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[20808] 真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~ 第二十九話、更新。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2011/03/02 20:38
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~



はじめまして。槇村と申します。



これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーした話を思いついたので書いてみた。

簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。
ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと)


上記原作をベースとしていますが、原作の雰囲気、キャラクターの性格などを損ねる場合があるかもしれません。
物語そのものも、槇村の解釈で改変される予定です。
そんなことは我慢ならん、という方は「回れ右」を推奨いたします。

感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。
取り入れると面白そうなところは、貪欲に噛み砕いてモノにしていく所存。叩いて叩いて強くなる。
でも中傷はご勘弁を。悪口はなにも生み出しません。
気に入らないものは無視が一番いいと思う。お互い平和でいられますし。



読むに堪えられるモノを書けるよう精進していきます。
少しでも楽しんでいただければコレ幸い。
よろしくお願いします。

あと、同内容のものを「TINAMI」「小説家になろう」にも投稿しております。




100802:第一話投稿。
100802:タイトルを修正。ご指摘感謝。
100804:第二話投稿。
100807:第三話投稿。
100810:第四話投稿。
100815:第五話投稿。
100818:第六話投稿。
100821:第七話投稿。
100826:第八話投稿。
100903:第九話投稿。
100906:“チラシの裏”に『ラヴひなコイバナ伝~』投稿。
100907:第十話投稿。
100909:第十一話投稿。
100912:第十二話投稿。
100917:第十三話投稿。
100921:第十四話投稿。
100924:第十五話投稿。
100928:第十六話投稿。
101004:第十七話投稿。
101005:“チラシの裏”から“その他”に移動。
101008:第十八話投稿。
101014:第十九話投稿。
101030:第二十話前半投稿。
101103:第二十話後半投稿。
101111:第二十一話投稿。
101119:第二十二話投稿。
101125:第二十三話投稿。
101203:第二十四話投稿。
101220:第二十五話投稿。
110105:第二十六話投稿。
110114:第二十七話投稿。
110210:第二十八話投稿。
110302:第二十九話投稿。



[20808] 01:新たな邂逅。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/11/04 15:59
ガタゴトと、荷馬車が揺れる。
彼ら商隊の旅路も終わりが近づいていた。
拠点としている町・遼西に到着するまであと少しとなっている。
ここまでこれといった問題もなく、食い詰めた賊が襲い掛かってくることもなかった。
今回の道中は、驚くほど平穏に進めることが出来ている。
非常に珍しく、恵まれたものだったといっていい。
おまけに出先での商談や仕入れに関しても、想像以上の結果を出すことが出来ている。
ここまで順調だと却っておっかないぜ、などと口にしてしまうほどだ。それゆえに、商隊の面々の顔は一様に明るい。
いいことがあれば気分が良くなる。それが続けばなおさらのことだ。

そんな彼らの道中でひとつだけ、想像しなかったことがある。生き倒れを拾ったことだ。
意識を失った女性が、4人。それぞれがかなりいい身形をしており、3人は武器を携えていた。
規模の大きな商隊か、はたまた旅するお偉い面々を護衛していた輩なのか。倒れていた理由は分からない。
見て見ぬフリをしてもよかった。訳の分からないものを拾って、余計な面倒を抱え込むことは極力避けたい。そう思うのは当たり前のことだ。
ましてや商人である。利に聡い彼らは殊更そういった考えを強く持っている。
とはいえ、拠点である遼西を治める太守の気風に影響されたのか、彼らもまた他人に対する情が深い。
お人好しといってもいいかもしれないそれは、世知辛く乱れた世の中において枷となりかねないものだろう。
それでも遼西の商人たちは、情という横糸と、損得という縦糸をもって、強かに生きている。
情も損得も一緒に編み込んだ商売は長持ちするものだ。そう信じて疑わない。
そんな気質の彼らである。おまけに今の彼らは非常に気分がよかった。損得よりも情の方が、より太い糸となったのだろう。
そしてなにより、彼女らを助けたいと強く願い出た青年がいた。
彼はこの商隊の護衛役のひとりであり、頼りになる仲間であり、一番の世話焼きであった。
お前がそういうなら仕方がない。笑いながらすべてを任される程度に、彼は商隊の中で信用を得ていた。
そんな流れで、彼女らはその場で野垂れ死ぬことを免れたのだ。



保護された女性たちは、その青年が御する荷馬車の中で横たわっている。
その中のひとり、黒髪の美しい女性が薄く目を開ける。

……身体が揺れているのはどうしてだろう。

目の覚めきらないまま、辺りを見回した。

……ここは何処だ。

途端に彼女の頭から眠気が消え去った。

ここは何処だ。

まるで戦場に投げ込まれたかのように、彼女の気持ちが切り替わる。
久しく平穏な日々を過ごしていた彼女にとって、身のうちに張られた緊張感は久方ぶりのものだった。
意識をはっきりと取り戻した上で、改めて周囲を見る。
自分の周囲を囲む、何某かのものが入った木箱や甕。
そして、日や雨を遮るためなのだろう、天幕のごとく覆われた中にいることが分かる。
絶え間なく揺れていることから、荷を運ぶ荷車の中、と判断する。
自分たちが横になっていてもまだ余裕があるのだから、荷を運ぶ集団としては大きなものなのだろう。
自分のすぐ隣には、その知に信頼を置く友と、その雄に一目を置く戦友が横になっている。
衣服に乱れはない。呼吸もしっかりとしているようだ。単に眠っているだけなのだろう。
そう安心してすぐ、慌てて自らの衣服を改める。これといっておかしなところはないようだ。心から安堵した。
しかし、まて。彼女は疑念を持つ。
目を覚ます前のことを思い出す。
自分はいつもの通り、寝台に入り眠っていたはずだ。ひとりきりで。

ならば、拐かされたか。

そう考えて、すぐ否定する。
自分がいたのは、政庁および将たちが寝起きする屋敷が立ち並ぶ一角。どこよりも警備の厚い場所だ。誰にも気づかれず誘拐など不可能に近い。
ましてや自分が、なにも気づくことも出来ずにいられるとは思えない。そもそも理由が分からない。
いったいどういうことなのか。今、自分は何処に向かっているのか。

「……愛紗、起きた?」

延々と、詮ない考えに耽りそうになったところで、目の前の幌が大きく開かれた。

「恋」

彼女に声をかけた女性。普段からあまり感情を大きく表さない表情で、いつもの通り言葉少なに話しかけてくる。
愛紗と呼ばれた女性は、見知った女性の存在を得て、知らず安堵する。
恋、と呼んだ彼女の、いつもと変わらぬ風が気持ちを落ちつかせてくれた。

それにしても、分からない。
なぜ自分はこんなところに居るのか。
恋と、自分、そしてまだ横たわったままの友がふたり。この4人が荷馬車に揺られているのはなぜか。
その経緯がまったく見えない。覚えがない。

「恋、私たちはいったい……」
「目が覚めましたか?」

恋が開いた幌の向こう側、愛紗からは隠れて見えないところから声がかかる。

「貴女たちは、道端で倒れていたんですよ。
揃って意識のない状態で、そのまま放って置くのも気分が悪かったので保護させてもらいました。
あともう少しで遼西に着きます。
事情は知りませんが、ひとまず落ち着いて、考え込むのは到着してからの方がよろしいかと」

こちらを気遣うような口調。柔らかい、優しげな声。

「私たちは遼西を拠点とする商隊です。私はその護衛役を務める者でして」

聞いただけで分かる。
それは彼女にとって、普段から耳にする、そして誰よりも耳に心地よく響く声。
なのに。

「名前は、北郷。北郷一刀といいます。字はありません。好きなように呼んでください」

彼の言葉は、拭い難い違和感を彼女に感じさせていた。

「ご主人様」

感情を抑えようともせず、愛車は御者台の方へと身を乗り出した。
仕切りとなっている幌、そして恋の肩を掴んで、声の主が自分の求める男性なのかを確かめるべく。
ある意味、彼女の想像した通りだった。
そこにいた男性は、彼女にとって、普段から傍らにいることを望み、そして誰よりも愛しさを募らせる男性。
突然顔を見せた彼女の勢いに押されたのか、驚いたような顔。
そして彼女の身を案じていたためか、どこかほっとしたような空気をまとわせる。それは優しい、幾度となく彼女に向けられてきた、彼特有のもの。
愛紗を気遣う彼の笑顔は、とても優しかった。
だが。
その表情は、愛しい人を見つめるものではなかった。



「えーと、起きて早々で申し訳ないんだけど、名前を教えてもらえないかな。いつまでもキミアナタじゃ話もできないし」

そっちの彼女は喋るの苦手みたいだし。

そんな彼の言葉に促され、愛紗は恋をうかがい見る。
恋の、表情そのものは変わらない。
だが彼女の目には、悲しいというのか、理解できないゆえの混乱というのか、感情を表に出せない薄い膜のようなものを感じさせている。

「いやー、びっくりしたよ。
彼女が目を覚ましたと思ったらいきなり抱きついてくるし。おまけに俺の名前知ってるし。真名を呼ばせようとするしさ」

俺も男だから悪い気はしないけどね。

ははは、と、軽く笑って見せる。
そんな風に、あえて軽く流そうとしているのだろう。
理由は分からなくとも、彼は、恋や愛紗が現状に戸惑っていることを感じ取っていた。
自分が、彼女たちの知る誰かに似ているのかもしれない。彼はそれくらいの想像しかしていなかった。
だが、彼女らの戸惑いと混乱はそれどころではない。
当然といえば当然だ。
自分の愛した、愛してくれたかけがえのない男性。
姿形、その気性、名前まですべて同じなのに、自分たちに対して初対面のごとく言葉をかけてくるのだから。

「混乱しているみたいだから、無理に考えなくてもいいよ。いきなり訳の分からないところに放り出されたら、そりゃ戸惑いもする」

そういう彼の笑い方は、どこか苦いものを感じさせる。そのような状況に、まるで心当たりがあるかのように。

「とりあえず、名前だけでも教えてくれない?」

愛紗は、彼が口にするその言葉にいい様のない絶望感を感じた。
知っているはずなのだ。名前どころか真名も、仕える主として自らの武も捧げた。身も心もすべて捧げていた。
なのに。それなのに。目の前の青年は「名前を教えろ」という。
いったいこれはどういうことなのか。あまりに残酷、残酷に過ぎる仕打ちだ。
唇を噛み、その手に力がこもる。
そんな愛紗の手に、恋の手が重なった。
愛紗は初めて気づく。自分の指が、露になった恋の肩に食い込み、血を流させていたことに。

「す、すまん」
「……」

恋は黙って首を振る。その姿をみて、愛紗は幾ばくか、冷静さを取り戻す。
愛紗よりも早く目を覚ました彼女は、一足早く、彼女なりに似たような気持ちを得ていたのかもしれない。
そんなことを考え、恋の心境を思いやる。

自分以外を、思いやる心。彼女の知る主はそれに満ちていた。
この胸の絶望を感じているのは、自分だけではない。愛紗は遅まきながらそれに思い至る。
そしてまだ目を覚まさないふたりもまた、同じような気持ちに陥ることだろう。
片方は自分よりも直情的な分、どんな反応を見せるか分かったものではない。
もう片方は気の細やかな分、取り乱し泣いてしまうに違いない。
ならば取り乱さないためにも、現状の把握は必須であろう。そう考え、

「私たちの、名前だったな」

少なくとも表面上は落ち着いたように、青年の言葉に応える。

「私は関羽。こちらの彼女は呂布という。後ろでまだ寝ているのは、鳳統、華雄だ。
 今更ではあるが、我ら四人を助けていただき、感謝する」

愛紗は深く頭を下げる。
他人行儀な所作をしている自分に、彼女はいいようのない不自然さを感じ、戸惑わずにはいられなかった。












・あとがき
荷馬車がでかすぎる気がします。えぇ、私もそう思います。

槇村です。御機嫌如何。




えー、『萌将伝』に関する一部の騒動(?)にインスパイアされまして。話をでっち上げてみた。
平たくいうと、四人は他の外史に飛ばされてしまったのさー、
なんだってー、
そりゃあ当人がいないんだからイベントなんて起きないよねー、みたいな感じ?(なぜ疑問形)

さて。
簡単なプロットは出来ていますが、果たしてそこまで再構築できるかどうかは一切不明。
やってみなけりゃ分からないので、やれるところまでやってみます。
よろしければお付き合いください。



100802:凄いミスを修正。素で履き違えていた。ごめんなさい。



[20808] 02:彼の立つ場所。
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/07 18:30
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

02:彼の立つ場所。





幽州遼西郡。
この地域は、商人の活動が非常に活発である。
商人という身分は、他の地方ではいささか低く見られる傾向がある。
そんな中で、幽州遼西郡の太守である公孫瓚にはそういった偏見があまりない。

「遼西を活性化してくれるのなら、ありがたいことじゃないか」

などと、いったとかいわなかったとか。
言葉の真偽はともかくとして。遼西郡は商人にとって仕事のやり易い地だ、と認識されている。

商売がやりやすいとなると、必然的に商人が集まってくる。
商人が集まれば物の流れが活発になり、その恩恵が地域を潤す。
地域が潤えばそこに住む人々の生活にも影響し、生活が豊かになれば余裕が生まれる。
そんなありようが風評となり、その地を治める太守の評判が上がる。
その評判を聞き更に人が集まり、人の集まるところを求めてまた商人がやってくる。
派手ではないが、しっかりとした好循環。ここ遼西の地には豊かさが根付き始めていた。
なかでもここ、陽楽は、太守が執務を振るう城があることもあり、その賑やかさは顕著だった。



そんな恩恵を生む一端に携わる青年。

北郷一刀。

ある商隊の護衛役として、短くない旅から戻ってきたばかりであるが、彼の本分は武にあるわけではない。

彼は、料理人である。

陽楽にある、それなりに大きな酒家。
彼はそこで日々包丁を握り、鍋を振るい、店を訪れる人たちの舌を満足させることに生きがいを感じていた。
その力量と独創的な料理の数々は町の評判になっており、店を訪れる客足は引きも切らない。
ちなみに、遼西郡太守である公孫瓚も彼の料理をいたく気に入っており、その店に足を運ぶことが少なくなかった。

彼の本分は料理人であるが、多少は武にも心得がある。
そのため、町の様々な商隊の護衛役を買って出ることがある。
食材その他の仕入れや買い出しが必要になると、彼は商隊の護衛役兼食事係として便乗させてもらうのだ。
実際に、護衛としても食事係としても重宝されており、彼の参加は歓迎されている。
持ちつ持たれつ。商売人であればこその意識が、働いているともいえるだろう。

そんな仕入れの道中に、彼が護衛をしていた商隊は彼女たちを保護した、ということになる。
困ったときはお互い様、ということになるのかもしれない。





さて。
一刀たちが遼西郡・陽楽に戻ってきた、その日の夜。
営業を終えた酒家の中で、一刀は保護した四人の女性と対面していた。
そして、頭を抱えていた。
彼はなにに頭を抱えているのか。その原因は、保護した彼女たちの名前である。



荷馬車の中で目を覚ましたふたり。

長く美しい黒髪、切れ長な瞳が一刀を睨みつけている。そのせいか一見とっつきにくい雰囲気を持つ彼女。
名を関雲長。あの関羽である。

もうひとりは、赤毛の短髪、まっすぐ相手を見つめるつぶらな瞳が印象的。小動物系というのだろうか。
名を呂奉先。つまり呂布。

そして後から目を覚ましたふたり。

なぜか魔法使いな帽子をかぶる、小ちゃい女の子。保護欲に駆られるのは父性ゆえと信じたい。
名を鳳士元。かの鳳雛(ほうすう)だ。

最後は、短い銀髪、目つきは鋭いがヘソ出しなお召し物。横暴なお姉さんという印象を持ったのは口にしてはいけない。
名を華雄。ふたつ名のようなものはちょっと思い出せない。



ちなみに、後のふたりが目を覚ました時にも、ひと悶着あった。
鳳統は目を覚ますなり、顔を赤くしながらあわわあわわと取り乱し。
華雄は鳳統以上に顔を赤くさせ、「寝起き早々襲う気か!」と拳を見舞う。
一刀は青あざを作りながらもなんとかふたりを落ち着かせ、改めて自己紹介をと、名前を尋ねたのだが。
鳳統はこの世の終わりが来たかのように泣き崩れ。
華雄は涙を浮かべながらも烈火のごとく怒りを見せた。

胸を裂くような哀しみと、これまでにないほどの命の危険を感じはしても、
彼女らがそんな感情を自分に向けるその理由が一刀にはまったく分からない。
悲痛な表情を浮かべつつ、仲間ふたりをなだめようとする関羽を見つめることしか出来なかった。



そんな騒動を経て、なんとか自己紹介を終えると。

……ありえねぇ。

一刀は再び頭を抱えた。

いわゆる有名な人が女性っていうのはもういいよ、公孫瓚様と趙雲さんを見た時点で覚悟はしておいたから。
でも鳳雛があんなちっこい女の子ってどういうことなの?
呂布もあんな細い身体で天下無双なの? ありえなくない?
というか関羽と華雄が一緒にいるってどういうことよ、確か華雄って関羽にやられる役だよね?

そんな声には出さない疑問が、彼の頭の中を駆け巡っていた。

今この時代に生まれ生きている者であれば、このような疑問はなにひとつ生じることはなかっただろう。
例えば、その名を持つ者たちが"女性"であることは当たり前のこととして認識されている。
しかし彼の知る知識では、関羽にせよ呂布にせよ、これまでに知った主要人物はすべて男性のはずだ。
ならばその知識はいったい何処から来るものなのか。



北郷一刀は、今この時代この世界に生まれ育った人間ではない。
彼は、現在から1800年以上未来の世界で生まれ育った人間なのだ。

今から3年ほど前のこと。目を覚ますと、彼は砂と岩ばかりの荒地に独り、放り出されていた。
目を覚ます前までは、自分の通う学校の寮で眠っていたはずだった。
学校に通い、勉強をし、部活動で剣道に励み、時には両親と祖父の下に里帰りをする。
そんな普通の学生だった。
それなのに。
ある朝目覚めてみると、目の前には荒地が広がり、人の姿どころか建物すら見えない場所に置き去りにされていた。
これはいったいどういうことか。たとえ叫んでも誰も応えない。彼はひたすら混乱した。
移動しようにも目印になるものがない。その場から動くだけでも、恐怖が募った。
途方に暮れたまま数日を過ごし、疲労と空腹で意識を失っていたところを、一刀は遼西の商人たちに拾われた。
久しぶりの人との対話。なんとか精神を落ち着かせた一刀は、彼らとのやり取りの中で、今自分がいるのは古代の中国、しかも三国志の時代だということを知る。
到底、信じられることではない。しかし信じざるを得ない。
感じていた疲労と空腹、そして混乱。癒された疲労と空腹、そして取り戻した精神はなによりも現実のものだった。
そして思い至る。この世界に拠るべきものがなにもないということに。
自分以外のことがなにひとつ分からぬまま、野垂れ死にしようとしていた自分。そこから脱したとはいえ、相変わらず独りのままだという事実に身を震わせる。
そんな時に、彼は救いの手を差し伸べられた。
「行く処がないのなら、しばらく面倒を見てやってもいい」
胸のうちに広がる暖かいもの、喜びはいかほどのものであったか。彼は一も二もなく飛びついた。
一刀は彼らに恩を返そうと躍起になった。
今となって考えてみれば、商人たちも自分のことを信用していたわけではないだろうと、彼は思う。
それでも、生きるべき拠り所を得るために、自ら動き、がむしゃらに働き、信用を得るよう務めた。
幸いにも、ひとのいい商人たちの伝で働き口を得ることも出来た。用心棒のようなこともやった。賊退治という名の下に、人も殺した。
彼は、他人の死と縁遠い"現代人"だ。ましてや自らの手で、など想像だにしなかった。
思い悩むことがなかったわけではない。だがそんな余裕はなかった。
迷っていれば隙が出来、隙が出来ればこちらがやられる。そして自分の周囲が危険に晒される。
人間の命に順列をつけることを覚えた。
だが、それで守れるものがあった。
恩人である商人たち。同じ町に生活する人たち。
彼ら彼女らのおかげで、割り切ることが出来るようになった。といっても、思い悩む時間が短くなった程度だったが。

一刀は思う。
もう元の世界には戻れないだろう。物理的にも、そして精神的にも。
未練がないわけではない。
しかし今の彼は、かつての世界にいた頃よりも、"生きている"という充足を感じていた。
料理を出し、会話を交わし、笑顔になる。
そんな些細なことを積み重ねるために、これから先を生きていこうと決めた。
自分の出来ることは高が知れている。歴史に名を残すようなことなんて出来やしない。
それならば。
目の届く、手の届く人たちに、喜ばれることをしたい。
出来ないことは、出来なくていい。出来ることをしっかりと、やっていこう。

一刀はこの世界に投げ出され、思い悩んだ末に、この地で生きていく覚悟をした。



そんな自分の体験を振り返ってみると、彼女たちにも、あの頃の自分と同じものを感じる。
一刀はそう考え、彼女たちの話を熱心に聞く。

目を覚ます前の行動。
目を覚ます前の自分。
目を覚ます前の環境。
そして、目を覚ます前の世界。

そうして、彼が出した結論は、「彼女らもまた、別の世界から此処へやって来た」ということ。
此処と似た未来の世界。その内容を更に聞き出していく。

弱き民を想い戦い続けていたこと。
群雄割拠の世を終えた世界。
諸侯が手を取り合い平和を目指していること。
そして、その中心にいるのは彼女らの主、"北郷一刀"。

みたび、一刀は頭を抱え、今まで以上に重たい息を吐く。

「なんてことだ……」

違う世界に立つ自分。その姿のなんと立派なことか。
あまりの眩しさに、同じ自分とは思えない。羨望も嫉妬も抱けないまま、ただただ溜め息だけ。
同時に、彼は、彼女たちを不憫に感じずにはいられない。
4人ともがそれぞれに、北郷一刀という男を主として仰いでいる。さぞかし尊敬に値する男だったのだろう。
しかし、今、目の前にいる男は違う。彼女たちが求める、主と仰ぐ"北郷一刀"ではないのだ。
名前が同じ、顔が同じ、声が同じ、あらゆるものが同じだが、まったく違う男。
そんな輩を目の前にするその心境たるや、いかほどのものだろうか。彼には想像もつかない。
知らなかったこととはいえ、自分が名前を尋ねたことに絶望感を感じたのも無理はない。
彼女らが泣くのも怒るのも、当然だ。

それでも、彼は北郷一刀である。彼女たちの中にいる"北郷一刀"ではない。
同情はするが、それだけだ。
手は差し伸べよう。手助けするのもやぶさかではない。
だがその手を不要と払うならば、それならそれでいい。去るに任せるだけだ。
手の届かない人まで助けられるとは、ここの北郷一刀は思わない。



「まず、受け入れてもらわなければならないことがある」

すっかり冷めてしまったお茶をひと口含み、喉を湿らす。

「君たちのいた世界に、北郷一刀という男がいた。そしてこの世界にも、北郷一刀という男がいる」

一刀は改めて、彼女たち四人に向かい合う。

「ならば他の人たちも、同様にこの世界に存在するだろう。
つまり君たちの他に、関羽がいて、鳳統がいて、呂布がいて、華雄がいる。
本物とか偽者とか、そういうことじゃない。
ただ彼女たちは、この世界で生まれ育ち、それぞれに自分がいるべき場所を培っている。
それに比べて、今の君たちは居場所がない。この世界で培ったものがないからだ。
その上で、君たちがこの世界で、どう生きていくかを考えて欲しい」

四人に向かい、手を差し伸べる。
新しい、それぞれの居場所を作ってもらうために。










・あとがき
一発目から痛恨のミス。寿命が300年縮みました。

槇村です。御機嫌如何。




今回は一刀のターン。
一先ず、一刀の立ち位置をはっきりさせとかないと、彼女らの身の振り方が決まらないなー。とか。
そう考えた上での展開なのですが、どうなんだろう。変かな。まぁいいか。(いいの?)
変なところがあったら、後から直せばいいのさ。前向き志向っていい言葉だよね。
次は4人のターン。どうなるかは槇村もまだ分かりません。

華雄をどう納得させりゃいいんだ……。



[20808] 03:揺れる想い
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/07 18:43
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

03:揺れる想い





「今の君たちは、想像以上に不安定な場所に立っていると思って欲しい」

一刀は重々しく、真剣に、四人に語りかける。

「君たちが知る北郷一刀は、天の世界からやって来たという。それは君たちがいたところとはまったく別の世界だ」

飯台(テーブル)に木簡をふたつ並べ、ひとつを「天の世界」、もうひとつを「君たちのいた世界」、と、指を差し示す。
次いで、木簡を折って作った小さな駒をひとつつまみ、「天の世界」に置き、「君たちのいた世界」へと動かした。

「君たちは天の世界からやって来た北郷一刀と出会い、様々な戦を経て、平穏の足がかりを得た。
そして、理由は分からないが」

更に駒を四つ、「君たちのいた世界」に置く。そしてもうひとつ木簡を置き、そこに四つの駒を動かす。

「君たちは、まったく違う世界へと来てしまった」

それが「今いる世界」だ。一刀はそう告げる。

「君たちには見覚えのある世界かもしれない。しかし、まったく別物だと思って欲しい。
君たちの世界で起こった出来事が、ことごとく起きていないんだ。
黄巾党の動きはまだ本格的になっていない。
反董卓連合は結成されていない。
魏という国はまだない。
蜀という国もない。
赤壁の戦いも起きていない。
つまり、君たちが経験してきた戦いが、まだ起きていない世界。
今君たちがいる世界は、そういう世界だ」

そして俺もまた、"北郷一刀"とは別の世界から飛ばされた男だ。と、軽く流すように、自分のことを告げる。
彼はもう一枚木簡を取り出し、飯台に置いてみせた。そこにひとつ駒を置き、「今いる世界」へと駒を移動させる。

一刀は、その時の自分の境遇を話す。
この世界に来る前の自分のこと。
3年前に、前触れもなく放り出されたこと。
寄る辺とするものがなにひとつなかったこと。
自分の居場所を作るべく必死に働いたこと。
その甲斐あってか、なんとかこの町に受け入れられていること。

自分もまた、"北郷一刀"と同じく"天の知識"を持っていること。
そして。彼女たち4人の持つ知識も、この世界では"天の知識"と呼ばれるに値するものだということを。

「まだ起きていない出来事。その突端も内容も、どうように収まったかも知っている。
むしろ君たちの方がよく知っているだろう。その渦中にいたんだから。
それらは、もちろん、これから起こるんだろう。
君たちがかつて経験した戦いが、この世界でもおそらく起こる。
その中を、君たちはどうやって生きるのか」

君たちには、それを決めてもらわなければいけない。と、一刀はいう。

「"北郷一刀"も、俺も、別の世界からこぼれ落ちて来た。そのせいか、"天の知識"なんてものを持っている。
だがこの世界にいる俺は、天の御遣いなんてものじゃない。ただの料理人だ。
大陸の平和のために役立とう、なんて大仰なことは考えていない。
せいぜい、遼西が危なくなったら名もない義勇軍のひとりとして参加するくらいだろう。
君たちの知る"北郷一刀"に比べれば、器の小さいものだと思う。
でも俺は、今この生活に幸せと充実を感じている。今の生活を壊したくない。
俺はただの民草として生きていくことを決めている。君たちのような将を目指すことはない」

自分が生きようとしている道を、同じ"世界からこぼれた者"として示す。
そして同じ"こぼれた者"だからこそ、彼は、自ら進む道をそう簡単に決められるものではないと分かっている。

「もちろん、今すぐ決める必要はない。
自分に納得のいく答えが出せるまでは面倒を見よう。
正直なところ、混乱していると思う。俺がなにをいっているのか分からないとも思う。
不安に感じること、分からないこと、気になること。俺に答えられることならなんでも答えよう。
自分が持つ"天の知識"を踏まえた上で、これからどう生きていくのか。考えてくれ
その上で、行くべき場所を得たなら止めはしない。
だが、出て行くなら、よく考えてから出て行け」



まるで畳み掛けるかのように、現状をいって聞かせた一刀。
突然のことに精神が揺らいでいる、そんな状態での説明が理解できるものかと思ったが、変に間を開けて混乱を助長するのもよろしくないと考えていた。
結果、傍から聞けば優しくない一方的な物言いになったことは否めない。彼もそれは自覚している。

もっと取り乱すかとも思ったが、そこは一時代を駆け抜けた将というべきなのだろう。想像以上に平静に見える。
歴史に名を残す勇将たちなんだ、ただの学生だった自分と比べる方がおこがましいな。と一刀は自嘲する。



「……私たちは、戻れるんでしょうか」

「正直なところ、分からない」

鳳統のつぶやきに、一刀は遠慮なく応える。

「俺もこの世界に来て3年経ってる。だけど今のところ、元の世界に戻れる気配はないな。
君たちの世界の北郷一刀は、天の世界に戻る気配はあったかい?」

さりげなく、おどけたように尋ねた言葉。

かつて、北郷一刀が天の世界に帰ってしまうかもしれない、と考えなかったわけではない。しかし彼女らの主たる彼からは、そんな気配を感じられることはなかった。元いた世界であったなら、それは彼女にとって喜ばしいことだったろう。
だがそれを、今の彼女たちに当てはめるとどうなるか。
彼が天の世界に帰らなかったということは、すなわち、今の彼女たちが元の世界に帰れないということに他ならない。

