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[25889] 【習作】スタンドバイ(リリカルなのは・オリ主)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/07 23:30

はじめまして。

ss初体験と言うことで、つたない文章ですが、よろしくお願いします。
書き方や間の取り方など、おかしなところがあれば、指摘してください。



・オリ主
管理局員(地上部隊)のオリ主が、アニメに参加する話です。
オリジナルの魔力変換資質を持っています。

・戦闘描写
くどいうえに、状況がわかりにくいかもしれません。
悪い点は感想で指摘していただけるとありがたいです。

・独自設定
管理局や次元世界について、独自の解釈や設定(妄想)があります
あきらかにおかしな点があれば教えていただければ幸いです。



以上の点が気にならず、
「どうれ、俺の貴重な時間を君のために無駄にしてやろうではないか」
そんなの心の広さをもったかたは、一度読んでみてください。



[25889] プロローグ ジュエルシード発掘時の小さな事件(前編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/07 23:34

いったい、どれほど昔から使われていなかったのだろう
ぼろぼろに朽ち果て、その意匠を覆うように砂が積もった建物――いや、遺跡の内部を一人の少年が飛んでいた。
比喩ではない。実際に宙に浮き、遺跡の崩れかけている床を避けるように飛行して移動していた。
金色の髪は砂の汚れで輝きを失い、その顔には疲労の色が濃く表れている。
それでも、彼の腕は体の半分ほどもあるケースを、決して離さぬように抱えていた。

なぜこんなことになってしまったのか。
少年、ユーノ・スクライアはこの状況に至る過程を思い出す。



少年はスクライア一族という、遺跡発掘をなりわいとする一族の拾い子だった。
一族の人は、彼に惜しみない愛情と、力を発揮できる環境を与えてくれた。
魔法の才能があることがわかれば魔法学校に入れるように、学校を卒業して戻ってくれば遺跡発掘チームの責任者にする、というように。
特に後者などは若干九歳の子供を抜擢するということで、反対する者も大勢いるかと思ったのだが、案外すんなりと決まってしまった。
もちろん、自分を含む一族の少年たちを中心に組織された発掘チームは、単に若者たちに実地で経験を積ませるためのものであり、仕事の内容も学術的な調査が主で危険性の低いものだった、という要因も大きいのだろう。

しかし、一番の要因は彼が本当に優秀だったからだ。Aランクの魔導師であり、魔法学校を本来の半分の期間で卒業した彼の実力を疑う者はいない。
誰もが足りないのは経験だけだと考え、それを補うための今回の抜擢には反対しなかったのだ。

ユーノも、今まで世話になってばかりだった自分が一族のみんなと働ける時が来たことを喜んだ。
そして簡単な仕事とはいえ自分にできる限りのことをしよう、と。
そう考えたて、今回の発掘には非常に熱心に取り組んだ。



そして彼は一つの発見をした。
遺跡内部の意匠から当時の文化を調べている時に、当時の建築様式と比べて床が妙に厚い部分を見つけたのだ。

そこからはトントン拍子に話が進んだ。
念入りに調査をした結果、床の下に空間があることが判明し、近隣の町から人足を雇い掘り返してみれば、その空間の内部から二十一個の植物の種のような形をした青い宝石「ジュエルシード」が見つかった。
それは非常に大きな魔力を内包しており、間違いなく失われた古代の遺産、ロストロギアと判断される物だと思われた。

予想していなかった収穫に自分を含む発掘団は色めき立ち、ユーノ自身もとても喜んだ。
発掘されたロストロギアは、一般的には一度管理局に提出され、危険性のあるものは管理局で厳重に保管される。発掘者が個人的に所有することはできないが、それでも少なくない謝礼が管理局から支払われると聞いている。
これで自分を育ててくれた一族に、恩返しができる。



ユーノの人生は、そこまでは順風満帆だったのだ。
生まれは少し不幸だったかもしれないが、能力を鍛えるための最高の環境を与えられ、努力は彼を裏切らずに成果を出していた。
だが、そこで致命的な失敗をしてしまった。
経験不足――結局はその一言に尽きるのだろう。

しかし、根本はそれではない。
物心ついたころから温かな環境で育ってきた――つまり、彼は悪意を知らなさすぎた。



ジュエルシードが発掘されたのは日も暮れようとする頃だった。だから、管理局へ届けるのは明日夜が明けてからにしようと判断した。
そして、夜が明ける前に、発掘団のキャンプが盗賊に襲われた。

たまたま起きていた彼は仲間を逃がそうと懸命になった。
そして彼は、発掘したジュエルシードを抱えておとりになることを選んだ。そうすれば盗賊たちは自分一人を狙い、仲間たちは逃げることができるだろうと。
それに、自分一人であれば逃げ切る自信があった。
なにせ、幼くとも彼はAランクの魔導師である。ただの盗賊が相手なら、管理局が来るまでの時間は十分に稼げるだろう。



(甘かった!)

つい先ほどまでの自分の、楽観的な予測に後悔する。
誤算は一つ。
盗賊の中に高ランクの魔導師がいたこと。

その魔力量は、おそらくAAランクはあるだろう。あれほど高レベルな魔導師がいるとは、まるで考えてなかった。
遺跡内でその男と対峙した時、勝つことは無理だと直感的にわかった。
獅子の眼前に放り出された兎のような感覚。哀れな兎にできることはただ一つ、逃げること。

捕縛魔法と結界魔法を組み合わせて少しの時間をかせぎ、そのわずかな間を利用して、気付かれることなく外に続く抜け道に逃げ込む。
このまま遺跡の中にいても追いつめられる。それならば一か八か、外に出て少しでも早く管理局に合流できるようにしよう。

(この出口は発掘団の仲間しかしらない。少しは時間が稼げるはず……!)

そして細い道を器用に飛行して、彼はついに遺跡から抜け出した。目の前には一面の砂とそれに埋もれた遺跡群が広がっている。
地平線のむこうからは、太陽が昇り始めていた。
明るさに一瞬目がくらむが、管理局の基地はどちらだったか方向を確認しようとして――彼の体は凍りついた。



「よう、少年。なかなか速かったじゃないか。良いことだ」

頭上から声がする。凍りついた体を動かして、上空を見上げる。
そこには内部で対峙した魔導師がいた。その顔には自身の予想が的中したことを喜ぶ笑みを浮かべている。

「ど、……うし、て」

思わず口から疑問が漏れる。

「ん?ああ、どうしてこの出口がわかったかって?」

男はデバイスを構えながら語り出す。

「最近は盗賊だけじゃ食っていけなくてね。少年たちが雇った人足の中に、うちのメンバーがいたのさ。
 そいつは少年の仲間から遺跡の構造を――もちろん抜け道のことも――聞き出していて、俺たちはその情報を参考にした上で襲撃をかけている。俺から逃げるために、少年が抜け道を通ろうとすることは簡単に予想できるさ」

マジックの種明かしをする子供のように楽しそう語りながらも、彼のデバイスの先には青色の魔力光が集まっていく。

「それじゃあ、急いでるんで撃たせてもらう。
 死にたくなければ今すぐ地面に降りてくれ。非殺傷だけど、この高さから落ちれば死ぬかもしれない」

ユーノは地面から五メートル程度のところに浮いている。下は砂だが、落ち方によっては危険だろう。
この状況から逃れる方法は思いつかない。それなら、少しでも時間をかせがなければ。
ユーノは口元に無理やり笑みを浮かべ、はったりをかます。

「……いいんですか?そのまま撃ったら、このジュエルシードを巻き込んじゃいますよ。そしたらこれが暴走、もしかしたら壊れてしまうかも――」

「その箱が外部の影響をカットするように作られていることも聞いている。
 子供は駆け引きなんて小賢しい真似はしないことが、長生きの秘訣だ。生きていたら参考にするといい。
それじゃ、さよなら。」

男はユーノの発言を一蹴した。今ので稼げた時間はほんの数秒。これでは何も変わらない。
ユーノの目には、男が魔法を放つためのトリガーワードを唱えるようとするのが見える。

(もう、駄目だ)

これから襲い来る攻撃を想像し、思わず目を閉じる。



――――風が吼えた。



体の底に響くような轟音。吹き飛ばされそうなほどの烈風。
驚いて目を開けようとするが、風で舞い上がる砂煙で何も見えない。
砂煙が落ち着いて目が開けられるようになるまで、十秒ほどかかっただろうか。
ようやくユーノが目を開けると、先ほど男がいた場所には、一人の青年が立っていた。




[25889] プロローグ ジュエルシード発掘時の小さな事件(後編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/07 23:38

突如現れた青年の姿を見る。

褐色に近い赤髪。
体格は良いが、その顔はいまだ子供っぽさを残している。年齢はおそらく15歳前後だろうか。
茶色のバリアジャケットは、色こそ異なるものの管理局の標準的なものに近い。よく見れば少しロングコートに近い形状になるようにアレンジしているが、それくらいしか差はない。

右手には片刃の剣。それはアームドデバイスと呼ばれる武器だ。
先ほどの男が持っていたような普通のデバイスが魔法の行使を補助するのに対して、青年の持っているようなアームドデバイスは武器としての役割を兼用している。欠点として、記憶できる魔法の数や処理速度は劣るという特徴を持つ玄人好みの武器だ。

そして両足にも銀色のブーツ型のデバイス。
こちらもアームドデバイスなのだろうか?しかし、とても武器に使うような特殊な形状はしていない。


青年はユーノの方を向き、口を開く

「そこの君、戦いに巻き込まれないように、物陰に隠れていて」

終わったら呼ぶから、と付け加えると、青年の視線はユーノから視線をはずす。青年の視線の先には、あの魔導師が浮いていた。傷ついてはいるが、その顔にはいまだに笑みを浮かべている。
ユーノは、なにか自分にできることはないかと思い、せめてもの助言をする。

「気をつけてください!相手はAAクラスの魔導師です!」

この程度でも、ないよりはましだろうと信じて。




「痛いなあ……、いきなり攻撃するなんてひどいじゃないか。管理局はいつからそんな喧嘩っ早くなったんだい?」

男は飄々とした様を崩さずに青年に話しかける。

「かよわい少年に魔法を撃とうとしている奴が善良なわけないだろ」

青年はそれに対しておどけたように、デバイスを持っていない左手を肩まで上げて、あきれたというジェスチャーをしながら応える。
そして、男に問いかける。

「一応聞くけど、発掘団を襲った盗賊だよね?」

「まあね。それにしても早かったじゃないか。管理局が来るにはもう少し時間がかかると思ったんだけど」

「俺一人先行したんだよ。速さには結構自信があるんだ」

男はその発言を聞きほくそ笑む。
彼は飛行魔法によってやってきた。管理局の地上部隊は飛行魔法を使用できるものはそれほど多くないと聞く。そして、下が砂地であるこの地形では、飛行魔法を使える者と使えない者では速度に大きな差ができる。

それはつまり、青年さえ迅速に倒せば、発掘団の少年を捕まえて逃げきるだけの時間は十分に稼げるということだ。

「それは身を持ってわかったよ」

そして、男は先ほど受けた攻撃から相手の戦闘スタイルを想像する。
その攻撃方法とは、超高速で飛行してその勢いのまま一撃を叩きこむ、という単純なもの。単純ではあるが、それゆえに強力な一撃。
もう少しでその不意打ちをくらうところだった。とっさにデバイスで防ぎ、なんとか吹き飛ばされるだけですんだ。男が不意打ちに気づけたのは、風を切る音が聞こえたからだ。もしも相手の飛行速度が音速を超えていれば、気づくことはできなかっただろう。
もっとも、音速を越えることができる魔導師など、時空管理局全体でもほとんどいない。

(地上などにそれほどの魔導師がいるわけがないか)

男は無駄な仮定を考えている自分に苦笑する。
そして、青年を倒すための過程を構築する。



「さて、お互い自己紹介といこう。おれはウィリアム・カルマン三尉だ。おとなしく投降して――」

目の前の管理局員はのらりくらりと会話を続けようとしている。おそらく、部隊が来るまでの時間稼ぎをしようとしているのだろうが。

(それにのるつもりはない)

男は話を聞くことなく、スフィアを作りだし誘導弾を放つ。
青年は慌てて防御魔法で防ぐ。

男の構築した戦術は単純なものだった。
男の目的は可能な限り早く、確実に倒すことだ。ならば自分のもっとも得意とする戦法で戦うことが最善。
選んだのは、多数の誘導弾で足止めし、高威力の砲撃魔法で仕留める――という定石中の定石。

この戦法は、正攻法ゆえに相手が自分以上の実力を持っていれば通用しない可能性が高いのが欠点だ――が、AAランクの自分に敵う相手はそうそういるまい。ましてや地上などに。
これは何も管理局をなめているわけではない。自身が管理局にいた時の経験によるものだ。



男は昔、管理局の武装隊にいた。部隊内で自分と一対一で戦って勝てる奴はいないほどに強かったし、海に派遣された時には模擬戦で執務官と対等に戦ったこともある。

そんな栄光を思い出すと、同時に転落の記憶も思い出して、嫌な気分になる。
武装隊の隊長が辞めて、新しい隊長を選定する時のこと。
誰もが次の隊長は男だと思っていた。しかし、部隊の一人が男に濡れ衣をかぶせたことで、その道は途絶えた。男は犯罪者となり、陥れたそいつは隊長に選ばれた。
そんなよくありそうな話。

それを思い出すと、心にかつての憎しみが再びわいてくる。
あの日から、男は管理局に復讐する道を歩み始めた。管理局に対するテロに参加することもあれば、今回のようにロストロギアを奪うようなまねも何度も行った。
なぜそんな道を選んだのか。

(違う!)

選んだわけではない、決定されたのだ。
そうせざるをえない程のどうしようもない感情が、あの日に男の中に生まれたというのか。
それも違う。
その事件が男を「管理局に復讐する存在」に「変えた」のだ。

(ははっ、俺は戦闘中に何を考えているんだ)

思考を切り替える。そして魔法を殺傷設定に切り替える。
それは作戦の一つ。
攻撃が殺傷設定だとわかれば、相手は自然と委縮して、こちらは砲撃魔法を構築するための時間をより安全に稼ぐことができる、という考えだ。

――本当にそれだけだろうか。
先ほどの回想が全く影響していないと、本当に言い切れるだろうか。
効率的に、論理的に考えたつもりになっていても、その行動は感情に支配されていないと、どうして言えるのか。



殺傷設定に気付いた青年は、男の思惑通り防御に専念し始める。
ただ、少し想定とは異なっていた。
予想では先ほどのように防御系の魔法で固めると思っていたのだ。時間を稼ぐにはそれが最適だから。
しかし青年は空を飛び回り魔法を回避する道を選んだ。自分の空戦技能によほど自信を持っているのだろう。確かに、その機動は男の目から見ても見事なものだと言えたが――

(だが、その自信もここで打ち砕かれる)


そして男は砲撃魔法の構築するため、詠唱を始める。
管理局員はいまだ誘導弾を避けるのに集中して――――いない。


男が砲撃魔法の構築を始める時、その瞬間にできる意識の隙を青年は見逃さなかった。
すでに回避機動から速度を落とすことなく、男へと向かっている。

男は自分の失策を悟る。
この迅速な対応。青年は最初からこの隙を狙っていたのだと今さらながら気付く。
急いで砲撃魔法を破棄、そしてすぐさま迎撃のために直射弾を放つ。
しかし、青年は速度を落とさない。
直射弾が直撃する。
その身体は傷ついているものの、速度は衰えるどころかなおも加速している。

そして男が慌てて離脱しようとしたときにはすでに、青年はすでに目前まで来ていた。

「ヘビィバッシュ」
『Sir! Heavy Bush!』

青年は鮫のような笑みを浮かべる。先ほどのように止めてみろ、止めることができるのなら――表情はそう雄弁に語っている。
防ごうと、とっさにデバイスを掲げる。
その斬撃はデバイスを砕き、男を撃ちすえた。バリアジャケットが紙切れほどの意味を為さない一撃。

「安心しな、峰打ちだ」
『Yes. Non-Lethal mode』

男の意識が落ちる直前に聞いた台詞は、そんなものだった。

(金属の塊で殴って、非殺傷も何もないだろ……)

最後に頭に浮かんだのは、そんな益体ない考え。

戦闘が始まってから決着までは、わずか十秒程度であった。




気を失った男が危険物を持っていないか確認した後で、青年は男に捕縛魔法をかける。

「それじゃあ、行こうか」

そう言うと、青年はユーノを抱きかかえようとした。

「だ、大丈夫です。自分で飛べますから」

「無理はしない方が良い。震えたままで飛行するのは危ないよ」

言われてようやく、ユーノは自分の手足が震えていることに気付く。
危険な体験は今までもあったが、殺されそうになるというのは初めのことだった――もしも彼が到着するのが数秒でも遅れていれば、死んでいたかもしれない。
一度そう考えてしまうと、震えが止まらなくなる。
そんなユーノを青年はそっと抱きかかえ、飛翔した。

基地への道中、ユーノが落ち着いた頃、青年がぽつりとつぶやく。

「暇だね」

思わず青年の顔を見ると、青年と視線が合う。

「自己紹介でもしようか。俺はウィリアム・カルマンだ。階級は三尉。趣味は読書、好みは探偵ものかな。推理ものよりも社会派人情ものの方が好きだ」

「ユーノ・スクライアです。発掘団の責任者……です。先ほどはありがとうございました」

「おっと、そうでしたか。そうとは知らず、失礼しました」

青年の口調が、急に子供に対するものから、大人に対するものへと変わる。しかし、その口調は若干冗談めいていて、その表情はあきらかに「普通に喋っても良いよね?」と言っているようだった。

「……普通に話してもらって構いません」

「ほんとに?じゃあユーノ君と呼ばせてもらうよ。よろしく」

「よろしく……えっと、ウィリアムさん。……すみません。僕がミスをしたからこんなことになってしまった。せめて昨日の内に管理局に運んでいれば、こんなことにはならなかったのに」



ウィルは少しの間、考えるようなそぶりを見せる。そして、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた。

「確かにそうだね」

そしてユーノの発言を肯定する。襲撃が起こったのは君のせいだ、と。

「でも、それだけじゃない。
 おれは一番最初に出動したんだけど、出るまでの間にも大勢が基地まで逃げて来たよ。そして逃げて来た人たちから、君がどんな風に行動したのかもある程度聞いている。ユーノ君より小さな子がいたけど、その子は君のおかげで逃げることができたって言ってたよ。
 それに、隊舎まで来れなかった人たちは、事前に決められた避難場所に逃げ込んだらしい。何かあった時の避難経路や場所、君が考えたそうだね。部隊の仲間が楽で助かるって言ってた。
 君の行動が最善だったのかは、今来たばかりのおれにはわからない。――だけど、間違いなく、君のおかげで助かった人もいる」

その上で、今度はユーノの行動を肯定する

「最初は間違えたけど、君は自分の力でその失敗を取り戻した。だから君はよく頑張ったよ――結果だけ見たらロストロギアも奪われていないし、盗賊も捕まえることができた。なんだ、良いこと尽くしじゃないか」

彼はユーノに笑いかける。
なんだか照れくさくなり、ごまかすように話題を変えようとする。

「あの、ウィリアムさん。怪我は大丈夫ですか?直撃してたように見えましたけど」

「ん?ああ、大丈夫――それからウィルって呼んでくれても良いよ――あれにあまり威力がないことは予想できたからね。
 じゃあ基地までの暇つぶしにさっきの戦闘についてでも話そうか」

