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[24829] 【習作】本日の運勢は過負荷(マイナス)【めだかボックス】
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2010/12/09 23:46

・めだかボックスのオリ主モノです

・今後の原作の展開によって、SSと設定に矛盾が出る場合があります



[24829] 「ツキがなかったね」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 18:53
――このボク、月見月瑞貴は不運だった。

海へ行けば津波が起こり、山へ行けば土砂崩れ、街を歩けば洪水が巻き起こる。そんな『異常(アブノーマル)』を抱えたボクがあの病院に行くことになったのは当然のことであろう。そこはボクと同じような『異常』な子供たちを研究・調査する病院であり、ボクはそこで担当医となった人吉先生の治療を、症状が安定するまで九年近くの長期に渡って受けることとなる。結局、ボクの『異常』が落ち着いたのは、十二歳の中学入学直前のことであった。







現在ボクは人吉先生の自宅で最後の診察を受けている。人吉先生とは、ボクの担当医のような方で、もう勤めていた病院を辞めてしまっているというのにいまだに診察を受けさせてくれているのだ。一児の母だというのに、まるで小学生のような外見という不思議すぎる少女、いや女性である。ボクがこれまでのお礼を告げると、しかし人吉先生は悔しそうに表情を歪めてしまう。

「人吉先生、もう病院を辞めたっていうのに今日までボクの治療に付き合ってくださってありがとうございました」

「ええ……でも分かっていると思うけど、その『異常(アブノーマル)』は治ったわけでも進行が止まった訳でもないわ。それどころか、八年間もかけて結局あなたの『異常』について解析できたとは言えない。『異常者(アブノーマル)』というよりもむしろ、かつてあたしが病院で診察したことのある――」

「それでも安定はした、でしょう?明日から中学入学ですし、それまでに治療を終
わらせたいと思っていたのでボクとしては満足ですよ」

ボクがそう言うと、人吉先生は大きく溜息を吐いた。

「ふぅ……確かに、もうあたしにできることはないのよね。あたしが取れたのは結局、最善策どころか次善策でもない、最悪ではないというだけの治療法だったっていうのは悔しいけれどね……」

「十分ですよ。おかげでこれからは平和に学園生活を送れそうですからね」

納得はしていないような表情だったけど、人吉先生はおめでとうと言ってくれた。ここまで『異常』が制御できたのは人吉先生の精神外科手術のおかげだろう。とはいえこれ以上はボク自身、この『異常』を制御することはできそうにないから、やっぱりこれで治療は終わりなのだ。






「あれ?瑞貴さん、今日も来てたんですか」

玄関から出るとちょうど人吉先生の息子の善吉くんが帰ってきたところだった。彼はボクの一つ年下で、八年間も人吉先生宅に通っていたボクとは昔馴染みの少年だ。

「善吉くんか、久しぶり。今日はめだかちゃんと一緒じゃないの?」

「何度も言いますけど、別に俺はいつもめだかちゃんと一緒にいるわけじゃないんですよ。それより瑞貴さん、明日から中学生になるんですよね。小学校は別でしたけど来年俺たちが入学したら同じ学校ってことになりますね」

期待に目を輝かせている善吉くんにボクは苦笑しながら答える。ボクは来年のことよりまずは明日の心配をしないとね。初日から遅刻なんて悪目立ちしたくないから、今夜は早く寝ないと……。

「うん、そうだね。来年入学してくるのを楽しみにしてるよ。って言ってもまずボクが新しい学校に馴染めるかが一番の問題なんだけどね」

「そう言えば瑞貴さんの通ってた小学校って――」

突如ボクの耳にガツン!という鈍い音が響き、次の瞬間にはボクの身体は道路へと横たわっていた。頭部から痺れるような痛みが走っており、それでようやくボクの頭に何かが激突したということに気付く。

「瑞貴さん、大丈夫ですか?まぁ、いつものことですけど……」

「……うん、大丈夫。今日は近くのマンションから植木鉢が落ちてきたのか」

ボクは何事も無かったかのように立ち上がると、横に転がっている割れた植木鉢を見ながら呟いた。ま、いつものことだ。割れたガラスの山が降ってきたり、工事現場の近くを歩いていて鉄骨が落ちてきたりするのに比べれば今日のは比較的安全だったといえる。これがボクの『異常(アブノーマル)』な日常なのだ。

「ぐぅぅ……今日で治療が終わったからってちょっと気を抜き過ぎてたか」

「頭からすげー流血してますよ。お母さん呼んできて治療してもらいますか?」

「……いや、いいよ。慣れてるし。じゃあまたね」









――入学式当日

きちんと遅刻せずに登校したボクは、これから心機一転がんばろう!と思った矢先、正門に足を踏み入れた瞬間に横から出てきた男と肩がぶつかってしまった。見るとどうやら同じく新入生のようだ。ボクは保護者がいないため入学式に参加するのはボク一人だけだけど、目の前の男子もどうやら一人きりらしい。
せっかくだから一緒に行かないか誘ってみよう。友達を作るには自分から話しかけないとって本には書いてあったし。今まで小学生だったっていうのに金髪だし、学ランの下に何も着てないし、めちゃくちゃ目付きが悪いのは気になるけど偏見はいけないよね!

「ごめん、大丈夫?君も新入生?だったら一緒に――」

そう話しかけながら、ボクは反射的にその男を蹴り飛ばしていた。顔面にハイキックを受けた男は地面に突っ伏して昏倒してしまう。

「あ、ごめん。つい……」

そう言いながらもボクの表情に反省の色は全く浮かんでいない。だって、ねぇ……。不運すぎるボクがこの流れで巻き込まれる事態なんて目に見えて分かる……。それでつい敵意を感じた瞬間に足が出てしまったのだ。見ると彼のポケットからは特殊警棒が顔を覗かせており、自分の予想が当たっていたことを確信した。

「やっぱり肩がぶつかって因縁を付けられる流れだったみたいだね。友達になれると思ったんだけど、二日に一度は必ず不良の喧嘩に巻き込まれるボクの経験に間違いは無かったか……。ボクの不運に巻き込まれるなんてツキがなかったね……っ!?」

入学式に遅れてしまう、と何事も無かったかのように歩き出したボクだったが、しかし、感じた敵意に反射的に飛び退くと、一瞬後にボクの頭のあった位置を特殊警棒が通り過ぎる。驚いて振り向くと、そこには立ち上がって武器を携えている男の姿があった。

「……おかしいなぁ。経験上、あの蹴りをくらって立ち上がれるはずないんだけどね」

強者も弱者も含めて、のべ千人を超える不良を蹴り倒してきたボクだったからこそ分かる。直感的に理解させられる。――この男は今まで倒してきた普通(ノーマル)な連中とは違うことを。

「いきなり人の顔面を蹴り飛ばしやがって!お返しに俺の方も、しっかりと完全にてめぇを破壊しつくしてやるよ!」

「ごめんごめん、悪かったよ。ボクも謝るから許してよ」

「無理に決まってんだろ!」

そう言って男は両手に特殊警棒を握り締めて跳び掛ってきた。すさまじい瞬発力と見事なまでの身体の使い方。恐ろしいほどの速度で振り下ろされる武器を、ボクは相手の手首を狙って蹴り飛ばすことで受ける。たまらず離してしまった警棒がカランとコンクリートの床に落ちた。

「入学初日からこれかよ……」

人吉先生に習った格闘技サバットは元々路上での喧嘩から生まれた武術だ。もちろん武器を持った相手に対することも想定している。三桁を超える不良たち相手に実践も十分にこなしてきていた。もう片方の手で薙ぎ払われる武器に対しても冷静に足で払いのけようとして――

「があああっ!」

直前で軌道を変えた警棒がゴキリと鈍い音を立ててボクの蹴り足にめり込んでいた。男はボクに武器を蹴り払われるのを感じて、とっさに狙いをボクの足首へと無理やり変更したのだろう。そして、その効果は抜群だった。骨に異常は無さそうだけど、蹴り足を狙われるとなるとボクには迂闊に攻撃することはできない。ボクは逆の足で牽制を入れて即座にバックステップで後ろへ下がらざるを得なかった。

「惜しかったか……。次こそはその脚を破壊してやるぜ」

「ごめんこうむるよ。それにボクは、ここらの病院からはブラックリスト扱いされていてね。受け入れ拒否されちゃうんだよ」

再び距離を詰めて顔面へとハイキックを仕掛けると、相手も警棒を振るうことで対応してくる。とはいえ、対処法ならある!

「だから無駄だって言ってんだろ!」

「ハイキックと見せかけてっ!」

「なっ!?」

ハイからミドルへとフェイントを入れて軌道を変えた蹴りにより、男の打撃は標的を見失って空を切り、ボクのつま先は脇腹へと突き刺さった。そして、返す刀で男の武器を蹴り払う。さすがに外靴を武器として扱うサバットの蹴りは効いたのか、脇腹を押さえながらよろよろと数歩あとずさる。

「ボクの倒してきた不良たちの中にはナイフを持ったのも結構いてね。武器を避けて蹴るっていうのは慣れてるんだ。それじゃあ、もう二度とボクに絡んでこないようにとどめを刺させてもらうよ!」

禍根の根は絶っておくに限る。徒手空拳となった男を容赦なく蹴り飛ばそうとするが――

逆にボクの方が蹴り飛ばされる結果となったのだった。側頭部にハイキックを受けて膝をついたボクの目の前には、蹴りを放った姿勢のままの男の姿があった。あまりの衝撃に思わずボクの目が驚愕に大きく見開かれる。

「そ、そんな……馬鹿な……だってそれは、その蹴り方は!」

――ボクと同じ、サバットの蹴りじゃないか!

「見様見真似でやってみたが、結構できるもんなんだな」

さっきの蹴り方の癖やタイミングはボクのものと同じだ。感心したように呟いている男の言葉にボクは絶句する。人吉先生や善吉との組み手で蹴りに非常に慣れているボクだからこそ、わずかに反応して急所を外すことができたが、そうでなければ間違いなく昏倒していただろう一撃。サバットの特徴でもある革靴の扱いも完璧。それを見様見真似でだなんて――

「くっ……なんて『特別(スペシャル)』なんだ」

立ち上がって再び相対するが、勝てるかどうかは五分五分だろう。まだ見せていないコンビネーションや技はいくらでもあるが、あちらもすでに近くにあった鉄パイプを握って武器を補充してしまっている。ふぅ、と溜息を吐いた。何で入学初日からこんな負ければ入院確定のガチバトルやらなきゃいけないんだ。しかし、相手は敵意どころか殺意すら感じる眼差しでこちらをにらみつけている。

「仕方ない……入学式に遅れちゃうし、決着つけようか」

「そうだな。だが、そんな心配はいらねぇぜ。入学式どころか、卒業式にも出られなくなるほどに破壊し尽くしてやるからよ」

そのまま駆け出していったボクたちだったが――しかし、交錯する直前に響き渡った鋭く制止する声によってお互いにピタリと動きを止めることとなった。驚いて振り向くと、そこには見知った顔が。……そういえばこの人も同じ中学なんだったな。

「誰だよ、あんたは」

「僕かい?僕の名前は黒神真黒。ちなみに学年は二年。君たちの先輩ってわけさ」

男の低い声に飄々とした様子で返すこの長髪の美青年、黒神真黒は善吉の幼馴染である黒神めだかの兄であり、その縁でボクも何度か彼に会ったことがある。とはいえ、ボクはめだかちゃんの傍にいる者として真黒さんに完膚なきまでに不合格を突きつけられたため、何となく黒神兄妹とは疎遠な感じなんだけど。

「その先輩が何の用だよ。俺の邪魔をするっていうんなら、あんたの方を先に破壊してやってもいいんだぜ?」

「阿久根高貴くん……だね。噂では規律(コト)であろうと器物(モノ)であろうと人物(ヒト)であろうと区別なく破壊する問題児だそうだね……。だけどどうだろう。その痛めた脇腹でまだ続けるつもりなのかな?腕の動きも少し悪いね。無理な動きでもしたのかな?例えば、攻撃の最中に無理やり軌道を変えたとか……」

「……っ!?」

この人は変わっていない。真黒さんの『解析(アナリシス)』の前で弱点を隠すことなんてできやしないんだ。

「ほら、入学式が始まるよ。それとも保健室に行くかい?だいぶ目立っちゃってるけど、この場でのことは先生たちには誤魔化しておくからさ」

「ちっ……」

破壊衝動が削がれたのか、幸い男の方は渋々とだけど引き上げてくれた。周囲を見回すとコソコソと見物をしていた生徒たちも引き上げていくようだ。うわー、入学初日から悪目立ちしちゃったな……

「助けてくれてありがとうございました、真黒さん。それとお久しぶりです」

「君の方こそ相変わらずだね。いや、多少はマシになったのかな?」

「そうだといいんですけどね。っと、早く体育館に行かないと遅刻してしまうので失礼します」

「でも、君も保健室に行ったほうがいいんじゃないかな?その右足首、捻挫してるよね?」

「……やっぱり気付きましたか。いえ、ご心配なく。見ての通りただの捻挫ですから」

「そうかい。……おっと言い忘れていたね。入学おめでとう」








運良く入学式には無事に出席することができたのだが、もちろんボクにそんな幸運ばかりがあるはずもなく。教室に入ったボクをとびっきりの不運が待ち受けていた。

「てめぇ……!」

「おいおい……」

自分の席に着いたボクの後ろの席にいるのは金髪で目付きの悪い不良。つまり先ほど喧嘩したばかりの阿久根とかいう男であった。男が背後から憎々しげな表情でボクをにらみつけているのを感じて気が重くなる。どういう並び順したらボクとコイツが前後になるんだよ!なんて心中では毒づいてみるけど、もはや後の祭り。



――これが後の生徒会長、球磨川禊の両腕、『破壊臣』阿久根高貴と『壊運』月見月瑞貴の出会いだった



[24829] 『僕の仲間になりなよ』
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 18:56
中学に入学してからすでに数日が経過した訳だけど、いまだにボクにはたった一人の友人すらできていなかった。というか怖がって誰も近づいて来ない。それはある意味自業自得なんだけど、そのせいでボクがまともに話をできる相手といったら真黒さんくらいしかいない訳で……

「やあ、月見月くん。そろそろクラスには慣れたかい?いやいや答えなくてもいいよ。貴重な放課後だというのにわざわざ僕の教室まで来て、こそこそと教室の中を覗いているくらいだからね。これは酷な事を尋ねてしまったみたいだね」

さわやかにボクの心の傷を抉ってくる真黒さんにげんなりさせられるが、実際言われた通りなので反論のしようもない。

「そりゃそうなりますよ。あんな不良の中の不良、人間を破壊するのが趣味なんて公言してるような狂人と同類扱いされちゃってますからね……。入学初日の喧嘩が噂になって、ボクが話しかけたらみんな怯えちゃうんですよ。女子にいたっては声を掛けただけでガチ泣きされそうになりましたし」

「ははっ、確かに君と同類に分類(カテゴライズ)されちゃったら阿久根くんの方も迷惑だろうね。でも、本当に阿久根くんだけのせいなのかな?だって――君の小学校時代の同級生たちも入学しているんだろう?」

「……」

「まぁ君の同級生たち本人に話を聞くことはできなかったけどね。まるで話題にするというだけのことでさえ関わりたくないといったように。でも、それも当然かな。君の『不運』の『異常(アブノーマル)』は僕のでさえ『解析』することができないけれど、それでもそのおぞましい効果による結果は知っているからね」

しかし、真黒さんは厳しい顔をふっと崩すと、笑みを浮かべてこちらを見つめてくれた。
「でも、人吉先生は大丈夫だと言っていたしね。だから、今のところ君のことは心配していないよ。」

「そうですか」

「でも、友達を作りたいのなら部活に入ったらどうだい?僕は黒神グループの仕事があるから学校を休みがちだし、やっぱり学生といえば部活じゃないかな」

それはそうなんだろうけど、特にやりたいこともないんだよなぁ。中学にサバット部なんてないし……

「うーん、でもあんまり特定のグループに属したくはないんですよね」

「……と、言ってるうちにお友達が来たみたいだね」

やめてくださいよ、とげんなりした面持ちで答えると、同時に背後へ向けて蹴りを放つ。硬い手ごたえを感じて後ろを向くと、そこには僕の蹴りを金属バットで受け止めている阿久根の姿があった。というか武器こそ毎回違うが、毎日襲い掛かられてるため、いい加減見飽きた顔である。

「よお、今日こそてめぇを破壊しにきたぜ!」

そう言いいながら阿久根はバットを振り上げると、再びボクの脳天に向けて思いっきり振り下ろしてきた。

「うわっ!」

一歩下がって阿久根の攻撃を空振りさせると、ボクは廊下の窓を蹴破り、そのまま校庭へと飛び降りた。窓ガラスとかって弁償になるのかな。

「ちっ……逃げんじゃねえっ!」

同じく二階から飛び降りて追ってくる阿久根。このまま背後の男を撒いて帰宅しようと思い、ボクは正門を全速力で抜けていく。もしボクが逃げずに阿久根と正面からぶつかったとしたら、間違いなく双方どちらもが痛手を負うだろうと確信していた。入学早々、そんな事態はごめんなのでこの数日は阿久根との戦闘は逃げることを優先して行動しているのだった。
そのせいで、休み時間ごとに喧嘩を吹っかけられているボクのことをみんなが怖がってしまうんだけど……。





「わっ!あ、すいません」

慌てていたボクは正門を出て曲がり角を右に曲がったときにドンッと人とぶつかってしまった。逃げてる途中だっていうのにタイミング悪いなぁと思いつつ、勢いよくぶつかったため地面に倒れてしまった相手に、怪我は無いかと手を差し出そうとするボクだったが――その男の瞳を見た瞬間に全身を圧倒的な寒気が走った。

『ありがとー。ええと、確かきみは……月見月瑞貴ちゃん、だったかな』

その男は全身を硬直させてしまったボクの手を勝手に取って立ち上がると、ボクの瞳の奥を覗き込むように見つめてきた。その瞳は腐った人間の死体のようにどろどろに濁りきっており、その全身からはこの世のすべての負の要素をかき集めて凝縮したかのような凶々しいオーラを漂わせている。
こんな生物が存在するのか――!?

『ちなみに僕の名前は球磨川禊。よろしくね、瑞貴ちゃん』

「な…なんでボクのことを……?」

『もちろん知ってるさ。だってきみは有名人だもの。入学式やこの数日での出来事はみんな知ってるよ』

「……そうですか」

ボクはそれしか言葉を発することができなかった。目の前の球磨川という男の不吉で異様な雰囲気に完全に飲み込まれてしまっている。黒髪、黒眼、中肉中背。一般的な生徒に外見だけでも見えることが驚きだった。それほどまでに男の内面から醸し出されている不気味な存在感はあまりにも逸脱し過ぎていた。何も出来ずに立ちすくんでいるボクを我に帰らせてくれたのは、とうとう追いついてきた阿久根の金属バットによる殴打であった。

「ぐっ!?……痛っ。でもおかげで助かったよ」

「ああ?何言ってんだよ」

頭をぶん殴られたおかげで魅了されていたかのように呆然としてしまった意識を覚醒することができた。ダメージの方も反射的に芯を外したおかげで頭がふらつく程度で済んだようだし。しかし、今のボクには襲ってきた阿久根の方に眼を向ける余裕すらない。多少は冷静になった頭で再び男を観察してみるが、やはり存在そのものが凶兆を体現しているかのような負の塊しか感じ取れない。

『やあ、きみが阿久根高貴ちゃんかな?』

「何だよてめぇは。用があんのは隣の男だけだから、怪我したくなきゃさっさと消えろ」

『まあまあ。僕はきみとも話がしてみたかったんだ。ははっ、それに怪我って。これだけ時間を掛けて、同級生の一人も壊せない程度のきみが?笑っちゃうなあ』

なぜ挑発したんだ!?あまりにも挑発的な言葉に、青筋を立てて威圧するような声を発する阿久根だったが、全く動じずに男は無邪気な笑みを浮かべたままだ。いや、動じないというよりもむしろ、感情というものが存在しないかのような……。かつて通っていた病院で『異常者(アブノーマル)』というのは何人も見てきたけれど、そのどれとも違う。

「いいから消えろっつってんだろ!」

「あ…阿久根、やめろっ……!」

薄々この異様な雰囲気を感じ取っていたのだろうか、普段以上にイラついた様子の阿久根が目の前の男へと金属バットを振り下ろした。それはは狙い通り球磨川の顔面を強打し、そのあまりの威力に男は吹き飛ばされゴロゴロと地面を転げまわっていく。受身の一つどころかまばたきすらせずに無防備のまま阿久根に打ち倒されたはずだけど……

「……な、なんだよてめぇは!?」

『なんだとはひどい物言いだなー』

男は何事も無かったかのように、表情一つ変えずに起き上がってボクたちの方へと歩いてくる。いや、何事も無かったはずがない。破壊することにかけては『特別(スペシャル)』な阿久根の攻撃をまともに受けたんだ。男の顔面は陥没しており、鼻骨や頬骨も間違いなく折れているだろう。言葉を発することすら激痛だろうに、そんなことは微塵も感じさせずに明るく声を響かせている。

『うん?もう終わりなの?』

「な、ならもう一撃!」

阿久根はもう一度、目の前で自身の瞳の奥を覗き込むようにして笑みを浮かべ続けている男の左肩にバットをめり込ませた。メキッと鎖骨がへし折られた音が辺りに響いたが、男はやはり何の反応も見せない。
阿久根もボクもこれまでに数え切れないほどに喧嘩をしてきた。殴られた相手というのは怯えや恐怖、苦痛、あるいは反骨心。とにかく必ず何らかの表情を浮かべるものだ。しかし、目の前の男にはそれが無い。まるでそれが当然のことであるかのように殴られることを受け入れている。

『ずいぶんイライラしてるみたいだね。うん、そうだっ!じゃあボクがそのイライラをすべて受け止めてあげるよ』

阿久根の破壊というのは、目的としては自分のストレスやイラつきの発散であるとボクは感じていた。彼はいつも苛々していて、サラリーマンがサンドバッグを叩くように、阿久根は人間を叩くというだけなのだろう。だから、阿久根にとってボクと喧嘩をするのも学校の窓ガラスを割るのにも同じことなのだろうと思っていた。結局のところ破壊できれば誰であろうと何であろうと構わないのだろうと。

しかし、――この男だけは例外だった。



「あ、ああああああああああっ!」

立ち上がる姿も、話し声も、その全てが気持ち悪い。あまりにも理解の外の人間を前に、阿久根は錯乱したかのようにバットを何度も振り下ろし続けている。男の腕や肩の骨は折れ、全身打撲の血塗れな状態だが、しかし恐怖を感じているのは加害者の阿久根の方だった。バットを叩き付けるたびに自分の精神が破壊されているような。得体の知れない恐怖に、とうとう阿久根の手からバットが零れ落ちた。

『ほら、続けたらどうだい。自分の手で、自分の意思で、自分のために、破壊を続けてみなよ』

「あ……うああ…」

笑みを浮かべている球磨川とは対照的に阿久根の顔面は蒼白になっており、無意識で男から離れるように後ずさっている。阿久根には初めての体験だろう。

――もうこれ以上破壊したくない、というのは。

阿久根は間違いなく男の肉体を破壊している。しかし、それが一切男の精神に影響を及ぼしていないのだ。むしろこの負の塊のような男に攻撃を加え続けることで、負の容量を増大させているようですらある。阿久根の正常(プラス)はすでにあまりにも強大な恐怖(マイナス)に飲み込まれてしまっていた。そして男は阿久根のそばまで近づき、一転して優しげに声をかける。

『ねえ、高貴ちゃん。自分のために暴力を振るうっているのは怖いだろう?相手からの恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも、全て自分に返ってくるんだから』

完全に折られてしまっている阿久根の心に男の囁きが染み込んでいく。

『僕が全て引き受けてあげるよ。恨みも、憎しみも、敵意も、報復も、逆恨みも。だから君はその苛々を発散するだけでいい』

そして一拍おいて言葉を発した。

『僕の仲間になりなよ』



――勧誘

常軌を逸した負のプレッシャーに晒され続けた今の阿久根の精神でそれを断ることなどできなかった。一度でもこの男と関係を持ってしまったら、どんな人間でもその重力のような過負荷(マイナス)性に屈してしまうに違いない。関わることすらしてはならない。それがこの球磨川禊という人間だろう。

まさかそのためにわざわざ阿久根に喧嘩を売ったのか……!?

