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満州従軍看護婦実話(1)

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青葉慈蔵尊
青葉慈蔵尊


埼玉県さいたま市西区(元の大宮市)に、青葉園という公園墓地があります。

そこに上の写真の「青葉慈蔵尊」があります。

お地蔵さんは、ふつう「地蔵」と書きます。
青葉慈蔵尊は、「慈蔵」と書いている。

なんのお慈蔵さんかというと、満州従軍看護婦の慰霊のためのお地蔵さんです。

このお地蔵さんの建立には、堀喜身子(ほりきみこ)さんという女性の方が関係しています。

以下は、すべて実話です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
掘喜身子さんは、幼い頃から病人を看護することが好きだったのだそうです。

彼女は、女学校を出ると、昭和11(1936)年、満州に渡ります。

そこで満州赤十字看護婦養成所に入所し、甲種看護婦三年の過程を修めて、郷里の樺太・知取(シリトリ)に帰り、樺太庁立病院の看護婦になります。

昭和14(1939)年の春、彼女は医者である堀正次と結婚します。

結婚して1年目の春、堀喜身子さんのもとに、召集令状がやってきます。
彼女は、令状を受けた一週間後に単身で、任地である香港の第一救護所に出発しました。

そしてまもなく、彼女は任地が上海に移り、ついで満州国牡丹江から、さらにソ連との国境に近い虎林の野戦病院に、48名の同僚とともに配属されています。

彼女が出征して6か月目、その虎林の野戦病院に、夫の正次も令状を受けてやってきます。

ふたりはそこで医師と看護婦の夫婦として、毎日前線から送られてくる傷病兵の治療をして過ごしながら、同時に長男静夫(しずお)、長女槇子(まきこ)の二人の子だからにも恵まれます。

ところが昭和20(1945)年8月8日、ソ連が日ソ不可侵条約を破って、突然満州に攻め込んできます。

戦況は激しく、爆撃の危険から、虎林の野戦病院では、患者全員を長春に移すことに決定します。

ところが患者のうち70余名は、伝染病の重患なので一緒に連れて行くことができません。

そこで野戦病院では、軍医中尉であった夫の堀正次と、他に2名の軍医、それと5名の兵隊さんを残して、ある程度元気な者のみ、長春に向かうことにします。

掘喜身子さんは、夫からもらった将校用の水筒を肩に長春に向かいます。
そして二人は、これが今生の別れとなった。


虎林を出発した病院の医師、看護婦、患者たちの一行は、牡丹江を過ぎ、ハルピンを通過して、一週間目の8月15日に、ようやく長春にはいります。

そしてそこで終戦の玉音放送を聞いた。

日をおかず、長春はソ連軍に占領されます。
当時、ソ連軍に占領された町がどのようだったかは、
≪奉天駅前事件≫
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1100.html
をご参照ください。

長春がソ連軍に占領された後、掘喜身子さんは、将校夫人や子供たちと一緒に、女ばかり76名で合宿所に入れられます。

そして身上調査がはじまった。

調査の結果、掘喜身子さん以下虎林の野戦病院から来た看護婦34名は、長春第八病院に勤務せよとの命令を受けます。

月給はひとり200円。
彼女たち34名の看護婦は、その給料をみんなでまるごと出し合い、一緒に収容されている将校家族を養う費用にします。

けれど、物価はあがる一方で、生活は苦しくなるばかり。
堀喜美子さんも、次第に体がガリガリに痩せ細って行きます。

昭和21(1946)年春のことです。

第八病院の婦長をしていた堀喜身子さんのもとに、ソ連陸軍病院第二赤軍救護所から、一通の命令書が来ます。

内容は、「看護婦の応援を要請。期間は一か月。月給は300円」としてあった。

いくらソ連軍とはいえ、世界各国で公認されている赤十字を背負う看護婦に、間違った扱いなどしないだろう。
まして、ソ連陸軍が発令した「公文書」の「命令書」です。

堀婦長は、一抹の不安はおぼえながらも、引率者である平尾勉軍医と相談し、看護婦の中でも、もっともしっかり者だった大島花枝、やはりしっかり者の細川たか子、大塚てる、の3名の看護婦を選びます。

出発の日、堀喜美子婦長は、三人に「決して無理はしないように」と言い聞かせます。

大島花江看護婦は、元気いっぱいの笑顔で、「心配はいりません。敗戦国であろうと、世界の赤十字を背負う看護婦として、堂々と働いてきます!」と答えます。

「大島さん、細井さんと大塚さんのこともお願いね」と気遣う婦長に、

細井、大塚両名は、
「あら、大塚さんばっかり。私たちはいつまでたっても一人前じゃないようだわ」
「ほんとうに、失礼しちゃうわね」

と明るく冗談を言い合い、みんなで明るく笑いあった。

堀喜美子は、出発する3名に、きちんと制服(看護婦の白衣の他に軍看護婦としての制服があった)を着せ、その征服音右腕に、赤十字の腕章を付けさせています。

誰がどこからどうみても、赤十字の看護婦であることがひとめでわかるようにしたのです。

こうして白羽の矢をたてられた三名は、元気に一か月の別れを告げて出かけて行った。



ソ連陸軍病院第二赤軍救護所に到着した三人は、それぞれ離れた場所に別々に部屋を与えられます。
部屋は個室で、ベットまで付いていた。
大部屋暮らしだった大島看護婦たちにとって、個室はまさに夢のような部屋だった。

