見聞記
脱サラ、大阪から移住 わが子に秋田で教育を
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飲食店が立ち並ぶ秋田市山王の一角に2007年10月、韓国料理の店がオープンした。オーナーの金成洙さん(49)は「教育に熱心な県で子供を育てたい」との思いで一念発起。脱サラして大阪から一家で移住し、同市に店を構えた。人口規模も言葉もまるっきり異なる北国の環境にしばらく戸惑ったが、3年たった今、「引っ越して来て良かった」と感じるようになった。
本県への転居を意識し始めたのは4年前。広告代理店に勤めていた金さんは取引先の大学を訪れた際、「秋田の教育水準は高い」と聞かされた。一人息子の成富(なりと)君は小学校に入学したばかり。「せっかくなら小さいうちからいい教育を受けさせてやりたい」。そんな思いに駆られた。
とはいえ、秋田で一家を養う仕事にありつける保証はない。友人もいない。都会暮らしの自分たちが、秋田の生活になじめるのか―。不安を挙げればきりがなかった。
1年ほど悩み続けた末、思い付いたのが韓国料理の店。妻の朴蘭淑さん(49)が作る本場の家庭料理で生計を立てようと考えた。そして引っ越し。「一種の賭けやったね」と金さんは振り返る。
子供の教育のため一家で移住するという選択は、自身の経験に裏打ちされた決断だった。在日韓国人三世の金さんは大学卒業後、ことごとく就職に失敗。韓国人が日本で働くなら、抜きんでた学力を身に付ける必要があると痛感させられたという。朴さんも日本以上に受験戦争が激しい韓国の出身だけに、教育に懸ける思いは人一倍強かった。
秋田市に「秋楽苑」を開店して数日後、全国学力テストの結果が発表された。小学6年の国語と算数の成績は全国一。その吉報を耳にした瞬間、「秋田を選んだのは間違いじゃなかった。成富は最高水準の授業を受けているんだ」と感激した。
ところが親の期待とは裏腹に、当時2年生の成富君の表情は日に日に沈んでいった。自分が周囲に明るく語り掛けても関西特有のツッコミのような反応が得られず、冷ややかな目で見られた気がしたという。友人をつくれず一人で悩み、「学校に行きたないわ」と毎日泣きじゃくった。
「父さんと母さんがお前を守ったる」と言い聞かせたが、とうとう、学校を1週間休むことに。店も軌道に乗らず、不安定な経営がしばらく続いていた。朴さんは幾重もの悩みに押しつぶされそうになり、成富君と抱き合って泣いたこともあった。
そんな危機を救ってくれたのが、担任教諭や同級生たちだった。家にこもっていた成富君を迎えに来てくれたのだ。それを機に登校を再開。5年生になった今では笑顔で帰宅するようになり、学校嫌いは収まった。自宅に遊びに来る友人も増えた。
朴さんは「学力も大事だけど友達づくりも大事。支えてくれる仲間ができ、成富は秋田になじんで成長した」と目を細め、「秋田に来て良かったと思う」と実感を込める。
当初は授業についていくのに苦労した成富君だが、今では帰宅後に予習復習をする習慣が身に付いた。「大阪にいたころより宿題が多いわ」と漏らしつつ、「つらいことがあったけど秋田もまあまあやな」と言える余裕も出た。
家族の固い絆(きずな)で乗り越えた大きな壁。たくましさを増した成富君に対し、両親は「日韓の懸け橋として活躍できる大人に育ってほしい」と期待を寄せる。
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