あっさりと話題は変わった。そしてなぜか戦闘の解説が始まる。



「まず、さっきの戦闘におけるあいつの目的はなんだと思う?」

「それは当然あなたを倒して、僕を捕まえること、ですよね」

「そうだね。でも、ただ倒すだけじゃだめだ。あいつにはもう一つ為さなければならないことがある」

「それは……管理局の援軍が来る前に倒すこと、ですか?」

「正解。そして、おれもあいつを早く倒したかった――おれにとって最悪な状況は、他の盗賊が来て君を人質に取られることだからね――つまりおれも相手の援軍を危惧していたんだ。というわけで、さっきの戦闘はお互い短期決戦を望んでいた。
 ただし、相手に目的を気取られるのは結構危険だ。だから話を続けようとすることで、おれの目的が時間稼ぎだと勘違いするように誘導した。
 だけど相手に目的を変えられると、この優位性が無くなる。だから駄目押しとして、単独先行して来たことを話した。これで相手は、おれをなるべく早く倒して、時空管理局が来るまでに目的の物を奪って逃げようと考える」

「待ってください。それなら援軍がすぐそばまで来ていると言った方が良かったんじゃないですか?その方が相手は焦るでしょう?」

「かもしれないね。でも逆に、増援の相手をするために魔力を節約しよう、なんて考えて持久戦になるかもしれない。
 普通は一部隊を相手にしようなんて考えないけど、高ランクの魔導師にはプライドが高い奴も多いし、地上部隊は実力が低いとなめられることも多い。……まあ、実際にランクの平均はCだし、空を飛べない魔導師も多いから仕方ないんだけど」

だからって弱いわけじゃないよ、ニヤリと笑いながら付け加えて、ふたたび話し出す。


「さて、ここから先はおれの思考を追っていこう。早期に決着をつけるためにはどうするか?
 接近戦が得意なら近づいて斬り合おうとするし、遠距離型なら相手の防御を貫けるだけの高威力の魔法を撃とうとすることは予想できるよね?
 あいつはまず、誘導弾を撃ってきた。しかし、君が教えてくれたAAクラスの魔力を持つという言葉から考えると威力が低すぎる。まず間違いなく牽制用だろう。とりあえず防御する。このまま防御し続けると、相手は高威力の魔法を使ってくるだろう。回避できるかもしれないが、相手の魔法の特性がわからない以上、撃たせないのが一番だ。
 したがってこちらの戦法は、相手が撃つ前に叩くことになる。おれは射撃魔法が得意じゃないから、接近する必要があるんだけど、普通に突っ込むと迎撃される可能性がある。相手の隙をついて飛びこまないと。
 隙ができるのはいつか。それは相手が高威力の魔法を構築し始めた瞬間だ。特に、相手はおれが時間稼ぎをしていると思っているから、不意をつける。
 それに相手は誘導弾の行使と高威力の魔法の構築をおこなっているのだから、迎撃用の魔法を撃つために現在の魔法を破棄しなければならないかもしれない。そうなれば、わずかではあるけど、さらに時間を稼げるわけだ。――これは相手のマルチタスク能力にもよるから確実ではないけどね。
 後は突っ込んで攻撃するだけ。
 そうそう、相手の攻撃に対して、確実に防げる防御魔法じゃなくて回避するようにしたのは、回避機動から突撃に移行した方が加速にかかる時間も短いし、相手が気が付くのも遅れるから、と」



こんなところかな。と彼は言う。
ユーノは思わずため息をつきそうになる。あの十秒程度の戦いで、そこまで考えて戦っているのか。
そして、うかつだったというユーノの懺悔を聞いた後で、自分がどれだけ考えて戦っているかを説明するのは、もしかして嫌がらせなのだろうか。

そのようすに気付いたのか、ウィルは苦笑いを浮かべる。

「いやいや、いつもはそこまで考えないんだけどね。普通は自分の得意なスタイルを確立して、それを鍛える方が優先される。
 でも魔導師の世界って、実力イコール才能に近いじゃない。
 それをなんとかするために、地上のメンバーは実力が上の相手を倒すために、不意打ちとか隠し玉とか、相手の不意を突くための手段を考えているやつが多いんだ。教導官の前でやったら、怒られそうな危険なこととかね。
 ――ただ、そういう姿勢はすごく参考になるよ」

ウィルは会話の内容を管理局の魔導師のことに変え、まだ話し続けている。気まずくなったから黙るという選択肢は彼の選択肢にはないようだ。



しかし、ウィルは会話の中で良くも悪くもユーノの心に影響するように話している。
そして、ウィルとの会話でいろいろと考えたり感じた――恥ずかしくなったり、呆れたり――ことで、少し前まで自分に対する後悔で埋め尽くされていた心が、ほんの少しではあるが軽くなった気がする。

(もしかして、全部わかってやっているのかな?)

ウィルの表情からその真意を読みとろうとするが、はっきりしなかった。
ポーカーフェイスだからではない。その逆に、表情が豊かであるからこそ読み取れない。



「――おっと、そろそろだ」

その言葉につられ前を向くと、すでに管理局の基地が見えるところまで来ていた。
その建物の前には仲間たちがいる。ずっと、外で待っていてくれたのだろうか。
彼らの一人がこちら気付き、大きく手をふる。それはまたたく間に伝播して、発掘団のみんながユーノに向かって手を振っている。
なんだか嬉しくなって、ユーノも大きく手を振り返した。





[25889] 第1話 種は蒔かれた
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/08 23:38
盗賊団との戦いから三日後の朝、ウィリアム・カルマンことウィルは、朝から隊長室に呼び出された。


先日は、隊舎に到着してユーノとその仲間の感動の再会を眺めていたところ、すぐに部下に見つかって、盗賊の残党を捜索する任務に参加させられた。
速度自慢のウィルは、逃げた盗賊を見つけるために一人で砂漠を行ったり来たりさせられた。一応三尉なのに、ついでに士官学校も出ているエリートなのに、日が暮れるまでたった一人で飛び続けた自分に涙したのはここだけの話。

もちろんその間、他の隊員たちはそれぞれの仕事をしながらも、ウィルをサポートしてくれていた。
捕まえた盗賊への尋問、保護した者からの事情聴取、ウィルの不得意とする閉所の捜索などなど。そして、それらの情報を総合して状況を把握してウィルに指示を出す隊長の存在があったから、ただ無暗やたらと飛び回るはめにはならなかった。
つまりは単なる適材適所なので、誰にも文句は言わない。ただほんの少し寂しかっただけだ。
幸い残りの盗賊には大した魔導師がいなかったので、あっさりと片付いた。



「カルマン三尉。君にはロストロギア、ジュエルシードの輸送任務についてもらう」

隊長は入室したウィルにそう告げ、任務の内容を説明する。
それは、先日ユーノが持っていた箱の中身、ジュエルシードと呼ばれるロストロギアを本局まで輸送することだった。

「なんでおれが?そういうのは海の管轄でしょう?」

ウィルの所属している部隊は、この世界の駐屯部隊である。
この世界は、過去の災害で文明が崩壊しており、遺跡と一部の動植物しか存在していないような世界だ。
いつの間にか、複数の発掘団が居つくようになり、彼らは長期の調査のために遺跡からさほど離れていないところに町を作った。すると彼らを対象にするための商売人がやってきて、町は小さな街へと成長した。
そうするといさかいや犯罪も発生するようになる。また、発掘品を狙う盗賊も他の世界からやってくるようになって、管理局がそれらに対処するために地上部隊を駐留せざるを得なくなった。
したがって、任務はこの世界の治安を維持することであり、他の次元世界や本局への輸送任務などを担当する必要はない。

隊長が渋い顔をする。敬語も使わない部下に対してではない――それはいつものことだし、部屋には二人しかいないのでわざわざ叱って時間を浪費するのはもったいない。

「近隣世界でロストロギアが小規模次元震を引き起こしたらしくてな。当分こちらに回す人員が用意できないらしい。だからといって、まともな設備もない場所にロストロギアをいつまでも置いておくわけにはいかない。
そこで、代わりに民間の輸送船を使い輸送することになったのだが――ロストロギアの輸送にはいろいろと規定がある」

「ああ、学校で習いましたよ――っていうか、それについてはよく知っています」

次元世界間を輸送する場合、輸送中の事故に対処できる人員を配置する必要がある。次元世界間の航行中の事故はせっかく見つけたロストロギアの紛失に繋がるので慎重にならざるをえない。

「……そうだったな。
 調査の結果では、ジュエルシードには周囲の魔力や生物の思念に呼応して活性化する危険性があることが判明した。現在は鎮静化しているが、活性化した際には封印処理を行う必要があるそうだ。
 そして、一つのジュエルシードの封印にはAランク相当の魔力が必要と推測される」

「この部隊でAランク以上は、AAの俺と隊長だけですね。一般隊員だと四人くらいいないとAに届かないだろうし……」

地上部隊の平均的な魔導師ランクはC前後。さらに、このランクは実力によって認定される。したがって、才能という先天的なものに大きく左右される魔力量は、魔導師ランクよりも低い者も少なくない。

「そうだ。……君にロストロギアの輸送をさせるのは、申し訳ないと思っている。しかし、隊長である私が部隊を離れるわけにもいかない。
行ってくれるな?」

「もちろんですよ。だいたい、そこまで気を使わなくてもかまいませんって。おれにとっては隊長の鬼のような訓練――あれ?思い出すと震えてきたよ。冷房効かせすぎじゃないっすか、この部屋――それから逃れられるんだから遠慮する必要ないです」

「……それは申し訳ないな。帰ってきたら遠慮は一切しないことにするよ……いろいろと」

「いや、やっぱり遠慮は必要です。相手を思う優しい心を持たないと、おれたちは毛の抜けた猿ですよ。
 それで、いつ出発するんですか?」

「明日の朝だ。輸送後は何日か遊んできても構わんぞ。」

「ずいぶん太っ腹ですね。じゃあお言葉に甘えてミッドの家に寄ってから戻ってきます――おれ、この任務が終わったら家に帰ってのんびりするんだ」

「ははは、縁起でもない」




翌日、身だしなみを整え、荷物を持って、輸送船に向かう。
荷物と言ってもデバイスと、着替え程度しか持っていない。娯楽用品は手のひらサイズの携帯端末一つあれば事足りる。昔も今も、旅行の持ち物で最もかさばるのは着替えと相場が決まっている。こればっかりはなくしようがない――と思われていたのだが、近年バリアジャケットの生成方法を参考に、商品データをもとに、その場で服を構成する機器の開発が進んでいる。

この数年後、実際に商品として発売され、それは複数の次元世界をまたぐ超巨大市場となる。
しかし魔法を解除させる魔法や、AMF(魔力結合・魔力効果発生を無効にするフィールド)への対策がなされていなかったことが判明し、回収を余儀なくされる。その契機となった、AMFによってクラナガン市民の大半が全裸になった事件は、後にクラナガン史最悪のテロと呼ばれることになるのだが――

閑話休題。

そして、輸送船の発着場に到着する。
民間の輸送用次元航行船を借りて航行するのだが、もちろん貸切などではなく――そのような金が有るかと一蹴された――食糧輸送用の定期便に同乗させてもらう形になった。
ジュエルシードが船に積みこまれる時に、発掘団の代表として立会いに来たユーノと少し会話をする。

「ウィルさん、あなたが運んでくれるんですね」

「ああ。でも本局まで運ぶまでが仕事の内容だから、スクライアには本局から連絡がくるんじゃないかな。おれは任務が終わったらミッドの実家に寄って、向こうでゆっくりしてくるつもりさ」

「僕たちも一旦発掘を切り上げてミッドに戻ることになりました。向こうに着いたらお礼もしたいですし、連絡先を教えてくれませんか」

「いいよ……はい、これが端末で、こっちが家の番号。こっちも仕事だったんだから、気にしなくて良いんだよ。それより、向こうで何か美味いものでも食いに行こう。」


輸送船に乗りこんで、乗員に挨拶がてらぶらぶらと船内を見て回るが、見事に普通の船だった。
特にやることもない――民間なので魔法を使った訓練さえできない――ので、もっぱらジムで身体能力を鍛えるか、部屋で携帯端末でテレビと小説を見ることになりそうだ。
本局まではまだ時間がかかる。のんびりさせてもらおう。
と、思っていたのだが


『緊急連絡!緊急連絡!右舷に重大な損傷が発生!航行の継続は不可能!乗員は脱出用の――』

そうもいかないようだ。
冗談でも死亡フラグは立てるものではないということを学んだ――実現すると泣きそうな気分になるから。
気を取り直して、船内放送を聞いて状況を把握する。そして回線を通じて船長に連絡をとる。

「船長、ジュエルシードはどうなっていますか?たしか、保管していた部屋は右舷寄りだったと記憶していますが」

「今調べています…………保管していた部屋は半壊しています。くっ、ジュエルシードは外部に流出したようですね」

「行方は?」

「映像を確認しています……判明しました。第九十七管理外世界に落下した模様です。映像によると、大気圏を突破後に輸送用のケースが破損、ジュエルシードは10~20kmの範囲に散らばったと思われます」

「管理外世界か……おれを船内の転送装置で落下ポイントまで送れますよね?」

「これだけ接近していれば可能です。しかし管理外世界に介入するつもりですか」

「うん。いろいろ問題なのはわかってますよ。でも、緊急事態だから仕方がないってことで」

海の領分に陸が勝手に関わるのは問題だ。しかし、目の前の危険を放っておくのは、管理局としてあってはならないことだ。
海は陸に比べて行動が迅速と言われているが、それでも管理外世界に干渉するとなれば時間がかかるだろう。
――それに、ロストロギアを放っておくわけにはいかない。

「わかりました。……お気をつけて」


装置が起動する。光がウィルの体を包み込み、転送が行われる。

その時、もう一度船を大きな揺れが襲う。続いて部屋の壁が爆発し、熱風と金属の破片がウィルの身体に叩きつけられる。
シールドを展開するも、急いだせいで構成が甘かったのか完全には防げない。
目の前の風景が変わり、自分が転送されたことを確認すると、ウィルは意識を手放した。





「なんやこれ?え?もしかして人間!?」

車椅子にのった少女は、病院から帰る途中で公園を通り――そこで茂みの奥にぼろきれの塊のような物を見つけた。
こんなに大きなゴミとはいったい何なのだろう、と思い近寄ってみると、それは人間であった。服が焼け焦げていて、ぼろきれのようだったが。

「だ、大丈夫ですか!と、とりあえず病院に連絡せんと――――」

自分の力では無理だ。誰か人を呼ぶか、それとも公園の近くに公衆電話があったはずだ、そこまでいって連絡をしなければ。そう思い車椅子を動かそうとする。
――が、動かない。
まさにその倒れていた人が、ギリギリと音がするくらいに強く、車椅子の車輪を握りしめていたからだ。

「病院は……駄目だ。どこか休めるところ。動物小屋でも良い、とにかく、どこか……」

「ひ、ひゃあぁぁ~~」

地の底から響くようなかすれ声に、少女は驚き、思わず間の抜けた叫び声をあげてしまった。





これからおこる事件を、湖に広がる波紋に例えるのであれば

この出会いは決して最初の一石ではない

ただ、この二人の出会いは

この広がる波紋の形を決定づけた

だから、ここから始めよう

一つの街に災厄の種がばらまかれた、この事件から



[25889] 第2話 出会えたという奇跡
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/10 23:51

「ほんまに、病院行かんでええんですか?」

車椅子の少女は、治療に使った道具を箱に片付けながら、尋ねかけた。
尋ねかけられた相手――ウィルはというと、全身のそこかしこにガーゼや包帯といった治療の跡がうかがえるが、そのどれもが数日で治る程度のものであり、幸いにも重症と言うほどの怪我はしていないようだった。
今は体力を取り戻すために、ソファーに腰掛けて目を閉じている。

公園で出会った時、少女は悲鳴を上げた後すぐに正気に戻った。
そして病院は嫌だ、などと駄々をこねる子供のような台詞を言う青年の扱いに困った少女は、彼を(あからさまに不審人物であるにも関わらず)自分の家に招いて、傷の治療を行った。
それは応急処置程度のものだったが、傷の一つ一つを丁寧に治療する光景は、体だけではなく心をも楽にしてくれるものだった。

「ああ、構わないよ。痛みも随分と引いたから」

できればしっかりとした設備を持った施設で治療してもらいたい。骨折ほどの大怪我は負っていないことはわかるが、体の異常というものは往々にして自分だけでは気付かぬものだから。
しかし、ウィルはこの世界についての情報を全く知らなかった。
例えば、身分証明を持たずに病院に行って診察してもらえるのか?不審に思われないのか?というような世界の常識を全く知らない。
それに、管理外世界に介入している以上、この世界の公的機関には関わることを避けたい、というのも大きい。
まあ、この世界で使用できる金銭を持っていないのが一番の理由なのだが。


そういった現状をふまえて、今後の行動について考える。
――まず初めにすることは、この世界の文化を知ることだ。
この世界にも治安維持を仕事とする者は存在するに違いない。
これからジュエルシードを捜索するために、この街のあちらこちらを動き周ることになるのだが、その時に常識に伴わない行動をとってしまうと、そのような者たちに捕縛される可能性がある。

それはどれほど危険なことか。
捕縛されてデバイスを取り上げられ、身元不明の人物としてどこかの施設に入れられている間に、管理局がやってきてジュエルシードを回収してこの世界を去る。ウィリアム・カルマン三尉は輸送中の事故で死亡したと判断され、その捜索は打ち切られ、取り残されたウィルは変える術を失いこの世界で永住することに――



「あの、のどかわいてません?お茶でもいれましょうか?」

人の知性がどれだけの想像力を備えているかに挑戦していたところ、突然かけられた少女の声に意識を引き戻される。
目を開ければすぐそばに少女の顔があった。
目を閉じたままじっとしていたウィルを心配していたのか、困ったような、心配したような顔で彼をのぞきこんでいる。

近くでその顔を見ると、少女が整った顔をしていることがわかる。
見た目から年齢は十歳程度だと思われるが、どこか相手を包み込むような包容力を感じさせる仕草と、その顔に時折浮かぶ陰影が、もしかするともっと年上なのではないかという疑念を抱かせる。この家に来るまでに病気で脚が動かない旨を聞いたが、そのことがこの雰囲気を作る原因となっているのだろうか。

「ん?ああ、すまないがお願いするよ。それと、何かしらの情報媒体はあるかな?」

目を開き、ソファーから背を離して、少女に問いかける。

「じょ、情報媒体?……えっと、新聞やったらありますよ。あとテレビとか」

礼を言い、新聞を借りる。次元世界では徐々に紙媒体は少なくなっているおり、書籍はデータにとって代わられ始めている。特にウィルは荷物を持ちたがらない性格なので、久しぶりの紙の読み物に少々なれない感覚を味わった。
新聞に目を通すと、文字に関しては翻訳魔法が機能していることがわかる。しかし、正しく機能しているのか不安なので、時折少女を呼び、質問をしながら目を通していった。

一通り読み終われば、次はテレビへ。
最初はニュース番組を見ていたが、次第にバラエティに移り、気が付いたら一緒にアニメを見ていた。
管理世界だとたいていは魔法(特に幻術)で代用されるので、こういったものは発達していないため、非常に興味深く、面白かった。

(……とは言えこれは参考にならないな)



それにしても、ここに来るまでに見た街並みからも推測できたが、この世界は魔法のない管理外世界にしては非常に文明が発達しており、テレビでみたこの国の首都の様子などはミッドチルダの都市と比べても大差ないと言える。
しかし、この世界には魔法が存在していない――それは単なる御伽話か、理解できない事象を十把一絡げにまとめるために付けられた名称であると思われている。

しかし、これほどの世界で魔法に関する研究がなされていないものなのか?
一度トイレを借りた時にごく簡単な魔法を使ってみたところ、何の問題もなく発動していたので、この世界が魔法の使用に適していないわけではない。
となると、この世界の人間は遺伝的に魔法の資質を持っていないのか。

(一応、一部の者たちによって魔法が秘匿されている可能性も考えるか)