やがて一か月が経過しようとしたとき、同じ病院から、また3名の追加の命令書がきます。
日本側は、荒川静子、三戸はるみ、沢田八重の3名を、第二回の後続としてソ連陸軍病院第二赤軍救護所に送った。

もうまもなく、最初の三名が交代して帰ってくる。
誰もがそう思っていた。

ところが、最初の3人は帰ってこない。
やがてさらに一か月が経過します。

すると、また3名の追加の命令が、ソ連陸軍病院第二赤軍救護所からもたらされます。

堀婦長は、心配して引率者の平尾軍医に、命令を断るよう談判した。
一か月という約束で看護婦を送っているのです。

最初の3名が行ってから、もう3か月経過している。
2回目の看護婦が行ってからも、2か月です。
誰も帰してもらっていない。

向こうが約束を反故にしているのです。
普通なら、そんな約束も守れないようなところに、大切な部下を送ることなんてできない。

しかも6名とも、行ったきり音信不通です。

けれど相手はソ連軍です。
命令に背けば、医師や看護婦だけでなく、患者たちまで全員が殺されてしまう危険があります。

病院としては、命令に背くことはできない。
やむなく、井出きみ子、澤本かなえ、後藤よし子の3名を送り出します。

仏の顔も三度までといいます。
4度目の命令がきたら、こんどこそ絶対に拒否してやろう。

先に行った者たちが心配でたまらない堀婦長がそう思っている矢先、一か月後、誰ひとり帰らないまま、4度目の命令が来ます。
今度もまた、3名の看護婦を出せ、というものです。

なんという厚顔無恥。

残る看護婦は、婦長の堀喜美子の他、22名です。
その中から、4度目の3名を選出しなければならない。
けれど、堀婦長の心の中には、暗澹とした不安がひろがります。

その日の夜、堀婦長は、次に向かう3名を呼び、明後日出発すること、先に行った看護婦たちに手紙で状況を報告するように話してもらいたい旨を、伝えます。

そしてすっかり夜も更けたころ、病院のドアをたたく音がした。

こんな時間に何事だろう・・・・
堀婦長が玄関の戸を開けます。

その小さく明けた戸口から、髪を振り乱し、全身血まみれになった人影が、「婦長・・・」とつぶやき、ドサリと倒れこんできた。

みれば、なんと最初に出発した、大島看護婦です。
たいへんな重体です。
もはや意識さえも危うい。

全身11か所に、盲貫銃創と貫通銃創を追っています。
裸足の足は血だらけです。
全身に鉄条網を越えたときにできたと思われる無数の引き裂き傷がある。
脈拍にも結滞があります。

なにがあったのか。

堀婦長は、とっさに「そうだ。こうまでしてここに来なければならなかったのには、理由があるに違いない。その理由を聞かなければ」と思い立ちます。

そして、「花江さん!、大島さん! 目を開けて!」と、大島看護婦を揺り動かした。
重体の患者です。
ふつうなら、揺り動かすなんてありえない。
他の看護婦が「婦長! そんなことをしたら花江さんが!」と悲鳴をあげます。

けれど堀婦長は毅然として言います。
「あなたたちは黙って! 花江さんは助からない。花江さんの死を無駄にしてはいけない!」と声を荒げた。

大島看護婦が目を覚まします。
そして語った。

「婦長。私たちはソ連軍の病院に看護婦として頼まれて行った筈ですのに、あちらでは看護婦の仕事をさせられているのではありません。行ったその日から、ソ連軍将校の慰みものにされてしまいました。

半日たらずで私たちは半狂乱になってしまいました。
約束が違う!と泣いても叫んでも、ぶっても蹴っても、野獣のような相手に通じません。
泣き疲れて寝入り、新しい相手にまた犯されて暴れ、その繰り返しが来る日も来る日も続いたのです。

食事をした覚えもなく、何日目だったか、空腹に目を覚まし、枕元に置かれていたパンにかじりつき、そこではじめて事の重大さに気が付き・・

それからひとりで泣きました。
涙があとからあとから続き、自分の犯された体を見ては、また悔しくて泣きました。

たったひとりの部屋で、母の名を呼び、どうせ届かないと知りながら、助けを求めて叫び続けました。
そしてどんなにしても、どうにもならないことがわかってきたのです。

やがておぼろげながら、一緒に来た二人も同じようにされていることもわかりました。
ほとんど毎晩のように三人か四人の赤毛の大男にもてあそばれながら、身の不運に泣きました。
逃げようとは何度も思い、しかもその都度手ひどい仕打ちにあい、どうにもならないことがわかりました。

