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特集ワイド:デモしない若者たち エジプト、リビア、そして--日本は?

 「まさか!」の驚きのうちに、世界史の教科書に新たなページが加わった。チュニジア、エジプトで独裁政権が倒され、今またリビアが揺れている。革命の主役は若い世代とされるが、翻ってニッポン。この重苦しい時代に若者たちは一向に立ち上がる気配を見せないが--。【平野幸治】

 ◇「おとなしい」……酷ですよ

 ◇一人一人分断され孤独

 ◇体制批判より「新しいもの」志向

 東京大学の安田講堂。60年安保から続いた学生運動は、ここを舞台にした1969年1月の警察との攻防でハイライトを迎えた。建物に残るおびただしい傷はその名残だろうか。

 カップルが歩いていた。

 「中東の革命に触発されて何かのデモに参加してみたいと思わない?」

 「どうでしょうねえ……。火炎瓶とか武力を使うのは、よくないかな。誰かを傷つけちゃ、運動の意味がない。僕はもっと違うかたちで世の中を変えてみたいですね」

 なるほど東大生らしいというべきか。知的で、どこか冷めているような。

 エジプトでは市民がツイッターやフェイスブックなどのネットサービス(ソーシャルメディアとも呼ばれる)を駆使し、情報を共有して巨大なデモへとつなげた。その中心を担ったのは若者たちだと言われている。中東ばかりではない。昨年には英国で大学生らが学費値上げ反対のデモを繰り広げ、フランスでも年金改革に異議を唱える300万人規模のデモがあった。

 では日本は? 就職難、正規と非正規の格差、貧困などの厳しい状況は変わっていないのだが……。

 なぜ?

 「日本の若者だって皆、本当に怒っている。でも、一人一人が分断され、孤独だからじゃないかな。どんなにコミュニケーションのツール(道具)があっても、現実のコミュニティーがないところでは役に立たない」

 東京・高円寺の商店街で雑貨リサイクル店「素人の乱」を営む松本哉(はじめ)さん(36)が言う。「家賃をタダにしろデモ」などのユニークな活動を通じて「生きにくい世の中と楽しく闘おう」と提唱している。

 松本さんはヨーロッパを旅し、雇用の不安定な若者たちが大勢の友人を持ち、自由に生きている姿に感銘を受けた。「空き家や空きビルを勝手に使って、ライブやコンサートをしたり、遊び場にしている。大家も寛大なんです。人が集まり、コミュニティーを生み、そこでデモに行くか議論したりする」

 「団塊の世代には、会社の仲間で打ち解けて飲んだりとか、コミュニティーがあったでしょう。でも経済成長第一を追求するうちに、地域コミュニティーは崩壊し、企業も業績第一になって、友達をつくる場所もないことが悩みになった。世代間交流もなく、互いの顔が見えないまま『若いやつらは』『団塊の世代って』などと言い合い、若者の居場所がどんどん減っているんです」

 「なぜ日本の若者はおとなしいか? その質問、若者には酷ですよ」。哲学者で、「超マクロ展望 世界経済の真実」の共著もある、津田塾大学准教授の萱野稔人さん(40)はぴしゃりと遮った。

 「だって、ほんの11年前には、佐賀バスジャック事件などがあって大人たちは若者の凶暴化を叫んでいた。それなのに、今ではおとなしいことが問題だなんて。そんなのは単なる大人の鬱憤晴らしです」

 フランス在住経験のある萱野さんは「若者を批判し、萎縮させる圧力は、ヨーロッパ諸国よりも日本の方が強い」と指摘するのだ。

 「若者は、常に社会の新規参入者。景気の悪化で経済のパイの拡大が止まってしまうと、既存の社会人にとって新規参入者はうとましい存在となる。ヨーロッパでは70年代に低成長時代に入り、それに対応してきたが、日本では90年代後半から急激に変化が訪れた。そのため、本来ならエンカレッジ(勇気づける)すべきなのにバッシングへと傾いてしまったのです」

 言論集団「シノドス」代表で慶応義塾大学非常勤講師(現代社会論)の芹沢一也さん(43)も、若者が社会的行動を起こさないことについてこう語る。

 「確かに今の若者は、一つの現象を社会問題と捉え、どう解決すべきか想像する力に欠けている。でもその責任は大人にある。私益を犠牲にしてでも優先すべき社会的正義があることを子供たちに教える大人が、どれだけいますか。『現実は変わりうる』と言うなら、中高年こそが身をもって示さなければ説得力はありませんよ」

 しかし、一昨年には曲がりなりにも政権交代があった。若者に政治への期待は全くないのだろうか。

 「若者は政治家を自分たちの代弁者とは思っていない」と松本さん。萱野さんは言う。「学生と話すと、政治家はお金に汚い、という紋切り型の印象を抱いているようです。選挙のたびに『投票にいきなよ』と促すのですが、『誰に入れるべきか分からない』という。そこには二つの意味がある。一つは誰に投票しても結果は同じというあきらめ。実際、政権交代と騒いでも何も変わらないじゃないかと。もう一つは、変わらないということは悪くもならないだろうと。社会への信頼というか、今のシステムに寄りかかっている。社会が複雑・巨大化したことの良い面であり悪い面でもあると思います」

 どうやらデモへの道のりは遠いようである。

 芹沢さんは「若い人たち、特に80年代以降生まれの世代には、今はもう、体制批判より新しいものを生み出す局面だという意識が生まれている。実際、脱引きこもり支援をするNPO法人や、発展途上国で雇用を生み、利益も還元する会社などを設立する社会起業家が次々に生まれている。上の世代は『なぜ若者は立ち上がらないのか』などと言う前に、そんな若者たちにお金やリソース(資源)を渡してほしい」と力を込める。

 ただ、松本さんはこうも指摘する。「チュニジアでもエジプトでもリビアでも、今回はデモの指導者がいなかったじゃないですか。あれがすごく新しいと思う。小さいリーダーはたくさんいたと思うけれど、反体制のリーダーとか党とかがなくて、自然とワーッと広がっている感じがすごく新しい反乱だと思う」

 政局に明け暮れる与野党。油断していると、何万人もの若者の携帯電話に「×月×日×時、国会議事堂デモ」というメールが駆けめぐる日が来ないとも限らない。

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毎日新聞 2011年3月1日 東京夕刊

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