勝敗度外視で、ただ自分と敵対関係という形で関わらせるためだけに。それだけのために挑発して、満身創痍になるまで殴られたっていうのか?考えられないほどに最悪な下策。

――しかしそれだけに、この男にはお似合いの策だった

「……悪辣だね」

『何を言っているんだい、瑞貴ちゃん。僕は一方的に暴力を振るわれただけだぜ?』

いつの間にか気持ち悪い姿勢で首だけを振り向かせて僕の方を無邪気な瞳で見つめていた。そして、見得を切るように両腕を左右に大きく広げる。

『僕は悪くない』



気持ち悪くておぞましい。なのになぜだろう……。

――彼を見ているとこんなにも心が安らぐのは

『月見月瑞貴ちゃん。小学生時代の君は七回ほど転校を繰り返して、そしてそれと同じ数だけ小学校を廃校に追い込んできたそうだね』

「……っ!?」

『最初の学校は理科室の薬品の保管ミスによる不審火で全焼、次の学校は建築上の不備で校舎が倒壊、その次がええと、全校集会中に大型トラックが居眠りのまま突っ込んできて十数人をひき殺した後、爆発炎上。あまりの凄惨な事故に生徒たちの登校拒否が相次いで、事実上廃校』

それは全て事実だった。ボクの周囲に巻き起こる不運を生徒たちは気味悪がったし、転校するたびに学校を廃校にしていくボクのことを教師たちは怖がった。イジメや虐待も起きたけど、それもその人たちが不慮の死を遂げるたびに無くなっていった。そんなボクの罪状を楽しそうに読み上げながら近づいてくる。

『理想的だよ』

やばい……。人吉先生に縫合してもらった精神がほつれていくのが分かる。これ以上この男と関わっていると自分が過去の自分に戻されるのを確信させられた。球磨川が一歩近付いてくるたびに、心の底から危険な予感の混じった焦燥感が湧き上がってくる。

「……近寄るな」

しかし男の方は気にする様子も無く歩き続け、一歩ずつ縮まっていく互いの距離は死刑台が近づいているようにも錯覚させられた。ああ、わかった。彼を見ていると感じる、恐怖の中でどこか安らぐような感覚は――

――自分よりも最悪な人間が存在するということに対する安心感なのか

「寄るなああああああああああああ!」

もう我慢できない。珍しく大声で叫んだボクの頭をよぎっていたのは、もうすぐで自分の中の何かを失ってしまうということ。それは、のちにマイナス成長と呼ばれることになる現象に対する予感だった。

そして、その瞬間にあることに気付いたボクの身体はとっさに横へと飛び退いていて、直後に先ほどまでボクの居た場所を、縁石を越えて――軽自動車が横転して激突していた。

――ボクのすぐ側に居た球磨川を巻き込んで

「あ!……だ、大丈夫っ!?」

さっとボクの顔から血の気が引いた。ようやく『異常性(アブノーマル)』がある程度落ち着いて、普通の学園生活を送れると思っていたのに、結局のところ、ボクには全く制御不能だったらしい。
急いで車の下敷きになった球磨川の元へ駆け寄ると、脚を車に潰されてしまっていた。大至急の手当てが必要なのは一目で分かる。ふと辺りを見回すと、どうやら携帯電話で阿久根が救急車を呼んでくれているようだ。

「……ごめん」

ボクは球磨川から目を背けながら小さく呟いた。ボクの不運に巻き込まれた人間がボクのことを見る目はほとんど同じだ。怯えるか憎むか。そんな顔を見たくなくてこの場を立ち去ろうとしたボクに球磨川は声を掛けてきた。

『これはきみのせいなんだね、瑞貴ちゃん』

糾弾するような言葉に恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた球磨川の姿があった。全身に大怪我を負い、息も絶え絶えになりながらも、その目にはまるで子供がサンタさんに出会ったかのような輝きに満ちた光が映し出されていた。――何でそんな目ができるんだ。

『ありがとう。わざわざ僕にきみの異常を見せてくれて。これで確信したよ』

そんな心底楽しそうな、興奮した自分を抑えきれないといった様子で言葉を続ける。そしてそれは、ボクが長年待ち望んでいた言葉だった。

『僕にはきみが必要なんだ。友達になろうよ』

自然とボクの瞳から涙が零れ落ちていた。これまでの人生でボクは、他人に恨まれ、憎まれ、恐れられ続けてきた。ボクの不運についても、人吉先生や善吉くんは気にしないと言ってくれていたけど――彼はボクの不運を肯定して、必要としてくれている。ボクは周りを不幸にしてしまう最悪の人間だ。それは分かっている。それでも、ボクは誰かに自分のことを肯定して、必要として欲しかったんだ――

「こちらこそよろしくお願いします。球磨川さん」



[24829] 「何でバッティングセンター?」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:00
『それでは、これより第十三回目の会議を始めたいと思います』

「……それはいいんですけど、何でバッティングセンター?」

『瑞貴ちゃんが言ったんじゃないか。僕の退院祝いにって』

「ボクは鈍った体を慣らすために提案したのであって、会議の場として提案した訳じゃないんですが……」

ボクらがいるのはとあるバッティングセンター。これから行われるのは恒例の世界を滅ぼすための会議である。とはいえ、ただ命令をこなすだけの阿久根は、話に興味が無いのか金網の向こうでバッティングセンターの球を打ちまくっている。まあ、150km/hの豪速球を軽々と打ち返しているのはさすがとしか言いようが無いけど。ボクにしたって興味があるのは球磨川さんと何かをするということだけであって、世界を滅ぼすなんていうのは正直どうでもいいことだ。
そのため、今回もいつもどおりに球磨川さんが議題を出すという流れである。閑散とした店内に響く阿久根の快音をBGMにボク達は話を進めていく。

『今回の議題は、生徒会長になるための方法について。みんなの意見を聞かせて欲しい』

は?という疑問の声がまず出てしまった。生徒会長?この人が?むしろ総理大臣を暗殺すると言われたほうがまだ納得できるくらいだ。

「この学校のですよね?だったら、正攻法では難しいんじゃないですか?うちの中学は生徒会の裁量権が比較的強めだから、去年も立候補者が十人くらいいましたし。悪名高い球磨川さんが当選するのは至難と言っていいでしょう」

『うん。冷静な分析だね』

「それでも生徒会長の立場が必要というのであれば、誰か別の候補者を立てて傀儡政権とするのが一番簡単じゃないですか?」

『瑞貴ちゃんらしい平和的な策だね。高貴ちゃんはどう思う?』

もう打ち飽きたのかバッターボックスから出てきた阿久根に問う球磨川さん。入れ替わるように今度はボクがバットを持ってバッターボックスに立つと、百円玉を入れて球を待ち構える。阿久根とは比べるべくもないけど、ボクもスポーツは全般的に得意なのだ。

「他の候補者を全員潰せばいいじゃないですか。候補者が一人なら選挙も何もないでしょうぜ」

阿久根らしい破壊的な策だ。と、次の瞬間慌ててかがんだボクの頭のすぐ上を150km/hの豪速球が通り過ぎていった。鋭い風切り音が耳元に響く。

「うわっ!」

運悪くピッチングマシンの照準がずれ、ボクの顔面に向かって投げられたのだろう。その後も連続でボクの命を刈り取ろうと飛んでくる球を数発避けたところで、打つのは諦めてバッターボックスから離れたのだった。もちろん、その後は偶然狂っていた照準も元に戻り、何事も無かったかのように誰もいないストライクゾーンに向かって投げ込んでいる。

「ん?おい、血が出てるぜ」

「え?」

阿久根に言われて自分の頬に触れると、どうやら切り傷ができていたようで血が流れていた。
おかしいな……ボールはちゃんとよけたはずなのに。

『へえ、面白いね。これも瑞貴ちゃんの過負荷(マイナス)の効果かな』

「どういうことです?」

そう言って球磨川さんの方に目を向けると、楽しそうな笑顔を浮かべていた。その視線の先には一人の少女の姿が。その少女はボクらには目も向けず、不機嫌そうな表情で通路をこちら側へ向かって歩いているところだった。あの少女に何かあるのか?そう思って観察してみるけど、確かに不良そうな雰囲気の少女だけど特に問題があるようには見えない。しかし、金網のフェンスに寄り掛かっているボクの目の前を通り過ぎた瞬間――

――ボクの全身がズタズタに切り裂かれた

「なあっ!?」

そのまま地面へと倒れたボクが驚いてその少女を見上げると、そこでようやく振り向いてたった今気付いたかのような驚いた表情を見せた。

「あちゃ~またやっちゃったか。反省してますごめんなさいもうしません」

そして、そんな反省の欠片も無い棒読みの謝罪を聞かせてくれた。大量の血を流しながら倒れ伏しているボクを見るその目には一切の同情も後悔も浮かんでおらず、その全身からは危険で凶々しい気配が発せられている。
いつも球磨川さんの近くにいるせいで麻痺して気付かなかったけど、間違いなくこの少女もボクらと同じく過負荷(マイナス)だ。

『すごいねー。瑞貴ちゃんと違って、ちゃんと自分の過負荷(マイナス)を制御できてるみたいだね』

ベンチに座ったままパチパチと手を叩く球磨川さん。次は自分が血塗れにされるかもしれないっていうのにそのおざなりな対応は流石と言うしかない。

『瑞貴ちゃんのおかげかな。こんなに簡単に他の過負荷(マイナス)と出会えるなんて』

「ん?珍しいじゃねーか。あんたらもあたしと同類か。そっちの金髪は違うみてーだけど」

そうは言うもののボクも不良に絡まれるのは慣れているけど、過負荷(マイナス)に絡まれたのは初めてだ。ましてやこれほどの絶対値の持ち主に絡まれたのは間違いなく球磨川さんと一緒にいたからだろう。球磨川さんと出会ってからというもの、ボク自身がわずかずつだけど確実にマイナス成長を続けているのを感じていた。その成果がこれというのはうんざりさせられるけど。

「……まあいいや。帰らせてもらうわ。ここのバッティングセンター全然打てねーし」

『ちょっと待ってよ。高貴ちゃん、瑞貴ちゃん……せっかくだから過負荷(マイナス)ってものを体感してみなよ』

笑顔のまま球磨川さんがそう言ったのと同時に、両手にバットを一本ずつ持った阿久根が少女に襲い掛かっていた。帰ろうと歩いていた少女の背後から上段に振りかぶった二本のバットを全力で振り下ろす。しかし、少女が振り向いた瞬間――ボクの場合と同じく阿久根の全身から血が噴き出していた。

「がああああああっ!」

先ほどのボクと同じように全身を切り刻まれた阿久根が血溜まりに倒れ伏した。

地面に倒れ込んだままその様子を観察していると、ボクにもこの現象についても少しは理解できてきた。まず、どうやら物理的に攻撃を仕掛けている訳ではなさそうだということ。ボクと同じタイプの、と言っても他の過負荷(マイナス)に会ったことないけど、物理以外による『過負荷(マイナス)』の能力によるものだろう。次に、切り裂かれたのはボク達の肉体だけのようだということ。ボク達の服や阿久根のバットは全くの無傷で、ただ皮膚や筋肉だけが裂けているようだ。最後に、どうやらボクのように自動(オート)ではなく自分自身の意思で発動させているらしいということ。

「で?下っぱにやらせておいてアンタはかかってこねーのかよ。アンタがダントツで低い過負荷(マイナス)を持ってるみてーだけど」

『だって僕は一番弱いからね。まあ、高貴ちゃんは相性が悪かったかな。いくら学
習(モデリング)能力が高くてもプラスが過負荷(マイナス)になることはできない』

球磨川さんが話している隙に阿久根の方を目で確認するが、どうやらもう戦闘不能のようだ。これは過負荷(マイナス)が偶然発動してしまったか、襲われて反撃するために使ったかの違いだろう。それを横目に見ながらボクはタイミングを計る。完全に不意を突けばあの過負荷(マイナス)は発動できないはずだ。球磨川さんの異様な雰囲気と話術の前では、必ずあの少女にも隙ができるに違いない。



――今だっ!

ボクは突然起き上がり、少女の一瞬の意識の隙に合わせて全力で蹴りをくらわせた。全身の力を収束した渾身の一撃。

「ごぼっ……!」

少女は開けっ放しの扉から金網の向こうにまで吹き飛んでいく。トラックに轢かれたかのような勢いで地面とバウンドし、ゴロゴロとピッチングマシンの方まで転がった。凄まじい威力の蹴りだったけど、ボクは苦々しく感じて唇を噛んでいた。

「……しくじった」

ふと自分の脚を見るとズタズタに切り刻まれており、筋肉が完全に断裂して動かなくなっていた。寸前に少女がボクの脚を切り刻んだせいで、わずかに威力が落ちてしまったのだろう。手ごたえ、いや足ごたえからしておそらくは立ってくる。まぁいいや、保険は掛けてある。ボクは動かない右脚を引きずりながら、追撃を掛けるために金網の扉の向こうへ歩いていった。

「ぐ……やりやがったな」

蹴られた腹を押さえ、ダメージで足元がおぼつかないようだけど、やっぱり少女は立ち上がってきた。

それにしても他に客がいなくて助かった。学校で年下の女の子を蹴ってる男子なんて噂になっちゃうところだったよ。いや、球磨川さんと阿久根と一緒にいるっていうだけですでに悪評は立ってるんだけどね……。

ヨロヨロと少女へと近づいていったボクはバッターボックス付近で止まり、話しかける。同じ過負荷(マイナス)として尋ねたいことがあったのだ。

「君に訊きたいことがある。……これは、君の過負荷(マイナス)だよね。一体どうやって、自分の過負荷(マイナス)を制御しているの?どうすれば止められるの?」

これはボクが生まれてからずっと考えていたことだ。自分の傷を指差してそう尋ねると、少女は一瞬呆れたような表情を見せた後、あははっと大きく笑い声を上げた。

「あはははっ!そんなことを言ってる内は一生制御できねーよ。過負荷(マイナス)を止めよう、なくそうなんてのは根本から間違ってんのさ。喪失や欠落こそがマイナスなんだからな!」

『異常(アブノーマル)』とは根本的に違うということか……。もちろんこれはこの少女の場合だからボクが同じ方法で制御できるかは不明だけど。でも確かにボクの自分の過負荷(マイナス)をなくしたいという考えが逆に制御の邪魔になっていたというのは頷ける話だ。そんなことを考えながら同時に自分の立ち位置を調整するように微妙に左右に移動していく。

「強いて言うなら受け入れること、じゃねーの」

ふぅ、と溜息を吐いた。球磨川さんじゃあるまいし、そんなことできるはずがない。あの人ならどんな不運も能力も受け入れられるだろうけど、ボクには無理だ。だからこそ球磨川さんはボクなんかを受け入れてくれたんだし、そんなところをボクは尊敬していた。

――球磨川さんの役に立つためには、この程度の敵くらいはボクの手で倒せないと!

横の仕切りに寄り掛かりながら自分の右脚を見ると、鮮血で真っ赤に染まっており全く感覚がなくなっている。少女との距離はほんの数m程度だけど、この脚では間違いなく近づく前に切り刻まれてしまうだろう。

「そう、ありがとう。ところで君の名前は?」

「志布志飛沫(しぶし しぶき)だ。あんたは?」

「月見月瑞貴だよ」

「……で?時間稼ぎはもういいのかよ」

ばれてたか……、質問したかったのは事実だけどね。

ああいいよ、とボクは言いながら百円玉を機械に入れた。ちなみに位置関係はボクがバッターボックス付近でマウンドとの間に少女が立っているという形だ。コインを投入すると少女の背後にあるピッチングマシンから作動音が響き出す。しかし、球が発射される寸前の音だっていうのに、少女はまるで気にした様子も無い。ここは先ほどボクの使っていた150km/hの台なのに、なぜか背後から放たれるだろう豪速球にはまったく気を使っていないようだ。

「後ろを振り向かせて隙を作ろうという策なんだろーが、残念だったな。あたしはこの店の常連でね。この位置にボールが飛んで来ないことくらいは知ってるんだよ」

……後ろを振り向いたらその瞬間に蹴り倒そうと思っていたけど、それは失敗したみたいだ。だけど、それはむしろ好都合。ビュッという風を切り裂くような音が聞こえた瞬間――

「さーて、じゃあ――ッ!?」

――少女の後頭部に150km/hで放たれた球が激突していた。

「ツキがなかったね」

頭から血を流して昏倒してしまった少女を見下ろしながら言い放った。一応、脈拍などを確かめてみると死んではいないようなのでボクはふぅ、と安堵の溜息を吐いて立ち上がる。そして、再びピッチングマシンから放たれた二投目はまたしてもあらぬ方向へ飛んでいく。それは先ほどと全く同じ軌道をとり、正確にボクの頭へと向かったデッドボールだった。

「知らなかっただろ?この台はボクがバッターボックス付近に立ったときに限り、普段とは全く違うコースに飛んでくるってことを」

そう、ボクがやったのはピッチングマシンとボクの顔面の間に少女の頭が来るように自分の位置を調節したことだけだ。そうなれば当然、ボクの頭を粉砕しようと迫り来る豪速球は手前の少女の後頭部に直撃することとなる。

『よくやったね、瑞貴ちゃん』

振り向くと球磨川さんが嬉しそうな表情で両手を広げるようにしてボクに声を掛けてくれた。ちなみに阿久根は動けるようになったのかベンチで自分の応急処置を施している。

『自分の過負荷(マイナス)を利用できるようになったみたいだね。まずは自分の不運を認めること、それが制御の第一歩だからね』

そして、球磨川さんは少しの間あごに手を当てて考え込む。

『せっかくだから二つ名みたいなの付けよっか、週刊少年ジャンプっぽく。うーん、そうだな……。じゃあ高貴ちゃんは「破壊臣」で瑞貴ちゃんは「壊運」ね。右腕と左腕みたいで格好良いね。それとも両腕と両脚かな?それじゃあ、二人ともこれからもよろしくっ!』

「はい!」

球磨川さんはこんなボクでも頼りにしてくれているんだ。そのためにはもっと強くならないと。ボクはさらに一層、球磨川さんの望みを叶えるために努力する決意を固めたのだった。







それから数ヵ月後、あまりにも最低な方法で球磨川さんは生徒会長に、ボクは庶務の役職に就任することに成功する。
しかし、球磨川さんの手によって中学を恐怖のどん底に叩き落したそのさらに数ヵ月後――新入生黒神めだかによって、ボクらは完膚なきまでに敗北させられるのだった。



[24829] 「ボクらは敗北したんだ」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:04
――箱庭学園柔道場

そこで二人の部員が試合形式の練習を行っていた。一人は「柔道界のプリンス」こと阿久根高貴。そしてもう一人は――

「一本!」

背負い投げで綺麗に投げ飛ばされた、このボクであった。残念ながら純粋な柔道勝負では阿久根の相手にはならず、いつも通りの敗北で終わってしまった。ボクが畳に叩きつけられると同時に見学者(ほとんどが女子)から黄色い歓声が上がる。阿久根はその歓声に手を上げて答えると、飲み物を手に取って壁際で休憩に入った。まるでアイドルのような人気だ。そして、敗れたボクも同じくその隣に腰を下ろして話しかける。

「相変わらず人気者だね。まったく……中学時代の破壊臣と呼ばれた君と同一人物だとは思えないよ」

ボクが箱庭学園に入学してからすでに一年が経過していた。球磨川さんは中学時代に学校から追放されてしまったため、現在のボクは二年七組に所属している、ただの柔道部員でしかない。中学時代の敗北からこれまで、ボクは敗残者として惰性のような学生生活を送っていた。

「……あまり昔のことは言って欲しくないんだけどね。いや、裏切られた君にはそれを言う権利があるのか。悪いとは全く思っていないけどね」

「別に球磨川さんを裏切ったことを怒っているわけじゃないよ。ボク達(マイナス)がプラスに裏切られるなんてことは当たり前だからね。怒っているとしたら球磨川さんを敗北させてしまった自分自身にだよ」



乱神モードの黒神めだかの前にはボクのこれまでの努力や鍛錬はまるで意味を成さなかった。不甲斐なくも鎧袖一触で潰されてしまい、その結果として球磨川さんは敗北してしまったのだ。そして今年、その黒神めだかがこの学園へと入学してきており、先日の選挙で再び生徒会長に当選していた。

「それにしても、黒神めだかが入学してくるなんてね……。でも『異常(アブノーマル)』を蒐集しているこの学園に来るのは当然といえば当然か」

「入学早々に生徒会長に当選するとはさすがめだかさん!選挙中の忙しい時期にお手を煩わせてはならないと思っていたが、そろそろ挨拶に向かうべきかな」

「はぁ……その話はもういいよ」

黒神めだかの話題を出した途端、阿久根は嬉々として彼女を賞賛し始めた。もはや信者と言っていいほどの心酔ぶりにボクは手を横に振って話を切り上げる。もう聞き飽きた話だし、ボクだって球磨川さんを敗北させた相手の賛美の言葉なんてわざわざ聞きたくはない。




「おーい!阿久根クン、月見月クン!二人にお客さんやでー」

そんな話をしていると、部長の鍋島猫美先輩がボク達を呼ぶ声が聞こえた。心なしかその表情は引きつっているように見える。鍋島先輩に連れられて来たのはボクらが見覚えのある女子だった。

「な!?アンタ……!」

すぐ隣から阿久根の驚く声が聞こえる。それはボクも同じ気持ちだ。でもボクはまた彼女とは出会うような気がしていた。

「よお!ずいぶん探したぜー」

中学時代に出会った過負荷(マイナス)の少女――志布志飛沫がそこにいた。

入学して一週間も経っていないというのにすでにダメージジーンズのようにボロボロに加工された改造制服で堂々と柔道場に佇んでいる。球磨川さんと引き離されてからは初めての過負荷(マイナス)仲間なので少し感慨深い。仲間というか、むしろ敵だったんだけどね。懐かしさからボクの方も軽く彼女に声を掛けてみた。