記憶が次第に薄れ、時の経過も定かではなくなった頃、赤毛の鬼たちの言動で、第八病院の看護婦の同僚たちが次々と送られてきていることを知って、無性に腹が立ち、同時に我にかえりました。

これは大変なことになる。
なんとかしなければ、みんなが赤鬼の生贄になる。
そんなことを許してはならない。
そうだ、たとえ殺されても、絶対に逃げ帰って婦長さんにひとこと知らせてあげなければ・・・

赤鬼に汚された体にも、命にもいまさら何の未練もありませんでした。
こうして私は、二重三重の歩哨の目を逃れ、最後お鉄条網の下を、鉄の針で服が破れ、肉が引き裂かれる痛みを感じながら潜り抜けて、逃げました。
後ろでソ連兵の叫び声と銃の音を聞きながら、無我夢中で逃げてきました。

婦長さん。
もう、ひとを送ってはなりません・・・・」

そこまで話して大島花江看護婦は、こときれました。

なんという強靭な意志の持ち主なのでしょう。
蜂の巣のようにされながら、この事実を伝えようとする一心だけで、まさに使命感だけで、彼女はここまで逃れてきたのです。

病室内に、
「はなえさん・・・」
「大島さん・・・」という看護婦たちの涙の声がこだまします。

そうして昭和21(1946)年6月19日午後10時15分、大島花江看護婦は、堀婦長の腕の中で息をひきとった。

どんなに勇敢な軍人にも負けない、鬼神も避ける命をかけた行動です。
大島看護婦の頬は、婦長や同僚の仲間たちの涙で濡れた。
あまりにも突然の彼女の死を、みんなが悼んだ。

翌日の日曜日の午後、遺体は満州のしきたりにならって、土葬で手厚く葬られます。
そして彼女の髪の毛と爪を、お骨代わりに箱に納め、彼女にとってはなつかしい三階の看護婦室に安置する。
花を添え、水をあげ、その日の夜、一同で午前0時ごろまで思い出話に花をさかせました。
すべて、懐かしくて楽しかった内地の話ばかりだったそうです。

翌日のことです。
堀婦長が、出勤時刻の9時少し前に病院の看護婦室に行くと、そこに病院の事務局長の張(チャン)さんがいました。
張さんは、日本の陸軍士官学校を卒業した人です。

張さんは、ひどく怒っていた。
看護婦たちが、だれも出勤していないのです。
こんなことは前代未聞です。

「変ですね〜」と最初、気楽に答えた堀婦長は、その瞬間、はっと気が付きます。
そして3階の看護婦たちの宿所に走った。

いつもなら、若い女性たちばかりでさわがしい宿所です。
それが、今朝は、シーンと静まり返って、もの音一つしない。
堀婦長の胸に、ズシリと重たいものがのしかかります。

宿所の戸を開ける。

お線香の匂いがただよっています。
内側の障子が閉まっている。

なにが起こっているの?

障子を開けた。

部屋の中央には、小さなテーブルがあり、そこには大島看護婦の遺品と花とお線香、そして白い封筒が置かれています。

その周囲に・・・
きれいに並んだ、22名の看護婦たちの遺体が横たわっていました。

机の上に遺書がありました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
二十二名の私たちが、自分の手で生命を断ちますこと、軍医部長はじめ婦長にもさぞかしご迷惑のことと、深くお詫びを申し上げます。

私たちは、敗れたとはいえ、かつての敵国人に犯されるよりは死を選びます。
たとえ生命はなくなりましても、私どもの魂は永久に満州の地に止まり、日本が再びこの地に帰ってくる時、ご案内をいたします。

その意味からも、私どものなきがらは、土葬にして、この満州の土にしてください。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

遺書の終わりには、22名の名前が、それぞれの手で記されていました。

遺体は、制服制帽の正装。
顔には薄化粧。
両ひざはしっかりと結ばれ、一糸乱れぬ姿だったそうです。

その中で、たったひとり、井上つるみの姿だけは乱れていました。
26歳で最年長だった彼女は、おそらく全員の意志をまとめ、衣服姿勢を確かめ、全員の死を見届けた上で、最後に青酸カリを飲んだと推定できました。
畳を爪でひっかいた跡にも、顔の表情にも、それは明らかでした。

現場には、通訳を連れたソ連軍の二人の将校と二人の医師がやってきて、現場検証を行います。

婦長は逮捕されてもいい覚悟で、国際的にも認められている赤十字の看護婦に行った非人道的行為を非難し、事のてんまつを訴え、泣き崩れたそうです。

これには彼らもしばらくは無言のままで、事態の重大さがわかったようでした。
この22名の集団自決による抗議に、ソ連軍当局も衝撃を受けたらしく、

翌日、
「ソ連の命令として伝えられることで納得のいかないことがあれば、24時間以内にゲーペーウー(ソ連の秘密警察)に必ず問い合わせすること」
「日本の女性とソ連兵が、ジープあるいはその他の車に同乗してはならない」というお触れが、日本人の宿舎にもまわってきました。

