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2011年3月4日(金)付

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参院議長発言―二院制をかき乱す浅慮だ

わずか1日の違いだが、二院制の根幹にかかわる異常事態である。西岡武夫参院議長は、判断を撤回すべきだ。西岡氏は、1日未明に衆院を通過した新年度政府予算案について、参院とし[記事全文]

特捜調べ録画―誰のための可視化か

大阪地検を舞台にした一連の不祥事を受けて、特捜部の取り調べの様子を録音・録画する際の指針がまとまった。今月18日から試行する。現場の反対や懸念を抑えての「可視化」の決断[記事全文]

参院議長発言―二院制をかき乱す浅慮だ

 わずか1日の違いだが、二院制の根幹にかかわる異常事態である。西岡武夫参院議長は、判断を撤回すべきだ。

 西岡氏は、1日未明に衆院を通過した新年度政府予算案について、参院として受け取ったのは翌2日だという判断を示した。

 憲法には「衆議院の可決した予算を受け取つた後」などと記されているだけで、何をもって受け取ったとするか明文の定めはない。しかし、予算案にせよ法案にせよ、衆院から送られてくれば参院はただちに受け取ると一貫して解釈し、運用してきた。

 西岡氏は記者会見で、この運用について、かねて「疑問に思っていた」と語った。いつ受け取るかは、参院がそのつど判断する。自身が議長でいる間は、そう解釈するという。

 あまりに乱暴な言い分であり、浅慮というほかない。

 憲法に基づく衆参両院の関係を大混乱に陥らせかねないからである。

 憲法は衆院の「優越」を定める。

 予算の場合だと、衆院の可決した予算案を受け取ったあと参院が30日以内に議決しなければ、衆院の議決を国会の議決とし、自然成立となる。

 法案の場合は、受け取ったあと60日以内に議決しなければ、衆院は参院が否決したとみなし、3分の2以上の多数で再可決できる。

 ところが、いつ受け取るかは参院議長の胸三寸ということになれば、予算などの成否はいつも参院次第となる。衆院の優越規定は意味をなさなくなり、参院の権能は憲法の想定を大きく超えて強くなってしまう。

 これに対して衆院側は業を煮やし、参院がどう主張しようが無視して、「30日過ぎた」「60日過ぎた」と言って勝手に決めだすかもしれない。

 立法府の「学級崩壊」であり、二院制の機能破綻(はたん)である。こうなっては「憲法を改正し、一院制にせよ」という声が勢いを増すだろう。

 西岡氏は今回の表明について「すぐれて政治的な決断だ」と胸を張るが、政治主導をはき違えている。

 横路孝弘衆院議長は、議案の受け取りは「機械的」に行われるもので、それを「何らかの意思によって変動させることは法的安定性を害する」と批判する。こちらが真っ当な見解である。

 西岡氏は、「モノ言う」議長をめざしているのかもしれない。自ら旗を振って参院の選挙制度改革を進めようとしているのは、西岡氏なりの指導力の発揮であり、評価できる点だろう。

 しかし、リーダーシップも中身次第である。二院制の意義や機能を損なうような思慮不足な発言を繰り返せば、議長の権威も重みも消し飛ぶ。

 公正な立場から各党間の対立を仲裁し、局面を打開するといった本来の役割も果たせなくなるだろう。

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特捜調べ録画―誰のための可視化か

 大阪地検を舞台にした一連の不祥事を受けて、特捜部の取り調べの様子を録音・録画する際の指針がまとまった。今月18日から試行する。

 現場の反対や懸念を抑えての「可視化」の決断だというが、検察が直面する危機をどこまで正しく認識しているのか、首をかしげざるを得ない。

 指針によると、逮捕・勾留した容疑者について、検察官の判断で録音・録画する場面を選ぶ。容疑者には自由に供述させ、最後に取り調べ状況などに関して改めて発言する機会を与える。たとえ都合が悪い主張があっても、中断や編集はできない。捜査側も緊張を強いられ、全般を通じて強引な調べは行えない――と最高検は説明する。

 だが現実はどうだろう。

 厳しい追及の末、検察官にあらがうことができなくなったところで調書を作成された。そう訴える人が少なくない。最高検は「逮捕直後を含め、調べの節目には積極的に記録を残すよう指導する」というが、結局は検察官の裁量次第でいかようにもなる。

 特捜検察が信頼されていたころならともかく、「裁量による一部可視化」でこの不信を拭うことはできまい。

 参考人調べがまったく対象になっていないのも解せない。とりわけ特捜事件では参考人の供述が大きな意味をもつ。全員は無理だとしても、何らかの対応があってしかるべきだ。

 こうした認識のずれが生じるのは、可視化の目的を「調書の任意性や信用性に疑念がないことを明らかにする」こととし、検察の立証活動を支える一方策と位置づけているからだ。

 だが社会の期待は、何より捜査の行き過ぎの抑制・監視機能にある。

 裁判の一方の当事者としてでなく、まさに「公益の代表者」の観点で考えなければならない。それができないのなら、検討の場を法制審議会などに早期に移し、国民の声も広く聞きながら制度を設計していくほかない。

 その際は、録音・録画のあり方にとどまらず、刑事司法全体をにらんだ幅広な論議が求められよう。

 日本の捜査が取り調べと供述に頼りすぎる背景に、証拠を集める方法が限られていることがあるとも言われる。

 罪に問わないことを条件に供述や情報を得る司法取引、通信傍受、おとり捜査、否認して有罪になった場合の刑の加重、黙秘権の事実上の制約、法廷での偽証に対する厳しい制裁など、他国には様々な手続きや運用がある。

 もちろんいかなる制度にも光と影があり、「正解」は存在しない。

 国民の法意識や正義感、刑事司法に期待するものなどを見定め、それを踏まえながら、新しい時代にふさわしいより良い答えを探る。今回の試行も、そうした議論を深めていくための途中経過ととらえるべきだろう。

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