた。

まだ数日しか一緒にいないが、それでも私自身、彼が生粋のトラブルメーカーだということは理解している。

絶対、祐一です。祐一が紅の鉄騎に絡まれています。



「・・・なんや、ヴィータの声が聞こえるな・・・」

「少し、急ぎますね」



僅かに遠巻きで見物している人の群れ・・・いわゆる野次馬? が邪魔で、近づかないと祐一達の姿は確認できない。

だが声が聞こえるということは、逆にその先に紅の鉄騎がいることは確実。

主を抱えたまま野次馬を避け先に進む。見慣れた赤い尻尾が二つ、視界に入ってくる。私達に背を向けている紅の鉄騎だ。

やはり、か。



「リインの知り合いなんだろ? だったらリインに会わせれば、信じてもらえるか?」

「そう思わせて、どこかに連れて行く気だな!」

「連絡入れて、あっちから来てもらえばいいのか?」

「電話かけるフリして仲間を呼ぶんだな、騙されねーぞ」

「なら寒いが、ここで待つか? しばらくすれば、通る可能性も何ぼかあるし」

「寒いから嫌だ」

「肉まん奢るぞ?」

「食・・・ってやるが、信じねー」

「う~ん・・・どんな行動なら、信じてくれるんだ?」

「どうあっても信じらんねー!」

「どこでもいいから、妥協点を出してくれ・・・」



人込みの中では、困った顔の祐一と、祐一に向けて怒鳴り散らす紅の鉄騎、車椅子に乗せられた風の癒し手(目を回し気絶中。過労か)。

それと、一人そっぽを向いているシグナムの四人。



「はやての車椅子にシャマルを乗せて、どこに連れて行こうとしたんだ! はやてを一体、どこにやったんだ!!」


「ここにおるよ、ヴィータ」

「うえぇ!? は、はやて?!」



奇妙な驚きの声を上げて、紅の鉄騎が振り返る。

驚きに目を見張り、駆け寄る。



「だ、大丈夫なのか、はやて・・・? あいつにどっかに拉致されて、ジンタイジッケンされてたんじゃないのか?」

「どんなライダーに改造されるフラグやねん・・・」

「腰にベルトは付いて無いよな?」

「私のことは無視でしょうか・・・?」

「おお!? なんでお前までいるんだ!?」



私に対しては、旅行先で偶然友人に再会でもしたかのような言葉の軽さ。

主のように心から心配していたという感情が、一遍たりとも感じられなかった。

なにゆえこんなに緊張感も感動も無い再会なのか。



「リイン、今から俺が言う言葉を復唱してくれ。祐一は無実です」

「? 祐一は無実です」

「ほら、俺は無罪潔白だ。信じてもらえたか?」

「・・・姑息過ぎだろ」

「往生際が悪いなぁ。リインや車椅子の持ち主が何の警戒も無しにこの場にいることが、何よりの証拠じゃないか」

「むっ、ぐぐぐっ・・・」

「祐一。今度はどんなトラブルだったんでしょうか?」

「うむ。さっきの会話である程度理解してもらえたとは思うが、俺か車椅子の持ち主を掻っ攫った挙句、

 こっちの金髪お姉さんも誘拐しようとしたという、事実無根の冤罪を押し付けられそうになった」



主はやてを誘拐し、挙句に風の癒し手を?

・・・戦力的にはほぼ無力な主と風の癒し手だから、攫われたと勘違いするのも一つの可能性か。

尤も、風の癒し手は腐っても騎士の参謀役。悪意を”持たぬ者”が背後から一撃で仕留めなければ、

仲間に何の連絡も無しに倒されるなどありえないこととは気づかないのか、紅の鉄騎。



「ヴィータ。勘違いして相手さんに迷惑をかけたんなら、ちゃんと謝らなアカンよ」

「・・・・・・・・・ヤダ」

「ヴィータ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・一週間おやつ無しや」

「っ!! ごめんなさい!」



おやつ無し攻撃が効いたのか、慌てて主に向かって頭を下げる。

なるほど。精神的な年齢を抜きにしても、この構図は確かに姉と妹。

しかし惜しい。主はやてに謝っている。祐一に向けて頭を下げなければ、意味が無い。



「謝る相手が違うやろ?」

「うぐっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」



渋々と祐一へと向き直り、頭を下げる。

本当に口だけで謝っている感じがヒシヒシと。



「もう・・・・・・。ゴメンな、お兄さん。見ての通りまだ子供やから、堪忍したってな」

「お~、別に気にしてないぞ。むしろこの小生意気さは、ある狐を彷彿とさせて丁度良い」

「くーん?」



狐という言葉に反応したのか、祐一の首に巻きついていた真琴が顔を上げた。

自分を『狐』と意識しているのか。私が想像しているより、真琴はずっと賢いのかもしれない。

真琴を見て驚き固まる主の体。主を抱えている私は、その感情が手に取るように分かった。

祐一は真琴の額を指でくりくりと撫でる。すると、真琴は途端に眠ってしまった。

それを確認してから、私へと顔を向ける祐一。・・・祐一に対する引け目を思い出し、思わず顔を逸らしてしまう。



「?」



逸らした視線は、自然とシグナムの方へと向いた。

お風呂好き仲間。

私のシグナムに対する認識は、もはやこれに限る。その認識故、シグナムだけは他の騎士と違い、呼称が変わってしまうほど。

その彼女は、何故か明後日の方向を見たまま微動だにしない。



「ヴィータ、どうしたんや? いつもの素直なヴィータと違うで。このお兄さんを嫌っとるん? 理由は?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ヴィータ」



自然と耳に入ってくる会話。話している一人が私の腕の中にいるのですから当然です。

頑なに口を噤んでいた紅の鉄騎も、主の前では無言を貫き通せない。

時間をかけ、ようやく口を開く。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんとのところ、あたしにも、よく分からない。

 ただこいつを見ていると、心臓がバックンバックンする。緊張して、体が強張りそうになる。

 ずっと昔、強敵に会った時もこんな感じだった。だから、こいつのことは信じらんねー」

「それって・・・・・・ただ何となく、嫌いってこと? それともこのお兄さんが強いとかなんか?」

「違う。嫌いだから嫌いなんだ」

「まったく理由になってへんで・・・。シグナムもどうしてヴィータを止めて・・・シグナム?」



今になってようやく、主もシグナムの様子が変なことに気がついた。

シグナムは相変わらず明後日の方向を向き、我関せずを決め込んでいる。

主がトントンと私の腕を叩いたので、それを近づいて欲しい合図と判断しシグナムに接近する。

手が触れられるほどの距離まで近づくと、主がシグナムの腕を引っ張る。



「シグナム?」

「・・・・・・・・・・・・ああ、主はやて」



腕を引っ張られてノロノロと顔を主へと向けるシグナム。顔を見てから数秒経って、主の名を呼んだ。

おかしい。シグナムにはあらゆる物事に対して素早く的確に対応する能力がある。日常においてもそれは変わらない。

烈火の将として騎士を統率する彼女が、このような醜態を晒すなどありえない。

このような姿は・・・。



「いつからそこに・・・?」

「いつからって・・・さっきからおったやん」

「そうでしたか・・・。気がつかず、申し訳ありません」

「どうしたんや、シグナム。変やで。ヴィータとは違う意味で」



心ここに在らず。彼女の今の状況を一言で表すなら、まさにそれ。

先ほどは我関せずを決め込んでいたわけではなく、ただただ呆然としていた。その可能性もある。



「シグナムも、あのお兄さん見て警戒しとるんか?」

「いえ・・・・・・」



歯切れ悪く、言い淀む。



「私は・・・少々違います。彼を見ていると・・・・・・」

「見ていると・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・リインフォースを見つけることが出来たのですね。流石です、我が主」

「ちゃうやろ!」

「・・・・・・感情が、ついていかないのです。リインフォース、お前の管轄であろう? どうにかしては、もらえぬか?」

「どうに・・・管轄?」



話を私へと振ってくるか。しかもどこか、懇願の気配さえ感じられる。

正面から私へと真っ直ぐ向けられた顔は、長湯で逆上せたかのように赤い。

・・・・・・理由は分からないが、全く根拠の無い言葉でも無いだろう。なので考える。

何が私の管轄なのか。シグナムや紅の鉄騎の変調が、私の仕業とでも言うのか?

シグナムも紅の鉄騎も、祐一を見ていると自身の感情が揺らいでいる。

感情に基づく理由、そして私が管轄と思われている訳。

・・・『感情』。その一言で思い出す、とあるシステムのことを。



「あっ」

「あ?」



思わず漏れたそれが聞こえた主は、その呟きを反芻する。だが私は主に説明するより先に、実践することにした。

思い出せば至極簡単なことだった。私の管轄である理由も、納得できる。

烈火の将、シグナム。正しく騎士の将。

シグナムと紅の鉄騎の二人が祐一を見て、感情を持て余していた。

その程度の手札では私ですら思い至らなかったその原因に、たった一人でそのことに気がつけた・・・感嘆の一言しかない。


目を閉じ、自分の中に潜る。



再び目を開けた時、視界に広がるのは有り触れた町並みではない。

闇と、闇の中でありながらぼんやりと明るく輝き自身の存在を象徴するプログラムだけだ。

闇の中でありながら、ここでは闇というものが存在し得ない。

入り乱れる複数の術式。情報の嵐。

上下左右どこを見渡しても、システムの切れ目が見えない。膨大な情報量。

夜天の魔導書を構成する、数多のプログラム達。網のように繋がれたシステム。

感じる限り、数を特定することは不可能なのではないかと思われるプログラムの中で片手をかざし、目的の一つを引っ張り出す。

シグナムの予想通り、機能が停止されることも無く尚も稼動していたソレ。そうか、まだ生きていたのか・・・。

意識し、ソレの稼動を止める。長き間、一度として不備を起こすことも無く動き続けていたソレは、至極あっさりと止まった。

夜天が生きる上では有ろうと無かろうと問題ないプログラムだが、これは本当の意味で、私と彼女達を繋いでいた大切な絆。

これで彼女達との絆が無くなったのかと思うと、やや寂しい気もする。

完全に止まったことを確認したので、私は現実へと意識を戻した・・・。



目を開け開口一番、訊ねる。



「これで・・・?」

「ああ・・・大分良い。礼を言おう」

「『私の感情が騎士達に行く』のは初めてのこと故。少々、戸惑ってしまったようだな」


「なあ。そろそろ、説明してもろてもええ?」



お互いは皆まで言わずとも分かっているが、主はやては蚊帳の外。

ちょっとだけ、言葉に怒気が混じっている。



「ええ、今ご説明致します。そもそも、私達・・・・・・私とヴォルケンリッターは、

 精神・・・感情部分がリンクしています。それはご存知ですか?」

「ん、ん~と・・・・・・薄らぼんやりと、そんなことを聞いた気はするなぁ」



シグナムと視線を合わせ、どちらが先に説明するか相談をする。

私はどちらでもいいので、クイッと顎で軽くしゃくる。

了解したと一つ頷き、シグナムから開始。



「本来、リインフォースという官制プログラムが実体化するには、闇の書400ページ分のリンカーコア蒐集が必要となります。

 蒐集には大体・・・・・・そうですね。早ければ半年から、遅くとも一年半程の時間がかかるでしょう。

 そうなった場合、例えページが埋まって直ちに実体化したとしても、私達とリインフォースとの間には、主と共に過ごした時間分の差が出来ています。

 これはそのまま、主に対しての忠誠心の差へと繋がります。

 だからこそ、主に対してその忠誠心が他の騎士達と同じになるよう調整する為に、私達は根底では感情がリンクしているのです。

 主と長い時を共にしていない彼女が、他の騎士達と同じだけ主を愛おしく想っているのには、そんな理由があります。

 本来なら、私達ヴォルケンリッター側から彼女に感情が流れ込んでくることが常でしたが、今回は・・・・・・」



ここまで完璧な説明だったのに、言葉が途中で区切られる。そうか、ここから先は私が説明するのか。



「今回は、『私から騎士達へ』感情が流れました。彼女達が祐一を見るときに感じていたのは、私が祐一に抱いている感情です。

 恐らくこれは、夜天の魔導書が創られてから初の事例。

 他者の感情が流れ込んでくるということが、どれだけ大変なことなのか・・・。

 慣れた私はともかく、ヴィータには難しいのでしょうね。ですからヴィータも、あれほど祐一に突っ掛かっているのでしょう」



守護騎士プログラムは夜天の書本体から開放されたけれど、私達を繋ぐプログラムは未だ稼動していた。

それすらも切ったのだから、もうヴィータが祐一を敵視する必要は無いのですけど・・・。

何故かあの子は、まだ祐一を睨みつけている。

パイプが切れたことに、気がついていない? もう、子供ですねぇ。



「うん・・・理由は、分かった。・・・分かったんやけど・・・・・・

 せやけどそれは、リインフォースは、自分の意思で私のことを好きになったんとちゃうっちゅうこと?

 今私を好きなんは他の皆の影響で、もしかしたら気が合わん者同士かもしれへんってことなんかなぁ・・・」



落ち込み考え込む主。

発想としては面白いですが、ネガティブです。祐一の嫌いなことです。

第一そんな仮定は意味を成さない。主はやてが主はやてである以上、私が主を好きにならない筈が無い。



「私が他の騎士と同じ時期に出てきたとして、共に生活をしていたのなら・・・。

 やはり今と同じように、主を好きになれる自信はありますよ」

「そか? そんなら、少しほっとしたわ。

 ああ、ならリインフォースの雰囲気がちょ~っと変わったのって、感情のリンクとかそこら辺も関係あるんか?」

「無関係です」



即答する。即答はしたが、嫌なことは思い出してしまった。

紫色の・・・ぢゃむ。

私の性格が少しばかり変わったのは、確実にアレのせい。自身で自分が変化したと理解したのはアレを食べてからなので、間違いない。

体内に入れた瞬間小さなバグでも起こしたのだろう。たった匙一杯でプログラムに干渉するとは、危険極まるものだ。

体を構成するプログラムが無事でいたことは、不幸中の幸いか。

どうにか記憶として思い出せる程は回復したけれど、あの味は忘れられない。

・・・・・・・・・いや、どんな味だったのかは、もはや謎だ。味は記憶に無い。恐怖だけが記憶に残っている。



「もうなんでもいいから、とっとと帰るぞ。極限寒い」

「ちょっと待てよ、まだお前のことを信用し「昨日の残りだが、実はケーキが冷蔵庫に仕舞ってある。食べるか?」・・・・・・食べる」

「よし、良い子だ。リイ~ン! 帰るぞー!」

「はい!」



ずっと紅の鉄騎”で”遊んでいた祐一も、首を竦め身を震わせている。お陰で意識してしまった、私も相当に寒いことを。

それでも主を抱きかかえていると(主の)体は温かく、丁度湯たんぽを抱いているような心地良さ。

祐一が気絶した風の癒し手を乗せた車椅子の背後に回り、押す。

紅の鉄騎は最初こそ大人しく祐一の隣に並んでいたが、祐一が軽く煽ると簡単に爆発。

『お前は信じていない』等の言葉を、表現の仕方を変えたりして繰り返すが、それを祐一が軽く受け流す。仲の良い兄妹のようだ。

私、主、シグナムの三人は少し後ろを歩くことにした。



「なあ、リインフォース」

「何でしょうか?」

「ヴィータがあのお兄さんを敵視してたってことは・・・・・・リインフォースは、お兄さんのこと嫌いなん?」

「ありえません。あれはヴィータが感情を理解し切れてないが為に誤解しているだけです」

「ふ~ん・・・そか。そうやな。あのお兄さん人が良さそうな顔してるし。

 嫌いな相手がリインフォースのことを、私でも呼ばんようなほどに親しくリインなんて、呼ぶわけあらへんもんな」



目敏いです、我が主。



「私も今から、リインフォースのことはリインって呼ぶからな」



私の腕の中で小さな握りこぶしを二つ作る。

どこに対抗心を燃やしているのか・・・。



「はい」





まあ・・・それもいいかもしれない。









[8661] 第四十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/15 16:38













SIDE:祐一

家に帰り着き客間を開けて早々、俺は固まる。

そこは・・・戦場だった。



「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」



ソファは退けられ、机も壁に立てかけられ、床が広く使えるよう(勝手に)改装されていた。

隅にあるソファには見知らぬ大人や子供も座っているが、まあ誰かはおおよその見当は付くから無視。

静かなる戦場。誰一人喋ることもなく、身じろぎすることなく。

皆、中央の床に並べられた長方形の紙切れを、まるで親の仇を見るかのように睨みつけている。



「・・・・・・・・・」



高まる緊迫感。

次の瞬間静寂は破られ、動かずを保っていた場の空気が崩れる。



『”ワ”「とった!」・・・じゃなかった、”ウ”。ウドの大木、これでも役に立ちます』

「ええフェイント!!?」

「えい!」



パソコンやMDコンポ等の音楽機材が存在している今や、半アンティーク化されている懐かしきラジカセから流れてくる俺の声が言葉を読み上げている。

真っ先に動いたアリサは用意していたフェイントに見事引っかかり、ワンテンポ遅れて動き出したフェイトが勝者に。

【正月用カルタ。相沢祐一作スペシャルVer.】

元旦に皆で遊ぼうと、一ヶ月前に作り用意していたそれ。

俺の筋肉痛のせいで結局使われることがなかったそれが、俺の知らぬ間にお披露目になっている。



「祐一さん・・・絶対ワザとだ」

『失敬失敬、噛みまみた』

「ワザとじゃない?!」



おい・・・何故アリサがそのネタを知っている・・・。



「ただいま~」

「あ、祐君。おかえり」

「おかえり~祐一」



どれだけカルタに集中していたのか。

扉を開ける音は聞こえていたはずなのに、声を出すまで誰一人として俺に気がつくことはなかった。

ソファに座っていた見知らぬ大人その1さんが立ち上がり、俺の前まで進み出る。



「初めまして、相沢祐一さん。リンディ・ハラオウンです。

 ごめんなさい、勝手にお宅に上がらせてもらっているわ」



ソファに座っている初見の人代表として、緑髪のお姉さんが謝ってきた。

・・・・・・いや、違う。見た目通りの年齢じゃない。

俺は悟った。母さんや秋子さんと同じく、年齢と見た目がイコールで反映されない人種だと。この人も不老か!!

それにしても緑の髪って、凄まじいな。

茶髪ならともかく、緑に染めた髪は本来違和感を感じるものだが・・・この人にはそんな違和感は感じない。むしろ似合っている。

地毛か。地毛で緑なのか。アンビリーバブルだ。ミラクルだ。




「いえいえ、お気になさらず。ゆっくりと寛いでいてください」



そういやあヴィータの髪は赤色だったな。若干色違いだが、赤は美汐も居るからそこまで気にもしてなかったが、

シグナムさんとやらに至っては・・・ピンク。それも天然モノ。

俺の身近じゃそんな不思議髪は名雪と秋子さんだけだったが、そこ(魔法世界)には腐るほど生息しているのか。

凄いぞ、ファンタジー。拍手喝采を送ろう、心の中だけで。

そんな下らない事を考えながら、リイン達に客間の中で待っているように伝える。

俺は二階へと上がり、自分の部屋に。

荷物を机の上に放り投げ、頭の上のルシィと首に巻きついている真琴をそっとベッドに降ろす。

暖房、ON。



「うな~(祐一)」

「ん?」

「みゃう、にゃにゃ(晩ご飯時になったら、呼びに来てください)」

「オケオケ」



コートを脱ぎながら、言うまでもなくそうするつもりの事を言われてしまった。

ルシィは起きていたが、真琴はベッドに降ろした後も寝続けている。

いや、降ろした直後に一度は起きたのだが、家だと分かるとまたすぐ寝入ってしまったのだ。

寝る子は育つ・・・・・・はずなのだが、何故か成長していない真琴。寝続ける理由はあるのか。

コートをクローゼットに直し部屋を出て、暖房の熱が外へ逃げないように扉をしっかりと閉める。

一階へ降りて、リビングへ。客間へ戻る前にすることがあるからだ。

お客さんには飲み物とお茶菓子をご用意、基本です。今度アリシアにも教えてやろうかな。

頭の中で計画を立てながら、冷蔵庫を開ける・・・。















SIDE:なのは

アリシアちゃんが持ち出したカルタ勝負に参加していたのは、全部で六人。

参加者は私とフェイトちゃん、アリサちゃんにすずかちゃんとアリシアちゃんまいちゃん。

祐一君が帰ってくるまでのほんの時間潰しのはずが、殆ど真剣勝負になっていた。

最終局面での勝負は、フェイトちゃんとアリサちゃんの一騎打ち状態。

二人はもうね、反則だよ。

アリサちゃんは床に置かれたカルタの位置を全部覚えて勝負しているし、

対するフェイトちゃんは半分ぐらいしか覚えてないらしいけど、来たら速さ任せに取るの繰り返し。

速さはアリサちゃんよりフェイトちゃんの方が上。

最初の方こそアリサちゃんがトップを爆走していたけど、カルタの数が減るにつれて段々と追い返すフェイトちゃん。巻き返しが凄かった。

結局最終は接戦。そして決着つかずのダブル一位。

途中から祐一君の読み間違いが入らなかったら、僅差でアリサちゃんが勝っていたんじゃないかな。

私の順位? にゃはは・・・訊かないで。体育苦手なのは自覚してるから。どうせ運動音痴だもん、私。

対戦ゲーム・・・コントローラーを使う格闘ゲームだったら負けない自信があるのに。



「最後は見晴らしの良い丘の上で、感動の仲直りや」

「ど、どうして見つけたその瞬間に、はい感動の再会・・・って、ならないのかな?」

「壮絶な逆鬼ごっこって・・・何したらそんな過程踏まないといけないのよ」



リインフォースさんの膝の上に座っているはやてちゃんから話を聞きつつ、カルタを片付ける。

・・・視線を明後日の方向に向けたリインフォースさんが印象的だった。

感動の再会にしては沢山の突っ込みどころがある。聞きたいこともいっぱい。

逆鬼ごっこ、祐一君の背に乗せられ丘登り、何で逃げられたとか、どんな仲直りをしたのか等等。

でもプライベートあるかもしれないし(特に仲直りの仕方部分)迂闊に聞くのもどうかと思うから、

自ら進んで話してくれない以上、私達は苦笑いを浮かべるだけに止めることにしている。



「仲直り出来て良かったね、はやてちゃん」



なのに、まいちゃんだけは私たちの様に苦笑いも浮かべず、単純に仲直りできたことを喜んでいた。

話しの詳しい内容には全く興味を見せず、純粋に『仲直り出来たことが心から嬉しい』という笑顔を浮かべて。

この短時間で、実は散々見せ付けられてきたまいちゃんの純粋さ。子供だから純粋だとか、そんなレベルは完全に通り越している。

どれだけ綺麗な心を持っているの、まいちゃん?

周りが言うには声が私と同じ(らしいん)だけど・・・声が同じなだけで、私にはこの子が分からない。



「なのは、はい。箱」

「ありがと、フェイトちゃん」



カルタはちゃんと『あいうえお』順に並べて、『スペシャルカルタ専用』と書かれた箱に戻す。

箱含めこれ全部祐一君のお手製らしい。手作りゆえの歪さは欠片も感じられない。市販品で出してもいい気がする。

片付けたそれをアリシアちゃんに手渡したところで、部屋のドアが開いた。

祐一君が戻ってきてた・・・片手にコップが載せられたお盆を持って、かつ腕には木製の器を乗せて。ファミレスの店員さんみたい。



「っ、うおっとと、子供にはジュースな」



部屋に入って早々腕の器が落っこちそうになったけど、見事耐え切る。

祐一君はお盆に載せられたコップを、私たちに手渡していく。

腕には相変わらず器が乗ったまま。よくバランス保っていられるなぁ。チラッと見たけど、中身はお菓子だった。

私にはコーラが回ってくる。た、炭酸系は、ちょっと苦手なんだけど・・・。シュワってなるのが、少し口に痛い。



「ん? どした、ヴィータ。ジュース飲まないのか?」

「いいい・・・いらない!!」



コーラと睨めっこをしていると、怯えたヴィータちゃんの声が隣から聞こえてきた。

反射的に振り向く。祐一君の手に握られているのは、オレンジジュース。

分かった。ヴィータちゃんは今、どろりのーこーオレンヂ味の事を思い出しているんだ。

あれは相当なトラウマになったみたい。オレンジ色の飲み物はしばらく見せない方がいいね。

翠屋に来た時は、ウーロン茶を出してあげようっと。



「そっか。んじゃ、カルピスならどうだ?」

「・・・それならもらう」

「アリシア、まい。昨日のケーキの余りだけど、ヴィータにあげていいか?」

「僕はいいよ、昨日自分の分は食べたし」

「私も食べたかったけど・・・うん、いいよ」

「ありがとな。ほらヴィータ、約束のケーキだぞ」

「・・・・・・あんがと」



ぶっきら棒なお礼。しかも祐一君じゃなくて、アリシアちゃんたち二人へ向けてのお礼だった。

祐一君はそんな態度を気にもせず、ソファに座っている残りの人にジュースを渡しに行く。

それを見送ってから一口ケーキを食べたヴィータちゃんが、目を見開きわなわなとした。



「・・・・・・ペ、ペタ・・・」

「ぺた?」

「い、いや、ギガだ。・・・うん、ギガうま。勘違いすんなよ、ペタじゃねえ。ギガだかんな」

「え? う、うん・・・」



ペタとかギガって、何? ・・・・・・・・・あっ、パソコンの容量とかでも使われてるアレ?

キロメガギガテラペタ・・・続きは何だったかな。

ペタはギガよりかずっと大きい。ギガが10の9乗に対して、ペタは10の15乗。

パソコンでも今は10の12乗であるテラが精々。

『美味しい』の度合いを単位で表してもよく分からないけど、要はもうすっごく美味しいってことなのかな?

・・・・・・黙々とケーキを口に運ぶヴィータちゃんの様子が、全てを物語っているね。



「ほい・・・って、スクライア? どうしてここにいるんだ?」

「今気がついたんですか!?」

「いつの間に・・・」

「えっと・・・さっきからずっと居ましたけど・・・」

「そうか、悪い。全然全く一ミクロンも気がつかなかった」

「じ、地味に酷い・・・」



知り合い・・・なのかな、この二人。

落ち込んでいるユーノ君だけど祐一君は慰めることなどせず、最後に残ったオレンジジュースをクロノ君に渡していた。



「あいよ」

「・・・・・・・・・ああ、ありがとう」



クロノ君は直ぐには貰わず、幾ばくかの巡回の末ジュースを受け取った。

祐一君に悪意が無いのは分かるけど、シレッと残酷。

この部屋に入ってきた時、祐一君は「子供にはジュースな」って言っていた。

クロノ君は子ども扱いされてるってことだよね。14歳なのに。

・・・・・・・・・あれ? 14歳は、まだ子供だよね。問題無いのかな?



「すみません、皆さんの分のお茶はもう少し待ってください。今お湯を沸かしている最中でして。

 紅茶、日本茶、コーヒーありますけど、何がいいですか?」

「あら、しっかりしているのね。それじゃあ日本茶を残りの人数分、お願いしていい?」

「わかりました。お茶に合うお茶菓子は生憎家には置いていませんので、普通のお菓子で失礼しますね。余り物で申し訳ないんですけど」

「いいえ、お気遣いありがとう」



一つ一つ小袋に入ったパイの実、ロッ○のチョコパイ系のお菓子等が盛り付けられた木製の器が、リンディさんに手渡される。

私たちが机を壁に立てかけちゃったので、手渡しなのはしょうがないね。床に置いて「はいお食べ」じゃ、完全に犬扱い。

床がもう片付いているのを確認した祐一君は、お盆を近くにいたユーノ君に預ける。

一言皆に「気をつけろよ~」と声をかけ、机を元に戻そうと手をかけた。

と、ソファに座っていたお兄ちゃんが立ち上がり、祐一君に近づく。



「手伝おう」

「はぐれ人形遣い純情派!!」

「・・・・・・」

「もしくは大人版恭介か!」

「何を言っている?」

「・・・しまった。同じ声だったからつい脊髄反射で反応してしまった」



・・・・・・やっぱり祐一君って、変。



「この世には同じ顔の人間は三人ほど居ると聞いたことがあるが、同じ声なら300人くらいいるのか? けっこーよく聞くよな・・・」



祐一君は一人ブツブツと呟く。怪しい行動なの。

呟きながらも体は動かし、お兄ちゃんと協力して机はキッチリ部屋の中央に。

クロノ君とザフィーラさん(現在は人型)も、ソファを元の位置に戻しにかかっている。

一人用のソファをクロノ君が、二人用のソファをザフィーラさんが担当。

狼さんは力持ち。



「シグナム。主はやてを頼みます」

「ああ、任されよう」



はやてちゃんをシグナムさんに預け、リインフォースさんも片付けに参加。

私たちは皆の邪魔にならないよう、部屋の隅っこに移動している。

部屋も綺麗に元通りになった頃、(何故か)気絶したまま運び込まれソファに寝かせられていたシャマルさんも目を覚ました。



「え? え?」

「起きたか、シャマル」

「シグナム? ここ、どこ?」



たった一人現状を全く理解できていない人。

はやてちゃんが説明を始め・・・・・・・・・ようとしたところで。



「さて・・・と。じゃあ先ず、改めて自己紹介をしましょうか。初見の方も居ることですし」



祐一君の言葉がその行動を中断させた。

一人掛けのソファに腰を降ろす祐一君。アリシアちゃんは祐一君の膝の上に座り、リインフォースさんとまいちゃんが隣に並ぶ。

対面の二人掛けソファにリンディさんとクロノ君が座り、他の皆は自然とそのソファの傍に集まる。



「こら、アリシア。行儀が悪いぞ、お客さんも居るのに」

「えっへへ」

「・・・・・・可愛らしく笑っては見せるが、退かないってことか?」

「うん♪」

「ったく、しょうがないなぁ」



しょうがないと口では言いながらも、顔には全く迷惑そうな顔が浮かんでいない。

・・・なんだかな~、この雰囲気。お兄ちゃんとお姉ちゃんが一緒の時、いつもこんな雰囲気だったような。

結局その状態のまま、自己紹介は始まった。

この場で自己紹介が必要なのは、お兄ちゃん、シグナムさん、シャマルさん(ひたすらハテナを頭の上に浮かべていた)、

ヴィータちゃん(気軽にヴィータって名前で呼んでたのに、自己紹介はまだだったみたい)、

ザフィーラさん(祐一君の驚きが尋常じゃなかった。何でかな?)、クロノ君、

それとアルフさん(子犬モード)・・・の念話が祐一君には聞こえなかったようなので、代わりにフェイトちゃんがアルフさんの紹介を。

祐一君陣はリインフォースさんを除いて全員。

各々自己紹介を終わらせたら、やや静寂が。祐一君が居住まいを正す。



「急なことなんですが、ハラオウンさん。あなたに一つ質問をしてもいいでしょうか?」



真剣な顔で、改まった声で、祐一君が切り出す。

ただ膝の上にアリシアちゃんが乗っている状態が、真剣さを台無しにしている。

・・・・・・隣でアリシアちゃんと祐一君を見ながらそわそわ・・・じゃない、うずうずしているまいちゃんも、

雰囲気のぶち壊しに加担している。



「ええ。実は私からもいくつか質問があるんですけど・・・いいかしら?」

「俺はいいですよ」

「ありがとう。それで、あなたの質問は?」



対面に座り話し合うリンディさんと祐一君。

真面目なお話になりそうなので、私は気を引き締める・・・こともなく、ポケッと祐一君を見ていた。

確信をもった祐一君の顔は、絶対の自信を感じさせる。

これからする質問は、ただの確認事項。質問するまでも無いが、一応はしておこう。そんな顔つき。

傍から見ている私も、どんな質問が来るのか・・・答えるのが私じゃないのに、頭の中でシミュレーションをしてしまった。

祐一君が、口を開く。



「あなたとそちらのクロノ少年は、親子ですか?」

「ええ、そうよ」

「そうですか」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・静寂。



「それだけ!?」



アリサちゃんの突っ込みが入った!

ありがとう、アリサちゃん。もしアリサちゃんがしてくれなかったら、私がしていた。

「親子ですか?」「はいそうです」、それで納得した祐一君は、それっきり一言も話そうとしない。

完全に質問の待ちの姿勢に入っていたのだった。



「それだけって・・・それだけだが?」

「祐一さん。即答しちゃった私が言うのもなんだけど、もっと別な質問は無かったのかしら?」

「すみません。でもこれは、俺の中でキッチリと片を付けたかった疑問ですから」

「じゃあ他には? もっと貪欲に質問してもいいのよ?

 突然あなたのお宅に押しかけたのは私達だし、答えられる範囲の質問には出来うる限り答えるつもりでいたから」

「でも『一つだけ』って言っちゃいましたしねぇ。

 自分自身で、現状をある程度把握出来ているとは思っていますし・・・別にそれだけで構いません」



ぽりぽりと頭を掻く祐一君は、リンディさんからの譲歩が入ったにも拘らず質問をしようとしない。

本当にそれ以上の事は知ろうとしていないみたい。

どれだけ気になっていた事柄なの、その質問内容。



「・・・それであなたが納得できているのなら、私がとやかく言うことでもないのだけれど・・・。

 ・・・・・・ん、切り替えは重要ね。だったら何か質問を思いついたら、遠慮せずに言ってちょうだい」

「はいはい」

「それで祐一さん、私の質問なんだけど・・・この答えによってはその後の質問が大きく変わるから、正直に答えてね?」

「はい」

「最初の質問。あなたは、魔導師?」



奇しくもその質問は、私が商店街で祐一君にした質問と同じだった。

あの時は別のことに意識が逸れてはぐらかされてしまったが、今度はそんなこともない・・・と、思う。

正直に答えてくれるのかな、この人。



「魔導師? いえ、俺は違いま・・・・・・」



否定の言葉は途中で止まった。

視線を右から上、上から左へと、ぐるっと半円を描く形で彷徨わせる。

「ん~」と唸るような声をあげ、ようやくリンディさんへ視線を戻す。



「せんこともなかったような、そうでもなかったような・・・」

「どっちなんだ。明確に、一言で答えればいいだろう」



煮え切らない様子の祐一君に、横からクロノ君の厳しい一言が。



「悪い。つい最近までそこら辺微妙な立ち位置に居たから、自分でもしっかりと把握はしていないんだ。

 でも多分、魔導師・・・だと思う」

「魔導師なのよね?」

「魔導師・・・・・・ええ、そうですね。俺は魔導師です」



リンディさんに促され、ようやく自分を魔導師だと言い切った。

一つ頷いたリンディさんが、次の質問を自分自身に確認するかのように一呼吸分目を瞑る。

再び目を開け、質問を続ける。



「デバイスはお持ち?」

「ええ、まあ」

「リインフォースさんがここに居るのは、あなたが関係しているの?」

「結構してますね」



「彼女・・・アリシア・テスタロッサがこの場にいるのは・・・何故?」



来た。アリシアちゃんの事情、あの事件を知っている人は絶対に知りたいだろう質問。

フェイトちゃんがそっと、私の手をギュッと握ってきた。反射的に振り向いたけど、フェイトちゃんは会話に聞き入ったまま。

無意識の行動・・・なんだね。

祐一君は大して気負った様子も無く、あっさりと質問に答えようとした。



「それはですね・・・「それ以上は答える必要なんて無いわよ、祐一」」



答えようとした祐一君の言葉を遮ったのは、この場に居る、誰の声でもない。

第三者。その姿を見て私は目を見開き、隣に居るフェイトちゃんから息を呑む声が聞こえた。

アリシアちゃんが居た。だからこれは、一応想定していた事。

でも・・・・・・いざ目の前でその現実を見せられたら、やはり信じられないという想いが勝る。

アリシアちゃんのお母さんで・・・・・・フェイトちゃんのお母さんでもある、プレシア・テスタロッサさん。

虚数空間に落ちて、死んでしまったはずの彼女が、杖(デバイス)をリンディさんに突きつけていた。

私たちは誰一人として、これほど接近されるまでプレシアさんの存在を認知することができなかった。

接近・・・そんなレベルじゃない。

この人はリンディさんが座っているソファの肘掛に腰掛けて、直接杖をリンディさんの頭に接触させている。

誰に気づかれることも無く私たちとリンディさんの間に割って入り、杖を・・・



「そこのお兄さん、止めておきなさい。あなたがどんな行動をしようとも無駄。

 あなたが動こうものなら、モーションを起こしたと頭が理解するより早くこの杖が彼女の頭をぶち抜くわよ。

 スプラッタはお好き?」

「くっ・・・」

「分かったら、その手の中の物騒な物を捨てなさい」



一言悔しそうな声を出したお兄ちゃんが、何かを手放した。

カラン・・・と、金属が床に落ちる音がする。大きな針。飛針。

続く沈黙。誰一人として言葉を発せない。

そんな中・・・・・・



「おかえり、プレシアさん。どっから現れました?」

「おかえり~、お母さん」



場の空気を全く読まない、この場に似つかわしくない明るい声が、客間に響いた。









[8661] 第四十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/06/03 11:16










SIDE:祐一

さて困った、心底困った。これは・・・・・・予想外もいいとこな展開だ。

リインを探しに来たらしい、恐らくは時空管理局の人。その人に武器(デバイス)を突きつけるプレシアさん。

完全に悪党面だ。

どこからともなく出現したプレシアの気配は、俺にも全く分からなかった。

おかしいなぁ。プレシアさんに神出鬼没のスキルは無いはずなんだけど・・・今まで隠していたのか?

戦場再び。しかも今度は比喩じゃなくて、本当に戦場になりそうな予感。

どうするべきかと頭を捻る。

プレシアさんが管理局という組織を嫌悪しているのは知っている。

だけどそれは管理局が嫌いだからリンディさんら管理局員を嫌っているという、まさに『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』に該当するヤツの筈だ。

正直俺は、リンディさん達は嫌いじゃない。会話の回数こそ少ないが、彼女達が悪い人じゃないと理解しているからだ。

でもプレシアさんには、そんな理屈はどうでもいいのだろう。ただ嫌い、それだけ。

嫌い。嫌いだが、ここで無闇矢鱈に暴れ回ることはしない。

下手に攻撃してうっかり死なせてしまえば、やっかいだからだろう。世間体とかも色々と。

だからこそ、たった一人の人質を利用してこの場を支配している。

どうしようか。このままだと、異世界を舞台に逃避行、なんてことになる可能性も捨てきれなくなる。しかも何故か俺まで巻き込まれて。

遊び半分でそんなことを考えたことも二、三度あるのだが、それは勘弁して欲しいところ。



「そこのお兄さん、止めておきなさい。あなたが・・・・・・・・・」



当然のことながら、時の流れは止められない。俺が思考している最中も時間は流れていく。

なのはのお兄さん、恭介・・・じゃない、恭也さんに忠告(?)を始めるプレシアさん。



『いつも通りに』



数秒の静寂の間に、それだけを心に決める。

少しでも普段と同じ雰囲気になるように、普段と同じ様に振る舞おう。その意味を込めて。

決定事項は、プレシアさんにこの人達を攻撃させないこと。出来るだけプレシアさんの意思で武器を下げさせること。

そして、誰一人として怪我をさせないこと。

武力執行ダメ。オーケー、自分。



「おかえり、プレシアさん。どっから現れました?」

「おかえり~、お母さん」



空気を読まない声だと、自分でも思う。それを意識しながら喋る。

出来る限りいつも通りに、明るく。



「・・・・・・・・・ただいま、二人とも。それで・・・どうして時空管理局が、この家に居るのかしら?」

「リインお姉ちゃんを探しに来たんだよ」

「そう」

「プレシアさん。・・・・・・それ、物騒なんで、家の中では使わないで下さいね。もういっそ、警戒を解いたらどうでしょうか?」

「無理な相談ね」



だよな。引けと正面から言われて引くのなら、最初から構えることなんてしない。

警戒するなと言っても、プレシアさんは警戒することを止めないだろう。



「でもプレシアさんがその状態で魔法を使ったりしたら、リンディさんの頭がピンチですって。

 冗談でも、そんなことはダメです。警察も来ますよ」



警察の部分でピクッと、プレシアさんの体が動く。だけど、それだけ。それ以上の変化は無い。

・・・・・・頭の中では、異世界に逃げるから大丈夫とか、そんな算段つけてないよな?



「第一この場で魔法を打ったら、アリシアとまいまで見ることになります。こんな子供の目の前でスプラッタはどうかと」

「祐一。すぷらったって何?」

「まいはあと数年は知らなくてもいいことだよ。よしよし、頭撫でてやるから、少しだけ静かにな」

「あはっ」



無垢な笑顔。まい、意識なんてしてないだろうが、ナイスアシストだ。

更にピクッと動き、表情が強張っていくプレシアさん。頬に一滴の汗が流れ落ちるのが見えた。

プレシアさんもアリシアとまいの前でそんなことをするのは、抵抗があるようだ。

(尤も、もしも抵抗が無いなら、プレシアさんに外道のレッテルを貼るつもりだった)

ならアリシアとまいを外に出せばいい、とでも言うかと思ったが、どうやらその心配も無いようだ。

まあもしそんなことを口に出した暁には、周りを囲んでいるその他大勢に同時に飛び掛られても文句は言えまい。

何故なら、逆に言えば二人を外に出すまでは、攻撃は絶対に出来ないという風に捉える事も出来るからだ。



「それにもしこの家の客間が、プレシアさんの手によって派手に壊されたと母さんが知ったら・・・・・・

 いくら仏の母さんと言えども、怒るかもしれませんよ?」



これならどうだ。プレシアさんが絶対に逆らえない人物の一人、俺の母さん。

「魔法とか理屈とか抜きにして、私はあの人に勝てないだろう」と、以前プレシアさん本人から聞いた記憶がある。

大魔導師プレシアさんにそこまで言わせるって、俺の母さんどんだけ? 人脈が広いただの専業主婦のはずだよな。



「家が傷つかないように、尚且つスプラッタにしなければいいんでしょ」

「え゛・・・まさかマジで出来たりはしませんよね? 家を壊さずにこの人を・・・なんて」

「出来ないと思う?」

「・・・・・・・・・微妙」

「可能よ」

「げ」



それはなんともとんでもない事態だ。流石大魔導師、不可能は無いんだな。

空間に干渉する魔法とかを持っているとか? それとも操作弾で魔法が他のところに行くのを防ぐ、とかだろうか。



「この至近距離で私の魔法を防御無し頭部直撃なら、非殺傷設定でも脳死させられるからね」



完全に殺す気満々、余計なこと言っちまった!



「あら、これは中々現実的ね。家に血痕が飛び散ることも無く、綺麗に殺せる」



しかも超絶物騒! いらぬ入れ知恵をしてしまいやがりましたがこんちきしょう!!

言葉途中で咄嗟にまいを抱き寄せその耳を塞いだお陰で、まいはポカンとしていた。

よかった、聞こえてなかったか。まいの耳から手を離す。

まいは舞の影響か、人が傷つくことは極端に嫌っている。母親の件があるからな。

今は状況が解っていないだけで、それを理解したら”実力で”プレシアさんを止めようとするだろう。

理解されたら危険だ・・・・・・どちらかといえば、主にプレシアさんの身が。

おかしいな。どうして今日はこんなに”黒い”んだ、プレシアさん。

プレシアさんがこんなに冷徹なのは、管理局が嫌いなだけじゃないのか? どうして殺すとか平気で言えるんだか・・・。

・・・・・・あ゛~、殺すとか死ぬとかいう単語を考えるだけで、心にズブリズブリと突き刺さっていくトラウマという名のナイフ。

き、気分悪くなってきた。俺も人の心配してる場合じゃない。



「・・・お久しぶりね、プレシア・テスタロッサ。あの子を見た時、もしかしたら生きているのではと思ったけど・・・まさか、本当に」

「・・・・・・ええ、久しぶりね。直接顔を合わせるは、これが初めてだけれど。

 私の計画を邪魔してくれた艦長様。まさかまた合間見えることになるとは、思いもしなかったわ」



命はプレシアさんの意思次第で簡単に消え去るというのに、それでもリンディさんは落ち着いた声で話しかける。

し、知り合いか、この二人。もしかして、だからこんなに殺気びんびんなのか?

・・・・・・き、気分悪。人が死ぬのは、無理。なんかもう根本から。

昔の嫌なこと思い出し血の気が引いて、口ん中がカラカラになってきた・・・。



「あの時は私の邪魔をしてくれてありがとう。あなたのお陰で、結果的に私はアリシアを取り戻すことが出来た。礼を言うわ」

「あなたは・・・」



大変ご立腹なご様子のハラオウンさん。

重圧が更に増したリビング。空気読まずな俺の口は、現在の状況など関係無く外部から水分を補給してくれと訴えかけてくる。

の、のど渇いた・・・死ぬほど。みず・・・。

・・・そうだ。プレシアさんだって、温かい美味しい飲み物を飲めば、少しは気を静めてくれるかもしれん。

美味しい物を食べor飲めば気も安らぐって、相当な幼稚的考え方だが・・・・・・そうでもせんとやってられんぞ。



「あれだけのことを仕出かしておきながら・・・あの行為にも、懺悔する気などサラサラ無いということね」

「反省も後悔も無いわ。私が今見ているのは、過去の大罪ではなく、未来。これからのことよ」

「過去の幸福に捕らわれてフェイトさんを不幸にしていたあなたが、よくもぬけぬけと・・・」

「あら、そのお陰で、今は楽しそうにしているみたいじゃない? ねえそうでしょ、フェイト。お人形だったあなたが」

「・・・・・・か、母・・・さ・・・」



・・・・・・待てよ。そう幼稚な発想でもないかもしれないな。

気分を安らげ、場の雰囲気を変える美味しい飲み物。アレがある。

アレは確か・・・・・・・・・・・・冷蔵庫の中に大事に保管されているよな、まだ。

・・・・・・? アリシアの手が・・・・・・俺の手をギュッと握る。不思議なことに、そこから意思が伝わってくる。



「それにしても物騒よね、この状態は。あなたとは対等に会話がしたいから、是非とも下げてもらえないかしら?」

「見え見えの手口ね。これを下げたら、お前達は問答無用で私を取り押さえにかかる」

「・・・誓って、そんなことはしないと約束するわ」

「ふんっ、どうだか。昔もそんなこと言いながら、私との約束を守らなかった愚かな管理局の連中がいたわよね。

 そのせいで、アリシアは・・・っ!」

「・・・それは・・・」

「・・・今という幸福な時間を、再びあなた達に奪わせはしない。奪われてたまるものですか。たとえあなた達を排除してでも・・・」

「あ~、すんません。俺お茶、淹れてきますね。そろそろヤカンが鳴り出す頃なんで」

「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」



『お前は空気を読め』

プレシアさん含めリビングにいる半数以上からそんな冷たい視線が。ズビズビと突き刺さる突き刺さる。

皆酷い。俺だって何の考えもなしにこんなこと言い出してるわけじゃないぞ。



「祐一。あなた状況を解っているの?」

「解っていますよ、一応。ですが今の俺の最優先事項は、俺の喉の渇きを潤すことです」

「・・・・・・我慢なさい」

「無理っぽいです」

「・・・・・・・・・好きにすればいいわ」

「は~い。プレシアさんは、日本茶紅茶コーヒーどれ飲みます?」

「はぁ・・・。いらない」

「そうはいかんでしょう。皆の分の飲み物は出すのに、プレシアさんだけ何にも無しだったら、まるで俺が苛めているみたいじゃないですか」

「もう、何でもいいわよ」

「了解です」



立ち上がる為に膝上に乗っているアリシアを抱きかかえ退かそうとしたら、アリシアが先に自分から退く。



「僕も行くね~」

「あいあい」



了解して立ち上がり、アリシアを引きつれ俺はプレシアさんの手前まで移動。

間違っても瞬間湯沸かし器にならないように、プレシアさんのガスを少し抜いておこうと思って。



「プレシアさん」



両手を胸の前で優しくポンと合わせ、ふんわりと笑う。意識するのは母さんの笑顔。

俺が中学生で若干の反抗期だった頃は、母さんにこのポーズを見せられる度に、肩の力が抜けて色々とどうでもよくなったもんだ。

イライラが頂点の今のプレシアさんには、まさにうってつけの笑顔。

これをするのが高校生の俺だったら穏やか効果は期待できないが、今の小学生サイズの俺なら効果はあるはず。



「とびっきり美味しいアレ、作ってきますね。

 それでも飲んで、気を落ち着けてください。俺すっごく美味しいの作りますから」



よし、仕込みは済んだ。ふんわり笑顔は完璧だった筈だ。

これで少しはプレシアさんのイライラも治まってくれることを願おう。



「スクライア、お盆」

「え、え? あ、はい」

「じゃあリインフォース、それと・・・・・・シグナムさん? 手伝いを命ず」

「はい」

「・・・・・・わ、私もなのか?」



スクライアからお盆を受け取り、手伝いを二人に頼む。

お茶系はジュースと違って、不安定な運び方は出来ない。落としたりしたら危ないからな、熱湯だし。

シグナムさんは八神を金髪おっとりお姉さんへと託す。確か・・・・・・シャアさんだっけ?

ジ○ンの赤い彗星みたいでかっこいいよな。



「ああ、まいも一緒に来な。ここにいてもつまらないだろうし」

「は~い」



大人が二人も居るのだから、本来はまいは手伝ってもらう必要は無い。

まいを呼んだのは、この場に一人残しておくのが気が引けるからでの何物でもない。

アリシア、まい、リインフォース、シグナムさんの計四人を引き連れ、部屋を出ようと扉に手をかける。



「祐一」



部屋を出る時、プレシアさんが後ろから声をかけてくる。

やばい。シグナムさんを連れ出すのは、やっぱり不味かったのか?



「さっきアレって言ったわよね。アレって、何を作ってくる気なの?」



良かった。別に連れ出すこと事態はどうでもいいのか。

・・・リンディさんが人質なんだから、そりゃそうだよな。



「アレはアレですよ。ほら、冷蔵庫の下、野菜室にあるでしょ? 母さんお手製の」

「・・・・・・そう」



もういいのだろうか?

首を傾げながら、部屋を出る。扉を閉めた途端、気分が一気に弛緩した。

何にしても、重苦しい空気から解放された。解放感が凄いな。

手を合わせ、上に思いっきり伸ばして体を解す。ん~・・・気持ちいい。



「相沢祐一」

「んん、はい? ってか祐一でいいっすよ~」



部屋を出て早々、シグナムさんが



「すまぬが」



伸びをしてリラックスしている俺の後ろから



「我が主の為に、」



俺の首に腕を回し



「人質になってはもらえぬか?」



外道なことを言って、締めてきた。

おいい、ちょっと待てや!!



「シグナム」

「分かっている。騎士に有るまじき行為な事は、重々な。本当に傷つけることは絶対にしない」

「わかっているなら・・・!」

「ただあのプレシアという魔導師、只者ではない。それにあの目は・・・・・・危険だ。

 祐一、主はやての安全が確保できるまででいい。人質になってくれ。安全は保障する」



世にも珍しい客間だけが完全防音な家で助かった!

もし防音状態じゃなかったら客間まで聞こえて、更にカオスな状況だったぞ!

それとシグナムさん、俺の背中に胸が当たってますって!!



「ああもう、一難去ったってのに次も一難か!」









[8661] 第五十話 祐一SIDE
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/25 15:46










シグナムさんに首を絞められ、絶対に傷つけないから人質になってくれと要求された。

そんな俺の窮地(?)を救ったのは・・・・・・



「シグナムお姉さん、だっけ? 私ね、冗談でも・・・」

「む・・・?」

「祐一を傷つけようとする人間は、嫌いだ・・・よ!



意外と言うか、ある意味納得というか・・・・・・まいだ。



「がっ・・・!」



風も無いのにまいの髪が靡き、この廊下・・・いや、シグナムさんが居る限定的範囲が、とんでもない重圧になる。

小さなうめき声を上げたシグナムさんが、床に倒れる。

床に手を着き立ち上がろうとしてはいるが・・・・・・起き上がれない。起き上がる途中で、再び沈む。

俺もその範囲の中にいたはずなのだが・・・いつの間にか、まいの近くに転移させられていた。

シグナムさんを押し潰している力は知っているが、転移って・・・まいに、こんな力があったのか?



「し、シグナム!?」

「な、なんだ、これは・・・体が・・・押さえつけられ・・・」

「動ける? 無理だよね。だって、”私の全力”だもん。

 おっきな猫さんを持ち上げる気で頑張らないと、ビクともしないよ」

「大きな猫、だと・・・? わ、笑えぬ冗談だ。まるで獅子でも乗っているかのようだぞ・・・」

「うん。だから、おっきな猫さん」



俺には解る。シグナムさんの体を・・・・・・あの頃は見えなかった、

あの頃と同じ透明な”まもの”が、上から押さえつけている。

まいがここにいるのに、なんであそこにも居るのだろうか・・・?



「まい」

「な~に? 祐一。んぐっ」

「めっ」



小さな子供に怒るように言葉だけで叱り、まいの鼻を摘む。

軽く混乱しているまいから力が抜け、シグナムさんを抑えていたまものが消え去った。



「無闇にその力を使ったらダメ。人に使うのもな」

「うう~、らって~」

「だってじゃない。まいのその力はただでさえ強いんだから」

「・・・は~い」



それでも俺の事を守ろうとしてくれての行動だってことは重々承知しているわけで。

今回は特別に、頭全部をすっぽりと抱きしめて頭を撫でる。

俺の言い分に納得していなかったまいも、これにはご満悦。

まいの強い力を自覚したのか、露骨にまいを警戒しながら、シグナムさんは起き上がる。



「あの~、シグナムさん?」

「・・・?」

「多分、もう大丈夫ですよ」

「な、なにがだ・・・?」

「中ではまだ修羅場が続いているとは思いますけど、俺達が戻ってくる頃には、だいぶ落ち着いています。

 だから俺達は、美味しいお茶を入れて皆に振舞うだけでいいんです。俺の手伝いをしてもらえませんか?」

「なにを、根拠に・・・」



怪訝な顔だ。正直俺にもこの先どうなるかは、全く分からない。シグナムさんに言ったのは、ただの気休めだ。

でも多分、なんとかなっていると思う。何故なら・・・



「アリシアが、言ってたんです。『私が・・頑張る。頑張りたい』って。

 アリシアに火をつけるようなこと、あの場にいた誰かが言っちゃったんじゃないでしょうかね」



尤も、十中八九プレシアさんの言葉で発火したんだと俺は予想している。どの台詞でかは覚えていないが。



「俺はアリシアを信じています。アリシアなら、何とかします。だから大丈夫。

 ・・・・・・お茶を淹れるの、手伝ってもらえますよね?」



俺のその言葉で、一つ・・・無言でシグナムさんは頷いてくれた。










キッチンに入り、すぐさま冷蔵庫を開ける。

買ってきた食材はしっかりと冷蔵庫に仕舞われている。この冷蔵庫が食材で埋まるなど、数年に一度の出来事だ。珍しい。



「言い忘れてた。ありがとな、まい」

「どういたしまして」



冷蔵庫を閉めてから、野菜室を開ける。

野菜は野菜でちゃんとこっちに分別してある。良い仕事ぶりだ。アリシアかまいかは分からんが。

上に載っている野菜を退かして野菜室の底から、やや大きめな木箱を一つ取りし(重い・・・)、野菜室を閉める。

木蓋を開けると、新聞紙に包まれた二本の縦長の物体が顔を出す。

新聞紙を剥がし、その中からは透明なプラスチックケースに綿が詰められたものが。

蓋を開け、綿を取り除いていく。

そんなマトリョーシカのごとく幾重にも厳重に保管された中から出てきたのは・・・・・・



「やっと出てきた・・・一升瓶」



それも二本。

どちらも王冠はまだ外れておらず、容器に入れて保存した当時のままの姿だ。

王冠がしてあるし、ラベルも巻いてあるから市販品かと誤解されてしまいそうだが、

れっきとした母さんオリジナルのジュースである。



「ついに、これを開ける日がきたのか・・・」

「どうしてそんなに厳重に封印されているのか、未だに謎だよねぇ」

「もはやただの危険物と勘違いされても文句は言えないな」

「祐一、まい。これは何でしょうか?」



俺とまい、それぞれが一本ずつ持ってから立ち上がる。



「これはね~、【霊紋無穢土】と、」

「【吐露非狩怒躙苦】だ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「「・・・・・・・・・」」

「あの、何故か分からないんですけど、聞き取ることが出来なかったのですが・・・」

「すまない、私もだ」

「やっぱ、そうなのか・・・?」

「どうしてかな? 私達、ちゃんと発音してるのに・・・」



そう、キチンと発音している筈なのに、初聞きの相手は99%の確率で混乱する。

どんな作用が働いているんだ。



「二度目は聞き取れるぞ。【霊紋無穢土】と【吐露非狩怒躙苦】」

「・・・れ、れもねえど?」

「とろぴかるどりんく・・・」

「・・・・・・発音がいまいちだけど・・・うん、まあいいだろ」



一度目は無理なのに二度目には聞き取れるのも謎だ。

謎を解明しようと思案するのも既に飽きていることなので、スルー。

普通のレモネードとトロピカルドリンクとは、一切何の関わりも無い!



「はいよ、まい」

「うん」



栓抜きを渡す。まいに栓を開けてもらっている間に、俺は二つコップを用意。

【霊紋無穢土】を味が確認できる程度の少量コップに入れる。透明な液体。



「通過儀礼。味見をば」

「はい?」

「時々舌に合わない人が居るんだ、これ。味見味見」



リインとシグナムに【霊紋無穢土】のコップを持たせる。

リインは何の疑いも持たずに飲み干す。シグナムは訝しみながらも、一応口をつける。

双方、しばしの沈黙。口にした瞬間に反応が出なければ、まず大丈夫。



「不思議な味・・・と、申しましょうか・・・」

「味がしない・・・」

「上出来」



確認も済んだところで、小さく笛が鳴るような音が聞こえてくる。

ヤカンのこと忘れてた。もうすっかり沸騰したようだ。・・・煩くなる前に止める。



「あっつ!」



取っ手もすっかり熱くなっている。

冷めるまで少し待ったほうがいいな・・・。



「祐一」

「ん?」

「お茶は私が頑張るから、祐一はアレお願い。アレって、私じゃうまく作れないもん」

「お、そうか。じゃあ頼むな。熱湯だから、気をつけろよ」

「は~い」

「リイン。まいの手伝い、お願いしていいか?」

「わかりました」



ちょこまかと動き回り急須や茶葉を準備するまいとリインをキッチンに残して、

俺とシグナムさんは一升瓶と、飲み物が一リットル入る空のガラス容器×3、

それと200ccの透明な計量カップを持って、リビングに戻る。



「これで何をするのだ?」



一升瓶とガラス容器を机の上に置きながら、シグナムさんが尋ねてきた。



「ジュース同士の配合ですよ」

「配合? 混ぜ合わせる、ということか」

「ええ。コレは混ぜ合わせ方次第で、どんな味にもなるんです」



だから今から俺なりの配合をするわけだが・・・・・・慣れた俺でも、想像通りの味を出すのが激烈に難しい。

コレは、ハッキリ言って俺じゃ完全には扱いきれない代物なのだ。

最初から両方のジュースを5:5の比率で混ぜ合わせて作るのと、

5:4で混ぜ合わせた後に4の方に1の数字分を足したものじゃ、味が全く違うものに仕上がる。

時間が経てば味が劇的に変わる。配合していく順番を変えても、味が変わる。

とにかく何をしても味が変わってしまうのだ。故に作り置きも碌に出来ない。

そして、実は最大の弱点があったりもする。



「弱点?」

「うム・・・。って、ちょい待て。俺口に出してました?」

「? ああ、出していた」

「・・・・・・ま、いいや。実はコレ、比率をミスるととんでもない爆弾になるんですよ」

「ば、爆発するのか?」



『ポンッ』と音がしコップが一つ台無しになる程度の爆発とかなら、俺もそっちの方がいい。

ジブ○の魔女の宅○便で作られるような、薬の調合に失敗したら試験管が一つ台無しになるとか、その程度なら万々歳だ。

だがそうは問屋が卸さないのが、このジュースの酷いところ。



「違います。味が爆弾なんです」

「味が?」



思い出すだけでも怖気が走る。

当たりが美味い分、ハズレは外道な不味さだ。

飲む人によっては、”あの”邪夢よりか強力に感じるんじゃないだろうか。



「甘味、辛味、酸味、苦味、渋味、旨味・・・そんな味覚が感じられるあらゆる味が、舌の上で一気に爆発する。

 そして数日間は舌が麻痺して、モノの味が碌に分からなくなる。

 だけどそれ以外は後遺症的なものは全く残らないから、罰ゲームで使ったりするのもオーケーという代物」



もっともそんなことをした日には、娯楽のゲームが手に汗握るバトルに早変わりだ。

当たりハズレで言えばハズレのくせして、配合失敗したらハズレ無しで全てその味になるのは何故だろうか。



「・・・祐一。よもや、そのような危険なものを、主に振舞う気ではあるまいな?」

「平気ですよ。配合分量さえ間違えなければ、人の気分を安らげることも荒げることも思いのままな、

 ミラクルジュースが完成しますから」

「・・・・・・・・・・・・何故そのような物が、このような一般の家庭に存在しているのだ」

「・・・・・・ん? そういえば、なんでだ?」



あるからあるんだろう。それで納得しておこうか。



「こっからは量り切りです。冗談でも俺や一升瓶を揺すったり殴ったりしないでくださいね」

「・・・・・・・・・・・・それは暗に、『したら面白いことになるからやってみろ』、と言っているのか?」

「違います。こんな時だけ空気を呼んだような発言は止めてください」

「・・・質問は良いのか?」

「結構神経使ってますから、軽い受け答えしか出来ませんよ」



【霊紋無穢土】と【吐露非狩怒躙苦】を手の届く場所に配置。

さてやるかと、腕まくり。【霊紋無穢土】に手を伸ばす。



「・・・この際だ、疑問の核心をつかせてもらう。あの、まい、という名の少女。彼女は一体、何者だ?」

「何者? 何者って・・・・・・ただの女の子ですが、なにか?」



計量カップの中で二つの液体を混ぜジュースを作り、完成したら一リットルのガラス容器に移していく。

ペースは速い・・・と、思う。母さんならこんなの目分量でこなせるんだけどなぁ。



「ただの少女が、あのような力を使えるわけが無い。もしあの少女が私の敵ならば、私があの場所で殺されていても不思議は無かった。

 仮にも守護騎士の将と呼ばれた私が、手も足も出せずに行動不能に追い込まれるなど・・・本来ならありえないことだ」

「達人になるほど自分の腕に自信があるから、慢心しやすいそうですよ。

 それにまいはあんな容姿で明るい性格だし、相手は警戒を解いて接することが多い。

 シグナムさんが油断したりしても、別に不思議では無いのでは・・・?」



ジュースにほぼ全神経を集中させているので、シグナムさんの質問にもほぼ空返事。

それでも必要最低限程度の会話はしていると思う。意識しながらの会話ではないが。

俺は今、マルチタスク全開だ。

微量な配分で結構味が違ってくるので、見極めに慎重になるのも必然だ。

目的の味を出そうと慎重になり過ぎているため、真面目なシグナムさんの問に対して真面目には考えず、軽く答える。



「む・・・慢心、か。慢心を持つことはないが、油断はあったのやもしれんな、確かに。私自身、気がつかぬ内に」

「ん?」



が、それがいけなかったのか。

シグナムさんは妙に真剣な表情で考え込み、微妙に落ち込んでしまった。

あらま。



「あんまり深く考えても損ですよ。まいのアレは、言ってみれば反則技の一つですから。

 この世界にとっても、魔法を使う俺達にとっても、ね」



願いが実現する力。想いを形にする力。

純然たる願い、それが舞の力の源。

たった5分の1だが、まいは舞のそんな力から存在している。勝つ勝てない以前に、ベクトルが違う。



「だが、油断していたのは間違いない。あの力に捕まった時点で、私の敗北だ」



負けは負けと潔い所は、まるで武人だな。

しばし思考を巡回させ、どうするかを決める。

カウンターを挟んだ向こう側、そこにまいは居る。まいの背は低すぎるので、こちらから姿を窺うことは出来ない。



「まい~!」

「いいよ~!」



それでも、たった数メートル。お互いの声は筒抜け。

一言名を呼べば、俺が何を言いたいのか察してくれるところはありがたい。

俺はシグナムさんに、まいの正体について話す事にした。これは、本人達の了承が無いと軽々しく口には出来ないことだから。



「シグナムさん。実体を持っているから人間かと思いがちだけど、まいはあれで人間じゃないんですよ」

「・・・唐突に、何を言い出すのだ?」

「あそこにいるまいって子は、とある少女の、力の結晶が実体化したもの。

 俺達に置き換えたら、魔力が実体化して目の前にいるようなものです」



シグナムさんは驚いている。やっぱ驚くよな。魔導師の魔力が実体化し意識を持っている。

普通はありえない。驚かないほうがどうかしている。



「魔法を使う俺達からしても、ありえない力。

 あそこにいるまいの本体・・・・・・まいと同じで、舞って名前なんですけど、

 その子は、本当の意味で魔法使いなんです」



魔導師とは決して呼べない。御伽噺に出てくるような、ありえない力を使う魔法使い。

奇跡を、意図的に起こせる人間。



「本当の意味・・・? 魔法に、誠も偽りも無い」

「そうですね、それはそうです。魔法と呼ばれてそれを使っているんだから、それは確かに魔法でしょう」



む、分量を間違えた。

【吐露非狩怒躙苦】を足す。あ、足しても意味が無い。

ええと、これは・・・・・・今どうなってるんだっけ? どこまで配合した?

似たような間違い、何度かした。ノートにも纏めた。どんな結果を生んだか。



「説明が難しいんですが・・・・・・俺達が使っている魔法は、

 術式やら魔力やらを使ってその現象を引き起こしている、いわばそうなるべくしてなっている現象ですよね」

「それは当たり前だ。魔力も術式も使わず、魔法を発動など出来るはずが無い」

「魔法を発動するまでの一連の過程を踏むからこそ、その結果へと繋がる。至極当然のこと。

 過程無くして結果は成り立たない。シグナムさんの言った通り、それが魔法の”当たり前”。

 けど・・・・・・舞の使うその力は、俺達のそんな”当たり前”を軽々と覆す力を持っているんですよ」

「覆す?」



計量カップの中身を、念の為に用意していた三つ目の容器の中に捨てる。失敗した。

しっかりと液体を切ってから、次に取り掛かる。



「シグナムさん。俺達が扱う魔法というのは、小さな傷なら一瞬で治す事は可能ですよね」

「・・・?」

「どうです?」

「・・・・・・可能だ」

「じゃあ、瀕死の傷ならどうです?」

「時間をかければどうにかなるかもしれんが、一瞬では不可能だな」

「死者を生き返らせることは、現在の魔法世界の科学力で可能ですか?」

「それも、不可能」

「人じゃなくてもいい。もっと小さな・・・例えば、小鳥とか。そのぐらいでも、生き返らせることは無理ですか?」

「・・・命を失う前ならば、守護獣・・・・・・使い魔と呼ばれる存在として契約すれば、命を長らえさせる事も可能とは聞く。

 だが、既に死んでいる者の蘇生は、恐らく現在の科学力を持ってしても不可能だ」



プレシアさんから聞いたのと同じ答え。

結論は、無理。その一言に尽きる。



「舞には出来ますよ。ただ願っただけで。

 不治の病の完治。死んだ小鳥の蘇生。萎れて元気の無くなった花をもう一度綺麗に咲かせたり、とか」

「な・・に・・・?」

「そうあって欲しいと願うから、そうなる。そこには過程が無くて、ただ結果だけが存在している。

 元々ベクトルが違うんですよ。だから負けたとか負けてないとか関係ありません」



淡々と作る。同じ作業を繰り返す。

床から、ドタドタとした振動が伝わってきた。家の中で誰かが走り回っているみたいだ。

アリシア、何やってんだ?



「俺の予測だと、シグナムさんがまいと同じステージで戦うとしたら、多分油断慢心無くても負けます」

「・・・・・・・・・」

「逆に、まいがシグナムさんと同じステージ・・・・・・ああ、この場合のステージは、行動可能な範囲のことですよ。

 同じステージで戦えば、十中八九まいの負けです。要は、自分にとっての有利な条件で勝敗が分かれるだけです」

「・・・・・・・・・」

「だから・・・えと・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・何が言いたかったんだっけ」



ジュースに気を配りながらだと、思考が纏まらない。

完成したものを容器に移し手を止めて、何が言いたかったのかを思い出す。



「そうそう。最初っから勝てる筈の無い勝負に負けたからって、負けたとかグダグダ悩むだけ時間の無駄です。

 そんなことで悩むくらいなら、料理の一つでも覚えた方がなんぼか有意義ですよ」



そう、大切な人が死んだとかなら気が済むまで落ち込めばいいが、そうじゃないのならとっとと気分を切り替えるが吉だ。

ネガティブな思考はネガティブな現実しか引き寄せない。



「・・・・・・それは、一応私に気を使っているのか?」

「陰気臭い顔が嫌いなだけです」



続きを作ろうと、手を再開させ・・・・・・ようと思ったら、もうどっちのガラス容器も上の方まで満ちていた。

それだけじゃなく、失敗作を入れるために用意していたガラス容器も、3分の1程はジュースが溜まっている。

いつの間にやら、俺は俺のやることを終え、更に余計な分まで作ってしまっていたようだ。

ガラス容器に蓋をする。



「終わったよ、祐一~!」

「こっちも終わったぞ~!」



【霊紋無穢土】と【吐露非狩怒躙苦】と計量カップを持ってキッチンへ戻る。

お盆も既に出されていて、お茶は全部その上に載せられている。飲み物を出さなかった大人の人数分、キッチリだ。

それと、空の透明なコップが人数分、別のお盆に載っている。後は持っていくだけの状態。



「お~、上出来上出来」

「えっへへ~。まいはもう何でも出来るよ」

「よしよし。じゃあこれからは玉子焼き以外の料理も覚えていかないとな」

「・・・うん、頑張る」

「リインも、ありがと」

「はい」



まいの料理のレパートリーは、卵一色。今のところ全部、男気がある料理。最近精進はしているようだ。

木箱の中に一升瓶と一緒に入っていた、突起がある一升瓶用の栓でしっかりと蓋をし、

綿入りの箱に入れ、新聞紙を巻き、木箱に納めて野菜室に直す。



「よし。リインはお茶担当。シグナムさんはジュースの容器担当。俺とまいで、空のコップな」



それぞれがそれぞれの担当するものを持ち上げ、リビングを出る。

廊下を進み、客間の扉の前で一度立ち止まり、様子を窺う。

中からは物音一つ聞こえてこない。防音だからな。

アリシアは、ちゃんとプレシアさんを止めることが出来たんだろうか・・・?

いつも通りに、いつも通りに。心の中で唱え、部屋の扉を開ける。



「は~い、お茶お待ちどう・・・」

「祐一!!」

「は、はいぃ!?」



中に入った途端、異常に精神的余裕の無いプレシアさんに詰め寄られる。

よ、予想の斜め上を行く展開だ。

部屋を出るときの殺伐とした雰囲気とは関係無しに、プレシアさんの興奮が最高潮に達してしている。

アリシアはプレシアさんに一体、何をしたんだ?



「あなた、あなた・・・」

「ちょ、ちょおっと待ってくださいね。なんでそんなにワナワナと震えているんですか?」

「あなたがアリシアに変な入れ知恵したのね!!」

「何の事ですかーー?!!」



揺さぶられ、大声を上げられ、それでも手の中のお盆からコップが落ちないことを祈りつつ必死でバランスを保つ。

途切れ途切れの言葉で、それでも何をされたのかを説明するプレシアさん。説明間も、俺を揺さぶることは止めない。

要点だけを捉えて言えば、アリシアが外見年齢不相応の言葉でプレシアさんを説得しようとして(何を説得されそうになったのかは省かれた)、

それが原因でリンディさんに追い詰められてるんだと。

なるほどなるほど。・・・・・・俺は無関係じゃんか。

揺さぶられすぎて目が回ってきた・・・。



「それは全部アリシアの言葉ですって! 俺は関わっていません!」

「嘘おっしゃい!」



なんで俺がとばっちりを食ってんだ?!

それからリインが間に入って止めてくれるまで、俺はプレシアさんに揺さぶられ続けることに・・・。









「シグナム、どうした?」

「ん? ・・・ヴィータか」

「祐一を見てるのか?」

「ああ」

「アホだよな、あいつ。ケーキはくれたし悪いヤツじゃないのは確かだろうけど。

 でもあたしの事からかうし、あんまり好きになれそうに無い」

「・・・ヴィータ」

「あんだ?」

「お前もあまり嫌ってやるな。祐一は、良い人間だ」

「それは解るけど・・・。・・・やばい、まさかリインフォースに続いてシグナムまでおかしくなったのか?」

「口を慎め。それとからかわれたのは、挑発されてそれに乗ったお前にも責任の一端があるからな」

「ぅぐっ・・・」









[8661] 第五十話 フェイトSIDE
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/21 08:20










シグナム達が出て行った後、この部屋は・・・・・・重苦しい雰囲気から解放されていた。

たった今まで、高圧的だった母さんの態度も鳴りを潜め、今は・・・・・・少し落ち着いている。

あの祐一って子の笑顔を見たからかな。

相変わらず杖はリンディさんの頭から外れてはいないけど、それでも攻撃的な雰囲気は消えている。

さっきまでの態度からは、まるで想像も出来ない。



「・・・・・・・・・」



沈黙。ただ多少の緊迫感を残したまま、皆母さんの行動を見守る。

そんな中、アルフだけは沈黙を破り唸る。アルフは母さんのこと、嫌いだから・・・。

・・・・・・話を、したい。もう一度だけでいい、勇気を出して・・・話したい。



「か、母さん・・・」



一言、呼ぶ。アルフが念話で私の名前を呼んだけど、返事は返さない。

母さんからは拒絶の言葉が返って来る事は分かっていたけど、それでも・・・。



「っ! ・・・・・・あなたにそう呼ばれる筋合いは無いわ」



キッと睨み付け、やっぱり母さんは私を冷たく突き放す。

分かってはいたけど、ちょっと辛いな。なのはが私の手をそっと握ってくれたので、力なく微笑んだ。

仕方が無いんだ。母さんは、私のことが嫌いなんだから。

なのはが悲しそうな顔で、母さんを睨む。


『なのはが怒る必要なんて、無いんだよ』


想いは言葉に出せなかった。



「プレシアさん・・・なんであなたは、フェイトちゃんを嫌うの?」

「・・・・・・あなた、あの次元航行船にいた子ね。その理由はもう、話した筈よ。通信で、あの船の中で」



そう、あの時も言っていた。私が、アリシアじゃないから。アリシアの出来損ないだから。

でもそれは、しょうがない。私は私以外の何者でもなくて・・・アリシアには絶対になれない。

それは他の誰にも、どうしようもないこと。

笑いかけてくれるアリシアがいる今、もう私は、本当に必要が無い存在になったんだ・・・。

なのに、どうして・・・?



「・・・・・・ふっ」

「え・・・?」



・・・・・・一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、だけど・・・。

何て言えばいいのか・・・・・・言葉にすることが出来ない、不思議な表情。

母さんが私に、憎しみ以外の表情を、向けてくれた。



「いじっぱり~!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聞きなれない・・・ううん、聞きなれた声。この場にない筈の声。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・アリシア?



「あ、あああ、アリシア?! いつからそこに?!」

「ずっとこの部屋にいたよ。お母さんが気が付いてなかっただけ~」



初めて見た、とっても焦った母さん。

だってシグナム達が部屋を出る時、アリシアも一緒だったの、私確認した。

どうして居るのか、私にも分からなかった。

扉を閉めるまでは確かに外に出ていた筈なのに・・・いつのまにか、扉の前に立っている。



「あ、アリシア。祐一のお手伝いをするんじゃないの?」

「予定へんこ~」

「ここにいても、つまらないわよ。お手伝いをしてきた方がいいんじゃない?」

「ううん、ここにいる。これからお話しするんだよね。でもその前に、少しだけいい?」



アリシアが扉の前から移動した。母さん達がいるソファに。

そして・・・リンディさんと、向き合う。



「リンディさん」

「・・・何かしら?」

「リンディさんは、お母さんを逮捕するの?」



逮捕・・・身柄を拘束すること。

そうだ。よくよく考えたら、母さんはそんな立場の人間なんだ。

生きていたという事実に意識が行き過ぎていて、管理局からは問答無用で連行される立場であることを忘れていた。



「・・・そ、そうね・・・・・・まずは事情を聞いてから、ね。それからのことは、それ次第かしら・・・?」



リンディさんも小さな子供、それも私と同じ容姿の子には面と向かっては言い辛いのか、少しだけ言葉を濁す。

本来なら、事情を聞くのは管理局で身柄を拘束してからになるのが普通。



「じゃあ、事情を聞くのはちょっとだけ待って。お母さんとフェイトがいるこんな時だから、言っておきたいことがあるの」



今度は、母さんに向きあう。母さんは杖をそのままに、顔だけをアリシアに向ける。



「お母さんがフェイトのことを苛めていたから、それを知っている皆は怒ってるんだよね」

「アリシア、それは・・・」

「全部、知ってる。今更無理に隠さなくてもいいよぅ」



にっこりと、母さんに向けてピース。

明るいアリシア。私と同じ顔なのに、私と全然違う。

この笑顔を見たら、母さんが怒っていたのも、無理はないと思ってしまった。



「でもね、誰もお母さんの本音を知らない。そうであると思い込んでるから、知ろうとはしていない。

 それはお母さんが望んだことだし、お母さんがその筋書き通りに自分を演じていたからそうなったんだけど・・・

 やっぱりそれは、ちょっと悲しいな」

「アリシア、何を言って・・・?」

「僕が死んでからのこと・・・・・・私が・・死んでからのこと、全部知ってる。

 死んじゃってからもずっと、私はお母さんの傍に居たんだもん。だから、お母さんの本音も知ってる」

「アリシア・・・?」

「これから、お母さんの本音を暴露しちゃいます!」



片手を上げて、元気良く宣言。気負った感じもまるで無い。

母さんの・・・・・・本音?



「フェイト~♪」



名前を呼びながら、ヒシッと私に抱きつくアリシア。

再会してから、二度目の抱擁。最初とは違い、今度は私も迷わずアリシアの背に手を回す。



「フェイトのことも、ずっと見てた。私に出来た、初めての姉妹」

「アリシア・・・」

「お姉さんだよ~」

「・・・アリシア・・・・・・姉さん」

「うん♪」



私の頭を二撫でして、離れた。それから私の右手をギュッと握って、母さんの所へ連れて行かれる。

母さんの前で、並んで立った。母さんは二人並んでいる私達から、目を逸らす。



「ねえ、お母さん。フェイトはね、私じゃないんだよ」

「・・・・・・・・・知っているわよ、そんなこと」

「うん、知ってるよね。じゃあ、これは知ってる? 私の利き手は左なんだけど、フェイトは右手なんだよ」



私の右手はアリシア姉さんの左手と繋がれたまま、母さんの前へと差し出される。



「・・・・・・知ってるわ」

「魔力の色も、違うの」

「知ってる」

「背もぜ~んぜん違うよ」



手の平を水平にして、腕を大げさに上に伸ばす。

一つ一つの動作も、私とは全然違う。



「そう、ね・・・」

「私よりずっと大きい魔力を持っているし、勉強だって・・・・・・フェイトのほうがずっと出来るの。とっても真面目だから。

 だけどフェイトは私よりずっと弱いの。だって寂しがり屋なんだもん」



アリシア姉さんの言葉に一つ一つ答えていた母さんも、ついには頷くだけになった。

聞いていることも苦痛。そんな顔。

アリシア姉さん・・・何が言いたいの?



「ちょっと人見知りはするけど、仲良くなったらとっても一途。こんなところも私と違うよね。

 私は誰とでも仲良くなれた。周りは大人ばっかりだったから、人見知りもしなかった」

「・・・・・・・・・・・・」

「フェイトは綺麗な笑顔を浮かべるんだよ。私と違って、すごぉく綺麗な笑顔。

 その笑顔はね、少しだけ昔のお母さんに似ているんだ」

「・・・なにが言いたいの? アリシア」

「どっちかというとね、私よりフェイトの方が、お母さんに似ているんだよ。

 身内に向ける優しさも、お母さん譲りの大きな魔力も。利き腕だって、そう。

 お母さんは、そんなフェイトのことが嫌い? 私と違うから、嫌い?」

「・・・・・・・・・嫌いよ」

「嫌いじゃないよね。知ってるの、全部」

「違うわ。嫌いよ、そのお人形のことは」

「うん。それも・・・その呼び方も、不器用なお母さんなりの、精一杯の優しさなんだよね」



たった一人つの幸福。昔母さんが言っていた事の意味。

母さんにとって、アリシア姉さんは唯一の存在だっていうこと。

母さんにとって、アリシア姉さんは絶対に勝てない人。

アリシア姉さんに対しては、母さんも強く出ることはしない。その言葉の殆どを言い返さず、ただ黙って聞いている。



「フェイトが私のクローンで、でも私じゃないから嫌いになろうとしてた。

 事実途中までは、本当に嫌いだったはず。でも・・・やっぱり無理なんだよ、お母さんには」

「なにが・・・・・・無理なの?」

「お母さんはフェイトを嫌いになれないの」



え? ・・・・・・・・・・・・聞き間違い? 母さんが、私のことを嫌いになれない?

あんなに・・・あんなに、酷いことをしていた母さんが、私のことを嫌いじゃない・・・?

・・・そんな夢みたいなこと、ありえない。ありえないよ、そんなこと。

闇の書に取り込まれて見た夢でしか、母さんは私に微笑んでくれなかったのに。



「そんなことは・・・っ!」

「知ってるよ。お母さんが一度だってフェイトを褒めたことが無いのも」

「・・・?」

「フェイトを紐で吊るし上げて、SMチックに鞭で沢山叩いていたことも」

「・・・・・・・・・え゛」

「お母さんの為にフェイトが買ってきたケーキを、実は後でこっそりと、

 少しだけ隠し切れてない笑みを零しながら食べていたこともね」

「あ、アリシアーーー!!!」



私の手を離し嬉しそうに部屋中を逃げ回るアリシア姉さん。

リンディさんに杖を向けていたのも忘れたのか、母さんは杖を放り出して追いかける。

けど、立ったまま動かない(動けない)皆を時々盾にするアリシア姉さんは、まるで捕まらない。

私も、リンディさんも、その他の皆も、誰一人として動けない。

あまりにもさっきまでの母さんとは違う。

リンディさんはもう人質じゃ無いというのに、母さんの突然の変化についていけず、揃って動こうとしない。



「お母さんがリンディさんに杖を向けて、それからの言葉は半分がハッタリ。残り半分は本音だけどね~」

「口を閉じなさい!」

「管理局の人には勿論容赦なんてしないけど、フェイトには手をかけられないの。本当はフェイトが大切だから」

「アリシア!!」



逃げ回りながらも、次々と私の知らない母さんを暴露するアリシア姉さん。

その度に母さんはアリシア姉さんを怒るけど、どうやっても捕まえられない。

逃げ回るアリシア姉さんは、最後には私の後ろに逃げ込む。そこから顔だけを出して、母さんに言う。



「だから、嫌いになってもらおうとしているの。いつだってそうだった。

 なのにフェイトって、まるで刷り込みで懐いたヒヨコみたいに、お母さんの後を付いて来るんだもん。

 お母さんも手を焼いていたよね。・・・・・・ううん、今でも手を焼いているよ」



嫌いになってもらおうと・・・していた?

母さんとアリシア姉さんの顔を、交互に見る。

得意げな表情で自信を持って言い切るアリシア姉さんと、アリシア姉さんの言葉に動揺している母さん。

疲れて息切れしている。



「はぁ、はぁ・・・アリシア・・・あなた、本当に・・・」

「うん、見てたよ。全部、ぜ~んぶ」



部屋の中には沈黙が満ちる。未だに、誰一人として動かない。



「大丈夫だよ。私はお母さんのこと大好きだし、事情も知ってる。

 たとえどんなお母さんだって軽蔑なんてしないし、それが理由でお母さんから離れることもしない。

 フェイトだって、私とおんなじ。お母さんのことは大好きだし、嫌いになんてなれないんだよ」

「・・・・・・」

「・・・だってフェイトは、お母さんの娘だから」



母さんは息を整え、私を挟んでアリシア姉さんの前で片膝を着く。今度はアリシア姉さんも逃げない。



「・・・・・・・・・アリシア。お母さんはね、もう決めちゃったの。

 フェイトは娘として、認めないって。クローンだから、認めないって」



・・・・・・私を挟んで交わされる二人の会話を、ただ黙って、聞く。

説得してくれているアリシア姉さんと、それでも私を拒絶する母さんの言葉。

今まで向けられていた敵意が無いだけに、より純粋な言葉に聞こえる。

聞く度に、思い出すたびに辛くなるかもしれないけど・・・・・・それでも、母さんの言葉は聞きたい。

本音を・・・聞きたい。



「だったらさ・・・私のクローンだから娘だと認められないんだったらさ・・・私の妹だから、娘として認めるのはどう?」

「・・・無理よ」

「どうして?」

「・・・・・・それが、フェイトの為よ」



『フェイトの為よ』

何気ない、一言の筈。でも・・・・・・母さんの本当の言葉が聞けた気がした。

だって・・・・・・私の名前を、呼んでくれたから。



「・・・・・・・・・」

「そっか・・・うん、わかった。お母さんの気が変わるまでは、待てばいい。時間はあるんだもん。

 祐君が作ってくれた時間が、たっくさん!」



嬉しそうに・・・・・・心底嬉しそうに笑う。

これから訪れる明るい未来を、全く疑っていないかのような笑顔。



「リンディさん」

「・・・なぁに、アリシアさん」

「今は無理でもいい。ちょっとだけ、許してあげて。お母さんのことを。

 お母さんはただ・・・優しいだけなんだよ」

「・・・・・・そう」



リンディさんが母さんに向けていた、母さんを無言で批難する目。それがいつの間にか消え去っていた。

私には及びもつかない母さんの本音を、その事情を察することができたのか、アリシア姉さんの言葉に静かに頷く。

優しい目つきでソファから立ち上がり、母さんの肩に手を置く。



「プレシアさん・・・あなたも辛かったのね。私も同じ母親として、あなたのことは尊敬するわ。

 私が同じ立場だったとしても、あなたのような真似は出来ないもの」

「あなた、一体全体どんな誤解をしているの?」

「大丈夫、解っているわ。あなたは自身を悪とすることで、フェイトさんを守ろうとしていたのよね?

 酷い母親を演じていれば、例え目的の途中で自分の身がどうなったとしても、フェイトさんの心の傷は小さくてすむもの。

 あなたはフェイトさんを・・・フェイトさんの心を守ろうとしていたのよ」

「そうなの? 母さん」

「そうだよね~?」

「ち、違ーーーう!!」



そっか・・・母さん、私の為にあんなに辛く当たっていたんだ。

そこまで考えてくれていたんだ・・・。



「それに時空管理局は、母親の言い成りになっていた可哀想な子供に罰を与える冷徹な組織じゃないわ。

 管理局に、フェイトさんが前科持ちであると残されないように・・・。それも計算に入れていたのよね?」

「ちょっと待って。それは本当に違うわよ」

「あら♪ だったら、それ以外は全部本当なのよね?」

「ち、違・・・」



どんどん母さんに詰め寄るリンディさん。

ドツボに嵌っていく母さんを見て、なんだか異様に明るい気持ちになった。

これまでに無いほど、母さんを身近に感じることが出来る。

母さんが逃げ道を探すように視線を彷徨わせていると・・・・・・ガチャリと、扉が開く。



「は~い、お茶お待ちどう・・・」

「祐一!!」

「は、はいぃ!?」



部屋に入ってきた祐一の胸倉を掴み上げ、オデコとオデコがくっ付くんじゃないかって言うくらい顔を接近させる母さん。

私からはその表情は見えないけど、声の調子から憤怒の表情を浮かべているような気がする。



「あなた、あなた・・・」

「ちょ、ちょおっと待ってくださいね。なんでそんなにワナワナと震えているんですか?」

「あなたがアリシアに変な入れ知恵したのね!!」

「何の事ですかーー?!!」



祐一に詰め寄る母さんは、手加減無しに祐一をガックンガックン揺さぶりながらも事情を説明している。

それに対する祐一の返答は・・・



「それは全部アリシアの言葉ですって! 俺は関わっていません!」

「嘘おっしゃい!」



母さんに信じてもらえることは無かった。










「なのは」

「? なに、アリサちゃん」

「欠片も事情を知らない中でこんな所にいると、いっその事空気になりたくなるぐらいの場違い感があるんだけど」

「ご、ゴメンね。あとで全部・・・は無理だけど、出来る限りは事情を説明するから」

「『うがーっ』て叫びたいわ」

「ゴメンなさい・・・」









[8661] 第五十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/01/30 16:09










誰でもいい、答えてくれ。どうしてこうなった。







SIDE:祐一

コップは見事死守し、現在はプレシアさんもどうにか落ち着かせることに成功。

あれだけ怒ればプレシアさんも再びリンディさんに杖を向ける気力を失くすのか、ソファに座り片手で顔を覆っている。

本当にどんな説得の仕方をしたんだ、アリシア。

ジュースをコップに入れ分配。各自腕を組み壁際に立ったり、床に腰を下ろしたり、一応はそれぞれが寛ぐ形でこの部屋に落ち着く。

この狭い部屋にこんだけ集まるのは久しくなかったな。

ヴィータが二杯目のジュースをおかわり。



「それで、有耶無耶になりそうだった質問に路線を戻すわね。アリシアさんがこの場で、こうして生きている。どうして?

 ついでだから、闇の書の官制人格・・・リインフォースさんについても教えもらえない?

 はやてさんから話をざっと聞いた限りじゃ、もう心配は無いとのことだったけど」

「・・・・・・そんな重大なことを、馬鹿正直に話すと思っているの?」



睨みつけるプレシアさんの眼光も意に介さず、のほほんとしているリンディさん。まるで堪えちゃいない。

プレシアさんに対する警戒心も皆無。

この人の中でプレシアさんに対する印象はどんな経緯、どんな変化を経てどんな結論へ辿り着いたのだろうか。

なのは、ジュースをおかわり。



「いいじゃない。あなたと私の仲なんだから」

「いつ! どこで! 私達はそんな重要なことを気軽に話せる親友的な間柄になったのかしら!?」

「もう♪ 昔のことをまだ怒っているの? 過去のことをいくら気にしていても、しょうがないわよ?」

「その言葉を、ほんの十分前のあなたにそっくりそのまま聞かせてあげたいわ・・・」



抗議の為に机を叩き立ち上がるプレシアさんだが、リンディさんの切り返しで脱力し、再びソファに沈む。

さっき人質にとられたってのに、もうそれを気にしている様子も無いリンディさんは相当の猛者だ。

もしくは気さくな人なのか、単に切り替えが早いだけなのか。

八神、ジュースおかわり。



「実はある程度の予想は、ついているのよね」

「どうせその予測は外れているでしょうけどね・・・」

「アルハザードへ辿り着いたんでしょ? どんな所だった?」

「海外旅行に行った友達に、『どんな所だった?』とでも聞くような軽さね!

 アルハザードはそんな気軽に行ける場所だったかしら?!」



プレシアさん、突っ込み役を継続中。

対しリンディさん、相変わらず平然だ。

ヴィータが再びおかわり。



「勝負は依然、リンディさんに有利な流れ。プレシアさん、どう反撃するのか・・・」

「戦いはまだまだ始まったばかり。せんじゅちゅよほーしの祐君さん、今後の展開はどう予想していますか?」

「戦術予報士、な。う~む・・・これは難しいところ。

 率直に言わせてもらえば、現状ではまだ判断しきれませんね。

 いつプレシアさんが切れて修羅場へ逆戻りするかも解らないこの状況。

 堪忍袋がいつまで持つのか、それが勝敗の鍵となることだけは間違いないです」

「・・・・・・二人とも、何をしているの?」

「「戦術予報士の現状説明ごっこ」」



俺の現在地、二人掛けのソファ。俺の他に、アリシアとフェイトが並んで座っている。

二人掛けのソファでも、子供なら多少の融通は利く。質問者はアリシア挟んで向こうに座っているフェイトだ。

尚、戦術予報士というのはオーが二つ並ぶガン○ムに出てくるが、現実には存在しない。

アリサとすずか嬢、ジュースおかわり。



「アルハザードじゃないとすると・・・・・・虚数空間の中に、何かがあったの?」

「無いわ。虚数空間は虚数空間よ。って! どうして馬鹿正直に答えているのよ私はぁ!」



頭を抱えて絶叫。ご近所迷惑。いや、まだ大丈夫か。空はオレンジ色に明るい。それにここは防音だ。

ヴィータがジュースをおかわり。シグナムが少しは遠慮しろと嗜める。



「虚数空間の中はどうなっていたの? 魔法は発動しなかったのよね。底に落ちても使えないのは本当?

 ああでも、使えなかったら重力の底に真っ逆様だから、ペシャンコよね。使えたの?」

「・・・・・・・・・」

「プレシア?」

「・・・・・・・・・」



プレシアさんは黙秘権を発動。沈黙している。



「んもう、仕方がない人ねぇ」



リンディさんは机の上のお菓子、チョコパイに手を伸ばす。

甘い物好きなのか、チョコパイを食べている時の顔は幸せそうだ。次いでお茶に手を伸ばす。



「・・・・・・あら?」



机を見渡し、周りを見回し、小首をかしげる。



「お砂糖とミルクは?」

「待ちなさい、まさかそれに入れるつもり!?」

「あ、やっと喋ってくれたわね」



何をやっているんだろうか、この人達は。漫才か?

急に思考が冷静になった。

隣のアリシアが立ち上がり、フェイトの分も合わせておかわりをする。

用意したジュースの残りが4分の1を切った。コップになみなみとおかわりしたら、精々あと三人分ってところか。

俺はソファから立ち上がる。



「角砂糖とかガムシロップとか、そんな気の利いたものは無いですよ。ミルクも牛乳も今は無いので、そちらは我慢してください」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

「祐一」



プレシアさんから無言の圧力がかかる。

『そんなゲテモノ、許す気じゃないでしょうね・・・?』

眼光から判断するに、そんなことを伝えているんじゃないだろうか。



「まあまあ。いいじゃないですか、お茶に砂糖ぐらいなら」

「そんなものは、もはやお茶とは呼べないわ」

「美味しく飲めるんなら、別に好きなようにしていいと思いますけどね・・・。

 それに、あったかいご飯の上に、常温で保存されたイチゴジャムを乗せて食べるよりかは、ナンボかマシかと」



俺の言葉で、一瞬部屋の時間が止まった。想像以上の破壊力だ。

信じたくないさ、俺だって。イチゴジャムをご飯の上に乗せるなんて。

ご飯から発する熱で温まったイチゴジャムとか、想像しただけで気持ち悪くなる。

俺の従兄妹様は、それを三杯余裕で食べることが出来るというんだから、驚きだ。

少々空気が重くなった部屋を後にする。漫画とかなら部屋、及び中にいた人全員の顔に縦線が入っていることだろう。

料理用に容器に入れている砂糖とスプーン、冷蔵庫からオレンジジュースのパックを持って、部屋に戻る。

部屋全体がまだ沈んでいた。



「はい、おまちどうです」

「・・・ありがとう」



オレンジと砂糖を机の上に置き、砂糖容器の蓋を開けておく。スプーンはリンディさんに。

リンディさんは砂糖を掬い、一杯、二杯、三杯・・・・・・。

うわ、甘そう。それを混ぜてる。本当にそれでいいんだろうか? でも飲んでみたら案外、いけるのかもしれんな。

100人が100人否定的な意見を出す程でもないだろうさ。

両手で器(湯呑み茶碗)を持ち、口をつける。



「はぁ~~・・・」



頬を赤らめ、至福のため息を吐いた。

うう~む、艶っぽいな。これで俺と同じ年頃の息子が居る母親とはとても思えん。

・・・・・・俺の母さんや秋子さんも完全に同レベルなんだが。

待てよ。この中で最も年長なのはプレシアさん。

そのプレシアさんがコレなのだから、魔法世界って不老系の人が普通に生息する世界なのやもしれん。

だってプレシアさん、どう見ても30代後半にしか見えんぞ。見ようによっては、30代前半でも余裕で通用する。

一息吐く為か、プレシアさんも机の上に置かれたジュースに手を伸ばす。俺が作った母さん印のヤツだ。



「・・・・・・ふぅ」



リンディさんとは対照的に、こちらは落ち着いたもんだ。

しばしの和みタイム。

両者が黙っているこの間に、助け舟として俺はあるアイディアを出すことにした。



「プレシアさん」

「・・・なに、祐一」

「お疲れのところ非常に申し訳ないんですけど、俺から一ついいですか?」



リンディさんに向けていたのとは違う、眠たげな視線を寄こす。

ああ、それだけで疲れているんだな~って分かるわぁ。ジュースの効果もばっちりだ。



「このままじゃ、どう考えてもリンディさんたちは引きませんよ」

「そのようね。忌々しいことに」

「かといって、プレシアさんも話す気はない」

「当然よ。話すわけにはいかないの」



プレシアさんの口調からは、やはり管理局は信用ならないという想いがヒシヒシと伝わってくる。

何故そこまでして頑なに隠したがるのか。



「内容によっては、口外しないことを約束するわよ」

「その口約束さえも信用ならないわ。なにせ目の前には、死後20年以上経ってから生き返るという、

 ある意味では究極の蘇生方法が見つかるかもしれない標本があるわけだしね。

 正直な話、今すぐにあなた達を拘束して、可能なら記憶なり何なり奪ってから外に放り出したいところよ。

 口封じで殺されていないだけ、ありがたいと思いなさい」



物騒だ。こんな物騒なプレシアさんにする提案ではないが、

これなら浩平に・・・じゃなく公平に、この話を終わらせることが出来るだろう。

一つの、提案。でもプレシアさんが負けた場合は、色々とヤバイんじゃないだろうか・・・。



「だったら勝負をして、負けた方が勝った方の言うことを聞く、というのはどうですか?

 ってかそれで決着付けてください。いつまでも無意味な問答繰り返すのは、こちらの精神的にも辛いんです。

 勝者のする命令は質問アリ、拘束アリの何でもOK。命令された方は、とにかくその命令を忠実に守る。

 もし約束を破れば、そうですね・・・・・・・・・レヴェルアップしたあの邪夢・・・・を食べてもらう、ということで」



ビクリと震えるプレシアさんと・・・リイン。邪夢を知らないリンディさんは疑問顔。

リインには他人事じゃないよな。実際にアレを食べてしまった、たった一人の生き証人なんだから。



「俺もあらゆる手段を駆使して、その相手に食べさせることを約束します。

 どうです?」















「その提案の直後、俺はものみの丘でクロノと呼ばれる少年と魔法合戦をすることに。なんで?」

「あなたが言い出したことじゃない。今更口に出しても仕方が無いでしょうが」



追加説明だが、夕飯を作る必要があるために残ったリインと、それを手伝うと言い出した八神、

車椅子が家に上げられないから八神の足になると言い出したザッフィ。彼女らを除き除き、全員はこの場に移動している。

目の前でザッフィが犬になられた時は、マジで現実かと目を疑ったさ。それまでは半信半疑だったからな。

俺はあんなに逞しい男性をワシャワシャとして喜んでいたのか・・・。



「それはそうですがプレシアさん、いくらなんでも俺は無関係過ぎやしません?

 俺はもっと気軽な、トランプとか、オセロとか、カルタとか、格闘ゲームとか・・・・・・そんなのを想像していたんですけど」

「トランプで決着なんて馬鹿げている。オセロも同じ。カルタは祐一が作った物だし、

 格闘ゲームは私もアレ(リンディ)もしたことがないわ。

 そもそも私達は魔導師、魔法で決着をつけるのが普通ではなくて?」



ごもっともです。でもって、なんで俺?



「私とアレは魔導師として、実力が離れすぎている。

 私は前線こそ退いて研究者をしていたけれど、SSランク。魔導師からは、大魔導師と称えられるレベル。

 対しアレは・・・・・・そうね。大体見積もって、AAランクから精々がニアSランクまでの中間、といったところかしら」



実力は拮抗していないと、勝負の意味がないということですね。

これだけ律儀で正々堂々としているのに、なんでリンディさんを人質にとるのはあんなに躊躇してなかったんだろう。



「そのランク差は、そこまで致命的なものなんですか?

 ランクってやつの基準は知らないですけど、30%・・・は言い過ぎとしても、20%ぐらいは勝率あるもんじゃ?」



あれ? コレって結局、勝負にならない実力差ってことか?



「一概に、どう、とは答えられないわね。魔導師のランクにも色々あるの。

 空戦、陸戦、総合。所得しているモノによっては、確かに多少のランク差を埋める事も不可能じゃないわ。

 特殊な例だと、Aランク魔導師がSランク魔導師を打ち破る、という記録も残されていることだし」



空戦と陸戦と、総合・・・・・・言葉通り空戦が空、陸戦が地上、総合は両方かな。

得手不得手もあるだろうし、それぞれの得意分野のが能率がいいもんな。だからそんな区分けしてるのか。



「それに局員にも、デスクでのみ仕事するタイプや、現地に赴き指揮、戦闘するタイプに分かれる。

 けれど艦長をやっているということは、アレは恐らくは指揮官タイプ。つまり、完全な戦闘タイプではない。

 私も戦闘タイプではないけど、同じ非戦闘タイプなら私の方に、かなりの分があるの」

「戦闘タイプとか、指揮官タイプとか・・・まるで軍隊モノですね」

「まあ、そうね。管理局とは言わば、軍隊が世界規模にまで広がった組織。そう考えて相違無いわ」

「軍隊だけで運営しているんですか? 殆ど武力国家ですねぇ。

 別世界を取り締まるにしても、軍だけじゃ相手も従わないでしょうに」

「次元世界の『法』の守護者。それが時空管理局の名目。少なくとも表向きは、『法』によって動いているわ。

 ただ管理局に従わない者は、組織の力で従わせてきたりもする」

「って、組織の力で従わせたら、完全な武力国家じゃないですか! 『法』も糞も無いですよ」



軍隊だけで運用している組織って、どんなだよ?!

屈強な男ばかりが集まっているんじゃないだろうな・・・。

あ、でもそれは無いか。リンディさんやプレシアさんのように華のある人もいることだし。



「それがそうでもないのよ、狡猾なことに。私も被害に遭わなければ、実態を知ることも無かったでしょうね。

 だけど裏では、どんなあくどい事をやっているか・・・知れたものではないわ」

「はあ・・・なるほど。例えば、アリシアに被害が及んだっていうアレにも関係が?」

「ええ、その通りよ。正義を振りかざす組織ほど、信じられるものでは無いわ」

「それ言っちゃ、日本の警察も大して信頼できる組織とは言えないんですよねぇ。どこもかしこも、同じようなものですよ。

 でもそんな中にも、本当に正義を信じて頑張っている人はいるんですから」

「分かっているわよ。一部の人間の為に、全否定は駄目なんでしょう?

 だけどね、理屈じゃ分かっていても、肯定できないものはあるのよ。祐一には解らないかもしれないけど」

「肯定できないもの・・・・・・か。まあ、解りますね。近場に似たような人いましたし」



久瀬とか、久瀬とか、久瀬とか・・・。あいつは一々理屈的なことを言ってきてはいたが、理解は出来なかったな。

プレシアさんの気持ちに少しだけ共感できた。俺にとっての久瀬が、プレシアさんの管理局か。そら相容れん。

俺だって久瀬の良い所は多少なりとも知っているつもりだが、それでも友達になろうとは思わんし。

管理局(久瀬)は許さない。降りかかる火の粉は払う。だけど、自分から怨みをぶつける事もしない。

ここの幸せを脅かさなければ無干渉。まさに俺の境遇だった。

管理局に対してこれ以上プレシアさんに口出しするのは、野暮か。



「? でも武力が基本なら、デスクチームは何をしているんですか? 管理局の運営管理?」

「それ以外にも、ロストロギアの捜索や管理もね。元々はそれこそが管理局の本業のはずなんだけど。

 後はそれぞれが管轄している現地人との間で起きる揉め事の処理、どのような対処をしたのか。

 部隊で使用している運営費で、管理局がもっと効率良く運営できるよう新技術の開発とか」

「ああ、もういいです。全部聞いてたら頭痛くなってきそう・・・」



管理局って、複雑そう。軍隊と役所を合わせたものでいいか。

働きながら少しずつ内部事情を覚えていく仕事か。



「話を戻しましょうか。にしても、どうしてこんなに話がズレたんだか・・・」

「祐一の好奇心が原因よ。まあともかく、私は総合でSSランク(条件付SSランクではあるけど)。

 アレも総合、もしくは空戦。

 要点だけ述べれば、同じタイプで違うなら、そのランクはそのまま実力の差」

「なるほど」

「あとは戦闘をこなした経験値の差で、決定ね。私とアレなら、一対一で殺り合うならまず負け無し」



・・・? 今一瞬、『やりあう』のイントネーションがおかしかった様な・・・?



「だからといって、私以上の使い手はアレ以外には存在しない。だから、あなたの出番。

 あちらにはあれだけ魔導師がいるのだから、祐一と丁度互角の実力者の一人や二人、居る筈よ」

「プレシアさん。管理局が気に入らないのは分かっていますけど、せめてリンディさんをアレ呼ばわりは止めてあげたらどうでしょう?

 管理局はともかく、少なくともリンディさんは悪い人じゃないですよ」

「・・・・・・・・・ええ、考えておくわ」



本気で分かっているんだろうか、この人は。

それにしても、身から出た錆とはいえ・・・なんでこんな短期間に、慣れてもいない魔法戦を連荘でせんといかんのか。

プレシアさんと出会う以前は、”戦う魔法”なんて碌に使ったこともなかったってのに。



「でも俺はプレシアさん達とは逆で、明らかに経験値不足ですよ。

 そこを考慮して、俺よりワンランクかツーランク下の人との勝負にしてもらえませんかね?」

「あら? まさか祐一は、ただの経験値不足という理由で、自分より弱い女の子と戦いたいというの?」

「すんません。俺が馬鹿でした」



キッカリ90度で頭を下げる。

男である以上、そんな男が廃れるような行為は絶対にしない。



「分かったら、準備をなさい。あちらも準備は完了しているみたいだし」

「むしろこっちの話し合いが終わるまで、律儀に待っていてくれているし」



20メートルの間を置いて、リンディさんとクロノが並んで立っている。その視線はこちらに。

その他ギャラリー様は俺とクロノの中間から、横に30メートル離れた辺りでシートを敷いて座っている。

あんな近いところに居たら危ない、とか思うより先に、従兄弟の運動会を見学に来た家族一家だな~とか思ってしまった。



「祐一」

「はい?」

「念の為に、これを持っていなさい」



プレシアさんから一枚のカードを手渡される。

見覚えのあるカードだ。手の平よりか大きく、やや縦に細長い。

カードなら絵柄が描かれている部分、そこにはひし形の蒼い石が描かれている。

左上、右下にはローマの数字でⅩⅣ。



「発炎筒!?」

「どんな解釈をすれば、カードを発炎筒と言い間違えるの?」

「発炎筒じゃないんですか?」

「前言撤回ね。どう連想ゲームをすれば、カードを発炎筒と、勘違いできるの?」



いや、発炎筒でしょ、これ。

もう一度見直してみる。・・・・・・やっぱりそうだよな。

ダークリイン戦で、使うことなくプレシアさんに返却された筈のカード・・・『困ったときのメガンテ頼み』発動カードだ。



「これって、レイクからプレシアさんに返してもらったアレですよね?」

「ええ。祐一が使わなかったから、戻ってきてしまったわ」



? ・・・戻ってきてしまった?

戻ってきて欲しくなかったってことか?



「あれをちょっと、改良したの。今度は祐一に受け取ってもらう用に、ね」

「使い方は?」

「その時になれば、勝手に発動してくれるわよ。

 尤も、闇の書事件を本当の意味で解決した祐一が負けるとは思っていないから、ただの保険よ」

「はぇ」



信頼してもらえて嬉しいやら、プレッシャーを感じるやら。

まあいいかと後ろポケットに仕舞う。

そしてアラストール状にしたまま放置していたレイクを取り出し、マナーモードから待機モードへ移行する。



≪はふぅ。なんだか久しぶりな気がしますねぇ≫

「ほんの一、二時間前に話したばっかじゃないか」

≪気分の問題です。それに口に出して話すのは、本当に久しぶりです≫

「それだって朝にやったばっかだろう」

≪・・・そういえば、そうでした≫



クロスしている鉄の輪を外し、レイクを開放する。

小さなビー玉サイズの赤い石。それを手の平に乗せ、形状を選択。



「レイク。エクスタシーモード」

「・・・エクスタシー?」

「ああ、プレシアさんは知らないんでしたね。こないだの戦いで出来上がった、新形態です」

「そう。そういえばまだ、戦いの詳細は教えてもらっていなかったわね」

「あんまり進んで教えるような内容でも無かったんですけどね・・・」



ただひたすら逃げ回り、たまに反撃。それの繰り返しだったからなぁ。

時間を稼ぐのに手一杯で、最初は無様としか言えない状態だった。勝つための戦いじゃなかったのが、不幸中の幸いか。

ダークリイン級の相手と正面対決なんて、もう二度としたくない。



≪・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・? レイク、どうした?」

≪エラーが発生しました。エクスタシーモードにチェンジできません。他を選択してください≫

「は・・・?」



エラーが・・・発生した?

手の中でレイクを転がす。じゃあエクスタシーモードは、使えない。他の機能に影響は?

無言でプレシアさんに渡す。意を汲み取ったのか、受け取ったプレシアさんがレイクを軽く診断する。

だが専用の機械もなしに、そんなエラーを起こしている部分など解析できる筈も無く・・・



「無理ね。ここじゃ、分からないわ」

「あちゃー」

「・・・・・・一度、碌に喋ることが出来ないところまで破損したからね。その影響かしら?」

「でも・・・それじゃあ、修理なんてことは・・・」

「出来ないわよ、前も言ったけれど。レイクの不鮮明なブラックボックス部分は、迂闊に弄れないし」



やっぱそうなのか。プレシアさんからレイクを返してもらう。



「レイク、グラッド」

≪イエス≫



グラッドモード。待機モードを除けば、俺が一番使用している形態。これは大丈夫だったか。

形状・・・槍。

俺の身長よりかやや長く、それでも握りは俺の手に合った太さ。持ち難さは感じない。

レイクのコアは、棒と刃の境目。二つを繋ぐ役割を担っているかのような印象。

刃の部分はそこまで大きくも無く、突くための武器というよりは、棍のように振り回すことが主流に作られている(気がするだけかもしれない)。

特訓させられる時は、いつもこの形態でプレシアさんの攻撃を防いでいたから、一番使い慣れている。



「バリアジャケット機能は?」

≪・・・・・・・・・そちらも無理ですね≫

「そうか」



あまり気にしない。元々バリアジャケットなんてもの、使うことが無かったんだから。

前に進み出ると、クロノもリンディさんから離れ、俺に近づく。

互いの距離が1メートルになったところで、足を止め・・・。

勝負前に何を話そうかと考えているうちに、先にクロノから言葉が放たれる。



「まあ、よろしく頼む」

「あーっと・・・・・・お手柔らかに」



どうして戦闘することになるのか分かっていないのはクロノも同じなのか、やや苦笑いが浮かんでいる。

それに対し、苦笑いを返す。



「準備はもういいのか? バリアジャケットを展開していないようだが」



クロノの着ている服、それは先程と変化している。バリアジャケットは装着済みか。

ゴツつて黒いロングコートに、鈍色の手袋と、肩にトンガリ。靴も黒い。

コートのデザインは・・・・・・うん。やはり異世界ファッションだ。

服のデザインを言葉にするのがここまで難しいとは、思いもしなかった。

何より肩のトンガリは危険じゃないのか? 道行く人にぶつかったら、凶器に成り得るだろう。

刺さったら絶対痛いぞ。



「ああ、バリアジャケットは・・・・・・必要無い」



どうせだ。俺と同い年ぐらいの少年の実力、本気がどれ程なのか知りたい。

煽ってみるか。



「一撃だって、食らってやらない。だから展開するのは、魔力の無駄だ」

「安い挑発だな」

「おう、バレてーら」



だがあっさりと看破されたので、ちょっとだけ戯けてやる。それにも何の反応も返さない。

クールなヤツだ。

右手を差し出せば、合わせてくる。対戦前の握手。

力強い手だな。ナヨナヨしてそうな外見とは大違いだ。



「クロノ・ハラオウン。時空管理局執務官。使用デバイスはS2U」



? あ、名乗りか。



「相沢祐一、小学五年生。相棒はブレイクハート、愛称レイク」

≪よろしく≫

「じゃ、双方が構えてから五秒後にスタート。開始の合図は無し。勝負の判定は・・・・・・しまった、決めてなかったな」

「勝負の判定って・・・気絶させたら終わりとかじゃダメなのか?」

「・・・・・・気絶するまでやり合いたいのか、君は」



・・・ん、出来れば勘弁して欲しいところだな。



≪良い案がありますよ≫

「お、どんなのだ?」

≪クロノ少年は時空管理局。なればマスターの体に触れながら罪人逮捕の決め台詞と言えば、クロノ少年の勝ち。

 クロノ少年に『まいった』と言わせれば、マスターの勝ち。どうです?≫

「明らかに俺の方がハードル高いな。ところで何故罪人逮捕の決め台詞?」

≪大丈夫と思いますけどね。この少年が負けず嫌いで、公私に分別をつけない愚かな性格であれば話は別ですけど、

 人並みの冷静な思考があるのなら、負けた時は自分からしっかりと宣言しますよ≫

「あ、決め台詞はスルーなのな。説得力がある後付けの理由が思い浮かばなかったか?」

≪うっさいです≫



でも話の内容、密かに棘が入ってない? ・・・・・・そいえばレイクも、管理局のことは警戒しているんだっけ。

プレシアさんとは別件で、自分自身の敵に回る可能性があると認識しているとか、そう聞いた覚えもある。



「けど、案は良いな。それでいいか? クロノ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・駄目か? 駄目なのか?!」

「いや、それはそれで構わないのだが・・・・・・。祐一。それは本当にただのデバイスなのか?

 今まで僕が見てきたデバイスと比べても、ずば抜けてよく喋るようだが」

≪個性溢れるインテリジェントです≫



レイクの答えに首を傾げながらも、クロノは距離をとる。

俺も少し離れて、レイクを構える。



≪・・・・・・申し訳ありません、マスター≫

「なにがだ?」

≪何でも。さて、勝ちに行きましょうか≫

「おうよ」



クロノも、構えた。心の中でカウントを始める。

そして勝負に勝つと決意した心とは別の、雰囲気にまったく流されていない部分が、俺の口を動かした。



「はぁ。マジで、どうしてこうなったんだ・・・?」





ここで冒頭の質問に絡むわけだ。誰でもいいから教えてくれ。









[8661] 第五十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/04 16:36










SIDE:リインフォース

そろそろ祐一達の戦いが始まるところでしょうか。

料理に使用する具材を切っている手は止めずに、思いを馳せる。

相手がかなりの実力者だということは、主はやてから聞かされた。私は祐一が負けるとは思っていない。

だからこそ、心配。

実際に目にした事は一度も無いので、祐一の魔導師としての実力は未知数。

私の脳裏には、新年の戦いの翌日に筋肉痛でまともに動けなくなっていた祐一の姿が浮かんでいた。

稀にいる、自分の身を省みない無茶を前提とした戦い方をする性格じゃないと良いのですけれど・・・・・・。



「思ったより手際ええんやな、リイン」

「そうでしょうか?」



夕飯作りに残った私は、主と並び一緒に具材を切っている。

作らなければいけない人数が多いので、分担作業しても効率的とは言えず、時間短縮もそこまでの期待は出来ない。

そこで主が「ほんなら一緒に作ろか」と言い出し、現在はそのお言葉通りの状況に。

本の中に居た頃主の料理光景を見、最近では祐一の作業を見学していたこともあり、『切る』動きは無駄無くトレース出来ていると思う。



「私かて何年も特訓して、ようやく今くらいのテンポで切れるようになったのに、リインは私とおんなじレベルやもん。

 すごいと思うで」

「ですが包丁をまともに扱うのは、これが初めてですよ。あと二、三度こなし経験すれば、

 切る具材の大きさは均等のままに、スピードは三割増しも可能かと思われます」

「わ、私は苦労したと言うたばかりやのに、平然と言って退けよった。それもまだレベルアップ可能・・・?

 ・・・・・・なんや私の中で、嫉妬の炎がメラメラ燃え上がりそうやで」



言葉だけで怒る口調。昔の私なら主の機嫌を損ねたと思い、ここで生真面目に謝っていたかもしれない。

だがそんなことはもうしない。

祐一と出会ってから、人間同士の間には『冗談』と呼ばれる軽いスキンシップがあることを学んだ。

これも、温かいスキンシップなのだ。その証拠に、隣の主から怒りの感情が伝わってくることは無い。



「しもた」



唐突に切る手を止めて、ハッとした表情で私のほうを向く主。

私も中断し、何があったのかと思いながら待つ。



「ここは、『連邦のMSは化け物・・・』のネタ使た方が面白かったんとちゃうやろか?」

「・・・止めた方がいいですよ。ネタと言われても、私には意味が通じませんし。それに・・・・・・」



『それは二度ネタです』

頭の中で、意味不明な言葉が浮かんだ。



「それに?」

「・・・・・・いえ、何でもありません」



主の促しにも乗らず作業に戻る。口に出したらいけない気がした。

トントントンと一定のテンポで包丁を振り下ろす。その度に食材が分解されていく。

これは序盤、料理をするためのただの下準備。これだけでも手間がかかり、苦労がある。

料理を作るたびに繰り返される当たり前の行為だが、祐一やプレシアはいつもしていること。

その苦労を何も知らずに、私はただ食べていた。自分で経験してみると、これがとても手間隙がかかる事だと分かる。

食を楽しんではいたが、感謝は足りなかったやもしれない。

これから私も、その手伝いをしていくべきでは・・・。

・・・・・・そうでした。

主の説得、するのなら今が好機なのかもしれない。

幸いにして、二人きり・・・・・・ではなく、蒼き狼も合わせて三人。ですが彼は寡黙で、口は堅い。実質二人きりも同然。

ここで行われる話し合いも、口外はしないだろう。そして、口出しも。

後はどう、主に切り出すか・・・



「リイン」

「っ・・・はい」

「何か話しがあるん? 大事な話、とか」

「え・・・?」



唖然とし、手が止まる。思いも寄らない不意打ち。

見抜かれて・・・いる? 感情は表に出していない。主にいらぬ気を使わせないよう、自覚してそうしている。

表面上からは・・・・・・少なくとも私の表情からは、私の感情を窺うことは出来ない筈。



「不思議そうな顔しとるな? 解るんやで、自然と。何とな~く、やけど」

「・・・・・・」

「言うてみ。聞いたるさかい」



手の動きは止めず、迷う。主の一言が、重い。

伝えたいことは至極単純。祐一を守る騎士となり、祐一と共に在りたい。

その為に主はやてと離れ、祐一と寝食を共にする覚悟すらある。主にはその許可を、出してほしい。

それだけのこと。それだけのことだが、これを正しい言葉で的確に伝えなければ、我が主を傷つける恐れがある。

だがこのまま黙っているわけにもいかない。一度の勇気と・・・冷静さを。



「・・・・・・・・・我が主から、お許しを・・・頂きたいのです」

「お許し? なんの?」

「あ、主の・・・・・・主の元を離れる、許可を・・・・・・」



息を呑む音が聞こえる。余程驚いているのか、手も完全に止まっている。

ある程度、予想はしていたこと。



「そ、それは・・・・・・ちょっと、びっくりやな。不意打ちや。

 驚いた・・・うん、驚いたわ・・・うん・・・」



平然そうに言ってはいるが、違う。声が震えている。

私はもう一度、自分の言ったことを頭の中で繰り返す。

・・・・・・・・・言ったそばから言葉の選択を間違えた!



「こ、言葉を表面通りに受け取らないでくださいね。

 私は今でも主の事が大切ですし、主の危機が迫れば、いつ何時も傍にてお守りする所存ではあります」

「せやったら・・・なんでなん?」

「・・・・・・我が主には、私が居らずとも騎士達がいます。

 主はやてに力の全てを託し、無能になってしまった私よりもずっと優秀な、騎士達が」

「そんな・・・・・・無能とか、そんなことは・・・」

「分かっています。これは、建前と本音が半分ずつ」



主の言葉を、静かな声で抑える。これは懸念していたこと。

我が主ならこう返してくるだろうと思っていたし、対応するのもシミュレーションだけはしていた。

打算的、かもしれませんが・・・。



「建前と、本音?」

「はい。私が居らずとも、我が主には騎士達がついています。如何なる場合でも彼女達が、命に替えても主はやてを守ります」

「・・・・・・そんなん、私は望んでへんで」

「ええ、それも分かっています。ですが主はやてに言われたからといって、騎士達は命を懸けることを止めない。

 こればかりは、私や主はやてではどうすることも出来ない、彼女達の信念です」

「・・・それと、リインが私の所から離れたい言うんと、どんな関係があるんや・・・?」



包丁はもう、どちらも振り下ろしていない。

私は全ての具材を切り終え、主は私の言葉に手が止まっているから。



「だからこそ私は、安心して主の傍を離れられる。彼女達がいるから」

「それも・・・そこにリインにとってのどんな理由があるとしても、私はそんなこと望んでへん。それでも・・・?」

「自意識過剰と思われるかもしれませんが・・・・・・主が私にお傍にいて欲しいというのも、理解しています。

 ですがそれでも、です」



主が切りかけていた具材を私のまな板に引き寄せ、残りを切る。

切りながら考え、切り終えてから方針を決める。



「次に話す言葉。それこそが私の混じり気無い本音で、私がこう思うようになった根本・・・動機です」

「動機・・・?」



私の言葉を聞いて、我が主はどのような言葉を返すのでしょうか・・・・・・。

そんな動機は愚か、と取るのでしょうか。でも・・・本気なのだから、私にもどうしようもない。

一つ息を吸い、覚悟を決める。



「私は・・・・・・・・・祐一のことが好きです。だから彼の傍で、彼をお護りしたい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・そ、それが、本音です。だから、祐一の元に行っても良いというお許しを・・・頂きたいんです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



主の言葉を待つ。だが・・・待てども待てども、返事が返って来る事は無い。

不思議に思いながらも、恐らく赤くなっているだろう顔を上げて我が主へと顔を向ける。

くりくりとしている大きな目を見開き、口をあんぐりと開け、主は私を仰ぎ見ていた。

目の前で、軽く手を振ってみる。・・・・・・・・・反応無し。

試しに主の視界から離れてみようと思い、二人で扱うにはやや狭いキッチンを少し移動してみる。

視線はキチンと追ってくるので、全くの無反応でもない。



「・・・・・・・・・・・・あ、あの・・・主はやて?」









「・・・・・・・・・はあ?!」



時間差で、我が主の素っ頓狂な声がリビングに響き渡った・・・。















SIDE:祐一

クロノの攻撃は、いやらしい。それが最初の印象。

あの手この手で俺を絡めようとしてくる。バインドもそうだが、捕獲が目的じゃないぞとばかりに攻撃魔法も打ってくる。

俺は攻撃を避け、時には手元のグラッドなレイクで打ち落とし、設置型バインドを発動前に吹き飛ばし、

発動してしまったら高速で離脱して、どうにかこうにか凌いでいる。

だが正直に言えば、ダークリインと比べると劣る、としか言えない。

戦術は凄いが、圧倒的な魔力差で戦場を支配していた彼女に比べれば、まだまだだ。

まだまだ・・・それでも彼が強い、ということには変わりが無い。うん、リンディさんが彼を推していただけの事はある。

プレシアさんの宣言通り、俺と大体互角。・・・・・・いや、クロノの方が上か。

魔力は大体同じぐらい(予測)。魔法の洗練さは判断できないが、戦術はあちらに分がある(これは断定)。

こちらが勝っているものは、今のところマルチタスクのみ。全開まではしていないが、半開はしている。

魔導師にとってのマルチタスクは、戦場を生き残る有利な技術。体感時間を遅く出来る、それは生存確率がグッと上がるということ。

それを踏まえて要点だけを捉えれば、現状で俺とクロノは互角の戦いをしていなければいけない。

だというのに・・・俺は、クロノに押されている。回避の一手。

未熟ながらも俺のレベルなら、前回のような醜態を晒さずに、バトルが出来ていた筈。

これが戦闘経験の差か? そうじゃない。じゃないが、中々攻勢には出られない。何故か?



「スティンガーレイ!」

「アクセルシューター!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「くそっ、また不発か!」



愚痴を零しながら、飛来してくる魔法弾を回避する。

これがその理由だ。魔法が発動しない。魔法陣は展開され、魔力も間違いなく消費されている。

100%、魔法は発動されている筈なのだ。なのにこれが成功率する確立は、僅か3割程度。

俺と互角かそれ以上の実力者相手に、発動するかわからない魔法と、無意味に消費される魔力・・・縛りの制限付。

・・・・・・やってられるか!!

先も言ったが、ダークリインに比べればクロノはそこまで強くない。

あの猛攻に比べれば、いくらでも反撃の隙はあるというのに・・・。



「フォトンバレット!! おっしゃ、成功!」



この上追い討ちでもかけるように、単純な飛行魔法でさえ飛びたい方向には飛ばず、俺のコントロールを全く受け付けない。

現在、普通に発動する魔法。攻撃以外の、フローターフィールドやソニックムーブのような一部の補助系魔法のみ。

補助系魔法も、全て発動するわけじゃない。バインドや飛行魔法は使用不可。

まともに発動する魔法があってよかったと喜ぶべきか、攻撃が出来ないと嘆くべきか。

魔法が縛り状態である以上、俺に出来る攻撃の選択肢は限られる。

俺は短距離超高速移動魔法を使い、クロノに接近することにした。



「ブリッツアクション!」



瞬間的に、クロノの左横に回りこみ(勿論飛行魔法が使えないから走ったさ)、攻撃する。

本当なら背後まで行きたいのだが、それだと移動に費やす時間で回避行動を取られるかもしれないから却下。

両手に持ったレイクで、剣でも振り下ろすかのように左上から右下へ殴りつける。

しかし相手もさることながら、超反射。杖でガードしてきた。

慣性の法則に従い俺の体は進み続けるので、その勢いが殺されない内に左足で蹴りを。

それも、右足を上げただけでガードされた。反応が良い。

お返しと言わんばかりにクロノが左の足で、それも鳩尾を狙ってキックしてきた。食らったらヤバイと上半身を捻り躱す。

地上戦ならそんな不安定な格好での蹴りでも力は出せないが、魔導師という飛行可能な人種なら威力を持たせることも可能。

・・・・・・厄介だ、魔法戦。非魔法戦の常識が通用しない部分があるから、迂闊に気を抜けない。

クロノから目を逸らさずに、背面ダッシュで距離をとる。幸いクロノは追ってこない。

ったく・・・中距離と遠距離専門かと思ったら、接近戦も出来るオールラウンドだったのか。

だとしたら、接近戦に持ち込んでKOは難しそうだな。魔導師は体力音痴と相場が決まっているんじゃなかったのか?



「スティンガースナイプ!」



今度は一つの大きな魔法。螺旋を描きクロノの上を旋回。



「スナイプショット!」



俺へと向けて、放射される。

たったの一発だが、スピードは速い。・・・・・・ダークリインのブラッディダガー程じゃないが。

余裕を持って射程圏外へ逃れる。

・・・すると、射程圏から逃れる俺を追うかのように、軌道を変更してきやがったこの魔法。追尾性か!



「なにくそ!!」



視線はクロノから外さずフローターフィールドを蹴り、今度は射程圏から大幅に距離をとる。

だが追尾は止まらない。距離が狭まってきた。



「こなくそ!!」



ぶつかる直前に、身を捻る。紙一重だ。

そんな状況でもクロノからは視線を外さない。次に起こす行動を見逃したら、即敗北に繋がる可能性を有しているからだ。

だがずっと視線は逸らさなかったが、クロノは次の攻撃に移るモーションを見せなかった。

疲れたから一休みしているのか? ・・・そんなわけないか。



「っ!!」



嫌な予感が全身を駆け巡った。頭が理解するより先に、回避行動を取る。

するとたった今俺が居た場所を、先程躱した筈の魔法が通り過ぎる。

なるほど・・・・・・追尾性じゃなく、操作性だったのか。危なかった。

背後から綺麗に一撃貰っていたら、気を失っていたかもしれない。

引き返し三度襲って来るそれをレイクで殴りつけ、かき消えるのを確認し、冷や汗を拭う。



「よく避けたな。今の不意打ちは正直、自信があったんだが・・・」

「生憎と、勘は良い方なんだ。俺じゃなかったら、食らってたかもな」

「・・・・・・飛行魔法も使わずあれだけ動き回ったのに、軽口を叩く気力はまだ残っているんだな。

 とんだ体力馬鹿だ」



にやりと笑みがこぼれる。

何だかんだと愚痴を零してしまったが、対等に戦闘できる相手が出来たことが、正直嬉しくてしょうがない。

戦いのスリルを楽しむ性格ではないが、圧倒的力でボコされないだけマシだもんな。

プレシアさんの特訓でも、リイン戦でも、一方的に攻撃されるだけだったし。



「レイク、レイジモード」

≪っ・・・・・・レイジですか・・・。了解で、す・・・≫

「・・・なんかお前、疲れてないか?」

≪き、気のせぃ・・・です!≫



棍状から手甲型へ変化させる。右手で左腕に装着されたレイクへ触れる。

ここでレイクをディライトモードにする選択肢は無い。

アレは離れた場所に魔法陣を展開させられるが、成功率30%だと有効性は半減だ。

サッドモードは完全に、砲撃系魔法を撃つ為に作られている形態。

この二つは現状において、グラッドに比べて劣ってしまうが・・・レイジなら。



「ブースト!」



左手を後ろに、俺は真っ直ぐクロノへと突き進む。

レイジモードの特徴として最たるものは、キーワードをトリガーに手甲の特定の場所(放出口)から魔力を放出して、

機動力に変えられることが上げられる。

無論瞬間的に出せるスピードは、短距離超高速移動魔法の方が速い。

だが・・・・・・



「ディレイド「ブースト4!」、ぶっ!」



加速し、クロノが魔法を唱えきる前に間合いに入り込み、右足で顔面を踏みつける。

このレイジモードは”ブースト○”のキーワードにより、スピードに緩急をつけられる。最高速度は5。

4形態中では装甲の頑丈さも相まり、最高の防御と高速移動手段を兼ね備えた形態。



「もっぱつ食らえ!」

「ぐっ!」



高速移動なら、ソニックムーブ、ブリッツアクションもある。

レイジは移動中片手が使えなくなるが、アレなら両手はフリーなまま、高速移動を続けられる。

だがクロノ相手じゃ、それは悪手も同然。

終始高速移動するこの魔法らは、逆に言えば”高速で一定のスピードでしか移動できない”のだ。

故にそのスピードについて来れなくとも、移動経路を割り出しトラップを仕掛けることも可能。

クロノはまさに、その致命的な弱点をついてくる相手。高速移動をし続けていたら、いずれ捕まる。



「おー、左右揃って見事に足形がついたぞ」

「くっそ・・・屈辱だ」



袖で踏みつけられた顔を拭くクロノ。ここで攻撃は卑怯だろうと思い、フローターフィールドに立って次の攻撃法を考える。

レイジは通常の高速魔法と違い、緩急をつけ相手をかく乱させられる。

1から4のスピード変化なら、クロノでも意表を突けるという事が証明できた。

砲撃が使えなくとも、まだ勝機はある。

あとは・・・どうやってクロノを、『まいった』と言わせる状況に追い込めるか、だな。

攻撃は打撃と、時々成功するかもしれない砲撃のみ。バリアジャケットでダメージは軽減されるだろうから、どちらも戦力としては微々。

俺の縛りは依然有効。残り魔力・・・76%。



・・・・・・・・・ちょっと、無理くね?









[8661] 第五十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/09 20:05










SIDE:なのは

戦闘が始まって、大体10分ぐらいが経過している。普通の魔導師なら、そろそろ魔力が半分尽きる頃。

勝負は全然着きそうに無い。

フェイトちゃんより強いクロノ君と、互角に渡り合う祐一君。・・・・・・ううん、内容は互角とは言えないかもしれない。

変なタイミングで攻撃魔法を撃ったり、ここだというタイミングで撃たなかったり。祐一君の攻撃にはムラがある。

ヘタクソ。それが祐一君の魔法技量に、一番当てはまる言葉。

でも・・・・・・



「頑張るね、あの子。クロノ相手に」

「うん、そうだね」



凌ぎきっている。あのクロノ君相手に。

フェイトちゃんがものの数分でバインドに捕まってしまったというクロノ君の技量を考えてみれば、驚愕的な回避技術。

最初とは違い、槍からガントレットのような形状に変化している祐一君のデバイス。

現在はその腕を振り回し、あっちこっちに飛び回ってクロノ君をおちょくっている。

よくよく観察してみれば、ガントレットが蒸気のようなものを上げていた。あれで加速でもしているのかな?