22名は、死ぬ前に、全員が身辺をきれいに整理整頓しています。
そして彼女たちが「土葬」を遺言したのは、婦長や引率の平尾軍医などにお金がないことを気遣ってのことです。

「それではあまりに22名の看護婦たちがかわいそうだ。火葬にしたうえで分骨し、故郷の両親に届けれあげれるようにしようじゃないですか」と、張氏が、当時ひとり千円もする火葬代を出してくれた。

日本が負けて立場は変わっても、陸士出身の張さんの温情は変わらなかったのです。
張さんは「せめてこれまで朝夕親しく一緒に働いた人たちへの、これがささやかな供養ですから」と述べてくれた。

こうして22名の骨壺がならび、初七日、四十九日の法要もお経を唱えて手厚く執り行われました。

その四十九日のことです。
張さんが、亡くなられた看護婦さんたちに、せめてお饅頭でも作ってあげたら?と饅頭を作る材料費を出してくれたのです。

そこで堀婦長は、張春のミナカイという市場に出かけます。
そこは当時、東京でいえば銀座のような、張春一番の繁華街です。(といっても、闇市のようなバラックです)

堀婦長は、そのミナカイで、ふとしたことから、噂話を耳にします。

長春第八病院に向かった9名の看護婦のうち、亡くなった大島花江を除く8人が生きている、というのです。


≪満州従軍看護婦実話(2)へ続く≫

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※本稿は、日本航空教育財団の人間教育誌「サーマル」平成18年4月号に掲載された「祖国遙か」をもとに書かせていただきました。

満州国国都、新京


日本の心を伝える会 日心会
コメント
産経新聞の記事
映画『氷雪の門』を思い出す。ソ連兵の卑劣さは有名ですね。特に野獣のようなコサック兵に見破られないように女性は髪を切り、顔中に墨を塗りたくって女だと分からないようにした、などの話はいくらでもある。
「青葉慈蔵尊」のことは平成15年の記事で読んだ。「双方向プラザ」コーナーで「読者から」の投稿が寄せられている。以下の通り。
「双方向プラザに載った従軍看護婦の『青葉慈蔵尊』の記事(7月27日付)を読みました。同じころ、満州(現中国東北部)では当時の高等女学校に在籍したまま、陸軍看護婦生徒に志願した女学生がたくさんいました。年齢は15−17歳。『お国のために役立ちたい』と決死の覚悟で志願したのです。終戦後、彼女たちは、ソ連軍などから間一髪で逃れ、命からがら引き揚げましたが、そのまま、中共軍(八路軍)に連れて行かれた看護婦もいました。こうした女学生たちのことをぜひ、いまの若い世代にも知ってほしいと思います。」男性読者(76)=東京都中野区(当時)

15−17歳といえば今の高校生の年齢ですね。若い特攻兵もそうだが、同じ年齢の女性たちにも思いを馳せたい。
2011/02/28(月) 08:52 | URL | 黒ユリ #-[ 編集]
予算委員会審議中継を見ています
予算委員会審議中継を見ています

第177回国会審議中継
2月28日08:50〜予算委員会審議中継を見ています
http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmp.asx?deli_id=40815&live=yes&media_type=wb

【動画ニュース掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj6.cgi
【動画ニュース最新版タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。

2011/02/28(月) 09:19 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/02/28(月) 09:36 | | #[ 編集]
北が韓国のビラに警告 軍事演習には報復で「火の海」と威嚇
北が韓国のビラに警告 軍事演習には報復で「火の海」と威嚇

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110227/kor11022719310005-n1.htm

ジャスミン革命は中近東や支那や北朝鮮内外
に広がる人々の自由民主主義を求める運動と
なって共産主義を揺るがしている。

【前航空幕僚長の国防問題の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj10.cgi
【前航空幕僚長の国防問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2011/02/28(月) 10:34 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
無駄にしない為に
このような真実の出来事こそ世界中に知らせるべきです。
南京大虐殺や従軍慰安婦などの大嘘は堂々と世界中にあたかも真実のように浸透しているのに。

言わなければ何もなかったと認識され捏造でも訴えた者の勝ちなのです。『世界は腹黒い』とは色々な意味で人間としての心を持ち合わせていない人種の集合体のことで、避けることも、良くなることを期待するのも愚の骨頂です。

「言わなくとも時がくればわかってくれる」これは日本人だけに通用する心の奥深さなのですが、外人には何のことなのか理解するのは不可能なんです。

日本の友好国インドやインドシナ、マレーシアなどにこのような実話を浸透させ実績を積んでから本目国に移る。

お金が掛かるんでしょうね、菅チョクトはじめ、日本解体の為の朝鮮人議員ら給料の税金泥棒にくれてやる余分なお金はあるのに。    くやしい、、、。
2011/02/28(月) 13:23 | URL | 花 #-[ 編集]
日本軍の慰安婦と大違い
いつも読ませていただいています。