そのことに思い至ったのだろうか。鳳統は伏せがちだった目を更に下へと向け、被っている帽子を目深に引いて見せた。
彼女は軍師。一を知って十を知り、百の道さえ時に示さなければならない者。
その頭脳の非凡さゆえに、想像を超えた内容と現状に絶望を感じたのかもしれない。



「……あなたは、今ある貧困や飢え、民草、世界を、なんとかしたいとは思わないのですか」

「俺の見える世界は狭いんだ」

関羽が一刀を睨みつける。けれども彼は、自分の考えを淡々と返してみせる。

「目に見えないところの飢餓に心を痛めることはできるけど、そこまで足を伸ばして料理の腕を振るおうとは思わない。そういう依頼があったのなら、条件次第で引き受けはするだろうけどね」

「人の命よりも、お金の方が大事なのですか!」

「場合によっては。
それに、戦で身を立てる武将にそんなことをいわれたくない。
軍資金がなければ、君たちが立つ戦場は成り立たない。
食料、武具、その他もろもろ。それらを生み出すのは多く民草で、それを世に回しているのは商人。間にあるのは金銭だ。
情が不要だとは思わない。むしろ情のない世の中は味気ないだろう。だが、情だけで回るほど世の中は甘くない」

身に覚えがあるのだろうか。彼の言葉に関羽は口を噤む。
剣呑な目はそのままに、視線だけを外してしまう。理解は出来る、だが納得は出来ない、とばかりに。
なによりも彼女は、自分の主と同じ顔で、自分の知るものとは違う言動を取られることに苛立ちを感じていた。



「難しいことは分からんが」

目を伏せていた華雄が、ゆっくりと目を開き一刀に問う。

「つまり、わが主とお前は、別人だということなんだな?」

「うん、そう思った方がいい」

「ならば、今の我々は主を失った状態で、なおかつ主の下へ帰る術も分からない。
武を振るおうにも、旗印となるべきものがないのだから振るいようがない」

「そういうことだね」

「必要なのは、当面、どういった旗印の下で自分が動いていくのかということだな?」

彼女の答えに、彼はなにもいうことはなかった。
想像以上に冷静に、目の前の問題を考えようとしている。
その場その場で事象に対処する、という姿勢が、かえって頭を冷静にさせているのかもしれない。

さすがは歴史に名を残す武将、と、一刀は素直に感心していた。



同じ境遇にいたあの頃の自分を思い返す。
現実を受け入れることが出来ず、ただひたすらに過去を振り返るだけだった。思い出すだけで赤面してしまう。
仮に今、元の世界に戻ったとしたら。それはそれで困ったことになりそうだ、と、一刀は思う。
3年も経ってしまえば、周囲も大きく様変わりしているはず。どうなっているかなんて想像も出来ない。
それでも案外、なにも変わっていないのかもしれないな。などと、友人、家族、いろいろと思いを巡らした。

一刀は、随分と久しぶりに元の世界のことを考えたような気がしていた。
ゆっくり省みる余裕もなかったし、そうしても仕方がないことと割り切っていたせいでもある。
だからこそ不意に思い返す機会を得て、案外素直に思い返すことが出来る自分に気付き、心強かったり、薄情だなと感じたりもした。
したのだが。

「おい、どうした」

華雄が、保っていた冷静さを崩して声をかける。
自分でも気づかない間に、一刀は、涙を流していた。

この世界に降り立ってから3年。その間はただひたすらに、この世界に馴染むように生きていた。
かつていた世界を忘れることはなかったが、必要以上に思い出そうともしなかった。
そもそもこんな話を誰かにしたところで、荒唐無稽と眉をしかめられるのが関の山だったろう。
妙な妄言を口にするやつ、と、せっかく築き上げた人間関係が崩れるとも限らない。
そう考えて、前の世界のことなど今まで口にしたことはなかった。
それを初めて、自分の意志で口にした。彼の中のなにかを、刺激したのかもしれない。
吹っ切ったつもりだった。覚悟をしたつもりだった。
しかし、郷愁のようなものは拭いきれていなかったようだ。

「済まない。ちょっと、いろいろ思い出しちゃったみたいだ」

慌てて目元をこする一刀。
先ほどまでは、やや重たい雰囲気で満たされていた場。それがほんの少し軽くなる。
戻る場所をなくしたと思え、と、いい募っていた青年。
その彼もまた、戻る場所をなくし、翻弄されていたひとりなのだ。
彼の涙を見て、彼女たちはそのことに気付かされる。



「……恋は、ここにいる」

今までひと言も喋らなかった呂布が、初めて声を出す。

「……ご主人様とちょっと違う。けど」

じっと、彼女は一刀をまっすぐに見つめて、つぶやいた。

「……一刀は、一刀。だと思う」

その小さな声を聞いて、彼は思わず笑みを浮かべる。
呂布が、なにを考えていたのかは分からない。
本能、というべきか、感性というべきか。そういった根幹のところで判断したというのだろうか。
確かに彼女のいう通り、進んだ道は大きく違っていても、共に北郷一刀であることには違いないのかもしれない。

それにしても、と彼は思う。ここまでの信頼を得ていた、もう一人の自分が羨ましい、と。

「あの呂布に、こうまで信用してもらえるっていうのは、どうにもこそばゆいね」

「恋……」

「ん?」

「……恋、って呼んで」

「いいのかい? 俺に真名を呼ばせても」

「……」

恋は静かにうなずく。

「分かった。その真名、あずかるよ」

ありがとう、恋。
礼をいいながら、一刀は彼女に手を差し出す。
彼は握手のつもりだったのだが、差し出されたその手を、恋はじっと見つめ。
両手で握り締めたと思ったら、そのまま自分の頭へと持っていった。
突然のことに、一瞬思考が停止する。はた、とそこから回復すると同時に、身じろぎ、その動きが腕にまで伝わり。
手のひらが恋の頭を撫でるような動きを取る。
その感触に、恋は、心なしか強張っていた表情を僅かに緩ませ、目じりを少しばかり下げさせた。

頭に乗ったままの手のひら。髪の感触。押さえつけられた手の甲。その陰で見せた、僅かな変化。
そのひとつひとつが、一刀の心の柔らかいところに、凶悪なほどストレートに突き刺さった。

……いかん、悶え死ぬ。

波立つ心を必死に押し止めたのは、空気を読んだと褒めるべきか、素直じゃないと責めるべきか。



「難しい話はこれくらいにしておこう。とりあえず、自分の考えをそれなりにまとめておいてくれ、ということで」

腹も減っているだろうし、ちょっと遅いが食事にしよう。
なにかをごまかすかのように、彼はことさら明るい声で四人に告げる。

「ちょっと待っててくれ。簡単になにか作ってくるから」

そういって、厨房へと小走りに去っていく一刀。
それを追いかけるように、恋がちょこちょこと後を付いて行く。

残された三人は、それぞれに色の違う複雑さを表情を浮かべ、互いの顔を見合った。












・あとがき
「ラブひなコイバナ伝」、なんて素晴らしき誤読。そのネタいただきます。

槇村です。御機嫌如何。




今回も一刀のターン。
……あれ? どうしてこうなった。
四人に関しては、混乱もしているだろうし。
いきなり決めることも出来ないだろうから。少しずつ気持ちを詰めさせていこう。

次は、公孫瓚及び趙雲のおふたり登場予定。どう転がっていくかはまだ分からない。
それにしてもいい加減にもうちょっと、話に動きを入れなければ。



[20808] 04:仕上げを御覧じろ
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/11 23:53
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

04:仕上げを御覧じろ





関羽、鳳統、呂布、そして華雄。四人は当面、一刀の世話になることを決めた。
彼はそれを歓迎し、力になれることがあれば出来る限り協力する、と、約束を交わす。
そうなると、彼女たちの処遇もどうにかしなければならない。
いろいろと思い悩むことを抱えていたとしても、その身を遊ばせておくわけにはいかない。
悩んではいても、腹は減る。
そして、働かざる者、食うべからず。
というわけで。彼女たちは、一刀と共に酒家で揃って働くことになった。

働き口もそうだが、彼女たちを何処で寝起きさせるのか、という問題がある。
一刀は当面、今自分の寝起きしているところを彼女らに提供し、自分は酒家の中で寝起きしようと考えていた。
自分を拾った恩人でもあり、酒家の主人でもある商人の旦那。彼のところへ、その旨を相談に行ったのだが。
「そんなら、ひと部屋用意してやろう」
という太っ腹なひと言。四人で寝泊りするのに充分な平屋をひとつ、新しく用意してくれた。
恐縮する一刀だったが、商人の旦那はそんな彼を笑い飛ばし。
「代わりに、俺たちが遠出する時にまた護衛と食事を頼む」
お前がいるだけで、食事も身の安全も格段に良くなるからな。あの部屋を使っている間は、こき使わせてもらうことにする。と。
それぐらいでいいのなら喜んで、と、一刀はその好意と温情に心から感謝した。

こうした経緯もあり、現在、彼女たちは宛がわれた平屋から酒家へと通勤する形になっている。
その待遇を見た一刀が、ふと自分の現状と照らし合わせてしまい、少しばかり気落ちしたのはまぁ別の話。
とはいえ。
そんな好待遇を後から納得させられてしまうほど、彼女たちは大いに働いた。



愛紗は給仕係を請け負っている。
武官として鍛え上げられているからだろう、彼女は立つ姿も歩く姿も非常に様になる。
店の中をあちらへこちらへと動き回り、注文を聞き料理を運ぶ。そのひとつひとつが非常に格好良い、とは、一刀の評。
彼が「笑顔を忘れるな」と口を酸っぱくしていっても、どうにも引きつった笑みになりがちなのが悩みの種。
もうひとついえば、一度にこなすことが多くなってくると、気が急くために走り出す。
そのたびに「走るな!」と、彼女が注意されてしまうのは、まぁご愛嬌というべきか。
その分、愛紗が時折浮かべる渾身の笑顔は、見た客を男女問わずリピーターにさせる力を秘めていた。恐るべし関雲長。

ちなみに給仕に立つ面々は、それぞれに異なる給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)を身に着けている。
集客を狙ってというのはもちろんだが、ひとえに一刀の趣味からなるものだったりする。
しかしこれが導入してみると大反響。その姿をひと目見ようと、客足が増える増える。
賑わう店内とあわただしく働く彼女たちを見て、一刀は満足げな商人の旦那とがっしり腕を組む。
煩悩とは偉大であるなぁ、と、しみじみ思ったのだった。

さて、愛紗の給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)姿なのだが。
濃紺を基調としたロングスカート。
白いブラウスに、濃紺のベストを身に着け、首元には黒のリボンタイ。
腰から下正面を覆う白いエプロンが、服の濃淡にメリハリをつけている。
そして足元は、黒い靴とストッキング。
全体的にシックな装いになっている。

そんな服装を、一刀は、愛紗を仕立て屋に強引に連れ出しオーダーメイド。
出来上がりを見て満足し、彼女が身体を捻った際に膨らみ流れたスカート、そして美しい黒髪との組み合わせを見て更に満足を深めた。
素晴らしい、と思わずサムズアップである。
ちなみにサイズを計ったりなんなりといった作業は、仕立て屋のお姉さんがやっている。問題ない。



雛里も給仕係だ。軍師ということで計算なんかもいけるだろう、という安易な発想から会計の一部も任されている。
とはいえ、店内での給仕係が主な仕事になるのだが。これまた愛紗とはまた違った意味で、非常に絵になる。
愛くるしい、というのがしっくりくるだろうか。
小さい身体があちらこちらにヒョコヒョコ動き回るさまは、見ていて非常に和む。
はじめこそ、注文聞きひとつするにも涙目状態だった彼女。
もともと人見知りをする性格なのだが、そんな彼女に、一刀はひとつ意識改革を行った。
曰く。
軍師にとって、自分の言葉を他人に正確に伝えることは必須。
また他人の言葉をしっかりと聞き取らないことには、軍師は策を立てることなど出来ないだろう。
雛里は軍師として、兵に意志を伝え言葉を聞き取ることは出来る。
ならば、客に注文を聞き厨房に伝達する程度のことが出来ないわけがない。
つまり、状況は違っていてもやっていることは大して変わらん、ということを示唆してみたのだ。
なにか思うところがあったのか、それからの雛里はそれほど物怖じせずに、給仕や注文受けをすることが出来ている。
時折忙しさのあまりパニックに陥ったりすると、「ご主人しゃま~~~」などと涙声で厨房に駆け寄ることもあったりする。
いわゆるご主人様と一刀が混合してしまったり、雛里のその台詞を聞いた一部の客の目が怖くなったりすることも、まぁご愛嬌ということで。
そんな駆け寄る姿も非常に愛らしいので問題なし、と、一刀は判断した。

雛里の給仕服(ウエイトレスなユニフォーム)姿は、以下の通り。
明るい青のスカート、白いブラウス。青いリボンタイ。
白地に同じ青の格子を施したエプロンは、腰から胸の下までを覆い、肩紐が背中に回り交差した形で身体を引き締める。
必然、胸の上下左右を青色に囲まれ強調したような形となるが。
だが例え胸がなくとも、そこに生まれるなだらかなラインは目にして美しいものだ。一刀は大いに満足した。

平たくいえば。
彼は雛里に給仕を手伝って貰うと考えた際に、"神戸屋○ッチン"のイメージが降りてきたのだ。
そこから派生して、愛紗たちにも服を新調しよう、という流れになった次第。
もちろん彼女も、仕立て屋に連行され、店のお姉さんにアレコレ計られたりしている。
終始「あわわあわわ」と取り乱していたのは想像に難くない。



恋もまた給仕係。をして貰おうと彼は考えていたのだが。

彼女が初めて酒家の手伝いに立った日、店の中で喧嘩が始まった。
止めようと一刀が動くより前に、恋がその喧嘩の間に立ち、男ふたりを問答無用で組み伏してしまった。
とんでもない、圧倒的な速さと力。さすがは天下無双の飛将軍と呼ばれるだけある。一刀は素直に驚嘆した。
そんな当の本人、恋は、取り押さえた輩を横目に、床に飛び散ってしまった料理を料理を集める。

「喧嘩、よくない。ご飯がおいしくなくなる」

そうつぶやいて、料理を集めた皿を彼らの前に置いた。
いたたまれなくなった男ふたりは、代金を置いてそのまま逃げ帰る。
残された恋の元に一刀は駆け寄り、ひとしきり彼女の頭を撫でた後、店内のお客に謝罪をしたのだが。
店内は拍手に包まれた。
その後は、店内のあちこちに恋は引き入れられ、あれこれとご馳走をされていた。
恋、大人気。
大立ち回りを見て気に入って、更に彼女の食べっぷりにほんのり癒されるというダブルコンボを喰らった客たちは、大いに気分を良くして帰っていった。
それからというもの、恋は店に来たお客さんに対しマスコットのような立ち位置を得ることに。
常連客からの誘いがあればテーブルを巡りご馳走され、時に厨房の中を覗き込み一刀の仕事振りを観察し、料理を運んでみたかと思うとその席でなにやらご馳走になっていたりする。
また時には店の前に立つ木の陰で昼寝をしてみたり、その周囲にいつの間にか犬猫など動物たちが集まってきたり、それがまた評判になって新しいお客が集まってきたりと。まさにフリーダム。
恋の存在は、知らない間に広告塔のようなものになっていた。あとは用心棒みたいなもの。
彼女にも給仕服を着せてみたかった一刀だったが、今の状態なら別に良いか、とも考えていた。
どんな服を着せれば似合うか、というイメージがうまく浮かばなかったというものあるのだが。



一刀にとって、店に対する一番の戦力と認識したのは、華雄である。
彼女は、彼と一緒に厨房に立っている。その腕前は感嘆に値するものだった。
いや、戦力などという簡単なものではない。師匠といってしまってもいいだろう。

かつて華雄は諸地方を放浪していた時期があり、必要に駆られ料理の腕前を上げざるを得ない状況だったという。

「だからといって、質素で野性的な食事ばかりだったわけではないぞ」

もちろん、野宿などした場合は自分から狩りに出向き、食料を調達して調理し、食べていた。
その一方で、町や村などに世話になった場合は、調理場を拝借しそれなりの料理を作り上げ、借りた家の面々にも振舞ったりしていたらしい。その評判は概ね良好だったという。
ちなみにもといた世界で、彼女は放浪の末に三国同盟を知り、呂布(恋)を頼って蜀の面々と合流したらしい。苦労人なんだね。
そのせいか、"北郷一刀"とは主従の関係ではあっても、それ以上の感情は特になかったらしい。
この世界の北郷一刀と会っても冷静でいられたのは、そんな理由もあったのだろう。

それはさておき。
華雄は、様々な地方の、様々な食材の調理方法に長けている。
そのオールマイティさに惹かれた一刀は、料理に関する会話を彼女と重ねた。
これまで一刀は、いわゆる"天の世界"の料理をこの世界で再現し、酒家に出す品目に数多く付け加えていた。
しかし、それにも限界はある。彼自身が持っている知識もそうだが、なによりこの世界で可能な料理法というものに幅がなかった。
そこに、華雄が現れる。
一刀が持つ"天の世界"の料理のイメージ。そしてそれを形にする足がかりとなり得る、華雄の技術。
彼は興奮した。興奮するなという方が無理だ。
一刀は自分の持つ知識を総動員し、作ることが可能かを華雄に問う。
その熱意に応えるように、自分の知る料理の技術を指南する華雄。
そんな精進の日々が、一刀に足りなかった技術の幅を厚くしていき、同様に、華雄は持ち得なかった知識を吸収することによって腕を振るう幅を拡げていった。
毎日のように行われる、実技を交えたディスカッション。さながら腕と言葉と食材が飛び交う戦場のごとく。
もともと持つ才というものもあるのだろうが、幸い試食係には事欠かないこともあり、ふたりの料理の実力は短期間のうちにメキメキ上がっていった。



今日も今日とて、一刀と華雄の料理講座。
出す皿出す皿に、一刀と華雄は自分なりの工夫と課題を乗せていく。それらひとつひとつを、彼女らは平らげていく。

満足げにひたすら食べ続ける恋。
出される料理の多彩さに目を回す雛里。
そして、厨房という名の戦場に立つ一刀に目を見張る愛紗。

そう、まさに戦場だと、愛紗の目には映った。
彼女が戦場だと思い至った理由は、彼の求めるものが自分のものと重なるのではないかと思い至ったからだ。
料理という場で、怒号が飛び交うのを初めて見たというのもある。
それだけ、料理というものに本気なのだ、ともいえるだろう。
食べてくれた人が優しい気持ちになって欲しい。彼は料理を作りながらそう願っている。
見知らぬ誰かを笑顔にする。
そう考えると、自分が武を振るった理由となんら変わらないのではないか。そう思えたのだ。

かつていた世界の“北郷一刀”と、今此処にいる北郷一刀とでは、生き方がまったく違う。
しかし、こちらの一刀も、彼なりに本気で生きているということはよく理解出来た。
そして恋がいった通り、自分の主でなかったとしても、一刀は一刀なのだろうとも。
愛紗は、彼が作る料理を通じて、彼と自分たちの間にあった垣根のようなものが、少しずつ低くなっていることも感じていた。



ちなみに、一刀に真名を許したのは恋だけである。
彼もそれなりの期間をこの世界で過ごしている。真名というものの重要性は理解していた。
恋はすっかり懐いてくれたとはいえ、これは例外ではないのかと彼は思う。
いくら世話になっているからといって、そう簡単にあずけるものではないということは分かっている。
華雄はもともと真名を持たないらしいが、厨房でのやり取りから察するに、悪くは思われていないという感触を一刀は感じていた。

一方で愛紗と雛里は、うまく言葉にできないわだかまりが胸の内にあった。

「いえ、北郷さんを信用していないとか、そういうわけではないのですが……」

雛里などは、見ている側が恐縮してしまうほどに、申し訳なさそうな顔をする。
そんな彼女を見て、気にするな、と、一刀は頭を撫でてやったり。
なんとなくそうしたかった、というだけだったが。
彼女は嬉しそうな、そしてどこか複雑な気持ちを抱えたような、微妙に色の違う笑みを交互に浮かべた。
とはいっても、パニックを起こすと「ご主人様」などと口にしてしまうのだ。
彼女を初めとして、皆から本気で嫌われているわけではないと考えることにする。
打ち解けるられるまで、気長に待とう。
そう思い、今日も包丁を振るう一刀だった。












・あとがき
シリアスチックなノリに、気持ちを戻すのが大変でした。(シリアス?)

槇村です。御機嫌如何。




あれ? 趙雲も公孫瓚も出てこなかったな。
いや、出す気は満々だったのですが。そこまで行く前に切り良くなっちゃったのでぶった切った。まて次号。

もうひとつ、『愛雛恋華伝』のスピンアウト作品(スピンアウト?)を勢いだけで投稿してしまいました。
『ラヴひなコイバナ伝』ご覧いただけたでしょうか。よろしければそちらも読んでみていただけると嬉しいです。

『愛雛恋華伝』は一応、反董卓連合くらいまではアウトラインが出来ているので。
間が開き過ぎない程度に書き進めようとは思っております。
毎日更新とかは出来ませんが、よろしければお付き合いください。



[20808] 05:この世の定め
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/15 20:53
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

05:この世の定め





酒家の手伝いに奔走する、愛紗、雛里、恋、華雄の四人。
その姿は非常に絵になり、かつ愛らしいものだと、一刀は思う。

だが。
彼女たちは本来、知将かつ武将だ。
なんの因果か、群雄割拠の時代を終えた時代から、黄巾党の乱が本格的になっていない時代へとやって来た
つまり彼女たちは、いち時代を駆け抜け生き抜いた、生え抜きの猛者たちなのだ。
経験と実践に裏打ちされたその武力や知力は、相当なものであろう。
この時代の関羽、鳳統、呂布、華雄と比べても、かなりの開きがあるだろうことは想像に難くない。
一刀は基本的に、自分やその周りに危害が及ばないのであれば争いなどしたくない、という姿勢を持っている。
そんな彼でも、彼女たちが一地方の酒家で働いているだけというのは、もったいない、と考えてしまう。
とはいえ、彼女たちは一度すべての戦いを終わらせているのだ。その上で、また同じ戦いを繰り返すという選択も酷だと思う。
結局のところ、彼女たち自身が、道を決め、場所を決め、進み方を決める他ないという結論に落ち着く。
いまのこの生活に満足を感じるなら、それでもいい。
やはり己の武を発揮できる場を求めるというのなら、それもいいだろう。
結局、必要だと思ったときに、例え気休めでも自分なりに手を差し伸べることくらいしか出来そうにない。

一刀がそんなことを考えていたころ。ひとりの女性が、関羽たちに興味を示す。
彼女の名は、趙子龍。
一刀が住む陽楽を治める公孫瓉の元で、客将を務めている人物である。
分かる人には、やはり分かってしまうのだろう。武人同士が惹き合う、とでもいうのだろうか。
普通の民草には分からないような、達人同士にしか分からないようななにかが、あるに違いない。



ことの起こりは、一刀の勤める酒家へ、趙雲が久方ぶりに顔を出したこと。
関羽たち四人が働きだしてからは初めての来店、ということになる。

「ほぉ……」

店の中をのぞくなり、つい声を漏らした趙雲。
彼女の視線は、給仕に奔走する関羽の姿を捉えていた。
佇まいや立ち居振る舞い、そして雰囲気を見れば、その人となりや本質は把握できる。
かねてから趙雲は考えていたし、実際にそれが間違っていたことはまずなかった。
ゆえに、彼女は疑わない。関羽の持つ武力の程を感じ取った、自分の目と直感を。

「おや、趙雲さん。お久しぶりです」
「北郷殿、ご無沙汰しております」

一刀は久しく見なかった客の姿をを目にし、声をかけた。趙雲も同じように挨拶を返す。

「随分長いこと見なかった気がしますね。烏丸対策あたりで、遠出でもされてましたか」
「遠出をしていたの事実ですが、むしろ不在にしていたのは貴方の方でしょう?」

何度無駄足を踏まされたことか。自分のせいにされているようで心外だ、と、彼女はわざとらしく溜め息をついた。
確かにそうだ。そのの返しに、彼は思わず苦笑いをする。

「そうですね。仕入れやら護衛やらで、店を空けていたのは俺の方だ」
「貴殿の料理は不思議とクセになりますからな。下手に店を不在にされると苦しくて苦しくて」

知らないだろうが不在の間に、同じように中毒で苦しむ輩が何人も店の前に転がっていた。などといわれては、さすがに大げさに過ぎる。どうせホラを吹いているだけだと、一刀は本気にしたりはしない。もっとも、似たようなことは実際に起こっていたのは彼のあずかり知らないところである。

「クセになるといっても、貴女はメンマさえあれば満足なんでしょう? 持ち歩き用に、小瓶に入れて用意してあげたじゃないですか」
「そんなものはとうに平らげております」
「いやそんな風に威張られても」
「それだけ美味だった、ということですよ」

そういわれれば、料理人として悪い気はしない。

「そういわれると悪い気はしませんね。大人しくおだてられておくことにしましょう」
「割と本心なのですが」
「それなら尚更ですよ」

ありがとうございます、と素直に頭を下げる一刀。
それを受けて、趙雲は少しばかり相好を崩す。料理ばかりではなく、彼のそんな素直なところも好んでいた。

「なので、新しくメンマを調達したいのですが」
「ちなみに、メンマ以外にきちんと食べているんですか?」
「それはもちろん。メンマがなければ、他のものを食べざるを得ないでないか」
「……そうですか」

そんな得意げにいわれても。
彼はもうそれ以上追及することをやめた。

「……なにかいいたげな顔ですな」
「気にしないでください。裏でメンマジャンキーとかいったりはしていませんから」
「じゃんきー?」
「狂おしいほど愛している人、って意味でしょうかね」
「……まぁ、よろしいでしょう」

一刀のセリフに思うところはあるようだが、趙雲は追求するのをやめておく。



「それよりも、新しく人が入ったようですな」
「えぇ。おかげさまで大分ラクになりましたし、お客さんの数も増えましたよ」
「彼女たち目当て、ですかな」
「まぁそうですね」

否定はしません、と、彼はおどけてみせる。
事実、彼女たちがやってきてから客足は格段に伸びている。
可愛い女の子や綺麗な女性が給仕をしてくれる、それを目当てに客が店を訪れる。
そんな心理を彼は否定はしないが、これほどの効果があるとは、と、正直なところ驚きを禁じ得ない。
前にいた世界でも、制服の可愛いレストランやらメイド喫茶やらが持て囃されていた。その理由がよく分かる。
まさか経営者サイドからその理由を噛み締めることになるとは思わなかったが。
そんな一刀であった。

「どうですか。趙雲さんから見て、こういうのは」
「いいですな。眼福とはこのことをいうのでしょう」
「おぉ、分かってもらえますか」
「えぇ。見目麗しい女性の働く姿、そしてそれは誰でも良いというわけではなく、洗練されていなければいけない。北郷殿こだわりのが見て取れます」

随分と過大な評価。しかし狙っていた部分は分かってもらえたようで、一刀はその同志の言葉に心強さを感じた。ふたりは互いに腕を取り合い、想い(趣味)のほどを共有する。

「しかし。料理を作る者として、そういった客は気に入らないのでは?」
「別に。構いませんよ」

趙雲の、からかうような言葉。それを聞いても、一刀は気にした風もなく受け流す。

「最初は女の子目当てでも、その後、俺の料理の味で引き止めて見せればいいんです。問題ありません」
「ふ、いいますな」
「現にこうして、通ってくださる方が目の前にいますからね」

メンマだけですけど。
そんな言葉に、彼女はおどけて、メンマだけではないというのに、と嘆いてみせる。

「まったく心外ですな、足繁く、わざわざ貴方に会いに来ているというのに」
「そんなことをいっても、メンマの量は変わりませんよ」
「……割と本心なのですが?」
「名もない民草相手に、太守のいち将軍がそこまでいいますか?」
「なに、武将といってもひとりの人間ですからな」

腹も減れば恋もする。そういって趙雲は笑う。
光栄なことで、と、それに合わせて一刀もまた笑ってみせる。

一刀と趙雲。
真名こそ交わしていないが、ふたりの仲は非常に良好だ。
もともと客将として、公孫瓉の元に身を寄せた彼女。それから程なくして、太守自らお勧めの場所だと連れてこられたのが、一刀のいる酒家である。
そこで出された付け合せ料理のひとつ、メンマ。それに趙雲は激しく反応した。
周囲も省みず、いかにこのメンマが素晴らしいかを力説し出したときは、一刀もどう反応したものか困ったものだ。
公孫瓉もそんな彼女に対し呆然としていたが、やがてその熱弁に一刀も加わってしまう。
あまりのメンマ賛歌に、彼女は他の料理を蔑ろにしている、と、彼はその熱弁を受け取ったのだ。
その後は数刻に渡り、公孫瓉が頭を抱えるのも意に解さず。互いに熱弁を繰り広げた。
長きに渡った料理トークは、その場はひとまず痛み分け、ということで収められた。
それからというもの、一度腹を割ったこのふたりは、なにかとふざけあったり軽口を叩き合ったりするようになった。
精神的な嗜好が似ている、というのが、ふたりを引き合わせたのかもしれない。
相手が武将だというのに、その態度が変わらないという一刀を、趙雲が気に入ったというのもある。
そしてなにより、彼の作る料理(メンマ)に絆された。これが大きい。
相手を胃袋で釣る、という手法を実演されたといってもいいだろう。



