第91回 バブル崩壊後の政府の負債と家計の資産 後編(2/3)
二十九年前に、首相自ら「財政非常事態宣言」を行い、その後、長期債務残高が九倍近くにまで拡大したのだ。それにも関わらず、長期金利は世界最低だ。
繰り返しになるが、日本政府が発行する国債の金利が世界最低なのは、国内に運用先がない過剰貯蓄が溢れているためだ。経常収支の黒字が続き、国内が貯蓄過剰(もしくは投資不足)。デフレで民間企業の資金需要が高まらない中、銀行は国債を購入して運用するしかない状況に至っている。
日本経済の問題はデフレ(及びデフレに起因する資金需要不足)であり、「国の借金!」などではないのだ。というか、「国の借金」問題も、デフレの問題の一部と言える。
デフレ環境下では、物価が下がり、逆に「お金の価値」が日々上がっていってしまう。同じ金額のお金であっても、それで購入できる財やサービスが増大していくわけだ(物価下落により)。
お金の価値が上がっていくということは、「借金」の実質的価値も上昇するという話である。デフレ環境下では、借金の実質的な価値が、日を追うごとに高まっていってしまうのだ。結果、政府の負債の実質的な価値も、デフレにより高まっていく。
これが逆にインフレ環境下であれば、政府の負債の実質的な価値は、放っておいても下がっていく。しかも、健全なインフレを伴う経済成長を達成すれば、税収も増える。財政の健全化は、デフレ環境下では決して達成できないのだ。
すなわち、デフレを放置することこそが、鈴木善幸氏が言った、
「このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な負債、借金を背負わせることになる」
そのものと言える(実際に借金を背負うのは将来の政府で、国民ではないが)。
上記の話は、別にマクロ経済学に精通していなくても、「お金の流れ」あるいは「お金の価値」について考えてみれば、誰でも理解できる。ところが、我が国は一国の首相までもが「政府の借金」と「国民の資産」について混同した上で、前述のように「このままでは私たちの孫子に・・・」などと発言し、社会的な危機感を高めてしまうのだ。
お金の流れについて理解していないといえば、まさしく、
「1400兆円の家計の金融資産があるため、政府は借金ができる」
説も同様だ。別に「家計に金融資産があるため、政府が借金可能」という話ではない。むしろ話は真逆で、「政府が借金をしたために、家計の金融資産が増えた」のが真実なのである。
と書いたところで、理解に戸惑う読者が多いと思うので、順を追ってご説明しよう。前回(90回)の【図90-2 2010年9月末時点 日本国家のバランスシート(単位:兆円)】をご覧頂きながら、この先を読み進めて欲しい。
10年9月末時点の「政府の負債(右上)」は1001.8兆円だ。この状況から、政府が銀行(金融機関)に10兆円分の国債を発行したとしよう。図90-2の「金融機関の資産(2755兆円)」として計上されていた現預金10兆円分を、政府が借り入れるわけだ。
すると、確かに政府の負債は10兆円増え、1011.8兆円になる。ところが、同時に「政府の資産」として、借方(左側)に10兆円の現預金が新たに出現することになる。図90-2の政府の資産は481.9兆円であるため、これが491.9兆円に増えるわけだ(同時に、金融機関の資産「現預金」が「国債」に姿を変える)。
例えば、読者が銀行からお金を借りた場合、確かに読者は銀行に対し負債を負うことになる。だが、同時に銀行から借りたお金が「資産」として読者の手元に残るわけだ。当たり前の話である。
銀行に国債10兆円分を発行し、10兆円の現預金を借り入れた政府は、それをそのまま資産として放置しておくだろうか。とんでもない。そもそも政府が国債を発行し、お金を借り入れるのは、景気対策などの目的で「支出」をするためである。
話を単純化するために、政府は銀行から借りた10兆円を「手当て」として国民に配るものとする。すると、政府の資産から「現預金10兆円」が姿を消し、家計の資産に移動することになる。図90-2で言えば、家計の資産が1452.8兆円から、1462.8兆円に増えるわけだ。
上記は「手当て」という形で、政府が家計にお金を「振り込む」ケースの説明だが、別に公共事業などでも同じだ。公共事業で政府が企業に支払いを行うと、お金は政府の資産から「非金融法人企業の資産」へと移る。さらに、企業が給与の支払いなどで従業員に支払いを行うと、やはりお金が最終的には家計の資産へと移ってくる。
「政府が国債を発行し、支出を行う」ことで、政府が借りたお金は最終的には家計の金融資産として計上されることになる(企業の内部留保になるケースもあるだろうが)。すなわち、政府が負債を増やすと、家計の資産も増えるというわけだ。
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