考えを巡らせながらテレビを見ていると、いつのまにか日が沈もうとしている。
そろそろ潮時かと思い、この家を出るためにソファーから腰をあげた。



「ずいぶん長居しちゃったね。そろそろ失礼させてもらうよ」

「待ってください!怪我してるのにどこに行くんですか。病院に行かんのやったら、せめてもう少し休んでてください。夕ご飯、今から用意しますから」

「ありがたいけど、こんな時間だし、家族もそろそろ帰ってくるでしょう?説明が面倒になる前に帰った方が良いと思うんだけど……」

今のウィルは怪我人かつ不審人物だ。少女の保護者が帰って来れば、無理にでも病院に連れて行かれるかもしれないし、この世界の治安維持組織――警察に連絡されてしまうかもしれない。
山の方に行けば寝床くらいはあるだろうし、治安も良いようなので賊に襲われる可能性は低いと思われる。

「それやったら心配いりません。うち、両親が亡くなってから、一人暮らしやから」

「この家に一人で?お手伝いさんとかはいないの?」

「ええ、正真正銘、私一人です」

――それはどうなのだろう。
この世界、この国の常識はまだ完全に理解したわけではないが、それでも足の不自由な子供を一人暮らしさせるというのは問題ではないのだろうか。
何か複雑な事情があるのか、それとも単に一人暮らしがしたいという彼女の要望を周りの大人が受け入れただけなのだろうか。次元世界の中にも、子供の自主性を非常に重んじる世界があるのでありえないことではない。

いや、それよりも今日出会ったばかりの不審人物に、一人暮らしだと宣言することの方がはるかに問題だ。
ただのお人よしなのか、それとも単に危機感がないだけなのか。しかし、時折見せる影のある表情は、そのどちらも違うのではないかと感じさせられる何かがある。

しかし、これはまたとない好機だ。
彼女の人の良さ(?)につけ込むようだが、ゆっくりと休息をとれる場所の確保は情報収集と同じくらい重要なことだ。



「一人暮らしだと、掃除とか大変じゃない?」

「そうですね、居間とかはなるべくするようにしてるんですけど、それ以外はなかなか――」

「だよね。実はお願いがあるんだ」

そう前置きして、ウィルは自分のおかれた状況を説明する。魔法のことは言えないので、ある程度は嘘に置き換えて。
要約すれば、自分はこの国の人間ではなく、依頼されてこの街にある物を探しに来たところ、運悪く事故にあってパスポートや金銭を無くしてしまった。
依頼人の都合で、探し物のことを表ざたにできないので、警察の世話にはなれない。
と、いう内容になる。

「だから、俺をしばらくこの家に置いてくれないかな。代わりに食事以外の家事はできる限りやるよ」

胡散臭いことこの上ないというより、むしろ完全に犯罪者のようだが、ある程度の情報は先に開示しておいた方が、後の行動が楽になる。取り繕ったような嘘を並べたところで、後で矛盾が生じて疑われてしまうかもしれない。それよりは、最初から疑わしい方が良い。

――というのは単なる言い訳なのかもしれない。
関係ないこの街の人間を巻き込み、自分を助けてくれた少女を利用しようとしている(必要なことである以上、利用できるものはいくらでも利用するし、良心の呵責などで行動を変えることはしないが)
そういった負い目が、できる限り真実に近い情報を話す、という行動を導いたのだろう。
調理をしないのは単に苦手なだけだ。



「……良いですよ。でも、一つ条件があります」

しばし考え込むそぶりをした後で、少女は厳しい顔をつくって(つくろうとしているのだが、どうにも迫力に欠け、何とも言えない面妖な顔になっている)そう告げた。

「な、何かな。……ああ、言い忘れていたけど、お礼は必ずするよ。ひと月くらいで多分仲間が来てくれるだろうから、その時にでも――」

「お礼なんていりません。そやのうて……私の名前は、八神はやて、っていいます。お兄さんは?」

「ウィリアム。ウィリアム・カルマン」

「条件は、これから一緒に住むんやから、私のこと、はやて、って呼んでください。それと、今から敬語は使わんこと!……良いですか?」

「……二つじゃない?」

「うわっ、しもた……なんで肝心なところでしまらんかなぁ」

恥ずかしそうに手で顔を隠すその姿が、初めて年齢相応に見えて、思わず口元が緩む。

「良いよ。よろしく、はやて。おれのことはウィルって呼んでくれ」

「うん。よろしく、ウィルさん」

はやては微笑んだ。その顔はようやっと花開いた蕾を連想させた。





はやてはウィルを空き部屋に案内してから、夕食の準備に取り掛かった。
空き部屋は、かつては彼女の父親が使っていた部屋で、一人で使うには十分な大きさを持っていた。
棚や机が多少の埃をかぶっているのは、普段は使わないからだろう。多少ですんでいるのは、使わなくとも掃除をし続けているからだろう。

誰かの視線を感じた気がして、窓を見た。
猫だ。窓の外に一匹の猫がいる。
ウィルをじっと見た後で、ふわりと暗がりへ消えていった。

「さて、始めるか」

念のために入口に鍵をかけ、カーテンを閉めて、所有している二つのデバイスを起動させる。
デバイスの損傷状態を確認するためだ。

右手の腕輪が輝くと、一本の剣へと形を変える。
片刃剣型アームドデバイス「シュタイクアイゼン」
長さは一メートル。非人格型で、カートリッジシステムは搭載していない。
その損傷は軽微。戦闘に支障はない。

このデバイスは士官学校に入学する前に、ウィルの養父がプレゼントしてくれたものだ。養父は質実剛健を絵に描いたような人で、普段は贅沢は敵だというような人だった。
しかし、ウィルの合格が決まった時は余程嬉しかったのだろう、高価な物でもなんでも買ってやろうと言いだした。その時に口元の笑みを隠しきれず、ウィルにそのことをからかわれて怒り、あやうくご褒美をなしにされかけるという一幕があった。
それでもいざ買う時には、管理局の仕事で忙しい中、わざわざ義姉と一緒に来て買い物に付き合ってくれた。二人とも魔導師でないので見てもあまりわからないだろうに、一緒に悩んでくれたことは記憶にはっきりと残っている。

――閑話休題。

このデバイス、量産品であるということを差し引いても、飛びぬけて優れたところはない。子供の時に高性能だったり、片寄った性能のデバイスを持っても使いこなせないだろう、という判断の結果だ。それよりもどんな無茶にも耐えられるように、とにかく頑丈に作られている。
学生時代にいろいろ無茶な扱い方をされたが、一度も壊れたことはなく今に至る。


そして、今度はネックレスに触れ、もう一つのデバイスを起動させる。
ブーツ型ストレージデバイス「エンジェルハイロゥ」
かつて世話になった「先生」がウィルに合わせて作ってくれたものだ。
亡くなった父から受け継いだ魔力変換資質、その制御と増幅をおこなうための特注品。入っている魔法も魔力変換を使用するものに限られる。

こちらの損傷はかなり激しいが、自動修復機能があるので、放っておけばそのうち直るだろう。


結論として、多少の不安は残るがジュエルシードの封印のみを行うには十分だろう。
魔力が減少しているが、封印を行える程度の魔力はギリギリ残っている。
怪我も一週間もあれば完治するだろうし、その時には魔力も戻っているだろう。





「ウィルさーん。ご飯できたでー」

自らを呼ぶ声に従って、ウィルは部屋を出て食卓へと向かう。
はやてはすでに料理をテーブルに並べ、自身も椅子に座っていた。ウィルは彼女にうながされるまま、対面に座った。

テーブルの上の料理は、異世界なのだから当然見たこともないものばかりかと思いきや、見たことのある料理がいくつかあった。世界が変わっても、基本的な調理法は変わらない、ということか。
その中でも、見たことのない料理について聞いてみる

「これはなんていう料理なのかな?う~ん、白一色という飾り気のなさ、しかし見た目とは裏腹に料理の中でもひときわ大きな存在感を放っている……ただものではないとお見受けするのだが」

「それは単なるお米やねんけど……お米を知らへんなんて、ほんまに外人さんなんやね。
 こんな風にして――」

そう言って、はやては箸で白米を口に運ぶ。

「――食べるんやけど、お箸は使えへんやろうから、このスプーンを使うたらええよ」

「なるほどね、この棒を使いこなすには時間がかかりそうだし、ありがたく使わせてもらうよ」

ミッドチルダにも日本料理は存在し、クラナガンには日本の居酒屋に酷似した店舗もあるのだが、知名度は低いため知らない者も多い。


「じゃあこの赤いスープは?」

「それはビーフシチュー。牛とたまねぎとにんじんとじゃがいもを煮込んだもんやね」

スプーンを使い、スープを飲む。そして、次に具を口に運み、ゆっくりと噛みしめる。
そして、ほう、とため息をつく。

「うまい……すっごいうまい。ああ、この感動をどう伝えれば良いのか――」

「そ、そうかなぁ。市販のルーを使っとるし、どんな味付けが好きかわからへんかったから、特に隠し味も使ってへんし……。そんないうほどおいしいくはないと――」

「たしかに巧い料理は食ったことがあるよ。でも、この料理はそれとは違う。美味いんだ」

料理において、味が全てではない。
例えば、シチューの具を見てみると、ちょうどウィルの口にあった大きさになっている。それは彼女の口に合わせた大きさなら、少し大きすぎるくらいだ。
それにその柔らかさもどうだろう。普段のウィルであれば柔らかすぎると感じてしまうだろう。しかし、今の怪我をして、少し疲れている彼にとってはちょうどいい。
作る人の細やかな心遣い、それが料理を実際の味以上に美味しく思わせている。

「言うてる意味がわからへんよ~」

そう言いながらも、はやてはまんざらではないといった感じで微笑んだ。そして、食べ続けるウィルをニコニコと眺めていた。



[25889] 第3話 海鳴における異邦人の一日
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/14 06:50
「それで、探してるものってどんなものやの?」

「見た目は青っぽい石かな。大きさは三センチメートル程度、形状は高さ方向に薄い四角柱。特殊な加工で内側に数字が刻まれているから、見ればすぐにわかると思う。
 見た目は単に綺麗な石ころだから、拾われてる可能性はない!……はず。……拾われてないといいなぁ」

八神家に居候することになってから一週間ほどたったとある日、はやてが病院に検診を受けに行くというので、ウィルはそれに同行した。
病院の先生には、三軒隣にホームステイに来た外国人だと言ってごまかしておいた。



そして、その帰り道。ウィルははやての車椅子を押しながら街を歩いていた。
はやての提案で、中丘町の八神家にすぐに帰らずに、同じ海鳴市内の藤見町まで少し寄り道をすることになったからだ。ウィルも、ここ数日で家の周辺はあらかた探し終え、そろそろ他の場所に捜索に行こうと思っていたので、今回のことは渡りに船だった。

「でも、この街の中からそんな小さな物を見つけるなんて無理と違う?」

「そうだね。確かに難しいと思う」

はやての疑問はもっともだ。
確かに今のように足を使った捜索方法では、見つけることは難しいジュエルシードに秘められた魔力量は膨大なので、多少なりとも活性化していれば近づくとわかるのだけど、それでも限度がある。
もっと効率的な捜索方法はいくつかある。一番効果的なのは、魔力の流れを変えることで周囲の魔力に強く反応する物質を探索する魔力流の発生だろう。それ以外にも視覚を共有するサーチャーを使って探索する方法もある。

これはどちらも重大な欠点がある――ウィルはそれらが不得手だ、ということだ。
彼の技能は非常に偏っており、能力のほとんどが近接攻撃と高速移動に特化している。射撃魔法は詠唱なしではごく簡単なものしか使えない。あとはバインドと結界を手慰み程度、という体たらくだ――まさしく脳筋。

しかし、今回のウィルの目的はあくまでもこの街の地理を把握することだ。
人の集まるところ、魔力素の濃度が濃いところ。そういった危険な場所をチェックしておき、そこに至る道のりを把握しておけば、ジュエルシードが万が一活性化してもすぐに封印に向かうことができる。無論、最悪の場合は空を飛んで向かえば良い。夜ならともかく昼は目立つのでよほどのことがない限りは飛ばないが。

自分一人で二十一個のジュエルシードを見つけることなど、そもそも不可能。回収できるにこしたことはないが、一番の目的である『ジュエルシードによってこの世界が被害を被ること』さえ防げるのならそれでいい。
活性化したジュエルシードを場当たり的に封印していき、管理局が来たら彼らに任せて引っ込む、という方法が、この世界に与える影響が小さい一番良い方法だろう。

だが、それには一つ気がかりなことがある。
輸送船を襲った事故。あれが単なる事故であればそれで良い。だが――もしも人為的であれば、事故をおこした不逞の輩の目的は間違いなくジュエルシードだ。そして、ジュエルシードを追ってすでにこの街に来ている可能性がある。ウィルが集めなければ、それだけ犯罪者が集めやすくなってしまう。
そのことを考えるなら、もっと積極的に集めるべきだろう。

――その可能性をふまえた上で、ウィルはどうするべきなのだろうか?

(いるかどうかわからない奴のことは今は考えなくていいだろう。最悪の可能性は常に考えておくべきだが、それにおびえていても仕方がない。
 普段はその可能性を排除して行動し、念のために遭遇した時の対応を考えておくだけにしよう)

ウィルはあっさりと犯罪者がいる可能性を切り捨てた。このあたりの判断と取捨選択の速さ、そして優先順位の明確なランク付けが、彼の特徴だ。



ウィルは街の人々の様子を観察してみる。
彼は、日本という単一民族によって構成されている国において、自分の容姿が目立つのではないかと危惧していたが、幸いあまり目立っていないようだ。
例えば、喫茶店の前に三人の少女がいる。彼女たち三人とも平均に比べるとすぐれた容姿をしているが、その中の金色の髪の娘の存在感は凄まじいものがある。あそこだけ輝いているようだ。同じような外国人でも、彼女に比べればウィルの容姿も十人並みになってしまうだろう。

「ああいう感じの子が好みなん?」

少女をじっと見ているウィルに気付いたのか、はやてがからかってくる。

「五年後に期待、かな」

「ふーん。そういえば、元いたところでは恋人とかおったん?」

「そりゃあ、この顔も良く足も長く心根も善良で気がきくこのおれは――」

益体もない話をしながら二人は行く。
世界が変わっても人間の見た目は大差ない。それは次元世界全てで言えることだ(この事実は、無限に広がる次元世界は祖となる一つの世界から分裂しているという学説の根拠になっている)
二人の姿は仲の良い友人のようで、誰も片方が異世界の住人だとは思わないだろう。




目的もなくぶらりぶらりと歩くことに疲れた二人は、はやての要望によって、図書館に訪れた。
はやては手慣れた様子で、さっさと自分の読む分の本を選ぶと、近くの机でそれを読み始める。

「それじゃあ、おれも自分が読む本を探してくるよ」

「それやったら、持って来て欲しい本があるんよ。さっき取り忘れてたんやけど、今読んでる童話の作者の――」

ウィルはこの街周辺の地理がわかる本、この国の文化を知るための本。そして、外国の文化がわかる本を選ぶ。
前の二つは言わずもがな。最後の一つは、自分の出身国をでっちあげるためだ――病院ではどちらから来たのかと尋ねられて、思わず世界の果てから、と答えてしまった――あのような醜態はさらすまい。とりあえず、欧州を中心にいくつか借りておく。
それから、はやてに頼まれた一冊を探していると、小脇に本を抱えた一人の少女が、本棚から本をとろうとしているのが見えた。よく見れば喫茶店の前にいた三人の少女の一人ではないか。どうやら欲しい本が少々高いところにあるようで、手を伸ばしてはいるが、なかなかとれないようだ。

「欲しい本はこれ?」

横から声をかけ、本を一冊棚から抜き出し、少女に手渡す。

「あ、ありがとうございます」

少女はすでに持っていた数冊の本に、その一冊を加えた。その時、彼女の持っている本の一冊の題に見覚えがあった。

「あれ、その本――」

「えっと、これですか?」

「……やっぱり。ちょうどその本を探していたんだよ」

「それじゃあ、どうぞ。本をとっていただいたお礼です」

「いやいや、それは悪いよ。ところで、そういう童話とか、好きなの」

「はい――童話がっていうよりも、胸にじんとくるような話が好きで」

「時間があれば、で良いんだけど、うちの妹と話してみてくれないかな。その本をおれにとって来るように言った子なんだけど、おれだと本の趣味が合わなくてね」

「は、はい。かまいませんよ」

少女の名は月村すずかといった。
少しウェーブのかかった髪を腰まで伸ばしており、その髪の色は黒なのだが、あまりにも艶があるせいか光が当たると夜の空のように蒼くみえる。それに、子供らしい高い声をしているのだが、その声は耳朶をくすぐるような甘さをもっており、はやてとは違う意味で子供には思えない子だった。
彼女を連れて来た時、はやては驚いていたが話してみると、なかなか気が合ったそうで、彼女たち二人の話は大いに盛り上がったらしい――らしいというのは、ウィルがその間ずっと本を読んでいたからだ。

すずかのことは、ちょっとしたお節介だった。
ここ数日はやてと暮らしていてわかったことだが、はやてにはほとんど交友関係がない。いずれウィルが去れば、彼女は一人きりになるのではないか――それが少々不憫だった。
だから、多少強引にでも交友関係を増やしてあげようと思い、試しに実行した。
はやては足にハンディがあるだけで、外見も心根も非常に善い子だ。交友関係さえ広がれば、きっと誰かが、ウィルがいなくなった後でも彼女を助けてくれるだろう。




すずかに別れを告げて図書館を出たころには、太陽も傾き、あたりが赤く染まり出していたので、家に帰ることにした。街に学生服の少年少女の姿がちらほらと見える。
二人ははやての家の近くの、二人が出会った公園のそばを歩いていた公園の中では、少年が制服姿のままサッカーをしている。

「街の方に出るのなんて久しぶりやった。ほら、この街って坂が多くて、一人やとあんまり遠出できへんから」

「喜んでくれたようで何より。お腹もすいたし、帰ってはやてのご飯が食べたいよ――おっと」

公園の方から突然サッカーボールが飛んできたが、それをダイレクトで蹴り返す。ボールは高く舞い上がり、少年たちの一人の目の前に落ちた。
ペコペコと謝る少年たちに別れを告げ、再び家へと歩き出す。

「すごいなー。サッカーやってたん?」

「いーや。でもあの程度なら余裕余裕。ボールが止まって見えたね」

「無駄にハイスペックやなぁ」


もう少しで家に着くというところで、首筋がひりつくような感覚を味わった。
異常なほど強力な魔力が、近くで発生している――おそらくジュエルシードの反応だ。

「はやて、少し用ができた。悪いけど先に帰っていてくれ」

「遅なるん?」

「そんなにかからないと思うけど……夜になってももどって来なかったら、構わず戸締りをしておいて」

「あかん。待ってるから、ちゃんと帰ってきなさい」

珍しく強い口調で話すはやてを見る。その目は真剣なのだが、その奥には懇願するような色がある。

「わかった。最善を尽くす」

そう言って、魔力の発生源へとかけ出した。






「――あれか。ジュエルシードの反応は」

そこには文字通りの化物がいた。犬をベースとした形状をしているが、その大きさは全長10m、高さ5mほどもある。
原住生物がジュエルシードの魔力を吸収して暴走、肥大化した、というところだろうか。体のところどころが肥大化してはち切れんばかりで、その目は凶悪な光を放っている。クラナガンの場末の、趣味の悪いシアターで公開しているパニック映画に出てくる化け物のようだ。

(これは想定していなかったな、ジュエルシードの活性化は他の生物を巻き込むのか。となると、ジュエルシードから生物への魔力をシャットアウトし、鎮静化させる必要がある。
 ――問題は必要な魔力を出せるか、ってことだけだな)