「まぁそれはいいとして」

趙雲はおもむろに話を変えてみせる。

「あの給仕の女性は、どういった御仁で?」

店の中を立ち回る関羽に視線を定めながら、彼女は尋ねる。
本題に来たな、と、一刀。
彼は素直に答える。
商隊の護衛で方々を巡っていた際、行き倒れていた彼女を保護したこと。
記憶が混乱しているようで、どうしてそんな境遇になったのか分からないこと。
この先どうするかは分からないが、どうするかを決めるまで働いてもらうことになったこと。
いろいろと鋭い趙雲を前にして、そんなことを口にしてみせる。
嘘はいっていない。本当のことすべてを口にしていないだけ。

ちなみに今日働いている面子は、関羽、鳳統、華雄。
呂布は今日はお休み。家かどこかで転寝をしているのかもしれない。
客席の間を駆け回るのは、関羽と鳳統。華雄は厨房に引っ込んでいるので姿は見えない。

「ほほう、難儀な境遇ですな」
「まったくです。俺も似たようなもんだったから、他人事だと思えなかったんですよね」

趙雲も、彼がこの地にやって来た経緯は知っている。それを思えば、そんな彼の気持ちもさもありなん、と、彼女は納得することが出来た。

「なにものなのかは、具体的には分からない、と?」
「えぇ。少なくとも今のところは」

少し、嘘を混ぜる。
分からないこともあるが、分かっていることもある。けれどそれはあまりに荒唐無稽過ぎて、説明の仕様がない。
もっとも、説明しようにも理解できるものか。
だから、一刀は強引に話を切った。趙雲も一先ず、それに乗ってみせた。

「では、彼女の武に関しては、どうなのです?」
「……分かるもんなんですか?」
「ある一定以上の力量を持つ者であれば、相手を見るだけでそれなりに推し量れるものですよ」
「一度、手合わせをお願いしたことがあります」

手加減をしてもらった状態でも、三合も持たなかった。
そのときのことを思い出したのか、彼はそういってうなだれてみせる。

「ほう、北郷殿を相手に瞬殺とは。少なくともそんじょそこらの輩というわけではなさそうで」
「ただの料理人を基準にして、なにが見えるっていうんです?」
「そのただの料理人が、武将である私を相手に十合持つのです。自信を持って良いですぞ?」
「そもそも料理人に手合わせを願い出る武将ってのが有り得ないでしょう」
「まぁあのときは確かに、伯珪殿も苦笑していましたな」

性分なのだから仕方がない。そういって彼女は悪びれない。
その点はよく分かっているので、彼もそれ以上はなにもいわない。

「いずれは手合わせをお願いしたいですな。北郷殿も来なさるといい」
「随分と入れ込んで見えますよ?」
「なに。私の目には、彼女は相当の使い手に見える。ひょっとすると私も敵わないかも知れないほどに」
「それなのに、いや、だからこそ、気になる?」
「そういうことです。武人としての性、でしょうな」

そういって、趙雲は食事もせずに店を後にした。
関羽の武人としての雰囲気を察して、食事どころではなくなったのかもしれない。
武人っていうのは、厄介な人種だよなぁ。
一刀は思う。
それでもメンマの催促だけは忘れなかったのには苦笑せざるを得なかったが。



四人にも揃って、このことをこれからのことを少し考えてもらわなきゃいけないかな。
前の世界でも知り合いだろうし、間違って真名とか呼んだら厄介だしな。
趙雲の態度を見て、そう考えざるを得ない。
まったく関わらずに過ごすことはもう無理、ということは、痛いほど理解できた一刀だった。













・あとがき
気が付いたら、「趙雲」を「しょううん」って読んでいました。駄目だろオレ。

槇村です。御機嫌如何。




熱くて頭イタイ。誤字じゃないよ。頭熱い。なんとかしてくれ。

まぁそれは置いておいて(え?)
趙雲(ちょううん)さん登場。
でも一刀との世間話で終わってしまった。でも軽口を叩き合える仲っていいよね。

さーて、この先どうするかな。



[20808] 06:求めよ、さらば与えられん
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/18 18:43
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

06:求めよ、さらば与えられん





「とまぁ、そんな話をしたわけだ」

趙雲とやりとりをしたその日の夜。仕事のなかった呂布を呼び出して、揃ったところで軽く晩の食事を振舞う一刀。
食事をしながらするにはふさわしくないかもしれないが、彼は趙雲との内容を四人に話し、その先にあるであろうことを予想し合う。
武人として、関羽が興味を持たれたこと。
そこから他の三人にも、興味の目は広がっていくだろうということ。
この場をごまかしたとしても、良い目はなにもないだろうということ。
特に関羽と鳳統は、以前にいた世界では共に仲間として長く戦っていた間柄だ。趙雲の人となりは良く分かっている。
興味を持ったものに対して、そう簡単なごまかしでやり過ごせるとは思えない。彼女らもそう考えるに到った。

それはつまり、群雄割拠の世で武を振るうという方向で、巻き込まれる可能性が大きくなったということ。
彼女たちがどのような道を進むにしても、それを決めるまでの時間はそう長く残されていない。



かつていた世界の時系列を思い起こせば、これからなにが起こるのかが分かる。
それは"天の知識"を持つ者ゆえのアドバンテージ。
もっとも、それを生かすも殺すも、持つ者の使い方次第ではある。

「前にいた世界でも、趙雲さんは公孫瓉様のところにいたの?」
「はい。桃香さまと共に私たちが白蓮殿を頼った際には、すでに客将として仕えていました」
「関羽の顔を見て反応がなかったってことは、まだ劉備勢は遼西に来ていないってことだよね」
「……なるほど。この世界にも"私"がいるのなら、そういうことになりますね」
「となると、黄巾党が本格的に暴れ出すまで少し間があるってことか」

一刀は彼女たちから、以前の世界で起こった出来事を聞き出していた。
今この時代がどんな状況にあるのか逆算して考えてみようと思ったのだが、関羽の辿った話が、現状に一番近いものだと知る。
彼女たちの話を聞きながら、一刀は自分の三国志に関する知識とも照らし合わせる
。時代の流れを大まかに把握して、その上で、彼は四人の今後を考える。
もし彼女たちが群雄割拠や乱世とは関係なく、ただの民草として生きるのならそれはそれで構わない。
だが武人として頭角を現そうというのなら、今はまさに好機といっていいだろう。
事実、彼女たちのいた世界では、劉備たちはこの後の黄巾党の乱における活躍をもって頭角を現したのだから。

「いっそのこと、この四人で勢力を立ち上げちゃえば?」

冗談交じりの軽口。それでも、やろうと思えば無理ではないだろうと彼は考える。
以前の世界で、関羽が劉備と共に勢力を立ち上げ大きくしていった経緯を聞いた後では尚更だ。
だが彼の軽口に対して、鳳統は想像以上に重い口調でその可能性を否定してみせる。

「おそらく、それは無理です」
「……どうして? 前の世界の劉備と、今の鳳統たちは似たようなものじゃないの?」

敢えて自分も含めていいますが、と、鳳統が口を開く。

「皆さんは確かに、個人の才は相当なものです。
恋さんも愛紗さんも華雄さんも、単純な戦力という意味では大陸随一といってもいいかもしれません。
ですが、この世界で身を立てるとなると、今の私たちには思想的な部分で支柱とすべきものが足りないんです」
「なんのために勢力を立ち上げるのか、っていう部分が、薄い?」
「はい」

彼の合いの手に、鳳統はうなずく。
それを補うように、関羽はかつての自分を思い出しつつ、語る。

「以前の私たちは、賊から弱き民を守りたいという気持ちのもと旗揚げをしました。
動乱の渦を駆けて行く中で、雛里や朱里……諸葛亮といった同志が加わっています。
私を始め彼女たちが桃香さまに従ったのは、乱世における桃香さまの想いに理想を見たからです。
自らが御旗となり群雄として起つ。今の私には、その御旗となって立っている自分が、想像できない。
武を誇りたい気持ちはある。民が虐げられているなら、それを助けたいという気持ちももちろんある。
……かといって、自ら立つ、というほどの大きな理想、いい換えるのなら熱さのようなものが、自分の中に感じられない。
悔しいですが、これも事実です」
「いうなれば、私たちが持つ"強さ"というものは、あくまで将としてのもの。群雄の主が持つ"強さ"とは、また違うんです」

なにか苦いものを噛み締めるように吐露する関羽。その一方で鳳統は、空虚さを噛み締めるように言葉を紡ぐ。
彼女たちが胸の中に感じているものは、なんなのか。

強いていうならば、苛立ち。
やるべきことを一度成してしまったある種の満足感、だからこそ感じられる損なわれた積極性、そんな自分を良しとしない感情。
そんなものが、彼女らふたりの中で渦巻いている。
そのせいだろうか。酒家での給仕で駆け回るという、今まで触れたこともないことに懸命になり没頭していた彼女ら。
その間の彼女らは、不必要に思い悩むこともなく、武や知を極め世に役立てんとしていた頃とはまた違った充実感を感じていた。
初めて知った、そんな自分たちの一面。悪くはないと思いはしても、どこかで"違う"と声を上げる自分がいるのもまた事実。
そんな二律背反が、彼女経ちを苛立たせている。

「……燃え尽き症候群、って奴なのかな」

一刀がなにげなくつぶやく。聞いたことのない言葉に、関羽と鳳統は首をかしげた。

「あー、俺のいた世界の言葉だよ。
えーと……。<なんらかの理想や目的に向かってがむしゃらだった人が、果たした結果が自分の労力に見合ったものではなかったと感じてしまった。それによって感じる徒労感や不満感なんかに囚われた状態のこと>、だったかな」

なんとなく、分かるような気はする。
だが、そんな簡単な言葉で同意を示していいものか。一刀は言葉を返せずにいた。
仲間と共に理想を追いかけ、ようやくその基盤を整えたと思った最中に、自分たちだけが理由も分からぬまま外されてしまった。
一時代の真っ只中を駆け抜けてきた者だからこそ抱える葛藤だといえる。
この世界でも以前にいた世界でも、ただの一般人でしかない彼が、たやすく同意することが許されるのだろうか。察することは出来ても、その深さを推し量ることは出来ないのだから。

「難儀だな」

だから彼は、一線以上は踏み込まない。

「自分たちが懸命に戦った、その末に訪れた平和な世界。それを充分に甘受することもなく、振り出しに戻されたんだ。
おまけに主と慕っていた男は頼りなくなってる。気落ちしたって無理はない」

少しだけおどけて見せて、しかしすぐに真面目な顔に切り替える。

「それでも、いつまでも落ち込んでもいられないだろう?
いくら嘆いても、俺は君たちの知る"北郷一刀"にはならない。元の世界に戻る術は分からない。
かつて自分がいた場所には既に誰かが立っている。
理不尽だと感じていると思う。でもその理不尽の中をどう生きていくか、それを決めるのは、他ならぬ君たちだ。
選択肢が必要なら一緒に考えてあげることも出来る。気になることがあるなら、出来る範囲で応えよう。
でも、何度もいうが、俺に出来るのはそれだけだ。
俺の生き方は、俺が自分で決めている。同じように、自分の生き方は、自分で考えて、決めろ」

何度となく繰り返した言葉。一刀は言葉だけをかけて、後は勝手にしろと突き放す。
女性とはいえ、彼女たちは歴史に名を残した英雄たちと同一人物。しかもすでに群雄割拠の時代を経験している。
ただの民草である彼にしてみれば、本当ならあまりにも遠い存在。
フィジカルであろうとメンタルであろうと、自分などより遥かに出来上がった人間に違いない、と。
それならば、自分に出来ることはひとつ。世界と時代を飛び越えた先達としての、経験と考えを伝えるのみ。そう考えていた。
それらは確かに事実でもあった。だが、一刀は思い違いもしている。
彼は決め付けていた。英雄という括りでしか、彼女たちを見ていなかった。ひとりの女性、女の子としての彼女たちを、考えの外に置いていた。
一刀はこのとき、まだそのことに気が付いていない。



「ならば、私は先に決めてしまうか」

関羽と鳳統が口をつぐみ、考えにふける。そこに割り込む声。
それまでは黙って、聞くにまかせていた華雄。気負った様子もなく言葉を挟んでくる。

「私は、武人としての道を進もうと思う」
「……料理人の俺としては、その腕が離れていくのは物凄く惜しいなぁ」

淡々とした華雄の言葉。それを混ぜ返すように、一刀はあえて軽い口調で返す。
自分で決めろといっておいて勝手な奴だ。彼女は嗜めるように、お姉さん然とした笑みを浮かべる。

「確かに、料理は楽しい。充実したものを感じる。
自分の料理を食べてもらうことで、人が笑顔になる。満たされていく。それも分かる。
だが、私はそれでは足りないんだよ。
充足出来ない。血が滾らないのだ」

静かに、拳を握る。

「武を振るい、より強い者と対峙し立ち向かう感覚。それを乗り越えたときの達成感。
それに似たものを、料理では感じることが出来ない。
ならば感じられる術はなんだ? 私は、それを武の道以外に知らん。
考えるまでもない。私が進むべき道は、そういうことになるのだろう」

彼はなにも、言葉を挟まない。
華雄の、静かな、そして揺るがない言葉が紡がれる。

「一刀、お前の生き方を否定するわけではない。
しかし、"これ"は、やはり私の生きる道ではなさそうだ」

一刀が出した料理をつまみながら、華雄はいった。

彼女は思う。
口にこそ出さないが、料理人として一刀と働くのは楽しかった。
武と同様に、自分の料理の腕が上がっていく様が分かるのは嬉しかった。
自分の言葉と技術を受けて、彼が料理の腕を上げていくのを見るのも、弟子が逞しくなる様を見るようで満足感も得られた。
それでも、やはり物足りなかった。言葉どおりの充実や満足の先にある、愉悦ともいえるもの。それがない。
かつて歩んでいた武の道では、その愉悦に満ちていた。生きているという喜びを感じられた。
ならば、この先、進むべき道は決まっている。ためらいなど、ない。

「うん。残念だけど、華雄がそう決めたんなら。それでいいと思うよ」
「すまんな」
「あやまらないで。もっと引き止めればよかったとか思っちゃうから」
「まぁ、気が向いたらここまで出向いて、また料理の腕を指南してやろう」
「それはありがたい。よろしくお願いします、師匠」

ふたりは笑う。さも当たり前のように。



「……華雄、どこかいっちゃうの?」
「……あぁ。もっと鍛えないことには。まだまだお前に勝てないしな」

優しい笑みを浮かべながら、華雄は、呂布の頭を撫でる。
その手を素直に受けたままで、呂布は長く共に戦い続けて来た友人を見る。

「お前はどうするんだ? その力は、必要とされる場は山のようにあるだろう。お前自身は、どうしたいんだ?」
「……一刀と、一緒にいる」
「……そうか」

頭に乗せられたままの手が、やさしく動く。
この面子の中では、華雄は呂布との付き合いが一番古い。彼女が武を振るう理由もよく知っている。
それは、自らの日々の糧を得るためであり、セキトら家族を養うためであり、董卓の身を守るためだった。
呂布が以前の世界と"北郷一刀"をどう捉えているかは分からない。
だが今、この世界にはセキトらはおらず、守るべき董卓もいない。食事に関しては、一刀に保護されればひとまず心配はない。
そう考えると、呂布は、強いて武を振るう理由がなくなってしまう。
あれだけの武の才、このまま腐らせるにはあまりに惜しい。
しかも華雄は、まだ彼女の才に手が届いていないのだから、彼女の腕を惜しむ気持ちは人一倍ある。
だが。彼女がそれで良いと考えるならば、武を捨てることもまた、ひとつの道だろうとも、思う。

「だが鍛錬は怠るんじゃないぞ。お前は私の目標なんだ。弱くなったりしてみろ、許さんぞ」
「……分かった。負けない」

優しくも、物騒な言葉。だがそれでなにかは通じているのだろう。ふたりは自然と笑顔を浮かべる。
そんなやり取りを見て、一刀は声を挿んでくる。

「それじゃあ、恋は俺のお手伝い?」
「……うん、手伝う」
「それで、恋は本当にいいの?」
「? うん」

コクリとうなずく呂布。
そんな彼女の仕草は可愛いし嬉しいのだがいやしかし、などと、なにか悶え出す一刀。

「一刀、とりあえず一緒にいてやってくれ」
「でも華雄、いいのかな本当に。いや、俺は嬉しいよ? 嬉しいけどさ、かの天下無双を給仕扱いって。世の中に喧嘩売ってるような気がするよ」
「諦めろ。変にお前がゴネると恋が泣くぞ。
それに、この世界にはもうひとり呂布がいるのだろう? 天下無双の名はそちらに任せておけばいい」
「そういう問題?」
「そういうことにしておけ」

頭を抱える一刀。それをみて笑う華雄。よく意味も分からないまま、目の前にある一刀の頭を撫で回す呂布。
妙にほんわかした空気の流れる一角だったが。
反対の一角は、対照的に思いつめたような重たい空気が漂っている。



「私は……」
「雛里、待て」

華雄と呂布が、進む道を決めてすぐ。次は自分が決めなければいけないとでも思ったのだろう。
そんな鳳統が口を開くよりも前に、華雄が彼女の言葉を止める。

「そう急いても碌な答えは出ないぞ雛里。愛紗、貴様もだ」

華雄は、関羽と鳳統の方へと身体ごと向き直す。
暗い雰囲気を漂わせるふたりを見て、彼女は溜め息をつきながら話しかける。

「ふたりは、考え過ぎだな」
「考えすぎ?」
「頭で理解しようとし過ぎている、といい換えてもいい。だが一刀、お前は考えさせ過ぎだ」

華雄がたしなめる。関羽と鳳統に向けるだけでなく、一刀にも自重しろと。

「私が問いを出す。ふたりとも、その問いに五つ数える間に答えろ」

関羽と鳳統。ふたりに反論を許さない、一方的な問い掛け。

「今、お前たちがやりたいと願うことはなんだ?」

単純な問い。ゆえに、本当に望んでいるものが、胸のうちからこぼれ出てくる。
短いようで、長い時間が経ち。
先に口を開いたのは、鳳統だった。

「私は、自分の策で人が死んでいくのを、見たくありません……」
「……」
「たくさんの策を献じてきました。何百人何千人何万人が動くという策を。
自分の頭で組み立て、その策でどのような結果が現れるのか。頭の中で考え続けてきました。戦いを展開し続けてきました。
多くは、私の考えた通りになりました。策から外れたとしても、想像しようと思えば出来る程度のものがほとんどでした。
作戦通りに戦が動く。それはつまり、私の想像したとおりに、何百、何千、何万の人たちが、傷つき、死んでいったということです。
笑顔で過ごせる、平和な世の中を作るため。私はそう自分にいい聞かせて、策を練り続けてきました。
戦が終わり、国同士が手を取り合って、これからは平和を目指すことが出来る。
戦いがなくなるわけではないだろうけど、その数は格段に減るに違いない。そう思いました。
でも」

鳳統は静かに、しかし一気に捲くし立てる。だんだんと、声が荒々しくなっていき。

「でも、今の私は、また群雄蔓延る世界に立っている。
私たちがこれまでやってきた戦いはいったいなんだったのでしょうか。
また、何万人と殺さなければいけないのでしょうか。どれだけ殺せば平和になるのでしょうか。
もう既に、私の頭の中は死人でいっぱいなんです。

……私は本当に、平和に浴することが出来るのでしょうか」

涙声になった。
嗚咽を止めるでもなく、湧き出る感情をそのままに任せて、ただ、泣く。
そして、しばし。感情を形にした言葉を、出し切ったのか。鳳統は意識を闇に落とす。
倒れこむ彼女の身体を咄嗟に抱え込み、華雄はその小さな身体を抱きしめる。
一刀もまた、鳳統の髪を梳き、目元の涙をそっと拭ってやる。

「難儀だな……」
「まったくだ……」

一刀のつぶやきに、華雄が応えた。

彼は内心憤っている。
すでに鳳統は彼にとって身内だ。
可愛い彼女が心を痛めている原因。それは乱世。
その乱世を呼んだ大元となるのが、元朝廷の、世の乱れを正す力のなさだ。
ふざけんじゃねぇぞ漢王朝ぶっとばすぞ。
口にこそしないが、そんなことを考えてしまうのは元"現代人"ゆえなのかもしれない。



意識を失った鳳統を一刀に託し、華雄は関羽へと向き合う。

「愛紗、お前はどうだ」
「……私は、桃香さまに会いたい」

少し意外な言葉だったのか。華雄はその答えを聞いて少しばかり目を見開く。

「では劉備軍に加わって、再び武を振るいたいということか」
「いや、違う。そうではないんだ」

関羽は首を振る。

「あの、私たちがいた世界で結ばれた三国同盟。
あれは桃香さまや私たちが夢見て望んできた、争いのない国を実現する足がかりとなるものだった。
その目標を私に与えてくださったのは、桃香さまだ。
今の私には、あのときに感じた熱さのようなものが湧き上がらない。
それがただ、燻っているだけなのか。それとも燃え尽きてしまったのか。
私は、それを確かめたい」

このままでは、我が偃月刀はくもったままだ。彼女はそういって、唇を噛む。
その姿を見て、一刀は思う。
確かに彼女自身が持つ力は、他を圧倒するかのような強いものなのだろう。
だがその力を振るうべき理由、方向性を、自分の中から導き出すことが出来なくなっているのではないか。
彼女が持つ本来の性格ゆえか、それとも、劉備または天の御遣いという御旗のまばゆさから見失っているだけなのか。

腕の中で眠る鳳統と同じくらいに、彼は、今目の前にいる関羽という女性の在り方に不安を覚えた。



四人の今後を示唆する夜が明け。まだ数日もしないうちに、新たな分岐点が示される。

「北郷殿、彼女らを少々お借りできないか」

遼西郡太守・公孫瓉の使いとして、趙雲が一刀の元を訪れた。
彼女はいう。客将のひとりとして、なにより趙子龍個人として、彼女の実力を量りたい、と。
その上で、彼女を公孫瓉の客将として迎えたい、と。

彼女のその入れ込みように、一刀は人知れず溜め息をついた。













・あとがき
設定はちょっとばかり派手かもしれないけど、話がとんでもなく地味じゃね?

槇村です。御機嫌如何。




もっと細かいところを積み重ねたい!
すっごい些細なところの繰り返しで厚みをつけたい!

でもそんなの読んでも皆さん楽しいのだろうか。
私? 私はむっちゃ楽しいよ!!

そんな葛藤は置いておくとして。
少し話が動きます。やっと。
ひとまず、書きたいと思ったシーンに向けて続けていく所存。
でもどれくらい掛かるか分かりませんが、よろしければお付き合いください。
また、いろいろと書き込みをしていただきありがとうございます。励みさせていただいております。



それにしても、作中の華雄がすごい「みんなのお姉さん」化してるのはなぜだろう。



[20808] 07:進む一歩も 逃げる一歩も
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/03 07:52
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

07:進む一歩も 逃げる一歩も





確かに、遠からずやってくることは予想できた。
それでも早過ぎるんじゃないか趙雲さん?
心中でそんな悪態をつきながら、一刀はついつい溜め息をつく。

「? どうかされましたかな北郷殿」
「いえいえ、なんでもありませんよ」

悪態はついたが、なにも彼女を攻めようというわけじゃない。落ち着け。クールにいこうぜクールに。
そんな風に、彼は気持ちを落ち着かせようとする。無理やりに。
慣れないところに連れてこられたせいで、少しばかり気が動転しているんだろうきっとそうだ。

場違いなところにいる自覚はあった。ただの料理人でしかない一刀にとって、あまりに縁のない場所。
遼西郡・陽楽にある、公孫瓉が太守として勤める城。彼は、その中にある謁見用の広間にいた。
ことの経緯を簡単にいうならば。
趙雲が関羽の武才を嗅ぎ付け、それを公孫瓉に報告。
それほどのものならぜひ客将として招きたい、という風に話は流れ。
ならば早速顔合わせを、と。関羽、鳳統、呂布、華雄の四人は城に出向くことになり。
そんな四人を保護している立場として、一刀は四人に付き添ってここまでやってきたのだった。



「よーう、久しぶりだな北郷」
「はい。ご無沙汰しています、公孫瓉様」

地域一帯を束ねる太守。そんな身分を考えると、あまりにフランクな言葉をかける公孫瓉。
それでも、自分はただの一市民、という立場をわきまえて、一刀は恭しく礼を交わす。

この世界にいる一刀は、ただの料理人。単なる民草のひとりである。
関羽たちがいた元の世界の"北郷一刀"のような、天の御遣いといった特別な存在でもなんでもない。
ではあるのだが、彼は公孫瓉にたいそう気に入られている。料理の腕ももちろんだが、その人柄と気質を彼女は好んでいた。
いかにもお偉いひと、といった態度を普段から取らない御仁ではある。
それを差し引いたとしても、彼女は随分と砕けた接し方をしている。
人懐っこい笑み。太守という高い立ち位置にありながらも、あまり裏表を感じさせない気性。
それらはこの乱世において、美点となりえるのか疑問ではある。
とはいえ、治められる民としては好ましいもの。一刀もまたこの"らしくない"太守に好感を持っている。
寄らば怒鳴りつけるような太守よりは、常に笑顔な太守の方が親しみやすいというものだ。

「で、後ろにいるのが、趙雲のいっていた人かい?」
「はい。行き倒れになっていたところを商隊が保護し、現在は私が身を引き受けております」
「関雨、と申します」
「鳳灯、です」
「……呂扶」
「華祐と申す」

関羽、鳳統、呂布、華雄。四人それぞれが名を名乗った。

表舞台に出るにあたり、彼女たちは名を変えている。
原因の分からぬまま、この世界へと跳ばされた彼女たち。
跳ばされてしまったこの世界は、彼女たちにとって経験済みな、既に通り過ぎた世界であった。
ならば、そこにはかつての自分がいるに違いない。
顔はもう仕方がないとして、名前が被るのは問題が生じるのではないか。
そう思い至り、一刀は彼女たちに名前を変えることを提案したのだ。
といっても、姓、字、真名は同じまま。名を変えるといっても文字を変えただけである。
まるまる偽名に変えてしまっても、当人たちが反応しきれないのでは、という思惑もあった。

「彼女たちは記憶が混乱しているようでして。
行き倒れた前後のことや、なぜあの場所にいたのか、といったことがさっぱり分からないらしいのです。
それ以前のこともあやふやになっているようですが、日々の生活に困るほどのことはありませんでした。
もっとも。仕官というお話も、過去が怪しいという理由で拒否されるのであらばどうしようもありませんけども」

うまく説明できない彼女たちの現状を、一刀はこういってあらかじめ釘を刺しておく。
だが公孫瓉は、そんな彼のフォローも些細なことだと一蹴する。

「あぁ、構わないよ。
正直なところ、出自が多少怪しくたって、有能ならそれでいいと思ってるし。人材不足は本当に深刻だからな」
「……あの、本当にいいんですか?」
「使える人材なら問題ない。使い物にならなきゃ話は別だけどな。まぁ、趙雲の推薦ならハズレじゃないだろうし」

仮にも一地方のボスに仕えよう、っていう話がこんなに簡単でいいのか?
そんな一刀の葛藤などどこ吹く風。話はどんどん先へと進んでいく。

「で、四人ともウチに仕官してくれるのか?」
「いえ、申し訳ないのですが。
今回仕官を願っているのは、関雨と華祐のふたりです。鳳灯と呂扶は、今回は見送らせていただきたく」
「ふーん。まぁ、いいさ。ふたりも新しい将候補が来てくれたんだ。それでよしとするさ。
……まぁ、呂扶、に関しては、もっと必死に引き止めるべきなんだろうけどな」

ほう、と、趙雲が感心したような声を上げる。

「伯珪殿でも分かりますが。あの者の凄さが」
「私でもってなんだよ、気分悪いな趙雲。
いやでも、まぁ、私なんかじゃ羽毛のごとくあしらわれるんじゃないかなー、ってくらいのなにかは感じる」
「正解ですな」
「なんだよ、本当に気分悪いぞ」
「いえいえ、褒めているつもりなのですよ。
実際、私でも敵わないでしょう、おそらくは。そういった意味では、伯珪殿も私も、大差はありません」

そこまでなのか、と、趙雲の言葉に息を呑む。
これまで公孫瓉が目にしてきた武才というもの。その中で、趙雲の持つそれは随一といっていいものだった。
その彼女が敵わないという。その武才の高さに想像が及ばない。
見た限りの印象では、ぼおっとした小動物系なのに。

「仕官はしないとして、それじゃあ呂扶はこれからどうするんだ?」

無理やり仕官をさせる、というのは性に合わない。かといって、他のところに仕えられてもそれはそれで嬉しくない。
そんな不安感をありありとさせながら、公孫瓉は問いかける。

「ひとまず、俺の店のお手伝い、というのが彼女の仕事になりますね」
「……は?」
「ですから、店の給仕係とか」
「趙雲すら凌ぐだろう武才を持つ者が、給仕?」
「当人がそれでいいっていうんです。
私もそれはどうかと思いますけど、無理に武器を持たせるのもなにか違う気がしますし」

あとは、店の用心棒? みたいな。そんなところでしょうか。
などとのたまう一刀に、少しばかり頭を抱える公孫瓉。
だがまぁ、他の勢力のところに流れないと分かっただけでもよしとするか。そう思うことにして、彼女は納得することにした。