自分の体を独楽のようにクルクルと回転させて、その後加速した勢いで時折クロノ君に攻撃を加える。

段々攻撃の幅が広がってきている。あれって、ヴィータちゃんのラケーテンハンマーみたいな使い方だ。



「どう? 参考になる?」

「う~ん・・・黒いお兄ちゃんがしている、空を飛ぶっていうのは、あんまり参考になりそうに無いな~。舞なら出来るかもだけど。

 でも祐一の空中を蹴るのは、私にも真似できそう。高速移動も・・・ギリギリ、おっけーかな?」

「祐君とおんなじなんだね。なろうと思えば、まいちゃんも魔導師になれるよ。素質はあるみたいだし」

「魔導師、なの? 魔法使いじゃいけないの?」

「魔法使い? ダメだよ、いけな~・・・くはないのかな? どうなんだろう・・・?」

「あははっ。アリちゃんが分かんないんじゃ、私にも分かんないよ」



二人の試合を見ながら、アリシアちゃんとまいちゃんはほのぼのと楽しそうにしている。

この二人の空間だけ、私たちと空気が違う。だけど他の誰も、この雰囲気に突っ込みを入れない。

「あんたとフェイトが二人一緒にいる時とかも、似たような雰囲気よ。

 周りの雰囲気なんてまるで読みやしないんだから」と、後にアリサちゃんは語る。



「ねえねえ。今は祐一と黒いお兄ちゃんの、どっちが優勢なの?」

「んぅ? む~・・・クロノ君のほうが優勢かな。でも祐君なら余裕で逆転だよ」

「よゆう?」

「余裕余裕♪」

「おい、チビッ子ども」



ヴィータちゃんがシートの上を移動して二人の空間に入り込むのを視界の端に捉えながら、私は試合を見上げる。

・・・・・・あ。祐一君がクロノ君の顔に、また足跡をつけてる。



「ん~?」

「なぁに?」

「親切心で一つ、言っておくぞ。あの祐一とかいうヤツより、クロノ執務官・・・えと、黒い方が強い。確実だ。

 祐一が勝つとか、あんまり期待しないほうが良いぞ」

「ちっちっち~。あまいよ~、ヴィータちゃん」

「・・・・・・あ?」

「どのくらい甘いかって言うと~・・・・・・えと、どれくらいかな、まいちゃん?」

「え、ここで私にバトンタッチ? う~んと・・・・・・多分、ケーキぐらい甘いよ」

「・・・ケーキは確かに甘いが、それは使いどころが間違ってるって流石に解るぞ、あたしでも」



ヴィータちゃんも交えて三人のほのぼの空間が出来上がった。

楽観的な二人を心配してお姉さん心が働いたヴィータちゃんが、二人のペースに嵌っている。完全に取り込まれた。

天然達強し。クロノ君がスティンガーレイを使い、祐一君がデバイスで弾く。



「あれは祐君が、本気を出してないだけなんだよ」

「なんでそんな事が言えんだよ。どうみたっていっぱいいっぱいじゃないか、祐一のヤツは」

「祐君が本当に本当の全力を出せば、お母さんにだって負けないもん」

「お母さんって・・・あたしらの後ろでリンディ提督と並んで立ってる黒いオバサンのことだよな。

 嘘だ。ぜってー嘘。どう考えたって勝てねえよ、あいつじゃあのオバサンに」

「勝てるもん。・・・・・・十回やれば、二回ぐらいは」

「それも言いすぎだろ。十回やっても、十回勝てねーって」

「ううん、勝てるよ。祐君の最大火力なら、お母さんの絶対防御ばりやーも破れるもん」

「最大火力って・・・そりゃまともに食らわせられたらの話じゃねーか?

 当てる前に落とされっから、普通」

「あ♪ なら祐一は勝てるね」

「うん♪」

「だからさぁ、おめーらはどうしてそう思えるんだよ」

「普通じゃ勝てないんなら、祐一は勝てるよ」

「ね? だって祐君、普通じゃないもん」



上空で繰り広げられている戦闘とは対照的な、ほのぼのお喋りトークが終わらない。

シートに固まって座っている皆が無言で空を見上げているので、意識しなくとも自然と耳に入ってくる。

お喋りを頭の端で聞き取りつつ、それでも空を見る。

クロノ君は未だ、一撃も祐一君に当てられていない。

搦め手戦術大得意のクロノ君からあれだけ逃げ続けられるのは、確かに普通じゃないかも。

今もまたバインドを掻い潜り、クロノ君の更に上空から左(デバイス方の)腕で攻撃を加えていた。



「ねえ、アリシアさん」

「リンディさん? どうしたの?」

「私もお話しに加えさせてもらっても良い?

 結界維持に労力を割いているからあなたと話す暇は無いって言ったきり、プレシアが無口で困っちゃってて」

「うん、いいよ」



座る位置をずらして、リンディさんの座るスペースを作るアリシアちゃん。

私のほうにズレてきたので、ほのぼの空間が迫ってきた。



「ありがとう」



ヴィータちゃんに続いてリンディさんもほのぼの空間に入っていく。

四人で四角を作って座った。私の視線も、そちらに移りそうになる。

でも我慢我慢。クロノ君の空の戦いは結構参考になるんだから、少しでも勉強しなくちゃ。

言葉は聞こえてくるし、視界の端でも四人の事は確認できるんだし。

空では祐一君のスピードが、今までで最高の速さになった。

この位置で見ている私が一瞬見失ったから、クロノ君は多分追いきれていない。後ろから一撃。



「・・・そちらのあなたは、まい・・・さん? で、よかったかしら」

「ちゃんでいいよ」

「そう。じゃあ、まいちゃんね」

「うん」

「アリシアさん、まいちゃん。あなた達の大好きな、あの祐一さんの事、ちょっとだけ教えてくれない?」

「祐君のこと?」

「足が速くて、名雪ちゃん起こしが達人レベルだよ」

「ああ、そうじゃなくてね。・・・さっき普通じゃないって言っていたわよね」

「「うん」」

「どう普通じゃないの?」



祐一君が砲撃を放ち、クロノ君が上昇して回避。

回避後接近するけど・・・祐一君もクロノ君に向かっていき、急にスピードアップした祐一君からカウンターを貰った。

吹き飛ぶ。

置き土産とばかりにブレイズキャノンが発動していたけど、祐一君危なげなく回避。

ブレイズキャノンは結界に衝突し、消滅。プレシアさん製の結界は無傷。とっても丈夫。

追い討ちをかける祐一君だけど、クロノ君が発動したラウンドシールドに停止を余儀なくされた。

その間にクロノ君の体勢は整っている。



「だから、名雪ちゃん起こしの達人レベルなところ」

「なゆちゃんを初めての人が起こそうとすると、軽~く10分かかるよ。だけど祐君は20秒!」

「(名雪ちゃんって、誰なのかしら?)他には? もっとこう、魔導師として普通じゃないところとか」

「魔導師は・・・アリちゃんの範囲だね」

「そだね。祐君は~・・・強い」

「どんな風に?」

「一対一で、雷光ちゃんを手玉に取ってたよ」

「・・・・・・雷光ちゃん?」



祐一君が少し腰を落とし・・・消える。高速で動いているのか、私もまた見失ってしまった。

すぐさまクロノ君はS2Uを後ろに振り抜く。でもスカ。そこには誰もいない。

『一体どこに・・・?』と、クロノ君が探しているのを眺めつつ、私は祐一君を見つけた。

クロノ君の上空。



「その雷光ちゃんって、誰なの?」

「? 雷光ちゃんは僕だよ」

「・・・・・・え? ん~っと・・・・・・祐一さんが、アリシアちゃんを手玉に取っていたの?」

「違うよ。僕は祐君と戦ったことなんて無いもん」

「? でもさっきは・・・」

「祐君と戦ったことがあるのは、雷光ちゃんの方だってば」

「・・・・・・・・・??」



胸の前で手を合わせ、徐々に両手を離していく祐一君。

手の中には黒い球体。どんどんどんどん大きくなる。

バスケットボールくらいのサイズにまでなった時、クロノ君がようやく祐一君を発見。

手元の球体を見て唖然。



「あ、丁度いいかな。上でやってるアレも祐一君の得意なことで、普通の人じゃあんまりしないところ。

 術式とかを使わないで、ただの魔力を圧縮してボールにするの。

 ボールはああやって作れば、キャッチボールとかする時に素っ頓狂なところに飛んで行っても、

 取りに行かないでまた手元で作れるからとっても便利」

「魔力の使いどころを間違えてんじゃねーか、それ・・・」

「珍しい使い方をするのね・・・・・・他には?」



バスケットボールサイズのソレが、サッカーボールのように蹴り飛ばされる。

勿論わざわざ当たる瞬間まで待つ必要は無いので、クロノ君余裕で回避・・・・・・しようとしたんだけど、

ボールはクロノ君を追って軌道を変えた。あれで遠隔操作弾なんだぁ。

クロノ君、更に回避をしようとしたら・・・今度はボールが破裂し、散り散りになった欠片がクロノ君を襲う。

咄嗟にプロテクションでガード。祐一君・・・・・・発想が凄い上に、手品みたいに先が読めない攻撃をしている。

クロノ君翻弄されっぱなし。



「あとは・・・・・・う~ん・・・・・・あ、そうそう。忘れてた。

 危機察知能力が人よりか何倍も凄いって、前に言ってたかな・・・。視界じゃ見えない攻撃も避けるんだって」

「視界じゃ見えない・・・・・・? それってもしかして、空間把握能力を保有しているってことかしら」

「んむ~・・・違うと思う。祐君は自分が見た範囲のものしか、ちゃんと知覚してないから。

 真後ろとか真上とか、見えないところからの危険は危ない気がするから避けるんだって。

 何が危険とか全然解らなくても。体が反応するってことらしいんだけど・・・。

 ごめんなさい、聞いただけだから説明が難しくて」

「ううん、大丈夫よ。そのことに関して、祐一さんは他にどんなことを言っていたの?」

「・・・・・・んと・・・・・・んと・・・・・・ん~・・・・・・・・・・・・

 『俺は人よりか危険に対する心構えが違うだけで、他の人となんら変わりは無いぞ。

 見えない敵の見えない攻撃を死ぬ気で避けないといけなかったから、自然と嫌な予感を感じ取るようになったってだけだ。

 別に俺が特別凄いんじゃなくて、誰でも持っている能力が俺は人より発達する環境にいただけ』・・・・・・だったかな?

 祐君の言い分はこんなだったよ。でも元々才能みたいなのはあったんだと思うんだ、僕は」



魔法陣を展開させるクロノ君だけど、すぐに空中に出来た魔法陣が消えた。魔法の失敗? まさかクロノ君が?

その直後クロノ君がストラグルバインドを発動。新たに出来た魔法陣から鎖が伸び、祐一君を拘束しようとする。

ここでストラグルバインド?

発動が遅い上に射程も拘束力も低いから、使いどころが無い魔法だってぼやいてたのは、クロノ君の方なのに・・・。

当然祐一君は回避に移る。鎖も追いかけはしたけど、すぐに長さの限界に達した。勿論祐一君は捕まえていない。

次にスティンガースナイプを発射。でも照準が甘く、これも易々と躱される。と、次の瞬間祐一君の周りを水色の帯が包囲した。

祐一君が避けたのを見計らって、ディレイドバインドが発動したみたい。

最初の失敗したように見えた魔法陣は、これを発動するためのものだったんだ。

ならストラグルバインドとスティンガースナイプは、その位置に祐一君を誘導するためのもの・・・。

囮を使い、巧みに相手を誘導して本命の捕縛。勉強になるクロノ君の戦い方。

帯状になっている術式はすぐにその範囲を狭め、同時に空中から鎖状の魔力が伸び、祐一君を拘束しようとする。

私があそこにいたら・・・・・・・・・多分、逃げ切れずに捕獲されて終わり。クロノ君の勝ち。

けど祐一君は左の腕を、周りを囲んでいる術式に向かって振り上げ、(信じられないことに)帯を切り裂いて効果を失くしてきた。

よく見えれば、ガントレッドが鈍く”黒色”の光を発している。そこに魔力を込めて、術式を(無理矢理)断ち切ったらしい。

帯からはバインドの効力が消え、鎖もただの魔力に戻る。な、なんだか力技だなぁ。でも凄い。

それから祐一君は・・・・・・その場で前のめりに体勢を崩しながら体を捻る。倒れたんじゃなくって、あれは回避行動。

再び背後から襲ってきたスティンガースナイプを避ける為に。

対応された時の保険として次の手を用意していたクロノ君に感心し、それすらも躱した祐一君に感服する。



「ほら、また避けた」

「お見事。後ろに目でもついているんじゃないかってくらいね。・・・・・・クロノとほぼ、互角ね



祐一君はすぐに体勢を立て直し、クロノ君と対峙する。

二手三手先まで予測して攻撃しているクロノ君。それを巧みに躱し、尚且つキチンと攻撃もする祐一君。

もしかしたら、このまま永遠に決着がつかないんじゃないかって気もしてくるぐらい、両者譲らない戦い。

でも当然、決着はつく。それが魔力切れによるものか、運悪くどちらかが落とされるせいかはまだ解らないけど。



「最後にコレは、普通なのかどうか解らないんだけど・・・・・・」

「まだあるの?」

「うん。祐君にはね、三人の守護者が『憑いている』の。

 この世界のどこにも存在していないんだけど、でも確かに存在している女の子。

 祐君の危機察知能力が余計に発達したのは、その子達も原因の一端だよ」

「どうして?」

「所構わず、隙あらば祐君に攻撃して回ってたから。五人だけで暮らしてた四年間ず~っと」



黒く光る左腕のガントレットを後ろに、突撃する祐一君。戦術も何も無い、ただの突貫攻撃。

まさか単純な正面攻撃が来るとは思っていなかったのか、不意を突かれたクロノ君の反応が遅れる。

プロテクションを発動する暇は無い。S2Uを構えて、防ごうとする。

だけど祐一君のスピードが速過ぎ、それすらも万全の構えで迎え撃つ時間が無い。

勢いのついた左腕の一撃と、杖の不完全な防御。

クロノ君の腕力を常人よりか高めに考えたとしても、結果は解りきっている。

S2Uは弾き飛ばされた。

スピードの乗り過ぎで、弾き飛ばした後クロノ君に一撃加える前に通り過ぎてしまった祐一君が横に(そこに壁があるみたいに)着地し、

その際返ってくる反動を利用して再びクロノ君に襲い掛かる。

ガントレットが、再び槍状に戻る。デバイスを覆う黒い光はそのままに。

S2Uは無い。攻撃後で体勢は崩れている。そんなクロノ君のせめてもの抵抗は、デュランダルを起動させ構えることだけだった。



「クロノ!」



立ち上がり、フェイトちゃんが叫ぶ。アレは直撃を食らったら、絶っっっ対に痛い。

クロノ君と祐一君のデバイスがぶつかり合い・・・・・・・・・










祐一君のデバイスが、呆気無く弾き飛ばされた。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

私だけじゃなく、空を見上げているこの場にいる全員が、唖然としていたと思う。

完全に一撃入れられるはずの祐一君の攻撃が、弾かれた。この位置から見えるクロノ君の顔すらも、唖然としていた。





そして・・・・・・・・・





バリアジャケットも装着していない祐一君の右腕の付け根。







勢いがつき止まれない祐一君のそこに、鷹のくちばしのように鋭いデバイスの先端が、深々と突き刺さった。










「お、おい・・・!」

「すぅ・・・すぅ・・・」

「・・・くぅ・・・くぅ・・・」

「い、いきなり寝ちまいやがった、この二人。しかもなんであたしに凭れ掛かるんだよ!」



空を見上げていなかったのか、緊張感の無いヴィータちゃんの声が、静寂のこの場ではよく通った・・・。




















SIDE:リインフォース



バキリッ!! バキバキッ!



と、音がした。私の横にある、まな板から。

は、はいぃ?



「何やっとるんや、リイン。話している間は、相手から目を離したらアカン」

「ですが我が主。触ってもいないのに、まな板が勝手に割れたのですが・・・」

「そんなんは小事や。こっちの方が大事なんやから、気にせんでええ。

 あ。私今上手いこと言うたやん。『大事の前の小事』の大事と、大切って意味の大事がかかってるんやで」

「いえ、この分厚いまな板が独りでに割れたということは、小事で済ませてよい問題なのでしょうか・・・?

 それも、綺麗に四等分に」

「小事も小事や。シャマルなんかは料理しとったら丈夫なフライパン一つダメにしたことあるんやし、

 木製まな板の一つや二つどってことない。むしろ使えるまな板が増えたんやから、めでたい事や」

「・・・・・・そ、そうですか・・・・・・。四等分されたこのサイズでは、返って使い辛いような気もしますが・・・」



まな板は真ん中から綺麗に四つに分かれている。

単純に今まで使っていたまな板のサイズが、四分の一になる。

・・・・・・切るだけなら大丈夫でしょうが、切った後の具材の置き場に困ります。



「続きや。風邪で寝込んでるお兄さん相手に、何してたん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・あ、頭を撫でていました」

「ほ~ほ~・・・そんで?」

「いえ、その・・・・・・温かな感情が胸の内に広がったのは、確かですけど・・・・・・それ以外は別に、何をしたわけでも・・・」

「なるほどな~」

「あの、えと・・・も、もうお許し下さい、主はやて」

「ダメや。私の知らん間のリインが、お兄さんと接してどんなことを思てきたか全部話してくれんと気が済まへん。

 全部聞いた上で、どうするか決める。せやからキリキリ白状するんやで、リイン」

「祐一~! 早く勝負を決めて帰ってきてくださいー!」



当然、私の悲嘆など届くわけも無いけれど・・・・・・。

冷蔵庫から出し、鮮度が着々と落ちつつある食材もすっかりと放置されている。

祐一達が帰って来るまでに、夕食を用意することが可能なのでしょうか。・・・・・・不安です。





私は知らなかった。

この時祐一が、喧嘩の延長で巻き込まれたお遊びのような試合で、わりと深い傷を負ったということを。

大切に想う人に不幸が起きる予兆に、コップやお皿が割れるという現象が起きるということを。(まあ私の場合はまな板でしたけど)



そして私は、主はやてからのあまりと言えばあまりの責め苦により、気がつくこともなかった。

私の部屋に置かれている、もはや完全に無害な存在へと変貌を遂げた夜天の魔導書が・・・僅かな光を発していたことに・・・・・・。









[8661] 第五十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/11 08:24










SIDE:祐一

ここまでの戦いは上々。攻撃魔法は想像以上に発動してくれたし、軽いが攻撃もいくつかはヒットさせた。

クロノの息も若干荒い。俺と同じに体の動かしすぎで疲れている訳じゃないだろう。なら魔力が心許無い状態か。

こっちの魔力は半分以上は残っているし、このまま持久戦も一応考えたが・・・男らしく無いだろうか、やっぱり。

あっちが気持ちよく終わる為にも、早めに決着をつけるに越したことは無いと決断する。



「ブースト5!」



決定的な一撃を入れる為、正面から突っ込む。

意表を突かれた様子のクロノに、左腕で一閃。バインド崩しで込めていた魔力はそのままだから、威力に申し分は無い。

そして一撃で、クロノのデバイスを弾き飛ばした。

一旦通り過ぎ、即座に側面にフローターフィールドを発動。そして着地と同時に左手を腰に持っていき、右手をレイクへ添える。



「(グラッド)」

≪(OK)≫



心の中で念じる。念話じゃない、俺たち専用の通信回路でレイクへ伝達する。

念話なんてしたことも無いが、もし他人と念話する時はこんな感じなのだろうか?

着地し加速の力がゼロになったと理解。曲げていた足を戻して、跳ね返る。横に向かってジャンプ。

レイジモードを参考に足の裏から魔力を放出させて、僅かばかりの加速をプラスする。

右に添えた手を丸く握れば、手元にはグラッドモードへ形状変化を完了したレイクの手応えがある。

形状変化したにも拘らず、”漆黒”に染まったままのレイク。これなら【(仮名)はちみつくまさん】を放てるな。

これは実践で、かなり使えるんじゃないだろうか。

変化させても魔力が失われないのなら、常に魔力を通わせていれば、デバイスの強化にもなる。

・・・・・・・・・でもいい加減、技の方は名前考えないと。俺が恥ずかしい。

クロノを見、驚く。クロノは忍者が扱う隠し武器のように、袖からカードを一枚取り出した。

カードは光り、鳥類の嘴のような形状に変化。握りの部分から察するに、杖かな。二つ目のデバイスを持っていたとは。

だが、押し切る!

槍を振り切る際にかかる圧力が凄い。滅茶苦茶重い。左右の握りの部分を広く持ち、テコの原理を利用しているのにこの重さか。

クロノはデバイスを起動させるのに精一杯で、まだ構え切れていない。

残りの距離はほんの僅か。ここまでくれば、後は振り切るだけ。二つ目のデバイスも弾き飛ばせる。

そう思い、全開にしていたマルチタスクを解いた。これ以上の時間引き延ばしは、する必要が無いと思ったからだ。



後になって思えば、これがいけなかったんだろうなぁ。



一瞬後に衝突する、レイクとクロノの新しいデバイス。

勿論俺は、押し切れると踏んでいたわけだが・・・・・・・・・



「っ!」


 ビキリッ!


・・・・・・右手首に激痛が走った。

痛みに気を取られ意識が硬直している間にも、事態は進む。

意識せず両手からは力が抜け、防がれたレイクが弾き飛ばされた。それを自覚してマルチタスクを開放したが、もう遅い。

クロノは唖然としている。こんなにあっさり押し勝てるはずが・・・という表情だ。

右手からは痺れるような痛みが。力を込められる気がまるでしない。・・・・・・ああ、そっか。

アリサを庇った時に、この手は捻ってたんだっけ。アリサの対処が良かったから、今まで痛みを感じていなかったのか。

なら今の痛みは、骨に罅でも入ったのか・・・?

起きている出来事を冷静に判断し、他人事みたいに眺めている自分。



勢いを付けすぎたことが仇となり、普段なら凶器になり得ないような部分も脅威となる。

回避は・・・・・・間に合わない。

デバイスの先端。振り回しても怪我をしないように、パッと見はどうあれ先端は尖らせず丸く潰れているだろうその部分。

俺の右手、それも根元に突き刺さり、ズブリと潜り込んでいく。

先端に気を使っていようが、そんなことはお構いなし。肉は抉られ、脳天にまで響く激痛が走る。



「い゛っ!!」



いくら冷静に思考していても、痛いモンは痛い。

幸いなことは、突き刺さった嘴の様なデバイスが細く長く設計されていなかったお陰で、貫通まではしなかったことだろうか。

ほぼ無意識。人体が体を守ろうと反射的に行動を起こす。

右肩に力が篭る。筋肉で少しでも進行を止めようとするけど焼け石に水、殆ど効果は期待できないだろう。

更に少しでも減速しようと左手でクロノの体に触れ、押しのけようとする。

クロノの服に触れたところで・・・動かなくなる体。右腕から伝達されてきた痛みも、停止している。

不可思議な事態。

自覚してみると簡単だ。世界が灰色に染まり・・・・・・時が止まっていた。

な、なんだ?



『ッハ! この程度の下郎も満足に相手出来ぬのか、塵芥。弱くなったものよのう』



・・・・・・・・・・・・・声が聞こえた。



『あなたの発する力を阻害していた原因不明の制限も解けました。及ばずながら、少しばかり力をお貸しいたしましょうか』



聞き慣れない声、聞き慣れている声。知らない口調。



『祐。僕らが技を貸すからには、負けることは許さない。だから・・・えっ、もう時間切れ? が、がんばr』



テレビを切るような音と共に、声が聞こえなくなった。何だったんだ、今のは。

途中まではまるで、俺には実は封印された力があり、それが覚醒でもしそうなシチュエーションだったってのに。

最後の最後で締まらないポカ。

世界に色が戻り、時間が動き出す。

押しのけようとクロノに触れている手を、僅かな躊躇の後に上へずらし、バリアジャケットの襟を掴んで思い切り引き寄せる。

余計にデバイスが食い込むが、骨が折れなければ肉は抉られても大丈夫だ、と腹を括る。

俺のほうからもぶつかる直前に力を込めて頭を下げ、頭突きを食らわす。



「ぐぁっ!」

「ぁがっ!」



頭突きの振動で肩の傷から脳天へ、泣きたくなるほどの激痛が走った。

左手を放し、クロノに向けて手の平を向ける。

丸い陣を頂点とした、三角形の魔法陣が頭の中に思い浮かぶ。知らない魔法陣だが、何故か知っている。

魔法を使う為に魔力を操作する。


カチリ・・・と、今まで俺の中でズレ続けていた何かが、噛み合った音がした。


術式を描き、魔法陣を展開させ、トリガーを唱える。



「アロンダイト!」



手に接した虹色・・の魔法陣から、虹色・・の砲撃が迸り、ゼロ距離でクロノに直撃する。

爆煙を撒き散らしながらぶっ飛ぶクロノ。どこの魔法陣かは知らないけど、魔法は無事に発動した。

つか、また黒から虹色になってるし。

今の内と、右肩に左手で触れる。



「ぃつ!」



当然だが、ぬるりとした。触った感じは・・・・・・うむ、あるべき肉が無くなり、見事にへこんでる。ってか痛い。

親指に、なんだか柔らかい肉と違って妙に硬い、コツコツとした感触。骨が・・・骨がぁ!!



「し、止血・・・・・・そうだ。チェーンバインド!!」



超極細のチェーンバインドを生成し、包帯代わりに傷口全体に巻きつかせる。

なにせ”チェーン”なので、小さくないと包帯代わりとしての意味を成さない。何重にも、何重にも巻きつける。

ロープとかバンデージの形状に変化させられないから苦肉の策だ。誰か術式教えてくれ。

キツ目に縛り上げて、止血。痛みで一瞬、意識が遠のきかけた。

とりあえずの大雑把な応急処置だが、ダクダクと流れ続けていた血はどうにか止まってくれたようで一安心。

よし!



「な、なんて無茶な攻撃をするんだ、君は」

「ん? おう、クロノ。あの至近距離で受けてよくそれだけで済んだな」



知らないはずの魔法は、クロノに決して軽くは無いダメージを与えていた。バリアジャケットも肩の部分だけが少し吹き飛んでいる。

にしても・・・頑丈だな、バリアジャケットって。自分で言うのもなんだが、クロノの意表も突いた懇親の一撃だったと思う。

それでも思ったよりはクロノにダメージを与えられていない。あの簡単に貫けそうな服で、まるで防弾チョッキのような防御力だ。



「流石に、かなりのダメージだ。・・・・・・だが、そんなことよりも」



鋭い視線でクロノは俺を・・・・・・いや、俺の肩を凝視している。

より正確には、俺の肩に巻きついている虹色のチェーンバインドを、かな。



「君には色々と、聞きたいことが出来た。その前にまずは、怪我の治療か。下に戻って、シャマルから治療を・・・」

「おっと、まだだぞ」

「・・・なにがだ?」

「俺、及びプレシアさんから何かを聞きだすなら、勝負に勝たないといけない。それがルールだろ?」



ムスッとした顔で、どこか納得していなさそうな表情を作るクロノ。

どうせ、『勝敗に納得はしていないが、怪我が理由でこれ以上の戦いは出来そうに無い』とかそんな感じだろう。

そんなに不機嫌オーラを出すぐらいなら、初めから言うなっての。



「・・・・・・・・・勝敗なら、もう決している。事故とはいえ、君の負けだ」

「どうかな?」



左手に魔法陣を展開し、レイクを呼び戻す。肩に担ぎ、腰を落として構える。



「俺はまだ、戦えるぞ」

「強がりは言うものじゃない。その肩だ。激痛でもうまともな戦闘など行えないだろう」

「お前だって怪我してるくせに」

「僕の肩も負傷はしたが、動かす分には何の問題も無い。しかし君は違う。

 動くだけで激痛が走り、魔法などそう易々とは使えない筈だ。違うか?」



ちっ、鋭いヤツめ。

クロノの言うとおりだ。肩からジンジンと伝わってくる痛みで、術式を思い浮かべることも魔法陣を展開することも難しい。

嫌~な汗が、現在進行形で背中や額を伝っている。

短時間なら我慢できるかもしれんが、もう長くは戦っていられない。

激痛で拡散する意識。マルチタスクも一部は激痛に意識を持って行かれ、使用できなくなっている。

30を封印、50が使用できる精々って所だ。



「無茶はするな。命に別状が無いとはいえ、血を流しすぎたら体にも悪影響が・・・」

≪ダマリナサイ≫

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・レイク?」



俺もクロノも呆気に取られ、しばし硬直する。

かつてないほど、ドスの利いた低い声でレイクが言葉を発した・・・・・・ような気が。



≪こちとら近年稀に見る程の全力で、マスターの魔力が外に出ないように制御していたというのに・・・。

 マスターの使おうとしている魔法を、”私の魔力光でカモフラージュ”していたというのに・・・・・・≫

「レイク? レイ~ク?」

≪私の努力を水の泡にしやがって、糞餓鬼が≫



ヤバ。何故かレイクがマジギレモードに移行している。

ふと頭の中に思い浮かんだ疑問をぶつけて、鎮圧を図る。



「レイク。まさかとは思うが・・・俺の魔法が7割方発動しなかったのって、お前が原因か?」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、何の事やら≫



声の調子から、明後日の方角を向き明らかに俺の目を直視していないレイクをイメージ・・・。



「力を阻害してた原因不明の制限って、お前のことだったのか!」

≪制限したのは事実ですが、魔法が阻害されたのは不測の事態です。

 私とて管理局が出張ってこなければ、このような制限をマスターに施すことも無かったのですが・・・≫

「・・・管理局に何があるんだ?」

≪知りません。あった場合を想定しての対処でしたから。しかしバレてしまったのでは話は別。

 こうなれば全力でクロチビを叩き潰すまで・・・≫

「八つ当たりか?」

≪八つ当たり上等。マスターはその場で動かなくて結構。私が勝負をつけて来ます≫



お前もプレシアさんも、管理局を信用しなさすぎだろ。言葉にしたかったが、寸での所で呑み込む。

意図せずに責める口調になりそうだったからだ。

レイクにも事情があり、これが俺にとっての最善だと思って行動したのなら、俺はそんな相棒の気遣いに感謝する。

怒るのはお門違い。



「レイク」



それに俺が動けない今、この場はレイクに任せた方がいいかもしれない。

プレシアさんの事があるから、負ける選択肢は無いんだよなぁ。

俺も細かい事(でもないが)には目を瞑り、レイクを信用する。

手に持ったままだと微妙に危ないので、上に放り投げ・・・



「サッドモードだ」

≪イエス、マイマスター≫



空中で槍は縦真っ二つに割れ、二つに分かれたそれぞれが同じような変形を開始する。

(相も変わらず物理法則を無視しているが)先端が二股に分かれた、三角の形状に変化。外装は金色。

槍の刃の部分だけをそのまま巨大化して、棍の部分が無くなっているって解釈でも良いな。

テイ○ズの武器みたいに見た目実用性が無く、壁に飾っているのがお似合いな豪勢さ。

双方共中央に、レイクのコアが存在している。二つはどちらもレイクで、どちらも本物。

重力には従わず、勝手に空を舞い踊る二機。

これぞレイクの最強モード。リイン戦では使うに使えなかったファンネル・・・・・・もとい、ブラスタービット。

欠点は、レイクが独自で可動出来る為に、俺の武器が無くなる所。魔力は俺から遠隔で供給を行うから、消費量は当然かかること。

しかしそれを差し引いて考えても、俺が碌に動けない今なら尤も適したフォーム。



≪≪さあ覚悟なさい。三分で片を付けてあげましょう≫≫

「・・・・・・仕方が無い。頑固な君達が納得できるように徹底的、且つ最速で終わらせる」



レイクとクロノのバトルが始まった。







んで、当然俺は見ているだけ。治癒系の魔法はまだレイクの補助が無いと使えない。

戦いが終わっていないから、プレシアさん達に治療を頼むことも出来ない。



≪≪いてこますぞこらーっ!≫≫

「くっ・・・口は悪いし、戦い辛い」



レイクは俺から魔力を補充して、勝手に砲撃を放つ。攻撃を受けそうになったら勝手に防御魔法。

一機がわざと囮になり、もう一機が死角からの攻撃。高速移動で二機同時に背後から。

囮と知りクロノの意識がもう一機にいったら、囮役が本命の攻撃に移行する。

クロノの上から下から、時には正面から。縦横無尽、機械だから平衡感覚も関係ない。

レイクのサイズだって少年雑誌程度なので、対人用のバインドでは中々捕まらない。

二対一で機動力もある相手じゃ、クロノも戦い辛いだろう。それが単なる砲撃一辺倒だとしても、だ。

けど・・・・・・



「三分じゃ、無理だな」



二分間戦いを見ている感じ、無理だと判断。勢いとはいえ、よくあれだけの大口叩けるもんだ。

あと二機・・・。せめて、あと一機。それが無いと、クロノを倒せる所まではいけない。

・・・・・・俺がレイクの補助に回れば、倒せるか?

幾つかの魔法をピックアップしていく。・・・・・・あ、駄目だ。悠長に補助に回ってたんじゃ負ける。

補助に回っていても複数回魔法を使えば、クロノの攻撃対象に俺も含まれること請け合い。

クロノから逃げる為に激しく動き回れば、決めるより先に俺の意識が飛ぶ可能性もある。

出来れば一発、大きいのを打ち込みたい。【アロンダイト】であのダメージなら、もっと上を目指さないと・・・。

だとしたら、レイクの補助は必須。デバイス無しで大きな魔法を使うとなると、反動でこれまた俺の意識が飛ぶ。

レイクが二機だけでクロノを倒すのを待ってみるか? ・・・・・・これも、分の悪い賭けだ。魔力も無尽蔵じゃない。



≪≪ちっ!≫≫

「スティンガー! ディレイドバインド!」



デバイスを持ち替えてから、クロノの動きが良い。段々とレイクの動きにもついて来れる様になっている。

このままだと、捕まるのは時間の問題かもしれない。早めに決めないと、不利になる一方だ。

アレも駄目、コレも駄目、ならどうする? もう一度1から考えてみる。



「・・・・・・・・・新しい発想をしなくても、考えた手の中で実行するのが満更不可能じゃないものはないのか・・・?」



俺の頭に閃くものがあった。やや不安もあるが、やりもせずに諦めるほど確率が低い可能性でも無い。

地上へ視線を落とす。・・・暗いが、まだ辛うじて見える。

フローターフィールドを階段状に展開しようと思い・・・・・・そういえば、もう飛行魔法は使えるんだと思い出す。

背中から翼を生やし、地上に降りる。

俺は地面に転がっているソレ・・・先程俺がぶっ飛ばしたS2Uに手を伸ばし拾い上げて、しげしげと観察。

拾ったはいいが・・・・・・こいつ、言葉を話すのか? レイクとかなら、拾った瞬間に勝手に喋りだすんだろうが。



「あ~・・・・・・・・・質問、いいか?」



・・・・・・反応無し。



「お前のマスターは、クロノ・ハラオウンか?」



・・・・・・無言。クロノが魔法を使う時、こいつも喋っていたと思うんだが・・・。

もしやこれって、インテリジェントじゃない? アームドとかブーストとか、そっち系の人格を持たないタイプ?

弱った。俺はレイク以外のデバイスなど、どう使えばいいのか分からん。

会話が出来るのなら、どうにか言い包めてしまおうと企てていたんだが・・・無理そうだ。

ちくしょう。惜しい。



「はぁ。俺にもクロノと同じように、二つ目の自分用デバイスとかがあればなぁ」

≪了解しました≫



・・・・・・・・・?



≪あなたの望みは、デバイス、ですね≫

「誰だ!」

≪聞き届けましょう、その望み≫



お尻で何かがモゾリとした。何事かと咄嗟に後ろを振り向き・・・・・・目の前にカードが一枚。ポツンと空中に浮かんでいる。

メ、メガンテ発動カード?!



「なっ・・・!」



カードが独りでに飛び、俺の持っているS2Uに付着。次の瞬間、二つは光を発した。

然程強くは無い輝きだが、暗闇に慣れてきた目に至近距離で光られるのは中々に辛く、目を閉じる。

光は数秒で収まる。俺は警戒しながらもゆっくりと目を開いて・・・・・・



「・・・・・・うむ。今日は色んな事があったからな。もうこれ以上は驚かないぞ、俺は」



手に残っていた”モノ”を目にして、そう口にする。

何が起きたのかまったくもって理解できず、驚くに驚けないのが本音だ。

S2Uとメガンテカードは無くなり、代わりに”ひし形の赤い石”が俺の手の中に。

状況から推察するに、S2Uとメガンテカードが合体して変形した。そんなところじゃないだろうか。

なんだ。解ってんじゃないか、俺。



「一応聞いておこう。お前、何?」

≪ストレージデバイス。名前をお決めください≫



・・・・・・リンディさんの声だった。

ようし、決めた。この戦いが終わったら、こいつは即刻クロノに突っ返そう。

デバイスなんか欲しいと願うべきじゃなかったんだ。



≪名前をお決めください≫

「S2U」

≪エラー。英単語と数字を用いた意味の無い文字の羅列では登録不可能です。

 名前をお決めください≫



・・・・・・不便だ。



「じゃあアリシアが好きだから、トラハ・・・・・・」



だけだとまたエラーが起きるかもな・・・。



「と、レイクのフルネームから少し拝借して・・・・・・『とらいあんぐるハート』」

≪・・・登録可能です。名前は、『とらいあんぐるハート』で、よろしいでしょうか?≫

「オケオケ。もうお前を使っていいのか?」



戦場を見上げる。そろそろクロノとレイクの攻防が拮抗し始めている。

急いで戻らないと、形勢が逆転してしまう。



≪了解しました。所有者名を登録してください≫

「相・・・クロノ・ハラオウン」

≪エラー。本名でお願い致します≫



ゆ、融通が利かねぇ!



「相沢祐一」

≪新たに作成するフォームをイメージ後、名を選択ください。空きは四つです≫

「省略・・・とかは出来ないのか? 5分間だけお前の力を貸してもらえれば、それでいいんだが・・・」

≪初期設定です。ご了承を≫

「ぬぐぐ・・・・・・剣、拳、大槌・・・」

≪ソードフォーム、ナックルフォーム、ハンマーフォーム・・・≫

「おいおいちょい待て! 何で『ケン、ケン』でソードとナックルって解ったんだ!?」

≪発音により、そう判断いたしました。最後のフォームを選択してください≫



くそっ、高性能なのか低性能なのかサッパリだ。

最後は・・・最後は・・・。

む? むむむ・・・・・・どうせなら想像しやすい、あの日戦った武器にしようと思ったんだが・・・。

指輪って、英語でリング? 一言でいいのか? でもリングなんて武器にしても・・・武器にならない。



「最後は・・・・・・・・・そうだ、銃」

≪承知しました。これ以降は最終確認です。

 【デバイス名・とらいあんぐるハート】【所有者名・相沢祐一】

 形態は【ソードフォーム、ナックルフォーム、ハンマーフォーム、ガンフォーム】以上四種。

 これで全ての登録を行います。よろしいですか?≫

「いいから急いでくれ」

≪最終確認終了。少々お待ちください≫



小さな石の中に高速で文字が、浮かんでは消え浮かんでは消え・・・・・・。

キッカリ十秒後。キィーンという音と共に、沈黙する。



「もういいのか?」

≪フォームの選択を≫

「ソードフォーム」



デバイスは握りの部分だけに変形。片手で掴んでみると、虹色の刃を出す。

エクスタシーとは違う、西洋タイプの両刃の剣。初めて触れるデバイスは、想像以上に手に馴染む。

この剣なら・・・・・・漢字読みの”あの一撃”が使えるか。

空へ舞い戻る。



「クロノ!!」



レイクが手を一時止め、背中を見せていたクロノが振り向いて俺を見る。

クロノは俺が肩に担いでいるデバイスを見て目を丸くした。



「三分経った。俺の相棒が迷惑をかけたな。お詫びと言っちゃ何だが・・・」



レイクにしか通用しない俺たちの通信回路を飛ばして、レイクと俺の精神をリンクさせる。

俺の考えはレイクに伝わり、サッドモード・レイクは新たな段階へ進行する。

より深いところで、俺達は”繋がる”。先程から頭を駆け巡る知らない魔法を、レイクに伝える為に。

準備段階としてそれとは別の魔法を発動するレイク。そちらに背を向けているクロノは気づかない。



「「「こっからは俺達が相手をする」」」

「なにぃ!!?」



三方向から発せられる俺の声。

再び振り返るクロノの視線の先・・・肩を怪我していない、二人の俺がいる。

どっちもブラスタービットのレイクで、タネは簡単。幻術魔法を使いそこに二人の俺がいるかのように錯覚させるだけ。

【フェイク・シルエット】

リイン戦では、たったの二分でリインに見破られた魔法。

変声機能を使い声を変えたレイクが、俺の真似をして同時に喋っている。

混乱は一瞬でいい。タネが解れば簡単な手品でも、この戦いで勝つまの間にバレなければいい。

歯を食いしばり、右手を上げて、人差し指を一本立てる。



「「「一分で、片を付けてやるよ」」」









[8661] 第五十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/11 08:44










SIDE:なのは

虹色の光が祐一君から溢れた頃私の目に、しばらく治まっていた変調が再び起きていた。

右目が見えない光景を映し出し、耳が聞こえない声を拾う。

そして今・・・・・・



「「「一分で、片を付けてやるよ」」」



私は祐一君の見ている全てを見ていた。

左目には無傷の祐一君が二人。S2Uから変化したデバイスを持った、肩に怪我をしている祐一君が一人。三人の間にクロノ君。

右目には無傷の祐一君が二人と、その手前に困惑しているクロノ君。これは・・・怪我をしている祐一君が見ている光景。

二人の祐一君が、高速でクロノ君に迫る。クロノ君は攻撃を避け、バインド。バインドは祐一君の体をすり抜け、拘束できない。

そっか、幻。元々二人は宙に浮かんでいた祐一君のデバイス。幻覚の魔法なんだ。

クロノ君は後ろを向いてて気がついていないけど、私たちは外野からずっと見ていたから解る。

捕らえたと思ったはずなのにバインドをすり抜けたことで、クロノ君が硬直。二つ、砲撃が放たれるけど、黙って当たるクロノ君じゃない。


三人が戦いをしているその間、怪我をした祐一君は新たな魔法を練っていた。

声は聞こえる。【オプティックハイド】と、唱えた。

それが何の魔法なのか、私には解らない。


光撃を撃つクロノ君。たけどその一撃は襲ってくる祐一君の体を貫通し、その映像を歪ませる。一瞬だけ、中の本体が見えた。

クロノ君も気がつく。二人が本物じゃないことを。そして、本物を潰せば幻覚も消えることにも。

疑問は解消し、混乱は解けた。

そして探す。怪我をしている祐一君を。だけど、いない。


私の右目は見えている。クロノ君は私(祐一君)がいる場所を見・・・・・・困惑しながら視線を彷徨わせる。

私の左目は見えていない。祐一君の姿が。



「姿を隠す、魔法・・・」



ポツリと口から、言葉が漏れた。

意識を逸らしすぎると危ないと思ったのか、幻の祐一君にクロノ君が注意を戻したその一瞬、また祐一君の声が聞こえる。

【ブラストファイア】



「カハッ」



突如空中から、砲撃魔法が出現。クロノ君の背中目掛けて突き進む。

直撃した瞬間の呻き声が、ここまで聞こえた。


クロノ君からしたら、予兆も無しに背中への攻撃。衝撃で・・・おそらくこの一瞬だけ、クロノ君の全ての思考が止まった。


幻の祐一君が動く。チェーンバインドでクロノ君の体を雁字搦めにふん縛る。

その間僅か一秒弱。凄まじく速かった。



「な、なん・・だ、これは!?」



縛られている自分に混乱するクロノ君。怪我をした祐一君が姿を現す。私の周囲からも、驚きの声が聞こえてきた。



「君は・・・一体、どこから・・・」

「どこから現れたか、か? タネはあるが、教えてやらん」



・・・違う。祐一君は現れたんじゃない。最初から、そこにいた。魔法で姿を隠していただけ。

クロノ君は油断していた。戦場を見てる自分の目をアテにしすぎていた。

目的の人物が見つからず、他にも敵がいる。ならその脅威に対処しようと意識を戻すのは当然の行為。

私だってクロノ君と同じ立場に立ったら、きっとそうする。

その”当然”を狙い、祐一君は仕掛けてきた。

二人の祐一君を作りクロノ君の僅かな混乱を誘ったのは、自分から意識が逸れ姿を隠す機会を得るため。



「クリスタルケージ!」

「な! くそっ、この!」



更に追い討ちをかけ、クロノ君の周囲にピラミッド状の透明な壁が包囲する。

あ、あれって・・・! リーゼさんたちが私たちを閉じ込めた時の!

ちょっとやそっとじゃ脱出できない、強固な檻。どうして祐一君が?



「さあ、トドメだ」



三人の祐一君が、等間隔に横に並ぶ。真ん中に怪我をした祐一君、左右に幻。

幻の祐一君たちは杖を持っていた。

イメージ、なんだろうけど・・・・・・凝ってる。しかもどこかで、見た事あるようなデザイン・・・。

片方の杖、私のレイジングハートの色違いにしか見えないんですけど・・・?(汗)



「集え、明星・・・」



展開される巨大なミッド式の魔法陣。

色違いのレイジングハートを持った祐一君が、魔力を収束する。

クロノ君が動けないのでチャージに時間はたっぷりとかけられる。大きな虹色の球体が出来上がっていく。



「砕け散れ・・・」



数秒遅れで、本物の祐一君が剣に膨大な魔力を込める。魔力に伴い、刃も大きく成長していく。

巨大化する虹色の魔力刀は祐一君の身長を軽々と超し、約3メートルの大きさに。

あ、あの魔法!



「ま、まさか・・・!」



私は立ち上がり、呆然とする。

そんな筈無い。あの魔法は、私とフェイトちゃんのオリジナル。

祐一君には見せたことない。教えたことなんて、尚更・・・。



「全てを焼き消す焔となれ!」

「雷刃・・・滅殺!」

「絶望に足掻け、塵芥・・・」



驚く事態は、それだけは終わらなかった。

最後の、十字の飾りがあるデバイスを持っている祐一君。彼の前には、ベルカ式の魔法陣が・・・。

祐一君のベルカの魔法陣を見るのは二度目だから、そちらに対しての驚きは少ない。

だけどあの構え・・・・・・それに魔法陣の位置。はやてちゃんの、ラグナロク?!



「ルシフェリオン・・・!」

「エクスッ!」



収束の限界点まで魔力を内包した魔力球。膨大な魔力で巨大した魔力の剣。脈動し恐ろしげに光るベルカの魔法陣。

強大な三つの力が、たった一人・・・クロノ君に向けられた。



「ブレイカーーッ!!」


「カリバーーッ!!」



名前違いの、スターライトブレイカーとラグナロク。二つの攻撃が放たれた! 真っ直ぐに、クロノ君へ向かって。

真ん中にいる本物の祐一君が右肩の向こう側へ刃を持っていく。左手だけなんだけど、フェイトちゃんと同じ構え。

二つの力がクロノ君にぶつかるその瞬間・・・・・・体全体を使って、真上から一気に振り下ろす。





「極光斬!!」





三つの力は、全く同時にクロノ君へ被弾する。

強固なクリスタルケージは紙でも突き破るかのようにあっさり砕け、

チェーンバインドを解くことも出来ていないクロノ君は逃げる間も無く絶大な力に呑み込まれた。

タイミングは絶妙。気のせいかもしれないけど・・・・・・三つの力が合わさって、威力を増大させ合っていた様にも見えた。

ひょっとして、私たち三人が同時に魔法を使ったあの瞬間よりも・・・一人で使用した祐一君の三撃の方が、威力が上?

打ち出された三撃はプレシアさんの結界を、いとも容易く貫く。ガラスの割れるような音と共に、結界が砕けた。

空へと消える三つの力。地表に落ちなかったのは幸い。あの威力じゃ、非殺傷設定でもこの丘が抉れてた。

あれもいずれは空で魔力へ返り、跡形も無く消え去ると思う。でも・・・一体いつまで残るだろうか。

知っている魔法、知らない魔法。奇想天外な戦い方が、最後はクロノ君を圧倒した。



「残り魔力、27%。まあまあ、だな」

≪ジャスト一分です。いい夢は見れました?≫

「気絶してるから、もう答えられないだろ。はぁ・・・疲れた。

 手の内を知られていないからこそ勝てたが、次やったら勝てるかどうか・・・まったく見当がつかん」



クロノ君は・・・・・・言葉にするまでも無く、戦闘不能。爆煙が晴れる。

バリアジャケットは木っ端微塵になったんだと思う。服は普段着へ戻っていた。

デュランダルも・・・・・・よく、原形を留めていたよね。並のデバイスなら、きっと粉々だった。

ゆっくりと落下を開始するクロノ君を・・・祐一君が左手で受け止める。

そのままこちらへ降りてきた。



「プレシアさん、リンディさん。この試合、ドローゲームです」



声が聞こえる所での祐一君の開口一番は、そんなだった。










SIDE:祐一

クロノを手にぶら下げ、地面へと降りる。その過程で、レイクの幻術魔法は解いてある。

俺と同じ顔が三人並んでいるなんて、気持ち悪いだけだし。

元S2Uと服をまとめて握っていた左手は、二つが変な感じに指に食い込んで凄く痛かった。



「クロノ!」



リンディさんが駆け寄る外傷は無くただの魔力ダメージノックダウンだから、心配は要らないと思うが・・・やっぱり心配だよな。

クロノはリンディさんに任せて、俺はプレシアさんを探す。

あれだけ見事に決めておいて、更にクロノは気絶しているのにドローゲームとか、自分勝手なこと言ってしまった。

プレシアさんは納得しないだろう。多分質問が来るだろうから、俺はそれに心の準備を整えつつ、プレシアさんを見つける。



「・・・プレシアさん?」

「・・・・・・・・・・・・」



予想に反し睨みつけることも無く、プレシアさんは静かに俺を見つめている。



「随分手間取ったわね、祐一。もっと早く決められなかったの?」

「無茶言わんでくださいな。だってこいつ、物凄い強かったですよ」

「冗談よ。執務官相手に、よく健闘したわ。怪我の治療をしましょう」



俺の足元に、紫色の魔法陣が展開される。温かい光に包まれ、傷の痛みが引いていく。

どこに用意していたのか、プレシアさんが包帯を取り出したので俺はバインドを解く。

肩の窪み(抉られた部分)とバインドの間に溜まった血が、ダクダクと溢れ出した。



「あっ」



すずかが動き、俺の肩にハンカチを当てて血を止めようとした。

真っ白く清潔そうなハンカチはすぐに、俺の血で真っ赤に染まる。



「ちょ、ハンカチが・・・」

「・・・・・・・・・」



無言でハンカチを当て続けるすずか。流れる血が微量になるとプレシアさんがすずかをやんわりと下がらせ、俺に服を脱ぐように指示。

茶目っ気を出して「えっち」と言ったら、ローキックが飛んできた。魔法陣の上なので痛みはない。

服を脱いだ俺の肩に包帯が巻かれていく。魔法の効果で血はもう止まっていた。



「魔法で治療じゃないんですか?」

「こんな大怪我を軽々と治せる魔法なんて無いわ。この魔法陣だって、ただ痛みと出血を和らげているだけに過ぎない。

 正直に告白すると、治療は私の管轄外よ。レイクの方がまだ治癒魔法の技術は上。

 軽い手当てはするから、魔法陣から出たら自力で少しずつ怪我を治しなさい」

「ういっす。そうそう、プレシアさん。これどうしましょうか?」



手元のとらいあんぐるハートを待機モードにし、プレシアさんに見せる。

赤いひし形の石のまま、そこに存在しているソレ。元のカードとデバイスに戻らない。



「カードがクロノのデバイスとくっ付いて、こうなっちゃったんですけど。分離はどうやって?」

「・・・そう。祐一・・・あなたはこれに、デバイスを願ったのね?」

「? ・・・・・・そうですね。別にこれに願ったわけじゃないんですけど」



プレシアさんは両手を俺の手に沿え、力を加えて閉じさせる。

当然もっていた石はそのまま手の中に納まる。



「祐一の願いを叶えたそれは、もう祐一の物よ。自分で持っていなさい」

「え゛・・・でもこれ、元々クロノの持っていたS2Uですよ」

「一度願いを叶えたのなら、分離させることは不可能よ。S2Uなんてデバイスは、もうこの世に存在しないわ」



・・・俺は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。

万が一の可能性を信じ、気絶から覚めたらクロノに返してみようか。元マスターのクロノなら案外使えるかもしれないし。



「レイク、待機モード。なのは、キャッチしてくれ」



後ろでふよふよと浮いているレイクに指示を飛ばす。

レイクは赤い石に戻り、その真下に居たなのはが慌ててレイクをキャッチする。



「わわっ・・・と。・・・えと、この子どうすればいいの?」



左手で首の紐を掴み、手繰り寄せる。



「これの・・・・・・ここ。ここに仕舞ってくれ」

「うん」



紐を首から外して、レイクが普段仕舞われているリングの部分を手に持ち、なのはに渡す。

仕舞い方が分からないのかちょっとだけ思案しレイクを収納する姿を、眺める。

キュッとキツ目に巻かれる包帯。・・・少し痛い。



「・・・・・・・・・・・・・・・」

≪・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・レイハ?≫

≪・・・・・・姉さん?≫



・・・? 何か声が聞こえた様な・・・?



「なのは、何か言ったか?」

「え? ううん、別に・・・・・・あれ? 目が元に戻った・・・」

「・・・どした? あとレイクをプリーズミー」

「あ、ごめんなさい」



なのはからレイクを受け取り、首にかける。その頃ようやく、プレシアさんも包帯を巻き終わった。

所々が赤く染まった包帯。血は止まっているけど、元々溢れ出てた血はすずかのハンカチだけじゃ拭き取れ切れなかったからな。

帰りは大丈夫かなぁ・・・。周囲の視線とか。



「さて、応急処置も終わったことだし。幾つか質問させて貰うわよ、祐一」

「い、今来ますか・・・」

「一度も教えたことの無い魔法をあれだけ使っていて、私が何の疑問も持っていないと思っているの?」

「弁明の機会を!」

「詰問するわけじゃないんだから、そんなに緊張しないの。祐一が正直に話せばいいのよ」

「・・・むぅ。何を説明するにも、信じてもらえるかは微妙なんですけど・・・・・・」

「それは私が決めることよ」



ごもっともです。



「まずは、突然現れた・・・・・・・・・違うわね。姿を消していた魔法のこと」

「そ、そこからっすか。・・・あれは、【オプティックハイド】。プレシアさんの言ったとおり、姿を消す魔法です」

「幻術魔法は?」

「【フェイク・シルエット】」

「姿を隠し、幻術を残すことはいつでも可能だったの?」

「はい」

「戦い始めに使えばもっと有利になったでしょうに。どうして使わなかったの?」

「一番最初にこの魔法を見せた相手が数分でこの魔法のことを見破ったから、

 見せびらかすより隠していざって時に使った方が有利かな~と」

「さっき地上から空へ戻る時、最初から姿を隠さなかったのは?」

「いやぁ・・・・・・背後からいきなり攻撃するのは、流石に卑怯かと思いまして」

「そう・・・。それだけ聞ければいいわ。帰りましょう」

「・・・・・・・・・へ?」



背を向け、放心してシートに乗っている皆(主に魔導師組が放心していた)に指示を飛ばし始めるプレシアさん。

全員ボチボチと意識が現実に戻り始めている。本気で帰るつもりのようだ。

俺は我慢できず、プレシアさんに訊ねる。



「き、聞かないんですか?」

「何が?」

「何で今の戦いが、ドローゲームなのか・・・とか」

「聞く必要が無いわ。理由はどうあれ、あなたは誰の力も借りず現役の管理局執務官を倒した。それもハンデ無しに。

 その事実があれば十分。私はそれで満足なのよ」



俺がドローと言ったその理由、まさに”誰かの力を借りてしまった”ような気がするから~・・・なんですけど。

でもこんなこと言われてしまったら、もはや口が避けても言い出せない。

心情的に居た堪れなくなり視線を彷徨わせていると、

俺の血で真っ赤に染まったハンカチを両手で大事そうに持っているずすかが目に留まった。

すずかは魔法陣の外。この魔法陣から出たら、また血が湧き出るのだろう。レイクから治癒の魔法を施してもらう。

・・・この数日間で、何度この魔法にお世話になったことやら。

出る前に一瞬躊躇した後、ひょいと飛び出る。レイクの魔法が効いているのか痛みは少なく、ホッとした。

上に誰もいなくなったことを察知したのか、魔法陣は勝手に消滅した。



「すずか嬢。ハンカチをプリーズ」

「・・・・・・はい?」

「いや、そのハンカチ俺の血で汚れただろ? 貸してくれ。綺麗に洗って後で返すから」

「! いえ、大丈夫です!」



すずかはハンカチを後ろに回し、俺の視線から隠す。

をいをい、あんなに血でぐっしょりのハンカチを持ったままだと、手の平が大惨事になっているだろ。

それにしても・・・ハンカチを洗うと言った時の焦った態度と、何故か赤く染まっている頬が妙に気になるのですが・・・。



「家には漂白剤もあるし、早めに洗濯機に放り込んだほうが・・・」

「平気です! 血は慣れてますから!」



血は慣れてるって・・・・・・まさか、この年でもう? いやいや、そうとは限らんだろう俺!

お母さんやお姉さんのを見慣れているとか・・・・・・・・・は、まず無いか。

まさかとは思うんだが、流血沙汰な出来事がよく起きるそうな、ヤクさんの家のお嬢様とかなのか?



「本当にいいのか? 汚したのは俺(の血)なんだし、洗濯機に・・・」

「い・い・ん・で・す!」

「・・・・・・お、おう・・・・・・」



気迫に圧されて、思わず頷いてしまったんだが・・・本当に良かったのだろうか?

あまりの強引さに、すずかの背後にいるアリサも驚き、心なしか若干引いている。

こんなに大人しそうな子だが、芯が強い気迫だった。将来有望だ。何に対しての有望かは知らんが、有望だ。



「・・・ん? んぅ~・・・・・・ふぁ」

「うぅ~・・・眠い」

「・・・ふぅ。やっと起きたか」



寝ぼけ声に釣られて目を向ける。

視線の先では、シートの上で寝ぼけ眼なアリシアとまい、それと心底ホッとしているヴィータがいた。

小さな手で目をコシコシと擦る二人は、子供特有の愛らしさに満ち満ちている。

きっと保育園の保母さんが見たら、抱きついてスリスリとしたくなるに違いない破壊力。



「なんだ、二人とも。寝てたのか?」

「うん、ちょっとね~。それより祐君、大勝利だったね。かっこよかったよ~、きょっこ~ざ~ん!」

「アリシア・・・寝てたのか? 見てたのか?」

「寝ながら見てたよ~」



名雪かよ!



「ん・・・ん・・・あぅ」

「まい。大丈夫か?」

「まだ、眠い~。ん~・・・祐一、抱っこ」

「無茶言うな・・・」



アリシアと違い、こっちは目がまだ開いていない。

肩に怪我をする前にチラリと見た時は、まだ起きていた。それから5分ぐらいしか経っていない筈。

5分でどれだけ深い眠りについていたのだろうか。

動かないまいを俺の代わりにヴィータが持ち上げ、シートから退く。

「小さな子供の面倒見るなんてなんて面倒くせー」と迷惑そうに呟くヴィータも、満更ではない顔をしてまいの面倒を見ている。

なんというか・・・・・・お姉さんに囲まれて育った妹が、お姉さんぶって近所の子供の面倒見ている構図が思い浮かぶ。



「祐一さん」

「あ、はい?」



俺の背後に、クロノを抱いたリンディさんが立っていた。

お姫様抱っこされているクロノ。カメラを持ってきておくんだったとプチ後悔。

いくらクロノがまだ子供だとは言ってもあの細腕じゃ辛いだろうに、それでも涼しげな顔で抱きかかえているリンディさん。

この人案外力持ち?



「どうかしましたか、リンディさん」

「まずは・・・ありがとう、かしら」

「・・・・・・はい?」



まずは、ありがとう?

リンディさんの言葉の意味が分からず、首を傾げる。



「ドローゲームのことですか?」

「う~ん・・・・・・それもあるけれど。私が言いたいのは、クロノを負かしてくれてありがとう、ってこと」



クロノを負かしてありがとう? ますます意味が分からなくなった。



「クロノはね、不測の事態に対処することは得意なんだけど・・・反面、許容範囲を超えたトラブルにはめっぽう弱いのよ」

「はあ・・・」

「今回の試合は、クロノにとって良い勉強になったと思うの。きっとこれを励みにして、クロノはもっと強くなる」



負ければ負けるほど強くなるクロノ。サ○ヤ人ですか?



「だから・・・ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。こんだけボロッカスに潰したから、何か文句でも言われるかと覚悟しちゃいましたよ」

「あら。私はそんなに器量の狭い人間じゃないわよ。むしろクロノには良い刺激ね。

 最近なのはさん達を相手に勝ち越してたから」

「ですか」

「それはそれとして・・・約束はどうするの?

 クロノは負けたことだし、ドローゲームとか言わずに約束の命令をしてもいいのよ?」

「ドロー発言は撤回するつもり、ありませんよ。それにご心配なく。実は俺に、一つの提案があるんですよ」



冷や汗が流れる。自分で提案しようと思っといて何だが、俺それには極力参加したくない。



「誰でも参加できて、一瞬で決まる勝負。運が良い方が勝つってだけの、簡単ルール」









[8661] 第五十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/19 12:26










SIDE:祐一



「俺は自殺願望者じゃない! 邪夢を所有しているはずないだろ!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「はっ?! 俺は一体何を・・・・・・」

「祐一・・・大丈夫ですか? 戦いで頭を打ったのですか・・・?」

「大丈夫だ、リイン。ただの電波だ、気にするな」

「・・・・・・そ、そうですか」



ここは相沢家リビング。この場には俺とリインだけ。他の皆には退出してもらっている。

それもこれも、最後の勝負の準備をするために。



「これを三等分ですね?」

「ああ。七分目まで入れれば、残り全部を丁度良い感じに分配できると思う」




本当はリインにも出て行ってもらおうかと思ったんだが、俺が片手しか使えない状態なのでアシストをしてもらうことにしたのだ。

・・・・・・俺の怪我を知ったリインがわたわたと冷静に焦る器用な姿を見、退出させるのは何かと危険な気がしたのが本音なんだけど。

俺達の前にある、普段は食事を取るためにあるテーブルの上には、四つの透明なコップ、半分まで液体の入った一リットル容器が一つ。

それとリインの手には、机の上にある一リットル容器とは別の、同じサイズの容器が握られている。

先程客間にて皆で飲んでいたジュースの残りだ。三つのコップに振り分けるのは、これ。最後のコップに・・・失敗作。



「よし。四つ全部が同じ量だな。これでシャッフルすれば俺にも見分けられないし、条件は完全なイーブンだ」

「・・・・・・ハズレも見た目に怪しいところは無いですけれど・・・本当に大丈夫なのですか?

 飲んで唐突に倒れたりはしません?」

「平気だって」

「本当に?」

「ああ。混沌邪夢に比べれば、ずっと平気だな・・・・・・・・・・・・・・・・・・味覚が爆発はするが」

「祐一。”平気”という言葉をもう一度、私の目を見て言ってください」

「シャッフル頼んだぞリイン! 30秒後に戻ってくるから!」



俺はリビングからそそくさと逃げ出す。リインの綺麗な目を見ながらなんて、無理。

扉を開け廊下に出れば、プレシアさん、リンディさん、恭也さんの三人だけが待っていた。

いずれも勝負に参加する面々。

言い出しっぺの俺と、勝負発端原因のプレシアさん&リンディさんはともかく、

魔法も使えず無関係まっしぐらの恭也さんは、どうして勝負に巻き込まれているのだろう?

他には誰も廊下に残っていないのも、どうしてだ?



「おろ? 皆はどうしました?」

「客間でカセットコンロを使って、鍋をつついている頃よ」

「あ、そうですか。そうですね、それがいいです」



ナイス判断ですよプレシアさん。

なにせこの中の一人が確実に、断末魔の声を上げることになる。小さな良い子にはとても見せられんのです。

けど一体いつの間に・・・・・・あ、なるほど。帰って来てすぐに俺はトイレに入った。その時か。

会話している間もカウントは続けている。廊下で30秒数え、再びリビングに戻る。今度は四人で。

丁度並べ替えも終わったところのようで、机の上には横一列にコップが並んでいる。

リインは不満そうな表情をしながらも、最後までアシストの役割を果たしてくれたようだった。



「サンキュな、リイン」

「いえ、このぐらいは・・・」

「この中の一つがハズレ? 祐一さん、どれも同じに見えるけれど・・・ハズレた人は、本当に見分けられるの?」

「ええ、間違いなく。ハズレは口に含んだだけで、冷や汗が止まらなくなるシロモノです。

 この量を一気に飲み干せば、100%判別できます」

「成る程。美由希の手料理のような物か」

「シャマルさんのお料理ね」



・・・・・・どこにでもいるものなのだろうか、ハイパーな料理音痴さんは。



「早めに済ませましょう。時間が惜しいわ」



心底どうでも良さそうに、プレシアさんが一番手近にあったコップ(一番右側)を持つ。続いてリンディさんが、左から二番目を。

俺と恭也さんが目を見合わせ、俺が視線だけで恭也さんに先を譲る。

リインにアシストはしてもらっていたが、俺は用意していた側だからな。一番最後が妥当だろう。

一瞬考え込み、左端のコップを持つ恭也さん。俺は残った、右から二番目のコップ。



「分かっているとは思いますけど、再度説明しますよ。

 四つのコップの中に、一つだけハズレが入っています。俺かプレシアさんがハズレを引いたら、俺達の負け。

 逆なら、リンディさん達の負けです。いいですね?」

「分かっているわ」

「ええ」



準備が整う。

リインの掛け声により、全員が同時にコップに口をつけた・・・・・・。















SIDE:なのは



「それでね、空を駆け回る祐一君は結局、クロノ君から一撃しか貰わなかったんだよ。

 空でクロノ君の攻撃を躱す祐一君の戦い方って、空戦っていうよりダンスを踊っているみたいだったなぁ。

 クロノ君が負けるなんて思わなかったから、ビックリしちゃって」

「私も、私も。クロノっていつも冷静に戦うから隙が全然無いんだけど、祐一はクロノの隙を見つけないで、作って・・・。

 凄くその・・・勉強になった試合だったよ」

「なんや、二人とも嬉しそうやなぁ。そんなに凄い戦いやったんか?」

「嬉しいんじゃなくて・・・何て言うんだろう。ね、なのは?」

「うん。その時は冷静に見てたし、祐一君の方はとっても痛そうな怪我もしてたから、

 楽しいどころかずっとハラハラし通しだったんだけど・・・・・・。

 終わってみて思い出したら・・・・・・すっごく面白そうって思ったの。とっても楽しそうな戦いだった」

「そうだね。生き生きとしてて、二人とも輝いているみたいだった。私あんなに楽しそうに戦うクロノ、初めて見た気がする」



机の上ではカセットコンロの上でぐつぐつと煮えるお鍋があるけど、私もフェイトちゃんも食べるのそっちのけ。

最初はお鍋をつつきながら、ご飯の準備でお留守番をしていたはやてちゃんに、祐一君達の試合の一部始終を話しているだけだった。

その内にヒートアップ。口は止まらなくなり、食べる手のほうが止まった。



「そんなら、その内私に魔法のご指導でもつけてもらえる様に頼んでみるのもええかもなぁ。

 まだまだ魔法初心者やし、クロノ君やシャマルにばっか練習に付きおーて貰うのも悪いし」

「それいいかも。私も模擬戦、頼んでみようかな」

「だったら私もお願いしよう・・・あ、でも・・・・・・模擬戦するためだけにこんなに遠くまで来るのも、ちょっと大変かも」

「ふっふっふ~ん。そんなこと気にせんでも大丈夫やで」

「え?」

「どうして?」



まさかとは思うけど、転移魔法を使おうとか、そんなことを思っているんじゃないよね?

あれ使うの、結構疲れるんだよ。それに機械の補助とか無しだと、本当に目的地に飛ぶかどうかも怪しいし。

ああでも、違うみたい。はやてちゃんはお鍋の野菜を一つ摘んでから、こう答える。



「お兄さんの住んでいる家って・・・本当はここやのーて、なんと海鳴市のご近所にあるんや。

 それもリインから聞くに、もしかしたらあの相沢さん所の男ん子かもしれへんで」

「・・・・・・・・・・・・・・・あの相沢さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・誰?」

「ふ、二人とも知らへんの!? ご近所では割と有名な家族なんやけど・・・」



はやてちゃんは心底驚いた表情で私たちを見ている。

フェイトちゃんと二人で目を見合わせ、首を傾げる。



「私は海鳴市には、越してきてまだ日が浅いから・・・」

「う~ん・・・私はずっと住んでるけど、聞いたこと無いかなぁ」

「そか」



野菜を一つ口に含み食べているはやてちゃんを見て、思い出したように私たちも食事を再開させる。

お鍋の中には白菜が少ししか残っていなかった。

普通よりか大きなお鍋だけど、この人数で一つだけしかないって、流石に小さすぎるかも。

シャマルさんが野菜とお肉を追加する。野菜が多めに。

パッと、皆がどうしているかを確認する。





「ヴィータちゃん。野菜、ちゃんと食べてる?」

「ちゃんと食ってるよ。シャマルこそ、野菜ばっか食ってんじゃん。無くならない内に、肉食ったほうがいいぞ」

「私はいいのよ。自分の分はちゃんと確保してるから」

「確保・・・? ああ! さてはそっちでこっそり確保してる2パック、シャマルが後で一人で食べる分だな!?」

「これはリンディ提督達の分! 私はそんなに食いしん坊じゃありません!」





「はむはむ・・・・・・んく」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・祐一さん・・・怪我、大丈夫なのかしらね・・・・・・」

「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・」

「・・・・・・すずか。いい加減にそのハンカチどこかに置いて、ご飯食べたら?

 それに血が渇いて、もう手がカピカピになってるでしょ」

「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・」

「すずか~?」

「・・・・・・・・・そうだね・・・・・・・・・」

「・・・全然聞いて無いわね」





「少年が、我が主の魔法を、か。ふむ・・・・・・。血が滾るのではないか? シグナム」

「・・・・・・少しな。・・・・・・それよりもザフィーラ。お前は本当に、その猫用の食事で大丈夫なのか?」

「む? これはこれで、中々。量がやや少ない気もするが、気にするほどでもあるまい」

「・・・・・・・・・・・・狼としてのプライドに影響は無いのか?」





「まいちゃん、そっちのウインナーちょうだい」

「ん~。はい」

「ありがと~」

「しらたきもいる? それともシイタケ?」

「しらたき♪」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・クロノがいないから、僕だけ話し相手がいない・・・・・・」





現在の皆の状況はそんな感じかな。この人数の割には、静かな食事会。



「不思議やな。私のご近所では、知らない人はモグリって言われるくらいに有名なご家族なんやけど・・・」

「ふぅん・・・。どんな風に有名なの?」

「曰く、相沢さんの奥さんはFBIの長官と友達だとか」

「え、えふびーあい?」

「アメリカって名前の国にいる、特殊な警察官だよ。時空管理局の中でも特に偉い人と知り合いって例えれば、いいかな」



FBIとICPOの違いがいまいち分からない私。こんな説明で良かった・・・のかな?

とりあえずフェイトちゃんは頷いてくれたので、大体は通じたんだと思う。



「曰く、料理の腕は三ツ星レストランのシェフをも唸らせるほどとか」

「三ツ星レストラン・・・?」

「とある会社の調査によって、最高に素晴らしいレストランだって認められてるところのことだよ」



でもお料理なら、私のお母さんだって負けてないもん。

三ツ星レストランの料理なんて食べたこと無いけど、そこにも引けを取らないぐらい美味しい自信があるから!



「曰く、凄腕のハッカーで、世界中のありとあらゆる情報を掌握しているとか」

「ハッカー・・・」

「パソコンとかを使って、プログラムをハッキング出来る人のことだよ」

「うん、それは大丈夫。私でも分かるよ。時空管理局にも時々いるらしいから、管理局のシステムにハックしてくる人。

 でもその話って、全部本当なの? どれもかなり凄いことなんだよね」

「まあ全部、冗談やけど」

「冗談なの!?」



驚いた。はやてちゃんがこんなにシレッと冗談を言うなんて、想像もしていなかった。

それなのにこちらの驚きに対するはやてちゃんの反応は、淡白だった。



「ご近所の奥様方からは、そんな畏怖と尊敬の眼差しで見られているいう話や。

 料理の腕以外は全部、近所の奥様方が適当に考えた、真実性の無い噂・・・冗談らしいで」

「適当にも節度ぐらいあると思うんだけど、普通・・・」



どうやら冗談を考えたのは、はやてちゃんじゃないらしい。聞いた話だから、そんなに軽く冗談を言えたみたい。

どんな偉業を成し遂げれば、ご近所の人からそこまで噂される人になれるんだろうか。



「そんな根も葉もない噂なら、いくらでも出てくるで。悪魔と契約して永遠の若さと美貌を獲得した黒魔術師とか、

 時間を支配してる魔女とか、人の生き血を啜って若さを保っている吸血鬼とか」


「んぐっ! けほっ、けほっ」

「ちょ! すずか、どうしたの? いきなり咽たりして・・・」


「ああ、これは奥さんとは関係が無かったわ。どっちかというと、奥さんのお母さんがそんな噂の対象やった気がする」


「・・・な、何でもないよ、アリサちゃん・・・」


「兎も角、ご町内のリーダー格なご一家やから、二人が知らんことには本当にビックリしたわ」

「私も、ご近所にそんなに有名な家族がいるなんて知らなかったからびっくりした」

「ご近所言うても、なのはちゃんの家からなら軽く2、3キロくらいは離れてるやろうし・・・・・・。

 ご町内レベルの有名なら、距離が離れればそんなもんかもしれへんなぁ。

 一時期は、『相沢家の知りたい秘密』ってアンケートが出回ってたほどに有名やったんやけど」



・・・・・・アンケートわざわざ作ってまで、する? そんなこと。暇なのかな、ご近所の奥様。

私のお母さんは、平日休日祝日いつだって忙しそうに働いているんだけど・・・。



「参考までにいい? はやてはそのアンケートに、どんなこと書いたの?」

「私? 私は確か・・・・・・夫婦円満の秘訣って書いたわ。

 気になる噂は多々あれど、結婚後10年以上経った今でも新婚並にラブラブなんはどうしてか・・・やっぱ気になるやん。

 それに・・・・・・いつになるか分からんけど、自分にも訪れる事やろうし。

 幸せな結婚生活を送るための、参考にしようかと」



私の家の両親も結婚して10年ぐらい経つけど、今でも新婚並にラブラブだよ・・・・・・と、言おうとしてしまった。

はやてちゃんの前でそんな無責任な発言はするべきじゃないと自重。

少しだけ自分を恥じた。



「はやての旦那さん?」

「相手は誰だか、まだ分からんけど。案外もう出会ってる誰かかもしれへんなぁ。

 それにこれは、なのはちゃんたちも例外やないんやで」

「私たちも・・・?」

「・・・・・・想像、出来ないな。私は10年経っても、なのはと一緒にいる気がする」

「わからんで、フェイトちゃん。人の人生なんて、どこでどう分岐するのか分からないんや。

 もしかしたら今日明日中にも、なのはちゃんより大切に想える人が現れるかも・・・」

「・・・・・・想像できない。なのはより大切に想える人が出来るなんて、思えないけど」



・・・何だか話が段々と変な方向に・・・・・・。

と、怪しい方向に逸れ始めている話を元に戻すため言葉を紡ごうとしたその瞬間、ドアが開いた。



「うお~っす・・・・・・決着ついたぞ~・・・・・・」



異様に疲れた様子の祐一君が入ってきた。

後からリインフォースさん、お兄ちゃん、プレシアさん、リンディさんが続々と入ってくる。

疲れているのは祐一君だけ。他皆は、そうでもない。

じゃあ、結果は・・・・・・



「祐一~。お肉追加したところだよ~」

「食いたい~・・・のは山々なんだが、まだいいや。ちょいと休憩・・・」



まいちゃんの言葉に疲れた様子で返事。目の前にある(つまり私たちの)ソファの背凭れに上半身を倒れ込ませる祐一君。

気力で顔を上げたようだけど、目が半分死んでいる。



「あの~、祐一君。結果は? ・・・・・・もしかして・・・・・・祐一君の負け?」

「ん? あー・・・・・・違う。ハズレを引いたとすれば、それは間違いなく恭也さんだ」

「お兄ちゃん?」

「恭也さん、なんだが・・・・・・・・・」



視線をお兄ちゃんに向ける。お兄ちゃんは勝負に負けてしまったことを何とも思っていないのか、平然と部屋の隅で佇んで部屋全体を眺めている。

そして皆の顔を、順に見ていく。視線が私にも向くけど、殆ど素通り状態。

・・・・・・あれ? なんだろう。違和感がある・・・。お兄ちゃん・・・・・・だよね?

姿はお兄ちゃんで間違いないんだけど・・・お兄ちゃんの視線が、私の知らない他人のような気がした。

ダウンしている祐一君を見かねたのか、お兄ちゃんが近づく。



「祐一、大丈夫か? グッタリしているぞ」

「半分お前のせいでもあるぞ」

「俺のせい? 俺は関係ないだろ。原因を作ったのは、そもそもがお前らしいじゃないか。

 ったく。祐一は変わんねぇな。今も、未来も。奇想天外なことをしだしたと思ったら、とんでもない事態に発展してやがる」

「奇想天外なことをするのはお互い様だ。むしろ俺は、こんな状況なのに微塵も動揺していないお前の正気を疑うよ」

「何言ってやがる。この顔を見ろ。この事態に驚愕し、動揺し、好奇心がくすぐられてワクワクしている顔だろう?」

「比率的には1:1:8だな。どちらにしろ気違いには変わりない」



いつの間に仲良くなったのか、お兄ちゃんと祐一君が仲の良い男友達同士がするような、遠慮の無い会話を始めた。

こんなに饒舌に喋るお兄ちゃん、私初めて見た・・・。



「なのは~、勘違いしてるとこ悪いけど、俺は恭也さんとはあんま仲良く無いぞ~。知り合って間もないし」

「え? でも、今・・・・・・」

「恭也さんの目を見て、名を呼んでやれ。それで大体のことが分かるから」



言葉の意味が分からず、混乱する。だけと、とりあえず祐一君の言うとおりにしてみよう。

私はお兄ちゃんの顔を見る。お兄ちゃんも私の顔を見る。



「お兄ちゃん?」



お兄ちゃんは目をクワッと見開き、ワナワナと震えだす。

こ、怖い・・・。



「・・・・・・・・・なんだと・・・?

 少女。今、俺のことを・・・・・・何と呼んだ?」

「お、お兄ちゃん? どうしたの?」

「もう一度」

「・・・え?」

「もう一度!」

「・・・・・・お、お兄ちゃん」

「もうい「しつこい恭介」ぐおっ! ・・・ちっこいながらも、中々良い蹴りじゃないか」

「・・・お前、真人の馬鹿な部分、少し貰ってきてるんじゃないか?」

「ふっ。真人の馬鹿な部分なら、俺は大歓迎だ」



再度仲の良い会話を開始する二人をよそに、私は怯えてお兄ちゃんから距離をとる。

だ、誰、この人。お兄ちゃんじゃない・・・。



「なのは、これで分かったか? こいつは俺の友達、棗恭介・・・カッコ高校生カッコ閉じ・・・だ」

「カッコは口で説明しなくてもいいよ・・・。それに、やっぱり意味が分からないんだけど・・・」

「失敗した配合が、奇跡的に摩訶不思議な効果を生んだらしい。恭也さんは今、恭也さんじゃない」

「ど、どういうことなの?!」

「俺の名は、棗恭介。バリバリの現役高校三年生だ!」

「・・・お、お兄さん? 一体どんな洗脳魔法を使ったんです?」

「勘違いするな、はやて。俺じゃない。俺の作った母さんのジュースが、変な作用を働かせた結果らしい。

 現在恭也さんには、棗恭介という俺の知り合いが乗り移っている」

「相沢母の真髄見たり、だな・・・。俺もここまで予測不可能な事態に遭遇したことは、流石になかった。

 こんなことなら、子供の頃にもっとお前と関わっておくべきだったな・・・」

「うぐぅ。俺の母親は、まともな人間だと信じていたかった・・・」



死んだ目で遠くを見ている祐一君。お兄ちゃんが妙に怖かったせいか、こっちの目はあんまり怖く無い。



「すまん、なのは。たぶん明日には元に戻っていると思うから、今日だけ恭也さんの体を恭介に貸してやってくれ」

「・・・う、うん・・・私が許可を出していいのかわかんないけど」

「なのは? ・・・・・・高町なのはか? そういえば・・・・・・」



お兄ちゃん・・・お兄ちゃんの姿をした誰かは私を見て、私たちをもう一度見ていく。

一人の顔を見るたびに頷き、最終的には全員の顔を見た。



「フェイト・T・ハラオウン。八神はやて。アリサ嬢にすずか嬢。シグナムさん、ゲボ子ヴィータ・・・他多数。

 ふむ・・・この頃から祐一とは知り合いだったのか」

「おいちょっと待て。なんであたしだけそんなあだ名がついているんだ?」



私の方がお兄ちゃんとの距離近いのに、小声でボソボソと呟いていたお兄ちゃんの言葉が聞こえなかった私。

それなのに反応したヴィータちゃん、地獄耳・・・。



「丁度いい。ヴィータ、恭介と遊んでやってくれ」

「はあ!? あたしが!?」

「何でもいいから質問して、俺が鍋食べ終わるまでの時間稼ぎだ。頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ。あたしに何をしろって・・・・・・」

「一例を見せてやろう。・・・3度のメシよりジェットコースター好きな棗先輩に質問です。

 付き合っている彼女と遊園地に行く事になったのですがジェットコースターが恐くて乗れません。

 ジェットコースターに乗りたいと言われた時に男気ある断り方を教えてもらえないでしょうか?」

「こう答えろ。『速いのか、スリリングでいいねぇ。高いのか、ゾクゾクするねぇ。宙返りもするのか、大いにアリだ。

 ただ、それらが合わさると駄目なんだ』」

「次。変身をまだ2回残している恭介先輩に質問です。最終形態には思わぬものがついているという話ですが、何がついているのでしょうか?

「次の変身で悪魔のような禍々しい姿となり、最終形態ではその頭に鳥のフンがつく」

「・・・・・・・・・とまあ、こんな感じに頼む」

「わかった!」



目をキラキラとさせてヴィータちゃんがお兄ちゃんに食いつく。

ゲボ子発言はもうどうでもいいらしい。



「ちゃぶ台返し免許皆伝と聞きましたが、華麗なちゃぶ台の返し方を是非教えてください!」

「ちゃぶ台を返した時、自分も宙に舞っていることが大事だ。その絵を想像してみな。な、美しいだろう?」



私他、お兄ちゃんを多少は知っている人は顎を落として唖然としていた。

やっぱりこの人、お兄ちゃんじゃない・・・。

そんな二人を気にもかけずヴィータちゃんの箸とお皿を使い、祐一君はお鍋をつつき始めた。

ヴィータちゃんがお兄ちゃんで遊んでいる間に、出来る限りお兄ちゃんを迂回しながら祐一君の傍に行く。



「ねえ、祐一君」

「んあ?」

「どうして祐一君だけそんなに疲れてるの?」

「んあ? ああ、理不尽だよな~」



ご飯を食べながら、話す。



「ジュースを飲み干した恭也さんがぶっ倒れそうになったから、俺が支えて介抱して。

 その間に勝ったからって、プレシアさんがリンディさんに命令してたんだよ。

 その命令内容が・・・・・・」

「大変な内容だったの?」

「違う違う。命令内容は、『管理局がこれ以上私達の事情に関与してこないこと』ってだけだったんだ。

 なのにリンディさんが・・・・・・」

「リンディさん?」

「俺を管理局へ勧誘してきたんだ」

「勧誘? ・・・私もされたことあるよ」

「なんか、俺の魔力光がどーたら言ってた。せめて病院で検査をして欲しいってことだったんだけど、

 そこが原因でプレシアさんがブチ切れ。リンディさんを攻撃しようとしたから、俺が全力で止めてたわけなんだが・・・・・・

 なんとその最中に、恭介覚醒。プレシアさんを止めてる一方で、恭介に事情説明して・・・。

 お蔭で何故か俺だけが苦労する羽目に」

「へ、へえ・・・・・・」

「プレシアさんの暴走が怖かったから、管理局への入局も検査も蹴ったんだけどな」

「蹴ったんだ・・・」



検査だけでどうしてそこまでプレシアさんが怒ったのか。カラフルな魔力光に何があるのか、私には分からない。

綺麗な色だとは思ったんだけど・・・・・・。それとも、色が突然変わったことに対してなのかな?



「数々の必殺技を持っている棗先輩に質問です。

 もし1対多数といった不利な状況におかれた場合に有効な必殺技を教えてください!」

「ここでばらしてしまうと、俺自身が使えなくなるが・・・まあいい、教えてやろう。

 この技は相手が多いほど有効で、かつ自分が丸腰でもその場から脱することができる、いわば奥の手だ。

 その名は、必殺技『シャッフルタイム』。やり方はいたってシンプルだ。「シャッフルタイムスタート!」と大声で宣言するだけだ。

 すると相手はいっせいに『シャッフルタイム』について考え始める。『スタート』と宣言したからには、

 その『シャッフルタイム』が始まっていると思うからだ。回りを見回す奴もいるだろう。手に持った得物を確認する奴もいるだろう。

 一体何が変わっているのか、何が今『シャッフル』されているのか・・・それを必死に見極めようとする。

 あるいは自分たちが自ら能動的にその『シャッフル』を行わなければならないと思うかもしれない。

 実際シャッフルを始めようと隣の奴と入れ替わろうとしている奴を見たことがある。

 そうして奴らが『シャッフルタイム』に惑わされている隙をついて、その場から立ち去ればいい。

 奴らが実は何もシャッフルされていないことに気づいた頃には、こっちは家でゆっくりシャワーでも浴びている、という寸法さ」

「なるほど!」



興味心身に質問を続けているヴィータちゃんと、答えているお兄ちゃん。妙にヴィータちゃんの食いつきがいいな。





だけどこの時の私は、想像もしていなかった。

数年の後、多勢に無勢な状況に追い込まれたヴィータちゃんが、本当に「シャッフルタイムスタート!」と叫ぶなんて・・・。

しかもそれで本当に、危機を脱するなんて・・・。









[8661] 第五十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/25 13:23










SIDE:祐一

食事を終えてしばらく寛いでから、俺はリンディさん達にこれからどうするかを確認する。

はやては当然ながら今日はここに泊まると言い出し(リインがここにいるからな。当然言うだろうとは予想していた)、

なのは達もついでだから泊まっていくことに決めたようだった。

ただ残念ながら布団の関係で、シグナムさんとシャマルさん、ヴィータの三人はホテルへと戻ることになった。

ヴィータまでならギリギリ大丈夫だと言ったのだが、断られる。ヴィータもアレで、リインには一応気を使っているらしい。

少しでも長く、リインとはやての二人だけで話す時間を取らせようとしていた魂胆が見え見えだ。

ついでにリンディさんとザフィーラも一旦ホテルへ戻り、皆の着替えを持って帰ってくることに。

5人で一緒に出て行った。

こっちはこっちで、部屋の広さ、敷ける布団の数を紙に書き、それぞれの部屋割りをなのは達に相談してもらう。

その間に俺はさんと協力して、各部屋に布団を敷く。

まずは、物置部屋(水瀬家の秋子さんの部屋)から・・・



「・・・の筈だったんだが、俺は怪我してるのすっかり忘れてた」

「祐一。その怪我じゃ却って邪魔になるから、お風呂の様子でも見てきなさい」

「はいは~い」



布団を押入れから取り出しているプレシアさんに言われたので、方向転換。

部屋を出ようと出口に向かう一歩目を踏み出したら、現在俺たちの足元で寝ているクロノに蹴躓いた。

片手が封じられているからか俺は簡単にバランスを崩し、膝がクロノの腹にめり込む。

「ぐふっ」と声が聞こえる。それでも起きないクロノは名雪以上か。



「グフは嫌いじゃないが、俺はどちらかというとゲルググだな。まあゲルググもそこまで好きじゃないんだが」

「そんな子どうでもいいから、お風呂」

「ほいほい」



クロノをここに寝かせてくれと指示したのは俺だが、そんな所で寝ているのが悪いんだぞ、クロノ。俺を恨むなよ。

などと心の中で自分を守る言い訳を述べてみた。うん、無意味な行為だとは重々承知している。

指示通り風呂場を確認するが、なんか湯気で僅かに白く曇っている浴室。風呂の蓋を開けてみたら、既に沸いてた。

多分ルシィだ、仕事が早い。代わりに俺が手持ち無沙汰になったな・・・。



「あ」



ルシィで思い出した。真琴とルシィのご飯、作ってない。晩ご飯には呼ぶって約束してたのに。

キッチンへ行き皿を二つ用意して、両足で缶を固定してモンペチを開ける。両手を使わず用意できるのは、これぐらいだ。

皿に出して机の下に置きリビングを出る。階段を上って、自分の部屋へ戻った。



「真琴、ルシィ。悪い、晩ご飯遅くなった」

「くぅん?」

「にゃ? にゃにゃ~?(え? 晩ご飯にはまだ早くないですか・・・?)」



暖房がすっかり効いた部屋の中ではルシィがベッドの上で雑誌を広げ、真琴がルシィの真似してそれを眺めていた。

いつもながらの光景だが、やっぱ器用すぎるぞうちの猫。



「って、早い?」



時計を見てみる。・・・・・・まだ六時回ったばかりだった。

しまった。早めに晩ご飯食べたせいか、時間の感覚が狂ってる。



「あー・・・・・・後にするか? 一応モンペチ皿に出したんだが」

「にゃ~う(たまには早めの食事もいいでしょう)」

「く~ん」



ベッドから飛び降り、真琴が率先して俺の体をよじ登って肩へ。続いてルシィが。

垂直なのによく登るよ。

と、ルシィが右の脇腹を上っている途中で一瞬立ち止まり、突然進路を変えた。俺の顔面踏んづけて、頭の上へ。



「うな~? にゃう、にゃ~(祐一? 肩の傷はどうしました?)」

「へ? ・・・ああ、ちょっとな」

「にゃう?(痛みます?)」

「レイクの治癒が効いているから、今ん所は大丈夫」



階段下りてリビングへ戻ってくる。

二人は床に降り、食事を開始。俺はそんな二人を眺めている。

ぼ~っと二人を眺めていたら、リビングの扉が開いた音がした。



「あ、ここに居たか」

「ん~? ヴィータ?」



ヴィータがキッチンの中へ入ってきた。

言葉から察するに、俺を探していたのだろう。



「どうした? リンディさん達が帰ってきたのか?」

「ちげーよ。恭介が呼んでっぞ。客間に来てくれって」

「恭介が・・・?」



ヴィータも詳しくは聞いていないのか、それ以上言葉を続ける事は無かった。

仕方が無い。ルシィと真琴に、「食べ終わった頃にまた来る」と一言声をかけ、リビングを出る。ヴィータも一緒についてくる。

目指すは客間。移動時間5秒。恭介を除く全員が、客間前の廊下に集合していた。

はて?



「どしたんだ、皆」

「お兄ちゃん(?)に、追い出されたの。ちょっと外に出ててくれって」

「?」



どこまでも不可解な恭介の行動。首を傾げながらも、俺は一人で部屋の中に入ることにする。

扉を閉め、状況の確認。

部屋の灯りは最小の、豆電球。奥のソファに、両手を組んで沈痛な面持ちで俯いている恭介。

何となく、ラスボス臭が漂っている。演出に凝っているな。

だが、それより・・・・・・



「何だこれ?」



テーブルの上に置いてあるガラクタが気になる。所狭しと並べられたガラクタ・・・・・・。

その一つを手にとって見る。カエルのオモチャ。

手榴弾のようなポンプを潰すと、空気が送られカエルが飛び跳ねるというヤツ。懐かしい。

他にも、あおひげ、洗濯バサミ、ちっちゃな風船と大きな風船、ベーごま、田中さんの判子、3D眼鏡、

新聞紙、バナナの皮・・・・・・



「ゴミはゴミ箱に捨てろ」



バナナの皮をゴミ箱へシュート。

ごぼう、うなぎパイ、トング、うに、トイレットペーパー、近所の野良猫・・・・・・

一体どこからかき集めてきたんだか、他にもさまざまな道具が所狭しとテーブルに並べられている。



「おい恭介。これは一体どんな遊びだ?」

「・・・・・・来たか」



俺が扉の前に来た時点でとっくに気がついているだろうに、何を今更・・・。

俯けていた顔を上げる恭介。目が鋭いお蔭で、容姿は違っていても俺には恭介とダブって見える。

しかし美形だな、高町兄。



「お前を待っていた」

「ヴィータが呼びに来たからな。待つんじゃなくて、俺んところに直接来ればよかっただろうに。

 ついに自分から動くのも億劫になったか? どんだけ一学期繰り返してるんだよ。

 はっ! そうか、そうなんだな? 精神的にガタが来たか・・・・・・肉体は若いのに、頭ん中はおじいさん。

 名探偵もびっくりな悲劇だな。折角若いのに頭が古いからもうボケが来たとは・・・可哀想なことだ」

「何気に酷いな・・・。ってかどうして今のお前が終わらない一学期を知っている!?」

「さて何の事やら」



クロノとの戦いでレイクが使っていた言葉を、そのまま引用。

今更だがすっ呆けることにする。



「おわらないいちがっき? なんのことだかわからないやー。

 そんなことより、かくごしろよだいまおー、おまえのあくぎょうもここまでだぞー」

「・・・棒読みは棒読みで、辛いな・・・。しかもお前の中で、この状況の俺はそんな設定になっているのか」

「なんだよ。今の俺、疲れてるんだ。

 普段の俺なら三日三晩ぶっ通しでもお前の遊びに付き合ってやれるが、今日だけは勘弁してくれ」

「だが俺には、今日しかない。悪いが、今回ばかりは付き合ってもらうぞ」



む。粘るな、恭介。俺がこれだけふざけてもシリアスぶるとは・・・・・・本気か。



「何だよ。納得のいく理由を話してくれるのなら、付き合ってやるのも吝かじゃないぞ」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・?」

「・・・・・・俺はな、気がついちまったんだ」



若干の沈黙を挟み、演出を再開させる。雰囲気に流される俺じゃないぞ。

それとも逆に、雰囲気で自分を酔わせているのか?



「これを見て、思い出した」



恭介が座ったままソファの裏に手を回し、何かを取り出す。

毛がフサフサと生えた、化物の顔。それは・・・・・・・・・



「確か・・・・・・斉藤のマスクか?」



帰る時に持って帰り忘れないよう、これはずっと相沢家の客間、テレビの横に置いてあったんだ。

俺ですら斉藤のマスクの存在を忘れていた。あんまりにも自然とそこにありすぎたんで、全く気にならなかった。

よく気がついたな、恭介。

自分の部屋に置いておくと真琴が怯えるし、物置部屋は年末まで扉を開けない可能性があったし。

真琴の妥協を得て客間に置いていたそれが、恭介の手の中に。



「そうだ。最強が受け継ぐ、斉藤のマスク。俺のところでは、今現在理樹が所有しているわけだが・・・」



ほぅ。あの理樹が恭介を破ったのか。一体どんな荒業使ったんだか・・・。



「俺は思い出したんだ。俺は最強だったからこのマスクを受け継いだんじゃない。

 お前に、『これやる。最強が受け継ぐマスクだ。今日からお前は、マスク・ザ・斉藤だ!』と言われ、

 ついついノッちまったからだったんだ」



お~、そうなのか。俺はそんな言葉で恭介に仮面を渡せばいいのか。

予定では漫画の『ムジ○ラの仮面』の外伝を参考に、

「この仮面はとある化物の甲羅から作られた特製品だ。大切にしろよ」とでも言おうと思っていたんだが、なるほどなるほど。

北川が俺に渡してきた時に言っていた台詞をそのまま使い回しているだけだが、そっちの方が面白そうだ、覚えておこう。



「時期的に考えて、このマスクはもうすぐ俺の手に渡す気でいる。そうだな?」

「ああ、まあそのつもりだぞ。よく知ってるな」

「俺はお前から、コレを受け取ったからな・・・かつて」



説明しておくが、”前の俺”は、恭介にマスクなんて渡していない。

ならば案の定、この恭介は”ここ”から未来・・・ないしは、

ここからの未来に限りなく近い平行世界から渡ってきたと考えるべきなのだろうな。

・・・・・・・・・・・・説明しておくって、誰に説明してたんだ? 俺。



「俺は疑問に思ってしまった。最強を倒したわけじゃない俺が、本当に最強の名を名乗っていて良かったのか?

 本当に俺は、最強足りえる存在だったのか・・・」

「んで? 結局のところ、何が言いたいんだ?」

「俺はただの一度も、お前と本気の勝負をしたことが無い。つまり、勝った事が無い」



・・・・・・ははぁん。読めたぞ。



「要は、どちらが真の最強か白黒ハッキリさせる為に、俺と勝負をしたいと」

「話が早くて助かる。お前を倒さねーと、俺は自分が真の最強だったと誇ることが出来ない。分かるだろう?」

「いや、分からんし」

「頼む」



頭を下げる恭介。なるほど、本当に本気なんだな。妙に気合が入っているぞ。

恭介が頭を下げてまで頼み込むのであれば、どんな人間でも『うん』と頷かざるを得なくなる。

そんな不思議な奴だ、こいつは。



「だが・・・断る!」


「却下する!」



却下されました!?

『だが断る』返し。反則だ、それ。



「伝家の宝刀一刀両断にしちゃ駄目だろ?!」

「頼む、祐一・・・」

「あーも~仕方が無い。一回だけだぞ」

「すまない。恩に着る」



恩に着られても困る。というか恭介、戦う相手は本当に俺でいいのか?

仮にも小学生VS高校生だぞ。勝てればそれは何歳の俺だろうと関係無いってか?



「俺が恩着せがましいみたいだから、別に感謝はせんでもいい。ルールは?

 このテーブルの上にあるガラクタは、勝負に必要なものか?」

「そうだ」



一体これで、どんな勝負をする気なんだ?

統一性の無いガラクタを用いた勝負・・・・・・・・・ん? 知ってるな、これ。



「ルールは簡単だ」

「この中の一つを適当に手にして、それを本来の使い方のみで先に相手を倒した方の勝ち?」

「おお? 分かってるじゃないか、祐一。流石だな」

「一度手にした武器は、変更不可能・・・・・・」

「その通り」



俺は自分の手元を見る。・・・・・・ポンプ。

ニギニギと力を込めると、チューブに繋がれぶら下がったカエルが虚しく足を動かす。

・・・・・・・・・カエルだ。



「ちなみに俺の武器は・・・・・・これだ」



恭介が懐に手を入れ、取り出すソレ。

・・・・・・・・・『斉藤』と、文字の書かれた”名刺”。

一般的とされる名刺の使い方は当然、軽い自己紹介しながら相手に向けて差し出すだけ。

片や、カエルのオモチャ。シュコシュコと空気を送れば、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねます。

片や、名刺。当然ダメージなぞ期待できる筈も無い。

結論。



「勝負つかないだろコレ!!」

「うっせー! 今更後になんか引けるか!!」

「引けよ!」



妙に気合が入ってたと思ったのは、ただ意地張ってただけか!!

頭の中で、どうやれば恭介を諭せるのか・・・考える。

考え・・・るが・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。どう考えても引かないか、こいつ。

しょうがない。一度だけ実践して無意味な行為だと示さないと、こいつも後に引き辛いのだろう。

勝負をしようと用意をしてみたが、自分が引いた武器は明らかにミステイクなカード。

だが自分が不利になったからといって「やっぱ今のなし」と言う恭介じゃない。

言ったことは有言実行。勝負する気なら、どんなに不利な状況だろうとも勝負を実行する。

そして・・・・・・勝利を掴む。そんな器の大きな男なのだ。棗恭介という人間は。



「本当に、一回だけだぞ。無意味だとお前が理解したら、即止めるからな」



俺はテーブルを迂回し、飛び跳ねれば恭介に当たる位の近場にカエルを置く。

・・・・・・無駄なことだと、分かってるんだろうけどな、恭介の奴も。

後は俺がポンプを押して、恭介が名刺を差し出して、効果が無いと証明すれば終わり。

うん、もうとっとと終わらそう。





恭介≪?位≫が現れた。

先制攻撃!

空気をシュコッと送り、カエルが飛び出した!

恭介に777のダメージ!

「うあああぁぁー!!」

祐一の勝利!





「ええええぇぇぇえ!?」

「・・・・・・くそっ、信じらんねーな。ここまでの力量差があったなんてよ・・・・・・」

「いやいやいやいや、俺の方が信じられーよ」



恭介がオモチャのカエルに負けた。まさか理樹のやつ、これと同じような勝負で恭介を負かしたとかじゃないよな。



「やはり最強は、お前だったのか・・・」



オモチャのカエルに負けるぐらいなのに、お前は本当に最強を自負していたのか・・・?

口に出してしまえば、恭介の中で何かが終わる。そんな気がして、口に出さず心の中で突っ込む。



「これで、心置きなく皆のところに逝ける・・・。理樹にも、いい土産話が出来た。

 俺以上の、強敵・・・本当の最強・・・・・・最強の理樹が超えなければならない、新たなる壁。

 じゃあな、祐一・・・・・・次会った時は、理樹と勝負をしてもらうからな・・・覚悟しとけよ」

「ちょ、恭介? 恭介~?! ギャグだよな、カエルに負けるなんて、ちょっとしたお茶目だよな!?」



ガクリと崩れ落ちる恭介。もう俺の声は届かない。

咄嗟に支え、とりあえず椅子に座らせる。

台詞から察するに、目が覚めたらもう恭介は恭也さんに戻っているのだろう。



「あいつ・・・マジで何の為に出てきたんだ?」

≪アホですね≫

「・・・・・・ぅ・・・ここは・・・・・・」



恭也さんが目を覚ました。恭介とは目付きが違うので、確認しなくとも分かってしまう。

こうして恭介は、元の世界に帰っていった・・・。





目を覚まし、それでも混乱覚め遣らぬ恭也さんをその場に放置して、俺は客間を出る。

扉を開ければ、集中する視線。目だけで問いかけが分かる。何があったのか、と。

代表して、はやてを抱いたリインが近づく。



「祐一? 中で何をしていたのですか?」

「まあ・・・・・・世界は概ね平和だってことを、再認識してただけだな」

「?」

「そうそう、なのは。お兄ちゃん(?)は無事にお兄ちゃんへと戻った。安心しな」



俺に続いて、後から恭也さんがも出てきた。

即行で質問攻めをして恭也さんに戻っているかどうか確認するなのは。

恭也さんに戻ったことで、安心したため息や残念そうなため息が聞こえてくる。

この頃、リンディさん達も帰って来た。賑やかな廊下の騒ぎに目を丸くして・・・。

うん・・・・・・平和だ。









[8661] 第五十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/02/25 13:30









SIDE:祐一

誰がどの部屋にするか決まっているかの確認を済ませる。

がらんどうな物置部屋(クロノが寝ていた部屋)にはクロノ、ザフィーラ、スクライア、恭也さんの計四人。男を押し込めたのか。

リインの部屋にははやてとアリサとすずかとリンディさん。

積もる話もあるだろうから二人っきりにしたかったが、部屋が足りないからしょうがない。

子供組が沢山泊まるのに、アリサとすずかが仲間外れはイカンだろう?

それで、プレシアさん&アリシアの部屋には、部屋の主に加えフェイトとなのは・・・と、アルフ。

プレシアさんのことを滅茶苦茶警戒している子犬を同じ部屋で寝かせてよかったのか? とも思うが、そう希望を出したのなら希望通りに。

最後は、俺の部屋にまいだ。俺の部屋にまいだけなのは、俺なりの気遣いのつもりである。

女の子なら、少しとはいえ抵抗があるだろうしな。知り合って間もない男児と寝室を共にするなんて。

各々に部屋の場所を教えることにする。加えて、布団を敷き終え戻ってきたプレシアさんに、決まった部屋、その旨を伝える。

プレシアさん硬直。



「か、母さん・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「一緒のベッドで寝ても、いい?」



何を期待しているのか知らないが、控え目に期待の視線を込めてプレシアさんを見るフェイトと、引きつった顔のプレシアさんが印象的だった。

そして更に和みタイム。遊ぶ気力は、俺にはもう残っていない。

風呂は沸いていることだけ言い残し、リビングでルシィと真琴を回収して部屋へと戻ってくる。



「はぁ・・・疲れた」



早々に、ベッドへ倒れ込む。ホテルのようにスプリングが利いている物じゃないので、反動はしっかり返ってきた。

若干肩に響いて・・・・・・痛い。

ベッドの上で気を緩める。一気に睡魔が襲ってきた。



「にゃあ?(大丈夫ですか?)」

「ん~・・・まだ、大丈夫。これから風呂に入らないといけないし、歯も磨かないと・・・」



ベッドに寝転がってたら、そのまま睡魔に負けて寝ちまいそうだ・・・。

気力を総動員して、腕で上半身を反らせて起き上がらせる。

俺がこのまま眠ると思っていたのか、布団に潜り込んでいた真琴。俺の起き上がる気配を感じ取って再び出てきた。



「真琴~」

「くぅん?」

「お前は可愛いな~」



顎の下を、人差し指で何度も撫でる。

目を細め、気持ち良さそうな真琴に和みつつ、どうにかベッドに膝を着き立ち上がる。



  コンッ・・・コンッ・・・



ドアがノックされた。来客のようだ。

寝ぼけ顔を見られるのは情けない。両手でパチンと顔を叩き、気を引き締める。



「さって・・・と。・・・誰ですか?」



ドアへ近づき、一応確認をする。普段ならこんなことはしない。曲がりなりにも自分の家だ、誰が来たかは気配で分かる。

でも今日だけは別。今現在この家にはかなりの人数がいるので、誰が来たのかは不明。



「リンディです。祐一さん、今いいですか?」

「リンディさん? はいはい」



鍵なんて付いて無いから、「入っていいですよ」の一言でも十分なのだが・・・・・・そういう性分だ。

自分でドアを開ける。



「どうかしましたか? 何かご用でも・・・?」

「あなたを管理局へ勧誘しに来ました♪」

「ブフッ!」

「というのは冗談で・・・」



可愛らしい笑顔でとんでもない冗談言いましたよ、このお人。

リンディさん・・・・・・あなたいつかプレシアさんに滅されちゃうかもしれませんよ?

いくら俺でも、プレシアさんを止めるのには限界があります。

一触即発な発言ばっかしてたら、もしもがあるかもしれませんのでお気をつけて。



「個人的に、あなたとお話をしたくて。だめかしら?」

「いいですよ。廊下じゃ寒いでしょうし、どうぞ入ってください」



冷え冷えとしている廊下じゃ流石に長話は出来ない。リンディさんを中へ招き入れる。

リンディさんをベッドに座らせ、俺は勉強机の椅子を移動させてリンディさんの正面辺りに座る。

知り合って間もない人間が俺の部屋に入ってきたことで、真琴とルシィが俺の体の定位置へと移動する。

真琴は人見知りと、ルシィは人間に対する警戒心を顕に。



「あら? ・・・可愛い子達ね。あなたにとても懐いている」

「ええ、まあ。野性の本能を欠片も見せなくなってきているので、少々心配なところもありますが」



ただ幸いなことに、猫は本来人間に対して警戒するもの。

リンディさんも警戒されている理由は分かっているだろうか・・・そこまで気分を害した様子も無い。

猫には気を使おうとするだけ無駄というものだ。

二人の背を撫でる。真琴は体を弛緩させたが、ルシィからはまだ若干の警戒心が消えない。



「それで、どんな話をします? ・・・・・・先に言っておきますけど、管理局への勧誘は一応お断りですよ」

「ああ、さっきの? それは単なる冗談みたいなものよ。本気にしないで」

「本当に?」

「・・・・・・・・・・・・まあ正直、入って欲しくてたまらないのが本音なんだけど・・・嫌々入局させてもしょうがないもの。

 それにプレシアとの約束もあるし」

「ならどうしてリビングで勧誘してきたんですか。まさにプレシアさんから約束させられた直後だっていうのに」



お蔭で俺が異様に気疲れしてしまった。



「クロノが負けて、運勝負でも負けて・・・・・・負け惜しみ、なのよね。年甲斐も無く」



片方の頬に手を当て、ちょっとため息。秋子さんが悩んでいる時のような仕草。

リンディさん・・・その容姿で年甲斐も無く、なんて言葉は似合いませんよ。



「プレシアには負けたくないって、心のどこかで思ってたのかしらね・・・。

 それはそれとして、色々聞きたいことはあるんだけど・・・・・・まずは、軽めの話からしましょうか」

「すぐに本題でもいいですよ。あんまり長居しすぎると、鬼のような形相でプレシアさんが乗り込んできちゃいそうですし」



容易く想像できてしまうその瞬間。リンディさんも想像出来たのか、ちょっと困った笑みを浮かべている。

あの人あれで、結構容赦しない時があるし・・・・・・今度こそリンディさんに魔法を打ち噛ましそうな気がする。

・・・・・・・・・鬼のような形相ってのは語弊があるか。どっちかというと般若の方が言葉的にも合っている。



「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞどうぞ。質問の途中だった、アリシアについてででも話しましょうか?」

「それも気にはなるけど・・・・・・今はいいわ。

 よくよく考えてみたら、軽々と聞いて良い様な質問でもなかったわけだし」



予想外。結構食いつく話題だと思っていたんだが、そうでもない。

俺は首を傾げながら続きを聞く。



「私達が信用できる人間だとあなた達が思ってくれたのなら、その時に話してくれると・・・嬉しいけれど」

「必要以上に警戒しているのは主にプレシアさんだけで、俺は答えても一向に構わないんですけどね」

「駄目よ。プレシアも言っていた通り、死者蘇生の方法なんて早々口に出してはいけないの。

 その方法をあなたが知っているというだけで、多くの人間があなたを狙ってくる可能性もあるのだから」



・・・・・・・・・まあ、そうだろうな。

人が亡くなれば、その人のことを大切に想っていた誰かは必ず生き返らせたいと願う。

誰よりもそれは、俺自身が理解しているつもりだ。

多少のあくどい手を使ってでも聞き出そうとする人間もいるだろう。

仮に、リンディさんの息子であるクロノが、何らかの事故で死んでしまえば?

目の前で座っている温厚なリンディさんですらも、そうなる可能性がある。少なくとも、ゼロとは言い切れない。

でも俺だって、喋る相手ぐらい弁えているつもりだ。リンディさん達は信用できる人間、冷静な思考でそう確信している俺が居る。

だからこそ話しても良いと言ったのだが・・・・・・。



「あなたが信用してくれているのは嬉しいけれど、まだ本当に気を許したら駄目。

 素の私にその気が無くても何かの拍子に・・・例えばお酒が入ったりしたら、

 人の秘密を易々と話すような人格に変貌するかもしれないでしょ?」

「お~、なるほど」



その可能性は考慮していなかった。

リンディさんがそう助言するのなら、もうちょっとこの人達と付き合ってから決めるとしようか。



「だから、あなたにするのはそれ以外の質問」

「お話って・・・結局は俺が質問に答える方式なのね」

「あ、ごめんなさい。先にあなたからの質問、どうぞ」

「って、俺が質問するようなこと特に無いんですけど・・・」



魔法に関しての質問なら、プレシアさんから聞けば事足りる。それに態々知ろうとも思わない。

あえて俺が質問するなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すごいぞ。質問することが無い。

プライベートについては、失礼だもんなぁ。



「俺はいいですよ。リンディさんからの質問どうぞ」

「そう? ありがとう。

 前提として、ここで聞いた事、私は管理局に報告するつもりは無いし、あなたから無理に聞き出そうとも思わない。

 あなたが話しても大丈夫と思ったことだけ話してもらえればいいから」

「プレシアさんとの約束ですもんね。『管理局が俺達に一切関わってこないこと』」

「ええ。ここにいるのは管理局のリンディ・ハラオウンではなくて、ただのリンディ。

 これからの質問も全部、私の純粋な好奇心。言い辛いと思ったのなら、何一つ話さなくてもいいから」



そう言われると、本当に何一つ答えなかった場合は申し訳ない気持ちが湧き上がりそうだな。

答え辛い質問ばかりしてこなければいいんだけど・・・。

この現場プレシアさんが見たら、さぞ激怒することだろう。なに管理局の関係者と仲良くなっているのか、と。



「最初に聞きたいことは?」

「祐一さん。あなたは、この世界の人間?」

「はい。地球生まれの地球育ち」

「ご両親は?」

「? 健在ですが」

「ああ、そうじゃなくてね・・・・・・ご両親も、魔導師?」



そういう意味か、紛らわしい。つーかコレって、事情聴取? それとも面接?

どちらにしろ、隠し立てする必要もない。



「違いますよ。俺の両親は普通の・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間です」

「? 今の間は?」

「俺は母を信じています。たとえ今現在で、限りなく黒に近い灰色だとしても」

「そ、そう?」



ええ、無駄な努力です。今更ながらに自覚した。

あの何をするにも味が変わる不思議なジュースを造れる時点で、周囲から変な人間に部類されても反論できない。



「ついでに祖父母、曽祖父母までは魔力を持たないただの人間だと、プレシアさんが太鼓判押してくれました。

 血が魔導師の家系じゃないので、一種の突然変異的に魔力が備わったんじゃないか、ということです。

 実際俺が自分の中に魔力を確認できたのは、ここ最近のことですし」

「最近?」

「ざっと・・・・・・四年前、ですね」

「そう・・・。大変だったんじゃない? 突然魔力に目覚めた時には。周りにあなた以外の魔導師なんて居なかったでしょう?」

「いや~、当時はそれ以上の災厄に見舞われていましたから。それどころじゃなかったっていうのが、正直な感想ですね」

「災厄?」



あ、これ以上は禁句かな。

人差し指を口元に持ってくる。



「こっから先はノーコメント。とてもじゃないですけど、人に話せる内容じゃないので」



自分の不幸体験談なんぞしても、面白くも何ともない。それにそんな現実は、”俺以外には起こっていない”から話す必要もない。

プラス過去へと遡り、現実をやり直したという非常識な蛇足話があることも伝えられない。

時を越える。

それこそ死者(アリシア)の蘇生が霞んで見えるほどの、究極の魔法。

世界の法則を捻じ曲げる裏技で、今へと繋がった全てを”無かった”事にする邪道法。

運良くて頭おかしい可哀想な人として見られ、最悪イエロー・ピーポーいらっしゃ~いだ。

黄色い救急車だ。都市伝説を間近で体験してしまう。



「じゃあ次の質問に移るわね。魔導のお勉強は、独学?」

「お師匠は、デバイス」

「デバイス?」

≪どうも、マスターのお師匠です≫

「インテリジェントデバイス、レイク。途中からはプレシアさんも混じります」



普段から首に下がっているレイクも、ここでようやく喋りだした。

たった今まで、別の相手・・・とらいあんぐるハートに、デバイスの心得についての説明をしていたらしい。

俺とリンディさんの会話に口を出してくることがなかったのは、その為だ。

意思を持たないタイプのデバイスに念話しても、しっかりと返事が返ってくるのかは不明。俺にも念話が出来れば確認できるんだが。



「その子が・・・・・・魔導を?」

「そこらの師匠よりか、有能だと思いますよ。四六時中付きっきりで傍に居ますから」

≪マスター。後輩機の育成は順調ですよ≫

「・・・へ~い」

≪返事は未だ『OK』しか返してきませんが、呑み込みは早いです。

 独立思考タイプなら、さぞ優秀なデバイスになれたでしょうね≫

「・・・よく話す子ね」



よく言われます。プレシアさんにも、クロノにも驚かれました。

やっぱレイクって、普通のデバイスとどこかが違うんだろうな。言葉も俺に合わせて、日本語で喋ってくれるし。

プレシアさんのデバイスは完全に英語で話していて、そもそもそれが普通らしい。



「最初の頃は、レイクから軽めの魔法講座を聞きました」

≪マスターは私の最初の教え子です≫

「で、途中からプレシアさんが加わって、もう一歩踏み込んだ方向に・・・」



英語がそこまで得意じゃない俺だが、プレシアさんのデバイスが話す言葉の意味は理解できる。

外人から英語で話されても大部分の意味が理解できない人間でもデバイスが話す言葉の意味は聞き取れるのは、

そういう風に術式が施されているのが理由ってことだった。無駄知識だな。



「魔法を習い始めて、どれほど?」

「ひのふの・・・四年?」

「たったの・・・・・・随分と素質に恵まれているのね、あなたは」



素質に恵まれている? それは・・・あまり好ましくない評価だ。

俺は戦いなんて好きじゃないし、毎日が平穏に暮らせればそれ以上は望まない。

・・・・・・それしか望まないが、それはある意味・・・贅沢な願いかもしれないな。



「評価してくれるのは嬉しいんですけど・・・俺には過ぎた力ですね、魔法なんてモノは」

「魔法戦は、どれほどの経験を積んでいるの?」

「経験? 経験なんて積んでいませんよ。・・・・・・一昨日に一回だけ、

 人生初の命がけ魔法戦しましたけど・・・それだけです」

「それだけ? でも過酷な練習はしてきたんでしょう?」



練習・・・・・・練習ねぇ。

目を瞑り、人差し指でコメカミをトントンと叩いて、過去の思い出を振り返る。



「本格的な戦い方を習い始めたのは、プレシアさんの体調が良くなってからなんで・・・・・・・・・ここ二ヶ月のことですね」

「・・・・・・はい? えと、もう一度言ってくれる?」

「ここ二ヶ月のことです」

「何が?」

「戦い方を習い始めた・・・のが・・・」



あれ? なんか嫌な予感がする。

何を思うでもなく歩いていた場所が実は地雷原で、途中からついうっかりとケンケンパーしながら横断し、

見事当たりを引いてしまったような気がするんだが・・・。



「祐一さん」

「はい?」

「管理局への入局、真面目に考えてみない?」



真顔で言われてしまった。

ベッドから立ち上がり、俺の両肩に手を置くリンディさん。

その表情はどこまでも真面目だ。



「あなたなら、素晴らしい魔導師になれるわよ。私が保証してあげるわ」

「え、遠慮します」

「どうしても?」

「はい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。ごめんなさいね」



俺の肩から手を離し後退して、再びベッドに腰を下ろす。

踏んづけた地雷は、爆竹程度の小規模な爆発をしただけで済んだようだ。

た、助かった・・・?



「あぁ・・・悔しいわ。これだけの人材が目の前に居るのに」

「そんなに過大評価しなくても・・・・・・。俺なんて大したことないですよ。

 昔っから、どんな相手にも負け越し続きで。いつもいつも一方的にやられてましたし・・・。

 実は初めて対等に戦えた相手って、クロノだけなんですよ。それも次やれば勝てるかどうか」

「・・・・・・祐一さん。そのクロノが魔法を学び始めて、どれ程の時間が経っていると思う?」

「へ?」



どうしてここでそんな質問? クロノが魔法を学び始めて?

『知りません』と一言答えるのは簡単だが・・・。

うぬぬ・・・クロノが俺と同等、約10歳前後として・・・・・・そうだ、優秀な魔導師の資格を有しているんだった。

仮定として、資格を取るために必要な勉強を、それ一つに専念したとしたら・・・。



「・・・・・・・・・・・・・・・三年・・・ぐらいですか?」

「もうすぐ十年よ」

「じゅっ?!」



ちょっと待て! まさかクロノ、物心付く前から魔法を教え込まれていたのか?!

だって十年前って言ったら、俺が1・2歳の頃だぞ!?

もはや自分の意思は関係無しに、洗脳的に魔法を覚えさせられていたんじゃ!?



「念の為に言っておくけど・・・・・・クロノは今、14歳よ」

「あれで俺よりか三つ年上!?」

「・・・・・・ええ。お恥ずかしい限りだけど。私も最近心配してきているのよね・・・」



しまった。突っ込んじゃいけないところに突っ込んでしまった。

リンディさんも心なしか、さっきより落ち込み度合いが増している。



「ぁあ~・・・・・・・・・・・・まあ、大丈夫ですよ。多分まだ成長期に入っていないだけですって。

 こっちの世界でも、遅い人は16過ぎるまで伸びない人もいますから・・・・・・」

「お気遣い、ありがとう」



本人の名誉の為に、主語の部分は言葉に出さずに会話する。

クロノ・・・お前の成長を、心から願っているぞ。



「クロノはね・・・・・・身長もなんだけれど、物覚えが悪かったから魔法の伸びも遅かったのよ」



折角肝心な部分を言わずにいたのに、リンディさん『身長の伸びが悪いこと』を直球で言いました!



「それでも現在、時空管理局で執務官をしているわ。小さな頃から血の滲むような努力を重ねて、その末に今の実力を身につけている。

 母親の私が言っても説得力に欠けるけれど・・・天才型ではなくて努力型の、完全に実力派魔導師。

 訓練校に通って、管理局に入って・・・・・・修羅場も幾つかは経験しているわ。

 そのクロノに、あなたは勝っているの。たったの二ヶ月、プレシアから魔法について習っただけで。それがどれ程凄いことか・・・」



ここから更に、特訓は2週に一回なので実質10回も訓練を受けていませんとか言ったら、どんな反応が返ってくるのだろうか。

気にはなるが、自分の身が大事なので口にすることは永遠に無い。



「訓練校で同年代の相手になら、まず負けの無かったクロノ。実力も無しに勝てる程、クロノは甘い相手ではないのよ。

 些細な偶然を呼び込む程度じゃ勝てるはずも無いクロノに勝ったのは、紛れもないあなたの実力。自信を持って」

「あの~・・・・・・まさか俺、自分に自信が無いから管理局への勧誘を蹴ったとか思われてます?」

「・・・・・・・・・・・・え? ええ~っと? ど、どうしてそんな風に伝わっているのかしら?」



いえね、リンディさんの説得を見ていると、そうとしか思えませんでしたよ?

今日だけで二度、管理局に勧誘されてますので・・・俺の中でリンディさんに対するイメージが

『リンディさんは俺を管理局に勧誘してくる人間』として認識されてしまっているのも大きな原因かと。

例のごとく、勿論口には出せませんけど。



「でも・・・・・・はい、心遣いは純粋に嬉しいです。

 もし俺があと10歳年を取ってたら、この場でリンディさんに惚れていたかもしれませんね」



軽い笑みと、ちょっとした冗談。これでお茶を濁す作戦!

通用するか!?



「あら? ありがとう」



通用しました!

満更でも無い顔で微笑んでくれたぞ。流石秋子さんと同種の人間、笑みが半端無い。

俺ももう一度、笑みを返す。ふと、枕元に置いてある時計に目が止まる。リンディさんも釣られ、時計を見る。



「・・・そろそろ戻らないと、いけないわね」

「ですね。トイレに入っていたと言い訳しても、ちょっとばかり長い時間が経過していますし」

「聞きたいことは山ほどあるけど、時間が足りないみたい。またの機会に、教えてくれる?」

「ええ、いいですよ。でも今までの質問内容って、好奇心からの質問というよりは単なる事情聴取じゃないですか?」

「仕事柄、こんな質問の方法しか出来ないのよ。ごめんなさいね」



お暇する気なのだろう、リンディさんが立ち上がり扉へ向かう。

俺は見送りでもしようかと、一旦椅子から降りる。

リンディさんはノブに手を掛け・・・・・・



「祐一さん?」

「はい」

「今日最後の質問、いい?」

「どうぞどうぞ」



ノブから手を離し、もう一度俺と向き合う。

表情は先程までと比べると、若干真剣っぽい。



「あなたの・・・虹色の・・・」

「虹色?」

「・・・・・・いいえ。何でもないわ」



真剣な表情を崩し、また今まで通りの温厚な顔へと戻る。

何を言いかけたのかは、最初の言葉だけで大体想像がつく。だが俺には答えられない。

それは俺にも答えが解らない質問。レイクかプレシアさんなら、何か知っているだろうか・・・。



「ん~、そうね・・・。プレシアとの出会いは、どんな感じだったの?」

「プレシアさんとの?」

「ええ。プレシアはね・・・絶対に抜け出せない落とし穴に引っかかって、ずっと行方知れずだったの。

 プレシアに聞いても、正直には答えてはくれないでしょうし・・・。

 本人のいない所で卑怯かもしれないけど、あなたになら話してくれたんじゃないかなって思って」

「あ~・・・確かに」



プレシアさんは、絶対に正直には教えてくれないだろうなぁ。それはその問いかけに限ったことではなく、その他全部の質問にも。

にしても・・・落とし穴、ね・・・。面白い例え方だ。



「その質問になら、答えられますよ。プレシアさんは半年ぐらい前に、【空の狭間】から降ってきたんです」

「空の狭間・・・?」



首を傾げるリンディさんに、説明を開始する。

手短に・・・どう説明しようか。



「色々呼び方はありますよ。俺とレイクの間では、専ら空の狭間で通しているだけで。

 人によって、場所によって呼び方が違っているみたいです。

 けど一度見せた時にプレシアさんが驚いていたので、リンディさん達も知っているところかもしれません」

「どんなところ?」

「・・・・・・・・・口で説明するのは、どうにも難しいんですが・・・・・・まあ、要するに」



右手をリンディさんの方へ突き出し、手の平を上に向ける。

”扉を開けて”、空の狭間をそこへ具現化させる。



「ここのことですよ」



昔止むを得ない事情でこれの長時間開放をして体調を崩した故、レイクから絶対使用厳禁の宣告を受けてはいるが・・・・・・

リイン戦でも一度だけ使ったんだ、二度も三度も同じだろう。それにそろそろ禁止期間も終わる頃。



「これの制御を練習していた頃に、ここから落ちてきたんですよ。アリシアが入ってた、でっかい試験管と一緒に」



手の平には直径30センチ位の、丸く歪んだ空間。

そこでは白い色、黒い色・・・紫、赤、黄、青・・・様々な色が入り混じる。

明るくなり、暗くなり・・・・・・パッと見は不気味だけど、ずっと見ていたら安心してくる。

そんな、不思議な世界。



「っ! ま、さか・・・・・・虚数・・・っ」




目を見開きポツリと呟くリンディさんを見て、「あ~、やっぱ知ってるんだな」と、そんな暢気なことを思った。

後々、プレシアさんとリンディさんがタッグを組むという世にも珍しき出来事が起き、

俺にコレの重要性を懇々と語ってくることになるのだが・・・・・・その時の俺も、結局は重要さが理解できなかった。

何故なら、俺にとってはわりと簡単に開くことが出来る世界だから。

そもそもコレは、ただの入り口。この世界の本質は、もっと・・・もっと、ずっと奥に・・・・・・。









[8661] 第五十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:5ab4215b
Date: 2010/03/09 13:35










『ブフッ!』

『あれで俺よりか三つ年上!?』

『もし俺があと10歳年を取ってたら、この場でリンディさんに惚れていたかもしれませんね』



リアクションが大げさで、ちょっとからかう言動にも面白い反応を返してくれる男の子。

変なデバイスが魔法の先生で、プレシアから戦いの手ほどきを受けた天才児。

悪戯盛りの男の子が浮かべるやんちゃな笑みを浮かべ、大人をからかうような軽い冗談を言う子供。

結論。この年頃の子供に比べたら、多少は早熟しているけれど・・・どこにでもいそうな普通の男の子。

ここ数分のやり取りで、私が彼に抱いた印象。悪い子じゃない。

少なくとも、魔法という力を悪用するような人間ではない、と。

たとえ魔力光が、私達の間でも少々特殊とされている虹色の光だったとしても、抱いたその印象は変わらない。

直接接して見解いたのだから、確信もしている。

けど、彼には・・・・・・隠し玉があった。私達魔導師から見ても、異様としか呼べない特殊能力。

下手をしたら、彼の魔力光が虹色であることと同等の異例さか、或いはそれ以上・・・

レアスキル・・・なのかは調べてみない事には分からないけど、それに類するもので間違いは無い。

でなければ、目の前で起きているこの現象のことが説明できない。

こんな、単独で・・・・・・何の道具も使わずに虚数空間を開くなんて、そんなこと・・・・・・。



「くは~っ、ひっさびさとはいえ・・・疲れる」

≪ふむ・・・本来ならここで私が怒るところなんでしょうけど・・・・・・一分以内の開門なら、まあいいでしょう。

 しかしこれ以上はマスターのお体に影響が出てくる可能性もあるので、極力控えてください。まだ半月は使用禁止期間内ですよ≫

「あいよ。それで・・・リンディさん? どこなのかは大体分かりましたよ・・・ね?」



虚数空間は閉じた。

・・・・・・・・・・・・驚愕して、理解が追いつかない。何と声をかけていいのか分からない。

祐一さんが私の目の前で、両の手の平を『パチンッ!』と合わせる。そこから更に、もう一度私の名前を呼ぶ。

それに返事を返すのも遅れてしまった。でもそろそろ、頭が回転し始める。



「返事が無い。ただの屍のようだ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今度は別の理由で反応を返せなかった。

し、屍・・・?



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰も突っ込んでくれない。一人でやっても虚しいだけか・・・。

 この一人ボケは封印だな。なあレイク・・・・・・そこまで意外なモノだったんだろうか?」



もう一度先程と同じ大きさの虚数空間が作り出される。

今度はその穴を大きくしたり、小さくしたり、四角にしたりひし形にしたりと、バリエーションに飛んだ形へと変形させている。

・・・・・・・・・私の目の前で、ありえないものが展開されていた。



≪そんな筈はありません。私の誕生した時代の技術でも、空の狭間へ至る理論は不完全ながらも出来上がっていたんですよ?

 その理論は私のプログラムの中にも確認できるので、間違いなく存在していたものです。

 理論云々は兎も角としても、技術面が進歩している現代で意外と呼べるほどのものとはとても・・・≫

「意外なんだろ、リンディさんの反応からして。プレシアさんだってそうだったじゃないか」

≪・・・ただ単に、プレシアがその分野に手を出していなかっただけかと思っていたんですが。

 これは、現代技術の発展予測見直しが必要ですね。一体どんな進歩を遂げてきたのやら・・・≫



二人の会話は、事の重要さを全く理解していないものだった。

どうにもこの二人は本当に、凄いことをしているという自覚が無いらしい。

それに微妙に引っかかる、今の会話。『虚数空間へ至る理論』、『現代技術の発展予測』、『進歩を遂げてきた』・・・。

虚数空間へ至る理論なんてものは存在していないし、理論をデバイスにプログラムとしてインプットするなど、本来ならばする筈も無い。

発展予測や進化を遂げてきたという言葉は、まるでこのレイクと呼ばれるデバイスが、

この時代とは別の・・・・・・遥か昔や未来にでも作られたとでも言いたげな表現。

質問していきたい事項が段々と増えていく。

だが何より・・・・・・このまま彼らの、虚数空間に対する認識を変えずにいるのは、危険。

そこを変えるのが、何よりの最優先事項。



「祐一さん」

「あ、やっと戻ってきた」

「その力は、無闇に人に見せたら駄目。私のような管理局の魔導師に見せる場合には殊更、注意が必要よ」

「・・・・・・・・・・・・は? はぁ・・・そんなもんですか?」



頭を掻きながら、やはり理解していなさそうな表情。

内心では「唐突だなぁ」等と思っているのでしょうけど・・・念を押して説明をする。



「いい? 今あなたが繋いだ世界は、虚数空間・・・・・・私達は虚数空間と呼んでいる世界。

 次元空間に空く穴。単純かつ簡単に言えば、底が見えないぐらい深い、落とし穴」

「?」

「魔法が一切発動せず、時空管理局の技術を持ってしても、謎とされているところよ。

 そんな未知数の場所へ繋がる道を、あなたのようなただの子供が何の苦労も無しに易々と開いているなんて、

 管理局の研究者に知られたら・・・」

「どうなります?」

「まるで砂糖に群がる蟻のように、魔導師がうじゃうじゃと寄ってくるわよ」

「・・・・・・・・・・・・それはまた・・・・・・随分と愉快な光景が展開されそうですね」



・・・一体彼の頭の中では、どんな喜劇が繰り広げられているのかしら?