「久しぶりだね。志布志さん……でよかったかな」

「ああ、いいよ。噂の十三組とやらに在籍しているのかと思ったけど、普通の生徒として部活に出てるとは思っても見なかったぜ」

「それは手間を掛けさせちゃったね。ボクは七組の普通クラスだよ。どうやら過負荷(マイナス)は異常(アブノーマル)とは違う分類(カテゴリ)らしいね。十三組どころか特待生にすらなれなかったんだよ。そういうキミは?」

「あたしも普通クラスだな。当然だろ、人生勝ち組のエリート連中と違ってあたしらは負けっ放しの負け組なんだからよ。そうだな、確かに十三組なんかにいる訳ねーか」

ところで、と志布志は隣の阿久根に目を向けた。阿久根は志布志が現れた途端、顔色が悪くなってしまい苦しそうに目を伏せている。球磨川さんを裏切った中学時代のトラウマで、阿久根の心の中には過負荷(マイナス)に対する恐怖が深く刻み付けられていた。まあ負の塊である球磨川さんと再び正面から敵対してしまったのなら当然のことだろう。旧知であり絶対値の低いボクだからこそ普通に話せているが、さすがにこれだけの絶対値の高さを持つ過負荷(マイナス)と相対するのは難しいようだ。ボクにとってはむしろ親近感や懐かしさを感じる相手なんだけど。

「コイツも昔、アンタと一緒にいた奴だよな。だいぶ雰囲気違うけど……。ってことはあの負の塊みたいな男もいるんだろ?」

「……いや、いないよ。ボクらは敗北したんだ」

沈痛な表情でボクは答えた。その答えに志布志も少なからず驚いた表情を見せる。

「……あれだけの絶対値をもった男が?一体どんな奴に……」

「箱庭学園の現・生徒会長――黒神めだか」

つい先日決まった新たな生徒会長、98%の異常な支持率でもって就任したのが、球磨川さんを中学から叩き出した黒神めだかである。このありえない支持率の高さはさすが異常(アブノーマル)というしかない。中学時代、支持率0%で生徒会長に就任した球磨川さんと同じく。もちろんボクは別の人間に投票した残りの2%であり、阿久根は98%の方であった。

「せっかくだから校内を案内するよ。この学園は広いからね。まだ全部は見てないでしょ?」

「ああ、じゃあお願いしよーかな」

懐かしい知り合いにあってテンションの上がったボクの提案に志布志も乗ってくれた。先輩としては後輩の面倒を見ないとね。

「お、おい!部活中だぞ!」

「ついさっきインフルエンザに感染してしまったので早退します!」

阿久根の制止の声に白々しく返事を返すと、制服に着替えて柔道場を後にするのだった。







「で、ここの塀は少し低くなっててね。校門で風紀委員が抜き打ち検査してるときはここを越えて行くと見つからないで登校できるよ」

「何であたしが風紀委員ごときに気を使って生活しなくちゃいけねーんだよ」

ボクが説明をすると、志布志は不機嫌そうな顔をして答えた。確かに志布志には恐るべき過負荷(マイナス)をもっているけど、その考えは甘すぎる。

「風紀委員自体には問題は無いんだけど、ただ生徒会が出てくると面倒になるんだよ。はっきり言って、球磨川さんが勝てなかった相手に君が勝てるとは思えない」

戦闘力においてならば志布志の方が圧倒的に上ではあるけど、過負荷(マイナス)性においては球磨川さんの絶対値は志布志を越えていたからだ。志布志と黒神めだか。その両方と戦ったことのあるボクだけど、はっきり言って二人が戦った場合、志布志に勝ち目はないだろう。

「あたしにはあの男が敗れたせいで、あんたが敵を過大評価し過ぎてるように見えるけどな」

「それにこの学園は異常者(アブノーマル)の巣窟だ。キミ一人、ボクを含めても二人だけでどうにかできる所じゃないよ」

「まったく……勝ち負けで考えてる時点でズレてんだよ。その調子じゃまだ自分の過負荷(マイナス)を制御できてねーんだろ」

「……」

「三年間ずっと異常者(アブノーマル)の連中に怯えて過ごす気かよ」

いいや、とボクは首を横に振った。ボクだって何の考えも無くこの学園に来た訳じゃない。

「球磨川さんがまだあの野望を諦めていなければ、いずれこの箱庭学園を標的にするはずだよ。――エリートの集団である十三組を」

いずれ来るその時のためだけにボクは異常者(アブノーマル)の集まるこの学園に入学したのだ。次こそ球磨川さんの役に立つために。

「まあいーや。一応言うことは聞いといてやるよ。先輩の顔を立ててな……で、こいつらは誰だよ?」

気付くとボクらは不良たちの集団に囲まれてしまっていた。木刀や竹刀を持った男達が数人でボク達の周囲を塞いでいる。
……しまった。うっかり不良たちの溜まり場である剣道場の周辺エリアに踏み込んでしまっていたか。
そして、リーダー格であろう頬に傷を付けた男が正面に陣取り、威圧するように木刀を突きつけて睨み付けてきた。

「よお、月見月ぃ!てめぇ彼女連れかよ。結構かわいいじゃねぇか。ちょっと貸してくんねぇ?」

「門司先輩ですか。お久しぶりです。ちょっとボクら急いでますので、失礼しますね」

周囲の連中から下卑た笑い声が聞こえてくるが、ボクにとってはいつものことだ。
一応は穏便に収められないかと思って下手に出てみるけど、どうやら効果は無さそうである。

「それで済む訳ねーだろ!今までの恨み、晴らさせてもらうぜ!」

そう言って木刀を振り上げて向かってくる門司先輩を、ボクは一歩下がることで回避した。同時に手に持った木刀を蹴り飛ばすのも忘れずに。

「なーなー、月見月先輩。こいつ誰だよ、やっちゃっていい?」

「駄目だよ。きみが手を出したら剣道場が処刑場になっちゃうだろ。彼は門司先輩といってね。剣道場を溜まり場に活動をしている不良少年だよ。週に三日は誰かしらの不良に絡まれるから、何でボクが門司先輩に恨まれているのかってのは覚えてないんだけどね」

仲間を呼んだのかこの間にもわらわらと虫のように武器を持った不良たちが湧いて出てきている。その数は八人。とはいえ、あくまで素人なのでボクにとっては物の数ではない。問題は――

「そこの女も痛い目みたくなきゃさっさと消えるんだな!」

「へー、このあたしを痛い目にね……」

――志布志がこいつらを殺さないかということだけだ

ピクリと志布志の頬が怒りでヒクついたのがわかった。もはや一刻の猶予も無い。志布志の纏う雰囲気が変わり始めたところで、ようやく男達も目の前の新入生に対する得体の知れない恐怖を覚えたらしい。その身体は過負荷(マイナス)に対する怯えでガクガクと震え出していた。しかし、今更振り上げた武器は止められない。

「や、やっちまえ!」

自暴自棄になったように振り下ろした鉄パイプを足で弾きながら、志布志の様子を伺うと、やはり向こうにも不良たちは襲い掛かっていた。慌ててボクは志布志に止めるように叫ぶ。

「ちょ、ちょっと待って!きみの過負荷(マイナス)は目立ちすぎる!学校で斬殺死体や血の海なんて発生したら、本当に生徒会や風紀委員が動き出してしまう!せめて格闘戦で……!」

女子に対する多少の配慮はあったのか、不良が志布志の脳天に叩きつけようとしていたのは木刀ではなく竹刀であった。いや、実際には何の配慮でもなくただの偶然なんだろうけど。そして、その竹刀が志布志の頭に激突する寸前――

――竹刀がバラバラになるように弾け飛んだ

「何だこりゃあ!?」

不良たちの顔に驚きの表情が浮かぶ。そして次の瞬間にはその男の脳天には志布志の踵が振り下ろされており、地面に顔面を勢いよく叩きつけられていた。

「これがあたしの過負荷(マイナス)『致死武器(スカーデッド)』――」

志布志は何事も無かったかのように佇んでいる。見ると志布志を襲った竹刀はバラバラになって地面に落ちていた。この現象は間違いなく志布志の過負荷(マイナス)の効果。

「で、でもきみの過負荷(マイナス)は無機物には作用しないはずじゃあ……!?」

ボクらの全身をズタズタに切り裂いたあの過負荷(マイナス)は、確かに人体にしか影響は無かったはず。驚きの目で志布志を見つめると満足そうな笑みを浮かべて答えた。

「その派生系――あの敗北によって新たに制御を得た、いや失った憎武器。名付けて」

そして、一拍置いて宣言する。

「――バズーカーデッド」

これは有機物だけでなく無機物までもズタズタに引き裂けるようになったということ――これがマイナス成長というものなのか

「安心しろよ月見月先輩。きっちり手加減してこいつらを病院送りにしてやるからよー」










その後、ボクと志布志に完膚なきまでにやられた不良たちは、「ごめんなさいもうしません許してください」と志布志とは違って心の底から誓わされ病院へと叩き込まれたのだった。ボクの方もついついやり過ぎてしまったので、剣道場を溜まり場にしていた不良たちは全員その溜まり場を病院へと強制的に移されてしまったことになる。とはいえ、不良たちがいなくなったため、一人の新入生が入部して剣道場は元の通りに剣道部員に使用されることとなったので結果オーライと言っていいだろう。

ようやく剣道場が使えるようになりました、とわざわざお礼を言いに来てくれたのは確か……日向とかいう一年生だったかな。



[24829] 「久しいな、月見月二年生」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/08 19:51
「我こそはという者から名乗り出よ!全員まとめて一人残らず私が相手をしてやろう!」

箱庭学園の柔道場、そこになぜか黒神めだかが居た。凛とした声で宣言した彼女は柔道着を着ており、部員達は困惑した表情で遠巻きに眺めている。まさか道場破りとか?

「おはようございます。ええと……何が起こっているんですか?」

ボクは近くにいた部長の鍋島先輩に尋ねてみると、ニヤリと笑みを浮かべてみせてくれた。鍋島先輩とは現在の柔道部の部長で、反則王の異名を取る全国でも有名な選手である。

「おう、遅刻やでジブン。今日は生徒会長に新部長の選定をお願いしてるんよ」

「わざわざ部外者に……?」

疑問に思ったけど、鍋島先輩も何か企んでいるのだろう。意味もなく人選を他人任せにするはずがない。部長が誰になろうがボクには関係ない話だし、普通に考えれば阿久根か副部長の城南だろう。

「ほれ、お呼びやでー月見月クン」

鍋島先輩に言われて柔道場に目を遣ると、黒神めだかがボクの方を鋭い瞳で見つめていた。箱庭学園生徒会長・黒神めだか――豪華絢爛、才色兼備、質実剛健。ただ立っているだけでこの柔道場全体が華やいだかのような圧倒的な存在感。そしてこの威圧感は、こうやって相対しているだけで押し潰されてしまいそうに思える。さすが球磨川さんと同等の絶対値を持っているだけのことはある。

「久しいな、月見月二年生。いま部員達のテストを行っている。私がじきじきに鑑定してやるから貴様も掛かって来い」

「久しぶり……そして相変わらずだね」

ボクに敵意はもっていないようだけど、それでも強烈な威圧感に冷や汗をかきながら再会の挨拶をした。

「だけどボクはパスするよ。部長なんて興味無いしね」

そう言ってボクは黒神めだかから離れて壁際に歩いていき、やる気無さそうに壁に寄り掛かる。部長に興味が無いというのももちろんそうだけど、一番の理由は黒神めだかから離れたかったのだ。一般人が過負荷(マイナス)に近寄りたくないのと同様に、ボクも異常(プラス)の最高峰である黒神めだかにはできるだけ近寄りたくはない。あの高すぎるプラスの絶対値の前で、阿久根がそうだったように、ボクまでもがプラス側に引き寄せられたくないのだ。みんなはそれを改心と呼ぶのだろうが、結局それは過去の自分への裏切りである。ボクには球磨川さんがいればそれでいい。

「よいのか、鍋島三年生?奴はテストを放棄するそうだが」

「はぁ~。やっぱり興味はあれへんか」

黒神めだかの言葉に鍋島先輩はやれやれといった風に首を振る。

「本来はこんなん頼むまでもなく月見月クンが後継者やってんけどな。教えたことも素直に吸収するし練習も真面目やし」

何より才能が無いし、と辛辣としかいえない言葉を付け足した。

「そのつもりで一年間鍛えてきたんやけど……。どうも最後の一歩のところでウチの教えとズレが生じるゆーか。戦う相手に対する感じ方が違うんかな」

そのズレはボクと戦闘に対する前提が違うためだろう。凡人(ノーマル)が特別(スペシャル)に勝つためにと練られたのが鍋島先輩の柔道であり、それを異常(アブノーマル)や過負荷(マイナス)にも対応できるように勝手なアレンジを加えているのがボクの柔道だからだ。しかもサバットと併用して使うことを前提にしているものだから、確かに正式な鍋島先輩の後継者とはとても言えないだろう。





辺りを見回すと、善吉くんの姿を見つけた。どうやら阿久根と話をしているようで険悪な雰囲気を醸し出している。善吉くんは阿久根とも中学時代からの知り合いなので積もる話でもあるのだろうか。

「善吉くんも久し振りだね」

「あ……み、瑞貴さん。久し振りです」

懐かしい顔に挨拶をしにいったが、しかし善吉くんは顔をわずかに引きつらせて上ずったような声で答えてきた。

「そんなに怖がらなくていいよ。球磨川さんはいないんだし、めだかちゃんと敵対する理由なんて無いんだからね。そもそも敵対したところでボクでは相手にならないことは中学時代で学んでいるよ」

「そ、そうですか……」

そう言うと善吉くんはほっとしたように安堵の溜息を吐いた。だけどむしろ怖がるべきなのは、周りがプラスだらけで全面アウェイのボクの方なんだけどね……。

「よぉし!まずは副部長であるこの俺、城南が相手だ!」

そんなことを考えていると、ようやくテストとやらが始まるようだった。やはり放っている強烈な威圧感のせいでみんな萎縮して挑むに挑めなかったけど、さすがは副部長というべきか、その城南がまずは勇気を出して挑戦するようだ。

「ヒヒッ……それにこれうっかりおっぱいとか触っちゃっても不可抗力ってことでいいんだよな」

前言撤回。心の中から湧き出たのは勇気ではなく煩悩だったようだ。っていうか思っても口に出すなよ……。そして予想通りに一瞬で黒神めだかに投げ飛ばされてしまった。

「あれ?」

思わずボクは疑問の声を上げていた。もちろん城南が敗れてしまったことにではない。城南レベルの人間で黒神めだかの相手になるわけがないのは分かっている。ボクが疑問に思ったのは別のことだ。

「しかし聞こえなかったか?私は全員まとめて掛かって来いと言ったのだぞ」

そして、残りの全員が黒神めだかに襲い掛かっていくが、鎧袖一触で軽々となぎ倒されてしまう。困惑しながらもその後の様子を眺めていると、だんだんと疑問は確信へと変わっていった。でも、相手が弱すぎるからってことも……。確かめるにはやっぱりボク自身で試してみるしかないのか。
そして、すぐに柔道場で立っている者は黒神めだかただ一人となった。

「ふむ……なるほど、だいたい分かった」

「いや、まだボクがいるだろ?」

やりたくはないけど、この方法が一番確実だ。一通り全員を試し終わったのか、何か納得したような表情をしている黒神めだかに声を掛けた。意外といった風に一瞬目を丸くしたが、すぐにボクの言葉を理解して戦闘態勢に戻る。

「ほぅ……やる気になったか。では月見月二年生。貴様も掛かってくるといい。私が試してやろう」

「いや、試されるのは結構。部長になりたい訳じゃないしね。めだかちゃん、君には本気で勝負して欲しいんだ」

「なんだって!?どういうことですか、瑞貴さん!」

善吉くんの焦ったような声が聞こえるけど、別に中学時代の意趣返しというわけではない。ただ手加減されてはボクの疑問が解消されないというだけのことなのだ。

「なるほど、了解した。私も下克上を挑まれれば受けて立つ覚悟はあるぞ」

ボクの言葉に黒神めだかは面白そうに笑みを浮かべた。自信満々の表情で肉食獣のようにボクの瞳を射抜くように見つめてくる。その全身から迸る闘気で自身の筋肉が萎縮しているのが分かる。

「じゃあ一本勝負で――行くよっ!」

不安を振り払うように大声で開始の合図をすると、ボクは挨拶代わりに遠間から思いっきり相手の足を蹴り払っていった。ローキックに見紛うかのような威力と速度の足払いを受けて一瞬、黒神めだかの身体の軸が揺らぐ。しかし、すぐに体勢を立て直すと、即座に距離を詰めて再び蹴りを放とうとしていたボクの襟を掴んだ。

「三年振りに受けたが相変わらず鋭い蹴りだな」

「……それはどうも」

ボクの方も黒神めだかの襟を取ると、ここからは組み技の勝負となる。体重別で行われる競技というのは伊達ではない。ボク自身は特に身体が大きい方ではないけど、男女の体重差を利用して力尽くで相手の重心を揺さぶっていく。そして、とうとう黒神めだかの体勢が崩れた。

「今だっ!」

その隙に内股を掛けようとするボクだったが――

「甘い!」

――逆に返され、天井を仰ぎ見る結果となったのだった。

「それまで!一本や!」

鍋島先輩の声と共にボクの全身から力が抜けた。立ち上がると互いに礼をしてその場を去っていく。ボクの目的は達した。そのまま場外へ出て座り込むと、信じられない結果に何とも言えない表情が浮かんだ。もはや疑う余地はない。鍛錬の成果や男女の成長の差なんて話ではない。黒神めだかは――

――明らかに中学時代の彼女よりも性能が劣化している

そもそもボクが本気の黒神めだかとまともに戦えている時点でおかしい。本来ならボクの足払いでフラついたり、力比べで勝てたりする相手じゃない。最後は内股をすかされて敗北したけど、あらゆる格闘技を極めた黒神めだかと柔道を始めて一年のボクでは技術で負けるのはある意味当然のことなのだ。そう、身体能力や格闘技術とは別次元のところで勝負をしていた中学時代とは比べ物にならない弱さだ。この分だと通常モードであればボクでもやりようによっては黒神めだかを倒すことができそうだ。あの乱神モードですらボクと志布志の二人なら、いや志布志だけでも倒すことができるだろう。この学園を掌握するということも、あながち夢物語でもないかもしれない。

「はぁ……何を考えてるんだボクは」

頭を振ってその考えを打ち消した。黒神めだかを倒せたから何だっていうんだ。学園を掌握したところでボクには何のメリットもない。ただ危険なだけだ。球磨川さんの命令であれば利害は度外視して従うだけだけど、そうでなければわざわざ異常(アブノーマル)連中に喧嘩を売る意味なんて無い。





「さーて、じゃあ次の試合やな。無制限十本勝負VS無制限一本勝負!阿久根クンが十本取られるまでに一本でも取れたら人吉クンの勝ちや」

いつの間にか中央に陣取っていたのは阿久根と善吉くんだった。殺気立った雰囲気で二人は互いに相対している。審判は鍋島先輩が務めるようだ。

「で、阿久根クンが勝ったら人吉クンは柔道部に、阿久根クンは生徒会にお互いをトレードやでー」

「ちょっと鍋島先輩、どういうことですか?」

「ん?そのまんまの意味や。生徒会長さんも了解してくれたで」

ボクが戦っている間に驚きの交換条件が成立していたようだ。鍋島先輩は自分の柔道の後継者に善吉くんを選びたいということなのか。黒神めだかがこの勝負を受けたというのは性格的に納得できるところだけど。

「がはぁっ!」

早くも善吉くんは綺麗な背負い投げを掛けられて畳に叩きつけられていた。善吉くんの専門は立ち技なので当然の結果だろう。柔道にはマグレはない。普通に考えればほぼ素人の善吉くんに勝ち目は無いのだ。

「どない見る?ジブンやったらどう勝つんや」

隣に来ていた鍋島先輩がボクに声を掛けた。一般人(ノーマル)が阿久根(スペシャル)に勝つなんてことはほとんど有り得ない。過負荷(マイナス)とはいえ、ボクも実際には普通(ノーマル)に等しいから分かる。しかし、それを可能にするためだけに練り上げられたのが鍋島先輩の柔道なのだ。

「そうですね、ボクだったら……。まず十本中はじめの七本くらいを――わざと負けます。それも反則負けで」

マイナス思考で考えれば――十本勝負ということは九本は負けられるということなのだ。だから重要なのはどう勝つかではなく、どう負けるか。

「その反則で相手にダメージを与えます。ボディや金的に一発でもいいのが入れば残りの試合はとても万全では戦えません。場合によっては不戦勝もできます。万一、ダメージを与えられなくとも相手はこちらの反則を警戒せざるを得なくなります。つまり、こちらが組み技だけを警戒していればいいのに対して、相手は打撃技と組み技の両方を警戒しなくてはならない。圧倒的に有利です。しかも相手はこちらと違って一本取られたら負けなので明らかな反則技は使えない」

「せやな。ま、ウチやったら反則見せるんは最初の一本だけで、あとは会話とフェイントでプレッシャー掛けるけどな。ならジブンは人吉クンが勝つ思てるん?」

分かりきった質問をする鍋島先輩に、ボクは首を振って答えた。

「生徒の模範たる生徒会役員が堂々と反則しちゃマズイでしょう。性格的にも善吉くんは反則を前提とした作戦なんて立てないでしょうし。順当に戦って順当に負けるだけです」










しかし、その目論見は脆くも崩れ去ることになった。阿久根に勝利した善吉くんは柔道部には入らず、それどころか阿久根が生徒会の書記に任命されてしまう。
これで現在の生徒会のメンバーは黒神めだか、人吉善吉、阿久根高貴の三人。早くも生徒会の戦力が揃ってきていることにボクは若干の不安を覚えるのだった。



[24829] 「――通称フラスコ計画」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/15 13:26
ある日の昼休み、ボクは理事長室に呼び出されていた。目の前にはまさに好々爺然とした風貌の老人、理事長である不知火袴が座っている。理事長に促されボクも高級そうなソファーに腰掛けた。

「それで理事長、ボクに話とは一体何でしょうか?」

「もう少々お待ちください。もうそろそろでしょうから」

といっても特に素行に問題ないボクを理事長がじきじきに呼び出すなんて過負荷(マイナス)関係に決まっている。そして、理事長の言葉通り、数分もしないうちにこの部屋の扉を叩く音がした。まだ来客がいたのかと思ってそちらに目をやると、そこから現れたのは志布志であった。……さすがにボク達のことは学園に知られていたか。

「失礼しまーす」

「お待ちしておりました、志布志さん。それでは話をさせてもらいましょうか」

そう言って志布志をボクの隣に座らせ、用件を話し始めた。

「と言ってもそう難しい話ではありませんよ。簡単なお願いです。君達には私の主催するプロジェクトに参加してもらいたいのです。十三組の中から選抜した特別な十三人で行われる研究――通称フラスコ計画。異常(アブノーマル)を研究することで天才を人為的に作製することを目標としています。もちろん報酬はそれなりに弾みますよ」