「北郷。鳳灯はどうするつもりなんだ」

仕官を見送ったもうひとり。
見た印象からは、武官とは思えない。ならば文官・軍師の類か。
趙雲が目をつける者たちと同行しているのだから、その才はやはり相当なものなのだろう。公孫瓉はそう当たりをつける。
そんな考えを、一刀は肯定する。

「彼女、鳳灯は、軍師文官としてその才を発揮していたらしいのですが、故あって少々病んでしまいまして。
少なくとも軍師としての働きは、しばらく無理だろうと。
そんな理由から、今回は見送らせていただきたいと判断した次第です。
ちなみに彼女も、店の手伝いをしてもらうつもりです」
「なるほど」

しばし、考える。その後、彼女は鳳灯に話しかける。

「鳳灯。仕官を受けない理由は分かった。詳しいことも聞かないでおく。
だが。その知、戦場ではなく、遼西の内政に活かすつもりはないか?」

戦が嫌なら、それ以外で本領を発揮すれば良い。そんな言葉に、鳳灯は思わず公孫瓉を見つめ返す。
答えは急がない、考えておいてくれ。そういって、彼女は返事も待たずにこの話を切り上げた。



そのふたりについては分かった、と、話が進められる。
次は、関雨そして華祐についてだ。

「関雨と、華祐。ふたりとも、こちらの願いを聞き入れてくれて感謝する。ありがとう。
だが。趙雲と北郷から聞いたが、あくまで客将として扱ってもらいたいらしいな。
よければ理由を教えてもらえないか?」

その言葉に、まず華祐が口を開く。

「取り立てていただく公孫瓉殿には、心より感謝いたす。
ですが、私が歩もうとしているのは武の道。己の武を研ぎ澄まし、より高みへと進むことを目的としている。
ここで貴殿に仕えても、己の武をより高めてくれるであろう場があるのならば、そちらの方へと参るつもりです。
仕える以上、やるべきことはやり、それ以上のものを残すつもりではいる。
だが、私がなにを第一としているのか、それを踏まえた上で受け入れていただきたい」

いうなれば、腕には自信があるけども、いつこの地を離れるか分からない、それでもよければ使え、といっているのだ。
なんという、不遜な物言い。事実、これを聞いた一刀は顔を覆ってしまう。公孫瓉も、思わず素直に感心してしまった。

「華祐。ものすごい自信だな」
「矜持だけは人一倍あると自負している。
だがそれでも、ここにいる関雨と呂扶に私の武は及ばないのだから。お恥ずかしい限りだ」
「いやー、でもその矜持は大切だと思うぞ?」

私も弱っちいのを自覚させられてるからな、趙雲のおかげで。そんな言葉を、半笑いで返してみせる。
太守という地位にはいるが、公孫瓚もまた武将のひとりである。武を突き詰めたいという気持ちはよく分かる。
だが、今の自分には立場がある。武の鍛錬ばかりにかまけているわけにはいかない。それを自覚していた。
ゆえに、華祐のまっすぐさが、眩しくも羨ましいと感じる。
なんとかしてやりたいと思う。出来得る範囲で融通を利かせてあげようと思った。
それを甘さだと断じてしまえば、確かにその通り。
だけど、まぁいいんじゃないか? と、通してしまうところが、彼女の美点といえなくもない。

「分かった。次に行きたい場所が出来たら遠慮せずにいってくれ。遼西から離れられるように手はずを取ろう。
だがそれまでは、遠慮せずにこき使わせてもらおう」

一時とはいえ、新しい主を得た。お心遣いに感謝する、と、華祐は頭を下げる。



「私は、武を振るう理由が揺らいでいるのです」

関雨はつぶやくように、口を開いた。
自らの武を誇る気持ち。それを振るいたい衝動。
しかし、なぜ自分が武を振るうのか、というところで躊躇してしまう自分。
そんな内心を、言葉少なに彼女は口にする。それでもいいのであれば、せめて客将として使って欲しいと。彼女は願い出た。
かつて共に乱世の中を駆けた盟友、公孫瓉。だが目の前にいる彼女は、関雨の知る彼女とは別の人間である。それは分かっている。
分かってはいるが、知己の者に自分の不甲斐なさを吐露しているようで、関雨の心中は穏やかではなかった。

「ふむ。いかに優れた武といえども、錆付いていては役立たずですな」
「え、おい趙雲」

そんな気持ちの不鮮明さは、以前の世界では背中を託した武将、趙雲に、まさに不甲斐なさを感じさせていた。
彼女にとって目の前にいる関雨という人物は、なるほど、確かに初対面でもあり正確な武のほどを知るわけでもない。
だがそれでも、気に入らない。気に入らないのだから、仕方がない。
だから、彼女は煽る。

「確かに、私の目は確かだった。だが関雨殿の武に気付けはしたが、その気質にまで到ることは出来なかったようだ。
そのような中途半端な気持ちでいられては、客将として招き入れても却ってこちらは迷惑するかもしれぬ」
「……確かに、貴殿のいうことはもっともだ」

関雨の言葉を聞きながら、趙雲の声音が剣呑なものになっていく。
辛辣な言葉。だが戦場に立つ武将として、その言葉の正しさも分かる関雨はなにも返すことが出来ずにいる。

「ならば私が、その武にこびり付いた錆を削ぎとって差し上げましょう。
なに、実はその錆の塊を己の武の重さと取り違えていたのなら、身軽になって却って目も覚めるというもの。
その際は、いち雑兵として使わせていただこう」

趙雲は、城の中庭にて関雨との仕合を望んだ。
理由は分からないが、彼女なりになにか思惑があるのだろう。そう判断した公孫瓉はその申し出を許可する。

「関雨殿も、よろしいかな? もちろん、逃げていただいても一向に構いませぬが」
「……構わない。お心遣い、感謝する」

挑発でしかない、趙雲の言葉。関雨はそれに激昂することもなく、その申し出を淡々と受け入れる。
広間にいた、ふたりと四人。それぞれが中庭へと移動する。



「随分とまぁ、安直な展開をこしらえたもんですね」
「なに。妙に考えすぎる御仁には、却って単純な方法の方が合点がいく、ということもあるのですよ」

率先して先を歩く趙雲に、早足で追いついて見せた一刀。
先ほどまでの不機嫌さは何処へやら。微塵も浮かべていない彼女に、彼は普段どおりの調子で話しかける。
ちなみに、呂扶は一刀を追いかけるように付いて来た。
関雨と鳳灯は、公孫瓉となにやら話をしながらゆっくり後を付いてきている。

「初対面なのに、よくそんな性格云々まで見て取れましたね」
「ふふ。人を見る目はそれなり以上にあると自負していますからな。
やろうと思えば、武才向きだろうと内政向きだろうと誰でも引っ張ってみせますぞ?」
「ある意味、非常におっかない能力ですよそれは」

武官なのに、外交官顔負けのやり取りが出来、内向けの細かい思慮にも長けている。
万能なひとだよなぁ、と、一刀は感嘆する。

「それにしても。公孫瓚様もそうですが、趙雲さんも硬軟なんでもこなす人ですよね。便利な人だ」
「ふ。まぁなににおいても、そこらの者よりはやってのける自信はあります。便利屋扱いされるのは業腹ですがな。
しかし私などよりも、伯珪殿の方がよほど万能ですよ。器用貧乏といった方が的確かもしれませぬが」
「……仮にも自分の主に対して、ひどい言い種だ」
「これでも伯珪殿のことは認めているのですよ?
個人の武においては、あの方よりも私の方が上です。これは間違いない。
しかしいい方を変えるのなら、私が勝てるものとなるとそれ以外に見当たらないのですよ。
武以外のものは、伯珪殿の方が勝っていると思います。
仮に私が伯珪殿の代わりに太守をやれといわれても、出来ませんからな」

所詮、私は武官なのです。と、思いの外真面目に、公孫瓉を賛美する趙雲。

「なにをやってもそこそここなす。そんな万能さが、なにかに突出した者を前にすると"普通"に見えてしまう。
伯珪殿はそれを気にしているようですがな」
「普通、ね。結構じゃないですか。民草が一番求めているのは、その普通な日々ですよ?
それに、実際には相当の実力があるのに、それでも自分は未熟だと仰る。しかもそれで陰に篭るわけでもないでしょう。
心強いじゃないですか」
「そうですな。まぁ、群雄と呼ぶには今ひとつ足りない感は否めませぬが」
「……それ、俺がうなずいたら相当問題あるよね」
「誰も聞いておりませんぞ?」
「誰よりもいい触らしそうな人が、目の前にいるので。仕方ありません」
「まったく、貴殿は私のことをどう見ておられるのか」
「鏡、持ってきましょうか?」

真面目な雰囲気で終わらせてなるものか、とばかりに、最後におどけてみせる趙雲。
一刀はもちろん、それに乗ってみせる。

「そうそう、女としての器量も私の方が勝っておりますぞ。これも間違いありませぬ。
ふむ。このような大切なことを失念していたとは、不覚」
「……その点はノーコメントでお願いします」
「のーこめんと?」
「我が身が可愛いから答えたくない、といっているんですよ」
「ほほう。北郷殿は、伯珪殿のような女性がお好みか」
「もちろん、趙雲殿のことも忘れていませんよ?」

一度話が外れ出すと、ふたりのやり取りはなかなか終わりを見せなかった。

ちなみに。
そんなヒソヒソ話を小声で交わす趙雲と一刀を見て、公孫瓉は渋い顔を見せていた。
曰く。

「あの顔を浮かべてしている話は、近づくと怪我をする内容だ。主に精神面で。聞き取れないけど絶対ヤバい」

関雨と鳳灯も、内心その言葉にうなずいていた。





場所は変わり、城内の奥にある中庭。
多人数が軽く運動が出来るほどの広さがあり、周囲を囲む樹々は見目良く整えられている。
城に詰める武官が鍛錬を行うこともあり、文官が仕事に一息つく姿もよく見られる。人の行き来もそれなりに多い、そんな場所である。
その中心をなす広場。そこにふたりの武将が対峙する。

「さて。心の準備はよろしいかな?」
「うむ。こちらはいつでも構わない」

片や、「常山の昇り龍」という二つ名を成し、舞い踊る槍を「神槍」と呼ばれるまでの武才を誇る、趙子龍。
片や、「美髪公」と誉れ高い髪を靡かせながら築くその武功に、後年「関帝」とまで神格化された関雲長こと、関雨。

ふたりは自らの片腕とする武器を手に、互いにその姿を睨め付ける。静かに、高まっていく。
公孫瓉が、一歩、前に出る。そして、始まりの声を上げた。

「はじめっ!」

と、同時に。
趙雲と、関雨。ふたりは駆け、躍り懸かる。己の信じる武をぶつけ合うために。













・あとがき
相変わらず地味だなオイ。

槇村です。御機嫌如何。




仕合まで持っていくつもりが、その前のやり取りで妙に長くなってしまいました。
まぁいいでしょう。(いいのか?)

関羽、鳳統、呂布、華雄の改名とか、客将になることを決めた経緯とか、いろいろ理由はちゃんとあるのですが。
本文にうまく絡ませられなかったかも。
後から細かいところを直すかもしれません。

やっと、派手な展開になりますよ。なるでしょう。なると思います。なるといいなぁ。
乞うご期待。(弱腰だな)



[20808] 08:胸のうちを支えるもの
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/08/27 05:13
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

08:胸のうちを支えるもの





対峙したふたりは始まりの合図と共に駆け出す。

「っふ!」

先に武器を繰り出したのは、趙雲。
己の相棒たる直刀槍・龍牙の間合い、そして向かって来る関雨の速さを見越して、一閃。薙ぐ。
足の速さを僅かに殺し、関雨は襲い掛かるその槍をすぐ目の前でやり過ごす。
すぐさま、彼女はもう一歩踏み込もうとするもそれは叶わない。
それよりも先に趙雲が一歩踏み込んだ。振りぬかれたはずの槍が、恐ろしい速さで切り返される。
関雨はそれでも慌てることなく、青龍偃月刀の鋒先を僅かに合わせるだけで往なしてみせた。
それでも、趙雲の身体が流されることはなく。まだ自分の番だとばかりに彼女は槍を振るい、突き続ける。
関雨はそれをただひたすら受け続けた。

一合、三合、五合、十合と、ふたりは連撃を重ね合いその数を更に増していく。
無言のまま成される仕合。耳を打つのは、ふたりの武器が弾き合う金属音と微かな呼吸音のみ。
静かに、しかし激しく、幾合もの連撃を交わしながら互いに一線を越えていない。届いていない。
趙雲の手がことごとく、往なされ、かわされ、弾かれ、やり過ごされるがゆえに。
関雨に至っては、受けに徹してまったく手を出していないがゆえに。
傍目には激しい攻防に見えなくもない。
だが実際には、趙雲の攻撃すべてがしのがれ続けているに過ぎなかった。



「……貴殿はなんのつもりか。武の劣る私をからかうのはそれほど楽しいか?」

ことごとく届かない自分の攻撃に、趙雲は苦々しい表情を隠そうとしない。
己の武が、この関雨という女性に届かないことは分かった。悔しいが、彼女は理解した。
実力差のある者に対して手加減をするのはいい。余裕から自分があしらわれるのならば仕方がない。
だがやる気の見えない輩に、どうでもいいような対応をされるのはどうにも我慢がならない。

「確かに、実力の差があるのだろう。だが面倒であるなら、さっさと私を叩きのめせばよいではないか。
仮にも同じ武人として、その態度は私に対する侮辱ではないのか?」
「……」
「手加減と手抜きは別物だぞ」

趙雲は再び、愛槍たる龍牙を構え直す。

「参る」

言葉と同時に彼女は跳んだ。

「つッ……」

より速さの増した一撃。
その薙ぎを受け止める関雨。ただ先ほどよりも余裕の欠けた表情で。

「けしかけたのは私だが、仕合を受けたからにはしっかりと相手になってもらわねば困る」

まだ行くぞ。
というや否や、趙雲は更に槍の速さを上げていく。
己が槍の間合いに立ち、右から下から上から左から、薙ぎ、払い。
その最中にもう一歩もう半歩踏み込み、ひとつふたつみっつと神速のごとき突きを見舞う。
関雨はまたも、ただ愚直に受けるのみ。だが、ひとつひとつ捌いていく様が少しばかり強張って見える。

「なるほど。これだけしてもまだ届かぬか」

ひたすら攻める趙雲。止まることなく繰り出していた連続攻撃に、彼女の息もさすがに上がり出す。汗も流れる。

「たいした武才だ」

つぶやきながらも、その手が治まることはない。

「だが」

また一歩踏み込む。幾度となく繰り出された突きが、関雨の正中線に沿い襲い掛かる。
ひとつ、ふたつ。身を捻ることで辛うじて凌いだ速く鋭い突き。その二突き目が戻らぬうちに、下から上へと逆袈裟懸けが疾る。

「っ、つ」

初めて見せる表情。だがそれさえ避けてみせた関雨。
まだ終わらない。趙雲が更なる一手。振り上げた直刀槍・龍牙の勢いに乗り身を起こし、そのまま関雨の鳩尾に渾身の蹴り。

「ぐ、は」

辛うじて腕を挟みこんだもののその衝撃は受けきることが出来ず、身中の息を吐き出される。
刹那、関雨の動きが止まる。だがその瞬きほどの間であっても、達人にとっては大きな隙。
身を縮めた相手の傍らで、舞うがごとき趙雲の槍は止まらない。
立つ姿を崩すこともなく、美しい円を描いた槍は関雨の頸を奪うべく頤(おとがい)を解き襲い掛かり。
直前に、動きを止めた。

「……あるのが武才だけならば、さほど怖くもない」

速く、大きな身の運び、槍を手に踊る、舞のごとき武。
その姿は天に挑み舞い上がるかのごとく激しく、美しいもの。まさに、昇り竜のごとし。
趙雲の手にした直刀槍・龍牙が、関雨の首筋に当たった状態で、時が止まる。

この仕合は、趙雲の勝利で幕を閉じた。




趙雲は思う。
これだけの武。生半可なことで得られるものではない。
見通しの通り、彼女の実力は相当なもの。本来ならば、今の自分では敵いはしないだろう。
ならばなぜ、勝つことが出来たのか。
武が錆付いたという言葉も、彼女は煽り文句として使ったに過ぎない。
思うに、関雨の中のなにかが、武を振るう腕を鈍らせているのではないか。
それゆえに、彼女は武を振るうことに迷いを見せている。そう見えたのだ。
もちろん、それがなにかなど趙雲には分からない。
理由は知らぬが彼女は迷っている。いや、持て余しているというべきなのか。

「なにを迷っている」

趙雲は、彼女がその身になにを抱えているのかは分からない。
だが、相応の武才を持つ者ならば、そこにまだ至らぬ者のために毅然としているべきだ。
少なくとも、趙雲はそう考える。
まだそこまで至らぬはずの自分に負けるなど、あってはならないのだから。

「貴殿は。その武において何某かを成し、それで満足してしまったのかもしれん。
だがそれゆえに、なんでも出来ると思い上がっていないか?」

彼女の武才を培った想い。関雨はそれを見失っているのか、それともただ慢心しているだけなのか。
後者ならば、もういい。その程度の武であるなら、今は及ばずともすぐに手を掛けてみせる。事実、勝利を収めているのだから、そこまでの道は容易かろう。
だが前者ならば。

「確かに、武才には秀でているのかもしれん。だが、今の貴殿に背中を預けようとは思わんな」

趙雲は、あえて棘のある言葉で突き放した。



「貴殿がそこまでの武才を積み重ねた想いは、その身からもう尽きているのか?」

趙雲のその言葉に、関雨は思う。
かつて、自分の背を託しかつ自分に背を預けてくれた武将、趙子龍。
自分の知る彼女・星と比べれば、同一人物とはいえ、目の前の彼女はあまりに未熟に見える。
それでも、今、地に足を付いているのは自分であった。
慢心していたつもりはない。手を抜いたつもりもなかったが、身体が萎縮していたのは自分でも分かる。
ならば、何故?

「貴殿は、武を振るう理由とやらに依存し過ぎなのではないか?」

狙ったかのような、趙雲の鋭い言葉が関雨を刺す。

「志が高い者ほど、他を蔑ろにし易いのかも知れぬな。
遠くを見過ぎて、それを見失い、足元がおぼつかなくなったというところか」

ひとつ、苦笑いを浮かべる。少し喋りすぎたな、と。
趙雲はそのまま踵を返し、関雨を気にすることなくその場を離れ、公孫瓉たちの下へと歩み寄った。

その後姿を見送ることなく、関雨は思考の渦へとはまり込む。
自分が、依存している? 足元が見えていない?
いわれてみれば、まさにその通りだった。
北郷一刀と劉備。想いを寄せる主人と、敬愛する義姉。ふたりの側で武を振るうことこそが、これまでの自分のすべてだった。
それがこの過去の世界へと流されたことで、なによりも愛しいふたりを失った。
寄る辺をなくした彼女は、胸のうちにあった確かなものがポッカリと空いてしまったような、虚脱感を得る。

あぁ、そうなのか。

関雨はここでやっと気付く。
自分は、あのふたりがいないから、武を振るう理由が見出せないのだ、と。
だから、劉備に、桃香に会いたいと思ったのだ、と。

この世界にいるであろう劉備は、おそらく関雨の知る劉備とは異なるのだろう。
そしてかつて自分がいた、義姉の隣という場所には、自分とは違う関羽が立っているのだろう。
そう、この世界の北郷一刀が散々指摘していたこと。
そこに自分の、関雨の居場所はないということを。だからこそ、自分の立ち位置を自分で決めろと。
そして、自分がなにをしたいのかを考えろ、と。

"こちらのご主人様"は、気質は同じかもしれないが、随分と人が悪いのではないか?

それでも自分を導こうとしてくれている北郷一刀という存在に、関雨は少しばかり笑みがこぼれる。



静寂。声が出ない。出せない。
長くはない仕合だったが、その内容の質は実に濃いものとなった。

「……いやこれは、凄いものを見たな」
「……趙雲さんが強いのは分かってたつもりだけど、これほどとは」

強いとかのレベルが違う。一刀は心底そう思っていた。
そして、"武"というものに対する認識を改めた。
こんなものを見てしまったら、「多少は武に自信が」などといえない。いえたものじゃない。そう思わずにはいられない。
自分の隣に立つ公孫瓉様でも驚くほどなのだ。今目の前で繰り広げられた攻防は、さぞ凄いものだったのだろう。

「実際のところ、今の仕合はどの程度のものなの?」

これまた隣に立つ華祐に、一刀は小声で尋ねる。

「あれだけの立会いは、そうそう見ることは出来ん。素直に喜んでおけ」

華祐は続けて、関雨についても触れる。

「関雨の武は私よりも上だ。
だが今のあいつは、いろいろと囚われすぎて本領を発揮できていない。
そこを趙雲に突かれてしまい、あの結果となった。
趙雲の武才も、今はまだ未熟ではあるが相当のもの。
でなければ、鈍った関雨だとてそう簡単に勝つことは叶わん」
「悩みは深いのかねぇ」
「なに、周りが見えていない猪なだけだ」

かつての彼女を知る者なら「お前がいうのか」と突っ込むような台詞を口にしたところで。
彼と彼女らのところに趙雲がやってくる。

「伯珪殿」

公孫瓉の前に立ち、彼女は進言する。

「このような結果にはなりましたが、あの者の武は本物です。仕官そのものは私も歓迎いたす。
ですが、一将として立たせるには多少不安がある。ゆえに、私の下に副官として付けていただけないだろうか」

お願いする。
と、自分がいうべきことだけをいい、彼女はその場を離れていった。
少々疲れました、と、呟きつつ。疲れたから食事を振舞えと、片手に一刀の腕を掴みながら。

なにかを喚く一刀が、趙雲と共に城の中へと消えていく。
その場には、公孫瓉と華祐、鳳灯、そして関雨だけが残される。ちなみに呂扶は一刀についていった。




相変わらず、開かれた中庭の中心で蹲る関雨。
彼女に近づくでもなく、残された三人は立ち尽くしていた。

「……なんとなく、愛紗さんの雰囲気が柔らかくなった気がするのは、気のせいでしょうか」
「吹っ切った、というわけではないだろうがな。あやつなりに、腑に落ちたものがあったのだろう。
同じように眉間にシワを寄せていても、暗さが少しばかり取れている気はするな」

鳳灯のつぶやきに、華祐が応える。ふたりの声は少しばかり明るいものだった。

「趙雲殿の進言には、私も賛成です。今の関雨は少々危ういところがある。
あやつ個人の悩みで、兵を危険に晒すことはない。かといって一兵としては使いきれぬ。副官程度の扱いが妥当かと」

華祐は趙雲の進言を支持してみせ、改めて公孫瓉に上申する。

「私にはそうは見えないんだが。でも長く付き合ってる華祐がいうなら、そうなんだろうな。
分かった。そうしよう。
でも本来なら、将としての才も充分なんだろ?」
「それはもちろんです」
「なら精神的に復活してから、本格的に働いてもらうことにするさ」

公孫瓉はそういってまとめてみせ。

「多分、趙雲に引きずられたまま北郷が料理を作らされてるだろうから。
関雨も誘って腹ごなしといこう」

落ち込んでいるのを盛り立てようとしているのか、それとも空気を読んでいないのか。
微妙な誘いをかけ、この場を引き上げるようとするのだった。





「……正直なところ、死ぬかと思いましたぞ」

ひとまず自分秘蔵のメンマを貪りながら、先ほどまでの立会いを一刀に語る趙雲。
張り詰めていた空気はどこへやら。まさに憔悴しきったというような表情を浮かべて見せる。
ここまで素っぽい彼女も珍しい。いや、彼は初めて見たかもしれない。
ちなみに呂扶はなんとか彼女が追い出した。武人には聞かれたくないという、せめてもの矜持だろうか。
とりあえず、メンマ増量を約束させて、いいたいことを全部吐き出させてやろうと考える一刀だった。













・あとがき
「趙雲」と打つ際に、時折「張遼」と打っていた自分が油断なりません。

槇村です。御機嫌如何。




話の流れで趙雲趙雲いっている中で、一箇所二箇所「張遼」が混ざってたりするとか。
終いには頭の中で、関雨の相手をしているのがいつの間にか張遼になっていたり。
いやいやおかしいでしょ。
おかげで名前以外にもところどころ文章変える羽目になったりね。
恐るべし張遼。(明らかに槇村のせいです)


それにしても、戦闘シーンが難しい。
一対一でこれだよ。合戦シーンなんてどうするんだよ。くっ。
……精進します。

あと、愛紗の扱いがひどいと思われるかもしれませんが。
あれですよ、高く飛ぶためには一度大きく屈まないといけないのです。
そんな感じで。はい。



・追記
この話の中で関雨関雨と連呼しているのを誤字だと思われた方もいらっしゃいましたので、補足。
現在作中にいる関羽・鳳統・呂布・華雄は、自ら偽名を名乗っています。

四人が外史の過去世界に跳ばされた。
 → そこには同じ自分がいるはず。
  → じゃあ同じ名前だとまずいよね。
   → 偽名を名乗ることにしよう。

性・字・真名は同じ、名を漢字だけ変えて読みは一緒にした、という設定になっています。
そのうち、関羽同士バッティングするシーンも出します。はい。



[20808] 09:それさえも おそらくは平穏な日々
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/03 17:04
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

09:それさえも おそらくは平穏な日々





関羽、鳳統、呂布、華雄。彼女たちが外史に跳ばされ、ひとまずそこで生きていくしかないことを理解してしばらく。
四人はそれぞれ、関雨、鳳灯、呂扶、華祐と名を変え、それなりに平穏な日々を過ごしていた。



関雨と華祐は、遼西郡太守・公孫瓉の元に客将として身を寄せた。公孫軍に属する兵たちをビシバシ鍛える毎日である。
もとより公孫軍の兵力は騎馬主体だったこともあり、歩兵となるとその練度にやや不安があった。
そこに現れた、ふたりの英傑。彼女たちの行う訓練は容赦なく厳しいものだったが、着実にその質を上げていった。
ことに、関雨のシゴキ振りは相当なものだった。
彼女は、ある一定の目標を設定した上で、そこに向けてひたすら訓練を重ねる。無理をする。無茶もする。
それでも、へたばる者は出るがなんとか脱落者を出さずに目標を達成させているのだから、いろいろと見極めた上でシゴいているのかもしれない。

反面、同じ訓練であっても、華祐が担当する方が分かりやすいと兵たちには評判だ。
どれだけ丁寧に指導したとしても、関雨は、天武の才でこなしてしまう部分が伝えきれない。兵は理解しきれない。
逆にそれが華祐になるとやや異なる。
彼女は、才能よりも努力によって自分を高めた者である。そのために、ここはこうしろ、と、具体的に噛み砕いて伝えることが出来るのだ。
結果、華祐の方がウケがいい、ということになる。
その事実には関雨も気づいていたし、理解もしている。努めて噛み砕いて伝えようとはするのだが、どうしても通じきらない部分が出ることにもどかしさを感じている。ままならないものだ。

逆にそういった部分を汲み取ることが出来るのであれば、関雨を相手にした方が効率がいい。
意を汲めるほどの実力者。その筆頭が、趙雲だ。
近しいものを持ってはいるものの、彼女と関雨の間には力の差がはっきりと存在している。
彼女もそれは自覚しているのだろう。殊勝なんだか尊大なんだか分からない態度を見せながら、関雨が行う訓練を大人しくこなす。
それが終わると、趙雲は、個別に関雨に挑みかかる。力が及ばないなりに、一手一手工夫をし考えを巡らせながら仕合ってみせる。
趙雲のその様は、必死ではあるものの、どこか楽しげでさえある。なにかを得ているという手応えを感じているのだろう。
同様に、相手をする関雨もまた、趙雲の相手をするときはどこか楽しげだ。
幾ばくかの斬り返しの手は出している。だが、関雨から斬りかかることはなかった。その点は、先だっての仕合と同じである。
だがそうしている動きに、受けきってみせようという意思が感じられた。
いうなれば、余裕。
関雨の見せるその余裕が、趙雲は癪に障って仕方がない。
とはいえ、その余裕はこちらを侮ってのものではないことは感じられたので、気分が悪くなるということはない。
趙雲は胸を借りるつもりで、力の限り強く、速く、槍を振るうのだった。

ちなみに。趙雲は、華祐とも幾度となく仕合っていた。しかし彼女にもまた、一度も勝てないままでいる。
関雨とはまた質の違った強さ。手が届きそうで、届かない。歯痒いことこの上ない。
また呂扶とも仕合っている。一度立ち会ってみただけで分かるその武才に、世の中の広さと、武の世界の奥深さを痛感させられた。
ここまでまったく歯が立たないとなると、却って清々しく感じるほどだった。
しかしこのままでいられるほど、趙雲の性格も大人しいものではない。いずれ追いつき追い抜いてみせる、と、捲土重来を誓うのだった。

このような訓練は、一般兵たちも一堂に会して行われる。趙雲をはじめとした将扱いの者はもちろん、公孫瓉まで一緒に混ざる。
最初に、基礎を固めるための走りこみや体力づくりといった内容をこなす。その後、模擬刀や模擬槍を使っての組み合いや型の展開。そして集団での陣形態などを教え込む。
これまで公孫軍でもやっていなかったわけではない。しかしその質のほどは、いまひとつ突き抜けきれないような物足りなさがあった。
それが関雨と華祐という指導役を得たことで、地味にしかし着実に、その実力が底上げされていく。
公孫瓉は非常にご満悦だった。心身共に疲労する兵たちに関しては、この際目をつぶろうと棚上げされてはいたが。