「これって、あれですか? リンディさん達じゃどう逆立ちしても、開けないものなんでしょうか?」

「・・・いいえ。私たちの技術でも、開くことは可能よ。多大な時間と労力と・・・・・・出費がかかるでしょうけど」

「なら何の為に俺なんかを狙う必要が?」



ちょっと頭痛が・・・



「・・・・・・・・・管理局も、所詮はただの人の集まり。個人個人は、そこまで強大な力を持っているわけじゃないの。

 人為的に虚数空間を作ろうとするなら最低限、何かしらの機械は必要よ。

 まずは開発費ね。こっちの金額で例えるなら、ゼロが後ろに・・・10個は間違いないとして・・・・・・」

「う~ん・・・まあ新しい機械の開発費なら、兆とか軽くいくでしょうね・・・」

「兆? ・・・・・・でもその上の単位まで、普通にいくかもしれないわね。

 開発前に、完成時したら管理局にとってどれほどのメリットになるのか、或いはデメリットを明確にして、議論。

 安全性の確認、開発場所の獲得、技術者投入。問題点の改善に、データ上の運転、微調整。

 機械が完成してもまだ問題は出てくるでしょうから、更に微調整を重ねて・・・・・・。試運転時には周囲の安全の確保。

 ただの試運転でも膨大なエネルギー量を消費するから、これにまたお金がかかるわ。後は試運転と調整の繰り返し。

 その末にようやく・・・完成。本当はそれらの間にはもっと工程があって、苦労があるとは思うけれど。

 なのにそれを全部無視して、祐一さんは道具を使わず一人だけで開くことが出来るの」

「だから、電気代無料のエコでクリーンな俺は、格好の標的・・・」

「・・・・・・微妙に論点がズレているけど、その解釈でいいわ」



・・・どうしてかしら。

最終的に出てきたこの子にとっての結論を聞いてしまったら、重要なこともそんなに大したことじゃないように思えてしまう。

本当なら、虚数空間へ繋がる穴を単独で作り出した事がとんでもない事態、の一言なのだけれど・・・。



「あ~・・・・・・でも確かに、日常を脅かされるのは俺としても避けたい事態ですねぇ」

「そうよね。だから、約束して。その力は出来る限り使わないこと」

「うっす、了解です。これからはプレシアさんに監督してもらいながら、練習することにします」



・・・虚数空間を開けること事態、出来ればやめて欲しいと言いたいけど・・・彼を制限する権利なんて私にはあるはずもない。



「それはそれとしても・・・リンディさん。こっちの人間が機械任せに扉をこじ開けるのは、オススメ出来ませんよ」

「? ・・・あ、今の話? 今の機械の話は例えで、現実に考えても上が承認を出すことは無いから大丈夫よ。

 メリットが分からず、どんな危険があるかも分からないのに未開の地へ乗り込むほど浅はかな組織じゃないわ、時空管理局は」

「いえ、そうじゃなくて・・・」

「・・・・・・じゃなくて?」

「無理矢理こじ開けると、向こうへ多少なりとも影響が出るでしょうから。現時点で向こうにいる住民が、迷惑します」



・・・・・・・・・・・・・・・この子は一体、どれ程の事を知っているのか・・・・・・分からない。

私はドアから離れ、再びベッドに腰掛ける。



「・・・・・・祐一さん。あなたは虚数空間のこと、どれだけ知っているの? 教えてくれる?」

「それはいいですけど・・・時間が・・・」

「この際どうでもいいわ。覚悟を決めたから」



約束があるから見た事聞いた事、全部口外なんて出来ないけど、聞くだけ聞いておきたい。

プレシアが乗り込んでくるまでに、全部聞くことが出来るのかが、ちょっと心配だけど・・・。

祐一さんも再び椅子へ戻る。椅子を半回転させて、背もたれを前面にもってきた。座った後そこに肘をつけ、寛いだ格好に。



「話すのは吝かじゃないですけど、どこから話せばいいのやら・・・。

 最初に、リンディさんの知っている空の・・・虚数空間? についての知識を教えてもらえますか?」

「・・・虚数空間については、あまり明確な情報は無いの。魔法が発動せず、落ちたら重力の底まで真っ逆さま。

 局員が落ちた場合は、行方不明扱い。生存者は今のところ、0。・・・・・・・・・プレシアを除いてね」

「・・・プレシアさんだけ? 本当に?」

「ええ」

「虚数空間については?」

「学者や研究者の間で、幾つかの予測は立てられているけれど・・・明確になっている事実は、今言ったものだけよ」

「むぅ・・・困ったぞ、レイク。ここまで情報が無いものとは・・・。予想外だ」

≪私も予想外ですよ。まさかここまでとは・・・≫

「しかも生還者ゼロか。信じられないぞ・・・」



本当なら、次元断層によって引き起こされること等も説明したほうがいいのかもしれない。

だけど目の前に、次元断層も起こさずに開ける人間がいるから、その説も本当に真実だとは言い切れなくなった。



「まず一言、誤解を解いておきますね。虚数空間の中でも、魔法は使えます」



・・・初っ端から来た。私達の知りえた常識を破る知識が。

『虚数空間内でも魔法が使える』

私は今、とんでもない子供と対峙をしている。クロノが堕とされたせいでこの場にいないのは、逆に幸運だったのかも。

あの子詰問するように質問攻めすることがあるから、相手側からしたら不快感を与えていたかもしれない。



「それに重力も存在しませんし、加えて本来なら底なるものも存在しません。

 あそこは空間が途中で歪んでいるので、一直線に進めば同じ場所をグルグルと回り続ける。無限の回廊と思ってください。

 二人の人間で実験すれば分かりますよ。一人が同じ場所で傍観していて、一人が一直線に進み続ける。

 一人は間違いなく真っ直ぐ進んでいるのに、傍観している側からは上から下へ、後ろから前へ、斜め上から斜め下と、

 お前どこを瞬間移動してどこに向かいたいんだよと突っ込むぐらい、いろんな方角から同じ場所へループしてきます」

「・・・・・・どうやって、確認を?」

「あの中でレイクをぶん投げました」

≪右から下から斜め上空から、何度もマスターの傍を通過していく様は壮絶の一言でしたねぇ≫

「慣性の法則も通用しないから、スピードは全く落ちなかったよな・・・」



この時点で既に、私は頭を抱える。デバイスを投げて、実験してみた?

それも、虚数空間の中で?



「じゃあ、あそこに落ちた人間がそのまま落下していくのは?」

「”足場が無いと落下するもの”と、下手に常識を知っているからこそ落ちるんですよ」

「・・・常識を知っているから、落ちる?」

「ええ。あーでもこっからは、経験上の知識であって、事実無根とも言えるんですけど・・・」

「もう少し詳しく、教えて」



予想もしていない言葉ばかりが紡がれていく。

この子の言葉から察するに、誰かから知識を受け継いだわけでもなく、自力で調べ上げてきたものなのかもしれない。

虚数空間へ行って帰って来た、生きた証人。それだけでも、研究者が予測する事実無根よりも信用出来る言葉に値する。

一人の人間が・・・それも日夜魔法に関わっているわけでもない子供が、虚数空間の謎を解き明かしていくのは・・・圧巻。



「・・・・・・・・・あそこはですね・・・多分現象が力を失い、想像が形になる世界なんですよ。

 これは飽く迄例えた言い方ですけど・・・妄想が現実に起きるような世界、と言えば、分かりますかね?」

「・・・少しは」

「だから、リンディさん達が使おうとする魔法的なものは発動しない。現象が無効化されるから。

 けど、自分が宙に浮くイメージさえすれば、そのまま浮き続けることは簡単なんです。

 イメージしやすいように『ぶくうじゅつーっ!』とか言うのもアリ。

 要は、発想が大事。風の噂では、これを利用して【固有結界】なるものを作る人種がいるとかどうとか」



俄かには信じられない言葉が次々と紡がれていく。虚数空間を利用する人間がいる?

疑いたくは無いけれど・・・・・・確認だけは、しておく。



「・・・・・・どこまでが本当?」

「噂の方は、真偽を確かめるすべは無いです。けどその噂以外は全部本当です。嘘も冗談も一切含んでいません。

 中で魔法を使いたいなら、”魔力と術式で魔法が発動する”という現象を一時忘れて、

 ”呪文を唱えれば魔法が発動する”と考えていればオッケーなんですよ。

 無意識下で魔力と術式に頼って、結果魔法が発動しないことに狼狽したまま落ちていく。

 魔導師って須く計算強くて頭良いイメージありますし、そこが原因じゃないでしょうかね? 落ちていったの」

「頭でっかちは、生き残れないって事?」

「んー・・・それが、そうとも言えない。それ以上は分からないんですよ」

「分からないの?」

「本来ならあそこに落ちる程度なら、人は死なないんですよ。何時間も落ち続けているのに底に着かない。底は存在しない。

 ならどうにか抵抗しようと策を講じて足掻く。結果的に、いつかはその世界の真理に気がつく。そんなものでしょう?

 そこまでいけば、空の狭間から・・・じゃなかった。虚数空間から脱出するのも、基本問題無く行えることなんですけど・・・・・・」

「呼び易い方でも大丈夫よ、祐一さん」

「あ、はい。で、落ちた管理局の人ですけど・・・行方は俺にも分かりません。

 既に空の狭間から脱出して、現実世界のどこかに帰還しているけど、管理局に帰るのを拒んでいるのか・・・。

 或いは出た場所が地中深くとか宇宙空間とかで、運悪く戻ってきていきなり死んでしまったとか。

 可能性はいくらでも有りますね」

≪可能性の一つとして、空の狭間から排除された、とかもありそうです。

 落ちた者達の大半が空の狭間から異物と認識されて排除されたと考えれば、

 狭間内部でマスター以外の人間を見かけたことが無いのも分かりますし、行方不明者が続出している理由にもなります≫

「? 虚数空間が、意思を持っているとでも言うの?」

≪むしろ自己防衛システム系統に近いかと。人間で例えれば、白血球とか≫

「レイク。憶測を出ない不確定をリンディさんに教えても、それが確定の出来事になるとは限らない。

 不鮮明な情報はここまでにしておこう」

≪そうですね≫

「一応俺達の、空の狭間についての知識はこれぐらいです。ある程度は理解してもらえたでしょうか?」

「そう・・・少しだけ待ってて」



祐一さんに一言断って、少し目を瞑って情報を纏める。

年齢以上に頭が良い、この子。経験上の事実無根と謙虚に言っていたけれど、多分コレらは確定情報。

『想像すれば、それが力になる世界』

もし仮に、管理局の研究者に予測の一つとしてもありじゃないかと提案したとしても、馬鹿なことと一蹴されて終わりそうな発想。

それでも彼はその結論へたどり着いた。

あらゆる可能性を考慮して、『ああではないか? こうではないか?』という思考を幾度も重ねつつ、その結論に至った筈。

凄い柔軟な発想力・・・・・・。

最も重要度の高い情報は・・・虚数空間に落ちても間もない時間であれば、そこから脱出することも満更不可能じゃないということ。

それを管理局に伝えられないのは・・・勿体無い気もするけど、仕方が無い。

・・・・・・これまで未知と呼ばれた虚数空間の秘密を、クロノよりも幼い子供に勉強させてもらうことになるなんて・・・ね。



「・・・・・・次の質問にいくわね。向こうにいる住民って、一体誰のこと? 向こうって、虚数空間?」

≪向こうは向こう。空の狭間の、向こう側。向こうの住民は、そのままの意味ですよ≫



虚数空間の向こう側・・・・・・虚数空間には、そこから先が存在している?

それも人が存在しているなんて・・・信じられない。



「虚数空間の向こう側には・・・・・・人の暮らせる世界があると言うの?」

「・・・ん、言葉にするのはどうにも・・・。空の狭間の向こう側に、世界は存在しません。だけど、人は居ます」

「それは・・・矛盾しているわよ。世界が無ければ、人は存続できない」

「矛盾しないのが不思議なんですよねぇ。こればっかりは、一度行って見てこないと理解は出来ないと思います。

 あそこは『人が世界を創る』世界。人が居るから世界が存在し、よって人が居なければ世界は存在し得ない」

≪人の願いによって世界が構築され、人の数だけ世界がある。そこではあらゆる不可能が可能になります≫

「不可能が可能に・・・・・・」



心の中で、一つ思い当たる節があった。過去へ遡ることも可能と言われた、究極の魔法が存在する古の都。

死者を蘇らせ、時間さえも自在に操ったという、アルハザード。



「虚数空間の向こう側は・・・・・・アルハザード?」

≪違います≫

「即答したし・・・」

「どうしてそうだと?」

≪アルハザードって、アレですよね。何百年か昔、現実に存在していたらしい都市≫

「・・・・・・ええ、そうよ」

≪空の狭間の向こう側は、それ以前から確認だけはされていた世界です。時期が合いません≫



ここで更に疑問が浮かぶ。『それ以前から確認だけはされていた』?

この言葉は、聖王時代・・・古代ベルカ戦乱期以前には、既に虚数空間の向こう側が存在していたという”情報”。

どうしてそんなに昔の情報を、このデバイスが持っているのか。



≪プレシアが探しているアルハザードは、空の狭間の向こう側にある世界そのものだったのか、

 又は空の狭間の向こう側のどこかにアルハザードが本当にあるかは、確認のしようがありませんけどね≫

「アルハザードじゃ、ないのよね?」

≪十中八九・・・いえ、100%。向こう側で起きる全ての出来事は、束の間の夢。

 こちらの世界に戻れば、全てが向こうに行く前・・・最初へと戻ります。あちらからこちらへ持って帰れるのは、記憶だけ≫

「補足説明を加えておくと、空の狭間の向こう側には誰も彼もが行けるわけじゃありません。

 何かしらの条件を満たした者だけが、あちらへ行く資格を貰えるみたいです」

「資格・・・それはどんなもの?」

「・・・・・・・・・さあ?」

「さ、さあ?」

「形は決まっていないし、他人の目に見えない。だけど持っている人は、持っていることを自覚できる。

 ほら、見えないでしょう?」



右手を差し出し、手の平で何かを転がしている仕草をする祐一さん。

私には何も見えないけれど、祐一さんには何かが見えているみたい。



「祐一さんの手の中には、何があるの?」

「鍵」

「鍵? ・・・キー?」

「はい。俺にはコレが、鍵に見えます。扉を開けるような鍵。

 旅の人形遣いは超能力と呼ばれる力そのものがそうでしたし、俺の先輩なんて、幼馴染の女の子の姿をしていたらしいですよ」

「ま、待って。あなた以外に、虚数空間の向こう側へ行って、帰って来た人間が居るの?」

「? そりゃあ居ますよ。俺が初めてじゃないんですから。

 俺以外にも・・・・・・リトルバスターズの面々とか、浩平先輩とか・・・知り合いだけでも諸々合わせれば10人ほど」



額に手を当て、フラ~ッとベッドに倒れ込む。

彼の身近には10人ほど? あれほど謎とされていた虚数空間の、更に向こう側まで行ってきた人間が?



「だ、大丈夫ですか?」

「・・・平気よ。少し、ショックが強すぎただけで」

「最後にもう一つ、確定したばかりの情報がありますけど・・・聞けそうですか?」

「聞くわ。最後まで」



体を起き上がらせる。

肩にかかっている髪を後ろへと払い、居住まいを正す。



「結論からいきますね。空の狭間の向こう側は、こちらと同じ時間の概念が存在しません」

「時間の・・・概念?」

「ぶっちゃけあべこべ過ぎて、時間がどんな風に流れて、今現在どうなっているのかが不明です」

≪過去も未来もごちゃ混ぜ≫

「う~ん、これだけだと説明不足ですね。・・・・・・・・・・・・・・・恭介、居ましたよね」

「・・・? 私が着替えを取りに言っている間に居なくなっていた、あの?」

「はい、あの恭介。恭介が高校何年生だったか、リンディさん覚えています?」



棗恭介さん。祐一さん曰く、恭也さんの体に乗り移った祐一さんの友達。確か客間で自己紹介していた時に、言っていたわよね。

フェイトさんが通っているのが、小学校。三年ぐらい経ったら、次に行くのが中学校。その更に上が確か、高校。



「高校の・・・三年生?」

「当たりです。高校三年生で18歳。背とかは丁度、恭也さんと同じぐらいですよ。

 そしてその恭介のことなんですけど・・・あいつ本来は俺の1コ年上で12歳。現在小学校に通っています」

「・・・・・・・・・・・・?」

「要は、ここで恭也さんに乗り移った恭介は、今から6年後の棗恭介。未来の人間です」

「まぁ・・・・・・未来からの来訪者? どの辺りで驚けばいいのか、もう分からないわね・・・」

≪いっそ吹っ切れたでしょう?≫

「ええ」

「だから向こうに居る人間の全てが、現代で生きている人間とは限らない、ということです。

 以上、俺達の知る向こう側の情報全てお伝えしました」

「そう。・・・どうも、ありがとう」



一つ頭を下げて、お礼を述べる。長年謎とされていた事が聞けて、少しすっきり。

それに、祐一さんに対する評価が大分変わった。

私達(管理局)が祐一さんに接触するのを、プレシアが終始異様なほどに警戒していた理由も、理解できる。



「ごめんなさいね。長々と話ばかりさせてしまって」

「いえいえ。このくらいお安い御用です」



この子は・・・・・・知り過ぎている。私達管理局すら知り得ない情報を。

死者蘇生の方法も、虚数空間に対する知識も・・・それに多分、それ以外にも。

プレシアが警戒していたのは、そこ。彼はその方法を秘匿しないから、私ですら猛烈に心配してしまう。

彼は、管理局には極力関わらせない方がいい。



「さてと。話も10分経っていませんし、今ならまあ、ギリギリで誤魔化せそうですね」

「・・・そうかしらね・・・」

「?」

「ああ、何でもないわ。そうそう。今日話をしてくれたお礼、何がいい?」

「お礼? 別に見返り望んだわけじゃないんですけど・・・。んー、じゃあ・・・・・・貸し一つ」

「・・・・・・貸し一つ? そんな事でいいの?」

≪ちっちっちっ。甘いですよ。マスターの貸し一つは、他の人とは一味違います≫

「どんなに嫌な頼み事でも、必ず聞き届けてもらいます。今から覚悟しておいてくださいね。

 俺が頼み事をするということは、割とシビアな条件だけでしょうから」

「・・・・・・わかったわ。じゃあ、貸し一つね」



ベッドから立ち上がり、ドアへ行く。



「リンディさん。最後に一つ、教えておきますね。あんまり重要なことでもないんですけど、一応」

「何を?」

「空の狭間の向こう側。向こうに行っていた俺の友人達はそこのことを、『えいえん』とか『世界の秘密』って呼んでいます。

 ・・・・・・それだけ、一応」

「ええ。ありがとう」



扉を開け、今度こそ退出する。退出して早々、扉に背を預ける。

祐一さんの部屋に居たのは、トータルでも精々10分程度。

たったそれだけの時間なのに、もっと長く話を聞いていた気もする。

祐一さんのあの力は、レアスキル・・・・・・では無いみたいね、どうにも。

彼はまだ、解っていない筈。その力の、異様さに。説得が・・・・・・必要かしら?

扉から背を離し、私は数分前から扉の前で待機していた”彼女”と向き合う。



「少し・・・話をしましょうか、プレシア」















≪良かったですね、マスター。最後まで指摘されないで≫

「? 何に?」

≪未来で向こうへ行く恭介氏のことを何故、”今のマスターが知っているのか”について≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そのこと全く考えてなかった!」

≪本当に、良かったですよ≫









[8661] 第六十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/04/16 17:53










SIDE:祐一

眠っている自分。布団に包まれ、温かな眠りから目覚めようとしている。

まどろみの中から、意識が浮上していくのが分かった。

夢は見なかった。日を跨ぐ前に眠りについたのだが、目覚めがもう間近に迫っている。

そろそろ、名雪の声入り目覚ましが鳴り出すのだろう。

なんとなく、そう理解した。数秒後、俺の予想通りに声が鳴り響く。


『あ『バンッ』・・・』


・・・どうしたのだろうか。

『あさ~、朝だよ~』の『あさ』の言葉を言い切る前に、目覚ましの音が途切れた。

目を開ける。それでも再び落ちそうになる瞼を気合でこじ開けながら、頭上に置いていた目覚ましに目を向けた。

・・・・・・・・・ふむ。俺の手が、目覚ましの上に乗っているな。目覚ましが止まったのは、俺のせい。

そして俺は、意図して止めたわけではない。

目覚ましが鳴ったと体が条件反射で止めに行ったのか。名雪の声入り目覚まし時計止めも、ついに条件反射の域に達したようだ。


「・・・ん?」


ゆっくりと体を起こそうとする俺の体に、布団とは違う重み。温かい。何かが仰向けで寝ている俺の腹部に乗っている。

最初の一瞬はアリシアかとも思ったが、即座に昨日の記憶を呼び覚ます。

まさかと思い、俺はベッドへと視線を向けた。


「・・・・・・もぬけの殻」


想像通り、俺がまいへと貸し与えたベッドは人型に膨らんだ空洞はあるものの、一晩と使われた形跡もなく、

そこには(今朝限定で)居るべき人物がいなかった。

俺は布団を捲り、そこに黒い頭部があることを確認する。

こいつ・・・・・・俺が折角怪我を我慢して自分用の布団を敷いて寝てたってのに、潜り込んできたな・・・。


「・・・・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・・・・ん~・・・・・・」


気持ち良さそうに眠っている。ここからじゃ顔は見えないが、きっと涎を垂らさんばかりのにへら~とした笑みを浮かべているに違いない。

俺はまいを抱きしめコロンと横に転がり、まいを俺の上から降ろす。

布団から這い出て、まいにキチンと布団を掛け直した後時計を手に取る。現時刻、5時ジャスト。

アラームを7時半に合わせ、再びセット。まいの枕元に。

睡眠はたっぷりとった為、昨日の疲れも感じさせない爽快な目覚めだった。日はまだ昇っていないので真っ暗だが、朝だ。

新しい朝がきた、希望の朝だ。ラジオ体操の歌詞に、そんなフレーズがある。

ラジオ体操の歌は、どうしてそれほどまでに朝に希望を見出せるのだろうか。精神的に大人へと近づくごとに、思うようになった。

締め切り直前、徹夜で作業している漫画家やライターにとっては絶望の朝とも呼べるのではないか?

そんなくだらない揚げ足取りの疑問。もしも俺が高校生の、あの頃の俺だったら、きっとこの話題で北川と20分討論できたことだろうに。

今や懐かしい旧友を惜しみながら、寒々しい廊下へ出て階段を下り、キッチンへ向かう。

今日の朝食当番は俺。しかも普段の人数プラス10人分が加わるので、かなりの重労働だ。

・・・・・・プレシアさんに手伝ってもらうよう頼んでおくべきだったか。

だがまあ何とかなるだろうと楽観的な気分に浸り、リビングへと続く扉を開く。


「おはようございます、祐一さん」

「おはようございます。秋子さん」


リビングからキッチンへ入ったところ、ニッコリ笑顔の秋子さんと遭遇した。間髪容れずに挨拶を返す。

いや~今日も秋子さん早起きだ。まだ5時だっていうのにすでにキッチンでエプロンして料理の準備は万端。

それも真冬のこんな寒空の下、助っ人が欲しいと電話で呼び出した訳でも頼んだ訳でも無いってのにこの家に出向いてきているんだから、

ようやく起き出してきた俺とは心構えが違う。

俺は秋子さんの傍に居る、茶色い髪を肩口で切り揃えているお姉さんにも挨拶をする。


「おはようございます」

「・・・お、おはよう、祐一」


ニッコリと笑う俺に対し、見知らぬお姉さんはぎこちない笑みを返してくる、

意識して作っているニコニコとした笑顔の裏で、俺は決心した。


絶対突っ込んでなるものか。


秋子さんがこの家にいる理由に対しても、見知らぬお姉さんがいることに対しても。

何かを聞いて欲しいのか料理中もチラチラとこちらを見てくるお姉さんには不覚にもつい訊ねそうになるが、それも耐える。

絶対に突っ込まん。それだけを胸に、俺は朝食を作る秋子さんのアシストに回った。




















SIDE:アリサ

人間、毎日同じ時間に起きる習慣をつけていると、体がそれを覚え込むらしい。

わたしもそれに違わずある一定の時間になると、自然に目が覚めるようになっていった。休みの日も例外じゃない。

だからこの日、枕が替わったからと言って起きる時間がズレたりするような事もない。

・・・・・・今回はそれが、裏目に出た。

外は真っ暗。もう一度寝付こうと横になって目を瞑っていても、ゴロゴロしているだけで全然寝付けない。

ゴロゴロしている内に、完全に目が覚めた。寝る前に枕元に置いていた携帯を手に取る。


「5時・・・はん」


わたしの朝は早い。

少なくとも、同級生の中ではかなり早い部類に入るとは自覚している。

でも・・・・・・これはいくらなんでも早過ぎじゃないのかと、当然のごとく悩む。

ここは雪の町。佐祐理お姉さんが暮らす町。当然朝の習い事なんてもの、今日はお休み。

早起きする必要なんて無いんだけどね・・・。


こんな何にも無い日ぐらい、時間を気にしないで心行く迄、ゆっくり眠らせてくれてもいいのに・・・・・・。


眠れる気配すら感じられないので、仕方なしに起き出す。

横でぐっすりと寝ているすずかやカノンさんを起こさないように、静かに部屋を出た。


「うぅ~、さむっ」


尋常じゃないほど冷えた廊下。私が住む町より更に北なだけあって、朝方の寒さも一入。

電気も点けずに手探りで階段を下りる。暗闇に慣れた目なら、別に電気をつけなくても危険じゃない。

一歩進むごとにヒヤリとする階段に辟易しながら、それでも着実に降りていく。

”スリッパが欲しい”

そんな欲求を胸の中に押し込め、階段を降りきる。

一階へ降りて気がついた。リビングから光が漏れていることに。


早いわね・・・こんな時間から起きてるなんて。誰かしら?


水を貰おうと一階へ降りてきたけど、その為には一旦リビングへ行かないといけない。

わたしは眩しさに目を細めながら、扉を開いた。

最初に目に飛び込んできたのは・・・パジャマの上からエプロンを着用し、大きな机を布巾で拭いている祐一さん。

扉を開けたことで、こちらに顔が向く。


「お?」


灰色・無地の、ちょっとだぼっとしたパジャマ。それと緑色で特に柄の無い、ポケット付きエプロン。

パジャマとエプロンという、ともすれば非常にアンバランスな服装にも拘らず、彼には全く気にした様子がなかった。

そのせいだろうか、妙に堂に入っているように見えてしまう。


「よう。おはよ、アリサ」

「・・・おはようございます、祐一さん」


挨拶をされたので、反射的に返事を返す。

最初は祐一さんのエプロン姿に気を取られ、次いで”どうして祐一さんがこんな朝早くに?”という疑問が頭を占める。

リビングに入って数秒経ち、ようやくこのリビングに充満している匂いにも気がつく。

クンクンと意識して匂いをかぎ、それが朝食を準備している為の匂いだと遅まきながらながら理解した。


「早いな~、アリサ。もう少し寝ててもいいんだぞ」

「朝はいつもこの時間ですから」


祐一さんは笑う。何がおかしいのか分からないけど、楽しそうに。


「健康的だな。俺の従兄妹とは大違いだ」

「従兄妹?」

「でも早起きしたアリサには悪いけど、朝食はまだ出来上がって無い。少し待っててくれ、何か簡単なの用意するから」

「い、いえ、大丈夫です!」


わたわたと、祐一さんの気遣いに遠慮する。

勝手に起き出して来たのはわたしの方なのに、朝食を用意している祐一さんの手を煩わせるのは気が引ける。

むしろ、わたしの方こそ手伝いをすべきじゃないのか。一宿一飯の恩義、という言葉の通りに。


「そんなことより、わたしも何か手伝います。料理はあんまり手伝えないけど、机拭きくらいなら・・・」


祐一さんのしている机拭きを代わろうかと近づき・・・・・・視界の端に動く青い物体を捕らえ、言葉を止めた。

漠然と、何を思うでもなく視線を向ける。

キッチンとリビングを視界的に繋ぐ、細長い窓・・・カウンター。

カウンターの向こう側に、私の知らない人間がいた。青い三つ編みと、茶色のショートヘアのお姉さん達。

茶色のお姉さんは右へ左へ動き、青いお姉さんはゆったりと忙しなくキッチン内を動き回っている。

”ゆったり”と”忙しなく”を両方使うと矛盾がある気もするけど、そうとしか表現できない動き。

あっちはキッチン。多分、料理でもしているんだろうとは思うけれど・・・・・・誰?

昨日わたし達が就寝するまでは居なかった。

わたしは無言で視線を戻し、祐一さんへと問いかけようと口を開く。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


問おうとした疑問は、寸でのところで飲み込んだ。

無言でわたしを見つめてくる祐一さん。その瞳は、言葉よりも雄弁にモノを語っている。

即ち、「あの二人の事は疑問に思うな」・・・・・・と。

後で説明するけれど、どうせだから全員集合してから説明をするのだろうと思う。

だからわたしは、開けた口から別の言葉を紡ぐことにした。


「手伝いは・・・・・・いります?」

「大丈夫。手は足りてるから、ゆっくりしててくれ。

 客間に行けばテレビもあるし、二階の俺の部屋には多少漫画もあるから、勝手に読んでもいいぞ。

 それかもし動物嫌いじゃなければ、家の飼い狐の相手をしてて欲しい。もうすぐしたら起きてくるから」

「はい」


わたしは一旦洗面所へと行き、顔を荒い口をゆすぐ。

タオルで水気を綺麗に拭き取りサッパリして洗面所から出たところ、丁度二階から降りてくる子狐と遭遇した。

祐一さんの宣言通り、本当にすぐだった。

ちっちゃな子狐が可愛らしく「くぅん♪」と一鳴きしてリビングへと入って行こうとする。

どうせなのでと子狐を捕まえ、リビングでその子と戯れてわたしは時間を潰す。子犬には及ばないけど、子狐も中々ね。

お姉さん達に混ざり料理を手伝う祐一さん。観察してみれば、手際良く作業する茶色のお姉さんに負けず劣らずの手際なのが分かる。


料理を作っている祐一さん、楽しそうね・・・・・・。

帰ったら、少し料理の勉強でもしてみようかしら。




















SIDE:なのは

普段寝起きで苦労している私だけど、今日だけはパチリと。消えていた電気が、急に点いた感じに・・・。

不意に、目が覚めた。

目覚めが爽快・・・とは、また違う。変な気分・・・・・・・・・。

・・・・・・あれ?


「ここ・・・どこ?」


体を起こして、回りを確認する。頭上にカーテン。

私のすぐ隣にはフェイトちゃんが寝ていて、その向こうにはベッドの上で寝ている二人の人・・・。

片方が、フェイトちゃんと同じ金色の髪。もう片方が、黒髪の・・・・・・。

・・・あ・・・そっか。昨日はリインフォースさんを探しに知らない町に来て、ここは昨日知り合った相沢祐一君のお家。

ベッドの上で寝ているのは、フェイトちゃんのお姉ちゃんのアリシアちゃんと、フェイトちゃんのお母さん・・・プレシアさん。

現状確認が済んだところで、私は次の行動に移ることにする。


「んと・・・え~っと・・・・・・あった」


昨日の記憶を頼りに、ゴソゴソと布団の端っこの方を探る。目的の物はすぐに見つかった。

ピンク色の携帯電話。中を開き、液晶画面から発する光の眩しさに一瞬目を瞑りながら、それでも画面を見る。

・・・・・・6時、ちょっと前? 朝早い。けど、外は暗い。いつもこの時間なら、もっと明るい筈なんだけど・・・。

町が違うからかな? 電車を使っても、移動には三時間もかかったし。

携帯を閉じて、思い切り伸びをする。

目覚めは奇妙だったけど、昨日の疲れはすっかり取れた。足の疲れも残ってない。

うん、快調。

布団を退けて立ち上がる。直後、部屋の中に違和感を覚えた。


・・・・・・・・・・・・? フェイトちゃん、背が縮んでる?


気がつけたのは本当に偶然。隣の布団の盛り上がりが、一回り程小さい。

身体を畳んで寝ている・・・とも、違うと思うし・・・・・・。布団が分厚いので、多分、としか言えないんだけど・・・・・・。

どうも釈然としないので、私は確かめてみることにした。

フェイトちゃんの布団を少しだけ持ち上げて、そっと中を覗いてみる。

起こさないように、そ~っと、そ~っと・・・・・・・・・


「・・・・・・? ・・・っ!???!!」


布団を手放し後退って、絶叫をしそうになる自分の口をどうにか押さえ込む。

私の脳内は絶賛混乱中。

隣で寝ていたのは、フェイトちゃんの筈だった。寝る直前までは、確かにフェイトちゃんだった。

だって私、隣同士だったから話してたもん。なのに・・・なのに・・・・・・


どうしてアリシアちゃんがそこで眠ってるのーーーーー???!!


ハッとしてベッドへと視線を向ける。じゃあ、じゃあ、あそこで眠ってるのって・・・・・・。

プレシアさんと寄り添って眠っている子って。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やめよう。私が考えてもしょうがないもん。

多分私の顔は引きつっていると思う。だけど、引きつっていない。

うん、私は最初から何にも見てない。そういうことにしよう。

後の騒動なんて気にしない。気になるけど、気にしない。今日もいい天気だといいなぁ。

静かにやや早足で部屋を後にする。廊下の寒さに身震いするより先に、その場を離れることを優先した。

階段は部屋を出て正面。急ぎ足に駆け下りる。

一階へ降りて、ようやく一息つけた。


「はぁ」


ついでなのでため息も一緒に吐き出す。廊下を左方向に進んで・・・・・・引き返す。

リビングは確か、左じゃなくて右方向だった。知らない人の家って、勝手が悪い。

数歩歩いて、既に明かりの点いているリビングに到着。

中に入ると、意外と起きている人数が多いことに私はビックリした。


「あら? おはよ、なのは」


床に寝転んで指をクルクルと回しているアリサちゃんと、その指にじゃれ付く祐一君家の狐さん。

じゃれ付く度に狐さんの首輪に付けられた鈴がちりんちりん♪ と、心地良い音色を奏でる。


「おはよう、なのは」


キッチンからお皿を持って出てくるお兄ちゃん。

いつも鍛練する為に早起きだから、しっかり目覚めているお兄ちゃんに関しては見慣れた光景。

お皿の中には皮も綺麗に剥かれた、美味しそうなリンゴが沢山乗っていた。


「・・・・・・おはよう」


むすっとした顔で腕を組み、椅子に腰掛けているクロノ君。一生懸命何かを考えているようにも見える。

昨日の負けを、まだ引きずってるのかも。途中まではいい勝負だったのに、最後でボッコボコにされちゃったんだもんね・・・。

クロノ君の目の前にリンゴを差し出すお兄ちゃんだけど、それにも手をつけない。

お兄ちゃんは肩をすくめ、机の上にリンゴ入りの容器を置いてから、(時間潰しの為だろう)新聞に手を掛けていた。


「おはよ~」


お兄ちゃん、アリサちゃん、クロノ君に向けて挨拶を返す。

リビングの中は、食欲をそそるいい匂いが充満していた。キッチンの方にも、誰かいるのかな?

朝の挨拶をしようと、すぐ横の通路からキッチンへと入っていく。


私は更なる現実に直面して、声も出せなくなった。


「おはようございます、なのはちゃん」

「よ。おはよう、なのは」


キッチンには・・・・・・祐一君と、あきこおねえさんがいた。

あきこおねえさんが・・・いた?


「ええええええぇぇぇええ!!?」


アリシアちゃんが隣に寝ていた時と同じぐらいの驚愕! 出せる限りの全力で、思いっきり叫ぶ。

驚きでガクガクと震えて定まらない指先で、秋子お姉さんを指差す。口からは言葉にならない声が漏れ、正しい言葉に出来ない。

秋子お姉さんはフライパンをコンロに置いて、ゆっくりと私に近づいてくる。

私の歩幅一歩分の距離を開けて止まり、屈んで私と目線を合わせた。


「こんな朝早くから、近所迷惑よ。もう少し声は小さくね、なのはちゃん」

「・・・・・・・・・は、はい・・・・・・」


昨日と変わらずおっとりペースで私を諭す秋子お姉さん。もう、何に対して驚けばいいのやら。

祐一君へ視線を向ければ、秋子お姉さんがたった今まで持っていたフライパンを持ち、料理の続きをしている。

他にも、茶色の・・・・・・キィお姉さんもいたけど、そっちは私に視線すら向けずに祐一君へ恨みがましい視線を向けていて、

私が見ていることに気がついた様子も無い。誰でもいいから、状況を教えて。

何で秋子お姉さんがここにいるの? 祐一君達との関係は?


「祐一さんはね、私のお姉さんの子供なの。だから、叔母と甥の関係。

 ここにいる理由はとっても簡単。大人数だと朝ごはんを作るのが大変だろうと思って、差し出がましいだろうけどお手伝いに」


ビックリして秋子お姉さんに視線を戻す。

まるで心を読んだんじゃないかってぐらいに、的確に私の知りたいことを教えてくれた。

そんな私に対し、秋子お姉さんは相変わらずのおっとりとした笑みを浮かべて、


「皆が起きてきたら、食事にしましょう。ご飯を食べるのなら、賑やかな方が・・・ね?」


こくこくと頷く私に満足したのか、秋子お姉さんは料理に戻っていった。

私はキッチンからリビングへと戻って、床で狐さんと遊んでいるアリサちゃんに混ざることにする。

祐一君に飼われて人間に対する警戒心が薄れているのか、私が触っても逃げようとしない。

指でお腹をくすぐると、嫌がるどころかむしろ「もっと構って~」と言わんばかりに腹を見せて甘えてくる。


・・・・・・なんでだろう。念願の狐さんモフモフし放題なのに・・・・・・すっごくすっごく可愛いのに・・・・・・。

違うことに気が散って、あんまり楽しめないの・・・。









[8661] 第六十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/04/16 18:15










ぎゅっと抱きしめると、そっと抱き返してくれる優しい抱擁。それが嬉しい。

時折頭を撫でてくれる優しい手つきに、頬が綻ぶ。

私とアリシア姉さんを勘違いしての行為だってことは、分かっている。けど・・・やっぱり嬉しい。

目が覚めてから30分。それでもまだ起き上がろうとは思わない・・・・・・。
















SIDE:リインフォース


「すみません、寝坊しました!」


主を抱え、リビングに飛び込む。現在の時間は、7時過ぎ。空にはもう日が昇っている。

予想していた通り、もうほぼ全員がリビングへと集まっていた。

リビングの真ん中には、一昨日に出されていた左右がスライドする大きな机。机の上には料理の数々。

早起きをし、私も手伝いをするつもりだったのですけど・・・・・・もう完璧にすることが無い。出遅れた。

祐一が盆を持ち、丁度私の前を通りかかる。盆の上には、もう料理が載っていない皿が数枚重ねに載せられていた。


「おはよう、リイン。ご飯出来てるぞ」

「はい。すみません、寝過ごしてしまいました・・・」

「この時間なら、寝過ごしたうちに入らないって。空いてる席に着いて、料理を適当につついててくれ。料理は追加で持ってくるから」


半数以上は席に着き、一部は机の上に箸を置いている者もいる。これを寝過ごしたと言わず何と言うのか。

今後このようなことがないように、7時起床は寝坊だと胸に刻む。


「んむぅ・・・どなぃしたんや、リィン・・・」


寝起き特有のかすれた声。私の腕の中で目を擦り目を覚ます主。部屋を出る時、主はやても一緒に連れてきている。

主は足が動かない為、車椅子無しの状況では誰かが抱えて運ばないと移動が困難。

祐一に対してもですが、こちらもこちらとて実に申し訳ない。その足が動かない原因は、私(闇の書)にあるのだから。


「朝です、我が主。お目覚めを」

「ぅぅ~・・・嫌や。まだねむぃ・・・」


昨夜は主はやてと深夜遅くまで話し込んでいた為―――一方的に主はやてが話し、私が相槌を打つ形式を話し込む、と言えばだが―――就寝するのが遅かった。

最後に時計を見た時は、恐らく深夜の1時を回っていた筈。昨日主が寝付くまで、私はひたすら付き合っていた。

双方、睡眠時間は6時間未満。私も主はやても見事な睡眠不足。私はまだしも、未だ子供の身であらせられる主には辛いことだろう。

ですが正しい生活習慣は主の為。眠いとは思うが致し方ない。ここは我慢して起きてもらいましょう。


「朝食も出来ています。お目覚めを」

「ぅ~・・・しゃあないなぁ」


観念したのか、瞬きを幾度もしながら少しずつ瞼を開けていく。やがて大きな欠伸を一つ。


・・・・・・・・・小さな口で欠伸をする主の姿が可愛いと思うのは、騎士としてあるまじき感情・・・・・・でしょうか?


主を空いている席にそっと降ろす。すぐに机に突っ伏し少々行儀は悪いが、椅子からずり落ちるような気配は無い。

それを見届け、私も安心して隣の席に腰掛けようと椅子を引く。

私自身特に意識しているわけではないが、視線は自然に祐一へと・・・・・・・・・。


「洗い物追加っす」

「はい。そこに置いてて下さい」


・・・・・・この家の住人でなく、更には主はやて達との関わりも無い筈の人間が、キッチンの中にいることに気が付いた。

それも片方は、・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・我が主、少し失礼します」

「リイン? どこ行くんや?」

「ちょっとそこまで」


席に腰を下ろした早々に再び立ち上がり、足取り速くキッチンの中へと入っていく。

途中に(私がキッチンへと入ってきたことで)目を丸くしている祐一と、(私にトラウマを植えつけた)ぢゃむの女性がいたけれど素通り。

その奥で作業をしていた女性を捕捉し、キッチンの一番奥(元々奥がそこまで遠くは無いけれど)の方まで連れて行く。

彼女をしゃがませ、私もしゃがみ、他には聞こえないよう出来るだけ顔を寄せてから、小声で話をする。


「・・・リニス・・・。あなた、何をやっているのですか」


『彼女』とはリニス。私のお友達。

席に座りキッチンへと視線を移せば、何故か皿洗いをしている彼女の姿が。

周りの視線も省みずに行動に移してしまった。しかし、後先考えずに行動してしまったことも仕方の無いこと。

ほんの数日前お友達になった彼女は、人型で祐一の前に出る事は無い筈なのだから。


「り、リイン・・・。その・・・お食事の準備と後片付けを手伝って・・・」

「いいえ、それは理解しています。そうではなく、・・・・・・・・・?」


改めて間近で彼女の顔を見た私は、彼女に違和感を覚える。

何か、足りない。何かが・・・・・・。


「リニス、耳は?」

「? あ~、これですか? ペッタリと伏せてから、髪と同化させ・・・・・・」


「二人とも、どうした?」


背後から祐一の声。虚を衝かれ、思わず揃ってビクッと身体を反応させてしまった。

そろっと振り返り、祐一の姿を確認。どう説明すればいいのか迷う。

・・・・・・・・・短慮な行動でした。リニスがこの場にいる理由、私は知らない。

リニスの事、祐一は知っている? それとも未だに知らないのでしょうか。

彼女の事を考えるならば、迂闊なことを口には出せない。不測の事態で、止むを得ずこの場にいる可能性もありうる。

結局口には出さず、身振り手振りで『私達は二人で話す事があるから、少し向こうの方へ行っていて欲しい』と伝える。

それが伝わったのか、祐一は一つ頷いてそれ以上何も聞かずに離れていった。

声が聞こえないところまで離れるのを見送り、ホッと一息。再び会話を開始する。


「・・・・・・私が聞きたいのは、どうしてあなたが”人型で”、祐一の近くで料理をしているのか。前に話してくれたでしょう?

 あなたはその姿で祐一の前に出ることは無いと・・・・・・」

「出るつもりはなかったんですけどね・・・。事情が変わっちゃいました」

「事情?」

「ええ。いろいろな事情が重なって、一言では説明し切れないのですけれど・・・。落ち着いたら、追々説明します」


短い付き合いで私が把握した、彼女の性格。一言で表すならば、義理堅い。

落ち着いたら説明してくれると彼女が言うのなら本当にそうするのだろうと察し、私はそれ以上の追求はしないことにした。


「あなたがそう言うのでしたら、私は構わないのですが・・・・・・。

 祐一に人型、どうしても見せたくないのではなかったのですか?」

「それは・・・見せないなら見せないで、隠し通すに越したことは無かったですよ、勿論。

 実際今すぐ『お邪魔しました』と言って、玄関から外に飛び出したい気持ちでいっぱいです。

 私これでも、相当緊張しています」


と言う割には、表情はいつもと変わらない。感情を内に隠すのが上手い彼女。

そっと私の手の甲に、彼女が手の平を重ねてくる。・・・・・・その手は、確かに小刻みに震えていた。

少しばかり・・・・・・いや、結構・・・・・・・・・かなり勇気を振り絞ったのではないでしょうか。


「では何故?」

「・・・時空管理局が居ます。それも、祐一のすぐ傍に。

 今後祐一が管理局と関わりを持ち続けるのなら、どちらにしろいずれバレてしまいます。

 私とてこのまま、管理局の魔導師相手に私の正体を隠し通しておける自信はありません。

 祐一に正体がバレてしまうのも時間の問題。だから、意を決して。この場に」

「・・・・・・そうですか」


なるほど。この場にいるのは偶然でも事故でもなく、彼女の意思でしたか。


「思い切った行動に出ましたね、リニス」

「開き直っているのも否めませんけどね。

 それにほら。自分から正体をバラす方が、気持ちの切り替えとしても丁度いいでしょう?」


明るい笑顔で、ポジディブな思考。祐一に正体をバラすと決意した心意気には感心します。

・・・・・・正直、どうして彼女が祐一に自身のことを隠したがっているのか理由を知らない私なのですが。


「それではもう、祐一には説明を?」

「いいえ、それがまだ」

「では私も手伝います。いつ伝えるのかは決めているのですか?」

「ええ。今朝は祐一が料理当番、それも複数分作らなければいけない状況だったでしょう?

 なので今日の早朝に伝えようと、決心していたのですが・・・・・・」


手伝うと申し出たにも拘らず、リニスは既に行動済みだと答えました。

わ、私の手伝いは必要ないということで・・・?

いえ・・・きっと自分の事で精一杯になり、私の手を借りようとまでは考えが回らなかったのでしょう。

少なくとも昨日まではそんな気配をおくびにも出していなかったのですから。

ですが実行前に、せめて私には一言の相談ぐらいは欲しかった。私、彼女のお友達です・・・・・・。


「朝に実行したのならば、既に伝えることに成功したのでは?」

「・・・・・・失敗、しました」

「し、失敗ですか」


正直この一言には安心した。まだ私にもお手伝いできることが残っていましたか。

よか・・・・・・はっ! いけない、彼女が失敗したことに喜んでいる自分が・・・・・・。

一瞬でもホッとしてしまった私は、彼女のお友達失格です。


「私、祐一なら当然のごとく私に対して疑問を抱き、彼から質問してくれると期待していたんです。

 ・・・・・・・・・期待していたのですが・・・・・・・・・。予想に反し、朝からずっと何も訊いてきません。

 覚悟を決めて自分から切り出そうと意を決した時には、リビングに人が入ってきますし。

 段々とリビングにも人が増え、とうとう自分から切り出す機会も完全に失って・・・・・・

 今ズルズルと料理を手伝い続けています・・・・・・」


もうリニスの説明は右から左へと素通りしている。

私に出来た、最初のお友達。祐一達は私を家族として扱ってくれていたので、友達ではない。

正真正銘、本当に彼女が最初なのだ。どうして私は彼女の失敗を喜んでしまったのか。


「・・・・・・くっ」


唇をかみ締め、自己嫌悪に陥る。


「リイン・・・・・・ありがとう、そんなに悔しがってくれて」


リニスが私の手を握り、とても優しい笑みを浮かべてくる。


「・・・はい? いえ、今のは・・・・・・・・・」


どうやらリニスには、自己嫌悪している私の姿が、然もリニスに同情しているかのように映ったようです。

即座に否定しようとするが、途中で思い止まる。

・・・・・・勘違いさせたままの方が、彼女にとっても幸せでしょうか・・・・・・?

少なくとも、本心を話してしまうのはマイナスにしかならないような気も・・・。


「私の為に、こんなに悔しがってくれるお友達がいるんです。私はまだまだ頑張れます」


結局、撤回するタイミングは逃してしまった。

自己嫌悪再び。

ですがこのまま落ち込んでいても、状況は好転しない。彼女も余計に落ち込む私に慌てるかもしれない。

話してしまおうとする感情が、喋るまいとする理性に負けてしまう前に、話題を変えなければ。


「その・・・・・・リニス。ぢゃむの女性は、どうしてここに居るのですか・・・?」


結局出てきたのは、そんな在り来たりな質問。話題でも何でもない。

ですが考えてみれば、確かにこれは持って当然の疑問。

リニスがキッチンにいるインパクトが強すぎて、たった今までまるで疑問視していませんでしたが。


「? ああ、彼女ですか。ほら、今日はお客さんが多いでしょう?

 だから朝食は祐一(と私)だけじゃ大変だと思って、昨日の内に電話しておいたんです」


電話? いつの間に・・・・・・。各々部屋に行き、全員が寝付いたその後でしょうか。

私はまったく気配を察知できませんでしたが・・・・・・。素体が猫だから?


「リイン。私、諦めずにもう一度試してみます。よくよく考えてみれば、今は絶好の機会。

 幸いにも、このキッチンの中でなら他の人間は入ってきませんし、秋子も事情を知っているが故に気にしなくとも良い。

 祐一は料理運びや食器下げで頻繁にこちら(キッチン)側に来るのですから、タイミングを見計らって・・・・・・」





「俺に何か用事か?」





「「っ!」」





  ガンッ!





「「~~~っ!!」」


背後から再びの、祐一の声。聞かれたくないベストなタイミングで話しかけられたので、体が過剰な反応をしてしまう。

勢いよく振り返ろうとしたついでに思いきり後退った為、私達は二人揃って間近に迫っていた壁に後頭部をぶつけた。

しかもこの壁、中央に縦長の窓が付いているモノで、窓枠の部分は少しばかり迫り出している。

よりにもよって、そこにぶつかった。二度言うようですけど、思いきり・・・・・・。

私以上に勢いをつけていたリニスは四肢を床に着け悶絶し、

私とて尋常じゃない痛みが頭部を襲っている為、蹲って身動きが取れないでいる。

い、痛い・・・・・・。戦いで痛みに慣れているつもりでしたが、それとはまた別種の痛みです・・・。


「な、何してんだ二人揃って。大丈夫か? 凄い音だったぞ・・・」


両手で押さえている後頭部ですが、覆いきれていない部分はある。そこを祐一が撫で擦ってくる(怪我の確認でしょうけれど)。

その手に少し痛みが和らぐ私の体。現金です・・・・・・。


「す、すみ・・・ません」

「さっきから二人でゴソゴソ、挙動不審だし・・・・・・何か疚しい事でもあるのか?」

「いえ・・・・・・疚しくはないです」

「なら何してるんだよ。そもそも二人って、知り合いなのか?」


答えに窮する。私の口から言うのは簡単。然りとて、果たしてそれで良いのか。

彼女の意思を尊重し、リニス自ら行動を起こすのを待つべきでは・・・?

そう思いリニスに視線を移すが、彼女は頭を押さえ沈黙している。リニスは中々口を開かない。

激痛が長引いているのか、それとも咄嗟過ぎて心の準備が出来ていないのか・・・・・・・

そんな彼女に何を思ったのか、祐一はリニスの頭にも手を伸ばす。


「痛いの痛いの~、飛んでけ~」


・・・・・・何かのお呪いでしょうか。

リニスの頭に添えられた、祐一の手。幾度もリニスの頭を撫でている。

・・・・・・・・・・・・ふと・・・見えた。祐一の手から発せられた、仄かな虹色の光に。

うっかりしてると見逃してしまうほどに、幽かな光。

これは・・・・・・もしや、魔法? それも、治癒系統の?

しかし発せられる光からして、大きな効果を望めそうには見えない。精々が痛み止め程度の・・・・・・。

ああ、なるほど。痛み止め。私の頭部の痛みが引いたのも気のせいではなく、祐一の治癒魔法のお陰・・・。

私は一人、納得した。


「ほ~れほれ。痛いの痛いの飛んでけ~」

「こ・・・子供扱いですか、私を・・・」

「いえいえ。大人だと思っていますですよ、見た目通り。それで、痛みはまだ続きますか?」

「・・・・・・いえ、もう大分良いです」


まだリニスの頭を撫で続けている祐一。前々から思っていたのですけど、祐一は人の頭を躊躇無く撫でますよね。

それも相手に不快感を与えず、かなり手馴れた風。

現にリニスとて、不快そうな顔は一切せず静かに頭を撫でられ・・・・・・・・・頭、を?


「?」


・・・不思議です。祐一がリニスの頭を撫でている光景を見ていると、何か・・・重大な何かを忘れている気分になる。

何でしょう? 心に引っかかる何かがあるものの、それが何かは分からない。

悩む私の疑問は、次の瞬間あっさりと解ける。祐一の一言により。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・みみ?」


撫でるのを止めた祐一。発せられた言葉の意味。

・・・・・・あー・・・そうです。そうでした。リニスの猫耳、伏せて髪の毛に見せているんでした。

傍から見る分には全く問題無いが、耳先は他の髪よりか色素が薄く白い部分が多い。

他の髪で巧妙に内側に隠していたであろうそこは、頭を撫でれば当然露出しやすくなる。

気にすれば撫でている方はそこを探り、耳の存在に気が付く可能性は大幅に上がる。

完全に失念していた・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


狭いキッチンの隅で、気まずい沈黙が続く。

リニスは元より、祐一も何と声を掛けていいのか迷っているようです。

”祐一、どうせならズバッと核心に触れてあげてください”

心の中でそっと念じるが・・・・・・・・・


「あー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・趣味ですか?」


届かない。祐一はその耳が本物かどうかを疑ってきた。

リニスの決意を鑑みれば、気が付いてもらえなかったのは・・・・・・恐らく不幸。

その祐一の問いかけにより、リニスはついに決意を秘めた顔になる。


「ち、違います・・・・・・この耳は・・・・・・・・・」


頑張って、リニス。


「この耳は・・・!」





  バンッ!





・・・・・・・・・・・・折角リニスが振り絞ったというのに、その勇気は祐一に届くことは無かった。

ドアの開く音によって、祐一の意識が逸れたから・・・。

固まるリニス。緊張のしすぎか、伏せていた耳がぴょこん♪ と起き上がったが、祐一はもうこちらを見ていない。

祐一は新たにリビングに入ってきた存在に意識を移し、無情にも立ち上がってしまった。


「あー、こりゃ何かあったな、プレシアさん」


どうやら起きてきたのはプレシアのようですね。ですが今はそんな事どうでもいいです。

何かあったのはこっちも同じです。むしろ現在進行で起こっています。ほら、リニスの耳が・・・。

その意を込めて祐一の腕を引き、注意をこちらへと戻す。私に出来る、精一杯のお手伝い。

ですが運良く祐一がもう一度意識を戻してくれたというのに、リニスは祐一が耳を見る前に再び伏せてしまった。


「悪いな、リイン。ちょっとプレシアさんの様子を見てくるわ。・・・・・・猫耳の事は誰にも言いませんからね、お姉さん」


最後まで祐一は勘違いをしたまま。戸棚からコップを出し、水を注いでプレシアへと持って行ってしまった。

今度は間違いなく同情的な目で、私はリニスを見ていることでしょう。


「す、すみません・・・。プレシアとは流石に、顔を合わせられないので・・・っ」


涙を呑んで、姿を変化させるリニス。

彼女から以前聞いた話では、プレシアとリニスは”元”主従の関係だそうで。それはさぞ、顔を合わせ辛いことでしょう。

”この家の飼い猫”へと姿を変えた彼女を抱え、私は立ち上がる。カウンター越しに祐一とプレシアを確認。

プレシアは赤毛の子犬を小脇に抱え、祐一が渡したコップの水を一気に飲み干しています。

アルフという名のその子犬は目が点に、口をあんぐりと開けて呆然としている。

子犬を小脇に抱えている所からして、依然冷静になれてはいないと見えますね。



「あ、悪夢だわ・・・」

「何がでしょうか?」

「あの子を・・・・・・フェイトを抱きしめて眠っていたの・・・・・・」

「あ~、昨日言っていましたもんねぇ。一緒のベッドで寝たいって」


プレシアの入ってきたドアから続いて、アリシアとフェイトも入ってくる。

アリシアは大きな欠伸をしながら。フェイトは隠し切れない程の笑みをたたえながら。

その光景を眺めつつ、私はリニスの背を撫で慰める。


「リニス・・・・・・。次、頑張って下さいね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・にゃぅ・・・・・・」


果たして、彼女の想いが叶えられる日はいつにいなるのでしょうか・・・・・・。




















詰まる所、キッチンから忽然と姿を消した事になるリニス(人型)ですが・・・。

秋子が一言「裏口から帰りましたよ」とフォローしたことにより、誰一人として疑問に思うことなく納得していました。

尚、このキッチンにはリビングへ通じる通路以外に出入り口なんてありません。

今日の朝食は洋食中心でとても美味しかったです。ごちそうさまでした。









[8661] 第六十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/04/29 14:49










SIDE:アリサ

料理を終えた後はリンディさんと世間話をしていた、青い三つ編みの女の人。

タッパに朝食の残りを詰め、しばらくして出掛けて行った。セミロングの人は、もっと早くに。

朝食が終わっても、食後休憩で寛いでいる間も、結局祐一さんはあの二人の人について何にも説明してくれない。

楽しそうに会話をしていたリンディさんの様子からして、わたし(と、恐らくすずかも)以外は知っている人なのかも。

なのでわたしは祐一さんに直接問いかけることにした。あの二人が誰だったのか。

訊けば答えは簡単に返ってくる。


【水瀬秋子】


その名には聞き覚えがあった。佐祐理お姉さんが尤も尊敬する、女性の名前。祐一さんの叔母さんらしい。

っていうか、本人だったわけ・・・? 世間狭すぎ。

ついでなので、もういくつか質問を重ねる。


「なのは達と秋子さんが知り合いかどうか? 秋子さんがなのはの名前を知ってたし、知り合いだとは思うぞ。

 どんな知り合いかはまでは分からないけどな。

 二人が昨日この家に帰ってきてなかった理由? そりゃ二人はこの家に住んでないから、当然だ。

 ・・・・・・どうして朝からこの家にいたのかって? あっはっは、知らん!」


この人の頭の中には『住居不法侵入』という言葉が無いのか、カラッと爽やかに答えた。

ついつい、手加減無用で頭を叩いてみたくなったわ。


「でも合鍵は渡してあるし、出入りは自由に可能だ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。まあ本人が納得してるんなら、別にわたしが口を挟むことじゃないんだけどね。

だからまあ、あの人についての自己紹介が無かったのは一応・・・・・・い・ち・お・う! 納得するとしましょう。

なのは達とも知り合いだったみたいからね。わたしやすずかに対して自己紹介が無かったのは癪だけど。

ただ問題は、次の問いに対して発生。

青い髪の女性が水瀬秋子さんなら、セミロングのお姉さんは誰か?

答・祐一さんも知らない・・・・・・らしい。

秋子さんかリインなら知ってるかもしれないけど、俺は知らないって。

そんな身元不鮮明な人物を易々と家に上げているのか、とか、挨拶も無しに勝手に帰ったことについてどう思うのか、

とか色々思うところはあるけど、それは一旦脇に置くとして・・・


いつの間にか居なくなった事に誰一人として疑問に思わないって、どういう了見?


まずこの事に対して突っ込みたい。

疑問に思わなかったのは祐一さんだけじゃない。他の皆も、「ああ、そうなんですかぁ」の一言であっさりと信じ込んだし。

裏口から帰ったって秋子さんは言ってたけど、キッチンに裏口が無いのはわたし自身が確認済み。

祐一さんに裏口が無いこと指摘しても・・・


「・・・キッチンに裏口は無い? そうだな、そりゃそうだ。だけど秋子さんがそう言ったんだ、間違い無い」


どこからそんな自信が湧いてくるのか、祐一さんはありもしない裏口から帰ったと断言する。

あの秋子さんが言ったというだけで。信頼するにも程がある。

ついでにこうも述べてきた。


「俺もここ最近になってようやく・・・ほんとにようやく理解してきたことなんだけどな・・・。

 あの人には、あらゆる疑問を持つだけ無駄だ。逆に、秋子さんだから、の一言で全てを納得したほうが楽だぞ。

 アリサは理屈っぽいし、理不尽に感じるかもしれないけどな」


どこか遠くを見ながら喋る祐一さんの顔は、妙に印象に残った。

訳がわっかんない! どうなってるのよ、説明して!










まあそんな葛藤とか苦悩とかがない交ぜになった不思議に疲れる朝は過ぎ去り、午前中も残り3時間になった。

シグナムさん達もすでにホテルをチェックアウトしていて、現在はリビングでお茶を飲んで寛いでいる。

わたし達がいるのは、客間。


「それで? なのは達はどうするつもりなの?」

「・・・ふへ? にゃにが?」


なのはは祐一さんが出してくれたお煎餅を齧りながらソファに深く腰掛けている。

右手にお煎餅、左手にココア。肩の上には、朝に仲良くなった子狐(祐一さんが置いていった)が乗ってる。

馴染みすぎよ、あんた。


「何が、って・・・・・・これからの事よ、これからの。すぐに海鳴市に戻るの? それとも少し町を観光していく?

 因みにわたしには、何にも予定が無いから。皆と一緒に行動するつもりよ」


わたしは今日の予定、何一つ立てていない。そもそも今回こっちへ来たのは、なのは達を追いかける為。

追いついた後のことは当然、何にも計画していなかった。

追いついた後だって流れに身を任せるまま、行き当たりばったりばかりで乗り切った。流れって、怖い。

でも折角こんな所まで来たんだから、佐祐理お姉さんに挨拶ぐらいはしておきたいかも。

・・・・・・ほんの三日前にさよならしたばっかりだけど。


「んぐんぐ・・・ん・・・と? フェイトちゃん、何か聞いてる? リンディさんから」

「え? ううん、何にも」

「・・・・・・あ、あんた達ねぇ」


こっちも計画性皆無だったか、呑気者め。

そうよ。こういう計画は、主に大人の仕事。リンディさんか、最低でも恭也さんあたりに聞いてみるべきだった。

ソファから立ち上がり、湯飲みを両手にゆったり寛いでいるリンディさんの元へと赴く。


「リンディさん」

「な~んにも、考えていなかったりして」


・・・・・・・・・うん。まあ、なのはとわたしの会話を聞いていたんだと思う。

だから質問する前に答えてくれたのは、手間が省けた感も否めない・・・。

頬に人差し指を当て、実年齢よりは大分幼く見える可愛らしい笑顔で、ハッキリ言い切ったリンディさん。


「正直に言っちゃうとね、リインフォースがこんなに早く見つかるなんて思ってなかったのよ。

 だから今日は、ぜ~んぶオフ」


『大人なのに、どうして計画立ててないの!?』

そんなわたしの苛立ちなんて、この場じゃ何の意味も無い。

肩を落とし、元のソファへと戻る。

どうしようか。こうなったらわたしが皆を先導して、この町の案内でも・・・・・・・・・

無理なのよねぇ、それが。わたしはこの町の地理にそこまで詳しくないし。

佐祐理お姉さんと合流して、佐祐理お姉さんに案内してもらう?

でも佐祐理お姉さんも暇じゃないだろうし、手を煩わせるのはどうにも気が引ける。

・・・・・・・・・だったら、一弥辺りにでも案内させて・・・・・・・・・


「くーん? ・・・きゃん、きゃんっ!」

「わわっ! どうしたの!?」



突然の叫び声。何事かと視線を向ければ、なのはの肩の上で真琴が騒ぎ出した。

耳元で叫んでいるだけだと思ったら、しばらくしてなのはの頬をパシパシと叩き、

更には右肩から左肩、左肩から右肩へと駆けずり回る。

途中で何度か髪の毛に爪を引っ掛けていたので、綺麗にツインテールにセットしていたなのはの髪が悲惨なことに。


「ちょ、ちょっと、待って。落ち着いて、真琴ちゃんっ!」


なのははどうにか真琴を落ち着けようとするけど、どうにも止まらない。

捕まえようと腕を伸ばせば、素早い動きでなのはの腕を掻い潜る。悪戦苦闘って言葉がピッタリね。

傍に居るフェイトも何かしようと―――フェイトって、いっつもなのはの傍にいるのよねぇ―――両手を前にゆらゆら蠢かせ、

捕まえる姿勢は見せているけど・・・・・・流石に手を出しかねていた。

相手はまだ子供の狐、下手に乱暴に扱えないもの。

仕方が無いので、わたしがなのはの体から真琴をヒョイと取り上げる。

すでになのはは満身創痍。綺麗に左右対称になっていたツインテールはぐちゃぐちゃに乱れ、服もちょっと着崩れていた。


「あうぅ・・・」

「なのは、大丈夫? 真琴に何やったのよ」

「別に何にも・・・」

「あう~!」

「あっ、ちょっ、こら、真琴っ」


両手でしっかりと確保していた真琴が身をよじる為、わたしにも抑えられなくなった。

手から解放された真琴は床へ音も無く着地し、小動物らしい俊敏な動きで廊下へと続くドアに突っ込んでいく。

ドアは閉まってる。真琴はドアの前で止まり、そのドアに両手をかけて二本立ち。

カリカリとドアを引っかきながら振り返り、わたしへと視線を向けてきた(ような気がする)。

・・・・・・ドアの向こう側に行きたいってこと?


「もう、なんなのよ!」


勝手なんだから! としぶしぶドアを開けてあげる。

少し開けた瞬間、隙間をするりと潜り抜けていった。

顔だけドアから出して真琴を見送ると、脇目も振らず一直線に階段へと向かっている。

・・・・・・あんなに焦って・・・何があったの?

流石に気になり、部屋を出て追うことにする。なのはは当然放置(酷いよアリサちゃん!)。

道すがら、玄関の一角に『白クマ便』と文字の書かれたダンボールが沢山積んで置いてあるのを発見。

特徴として、文字と一緒に可愛らしくデフォルメされた白い熊が描かれている。今朝までは無かった物。

なにこれ。白熊? 宅配便?

真琴の足音はとっくに聞こえない。上るの速っ! ダンボールの横を通り過ぎ、階段を上る。

わたしが最初に見当を付けたのは祐一さんの部屋。

確か、二階の・・・・・・端っこ? そちらへ目を向ければ、ドアは全開。

ある程度近づけば、中の方から真琴の鳴き声も・・・。


「まこと~。一体どうし・・・ひっ!!?










「んっしょ・・・・・・これでいい? なのは」

「うん。ありがと~、フェイトちゃん。一人だと上手にするの大変なんだ、これ」

「私もおんなじ。いつもはアルフに手伝ってもらってるんだ・・・」

「あはは、やっぱり。髪型、もっと簡単なのにした方がいいかな・・・・・・?」

「・・・・・・・・・どうかな・・・・・・・・・?」










「いや、悪い悪い。助かった」

「死ぬほどびっくりしたわよ・・・」


部屋の中を覗いた時、床は血みどろだった。その血みどろの真ん中で祐一さんが倒れ、ダンボールに押し潰されていたのだ。

叫び声を上げなかった自分にもビックリよ。


「最初はどんな強盗が乗り込んできたのかと思ったわよ」

「はっはっは。面白いジョークだな。強盗は玄関から堂々と入ってくる者を指すのだ。

 二階から乗り込んでくるのは、泥棒や窃盗犯の方な」

「比喩よ。揚げ足を取らないで」


真相は、(玄関に置いてあったのと同じデザインの)ダンボールを二段纏めて抱え上げ歩いていた祐一さんが、

床に乱雑に置かれている別のダンボールに蹴躓いて体勢を崩し、更に同じく散らばっていた洋服を踏んづけ滑り、

仰向けに倒れこんだ拍子に肩にダンボールの角がめり込んで祐一さんの肩の傷口が開いた。

血だまりはそれ故の出血だったみたい(それにしては出血が異常な量だったんだけど・・・)。

肩にめり込んだダンボールによってもたらされた激痛で、祐一さんは気を失ったらしい。

・・・・・・・・・・・・なんか、そこだけは意外だったかも。気絶している祐一さんなんて想像も出来ないから。


「一体何をしていたの? こんなに部屋を散らかして・・・・・・」


床には服や雑誌が所狭しと散らばり、足の踏み場に困るほど。

ダンボールもいくつか床に散乱し、こんな状態で足元が見えないんなら、転んでも不思議じゃない。


「引越しの準備。散らかしてるわけじゃないぞ。片付けてる過程に、散らかるという工程が混じっているだけだ」

「片付けてるんなら散らかる筈無いでしょ! って、引越し?」

「そ、引越し」


人差し指で、下を指差す。


「ここ、夏と冬の休みにだけにしか使わない別荘みたいなところ」


・・・・・・そういえば佐祐理お姉さんが、そんなこと言ってたような気も・・・・・・。

祐一さんは夏休みと冬休みだけこの町にいて、それが過ぎれば帰っちゃう、って。

そっか。もう冬休みは終わりね。でも・・・・・・


「それならそうするって、わたしにでも声をかければよかったじゃない。

 祐一さん怪我人なんだし、お手伝いぐらいするわよ」

「いやいやいや、お客に引越しの手伝いをさせるわけにはいかないだろう。俺はそこまで図々しくない」

「・・・・・・本当に?」

「はい嘘ですごめんなさい。前例あります」


・・・こう素直に頭を下げられると、調子が狂う。

祐一さん、謝り慣れてる?

普通自分より年下で生意気(自分で言うのもなんだけど)な女の子に頭を下げられる男の子って、早々いないわよ。


「はぁ・・・。だったらどうして遠慮なんかしてるのよ」

「・・・・・・人ん家の片付け手伝うのって、面倒臭くて理不尽に感じるだろ?」

「そりゃメンドクサイわよ」


当然ね。人の家を片付けたいって人間は、もう根っからの掃除好きか、じゃなければ単に家捜ししたいハイエナよ。

ああでも、桃子さんとか忍さんに頼まれれば別でしょうけどね。わたし、全力で掃除を手伝える自信ある。


「だろう? そんなことするより、遊んでいた方が何倍も有意義だ。だったら声なんてかけられないだろ」

「だけど手伝わなかったのが理由で、さっきみたいなことになったら?

 それでポックリ逝かれたら、そっちの方が迷惑だわ」

「・・・・・・ぐぅの音も出ないな」

「それにさっきだって。わたしが・・・・・・じゃない、真琴が気が付かなかったらどうするつもりだったの?

 下手したら出血多量でショック死してたかもしれないのよ?」

「んー、レイクはいたし。念話でプレシアさん辺りに報告はしてくれてたと思うが。

 だけど真琴は凄いな。あの防音部屋に居て、俺の危機的状況を察してくれたのか」

「くぅん♪」


うーん・・・そこは確かに凄いと思う。


「ところでアリサ」

「なによ」

「いつの間にかタメ口だな」

「・・・・・・ハッ!」


しまった、ついついいつもの口調で・・・。

でも・・・祐一さんには、タメ口のほうが話しやすいわね・・・。


「ゆういち~。アリちゃんの所の手伝い終わ・・・はうっ、すっごい血!」




















SIDE:なのは

私たちをリビングへ集めたアリサちゃんが「荷造りを手伝うわよ!」と突然の宣言をして、

アリサちゃんを筆頭に続々と祐一君家の引越しお手伝いが始まった。

私物をダンボールに詰めて二階から一階の玄関に運んだり、

家電製品は片っ端からコンセントを抜いたり(冷蔵庫の裏が特に大変)・・・。

本当のお引越しはテレビとか冷蔵庫も運ばないといけないから、それが無い分楽だって祐一君は言ってたけど・・・・・・

引越しって、こんなにすることあるんだね。

旅行バッグ一つで楽々と引越しできると思っていた私は、結構お気楽だった。そうしみじみと思ってしまった。

結局午前中は祐一君の家の荷造りだけで終わってしまう。

別に予定なんて何にもなかったけど、あっという間に過ぎ去ってしまった時間がちょっとだけ残念。







そして・・・・・・・・・


「急だなぁ。昼ぐらい食べていけばいいのに」

「すみません。急ぎ戻り、やるべき事がありますので・・・」


駅前。駅に設置されている時計の針は、正午を少しだけ過ぎた辺りを指している。

駅に背を向けて立っているのが、リインフォースさん、はやてちゃん、ヴィータちゃん、

シグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさん、リンディさん、クロノ君の計8人。

これからすぐに海鳴市へ帰る面々。帰る用事があるのは主にリインフォースさんだけで、他の皆はただの付き添い。

リンディさんは保護者みたいなものかな。クロノ君もついでなので帰るらしい。

「これから全員集合(私は誰の事かは分からないけど)した後に、ご飯を食べに行くか」って祐一さんが言った矢先に、

リインフォースさんが「自分は先に向こうに戻ります」となったので、こうしてこの場にいる。


「そっか・・・・・・んじゃな、リイン。この数日、結構楽しかったぞ」

「はい・・・」

「荷物はまた後日に届ける。同じ町に戻りはするけど、多分そんなに会う機会も無くなるだろ。

 でも偶には会えるといいな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・すぐに会えます」

「そうか? そうならいいな」

「絶対です。断言します」


私たちは総出でお見送り・・・・・・なのかな?

お見送りされた側の帰る場所が私も帰る町なので、どうも言葉としてはしっくり来ないけど。


「はやてちゃん、はやてちゃん」

「なんや? なのはちゃん」

「リインフォースさんのご用事って、何?」


私はこの事がどうしても気になって、我慢し切れずはやてちゃんに訊いてしまう。

祐一君とリインフォースさんから少し離れた場所で、こっそりと小声で・・・ね。

だって、『リインフォースさんの用事』。それも、『向こう』に戻ってからやることだって。気になるよ。

だけどその質問をした瞬間はやてちゃんは、びっみょ~な表情を浮かべた。


「あー、なんて言うんかな・・・・・・息子さんをお婿にください・・・? ちゃうなぁ。

 うちの子を息子さんのお嫁さんにしてくださいと要望を述べに行く・・・?」

「・・・・・・?」

「個人的には気ぃは進まへんけど、末っ子で長女の最初の我侭やし・・・・・・難しいなぁ」

「そ、そうなんだ・・・」


難しいのは私も同じだよ、はやてちゃん。意味が分からないよ。

そうこうしている内に、祐一君とリインフォースさんのお別れの言葉も済んでしまった。

とうとう答えらしい答えを聞けないまま、はやてちゃんたちとは一時の解散となる。

駅の中へ姿が消えるのを見届けて・・・・・・。


「よっしゃ! 張り切ってご飯食べに行こー!」


祐一君のこの切り替えの早さには感心する。全員家から連れ出したのは、元々ご飯を食べる予定があったからなんだね。

祐一さんの先導の下、私たちは町の中を歩いて・・・・・・




「お、あれは・・・・・・お~い美汐ー、あゆあゆ~! ご飯食べに行くぞ~!」

「うぐぅ! いい加減にその名前でからかうのやめて~!」

「・・・大声で名前を呼ぶのはやめてください。恥ずかしいです」


歩いて・・・・・・


「えいっ!」

「うおっ・・・しおり~、後ろからいきなり抱きつくなよ。ビックリするから」

「えへへ~。こんにちは、祐一さん」

「こんにちは、相沢君」

「よう、香里。二人とも、昼はもう済ませたか?」

「いいえ、まだよ」

「だったら一緒に来い。秋子さんところで昼ご飯だ」


歩いて・・・・・・・・・・・・


「あははーっ」

「ぃっ!! さ、佐祐理お姉さん!? ど、どこから? 何でわたしを後ろから抱きしめてるんですか!?」

「アリサちゃん、やっぱり抱き心地いいね~。ふえ? ですけどどうしてアリサちゃんがここに?」

「そ、それは・・・・・・」


「一弥も来るだろ?」

「もちろん」

「ねえ、舞は? 舞には聞いてくれないの?」

「舞は訊かなくても来るだろ? それよりも・・・舞、そろそろ放してくれ。周囲の目が痛い・・・。

 何より背中に当たるちょっとやわらかいモノ二つが嬉しいやら恥ずかしいやらで・・・っ!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・町を歩くたびに増える人数。しかも殆どが女の子。

その中に、昨日道を教えてくれた子や、唐突に説教をしてきた子とかチラホラと・・・・・・。

元々大所帯で、今人数が減ったばっかりなのに更に人数が増えて・・・。


「あれ? 秋子さん・・・・・・と、名雪?」

「おはよ~、祐一~」

「こんにちは、祐一さん」

「こんにちは。ちょっと遅めの買出しですか?」

「祐一さん達を待ってたのよ」

「俺を・・・?」

「お料理を作る予定だったけれど、人数が人数でしょう? だから久しぶりに、外食にでもしようかと思って」


増えた人数が、ついに減った人数を追い越した。

祐一君は堂々としているけど、ユーノ君なんかはあまりの女の子の多さにずっと気が引けている。

お兄ちゃんも祐一君同様、何も気にせずこの集団に入り込んでいる。この二人の態度とユーノ君の違いって・・・?

そして秋子お姉さんと一緒にいた、秋子お姉さんにどことなく似ている、私より少しだけ大きい女の子。

秋子お姉さんの妹・・・・・・じゃ、ないよね。

親子?

ねえ。ビックリしていい? って、どこにビックリすればいいか分からないよ・・・。









[8661] 第六十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/05/20 11:26










――――――――――不思議です――――――――――





私が腰掛けるのは、電車の一角の窓際。隣には風の癒し手がおり、対面に紅の鉄騎が。

対角の席にはシグナム。そして私の膝の上に、主はやて。

皆が皆、かつての殺伐とした面影など微塵も感じさせない、穏やかな表情をしている。

優しい主と、穏やかに過ごす騎士達。かつては夢見、そして諦めていた些細な願い。

過ぎたる幸せだとは知りつつも、それでも望んでいた願い。

長い長い時間を過ごし続けて・・・・・・そして、最後に出会えた優しい主。

それが最後の奇跡。数々の存在に不幸をもたらした闇の書に訪れた、たった一つの幸福。

理解していた筈だった。

だからあの時、その幸福を護る為に私が犠牲になるのは、ある意味では当然の事だとも思っていた。

だが、そうはならない。奇跡は二度起きた。主の為に消え逝く私を、一人の少年が救った。


どうしてでしょう?


理不尽な不幸を私達に与え続けた世界が、今度はこちらが戸惑うほどの幸福を与えてくる。

世界はいつだって、幸福より不幸が満ちているものだとばかり思っていて・・・・・・。

それなのに、これほどの幸せを与えられたら、本当にそうなのかどうかも判らなくなる。

彼に・・・・・・祐一に私のこの考えを伝えたら?

笑いながら答えるのか、それとも真面目に受け取り真摯に返すのか。想像もつきません。


彼ならどう返してくるでしょうか・・・・・・。


そもそも祐一は何故、あれほどまでに私に尽くしてくれたのか。

見ず知らずの人間(私は人間ではありませんけれど)を、どうして助けようと思ってくれたのか。

考えても答えは出ない。その答えは、祐一の中にしか・・・。

祐一の事を知りたい。そんな想いが日に日に強くなっていく自身を自覚している。










そんなことを考えながら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私はエキベンを食べていた。


「私な、駅弁を食べるの初体験なんよ。リインは?」

「私もです」

「そか。案外美味しいんやなぁ、これ」

「はい。その通りですね、我が主」


内心で思っている真面目な考えと、ほのぼのとした図柄が一致しないでもないが、それは然程深刻なことではない。

それにしても、電車とは便利です。このエキベンは、先ほど電車に乗る直前に購入した物。

移動中にはこのように予め販売されているお弁当を食して、時間の効率化を図ることも可能なのですね。

祐一と乗っていた時は単に移動するためだけの乗り物かと思いましたが、これは意表を突かれました。


「しっかり食べて、元気いっぱいな姿で、相沢さん夫婦に会わんとな。第一印象は大事やで」

「あの・・・・・・・・・はい」


漠然としたものだが・・・・・・我が主と私は、どこか途方も無いすれ違いをしているような予感がする。

私が望むのは、彼の騎士になること。常に傍に居て、彼をお護りする事。

祐一と同居したいというのは、その為に尤も良いと思われる手段。

しかし我が主は、ヨメイリがどうとか呟いていて・・・・・・。

何かを勘違いされているのでは・・・・・・いや、だが・・・・・・もし勘違いしていることが私の勘違いならば、

疑った私の方が無礼になるのでは・・・?

そう思うと、口には出せない。


「・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ」


私は窓の外へ目を向ける。祐一の町はもう全く見えない・・・。

・・・祐一を知りたい。その気持ちは確かに、紛れも無い私の本心。


「・・・・・・約束です」


自身の小指を見る。別れる直前に交わした、祐一との三度目の約束。二度目の指きり・・・・・・

すぐに会えます。必ず。










ところで、蒼き狼はどうしたのでしょうか。先ほどから姿が見えませんが・・・・・・・・・


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


窓の外を見ていた私の視界に、蒼き狼が飛び込んでくる。

この窓のすぐ側面で、電車と並走しています。

・・・・・・・・・電車には、動物が乗れないのでしょうね。

走っているのは、空を飛んで追いかけると流石に人目についてしまうからでしょうか。

しかし、これは・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」


視線を車内に戻す。私は何も見なかったことにした。




















SIDE:祐一

ここはどこぞのファミリー向けのレストラン・・・・・・だと思われる場所。だけど外装は中華店風。

多分中華店だと思う。中華店に、見えないことも無い。なにせ中央がくるくる回る、丸いテーブルが置いてあるんだし。

ただ内装は外装と違い、ごく普通のファミレスなんだよなぁ。机と椅子は固定されていないけど。

秋子さんの知り合いが経営しているお店で、普段なら2,3組の机と椅子が並べられているだろう場所に、

大きな円形の特別席がデデンと鎮座している。俺達が座っている場所はソコ。

何故こんな仕打ちを受けなければ? 他は普通の席なのに。

秋子さんが来るからと特急で用意した、とかじゃないだろうな。正直言うと、好奇心でこちらを見てくる他の客の視線が辛い。

そんな気分を吹き飛ばすべく、俺は普段通りの声を出す。


「俺の側から時計回りに自己紹介。最初は・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ? ボク・・・だっけ?」

「こいつの名前はあゆあゆ。苗字があゆ、名前もあゆという奇特な存在だ。

 是非ともフルネームで『あゆあゆ』と呼んでやってくれ」

「月宮あゆだよ!」

「そうとも言うな。口癖はうぐぅ、主食はタイヤキ」

「うぐぅ、そんなことないもん」


うむうむ、あゆのお陰でいつものテンションが戻ってきた。

この説得力無き反論、俺は好きだぞ。だからあゆをからかうのは止められない。

俺らのやり取りに慣れていない面々がどれだけポカンとしていても、気にせずあゆをからかえる。


「次ぎ行ってみようか」

「美坂香里よ」

「容姿端麗、頭脳明晰。将来的には高校の学年主席になりうるほどの秀才だ」

「前から思ってたんだけど・・・相沢君の冗談は、いつも面白く無いわ」

「残念ながら今回は冗談じゃなく、事実な」


尤も、香里がこれからの努力を怠らなければの話だが。

んじゃ、人数多いからサクサクいくか。


「次」

「倉田一弥です」

「地味に病弱で、意外と秀才。ややシスコン気味な弟君だ。逆光源氏計画を望んでいるなら、今を狙うが吉」

「ゆ、祐一さん。誇張も程々に・・・」


謙虚さもイイ男になる条件なのだろうか。

数年後、どれだけの女の子泣かせになるのか今から楽しみな俺である。


「はいはい、次次」

「天野美汐です。以後お見知りおきを」

「ちょっとおばさん臭いが、そう心の中で思ってしまっても決して口には出さずに、

 『物腰が上品ですね~』と言うように」

「そんな酷な事は無いでしょう」

「・・・・・・・・・・・・なにゆえ今その台詞が?」

「相沢君。注意してる傍から自分で使ってどうするのよ」

「おっと、そうだな。美汐は人付き合いは苦手だが、面倒見は良い子だから。積極的に関わってあげてくれ」


この町で美汐と出会うのがもう一年短ければ、

こんなに人付き合い苦手な性格にならずに済んだのかもしれないのだが・・・・・・もはや後の祭り。

だが俺の記憶に近い性格の美汐になった訳だから、どうにも内心嬉しいやら悲しいやらで複雑。

ちなみに天音、及び真琴は外を駆けずり回っている。飲食店に動物は連れ込めない。

時々茂みからヒョコリと顔を出し、店内にいる俺達が出てくるタイミングを確認しに来る。


「次、まい・・・・・・を飛ばして、なのは」

「わ、私? えとえと、高町なのは、8歳です」

「はいシンプルな自己紹介どうも。って、お前まだ8歳だったのか? 小三くらいじゃ?」

「え? うん。早生まれだから、今小学三年生。再来月にお誕生日」


おおう、これはビックリ。8歳なのに随分と落ち着いていらっしゃるようで。

なるほど。俺からすれば栞や美汐は一つ学年が下の女の子だが、なのはにしてみれば一つ以上年上のお姉さん。

佐祐理さんに至っては現状で4歳差。この町の皆は平均2歳以上年上のお姉さん(まい含む)ばかりなんだな。

両隣を知らないお姉さんに挟まれて、肩身が狭い思いをしていなきゃいいんだが。

・・・・・・ああでも今更か。シグナムさんやらシャマルさんら大人が居る中でも物怖じしてなかったし。


「舞」

「うん。川澄舞、小学六年生」

「自称『動物魔物愛す討つ者』。まるでメルヘンの塊のように純粋な女の子なので、変な知識は入れ込まないように」

「・・・祐一? 今なんか一つの言葉が二つにダブって聞こえたんだけど・・・。まものをうつもの~って、なに?」

「気のせいだ、気のせい」


純粋バリバリな舞は俺の言葉のその裏まで読み取るから、たま~にドキッとする発言をしてくる。

迂闊なことは心の中でも思えなくなってきたな、最近。


「舞と仲良し、いつもニコニコ佐祐理さん。どうぞ」

「はい。倉田佐祐理です、よろしくお願いします」

「静かな物腰や人当たりの柔らかさに加え、実は運動も立派にこなす才色兼備のお嬢様。料理の腕は既にプロフェッショナル」

「あははー、そんなことありませんよ。佐祐理はちょっとだけ運動神経が良いだけの、ただの女の子ですから」


これまた一弥と同じくの謙虚さ。いつも通りだ。

特にコメントは無い。


「お次、お姉さんと離れ離れの席になってしまった栞嬢」

「美坂栞です」

「この寒空の下でも平気でバニラアイスを食べる猛者。皆、くれぐれも真似をしないように。自殺行為だから」

「バニラアイスは好きですけど、こんなに寒い中外で食べたりしません」

「いやいや、謙遜するな。お前なら食べるに決まってるって」

「えぅ~。そんなこと言う人嫌いです」


プイッとそっぽを向く栞。あらら、機嫌を損ねられたようだ。

だが俺は信じているぞ。お前なら本当に、雪降る学校の裏庭でバニラアイスを食べることができる!


「拗ねたお嬢様のご機嫌取りは後でするとして・・・・・・アリサ、GO!」

「アリサ・バニングスです」

「・・・・・・なんだ。一発芸はしないのか?」

「・・・用意してあるわけないでしょ、そんなもの」

「無いならしょうがない。佐祐理さんと一弥の幼馴染っぽい子。多分、お嬢様」


ちょっと甲高い声で『うるさいうるさいうるさーい(或いは『うるさい』を『うるちゃい』で)!』って叫ぶとか、

男の子っぽい声で『忘れないよ、宵風。 君の事』って言うとか。

そのぐらいは期待していたんだが・・・残念だ。

ん? でもどうしてその二言なんだろうな。


「アリシア、プレシアさんをスキップして、フェイトの番」

「はい。フェイト・テスタロッサ。母さんの・・・・・・プレシア・テスタロッサの娘です」


この言葉に、こちら陣のメンバーは首を傾げる者が大半。

俺とてプレシアさんの娘はアリシアだけと思っていたから、こうなるのも当然だ。

こんな場ではプレシアさんもフェイトを無碍に出来ない。考えたな、フェイト。


「お次に―――」

「アルフ」

「・・・・・・だ、そうだ」


言葉少ななこのお姉さんはフェイトの使い魔、アルフ。

アルフといえば、赤毛のモッサリした子犬。目の前に居るのは、赤い髪の女性。

繋がりといえば赤い髪と名前だけだが、紛れもなく彼女はその赤い子犬本人(本犬?)だ。

これがまたエライ美人で驚きである。

どんな魔法か不明だが、子犬だった彼女は「フェイトが心配だよ」とプレシアさんを睨みながら言い、

離れない為にもと立派な人間に変化し、ここに同席していた。

実際目の前で変身するまでは半信半疑だったが、やはりザッフィと同じように人型になったり犬になったり出来るご様子。

プレシアさんへと向けられる警戒は、昨日から今現在まで途切れることなく。いい加減慣れてくれないだろうか。


「んー・・・名雪」

「うん。水瀬名雪です」

「一日平均睡眠時間が10時間以上の、極度の眠り姫。んで、俺の従兄妹。

 猫と苺が三度の飯より大好物ではあるが、猫アレルギーの為、くれぐれも猫に近づけさせないように。

 口癖は『だお~』」

「だお~。・・・・・・祐一? いくらなんでも、だお~は無いと思うよ」

「そうだな。『うにゅ~』に訂正しておく」

「うにゅ~もあんまり無いよ・・・」


こっちも佐祐理さんと同じく特にコメントは無い。いつも通りだな。

そうそう。話を戻してその上余談的な話になるが、どんな使い魔にも例外無く、

人型へ変身しても消えない動物の姿の名残(犬耳と尻尾等)というモノはあるらしい。

当然のことだが、そんなモノが剥き出しで、この魔法が存在しない世界の道端を歩ける訳が無い。

どこぞのアニメキャラのコスプレかと勘違いされ、奇異の視線を向けられること請け合いだ。

なのでそんな世界でも違和感を持たれない様、犬耳と尻尾は魔法で隠すことが出来るようになっている・・・らしい。

アルフの場合も、フェイトの協力を得て(アルフはそういう細かい作業が苦手なようだ)やっとこせっとこ隠していた。


「きゃっ、申し訳ありま・・・・・・あら?」


通路側の椅子に座っているアルフの尻尾は警戒しておっ立っている為、

アルフの後ろをウエイターorウエイトレスが通る際たまに尻尾に時ぶつかったりもする(アルフは気が付いていないだろうが)。

その度に何も無いところ(尻尾があるところ)に向かって謝っては何も無い事に首を傾げる店員さんが実に滑稽である。

ちなみに、俺には普通に犬耳も尻尾も見える。その存在を知っている者には普通に見えるのだろう。


「さあ、残りの人数も少なくなってきました! 恭也の兄貴、出番ですぜ!」

「・・・・・・・・・高町恭也だ。・・・祐一・・・兄貴とは何だ?」

「他意は無いです。旦那の方がお好みなら訂正しますが?」

「・・・いや、いい」


明るい好青年のような印象を受ける表情をしながらも、クールな高町兄。

俺も将来はこんな落ち着いた感じの大人になってみたいものだ。

・・・・・・・・・ま、無理だろうがな。俺の性格を鑑みれば。


「さてさて、お次は秋子さんか。どうぞ」

「え?」

「名雪の母、水瀬秋子です」

「女手一つで名雪を育て上げている、スーパーウーマン。

 辞書で『理想的な女性』という項目を引けば、秋子さんの名が出るだろう程の、まさに完璧超人。

 この人の作る料理は絶品ばかりなので、料理を習うなら是非とも秋子さんに弟子入りすることをオススメする」

「あらあら。祐一さんったら」


微笑みながら『私はそんなに凄い人間じゃありませんよ』と語ってくる秋子さん。

いえいえ、あなたの料理の腕は俺の母をも越えています。誇ってください、自分の腕を。

秋子さんと同じく、俺も笑みで返した。


「ラスト、すずか嬢」

「・・・はい。月村すずかです」

「俺の直感では、大人しそうな外見と雰囲気に反し、運動は得意なタイプと見た。

 この子とドッジボールをする際は、怪我をしないようくれぐれも注意を怠らないように」

「・・・・・・ぇ~・・・・・・」


困った顔をしているすずかだが、否定しない所から図星と推測する。強いんだな、ドッジボール。

きっと運動神経桁外れのマイマイコンビといい勝負が出来ることだろう。

三つも違う学年の差はどうするのか?

勝負が終わった後には、そんな物を軽々と越えた素晴らしいモノが三人の中に芽生えること間違い無し!

なんてな。


「んじゃ、これで全員の自己紹介終了だな。俺の幹事もこれにてお役目御免・・・・・・」

「ちょ、ちょっと待ってください! あの・・・・・・祐一さん? 僕の自己紹介は・・・?」

「・・・・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお、そうだったな。すまんすまん」


スクライア少年のことを忘れていた。俺としたことが、本気ですっかりと。

こいつ、影が薄いのか・・・? いいや、他二人の存在感が大きすぎるんだ。

スクライアが座る席は、秋子さんと恭也さんの間。

あんな二人に挟まれて、スクライアも可哀想に・・・。


「こいつはユ○○・○○○○○。気の良い子だから、皆仲良くしてやってくれ」

「僕の名前一文字しか出てないよ?!」

「冗談だ、冗談。ユーノ・スクライア。見ての通り、日本人ではない。

 成りはちっこいただの子供だが、実はとあるマンモス学校にて女子中学生相手に教師をしている天才児だったりする。

 ここだけの秘密だが、スクライアはウェールズの某魔法学校を首席卒業した天才魔法使い。

 その正体が周囲にばれると魔法協会からオコジョにされてしまうので、皆はこのことを決して口に出さないように」

「なにその設定ボクは教師なんてしてな、じゃなくって! 魔法使いなんかじゃ・・・!」


俺の言動に見事に振り回されるスクライアの肩に、恭也さんがポンと手を置く。

恭也さんは俺の言葉がからかいの為に発したものだと分かっているのだろう。


「スクライアちゃん。相沢君の言動は7割以上が冗談だから、真に受けないほうがいいわよ」

「7割は酷い割合だな、香里」

「酷いのは相沢君の方でしょう? こんなに可愛い女の子をからかうなんて」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

今この瞬間、香里を除くこの場の全員が首を傾げた。

可愛い女の子・・・・・・ねえ。

・・・・・・香里のやつ、勘違いしていやがるな。確信した。


「俺より香里の方が数段酷いぞ」

「あの、香里さん? ユーノさんは男の子ですよ、多分」

「え? 一弥君までそんな冗談を・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冗談よね?」

「本人に確認してみてはどうでしょうか。少なくともボクは、あの人は男の方かと」

「てか本人見てみろよ。表面上は苦笑いだが、内心はかなり気にしてると思うぞ、アレで」

「え? あっ・・・」


慌てて席を立ち、フォローしに回る香里。珍しく本気で戸惑っている。

急ぎユーノの背後に回りこんで、その両肩をガシッと掴み(あれが中々痛い)必死さ満面の顔を近づけ何がしかを訴えている。

大方、今し方に発した言葉の撤回を、相手に口を挟ます間も与えずにツラツラと述べているのだろう。

放っておこうか。香里なら口八丁で何とかできるだろう。明晰な頭脳は伊達じゃない。


「そいじゃ、俺はちょっくら出てくるので・・・」


席を立つ。後はそれぞれが勝手に会話を始め、気の合う相手と自然に会話を広めていくだろう。

こんだけいると俺一人の話術では、『全員が暇にならない楽しめる会話~』、なんて不可能だからな。

各々に任せるさ。

美汐辺りは楽しい会話は苦手だろうが、そこは俺の介入がなくとも他の友達がフォローしてくれる。

俺一人居ても居なくても、別に場が劇的に変化したりはしないだろう。

直前に一瞥だけし、俺は店を出た。


「真琴、天音」


自動ドアが閉まりきった音を背に、横の茂みに向かって声をかける。

傍の茂みからヒョイと飛び出し、俺の体へとくっ付く二人の狐。

そのまま体をよじ登り、両方の肩へと収まる。真琴は右肩、天音は左肩。そこが二人揃った時の定位置だ。

皆が自由に会話をしていてくれるのなら、俺としてもこっちに気を配れるから助かる。


「寒かったろ? それじゃ、ご飯(肉まん)でも買いに行くか」

「「くぅん♪」」









[8661] 第六十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/05/20 11:26







SIDE:アリサ

綺麗な町並み。住宅街。

わたし達子供にとってはまだ冬休みの長いお休みの中だけど、大人になったら冬休みが無くて仕事漬けの人達だっている。

それにこの気温だし、寒さで外に出ず家の中に篭っている人もいるんだと思う。

だからなのか、住宅街を歩いていても人一人見かけず、辺りは閑散としていて静か。

猫の子一匹見かけやしない。

そんな静寂を破るように会話をしながら、わたし達は道を歩く。


「こっちよ、スクライア君」

「は、はい・・・」


綺麗な長髪が波打っている香里ってお姉さんがわたし達の先頭を行き、彼女に手を引かれているユーノがそれに続く。

香里さんはさっきまでいたお店で、ユーノを素で女の子と勘違いしてしまっていた人。

未だにそのことが気になるのか、先ほどからずっとユーノを先導して汚名を雪ごうと努力している。

わたしには解るわ。ああいうタイプって、自分の失敗を人一倍気にするタイプね。


「ふえ~、そっか。小学1年生の頃から、アリサちゃんと・・・」

「はい。あ、けど最初は・・・・・・」

「仲が悪かったんだよね? アリサちゃんに苛められてた?」

「・・・・・・はい、正直に答えると・・・」

「あはは・・・。その頃はちょっと、アリサちゃんも情緒不安定だったからね・・・。

 でもありがとう。アリサちゃんのお友達になってくれて」


今日も笑顔を絶やさない佐祐理お姉さんと、今日はいつも以上ににっこりと微笑んでいるすずかが、

のんびりと会話を楽しみながらその二人の後ろを歩いている。

佐祐理お姉さんは基本的に誰にでも敬語で話すけど、小3のすずか相手に敬語じゃ構図的に変だからかしら。

最初からわたしに対する話し方と同じ喋り方。多分、あれは佐祐理お姉さんなりにかなり打ち解けている。

すずかもすずかで、本当にいつもより数段綺麗な笑顔で・・・・・・よく喋る。

あの大人しいすずかにしては、珍しく。

・・・・・・会話の内容には、かな~り問題ありだけど。一応目を瞑っておいてあげましょう。

最後に私、アリシアちゃん、一弥が三人で横に並び、最後尾。

一弥とは幼馴染だし、会話が成り立たず居心地が悪くなる、っていう事も無い。

アリシアちゃんは人懐っこい性格な上に容姿はまんまフェイトを小さくした感じだから、

わたしが打ち解けるまでそう時間はかからなかった。

この7人で住宅街を練り歩いている。

何の為にかというと・・・・・・・・・


「あれ? どうして今年はアリサさんもここにいるんだろうね?」


・・・・・・・・・何でかしらね。丁度良いから、一弥の質問に質問で返させてもらいましょうか。


「丁度わたしも聞こうと思っていたところよ。どうしてこうなってるの? 一体今から何をするの?」

「・・・・・・そういえば何するんだっけ? 一弥くん」

「何するんだっけって・・・・・・そうか。アリシアさんは今回が二回目だっけ。

 ほら、写真撮影だよ。夏休みの最後にも撮ったと思うけど、憶えてない?」

「う~ん? そうだったかなぁ。あの日は毎日が楽しかったから、その分どうにもぼんやりとしか・・・」

「ぼんやりどころか、わたしはサッパリなんだけど?」

「ああ。えっと、説明するとね・・・」


一弥の説明。

要点だけで纏めてしまえば、至極簡単に一言で済む。祐一さんが催しているイベントの一つなんだとか。

毎年全員が集合している写真を一枚撮って、いつかそれを皆で見ながらこの頃を懐かしもう! って趣旨らしい。

良いアイディアなんだけど・・・・・・どうしてわたし達まで?


「そんな大切な写真に、わたし達も混ざっていいわけ?

 それともこんだけ付き合せといて、いざ撮る時はフレーム外で傍観してろって事?」

「あはは。祐一さんなら多分、皆さん全員をフレームに収めるつもりだと思うよ。

 いいんじゃないかな? 写真はボク達も途中参加だから、アリサさん達が一緒に入っても別に問題ないだろうし」

「そう?」

「あー! 思い出した! そうそう、写真を撮ったよ!」


アリシアが大声で思い出したことを主張。容姿は似ていても、こんな所はフェイトとまるで違う。

フェイトももっとハキハキとしてたら、こんな風になるのかしら?

・・・・・・・・・普段が普段だから、元気いっぱいのフェイト・・・って、違和感ありすぎて想像も出来ない。


「懐かしいなぁ。前は夕日が綺麗な麦畑で撮ったんだよね」

「そうそう。知ってる? あそこって、祐一さんと舞さんが初めて出会った場所なんだって」

「うん、祐一君から聞いたことがある。でもあそこって、今年から本格的に何かの工事が始まる予定なんだよね。

 ・・・・・・・・・ねえ一弥くん、アリサちゃん。工事の取り止めとか、どうにかできない? お金の力とかで」


可愛い顔して中々エグい事言うわね、この子。

友達に対して気軽に「お金でどうにかして」なんて言えないわよ。


「流石にそれは無理かなぁ。あそにはもう新しい高校が建つ予定だし、父さんも買収する気はないだろうから。

 お金だけじゃどうしようもないよ。そもそもあんなに広い土地を易々と買えるほどの財力だって、家には無いしね」

「でも一弥くんのお父さんはギインさんで偉い人だから、お金も一杯持ってるんじゃないの?」

「偉い事とお金があることじゃ、また意味は違うよ。お金があるから偉い人もいるし、お金が無くても偉い人もいる。

 ボクの所は一般家庭に比べれば多少裕福な方だけど、あんなに広い土地をそう易々と買えるほどの財力は無いんだ」

「お家はあんなにおっきいのにね」

「あ、あはは・・・そうだね」


・・・・・・アリシアって・・・・・・見た目の小ささ愛らしさに比べて、中は結構良い根性してるのね。

それもこれも、プレシアさんの教育の賜物なのかしら。それとも祐一さんの影響?


「それはそれとして、一弥。写真に写る人達がバラバラに行動してるのには、何か意味があるの?

 全員で写真を撮るだけなら、バラバラに行動しても無意味じゃない?」

「ああ、それはね・・・・・・」










SIDE:なのは


「場所の下調べ・・・ですか?」

「はい」


商店街を抜け、町外れに見える丘を目指している私たち。

私の質問に答えてくれたのは、美汐さん。肩に天音という名の子狐さんを乗せている、落ち着いた雰囲気のお姉さん。

祐一君も肩に狐さんを乗せているけど、この町では人に慣れた狐さんを見るのはそう珍しい光景でもないのかな。

だとしたら、ちょっと羨ましい。


「私達の遊び場は、その日その日によってその風景を変えます。

 ですのでその日の内に全部の遊び場を回って、最も写真撮影に適した場所を下見するのです。

 不運な際には、他の方々によって踏み荒らされ、足元の雪が黒く汚れている場所もありますから」


昨日も思ったけど、言葉遣いが丁寧。私相手でも敬語で話してくるので・・・・・・ちょっと恐縮。

美汐さんからはどことなく、和風な香りが・・・。

・・・・・・うん。祐一君の言った通りおばさ・・・・・・・・・何でもないよ。


「でも大丈夫なんでしょうか。そんな大切な写真に、私たちが入っても・・・」

「大丈夫だよ」


後ろから、唐突に名雪さんの声。

振り返ると、視線のほんの20センチ先に名雪さんのどアップが。

うにゃ! ちかっ! びっくりした!


「だって一番最初は、私と祐一とお母さんしかいなかったんだよ」

「そ、そうなんですか・・・?」

「うん。それから祐一が舞ちゃんとまいちゃんを引っ張ってきて・・・真琴が混ざって・・・

 病院で一弥君とも一緒に写真を撮って、次はお姉さんの佐祐理さんと、美汐ちゃん天音ちゃんも加わってぇ・・・・・・」


ちょっと空を見上げながら、指折り数えていく名雪さん。

ファミレスでも判明したんだけど、名雪さんはやはりというか、秋子さんの娘さんだった。

秋子さんが母親だと発覚以降、私は秋子お姉さんのことを秋子さんと呼び改めることにしている。

綺麗な女の人は、歳を取るのが人より遅いって法則でもあるのかな。

私のお母さんとかリンディさんもそうなんだけど、皆して若い。

プレシアさんに至っては、簡単に計算しただけでももうそろそろろくじゅ・・・

あうっ! 何だか背筋に突然寒気が・・・。

ともかく、現在も若々しいままである、まる。

悪寒に身震いしながら、名雪さんたちの話に耳を傾け思考を戻すことにした。


「香里と栞ちゃんに・・・次にあゆちゃん。しばらく経ってから、アリシアちゃんとプレシアさんも。

 ・・・・・・・・・あれ? そういえば毎年、最低二人は増えていってる?」

「今年は一気に7人増えます。夏休みには、もっと増えているかもしれませんね」

「それも全員、祐一が連れてきたお友達なんだよね。何だか私達、もうずっと前からお友達だった気がするよ」

「そうですね」

「今度はリインさんも一緒に撮るのかな? 今回は残念だったよ、ご用事で突然帰らないといけなかったみたいだし。

 お別れの挨拶ぐらいしたかったなぁ」


・・・・・・・・・祐一君って・・・・・・お友達作るの上手なのかな。

だけど女の子ばっかり。

・・・・・・もしかして・・・・・・男子から嫌われてるのかな。そんな風には全然見えないんだけど。

だから・・・


「祐一君って、どんな人ですか?」


ちょっとだけ、好奇心。


「相沢さんですか? 何故でしょう?」

「何故って・・・別に意味はありませんけど・・・」

「酷いんだよ~、祐一って」


祐一君に対する評価の第一声。

『酷い』、だった。

や、やっぱり酷い性格してるの? 男子に嫌われるような?

そう思っちゃったけど・・・全然そういう意味じゃなかった。


「意地悪ですね」

「この前、私が楽しみにしてたイチゴ盗っちゃったんだよ~」

「優柔不断です」

「あと容赦が無いね。ゲームでも手加減してくれないし」

「すぐに人をからかいます」

「高いところが苦手で、二階のベランダから下を見ることも出来ないよ」

「何をするにも唐突です。行動に脈絡がありません」

「人を振り回すのが得意」

「強引ですよね、いつもいつも」

「あ、でも宿題終わらせるのは早いんだよ~。パパーッて終わらせちゃうし」

「確かに手際はいいですね、どんな事に対しても。秋子さんの血筋を思わせます」

「足も速いよ」

「面倒見はいいです。天音もいつもお世話になっていますし」

「時々真琴と日向ぼっこしてる姿って、可愛いんだよ~」

「あれで賢いんです。意外なことに」

「一度決めたことには一途かな、意外に見えるかもしれないけど。そうそう、意外といえばお料理」

「ですね。時折秋子さんから指導を頂いているせいか、私達全員の中でも秋子さんに次いで腕がいいです。

 ・・・私も自分の目で見るまでは、半信半疑でしたけど」

「なのはちゃんも今度作ってもらうといいよ。とっても美味しいから」

「・・・・・・・・・・・・・・・は、はあ・・・そうですか」


私の想像以上に祐一君は評価されていた。

悪い点を上げでいる前半に比べ、後半は良い点が増えていく。

矢継ぎ早に紡がれる言葉にビックリしすぎて、曖昧な一言しか返せない。

欠点美点って、そんなにポンポンと出てくるもの?


「ぁ~・・・・・・凄く褒めるんですね、祐一君のこと」

「ええ? そんなに褒めてないよ、私達」

「客観的に見た、相沢さんの評価です」


そうなのかな?

二人にその気は無いんだろうけど、最後の方は祐一君を褒めちぎっているようにしか聞こえない、私には。

話題はそのまま『祐一さんが普段どれ程無意味な行動をしているかについて』に移ってしまった。

残念ながら、祐一君との付き合いが浅い私にはその会話に入っていけない。

仕方が無いので、そっとその場を離れて先を急ぐことにする。

私たちは先頭を歩いているわけじゃなかった。道を急げばまだ、先行していた舞さんとまいちゃんに追いつける。

ファミレスを出てから一緒に行動しているのは、名雪さん美汐さんの他に、舞さんとまいちゃん。

それとお兄ちゃんと私を合わせて、全部で6人。

他の所では、祐一君、あゆさん、栞さん、フェイトちゃん、アルフ、プレシアさんが一緒に行動。

別の班でアリサちゃん、すずかちゃん、アリシア、佐祐理さん、香里さん、一弥くん、ユーノくんで行動している。

交流会ついでだと言う祐一君の指示の元、私たちはバラバラになることを余儀なくされていた。

う~ん・・・・・・昨日から今日にかけて、まるで誰かに踊らされているかのように状況に流されているよな・・・?

どうして私、こんなところにいるんだっけ? 最初はリインフォースさんを探して終わりだと思っていたのに。

変なの。


「それじゃいくよ~、まい」

「うん~」


前方から、のんびりとした声が響いてきたので、考えを中断して私は足運びを速くした。

私たちより先を歩いていた、舞さんとまいちゃんの声。

良かった。考え事をしている最中に追い抜いちゃった、なんてことも無さそうで。

視界を広く、もっと先の方まで見る。

・・・・・・・・・いた。舞さんとまいちゃんだ。でも、お兄ちゃんは?

ファミレスを出た際、お兄ちゃんはまいちゃんに手を引かれて、二人と先行していた筈なのに・・・。

二人はいたけど、お兄ちゃんの姿が見つからなかった。

お互い道の真ん中、私の歩幅5歩分ほど離れて向かい合っている二人。

とりあえず何をしているのか、話でも聞こうと近づく。


「えいや!」

「てあ!」


「・・・・・・・・・へ?」


近づく私の目の前で、二人が接近。私は足を止め、二人を見据える。

舞さんが一足で二人の間にあった距離を埋めて、横蹴りを繰り出す。

まいちゃんが両手両腕でその足を掴んで、小さな体で受け止めていた。

探していた二人を発見早々、とんでもない場面に出くわす私。

え、何? 喧嘩?!


「く、ぬ、ぬ、ぬ、ぬぅ・・・!」

「む、む、む、む、むぅ・・・!」


けど、女の子の喧嘩にしては随分と危ない動きのような気がする。

舞さんの蹴りも、悪ふざけやカッと頭にきての行動には見えない。

何というかこれは・・・・・・お兄ちゃんとお姉ちゃんが朝早くから家の道場でやっているような・・・・・・戦い?

そんな風に見えた蹴りだった。

混乱している私を余所に、二人はさらなる動きを見せる。

ガッチリ捕まえている舞さんの足を持ったまま、まいちゃんが後方へ飛ぶ。

もちろん片足を封じられている舞さんが、残された片方の足だけで踏ん張り切れるわけがない。

舞さんもその動きに釣られ、バランスを崩し前方へ倒れそうになる。


「えい!」


両足を地面に着き、すかさず倒れこんでくる舞さんに向かって右の膝を蹴り上げる。

膝蹴り。

両手をまいちゃんの膝に置きそれを防いで、拘束されていない足で(体勢的にずいぶん無理な)反撃をする舞さん。

流石に片足を掴んでいる状態じゃ防ぎきれないからか、まいちゃんは足を離してしゃがんで躱す。


「てい!」

「ほっ、つぇぇぇい!」


しゃがんだ状態から飛び上がり、正面から蹴り上げるまいちゃんの足を、先ほどのお返しか舞さんが掴んで止める。

続けてその足を、柔道の一本背負いのように掴んで、まいちゃんごと放り投げた。

投げた方向は・・・・・・私の方。


「わっ!」

「わわわわわっ」


咄嗟に両手を前方に伸ばし広げて、まいちゃんを受け止めようとする私。

飛ばされたまいちゃんは両手を地面に向けて思い切り伸ばす。

アスファルトへ着けた後、右手、左手、右手と交互に手をつけて、

まるで逆立ちしながら歩いているかのような行為でスピードを殺す。

私の目の前で止まった。


「つ、冷た!」


雪の冷たさを十分に受けているアスファルトは余程冷たいんだと思う。

まいちゃんはすぐに逆さまだった体勢を元に戻して、アスファルトから手を離す。

今度はまいちゃんが舞さんへ急接近。衝突し、でもすぐ離れる。

まいちゃんの背が陰になって、何が起きたのかまったく見えなかった。

再びまいちゃんが舞さんへと被弾しそうな体勢になり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここでようやく、冷静にその戦いを見ている自分に気がつき驚いた。

どうしてこんな事になっているのか分からず戸惑い、焦りながらも急いで私は二人の行動を止めに動く。

後ろから、まいちゃんを羽交い絞めに。その上でまいちゃんを持ち上げた。


「ふええ! なに、なに!?」


私が持ち上げているから、宙に浮くまいちゃんの足がジタバタする。


「け、喧嘩はダメ!」


仲裁の言葉をやっとのことで搾り出した。

私の声を聞き、ジタバタともがいていたまいちゃんの足が止まる。


「・・・へ? なのは? けんか?」

「喧嘩はダメだよ」

「喧嘩なんてしてないよ、私達」


振り向くまいちゃん。そしてあっけらかんと、自分たちは喧嘩していないと言う舞さん。

どちらもポカンとした表情を私へ向ける。


「え? でも今・・・」


納得していない私の感情を感じ取ったのか、二人が更に言葉を重ねる。


「喧嘩なんてしてないってば。だって、」

「私たち仲良しだもん」

「二人になってからもずっとずっと、」

「一緒の事ばっかり考えてる。二人ともおんなじこと考えてるんだから、」

「仲違いして喧嘩なんてするわけもないよ」


舞さんとまいちゃん、二人が交互に言葉を続ける。一緒のことばっかり考えてるって言葉を証明するかのように。

まるで練習してたんじゃないかってぐらいに、息が合っている。

一応の警戒を残したまま、私はまいちゃんを地面に降ろす。まいちゃんはすぐに、舞さんの横へと移動した。


「じゃあじゃあ、今のって・・・?」

「ふえ? 今のって・・・・・・」

「今の・・・・・・大立ち回り・・・かな? なんであんなことしてた・・・んですか?」


あんなに危ないこと続けてたら、絶対大怪我しちゃってた。

喧嘩じゃないんなら、その理由を知らないといけない。

・・・・・・・・・・・・私なんかが口を挟んでいいことなのかは分からないけど。


「聞かれたから」

「き、聞かれた?」

「私の運動神経がいいのかどうか。だから、まいと一緒に見せてあげてたんだよ」


・・・・・・・・・運動神経が良いかって聞かれて、それを証明するために道路の真ん中で大立ち回りをする人って、

日本全国を探してどれだけいるんだろう。

って、そもそも・・・


「誰にそんなこと?」


舞さんがとある方向を指差す。そして気が付いた。

二人の大立ち回りは時間にしてほんの5秒ぐらいだと思うんだけど、5秒って短いようで、結構長い。

今更なんだけど・・・お昼の、それも人通りの多い道端のど真ん中であんな派手なことをすれば、当然だけど目立つ。

仮に私だったら、絶対に見てしまうと思う。私にとって興味を引くか否かにかかわらず、それでもとりあえず。

そう・・・・・・周囲へと気を配れば、何事かとこちらを見物する観客が無数にいた。


「・・・・・・お兄ちゃん」


そして舞さんの指差す先に、観客に混じって驚き半分で唖然と佇んでいるお兄ちゃんの姿が。

まさか二人を唆したのって・・・・・・・・・お兄ちゃん?

言葉も出ずお兄ちゃんを見ていると、お兄ちゃんはばつが悪そうな顔をして謝ってくる。


「その・・・・・・すまない。ただ・・・・・・気になったから口に出してみただけだったんだが・・・・・・」


でも・・・・・・うん。お兄ちゃんは、何も考えずにそんなことを聞いたりしないよね。

だから多分、理由あってのことだと思う。

それに今の大立ち回りはお兄ちゃんが煽ったんじゃなくて、舞さんたちが自分から始めたことみたいだし。


「恭也さん、どうだった? 私達、運動神経が良い方に入る?」

「あ、ああ・・・・・・むしろ良すぎて驚いた」

「やったね、まい」

「うん!」


ハイタッチする二人。

あれだけ凄いことをしていたのに・・・。まるでさっきまでの立ち回りが嘘のようにはしゃぎ回っている。

でも・・・この二人はやっていた。お兄ちゃん達の訓練を見た事がある私ですらも、目を見張るような攻防を。

・・・・・・それも、遊び感覚で。


「あ、あの~・・・舞さん、まいちゃん」

「うん? なに、なのはちゃん」

「?」

「あんなに危ないこと、しない方がいいです。危ないです」

「危ない? そうかな?」

「う~ん・・・まいか祐一以外の人とやったら危ないかも」

「そうだね。じゃあ祐一と舞以外とはしないようにしないとね」


ダメだ、この二人。ぜんっぜん分かってない。

長々と道端で止まっていた私たちに、後方へと置いてきてしまった美汐さんたちも追いついてくる。


「どうしました? この行き交う人が多い往来の中央で立ち止まられると、他の人にも迷惑をかけますよ。

 問題でも発生しましたか?」


私が何を言うより先に、舞さんがあっさりと一連の出来事を話す。

そして、それに対し私が『危ないよ』と言った事も・・・。


「・・・・・・なるほど。確かに高町さんの言う通り、危険な行為であることに変わりはありません」

「で、ですよね!」


良かった。ここで美汐さんまでが『別に問題は無いでしょう』って言ったらどうしようかと思った。


「ですが川澄さんとまいに限って言うのなら、恐らく問題はないでしょうね」


言っちゃった!!


「やっぱり美汐ちゃんもそう思う? だよね、だよね?」

「・・・・・・勘違いをしないでください、まい。あなた達二人だからこそ、そう言えるのです。

 相沢さんを巻き込むのであれば、やはり危険が伴います」

「・・・う~ん。そっかぁ」

「じゃあ仕方が無いかなぁ」


会話だけ聞いていると、祐一君のお友達の中でこの二人だけが特殊な力を持っているように聞こえてくる。

それも今までの行動を見た限りでは、私たちの扱う魔法とも、お兄ちゃんたちみたいな武術とも違うような気が・・・。

この二人って、どれだけ特殊な人たちなんだろう。


「気を取り直して、ものみの丘へ向けてしゅっぱ~つ!」

「・・・名雪さんの号令は気が抜けますね・・・」


今度は6人が全員で、ぞろぞろと丘へと向かう。

明るい舞さんとまいちゃん、のんびりとどこかズレた意見をしている名雪さんと、ツッコミ役の冷静な美汐さん。

個々だと心配が出てくるけど、全員が揃えば、意外とバランスの取れたメンバー。

お陰で、舗装されてないちょっと歩き辛い道に入っても楽しく会話が出来て。

フェイトちゃんやアリサちゃんみたいに仲良しの友達といるのは楽しいけど、

あまり知らない人たちと一緒に和気藹々するのも良いものだと実感した。

大立ち回りを除けば、以降は特に問題が発生することも無く、町を眼下に一望できる特等席へ辿り着いた私たち。


「ねえねえ、舞さん、まいちゃん、なのはちゃん。

 もしかして三人って、同じ声?」

「「「え?」」」


丘へと至る道を登っている途中では、誰も話題に上げなかったからすっかり忘れていたことを名雪さんが蒸し返し、

三人で同じ言葉を順々に喋って、本当に同じかどうかを確認してみたり。

そんな小話もあったりしたけどね。それもこれも、全部が和気藹々!









[8661] 第六十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/06/03 11:19










日本の中でも日が出ている時間が短い地方に位置するだけあって、この雪の町は日が暮れるのが早い。

冬場に空を見上げれば、空がオレンジ色になり始めるのが3時頃からというのも珍しい光景ではなく、5時には完璧に真っ暗だ。

そろそろ空の端が黄ばみ始める現時刻、俺達のチームは丁度【学校】から商店街へ帰って来たところ。

空の劇的な変化が目に見えて始まるのは、もう間もなく。

だというのに・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


どうしてこの二人はどうしてこんなにもぎこちない無いんだ。

無言で前だけを見、黙々と足だけを進めるプレシアさんと、

その背後で二本の尻尾(ツインテール)を左右にフリフリとしながら付いて歩くフェイト。

昨日と比べても、この二人の間に依然変化は見られない。

俺だってアルフと多少打ち解ける時間があったってのに、この二人には何の進展も無い。

主にプレシアさんが、それも一方的にフェイトを視界に入れないようにしているのが理由なのは重々承知。

誰に確認をとるまでも無く一目瞭然である。

フェイトと仲良くする気持ちが全く持って無いのだ、プレシアさんには。


二人を仲良くさせたい。


そんな俺の気持ちは、小さなお節介で大きなお世話なのかもしれない。だけど見過ごせないぞ、これ。

ほんの少しでもいい。プレシアさんの棘が取れて、フェイトに歩み寄ってくれればと思っているんだが・・・


「そこんとこどう思う? フェイトの使い魔アルフさんや」

「ふん。あたしは気に入らないよ。あの鬼婆とフェイトが仲良くするなんて」

「あー、そうかいそうかい」


プレシアさんに敵意を抱いているアルフなら、そう答えるに決まっているか。

なんせ食事をしているとき以外は基本的にプレシアさんを睨みつけてるんだもんな~、この人。・・・このわんこ?

こりゃ聞くだけ無駄だったか。


「なんだい、その気の無い返事は。あんたは知らないだろうけど、あの鬼婆はフェイトに酷いことをしてたんだよ。

 フェイトがあれだけ尽くしてくれていたのに、その好意を踏みにじるようなことを何度も何度も・・・。

 あんたも何であんな奴を助けたんだい」

「いや~・・・成り行き?」


アルフは暇さえあればプレシアさんに掴みかからん・・・というか、噛み付かんばかりの表情で睨んでいる。

プレシアさん・・・フェイト相手に幼児虐待でもしていたのだろうか。

アリシアのことはよく話すくせに、自分の過去のことは断片的にしか話してくれないから、どうにも要領を得ないんだよなぁ。


「だけどさ、よく考えてみてくれ。フェイトがどれ程献身的にプレシアさんに尽くしたのかは俺は知らないが、

 そんだけやっておいて何の見返りもないって、それこそいくらなんでもあんまりじゃないか?

 だったら尚更、和解させたほうがいいと思うぞ、俺は。勿論お互いがそれを望んでいることが大前提だけど」

「あいつがそんなこと望んでるもんか」


腕組み自信満々に言い切るアルフ。

まずはプレシアさんの棘を取る前に、プレシアさんに向けられているアルフの気を静めた方がいいかもしれない。

わりと本気でそう思った。


「どうかな? アルフ。俺が今からすること、黙って見てな」


仲直り自体は満更でもないということを証明する為に、俺は駆け足でフェイトの背後に回る。

これから俺が行なう行動。傍から見たらとんでもないぶっ飛んだ行為だが、成功すればプレシアさんはフェイトを抱きしめること間違い無し。

・・・・・・・・・逆に失敗したら、俺はフェイトから若干変な目で見られ続けることになるかもしれない。

まず最初にフェイトの意識をこちらへと移してもらう必要があるな。


「ちょいとそこ行くお嬢さん。お待ちになってもらいましょうか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・フェイト。ちょっと立ち止まってこっち向いてくれないか?」

「・・・え? 何・・・?」


冗談の類が通じない性格、と言うべきなのだろうか。

間接的な表現で呼び止めようにも、気がついてくれなかったし。

この子の性格、今ひとつ掴みかねる。


「フェイト。今から俺がお前に対しとある行動を起こすが、フェイトはとりあえずジッとしててくれ」


俺達の会話に反応してか、プレシアさんも(おそらく内心は渋々と)振り返る。

うわ、これはちっちゃなお子様には見せられないな。

命題・『究極に疲れきったお母さんの顔』。

小学校低学年の参観日では、お母さんの似顔絵を描いてみましょう! ってな行事を年に一度必ず実行する学校もあるらしい。

この顔をそのまま似顔絵に映したら思わずそんなタイトルをつけたくなるような、疲れた表情。

精神的疲労の面もあるだろうが、プレシアさんの体力では商店街から【学校】へ、

そこから更に商店街へ戻ってくるという移動ですらも重労働だった模様。道が道だし、仕方が無い。

だがノープロブレム。振り向いたプレシアさんを確認した俺は・・・・・・フェイトを正面から抱きしめる。


むぎゅっと。


プレシアさんの内心に、ほんの少しでもフェイトを大事にする気持ちがあるのなら・・・。

俺の推理では、大事な愛娘が男に抱きしめられた瞬間、

子煩悩なプレシアさんは何かを考える間も無く即座にフェイトを奪取る筈だ。

予測の出来ないとんでも事態を目の当たりすれば、どんな人間だろうと最初は自分の感情に任せて行動する。

その間、冷静な判断を下す間もありはしない。

・・・・・・無論のこと、感情に任せて行動を起こすショッキングの度合い、というか程度というものもあるだろうが、

この行為ならばプレシアさんは必ず俺の思惑に乗るだろうと確信もしていた。

だが・・・・・・


「・・・・・・フッ」


予想に反し、全く動く気配も見せずに余裕面で佇んでいる。

それどころか俺の顔を見て、鼻で笑いやがった!

し、失敗だと!? まさかプレシアさん・・・・・・事前に俺の行動を察知していたのか!


「祐一。行動が幼稚よ」


あ。今のは俺でもカチンときた。

俺は決意する。こうなったら恥も外聞も無い。絶対に成功させてやる!


「フェイト。ちょっと顔を上に上げて。そんで目を瞑ってくれ」

「? は、はい・・・?」

「いいか? 俺が『いい』って言うまで、絶対に目を開けるんじゃないぞ」

「はい・・・」


若干の困惑をその赤い瞳にたたえながらも、俺の指示したとおりに目を瞑るフェイト。

なんて素直な性格なんだ。とても良い子じゃないか。

失礼な行為だとは重々承知しながらも、俺はフェイトの顔をしげしげと観察する。

白い肌。長いまつ毛。アリシアとも共通する、見れば見るほど整っている顔立ち。

素材だけで言っても、佐祐理さんに決して引けをとらないほどの美少女だ。

フェイトの後頭部に軽く手をかけ、頬に手を添える。

俺の行動・・・言ってしまえば、小学3年生の女の子を騙くらかして無防備にさせ、

問答無用でキスをしようとしているという、もはやお馬鹿の域を超えた単なる変態の行為。

相手が小3じゃなかったら、お巫山戯で済む問題じゃないよな・・・。

自覚している。突っ込むな。

プレシアさんに余計な思考をさせる時間を与えない為に、焦らさず、すっ・・・と自然な動作で顔を近づけ・・・


  グイッ!


・・・と、外から加えられた力により、俺とフェイトは引き離された。

俺の正面ではフェイトのキョトンとした顔が。その背後には、フェイトを抱きしめる人物が。

よし、成功だ。

フェイトを奪還した人物。それが誰かといえば勿論、プレシアさん。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何故かアルフ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか違うぞ、想像と。

無言で交互にプレシアさんとアルフの二人を見比べる俺。

俺の視線の動きに気がついたのか、フェイトを奪取した二人の視線がコンマ数秒かち合った。

プレシアさんはすぐさまフェイトの服を掴んでいた手を離し、何事も無かったかのように一人先へと進んでしまう。


「・・・・・・・・・・・・ほら。分かっただろ?」

「なにがさ!」


俺の促しにも乗らず、アルフが怒鳴り返してきた。

警戒して毛を逆立てたハリネズミを髣髴とさせるほどに尻尾を逆立て、

『今死ねすぐ死ね今すぐ死ねぇ!!!』という言葉の代わりにその鋭い眼光でこの身を射抜かんばかりに睨んでくるアルフ。

不意打ちでフェイトにキスをしようとした事(当然プレシアさんを信頼しての行為)に、大変ご立腹のようだ。

プレシアさんと一緒になってフェイトを奪還し、その上キッチリと視線まで合致したというのに・・・。

アルフはなぜプレシアさんがそのような行動を起こしたのか、まるで分かっていない。

ってかアルフ、なぜお前もフェイトを奪還した。

お陰でプレシアさんがフェイトを抱きしめるというベストショットはバッチリ見逃しちまったじゃないか。


「・・・・・・・・・いま理解した。アルフ、お前って実は子供だろ? 見た目ともかくとして」

「う゛~~~・・・!」

「あ、アルフ。落ち着いて。・・・・・・・・・・・・・・・何があったのか分からないけど」


背後からアルフに抱きしめられいるフェイトは、その体勢からアルフの頭に手を回し、撫でる。

そっちの対応はフェイトに任せよう。

こっちはこっちで、やることが出来てしまったし・・・。


「それで・・・? なんで二人揃って俺の両腕を拘束してるんだ?

 あゆ。栞」

「うぐぅ・・・」

「えう~・・・」




















俺の両腕を掴んで離さない二人に、歩きながら事の顛末を説明する。

不思議と不愉快そうに歪んでいた二人の顔も、事情を聞いていく内に段々と治まっていった。


「うぐぅ。そうならそうと教えてくれればよかったのに・・・」

「そうですよ。そういう事ならそういう事だって、先に一言私にも言ってください。

 思わず全力で焦っちゃったじゃないですか・・・」


結果二人は納得してくれたようである。

めでたしめでたし。・・・・・・めでたし?


