科学の力で見直される漢方
【医薬最前線】第5部 飛躍 明日への処方箋(5)
水戸市の太田達彦さん(65)=仮名=は4年前、認知症を発症した母親(88)の介護をした。「幻覚を見てわけの分からないことを言うようになった。会話が成立せず、介護する私が参ってしまいそうだった」と振り返る。
主治医から最初に処方されたのは西洋薬。症状がかえって悪化したため、次に処方したのが漢方薬の「抑肝散(よくかんさん)」。漢方なんて…。最初は半信半疑だった。しかし、1カ月後には幻覚などの症状はうそのように治まった。「抑肝散には感謝してもしきれない」という。
医療現場でいま、漢方が見直されている。長年の経験を基に処方されていた漢方に、科学の光を当てることで、新たな薬効が見つかっているのだ。抑肝散もその一つだ。
「認知症の治療では、今や抑肝散はなくてはならない薬となっている」。そう話すのは筑波大の水上勝義准教授(精神医学)。認知症を発症すると、8割以上の人にBPSD(幻覚、妄想、興奮、攻撃行動など)と呼ばれる症状が出現する。その治療に最近、抑肝散が広く使われるようになっている。
抑肝散は、日本で江戸時代から子供の夜泣き薬などとして使われてきた。それがここ数年の研究で、興奮を引き起こす脳内物質を制御する効果があることが判明。BPSDへの有効性を証明する研究も相次いだ。
製造販売するツムラによると、平成16年度には1億4500万円程度だった抑肝散の売り上げは、21年度には20倍の約31億円にまで急増。同社の主力商品の一つへと“大化け”した。
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漢方薬は薬草などの「生薬」を複数組み合わせて作られる。そのため、さまざまな薬効成分が含まれている。特定の成分だけを抽出して化学合成する西洋薬にはない特徴だ。
ツムラの研究でも、抑肝散からは20種類以上の成分が確認された。その働きは、まだすべては解明されきっていないほど多岐にわたるという。
慶応大医学部漢方医学センターの渡辺賢治診療部長は、「一つの薬にいろんな有効成分が含まれているのが漢方の最大の利点。高齢者になれば複数の症状が出てくる。それらすべてに西洋薬を使えば何十種類も薬を飲まなければいけないケースもある。漢方は原則1つの薬で対応できる」と話す。
抑肝散以外でも、外科手術の後に腸の働きを改善する「大建中湯(だいけんちゅうとう)」、がんの症状を緩和する「牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)」、インフルエンザの症状を抑える「麻黄湯(まおうとう)」なども、医療現場で活躍する場面が増えている。民間調査会社「IMS」によると、漢方薬の国内市場は10年で1・3倍に成長。厚生労働省も昨年2月、漢方薬などの有効性を検証するプロジェクトチームを設置、検討を進めている。
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認知症で失われた記憶を、漢方薬で回復させる研究も進められている。認知症は進行を遅らせる薬はあるが、記憶を回復させる薬はない。
研究をしているのは富山大の東田千尋准教授(神経薬理学)。注目したのは「加味帰脾湯(かみきひとう)」という漢方薬。不眠症などに使われるが、古い文献に健忘症への効果が期待できる内容が書かれていた。
培養した脳の神経細胞に同薬を投与すると、数日後に神経回路が再構築される様子が確認できた。認知症マウスを使った実験でも、投与から2週間で健康なマウスと同程度にまで記憶力が回復した。
東田准教授は「脳は他の臓器とは比べものにならないくらい複雑。多くの有効成分を持つ漢方薬が多面的に作用することで、症状の改善に結びついているのではないか」と話す。
江戸時代の「越中富山の薬売り」にまでルーツをたどることができる富山大には、約2万7千点の生薬が保管され、科学的な分析が進められている。同大の小松かつ子教授(生薬学)は断言する。「漢方は『非科学』といわれるが本当は『未科学』。科学のメスを入れることで、新たな薬が生まれる可能性は高い」
「明日への処方箋」は、新技術だけではない。日本人がこれまで培ってきた英知にも眠っているのだ。=おわり
連載は長島雅子、豊吉広英、蕎麦谷里志が担当しました。
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