理事長の目的は突拍子もないようでいて、ある意味では想像通りの計画であった。異常者(アブノーマル)を集めて研究するというフラスコ計画。人吉先生も関わっていたらしいけど詳しいことは教えてもらえなかった。異常者(アブノーマル)を大量生産するなんて使い方次第では世界を牛耳ることさえできそうだけど、ここは闇の秘密結社なんかじゃなく教育機関なんだから大丈夫か。

「くっだらねー。あたしは興味ねーな」

「し、志布志……!?」

そう吐き捨てるようにして志布志は理事長室から出て行ってしまった。あまりに失礼な態度に止めようとするボクだったけど、しかし理事長はまるで気にした様子もなく見送るだけだった。気になることもあるけど、ボク個人としては悪くない計画だと思うんだけどな……。

「やはり断られてしまいましたか。まぁ、あれほどの逸材をこの目で見ることができたというだけで満足しておきましょう。さて月見月、君は参加して頂けますかな?」

「ですが先ほど十三組の中から選抜とおっしゃられましたが、ボクは七組ですよ?確かに以前、『異常者(アブノーマル)』と診断されたこともありますし、それに大枠ではボクも異常者(アブノーマル)なのでしょうが……」

しかし『異常(アブノーマル)』と『過負荷(マイナス)』は似て非なるものである。共通点もあるけれど、混同してはならないものだろう。しかし、理事長はそのことも知っているようで、理解していると言った風にゆっくりと頷いた。

「もちろん君達が過負荷(マイナス)なことは分かっています。『十三組の十三人(サーティンパーティ)』と呼ばれる彼らの中には君達寄りの生徒達もいますが、それでも過負荷(マイナス)ではありません。私が作りたいのは『天才(アブノーマル)』ですから。そもそも人員は足りていますしね」

「でしたらボクに何を?」

「君には私個人の進めているプランに参加して欲しいのです。公然の秘密であるフラスコ計画とは別の秘中の秘――もう一つの異常選抜十三組、マイナス十三組の設立に。危険すぎる計画ですが君と志布志さん、そして不肖の孫の三人もの過負荷(マイナス)が入学してきたというのは良い機会でしょう。実際にクラスを設立するのはまだ後になりますが、まず話を通さなければと思いましてね」

「ええ、わかりました。協力させていただきます。それで、ボクは実際には何をすればいいのですか?」

人類全てを天才(アブノーマル)にする計画――それならばマイナスにプラスを加えて相殺するように、ボクのこの過負荷(マイナス)も制御できるようになるかもしれない。実験の理念もボクには賛同できるものだし。しかし、なぜか理事長は呆気に取られたような表情を見せた。

「どうしたんですか?」

「……いえ、承諾していただけるとは思っていませんでしたので。思いのほか普通(ノーマル)な感性を持っているようだったので少し驚いただけです。それでは最初の実験として、これを振ってみてください」

そう言って理事長は六個のサイコロをボクに手渡してきた。不思議に思って少し調べてみるけど、特に何の変哲もないようだ。言われた通りにそのサイコロを全て同時に振ってみるが……

「これがどうかしましたか?」

「……特に偏りはなし、ですか」

割とバラバラの目が出たのを見て渋い表情で唸る理事長。もしかして結果が悪かったのか?理事長は少し考え込んで再び口を開いた。

「これは異常度を測る検査でしてね。例えばメンバーの一人である雲仙くんの場合、何度振っても必ずすべてが六の目になるのですよ。これが大体標準的な『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の結果です。月見月くん、もう一度振ってみてください。何の数字でも構いません。全て同じ目を出してください。それができなければこの話は無かったことにさせて頂きます」

その程度の異常度の生徒に用は無いということなのだろう。六個のサイコロの目が全て同じ数字になる確率は7776分の1。このくらいの確率を突破できないようじゃ参加する価値も無いということか。まずはサイコロを一個投げると一の目が出た。

「一の目、出ろっ……!」

再びサイコロを振ると、その結果は二。早くも不合格が確定してしまった。溜息を吐いて肩を落としたボクだったが、なぜか理事長は興味深そうにこちらを見たままだ。

「月見月くん、続けてください」

「え?でも、もう失敗は確定じゃ……」

言われたとおりに投げると出た目は三。続けて四、五と立て続けに出たところでボクもようやく気付く。そして、最後の一個のサイコロを投げる。もちろん出た目は――

「――六、ですか。なるほど、意に沿わないからこその過負荷(マイナス)。理解しました。一から六までが順番に出る確率は46656分の1。もちろん実験の結果は合格です」

全部同じ数字にしろと言われれば全て違う数字を出してしまうなんて、相変わらずボクの運は悪すぎる。ボクは自分の不運に苦笑しながらその場で立ち上がった。どうやらテストはもう終わりのようだし。

「詳細は追ってお伝えしましょう。そういえば明日は生徒会主催の水中運動会でしたね。部活動対抗ということでしたから、君も柔道部代表として出るのですか?学校行事は学生の醍醐味ですからね。存分に楽しんでください」









次の日、ボクは学園に新設されたばかりのプールにいた。今回のイベントは部費の増額を賭けた部活対抗戦であるため、周囲には様々な部の生徒達でひしめき合っている。野球部、サッカー部などの体育会系の部だけでなく、書道部やオーケストラ部などの文化系の部まで総勢15の部活がこの場で開会を待っていた。そして、予定時刻になり全員が集まったところでようやく生徒会役員から競技の説明が始まった。優勝した部活だけが今回増額される部費を総取りできるという争奪戦である。

「えー、それでは競技の説明に入りたいと思います。皆さんにはこれより四つの競技に参加していただき、その合計点で順位を競ってもらいます。それぞれの競技の説明はおいおい話すとして、まずは大まかな枠組みを三点。一つ目は代表者三名による団体戦であること。二つ目は競技はすべて男女混合で行うため、男子生徒にはハンデとしてヘルパーを装着してもらうということ。そして三つ目は――」

そこで生徒会長の黒神めだかが人吉くんのマイクを取り、代わって話し始める。

「しかし、利を得るのが優勝チームだけでは不満のある者もおろう。なので、ボーナスルールだ。この水中運動会には我々生徒会執行部も参加する!生徒会よりも総合点の順位が高かった部はその順位に関わらず、私が私財を投じ、無条件で部費を三倍にしよう!」

ざわりと会場がどよめいた。大きな部によっては今回の増額枠どころではなく貰える部費が跳ね上がるため、少なくとも生徒会には勝とうと皆が殺気立っている。おいおい、いくら大金持ちだからって私財を投じるなよ……。ま、貰えるものはもらっておこう。今の黒神めだかにならこの柔道部チームでも勝てるかもしれないしね。

「黒神ちゃんと勝負ってのは面白そうやん。なぁ月見月クン」

「そうですね。生徒会チームに勝てば部費が三倍ですからね。別に一位にならなくても生徒会の順位さえ落とせればいい」

「なんや、相変わらず黒神ちゃんが相手だとめっちゃヤル気出すやん。男子にはハンデが付くとはいえジブンを出しといたんは正解やったな」

柔道部のメンバーはボク、鍋島先輩、城南の三人。鍋島先輩はもう部活を引退したんだけど、それはともかく。全員がプールに入ると、早くも最初の競技の説明が始まった。種目は「玉入れ」。この深いプールの底に沈んでいる玉を高所に立ててある籠に投げ入れるというあれである。

「それでは!位置について。よーい……どん!」

実況席による開始の合図と共に全員が一斉にプールに潜ろうとするが……。

「うわっ……浮き輪が邪魔で沈めない!?」

男子にハンデとして付けられたヘルパーの浮力が邪魔をしてなかなか潜ることができない。当然だけどヘルパーというのは水中に沈まないための道具だ。水中の玉を取るに当たってはかなりのハンデである。周りを見ると男子連中は仕方なく少しだけ沈んで足で玉を取る作戦に移行しているようだった。しかし、それでも足が着くまで沈むのは大変だし、足で取るのはさすがに時間のロスが大きすぎる。

「浮き具の付いてないウチが玉を取ってくるからジブンらで投げや」

「……はい。じゃあ城南は籠の下でボクが投げて外したのをキャッチしてくれ」

男子が水中の玉を拾ってくるのは非効率的過ぎるし、外して落とした玉はまた水底に沈んでしまうため、どの部も苦戦しているようだ。そのため、ボクらは鍋島先輩が取ってきた数個の玉をボクが投げ、城南がバスケットのように外した玉をリバウンドする作戦にしたのだが――

「これはひどいな。一個も玉が入らない……」

よく考えたら運の悪いボクがこういった偶然性の高い投擲系の種目で活躍できるはずがなかったのだ。急に波が起きたり、リングに弾かれたりでいまだに柔道部の得点はゼロのままである。

「ごめん、城南!そっちと投げる役替わって!」

「おう、ってか外しすぎだろ。優勝したら増額した部費で合宿地を混浴のある温泉地にするんだからな!」

……そんなことを堂々と宣言するなよ。ほら、見学してる女子部員がドン引きしてるし。辺りを見回してみると、ちょうど生徒会チームが、いや黒神めだかが水中の玉すべてを投げ入れたところだった。

「生徒会執行部!何と一気に20ポイント獲得だぁー!早くも勝ち抜けです!」

実況席から驚きの声が上がる。どうやら黒神めだかのように多くの玉を固めて一緒に投げるのが玉入れの必勝法らしい。城南が試したところそれは本当のようで、何とか制限時間内にボクら柔道部も20個すべての玉を入れることができたのだった。

「何とかウチらも同率一位になれて、とりあえずは一安心ってとこやろか」

「そうですね。とはいえ今のところ一位が六チームくらいありますからね……。それになにより、さっきの競技はボク達も実質的には生徒会に完全に負けていました。生徒会に勝たないことにはボク達に賞金はありません」

実際は生徒会に勝てなくとも残りの15チームの中で一位になれれば部費は増額されるんだけど、元々ボクは賞金になんて興味無いのだ。とにかく球磨川さんを潰した黒神めだかに一矢報いたいというだけ。生徒会に喧嘩を売るつもりはないけれど、それでもボクは――黒神めだかのことが大嫌いなのだから。



[24829] 「位置について、よぉ~い……どん!」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/18 19:02
水中運動会の第二種目は水中二人三脚だった。ルールは簡単、代表二人がプールを二人三脚で端から端まで走破するという競技である。今回はハンデであるヘルパーの不利はないため、柔道部は馬力のあるボクと城南の男子ペアでの出場だ。

「あれ?今回は生徒会からめだかちゃんは出ないんだね」

「まあね、生徒会主催の大会で俺らがダントツの差を付けちゃったらさすがに興ざめだろうからね」

「阿久根、ずいぶん余裕だね」

「君こそめだかさんが出場していないからって、俺にそう簡単に勝てると思わないで欲しいな」

隣には生徒会代表の阿久根と善吉くんペアが準備を終えて待っていた。余裕そうな阿久根だけど、この競技は体力・瞬発力を必要とする意外とハードな種目である。黒神めだか無しならば異常なことの起きない純粋な力勝負。今のうちに目標である生徒会の順位を超えておきたいところだ。

「位置について、よぉ~い……どん!」







結果は三位、しかも生徒会チームには二位で敗北してしまい、ボクらは順位の上でも生徒会の後塵を拝すことになってしまった。やっぱり黒神めだかだけでなく、生徒会役員は実力者揃いだ。黒神めだかの出ていないこの種目で勝てなかったのは痛い。ちなみに一位は競泳部。何と二人三脚で互いに足を縛ったまま泳ぐという離れ技を披露し、ダントツのトップに躍り出たのだった。

「……すいません、鍋島先輩。次の種目でお願いします」

「おう、安心しい。次の競技はウナギ捕りやったな。掴んだり捕まえたりはウチの得意分野やからな」





第三種目は「ウナギつかみ取り」。各チーム代表一名参加のこの競技、生徒会からは黒神めだかが出場している。いくら鍋島先輩といえど、理屈を超越している存在である黒神めだかには敵わないだろう。下手をすればこのプールに泳いでいるウナギを全て捕られてしまうのではないか、と思っていたんだけど……

「生徒会チームまさかの0ポイント!一位は競泳部、十五匹を捕まえた喜界島選手です!」

そういえば「動物避け」とかいうスキル持ってたんだっけ。ちなみに鍋島先輩は九匹を捕まえて堂々の第二位。まさかの生徒会の無得点で現在の順位は競泳部がダントツの一位。二位が我ら柔道部で、生徒会は今の競技でぐっと下がって第八位である。あとは最終種目でこの順位を守りきれればいい。……とは言っても、それは言うほど簡単なことではない。なぜなら最終種目は水中騎馬戦、黒神めだかの得意分野である戦闘力の勝負なのだから。さらにこの競技は順位が上のチームのハチマキほど得点が高く、現在八位の生徒会チームは一位の競泳部のハチマキを奪えばぴったりと逆転してトップへと躍り出る計算である。

「ま、黒神ちゃんは一位の競泳部を狙うんやろけど、ウチらは堅実に他のチームを狙っとこか。今の点差から言って、三位の陸上部当たりから奪っとけば余裕で優勝できるやろ。さっきも言うた通り、こういった取り合い、組み合い、掴み合いは柔道部の得意分野やし」

鍋島先輩の実力からすれば常識の通じない黒神めだかや、水中や水上において優秀(スペシャル)な競泳部を除けば他に敵はいないだろう。その辺りの強豪からは距離をおいて他チームを狙うのが上策。いくら黒神めだかでも騎馬の足である土台の二人は異常者(アブノーマル)ではないのだから、逃げに徹すれば直接ぶつからなずに済ますことは可能だろう。だけど……

「あの、生徒会チームを倒れればその時点で勝利は確定で部費は三倍なんですから、そちらを狙うというのは……」

「あんなぁ……黒神ちゃんと戦いたいんは分かるけど、ウチらは柔道部代表やねんで?部費がかかっとるんやから確実に行かんと」

「……そうですね」

ボクがそう意見すると鍋島先輩にたしなめられてしまった。そうだよな、部員全員の代表として出場してるんだから、個人的な気持ちより確実な勝利を取るのが当然。いくら鍋島先輩でも一対一で黒神めだかに勝つのは至難なのだから……。しかし、意外にもボクに賛同してくれたのは最も勝利にこだわっていた城南だった。

「いいじゃないっすか、鍋島先輩!この前の部長選抜のときから、月見月も含めて俺ら二年は全員あの生徒会長には負けっぱなしですし!」

「……でも城南、いいの?現在二位のボク達は、生徒会にハチマキを取られればその時点で逆転されて部費の増額は無しになるんだよ?」

「おう!だけど、あの化け物生徒会長に勝てれば、それは誰も為しえなかった下克上。俺達は一気に学園のスターだぜ!ヒヒッ……そうなれば女子達にも間違いなくモテモテ」

一応聞き返したけど、城南の方はずいぶんと乗り気なようだ。それにしてもキャラのぶれない男である。相変わらずな城南は置いておいて、鍋島先輩は少しだけ悩むようにしてから再び口を開いた。

「ま、ウチは引退した身やしな。部長の城南がそう言うんならそうしよか!それにウチかて、黒神ちゃんとは一度ガチでやり合いたいと思てたしな」

鍋島先輩はそう言って口に薄く笑みを浮かべる。正直勝てる可能性は低い。だけどボクが提案したことなんだ。
ボクだっていつまでも敗北者のままではいられない!





「それでは最終戦!泣いても笑ってもこれで勝者が決まってしまいます!勝って部費の増額を手にするのは一体どの部なのか!では、位置について!よーい……どん!」

その開始の合図と同時に意外にも生徒会と競泳部の騎馬が正面からぶつかりあった。競泳部も当然生徒会からは逃げると思っていたんだけど、予想に反して直接対決を挑んでいる。先ほど黒神めだかが挑発していたせいなのか、競泳部の喜界島は今までになく熱くなっているようだ。だけど、これはボクらにとっては千載一遇のチャンス!

「これならイケるでぇ!」

ボクらはその隙に生徒会チームの背後に回ると、鍋島先輩の腕が疾風のような素早さをもって襲い掛かる。

「な!?めだかさん!後ろです!」

「ほう……柔道部か、面白い」

黒神めだかは阿久根の声に振り向くと、軽々と鍋島先輩の腕を片手で弾いてしまった。しかし、鍋島先輩もそれだけでは終わらない。そのまま続けてハチマキへと手を伸ばし、高速で組み手争いを行っていく。同時に競泳部もチャンスとばかりに攻め始めた。

「貴様ら、どちらも見事な腕前だな。さすがにこの二人を同時というのは厳しいか」

「その割にはまだ余裕ありそうやん、黒神ちゃん」

そう言いながらも黒神めだかは二人の腕を止め、払い、弾き、いなしている。特待生(スペシャル)二人による前後からの挟撃を受けて、いまだに自分のハチマキを取られていないというのは流石だとしか言えない。しかし黒神めだかの方も攻撃に転じる余裕は無いようで、事態は膠着状態に陥ってしまっていた。

「二人掛かりなら何とかなる思たけど、片手だけでこうも簡単にウチの攻めを防がれるとはなぁ……」

さすがの鍋島先輩も苦い表情を浮かべている。鍋島先輩と競泳部の喜界島との二対一での挟撃でも互角。だったら三対一にするまで!

「鍋島先輩!隙を作ります!」

ボクは騎馬を前へと移動させてさらに距離を詰め、相手の騎馬の後ろ足である阿久根のすぐ側へと近寄っていく。そして、阿久根に気付かれないように自分の足を前へと動かし――

――踵で阿久根の足の甲を踏み抜いた

「があっ……!」

水中でだいぶ威力は落ちたとはいえ無警戒のところに全体重を乗せた踵。阿久根が痛みで呻いた瞬間、騎馬のバランスが崩れ、黒神めだかに致命的な隙が生まれる。

「ようやった!」

その一瞬を逃す鍋島先輩ではない。同時に反応した喜界島も手を伸ばすが、二人の指はハチマキには掛からず空を切ってしまった。直前に黒神めだかは崩れかけた騎馬から飛び降りていたのだ。負けを覚悟して、せめてハチマキだけは奪わせないようにという意地なのだろう、そうこの場にいたほとんどが考えた。しかし……

「なんやて!」

会場中が驚きの目で見つめている。なぜなら、プールへと飛び降りた黒神めだかは、水没することなく水面に片足立ちで浮いていたのだから。いや、その言い方は正確ではない。寸前に善吉くんが投げたヘルパーの上に乗り、その浮力によって沈むのを防いでいる。理屈の上では確かに可能――な訳がない!
あんな小さなヘルパーが普段泳ぐときに人を浮かせることができるのは、身体の大部分が水中に沈んでおり、すでに浮力で重さの大部分が軽減されているからだ。あんな小さなヘルパーで全身がまるで沈むことなく浮くなんて常識では考えられない。まさに『異常(アブノーマル)』な事態。そして、それを起こせるのが黒神めだかなのだ。
そこから黒神めだかが勢いよく跳躍した。狙いは競泳部のハチマキか……!やっぱり最後の最後で華麗に逆転勝利されてしまう。これだから異常者(アブノーマル)の連中は……!

「鍋島先輩!」

「わあっとる!」

鍋島先輩もボクの肩を踏み台にして跳び出していく。狙う方向は同じく競泳部。しかし、タッチの差で喜界島の所へ先に辿り着いたのは黒神めだかの方だった。黒神めだかは飛び込んだ勢いのまま喜界島に抱きつくと――そのままキスをしていた。疑問を覚える間もなく、その一瞬後に飛び込んできた鍋島先輩がぶつかり、一緒に三人まとめてドボンと水飛沫を上げてプールに落っこちるのだった。

「おおっとぉー!三人同時に着水!失格だぁああああ!しかし最後の混戦は一体どうなったのか!」

エキサイトした解説の怒鳴り声が室内プールに響き渡る。決着はどうなったのかと祈るように見つめるボクの目にようやく浮かんできた鍋島先輩の姿が映った。その手には競泳部のハチマキが……。

「これは!柔道部の鍋島選手、あのドサクサで競泳部のハチマキをGETしていたようです!と、いうことは!柔道部が総合点ダントツ一位に躍り出ましたぁあああ!」

鍋島先輩は楽しそうにこちらへと戻ってくる。ボクの心は驚きで一杯になっていた。まさかボク達があの黒神めだかに勝つことができるなんて……。いや、ボクはほとんど何もしてないけど。

「いやー、二人のハチマキを取ろ思てたけど、さすがに黒神ちゃんの方は取れんかったわ」

「鍋島先輩すごいですよ!まさか勝てるなんて!」

「後輩が勝って言うのてんなら、先輩として期待には応えんとね。それに、黒神ちゃんもハチマキ取ることより、あの競泳部の娘の方に集中しとったみたいやったしな」

ボクは珍しく喜色満面の笑みを浮かべて鍋島先輩を褒め称えていた。これが反則王、鍋島猫美の凡人が天才を倒すための勝利への執念。

そしてここで試合終了の合図が。ボクら柔道部は堂々の第一位、ダントツ一位だった競泳部は二位へと落ち、そして何と生徒会チームはこの試合0点で順位は十位へ後退。恐ろしいことに九つもの部が今年の部費が三倍になるという異常事態となったのだった。特に柔道部は元々全国区で高額だった部費の三倍に加え、さらに部費増額となり、相当の額が舞い込むこととなる。





「ヒヒッ……こうなったら今年の遠征は海外のヌーディストビーチにしよう」

せっかく優勝したっていうのに城南は気持ち悪い笑みを浮かべてひどい独り言を呟いている。もうこいつの女子からの評判は終わったな……。そのまま勝利の余韻に浸っていると、大会の締めの挨拶が終了した黒神めだかがこちらへとやってきていた。

「よい勝負だった、鍋島三年生」

「『綺麗な相手に汚く勝つ』、ウチの卑怯と反則ちゃんと見したったで。ま、次は二対一でも背後からでもなく、正面からサシでやってみたいもんやな」

じゃあ、と軽く手を上げて鍋島先輩は帰っていった。二対一だろうが背後からだろうが、それは十分過ぎる偉業ですよ。ボクは一年間鍋島先輩に師事していたけど、やっぱり彼女に柔道を教わっていてよかったと再度心から思ったのだった。そしてボクも着替えようとロッカー室へ戻ろうとすると、なぜか黒神めだかに呼び止められた。

「さてと、次は月見月二年生。貴様に話がある」

「……ボクに?」

そして続けた言葉は、ボクにとってあまりにも予想外なものだった。

「貴様、生徒会に入らないか?」

一瞬ボクの思考が止まる。そして、次に湧き上がってきたのは静かな怒りだった。

「……まさか、ボクが改心したとか思ってるんじゃないだろうね。敗北した球磨川さんを簡単に裏切って、勝者である君の方にほいほい尻尾を振るとでも?」

だとしたらひどい侮辱だ。ボクの気持ちがその程度だと思われているだなんて。

「そういった意味ではないぞ。元より副会長には私に敵対的な者に就いてもらおうと思っていたのだ。中学時代のこともあるし、今回の水中運動会でもそうだ。やはり貴様が適任だろう」