出発前の話では、封印にはAランクの魔力が必要だと言っていた。
現在の魔力量は完全に回復していないのでAAにはギリギリ届かない、というところ。安全に封印するためには、悠長に戦って魔力を無駄に消費するわけにはいかない。
怪我はほぼ完治しているので戦闘には問題ない。デバイス「エンジェルハイロゥ」がいまだ直っておらず使えないので、本来の戦い方ができないことだけが問題だが、「シュタイクアイゼン」の方が使えるので問題はないだろう。


「シュタイクアイゼン、まずは挨拶代りに軽めの一発」
『Sir. Stinger Ray!』

褐色の魔力光と共に一筋の魔力弾が化物を貫通する。
直撃したが、化物は未だ健在。

(やっぱりクロノみたいにはいかないな)

友人直伝の魔法だが、威力も速度も数段劣る。それでも、あれだけで倒せるようなら良かったのだが、見たところ大して効いていない。ジュエルシードの魔力が天然のバリアとなっているのか。
しかし、今の一発で化物はウィルを敵と認識し、唸り声をあげて威嚇してくる。
畜生相手に様子を見る必要もないと判断し、続けてこちらから攻撃を仕掛ける。

――先手必勝。


飛行魔法を唱える。静から動へ、急激な加速。
その速度は、心臓の鼓動が一つ打たれる間に、自動車に並走できるほどの速度に達した。
地面すれすれを飛行し、相手に突撃する。
反比例して、四十メートルはあった化物との距離が急激に減少する。

行動の企図は瞬殺――高速で接近し、相手が反応する前に腹部に潜り込み、斬り裂くと同時に封印のために魔力を流し込む。



化物は腕を振り上げる。近寄る羽虫を異形の腕で叩き潰すつもりなのだろう。
だが高速で近寄る相手をピンポイントで攻撃できるものなのか?
早ければ隙をさらすだけ、遅ければ言わずもがな。

しかして、偶然か、それとも野生の本能か、異形の化物はそれを成し遂げる。
飛ぶ燕を刀で切り落とすごとき正確さで、近づくウィルに腕を振り下ろす。
その腕は確実に羽虫を叩き潰すだろう。

対するウィルはどうするのか。
今から減速してやり過ごすか、それともさらに加速して先に攻撃するか――どちらの行動も、それで回避することは不可能。
もし、もう一つのデバイス、エンジェルハイロゥが使用出来れば可能であっただろう。
しかし、現状では加速力も減速力も足りない。

どうあがこうが詰み。


化物の腕が地を叩く。
震動に地面が割れ、周囲の木々が揺れる。
化物に意識があるなら、邪魔者を叩き潰したことに喜びの咆哮をあげただろう
そして、化物にもう少し知性があれば、その手の感触に疑問を抱いただろう。

その手の下には何もいない。
では潰されるはずだった羽虫は何処へ。



ウィルは化物の腕が自分に振り下ろされるのを見る。
確かに化物は予想よりも強かったが――それでもまだ想定の内。

行動の企図を変更――相手の攻撃に合わせて上空に飛翔し、化物の腕を回避。そのまま頭上を通り、その背を攻撃する。
前も後ろも駄目ならば、上へ行けば良い。

飛行魔法の方向を前方から上方に変える。
しかし、そもそも相手は自分をたたきつぶそうとしている。つまり、前方斜め上から攻撃してくるのだ。
慣性がこの世に存在する以上、停止している物は急には動かない。今まで前方にのみ力を加えていたのだから、今から上方に力を加えたところで、急に速度がでるわけがない。
このままでは上ではなく斜め上へ行くだけだ。
それはつまり、腕に自分からあたりに行くことを意味している――ただの自殺。

腕を飛び越えるためには、さらに上向きの力が必要とされる。
その為の力を何処から持ってくる――魔法だけではすでにこれが限界。



ならば、方法は一つ。
魔法の力で無理ならば、この身体の力を使うしかない。
そして、ウィルは右足で強く地を蹴った。

しかし、これには大きな欠点がある。
まず一つ目。
高速で飛行中に地面を正確に蹴ることができるのか。
試しに自動車で走行中に自動車から飛び降りて、そのまま道路を蹴ってジャンプしてみよう。それで跳べる者はまずいないだろう――というかこける。
跳ぶためには高速で後ろに流れる地面を、適切な角度で、十分な威力をもって蹴らなければならない。

そして二つ目。
高く跳べるほどの力で踏み込めるのか。
ウィルには踏み込むために脚を下ろすだけの時間しかなかった。脚をあげるという予備動作もなしに地を強く蹴ることなど、常識では不可能だ。


しかし、ウィルはその二つを成し遂げる。
まず、彼の得意とするのは高速の空中戦。それは人の常識を越えた集中力を持つものが住まう領域。
たかだか自動車の速度で動いているだけでは、日常と大差ない。空戦魔導士の中には、音速を越えた速度で飛行しながら、迫りくる射撃魔法を回避して戦うものもいるのだ。
ゆえに、その脚は、なんの問題もなく地を捉えることができる。


そして踏み込みの威力。
その不可能を可能にする固有技能を、彼は持っている。

<魔力変換資質:キネティックエネルギー>

魔力を運動エネルギーに変換する、という技能。
他の魔力変換資質と異なり、実態のない力に変換するので、その力の作用する範囲はほとんど自分自身に限定されている。
したがって、変換した運動エネルギーを相手に作用させて吹き飛ばす、といった芸当はできない。

一見使い道がなさそうに見えるが、意外とそうでもない。
例えば、パンチと言うのは、本来は体重の移動と腕の筋肉によるエネルギーを拳を使って相手に与えるものであり、そのエネルギーを拳に伝えるためには腕の振りや腰の回転などの予備動作が必要になる。
しかし、この技能を用いればそれらの工程“全て”が吹っ飛ばされる。
腕の魔力を運動エネルギーに変換する――ただそれだけで、まるでカタパルトで発射されたかのように“拳が発射”される。
同じことを脚でやれば――予備動作なしでも全力と同じくらいの力で地を蹴り、高く飛び上がることなど造作もない。


武術を極めた者たちが持つ無拍子の行動、それを魔法の力によって模倣する。

――これこそ魔剣。
魔法の力によって、人の限界を越えた剣術を為す。


そしてウィルの体は化物の腕のわずか上を、速度を殺すことなく飛翔していた。
体は前屈気味に。
背に構えた剣を両手で持つ。
すぐに化物の頭上を越え背中の上に差し掛かり、そこで彼は体を宙転させながら剣を振り抜いた。

「シュタイクアイゼン!クリティカルバッシュ!」
『Sir! Critical Bush!』

褐色の魔力光を帯びた一撃が、化物の背に振り下ろされる。
自身の腕力と魔力を変換した運動エネルギー、そして飛行速度をプラスしたその一撃は化物の背を切り裂いた。断面からジュエルシードが見える。
もう一度背中に剣を振り下ろし――今度は斬るのではなく突きたてる――剣を錨として化物の背中に乗り、全力で魔力を込める。
ジュエルシードを封印するために。

「ジュエルシード、シリアルⅠ、封印!」



「なんだ、もとはただの犬か」

暴走体の元となっていたのは、大型の野犬だった。首輪もないので、野良犬だったのだろう。
背中を切り裂いたので、殺しはしなくとも怪我くらいはしているかと思ったが、どうやら無事なようだ。疲れてしまったのか、その場で寝そべっている。

「痛い……足への魔力量が多すぎたかな」

踏み込みに使った右脚に痛みが走る。
これが彼の魔力変換の副作用。
自身の体を魔力によって無理に動かすので、本来は出せない大きな力を瞬時に出すことができる反面、筋肉に大きな負担がかかる。さらに、変換する魔力量によって力の強弱が変化するので、あまり多くの魔力を変換すると、筋肉の限界を越えてしまい筋繊維の断裂を招く。
接近戦において非常に強力な能力であることは確かなのだが、扱いづらい能力であることもまた確か。

「なにはともあれ、これで一個目かな」

残り二十個。先はまだまだ長い。




彼が去った数分後、一人の少女と彼女の方にのった一匹の小動物がその場所を訪れた。

「あれ?確かにこっちから反応があったはずなんだけど」

「気をつけて、なのは。隠れているのかもしれない」

フェレットらしき小動物は慎重にあたりを警戒するが、ただ木々の葉がこすれる音しか聞こえてこない。

「うん…………ひゃあっ!い、犬さん?」

寝そべっている犬に気付いて驚く少女。小動物は少女の方から飛び降り、犬のそばに近寄る。

「この犬……わずかだけど魔力の残滓がある」

「ざ、ざんし?……どういうことなの?」

「僕たち以外にもジュエルシードを集めている人がいて、僕たちが来る前にジュエルシードを封印したかもしれないってことだよ!」

「もしかして、ユーノ君が前に言ってたウィルさんって人じゃないかな?念話で呼びかけてみようよ」

「ウィルさんじゃなくて、ジュエルシードを奪おうとしてるやつの可能性もあるよ。その場合、なのはに襲いかかってくるかもしれない。……今は様子を見よう。もしもウィルさんが無事なら、街で見かけることがあるかもしれない」

ユーノの説明を聞きながら、なのはは少し不安に思う。
ユーノはいろいろと考えて行動するのだが、慎重になりすぎて、逆に肝心なことを見落としていることがある。
そもそも、なのはがユーノと出会った理由が――
いや、それよりも、一つ聞いておかなければならないことがある。

「そうなの……ねえ、ユーノ君」

「どうしたの?」

「ウィルさんってフェレットさんじゃないよね?」





(後書き)

日常はウィルの外見・内面・肉体的な要素を通して、異世界に来た異邦人を描くようにしようと思ったのですが、難しいですね。

今回の戦闘におけるウィルの行動は『突撃→攻撃をジャンプでかわす→敵の頭上を飛び越えながら斬る』という感じです。
つまり魔剣昼の月(刃鳴散らす)の動き。
なぜこれだけわかりにくくなったのか……。



[25889] 第4話 ウィリアム・カルマンという男
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/20 23:00
その日は最高の散歩日和だった。空は晴れているが雲も適度にあり、日差しが強すぎるということもない。
ウィルははやてと共に街を歩いている。ジュエルシードの捜索のためだ。

歩き始めて一時間ほどたっただろうか。二人とものどが渇いたので、はやてを木陰で休ませて、ウィルは近くの自動販売機まで飲み物を買いに行った。
そして、はやてのところに戻る時に、魔力の発生を感じる。ジュエルシードの反応だ――それも今までよりもはるかに大きい。
はやてには申し訳ないが、飲み物を渡したらその場で待っていてもらおうと考えながら、ウィルは急いではやてのもとへと走った。

しかし、はやての姿を見つけた時、地面を大きな揺れが襲い、それから少しすると、足元のアスファルトが砕け、地下から何か大きなモノが跳び出してくる。
それは巨大な樹の根だった。いくつかの次元世界に行ったことがあるウィルでも、初めてみるような大きさ。はたしてこんな根をもった植物が存在するのか――あるとすれば、それこそ神話に詠われる世界樹くらいではないのか――それほどに巨大な樹の根。
樹の根は車を横転させ、信号機をなぎ倒しながら地表にその姿を表す。


はやての方を見る――彼女は大丈夫だろうか。
そしてウィルの視界に映ったのは、空中高く放り出され、落下しようとしているはやての姿だった。あと数秒で彼女は地面にたたきつけられて物言わぬ躯になるだろう。
ここで彼女を助けるために魔法を使えば、周りにいる人に目撃されるかもしれない。少なくともはやて自身には絶対にばれる。それ以前にあれだけ上空に打ち上げられる衝撃を受けて、今も生きているのか。いやいや、車椅子が衝撃をある程度受けてくれたかもしれない。


突然のことに一瞬ではあるが悩んでしまったウィルの脳裏に、はやてとの先日の会話がフラッシュバックする。


「下世話なことを聞くんだけど――」

「なに?下ネタはあかんで」

「今さら何を、君と僕との仲じゃないか……ごめんなさいコメツキバッタのようにヘコヘコ謝りますからその手に持ったフォークを下ろしてください。
 ――お金は大丈夫かな?前は断られたけど、やっぱり仲間が来たらお礼はするつもりだよ。でも、それまでになくなったりしないかなって心配になって」

収入がないはやてはどのようにして生活しているのだろうか?
ウィルが最近学んだ知識によれば、生活保護という制度があるらしい詳しい条件はわからないが、両親がいないはやてもそういった制度を利用しているのだろうか?しかし、それだけだと、養う人間が一人増えたことで、八神家の家計簿は非常に危険なことになっているのではないだろうか。
そんな疑問が、この時の会話のきっかけだった。

「大丈夫やって。イギリスに、お父さんのお友だちのグレアムおじさんって人がおるんやけど、その人が遺産を管理してくれとるんよ」

そう言って、はやては引き出しを開けて手帳のようなものをとり出す。

「ほら、毎月こんだけ振り込んでくれとるから、心配いらへん!」

「こらこら、そういうものを無暗やたらと人に見せちゃいけません」

そう言いながら、通帳を覗きこむ。
引き出される額よりも入ってくる額の方が圧倒的に多い。その総計は莫大な金額であることがわかる。新聞についてきたらしいチラシの一枚と見比べてみる。
――家が二つ買えた。

「はやては両親を亡くしてから、ずっと一人で住んでるんだよね」

「そうやけど?」

「グレアムさんははやてが一人で住んでることを知ってるんだよね」

「それがどないかしたん?」

「人一人が生活するにはこの金額は多すぎるよね。グレアムさんは、きっと使用人でも雇わせるためにこれだけ振り込んでるんだと思うけど……雇ったりしないの?」

先日、図書館で読んだ本によると、イギリスのような欧州方面では、裕福な家は住み込みの使用人を雇っていることもあるそうで、彼もそうさせるつもりだったのかもしれない。
はやての顔に陰りが差す。

「実は、私がもっと小さい頃はお手伝いさんを雇ってたんよ。住み込みやなくて、通ってもらうていう形やったんやけど。
 ……でも、なんかあかんかった。一緒の家にいるんやけど、仕事のつきあいでしかないっていうか他人っていう感じがして……それでも体は近くにおるからかな?余計に、なんやその人と私の間にある壁がはっきり感じられて。
 自分で最低限の家事ができるようになったら、もう雇わんようになったんよ」

はやては、陰りを振り払うようにして、笑いを作りながら話し続ける。

「それで気付いたんよ。私が欲しいのは、私の世話をしてくれる人やなくて、私が助けてあげられる家族やってことに」

「何かしてもらうよりも、誰かのために何かをしてあげたい……か。なんて良い子なんだ――ああ、おれはいまだかつてこんな聖母のような子に出会ったことがない」

「もう、ちゃかさんといてーな。それよりも、どう?こんな美少女が今ならお買い得やで~」

「十年たってから来な」

「ひどっ!!」

何事もなかったかのように、たわいもない話が始まる。
先ほどのはやての家族が欲しい、という発言は彼女の心からの願いなのだろう。そして、その後の冗談まじりの言葉にも、ある程度は本心が混じっていたのではないだろうか。

しかし、ウィルはそれには答えない――彼は彼女の家族にはなれないから。
それとも帰るまで家族ごっこでもするか?それはあまりにも馬鹿馬鹿しい。
後一月もすれば彼はいなくなり、もう二度とこの世界に来ることはないのだから、そんなことをしても彼女は幸せにならない。
それは別れるから無意味だということではない。
結局別れてしまうという事実が、二人の間にあった家族という関係、絆がその程度のものだと、ただのごっこ遊びにすぎなかったと改めて認識させてしまう――もしくは、家族の絆なんてものがその程度なのだと、彼女に誤解させてしまうからだ。
どちらにせよ、最後にはやてを不幸にしてしまう。

しかし、同時にこうも思った――何らかの形で彼女を幸せにしてやりたい、と。

(そのためにも、ここで死なせるわけにはいかないよな)

だから、彼はこう唱えた。

「セットアップ、シュタイクアイゼン」




はやてはウィルと一緒に街に出かけ、その途中でのどが渇いたので、ウィルにお金を渡して買いに行ってもらった。
木陰で待っている間に、彼のことを考える。

八神はやてから見て、ウィリアム・カルマンは奇妙な人物だった。

第一印象は変な人だった。
日本人なのか、外国人なのか、判別がつきにくい顔をしているが、少なくとも整った顔をしている。
しかし、街の中の公園で怪我をして倒れていた。それが殴られたとか蹴られた傷であれば、喧嘩か何かかと思えるが、火傷に裂傷――これは生半なことではありえないだろう。爆発にでも巻き込まれたとでもいうのか。その上、警察や病院の世話にはなりたくないという。
これはもう、間違いなく犯罪者とか密入国者に違いない。

そんなに怪しい彼だが、少なくとも悪い人じゃない……と思う。
それは、彼が優しかったからではない。優しさだけで言うなら、物語に出てくる悪魔などもみなすべからく優しいではないか。

では、なぜなのか。

彼は嘘をよく嘘をつく。それは冗談の時もあれば、何かを隠そうとしている時もあり、後者の時はとても冷たい目をしている。本人は隠そうとしているのだが、時折それが見えてしまう。
それでも、ただのごまかしや、なぐさめを口にしたりはしない。
そういうところが石田先生とよく似ていたからだろうか、悪いことに手を染めている人かもしれないけど、悪人だとは思えなかった。


そんな彼が現れてからの日々は、今までよりもずっと楽しかった。
朝に起きて、部屋を出た時におはようと声をかけてくれること。
作った食事にいろいろと感想を言いながら、おいしそうに食べてくれること。
高いところにあるものがとれない時、横からそっと手を伸ばしてとってくれること。
一緒にテレビを見て、一緒に笑ってくれること。
全て、些細なで、簡単で――でも、今までなかったことだ。


ただ、一つ気がかりなことがある。
それはウィルがいつか出ていくことではない。
たしかにそれは寂しいことだが――次の日からまた一人になる、誰とも話さない日があるような日々に戻るのは嫌だが――初めて出会った日に言われたから、覚悟している。

気がかりなことは、ウィルでなくても良かったのではないかということ。
もしあの時、出会ったのが別の人だったら。
傲慢でも、謙虚でも、優しくても、怖くても、変わっていても。老若男女なんであれ、もしかしたら動物でも――さすがに蛇とかは嫌や、フェレットとかやとええなぁ――自分の孤独を癒してくれるのであれば、なんでも良かったのではないか。そして、それは彼にとっても同じで、住める場所さえあれば誰でも良かったのではないか。
こんなに楽しい生活も、実は無意識に利用し合っているだけで――お互いにウィルと言う個人を、はやてという個人を見ていないのではないかという恐怖。

この恐怖はどうやったら消えるのだろう。


地面の揺れに意識を引き戻される。地震だろうか。
しかし、それは普通の地震とは全く異なるように感じられた。
まるですぐ下で誰かが暴れているような――そういえば昔は地面の下に住むナマズが暴れることで地震が起こっていると考えられていたんやったっけ?

