余録

文字サイズ変更

余録:漢詩を一つ…

 漢詩を一つ。「氷簟(ひょうてん)銀床 夢成らず/碧天(へきてん)水の如(ごと)く 夜雲軽し/雁声(がんせい)遠く 瀟湘(しょうしょう)を過ぎて去る/十二楼中 月自(おの)ずから明らかなり」。氷簟は冷たい竹むしろ、瀟湘は洞庭湖に注ぐ二つの川の名だ。晩唐の詩人、温庭〓(おんていいん)の七言絶句である▲温は繰り返し官吏登用試験の科挙を受けて落ち続けた人だ。実力がなかったのではない。先日も引用させてもらった村上哲見さんの「科挙の話」によると、時の宰相に無礼を働いてにらまれたのだ。それでも受験を続け、そこで行ったのは他人の答案作りの手助けだ▲自分の答案はさっさと仕上げ、周りで苦労する何人もの受験生の分まで作ってあげた。その連中が合格しても、自分だけはいつまでも受からない。果てはより上級の試験の不正にからんで答案の代筆をし、合格させている▲いくらまじめな受験生でも、もしこんな「親切な人」が試験場にいればと思いたくなるのは人情だ。では試験場にいないならネットで募ればいいと思ったのだろうか。京大の入試問題を試験時間中にネットへ投稿していた疑いで、19歳の予備校生が警察に逮捕された▲カンニングで強制捜査とは以前なら考えられぬ話だ。だが実施中の入試問題が天下にさらされ、試験場内外の通信が自在なのを見せつけられては、捜査による真相解明なしに入試への信頼は保てまい。当の予備校生は「1人でやった」と容疑事実を認めているという▲もし供述通りならやや拍子抜けである。ネット上に温庭〓を求めても追及されないと考えた子供っぽさと、そのもたらした重大な社会的波紋との落差がかえって不気味な「携帯カンニング」である。

毎日新聞 2011年3月4日 東京朝刊

 

おすすめ情報

注目ブランド

毎日jp共同企画