そんなふうに偉そうに言い放つ。冗談じゃない、と口を吐いて出かけたその言葉を飲み込み、ボクは少しの間考え込んだ。確かにリスクはある、だけど……。

「……わかったよ。生徒会副会長の仕事、引き受けさせてもらうよ」

「そうか、それはよかった」

そう言って黒神めだかは持っていた腕章を手渡してきた。そこに書かれているのは『副会長』の文字。それを受け取ったボクは苦笑した。中学時代から役職がランクアップしたみたいだ。

「それでは月見月二年生。副会長の任、存分に励むがいい!」

――こうしてボクは生徒会執行部の一員となったのだった。



[24829] 「生徒会副会長となった月見月瑞貴です」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/01/29 16:05
水中運動会から数日後、ボクは生徒会室に立っていた。柔道部の引継ぎで思いのほか時間が掛かってしまったので、本日から副会長業務に就くことになる。そのボクを黒神めだか以外の他のメンバーは不思議そうな目で見つめてくる。

「今日から生徒会副会長となった月見月瑞貴です。どうぞよろしく」

「「ええええええええええええ~!」」

ボクが就任の挨拶を行うと、その一瞬後に生徒会室に絶叫が轟いた。その声の主は阿久根と善吉くんである。生徒会役員は黒神めだかの独断で決められたため、特に信任投票などがある訳でもなく、このようなサプライズになってしまったのだ。

「ちょ、ちょっとめだかちゃん!一体どういうことだよ!何で瑞貴さんが!?」

「そうですよ、めだかさん!中学時代のことを忘れたんですか!?」

二人が焦った様子でまくし立てるが、黒神めだかは全く気にもせずに涼しげな表情を見せている。まあ二人の気持ちも分かる。自分の懐刀を置くべき副会長という役職に、何でわざわざ中学時代の宿敵の仲間を置かなくてはならないのか。

「何で二人が慌ててるのかわかんないけど……。これからよろしくね、月見月先輩」

二人が黒神めだかに詰め寄っている間に、黒神で眼鏡の女子がボクへと挨拶してくれた。ボクの中学時代を知らない人なら、これが普通の反応だろう。

「うん、こちらこそ。君はええと……先日、新しく会計に就任していた喜界島さんだったよね。就任したばかりで慣れない仕事だろうけどお互いに頑張ろう」

「はい。あ、そういえば月見月先輩も水中運動会に出てましたよね。優勝できるなんてすごかったです」

「ありがとう、でも君の方こそ一年生なのに大活躍だったじゃない。ウナギ取りの種目なんてうちの鍋島先輩にも勝ってたし」

先週の大会にも出場していた会計の喜界島さんと談笑する。水中運動会で黒神めだかと勝負をしていた競泳部の特待生であり、今は生徒会との兼部をしているそうだ。彼女もボクと同時期に生徒会に誘われたらしい。

「おい、月見月!ちょっと来い!」

そう言って阿久根がボクを肩を組むようにして顔を近づけると、そのままみんなと距離を取って小声でボクに話し掛けてきた。

「ん、どうしたの?」

「どうしたじゃない!これでも四年の付き合いだ。君がいまだに球磨川側の人間だということぐらい知っているんだぞ!」

「だったら分かってるだろ?ボクが意味も無く学園と敵対なんてしないってことくらい。球磨川さんがいない以上、ボクが黒神めだかと敵対する意味なんかないよ」

「……じゃあ、なぜ生徒会に入ったんだ。めだかさんに敵意は抱いていないとしても、好意だって抱いてないだろう?」

「学園の生徒として母校のために尽くしたいと思うのはそんなにおかしなことかな?」

ボクはそんな白々しい言葉を口にする。しかし、阿久根にも分かっているだろう。少しの間、迷ったように口をつぐむが、黒神めだかと敵対するつもりもその実力もないということには納得してくれたのようだ。そのため、しぶしぶだけどボクを離してくれた。ただ離れ際に、ボクに下手な真似はしないようにと釘を刺すのを忘れなかったけど。

「阿久根先輩、どうかしたの?人吉くんも何か様子がおかしいし」

「いやいや、何でもないよ喜界島さん。月見月とは柔道部の知り合いでね。積もる話があっただけさ」

そんなこともあって、とりあえずボクは生徒会の一員として認められたのだった。








それから数日後、ボクは廊下を歩いている善吉くんの姿を見つけた。声を掛けようとしたボクだったけど、その瞬間驚愕のあまり表情が固まってしまう。何と、善吉くんは女子の腕に手錠を掛けて、一緒に仲良く歩いていたのである。

「ぜ、善吉くん……」

「み、瑞貴さん!?いやこれは……」

あちらもボクに気付いたのか慌てて手錠の嵌められたお互いの両手を隠す。しかし、それはもう後の祭りだ。学校で手錠プレイするカップルなんて、現実で存在してたんだな……。

「あ、ごめん。デートの邪魔しちゃったね。ボクはもう戻るから心配しないで」

「ちがいます!ああ、もう説明しますから帰らないでください!」

「善吉くんが女子に手錠を掛けて連れ回す趣味があったなんて……。あ、それとも逆に君が連れ回されてるの?いや別に趣味を否定するわけじゃないんだけど、どちらにしても学校でするようなことじゃないよ」

「え?人吉くん……本当にそんな趣味が……?」

慌ててまくし立てるボクの言葉に、繋がれている女子の方も何か化け物でも見るような怯えた目で善吉くんに問いかけている。善吉くんは黒神めだか一筋だと思っていたけど、時の経つのは早いものだなぁ。

「あーもう違いますってば!」



どうやら説明するところによると、色々あってこの風紀委員の女子が自分の手錠を間違えて善吉くんと互いに掛けてしまったそうだ。なので、これから手錠の鍵を外すために風紀委員会の本部に行くところだったらしい。

「せっかくだから瑞貴さんも来てくださいよ。風紀委員ってのは生徒会執行部にとっちゃアウェーみたいなとこなんでしょ?」

「だからって別に取って喰われる訳じゃないんだけど……。でも、ちょうど暇だからね。心細いって言うならボクも行くよ」

「って誰のせいだと思ってるんですか!そもそも生徒の模範であるべきはずの生徒会長である黒神さんが率先して風紀を乱してるなんておかしいでしょ!何ですかあの制服は!?」

しかし、ここで風紀委員の鬼瀬さんが怒ったように話に割り込んできた。彼女は一年生でありながら過激な取締りを行うとして有名な風紀委員の女子である。確か数日前に黒神めだかの取り締まりを失敗して罰として胸元を露出した制服を着せられていたという噂だけど。

「いやまあ、勘弁してやってくれよ。めだかちゃんは軽く露出癖があってさ、あれでもマシになったんだぜ?制服をノースリーブにするのだけは止めさせたんだしさ」

「それがフォローになってると本気で思ってるんですか!?」

現在、生徒会と風紀委員の仲は悪い。黒神めだかの制服改造が校則違反だということで、そろそろ風紀委員長までが出張ってくるのではないかとまで噂されている。まぁ、これに関してはボクだけでなく善吉くんも問題だと思って諫言したんだけど、あの胸元を露出した恥ずかしい制服のどこに愛着があるのか、頑として着替させることはできなかったのだ。

「まぁ、それは今はいいです。何だか目立っちゃってますし、早く本部に行きましょう」

そう言って好奇の視線晒されて顔を赤くした鬼瀬さんは善吉くんを引っ張るように歩き出した。風紀委員室は今いる場所とは反対方向にあり、ここからは少し距離がある。しばらく歩いたところで善吉くんも周囲の視線に耐えかねたのか、自分の気を逸らすようにボクに声を掛けてきた。

「そういえば瑞貴さん、お母さんが一度診察したいからうちに来て欲しいって言ってましたよ。ほら、中学時代のことで過負荷(マイナス)が増大してないか調べたいって」

「いや、やめておくよ。当時は球磨川さんの影響で少し過負荷(マイナス)性が引き上げられてたけど、今は抑えられてるし。それに、もし球磨川さんの影響でそうなったのならボクはそれを治したいとは思わないよ」

それを聞いて善吉くんはハァ、と溜息を吐いた。

「やっぱり瑞貴さんは訳分かんないですよ……」

「そう?でも善吉くんだって、もし中学時代にめだかちゃんが球磨川さんに敗れていたとしても、きっと君はボク達に賛同したりはしなかったでしょ?それと同じだよ。プラスである君は同じくプラスの塊であるめだかちゃんに惹かれ、過負荷(マイナス)であるボクは負の塊である球磨川さんに惹かれたという違いだけ」

「……まぁいいか。とにかく俺の言いたいことは一つだけです。阿久根先輩にも言われたでしょうが……」

善吉くんはやれやれと首を振ると、一変して表情を鋭くしてボクの目を射抜くように睨みつけてきた。その両の瞳からは不退転の覚悟が伝わってくる。

「――めだかちゃんの敵になるようなら瑞貴さんであろうと俺がぶっ潰しますから」

「……肝に銘じておくよ」

善吉くんらしい台詞だね。ボクが球磨川さんの忠犬であるように、善吉くんは黒神めだかの番犬だ。黒神めだかに害を為すようなら宣言通りにボクを排除するのだろう。

「ええと……もしかして生徒会役員同士って仲が悪いんですか?」

おずおずと鬼瀬さんが声を上げた。支持率98%という圧倒的な求心力を持つ黒神めだかである。そんな生徒会の役員が仲間にぶっ潰すなんて脅してたら困惑するのも当然だろう。別に善吉くんとは仲が悪いわけではなく、所属する陣営が違うというだけの話だ。そう答えようとするけど、突然現れた二人の不良によってその言葉は口から発せられることはなかった。

「はっはっはあああああ!あの鬼瀬さまが手錠で身動き取れなくなってやがるぜー!」

「今までの恨み思い知れやああああああ!」

突然現れた二人の不良らしき男達。彼らは一人は金属バット、もう一人は木製のバットを振りかぶってこちらへと襲い掛かってきている。そのまま二人は校内だというのに何の躊躇も無くボクらへ向けてバットを振り下ろした。ええと、たしか……こいつらは木金コンビとか呼ばれてる二人組だったかな。何か言ってるけどボクは無視して構えを取る。こう毎日のように襲われるといい加減、口上を聞いているのも面倒だし。

「人吉くん、月見月先輩、下がってください!この二人は木金コンビという学園でも有名な不良です。先日、私が取り締まったのを逆恨みして……」

「「ごほぉっ……!」」

「え?ごめん、何だって……?」

鬼瀬さんの話の途中だったけど、ボクはいつも通り不良を蹴り飛ばしていた。側頭部に蹴りを受けた二人はあっけなく失神して地面に倒れている。その二人を視界に捕らえた鬼瀬さんは呆然とした表情で目を白黒させていた。よく考えてみれば風紀委員の目の前で喧嘩なんてかなりの問題行為かもしれない。もしかして暴力行為を咎められるのかと思い、一応言い訳をしてみせる。

「ええと、彼らが武器を持って襲い掛かってきたんだから正当防衛だよね?」

「え、ええまあ……そうですね。そもそも私はこの二人を取り締まりに行く途中だったわけですし。今回の件については見逃しますよ」

鬼瀬さんは顔を逸らしてツンデレっぽく言い放った。なんだ、この二人の狙いはボクじゃなかったのか……。と、そこでボクの携帯電話の着信音が鳴りだした。

「あ、ごめん善吉くん。ちょっと先に行ってて」

慌てて携帯を取り出しながら玄関から校庭へと逃げるように去っていくボク。さすがに風紀委員の目の前で電話に出るのは問題だしね。鬼瀬さんも仕方が無いといった風に首を振って見逃してくれた。





そうして外に出て携帯の着信欄を見るとそこには――『球磨川禊』の文字。ボクは知らず歓喜の笑みを浮かべると急いで通話ボタンを押した。

『やあ、瑞貴ちゃん。久し振りだね、元気だった?』

「球磨川さんですか!?お久し振りです、ボクの方はこれまで通りです」

『そう、瑞貴ちゃんって確か箱庭学園に通ってたよね。もうすぐ僕もそっちに転校することになったんだよ。不知火理事長の推薦でね』

「本当ですか!嬉しいですね、お待ちしてます」

ボクは天にも昇るような気持ちで自然と喜色満面の笑みが浮かんでしまう。まるで初恋の少女と再会したかのようにボクの心臓がバクバクと踊り出す。そうして球磨川さんとの久し振りの会話を楽しんでいると、それじゃと前置きをして本題に移るようにボクに頼み事をしてくれた。

『フラスコ計画って知ってる?箱庭学園で行われている天才(エリート)を作り出すための計画』

「はい、知ってますけど」

『あれってさ、邪魔だよね。僕が箱庭学園に転入するまでにさ。その計画、潰しちゃっておいてよ』

球磨川さんの言葉に一瞬息が止まる。そんな簡単に言ってくれるけど、学園の異常者(アブノーマル)、そのトップである『十三組の十三人(サーティンパーティ)』を潰すなんてあまりにも無茶苦茶だ。とてもボクにできる仕事じゃない。しかし、理性とは裏腹にボクの口は勝手に動いていた。

「分かりました。フラスコ計画はボクが潰しておきますよ」

中学時代あんな無様を晒しておいて、これ以上ボクに球磨川さんを期待を裏切ることなんて絶対に出来ない。球磨川さんに言われたならば、どんな手段を使っても成功させる。答えながらボクはその覚悟を決めていた。

『ありがとう、瑞貴ちゃんならそう言ってくれると信じてたよ。それじゃまたね』

そう言って電話は切れた。同時にボクの頭上から響く悲鳴。ボクが見上げるとガシャンとガラスの割れる音と共に――天から降ってくる消火器が視界に映った。頭に当たれば即死。しかしその瞬間ボクは一歩横に跳ぶことで消火器を回避しており、同時に脱いでいた制服の上着を大きく頭上に振ってガラスの雨を弾き飛ばしていた。
そして、この懐かしい感覚に一層深く歪んだ笑みが浮かぶ。

「これは幸先がいいね。いや、幸先が悪いのかな」

中学時代の敗北以来、頻度の減っていた致死レベルでの不運がひさしぶりにボクの身に巻き起こったということ。球磨川さんと別れたせいで抑えられていたボクの過負荷(マイナス)性が、数年前のレベルまで戻ってきているのを感じていた。



[24829] 「なんて最悪(マイナス)なんだよ…」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/02/03 00:46
フラスコ計画の実験場である時計台地下。そこに入るための扉の前にボクと志布志は立っていた。隣にはこの『拒絶の扉』の門番であった対馬右脳・左脳の二人が全身の骨をへし折られて気絶したまま床に倒れこんでいる。

「で、どーすんだよ?この扉を開けるには六桁のパスワードが必要らしいじゃねーか」

「異常者(アブノーマル)の異常度を選別するための『拒絶の扉』ね。扉の開く確率は百万分の一。ま、問題ないよ」

そう言ってボクは扉の機械に六桁の数字を打ち込んだ。フラスコ計画の参加者はこの打ち込むたびに変わるパスワードをノーヒントで毎日通過しているのだ。つまり、異常度が高ければ必ず通れるということ。そして、ボクは機械に打ち込んだ数字から――最も遠い数字に変換して打ち直す。すると、ピーと機械音が鳴り、直後に扉が開かれた。

「ひゅー、やるね」

「理事長のサイコロ実験で、こういった異常度の選別はボクにも通用することが分かってたからね。さ、行こうか。『十三組の十三人(サーティンパーティー)』を全員リタイアさせにね」

口笛を吹くような仕草をした志布志と共にボクらは下層へと潜っていく。さて、鬼が出るか蛇が出るか。先日、黒神めだかが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一人、雲仙冥利を潰してくれたため、残りは十二人。さて、常識を超えた異常者(アブノーマル)集団にボクがどこまで通用するか……

「おいおい、どーしたんだよ。せっかくのピクニック、楽しんで行こーぜ?フラスコ計画を潰すってのは暇潰しにはちょうどいいしな。学園に入学してから退屈で堪らなかっけど、今日はこの時計台地下を血の池にしてやるよ」

真剣な表情をしているボクとは対照的に志布志の表情は軽い。まるで本当にレクリエーションに来ているかのようだ。ボクがこのフラスコ計画を潰すに当たって、仲間に選んだのは同じ過負荷(マイナス)である志布志だった。一緒に来てくれるかが心配だったけど、あっさりと承諾してくれたので助かったよ。志布志の戦闘力は異常者(アブノーマル)連中と比べても群を抜いているし、これほど心強い仲間はいない。……志布志の方がボクを仲間と思ってくれているかは分かんないけど。







それから十分ほど地下の通路を進んでいたのだが、どうも似たような道をぐるぐる歩き回らされているような感じを受ける。志布志も同じだったようで、おそらくこれは迷路の一種だろうという意見で一致した。もうすでに帰り道すら分からなくなっていたボク達だけど、そもそもそんな正攻法でクリアしようなんて思っていない。特に運の悪いボクが偶然クリアするにはかなりの時間が掛かってしまうだろうし。

「志布志、お願い」

ボクが目配せすると、志布志は頷いて横の壁に近寄り手を当てた。次の瞬間その壁に亀裂が入り、その手を当てた周辺がガラガラと崩れ出す。そして、そこには人が通れるくらいの大穴が壁を貫通して出来ていた。

――憎武器(バズーカーデッド)

さらに精密操作が可能になった志布志の過負荷(マイナス)で壁を抜いて進もうということである。これでぐるぐる同じところを回ってしまうことはなくなる。それでも出口が見つからなかった場合、床を抜いて下のフロアで降りればいい。できればこの階層を担当しているメンバーを見つけたいところだけど。そんなことを考えていると、いきなり僕らの横から声を掛けられた。

「トレビアン!おいおい、人の実験場をそんな壊すんじゃねえよ」

驚いて振り向くとそこには色黒で体格の良いドレッドヘアーの男がパチパチと拍手をするようにして立っていた。その全身から発せられる威圧感は確かに『十三組の十三人(サーティンパーティ)』にふさわしい異常度で、ボクの身体は自然と戦闘態勢を取っていた。志布志はというと涼しげな顔で壁に寄り掛かったままだけど。

「理事長から連絡があったぜ。門番を再起不能にした侵入者がこの実験場に入ってるってな。あ、俺は三年十三組の高千穂仕草ってんだけど」

「そうですか、ならボクも自己紹介させてもらいましょう。二年七組、月見月瑞貴。フラスコ計画を潰しにきました」

「へえ、だが残念だったな。ここにいるのが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』最強のこの俺じゃなかったら少しは突破できる可能性があったかもしれ――!?」

口上を最後まで言わせることなくボクは高千穂という男に蹴り掛かっていた。不意打ちによるハイキックは、しかし男が一瞬のうちに姿を消したことによって空を切ってしまう。そして同時にボクは右脇腹から発生した衝撃によって壁際まで吹き飛ばされた。

「がはっ……!?」

それは感知できないほどの速さでボクの横に移動していた高千穂先輩の拳による一撃であった。反射的に出していた右腕でかろうじて防御できたが、そうでなければボクの肋骨は折られていただろうというほどである。普段から危機察知とそれに対する反射行動を鍛えていなかったら反応すらできなかっただろう。即座に立ち上がりにらみつけると、なぜか高千穂先輩は抑えきれないといったように歓喜の表情を浮かべて大声で笑い出していた。

「はははははっ!実にトレビアンだぜ!俺の攻撃を受けられるのかよお前!まさか十三組でもなく七組に、俺に触れるやつがいるなんてな!」

――速い、そして強い

なぜかテンションの上がりきっている高千穂先輩を横目に、ボクは静かにそう呟いていた。最大速度というよりは俊敏性が恐ろしく鋭い。あの一瞬の交錯ですでにボクでは勝てないということを認識させられていた。ま、それでもいいんだけどね……。

「さあ、殴り合おうぜ!俺はずっと待ってたんだ!俺とまともに闘える奴をよお!」

「……志布志」

「あいよっ」

「おいおい、早く始めよ……がっ!?」

――ボクの言葉と共に高千穂先輩の全身がズタズタに裂け、鮮血を撒き散らしながら倒れ伏した。

ボクに倒せないのならば、志布志に倒してもらえばいい。志布志の『致死武器(スカーデッド)』の前にはパワーもスピードも関係無いのだから。
血達磨となって倒れた高千穂先輩を見下ろすと、ボクは踵を返して志布志の元へと歩き出す。

「門番の人によると、一つの階層につき『十三組の十三人(サーティンパーティ)』が一人らしいから、これでこの階はクリアだね。面倒だから床をぶち抜いて下の階に降りようか」

そのまま志布志に床を壊してもらい、さらに下層へと飛び降りようとしたところ、ボクの背後から声が掛けられる。驚いて振り向くと、息も絶え絶えで血塗れの高千穂先輩がふらふらと立ち上がっていた。そして必死の形相でボクに向けて声を張り上げる。

「ま、待ってくれ……!まだ俺は終わっちゃいねえ!そこの女が何をしたのか知らないが、お前なら俺と殴りあえるんだろ!?白黒はっきりさせようぜ!」

買いかぶりだ。ボクは自身の不運によって危機回避による防御は反射のレベルで行えるが、あれだけの異常な反応速度を誇る高千穂先輩に攻撃を当てることはできそうにない。闘うことはできても勝つことはできないのだ。

「ようやく俺と闘える奴が現れたんだ。拳で語り合おうぜ!そのために俺はフラスコ計画に参加したんだ!なあ、頼む!俺はそこら辺の取るに足らない奴なのか!?」

もはや懇願するように高千穂先輩は叫んでいる。異常者(アブノーマル)は関係性に飢えている。これほどの反応速度を持っている高千穂先輩にとって、自分と格闘戦を行えるボクはようやく現れた理解者なのかもしれない。しかし、それに対するボクの答えは一つだけだ――

「――興味ないね」

再び全身から噴き出す鮮血に今度こそバタリと倒れる高千穂先輩。優先すべきはフラスコ計画を終わらせること。まだまだ長い道中、怪我をする危険性は回避しなければならないのだ。今度こそ動けなくなった高千穂先輩は、無念の表情を浮かべて悔しそうに唇を噛んでいる。

「てめえら……なんて最悪(マイナス)なんだよ…」

その苦々しげな声を聞いてボクはわずかに唇を吊り上げた。

「ありがとう、褒め言葉だよ」







地下二階に下りたボクは日本庭園のようなフロアを散策していた。青い空と緑が広がり、とても室内とは思えないほどの完成度である。ちなみに志布志は床をぶち抜いて最下層までショートカットしてもらっている。そこら中にある監視カメラによってボク達がフラスコ計画を潰しに来たことはすでにバレているだろうし
、ボクは上から、志布志は下から挟み撃ちの形でここにいる人間を逃がさずに根絶やしにしようという作戦である。なにより、一緒にいるとボクの不運に巻き込んでしまうというデメリットが大きいしね。

「にしても、誰もいないのかな……」

まるで屋外のような自然を再現したこの階層だけど、どこにも人の気配がない。回り込んで木の陰なども探してみようとした瞬間、殺気を感じたボクは背後へと蹴りを繰り出していた。人を蹴った感触に振り向くと、まともにボクの蹴りを受けて吹き飛ばされる男の姿があった。