突如地面の下から何かがつきだしてくる。それが何なのか、はっきりとは見えなかった。のたくりまわる大蛇のようなものが一瞬見えただけだ、多分ナマズではない。
それを確認する余裕などなかった。
なぜなら、はやての身体は車いすから放り出されて、宙に高く高く投げだされていたから。

下は怖くて見れないが、これは確実に死ぬ高さだ。

――ウィルさんは大丈夫やろか。
彼も巻き込まれていなければ良いのだが。自分が死んだ後はどうするのだろう。まあ、彼なら自分がいなくなった後の家に隠れて住むくらいはしそうだ。
それでも良い。死んだことに少しだけ悲しんでくれて、その後で忘れてくれれば、もうそれ以上何も望まない。もともと、誰にも迷惑をかけず、ひっそりと消えていくのが望みだったのだ。


その時、誰かが自分を抱きしめてくれるのを感じた。壊れやすいガラス細工の工芸品をもつように、優しく、慎重に。
自分を抱きしめているその腕は、先ほどまでと全く異なっていた服を着ているが、間違いなくウィルのものだった。
彼は、はやてを抱えて空中に浮いている。

「なんやの、その格好……あははっ、コスプレ?それに、なんや空に浮いとるし」

はやてを見返すその瞳は、何かを覚悟したようだった――しかし、それもすぐに消え、はやてに微笑む。

「今まで隠してたけど、実は魔法使いってやつなんだ」




ウィルははやてをその腕に抱きかかえたまま飛行し、近くの安全そうなビルの屋上に降りた。

(何とか間に合ったな……)

デバイスを起動させた後の動作は、ぎりぎりはやてが入る程度の結界を張って、目撃者になるような人間を排除。それから飛行してはやての元に向かい、抱き止めた瞬間に下降し、衝撃を分散させる――そのまま抱き止めれば、魔法で身体機能を強化しているウィルはともかく、常人以上に貧弱なはやては受け止めた時の衝撃に耐えられないだろうから。
はやても、痛がっている様子がないので少なくとも大きな怪我はしていないのだろう。

眼下の街を見ると、先ほどまでは何もなかった場所に巨大な樹がいくつも生えている。
しかし、樹の成長は止まったようで、これ以上大きくなる様子はない。今いるビルも、倒壊する危険性はないと思われる。

「さすがにいろいろ聞きたい気分やけど」

「後で話すよ――でもまずはこの樹をなんとかしないとね」

そして、ウィルはキッと樹を睨みつけた――睨みつけたまま、動かない。

「……どうしたん?」

「大見えきったのはいいけれど、これはちょっとどうしようもないなぁって思って」

樹があまりに巨大で、広範囲に拡散しているせいでコアとなる部分――ジュエルシードがどこにあるのかわからない。

「えぇ~~……台無しやん。こういう時はドバァーっとでっかいビームで倒したりするところと違うん。魔法使いなんやろ」

「すいませんねー、期待にそえなくて。このでっかい樹の中心がわかればすぐに終わるんだけど……やっぱり街中を走って見つけるしかないかな」

「なんかしょっぱいなぁ」

結界魔法で人目をなくしてから飛行して探すという考えもあるが、樹の全体よりも大きい結界がはれなければ、樹を結界内に囲うことはできない。結局、時間がかかるとしても走って探すしかない。
それでも少しは時間を短縮するために、ビル全体に結界を張って人目をなくして飛行魔法で地上に降りる。その後は走って探す――



その時、頭上に光が――無数の桃色の星が空を駆ける。

(あれはサーチャーか!?ゆうに二十はあるぞ!)

星のように見えたものは、サーチャーと呼ばれる魔法で作られた端末だ。視覚などの感覚を使用者と共有しており、主に探索や偵察に使われるものだ。魔法の構成はミッド式――それは次元世界で最もメジャーな魔法の使い方であり、それを使うと言うことは、この魔法の使用者が次元世界の住人であることを意味している。
サーチャーは縦横無尽に街中を、特に巨大樹の周りを飛び回っている。

離れたビルの屋上に、おそらくその魔法を放ったと思われる人物が見える。
その少女は先ほどまで目をつぶっていた。
しかし、今や少女は目を見開き、ある一点を見据えデバイスを構える。
そして、デバイスが形を変える――杖から十文字槍のような形へ。

杖の先に魔力が集う――なんと強壮で純度の高い魔力運用だろう。
爆発が起こったかのような、体の底まで響き渡るような轟音が響き、魔法が解き放たれた。
そして、桃色の魔力光が樹の一点を貫いた。



あらためて少女を見る。白いバリアジャケットは当然管理局のものではない。
どう話をきりだせば良いだろうか。

≪ウィルさん!ユーノ・スクライアです!聞こえますか?≫

聞き覚えのある声が念話で送られてくる

≪ユーノ君!?どうして……いや、事情は後で聞くよ。今はどこにいるんだ?≫

≪あなたの目の前にあるビルの上です≫

いくら見ても、そこには白いバリアジャケットの少女しかいない。フリフリの服を着ており、見た目は明らかに女の子だ。

≪まさか女の子だったとは。それとも女装して ≪その子の肩の上!≫ ……肩?≫

目を凝らして見ると、肩の上に一匹の小動物がちょこんと乗っかっている。

≪……おれの目にはよくわからない小動物しか見えないんだけど≫

≪それです!それが僕です≫

≪いったい、いつから人間を捨てたんだ……もしかしてジュエルシードの影響?≫

≪これは魔法で変身してるだけで ≪ええぇーー!!ユーノ君って人間だったの!?フェレットさんじゃなかったの≫ な、なのはっ!?≫

突如念話に少女の声が割り込んでくる。そして始まる少女とユーノの言い争い。
言い争いの果てに、少女がユーノを投げる。
ビルから落ちるユーノ。
魔法を使って足場を作り、無事に着地するユーノ。

(結界魔法の一種?器用な――おれもあれが使えたらはやてにばれなかったんじゃないだろうか)

「ユ、ユーノ君、大丈夫!?ごめんなさい!びっくりして思わず投げちゃって――」

≪そこの白い少女≫

≪は、はいっ!わたしですか?≫

≪そう、君だ。僕はユーノ君の知り合いなんだけど、いろいろ話も聞きたいから、このビルの下で落ち合おう。≫

≪わかりました!≫

少女はビルから降りていった。新しい魔法使い――魔法はミッド式。ユーノと共にこの世界に来た友人か、それとも現地の協力者か。
こちらもそろそろ降りるとしよう――としたところで気付く。

「あれっ?あの子ジュエルシード回収してないんじゃない?」




(後書き)
なのはにおける結界の具体的な効果(空間を切り取るのか、現実によく似た空間を作るのか、空間を切り取るならさっきまで中にいた人間はどこへ行くのか、破損した物体は外部からはどのように見えるのか)がわからなかったので、ここではTRPGアルシャードガイアの結界ルール(似たものとしては灼眼のシャナの封絶)の一部を流用しています。
具体的には以下の通り。一応なのはの描写と矛盾するようところはない……はず。

・結界内部の空間とは、本来の空間を模して疑似的に生成しているものである
・ただし、結界内部での破壊活動は現実に反映される
・結界を生成した時に、本来の空間の生物を結界に取り込むかどうかは、結界を張る人物が決定できる
・ただし、本来の空間から結界に生物を取り込もうとする時、結界はその生物以上の大きさをもっていなければならない(今回結界を張ってから捜索できなかったのは、ジュエルシードによって作成された巨大樹が一個の生命とみなされたため、樹の全てを内包するような巨大結界が張れなければ樹を結界内部へと移動できないから)
・ある人物が結界に出入りしようとした時、それが可能かどうかは結界を張った人物が決定できる
・強度以上の衝撃を物理的、魔法的に与えられた時、結界は破壊される
・結界を張った人物よりも魔法の実力がはるかに高ければ、結界内に強引に出入りできる


そう言えば、ナマズが地震を起こすのって、本気でそう考えていたのではなく、妖怪と同じで地震という現象を擬人化(?)したマスコットキャラみたいな扱いだったらしいですね。
さすが日本、業が深い。



[25889] 第5話 深まる絆と始まる亀裂
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/20 23:05

空が青から赤へと色を変える頃、西日が差しこむ八神家の居間に、四人の少年少女、正確には三人と一匹がテーブルを囲んでいる。ウィルとはやて、ユーノ、そしてユーノと共にいた少女だ。
藤見町ではひっきりなしに聞こえていたサイレンの音も、ここでは聞こえない。

「あ、危なかったですね……」

「ああ、うっかりジュエルシードの回収を忘れるところだった……」

「も、もう走れないの……」

「街中でずっとおんぶされるって、ほとんど罰ゲームやん……」

ジュエルシードを封印したのはいいが、うっかりその回収を忘れた彼ら四人。交通整理をおこなう警察たちを、時には走って、時には結界を利用してかいくぐり、どうにか見つけた少年からジュエルシードを回収して、走って帰って来た。



車椅子が壊れてしまったはやてに代わりウィルがお茶を用意し、その間に少女は家族に少し帰るのが遅れると連絡を入れる。そして全員が落ち着いた頃を見計らって、ウィルが口を開いた。

「先ほどはジュエルシードの封印に協力いただき、ありがとうございました。お互いに聞きたいこともあるかと思いますが、焦っても何にもなりません。
 ここは自己紹介、これまでの経緯、ジュエルシードについて、そして今後の行動、と順番に話していきましょう。
 というわけで、まずは自己紹介から――おれは時空管理局所属のウィリアム・カルマンです。
 こちらの方は八神はやてさん。この世界での夜露をしのぐ場所を提供してくださった、善意の塊のような淑女です」

「ど、どうも。八神はやていいます。ウィルさんとは、なりゆきというか…………そんな感じで」

あはは、と笑いながらはやても自己紹介をする。そして次は少女の番だ。

「わ、わたしは――えっとユーノ君と一緒にジュエルシードを探して――あの、そのっ――」

少女は、いまだユーノが人間だったことのショックから抜けていないのか、それとも他に何か気にかかることがあるのか――自己紹介しようとするが、なかなか言葉が出てこないようだ。

「はやてはまだ魔法とかジュエルシードのことを知らないから、とりあえず名前だけで良いよ」

「は、はい。高町なのは、小学三年生です」

「へえ、はやてと同い年なんだ。それじゃあ、自己紹介も終わったところで、お互いの今までの経緯をを――」

「あの……僕の番がまだ」

小動物――フェレットのような何かが声をあげる。

「ごめん、人間の姿をしていないからうっかり忘れてた」

「うう……ようやく再会できたのに、この扱い。……ユーノ・スクライアです。こんな姿をしていますけど、本当は人間です」

そう言ってくるんと回転すると同時に、穏やかで優しそうな少年が現れた。なのはとはやては、手品を見た時のように思わず感嘆の声をあげ、拍手をしてしまう。



まずはウィルがこれまでの経緯を語る。
自分たちは魔法が科学の一種として存在する世界から来たこと。そしてジュエルシードの輸送と途中で起こった事故。海鳴に散らばったジュエルシードを追ってこの世界に来たこと。
それらを一通り話し終え、ユーノにバトンを渡す。

ユーノは、ウィルが出発してから数日後にミッドチルダに到着して、そこで輸送船が事故を起こしたことと、ジュエルシードが第九十七管理外世界――地球にばらまかれたことを知ったらしい。そして、発掘者として回収の許可をとって単身地球にやって来て、そこでなのはに出会い、一緒にジュエルシードを捜索していたそうだ。
しかし、ユーノは地球に来るまでの管理局とのやり取りや、なのはがどれだけ熱心にジュエルシードを集める手伝いをしてくれたかということはよく語るのだが、肝心の地球に来てからなのはに出会うところを話してくれない。
しかたなく、ウィルが割り込んで質問する。

「おれとしては、一応地球の住民である高町さん――あ、なのはで良いって?ありがとう――なのはちゃんが魔法を使うにいたる経緯が知りたいんだけど」

管理外世界の住人に外の世界の技術――この場合は魔法の力――を与えるのは禁止されている。技術とはそれを生み出した社会によって制御されて初めて、技術として機能するのであって、そうでない技術はただの異能でしかない。
ユーノのことだから、なんらかの事情があったのだろうと思って尋ねたのだが、予想に反してユーノはうつむいてしまった。
それを見て、おずおずとなのはが発言する。

「あの、初めて会った時、フェレットのユーノ君が自転車にはねられて怪我してたんです。それで、動物病院に連れて行くことになって」

「……なんでそんなことに」

予想外な内容にあっけにとられる。
そこでようやくユーノが話し始めた。

「この世界に来る時に、いろいろ考えたんです。管理外世界だから人目につかない方が良いとか、誰かがジュエルシードを狙っているかもしれないから見つからないように行動しようとか、食料の消費を抑えようとか。それで、結論として動物に変身して行動することにしたんですけど。
 ――そしたら横から来た自転車にひかれて」

自転車にひかれて怪我をしているところを、なのはに助けられたのだと言う。その怪我がきっかけでジュエルシードの封印ができなくなってしまい、そんな時に動物病院でジュエルシードが活性化、誰かの協力を求めて発信した念話に反応して助けに来てくれたのがなのはだったのだとか。発掘の時の反省を生かして思慮深く行動したつもりが、裏目に出てしまったようだ。
そのことを話すユーノ。恥ずかしいのか、顔を真っ赤にし、目にはうっすらと涙も見える。

(……考えすぎて裏目っていうのはおれもよくやるなぁ)と、ウィル。
(……なんやかわいらしい子やなぁ)と、はやて。
(うわあ、涙目のユーノ君女の子みたい……)と、なのは。

とりあえず話題を変えるために、ウィルが適当に頭に浮かんだ質問をする。

「あれ、念話って無差別に発信したんだよね?おれには全然聞こえなかったんだけど」

「そういえばおかしいですね。うーん……でも、僕も弱ってましたし、ここは病院やなのはの家からも離れているから聞こえなかったのかもしれません。もちろん、今の僕ならこの距離でも大丈夫ですけど……」


その後、なのはからも話を聞いたが、だいたいのところはユーノが説明してしまったので、「わたしは、ユーノ君から話を聞いて、ジュエルシードを探すのを手伝って――ううん、一緒に探していました」というなのはが途中に言った一言ですべてまとめられた。




そして、ジュエルシードの現在の収集状況の確認に移る。
ユーノたちは、すでに五個も探していた。一方、ウィルが所持しているのは二つだった。一個は犬の暴走体から、もう一個はここ数日の街の探索で見つけたものだ。
ユーノから回収した場所を聞き、図書館でコピーしておいたこの街の地図に印をつけていく。

「街中はほとんど調べ終わっているから、もう何個も残っていないだろうね。後は郊外や森、海の中にある可能性が高い。もしくはレジャー施設のような大きな敷地を持っている場所の中かな。
 こことか怪しそうじゃない?街からちょっと離れたところにあるこのでっかい敷地」

「あ、そこはわたしの友達の家かもしれません」

「本当?なんとかして侵入できないかな――ところでユーノ君、さっきはどうしてあんな大きな樹ができたのかわかるかな。ジュエルシードは単なる膨大な魔力を秘めた結晶体じゃあないのか?」

「はい――ジュエルシードは思念に反応して活性化するだけではなく、活性化する時に、秘めた魔力を用いてその思念、つまり願いを叶えるように周囲の状況を変化させるんです。もっとも、その叶え方は適当なので、結果的には歪んだ形で叶えうことになるでしょう」

「じゃあ、さっきの樹はあの倒れていた少年の願いの結果なのか?」

「規模から考えると、間違いなくそうですね。ジュエルシードが最も活性化するのは、人間の願いに反応した時ですから……何を願ってああなったのかわかりませんけど」

「年々深刻化する温暖化問題をなんとかしたかったんかなぁ」




「そうなると、やっぱり今までどおり、人の多い街を中心に捜索を続けた方が良いね。人が来ないような郊外は管理局が探した方が効率は良い。
 管理局の部隊も、二週間くらいで来ると思う。もっとも、俺は陸の部隊に所属していて、海のことはそれほど知らないから確かってわけじゃないけどね」

その時、はやてが手を上げて質問する。

「地上とか海とか、何のことなんかさっぱりわからへん。そもそも、さっきから時々出てる管理局っていうのはどんな組織やの?」

「じゃあ時空管理局について説明しようか。でもその前に――ユーノ君、次元世界について説明をお願い」

「君たち(なのはとはやて)が住んでいるこの世界以外にも、僕たち(ユーノとウィル)が住んでいる世界、いわゆる異世界が何個もあって、そういった世界のことは次元世界って総称されている。人間のいない世界や文明が滅んでしまった世界、さまざまな世界があるんだけど、そういった世界の中には世界の間を行ったり来たりするだけの技術を持っている世界がいくつもあるんだ。
 でも、他の世界と交流を持つっていうのは良いことばっかりじゃない。それが争いを生んでしまうことだってある。
 基本的には、世界のことはその世界に住む人たちに任せるように決められているんだけど――」

ユーノの言葉を引き継いで、今度はウィルが時空管理局について語る。

「そうもいかない場合がある。例えばある世界が他の世界を侵略したらどうするか。他の世界が援軍を派遣するにしても、まったく異なる規律に基づく軍隊が集まってもまともに動くわけがないよね」

時空管理局が誕生する前には、軍の連携どころか、交戦規定があやふやだったり、逆に融通がきかなかったりして、とてもまともな戦闘にはならなかったことがあったという。融通のきかない交戦規定のせいで、侵略され滅びる街を目の前で見ながら何もできなかった三人の兵士が、全次元世界に喧嘩を売って管理局を作った話は次元世界で最もメジャーな読み物の一つだ。

「そこまで大きな事件でなくても、技術力の高い世界の犯罪者が低い世界に来たら、低い方の世界だけでは抑えられないかもしれない。
 時空管理局はそういった事態に対応するための調停役みたいなものさ――地球でいうなら国際連合が一番近いかな」

もっとも、複数の国家から成り立つ国際連合とは違って、管理局自体が一個の国に近い点が異なるが。

「そして管理局内は仕事の内容によって大きく二つに分類される。
 “地上”別名“陸(おか)”は管理世界に駐留する部隊だ。治安維持や魔法に関連する事件への対処が目的だね。駐留するのは、防衛力が十分ではない世界や、政府の存在しない世界。例外的に管理局発祥の地であるミッドチルダでは、管理局が政府に近い存在になっている。
 一方、“海”っていうのは管理世界をまたにかけた事件や、管理外世界でおこった事件に対処する部隊ってところかな。あまりないことだけど、駐留している陸の戦力だけでは対処できそうにない場合に増援として出向する場合もある」

「地上はお巡りさんで、海は自衛隊って感じでええんかな?」

「それが一番近いかな。この世界は管理外世界だから、海の局員がこっそりやって来て、こっそり解決して去っていくはずだ。現地政府にばれないように隠れてね」




外は少しずつ暗くなっている。あまり遅くなるといけないので、そろそろ話しあいもまとめにさしかからなくてはいけない。

「それじゃあ、今後どのように捜索するか決定するために、一つ言わなければならないことがある」

そう言うと、ウィルはなのはの方を向き頭を下げる。

「高町さん。おれの不手際のせいでこの世界にいらない騒動を持ちこんで、あなたや街の方を危険にさらすことになってしまった挙句、回収の協力までさせてしまい、本当に申し訳ありません」

そうして顔を上げ、じっと、彼女の目を見る。緊張の色が見えるのは、おそらく彼女も、これから何について話すのかをわかっているからだろうか。

「そして、今までジュエルシードの回収を手伝っていただき、ありがとうございました。今後はおれとユーノが捜索を担当しようと思います。ですので、あなたが今までのように協力してくださる必要は――」

「わ、わたしも一緒に探します!!」

突然、なのはが立ち上がりながら宣言する。その顔に浮かぶのは決意と――焦燥?
ともかく、さっきまでのおとなしい少女とは別人のような勢いだ。立ち上がる動作の素早さは、極限まで抑えたばねが、抑えを外されぴょこんと跳び上がる様を想起させた。

「わたし、気づいてたんです!あの男の子がジュエルシードを持ってたこと。それなのに、きっと気のせいだって思って何も行動しなかったから……そのせいで街の人も、街も、いっぱい傷ついて……!
 自分のできることをしないで、そのせいで誰かが傷つくのは嫌なんです!ここで他の人に任せて、その人が傷ついたら、きっとまた後悔する……。
 だからッ――――!!」

