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【巻頭の言葉】

疑惑のチャイナ・マネー

(こもりよしひさ)/ジャーナリスト

古森義久


 アメリカの大統領選挙キャンペーンがますます熱気を帯びてきた。本番の投票まではまだ1年以上もあるのに、共和、民主両党とも、候補者たちはあたかも来週、投票が実施されるかのような切迫した感じの運動を繰り広げる。
 そんな過程でカギとなるのは、どの候補にとっても、選挙資金である。
 この選挙資金の流れをめぐって、民主党側にチャイナ・マネー(中国系資金)がまた黒い姿をあらわにし、ヒラリー・クリントン候補ら各陣営を激しく揺さぶりはじめた。クリントン陣営では9月中旬、犯罪逃亡人の中国系活動家が一括して募金したチャイナ・マネーをなんと85万ドルも返済した。その巨額の献金はすべて不正、あるいは不適だと認めた末の措置だった。
 チャイナ・マネーについて「また」と書いたのは、中国絡みの疑惑の資金がアメリカ民主党の候補たちに流れ込むことは、1990年代のクリントン政権時代にも頻発したからだった。じつは民主党側の選挙活動に中国系の資金が不透明なかたちで注入されるのは、近年のアメリカの選挙のパターンとさえなっているのである。
 だから今回の大統領選でも、チャイナ・マネーの軌跡はアメリカの選挙の構造や動向の読み方にもつながってくるといえる。
 現在のチャイナ・マネーの台風の目は、ノーマン・シュー(徐)という、56歳の中国系の人物である。ニューヨークを拠点とするアパレル系のビジネスマンという触れ込みで、2003年末に当時の民主党大統領候補だったジョン・ケリー氏に大口の献金をしたのを皮切りに、民主党の大統領候補や連邦議員候補に、文字どおり湯水のように寄付を続けてきた。
 シュー氏の献金相手はエドワード・ケネディ上院議員、ダイアン・ファインシュタイン上院議員、そして慰安婦決議案のマイク・ホンダ下院議員、さらにはエド・レンデル・ペンシルベニア州知事から民主党全国委員会まで、じつに数が多い。
 ここ4年ほどのあいだに、シュー氏の献金は、同氏自身の個人分が少なくとも75万ドル、同氏が一括して募金した分が180万ドルにも達することが判明した。ヒラリー女史が返還するというのは、そのうちの85万ドルなのである。いやはや、単独の人物による民主党側に絞っての、まさに洪水のような献金なのだ。
 ところがこの全米でもトップ級の献金者であるシュー氏が、じつは1992年にカリフォルニア州の裁判所で詐欺や窃盗で禁固3年の実刑判決を受けながら、服役直前に逃亡したままの有罪被告であることが判明した。大手紙『ウォールストリート・ジャーナル』の調査報道で明るみに出た。
 香港で生まれ育ったシュー氏は、18歳で留学を目的にアメリカに渡り、その後、米国籍を得た。さまざまなビジネスに手を付けながら、偽装倒産や詐欺商法に近いことをしてきた記録もある。そんな人物が逃走中に全米有数の政治献金者として長年、活動できたというのもナゾだし、巨額の資金がどこから出たのかもミステリーである。
 シュー氏は本人自身で献金するだけでなく、ほかの中国系住民の名を使って募金をすることでも有名だった。ホンダ議員あてには、カリフォルニア在住の貧しい中国系住民のポー(鮑)一族の名で3000ドルをこの6月、寄付した。下院外交委員会が慰安婦決議案をまさに採決しようとする時期だった。
 シュー氏のこうした異様な献金活動の背後にはどうしても中国当局の触手が浮かび上がってくる。中国政府とのきずなを裏づける確たる証拠こそ当面はないが、シュー氏は「中国との取引」を売り物に、詐欺まがいの資金集めをしていた。
 そのうえにこの種のアメリカ国籍の中国人が、民主党側への献金ではじつは中国の政府や軍の要人から資金を得ていたことは、1996年のクリントン大統領再選キャンペーン後に明るみに出ていた。
 シュー氏は9月中旬現在、逮捕された状態にあり、その背景は今後の捜査でかなり判明することだろう。だが今回の事件は、1990年代の一連の事件と併せて、アメリカの選挙がきわめてオープンであり、その資金提供には中国政府ときずなをもつような怪人物でも容易に参加できることをあらためて印象づけた。
 外国勢力がアメリカの政策や態度を自国に利益となる方向へ動かすことが、政治献金という方法で可能なのである。慰安婦決議案に対するホンダ議員の動きなど、いかにもそのメカニズムの機能をうかがわさせる。外国の機関や個人からの政治献金は法律で禁じられているとはいえ、中間にシュー氏のようなクッションを置けば、それも可能になる。
 もし特定の外国勢力によるアメリカの選挙への働き掛けが、その外国へのアメリカの政策をその国に有利に動かす目的にあるとすれば、その外国とぶつかり合う第二の外国には不利になるアメリカの政策の形成にもつながってくる。
 となると、日本もアメリカ大統領選挙での中国絡みのこうした疑わしい動きには無関心ではいられなくなるわけである。
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