「ごほっ……。『暗殺』――失敗か」

そう言って男は握っていたナイフを投げ捨てると、どこからか取り出した日本刀を正眼に構えた。間違いなく『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一人だろう。

「暗殺は無理そうだし、せっかくだから名乗っておこうかな。僕は三年十三組、『枯れた樹海(ラストカーペット)』の宗像形。ご覧の通り暗器使いさ」

「それはご丁寧に。でも漫画(フィクション)じゃあるまいし、現実で日本刀を振り回すのは危ないんじゃないですかね。ほら、銃刀法違反とかで」

「門番に言われなかったかい?ここは治外法権なのさ、地下だけにね。それにそんな心配はいらないよ。なにせ君は、ここで殺されるんだからね」

宗像先輩は構えた日本刀を横薙ぎに振り回す。一切の躊躇も無くボクの首、頚動脈を狙うその斬撃を――丁寧に刀の腹を叩いて弾き飛ばした。それに返す形で放ったボクの蹴りは、新たに取り出した棍棒で止められてしまう。そのまま宗像先輩は一歩後ろへ跳んで距離をとった。

「へえ、君を殺すには日本刀(これ)じゃ駄目なのか。なら多刀(これ)だ」

そう言って全身からハリネズミのように刀を生やすと、両手に刀を持って連続で斬りかかってきた。手足を使って弾いていくボクと弾かれるたびに新たに刀を補充する宗像先輩。どうやら武器の扱い自体は素人レベルのようで、弾くのはそれほど難しいことではなかった。それに焦れた宗像先輩は、ボクが弾けないような重量のある武器を取り出して殴りかかる。

「だったら鈍器(これ)だ」

――『圧殺』

ハンマーで左右から押し潰そうとする宗像先輩だけど、全身にあれだけの武器を仕込んでいるためだろう。重量のせいで全体的に動きがノロい。先ほどの高千穂先輩と比べれば止まっているかのようだ。

「――遅いよ」

左右から挟みこむようなハンマーによる打撃を、真上に跳ぶことで回避し、空中で宗像先輩の顔面へと跳び蹴りを喰らわせた。そして、着地してからもう一発。渾身の力で胸に打ち込まれた蹴りによる衝撃で、まるで交通事故にでも遭ったかのように人間が飛ばされていく。まるで糸の切れた人形のようにゴロゴロと地面を転がっていく姿を見ながらも警戒は解かない。

「そうか、じゃあ拳銃(これ)を使うしかないか」

――『銃殺』

あっさりと立ち上がった宗像先輩が拳銃を構えた瞬間、ボクの全身に悪寒が走る。遮蔽物の無いこの場所では隠れることができないことを感じ、即座にボクの身体は前へと駆け出していた。的を絞らせないようジグザグに走りながら宗像先輩との距離を詰めていく。

「間に合わないっ……!」

遠くまで蹴り飛ばしすぎた……。いくら急いでもこの距離では相手が引き金を引くほうが早い。見たところ宗像先輩は武器の扱いに関しては素人だ。銃の扱いに関しても同様だろう。通常ならこれだけ距離が離れていて、銃弾回避のためにジグザグに走っているボクに当たる可能性は低い。しかし――

パンと乾いた銃声が響いた瞬間、ボクの左腕に衝撃が走り灼熱を感じた。

「あれ?当たるんだ」

射撃というのは過剰なまでに精密さを必要とする行動だ。狙撃では心臓の鼓動ほどの微小なズレですら結果に影響を及ぼすし、風向きなどの環境の変化にも影響される。つまりは、運に左右されやすいということ。だとすればボクに銃弾が当たるのは当然といえる。打つ瞬間、銃を持つ手がわずかに痙攣したのかもしれないし、汗でグリップが滑ったのかもしれない、突風が吹いたのかもしれない。それが全てボクに不利に働けば十分有り得る事態である。

――因果律干渉系の過負荷(マイナス)をもつボクにとって射撃・投擲系の攻撃は鬼門なのである。

「もう打たせない!」

二射目を打つ前に距離を詰めたボクは宗像先輩の拳銃を蹴り落とした。同時にその両腕を真上に思いっきり蹴り上げる。もう武器を取りだ出す暇は与えない。無防備な宗像先輩にとどめをの蹴りを放とうとしたところ――その全身から無数の武器が襲い掛かってきた。剣が、槍が、斧が、薙刀が、鎌が――まるでハリネズミのように宗像先輩から服を突き破るように生えてくる。

――『刺殺』

ボクの全身を串刺しにしようとするそれを、ボクは最小限の動きで回避しながら宗像先輩のあごを踵で跳ね飛ばしていた。銃撃戦ならともかく接近戦では負けられない。脳を揺らされた宗像先輩はようやく意識を失って地面に倒れ込んでくれた。

戦闘が終わり、思い出したかのように緊張が解けた左腕に激痛が走る。幸い銃弾は貫通しているみたいだけど、いまだに血が噴き出している左腕を見ながらボクは先の長さに溜息を吐くのだった。



残りの『十三組の十三人(サーティンパーティ)』は――あと十人。



[24829] 「 ひ れ 伏 せ 」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/02/08 19:02
戦闘の終わった日本庭園。そこで傷の手当をしていたボクだったが、敵の方は待ってはくれないようだ。早くも二人の刺客が送られてきた。分厚い本を手にした眼鏡女子と貞子のように目までが髪で隠された長髪の女子がゆっくりとこちらへ歩いてきている。

「上峰書庫と申します。仲良くしてね」

「筑前優鳥……らしいんだ。仲良くしてね」

何でだろう……今までの異常者(アブノーマル)とは毛色の違う雰囲気を漂わせている。黒神めだかというよりは志布志に近い、マイナスなオーラ。立ち振る舞いからして、高千穂先輩のような生粋の戦闘者ではなさそうだけど……。

「ま、いいか。二人とも、殺しちゃったらごめんね」

そう言ってボクは宗像先輩の所有していた暗器の中でも凶悪な一品――機関銃を二人に向けて乱射した。射撃の命中率に逆補正の掛かってしまうボクでもこれだけ撃てば当てられるはず。たぶん急所には当たらないだろうけどね。念のために硝煙で辺りが見えなくなるまで撃ち続けたが、驚くべきことに煙が晴れたそこには何事も無かったかのように佇んでいる無傷の二人の少女の姿があった。

「そんな!?」

「クス!もうおしまいなんですかあ?私はまだまだ食べ足りませんけど」

眼鏡の少女が口を開けると、そこからはさっきボクが撃ったと思われる無数の銃弾が溢れ出してきた。まさか、銃弾を食べたっていうのか……?

「驚いてる場合かな。そんな隙だらけだと、あたしの『髪々の黄昏(トリックオアトリートメント)』で一毛打尽だよ」

その瞬間、もう一人の女子の髪が伸び、大量の髪がボクの体中に巻きついてきた。そのまま全身を拘束するように絡み付いてくる。ボクはとっさに落ちていた日本刀を拾い、髪の毛を切り払って拘束を解き、後ろへと跳び退いた。この訳の分からない感じ……やっぱり過負荷(マイナス)に近い能力だ。だけど――

「――ツキが無かったね。ボクだって過負荷(マイナス)の相手は初めてじゃないんだ。君達からは志布志ほどの絶対値の高さは感じないよ」

二人に向かって走り出す。ボクを拘束しようとする髪を避け、日本刀で切り払いながら最短距離で進んでいく。やっぱり二人とも戦闘者ではないようだ。ボクの動きに着いてこれていない。とりあえず、戦闘力の無さそうな眼鏡少女、上峰書庫に走り込む勢いのまま日本刀を突き刺しにいった。が、上峰は突き出された日本刀の目の前に顔を動かし――そのまま自分の口内に日本刀を飲み込んでいく。

「うおおっ!」

「結構おいしいですね」

一緒に飲み込まれそうになった自分の腕を寸でのところで引き戻すが、その際に生まれた隙に上峰は分厚い本でボクの頭をぶん殴った。ぐっ、と呻き声を上げるボクに再び周囲の髪が襲い掛かる。首を絞めようとするそれを転がるように避けると、急いで立ち上がり、筑前という長髪の女に蹴りを浴びせた。しかし――

「髪でクッションにされたっ……!?」

そのままボクの蹴り足を捕まえようとする髪から間一髪で抜け出し、迫ってくる髪から逃げるようにバックステップで距離を取った。そして新しく落ちている刀を拾い上げる。
そして、いったん落ち着こうと一つ深呼吸をした。アタックは失敗だったけど、戦い方は分かってきた。眼鏡の少女には上半身への攻撃を避け、長髪の女は刀で髪ごと斬り裂いてしまえばいい。

「ずいぶん苦戦しているようだな」

そんな低い声と共に現れたのはスーツ姿の男だった。無表情のままこちらへ向かって歩いてくる。新手か……。さすがに本拠地、ぞろぞろと集まってくるな。

「鶴御崎山海という。仲良くしてね」

「そうですか、ボクは月見月瑞貴といいます。こちらこそよろしくっ!」

一気に距離を詰めると、その大柄な身体を両断するように刀を振り下ろした。それを男は片手を盾にすることで止めようとする。腕ごと斬り落とそうとするボクだったが、落ちたのは刀の方だった。カランと音を立てて地面に折れた刀が転がる。

「折れた……?いや、溶けたのか……!?」

「肯定の否定、の否定だな」

そのまま高熱で真っ赤になっている手でこちらに掴みかかってくるのを足で蹴り上げる。しかし、熱湯をぶっ掛けられたかのような痛みに反射的に自分の足を見るとなんと靴が溶けている。慌てて足を引っ込めるが、その隙にボクの全身に髪が絡みついて拘束してしまった。

「しまった!?」

刀は溶かされてしまったからボクを拘束する髪を斬り払えない。なすすべなく空中に縛り付けられたボクに鶴御崎という男が手を伸ばす。物体を溶解させるほどの高熱の腕を躊躇無くボクの心臓に突き出してくる男に、仕方なくボクは隠し持っていた手榴弾の安全ピンを手首だけで抜いて男の足元に投げつけた。直後、轟音と共に火の海と化す地下庭園。そこから、ボクは制服を焦がしながら命からがら這い出したのだった。髪を焼き切るためとはいえ、無茶をしすぎた……。とはいえ、あの至近距離からの爆発なら相手も十分なダメージを……

「そう都合良くはいかないか……」

しばらくすると爆煙が晴れた。身体中の至るところに火傷を負って息も絶え絶えなボクと対照的に、特に損傷も無さそうに無表情のまま立ち続けている男の姿があった。他の二人も無事なようだ。ボクは溜息を吐く。仕方ない、最後の手段を使うか。被害の程度が予想できないし、下手をするとボクも危険だからやりたくなかったんだけど……。宗像先輩の側で座り込んだボクはその懐の暗器の中から目的の物を探し出す。

「ボクがこういう地下に潜るときに一番気をつけていることって何だか分かりますか?」

「……何を言っている?」

「普段から幸運な日常を送っている君達は考えもしないんだろうね」

そう言ってボクはバズーカ砲を構える。それを見た眼鏡少女は慌てて二人の前に出た。機関銃の弾を食べたように、バズーカの弾薬も食べるつもりなのだろう。

「そういった弾丸でさえも私なら食べられることをお忘れですか?」

「ボクは地下にいる時はいつも考えているよ――この建物の天井が落ちてくるかもしれないって」

そう言いながらバズーカ砲を発射する。照準は敵ではなく――この地下二階の天井。ボクの射撃に対する命中率の逆補正は、この場合はさらに逆に働くのだ。
そう、ボクが適当に撃ったただけでこの砲弾は――建物にとって致命的な箇所に寸分狂わず命中してくれる。

「何だとぉおおおおおおおっ!」

爆発音と共に地下一階部分の床が丸ごと二階を押し潰すように落ちてきた。食べることも溶かすことも毛で支えることもできないほどの圧倒的な質量。三人は悲鳴を上げて自分を潰そうとするそれを見上げている。もう間に合わない。すでに志布志の開けた穴から下の階層へと降りているボクを除いては――







とは言ってもあの三人の異常(アブノーマル)なら運がよければ助かるだろう。一応、崩落に巻き込まれないように一緒に連れてきた宗像先輩を地下三階の動物園に置いて、ボクはさらに下の階層へと進むことにした。崩落が進んで浅い階がさらに埋まってしまうかもしれないので、志布志の開けた穴を降りてできるだけ下層まで向かう。それに先ほどの手榴弾の爆発の余波を受けて負った傷が意外と深いようで、火傷や打撲で身体中に激痛が走っている。荒い息を吐きながらよろよろと筐体ゲームだらけの十二階を歩いていると、人の声が聞こえたため、慌てて物陰に隠れた。

「ったく……ようやく眠らせられたが、ひどい被害だぜ。古賀ちゃんもズタズタにされちまうしよー」

「でも王土の『言葉の重み』と古賀の怪力、名瀬の静脈注射で何とか食い止められたよ。矢面に立ったのが異常な回復力を持つ古賀じゃなかったら大変なことになってたけどね」

「もうなっていると思うがな。先ほど理事長から連絡があったが、すでに『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の中で残っているのはここにいる四人だけだそうだ。ま、究極的にはこの俺と行橋さえいればフラスコ計画は続くのだから問題はないがな」

様子を窺ってみると、驚くべきことに志布志が意識を失ったようにして床に倒れ込んでいた。その志布志を囲んでいるのは四人の男女。その誰もが強大な異常性(アブノーマル)を感じさせる。ただ、一人の女子は全身血塗れのぐったりとした様子で床に座っており、いま聞いた話を信じるとすれば実質的に残りはこの三人。他のメンバーは志布志が潰してくれたようだ。

「古賀ちゃんの回復力も限界みてーだな。とりあえず補給のために俺らは四階に戻るぜ。ついでに実験体用の拘束具も取ってきてやるよ」

「あ、待ってよー名瀬ちゃん」

そう言って顔に包帯を巻いた女子と血塗れの女子はこの場から離れていく。追うか?と一瞬迷ったが、その考えは却下する。正直、今の体調(コンディション)では『十三組の十三人(サーティンパーティ)』のメンバーの相手は、各個撃破でさえ難しい。片方が志布志にズタズタにされているとはいえ、それでも二対一。ならば同じく二人を相手にするのなら、志布志を叩き起こして戦力にすることのできるこちらの方が重要だ。何とか志布志の側にいる二人の隙をついて蹴り起こせれば――

「で、いつまでそんなところに隠れているつもりだい?」

いきなりの仮面の少年の言葉にビクリと全身が震えた。ボクが隠れているのに気付いている……。監視カメラかと思って辺りを見回すけど、そんな様子は無い。

「違うんだよ。他人の心の声を読む――それがこのボク『狭き門(ラビットラビリンス)』行橋未造の異常(アブノーマル)なんだよ」

心の声を読む!?ボクの思考が読まれたのか……。いや、それでも――

「――たとえ心が読めてもボク自身には戦闘力はなさそうだって?確かにボクは身体を鍛えているわけじゃないからね。純粋に闘ったらボクに勝ち目は無いよ。だけど関係ない。なぜならここにいるのは都城王土なんだからね」

しかし、そう話している仮面の少年の言葉のほとんどをボクは聞き流さざるを得なかった。もう一人の金髪の男、都城王土の絶対的で圧倒的な存在感にボクの意識が釘付けになってしまっていたからだ。

「ふん、もともとお前に戦闘など期待しておらん。それに――愚民の粛清は王の務めだ」

全てを排除するかのような強烈な威圧感に全身の毛が逆立つ。まるで押し潰すかのような見えない圧力。その重圧に逆らってボクは物陰から飛び出すと、睨みつけるように鋭い視線を送った。その男と視線がぶつかり合う。傲岸にして不遜。しかしそれが自然に思えるほどの絶対的な君臨者としての存在感を覚えていた。

「あなたが『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の頂点、ということでいいんですか?」

念のために尋ねたその言葉に王土という男はやれやれといった風に首を横に振った。

「その通りではあるが、それは正確ではないな。偉大なる王(おれ)はこの世界すべての頂点に位置する存在なのだからな。この学園という小さな枠で括れると思うな」

もしかすると黒神めだかすら凌駕するかもしれないほどの凄まじい存在強度。そしてそれを裏打ちする強烈な自我。これはちょっと勝ち目は薄いかな……。ボクは自然を装って二人の方へと歩み寄っていき、「志布志起きろ!」と大声で叫ぼうとした瞬間、志布志の耳に行橋の両手が当てられていた。ぐっ……完全に読まれている。

「王土、そいつはこの彼女を起こそうとしているから気を付けてね」

「まったく……ここまで来て他人頼りとは、なるほど凡人らしい。行橋、その女を連れて離れておけ。ついでに痛みを受信しないようにな」

「うん、わかったよ」

志布志を連れていくのをボクは黙って見送るしかなかった。なぜなら――


「 ひ れ 伏 せ 」


「があっ!?」

ボクの肉体は自分の意思と関係なく跪き、ガンッと勢いよく頭を地面に叩きつけていたからだ。それを見下ろしながら王土は傲岸に言い放つ。

「さて、偉大なる王に歯向かった罪――死でもって償うがいい」



[24829] 『――僕は悪くない』
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/02/16 19:55
この広い階層の一面に所狭しと並べられているゲームの筐体の列。それに囲まれてボクと都城王土は対面していた。いや、対面というのは正しくない。ボクの全身が意に反して土下座をさせられているのを、その男、都城王土は傲然と見下ろしていた。自分の身体だというのに自分の意志で動かないのだ。

「ほう……やはり奴隷の才能があるようだな。しかし、俺の中ではすでにお前の罪状は死罪で確定しているのでな」

周囲のゲームセンターにあるような筐体のいくつかが浮き始めた。数百kgはあるだろう筐体がまるで念動力でも掛けられたかのように浮遊し、それがボクの真上に留まった。

「そのまま偉大なる俺に跪いていろ。そうすれば一息で終わらせてやろう」

「……っ!」

王土が合図をするとボクの頭上の筐体が落ちてきた。ボクを押し潰すように落下した筐体は、そのまま床を破壊して――

しかしボクの肉体はかろうじてそれを回避していた。反射的に跳び上がって後退することができたのだ。……動ける!身体が自由に動けることを感じたボクは一気に距離を詰め、王土の顔面を蹴り飛ばそうとして……

「 跪 け 」

再びボクの身体は床に叩きつけられていた。王土の言葉に逆らえない。というよりはボクの指令に肉体が応えられないのか……。筋肉が痙攣しているときのように勝手に動いている感覚。
――これが都城王土の異常性(アブノーマル)。

「まったく、手間を掛けさせる」

再び浮き上がる機械群。降りそそぐそれらを、またしてもボクの身体は間一髪で避けていた。そのまま筐体の影に隠れ、死角を移動しながら王土の背後へと詰め寄る。その胴体にボクの爪先がめり込む寸前、やはり王土の声に行動を止められてしまう。

「 ひ れ 伏 せ 」

「ぐぅっ……!」

「よくよく俺の支配を逃れる奴だな。ずいぶんと移り気なようだ。愚民なら愚民らしくこの王(おれ)に頭を垂れていればよいものを」

呆れたように王土は首を横に振っている。そして、動けないボクを同じように筐体で押し潰そうとした。








それから数十分後。ボクは空中を飛び交う筐体群をかわしながら、王土に突撃していた。走り込むボクの背後には落下して床を押し潰している無数の筐体があった。猛スピードで飛来する無数の筐体を上下左右に避ける。床に激突する筐体の轟音と衝撃だけがこの空間を支配していた。

「ちっ……どうなっている!?」

「はあっ!」

真上から落下してきた筐体を一歩横へズレることで回避し、王土へ回し蹴りを放つボクだったが……

「 跪 け 」

これで今日何度目の床との激突だろうか。動きを止められ、筐体の落下を避け、そして蹴りかかる。この繰り返しである。

「この俺の支配からこうも逃れるとはな。強い意志力によって俺の支配を上回る電気信号を発生させているのか?いや、それならこうも簡単に『言葉の重み』に支配されないはず」

「電気信号?まさかあなたの異常(アブノーマル)は……!」

「気付いたか?まあ俺に隠さなければならない自己など無いからな。教えてやろう。俺の異常(アブノーマル)は対象の筋肉の電気信号に干渉して勝手に動すというものだ。応用として磁力によって機械を操作したりもできるがな」

王土は筐体を浮かせてボクの真上に移動させる。もう飽きるほど繰り返された事象だ。相変わらずボクの身体は土下座させられたままピクリとも動かせない。やっぱり仕組みが分かったところで対抗できる類の異常(アブノーマル)じゃないか……。なので、ボクはあえて全身の力を抜いて自身の反射に任せる。この支配を解くコツはもう掴んでいた。熟睡している間に泊まっているホテルが倒壊しても無傷で生き残るボクの危機回避能力はすでに自動操縦の域に達している。ボクの身体が最優先にするのは、自分の意思でも、王土の支配でもなく、経験による肉体自身の反応なのだ。

「これを落としたところで同じことの繰り返しだな。しかし、俺の支配を上回るのは死の間際の一瞬のみ。ならばその反応を少しでも遅らせられれば……」

一拍置いて王土は強烈な意思を込めて口を開いた。同時に落ちてくる筐体。ボクの身体はいつも通りその場から跳び退こうとしたところで――

「 ひ れ 伏 せ 」

「 跪 け 」

「 止 ま れ 」

「 動 く な 」

「 頭 を 垂 れ ろ 」

『言葉の重み』の重ねがけ。それによってボクの身体の動きが一瞬止まる。それは致命的な一瞬。一歩遅れたボクの身体は完全には筐体を回避することができずに――

「しまっ……があああああああああっ!」

ドスンと鈍い音を立てて数百kgの重量を持つ筐体は逃げ遅れたボクの左脚を押し潰した。骨の折れた感触と共に訪れる激痛。しかし痛みに呻く暇もなくボクの頭上に浮遊していた数台の筐体が落下してくる。慌てて逃げようとするもボクの左脚は筐体に挟まれて動くことができない。

「 死 ね 」

王土の駄目押しの言葉でボクの全身は金縛りにあったようにその場に固定される。ボクは自分を押し潰そうとする筐体を諦観と共に見上げることしかできなかった。数瞬後の自分の死を覚悟して自然とつぶやきが漏れた。

「――球磨川さん、すみません」

しかし次の瞬間、頭上に迫っていた筐体群がベキリと破壊され、吹き飛ばされていた。そして、ボクのすぐ側に降り立つ人影。――黒神めだかがそこにいた。

「ふむ、地下二階が崩落していたので何事かと思って急ぎ駆けつけたが……。まさか貴様がいるとはな。無事か、月見月二年生」

「……助かったよ、めだかちゃん」

この絶望的な状況を助けに来たのは生徒会長、黒神めだかだった。突然の救援にボクは自然と安堵の溜息を吐いていた。ふぅ……保険を掛けておいてよかった。今日の朝、王土が黒神めだかと接触して勧誘したと知ったボクは、彼女の性格なら即日のうちにフラスコ計画を潰すだろうと予想していたのだ。ボク達だけでフラスコ計画を潰せればそれでよし。それが無理ならばせめて生徒会の露払いに、という思惑は見事にハマってくれた。あと一歩で死ぬところだったけど。