「そういう訳だ。別に下心あっての行動じゃないし、よしんば下心があったとしても、

 俺は俺に好意を持っているわけでもない女の子の唇を無理矢理奪う外道じゃない」

「そ、そうだよね。うん」

「だから皆に今の出来事説明するなら、変に事実を歪曲せずに教えるんだぞ。

 栞は特にだが、真実を無駄に美化させ過ぎたり、いらぬ着色・・加えたりするから妙に心配なんだよ」

「心配性ですね~、祐一さん。安心してください。お姉ちゃんに伝える時には、

 『祐一さんがフェイトちゃん相手にキスをしようとしていたけど、未遂に終わった』って、

 ありのままを話しますから。ばっちり大丈夫です」

「うんもうそれ滅茶苦茶悪意タップリだよなあ?!」

「えへへ。冗談です」


俺は栞の両肩をガシリと掴む。


「栞・・・世の中にはな、単なるお茶目で済む冗談と、シャレにならない冗談の二種類がある。

 栞の言った冗談は後者だ。どぅーゆーあんだすたん?」

「ゆ、祐一さん・・・目が本気です」


仮に栞が香里に対し、今の言葉をそのまま言ってしまったとしたら・・・。

香里はきっと『コロス笑み』を完成させて、次の夏休みにこの町に着た俺に早速披露するであろう。

それはとんでもない事態だ。


「それと私、英語はわかりません」

「だろうとは思った」


手を離し肩に寄った皺を戻して、止めていた歩みを再開させる。

そろそろいい頃合だろうと思い、俺はポケットから携帯を取り出した。


「でも祐一くん。全っ然変わってないよね」

「どうしたあゆ、藪から棒に」

「相手の都合なんてお構い無しで、皆を引っ張りまわすところが前と全然変わってないよ。

 さっきのだって、フェイトちゃん達まで巻き込んでたし」


こいつが俺に皮肉を言うなんて、どれくらいぶりだろうか。

本人に皮肉のつもりはないのは毛頭理解している。けど、そうとしか表現できない。

真面目なあゆに対して不謹慎ではあるが、若干感動してしまった。

俺はあゆの頭にポンと手を置く。


「あゆ・・・・・・・・・お前もついに人の迷惑というものを考えるようになったのか」


何故だか俺の双眸から、心の汗がダバダバと流れ出てくる。

悲しくは無い。逆に嬉しいぐらいだ。

そうか。これが・・・・・・・・・感涙か。


「・・・・・・うぐぅ。そこはかとなく馬鹿にされてるような気がする・・・」

「そんなことはない。俺は嬉しいぞ、純粋に」


紛れもなく嘘偽りの無い本音だ。感涙は嘘だが。

あゆも、栞も―――外見の成長は将来的にも残念なことなので兎も角として―――内面は大人へと着実に成長している。


「だけど悪いな。これはもう、俺の根っからの性格なんだ。変えようにも変わらん」

「・・・うぐぅ。結局そんな風なんだから、祐一君・・・」

「でも・・・・・・私は好きですよ、強引に私たちを引っ張っていく祐一さんのそんなところ。

 男性は多少強引な人の方が、女の子は安心出来るものだからいいって。私のお母さんもそう言っていました」


どんな偏った見解だよ。まあ否定まではしないが、そう思う人間は世界中の女性の中でも極一部だぞ。

将来的に見れば、男性よりか女性の方が精神的に逞しく成長する傾向が強いんだからな。

・・・と思ってはいても、口に出しては言えない俺である。


「おう、ありがとな。そんじゃそろそろ皆に召集をかけるぞ」


携帯電話の着信履歴を表示し、名前登録されていない電話番号に合わせて決定ボタンを押した。




















「まったく。知らない電話番号から突然電話がかかってきたから、誰かと思ったわよ。

 なるほど、祐一さんだったのね」

「ああ」

「昨日のあの時の着信履歴を確認したわけ?」

「携帯電話持ってるのって、俺たちのメンバーの中じゃ俺か美汐だけなんだよ。

 昨日アリサの携帯で俺の携帯に電話したヤツ、思いっきり活用させてもらった。

 悪いな、アリサ」

「別にいいわよ」

「・・・・・・・・・・・・すっかりタメ口が板に付いたな」

「・・・どうも」


空はもう茜色になり始めている。が、日が本格的に落ちる前に全員が集合できた。

これだけキビキビと行動できたのも、アリサの携帯のお陰だな。去年より30分は早く集まれた。

当たり前だが、電話番号は連絡後すぐ電話帳にアリサの名前で新規登録してある。

いつどこで、どんな用事でアリサに連絡をするか分からないからな。抜かりはない。

夏休みにアリサがいてくれれば、次回も大分楽になるんだろうがなぁ。もしくはあと一人、携帯を所持してくれれば・・・。


「で、それぞれ見てきて相談した結果、集合で写真撮影が出来そうなのは結局ココになるのか」

「麦畑にはもう鉄線が張ってあったよ・・・」

「そっか。【学校】も今回は、断念だ」

「ものみの丘はいつもと変わらないので、大丈夫ではあるのですが・・・」

「あの獣道を通るにはプレシアさんの体力が心許ないんだよなぁ」


プレシアさんは現在息切れ激しくノックアウト寸前。ぷ○ぷよ風に言えばあと三つぷよを詰めばばたんきゅ~だ。

病気によって元々の基礎体力がショッキングなことになっていたのに、たった半年前で改善されるわけがない。

一応病気の症状の方は快方の兆しも見えてきているが(吐血の回数減少など)、

それもここ最近の話。体力自体は戻っていない事に加えてもう何時間も歩き詰めだ、無理もない。

加えて、昨日から今日にかけてフェイトと共にいたせいか、精神的に参っている。

俺の予測としては、体力より先に気力が底をついて今の状態になっているんだと思う。

これがデパートの洋服売場とかなら、逆に俺達を引っ張りまわしてヘトヘトにさせる程の活力があるんだけどな・・・。

ほんと、あんたなんで付いて来たんですかってなもんだよ。


「プレシアさんの体力を考えれば、ここで撮るのはある意味丁度良かったのかもな」


今年最初の写真を写す、今回の背景になる場所を見上げる。

いつだってこの家には、感慨深い想いにさせられる。

家の構造も間取りも、この町の相沢家と全く一緒であるにも拘らず、この家を見上げることでしか湧き上がらない想いがある。

思い出が詰まった家だもんな、ここ。いい思い出も、悪い思い出もごっちゃ混ぜなこの家の名前は・・・


「水瀬家・・・」

「何カッコつけてんのよ」

「あでっ」


香里が的確な突っ込みと共に、後頭部へ攻撃『はたく』をしてきた。

浸っていた気分台無し。ロマンが分からんやつだ。


「ほら。ぐずぐずしてたら、風の冷たさも増してくるわよ。早く撮りましょう。最初は誰がカメラ役?」

「待て待て。先に秋子さんを呼ばないといかん」

「私がどうかしましたか?」

「よし役者は揃った、写真撮るから並べー!」


秋子さんがどこから現れようともはや驚かん。大方家の中から出てきたところだったのだろう。

その割には正面の扉が開いた様子は欠片も無かった・・・ので、きっと裏口から正面へこっそり回り込んだに違いない。

皆を驚かせようとしたんだな、うん。秋子さんはお茶目さんだ。

俺がまだ封を破っていないインスタントカメラを取り出している内に、慣れている者は要領良く動き出す。


「アリサちゃんは私の前ね」

「ほら、ユーノ君はここ」

「すずかちゃん、私と一緒に写りましょう」

「なのはちゃんは、」

「私達の間」

「恭也さん、こちらへ」


台詞だけだと誰が誰か分からないだろうから表記しておく。

喋っていたのは上から順に、佐祐理さん、香里、栞、舞、まい、美汐だ。


「私は・・・・・・ぅんと・・・」

「はいはい、フェイトはこっちでプレシアさんと並んで立ってな。

 アルフ~。写真撮る時ぐらいはプレシアさん睨んでないで笑顔笑顔」


フェイトをプレシアさんの隣に連れて行き、アルフをプレシアさんとは逆の隣に立たせる。

水瀬家に背を向け歩きながらカメラの封を開け、ゴミをポケットの中に。


最初の写真は、皆が自然体でいる姿を撮りたいかな・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・さてと。

適度に離れたところで足を止め・・・・・・振り向きざま、照準をしっかりと定めぬままにシャッターをワンプッシュ。

フラッシュが焚かれ、「チーズ」の合図があるまではとワイワイ話している皆の楽しそうな表情を撮影することに成功する。

現像してみないことには分からないが、多分撮れてるだろう。

高速でフィルムを巻き、合図すらも無しの突然のフラッシュに素でポカンとしている皆のちょっと間抜けな顔を・・・



もう一枚・・・フィルムに収めた。









[8661] 第六十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/06/19 06:25










「んで、先頭のがその写真」

「なるほどなるほど。だから最初の一枚だけ少しピンぼけしているのか」

「そ」

「はっはっはっ! よく撮れているじゃいないか」



向かいの席で俺の思い出話を聞きながら、高らかと笑っている人間。他の誰でも無い、俺の父親。

草木も眠る丑三つ時・・・・・・とまでは言えないが、そこそこ夜も深けた時分。

雪の町から電車で戻ってきた俺は現在、家族同士のコミュニケーションに勤しんでいる。

尚、プレシアさんは帰り着き早々ベッドへと直行していたり。


「運が良い事に全員がフレーム内に写ってるけど、手が少しブレてたらしくてさ。

 ぼけてても皆の表情はハッキリ分かるから、思い出の写真としては問題ないけど」

「振り向きざまファインダー覗かずにこれだろ? 上出来だ上出来」


明るく豪快な性格。だけど馬鹿っぽい訳でもなく、世間の中ではちょっとだけ優秀かもしれない極々普通のサラリーマン。

それが俺の父。

外見には特長らしい特徴も無く、背丈は普通。一見平凡。

だがその内には、サハラ砂漠のようにカラッとした広い心を持っている人間である。

・・・・・・サハラ砂漠が表現として適切なのかは疑問だが、そんな感じの性格だ。

ただうちは他のお父様方と比べると、父としての威圧感は無い部類。

友達の家で遊んでいる時に遭遇する父親を見ているとそう思える。

息子である俺にとっても、兄のような印象が強い。


「で、後はフィルムを使い切るまで交代交代でカメラを撮って撮影会も終了」

「それから?」

「それからはいつも通り。白クマ便に引越しの荷物を預けて、駅前で皆とさよならして。

 こっちに戻ってきた後は、なのは達とも別れて」

「・・・それだけか?」

「? あー、そうだった。佐祐理さんからお土産として、手作りクッキー貰ったぞ。

 あゆが来年は私も作ってみようかなって言い出してなぁ。碁石になるから止めとけって忠告しておいた」

「ぬ・・・そうか。今年の冬休みはそれだけのイベントが目白押しだったというのに、最後はいつも通りだったのか」

「何を期待してたんだよ、何を」

「変化を求めていた。帰りの電車に乗る直前に、あちらの女の子全員から告白を受けた、などだな。

 又は未来から来た孫を、ちょっとした切っ掛けで連れて帰ってきたり・・・そんなのを少しばかり期待していたぞ」


昔から、このおっさんの考えはどうにも読めないことが多い。

腐っても俺の父だ、奇想天外さならば俺の一枚も二枚も上を行っている。俺の人格はこの人譲りだ。

子はいつか親を超えるものだと聞くが、いつになったら俺はこの人を超える事が出来るようになるのだろうか。

・・・・・・・・・超えたくない気もするが。


「祐一。その”しゃしんさつえい”とは、いつも必ず行っていることなのでしょうか?」


自分の父親が超えるべき壁か超えたくない壁かを内心で確認している俺へ向け、ずっと黙っていた”彼女”が口を開いた。

俺の家族構成、父母と子供(俺)一人。そして”彼女”とは、母の事ではない。

彼女が誰かというと・・・・・・


「ん? ああ。夏と冬の終わりに、最低でも何枚かは撮ってるぞ」

「そうなのですか・・・。それでは、こちらへ来るのを少々早まってしまったのやもしれませんね・・・」

「なんだ、リインも一緒に写りたかったのか? だったら明日にでもカメラ買って来るが?」


そう、リインだ。今日の昼前に駅前で別れたはずのリインだ。

ドッペルゲンガーでも、世の中に三人はいるそっくりさんでも、

夜天の魔導書から新たに作成られたリインフォース・セカンドでもない。

況してや、リインの物真似をしているダークリインであるはずもない。

紛れもなく本人である。


「いえ。わざわざそこまではせずとも・・・。

 このような催しがあると事前に分かっていれば、折角ならば参加をしても良かったのではないかと思っただけですので」

「ふむ、ならばこうしよう。祐一、明日カメラを買って来てくれ。

 父さんも明日は仕事を定時で切り上げて帰ってくるから、そうしたら母さんやリインフェースさんを交えて、

 皆で写真を撮ろう。

 おお、そうだ。どうせならはやてちゃん達も巻き込むか?」

「また勝手な」


八神の名が出たので、ふとキッチンへ視線を移してみる。

カウンター越しに見えるキッチンの中には、母さんとシャマルさんの姿。

そして車椅子丸々カウンターに隠れて見えないが、キッチンの横に回れば八神の姿も見えるだろう。

ここからじゃ声は聞こえないが、実践も交えた料理講座があのキッチンで開催されている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でさ、もーそろそろ聞いてもいいだろうか?」


家に帰り着き玄関を開けてから、今現在に至るまで。軽く3時間以上ってところか。

それだけの間、俺は目の前の現実を直視しても無闇な言葉を口に出さず、ジッと耐え忍んでいた。

下手に突っ込んだら負けだと思ったからな。

夕飯を終え、風呂に入り、向こうで過ごしていた毎日の報告を長々と述べて・・・。

だがもうこれ以上は無理そうだ。しょうがない、今回は敗北を認めようじゃないか。


「おお、ドンと来い。よくこんな時間まで話しを引き延ばせた」


俺は両手をバンッと机につけ、疑問を実の父親に叩きつける。







「どしてリインや八神がこの家にいる?!!」


「今頃かよ!!」







真横からヴィータの鋭い突っ込み。

右手に握られたスプーンで俺を指差し、行儀が悪いぞと俺がその手を下げさせる。


「で・・・ヴィータも、どうしてここにいるんだ?」

「あたしははやてと一緒にいるだけで、ここにいる理由なんて知んねー」


思い切り突っ込んですっきりしたのか、それとも反射的に突っ込んだだけで関心はそれほど無かったのか。

ヴィータは椅子へと座り直し、スプーンの往復運動を再開した。

スプーンを一往復させる度に、その幼く可愛らしい顔に至福の笑みを浮かべている。

左手には、アイスのカップ。

その中央にスプーンを突き刺し、アイスが無くなるのを惜しむかのように少しずつ少しずつ口へと運んでいた。

ヴィータは俺の真隣の席でアイスを食べている。この真冬に。

家の中とはいえ、この真冬に!


「・・・・・・どれだけアイス好きなのかしらんが、風呂上りにアイスは風邪引くぞ、ヴィータ」

「ふん。あたしは風邪なんて引かねーからいいんだよ」

「なら虫歯になるぞ」

「・・・・・・虫歯ってんだよ?」


少し興味があるのか、食べる手を止めこちらを向いてきた。

リインらが何故ここにいるのか疑問ではあるが・・・これはヴィータをからか・・・もとい、ヴィータへ説明する方が先か。


「・・・・・・怖いものだぞ~、虫歯って。怖いだけじゃない。すさまじく痛い。

 仮に虫歯になってしまったら、病院へ行かないといけないんだが・・・」

「なんだよ、病院なら大丈夫じゃねーか。あたしの知ってる先生は、とっても優しい人だ。

 虫歯が怖いのって、先生の腕が悪いからだろ」

「いやいや。病院は病院でも、歯の病院だ。普通の病院とはまた少し違う。

 歯の病院の先生はどんなに優しかろうが、どんなに腕が良かろうがだ。誰にでも平等に、苦痛を与える。

 痛みが無くなるように麻酔してても痛いんだから、誰がやってもそう大差は無い」

「どうせ虫歯にだってなんねーから、別にいい」


話半分で、またアイスを口へと運び始める。

むむっ。これは由々しき事態。


「まあ聞け。虫歯になったらな、本当に大変なんだ。昔真人が虫歯になった事がある。

 ああ、真人っていうのは俺の友達の事だ。そいつがまたえらく大げさな奴でなぁ。

『歯が痛ぇ。虫歯になっちまった。虫歯になったのがあいつらに知られるのはすげー恥ずかしい。

 どうにかこの痛みを無くしたいが、俺にはどうすればいいのかサッパリ分からない。

 教えてくれ、祐一。どうすれば虫歯は治る? 飯のおかわりを2杯に抑えればいいのか?

 それならばいい。俺は耐えよう。なんならトンカツの一切れを我慢したっていい。

 歯磨きを10秒から20秒にすればいいのか? また飯がうめぇうめぇと食えるんなら、それもやむ終えまい。

 ・・・なぜ何も言わない、祐一。それともまさか、筋トレの時間を減らさなきゃいけないのか?!

 何にも言わないって事は、そうなんだな!? うおおぉぉーー!! それだけはいやだーー!!』

 ・・・・・・・・・って、俺は何にも話してないのに自己完結する奴だ」

「アホだな、そいつ」

「いいや、馬鹿だ」

「バカか」

「そうだ。そいつが虫歯になったから、保険証と現金持たせて付き添いで俺も歯医者に連れて行ってやったんだ。

 俺もどうして男友達の付き合いで、今まで行った事も無い歯科に来てるんだろうなぁってしみじみ思ったがな。

 待合室には俺達の他に、母親に連れられた10歳前後の子供がいた。

 丁度子供の順番になったんだろう。名前を呼ばれ、子供が診察室・・・だろうか? に入っていったんだ。

 数分後・・・泣き叫ぶ子供の声が。

 その子のあまりの叫び声に、真人も土壇場で怖気づいた。

 そろりそろりと歳の割にはデカイ図体で逃げ出そうとしたんで、俺は真人を言葉巧みに留まらせてな。

 5分か、10分か。ようやく子供が出てきた。

 顔を涙でぐしゃぐしゃにして、何度も何度もしゃくり上げて。

 俺が声をかけるのを躊躇うほどだったさ。結局病院を出るまで、その子はずっと泣き続けていた。

 それ見て慌てる真人に、しかし退路は無い。俺が塞いでいるからだ。

 逃げさせてくれない俺に対し無い知恵絞って逃げようと画策する真人だったが。時すでに遅し。

 真人の順番になり、名前が呼ばれた。あいつは逃げる機会を失い、観念して診察室へ入っていく。

 静かになった待合室で、俺は耳を澄ませた。そして・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・ごくっ」

「診察室の中からはキュイ~ンという謎の音。

 そしてその後聞こえてくる、『アッー!』という真人の叫び声。

 謎の音は音量変わらずしばらく鳴り響き、逆に真人の声は段々と小さくなっていった。

 数分後、診察室から出てきた真人は真っ白に燃え尽きていた・・・。

 因みにその後真人に、中で何があったのか聞いてみたんだが・・・・・・もはやトラウマと化しているらしい。

 一言たりとも、あの日あの場所で起きた出来事を話すことは無かった。

 そして真人の私生活を知っている友達の一人から、真人の歯磨きが毎日5分以上になったことを伝えられた。

 どうだ? ここまで聞かされて、まだヴィータは虫歯にならないと言い切るのか?

 なってしまえば歯磨き10秒、余った時間は筋トレをする筋トレ最優先の大の男が5分以上も歯磨きをする、

 歯磨き大好き野郎になってしまう程のものだというのに。

 ならないと断言するのは勝手だが、過信して痛い目見るのは自分だからな。

 さあ、どうする。アイスを食べ続けるか?」


ヴィータに口を挟む間も与えず、最後まで言い切る。

この真人伝説は、俺が中学生時代に経験した体験談をそのまま流用している。説得力はある筈。

俺の予測通り、ヴィータの表情は面白いほどにコロコロと変わっていく。

一瞬、だからどうしたという顔。続いてその表情に影が落ち、無言で視線を彷徨わせ始める。

『大丈夫だとは思う。だけど、一抹の不安が拭えない』

ヴィータの内心は、おそらくそんな感じだろう。

しかし・・・こんな10歳にも満たない女の子に、ちょっと意地悪だったかもしれない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


だがサクサクと自分から切り出すのは憚れる。

俺は無言でヴィータを見つめ続けた。

長い長い葛藤の末、ヴィータが出した結論は・・・


「・・・アイス、返してくる・・・」


だった。

椅子から立ち上がり、カップを持ったままトボトボとキッチンへ行こうとしている。

う~む、これはハードルが高すぎる話だったか。かなりしょんぼりしている。


「待て、ヴィータ。今思い出した。まだ話は終わっていない」

「・・・あんだよ」

「アドバイスだ。夜にアイスを食べたとしても、食べ終わった後ちゃんと歯を磨けば虫歯になる確率は劇的に減る。

 食べた後に歯磨きを忘れなければ、ソレぐらいなら食べても大丈夫だと思うぞ」

「!」


ハッとした顔をして席に戻り、再び笑みをたたえながらアイスを食べ始めた。

その幸せそうな表情を見て思う。

今回は意地悪が過ぎた。これは可哀想な事をしたな。

風呂上り故、三つ編みにされていた長い髪は解かれている。若干ウェーブになっているその髪を優しく撫でる。

昨日初めて会った時の警戒が嘘のように、俺に大人しく撫でられるヴィータ。

ふむ、可愛い可愛い。俺に妹がいるならこんな子がいいな。


「ここがゲームの世界なら、好感度上昇しました、の音楽でも流れるところだな」

「黙れおっさん。んで、理由を話してくれないのか? おっさん(父さん)・・・・・・だと茶化すよな。

 出来ればリインが教えてくれると嬉しいんだが」

「その・・・すみません。主はやてまでここに居る理由は、私にも分かりかねます」

「? そうなのか?」

「はい」


いや、そんなキッパリ「はい」と言われてもなぁ。


「私がここに居るのは、私の意志だとはっきり断言できるのですが・・・」

「・・・へ? リインの意思・・・?」


疑問に思ったから質問したのに、解消されるはずの疑問は解消されず、それどころか疑問が更に一つ増えてしまった。

質問したのに謎が増えるとは、これ如何に。


「不肖の息子だな」

「嘆くな父。こんな断片的な情報で何を読み取れと?」

「我が息子に、一言で簡潔に説明してやろう。

 リインフォースさんは今日から家の居候だ。仲良くな」

「はあ!?」


ちょっとやそっとのことじゃ本気で驚かない俺だが、これには本気で驚いた。

あまりにも唐突過ぎだ。

ようやく家族の元へ帰れたはずのリインが、何故今になって家に居候?


「順を追って説明するとだな・・・今日のお昼過ぎ、俺と母さんは緩やかなティータイムを送っていた。

 そんな穏やかなひと時。チャイムが家中に鳴り響く。

 あの時間帯に来訪者なんて珍しいからな。俺と母さんは揃って玄関に向かった。

 言わずも分かると思うが、チャイムを押したのははやてちゃんだ。

 扉を開け、出会い頭にはやてちゃんがな・・・」





「祐一お兄さんを私に下さい!」





「と、言ってきた。以上だ」

「いや意味分からんぞ。それでどうしてリインが居候になっている」

「それはまだ後の話だ。今話しているのは、どうしてはやてちゃんがこの場にいるか、についてだぞ」


最初からそう言えよ。


「ちなみにな、はやてちゃんが本当に言いたかった言葉は別にあると俺は睨んでいる」

「そう思うのが普通だろ。今回は母さんの『娘欲しい病』が発動しただけで、普段の母さんなら間違いなく気づいてる」

「しかしながら、母さんは絶賛暴走中。娘と料理をするのが、母さんの夢だったからな」

「近頃はアリシアがいたからすっかり鳴りを潜めてたんだけどなぁ、その病気」


家には子供が俺一人しか居ない。

実は俺の母さん、産むなら息子より娘を産みたかったらしい。

いつぞやには、名雪を産んだ秋子さんを羨ましがってたりもしたっけ。

父さんから直接仕入れた情報では、本当はすぐにでも二人目の子作りをしたかったらしい母さんだが、

子(俺)育てが大変過ぎて毎日そんな行為に及ぶ暇も無かったとの事だ。

そんな充実した(?)毎日を過ごしていく内に、いつの間にやら10年という年月が経ってしまったんだとさ。

だけど息子である俺の目の前で堂々と言うのだけは止めてほしかったよ。

父と母の子作りとか、想像しただけで本気で落ち込むぞ。


「そう。玄関を開けたら、将来自分の息子の嫁になりたいと言う女の子が。

 イコール母さんの中では、この子は未来の自分の娘(予定)だと結論付けたんだろう」

「母さんの前でそんなこと言ったら、当然そうなるわな」

「幸いはやてちゃんは料理の腕は良いみたいだし、母さんも張り切って料理を教え込んでいる」

「何故そこから料理を教える行為に繋がるのかは未だに謎なんだけどな。

 けどあれだけ嬉々としている母さんを見るのは、半年ぶりだな。

 それだけ娘が欲しかったって事なんだろうなぁ。息子として生まれてしまった俺の立場は無いが」

「それを言ったら、息子を産ませてしまった俺としても面目が立たない」


息子より娘が欲しかった、という言葉。

小さい頃はただの文字の羅列でしかなかったが、成長した事によって本当の意味で理解してしまった小学校高学年。

息子として産まれてしまった俺の内心、複雑だったよなぁ。

どうやったら女として産まれてこれたんだろうかと柄にも無く真剣に考え込んだ記憶もある。

恥ずかしさを押し殺して女の子物の服(名雪からお古を拝借)を着て母さんに見せたら、

「祐一が私の息子で良かったわぁ!」と俺を抱きしめながら頬擦りしてきたのだって、今でも鮮明に思い出せる。

我ながら黒歴史満載の人生だ。


「八神の事は大体分かった。で、リインの居候説は?」

「そんなもん、本人に聞けばいい。目の前に居るだろ」


大人しく父さんの話聞いてた意味ねー!


「そうだったそうだった。はやてちゃん達も今日家に泊めるからな。夜も遅いし」

「勝手にしてくれ。俺もう寝る。おやすみ」

「おう。お休み」


全てがどうでもよくなり、投げ打った。

しかし八神の奴・・・・・・なにがどうなったら『祐一お兄さんを私に下さい』になるんだろうか。

どうして母さんの喜びのツボをピンポイントで突いてくる発言してきたんだろうなぁ。

多分言いたい事が一杯あって、頭の中で纏めきれずに口から出てきた結果、そんな風になっちまったってところか。

八神も災難に。あの状態の母さん相手じゃ、中々抜け出す機会も無かろう。

付き合わされている(或いは付き合っている)シャマルさんにも合掌だ。

ナムナムと心の中で念じながら部屋を出ようとすると、リインも一緒についてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・ん。まあいいか。

リインを引き連れて、部屋へと向かった。















SIDE:リインフォース


「はあ。長い休みだった」


祐一が、ベッドの上に大の字で倒れ込む。

それにより、ベッドで先に寝ていた真琴が僅かに目を覚まし、すぐに再び眠りへと沈む。

私は部屋の入り口で立ち止まり、その場所から祐一を眺めている。

もしも、で例えると変なのですが・・・・・・もしも今が戦乱の世なら、

この場は配下である者でさえ立ち入る事を許されない、主の絶対領域と呼べる場所。

気安く踏み込んでよい場所ではない。なので私は、踏み込まない。

・・・・・・今更このような行為に意味など無いのですが、

これは一つの区切り、けじめの様なものですし・・・。


「明日からはまた学校かぁ。始業式だけだから早く帰れるが、すっごい休みたい。

 色々疲れた」

「すみません、祐一。ご迷惑をお掛けするつもりは無かったのですが・・・」

「ん? 迷惑って・・・・・・別に誰も迷惑なんて思ってないさ。

 母さんは、娘が出来たみたいだって大喜び。父さんは来る者拒まずな性格。

 俺だって、知り合いが来てくれてるのに迷惑になんて思わないから。

 総計的に見れば迷惑どころか、むしろありがたいぐらいかな。

 ・・・約一名は過激に喜んでるし」


・・・・・・確かに。

玄関で主はやての一言を聞いた瞬間の彼女のあの喜びようは、尋常ではなかった。


「ってかさ、リイン。入れよ。そんな入り口に突っ立ってないでさ」

「ですが・・・よいのでしょうか?」

「ですが? デスガもデスヨも無いだろ。何今更遠慮してるんだか。

 ほら、入れよ。何に気を使っているのか知らないけど、

 俺の部屋に入るってだけで、変な遠慮なんてしなくていいぞ」

「・・・・・・そうですか。では、お言葉に甘えまして」


畏まりながらも、一歩中へ踏み入れる。

踏み込むと同時に私を包み込む、不思議な魔力の波動。とても心地良い。

この部屋・・・・・・・・・祐一の魔力に満ちています。


「変なリインだな。自然体でいいのにさ」

「少し・・・。いえ、何でもありません」

「? そうか」


改めてベッドに腰掛けた祐一が、隣をポンポンと叩く。

その心遣いに首を振り、私は祐一の前で片膝を立て、跪く。やや距離が近いので違和感が湧くが、仕方が無い。

目を丸くしている祐一へ向け、私から切り出す。


「祐一。約束を果たしに来ました」

「約束?」


僅かに首を傾げる祐一ですが、すぐに思い当たったのかなるほどと一つ頷く。


「・・・って、駅前でしたやつか。確かに早々再会できたが、態々そこまで律儀に守る必要なかったぞ?」

「違います」


やはりというか、予測通りに間違えてくれました。あの約束の後では、間違えるなという方が酷な話ですか。

そもそも祐一は、あの約束のことを憶えているのでしょうか?

改めてその事を考えてみると、少々自信が持てませんね。私にとっての大事な約束でも、祐一もそうとは限りませんし・・・。


「私が祐一の騎士になる、という約束のことです」

「お? おーおー、そういえばしてたな、そんな約束」


憶えていてくれて一安心しました。祐一に気づかれないよう、静かに胸を撫で下ろす。

祐一は一つ、二つと納得の頷き。そして直後、その動きが完全に停止した。


「一寸待て。それってまさか、防衛プログラムが修復する前に交わした、あの約束の事か?」

「はい」

「俺が五体満足で生き残ることと、俺が約束を果たしたらリインが騎士になるとかどうとかの・・・?」

「そうです」


どうかしたのでしょうか?

居心地が悪そうに視線を迷わせ、何がしか考えているように見える。

私が冷静でいる一方、私の言葉に困惑している祐一の反応が面白い。

しばらく待つと、歯切れ悪く祐一は話し出す。


「あ~・・・・・・あのな、リイン。俺ってさ、

 騎士云々は俺の緊張が解れる為にリインが考えてくれた、願掛けみたいなものだったと思ってたからさ・・・・・・」

「はい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い。

 その約束、本気にしてなかった」


顔が見えなくなるほどに頭を下げ、謝罪をする祐一。これほど真面目な謝罪を受けるのは、初めての経験です。

それも、守護させてほしいと頼み込む相手から・・・。

謝罪を受けている私といえば・・・・・・・・・不思議なほどに落ち着いている。


「そうですか。では改めて約束をしましょう。

 私の命を救うと約束した祐一に・・・それを成した祐一に、私の命を捧げます。

 この命に懸けて、祐一をあらゆる危険からお守りすることを約束します」

「ちょ、ちょい待ち! 俺なんかの約束を守るより、本来の主の八神の側に居た方がいいんじゃないか?

 ほら、八神は身体が不自由だし」

「そうですね。ですは我が主には、私以外の騎士もおります」

「俺は魔法を使うけどさ、基本的には平和主義~というか、争いは好まないから」

「そうかもしれません」

「俺より八神の方が管理局に近い分危険に巻き込まれる可能性が高いし、逆に俺は危険に飛び込む性格もしてないし」

「重々承知です」

「リインの心遣いが徒労になって、毎日が普通に平和で安全の可能性も低いわけじゃない。むしろ大いにありうる」

「危険は無いに越したことはありません」

「第一俺は、俺を守ってくれるって言うリインに何のお返しもしてやれないかもしれない」

「それがなにか?」


私が一言重ねる度により焦っていく祐一の反応がおかしくて、ついつい笑みが零れる。

祐一でも、このように焦ったりするのですね。

紅の鉄騎をからかっていた祐一の内心も、このようなものだったのでしょうか。


「祐一。祐一にも日常はあるでしょう。私を迷惑だと思うのなら、口に出してもらっても私は構いません。

 常にお側には居れませんが、主はやての下で暮らし、遠くからあなたを守護するという道もあるのです」

「いや、別に迷惑と思ってるわけじゃ・・・・・・リインが居候することには、素直に嬉しい気持ちもある。

 ただなぁ・・・・・・」

「・・・・・・ただ?」

「ただ、何と言うか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・守られる立場ってのが、くすぐったい」


想像もしていなかった言葉が紡がれ、耐え切れず肩を震わせ笑ってしまう。

自身の言葉に恥ずかしがっているのでしょう、頬を若干赤くしている。

見ず知らずの私を助け、あまつさえ呪われた一冊の魔導書をも救ってくれた祐一。

私にとってはどんな存在よりも大きく、とても頼りになるその彼が、今は・・・・・・・・・とても可愛い。


「・・・むっ。そんなに笑うこと無いだろ。

 俺だって男なんだし、意地はある。守られる側より守る側に回りたいって気持ちになるのが当然なんだ」

「ふふっ・・・すみません。祐一があまりにも可愛かったので・・・」

「かわっ?! く、屈辱なり・・・。おのれ・・・・・・・・・・・・北川めっ!」


北がどうかしたのでしょうか。


「ですが、困りましたね。守られることで祐一が・・・くふふっ」

「笑いすぎだぞコラッ」

「はい・・・っ。・・・守られることで祐一のプライドに影響があるのなら、私はどうしましょうか。

 残念なことですが、祐一の騎士になりたいという私の気持ちは揺るぎ無きもなのですよね。

 さて、困りました」

「その割には全然困っているようには見えないんだが?」

「気のせいです。さあ、困りました。どうしましょう」


露骨過ぎたかもしれません。あまりに露骨な言い回しは相手に不快感を与えることもあります。

が、こうでもしないと声に隠し切れない喜びの色が混ざってしまう。

不可避の事態です。


「祐一。まずは私をあなたの騎士に。それからの事は、それから考えましょう」

「騎士になるのは決定事項かよ!」

「はい」


主導権を常に持つ祐一だからこそ、自分のペースで話す方が効果的。

祐一を相手にとる場合、時には強引に攻めること。

ここ数日祐一と共に過ごし、学んだ知識である。


≪良いではないですか、マスター。彼女を騎士にしてさしあげれば≫

「今の今まで黙っていたのに急に何ぬかしてんだレイク?!」


ずっと沈黙していたので、彼女のことをすっかり忘れていた。

レイクは明るくいつも祐一と言葉で戯れているイメージしかないので、

もっと積極的に言葉を発してくれないと、そこに居ることを忘れてしまいます。

ですが、思わぬ援軍です。


≪騎士とは言っても、言わば表面上の約束であり、正規の手順に則っての契約という訳でもありません。

 別段マスターが困ることはありませんし、いざとなれば彼女は戦力になると言ってくれているのです。

 世の中一寸先は闇。何が起こるかわからない以上万事に備え、憂いを無くす事も必要かと≫

「レ、レイクが真面目・・・だと?」


主はやてに魔導の全てをお渡ししてしまったので、現時点の私は完全に戦力としては役立たずなのですが・・・。

口には出さずにおきましょう。力は追々、どうにかしていきます。


「む、む、む・・・別に魔法に積極的に関わるつもりは無いんだが・・・・・・ここは許可するところか?」

≪許可しなければ、多分彼女はこのままの体勢で動きませんよ≫

「それはそれで困るな。おし、許可」

≪賢明です。・・・・・・私の記憶上、そろそろ頃合ですし≫

「? なにを・・・」


意味深にレイクが言葉を発した途端、どこからかカチャリという音が聞こえてくる。

私の目の前で目を軽く見開く祐一。何かに気がついた表情にも見える。

視線の端に、動くモノをとらえた。

視線を移せば、部屋の扉が開かれている。そして部屋の向こうに、佇む人間一人。

そこには、片手にお盆を持った祐一の母上がいた。

お盆の上にはマグカップが二つ並び、共に白い湯気が上っている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪あら? 予測より数十秒早いご登場ですね。マスター、ご愁傷様です。ですです≫


無言でマグカップの載ったお盆を床へとそっと降ろすと、喜色満面の笑みへと変わる祐一の母上。

扉を開放したままどこぞへと走り出した。



「あなたぁぁ!! 祐一がリインフォースちゃん跪かせて『あんな事』させてるわぁぁ!!

 たった一日で娘が二人! アリシアちゃんを合わせて三人目よぉーーーー!!!」


「ちょっとマテや母親あああぁぁぁ!!!」




魔法も使わず、その後を凄まじい瞬発力で追いかける祐一。

初動からすでにトップスピードであった。

私は呆然と二人を見送り、そしてこう口に出した。


「気配が全くありませんでしたね・・・祐一の母上」


当然、私の独り言に返事をする者などいない。















「だっは・・・・・・疲れた」

≪ご苦労様です≫


10分後。

祐一は疲労困憊の表情で帰ってきた。

帰ってきて早々、再びベッドへと倒れ込む。今度は先ほどと違い、起き上がる気配も無い。


「大丈夫ですか? 祐一」

≪リインフォース。明らかに大丈夫な状態で無い相手に大丈夫と訊くのは、不毛なことですよ。

 そんな時には、こう訊くんです。

 最後の最後にドッと疲れるイベントでしたね、マスター≫

「お前に対する破壊衝動が芽生えたぞ、レイク」


二人の軽口は相変わらずですけれど、今回祐一の口調には本気で怒気が含まれています。

ただ報復する気力は残っていないのか、首に掛かっているネックレスからレイクを外して、

寝たままネックレスと共に机の上に放り投げる。


≪あたっ≫


カツンと衝突音が鳴り、


≪ら? らら?≫


球体である上自ら動けないレイクは机の上をカンッカンッと何度かバウンドし・・・・・・


≪らーーー!?≫


最後には机の向こう側に落ちてしまった。


≪ま、ますた~・・・≫

「あー・・・起き上がるのもシンドイ。明日拾ってやるから、今日はそこで反省。

 悪い、リイン。そこの電気を~・・・消して・・・・・・」

「はい」


立ち上がり、部屋の出入り口へと向かう。ほんの数歩。到着し、私は壁を見る。

確か、このスイッチを切り替えれば良かった筈・・・・・・。

人差し指で切り替えるとパチンと音がし、部屋の中が闇に包まれる。


「消しました」

「サンキュ・・・。そうだ、リイン」

「はい」

「・・・・・・明日から・・・よろしく~・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・祐一?」

「・・・・・・・・・すぅ」


祐一は眠りへと入ってしまった。


≪実家に帰ってきて、溜まっていた疲れが一気に出たのでしょうね≫

「そうですか。・・・・・・・・・あの、レイク? 拾ってさしあげましょうか?」

≪いいえ、このままで。マスターのご命令ですので、今日はこの場で一人寂しく反省会です≫

「分かりました」

「にゃぁ」


僅かに開いた扉の隙間から、リニスが滑り込んでくる。

足音も立てず、静かに部屋の中を横断し、そして音も無くベッドへと飛び乗る。

ベッドを渡り、真琴の側で立ち止まり・・・私へと振り返る。

夜目が利くその目は、闇の中で光を発していた。

いえ、実際に光を発しているわけではない。周りの僅かな光を反射し、目だけが際立ってそう見えるだけだった。


「リニス・・・・・・今日だけ、あなたのご主人様を貸してくださいね」

「にゃあ」


一つ鳴いたリニスは、目を瞑り祐一の側で丸くなる。

祐一のように、この状態のリニスの言葉を聞き取れるような特技、私は持っていない。

だからその行動から、大体の言葉を察した。

祐一が眠っていることをしっかりと確かめてから、私は祐一のベッドへと潜り込む。

添い寝、と呼ばれる行為・・・。

今の私より、ずっと低い身長。本当に、ただの子供のように無防備な祐一の寝顔。

そっと祐一の頭を胸に抱く。

下ではまだ、主はやてやヴォルケンリッターの騎士達も起きているだろう。

そのような中で、私はこんなことをしている。そう考えると少々気恥ずかしいですが・・・・・・


「癖になりそうですね・・・」


その温かな体温に、全てがどうでも良くなる。

何とも言えない心地良さが胸の中に広がる。


「この世の全てが敵であろうと、私はあなただけの盾になります。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・改めて、これからもよろしくお願いしますね。

 私のご主人様マイマスター、祐一・・・・・・」


私は祐一の後頭部に手を回し、その額にそっと頬を寄せた・・・・・・。















―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―





翌日。

目を覚ました祐一の絶叫が、家中に響き渡ることになった。









[8661] 空白期 第一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/06/27 18:12










雪の町から帰ってきてここ最近。

俺の人生に変化が訪れている。

毎日を安穏と暮らしていたあの日々が懐かしいと思う程に、

以前の俺の人生には無かった『魔法』というキーワードが奇妙なほどに付いて回るようになった。

これが世に言うバタフライ効果、というヤツだろうか。

歴史に劇的大きな変化を生じさせないよう多少の注意を払うことは怠らず行動していたというのに、

努力の甲斐も虚しく、やはりどうあっても変化は伴うようだ。

始まりはきっと、俺が過去へと戻ってきたあの日から。大きな分岐点は、アリシアを助けたあの瞬間から。

日々の積み重ねが大きな変化に繋がることを実に見事に証明してしまった。

そう思う。

別に歴史が変化したことに対しての後悔は無い。アリシアを助けられたのも、リインを助けられたのも、

きっとこの世界の・・・・・・俺の歴史が変わってしまったからだろうし。

今の俺にとって、二人はもう見ず知らずの存在ではない。大切な家族とも言える。

二人を助けられるこの力があって良かったと、素直に思える。

だけど実際問題、俺が助けたって事はどうなんだろうな?

俺が助けなかったら、二人は死んでしまっていたんだろうか。

それとも俺が助けなくとも、俺ではない誰かに奇跡的な確立で出会い、やはり助かる命だったんだろうか。

過去へと戻る昔、一体二人はどうなったんだろうなぁ。もう確かめる術なんて無いが、やっぱり気にはなる。

一体二人は、どうなっていたんだろう・・・・・・・・・。










「と、こんな小難しい事考えてる夢を見た」

≪遅刻は確定でしょうが、無駄話してないでもっと急ぎましょうよマスター≫

「100メートル7秒で爆走して日本記録更新してる真っ最中だってのに、これ以上どうしろってんだーー!!」


ある遅刻をしそうな朝、現実逃避の話である。




















甘い匂いが立ち込める店内。

周りを見渡せば、学校帰りであろう女子高生や、ご近所の奥様らしき方々。

ここは母さんもかなりご贔屓にしている、洋菓子の・・・特に、ケーキの名門店。

喫茶、翠屋。

俺と相席しているのは6人の少女達。

アリシア、なのは、アリサ、フェイト、すずか、八神。

四人掛けの席を二つ、使わせてもらっている。配置は、俺の横にアリシア、向かいの席に八神。

俺の真後ろの席にアリサ、なのは。その向かいにフェイトとすずか。

俺にとっては場違いにも程があるってもんだぞ。場所的にも状況的にも。


「なあ、なのは」

「なに?」

「俺、どうしてこんな所にいるんだろうか・・・」

「・・・え?」

「いや、いい。ただの愚痴だ。気にするな」


何故かと問いかけずとも、理由は分かっている。

今日も今日とて、学校にていつも通りに昔一度習った授業を受け、

放課後にはリトルなバスターズが巻き起こす奇行に巻き込まれないよう早々に帰宅しようとしたところ、

帰り道途中で偶然遭遇した(向こうは俺を探しに来た)アリシアに手を引かれこの店に連れて来られた。

だからここに居る、それだけのことだ。

ほぼ接点が無い女の子複数と相席。しかも男俺一人って、どんな罰ゲーム合コンだよ。

俺はまだランドセルも背負ったままだったってのに・・・。


「アリシア。なんでまた俺を連れて来た?」

「ふへ? らんれっへ、らってほこ・・・」

「・・・・・・ケーキ呑み込んでからで良いから」


ケーキを心行くまで堪能しているアリシアの頬に付いている生クリームを指で拭い、口に含んでみる。

・・・・・・あまい。美味いは美味いが、ショートケーキ一つ食べ切ると気分悪くなりそうだ、俺。

アリシアも女の子だよなぁ。甘いもの大好きなところとか特に。


「んぐっ。・・・だってここ、祐君のお母さんがよく買ってきてくれるケーキと同じだよ。すごいよね?」


フォーク片手に持ちつつ、可愛らしく両手で握りこぶしを作る。

いつも食べてるケーキと同じお店を見つけたから、嬉しくなって俺を引っ張ってきたってことか。

なるほど、子供らしい思考だ。


「そっか。けどアリシア、お店で食べるケーキは、家で食べる時とは違ってお金を払わないといけないぞ。

 お金、持ってきてるか?」

「うん。ほら!」


嬉しそうにスカートのポケットから、小さながま口財布を取り出す。

はい、と差し出されたので受け取る。中を開けば、お札は一枚も入っていない。

銀色に光る百円硬貨がひのふのみーよー・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・うむ。把握した。

この年頃の子供のお小遣いとしては十分な額だが、ケーキとジュースを注文すれば簡単に飛んでいく。

子供にとっては大金だろうに、世間からしたらはした金も同然。世の中は無常なり。


「アリシア。晩御飯が食べられなくなるから、ケーキは一個だけだからな」

「? うん。わかってるよ」

「なら良し」


アリシアの頭を一つ撫でると、嬉しそうにニッコリと笑った。

癒される。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ、アリサ。その微笑ましそうな表情は」

「べ~つに~」

「フェイト。その『お姉ちゃんを盗られちゃった・・・』みたいな目は止めろ」

「・・・え? 私・・・」


アリサとフェイトの二人がこちらをじっと見ていた。椅子越しで、その上俺は背を向けているが、視線で分かるぞ。

そんなに珍しいか? 俺が。

・・・・・・・・・・・・女の子が6人も居る中で男一人だと、珍しいかもだな。


「最後に八神。そのからかい半分の楽しそうな表情は何だ。俺なんか見てないで、皆と話せよ」

「しゃあないやん。この席やと位置的に、アリシアちゃんか祐一お兄さん以外話し相手おらへんのやから。

 自然と皆を見てるしかやる事無くなるんやし。せやけど祐一お兄さんは見てるだけでもオモロいなぁ」

「おい。微妙に失礼だぞその発言。何なら俺と席、変わるか?」

「へ? ここでかまへんよ、私。変に気を使てもらうと弾む話題も弾まんようになるかもしれへんし、

 祐一お兄さん見てるのが一番オモロいから」

「然らば俺は少々花を摘みに行ってくるので、席を外す」

「あ、逃げた」


俺は逃げの一手を打ち席を立つ。

一緒の時間を過ごした小さい頃からの幼馴染ならともかく、

殆ど知らない少女相手じゃ共通性の話題も手探り状態だし、何を話していいのか分からん。

しかもジッと見られていると思うと、余計に何を話せば良いのか分からなくなる。

それに仲の良い女の子同士楽しく会話している中で男一人がぺらぺらと喋り出しゃばるのも野暮だろうし・・・。

居心地が悪いったらありゃしない。これならタイマンで女の子と話す方が楽だ。

場に居るだけなら何の抵抗も無いんだけどなぁ。

ランドセル側面のフックに掛けられている学校の名札を外してトイレへと向かう。

トイレに行くフリをして、直前で方向転換。俺はレジへと向かった。


「こんにちは。エプロン姿が似合いませんね、恭也さん」

「・・・・・・相沢か」

「ナチュラルスルーですか、そうですか。お久しぶりです」

「どうした?」

「息抜きですよ。同性いない状況で異性が沢山はちょっと息苦しい・・・

 そんなところにあら恭也さん発見、という訳で話しかけさせてもらいました。

 にしても恭也さんが喫茶店で、それもケーキ屋で働いてるとは意外です」

「そうだな。自分でも、そうは思う」

「何か思い入れでも?」

「いいや。自分の家が経営している店だからな。父が店長で、母がパティシエールだ」


なんとまあ・・・。そうなのか。

母さんがご贔屓にしているお店の、店長と職人さんの娘さんがなのはや恭也さん、と。

狭い。狭すぎるぞ世間!


「家族ぐるみでお店を経営しているんですか」

「ああ。因みになのは達の席にいるのが、俺の妹の高町美由希」


その言葉に釣られ席へと視線を戻してみれば、確かに一人の女性がいた。

三つ編みの黒髪に、丸い眼鏡。パッと見は文学少女。

キリッと整った恭也さんとは違い、可愛らしい顔立ちだ。笑顔でなのは達に話しかけているのを見るに、表情も豊かそう。

恭也さん・・・・・・もしかして、家の中で一人浮いているんじゃないだろうか。

感情をそのまま表情に出していそうな美由希さんと違って、表情あんまり変わらないし。

他人事だが、心配だ。


「恭也さんの妹って事は、なのはの姉ですか・・・・・・。こんなこと言うのは何ですが、姉妹なのに似てませんね」

「・・・・・・・・・そうだな」

「っとと、こんな所でのんびり話してたら仕事の邪魔になりますね。

 こうなれば恭也さんにはきっちり仕事をしてもらいましょう」

「・・・変な事を言う奴だな」

「変じゃありません。というわけで、シュークリームを6・・・5つ、持ち帰りしたいんで箱詰めお願いします」


俺を抜かし、父、母、プレシアさん、アリシア、リインの5人分で十分だろ。

いつもいつも買ってくるのは母さんだし、偶には俺が買うのもアリだよな。

シュークリームは晩ご飯を食べ終わった後にでも、皆で食べれば良い。

・・・・・・・・・・・・・・・そういやあれって、まだだったよな。


「それと、恭也さんなりのオススメケーキを5つ、適当に詰め合わせてください。値段は任せます。

 それでこの伝票と合わせて、会計を」

「ああ」


ショーウィンドウの中からシュークリームを取り出している恭也さんを横目に、

ランドセルから外し持ってきた名札を引っくり返す。

裏側から見た名札の中には、二枚の紙幣と二枚の硬貨が挟まっている。十円、百円、千円、一万円の四種。


「この諭吉さんを使う日が来るとはな・・・」


本来小学生は、学校に財布を一々持って行ったりしない。売店以外で使いどころが無いからだ。

だが世の中何が起こるか分からない所がある。突然職員室の前に設置されている電話が必要になったり、

テスト直前に消しゴム落として行方不明になったり、或いは居候の女の子に連れられて喫茶店に入ったり・・・。

だから俺はいつも、名札の裏に現金を入れ持ち歩いている。

こんな心配子供の頃はしなかったんだが、大人になると妙に万事に備えたくなるんだよな。

今回はそれが役に立ちそうだ。

万札片手に恭也さんの行動を見守る。


「・・・・・・ん? これは・・・・・・」


ケーキを詰め終え、会計をしようと伝票を見る恭也さんの動きが止まった。

こちらが注意して見ていなければ気が付かない程、ほんの少し眉を動かす。

やっぱり気づかれたか。


「しっ! とっとと会計を済ませて、知らん振りしててください」


恭也さんに渡した伝票には、俺一人が注文したにしては明らかに多すぎる文字が書いてある。

俺がこの店に入って注文したのは、コーヒー一杯だけ。それに対し伝票に書かれている量は、明らかにそれ以上。

それを誰が注文していたかというと、それは当然俺と相席している少女達だ。

10メートル程度離れた席で雑談をしている少女達は知らない。

席を立つ際に、俺がさり気ない仕草で掠め取ったからな。さり気なく持って行くと、案外気がつかれないものである。


「・・・・・・払うのか?」

「アリシアの分は、どっちにしろ払うつもりで。他の皆の分はおまけ。

 一応男の子としての見栄もあったり・・・・・・なかったり?」

「・・・そうか」


それ以上は何も聞かずカタカタとレジを操作し始めてくれた。

俺は福沢諭吉さんを机の上に置き、待つ。

レジが開く際に鳴る特有の『チ~ン♪』という音が響く。何故だか安心する音だ。

手を出しお釣りを待っていると、新渡戸稲造さんがレシートと共に返って来た。


「・・・・・・?」


変だ。

返ってきたのは、新渡戸さんと夏目漱石さん、それと小銭が幾許か。

レジに表示されて金額は四千九百とうん十円。

会計の時点で五千円弱だったのに、新渡戸さんに加えて漱石さんが数枚俺の手元に戻ってくるのは計算が合わん。

返って来るお金が、大分・・・・・・・・・多い。

サービスなんだろうか? 無言で恭也さんを見上げる。

恭也さんは財布から、数枚の紙幣を取り出していた。それをレジの中へと入れる。


「兄として、妹と、妹の友達の分は俺が奢る。

 子供一人にだけ背負わせるのは忍びない」


恭也さん・・・・・・。


「お人好しが過ぎると、破産しますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


無言の視線が痛い。

持ち帰りの分を除いてほぼ全額支払った恭也さんに、俺は二枚の千円札を差し出す。


「ってな訳で、この漱石さんをお納めください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


沈黙で否定の意思を示す恭也さん。まあ、普通に考えたら受け取らないよな。

俺が恭也さんの立場だとしても、子供から二千円受け取るなんて行動、格好悪くて出来る筈もないし・・・。

だがここで俺が引くのは言語道断。俺が言い出した事なのに、恭也さんだけ酷い痛手(出費)を負うのはなぁ。

う゛~ん・・・・・・・・・・・・。


「恭也さん。ここで一つ提案があります」

「提案?」

「はい。俺は恭也さんにお金を渡したい。でも恭也さんは受け取れない。

 ですから二択。恭也さんがお金を受け取るか、受け取らないか。

 ここで恭也さんがこのお金を受け取るなら、俺はこのまま何もせず席へと戻ります。

 ただしもし受け取らないのであれば、俺は恭也さんが奢ってくれたこのお金を使って、

 父親が隠し持っている秘蔵の『子供は見ちゃダメ!』な本やらグッズを恭也さん宛で自宅に送りつけます。

 当然、時間指定配達ですね。恭也さんがいない時間を見計らって、その上で、ナマモノとデカデカと書いておきましょう。

 選択は恭也さんに任せます。お好きな方をどうぞ」


時間指定配達でナマモノと書かれていれば、当然受け取った家族は『冷蔵庫に入れないといけない』と考えることだろう。

そうして中を開ければあらびっくり、クールなあの子がこんなマニアックなものを!? となること請け合い。

我ながらよく考えたものだ。

ただ・・・・・・・・・『父のエログッズを送りつける』と口に出しはしたが、父さんはアレで母さん一筋なのだ。

部屋のどこを探そうが、そんなもの出てくることは無いだろう。

要は、ただのハッタリだ。しかし恭也さんには俺の嘘を見抜く術を持っていない。

策士だな、俺。


「・・・それは脅しか?」

「そんなまさか。たとえ言い換えればそうと取れるような事だとしても、俺にそんなつもりはありません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」


沈黙の末のため息。

そして無言で、俺の手から二千円を受け取る。

勝った!


「my、Victory!」

「いいからもう席に戻れ」

「はいはい。ああでも、恭也さんの心遣い自体は、素直に嬉しかったですよ」

「・・・・・・そうか」


箱を二つ受け取って、レジを後にする。

恭也さんはいい人だ。会って間もない俺なんかを気遣ってくれるんだから、間違いない。

そんな恭也さんを脅した俺は悪者だな。

引けない時に引くよりかは、悪者で通ってやる。悪者上等!

え~、これにより恭也さんの出費は千と数百円ほどかな。どうせなら千円未満に抑えて・・・・・・


「祐君、どこに行くの?」

「お?」


そんなことを考えていたら、座る席を三歩ほど通り過ぎてしまった。

危ない危ない。注意を疎かにしていたら、折角習得している複数同時思考技術マルチタスクも全くの役立たずに成り果てるよなぁ。


「おかえり。長かったね」

「ああ。ちょっと恭也さんと、男同士親睦を深め合っていた」

「男同士? ふえ~・・・」


箱を空白の席(八神の隣)になっている部分に置いて、席へと着く。


「ねえ、祐君。それ何?」

「ん、コレか? シューとケーキ」

「シュートケーキ? サッカーボール型のケーキなの?」


アリシアの発想力にはビックリだよ。

だが確かに紛らわしい略し方と区切り方をしてしまった。失敗。


「・・・翠屋にサッカーボール型のケーキがあるの? なのは」

「え? う~ん・・・無かったと思うんだけど・・・」


俺達の会話が聞こえていたのだろう。フェイトに質問され、困った顔で首を傾げているなのは。

座っている席が違うので、困った顔と傾げた首は俺の想像だが、あながち外れでもないだろう。

自分のお店の商品ぐらい把握することをオススメするぞ。


「違う違う。サッカーボール型のケーキなんて、取り扱ってる店の方が稀だぞ。

 シューってのは、古代エジプト神話に出てくる大気の神様の名前だ。

 シューの子供二人が天空と大地の神様で、二人が引き離されたから天と地が分かれた事になっている。

 つまり箱の中には、ビックリな子供の父親シューと、ケーキが入っているんだ」

「「ええっ! そうなの?!!」」

「嘘に決まってんでしょこのアホちん共!!」


真後ろの席に座っていたアリサの拳が、俺の隣に座っているアリシアと、

アリサの隣に座っているなのはに同時に振り下ろされる。

ゴチンッ。言葉で音を表すなら、そんな感じか。

揃って同じ反応をした二人の脳天に、どキツイ一撃が見舞われた。

ソファの背凭れの低さが災いしたな。ファミレスのようにガラスの仕切りがあったのなら・・・

もしくはアリシアが俺の隣ではなく、向かいの席に座っていたのなら、最低でもアリシアへの被害は避けられたのだが。

頭抑えて蹲っているアリシア。俺達の背の向こうに居るから見えないが、恐らくなのはも同じような状態だろう。


「「・・・・・・痛い」」

「シューはシュークリームのシューでしょ! ケーキと一緒に箱の中に詰め合わされる神様がどこにいるのよ!!

 っていうか神様を箱の中に詰め込む喫茶店てどんだけ?!」

「ア、アリサ、声が大きい・・・」


(アリサの)正面の席に座っているフェイトが、荒れ狂うアリサを宥めにかかっている。

周囲の女子高生の視線が痛いほどに突き刺さってくるのを感じるな。


「アリサ、落ち着け。周りのお客さんの迷惑になるから」

「そうだよ、アリサちゃん。ほら、お水でも飲んで落ち着いて」

「ぬぐっ、なんですずかまで・・・・・・事の発端は祐一さんなのに・・・・・・」

「まさかアリサがここまで敏感に反応するとは思わなんでな。悪かった」

「・・・はぁ。もう、何なのよ・・・。しかも『思わなんで』って、今時使う人珍しいわよ」

「そういやアレ、どこやったかな・・・」

「もう聞いてないし・・・」


ランドセルを引き寄せ、名札をフックに掛けながら中を漁る。

目的のブツを発見し、背凭れから身を乗り出してソレを向こうの席に座っているフェイトへと投げ渡す。


「なんですか?」

「ソレ、クロノに返しておいてくれ。うっかり返すの忘れてた」

「? ・・・わかりました」

「それじゃ、頼んだぞ」

「はい。・・・・・・・・・・・・・・・(ジュエルシードに似ているような・・・?)」


よし。

一つ、懸念していた問題を解決してすっきりした。フェイトならば、忘れずクロノに手渡してくれることだろう。

時間が経ち、もうすっかりと温くなってしまったコーヒーに手を伸ばす。


「そうそう、祐一さんに聞いても良い?」


一口含んだ所で、アリサからの言葉。


「ん? どうした?」

「ずっと気になってたことなんだけど、祐一さんがアレと関わりだしたのって、いつの事?」

「・・・・・・アレ?」

「そう、アレ。アレよ、アレ。こんな所じゃ口には出せないアレ」


頻りに『アレ』と繰り返すアリサだが・・・・・・アレって何ぞ?

言葉が思い出せないから『アレ』を連呼するアレリーマンが思い浮かぶんだが、多分それじゃないよなぁ。

関わるってことだから、俺が関わっている何かってことだろう。

アレ・・・・・・アレ・・・・・・・・・アレ・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見当も付かない。


「アレって何だ?」

「~~っんもう! アレよ、なのはとかフェイトも関わってるヤツ」

「? ・・・・・・あー、なるほど。魔法の事な」

「ちょ・・・!」

「平気だって。口に出したところで、他の人は『魔法を信じている純粋な子供なんだなぁ』ってな目で見てくるだけだから」


とてもじゃないが、実物見せない限り現代人の大人相手じゃ誰にも信じてもらえないだろう。魔法なんてモノは。

俺みたいに生霊やら妖狐に出会った人間や、舞みたいに実際に人ならざる力を持っている人間は除くがな。


「そうだなぁ・・・。話しても良いが、他言無用だからな?」


だが一応、釘を刺しておくことは忘れない。


「はいはい。誰にも話さないし、そもそも誰にも話せないから」


・・・・・・そりゃそうだな。

魔法関連を話せそうな相手はこの場に全員集合している。

クラスメートに話したとしても、冗談だと取られて終わる。


「言っておくがな、これを話すとかなりの長丁場になるぞ」

「いいわ、聞いてあげるから」

「複雑な話だ。いいのか?」

「時間はタップリあるから平気よ」


アリサのその返事で、俺の脳裏に懐かしき光景が思い浮かんだ。

あゆと俺の会話の一部始終がリピートされている。懐かしささえ感じるやり取りだな。

尤も、その時俺はアリサの立場に居たんだが。


「アリサは良いとしても、他はどうなんだ?」

「・・・ん~・・・・・・皆、まだ時間ある? すずかは今日習い事無かったわよね。

 忍さんとの約束とかはあったりする?」

「大丈夫」

「なのはとフェイトはどうせ暇だろうし」

「そうハッキリ言われると、ちょっと傷つくよ・・・。

 (魔法の)特訓は夜に始まるから、しばらくは時間があるのは本当だけど」

「うん」

「約束とかは?」

「「無いよ」」

「はやて、タイムセールまでの時間は?」

「全然平気やで。平気なんやけど・・・・・・どうしてタイムセールなん?」

「はやてってそんなイメージだし」

「私のイメージて、一体・・・・・・」

「さあ、全員大丈夫よ。話して、祐一さん」


律儀・・・なのだろうか。一応全員に確認を取るところは。


「んー・・・・・・話すとなると、どこからにするかなぁ・・・・・・。

 ある日森の中を歩いていたら「クマさんに出会ったとかは無しよ?」・・・チッ」


読みが早い上に的確だ、アリサのやつ。香里や美汐並の切り返しの早さだな。

俺の性格にも慣れてきている。ボケ殺しは辛いぞ。


「道を歩いているとだな、横から突っ込んできたトラックにドーンと跳ね飛ばされました。

 無我夢中、藁をも掴む思いで空へと手を伸ばしたら、なぜか手の中にデバイスがありました。

 おしまい」

「短っ!」


本当はそんな単純な言葉じゃ済まない事、色々起こったが・・・・・・正直に話すような事でもない。

むしろ話したところで冗談だと取られて終わりだろう。それならいっその事、真実は全てを話さないが吉。

どうせ真実は俺とレイクの胸の内だしな・・・・・・・・・。


「長丁場って言葉はどこに行ったの?!」

「ア、アリサちゃん。今突っ込むところはそこじゃないよ。

 ほら、もっと一杯聞くところあるでしょ・・・・・・?」


正面からすずかが冷静なご意見をくれたが、アリサ聞く耳持たず。

俺が軽い調子で話しているから、内容がそう深刻なものに聞こえないのが原因だろう。

・・・・・・・・・そこを計算して喋っているのだが。


「全校集会での校長先生の言葉、『長くなると退屈でしょうから、お話は短く済ませますね』と言った後の演説は、

 大抵その宣言とは裏腹に異様に長くなる。それの逆だと思えば万事OK」

「どこが?!」

「アリサは複雑に考えすぎだな。突っ込みも激しいし・・・・・・・・・。心に余裕を持たないと、将来ハゲるぞ?」

「ハゲてたまっ、むぎゅっ!!」


こちらへ身を乗り出し叫ぼうとするアリサに大声の予兆を感じ取り、寸での所で口を塞ぎ言葉を押さえ込ませる。

セーフ。二度目の大声は流石にいただけない。

叫ばせているのは俺なんだけど。


「落ち着けって、冗談だ」

「むぐぐっむぐぅ~・・・ぷはぁ」


叫ぶ予兆は無くなったので、手を離す。吐き出し損ねた息をようやく出し、少し息を乱している。

声が漏れないように口をちょっと強めに押さえ込んだから、少し苦しかったのか。


「はぁ・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・・・冷静に考えてみたら、それって交通事故じゃ?」

「悪い悪い。全部冗談だ」

「ぜ、全部・・・?」

「全部。本当はな、道を歩いていたら綺麗なビー玉が落ちているのを発見。

 拾ってみたらあらビックリ、デバイスでしたってオチだ」

「・・・・・・はぁ~~・・・・・・」

「そんなに盛大にため息を吐くなよ」

「どうして佐祐理お姉さんが祐一さんに付き合っているのか、分からなくなってきたわ」

「そりゃ波長・・・というか気が合うんだろ、ただ単に。それより俺は話したんだ、次はアリサの番だぞ」

「・・・・・・なにが?」

「一般人のアリサが、どうやって魔法と関わりだしたのか」


一人にだけ話させてハイおしまい、なんてことは勿論ないだろう?

その意味を込めて見つめる。

「んー」と一瞬唸るアリサは、すぐに決断を下した。


「私とすずかは、話したところで内容は祐一さんとそう大差無い感じよ。

 偶然の事故で不思議と巻き込まれちゃったって感じね。むしろ聞いた方がいいのはなのはの話。

 どこぞのテレビでやってる魔法少女のアニメの主人公みたいな活躍してきたから」

「ほほう。そうなのか?」


アリサがなのはの名を出したことで、ケーキの残りを片付けていたなのはの意識がこちらへと移った。

丁度良いので、キュピーンと目を光らせ、なのはへ視線を送る俺。


「な、なに? 祐一君、今目が光らなかった?」

「目? これか?」


もう一度目をキュピーンと光らせる。キュピーンと光るのは比喩ではなく、実際本当に光っているのだ。

その眼光に威圧を感じたのか、なのはは(アリサも若干)引いている。


「これは教えてもらったんだよ。なのはの兄である、高町恭也さん・・・」

「お、お兄ちゃんが?」

「と、同じ声した旅する人形遣いからな」

「誰!?」


彼の者は『ラーメンセット』の言葉を聞くと、こんな目になる。

二年ぐらい前にこの地方を訪れたあの人に、「ラーメンセットを奢るからその目のやり方を教えてくれ」、

と提案したら快く承諾してくれた。

因みに恭介も出来る。


「さあ。そんな事より教えてもらおうか。アニメの主人公張りの活躍をした魔法少女の話を」


突然矛先を向けられ戸惑うなのはに、俺は容赦しない。

現実で大活躍している魔法少女の話を聞ける機会なんて、そうありはしないんだからな。


「ど、どうしてこんな状況になってるの・・・?」










それからも雑談が続くことしばらく。ようやく話にも一区切りが付いたので、翠屋を出ることになった。


「あれ? 伝票は?」

「恭也さんが持って行ったぞ。奢ってくれるんだってさ」

「いつの間に・・・・・・」


席を立ち、レジで別のお客さんの相手をしている恭也さんの側を通り過ぎる。

その際、


「ありがとう、お兄ちゃん」

「「「「ありがとうございます」」」」



皆でお礼を言うのを忘れない。女の子と仲良く一緒に『ありがとう』は少々恥ずかしいので、一礼だけしておいた。

少しばかり驚いている恭也さん。これでケーキの代金を支払ったのは恭也さんで決定。もう覆らない。

後で恭也さんが何を言おうが・・・・・・てか何も言わないだろうな、あの性格上。

だったら誰にも真相は明らかにならないだろう。

男な恭也さんの株は急上昇、鰻登り。それだけのこと。


「祐一さん」

「ん? なんだ、すずか嬢」

「ご馳走様です♪」

「・・・何がだ?」

「何でもありません」


唯一・・・・・・すずか一人だけは、気がついているようだが。まさか伝票を持ち去るところを見ていたのだろうか。

恭也さんじゃなく俺に言ったって事は、つまり・・・・・・そういうことだよな?

真相を究明するのは止めておこう。この場で言い出したら墓穴掘りそうだし。

それ以上はすずかに何も聞かず、俺達は店を出る。

通りに出て早々、俺は一つのおみやげ箱を、車椅子に座っている八神の膝の上に載せた。


「? 何ですか、コレ」

「お兄さんからの奢りだ。一週間ぐらい前に、母さんが八神達に迷惑をかけただろ? あれの分」

「め、迷惑なんて思ってないです。逆に一杯勉強させてもろたんやし、お礼をするんはどっちかと言えば私の方・・・」

「いいから受け取っておけって。でないとヴィータが拗ねるぞ。はやてだけがケーキを食べたーって」


本当のヴィータがそんなことを言うとは思えないが、何故だか容易に想像がつくその姿。

この場に居ないヴィータの事を引き合いに出せば、流石に八神も一瞬は口を噤み、笑う。


「んじゃ、そういうことで。俺も自分家のおみやげ冷蔵庫に入れておかないとヤバイし、これにて失礼・・・」

「ねえねえ皆。今から家に来ない?」


おーいアリシアさん? 俺今からこの場を退散しようとする言葉を言おうと思ってたんだが?

しかも家って、プレシアさん居るの忘れてないか?

「最近色々考えすぎてグロッキーなプレシアさんにトドメ刺す気かよ」

そう俺が苦言を申し出ようと口を開きかけるが・・・


「私はかまへんよ。ご近所やから方向一緒やし」


まず最初に八神が、


「そうねぇ。祐一さんのご両親がどんな人なのか、ちょっと気になるし・・・」

「うん。いいんじゃないかな。特にご用事もないし」


続いてアリサとすずかが、


「アリシア姉さん」

「なぁに? フェイト」

「母さん、居る?」

「うん」

「・・・・・・行く」


最後にフェイトが次々とナイスな連係で参加を表明。

故に、俺が口を挟む余地が無くなった。

う~む・・・・・・プレシアさん、持つんだろうか。主にメンタル面で。


「にゃはは・・・ほんとに大丈夫かな? プレシアさん」


さあ、どうだろうな。別に死んだり何たりは無いから大丈夫だとは思うけど。

第一本人達の問題だ。俺達みたいな部外者が口を出して良い問題でもないか。


「うん、そうだね」


それにいい加減、プレシアさんにもフェイトに慣れてもらわないと。

いつまでも今のような関係を続けるのは、あんまり好ましくないし。


「見ててもどかしいよねぇ、あれ」


そうだな。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ん?」「あれ?」


お互いに顔を見合わせ、疑問の言葉を呟く俺となのは。

口に出してたか? 今の言葉・・・。




















結論を言おう。

俺の家に集合した少女達の計らい(策略?)によって、プレシアさんと仲直りしたいフェイトと、

フェイトと出来るだけ距離を置きたいプレシアさんが、俺の部屋にて二人きりにされた。

扉が閉められた直後からカウントし、僅か3秒という驚異的記録で次元世界へ転移する為の座標設定を終えたプレシアさんは、

異世界へと旅に出たらしい。逃げたとも言えるな。

帰ってきたのは深夜。日付が変わった後である。

そこまで嫌か、フェイトと一緒に居るのが。









[8661] 空白期 第二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/07/17 18:05










「さて・・・と。”とらいあんぐるハート”。一丁、よろしく」

≪はい、マスター≫


クロノのS2U・・・改め、とらいあんぐるハート。

先日クロノへと返された筈のこいつが、どういう経緯か今俺の手元にある。

理由はつい先ほど、クロノが俺へと手渡してきた故だ。

返された理由はどうやら、俺にあるらしい。


「まったく。お前もどうして、俺なんかの所に戻りたかったんだか・・・・・・」

≪デバイスとは常日頃から、己のマスターと共に在りたいと望んでいます。

 そこには感情を持つインテリジェントも、持たないストレージも関係ありません。

 この子がマスターの元に戻りたいと望んだのも、そういうことでしょう。

 私は後輩機が戻ってきてくれて嬉しい限りですけれどね≫

「そりゃお前は嬉しいかもしれないが、クロノの奴が不憫すぎる・・・」


クロノの元へと返されたとらいあんぐるハートは、クロノの手に渡った当初からずっと、こう訴えていたそうだ。

≪私をマスターの元へと返してください≫・・・と。

この場合のマスターとは皮肉なことに、クロノではなく俺のことだ。

とらいあんぐるハートの認識では、俺が正規のマスターとして登録されているそうな。

ついで・・・・・・と言ってはあんまりな言葉だが、元々のマスターであるクロノについての記憶(記録)は綺麗サッパリ、

とらいあんぐるハートの中から消え去っていたらしい。

アースラという名の次元航行船の機械で調べたので、間違いないんだとさ。

唯一これがS2Uであったという証明といえば、リンディさんの声がインプットされていた事だけである。

その唯一の証明であるリンディさんの声で、本来のマスターであるクロノをマスターではないと否定していたんだから、

もはや同情の言葉以外口をつかないほどのご愁傷様だ。

「まったく、元々は僕のデバイスだったというのに・・・」と愚痴りつつも、

結局は俺へとらいあんぐるハートを託してくれたクロノには漢を感じた。


「レイク、ディライトモード」

≪はい≫


サークレットになり、俺の頭へと収まるレイク。

俺は手の中でとらいあんぐるハートを転がす。

クロノ達の元でもなんやかんやあったらしいが、結局このデバイスは俺の所有物となってしまった。

なったからには、存分に使わせてもらうことにしよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とらいあんぐるハートの声がリンディさんである事については、しばらく目を瞑るしかないか。


「レイク。今回はとらあんぐるハートの可能性を試してみたい。レイクは今回、殆どサポートだけになると思う」

≪そうですか。この形態をマスターが指示した時に、薄々感じ取っていました≫

「悪いな、相棒なのに」

≪いえいえ、お気になさらず。ただ・・・負けてはいけませんよ。絶対に≫

「そりゃあ負ける気はないさ。格好悪いしな」

≪いえ、そういう意味では・・・・・・・・・まあいいです。負けないでくださいな、マジで≫

「? おう。とらいあんぐるハートは・・・・・・そうだな、ナックルフォーム」

≪イエス、マスター≫


ひと月前のクロノとのバトルでは、ソードフォーム以外の形態は一度も使わなかった。

ナックルフォーム、初のお披露目。ハンマーフォームもガンフォームもまだだが。

どんな形態なのだろうか、と若干ワクワクしている俺の両腕に、ガシャンッ、ガシャンッと質量のあるものが装着される。

装備されたそれ(武器)をマジマジと見る、俺の両腕に、妙にゴツイ・・・手袋? が装備されている。

防弾チョッキ、両手版みたいだな。ニギニギとしてみるが、手の開閉に苦労は無い。

手の甲側に着いているプレートのような物で、防御と攻撃力の向上を図っているんだな、多分。

手首に当たる部分には不思議な物体。

言葉にするのは難しいのだが・・・・・・形状を例えるなら、斜めに溝が入ったリボルバーのようなものだろうか。

用途方法が不明。ただの飾りなのか、凝った防具なのか。

両手で握り拳を作り、片手・・・右手を前に突き出す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・重い。

1キロの鉄アレイが両手にくっ付いたような感じだ。長時間着用し続けたら腕がダルくなるな、確実に。

少年時代は亀の甲羅を背負って修行していた主人公が、天下一を決める武道会で重りのついたリストバンドをつけていたが、

もし俺に例えるなら丁度こんな感じだろうか。


「・・・・・・なるほど。やっぱ殴るだけか、ナックルフォーム」

≪両手をパンと合わせたら、右手から短剣が練成されるかもしれませんよ≫

「右手全部がオートメイルになるのはご勘弁」


肩の傷も完全に癒え、激しく動かしても何の違和感も感じなくなって早二週間。

なのは達と出会って、丁度ひと月の時が流れた頃。

名も知らぬ異世界の空で、


「それじゃあ祐一さん。模擬戦、よろしくお願いします!」

「はいよ。俺なんかじゃ役不足かもしれないけど、お相手させてもらうな」


俺となのはの模擬戦が行われようとしていた。















事の発端は、昨日の夜。一本の電話から。


「もしもし、相沢です」

『こんばんは。夜分遅くにごめんなさい、ハラオウンです』


リンディさんがプレシアさん相手に電話をしてきた所から。

俺は二人の間で、どのような会話がなされたのかは知らない。

5分ほどの会話を終えてプレシアさんが受話器を置き、一つため息を吐いた後に・・・・・・


「祐一。明日は夜天の魔導書の騎士シグナムと・・・・・・・・・フェイトが、模擬戦をするそうよ。

 他の魔導師同士の戦いは参考になるから、見学に行ってきなさい」

「・・・へ?」


突然こんな事を言ってきた訳だ。





で、とりあえず次の日の夜になって俺とリイン、それと八神とシグナムさんは一緒に集合場所へと向かった。

シグナムさん以外の騎士一同は、仕事で家に居ないとのこと。(ヴィータのような子供までこき使うなんて・・・時空管理局、鬼だな)

坂の上の公園でなのは達と合流した後、俺達は次元世界へと飛ばされる。

緑の森が地平線の遥か向こうにまで広がる、昆虫天国な世界。

進化する文明は存在していない、管轄外世界の一つ。


「では始めるか、テスタロッサ」

「はい、シグナム」


地上ですると色々と問題がありそうなので、空で始まった戦い。

俺達は二人から数キロほど距離を置いて、空間モニターで観戦をする。

なるほど、これが俺じゃない他の魔導師同士の戦いか。これは勉強になる・・・・・・わけがねー!

どっちも速過ぎて視覚じゃ追い切れないっての!!

決着が着くまでポカーンと見学し、シグナムさんの勝利という形で終わった模擬戦。

肩で息しているフェイトとシグナムさんが、先ほどの戦いの検討をしているのを眺めるが・・・

見えていなかった俺は、やはりポケッと突っ立っているしかない。

途中からは上空を見て雲の流れ方を観察したり、眼前に広がる広大な森林を眺めたりしながら時間を潰す。

やっぱり異世界って、ごっつすげぇ。あー次元世界だったっけな、呼び方。どっちでもいいか。

地球のアマゾンを空から眺めたらこんな風なんだろうか。一度見比べてみたい、カメラを持って来ればよかったなぁ。

下の森へと降りたら、どんな虫がいるのだろうか。

ヘラクレスオオカブトより大きなカブト虫が生息している可能性もありそうだな。是非とも確保したいぞ。

等等、異世界の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、もはや完璧に異世界見物を楽しんでいる俺。

そんな俺に向かって、マンションの自宅に居ながら空間モニター越しにこちらを見守ってくれているリンディさんが、

次のような言葉を紡いだ。


「それじゃあなのはさん、祐一さん。そろそろ準備を始めて」

「はい」

「・・・・・・はい?」


当然俺は聞いた。準備とは何なのか、と。

回答・『二人が模擬戦をする準備』

何故、どうして、俺がなのはと模擬戦をするのか。


『プレシアも承諾済みよ。記録を残さないという条件で、今日祐一さんを特訓に参加させてもいいって。

 プレシアから聞いてなかったの?』


はい、聞いてません。昨日は電話を終えて、プレシアさんは足早に部屋へと戻り寝ました。

その旨を伝えた後、リンディさんから・・・


『そう、聞かされていなかったのね・・・。でも、あなたと模擬戦をすることは、彼女達にとっていい経験になると思うの。

 だから、お願い』


と頭を下げられてしまった(モニター越しだが)。

リンディさんから頭を下げられたら、俺なんかじゃ断ること出来ません・・・・・・。















このような経緯で、俺はなのはと模擬戦することになったのだ。

プレシアさんも何の意図があって、俺をここに駆り出したのだろうか。

ちょっと前まで、俺が他の魔導師と関わるのを極度に嫌っていたというのに・・・。

でもま、偶には良い。周りに振り回されてみるのも。


「なのは、準備は良いか?」

「うん」


正面のなのはを見据える。

手に持つは、ピンクい柄の杖。杖の先端付近には、赤く丸い石。レイクのコアと同じようなものだろう。

青の生地で多少飾り付けられた、白いドレス・・・のようなバリアジャケット。

胸に付いた赤いリボンがなのはの子供らしさを表していて、良いチャームポイントだ。

バリアジャケットと同じく真っ白いブーツから生える、桃色の小さな羽。あれが空を飛ぶ為の翼か。

俺が背中に生やす翼と比べると、かなり小さい。コンパクトで便利、これも時代の流れなんだろうなぁ。

つーかこの服装って、昔どこかで見た事があるような・・・・・・・・・・・・?

・・・・・・・・・夢? ・・・・・・・・・まさかな。


「リンディさん、合図をお願いします」


俺の隣に展開されている空間モニターに、ただその一言を言う。

と同時に、バリアジャケットを纏う。

バリアジャケットを纏う感覚は苦手だ。視認は出来ないコンマゼロ何秒の世界で、一瞬裸になっているような気がするんだよなぁ。


「・・・・・・ふぅ」

『祐一。頑張って下さい』

「ん? おう。応援ありがとな、リイン」


空間モニターからリインの声援を受け取り、気持ちを切り替える。

戦闘用の思考・・・なんて洒落たモノは残念ながら持ち合わせていないが、

せめて年下の女の子に一瞬で負けるような情けない結果に終わらぬよう、ある程度真面目な思考でいることにしよう。

ずっと足元に展開していた小型フローターフィールド。それを解除し、翼を生やして俺も空中へと舞う。

背後からの光で、その魔力光が何色なのかを瞬時に悟る。


「今度は虹色か。ったく、俺の魔力光はどうなってるんだ」


黒くなったりカラフルになったり・・・忙しない奴だ。

・・・・・・そういやレイク、こないだクロノと戦っていた最中に俺の魔力光が変わった時、何か言ってたような。

何だったっけか。すっかり忘れちまった。

俺の魔力光に関係する何かだったような・・・・・・そうでもなかったか?


『始め!』


おっと、無駄な思考をしている場合じゃないな。開始の合図が送られてきた。

さーてさて、先攻はどっちが取れるかな。


「ブリッツアクション」


俺の行動に警戒しての様子見か、構えたままこちらを見据えているなのは。

フェイトやシグナムさんとは違い、積極的に接近戦をするタイプじゃないんだろう。

運動音痴っぽいもんなぁ。

不意をつく為に高速移動魔法を使い、一瞬でなのはの背後を取る。

いくら俺も子供とはいえ、少女を殴るという行為に抵抗はある。

躊躇が無いと言えば嘘になるが・・・・・・魔法戦で躊躇は命取り!

俺はなのはに右手を突き出す。


≪ラウンドシールド≫


カッコつけた呼び方で掌底打ち。純粋に見たままを言葉にするなら、相撲の突っ張り。

なのはへと振るわれたその攻撃は、なのはのデバイスが展開した防御魔法によって防がれた。

不意をつけたと思ったんだが・・・。優秀なデバイスだ。

そこでようやくなのはは後ろへと振り返る。その表情には、隠し切れない驚きがあった。


「なのは。防御に回ってたんじゃ、俺には勝てないからな」

「・・・祐一君」

「何だ?」

「クロノ君と戦ってた時より、魔法の発動スピード速くない?」


・・・・・・戦いの最中に呑気だな。真剣勝負じゃないからかもしれないが。

開いた掌でシールドを掴む。


「気のせい、だ!」


拳に魔力を込め、シールドを握り潰すことでブレイクしにかかる。

シールドを握り潰すなんて初めての体験だが、何事にもチャレンジ。


「!?」


魔力を込めた次の瞬間に、飾りかと思われた手首に付いているリボルバーが回転し始める。

な、なんだぁ!?

回転によって虹色の魔力が渦を巻き、渦を巻いた魔力は手の方へと流れている。

魔力の動き方はさながらドリルのようだ、と言っておこうか。

掌へと集約された魔力はそのまま破壊の力となり・・・シールドに罅が入る。

そうか、これ・・・・・・このナックルフォームは、魔力を込めることによって攻撃力を増幅させる武器。

殴る際には魔力を込めながら、「衝撃のぉ・・・ファーストブリットォォ!」とか叫んでみるか?

更に魔力を注入しグッと押し込むと、シールドは砕け散った。


「くっ! アクセルシューター!


追撃防止の為か、魔法を展開させるなのは。

単なる誘導操作弾だから防御壁を展開させながらそのまま突っ込むのも可能だが・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?


「ちょっと待て、アクセルシューターだと!?」

「シュート!」


追撃防止をそのまま攻撃に転用してきた。だが俺としてはそんな事より、なのはがその魔法を使った事の方が重要だ。

【アクセルシューター】・・・夜天の魔導書を修繕するアイテム、カノンに掲載されていた魔法の内の一つで、

俺がダークリインと戦う際、おそらく飛行魔法に次いで最も長い時間使用していた魔法でもある。

それをなのはが使った。ということは・・・・・・なのはが本来の魔法の使用者なのか。

じゃあ同じ系列だった『神殺しの一撃』もなのはの魔法かよ。

まさかなのはがあんなに物騒な名を魔法に付けるなんてなぁ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

冷静に状況把握&納得している場合じゃなかった!!


「アクセル・・・シュート!」


発射数8。なのはと同じだけのアクセルシューターを俺も作り出す。

なのはのコントロールするそれらの全てを相殺させる為にアクセルシューターを操作し、且つ次の魔法を発動する準備を始める。


「レイク! フルドライブ!!


デバイス本体が破損しない為の出力リミッターを意図的に解除。

どうせだ、なのはと同じ技で驚かせてやる。

両手の人差し指と中指の指先を揃えて、額のビームランプ(レイク)へと沿える。

数字の7がイメージされるウルトラな戦士が使う『額からビィーンムッ!!』のポーズ。

魔力充填完了!


「ディバインバスター・・・」


アクセルシューター同士を相殺させ、爆煙が目眩ましになった瞬間にトリガーの続きを唱える。


「オーバードライブ!!」


「沢山魔力を込めて、威力を上げました!」なんて生温いもんじゃない。

フルドライブ状態で込められるだけ魔力を込めた暴発寸前、正真正銘限界のディバインバスター。

名づけて【ディバインバスター・オーバードライブ】

俺の魔力変換資質、【対象強化】でデバイスを強化していなければ、十中八九レイクは粉々になる危険な魔法だ。

他の誰にも真似できない、俺だけの魔法。

最後に、この砲撃が躱されない為のちょっとした仕掛けを作る。小声でキーワードとなる言葉を呟く。

ブレる意識。だがそれは一瞬のこと。

コンマ1秒で思考をはっきりとさせ、次の行動に移る。


≪ソニックムーブ≫


アクセルシューターは完璧に相殺させたので、打ち出したディバインバスターは威力を欠片も落とす事はない。

そして打ち出したことにはまだ、気づかせない。

意識の片隅でディバインバスターを気にかけながら、俺はレイクの施してくれた高速移動魔法で再びなのはの背後に回る。

今度は背後で一旦停止などしない。高速のままに、なのはの背中に取り付く。

杖をしっかりと握っている手、そしてそれに続く腕と腕の間の僅かな空洞に下から手を入れ込み、羽交い絞め。

ついでに足もなのはの腹の辺りで組む。


「なのは~」

「っ!?」

「一発、自分の扱う魔法を我が身で味わってみると良いぞ」


アクセルシューターが霧散したことによって発生した爆煙の中から、ディバインバスター・オーバードライブが飛び出してくる。

それに気がつき回避行動を取ろうとするなのはだが、そうはさせるかと俺が押さえ込む。


「こらっ、暴れるな! 安心しろって、俺も一緒に食らってやるから!」

「それ全然全く安心出来る事じゃないよね?! うにゃあああああぁぁぁぁぁ!!!


なのはの相棒が防御魔法を発動しようとするにも間に合わず、なのはは(俺も含む)虹色の砲撃魔法の中に飲み込まれていった。

背後霊のようにその背でなのはを拘束したまま砲撃に飲み込まれた俺の意識は、砲撃の中で消え去った・・・。





試合開始の合図から、20秒後の出来事である。















SIDE:フェイト

なのはと同じような遠隔操作弾を使ってなのはの遠隔操作弾を落とし、

私と同じぐらい速い高速移動の魔法でなのはの背後へと回り込んだあの人。

虹色の砲撃の中へと消えた二人。

試合開始後1分も経たない、本当にあっという間の出来事だった。

私は唖然とモニターを眺めている。爆煙のせいでモニターに映し出される映像は、灰色一色。

自滅? 特攻? ・・・無理心中?

なのは・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・まともに食らいましたね、両者共に・・・・・・」

「はら~・・・祐一お兄さんも無茶するなぁ。ノーダメージはないで、あれ。

 今ので決着ついたんとちゃうか?」


隣ではやてとリインフォースが話し合っている内容を聞くに、本当に自滅しているのかもしれない。

大丈夫かなぁ・・・。なのはは一撃じゃ堕ちないと思うけど、それでもどうしようもなく心配になる。


「クロノ。あんな戦い方って、どうなの? すごく、その・・・危ないよね」

「・・・・・・どうもこうも、魔法戦にはこれといった取り決めもルールも無い。

 ありえない戦い方、なんて事もないさ」


・・・そっか。そうだね、うん。

ありえない事はない。でも・・・・・・普通しないよね?

あんな行動を取れば、なのはだけじゃなくって自分もダメージを受けているはず。


「・・・あんな自滅行為な行動して、あの人にはどんな考えがあるんだろう」

「さあ。何かを考えての行動か、何にも考えていないのか・・・。

 ただまあ、トリッキーで読みにくい行動ではあるな。メリットが無いのなら、見習いたくはない」


あ、やっぱりクロノから見ても、メリットは無さそうに見えるんだ。


「しかし実際、あのなのはに防御魔法を唱えさせる事も無く、砲撃を被弾させた。

 『砲撃』と『防御』においては、人一倍抜きん出ている彼女に。

 頭ごなしに否定し、馬鹿な行動と一笑に付すこともない」


クロノはここにいる誰よりも戦い方が上手だから、あの行動に少しは否定の感情を抱いているかと思っていたのに。

なのに全然そんな事は無くて・・・どちらかというと、肯定している。

あの人が一度、クロノに勝ってるからかなぁ。


「だが、なのはの背後に回ったその直後、どうして祐一が攻撃をしなかったのか。そこには些か疑問が残るな」

「疑問?」

「ああ。フェイトが祐一の立場にいるのなら、高速移動魔法を使用した後にどんな行動を取る?」

「どんな・・・って・・・・・・一瞬でなのはの正面か背後に回ってから、バルディッシュで一閃・・・・・・あ」

「そう。あれだけのスピードが出せるのなら、それも可能だった。

 ヒット&アウェイの戦法だって取れたはず」


クロノの言うことは尤もだった。というか、どうして私が気が付かなかったのか。

高速移動魔法を使えるのなら、そこから攻撃に繋げられる。

スピードで鋭さを増した攻撃・・・あのコブシを振るうだけでも相手に十分なダメージを負わせられる。

普通に勝負をしても、十分良い勝負が出来た。そもそもクロノを倒せるだけの力があるんだから・・・。

なのにそれをせず、わざわざ自滅の道を選ぶなんて。


「なのはがバインドを発動していて、それをあの人が察知していたとか」

「なのはに設置型のバインドを用意している暇はなかった。

 何より拘束するにしても一撃を見舞うにしても、祐一が接近することには変わりない。

 追撃する方がより良い一手、上策だ」

「・・・そうだね、確かに」


それに仮にそうだったとしても、あの人の行動の説明にはならないよね・・・。

解らない、私には。

防御されるにしても直接攻撃を与えられるにしても、普通の相手なら背後から一撃を加えられたその時点で怯む。

砲撃を撃っているのなら、その行動の後に急いでその場から離れれば自分は巻き込まれない。

少なくとも、わざわざ巻き込まれてダメージを受ける必要はない。何でそうしなかったのかな・・・。


「それにしても祐一の奴・・・僕と戦っていた時は手を抜いていたのか?

 魔法を連発できる上に、発動するタイムラグが少ない。それにあんな強力な砲撃魔法も撃てるんじゃないか。

 腑に落ちないな」


クロノがこんなに不機嫌そうな顔をしているのが、意外だった。

少し・・・あの人を気にし過ぎ、なのかな?

画面へと視線を戻す。舞っていた爆煙は徐々に風に流されていて、モニターに移る光景も段々鮮明になっていく。

一際強い風が吹き、爆煙が殆ど散った。

モニターの中に移っていたのは・・・・・・倒れ伏すなのは。

それと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今にもなのはに襲い掛からんとしている(ように見える)、気味の悪い仮面を被った、不審人物。









[8661] 空白期 第三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/07/17 18:06










砲撃が過ぎ去り、周りに魔力の煙が充満する中。俺は爆煙の中に、一つの人影を見つけていた。

十中八九、なのはであろう。防御魔法を唱える時間は無く、確実に食らわせることに成功。

無傷・・・ってことはない。少なくとも、多少はダメージを与えられたはず。


「漫画とかなら無傷、或いは多少ダメージを受けました程度の状態で、ニッコリあの場所に居るもんだが・・・」

≪そんなことになったら怖いですね、冗談抜きで。文句無しにこっちの敗北フラグ成立です≫


観察を続けること数秒程度。影がゆっくりと降下し始めていることを見て取る。

多少の警戒を頭の隅に置きながら影へ向かって飛び、その小さな体を抱き止める。

抱き止めた彼女は、俺の腕の中でぐったりとしていた。

気絶して飛行魔法が解けたらしい。落ちたフリしての騙し討ち、じゃないな。


「なのは」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「お~い、無事か? 戦闘続行可能そうか~?」

「うきゅ~・・・」


呼びかけにも応じず、完璧に目を回している。『うきゅ~』は寝言だろうか。

バリアジャケットものあの砲撃の中で霧散したのだろう、私服へと戻っていた。

こりゃ完璧、続行不可能だわ。


「なのは完封!」

≪事実上、ノーダメージ勝利ですね≫


たった一発の砲撃と一つの魔法で、魔力残量は半分以下へと低下してしまった。

が、開始1分も経たずになのはを完全ノックアウト。

魔力半分残して俺より保有魔力が上の少女を倒したんだから、戦いとしては上々だろう。

ちょっとズルい手かもしれないが、勝負の世界は如何なる時も無情なものなり。


「しっかし・・・一撃かぁ」

≪少女相手に撃つには、威力が高すぎましたね。もう少々威力を落としても良かったのでは?≫

「う~ん・・・・・・でも多少のダメージしか与えられない場合を想定したら、手を抜こうにも抜けなかったんだよな。

 俺の砲撃ってさ、基本的に相手に通用したことないし」

≪それは戦う相手が悪いだけでしょうに。プレシアもリインオルタも、今のマスターからすれば気狂いレベルの魔導師です。

 彼女も同じレベルに見てしまっては、可哀想というもの≫


そんなもんなのか? 確かになのはがプレシアさんレベルの魔導師と思ってはいなかったが、それにしても一撃って・・・。

三日ほど前の特訓でプレシアさん相手に撃った時、まるで障害にならないとでも言いたげに軽々と除去されたのに。

それが、魔導師としての二人の実力の差、なのだろうか・・・。


「病気で万全でない状態のプレシアさんがアレなら、病を患っていなかったらどれだけの実力があったんだろうな・・・」

≪プレシアもあれ程の力を持っていながら何故、一研究者という肩書きのみ満足していたのやら・・・≫


全盛期よりか遙かに力は落ちていると本人言っていたんだが、だったら全盛期はどんだけ強かったんだよ、プレシアさん。


≪ですが一先ずはいいです。さあ・・・これは絶好のチャンス。爆煙が晴れる前に、始めましょうか≫

「・・・? 始めるって何を?」

≪私と彼女の、シンクロです≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



『集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます! 光差す道となれ! 

 シンクロ召喚! 現れろ、ホワイト・デビル・マジシャン・ガール!!』



≪マスターがどんな勘違いをしているのか、まるで手に取るかのように理解できますね≫

「へ?」

≪私はチューナーじゃありませんよ。それとシンクロさせるのはこの少女とじゃなく、この少女が持っているデバイスと、です≫


うわ、マジで分かってんのか。


≪マスターの思考パターンは、=私の思考でもありますからね。考えるまでもありません≫

「お~。えらいえらい」

≪えへん。ですが本来ココ、「何を突拍子も無いこと言い出してんだレイク?!」と突っ込むところじゃありませんか?≫

「お前が何か仕出かしそうな気はしていたから、あんま驚かん」

≪・・・・・・・・・そうですか・・・?≫

「そうだ」


レイクが俺の思考パターンを理解しているなら、俺だってレイクの考えを読める。

勝負する前にあんだけ負けるなと念を押されれば、これは何かあるなと睨むしかないだろうが。


「そんで? お前に他のデバイスと合体できるような能力ってあったっけ?」

≪合体ではありません、シンクロです。それに他のデバイスが対象だと、そんな事も出来ません。

 彼女とだから出来るのです。爆煙が晴れる前に、お早く≫

「お早くと言われても、やり方がわからん。第一なのはのデバイスに何をする気だよ」

≪何を、とは・・・野暮なことを聞かないで下さい。姉妹水入らずで会話をするのに、それ以上の理由が要りますか?≫

「・・・・・・姉妹? 誰と誰が」

≪私とこの子のデバイスが、です≫


・・・・・・・・・・・・姉妹とは? 深読みもせずそのままの意味で当たりなら、姉と妹。女同士のきょうだい。

または類似点や関連性、共通点を持つモノ同士をそう呼んだりする。姉妹会社、姉妹校など。

とすると・・・姉妹機。


「おまっ、姉妹機って!!?」

≪ほら、私達専用の通信回路を開いて、ついでに彼女も引き込めばいいんですよ。

 シンクロは心と心を共有させるもの、機体があると邪魔ですので≫


人の話聞いちゃいねえな。

詰まる所俺の心の中にレイクを引っ張り込んで、心の中で会話する時の要領でそのまま活用すれば良いという事か。

確かに、簡単は簡単。

念話が使えない俺とレイクが口に出さずに時々会話しているのは、俺の心の中にレイクが入り込んでくるからであり、

それは魔力を運用するのと同じぐらい自然に行える動作でもある。


方法は簡単だしやり方も分かるが、それした後何をどうする気だ。説明してみろ。


そう問い詰めたい気持ちは十分にあるんだが・・・なんかレイクの言葉から察するに、

今現在空中で舞っている爆煙が無くなる前に済ませた方が良いみたいだんだよなぁ。

頭をガシガシと掻く。状況に流されるのは不本意なんだが・・・・・・。

くそぅ、ゲロハゲ野郎ッ!


「・・・こい、レイク」

≪OK、マイマスター≫

「それと・・・・・・」


・・・・・・・・・よくよく考えてみたら、なのはのデバイスの名前知らないな、俺。


≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫


ひたすらに無言だが、俺の中にレイクとは別の、”何か”が入り込んできたのは感知した。

そうして俺の思考の一つが、完全に閉ざされる。

『マルチタスク』を一つのマンションに例えるとしよう。

俺の思考は現状で86分割できるので、単純にマンションは86部屋だ。

その中の一つにレイクとなのはのデバイスが入り、ガッチリと玄関の鍵を掛けて、

更に窓から中が見えないようしっかりとカーテンを閉められる。思考の一つが閉ざされるとは、言葉にしてそんな感じ。


「これでいいんだろうが、これで」


後は姉妹で好き勝手やるといいさ。無理に覗き見なんて無粋なことする気もないし。

やや大きめにフローターフィールドを展開して、首に巻かれているバリアジャケットの一部、マフラーを外す。

それを広げてフローターフィールドに敷き、その上にそっとなのはを寝かせる。

このマフラーなら幅も長さも十分過ぎるほどあるので、子供一人軽く寝かせられるな。

平べったいソレの上に直接寝かせるよりかは多少の凹凸がある方が寝やすいだろうと思い立ち、

なのはの上半身を軽く持ち上げ、そのままゆっくりと下ろす。

持ち上げて下ろすまでの間に、俺はなのはの頭が来るところに胡坐を掻いて座った。

俺の脚は枕代わりだ。

膝枕も考えたが、あれは男性が女性にしてもらうことにロマンを感じるだけであって、

逆もそうだとは言い切れないため却下。

なのはが寝やすいであろう体勢に調節するまでしてやり、しっかりと俺の足に落ち着いてからようやく俺は一息をつく。


「ふぅ・・・あべっ!」


正面から強い風が吹き、俺の顔面に硬い”何か”がぶつかる。

気を抜いている俺には躱す余裕も無かった。

振り落とそうと首を振るが、ぶつかってきた”何か”は俺の顔にガッチリと張り付く。


「・・・・・・むぅ」


そのまま少し待ってみる。だが残念なことに、顔に引っ付いた”何か”は俺の顔から離れる様子が無い。

仕方無しに、その顔に張り付いたものを両手で引っぺがすことにする。

両手でソレを触ってみると、これが意外と硬い。プラスチックのようなツルツル感だが、何か違うな。

大きさは、俺の顔よりややデカイ。丸い形ではあるが、綺麗に丸いわけでもない。

手で触っただけなので確定ではないが、この物体を横から見れば、きっと半月のような形をしているだろう。

そうだな・・・・・・スイカを真っ二つに割ったら、丁度この物体と同じ形になる気がする。

この世界が昆虫天国だということを考えれば、おそらく虫系の何かであることは間違いない。

なら俺の後頭部をガッチリと挟んでいるのは、足か? サイズからしてゴの付く生物ではないだろう。

そうと分かればもう怖くは無い。胴体(?)部分をガシリと掴み、力任せに引っぺがす。

視界が開けた。俺の目に最初に飛び込んできたものは、黒くてウネウネと動く、爬虫類の腹及び足らしきものだった。

ヘラクレスオオカブトより大きなカブト虫を見つけたいと考えていたが、前言撤回。

やっぱり昆虫は小さいのに限る。大きければ良いってモンでもないぞ。

手に持ったそいつを放り投げたいのは山々。だがその正体も知らずに捨てるのは、俺の美学が許さない。

縦に半回転させ、その生物が何なのかを確認する。

俺の視界に移った”何か”の正体。それは・・・


「て、てんとう虫。デケェ・・・・・・・・・」


サイズこそ規格外だが、どう見てもてんとう虫だった。

赤ではなく黒い二枚の羽根ということに目を瞑れば、俺の知るアレそのまんま。

よくよく観察してみれば、ちょっとだけカブト虫みたいな角がある。

俺達の世界のてんとう虫と完璧に同じ生物、ということでもないんだろうな。

もしかして・・・カブト虫? いやいやてんとう虫だ、てんとう虫。一風変わったてんとう虫。


「お前、こんな上空にまで飛んできたのか?」


話しかけるが、当然返事なんか期待していない。

ただ俺の言葉に反応はしているのか、足をワキワキさせて返事をするてんとう虫。

これがゴッキーならば問答無用で放り投げ、ついでに殺傷設定のディバイン・バスターをお見舞いしていたことだろう。

命拾いをしたな、てんとう虫くん。


「ほれ、空高くで疲れ果てて墜落する前に、地上に・・・」

『祐一! 気をつけろ!!』


いつの間にか俺の横で開いていた空間モニター。そこからクロノの叫び声。

条件反射のレベルで俺の脳裏に浮かぶ、二つの意味。

一つは、クロノ達が何者かに襲われている可能性。それ故の警告。

もう一つは俺、乃至俺達に危険が訪れる予兆。

どっちだ? そこんところハッキリして欲しい。


「っっ!!」


全力で働いた、俺の危険察知能力。

頭では何も考えず、体の動くままに任せる。

てんとう虫を右の小脇に抱え込み、左手に魔力を通わせる。回転を始めるとらいあんぐるハート。



  バチィッ!



「い゛っ?!」


衝撃が走る。回転途中だったとらいあんぐるハートはリボルバーに亀裂を走らせ、その回転を停止させた。

魔力を纏わせて防御力を上げているというのに、俺の手首にもダメージが来る。捻挫したみたく目茶目茶痛い。

俺に奇襲をかけてきた相手の顔を見る。


「・・・ふぇ!」


なのはと同じく、これまたどこかで見たことがあるようなバリアジャケットを着ているフェイトがそこに居た。

その手に持つは、金色の刃を出す大鎌。鬼気迫る表情で、明らかに冷静さを欠いている。

とらいあんぐるハートに罅入れるなんて、どんだけ魔力を注ぎ込んでるんだよこの子!

その意味不明の突撃を止める為に行動を起こさねばと、

(遮断されている部分を除いて)マルチタスクを全開・・・・・・にした瞬間に気が付く。

右手・・・・・・てんとう虫を抱え込んでいるので塞がっている。

てんとう虫を捨てる事も出来るが・・・何故だか知らんが、こいつは投げ捨ててはいけないような気がする。

左手・・・・・・フェイトの攻撃を防ぐ為に使用している。しかもとらいあんぐるハート破損。

リカバリーには数秒の時間が必要。数秒あればまず間違いなくられる。

魔力を流して無理やり使用しても良いが、修復不可能になるまで破損したら後悔するのは確実。

レイク・・・・・・シンクロとやらをしていて使用不可。よって遠隔操作で魔法陣展開も当然不可。

フローターフィールドを解いて飛行魔法に切り替え、一旦離脱は・・・・・・体の下半分をなのはが占拠していて無理。

なのはを捨てるか? フローターフィールドを解けばなのはは重力に従い落下していくから、

流石にフェイトの意識もそちらに移るだろう。

それもアリだが、なんか嫌だ。男として、女の子を捨てる鬼畜野郎にはなりたくない。

結論・・・・・・どれか切り捨てないとどん詰まりじゃねぇか! このままじゃ碌な反撃できねぇ!!

痛みに顔をしかめながらも、仕方なく奥の手を使うことにする。

味方相手にどうして奥の手を使わないといけないんだか・・・。


「『ハーモニクス』」


半分を切っていた俺の魔力が、更にその半分近くにまで減少する。

減少した魔力によって発動する魔法。

とらいあんぐるハートを破壊し、俺の腕に若干食い込みかけている刃の進行が止まる。

俺の上半身を横に刈り取ろうとしている一閃を、”俺”の腕が止めていた。


「フェイト、やめい」

「このっ、なのはを・・・っ!」

「なのはがどうしたって?」

「なのは・・・・・・・・・を?」


フェイトの顔に冷静さが戻り、今度こそしっかりと、その赤い瞳に俺の姿を映している。

俺の腕に食い込んでいる魔力刀の進行は、完全に停止した。


「・・・・・・祐一さん?」

「おう、祐一さんだぞ」

「え・・・? じゃあなのはを襲っていた、仮面を被ったあの変な人は・・・」


フェイトが俺から視線を外し、フェイトのその一撃を止めることに苦闘していた”俺”へと視線を移した。

きっとフェイトの目は、まん丸に見開かれていることだろう。

それはそれとして・・・・・・仮面を被った変人って、誰のことだ?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祐一・・・さん?」

「おう、祐一さんだ」

「あれ・・・? ふ、たり・・・? ・・・ええ?!」















SIDE:祐一(?)

俺の目の前に居る”俺”と、ここに居る俺。どちらも相沢祐一本人であることに間違いは無いが、俺は偽者(レプリカ)。

本物(オリジナル)は、フローターフィールドの上で胡坐を掻き、日向で微睡んでいる猫の頭を撫でるかのようになのはを撫でている方。

俺は祐一´(ダッシュ)・・・とでも呼ぼうか。

【ハーモニクス】というのは、自身と同じ姿、同じ記憶、同じ人格を持つ偽者を、消費した魔力により作り出す。

そんな魔法である。


「以上、説明終わり」

「・・・規格外にも程があるぞ、君ってヤツは・・・」


まったく、どうしてクロノがそんなに疲れた顔をしている。

疲れているのはどちらかといえば、なのはとの戦闘をこなした上に休む間も無く事情説明の為口を動かし続けていた俺の方だというのに。

フェイトのような高速移動魔法ではなく、転移魔法で直接こちらへと集合したクロノ達。

本物様はお疲れなので、説明をするのは俺の役割・・・でもないのだが、流れ的にそうなった。

理不尽だ。どちらも俺であるというのに。


「しかし・・・そうか、なるほど。なのはと一緒に砲撃に巻き込まれた筈の君が、どうしてピンピンしているかと思えば・・・」


魔法の効果だけを聞けば、この魔法は舞がまいを作り出しているのと同じように聞こえるかもしれないが、実のところ全然違う。

まいのように本体(舞)の中に戻ることは出来ないし、魔力が切れたらそこでアウト。俺という存在は完璧に消え去る。

俺に魔力を供給してその存在を永らえさせることも出来ない。

体を構築している魔力、それを超える魔法で攻撃される事によってもあっさりと、俺は消える。

下手をすれば”前の俺”のように一撃で吹き飛び、場合によっては完璧に無駄な魔力を消費しただけに終わるかもしれない。

使いどころは非常に難しい。・・・・・・なんだが、逆に使いどころによっては凶悪極まりない魔法に化ける。

初戦の相手なら十中八九、この魔法の弱点を見抜くことなんて出来ない。

そう考えると、まるで手品だよな、この魔法。

敵さんからしたら、純粋に俺が二人になったように見えてしまうことだろうし。

俺としてはもっと積極的に使ってみたい気はしないでもないのだが、消費する魔力が馬鹿にならないので易々とは使えない。

なんと持っていかれるのは最大魔力の20%だ。魔力MAXでも5回使用すれば魔力枯渇で強制睡眠である。

燃費悪すぎる。


「? だがちょっと待て。ならば砲撃が放たれた時に、モニターに祐一´しか映っていなかったのは何故だ。

 僕だけではなく、今の戦闘を見ていた他の誰も、君が二人になったことには気が付いていない。

 そもそもどうしてあんな戦法を取った。なのはを拘束して、分身と共に消えるなんて・・・。

 大体その魔法は、どういう仕組みで発動している。

 魔力で自立行動出来る分身を作り出すということ、それはつまり魔力の塊が意思を持っていることと同意義。

 並の魔法じゃない。

 それとさっきのフェイトとシグナムの戦い。

 目で追えないからコメント出来ないと言って検討にも参加しなかったが、だったらあの高速戦闘は何だ。

 あれほど正確に高速移動魔法を使いこなせるのなら、あの戦いも目に見えていた筈」


質問だらけだな、クロノ。別に良いが。

しかしその口調だと、相手によっては詰問されてるように聞こえて不快感を与えるもだぞ。

クロノ本人にその意思(詰問の意思)は無いのだろうがな。


「一応弁明しておくが、これは俺が発案した魔法じゃない。教わったんだよ、レイクから」

「レイク・・・というと、君のデバイスか。ああいや、君のオリジナルが持つデバイス・・・の方が正しいか」

「どっちでもいいぞ、この際。魔法発動の仕組みは・・・・・・悪いんだが、言葉じゃ説明しきれない。

 図形と、術式と、魔力の運用法。

 現代魔法とはかなり勝手が違うから、二・三時間かけて講習でもしないと。口で説明しても理解できないと思う」

「・・・・・・現代魔法?」

「ああ。これ古代魔法なんだよ」


うん千年単位で昔のな、と心の中で付け加える。

クロノが俯きながら片手で顔を押さえた。「やっちまった~」って気分のときにも、こんなポーズをするよな。

その姿は、空の狭間の説明をリンディさんにしたあの日、リンディさんが頭を抱えた光景と被る。

流石親子。


「っ・・・これ以上は、聞かない事にする。他の質問に答えてくれ」

「なら、なのはと一緒に砲撃を食らった理由でいいか?」

「そうしてくれ」

「こっちは比較的単純な理由だ。一人だけで砲撃の波に呑まれるって、怖いだろ。

 だから俺が付き合った。・・・・・・偽者だけど」

「・・・・・・それだけか?」

「そんだけ」


俺なら怖い、あんなどデカイ砲撃に巻き込まれるのは。

理由はその一つあれば十分だろ。

それにこの分身魔法がまだちゃんと発動する代物なのかの、確認も兼ねている。

なんせレイクが作り出した仮想空間でしか使ったこと無いしなぁ。

杞憂に終わったわけだが、ちゃんと発動しなかったらどうしようかと内心はかなり心配していた。


「それと他の質問が・・・・・・・・・・・・・・・何だったっけ」

「モニターに祐一´の姿しか映っていなかった理由と、

 高速戦闘が行えるのにフェイトとシグナムの戦いが見えなかったと嘘をついた理由」


あ~、そうだったそうだった。


「二人の戦いが見えなかったのは本当だ。

 さっきの戦いで、高速移動を使っている俺がそのスピードについていけたのは、マルチタスクのお陰。

 総勢86のマルチタスクをだな「いや、いい。もういい。君が規格外なのはよく分かった」・・・そうか」


何だろう、この微妙な物悲しさは。

説明は最後までさせてくれ。


「最後はモニターに映っていなかった理由・・・と」


俺がモニターに映っていないなんて俺側から確認できるはず無いので、どうして映っていなかったかは正直解らない。

ただ、おそらくは・・・・・・


「”俺”がハーモニクスと同時にオプティックハイドを使ったから、誤魔化されたんじゃないか?」

「オプティックハイド・・・姿晦ましの魔法だったな。

 だが君を映していたモノは機械だ。単なる魔法程度では誤魔化しは効かない筈」

「誤魔化されたんだろ。俺にはそれ以外に説明できな・・・・・・・・・ん? なんだ、八神」


説明途中で袖を引っ張られた気がしたので振り返ってみれば、そこには八神の姿が。

到着後にクロノとシグナムさん(ひたすら無言で存在感は薄いが)を除く全員が、なのはを気にしてそちらに向かっていた。

シグナムさんに声を掛ける為こっち来たんなら話は分かるが、わざわざ俺のところに来る理由は無いはずなんだが・・・。


「なんか用事か?」

「向こうの祐一お兄さんが、なんや来てくれ言うてたわ。用事があるみたいやけど・・・」

「”俺”が?」


行ってみるか。クロノの質問にも散々答えたから、話の区切りとしても大体良いだろうし。


「悪いな、クロノ。おとは本物の俺と、気の済むまで話し込んでくれ」

「ああ、わかった」


クロノ及び結局最後まで無口だったシグナムさんを置き去りに、俺は”俺”の元へと飛ぶ。

・・・・・・膝の上に女の子と、側に美女・美少女ををはべらせている”俺”。

傍から見たこの”自分”の状況、説明した方が・・・?

・・・・・・・・・ん。いいか、別に。


「おう。何の用事だ?」

「急で悪いんだが、重大任務を任せたい。頼めないか?」

「悪いと思うなら辞退させてもらおうか」

「こいつを棲み処まで送り届けて欲しい。よろしく頼む」


最初は遠慮風だが、其の実問答無用。それは”俺”が俺の話を聞かずに続けて話した言葉で理解できる事と思う。

ああ、こいつは本当に俺なんだと微妙に安心してしまう自分が居た。不覚。

背に手を回し、『こいつ』と呼んでいた何かをヒョイと取り出す”俺”。

俺に向けて掲げるのは、真っ黒いてんとう虫。どうやら”俺”の背に張り付いていた模様。

まだ居たのか。もうとっくに離していて、今頃はこの大空に翼を広げ飛んで行ったのだろうと思っていたのに。


「地上に下りて巣を探すのか? そいつはかなり骨が折れるぞ。下手したら見つける前に魔力が尽きる」

「大丈夫、棲み処は大体の見当が付いている。エイミィさんが手を貸してくれてな」


”俺”が向けた視線の先には、空間モニターに移るエイミィさんとやらの映像。

おお、いつの間に・・・。

エイミィさん・・・・・・ハラオウン家で同居している、クロノ達の仕事仲間、だったかな?


『あらま。本当に同じ顔が二つあるんだね~。いや~ビックリビックリ。大変大変』


何が大変なのかはこの際聞いておかないでおくことにしよう。

驚いているんだろうが、まるで驚いていないように聞こえるぞ。陽気な性格してんのな、エイミィさんて。

にょろ~んて言葉がピッタリな人さっ!


「エイミィさん曰く、このてんとう虫は山岳地帯に棲み処を持つタイプの虫なんだってさ」

「山岳地帯? 山岳どころか山一つ見当たらない、壮大な大自然の真っ只中じゃないか」

「俺も全く同じ質問をエイミィさんにした。という事なので、同じお言葉をこっちの俺にもお願いします、エイミィさん」


・・・・・・・・・精神的にはエイミィさんより、”俺”の方がずっと年上ではある。

だがそんな少女相手にも、さん付けと敬語で徹底しながら話さないといけないのが傍から見ている分には何となく物悲しい。

コナ○君もこんな悲しさを抱えて小学生と一緒に探偵ゴッコをやり続けていたのだろうか・・・。


『空を飛んでいる内に仲間とはぐれて、迷子になったんじゃないかな?』

「というのがエイミィさんの見解。リンディさんも同意見。なので・・・」

「へいへい、みなまで言うな」


そいつをその場所まで連れて行けばいいんだろ。

地に下りてひたすら地道に巣を探す事に比べたら、こっちの方が断然良い。

山岳地帯なら、遠くを見る努力さえしていればすぐだろう。


「察してくれて助かる。この辺りで山岳地帯は、向こうの方角200キロにあるってさ」


200キロかぁ・・・。魔法が使えない頃にそんなこと真顔で言われたら、

「お前ふざけてんのか?」と呆れた一言を返しているところだろう。

いつの間に俺は、こんな超人世界に踏み込んでいけるようになってしまったのか・・・・・・。

微妙に鬱々としながらてんとう虫を”自分”から受け取ったところ、フェイトが俺の袖を遠慮気味に引っ張る。


「なんだ? アリ・・・・・・フェイト」


パッと振り向いた一瞬、俺は本気でフェイトをアリシアと見間違えてしまった。

普通の姉妹でもここまで似ないだろうに。フェイトは本当にアリシアとそっくりだよなぁ。


「あの・・・私が行く・・・よ? さっきのお詫びも兼ねて・・・」


・・・・・・見た目だけは。

アリシアならこんなに内気な話し方しないよな。

もし本人なら、「私が行くよ、祐君」とニッコリ笑顔で宣言して来るだろうし。


「変な気を回すなフェイト。この程度は俺にとって、手間でも何でもない事なんだから」

「そうそう。ちなみにだが、分身に行かせず俺が直接行くという手もある」

「ただその場合フローターフィールドを”俺”から引き継いだり、

 なのはの枕役として”俺”が座っているあの場所に俺がそのまま割り込む必要があったりと無駄な手間がある」

「だからそんな手間をかけるより、こっちの”俺”が直接現地に赴く方が楽でいいんだ」

「そゆこと」


しっかし、何というか・・・・・・


「自分自身と意気投合しながら話すのって、」

「すんごい違和感感じるよなぁ、やっぱ」

「「な?」」

「・・・・・・そ、そう・・・かな?」


俺が揃ってフェイトに同意を求めたというのに、フェイトからの返事は芳しくない。

俺達二人の共通の想いに、同意は得られなかったようだ。いと悲しきかな。

どちらも同一人物(相沢祐一)だから、話しながら内心で考えていることもほぼ同じである。

お互い、自分の顔した相手と話すのにはどうにも慣れそうにない。


「んじゃ早速行ってくる。無事に送り届けたら俺はそのまま消えるから、戻ってこなくても心配ご無用」

「ふむ・・・・・・そうか。後学の為に是非とも聞いておきたいんだが、消えることに恐怖は?」

「恐怖心があるんなら、俺は今すぐお前のその体を乗っ取りにかかるさ。そんな気はサラサラ無い」

「そりゃそうか。それを聞けて安心した」


そう。記憶も人格も丸っきりコピーされているのなら、当然死に対する概念も存在する。

俺のような存在が『消える』ということは、=死と同意義。

だから普通の人間がこの魔法を使ったら、とても厄介なことになる可能性も特大だ。

俺なら死は怖くない・・・・・・わけではないが、今更命の一つや二つ無くなっても、俺からしたらどってことない。

”俺”が俺にそんな質問するなんて、どんな当て事もない推測をしたのやら。


「あー、そうそう。俺自身のことだし言うまでも無いとは思うが、なのははちゃんと家まで送り届けてやるんだぞ、”俺”」

「おう」

「それとフェイト。なのはが大好きだって事はよく分かった。だけどもう少し、冷静さを保つ努力をしような。

 このてんとう虫と仮面を間違えるなんて、早々出来ないぞ?

 頭に血が上っても、いつも頭のどこかは冷静でいること。それが世の中を上手く生きていけるコツだ」

「は、はい・・・」

「それでは皆様、また来世にでも」


てんとう虫を持ったまま、皆の代表として”俺”に向けての紳士的な一礼。

俺の体を構築している魔力を消費し、転移用魔法陣を作り出す。

一礼の格好のまま魔法を発動させ、俺はその”場”から消えた。

次に顔を上げた時には皆の姿は無く、周囲には広大な大自然の他に壮大な山岳も見える。

位置はバッチリだな。


「目的地を定める必要が無いと、魔法の発動も早いのか。

 設定するのが方角と距離だけならこんなに時間の短縮ができるとはな・・・。

 これならラストリグレットにも応用できそうだってのに。この経験を”自分”に残せないのが残念でならない」


さて・・・どこで降ろせばいいのだろうか。

山岳の中ならどこでもいいのか? でも下手なところに降ろしてその後野垂れ死んだりしてしまったら後味悪いし・・・。

もちっと詳しい群生地域を教えてもらってから来れば良かったな・・・。

今から同じ転移魔法で戻ることも可能だが、いくらなんでも格好悪すぎる。

ぬぬぬ・・・空に留まっていても、棲み処は見つからないよな。

森林生い茂る山の中へ下りた。

周囲を見渡し、適当な岩があったのでその上にてんとう虫を乗せる。


「お前の家はこの近くだ。分かるか?」


返事など無いのだが、ついつい話しかけてしまう。

てんとう虫は足をワキワキと動かしながら反時計回りに方向転換。

周囲を確認し、首を傾げ・・・・・・足で頭を掻いている。器用だな、おい。


「ここでいいのか? 悪いのか?」


今一はっきりとしない反応だ。どうせならするならもっと分かりやすい反応で返して欲しい。

俺はもう消えていいか。ダメなのか・・・。

どうせ俺に虫の気持ちは分からない。勝手に解釈し、ここでオサラバすることにしようか。

そう決め、魔力を乖離させようとした。










「はりゃほれほろぅ!」










・・・・・・・・・背後から、変な生物の鳴き声が聞こえてこなければ、俺は間違いなくこの場から消えていたことだろう。

嫌な予感はヒシヒシと感じていた。だがここで振り返らぬは恥。男として。

ゆっくり振り返ると心臓に悪そうなので、一気に振り返る。

正面・・・30cm。マスク・ザ・斉藤のマスクが俺を睨み付けている。

へー、斉藤のマスクか。へー。


「うほぅ!」


無我の境地に一瞬達していた俺であるが、あまりの異様な光景に現実に引き摺り戻された。

耐え切れず無言で、本気の右ストレートをかます。

ブン殴られ、奇妙な叫び声を上げてぶっ飛んでいく変な生物A。

俺は見た。殴ったマスク・ザ・斉藤の向こうの木々の中。そこに、無数の斉藤のマスクがこちらを見つめている。

無駄に不気味で地味に怖い。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかしてお前ってさ、あいつらに棲み処を追われてあんな所に居たわけか?」


この状況を目の前に、頭の中に思い浮かんだその予想。

森の中に隠れている(全く隠れきれていないが)斉藤集団を指差しながら、岩の上に乗っているてんとう虫に尋ねてみる。

一つ頷くそいつ。俺の言っていること分かった上での反応? それともただそう見えるだけ?

なんにしても、こんな所にてんとう虫を放置しておく事は出来ないな。

下ろして早々だが再び持ち上げ、空へと舞い戻ろうとしたところで・・・・・・


「はりゃほぅ!」


木の陰から変な生物Bが襲い掛かってきた。アクセルシューターを側面から叩きつける。

俺がこの場を去ろうとしているのを見て、慌てて仕留めに来た様にしか見えんかったぞ今の気迫。

仲間がやられ、即座に俺を取り囲み始める変態共。

こいつら、俺を帰す気無いのか。つか、獲物として見られてる?


「はりゃほれうまうー!」


しかし・・・なんだな。この掛け声のせいで、ずいぶんと白けた気分になる。

なんか恭介に踊らされているような気になってくるな・・・。

戦うにしても魔力は正直、心許無い。

レイクがいてくれれば、浮遊魔力の集束を活用しての魔力節約も可能なんだが・・・・・・

無いものねだりか。

再びてんとう虫を岩の上に乗せ、その空間にラウンドシールドをかけておく。

これでしばらくは時間が稼げるだろう。

さてと・・・と一言呟いて、俺は斉藤集団と向き合う。


「相沢祐一VS謎の斉藤集団・・・」


嫌なスマッシュブラ○ーズだ。どうして俺はこうトラブルに巻き込まれる体質なのだろうか。

異世界に来てまでトラブルなんて、俺のスキルは本当に折り紙付きなんだな。俺レプリカなのに。

ほんと、何者なんだよこの集団。原始時代の人間がマスクを被っているように見えるが、無人世界と聞いているから人ではない。

サルか何かが斉藤のマスクを付けているのか?

少なくとも二足歩行をしつつ人間みたいに両手を器用に使う、不気味生物であることには変わりない。

この際だ。消える前に、世界に対する鬱憤を晴らすつもりでストレス発散させてもらうとするか。

俺が世界に対して抱いている恨みをぶつけるつもりで・・・・・・。



「かかってこいやああぁぁ!!」



・・・・・・・・・ぶっ潰す。本気で。









[8661] 空白期 第四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/07/17 18:10















  夢




  夢を見ている










  一人の男の子が居た





  魔法の力や特別な力なんて持っていない、何の変哲も無いただの男の子





  自分が普通であることは知っていて、普通である自覚も十分に持っていて・・・





  学校では勉強し、放課後は毎日を友達と遊び倒し、長い休みには親戚の家で過ごして・・・また遊ぶ





  その姿は本当にただの子供で、魔法を知る前の私と何の変わりもない







  でも、男の子はそれでよかった。そんな特別魔法が無くても、毎日が楽しかった





  友達が巻き起こすトラブルのせいで暇潰しには事欠かなかったし、男の子も純粋に騒動を楽しんでいる





  だからだろうか。特別であろうとはせず、あえて平凡を望んだ










  テレビに出てくるヒーローは、フィクションだと知っていた





  そんな現実を知っていても、やっぱりちょっとはヒーローに憧れてしまう





  歳相応に憧れる事はあっても、なろうとは思っていなかった。もちろん、なれるとも思っていなかったみたい





  現実的で、だけどそんな風に時々子供っぽくて・・・・・・







  やっぱり、普通の男の子







  私から見ても、本当に普通だった





  そして男の子もそれを望んでいたからこそ、余計に彼の世界は・・・本当に平凡だった





  普通だった・・・・・・ううん、普通でよかった。特別なんて、望んでいなかった















  そんな日常を生きている男の子に、突然大きな悲しみが襲う。何が起こったのか、私には解らない





  部屋の片隅で涙を流し続けている男の子





  声は上げず、ただただ静かに・・・・・・





  これ以上泣き続けたら、涙か枯れてしまうんじゃないかと思ってしまうほど・・・涙は止まらない





  その姿を見ていると、私も悲しくなった。駆け寄りたかったけれど・・・・・・私の体は動かない





  眺めている事しか出来ない私は、もっと悲しくなった





  そんな男の子に、一人の女性が近づく。涙を流し続けている男の子の頭にそっと手を触れ、何事かを呟いた





  そして・・・・・・・・・男の子の頬を伝う涙は、止まっていた・・・・・・・・・・・・























  いつしか男の子は、男の人へと成長していた





  彼の過ごす日常は、昔と同じ。授業を受け、友達と遊び、毎日を普通に生きている





  その生き方は、前と何の変わりも無い。親戚の家へと遊びに行く事が無くなっただけで、それ以外は何も・・・





  彼は笑顔だった。あんなに悲しそうだった頃の面影は、もう欠片も見つけることは出来ない





  ああ・・・よかったぁ。あの悲しみは、乗り越えることが出来たんだ





  私はそんな・・・見当外れな勘違いで、喜んでいた・・・・・・





  そんな日々を取り戻していた彼は、長い休みの終わりに・・・・・・”あの町”を、訪れて・・・・・・















  彼は遭遇してしまった。世界に満ちている、理不尽という名の・・・運命の連鎖と





  まるで冗談のように、次々と襲い掛かる悲劇。悲しみ





  一ヶ月。たった一ヶ月の間に、彼の心は悲しみの一色に染まっていく





  身近にいた筈の家族が、大切な友達が相次いで死んでいく





  或いは病死、或いは交通事故、或いは・・・・・・・・・・・・





  その光景はまるで、人の不幸をあざ笑うために作られた、出来の悪いドラマを見ているかのようだった





  残された数人の友達も、その殆どが何らかの事故に巻き込まれて死んでしまう





  神様が。世界が・・・・・・彼の不幸を喜んで、次々に災難を齎しているかのようだった





  耐えられない悲しみ。そうして彼も・・・耐えられなかった





  彼は泣いた。自身の無力さに、泣いた





  彼が男の子だった頃と同じように・・・だけど、それ以上に





  泣いて、泣いて、泣いて・・・・・・彼はついに、泣くことを止めた





  涙も枯れ果てたんだ・・・。





  悲惨な結末、あまりにも惨酷





  救いは無い。幸せも無い





  後に残されたのは彼と、一匹の子猫だけ





  こんな筈じゃなかった世界が、確かにここには存在していた












  悲劇はいつから始まっていたんだろう





  断片的に彼の生き様を見ている私には、理解することは到底出来ない





  でも・・・・・・これだけは分かる





  その悲劇は、彼が齎したものでは・・・ない





  彼はただ、悲劇の近くに居ただけ。居てしまっただけ










  終わらい夢。



  目覚めはもうすぐ。だけど、まだ目覚めは遠い





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ・・・・・・・・・





  ・・・






























SIDE:なのは



  ゆらゆら



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・んん~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう朝?

ぅん~・・・・・・・・・だめ、目が開かない。まだ眠いぃ・・・。



  ゆらゆら・・・



夢を見ていた。とっても悲しい夢。

内容は・・・・・・夢だからかな。ぼんやりとしか憶えていない。

でも、とっても悲しい気持ちになった。そこだけははっきりと憶えている。

どうしてかな。なんであんな夢を・・・・・・。



  ゆらゆら・・・



あの男の子は、私の知っている人。

男の子の顔は・・・・・・もう思い出せない。でも、悲しみに染まった表情は覚えている。

顔を憶えていないのに泣き顔を覚えているなんて不思議に矛盾しているけど、そうとしか言えない。



  ゆらゆら。ユラユラ・・・



多分、男の子は・・・・・・・・・



  ゆらゆら。ユラユラ。揺ら揺ら



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・さっきから何なのかな、この揺れ。

ベッドが動くなんて、変だな・・・。

足がプラプラと揺れ、上下運動している私の体。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、地震?


「・・・ん・・・・・・」


起きなきゃ・・・。起きて、学校で習った練習通りに机の下に隠れなきゃ・・・。

ベッドを降りて机まで移動しようと、身動ぎをする。


「お。・・・起きたか? なのは」

「・・・ん~・・・・・・ふみぃ」

「・・・・・・。まだ夢うつつか」


体を動かしてみようとするけど・・・思ったように動けない。

障害物でもあるような・・・体が何かで拘束されているような?

よく・・・分からない。頭が回らない。

ただ、ゆらゆらと揺れているけど、地震じゃない事だけは分かった。一定の法則で揺れるこのリズムは、とっても心地いい。

私は揺れに釣られて、再び眠りの世界へと落ちていった・・・・・・。






























  夢。夢の続き



  終わらない、夢・・・・・・










  彼は、大切な人を亡くした後も生きていた。生き続けていた





  悲しみの中にありながらも、彼は考えることを放棄してはいない





  自分にはまだ、大切な人たちがいる





  両親や、自分のことを心配してくれている友達が、まだ・・・・・・





  いつまでも、悲嘆に暮れているわけにはいかない





  どれだけの悲しみに押し潰されようとも、死のうとしたことは一度も無かった





  それが彼の考えた、理不尽な世界に対する小さな反抗。絶望になんか負けてやらないという、意思





  彼は、笑顔でいることに決めた





  内心はどれほどの悲しみに支配されていても、せめて皆の前だけでは悲しみに染まった顔を見せまい・・・





  そう思えばこその結論だった





  重なり続ける寂しさを、偽りの演じている笑顔に隠して・・・・・・





  作り物の笑顔に全て染まった彼は、それまでとは表面上は変わらず





  それでも内心は、悲しみに負けてしまわないよう戦い続けて・・・・・・




















  町の中を歩いている彼。その町並みは、海鳴市ととてもよく似ていて・・・些細なところが、少しだけ違った





  彼は、彼を気遣う友達と共に、当ても無く町を練り歩いている





  目的も無く、悲しみも未だに消え去っていないはずなのに・・・・・・だけどその瞳には、不思議な落ち着きがある





  道端だろうと、店内だろうと。唐突にふざけ合い、子供のようにはしゃぐ彼等





  強く、逞しく・・・輝いている















  その光景を偶然目撃したのは、常に彼の側にて付き従っていた子猫だった





  見てしまったのは、ボールが車の行き交う道路へと飛び出す瞬間と、それを追いかけている黒髪の女の子





  女の子の視界には、ボールしか映っていなかった。そのままだと道路に飛び出すのは目に見えている





  そんなに小さな体で何が出来ることもないのに、それでも動かずにはいられないとばかりに子猫は飛び出して





  だけどやっぱり、力は足りてない。女の子を突き飛ばすつもりでぶつかったけれど、それだけ





  女の子はびっくりして、道路の真ん中で立ち止まって・・・・・・・・・





  車が、女の子へと襲い掛かった




















  フロントが奇妙にヘコんだ車。ガラスに罅が入っている





  アスファルトに咲いた、真っ赤な花





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・真っ赤な、血溜まり





  血を流して倒れているのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





  ・・・・・・・・・





  ・・・




















SIDE:祐一


模擬戦後、魔法についての知識をフェイトから教わる八神の姿を見学しつつなのはの目覚めを待っていた俺だったが、

結局最後の最後までなのはが目覚めることは無かった。

魔法の練習会終わり頃、無駄とは分かりつつ一度は起こしてみようとトライしてみるも、やはり起きはしない。

無駄な行為はどこまでいっても無駄な行為であった。

魔力ダメージによる気絶は、単に魔法によって魔力を削られて枯渇した故の強制睡眠とはかなり違うもんだと勉強になったな。

なのはを気絶させてしまった原因は俺にある。それに”俺”との約束もある。

責任として、俺はなのはを高町家まで負ぶさって行くことに。

携帯は持ってきていないので、帰りがちょっとだけ遅くなることを両親に伝える必要がある。

なのでリインには八神に付き添いついでの別行動をとってもらい、途中まで俺はクロノ及びフェイトと行動を共にする。

その二人ともマンションの前で別れ―――そこが二人の家で、フェイトとハラオウン親子は同居中らしい―――、

レイクも未だに沈黙を続けているために話し相手が誰もいない中、俺は女の子一人背負い黙々と目的地へ向かった。

傍から見たらどんな風に映っていたんだろうなぁ、この状況の俺って。

なのはの家に直接お邪魔したことは無いが、場所は知っている。この町に道場がある家はそう多くない。

道中に一度だけなのはの目が覚めかけたんだが・・・すぐまた眠ってしまった。

もしやなのはって、低血圧な子か?