全体的な訓練を終えた後は、より小規模な陣形での、もしくは個々での鍛錬に入る。より身近に、関雨や華祐に扱かれるということだ。
先にも触れた通り、多くの一般兵に華祐は大人気である。となると自然に、将扱いの者は関雨が相手をすることが多くなってくる。
もとより根がまっすぐで真面目な関雨。
この地の中核を成す人たちが教えを乞うているのだから、しっかりとしなければ。
などと意気込んだりするわけなのだが。変に力が入りすぎることも多々あり。
時折手加減を間違えて、趙雲以外は打たれ過ぎて死屍累々といった事態になったりもする。
趙雲もひとりまだ立っているのをいいことに、
伯珪殿はもう少しもたせることは出来ないのかとか、
関雨殿は仮にも太守殿に対してずいぶんと思い切りますなぁとか、
あれこれイジりながら煽る煽る。
そんなやり取りに発奮したりやせ我慢をしてみたりと、なんやかやで日々中身の濃い鍛錬は続けられている。



鳳灯は陽楽の町をよく出歩くようになった。
はじめこそ、なにか用事の際に一刀について行く程度ではあったが、いつからかひとりで町中を歩く回るようになる。
彼女は考えていた。三国同盟以後の町並みと、今ここの町とはなにが違うのかを。
以前にいた世界を思い出す。
今と同じころにいた町と比べてみると、陽楽という町は賑やかで平穏な、しっかりと統治されている印象を受ける。
それでも、かつてご主人様や自分たちが治めていた町並みには及んでいない、と、鳳灯は考える。
ならば、かつて自分たちが執っていた内政策を適用したらどうなるか。
それはこの陽楽でも通用するのか。
……自分の知が、人を不幸にせずとも役立てることが出来るのか。
彼女は思考を巡らす。

かつて彼女の主たる"北郷一刀"は、すでに知っている知識をこの世界に当て嵌めてみただけだといっていた。
今の鳳灯には、この時代にはない知識と具体策が頭の中に入っている。
つまり、それは"天の知識"に等しいもの。
一刀がいっていたことはこういうことだったのだろう、と彼女は実感していた。
なるほど。知っているからこそ、対処出来るものに対して具体策を立てられる。
避けられるものは避け、抗えるものには抗う。そんなことが出来たのだろう。
自分が同じような境遇になって、かつて主が抱えていたであろう気持ちに、初めて気づく。

それなら、私はどうする? 鳳灯は自問する。
かつてご主人様がしたように、"天の知識"を駆使して、少しでも過ごしやすい世の中を目指すべきではないのか。
そして白蓮、いやさ公孫瓉さんのいう通り、知を振るうのは戦場に限らなくてもいいのではないか。
彼女は思う。
戦を治めるために知恵を絞るのではなく、戦を起こさぬような治世のために知恵を絞ればいいのではないか?
鳳灯は、自らの在り方の、活路を見出し始めていた。

「最近、表情が明るくなってきたね」
「……そう、でしょうか」

"天の知識"について、知っている内容のすり合わせなどを一刀とするようになった鳳灯。
なにを考えているのかまでは分からなかったが、自分からなにか動き出した彼女に対して、彼は喜んでそれに付き合う。
そんな話し合いを何回も重ねているうちに、彼女の表情が随分と明るく柔らかくなって来ていた。
彼女に自覚はなかったが、これまでどこか影を指したような表情を浮かべ続けていた。
彼を始めとして、関雨、呂扶、華祐、事情を知る皆が揃って彼女の心身を心配していたのだが。
最近の鳳灯の様子を見て、ホッと一安心といったところである。

鳳統は、かつて自分たちが行っていた治世・内政策をまとめ上げていた。
それを一刀の"天の知識"と照らし合わせ、今現在実行可能かを突き詰める。いわば勉強会のようなものを重ねている。
もっとも、以前にいた世界ではさほど問題は起きなかったのだ。こちらの世界で同じことことをしたとしても、問題が起こるとは思えない。
それでも、よりよく洗練させようという気持ちが、一刀との勉強会を続けさせている。
そんな鳳灯を見て、一刀は暖かく見守るばかりである。

ある程度の具体案がまとまったところで、彼女は公孫瓉に面会を求めた。
自分の知識と陽楽の現状を合わせ見て、治世案及び内政案をまとめてみたので目を通してみて欲しい、と、上申したのだ。
突然のことにさすがに驚いた公孫瓉だったが、その上申案に目を通すや否や、彼女の表情は太守のそれへと変わる。
ひと通り目を通し終えたと同時に、公孫瓉は内政担当の文官数名をすぐさま呼び出し、鳳灯の上申案を検討させる。
そのままあれよあれよと話は進み、数日のうちに、上申案のいくつかは実行に移されることとなった。
発案者として鳳灯は、文官たちのアドバイザーのような位置に立つことになる。
他の案件に対しても、遼西郡全般に適用するにはどうすればいいか、といったやり取りが城内で重ねられることになり。いつの間にか彼女は、文官の間に指示を出す重要位に立つことを求められるようになる。

相変わらず、話すときは噛み噛みになることが多い。
だが逆にいうなら、勢いで噛んでしまうほどに、伝えたい形にしたいというものが彼女の中に再び沸き起こったのだといえる。
鳳灯の立ち居振る舞いに、これまで差していた陰は見られなくなった。
生きる指針を失っていた鳳灯が、もう一度その知を生かす場を見出した。喜ばしいことに違いない。



呂扶の生活の中で、この世界にやって来て一番変わったことといえばなにか。
それは、食事の量が減ったということだろう。もちろんそれでもものすごい量ではあるのだが。
一刀に保護されたおかげで食と住の不安がなくなった。
自ら戦場に出ることがなくなり、それだけのエネルギーを消費する場をなくした彼女には、必死に力を溜め込む必要がなくなったのだ。
とはいえ、天下無双とまでよばれる武の持ち主だ。そう腐らせておくのももったいない、と、彼女を知る者は思ってしまう。
ゆえに、彼女は城に呼び出され、訓練の相手をさせられることが度々あった。
呂扶としても、身体を動かしたくなるのだろう。
特にその呼び出しに逆らうこともなく訓練に参加し、向かってくる兵や将たちを吹き飛ばしている。もちろん手加減して。
また関雨や華祐、そして趙雲や公孫瓉などを相手に仕合ったりもしている。
やはりというか、呂扶のひとり勝ち状態。趙雲はあっという間に叩きのめされ、公孫瓉もいわずもがな。
関雨、華祐との立会いも、人はどこまで強くなれるのかと思わせるような鬩ぎ合いを見せてくれる。
またそのふたりをまとめて相手に仕合が行われた際は、まさに圧巻。公孫軍の誰も敵わないふたりが掛かっても、呂扶はひとりで凌ぎきってしまうのだから。
その仕合を見た兵たちは、まさに雲上ともいえる武の程をつぶさに見て興奮を隠さない。以降の修練に発破をかけるのに大いに一役買ったという。

ちなみに、一番の成長株は公孫瓉。
始めは剣を構えるだけで吹き飛ばされていたのが、気が付けば五合程度は切り結ぶことができるようになっていた。

また趙雲の提案で、対武将を想定した一般兵の対処法を練習したりしている。
実力の勝る敵武将に対して多対一で囲い込むなどして、無駄死にをしない方法を見出そうというものだ。
その練習相手は、無手の呂扶。例え無手であっても、やはり天下無双。
「ぎゃわー」とか「どわー」とかいう悲鳴と共に、かかって行く兵たちが吹き飛ぶ様は見るも無残ではあったが。

「なに。あれだけの相手に慣れておけば、そんじょそこらの将相手に怯むこともあるまい」

とは、趙雲の言葉。確かに一理ある、とはいえる。

城に出向かないときは、一刀の勤める店でお手伝い。というか、看板娘役。
給仕役らしいことは、そう多くはしない。
ほとんどの時間を、どこかのテーブルに招かれてなにかしら奢ってもらっている状態だった。
人気者だ、といえば確かにその通りなのだが。
なにか違うような気がするも、儲かってるんだから気にしたら負けかもしれないな、と、思い込む一刀だった。
店に顔を出していなければ、周辺の木陰で昼寝をしている可能性大。気侭に日向ぼっこの日々である。
おかげで、呂扶がどこからか呼び込んだ、犬や鳥をはじめとした動物たちが一緒に転寝をしていく。それがまた話題となって、一刀の店に客がやって来て、呂扶の存在に癒されていく。そんな人たちが増えていった。

ある意味、四人の中で一番平穏な時間を満喫しているのかもしれない。
それでも時折、店の屋根の上に登って、なにか考え込んでいるように、どこか遠くを眺めている姿が見られる。
彼女もまた彼女なりに、なにかを感じ、なにかを考えているのだろう。
一刀はそう思っている。



一刀は本来、外史を超えてきた彼女ら四人に対してなんの関係もない男だ。
ただ、行き倒れていた彼女たちを見殺しにするのは気分がよろしくなかった。だから助けた。
事情を聞くと、自分と同じように、こことは違う世界から訳も分からず跳ばされて来たという。だから親身になって話を聞いた。
いってしまえば、それだけなのだ。

一刀は思う。
彼女らから見てみれば、"北郷一刀"という存在は特別なものだった。それは分かる。彼自身も理解は出来た。
じゃあ自分がその"北郷一刀"のように、彼女らと一緒に行動を共にするのか。そう問われれば、答えは否、だ。
なぜなら、俺は彼女らの知る"北郷一刀"じゃないから。これに尽きる。
自分には自分の生活がある。文字通り裸一貫から、曲がりなりにも自分で築いた居場所がある。それを捨ててまで、彼女らに付き合う義理はない。
だから、彼女たちが自分なりに進むべき道を決めたのならば、それを止めない。そしてそれに付いて行き陽楽を離れることもない。少なくとも、今の自分はそう考えている。
そもそも、彼女らは歴史に名を残す英雄たちなのだ。自分ごときなど足手まといにしかなるまい。
そう考えることに、なんらためらいはない。かつていた世界でも、この世界でも、自分はただの民草のひとりなのだから。
こうして知り合ったこともなにかの縁なのだろう。自分ごときでなにか役に立つのであれば、出来る範囲で働いてみせる気概はある。
だが、一刀は彼女らの保護者になるつもりはない。自分には自分の、進むと決めた道があるから。

確かに、この世界は荒れている。もうすぐ乱世と呼ばれる時代がやってくるだろう。
泣いて過ごすよりは、笑って過ごせた方がいい。
将来を笑顔で過ごすために、今を泣いて過ごす必要が出て来るのかもしれない。
だけど自分は、今、笑顔になることを望む。
この世界で一刀が選んだ手段は、料理。この三年間で、陽楽の町に少なからぬ笑顔を生んできた自負がある。
例え小さいといわれても、それは自分が出来る範囲で選んだ道。自分の選んだ道は、否定させない。
最近では太守である公孫瓉とも知己を得て、城勤めの料理人との交流も増えた。自分の選んだ道が、少しずつ広がって来ている。
一刀は少なからず、そう実感していた。



武に秀でた者、そして知に秀でた者の働きかけが、少しずつ少しずつ実を結んでいく。
そんな毎日の積み重ねによって、公孫瓉の治める遼西郡は、軍部においても内政においても、質の高い充実したものを保持するようになる。
まさに、平穏な日々。だれもが、このまま穏やかに時が過ぎればいいと思っていた。
だが世の中の流れはそれを許そうとはしなかった。
遼西郡に限っていえば、さほど目立った諍いは起きていない。
だがそれ以外の地域となると、必ずしもそうとは限らない。
商人たちの行き来に伴い、他地方の動向に関する情報も陽楽に流れてくる。実感は沸かないが、民草が徒党を組み方々で狼藉を働いているという。
後に、黄巾党と名乗る集団。その規模は非常に大きく、数千数万にも及ぶものが各地で頻発しているらしい。
その黄巾党を鎮圧するべく立ち上がったひとつの義勇軍が、あるとき、陽楽の町を訪れた。
義勇軍を取りまとめる長が、遼西郡太守・公孫瓉に面会を求める。
その長の名を、劉玄徳。
ここではない世界で関雨と鳳灯が仕えた、かの劉備その人であった。













・あとがき
まだまだ(地味に)行くよー?

槇村です。御機嫌如何。




すこし間が空きました。
しばらくネットが出来ない状況にいたりしたのですが、やっとこさ続きをでっち上げましたよ。
で、その内容は相変わらず地味。これはもうどうしようもないね。えぇ。
さてさて。次回、劉備さんご一行登場。愛紗と雛里がこの世界の自分とご対面です。

続き、どうすっかなぁ。
震えて待て。



[20808] 10:劉備来たる
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/07 21:18
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

10:劉備来たる





「白蓮ちゃん久しぶりー!」
「おー! 久しぶりだな、桃香」

時間にして三年ぶりとなる、友との再会。挨拶もそこそこに、互いに手を取り合う劉備と公孫瓉だったのだが。

「愛紗ちゃん?」
「関雨?」

互いの後ろに控える人物を見て、なによりも先にその名前が出て来る。誰何する口調のままに。

「え? なんで愛紗ちゃんがもうひとりいるの?」
「すごいそっくりなのだ。愛紗なのに、愛紗じゃないのかー?」
「はわわ、瓜二つでしゅ!」
「あわわ、びっくりでしゅ!」

思いもよらぬサプライズに、劉備一行は大騒ぎ。
それはもちろん、劉備の後ろに控えていた関羽当人にとっても予期せぬ出来事。
自分と瓜二つの人物が目の前に現れたのだから、慌てるのも当たり前だ。

「貴様何者だ! 妖の類か!」

などと、今にも飛び掛らんというくらいに身構えてみせる。その性格ゆえに、すわ一大事と、思い込んだら一直線なのだろう。
ちなみに彼女たちの武器は、城の中に通された時点で預かられている。いきなり切りかかるということはない。
もっとも彼女の勢いから察するに、武器を持っていれば切りかかっていたかもしれないが。
いや。僅かに腰が引けて見えたのは、実は少し怖がっていたのかもしれない。

反面、関雨の方は、かつての自分の姿を見ても平静でいられた。
もうひとりの自分の存在をいい含められていたから、というのもある。一刀さまさまだ。
とはいえ、理屈としては理解できても、やはり実際に目の当たりにしてみると。やはり驚かずにはいられない。
過去の自分と対面するなど、普通なら思いもよらないことなのだから。
それと同時に彼女は思い知らされる。この世界に、自分の居場所は本当にないのだということを。
その事実がことさら、関雨を冷静にさせていた。

「確かにここまで瓜二つだと、妖かと思いもするな。その気持ちはよく分かる」

ゆえに、関雨は落ち着いた声を返してみせる。

「しかし、身を寄せ頼った先の太守の前で、その方に仕える者に掴みかかろうとするのはいかがだろうか。
自分の仕える主の名を貶めることになるとは思わないのか?」
「ふむ。確かに関雨殿のおっしゃるとおりですな」

関雨の言葉を受けて、趙雲が話の続きを引き受ける。

「関雨殿。本当に貴殿は妖や化生の類ではないのか?」
「生まれてこの方、この姿のままだ」
「では、生まれてこの方ずっと化生として生きて来たとか」
「私は人間だ」

引き受けたはいいが、返してくる言葉は面白半分に茶化したもの。
関雨も律儀に言葉を返すものだから、趙雲もまた調子に乗って来る。

「おい趙雲、そのくらいにしとけ。話が進まないだろ」
「おお、これは失礼を。ついつい、いつものように関雨殿をイジってしまいました」

そんなやりとりがあり。互いに満足な自己紹介もしないうちから、関雨と関羽の名前と顔だけは周知となる。

「お姉ちゃん、顔だけじゃなくて名前も愛紗といっしょなのかー?」
「どうやらそのようだ。君の口にした名前が彼女の真名ならば、真名まで同じということになる」

張飛の言葉に、関雨がサラリと答えてみせる。
さり気ない応対だったが、関羽を始め劉備一行はもちろん、公孫瓉や趙雲まで、その彼女の言葉に驚かされた。
関雨にしてみれば既に分かりきっていたこと。なにしろ当の本人。同じで当然なのだから。
更にいえば、当人ではないとはいえ顔も名前もよく知った面々なのだから、真名を知られることにも抵抗がない。

「世の中には少なくとも三人、自分と同じ姿かたちをした者がいると聞いたことがある。
そのほとんどは互いに顔を合わせることもなく生涯を終えるらしいが……。
こうして自分と同じ顔を目の当たりにすると、その話もまんざら戯言とはいい切れないようだな」

関雨はそういい、同じ顔同じ姿、同じ名を持つ存在を肯定してみせた。
ちなみにこの言い訳を彼女に吹き込んだのは一刀である。
自分のいた世界ではこんないわれ方がある、と、当人同士が顔を合わせたときのために用意しておいたのだ。

「名前や姿が同じでも、逆にいえばそれだけだろう。私がこれまで辿って来た道まで、関羽殿と同じではあるまい。
私は私。関羽殿は関羽殿。それでいいのではないか?
いかがか、関羽殿」
「ふん、当たり前だ」
「関雨殿の言葉に、関羽殿がソッポを向く、か。言葉にすると実に紛らわしいですな」
「趙雲、お願いだからお前もう黙れ」

趙雲は、本当に楽しそうな笑みを浮かべていた。公孫瓉のいうところの、"近づくと精神的に怪我をする"笑顔を。
紛らわしいのは事実だったが、ややこしくしているしている当人が楽しそうにいう。それを公孫瓉がうんざりした顔で諌める。

「趙雲殿の戯言は捨て置くとして、だ」

関雨は、そんな趙雲の悪乗りを華麗にスルーして見せて、

「我が名は、関雨。関(せき)に雨(あめ)、で、関雨という。よろしく頼む」

早々に自己紹介。

「姓は関、名は羽、字は雲長。関(せき)に羽(はね)で、関羽だ」

まだなにか気に入らないような、威嚇するかのような視線を向けつつ、関羽もまた名を名乗る。
そのまま他の面子の紹介を、というところで。関雨がしばし考える。

「公孫瓉殿。彼女も紹介しておいた方がよろしいのでは」
「……あー、そうだな。あとあと混乱するかもしれないしな」
「それならば、私が連れて来ましょう」
「頼む、関雨」

王座の間から出て行く関雨の背中を見送りながら、劉備が首をかしげる。

「まだ紹介する人がいるの? 白蓮ちゃん」
「あぁ。もうひとり、その青い帽子の彼女にそっくりな者がいる。一緒に紹介しておいた方がいいだろう?」

その言葉に、何度目か分からない驚きの表情を、劉備一行は浮かべるのだった。



「鳳灯、といいます。鳳(おおとり)に灯(ともしび)で、鳳灯、です。公孫瓉様の下で内政に携わっています」

鳳灯が名乗り、一礼する。
そんな彼女の姿に、劉備一行はまたも興奮を見せる。ことに、はわわ軍師とあわわ軍師のふたりが著しい。

「本当に雛里ちゃんにそっくりだよ!」
「自分のそっくりさんだなんて、なんだか変な気分です……」

互いの手を取り合って、まるで有名人を目の前にしたかのような盛り上がりをみせる。
まるきり見世物状態の鳳灯は、やはりかつての自分と比べて冷静な状態でいられた。

関雨と同じく、彼女もまた心中は複雑だった。
本当に、自分は違う世界に来てしまったのだな、という、新たな諦めの気持ち。
自分の傍に親友の朱里がいないことに、改めて感じてしまう寂しさ。
目の前にいる過去の自分に対する、わずかなうらやましさも。

かつて主と仰いだ桃香、劉備を目の前にして、自分はどんな気持ちになるのだろうと、鳳灯は考えていた。
実際に対面してみて、懐かしいとは思う。けれど、それだけだった。
改めて主と仰いでどうこう、と、考えもした。
しかし、自分が今の劉備勢に参加しても居場所がないだろう、そう認識しただけだった。彼女たちを目の前にして、その思いを新たにする。
こちらの世界の劉備さんは、こちらの自分に任せよう。
彼女は、そう決めた。



改めて、劉備が主だった仲間を紹介する。
武将のふたり、関雲長と張益徳。軍師のふたり、諸葛孔明と鳳士元。
彼女たちがいかに頼れる仲間なのか、劉備は熱い口調をもって説く。そして彼女たちの武勇も披露していく。

劉備曰く。
自分の村が賊に襲われ、それを追い払う際に関羽と張飛に出会った。
義姉妹の契りを交わし、民が笑顔で過ごせる世の中を目指して義勇軍を結成。
各地を放浪している間に、諸葛亮と鳳統を得た。
軍師ふたりの意見を取り入れつつ、賊の規模を考えながら確実に鎮圧を続け、各地を転戦していたという。
事実、拠点を持たない数百の勢力ながら、劉備たち義勇軍の名はそれなりに名の通ったものになっていた。

「おいおい、桃香ほどのやつがずっと放浪? 慮植先生のところを卒業してからどこにも仕えずに?」
「うん、そうだよ」
「桃香だったら、どこかの県の尉くらいは簡単になれただろうに」
「でも、それはイヤだったの」

確かにその道も劉備は考えた。
しかし、それでは思うように動くことが出来ない。
どこかの県に所属したとしても、助けることが出来るのはその周辺の人たちだけになってしまう。
なら他の地域で困っている人たちはどうすればいいのか。
自分がどこにも所属しないで、助けを求めているところに直接行ける自由な立場でいればいいのではないか。

「私は、みんなが笑って過ごせるような、そんな平和な世の中になって欲しいの」

そのためなら、地位なんて欲しいとは思わない、と、彼女はいう。
大きく手を広げ、なんの迷いもなく、ただ理想のみを一心に追い求めるまぶしさをもって。



桃香様の掲げる理想像は、世界は違えど相変わらずまぶしい。関雨は心からそう思った。
しかし今の関雨の中には、かつての自分が感じていた胸の高鳴りが生じない。自分でも驚くほどに。

良くいえば、劉備は純粋なのだ。
まるで子供のようなまっすぐさをもって、欲しいものに向けて手を伸ばす。その気性はとても好ましい。
だが反面、その理想に対する具体的なものが見えないために、彼女の言葉は子供の駄々に聞こえなくもない。
なにかが違う。今の関雨は、うまく言葉に出来ない違和感を感じていた。

良くも悪くも、今の関雨は現実の姿を知っている。悔しいが、出来ることと出来ないことがあることを、身をもって体感している。
その事実を鑑みると。公孫瓉の手堅い治世の方が地に足が付いている。着実に民を救っている。彼女はそう思わずにはいられない。
自分の持つ力の程を弁え、それの及ぶ限りで全力を尽くしている。少しでも民の生活がよくなるように努力している。
そんな人たちの前で、己が理想を唱えるのは不遜なことなのではないだろうか。
ふと、そんな疑念が沸き起こった。

関雨たちは、かつて同じ理想を追い求めて戦い続けた。
その理想が実現する、もうすぐ手が届く、そんなところで、取り上げられた。
彼女たちは一度、理想に裏切られている。
劉備の掲げる理想の後を追うのが、怖いのだろうか。同じ道をもう一度歩むことに、躊躇せずにはいられない。



公孫瓉と劉備たちの会話が盛り上がっているのを傍目に。関雨と鳳灯は小さく囁き合う。

「どうですか、愛紗さん。こちらの世界の劉備勢は」
「……いろいろ思うところはあるが、今の自分が直接関わることはない、と思ったな」
「劉備さんについて行くことはない、と?」
「あぁ。あの中に、私の居場所はない」

雛里も、そう思ったんじゃないのか? 傍らに立つ仲間に問いかける関雨。
鳳灯は、自分と同じ気持ちを持っていた仲間に、ついつい笑みを浮かべてしまう。
同様に、過去を懐かしむかのような、感傷的な気持ちにもなってしまう。
あの、理想に向けて愚直なほどの姿勢であるからこそ、劉備は大陸に名を馳せる存在になりえたんだろうと思う。
この世界の彼女も、かの世界の桃香のようになるかもしれない。
だが。そのどちらでも自分たちは、劉備の傍らに立つことはない。立つことが出来ない。

「我々が関わらずとも、経験をつんで行くうちに自分たち程度までは成長するのだろう? 同じ自分なのだから」
「……それは、どうでしょうか」

鳳灯の言葉に、関雨はなにか引っかかるものを感じる。

「どういうことだ?」
「私たちと同じ道を辿るかというと、そうともいいきれません。
この世界の劉備さんには、"ご主人様"がいませんから」

以前にいた世界において、関雨たちの行動の指針となっていたのは、桃香の理想。
だがそれに沿った行動の舵を執っていたのは、ご主人様こと北郷一刀だった。
その舵取り役が、この世界の劉備勢にはいない。
抑えるべきところで抑え、諌めるべきところを諌める、そして押すべきところで押す、そんな支柱となる存在がいないのだ。
その時点で、かつての関雨たちとはかなり異なる。

「なるほど。この世界でいうなら、私と、軍師ふたりがその役目を担うのだろうか」

その場面を想像してみる。だが、この当時の自分にそんなことが出来るかどうか。
過去の自分を卑下するようだが、正直なところ不安が残る。

「今の面子では、そうなりますね。ただ皆さん、劉備さんには甘いですから」

かつての自分たちを思い出し、鳳灯は笑みを浮かべる。
関雨もまた、違いない、と、自嘲気味に笑う。

「それでも、助けてやろうという気持ちが意外なほど出てこないのは、どういうことだろうな」
「"自分"のことだから、じゃないですか?」
「……自分のことは、自分で決めろ、ということか?」
「はい」

これも、老婆心っていうものなんでしょうか。そういって、鳳灯が笑う。

「ならば私たちも、これからのことは自分で決めて行かないとな」
「そうですね」

結局、自分たちは劉備勢の下に行くことはなく。
その上で、これからどうするのか、どう生きて行くのかを決めて行かなければならない。

といってもなんのことはない。一刀が散々口にしていた通りにするしかないのだ。



世界が変わっても自分たちは、一刀に行く先の舵を取ってもらっている。そう実感してしまう。
まったくいくら感謝してもし足りない、と、彼女らは思わずにはいられなかった。













・あとがき
「関(せき)に雨(あめ)で関雨」って自己紹介は、中国じゃ無理ないかな?

槇村です。御機嫌如何。




音読み訓読みの区別ってないはずだよなぁ。
まぁいいか。(いいのか?)

さて。関雨と関羽、鳳灯と鳳統の出会いです。
といっても、まったくドラマチックじゃありませんが。これといった騒動もありません。
関雨さんも鳳灯さんも、クールに対応します。年の功ってやつですかね。(悪気はありませんよ?)