父が北支戦地経験者です。

父によると
日本軍の慰安所では、慰安婦には拒否権があったようです。(もちろん、商業慰安婦です)
互いに体を見せ合って、慰安婦から「あんたダメねー」と拒否されることもあったとか。それでも、お茶しておしゃべりぐらいはしたこともあったようです。(それに対して父はお金を払ったかもですが(+_+))
しかも、月に1個支給の避妊具使用が規則だったわけですが、その避妊具5個で無料などというサービスをするしたたかな慰安婦もいたそうです。
元気な上等兵の中には下級兵から避妊具を買い取る人もいたようで、父も慰安所より煙草銭欲しさに買ってもらったそうです。

そんな話をさもいい思い出のように話すのを聞いて、「強制」は有り得ないと確信しました。

父も「強制」とか「暴行」とか自分の部隊ではなかったし、周りの噂でも聞いたことがないと申しておりました。
2011/02/28(月) 15:52 | URL | 山の下の奥様 #HuBhO90w[ 編集]
大阪府箕面市で「人権推進基本方針」意見募集 今日(2/28)〆切!
拡散させてください。

【拡散希望】 大阪府箕面市「人権推進基本方針」意見募集 今日(2/28)〆切 要項・意見の例⇒http://bit.ly/fVL0oC 男女共同参画、多文化共生が盛り込まれ、さらに人権擁護法の前段階の可能性もあります。箕面市の方に伝わるよう、拡散のご協力をお願いします。

この計画の問題点
p26〜27の「箕面市人権施策審議会・委員名簿」を見ると、11人中少なくとも3人は(純粋な)日本人ではないことが分かります。上から2,6,8人目
箕面市人権施策審議会・委員名簿 http://bit.ly/gvWrvA
仮に帰化していたとしても施策の内容に大きな影響を与えていることは間違いないと思います。

p17の「人権救済について」ではこういう記述があります。

新たな人権救済機関の設置については......下記のような中間報告がされていますので、これらの動向を見据えながら慎重に検討します。
・実効的な調査・救済活動のため地方組織体制を構築する。これについては既存組織の活用・充実を図るなど、新制度が速やかにスタートできるよう検討。
・人権擁護委員は既存の委員及び組織体を活用し、活性化・充実を図ることを検討。

※「慎重に検討します」とはなっているが、人権侵害救済法の制定を見据えた計画になる可能性もある。


2011/02/28(月) 15:54 | URL | you #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/02/28(月) 15:58 | | #[ 編集]
中国の集会封じ 民主化要求にフタできぬ
中国の集会封じ 民主化要求にフタできぬ
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110228/chn11022803030001-n1.htm
だが、専制や圧政を認めない民主化要求に蓋
をすることはできない。中国のネット利用者
は現在、4億5千万人以上もの巨大勢力だ。

世界中から湧き上がる支那共産党の支配に対
する不満と批判、人々を騙し繁栄を偽装して
きた実体の無い偽装組織支那共産党体制の崩
壊。 
日本の反日売国政党民主党も後ろ盾を失い意
気消沈、東京区議選で「減税日本」の候補者
は中国人民解放軍野戦軍司令官を自認する
親小沢派がずらりと揃っているそうだ。
変わり身の早い小沢一郎の次の騙しの手口を
断固阻止しよう。

【前航空幕僚長の国防問題の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj10.cgi
【前航空幕僚長の国防問題タイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2011/02/28(月) 16:33 | URL | aixin #EBUSheBA[ 編集]
日銀、韓国中銀との円─ウォン通貨スワップ取り決めを3年延長
日銀、韓国中銀との円─ウォン通貨スワップ取り決めを3年延長

http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-15937720100622

米国や支那からも巨額借金の返済請求されて
いる韓国は経済破綻状態で大手銀行の窓口業
務停止。 当てにした日韓併合100年での、
朝鮮王室儀軌引き渡し協定が日本の国会で承
認されない為に日本に対する賠償請求もでき
ない状態。
【関連情報】http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4_hdir.cgi
韓国大統領 来月訪日で調整 朝鮮儀軌引き
渡し検討も国会承認は微妙

【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
http://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi
【マスコミ隠蔽のタイトル一覧】最新版はこちらをクリックして下さい。

2011/02/28(月) 18:17 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
贖罪の子羊
【◆】≦予 ̄>
 G\(^■^ ラ 後ろめたい悪業をした者の贖罪法だ余!
  \<!>+\

プギャ━━━≡≡≡≡≡⊂`☆⌒m9^Д^)⊃━━━ !!!!! 「ララ物資」は強制収容されていた在米日系人が始めた事業だ!