その瞳は柘榴石のようで、強い輝きはないけれど、その奥には感じるまでもなく確固とした自我を宿している。

「少し落ち着いて」

「でもっ!!」

なのはの言葉を無視して、ウィルは強引に話を続ける。

「――協力してくださる必要はありませんが、この短期間に五個ものジュエルシードを見つけだす捜査能力、そして先ほどの大樹のジュエルシードを封印する時の強力な遠距離魔法は、これからの捜索において非常に役に立ちます。また、管理局に所属する者としては、管理外世界の住人でありながら魔法の力を手にしてしまった者を、このまま放置するわけにもいきません。
 そこで、暫定的な処置ではありますが、高町さんを民間の協力者として扱い、今後魔法は自分の監督下で行使してもらおうと思います。
 その場合、高町さんには主にジュエルシードの捜索面で協力していただくことになります。戦闘が必要な状況では自分が対応しますが、それでも対処できない事態になれば、高町さんの手を借りることもあるでしょう。当然、危険な目にあう可能性もありますが、それを承知の上で今後も協力していただけますか?」

「え、えっと?それって、つまり…………どういうことですか??」

≪僕は反対です!≫

ユーノからウィルに、念話が――二人だけにしか聞こえないようにしいる――とんでくる。

≪ここで拒否しても、個人で行動する可能性がある。それなら、一緒に行動した方が良いよ≫

≪確かにそうですけど……それでも、これは本来なのはには関係ないことです≫

≪ユーノ君だって民間人だからこれ以上関わらないで、って言われても納得しないだろ?それに、時間をおいて冷静になったら考えも変わるかもしれないし、そうなったら手を引いてもらえばいいだけだから≫

≪……そうですね。わかりました≫


「つまり、これから探すときは一緒にやろう、ってことやと思うよ」

「そ、そうなの?」

「なのはちゃん……もしかして国語苦手?」

「……うん、ちょっとだけ。ざんていてきってどういう意味なの?」

「ま、……まあ、確かに小学生に対して使う言葉やないなぁ」

そして、二人が念話で会話している間に、はやてがなのはに内容を要約していた。
ウィルはなのはにあらためて問いかける。

「それじゃあ、返事を聞かせてくれるかな?」

「よろしくお願いします!!」




まだまだ話しあうこともあったが、外が暗くならないうちに帰らなければなのはの家族が心配するので、ひとまずお開きとなった。
今後の捜索形式は、平日はユーノとウィルが担当し、休日はなのはが加わる、という形に落ち着いた。
帰るなのはたちを見送るために、ウィルとはやては家の外に出る。はやては車椅子がないので、ウィルが横抱き――いわゆる、お姫様だっこをして連れて来ている。
別れ際に、ウィルがユーノにこっそりと念話を送る。

≪ジュエルシードを運んでいた輸送船がどうなったか、教えてくれる?≫

≪最後は爆発を起こしてロスト。乗員のほとんどは脱出したところを管理局に救出されましたけど、船長をはじめとする何名かは逃げ遅れて亡くなったそうです≫

≪……そっか。あれは事故だったのかな?≫

≪昔から事故が多い海域だったらしいので、おそらくは≫


帰る二人、ユーノがフェレットに戻ったので、一人と一匹の後ろ姿を見送りながら、ウィルとはやては沈む夕日を眺めていた。

「はやてだけが特別なのかと思ったけど、なのはちゃんとユーノ君も年齢の割に大人びてるよね。責任とか義務とか、そういうのを考えた上で自分の信念に基づいて行動している。
 偉いなぁ、俺がその年の頃は友達とうんこ漏らしてたよ――痛い苦しい、首締めないで」

「下ネタはあかんて言うたやろ。――それにしても、魔法の国から来たとは思わんかった。外国の殺し屋くらいは予想してたんやけど」

「そんなに悪そうに見えるかな?こんなに笑顔の素敵な好青年なのに」ほがらかに笑うウィル。

「うさんくさっ!……ジュエルシードっていうのを集めたら、帰ってしまうんやね」

「そうだね」

「そんで、もう来れへんの?」

「そうだね。管理外世界には、特別な用がない限りは来れない」

「……そっか」

夕日が沈み、二人は家の中に戻る。そして、はやてをソファーに下ろそうとしたところで、はやてはそっと、ウィルの首に手をまわした。


「なぁ……ウィルさんのこと、教えてくれへん?」

「おれのこと?」

「うん。今までずっと聞いてみたかったんやけど、わけありみたいやから、聞かへんかったんよ。けど、魔法のことを教えてもらった今やったら、話してくれるんやないかなって」

「わかった――でも、おれの人生の前半はあんまり聞いても面白いもんじゃないからなぁ。学校に入学してからの話をしよう」

「魔法の学校?」

「士官学校っていう指揮官を養成するための管理局の学校。
 九歳の時に入学したんだけど、周りが年上ばっかりの中、一人だけ同年齢のやつがいたんだ。そいつも当時のおれも人付き合いの悪い奴でね、ちょっとした因縁もあったから入学してすぐの頃はそいつと喧嘩ばっかりしてたんだけど――――」




猫は――彼女は庭からじっと二人を見ていた。
今日の事件はまったくの不意打ちで、あやうく八神はやてを死なせるところだった。ジュエルシードもロストロギアの一つ。そして、彼女はロストロギアの恐ろしさはよく知っていたはずなのに――油断していた。
彼女も、彼女を作ってくれたお父様も、前線を退いて長いせいで勘が鈍っているのか。
しかし、だからといってこの事件に介入すれば、自分たちの存在――そして八神はやての存在意義が発覚する可能性がある。それは計画が発覚してしまうのと同意義であり、危険があるとわかっていても、結局は不干渉を貫くしかない。


家の中からは、彼らの話声がまだ聞こえてくる。どうやら過去話は終わったようだ。

「夕飯どないしよ。車椅子がないと作れへんし」

「出前にしようよ。寿司食ってみたい――――――駄目だ、寿司もピザもラーメンも、道路が壊れていて届けられないって」

「じゃあ、たまにはウィルさんが作ってみてよ」

「無理!――そうだ、今から街に食いに行こう!」

「ちょ、待ってぇな、またおぶっていくつもりやろ!あんな恥ずかしいのはもう嫌やって」


それにしても、と彼女は猫の姿のままため息をつく。よりによって、彼と八神はやてが出会うなんて。
そして、現在の本局の艦隊の状況を考えれば、ジュエルシードの捜索のために本局から派遣されるのは彼女の教え子が載っている艦になるだろう。もしかしたら、彼女の教え子も八神はやてと出会うことになるかもしれない。
運命を造ったものがいるなら、そいつは最高にひねくれたやつに違いない。

クライド・ハラオウンとヒュー・カルマン――十年前の闇の書事件の犠牲者。
その息子たち、クロノ・ハラオウンとウィリアム・カルマンを、八神はやてに出会わせるなんて。




(後書き)
状況整理のつもりが、今までで一番長くなってしまった……なぜ。
管理局の説明に関しては妄想が入っています。三脳の現役時代とか見てみたいなぁ。



[25889] 第6話 ノワール
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/28 05:19
休日の午後は、気持ちまでも晴れ渡るような良い天気で、思わず寝てしまいそうな心地だ。
ウィルとはやては、なのはと彼女の兄である恭也と共に、バスに揺られていた。はやてとなのはは二人で話していて、ユーノはフェレットの姿でなのはの膝の上で丸まっている。

「なのはちゃん、今日は誘うてくれてありがとうな」

「ううん。はやてちゃんのことを話したら、二人とも絶対に会いたいって言ってたし――」

バスは坂の多い海鳴市における主要な交通機関であり、休日ということもあって、乗車してすぐはウィルと恭也の二人が席に座れないほどの盛況ぶりだった。バスが郊外に近づくにつれて乗客が減ったおかげで、今は彼らもようやく座ってのんびりと窓の外の景色を眺められるようになった。
やがて窓の外の街並みが次第に少なくなっていき、景色のほとんどが山の木々に変わったあたりで、恭也は降車ボタンを押してみんなに声をかける。

「そろそろ降りるぞ」

その声に反応して、なのはは急いで立ち上がるが、バスは停留所に止まるために減速を始めていたので、おもわず転びそうになり、恭也に支えられた。

「ウィルさん、私らも降りよ……ね、寝とる」


一行は、なのはの友人の家に向かっている。そこで開催されるお茶会に参加するためだ。
お茶会と言っても、なのはの話によると、まずは室内でお茶とお菓子を楽しみ、外が晴れているようであればその家の猫たちと共に庭に出てお話しを楽しむ――つまりは、友達同士が家に集まるということだそうだ。
ともかく、はやてに同年代の友人がいないことを知ったなのはが、自分の友達を紹介しようと思い、お茶会に誘ったことが始まりだった。なのはがついているのなら大丈夫だろうと、最初はウィル(とユーノ)は参加せずに、ジュエルシードの捜索を行うつもりだった。

では、なぜお茶会に行くことになっているのかといえば、それはやはりジュエルシードの捜索のためだった。お茶会を開催する友達の家というのが、以前地図で見た広大な敷地をもつ家だったので、この機会を利用して敷地内を捜索することにした。
なのはのサーチャーでは「見る」ことはできても、ジュエルシードの気配を「感じる」ことはできないので、きちんと調べるためには現地に乗り込む必要がある。それまでは、結界と防御が専門というユーノに結界を張ってもらい、夜中に侵入して調べようかと思っていたのだが、合法的にすませられるならそれにこしたことはない。
ジュエルシードの回収は優先すべきことだが、だからといって、他者に迷惑をかける方法はなるべくならとりたくない、という思いもある。不法浸入することと、遊びに行った家の敷地をうろうろすることのどちらが合法的かと言えば、一応は後者に軍配があがるだろう。



バス停から少し歩いたところに、目指す家の門があった――門しかない、ここからでは屋敷はまだ見えない。
年季の入った重厚な門扉を通り、舗装された道を歩き続ける。道の両側は常緑樹が植えられており、それらは全て見事に剪定されている。見たところ、その木々の先は森になっているようだが、見える範囲にある森の木々は同様に手入れされている。この森全ての手入れを行っているわけはないだろうが、それでもどこまでやっているのかと考えると、どこか底知れないものを感じる。

数分ほど歩いただろうか、ようやく屋敷の前にたどりついた。

「「でっかい……」」

屋敷を見たウィルとはやては、思わずつぶやいてしまった。
大きな屋敷――それはただ物理的に大きいというだけではない。もっと根本的に、存在感があるのだ。
それは、この屋敷が外から眺めただけでも、その全てが丁重に造られた一級のものであるとわかるからだろうか。それは例えるなら、毛の一本に至るまで、職人が心魂を込めて作ったビスクドールをみて、実物の大きさ以上の何かを感じるような感覚に似ているのかもしれない。
しかも、この屋敷は周りの景色――森に似合いすぎている。この存在感は屋敷だけではなく、この周囲の森を含んだものなのだ。この森全ての存在感が、この家に集約するように計算されている――そんな気がする。もし、ただの盗人が盗みに入ろうとしても、夜にこの家を見た瞬間に踵を返してしまうだろう。
魔法による結界とは意味が異なるが、これもまた結界だと言えるだろう。屋敷を囲う森という物理的な意味での結界、そして屋敷が与える底知れない印象は心理的な結界として、この屋敷を世俗から隔離させている。

もっとも、なのはたち兄妹にとっては見慣れたものなのか、彼女たちはまったく物おじせずにインターホンを鳴らした。

そうして現れたこの屋敷の使用人、名をノエルという若い女性にサンルームへと案内される。
お天道様の慈悲を余すところなく受け止めるように設計されたその部屋は、包み込むような暖かさで、先ほどまでバスで寝ていたウィルなどは、再び眠気を感じて立ったまま眠りたいと考えるほどだった。
部屋の端には観葉植物が並べられており、その中心に机と椅子、そして大量の猫が配置されていた。椅子には何人か座っており、すでにお茶を楽しんでいる。
その内の一人に強く見覚えがあった。
そう、確か彼女は――

「いらっしゃい、はやてちゃん」

「すずかちゃん!?」

かつてウィルとはやてが図書館で出会った少女、月村すずかだった。彼女は椅子から立ち上がり、はやての前まで来て、にこやかにほほ笑んだ。

「なのはちゃんにはやてちゃんのお話を聞いた時は驚いちゃった。それでね、驚かそうと思って、なのはちゃんには秘密にしてもらったの」

「そやったんか。今日はお呼びいただいてありがとうございます」はやてはにっこりにほほ笑み返す。

「どういたしまして」


そうして、各々が自己紹介を行った。
金髪の少女がアリサ・バニングス――彼女は以前街で見かけたことがあったが、なのはとすずかの同級生で、二人とは親友らしい。
すずかをそのまま大きくしたような女性がこの屋敷の主で、月村忍――すずかの姉で、恭也の恋人だそうだ。
給仕の少女は、すずか専属の使用人で、名をファリンというらしい。ファリンはノエルの妹らしいが、その印象は正反対で、ファリンが動、ノエルが静だ。とはいえ、顔の造形のみを見れば確かに似ているような気もする。



自己紹介が終わると恭也と忍はノエルと共に別室へと移り、四人の少女はそのままサンルームで机を囲みながら、引き続きお茶を楽しむことになった。
ファリンが新しいお茶とお菓子を用意するためにサンルームを出ていったので、ウィルは少女たちに一言ことわって彼女を追いかけた。
廊下で彼女に追いつき、声をかける。

「ファリンさん。おれも手伝いますよ」

「とんでもないです!お客様にそんなことさせられません!」

ファリンはまるで時計を持った兎が二足歩行で歩いているのを見たのか、というくらい意表を突かれた顔をして、それから大きく首を振った。
当然の反応だが、ウィルは残念そうに肩を落とす――ふりをした。

「そうですか。実は、はやてがあの子たちと仲良くするには、おれはあの場にいちゃいけないと思ったんですよ。ほら、年上がいるとあの子たちも遠慮して思ったことを話せないでしょう。それに、おれがいなかったら、あの素敵なお兄さんは誰なのー、って話題で話がはずむかもしれません。
 だから、手伝うってのを口実にして、席をはずそうと思ったんですが――」

半分は嘘だ――というか冷静な人が聞いたら「だったら最初から来るなよ」と言われるようなことをほざいているが、このファリンという純真そうな少女なら大丈夫だと判断した。
これは、どのようにして敷地内を探索する口実をつくるか、ユーノと話し合っている時にに思いついた策だ。敷地の探索自体は、屋外に出た後で勝手に森に入っていくユーノ(フェレット)を追いかける、という形で実行できる。しかし、それではあまり長く席をはずしていると不審がられるかもしれない。そこで、この嘘話を事前に話しておくことで、ウィルがなかなか帰って来ないのは、気を利かせているからだと思わせる。
たとえ実際に手伝うことになっても、菓子を運ぶ程度ならすぐに終わるから、こちらにとっては特に損も出ない。

「でも、手伝うことがないのなら仕方ないですね。それじゃあ、少し庭を散策させてもらって――あの、ファリンさん、聞いてます?なんで涙ぐんでいるんですか?」

「うう……妹さん思いなんですね。わかりました!不肖ながら、このファリン!全力をもってあなたに仕事を与えます!」

「……い、いえ、やっぱりいいです」

「心配いりません!簡単な仕事ですから!」




「……ただいま~」

やっとのことで解放されたウィルが戻って来た時には、四人はとっくに屋外へ移ってた。

「えらい遅かったなぁ、何してたん?」

「なぜか厨房の掃除をしてた。ノエルさんに助けてもらわなかったら、帰るまでずっとやってたかも」

「何やってるのよ」と、あきれ顔のアリサ。

ウィルはとぼとぼと歩き、ユーノをむぎゅっとつかみ、念話で語りかける。

≪はぁ……それじゃあユーノ君、予定通り逃げてもらいましょうか≫

≪わかりました。……最初っから小細工しない方が良かったんじゃないですか。捜索する時間も減っちゃいましたし≫

≪ばっか、何言ってるんだ。確かに今回は失敗したけど、自分の目的の為に自分で方法を考えて行動するっていうのは大切なことだよ。そりゃあ失敗することもあるけど、与えられた選択肢を選んで状況に流さるんじゃなくて、自分から選択肢を作って行動することはきっと役に立つ
 ――よし、言い訳完了≫

その時、ウィル、なのは、ユーノの三人はもはや慣れ親しんだともいえる感覚を感じる。

≪これって……≫

≪ジュエルシードだな。行くぞ、ユーノ君。なのはちゃんはどうする?≫

≪わたしも行きます!≫

≪ま、そう言うよね。でも、まずおれが行って危険がないか調べるから、少ししてから来るように≫





ウィルとユーノが、ジュエルシードの反応を追いかけて森の中を進むと、突然空が陰り出した――ように思えたが、すぐにそれは違うとわかる。ウィルたちは何か巨大なものの影に入っていたのだ。
では何の影かと見上げてみると、それは猫だ――森の木々よりも巨大な。

「「でっかい……」」

今までのジュエルシードの暴走体とは異なり、醜悪に変化しているわけではなく、子猫がそのまま巨大化しているだけだ。ただ、その体は高さだけでもゆうに五メートルは超えており、身に着けていた首輪の鈴の音は、小さい時はちりんちりんと耳を休める良い音だったのに、大きくなった今ではがらんがらんと頭に響くような大音声。可愛い子猫がそのまま巨大化しただけの見た目が非常にシュールで、ガリバーやアリスの世界に紛れ込んでしまったように感じる。周りの木々という比較対象がなければ、自分たちが小さくなったのだと思ってしまったかもしれない。
我に返ったユーノが、慌てて提案する。

「とにかく、人目をなくすためにこの空間を結界で囲います。設定はどうします?」

「範囲は屋敷の手前まで、あの猫以外の生命体は全て結界外に、おれたち三人のみ自由に結界の出入りを可能に……できる?」

ユーノは行動でその問いに答えた。あっという間に結界が張られる。
さすがは結界魔導師。ユーノの魔導師としてのランクはA、一方ウィルはAAだが、ウィルではこの結界に浸入できないだろう。理論に基づいた精密な魔法の構築は、彼の性格をうかがわせる。

結界の中で、二人は巨大猫を観察する。一見すると無害で、じっと眺めていても、やっはり無害だった。

「これもジュエルシードのせいだよね……?」

「た、多分。猫の大きくなりたいって願いが正しく叶えられたんじゃないかと……」

「曲解できないくらいごく単純な願いなら、正しく叶えられるのかな?」

「そうかもしれませんね。……あそこまで大きくなりたかったのかはわかりませんけど」


ウィルは右腕の腕輪に触れ、デバイスを起動させ、そのままバリアジャケットを身に纏う。

「これならなのはの力を借りなくても大丈夫だな。さっさと封印して帰ろう」

「そうですね――――!!待ってください!誰かが結界内に侵入しました!!」



その時、ウィルたちとは異なる方向からの魔力弾が巨大猫を襲う。金色の魔力光のそれは、巨大猫の横腹に直撃した。
電柱、森に設置された電柱の上に、誰かが立っている。

その人物の印象を一言で表すなら、『黒』
黒い少女。
手には黒いデバイス。そして身を包むのは体のラインに沿った黒いバリアジャケット、そして、黒いマント!その衣装は黒一色だ。
しかし、衣装以外は全く黒くない。
その髪はさながら光の束のように輝いている。ユーノやアリサと同様に金髪に分類されるのだろうが、二人とはまた違った様相でもある。ユーノが大地の稲穂だとすれば、アリサは陽光の煌めき、そして目の前の彼女は視覚化した風のようだ。
肌は白く、自ら輝いているようにも思え、輪郭は上質の羽二重のように繊細を極めており、彼女の存在をあやふやなものと化している。
ただ、そのような精緻を尽くした容貌の中で、瞳だけが安物の硝子玉のように何も映さず――それが彼女の存在感を薄くし、人形のような印象を抱かせる。
だからだろうか、黒い衣装は着る者を際立たせるように働かず、逆に彼女の容姿が衣装の黒を引き立ててしまい、結果的に全体的な印象を黒にしている。