そんな根拠の無い予測を立てながらも、足はしっかりと目的地へ。

他と比べても一際長い塀。和風な引き戸の門。

表札を確認し、そこに『高町』と書かれていることを確認。


―――でかいぞ、高町家。だが佐祐理さんの実家に比べれば半分かそれ以下だがな。


感想はそれだけだった。

両手は相変わらず塞がっているので戸を開けることが出来ず、仕方なくインターフォンを押して中の人に協力を要請。

出てきたのは黒い髪の女性。翠屋にいたな~この人。俺の記憶が正しければ、なのはの姉で高町美由希さん。

「宅配便で~す。なのはさん一丁お届けにあがりました~」とおふざけ口調で背に負ぶさっているなのはを見せ、

とりあえず戸を開けてもらう。

美由希さんでも大丈夫だとは思うが、一応玄関で恭也さんが迎えに来るのを待って、なのはを渡す。

恭也さんが家の奥に消えるのを確認したので、俺の役目は終了。

さっさとお暇させてもらおうとした所、なのはの父親で家主の高町士郎さんに「ちょっと上がっていきなさい」と言われてしまう。

時間はもう9時過ぎ。今のご時世、10時に布団に入るよい子は絶滅危惧種に認定されている。

なので子供もまだまだ起きていてもいい時間帯。

そんなわけで高町家潜入。その客間(或いはリビング)にて俺は・・・・・・


「革命!!」


結構な真剣勝負に身を投じていた。

場に四枚の同じ数字のカードを叩きつける。


「ああ!?」


キングのカードを四枚場に出し、強さの順位を逆転。

これで俺の手元に残る弱小カードは、強靭なるカードへ早変わりだ!


「ふっふっふ。その様子からして、美由希さんの手元には強いカードがあった模様で」

「こ、こんの~・・・」

「さあさあ、どうします?」

「・・・・・・パ、パス」

「・・・俺もパスだ」


美由希さん、及び恭也さんはパスを宣言。それしかないに決まっている。

俺の計画に狂い無し。

聡い者ならこれまでの端的なキーワードで、俺が現在進行形で何をしているのか理解できると思う。

そう。俺は高町ご一家と一緒に、かの有名なトランプゲーム・・・『大富豪』なる遊びに興じている。

或いは『大貧民』とも呼ばれるが、今この状況は勝つことが勝利条件なので大富豪で統一する。

54枚のトランプを用いて、場に出されているカードより強いカードを出していき、

手元のカードを全て消費した者が順番に上がっていくというルールの、比較的シンプルなゲーム。

だがシンプルゆえに、意外と頭を使うゲームでもある。

逆に頭を使いその上で相手より先に動けば、勝利を掴む事はさして難しくない。

準備が整った俺は速攻で動き、二人の動きを止めた。

残り二人をクリアすれば、後は手札に残っている元弱小カード、現強豪カードを消費していって一番乗り確定だ!


「だったら俺も、革命をさせてもらおうかな」


だが計画が成功しささやかな優越感に浸っていた俺に、士郎さんは無情な一手を放つ。

得意げな表情をするでもなく、ごくごく自然な動作で俺のカードの上にカードを重ねた。

士郎さんが場に出したのは、数字の10が3枚と・・・ジョーカー。

宣言通りの見事なる革命。


「やたっ!」

「あんですと~~!?」


まさかの革命返しだと!? そんな馬鹿な・・・。

沈んでいた美由希さんは途端に喜び、逆に俺は計算が狂ったことによって焦る。

一発勝負、5人でトランプを分けている中で、二人の人間が革命の条件を揃えていたというのか!

マジか? 奇跡か? 奇跡が起こったのか!?


「ふっふ~ん。どうやら祐一くんの手元には、お強いカードがあった模様で」

「ぐぐっ・・・」


ふ、不覚。美由希さんに俺の言葉をそっくりそのまま返されるとは・・・っ!

俺の手元には、逆転のカードは・・・・・・無い。

俺もジョーカーを手元に持っているが、再度の革命など当然望める筈も無い。

くそっ、最強の手は残しておこうと4枚で革命に挑んだのが裏目に出たか・・・!

残されたカードでどれ程の抵抗が出来るかどうかを考えてみるが・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・くそぅ、無理か。これだともはや負けは確定。

ガクリと肩を落とし、諦めの気分に入る。


「じゃあ私も、革命♪」

「「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」」


だがそんな俺に、女神の手が差し伸べられた。

勝ち誇る笑顔を浮かべていた美由希さんにとっては、死の宣告にも等しい一言だろう。

場に出されるは四枚のカード。数字で言えば12。

クイーン。


「はっはっは。参ったなぁ。まさか桃子も革命をしてくるとは」


片手を後頭部に置き、全然参っていなさそうな士郎さん。惚れた弱みか、革命返しを返されても悔しそうな表情は無い。

カードを出したのは、高町桃子さん・・・・・・なのはの母親だ。

実年齢よりも遥かに若く見られるこの女性が、士郎さんのカードの上にクイーンのカード四枚を置いていた。

ここでクイーンとは・・・桃子さんにはピッタリなカードです。

予定とは違うが、活路は開いた!


「パス!」

「パ、パス・・・」

「パス」

「・・・・・・・・・パス」

「じゃ、私の番ね。はい」


既に置かれているカードが脇の方へと流され、新たなカードが場に出される。

桃子さんが出したのは、ダイヤの9のカード。

俺はその上にスペードの7のカードを置きつつ、現状を確認する。

俺の手札はあと二枚。その内片方はジョーカー。

皆の手札は・・・美由希さん四枚、恭也さん二枚、士郎さん三枚、桃子さん二枚。

場には一枚ずつカードが出されている。

仮に恭也さん、及び桃子さんがカードを出しても残りは一枚。

次の俺の順が回ってくるまでに、勝負が決まることは無い。

士郎さんがジョーカーを使ったから、他の誰かがジョーカーを隠し持っている可能性もゼロ。

ならば俺の番でジョーカーを出し、全てが流れた後に最後の一枚を出せば俺の勝ち。

勝利は目前・・・隙は無い!!


「ぅ~・・・・・・・・・ぱす・・・・・・」

「・・・これだな。ダイヤの6」


たかが大富豪に、何をそんなに全力になっているのやらと思う人間もいるのだろう。

俺は遊びに全力を尽くすから、こんな風に熱くなるのはよくある事。

しかし! 今回ばかりは違う。俺にとっては、余裕の無い全力勝負である。

無事に明日を迎える為、下手をすれば俺の命を賭けた、正真正銘命懸けの大富豪と言えるかもしれない。


「う~ん・・・俺もパスだな」

「ハートの5。これで残り一枚ね♪」


実はこの勝負、ある賭けがされている。

俺が勝負に負けたら、なのはの今日の練習ぶりについて詳しく説明せにゃならなくなるのだ。

いつもならば魔法の特訓に出かけても、怪我も無く無事に帰ってくるらしいなのは。

そのなのはがどうして今日に限って気絶して帰ってきたのか。

そこんところの説明を要求された。

リビングに案内された上にシュークリームとジュースを出してもらった俺に、逃げるチャンスなど無い。

だから俺は・・・一つの提案をした。


『う~ん。別に構わないんですけど、ただ話すだけなのも退屈ですし・・・・・・・・・・・・そうだ。

 俺になにかしらの勝負で勝ったら教えてあげます。要するに、賭け、ですね』


かくして、部屋からトランプを持ち出した美由希さんの希望で大富豪をすることになって。

俺が負けた場合、この家族全員に『なのはが気絶している理由・・・・・・・・・・・・』を白状する約束なのだ。

その程度で何を真剣になっているのか、と新たな疑問を覚える人間も出てくるだろう。

だがこれは、下手をすれば死活問題に発展する可能性も十分にありうるのだ。

俺の予感では、士郎さんはなのはに対して大層な親馬鹿と予測。

娘・・・・・・つか家族だな。家族を死ぬほど大事にする父親ではあると直感した。

度合い的にはアレだ。「お前みたいな奴にうちの大事な娘をやれるかー!」と言いつつちゃぶ台を引っくり返すみたいな。

表現の仕方にこそ程度があるだろうが、あの類に間違いは無いだろう。

状況を正しく置き換えれば、「俺の大事な娘になにしてくれたんじゃこの小僧がーーー!!」的なことになる可能性が・・・。

だからこそ、俺は是が非でも勝たなければならない。

親馬鹿をなめるな。その昔、浩平先輩が深山さんとの結婚を許してもらおうとご両親に挨拶に行って、

おやっさんにどんだけボコボコにされたと思っている。

あれは親馬鹿というより過保護が過ぎるだけかもしれないが、親馬鹿とはそんなもんだ、基本的に。

しかもこの家には道場がある。武術を何も習得していない人間が、わざわざ道場付きの家に住むか?

否。

中には道場マニアという奇特な趣味をお持ちの例外がローンを組んで道場付きの一戸建てを買うかも知れんが、

んな奇特なご趣味をお持ちのご両親だったら、なのはがこのような真っ直ぐな子供になるとも思えん。

よって否。断じて否。

そんな父親相手に、「俺と模擬戦した結果、気絶させちゃいました。てへ♪」と言ってみろ。

どんな地獄が待っているか想像もつかん。


「祐一くん。・・・祐一くん?」

「・・・え? ・・・・・・ああ、はいはい」


桃子さんに呼ばれ、思考の世界から戻ってくる。回想交えて色々考え過ぎたか。

そんなこんなの思考の連発だったが、それももう終わる。

稼いだこの大富豪の時間中に、負けた時の事を考え覚悟はそれなりにしていた。が、勝負はもう着いたも同然。

場にジョーカーを出して、残りを出せばこれで終わる。

無事に乗り切れた・・・・・・。

そう安心して、俺はジョーカーを出す。


「こ、ここでジョーカー? パスに決まってるよぉ」

「パス」

「パスだな」


よし、これで終わった!










・・・・・・・・・俺は油断していた。

大富豪とは、いかに最高のタイミングでカードを切り出すか。

それが勝負の明暗を分ける鍵と言ってもいい。

故に・・・・・・。


「えい♪」


このような事も起こりうるわけだ。

可愛らしい掛け声で、桃子さんが最後のカードを出す。

最強カードはジョーカー。そう思い込み、この場を挽回できる一枚のカードの存在を忘れていた。

ジョーカー切りを唯一止めることが可能な、スペードの最弱カード。

革命状態のこの場では、スペードの2が該当する。

スペード2返し。

そしてゲーム前に取り決められたルールに、最弱カードで上がると反則であるというルールは・・・無い。


「上がり♪」

「んなっ・・・」


この土壇場で・・・スペードの最弱カードを残していた?!

革命の後に桃子さんが出したのは、ダイヤの9、ハートの5、スペードの2の三枚。

桃子さんはさっき、親になっていた。スペードの2を消費するタイミングはあった筈。

なのにそれをしなかったのは、このジョーカーを警戒してのことか・・・。

スペードとはいえど、弱小カードは本来終盤には残さないのが常識だ。

なんせジョーカーは何にでも化ける。

他のカードとペアで出せば、スペード2返しは対応できない。途端にただの最弱カードに成り果てる。

そうなる前に消費させてしまおうと考えるのが普通なのに、桃子さんは最後までそれを残して・・・・・・。

不覚だ。まさか桃子さんがこれ程までに勝負運が強いことを見抜けなかったとはっ!


「くっそー・・・」


ジョーカーを止められ、即座に場のカードが流される。

本来ならば桃子さんが親になるのだが、桃子さんは既に大富豪の身。次は俺の親。

もはや勝利に意味はないが、ゲームは続行している。俺は最後のカード、ハートの7を場に出した。


「上がりだ・・・」


ソファに身を沈ませる。

マージーかー・・・。

漫画では、勝利だと確信した時が敗北フラグが成立した瞬間と相場が決まっているが、

まさかそれを自分の身で味わうことになるとは・・・。


「祐一くん。飲み物のおかわりはいる?」

「すみません、お願いします」


桃子さんが席を立ち、いずこかへと消える。

いずこか、っていうか・・・ジュースがあるべき冷蔵庫の場所といえば、キッチンと相場が決まっているがな。

はぁ・・・・・・。どうして俺には土壇場になって発揮される底力が無いんだ・・・。

桃子さんが持ってきてくれたオレンジジュースをチビチビ飲みながら、勝負の行方を見守る。


「上がりだ」

「・・・挽回できなかったか」

「負けたー・・・」


順位発表。

大富豪・・・桃子さん。

富豪・・・俺。

平民・・・恭也さん。

貧民・・・士郎さん。

大貧民・・・言わずもがな。


「言い出しっぺがビリになるのもフラグだよなぁ」


しかも残り手札が三枚。あれから一向に逆転する予兆も無く、完全敗北な美由希さん。

大富豪は弱いカードを消費すれば勝てるという簡単ルールでは無いのですよ、大人同士がやると。


「さて、それじゃあ勝負に勝ったということで・・・」

「あいあい、分かってますよ」


仕方ない。覚悟は大体済んだ。

後は士郎さんが、人の話を最後まで聞いてくれる冷静な人であると信じよう。


「んー・・・どこから話せばいいのやら・・・・・・。

 ちょっと考えてしまいますが、まあ恐らく士郎さんが一番聞きたいだろう部分から。

 なのはが気絶している原因は、俺にあります」

「・・・・・・どういうことかな?」


笑顔はそのままに、士郎さんの雰囲気の質が変わった。明らかに怒っていらっしゃるご様子。

あうあー・・・やっぱそんな親か。

内心逃げ出したい一心ではある。娘が関わった親はどんな行動に出るか分からない。

・・・逃げ切れるような雰囲気でもない。

しかも今奇跡的に逃げ果せてしまったら、もっとややこしい事態になること請け合い。

プレッシャーに負けず、一から話していくしか・・・・・・。


「実は今日、なのはと模擬戦を・・・」

「模擬戦を? そうか。だったら仕方が無いな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

士郎さん、発していた怒気を収めてあっさり納得。


「えーと・・・・・・怒らないんですか?」

「一応聞き返すけど、何に対してだい?」

「俺、おたくの娘さんを気絶させちゃったわけですが・・・」

「勝負事・・・それも模擬戦だろう? そんな事もあるさ。

 真剣勝負については良識ある方だぞ、おじさんは」


・・・・・・・・・なんてこったい。

士郎さんは話の分かる大人だったぞ。

武術を嗜む分、正直に話せば理解してくれる大らかな性格。そう考えて良かったのか。

要するに俺は、浩平先輩の言葉に踊らされて一人ピエロを演じていただけかよ。

あーいや、別に浩平先輩が嘘を言っていたという意味ではないか。事実おやっさんにボコボコにはされていたし。

だがピエロには変わりない。


「・・・今度会った時には鉄拳制裁だ、浩平先輩」

「?」


ちくしょう、一体何のための大富豪だったんだか・・・。









[8661] 空白期 第五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2011/02/09 17:09




















  夢


  夢を見ている










「相沢、特殊能力ほしくね?」

「何をいきなり。唐突過ぎだろ北川よ」

「うむ、唐突杉田だ。悪かったな」

「杉田ってだれさ」

「杉田はお前の中にいる!」

「・・・・・・なぁ、頭大丈夫か?」

「だからさ、特殊能力とか欲しいじゃん」

「む、まあな」

「だろ! 全国男子の憧れだよな!」

「俺も男子だが憧れは持っていない。じゃあお前、どんな能力欲しいんだ?」

「え? ・・・・・・肩パーン」

「はっ?」

「だから、肩パーンだよ」

「なに? 肩が炸裂すんのか?」

「いや、少し違うな」

「じゃあ何が炸裂すんだよ」

「とりあえず炸裂から離れろ」

「すまん。で、どんな能力なんだ?」

「えっとな、知り合いが対面方向からこっちに来てたら、すれ違いざまに・・・よっ、とか言って肩叩くじゃん?」

「叩くかどうかは、まったく分からんが、それで?」

「肩の部分だけ炸裂すんのさ、時間差で!」

「うわぁ、時間差かよ。しかも炸裂から離れた途端に”炸裂”の文字が入ってきたな」

「気にすんな!」

「それも肩が炸裂したら結構ダメージ行くんじゃ? もしかしてグロなのか?」

「相沢、ヤなこと言うなよ。ちょっと想像したじゃないか。じゃなくて、服が炸裂すんのさ」

「なに、服だけか!?」

「当たり前じゃん、お前馬鹿なの?!」

「お前にだけは言われたくなかった・・・」

「悪かったよ・・・。

 それと今ので変な妄想してるみたいだが、肩限定だ!」

「誰が妄想してんだよ、誰が! って限定かよ、器用だなぁ」

「日本人は限定に弱いからな。もし特殊能力を選べる国があるなら全国の、特におばちゃん共が群がってくるぜ」

「全国男子の憧れじゃなかったのか?」

「憧れるのは男子、実行に移すのがおばちゃん」

「つか肩叩きが恐ろしく恐いな・・・トントントントン・・・・・・パーン!! みたいな」

「やべぇ、全国のじいちゃん寝冷えするじゃんか」

「お前はなんて恐ろしいの力を生み出してしまったんだ・・・」

「心配するなって。肩叩きとか、やたらボディータッチするのは西の方のおばちゃんだ、東北であるここは大丈夫」

「マジか!? 西のおばさんめっさ恐いじゃん。西に住んでる人どうすんだよお前!」

「どうするもこうするも無いね」

「なに・・・何か秘策があるのか?」

「あるぜ!!」

「みんなノースリーブ着ればいい!! とか無しだぞ」

「ちょ、えっ、じゃ、じゃあみんなふ・・・服着なきゃよくね?」

「北川・・・そのアンテナが変な電波を受信してしまったようだな。

 頭かせ。電波をしっかりと受信できるようにアンテナを調節してやるから」

「うわっ、何をするオイコラ止めろーー!!」

「けどさ、何故西の方だとじいちゃん寝冷えしない?」

「そりゃ西だからな」

「そうか! 北川、お前は天才すぎる!」

「おう、任せとけ! ってシレッと俺のアホ毛弄るんじゃねー!!」



後日



「なぁ相沢」

「ん?」

「お前何か特殊能力が目覚めたらしいな?」

「なにその厨二的設定」

「何の能力なんだ? 俺様の肩パーンに勝てんの?」

「は!? えーっと・・・コイントス」

「え!?」

「だからコイントスだよ」

「やべーなコイントスはマズいだろ! 強すぎじゃねえか!」

「おう!」

「んで、なにが出来んの?」

「コイントス!!」

「うわぁめっちゃ強そうだわ」

「あれだ、信号機の数十メートル前でコイントスをする」

「うん」

「コイントスするのは信号が青の最中な。んでコイントスして、表と裏どちらが先攻か後攻か決める。

 赤で車が止まったときにタイミングよく落ちてきて、スパーン!! って手の甲で受け止める」

「やべー後攻にはなりたくないわ」

「だがな、表裏は操作できる!」

「うはっめっちゃ不利じゃんかよ」

「後な、ビルの前でコイントスして・・・」

「まさか」

「エレベーターで屋上に出て缶コーヒーを飲む」

「ちょ、コーヒー飲むのか」

「そう、ちなみに口が広い缶コーヒーだ。飲み終わって地面に置いた瞬間缶の口にコインがストーン!! と入る」

「やべーコーヒー飲むとかマジぱねぇ」

「上級者は摩擦熱でタバコに火つけるぞ」

「ライターいらないな、ガス使わないから地球温暖化使える」

「バッチリタバコの煙で相殺だな」

「てか、あれだな!」

「ん?」

「自販機で十円足りない時に、ちょっ十円貸してー、って言ったら後ろからスパーン!

 飛んできて自販機に入れれるんじゃね?」

「じゃあガチャガチャとかもオーケーだな」

「ガチャガチャとかやべーだろ、2人いれば最強じゃん! 1人両替した瞬間にコイントスで金を入れる」

「金が入ったことを確認して相方がガチャを回す。もう1人ずっと俺のターン状態」

「中身無くなる、後ろの奴残念!」

「ひどっ、それは無いぞ。一個くらい残しとけよな! 順番待ちしてる子供が可哀想だろ」

「馬鹿、しゅご○ャラだからおっさんしかやんねーから」

「おまっ、しゅご○ャラのガチャコンプするのか?」

「は!? いやしねぇよ。常識的に考えてしゅごキャラは無いだろ」

「いや・・・申し訳ない」

「つか本気でコイントス練習しないか?」

「しない!」

「はい、すいませんでした」

「つか能力は確かに欲しいな・・・」

「だな。なんで特殊能力とかないんだろうな・・・」

「はぁー。特殊能力いらないから一度だけ魔法を使ってみたいわ」

「おまっ。とりあえず、しゅご○ャラ再放送が始まるから観るか」

「再放送!?」





  懐かしい夢を見た


  ずっと昔、或いは遥かな未来。道端で北川と交わした、馬鹿な会話だ


  ・・・・・・本当に、涙が出てしまいそうなほどに懐かしい夢






























「・・・・・・涙が出てしまいそうなほどに黒歴史満載な夢だぞ」


ショックがでか過ぎて眠りの世界から引き戻された。むしろ自分から拒絶した。

なんちゅー夢見てんだ、俺。


「くぁ~・・・」


体を解す気持ちで伸びをする。

寝ていた時間は精々数分だろうか。周りの状況は、眠る前とあまり変わりが無い。

とある世界のとある空域、地球ではない見知らぬ世界。フローターフィールドの上でへたばっている俺。

うむ、変わらない。数分か、もしかしたら数十秒とかその程度の睡眠だったか。


「眩しいな・・・」


地球ではもうそろそろ春休みが始まる季節。この世界、地球ならば夏並の暑さだ。

手で気休め程度の影を目元に作り、空を見上げる。

指の間から覗くのは、サンサンと輝く元気な太陽・・・・・・が、二つほど。

指で遮っているから太陽が二つあるんだと冗談を言っているわけじゃない。本当に二つある。

本来ならば異常事態。

俺からすれば天変地異の前触れとしか思えないこの事態も、この世界では普通らしい。

そりゃこの太陽達は大昔からずっとこの世界に在ったんだろうし、俺の眠気なんて知ったこっちゃ無いだろうが、

太陽に近い場所にいる分もう少し照明を落としてくれても良いだろうに。せめて片方消えてくれ。じゃないと寝られない。

二つに増えた太陽。眩しさは単純に二倍。


「こんだけ日の光が強けりゃ、そら一面が砂漠になっても仕方がないよなぁ」


眼下を眺めると、黄色い砂漠が広がっていた。

強烈過ぎる太陽光で水が干上がり、植物がまるで育たないのだ。どうしようもない。

眺めていても面白くないので、再び空を見上げる。太陽が二つあると確かに眩しいが、新鮮だ。

見上げている太陽の片方に、ほんのちょっぴり影が出来た。影は一瞬で太陽を横切り、無くなる。

仰向けに寝そべっていた俺はフィールドに手をつき、上半身だけ起こしてその影を探す。影の正体はすぐに分かった。

俺よりちょっとばかり上空で、太陽より遥か下。

その強烈な光の下で、金色の軌跡を残して空中を縦横無尽に飛びまくる不可思議な物体が一つ。


「おーおー、まだやってるよ。元気だなぁ」


虫ではない。この世界の生物とか、そういうわけでもない。一応、俺の知り合い。

飛び回っている彼女自身も金色に光ってはいるのだが、太陽の光が強すぎて全然眩しくない。

金色のソレはある一人の少女に幾度も接近し、接触した直後に離れる行為を繰り返している。

接触されている方は、赤毛を三つ編みに赤いゴスロリドレス少女・・・つか、幼女。

帽子の両サイドにくっ付いた”のろいうさぎ”を本気で可愛いと思っている、意外と可愛い面も持っている子。

ゲートボールのラケット(のような物)を構え、金色の弾丸を迎え撃つ。

弾丸のように高速で飛来する金色の物体を、赤い少女がどうにかこうにか防いでいる様子がこの位置から伺える。

飛び回っている金色物体はフェイト、迎え撃っているのはヴィータだ。

激しくぶつかり合う二人。どう見ても本気。


「・・・・・・・・・・・・はぁ」


空に寝転びながらその戦いを見守る。

ヴィータはどうやらフェイトのようなスピードタイプの魔導師との相性は悪いようで、

決定的な攻撃をまるで当てられず翻弄されている真っ最中。

あのラケットからして見るからにパワータイプだもんなぁ、ヴィータ。相性悪くてもしょうがない。

ヴィータの小さな体格からは想像も出来ない武器ではあるが、チョイスしたのは誰なのだろうか?

まさか本人が選んだとはとても思えないしなぁ・・・・・・。

あ。ヴィータの魔力が目に見えて跳ね上がった。攻撃の為の回転が始まる。

さてはカードリッジとやらで魔力アップしたな。

ヴィータの攻撃は回転した遠心力で殴るという単調なものだが、一度攻撃に移れば真っ直ぐなヴィータの一撃は強力無慈悲。

攻撃力自体はかなり高い。そしてスピードも乗る。今度はフェイトが迎え撃つ側へと・・・。

・・・・・・・・・これがただの模擬戦で、二人ともそれなりに加減して戦っているんだと他人に説明したとしても、

それを本当だと信じる人間は何人いるだろうか。


「・・・10歳前後の子供がする戦闘じゃないよなぁ、少なくとも」


行なわれている行為は、本当にただの模擬戦である。

二人は本気の死闘を繰り広げていると他者に説明された方が、どれほど説得力があるか・・・。


「少なくとも、俺は信じるな。模擬戦のレベルを超えている」


この模擬戦、別に珍しい事でも、今回限りの企画として特別開催されているわけでもない。

恒例行事だ。リンディさん主催で、週3の割合で行われている・・・な。

名目上は、皆で一緒になって魔法を上達しようという魔法の練習会。内容は名目に似合わず超ハード。

参加するのはクロノ、なのは、フェイト、シグナムさん、ヴィータ、ザフィーラ、その他。

単純に、戦闘系得意なのはほぼ全員。

そして(本心では非常に不本意極まりない状況なのではあるが)俺もその中に含まれている。

このメンバーの中で、時間の空いている者だけが参加する自由参加のイベントみたいなもんである。

はやて以外は基本的に魔法の勉強を必要としていないのが多いので(それでも魔法の基本しか知らないのも多いが)、

魔法の経験を積むには効率の良い実戦系がどうしても多くなるんだとさ、リンディさん曰く。

だから週3という鬼スケジュールだろうと、皆さん都合のつく限り率先してご参加している。

そんで、どうせ暇だろうってことで何故か俺は毎度毎度それに参加させられるわけで・・・・・・。

具体的な数字で表せば、先日のなのはの模擬戦を含めれば今日で丁度10回目の戦闘。それを終わらせたところ。


「・・・・・・・・・不条理だ」


ちなみに俺をこの場に引っ張り出してくるのは、いつも同じ人物である。

その人物、なんと俺の家に押しかけてまで俺をこの場に引っ張り出してくるので性質が悪い。

性質は悪い・・・が、本人に悪気は無いと俺も分かってはいるので、殊更に性質が悪いのだ。


「どう処理したもんか・・・」


性質が悪いその相手は今現在俺のフローターフィールドに腰掛け、

首に掛けているタオルで額に浮かんだ汗を拭いつつ、

リインが密かに毎日用意してくれているスポーツドリンクを飲んでしばしの休息を取っている。

・・・言葉だけ聞けば、部活動の合間に休憩を取っている女子高生のようなイメージをしてしまいそうにならんこともないな。

まあ年齢的には、女子大生の方が近いのかもしれないが。


「・・・・・・ん? どうした、祐一」


これだけ(フィールドは半径1メートル)の至近距離だ、背後からの視線にも流石に気がつくのだろう。

鋭い目つきの美女が俺へと振り返る。振り向くのに合わせてピンクの尻尾も踊る。

誰かは分かるだろう、名を言わずとも。

たった今終わらせた記念すべき10回目の模擬戦の対戦相手であり、俺をココまでへたばらせた張本人。

ヴォルケンリッターの将、シグナムさんである。


「世界の中心で『世界はいつだって、こんな筈じゃない事ばっかりだー!』と叫んでみたくなりました。

 なので世界の中心へ連れて行って欲しいのですが・・・」

「軽口を叩ける程度は回復したようだな。もう一戦交えるか」

「まだへたばってます、俺」


再び仰向けに倒れこむ。これ以上戦ったりしたら本日はフェードアウト確定。自信がある。

シグナムさんとの初対戦は一月前。

あの日以来俺の相手を務めるのは大抵がシグナムさんである。正確に数えれば、本日合わせてもう7回目。

疲れた人には肉体の疲労が緩和される魔法をかけてくれるシャマルさんからの情報なんだがな・・・

この人リイン含めたヴォルケンリッター騎士の中で大将を務めてるだとさっ!

どうりで強いと思ったよこんちきしょうめっ!


「・・・・・・シグナムさん。質問をよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「どうして対戦相手に、一々俺を指名します?」

「・・・どうしたのだ、唐突に」

「唐突も何も、本当はずっと前から聞きたかった事なんですけどね」


模擬戦に誘われる時、シグナムさんがいれば7割の確立で俺とシグナムさんの組み合わせである。

時々フェイトから寄こされる羨ましそうな恨みがましそうな眼差しをスルーするのはいつも大変だ。

シグナムさん、模擬戦の度に居ますけど管理局の仕事はちゃんとしているんですか?


「ふむ・・・どうして、か。どうしてかと聞かれると、少々答えに窮するが・・・・・・」

「窮するんですか?」

「ああ、何せ明確な理由は無い。それでもあえて答えるのならば・・・・・・

 私がお前と戦ってみたいと思っているから・・・だろうか」

「こんな強ぇー奴と戦えるなんて、オラわくわくしちまうぞ! ・・・ってやつですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


あれだな。シグナムさん戦闘大好きな人だ。

プチンとキレたら髪が重力に逆らって逆立ち、且つ金色に輝くキャロットさんやベジタブルさんみたいな。

そんな人にとっては、戦いたいと思った理由だけでそれはもう立派な戦う理由になるのだろう。

戦うのが好きでもないノーマルな俺が付き合わされるのはマジで勘弁ものなんだけど・・・。


「ですけど・・・戦うなら別に俺でなくてもいいのでは?

 あの通りヴィータはバリバリのパワータイプだし、なのはなら砲撃・・・遠距離も大得意。

 フェイトだって、スピードを生かしたヒット&アウェイ戦法は魔導師としてはかなり強い部類に入るし。

 戦う相手に不自由はしないでしょう、こんだけいれば。俺なんかを毎回指定する理由にはならない気が・・・。

 それにフェイト、一昨日の雪辱戦もしたそうですよ。言葉にはしなさそうですけど」


そう、一昨日は珍しいことに俺とではなく、フェイトとシグナムさんの模擬戦が勃発していた。

珍しいことに~というか、毎週毎週、週の終わりに一度はやり合ってるんだけどな。

今んところ勝負は全部シグナムさんの白星。フェイトは滅茶苦茶シグナムさんに雪辱戦を申し込みたいことだろう。

フェイトはあんな性格だからはっきりと口に出したりはしていないが、

俺を見るあの恨みがましい眼差しからして十中八九、いつもシグナムさんから勝負に誘われている俺に嫉妬しているに違いない。

一週間に一度やり合ってれば十分かとも思うんだが、俺はほぼ3日に一度のペースでシグナムさんと勝負をしている。

そりゃフェイトからしたら不公平・・・・・・じゃなかった、不愉快だろう。


「トドメとして、俺は皆みたくカードリッジとか言う反則アイテム持ってませんから。

 誘うならそれを使う他の誰かを誘うことお勧めしたいですね。

 個人的に推すのはフェイトとか、フェイトとか、フェイトとか・・・」


出来る限り分かりやすく、フェイトがシグナムさんと勝負できるように促してみる。

フェイトしか名前を出さないのは、暗にフェイトを誘えと言っているのだ。

果たしてシグナムさん気が付いてくれるだろうか・・・。

結果、次の模擬戦がシグナムさんVSフェイトになれば俺としても大助かり。

シグナムさんの対戦相手が決まっている状態なら、その日だけは俺の家に押しかけて来ないだろうし。


「・・・・・・そうか。

 では次の試合で私達の勝負に決着がつくのならば、次はテスタロッサを誘う事としよう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・あらま?

折角次の模擬戦回避できるかと思った矢先に、密かな予約済み宣言。もはや強制参加?


「あの~・・・・・・俺の話、聞いてました? カードリッジを使わない俺より、使う他の誰かを誘うべきでは?」

「謙遜をするな。お前の実力は、私が一番理解している。

 カードリッジなど無くとも、お前は強い」


褒めるついでにとばかりに手を伸ばし、俺の髪をサラリと撫でる。

「お前は出来る子だ! 自信を持て!」と父親から激励されている息子のワンシーンが頭の中に思い浮かんだ。

何か知らんが、慰められている心境なんだが。


「回避に専念したお前の前では、どれほどに魔力を込めた一撃も無意味。

 いくら魔力を強化しようとも、相手に当たらなければ意味は無い。それはお前に教えられた事」

「カードリッジなんてただの飾りです、偉い人にはそれが分からないんです!」

「その通りだな」


しまった、真面目に同意されてしまった。突拍子もないボケのつもりだったのに。

シグナムさんは本当に俺を強いと思っているご様子。美人さんに褒められると悪い気はしない。

・・・けど、本当に俺は強のだろうか?

俺の戦い方のスタイルは、『勝ちは二の次、そのかわり絶対に負けない』ことを追求した回避の戦術が根本にある。

言い換えれば、負けない為の戦い方。弱虫と言われても反論は出来ない。

・・・・・・そりゃたまには、なのは相手にしてみた時のように無茶苦茶な特攻もやりたくはなるが。

そんな俺を強いと言ってくれるシグナムさんの言葉は嬉しいと同時に、やや申し訳ない気持ちになる。

議題・・・『果たして俺は、本当に強いのだろうか』。

子供の頃に習っていた柔道で、『柔能く剛を制す』とはよく使われていた言葉。俺もそれには共感する。

ただ逃げの一手に徹する俺は、果たしに柔になりうるのかどうか・・・。最新の疑問である。


「私のアレに頼る戦法は改めるべき改善点だと知った。

 お前との戦いでは、私もカードリッジを使用しない」

「・・・・・・そういやシグナムさんがカードリッジを使っているところ、最近見てないような・・・・・・」

「使ったところで当てられなければ、意味は無いからな」

「そりゃシグナムさんが広域魔法を持っていないからでしょうに。

 全体魔法で攻撃すれば、俺だって避け切れずにダメージ貰いますよ」

「そうなのか。ならば次の試合までに、広域魔法を覚えてみるのも一つの手か」


しまった。とんだやぶ蛇だぞ、これは。


「・・・参考までに一つ質問をば。次の模擬戦も決着つかなかった場合は?」

「どちらかが勝者になるまでは続ける。次につかなければ、その次。それでも無理なら、その次に」

「・・・・・・仮に、いつまでも勝負がつかなかったら?」

「仮に・・・か。それならば勝敗が決するまで、何度でも勝負をしてもらうことにしよう。

 お前は私に出来た小さな隙を見つけ、的確に攻めてくる。自信の弱点を把握するにもいい機会だ。

 勝負が長引く事態になるのは、私としても望むところ」


俺は望んでいません。


「情けない事をハッキリと言いますが、俺シグナムさんから一勝出来る自信ありませんよ」

「何故自信がない? お前ならば・・・」

「俺が躱しに躱してようやく見つけた隙への攻撃に合わせて、相打ちのカウンターを打ち込む超人はどこの誰ですか?」

「私だな。成る程、確かにいつもそれで決着がついていた。

 だがこれからも同じ結果にとは限らない。ここ最近のお前の成長は目まぐるしい。

 あと幾度も試合をしている内に、私の先を行くかもしれない。・・・尤も、簡単に抜かせる気はないがな」

「どこかで妥協とかしません? あと5回で決着つかなかったらもう諦めるとか」

「ない」

「即答?! が、頑固一徹・・・」


分かってはいた事だがな。取り付く島も無いとはこの事か。


「1勝と6の引き分けがそんなに不満なんですか? あと1勝を意地でももぎ取りたいと?」

「違う。1勝をし、次に私は1敗している。引き分けは5だ」

「またそんな・・・・・・」

「事実はありのままを受け止めなければ、他の騎士にも示しがつかないのでな」


誤解の無いように言っておくが、俺はシグナムさんに勝っていない。少なくとも、模擬戦としての決着はまだだった。

単純にシグナムさんが勝手に負けを認めているだけである。私の紫電一閃を破った~とか何とか。

確かに・・・・・・まあ確かに、紫電一閃とやらを打ち破った経験が無いわけじゃない。

ついでにデバイスごと破壊してしまったが、

でもデバイス壊して「やっちまった!」と思った次の瞬間には、もう完全復元していたんだぞ?

シグナムさんの首元に剣を押し当てて勝利宣言したわけでもなく、武器が壊れたら負けというルールでも無い。

続行すればまず間違いなく決着はついていなかったか、俺の敗北で終わっていた。

だからノーカンだって幾度も幾度も言い聞かせるにも拘らず、頑なに負けと認め続けるシグナムさん。

でなければ俺なんかじゃどう足掻いたって、シグナムさんに勝てるわけが無い。

これ本来なら「私は負けていない!」「いーや負けです!」とかの言い合いになる筈なのにな・・・。


「じゃあ、今度こそ必殺技対決で決着をつけます?」

「・・・・・・・・・・・・止めておこう」

「なして?」

「あの域に、私の一撃はまだ到達していない。目に見えて分かる負けは、さしもの私も遠慮する」


なるほどなるほど。ならば次回の模擬戦もやっぱりシグナムさんとしなければならない・・・と。


どちくしょう!


ちなみにあの域とは、紫電一閃を破った魔法・・・・・・『はちみつくまさん』の域のことである。

ってかあんな魔法をそうひょいひょい破れる魔法なんて俺の手持ちの魔法には無い。

それでも打ち合った一瞬だけは、シグナムさんに押されていた俺。

ダークリインの紫電一閃をあっさりと消し去たそれと同等の魔力を込めていたにも拘らず、である。

そんだけの実力があるのだ、この人。よくもまあ俺ってば、常に引き分けで終わっているよな。


「でも・・・じゃあどうするんです? そうでもしないと、次も勝負つかなくなる可能性ありますよ?

 俺の避け(戦い)のスタイル上、イニシアティブを取って潰しにかかるような事はまず無い。

 正直に話すと 痛いのは嫌いだけどもワザと負けるのも選択肢に入れましたが・・・それはシグナムさんに失礼でしょうし」

「懸命だな。そんなことをすれば、いくら私でも激怒している」

「かと言って、全力で勝負する気なら俺も黙ってやられる訳にはいきません。男の子ですから」

「ならばやはり、勝負がつくまで・・・だな」

「結局そこに落ちつくんかい」


・・・・・・んー・・・どうするか。

最近は古代ベルカの技術とやらを勉強中な俺は、プレシアさん及びリインからベルカの用語を習いつつも、

闇の書のデバックに記されている文字(記号)をどうにか解読している現状。

本当なら時間はいくらあっても足りないのである。

模擬戦するなら、魔法の技術を習いたい。


「ふーむ。良い策はないものか・・・」


パソコンで閲覧可能なあのプログラムは、飽く迄俺にも分かりやすいようにミッド風に翻訳して組まれているもの。

修正プログラムを作るならそれらをまず解読し、問題箇所を浮き彫りにさせてからベルカ式の”作り”を勉強し、

ベルカ式に対応するミッドの技術を取り入れつつ試行錯誤しながらなんやらかんやら・・・。

とにかく大変なのだ。

正直模擬戦するよりベルカの勉強を優先したい気はするが、シグナムさんの誘いを断るのもなぁ。

模擬戦に勝つか負けるか、或いはどうにかしてシグナムさんを説得するか・・・。

説得は無理か。


「・・・・・・・・・現状では手詰まり・・・か。ほぎゃっ!


仰向けに寝転んでいたままの俺。その側面から何かぶつかって来た!

ぶつかって来た何かと共に、フローターフィールド上から弾き飛ばされる。

ほぼ無意識にそのぶつかって来た何かを両手に掴み、俺は翼を作り出す。

虹色の翼が背中に出来た。確認するまでもない。使う頻度が高いので、もはや飛行は感覚レベルで行使出来る。

最初に小さく、次に大きく二ほど度羽ばたかせ、体勢を立て直してから空へと舞う。

・・・・・・突然の奇襲だというのに、冷静に物事を判断している自分に気がついた。凄いぞ、俺。


「あー、驚いた・・・」


この広い空の一角に仰向けに寝転んでいる俺にぶつかるって、どんな確立?

まさか本気で狙ったわけじゃないだろうし・・・な。

ヴィータの攻撃だったらどうしてくれようか。


「さーてさて、何がぶつかって来て・・・」


証拠として(無意識だったので、だと思う、が付くが)確保していたソレを確認する。


「・・・・・・はぇ?!」


かなり驚いた。思わず佐祐理さん風に叫んでしまう。

衝突した感覚からして、大方シュワルベフリーゲンやらコメートフリーゲン系統の物理魔法だろうと思っていたのに、

いざ確認してみたら両手に持っていたのは一人の女の子だったからだ。


「いっ・・・たたた」

「わりぃ! 大丈夫かー!?」


やや遠くからヴィータが心配げな声と共に駆けつけてくる。そして俺の腕の中には少女・・・フェイト。

フェイトがヴィータのラケーテンハンマーあたりをモロに食らって飛んできた、ってところか?

推測・・・つか、ほぼ確定事項。

飛んできた先が俺のいる所だったというのは、フェイトにとって幸か不幸か・・・。


「よう、フェイト」

「・・・ゆ、ういちさん?」

「大丈夫か?」

「だ、だいじょう・・・ぶ、です」

「じゃないな。よしよし、ならば休憩だ」


シグナムさんが座っているフローターフィールドはそのままに、新たなフローターフィールドを展開する。

次いでその上に、エクステンドの重ね掛け。

【エクステンド】・・・・・・体力及び魔力を徐々に回復させていく魔法である。・・・多分。

なんかユーノの手持ちに【ラウンドガーダー・エクステンド】という魔法があり、

それは回復に加えて防御も同時に行うというモノだった。

ラウンドガーダーは本来防御魔法で、回復効果が付属されてエクステンドが付いているみたいだったから、

エクステンドとは回復の魔法だろうと適当に当たりを付けた俺の勝手な命名である。

本当の所はエクステンドがそんな意味なのかどうか知らん。

パソコンの辞書で調べてみたら、エクステンドってマリヲの1UPである的な記事があったんだが・・・アレは本当だろうか。


「えと・・・祐一さん?」

「無理は禁物。休んでな」


若干抵抗の意志も見せたが、フローターフィールド・エクステンドに無理矢理押し込む。

・・・・・・長いな、名前。フィールドで纏めるか。

フェイトの衣装はどう見ても防御力薄そうだし、ヴィータの一撃食らったのなら用心するに越したことはない。

薄いっつーか、パッと見水着だし・・・・・・正直エロい。

子供だからまだしも、大人になったら流石にヤバいぞー、色々と。


「お、おい。もしかして当たり所でも悪かったのか?」

「ん? 違う違う、念の為だって。

 それよりヴィータ。戦いの際には、もっと周囲へと気を配ることをオススメする。

 ぶつかったのが俺だからまだ良かったが、これがなのは辺りだったら怪我してたかもしれないからな。

 あんだけ回転してりゃそら周囲確認は無理だろうと思いつつ、それでも一応の忠告」

「な、なんだよ。そんな所で寝てる方が悪いんじゃんか」

「だから、別に俺ならいいんだよ。他の人に対してはこんなことがないように気をつけてくれればいいだけだし」

「・・・おー」


もし本気で狙ったんだとしたら、皮肉も込めてどんだけ命中率いいんだよと褒めるのもアリかと思ったが・・・

本当に偶然か、これは。

いやはや、偶然とは恐ろしいものである。


「・・・・・・怒ってないのか?」

「ワザとじゃないんだから怒る必要もないだろ。そんな事よりヴィータもフィールドの中に入れよ。

 疲労回復の効果があるから」


背に回りヴィータも押し込む。

可能なら俺も入りたいところなんだが、術者は結果以内に入っても怪我の治癒程度しか効果がなく、魔力は回復しない。

いつもいつも無傷で模擬戦終えてる俺は、この中に入っても全くの無意味。さっぱり効果が無い。

何だろうなぁ、この遣る瀬無さは。


「無事か? 祐一」

「心配なら俺がぶっ飛んだ時にしましょうよ、シグナムさん・・・」


側に居た俺があんだけ派手にぶっ飛んだのに微塵も動揺せずその場所に座り続けていたシグナムさん。

いろんな意味で強者だと思った。


「・・・・・・なー」

「ん?」

「お前も入れよ、結界ん中。シグナムに相当扱かれたんだろ?」


・・・・・・・・・・・・・・・ヴィータが俺を気遣ってくれてる。

そのことに思い至った俺は、若干の感動をしながらフィールドの中に入ることにした。効果は無いが、それでもいいや。

結局、その日のなのはとクロノの模擬戦が終わるまで、俺達はフィールド内で駄弁りながら時間を潰した。















なのはと合流後。



「祐一く~ん!」

「よう。どうした、なのは。そんなに慌てて」

「西のおばちゃんが怖いって、本当?!」

「・・・・・・・・・・・・あ?」



こんな出来事もあったりした。これも何かの偶然・・・なのだろうか?









[8661] 空白期 第六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:3c908e88
Date: 2010/08/27 04:39










五年生だった時代にもあっさりと別れを告げ、小学校の最高学年、六年生へと相成った俺。

春休みは何事も無く本当にあっという間に過ぎ去り、人生で二度目の小学校最高学年の生活が始まる。

初めての最高学年ならいざ知らず、二度目ともなると特に感慨深い想いも沸いてこない。

しかし留年という制度が無い小学校で、二年生から六年生までを二回体験したことになってしまったな。

そういう意味では感慨深い想いも沸いてくる。

俺ほど奇天烈な体験してしまった人間もそうはいないだろう。


「あの校長の長話は退屈すぎるな、相変わらず」

「同感」


隣の席に堂々と座っている”中学生”に話しかけられたことは尤もだったので、一応は同意しておく。

現在。体育館で校長先生の暇で暇で仕方の無い・・・もとい、ありがた~い言葉を拝聴しているように見せかけながら、

手元で知恵の輪を解きつつ、頭の中で対シグナムさんとの模擬戦をリピードして欠点、改善点の発見に勤しむという、

マルチタスクの無駄遣いをしている俺。

暇も極まってそんな事でしか暇を潰せなくなってきている自分が情けない。

毎学期毎学期、よくこんなに長い演説できるよなぁ校長先生って。内容は大抵同じ様なことばっかだが。

トータルで11年間小学生をしている身としては、新学期の演説ぐらい面白おかしいアドリブを心から所望したい。


「これ以上無意味な時間を過ごすぐらいなら、皆で抜け出して遊ぶべきだろう。なあ、祐一?」

「他所の学校の始業式に制服姿のまま堂々と混じってんのに、サボタージュを誘発する悪魔の囁きは控えろよ」

「どうだ、俺の制服姿は。似合うだろ?」

「それ見せに来ただけか。正直な感想を言えば、大き目のサイズ買ってるからかなりダボついてるな。

 上級生のお姉さんに可愛がられるぞ~、初々しさ満点で。

 もう少し身長伸びて白いのっぺら仮面つけたら闇の執行部員としても活躍できそうだ」

「闇の・・・・・・何だって?」


闇の執行部は高校伝説だったか? 中学には執行部無いんだったよな、そういえば。

高校でも極秘すぎて知らない奴等も多いって話だったし・・・・・・。しかし今更話を打ち切るのも強引か。

仕方がない。


「闇の執行部。表沙汰には出来ない裏の事態を収拾する為に活動する組織。

 順調に行けば俺や恭介達が通う事になるであろう高校の、学校七不思議的存在だ」

「高校か。俺まだ中学だぜ?」

「ヘッドハンティングって知ってるか? 運動神経が良かったり勉強が出来ると、他の学校から推薦が来るだろ?

 うちの高校に通いませんか? てなのがさ。

 そんな事にならない為に、将来が有望そうなら中学生のうちにその組織からの勧誘があるらしいぞ。

 有能な人材引き抜かれたらたらたまったもんじゃないからな、高校側も」

「ほぅ・・・。中々興味をそそる組織じゃないか」


恭介ならやっぱ興味を持つよな。存在するという噂すら根拠の無い、迷信とも言えるオカルト紛いの存在だとしてもさ。

だけど父さんと母さんが通っていた頃には実際に在ったらしいんだけどなぁ・・・闇の執行部。

今はどうなんだろうか。俺が通っている間はただの一度も噂を聞かなかったが。

極秘な組織だけに、需要無さ過ぎて自然消滅したのかもしれん。


「って、そんなことより恭介。向こうでも入学式始まってるだろ。こっちが暇なら早めに中学校に戻れよな。

 もう手遅れかもしれんが、生徒1人居なくなってる事に気づいてしまう教師もいるかもしれんぞ」

「なーに。俺一人いないところで、誰も気が付かないっての。それに一応デコイも用意してきた。抜かりは無い」

「単なる興味本位だが、どんなダミー用意してきた?」

「膨らましたら人型になる風船を用意して、俺の顔写真を1/1スケールに拡大した紙を顔の部分に貼り付けてきた。

 体の部分もポスカで色付けしたし、パッと見は間違いなく俺だと見間違うだろうさ。

 近場はともかく、体育館の舞台上からなら誤魔化せる自信はある。

 入学式後は信頼の置ける人物が人形を回収して教室まで運んでくれるので、体育館に残り続ける心配も無い」


恭介の奇行は今日も冴え渡っている。

しかも浩平先輩とは違って用意周到のパーフェクト人間なのだから、教師側からしたら性質が悪いことこの上ない。


「クラスの自己紹介タイムまでには戻れよ。万一バレても中学校の教師に対してフォローしないからな、俺は」

「少しはボコイチ君を信用しろよ」

「ボコイチ? 人形を回収する人か?」

「違う、人形の名前だ。デコイ人形のボコイチ君。どうだ、いい名前だろう?」


至極どうでもいい感想を求められた。

名前まで付けたダミーを用意して入学式をボイコットするぐらいなら、真っ当に参加すればいいものを。

人生にたった一度きり、中学校の入学式。ビッグイベントじゃないか。

・・・恭介にとっては人生にたった一度のイベントより、皆と居る事の方が大事なのだろうがな。


「・・・・・・どうでもいいが、本当に早く戻ってやれよな」


始業式終わって教室へと案内された新入生。

彼らに爽やかな第一印象を与えようと意気込んでいる担任が元気良く「おはよう!」と言いながら意気揚々と教室に入った時、

風船に顔写真だけ貼られた人形がポツンと席に座っていたらその教師どう思うよ?

想像に難くないぞ。




















長々とした暇な時間ともおさらばの瞬間・・・始業式の終幕。この頃になると、恭介も流石に帰ってしまった。

帰る前に他のメンバーにも制服姿を見せに行ったらしく、

しばらくは体育館内で黒い物体(中学の制服は黒い)がゴソゴソ動いていたが・・・舞台上の教師からは丸見えだっただろう。

それでも教師が誰も注意しなかったのは、恭介の奇行が今更過ぎて注意するのも面倒だというのが理由だろうか。

新学年のクラスの組み分けはまだ伝えられていない。なので始業式後は、五年生の教室へと戻る事に。

教室へと到着したら、黒板に新しいクラスの組み分け表が張り出されているという寸法。六年の教室への移動はそれから。

戻って早速、張り出されているクラス分けに群がる同級生達。

落ち着いて混雑しないように順番に見ていけばもっと効率よく終わるのに、それでも突撃するんだから子供だよなぁ。

同じクラスになって喜ぶ者、離れ離れになって落胆する者さまざま。

俺は自分の席にてのんびり荷物を纏める。終業式に全部持って帰ってるから元々そんなに無い。


「おおっ。また皆一緒のクラスかよ」

「三年連続か。ここまで全員が同じクラスとなると、もはや偶然とは言い難いな」

「凄いね。僕は嬉しいけど」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


混雑の最前列あたりから聞こえてくるその会話。リトルバスターズの面々か。

井ノ原真人、宮沢謙吾、直枝理樹。最後に沈黙しているが、恭介の妹、棗鈴も側に居るのだろう。

こいつらは相変わらず同じクラスなのな。

これから後5年間は同じクラスになるとは知らず、たった三年目でこの調子なんだから可愛いもんだ。


「さーてと、教室移動教室移動」


これでも二度目の六年生。クラスは既に知っている。

荷物をランドセルに詰め終えて肩に担ぎ、波が引いて人も少なくなった黒板の前を通り過ぎる時にチラリとだけ確認をする。

それで十分だ。

前回と同じで、当然六年一組・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・なに?」


違う。一組じゃない。一にしては、棒線が一本多い。これじゃあ二組じゃないか。

黒板に近づき、よく確認をする。視力が落ちて、一がダブって見えているのかもしれない。

だが俺の視力は2.0のままであるらしい。近づこうとも、やはり二に見える。間違いなかった。

二組だ。マジか・・・・・・・・・。理樹達と同じクラスだぞ。


「・・・・・・・・・・・・・・・二組・・・ね」


・・・・・・記憶違いのクラス分けの結果に少々驚いてしまったが、だからどうしたという話だよな。

六年生で仲の良かったクラスメートと再びクラスメートになれないのは残念だったが、二組は二組で仲の良い奴も大勢いる。

クラス変わりは驚きだとしても、所詮はクラス一つ変わった程度の歴史変化。

歴史が変わったことはこの際しょうがない。今更だもんな。

教室を出て、六年生の教室へと向かう。

六年の教室は、渡り廊下を渡った先にある別の校舎。

一年、三年、五年が同じ校舎で、渡り廊下で繋がった先に二年、四年、六年の校舎。だから移動はすぐだ。

渡り廊下を通る途中、ふと足を止めて外を見る。


「桜・・・満開」


校門やその付近で立派に咲き誇る桜。ぼんやりとした青い空に栄える桃色の花びら。

小学生時代はまるで気にしたこと無かったが・・・・・・綺麗だな。

春だ。これから新学期が始まる。

そう実感した。




















SIDE:アリサ


春の陽気に眠気を誘われながらの始業式も終わって、その帰り道。

なのはとフェイトとすずかの三人と一緒の下校時間。


「ねえ。そういえば、今年ってまだ皆でお花見ってやってないよね?」


そんなわたしの一言から、延ばし延ばしになっていたお花見会は決行することになった。

なのはとフェイトの都合も大丈夫だし、わたしも週末の土日は空いてて平気。

お花見は今週の土曜日。


「友達とかご家族とか、各自でお誘い合わせの上でってことで」

「「「おー!」」」

「じゃあ早速、心当たりにお電話を」

「私も」

「クロノ、電話繋がるかな・・・」


すずかが、なのはが、フェイトが携帯電話を取り出した。

電話なりメールなりで、それぞれ参加が可能そうな相手へと連絡を入れる。

わたしは・・・


「パパにメールしとこっと」


仕事で忙しいパパには、メールで連絡をするのが一番。それにもし会議中に携帯を鳴らしたら悪いし。

普段からなのは達ともメールで連絡を取り合っているから、携帯を打つのはかなり速い。

カチカチッとボタンを連打して、必要なことだけ入力してから送信ボタンを押した。画面に『送信しました』の文字。

とりあえずパパにメールは入れておいたけど・・・。

あと誰に連絡しよう?

すずかがはやてに連絡入れてたし、なのはとフェイトはどうせ家族に連絡入れるだろうし。

多分だけど、リンディさん辺りからシャマルさん達にも連絡は行くと思う。

だからそっちにも連絡する必要無し。それ以前に出す為に必要なメールアドレスも電話番号も知らないけど。

・・・・・・・・・改めて考えてみると、わたしってあんまり友達いないのよね。

ううん、友達は量より質よ! 質!

第一少ないって言っても、毎年恒例のお花見に誘うぐらい付き合いが深い友達が少ないってだけだし。

クラスメートの中に(はやて含めて)四人もお花見ってイベントに誘える仲の友達がいるんだから十分多い方よ。

クラスメート以外で誘う人っていえば・・・・・・


「「次は祐一さん(君)かな?」」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今、誰かと被った?

反射的に声のした方へと顔を向ける。


「・・・なのは?」

「アリサちゃん? 今祐一って・・・・・・」

「なのはこそ、祐一君って言わなかった?」

「あ、あははっ。私はユーノ君に連絡するから、アリサちゃんは祐一くんをお願いね」


驚き顔でこちらを見つめているなのはがいた。

家族に連絡した次は早速祐一さんなんて、なのは随分と祐一さんと仲良くなったわよね。

近頃は普段の会話の中にも、祐一さんの名前がよく出てくるようになったし。

聞くところによると、なのはとフェイトは週に2,3日は魔法の練習会で祐一さんと会っているらしい。

そりゃ仲良くもなるか。


「逆に、わたしの方が異常かも・・・」


何故か全く分からないんだけど、わたしは祐一さんと週5のペースで会っている。

会っている・・・は言葉として不正解ね。正確には、わたしが祐一さんを見かけている。

学校からの帰りに車の中でぼんやり外を眺めていたら見つけたり、

習い事の合間に外を見てみたら何故かそこを走り抜けていったり。

アリシアと大量の猫の相手をして、カノンさんとお買い物をして、シャマルさんと道端で話し込んでいて・・・。

行動自体に統一性は無いから、向こうがわたしに会いに来たりとかそういう意図性は無さそう。

不思議と縁深いのよね、祐一さんとは。わたしの大好きな佐祐理お姉さんも祐一さんに好意を寄せていたし。

意識してないから気がつかないだけで、もしかしたらずっと前からそうだったのかもしれない。

でもわたしと祐一さんは他人だったから、お互いに気にしなかっただけ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・なのかも。


「番号・・・番号」


その縁深い名前は、現在電話帳にも登録されている。『相沢祐一』の名前から、通話を選択。

数度のコール音の後、繋がった。

良かった、普通に出てくれた。


『はい、もしもし』

「もしもし? 祐一さん?」

『相沢です。ただ今留守にしております。ご用件のある方は・・・』

「どうして携帯なのに家の留守番電話なのよ!」


携帯電話なら『お客様のお掛けになった電話は・・・』でしょうが!


『ん? その切れのある突っ込みは・・・』


切れのある突っ込みって・・・。わたしって、まさか突っ込みに対する印象が一番強いの?

ちょっとヘコむかも・・・。


『さてはアリ『アーちゃんか? アーちゃんなのか?! 替わってくれ、祐一!』

 だー! なにアリの言葉に条件反射してる鈴! 携帯電話を奪取しようとするな! アリシアじゃないから!!

なんだ、そーなのか・・・

勝手に舞い上がって勝手に落ち込むなよ・・・。あー、もしもし? アリサだよな?』

「そう、だけど・・・誰かと一緒?」

『友達とな。・・・・・・・・・そういや、携帯の電話番号教えてたっけ』

「出る前に携帯の液晶見れば発信元分かるでしょ。もしかして祐一さん、わたしの携帯番号登録してなかったの?」

『悪い悪い』

「別に良いけど・・・」


おかしいわね。祐一さん、そういうことはマメな性格してると思ってたんだけど・・・。

まあいいわ。登録してなかったのは許すとして、よ。だとしても・・・・・・

それでも、声だけでわたしだって当てられるでしょう普通!

わたしこれでも人よりちょっとだけ独特な声だって自覚してるわよ!


『そうそう。携帯の機能の一部を使えば、家の留守電と同じような感じに設定変更できるぞー携帯って』

「へ、へー・・・。それはそれとして。祐一さん、今週の土曜日は空いてる?」

「土曜? 基本学校にいる時間以外は平日休日共に空きまくりだ」

「暇で良いわねぇ」

「ほっとけ」


年上である祐一さんに欠片の誠意も見せずに会話しちゃってるのに、それを失礼とは全く思わない。

しかもそれに対し何の違和感も抱いていないわたしがいる。

ちょっと前まで、佐祐理お姉さんと同じで大人な子供って印象だったから敬語を使ってたのに・・・。

言葉遣いを変えた後もそれなりに誠意は見せていたけど、今は殆ど友達感覚。

それもこれも、馴染み易い性格をしてる祐一さんが悪いのよ。わたしは悪くない。

っ。いけないいけない、思考が逸れちゃった。


「今週の土曜日に親しい人達を集めてお花見するんだけど、良かったら祐一さんもどう? っていうお誘いの電話」

『おー・・・お花見。奇遇だな』

「・・・奇遇? もしかして、祐一さんの所は祐一さんの所でお花見の予定立ってた?

 もしそうなら、わたし達と一緒にお花見とか出来そうだけど・・・」

『違う違う。今日さ、渡り廊下で桜を見て、綺麗だな~と思ってたところだったから』

「・・・・・・・・・それのどこが奇遇なわけ?」

『桜見て綺麗だな~と思ったその日に花見の誘い。これはもう奇遇としか言いようがない』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


呆れて言葉を失う。

相変わらず祐一さんの思考回路は分からない。


「・・・・・・・・・・・・で? どうするの?」

『参加はオーケー、むしろこちらからお願いする。あと他に、俺の身内を誘ってもいいか?』

「大丈夫よ。こっちも大人は多いだろうし、何人か増えたところで問題無いから」

『そっか。場所は? 通学路の桜並木とか学校敷地内に咲いてる桜の木の下じゃないよな、まさか。

 隣町にある桜が沢山咲いてるあの公園とかか?』

「そんな貧相な桜で済ますはずないでしょ。第一移動が面倒。

 隣町よりずっと近い場所に、綺麗な桜が群生してるところがあるから」

『んな場所この辺にあったっけ?』

「あったわよ。ずっと前から」

『嘘だろ・・・そんな場所見たこと無いぞ、俺』

「当然でしょ。だってわたしの友達の私有地だし」


すずかの家の警備システムは並じゃないから、祐一さんが知らないのも無理は無い。

警報システム作動中に敷地内にほんの少し進入しただけで、鬼のような防衛システムが侵入者を排除しようとする家。

桜が咲いてるのは、敷地のずっと奥の方だもの。

正面からじゃ絶対見えないし、進入出来ないんだから存在も知られていない。

わたし達すずかの友達とか月村家の関係者を除けば、この町じゃ知ってる人いないんじゃないかしら。


『桜が群立するほどに広い敷地を持ってる友達・・・だと?』

「そうよ。そんな”信じられない”とでも言いたげな声出すことかしら?」

『然り気無く言いやがったなこんにゃろ。一般家庭の子供とお嬢様は金銭感覚以前に常識から違うってか。

 私有地に桜の木が群生してるのがどんだけ凄いか無自覚でいるんじゃないぞ、ぶるじょわにんげんどもめ・・・』


本来ならブルジョワなんて言われたらちょっとイラッときちゃうけど・・・そんな気分にならないよね~、祐一さんの場合。

冗談口調もそうだけど、何より悪口であろうともその言葉には悪意が一欠けらも垣間見えない。

ホント、変な人。


「集合場所と時間は・・・・・・電話じゃ説明するのも面倒ね。当日に祐一さんのお宅に迎えに行くわ」

『有り余る金で購入したリムジンでも手配してくれるのか?』

「まあね」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジか? リムジンなのか?』

「そうよ。じゃないと大人数は乗れないでしょ?

 はやては祐一さんと家が近いんだから、そっちもわたしの家の車で拾っていく事になると思うし」

『・・・冗談めかして言ったつもりなんだが・・・・・・素で返すなよ』


す? ・・・素?


『あーそうそう。こっちから何か用意した方がいいもんとかあるか?』

「別にいいわよ」

『そうか? 誘ってくれたことだし、料理とかが欲しかったら極力準備するぞ』


・・・・・・・・・祐一さんのところがどんな料理を持ってくるのか。興味が無いわけじゃない。

ううん、その逆。すっごーく興味がある。

祐一さんの料理は何度か食べさせてもらったことがあるんだけど・・・・・・、

小学五年生が作るにしては驚愕な程に美味しかった。わたしがこれから料理を始めても、二年後に追いついている自信は無い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・認めるのは癪だけどね。

でも・・・・・・


「料理もこっちで用意するから。祐一さんは手ぶらで来て、ゆっくり桜を鑑賞してるだけでもいいわ」

『・・・へぇ』

「なに?」

『案外良心的だな』

「元々祐一さんを誘ったのはこっちなんだし、それで何かを頼むなんて図々しい事しないわよ」

『それもそうか。ついうっかり、アリサはツンデレタイプだな~とか思ってしまった俺を許してくれ』

「言葉にしなかったら怒りもしなかったでしょうね!!」


意図的にでしょうけど一言多い!

電話越しじゃなくて今目の前にいたら、一発叩いてるところだわ。

・・・まあ、それも計算しての一言でしょうけれどね。


『冗談だ。そんなに怒るな』

「分かってるわよ、冗談言ってることなんて」

『ははっ、流石・・・』

祐一!

・・・? どした、理樹。焦った声出して

真人と謙吾が喧嘩を始めそうなんだ、どうにかしてよ!

・・・・・・やれやれ


・・・・・・電話の向こう側なら、なんか騒がしい声が・・・・・・。


『もしもーし。悪い、アリサ。ちょっとこっちがゴタゴタしてきたんで、切るな』

「妙に忙しそうね。トラブル?」

『・・・ある意味、トラブルっちゃトラブルかもしれんな。・・・・・・この状況そのものが』

「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

『アリサは恭介の事、憶えてるよな? 前に雪の町で恭也さんに憑依してた奴だ』

「憶えてるわよ」


逆に忘れる方が無理。

恭也さんがあんなに壊れる事なんて、たとえお酒が入ってもありえないこと。

それをあんな形で見せられたら・・・ねえ。


『その恭介にはな、四人の愉快な仲間達がいる。愉快な仲間達の名の通りに、五人はいつも一緒だ。

 なのに今年、恭介だけが一足先に小学校を卒業して、中学に上がったんだよ』

「へー。中学生に・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・ん?

なんか・・・・・・引っかかるわ部分があった。何かしら。

・・・・・・中学に?


『一足先に卒業してしまったのが原因だろう、知らん内に俺がこいつらの仮リーダーに抜擢されててさ。

 紆余曲折あった末・・・恭介が居ない間だけは、恭介の後釜に座らんといかんらしい』

「何で? 別に祐一さんがリーダー勤めるような事でもないんでしょ? 無関係じゃない」

『・・・・・・・・・・・・それがな、最近は満更無関係とも言い切れない付き合い方してきたんだ。

 特に恭介と何かしらの勝負事をする時は、毎度毎度互角・・・・・・。正直言うと、勝っている回数の方が多い』

「あ~・・・・・・」


それは祐一さんが悪いわね。

リーダー的存在を失った子供の団体。

元々他の誰かが中心(リーダー)として回っていた集団って、

リーダーが居なくなっても自分こそがリーダーに成り代わろうと考える人間はいないのよねぇ。

逆にそのリーダーより強い・・・しかも一緒に遊んでてその上仲の良い友達が傍に居る。

加えて祐一さんはカリスマ性も持ち合わせてる(多分本人は気がついてないでしょうけど)んだから、

リーダーにされる可能性なんて十分に有り得た・・・・・・というか、普通そうなる。

人付き合いの良過ぎる祐一さんの、自業自得ね。


『最低限、リトルバスターズの面々が無事に卒業して恭介に追いつくまではこのままだろうさ』

「リトル・・・・・・何?」

『リトルバスターズ。楽しさを追求する為には自ら危険に飛び込んでいく命知らずの集まりだ。

 このメンバーで、ある二人が曲者でな。いつも真剣勝負と称した喧嘩するから大変なんだよ。

 毎度勃発しそうになる喧嘩を止めるのに労力割いて、忙しいったらありゃしない』

「ならほっとけばいいじゃない。馬鹿は抑え込まれ続けるといつか爆発するわよ」

『あー、まあそうなんだが。二人とも楽しそうだから俺としても止めなくてもいいと思っているんだが、

 メンバーの一人で突っ込み担当の【普通の少年】が止めてくれって頼ってくるからなぁ。

 いつもならそれも恭介の仕事だったのに、全部が俺に回ってくるから苦労を・・・』

祐一! 早く!

・・・・・・・・・・・・・・・。理樹~、力ずくでいいから3分ぐらい二人を抑えてられないか~?

無理無理、絶対無理だよ!

為せば成る!

ならないよ~!!

・・・はぁ。やれやれだな、まったく。

 話の中途で悪いな、アリサ。向こうが限界らしい。また何か連絡事項があったら電話してくれ』

「とりあえず、応援してるわ」

『同情でも嬉しいぞ。ありがとな』


小さく『ブツッ』っと聞こえてきたので、わたしも携帯を閉じる。

ひとつ学年が上がっても、相変わらず祐一さんの周りでは騒動が絶えないらしい。

新学期早々こんなだったら、今年はどれだけの騒動に巻き込まれるのか・・・想像も出来そうに無い。


「それでも本人、多少は楽しんでるんでしょうけど」


じゃなきゃ普段から騒動に巻き込まれないように全力で逃げ回る。祐一さんの性格からして。

本気の本気で嫌なら、キッパリと『俺を巻き込むな』って言い切ってるはず。

わたしが口を挟むことでも、お節介をやく事態でもないのよね。

五体満足な無事だけを祈っておけばいっか。

さて、祐一さんにも連絡は終わったし・・・・・・


「そうそう、どうせだから」


閉じた携帯をまた開き操作して、着信履歴から連絡相手を呼び出す。

パパは仕事で忙しいだろうから、いつでも確認できるメールで済ませた。けど、あの人なら・・・・・・。

ここ最近で新しく登録した電話番号を選択。

3コールの後、繋がった。


『はい、もしもし?』


電話から声を聞くのは、新鮮。


「もしもし、こんにちは。アリサです。突然なんですけど、今度の土曜日に・・・・・・」









[8661] 空白期 第七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/09/14 23:19










SIDE:なのは

風は冷たいけど、ポカポカと日差しは暖かい土曜日。

問題無く決行されることになったお花見会。桜は綺麗に咲いてる。

魔法関係者か、魔法について知らされている人たちはもう殆どが集まった。

バイキングの方式で食事の用意もされていて、あとは時間が来たら始めるだけ。

・・・なんだけど・・・


「遅いねぇ、アリサちゃんたち」

「うん・・・」


残念ながら、この場に到着していない人もいる。

アリサちゃん、はやてちゃん。それと・・・・・・祐一君含めた祐一君の家族がまだ。

遅いなぁ。


「すずか。アリサからはまだ連絡が・・・?」

「さっきメールのお返事で、もうちょっとだけ遅くなるかもしれないけどすぐに来るってきてたけど・・・」

「そろそろお花見始まりそうだよ。・・・間に合うかな・・・」


フェイトちゃんの心配そうな声に感化されたのか、すずかちゃんもちょっとだけ不安そうな表情。

かくいう私も、ちょっとだけ心配。

アリサちゃんに限って遅刻は無いと思うけど・・・今日はちょっと危ないかも。


『あー、あー、入ってる? 入ってる?』

『・・・・・・うん、大丈夫そうだね』


学校の集会時にもスピーカーから聞こえてくる『キーン』と耳に響く機械音と一緒に、声が聞こえてきた。

この声は・・・エイミィさんと、お姉ちゃん? どこにいるのかな・・・・・・。


「ん~・・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いた。他の桜に比べて一回りぐらい大きい桜の下に。

何かを手に持って、調子を確かめているみたい。

二人が手に持っているのは・・・・・・マイク? コードが繋がれ、傍に置いてあるスピーカーから音量が拡大されて聞こえてくる。


『それでは、お集まりの皆さん。おっまたせしました~!

 本日の幹事を務めさせていただきます、時空管理局執務官補佐、エイミィ・リミエッタと~・・・!』

『高町なのはの姉で、エイミィの友人の一般人、高町美由希で~っす!』


漫才みたいな始まり方。よく響き渡る声。雑談をしていた皆がそっちに視線を移す。

幹事をする事をすごく楽しんでいるのか、声色はとっても明るい。

続けてリンディさんにマイクを回して、挨拶が始まる。私たちはその様子を、ちょっとだけ離れた場所から見ている。

お花見が始まりそう。アリサちゃんたちは遅刻なのかな・・・。


「ぁ・・・・・・間に合わないかな、これじゃあ」

「うん・・・そうだね。おかしいなぁ、いつもならアリサちゃん、集合時間の10分前には着いてる筈なんだけど・・・・・・」


アリサちゃんから何か連絡が入っていないかと思い、ポケットからケータイを取り出して念の為に確認してみる。

でもやっぱり連絡は何も入ってなくて・・・・・・。ケータイを閉じて、ポケットに仕舞う。


「ぁ・・・」


と・・・すぐ近くから、メロディが流れてきた。この音は・・・私のケータイじゃない。すずかちゃんのケータイの着信音?

もしかしてアリサちゃんからの連絡? と思い当たったので、フェイトちゃんと一緒になって横からケータイを覗き込む。

・・・・・・あ、やっぱり。


「もしもし、アリサちゃん? どうしたの、お花見始まっちゃ・・・・・・・・・・・・・・・え? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


言葉途中ですずかちゃんが沈黙。ケータイを耳に押し当てたまま、固まっている。

アリサちゃんが一方的に話しているから、喋る間が無いのかも。その間も当然リンディさんのお話は進行中。

これじゃ・・・・・・本当に間に合わないかも、アリサちゃんたち。リンディさんの挨拶もそろそろ終わりそうだし。

すずかちゃんへの電話は、遅刻することに対しての電話かもしれない。


「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・わかった。そう伝えるね。早く来てね、アリサちゃん」

『今日は花を愛で、食事を楽しんで仲良くお話をして過ごしましょ~』

「すずか。アリサは何て?」

「うん。それがね・・・・・・」

『それでは、今日の良き日に~・・・・・・・・・』


ああ! ・・・もう絶対無理。間に合わない。


「今から”魔法を使って飛んでいく”から、場を空けておいて・・・って。何のことだか、わかる?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

スピーカーから発せられていたリンディさんの乾杯の言葉が、途中で止まっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・?


「・・・っ!?」


唐突に高まる、異様な魔力を感じ取る。

なに、これ・・・。

魔力が・・・・・・集まってる? 私の使う収束砲みたいな感じに。


「フェイトちゃん。これって・・・」

「・・・・・・・・・何だろう。わからない・・・。でも気をつけて、なのは」


フェイトちゃんも私と同じように感じ取ったみたい。

魔法暦が浅い私が感じ取ったんだから当然、リンディさんや他の魔導師の皆も感じ取ってるんだと思う。

気がつけば、辺り全体が静まり返っている。所々で雑談をしていた人も居たけど、今は口を開いていない。

聞こえてくるのは精々、少し離れたところでお酒を飲み交わしてるお父さんたちの会話くらい。

エイミィさんの隣に居るお姉ちゃんは何も感じていないのか、

突如変わった場(皆)の雰囲気に多少の驚きを見せている。魔力は、魔力を持たない人には感知できないんだよね。

周囲を見渡してみれば、油断無く辺りを警戒しつつ、何が起きても対処できるように警戒態勢になっている人もチラホラと・・・。

管理局のメンバー全員が一様に真剣な表情を浮かべている。ピリピリとした空気を離れているこの場所からでも感じ取ることができた。


お、お花見の和やかな雰囲気が一気に殺伐とした空気に・・・!


「なのはちゃん、フェイトちゃん。どうしたの?」


すずかちゃんがケータイを閉じて聞いてくる。

『魔力を持たない人』の中には、当然すずかちゃんもいるんだよね。


「え・・・・・・とね・・・・・・」

「変な魔力が集ってる。理由はよくわからないけど」

「魔力?」










桜の木から離れて宙を舞い、地面へと落ちてしまった桜の花びらが一斉に、再び宙へと舞い踊り始めた。





「「・・・・・・・・・え?」」


その異様な光景に最初は我が目を疑い、そして・・・目を奪われる。

すずかちゃんの後方10メートルくらい・・・かな。そこで風が渦巻いている、竜巻みたいに。

風は目に見えないから渦巻いているのか本当なら分からないんだけど、花びらのお陰でその風の軌道が分かった。

背を向けていたから一人気がついていなかったすずかちゃんも、風の流れを感じ取ったのか背後を向く。


「? ・・・あ。つむじ風かな? アレ」


魔力によって渦巻き宙を舞う桜の花びらを見て、どこかズレた意見を述べている。

マイペースなすずかちゃんのお陰で気が抜けて・・・・・・ふとさっきの言葉を思い出した。

そういえば、アリサちゃんが魔法で飛んで・・・って言ってたんだよね。

渦を巻き舞い踊る桃色の花びら。よくよく目を凝らしてみれば、

風が巻いていない渦の中央、地面にうっすらと魔法陣みたいなものが浮かんでいるように見えないことも・・・。

・・・・・・魔法ってもしかして、アレのこと?

桜の濃度が見る見るうちに増していく。

渦巻く風はそこら中に落ちている花びら、落ちている最中の花びらを全て巻き込み、桃色一色の空間を作り出していた。

うん、自然現象じゃないよね絶対。

でも飛んで来るって・・・飛行魔法じゃないの?


「フェイトちゃん。これ祐一君が原因かな?」

「・・・・・・さ、さあ・・・・・・」

「この変な現象と飛行魔法、何か関係ある?」

「無い・・・と思うよ」


フェイトちゃんと一緒になって、この現象を目の前に棒立ちの私。

飛行魔法じゃない・・・よね。ヘリコプター・・・は魔法じゃないし、何より着陸する場所も付近には無い。

じゃあ他に飛んで来るっていったら・・・・・・

転移魔法?


「うわっぷ! なによコレ?!」

「桃色一色の壁やなぁ。しかもこの壁動いてへん?」


・・・・・・・・・渦巻く桜の中から、話し声が聞こえる。私たちのよく知ってる声。

今の、アリサちゃんとはやてちゃんだよね?


「ほらほら、早く出た出た。後がつっかえてるんだからな」


今度は祐一君の声・・・・・・


≪制限時間ありますよ~。忘れ物が無いよう気をつけて手早く渡って下さいね~≫

「渡ってって・・・どこから出ればいいの? 道が無いわよ」

「道ならあるだろ。正面」

「・・・・・・どこよ」


やっぱりそうだ。

風の奔流の中から、みんなの声が聞こえてくる。


「目の前を突っ切ればいいんだよ。ほら急ぐ、駆け足!」

「渡んねーならあたしが先行くぞ」

「あなた~、お料理の入った重箱は?」

「ちょっ、押さないでよ祐一さん。そっちは壁・・・」

「アリシア。トイレは行って来た? 大丈夫?」

「デバイスは持ったのか? ヴィータ。今し方どこかに放置されていた気がするが」

「はやてちゃん。やっぱり車椅子の方が・・・」

「壁じゃないって。ぶつからないから心配するな。前進あるのみ」

「うん♪ だいじょ~ぶだよ、お母さん」

「ん? 重箱なら・・・・・・ザフィ君が咥えているな」

「しまったっ、アイゼン・・・!」

「あの動いてる壁はちょっと怖いんだけど!?」

「リインフォース。不具合は出ていないのか?」

「心配いらへんてシャマル。祐兄ぃの背中乗り心地ええで」

「男は度胸、女も度胸だ」

「平気ですよ、シグナム。概ね良好です」

「あら♪ ありがと、ザフィ君。そうそうヴィータちゃん、これ机の上に置きっぱなしだったわよ?」

「そやで、アリサちゃん。女は度胸や!」

「よっし、ナイスですおかーさん! あんがと!」

「女は愛嬌でしょ!」


・・・・・・ずいぶん賑やかだなぁ、あっちは。

私たちは、アリサちゃんたちがまだ来ない、まだ来ないって心配してたのに・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・なんだか、不公平。


「ほら、出ただろ?」

「・・・・・・ホントだ・・・・・・」


渦の中からアリサちゃんが出てきた。

続けてアリサちゃんの背を押しつつ、祐一君・・・・・・はやてちゃんを負ぶさっている祐一君が。その後ろをヴィータちゃんが。

そろぞろと渦の中から知り合いが出てくる。

警戒していた管理局の面々も、和気藹々と、それも子供が真っ先に出てきたせいか対処に困ってるように見える。

危険には見えないし、いきなり拘束するわけにもいかないもんね。

全員が出てきたところで、桜の嵐は勢力を弱めた。

ある程度小さくなったら桜の花びらはそのままに、空へと。桜の木の上まで移動したところで収束されていた魔力が大きく弾ける。

魔力の風に乗って、花びらが周囲へと散っていった。その後再び花びらがヒラヒラと地面へ落ち始める。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・転移魔法の痕跡消滅?


「ん~・・・・・・あ、いたいた。なのは~!」


手を振り何事も無いかのようにこっちへ来るアリサちゃん。

一応手を振り返すけど・・・・・・どうしよう、事態の収拾。警戒態勢のまま呆然となってる人もいるんだけど・・・。

毒気に当てられるって言うんだったっけ、この状況。


「・・・すごく派手な登場だね、アリサちゃん」

「へ? そう? 玄関から出たら、普通にこっちに繋がってただけなんだけど。派手だったの?」

「「うん」」


私だけじゃなくて、フェイトちゃんも一緒に頷いてくれる。

転移魔法って、普通もっと静かなものだよ。

私がフェイトちゃんとお別れした時だって・・・・・・っと、こんなとこで思い出すようなことじゃなかった。


「レイク。お前の教えてくれたあの転移魔法って、不便で古臭い上に派手なんだとさ」

≪しっつれいな。まだまだ現役で活躍できる魔法ですよ。現役でも大丈夫である以上、不便とは言いません≫

「・・・・・・・・・・・・・・・不古臭いと派手に対しては、否定しないんだな」

≪事実古い魔法でしょうし、派手ですから。まあ昨今の転移魔法がどんなものか興味は沸きますけど、ですが一先ずは、≫

「間に合ったかどうかだよな。フェイト、花見は?」

「えっと・・・・・・セーフ?」

「よしっ、セーフ!」


・・・・・・祐一君の背に乗ったはやてちゃんが、両腕を祐一さんの胸の前で交差させて×を作った後、

祐一君の言葉に合わせ横に伸ばして『セーフ』のポーズをする。無駄に息が合っていた。

あとリンディさんが『乾杯』の一言を言えば始まるところだったから、本当にギリギリセーフなんだけどね。


「遅刻してた子達も来たようだから・・・・・・それじゃ、改めて。今日の良き日に~・・・かんぱ~い!!」

「「「かんぱ~い!!」」」


警戒を解いていない傍らで、のんびりと響く乾杯の声に言葉を返せる人はごく僅かだった。

返事をしない皆に代わってお姉ちゃんと祐一君とエイミィさんは揃って大声で返事をする。

それに釣られ、あちらこちらからポツポツと「乾杯!」の声が。

艦長のリンディさんが警戒していないから安全だと認識したのか、警戒を解いていく管理局の人たち。

和やかな雰囲気が戻ってきた。


「・・・・・・ふぅ。これは・・・・・・」

≪ギリギリ過ぎましたね、多分。他の方々に、無用な警戒をさせてしまったようです≫

「開始直前に早々蹴躓いてしもたなぁ、祐兄ぃ」

「ん・・・。まあそれも時間が経てば気にもならなくなると思うが。なんせ今日はお花見だし」

「そやなぁ」


シグナムさんやザフィーラじゃなく、わざわざ祐一君の背に乗っているはやてちゃん。

いつの間にやら祐一君への呼び方が、『祐一お兄さん』から『祐兄ぃ(ゆうにぃ)』に変化していた。

何でだろう、最近妙に仲が良いんだよね。まるで本物の兄妹みたいに。


「アリサちゃん。今日はどうしたの? ずっと心配してたんだよ。いつもなら約束の時間よりすっと早く来るのに」

「そうだよアリサ。皆心配してたんだよ」


私が一歩アリサちゃんに近づいて聞くと、アリサちゃんはズイズイッと二歩以上進み出た。

思わず進んだ一歩を後退してしまう。後退した分を埋めるかのように、更にアリサちゃんは一歩を詰めてきた。


「それがね、聞いてよ三人とも。ホントにギリギリまで、もうてんやわんやだったのよ。祐一さんのせいで・・・」

「待て待てアリサ。あれは確実に不測の事態だろ。第一俺は事態解決に貢献した方だ」

「わかってるわよ。ちょっとした愚痴と冗談じゃない」


不測の事態?

私たちの疑問を代表して、フェイトちゃんが訊く。


「何かあったの?」

「あったもなにも・・・・・・ありすぎよ」

「?」

「祐一さんのところに集まってる人達って、事情持ちじゃない」

「えっと・・・何の話?」


話が見えない。事情持ちって?

それに、それとてんやわんやはどんな関係があるの?

どれから聞けばいいのか分からないから、話してくれる順番はお任せ。黙って待つことにした。


「俺達はさ、今日のお花見ってアリサの家族とか、なのはの家族とか、

 そんな身内だけで開催されると思っていたんだよ」

「うん」

「けど出発直前にわたしが、管理局の人も沢山来るわよ~って教えてたの」

「そしたらな、プレシアさんとリインが・・・・・・」


『管理局が来るなら、私達の参加は無理ね』

『そうですね・・・残念ですが』


「・・・・・・なんて言い出してさ」

「・・・? どうしてプレシアさんとリインフォースさんは参加でないの?」

「どうしてって・・・・・・そりゃぁなのは、決まってるだろ?」

「??」

「例えてやろう。警察官の目の前に、指名手配されている放火犯が居ます。

 さて、この状況で仕事熱心な警察官はその放火犯を放っておいて、のんびりお花見を楽しむでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」

「普通は無理だろ。リインの事情も似たり寄ったりらしいし、聞くところによるとアリシアも素顔がバレてるとか何とか」


そ、そうだった。すっかり忘れてた。

プレシアさん、あれでも歴史に残る(かもしれない)事件を引き起こそうとしていたんだったっけ。

最近はフェイトちゃんから逃げ回るプレシアさんの図しか頭に無かったから、プレシアさんの立場を完全に失念してた。

そこにアリシアちゃんが出てきても、多分危ない状況。バレちゃうかもしれないし、プレシアさんのこと。

でもリンフォースさんは・・・・・・いいんじゃないかな? 普通に出てきても。


「んでそうなってくると、なし崩し的にアリシアも参加が不可能になってくる。

 もう行く気満々で皆準備してたからさ、ここで不参加は駄目だと思って。だから皆で考えてたんだ。

 どうすれば参加させられるかの、急家族会議」

「わたしも巻き込まれたから、緊急”家族”会議じゃなくてただの緊急会議だったけどね。

 でもその話し合いを始めるまでがまた大変だったの。

 プレシアさんは『管理局』の単語を聞いただけで行く気が完全に失せてたし、

 アリシアはアリシアで残念そうに、『じゃあ、しょうがないよね・・・』って悲しっそ~な顔するし」

「俺の母さんが動いてくれればプレシアさんにもっと早く行動を起こさせられたかもしれなかったんだが、

 『じゃあお弁当でも作って待ってるわね。あとよろしく』って早々に説得を放棄しててさ」

「プレシアさんにも積極的に事態解決に尽力してもらえるようにどうにかこうにか説得して、有効そうな案を並べて、

 決まったら今度はそれに対しての準備を始めて・・・・・・。

 時間に余裕を持って折角一時間も早めに行動して迎えに来てたのに、一段落して準備が整った頃には完璧に遅刻する時間だったし。

 まったく、何でわたしまで・・・」

「旅は道連れ世は情け、だろ。でもお花見に誘ってくれたことには感謝してるぞ、アリサ」


矢継ぎ早に、交互に話して説明してくれた二人。

アリサちゃんがどこか疲れた表情をしていたのには、そんな理由があったんだ・・・。

労いの言葉でもかけたいけど・・・・・・下手な言葉だと逆に疲れさせないかな? 言葉が思いつかない。


「アリサちゃんお疲れやし、続きは私が話すな。そんでなぁ、変身魔法やら幻覚魔法やら色々と意見は出たんやけど、

 なんかの拍子に管理局の人達にバレる可能性も否定できひんから・・・」

「話し合いに想像以上に時間がかかって、危うく遅刻寸前。準備にも多少手間取ったお陰で、こんなにギリギリになってしまった」


変身魔法を使っていれば、管理局の人にはバレないと思うんだけ・・・・・・・・・。

あ。そういえばクロノ君は初対面で、動物に変身してたユーノ君を人間だって看破してたっけ。

私はそういうの疎いけど、もしかしたら他の人達は気がつくのかも。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの瞬間は本気で悩んでた筈やのに、言葉にして説明してみたら、

 なんやずいぶん簡単な事に悩んでたような気がするから不思議やなぁ」

「まーそんなもんだろ。んでさ、最終的には俺の意見であの形に落ちつけたわけだ」


アリサちゃんとは反対に、二人はどこか生き生きとした表情。楽しんでる?

あの形って何だろう? ”あの形”があるだろう場所に視線を向けてみる。

転移魔法が展開されていた場所。巻き上げられ、桜が無くなった一部の空間。そこには・・・・・・


「えと・・・・・・あの形って、アレ?」

「そう、アレ」


そこには、アリシアちゃんと・・・・・・リインフォースさんが居た。

新しく広げた大きなシートの上でお重を広げる祐一君のお母さんや、管理局の人と軽く会話をしているシグナムさんたちもいたけど、

こっちはとりあえず置いてていいよね。

アリシアちゃんは黒くてゆったりとした、前が短くて後ろが長いワンピースを着て、黒い髪留めで髪を留めている。

全身服も靴も、ぜんぶ真っ黒。黒じゃないところは金色の髪と、胸にある白い星と、露出している肩とか足とかの素肌部分だけ。

そしてリインフォースさんは・・・黒い袖なしタートルネックに、白のジーンズ。紫色の長袖セーターを腰に巻きつけている。

若干肌寒いこの季節にタンクトップは寒そうだけど、まあ普通の格好。

ただ・・・・・・


「アリシアは子供だし、服装と表情を変えれば誤魔化せるだろうと踏んだ。今のアリシアは無表情キャラである」

「・・・・・・・・・・・・・・・リインフォースさんの髪は、染めたの?」


リインフォースさんの銀色で綺麗だった髪は真っ黒に染まり、ほんのちょっぴりウェーブがかっている。

二人ともイメージチェンジでお洒落しただけ?

それとプレシアさんはどこ?


「う~ん・・・そう見えないことも無いよな、事情を知らなければ」

「・・・・・・事情?」

「リインに見えるよな。それは仕方が無いと思う。なのは、それは至極真っ当な見方だから気にするんじゃないぞ」


リインに見えるよな・・・って、え? リインフォースさんじゃないの? あの人。

確かに髪型と髪の色は普段のリインフォースさんとまるで違うけど、顔立ちとスタイルはリインフォースさんそのままだよ?

もう一度リインフォースさんを確認しようとするけど、それより先に祐一君が話し出したので中断。


「これから話すことを受け入れるには、思考の柔軟性が必要だ。むしろ思考は柔軟に持て、なのは」

「ぇえ?」

「準備は良いか?」

「?? う、うん・・・?」

「しかし事情を知ったところで、果たして信じてもらえるかどうか・・・いや、信じてもらわねばなるまいか」

「なに無意味な引き伸ばししてるのっ!」

「あでっ」


負ぶさっているはやてちゃんを器用に躱して祐一君の頭に突っ込みのチョップを打ち込むアリサちゃん。

叩かれた場所をすかさずはやてちゃんが撫でている。

・・・・・・・・・ひとつ、気づいたことがある。

はやてちゃんを背負っているせいで、祐一君の両手は塞がっている。

自分を支える為に塞がっている祐一君の手の代わりに、はやてちゃんは空いている自分の両手を使っている・・・ように見える。

さっき『セーフ』のポーズをしていたのも、アリサちゃんに叩かれた祐一君の頭を撫でていたのも。

祐一君の内心を代弁(て言うのかな)してるところから来る行為だと思う。多分。


「痛いぞ、アリサ」

「祐一さんが悪い」

「アリサちゃんは今、ツンデレのツンの部分が表面に出てるだけや。絶えるんやで、祐兄ぃ。その内デレ期が来るからな」

「はやて、あんたも叩いて欲しいの?」

「あ、あはは・・・遠慮しとくな?」


今度ははやてちゃんの内心を代わりに表現しているのか、祐一さんはアリサちゃんの方を向きながら後退る。

はやてちゃんが両手の代わりなら、祐一君がはやてちゃんの足の代わりをしているの・・・・・・かな?

今だって祐一君がはやてちゃんの内心を読み取って、アリサちゃんから少しずつ距離を取ろうと後退りをしているし。


「じっとしてるのよはやて。手心は加えるから痛くない痛くない」

「目が笑ってないで、アリサちゃん。落ち着きなや。な?」


ジリジリと後退る祐一君と、ジリジリと間合いを詰めるアリサちゃん。

アリサちゃんはどうか知らないけど、祐一君とはやてちゃんの二人はきっと楽しんでやってる。

祐一君はともかく、はやてちゃんは顔が笑ってるもん。遊びの一環のつもりなのかも。


「何馬鹿なことしてるの」


話が脱線したのを見かねてか、それとも言葉通り「馬鹿なこと」を止めようとしてか、リインフォースさんが近づいてきた。

・・・って、え?

なんだか、今言葉遣いが・・・。


「えっへへ~、久しぶり~フェイト。どう、似合う?」


そんなリインフォースさんに疑問を持たず、アリシアちゃんは早速フェイトちゃんへと近づいてお話を始めている。

こっちは和やかモード。リインフォースさんに疑問を抱いたの私だけ?

普段から言葉少ないフェイトちゃんの分も話すかのように、元気に話しかけるアリシアちゃんと、

控えめに、それでも精一杯答えようとするフェイトちゃん。

『元気な妹に困り気味のお姉さん』の図が頭に思い浮かんだ。姉と妹、本来なら逆なんだろうけど。


「うん・・・。可愛いよ、アリシア姉さん」

「あはっ♪」


ニコッと、まるでヒマワリでも咲いたかのように錯覚するほど嬉しそうに笑う。

フェイトちゃんと同じ顔で、フェイトちゃんとは違う笑顔。

普段の静かさと容姿も相まって、なんだか妖精が微笑んでいる印象を受けるフェイトちゃんの笑みと違い、

こちらは穢れを知らない完全に純真無垢な子供の笑み。

頬を赤く染めてはにかむフェイトちゃんも可愛いけど、アリシアちゃんの満面の笑みも年相応で可愛い。

でも・・・・・・今日のアリシアちゃんは無表情キャラだって言ってなかったっけ?


「お~いアリシア」

「ふへ? な~に? 祐君」

「性格が出てる。今日のアリシアはクール系だったろ?」

「あ、そうだった」


祐一君の指摘で、豊かにコロコロと表情を変えていたアリシアちゃんは、一度ピタリとその動きを止める。

ちょっとだけ乱れた髪を手で梳かして服も整え、改めて祐一君と向き合う。

・・・・・・・・・目が半目状態だった。


「ん~っと・・・・・・えっちぃのは嫌いです?」


・・・疑問系?


「・・・・・・う゛~ん・・・・・・。無表情キャラだからそれも無しではないが・・・。

 って、あれ? そういえば・・・・・・」

「どうしたん? 祐兄ぃ」

「・・・・・・・・・・・・何でもない。外見と服装が似ている気もしたが、確認したくとも出来んしな。漫画自体がまだ存在してない」


たまに祐一君は、わけが分からない事を言う時がある。

今回のもそれに該当する・・・の? かな。

どこか眠そうな半目をフェイトちゃんにも向け、フェイトちゃんは何とコメントすればいいのか分からない様子で苦笑い。

そんな空気の中でリインフォースさんが一歩踏み出し、祐一君へと近づく。

身を屈め、祐一君の頭をそっと撫でた。


「私はそこらを散歩してるわ。アリシアをお願いね、祐一」

「うい、了解ですリシアさん」

「食事も適当に手をつけて大丈夫ですからね、リシアさん」

「迷子になったら、念話するんやで~リシアさん」


祐一君、アリサちゃん、はやてちゃんが相次いで黒髪のリインフォースさんを『リシアさん』と呼ぶ。

・・・・・・リシアさん? リインフォースさんの偽名? 『リ』だけしか共通点無いけど。

リシア(?)さんは心底疲れたように一つため息を吐き、覇気の無い声で喋る。


「・・・・・・・・・・・・いい加減にその呼び方は改めなさい、貴方達」


諦めたような声色でそれだけを呟き、背を向けて悠然と歩いていく。

やっぱり・・・違う。雰囲気が。

声はリインフォースさんにそっくりだけど、性格は全然・・・・・・。

・・・・・・・・・何がどうと断言して説明できないのが、妙にむず痒い。痒いところに手が届かない気分。


「待って。私も・・・! ゴメン、アリシア姉さん」

「ふぇ? フェイト?」


一言アリシアちゃんに謝ったフェイトちゃんは、慌ててリシアさんを追いかける。

脇目も振らず、一直線に。

フェイトちゃんが追いかけ始めた途端、心なしか程度にリシア・・・さん? の歩幅が大きくなった気がした。

・・・フェイトちゃんから逃げてる?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさかね。


「愛だなぁ」

「愛やなぁ」


二人の後姿を見送っていた祐一君とはやてちゃんが、ポツリと言葉を漏らす。

な、なに? どうしたの、二人とも。


「愛・・・なの? アレ。洞察力じゃない?」

「愛だよ~、アリサちゃん」

「・・・・・・」


続けてアリサちゃんとアリシアちゃんも『愛』って言葉を繰り返す。

アリサちゃんは否定する言葉だけど、アリシアちゃんは肯定の言葉。

突然『愛』だと言葉を揃える四人がいるのに、私は意味が分からない。なんとなく、仲間外れな気分。


「すずかちゃん。皆が何言ってるのか、わかる?」

「・・・・・・さぁ・・・・・・?」


基本的に静かにその場に居るから、話しかけないとずっと黙っている事も多いすずかちゃん。

一抹の不安を抱きながら質問したら、可愛らしくコテンと小首を傾げる。

だよね、分からないよね・・・。

置いてきぼりなのは私だけじゃない。そのことに少しだけ安堵した。

私たち二人の会話が聞こえていたのか、祐一くんが私の方を向く。


「すずかは分からなくても仕方が無いと思うが、なのはは気がつかなきゃ駄目だろ。愛が足りないぞ、愛が」

「そうやで。愛があれば見切れるはずや」

「いやいやいや、無理でしょ絶対。愛があっても」

「え~? 僕なら気がつくよ。やっぱり愛だよ~」


なんなの、三人とも。

呆れながらそんなことは無いとは思いつつ、三人に言われると流石に気になってしまう。

・・・・・・私、愛が足りてないの?


「仕方ないな・・・。説明してやる。出血大サービスだ。

 あそこにいる、黒髪のリインの話だ」

「黒髪の・・・・・・リインフォースさん? やっぱりリインフォースさんなの?」

「ああ、リインだぞ。半分は」


半分?


「あの黒髪のリイン・・・リシアさんはな、」

「プレシアさんとうちのリインが・・・・・・・・・・・・












 フュージョンした姿なんや!!












・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

え? フュージョン?


「はやて。折角決めてくれたところ悪いんだけど、祐一さんに背負われたままじゃ格好付かないし、そもそもフュージョンじゃないから」

「・・・・・・・・・間違えたんか? 私」

「ああ、間違えてたぞ」

「ごめんなぁ祐兄ぃ。せやけど、どこらへんが?」

「今の場面はすぐさま結論を言わず、あえて会話を引き伸ばして焦らす方がより効果的に相手を驚かせられた。

 勿論違和感が無いよう、自然に会話を焦らさないといけないから結構テクが必要だが」

「問題点はそこじゃ・・・無いでしょ!」


裏拳か蹴りでも飛んできそうなアリサちゃんの突っ込みに、それでも祐一君は涼しい顔。

はやてちゃんが祐一君の耳を塞いでいた。


「言わんとしている事は分かってるから心配するな、アリサ。

 はやて。会話の運びも大切だが、まず何より先に気にしないといけないのは単語の間違いだ。フュージョンは不正解」

「そうそう」

「フュージョンじゃなくて、シンクロだ」

「おぉ! そういえばそやった!!」


二人纏めて『スパンッ!』と頭を叩くアリサちゃん。

平手でハリセンみたいな音が出てた謎。アリサちゃんは当然手元に何も持っていない。

不思議。


「どっちもちがぁーう!! ユニゾンよ! ユ・ニ・ゾ・ン!!」

「「えぇ~・・・・・・」」

「何よ、その空気が読めない子を見るような目は。大体二人とも、普段から人のことをからかい・・・・・・・・・!」


確信犯で人をからかう二人に、アリサちゃんのお説教が飛ぶ。

祐一君もはやてちゃんも笑顔。怒ってるアリサちゃんのお説教も、どこ吹く風。

遠くでヴィータちゃんがこっちを様子見たのが見えたけど、すぐに関心が無くなったのか視線を逸らして料理を突付いていた。


「なのはちゃん、なのはちゃん」

「ふえ? なに、すずかちゃん」

「ちょっと、挨拶回りをしてくるね。今のうちに」

「うん。いってらっしゃい」


すずかちゃんもこの場を離れ、”くーる”になったアリシアちゃんと一緒に静かにお説教が終わるのを待つ。

ほんのちょっぴり長くなりそうな気配がある、アリサちゃんのお説教会。

退屈してないかな、と横のアリシアちゃんを見ていたら・・・・・・・・・アリシアちゃんは(どこから取り出したのか)タイヤキを頬張っていた。

話しかけるのも戸惑われ、静かにパクパクとタイヤキを食べ続けているアリシアちゃんを見続ける。

桜舞い散る中、その光景を眺めながら・・・そういえば、と私は呟く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユニゾン?」

























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、なんだっけ?









[8661] 空白期 第八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2011/02/09 17:12










「――――――――――ということなの。ノーサンキュ。結構。無駄な会話。おっけー?」

「オッケーオッケー」


はやての冗談に悪乗りしてアリサをからかった報いか。

説教は20分以上も続いた。

始めはアリサをからかったことを攻めるような内容だったのだが、

いつの間にやら大人っぽい癖に子供みたいな行動ばかりする性格を責められ、俺の普段からの生活についても責められ。

果ては俺の理不尽な学力の高さなど、関係無さそうなことまで話を持ち出してくる始末。

まったくもって理不尽だ。よくそれだけ口が回るものである、ギャフン。

お陰で口を挟む間が無く、故に弁解する暇も無い。まあ元々確信犯だから、弁解なぞ通る余地も無いか。


「すまなかった、アリサ」

「・・・ふぅ。やっと分かってくれたのね」


アリサの会話がひと段落したところで頭を下げ、詫びる。

一仕事終えた達成感からか、満足(?)そうなアリサ。言いたいことは言ってすっきりしたのだろう。


「ああ。今は心の底から反省している。これからは心を入れ替え、人をからかわないよう可能な限り善処する」

「よろしい」

「さて、アリサの長々として微妙に説教染みていた突っ込みも終わったところで」

「・・・・・・祐一さん。実はぜんっぜん反省してないでしょ」

「食べ歩くか、はやて」

「そやな、行こか」


颯爽と駆け出し、料理が乗るテーブルに向かう。説教続きでお腹がすいた。

あれだけの説教の後にこれだけ平然としていれば、さすがのアリサも諦めが入ったのだろう。止める気配は無かった。

むしろ「行ってこい行ってこい」と投げやりな感じに『シッシッ』と手を振るう。疲れ果てているぞ。

冗談抜きにちょっぴり反省。今度からかう時はもっとオブラートに、優しくからかうことにしよう。

反省終了。


「おぉ・・・豪勢だ」

「やなぁ」

「選り取り見取りとはまさにこのこと。目移りするぞ」


テーブルへと赴き、はやてと共に物色を始める。

所狭しと豪華な料理が並べられている。しかも選び放題のバイキング方式だ。それが各場所に点在している。

バイキングだけじゃなく、地面に敷かれたシートの上に重箱が広げられていたりもするので、

好みに合わせて好きな方を選べる贅沢さ。

これだけの準備をするとは・・・経費も馬鹿にならないだろうに。誰だろうか、お金を出してくれたのは。

所々、上に桜の花びらが乗っかってしまっている料理もあるが、料理が綺麗に飾り付けられているということでコレもまた良し。

衛生面は・・・・・・・・・まあ、問題ないだろう。花びらを退かせばいいだけだし。毛虫が落ちてきたんじゃなければ問題ない。


「流石すずかちゃん家や、レベルが違うで」

「・・・すずか嬢の? これってあの子の家で用意してくれたのか?」

「そやで。すずかちゃん家が用意してくれてるんや。多分やけど、ここもすずかちゃん家の敷地内やないかな?」


なんということだ。

アリサがいいとこのお嬢様とは知っていたが、まさかすずかまでもが本物のお嬢様だったとは。

類(アリサ)は友(すずか)を呼ぶということなのか!


「とまあ内心で軽く驚いてみたところで」

≪傍から見たら突然変なことを言い出す変な人ですよ、マスター≫

「だまらっしゃい。んで、何を食べる? はやて」


背後のはやてに訊ねる。コレほどの料理を目の前にしても、人間の三大欲求であるはずの食欲が働かない俺。

信じられないことに”あの”秋子さんをも凌いでいる(姉だから当然だが)母の料理を普段から口にしているのだから、

この程度では無闇にがっついたりしないのだ。


「んーそやなぁ。そんなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そんなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そんなら?」

「・・・・・・・・・・・・決められへん。目移りするなぁ」

「ゆっくり決めればいい。今無理に食べる必要も無いし、食べたい時に食べたい物を摘むのもいいだろ」

「そや。ほんなら祐兄ぃは何が欲しいもの無いん? 両手塞がっとるし、食べられへんやろ?

 私が食べさせたる。半纏無しの、二人羽織や」


・・・・・・俺は両手が塞がってて料理が食べられない? そりゃそうだ。

確かにはやてから食べさせてもらう方法しか取れないぞ。

まさか足の指を器用に使って箸を持ち、料理を口に運ぶわけにもいかない。軟体生物じゃあるまいし。


「う~ん・・・だったら・・・・・・」


しかしそれは手間だよな。はやてに要らぬ労働を強いてしまうことになる。

もっと言えば、はやてに任せた場合「間違えた~」とかで俺の頬等に(脂っこい)料理を押し付けられ、

最終的に俺の顔が愉快で悲惨な事になる可能性が無きにしも非ず。

もういっその事、テーブル上の料理は諦めて地べたで重箱を突付くのも・・・・・・。


「なぁはやて。テーブルじゃなくて、地面に置かれてるのでも良いか?」

「地面に置かれてる・・・? ・・・・・・おせち?」

「そうそう。ちなみに御節は五節句に作られる弁当の総称で、お花見で作られるのはただの花見弁当だからな。

 あちらこちらで準備してあるあの重箱らも、正確には御節じゃなく花見弁当」

「ほえ~。豆知識やね」

「重箱なら色んな料理が詰め込まれてるし、このテーブルの料理みたいに一々移動して取りに行く必要もない。

 はやてが俺に食べさせる手間も無くなるからさ、それならどうかと思って。和より洋が良いって言うのなら話が別だが」

「ううん、そんなことあらへんよ。和洋中、どれも大好きやし」

「おし、じゃあ決定な」


決定したので即実行。近場のシートに置いてあるお重を探す。

誰も手をつけていないのか、未だシートの上に広げられておらず重なったままの重箱に向かおうとしたところ、


「こっちや、こっち」


はやての手によってグキリと首の骨が鳴りそうな勢いで頭の向きを真横に変えられた。

予告も無しにそれはマジに勘弁だぞはやて。

前触れ無しで唐突に首の方向変えられたら、下手すりゃ平衡感覚見失ってマジに倒れ込んで危険だからな。


「いつつ・・・。こっち・・・?」


・・・・・・・・・・・・って、


「こんだけ色々用意されてるのに、わざわざ母さんの花見弁当を選ぶか」


周りに敷かれている大きなシートとは別に新たに敷かれた、俺んところが用意してきたシート。

上に乗っかっている重箱も、俺達が緊急家族会議をしている最中に母さんがせっせと用意していたもので、

番犬としてかザフィーラが重箱の側に伏せていた。

母さん達の姿はない。挨拶回りにでも行っているのか。


「だっておかーさんの料理やもん。食べたいに決まっとる」

「・・・・・・・・・おかーさん・・・ねぇ」


『私のことは、おかーさんって呼んでいいのよ』とかはやてに吹き込んだ我が母様。

ヴィータにも同じこと吹き込み、はやてとヴィータの二人に母と呼ばせる事に成功させてしまっている。

義理堅いはやては、普段良くしてくれる母さんへのお礼として母と呼んでるのだろう。有難い限りだ。


「律儀だよなぁ、はやては」

「そか?」

「ああ。代わりに礼を言っておく。ありがとな、母さんに付き合ってくれて」


単にノリが良い子だから付き合ってるだけかも知れないがな。


「でも本心では不満に思ってることがあるなら、母さんに正直に申し出ても良いんだから。

 多少の事じゃめげない性格してるからさ、遠慮するだけ損だぞ」


面白半分、遊び半分ならまだいい。だが無理を強いてはいないのか。

はやてにも母はいた。自分の母以外は母と呼びたくない人間だっている。

そこは若干、心配。


「大丈夫や。本当に嬉しいし、不満なんてなんもあらへん。

 家族に続いて、新しいおかーさんが出来たんや。元々ずっと一人で生活してた私に。

 逆に幸せすぎて、怖いくらいかも」


耳元で囁くはやての声に、嘘の感情は窺えない。本当に、本心からの言葉なのだろう。

仮に嫌々だとすれば、母さんが気がつかないわけが無いし、無理強いする筈も無いか。


「そ。ならいい。そんじゃご希望通り、母さんの弁当食べに行くか。食ってる間に母さん達も戻ってくるだろ」

「おぉ~!」


・・・・・・そういや、アリシアら三人はどこ行ったんだろうか。姿がいつの間にか見えなくなったが。

何してんだろう。花より団子な子供にとって、お花見って暇な行事だろうに。




















SIDE:なのは


「そんなことないよ」


誰かに『暇じゃない?』と聞かれた気がして、思わず声に出して答えてしまった。咄嗟に口を押さえる。

周りに人は沢山いる。けど私の声が届いた様子は無く、誰もこっちを見ていない。

そして誰も・・・私に質問してきた様子はない。

また誰かの思考が流れてきたのかな。誰の思考なのかは、未だに謎なんだけどね。

口から手を離して、ホッと一息。そしてまた、視線を戻す。

一人の女の子が、スピーカーの隣でマイク片手に歌を歌っている。


「~~♪、~~~♪」


思った以上に長くなりそうだったアリサちゃんのお説教。

人の会話(それもお説教)を側でただ黙って聞いているのは、これが意外と退屈で。

アリサちゃんに一声かけようとしたけど、口を挟めそうな状況じゃなかったから断念して黙ってその場を離れた。

祐一君が構ってくれないから暇をしていたんだと思う。アリシアちゃんも付いてきた。

しばらくは口数が少なくなったアリシアちゃんと気ままに会話をしながら楽しくお散歩。

私と同じ魔力光の桜の花びらが降り注ぐ綺麗な光景を楽しんでいたら、

ちょっとお花見会場から離れちゃったから戻ることになって。

戻る道すがら音楽が聞こえてきて、寄り道感覚でアリシアちゃんと一緒にただ近づいてみた。

そこにはカラオケ装置があって、盛り上げ役のエイミィさんが歌を歌っている真っ最中。

曲はもう終盤ですぐに終わったけどね。音楽の謎が解けたのでその場から離れようとしたところで、

エイミィさんがアリシアちゃんにマイクを渡して・・・・・・いつの間にかこんな状況。


「♪ ~~~♪ ~♪」


無表情でマイクを持ち立ち竦むアリシアちゃんに、最初は微笑ましそうな顔をしていた大人たち。

大人ばっかりで緊張している、と思ったみたい。

けど、今は違う。そんな理由で微笑ましそうな表情をしている人は、誰もいない。

皆が皆、彼女の歌に聞き惚れている。

お兄ちゃんのお友達に・・・フィアッセさんって歌の上手なお姉さんが居る。

世界的に有名な歌い手で、言葉が通じていない筈の他国でもファンは数え切れないほど大勢いるって話を聞いたことがある。

私の学校にも、何人ものフィアッセさんファンは居る。とっても凄い人。

比べちゃうことは失礼かもしれないけど・・・・・・でも私には、彼女の歌声はフィアッセさんにも引けを取らないように思った。

その証拠に、曲が流れ出し、彼女がいざ歌い出した途端、その歌声はみんなを魅了している。

幼い容姿に反し、大人びた歌声。

スピーカーから流れてくる彼女の歌声はとても澄んでいて、不思議と心に響いてくる。

この場にいる全員が同じ事を思っているのか、誰一人として口を開かない。

中には情報端末を利用して、録音らしき事をしている人も。

実は今歌っている曲、これは3曲目。最初の歌以降観客が減る様子は無く、逆に増える一方。

1曲を歌い終わっても、誰も代わりにマイクを取ろうとする者は現れない。なのでずっと歌い続けている。

最初は10人程度しかいなかったこの空間に今現在、30近い人の数。

今日集まったのは大体60人ぐらいだから、ほぼ半分の人間がこの場にいることになる。

その全員がアリシアちゃんの歌に聞き惚れてるんだから、凄い。


『ずっとそばにいるから』


アリシアちゃんの歌の最後はその一言で締めくくられた。曲が終わって数秒後、周りからは盛大な拍手の嵐が。

本来は表情豊かなアリシアちゃんの表情は相変わらず眠そうな半目で、祐一君との約束はしっかりと守っている。

歌っている最中も半目で若干シュールだったけど、そんな違和感を軽々と吹き飛ばすほどの”良さ”があった。

3曲も歌い切れば流石に疲れてしまったのか、皆に向けて一礼してからマイクをエイミィさんへと返している。

どんな言葉で迎えればいいのか分からなかったけど、とりあえず「すごかったよ」と言う為にアリシアちゃんへと足を動かす。

アリシアちゃんの方も、観客の中を突っ切り私の所へと向かってきていた。





『キャ~♪』





・・・・・・訂正。向かってこようとしているみたいだった。

だけど周りの観客だった管理局の人たち(主に女性)が一斉にアリシアちゃんへと殺到した為、進行を阻まれている。

かくいう私の足も止まる。

姿は完璧に見えなくなったけど・・・・・・多分頭を撫でられたり、抱きしめられたり。

あの人ごみの中ではさながらアイドル扱い・・・というか、マスコット扱いされているアリシアちゃんが居るんだと思う。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だ、大人気だなぁ、アリシアちゃん」


あんなに綺麗な歌を歌われたんじゃ、そうなる(殺到する)管理局の人たちの気持ちも分からないでもない。

子供な容姿に大人びた声というギャップにキュンとしたんだと思う。

あとあと、世間一般の女の人は、小さくて可愛いものには目が無いって言うし。

でもこれは困った状況。この様子じゃしばらくは抜け出るの無理だよね。どうしよう。

私みたいな子供があそこに行っても、簡単に弾き返され・・・るよね。

この時間を利用してジュースでも持ってきてあげようかな。3曲も歌ったんだから喉が渇いてるだろうから。

凄かったって褒めるのは、それからでも・・・。

でも・・・抜け出せるのかな? 皆の熱が引くまでは当然あのままだよね。

・・・・・・もしかしたらお花見が終わるまでこのまま大人気状態持続かもしれない。

それでも一応ジュースだけは持ってきておこうと、体を方向転換させた。


「あれ? シグナムさん?」


方向転換させた先から、シグナムさんがこっちへと歩いてくる。

歌に引き寄せられたのかな。アリシアちゃんの歌を聴いてたのかもしれない。

向こうもこっちに気がついて目的地を私へと定めたらしく、しっかりとした足取りで私へと向かってきた。

飲み物の入った紙コップを片手に持つシグナムさん。

隣にはシャマルさんがいる。シャマルさんは両手に紙コップを持っていた。


「高町なのはか」

「はい。え、と・・・楽しんでますか? シグナムさん」

「ああ、まあそれなりには」


シグナムさんの視線が、人ごみの中・・・アリシアちゃんの方へと向く。


「なるほど。姿は見えず、テスタロッサの声が聞こえると思って聴いていたが・・・彼女だったのか。

 綺麗な歌声だった」

「にゃはは、ですね」


目を細め、はやてちゃんへ向けるのと同じぐらいに柔らかく微笑むシグナムさん。

少しだけ、普段よりももっと柔らかい表情・・・に、見える。

どことなくシグナムさんが上機嫌に見えるのは、私の気のせいかな。


「テスタロッサも歌が上手いのか? 姉である彼女が上手いということは」


アリシアちゃん方向へ向けていた視線を私へと戻して、シグナムさんはそう言った。

声の調子から考えても、やっぱり・・・気のせいじゃないと思う。

シグナムさん、ご機嫌だ。


「えと・・・さあ、どうなんでしょう。

 フェイトちゃんはこっちの歌はまだあんまり知らないから、カラオケとかにも行かないんですよね」

「カラオケ? 何だ、それは」

「お願いシグナム。いい加減に用語を覚えて。カラオケについてはたった今! 私が! 説明したばかりじゃない」


シグナムさんの横で呆れるシャマルさん。『今』と『私が』を強調して、シグナムさんに訴えかけている。

こっちの用語って・・・・・・そ、そうだよね。こっちの世界の用語は、必ずしも他の世界と同じとは限らないよね。

でも何だか・・・不思議。カラオケを知らない人が居るなんて。

W○iとかD○って、世界的に有名なゲーム機も知らないのかな?


「・・・・・・ああ・・・さっきの音楽端末と拡声器が一緒になった機械のこと、だったか?」

「そうそう」

「彼女の歌に集中して、正直聞き流していた」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


無言で落ち込んでいるシャマルさん。ズンと、場の空気が重くなったような気がする。

シグナムさんとシャマルさんが会話をしているお陰で、一つ思い出したことがある。

誰かが聞き耳を立てていたら大変と、急いで周りを見渡す。

けど幸いなことに傍に人はおらず、いても精々少しだけ離れたところのアリシアちゃんを取り囲んでいる管理局の人たちだけ。

・・・・・・うん、大丈夫。


「あの、シグナムさんは知ってます?

 アリシアちゃんとフェイトちゃんが姉妹だって事は、出来る限り秘密な方がいいかもしれないんです」

「知っている。というか、しっかりと言い聞かされている。心配するな。盗み聞きをしている無粋な者はいない」

「そうなんですか?」

「盗み聞きしようとするなら、その前に必ず誰かの視線は感じる。

 安心だ。それに局員はわりと、信頼もしている」

「いえ、そこじゃなくてですね・・・」

「? ・・・ああ、前者の方に疑問を持ったわけか。誰に言い聞かされたのか、いつ言い聞かされたのか・・・そんなところか。

 ならばこう答えよう、高町。お前よりは私の方が、彼女らと共に過ごす時間は長い。機会はいくらでもあったさ」


そうなの? と思い、よくよく考えてみれば・・・・・・そうなんだよね。

アリシアちゃんの住んでる相沢家と、はやてちゃんのお家はご近所同士。

あとはやてちゃんからもたまに聞かされるんだけど、はやてちゃんのご一家は祐一君のお家に行くことが多いらしい。

多い・・・のかな? それどころか、入り浸ってるって聞いた気もする。もう自分のお家も同然とも言ってた。

シグナムさんとアリシアちゃんが一緒に居る事が多いのも、当然。

言われたのは・・・・・・・・・プレシアさんあたりから?


「でもだったら、結構一緒に居る時間が多いですよね、アリシアちゃんと」

「多い。私にその気は無いのだが、あいつの方が何故か私に絡んでくるのでな」


何となく想像できる、その光景。

シグナムさんの周りを走り回るアリシアちゃんに、振り回されるシグナムさんの図。和やかな光景。


「シグナムさん、歌好きなんですよね」

「ん? ・・・そうだな。綺麗な歌は、嫌いじゃない」

「一緒に過ごす時間が多いのなら、アリシアちゃんの歌って聞いた事は無かったんですか?」

「無い。軽い鼻歌を歌っていたことはあるが、こうまでしっかりと歌っていたのは今日が初めてだ。・・・と、思う」


そっ・・・か。シグナムさんがフェイトちゃんが歌を歌ってるって勘違いをした理由は、そこなんだ。

声としては確かに、アリシアちゃんよりフェイトちゃんが歌っていたように錯覚しても不思議じゃない。大人びた声だったし。

本当に上手なんだよね、アリシアちゃんの歌。あんなに上手なんだから、もっともっと歌ってほしいと思う。

アリシアちゃんの歌を聴くためなら、ちょっと遠い祐一君の家にも足を運ぶのになぁ。

自分勝手かな、こう思うのって。


「なのはちゃん」

「はい?」

「さっきシグナムがアリシアちゃんの歌を『嫌いじゃない』って言ってたわよね?」

「? ですね」

「妥当な言葉で濁してたけど、この場合の『嫌いじゃない』は、実はシグナム風の『大好き』って言葉と同意義なのよ。

 好きって言葉を使うのが照れくさいから照れ隠ししてるの。意外に可愛いところ、あるでしょ?」

「シャマル」

「はいはい、ごめんなさい。あ、忘れてた。はい、なのはちゃん。ジュースをどうぞ」


意味不明な(落ち込んでたから、その仕返しかな?)説明の後、その両手に持っていた紙コップの片方を差し出してくるシャマルさん。

そっか。だから二つもコップを持ってたんだ。

言うこと言ってすっきりしたのか、表面上はもう完全に立ち直っている。


「ありがとうございます」


お礼を言い、私はそれを受け取った。

中身はオレンジジュース。紙コップの縁までなみなみと注がれている。

手に持ってみたコップはひんやりとしていて、まだ全然冷たい。

お花見用に用意されて外に出しっぱなしだからもうだいぶ温くなってるはずのなのに・・・。

一口飲んでみても、やっぱり冷たかった。どんな魔法を使ったんだろう。


「後はあの子の分も用意はしたけど・・・・・・渡すのは難しそうね」

「んく・・・そうですね」


コップを口から放して念のために確認してみるけど・・・こんなに短時間じゃ早々状況は変わらないよね。

アリシアちゃんを取り囲む人数はまったく減っていないように見える。

・・・・・・それどころか逆に、増えてる?

女性の管理局員は飽きもせずに群れっぱなし。これが漫画だったなら、上の方にハートマークとか飛び回ってるんだろうなぁ。


「夕飯時のタイムセールに群がる屈強な奥様方ほど強敵じゃないとは思うけど・・・中に入っていくには、勇気と度胸が必要ね」


至極真面目な表情でそんな事を言い出したシャマルさん。

私もお母さんと一緒にお買い物に行った時にタイムセールに遭遇することはあるけど、

屈強そうなおばちゃんたちが群がっているなんてそんな漫画みたいな展開、無い。

シャマルさんはいっつもどんなお店でお買い物をしてるんだろう?


「クラールヴィントで空間を繋いで、ジュースだけとりあえず渡そうかしら?」

「あ、あの、それは止めておいた方が・・・」


シャマルさんがうっかりな発言をしていたので、思わず止めに入る。

それってつまり、私のリンカーコアや闇の書の防衛プログラムのコアを抜き取ったときと同じ手法を用いてジュースを渡す、ってことだよね。

何にも無い空間から突然手がニョキっと生えてきたら、アリシアちゃんには勿論だけど、

アリシアちゃんを取り囲んでいる管理局の人にとっても軽くホラーだと思う。

多分・・・ううん、絶対大混乱だよ。デンジャラスだよ。


「んー・・・そうなの?」

「はい。きっとデンジャラスだと思います」


握りこぶしを二つ作って、必死に訴える。


「で、デンジャラス? そ、そうなの・・・。・・・・・・そうね。

 仮に渡すのに成功しても、揉みくちゃにされてたら飲む暇はなさそうよね」


私の考えとはてんで違うけど、一応の納得はしてくれたみたい。

ほっとした。ほっとして、片手に紙コップを持ったまま握りこぶしを作ってしまったことを思い出した。

・・・・・・・・・・・・もう手遅れだった。


「・・・じゃあはい、ユーノ君にあげる」

「あ、はい。ありがとうございます」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?


「あれ、ユーノ君? いつからそこに?」


ポケットから取り出したハンカチで手を拭いている(被害は紙コップを持っている手だけだった)と、聞き覚えのある声。

隣を見れば、そこには確かにユーノ君がいた。

まるでずっとその場所に立っていたような感じに、すごく自然体で。

本当にいつの間に? 気配も感じなかった。

でもさっき幻聴(?)聞こえて口を押さえて周りを見渡した時にはいなかったよね。


「い、いつからって・・・・・・最初にあの子が歌い出した時から、ずっと隣にいたんだけど・・・・・・」

「ふえ?! そうなの!?」


本気で驚いた。

アリシアちゃんと一緒にここへ来た時はいなかったから、アリシアちゃんが歌を歌ってた最中に近づいたのは本当だと思う。

・・・全っ然気がつかなかったけど。

近頃のユーノ君、影が薄・・・・・・じゃなくて。

えーと・・・アレだよ、アレ。・・・・・・・・・・・・うん、そう。・・・・・・アレ。

アレだから困っちゃうな。


「ええっと、なのは? もしかして僕って最近、蔑ろにされてたりする?」

「ふへ? 蔑ろ? にゃはは、そんなこと無いよ。気のせいだよ、気のせい」

「そ、そうだよね。気のせいだよねっ!」


そうだよ。私がユーノ君を蔑ろにするわけ無いもん。変なユーノ君。

確かによくよく思い返してみると、昔はよくお喋りしてたのに、この頃はそうでもないかなぁって気はする。

念話でのお喋りも、前に比べて減ったよ~に思わないわけでもない。

でも私がユーノ君を蔑ろになんて、するわけがないよ。


「あは、あはははは・・・」

「にゃはは・・・」


表面上はとりあえず笑ってみるけど、頭の中ではユーノ君との会話が確実に減ってきている現実を認識している。

うん・・・最近すっごい勢いで会話量が減ってる。

段々と笑うのが辛くなり、空笑いになってきた。ユーノ君も同じかもしれない。でも、どうにも止めるきっかけが無い。

シグナムさんかシャマルさんが話題を振ってくれるのが一番だけど・・・そうそう話題を振れる雰囲気じゃないよね。

・・・・・・・・・・・・祐一君とお友達になった頃からかな、会話が減り始めたのって。





「ねえ。楽しいです?」


二人で空笑いを続けていると、シグナムさんでも、シャマルさんでも無い声。

予想外の人物から声がかかる。


「あ、れ? アリシアちゃん?」


そう、今現在も人ごみの中で可愛がられている筈のアリシアちゃん。

揉みくちゃにされているはずの彼女が、何事も無かったかのようにそこに佇んでいた。

すぐ傍の管理局員の集団は解散してない。アリシアちゃんの服装には、揉みくちゃにされた形跡(乱れ)も無い。

片手にはジュース。いつの間にテーブルまでジュースを取りに行ったのか。


「え? あれ?」

「何でしょう?」

「う、ううん、何でも・・・」


言いつつ、キャーキャーと騒がれている(騒ぐ対象はここにいるのに)場所をチラリとだけ確認する。

何に対して騒いでるんだろう、皆。


「? ・・・ああ、なるほど」


一瞬だけ向けた視線で私が何を聞きたいのか察したのか、一つ頷くアリシアちゃん。

真っ直ぐに視線を私へと合わせて、こう述べてきた。


「この場に私はいますが、あそこにも私はいます。あの方達は、あちらの私に殺到しているのです」

「・・・・・・え?」

「最初の方に抱き疲れる直前に、『ハーモニクス』『オプティック・ハイド』『ブリッツ・ラッシュ』。以上で大体分かりますか?」

「・・・あ~」


一度で納得した。この場にアリシアちゃんがいる理由と、あの人たちが解散していない理由が同時に。

ていうかアリシアちゃん、祐一君の使う魔法・・・使えたんだね。

それだけ使えれば将来は有望だよ、魔導師としては。


「アリシア」

「シグナムさんにシャマルさん。お二人もいらしたのですね。もしや・・・私の歌を聴いていたのですか?」

「ああ」

「聞くに堪えない歌ではなかったでしょうか」

「いいや、そんなことはない。良き歌だった」

「ほーんと、いい歌だったわぁ。お姉さん、思わず感動しちゃった」

「・・・そですか、それはなにより。お花見、楽しんでいます?」

「それなりには」

「それは良いことです」


・・・・・・・・・・・・。

私とお散歩してるときからずっとだから、今更と言えば今更なんだけど・・・・・・アリシアちゃんの言葉遣いがなんか、変。

丁寧・・・と言えばそうなのかもしれないけど、微妙に外れてる気がする。

二人で会話してるときは極力気にしないでいられたんだけど・・・・・・

こうして外から会話を聞いていると、やっぱり違和感が拭えない。

堅っ苦しい。が、言葉としては一番正しそう。


「アリシアちゃん。ちょーっと、言葉が固くない? もう少しリラックスした喋り方でもいいんじゃないかな」

「・・・どうでしょう。砕けた話し方は得意ではありますが、この場でそれが問題無いのかは、私には判断しかねます」


いつも元気いっぱいで子供らしいアリシアちゃんの言葉とは思えない単語の羅列。

まるで見知らぬ別の誰かが、アリシアちゃんの口を通してしゃべっている様な、そんな気にさえなる。

それぐらい普段は使わないような言葉を連発する。二人っきりだと、あんまり気にしなかったんだけどね。

そんなアリシアちゃんの態度に対して、シャマルさんが言う。


「あらら。本当にカッチカチね」

「はい。肉体年齢の差があるとはいえ、私とフェイトの容姿はとても似通っていますから。

 薄々感づいている人もいらっしゃるでしょうが、性格が極端に違えば『顔が非常に似ている赤の他人』で通りますし」

「そこまで徹底的に変えなくてもいいんじゃない? 素のアリシアちゃんでも、テスタロッサちゃんとは随分性格が違うし」

「かもしれませんね。ですが私が”何もしなかった”為に母と祐一に迷惑がかかる事は、あまり望ましくありません。

 それにまぁ・・・これはこれで楽しいものですよ。自分ではない他人になりきるというのも」

「う~ん・・・そこまで言われちゃ、私としては何も言えないわね」


・・・頭痛くなってきた。


「ねえアリシアちゃん。ほんのちょっとでいいから、いつもの口調に戻してくれない?」

「? 何故でしょう」

「特に理由はないんだけど・・・ね」


あんまりにも話し方が違うから、アリシアちゃんが、アリシアちゃんじゃないような気もしてくる。

冷たいジュースを飲んだ程度じゃ整理しきれない。一度頭の中で固いアリシアちゃんをリセットしたいから、お願いする。


「これでいい?」


次の瞬間にはもう、いつものアリシアちゃんだった。

半分閉じていた目はパッチリと開き、口調も砕けて明るい感じに戻る。

服装だけは大人し目のワンピースから変化はしないけど、これでも十分。

頭の中はしっかりと整理され、見失いそうだったアリシアちゃんとの会話の距離も再認識出来た。

・・・やっぱりこっちの方が安心する。

そう思うのは私だけじゃないのか、シグナムさんも少し笑む。


「アリシアちゃん。やっぱりアリシアちゃんは、こっちの方が断然可愛いわよ」

「えー? 僕の言葉遣いどこか変だった? シャマルさん」

「変じゃないわよ。逆に堂に入ってたぐらいしっかりと使いこなしてたけど、アリシアちゃんが使うと変なのよ」


シャマルさんに至ってはアリシアちゃんの肩に両手を乗せて・・・説得?

力説でもしそうな勢い。

それには私も同感で、思わずうんうんと頷いてしまう。


「おっかしいなぁ。シューちゃんの口癖は、他の誰よりも丁寧だって祐君言ってたのに・・・」


不満そうに口を尖らせ、そんな事を言っている。

別に私たちを困らせる気が無ければ、悪気も無い。純粋に真っ直ぐなだけのアリシアちゃん。

ただ私が勝手に戸惑っているだけなんだよね。


「むぅ~・・・。じゃあシューちゃんが駄目なら、あーちゃんの口調で我慢するよ。僕にはスゥちゃん伝説は真似できないし」


こっちが困っているのを感知してか、アリシアちゃんは別の口調にすることにしたみたい。

それでも否定をされればやっぱり不満は残るのか、渋々といった感じにそう呟く。

『シューちゃん』『あーちゃん』『スゥちゃん』

名前(あだ名?)を口に出したのは無意識で、私たちに言い聞かせる為じゃないとは分かっている。

でも初めて聞く名前ばっかりだった。誰だろう。アリシアちゃんのお友達かな?

思わず聞く。


「アリシアちゃん。シューちゃんとかあーちゃんって、誰のこと?」

「だれ? だれって・・・。お友達? うーん・・・家族、の方がいいのかも」


説明を求めれば、特に抵抗も無く(若干首を傾げながらも)説明してくれる。


「僕にとっては身内みたいなものでぇ・・・・・・一人は事実上身内かな。血は繋がってる筈だし」


・・・・・・はい?