(^_^;)ナルホドそれでも米国の方がマシだな!
2011/02/28(月) 19:59 | URL | 亜 #-[ 編集]
No title
露助とか朝鮮人とか支那漢族とかの鬼畜国家が非武装の女子供を背後から襲うことしかできない軍隊で日本に勝ったなどと妄想を語るからこそ、したくもない核武装をこちらもしなければならなくなるんだろうな。
2011/02/28(月) 23:12 | URL | 名無し #-[ 編集]
No title
はじめまして。
この話を見て改めて今存命されている戦争を生き抜いた方々は本当に今の私たちでは想像できない苦労をされたんだと思います。

よろしければ私の書いているブログに記させていただいてもよろしいでしょうか。若い世代の人たちにこそ知って欲しいです。
2011/03/04(金) 21:33 | URL | 名無しさん #F5f6oxuU[ 編集]
No title
2011/03/04(金) 21:33 の名無しさんへ
当ブログは、転載フリーです。
ご自由におつかいください。
2011/03/04(金) 21:40 | URL | ねずきち #mQop/nM.[ 編集]
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一死をもって責任を貫く 石黒小右衛門
滅んでも勝つ 山川大蔵
へりで救出された1200頭の牛の物語
38年間無報酬で働いた村長 鎌田三之助
石門心学と石田梅岩
竹カゴとカーボンナノチューブ 飯島澄男博士
乾電池の挑戦、屋井先蔵
なりあき少年物語
光秀と天海僧正
岩崎弥太郎と竜馬伝
世界に先駆けた外科手術 佐藤泰然
タイの近代法の父 政尾藤吉
インドネシアとともに 三浦襄
名越二荒之助先生
千葉惣左エ門と伊達藩の名裁き
もうひとつの赤穂浪士 矢頭右衛門七
幸せの黄色い道 三宅精一
戦うということ 松本英子と田中正造
雷電爲右エ門と浦風親方造
私心を捨てて 野中兼山
世界最長484日の漂流 督乗丸と小栗重吉
坂田三吉と関根金次郎
身を犠牲にしてレントゲン撮影に革命をもたらした林信雄医学博士
生涯の夢を乗せて 白瀬矗
大村藩の新精隊 渡辺清
悲しみの山河を越えて 石井筆子
万次郎上陸
名を残す 片平観平
あんぱん誕生
だけれども僕はやる 中田厚仁
義に生きる 山田方谷
日本初の小学校女性教師 黒沢登幾
アドレナリン 高峰譲吉
猿とみなされながら世界一の大数学者に 高木貞治
命に代えて 福井文右衛門

≪日本の心≫
大和心とポーランド孤児
たおやかに やまとなでしこ 咲きにけり
トルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件
キャプテン翼大作戦
チリひとつなかった江戸日本
ギリシャ神話と日本の心
ニホンミツバチの勇気ある行動
いくつかの主張
公のために働いた武士
「日の丸」
国旗の由来と掲揚
「君が代」
「靖国」
「教育勅語(1)」
「教育勅語(2)」
「軍人勅諭」
「八紘一宇」
八紘一宇の塔
「蛍の光 仰げば尊し」
海軍兵学校「五省」
日本人の誇り
ご皇室は日本の宝
幼年時代の昭和天皇
戸籍について考える
人間を矮小化してはならない
飴を買う幽霊
シコロの木
戦艦三笠を守れ
リンゴの心
日本美の再発見・ブルーノ・タウト
見沼通船堀
ウズベキスタンの日本人
世界に誇る日本の交番
イザベラ・バードの日中韓紀行
弁慶の勧進帳
子守りをする少女 エドワードモース
悪代官のお話
有森裕子選手と日本武道
静御前の舞
大理の日本四僧塔
ウガンダの高校生を変えた日本の躾
救出された1200頭の牛
海上自衛隊・海賊船対処
日本の水を守ろう
赤穂浪士の真実
日本は一国一文化
日本刀と鉄砲伝来
貧農史観というウソ
特攻と日本武士道・・・笹森順造
元航空自衛隊宇都隆史参議院議員の演説
靴磨きの少年
赤穂浪士と山鹿流
江戸からくり人形と雇用のお話
小石川養生所
桃太郎とイザナギ、イザナミ
大国主は日本最初のイジメ被害者だった
中越沖地震で分かった日本人の美徳
美意識と日本的価値観 加瀬英明先生

≪帝国軍人≫
ランボーは日本人だった!舩坂弘軍曹
緑の連隊長 吉松喜三大佐
義烈空挺隊を忘れるな 奥山道郎
海戦史を塗り替えた男・吉川潔
軍神・広瀬武夫中佐
言葉の重み 大西瀧治郎中将
佐久間勉艦長
陸軍大将今村均
本当の日中友好 吉田保男憲兵曹長
敵さえも味方にしてしまった草鹿任一海軍中将
442部隊に学ぶ
小灘利春元海軍大尉の遺稿
渡邊美光上等飛行兵曹の遺稿
重き荷を背負いて 玉井浅一
六十年の時を経て届いた手紙 長田和美中尉
勝利の要諦は至誠と愛情と情熱 藤原岩市陸軍中佐
不屈の精神とユーモア 高崎弥生さん
名将、山口多聞
単騎シベリア横断 福島安正
人情と情けの人 小園安名大佐
戦時下のノーヒトノーラン 石丸進一
愛のかたち 快心隊隊長藤井一少佐
歴史から学ぶべきこと 広瀬武夫中佐
人情と情けの人 小園安名大佐
プロ野球の特攻隊員 石丸進一
水雷屋気質 佐藤康夫中将
ひとりでも闘う 小野田寛郎
桜花と野中五郎大佐
最後の特攻 中津留達雄大尉
大空の武士 檜貝嚢治
沖縄戦で米軍を苦しめた参謀 八原博通大佐
バックナー中将と石原正一郎大尉
慶良間の空に散る…伊舎堂用久大尉
命をかけて守る 荒井退造
会ひたい無性に 穴沢利夫大尉