「バルディッシュ、フォトンランサー連撃」
『Photon lancer full auto fire.』

少女の構えたデバイスの前にスフィアが出現し、そこから金色の魔力弾が次々と発射される。
それは巨大化した猫に容赦なく命中し、猫は苦痛の声を上げその場にうずくまる。

「黒いマント、かっこいいなぁ」

ウィルは思わず見惚れてしまった。中学二年生(十四歳)の心の琴線に触れたようだ。一方ユーノは、特に感じるところがなかったようで、真面目に分析する。

「彼女の魔法はミッド式ですね。管理局の方でしょうか?」

「……可能性はあるけど、到着するにはちょっと早すぎるな。ユーノ君の結界に侵入できる以上、彼女はおれよりランクが上の魔導師だ。仮におれたちに敵対する行動をとるとなれば、結構危険なことになるね。とはいえ、管理世界の人間ならこっちの言い分もわかってくれるとは思うんだけどね――犯罪者でない限りは。
 ユーノ君は、なのはちゃんと合流して離れたところで待機していてくれ」

「わかりました。ウィルさんは――」

「何物かはわからないけれど、見たところジュエルシードの封印が目的みたいだ。封印中に声をかけても向こうも混乱するだけだから、終わるのを待ってから話しかけるよ」

心の中で、少しは魔力を使ってくれれば対処が楽だし、と付け加える。
ユーノはこちらに向かっているであろうなのはと合流するために駆けだし、茂みの奥に消えていった。



その間に彼女は倒れた猫にさらに魔力弾を撃ち込む。そして、猫が回避できないのを確認すると、デバイスから砲撃魔法を放ちジュエルシードの封印を完了させた。一連の動きは流れるようで非の打ちどころがない。
そして、少女はジュエルシードを回収するために動こうとする。

「ちょっと待った!」

その言葉にも、少女は驚かずに振り返った。それもそうだろう、結界の中に侵入したのだから、自分以外の魔導師の存在くらいは想定しているはずだ。

「かっこいいマントの少女よ、自分は時空管理局のウィリアム・カルマンと申します。そちらの氏名と所属を述べてください。また、管理外世界での活動は管理局法によって禁じられています。正当な理由があれば、考慮しますので、この場で述べていただきたい」

「時空管理局の魔導師……!」

黒の少女は驚いたような顔をする。彼女も管理局の魔導師がいるとは思わなかったのか。

「あとは……そのロストロギアは管理局の介在のもとで輸送中に紛失したものであり、その回収における優先権は管理局と発掘者にあります。ですので――譲っていただけないかなぁ……なんて」

「……申し訳ないけれど」彼女はデバイスの形状を杖から鎌へと変化させ、明確に宣言する。

「ロストロギア、ジュエルシードはいただきます」

管理局に敵対するということを。その姿は黒いマントと合わさって、悪魔か死神のよう見える。
彼女はデバイスを構えると、まっすぐウィルの方に飛んできた。

≪戦闘になった。おれの指示がない限り、二人はそのまま隠れていてくれ≫

ウィルはなのはとユーノに対して念話を送る。
なのはの砲撃の威力なら直撃すれば間違いなく倒せる。それを使わないのはもったいないが、こればかりは仕方ない。
なのはは魔法と出会ったばかりだというのに、高い実力を持っている、才能にあふれた子だが、ついこの間まで、いや、今でもただの女の子だ。戦闘訓練を積んだわけでもない彼女が、魔導士を相手にする戦場に出るのは危険が高い。

それに、ウィルのような高速機動型の空戦魔導師にとって、連携訓練を行っていない、未熟な仲間と共に闘うのは非常に怖い――誤射される恐れが非常に高いからだ。気を失ってバリアジャケットが解除された状態で落ちれば、魔導師といえど簡単に死んでしまう。
空戦魔導師に自分一人で戦うような「エース」や、気を失っても簡単な魔法なら自動的に行使してくれるインテリジェントデバイスを使う者が多い理由である。




少女は飛行状態から切りつけてきた。
剣で防いだものの、速度がのった彼女の一撃を立っているだけのウィルが受け止めれば、その衝撃を受け止めきれずに後方に吹き飛ばされる。だが、ウィルもそれに逆らわないように自ら後方に飛んだので、ダメージは少ない。

すぐさま飛行魔法によって空中で体勢を立て直し、ウィルを追撃しようと向かって来ていた少女に、こちらも正面から突撃する。
ぶつかりあう剣と鎌。
加速力はウィルの方が上のようで、ぶつかり合う時には、お互いの速度は同程度だった。速度に大した差がなければ、互いの膂力と重量が優勢を決する。ウィルは少女に比べて、身長は五割増、体重は三倍程度と、体格でははるかに勝っている。
よって、今回吹き飛ばされたのは、少女の方だった。
配役を入れ替えて先ほどの光景が再現される。しかし、その後は少し異なり、少女は追撃するウィルを直射弾で牽制し、その間に距離をとって体勢をたてなおす。


二人は森の上空に出て、百メートルほど離れてにらみあう。
速度はウィルの方がわずかに上。しかし、遠距離魔法に決定的な差がある。ウィルの魔法では、格下ならともかく同等以上の相手には有効打にはならないだろう。一方の少女は先ほどの封印の手並みから考えても、接近戦と同程度には遠距離もできると思われる。

(遠距離魔法を組み合わせて隙を作って、接近戦に持ち込むしかないか)

先に動いたのは彼女だった。体の周囲に浮かべたスフィアから弾が次々と放たれる。ウィルも回避しながらスティンガースナイプを放つが、少女のバリアの前に阻まれる。
少女はこちらを近寄らせないようにして、一定の距離を維持しながら攻撃をしている。先ほどの一撃で、こちらが遠距離が得意ではないことがわかったのだろう。
少しずつ弾の密度を上げ、回避を難しくさせている。

とはいえ、ウィルも空戦魔導師のはしくれ、単純な直射弾なら簡単にかわすことができる。
狙いをつけ難くさせるために常に移動しながら、相手の隙を窺う。


少女もこのままでは仕留められないことを理解したのか、その挙動に変化が起こる。
これだけ離れているにも関わらず、ウィルを切り裂かんとばかりに、鎌状のデバイスを振るったのだ。

『Arc Saber』

すると、鎌の刃を形成していた光刃がデバイスから離れ、回転しながら飛んでくる。その機動は不規則でとらえどころなく、避けることに集中して、一瞬彼女から目を離してしまった。

そして、ウィルが視線を彼女へと戻すと、彼女は先ほどまでいた場所から、忽然と姿を消していた。

『Blits Action』

というデバイスの音声だけが空に響く。
その直後に聞こえた風を切る音に悪寒を覚え、とっさに音と逆の方向に逃げる。


背中に衝撃が走る。
攻撃された――どうやって?
先ほどまで自分がいた場所を確認する。その場にはあの少女がいた。
高速移動――それも恐ろしいほど速い。

ウィルが姿を見失ったということは、百メートルの距離をまっすぐ突っ込んできたわけではなく、目を欺くために、迂回して接近したのだろう。
目を離した時間はわずか一秒程度――ということは、彼女はほとんど静止した状態から、一瞬で亜音速の飛行速度まで加速した、ということなのだろう。
それはつまり、少女にウィルが唯一勝っていた点、速度までも相手の方が上だ、ということ。

幸い直前に動いたおかげで、深く斬られることはなかった。相手が非殺傷設定だったのも幸いだっただろう。殺傷設定なら流血で戦闘が続行できなかっただろうから。

追撃の魔力弾から逃れるために、高度を下げ、森の中へ隠れる。
ここなら葉が旺盛についた木々で視界が通らないおかげで、遠距離魔法で空から狙われることもなく、木が邪魔になるので、先ほどのような高速移動で近づくこともできない。
木の影に身を潜めながら、空に留まる少女を見る。
森の中からの不意打ちを警戒して、少女は上昇して高度をとり、光刃を飛ばす技で木を切り倒したり、サーチャーを飛ばしたりして、ウィルを探し始める。



こちらが勝っている点は一つもないという絶望的な状況。
しかし、先ほどの攻撃でわかったことがある。
まず、回避したウィルに対して、あの高速移動を使用して追撃しなかったこと。
そして、あれだけのスピードがありながら、即座にジュエルシードを回収して逃げるようとせずに、ウィルの相手をしていること。
その二点から、あの高速移動は連続で行使することはできないと推測される。

(なら、付け入るすきはある)

≪なのはちゃん、ユーノ、聞こえるか?聞こえてたら、返事をしてくれ≫

≪は、はい。聞こえてます≫と、ユーノが返事をする。

≪なのはちゃんに現在の状況は伝えているよね?ちょっと危険かもしれないけど、今からおれの指示通りに動いてくれ。
 まず、ユーノ君は結界を解除するんだ。その後すぐにおれが張り直して、新しい結界の中にはおれとあの少女だけを残す。
 それから二人は――≫

結界が解除される。そして、ほとんど同時にウィルが結界を張り直す。
少女は一瞬戸惑ったようだが、特に変化がなかったので、再びウィルを探し始めた。


作戦を伝えている間に、ウィルは森の中を移動して、ジュエルシードが見える場所まで移動する。
狙うのは、少女がジュエルシードを回収しようとするその瞬間。
彼女も、いつまでも森に隠れているウィルを探そうとはしない。いつか必ず、ジュエルシードに向かうはずだ。その瞬間を狙う。

あとは、普通に向かうのか、それとも例の高速移動で向かうのか。



少女が動いた――高速移動の方だ。
こうやってじっと見ていても、一瞬見失うかというほどの加速、静から動へ移る時のタイムラグがほとんど存在しない。
常人では捉えることは不可能。同じく高速機動型のウィルでようやく目で追えるくらいだ。

ウィルも飛行する。森の木々をかいくぐり、加速。
そして、彼女がジュエルシードに手にした時、すでに十分な速度をもったウィルが森から飛び出した。
少女までの距離は三十メートル程度。高速移動が使用できない少女が回避することは不可能な距離だ。

そして、剣を振ろうとした瞬間、体が拘束された。

――設置型のバインド。
ウィルの体は、少女まで後数メートルというところで、空中に固定された。

ウィルは少女の隙をつこうとしたが、少女が自分に隙ができることを、自分の技の欠点をつかれることを予想していないということがあるだろうか。

否。
少女は自ら隙の隙を認識したうえで、それを逆手にとって罠にかけたのだ。
バインドは強力で、すぐには破れそうにない。
それをわかっている少女は、わざわざウィルを攻撃しようとせずに、そのまま飛び去ろうとする。


その時、ウィルは結界を解く。
少女の背後に、レイジングハートを構えたなのはが現れる。
その先には桃色の魔力光――砲撃魔法ディバインバスターの発射準備が完了している。


策の内容は簡単。
なのはが結界外で、砲撃魔法の準備をする。結界内からは結界外は見えない以上、その姿に気付かれることはない。
少女がジュエルシードを回収に行くことはわかっていたので、その地点のすぐ傍で準備をしていれば、至近距離からの不意打ちができる。
ウィルの不意打ちが成功すれば良し、失敗しても成功しても、すかさずなのはが砲撃を叩きこむ。
なのはの砲撃の威力を考えれば、無防備にくらえば間違いなく昏倒する。

少女も自分の背後のなのはに気付くが、もう遅い。今からでは回避できない。

そして、なのはが魔法を――――撃たない。
ウィルの顔に、初めて焦りが浮かんだ――なぜ撃たない!


三者とも、その状況でにらみ合うことになってしまった。
ウィルはバインドで動けない。
少女は狙われていて動くに動けない。
そしてなのはは、なぜか撃たない。
はたから見れば間抜けにも程がある。

「あ、あのっ――」

なのはが少女に対して何かを言おうとして、口を開く。それで呪縛が解けたかのように(実際は時間がたったおかげで使えるようになったのだろう)、少女は例の高速移動で上空に移動した。

こちらを見下ろし、そのまま何も言わずに街の方へと飛んでいった。
それから数秒後に、ようやくバインドがとけた。




「ごめんなさい。あの――」

彼女が見えなくなった後で、なのはが何かを言おうとするが、ウィルはそれを遮った。

「いや、気にしなくていいよ。今回はおれのミスだ」

笑顔でそういいながらも、ウィルは己の失策を悔いていた。
いくら覚悟があっても、なのはは最近まで魔法の力を持たないただの女の子で、今も精神的にはただの女の子だ。非殺傷設定とはいえ、いきなり人を撃てと言われても撃てるものではない。その相手が自分と同じような年齢の子供ならなおさらだ。
なのに、部下を指揮する時と同じように扱ってしまった。

(普段ならこんなミスはしないのにな)

なのはの非凡な才能と、街を守ろうとする強い意思を知ったせいで、思わず頼ってしまったのだろうか。
ともかく、このままではあの少女との戦いに、なのはを使うことはできない。
かといって、なのはが彼女を撃てるように訓練させる、などといった行為もできない。ただの少女に人を傷つける行為を強いるのはあまりに下卑たことだし、なにより、即席では使い物にならない。訓練校を卒業したばかりのノービスが、実戦で人間相手に戦えないことが多々あることが、それを示している。

(結局、おれ一人でやるしかないってことだよな)

ウィルはシュタイクアイゼンを腕輪に戻すと、ネックレス――待機状態のエンジェルハイロゥにそっと触れた。
数日もすれば、これの修復も終わる。
この暴虐的な力が使えるようになれば、一人でもあの子と戦うことができるだろう。





次の日の早朝、ノエルは森の中を歩いていた。昇り始めたばかりの太陽の光が、木々の葉の隙間から漏れだし、まぶしくて思わず目を細める。
昨日の昼、自らの主の月村忍と、彼女の恋人の高町恭也。彼らと共にいた部屋の窓から、森に何か大きなモノがいるのが見えた――ような気がした。それは一瞬のことで、それからは何も見えなかったのだが、それでも何となく気になってしまい、朝の散歩を兼ねてその辺りの様子を見に来たのだった。

結論からいえば、彼女はその大きなモノがなんだったのか、それはこの散歩ではわからなかった。

「あら……これは」

その代わり、彼女は切り倒された木々を見つける。その切断面は、非常に鮮やかなもので、どんな道具を使えばこんなに見事に切れるのだろうか皆目見当がつかない。しかも、木に登らなければ切れないような場所が切られていたり、幹が真っ二つにされているものもあった。

彼女は、そのまま屋敷に戻る。

「お嬢様、少しお話が――」




(後書き)

ウィルが木を切って、それをホームラン(フェイトVSスカリエッティみたいに)することで飛び道具代りにするとか
ホームランした木にバインドをかけることで、木を空中に固定して障害物とする――という方法でフェイトの遠距離攻撃を防ぐとか
変な戦法をいろいろ考えては没にしていました。

ちなみに、このSS中での速度はこんな感じです(数値は最高速)
フェイト(ブリッツアクション):250m/sec 亜音速飛行と超加速
ウィル(通常):180m/sec 加速性能良
フェイト(通常):180m/sec
真ソニックとかトーレは常時音速以上のイメージ。レーダーを振りきるには、実際はどの程度の速度が必要なんでしょうか?



[25889] 第7話(前編) 天使の光輪、あるいは湯煙での邂逅
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/05 04:27
山道を三台の車が進んで行く。
連休に二泊三日で温泉旅行に行くことになり、参加者は高町家と鈴村家、そしてアリサとはやてとウィルの総勢十三名(内一名はフェレット)の大所帯だ。どの車も旅行に対する期待感で活気に満ちているが、その中でも三人ばかり車中でぐっすりと眠っている――なのはとユーノ、そしてウィルだ。
それは、なのはが八神家を訪ね、旅行に誘った時の会話が原因だった。


「温泉旅行?へえ、面白そうだね。はやても行きたいだろ」

時刻は夕方。今日は放課後のジュエルシード探しはないというのに、なのはが八神家を訪ねて来た。ウィルとユーノは朝から別々に捜索をして、なのはが訪ねる少し前に八神家に帰って来たばかりだった。そして、ウィルは朝にやり忘れていた風呂掃除を行っていたのだが、急になのはに呼ばれて、旅行の話を聞かされた。

「うん!でもええんかな……みんなとは会ったばかりやのに、こんなにお世話になって」

「もちろん!」と首を縦にふるなのは。

「だ、そうだよ。それだけの大所帯なら、安心して任せられるね。いってらっしゃい」

「?ウィルさんは行かないの?」

その言葉が予想外だったようで、なのはがきょとんとした表情で問いかける。

「行かないよ。その間にこの街でジュエルシードが発動したら、誰が対処するんだい?」

「あ!そ、そっか……それじゃあ、わたしも行くの、やめようかな……」

言われて初めてそのことに気付いたようで、なのはは愕然とした表情をしていたが、それでもジュエルシードを優先させようとする。それを見て、ウィルはなのはは責任感が強すぎるのではないかと、少々不安に思った。
そこにコーヒーを飲んでいたユーノが(八神家では人間の姿ですごしている)話に加わる。

「大丈夫ですよ。旅館は山にありますから自動車では時間がかかりますけど、海鳴市内だから直線距離は大したことありません。巨大樹のような規模でジュエルシードが活性化した場合、旅館に居ても気付けるはずです。空を飛べばすぐに駆け付けることもできます。
 それに、最近はジュエルシードも見つかってないですから、なのはもウィルさんも、たまにはジュエルシードのことを忘れて休んでも良いと思いますよ」

「私も泊まりでウィルさんを残していくっていうのは、ちょっとなぁ。一緒に行かへん?」

ユーノの支援に、はやてのおねだり、そして再びユーノがたたみかけるよう。

「ウィルさんはなのはの監督責任があるでしょう?旅行先でジュエルシードが見つかって、なのはが対処する、という事態になるかもしれません。単にジュエルシードだけならなのはでも大丈夫ですけど……」

ユーノは言葉を濁すが、おそらく先日出会ったあの少女――ジュエルシードの探索者のことを言いたいのだろう。

「そうだなぁ……わかった、行かせてもらうよ。その代わり、前日は念入りに街の周辺を捜索して、活性化しかけているジュエルシードがないかどうか調べよう。ユーノ君、手伝ってくれるかい?」

うなずくユーノ。なのはも横で「わたしも手伝います!」と立ちあがる。

「それじゃあ、はやて様、おやつ代を給付していただけますでしょうか」

「仕方ないなぁ。ほら、お小遣いや」

そのようにして渡された一万円の使い方に頭を悩ませているうちに旅行前日になった。
そして、ユーノとウィルは前日にいつも以上に念入りに捜索を行った。なのはも、夜中にこっそりと抜け出して二人を手伝い――その結果、代償として三人は寝不足になったのだった。



一行が止まる温泉宿は、海鳴を囲む山々の中でも、ひときわ大きな山の中腹にある。秋に木々の葉が紅葉するころなどは、県外からも大勢の客が来るらしいが、連休とはいえ四月も半ばのこの時期では訪れる者もほとんどが海鳴の住人である。喫茶店を経営している高町夫妻などは、顔が広いせいか、他の客とすれ違うたびに一言二言挨拶を交わすので、一行はひとまず彼らをおいて先に部屋に向かった。荷物を下ろし、各自が宿に備え付けている浴衣を手にとって、温泉へと向かう。まだ日が傾き始めたころだというのに気が早いかもしれないが、温泉宿に来ているのだ、温泉に入らずして何をする。それに今は客の少ない時間帯だそうで、大所帯の一行は今のうちに入っておいて、他の客の迷惑にならないようにしようという意図もある。
途中で高町夫妻が追いつき、皆で浴場の入り口まで来て、さあ入ろうとなったわけだが、ここで問題が発生した。