「ちょっと待ってくれよ、めだかちゃん!って瑞貴さん!?何でここに……?」

「志布志が向こうで眠ってたからもしかしたらと思っていたけど……。やっぱり君も来てたのか」

少し遅れて善吉くんたちがこちらへ走ってきた。生徒会メンバーに加え、真黒さんも一緒に参加している。ボクの予想では黒神めだか一人か、もしくはプラス善吉くんだろうと思っていたんだけど、まさか全員で来るとはね。

「地下二階の崩壊は分からないが、門番の二人をやったのはやはり君か。めだかちゃんの視察の直前に単身で突入なんて何か訳ありかな?」

「いえいえ真黒さん。生徒会の一員として、視察の邪魔が現れないように露払いしておいただけですよ」

見たところ皆に怪我は無い。どうやら露払いの役目は果たせたようだ。あとは黒神めだかが残りのメンバーを倒すだけ。

「さて、都城三年生。生徒会長としてフラスコ計画の視察に来たぞ」

「潰しに来た、の間違いだろう?ここに来る途中、名瀬や行橋を倒したのかは知らんが安心するがいい。偉大なるこの俺を倒せばフラスコ計画は止まる。分かりやすくてよいだろう?」

「そうか、ではそうさせてもらうとしよう」

黒神めだかは豪華絢爛、その存在感は昨日見たものよりも圧倒的に強化されている。真黒さんのトレーニングの効果だろう。すでに中学時代の力を取り戻しているようだ。しかし都城王土も存在感においてはまったく引けを取らない。生徒会役員に囲まれているにもかかわらず、不敵な笑みを浮かべたまま傲然とした態度を崩さずにたたずんでいる。

「悪いけど、正々堂々一対一なんて真似はしない!このまま倒させてもらいますよ、都城先輩!」

「そーいうこった。素直に負けを認めてフラスコ計画から抜けるんだな!」

「ふはっ……偉大なるこの俺にずいぶんな口の聞き方だな」

囲んだままじりじりと距離を詰めていく善吉くん達に対し、王土は余裕の表情を見せたまま口を開く。

「 ひ れ 伏 せ 」

「がはっ!」

その言葉と共に、その場にいた四人が地面に叩きつけられた。善吉くん、阿久根、喜界島さん、真黒さんが等しく一瞬で土下座をした姿勢で地面に縫い止められてしまう。ボクはというと脚を骨折してしまったためリタイアである。黒神めだかに筐体をどけてもらい、離れた場所で観戦しているため効果範囲から逃れていたようだ。

「な、何で!?俺はもうあんたの異常(アブノーマル)を克服しているはずなのに!」

「あの時は手加減してやったのだ――とは言わんがな。土台、偉大なる俺の異常性(アブノーマル)は克服できる類のものではないのだよ。だが……」

王土の視線の先には、膝を震わせながらかろうじて立っている黒神めだかの姿があった。ギリギリで都城王土の『言葉の重み』に耐えている。

「ほう、抗うか。しかし立っているのがやっとのようだな。ならば『圧政(ことば)』ではなく『暴政(ぼうりょく)』で屈服させるまで」

周囲の筐体が宙に舞う。それはそのまま黒神めだかに向かって猛スピードで飛んで行き――直前で動力が切れたように失速して地面に落下した。

「む?これは……」

「ようやく私も身体が動くようになったか。では今度はこちらから行くぞ!」

困惑したような表情を見せる王土に黒神めだかが突撃する。十数個の筐体を飛ばして迎撃しようとするも、そのことごとくを避けられ、弾き飛ばされ、黒神めだかの進撃の前にはまるで意味を成さずに距離が詰まっていく。しかしこれは先ほどまでのボクの焼き直しだ。あと一歩のところで王土に制止の言葉を放たれてしまう。

「 跪 け 」

この言葉に黒神めだかは――

「 断 る 」

王土の言葉はまったく意味を成さず、その身体に黒神めだかの拳が突き刺さった。

「があああああああっ!」

そのまま殴り飛ばされる王土。その光景を見てボクは戦慄した。黒神めだかに掛けられた『言葉の重み』を破ったのは意志の力ではない。筐体が磁力を失ったかのように失速したのを見るにこれは――

「ごほっ……相殺…だと…?お、お前!なぜこの俺の異常性(アブノーマル)を使えるのだ!?」

やっぱりそうか……。おそらく黒神めだかの異常性(アブノーマル)は『他人の異常性(スキル)を吸収して使うこと』。だとすれば『言葉の重み』を破られた王土に勝ち目は無い。戦闘能力に差がありすぎるのだ。殴られた腹を押さえながら王土は狼狽した様子で立ち上がる。その顔には柄にも無く焦りの表情が浮かんでいた。

「俺は選ばれし異常性(アブノーマル)を持った、選ばれし王だ!偉大なる王(おれ)の異常性(アブノーマル)を使うなど許されんぞ!」

激昂する王土とは対照的に黒神めだかは静かにたたずんでいる。王土は怒りのままに掴み掛かっていく。しかし戦闘能力を持たない王土の肉弾戦など物の数ではない。王土の拳を無視して黒神めだかは腕を振りかぶっていた。王土は策もなくただ破れかぶれで突っ込むだけ。今度こそ終わりだ。しかし都城王土はそんな甘い目算で測れる男ではなかった――

「ぐぅっ……これは……!?」

「ふははははははははっ!対象の心臓に直接電磁波を送り、相互干渉することでお前の電気信号(アブノーマル)の周波数を強制的に取り立てる。これが偉大なる俺の裏技(アブノーマル)、行橋風に名付けるなら都城王土の真骨頂②『理不尽な重税』だ!」

王土が黒神めだかの胸に手で触れた瞬間、電磁波のスパークが弾け、振りかぶった拳を突き出そうとしていた動きが止まってしまった。これが都城王土の切り札。他人の異常性(アブノーマル)を奪い取るとは恐るべき支配力である。これは予想外の事態だ。もしも黒神めだかが敗れてしまったらフラスコ計画を潰すという球磨川さんの目的が……。慌てて声を上げかけたボクだったが、それは杞憂だった。

「異常性(アブノーマル)さえ奪えばお前に『言葉の重み』の相殺はできなく……なあっ!?」

突如、驚愕の表情を浮かべる王土。その顔面は恐怖に染まり、全身がガクガクと震え出す。

「な、何だっ!何なのだこの『闇』はぁああああああああ!」

まるでおぞましいものに触れたかのごとく慌てて手を離す王土だったが、そこには先ほどまでの余裕は無く、すでに戦意を失わされてしまっていた。そのまま力が抜けたように膝から崩れ落ちる。その視線は定まっておらず、まさに恐慌状態に陥っているようだ。すると、荒い息を吐いていた王土はついに観念したように目を閉じた。
もう幾度と無く見たこの流れ。終幕の見えた舞台にボクは溜息を吐き、小さくつぶやいた。

「改心……か。あまり見たくはない光景だったけど、とりあえず目的は達成できそうだね」

これで決着。これまでの殺伐とした雰囲気が徐々に弛緩していくのが分かる。都城王土が口を開こうとした瞬間――

――その都城王土の側頭部を太いネジが貫いていた

「なにぃいいいいいいいいい!」

有り得ない事態にその場の全員が驚愕の声を上げた。糸の切れた人形のように倒れこむ王土の死体に一瞬にして凍りつく場の空気。そうだ、忘れていた。タイミングの悪いあの人が――こんな場面に登場しないはずがないのだ。

『なんて酷い惨劇だ。他人の頭部をこんなにも凶悪な凶器で刺し貫くなんて、とても人間のすることじゃない』

ツカツカとこちらへ歩いてくる黒髪、黒眼、中肉中背の学生服を着た一人の男。一見、どこにでもいる普通の高校生に見えるが、その両手には王土の頭部を貫いた物に似た太いネジが握られている。

『おっと、勘違いしないでおくれ。僕はたった今ここへ来たばかりで無関係だよ。だから――』

しかし、その全身からはおぞましいほどの負のオーラを漂わせており、一見して普通の生徒に見えるのが不思議なほどであった。男が一歩ずつ近づいてくるにつれて、重力のように押し潰されそうなほどの負の重圧(プレッシャー)が掛かってくる。まるでこの世の全ての負の存在を集めて凝縮したかのようなその存在は、ある意味では完全な人間、いや負完全な人間といっていいだろう。三年前とまるで変わらない存在感、それでいて、かつてよりも果てしなく増大している過負荷(マイナス)性。



『――僕は悪くない』



――三年マイナス十三組、球磨川禊。これが学園最低の過負荷(マイナス)の初登校であった。



[24829] 『じゃ、また明日とか』
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/02/20 16:07
突然この場に現れた一人の男。その異様な存在感にこの場にいるほとんどの人間が戦慄していた。全身から滲み出す圧倒的な負のオーラ。そして、あまりにも不気味な重圧(プレッシャー)に。

「球磨川……禊!」

驚愕の表情を浮かべて声を上げる黒神めだか。そこには一目で分かるほどの緊張感と警戒が込められていた。しかし球磨川さんは無邪気に笑みを浮かべながら話を続ける。

『いいや違う。僕は球磨川禊じゃない。彼の双子の弟の球磨川雪だよ』

「え?」

『なーんてね。嘘嘘っ!引っかかった~?』

「……いつだって貴様はすがりつきたくなるような嘘をつくな」

ギリッ、と悔しそうに歯を噛み締める黒神めだかだが、球磨川さんはまるで気にした様子もない。この張り詰めた空間でも変わらずに普段どおりで、それが逆に異様な雰囲気を際立たせている。その寒気を覚えるほどの圧迫感に善吉くんと阿久根は全身を恐怖でガクガクと震わせてしまっていた。恐れや不安や悪意を一点に凝縮したようなその負の存在感は、一度でも知ってしまったら悪夢のように心に染み付いて離れることはない。

『あ、いたいた!ご苦労様、瑞貴ちゃん。ちゃんとフラスコ計画は潰してくれたみたいだね』

こちらに気が付いた球磨川さんはボクの方に声を掛けてくれた。三年振りの再会に心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。以前と変わらぬ球磨川さんの姿に自然と歓喜の表情に変わる。ボクの不運は球磨川さんに出会うためだけにあったのだ。そう確信するほどの多幸感に包まれていた。脚の骨を折ってしまっているため、失礼かと思ったが床に座りながら答える。

「はい!もちろんです!お久し振りです、球磨川さん」

『その怪我痛そうだね。僕が戻(なお)してあげるよ』

そう言って球磨川さんがボクに触れると、全身の怪我が一瞬で消え去ったかのように治ってしまった。いや、それだけじゃなくボロボロだった制服まで元通りになっている。ボクが驚いて見上げるが、球磨川さんは何でもないといったように他に視線を向けていた。これが球磨川さんのこの三年間で新たに得た、失った過負荷(マイナス)――

『それと、真黒ちゃん。君も怪我してるみたいだねえ。古傷かな?これもついでに戻(なお)してあげるよ』

球磨川さんが真黒さんのTシャツを捲り上げると、そこには手術の縫い跡のような無数の傷跡が残っていた。ボクが入学して以来、学園に登校していなかった理由はこの後遺症のせいだろうか。しかし、さすがは真黒さんと言うべきか。球磨川さんの異様な重圧(プレッシャー)には屈せずに毅然とした態度を取り繕った。

「……遠慮しておくよ、球磨川くん。これは僕が己の過ちに対して支払った代償であり、僕が己の罪に対して受けた罰なのだから」

『うわあ、格好いいー。僕も中学生の頃は真黒ちゃんのそういう格好良さに憧れてたんだよなー。けどごめーん。もう戻(なお)しちゃった!』

球磨川さんが離れると、もうその傷跡は跡形も無く消えてしまっていた。真黒さんの決意など何でもないというように綺麗になくなってしまう。

『思い入れとか、心がけとか誓いとかー。ごめーん。僕そういうのよくわからないから』

「……!」

真黒さんはゾッとしたように顔を青ざめさせる。人智を超えた恐ろしいものに触れてしまったかのように冷や汗を流し、恐怖に顔を歪めている。球磨川さんにとってはボクの傷も真黒さんの傷も同じなのだ。ボクは自然と口の端を吊り上げて笑みを浮かべていた。変わっていない。この良いも悪いも一緒くたにかき混ぜて、すべてを一瞬で台無しにする感じ――

「……月見月副会長がこの施設を襲撃していたこと。これは貴様の差し金か、球磨川」

黒神めだかは鋭い目付きで詰問する。それに対して球磨川さんは楽しそうに答えた。

『そうだよ。フラスコ計画なんて、この学園の人たちは本当にひどいこと考えるよね!君もそう思うだろ、めだかちゃん?』

「……ああ、それに関しては同感だが」

『だよねー。箱庭学園の全校生徒、たった千人ちょっとの犠牲(マイナス)で世界中の人間が天才(プラス)になっちゃうなんて、悪魔のような計画だよ』

「……っ!?」

黒神めだかは悔しそうに目を閉じ、理解できないといったように首を左右に振る。同じくフラスコ計画を潰そうとした両者だけど、その動機は180°違っていた。黒神めだかは犠牲(マイナス)となる学園の生徒のことが許容できずに動き、球磨川さんは成果(プラス)である新たに生まれる世界中のエリートのことを許容できずに動いたのだ。だから、二人の関係はプラスとマイナスの両極端。話し合いが噛みあう筈もない。



『あれ?瑞貴ちゃん、彼女も来てたんだね。へえ、転校じゃなく元から入学してたんだー』

球磨川さんの視線の先を追ってみると、奥の方から歩いてくる志布志の姿があった。制服に新たに返り血が付着しているのをみると、一緒にいたメンバーを血祭りにあげてきたのだろう。ボクの近くまで歩いてくると、不思議そうな表情で声を掛けてきた。

「なーなー。こいつ中学時代あんたとつるんでた男だよな。何でここにいるんだ?」

「あ、それは……」

『覚えててくれてありがとう。えーと、確か……飛沫ちゃんだったよね。僕は球磨川禊っていうんだ。今日から転校してきたんだけど仲良くしてね』
ボクが紹介する前に球磨川さんが前に出て自己紹介をした。それを聞いた志布志は納得したようにへー、とつぶやく。そして、挨拶をするように球磨川さんに手を伸ばすと、その頭を掴み――床にその顔面を思いっきり叩きつけた。

「てめーには聞いてねーよ」

床と勢いよく激突し、グシャリと球磨川さんの顔面から潰れたような鈍い音が響く。

「なっ!志布志っ!何してるんだよ!」

「いや、途中から現れたくせに何か偉そうだったから……。許してくださいごめんなさいもうしません」

ボクの言葉に志布志は棒読みでそう謝った。敵に捕らわれてしまったためなのだろうか、かなり不機嫌そうだ。床を陥没させるほどの威力で顔面を叩きつけられた球磨川さんはピクリとも動かない。あまりの暴挙に血が上ったボクの身体は動き出していた。球磨川さんに仇名した志布志の顔面を蹴り潰してやろうとしたところで――制止の声が耳に入った。

『待ちなよ、瑞貴ちゃん。僕は平気だから心配しないで』

「く、球磨川さん!大丈夫ですか!?」

振り向くと額が割れ、頭と顔面からだらだらと血を流した球磨川さんが先ほどまでと同じように笑顔で立ち上がっていた。どうやら命に別状は無いようでほっと溜息を吐く。しかし次の瞬間、球磨川さんの全身がズタズタに裂け、鮮血が噴き出した。噴水のように血飛沫を上げながら倒れ込む球磨川さんを見て、ボクの心が逆に冷えていくのを感じる。

「志布志……やってくれたね」

血塗れの球磨川さんの前に立ちふさがり、射殺さんばかりに志布志を睨みつける。中学時代以来、数年ぶりに覚えた殺意を撒き散らし、湧き上がる衝動にしたがって構えた。しかし、なぜかそれを見た志布志はさらに不機嫌になっていく。

「チッ……やっぱりそっちに付くのかよ」

互いから滲み出る負の空気。志布志も過負荷(マイナス)を使う気のようだ。誰であろうと球磨川さんに害をなす人間は倒すだけ。生徒会の連中は突然の事態に混乱しているようで、不安そうな面持ちで見つめているだけだ。そして、ボクと志布志の間の緊張の糸が限界まで張り詰めた瞬間、再び球磨川さんの無邪気な声が周囲に響き渡った。

『ほらほら、喧嘩は駄目だって。これから同じマイナス十三組の仲間なんだから』

球磨川さんの制止の声で二人の間の緊張が雲散霧消した。そして球磨川さんの言葉に違う意味で緊張を感じる。

以前、理事長の話していたマイナス十三組構想――ようやく開始されるのか。

『ありがとう、瑞貴ちゃん。でも僕は大丈夫だよ』

立ち上がる球磨川さんだが、全身血塗れでその足元はまるで定まっていない。当然だ、明らかに即病院送りのレベルの大怪我なのだから。大量の流血でその制服はむしろ血の付いていないところを探す方が難しいほどだろう。しかし、その表情からは微塵も痛みや恐怖は感じ取れない。理由無く殴られることもズタズタに裂かれることも当然のように受け入れている。そして、いつもと変わらない笑みを浮かべたまま志布志に話しかける。

『それに飛沫ちゃんもありがとう。僕は悪くないけど、僕の態度が少し悪かったかもね。暫定的にとはいえ、僕がマイナス十三組のリーダーを務めさせてもらうことになっているし、至らないところを指摘してもらえて嬉しいよ』

志布志が息を飲んだのが分かった。自分をズタズタにした相手に何の負の感情も抱いていない。まるで何てことのない日常であるかのように気にも止めていない。負け惜しみでも皮肉でもない。球磨川さんが心底から笑みを浮かべて礼を言っているのがわかったのだろう。それは負け続け、迫害され続けてきた志布志にすら理解できない感性だった。



「おい、球磨川。なぜこの学園に転校してきたのだ?マイナス十三組とは何だ?いや、そんなことより――」

黒神めだかが再び問いかけてきた。何かを堪えるように忌々しそうに唇を噛んでいる。そして、死体となって横たわっている王土を指差して激昂したように叫ぶ。

「これは一体どういうことなのだ!?なぜ、このようなことを!?許されることではないぞ!」

側頭部を貫通するように突き刺さったネジ。都城王土は間違いなく死んでいた。しかし、球磨川さんは何を言っているか分からないという風に首をひねっている。

『なぜ?うーん、理由はちょっと思いつかないから、めだかちゃんが適当に決めちゃっていいよ』

「貴様っ……!」

理由なんて、意味なんて無い。あったとしても黒神めだかに理解できるものではないだろう。もしかしたらボクにも……。それがこの学園の過負荷(マイナス)の頂点、球磨川禊なのだ。

『それにしてもめだかちゃん、非道い冤罪だよ。一体何のことを言っているんだい?』

「この期に及んで何を……え?」

驚愕の表情を浮かべる黒神めだか。この場にいる全員が同じように驚きで声を失っている。それにつられるようにボクもそちらへ目を向けると、そこには無傷で横たわっている都城王土の姿があった。側頭部を貫いていたはずの巨大なネジは、近くの床に突き刺さっているだけだ。まるで何も起きていなかったかのように、床の血溜まりまでもが綺麗さっぱり消失してしまっていた。見間違いではない。――これこそが球磨川さんの過負荷(マイナス)。

『あ、そういえばめだかちゃんも今は生徒会長やってるんだってね。善良な生徒に無実の罪を着せようだなんて、めだかちゃんも生徒会長らしくなったねー。昔の僕を見習ってくれたのかな?』

「……くだらん冗談はよせ。失敗例として以外で貴様を参考にするところなどない」

『ふーん、そう。じゃあ、僕もそろそろ戻ろうかな。意外と転校手続きって面倒みたいだし』

そう言って踵を返して去っていく球磨川さん。

『じゃ、また明日とか』







しばらくして、球磨川さんの重圧から解き放たれた阿久根と善吉くんは安堵のあまり思わず膝を着いてしまっていた。肉食動物と獲物が対峙していたかのような恐怖だったのだろう。他のメンバーもたった数分の会話でどっと疲労を感じているようだ。まるで異界にでも取り込まれていたかのような異様な空気に飲み込まれていたのだ。台風に遭遇した後のような滅茶苦茶にかき乱された感覚。これが今後の学園に撒き散らされることを思い、黒神めだか達は表情を厳しくさせている。そして対照的にボクはこれからの学園生活に心躍らせるのだった。



[24829] 「――過負荷には過保護しかないの」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/02/28 21:34
昨日の騒ぎによってフラスコ計画は中止に追い込まれることとなった。フラスコ計画の中核ともいえる都城王土のリタイア、そして他の再起不能になった多数の生徒達。『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の壊滅によって本来のフラスコ計画の続行は事実上不可能なのである。ただし、宗像形と古賀いたみ、名瀬妖歌(本名、黒神くじらといい、驚くべきことに黒神めだかの姉らしい)は無事に学校に登校してきているし、皮肉にも球磨川さんにやられた都城王土が一番の軽症らしく、退院したあとボク達の敵に回る可能性は高い。生徒会以外にも敵対勢力は多そうだ。





あれから球磨川さんにこの学園の情報を教え、簡単な打ち合わせをした結果、ボクは今後も生徒会副会長を続けるよう命じられていた。そのため、ボクは今日も生徒会室へと歩を進めている。

「あ、月見月先輩もこれから生徒会ですか?」

「こんにちは、喜界島さん。昨日あんなことがあった訳だけど、生徒会の仕事は待ってくれないからね」

途中出会った喜界島さんと一緒に廊下を歩いていく。どうやら喜界島さんの表情を見るに、球磨川さんが転校してきたということの意味を理解してはいないようだった。それも無理はない。漠然とした不安は覚えただろうが、球磨川さんの本当の恐怖は対等に向き合って初めて感じるものだからだ。

「昨日の……あの人は何なんですか?あんな敵意剥き出しの黒神さん初めて見た。それに人吉や阿久根先輩の様子も変だったし、逆に月見月先輩は仲良さそうで……。一体どうなってるの?」

「うん、そうだね……。球磨川さんは中学時代の生徒会長でボクはその役員だったんだ。めだかちゃんと善吉くんはボク達と敵対していてって感じかな。ボクと阿久根とはその頃からの付き合いだったんだけど、めだかちゃん側に寝返っちゃって今に至ると。ま、簡単に言えば中学時代の因縁だよ。めだかちゃんに聞けば詳しく教えてくれるんじゃない?」

「……何で月見月先輩は、あの球磨川って人と一緒にいたんですか?黒神さんが敵対してたってことは、球磨川さんは正しくないってことでしょ?正直あの人、気持ち悪いっていうか……いやな感じしかしなかったんだけど」

言葉を濁す喜界島さん。他人の友人をけなすことは好まないだろう彼女でも、どうしてもそう口にせずにはいられなかったのだろう。そして、その感覚は正しすぎるほどに正しい。

「喜界島さんがどう思っているかは知らないけど、――ボクはそんな正しい人間じゃないんだよ」

だからこその過負荷(マイナス)である。球磨川さんがどれだけの人間を不幸にしようと、どれだけの人間を抹殺しようと、そんなことは関係ないのだ。学園中が敵に回ろうと世界中が敵に回ろうと、球磨川さんがいればそれでいい。