馴れ合いをさせるつもりはなかったし、
「俺は劉備にはついていかねぇ」ってのがいいたかっただけなんだけど。
なにか物足りない気がするのは気のせいだろうか。



[20808] 11:世界は終わってなかった
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/09 21:26
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

11:世界は終わってなかった





「つまり、当面の路銀が底を尽きそうだから主の知り合いを頼ろうぜ、ってことなわけだ」
「平たくいってしまえば、そういうことですね」

どの地域に属することもなく、放浪する義勇軍として転戦を続けていた劉備一行。
行動の自由さを売りにしているはずの彼女たちが、遼西郡に入り公孫瓉を頼って来たのはなぜか。

もともと遼西郡には争いごとそのものは少ない。だがまったくないかといえば、そういうわけでもない。
治める太守・公孫瓉が商人を優遇する傾向から、遼西郡はよく栄えている。
その繁栄にあやかろうと、商人だけではなく、盗賊の類までが寄ってくる。公孫瓉にとっても、これは悩みの種だった。
もちろんこれまでも、そういった賊の類に対する対処はしていた。ことに最近は、鳳灯が提案した警備案によって周辺防備が充実している。
それでもやはり、労せず利を掠め取ろうとする輩は絶えることがない。つい先だっても、華祐を筆頭として盗賊の征伐に出向いたばかりである。
また同時に北方の烏丸の動向にも気を配り、防衛に努めなければならない。周囲の脅威というのは、数限りないというのが現状だ。
諍いが起こっていないといっても、起こりうる火種は無数にある。それらに対する備えを怠らないからこそ、平穏を得ることが出来ているといっていい。

そんな遼西郡の事情と、盗賊の征伐に出ていた公孫軍の噂を聞きつけた劉備。
豊かな地域であるがゆえに、賊に狙われる頻度は高い。噂に聞いた出征も、一度や二度ではないらしい。
友人が困っている、ならば自分たちの力が助けにならないだろうか。彼女はそう考えた。

彼女自身は、純粋な好意から手を貸そうとしていた。
だが劉備を支えるふたりの軍師は、そんな好意ばかりでは動かない。名と実、その両方を欲する。乱世に生きる者としては当然の考えだ。
劉備の率いる義勇軍は、拠点を持たない流浪の軍隊である。
兵の数は数百と、決して多いとはいい切れない。だがそれほどの勢力であっても、維持していくには元手がかかる。
戦えば腹が減る。喉も渇く。例え戦わずとも、移動するだけで食料も水も減って行く。消費したそれらを手に入れるには金が必要だ。
これまでの彼女たちは、転戦してきた各地方の有力者が寄せる好意に頼って、金や食料、飲み水などを補ってきた。
そろそろ蓄えが危なくなってくると、賊の集団が暴れている噂を聞きつける。それを鎮圧することで、新たな糧食を得る。その繰り返し。
幸か不幸か、彼女たちはそれでなんとかやっていけた。
幸運なのは、そんな彼女たちの行動が感謝され笑顔を生んだこと。
不幸なのは、民の不幸を求めることで自分たちの糊口をしのいでいる事実である。
その事実を、彼女たちがどれくらい理解しているのかは分からない。
だが今回もまた、義勇軍を維持するための戦場を見つけ出すことが出来た。
様々な蓄えが危うくなってきたところで、義勇軍は遼西郡付近を通りがかった。
この地を治めるのは、かつて共に学んだ友人だ。賊の討伐に出征しているという噂も聞いた。困っているなら助けたい。
そんな劉備の提案に、軍師たちは現実的な思惑を載せて、公孫瓉の下を訪れたのだった。



劉備一行との対面を果たしたその日の夜。
関雨、鳳灯、呂扶、華祐の四人は、一刀に晩御飯をご馳走になっていた。
献立の主役は、麻婆豆腐の試作品。一刀渾身の作である。
三国志のこの時代、麻婆の元となるものはあっても、豆腐がない。
大豆はあるんだから、豆腐を作ることが出来れば料理のバリエーションが増えるじゃないか、と思い続けて幾星霜。
関連資料の流し読み程度の知識を振り絞りつつ、あれこれと作り方を試行錯誤し続けた末にそれらしいものを形にすることに成功。
さらに調整と試作を繰り返した末に、他人に出してもいいんじゃないかというモノを作ることが出来た。
そんな経緯を経て、麻婆豆腐の初試食と相成ったわけである。
味に対する、彼女たちの反応は上々。少しばかり辛味が強かったようだが、柔らかい豆腐の感触に不思議がるやら驚くやら。
特に関雨と華祐は、炊いた米と合わせて食べる味の広がりが大層気に入ったようだ。
呂扶はいわずもがな。落ち着けと思わずいいたくなるほどの勢いで掻き込んでいく。
鳳灯がひとりだけ、思わぬ辛さに舌を刺され「ひゃわわー」と悶えていた。その刺激が引いた後は、辛い暑い辛い暑いと繰り返しながらレンゲを動かし続けている。
彼女らの食べっぷりを見て、これはイケる、と。一刀は新メニューの誕生にひとりガッツポーズを取るのだった。
ちなみに次なる野望は味噌。絶賛試行錯誤中である。



さて。
食事を終えて、少しばかりの酒を振舞う。一息ついた後には、あれこれと会話が交わされた。
その内容は、とうとう出会ったこの世界の自分たちについて。
関雨と関羽、鳳灯と鳳統、それぞれの話。そして劉備たちが公孫瓉の下にやってきた理由にも話は及んだ。
そんな中で交わされたのが、冒頭の内容である。

「確かに、兵たちの食事を確保することは重要だ。流浪の身となると、その苦労もさぞ大きいだろうな」
「華祐さんは、ずっと月さんのところにいたんですよね」
「あぁ。部下を率いていたのは、月様の下で武を振るっていたときだけだ。
汜水関で関雨に敗れた後も、一時は部下を連れていたが、結局は身ひとつになっていたがな」

私のしていたことは、部下を養うというよりもひたすら鍛えていただけだ。華祐はそんなことを応える。
らしいといえばらしい、そんな彼女の言葉についつい笑ってしまう。

「部下を養うという意味では、あぁ見えて恋の方が、私などよりよっぽど優れていたぞ。
あの面倒見のよさが、言葉は少なくとも意が通じる一団を作ったのだろうな」
「確かに。恋直属の兵たちの以心伝心は、真似しようと思っても出来るものではなかったな」
「恋が中央で相手を蹴散らし、その周囲を兵たちが補うことで討ち漏らしをなくす。
芸がないといわれるかもしれないが、恋ほどの武になると、あれこれ工夫を凝らすのは却って無意味に感じるな」
「本当にそうです」

関雨と鳳灯は、心の底から同意する。
華祐のいった通り、策を弄しても力技で強引に突き破ってくる。かつて呂扶を相手にしたことがあるふたりには、その怖さが充分に理解出来た。
思わず呂扶の方に顔を向けてしまう。麻婆豆腐を平らげ、今度は肉まんを頬張っている彼女。今のその姿からは、かつて反董卓連合を相手に暴れまわった天下無双の面影はまったく見られない。三人の視線を受けても、なんのことか分からずに、呂扶はただ首を傾げるばかりである。

「それはいいとしてさ。これまではなんとか劉備たちも遣り繰りしてこれたんだろ? どうして公孫瓉様を頼ってきたんだ?」
「一番の理由は単純に、蓄えがなくなって頼るところがなくなったから、ですね」

これまで劉備らの義勇軍は、遼西郡周辺で活動をしたことがなかった。
理由は簡単。彼女らが出向くような諍いは、それよりも前に公孫軍が対処していたからだ。
ゆえに、この地域周辺で彼女らが頼るような有力者が存在しない。補給を担う拠点を作れないため、更に足が遠くなっていった。
ところがここ最近は、盗賊が跋扈する数がかなり増えている。これまでは自前の軍勢ですべて対処し切れていたものが、手に余るようになってきた。
そんな噂を聞きつけて、劉備一行はやってきた。だが拠点とする場所がない。今からこれまでに頼ったことのある地方に身を寄せようとすれば、到着するまで蓄えが足りるかどうか。不安を覚えたのだろう。

「糧食という"実"もそうですが、義勇軍の"名"を上げるためにも有効だと考えたんでしょう」

鳳灯は流れるように言葉を連ねる。

「確かに、劉備さんの義勇軍もそれなりに知られている存在です。
ですがその以上に、遼西郡における諍いの少なさは、他地域によく知られています」
「それだけ公孫瓉様の治世の良さが知られている、ってことだよね」
「はい」
「そんな平穏な地域に出入りする、現在売り出し中の義勇軍。
……地域の平穏は、義勇軍によってなされていると思われちゃう?」
「その可能性は、大いにありますね」
「嫌な感じだな」

一刀の素直な感想に、鳳灯は、くすり、と、笑みをこぼす。

「もっとも、劉備さんはそんなことまで考えてはいないと思いますけれど」
「純粋に、友人の手助けに来たつもりなんだな」
「おそらくは」

一刀の言葉に、かつての軍師はうなずく。

「ただ軍師のふたりは、そういった風評による自分たちの損得まで、ある程度は考えていると思うんです」
「自分だったらそうするから?」
「はい」

少なくとも、公孫軍の盗賊討伐に実際に参加することによって、遼西郡の平穏にひと役買っているという印象を与えることは出来る。
彼女たちにとって、損になることはなにもない。

「なんだかそう考えると、公孫瓉様がいいように利用されているみたいで腹が立つな。苦労して治めているのに」
「すみません」
「……どうして鳳灯が謝るのさ」
「一度、自分が取った行動ですから」
「……あぁそうか。なるほど」

確かに、この行動を練り上げた片割れは、鳳統。目の前にいる彼女の、過去の姿なのだ。

「言い訳にしかなりませんが、あのときは自分たちのことだけで必死でした。
桃香様には申し訳ないと思いつつも、充分に利用させてもらおうと思っていましたから」

白蓮さんも、ある程度は承知の上だったと思いますけれど。
そういいながら鳳灯は、かつて自分の取った行動をなぞる鳳統と諸葛亮のことを考える。
改めて外側から自分の行動を見ると、いろいろ考えさせられる。鳳灯はつくづくそう思った。



過去の自分の姿を見て、いろいろ思うところがあるのは鳳灯ばかりではない。

「なんといいますか、かつての自分の姿を見るというのは、かなり辛いものがありますね」
「そうなの?」
「はい……」
「なに、若気の至りってやつ?」
「……はい」

公孫瓉を始め、これから世話になる面々を前にして、胸を張っての自己紹介。関雨はその場面を思い出す。

「桃香様の第一の矛にして幽州の青龍刀、と」
「自己紹介でそういったの?」
「はい……」
「外側から自分の言動を見てみたら、随分大きなこといってんなオイ、みたいな感じ?」
「その、通りです」

的確な、あまりに的確な一刀の突っ込みに、関雨は口元を噛み締める。顔を赤くしながらソッポを向いて。

「若さ、なのかね。経験の量という意味で」
「正直にいえば、ものすごく恥ずかしいです」

顔には出さなかった、あのときの自分を褒めてあげたい。彼女はそこまでいい放つ。

「でもそういえるくらいの実力はあるんでしょ? ねぇ鳳灯。関羽以上に、幽州関連で名高い人っていたっけ?」
「いない、と思いますよ?」
「おまけに青龍刀に限定していますから。一概に間違いだとはいえないのですが、それでもやはり」

愛紗さんが一番ですよ、という慰めなのか止めなのか分からない鳳灯の言葉を受けつつも、関雨は気持ちを落ち着かせる。
だがやはりそんな二つ名を口にしてしまうこと自体が、今の彼女の目には恥ずかしく映ったのだ。
かつての自分の姿を脳裏に映し出し、関雨は頭を抱えひたすら悶えている。

「でも趙雲さんも、自分のことを昇り龍とかいってるよ?」
「アレはそういったことも楽しんでいるんです」
「あー、楽しんでそうだなぁあの人」
「その言葉に相当する力を持っているのが、また性質が悪いのです」
「敢えて口にして、ハクをつけているようなもんなのかな」
「そういうところもあるでしょう」
「でも関羽は、それを真面目にいっていた、と」
「うぅ……」

赤い顔はそのままに、関雨が沈み込む。

「まぁ、正論でも実際に口にすると恥ずかしい言葉、ってのはあるよなぁ」
「あの、自分から持ち出しておいてなんなのですが、この話題はもうやめませんか?」

お願いだから。
酔いも回って来ているのかもしれない。関雨が半分涙目で頭を下げるという、想像しづらい姿を最後にこの話題は終了となった。



「それにしても。想像はしていたが、相当に変な気持ちだぞ?」
「なにが?」
「自分と同じ人間がもうひとりいる、ということだ」

劉備たちと公孫瓉が顔を合わせた際には、華祐もまた立ち会っていた。自分の名も名乗っている。
自分ではないが、仲間と同じ人物が目の前に立つ。経験の分だけ若さは感じたが、姿かたち名前まですべて一緒なのだ。奇妙なことこの上ない。

「関羽と鳳統がいたのだ。だとしたらやはり、私と恋もいるのだろうな」
「多分、いると思うよ?」
「私も、過去の自分を見ると恥ずかしくなるのだろうか」
「……華祐、頼むからその話題は」

つぶやく華祐。その言葉を拾う一刀。なんとか話を終わらせようとする関雨。
何気ないその一言一言が、酔いも手伝ってだんだん妙な方向に膨らんで行く。

「だが、華祐がふたりか。といっても、共に猪武将では怖くもなんともないな」
「……愛紗。あれだけ沈み込んでいた奴が随分と吠えるものだな」
「ふん、事実なのだから仕方あるまい?」
「猪なのは貴様の方ではないのか? おまけに過去の関羽は、貴様を化生かなにかと腰が引けていたようだが。猪の方がマシかもしれんな」
「くっ、いわせておけば」
「華祐さんと、恋さんがふたり……」

剣呑な雰囲気で睨み合うふたりを放置したまま、鳳灯がなにかを思いついたかのようにつぶやく。

「あわ……。敵側に恋さんがふたりなんて、軍師からしてみれば絶対に相手にしたくないです」
「……さすがに私もそれは太刀打ちできん」
「……悔しいが、勝てる気がしないな」

天下無双×2。想像を巡らした三人は身を震わせる。
もし戦場で出会ったなら、なにも考えずに撤退をすべきだろう。どれだけ将兵が削られるか、分かったものじゃない。
戦々恐々、くわばらくわばら。などと漏らしたところで。

「……恋、いらない?」

微かに聞こえたその声に、関雨、鳳灯、華祐の動きが止まる。
見れば、そこには哀しそうな表情を浮かべる呂扶。
ズザァッッ!! という幻聴。そして幻痛。どんな戟や槍よりも鋭いものが、三人の胸に突き刺さった。

「あわっ! 恋しゃん決してそんにゃ意味では!」
「いや違うぞ恋! お前が悪いわけじゃない、戦場に立つものとしてその実力の差というものをだな!!」
「それは思い違いだ恋! 確かにお前の武は脅威かもしれないがお前の気質そのものがどうこうとは!!」

「俺は、恋のことが大好きだぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

慌てふためく三人。哀しそうな顔をする呂扶に胸ときめき、思わず抱きつく一刀。力いっぱい頭を撫でまくる彼にされるがままの呂扶。
いつの間にか大騒ぎ。気づけば相当量の酒が目減りしている。
どいつもこいつも酔っ払っていた。

それでも。
彼と彼女たちは皆、笑顔を浮かべている。



自分のことを曝け出せない。本当のことを口に出せない。他人には到底信じてもらえないものを抱えている、彼女たち。
心から、真名と真名に等しい名を呼び合える。気兼ねなく、気になることを口に出来る。
そんな仲間が傍にいるからこそ、救われているのかもしれない。
そしてなにより、北郷一刀という存在。
理由も分からないまま外史という異世界に跳ばされ、かつていた世界に存在から否定された自分たちを、理解し認め肯定してくれた。
それがどれだけ、彼女たちの救いになっていることか。

それは、彼にとっても同じことがいえた。
一刀がこの世界に落ちてきて、三年。
誰に対しても日々真摯ではいたが、心を通わせ誰かと同じ時を過ごす、ということに無縁のままだった。
独りでいることが当然だった。
だが今の彼は、彼女たちのおかげで、誰かが傍にいるという感覚を思い出していた。

この世界において、彼が誰かと心から笑いあったのは、この夜が初めてだったかもしれない。












・あとがき
地味で動きがないのは承知の上だぜ!

槇村です。御機嫌如何。




開き直りはよくないよね。うん、よくない。



異世界から跳んできた、という荒唐無稽な事情。
そんなものを抱えているがゆえに、他の人たちとどこか一線を引かざるを得ない彼と彼女たち。
相通じる境遇であるがゆえに互いを察することが出来る、知らず知らず素の自分で接することが出来る仲間。そのやり取り。
今回は、そんなものを書いておきたかった。思惑通りいったかは別にして。

四人を動かすために、どうしても彼女たちの素地を固めておきたかったのです。間延びした感じがするのはそのためかと。
でもこれからです、これからですよ奥さん。(誰だ)

ちなみに、槇村の中でこの話の主役は一刀じゃありません。
一刀にはぜひとも名脇役になっていただきたい。目指すは、得点王よりアシスト王。(?)

でも、此処まで間延びするとは思わなかった。
おかしいな。黄巾の乱さえまだなんだぜ?



[20808] 12:理想と実利 狭間の思惑
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/12 12:03
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

12:理想と実利 狭間の思惑





劉備たち義勇軍が、公孫軍の下に参入した。彼女たちはしばらく、遼西郡陽楽を拠点として活動することになる。
公孫瓉としても、力のある者が増えることは渡りに船。現状では人手が多くて困ることはない。

実際に公孫瓉が治めている地域は、なにかの際には公孫軍が出張ってみせる。または各地域に自警団を結成させ、防衛策を指南する。
そこがいい具合に収まってくると、そこよりももう一回り外側で騒動が起こる。またそこにも出向いて行き、鎮圧した後に防衛策を取る。
問題に対して着実に対処して行く、そんな公孫瓉の治世は一帯で噂になっていた。

当面の脅威を凌いだ村の噂を、もう少し遠い村が聞く。そこにまた匪賊の類が出没する。
公孫軍がやって来て匪賊を鎮圧し、あの噂は本当だったんだと村人が感謝する。
それがまた噂になり、もう少し遠い村がそれを聞きつける……。

それを繰り返されていくうちに、公孫軍の評判と、遼西郡の治まり具合が、外へ外へと伝わって行く。
風評は根付いて行き、公孫瓉様に守ってもらいたい、といった村や集落が増えて行った。

公孫瓉としても、そういって慕ってくれるのは嬉しいことなのだが。実際には、そうそう遠くの村々にまで手を回すことが出来ない。
よって目の届かないところには、周辺の他郡や県とやり取りを繰り返し、人々の平穏を少しでも守れるようにあれこれと心を砕いて行く。
そんな太守の民を思う心に、民草は感謝の念を送る。各地方に出向く公孫軍は、多く歓迎をもって受け入れられていた。

だが。
方々に出征する公孫軍の中で、受け入れられ方が少しばかり異なる部隊があった。
劉備率いる一行である。

匪賊は鎮圧できた、
当面は安心だろう、
でもあなたたち以外にも苦しんでいる人たちがたくさんいる、
そんな人たちのために私たちは頑張らなきゃいけない、
みんなが力を合わせれば平和な世界が出来るはずだ、
でもまだ力が足りない、
だから力を貸して欲しい。

彼女は争いのない世界を夢見て、民と同じ目線に立ち語りかける。
関羽や張飛といった突出した武勇の持ち主を擁しながら、理想の世界を説く劉備。
不思議と惹きつけられる存在感と親しみ易さもあって、彼女の言葉に、今以上の豊かな暮らしを夢想する人たちが多く現れる。
民草の目に、太守の苦労など映るわけもない。それはそれで仕方のないことでもあるし、当然のことでもある。
それゆえに。
今以上の暮らしが得られるのならば従ってもいい、そう思い劉備になびいていく者が後を絶たなかった。
どうやってそれを成すのか。具体的な方法に想像を働かせないままに。
民たちの暮らしの現状を考えれば、それも仕方のないことではあるし、理解出来ることでもあった。



「進言したいことがありましゅ」

鳳灯が努めて静かに、それでも少し噛んでしまいながら、公孫瓉に上申する。

「どうした、改まって」
「劉備しゃんたちのことです」

自分が噛んでしまっても流されていることに気づき、顔を赤くしながら数回深呼吸。
目を瞑り大きく息を吐いて。
改めて鳳灯は口を開いた。

「劉備さんたちの処遇について、進言したいことがあります」
「ん、聞こう」

曰く。陽楽を始め遼西郡における彼女たちの影響力を考えて、遠くないうちに公孫軍から離れてもらうべきだ、とのこと。

「劉備さんが掲げる理想は、聞く者にとって心地いい響きを持っています。彼女たちの甘い言葉が、これ以上、民の間に浸透するのは危険です。その言葉にほだされた民の心が、公孫瓉様から離れる恐れがあります。
この遼西郡で執られている内政は、しっかり根付いて初めて結果が現れるものです。せっかく形になりかけているところを、具体的な形が見えない理想論に掻き乱されては堪りません。これまで頑張ってきた、文官内政官たち皆さんの努力を無にすることに等しいといえます」

鳳灯も、劉備の理想が分からないわけではない。
むしろ、かつてはその理想を共に追いかけ、実現させるべく尽力していたのだ。そしてその実現は不可能ではないことも分かっている。
それでも、今、この遼西郡の安定を考えるならば。彼女たちの理想論は要らぬ不和を生みかねない。
同じ"平穏"を求めていながら、片方の理想のために、もう片方の程よく治まっている現実を乱されるのはどこか違うと考える。

「今しっかりと受け止めている民の生活を、保証も定かでない理想を手に入れるための担保にさせるわけにはいきません」

不満があるならまだしも、公孫瓉の治める遼西郡に住む民からは大きな不平不満は起きていない。
もちろん、太守という地位よりも上、州を治める刺史であるとか、更にその上に対してであるとか、それらに対しての不満はあろう。
とはいえ、いわゆる朝廷からの様々な要求を、なんとか誤魔化しながら遣り繰りしているのが現状なのだ。むしろ公孫瓉たちが不満を持っているくらいだ。その分、民に直接かかる負担は極力減らせているという自負がある。

「桃香たちの、救国の志はよく分かるんだけどな」

私だって、それがないわけじゃないしな。
公孫瓉は溜息をつく。
それは、遠く理想を見て止まない劉備に対してか。それとも、目の前の現実にあくせく対処しているに過ぎない自らに対してか。

「公孫瓉さまは、民のことをよく考えて、治世を行われています。
なにをもって立つのか、その違いです。どちらの方が優れている、ということではありません」

鳳灯のそんな庇うような言葉を聞き、公孫瓉が苦笑する。ありがとう、と、礼を述べながら。

「地位なんていらない、と、理想をいうのは構わないんだが。その地位を持つ友人を目の前にしていうことじゃないよなぁ」

私が地位に感けて民をないがしろにしているみたいじゃないか。
公孫瓉は、友人の言葉を思い出して笑い飛ばす。やや顔を引き攣らせながら。
ちなみに。友人と再会した場のすぐ後に、彼女が少しばかり落ち込んでいたのは誰にも内緒だ。
悪気がなければなにをいってもいい、というわけではない。そのいい例だろう。
趙雲と鳳灯はそれを察していたが、わざわざ触れることでもないので黙ったままである。

「確かに、鳳灯のいう通りだな。自分たちの中に、勢力を分裂させかねないモノを置いておくのはよくない」

いい機会だから、独立を促してみよう。
その言葉で、ひとまず劉備たちのことは置いておき。
文官武官問わず集められた会議の内容はより重要な用件、漢王朝からの"地方反乱鎮圧の命"について移って行く。



遼西郡から遠く離れた地方で起きた、民の武装蜂起。民間宗教の祖が世を憂い、悪政を働く太守に対して暴動を起こす。
いい方は悪いが、この時代においてはよく聞く話のひとつだった。しかし、今回はやや結果が異なった。
鎮圧のために派遣された官軍が、暴徒の手によって全滅させられたのだ。
これに朝廷の面々は当惑し、やがて恐慌する。暴徒のその勢いは次々と周囲に飛び火し、多くの町や村を巻き込みながら広がって行った。
後に黄巾党と呼ばれる一大勢力。その勢いはとどまることなく、大陸の三分の一までを呑み込まんとしていた。
手に負えないと慌てふためく朝廷は、それら暴徒の鎮圧を地方軍閥に命じた。つまりは押し付けたのである。
もはや漢王朝に、世を統べる力なし。
その事実を、周知のものとするに足る行い。刺史、太守、尉といった役人はおろか、ただの民草にさえも、朝廷の衰弱振りを知らしめるに充分だった。

そして、世に己の勇名を轟かさんと考えるものにとって、これほど都合のいいこともなかった。



遼西郡を治める面々の間でそんな会議が行われていたことは、もちろん劉備一行はまったく知らない。
そして採られた、穏やかに独立を促して遼西郡から離れてもらおう、という決定は、公孫瓉の口から何気ない会話の中で劉備に伝えられる。

「桃香、これは好機だと思わないか?」

より多く広く民を救って行くためにも、ここで手柄を立てて、地位と拠点を手に入れろ、と。
劉備の心根を理解した上での、好意からの思いが大半を占めている。しかし同時に、太守としての思惑も混じる。
それを自覚しながら、公孫瓉は言葉をつむぐ。出来る限りの笑顔を浮かべながら。



それから数日の後。劉備たち義勇軍は公孫瓉の下を後にした。
劉備たちが遼西郡に腰を据えていたのは、僅か数ヶ月。
志は同じにしながらも、彼女たちはその思惑の違いによって異なる道を歩むことになる。

遼西郡を離れるにあたり、劉備たちは手勢を集める許可をもらっている。
繰り返された賊の征伐ごとに成された勇名、合わせて説き続けた理想。それらに惹かれ集まった義勇兵は、およそ二千。
二千も連れて行かれたというべきか、二千で済んだというべきか。
判断は難しいところだが、友人の門出だ、と割り切ることで、公孫瓉は複雑な心中を切り替えた。

ちなみに。劉備たちはこの地を離れるにあたって、趙雲に対して引抜を行っている。
生憎まだ公孫瓉の下を離れるつもりはない、と、趙雲はやんわりと断っていた。
それを耳にした公孫瓉は、心の底から安堵したという。













・あとがき
原作にない部分を書くのは楽しいなぁ。

槇村です。御機嫌如何。




ゲームにもありました、蜀ルートで、白蓮が桃香の独立を促す場面。
一刀がモノローグでいっていた通り、彼女なりに思惑もあっただろうな、と。
で、その裏側に触れてみたいと思ったのさ。

ゲームと同じ台詞や場面なら、わざわざ書かなくてもいいだろう。
そんなことを考えていた。
おかげでやっぱり進展が遅い。これはもう槇村のクセだと思って諦めてもらうしかないかもしれない。



[20808] 13:【黄巾の乱】 既知との遭遇 其の壱
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/21 19:12
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

13:【黄巾の乱】 既知との遭遇 其の壱





黄巾党という勢力の台頭。それは漢王朝の持つ力の衰退をつぶさに表すものだった。
広大な大陸を治めた巨大な龍。その龍は今や骨と皮のみにまでやせ細った状態となっている。
その現実を見て、人はどう思ったか。
威光の衰えと世の乱れを儚み嘆く者と、世の流れが自分に向かって来たと歓喜する者。その二手に分かれた。
殊に後者。自らの威をこの世界に広く示さんとする者たちが、この機を逃すわけもない。
この黄巾党の乱は、表立って堂々と、自らの力を世に鼓舞できるまたとない好機なのだ。
世の中に躍り出んと、大陸各地の諸侯は蠢動を始めている。

関雨や華祐たちが、かつていた世界。そこで仕えた主の考え方は、どちらかといえば前者。民を想い、世の乱れを嘆いていた。
世の中の乱れに溺れる民をなんとか救いたい。そんな理想を胸に抱きながら、力の限り乱世を駆け抜けた。
なんの因果か、時と世界を飛び越え、彼女たちは再び乱世の入り口に立っている。
そんな今、客将とはいえ新たに仕えた主は、公孫瓉。
彼女もまた、同じく民の生活を第一に考える者。目を向けている方向という意味では、仕えることに抵抗が起きない人物だった。
後は、関雨たち自身がどのように生きていくのか。それによって外史は異なる姿を見せることになるのか。
それはまだ、誰にも分からない。



鳳灯が上申した内政案のひとつとして、遼西郡を始めとした周辺地域の地図作成が挙げられる。正確な地図を作ることによって、地形や周辺環境を把握する。同時に、どういった順路によって遼西郡に人が流れてくるのかを掴もうという狙いだ。
これは人の流れを知るためばかりではなく、匪賊などの不心得者がどうやって来てどこに身を潜めるか、といった点を察知するためにも有効だ。
実際に、作られた地図を元にして、効率のいい周辺警護案の作成や、物見の砦を置くなどの方策が採られている。これによって、ただでさえ少ない諍いがことごとく水際で潰されるようになり、それが更に遼西郡の評判を上げることになっている。
この発案の狙いを理解し、そして現れた結果を見た公孫瓉は大歓喜。鳳灯の腕を取り、上下に振るだけに収まらず、ぐるぐる回転し振り回すほどの喜びを身体で表した。勢いに押された鳳灯は、ただ「あわわー!」と悲鳴を上げながら目を回す。
そんな太守の様子を臣下たちは微笑ましく眺めながら、共に平穏のありがたさを噛み締めていた。

話を戻す。
自前の正確な地図のおかげで、公孫軍は周辺地域の地理にとても明るい。黄巾党が暴れようとしても、潜んでいそうな場所をあらかじめ察知することが出来るのだ。
自ら治める地の利を活用し、公孫軍は黄巾党勢力をことごとく征圧していった。その圧倒的な内容は、黄巾党に対して「例え食い詰めていても遼西に手を出すのは危ない」という印象を植え付けるほど。現れる黄巾党の数は自然と減って行き、やがて彼らは遼西郡周辺に近づくことも少なくなった。

遼西郡周辺の黄巾党は、あらかた討伐し終えたといっていいだろう。例え出没しても、各地域に作らせた自警団程度でも対応できる。
そう判断した公孫瓉は、もう少し広い範囲を転戦していくことにした。遼西郡の外に出て、進軍して行くことになる。

「よろしいのですかな、伯珪殿」
「なに、陽楽にも兵力は残っているし問題ない。なにかあっても、留守番の鳳灯たちがなんとか対応してくれるだろう。
烏丸の奴らが気になるといえば気になるけど、丘力居とはひとまず休戦の盟も結んであるし。なんとかなるんじゃないか?」

やることはやってあるんだから考えても仕方が無い。そういって、今は目の前のことに集中しようと公孫瓉は臣下に促す。
そんな彼女のひと言で、これから執る公孫軍の行動が決定した。
公孫軍のこれからの行動を大まかにまとめ、陽楽に伝令を走らせる。糧食の補給などのやり取りを交え、しばしの休息をはさんだ後。公孫軍は再び進軍を開始した。



ちなみに。
烏丸族というのは、遼西郡より北方に割拠する遊牧民族である。かつては漢王朝に従っていたが、王朝の弱体にいち早く気づいたのかしばしば争いを繰り返している。
その烏丸族を統べる大人(たいじん)、酋長に位置する人物が丘力居である。
漢王朝に対していい印象を持っていない彼女だが、公孫瓉に対してはそれほど嫌なものを感じてはいない。むしろ共感し通じるものを持っている。
その共通点は、馬。
丘力居は騎兵の運用を好んでおり、馬に乗ったまま弓を射る騎射の精度には自信を持っている。
同様に、公孫瓉もまた騎馬隊による軍勢を編成し、馬も白馬に統一させ、白馬義従と名づけるほどに熱をあげている。公孫軍の騎兵は、烏丸の間でも"白馬長史"と呼ばれるほどに知られていた。
戦場で相見え、愛馬を操り剣を振るい、互いにぶつかり合うことも幾度となくあり。その実力を互いに認め合うのに時間はかからなかった。
そんな長の個人的な事情もあり、いくらかの小競り合いはあるものの、公孫瓉と丘力居の関係はそれなりに良好なものになっている。
そして今回の、黄巾党討伐の命。公孫瓉は遼西郡を離れる前に、烏丸族との同盟を結ぶに至った。
だからこそ、他の地域に比べて争いごとの起こりやすい土地であるにもかかわらず、太守自らこういった遠征に出ることが出来たわけだ。