私が疑問に思うのも無理は無いと思う。

それで私の質問に答えたと判断したのか、アリシアちゃんは目を瞑って一つ、深く息を吸って・・・・・・・・・・・・・・・。




















説得の末に結局、今日一日アリシアちゃんは『シューちゃんの性格』でいることが決定した。

何事も無理を言っちゃいけないよね、うん。

アリシアちゃんから『あーちゃん』と呼ばれている少女の性格は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

うん、痛い子だったよ。









[8661] 空白期 第九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/10/15 06:56










どこまでも続きそうな木々の群れ。枝から離れ、舞い踊る花びら。

桜・・・と呼ばれている木々。舞い散る花びらは数多く、まるで降り続ける雨のように途切れる様子も無い。

一秒の間も置かずに、次々と空から降り注ぐ。



―――――・・・綺麗です



戦乱の世では、晴れぬ雲に覆われた灰色の空が広がっているばかりだった空。

望もうとも決して見ることの出来なかった、晴れ渡った青。この世界では、それは当たり前のように存在している。

そしてその空を彩る、桜。

夢のように・・・穏やかなひと時。

これで・・・・・・



―――――これでプレシアが不機嫌でなければ、どれほどの至高の時間だったことでしょう・・・



私とユニゾンしているプレシアは黙々と足を進めて、先へ先へと急いでいる。別に目的地など、ありはしないのに。

管理局の目を欺く為に祐一が案を出し、プレシアと協力し、成功したユニゾン。

正規の主でもないプレシアと奇跡的なユニゾンが出来たというのに、加えてまるで不具合が出る様子も無く、上々。

どうやらプレシアは、私のロードとしての適性があるようです。

だからなのでしょう。

プレシアの心の動揺は、私にもリンクして伝わってくる。

この景色を楽しみたいのは、山々。であるのに心の中は落ち着かず、

むしろ平静であろうとすればするほど揺れ動くプレシアの感情が際立つ。

原因は・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


黙々と私の後ろを付いてくる彼女・・・【フェイト・テスタロッサ】

プレシアの娘、アリシアを元に作り出された複製人間・・・クローンと呼ばれる存在であり、かつて私を止めようとしてくれた少女の一人。

顔を合わせることは多いが、まともに言葉を交わした事は殆ど無い。

その彼女が付かず離れずの距離を保ち、黙って私(プレシア)の後を追っている。


『(プレシア)』


アリシアの複製である以上、彼女達が正真正銘の親子であるという現実は変わらない。

何故これほどまでに、プレシアがフェイト・テスタロッサを避けるのかが分からない。

もしかして以前口に出していた『忘れられない過去』とは、彼女に関係することなのではないか。

そんな予想しか立てられない。

複雑な家庭事情があるご様子ですが・・・正直、興味本位で聞いて良いことなのか不鮮明。

なので私は口を挟まないつもりでした。事の成り行きを、静かに見守ろうと・・・・・・。

ですが流石に、限界です。下手をすれば果てしなく終わらない追いかけっこになる予感がします。


『(聞こえますか? プレシア)』


呼びかけようともプレシアからの返事は無い。聞こえているはずなのに・・・・・・いえ、聞こえてはいるけれど無視しているのでしょう。

『聞く耳持たず』

この国の言葉では、確かそのように言った気がする。

彼女が私の言葉に耳を傾け、心動かす・・・とは思っていないけれど、何もしないよりはマシ、という気持ちで私は話し続ける。


『(プレシア。彼女は貴方に話しがあるみたいですよ)』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『(観念して、会話だけでもしてあげたらどうです?)』


付いて歩くフェイト・テスタロッサは、何も喋らない。

背後から聞こえる僅かな足音。それだけが、彼女が後ろを歩いているという証明。

恐らく彼女が自分から何かを話す事は無い。プレシアの言葉を待っているのだと思う。

プレシアの心の内が解れば、まだ発破を掛ける説得の手立ては思いつくかもしれない。ですがそれが出来ない。

たとえユニゾンしていようと、所詮私と彼女は他人。心の共有までは不可能。

誰かの仲介で関係をどうにかしない限り、この二人はずっとこのままでしょう。


・・・・・・・・・この場の”誰か”は、私しかいませんよね。


『(事情を知らない私が口を出して言い事ではないのかもしれません。

 プレシアが何を想い、何を憂い、何を感じ何を成そうとしているのか、まるで見当も付かないのが本当です)』

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

『(ですけど、後顧の憂いは早めに無くしておく方がいいと思います)』


どれだけ言おうと、彼女に目立った変化は無い。

プレシアの感情は少しだけ、揺れている。私の言葉に揺れているわけじゃなく、逃げている間・・・・・・いいえ、違いますね。

ユニゾンをした瞬間には、もうこうだった。もしかしたら、ユニゾンをするずっと前から・・・。


『(・・・逃げ続けても事態は好転しません。

 それにアリサからのお誘いで”オハナミ”に来たというのに、これでは折角の厚意も無駄にしかなりませんよ)』


アリサとフェイト・テスタロッサの両名は友人関係。

祐一を誘うとなれば彼女も誘われている、と考えるのは考えてみれば当然の帰結。むしろ誘わなければおかしい。

彼女が来る事を予想していたプレシアは、その事に酷く感情を揺らめかせている。

プレシアの心が揺れていたのは、恐らくそういう事なのだと思う。


『(プレシア。貴方は彼女に何かを伝えに、この場所に赴いたのではないのですか?)』


これは完全に私の予測。読み違えていれば、ただの恥。

でも、確信はある。私(プレシア)の視界に彼女が移った瞬間の彼女の感情の動きを考えれば、まず間違いは無い。

彼女は彼女なりの決意を持って、今日この場所に居る。


『(彼女は歩み寄っています。何かを成すなら、今を置いて他には無いと思います)』

「ああもう、五月蝿いわねぇ」


『言われなくとも分かっている』

言葉には出ないけれど、伝わってくる感情が言葉以上にそう物語っている。


―――――あうぅ・・・プレシアが怒っています


しかし怒らせた甲斐あってか心は決まったようで、プレシアはようやく歩みを止めた。

背後でも足音が止む。

大きく息を吸い、ため息のように思い切り空気を吐いて(ため息を吐いて?)・・・・・・彼女と向き合った。

軽く握った手を胸の辺りに添えて、不安そうな眼差しで立ち尽くしているフェイト・テスタロッサ。

その不安そうな表情にどことなく、雨の日の子犬を思い浮かべてしまう。


「さっきからなに? あなた。私に用でもあるの?」


話しかけてくれたことに一瞬だけ嬉しそうな表情を見せ、意を決したのか今度はあちらが口を開く。


「か、母さん・・・だよね」

「母さん? 誰それ。人違いよ」


すっ呆けた言葉を返すはプレシア。

そうきましたか。

ここまできて他人を演じようとするとは、少々予想外です。


「アナタはいつまで私の後を付いて来るつもりなのかしら。

 用が無いのならチョロチョロ私を付け回さないで。迷惑よ」


プレシアを彼女に向き合わせれば、最終的には二人の仲違いが解決するというのが理想的な流れだったのですが・・・

残念ながら、世の中そう上手くは流れませんね。

・・・・・・こう考える私も大分御気楽思考になっています。祐一の影響でしょうか。


『(プレシア・・・)』

『(貴方はこれ以上余計な口を挟まないで。後は私がすることだから)』

『(・・・・・・分かりました)』


まるで私の心を呼んだかのようなプレシアの発言。

言いたい事も言えなくなり、仕方無しに私は口を閉ざす。


「私は・・・・・・ただ、母さんと一緒に居たいだけ」

「だったら別の所に行きなさい。私と一緒に居るのはお門違いよ」


心にも無い言葉でこの小さな少女を突き放すプレシア。

私自身にも思うところはあるが、今度こそ本当に、二人の行動を見守ることにした。


「ううん、そんなことないよ。母さんがここに居るんだから」

「だから私は母じゃないと・・・・・・・・・。

 逆に聞くけど、貴方は私のどこを見て母だと思うのかしら?」

「え? えっと・・・歩き方とか、ちょっとした仕草とか・・・・・・。

 顔も髪型も違うけど、髪の色とかはおんなじだし・・・あと瞳の色も。

 だから、分かる。母さんだよね」


確信を得た表情で言い切る。その顔からは、疑いの感情は一切窺えない。

正直、驚きました。プレシアも驚いている。

凄まじいまでのプレシアの観察力。これはもはや執着心と言い換えるべきでしょうか。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まったく・・・この子ってば・・・・・・」


小さく呟かれた言葉。嬉しさの感情が伝わってくる。

姿は違っているのに、子が親を見間違えないでいてくれる。それはきっと、嬉しいことなのでしょう。

片手で目元を覆ってしまったプレシア。私の視界も遮られる。

傍から見る分には、フェイト・テスタロッサの言葉に呆れている姿に見えると思う。

しかし指の間からほんの一瞬だけ、彼女を見た。一つの体を共有している私しかその事に気がついていないだろうけれど。

こっそりと彼女を見るその眼はきっと、優しさに満ちている。

そんな気がする。


「埒が明かないわね・・・。仕方がないわ。来なさい」


プレシアからリンクして伝わって来ていた心地の良い『喜び』の感情が鳴りを潜める。

今度は何の感情も伝わって来ない。これは恐らく、プレシアが自身の感情を制御して『無感情』にしている。

器用なことです。

顔を上げて来た道を引き返すプレシア。

これまでの散歩のような行動とは違い、今度は目的地をしっかりと定めた足取りで歩き始める。

すれ違いざまフェイト・テスタロッサの手を取り、やや強引に引っぱっていた。

プレシアがこれからどこへ向かうつもりなのかは、私にも分からない。


「ぁ・・・」


フェイト・テスタロッサの口から零れる小さな、だけど嬉しそうな声。

プレシアよりずっと小さな手でキュッと繋がれた手を握り返してきた彼女。

それでもプレシアは感情を表に出さずに隠し続ける。

無言で桜の道を歩いていく親子。

以降目指した場所へと到着するまで、二人は一度も会話をすることは無かった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・

























SIDE:祐一


母さんお手製の花見弁当をちまちまと突付きながら母さん達の帰りを待つ。

流石の母さんも飲み物だけは忘れてしまったのか、近くには置いていなかったのでテーブルに取りに行ったりはした。

だがそれ以外では基本的にシートの上から動く必要は無い。



ザフィーラをモフモフして遊んでいるうちに挨拶回りを終えた母さんも帰ってきて、そこからは雑談交えた食事会だ。

膝の上にはやてを乗せて、世話を焼くのにご満悦な母。はやては母さんのスキンシップに、凄い笑顔。

はやては母さんが面倒見てくれるし、父さんははやての世話で幸せそうな母さんを見ているだけですでに幸せそう。

実の息子ほったらかして、どこぞの娘さんと家族団欒の光景。

家族を取られて嫉妬・・・などする歳でもないが、疎外感はやっぱ半端じゃない。



ある程度腹も膨れて、もはや俺のする事はなくなってしまった。

はやての面倒は母さんが見てるし、俺がこの場にいる必要性は無い。

他の皆は、思い思いの場所へと赴いている。

だから俺も散歩に出た。本気の本気で、ただの散歩。

管理局と思われる人達と軽い会話を繰り返しながら(プレシアさんに知られれば怒られそうだ)転々と場所を移動する。

ひょんな事から開催された、お互いのヤキソバへのプライドを賭けたヤキソバ勝負(プライド云々は俺視点)で、

クロノと名勝負を繰り広げたりもした。

目立たない方がいいのに目立ちまくりだ。花見会場に転移魔法で来た時点ですでに注目の的だったかもしれないがな。

それ以降は誰と会話をすることもせず目的もなく、ふらっと気の赴くままに歩き続ける。人気の無い方へと。

散々騒いだから、俺だって一人になってのんびりしたい。人間誰しもギアがトップのままだと疲れるもんだ。


「綺麗だなぁ」

≪そうですね≫


周りには誰もいない。こんなところで声を出して会話するなら当然、俺の相棒機との会話になる。

ひらひらと舞い落ちてくる桜の花びらは当然綺麗だし、空模様も絶好調。

満開を過ぎたこの散り始めが、桜がもっとも綺麗に写る時期だと俺は思う。


「こんな近場にコレほどの絶景が広がる場所があるなんてなぁ。

 しかも私有地だから春中独り占め可能。ほんと、住んでる世界が違うよなぁ。金持ちって」

≪そうでしょうか≫

「そりゃそうだろ。知ってるか? 俺ら庶民が歩いて学校に登校するのに対し、金持ちは車で送り迎えしてもらうんだぞ?」

≪ああ・・・そういえばそうですね≫


風が吹けば木々が騒いで、桜が舞う。無限に思うほど降り続ける花びら。無限に見える程の量でも、実は有限。

1本あたりの桜が付ける花びらの数は、大体50万枚ぐらいだったか。

これだけ多くの桜が咲いているのなら、散った桜を軽めれば結構な量の桜ジャムが作れることだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジャムという単語だけで邪夢を連想した俺は末期だろうか。


「更に、どういった因果か知らないが、お金持ちの家に生まれた子供は頭脳明晰で礼儀正しいお子様になる可能性が非常に高い。

 まあこれは、親を模範とした子供が礼儀正しく、そして日常においても規則正しい生活をするようになるからに他ならない。

 日常の生活の中で自然と培われている努力の賜物、とも置き換えられそうだよな」

≪確かに≫

「更に更に、これもどういった因果かは知らないが、お金持ちの子供は美形に生まれる。その場合勿論ご両親も美形の場合が多い。

 俺の経験上で言わせてもらうと、女の子が生まれた場合、例外なく才色兼備と相場が決まっている」

≪それは話を飛躍していますね≫


俺の人生で得た経験による結論を得意げに話していたところ、彼女はあっさりと否定する。


「ん? 飛躍? 一応経験論だぞ、一応」


身近なお金持ちのご令嬢は、俺の知る限り3人。

佐祐理さん、アリサ、すずか。

その誰もが才色兼備であり、他人を思いやれる優しい心を持っている。

これだけの人材が近くに居るのに、どこに疑う余地があるのだろうか?


≪経験論などは所詮、短い年月を生きてきた中での確立の結果に過ぎません。

 同じ事柄の全てがその結果に結びつく確立は、無論無い。

 貴方の中では相場が決まっていようが、世界の相場がそうとは言い切れませんよ。

 容姿の優れた大人からは、優れた子供が産まれる?

 そうならない可能性も十分にありえます。それに容姿の良し悪しは個人が決めるものではありません。

 意見は人によって様々。ある人が『美』と言おうと、別の人間はその真逆と思う事などザラなのです≫


人工知能を積んだ機械は、饒舌に説得力のある意見を述べる。

特に『確立の結果』という言葉が気に入った。

それはつまり、”良い確立の結果”に俺は出会えているからだ。

考えてみれば金持ちで偉ぶっている傲慢な性格のご令嬢もきっと、世の中に入るだろう。

俺の出会った子達がそんな性格じゃなく良かった、と捉えられる。


「ふむ、一理ある。・・・・・・いや、その通りか。伊達に長い時の中を存在してきたわけじゃないんだな」

≪恐縮ですね。私は機械ゆえに、人の容姿に関して言えば何の感情も抱きません。なので客観的な意見を述べたに過ぎないのです≫

「・・・へぇ・・・客観的。お前達インテリジェントデバイスって、自分を第三者視点から見てるのか」

≪・・・・・・・・・・・・口が過ぎました≫

「別に皮肉ってるわけじゃないぞ。ここ感心してるところだから」


俺に謝る現在の相棒。

姿形はアイツだから似てるような気もするんだが・・・・・・やっぱ似てない。

頭の中でアイツと会話しているように意識してみようとも、逆に違和感しか感じない。

頭の中で自動的に翻訳はされているが、元々は英語だしな。


≪一つ、お聞きしたいことがあります。宜しいですか?≫

「事と次第と質問内容による。答えられるかどうかは分からないが、答えられる範囲なら答えよう。

 それを踏まえた上で質問するのなら、コサックダンスを踊りながら両手を背中に回して地面へ向けて手を上げろ」

≪理解不能です≫


言った自分自身も理解不能だ。

第一コサックダンスを踊りながら質問してくる変人が居たら、俺は問答無用で逃げ出している。

それに地面に向けて手を上げるって・・・手を上げるなら普通”上”だろ。地面は下だ。


「単に思いついたから言ってみただけだ。気にするな。んで、質問って?」

≪人の美について、私には理解できません。なので貴方のご意見をお伺いしたいのです≫

「いいぞ。さっきも言ったが、答えられる範囲で良いのなら、可能な限りは答える」


容姿の良し悪しが分からなくても興味は湧くのか。

好奇心旺盛なアンティークである。


≪では参考までに、マ・・・高町なのはと、フェイト・テスタロッサ。

 どちらも貴方から見るなら、美少女のカテゴリに当てはまるのでしょうか?≫

「まあな」

≪・・・・・・軽い返事ですね。どちらも美少女には当てはまりませんか?≫

「そんな事は無い。フェイトは文句無しの美少女だし、なのはも・・・・・・」


言ってから数秒考える。


「・・・・・・ふむ、なのはも美少女だ」

≪その間には何か意味が?≫

「いや、無い。よくよく考えて見れば、俺の周りって容姿端麗が多いな、と現実を再確認していただけだ。

 まー、安心しろ。なのはは間違いなく美少女だ」


そこまで言い切って、空を見上げる。俺の意見に彼女からの返事は無い。

うむ、容姿端麗は身近に沢山居る。

なのは然り、フェイト然り、あゆ達然り。ついでと言ってはなんだが、北川も容姿は悪くない。

プライド殴り捨てて体を張るムードメーカーなのでモテこそしなかったが。

母さん、プレシアさん、リンディさんらの大人組もその類と言える。クロノだって、将来有望な美男子。

恭介、理樹、謙吾、鈴の四人もそれなりに容姿は優れている。

例外あるとすれば真人ぐらいだろうが、アレは野性味溢れる漢としてだけ見れば、これほど漢らしい漢もそうは居ないだろう。

旅人はぐれ人形遣い純情派は、切れ目に銀髪で別格に美形だったし。

浩平先輩だって、性格はアレでもいざって時は男を見せる性格だからなぁ。普段もアレならモテるだろうに。

周囲の人間は『美』の付く、或いは付けても差し障りの無い少年少女達+α(大人)が多い。

これだけの美形ぞろいの中で父さんだけが一人、”異彩を放つほどに普通”だ。不思議な事に。

謎だな。


「ほんと、桜が綺麗だ」

≪・・・ですね≫


風が凪ぐ。陽気は良い。

ここしばらくバタバタしていたせいで、全然一人落ち着く時間が無かったな・・・そういえば。

学校に行けばリトルな面々が休み時間の度に俺の席に集まり、家に帰ればアリシアの遊び相手をし、炊事に家事手伝い。

日が沈んだ後もやれ模擬戦だ、やれ魔法勉強だ。疲れきった体で布団に入ればぐっすり寝入って元気回復。

そして日が昇って同じ作業。


「良い陽気は眠気を誘うな・・・ふぁ・・・」


昔は当たり前だった、この静かな時間が懐かしい。

思わず欠伸が出てくる。

ここ数日は雨も降っていない。地面は乾いている。

少しばかり風が冷たいが、常に首元に巻きついて器用に寝ている真琴のお陰で程よく相殺されている。

周りは静か。遠くからカラオケの音楽が聞こえてくるが、近くには人っ子一人居ない。

寝るには絶好の日和。どうでもいい事だが、眺めも良い。


≪少し休息を取ってはいかがでしょう≫

「ん・・・・・・そうするか」


適当な木を探し、幹に座って凭れ掛かる。

マットも何も敷かれていない地面は当然硬い。長時間眠ったら体が痛くなりそうだ。

体を休め、思考を止めようとして・・・・・・ふと思い出す。プレシアさんとリイン、今頃なにしてんだろう。

起きた頃には、プレシアさんとフェイトのイザコザも一応の解決はしててほしいかな・・・。


「おやすみ、レイジングハート」

≪良い夢を、相沢祐一・・・≫


なのはは気がついているのだろうか。たま~にこの二人、中身が入れ替わってお互いのマスターを観察していることに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・微妙だな、かなり。名雪ほどじゃないが、基本能天気そうだし。

気が向いたら、模擬戦最中になのはの目の前でレイク(外見はレイジングハート)と漫才してみると面白いかもしれないな。

自分のパートナーが突如、模擬戦相手(俺)と漫才。目を丸くして驚くぞ~、なのはのヤツ。

そんな他愛も無い計画を練りながら・・・・・・俺は静かに眠りに入った。

























≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・・・・・・・・・・くぅ・・・」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

≪これが・・・・・・姉さんのマスター・・・≫

≪このようなただの少年に、私のマスターが敗北を・・・?≫

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

















[8661] 空白期 第十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2011/02/09 17:24










トボトボと一人、桜の下を歩く。

さっきまで一緒だった母さんはもういない。

母さんに手を引かれてリンディさんの前に私を連れて行かれた私。

前触れも無く、母さんから親子の縁を切られた。


『リンディ。プレシアから・・・・・・言伝よ。「出来損ないはあげる。とっとと娘にでもなんでもするがいいわ」・・・・・・だ、そうよ』


お酒を飲み合ってほのぼのと会話をしていたリンディさんとレティ提督。

レティ提督には目も向けず、リンディさんに向けて母さんはそう言い放った。

私をリンディさんへと突き飛ばし、続けて私に向けて言われた言葉。

鮮明に思い出せる。


『それとフェイト。あなたにも伝言。「私に母の愛情を求めないで。そして今後一切、テスタロッサを名乗らないで」。以上』


私が頭の中で言葉の意味を理解するのも待たずに背を向けてしまった母さん。

どうしてそんな事を言ったのかがわからなかった。

急いで追いかけたけど、母さんの姿は見えなくて・・・・・・。


「・・・どうして?」


私の呟きに、言葉を返してくれる人は居ない。

母さんのあの言葉には、これまでとは違う『本気』が感じられた。本当の本当に、私と決別する気で言った・・・。



私は右手を見る。

ほんの数分前まで、母さんと繋がれていた手。もうあの温もりは残っていない。

あの時は嬉しさでいっぱいだった。母さんが手を繋いでくれた。それだけで、何でも出来そうな気持ちになっていた。

なのに、今は・・・。


「・・・・・・・・・・・・して・・・・・・」


二度目のどうしては、発音することすら難しかった。

胸が痛い。悲しい。辛い。寂しい・・・。

色んな負の感情が押し寄せてきて、涙が溢れてくる。

立ち止まり、涙を我慢しようとして唇をかむ。・・・・・・それでもやっぱり堪えられなくて。


「・・・・・・っ」


頬を伝う涙が、地面へと落ちていく。

こんな所で泣いてても、母さんは来てくれない。探さなきゃ、母さんを・・・。

そう頭では理解していても、涙は止まらなかった。


―――まだ間に合う。母さんを探さなきゃ。


人知れずひとしきり泣いた後に、服で涙を拭って前を向く。

否定されたままじゃ終わらない。終われない。

今は母さんもまだ生きてる。虚数空間に落ちたわけじゃ・・・前と違って、手遅れなんかじゃない。

母さんを探して、それから・・・・・・・・・。





それから、何を話せばいいの・・・?





踏み出そうとしていた一歩が、止まる。

母さんと会って、何を話せばいい? 先のことを考えるだけで足が竦んだ。


「私は母さんの娘でいたい」。そう言うつもりだった。だけど、その後は?


何を話せばいいの? 何をすればいいの?

会わないといけない。会って話さないといけない。・・・・・・でも、何を?


考える・・・・・・わからない。


傍には誰もいない。考えなきゃ。


考える。考える。でも・・・わからない。


わからないよ・・・。





  ――――― リン ―――――





「え?」


暗い思考に陥っていた私の耳に、綺麗な音が聞こえてきた。





  ――――――――――    リン    リン    ――――――――――





耳を澄ますと、繰り返し繰り返し聞こえてくる。それはまるで、私を呼んでいるように聞こえて・・・・・・。

私は何かに誘われるように、音の聞こえる方向へ足を運んだ・・・。






























SIDE:??


首輪の鈴を人差し指で何度も鳴らす。


  リン・・・リン・・・リン・・・♪


真琴とお揃いでもあり、祐一の母様特性の鈴が耳を楽しませる。

リン、リンと鳴らし続けていると、桜の木も喜んでいるように感じる。

とても自然に周囲へと溶け込んで聞こえるこの鈴の音色は、風と同じ。

ずっと吹いているはずなのに、意識しなければ風が吹いていると感じることも無い。

同じように、音は聞こえているはずなのに普段は気にならない程に静かに鳴る。そんな鈴。


  リン・・・リン・・・・・・リン♪


心地よいこの音には、動物達なら誰もが心穏やかになる。

猫の姿で朝方町を歩いていると、小鳥が近づいてきて背にとまった事もあった。

鈴の音色をより近くで聴く為に、天敵である、猫であったはずの私の背に。

それ程に澄んだ、綺麗な音。その澄み具合がどれ程のものか、人間には分からないかもしれないけれど。

魔法も使われていないのに何故このような音が出せるのか。私にも解析できない謎。

指で何度も鈴を揺らし、ある者をこちらへと誘導する。

彼女以外の人間は近くには居ない。聞こえているのなら、彼女は必ずこの場所に来る。そう確信して、鳴らす。

鳴らし続けると、使い魔になっても失われること無く残った鋭敏な猫の感性が、下に”何か”の存在を知らせる。


来た。


”それ”が真下に来たときを見計らい、私は下に魔法陣を展開させる。

少し待って反応が無かったので、下に居る人物に見えるように尻尾を覗かせフルフルと振ってみる。

今現在フェイトが居る位置(私の真下)からでは私の姿が見えないから、躊躇してしまっているのでしょうね。

やがて、魔法陣に何かが乗った感覚が伝わり・・・。

魔法陣は上昇し、この桜の・・・・・・私の居る太い枝の上へと彼女を引き上げる。

魔法で簡易的に作り出した、エレベーターです。


「・・・・・・・・・・・・ぇ」

「お久しぶりですね、フェイト」

「リ、ニス・・・?」

「はい」


顔には涙の跡が残り、酷い有様。彼女が泣いたことは一目瞭然だった。

きっとフェイトのことですから、色々考えすぎてジレンマに陥ってのでしょう。

唖然と呆け、次の瞬間には泣きそうな表情で私の胸に飛び込んでくるフェイト。

フェイトならそう来るだろうと油断無く構えていたので、木の上から落ちそうになって慌てる、などという失態は犯さない。

昔に比べて随分と大きくなった体を抱き止める。

頭を撫でてあげようと手を伸ばし・・・・・・フェイトが体を離した事によって、不可能となった。


「リニス、今までどうしてたの?! あれからずっと姿を見せなくなっちゃったから、

 私、またリニスがどこかに行っちゃったのかって・・・」

「心配をさせてしまいましたね。ごめんなさい、フェイト」

「どこにいたの? 何をしていたの?」

「私は比較的フェイトの近くにいました。姿を現せなかっただけで、たまに見守っていたんですよ。

 何をしていたか、に関しては・・・・・・・・・内緒です」


自分でも意地悪だと思う。

再び目の前から姿を消しフェイトに散々心配をかけていたのに、それを秘密にする。

・・・・・・・・・私をずっと心配していたフェイトにこのような酷い仕打ち。本当にあくどいですね、私。


「それよりどうしたんです? 頬に涙の跡がありますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


あらら、黙り込んでしまいました。

私へと詰め寄った積極さはどこへやら。完全に意気消沈している。

ポケットから少々湿ったハンカチを取り出して、フェイトの頬をそっと拭う。


「何があったんです? 悲しいことでもありましたか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

「差し障りが無いのなら、私に話してくれませんか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・・・・ね・・・・・・・・・」


湿った、まだ少々冷たいハンカチを頬に当てられて少しは心が落ち着いてきたのか、

フェイトがポツリポツリと話してくれる。

プレシアの拒絶を。自分の気持ちを。

”あの場面”は木の上から眺めていたので、本当はフェイトに話してもらわなくても、何があったのかを私は知っている。

フェイトがどう考えるのかも、プレシアがフェイトにどのように接するのかも。本当は全部、予測できていた。

だからハンカチだって、あらかじめ濡らしていた。

だけどフェイトから言葉を出させる事で、フェイトも心の整理が出来るから。だからフェイトに話させる。


「・・・そうですか」

「うん。ねえリニス。私、どうしたらいいのかな・・・」


言葉足らずながらも話し終え、フェイトは縋る目で私を見つめる。

今日あたりでプレシアが決着をつけようとすることは分かっていた。

フェイトのこの問いにも、返す言葉は考えている。


「駄目ですよ、フェイト。そういう大事な事は、自分で考えて、そして自分で答えを導き出さないと」


だけど・・・・・・すぐに私へと答えを求めたフェイトに、少しだけペナルティ。


「でも・・・考えたけど、分からないよ・・・」

「本当に? 本当に考えたんですか?」

「・・・・・・うん」

「いいえ、違います。フェイトは考えていない。

 ”プレシアとの仲違いを無くす方法”に意識を取られて、結局その肝心な中身については、まだ全然目を向けていない」

「・・・・・・・・・・・・・・・え?」

「フェイトは・・・・・・プレシアの心を、考えたことが無い」

「母さん・・・の?」


まだ子供のフェイト。きっとプレシアの表面上の行動ばかりを見て、その内心なんて考えたことも無いでしょうね。

・・・いえ。考えたところで、未だ理解できぬ範疇でしょう。

親の心、などという物は。

フェイトに対して言った『考える』という行為は、”自分の事だけ”ではなく”相手の事も”考えるという行為です。

その事柄の重要さに気がついてもらう為とはいえ、「肝心な中身を考えていない」などとよく言えたものですね、私も。


「いいですか、フェイト。貴方が考えようとしているのは、プレシアとの仲違いを無くす方法の筈です。

 それに対し、私は決定的な結論を述べます」

「結・・・論?」

「はい」


絶対条件。これは先に述べておかなければならない。


「プレシアが貴方を娘として認める発言を口にすることは、絶対にありえません」

「っ!!」


フェイトが正真正銘本物のアリシアと全く同じな、精巧なるクローンにでもなれば話は別でしょうが、

それはオリジナルがこの世にいないとされる場合に限る。それに、その時点でもはやソレはフェイトではない別の存在。

まるで意味は無い。


「フェイトがプレシアの行動に対して受身に回っていれば尚更です。

 第一確実にソレを成す為の、明確な方法は存在しません。

 困難な道とは知りつつそれでも本気でプレシアを説得したいのなら、複雑に考えるより先に兎に角行動。

 本来ならばそれしかありません」

「行動・・・」

「そうです。非常に困難が付きまといますよ。あのプレシアの決意を捻じ曲げて、貴方を娘だと認めさせるのは。

 それでもフェイトは頑張る気ですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


長い沈黙。考えるフェイト。

個人的な意見としては、私に「困難」と言われようとも揺るがないフェイトでいて欲しかったのですが、

中々そうもいきませんね。

まだ子供ですし、仕方が無いことでしょう。元々自信過剰な子でもありませんでしたし。

私は何も口を挟まず、フェイト自身の言葉を待つ。返ってくる返事は・・・半ば予想していますけれど。


「うん・・・。私、諦めたくない」

「そうですか」


予想通りで、私の望んでいたフェイトらしい答え。

そうして私は、最初から用意していた言葉を投げかける。


「ではまずはその行動の第一歩として、

 フェイトはこのままリンディ・ハラオウンの養子となることをお勧めしますね、私としては」

「ぇ・・・?」


フェイトはまさか、私がそのように言うとは思っていもいなかったのか。

目を見開き、信じられない者を見るかのように私を見る。

・・・・・・何気にショックです。フェイトからそのような目を向けられる事が。


「・・・リニス?」

「仮に私がプレシアの立ち位置に居るとして、フェイトのように可愛い可愛い子供がいたとするなら・・・・・・。

 やはり、プレシアと同じ行動をとっていたと思います。だからこそ、貴方は一度その相手と養子関係になるべきです。

 可能なら、フェイト・ハラオウンになるのが最善かと思いますけど」

「どうして・・・。なんで?」


本当に、自分でも嫌な性格になったと思います。

昔の私なら、追い詰められているフェイトにこんな辛辣になることなんて無い。絶対に、手を差し伸べていた筈。

すぐにそれを実行に移さないということは、私の物事の考え方も昔と比べ随分と変わっているということでしょう。


「フェイト、そんなに詰め寄らないでください。ちゃんと説明しますから、落ち着いて・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、ん・・・・」

「先に言っておきますけど、プレシアの本心は分かりませんよ。私はプレシア本人ではありませんから。

 ですが私がプレシアだった場合、必ずこう思うという事例が一つあります」


山猫の私は特に母性本能が刺激されやすいのか、親の心が痛いほど分かる。

私はプレシアとは違いますから、本心をありのままに話すことにしましょうか。


「それ・・は・・・・・・なに?」

「フェイトに・・・テスタロッサの名を背負わせたくない、と」

「テスタロッサの・・・名前?」

「はい」


それだけではやはり理解しきれないのか。フェイトは”待ち”の姿勢に入っている。

・・・懐かしいですね。昔フェイトに授業をしていた頃、分からない事はこうして私が教えてくれるのを待っていましたっけ。

あの頃から全然、変わっていません。


「プレシアの起こした事件。アレは一歩間違えば、次元断層を引き起こしてしまう行為でした。

 それはご存知の通りです」

「うん。・・・でもリニス。何で知ってるの?」

「こ~ら、話の腰を折らない」

「ご、ごめんなさい」


プレシアの暴走。それらの全てを(何故か)知っているらしいアリシアは、一部始終をリインフォースへと話していた事がある。

彼女を経て、私は伝え聞いている。

正直聞かされた当初は、諦めずに死力を尽くしてプレシアを止めるべきだったのだと本気で後悔の念に囚われてしまいました。

まさかあんな馬鹿な行動を取るとは夢にも思っていませんでしたしね・・・。


「人一人に危害を加えただけで罰せられる現在の法。

 そんな中、プレシアは人どころか世界そのものを破滅させていたかもしれないことを仕出かしていたんです。

 もしもプレシアが目論見を成功させていたら・・・この地球だって、今は存在していなかったかもしれません」

「・・・・・・ん」

「大切な大切な我が子の為に・・・と言えば聞こえは良いですが、

 結局はたった一人の子供を生き返らせる為に、その数億倍・・・或いはそれ以上の不幸を招いていたかもしれない事態。

 ハッキリ言って、未遂とはいえプレシアは大罪人です。管理局にも半永久的に記録を残されるでしょう」

「でも、母さんの行動にだって理由が・・・」

「犯罪は犯罪。管理局は犯罪者の行動を肯定しようとしません。

 なにせプレシアは犯罪者で、もう”死んでいる”のですから。

 し・か・も。行動の理由を肯定しようともしないくせに、その出来事を秘匿にはしません。

 類似の事件が起きた場合の対処法として、むしろ全貌を公開し続けることと思います。

 そんな彼女の事件を少し調べれば、フェイト・テスタロッサという名前・・・いくらでも出てくると思いますよ。

 ・・・ここまでは、大丈夫ですか?」

「・・・うん」


たとえ法的にもフェイトの罪が事実上殆ど無くなったとはいえ(罪があれば今この場にこうしているのは不可能でしょう)、

それでも犯罪者に加担していたという現実は変わらない。

勿論管理局の中でその事を指摘しこの少女を責め立てる器量の狭い人間など居ないとは思いますが、皆無でもない。

今は居ないとしても、これから先もずっと現れないという保証も無い。


「だからこそ、プレシアはあなたに『テスタロッサ』の苗字を名乗らせたくない。

 『テスタロッサ』とは罪人の名前、ですから。・・・全国のテスタロッサさんには傍迷惑でしょうけれど。

 幸い、フェイトの母親になってくれそうな人物が近くに居ますからね。

 あなたが望めば、法はテスタロッサの名を捨てることも受け入れてくれるでしょう」


フェイトは賢い子。たとえ今は親の心が分からなくとも、ここまでヒントを与えれば一般的な思考には到達する。

それなりの教育は、してきたつもり。

言葉を一旦切り、フェイトの頬を手でそっと撫でる。


「分かりますか? フェイト」


前触れも無い私の突然の問いかけに戸惑い、迷い、考え・・・・・・赤い瞳が見開かれる。気がついた証拠。

プレシアがフェイトを拒絶する理由。

それは・・・・・・・・・


「・・・・・・ねえ、リニス」

「なんですか?」

「もしかして・・・・・・母さん、私の事・・・・・・娘として見てくれているの?」

「いいえ」


素直になれないプレシア。拒絶することでしか”その事”を示せない、不器用なプレシア。

仮にも、私は彼女の使い魔でした。ならば私に出来ることは、元主人の心の・・・代弁。




「愛していますよ・・・娘として。きっと、アリシアと同じくらいに」




この純粋で真っ直ぐな少女を、プレシアが愛していない筈は無い。

最初はどうだったか、なんて知らない。私が消えた後に、何があったのかも知らない。

でもきっと、プレシアは何度も揺れていた。研究をしている間も。

フェイトの笑顔を見る度に、優しさを向けられる度に。クローンである彼女に”娘”を感じていたはず。


「あれでもプレシアは、親ですから。”娘”の幸せを考えて当然です。

 でなければアレほどに過度な拒絶は見せないでしょう」


それでもプレシアには、彼女に酷い仕打ちをしてきた負い目がある。だからこその、不器用な彼女なりの親心。

フェイトは嫌われているんだと教え、別の母親の元で新しい幸せを作って欲しい。

”もう私には、傷つけて遠ざけることが出来ない。だから愛想を尽かして欲しい”

フェイトを拒絶していたのは・・・とっても気がつき難い、そんなプレシアからの無言のメッセージ。


「リニス。私・・・・・・」


私の言葉で、ようやく口元に綻びが生じたフェイト。

少しずつ、答えがフェイトの中で出てきている。


「何ですか?」

「テスタロッサの名前、捨てないでいるのは駄目かな。それとも使わない方が・・・母さん、喜ぶのかな」

「私に聞いてもどうしようもない事でしょう、それは。けれど・・・プレシアは喜ぶでしょうね」

「そ、か・・・」


だけどすぐにシュンと沈んでしまう。

自分の意志の弱さ、自己主張の弱さの克服は、これからのこの子にとっての最重要課題ですね。


「まあでも、それもフェイト次第です。いつも最善を選ぶのが良き道とは限りませんし」

「・・・・・・ぇ?」


母の愛を知り、母を想い、一つの答えに囚われてしまったフェイトに私は道を示す。

他に選択肢が無いからそれを選ぶのでは駄目。選択肢はいつだって広がっている。

私はフェイトに、そんな視野の狭い教育を施した憶えはありません。


「母親としては、フェイトにはテスタロッサと名乗って欲しくないでしょう。

 実際、フェイト・ハラオウンと名乗るのが一番の最適解だと思います。

 ですが一人の親としての意見ならば、やはりフェイトがテスタロッサを名乗ってくれた方が断然嬉しいに決まっています。

 繋がりは必ずしも断たないといけない訳ではない。

 選ぶのはフェイトですよ。テスタロッサを名乗るも、名乗らないも。

 望むのなら、テスタロッサとハラオウンの苗字両方を取るのもいいでしょう」


少しの我が侭。今の親の愛テスタロッサ新しい幸せハラオウンも、どっちも取る。

フェイトは遠慮深いから・・・そんな、誰だって最初に思いつきそうな答えも考え付かない。

だからこんな選択肢もあるんだって、教える。


「どっちも・・・?」

「はい。どっちも」

「でも我が侭・・・だよね」

「ええ、我が侭です。ですが知っています? 我が侭を言うのは、子供の特権です。子供の我が侭を聞くのは、親の義務です」

「じゃあ、じゃあ・・・・・・フェイト・テスタロッサ・ハラオウン?」

「そうですね。ちょっと長いですが、そんな名前もいいと思いますよ」


私が頷いた途端、頬が赤らみ、隠し切れない興奮を表に出すフェイト。

余程嬉しいのでしょう。

この木の上へフェイトを連れて来て、初めて見れた彼女の笑顔。

その笑顔は、今まで見てきた彼女の笑顔の中でも、飛びきり最高に輝いていた。


「フェイト。きちんと選択肢は選びましたか?」

「うん」

「これから、フェイトはどうします?」

「えと、ね・・・まずはリンディさんに会って、養子になることを言う」

「はい」

「それで、その時にこう言うつもり。『リンディさんのことをリンディ母さんて呼びます。

 だけどプレシア母さんの事も、母さんって呼びたいです。いいですか?』って」

「もし駄目って言われたら?」

「お願いする。お願いしてお願いして・・・・・・それから、お願いする」

「お願いばっかりですね」


本当に、ただの子供みたいに言葉を続ける。計画なんて考えてない。

自分の考えがとても素敵なものに思えて・・・幸せな未来を夢見て自分の考えを話し続ける子供。

初めてですね、このようなフェイトは。これは・・・一種のトランス状態?


「いいでしょう。それで相手は承諾しました。じゃあ、次は?」

「次は母さんを探すの。探して、それから・・・・・・」

「それから?」

「・・・・・・それから・・・・・・」


赤みが差していた頬が元に戻り、浮かんでいた笑顔も消える。

根本的な問題を思い出し、一度冷静に戻ったようです。

フェイトが悩んでいたのは、どうしてプレシアが拒絶したのか。それと、プレシアと会って何を話せば良いのか。

前者は解決しても、後者はやはり解決していない。

いいえ、そもそも考えただけで解決するような問題でもない。


「そうそう。プレシアと会って何を話せばいいか分からない、との事でしたが・・・・・・・・・難しく考える必要はありません。

 行動を起こす際に一番大事なのは、何をするのか、ではありません。何をしたいのか、です」

「何をしたいのか?」

「そう。プレシアと会って、フェイトは何をしたいのか、です。

 フェイトはプレシアと会って、何をしたいのかを告げる。今はこれだけでいい」

「でも・・・」


フェイトの顔から不安が消えない。やっぱりこれだけの説得ではフェイトには踏み込みきれないでしょうか。

これが祐一のように一本芯が通った性格なら、このようなフォローも必要無しに自分から動いてしまうのですが。


「それでも不安が残りそうなフェイトの為に、出血大サービス。秘策を授けます」

「秘策?」

「そうです。逃げちゃいましょう」

「逃げるの?」

「そう。プレシアの目の前で心の内を言うだけ言ったら、背を向けて全力で逃げる。たったそれだけ。

 ついでだから、追いつけないように加速の魔法も使って。勿論フェイトには・・・簡単なことですよね?」

「・・・うん!」


再びフェイトに笑顔が戻った。

どうにも私は、必要以上にフォローをし過ぎたようで。フェイトの為なので仕方が無いとはいえ、これは問題でしょうか。

下手に口を滑らせれば、彼女の口から私の存在がプレシアにバレてしまうかもしれません。

・・・・・・・・・いえ、大丈夫でしょう。これまでもフェイトは私の存在をプレシアに話したことがありませんし。


「さあ、行動が決まりましたね。あとは課題をクリアするだけです。

 頑張ってくださいね、フェイト」

「うん、頑張る」


小さな手をグッと握り込み、精一杯の『頑張る』を表現する。

やはりフェイトには沈んだ顔は似合いません。いつも健気に頑張っている姿が、一番安心する。

フェイトは優秀です。私が出した課題は、必ずこなしてくる。それどころか、その先まで勉強していたりもする。

・・・大丈夫でしょう、フェイトなら。この程度の課題。

・・・・・・・・・そうでした。課題で一つ思い出したことがあります。

前回の課題のご褒美をまだ考えていませんでした。迂闊です。


「フェイト。バルディッシュを貸してください」

「バルディッシュ? どうして・・・?」

「自力でリインフォースまでたどり着けたら、ご褒美をあげる約束でしょう?」

「? ・・・・・・・・・あ」


随分前のことなので、フェイトもすっかりと忘れていた様子。

あれから色々ありましたし・・・ね。私も忘れていました。


「アリサ嬢を仲介し、更に祐一から彼女へ辿り着いたので自力とは少々違いますが・・・敢闘賞です」

「いいの?」

「いいんです。さ、バルディッシュを」


私の手の平に、ポケットから取り出されたバルディッシュが乗せられる。

それだけで理解した。

このバルディッシュ・・・私以外の者の手が加えられている。


「三日後、リインフォースを介して貴方に届くようにしておきます。

 フェイトも日々成長していますからね。この子が今のフェイトに合うよう、調整を施しておきましょう。

 それとフェイト。デバイスのメンテをする際には、リインフォースに渡してください。

 バルディッシュに限定して言えば、そこらのデバイスマスターよりは私の方がより細かにメンテが出来る」

「リインフォースさん? うん、分かった」

「私に会いたくなった時も、リインフォースに。訳あって念話が通じませんが、彼女からなら私にも伝わりますので」

「・・・・・・うん」


言葉を切り、次に何を言おうかと考え・・・・・・止めた。

秋子にも言われたことでしたね。私の欠点は、過保護すぎることです。

子供は、私が想像するよりずっと早く成長している。ならば成長した子供を信頼するのも、大人の義務。

手を伸ばしてフェイトを抱き寄せ、ゆっくりと頭を撫でる。今は言葉より、この方が良い。

ゆっくりと、ゆっくりと・・・慈しみを込めながら、撫でる。

プレシアの前で、少しでも勇気が萎まないように。そう願いをかけながら。

きっかり10秒後・・・


「じゃ、行ってらっしゃい、フェイト」

「・・・うん。ありがとう、リニス。行ってきます」


フェイトを離し、送り出す。

管理局員の前に出られない私は木の上から見送るだけしか出来ないけれど。

下におりて駆け出し・・・・・・一度だけ私を振り返った彼女に向けて、尻尾だけをフルフルと揺らす。

笑みをたたえて再び駆け出した彼女が振り返ることはない。

最後に一言だけ・・・


「頑張って下さいね、フェイト」


もう見えなくなったフェイトの背に向けて、そう激励を飛ばす。

ついでに・・・


「昔散々私の説得を無視したツケです。観念してくださいね、プレシア」


心底面白いことになるだろうプレシアの反応を想像し、思わず笑みをこぼして呟いた。









[8661] 空白期 第十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/11/16 18:13










木々がざわめく音で目が覚める。日の光が瞼へ落ちてくる。

ゆっくりと目を開ければ、視界いっぱいに広がるのは桃色の空。


「・・・・・・・・・ん・・・・・・」


桃色・・・桜色?

どっちなのかと考え、この木が桜であったことを思い出す。

桜か・・・。そういやお花見の最中だったっけな。

目覚めた直後には意識がハッキリしない程度に、寝入ってしまったらしい。


「・・・・・・んん?」


どういった経緯で、どう結論を出してこんな場所(硬い地面)で寝てしまっていたのだろうか。

寝起きでボヤけたままの頭で、それでも思い出そうと考え・・・・・・










「目が覚めましたか?」





すぐそばで誰かの声に、考えを中断する。

仰向けに寝込んだまま首を横に向け、声の主を確認する。

茶色の髪、青い瞳。・・・黒いドレス。まだ10歳程度であろう少女が、そこに座っていた。


「・・・・・・なのは?」

「・・・?」


コテンと首を傾げる少女は、名前を呼ばれたにも拘らず返事をしない。


「・・・いや、違う。誰だ?」


なのはと同じ顔だが、なのはより濃い髪の色と黒いドレス。下ろしているにも拘らず、肩口にまでしか届かない短い髪。

それと・・・空のように澄んだ、青の瞳。

微妙に違う。なのはじゃないのだろう。

第一少女の着るそれは、間違いなくバリアジャケット。

なのははバリアジャケットを随時展開、などという(魔力の)無駄使いはしない。

だから(多分)違う。

でも・・・だったら誰だっけ。

この子が俺を見つめる眼差しは、俺の事を知っていると物語っている。俺の知り合いにこんな子は・・・。

だけどこの少女、どこかで見たことあるような気がする。

なのはと容姿が似ているから、とかそんな単純な理由じゃなく、本当に見たことあるような・・・。


「目が覚めたばかりで、寝ぼけているのですか?

 いえ、縦しんば寝ぼけていたのだとしても、私のことは忘れて欲しくありません」


なのはと同じ声だったが、知らない響きに聞こえた気がした。いやいや、知らない響き方だ。

どちらかと言えば、なのはよりは無口な頃の舞が言葉を発していたようにも聞こえた気がする。

少し悲しそうに眼を伏せ・・・たのだろうけど、表情の変化が乏しくいまいち落ち込んでいるようには見えない。


「・・・よ。おはよ」


でも俺には、彼女が落ち込んでいるように見えた。

罪悪感を刺激された俺は適当に言葉を発し、無駄な足掻きと思いつつもささやかな時間稼ぎをして思い出そうとする。

記憶を必死で漁り・・・・・・思い出せないのではないかという不安も考え付かないほどあっさりと、該当する記憶を発見。

はて?


「おはようございます。私が誰か、思い出していただけましたか?」

「ああ、何とか」


ああ、そうだ。思い出した。こいつは・・・・・・


「・・・俺、どのくらい寝てた?」

「さあ? 私が貴方を見つけたときには、貴方はすでに眠っていましたから」


どうしてなのはと間違えたのだろうか。彼女がなのはである筈が無いのに。

当然舞とも違う。あいつほど無口な性格でもないし。

そもそも性格からして違うだろ。こいつは見た目以上に冷静沈着で凛としている子だが、なのははほぼ正反対で・・・・・・・・・





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あれ?」


なのは?

誰だっけ、それ。


「どうかしました?」

「いや、何でもない」


いかんいかん。完全に寝ぼけている。

知らない女の子の名前を頭の中で連呼してしまっていた。





恥を知れい!





もとい、恥ずかしい。話を逸らすことにしよう。

うむ、それがいい。


「始めるか」

「そうですね」

「他の皆は?」

「もう行きました。残るは私達だけです」


会話をしつつ体を起こす。

硬い地面に寝ていたので、体が凝り固まっている。


「なんだよ、淡白だなぁ皆。どうせ最後の花見なんだから、もっと楽しんでいけばよかったのに」

「お弁当だけは、しっかりと食していきましたよ」


腕や肩を軽く解すだけで心地の良い解放感が俺を取り巻く。

それがあんまりにも気持ちが良いものだから、軽く柔軟体操~。


「確かに――約一名除いて――名残惜しげに現世を悲しむ奴らじゃないが。それにしたって・・・なあ?」

「揃いも揃って、湿っぽい雰囲気が苦手な人物ですから」

「なら一言ぐらい別れの挨拶があってもいいと思わないか? 何だかんだで長い付き合いなんだし」

「私達がするには似合いませんよ、そんなもの。それに、それすらも思い出になりかねない」


それは・・・確かに。


「あの子達は素直ですからね。表面上はどうあれど、本心ではこれ以上の負担を貴方に強いる事に抵抗があるんです」


最後に両手を思い切り上へと伸ばして、ストレッチ終了。寝惚け思考もどこかへ飛んでいったようだ。すっきりした。

今現在俺が置かれている状況も理解した。完璧。

5年間お世話になったこの世界とオサラバして、もうすぐ俺は元の世界に戻るのだ。


「けどやっぱりショックだぞ、心配されるのが嬉しい反面。

 皆して俺のことを『ガタが来てるのに頑張るお爺ちゃん』的な扱いするだろ?」

「それも仕方の無い処置でしょう。

 実際問題、今現在の貴方の精神には『骨粗鬆症に侵されたご老人の骨』、それに相当する程の”記憶”が蓄積しています。

 これ以上の思い出を貴方が得ることは、非常に危険な行為です」


ひっ躓いてこけただけでポキッていく感じに限界までキているってことだな。面白い例え方をする。

うわっ。そう考えると俺ってばかなり危機的状況に陥っているよな。自分でも怖くなってきたぞ。

油断してたら大怪我のレベル。

ヤバいな。レッドゾーンを超えた先・・・クリムゾーンに入ったも同然か。クリムゾーンなんて無いが。


「無理が出来ると勘違いし、しかもここではそれが可能な分、途中でへたばってくれるご老人より性質が悪いと言えるでしょうね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前も随分と饒舌・・・つか、毒舌になったよな。

 昔のお前からしたら考えられないぞ」

「褒め言葉として、受け取っておきましょう」


冗談込めた皮肉すらサラリと流されてしまう。

昔はそんなんじゃなかったのに・・・。


「・・・なあ。お前ってさ、実は腹ん中真っ黒だったりするだろ?」

「お望みとあらば、今この場で掻っ捌いて中をお見せしますが?」

「止めてくれ」


年々この子には口で勝てなくなってきている。

この相沢祐一とあろう者が、俺の人生の半分も生きていない少女に手玉に取られるとは・・・。

屈辱。

だけど彼女が頭良い事は事実なのだ。

自身を「理を司る者」と象徴するだけあり、勤勉で貪欲に知識を求める。

俺がこれから被る危険にも逸早く感付いてくれたのも、そんな彼女のお陰だからな。心底感謝はしている。


「ふ~む・・・けど、本当にどうにもならんのか? 頑張れば案外、いけるかもだぞ?」

「頑張る、頑張らない以前の問題でしょう。貴方の身体が、人の身である以上は」

「・・・・・・わからないなぁ、その理屈」


何だかんだで、どうにでもなると思うんだが。

これまでだってその場その場でどうにかしてきた事は色々とある。

舞との別れ(まい実体化の夏)から、栞の病気対策から、他にも色々と。

今回も俺が頑張れば、どうにかなる可能性だって多少は・・・。


「そのような都合の良い展開は期待しない方が良いでしょうね」

「心を読むな」

「口に出していました」


俺の癖は肉体を離れている現在でも有効である。

うむ、やはり考えた事を口に出してしまうのは精神レベルの問題(癖)なのだな。

忘れてしまう以上無意味な知識だが、確認できたことで一時的な満足感が得られた。


「私も体験したことが無いので確かなことは言えませんが、きっと貴方が思う以上に大変な事になるのだと思いますよ。

 予測では・・・良くてこの世界で蓄積した”記憶”の一部が失われます」

「参考までに。悪くてどんな風になると思う?」

「下手をすれば・・・・・・この世界で過ごした全ての記憶の消滅、でしょうか。

 それこそ私達との出会いから、過ごした日々の全てを。完璧に脳内から抹消してしまうかもしれません」


うへぇ、そうなのか。

自分の肉体へと戻れば、”今の俺の記憶”から引き続いて記憶を積み重ねていきそうなものなんだが、

残念ながらそうはならないという現実を突きつけられてしまった。


「記憶の封印で済むならば御の字。記憶が消滅したとしても、それはそれで致し方ない」


おかしなもんだ。今現在俺はこうして全部を覚えている。

なのに元の世界に戻ったら、その瞬間に全ての思い出を忘れてしまう可能性すらあるらしい。


「お前はどうする? 俺が全部忘れたら。嫌か?」

「・・・・・・それはイヤですよ。私だけでなく、あの子達もイヤに決まっています。

 ですが仕方がないでしょう? ”私達と共に過ごした思い出”が貴方の身を脅かすのならば。

 ありえない情報量を詰め込まれた貴方の脳がそれに耐え切れず、

 戻った瞬間に過負荷で命尽きてポックリと・・・という超絶最悪な展開にならないだけ、幾分もマシです」


記憶って目に見えない物は、目に見えないだけであって、『脳内』でしっかりと記憶として憶えている。

現実の俺の肉体には”この世界で過ごした記憶”は、当然無い。そんな中いきなり経験を多く積んだ俺の意識が戻ると、

”記憶”という名の情報量が多すぎるせいで、戻った拍子に脳に多大な負担をかけてしまうんだとさ。

そこで脳は勝手に防衛本能を働かせ、記憶を封印・・・或いは削除してしまう、という原理らしい。

全部、独学で勉強して結論を出したこの子から聞かされた話だから、

どこまでが本当なのかはいまいち分かりかねてるんだが・・・そういうもんなんだってさ。


「でもまあ・・・いっか。仮に忘れたとしても、思い出せばいいだけだしな」


しかし不安になっていても仕方が無い。こんな時はポジティブに考える方が断然良い。

ネガティブも無意味とは言わない。どんな出来事も最悪を仮定していれば精神的ダメージが少ないからな。


「それはそうでしょうが・・・果たしてそう上手くいくでしょうか?

 一度忘れた記憶は、そうそう思い出せないかと・・・」

「思い出すぞ」


懐かしさと若干の寂しさを込めて思い出すのは、雪の町の記憶。

一人の女の子の死(現実には死んではいなかったが)によって、俺はその町の出来事の全てを忘れた。

楽しかった思い出も、そうじゃない思い出も全部。

頑なに思い出せなかった記憶も、町へと訪れた途端に徐々に思い出すようになっていた。


「何かで記憶を刺激されれば、思い出すこともあるかもしれない。・・・多分、俺なら思い出す」

「貴方にしては珍しく、自信満々ですね」

「前例がある。何とかなるさ」


空を見上げる。


「例えば今回。今二人でこうして一緒に話している、この瞬間を思い出すとしたら・・・・・・」


ぼんやりとした青(空)に映える桜。舞い落ちる花びら。

穏やかな陽気。桜の香りを運んでくる風。


「桜・・・かな。一面に広がるこの桜と同じような光景を見れば、思い出す。・・・・・・ような気がする」

「最後の最後に自信無さ気ですね」

「悪いな。笑ってくれて良いぞ」

「この場合の笑いとは、嘲笑、卑下、揶揄の類ですね。私には理解できません」


先ほどはついついノリで彼女を腹黒なんて言ってしまったが、実は彼女腹黒ではなく根っからの真面目人間。

だからこんな冗談に乗ってはくれない。

これが親友、北の文字を持つアイツあたりなら、腹抱えて思いっきり馬鹿笑いしてくれるんだが。

何だが懐かしいなぁ・・・北。

北と再び会えるのはいつだろうか。高校か?


「しかし現実世界にこのような場所、早々あるとも思えませんが? この場所とて、祐一が”想像によって創造”した場所。

 祐一も周囲が桜で包囲されている場所、現実世界では見たことは無いのでしょう?」

「見たことはないが、無い事も無い」

「例えば?」

「初音島」


昔、北の字が自慢げに語っていた旅行の土産話を思い出す。


「・・・・・・どこです?」

「瀬戸内海のどっかにある、桜が咲き誇る三日月形の島。

 一年中枯れない桜があるって噂だ」


家族揃っての連休に『枯れない桜』『延々と降り続く桜の花びら』等と観光スポットとして有名な初音島の桜を見に行ったら、

冬の寒い時期にも拘らず本当に満開だったって話だった。

北川もそんな事で一々嘘を言うような性格ではないし、雑誌やテレビでも散々取り上げられていた。

本当にあるのだろう。枯れない桜。満開に咲き誇る桜の木々。


「初音島って所なら、きっとこの場所と同じような光景も広がっている筈だ。

 何せ『森の木々は全て桜だった!』って興奮気味に聞かされたし。

 だからあそこなら、記憶を刺激・・・」

「ですが祐一? その島へと旅行へ行くご予定でもあるのですか?」

「・・・・・・・・・いや・・・無い」


妙案に思われた思い付きだが、一発で壁にぶち当たった。

これから先、俺が初音島へと旅行に行くことなど無い。それは(過去へと)戻る前で既に経験済み。


「戻った後、全ての記憶を忘れ去っている中で貴方が家族に『初音島へ行こう』と言い出す可能性は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 自慢じゃないが、無い」

「無理じゃないですか」


しかも極めつけは、初音島の桜は俺が中学2年生の時期になると”異常気象により”しばらく枯れてしまうのだ。

つまりタイムリミットは、3年以内。それまでに旅行に行く可能性? ゼロだ。

まあ桜はすぐに復活するんだけど。北川が旅行に行った年(高校二年の三学期)には、もう復活してたし。


「現状ではこの日の記憶に対して打つ手無し、ですね。

 一応、期待せずに待っておきます。思い出してもらえる日を」

「うぐぅ・・・」


ちくしょう。悔しい。

思い出すと楽観はしていても、忘れたくない記憶を忘れてしまうかもしれない自分にはやはり腹が立つ。

腹を立てるだけ無駄な行為だけどな。










・・・・・・・・・っと。これで大体終わったな。

二人とも”打ち合わせ通り”に喋った。問題も無い。

あ゛~・・・長かった。疲れた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祐一?」

「ん?」

「今更このような事を聞くのもアレなのですが・・・・・・何故この会話を再び?」


このような会話とは、俺の目が覚めて「始めるか」と言った後から、今現在までで交わしたこの会話の事を指す。

彼女が再びと言った理由は、以前にも同じ内容の話をした事があるから。

つまりこれらの会話は、以前にも交わした事のある会話であるということだ。完璧に同じじゃなく、大まかに同じなだけだが。


「んー・・・未来の俺に向けて、な。思い出すとしたら、この瞬間の出来事を真っ先に思い出すような気がしたから。

 結構詰め込んだから、逆に混乱しなけりゃいいんだけど・・・」

「思い出すという根拠があるのですか?」

「勘」

「・・・・・・・・・はあ・・・そうですか」


最初は5人全員が揃っていた時に交わした会話だったもの。

それを2人だけで再現しないといけないから、話の内容はかなり改変している。これはもう仕方ない。

”未来の俺”が疑問に思いそうな事は極力会話の中にヒントも残した。

俺の内心までをも可能な限り”俺”に伝わりそうに演技したし、思い出せば少しは事情を察してくれるだろう。

内心まで回想できるかどうかは甚だ疑問ではあるけど。


「さて・・・と。もうそろそろ俺達もそろそろ行くか」

「はい」


やるだけの事は一応しておいたし、後は未来の俺が何とかするだろう。


「一応訊いておくが、やり残したことは無いか?

 つっても、向こうに持っていけるものなんて思い出以外に何も無いが・・・」

「そうですね・・・・・・。ところで・・・なのは、とは誰のことです? さっき私の事を見て、そう呼んでいましたよね」

「ん、そうだったか?」

「はい」


はて? 起きた時に彼女と間違えた『なのは』という少女は誰のことだろうか?

寝起きのその瞬間には『なのは』という少女のことを知っていたような気がする。寝惚けたにしてはちょっと変だよな。

ふと頭をよぎった疑問。『なのは』という少女に俺は心当たりが無い。

・・・・・・ううむ、謎だ。


「・・・・・・・・・忘れた。気にするな」

「・・・分かりました」


もしや・・・・・・・・・この場にいる俺は既に、『思い出の中を回想している俺』なのか?

だとしたら良い兆候だよな。他の事散々思い出した挙句のコレだったら、むなしいだけだが。

などと考えながら立ち上がろうと、腰を上げる。

だが中腰という力も入りにくい中途半端な格好になった瞬間、腕を下に引っ張られた。


「っつ!」


勢い良く、再び地面へと腰を下ろす羽目になった俺。

間髪容れずに、膝の上に何か質量のある『何か』が覆い被さってきた。

痛めた腰を撫でる間もない。


「・・・・・・・・・何すんだよ」

「最後の心残りを思い出しました」


図々しくも俺の脚の上でそう述べてきた。

横から俺の太股の上へ乗っかってきた少女。

俺より更に小さな体だけあり、やはり体温は高い。


「アリシア達が度々貴方の足の上で寝転んでいる姿を目撃していましたので。どのようなものなのか、と気になりまして」

「想像より良いものじゃないだろ?」


足にうつ伏せで覆いかぶさって入るが、膝枕・・・とは少々違う。

どちらかと言えば、兄にじゃれ付いてきている妹の図を髣髴とさせるものだ。

アリシア、他2人はこうしているのが好きだったので、足に乗られて動けなくなることがしばしばあった。

ただ体勢的に考えて、決して楽な姿勢ではないと思うんだよな、俺は。

彼女は甘えてくるような性格じゃないので、一度もこの体勢をした憶えが無い。


「そうですね。別にどうということも・・・・・・」


否定の言葉を述べる途中で、彼女の言葉が止まった。

どうしたのだろうかと様子を見てみるも、目を瞑っているだけで特に変わった様子も無い。


「いえ。そうでもありませんね」


と思ったら、突然喋りだした。

しかも今さっき良いかけたのとは真逆の言葉。


「そうなのか?」

「ええ」

「ふ~ん? どんな風に?」


何が良いのか全く分からないのでそう質問した俺だったが、しばらく待っても答えは返ってこない。

寝ているのだろうかとも思ったが、彼女はそこまで猛烈に寝つきが良いタイプじゃないのでそれは無いだろうと否定する。

頬をぷにぷにと突っついたり、いつもは嫌がる頭を撫でる行為をしても何の反応も返さない。

頭を撫でても反応しないとは・・・・・・。俺らすぐに行くもんとばかり思ってたけど、しばらくはこのままか。

手持ち無沙汰で途方に暮れる。

答えなど返ってこないだろうと期待もしていなかった中・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に小さな声でポツリと、呟かれた。







「祐一は・・・あたたかいです・・・」












[8661] 空白期 第十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:d4ea29d9
Date: 2010/11/18 21:45







「・・・・・・おばっ・・・・ご・・ぐふっ」


奇奇怪怪な言葉が口から零れ出した。

腹を押さえられている様な息苦しさ。そこ(腹の上)に質量のある物質を意識し、それに伴いゆっくりと目を開ける。

桜の木々に遮られて日の光は弱く、本来なら目が覚めるほど眩しくはない。


「・・・・・・ぅ・・・ん・・・?」


ボーっと、空を眺める。

まずは一つずつ、問題を整理していこう。


問・今日は何の日だ?

解・アリサのお誘いで開催されているお花見会の日。


問・俺は今まで何をしていた?

解・寝ていた。


問・腹の所で感じる違和感の正体は?

解・不明。何かが腹の上に乗せられている模様。


問・さっき隣で会話していた少女は何だ?

解・知らん。


問・俺が見ていたモノは・・・?

解・―――――夢―――――。


夢うつつな中でも冷静に、己の状況を正確に把握する。

俺が見ていたモノは夢。

そう自分で理解し、同時に単なる夢ではないことも理解して、俺は最上級のため息を吐く。


「はぁ~~・・・変な夢」



『祐一は・・・あたたかいです・・・』



小っ恥ずかしい。見知らぬ少女からそんな事を言われて、不覚にも照れてしまった。

恥ずかしさを紛らわせる為と腹に乗っているモノの確認の為に体を起こそうとする。

物理的な何かが乗っかっている。それは確かだ。

この質量だと、アリシア辺りが乗っている、と思うのが妥当だろうか。


「・・・・・・む?」


右手を地面に付いて上体を起こそうと思ったら、右手が動かない。痺れている。


「・・・・・・ぬ」


左手を地面に付いて上体を起こそうと思ったら、左手も動かない。完全に麻痺している。

オマケで足も動かそうとしてみたが、思うように動かない。

がっちりホールド。

どこぞの特撮ヒーローモノでは、悪の組織に捕らえられ、人体改造の手術でも受けさせられてるシーンがこんな感じか?

俺はまさかんなことにはなってないだろうと首を動かし、俺を拘束している何かがある右方向を見る。


「・・・くぅ・・・くぅ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


正面。距離、約5cm。吐息もかかりそうな超至近距離で、見知った少女が安らかな寝息を立てて眠っていた。

亜麻色の髪に赤いカチューシャ。月の文字が付く苗字に魚の名前。

自分をボクと呼ぶ一見小学生・・・もとい、正真正銘の小学生。

お互いにまだ子供とはいえ、思春期も間近なこの年頃に男子の隣でよくもまあこんな無防備に眠れるもんだ。

続いて左を見てみる。

こっちは水の苗字に雪の名前。俺の従兄妹様。

く~く~と寝息を立てながらしかも上下逆さま(俺の頭の方向に名雪の体がある)で、こちらも俺の腕を枕にしている。

お互いにまだ子供とはいえ、思春期も間近なこの年頃に男子の隣で・・・いや、名雪に関してはもはや何も言うまい。

どうして彼女達がここにいるのか。どうして俺の腕を枕にしているのか。

どうして腕だけじゃなく足までも動かないのか他の皆はどこにいるのかなどなど疑問は色々湧き上がるが。


「なんだ、夢か。・・・寝よ」


結局コレは夢だと結論付けた。

電車で移動しても2時間以上かかるんだぞ? いくらなんでも距離がある。こんな所にいる筈が無い。

夢の中で眠りに着くというやや混乱を来しそうな行為だとは分かりつつも、俺は夢の中で再び眠りに着いた。



































「で?」










「で? ・・・って?」

「これどんな状況?」

「お昼寝タイムだね」

「なんで祐一さん達がわたし達の秘密の場所で寝てるの?

 折角フェイトとはやてとついでにアリシアもわたし達の特等席に案内したのに、もう占領されてるじゃない」

「早い者勝ちだもん。仕方がないよ」

「佐祐理お姉さんまで一緒になって・・・。も~、着いたんなら連絡ぐらいしてくれてもいいのに。

 そんなに祐一さんを優先? 小さな頃から育んできた姉妹の絆と呼んでも差し障りのない友情は、恋に劣るっていうの?」

「アリサちゃん、最近ピリピリしてばっかりだよね?」

「佐祐理お姉さんとはわたしの方が付き合い長いのに、わたしを除け者にして二人仲良くしてるのが気に食わないわ」

「お姉ちゃん子だね、アリサちゃん」


目の前に広がるのは、私たちが特等席と呼んでいる、桜を眼下に見渡せる眺めのとても良い場所。

丁度そこを見渡すのに最適な場所で寝転がっている、私よりちょっとだけ年上な子が約10人ほど。

名前は・・・・・・会ったのが一度だけだし、ちょっと思い出せないけど。だけど見覚えはある。

リインフォースさんを探しに行った町で知り合った、祐一君のお友達。

その祐一君を中央に、傍で雑魚寝や、祐一君の体のどこかしらを枕代わりにして眠っている女の子が大勢。


「みんなで雑魚寝・・・気持ち良さそうだね」

「一転してハーレムよね、コレ」


さっきから会話をしているのはアリサちゃんとすずかちゃんだけ。

私とフェイトちゃんとザフィーラに乗ったはやてちゃんはその横で、

どうしたものかと思ってこの状況を観察している。アリシアちゃんは平然としてるけど。

ところで・・・はーれむって?


「え~と・・・それじゃあ、どうする? お花見会場に戻る?」

「それはそれで癪。元々わたし達の特等席だったのに」

「あ♪ だったら、とってもいい考えがあるよ」


アリシアちゃんは楽しそうにそう言い、ぴょんぴょんと女の子同士の隙間を飛び越えながら祐一君に近づく。

祐一君に寄りかかって寝ている女の子の内の一人(黒髪のボブカット)を少しだけ移動させて、スペースを作った。

そしてその出来たスペースに・・・。


「ちょっ・・・!」


アリシアちゃんは人差し指を口元に持ってきて、アリサちゃんへ『静かに』とジェスチャーする。

次に手招きをした後、コテンと横になった。・・・他の皆と同じように、祐一君を枕代わりにして。

あぁ・・・何となく分かった。皆で一緒に寝ようってことだね。


「いいんじゃないかな? 参加しよう、アリサちゃん」

「す、すずか?!」


すかさずそれに便乗し、すずかちゃんも祐一君へと接近する。

アリシアちゃんとは反対側(祐一君の右側)で、アリシアちゃんと同じように人をずらして出来たスペースに割り込む。

普段のすずかちゃんからすれば信じられないような積極さだった。


「どうするの? アリサ」

「どうするって・・・」


フェイトちゃんの疑問に、アリサちゃんは即答しかねている。

私は・・・・・・なりゆき任せで黙ってよ。うん。


「折角お花見に来たのに寝て過ごすって、な~んか・・・・・・ねえ?」

「そっかな?」

「勿体無くない?」

「天気もいいし、お昼寝するのも気持ちがいいと思うよ」

「・・・そりゃそうでしょうけど・・・。ほら、抵抗感無い? 祐一さんも一応男子だし・・・」

「それがどうかしたの?」


妙に歯切れ悪く遠回しな物言いなアリサちゃんに、フェイトちゃんは本心のままに言葉を返している。

その後も「あ~」だの「う~」だのと唸り声を上げるアリサちゃん。

『言いたい事が言葉に出来なくてじれったい・・・』

今のアリサちゃんを言葉で表現するなら、そんな感じになるのかな。







で、最終的には・・・


「・・・・・・はぁ。なんか・・・ありもしない周りの目を気にして複雑に考えても、無駄な気がしてきたわ」

「?」

「いいわ、寝ましょ。皆で」

「そっか・・・」


諦めたようだった。葛藤は断ったらしい。

アリサちゃんは迷い無く、さ・・・さゆり(?)お姉さんの所へと歩いていく。

私は・・・・・・どうせだから・・・。


「フェイトちゃん、はやてちゃん。どこでお昼寝する?」

「せやなぁ。適当な場所探さなあかんかな」

「うん・・・と・・・。アリシア姉さんの隣で・・・かな」

「そっか。私は祐一君の傍にするね」


別れて、目的の場所へと近づく。

・・・アリシアちゃんは半分ぐらい祐一君の上に乗っかって寝ているから(残りの半分にまいちゃん)、

フェイトちゃんがアリシアちゃんの近くで寝るなら、お互いの距離は2メートルも離れてないね。

隙間を見つけて、そこでポテンと横になる。丁度頭の部分に、祐一君の膝があった。

うん、良い感じ。


「なんや知らん人がぎょうさん・・・」


寝転びながらも、声は聞こえてくる。

そういえば・・・はやてちゃんは全く面識無いんだよね、ここの人たちとは。

リインフォースさん連れて先に帰っちゃったし。


「あ、あ? この赤毛のお姉さんて・・・」

「どうかした? はやて」

「この狐抱いて寝てるお姉さん、もしかせんでも、前会ったことある人やろ?」

「・・・う~ん? ・・・塩さん? あれ、未使用さん? 何だったかな。凪さん・・・は違った気がするけど。

 茶店の出入り口で会った子だとは思うよ」

「せや、やっぱ間違いない。私、こん人の近くで寝るわ」


はやてちゃんは見知った人の傍にしたみたい。

顔だけ上げて見ればザフィーラから意気揚々と滑り降りて、そのままザフィーラを布団代わりにしていた。

フェイトちゃんも宣言通りにアリシアちゃんの傍で横になる。

動く人が居なくなって、急に静かになった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


風は止んでる。ただ日差しだけがポカポカと温もりを運んでくれる。

横になるまでは無かったけど、寝転ぶと途端に心地良い微睡みが来る。

目を瞑れば、数分と待たなくても眠れそう。


あったかいなぁ・・・。


どうしてこんなにあったかいのか。

日差しは勿論あったかいんだけど、それとは別に何か温かく感じる要素があるような気がする。

なんだろ・・・?

目を瞑って、体の力を抜く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・そっか。





(祐一君だ・・・)





祐一君があったかいから、皆祐一君の傍に集まる。

どうして祐一君の周りにばかり人が集まるのか、ようやく理解した気がする。

その発見を最後に、私の意識は心地良い闇に包まれていった。






























夕方。



「ぐぅおおおっぬおおおおおっ」


祐一は全身枕にされたせいで、腕とか足の感覚が無くなっていた。だから皆が起き出すまで完全に寝ていたらしいんだけど。

起きた後は体が動かず、次第に感覚が戻り、大の字ので寝転んだまま猛烈な痺れと苦痛で悶絶している祐一君。

あんまりにも苦しそうなので、申し訳ない気持ちになる。

え~っと・・・・・・ゴメンね?


「謝ってすむかーーー!!」


ゴメンってば。












[8661] 空白期 第十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/11/18 22:21










セミが鳴くにはまだ早いが、そろそろアイスが美味しくなり出す時期。学校が終わったある平日の日。

フェイトがリンディさんの娘になったので、そろそろ母さんもはやてに養子縁組でも持ち掛けそうな今日この頃。

端午の節句も恙無く過ぎ去った―――――、と、言い方は色々と思い浮かぶ。が、要するに一言。

とある日。


「ヴィータと仲直りがしたい?」

「はい」


リインが一言の相談を持ちかけてきた。




















「だとさ」

「は?」

「だから、だとさ」

「出会い頭『だとさ』って・・・・・・意味わかんねーよ」

「分かれ」

「無理だっつーの!」


念話なるものに挑戦しながらリビングでアイスを食べ寛いでいるヴィータに話しかけたが、やはり無理だった。

皆どうやって使ってるんだ? 念話。

そう疑問を抱きながらも、出来ないもんはしょうがないので口頭で説明をした。

曰く、リインが仲直りをしたいと言っているという事を。


「・・・別に、仲が悪いわけじゃねーよ」

「ならどうしてリインがそんな相談持ちかけたんだ?」

「知るか。ほっとけよ」


不機嫌な面してアイス片手に離れていくヴィータ。

ううむ、どうやらこれは・・・ミッションに失敗したようだな。




















「以上。報告終わり」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「じゃ、そゆことで」

「待ってくださいっ!」


背を向け歩き出そうとしたら襟元をふん捕まれた。

近頃のリインは随分と行動派である。


「・・・・・・祐一。冗談・・・ですよね?」

「無論」


本気だったさ。

と心の中で付け足しておく。

非情と言うな。他人の喧嘩に巻き込まれたいと思う人間は絶滅危惧種だ。

女の喧嘩は猫も素知らぬ顔して昼寝するんだからな!

だが見捨てられそうで不安な表情をしたリイン残して素知らぬ顔で昼寝は出来ない。頑張るしかないか。


「ま~・・・あれだ。何はともあれ、まずは事情を説明してくれ。俺は部外者ゆえに、状況が解らん」

「説明・・・ですか」

「さっきは情報がまるで無かったからな。

 普通の喧嘩なら、リインかヴィータが謝れば済むだろうが・・・・・・そんな単純な喧嘩でもないだろ?」

「それは・・・・・・・・・はい」

「てなわけで、説明してくれ。いつ頃から喧嘩しているのか。どんな喧嘩をしたのか。

 ヴィータは何に不機嫌になっているのか。リインが何に悩んでいるのか。

 ヴィータの内心、リインの内心、喧嘩の理由。そんな所を頼む。

 俺は母さんほど万能じゃないから、ツーカーで理解してくれと言われても無理だ。

 ちゃんと筋道立てて頼むぞ。じゃないと対策も立てられん」

「・・・・・・・・つーかー?」


・・・? あ~、そうかそうか。

リインはツーカーの仲という単語を知らないのか。

母さんは確か・・・外で洗濯物干してたっけな。


「母さ~ん、ちょっと来てくれ~!」

「はいは~い、ちょっと待ってね~!」


不思議そうな顔してるリインと待つこと2秒後、母さんはリビングへと足を踏み入れた。

早い。瞬間移動か?


「なに? 祐一」

「つー」

「かー。リインフォースさん、何か困ったことがあったら、遠慮無く言ってくれていいからね?

 大丈夫。仲直りしたいって気持ちを持ち続ければ、必ずヴィータちゃんに届くから」

「とまあ、これがツーカーの仲というやつだ。それじゃ母さん、ありがと」

「これだけ? どういたしまして」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


(何故でしょう。私の中の何かが、これはどこか決定的に違うと訴えかけてきます・・・)


「じゃ、リインの疑問を解消したところで。理由、教えてくれるか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は、はあ・・・・・・・・・・・・」


微妙に納得できていなさそうな顔のリインからどうにか事情を聞き出し、状況把握に努める。

なるほどなるほど。

夜天の魔導書が闇の書と呼ばれていた遥か昔。

戦争を頑張っていたヴォルケンズ、その頃イライラしていたヴィータと何かと仲違いしてしまって。

その関係を今でも少し引き摺っていて?


「んで、ヴィータは何かとリインを避けて、リインもヴィータにどう接すれば良いのか分からない、と」

「はい」


ううむ、大体は理解した。

仲が悪い・・・というより、お互いにどう接すれば良いのか距離を測りかねている、と言った方が正しいか。

そんで、仲裁を俺に頼みたいとな。

普段からあまり目を合わさない二人だな~とか思っていたが、まさかそれに理由があったとは。

数百年越しの仲違いとはな・・・。やれやれだ。


「なあ。一つ聞いても良いか?」

「はい?」

「どうして俺に頼る? はやてとか、俺の母さんとか、俺より適任及び頼りになる人材居るじゃないか」

「それは、その・・・・・・」

「その?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある人物に、この類は祐一が一番適任だと言われましたので・・・・・・・・・」


ふ~む、『この類』が何を意味するのか今一理解し難いが、明確に”俺”を指定した上で頼っているって事で良いんだよな?

よし、頑張ろう。母さんほど手際良くは出来ないだろうが、俺なりの努力で。

だけど誰だ? 俺を推したヤツって・・・。










疑問は解けていないが、何もしなければ時間は無駄に消費する。俺は準備を始めた。

数日かけてじっくりと計画を練った後に、作戦遂行には俺一人の知識だけじゃ限界があると判断し、

プレシアさんの全面協力すらをも得て。文字通り、寝る間も惜しまずに頑張った。

リインの望み通を叶える為、試行錯誤を繰り返しに繰り返した。

結果が出たのは・・・・・・リインの望みを聞いてから、2週間後の事だった。




















―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―





舞台は簡潔に、リインが闇の書のプログラムの殆どを切り離し、どうにかこうにか生き延びているという世界での出来事。

リインが俺と出会う前に分岐した、全く別の歴史の流れ。

この世界では俺はなのは達と知り合いではないし、勿論リインとも関わりを持っていない。

要するに、そんな平行世界の話。



闇の書の残滓が活動を開始し、それをヴィータ含めたヴォルケンリッターやなのは達が鎮圧するという事件の一部始終。

その世界のヴィータは・・・・・・


「ヴィータ・・・・・・その・・・・・・今日も、よい天気だな・・・?」

「ああ」


やっぱり素直じゃない性格をしている。リインも当然、ぎこちないまま。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・ええと・・・・・・」

「いいよ。話す事ねーんなら、無理してしゃべんなくて」


幾度か言葉のやり取りを交わしても、長続きしない。

長続きするのは、お互いの沈黙だけ。

リインもヴィータも相変わらずで、こちらの二人と何も違いが見えない。

そんな二人の沈黙を破ったのは、一つの通信。

リンディさんからの連絡により、ヴィータはベルカ式結界の調査に向かうことになる。


「しつけえな。おめーは家でボーっとしてろっつうの」


客観的に観察してみれば、ヴィータのぶっきら棒な言葉の裏には、

リインに対する気遣いが垣間見えているように思える。

単独で海鳴市の上空を飛び回り、


「ごめん。あなたが誰か判らない。どこかで会った?」


残滓によって作り出された仲間(偽者)と会い・・・少しずつ見えてきた、張られていた結界の理由。

闇の書の欠片が引き起こしている異常。


「面白ェ! いつかのリベンジ、してやっか!?」


そして戦う。ヴィータ曰く、戦いの内容は思いっきりヌルいモノだったらしいが。


「来たって役に立たねーんだから、はやてについて家にいろ! シグナム達に出てもらうから!」


自身も出ると言うリインを刺々しい言葉で気遣いながら、


「復讐がしてーなら、かかってこい!」


仲間であるはずの人間から憎しみの感情を向けられたり、


「なんだよ、ホンモノか! 言えよ、もう!」


時には・・・間違えて本物の仲間と戦ってしまうというお茶目をやらかしたり。


「おめーの『ドーン』は、ガチすぎるっつうの」


どうにも緊張感の無いやり取りもあった。

相手が相手だから、これはしょうがないとは思うが。


「てめェも! いつまでもあたしの視界に入ってんじゃねェよッ!」

「・・・・・・我ながらムチャクチャ言うな、お前」

「うるせぇッ! どかねーんなら、ブッ潰してどかしてやらぁ!!」


あと面白いことに、同一人物同士の戦いというものも拝めたりもした。

一度だけ・・・


「力が・・・・・・もっと強い力が、この手に揃えば・・・・・・!」


意味不明な謎の人物も出てきたが、これはまあ・・・なんだな。気にしたら負けだな。

ここで一番大事なのはそこではなく、要するに。


「祝福の風の事は、鉄槌の騎士が守ってやる! だから、リインフォース!

 ちゃんと生きて・・・・・・笑ってろよ・・・・・・」


ヴィータの本心が、露にされたことだろう。

悲鳴のように叫びながら、それでも必死にリインを説得するヴィータの涙。

一連の事件で起きた、これこそが本当に大切な出来事。


「あたしに・・・・・・『今までゴメン』って、言わせてくれよ・・・・・・」


こちらでは謝る切っ掛けさえ掴めていないヴィータの・・・・・・本当の気持ち。

闇の書の残滓が活動したことよりも、もっともっと重大で・・・大切な・・・・・・・・・・・・・・・・・・





―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―















空中に半透明のテレビ画面のような物。魔導師語で訳すと、『空間モニター』。

何も無い場所に手を翳し、これを消す。最近俺もこれを操作できるようになった。感覚的にはテレビを操作するのに似てる。


「う~ん・・・・・・出来たは出来たが、コレは・・・・・・」

≪こんなもの見せたら、あの幼女が持つハンマーで光にされてしまうかもしれませんよ≫

「光にはならんだろうが、代わりに床に『血溜り』という名の真っ赤な花が咲くかもしれんな」

「貴方達・・・もっと感動したらどうなの?」


徹夜明けの作業が響いているのか、突っ込みを入れるプレシアさんの声に覇気は無い。

たった今まで空間モニターに流れていた映像。それは俺が考案し、プレシアさんと協力して作り、

偶発の連続で完成した・・・奇跡の産物。

平行世界をモニターに映し出すシステム。平行世界の観察機。


「そりゃ感動と言えば感動ですよ。ランナーを進めようと思って盗塁狙いでボールをバットにヒットさせたら、

 何とランニングホームラン出ました! みたいな結果の産物ですからね、コレ」

≪異世界人間には無意味に分かり辛い例えですね、マスター≫


プレシアさんに日本の文化、野球は分かり辛いのだろうか?

・・・・・・そういやプレシアさんはスポーツに全く無関心な人間だったっけな。

いかんいかん。どうにも自分の知識は相手も知っているという前提で話してしまうな。

相手が必ずしも自分と同じ知識を共有しているとは限らない。注意せねば。


「それにしても、よくもまぁ・・・こんな物を完成させたわね」

「自分でもビックリです」

「8割方私の協力があるとはいえ、とんでもない代物よ、コレ。

 仮にミッドチルダの学会で披露すれば、歴史に名を残す偉業。その後は栄光に彩られた人生を歩めるでしょうね」

「へ~」

「・・・・・・興味無いの?」


全く以て興味が無い。俺はリインとヴィータの仲違いを無くす為にコレを作っただけだし。


「そうですねぇ。平行世界の俺が、今日の朝食何を食べたのか気になる程度には興味ありますよ」

「・・・・・・・・・疲れが・・・・・・・・・」


額に手を当てフラリとよろけるプレシアさん。

寝不足が祟っているのだろう。本格的に足元が覚束無い。


「プレシアさん。ちょっと独り善がりなお願いがあります」

「・・・なに?」

「この2週間、全力で完成に携わってくれたプレシアさんには大変申し訳ない気もするんですが・・・・・・

 このシステム。一度使用した後は、完成したコレも含めて・・・設計する際に使用したデータごと全てを抹消したいと思います」

「そう。好きになさい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


2週間。血も涙も流れていないが、努力という名の汗の結晶は流れた。

「8割方手伝った」と仰っていたので多少の抵抗か愚痴程度は覚悟していたというのに、ご本人は至極あっさりしたもの。

いいのか? 自分の作品なのにこんなに無関心で。究極の一品の筈なのに。


「そのシステムは祐一の物、元より口を挟むつもりはないわ。私には無用の長物でもあるし。

 ・・・・・・私はこれから休ませてもらうから、消去するならお好きにどうぞ。

 流石に疲れたわ・・・」


長~~い欠伸を一度だけして、部屋を出て自室へと戻ってしまったプレシアさん。

一人部屋に取り残された俺は反応に困った。

拍子抜けした、とはこのことを言うのか。


≪・・・・・・マスター、マスター≫

「・・・ん?」

≪消去する前に、どうせならそのIFの世界の”彼女達”の結末、見てみます?≫


あえて特定の誰かを指定せずに話される言葉に、それでも俺には”彼女達”が誰のことだか一瞬で分かってしまう。

やっぱりそんだけ強く、俺の心の中では今でも彼女達が根強く残っているんだなと再確認、うむ。

レイクからの提案は、死ぬほど魅力的であり、俺が真っ先に考え付いた使用方法でもあるしな。

でも・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいや。見たいけど、見たくない」


コレを使えば、もしかしたら生きていた彼女達が、その後も幸せな人生を歩んでいる世界を見ることも出来るかもしれない。

魔法と全く関わりの無い頃の俺が、彼女達と生きていく世界を発見できるかもしれない。

それは駄目だ、色々と。


「第一俺がコレを消去したいのはそれが原因だ。手元に持っていたら、どうあっても見てしまいそうだしな」

≪だと思いました。まあ、誰だって見たいですよね。もしもあの時こうしていれば、どんな結果になっていたのか≫

「けど見たら絶対、死ぬほど後悔する。あの時こうしていれば、彼女達は助かったかもしれないのに・・・って、な。

 冗談じゃないぞ」

≪そうですね・・・。過去を振り返り、悶絶してしまうこと請け合いでしょう≫


IFの世界なんか見れても、碌な事が無い。『あの時こうしていれば良かった』と無駄に後悔を生み出すだけ。

だから消す。コレは飽く迄リインとヴィータを仲直りさせる為の切っ掛けとしてしか使わない。

それでいい。それ以上は望むまい。

第一んなことして本当に後悔しようもんなら、俺が救った彼女達に対しての侮蔑になる気がしてならない。

皆を拗ねた膨れっ面にさせるのは勘弁だ。


≪マスターが魔法に目覚めず私と出会わなかった場合の世界。気にはなるんですけどねぇ~私は≫

「我慢しとけ。二人を仲直りさせるお膳立てが調ったんだ。今はそっちに集中しよう」

≪まあいいですけど。では残る作業は、お二方が揃っている時にこの映像を流すだけ、ですね≫

「はやてにヴィータの休みの日程、聞いてこようか」

≪念の為に頑丈なヘルメットも用意しましょうね、マスター≫


楽しくレイクと計画を立てながら、部屋を出る。

死ぬほど恥ずかしいだろうな~、ヴィータ。

身に覚えが無い恥ずかしい台詞を、モニターの中の自分が必死に叫んでいる様を見せつけられるんだから。

コレを見せた後、多分ヴィータは俺をハンマーで殴って逃走するだろう。

だが、それでいい。切っ掛け一つで、きっと変われる。その為なら脳天にハンマーの一つや二つ、甘んじて受けよう。

リインにコレを見れば、きっともっと自然にヴィータに接することが出来るようになる筈。

なんせ本人から直接ではないとはいえ、ヴィータ自身の紛れも無い本心だ。嬉しいだろう。

それが終われば、残るは・・・・・・データの全消去。

これでミッションコンプリート。後の問題は本人達が解決すべきことで、それすらほぼ結末は見えている。

うむ、完璧。

階段を下り、リビングに入ったところで、キッチンで母さんと一緒に夕飯の仕込をしているリインを見つける。


「リイ~ン。吉報だぞ~」


ハムスターの柄がプリントされたエプロンを身に纏い、調理の間は邪魔にならないように髪をポニーテールにしているリイン。

振り向きざま、ゴムで一つに纏められている長い銀髪が揺れる。

まさにポニー。しかし俺はポニーに猛烈な萌え感情を有しているわけじゃないので、そこんところ要注意。

近頃リインが意外と可愛い物好きという事に気がついた。ハムスターのエプロンがお気に入りだし。

その内可愛い動物の置物でもプレゼントしてみるかな。


「なんですか? 祐一」


ふっふっふっ。喜色満面とはいかずとも、驚き喜ぶリインの笑顔が目に浮かぶようだ。





「聞いて驚け。時間はかかったが、ついに・・・・・・!」












[8661] 空白期 第十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/11/19 20:49










「はああぁぁぁ!!」

「くっ!」


炎で纏われている剣の一薙ぎを辛うじて躱す。

実践で踏んでいる場数の違いかな。やっぱり相手の方がまだまだ強い。

それでも負けじと反撃をする。


「やっ!」


至近距離からのハーケンスラッシュ。魔力を込めての防御貫通攻撃。


「ふっ!」


けど向こうも反撃を読んでいたのか、私と違い危なげなく躱す。

刀身から衝撃波を打ち出してくる。

威力は彼女の使う他の魔法と比べると一段劣るけど、それでも当たればダメージは食らう。





だけどコレは私も当たるとは思っていない。本命は次の攻撃。

カードリッジがロードされ、爆発的に増える魔力。その魔力を駆使し、私は瞬間的な速度を増幅させる。

魔法を使い、相手の背後に回り・・・・・・・・・この相手にはそんな小手先は通用しないと考えを改める。

一旦背後に回った後に再び正面に回りこみ直して、正面から突っ込む。

攻撃にタイムラグは出来ちゃったけど、この時間差は逆に相手の意表を突けるはず!


「なっ!」


予測通りに意表を突けたのか、背後へ振り向こうとしている途中の相手にほんの僅かな隙が。

けど私の姿を見られた。また正面へ向き直るまで、時間が無い。

ここで外すわわけにはいかない。この相手が隙を見せることなんて、早々無い。

確実に決める。だけど大振りな一撃じゃきっと躱される。だから、最小の一撃で。最速の一撃で。


「はぁっ!」


いつもなら、感覚的にこの位置が攻撃に適した・・・同時に、相手の行動に対応できる最適の場所だと理解できる。

だけど今日は、あと一歩。・・・・・・もう一歩だけ、踏み込む。

相手の反撃を警戒しての加減された一撃より、私の全てを注ぎ込んだ一撃。

私の・・・いつもよりも前に出、繰り出された一閃は・・・・・・


「っ!!」


シグナムのデバイスを・・・・・・・・・・・・










弾き飛ばした。







「ぐっ!」

「っ!!」


間髪容れずに、シグナムにバルディッシュを突きつける。

私の・・・・・・勝ち!


「やった・・・勝った!」

「・・・くっ。敗北か・・・」


お花見の後から数えて、これで通算5回の勝ち。

負けたのは1回だけだから、殆ど勝ち越している。

今まで負けが続いていた分、まだ目標の勝率5割には程遠い。だけど、大きな前進。


「・・・・・・テスタロッサ。随分と強くなったな」

「そ、そうでしょうか・・・?」

「ああ。特にここ最近のお前の動きには、目を見張る」


シグナムがレヴァンティンを回収しながら、私を褒めてきた。

ここ最近・・・。それって、リニスからバルディッシュを返してもらってからだよね。

バルディッシュも前に比べて、随分と扱い易くなっている気がする。

シグナムに勝てるようになったのもバルディッシュのお陰かもしれない。

やっぱりリニス・・・凄い。


『はいはいお疲れ様ー、二人とも』

「エイミィ」


丁度良いタイミングでモニターが開いた。

映像の先にはエイミィの姿。通信先は、ハラオウン家から。


『一応確認しておくけど、決着・・・ついたよね?』

「うん」

『そっか。なのはちゃんとクロノ君は、まだ交戦中。

 ザフィーラとアルフ、あとリインフォースとヴィータは模擬戦終わってるから、これから合流して。

 はやてちゃんと祐一君も多分一緒だよ』

「うん」

『あー、それとフェイトちゃん。そろそろデバイスの定期メンテナンスがあるから、この後バルディッシュをアースラに預けてね』


・・・・・・・・・メンテナンス?

シグナムとの模擬戦の、勝利の熱が引いていくのが分かる。

バルディッシュのメンテは、リニスがしてくれる。だから預ける必要は無いんだけど・・・預けないのも変だよね。

正直に、リニスがメンテしてるから大丈夫ですって・・・言っちゃ、ダメだよね。リニス、何だか姿を隠しているみたいだし。

あれ? でもでも、バルディッシュ預けたら、どっちにしても調整してあるのはバレちゃうよ・・・ね。

私にはリニスレベルの技術は無い。リニスのことだから、バルディッシュも徹底的に調整してある筈。

だからリニスがメンテしたバルディッシュを見られたら、他の誰かがメンテした事は、多分簡単に予測できる。

リニスの事、話さないといけなくなる・・・? でもそれじゃ、リニスが困っちゃうし・・・。

あれ・・・? あれ・・・・・・?


「どうした、テスタロッサ」

「え? あの、えと・・・大丈夫でしょうか?」

「? 何がだ?」

「いえ! その・・・・・・何でもありません」


大丈夫かな・・・・・・。
















「フェイトちゃん。バルディッシュ、弄った?」


やっぱりバレた。


「え、えっと! あれは、その・・・」


一夜明けて、朝食の席。今日は日曜日で、学校に逃げる選択肢も無い。

クロノは食後のコーヒーを飲んでいて、リンディ母さんもこちらに注目している。

エイミィの質問への答えに窮する。どうしよう・・・困ったなぁ。


「あぁ、別に怒ってるんじゃないよ。むしろ逆。『これだけ綿密に調整できるだなんて、凄い!』だってさ。

 感心してたよ~、マリー。これ、フェイトちゃんが?」

「う、ううん。私じゃなくて・・・・・・あ」


やっちゃった。

ここで『私がやったんだよ』って言えば、それで終わったのに。

どうして私ってこう・・・咄嗟に嘘がつけないんだろう。


「やっぱそっかー。えーとね、バルディッシュの調整、ほんと今のフェイトちゃんに合う様、完璧に調整されてるらしくて。

 調整した人は、デバイスマスターとしては間違いなく一級品の腕を持ってるんだってさ、マリーが。

 私には部分的に専門外な所もあったから、説明されてもあんまし分からなかったけど。

 それとさ、詳しいことはまだ解析しきってないんだけど、バルディッシュに新しく搭載された機能があるみたいで」

「・・・・・・・・・え?」

「凄いんだよ、コレ。バルディッシュのA・Iのところにさ、とっても小さな機械が取り付けられてて。

 この小さな機械のお陰で、まだまだ不安定で改良の余地があるカードリッジシステムの問題点が、全部改善されてたんだって。

 可能ならなのはちゃんのレイジングハートにも取り入れてみようと試みたらしいんだけど、

 ちっちゃいくせに中はアースラの機材でも解析しきれない完全なブラックボックスでさ~」

「へ、へぇ・・・」


早口に捲くし立てられて、ちょっと反応に困った。よ、要するに、整備がしっかりされてて褒められてるんだよね?

私がやったって誤魔化さなくて、結果的には・・・良かったのかな。

リニスがどんな調整をしてくれたのか知らないし、下手にその機械の事を聞かれても答えられなかっただろうし・・・。


「正直、バルディッシュを勝手に弄ったのは多少思うところはあるらしいけど、それよりこの技術にマリーが興味心身でね。

 この小さな機械について質問したいことが色々あるって事らしいんだけど・・・一体誰が調整したの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


あー、うん。そう来るよね。

どっちにしても、誰が調整したか聞かれる事には変わりが無い。

リンディ母さんと、クロノと、エイミィ。三人からの視線が浴びせられる。


「そ、その・・・」

「うん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・確認、取って来るね」


居心地の悪さを感じ、足早にリビングを・・・ハラオウン家を出た。






















「なるほど。突然呼び出されて何事かと思いましたが・・・そういう事でしたか」

「うん」


ハラオウン家を出た後、私は祐一の家に向かった。

そこでリニスの宣告通りにリインフォースさんから、リニスに会いたい事をリニスへと伝えてもらう。

「少し待ってください」と言われてリインフォースさんの部屋で待つこと10分ぐらい。

私の目から見てもかなり特殊な結界が張られて、その中で私はリニスと2ヶ月ぶりの再会を果たした。

・・・状況はあまり喜べるものじゃないのがちょっと悲しいけど。


「困りましたね。まさかフェイト用に調整したバルディッシュが、そんな形で露見されたとは・・・」

「ごめんね、リニス」

「いいえ。定期的にメンテナンスされていたのであれば、仕方がないでしょう。私の軽率さが招いた事です」

「そんな事・・・。リニスは私の為にバルディッシュのメンテをしてくれたんだから、リニスは悪くない」

「っ・・・ありがとうございます、フェイト」


リニスがギュッと抱きしめてくる。

・・・・・・ちょっと苦しい。・・・・・・・・・でもあったかい。


「ですが問題は山積みです。話を聞く限りでは、あちらは私と会って直接指導を願いたいのでしょうし。

 しかし管理局員の前へ出るとなると、少々厄介なことになる可能性が出てきます」

「やっぱりそうなんだ・・・」

「かと言って、出なければフェイトの体裁が悪くなるでしょうからね」


リニスが私を放して、顎に手を添える。

多分リニスの頭の中では、物凄い速度で思案が交錯しているんだと思う。


「耳を隠して・・・いえ、音声のみの通信で変声期を使って声色を変えて・・・。・・・・・・駄目です。

 明らかに『私、怪しい人です』と名乗っているも同然。これもフェイトの友好関係が疑われてしまう・・・」

「リ、リニス? 私の事は別に気にしなくても・・・」

「いいえ、フェイト。貴方の不利になるようなことは最小限に。それにフェイトだけの問題だけではありません。

 私が表に出ては・・・・・・他の方にもご迷惑がかかります」


本格的に悩み始めた。

悩んでいるリニスを見て私も考え、思いつく限りの案を出してみる。

病気で床に伏せているから、手紙などの媒体を利用して連絡をとり合ってみる設定ならどうか。

バルディッシュに取り付けた機械の設計図だけを渡してみればどうか。

母さんの協力を得られないだろうか。

意見を述べるたびに、リニスがその考えの利点と欠点を述べる。

特に母さんの協力を得るところでは、猛反論が出た。

最適な解がどうしても出なくて、二人でウンウン唸って考え込む。

真面目に悩んでくれてるリニスには申し訳ないけど・・・・・・少しだけ、楽しかった。

リニスと一緒に、同じ事で悩んでいるから。


「いっそ変身魔法を使用した上で、仮面でも被ってしまいましょうか・・・」


・・・実際それで変装していた猫の使い魔、前いたよね。二人ほど。

猫の使い魔って、みんなそんな風な結論にたどり着くのかな。

・・・・・・??


「ねえリニス。リニスって、使い魔だったよね?」

「? どうしたんですか、唐突に」

「どうして母さんにまで姿を見せないで隠れてるの? マスターなのに・・・」


ずっと不思議に感じていた事を思い出した。

母さんのあの様子からして、それとリニスが姿を現さない事から言って、多分リニスは母さんにも姿を見せていない。

こんなに近くにいるのに、どうして使い魔のリニスが母さんを避けるのか。


「は、はい? いいえ、違いますよ」

「違・・・う?」

「ええ。現在の私のマスターはプレシアではありません。

 マスターがプレシアであれば、使い魔と主の主従が感じる繋がりによって私の存在を知られてしまいます。

 ですが私はプレシアと繋がりを感じませんし、プレシアも私の存在を知りません。

 私を維持する為のコスト(魔力)は、案外大きいですからね。

 もしそうであれば、あのプレシアなら気がつかないはずがありません」


・・・・・・ん。そうだよね。離れていても、私はアルフを感じるし、アルフも私を感じる。

昔もリニス本人が言っていたんだけど、自分ぐらい優秀な使い魔(自称だとは思うけど、実際リニスは優秀だと思う)になると、

維持をする為に必要な魔力は馬鹿にならないらしい。

普通なら・・・気がつくんだよね。

でもリニスなら、母さん相手でも誤魔化していそうな気がする。


「じゃあ、リニスはどうしてここにいるの? マスター(母さん)からの魔力供給が無いと、リニスはここには・・・」

「はい。ですから現在の私に、マスターはいませんよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「と、いきたいところですけど・・・・・・残念ながらこの身は、魔力の供給無しでは存在を保てないんですよね」


ビックリした・・・。


「秘密ですよ。この事は、私とリインフォース以外、まだ誰も知らないんですから」

「うん」

「現在、私と主従の契約を交わしているマスターは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・灯台下暗しでした。そうです、あの方に頼みましょう。

 私達の事情に関わらせるのは少々心苦しいですが、彼以上に機転が利く人もいないでしょうし。

 それに立ち位置的にも、最も適任」

「リニス・・・・・・?」

「いいですか、フェイト。私が今から言う人物に協力を仰いで下さい。恐らく、引き受けてくれる筈です」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この後すぐにリニスは姿を眩ませちゃって、マスターについては説明されなかった。

・・・結局リニスのマスターって、誰だったんだろう・・・?

聞きそびれちゃったな・・・。
























「・・・・・・・・・・・・だからそのお友達の事、どうしても管理局の人に知られちゃいけないから・・・・・・」

「ふむふむ」

「だから、その・・・・・・お願い」

「具体的には、俺がそのブラックボックスの機械を作ったことにして、

 あの手この手でどうにかクロノ達をだまくらかして誤魔化して欲しい、と」

「う、うん・・・。ダメ・・・かな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その前に、だ。言うことは無いか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・頭、大丈夫?」

「要点だけを纏めた簡潔でとても素晴らしい一言だとは俺も思うが、その言い方は多分に誤解を招くから止めてくれ」


水と、もう溶けて小さくなった氷の入った小さな袋・・・・・・氷嚢を頭に乗せている祐一。

氷嚢を当てている部分を触らせてもらったら、ちょっとプックリ膨らんでいて、ひんやりしていた。


「どうしたの?」

「ヴィータにしこたま殴られた」


何と言うか・・・・・・うん、ご苦労様。・・・あれ? ご愁傷様、かな。

日本語って、難しい。












[8661] 空白期 第十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/11/20 17:34















フェイトの自信無さげな声と、縋るような表情。

俺、この手のお願いに弱いんだよな・・・。















『で、また君なのか』

「悪いか?」

『どうして君はこう・・・・・・規格外なんだ?』

「ミステリアスな少年って、いい響きだよな」

『プレシアが作ったと言うなら、まだ納得のしようもあるというのに・・・・・・。納得できない』

「まー安心しろ。8割方プレシアさんの協力あっての結果だ。プレシアさんが放棄したから著作権云々の権利は俺にあるが」


クロノと俺の会話。モニター越しだ。

向こうはハラオウン家の自室。俺は自宅の自室。

お互いの部屋は人払いをしたので、俺達以外に誰もいない。


『チョサクケン?』

「・・・あー、著作権は地球の・・・法律みたいなものだ。

 人が作った物を本人の許可無く無断で真似たり、作ったり、販売したらいけませんよーって意味だな、大雑把に。

 郷に入っては郷に従え。お前も地球にいる限り、地球の法律に従ってもらうぞ」

『別に逆らう気は無い。

 しかし理解に苦しむ。何故フェイトのデバイスだけ強化して、なのはのデバイスには何も手を出さなかった?』


やっぱ来たか、この手の質問。

予め答えを用意しておいて良かった。


「そりゃお前・・・・・・決まっているだろうが」

『?』

「妹に少しでも強くなって欲しいという、兄心からだ」

『・・・・・・なに?』


あ。クロノの雰囲気が変わった。表情もちょっと険しくなっている。

そらそうか。自分の妹に対して、他人から『俺の妹』発言されたんじゃ、多少なりとも怒るか。

しかもクロノは良いお兄ちゃんであろうと頑張っているんだから、殊更にだな。


『それはどういう意味だ? フェイトが君の妹・・・だと?』

「そのままの意味だ。

 俺にとって、アリシアは家族。妹と呼んでも差し障りが無い。

 そんなアリシアの妹ならば、必然的にフェイトも俺の妹となる」

『・・・・・・そういう意味か』


クロノの落ち着きが戻った。

俺の言う『妹』が、おままごとのレベルの妹であるとは理解してくれたようである。

頭に血が上ってもすぐ下りて冷静になるのは得だな。感情の赴くままに行動しなくて済む。

これ浩平先輩とかだったら言い訳も聞かずに絶対暴走してるよな?


「妹が強くなりたいと思っているからデバイスに手を加えた。それで納得しておけ。

 皆までは語らせるなよ、フェイトが困る」

『・・・なるほど。本当の所、君が作ったわけではなさそうだな。

 しかしフェイトが・・・・・・いや、今は考えても仕方がない事か。とりあえずは乗せられておこう』


暗黙でも事情を察してくれるクロノには助かる。フェイトが困っている事は察したようだ。

これだから頭の回る人間ってのは・・・。

フェイトも最初からクロノに相談すれば良かったんだよなぁ。

クロノならフェイトの味方になってくれただろうし、頭も回るからそのマリーって人も言い包められただろう。

兄というのは、いつだって妹に甘いもんだ。フェイトのような妹なら尚更。

断言する、これ間違いない。


『だが一応、頼られている以上は面目は立てておかないといけないわけだ。

 こうして連絡してきているということは、そういう事なんだろう?』

「そゆことだな。フェイトはお前に相談できないから俺に相談してきたんだろうに、

 俺がお前に相談持ちかけたんじゃ俺の面目及び信用にかかわるしな」

『僕個人としては、出来るならフェイトの口から直接相談を持ちかけて欲しかったところだな・・・』

「贅沢言うな。独断だが、俺が相談持ちかけただけありがたいと思え。

 実のところ、本当に俺が作ったことにして、さあ機械の秘密を知りたければ俺を倒してみよ!

 的な展開に持っていくことも出来たんだ。感謝こそすれ、愚痴を言われる筋合いは無い」

『悪かった、迷惑をかける。ならば僕は、君が本当に機械の秘密を知っている、という前提で動けば良いのか』

「だな。んじゃ、これから打ち合わせするから頼むぞ~クロノ。人数集めるのは任せた」

『何をするのかもすでに考えているのか・・・。準備が良いな』

「当然」




















夕方にクロノと秘密裏に連絡を取り合い、その日の夜。

リイン、なのは、フェイト、はやて、シグナムさん、ヴィータ、シャマルさん、ザフィーラ、アルフ。

それとクロノを俺を合わせての計11人が、夜の公園で待機している。

おおう、かつて無い大人数だ。よくもこんだけ集まったなぁ。


「ルールを説明する。よく聞いてくれ」

「なー。何が始まるんだ? どうして皆に集まれって集合がかかったんだよ。

 別に訓練する日じゃなかっただろ? 今日」


ヴィータが不機嫌な顔して説明を求めてくる。

本来なら家でゆっくりと出切る筈だった日に集合がかかった。

オフに仕事が入ると気が滅入るらしいが、ヴィータの心境はそれと似たようなものだろう。明日も仕事らしいし。

実はこれからする事、俺とクロノ以外は誰も知らない。

急遽決まったことだからな、知らせる暇が無かったんだ。


「これから「これから俺のフルボッコタイムが始まる。参加者は多い方が有利なので、皆に集まってもらった。

 フルボッコ成功の暁には、クロノから皆に素敵なプレゼントがあるので期待しておくように」おい!」


クロノの言葉を遮り俺は言った。

その行動に対して俺の肩に手を置いてきたので、逆にクロノの肩に手を置き返して言う。

まーまークロノさんや、落ち着きなさい。

よく考えてもみろ? ただ単に俺に対して攻撃しろと言っても、皆躊躇するだろ?

だったら少しでもやる気を出させる為に、ゲーム感覚で勧めた方が良い。違うか?

幸いこの場には子供も多い。素敵なプレゼントという目に見えない報酬一つで更にやる気十分。

仮に俺が負けてしまっても、クロノの懐が多少軽くなるだけだ。な~に、所詮子供。

クロノだってそれなりの地位にいるんだから、管理局からの給金も結構な額だろ? 微々たる出費だ。

ほら、何も問題ない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あ?」

「これから俺とお前達全員でゲームをやる。

 ルールは単純。俺という的(マト)に向かって魔法を放ち、防御を突き破って見事ダメージを与え、戦闘不能に追い込んで拘束。

 概要は以上。続いて詳しいルール説明に・・・」

「はい! 質問!」


まだ説明の途中なんだが・・・。別にいいか。


「元気が良いなのはちゃんに質問の許可を出す。何だ?」

「いつ終わるの? 祐一君を拘束するまで?」

「それはなのは達の勝利条件。逆に俺の勝利条件は、なのは達の攻撃を計50回防ぐこと」

「私たち全員が50回ずつ?」

「それはいくらなんでも俺の魔力が持たん。

 全部耐え切ったら後は魔力の枯渇により漏れなく死ねるぞ。それも余裕で」


世界的に有名なRPG、F○シリーズのⅤで死んでしまった暁の戦士、ガラフ爺さんみたいな死に様はゴメン被るぞ。

しかも味方の攻撃って・・・。間抜けすぎる。

爺さんのアレみたいな状況ならカッコいい死に様だとは思うが。


「魔力が枯渇したら寝るだけだよ?」

「んなこた知ってる。比喩だ比喩。全員の総合攻撃回数が50回。

 一人が20回以上攻撃するのもありだし、魔力を込めた全力の一撃だけ撃って残り時間は休憩でも問題無い。

 順番は自由。話し合いで決めること」

「アクセルシューターみたいに複数展開可能な魔法は?」

「何発出そうが、1回計算。ただし『俺に攻撃する場合は全て俺の真正面から』が鉄則。

 操作弾などを撃った後に背後に迂回させるのは問題無いが、

 背後からの攻撃は禁止。複数人数の同時攻撃も禁止。飽く迄1対1が大前提」


それ以上の質問は無いのか、なのはは口を閉ざす。しかし小4とは思えないぐらい頭が回るな。

この年頃の小学生って、言われた事を実行する時になり、

そこでようやく多少の疑問を抱く程度にしか物事を深く考えないのが普通なのに。

・・・・・・いやまあ俺の周りがそんなのが多いだけで、世界全般でそうだとは別に思ってはいなかったが。


「攻撃法に制限は無いのか? もし無いのならば、シュツルムファルケンも使うが?」

「シグナムさん、始める前から大胆発言ですね・・・。ええ、使う魔法に縛りは無いです。

 最強の魔法を撃とうが、牽制魔法で俺の魔力を減らそうが問題ない。ただ大きな魔法を使えば、当然後半に響きますよ」

「祐一くんは防ぐだけ? 避けないの?」

「尤もな質問ですね、シャマルさん。その通り、俺は受けるだけで避けません」

「大丈夫なの? もしも・・・」

「その”もしも”の為に今回シャマルさんを呼んだんです。もしもの場合はお願いしますね、医療担当の魔導師様」


皆が的確に疑問点を挙げてくれたので、これからしようとした詳しい説明を殆ど終えてしまった。

疑問に思うであろう場所を予め細かにルール設定していたというのに・・・末恐ろしい魔導師チームである。


「ルールを破り攻撃を避けたり、複数人からの同時攻撃などがあればルール違反で終了。

 違反をした方の負け。

 ・・・・・・こんなところか。他に質問は?」


随分複雑に聞こえないことも無いが、単純な話、攻撃を回避せずに全て防げば良いだけの事。

俺にとっては、これ以上に明確で分かりやすいルールも無い。


「はい」

「無いな。よしじゃあ場所を移動・・・」

「ちょい待ち!」


はやてから華麗なるストップがかかった。

反応が良い。関西弁を使うだけあって、ツッコミは流石だな。

いや、関西弁は関係無いが。


「冗談だ冗談。何か質問か? はやて」

「何で今回こんな催し開いたん? 変やろ、ちょっと」


普段は車椅子に座っているくせに変に鋭い。

車椅子に座っているだけあって洞察力は一級品だな、はやて。

いや、車椅子は関係ないが。


「ちょいとな、俺とクロノで賭けをしてるんだよ」

「賭け?」

「そ。仮に負けてしまった場合、俺の恥ずかしい秘密を暴露しないといけなくなる」

「もしクロノ君に勝ったら?」

「缶ジュース一本奢ってもらう」

「メリット少なっ!」


はっはっは。ツッコミが輝いているぞ~、はやて。

将来の職業は漫才師だな。俺とはやてでコンビを組むのも良いかもしれない。


「・・・・・・・・・今更僕が言うのもアレなんだが、本当に実行する気か?

 正気の沙汰とは思えないぞ」


意外や意外、俺の背後にいたクロノからの質問が来た。他に聞こえないような小声で。

事前に打ち合わせていたことではあるが、やはり心配ではあるようだ。

仮に負けた場合、全く知識の無いあの機械について洗い浚いマリーさんの前で話さないといけなくなるからな。

色々トラブルも起きるだろう。うん、色々と。


「ん~、そうだな。けど何とかなるだろ、多分」

「攻撃が50回ということは、一回の攻撃を最低でも2%の魔力消費で防がなければならない」

「逆にそれだけのハンデを付けて勝てば、クロノは俺に対して一切口出しが出来ない。マリーって人への言い訳にもなるだろ」

「・・・・・・・・・この面子が相手でも負ける気は無い、と?」

「勝ち目の全く無い勝負はしないさ。ちなみに、リイン辺りは手加減してくれるんじゃないかな~という打算もある。

 何だかんだで優しいしな。さて、そろそろ移動しないか?

 あんまり長く公園にいると、流石に一般人に目撃されていないとは言い切れなくなる」

「そうだな」


周囲に人が居ないかだけを全員で再度確認し、移動を開始する。

地面にミッド式魔法陣が現れ、光り輝く。転移魔法なので一瞬だ。

誰が転移魔法を使用しているんだろうな?

移動先は、一面に大海原が広がる異世界の上空。


「祐一」

「ん? どした、フェイト」

「ゴメンね・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


転移が終了すると同時に近づいてきたフェイトは、俺の耳元でそう囁いた。

顔を見てみれば、フェイトは随分と落ち込んでいる。

無関係な俺を巻き込んで、しかもこんな大事になってしまったので責任を感じているのだろう。

これは俺の作戦通りにコトが運んでいる状況なのに・・・。

俺は無言でフェイトの頭をガシガシと乱暴に撫でる。

爪は立てていないし、そもそも伸びてない。痛くは無い筈だ。

綺麗なツインテールが崩れてボサボサになるが、知ったことか。


「な、な、なに?!」

「俺を頼るのは別に構わないし、正直頼られて嬉しいとは思う。

 だけどお前は俺に申し訳ないと思う前に、もう少し自分の家族に申し訳ないと思うこと。

 少しは信頼しろよ。これ助言」

「え・・・?」

「戯言だ。それと遠慮とか手加減は無用、本気で来い」


グチャグチャに乱れたフェイトのツインテール。

そのまま無視しても良かったが、いくらなんでもそれは可哀想かとフェイトの髪を解く。


「ぅ・・・ん?」

「知ってるか? フェイト。長期間髪型をツインテールにしてるとな、ツインテールの分け目の生え際が徐々に禿げていくんだぞ」

「「そうなの?!!」」

「うお?! びっくりした・・・」


フェイトにだけ囁いたつもりだったが、なのはにも聞こえていたらしい。

声を上げ、詰め寄ってきた。

そういやなのはもツインテールだったな。


「らしいぞ。だからなのはも気をつけろよ」


フェイトの髪をツーサイドアップにし、リボンで再び括る。

さっきまでフェイトがしていたような、あんなに綺麗なツインテールなんぞ出来んぞ俺には。

髪を括っているその間、なのははしきりに自分の髪の分け目を手でまさぐっていた。

あーなるなる。人に言われると、妙に気になり出すんだよな、こういうことって。


「別に今すぐ禿げるわけじゃない。長期間同じ髪型だとそうなることがあるってだけだ。

 どうしても気になるんなら、普段の髪型を変えてみればどうだ?」

「う、うん。考えておくね」


そうは言いつつも、やはりツインテールの生え際は気になるのだろう。変わらず触って確かめているなのは。

・・・・・・・・・俺のせいじゃないからな。

髪を括り終えたらフェイトの背に手を沿え、皆の方へと押す。

俺は空中で待機。これから順番を決めているだろうから、少しは暇できる筈だ。

一撃に30秒計算でも・・・・・・もろもろ合わせ、ざっと1時間くらいで終わるか?

何とかなるだろ、多分。レイクと一緒に、ダークリイン戦以来になる魔力収集の魔法で持たせれば。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何とかなるよな?


≪マスター≫

「ん?」

≪困っている子供を放っておけないのはマスターの美点ですし、私も好ましいと思っています。

 ですが毎度の如く体を張っていたら、そのうち体を壊しますよ≫

「ほっとけ。・・・・・・自覚してるから」


何とかなるって!!












[8661] 空白期 第十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/12/21 18:14











(祐一曰く)ゲームが始まる前に、手加減は不要だと祐一本人に言われていた。

それでも私が原因で起きたことだから、私はクロノに分からない程度の手加減はしようと心に決めていた。

だけどその心配は・・・・・・不要だったのかもしれない。

だって・・・


「轟天・・・・・・爆砕!」


卑怯だし。


「ギガント・・・・・・うぐっ」


巨大なハンマーを上段に構えたヴィータの動きが止まる。

原因は、これからハンマーを振り下ろす相手・・・祐一。

両手に大きな棒状の物を持った祐一が、ヴィータと同じ構えをしている。


「・・・・・・・・・・・・・・・どうした? 攻撃しなくても、一回カウントだぞ?」

「うっせー! ぐっ・・・。ギガント、シュラー・・・!」


振り下ろされる。だけどガコンッ! と鈍い音がし、途中で止まる。

ヴィータの構えも、上段から殆ど動いていない。

二人の頭の上では・・・・・・二つの大槌がぶつかり合ったまま、静止している。


「はい、15回目の攻撃」

「くっそー!! なんだよその反則!?」


祐一が何をしたか説明すると・・・・・・・・・。

巨大化をさせたヴィータのグラーフアイゼンと全く同じ大きさの大槌をクロノの元デバイス(S2U)で再現して、

ヴィータの攻撃するタイミングに合わせて振り下ろしただけ。

二人の更に上空では二つの大槌がぶつかり合って、全く動く気配を見せない。

振り下ろされる前に止める。だからスピードも乗らずに威力が最大限に発揮されない。

原理は単純だけど、一体どれだけの魔導師がヴィータのあの攻撃を真正面から止められるだろう?


「終わり終わり。次は・・・」

「俺だ」


ザフィーラの攻撃。単純な打撃に見えるけど、あの一撃には防御魔法をも簡単に貫く魔力が込められている。

ソレに対し、祐一は大槌を打撃用の形態(ナックルフォームって言ったっけ?)に変化させて、同じく打撃で迎え撃つ。

ぶつかる二つの拳。その威力は・・・互角。


「ぐっ!」


相手が出した技と、全く同じ技。それで防御反撃に回る祐一。

真似する事が可能な技はトコトン真似して、相手にぶつけてくる。それも、まったく同じ威力で相殺。

真似が出来ないレヴァンティンのボーゲンフォルムや、私のように魔力刃を飛ばすハーケンセイバー等に至っては、

祐一へと迫る間に5重6重に重ねがけされた防御魔法や射撃魔法でギリギリまで威力とスピードを殺し、

最後に剣で薙ぎ払って無効化させる。

ハッキリ言って・・・・・・祐一がこれほど器用だとは思っていなかった。

リニスが祐一なら大丈夫だと太鼓判を捺した理由が、ようやく解った気がする。


「かって~な・・・無事か? とらハ」

≪ややダメージを負いました≫

「ダメージの状況は? 破損してるなら念の為に、リカバリーを使用」

≪破損率、3%。ボディにほんの僅かな亀裂。これならばリカバリーを使用するまでもないかと≫

「いや、リカバリーだ。時々強烈な一撃が来るからな。下手をすればその数%で負けるかもしれん」

≪ですがマスターの魔力が・・・いえ、了解しました。リカバリー実行します≫





「ねえ、なのは」

「ん? な~に? フェイトちゃん」

「私最近ね・・・祐一のストレージデバイスが、インテリジェントデバイスに見えて仕方がないんだ」

「あ、私もおんなじ」

「そっか。よかった」


ついでに言うと、最近クロノの元S2U・・・・・・もう、とらいあんぐるハートって呼んじゃおうかな。

とらいあんぐるハートのデバイスとしてのシステムが、普通のストレージデバイスとしての域を超えつつあるような気もする。

元々ストレージデバイスって、私達が使う魔法をサポートするための設計が大まかを占めている。

例えるなら、魔導の本。

ストレージデバイスの中には沢山の魔法がインプットされていて、術者の魔法の発動をデバイスがサポートしてくれる。

そんな機能を備えている。逆に言えば、それ以外の機能は基本的に存在しない。使い手と会話なんて以ての外。

使い手と会話が出来るのは、人工知能を積んでいるインテリジェントデバイスのようなデバイスだけ。

リインフォースさんのような意思を持つユニゾンデバイスも大丈夫だけど。

もうあれストレージデバイスじゃないよね?

きっと他の人にインテリジェントデバイスですって言いながら見せても、何の疑いも無く信じるよ?

それぐらい普通じゃない。


「さてさて次は・・・」

「私です。胸をお借りします、祐一」

「リインか。ああ、来い!」


17回目の攻撃。まだまだ祐一の表情には余裕が見える。

あれだけ魔法を連発しているのに・・・変。










祐一はその後も、順調に攻撃を防ぎ続ける。

攻撃の回数が20回を超え、30回を超え、危な気も無くあっという間に40回も防ぎきった。

私だったらとっくに魔力が尽きているくらい、祐一から魔法が放たれている。だけど祐一の魔法に鈍りは無い。

集中力が凄いのはともかくとしても、魔力がどうなっているのか分からない。

私の魔力が持たないくらいなんだから、祐一はもっと早くにバテている筈。祐一の保有魔力は私より低いし。

だから、祐一の魔力も本当なら限界を超えている・・・・・・筈なのに。



「ジェット・ザンバー!!」


「極光斬!!」



変わらず同じ威力で相殺。

しかも私はカードリッジをロードしているから、カードリッジ分の魔力が底上げされている。

祐一のデバイスにはカードリッジシステムが搭載されていない。その上で、互角。

魔力切れを起こさないタネがある・・・って疑うのが普通だよね。


「はあ・・・はあ・・・・・・」

「大丈夫? フェイトちゃん」

「う、うん・・・なのはは?」

「あと一回分。それで終わりかな」


47回目の攻撃。私は全力を出し切ってほぼ魔力切れ。少し休まないと、本格的に魔力が切れる。

他の皆も、魔力に余裕がある人は少ない。

シグナムは祐一の実力を一番知っているから、最初からペースを考慮しない全力で勝負をしていた。

お陰で一気に魔力が尽きている。シグナムにとっては想像通りの結果だったらしいから、満足そうだったけど。


「次はあたしが・・・っ!」

「下がっていろ。僕が行く」


ヴィータは魔力に余裕があるけど、持ち技は悉く攻略されている。クロノがヴィータの前に出た。

アルフとザフィーラもヴィータとほぼ同じ結果。元々が打撃技だけだし、攻撃回数も少ないから魔力だけは有り余ってるけど。

真正面から魔法を撃つことが、これほど相手に対処されやすいものだとは思ってもみなかった。

実際の勝負になるとフェイントとか戦術も混じるから、正面から攻撃すること、されることは殆ど無い。

けど真正面だから、来る魔法が分かっているなら、これほど防ぎやすい状況も無いんだと思う。

だから祐一はわざわざ『真正面からの攻撃』をルールにした・・・。

祐一は変だけど、バカじゃない。この無謀に思えるゲームも、勝算があったから。それは確か。



「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ!」



≪温度変化魔法です、マスター!≫

≪この類は・・・温度変化防御魔法でなければ耐え切れません!≫

「く、クロノは少し手加減しろー!!」


慌てて祐一が急上昇。他の誰よりも高くへと舞い上がった。




「エターナルコフィン!」




クロノの最強魔法、【エターナルコフィン】が発動。

それが祐一のいる空へと撃たれる。

対象を全て氷結させる、広域凍結魔法。威力は正直、『人に向けて使っては絶対にいけません』のレベル。

強烈な冷気の余波が襲ってきた。私も反射的に肩を抱き、身震いする。

普通なら為す術も無く氷漬けにされる。普通なら。

でも、祐一なら・・・?


「・・・手加減しろと言いつつ、やはり防ぐか・・・」


クロノはじっと空を見つめながら、そう呟く。

雲は凍りつき、質量を持ったことで落下を始める。空に雲が無くなった。

広がる青空。そこに一点だけ、真っ赤な物体がある。


「・・・あ、あっぶね~。今のは本気で駄目かと思った・・・」


赤い物体の中から祐一の声が聞こえてくる。

あの赤いのは・・・・・・炎?


≪炎の属性へと魔力変換・・・。上手くいきました≫


炎が霧散する。祐一の周りを、虹色の帯が取り囲んでいた。帯は、とらいあんぐるハートの魔力刃。

推測するに、私のザンバーフォームと同じ形態だったとらいあんぐるハートを、

シグナムのシュランゲフォルム(連結刃)のように分離させて長さを伸ばしてから、

それで自分の周囲を取り囲んでの・・・炎属性付加?

出鱈目な方法だけど、あのクロノの一撃をしっかりと防いだみたい。

完全には防ぎきれなかったのか声は若干震えていたけど、まだまだ元気そう。


「さあ・・・次は。誰が、攻撃・・・する?」




・・・気のせいかな。一瞬だけ、不自然に祐一の動きが止まった。

平気な顔してるけど、やっぱり・・・・・・疲れてるの?


「今度こそあたしだ! でりゃああああぁぁ!!」

「元気だなぁ、ヴィータ!」


ラケーテンハンマーで攻撃するヴィータに、やっぱりとらいあんぐるハートをハンマーフォームに変化させて対応。

同じ攻撃。同じタイミング。鏡映しの反撃。


  ガァンッ!!


二つの武器が同時に衝突し、もの凄い衝突音を響かせる。


「の゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!!」

「しびれ゛びれ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ぇ!!」


・・・・・・衝撃が強烈な攻撃同士がぶつかり合い、お互いの全力が完全に撥ね返る。

二人揃って、撥ね返った反動で痺れていた。

うん、そうなるよね。でもさっきからこの二人、おんなじことばっかりしてる。その度に同じ結果になってるのに。

ヴィータ、学習して。祐一にそれは効かないよ?


「くっそ~・・・。あと少しなのに・・・!!」

「あ゛ーいててて。手が完璧に痺れた」


手をプラプラさせて痺れを紛らわせる祐一。口で言うほどダメージは無いみたい。

黙々と手を握って、開いてと繰り返して痺れを無くしている。祐一の手の痺れが無くなるまでしばらくかかった。


「さーて、と・・・・・・ラストだ。最後は・・・?」

「最後は私」

「・・・やっぱりか。なんとな~く想像はしていたが・・・・・・。隠し玉でも使う気か?」

「うん。私の全力全開、最後の切り札」


元気にそう宣言するなのはは、最後の切り札って・・・・・・スターライト・ブレイカーを撃つつもり?

自分も食らった身である以上、その恐ろしさは身をもって理解している私。思わず口を開く。


「な、なのは。手加減はしてあげて・・・? ね?」


私はなのはに向かって手加減をしてと言う。対して、なのはは不思議そうな顔を向けてきた。

分からないの・・・?

