三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」

第91回 バブル崩壊後の政府の負債と家計の資産 後編(1/3)

 前回(第90回)からの続きである。まずは、朝日新聞の記事を一つお読み頂きたい。


『1982年9月2日 朝日新聞「国債償還政策を転換 大蔵省方針」
-赤字国債借り換え 十年期限の原則崩す
 大蔵省は一日までに、国の借金である国債の償還(返済)に関する政策を大転換する方針を決めた。(中略)
-財政、"サラ金地獄"に「59年度脱却」公約は有名無実化(中略)
 また、赤字国債の借り換えは、借金の返済にまた借金をすることを意味する。文字通り"サラ金地獄財政"への転換だ。(後略)』


 上記記事は、別に日付を間違えているわけではない。1982年。今から二十九年前の9月2日、朝日新聞朝刊の一面トップに掲載された記事である。恐ろしいことに、日本の新聞は二十九年前から「政府の負債」を「国の借金」と呼び、財政について「サラ金地獄に!」などと、ヒステリックな見出しで国民を煽っていたわけだ。

 ちなみに、二十九年前に日本の内閣総理大臣であった鈴木善幸氏は、上記朝日新聞の記事にある、国債償還政策の転換の二週間後(9月16日)、首相自ら「財政非常事態宣言」を国民の前で発した。

 さらに、鈴木善幸元首相は回顧録において、以下のように書いている。

「このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な負債、借金を背負わせることになる」

 上記のヒロイズムに満ちた言い回しは、少なくとも日本の場合は明らかに間違いだ。単に国民の危機感を高めるために、頻繁に使われるレトリックに過ぎない。

 なぜならば、そもそも借金を背負っているのは、日本政府であり、日本国民ではないためだ。先週もグラフでご覧頂いた通り、経常収支黒字かつデフレの日本は、国内が「過剰貯蓄」状態にある。すなわち、投資や消費として使われなかったお金が、銀行などにおいて「過剰貯蓄」として蓄積され、運用先が見当たらないという問題が発生しているわけだ。

 結果、手元の預金などの運用難に悩む銀行は、国債を買わざるを得ない。分かりやすく書くと、政府に貸し付けて利回りを稼ぐわけだ。

 すなわち、日本国民は政府にお金を「貸している」立場であり、借りているわけではないのだ。

 さらに言えば、将来的に政府が国債を償還し、借金を返済した場合、そのお金を受け取るのは「将来の日本国民」だ。先の鈴木首相の言葉を正しく書くと、
「このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な資産、債権が残ることになる」
 となる。

 何しろ、日本国民の金融資産は、将来の孫子の世代に受け継がれる。我々の子や孫の世代は、政府からお金を「返済してもらう」立場であり、借金を背負わされるわけではない。現在の日本国民は、政府に「金を貸している」債権者の立場なのである。

 これが例えば、日本政府が「外国」からお金を借りていた場合、それは確かに「将来世代に借金を背負わせる」という話になる。例えば、戦後の日本は世界銀行から借款を受け、国内のインフラ整備のために支出した。この「外国からの借金」が将来世代に受け継がれてしまった場合、政治家は確かに、
「このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な負債、借金が残ることになる」
 と言っても構わないだろう。何しろ、それが事実だからである。

 ところが、日本の場合は「政府が国民からお金を借りている」にも関わらず、首相まで務めた政治家が、真顔で、
「このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な負債、借金が残ることになる」
 などと断言するわけである。

 加えて、新聞などのメディアが「財政"サラ金地獄"」などと、無意味に国民の危機感を煽り続けるわけだ。それも、三十年近くという、極めて長期に渡る。

 日本の新聞は二十九年前から「財政危機だ! 財政危機だ!」と煽り続けてきたわけだが、そろそろ飽きてはこないのだろうか。財政危機が二十九年前から煽られ続けてきた日本の長期金利が、現在も世界最低である。摩訶不思議な話もあったものだ。


【図91-1 日本政府の長期債務残高の推移(単位:十億円)
20110301_01.png
出典:財務省
※上記「政府」には地方自治体も含んでいる。


 図91-1は、日本政府(地方自治体含む)の長期債務残高について、その推移をグラフ化したものだ。鈴木善幸氏が首相を務めていた時代と比べると、政府の長期債務は九倍近くにまで拡大している。しかし、日本政府の長期金利は、延々と世界最低を流離っている。

(2/3に続く)


本ブログの「財政危機」関連記事はこちら。

【Klugよりお知らせ】

2月5日発売の新刊『デフレ時代の富国論』は現在Amazonで発売中!

Klug初の連載単行本化!
当ブログ・三橋貴明の「経済記事にはもうだまされない!」が本になりました。
タイトルは「今、世界経済で何が起こっているのか? 」。
Amazonほか全国書店で発売中!

PR / Ad Space

PR / Ad Space

クルクるアンケート

03月04日更新

これまでで一番儲かった金額は?









みんなの回答を見る

三橋貴明(みつはし・たかあき)

三橋貴明(みつはし・たかあき)

1994年、東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。
外資系IT企業ノーテルをはじめ、NEC、日本IBMなどに勤務した後、2005年に中小企業診断士を取得、2008年に三橋貴明診断士事務所を設立する。現在は経済評論家、作家として活躍中。
インターネット掲示板「2ちゃんねる」での発言を元に執筆した『本当はヤバイ!韓国経済―迫り来る通貨危機再来の恐怖』(彩図社)が異例のベストセラーとなり一躍注目を集める。同書は、韓国の各種マクロ指標を丹念に読み解き、当時日本のマスコミが無根拠にもてはやした韓国経済の崩壊を事前に予言したため大きな話題となる。
その後も、鋭いデータ読解力を国家経済の財務分析に活かし、マスコミを賑わす「日本悲観論」を糾弾する一方で、日本経済が今後大きく発展する可能性を示唆し「世界経済崩壊」後に生き伸びる新たな国家モデルの必要性を訴える。
崩壊する世界 繁栄する日本』(扶桑社)、『中国経済がダメになる理由』(PHP研究所)、『ドル崩壊!』 など著書多数。ブログ『新世紀のビッグブラザーへ blog』への訪問者は、2008年3月の開設以来のべ230万人を突破している(2009年4月現在)。

ページトップへ戻る