<ザ・特集>防犯カメラ急増、高機能化 監視社会、どこまで
◇街に、駅に…足取り逃さず/対象、100万人から瞬時に検索/プライバシー保護に懸念の声
東京・目黒の夫婦殺傷事件は、駅や街頭の防犯カメラ映像が決め手となり容疑者が逮捕された。街には監視カメラが増え続け、最新のシステム技術は日進月歩で精度を上げている。現代社会に、死角はあるのか。【鈴木梢】
「ザッツ、監視社会」。伊坂幸太郎さんの小説「ゴールデンスランバー」で、登場人物が繰り返し発した言葉だ。舞台の仙台市は、連続殺人事件を機に情報監視区域に定められ、監視カメラが街中に配備される設定だった。小説は累計発行部数100万部に迫り、山本周五郎賞など高い評価を受けた。
警察庁によると、公共での防犯対策や犯罪発生時の追跡などを目的に、同庁や12都府県警が街頭防犯カメラ461台(昨年3月現在)を設置。商店街やコンビニなど民間が設置した台数は、把握しきれないのが現状だろう。
同庁の安藤隆春長官は目黒の事件を受け、「犯罪のトレーサビリティー(履歴管理)の重要性を再確認した」と述べ、カメラの整備をさらに推進する考えを示した。11年度予算案に、カメラ増設のため1億2100万円を盛り込んでいる。
福島県に住む容疑者が上京に使った高速バスが到着する東京駅八重洲口を訪ねた。東京土産の紙袋を手に列を成す乗り場の頭上にはドーム形のカメラ。その後、容疑者がカメラに映し出されていたのはJR東京駅▽同有楽町駅▽同恵比寿駅▽東京メトロ中目黒駅で、現場近くのビルのカメラも姿を捉えていたという。
JR駅では、改札口や券売機周辺だけでなく、ホームに向かう階段を上り切るとカメラが真正面からこちらを見据えていた。普段は足もとに気を取られ、気付かなかった。東京メトロの駅には「防犯カメラ監視中」のステッカー。カメラを数えながら進んだが、あまりに多く気力を失った。
JR東日本によると、管内の駅に設置された防犯カメラは約1万台。東京メトロは約6500台、都営地下鉄は約940台。JR埼京線の車内には痴漢対策ですでに防犯カメラが設置され、先月28日には京王電鉄が私鉄で初めて試験導入した。都内のタクシーの防犯カメラ設置率は、防犯協力会加盟349社で42・3%(昨年3月現在)。都営バス約1500台の約2割には、4台のカメラが付く。
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平野啓一郎さんの小説「ドーン」には、監視カメラをネットワークでつなぎ、顔を検索していつどこでも居場所が分かる2030年代が描かれている。プライバシーのない近未来は小説の世界。一方、検索技術は近い将来の実現可能性を予感させる。
今回の事件は、捜査員が人海戦術で映像を分析したとされる。だが、探すのが不可能なほどカメラ台数が増えたことが、検索技術を飛躍的に進化させている。
出入国管理など認識技術に強いNECが、顔検出・照合システムを初めて製品化したのは02年。背景には、指紋照合への抵抗感もあったという。同社の広明敏彦・映像理解研究部長は「このペースで開発を進めれば、顔認証は指紋に追いつく」と自信を持つ。
「ドーン」にも登場する「顔認証検索エンジン」。NECには「顔跡」という製品があり、特定の人物を100万人のデータから1秒未満で検索でき、似ていると判断した顔画像を1位から順番に並べて表示する。さらに、性別と年齢を推定する機能も加えられ、例えば、監視カメラに映った不審者に「27歳の男」との表示も付けられる。
殺人などの凶悪事件は時効が廃止された。証拠となる写真が古い場合を想定したテスト画像を見た。裸眼の男性と32年前に眼鏡をかけた本人の写真。肉眼では同一人物とは思えないが、他人を交えて照合すると、本人に最も近いのは32年前の写真との結果が出た。
英国人女性の死体遺棄容疑で指名手配され、逃亡劇の末に逮捕された市橋達也被告は、整形後の顔の変化で世間を驚かせた。だが、照合テストでは、指名手配写真と整形後の公開写真は本人と識別されたという。
日立国際電気も、人の顔を区別するため40ポイントを数値に置き換えて算出する類似顔画像検索システムを開発、今年から来年にかけ実用化する。特定の人物を日付や場所が違う最大3600万枚の画像から約1秒で検索できる。
星明かりでも撮影できる監視カメラ技術を持つ日立によると、カメラ画像の鮮明度は一足飛びに進化している。テレビに例えると、数年前はアナログの半分ほどの解像度だったが、現在はアナログとほぼ同水準。最新の研究では、地上デジタルのハイビジョン映像に近づいている。
監視機器設計部の佐々敦主任技師は「ハイビジョンで撮ると、血色やほくろも見え、細かい特徴の情報量が格段に違う。しわの数や深さまではっきりすれば、どんなに若い服装をしてもごまかせません」と話す。
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世界の監視カメラの2割を占める監視大国・イギリスは、国民1人が1日外出すると平均300回以上撮影される計算だったという。だが、昨年の政権交代で監視緩和が決まった。
作家の森達也さんは疑問を呈する。「監視カメラが今回の捜査で役立つ部分があったとしても、それが及ぼす『副作用』の方が大きい。安心・安全を強調し、治安が悪化していないのに、悪いと思わされることだ。異端者は追いつめられるだけで、決して直接的な犯罪抑止につながっているとは思えない」
日本弁護士連合会情報問題対策委員長の清水勉弁護士は「事件がひとつ解決したから監視カメラはオーケーと判断するのは短絡的で、映像を活用した流れを明らかにすべきだ。捜査の利便性を高めながらプライバシー保護も考える制度設計が求められる。どの国も試行錯誤している」と指摘する。
NECには、顔の画像を特徴量という数値に置き換えて保存し、顔を復元できなくする技術もある。広明研究部長は「懸念されるのは監視技術を使えばすべてがつまびらかになると誤解されることで、どこまで隠せば安心してもらえるかコンセンサスを得なければならない。安全と利便性のバランスを考え、条件を整えてこそ技術が暮らしやすさと結び付く」と話す。
日本には、監視カメラの設置基準や映像の保存期間、捜査協力での映像提供の条件など、ルールはない。
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