戻る

リトルワールド考 2003/3/27 (2003/11/7加筆訂正)

掲示板でリクエストがあってからだいぶ立ちましたが、今回はそれに答える形でのリトルワールド論。

リトルワールドとは、愛知県犬山市の広大な丘陵地に作られた、野外民族博物館。

昭和58年3月に開館した、世界で初めての野外民 族博物館 です。世界の民家を移築・復元し、現在22ヶ国、33施設の野外展示家屋を有しています。見て、食べて、体験するパスポート のいらない一日世界旅行が楽しめます。」
リトルワールド公式サイトの説明文。)

都市近郊の観光施設として、全国的に知名度が高いわけではないが、僕が生まれ育った東海地区では、周知率はかなり高い。例えば個人的な経験で申し訳ないが、高校生あたりまでのバス遠足となれば「晴れたら遊園地、雨が降ったらリトルワールド」が定番だった。当然(どの辺が「当然」かは後述)晴れることを願ったわけだが、そういう日に限って有意の差で雨が降るもので、何度かリトルワールドに文句言いながら行かされた思い出がある。また、これも余談だが、中学校のとき自転車でこけて顔半分擦り傷負った奴がいたのだが、そいつは顔が治るまで「リトルワールド」というあだ名がついたことがある。まあ、それくらい東海地区では知名度高かったわけだ。

NAME.GIF - 1,098BYTES
参:リトルワールドのロゴ

閑話休題。先日、そのリトルワールドが閉鎖される、という発表があった。名古屋鉄道株式会社(以下名鉄)のレジャー部門の経営が思わしくなく、それがもともと経営状態の良くない本社の財政をさらに圧迫しているためだという。新聞(2003/1/25中日)によると、まず子会社への運営委託が決定されたが、さらに1/28には名鉄本社がリトルワールドの自力での存続を断念し、2005/9以降(万博終了後)をめどにリストラ、すなわち閉鎖することを決定した。

http://www.meitetsu.co.jp/little/というURLを見てもわかるが、もともとリトルワールドは名鉄のレジャー事業の一環で運営されていたもので、それ単独で運営されていた事業ではなかった。鉄道会社が郊外の終着駅付近にテーマパークを運営することは良く見られることで、平日朝の下り電車、夕方の上り電車、休日の電車の乗車率アップをもくろむ。関東だと西武遊園あたりが顕著な例となる。犬山という土地も類に漏れず、犬山駅が名鉄小牧線、名鉄犬山線、名鉄各務原線、名鉄広見線の終着駅となっていて、リトルワールドを初めとして明治村モンキーパーク日本ライン下りなどをかかえ、都市近郊の観光地として賑ってきた。過去、名鉄の関係者からは「犬山といえば『ドル箱』」とまで呼ばれていたらしい。ところが最近の不景気のあおりを受けてこれらの収益は大きく落ち込み、その損益が名鉄の重荷となっていたようだ。

確かに「テーマパーク」としてのリトルワールドはあまりすばらしいものではなかった。まずユーザビリティが悪い。

僕は今年二月に同じゼミの連中と一緒にリトルワールドに行った。誰かの車に同乗する事も考えたが、遠さを自ら実感するためにわざわざ電車を使ったのだが、やはり遠い。名鉄電車とバスを乗り継ぎ2時間。これは別段僕が僻地に住んでいるというわけではない。リトルワールドが僻地にあるのだ。ふらっと行くにはあまりに遠い。しかも季節によっては16:00には閉まって(参:営業案内)しまうものだから、朝から、いや前日から「明日はリトルワールド行こう」と考えていなければ、とてもこられるような場所ではないのだ。

しかも割高だ。公共交通機関を使えば行き帰りで平均\2000以上かかるし、車で来たところで駐車場料金は\800だ。しかも入園料も大人一枚\1600で、中の民族衣装着用体験も\300〜\500と、なかなかバカにならない。ほか、土産や食事とかを考えると、リトルワールドで一日思いっきり楽しもうとしたら交通費込みで一人1万くらいかかる。展示物のわりに高い。

それでもそれを打ち消すくらいの魅力があればいい。いくら遠い、高い、といえども、東京ディズニーランド、ディズニーシーは入場料が一日大人\5500にもかかわらず日本中から人が集まってくる。しかし、リトルワールドにはディズニーのようなブランドの魅惑や、何か人を強く刺激するアトラクションがあるわけでもなかった。さっき書いたとおり、一般の学生達にとって、リトルワールドとは雨天時の遠足でいやいや行かされる場所であり、同じく中部地区最大の遊園地であるナガシマスパーランドなどと比べると、明らかに魅力に劣る。スチールドラゴンもフリーフォールもホワイトサイクロンも無く、あるのは奇妙なつくりをした建物ばかり。予備知識のない学生やアトラクションを期待した客にとってはリトルワールドはそのように見えた。初見でそう判断した客はもう来ない。