そういえば闇の書事件でリインフォースさんがスターライト・ブレイカー撃つときも、そんな反応だったような気が・・・。


「にゃ? どうして? 全力で撃たないと、防がれるかもしれないよ? それでなくても最後の攻撃なんだから」

「で、でも、でも、いくらなんでもスターライト・ブレイカーは・・・」

「・・・・・・うん、分かった。だったらフェイトちゃん。全力全開だけど、手加減はするから」


言ってる意味が分からなかった。


「ぅおっしゃ! ドンと来い、なのは!」

「うん! 全力でいくよ、祐一君!」

「な、なのは? 手加減は・・・?」


手加減をすると言った言葉も忘れたみたいで、私の言葉も届かない。

なのはと祐一はお互いがお互いに距離を取り始め、適度な距離になったら二人とも止まる。

収束魔法のスターライト・ブレイカー。まともに食らえば、いくら祐一でも絶対に堕ちる。

祐一も一応スターライト・ブレイカーを撃てるけど、元々がコントロールの難しい収束系魔法。

威力をなのはと全く同じに制御するなんて、不可能に近い。

それに多分、祐一はなのは以上のスターライト・ブレイカーは撃たない。

ただでさえ強力な一撃、もしなのはの攻撃力を上回れば、なのはを堕とす事に繋がるかもしれない。

だからきっと、祐一は手加減をする。祐一が堕ちる可能性は・・・・・・高い。

大きな魔法陣を描いて魔力の収束を始めるなのは。私は一瞬迷い・・・・・・祐一へと向かって飛ぶ。


「祐一」

「お? どうした、フェイト。こっちに居たら危ないぞ」


自分の危機的状況を理解していないのか、あっけらかんとそう述べてきた。

のんびりと、体の柔軟をしている。

言い出し辛い・・・でも言わないと。祐一の身が危ない。


「祐一。ここまで助けてくれて、とっても嬉しい。だけどね、なのはのスターライ「ほい」・・・・・・なに、これ?」


祐一から綺麗に畳まれた紙を一枚、押し付けられた。

私は反射的に受け取る。


「皆まで言うな。結果は大体の想像がつく。だからそれを渡しておく。

 俺があの攻撃を食らってもし堕ちでもしたら・・・・・・ってか多分堕ちる。残存魔力も心許無いし」


あっさりと言い切る祐一。だけど嘘の感情はない。

本当に自分が堕ちると確信しているみたい。


「だけどこの場所で気絶したら拘束されてゲームーオーバーだからな。体だけは逃がす。

 上手く事が運んで俺がいなくなってたら、クロノの前でその紙を読み上げてくれ。

 『俺の勝ちだ、帰って寝る』って内容だから」

「え? でもこれ、祐一がここからいなくなるんなら、私がここで受け取っちゃ・・・・・・。無理がない?」

「あの一撃が終わった後、空からヒラヒラと降ってきて、手にとって見たらそんな内容の手紙だったって言えばいい。

 手紙を投げて、勝手に帰ったって思うだろうさ。俺が普段から変な行動してるのは皆も理解してるし。

 だから手紙は隠しとけよ。その為に皆に見えないように手渡したんだから」


・・・・・・色々考えてる、祐一。自分が負けることを予測して、予め用意していたなんて。

もしかしたら最初から、最後の一撃までは持つとは思っていなかったのかもしれない。

これ以上私が何か言うのは、準備を頑張ってくれた祐一に対して失礼・・・かな。


「ほら、離れた離れた。巻き添え食らうぞ」

「う、うん。ごめんね、祐一」

「謝罪よりかは感謝を聞きたいかな、俺としては」

「うん。・・・・・・ありがとう」

「おう。レイク、レイジモード。とらハはナックルフォーム。

 一応全力で抵抗はする。吹っ飛ばされるんじゃないぞ」

≪≪はい、マスター≫≫




「いくよ、祐一君!」


「おし来い!!」





「スターライト・ブレイカー!!!」


















































SIDE:レイク


≪マスター。マ~ス~タ~≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪起きてください、マスター。私はマスターがサッドモードを許可してくれないと、単独じゃ動けないんですよ?≫


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


≪はぁ、無理ですか。これは・・・≫

「・・・・・・すぴ~・・・」

≪落ちちゃってますね~≫


魔力を使い切って眠るなんてオルタ戦以来。子供ですか、貴方は。寝顔が可愛いじゃないですか。


「すか~・・・」

≪・・・ふぅ・・・。三分、ですか・・・・・・≫


三分。

この数字が表す意味。それは・・・・・・


≪魔力残量が5%を切っている中、よくそれほどの長時間、あの一撃に耐えられましたね・・・≫


そう。我がマスター様はあの最後の一撃を、たったの5%しか残っていない中で捻出した魔力で、三分もの間耐え続けた。

たった5%の魔力を、全く無駄無く使い続けた。

やはり私のマスターは、普通の魔導師とどこかが違う。魔力運用の能力”だけ”が他と比べ・・・・・・桁違いに高いのだ。

魔力があと数%あれば、もしかしたら防ぎ切っていたかもしれない。


≪悔しいですね・・・≫


最終的にはレイハのマスターに押し負けたのが、悔しい。しかも私の計算では、殆ど僅差も同然。あと少しで耐え切った筈。

攻撃に使用するための魔力なら、周囲から取り込んで再利用すればいいだけなので問題無い。

だが攻撃以外・・・。飛行魔法やデバイスに魔力を注いだりする場合は、自分の魔力から消費させなければ使えない。

真似っこ攻撃の大半はマスターがご自分の力で防いでいたので、残りが5%というこの消費量も止む終えまい。

砲撃系統の魔法は全てサポートできるのですが・・・・・・。これが私の、デバイスとしての限界ですか。


≪とらいあんぐるハートも、今回はよく頑張りましたね≫


とらいあんぐるハートはほぼ大破している。無理するからです。

まあマスターの腕で原形とどめてるだけマシですね。修復は何とかなりそう。


≪ですが、どうしたものでしょうか。こんな場所に落ちてたんじゃ、人も通らないでしょうし。

 肉食動物と遭遇した場の対応が・・・・・・≫


マスターは世界を渡る転移魔法を使えない。

転移魔法ではなく、マスターは自分の背後に空の狭間へと至る道を開き、最後にはそこにスターライトごと飲み込まれた。

運良く弾き出された場所は、酸素があり、空があり、自然がある場所。

森・・・とは言わないが、おそらくは林の中。

人工的に作られている道は見当たらない。むしろ人が住んでいるのかも怪しい。

日は沈みかけている。もうまもなく夜が訪れるでしょう。

奇跡的に地球に落下した、ということは無さそう。

今回はまだ緊急事態ではないので、私の緊急転移プログラムも機能しない。


≪せめて鬼が出ない世界であることを祈りましょうか・・・≫

「どうかしたの?」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪マスターは不味いです。食べないでください≫

「どこをどう見たら私が食人鬼に見えるの?」

≪私を食べても美味しくないです。そこらへんの石ころの方が美味ですよ? 美味しく頂こうなんて魂胆は捨ててください≫

「雑食家でも小石は食べないわよ」

≪児童誘拐は犯罪です。私のマスターを攫わないでください≫

「あら、それはいい考えね。私のところには子供が居ないから、丁度いいかも」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪初めまして、私は見ての通りしがないただのインテリジェントデバイスです。

 厚かましいお願いとは存じますが、ここで気絶している我がマスターを保護していただけませんか?≫

「最初に食人鬼扱いしてきたのに、本当に厚かましいお願いね。私が子供を誘拐する悪い人間だったらどうするの?」

≪大丈夫です。ツッコミが出来る人間に、悪い人はおりません≫

「どんな理屈?」


親愛なる我がマスターの理屈です。


「・・・でもま、いいわ。私としても、傷ついて倒れている子供を見捨ててはおけないし」

≪・・・・・・・・・・・・・・・ところでここは、ミッドチルダですか?≫

「違うけど・・・どうして?」

≪いえ。貴女がミッドチルダの言葉を話していますので≫


しかも髪の毛が薄い紫ですし。日本ではまず見られない独創的な髪の色。

私? いえいえ、私の目から見れば独創的ではありませんよ、薄紫の地毛なんて。

飽く迄マスターの感覚から言って、です。

マスターならこう言うでしょう。

「ワンダーフォー! ブラボー! ファンタスティックすばらしい!!」。ゲフンゲフン。

いけません。私もあの一撃で思考回路のどこかをヤられたようです。思考がおかしい。


「ミッドじゃないわよ、ココは。むしろ、どこの世界というわけでもない」

≪へっぷしっ!≫

「・・・・・・大丈夫? 風邪?」

≪いえ、はい。・・・いいえ、大丈夫です。・・・では・・・なるほど、そうですか≫


飽く迄表面上は冷静に。徐々に思考を落ち着ける。大丈夫、まだ大丈夫。

マスターが空の狭間へと至る道を開いたのは理解していましたが・・・・・・。

まさか肉体が空の狭間を越えるとは。予想外の出来事です。

スターライトでこちら側へと無理矢理押しやられた結果でしょうか。


「?」

≪いいえ、何でもありません。・・・・・・・すみません。自己紹介がまだでしたね。

 私の名前はブレイクハート。レイク、と呼んでください。貴女の名前は?≫

「私? 私は・・・・・・」









「クイント。クイント・ナカジマよ」









[8661] 空白期 第十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/12/22 17:50










「愛している、クイント!」

「私も愛しているわ、クライド! もう貴方なしじゃ私、生きていけない!」

「僕もだ!!」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


  シュンッ


たった今開いたばかりの扉を閉めて、俺は今の光景を無かったことにした。

扉を開けたら、美男美女がリビングのど真ん中で熱い抱擁を交わしていた。

これは夢だ、そうに違いないと思い、先程「知らない天井だ・・・」とお約束のボケをかまして目覚めた部屋へと戻る。

ベッドに入り、夢の中で即行眠りに着いた。

























夢。回想の夢。


迫り来るスターライトブレイカー。桃色の砲撃は恐ろしい質量を持って、俺を押し潰そうと襲ってくる。

逃げることが出来ない現状では、さながら視界一杯に恐怖の桃色の壁が迫ってきているかのようだ。

空手の正拳突きのように突き出した右腕。デバイスの装着された右手のみで受ける俺。

腕のシリンダーがギャリギャリと不吉な音を立てながらも回転を続ける。

間違っても、押し返せると楽観視できる甘い威力じゃない。

一見拮抗した力で耐えているように見えても、実際は現在進行形でジリジリと押されていく現状。

このままならまず間違いなく押し負ける。魔力が尽きるのが先か、デバイスが壊れるのが先か・・・。

時間の感覚は無い。多分一分ぐらいしか経ってないとは思うが、体感時間はもっと長い。

手紙はフェイトから渡るだろうし、最終的に逃げ切れれば何とでもなる。別に押し負けようとも関係は無い。

なのに頭の中では、何故か現状を打破する方法を考えている。


案外負けず嫌いだな、俺・・・。


自分の新たな一面を発見した。

・・・・・・・・・・・・・・・ふと・・・・・・・・・天啓でも降ってきたかのように、一つのアイディアが浮かんだ。

シリンダーの回転によって魔力を拳の先へと集めて一点突破を狙う・・・言わばドリルのような役割を持つナックルフォーム。

だったらその回転を逆にしてみれば、拳の先で拮抗している膨大な魔力を分散させることは出来ないか?


どうせこのままだと5分と経たずに堕とされる。試してみる価値は・・・ある。


コンマ数秒で決意を固める。





     そして・・・・・・・・・・・・

























「いやはや、恥ずかしいところを見せてしまったね」

「いえ・・・別に」


再び目が覚めて、やはり知らない天井で・・・・・・。

さっきまでバカップルしていた男女の恋人(夫婦?)は今現在、俺の目の前で恥ずかしそうにしている。

他人に自分達のラブラブっぷりを見せてしまっての羞恥心はあるようだ。そこは安心した。

しかしわざわざ部屋へと訊ねてくれるとは思わなんだ。

お陰でリビングへと訪れて、再び衝撃的展開に遭遇する確立が無くなった。

二人はこの部屋に備え付けられている椅子に座り、俺はベッドに腰掛けている。


「一先ずお礼を言っておきます。ありがとうございました、見ず知らずの俺なんかを・・・」

「気にしないで。困っている子を助けるのは、人としての常識だから」


うん、いい人だ。それは間違いない。


「あ、自己紹介がまだでしたよね。俺の名前は相沢祐一」

「クイント・ナカジマよ」


最初に名乗ってくれたのは女の人の方。

ラベンダー色の髪をポニーテールにしていて、家庭的な感じの・・・お姉さん?


「中島・・・? じゃあココは、日本・・・・・・じゃないですね、はい。

 すみません間違えました、訂正します。祐一・相沢です」


苗字と名前が逆なのか。どうして世界には名前の後に苗字を言う世界が多いのやら。

・・・・・・いや、もしや苗字と思わせて実は名前だったというオチもあるか?

どうなんだろうな。


「気にしないでくれ。ファミリーネームとファーストネームが逆さの世界はよくあるからね。

 僕はクライド・ハラオウン。よろしく」

「ハラオ・・・・・・あ、はい。よろしくお願いします」


クロノと同じハラオウン姓で名乗ったクライドという男の人は、俺と同じような黒髪ではある。

が、名前的にこちらも日本人ではないだろう。・・・・・・管理外世界で日本人と遭遇できる確立はまず無いか。

この二人に関して言えば、名前の後に苗字で合っているみたいだな。

ナカジマさんにハラオウンさんか。

クロノやリンディさんと同じ苗字。縁があるな、ハラオウン。


「ではナカジマさんと、ハラ・・・クライドさん、とお呼びしますね」

「構わないよ」

「・・・? 私はナカジマなの? どうして?」

「え~、あのですね・・・実は知り合いに、ハラオウンというヤツが居まして。

 どうにもハラオウンと呼ぶのはしっくり来なくて・・・」

「別に私もクイントでいいわよ」

「そですか? 分かりました、クイントさん。

 ところでココは・・・どこすか? ミッドの管理世界だとありがたいんですが・・・・・・。

 あ、ミッドってご存知です? 俺はミッドのこと、あまり知らないんですけども」


十中八九、ここは地球じゃないだろう。家の間取りというか、造りが地球じゃありえない。

この部屋そのものにも微妙に違和感がある。部屋の扉も手を触れずに開いたし。

『シュンッ』と軽い音と共に開いたから、空気とかを利用して開いてるのか?

地球の技術じゃ、自動ドアはアレほどスムーズには開かないだろう。

若干、近未来的だ。

管理世界なら戻る手段は豊富そうだが、管理外世界だと戻るのは一苦労かもしれない。

仮に管理外世界でも、この二人のどちらかがミッドのことを知っているのなら都合が良いのだが・・・。


「ミッドって・・・ミッドチルダのことかい? 第一管理世界の」

「ええ、多分それです。ご存知でしたか・・・。ここに次元空間を移動する、転送ポートかゲートはありますか?

 結構長く寝ていたみたいなので、少々急いで帰らなければならないのですが・・・。

 あ、帰ると言っても、ミッドにじゃありませんけどね」


良かった。まるで知らない世界だと少々厄介なことになっていたかもしれないが、これならすんなり話が進みそうだ。

ゲートとか転送ポートの存在をプレシアさんに聞いておいて良かった。

一つ肩の荷が下りてホッと一息つくと、妙に様子がおかしいことに気がつく。

二人から俺へと哀れみの視線が向けられていた。


「・・・・・・ごめんなさい」


しかも謝られた。


「あの~・・・どうかしました? まかさゲートが無いとか?」

「ええ、無いの」


なんてこったい。


「それに、仮にあったとしても、果たしてこの世界から脱出できるかどうか・・・・・・」

「・・・・・・えっと、それはどういう・・・?」


突如、慰めるようにクイントさんの肩を抱くクライドさん。

少し間を開けて座っていたずの二人の椅子も、いつのまにかピッタリとくっ付いている。

俺の質問に対する返答無し。


「大丈夫、大丈夫よ。アナタには私が居る。もう一人じゃないわ」

「ああ・・・クイント。ありがとう・・・・・・」


間違えた。クイントさん”が”クライドさんを慰めている。逆じゃないか? 体勢的に男が女を慰めるシチュエーションだろ。

なんか様子が変だ。しかも俺、なんか疎外されそうな雰囲気。

つかもしも~し? 俺がここにいる事忘れてませんか~二人とも。

この二人には二人の歩んだ歴史(人生)があるんだろうし、暗黙でお互いを理解してラブラブするのもとりあえず目を瞑るから。

だから話を続けてくださいな。つか本気で俺のこと忘れてるな。

けど放っておいたら、その内熱いキスでもしかねないぞこのパターン。

いや、だが場を読まずにこのまま話しかけるのはちょっと・・・・・・。部屋を出るにも、気配も無く脱出できるわけが無い。


「・・・・・・・・・・・・はあ」

「「はっ!」」


二人にも聞こえるよう意図的に出したため息で、ピタリとくっついていた体を反射的に離した。

クライドさんは顔を赤くしながら気まずそうに頭を掻き、クイントさんも同じく恥ずかしそうに下を向いている。

なんですか、この初々しいカップル。


「それで、説明お願いしても良いですか?」

「あ、ああ、それはだね・・・・・・おっと。その前に、君に謝らなければならない事がある」


椅子から立ち上がり部屋を出て行くクライドさん。

十数秒ほどで戻ってきた。その手には見覚えのある物が・・・。

手渡され、やっぱそうだと理解する。


「お~、レイク。元気か?」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・? どうした?」

≪・・・・・・・・・ぶっちゃけ、『ワンダバスタイル! ア、ゴー!!』な状況で困っていますです≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

≪もとい、不調で困っています。思考回路の一部がイカれてしまいました≫

「そうなのか?」

≪俺、参上!!≫


ホントだな、確かに変だ。それに声が土井先生とは・・・芸が細かい。不気味だ。

俺は視線だけでクライドさんに説明を求めた。


「君のデバイス、少し調子が悪そうでね。聞くところによると、強力な魔力によってダメージを受けたらしい。

 何とか修理してみようと試みたんだが・・・」

≪俺のターン! ドロー!!≫

「かえって悪化させてしまった。すまない」

「あはは、気にしなくて良いですよ。こいついつもこんな感じですし」

≪バスカーーッシュ!!≫


ダマスカス・・・じゃなかった。ダンクマスク?

声は完璧と言えるほどに似ている。記憶・保存していた記録とか、そんなのが漏れ出しているのか?


≪俺はどうすればいい!? どうやってあいつらに償えばいいんだ!! 答えろ! 答えてみろ、ルドガー!!≫

「蟹」

≪・・・・・・・・・・・・私の意思に反して記憶が湧き出し、言葉を発してしますです。マスター、ヘルプ≫

「ヘルプっつっても・・・」

≪許さないぞ、バイキン○ン!≫


面白いな。しばらく放っておいてもいいかもしれない。


「どんな言葉が出るのか完全にランダムなのか。ワクワクするな」

≪平然としてないで少しは気遣ってください。

 このまま一生この口調かと思うと・・・・・・・・・我が生涯に一片の悔いなしッ!!≫

「おぉ、拳王。人生に一片の悔いないのならそのままでいいんじゃないか?」

≪タイミング良くぶっ壊れただけです、このままじゃ悔いありまくりの人生ですよ!≫

「リカバリー」

≪完っ治!≫


元々が小さな傷とかだったんだろう。魔力を与えてリカバリーさせたら、一瞬で直った。

見た目に変化が無いが、中は完全修復。

こんな事だろうとは思ったけどな。


「どうだ、調子は」

≪完全復活。もう不具合か完璧に解消されました≫

「無駄な時間を過ごしてしまった」

≪まったくです≫


『強力な魔力によってダメージを』とは、十中八九なのはのスターライト・ブレイカーだな。

帰ったらデコピンの刑だ。覚悟してろ。


「・・・な、直って何より」

「いえいえ、ありがとうございます。ところでとらハ・・・もう一機は?」

「今修理中よ。面白いデバイスを有しているのね、貴方」

≪どうも≫

「それで話の続きなんですけど・・・」

「どうしてこの世界から脱出できないのか、だったわね」


困った顔のクライドさんとクイントさん。顔を見合わせ、言い出し辛そうにしている。

脱出出来ないという言葉は遠まわしに、「君は帰れないんだよ」と言っているも同然。

今更気にしないで欲しい。まずは状況把握が大事だ。

それとも説明をしたら俺が泣き喚くとでも思っているのか?

子供じゃあるまいし、そんな心配・・・・・・・・・・・・・・・そういや俺小学6年生か。

普通の11~12歳なら、確かに泣き出してもおかしくは無いな。クロノみたいに八割ほど自立している人間は別として。


≪マスター≫

「ん?」

≪ここは、空の狭間の向こう側です≫

「狭間の向こう・・・『えいえん』?」

≪この世界は違いますが、探せば『えいえん』も見つかるんじゃないですかね?≫


空の狭間。なのは達風に言い直すと、虚数空間。

狭間の向こうは、世界無き世界。人が世界を創る世界。

空の狭間へと至る鍵を持った上で、ようやく来る事が可能になる。意識のみだけだが。


「なんだ、向こう側だったのか。だったら肉体に戻れば問題解≪無理です≫・・・決・・・?」

≪マスターの肉体がここにありますので≫


言われ、気がつく。

ペタペタと体を触り、体のそこここに擦り傷があるのを確認する。

もし俺が肉体を持たないのなら、傷なんて念じれば一瞬で完治する。

なにせ意識体なのだ。体などは在って無いも同然。肉体なぞ思うが侭。だが・・・・・・。


「・・・む」


治らない。すなわち、レイクの言葉が本当であることを意味する。

本来こちらへと持ってこれるのは、意識だけ。肉体は本来現実世界に置いてきぼりな筈である。

俺の肉体がコチラにあるということは・・・


「どうすればいい?」

≪・・・無駄だとは思いますが、扉を開いてみてください。もしも開くことが出来れば・・・・・・≫


手を開き、扉を開けようとしてみる。いつものように。

いつもなら開くのだが・・・・・・


「・・・・・・・・・あらは?」


開かない。


「っふん・・・! ぃよ・・・! と」


めげずに数度トライしてみたが、やはり開かない。

ヤバイぞ、緊急事態だ。


「むぅ・・・」

「どうやらお困りのようだね」

「んぇ?」


困った俺を見かねて、クライドさんが話しかけてくれた。

集中してすっかり二人が眼中に無かった。失敗。


「すみません、お見苦しいところを」

「やっぱり、帰れそうに無い?」

「大丈夫です、絶望的に大変な状況とかじゃありませんから」

「そうなのかい?」


幸いこっちの世界は、俺にとって縁遠き場所でも無い。

世界の仕組みは大体把握している。俺が俺の世界を創り、そこに移動すれば生活には困らないだろう。

・・・・・・肉体がある状態で、世界って創れるのか?


「・・・・・・本当に大丈夫なの?」

「大丈夫です。何とかなります、多分。・・・・・・うん、多分」


微妙に自信は無いが。


「なんだったら、ここにしばらく滞在してみるのはどうだろう?」


自信の少ない不安は表情に出ていたのか、クライドさんから魅力的な提案が。

魅力的だ。魅力的だが・・・・・・迷惑をかけるよな。二人にとっての愛の巣だし、ココ。

お邪魔になる可能性は高い。断るべきか。


「・・・お気持ちは大変嬉しいのですが、≪待ってましたその言葉! マスター、ここはご厚意に甘えましょうっ!≫・・・」


・・・レイク?


「リカバリー機能が正常に作動しなかったのか? テンションが変だぞ、お前」

≪失敬な、私は正常です。マスターが状況も読まずに断ろうとするからいけないんじゃないですか≫

「状況読まずというと?」

≪いいですか? この世界は私達にとって未知数過ぎます。

 安全な拠点は確保しておくに越したことはありません≫


・・・・・・それは確かに。

安全な場所があるという事実は、精神的にかなりの負担軽減になる。

先が読めない今の状況では、確かに安全な場所は魅力的なのだ。


≪渡りに船。これぞ好都合。厚意は受け取らねば失礼に当たります≫

「好都合って・・・どことなく狡猾でいやらしさを感じるぞ、お前の発言」

≪何とでも言うがいいです。正直、こちらから泊めてくれとは言い出し辛かった。

 だから待っていたんですよ、相手が言い出してくれるのを。

 相手から勧められればこちらとしても気兼ねする必要ありませんし。

 これぞ待っていた甲斐もあるというものです≫

「やっぱり計算してたんじゃないか。いやらしいヤツ」

≪言ったでしょう? 何とでも言うがいいです≫

「すみません、厚かましいヤツで」

「い、いや、気にしなくていいさ。楽しい相方じゃないか」

「そう言って頂けると、こちらとしても助かります」


安全な場所はあるに越したことは無い。レイクの言葉には説得力がある。

数日戻れない可能性もあるし、せめて屋根付きの寝床は確保しておきたい。

折角の厚意である事も間違いないし、何より俺が俺の世界を創れる保証も無い。

安全地帯が既にあるのなら、お邪魔するのも一つの選択しか。


「じゃあ・・・・・・すみません。一応、帰る道筋が見つかるまでの間、お世話になります」

「ああ。よろしく、祐一君」

「よろしくね、祐一くん」


こうして俺は、ハラオウン&ナカジマ家へと居候することが決定した。

・・・・・・・・・これから愛の巣に居候か。決定的瞬間には遭遇しないよう、十分に注意しよう・・・。












[8661] 空白期 第十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/12/22 17:52







俺のハラオウン&ナカジマ夫婦家での生活が始まった。

現状恩返しをするすべが全く無い俺としては少々申し訳なく、多大な感謝をしつつも衣食住の面倒を見てもらっている。

最初の内こそ二、三日中でどうにかなるだろうと楽観視していた俺だったが、

いつもは苦労しつつもわりとあっさり開いていた空間が開く気配はまるで無い。



それとちょっとした発見なんだが、世界は違っても人間の味覚はそう変わらないようである。クイントさんの料理は美味しい。


「おかわりはどう?」

「あ、お願いします」

「大盛りでいい?」

「・・・量は控えめで」


ただ育ち盛りでもないクイントさんの大食漢っぷりは謎である。

しかもなんだよ、ご飯一杯の単位がドンブリって。オカズは山盛りが基本だし。

あの細身の体のどこに摂取しているのだろうか。クライドさんの食事量は普通なのにな・・・。





三日。庭を借りて没頭していたんだが、これが中々・・・。

おかしい。言葉では上手い具合に説明できないのだが、今まで開けていた扉の感覚と、妙に違う。

扉があることは確認できる。鍵は持っているから後は開けるだけなのに・・・・・・。

違和感があるとレイクに説明してみると、

曰く、≪今まで押して開けていた扉を、今度は引いて開けなければならないような違いじゃないですか?≫だとさ。

なるほど。言い得て妙だ。


「そういえばさ、お前はリカバリーで簡単に直るのに、どうしてとらハはクイントさんが修理するんだ?」

≪とらハは私と違い、アレでも歴としたストレージデバイスですから。正真正銘の。

 自己の意思で自己を修復する機能は備え付けられていませんし、マスターの命令が無ければリカバリーを行おうとはしません。

 そもそも、マスターの言葉を聞きとれる程度の軽い破損ではないでしょうしね≫

「ふ~ん。そんなもんか」


とらハには無理させ過ぎたもんな。

修理が終わったらとらハに謝ろう。







五日が経過。流石に五日目にもなると、これは長期戦も覚悟しなければならないと理解し始めた。

いくら試行錯誤しても切っ掛け一つ掴めない。

例えれば押す扉を引けばいいのだろうが、引き方が解らない。扉に取っ手が無いも同然なのだ。開けるに開けれない。

扉が開かない事に焦りが無いわけじゃない。帰れないという事は、イコール皆に心配をかけることになるから。

だけど俺の力が及ばぬ以上どうしようもない。

となると、クライドさんとクイントさんにお世話になりっぱなしになるかもしれないな・・・。

汗だくになるまで頑張っても、成果一つ上がらない日々が続く。


「一息ついたらどうだい? 時には休んで考えてみる方が、いい考えが浮かぶこともある」

「ふひ~・・・・・・。そうですね、そうします」





一週間が過ぎ、俺はついに諦めた。

帰るのは諦めてないぞ。急いで帰るのを諦めたんだ。

一週間も家を留守にしているんだ。向こうではきっと行方不明騒ぎだろうし。

騒ぎにならないように頑張っていたが、騒ぎになっているのなら焦っても仕方が無い。

それにクライドさんとクイントさんの二人には朝昼晩の三食と、屋根付きの寝床を提供してもらっている。

今更と思わないでもないが、これ以上二人のギブ(好意)に甘えてテイク(恩返し)無しのままは相沢祐一の沽券に関わる。


≪本当に今更ですよね。散々お世話になっておいて≫

「言うな」


妙案が無いかと考え抜いた俺は、朝食の準備を任せてもらえるように頼み込むことにした。

朝食は寝起きゆえに、作るのが一番ダルいだろう。そう思ってのことだった。

最初は遠慮していたクイントさん(主に料理担当)だったが、土下座したら即OKが出た。

まさか土下座するとは思っておらず、かなり驚かせてしまったな。というか土下座は異文化でも謝るorお願いする行為なのか。


「仕方ないわね・・・。朝食を任せるにしろ任せないにしろ、お手並みは拝見させてもわうわよ?」


ということで、本日の昼食をクイントさん監視の下、作ることになった。

冷蔵庫を開けたらワンダフォーだったな。日本の食材がぎっしり、それも新鮮なままで詰め込まれていたし。

何故地球の食材がこの冷蔵庫に・・・・・・?

後で話を聞いたんだが・・・この冷蔵庫は、開けた者が望むままの食材が中に出現するらしい。

流石想像が現実になる世界。何でもアリだな。買い物する手間が省ける上、買い忘れの心配も無い。

その代わりずぼらにならないように注意が必要。



料理の結果は合格レベル。クイントさんもクライドさんも問題無しと判断してくれた。

母さん直伝で、秋子さんのご指導もありスキルを地道にコツコツ上げてきたのだから当然である。

しかし調理最中のクイントさんの質問攻めが大変だった。

日本の食材はやはり珍しいのか。食べられるのかどうかひじょーに心配していたしな。

舌には合ったようで何より。

それから朝食を任せてもらえるようになり、家事を手伝いつつの、頭の中では常に扉を開く方法を模索し続ける日々。

いつの間にやら二週間が経過していた。

























「へ? 二人って、もう死んでるんですか? しかも生前では赤の他人?」

「ああ」

「で、二人とも別の人と結婚してて、子供もいたと?」

「そうよ」


夕食後ののんびりとした時間。雑談に花を咲かせていたら、いつの間にやらこんな話に。

二人の関係を聞き、本気で驚いた。

てっきり恭介達と同じく、知り合い同士で団結してこの世界を創ったとばかり思っていたのに。

肉体を現実に置いてきて、意識だけがこちらに来ているのかとも思えば・・・それも違うとな。

その後も詳しく話を聞いてみる。どうやら二人とも時空管理局の仕事中に殉職してしまったクチらしい。

クライドさんはロストロギアの搬送中にロストロギアが暴走し、仲間の砲撃により船ごと沈んだそうだ。

クイントさんは犯罪者のアジトに乗り込み、無念にも返り討ちにあってしまったとさ。

二人が殉職した時期は違い、クライドさんとクイントさんが死んだ期間は軽く10年開いているんだと。

家族残して殉職なんて・・・不憫だ。俺なら死んでも死に切れない。

つか別に生きてなくてもこっちに来れるのか・・・?


「じゃあどうしてこの世界に? この世界って本来、早々簡単に来れる場所じゃありませんけど・・・」

「それは僕達にも分からない。気がついたらここにいた」


だよな、普通は。意識してこっちの世界に来れる人間なんて早々いない。

俺はその『早々いない』人間の一人なんだけど。


「最初ココに居たのは、僕だけだった。

 5年ぐらい過ごしたかな。孤独がアレほど身に堪えるものとは思いもしなかった」

「うわ・・・。それはさぞ暇だったでしょうに・・・」


孤独、ということは・・・クライドさんはたったの一人でこの世界を創ったのか。

5年間も一人で過ごさなければならないって、俺なら(暇で)間違い無く死ねる。

向こうの1年と地球の1年が同じ日数かどうかはわからないが、もし同じならざっと暗算しただけでも1500日を越える。

恐ろしく暇に違いない。


「最初こそ家族に会いたい一心で、この世界から脱出する方法を模索していたかな。

 幸い蔵書はあったしね。無限書庫には全然及ばないけれど、それなりの量が。

 本を読めばこの世界について何か解るのではないかと、書物を読み漁っていた」

≪この世界については理解できましたか?≫

「ある程度はね。望めばどんな物でも手に入る世界だと気がついたのは、大分後になってから。

 結論から言えば、僕の力ではどう足掻いても脱出することは不可能だと思い知ったさ。

 なにしろ、もう死んでいるんだからね」


最後は皮肉なのかブラックジョークなのか。

肩を竦めながらあっさりと言い切る姿に、俺はどう言葉をかけようか迷う。

・・・・・・ジョークではないか。死んでいるのは歴然たる事実らしいし。


「・・・・・・もう成仏・・・って言うんですかね。消えたいとは思いませんでした?」

「消えようと思ってはいた。生きていることに飽きてきていたし。

 だけど世界というのは皮肉に出来ていてね」


一旦言葉を切るクライドさん。そんなクライドさんにクイントさんがそっと身を寄せる。

クライドさんは肩を抱き、クイントさんの頭に頬を乗せた。

だから、子供の前でいちゃつくんじゃない!


「誰もいない世界からいざ消えようかと思っていたそんな頃、

 この家の庭に・・・・・・クイントが倒れていたんだ。

 あの時は本当に・・・救われた」


俺がこの世界に来て最初の頃、クイントさんがクライドさんに「一人じゃない」と慰めていたのはそれが理由か。

正直真正面でいちゃつかれたと思って随分困ったもんだが・・・。

ん? クライドさんがクイントさんに惹かれたのには、弱り目になっていた中で出会えたそこら辺に理由があるのだろうが、

でもならどうしてクイントさんはクライドさんを好きになったんだ?

助けられたから・・・じゃ、理由としては弱いし。夫や子供がいたんなら、クイントさんが簡単に靡くとも思えない。

野暮かとは思うが・・・・・・聞いてみるか。


「クイントさん。クイントさんはどうしてクライドさんを好きに? やっぱり世界でたった二人の人間だから、とかですか?」

「え、私? そんなベタなシチュエーションで惚れたりなんかしないわよ」


クライドさんに身を寄せながら心底可笑しそうに笑い、断言する。

だよな。だろうとは思っていた。


「そうねぇ、私は・・・・・・どうしてかしらね。私にも分からないわ」

「「え?」」


俺どころかクライドさんも驚く。

意外だ。クイントさんが確信も持たずにクライドさんを好きに・・・・・・いや、意外でもないか。

運命のパートナーだろうと、フィーリングで「この人!」と決めそうな気もする、クイントさんなら。


「ただ・・・気がついたら惹かれていた。強いて言うなら、真っ直ぐなところに惹かれたのかしら?」

「真っ直ぐ?」

「そう、真っ直ぐ」

≪具体的には?≫

「・・・・・・子供達が心配で、どうしてもミッドに帰りたかった私に、寝る間も惜しんで協力してくれたところ。

 勿論クライドからこの世界がどういう世界かは聞かされていたし、私が死んでいることも知った。

 予め戻れる可能性は限りなく低いって、最初から全部ハッキリと言ってくれたし。

 それなのに、それでも私を元の世界に帰らせることが出来ないかって、全力で努力をしてくれたの」

≪理解しました。無理をするクライドの生活面の面倒を見ていると、母性本能を擽られたんですね?≫

「おいレイク。クイントさんも言ってただろ? そんなベタな展開じゃ・・・」

「そうね、確かにそうかも。私は体を動かすのは得意だけれど、研究の類はさっぱりだったから。

 ぜ~んぶクライドに頼りっぱなしだったし。

 食事の用意をして、それを『おいしいよ』って食べてくれたり、

 書庫で碌に睡眠もとらずに頑張るクライドを無理矢理休ませたり。そうこうしている内に・・・・・・」

≪惚れたんですね≫

「って?! しっかりベタなシチュエーションで惚れてるじゃないですか!!」


俺の想像とは違うパターンだけど、しっかりベタなシチュエーションだ!

男性を世話して母性本能を擽られるのはワリとありがちだぞ!?


「そう? まあいいじゃない。細かいことは気にしたら駄目よ?」

「・・・・・・・・・」


『細かいことは気にしたら駄目』『気にするだけ無駄』

俺もたまに使うが、これらの言葉は反則だと思う。

それを言われただけで、「あぁそっか。気にしたら駄目なのか」という気持ちにさせられる。

もはや一種の暗示だな。


「わかりました、わかりましたよ。・・・それでクイントさん。もう子供達のこと、気にならないんですか?」

「気になるわよ、それは。気にならない日は無いわ。だけど夫のゲンヤはアレでもしっかり者だから。

 きっと子供達を立派に育て上げてくれるって、信じてる」

「恋人が真横にいるのに夫を信頼する惚気発言禁止!!」


思わず突っ込む。

クライドさん落ち込んでも知らないぞ?!


「大丈夫よ、クライドは分かってくれてるから。それに私だってたまに、前の奥さんとの惚気話聞かされるわよ?」


おいおい・・・。お互いが、前の夫(妻)をまだ好きでいると理解した上で、それでもこの二人は好き合っているのか?

これって不倫か? それとも浮気? もしやもしや、異文化ではそれが普通なのか?

地球の常識で雁字搦めになっている俺の方が視野が狭い変な野郎なのか?!


≪マスター、多分気にしたら負けなんだと思いますよ?≫

「俺は負け組みか・・・」


気にしないなんて、出来ません。

常識って何だろう・・・。


「けれどクイント。僕だって、別に嫉妬しないわけじゃないんだよ?」

「あん。私だって同じよ。アナタがあの人の話をする度に、心の中ではどれだけ寂しい想いをしているか・・・」


クライドさんがクイントさんの頬にキスをし、クイントさんが首元に手を回して抱き締めつつキスをし返して・・・・・・。

その時点まで確認したところで俺は立ち上がり、リビングから退出する。

二人だけの世界に入り始めた。しかもああなったら止めるのに一苦労。


≪寝ましょうか、マスター≫

「そうだな・・・」


ここ最近学んだこと。二人の世界が広がり始めたら、逃げるに限る。

この後二人は散々お互いの愛を確かめ合うのだろう。目に毒過ぎる。

自重してくれとは言えない。何故なら俺は居候だから。ちゃんと身を弁えないとな。

居候の身って、辛い・・・。

























最近、夢を見ることが多くなった。しかも起きた後にも憶えている夢。

毎夜毎夜特定の人物が出てきて、だけど夢の内容が被ったことは無い。

ただの夢ではなく・・・どことなく懐かしい夢。


『祐! 勝負だ!』

『コブラツイスト~』

『んぎゃー痛い痛い! アバラが折れるーー!!』


青い髪をした、元気一杯のフェイト。


『祐一、腹が減った』

『晩飯までもう少しだから我慢しろ』

『メシ』

『・・・それが人に物を頼む時の態度かよ』

『作れ、今すぐ』

『・・・・・・パンでいいな?』

『ほう・・・ようやく殊勝な態度になったな』

『(邪夢はどこだったかな・・・と)』


滅茶苦茶偉そうな灰色髪のはやて。


『祐一。これは何ですか?』

『パソコンだ』

『どのように扱う物でしょう?』

『どのようにって・・・・・・説明し辛いな。実際に使ってみるのを見たほうが早いかも』

『はい』


幼子のように物を知らず、執拗に知識を求める短髪なのは。

なのはに限って言えば、花見の日に夢に出てきた子と同じ。


『祐一君』

『アリシア。どうした?』

「遊ぼ!」


最後に、俺の事を祐一君と呼ぶアリシア。

出てくるのはいつもこの四人。他の誰かが出てくることは無い。

けど何でだろうな・・・。凄く懐かしいんだ。

もしかしたらこれが、アリシアの言っていた・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・

























夜。日付が変わる時間帯に、何故かふと目が覚めた。

夢の内容は相変わらず憶えている。まるで、昔経験した出来事を見ているみたいだ。

冬頃に、アリシアが言ってたっけ。俺が何かを忘れてるって。

もしかして・・・もしかしなくても、この夢に出てくる子達と関係があるのだろうか。

今はまだはっきりとしない。思い出していない部分が多いからだ。

だけど知っている気がする。とても懐かしい。

夢の続きを見ようと再び寝に入った俺の耳に、遠くからベッド(らしきもの)がギシギシ鳴る音が響いてくる。

寝ぼけ頭ながらも妙に思考は冴え渡り、そのベッドの音が何を意味しているのか瞬時に悟ってしまう。

クライドさんとクイントさんがお互いの愛情を確認しあって行為に及んでいるんだな、ふむ。

枕に顔を思いきり埋めてこう思う。


・・・・・・勘弁してくれ。












[8661] 空白期 第十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/12/24 21:06









こっちでの生活が始まって早2ヶ月。

気になることがある。


「髪が伸びない・・・」


ついでに爪も。


≪この世界で過ごしている間はマスターの肉体の成長が止まっている、或いは成長が極端に遅くなっているのでは?≫

「でもこの世界に来た頃全身についてた擦り傷は治ったぞ? 成長・・・細胞分裂が無いのなら、普通治らないよな?」

≪ここではあちらの常識を持ち込むだけ無駄ですよ。それはよくご存知のはずでしょうに≫

「そうだった、忘れてた・・・」

≪良かったですね、マスター。人間達の永遠の夢、不老長寿が手に入りましたよ≫


この世界にいる間は永遠の命だろうが、結局のところ元の世界は普通に時間が過ぎ、皆成長しているのだろう。

戻ったら俺だけ子供で、他全員がお爺ちゃんお婆ちゃんとかシャレにならんぞ。何としても戻らねば。

決意を一層強くする俺であった。

























「あ、祐一くん。デバイスの修理、終わったわ」

「クイントさん? とらハの修理・・・・・・あ」


長居をしすぎてもうすっかりと忘れてしまっていたが、とらハがやっと復活した。

クイントさんの下まで駆け寄り、受け取る。


「ゴメンなさいね。私がデバイスに詳しかったら、もっと早く修理できたんだけど・・・」

「いえ、俺では知識不足で絶対に直せなかったでしょうから助かりました。本当にありがとうございます」


最後がその姿だったためか、とらハはナックルフォームの形状のままだった。

見た目には傷一つ無く、新品同様。


≪ご心配をおかけしました、マスター≫

「いや、いい。それよりゴメンな、負担をかけて」

≪平気です≫


見た目も中身(性格)も以前と変わりが無い。念の為に他のフォームに変形させてみる。

ソードフォーム。ハンマーフォーム。ガンフォーム。そしてもう一度、ナックルフォーム。

どれもスムーズに変形し、重さにも特に変化は無い。

最後にガツンと拳同士をぶつけて、強度の確認。よし、大丈夫だろ。・・・多分。


「ねえ祐一くん。ものは相談なんだけど・・・」

「はい?」

「デバイスがその形態になるのなら、私のシューティングアーツ、習ってみる気ない?」

「遠慮しときます」


よく分からなかったが、とりあえず断っておくことにする。

習うという事は、魔法関連の技術とかその辺か? シューティングーアーツって何だろう。まあいいや。




















~~翌朝~~


「さあ、始めましょうか。・・・ほらシャキっとして」


何故俺はここにいるのだろう。

ナカジマ家(ハラオウン&ナカジマ家は長いし、ハラオウン家だとクロノ方面と被るからナカジマ家だ)の庭。

日は昇りかけの、まだ若干薄暗い空。

一人張り切っているクイントさんとは対照的に、俺はゲンナリ状態。だって眠いし・・・。

寝ているところを無理矢理起こされ、パジャマのまま庭に連れて来られた。普段ならあと一時間寝れるのに。


「まずはシューティングアーツの基本的な動きから説明するわね」

「・・・・・・俺断りませんでしたっけ? シューティングアーツ・・・」

「問答無用♪ それに祐一くんは私に借りがあるんだからね?」


・・・・・・・・・とらハを直してくれた事か? 借りって。

うぅむ・・・・・・仕方が無いな、それじゃ。

強制されるのは嫌い(好きな奴も少ないと思うが)だけど、借りもあるし無碍にするのも良心が痛む。

諦めは一瞬。しかし元気だな、クイントさん。

多分使うのはとらハのナックルフォームだろうと思考を切り替え、とらハをフォームチェンジ。


「あ。最初はデバイス使わないから」


・・・・・・気合入れるつもりでナックルフォーム装備したのに、即いらないと言われた。

ゴメンなとらハ、寝てるところ起こして。寝てたかは知らないけど。


「それじゃあ祐一くんの適性、見させてもらうわね」

「お手柔らかにお願いします」


小一時間ほどクイントさんの出す指示通りに動き続けた。







「・・・・・・驚いたわ」

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」


現在休憩中。次から次へと指示を出すクイントさんには容赦というものが無い。

大の字に寝転び息を整える。マジで疲れた。

シューティングアーツとやらが何だか分からないまま適性検査? を受けてしまったが、

出される指令をこなしていく内に大体の事は理解した。シューティングアーツとはどうやら、魔法格闘技の一種らしい。

殴る蹴るなどの打撃で攻撃しつつ魔法も使って攻撃の幅を広げるという、己の肉体と魔法をフルに使うスタイルである。

タイプで言えば、アルフとザフィーラみたいなもんだな。

久しぶりに本気で動いたせいで疲れ果てた。

肉体を魔力で強化すればそうもならないのだが、それは適性を見るという意味ではアウトだろうとノーマル状態で頑張った。


「祐一くん。あなた・・・」


近づいてきたクイントさん。寝たままは失礼だろうと上体だけは起こす。

起き上がった俺の肩に、クイントさんの手が置かれる。


「びっくりするほど才能が無いわ。うんもう全く」

「全く逆の言葉を思わず期待してしまった俺の立場は?!」


てっきり「あなた、才能があるわ!!」と言われるかと思ってしまったじゃないですか!


「そうね~・・・何が変なのかしら。でもどこかがおかしいのよ、祐一くんの動き」

「・・・・・・はあ・・・・・・と言われましても」

「もしかして祐一くん、シューティングアーツ以外に何か習い事がある? もしくはあった?」


習い事って・・・勉強事じゃないよな。ならほぼ毎週開催されてる模擬戦大会とかその辺り?

シグナムさんの剣を避ける癖がついてるとか、はたまたプレシアさんの攻撃を避ける癖がついてしまっていたりとか。

遡れば、舞と魔物退治してた時の・・・・・・遡れば?


「柔道はやっていましたね、子供の頃」

「子供? 今でも子供でしょうに」

「お、意外と難しい。でも分かりますよ、子供としょうに(小児)をかけたんですね」

「??」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「何でもありませんです、はい」

「?? そう? それじゃ話を戻すけど、ジュードーって?」


シャレを言ったとは俺も思っていなかった。が、相手にまるで通じないとちょっと落ち込む。

柔道の説明を簡単にする。俺が子供の頃柔道をしていたのは公式設定だ、説明なんて軽く出来る。

人生の中で見せ場が今まで一度も無いのは悲しいが・・・・・・・・・・・・ん? 公式設定?


「・・・そう。なるほどね、だから・・・」

「はい?」

「祐一くん。シューティングアーツって言うのはね・・・・・・」


今度はクイントさんの説明を聞く。

シューティングアーツとは、相手の勢いを自分の力にする【柔】とは違い、

コチラは全力で攻撃をしつつ相手の攻撃も全力で捌く攻守一体のものらしい。

攻守一体って・・・基本的に守備の無い攻撃のみの武術も、攻撃の無い守備のみの武術も早々無い気がするんだが。

まあ『相手の勢いを自分の力に~』とか言葉で聞くだけだと、柔道は『待ち』が全てな気がしてしまうからな。

重心をずらして~とかは説明してなかったし。

そう勘違いするのも分からないでもないけどさ。柔道は普通に攻めるぞ?


「どう? 一応分かった?」

「大体は」


柔道じゃない。空手とも違うシューティングアーツ。

一番近い例えで、漫画の魔法先生ネギ○の主人公ネギ少年やアルアル少女が使っていた中国拳法のような物だろうな。

漫画を見ただけだし本場の中国拳法や太極拳がどのような物かは知らないので、断言までは出来ないが。


「なら明日からは、その身に染み付いたジュードーの基本を叩き出すところから始めましょう。

 人間相手の肉弾戦ならジュードーでもいいかもしれないけど、魔法世界は必ずしも人間が相手だとは限らないわけだし。

 対人戦を想定した動きが身についていると、いざって時に動けないわ」

「・・・・・・はい?」


まさに寝耳に水である。柔道を忘れろ?

三船久蔵大先生を忘れろとでも言うおつもりですか?!

と心の中で否定するも俺に選択肢が無いのも事実であり、逃げ場も無い。

言うだけ言って早々に家の中へ戻ったクイントさん。クライドさんを起こしに行ったのだろう。

俺は家の中に入り、シャワーを浴びる。朝食まで時間の余裕は少ない。

心の中でちょちょぎれる涙をシャワーで誤魔化し、泣く泣く朝食を作り始める。

今日のお米はショッパかった。気分的に。

























クイントさんの宣言通り、翌日から柔道がどれ程無力かを知らしめる為の猛特訓が始まった。

初日はシューティングアーツの基礎的な動きを徹底的に繰り返すだけだったが効果無しと見るや、

二日目にドラゴンを用意してきたクイントさん。

以前にちゃんと倒したことあるし、私の創造だから大丈夫よって言われたが10メートル離れて立っても見上げる大きさ。

夜明け前の日の光に照らされた鱗は、鈍く青い光沢を放っている。

いやさ、ドラゴンて何? ドラゴンてなに?!

クイントさんこんなのと戦ったことあるんですか?! 肉食獣っすよ!!

確かに重心がどうとか相手の力をどうとかいうレベルじゃない。人外ってどういうことさ。

柔道で倒すのかって? 馬鹿言っちゃいけない。無理。

柔道に限らず、もし地球の武道で挑もうもんなら潰される。こう・・・プチッと。

蟻は恐竜に勝てない。フ○ーザ様は正しい。

従って俺は魔法で倒した。主になのはのお得意なぶっとい砲撃で。

そしたらクイントさんに殴られる。

シューティングアーツの練習にならない。ジュードーの基本を忘れるまでは砲撃は一切せずに肉体一つで攻撃しろってさ。

んな無茶な。

一時間まるまる逃げ回った。ドラゴンが歩く地響きで目を覚ましたクライドさんも起きてくる。

その翌日ではクライドさんが俺の特訓を手伝ってくれることになった。・・・・・・なんで?





ドラゴンに次いで今度は火の鳥が出てくる。またの名をフェニックス。このまま幻獣種のオンパレード?

クライドさんはフェニックスを倒したことがあるんだとさ。主に肉体は無いから冷却の魔法で消すのが一般的な倒し方だって。

夜明け前なのにかなり明るい。朱色に燃える炎の塊は、まるでそこに太陽があるかのように錯覚させる程の光を放っている。

どうやって肉弾戦で勝てと?

その日も逃げ回る一時間が始まる。逃げと避けは異常な速度で上達していると断言する。

フェニックスって、掠るだけでもあちぃぞ。





更に翌日。流石にこのままじゃ上達の見込みがないと判断したのか、クイントさんも手心を加えてくれる。

大きな亀だった。サイズこそドラゴンと変わらなかったが。

これもクイントさんが倒したことのある動物の一匹らしい。

動きは鈍いし格好の標的だけど、時々見た目に反して猛スピードで攻撃してくるから気をつけてってさ。

しかも亀の甲羅は黒色で、体に大蛇が巻きついている。

・・・・・・・・・読めたぞ。明日は白い虎が出てくる。そうに違いない。


「四神獣は倒しちゃ駄目だろ」


仮にも地球では神様扱いされてる動物達なのに。

(正確には火の鳥と朱雀は別物だが、『鳥』と『赤い』というイメージカラーではある意味共通しているしな)

そんな神様相手に修行をする俺も俺だけど。

幻獣種のオンパレードは撤回しよう。もっと相応しい言葉がある。


「まるで幻獣種のバーゲンセールだな」


言ってみたかっただけである。特に意味は無い。後悔もしていない。

手加減と言うだけあり、確かに前二匹よりは幾分か攻撃しやすかったけどさ。

ただしちょっと隙を見せた瞬間、蛇が首を伸ばして俺を捕捉しようとするから色んな意味で気が抜けなかった。

蛇よ・・・別に亀に巻きついている必要は無いのでは?

パクリと俺を一呑み出来る大きな口が迫る様は圧巻だ。正面から来ると、恐怖で一瞬足が竦む。

蛇は獲物を噛まずに丸呑みするらしい。蛇に睨まれたカエルは動けず、あっという間に蛇の食料となる。

カエルの気持ちが少し分かった、これは対峙しないと決して味わえない恐怖だろう。

知りたくなかったな・・・あまり嬉しくない経験だ。


「あ~あ・・・・・・俺ってば、なにやってんだろ・・・」


どうしてこう無駄に戦闘方面のスキルばっかり身につけることになるんだろうか。別に魔法世界で生きていく気無いのに。

そこそこの人生でいい。地球で平々凡々に暮らし、高望みをするつもりはない。

なのに俺の意志に反し、何かと厄介事が舞い込んでくる。それも魔法の力が必要なことばかり。

まるで魔法世界が俺を、そちら側へと引き込もうとしているかのように。

世界は理不尽すぎる。世界の理不尽なんて、別に今に始まったことじゃないが。



一応良い事もあったぞ。武だけ修練して学が無いのはバランスが悪いと、クライドさんが勉強を教えてくれるようになった。

暇な時間をフル活用して無駄に書物を読み漁っていただけあって、彼はまさに知識の宝庫。

夜天の魔導書についての知識も豊富だったのは予定外の収穫だ。お陰で夜天のデバックも捗る。

けどどうして夜天の魔導書だけピンポイントであんなに詳しかったんだろうか。

気になって訊いてみたけど、瞳に寂しそうな感情を浮かべて何も答えてくれなかった。

過去に何か遭ったんだろうか? けど俺が踏み込んで良い領域なのかどうか判断できないし。

結局それ以上は何も聞けず、俺は大人しく勉強を教わることにした。

ミッドの文字って・・・ほんと英語に似てるなぁ。

























翌日は俺の予想通りに白い虎・・・・・・・・・ではなく、またもやドラゴンが相手だった。ただ最初の奴とは違う。

先日のファンタジーに出てきそうなドラゴンとは違い、もっと恐い感じの見た目だ。

こいつは第一種稀少個体(簡単に言えば、管理内・外全て含めた世界で、その一匹しか確認されていない生物)であり、

元々は管理外世界に生息していて、現地の人々からは【バハムゥト】という名の神として恐れられていた生物らしい。

だから肉食獣は駄目ですってば、クイントさん。












[8661] 空白期 第二十話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2010/12/24 21:40










  ギィ・・・





「・・・?」


扉が軋む様な音を立てた。感覚を逃さない内に、俺はもう一度同じ行動をする。


  ギィ・・・


確実な手応えではないが、先程よりも大きく、はっきりと聞こえた。扉の軋む音。

それでも聞き逃してしまいそうな程の小さなもだが、無視するほど小さな変化でもない。


(これは・・・)


世界の境界が・・・・・・


「ッハ!」

「んぎゃっ!」


意識が別の方向へと逸れていた俺に、側面から質量を持った一撃。

綺麗に俺の頭だけに直撃し、そのままサッカーボールのように蹴り飛ばされる。

ダンッ! ダンッ! と地面を数回バウンドし、


「・・・がはぁッ!」

「ゆ、祐一! 大丈夫?!」


硬い壁に叩きつけられた。

叩きつけられた衝撃で頭を更に強く打ち、俺の意識は闇に沈んでいく。

しまった・・・。今は、クイントさんと組み手の真っ最中だった・・・。
























「大丈夫?」

「頭が痛いです・・・」

「ゴメンなさい」

「いえ、こちらこそ・・・」


地面の上に寝転んでいる俺。後頭部にはやわらかいクイントさんの太もも。

目が覚めたら既にこの体勢であった。

きっとしこたまぶつけてズキズキ痛む頭を直に地面に置いておくのは忍びないという、クイントさんの気遣いだろう。

どこぞの人間は『女が男にする膝枕には夢とロマンが詰まっている!』とか言ってるが、実際それは大げさだ。

しかしクイントさん程の美人を至近距離で見つめるというのは・・・気恥ずかしい。


「本当に大丈夫? 顔が少し赤いけど・・・」

「気にしないでください。クイントさんの顔が間近にあるから、少し照れてるだけです」

≪言う必要も無いのにわざわざ自分で暴露するとは・・・流石です、マスター≫


俺の両腕から響いてくる声。喋ったのはとらいあんぐるハート。

こいつも昔と比べると随分変わったよな。最初こそ多少の応対だけだったのに、今では自分から話かけてくるし。

普段からレイクが鍛え続けた結果らしい。それでもストレージという枠からは外れていないとさ。

いやさ、もうインテリジェントでもいいんじゃないのか?


「・・・・・・ふぅ」

「・・・どうかしたの?」

「はい?」

「何かあったんでしょう? 久しぶりじゃない、祐一が私の一撃を・・・しかもあれだけダイレクトに食らうなんて」


クイントさんの言うとおりだ。先程ほど綺麗なダイレクトに一撃を貰うのは本当に久しぶり。

最後に食らったのは・・・・・・どれくらい前だ? 日記なんてものはつけてないから一々憶えていられない。


「あ~・・・・・・そうですね・・・・・・。どれくらいぶりでしょうかね・・・」

「前の時は、祐一がホームシックになってた時だったかしら?」

「どうしてそう繊細でナイーブな男心をドリルで抉ってきますかねクイントさんは!!」

≪マスター。正確に『ナイーブ』という英語を日本語に置き換えたら、未熟な、世間知らずな、などの意味になります≫


知ってらい!

くそっ、クイントさんのお陰で思い出したくも無い記憶を思い出した!


「それで? 何か気になることでもあった?」

「・・・・・・・・・あった、というか・・・かもしれないというか・・・・・・」

「?」

「断言は出来ません。ですが、境界が若干軋みを上げたみたいで・・・・・・」

「・・・もしかして、帰れそう?」

「・・・はい。多分」


ずっと俺に稽古をつけてくれていただけのことはある。・・・僅かな言葉で察してくれる辺りがありがたい。


「そう・・・。来るべき時が来た、とでも言うのかしら?」

「どうでしょうね。もしくは、”来てしまった”・・・とか」

「けどする事は変わっていないわ。今の内に沢山稽古をつけておきましょうか。

 今の内に出来ることは、出来るだけ・・・ね?」

「はい。お願いします」


それでも・・・普通に接してくれるクイントさんは、本当に強い人だと思う。


「・・・・・・今から頭が痛くなるわねぇ」

「今この時ほど、早期の内に帰れなかったことを悔やまない時は無いですよ・・・」


二人で揃ってため息を零す。

今夜を思うと・・・はぁ、気が重い。

























「「いや~~~~~~~~~~~~~!!!」」


夜。全員が集まったナカジマ家のリビング。

クイントさんとの稽古中に、扉に違和感があったことを伝えた。ひいては、元の世界に戻る算段がついた事も。

本当は遠回しに言おうかとも悩んだが、結局ダイレクトに。

結果拒絶の一言を貰い、ボディと顔面にヒシと抱き付かれる。

想像通りだった。はぁ・・・。


「あ~よしよし。泣くな泣くな、にぃが困るから」

「帰っちゃいや~~~!!」

「い~や~~!!」


泣き喚き、聞く耳を持たないちびっこ共。

顔面にも抱きつかれているから若干息が苦しい。

泣くなと言いながら背を撫でれば、足まで回されガッチリとしがみ付かれる。


「二人とも。祐一が困っているだろう?」

「「や~~~~~~!!」」


クライドさんが二人を外そうとしてくれるけど、テコでも動かないとばかりに張り付いたままだ。

手加減無用の子供パワー、恐るべし。


「ほら二人とも、祐一から一旦離れな・・・さい!」

「んにゃ~~~~!!」

「ぴ~~~!!」


クイントさんが力ずくで二人を引っぺがす。

老いを知らず日々鍛え抜かれている母親の力の前には、子供二人の力なんて無いに等しい。

あっさりと引き剥がされた。引き離されたそのあとも、俺に向かって必死に両手を伸ばしてくる二人。

ううぅ・・・良心が痛い。

クイントさんが抑えている間は二人とも動けない。クライドさんが話を進める。


「それで、本当に帰る目星が?」

「はい、ある程度は。本格的にはまだですが、さっき軽く試した感じではいける筈です」

「そうか。すぐにでも行くつもりかい?」

「・・・・・・この様子じゃ、それも無理でしょう」


視線を送る先は、クイントさんの腕の中で暴れている子供二人。

二人を納得させないまま、俺の都合だけで即さようならだと今後の教育上よろしくない。


「・・・それに俺としても、多少心の準備は必要ですし・・・」

「心の準備? 理由を聞いても良いのかな?」

「理由って・・・・・・分かるでしょう?」

「・・・・・・?」

「こっちの世界に来てからどれぐらいの時間が流れたと思います? 8年ですよ、8年!!

 どの面下げて帰れと? 二人の間に出来た子供も、その数年の間にこんなに大きくなって・・・」


しかも帰ったら帰ったで、俺子供のまま成長してないし!

そもそも家があるのか? 記憶が正しければ、父さん仕事の都合でもうとっくに海外に飛ばされてる頃だよな・・・?

頭を抱え、机に突っ伏す。


「あうあー・・・」

「まあまあ。そこまで悲観的になるものじゃない。冷静に、正直に事情を話せばきっと分かってもらえる」

「その通りですね。最終手段は秋子さんの家にご厄介になるという手も残っていますし」

「・・・・・・相っ変わらず立ち直りが早いね」

「ポジティブシンキングが売りですから。空元気も元気の内ってことです」


俺にとっては空元気=元気だ。つまり元気だ。

尚もピーピーと泣き声を上げる子供が二人。

この元気をちっこい二人にも分けてやろうか。


「クイントさん。貸してください」

「いいの?」

「はい。キチンと俺から説明します。上から押さえつけられて無理やり納得させられるんじゃ、納得できないでしょうからね」

「それもそうね。はい」


ポイポイと物のように放り投げるクイントさん。

それを華麗に受け取る俺。こんな光景はこの家では普通だ。


「にいぃ~~~~~!!」

「うあ~~~ん!!」


キャッチした途端に抱きつき、再び泣き出した。


「ほんっと、見事に懐かれたわよね・・・」

「懐かれる前に帰る事が出来てれば、こんな事態にはならなかったんでしょうけれどね・・・」


わんわん泣き喚く子供二人。今は何を言っても無駄だろう。

落ち着くまではしばらく泣かせておくか。

ぎゅっと抱きしめてくる二人を抱きしめ返して、小一時間ほどを過ごした。




















二人の名前は【エリオル】と【クロウ】。

この世界にて出来た、クライドさんとクイントさんの愛の結晶である。

どちらもれっきとした男と思わせぶりな名前ではあるが、エリオルは女の子である。つまり姉と弟。

産まれたのは、俺がこの世界に来てから2年後と4年後の出来事。

現在の時間から逆算すれば、4年前と6年前。


カードを扱う魔法少女のアニメに出てくる大魔術師がそんな名前だった気がするが、関連性は無い。

似てると思うのなら、気のせいだと言っておこう。


クロウは黒髪で、クライドさん似。エリオルは、誰に似たのか見事な赤髪。

俺すら成長しない世界で、既に死んで老いない二人から生まれた二人はすくすくと育っている。

創造じゃない普通の子供は俺しかいない(ある種俺も子供ではないが)為か、二人は俺に非常に懐いた。

物心つく前からずっと世話もしてたもんな。

だからこそ、二人が俺と別れる事実はとても辛いはずだ。ただ今回ばかりはな・・・。


「別にさ、これからずっと会えなくなる訳じゃない。もしかしたら時々は遊びにだって来れるかもしれないし・・・」

「「・・・・・・・・・」」


三人でごろんと雑魚寝。しがみ付いたまま離れない二人。

手を離せば、俺がどこかへと行ってしまうと思っているかのように。


「つっても、二人にはまだ分からないよな」


俺の左右で寝転がっている形の二人の頭を、両腕で抱え込みつつ撫でる。

子供は良くも悪くも自分に正直だ。

二人のような年齢になれば多少は我慢も覚えるが、限度は当然ある。今回は限度を超えたパターンだ。

筋道を立てて説得しようにも、言葉だけじゃどうしようもない。こいつらの知識が足りないから言葉で説得は十中八九無理だ。

第一どうやって説明する? 今の今まで本当の兄のように慕っていた相手から、

「俺、明日から遠くに行く。もう会えないかもしれないけど、元気でな」

なんて言われて、

「うん、分かった。さよならお兄ちゃん」

て返す弟妹がどこにいる? いないだろ。普通はイヤだと駄々をこねる。10にも満たない子供なんだからな。

こればっかりはどうしようもない。あっさり見送ってくれたら楽だったが・・・・・・・・・。

いや、それはそれで問題か。そんなあっさりと言われたらリアルに落ち込む。主に俺が。


「にぃ・・・」

「ん~?」

「どうしていっちゃうの・・・?」


胸にナイフが突き刺さった。そんな声で言われたら良心に傷が・・・。


「ん、と・・・・・・。例えばエリオル。

 エリオルとクロウが公園で一日遊んでて、いつの間にかもう夕日が沈みそうな時間になっているとするだろ?

 そんな時、エリオルならどうする?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんない」

「おひさまがしずむのは、おうちにかえるじかん」

「そうだ。良い子だな、クロウ。

 もしお日様が沈んでもエリオルとクロウが帰ってこなかったら、お父さんとお母さんが心配する。

 だから俺も帰る。それと同じ」

「にぃのおうちは、ここ・・・」


寂しそうに、悲しそうにエリオルは言った。

別に悪い事をしているわけではないが、罪悪感が募る。


「ん、そうだな。ココもお家だ。

 クライドさんが父さんで、クイントさんが母さんで。二人は可愛い俺の妹と弟。

 だけどココ以外にもあるんだ、帰るお家が。

 そっちでは、ず~っと俺が帰ってこないって心配してる人達がいる」

「しんぱい・・・?」

「そう。だから帰らなくちゃいけない」

「ふぇ・・・」


エリオルがまた泣く。エリオルに釣られてクロウも泣く。

またしばらく泣き続ける二人を抱きしめる。

言葉で慰めるよりも、こうやって行動で慰める方が子供には効果的だと知ったのはここ最近のことだ。

あ~もう、どうしろってんだ・・・。


「・・・ぐす・・・・・・にぃ。こまってるの?」

「へ?」

「にぃがこまってるなら・・・・・・りお、がまんする。クローも・・・ぐす・・・がまんしよ?」

「・・・・・・・・・ん」


どういう心変わりなのか。鼻をスンスンと啜りながらも、エリオルは俺が帰ることを承諾してくれた。

それどころか、クロウにも言い聞かせている。


「・・・・・・いいのか? エリオル」

「・・・ぅん」


言葉とは裏腹に、エリオルが俺の服を掴む手には力が篭っている。

寂しくて、だけど我慢してくれているのだろう。


「ありがとう、エリオル。クロウも・・・」

「・・・く~・・・」

「・・・ありゃ、泣き疲れたか」


お礼を言ってクロウを見ると、すでに寝息を立てている。

散々泣いてたからな、疲れ果てたんだろう。いつもより寝つきが良い。

口から涎を垂らし・・・・・・んぎゃ、服に付いてる。


「ねー、にぃ・・・」

「ん?」


眠そうな声。顔を向ければ目をショボショボとさせ、今にも眠りそうな様子のエリオル。

数分も経たずに眠りの世界へ旅立っているだろうと断言できる状態だ。

眠いのを我慢してまで、俺と話をしたいのだろうか・・・。


「にぃ、りおにあいにきてくれる?」

「・・・・・・努力はする」

「・・・くすん・・・あいにきてくれないの?」


折角眠りそうなのに、またぐずり始める。言葉一つ間違えただけで泣きそうだ。

なので言葉を慎重に選ぶ。


「俺だって会いに来たい。だけどそれは、とっても大変なことなんだ」

「たいへん・・・?」

「隣接する世界・・・って、こう言っても分からないよな」


この世界はクライドさんが作った世界。

つい忘れそうになるが、この世界にはクライドさんの世界の他に、無数の世界が存在する。

俺が空の狭間を渡れたとして、果たしてクライドさんのこの世界にたどり着けるかどうか。

確率的に考えて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何万分の一とか、そのぐらい?

止めよう。考えるだけダメな気がする。


「難しいが・・・一応、頑張ってはみるさ」

「ね、にぃ。りおが大きくなったら・・・・・・にぃに、あいにいってもいい?」

「エリオルが会いに来るのか? それだと、クイント・・・お母さんとお父さんと離れ離れになるけど、いいのか?」

「ふみゅ・・・じゃあ、みんなでいく。・・・おかあさんと・・・・・・おとうさんと・・・・・・クローといっしょに・・・・・・」


言葉の途中で電池が切れたようにコテンと頭が落ち、眠りに沈んだエリオル。

顔は泣き腫らして酷い状態。だけど俺の目にはこの寝顔が、とても可愛く映る。

全員で会いに来る、か・・・・・・。


「修羅場だろうな。実行されたら」


主にハラオウン一家が。

ま、そうなったらなったで俺は逃げるがな。

肉体が無いクライドさん達は兎も角、この二人はどうなんだろうか。

体が成長はしているし、肉体が無いとは言い切れない。


「世界の壁、越えられるのか・・・?」


もしも越えてきたら・・・・・・どうするかな。とりあえずクロノには報告か。

なにせこの二人は、クロノと・・・・・・。


「ふぁ・・・ねむ・・・」


色々考えてる内に、ようやく眠気が襲ってきた。

8年か・・・8年経ってると、一番年長の舞と佐祐理さんは二十歳になってるな。

佐祐理さんは・・・・・・想像しなくても想像が付く。前とそんなに変わらないだろう。

器量良しのしっかり者だし、一弥という弟も付いている。心配無い。

逆に舞はどんな大人になっているんだろうか。

あの純粋で明るい舞なら、何をせずとも男どもが寄って来るだろう。

容姿は佐祐理さん並に良い上、スタイルも申し分ないだろうし。彼氏がいたとしても不思議じゃない。

せめて悪い男に引っかかっていなければ良いが・・・・・・。

香里と栞は・・・あんまり変わってない気がする。それと名雪も。

栞のメルヘン性格は相変わらずだろうな。体は健康体だし、昔みたいなことにはならないと思うけど。

名雪はいつもの通り、マイペースな眠り姫で決定だ。会わなくても分かる。

美汐は真琴と天音が居るから問題無いとは思う。彼氏とかは想像も出来ないな。

真琴には寂しい想いをさせてしまっているが・・・・・・まさか寂しさで変化してないよな? それだけが心配だ。

あゆは・・・・・・


「どうなんだろうなぁ」


どんな風に育ったのか一番謎だ。食い逃げをしていてくれれば俺としては言うこと無いが。

相変わらず背が低いのか? それとも寝たきりじゃなく普通に育った場合、人並みに身長も伸びるのか?

だとしたらもう小学生だ男の子だとからかえなくなる。

・・・・・・・・・二十歳間近の女の子にそんな言葉でからかうのは子供っぽ過ぎるかもな、流石に。

俺は未だ小6のこの容姿なんだが、性格は子供のままがいいのか? それとも成長した皆に合わせて大人の対応した方が良いか?

考えることが山積みだぞ・・・。帰ってもしばらくは苦労するかもしれない。覚悟はしておくか。

向こうを発った時間に戻れれば文句無しの言うこと無しだが・・・そうそう都合良くはいかないよな。

さて、考えるのを止めてそろそろ寝よう・・・・・・。


「おやすみ。エリオル、クロウ」












[8661] 空白期 第二十一話
Name: マキサ◆8b4939df ID:4b711230
Date: 2011/02/01 16:05










「それじゃあ、もう行きますね」

「そうか。・・・たまには遊びに来るといい。難しいかもしれないけれどね」

「はは・・・最大限善処します。

 クイントさん。一応料理のレパートリーはレシピに纏めてますので、

 料理の作り方が分からなくなったら活用してください」

「ありがとう」

「後は・・・・・・・・・特に無いですね」

「そう。・・・・・・ほら、二人とも」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「あらら。黙り込んじゃったわね」


う~む・・・。


「エリオル。クロウ。

 二人が俺の所に遊びに来たら・・・・・・そうだな。二人の兄ちゃんになる人に会わせてやるな」

「にい・・・?」

「そ。俺からの約束だ。楽しみにしてな」

























SIDE:フェイト


祐一がなのはの一撃を止めていられたのは、ほんの束の間の時間だけだった。

数分進行を停止していたなのはのスターライトブレイカーも再び動き出して、進行方向の全てを呑み込んでいく。

明らかに普通とは桁外れの威力を持った一撃。総合的な威力で見れば、この中の誰の魔法よりも凶悪。

思わず肩を抱き、身震いしてしまう。


む、昔・・・私もアレを受けたんだ・・・・・・。


記憶がフラッシュバックする。出来ればアレはもう二度と受けたくない。

全てを吹き飛ばしていくなのはの最凶まほ・・・じゃなくて、最強魔法。

後に残るものは・・・何も無い。


「・・・・・・・・・あ、あれ?」


なのはが素っ頓狂な声を上げたのが聞こえてくる。予測外の事が起こって、放心しているみたいだった。

空の彼方に消えた桃色の砲撃。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祐一の姿が、無い。

・・・・・・もしかして、祐一・・・・・・・・・・・・。


「・・・なぁ、なのは」

「アルフ?」

「出来ればぁ・・・言いたかないんだけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・祐一のヤツ、消し飛んだんじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? なにそれ、何の冗談なの?」


アルフが、私が心で思ったことを代弁してくれた。

凄いよアルフ。私にはマネ出来そうにない。


「いや~・・・あれは・・・・・・・・・。な、ヴィータ」

「よりにもよって何て事をあたしに振るんだよ!」

「冗談だとしてもちょっと酷いよね? ヴィータちゃん」

「・・・・・・・・・・・・あー、え~っと・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」


ヴィータの沈黙になのはは首を傾げる。

もしかして、本当にアルフの言うこと信じてないとか?

祐一があの一撃を受け止めきれるって本気で思ってたの? さっき呆けてたのはそのせい?

むしろ、耐え切ったら奇跡。みんな内心では、そう考えていると思う。

確かに祐一なら受けきることが出来そうに思わないでもなかったけど・・・・・・やっぱり無理だよね。

言いよどんでいたヴィータも真っ直ぐなのはを見て・・・・・・ゆるゆると口を開いた。


「・・・・・・じ、実に惜しい奴を亡くした」

「へ?」

「だから・・・さ。アルフが言った通り、あたしも祐一が消し飛んだと思うけど・・・」

「そ、そんな・・・ヴィータちゃんまでそんな嘘・・・・・・」

「だってよ、非殺傷設定なら肉体にはダメージ無いし、食らったショックで気絶してそこら辺を落下してる筈なんだ。

 一応あたしは落下した時の為に、祐一より下の方で待ってたんだけど・・・・・・落ちてこないし」

「・・・うそ」

「マジマジ」

「うそぉ?!」


最初は冗談かと思っていたなのはだけど、アルフとヴィータの念を押すような肯定の言葉と表情で、

本気でそう思っていることが分かったみたい。

祐一から『体は逃がす』と事前に聞かされていた私なんだけど、

あれは私を離れさせるための嘘だったんじゃないかと疑わずにはいられないほど綺麗に消えた。・・・消し飛んだ。

転移魔法は・・・発動する暇も無かったと思う。

祐一・・・本当にあの状態から脱出できたの?


「だ、大丈夫だよね・・・? だって祐一君だし、それに非殺傷設定だし、消し飛んだりしてないよね?」


焦ったなのはの問いかけに対して、皆揃って目を逸らす。

なのはが私を見る。縋るような目で。

私は助けを求める視線を周りに飛ばした。けど、目は逸らされた。

クロノは少しだけ目を合わせてくれたけど、結局・・・。

恐る恐るなのはに視線を戻す。

消し飛んでいないよって言葉が欲しいんだよ・・・ね。他は全員目を逸らして何も言わないし。

よ、よし。せめて私だけでも・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だ、大丈夫・・・なんじゃないかな?」

「どうしてタップリ間をあけた後に自信なさ気に目を逸らしながら言うのー?!」


確証が持てなさ過ぎて、思わず目を逸らしちゃった。

余計に焦ったなのはは祐一の名前を呼びながら、スターライトブレイカーの消えた先へと飛んでいく。

周りに重苦しい沈黙が降りた。


「な、なんにしても、まずは祐一を探しましょう。私はひとまず高町なのはを追いかけます。

 シグナム達は近辺を探してください。祐一が見つかれば、念話で連絡を」


真っ先に立ち直ったのはリインフォースさん。

シグナム達に指示を飛ばして、なのはの後を追いかけようと・・・・・・。

ああ!


「ちょ、ちょっと待ってくださいリインフォースさん!

 手紙! 手紙があるんです!」


(なのはのスターライトブレイカーが強力過ぎて)忘れてた!

祐一からの手紙を読み上げて、祐一はもう家に帰った事にしなくちゃいけないんだった。

手紙は空から降ってきたってことでいいんだよねっ。


「手紙?」

「はい。今さっき、空の方から「ぐがっ!」・・・・・・」


・・・・・・・・・ぐが?


「ん? んぉお、クロノ?!」


・・・幻聴かな。今、この場に居てはおかしい人の声が聞こえたような・・・?

声のした方へと視線を向ける。

・・・・・・・・・ウソ、だって・・・消し飛んだよね?


「ゆ、祐一・・・?」

「あ? アリシア・・・じゃない。フェイト・・・か?」


なのはのスターライトブレイカーに消し飛ばされたはずの祐一が、クロノの頭を踏んづけてその場に居た。

普通の普段着・・・で、傷一つ・・・無く、平然とそこに。

スターライトブレイカーなんて、まるで食らっていなかったかのように・・・キョトンとした顔で。


「・・・・・・成長してないな・・・・・・あ、そっか。なるほど、本当にその可能性もあったのか」

「え・・・?」

「あー、何でもない何でもない。杞憂で終わって喜ばしい限りだ」


・・・・・・?


「祐一っ」

「リインか」

「はい。ご無事ですか? 外傷は・・・」

「全く無いから安心しな」

「そ、そうですか・・・。無事で本当に良かったです」

「は、はははっ・・・・・・ある意味、無事ではなかったがな」

「?」

「まあいいや。とりあえず一言。

 ・・・・・・ただいま、リイン」

「・・・・・・・・・はい?」

「言いたかっただけだ、気にするな」

「・・・はい。お帰りなさい、祐一」



「いい加減、僕の頭の上から足をどけろ!!」



クロノが爆発した。デュランダルを振り回して、祐一を引き離す。

当然だと思う。リインフォースさんとの掛け合いの間も、ずっとクロノの後頭部に足を乗せてたから。


「おお? どうしたんだクロノ、俺の足の下で、わざわざ身を挺してまで俺の足場になるなんて。

 そんなに俺の足が気に入っているのか? そういやお前との最初の模擬戦、合計で3歩分の足跡をお前の顔面に付けたが・・・

 まさか、アレでクセになったのか?!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


クロノが沈黙する。顔を伏せて、祐一からは顔が見えないようにしていた。

私の位置からは見える。目が据わって・・・・・・コメカミに、青筋が立っている。


「・・・・・・あれ、おかしいな。8年前の俺って、こんな感じに接してなかったっけ?

 冗談だ、冗談。そんなに怒るな」

「・・・・・・・・・まあいい、だが・・・次は怒るぞ」

「そうそう、クロノに言う事があったんだった」

「ん・・・?」

「良かったな。下に可愛い姉弟きょうだいが出来て」

「・・・あ? あ、ああ・・・」


クロノが私を見る。祐一の言う兄妹って、私の事・・・?

でも・・・どうしてだろう。祐一の言った兄妹って、私に対して言ったんじゃないような気がする。

クロノには私以外に、兄妹なんていないよね。・・・私達は義兄妹だけど。


「それともう一つ。お前の父さん凄い人だぞ」

「なに?」

「リイン。なのはは?」

「祐一を探しに、あちらへと飛んでいかれましたよ」

「そっか。よし、待ってろよなのは! 長年溜まりに溜まって錆付いてしまった俺の恨み、

 晴らしてくれる!!」

「ちょ、ちょっと待て祐一!」


クロノの静止の言葉は右から左へ。翼をはためかせて一瞬で彼方へと飛んでいく。

スターライトブレイカーを直で受けたはずなのに・・・・・・飛ばしてるね、祐一。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」


祐一の翼って・・・黒色、だったっけ?































SIDE:祐一


長年羨望しても帰る事が出来なかった自宅へと帰ってきた。


「ソロモンよ、私は帰ってきた!!」

「急にボケられるとツッコミが追いつかへんのやけど」


別にボケちゃいない。(俺の体感時間で)8年ぶりの我が家を目の前にして、感激のあまりに叫んでしまっただけだ。

正直、こちらの世界で時間が殆ど流れていないことには驚いたが、内心かな~り安心している。

まあこんな事もあるんだよな。理不尽な世界を呪ってばっかりだったが、今回ばかりは感謝の一言に尽きる。


「折角地球外から地球に戻ってきたんだし、一度は言ってみたい台詞だろコレ」

「そやけど・・・多くの英霊が無駄死にで無かったことの証の為に。再びジオンの理想を掲げる為に。星の屑成就のために。

 を抜かしたら、手抜き思われるんとちゃう?」

「それでいいんだよ。むしろ前半を付けてしまうと、折角の名言なのに普段の生活で言う機会が無くなってしまうんだから。

 『ソロモンよ~』を言いたいが為に、『多くの英霊が~』のくだりから始めるのは面倒くさいだろ」

「そか? ・・・そやな、確かに」


むしろ俺としてははやてがガトーの名台詞を知っていることが驚きだよ。

人とガン○ムネタを語るのは久しぶりだ。つい涙腺が緩んでしまいそうになる。


「そうそう。はやて達は・・・今日は泊まりか?」


記憶が正しければ、はやて一家も随分と家に入り浸っていたんだよな、確か。

訓練帰りに俺の家の前にいるってことは、聞くまでも無いとは思ったが・・・一応聞いておかないとな。


「? なんや、今更。当たり前やん」

「だろうな」

「昨日から決まっとったやろ?」

「そうだったか?」


んなこと言われても憶えちゃいない。俺の過ごしてきた8年という歳月は短いようで、非常に長いのだ。

二十歳になった青年が、小学6年生の時代の記憶を思い出せるか? 早々簡単にホイホイと記憶が出てくるわけが無い。

俺にしても同じ事だ。


「昨日の夜お母さんが言うてたで。『はやてちゃん。明日も家でお泊まりね♪』って。

 そん時、祐兄ぃも居たやろ?」

「・・・・・・だったかもな」

「も~。痴呆には早いで~。そんな事より・・・家、入らんの?」

「ん? 入るぞ? ・・・・・・・・・おお、そうだった」


うっかりしてた。地球の扉は手で開けるんだったな、そういえば。

俺の家のドアには、住人が帰ってきただけで自動的に開く機能なんて当然付いていない。

ナカジマ家の扉は全自動だったから、つい癖で待ってしまっていた。そりゃはやての言葉にも納得だ。

家のレバータイプのドアノブに手をかけて・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


知らず苦笑いが浮かぶ。

手で開けるドアに違和感がある。

思いもしなかった。まさかこんな普通のことに違和感を覚える日が来ようとは・・・。


「・・・どうかしたん?」

「いいや、なんでも」


緊張により少し汗を掻いている手で、ゆっくりと扉を開ける。


「ただいま~」


8年ぶりの我が家へと、俺は足を踏み入れた。






























んまぁ当然のことだが、俺が家に帰りついたその後に何事かがあったわけじゃない。

父さんと母さんの姿を目の当たりにした瞬間溢れる涙が堪えきれず泣きながら二人に抱きついたりとか、

またその逆に父さんと母さんが俺を抱きしめたりとか、そんなシチュエーションも存在しない。

父さん母さん側からしたら、俺はいつものように家を出て、いつものように帰ってきた。ただそれだけなんだ。

予想はしていたことだったが。


玉を七つ集めると何でも願い事が叶うアニメに出てくる精神と時の部屋もびっくりな世界で、

摩訶不思議アドベンチャーとも呼べそうな奇特な体験をしたのは俺だけ。

世界に何かしらの影響を与える事態というわけでもなく、ただ俺という存在が少しばかり成長したという結果だけが残された。

全ての心配事が片付き思い返せば、面白い体験だったと思う。

既に故人と成り果てている人間と交流を深め、その内の片方からはシューティングアーツという格闘技術を叩き込まれた。

もう片方からは、俺が今最も必要としている知識を与えてもらった。

世界という大舞台にではないが、この時点からほんの半年程度の時間を遡った世界の『俺』に対してはかなりの影響はあるか。

もう少しで完成できそうな夜天の魔導書の修正プログラムを、何かしらの手段を用いて託さないといけない問題は残ってるけれど。

方法は追々見つかるだろう。

それ以外には・・・そうそう。向こうで起きてしまった出来事で、やはりこちらでも同じ変化を伴った事態がある。


「やっと戻って来れたな」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「・・・・・・相変わらず沈黙のまま、か。こっちに戻れば直るかとも思ったんだけど。

 ヤッパそう甘くはないか」


自室の机の上。バスケットに敷き詰められたクッションの中央にぽつんと置いてある赤い石。

バスケットは普段レイクの寝床として使われているもので、置かれている赤い石はレイク自身。

昔ながらの光景だが・・・・・・昔と違うことは、赤い石に、大きな亀裂が走っているということ。


≪マスター。お気を落とさずに≫

「別に気にしちゃいないんだが・・・」


一応とらハに礼を言っておく。心配をしてくれたんだし。

ツンツンとレイクを小突くが、いつもの軽口は返ってこない。見た目同様見事に壊れ、喋る事が全く出来なくなっているからだ。

クライドさんの創造した、魔獣と呼ばれる生物との実践稽古中。

魔獣の強靭な爪に対抗しようと、エクスタシーモードのレイクに魔力を注いで強化を施そうとした所で・・・・・・


突如、レイクのコアが砕けた。


「ほんっと、嘘つきデバイスめ」


原因は・・・・・・とても単純なものだった。





   魔力の過負荷





はやても自身の強大な魔力により、管理局から借りているデバイスを破損させていることが結構あった。

アレと同じ出来事がレイクにも起きてしまったらしい。レイクが俺の魔力に耐え切れず、大破した。

魔力を注ぐ際に常々レイクは妙に色っぽい喘ぎ声というか、呻き声を出していたのだが・・・

どうやらあれは自身が砕けないよう、必死に耐えている為に出ていた声のようだ。

レイク自身は、魔力が気持ちいいから出ている喘ぎ声と言っていた。真実は、心配させないための嘘。

まったく・・・。俺を気遣うぐらいなら、自分の心配をすれば良かったのにな。


「・・・レイジングハートへの言い訳、お前ならどうすればいいと思う?

 お前が壊れたなんて知られたら、絶対ショック受けるぞ」

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫

「ん~、反応しないな」


クライドさんはより深くまで原因を推理、そして究明してくれた。

俺の魔力光。古代ベルカ時代に存在していた、【聖王】と呼ばれる王様の魔力光と同種のものらしい。

その事自体はクライドさんもクイントさんも最初から知っていたらしいが、問題はその後。

聖王の魔力はその魔力の性質上、どうしても普通のデバイスでは魔力を受け入れきれない。

当時の聖王達すら何かしら特殊なデバイスを使用していた、ということ。

現代技術のデバイスなら耐えられる構造の物も少なくはないが、なにせレイクが製造されたのは2千年前。

構造上、どうしても強度に問題が出てくるのは当然だった。

クライドさんは兎も角、俺がレイクを把握していなかったのはマスターとして失格だ。

直そうと努力はしたのだが・・・想像が現実になる世界であってしても、レイクを直すことは不可能だった。


「はぁ。お手上げだな。現時点じゃヘタに手を出せないし。こっちに戻れば或いは、とも思ったんだが・・・。

 うぬぬ・・・どうやったら直るんだろうか。自然に治癒するものなのか?」

≪内側からの破損ですので、恐らく自動修復は望めないかと≫

「だったら管理局を頼るしか・・・って、無理か。レイクの存在を管理局に知られるわけにはいけない」

≪マスターご自身の手で直されるのが、先輩にとっても喜ばしいことでしょう≫

「だな。時間はかかりそうだが・・・」


レイクは壊れてしまった。基盤から破損してしまっている以上、これは死とほぼ同意義ともクライドさんから教えられた。

だけど俺にはどうしても、こいつが死んでしまったようには思えない。

なんかその内、ひょっこりと喋り出す気がする。罅割れたまんまで。


≪マスター≫

「ん?」

≪私は姉のように壊れたりはしませんよ。ご心配なく≫

「むしろ壊れてもらっちゃ困る。俺のデバイスはあとお前しかいないんだし。

 まー安心しろ。加減は覚えた。お前を早々壊したりなんかしないって」


加減はマジで死ぬ気で覚えた。とらハ壊したら最後だからな。

しかもレイクと違って、こっちが壊れたら本気で永遠の別れになりそうな予感がしたし。

魔力を抑える副作用か知らないが、魔力光は懐かしい黒色に戻っちまったが・・・。


もしかしたらこれが俺の本来の色なのかもな。


魔力光について詳しいわけじゃない俺だから、単なる考え方の一つだが。

デバイスの事を考えず本気出そうもんならすぐ虹色になるけど。

加減は大事だ。


「加減・・・か」


色が変わっていること、当然周囲の人間は疑いを持つ。どう誤魔化したもんか・・・。

生半可な言い訳じゃ納得しないぞ。向こうは俺と違い、生まれた時から魔法と係わり合いを持っている人間ばかりだし。

あとシグナムさんとの模擬戦、どうしようか。

シューティングアーツは大体マスターしている。だけどいきなりそんなもの使い始めたら、いくらなんでも変に思われるよな。

加減しようにもシグナムさんだと、力をセーブしているのを即行で見破られそうだし。

一番手っ取り早いのは、シグナムさんにだけ事情を説明することだろう。

むぅ・・・。シグナムさんだけだと不公平だよな。ならリインにも説明はしておくべきか?

なら身内に話さないのは更に駄目だろ。リインに話すのなら、両親にも話しておかないと。

プレシアさんは・・・・・・信用できるし大丈夫だとは思うが、嫌な予感がする。やめておこう。

クロノとリンディさん辺りは論外だな。名を伏せて説明するのもアリだが、それだと名前を聞かれたときに困る。

誤魔化せばいい気もするが・・・・・・待て待て、問題点がズレてきている。

『どれだけの知り合いに話すか』じゃない。『どれだけ最低限に抑えられるか』だろ、俺。

問題はそれだけに留まらず、レイジングハートにレイクが壊れたことに対しての説明、

8年前(地球の今現在)にした約束事や、習慣としていた行為を思い出す、皆へと接する際の態度の調整。

考えればまだ色々ある。


「やべ」


折角元の時間に戻ってこれて、全てが杞憂で済んだと思ったのに・・・問題が山積じゃないか。

最優先事項は『約束』だ。約束は必ず守るをポリシーとする俺としては、約束の系統はどうしても思い出さなければならない。

・・・・・・つっても、無理に考えてもどうしようもない。一つずつ、順に片付けるしかないよな。

焦ったところで、事態が好転した試しが無い。しなければならないことを見極めて、のんびりいくか。

まずは真っ先にすることといえば・・・・・・。


「寝るか」


早朝訓練もあるし、しばらくは忙しいだろう。寝て英気を養っておかないとな。

シューティングアーツを習ってはいても、結局は日々の努力の賜物。

クイントさんにも『毎日練習を欠かさないこと』と念押しされてるし、面倒臭いけど頑張るか。

その後のことは・・・・・・その後に考えよう。


「おやすみ、レイク、とらハ」

≪はい、マスター≫

≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・≫


レイクからの返事は無い。別にそれでいい。返ってくるとは思ってもないし。

電気を消して、布団に潜り込む。

近々クロノに、無限書庫へと連れて行ってもらえるように交渉してみよう。

そして夜天の魔導書のデバックを完成させる為の資料集めと、レイクを修理するための情報集めをしに行こう。

明日からの生活に不安も多少はあるが・・・楽しみだ。




















~~一時間後~~


・・・・・・・・・・・・一つ、気がついたことがある。

俺が向こうを出発したのは、朝方。移動はざっと一分程度。

戻ってきた時、こちらは夜。

・・・・・・・・時差ボケである。












[8661] 空白期 第二十二話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/01 16:32










蝉の鳴き声はまだ続いてる。けど気温も下がってきて、そろそろ鳴いてる数も減ってきた。

うだるような暑さも大分引いて、季節は夏から秋へ。夏も終わりやなぁ。


「だから魔力を効率良く扱うには、自分の魔力をより正確に理解する必要がある。

 はやては保有魔力量が多いから普通の魔導師に比べて把握が難しいかもしれないが、それも努力次第」


相沢家の祐兄ぃの部屋。日曜日のお昼。

祐兄ぃとリインと一緒に魔法勉強中。

実技の方やない。もっと補助とかの知識的な方向。

祐兄ぃとリインが私の教師役で、魔法に関しての知識を教えてくれてる。

部屋の片隅では祐兄ぃのベッドで幸せそうに眠っているシーちゃんの姿。

魔法の勉強で真面目な空気の一角に、ほのぼのとした光景。

勉強は頭を使う話ばっかで眠い・・・。シーちゃんと一緒にお昼寝したいくらいや。

・・・あ。シーちゃんてアリシアちゃんのことな?


「一応小分けしたマルチタスクを使って、思考一つごとに一定の魔力を管理、

 その量で残存魔力を把握するという裏技、荒業もあるが・・・これははやてには無意味だろうから覚えなくていい」

「なんで?」

「マルチタスクをそんな事に使うぐらいなら、もっと他に回した方がいい。

 相手の攻撃を反射的に躱す、なんてのは本当に直感で動く人間だから出来るんだ。

 はやてはそんな野性的な勘はないから、意識して避けられるようになるのが最も安全。

 その為にはマルチタスクは必要不可欠」

「けど魔力運用が上達するんやったら、そっちの方がええんとちゃうの?」

「魔力運用の練習は毎日キチンとしてれば、徐々にだが上達はする。

 今すぐ強くなる必要がないんなら、マルチタスクで魔力管理するよりこっちを推薦するな、俺は。

 そっちを気にするより普段からマルチタスクを展開して、複数思考能力を広げる訓練をしてみるといいかもしれない。

 自分の魔力を完璧に把握して、且つマルチタスクで突然の奇襲にも対応できるようになるのが一番理想的」


なるほどなぁ。リインも全く口を挟まんから、多分祐兄ぃと同じ意見なんやろ。

ほんのちょっと前に比べると、嘘みたいに教え方が上手になってる祐兄ぃ。

知識もしっかりしてて、私の疑問にもすぐに答えを返してくれる。

魔導師としての基礎知識がいつのまにか付いてるらしくて、

プレシアさんやリンディさんらの元祖・魔導師組もいつ勉強したのかと首を傾げとったんは最近の出来事。

せやけど・・・・・・


「せやけどシグナムやシャマルはそんなこと、教えてくれんかったで?」

「はやては無駄に魔力量が多いからな。効率良く使わなくても、バンバン撃ちまくれば相手もその内堕ちてくれる。

 そんなとこじゃないか?」


無駄って・・・


「なのはちゃんとかも同じ意見なんかな? 普通の魔法の練習は毎日一緒にしてるのに、そんなこと教えてくれへん」


私の魔力運用が雑なら雑って教えてくれても良いと思うんやけど。友達なんやし。

フェイトちゃんだって一言も魔力運用に関して教えてくれへんかった。

二人揃って私に意地悪? ・・・そんなわけないなぁ。


「なのはは収束は得意だが魔力運用は結構雑な部分も多いし、はやてに教えられないのも無理は無いと思う。

 フェイトにしても同じことだ。第一まだまだ子供だからな。

 自分では扱えても、人に教えるとなると説明し辛いことも多いだろうし、下手をすれば感覚で扱ってるだけかもしれない。

 ”なんとなく”で扱っているのなら、教える教えない以前の問題にもなりそうだな」

「ほへ~」


なのはちゃんがまだまだ子供なら、二年だけ先に生まれた祐兄ぃも子供ってこと、突っ込まん方がええの?

それとも突っ込みを待ってるん? 判断に迷う。


「ちなみにコレが、俺の魔力を丁度1%使って作った魔力玉」


掌に魔力の塊で出来た黒いボールを作る祐兄ぃ。

昔は虹色で綺麗やった祐兄ぃの魔力光は、ある日を境に真っ黒になってしもた。

リインと同じ色やし別に黒は嫌いやないけど・・・虹の方が綺麗やったのになぁ。


「丁度1%?」

「そ。魔力の操作が完璧なら、このぐらいの大きさ。尚今現在のはやての魔力運用は、こんな感じ」


今度は逆の手で、既に作っている魔力玉とは違う魔力玉を作り出した。

最初のよりサイズがだいぶ小さい。半分程度かも。


「最初のが魔力を1%無駄無く作った俺の魔力玉、次が無駄に魔力を浪費させて作ったはやての魔力玉。

 はやての魔力量を俺は知らないので、どちらの魔力玉も基準を俺の魔力1%にして例えている。

 はやてが魔力玉を作るなら、俺と同じ魔力の消費量でこのぐらいの大きさにしかならない」

「こ、こんなもんなん?」

「ああ。魔力運用次第では同じ魔力1%を使っても、このぐらいの差は余裕でつく。

 クロノレベルだと、このぐらい。なのはやフェイトならこれくらいかな」


今度は掌じゃなく、空中に何個かの魔力玉が製作された。

空中に浮かんでいる魔力玉は合計で4つ。


「俺が10のサイズとし、クロノが一回り小さい9のサイズ。なのはやフェイトは7。

はやてはおまけで5.5ってところか。一応言っておくが、全部俺の1%が基準だからな」


サイズを言う毎に魔力玉が光って、どれがそれなのかを教えてくれる。

私のサイズはおまけって・・・酷いで祐兄ぃ。


「こ、これはいくらなんでも・・・・・・過大評価とか、過小評価とか入ってへん?

 だって祐兄ぃ、自分が10て・・・」

「いいえ、我が主。これは妥当な判断かと」

「リインが裏切った!」

「う、うらぎり・・・」

「仕方ないさ。これは単純に、どれだけ魔力と関わって生きてきたかの違いだし。

 なのはの成長速度は少々異常かと俺も思うが」

「祐兄ぃの言う台詞やないで、それ・・・」


魔法を学び始めて4年になるらしい祐兄ぃ。

クロノ君を倒すぐらい魔法の扱いが上手いんやから、なのはちゃんの成長速度を異常言うんはなんか変。

・・・・・・なのはちゃんはまだ1年らしいけど。


「魔法を習得したての人間は10段階中1か、それ以下の魔力運用しか出来ないのもいるらしい。

 ただそれは単純に最初は魔力運用が下手なだけであって、練習次第でいくらでも上達は見込めるとさ。

 だからはやての5.5は低いように思えるが、魔法を知って半年程度なら破格の上達速度。

 自身を持て。自信を持てば通常時と比べても、2割増で習得速度アップ間違いなし」

「どんくらいで祐兄ぃぐらいになりそう?」

「俺のレベルに? 今の感じなら・・・・・・5年あれば追いつくぞ」

「5年もかかるんやね・・・自信無くすなぁ」

「他には目もくれず集中的に練習すれば、だけどな」

「一気に自信喪失したやんか」


シレッと『5年』なんて長い期間集中的に頑張れば、なんて言える祐兄ぃは私と時間の感覚がズレてると思う。

魔力運用の練習だけで5年も頑張ってたら、私中学生になってるで。


「リインとシグナムさんはココ、ヴィータは・・・・・・このぐらいかな。ザッフィはわからん」


順に9の玉、7の玉を光らせる。

周囲にはこんなに魔導師がいるのに、8のレベルは誰も居ないことに驚き。

むしろこんだけ私より魔法の扱いが上手なのが多いんやから、自信なんて持てる筈ない。

・・・お料理なら誰にも負けへんもん。


「・・・・・・シャマルは?」

「ん? シャマルさんは・・・・・・ココだな」


一番大きな玉が光る。

事実を認識するのにほんのちょっぴり、時間がかかった。


「・・・ほ、ホンマ・・・? シャマルやで?」


祐兄ぃと同じ魔力玉。文句無しの10。


「事実です」

「うっかりだけどな」


しょっちゅう食器を落としたり、料理をしたらフライパンから火柱が立ち上ってたり。

そんなシャマルが・・・・・・シャマルが!

リーダー格のシグナム以上に魔力運用が得意なんて・・・。


「信じられないかもしれないが、シャマルさんは間違いなく、はやて達の中で一番魔力運用能力が高い。

 納得は出来ないだろうが事実だ。そもそも家事能力と魔力運用能力に関連性、共通性はまるで無いからな」

「風の癒し手はヴォルケンリッターの中で緻密な魔力操作が最も得意です。

 でなければ空間と空間を繋ぐ【旅の鏡】なんて高度な魔法、扱えないでしょう?」

「で、でしょう言われても・・・」


分からん。どう高度なのかが分からん。

リインが残してくれた魔法は私の中に今でもあるけど、知ってる魔法は多くても私には使えん魔法も多いし・・・。


「旅の鏡は・・・例えが難しいかもな。

 とりあえずシャマルさんの話はいい。問題ははやての魔力運用のお粗末さだし」

「お、お粗末て・・・酷くない?」

「事実だ。今後のはやての課題として、自分の魔力量の把握を最優先に。

 魔力を把握して、自分の魔力量を知れば、おのずとコントロールも容易くなってくる。

 普段から魔力運用の練習もしていた方がいいな。

 やっぱり日常からの弛まぬ努力。地味だが、これが一番効果的だとは俺も思っている。

 はやてが魔力MAXで10回のラグナロクを撃てるとして、

 完璧に魔力を無駄なく使えれば単純に20回は撃てる程度にはなる」


20発かぁ。ラグナロク20発は魅力的やけど、魔力運用は案外難しい。

精密なコントロールが必要やないラグナロクなら、力の限り魔力を集めて、あとは適当に撃てば良いだけやし。

なのはちゃんのスターライトブレイカーも、実は精密な魔力収束技術が不可欠とかなんとか。

けどスターライトブレイカーの収束技術に関して、なのはちゃん「何となくで出来る」て前に言うてたし・・・。

そんななのはちゃんでも、ヴィータと互角で、シグナムともそれなりの勝負はできるわけやろ?

それにラグナロク10発撃てば、一発くらいは多分当たる。下手の鉄砲なんとやら。

ん~・・・よくよく考えてみると、魔力運用の練習なんて、そんなん必要なんやろか?

節約に力入れんでも、強力な魔力ダメージを先に与えれば簡単に決着つくんとちゃうの?


「確かに魔導師同士が魔法合戦をした場合、強力な魔力ダメージを与えれば単純に勝負はつく」


心を読まれたっ!


「けどそれは飽く迄模擬戦とか、本当に相手をブッ倒せばいいって話の時だけだ。

 世の中には魔力でぶっ飛ばせば片が付く、というものばかりでもない。

 現に俺はリインと戦って、約二時間の時を稼がないといけないという事態に陥ったときもある」

「に、二時間?! しかもリインと?!」


近くなってきた冬に備えて、寒さに弱い祐兄ぃの為に毛糸のセーターを編んだり、

リビングで転寝してる祐兄ぃにそっと毛布を掛けてあげたり、

寝起きで跳ね上がっている祐兄ぃの髪を甲斐甲斐しく櫛で解いたり、

料理を作る度に、祐兄ぃの栄養面にしっかりと気を遣って毎日献立組んでたり。

そんなリインが・・・・・・主の筈の私も時々見てられんくらい仲良しの二人が喧嘩!?

愛憎劇? まさか私の知らん間に、昼ドラ的展開でもあったん?!

昨日なんてリインは祐兄ぃに添い寝までしてたのに・・・っ!


「言っとくが俺が寝てたらいつの間にかリインが忍び込んでるだけで、俺が誘ってるわけじゃないぞ。

 あとはやてと俺が出会うちょっと前の話だ。ついでに・・・喧嘩じゃない」

「心を読まんどいて祐兄ぃ!」

「表情の変化で大体の想像はつくって。しかしリインはほんと母親の鑑だな」

「主はやて。いったいどのようなことを考えていたのですか?」


・・・謎や。この家の中じゃお母さんが謎の人過ぎて目立たんけど、祐兄ぃも十分謎や。

そして余計なこと考えんで良かったぁ。下手したらリインに恨まれてまう。


「・・・・・・そうだな。魔力運用はリインに一日の長があるし・・・・・・。

 リインとはやて、二人でユニゾン。リインがはやてに魔力運用のコツを教える。

 これでいこう。文字通り体に教え込めば、覚えも早いだろう」

「は~、なるほど。リインとユニゾンの練習も出来て、一石二鳥やな」

「ですから主はやて。一体何を考えていたのですか?」

「折角スルーしたんやから蒸し返さんどいて、リイン」

「・・・・・・分かりました」


ホッと一安心し、緩んだ頭の中で何かが駆け抜ける。

『黒い魔力、ユニゾン』

もんの凄いアイディアが浮かんだ気がするけど、すぐに消え去った。

なんや? 今の。

世紀末並みの大発見をしたような気がしたんやけど・・・。


「さて、それじゃ魔力運用は今後の課題にするとして、次はミッド語の勉強でも・・・」

「ちょ、ちょう待ってや祐兄ぃ! 少し休憩させて~!」


返事も待たずに車椅子でベッドへそそくさと移動して、ダイブする。

足はまだ全快には程遠いから、ダイブいうても上半身が乗る程度にしかダイブできんかったけど。

用事も何もない暇な日曜日やからって、朝から色々詰め込みすぎた。

もう昼前やで。祐兄ぃの部屋の中にもぽかぽかお日様の光がええ感じに差し込んで来とる。

頭使いすぎや~。眠い~・・・。


「・・・。それじゃ、今日はこれぐらいにしておくか」


勉強終了の通知が出て、やっと心からの開放感に包まれる。

祐兄ぃハードやで。

上半身だけベッドでゴロゴロしてたら、祐兄ぃが抱き上げてくれた。

膝の裏に腕を通して、もう片方は背中。


「お姫様抱っこや~♪」

「はいはい」


抱きつく私に対して大した反応も見せない。

むぅ~・・・。この年頃の男ん子って、女の子に興味津々やからもうちょい何か反応あってもいい筈なんやけど・・・。

顔真っ赤にするとかはなくても・・・少しくらいは慌てる様子見せるとか期待してて、なのに結果は反応は何も無しや。

祐兄ぃ、もしかして女の子に興味が無い人種なんやないやろか・・・?


「失礼なこと考えてるな、その顔は」

「なんのことや~?」


先にベッドで寝ているシーちゃんの横に、私をそっと下ろした。

最近妙に逞しくなってきている祐兄ぃの体。

力強く抱き上げるんやけど、下ろす時は壊れ物でも扱うかのようにゆっくりと・・・。

なんや・・・女の子を意識させて反応を楽しもうと思たのに、逆にちょっと男ん子として意識して・・・。

・・・気にせんどこ。リインに悪いし。


「隣にアリシアいるから、髪の毛踏んづけないようにな」

「は~い。は~。ほんまシーちゃんは気持ちよさそうに寝てるなぁ」


私もシーちゃんも上半身はモロ直射日光。

今の季節ならそんなに眩しくはないけど、直接日の光の下におるとやっぱ眩しい。私なら多分寝られへん。

つんつんと隣で寝てるシーちゃんのほっぺたを突いてみても、起き上がる気配は無い。

床に広がったシーちゃんの髪が陽の光を反射して、宝石みたくキラキラ輝いてる。

金の髪は光をよく反射するんやなぁ。こっちが眩しいぐらいや。


「お日様の光は眩しくないんかな?」

「へっちゃらへっちゃら。この程度の日差しなら余裕で寝てるぞ、アリシアは」

「そうなん?」

「昔っから昼寝が大好きな子供だったからな~」


懐かしそうに遠い記憶に思いを馳せる祐兄ぃ。

私とシーちゃんの丁度間辺りに手を置いてから体を支えて、

もう片方の手でさっきの私みたいに人差し指でシーちゃんのほっぺたをつんつん突いて・・・・・・


「はむっ」


カプッと指を食べられてた。

はみはみと甘噛みでもしているのか、口をモゴモゴと動かしてる。

小動物を髣髴とさせて、えらい可愛いで~シーちゃん。

祐兄ぃも指を咥えられたままやわらかく微笑んで・・・・・・って、


「むかし?」

「ぅん?」

「昔って・・・シーちゃんと祐兄ぃはまだ一年くらいの付き合いやろ?」

「・・・・・・・・・まぁそうだな。世間一般的には」

「世間一般?」

「実は俺自身も最近まで忘れていたんだがな。

 何を隠そう、アリシアとの付き合いはかれこれ6年目に突入している」

「・・・ソレと分かる冗談はつまらんで。もっと高度なジョーク披露してや」

「・・・・・・複雑だ・・・・・・」

「?」


手を引こうとしている祐兄ぃの指をなおかぷかぷと甘噛みし続けるシーちゃん。

可愛いで~。


「・・・・・・なぁなぁ、祐兄ぃ」

「?」

「なのはちゃんから聞いたんやけど・・・・・・シーちゃん、昔死んでたって、ホンマなん?」

「まぁな。死んでたぞ」

「軽っ」


ホンマ返事が軽いて。


「聞きたいか? 当時の話」

「・・・話したら駄目なんやない?」

「ま、当然ながら他言無用だけど。それでもいいなら」










[8661] 空白期 第二十三話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/09 17:26







時期は・・・・・・確か五月の中旬。ゴールデンウィーク直後くらいだった思う。

別に前日に何かしらの予兆があったわけじゃない。

狐の嫁入りがあったわけでも、槍が降ったわけでも、ましてや隕石が落ちたわけでもない。

いや、地球上のどっかには堕ちたかもしれないが、少なくとも付近に堕ちたって話は聞かなかったな。

事件があったとすれば、秋子さんが新作オレンヂの試作品を母さん宛に送ってきたくらいだ。

あれはあれで大事件だったが・・・。


『祐兄ぃ。話がズレてへん?』


ズレてないズレてない。まだ話し始めたばっかりだろうが。

あーそうそう。そのまま「」(鉤括弧)だと混乱するから、はやての言葉には『』(二重鉤括弧)を付けるからな。


『別にええけど・・・って、鉤括弧やら二重鉤括弧やらなに言って・・・?』


要は前日までは、いつも通りと言いたかっただけだ。

黄金の一週間も終わって五月病で欠席する自堕落な小学生もおらず、つくづく平和な毎日だった。

そんなある日の、いつも通りのありふれた、普通の日曜日の朝。

何の因果かこの日だけは、毎度規則正しく昇ってくる太陽が地平から顔を出すより早く目が覚めてな。

眠気もすっかり吹き飛んで寝付けず、早めに起き出した俺は家事の手伝いで、洗濯物を干すことにしたんだ。

しかも母さん何故か張り切って、ベッドカバーとかも纏めて洗濯してて。

全部干し終えた頃にはすっかり朝日も顔を覗かせて、仕事を開始していた。


『別に今と変わらないんとちゃう?』


俺は今だからこそ早起きの習慣がついてしまったが、昔はそうじゃ無かったぞ。

母さんが毎日ベッドカバー洗い出したのだって、はやて達が住み込むようになってからだし。

はやて達には清潔なもの使ってほしいから、だってさ。

そういやはやて。はやてが一人暮らししてる時って、洗濯物どうしてたんだ?

足が不自由なんだから、干すの大変だろ?


『乾燥機』


その手があったか。

とりあえず話を続けるぞ。

朝飯までまだ微妙に空いてしまった時間。

俺はその空いた時間で、当時の俺の日課である、空の狭間へと至る空間の制御練習をすることにした。


『そらのはざま~、て何なん?』


虚数・・・つっても分からんか。空間魔法の一種とでも思っててくれればいい。


『ほへ~』


レイクの監視の下、とりあえず扉・・・門を開いた。

ここまでは普段の行動と比べても、特に大きな違いは無い。いつも通りに門を開けた、いつも通りの行動。

ただこの日ばかりはいつもと違った。

制御の為にほんの少し開けた門。そこに何かが詰まってたんだ。


『詰まる?』


うむ。言葉にすると若干正確じゃないくややこしいが、最も近い表現がソレだ。

空中に開けた小さな穴から、硬質でツルツルでひんやりしている物体が顔を出していた。

仮の名前で、物体Xとでも名付けておこう。

どんな形の何が詰まってるのか全く見当もつかなかったので、

仕方ないから門の大きさを広げて詰まってるものを出すことに。


『ほ~ほ~』


門を大きくする毎に物体Xも全貌を明らかにしていく。

どうやらそれは球体のような形をしているらしい。門をかなり広げて、ようやくそれが分かってきた。

小さな門を開けるのが毎日の練習だった俺には、50センチ以上の門を広げるなんて初の経験。辛い重労働だったさ。

1メートル以上も広げて2メートルまで迫り、これ以上はもう無理か・・・と諦めが混じり始めた矢先。

なんと物体Xが、急にストーンと門から落ちてきた。


『急に?』


球体の形をしていると思った物体Xは、試験管のような円筒の形をしていたらしい。

初め球体と見間違えたのは試験管でいう底の部分で、球体と思ったのはただの勘違いだったんだが。

んで、地面に落ちても巨大すぎて、物体Xは全貌を明らかにはしなかった。

ただ中は丸見えだった。これがアリシアとの初対面だ。


『・・・どこにシーちゃんと会う要素が?』


円筒は透明なガラスで出来ていて、その中にいた。液体で満たされている試験管みたいなのの中に。

素っ裸で丸ごと液体漬けだったから、フルオロカーボンとかホルマリンに近い液体だったんだろう。

あれは色々と丸見えだったな・・・。


『・・・・・・祐兄ぃ。変なこと考えてへん?』


考えるか。5歳児の体に興奮してたら俺人間として終わってる。

単にしみじみと昔を懐かしんでるだけだっての。

そっから制御してる空間を遠隔操作で上に引き上げて、全部を引っ張り出して。

直径2~3メートルの直立した円筒カプセルがそこに姿を現した。

引っ張り出して気がついた。さて、これをどうしようか。

朝日も顔を出して間もないからまだ人の気配は無い。ただ家は住宅街の真っ只中にある。

このまま放置していれば、ゴミを出しに出てきた近所のおばさんや、

ペットの散歩を朝の日課にしている近所の真琴お姉さん、

ジョギングを日課にしているお爺さんに目撃されること必至。

これで「あ~、相沢さん家の庭に変なオブジェが立っているな~」で済めば問題は無いが、

残念ながら物体Xは向こう側まで覗き見える程、透き通った無色透明。

液体の中では裸の幼女がプカプカと浮いている。それも金髪で、明らかに日本人ではない。

あらぬ疑いを持たれること請け合い。下手したら・・・・・・下手しなくても警察沙汰。

これは緊急事態と、父さんを呼んで急遽巨大なシートを被せた。


『・・・思い出した。去年くらいに、庭におっきい青いシートで包まれた変な物あったなぁ。

 スーパーに行く途中見たで。次の日無くなっとったけど』


それそれ。それにアリシアが入ってたんだ。


『・・・なんたるフライング。フェイトちゃんと会う前にシーちゃんに会うとこやったんや。

 ニアミスやで』


いやいや、むしろその後の半年間アリシアと一度も接触して無い事の方が凄いぞ。

アリシア外で遊びまわってたから、近所に住んでたはやてと会わないのは相当だ。


『・・・そうかも。シーちゃんに会ったのって、フェイトちゃんと会った後やし』


その奇跡的確立の問題は一旦置いといて。話を続ける。

シートを被せて、父さんと一緒にホッと一息ついて気を緩めた時だった。


  ゴチンッ


固いもの同士がぶつかったような音と共に、父さんが「ぐえっ」とカエルが潰れた様な声を出した。

何事かと目を向ければ、黒いモノに押し潰された父さんの姿。

物体Xの上部に何も乗ってないのはシートを被せる時点で確認していたし、

まるで空から降ってきたかのように突然出現していたソレ。

近寄ってソレが何かを確認した俺は、咄嗟にこう口走った。


「親方~! 空から女の人が!!」





『ちょう待って。それ突っ込んでええトコ?』


気にするな。当時を回想し、事実を述べているだけだし。


『けど天空の城や! 完璧ラピタやん! 突っ込め言うてるようなもんやで!?』


もしどうしても突っ込みを入れたいのなら、当時の俺に向かって言うんだな。

先にネタバレをしておくとしよう。その女の人とは、真っ黒い衣装に身を包んだプレシアさんご本人だ。


「冗談はさて置き、一応聞いておこう。頭、大丈夫か?」

「・・・・・・祐一。父相手にソレは相当失礼な物言いだと思うのだが・・・」

「何言ってんだか。ただ頭の怪我を心配しただけじゃないか」


ゴチンという音は、落下してきたプレシアさんと父さんの頭が盛大にぶつかり合った音な。

二人揃って大きなたんこぶ拵えて、それはそれはシュールな光景だった。

ひとまずプレシアさんを家に運び込むか、それとも先に起こすべきか悩んだ。

悩んだ時間はほんの十数秒くらいだが、なんとプレシアさんその数十秒でパチリと目を開けた。


「ここは・・・・・・」


顔を顰めて、頭の・・・たんこぶの部分を撫でながら体を起こし、

呆然と周囲を見渡して・・・・・・俺達へと視線を合わせて。


「ここは・・・どこ。まさか、アルハザード・・・・」


こんなこと言い出したんだ。


『アルハザート? って何やの?』


クロノ達魔法世界の住人が伝説と崇める、古代都市だ。

魔法技術が極端に発達した世界で、その技術を使えば不可能な事は無いとされていたそうな。

例えば死人を生き返らせるとか、タイムスリップをするとか。


『壮大やな~』


プレシアさんがアルハザードを目指していた理由は、アリシアを生き返らせる為。

けどリンディさんとかフェイト含む管理局チームの妨害で、頓挫したんだと。

まぁこっちとしては結果的にそれで助かったわけなんだが。

もしもプレシアさんが作戦を成就させていたら、地球もただじゃ済まなかったらしいし。


『なんですとっ?!』


プレシアさんを捕まえる為のオマケみたいなものとはいえ、間接的に地球を守ってくれたわけだからな。

クロノ達には感謝感謝だ。

あーそれでな。目が覚めたプレシアさんなんだが、俺ん家の庭がアルハザードとは全く持って無縁の場所だと分かると、

そりゃもう烈火のごとく怒り出し・・・はしなかったが、子供には見せられません! レベルの怖い顔で睨んできてな。

アレは怖かった・・・。


『プレシアさん、怒ってたんや?』


そりゃ怒るだろうよ。行き場の無い怒りが頭ん中をグルングルン回ってただろうに。

だが当然のことながら当時の俺と父さんはそんな事情知らない。困惑するしかなかったのを憶えている。

さあ困った。またもや困ってしまった。

呆然と立ち尽くしていた俺達の元に、あのお方が現れた。あのお方とは言わずとも分かるだろう。


「どうかしたの?」


相沢家の最終兵器主婦。俺の母さんだ。


『あ~、お母さんなぁ。お母さんなら何とかしてくれるなぁ』


その通り。前日秋子さんが送ってくれた新作オレンヂをプレシアさんの口に放り込み、気絶させて事無きを得た。


『ちょっ!!』


ご近所の目に晒されるのが一番面倒臭い事になってただろうから、これは最善の方法だと俺も思うぞ。

でもって父さんが家に運び込んで、俺達はちょっと早めの朝ご飯を食べて、各々自由に過ごした。


『マイペース過ぎやで、相沢一家・・・』


母さんが昼ご飯を作り終えた頃だったか。二階から物音が。

プレシアさんが目を覚ましたんだろう。でも俺が行ってもどうなるものでもないし、母さんが二階へ。

それから・・・・・・どのくらい経ったか。







  ダァーーンッ!!





て音がして、家全体が揺れた。俺が座ってたイスとかテーブルも、若干だが宙に浮いたのを憶えている。

後でプレシアさんから聞いた話によれば、

事情を聞かせてほしいと優しく訊ねた母さんに、プレシアさんが無視を決め込んでいたそうな。

しつこく聞き出そうとした母さんにプレシアさんは逆切れし、更に母さんもがプレシアさんに逆切れし返して、

家のどこか・・・・・・壁か床辺りだろうか? そこまでは聞いていなかったんだが、家のどっかを殴ったらしい。


『どっちが?』


母さんが。家全体の揺れはソレが原因だって聞かされた。

その日の内にプレシアさんが寝ていた部屋を虱潰しに探してみたんだが、壁にも床にもヘコんだ形跡は無かったんだよなぁ。

一体どこをどんな風に殴ればそうなるのやら。

少しして、プレシアさんを連れた母さんがリビングに入ってきていた。

その時のプレシアさんの脅えようと言ったら・・・・・・。

これ以上は俺の口から語らせるな。


『・・・お、お母さんは怒らしたらあかんなぁ』


怒らせたらいけない人間NO.1だぞ。母親を怒らせたらいけないのはどこの家でも同じ様なものだと思うが。

んでもって、プレシアさんは母さんによる(自称)優しい質問タイム(ほぼ強制)で、

ある程度の事情を、洗い浚い説明してくれた。


『待ち待ち! ある程度を洗い浚いって、文章的に考えてそれ変やで!』


事実だ。

魔法がどうのこうのは、俺とレイクが居たから父さんも母さんも即信じてたし。

結構スムーズに話が進んだと思う。

主に母さんが主体で話を進めてたし、俺は話半分聞いてそこに居ただけ。


「それで、アナタはこれからどうするつもりなの?」


洗い浚い訊いた(吐かせた)後、母さんはこう聞いた。

それに対し、プレシアさんは未来も希望もあったもんじゃないとばかりの暗い表情で、


「そう、ね・・・・・・。アリシアももう取り戻せないし・・・・・・。

 どうせ体もボロボロで、長くは無い・・・」

「どうするの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もうこの世に・・・未練も愛着も無いわ」


疲れた顔でそこまで言って、力無く俯いてた。

一気にプレシアさんが老け込んで見えたな、あの時は。

プレシアさんの娘であるアリシアを生き返らせれれば簡単なんだが、

死人を生き返らせるなんて、母さんにだってどうしようもない。

これには流石の母さんも黙り込んだな~。

普通に考えれば、どう足掻いたって何にも出来ずに終わる話・・・・・・


「・・・すみません、テスタロッサさん。一つお聞きしてもいいですか?」


だったんだが。


「・・・・・・・・・なに?」

「外にいるあの子の体、死後どれくらい経ってます?」

「・・・? 急に何を・・・」

「どのくらい経ってます?」


生憎と、終わる話じゃなくなった。

俺には一つだけ・・・・・・心当たりがあったんだ。


「そうね・・・。数年・・・・・・いえ、数十年」

「肉体はどうなんです? 壊死とか、そんな部分はありますか?」

「あ、あるわけないでしょ。私がアリシアを、アリシアの身体をそんな粗末に保管するわけが・・・」

「死因は? 頭部強打の事故死とか、外傷的なものですか?」


この質問には黙ったまま、ゆるゆると首を振った。

母さんの質問に対しても、アリシアの死因だけは絶対に口を開こうとしなかったプレシアさん。

そりゃそうだろうな。自分達の実験が、他人のお粗末な管理のせいで失敗して、その影響で・・・ってことらしいし。

ただ、外傷が無い事。これは俺にとって最も重要視するところ。


「どうした祐一。そんな辛いことをズカズカと聞くものじゃ・・・」

「ちょっと待って、アナタ。祐一・・・・・・まさか、とは思うけど・・・」

「・・・ん。いや、どうなんだろう。

 本当に外傷が無く無傷で、保存が完璧で・・・でもって・・・・・・

 あ。だけど心臓が止まって一定時間以上心肺停止のままだと、確か脳に障害が残るとかテレビでも・・・」


机上の空論・・・・・・いや、空論のがまだマシか。空論でも多少は理屈が混じってるだろうし。

とにかくそんなレベルの、閃き。

成功する、なんて保証は死んでも絶対に出来ない。それでも俺は・・・思いついた。

レイクのあの能力を使えば、或いは・・・・・・てな。

プレシアさんを待たせて、結果ぬか喜びは辛いだろう。

そう思って、俺はその場でマナーモードのレイク取り出して起動させた。


≪それじゃいつも通り、お決まりの起動時のシステムを呟くとしましょうか。

 我と契約を~・・・≫

「はいはい、なら俺はいつも通りスルーするとしよう」

≪・・・・・・・・・泣いてもいいですか、私≫

「涙なんて流せないくせに」


若干いつもよりテンションが良い感じだったレイク。

懐かしいなぁ。


「・・・それは・・・・・・デバイス?」

「は、はぃ? でばい・・・? 違いますよ。超古代の魔法アイテム、素敵なステッキ・019号です」

≪ダジャレですか。しかも名前が語呂合わせって・・・≫

「どうぞ『借金会社』と呼んであげてください」

≪ご利用は計画的に。ってなに言わせるんですかっ!≫


思い出したら妙にしんみりしてきた。

あいつも早く直してやらないと。無限書庫に行く許可いつ下りるんだろうか?


『祐兄ぃ。今度は本当に話の方向ズレてきてるで』


おっと。すまん。


「どういうこと・・・? この世界は魔法の無い、管理外世界の筈・・・」

≪詳しい話は追々と。それより話を聞かせてもらいましたが・・・・・・マスター、何をお企みで?≫

「企んでいるとは人聞きの悪い。それでさレイク。レイクの機能にアレ、あったよな?」

≪・・・アレ、ですか?≫

「破壊と、もうかたっぽ」

≪あ~あ~、アレですね≫

「そうそうアレ。ちょこっとアレについて聞きたいんだけどさ。

 ・・・・・・ごにょ・・・ゴニョ・・・・・・」


他に聞かれると面倒臭いだろうから、そっからはレイクを顔の近くまで持ってきての小声話。

思えば母さんは読唇術を多少齧っている筈だから、会話内容はバレバレだったんじゃなかろうか。

口元を隠してはいなかったし。


≪・・・・・・ええ、まあ。それなら可能じゃないですかね≫

「本当か?」

≪恐らくは。命そのものに対してはどうしようもありませんが、対象がそれなら命とは関係ありませんし。

 ですが・・・リスクは相当ですよ?≫

「出来るんだな?」

≪可能です≫


都合が良いことに、俺なんかのアイディアで簡単に光が差した。

故人が生き返るなんて夢物語みたいな話なのに・・・な。


「あとさ。そっちのが成功しても・・・・・ごにょ・・・ゴニョ・・・・・・、という可能性もあるよな。

 そこんところが心配なんだが、どう思う?」

≪試してみればいいでしょうに≫

「いやいや。駄目だった場合もあるだろ。俺は知識も少ないが、科学的に考えて、駄目な可能性も大きい。

 お前って神秘的な力、いくつかもってるじゃないか。多少はアテにしていいものかと」

≪神秘とは恐れ多い。私なんて科学の粋が集まっているだけです。

 神秘を求めているのなら、人間の身体そのものがそもそも神秘の塊ですよ。科学なんかで解明しきれるものですか。

 人の可能性に掛けてみるのも一興。

 人体・世界の真理を解き明かしたつもりになって偉そうに薀蓄述べる学者がいれば、

 行動に移してそれを覆し、奇跡を起こす愚者も居ます。やってみれば、奇跡だって起きるかもしれませんよ?≫


あの時のレイクの言葉には胸を打たれる想いだった。

この一言に後押しされて、俺はぶっつけ本番でどうにかしようと決心できたんだ。


『ほえ~。ええこと言うんやな~、レイク』


んな事はなかった。


『?』


何故なら、俺が考えた心配事がマジで現実になってたからな。


『ダメダメやん』


そう、駄目駄目だ。

昼は人目に付き過ぎる。だから夜まで待って、母さんと父さん、プレシアさんと俺・・・全員で庭に集合した。

念の為にプレシアさんが人除けの結界を張ってくれたから、別に夜まで待つ必要なんて無かったんだけどな。

三人の大人に見守られる中、俺はレイクの能力・・・・・・とある秘策をアリシアに施した。

長らく止まっていたアリシアの心臓は動き出した。息もし始めた。

誰の目にも、成功したように見えていただろう。

そしたらなぁ・・・。


『・・・シーちゃんに何があったん?』


脳死だ。


『のうし? なんや前に石田先生から聞いたことあるような・・・』


一般的に、心臓が止まれば人は死ぬ。

だけどな。心臓は動いていても、脳が活動を完全に停止している状態ってのがある。

それが脳死。”完全に”ってところがミソな。

その事に、俺だけが気がついたんだ。予めその可能性を考慮していた俺だけが。

肉体の方は活動を再開したんだが、止まった脳の機能までは動き出さなかった。

どれだけ揺すっても、どれだけ時間が経っても、ぐったりしたまま一向に目を覚まさない。

知っての通り、人は脳で考えて、脳で行動を決定する。

起きていても眠っていても、常に動き続ける部位なんだ、脳っていうのは。

それが完全に死んでいる。意味は分かるよな?


『ま、待ってや。それじゃ、シーちゃん完全に・・・』


そう、死んでる。文句の付けようも無く、100%な。

だからマジ死ぬ気で焦った。


『ど、どないしてシーちゃん目覚めさせたんや・・・?』


秘密。


『なんやて?!』


何だかんだ頑張って、結果的にアリシアは生き返った。そんな感じで。


『な、生殺しや~! ほんならせめて教えて、レイクの・・・あの能力? 秘策?』


それも秘密。ちょっとした裏技とでも思っていてくれ。


『ケチ』


ケチで結構。レイクとの約束なんだ。

能力について詳しい説明をしてもいいのは、ごく限定的な条件を満たした人間だけだって。


『私には当て嵌まらへんの?』


んー・・・ちょい無理だな。というか逆に当て嵌まらない方が幸せだぞ。


『あの、祐一。私はどうなのでしょう・・・?』


おおっ?! いきなり会話に参戦か、吃驚した。

済まないが、リインも当て嵌まらない。


『ならどんな人が当て嵌まるん? ヒント欲しいで、ヒント』


そうだな~・・・・・・。

俺がはやてだとすれば、リイン含めたヴォルケンズは話しても大丈夫だな。

他は・・・・・・いない。


『ええ?! なのはちゃんとかすずかちゃんも駄目なんか?!』


無理。どれだけ仲が良かろうが、どれだけ口が堅かろうが、他は無理だ。

例え自分は信じられなくてもこいつなら信頼できる! って相手にも無理。それだけ特殊条件。


















「結局、他言無用にするような内容全然話してくれてないやん」

「ん? ・・・・・・おお。確かにそうだ。

 よっしゃ、じゃ出血大サービス。直接的な説明はまだはやてには難しいので、回答を遠回しに教えてやろう。

 脳死っていうのはな、例えるなら・・・魂が抜け落ちているようなものなんだ。

 だから俺はとある方法を用いて、アリシアの魂を連れ戻してきた。その方法までは秘密だけどな。

 尚その方法に、レイクの秘密能力は一切関わっていない。以上」

「ええ~? そんだけやの?」


祐兄ぃのトークでこれまで疑問に思ってたこと解消できると思ったのに、逆に疑問が増えた。

全く内容が見えなかった疑問が、どないな方法を使たのか見当も付かない疑問に挿げ替わっただけや。

不完全燃焼過ぎるで、ホンマに。


「祐一」


珍しくリインが祐兄ぃに対して口を開いた。

リインも何か言ってやり。遠慮せずに。


「新作オレンヂとは、混沌邪夢の類似物ですか?」


ちょ、なんでそんな話? ものすっごい関係無いことやったで。

カオスって名前はちょい怖いけど・・・ジャムはジャムに変わらんやろ。

今の話の流れでどしてそんな方向? ジャムが何や!


「いや、混沌邪夢のプロトタイプだ。安心しろ、アレほど酷くは無い」

「それより祐兄ぃ、続き~」

「はやてちゃん。そんなに催促しないの」

「「ほあっ?!」」


お、お母さんがいきなり現れた!!

け、けどコレはチャンスやで。もしここでお母さんを味方に引き込めれば、祐兄ぃも口を開かずはおれへん筈!


「せやけど~・・・」

「どうあっても口を割らないわ。そんな顔してるもの。

 からかわれて、はぐらかされるのがオチよ。諦めなさい」


うぅ~、味方に引き込むの失敗。

お母さんええな~。そん時その場にいたんやから、きっと祐兄ぃが何してたか見てたはずやし。


「現場に居合わせていただけで、私は祐一が何をしたのか知らないわよ?」


・・・・・・読心術親子? こっちに関しては気にしたら負けやな。

うー、けどやっぱ気になる~。もちろん、シーちゃんの方やで? お母さんのことやないからな?


「分かってるわよ、安心なさい。そ~だ、はやてちゃん。面白いお話をしてあげるわ」


ポンと両手を合わせて、見てるこっちもほんわかする笑顔でそう言ってくれた。

やた! やっぱお母さん、お母さんやで!


「実はあの日の騒動以来、ちょっと私にも疑問に思ってる不思議な出来事があるの」

「不思議?」

「そう、とっても不思議な事。アリシアちゃんを生き返らせたあの日のこと。

 簡単に話を飛ばして何気無い風に話をしてたでしょ? 祐一」

「せやなぁ。そんな感じやったと思うけど・・・」

「だけどね、実は祐一・・・アリシアちゃんが目覚めないこと、本当に焦ってたの。

 そのせいかは知らないけど、あの日に相当無茶してて。

 アリシアちゃんを目覚めさせようとして、高熱出して倒れたのよ」


こうねつ・・・高熱?

高熱出して? 飄々として、元気の塊のような祐兄ぃが倒れた?


「母さん。そういう格好悪いことは出来れば話さないでくれた方が嬉しかったな~・・・なんて思うのは贅沢か?」

「あら、格好良いじゃない。女の子の為に努力して、結果の高熱だったんだから、勲章も同然よ?

 けど41℃を超えた辺りからは、流石のお母さんも焦ったわ~。死ぬんじゃないかと思ったもの」

「41℃?!」

「ただの知恵熱みたいなもんだから、死ぬはず無いって」

「想像できへんな~。でも、不思議なことってソレ?」


祐兄ぃが熱出して倒れたんが不思議なこと?