ガラッと扉を開けて部屋に入ったボクを待ち受けていたのは、先に生徒会室で仕事をしていた皆からの驚いたような視線だった。

「ん?どうしたの、みんな?」

「いえ、てっきり瑞貴さんはもう生徒会には来ないものかと……」

「やだなぁ、私用(プライベート)と生徒会の業務は別だよ。球磨川さんがどうあれ、生徒会役員としての仕事は全うしないとね」

善吉くんの問いにボクはそう答えた。まさか敵地であるこの生徒会室にボクが堂々と足を踏み入れるとは思っていなかったのだろう。阿久根と善吉くんは疑わしそうに眉根を寄せている。実際、生徒会の動向を調べるためのスパイとして公私混同するつもりだしね。

そして、室内には生徒会メンバー以外に一人の来客がいるようだった。白衣を着た小学生のような小柄で幼い少女。善吉くんの母親であり、ボクの主治医でもあった人吉瞳先生である。中学入学以来だから五年振りくらいか。善吉くんに目を向けると、さすがに母親が学校に来てしまっているという現状に恥ずかしそうに頭を抱えていた。

「お久し振りです、人吉先生。今日はどうしたんですか?」

「久し振りだね、瑞貴くん。まったく……何度も善吉くんに一度うちに診察を受けに来るようにって言ってもらったのに全然来てくれないんだから。仕方ないから直接あたしが訪問診察に来たってわけ」

「それはすみませんでした。もう必要ないかなって思いまして。でもボクのことは本来の目的のついででしょう?」

ボクがそう言うと人吉先生はハァと溜息を吐いた。

「球磨川禊――あの子が再び学園に現れたなんて聞いたらいてもたってもいられなくてね」

球磨川禊。その言葉が出た途端、場の雰囲気が冷たくなった。黒神めだか、阿久根、善吉くんも昨日の出来事を思い出して表情を固くしている。だからって学校まで来るなんて相変わらず過保護、いや今後のことを考えれば妥当な判断なのかもしれないな。

「一度問診しただけだけど初めてだったよ、あんな大規模な過負荷(マイナス)。それに、気になって調べてみたら球磨川くんだけじゃなく、あたしが医局在籍中に個人的に目をつけていた過負荷(マイナス)の全員がこの学園に終結しつつあることが分かったのよ。そして、少なくともその内の二人は球磨川くんに匹敵しかねない過負荷(マイナス)の持ち主――」

マイナス十三組構想、早くも露見してしまったみたいだ。球磨川さんも話してしまっていたし、遅かれ早かれだったんだろうけど。生徒会のメンバーはその恐ろしい計画に息を飲んでいる。

「その一人が、すでに今年箱庭学園に入学している『致死武器(スカーデッド)』志布志飛沫」

「ぐっ……やはり彼女か。そして、あのレベルがあと一人転校してくるなんて……」

「あら、阿久根くん彼女を知ってたの?そう、だからもう恥ずかしいとか言ってる場合じゃないのよ、善吉くん。――過負荷には過保護しかないの」








それから数日の間に球磨川さんは動きを見せていた。マイナス十三組の新教室確保のために真黒さんの管理する旧校舎――軍艦塔(ゴーストバベル)を奪取を目論んだのだ。しかし、新しく転入してきた一年マイナス十三組の江迎さんによる襲撃は失敗。どうやら色々あって名瀬さんと共同研究していたらしく、『十三組の十三人(サーティンパーティ)』最強の女子である古賀さんに撃退されてしまったそうだ。ちなみに、それらの作戦にボクは一切加わっていない。黒神めだかの性格からして、敵だからといってボクを副会長を降ろしたりはしないだろうが、その口実も与えたくないのだ。少なくとも例の作戦を実行するまでは……。

「それで、診断結果はどうですか?」

放課後の生徒会室でボクは人吉先生の診察を受けていた。昨日から人吉先生は転校生としてこの箱庭学園に入学してきており、先ほどまで一緒に今後の作戦会議を行っていたのだ。ちょっとど忘れしてしまって会議の内容を覚えていないんだけど……。

「んー、多少精神に綻びはあるけど十分許容範囲内ね。安心したわ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!これでですか!?」

意外にも術後の経過は順調なようだ。人吉先生はほっとした様子でそう診断したが、その言葉を聞いて同じく部屋にいた阿久根と善吉くんが驚いたような表情を見せた。いまだにボクは過負荷(マイナス)だし、二人がそう思う気持ちは分かる。しかし、これでもかなり絶対値が下がったのだ。人吉先生は一瞬、表情を変えて悔しそうに唇を噛んだ。

「……これでもだいぶ落ち着いたのよ。精神外科医として不甲斐ないけれど、瑞貴くんには本当に申し訳ないけれど、私の精神外科手術ではこれが限界。あとは、これ以上のマイナス成長を抑えるだけよ」

「いえ、十分ですよ。ありがとうございます」

これはボクにとっては嬉しい報告だった。今のボクは過負荷(マイナス)を制御したいとは思っているが、過負荷(マイナス)を無くしたいとは思っていないんだから……。

ヴヴヴ…とポケットから振動を感じたボクは携帯を取り出した。発信者の欄を見ると『球磨川禊』の文字。もうそんな時間か。ボクはみんなに断りを入れて部屋の外へ出ると、受信スイッチを押した。しばらく無言が続き、ようやく電話の向こう側から声が聞こえてくる。

『えー。それではこれよりマイナス十三組の合同ホームルームを開始しまーす。議長は暫定的にこの僕、球磨川禊が務めますね』

これはテレビ会議の要領で一堂に会して行われる合同ホームルームである。例えるならチャットに近いかな。現在、マイナス十三組はほとんど学園に転入してきていないし、そもそも全員が集まれる広さの教室すら確保できていないのだから。

「……すみません球磨川さん。私が旧校舎の奪取に失敗して新しい教室を用意できなくて」

『だから気にしなくていいんだって、怒江ちゃん。マイナス十三組が全員揃うまではこの空いている二年十三組の教室で十分事足りそうだしね』

すでに転入してきている数少ない過負荷(マイナス)である一年の江迎怒江さんが、電話の向こうですまなそうに謝っていた。江迎さんとは一度だけ顔を合わせたんだけど、球磨川さんや志布志ほどではないが、凶々しい過負荷(マイナス)の持ち主だったということを覚えている。そして、ボクの方も現状を球磨川さんに報告をした。

「ボクの方でも現在、他の生徒会メンバーに秘密で新教室を探してます。一刻も早く生徒会の権限で新教室を借り切ってみます」

「あひゃひゃ!だったら剣道場とかどうですかぁ?剣道部は部員一人しかいませんし、廃部にして接収しちゃったらどうです?」

『なるほどねー。了解したよ、瑞貴ちゃん。それに不知火ちゃんもありがとう』

その後も会議を続けていると、突然電話の向こうから何かが壊れるような鈍い音が響いた。同時に聞こえてくる球磨川さんの呻き声。

『えーと、誰?』

「――元英雄」

その後、まるで建物の解体現場のような破砕音が連続で鼓膜を震わせた。

「ど、どうしたんですか!?」

「あー、早くも動いちゃいましたか。前生徒会長、日之影空洞。あひゃひゃ、気を付けて下さいね。何せその人、一人で軍隊と戦えちゃうんですから」

まるで何でもないことのように笑う不知火だけど、これはヤバイんじゃないか?慌てて現場に駆け出そうとするボクだったが、生徒会室から様子を見に出てきた人吉先生たちの姿にとっさに足を止める。ボクのあまりに切羽詰った大声が気になったのだろう。この状況で生徒会メンバーまで球磨川さんの元へ連れて行くわけには行かない。

「そんな大声出してどうかしたんですか、瑞貴さん?」

「いや、何でもないよ」

しかし、善吉くんも阿久根もその場を離れようとはしない。ま、ボクが過負荷(マイナス)側だってのは公然の秘密だし、何か起こったのではないかと警戒しているんだろう。……これじゃボクも救援には行けないな。

「それじゃ、電話切りますね」

諦めてボクは通話を終了した。球磨川さんの方は問題ないだろう。不知火さんから聞いた前生徒会長の異常性(アブノーマル)では、球磨川さんの過負荷(マイナス)を破れるとは思えないし。強さとか堅さとか重さとか、そういった勝負の次元に球磨川さんはいないのだ。とはいえ、ボクでは相手にならないほどの実力者であることは間違いない。今まで忘れてたけど、そういえば黒神めだか達が彼に協力を頼みに行ったんだった。ボクの想像以上に箱庭学園の掌握には手が掛かりそうだ。

「これは球磨川さんよりも自分の心配した方がいいかな。今のボクじゃ、間違いなく今後のマイナス十三組の足手まといだ。早くボク自身の強度を上げないと――」



[24829] 「生徒会戦挙だ!」
Name: 蛇遣い座◆6c321d10 ID:029d33b3
Date: 2011/03/05 18:53
「日之影空洞?誰それ?」

黒神めだかと名瀬妖歌が生徒会室に戻ってくるなり言った言葉に、その場の全員が疑問の声を上げた。二人が言うには新しい助っ人らしいけど、ボクにもそんな人物に心当たりなど無い。この学園にボクの知らない実力者が存在していたのか……!ともかく、その名も知らぬ新戦力に警戒心を抱いた瞬間、ボク達の目の前に一人の男が現れていた。

「なああああああっ!」

あまりにも巨大。2mなんて遥かに越えた、人間とは思えないほどの巨体がそこにはあった。しかも凄まじい威圧感。球磨川さんを底の見えない暗い谷底を覗き込むような根源的な恐怖だとすれば、日之影先輩は雲に覆われた巨峰を見上げるかのような圧倒的な圧迫感だと言えるだろう。まるで高層ビルと直接対峙しているかのような桁違いの重圧を感じていた。

――思い出した!日之影空洞!そういえばさっきマイナス十三組に襲撃を仕掛けてきたばかりじゃないか!

あまりの驚愕にボクは目を見開いた。完全に記憶から消えていた。これが日之影空洞の『知られざる英雄(ミスターアンノウン)』。戦闘力と隠密性を兼ね備えたその圧倒的な異常性(アブノーマル)にボクは脅威を感じていた。

「合格」

「不合格」

「合格」

日之影先輩は生徒会室全体を見回すと、真黒さん、善吉くん、人吉先生の順にそう言い放った。

「不合格」

「不合格」

「ギリ合格」

「同じくギリ合格」

そして、阿久根、喜界島さん、古賀さん、名瀬さんと続ける。まるで採点をしているかのような。最後にボクの方を見つめて――

「失格」

そう言って採点を終えた。唖然としているボク達をよそに日之影先輩はガリガリと頭を掻いて困ったような表情を見せる。そして呆れたように黒神めだかの方に顔を向けると、溜息を吐きながら非情な現実を報告した。

「……参ったな。別にそこまで高望みしてたつもりはなかったんだが、こりゃあ予想以上に惨憺たる有様だ。断言するぜ、黒神。このメンバーでマイナス十三組に挑むのは格安自殺ツアーを組むようなもんだ」

そう言って椅子に腰を下ろす日之影先輩は気が重そうに話を続ける。

「俺はついさっきマイナス十三組と接触してきた。率直に言って『話にならない』というのが奴ら過負荷(マイナス)への感想だ。そんな連中に敵対するに当たって生徒会役員の四人が揃って不合格、ましてその内の一人が失格だなんて問題外と言っていい」

日之影先輩はボクの方に向き直るとそのまま鋭い目付きで睨みつけてきた。そして忌々しげに表情を歪める。

「つーか黒神、副会長が過負荷(マイナス)ってどういうことだよ?赤点どころじゃなく、完全にマイナスじゃねーかよ」

「私の友達の悪口言わないで!」

喜界島さんが日之影先輩に食って掛かるが、こればかりは完全に日之影先輩の言うことの方が正しい。今この状況でも、どうすれば生徒会を潰せるだろうかと考えているくらいなんだから。まさに仲間にいない方がマシ。確かにマイナス採点も頷ける。黒神めだかを見ると、生徒会室の隅で瞠目して静かに日之影先輩の言葉に耳を傾けていた。ここは自分から黒神めだかに話を振っておくか。

「だ、そうだけど……めだかちゃん。ボクを罷免するかい?球磨川さんの仲間だというだけの理由で。あるいは過負荷(マイナス)だからという理由で」

「……するはずなかろう」

黒神めだかは当然のように言い放った。この言葉を聞いて日之影先輩も渋々とだけど、ボクについての追求は諦めたようだった。代わりに口にしたのは過負荷(マイナス)に対抗するための特訓――凶化合宿についてだった。マイナス十三組に対するためのメンタルトレーニング。この特訓によって、おそらくは飛躍的に生徒会の戦力は上昇してしまうだろう。悔しさでギリッと唇を噛んだボクだったが――しかし、さすがは球磨川さんというべきか、次の日の朝に早くも最悪な策が決行されたのだった。






『箱庭学園学校則第45条第三項に基づき、生徒会長黒神めだか。君に解任請求(リコール)を宣言する』

朝の全校集会、その壇上に上がった球磨川さんがマイクの前で宣言した。――生徒会の解散。それを聞いた全校生徒が驚きでどよめいた。困惑と混乱の渦に飲まれているのは生徒だけではなく、あの黒神めだかでさえ表情を引きつらせている。

箱庭学園学校則第45条第三項とは、生徒会の罷免に関する条項だ。生徒会役員に問題が起こった場合、全校生徒の過半数の署名をもって役員は即日罷免される。

「おい球磨川!ちょっと待てよ!言い掛かりも大概に……」

『おいおい、とぼけるなよ善吉ちゃん。今朝は剣道場には行かなかったのかい?』

善吉くんの言葉に被せるように、球磨川さんは罷免理由について楽しそうに説明し始めた。

『生徒会役員の私的な理由による剣道部の廃部。加えて剣道場の接収。公私混同、職権乱用による言い訳の余地も無いほどの不祥事だ。生徒会の解散なんて当然のこと。この署名がみんなの意見だよ』

「な、何を言ってやがる……」

『反論はあるかな、瑞貴ちゃん?』

そう言って球磨川さんはボクへと顔を向けた。みんなの驚いたような視線がボクに集まる。やれやれと首を振りながら壇上のマイクを手に取った。――これがボク達マイナス十三組の策。

「一片の間違いも無く事実です。申し訳ございませんでした」

剣道部を廃部にして接収した剣道場は、現在は暫定的にマイナス十三組の教室となっている。新教室の奪取に加えて生徒会の解散。これを同時に行うというのが不知火半袖の策である。

「そもそも瑞貴さんはお前の仲間だろうが!こんな茶番に納得できるわけ……!」

『善吉ちゃん、納得できないのは僕達の方だよ。昨日、転校したばかりの僕と副会長がグル?もうちょっと客観的に見て信憑性のある言い訳を考えて欲しいものだね』

「ぐっ……」

「それに誰が命令したところで、誰に命令されなかったところで、ボクのやったことはなかったことにはならないよ」

ボクがそう言うと善吉くんは悔しそうに唇を噛んだ。そして、場内もただならぬ雰囲気を感じ取り始めたのか、だんだんと静寂に包まれていく。そんな中、混乱から立ち直った阿久根が焦ったように大声で詰問する。

「だが!めだかさんも君のことは警戒していたはずだ。副会長の権限でそんな真似ができたはずがない!」

阿久根の言うことは正しい。黒神めだかはあらゆる案件に関して、ボクには決して最終決定権を持たせなかった。自分の敵対者を懐に入れる際には当然のことだし、球磨川さんが来訪してからはそれを徹底していた。しかし、それでも副会長である。――生徒会長の不在時になら、生徒会長の権限を行使することが可能なのだ。

「だから今朝、君達が登校してくる前に文書を作成して、理事長に提出しておいたんだよ。この集会が終わったら事後承諾しようと思っていたんだけど、タイミングが悪かったね」

「今朝だって……?いや待て……だとしたら、この一時間足らずで全校生徒の過半数の署名なんて集まるはずがない!貸せっ、こんなもの捏造に決まって……!」

球磨川さんから署名の束を奪い取った阿久根だが、その中身を見てさっと顔色が変わる。その署名に書かれている名前は全てマイナス十三組のものだからだ。一年マイナス十三組、二年マイナス十三組、三年マイナス十三組の三クラス総員の署名である。ボク達は理事長に転校生の数を水増ししてもらっていた。それにより、マイナス十三組の生徒数は全校生徒の過半数を超え、リコールが可能になったのだ。

「名ばかりの署名を集めて過半数か。ずいぶんと大した『みんな』だな、球磨川」

『おいおい、名ばかりだろうと人数合わせだろうと、この箱庭学園の誇るべき生徒だぜ?』

球磨川さんは両手を広げて楽しそうに黒神めだかに言い放つ。

『差別するなよ』

黒神めだかは悔しそうに球磨川さんを睨みつけている。この先の展開も読めたのだろう。生徒会則第45条第十七項『解任責任』――行事運営に支障をきたさぬよう、解任請求者は次期選挙までの間、臨時で生徒会長を務めなければならない。

『そう、転校してきたばかりで本来、立候補資格のない僕でもこの方法でなら生徒会長になれる。さあ、めだかちゃん。その似合わない腕章を、自分で外して、僕に渡すんだ』

「球磨川……!貴様という男は……どこまでマイナスなのだ!」

おどろおどろしい雰囲気で佇む球磨川さん。黒神めだかは憎々しげな表情で歯噛みした。そして、球磨川さんは壇上の中央で周りの生徒達を見回すと、堂々と宣言した。

『僕達が新生徒会だよ』

一斉に壇上に現れた四人の男女。球磨川さんの背後に出現した彼らこそがマイナス十三組の代表である。球磨川禊、志布志飛沫、蝶ヶ崎蛾々丸、江迎怒江、不知火半袖。この五人の集合図はやはり別格だ。あまりに凶々しく、あまりに寒々しい。その空間だけが切り取られたかのような、全身が総毛立つほどの絶対零度の異質さを周囲に感じさせる。特に阿久根や善吉くんなどは、向かい合った瞬間に手足が震え出し、逃げるように一歩後ずさりしてしまっていた。そして、球磨川さんは何事も無かったかのように生徒達に向き直り、いつも通りの最低(マイナス)なマニフェストを発表した。

『えーとまずは、授業および部活動の廃止』

『直立二足歩行の禁止』

『生徒間における会話の防止』

『衣服着用の厳罰化』

『手および食器などを用いる飲食の取締り』

『不純異性交遊の努力義務化』

『奉仕活動の無理強い』

『永久留年制度の試験的導入』

球磨川さんの言葉に一同がざわめき、直後にその喧騒がおさまった。目の前の理解不能な存在に対する恐怖と困惑で誰もがうつむき、口を閉ざしてしまう。その異様な雰囲気と異常な発言に呑まれ、まるで時が止まったかのように場が嫌な静寂に包まれた。

『以上の八点の実現に向けて一生懸命がんばることをここに誓います!みなさん応援してください!』

ここに球磨川さんの『エリート抹殺計画』は実現される。学園の生徒はおろか、生徒会役員までもが暗い表情で下を向き、絶望的な空気を漂わせている。しかし、その空気の中で黒神めだかだけが何か考え込むような様子で目を瞑っていた。そして、一拍置いてその凛とした声を場内に響かせる。

「黒箱塾塾則第百五十九項『塾頭解任請求に関する項目』」

そこで語られたのは箱庭学園の前身、ボクも知らない黒箱塾時代のリコールに対する規則であった。塾頭――今でいう生徒会長に解職を請求する場合、塾頭側と請求者側との決闘をもって次期塾頭を選出するという内容らしい。つまりは現生徒会と球磨川さん達との決闘の勝者が新たな生徒会長になるというもの。ボクはまるで知らなかったけど、この場面で嘘を言うはずも無い。百年以上前の黒箱塾時代から実在する規則なのだろう。

『なるほどね、それでこそ黒神めだかだ。校則や生徒会則くらいは当然知ってると思ってたけど、まさかカビの生えた塾則まで押さえているとは恐れ入ったよ。』

予想外のイレギュラーにも球磨川さんは余裕の表情を崩さない。しかし、これで間違いなくボク達の計画は瓦解してしまったのだ。

『してやられたよ。それともここまで計算どおりかな?不知火ちゃん』

そう言って球磨川さんは不知火の方に顔を向ける。そうだ、学園のことは自分が一番知っていると豪語していた不知火が塾則を知らなかったなんて有り得るのか?ボクも不知火の様子を窺うが、その退屈そうな表情は先ほどとまるで変わっていない。しかし、おそらくは球磨川さんの言うとおり不知火の計算だろう。悔しさで自分の拳を強く握り締める。迂闊だった……。こんなことなら不知火を信用せずにボクの方でもきちんと調べておくべきだった!

「異存はないようだな。ならば規定に基づき、たった今この瞬間より新生徒会と現生徒会の決闘を開始する。生徒会選挙――否」

黒神めだかが堂々と宣言する。

「――生徒会戦挙だ!」







そして放課後、ボクは校内の空き教室にいた。目の前には風紀委員長であり、『十三組の十三人(サーティンパーティ)』の一員でもあった雲仙冥利の姿がある。雲仙はだるそうな表情を浮かべながらボクの方を見上げていた。

「で?オレをこんなところに呼び出して、いったい何の用だよ」

「――ボクと殺し合い(スパーリング)をしてもらう」

「ほぉ……面白れぇじゃねーか」

雲仙の疑問にボクは真剣な表情でそう答えた。その証として両手を軽く上げ、半身になって戦闘態勢で構える。ボクの言葉に雲仙は目付きを鋭くさせ、口元を上げて獰猛な笑みを浮かべた。その小柄な体躯からは想像もできないほどの才気が全身から迸っているのを肌で感じる。

「休み時間のたびに武道系の特待生(スペシャル)が狩られてたみたいだが、テメーの仕業だったか。おかげで今日は保健委員が大忙しだったそうだぜ?」

「特待生(スペシャル)といっても、やっぱり準備運動にしかならなかったけどね。鍋島先輩はこれを察知していたのか、どこを探しても見つからなかったし」

そう言ってボクは溜息を吐いた。鍋島先輩に挑んで阿久根と戦う場合の予行演習にしようと思っていたんだけど、当てが外れてしまった。ま、でも通常の武術家の相手にはだいぶ慣れたし、もう十分だろう。戦挙のための練習台には、やはり異常者(アブノーマル)こそが相応しい。

「なら風紀委員として、テメーを取り締まらない理由はねーよな」

「取り締まりなんて、ぬるいことは言わないで欲しいね。君のその『やり過ぎの正義』にボクは期待しているんだから。手加減無しで、殺す気でお願いするよ」

――それに、そのくらいでなければボクの特訓(トレーニング)にはならない

今回の件で不知火は信用できないことがわかったし、おそらく戦挙にはボクが出ることになるだろう。そのためにはボク自身の強化が不可欠なのだ。ボクの体術で、過負荷(マイナス)で、異常者(アブノーマル)達に対応するための経験を身に付ける。それがボクの考えた戦挙までに強度を上げる特訓だ。

「ま、ツキが無かったと思って諦めてよ」

――そうして、空き教室でボクと雲仙は人知れず激突した


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