さて。
遼西郡の外に出て、更に南下していく公孫軍。
黄巾党の勢力は、東は徐州、南は豫州、西は益州に及ぶまでになっていた。遼西郡の属する幽州も、少し南下すればそこは黄巾党の勢力内に入ってしまう。公孫軍はまさに今、敵地の只中に侵入したといっていい。
細作と呼ばれる間諜役を方々に派遣し、周辺の状況を把握しつつ。町や村の近くを通れば、よく観察した上で、黄巾党征圧を目的に転戦している旨を伝える。
村全体が黄巾党のアジトでした、なんていうことだったら目も当てられない。幸いにも、そういた鉢合わせは今のところは起きていなかった。
そんな手探りの行軍を続けながら、時折現れる黄巾党の勢力を討伐して行く。
その規模は、それこそ100人以下の集団から1000人を軽く超えるものまで多種多様。
とはいえ、対する公孫軍の総数はおよそ6000。しかも半農とはいえ、皆しっかりと軍兵としての訓練を受けている者ばかりである。
数どころか質まで大きく差があるのだ。ここまで差があると、弱いものいじめのようにも思える。

「とはいえ、先に弱いものいじめをしていたのは奴らの方ですからな」
「確かに。黄巾の行いを弾劾した上での討伐だ。あれこれいわれる筋合いはないな」
「関係のない民まで巻き込んでいるのだ。例え少人数でも容赦はしない」

元は同じ民草。だがより弱い者たちに向けて牙を向けたのであれば、それは匪賊として討伐される対象となる。公孫軍だけじゃない。他の軍閥も容赦はしないだろう。
その中でひとり、関雨はまだ武を振るうに少しの抵抗がある。自分なりの納得が得られていないのだろう。
だが思い悩んでいる暇などない。仕えると決めた主に求められれば、その武を振るうまでのこと。ましてや世を乱す者たちにを許して置けない気持ちは、以前の世界と変わらずに持っている。黄巾の徒に対して、躊躇といえるものは湧き上がらない。
少なくともこの黄巾党討伐に関しては、割り切って考えている。それでも、どこか己の中に燻るものを感じている。
彼女の中にある棘は、存外深く刺さっているのかもしれない。



行軍を進めるうちに、索敵に出ていた細作が、これまでとは違う雰囲気を持つ一団を発見する。
その集団はやはり、黄色の巾を身につけた黄巾党。その数はこれまで討伐した中でも最大の数となった。

「5000人近くの黄巾党?」
「拠点のひとつであろう集落がありました。その周辺に駐留している黄巾たちの数が、およそそのくらいの規模になると」

細作の報告を受け、公孫軍の将たちが顔を付き合わせる。

「5000対6000か。負けはしないだろうが、下手に突いて散り散りにさせてしまうと面倒なことになりそうだな」
「そうですな。出来ればここで根絶やしにしておきたい」

公孫瓉の言葉に、真面目な顔で趙雲がうなずく。
黄巾党を構成する多くは、食いはぐれた農民や盗賊の類。戦に秀でた者が臨んでいるわけではない。数の多い敵の姿を見て、不利と見るや一目散に逃げ出して行く。これまで対峙して来た黄巾党の多くはそうだった。

「多少討ち漏らしたとしても、拠点のひとつを潰す、という方を重視した方がいいのでは?」
「うむ。拠点であるならば糧食も溜め込んでいるでしょう。それがなくなれば、派手に暴れることも出来なくなると思いますが」
「……それもそうか。奴らだって、食料やらなにやらが必要なわけだしな」

拠点を潰せばそれだけ活動する範囲も狭まるだろう。関雨と華祐の言葉に、公孫瓉はそう考え方を改めた。

「よし。この周囲に村は?」
「人の姿が残る村は、ありません」
「……分かった。近隣の村に黄巾が流れ込む心配はないな。
主目的は、黄巾たちの拠点制圧。全滅させるのが望ましいが、深追いはするな。制圧後は、糧食ともども見せしめに焼き払う」

公孫瓉はしばし苦い顔をして、すぐに進軍の指示を出す。

「功を焦って無駄死にするのは許さないぞ」

彼女の言葉に将たちは気合を込めて応え、それぞれの前線へと散っていく。公孫瓉は後方での動きなどの指示を与えながら、馬上で軍全体の動きを調整する。自分から動いてしまうあたりは大将として難はあるが、すでに性分ともいえるもの。兵たちも慣れているのでなにもいわない。
つまり普段通り気負うことなく、公孫軍は機能しているということだ。



その後の展開は、速いものだった。
数では勝っている。おまけにひとりひとりの錬度も違う。
特に、黄巾の徒とは比べ物にならない武を持つ趙雲と、それ以上の武を誇る関雨と華祐。この三人が吶喊し敵陣を掻き回す。
目の当たりにする、太刀打ち出来ない力の差。黄巾たちは恐れをなし、ひとりふたりと、時間を追うごとに逃げ出そうとする。それを、将に付き従う兵たちが漏らさず討ち取っていく。
公孫軍の被害は、ほぼ皆無。まったくなかったとはいわないが、この結果に大将たる公孫瓉は満足する。周囲を探索し、残党や捕虜の有無を確かめた後。当初の指示通りに、黄巾たちの拠点は焼き払われた。

そんな行動の最中に、公孫軍に近づく官軍の姿が確認された。
漢王朝の命により黄巾党征伐を命じられた軍閥のひとつ。統べる大将の名は、曹孟徳といった。



拠点を覆った火の手も収まってきてしばらく。一息つく公孫軍の元に、曹操が訪れ面会を求めた。
断る理由はなにもない。公孫瓉は、ふたりの護衛と共に現れた曹操を招き入れる。

「あなたが公孫瓉? 遼西郡で敷かれる善政の噂は聞いているわ」
「そちらの噂もよく聞くぞ。陳留郡の太守の座に就いてさほど経たないうちから、町の調子が上向いて来たって話らしいな」
「ふふ。先達にそういってもらえると光栄だわ。こちらはまだまだ駆け出しなの。いずれ善政のコツでも盗みに行きたいものね」
「そんなことなら歓迎しよう。それで民の生活が上向くなら、いくらでも盗みに来てくれ」

曹操は陳留郡の太守となってまだ日が浅かった。太守としての経験の差を考えて、曹操はややお世辞も交えた言葉を吐く。
それに対して、公孫瓉は言葉の意味そのままに受け取って見せ、素直に思ったことを返してみせる。
民の生活が第一、そのためにする苦労ならまるで厭わない。そんな噂に聞いた話そのままの人となりに、内心多少驚いてみせる曹操。
噂を聞く限りでは、ただのお人好しかとも思っていた。
しかし、周辺地域への平和的な根回しや、烏丸などに対する武力行使など、硬軟合わせて行えるのだ。一筋縄でいくような人物ではあるまい。
そう考えて、少しばかり身構えていた曹操なのだが。
実際に顔を合わせてみると拍子抜けしてしまった。見た限りでは、噂の通りのお人よしに見える。
いや、お人好しが総じて無能だというわけでもないか。
曹操はそう思い直す。同じお人好しでも劉備よりは現実寄りの人間だ、と彼女は判断する。

「高くは翔べないのかもしれないけれど、培った徳に見合った力といったところか」
「ん? なんのことだ」
「いいえ。なんでもないわ」

曹操は、有能な人材に目がない。武にせよ文にせよ、何某か突出したものを持つ者に対して興味を持つ癖がある。
故に、太守としての経験に勝る、公孫瓉の人となりを値踏みする。
彼女の目には、公孫瓉は無能という風には映っていない。では有能なのかといわれれば、即座にうなずくことが出来なかった。
ある意味、曹操と同じく公孫瓉も"なんでも出来る"人物である。万能型の人材に出会ったのは初めてだったのだろう。突出したものがない故に、判断に困ったのかもしれない。
まぁいいわ。
曹操はそれ以上考えるのを止めにした。



「あなたが関雨ね」

話しかけて来た曹操に、関雨は少しばかり驚きの表情を見せる。
関雨はもちろん、曹操たちの名前を知っている。だがこちらの外史にやって来てからは、魏の面々と顔を合わせるのは初めてである。

「なぜ私の名前を?」
「劉備たちに聞いたのよ。公孫瓉の元に、関羽とそっくりな客将がいるってね」
「……なるほど」

関雨は思い出す。かつては自分たちも、曹操軍に組み込まれた状態で転戦を続けていたのだ。
こちらの世界でも、同じ展開になっているのだろう。彼女はそう考え納得した。

彼女の想像通り、劉備たち義勇軍は曹操軍の中に組み込まれていた。転戦している最中に会い、今は共同戦線を張っているとのこと。
といっても実際は、物資や食料などをいろいろ助けてもらう代わりに協力をしている、というのが本当のところらしい。
理想は持っていても現実は厳しい、といったところだろう。かつての自分とまったく同じ状況に、思わず関雨は苦笑を浮かべる。

「話に聞いただけだったけれど、目の当たりにしてますます思いは募った。貴女のその武勇、欲しいわ」

私のところに来ない? と、曹操は率直に引き抜きにかかる。
黄巾の徒を前に、一騎当千さながらの武を振るって見せた関雨。その姿を見た曹操は、彼女に多大な興味を示していた。
関羽としてだけではなく、"関雨"としても引き抜きを受けるとは。あの曹孟徳に二度も誘われるのは、一面では光栄の至りといえるだろう。
今の関雨には、そう自分を評価してくれる曹操に感謝の念を持つくらいの余裕はあった。
だが、実際に引き抜きを受けるかどうかは話が別である。

「光栄ではありますが、お断りさせていただきたく。
今の私は公孫瓉殿に仕える身。また陽楽に居を構える仲間もおりますので。公孫軍を離れるつもりは今のとこはありません。
それに。そう簡単に乗り換える様では、却って曹操殿も信用が出来ますまい」
「そう。でも、今は、なのね。
ならいずれは、と思ってもいいのかしら。仕えているといっても、今の貴女は客将なのでしょう?」
「……曹操殿が、公孫瓉殿の下にいらしてはどうか。それならば、共に仲間として過ごすことが出来ますが?」

その言葉に、曹操の後ろに控えるふたりの臣下がいきり立つ。それを曹操は軽く手をやり抑えてみせた。
関雨はそのふたりの、名前もその人となりも知っている。だが今はまだ紹介を受けていない。故に、相手にしない。

「ふふ、ずいぶん遠回りな拒絶ね」
「曹操殿の目指すものが、民の平穏と平和であるなら、ありえない話ではないと考えます。
目指すものが己の覇のみ、というのであれば、話は別ですが」
「……そう」

曹操を纏う空気が変わる。笑みを浮かべながらも、その目はあまりにも鋭く射るかのように。関雨はその視線を、正面から受け止め続ける。
どれほどの間そうしていたのか。
まぁいいわ。
また会いましょう。
笑みを浮かべたまま、曹操はふたりの臣下と共に公孫軍の陣から去っていった。



曹操軍の細作が探ったところによると、ここよりやや離れた地点で、進軍中の黄巾党が確認されたらしい。先だっての拠点にも負けないほどの数とのこと。
曹操軍と劉備の義勇軍であれば、その集団は制圧できそうだという。合流するかどうかを問う曹操に、公孫瓉は不参加を申し出た。

「私たちは、そちらの鎮圧から溢れた小さい集団を潰して回ることにするよ」

公孫軍は、曹操が率いる軍勢と別れた。












・あとがき
書いているうちに、銀河英雄伝説の偉大さがよく分かりました。

槇村です。御機嫌如何。





丘力居って。名前だけだけど、恋姫シリーズに出てこない名前がきましたよ?
でも、触れておいたほうがいいと思ったんだよ。太守が地元を離れてるんだから、なにかいろいろ対策を取っているのは当たり前だと思うんだ。
以後本編に出てくるかどうかは不明。
……オリジナルな人は出したくないんだけどなぁ。主に槇村の技量が理由で。
展開上、出さざるを得なくなるなら考えますが。でも、出てきそうな気がする。

キャラが増えてくると、全体を把握するのが難しくなってきますよね。
えぇ、まだ書いてないのに、ばんばん人が増えていく予感がします。分かりきっていたことですが。
本当は13話で、もっと出して会わせていこうと思ったのですが。
むっちゃ長くなりそうなのでスパッと切りました。次にまわす。



設定の話。
真恋姫無双の華琳は、黄巾の乱より前に州牧になっています。が、このお話での身分はまだ陳留郡太守、という設定です。
というか、刺史が牧に変わったのって、黄巾の乱より後じゃね? その方が説明つくし。うん、変えちゃえ変えちゃえ。
みたいな槇村的設定の都合により、今回のように原作設定が改変されることも多々あると思われます。ご容赦を。
いろいろ調べてから本文を書くようにしていますが、変だなと思われる点がありましたらご指摘いただけるとありがたい。
"設定"という名の説得力が、物語に厚みを与えると信じている。

また原作の中で、槇村的なんでも出来る人ナンバー1は華琳さん。ナンバー2は白蓮さんです。
だって恋姫ワールド的には、魏とか蜀とか呉とかが幾人もの将でやっていることを、白蓮さんは太守としてひとりでこなしてるんだぜ?
そんな彼女をスゲーと思うのは、私だけでしょうか。なんか間違ってる?



[20808] 14:【黄巾の乱】 既知との遭遇 其の弐
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/22 17:04
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

14:【黄巾の乱】既知との遭遇 其の弐







「どうした愛紗。なにか考え込んでいるな」

馬に乗ったまま考え込んでいる関雨。やや足並みが遅れだした彼女の元に、華祐が馬を寄せてくる。

「いや、華琳のことをちょっと、な」
「……あぁ、曹操のことか」

しばし考え、真名から名前を結びつける華祐。
以前にいた世界では、華祐が関雨たちの仲間となったのは三国同盟結成の後だ。そのため、彼女は曹操との接点があまりない。
故に、当人がいないとはいえ真名を口にするのは避ける。

「引き抜きを受けた。以前にいた世界と同様、目をかけられたようだ」
「なるほど。武人として考えれば、光栄なことではあるな」
「確かに、その通りなのだがな」

関雨が、以前の世界においてまだ"関羽"だった頃。なにくれとなく自分の下へ引き込もうとする曹操に対して、彼女は反発し続けていた。
自分は桃香を守る楯、そして道を作る矛。桃香の理想に惹かれた自分が、他の者に仕えるわけがない、と、頑なだった。
その気持ちが間違っているとは、今の彼女も思わない。だが、周囲に目を向けなさ過ぎる感がある。自分のことながら、関雨は思う。
今の彼女は多少変わって来ている。成長した、といい換えた方がいいかもしれない。
曹操に誘われた、つまり自分の武才が他に評価されたということに、少なからず喜びを感じる。そのくらいは心に余裕を持てるようになっている。
かつての自分は、曹操の誘いに対して違う捉え方をしていたのだと思う。自分が見くびられている、と感じたのだろう。今の彼女はそう考える。

「自分を評価してもらえるというのはありがたいことだ。だが客将だからといっても、そう簡単に主を変えるわけにもいかない」
「己の矜持に関わるからか?」
「そうだ」

自分たちを受け入れてくれた恩もある、と。それをないがしろにすることは出来ない。関雨は胸を張っていう。
そんな彼女に水をかけるように、華祐は疑問を投げかけた。
お前が今此処にいるのは、単に恩を感じているからなのか? ならば恩を返し終えたなら公孫瓉殿の下から離れるのか、と。

「曹操に引抜を受けて、自分の武を認められたようで嬉しかった。そういったな?」
「その気持ちは確かにある」
「公孫瓉殿の恩はひとまず置いておけ。その上で考えてみろ。
曹操の下に仕え、曹操のためにその武を振るう。そんな自分の姿を想像できるか?」

関雨は想像する。華琳、いやさ曹操の下で、彼女の覇道に関わる一将として戦場に立つ自分の姿を。
その姿は、彼女にとって、どうにも違和感を拭い切れないものだった。

「今の華琳、いや、曹操殿が、私の知る華琳と同じ道を歩いていくかは分からん。
もし同じ道を歩くというのならば、魏の将の中に自分が立つ姿は想像が付かんな。なにより、彼女の考え方は私には少々そぐわない」

なるほど。うなずきながら、華祐は続けて質問を投げかける。

「今のお前は、その武を振るうにもいくらか陰が差す。そのことは自分でも分かっているのだろう?」
「……うむ」
「ならば、無理に武人として生きようとしなくもいいではないか。一刀のところで給仕をするのも、生き方のひとつだぞ?」
「いや、確かにあれはあれで、新鮮だったといおうか楽しかったといおうか」

俄かに顔を赤くしてみせる関雨。それを見て少しばかり、人の悪い笑みを浮かべる華祐。
赤くしたままの顔で、拗ねるような恨みがましいような、そんな視線を華祐に向けて。すぐに顔ごと表面へと向き直った。

「確かに、あぁいったことも嫌いではない。そんな一面があったことも、我ながら意外なことだった。
……思えば、誰かの役に立ち、求められるということを、私は望んでいるのかもしれん。」

民のため桃香さまのためご主人さまのため、自分が役に立つ一番の方法は武を振るうことだった。
関雨はかつての自分を思い返す。

「かつて私たちが桃香さまと共に起ち上がったのは、この乱れた世の中を平和にしたいという想いからだ。
その甲斐もあってか、ひとまずの平穏を得ることが出来た。……そして、この世界に跳ばされた。
私は、この世界が平和になることが怖いのかもしれない。同じような平穏を得たとき、私はまたどこかへ跳ばされるのではないか」

口から突いて出た言葉に、驚いた表情を浮かべる関雨。
いずれ自分が皆の前から姿を消してしまう、だから進んで世の中に関わろうと思えないのか? そんな、彼女が思い至った連想。
彼女は、同じ境遇の仲間に目を向ける。

「私は、怖がっているのだろうか?」
「いや、……そう考えると、怖くなっても無理はないだろう」

華祐は言葉を詰まらせる。彼女の考えはそこまで至っていなかった。答えなど分かるはずがない。
確かに、いわれてみれば十分にあり得ることだ。だが、望みがないわけでもない。

「以前にいた世界で、主は、"北郷一刀"は消えたか?」

そう。彼女たちがかつて主と仰いだ"北郷一刀"は、乱世が治まり、平和になっても消えることはなかった。
ならば自分たちはどうなのか。平穏を手に入れた後も、何事もなく暮らしていくことが出来るのではないか。
とはいっても、確証も持てなければ、そのときにならなければ確認も出来はしない。
考えてもどうしようもないことは、いくら考えても時間の無駄だ。

「そもそも今のお前は、そんな先のことよりも前に命を落としかねん」
「……いい返すことができないな」
「曹操に仕えるまでもない。武を振るう理由が必要ならば、もっと身近にいいものがある」
「なに?」
「一刀が暮らす、陽楽の町を守る」
「な!!」
「それぐらいに簡単な理由の方が、考えすぎなお前には丁度いいんじゃないのか?」

人が戦う理由など、欲が絡むか、大事なものを守るかくらいだ。その両方が手に入るのなら御の字だろう。
華祐は笑いながらそんなことをいい、関雨の傍を離れていった。

「まったくあいつは」

顔を赤くしながら、関雨はひとりこぼしてみせる。

かつて"関羽"だった頃。彼女が武を振るう理由は外側にあった。
理想を抱く義姉・桃香と、それを支えるご主人様の一刀。その二人のために、彼女の武才はある。あの頃はそれでよかった。
支えになっていたものがなくなり、彼女は初めて知る。自分がどれだけ不安定な人間なのかを。
なにかをする基準となっていた桃香と主はいない。私自身は今、なにをしたいのだろう。
自分からなにかをしたいと望んだことが、どれだけあったろうか。

華祐が茶化しながら口にした言葉を、関雨は考えてみる。
一刀を守る、ということ。その先には、結果として陽楽の町を、遼西という地を守るということが繋がってくる。
なにかのために戦ってきた彼女にとって、これは魅力的な響きを持っていた。
一刀の傍にいる。ただそれだけで、武を振るう理由にもなるのだから。
こちらの世界の北郷一刀。彼はかつての主とは別人である。これは彼女もよく分かっている。
それでも、やはり"北郷一刀"という人となりに惹かれていた。別人ではあるが、その芯は"同じ"なのだと思う。
それ以上に、関雨の中にある距離感がよりいっそう想いを募らせていた。
主にそのつもりはなかったかもしれない。だがかつての彼女の中には、彼と自分は主従関係なのだという壁があった。それを失くすことが出来なかった。
こちらの世界ではどうか。同じ"北郷一刀"であっても、彼と自分の立つ高さは同じになっている。かつて感じていた壁は、彼との間に感じられない。
自分の主人ではない、ただひとりの男性として、見つめることが許される。自分で、それを許してもいいような気がする。関雨はそう思った。
ふと、彼の名前を呼んでみたくなる。

「かずと、さん」

途端に真っ赤になった。関雨の顔どころか、身体中が熱を帯びる。彼女らしからぬうろたえ振りを見せ、わずかに身をもだえさせる。乗っていた馬が慌てたほどだ。
彼女は自覚してしまう。自分の想いと、それを遂げようとする自分を抑えていた枷が外れていることに。
女としての自分が、想いを正直に表していいということに喜びを感じていた。

「まずは、名前を呼ぶことからか」

名前を呼ぼうとするたびに真っ赤になっていたのでは、なんの進展も期待できまい。頑張れ愛紗。
いろいろと自分のその後を想像しつつ、自分を鼓舞させる関雨。
だが彼女は気づく。その想像のいたるところに、すでに呂扶が入り込んでいることに。

……ひょっとして、今は恋のひとり勝ちではないのか?

負けられぬな。
そんなことを思い立ち、思わず関雨は笑みを浮かべる。その笑顔は、これまでの陰を感じさせないものだった。



赤くなったりスッキリしたりと忙しい関雨。彼女に反して、焚きつけた華祐の表情は浮かないものだった。
想像もしていなかったこと。自分がこの世界にやってきた理由はなんなのか。そして、それを成し遂げたなら、自分はどうなってしまうのか。

「平和になれば、この世界から自分が消える。か」

小さくつぶやく。考えもしなかったことに、彼女もまた思い悩むことになる。

「天とやらは、いったいなにをさせたいのだ」

見上げる天は、ただただ青く広がっていた。





ふたりが思い悩んでいる間にも、公孫軍は進軍を進めている。細作を方々へ放ち、黄巾党の集団を探し出しては、制圧。それを繰り返す。
転戦を続けていくうちに、また別の官軍と鉢合わせた。
曹操軍とは違っていた。既に黄巾党とぶつかっており、目の前の官軍はやや押され気味。劣勢になっている。

「これは悩んでいるヒマなんてないな」
「うむ。助太刀ですな」
「よし、これから官軍の助勢に入る。声を出せ! 旗を掲げろ! 公孫軍の力強さを、これでもかと見せ付けてやれ!!」
「皆、私に続けぇっ!」

公孫瓉の檄に押されるように、趙雲が一番に飛び出していく。追いかけるようにして、関雨と華祐が。その後を、遅れてなるものかと兵たちが駆けて行く。

おおおおおおおお、と、勇ましい鬨の声を挙げながら、公孫軍は黄巾党の背後を突く。
突然現れた勢力に、押していた黄巾の徒は途端に動揺する。突如背後から敵が現れたのだから、うろたえもするだろう。
黄巾党の数はおよそ8000ほど。官軍側が5000といったところか。大きな差はあるが、それでも公孫軍が加われば相手の数を逆転できる。
趙雲が中央を駆け抜け、関雨が右、華祐が左へと広がっていき、黄巾党勢力を挟み撃ちにするように包囲していく。
相手は策もなにもない徒党。単純な数の力をもってして圧倒し、ただ目の前の相手を倒す。その繰り返しで、じわじわと包囲網を小さくしていく。
三方を公孫軍が塞ぎ、もう一方は官軍が位置している。包囲したといっても、やはり急造したもの。公孫軍と官軍とで密な連携が取れるはずもない。ところどころに出来る隙間から抜け出し、戦場から逃げ出す黄巾の徒も現れる。ことに、官軍が位置するところから漏れ出す人数が多かった。
6000が引き受けた三方と、5000が受け持つ一方。普通に考えれば、後者の方が逃げられる見込みは薄い。なのに、なぜか。
それもそのはず。官軍に属する兵そのものが自陣から外れ、勝手に撤退を始めていたのだ。





戦場特有の喧騒も過ぎ、周囲には殺伐とした静けさが漂う。
その只中に佇む、公孫軍を率いる将の面々。彼女らは総じて渋面を浮かべていた。
無理もない。味方である官軍が劣勢と見て助けに入ったにも関わらず、その味方が我先にと逃げ出してしまったのだから。自分たちはなんのために助太刀したのか、と思ってしまう。
そんな彼女らの前で、ひたすら謝罪を繰り返す将がひとり。逃げ出さず戦場に残った官軍の一部を率いていた人物。
名を、張文遠。かの張遼である。



「いや本当に、すまんかった!!」
「分かった、もういいよ。そっちの事情もよく分かったから」

平謝りの張遼だったが、合間合間になされる事情の説明を聞くに及び、よく持たせることが出来たなと公孫瓉たちは感心してしまう。
張遼曰く、事情は以下の通り。

本来、彼女たちは涼州に属する軍勢だという。涼州の黄巾党討伐が落ち着きを見せたところに、朝廷から軍勢派遣の要請が来る。
無視することも出来ないため、3000の兵を引き連れ官軍と合流。合計7000の軍勢をもって、長安や洛陽を中心とした司州近辺の警護および黄巾党の討伐を行っていた。
ちなみに、洛陽などに常駐する兵力はこの数に入っていない。合計で万単位の兵が蓄えられているはずである。
それはさておき。
名目上は、軍勢を率いるのは官軍の大将。なのだが、この大将がなにも仕事をしようとしない。仕方がないので、張遼や、彼女と共に派遣された呂布が軍勢を仕切ることになった。
涼州郡の兵を2000と1000に分け、官軍を3000と1000に分けた。前者を張遼が引き受け北へ向かい、後者を呂布が引き受け南へと向かう。
兵の数に偏りがあるのは、「呂布がいるなら官軍数千なんか誤差の範囲や」ということらしい。
むちゃくちゃな話ではあるが、公孫軍の面々はなんとなく理解できた。
司州の南側を担当することになった張遼だったが、自分が引いた貧乏くじに思わず天を仰いでしまう。
引き受けた官軍の兵たちの質が悪い。これでもかとばかりに役に立たなかったのだ。
相手は黄巾党、もしくは匪賊の類が大半だ。お世辞にも手強いといえる相手ではない。怖いのは数だけなのだ。
それなのに、兵たちはことあるごとに隊列を乱す。作戦を聞こうとしない。あげく劣勢と見ると勝手に逃げ出す。などなどなど。
ここまでくると、通常の行軍でも気を使い、軍勢を整えるだけでも一苦労である。黄巾党討伐どころではない。
そのくせ自意識だけは高く、兵たちは自分たちが手柄を立てることを信じて疑っていない。
ならせめていうことを聞けと張遼がいってみても、暖簾に腕押しであった。
不安しかない混合軍であったが、これまでで一番の大勢力に当たった。それが先ほどの黄巾党である。
初めて目にする、数に勝る敵。これまでがこれまでである。官軍たちは動揺し、やがて恐慌にまで陥った。
なんとか隊列を整えようと躍起になっているときに、公孫軍が助太刀に入ってくれた。おかげで兵力をさほど損なうことなく、討伐することが出来た。
だが、恐慌を起こした官軍勢はすでに戦場を遠く離れている。3000のうちおよそ3000が、この場からいなくなっていた。

「それってほとんど全部じゃないか」
「……そうなんや」
「官軍というのは、そこまで酷いものなのか……」
「あの酷さは言葉じゃ表しきれん。体験して率いてみんと分からん酷さやで」

呆れを通り越して感嘆してしまう公孫瓉。身の不幸を嘆く張遼。それを察して労わる関雨に、思わず彼女は抱きついてくる。
まさか辛さのあまり泣き出したか、と思いきや。張遼の顔は実に喜色満面。物凄く嬉しそうである。

「もうあんな奴らのことはどうでもえぇねん。
アンタ、関雨いうとったよな。見てたで、青龍刀を振り回して立ち回るんを。凄いなアンタ、惚れ惚れしたで」

目をキラキラさせた表情で、抱きついたまま顔を見上げてくる張遼。
関雨は激しく嫌な予感がした。
もし張遼という人物が自分の知る彼女と同じ性格ならば、この後どうなる?
まとわり付かれるに決まっている。

「いや、あの、張遼殿?」
「霞でえぇで。あんな危ないところを助けてくれたんや、真名くらい安いもんや。仲良くしようや、なぁ?」

手を取りブンブンと振り回し、まとわりつく張遼。それをなんとかいなそうとする関雨。
彼女は内心、溜め息をつく。
なぜ異性を意識した途端に、同姓からまとわり付かれなければならんのだ。
吐く息はとても重く、深い。