「さあユーノ!一緒に入るわよ」アリサがそう言いながら、ユーノの体をむんずと掴む。

それは、女性陣がユーノを女湯へと連れて行こうとしていることだ。
ユーノはその手から逃れようと身をくねらせるが、いかんせんその体は小動物。幼いとはいえ人間の力には対抗できない。

「ア、アリサちゃん……それは止めた方がいいんじゃないかなぁ」

なのはがやんわりと止めようとする。幼くとも、同年代の男の子と風呂に入るのは恥ずかしいらしい。一方、はやてはあまり抵抗感がないのか、何も言わない。

「何でよ」

「ほら、ユーノ君って男の子だし」

「フェレットが雄でも雌でも気にしないわよ」

「……雄じゃなくて、男の子なの」

「なに意味のわからないこと言ってるのよ。ほらユーノ、行くわよ」

しかし、理由を示せない説得に効果はなく、なのはの言葉はあっさりと却下された。
諦めるなのは、困るユーノ。
ユーノは一縷の望みをかけて、ウィルに念話を送った。

≪ウィルさんも見てないで助けて!……ってなんで泣きそうになってるんですか≫

≪いや、今の君と昔のおれがダブって見えて……安心しろ!もちろん助けるよ!≫

ウィルは、女湯の暖簾をくぐりかけていたアリサの手からユーノをつまみ上げると、自分の頭にのせた。

「あ!ちょっと、何するんですか!?」

「残念だが、ユーノはいただくよ。ただでさえ男湯の方は人が少ないんだ、諦めてくれ」

女性陣(なのは除く)からのブーイングを受けつつ、ウィルは男湯に入っていく。正しい行動をとったのに誰にも理解されない――そんな正義の味方の悲哀をなのはは学び、また一つ大きくなったがそれは特に関係ない話だ。



男湯ではウィルたち人間の三人は、湯船に体を沈めている。動物は湯船に入れてはいけないので(風呂場までなら動物を入れて良いというあたり、この旅館も懐が広い)、ユーノは桶に湯を汲んで、その中でゆったりと体を伸ばしている。ぼうっと目をつぶっている間に、湯をこっそり増量して溺れかけさせて、ユーノに噛みつかれるという一幕もあったが、四人とものんびりと湯を楽しんだ。
その次は、サウナを知らないというウィルに一度体験させてみようということで、ユーノを放置して三人でサウナに入る。サウナとは、汗をかくことで体内の老廃物を外に排出するという効果以外にも、古来より我慢大会のための場として使われていたらしい――というわけで勝負だ、いやいや初心者相手にそれはひどいですよ――などといったやりとりの後、三人は並んで座りこむ。
そこで、なのはの父親の士朗が、ウィルに話しかけた。

「ウィル君はなかなか良い身体つきをしているね。何かスポーツをしていたのかい?」

「ええ。空を飛ぶ系を少し……それにしても熱い」嘘は言っていない。

「と言うとハングライダーとか、そういったものかな。ふむ、筋肉のつき方を見る限り、あれは見た目よりずっと厳しいものなんだね。それに、ところどころ傷もあるじゃないか」

「いやいや、士朗さんと恭也さんの方がずっと良い身体をしていますよ。特に士朗さんなんて、見た感じ歴戦の勇士って感じで……まだ五分しかたってないのか」

「ああ、この傷はちょっと――」

「いいえ、聞いたりしませんよ、むしろ頼まれても聞きません。やめろ!話すんじゃない!」

「いや……そこまでのものじゃないよ」

士朗は大柄な体格で、背もウィルや恭也と比べても、頭一つ抜けている。服を着ている時から相当鍛えていることはわかっていたが、こうして裸の姿を見ると、そんな生易しいものではないことがわかる。その体は傷だらけ、刃傷、火傷、銃創と、ありとあらゆる傷と、その治療痕が残っている。人に歴史ありというが、その歴史は気になるものの、怖くて聞きたくない。
恭也は体格自体は士朗に劣るものの、引きしまっていて無駄がない。服の上からでは一般人と変わらなく見えるところなどもウィルと似ているが、密度は恭也の方がさらに上だろう。体も士朗ほどではないが、傷があちこちにある。
二人とも、しっとりと汗をかいているその姿には妙な色気があるが、ウィルにとってはこの熱さの中だというのに、しっとりとしか汗をかいてない二人の身体構造の方が気になって仕方がない。

「もっと楽しい話をしませんか。例えば、女湯って覗けないんですかね」

サウナ内だというのに、空気が凍りつく。それぞれの恋人と伴侶のいる女湯を覗けないか、などというこの言動は、自ら死地に踏み込む愚者そのものだが、その発言の衝撃で二人の質問から方向がそれた。
ちなみに反応はというと、気にせずに笑っている士朗と、さすがに憮然としている恭也、と対照的だ。

「そういえば、この温泉には混浴があるから、そっちに行ったら良いんじゃないかな」

と士朗が提案する。

「おお、いいですね。そろそろ熱さも限界ですから、ちょっと行ってきます」

「サウナを出たら、まずはゆっくりと体に水をかけるんだよ」
「混浴に行っても、今の時間だと誰もいないんじゃないか?」

そんな士朗と恭也の声を聞かず、ウィルは男湯を出て行った。それを確認してから、士朗がつぶやく。

「うーん、逃げられたか」

「わかっているならどうして止めなかったんだ。あの鍛え方は一般人じゃない」

「だが、悪い子でもなさそうだ。忍ちゃんが気にする気持ちもわかるが、あまり心配する必要はないと思うぞ」

「忍のことだけじゃない。父さんも最近のなのはが――特にウィルに出会った頃からおかしいのは知っているだろう」

最近のなのはは帰りが遅く、なかなか家に帰って来ない。そして、街で何をするでもなく一人でぼうっとしていたり、ウィルと思われる人物と一緒にいた――という話を聞いている。いつからそうなったのかと言えば、謎の巨大樹が街中に現れた日、そしてなのはがウィルとはやてに出会った日からだ。
人気の喫茶店の情報収集能力は馬鹿にならない。高町家が本気になれば、この街に住んでいる者の情報程度ならあっという間に知ることができるだろう。家族であるなのはの行動などは、調べるまでもない。現に、常連のご婦人などは「昨日買い物途中になのはちゃんを見かけたわよ」とか「恭也ちゃん、一昨日ずいぶんきれいな人と歩いてたわね、彼女?」と言った話を必ずしてくる(後者は翠屋に手伝いに来ていた忍に聞かれてひどく問い詰められた。以降恭也は接客をせずに厨房を手伝うようになる)

「今のところうろうろとしているだけで、悪いことをしている様子はないんだろう。門限を破ったわけではないのだから、放っておきなさい。単に若い二人が付き合っているだけだったらどうする」

士朗のその言葉で、再びサウナ室内の空気が凍る。恭也はすっと立ち上がり、出口へ向かおうとする。

「……やはり不安だ。問い詰めよう」

「待て待て、そういうことに怒るのは、昔から父親の役目だ。……まあいい。迷惑をかけない範囲で、恭也の好きなようにしなさい」

恭也はそれから部屋に戻る前に、やはりウィルのことが気になって混浴の前までやってきた。もう出たかもしれないし、そもそも来ていない可能性もあるが、一応確認するべきかと悩む。しかし、混浴を確認したことが忍に発覚すれば、恭也はこの旅行の間、機嫌の悪い忍と一緒に過ごさなくてはならない。
やはり帰ろうと思い、恭也が踵を返そうとした時に、混浴から大きな悲鳴が聞こえた。



ウィルが行った混浴は露天風呂になっていた。誰もいなかったが、質問から逃げることが目的だったので気にはしない。温泉の湯は先ほどの男湯と同じ成分であったが、立ち上る温かな湯煙が、時折ひょうと吹く涼しい風を受けて、ゆらりとゆらめく光景などはなかなか視覚を楽しませてくれる。垣根を越えて風呂に浸入している樹の枝の葉が、陽光を受けて輝く様や、その葉がこすれあう音なども乙なものだ。
今までは風呂に入る時には何かをしながら、ということが多かったが、なかなかどうして、このように何もせずにいるというのも良いものだ。初めて露天風呂の存在を聞いた時は、なぜわざわざ屋外に風呂を設置するのかと疑問に思ったが、これはなかなか贅沢な気分を味わえる。

(なるほど、これがわびさびというやつか……違うか?)

しかし、先ほどまで男湯につかっていたので、すぐにのぼせてしまう。これはまずいと風呂から出ようとしたところ、入口からガラガラと戸が開く音が聞こえる。湯煙でその容貌はわからないが、誰かが入ってきたようだ。

湯煙の中から現れたのは、美しい女性だった。ウィルよりも明るい赤髪を無造作に腰元まで伸ばしているが、手入れを怠ってはいないようでその髪は紅玉(林檎)のようなつやがある。タオルを巻いてはいるものの、一枚の布切れ程度ではどうしてもその張りつめた胸元や腰の形を隠せるわけもなく、むしろ湯煙でかすかに湿ったタオルが、体の輪郭をより鮮明に現わしている。
それでも艶めかしさをあまり感じないのは、本人の気質によるものだろうか。目や表情がいたずらをたくらむ悪童のようで、どこか大人の女性という感じがしないのだ。もちろん、だからといって美人であるということに変わりはないのだが。

「ハァーイ」

美女は親しげに話しかけてくる。
――ああ、こんな状況でなければ共に湯船につかりながら話を楽しめたのに、と残念に思いながらも、のぼせかけた状態ではどうしようもなく、挨拶を返して脱衣場に向かうために、彼女の横を通ろうとした。

「あんたが管理局の魔導師かい?」

すれ違いざまにかけられたその一言で、思わず足が止まり、弛緩した空気が一変する。
ウィルにこのようなことを言う人物と言えば――

「先日の黒いマントがかっこいい子のお知り合いですか?」

「??……あ、ああ、あの子が世話になったみたいだから、挨拶くらいしておこうと思ってね」

「仕事ですから、お礼とかは気にしなくても構いませんよ」

ウィルはまずいことになったと考える。デバイスは身につけているものの(脱衣所に置いて盗まれました、ということになればあまりにも情けない)、のぼせた頭ではまともに戦えない。とはいえ結界も張っていないところをみると、向こうもこんなところで本気で戦うつもりはないだろう。何かきっかけがあれば引いてくれるはずだ。
そう考えると、少し余裕が出てくる。ウィルが悲鳴でもあげて、助けを呼べば引いてくれるだろう。かと言って、普通にしてもつまらない。

「安心しな。無駄なことはせずに、ジュエルシードから手を引いてくれれば、何もするつもりはないよ……今のところはね」

「いやぁ、これも仕事なんで、そう簡単には引けないんですよ」

「なら、少し痛い目にあってもらおうかい?」

じりじりと緊張感が高まる。二人とも自然とその場で構えをとる。ウィルはどっしりとその場に根を張るように。対して美女は飛びかかる獣のように。

先に動いたのは美女の方だった。しかし、この濡れた足場では素早く踏み込めない。したがって、その動作には十分に対応できる。問題はこちらも同様に足場が悪いこと。戦うのはよろしくない――ならば。
ウィルは、その場に尻もちをつくようにして攻撃を避ける。美女は尻もちをついたウィルに掴みかかろうとするが、それよりも速く、ウィルは美女の巻いているタオルの端をにぎり、そのままはぎ取った。
そして――

「キャーー!!誰かァーー!!」

『ウィルが』悲鳴をあげた。一方、美女は突然のことに困惑して硬直している。

「どうした!!」

悲鳴を聞きつけ、ガラガラっと戸を開けて入ってきたのは恭也だった。全裸の女性に一瞬たじろぐが、極力見ないようにしながら駆けよってくる。少し遅れて従業員らしき女性もやってきて、ウィルはその二人に訴えかけた。

「こ、この女の人が急に裸で襲いかかってきたんです!今もぼくを組み敷こうと――」

その言葉に女性の方を見る二人。恭也は見てすぐに目をそらしたが。
たしかに状況だけ見れば、全裸の女性が、しゃがみこんだウィルに襲いかかろうとしているように見える。はぎ取ったタオルなど、とうに離れたところに放ってある。

「こ、これは……」

「こ、困りますよ、お客さん。ここはそういうところじゃないんですから」従業員は慌てて女性を制止し、落ちてあるタオルを渡そうとする。

「ち、違うっ!別にそういう意味で襲おうなんて――」

「いまさら言い逃れようっていうの!?この変態!!」

弁解する美女の台詞を遮るようにして、ウィルがさらに煽る。

「いや……あたしは――くそっ、覚えときな!」

美女は逃げるようにして脱衣所に走って消えた。


浴場から出て部屋に戻ると、なのはが念話で話しかけてきた。

≪さっきお風呂から出た時に、オレンジっぽい髪の女の人が話しかけてきたんです!それで、念話でわたしたちに注意、っていうか警告してきたんですけど、ウィルさんの方は大丈夫ですか!?≫

≪おれも出会ったよ。こっちも警告だったから大丈夫だ。しかし――≫

≪どうかしましたか?……あ、鼻血が出てますよ≫

≪ごめん、ティッシュ貸して……いやあ、いいプロポーションだったなあ≫




夕飯を食した後で、ウィルとユーノは夜風を楽しむと言って外に出て、ぶらりぶらりと森を歩き始めた。
先ほどの美女は、単にくつろぎに来たわけではないだろう。おそらくジュエルシードの捜索が目的だとあたりをつけ、二人で捜索のために旅館を出て来た。なのはは自分も手伝うと言っていたが――家族や友人に怪しまれると今後が大変だ。何かあったら呼ぶから心配しないで――と適当に言って旅館に置いてきた。
人気のないところまで来ると、ユーノがぽつりぽつりと話し始める。

「僕は、最初は自分一人でジュエルシードの捜索をするつもりでした。それなのに、いつの間にかなのはを巻き込んでしまった」

「初めて出会った時もそんな話をしたよね。悪い面ばかりみても仕方がないよ。なのはがいなければ、あの巨大樹の解決には時間がかかっただろう。なのはがいたからこそ、迅速に解決できて、被害もあれだけですんだんだ」

「いえ、そのことはもうわりきりました。また前みたいに落ち込んだりしませんよ。……僕が言いたいのは、これからのなのはのことです。なのはには、もうこれ以上魔法に関わって欲しくないんです。この事件だけじゃなくて、次元世界のことも忘れて、元のように普通の少女として暮らして欲しい。
でも、増援に来る管理局は、管理外世界に強力な魔導師が存在することを放っておかないでしょう?だから、管理局はなのはをどんなふうに扱うつもりなのか教えてほしいんです」

「たとえ強力な魔導師でも、当人が望まないなら連れていったりはしないさ。普通は定期的に報告をして、時折監査を受けてもらえればいい……んだけど……これからの管理局は深刻な人手不足に陥るって言われていてね、そのせいで勧誘が激しくなっているんだ。だから、人によっては結構強引に管理局に引き込もうとするかもしれないな」

ユーノはそれを聞いて、顔を曇らせながらも、納得したような顔を浮かべる。

「たしかに。これから二十年間で、管理世界の数が倍以上になるって言われていますからね」

ウィルも管理世界が急増するということは噂程度には聞いていたが、ユーノが言った数は予想以上のものだった。管理局は百五十年前に基礎がつくられ、六十年前に現在の組織構造が完成した。新暦六十五年の現在、管理世界の数は三十程度である。百五十年の歴史の中でその程度の数なのに、そんな短期間で倍以上とは、どんな理由があるのだろうか。そう思って、ユーノに聞いてみる。

「なんでそんなに増えるのか、知ってる?」

「旧暦四百六十二年の次元断層は知ってますか?」

「ああ、次元断層がきっかけとなって、近隣世界をまとめて滅ぼすような大次元震が発生した事件だろ」

「ええ。次元震はいくつかの世界を滅ぼしただけでなく、その余波は理論上多くの次元世界に届いたと言われています。その中には、いまだ次元航行技術を持っていないながらも、その余波――つまり、何もない空間に突如膨大なエネルギー波が発生したということ、そしてそれが別の世界からのものであること――を認識できるだけの技術力を持った世界が数多くありました。今から増える世界というのはほとんどがそういった世界なんです」

「つまり、五百年前まで次元世界の存在を知らなかったいくつもの世界が、次元断層のせいで一斉に自分たち以外の世界の存在を知ってしまった。そして、それをきっかけにして多くの世界が次元世界に関する研究を初めて、五百年たった今、次元航行技術を獲得した世界たちが次元世界に進出を始めた、ってわけか」

「はい。もちろん次元航行技術の獲得にかかる年数は世界ごとに差があります。でも、さまざまな分野の発展が必要になりますから、無知な状態から始めたと仮定すれば、結局どの世界も五百年程度はかかってしまう……らしいです」

「増え続ける管理世界と犯罪者、変わらず存在するロストロギア、新規参入する世界はまだ次元の海に飛び立ったばかりの雛たちばかりで、雛を守るために駐留部隊を増やさなければならない。海は海で世界間の調停の仕事が忙しくなるだろうし……。
 確かに人手が足りなくなるって言われるわけだ」

「激動の時代が始まりますね」

「ようやく次元世界も昔に比べて平和になったらしいのになぁ……ミッドの治安が乱れたら、また親父の胃に穴があきそうだ」

二人でため息をつく。後一月もしないうちに、自分たちがそんな危険が満載の世界に戻らないといけないという現実を思い出して憂鬱になるほど、この世界は、この日本という国は平穏に満ちていた。

「なのはには管理世界に関わらずに、この世界で平和に暮らして欲しい。だから、管理局には、なのはの存在を秘密にしておきたいんです」

「管理局の一員としては反対するべきなんだけど、個人としてはその意見に賛同するよ。おれが言えたことじゃないと思うけど、自分よりも小さな子を戦わせたくはない」

それに、なのはは少女を撃てなかった。それは人として正しいあり方だと思う。思うが、それでは魔法の飛び交う戦場に来る資格はない。

「でも、今のままだとそれは無理だ。管理局がおれたちに接触するタイミングは、活性化するジュエルシードを封印しようとする時だ。でも、介入する前に状況を把握するために観察をおこなう。今までのようにおれと一緒に捜索して、いつものようにサーチャーを使っているところを見られたら、それで終わりだ」

「つまり、この件から完全に手を引かせる必要があるんですね?」

「そうだね、この旅行から帰ったら、二人でなのはちゃんを説得してみるか?」

それは、ウィルにとってあまり取りたくない手段だ。
この説得でなのはを完璧に説得できなければ、以降なのはが独自に動き、ウィルと謎の少女の二者の争奪戦に介入してくる危険さえある。それを考えれば手元に置いて制御できるようにしておいた方がまだ良い。ただ、謎の少女という明確な敵がいる今なら、怪我をする危険性をしっかり伝えれば、なのはも説得を聞いてくれるかもしれない。

「そうですね。なのはには悪いけど、それが良いと思います」


「でも、ユーノ君はそれでいいの?このまま別れたら二度と会えないよ。なのはのこと、気になっているんだろ?」

「なっ!何を言ってるんですか!?別に僕はそんな風には……それならウィルさんはどうなんですか、はやてと会えなくなるんですよ」

「知ってるか?イイ男っていうのは、つらい時に強がりを言って、ニヤリと笑えるタフな男のことを言うんだぜ。
 だから、おれは平気さ」

そう言って、ニヤリと笑う。

「じゃあ、僕も平気です」

そう言って、ユーノも笑う――フェレット姿だと判別がつきにくいが、口角が上がっているので、多分笑っているのだろう。

お互い馬鹿だねぇと言いながら、男二人は森の中を歩いていった。



ジュエルシードの気配を感知したのは、それから数分後のことだった。
二人は、なのはには伝えずに走ってその場に向かった。

しかし、旅館にいるなのはにも、その気配は感じられた。彼女はこっそりと部屋を抜け出し、飛行魔法を行使する。
そうして、なのはもまた、その場へと向かったのだった。


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