別に不思議でもなんでもないと思うんやけど。祐兄ぃかて人間なんやから、倒れることくらい・・・。


「不思議なのは祐一の方じゃないわ。アリシアちゃんの方」

「シーちゃん?」

「そう。カプセルから出して、プレシアの腕に抱かれながら毛布に包まれていたアリシアちゃんの方。

 あの子の目覚めてからの第一声、何だと思う?」


第一声? 第一声って、一番最初に出した言葉って意味やろ?

「お母さん」「ココ、どこ」「おはよう」? それとも「お腹すいた」とかやろか?

色々考えられて、逆に見当もつかへん。

でもお母さん『不思議なこと』言うてたし、ほんならそんな有り触れた言葉やないとは思うけど・・・。


「『祐君は、大丈夫・・・?』

 目が覚めての第一声が、ソレ。不思議でしょう?」

「・・・? 不思議って、どこらへん?

 祐兄ぃが倒れたんやから、心配してても変やないで?」

「変よ。すっごく変。だってアリシアちゃん、祐一の名前をまだ知らないのよ? ソレを親しげに”祐君”。

 それと説明不足だったけど、アリシアちゃんが目を覚ましたのは、祐一が倒れた後。

 一体どこでアリシアちゃんは、うちの祐一と仲良くなったのかしら?」

「・・・・・・・・・・・・あ」


なるほど~、そんな風かぁ。

確かに変や。変というか、不思議や。


「祐兄ぃ。シーちゃんとどこで仲良く・・・・・・」


・・・・・・・・・さっきまで隣に居ったはずの、祐兄ぃの姿が無い。

ついでに、シーちゃんの姿も消えとる。


「祐一なら、先ほどアリシアを抱いたまま部屋の方を出て行かれましたが?」


き、気づかんかったで、私。

シーちゃんの真隣に寝とったのに、シーちゃんがいなくなったのに気がつかんかったで?!


「・・・ふぅ。腕を上げたわね、祐一」



んなアホなーーー!!?









[8661] 空白期 第二十四話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/03 16:59













思い出の始まりはいつだったかな。



気がついたら、の言葉が一番近い気がする。





祐一君と出会う・・・祐一君が生まれるより、もっとずっと前の出来事。










私が死んでからの最初の記憶。

それは前に祐一君が話してくれた、天国って呼ばれてる場所でも、地獄って呼ばれてる場所でも、

極楽浄土でも、無の世界でもなかった。

研究しているお母さんの姿と・・・・・・カプセルの中で寝ている、私自身の姿。



どれだけその姿を眺めていたのかは知らない。

もしかしたら私が死んだ直後からずっとその場に居たのかもしれないし、違うのかもしれない。

断片的にその場に存在していただけなのかもしれない。

詳しい事はぜんぜん、なんにもわかんないんだけど・・・思考することも無く、彷徨っていた事だけは確か。

お母さんが体を悪くするぐらい研究に没頭していて、ここにいる私の事なんて視界にも入っていなくて。

本当なら悲しいって気持ちが湧き上がるんだと思うけど、そんな感情も浮かんでこない。

今思い返してみれば、どうして何にも考えていなかったのかが不思議。でも、その時は気にもならなかった。

死んでるから、考える行為が出来なくなっていたのかも。

ずっと眺めているだけ。お母さんが研究している姿を。私が水槽の中で死んでいる姿を。










思考を止めてたし、意識して記憶してるわけじゃないから思い出すのも難しいけど・・・・・・

多分数ヶ月とか、そんなに短い時間じゃない。年単位でお母さんを眺めていたと思う。

長年机の前で研究ばかりをしていたお母さんが、機械の沢山ある部屋へと移動していた。



診療所のような、硬いベッドの上・・・・・・寝ている”私”。



うん、フェイトだ。”今の私”と殆どおんなじ姿。でも隣に並んだらきっと、今の私の方がちょっとだけ大きい。


お母さんはフェイトを私の名前で呼んでる。

喜んでる。喜んでるんだけど・・・・・・この先の出来事を知っている私からしたら、ちょっと複雑。



しばらくは普通の日常が続く。・・・・・・普通、かどうかは見る人によってきっと違う。

私の目には、それまで通りの普通の生活に見えた。

私がどんなに寂しくても仕事に出かけてしまうお母さんが、ずっと家に居た。家に居て、フェイトとずっと一緒に居た。

お母さんと一緒に居たいっていう私の願い。それをフェイトが、お母さんと一緒に叶えている。

・・・・・・相変わらず私は見ているだけで、心の中では何にも感じていなかった。

きっとその当時の私が意識を持っていたら・・・フェイトに嫉妬していたよね。


―――ゴメンねフェイト。


嫉妬なんてしていないから謝るなんて変なんだけど、心の中で謝っておく。

束の間の幸せ。お母さんがフェイトに違和感を抱くまでの、ほんの短い間の。





しばらくして、やっぱり私の記憶通りにお母さんが壊れた。

お母さんが私の飼っていた山猫、リニスと契約をして使い魔にしちゃった。

リニスは生前の記憶をすっかりと無くした様で、

ここはどこか、私は生まれたばっかりの子猫だったのかとお母さんに尋ねている。

人間の姿になったリニス。立って、喋って、意思疎通も出来ている。

私がもしも事故に遭わなかったなら、リニスを使い魔にしていたかな。リニスとお喋り出来たかな。

一人で寂しかったけど、リニスがいたからまだ大丈夫だった。喋るリニスがいてくれたら、もっと寂しくなかったのかな・・・。

”もしも”なんて無いけど、どうしてもそういう事は考える。

どうなんだろう・・・?

・・・・・・・・・魔力が少ない私じゃ、結局使い魔は無理だったかも。








リニスがフェイトのお世話をしている。

フェイトもまだちっちゃいし、傍から見ているだけだとリニスが私のお世話をしているようにしか見えない。

・・・うん。ちょっとだけ、嬉しい。

フェイトのお世話はリニスにまかせっきりで、お母さんはまた研究に没頭し始めた。

時々血を吐いている。机とか床の掃除、そういえば誰がやってくれたんだろう? お母さんが自分でしてたのかな。

乾いた血はちょっとやそっとじゃ落ちない頑固な汚れ。服に付いたらすぐ洗わないとだめだよ、お母さん。



日に日にやつれて、元気が無くなっている。ご飯も食べてない。

祐一君のお母さんを、この頃のお母さんに会わせてみたい気もする。

あんまりご飯を食べてないお母さんと、紙が散らばった部屋の惨状を見たら絶対笑顔で怒ると思うけど。














時間が飛んだ。

気がついたら、目の前には成長しているフェイト。それと、崩壊している・・・・・・何だっけ。

じくーていえん?

微妙に違ったような・・・。トキのハザマ? それも違う。

うん。まあ、そんな名前の所。フェイトがお母さんに決意の言葉を伝えた、最後の瞬間。

お母さんと私(の体)が空の狭間(祐一君はそう呼んでた)に落ちていくところ。

”私”も一緒に落ちている。肉体に引っ張られるのかな。

ていえんの中ではボーッて適当に浮遊していた。色んな場所をプカプカ自由に浮かんでいた。

けど、結局は肉体ありき、だったのかもしれない。どれだけ離れていたって、意識は肉体から離れきれないのかも。

フェイトがこっちに向かって手を伸ばしている。悲痛な顔で、必死に・・・・・・。


ここで一旦、私の意識が落ちる。















次に意識が戻った時、私はフカフカのベッドの上に居た。

体を動かしてみる。衣擦れの音。

手を動かす。布の感触。あったかいおフトン。

目を開ける。・・・・・・一部分はカーテンが閉じているけど、遮断しきれない光が差し込む明るい部屋。

目の前にある・・・目を閉じて、仰向けで寝ている私の横顔。目を瞑って、規則正しい寝息を立てていた。

びっくりした。

手を伸ばす。鏡のような無機質な冷たさはなくて、あったかい頬の感触が掌に返ってくる。

この時になってようやく、私は思考する機会を得た。

そして・・・・・・どうしてだか、自分の置かれている状況も理解した。


―――闇の書の夢。現実じゃない世界。


傍に赤毛の仔犬が寝ている。確かフェイトの使い魔で、名前は・・・・・・。

そう、アルフ。

そっとその軟らかそうな体に触れる。・・・・・・あたたかい。

横でフェイトが身動ぎをした。咄嗟に布団の中に潜り込む。

目を閉じて、寝たフリ。背後でフェイトが起き上がる気配。

扉をノックする音。リニスの声。フェイトに優しく語り掛けていた、あのリニスの優しい声。

私は、さもノックの音で目覚めたとばかりに・・・演技をした。










「ごめんね、アリシア。だけど私、行かなくちゃ・・・」

「・・・そう」


フェイトを抱きしめる私。私を抱きしめ返すフェイト。

私の妹は安らかな夢を断ち切り、現実へ戻ることを決意した。

私はお姉ちゃんだから・・・・・・フェイトの応援をしないとね。


「現実でも、こんな風にいたかったなぁ・・・」


体は崩れ、光になって消えていく。仮初の体は消えても、私の意識は消えていなかった。

ていえんの一室で、フェイトが世界を壊す一撃を放つ。


世界が壊れていく。




あぁ・・・これで終わりなんだ。


そんな事を考えていた気がする。









崩壊が私のすぐ目の前まで迫ってきた。私は目を閉じて、運命を受け入れる。

束の間の夢は終わり。短い人生だったけど・・・それなりに、楽しかったかな・・・。

世界が崩れ、私の意識は霧散していって・・・・・・





「見つけたああぁぁ!!」





誰かの大声が響いてくる。驚きながらも目を開けた。

横から、私を確保する謎の存在。

意識体でしかなくなった筈の私を・・・その両手でしっかりと抱え込んで。

崩壊している世界から、私を連れ出していた。


「・・・・・・あ、あれ?」


手を動かしてみると、動いている感覚。

私の体が確かに、そこにあった。


「ぃよっ」


『よ』っていう、たった一文字の言葉。それが私に対しての呼びかけだと気がついたのは、偶然。

初めて聞いた時は混乱したんだよね。『よ』なんて挨拶、ミッドでも聞いたこと無かったし。


「・・・よ?」


よく分からないながらも一応、男の子を真似て返す私。

崩壊する世界はもうどこにも無い。私は何も無い空間で男の子と二人、そこに存在していた。


「お前が・・・君がアリシアだな?」

「えっと・・・キミ、だぁれ?」


謎の存在って言ったけど、本当は謎でも何でも無い。

今よりちょっとだけ子供っぽい、祐一君。


「む、俺か?」

「うん」

「俺は~、そうだな・・・・・・・・・いいボケが思い浮かばないな。

 とりあえず、なんちゃって世界の破壊者とでも呼んでくれ」

「なんちゃってでぃけいど?」

「俺ディケイドとは言ってませんが?!」

「でもそう聞こえたよ?」

「どうなってんだよ、この世界・・・・・・」


これが私たちのファーストコンタクト。

私と祐一君の最初の接触は、こんな感じ。










まだ5歳で、知識も少なかった私。

闇の書の夢のことや、お母さんのことは”知っていた”けど、他の大半のことは知らないまま。

祐一君はそんな私にも分かり易いように、言葉を選びながら説明してくれた。

どうして私を連れ出したのか。『見つけた』なんて言っていたのか。

それに、プカプカ魔法も使ってないのに浮いていられるこの世界のこととかも。

空の狭間って世界の向こう側の世界なんだって。・・・かなり、ややこしい。

で、肉体を持ってる人間は来られないから、肉体を置いてコッチに来たって言ってた。


「じゃあ・・・・・・お母さんと私は、キミの家のお庭に落ちてきたの?」

「そういうことだ。しかも俺の目の前にな」

「でも・・・ならどうして、私を探してたの?」

「連れ帰るため。この世界から」


うれしかった。

初めて会ったばかりの男の子が、私の為にこんなところまで来てくれたことが。

フェイトもいなくなって、もう後は消えるだけの運命しか残されていない私の為に・・・。

・・・でも


「私は行けないよ。だって私は・・・・・・」


私の体は死んでいる。

まだ5歳だったけど、死の概念ぐらいは大雑把に理解していた。

体が動かなくなって、目を開けなくて。

何でも出来ると思っていた私のお母さんでさえ、私の『死』に対しては何にも出来なかった。

じゃなかったら、お母さんはあんな風に壊れたりしない。

だから戻れないことだって、何となくは分かっている。

・・・・・・なのに祐一君は、


「あー、そのことな。まぁ・・・なんだ。何とかなるから、安心しろ」


頭を掻きながら、私のお母さんでもどうにも出来なかったことを、何とかなるって言った。

信じられないような話なのに・・・この時は漠然と、この男の子ならどうにかしてくれそうな予感がしていた。


「なんとかって・・・?」

「詳しくは企業秘密。とっておきの秘策なんだが、今のキミには少し難しい話だから」


人差し指を口元に、軽くウインクして。

少し年上の男の子は、見た目よりもっともっと年上のお兄さんのような表情で微笑んでいる。

・・・・・・本当は大人のお兄さんなんだよね、本当に。


「だから、心配しなくても大丈夫。俺と一緒に・・・・・・帰ろう」


差し出される私より大きな手。

私はしばらく悩んで・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」





男の子の手を取った。









[8661] 空白期 第二十五話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/09 17:28










風を切る感覚は無い。


そもそも風も吹かない世界。寒くもないし、暖かくもない。

私は祐一君と二人、ただただ飛ぶ。目的地も分からない私は、祐一君に付いて行くだけ。

知らない世界。知らない景色。知らない場所。

目印も無いのに、祐一君の飛び方には迷いが無い。真っ直ぐ飛んでいく。

何にも無い世界。私が退屈しないように、祐一君はお話をしてくれた。

桃から産まれた男の子が、鬼退治に行くお話だった気がする。

話し方が面白くて、何度も笑った。久しぶりの笑顔だった。

最後に無事鬼を退治して、めでたしめでたし。

一段落が着いて・・・祐一君が飛ぶのを止めた。


「・・・・・・スキル発動。こいつぁ油断した・・・・・・」

「ふぇ?」

「迷子になった。悪い」

「えぇ?!」


この頃は本当に驚いたなぁ。祐一君の迷子スキルなんて知らなかったし。

周りを見渡しても、白とか、緑とか、青とか。

いろんな色が付いたボールが、あちこちに浮いてる空間が続いているだけ。

このボールの一つ一つが、一個の世界なんだって。昔は意味が分かんなかったけど。

こんなに沢山ある世界の中から私を探し出した祐一君は、素直に凄いよね。

だけどお母さんのところに帰れると思っていただけに、当時の私は相当ショックを受けている。


「心配するな、迷子になるのは慣れてる。絶対にお母さんの所に連れ帰るからな」

「・・・・・・ぅん」


そういえば、どうやって祐一君は自分が迷子になったって分かったんだろう? どこも同じような光景なのに。

出てきた涙を袖で拭っていると、私の心に変な感情が湧き上がってきた。


「・・・・・・ぇ?」

「・・・? どうした?」

「あっち・・・」


何も無い空間を指差す。私は確かに感じていた。


「あっちで、誰かが悲しんでる・・・?」


悲しみの感情を。















「ひとまず挨拶から済ませておきましょう。

 私は星光の殲滅者。理のマテリアル。闇の書を復元させるための、プログラムの一部です。

 ある者達は私のことを、闇の書の残滓、と呼びます。あぁ、闇の書の事はご存知でしょうか?

 リンカーコアと呼ばれる、魔導師や魔法を扱う獣達の力の源。

 ソレを蒐集することにより、書を完成させた暁に書の持ち主に制御しきれぬ莫大な力を与えて世界を滅ぼす、

 文字通り闇の魔道書です。

 闇の書には、持ち主や書が破壊された場合でも別世界に転生・再生するという無限の再生能力がありました。

 最近になりその魔道書が滅ぼされてしまい、私は消されてしまった闇の書の防衛プログラムの残滓により、

 闇の書を復元させるために作り出された存在。怨念が具現化したモノとでも例えましょうか。

 力を集め、私自身が完全な存在となることにより、滅ぼされてしまった闇の書を復元することが可能になる。

 その筈で、そうなる予定ではありました。

 ですが残念ながらそれを良しとしない者達の阻害に遭い、私は志半ばで消滅してしまいました。

 他にもいくつも同じような世界があります。ほぼ同じ世界でありながら若干違う世界で、別の存在との戦い。

 しかしどの私も敗北し討滅されてしまい、私は討滅された残滓が集まることによって辛うじて生き長らえている状態。

 搾り滓同士が寄り集まった存在なので、残念ながら完全な存在とは冗談でも呼べないほど悲惨な事態です。

 私の他に二人ほど、私と同じマテリアルという存在がいます。

 その者達が安らかなる闇を取り戻してくれることを祈りましょう。

 あの暗澹とした闇の中に帰れる日は訪れるのでしょうか・・・。正直なところ、不安です」


向かった先には、真っ黒い世界(ボール)があった。中に入ってみると、やっぱり中も真っ暗。

その中でたった一人、フェイトと同い年くらいの女の子が呆然と虚空を見上げている状態。

出会った女の子は・・・・・・見た目には、まったく悲しんでいる様子じゃなかった。

困ってはいたみたいだけど。

一言、二言話しかけたらこんな風に返ってきた。

舌噛まなくてすごい。難しい単語がいっぱい。


「ところで・・・あなた方はどなたなのです?」


今更だった。でも困ってはいる。話の内容は分からなくても、それぐらいは分かったつもり。

話を聞き終えた祐一君は、横で考え込んでる。私も真似して考える。

女の子は私達からの返事が無くて首を傾げていたけど、考え込んでる私達にその姿は視界に入ってなかった。

知識も無い子供なりに考えた私が、導き出した結論は一つ。


「・・・ね、祐一君」

「ん、なんだ?」

「この子、困ってるんだよね・・・?」

「だな。話を聞く限りじゃ、そうだろう」

「・・・・・・この子の手助け、してあげられない?」


今でも思う。よく相手を気遣う余裕があったよね、私。

漠然と、放っておけないって気持ちだけがあったのかな。


「・・・いいのか? お母さんの所に帰るんだろ?」

「いいの。助けてあげたい。・・・助けてあげて」


きっとこれは、運命を予期したと思えるほどに強烈な”直感”だったんだって。

昔はそんなこと考えもしなかったけど、今ならそんな気もしている。












女の子は完全な存在になることを目指していた。

目指しているだけで・・・具体的な方針があるわけじゃない。

祐一君は「手がかりもないし、長丁場になるな」って言ってた。ながちょーばって、なに?

最初は女の子の呼び名を決めるとこから。セイコーノセンメツシャは長すぎるって理由で。

決まった名前の文字で、私は『シューちゃん』て呼ぶことに。

次に祐一君は、真っ黒な世界を自分の世界に塗り替えて、全く新しい世界を創り出した。

後で私もチャレンジする日が来るんだけど・・・・・・。

祐一君はすごいね。世界を創ることの難しさに、そう感心したのを憶えている。


「黒以外の世界は落ち着きません」

「暗い世界の方が落ち着かんわ!」


うん。同じ意見。












「今日から世話になるぞ!」

「・・・・・・誰?」

「雷刃の襲撃者だ!」

「この子どうしたの? 祐一君」

「拾った」


しばらくすると、青い髪のフェイトにそっくりな子が加わった。

シューちゃんの同類で、力のマテリアルだって。どう見ても非力だよね。


「スゥちゃんて呼ぶね」

「スゥちゃんて言うな!」


フェイトをコピーして、闇の書の残滓から再構築られたってことらしい。なら私の妹だね。

そういえばフェイトとスゥちゃんって、結局どっちが強かったんだろう?

シューちゃんと同じで色々な世界のスゥちゃんが合体して今のスゥちゃんになってるから、

一つぐらいフェイトと戦った世界があってもいいとも思うんだよね。

なのにスゥちゃんはフェイトと会ったことがないらしい。

変にすれ違う二人。私とフェイトの関係と似てる。











「貧相な場所だ。まるで犬小屋ではないか」


数日後には、白髪に近い灰色の髪をした女の子も加わった。


「この子どうしたの? 祐一君」

「拾った」

「どこで?」

「道端で」


道端に女の子が落ちてるような世界なのかな、祐一君の住んでる世界って。

だってスゥちゃん拾ってきて、まだ一週間も経ってなかったんだよ?

祐一君の記憶を忠実に再現した世界を創造するって言ってたし、勘違いしても無理ないよね?


「祐一」

「むっ? き、貴様、理のマテリアルではないか!」

「この家にはペットを飼う余裕はありませんよ?」

「ぺッ・・・っ!」

「祐! おやつが無い!!」

「ち、力のマテリアルだと?!」

「ん? 誰だお前?」

「・・・がっ・・・ぐっ・・・」


マテリアルの王だって。王さまなら一番えらい筈なのに、二人のこの子への態度は明らかに同等だった。

・・・ううん。後々の力関係だけど、シューちゃんが一番上で、残りの二人が同じくらいになる。

変な力関係。

ちなみに呼び名は『あーちゃん』。エラそうにしている態度は最後まで変わらなかった。

けど妙に憎めないんだよ・・・。















祐一君は私達全員に、たっくさん物事を教えてくれた。

文字の読み方、書き方。数の計算方法。

人同士の付き合い方に、テレビゲームの扱い方。やれば出来ること、やっても出来ないこと。

危険の少ない包丁の持ち方、持ったら危ない包丁の持ち方。お箸の使い方、最低限のテーブルマナー。

なんでもござれ。

私はそうでもなかったんだけど、他の皆が常識に疎すぎた。特に最初は。


「敵を排除するなら、回避出来ないどデカイの一発ぶち込む方が確実で手っ取り早いだろ?」

「だ~か~ら~! そう短絡的思考に走るなって言ってるんだ! レヴィ今日は晩飯無し!!」

「なあーーっ?!」


祐一君が一番手を焼いていたのはスゥちゃんだった。

スゥちゃんは私以上に子供みたいで、危険なことも平気でやってた。

冷蔵庫に入ってた調理前の生の豚肉を(なんかキレイだったからって理由で)そのまま食べようとしたり、

『混ぜるなキケン!!』って書かれてるラベルの薬品二つを(キラキラした目をして)混ぜてみようとしたり。

この時だって、ゴの付く黒光りした生き物どうにかするのに、魔法でキッチン全壊させたところ。

悪気が無い分タチが悪いって、何度か愚痴を零していたのを憶えている。

あーちゃんはただエラそーにふんぞり返ってて、シューちゃんはお腹空かして席にチョコンと座ってるだけだし。

躾け(?)は自然と、祐一君のお仕事に。

難しい本ばっかり読むのに、どこか可愛いシューちゃん、

子供みたいに外を走り回って、意外性の大きいトラブルを巻き起こすスゥちゃん、

毎日ぐーたらして、態度だけは大きいあーちゃん。

そんなこんなの日常だった。





毎日が楽しかった。

シューちゃん達を”かんぜんなそんざい”にするのが始めの目的だったのに・・・・・・。

ううん。そもそもは私が向こうの世界に帰るのが目的だったはずなのに。

そんなこと、すっかり忘れるくらい。楽しかった。










―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―










「うわっ。そんな昔の見てるのか?」


私しか居ない空間で私以外の声が響く。

口調はちょっと呆れが混じってる。ある意味いつも聞いている声だけど、すごく久しぶりに聞く声。

振り返って、予想通りの子が居ることを確かめる。


「あ。スゥちゃん」

「スゥちゃんて言うな!」


広い空間に一人座って”昔の思い出”を見ていると、神出鬼没の女の子、スゥちゃんが現れた!

行動の選択。

1.魔法を使う

2.お話をする

3.仲良くなる

4.一緒にご飯を食べる

・・・・・・なんちゃって。


「久しぶりだね。元気にしてた?」

「ふん。元気も何も、肉体が無いから風邪も引かない。元気そのものさ」


うん。変わってないな~、スゥちゃん。

見た目は全然成長してないし、髪も全く伸びてない。

服装も・・・・・・フェイトのバリアジャケットの色違い。


「あとスゥちゃんはヤメろ。きちんとレヴィだ」

「レヴィちゃん?」

「『ちゃん』も付けなくていい。呼び捨ての方がカッコイイんだぞ」

「へぇ~。こんどからきをつけるね~」

「こ、心が篭ってない・・・」

「妥協してヴィーちゃんて呼んであげる。

 隣においで、ヴィーちゃん。お話ししよ?」

「・・・・・・別にいいけど・・・・・・」


スゥちゃんはいっつも元気いっぱい。時々意地っ張りだけど、とっても素直。

フェイトと同じ容姿で、だけど髪の色は綺麗な青色で。毛先に行くと途中から黒く染まっている不思議な髪。

私にとってはフェイトと同じで、妹も同然の子。過ごした時間は、フェイト以上。


「他の皆は元気にしてる?」

「さあ?」

「一人? 寂しくない?」

「むっ。寂しくなんてあるもんか」

「そっか~。偉いね~」

「子ども扱いするなーー!!」


頭を撫でたら怒られた。

この世に生まれて6年なスゥちゃんなら、まだ子供。

私だって11歳の子供なんだから、私より年下のスゥちゃんが大人だったら何か変だよ?


「まったく・・・・・・」

「ねえねえ、どうなの? ホントにみんなと会えてないの?」

「会えるわけない。僕以外はこの体の中にいないんだ。

 いつも近くにいる、祐の中のアイツにだってロクに会ってない」

「ふ~ん。会えないんだ・・・」


不思議。

昔は毎日顔を合わせていたのに、今も継続して毎日会っているのは祐一君だけ。

スゥちゃんはともかく、あと2人にはこっち(現実)に戻ってから一度も会えてない私。


「・・・半年前くらいに揃い踏みしたのが最後か。祐とクロいのがショーブしてる時」

「あ~、クロノ君ね。あ、そういえば文句言うの忘れてた。

 酷いよ~。あの時ヴィーちゃん達が勝手に出て行ったせいで、私とまいちゃん強制睡眠モードに入っちゃったんだよ?」

「それは・・・悪かった、謝る。

 けど・・・・・・無いとは思うけど、祐がクロいのにやられるかもしれないって思ったら、

 居ても立ってもいられなかったんだ」


・・・反省はしてるんだよね、うん。

じゃあ許してあげようっと。


「祐が負けるのは許さない。祐を最初に負かすのは、僕なんだ」

「あらら。変わんないね、ヴィーちゃん」

「変わらない。僕の目標はずっと、祐のままだ」


う~ん。目標とかそーいうことじゃなくて、スゥちゃんの性格のことを言ったんだけど・・・。

分かってないみたいだし、別に会話自体は不自然じゃないから勘違いのままでいっか。

それでもやっぱり・・・ちょっとは変わったよね。

スゥちゃんだけじゃない。シューちゃんも、あーちゃんも。

昔の記憶をさっきまで見ていたから、とってもよく分かる。

祐一君の不思議パワーが原因だね。


「そうだ、アリシア」

「ヴィーちゃん。お・ね・え・ちゃ・ん・・・だよ?」


私の妹のフェイトの情報から作られた闇の欠片なんだから、私の妹。

だから前から何度もお姉ちゃんて呼んでって言ってるのに、全然聞いてくれないの。

スゥちゃんとフェイトの関係も、私とフェイトの関係も丁寧に説明したのに。

おやつを分けてあげた時くらいだよ、シア姉ぇ(しあねぇ)って呼んでくれるのは。


「僕をレヴィと呼ぶんなら、付けてもいいぞ?」


スゥちゃんはふふんと得意げに胸を反らした。


「なら呼び捨てでいいよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そう言い返したら、胸を反らしたまま不自然に固まっちゃった。

う~ん・・・ちょっと、イジメちゃったかも。


「スゥちゃん、スゥちゃん」

「スゥちゃんて言うな!」

「どうしたの? 聞きたいことがあったんじゃないの?」

「・・・・・・なんかどうでもよくなった」

「ええ~? 気になるよ、教えて?」


私がそう懇願してもツーンってそっぽを向いて、教えないよ~って態度で示してきた。

むむ~、気になる。スゥちゃんのことだから別に大したことじゃないと分かってはいても、気になる。

横からスゥちゃんに抱きついて「教えて~教えて~」って何度も訴えかける。

1分も粘ると、流石のスゥちゃんも観念した。

スゥちゃん忍耐力無さすぎ~。もっとスキンシップした~い。


「その・・・あれ」

「あれ?」

「・・・・・・調子はどうかと思って・・・・・・」


調子・・・?

スゥちゃんのほっぺに私のほっぺをすりすりくっ付けながら、続きを待つ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうなんだ?」

「え? 何が?」

「だから! ・・・・・・調子」

「う~ん? うん。元気だよ。子供は風の子、元気の子~!」

「っっっ・・・じゃなくてっ!」


理由はわかんないのに、いきなり怒ってる。

Q、調子はどう?

A、元気だよ

それ以外に無いよね?


「調子、共有・・・・・・・・・祐と・・・・・・命」


断片的に紡ぎ出された単語。視線は上に下に、右に左にと落ち着きが無い。

文字を並び替えて、補整もして、頭の中で言葉として組み立ててみる。


「あ~。そういうことだね」

「すぐに気がつけ、バカ!」


自分の口から全部を言葉にするのは照れくさくて、そんなちょっとの言葉で理解してもらおうと思ったんだよね?

素直じゃないスゥちゃん。でもそんなスゥちゃんも可愛くて大好き。


「ん~! 可愛い!」

「バカ、引っ付くな!」

「心配してくれてありがとうね、ヴィーちゃん」

「だ、誰が心配なんか・・・っ」


照れて焦るスゥちゃんを視界に納めながら、私は自分の胸に掌を当てる。


  トクン  トクン


規則正しくリズムを刻む鼓動。

本当なら止まっているはずの鼓動。いつ止まってもおかしくないはずの鼓動。


「大丈夫。祐一君も私も、元気だよ」


お母さんがしていたお仕事の失敗で、ほんの一年前まで私の肉体は生きる為の活動を停止していた。

でも死後はとってもきれいに肉体が保存されてて。お母さんのお陰で、中途半端に死んじゃってた。

どの程度中途半端かというと・・・・・・心臓と脳が動き出せば、また生命の活動を再開できる程度の死。


  トクン  トクン  トクン


手を当てていなくても、自分の鼓動を感じていられる。

だけどこの鼓動は、厳密には私の心臓自身が脈動している音じゃない。

ある人の心臓の動きに連動して、ついでに一緒に動いているようなもの。


「祐一君の鼓動、すごく私の体に馴染んでるの」

「ふ~ん?」

「あったかいよ。祐一君と、いつも繋がっていられるんだから」


心臓が動いて、体も動き出せば、擬似的には生き返れる。

だけど脳が動かなかったら植物人間だから、結局は死んでるのと変わらない。

脳の動きは心の動き。

私の心は空の狭間に落ちた時にはぐれちゃったみたいで、祐一君が私を探しに来たのはそれが理由。

祐一君の心臓の動きをどうやって私と連動させたのか、方法は知らない。

いつからか壊れちゃってた、レイクちゃんの能力の一端だったんだって。

鼓動が連動してるんだから、祐一君の鼓動が止まれば、必然的に私の鼓動も止まる。

もっと分かりやすく言うと、死ぬ。


「浮かれてないで気をつけろ。お前が死ねば、祐も・・・」

「うん」


逆に私の鼓動が止まったとき・・・・・・・・・祐一君も死ぬ。

『私の心臓は祐一君の心臓に連動している』

さっき心の中でそう考えた。だから変なんだよね、私が死んだら祐一君も死ぬなんて。

つまりそれは言葉としては、本当の意味では正解じゃなくて。


「私は大丈夫。絶対に事故には遭わないし、命に関わる病気にもかからない。

 祐一君の命だもん。大切にしなきゃ」


鼓動の『共有』。それが私の命を繋いでくれている楔。

『共有』させた方法は知らないけど、『共有』させているってことだけは前に教えてもらった。

運命共同体。私と祐一君の関係。

生きる為に必要な『心臓の鼓動の共有』なんだから、生きるも死ぬも当然一緒。

自分が死ぬかもしれない負担リスクを負ってまで、私を助けようとしてくれた祐一君。

見ず知らずだった私なんかのために、文字通り命まで懸けてくれた優しい祐一君。

そんな祐一君だから・・・・・・私は祐一君が大好き。

放っておけないんだもん。


「何て言ったかなー、今の状況・・・・・・。

 そう、あれだ。”れんたいせきにん”の間柄なんだからな」

「”いちれんたくしょう”じゃない?」


漢字? 難しくてわかんない。

ちょっとだけ、しんみりしそうだった気持ちが吹き飛んだ。

凄いよね、スゥちゃん。雰囲気ブレイカーだよ。


「い、いちれんら・・・た・・・?」

「いちれんたくしょう。生きるも死ぬも一緒って意味だよ。

 連帯責任は~・・・・・・一人が受ける罰を、みんな揃って受けるって意味だから。少し意味合いは違うかも」

「ふ、ふんっ! それぐらい知ってたさ!!」

「ほんと~に?」

「当たり前だろ、常識だ」


あ、そっぽ向いちゃった。本気で知らなかったんだね。

連帯責任は、私が昨日勉強していた中学生の問題集に載っていた難易度の高い問題。

私が勉強したことはスゥちゃんも一緒に勉強してるようなものだから、てっきりうっかり間違いかと思ったんだけど。

おかしいな~?


「ヴィーちゃん。この漢字、読める?」


空中に指で光の文字を書く。

そっぽ向いてたスゥちゃんも、一応こっちに視線を戻してくれた。


「なんだ、コレの読みか」

「うん」

ゴッサムだろ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

空中に書かれた文字を私自身もう一度見ている。

『極寒』

かなり難しい読みだとは思う。でも単語単語の字は合ってる。

だから多分、読めないから適当に言ったわけじゃなくて、本気でそう読むんだと思ってるのかも。


「コレでごっかんて読むんだよ」

「ごっかっ?!」

「音読みと訓読みが混ざってるよ、ヴィーちゃん」

「ど、どっちでもいいさ! どうせ僕に漢字なんて必要無いんだ。

 合ってる合ってないで揉めるなんて、毛が無い!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・毛が・・・無い?

髪の毛は有る。でも毛じゃない。

そのままの意味じゃないよね。毛が無い・・・毛が無い・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もしかして、『不毛』って言いたいのかな?

文字としては否定的な『不』って字に、『毛』の文字が入ってるし・・・・・・。

でも『不毛』と『毛が無い』って・・・。


「スゥちゃん・・・」

「・・・・・・な、なんだ、その目は・・・・・・」

「やっぱり・・・変わってないね、全然」

「・・・・・・あ、」

























「アホの子って言うなーーー!!!」




















「別にアホの子なんて言ってないよ」

「・・・あ、そう」

「ヴィーちゃん。そろそろご飯の時間だから、私戻るよ」


お腹が空いた。多分もうすぐお昼ご飯。

毎日毎日遊びまわって、お昼寝して、ご飯の時にだけ起き出して。

私こんなに自堕落で大丈夫なのかな~? 勉強だけはしてるけど。


「じゃあまたね、ヴィーちゃん」

「待て、アリシア」

「ぅん?」

「時々祐のやつ、アリシアの目を通して、僕に視線を合わせてる時がある・・・・・・よ~な気がする。

 もしかしたら・・・・・・もしかすると・・・・・・。

 思い出してるのかもしれない」

「ぅ~ん? そっか。じゃあ確かめてみないと、だね。

 じゃあね、レヴィ。今度は現実の世界で会えるといいね」

「うん。バイバイ、シア姉ぇ」









[8661] 空白期 第二十六話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/09 17:29










「・・・お? 目が覚めたか」

「・・・・・・・・・ふえ・・・?」


ゆらゆら。ゆらゆら。

祐君に抱かれて揺られている。

あれ・・・? 僕って確か、祐君のベッドでお昼寝中だったような・・・?


「悪い。昼寝の最中だったけど、連れ出した」

「・・・ぅん。い~けど・・・・・・」

「もうすぐ昼ご飯だから、そろそろ起きな」


夢を見ていた。夢の中で、スゥちゃんと会っていた。

そうだ。祐君に聞かないといけないこと・・・・・・。

・・・・・・どうやって聞こうかな・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


祐君の腕の中、あったかいなぁ。お日さまの光に包まれてるみたい。

ねむねむ・・・。


「ね~・・・・・・祐君」

「ん?」

「僕、いつまで子供でいても・・・いいのかな」

「・・・なんだ、突然」


どうしてこんなこと聞いてるんだろ?

自分でも分かんないや。何となく思いついただけだし・・・。


「好きなだけ子供でいて良いぞ。少なくとも、今はまだ子供なんだからな」

「祐君は大人? 子供?」

「当然子供! ・・・と言いたいところだが、精神的にソレは無理が出てきた嫌いがあるんだよなぁ」


おっきなため息一つ。

しょうがないよ。だって祐君、精神的にはもう大人になってるんだし。

でもそれって、僕達と過ごした時間を思い出した上での? それとも・・・・・・


「・・・今何歳?」

「三十路も半ばを越えた・・・」

「みそじなかば?」

「みそじは30歳代。半ばは中間。それを越えたなので、後半という意味だ」

「あちゃ~・・・」


祐君いつの間に・・・。

また向こうの世界に行ってきたのかな?

向こうなら時間の流れがヘンだから、身体が成長してないのも理由になるし。

も~・・・。向こうに行くなら誘ってくれればいいのに。


「ねーねー」

「今度は何だ?」

「思い出した?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


・・・どうやって返してくるんだろう。

あ、でもいきなりの質問だし、質問の意味分かってない・・・? 分かってくれてる・・・?

どうしよう。ちゃんと最初から説明した方がいいのかな。

みゃた・・・みゃくら? 脈略無かったかも。


「そうだなぁ・・・・・・」


そんな風に悩んでたのに、祐君は少しだけ迷った素振りを見せた後に、


「いいボケが思い浮かばない。とりあえず、通りすがりのなんちゃって世界の破壊者で」


・・・懐かしい答えを返してくれた。

憶えてる。スゥちゃんの言ってた通り。


「それじゃ、俺が答えたんだから次はアリシアの番。

 ”キミ”はどっちだ?」


・・・・・・僕? ・・・・・・予想外。

質問が”どっち”だったし・・・。

今度は祐君が僕を確かめてるのかな? 僕が『私』アリシアなのか、『僕』レヴィなのか。

だったら僕は・・・・・・笑顔でこう返すよ。

お椀型にした手を合わせて・・・



「だいちに咲く、いちりんの~・・・・・・」




















お昼のご飯。オカズは肉じゃがだった。

美味し~♪ うまうま~♪









[8661] 空白期 第二十七話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/04 17:14









冬。また祐一が遊びにきた。

冬にしか遊びに来てくれない祐一。

冬になったら必ず来てくれる祐一。


中学に入ってから最初の冬休み。

一年ぶりの冬休み。

祐一と出会って、4回目の冬休み。

冬休みは大好き。だって、祐一がこの町に帰ってくるんだから。


「冬が来て、ず~っと冬だったらいいのになぁ・・・」

「おい待て。その台詞は舞が言っちゃ駄目だ、NG用語に指定されている」


? たまに変な事を言うよね、祐一って。











「よ~し、お~わり!」


ぱんぱんと地面を叩いてしっかり固めてから、手の土を払い落とす。

毎年夏と冬、祐一が遊びに来ている間の恒例の行事。

みんなのタイムカプセル。

たった今、タイムカプセルを埋めたところ。

夏から冬にかけてのタイムカプセルだから、今度開けるのは来年の夏休み。

タイムカプセルを埋めている間は本当に楽しい。私と祐一の、大切な思い出だし。


「舞」

「祐一?」

「本当にタイムカプセルにアレ、埋めて良かったのか?」


祐一の言うアレ。アレっていうのは、うさみみのカチューシャ。

鬼ごっこをしたら稲穂に隠れるくらいに昔は背が低かった私に、

祐一がプレゼントしてくれた一番最初の、大切な大切な宝物。


「・・・・・・うん。ちょっと迷ったんだけど、アレだけまだ一度も入れたこと無かったし。

 それにもう、背も伸びたから使わないし」

「よしそれは俺に対する挑戦状として受け取った」

「もうすっかり追い越しちゃったもんね~」


祐一の頭に手を置いて、背の高さをアピール。

昔は祐一より全然低かった身長。

一年分の歳の差はあるけど、今は頭一つ分ぐらいは引き離してる。


「・・・ふっ。今は甘んじてこの屈辱を受け入れてやる。だが見ているがいい。

 俺とて中学に上がれば・・・・・・具体的には中学2年生に、急激に背が伸びるんだぞ。

 追い抜いたら、今度は俺が舞の頭に手を置いてやる」

「あははっ。待ってるよ」


男の子って本当に背が伸びるのが遅いんだね。

クラスの男子も、ほんの数人を除いて、まだまだ背が低い子が多い。

背の低い順で並べば、8割の女子は後ろの方に固まることになると思う。

私達の中じゃ一番背の低い栞とあゆだって、もうそろそろ祐一に追いつきそうだし。

・・・・・・でもあゆは祐一の身長を追い越す前に成長が止まりそう。そんな気がするのは気のせい?


「ね~ね~、祐一くん」

「お~。どうした、あゆ。っていうか昨日も会った筈なのに随分久しぶりに会うような気が・・・」

「うぐぅ? そういえばボクもそんな気が・・・。

 あ、それより祐一くん。この後はいつも通りボクのお家でお風呂だよね?」

「だな。んじゃ、あゆん家にゴーだ!」

「ゴ~♪」

















あゆのお家でお風呂を借りて、みんなでタイムカプセルに埋めていた思い出の品の話に花を咲かせて。

今日も一日が終わる。日が落ちるまで祐一と一緒に過ごして、お母さんが迎えに来たからさよならして。

楽しいな~。こんな日が毎日続けばいいのに。


「舞、まい。二人とも本当にご機嫌ね」

「うん」

「祐一が遊びに来てくれてるし、」

「最近は毎日が楽しいよ」


髪の毛を拭きながらお母さんとお話。

家に帰ってからだから今日二回目のお風呂だけど、お風呂は何回入っても気持ち良い。

特にお母さんと入るお風呂は長湯になっちゃうから、今は少しのぼせ気味。


「近頃は鬼ごっことか、かくれんぼとかはしなくなったけど、」

「祐一はいっつも新しい遊びを考えてくれるの」

「今日はタイムカプセルだったけど、」

「昨日はアリちゃんが連れてきてくれた猫たちと遊んだし、」

「その前の日は優勝商品付きのクイズ大会だったし」


まいと一緒だとどうしても交互に喋っちゃうから、戸惑って私達の言葉を聞き取れない人もいる。

名雪とあゆは、結構頻繁に混乱してたりするから大変。

でもお母さんは、ただの一度も私達の言葉に戸惑ったことは無い。だから楽しく、遠慮無く喋れる。

今のところ一度も混乱してないのって、お母さんと佐祐理と、祐一くらい。

そんなに聞き取り辛いのかな?


「そう。だけど舞。冬休みの宿題は終わらせたの?」

「大丈夫。祐一がみんなを集めて宿題する日があるし、その日に纏めてやっちゃうから」

「それに私も手伝うから、あっという間に終わっちゃうよ」


宿題は最近になってからの恒例。

いつもは自分で時間を見つけてしてたんだけど、アリシアが来た辺りからみんなでするようになった。

冬休みの宿題会はアリシアの誕生会も兼ねてるから、宿題の後にはケーキのご褒美が控えている。

それも祐一が作ってくれたのが。

きっとみんなのやる気を出させる為の、祐一のアイディア。お陰で宿題も楽しく終わらせられてる。


「祐一ってお料理上手だから、ケーキが美味しいんだよ~」

「今度お願いして、お母さんの分もお菓子作ってもらうね」

「ありがとう、二人とも」

「私達が悩んでた夏休みの宿題を横から覗き込んで、」

「答えと解き方を教えてくれた事もあったよね」

「どこで勉強したんだろう?」

「どこだろう?」


お家? それとも、学校で?

う~ん。私達って祐一のこと、どれくらい知ってるのかな。

祐一は私達のことをよく知ってるのに。なのに私達の知ってる祐一の性格は、極々一面だけ。

今まであんまり気にしたことないけど、少し気になってきたなぁ。


「お料理が上手で、勉強も出来て、運動神経もあって、社交的でとっても良い子」

「あ、そうそう。そんな感じ」


簡潔に祐一の印象を纏めちゃった。さっすがお母さん。

お母さんが祐一と会ってる回数って、私達よりずっと少ない筈なのに。

祐一のこと、よく知ってる。


「それで、舞とまいの事も下心無しで素直に受け入れてくれた」

「「うん♪」」


祐一のお料理は本当に美味しい。

たまに祐一の家でお昼を食べさせてもらうけど、その日はご飯がすっごく楽しみだもん。


「・・・舞。まい」

「「なに?」」

「お母さん、やっぱり祐一くんを舞かまいのお婿さんに欲しいわぁ。

 お婿さんじゃなくて、舞達が祐一くんのお嫁さんに行く方でもいいけど」

「「・・・・・・ふえ?」」

「でもあゆちゃんのお母さんとか、佐祐理ちゃんのお父さんとか、祐一くんを自分の娘のお嫁さんに!

 って思う人は居るの。だから頑張ってね、舞、まい」


何を頑張るの?

さあ?

お嫁さんって、漫画で見るあれだよね?

結婚しようってやつだね。

誰と?

祐一と?

誰が?

私?

私?



まいと視線だけで会話を交わすことに成功。こんな経験初めてかも。


「どう? いや?」

「いや・・・じゃ」

「ないけど・・・・・・ねぇ?」


いまいちピンと来ないって言うか・・・・・・具体性が無いって言うか・・・・・・。

結婚がどうとか、全然想像できない。

だってお母さん、急にそんなこと言うんだもん。


「ぅ、ぅ~ん・・・。二人のその純粋なところはある種の魅力だけど、恋愛じゃ後手後手に回りそうね・・・」

「でもお母さん」

「?」

「結婚って、そんなに良いものなの?」

「そうよ。とっても幸せなもの。お母さんがお父さんと結婚した時だって・・・」

「でもお母さんって、お父さんと離婚したんだよね?」





  ピシッ!!





・・・・・・あ。あれ?

あれだけ明るく楽しそうに話してたお母さんが、笑顔のままピシリと固まっちゃった。


「ま、舞! それ禁句!!」


小声でまいが訴えかけてきた。


「・・・え、何で?」

「前に私がお母さんの家事を手伝ってるときに同じ質問して、お母さん泣いちゃったんだからっ!」


それって、私が学校に行ってる間に起きた事かな?

まいは学校に行かない。学校に通えないわけじゃないけど、でもお金はかかるから。

普段は外で遊ぶか家でお留守番をしていて、不定期に休みがあるお母さんと休みの日が一緒になれば、

お家のお仕事を手伝っているのが常。その時にやっちゃったのかな?

えと・・・


「お母さん。大丈夫、私はお母さんを一人にしないから」

「ま、舞・・・。ありがとう。

 でもお嫁さんは別よ? お嫁さんに行く時だったら、お母さん残して新築に移り住んでも良いからね」


まだ言ってる。そんなに私をお嫁さんに行かせたいの?


「私はまだお嫁に行かないよ。それに結婚が出来るのって、」

「16歳からだもんね?」


女の子は16歳から。男の子は18歳から。

もしも私が祐一と結婚をするんだとしたら、最低でも祐一が18歳になる6年間はお嫁に行かない事になる。

それなのにお母さんは気が早すぎ~。


「数年なんて、お母さんからしたらあっという間だもの。

 それに舞は純粋でとっても良い子だから。悪い人に騙されないかとっても心配よ」

「大丈夫だよ。悪いこと考えてる人には敏感だし、佐祐理も一緒に居るもん」

「それにいざとなったら私も頑張るよ~」


そう。まいが居る。佐祐理が居る。みんなが居る。

この輪が無くならない限り、私が他に目を向けることはないと思う。

切れない輪、切れない繋がり。きっと今居るみんなとは、一生涯の付き合いになると思ってる。

みんなが居る限り・・・私達は大丈夫。


「あ、でも・・・・・・。最近祐一を見てると、妙にそわそわするんだよね~、私・・・」

「ふえ? そわそわ?」


何それ?


「薄着してる祐一を見てると胸の中がそわそわして落ち着かなくなるし、

 今日みたいにお風呂上りの祐一見てるとお顔が赤くなるし。

 それに・・・・・・祐一の嬉しそうな笑顔を見てると、ドキドキする」

「♪ じゃあまいの方が少しだけお姉さんね」

「ええ~?」


どうしてまいの方がお姉さん?

私の方が背、高いのに。


「お母さん。どうして?」

「ふふっ。こういうのは理屈じゃないから。

 きっとその内、舞にも分かるようになるわ。ただ今は、まいの方が少しだけお姉さん」


お母さんは嘘を言わない。だからきっと、今度のことも嘘じゃない。

でも・・・まいがお姉さんなんて~。


「ぅ~」

「唸ってもだ~め。舞が祐一くんを見てドキドキするようになるまでは変わらないわ」

「・・・は~い。ね~まい。どうやってドキドキするの?」

「知らないよ~」


まいを背後から抱きしめる。でもまいは教えてくれない。

こうなったら・・・。


「こちょこちょ~!!」

「うひゃ! うにににぃ~!!」


むっ、擽りが通じない。

逃げ出そうと暴れるまいを羽交い絞め状態で拘束して、続けて擽る。

こちょこちょ~、こ~ちょこちょこちょ~。


「にゃっはははっ! あっはははは!!」

「ほらほら、教えないともっと擽るよ~」

「くぃっひひっくくふふっ・・! そんなに知りたいならまいを”戻せば”いいじゃない!!」

「やだよ。卑怯だもんそれ」

「はにゃにゃにゃ~!! やめて~! いいいっそ戻して~!!」

「あはははっ」


楽しいな~、まいのこの反応。

その後も散々擽り倒し、窒息でもしそうなくらい息絶え絶えになった頃にようたく止めた。


「ふひっ・・・ふひっ・・・ふぃ~・・・・・・。

 本気で笑い死ぬかと思った」


学校の校舎ぐらいの高さから落ちても普通に着地するまいが、擽りで死ぬわけないよ。

だって頑丈なんだし。


「・・・ふぅ」

「わっ、お母さんがため息」

「何か心配事?」

「ん~・・・」


少しだけ間を開けて、まいの事を見て。


「・・・・・・。ちょっと昔を、ね・・・・・・」


懐かしむような、寂しがるような。そんな声で呟いた。

いつのことかな、昔って。それもため息。

お父さんのこと?

あ、でもそれだとお母さん悲しそうな顔するよね。今のため息は別に悲しそうじゃなかったし。


「舞が祐一くんと出会わなかったら、どうなっていたのか・・・。

 そこが少し心配だっただけ」

「祐一と?」

「出会わなかったら?」


思い出してたのって、あの頃のこと・・・?

でもまいを見て・・・・・・。あ、だから思い出したんだね。

まいはあの頃からずっと成長してないから。


「家を出た時までは一人だった舞が、二人になって帰ってきたとき。

 あの時の驚きは今でも忘れてない。もうびっくりしちゃったもの」

「私はその頃のこと憶えてな~い」

「まいは今と違って、全然感情なかったもんね~」


懐かしい思い出。あれからどれくらい経ったんだろう・・・・・・。

・・・・・・結構経ったと思ったんだけど、まだ4、5年くらいかな?


「私の力。前の町じゃ忌み嫌われてたけど・・・」

「結果的に、それで良かったのかもしれない。だって、」

「まいに会えたんだし、」

「祐一に出会えたんだし、」

「「みんなに会えたし」」


最初は私一人だけだった。麦畑で一人でボーっとしてたら、いつの間にか祐一が現れて。

私がまいを作り出して、祐一が名雪を連れてきて、真琴や栞を連れてきて。

今はこんなに友達に囲まれている。


「それもこれも全部、舞が祐一くんと出会ったから。

 だから・・・もしも祐一くんと出会えていなかったら。そんなことを考えちゃって・・・」

「? 変なお母さん」

「私と祐一が出会わない世界なんて、」

「きっとありえないと思うよ」


出会ってからどうなるのか。どうなってるのか。

そこまでは想像出来ないけど、きっと出会わない世界はどこにもない。

不思議なんだけど、そんな気はしている。


「そうだ。ね、まい」

「うん」


いい事思いついた。すごい閃きだと、我ながら自信を持てる。

これでお母さんも元気になるよね。


「お母さん。これから私達が、」

「昔話をしてあげる」

「昔話?」

「うん、そう。一人の女の子と、一人の男の子。それと・・・」

「タイムカプセルのお話」


今度タイムカプセルを開けたら、友達みんなにも教えてあげよう。

祐一との出会い。私の過ごした時間。

それと・・・・・・ずっと秘密にしてきた、私の力のこと。

きっとみんな受け入れてくれる。祐一とおんなじで、みんな優しいから。


「むか~し、むかし・・・」

「舞、まい。先にご飯食べちゃいましょうか」

「「は~い」」


まだちょっと、怖いけど・・・・・・それ以上に今から楽しみ。


















幸せな日常。幸せな毎日。

こんな日々が、ずっと続けばいいと願い続けていた。



だけど現実は、いっつも残酷で・・・不条理で・・・・・・理不尽。

ずっと昔、祐一が言っていた通りの世界だった。



・・・半年後の夏休み、そして一年後の冬休み・・・・・・。

私の幸せの象徴だった、みんなのタイムカプセルが開けられることは・・・・・・・・・無い。





数ヵ月後、私は・・・中学2年生になった。









[8661] 空白期 第二十八話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/09 17:36










朝食の席。


「うぷ・・・っ!」


  ガタンッ


椅子から立ち上がったプレシアさんが、片手で口を塞ぎながら洗面所へと駆け込んで行った。

激しい運動は得意じゃないプレシアさんらしからぬ俊足。

スピードファイター・フェイトの母親であることを納得させる動き。


「どうしたんだろう?」

「さあ・・・。また吐血なんじゃないか?」

「最近具合良さそうだったのにね・・・」


プレシアさんが吐血する事には慣れていたから。

だからこの時俺達は、特に気にもしていなかった。


「さて。じゃボチボチ俺も出るか」

「え~? 早くない?」

「ば~か。今日から俺は中学生だ。小学校より距離が遠いし、入学式早々遅刻するわけにもいかん」

「ふ~ん」

「アリシアも遅刻するなよ」

「うん」















厄災にも見舞われず無事にまた一つ歳を重ね、今日から俺は中学生に。

そしてアリシアは・・・・・・小学6年へと無事編入を果たした。見た目はアレだが、学力は問題無い。

・・・ん? 地球の戸籍も持っていないアリシアが、地球の学校に通えるのかって?

詳しいことは分からないが、フェイトも地球の学校に通っているんだ。逃げ道(方法)はいくらかあるのだろう。

・・・・・・フェイトの場合は時空管理局の裏工作か?

ま、どうでもいいか。現に通い始めたんだし。

尚、なのは達の通う私立聖祥ではない。俺の母校の方の小学校である。






























俺にとっては何度目かになる、二度目の『一生に一度』体験。中学校の入学式。

真新しく今一しっくりと来ない学ランに身を包む生徒が大勢集まる体育館。

頭の禿げた校長が、長々しい入学祝いのありがた~い訓示を述べている。


「あの校長の長話は退屈すぎるな」

「同感」


壇上に上がり話し始めて、もう10分近くは経っているんじゃないだろうか。

一体どこからそんだけの言葉が生まれてくるのか実に不思議である。


「これ以上無意味な時間を過ごすぐらいなら、皆で抜け出して遊ぶべきだろう。なあ、祐一?」

「去年あたりに今と全く同じような会話をお前としたような気がするんだが、気のせいか? 恭介」


具体的には空白期の六話で。


「てかお前上級生だろう。どうして新一年の入学式に参加してるんだよ」

「安心しろ。去年俺は入学式に参加していない。

 なので去年参加しなかった分を、今回参加することでチャラにしている。

 何ら問題は無い」

「問題だらけじゃ」


どこまでいっても自由奔放な人間である。

結局入学式が終わるまで、恭介は俺の隣の席に陣取り続けた。




















空を見上げれば、ピンクの花びらで満開に咲き誇る桜が目に飛び込む。

入学式も終わり、帰宅途中の通学路。

社会に出れば一々お花見回でも開かないと見る機会無いのに、学生の頃ならこんなに簡単に見ることが出来る。

損しているよなー子供って。周りを見渡せばこんなに綺麗な光景が広がっているのに、それに気がつかない。

身近にありすぎる為か、はたまた上を見る間も惜しいほどに日々が輝いて見えるのかも。

そんなことを考えながら歩く帰り道。


「でさ、飯食ったら何して遊ぶよ」

「俺は家に帰って、道場で剣道の稽古だ」

「なんでい。遊ばねーのかよ。

 武士は食って寝て高みの見物ってやつか? どうせ見物すんなら遊んでても一緒だろ?」

「真人・・・言葉の使い方は勿論だけど、使い所もちょっとどころじゃない間違いだよ、それ」

「お? そうか。サンキュ理樹」

「お礼を言われても困るんだけど・・・」


舞い散る花びらを見ていると、なのはを思い出す。魔力光が桜色なので。

最近ますます砲撃に磨きがかかってきたなのはの魔法。

知恵も戦術も、以前と比べれば飛躍的に上昇している。天才肌だよなぁ。


「修行は一日サボると、取り戻すのに三日かかる。日々の積み重ねは大事だからな」

「だったらさあ、普段から暇な時間に筋トレすりゃいいだけの話だろうが。この俺のように!」

「お前の筋トレと一緒にするな!」

「だろ? 理樹」

「ダメだよ真人。謙吾に無理強いしちゃ」


近頃の模擬戦は俺となのはの組み合わせが増え、昔は毎回のようにこなしていたシグナムさんとの模擬戦は、

専らフェイトの担当に変わった。

俺との決着をつける為、自力を上げる方に専念し始めたんだと。

その内シグナムさんから決闘方式で勝負を挑まれそうなので、気の休まらない日々を送っている。


「ちっ、理樹は謙吾の味方かよ。なあ鈴、お前なら分かるよな? 皆で遊んだ方が楽しいよな?」

「うっさい! 寄るな馬鹿!!」

「うごっ」


彼女と対しているフェイトも強くなったよな、随分と。

たまにある模擬戦で勝負してみたら、フェイトはスピードが速いのなんのって。

俺もソニックムーブ含めた加速魔法が使えるので、自然と高速戦闘になりやすい。

しかもフェイトの方は高速戦闘に特化した【ソニックフォーム】とやらを開発しているので、

高速戦闘すら生ぬるい”超”高速戦闘になることもしばしば。

フェイトほどのスピードが出せない俺はマルチタスクを応用して、

視覚的にはどうにかフェイトのスピードにも追いつけているんだが、身体の反応が鈍くかなり難儀している。

それでも一応攻撃を捌きつつ、回避している。

ある意味、シグナムさん以上に気の抜けない相手。

子供の成長って・・・・・・怖いな。


「いててっ。くそぅ・・・鈴までもが俺を拒絶するのか。これが孤立奮闘って状況か」

「孤立奮闘? ねえ真人、その単語は・・・うわっ! どうしたの謙吾?」

そっとしといてやれ

え? でも・・・いいのかなぁ。ちょっと使い方間違ってない? 孤立奮闘

大方真人は、孤立無援と孤軍奮闘のどちらかを言いたかったんだろう。状況的には・・・まさに空回りをしていて孤立奮闘だがな

ああ、なるほど。やっぱり間違いなんだね

過ちを正さないのも友情だ

間違ってる言葉を正しく教えてあげるのも友情じゃないかなぁ

あながち間違ってもいない。言葉的には本来使われないが、意味は通る


「なんだよ。理樹も謙吾も二人してコソコソ何やってんだ? 俺も混ぜろよ」

「な、何でもないよ、何でも」


・・・・・・それはともかくとしても。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なあ。一つ素朴な疑問、いいか?」

「なんだよ」

「どうして常に俺の後ろで漫才してんだ、お前ら」


さっきからずっと背後を取られている。故にゆっくりと花見も楽しめない。

振り向けば背後にこいつ等が必ずいる。

帰り支度をしている俺の後ろで漫才してたならまだスルーで済むが、

桜を見ている俺の後ろで立ち止まってまで漫才してたらこれはもうほぼ確定。これ気のせいじゃないよな。

こいつら、意図的に俺の後ろにいやがる。


「どうしてって・・・・・・何がどうして?」

「どうして恭介の所に集まらないで、一々俺の後ろを歩く?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」」


理樹と謙吾は気がついたようだ。

恭介と同じく中学生に上がった以上、リーダー代理であった俺の後ろを付いて歩く必要が無い事に。

本来のリーダーと再び同じ学校に通えるんだからな。そっちに集まるのが普通だ。

言われるまで気がつかなかった所を見ると・・・小学校時代の行動が習慣付いたか?


「?」


鈴は気がついていない。驚き顔で、何がおかしいのかを不思議がっている。

こっちは・・・・・・。単に頭を使って考えてないだけか。


「恭介なら今、中学校舎の屋上にいるぞ」

「屋上に?」

「そ。悪巧みの下準備でもしてるんだろ。俺のリーダー代理は終了。お役御免。

 リトルバスターズの面々は恭介のところに行くなり、稽古に行くなり自由。

 じゃ、解散!」


パンッと手を叩く。それを合図に真人は反射的に屋上に向かって走り出した。

手を叩けば言われたとおりの行動をするのだから、動物みたいなやつだ。

理樹は慌てて真人を追いかけて校舎内に入り、謙吾は普通に帰路に着く。

鈴は・・・・・・


「・・・あ? どうした、鈴」


珍しい。普段は皆の後をちょこちょこ付いて回る鈴が、二人を追いかけない。

理樹達と謙吾、どっちに行くか迷ってる風でもない。第一謙吾は剣道の稽古だ。


「理樹達を追いかけなくて良いのか?」

「・・・ん。別にいい」


・・・・・・本気で珍しい。あの鈴が、理樹達の後ろを付いて回らないなんて。

普通の少女なら別に珍しくも無い行為だろうが、鈴が自分で意思表示するのは珍しすぎる。


「今日はアーちゃんと遊ぶ」


鈴の言うアーちゃんとは、アリシアのこと。


「・・・なるほど、納得」


鈴とアリシアは(二人だけだが)猫大好き同盟を組んでいるのだ。

二人曰く、お互いは「むにのしんゆ~」なのだと。

アリシアと遊ぶためなら、鈴が皆と行動しないのも納得できる。


「じゃ、途中まで一緒に行くか」

「・・・ん」


俺は鈴を連れて帰路に着いた。

・・・・・・・・・鈴と二人だけで下校する日が来るとは・・・。世の中とは不思議だな。









[8661] 空白期 第二十九話
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/14 18:17










~~同日・夜~~


「ゆ・う・い・ち~♪」

「なんだよ母さん。奇妙にご機嫌じゃないか」


家族が揃った夕飯の席。揃ったとは言っても、アリシアの姿は無い。

鈴の家に泊まりに行っている。今日は夜遅くまで猫について語り合うみたいだ。

この夕食の場にいるのは、父さんと、母さんと、プレシアさんと俺。以上の4名。

珍しくリイン含めた八神家メンバーもいない。

たまには実家に帰らないと埃が溜まって大変だから、泊りがけで大掃除してるんだと。


「ちょっと、アナタねぇ・・・」

「いいじゃない。どうせその内バレるんだろうし」


つかこんだけ嬉しそうな顔した母さん、久しぶりに見るような気がする。

ニッコニコしながらプレシアの背後で待機していて、

まるでプレシアさんを逃がさないようにしているかのようだ。


「ゆういち~。弟か妹、欲しいって思ったこと・・・ない?」

「無い」


いやむしろ周囲の友達皆が弟妹みたいなもんで、

ついでにエリオルとかクロウ世話してる間は親の気持ちにもなってたりして。

今更弟か妹が欲しいとは毛ほども・・・・・・


「って!? ま、まさかこの会話の運び方は・・・」

「そ♪ 出来たわよ」


ポンとお腹を叩く我が母。おいおいマジかよ。

”前回”は生まれてから死ぬまで・・・・・・かどうかは分からんが、

少なくとも高3までは弟妹なんか出来なかった俺の人生。

一人っ子の気ままな人生を歩んでいた俺に、兄弟が出来るとは・・・・・・。

アリシアとかはやてを娘扱いしている影響?

世話してるうちに、本当に自分自身の子供が欲しくなったのだろうか。

別に弟妹が欲しいと思っていた訳ではないが、血の繋がった本当の兄弟が出来るなら素直に嬉しい。


「そ・・・か。おめでとう、母さん」

「ありがと♪」


しかしまさか俺の兄弟。

何度も繰り返すようだが、俺の・・・。

これもアリシアやリイン達と出会った事による、バタフライ効果。

世の中はマジで色んな分岐点に満ちている。今回ばかりは本気で感動した。


「良かったわね、祐一」

「母さんも、だろ?」

「そりゃそうだけど。祐一は私の2倍の嬉しさよ、2倍の!」


・・・ニヴァイ? ちょっと待てよ。

俺は母さんのお腹を、目を凝らしてジッと見つめる。

・・・・・・・・・目立った膨らみはまだ無い。こんなに早い段階で、双子かどうか判断できるのか?

もし判断できるんだとしたら、なんという科学力の進歩。


「へ? 違うわよ、現代の科学じゃそこまで判断できないわ。もっと子供が大きくならないと」

「? じゃあどうして二倍なんだよ。てかいい加減、俺の心を読むのは・・・」

「今回は口に出してたわ。いい加減に直しなさいね、その癖」


そうか。今回は口に出していたのか。

・・・・・・・・・”今回は”?

じゃあやっぱり、いつもは・・・。て事だろうな。


「そうじゃなくてね。こっちよ、こっち」


こっちこっちと言いながら、プレシアさんのお腹を撫でる母さん。

・・・・・・いや待て。それは・・・・・・


「プレシアにも赤ちゃん出来たの。だから祐一にとっては、もう一人兄弟が出来るのよ」

「あんですとっ?!」


プレシアさんに赤ちゃん?!

おわぁ・・・何と言うか・・・彼んと言うか。

頬を赤くして俯きながらも否定しないプレシアさんの様子からして、母さんの冗談という線は無いのだろう。

だけど恥ずかしいことなのか? 子供が出来るのって。

・・・・・・というよりプレシアさんの場合は、年齢的に恥ずかしいのか。

プレシアさんの年齢は確か・・・・・・。

うむ、これ以上は突っ込むまい。俺はあるがままを受け入れよう。


「しっかし・・・プレシアさんがついに再婚ですか。

 外見は全然若いですし、まあそれもありえない話じゃないですよね」

「えっ、あ。それは・・・」


庭に落ちてきた当初の状態だと考えられないが、今のプレシアさんは十二分に若々しい。

年齢からすると、肌にツヤが戻ってきているのは相当に珍しいが、

勿論ツヤだけじゃなくハリもしっかりと戻ってきている。

落ちてきた際の外見が40代後半から50代前半と考えると、今はどう見ても30代の半ば頃。

一体どんな魔法を使ったのやらと疑いたくなる。


「キチンと責任を取らせないと駄目ですよ。

 相手側にはもう子供が出来たって、報告したんですか?」

「大丈夫♪ たったいま報告を終わらせたところだから」


・・・? どうして母さんが言うんだ? というよりどうしてそんなこと知ってるんだ?

それもたった今って・・・。誰が報告した?

様々な疑問が頭を飛び交う中、母さんがある一定の方向を見ながら視線を外さないのを見て取る。

何を思ったわけでもないが、視線に釣られて母さんと同じ方向を見た。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


冷や汗をダラダラと垂れ流しながら焦点の定まらない瞳で虚空を見ている父さんが居る。

よくよく観察すれば全身が小刻みに震えまくっている様子が伺える。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・と、父さん?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま・・・・・・」


・・・ま?










「魔が差したんだあああぁぁぁぁ!!!」



「やっちまいやがったのか親父ぃぃい!!」



















目立たないが、実はアルコールにトコトン弱いという大弱点を持つ俺の父。

プレシアさんと母さんの二人と夜酒飲んでたら酔い潰れて、

次の日起きたら裸の母さんとプレシアさんが横に寝ていたそうな。

そんなこんなの大事件である。





























「う゛あ゛~・・・」


呻き声を出しながらベッドに倒れこむ。

久しぶりの驚きだった。それもプレシアさんと含めてダブルパンチ。


「兄弟と異母兄弟かよ~・・・」


これから相沢家はどんな方向に進んでいくのだろうか・・・。

このまま皆一つ屋根の下に住み続けて、『皆で一緒』の大家族にはなりそうだよな。

・・・ああ・・・二人ほぼ同時か。夜泣きパワーは二倍なんだろうなぁ。考えただけでパワフル。

エリオルとクロウの頃を思い出す。


≪マスター≫

「ん?」

≪子供とはどのようにして作られますか?≫


・・・・・・何言ってんのコイツ。


「どうしたんだとらハ。そんなこと気にするなんて」

≪知識として≫

「・・・・・・あ~、そうだな・・・・・・。卵子と精子がなぁ・・・」


疲れてはいたが、当たり障りの無い知識としての情報を教えておいた。

それを成す為の”行為”についてまでは教えていない。

デバイスがこんな事を知りたがるなんて、どんなシステムになってるんだ?


≪・・・はい≫

「人間に限らず、動物だろうと魚だろうと、基本的に大きな違いは無い。

 卵子という小さな卵に精子が入り込み、そこに命が宿る」

≪それが子を授かる、ということなのですね≫

「ま、そんなとこだな」

≪マスター≫

「んあ?」

≪愛してるわ≫

「ぶはッ!」


ちょっ、お前リンディさんの声で何てこと言ってんだ?!


≪? どうかしましたか?≫

「ど、どうかしたって・・・お前なぁ・・・」

≪マスターにお礼を述べる際、こう言うのが最適と教えられたのですが・・・≫

「・・・・・・だ、誰に・・・・・・?」

≪姉です≫


レイクてめえぇええ!!

・・・・・・と怒りたいところではあるが、生憎怒るべき対象はぶっ壊れている。

とらハと合わせてトリプルパンチを食らった俺は、再びベッドへと突っ伏す。


≪ご就寝ですか、マスター≫

「眠んないっての」


相当精神的にやられた。以後こんな事が無いのを祈ろう。


「以後・・・ねえ」


絶対他にも色々吹き込んでるよな、レイクのやつ。

壊れてもただじゃ壊れないところが、ほんとレイクらしいよ。


「うな~」

「・・・ん? お~、ルシィ」


若干開けっ放しにされているドアの隙間から、最近存在を忘れつつある我が家の飼い猫が入ってきた。


「にゃ~にゃ~、うな~(今、とんでもないこと考えてませんか? 祐一)」

「別に」

「にゃう~(そうですか)」


身体を使って器用に扉を閉めて、改めて俺へと歩み寄ってきた。

ベッドへと飛び乗り、そのまま俺の横で寝そべる。


「ルシィ、聞いたか? プレシアさんに赤ちゃんが出来るんだと」


父さんがいるから母さんなら、別に出来ても不思議じゃなかった。

だがプレシアさんは、その相手がいなかったのに・・・それも相手が俺の父さんと。


「にゃ~。うにゃ~(聞きましたよ。この私も驚きを隠し切れませんでした)」

「だよな~」


・・・猫でもそう思うのか?

猫って基本的に番い感情は無く、発情期になったらそこらの猫と子作りして産んで育てて・・・て感じじゃ無かったっけ。

俺の知識が偏ってるだけかもしれないけど。

ルシィはいつになったらピロを産んでくれるのだろうか・・・。


「にゃう~(祐一の父君はどうされるのでしょうね)」

「責任は取るだろ。あれでも俺の父親なんだし、無様で不恰好な様を見せはしないって」

「にゃにゃ~、にゃ~(ではこれからは母親が二人ですか。複雑な家庭事情ですね)」

「かもな」


飽く迄地球の、日本の観点から見ての『一般的な家庭』からすれば、多少は特殊だろう。

だが別に地球上に、一夫多妻制度を認めている国や宗教が無いわけでもない。

広い目で見れば、案外珍しくも無い状況であり、珍しくも無いケースだろう。

酒に飲まれていつの間にか子供が出来てました責任取ります、だけど自分既婚者です! なんて状況。


「フェイトには弟か妹。名雪にとっては従姉弟。秋子さんは甥か姪か。

 父親のいないアリシアにとって、父さんを父と呼べる対象かどうかは問題だが・・・・・・って?」

「にゃう?(どうしました?)」

「そういえば名雪のやつにも父親がいないような・・・」


というより俺は今まで、名雪の父親の話を聞いたことが無い。

クライドさんのように事故で死んだとも、アリシアの父親のように離婚しているとかそんな事も聞かない。

第一秋子さん程の良妻を貰って、離婚しようと考える愚かな男はいないだろう。

だとしたらどうして・・・・。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、な」


いいや、やめとこう。深く考えるのはヤバイ気がする。可能性を考慮した時点でヤバイが。

具体的には、今の今まで名雪との血の繋がりは4分の1とかその程度と信じていたのに、

実は2分の1の血が繋がってるとかなっちまいそうな予感が・・・。


「にゃう、うな~。にゃぁ・・・(ところで祐一。少々大事なお話があるのですが・・・」


  コンコンッ


「はーい」

「祐一。入るわよ~」


・・・母さん?

ルシィが閉めたドアを開け、母さんが部屋の中に入ってきた。


「どうしたんだよ、母さん」


ベッドから身体を起こしての問いかけ。確か下で食事の片付けをしていたはず。

経過時間的に考えて、片付けを途中でほっぽり出したのか?

俺のそんな質問にも答えず、ツカツカと近寄ってくる母さん。


「ん~・・・。おかしいわねぇ」

「なんだ?」

「別に暗示のかかりが悪いわけじゃ無いんだけど・・・・・・」


・・・『暗示』

キュピーンと頭の中に閃くものがあった。

・・・・・・ビンゴか。


「あー、一つ理解したら芋づる方式に分かってきたことがあるんだが・・・」


母さんには妙に謎が多い。・・・・・・らしい。

その『謎』含めて母さん自体が『普通』だと俺は思っていたのでごく最近まで全く気にならなかったが、

はやては普段から頻りにそのことを気にしていた。

だから俺にとっても、母さんの『謎』は『普通』ではないと理解し始めている。

しかも俺が疑いを持ったこのタイミングで、暗示がどうとか言い出すとか・・・。多分、『普通』ではない。


「名雪のことか?」

「さあ? 私は名雪ちゃんのこととは一言も言ってないけど」

「俺が今まで一度も名雪の父親の事を気にしたことがないのって、暗示と関係あるか?」

「ええ」

「・・・これから暗示、かけるのか?」

「一応ね。正確には暗示じゃなくて、『術』。

 ごめんなさいね、祐一。別に祐一のことが信じられないってことじゃないんだけど・・・。

 名雪ちゃんとはギクシャクしてほしくないし」

「・・・そっか」


・・・ふむ。仕方が無い。今日の風呂は諦めるか。

ベッドから立ち上がり、タンスを開けてパジャマを取り出す。


「案外あっさりしてるわね」

「何されるのか詳しくは知らないけど、別に悪いことされる訳じゃないからな。

 それにどうしてだか、母さんからは逃げられないような気がする」


大魔王からは逃げられない、みたいな。


「ところでさ。母さんって、俺の扱う魔法とは違う意味での魔法とかの不思議な力、持ってるのか?」

「まぁね。一応秋子も同じ感じよ」


・・・秋子さんもかよ。

この姉にしてこの妹ありとか・・・。


「あと、佐祐理ちゃんも」

「佐祐理さんも?!」

「秋子の弟子よ」


弟子って・・・弟子って?!


「祐一が佐祐理ちゃんを連れて家に来た時、ピーンと来たんだって。

 まったく、私に紹介してくれれば私の弟子になってたかもなのに・・・」

「俺の責任じゃないな、それは」


またもやここでバタフライ効果。

俺って一体どんだけ身近な人の人生を変えているんだろうか。


「これでも相当優秀なのよ。姉妹揃って周りの同輩から一目置かれて、尊敬されちゃったりしてるんだから。

 そんな二人して同じ人を好きになっちゃうんだから、始末に終えないわ」

「そんなにペラペラと話しても大丈夫なのかよ」

「どうせすぐに忘れてもらうんだし」


やっぱりそうなのか。

一体どこら辺の記憶までを消されるのやら。


「消すんじゃなくて、忘れてもらうだけよ」

「心の中を読むのも”力”なのか?」

「そ。あ、名雪ちゃんと結婚したいのなら、別に私は反対しないからね?」


なんだか知らない世界が開けていく感じだ。

舞。初めて麦畑で会った時に俺が舞の力を何の恐怖感も抱かずに受け入れられたのは、

案外近くにもっと凄い力を持ってる人がいたからかもしれないぞ。


「ところで・・・。どうして着替えてるの?」

「ん? 記憶を忘れさせる暗示をかけられると、そのまま眠りに落ちるのは定石だろ?」

「どうして定番だとでも言いたげに言い切るのかしら? ・・・・・・間違ってはいないけど」


着替え終わり、ベッドに入り込む。

さっきまで俺と話していたルシィは、相変わらず寝そべったままだった。

・・・若干気落ちしているようにも見える。どうしたんだ?


「よっしゃ来い!」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・? どうした?」

「いくらなんでもあっさりしすぎてない? 潔いと言えばそれまでだけど・・・・・・。

 もっとほら、記憶を消さないように説得するとか・・・」

「気にしたら負けだぞ、母さん」


いつでも来いと目を瞑る。

しばらくの間はどこか戸惑うような気配があったが、やがて俺の額に母さんの手が乗せられる。

・・・・・・ああ。また一つ、思い出した。


「昔もこうやって、あゆの記憶を消されたんだっけな・・・・・・」

「・・・・・・??」

「何でもない」


急速に頭の中から、記憶が無くなっていく。

記憶を封印されるの、違和感があって・・・・・・気持ち悪い。

・・・・・・・・・でもま、


「ありがとな、母さん」


あゆの思い出を忘れさせた事に関しては・・・お礼を言っておこう。



































「祐君! 祐君起きて!」

「・・・・・・んあ」


布団の上に跨られながらガックンガックン揺さぶられ、夢の中から引きずり戻された。

この声と呼び方は・・・


「お~きたぞ~・・・おはよ、アリシア。帰ってきてたんだな・・・・・・」

「おはよう! ねえねえそれより、僕に姉妹が出来るんだって!!」


・・・姉妹。

目を擦り、昨日会った出来事を軽く思い出す。


「ああ、昨日聞いたぞ。よかったな~、アリシア・・・。

 だけど~、姉妹かどうかは分からないぞ~。弟かもだし・・・」

「ううん、妹だよ! 絶対、妹! 妹がいい!!」


・・・・・・俺、いつ寝たんだっけ・・・・・・。

微妙に記憶が吹っ飛んでる。とらハと無駄話してるところまでは憶えてるんだが。

・・・・・・・・・ベッドの上にいたんだから、多分寝ちまったんだな。

それにしてはしっかりとパジャマだな。何でだ?


「はやてちゃん達も帰ってきてるよ。それじゃ、フェイトにも報告してくるね~!

 ルシィ、行くよ!」

「ふにゃ~!(やっぱりこうなりましたか~!)」


言うだけ言って早々に部屋を出て行ってしまった。

・・・・・・それだけの為に起こされたのか、俺。


「明るく元気なプチ台風だ・・・」


ルシィもご苦労だな。いっつもアリシアに振り回されて。

ま、だから最近存在感が薄れていってるんだけど。


≪おはようございます、マスター≫

「とらハ。おはよう」

≪マスター。子供とは具体的に、どのようにして作るのですか?≫




起き上がり、カーテンを勢い良く開ける。


今日もいい天気だ。シューティングアーツの朝練忘れてたな。うむ。









[8661] 空白期 第三十話 クロノ編
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/02/23 21:41










夢を見ていた。

高校生だった俺が、車道に飛び出した小さな女の子を庇って、車に引かれる夢。

夢ではあるが、現実でもあった。懐かしい記憶。

あの時は痛かった・・・。


≪・・・・・・同調≫

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

≪我が声が届く者。資格在りし者≫

「・・・・・・・・・・・・」

≪我と契約をせし者、汝と我の契約は既に破棄された。我は新たな主との契約を望む者≫


なんつーか・・・死ぬ気で懐かしい。久しぶりに聞く、レイクの声。

昔はこうやってレイクと契約を交わしたんだっけ。

この”思い出の中”の俺は車に撥ね飛ばされて死にかけてるんだけど。

いくら呼びかけても届かなかった声が、俺が死にかけてるお陰で、どうにか届いたんだとさ。


「・・・・・・・・・だ、・・・れ・・・・・・・・・・・・だ?」

≪契約を望みし者に、我が力を。不動の想いを。不屈の願いを。輝きの希望を。

 ソナタが我と契約を望むのなら、契約の言葉を≫

「・・・・・・ち、ちゅうに・・・びょう・・・・・・」


・・・今も思うが厨二病だ。その意見は変わらん。

恭介が駆けつけてくる。

皆が亡くなり、かつての町へと戻った後も友達としての付き合いを続けてくれた、恭介が。

友人が轢かれたというのに恭介はパニックも起こさず、周囲へ救急車を呼ぶように呼びかけ、

俺の身体を動かさないようにしていた。頼りになる奴だ。

けど多分、救急車が来ても間に合わなかっただろう。


≪ソナタが我の欠片を全て集め、再びこの世に顕現させることが出来たのなら。

 我はソナタの望みを一つだけ、叶えましょう≫

「・・・の・・・ぞ・・・・・・み・・・」

≪望みは?≫

「・・・・・・・・・・・・」


馬鹿馬鹿しい、と考えていた記憶がある。ご都合主義大好きのイタい人間だったのか、俺・・・と落ち込んだ気もする。

死にかけてるので単なる幻聴が聞こえるだけ・・・頭の中では思っていた筈だ。

なのに気がついたら・・・・・・喋る力も抜け落ちた俺は、心の中でこう呟いたのを憶えている。


『やり直したい。全てを』





≪分かりました≫





≪我と契約を交わしなさい。全てをやり直すという言葉に、嘘偽りが無いのならば。

 契約が成され、粉々に砕かれた我を現世へと呼び戻すことが出来たのなら。

 望みを聞き届け、貴方の生きてきた時間。世界の時間。アナタの記憶を除いたその全てを『破壊』しましょう。

 契約の言葉を捧げ、我が名を呼びなさい。我が名は―――――≫






この厨二病全開のデバイスめ・・・。

粉々に砕け散っても再生したくせに、俺の魔力によって大破するとはどういうことだ。

ぜってー直してやる。








































夢からの目覚め。まどろみの中から意識が浮上していくのが分かる。外部の刺激に、体が反応し始めた。

最初に戻ったのは嗅覚。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

ケーキのような、甘ったるいお菓子の匂い。・・・・・・ような、じゃなくてケーキの匂い。

次に感じた刺激は、痛覚。頭がズキズキと痛む。

酒をガンガンに飲んで、翌日二日酔いになったらこのような感じなのだろう。

甘い香りに、ズキズキする頭。・・・なんだ、このアンバランスな組み合わせは。


「・・・くぁ・・・」


夢の内容が吹き飛ぶほどの痛み。

しばらくジッと我慢するが頭の痛みは徐々にしか引いていかず、長い長い苦痛を味わうことに。

二日酔いって感じの痛みではない。頭を木刀でカチ割られたらこの位の痛さだろうか。


「・・・大丈夫?」


そっと・・・俺の頭に触れられる何か。

最も痛みの強い部分をピンポイントで・・・・・・だけど優しく撫でている。

これは・・・手?


「ぅぐ・・・・・・」


優しく撫でつける手のお陰か――半分は気のせいだろうが――痛みが若干引いていくのを感じる。

鈍くジンジンと長引く激痛に耐えながら、ゆっくり・・・ゆっくりと、目を開ける。


「・・・・・・ぐっ・・・・・・なの・・・は?」


正面になのはの顔。心配そうな表情のなのはが、俺の顔を覗き込んでいる。

なのはの向こう側に映る景色は、骨組みが見えてる質素な、どこかの・・・・・・どこかの天井。

どこだったか、見た覚えはある。どこか・・・


「・・・な、何が・・・? どう、してこんなに・・・頭が・・・」


聞きたいことはある筈なのだが、痛みで言葉が纏まらない。

それにこの状況は・・・一体・・・


「憶えてない? お兄ちゃんとの稽古中に頭に一撃貰っちゃって、気を失ってたんだよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・憶えて、ない」


どうして俺が恭也さんと稽古? 何故そんなとち狂った展開に? 

体に残っていた緊張感はその為か。つか、マジで木刀でカチ割られてたのか。

それとなのはの顔が上下逆さまってことは・・・・・・。今の体勢は、所謂・・・膝枕。


「ぐっ・・・!」


痛む頭を無視し、無理やり体を起こす。

起こそう・・・としたら、両肩に圧力がかかり、再び仰向けの状態へと戻された。


「ダメだよ、無理しないで」


床にしては随分と柔らかいモノが後頭部にある。

ああ、やっぱり膝枕か。

体を起こそうにもなのはに止められ、仕方なく頭だけを動かし場所の確認をする。

広い空間。なんか、何にも無い感じが学校の体育館みたいな・・・。壁には神棚、と。

道場か。

思い出した。ここって、高町家の道場だ。何度か入ったことがある。

それにしても、このケーキのような甘い匂いって・・・・・・。


「・・・・・・どうして」

「?」

「恭也さんと稽古なんか・・・」


気絶する前後の記憶がハッキリしない。頭を凶器で殴られた影響で、記憶が飛んでるのか。

思い出せるところから、思い出してみよう。

朝、起きた記憶はある。日曜日だった。

それで・・・・・・


「どうして俺は、恭也さんと稽古をしていた・・・?」


今日の記憶が、ハッキリしない。朝食は食ったか? ・・・食ったよな、確か。

それから? ・・・・・・憶えていない。

恭也さんと「今日稽古つけましょう」と約束した覚えも無い。

だったらどうして俺は恭也さんと稽古していた。そもそも魔導師と剣士が稽古って、何の特がある?

今日、何かがあったのか・・・?


「お兄ちゃんとの稽古が、どうしたの?」

「いつつっ・・・美由希さんが恭也さんと稽古をするなら分かるが、俺を巻き込まないでほしいぞ」

「? 何を言って・・・・・・もうっ、お兄ちゃんっ!」

「・・・・・・すまない」


恭也さんの声が聞こえた。俺は首を反対側に向け、恭也さんの姿を確認・・・。


「・・・恭也・・・さん?」


恭也さんだよな。・・・多分。見た感じは間違いなく恭也さんだ。

それにしては何か、雰囲気が・・・。それにどことなく、大人っぽい?


「あ~、そのぉ・・・・・・この頭痛の原因、恭也さんで?」

「・・・ああ。すまなかった。

 思った以上に成長していて、正直一瞬・・・加減を忘れてしまった」


なんだ、その言葉。まるで俺が、前から恭也さんと稽古をしていたような・・・。

しかも『思った以上に成長していて』?

何故恭也さんが俺の成長を測っているような発言をする。

疑問を解消しようと思い、どうせ目の前にあるのだからとなのはへと問いかけようとして・・・・・・

茶色い髪の毛先が俺の鼻先に掠れ、擽った。




「なのは? お前、髪伸びたのか?」

「え?」

「それにいつ髪型変えた?」


なのはの元気の象徴ツインテールは、落ち着きのあるサイドポニーへと。

それに下ろせば肩甲骨ぐらいの長さだった髪は、どう見積もっても腰辺りまでの長さに達している程に。


「髪型変え・・・え?」

「ツインテールじゃなかったっけ?」

「お・・・お~に~い~ちゃ~~んっ!!」


怒りのなのは様が降臨。まさに怒り心頭。

ますます恭也さんの肩身が狭くなった。

寝転びながらなのはの肩に手を置き、ポンポンと叩いてとりあえず宥める。

ひとまず落ち着いたなのはは、優しい口調で教えてくれた。


「私がツインテールだったのは、もう随分前の話だよ」

「・・・だったか?」

「本当に大丈夫? ・・・じゃないよね。病院、行った方が・・・」

「病院って、んな大げさな」


単なる頭痛と記憶喪失だ。

記憶喪失なんて、俺からすれば珍しくも無い。いつだって何かしら忘れてるんだし。

・・・・・・俺って、意外と不幸な星の下に生まれてるのかも。或いは人外的な力でも働いてるのか?


「大丈夫。単に頭に一撃貰って、記憶が飛んでるだけだろうし。

 多分その内戻るだろうから。戻らなかった時に、病院に行く」

「そっか。でも無理はしないでね」

「ああ」

「でも本当、無事に目を覚ましてくれて良かった」


ホッと・・・思わず俺が見惚れてしまうくらい優しい表情で微笑む。

いつのまにこんな表情が出来るようになったのだろうか。

それになのはがこれほど俺のことを心配するとは・・・。それだけ強力な攻撃を貰ったのだろう。

剣術素人相手に、恭也さんどんだけ力を込めて脳天に一撃見舞ったのやら。


「あ、でも」

「ん?」

「頭の怪我が治るまでは、しばらくお兄ちゃんとの稽古禁止だからね」

「・・・しばらくも何も、俺が恭也さんと稽古する理由が・・・」


ここで俺は、さっきから妙に鼻につく甘い香りの正体に気がついた。

この匂い、なのはから・・・?


「どうかしたの?」

「なぁ、なのは。桃子さんの手伝いで、ケーキでも作ったりしたのか?」

「? どうしたの? 翠屋の二代目候補なんだから、ケーキだって作れるようになってるよ」


翠屋・・・二代目?

そうなのか。俺はてっきり、なのはは魔法一直線で頑張るものとばかり思っていたんだがな。


「それより、本当に大丈夫なの? 変な質問してくるし、喋り方もいつもと比べて、何だか変だし・・・。

 やっぱり念のために病院にいこうよ、―――――――」













































「―――――クロノくん」








































・・・む。

頭の中で言葉を整理し、俺は一つ特大のため息を吐く。


「?」


間違えたことにも気づかずとぼけた顔をしているなのは。

そっと、顔の正面に右手を持っていき、


「いたっ」


デコピンをかます。

怯んで出来た隙を見つけ、なのはの膝から離れた。


「あのなぁ、なのは」


話している間に頭痛もだいぶ治まったし、立ち上がっても問題は無い。

それよりなにより、なのはの呼び間違いの方が問題だ。


「別になのはがクロノを”どう想って”いようが、それは構わんがな。

 俺をクロノと呼び間違えるのはどうかと思うぞ」

「・・・・・・ぇ」


全く。”ゆ”と、次の伸ばす部分は発音が似ているから『ユーノ』と間違えるならまだしも、

何故『クロノ』と呼び間違えるのやら。一文字も合っていない。


「く・・・クロノくん?」

「まだ呼ぶか」

「クロノ・・・?」


しかも今度は恭也さんまで。

二人揃って、信じられないものでも見ているかのような表じょ・・・・・・あ、恭也さんは無表情か。

だが雰囲気的には、そんな感じだ。信じられないものを見ている雰囲気。



「・・・びょ・・・」

「びょ?」



「病院~~~~~~~!!!!」









































あれよあれよという間に病院へと連れ込まれ、順番待ちも何のそので医者の前へと連行された。

いやいやいや、他の順番待ちしてる患者さんをすっ飛ばすのはどうかと思うぞ?

確かに大きい病院だから、医師もそれなりには居るだろうけどさ。


「なのはちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」


入った(連れ込まれた)部屋に居たのは、女医さんだった。

石田先生以外の女医さんって、この病院にいたんだな。

しかも銀髪の外人さん。


「フィリス先生、クロノくんがっ!」


慌てるなのはをとりあえず恭也さんが落ち着かせて、代わりに事情を説明。

で、ポケーッと事の成り行きに任せる俺。

どうしたもんか・・・。


「え~っと・・・記憶障害関係は専門外なんだけど・・・」


女医さん困ってらっしゃる。暇で仕方がない俺は観察モードに入る。

リインよりも、白に近い銀髪。で、童顔。背もちんまい。150かそこらだろう。

白衣を着ているが、正直パッと見医者には見えない。見た目に違い、意外としっかり口調で話す。

・・・・・・患者相手にアワアワしてたら医師なんてやってられないよな。

恭也さんへの口調は知り合いに対するソレ。仲が良いのだろうか?


「なのは。この女医さん、誰だ?」

「あう、あうぅ・・・。やっぱり打ち所が悪かったんだよね。フィリス先生のことも忘れるなんて」

「ふぃりす先生?」


誰だ? 聞いたことも無い。


「フィリス先生だよ、フィリス先生。ほら、お兄ちゃんの・・・」

「とりあえず、頭の怪我を見せてもらえる? クロノくん」

「クロノって・・・。まあいいです。はい」


女医さんの前で頭を下げる。・・・なんか、うなじの辺りがチリチリする。

服の首裏のタグでも擦れてるのか?


「おおきなたんこぶ・・・が、ひとつ」

「出来るならそっと触る程度でお願いします。痛いので」

「これで記憶障害になるんだとしたら、よっぽどいい位置で打ち込まれた・・・のかな?」


そんな可愛らしい喋り方で質問されても、俺には答えようがないので答えられません。


「話を要約すると・・・。恭也くんと稽古をしていたクロノくんが頭部強打で意識を失って」

「何故かそういう話の流れですね。俺自身は全く記憶にありませんが」

「目が覚めた貴方はクロノくんじゃ、ない」

「です。第一何故俺がクロノ?」


確かに変声期を終えた現在のクロノの声は、将来的に声変わりをした俺の声と似ているが。

だからって、俺がクロノはありえない。

病院の医師にまで協力してもらって・・・・・・皆して俺をからかってるんじゃあるまいな?

その内どっかから『どっきり』とデカデカ文字が書かれたプレート持った人が現れるかもしれん。

用心はしておこう。


「う~ん・・・私の目から見ても、貴方はクロノくんだと思うんだけれど・・・」

「どこをどう見たら・・・」

「はい」


  パカッ


と、俺に向けて丸いコンパクトを開くフィリス(?)先生。

丸い形状に合わせ、小さな鏡が一つ付いている。

なにを・・・?


「覗いてみて」


ひょいと鏡の中を覗き込む。

別に見たところで俺の顔が鏡に映るだけで他には特に・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

コンパクトに手を伸ばす。フィリス先生は特に抵抗する事も無く渡してくれた。

腕を横へ真っ直ぐに伸ばして掌にコンパクトを乗せ、フィリス先生を鏡に映して問題無いかと確認する。

問題無しと判断すると、今度は恭也さんとなのはの顔も映してみた。

だが鏡に映るのは、フィリス先生、恭也さん、なのはと当然の人物ばかり。鏡なんだから当たり前だが。

それを確認した上で、俺はもう一度鏡を覗き見る。



鏡の中には、その当然である筈の”俺の顔”は映り込んでおらず、





・・・・・・そこに映るは、ポカンと間抜けな面をした・・・・・・





紛うこと無き、クロノ・ハラオウンの顔。





「太陽にほ○ろの某人物のせりふを全力で叫びたいのですが、いいでしょうか?」

「ここは病院だから・・・」

「ですよね~」


心を込めて叫びたい。が、周りの迷惑考えて自重。

なので心の中だけで叫ぼう。


にゃんじゃこりゃあ゛あ゛あ゛あぁぁ!!!



「はぁ~」


マジかよ。どうなってんだ・・・。


「で、どうしましょう?」

「普通なら脳神経外科辺りに任せてもらうんだけど・・・」

「どうなんでしょうね」


異常事態過ぎて、もはや慌てふためく気力も無い。

夢なら覚めてくれと願うばかりだが、先ほどの稽古後の状態(頭痛)を考えるに、可能性は低い。


「フィリス先生。クロノくん、治りますか?」

「てい」

「いたっ」


振り向き様再びなのはにデコピンをお見舞いした。

治るって何だよ、治るって。まるでクロノが(詰まるところ俺の存在が)タチの悪い病気みたいじゃないか。

失敬な。

・・・・・・確かに否定できない要素はあるが。


「ぅぅ・・・痛いの」

「天誅だ。人のことを頭がおかしくなった奴のごとく言いやがって」

「・・・確かに、クロノくんにしては変な行動。なのはちゃんにそんなことするなんて・・・」


そりゃクロノじゃありませんから。

でもどうして俺、クロノの中にいるんだ?

まるで昔、恭也さんにとり憑いた恭介状態・・・。今回とり憑いている立場なのは俺なんだけど。

分析するに、クロノが母さん特性ジュースの失敗作でも飲まないと、同じような状況にはならんはずだが。


「貴方は誰? 少なくとも、クロノくんじゃないのよね」

「イエス」

「お名前は?」

「相沢祐一。13歳、中1。性別男子。日本人。

 好きなものは家族と友達。嫌いなものは甘いもの。

 特技は迷子。生まれながらの方向音痴で、知ってる道でも迷子になることが稀にあります。

 生粋のトラブルメーカーならぬ、トラブル巻き込まれメーカー」


あ、今回のもトラブルの一環か。我ながらトラブルには不自由しない人生だ、ちくしょう。

・・・もういい。諦めた。煮るなり焼くなり齧るなり、好きにするがいいさ。

今更無様に騒ぎ立てる気にはなれない。見知らぬ他人に憑くよりかは大分マシだ。


「・・・今日は何月何日か、憶えてる?」


俺は無言で壁に掛けられているカレンダーを指差す。

ご丁寧に、過ぎ去った日々は×印で消してあるので、今日が何日かはすぐに分かる。


「あ・・・。か、観察力はあるのね。それじゃあ、クロノくんの事は知ってる?」

「ええ、まあ」

「どんな関係?」

「・・・どんなって・・・」


・・・うわっ。案外難しい質問。

親友ってレベルじゃない。悪友でもない。もしくは戦友・・・てことはないか。

無難なところで・・・


「友達でしょうか」

「友達・・・」


ま、それが一番妥当な回答か。


「生まれてから今までの記憶、ありそう?」

「・・・・・・どんな質問ですか、それ」

「クロノくんが心の中で作り出した別人格じゃなくて、本当に別人か、の質問」

「ありますよ。友達の話だけで一日は時間が潰せそうです」


あゆ達のこと。リトルバスターズのこと。

色々思い出があり過ぎる。クロノの持ってる思い出と言ったら、エイミィさんとか魔法世界の事ばっかだろ?

俺はそっちとはほぼ無縁で育ってきた。・・・途中までは。

俺がクロノの作り出した別人格、って事はあるまい。


「・・・んー、じゃあ悪霊が乗り移ってるとか、医学的以外の方向かな?

 ここで話していても埒が明かないし・・・。それじゃあ・・・とりあえず、一時入院の形で・・・」

「ノープロブレム。餅は餅屋です。ミステリーはミステリー専門家にでも任せます」

「・・・はい?」

「なのは。悪いけど、リンディさんに連絡を取ってくれ」


こんな異常事態。もしくは非常事態。もしくは怪奇現象。

魔法或いは時空管理局絡みに違い無い。でなければ単なる天変地異の前触れか。


「え・・・?」

「え、って・・・コレだよ、コレ」


コンコンと自分の(クロノの)頭を小突く。

頭叩いてコレコレ言ったら、アレしかあるまい。


「なんのこと・・・?」

「なんのことって・・・念話だよ、ね・ん・わ」

「電話?」

「ボケんでよろしい」


俺が念話を使えないことは知ってるだろうに。

・・・でもこれクロノの身体か。だったら使えたりはしな・・・・・・・・・


「っ」


遅まきながら、気がついた。

改めてなのはを見て、凄まじい違和感に襲われる。


「なのは? お前、身長が・・・・・・」


なのはが・・・子供、じゃない。俺の記憶にあるなのはよりずっと背が高い。

今の今まで違和感を持たなかったのは、童顔故に顔立ちがあまり変わっていないからか。

隣に立つ恭也さんは、身長こそ変わりないが、普段以上に落ち着いた・・・・・・落ち着いた?

違うのか? なんか枯れた雰囲気がある。

俺の知る二人とは、少しだけ違うような・・・。


「なのは。お前、何歳だ?」

「・・・・・・じ、17・・・だけど・・・」


17・・・歳。

おいおいちょっと待て。俺の知るなのはって、まだ小学5年生の、10歳だぞ?

じゃあここは俺の最後の記憶から、7年後の世界・・・。

いいや・・・どこかが違う。冷静に観察すれば、これまでの行動の中に所々違和感が・・・。

そもそもどんな理由で、クロノは恭也さんと稽古をしていた。それも魔法戦じゃなく、肉弾戦で。

魔法大好きのなのはが、どうしてケーキの甘い香りを纏っている。

俺の名前が出た時、どうしてなのはと恭也さんに何の反応も無い。

驚きとか、それでなくとも、最低でも本当に俺かどうかの確認の一言があってもいい筈じゃ?


「・・・なのは。ユーノ・スクライアって知ってるか?」

「?」


漠然と口に出した、ユーノの名前。昔聞かされた(聞き出した)、なのはが魔法と関わり始めたきっかけの話。

その主要人物なのに、なのはは不思議そうな顔をして「知らない」と言う。

あー・・・・・・まさかな。まさか・・・・・・


「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。もしくは八神はやて、の名前に聞き覚えは?」


なのはにとっての、一番の友達。忘れようにも、絶対に忘れられないだろう名前。

こんな事聞くのは、本来ならかなり変だ。だが聞かなければ確認が取れない。

頼むから、俺の予想する答えを返さないでくれよ。

ここでもし俺の予想通りになるとか、そんな事態になるとかなりヤバイ事になるんだ。

頼むから・・・!


とか思ってる時の俺の望みは、大抵叶う事は無く・・・・・・


「・・・・・・だれ?」


あっさりと返してきた。

ちょっと・・・待てよ。


「ヴィータは? シグナムさんは?」


友達想いのなのはが、高々数年で皆のことを忘れるわけがない。


「アリシア・テスタロッサ。リインフォース!」


それなのに、なのはは黙って首を横に振るばかり。


「・・・・・・相沢祐一。・・・聞き覚えは?」


俺の名前。少し首を捻りながら、それにも首を横に振った。

・・・嘘だろ?

狐につままれるとか、そんなちゃちな言葉じゃ説明がつかない。

俺は愕然としながら、こう呟いた。


「お前は・・・・・・」


誰だ、と続けようとした言葉を途切らせる。

違う。なのはが原因じゃない。

原因があるとすれば、それは・・・



「ここは・・・どこだ?」



この世界か。









[8661] 空白期 第三十一話 クロノ編
Name: マキサ◆8b4939df ID:d1506388
Date: 2011/02/23 22:08











世界にはいくつもの分岐点がある。

一つの選択肢により、運命を分けた世界。


平行世界パラレルワールド




ここに、ひとつの世界がある。

俺が母の胎内で生を受けるよりも、さらに昔に分岐した。

クロノ・ハラオウンが高町なのはと同じ歳に生まれ、恋人になるという世界。











「というのが俺の導き出した解釈ですね」


ポカンと、揃って間抜けな表情をしている高町家の皆様方。

あの後病院から戻った俺は一度道場で頭を冷やし、思考する事に時間を費やした。

なのはや恭也さんの態度。俺となのはの、記憶の相違。

微妙な空気の違い。僅かながら、魔力の漂流具合の違和感。

それによって、分かったこと。

ここが俺の知る世界ではない、ということ。

以上。


「・・・クロノくん。病院は?」

「予想内の返答ありがとうございます美由希さん。病院にはもう行ってきました」


大体最初の反応はそんなだよな。

俺だって、リインやアリシアが突然こんなことを言い出したら引きずってでも病院に行かせているだろう。


「入院とか・・・」

「断りました。個人的な主観では、ちょっとそういうのを逸脱している状況です」


そのまま入院せずここに居るのは、俺が「一度戻って頭の整理をしたい」と言って、一旦病院から離れたから。

病院に入って治るんなら、むしろ自ら進んで入院してる。

だが今回の件は・・・入院したところで解決するとは思えない。


「いきなりこんな事を言われても、まず信じられないとは思います。

 本音を言えば俺自身も戸惑っていますが・・・聞いてください」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・俺は、クロノ・ハラオウンではありません」


皆の疑いの眼差しが痛い。しかも疑い半分で、残り半分は俺(クロノ)を心配しての視線だから尚のこと痛い。

本来なら問答無用でタチの悪い冗談と切り捨てるのだろうに、クロノだから無碍にも出来ない。

そんなところか。

今回は今までと違い・・・・・・異世界のクロノ赤の他人を巻き込んでの騒動。こっちはそれなりには真剣だ。


「・・・・・・そ、それで~」


皆揃って俺の突然の行動に言葉も出ない中、桃子さんが一番最初に立ち直った。

さすが年の功。最年長者だけのことはある。だが表情はやっぱり困ってる風。

きっと桃子さんも、未だ俺の事をクロノだと思っているのだろう。


「貴方は本当にクロノくん・・・じゃないの?」

「はい」

「クロノくんじゃないのは、一体・・・」


どうして、か。どんな出来事があったのか、か。

質問するのは簡単だが、答えに窮するだろう質問。それは桃子さんも分かっている筈。

俺がクロノであった場合、尚更に困る質問。

だが俺とて無駄に時間をかけて、夜まで道場に引き篭っていた訳じゃない。


「今回一連の出来事についての可能性。

 尤も、こうなってしまった理由というよりは、こうなのかもしれないな~という憶測ですけど。

 それぐらいなら、いくらか予測を立ててはいますよ」

「クロノくんが”そう”なった理由?」

「厳密には”こう”なった理由そのものじゃなく、どんな事なら今の状況になるか、ですね。

 証拠も確証も無い以上、全部憶測であり、可能性の一端でしかありません。聞きます?」

「・・・じゃあ、お願い」

「分かりました。ではまず一つ目」


一つの言葉と共に、人差し指を立てる。


「俺、相沢祐一という存在は、クロノ・ハラオウンが考え出した架空の人物であり、

 病院に入院すれば治癒して消える・・・言わば自己暗示みたいな、精神的な病気の可能性。

 俺的には一番考えたくない極論です」

「でもそれは・・・」

「ええ。桃子さん達が一番納得できる答えではあります」


この世界のなのは達にとっては最も納得の出来る答えであり、

最もそうであって欲しいと願うだろう結論。俺からすれば、悪夢以外の何物でもない。


「二つ目」


中指を立てる。


「俺という存在は確かに”俺”であり、何らしかの理由でクロノ・ハラオウンの中に居付いている可能性」

「けどその理由までは、解ってないんだよな?」


青髪の女性が痛い所を突いてきた。つかこの人誰だ?


「その通りです。こっちは先ほどの考えとは対照的に、

 俺自身がそうあって欲しい・・・そうであろうと納得できる理由。

 桃子さん達からしたらクロノの精神がおかしくなったと思うかもしれませんが、俺の感じ方はこっちです」


俺自身はコッチの可能性だと信じているが・・・・・・果たしてどちらが正解なのかは、真実のみが知る。

仮にコッチで正解なら、元々この世界にいたクロノには迷惑千万な話ではあるだろう。

全く持って厄介だ。


「三つ目」


中指。


「クロノ自身が原因ではなく・・・・・・第三者的な誰かから、暗示的な何かをかけられた可能性。

 要するに、状況は違うけれども一つ目の可能性と酷似していますね。俺が架空な存在という点が」

「・・・待て。お前が”そう”なる直前までクロノは、俺と鍛練をしていた」

「のようです。ですのでこれは意識が目覚める前後を鑑みれば、可能性は低目ではあります」


恭也さんとの稽古後のこの入れ替わりだ。可能性は相当低い。

気絶したら、或いは時間が経過したら入れ替わる時限爆弾的な遅延性の暗示とかなら、それも出来ないことは無いか?

それでも、俺という存在の記憶をクロノの深層心理に一から刷り込むのは事実上不可能だとは思う。

・・・・・・恭也さんが暗示を仕掛けたのなら、また話は別になってくるだろうけど。


「四つ目。俺はクロノ・ハラオウンであり、これは高町家の全員を大々的に騙すウソである可能性」

「それは無いよ」

「それは無いわ」

「それは無いね」

「それは無い」

「無い無い」

「あらへんなぁ」

「示し合わせたような否定の言葉に驚いたさ!」


どんだけ高町家の信用を勝ち取ってるんだクロノのヤロー! ビビッたじゃねぇか!


「だからま、可能性だけです」


可能性的には100%の否定はできない。

念の為に高町家側に用意した”可能性”だったのだが、不用だったようだ。

”このクロノ”が俺の知るクロノと同じ性格なら、俺の意見も『まずありえない』になっただろう。

しかし・・・クロノがこんな冗談のような行動をしないと理解しているのに、

俺が「クロノじゃない」と言った言葉は疑う。

これは世に聞く『矛盾』ではなかろうか。


「五つ目。俺は間違いなく相沢祐一本人であり、周囲の人間全員が寄ってたかって俺をからかって遊んでいる可能性。

 さっきとは反対で、俺の希望にも繋がる考え方。

 無いとは思うが、もしもこれが皆の悪戯なら、今なら怒らない。白状してほしい。

 特になのは。この場じゃなく後から白状するつもりなら、とっておきの邪夢を食らわす覚悟だからな」

「ええっ?!」


とまあ低いだろう可能性だとは分かってはいたが、最大級の『禁句』を口に出してみた。

ピクリとでも反応すれば悪戯と判明したのだが、困惑しつつ邪夢が何のことだか分からないとばかりに驚いている。

やっぱり白だよな。


「んで、六つ目。これが最後で、多分お互いにとっての一番の理想的な解であり、

 全ての不可思議な物事、出来事に対して適合する解でもあります」

「・・・どんなんや?」


最後は指を全て広げた掌を、机の上に落とす。俺はこの最後の可能性であることを切に願う。


「夢オチ」

「って、そんなんありえるかぁ!!」

「ばってん全てが夢オチだったで片付く可能性もゼロじゃねえですたいっ!!」


関西弁で力の限り突っ込まれたので、福岡らへん(?)の方言を適当に使って力の限り反論してみた。

言葉的に合っているかは知らん。が、合ってはいないだろう。

緑髪の女性は、俺からの(クロノらしからぬ)反論に多少たじろいでいる。

確かに・・・そう確かに冗談めかした回答だ。それは認めよう。

が、この考え以外に一番納得の出来る答えは無い。

もしこれが真実になるのなら、俺は何でもする。

起きた後に、あの秋子さん特製邪夢すらも涙を流し感謝しながら食べる覚悟だ。

最善の理想。ただし・・・悲しきかな、経験上こういうトラブル展開が夢で片付いた試しは無い。


「実のところ、友人の一人が今の俺と似たような経験をしたことがあります。

 もしもアレと同じなら、一日経てば治るかもしれません」

「治るの?!」

「が、治らない可能性も大きい」


『治る』の言葉に反応したなのはだが、即否定の言葉を出す。

ぬか喜びは辛いだろう。もしも明日になっても戻っていなかったら、ショックは大きい。

断言は禁物。


「その時の知り合いは、どうやってそんな状況になったの? それと、どうやって戻ったの?」

「桃子さん。先に言っておきますけど、その友人の体験は参考になりませんよ?」

「でも、手掛かりにはなるかもしれないでしょ?」


・・・・・・ならないとは思うが。


「お願い」

「・・・・・・・・・・・・分かりました」


薄れた記憶の欠片を繋ぎ合わせて説明を開始する。

リトルバスターズがリーダー、棗恭介が恭也さんの中へと入ってきた、あの時の事を。

いくらインパクトが強い出来だったとしても、クライドさん達と過ごした時間を含めればもう10年近く前の出来事。

思い出すだけでも一苦労。

母さんの特製ジュースの失敗作を飲んだ俺の世界の恭也さんが、

冷静沈着とはほぼ反対側に位置している恭介に体を乗っ取られたんだっけか。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・終わりです」


ポカーンと最後まで話を聞いてくれた高町家全員。その後しばらく、誰も口を開かない。

たださっきとは別の意味での沈黙。

この世界じゃない、俺の元居た世界の恭也さんの身に起きた出来事に唖然としている感じ。

現に今度は俺じゃなく恭也さんに、猛烈な視線が送られている。


「恭也が・・・」

「お兄ちゃんが・・・」

「恭ちゃんが・・・」

「師匠が・・・」

「おししょが・・・」



「「「「「おもちゃのカエルに負けた?」」」」」

「ま、待て・・・違う。俺じゃない」


あ、驚き所はそっちなんだな。


「参考にならないでしょう?」

「・・・・・・う、う~ん? だったらおもちゃのカエルに・・・」

「玩具のカエルごときに負けることが出来るのは、世界広しと言えど恭介以外にはいないでしょうね」

「そ、そうよね~?」


桃子さん。今本気で「おもちゃのカエルに負けみたらどう?」とか考えていたでしょう?

気持ちは分からんでもないですが、無理です。


「今はドタバタしてても仕方がないので、まずは明日になってから慌てようと思います。

 運が良ければ、明日に戻っている可能性も無きにしも非ず、ですから。

 明日になっても戻らなかったら、改めて対策を考案するという方向で」

「・・・・・・本当に戻れる?」

「微妙です。断言は出来ません」


ここまで言っても、多分まだ本物のクロノか云々は半信半疑だろう。現に視線に大した変化は無い。

・・・・・・いや、随分と和らいではいるな。さっきに比べたら。恭介伝説の効果実証。

俺がクロノのフリして振舞おうとも、鋭い高町家の事だ。確実に何処かしらで勘付かれる。

元の身体に戻れるまで隠し通せれば本当は心配をかけずに終われるのだが、ボロが出る前に戻れる可能性は未知数。

だったら最初から全てを話すしかない。


「・・・・・・ねえ」

「はい」

「もし・・・・・・もし、だよ? もしアナタが本当にクロノくんじゃなくて、その祐一って子だったら・・・。

 クロノくん、どうなっちゃってるの?」


意外に着眼点が良い。伊達に読書好きじゃないんだな、美由希さん。


「可能性は二つ。俺と同じように今頃俺の体で慌てふためいているか、もしくは俺の意識の底で眠っているか」


クロノの意識が消滅とか、そんな事がないのは祈るのみ。

ただ恭也さんのパターンを考えるに、眠っている可能性は決して低くない。

恭也さんも、恭介が出ていた間の事は何にも憶えていなかったし。


「あ~、でも俺の身体以外で慌ててる可能性もありえそうです。

 三角形を描いて、ペットボトルのリサイクルマークみたいに、

 俺がクロノの身体、クロノがどっかの誰かの身体、どっかの誰かが俺の身体に入ってたり。

 それはそれで面白いかもしれませんね」

「・・・面白いか?」

「嘘です。不安で仕方がありません」


クロノならいざ知らず、知らぬ他人が俺の身体に入って何かをしているなんて不安で不安で・・・・・・超不安だ。

真人間ならまだしも、助平とか変態が入り込んでいる可能性なんて・・・考えたくも無い。

俺の評価地の底まで一気に駄々落ちになること請け合い。

俺の身体がどうなっているのか物凄く気になり、より一層帰る気持ちが強くなった。

急いで戻らなければ!


「今はまだ、分からない事だらけ?」

「そうですね。突然の話ですので、信憑性が薄いとは俺自身も思っていますけど・・・何も分かりません」


桃子さんの言葉にも、そう返すしかない。事実意味不明な点が多すぎて、碌に回答が導き出せない。

俺この数十分で何回『可能性』の単語喋っただろうか。

『可能性』って、要するに仮定ばかりで何にも分かってないって事だよな。

情けない。


「早ければ明日にも戻ってそう?」

「恭介の・・・友達の件を考えるに、運が良ければ翌日にでも戻ってるとは思いますけど・・・。

 どうでしょう。大丈夫だ、と言い切れないのがアレですが」

「じゃ、明日考えられることは明日にして、晩御飯にしましょ♪」


・・・・・・はい?


「桃子さん」

「なに?」

「プラス思考過ぎじゃありませんか? 心配を植えつけてる俺が言えた義理じゃないですけど。

 俺が本当にクロノじゃないかの確認とか、でなくとも俺が悪者じゃないかの確認とか・・・」

「だって~、桃子さんお腹すいちゃったし・・・」

「・・・・・・それだけ?」

「まさか~。もっちろん違うわ。貴方のことは・・・・・・いろんな意味で心配だけど」


・・・その色んな意味とは、俺が悪人である可能性とかそういうことではなく、

おそらく俺がクロノだった場合。つまり、心の心配とかそっち方面なのだろう。

最近人の心を言葉のニュアンスで理解できるようになった自分が恐い。


「だ・け・ど、これでも人を見る目はあるつもりよ~。貴方、悪い子じゃないでしょ?」

「・・・悪人は自分を悪人とは名乗りません」

「悪い人は、『自分は悪い人かもしれないけど警戒しなくてもいいの?』って相手の心配をしないのよ?」


・・・・・・何なんだろう、この桃子さん。

なんというか・・・・・・

底抜けに、明るい。しかも言動が子供っぽい。

俺の知っている桃子さんとは、結構違う気がする。

けど・・・


「・・・・・・それもそうですね」


言葉に不明の説得力がある。自分の中でしっかりとした『悪い人の基準』を決めているからだろうか。

これが経験者の言葉。なるほど、理解は出来ないが納得。


「それじゃあ、軽く作りますよ。迷惑をお掛けしていますし、それぐらいは」


場を和ませる為無理矢理に作った明るさじゃなく、桃子さん本来の明るさのお陰だろうか。

こんな状況でありながら、不思議と楽しい。


「あ、下拵えは大体終わってるから」

「うちも手伝うで」


青髪と緑髪の女性が手伝いを申し出た。

下拵えが終わってるのなら、夕飯の準備はもう殆ど終わってるも同然か。

それも準備したのはオレっ娘の方? 髪は短いが胸はあるし、声も高いし、男ってことはあるまい。


「ありがとうございます。で、あんたら誰ですか?」

「「のおっ?!」」















名雪ばりの青髪の方は【城島晶】さんで、緑髪は【鳳蓮飛】・・・通称【レン】さん。

俺の世界にはいなかった人物。

近所のどこか、にはいるのかもしれないが、少なくとも高町家では見たこと無い。

昔から高町家に居ついているらしい。分かってはいたことだが、どうやら俺の世界とはかなり違うみたいだ。

晶さんとレンさんが基本的に、高町家の厨房を預かっているんだと。

・・・・・・なんかこの二人に『さん』を付けるのに違和感が・・・。

























「・・・本当に道場で寝るのか?」

「ええ。クロノが住んでるらしいアパートの場所、知りませんし。

 それに下手に放っておくのは逆に心配になりません?」

「・・・・・・ああ」


布団一式を貸してもらい、抱えたまま離れにある道場へと入る。

どこら辺に敷くかな・・・。ゆっくりと道場内を見渡す。

・・・・・・真ん中で良いか。どっこらしょ。


「・・・・・・・・・何を沈んでいる?」

「いや~。俺おっさん臭くなったな~と思ってしまって・・・・・・」


どっこらしょって・・・。

心の中だけで無意識に喋ったとはいえ、どっこらしょって・・・。


「クロノ」

「はいはい」

「・・・・・・本当に、クロノじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


困った。真面目な顔してそんな事聞かれても。

口で「違います」とは何度も言った。

後は・・・どうにか俺がクロノじゃない証拠を見せなければ、どうしようもない。


「恭也さん。クロノの苗字に『ハーヴェイ』が入っているって、本当ですか?」

「? あ、ああ・・・。名乗っていたのは、一時期だが・・・」

「そうですか」


夕飯の時、色々とこの世界のクロノについての話を聞かせてもらった。

目的としては、クロノの事を詳しく話していけばクロノの意識を取り戻せるんじゃないか?

という下心丸見えの行為だったけれど。それなりに面白い話も聞けたと思う。


「ハーヴェイって、元々クライドさん・・・・・・クロノの父親の苗字です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「だからどうって訳でもありません。リンディさんと結婚したクライドさんは、ハラオウン姓になった。

 たったそれだけの出来事で、男性が結婚相手側の姓を名乗るのも別に珍しいことでもない。

 この世界でも同じでしょう?」

「・・・・・・・・・そうだな」


三つ折りで畳んである布団を床に広げる。

毎日毎日、この道場で恭也さんと美由希さんが修行をしているのか。

・・・指導者も無しに、どうやって訓練しているのだろう。独学か?


「話は変わりますが、近頃クライドさんと同じように・・・・・・近頃って、俺にとっての近頃ですよ?

 近頃、結婚相手の苗字へと・・・・・・」


あ~、近頃近頃まどろっこしい。説明が遠回しくさい。


「要するに、婿入りになって苗字の変わった男性が身近に居ます」

「?」

「その男性なんと、その一家で唯一の男であり、長男であり。

 下には妹が二人しかいないのに、態々姓を変えたそうです」

「・・・・・・それが、どうかしたのか?」


枕を所定の位置に置いて、振り返る。


「姓が変わった後・・・・・・彼は『月村』と名乗るようになりました」

「・・・つき・・・むら?」

「因みに、旧姓は『高町』です」

「っ、な?!」

「じゃ、お休みなさい」

「お、おい・・・」


珍しく少々慌てている恭也さんを放置し、俺は即座に布団に潜り込んで目を瞑る。

言いたい事は言った。こんな話をした上で俺をクロノと信じるか、信じないかは恭也さん次第。

しばらくその場で佇んでいた恭也さんだが、俺が本気で寝ていると勘違いをしたのか、

それとも俺の意思を汲み取ってくれたのか。やがて足音も無く道場を出、戸を閉めて行ってしまった。


「・・・・・・・・・・・・」



静か過ぎて、耳が『キーン』と幻聴を拾うほどに静まり返った道場。

俺自身は自覚していなかったが、今日一日の驚きで精神的に疲れ果てていたのかもしれない。

わりと眠気はすぐに訪れた。

今日の事を振り返りながら、ゆっくり、ゆっくりと眠りへと落ちていく・・・。

・・・目覚める前、最後に夢でレイクが言い放った一言・・・・・・


≪我が名は―――――≫


そういや、何て言ってたんだっけか。ブレイクハートと、あと一つの名前・・・。








































~~翌朝~~


「新しい朝が来たーーーー!!」


両手を空へと掲げ朝日に向かって、恥も外聞も無く叫ぶ俺。


「・・・・・・希望もへったくれもあったもんじゃねぇ・・・・・・」


その後崩れ落ちる。





・・・戻れなかった。









[8661] 空白期 第三十二話 クロノ編
Name: マキサ◆8b4939df ID:36d11130
Date: 2011/03/05 17:18










「というわけで」

「戻れなかったんやねぇ」

「一日経てば戻るかもしれないと希望を持たせた言い方をしておいて、情けない話ですが。

 もうしばらくお世話になります」

「ま、気を落とすなよ。そのうち戻れるって」

「そうやで。人間万事塞翁が馬言うくらいやし、その内ええこともあるて」


だといいのだが。


「それじゃ、朝食手伝います」










腕によりをかけて作った朝食。

残念ながら、なのはは箸をつけるどころか席に着く事も無く。急ぎ足で学校へと向かってしまった。

理由は分かってるとはいえ、俺の顔・・・じゃないクロノの顔見るだけで逃げるとか、ぷちショッキング。

その点桃子さんはしっかりと朝食を食べてくれているので、料理人冥利に尽きるというものだ。

や、別に料理人を名乗るつもりもない。


「今日はどうするの?」

「ひとまずは原因の究明ですね。理由も無くこんな事にはならないでしょうから、原因の手掛かりを探します。

 地道に自分の足で歩き回って、町を散策しつつあちこち探ってみようかと」


魔法絡みなら、魔力の波動を感知し探っていけば最終的に原因に手が届くかもしれない。

僅かながら時空管理局・・・ひいてはリンディさんの協力が必要になるかもしれない今回の事件。

・・・・・・事件か? 事件だよな、一応。

リンディさんと連絡を取る方法が無い現状、俺は向こうからの連絡待ちになるし、

可能なら自分で解決しておきたい。


「んで、質問なんですけど・・・クロノって学校、行ってます?」

「行ってるわよ。風芽丘の三年生」

「クラスとか担任の電話番号、分かりますか?」

「どうして?」

「今日って平日ですよね。学校を休む連絡しておかないと」

「あぁ、なるほどね~」


これぐらいはしとかないとな、他人の身体を勝手に使ってる以上。

一両日中に戻れるとは限らないし、長期間休む連絡をしておかなければ。

説明は『一身上の都合』で十分だろうか。

もしもの時は『家庭の事情で~』と言っておけば、大抵の教師は首を突っ込まないだろう。


「確かメモがどこかにあったから・・・。後で教えてあげるわね。

 ・・・ん♪ 晶ちゃん、このスクランブルエッグ、彩りも良いし美味し~い♪」

「あ。それオレじゃなくて、祐の作ったやつです」

「へ? あ~、それですか。トッピングにトマトとチーズ、バジルが隠し味です」

「すっごく美味しいわ。桃子さん感激~♪」

「・・・は、ははっ・・・どうも」


その桃子さん(異世界)直伝のレシピだったりします。

口には出さず、引き攣り笑いで返す。

これってやっぱり、”あの人”が居るか居ないかの違いなのだろうか・・・。














「晶ちゃんは彼の事、『祐』って呼ぶようにしたのね」

「はい、そうですね」

「一応、クロノくんかもしれないのに?」

「・・・多分違います」

「? そうなの?」

「足音が全然違いますから」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「それと、レンちゃん机にずっと突っ伏してるけど、どうしたの?」

「祐の料理スキルが想像以上に高くて、落ち込んでるみたいです」

「レンちゃんが落ち込むほど?」

「はい。手捌きには無駄が無くて、味は抜群。正直・・・オレも少し自信失くしました」

「あ、あら~」





「なんなんや! 13歳であの料理技術とレパートリーの豊富さは~~!!」




















で。



地図を片手に高町家を出、散策開始。

平日の昼間とはいえ、大半の友好関係は学生に集中しているであろうクロノの友人に、

それでも遭遇しないとは限らない。

その可能性を考慮し、深々と帽子を被って軽い変装はしている。


「商店街」


口に出して呟き、地図に円を描いていく。

現在、魔力の波動や残滓を探している。

魔法が使われた場合、ほんの少しだが空気中に漂っている魔力に残り香みたいなものが生まれる。

うまくいけば、何者かが使った魔法の痕跡を見つけ、原因発見を最短ルートで見つけることが可能になるかもしれない。

ただし、第三者及び魔法が関わっていた場合、の話ではあるが。


「駅前」


俺の感知出来る魔力波動の範囲は広くない。集中しても精々が半径50メートルかそこらが限度。

探査系統の魔法が使えれば本当は楽なのだが、生憎とその手の魔法は全て相棒(デバイス)達に任せていた。

そうして本当に必要になった現在、手元に相棒はいない。怠惰のしっぺ返しである。


「海鳴病院付近・・・」


ただの骨折り損に終わるかもしれない作業。第三者なんていないかもしれないからな。

魔法とは噂に聞くほど万能でもなく、結局は密かなる地道さの積み重ねが大事という現実っぷり。

夢も希望もあったもんじゃない。


「公園・・・全て異常無し」


う~む。早々簡単に原因が判明するとは思っていないが、やはり全く何にも反応が無いのは困る。

次は少し遠出して、神社方面にでも行くか。それとも、このまま沿岸沿いで・・・。

俺の家まで足を伸ばすのも選択肢の一つだよな。

なのはが17歳なので、この世界の俺は19歳・・・・・・?

いや、なのはは早生まれだから、俺とは大体3歳差。今は二十歳か。

どっちにしても父さんの仕事の転勤で、”向こうの町”へと俺は行っているだろう。

無駄足の可能背は高いが、行ってみるのもいいかもしれない。


「さてさて、どこへと行こうか」


風の向くまま気の向くままとか、そんな格好いいものじゃないかもしれないけれど。

クロノを元に戻す為、何より俺が元の世界に戻る為に。率先して先々行動あるのみ。

こんな時に体が二つあれば、役割分担でもって早急にして迅速なる行動が・・・。


「可能になるじゃないか」


忘れていた。今の状況に打って付けの分身魔法があるではないか。

最近は使う機会が随分と減っていたが、相棒がいなくても使える魔法。

周囲の確認。・・・・・・昼間の公園では、奥様方や定年を迎えたであろうご隠居様方が寛いでいらっしゃる。

アウツ。

木陰に隠れ、人の目が無いのをよく確認する。準備が整ったところで・・・・・・


「ハーモニクス」


実体のある分身を作り出す呪文を唱えた。






















  !?

























SIDE:なのは


「ハァ・・・」


溜息が零れる。

たい焼き片手に海辺の公園のベンチに座り、一人時間を潰す。

時間はそろそろ、7時を回りそう。いつもならもうとっくに家に帰っている時間。


「っ~・・・」


だけど、今日は帰りたくなかった。

家に帰ったら、またあの”変な”クロノくんと会うことになるかもしれない。

私の希望としては、元に戻るまで極力あの変なクロノくんとは会いたくない。

でも帰らない訳にはいけないし・・・。


「・・・・・・はぁ。はむっ」


最後の尻尾の一切れを口の中に放り込んで立ち上がる。

散々考え込んだ挙句、結局は家に戻ることにした。

足取りは重いけど、クロノくんが元に戻ってるかもしれないし。

・・・・・・希望は薄めだけど。


「うぅ~」


岐路に着きながらも思考はやめない。

選りにも選って、どうしてクロノくんなんだろう?

クロノくんが何かをしたわけじゃない。たぶん、悪いことはしてない。

答えなんて出てこないけど、やっぱり考える。

どうして・・・?


「・・・・・・あ」


そんな事を考えてる内に、家に着いちゃった。

・・・しかたない。覚悟を決めよう。

朝はそっけなくしちゃったから、少しぐらいは優しくしてあげないとね。

あのクロノくん・・・・・・の中の人だって、進んでクロノくんの中に入ったんじゃないんだもん。

・・・本当に中に別の人がいるかは知らないけど。


「ただいま~」


そんな事を考えながら、戸を開ける。


「なんか半透明になってきた?!」

「ガンバれ! ガンバるんや! もうちょっとでなのはちゃん帰ってくる筈やから!」


・・・・・・何だろう。家の中が賑やか。

まだ家の中に入っていないのに、軒先のここまで声が聞こえてくる。

晶ちゃんとレンちゃんの声だね、今の。


「うああ~、プシュ~って煙! 煙!」

「お猿! 近くまでなのはちゃん来てないか、ちょう見てきぃ!」

「んなことやってる間に手遅れになったらどうすんだよ!」


・・・・・・騒がしい。けど切羽詰ったような、焦った声。

私の名前、出てた?


「き、今日は諦めて、一度戻した方がいいような・・・」

「なに言っとるんや、クロノくん!」

「そうだ! 祐は無言で、男を見せて頑張ってるんだ。ここは祐の気持ちを汲み取るべきだって!」

「・・・力尽きかけて何も出来なくなってるだけなんじゃ・・・?」

「あああ、せやけどやっぱ無理か?!」

「ちょ、手に触れられなくなってきたんだけど・・・」

「半分幽霊化? ・・・これこのまま消えたらどうなるん?」

「死ぬんじゃないか?」

「や、やっぱり戻します!」

「くっ。なのはちゃんついに間に合わへんかったか・・・」


家の中へと入って、声のする方に向かう。


「「・・・あ」」


リビングに続くドアを開けると、晶ちゃんとレンちゃん。それと・・・・・・クロノくん。


「?」


椅子にも座らないで、三人とも床に直接座ってる。

口半開きのちょっと変な顔で、晶ちゃんとレンちゃんが私を見てきて。

クロノくんは背を向けていて・・・表情はわからない。

というか・・・リビングには家族全員大集合だった。


「・・・た、タッチの差でアウトや~!」

「なのちゃ~ん。遅いよ~」


・・・え?


「何が?」

「今ちょーど、クロノくんが戻っていったとこなんや」

「祐が頑張って、たった今さっきまで持ちこたえてたんだけど・・・」

「あかん。あと少しやったのに~」


え?


「・・・・・・・・・あ? 俺、生きてる・・・?」

「あ~、祐一くん? 無事戻ってんか?」

「なのちゃん。せめて学校が終わったら、ケータイの電源ONに・・・」


ええっ?

この会話の流れって・・・・・・?


「ちょ、ちょっと待って! 

 ・・・もしかして・・・さっきまでクロノくん・・・・・・」

「元のクロノくんに戻ってたで」

「そうそう」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


持っていた手提げ用のカバンが、手から滑り落ちる。





「えええええぇぇぇぇぇ?!」

























「ああー、ビビッた。本気で死んだかと思った」

「半透明でソファにぐったりやったけど、どんな感じなん?」

「・・・無我の境地ですね、殆ど。

 あのまま消えてたら、多分本当に死んでましたよ。一瞬ですが死後の世界へと逝ってきました」

「難儀やなぁ・・・。どないなトコやったん?」

「結構面白そうなところでしたね」

「よく聞く定番の、お花畑ーとかそこらへん?」

「いえいえ全然。学生達が銃を持って、天使と激戦を繰り広げていました」

「死後の世界に幸せな幻想抱けそうにないなあ・・・」








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