実は「来れば来るほど味が出る」タイプであったリトルワールドにとって、それは不幸であった。収益はそのまま落ち込む。二つあった常設展は一つ減らされ、代わりに土産物屋に変わった。民族資料とは全く関係ない「ストラックアウト」も設置した。割引クーポンも出した。しかし不況で入場者は伸び悩んだ。もし単独経営だったら存続が考えられないような損益を出す中、閉鎖が決まった。ある意味では必然であったかもしれない。

さて、この閉鎖に対してどう考えるべきか。必要がなくなったものは壊してしまえばいい、と言う意見もあるだろう。いつの世も必要とされるものは生き残り、必要とされないものは壊れ、廃れてきた。必要とされているものなら閉鎖の憂き目に会うはずも無いのだし、つまらない意地を張らずに取り壊してしまうべきではないか。形あるもの皆壊れる。壊れたものは必要になったらまた作ればいいじゃないか・・・。

考え方には賛成である。坂口安吾を信奉する僕は、「必要」という二文字に関しては常に関心をめぐらしている。だから特に、娯楽施設であるテーマパークなればそれ(「必要」すなわち集客)を最重要視するのは当然であって、人心を刺激しないテーマパークには同情の余地など無いのだ。

しかし、僕はそれでもリトルワールド存続を訴えたい。なぜか。リトルワールドは「野外民族博物館」だからだ。そして、テーマパークとしては三流でも博物館としては世界でもまれに見る一級の施設がごろごろ転がっているのだ。収益を度外視しても残す価値がある、そう踏んでいるのである。

博物館としてみたリトルワールドは凄まじいものがある。愛知県犬山と岐阜県可児にまたがる丘陵地帯に123万平方メートルと言う巨大な敷地を構え、そこに世界各地の特徴的な住居がゆったりと並んでいる。そして、その一つ一つが資料として非常に貴重な建築物なのだ。

例えばネパール仏教寺院なんかは車も通らぬ山腹に住むシェルパ族の村へ実際に赴き正確な実測を行い、さらに現地の絵師を連れ帰ってきて全て手書きによって仏画も再現(非常に貴重)、完成までに二年は費やした大建築である。しかし近年、その伝統も現地で危ぶまれている。つまるところ、新築でありながら作り直しが利かないのである

また、そのほかにもインド・ナヤールカーストの妻問い婚の住居、オンドルのある韓国旧地主の家、馬祖信仰が窺える台湾農家、成功した日系移民の生活が見られるペルー・アシエンダ領主の邸宅などなど、海外旅行なんかではまず見る事の無いような(というか海外旅行にすら行かないような)地域の、大いなる特性を示す建物でいっぱいだ。どれも屈指の研究者が確かな調査をもとに移築・再現したものばかりで、細部まで抜かりは無い。建物ひとつにその土地の生活習慣がここまで映し出されているとは、と驚愕必死である。それぞれを一つずつ博物館として切り離してもいいくらいの施設だ。文化人類学を学ぶ際、ここほど一度に世界中の民族文化を学ぶ事の出来る施設は他にない。各種文化を先進・後進と捉えるのでなく、それぞれの土地・時代で独自に発達・適応を遂げた物として等価値に捉えようとする文化人類学の需要自体も、世界の人口移動、交流、交戦が活発化している今、年々高まっている。

また、人をひきつける魅力に関しても、本当は光明がある。実は、上で書いた「来れば来るほど味が出る」というのがミソ。博物館と言う性質上、ある程度の予備知識が必要なのだ。しかも、文化を発展史的に考えるのではなく、その場その場で適応し、発展した物として異文化を等質に見ようとする文化人類学としては、この前提としての段階がより重要で、それを理解していないと「古くさーい」で終わってしまう。そして、それがあればこそ、初めてその面白みが理解できるようになる。

作り直しが利かず、資料として大変有用で、本当にも面白いリトルワールド。公の力を介入させてでも残す意味はあるのではないか。

追記:
ネパール仏教寺院を作った学者は僕の恩師(卒論副査担当)で、著名な文化人類学者・稲村哲也氏。色々ネタにさせてもらいましたが(これこれこれ)、飲み会では「これからリトルワールド存続運動を始める」と明言した。どのような形になるかちょっと注目していきたい。

戻る

1