≪大東亜戦争≫
ちいさくても強いサムライ
硫黄島の星条旗と日章旗
硫黄島の日章旗
花嫁人形
開戦の詔勅と終戦の詔勅
大東亜戦争に勝利した日本
日本に手を出した国は、必ず滅びる
大義のために戦った日本
12月8日を記憶せよ
大東亜戦争に関する各国の評価
日本の再生こそ世界を救ふ
公正な世界を目指して戦った日本
日本兵の手紙
玉砕までして戦った理由
英霊たちが守ろうとしたかけがえのないもの
ハーグ陸戦条約
植民地支配への戦い
腰の軍刀は竹光か
バシ―海峡の慰霊
戦没者の遺書
インパール作戦とパル判事
五族協和を目指した満洲国
南京の攻防
体験的歴史の真実
B−29との戦い
サンフランシスコ条約と日本
伊58潜水艦と原爆のお話
駆逐艦「雪風」の幸運
ケネディと駆逐艦「天霧」
終戦記念日における政府談話、日心会草案
広島市平和記念式典で読まれない もう一つの平和宣言
白梅の少女たち
特攻とテロリズム
三ヶ根山殉国七士廟
真の近現代史観
塹壕で母は生まれた
勝てた戦争
特攻隊員の思い
橋の上のホラティウス
張作霖と満州のお話
インパール作戦とパル判事
インパール作戦 続き

≪戦記≫
パラオ・ペリュリュー島の戦い
エクゼターとエンカウンター
義和団事件とコロネル・シバ
アロハ・オエ
アッツ島の戦い
グアム島の戦い
タラワ・マキンの戦い
拉孟の戦い
騰越の戦い
占守島の戦い(1)
占守島の戦い(2)
回天の志
回天・後日談
マレー沖海戦と戦艦大和
勇敢で高潔で誰からも好かれた日本軍人
三宮事件
日清戦争
日露戦争 亡くなられた方の気持ち
日露戦争の勝利はアジアの偉大な救い
日本軍の蛮行 デビンティンギ事件
戦争の体験談
第二次上海事変
石頭予備士官候補生の戦い
沖縄の二人の知事 泉守紀と島田叡
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
サイパンの玉砕戦(1)
サイパンの玉砕戦(2)
アンガウルの戦い
キスカ島撤退作戦
赤トンボの戦い
通州事件1
通州事件2
尼港事件
斉南事件
奉天駅前事件
通化事件に学ぶ国を失うことの過酷
真岡郵便電信局事件と九人の乙女たち
ノモンハン事件
盧溝橋事件
リットン調査団
重慶空爆
満洲国開拓団の殉難
沖縄の集団自殺の虚構
小野田寛郎さんが語る従軍慰安婦
南京大虐殺というデタラメ
慶長の爆弾三烈士
北条時宗と元寇
大津事件
天狗党の乱
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
刀伊の入寇と竹島
旅順要塞陥落
航空戦艦伊勢と日向の物語
久松五勇士

≪台湾≫
台湾2・28事件
日本の台湾統治
日本の台湾統治の真実
台湾・高砂義勇隊
日本人はとても素敵だった
カナダからの手紙
元日本人の歩んだ道〜蔡焜燦

≪支那≫
支那人の残虐性
支那人の“避諱”観念と虚言
支那「日本支配工作要領」
相手が弱いとみるやつけこむ民族
支那に支配された国の実情
「日本は唯一の被爆国」に隠された嘘
支那の盗掘
カネを吸い取られ続ける日本企業
ロシアも怒る支那のパクリ
支那・文化大革命の恐怖
女真族と満洲の話
いまなお続く法輪功弾圧
停車場
カナダの悲劇 中国移民に占拠されたバンクーバー
支那人による日本買占めの恐怖
支那・国防動員法
支那の粉ミルク
恐怖の外国人永住者
華僑と植民地統治について
支那の中国漁船問題に思う
清き国、日本
中国人の語る中華思想

≪朝鮮半島≫
韓国建国の英雄
韓国保守派の嘆きと憤慨
誇り高く生きる 洪思翊中将
李氏朝鮮の時代(1)
李氏朝鮮の時代(2)
閔妃殺害事件
李氏朝鮮時代の刑罰
在日朝鮮人
関東大震災の記憶
朝鮮進駐軍の非道を忘れるな
「警戒」を「差別」とすり替える在日朝鮮人
従軍慰安婦問題
在日コリアンたちの本音
犯罪をしたら日本人になりすませ
民団の驚くべき活動
ダライラマの法話で見た韓国人の民度の低さ
下半身裸で水死する脱北女性たち

≪その他の国≫
アンコール遺跡とカンボジア
ビルマの近代史
アフガンの地雷
二つのアメリカ
ハバロフスク事件顛末(1)
ハバロフスク事件顛末(2)
ハバロフスク事件顛末(3)
シベリアのトイレ
ウクライナ物語
地上の楽園のウソ
インカ帝国の滅亡
マサダ砦の戦いと尖閣問題
インドのジャンヌ・ダルク
セントルイスブルース
ガンデンポタン

≪憲法≫
日本国憲法という欺瞞
日本国憲法を否定せよ
Made in Occupied Japan

≪教育を考える≫
愛国心を育てよう
教育における「父性」ということ
ボーイスカウトと郷中教育
仁徳天皇陵を大仙陵と呼ぶまやかしを許すな
武徳教育のすすめ
これでもあなたは日教組に子どもをまかせられますか

≪メディア≫
やまと新聞を守れ
毎日新聞英語版のあまりにひどい報道
マスコミが反日になっている理由
反日キャスターを許すな!
反日主義者たちの陰謀

≪反日左翼≫
国鉄と鉄道公安官
夢の超特急「あじあ号」
弾丸列車と戦後左翼の利権
国連という名の欺瞞
白旗の少女
プラスの言葉
反日左翼工作員にみられる共通の特徴
野麦峠と戦後左翼の欺瞞

≪核≫
核のお話2
核のお話

≪時事≫
日本人が知らない資源のお話
750兆円の国家財源
最高の景気対策は国防にあり
地方行政とゴミ処理問題
小学生の妊娠
自国の防衛は自国で
日教組に立ち向かえ
外国人参政権
政治資金規正法
竹島問題の真実
夫婦別姓などもってのほか!
子供手当が在日外国人の母国に残した子供にも出る?!
奴らを許すな
「日本派」の政治家
中国産新型エイズの恐怖
口蹄疫問題に関する衆議院の質疑の模様
口蹄疫は韓国の陰謀という噂の真相を問え!
尼崎児童暴行事件
売国土下座外交のウラ
都民の100人に1人が中国人
あなたの隣に中国人が。それでもいいですか?
すべては私たちの選択にかかっている
支那人に買い占められる日本の水
尖閣問題と国益
尖閣問題と琉球共和国
尖閣領域の中国漁船問題に思う
いまと似ている通州事件前夜
口蹄疫はまだ終わっていない
子宮頸ガンとセクシュアルデビュー
在日支那人の取締りを強化せよ
神社が燃やされている
沖縄県平和祈念資料館の展示見直しを要請する

≪コラム≫
天壌無窮の神勅
天皇人間宣言という言葉のまやかし
持てる力のすべてを未来への建設に傾けて
帝国日本を語り継げ
保守は No War !!
動物農場
世界に誇る縄文文化
縄文人と渡来人の相克
世界四大文明の嘘
中国四千年の歴史という馬鹿げた妄想
魚沼産コシヒカリ物語
小麦のお話
小麦のお話2
大豆と満洲のお話
歴史に対する姿勢
伝書鳩物語
軍艦島のお話
新しいこの国のカタチのために
たった一度の敗戦で日本を失ってはならない
ブログの拡散効果
消えた歴史
日本の未来の枠組み
日本再生のために民度の向上を
元来日本社会は窮屈、でも窮屈ゆえに安心
「理論」と「心」と「都合」のお話
正しい万歳
近世のニッポン
伊勢神宮の式年遷宮
夏の怪談
文化は武器より強し
ヤプー人の伝説
犬種と人種
悪は断じて許さないという心が大切
大麻についての考察
ススキとセイタカアワダチソウの仁義なき戦い
秋の七草
階級闘争主義と信頼主義
日本の心をつたえる会
聖徳太子と十七条憲法
国連という名の欺瞞
石原莞爾「最終戦争論」を読んでの所感
石原莞爾「最終戦争論」
ある国の物語
マイセンのスープ皿
行間を読む
相貌認知
戦後世代は何をやってきたのか
人を大切にする経営
ラージャ・ダト・ノンチック元上院議員の言葉
歴史伝統文化に立脚しない革命は成就しない
語り、つたえよう!
求められる大改革
勁(つよ)くなる
日本を取り戻そう 鄭春河さんの遺稿
鄭春河先生の遺稿2「日本同朋へ」
亀井静香先生と面談してきました
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日本の心をつたえる会について2
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日本が好きです。ていうか人間が大好きなのかな。心って、ものすごく大きなこともなしとげる。その時代時代に、真剣に生きた人たちから学ぶこと。歴史って、いまを生きる人が過去に学ぶためにあると思う。だから、歴史にIFは禁物だなんて思わない。歴史を学び、もし〜だったらと考えることで、人は何かを感じることができるんだと思う。

政治に混迷が続く中で、もういちど私たちは過去を振り返ってみる必要もあるのではないか。そうすることで、もしかしたら一条の新しい光を見出すことができるのかもしれない。

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ねずきちは、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

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