ちなみに。
張遼が必要以上に下手に出ていたことや、気苦労ばかりの彼女の立ち位置を不憫に思ったりなどしたせいもあって、初対面にも関わらず公孫瓉も言葉遣いが素になってしまっている。最後に関雨を口説きだした奔放さもを見て、今更言葉遣い云々を気にするのも馬鹿らしくなっていた。
華祐を見て、涼州に残っている仲間と同じ顔と名前に、不思議なこともあるもんやな、と感心してみせたり。
顔は同じか分からんが呂扶という強者(つわもの)が遼西にいる、という言葉にさらに驚いてみたり。
張遼と趙雲が妙に仲良くなっていて、関雨がいいようののない不安を覚えたり。
その場の流れでなんとなく、公孫軍の将たちは互いに真名を交換したりと。
張遼はいつの間にか相当に打ち解けていた。
単に、これから使えない官軍たちのところに戻らなければいけない事実から逃げようとしていただけかもしれないが。

名残は尽きないものの、この恩はいずれなにかの形で返す、と、張遼は改めて礼を述べ、公孫軍から離れていった。
あれこれ馬鹿なやりとりをしていたにもかかわらず、すでに部下を使って官軍たちをまとめ終え待機させているあたり、実にやり手な張遼であった。





関雨や華祐にとって思わぬ知己との出会いからしばらく。公孫軍は再び黄巾党征伐のために行軍を開始する。
ほどなくして、趙雲が奇妙な動きを見せた。

「ぬ?」
「どうした趙雲?」

唐突に声を上げる彼女。らしくもない、切羽詰ったような声音。耳にした公孫瓉がいぶかしむ。

「……なにやら、嫌な予感がしますな」
「いきなりどうした、縁起でもない」
「手持ちのメンマが、なくなりました」
「……趙雲」

口調に反して、その内容は実にどうでもいいこと。公孫瓉は途端に脱力した。

「いやいや。長丁場を覚悟して、私なりに切り詰めながら食していたのです。自制心を総動員して、減り方が少なくなるようにしていたのですが」

彼女の表情は真剣だ。こんな顔はそうそうお目にかかれない。
ただ内容がメンマのことでなければ、耳を傾けようとも思えるのだが。

「にも関わらず、気がつけばメンマは底を突いていた。私自身も気づかぬうちに食していたのでしょう。まるで逸るように。
ならば、なにが私をそこまで逸らせたのだろうか。
私の生命線ともいえるメンマを、知らず食べつくしてしまうほどに急かすなにかがあるのか」

すでに彼女の言葉に誰も耳を貸していない。
それでも趙雲は、誰に聞かせるでもなくぶつぶつとつぶやいている。

「北郷殿、いや、陽楽になにかあったか?」

飛躍といえば、あまりに飛躍した連想。

「伯珪殿。私一人だけでも、陽楽に戻れませんかな?」
「駄目に決まってるだろ馬鹿」

公孫瓉は当然のごとく受け入れない。真剣な顔をすればするほど、滑稽さがますます浮き上がってくる。
確かに傍から見れば、メンマを補給したいから帰る、といっているようなものだ。聞き入れられるはずもない。
メンマを理由に、嫌な予感がする、といわれても一笑に付されるのは当然だ。根拠もなにもないのだから。

ただ、虫の知らせというものはある。武人としての勘がなにかを告げるということもあるだろう。普段ならば、細作をひとり陽楽にやるくらいのことはしたかもしれない。
普段の行いのためだろうか。それとも理由がメンマだったためか。彼女の言葉がそれ以上話題に上ることはなかった。





ほぼ同時刻。遼西郡・陽楽。
政庁に詰める面々に、趙雲の予感を形にしたかのような報告がなされていた。

「どこからこれだけの数が……」
「おそらく、討伐から逃れた輩がまとまった、ということでしょうね」

烏丸族の領土と遼西郡の境に、大量の黄巾党が押し寄せた。烏丸と遼西ともに、小さな村々がことごとく襲われ被害にあっていると。
陽楽で太守の留守を預かる面々は、その報告の内容に頭を抱えた。

「正確な数は分かりますか?」
「報告にはまだ分からない、と。
ただ、離れた場所にある村がほぼ同時に襲われています。結託はしていないでしょうが、総数で見れば相当の数になるかと」
「……残っている兵全員に出撃の準備をさせてください。いつでも出征出来るように。それと義勇兵の要請を」

鳳灯が、浮き足立つ武官文官を落ち着かせながら指示を出す。落ち着いて報告を受けつつ、現状を把握し、まとめ、仕切ってみせる。
可愛らしい外見からは予想できないが、幾つもの戦場を経験しているからこそのものだろう。その差異が、周囲に妙な頼もしさを与えていた。

「それと、一刀さんのところに伝達をお願いします」
「呂扶殿、ですか?」
「……はい」

公孫軍を鍛える天下無双。その助力があるのならば、この事態も乗り越えられるに違いない。
そんなことを考えつつ、使いの男は飛び出していった。
反面、鳳灯の浮かべる表情は思わしくない。呂扶すなわち恋を、戦場に送り出す。そして一刀まで巻き込んでしまう。
遼西郡を守るためなら、彼はきっと力を貸してくれるに違いない。彼は役に立つ。でも。

彼女の中で、理と情がせめぎ合い、渦となっていた。












・あとがき
関雨、覚醒。(恋姫的な方に)

槇村です。御機嫌如何。




愛紗さんが、『真』よりも無印のキャラっぽくなったような気がする。
武人としてと同じかそれ以上に、女の部分を意識し出すというか。うまく表現できているか不安だ。

また愛紗さんがそこそこ吹っ切ったと思ったら、今度は華祐さんが悩み始めた。ままならぬ。

華琳さんに続いて、霞さん登場。
槇村の中では、彼女もまた苦労人。でも楽観的というか、最後の最後で「んなこたどうでもいいんだよ」とかいいそうじゃない?
同じ苦労人でも、白蓮さんは陰に篭りそうな気がします。



さて。
太守のいない遼西郡に、なにやら動きあり。
やっぱり一刀と恋を動かしておいた方がいいかなぁ、と。気になっている方もいらしたようなので書くことにした。
待て次号。

いろいろと書き込みありがとうございます。
励みになっております。感謝感謝です。



100922:本文を少々修正しました。



[20808] 15:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の壱
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/25 04:54
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

15:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の壱





「ごめんなさい」

遼西郡の政庁である城に呼び出された、一刀と呂扶。出迎えた鳳灯と顔を合わせた途端、ふたりは彼女に謝られた。
呼び出しを受けた理由に関しては、おそらく黄巾党に関してだろうな、と、見当が付いていた。
だが謝られるようなことをされただろうか。一刀には覚えがない。

「謝られる理由が分からないよ、鳳灯」
「恋さんを戦場に出してしまうこと。そのために一刀さんをダシに使うこと。そして、一刀さんにも戦場に出てもらうかもしれないこと、です」

辛そうな、本当に辛そうな表情を見せる鳳灯。

「おふたりとも、こちらへ」

一刀の視線に気付いたのか、すぐに顔を背ける。そのまま背中を見せ、玉座の間へと先導すべく歩き出した。
彼女の小さい背中を見つめながら、一刀は謝罪の意味を考える。だが、考えるまでもなかった。
戦力として、一刀と呂扶の力が欲しい。特に呂扶の武が。
だが今の彼女は、戦場に立つことを義務としない民草のひとりだ。断られたとしても、強制することは出来ない。
なにより鳳灯自身が、内心、呂扶を無理に引き込むことを好しとしないのだろう。
だからこそ、一刀を巻き込むことで、呂扶が断れないような状況を作る。情に流れそうな、自分自身の退路を断つために。
今の彼女は、遼西郡の内政に携わる内政官のひとりだ。この地の平和を守り、この地に住む民たちの平穏を守ることを第一に考えなければならない。だから、沸き起こる情を押さえ込む。必死に押さえ込もうとしている。
ゆえに、彼女は謝る。そんな彼女の心遣いに、一刀は嬉しさを感じていた。
逆にいえば、それだけ彼のことを、呂扶のことを、大切に思ってくれていたということなのだから。

陽楽は商人の多い町だ。商人の耳は聡い。太守が留守にしている今の遼西郡になにが起こっているのか、すでに耳にしている者は多い。一刀も、護衛仲間や、商人の旦那衆などを経て話を耳にしている。
ほどなく義勇兵の募集がかけられるだろう。一刀はそれに参加するつもりだった。兵のひとりとしてでも、兵站・補給部隊に回されて食事係としてでも、なんらかの役に立とうと考えていた。
こうして鳳灯に呼び出されていなくとも、遅かれ早かれ一刀は戦場に出向いていた。そのことで鳳灯が思い悩むことはない。彼はそう思っている。

ただ呂扶に関しては、一刀も、鳳灯と同じことを考えていた。
呂扶がかつて、どんな思いで戦場に立ち、どれだけの武を重ねて来たのか。この世界の一刀には分からない。
それでも、出会ってからの彼女は終始穏やかな生活を営んでいる。誰が好き好んで、戦場に送り出そうなどと思うものか。
だが、彼女の武才、天下無双と呼ばれた武勇は、この上なく頼もしいもの。公孫軍の本隊が留守にしている今、頼りにしたくなる気持ちは彼にもよく分かる。
だから、彼は察することが出来た。鳳灯があえて、個人の情を切り捨て、内政官としての理と利を取ったことを。



「滑稽ですよね」

歩を進め背中を向けたまま、鳳灯は、なにげなく、呟く。
これまで自分の行っていたことが、自分の策で戦場を展開させていったことが、果たしてどんな意味があったのか。彼女は思い悩んでいた。
悩んだ末に見た光明が、争いを生まない国の素地を作ること。
自分の持つ知識を、陽楽そして遼西郡という地に、出来うる限り注ぐことを決めた。平和な町を作るための、ひたすら具体的な案を考え続けた。
この知を、戦場で役立つような使い方はもうしない。彼女はそう決めていたのに。

「戦いを嫌がっていた私が、他の人を戦いの場に送り出そうとしているんですから」

鳳灯は今でも、戦に関わるのは嫌だと思っている。しかし、そんな甘えたことは状況が許してくれない。
彼女が求めたのは、平和と平穏を得るための道。戦いを避けるために選んだ道だったにも関わらず、戦場は、自分の求めたものを壊さんと威を振るって来る。
既に歩き始めている道。彼女の知が求められ、それに沿って動いている大きな流れ。こんなことは求めていなかったと思いながらも、どこかで、こんな事態になるのは当然だと考えている自分。
仕方がない、そういう時代なのだから、と。
どう足掻いても戦いは避けられない。鳳灯がかつて、親友や主や仲間たちと駆け抜けた時を思えば、それは火を見るよりも明らかだ。
だから、彼女は心を凍らせた。少しでも早く、この騒乱を終わらせるために。
そのために使えるものがあるならば、躊躇わずに活用してみせよう。それが、戟を置いた天下無双であろうと、羽を失くした鳳雛の知であろうと。
凍りつかせた胸の内で、鳳灯は思う。悪意の方から向かってくるのならば、跳ね除けてみせる、と。もう二度と向かってこないように。



「思うんだけどさ。戦うってのは、二種類あると思うんだ」

一刀の言葉に、鳳灯はつい足を止める。後に付いて歩いていた彼に背中がぶつかった。背の低い彼女の身体は、そのまま一刀の手の中に納まってしまう。
彼はそんな彼女の肩に手を置き、言葉を続ける。

「ひとつは、なにかを生み出せる戦い。もうひとつは、なにかをただ壊していくだけの戦い。
黄巾党は、明らかに後者だと思うよ。でも鳳灯のやっていることは、前者じゃないかな。
戦場で、策を練る。でもその戦が終わった後になにかを残そうとして、鳳灯は戦っていたんだろ?」

自分の中にある、壊れそうななにかを守るために。鳳灯は、戦いに手を下す自分を必死に正当化しようとした。
そんな彼女を、一刀はなんでもないことのように肯定してみせる。
肩を支える、彼の広い手。その手を伝って、鳳灯の身体と、心が震えだす。揺るがないようにと張り詰めていたものが、いとも簡単に溶け出してしまう。

「これまで散々突き放していた俺がいうのもなんだけど、相談には乗るっていったろ? 今の鳳灯を理解できる奴が、少なくとも四人いるんだから」

頼るなといった覚えはないぞ。一刀はそういい、呂扶にも同意を求めてみせる。彼女もまた、こくり、と、うなずいた。

「立ち向かうなら、皆で立ち向かおうぜ。まぁ、俺個人はそんなに胸を張るほど強くないけどな」
「……気にしない。恋が、一刀も雛里も守ってみせる。あと、他のみんなも」

呂扶が、鳳灯の頭を撫でつけながらいう。

「じゃあ、恋の後ろは俺たち、町の義勇兵みんなで守ってやるよ」

鳳灯の頭に載せられた、呂扶の手。その上に、一刀は自分の手を置いてみせる。呂扶の手ごと、鳳灯の頭を撫でてやる。

「あれこれ気遣ってる場合じゃないんだろ? 使い出のありそうな奴は、遠慮なく使おうぜ。
自分たちの住んでいる町に関わるんだ。この陽楽じゃ、誰も嫌なんていいやしないだろ。俺だって逃げ出したりしないよ」

逃げるところもないしな。そういって、一刀は笑う。

「ありがとう、ございます」

被っている帽子のつばを下ろし表情を隠しながら、鳳灯はつぶやいた。





そんな、特殊な事情を持つ者同士の交流を終えて。
一刀と呂扶は、諸将が席を並べる玉座の間に通された。

「……恋は、どうすればいい?」

彼女のひと言は、その場にいる武官文官たちに暖かな安心感を与えていた。
普段から呂扶は、口にする言葉や表情の変化も必要最小限だ。だからこそ、口にする言葉も、時折見せるしぐさも、飾りがなく嘘もない。信じるに値する。
この陽楽の町に彼女がやって来て、まださほど多くの時間は過ぎていない。だがそれでも、彼女なりに重ねてきた言動の一つひとつが、信用と信頼を築き上げて来た。
遼西郡の中枢に属していないとはいえ、その存在は大きなものになっている。ことに軍部の人間には、公孫軍を支える支柱のひとつと思われているくらいだ。そんな彼女の言葉を信じずに、なにを信じろというのか。
呂扶は呂扶で、そんな、信用されているという感覚を肌で感じ取っている。彼女も彼女なりに、陽楽の町や人々に対して愛着を抱いていた。
その町が、今、危険にさらされようとしている。ならば、町を守るために武を振るうことになんの躊躇いがあろうか。
単純といえば単純。だがそれだけに、気持ちの程は純粋なものだ。
自分の力が役に立つならばいくらでも使え。そういってみせる呂扶に、鳳灯は心から礼をいい、玉座の間にいる全員を代表して頭を下げた。

「恋さんは公孫軍に属していないといっても、事実上の指南役ですから。臨時の将軍職に立っても問題ないと思います。むしろ士気が上がるんじゃないでしょうか」

いかがですか? と、武官の面々に伺いを立ててみる。鳳灯の言葉に、考える間もなく皆うなずく。むしろ是非に、とばかりの推しようだった。

「一刀さんは、そうですね、義勇軍の取りまとめと指揮をお願いできませんか?」
「いやちょっと待ってよ。恋のオマケでしかない俺が、そんなご大層な役割出来るわけないだろ。そもそも軍の指揮なんてやったこともないし」
「謙遜されなくてもいいですよ。普段から商隊の護衛役として活躍してるじゃないですか。自分も護衛をしながら、他の護衛の方々の指揮をとる。やってもらうことはそれと変わりません。ただちょっと規模が大きくなるだけです」
「……大きくなりすぎじゃないか?」
「大は小を兼ねる、っていうじゃないですか」
「いっている意味がまったく分からないよ鳳灯」

言葉の意味が逆じゃないか、と、一刀は内心思いながら、その強引さに思わず溜め息をつく。
冗談です、と、彼女はクスリと笑う。だがそれだけだ。要するに、決定を覆すつもりはない、ということなのだろう。

「実をいえば、義勇兵を集めて編成をしても、公孫軍との中継ぎがうまく出来そうな人が一刀さん以外に思いつかなかったんです。
参加してもらえる義勇兵の皆さんと、公孫軍のみなさん。その両方に顔が知られているという点では最適だと思うんです」
「分かった。好きなように使ってくれ。微力を尽くすよ」

彼は控え目にいうが、彼もまた呂扶に稽古をつけてもらっているひとりだ。公孫軍の面々と同様、吹き飛ばされてばかりの実力差はある。それでも、将までとはいわないが、普通の兵よりもよっぽど高い武を得るに至っている。旅の商隊を守る護衛役として、一角の働きをし続けていたのだから、もともとそれなりの武才は持っているのだ。
また鳳灯が指摘している通り、護衛をこなしていた関係もあり、彼はその場全体を俯瞰して見ることが出来る。自分で店を切り盛りしている、という点も関係しているだろう。適時適当な指示を出す、ということにも慣れていた。
この時代に、手広くこなせるということがどれだけ稀有なことなのか。"現代人"である一刀にはよく理解できていないのかもしれない。
彼は料理人になると決めた。いい換えるならば、それ以外の可能性に無頓着なのだ。
自分がどれだけのことが出来るのか。彼はまだ把握し切れていない。





「それでは改めて、状況を説明しましゅ」

臨時の武将として呂扶が据えられ、町の義勇兵代表として、一刀が作戦会議の末席に着く。
気を許す人間が傍にいたせいか、鳳灯が少しばかり噛んでしまう。他の面々は大人の対応でそれを流してみせる。
顔を赤くしながら、仕切りなおそうと咳払いをする彼女。内心悶えていた武官文官が数人いたのは秘密である。

さて。
現在の状況をまとめると、以下のようになる。
遼西郡の北部、烏丸族が治める地域との境を中心にして、黄巾党の勢力が猛威を振るっているという報告があった。
報告が届いたのは今日の朝方。その内容は昨日の時点のもの。
報告では、烏丸との境に点在する小さい村がことごとく襲撃を受けているという。遼西側の村はもちろん、烏丸族の村も多数被害を受けているとのこと。黄巾党はとくに区別をして襲い掛かっているわけではなようだ。
報告の入っている範囲では、被害に遭っているのは、遼西郡を始めとして、北平、漁楽、広陽、上谷といった、烏丸と接している郡のすべて。各郡と烏丸の境あたりをうろうろしているようで、それ以上南下してくる気配は今のところないという。
点在する黄巾の徒は、それぞれ連携を取っているというわけでもないようだ。

「なぜわざわざ、境界線あたりをうろついているんだろうか」
「おそらくですが。公孫軍を始めとした各軍閥に追い立てられて北上しているうちに、烏丸の勢力地域まで逃げて来てしまったのではないかと」
「なるほど。幽州の各郡が抱える自衛軍も、相当の力がありますから」
「逃げ続けて、追っ手が来なくなったところで落ち着いてみたら、烏丸の勢力内に入り込んでいたというところですか」
「我々も、うかつに烏丸の地まで進軍することは出来ませんからな」
「烏丸にいらぬ誤解を与えて刺激しかねんしな」

玉座の間に集まる遼西の諸将が、口々に会話を交わす。それを制して、鳳灯が説明を続ける。

「皆さんのおっしゃる通り、南から北へと逃げ続けた結果、烏丸との境界周辺に居座ってしまった。ということだと思います。
同時に、遼西を始めとした各郡に目をつけている、という点も考えられます」
「目をつけられた、というと?」
「公孫軍を始めとして、各町や村に作られた自衛団。それらに属している皆さんのおかげで、遼西郡は豊かさと堅強さをもって知られるようになりました。方々を荒らして回る黄巾党の中でも、食い詰めても遼西には近づくな、という意見が出るほどだそうです。
その実績が幽州全体にも影響が出始め、それぞれの郡で自衛軍の強化を進めたりしています」

本来であれば、それは誇ってもいい評価。だがそれを語る鳳灯の顔は険しいままだ。

「これまで遼西郡に手を出しあぐねていたのは、公孫軍による討伐が恐ろしかったのでしょう。命あっての物種ですから。
ですが今は、公孫瓉さまを始めとして公孫軍の大半が出払っています。そこに目をつけたのが、おそらく、遼西に手を出して来たひとつ目の理由」
「ひとつ目、ですか?」
「はい」

鳳灯はうなずく。

「ふたつ目の理由。こちらの方が深刻かもしれません。
現在、黄巾党を討伐する勢力が各地を転戦しています。鉢合わせになれば、戦うか、逃げるか。少なくともその場からは立ち去ります。
各地で襲撃と逃亡を繰り返す。拠点となる地が制圧されれば、糧食を失ったまま放浪する。その先で村を襲い、討伐を受け、また放浪する。
それが繰り返されるうちに、黄巾党が襲う土地がなくなってきます。
まだ襲っていない地はどこか? その考えに至り、候補に挙がるのは」
「……幽州、ことに遼西郡ということですか」
「はい。本格的な制圧と討伐が繰り返され、黄巾党は、もう余裕がないのだと思います。だからこそ、遼西にやって来た」

これがふたつ目の理由。
鳳灯の言葉に諸将は言葉を失う。これまで良かれと思い行っていた政策が、巡り巡って黄巾党を呼び寄せる原因を作っていたのだから。ままならない。
だが、こんなことになるなどとは、例え天でも想像できまい。気に病む必要はない、と、一刀は初めて発言する。

「町の皆は、内政官の皆さんがやってきたことのお陰で笑って暮らせていたんだ。それは事実だし、間違ったことじゃない。
それにそこまで黄巾党が追い詰められてるってことは、ここを凌げばヤツらの襲撃を怖がることもなくなるんだろう?」
「一刀さんのいう通りです」

ひとりの民草としての言葉。それが、自分たちのやって来たことが間違いではないと保証してくれる。

「起こってしまったことの原因は後で追究しましょう。今は、この事態をどうやって治めるか。その方が大事です」

文字通り、具体的な案を鳳灯は出していく。
陽楽に残っている兵力はおよそ5000。それに義勇軍が加わることになる。
その内の4000を黄巾党討伐にまわし、残りは万が一のために陽楽で待機。
受けた報告の限りでは、多くても1000を超えるかどうかという集団ばかりだという。それならば問題ないだろうと判断し、隊を二つに分けることを提案した。
まず討伐隊の内3000を一隊として、準備が整い次第出征させる。行軍する先の町や村と情報をやり取りしつつ、黄巾党を討伐していく。
遼東郡まで足を伸ばし、討伐を進めた後、頃合を見て南下し戻ってくるというもの。
もうひとつは、討伐隊残りの1000を第二隊としてまとめ別ルートで北へ。丘力居率いる烏丸と合流し、共に黄巾党討伐に当たろうという案。これには諸将も驚きを見せる。
幸い、丘力居とは友好的だ。討伐するのは共通の敵、遼東方面の黄巾党はこちらで相手をするといえば、断ることはないだろうと予想しての発案。気持ちの上で少なからず抵抗のある将も一部いたようだったが、そんなことをいっていられる場合でもない。鳳灯の案は受け入れられることとなった。
諸将と作戦案を論議し、各隊各部署の基本的な行動を詰めていく。
遼西郡の取るそれらの行動を、幽州の各郡にも伝令し、それぞれの軍勢で対応もしくは合流するといった行動を臨機応変にしてもらうことになる。烏丸の元にも大急ぎで使者が送られた。

一通り、決めるべきことは決め終えた。では早速準備に取り掛かろうと、諸将は腰を浮かせる。

「豊かさと堅強さ。その風評によって、これまでは平穏を保っていることが出来ました。
ですが今回は、その風評ゆえに、黄巾の徒を招き入れてしまったともいえます。
さらにいえば、周辺諸地域、それに烏丸の皆さんまで巻き込んでしまいました」

その償いは、より豊かでより堅強な幽州を作っていくことで、埋め合わせていきましょう。
鳳灯は笑顔を浮かべながら、そういって軍議を締めくくった。













・あとがき
鳳灯、覚醒。(無双的な方に)

槇村です。御機嫌如何。




前半のところで、リンキンパークの『Namb』が頭の中で流れ出した。なぜだ。
まぁ槇村の脳内PVはどうでもいいですよね。



雛里がなにか吹っ切ったようです。性格が変わってない?
華琳さんは殴られる前に殴る人ですよね。
なにかに目覚めたウチの雛里は、こちらからは手を出さないけど、殴られたら死ぬまで殴り返すイメージ。
怖っ。

それにしても槇村は、どうにも悩ませすぎなのではなかろうか。と思ったり思わなかったり。
でも、書いてるうちにこういう展開になっちゃったんだから仕方ないよね。
悩んで仕方がない境遇だもの。「ま、いっか」じゃ済まねぇって。うん。





やべー、黄巾の乱編、ちょっと長くなりそうだ。



[20808] 16:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の弐
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/09/28 19:09
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

16:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の弐





遠征に出ている公孫軍の元にも、現状を報告するための伝令が走っている。
公孫瓉が留守にしている間の権限は、鳳灯たちに委ねられている。だが、ことは遼西郡全域に、それどころか幽州全体にも関わる事態である。ひとまず執り行うべき処置、これからの行動、動かす軍の陣割や規模の決定、周辺地域との折衝などなど。いつまでも太守代理が仕切るには、やや荷が重い状況だ。
いつまでも太守が留守のままではいられまい。一刻も早く陽楽に戻ってきてくれ。伝令にはそんな文面を含ませた。
進軍する道程は大まかに決められているし、変更があれば報告が来ている。後を追うことは難しいことではない。遼西郡の現状が伝わるにも、そう時間はかからないだろう。
とはいえ。戻ってくるのをただ待っていられるほど、ゆっくりはしていられない。やることはたくさんあるし、備えるべきことも山のようにある。武官も文官も大わらわだ。

軍議で採られた作戦案の通り、陽楽に残っている兵力の内3000が第一陣、北上組として編成される。
率いる大将は、公孫瓉の妹・公孫範。同じく従姉妹の公孫続が、軍師見習いとして従軍する。彼女らふたりを公孫軍古参の面々が補いつつ、行軍していくことになる。
公孫範は、若輩ながら経験もそれなりに積んでおり、公孫軍の中でも一角の武才を持つ将として認められていた。古参の面々も、彼女に関してはあまり心配することはない。呂扶という修練相手が現れてからというもの、その武の調子は上がりっぱなしだった。公孫瓉に続く急成長株といったところである。
それに対して、公孫続は、大きい規模の遠征は今回が始めてだった。陽楽周辺で起きた小競り合いの鎮圧に同行したことが数回ある程度。おまけにまだ若い。公孫瓉より七歳下、鳳灯より四歳も下になる。更にいえば武よりも知に長け、軍師というよりも内政官向きの人間であった。
鳳灯は彼女を陽楽に残すつもりだったのだが、公孫に仕える古参の将に止められた。彼女に、千単位での遠方従軍という経験を積ませておきたいのだという。
確かに経験は大事だ。今回のような、規模が大きい割りに危険度が小さい遠征はそうないだろう。経験を積むにはうってつけだ。
説得を受け、納得し、鳳灯は反対することなく受け入れた。
だがそれでも、心配は募る。

「続ちゃん、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「分かっています。範ちゃんの邪魔をしたりしませんから」

年相応より少し小さい背丈の公孫続と、それより少し高い程度の鳳灯が手を取り合う。
張飛よりも年下なのに、という連想が、より心配を高めているのかもしれない。そこまでするかというほどに、鳳灯は公孫続の心配をしてみせる。

「なんだよ鳳灯、続ばっかり心配してさー。ワタシは心配する価値もないってことかー?」
「あわわ、範しゃん決してしょんなことは」
「鳳灯、噛んでるよー?」

からかう言葉に、鳳灯が反応して噛んでみせた。彼女のそんな様子を見ながら、公孫範は声を殺しながら意地悪く笑う。
動く前に考え込む鳳灯と、考える前に身体が動き出す公孫範。中身は正反対だが、それゆえに性が合ったのだろうか。同い年ということもあり、ふたりの仲はとてもいい。
もちろん彼女のことも、鳳灯は心配である。例え弄られていようと。

「行軍する範囲は広いですが、やることは普段の討伐行とまったく同じです。範さんなら問題ないありません。さほど気負わずに。無茶はしないでくださいね」
「大丈夫だって、心配性だな鳳灯は。いつもワタシが無茶して突っ込んでるように見えるのか?」
「……皆さん、範さんのことをよろしくお願いします」

心得た、とばかりにうなずいてみせる公孫軍古参の将たち。彼女の性格を熟知しているからこその受け答えだろう。おぉいちょっと待て、と、喚く彼女を流して見せる様も堂に入ったものだった。
そんな態度を見せてはいるが、彼女が勝手に突っ走るのではという心配は誰もしていない。
公孫範が本当に猪突猛進な性格であるなら、誰も大将に据えたりしない。軍と兵を率いる立場、というものをわきまえ自制を働かせるだけの思慮はもちろん持っている。それでも抑えられない気性の部分に関しては、周囲が止めればそれでいいこと。だから問題はない。
むしろ、今回のような討伐という目的を持つ行軍ならば、彼女の気性の熱さはそのまま士気の向上にもつながる。

「よーし行くぞー。ワタシに続けー!!」

掛け声も勇ましく、公孫範の率いる3000の軍勢は、遼東郡を目指して北へと向かっていった。





第二陣を率いる大将は、公孫三姉妹の末妹・公孫越。姉と同様、公孫軍の一将として頭角を現している。公孫範、公孫続らと同様に、古参の将が脇を固めての行軍だ。そして副将として呂扶が、また義勇兵のまとめ役として一刀が同行する。
第一陣を出征させ休む暇もなく。次は第二陣の出征準備にかかる。
といっても、数は第一陣の三分の一。おまけに平行して準備を進めていたのだから、後回しにしていた糧食や装備などが整うのを待つくらいしかすることが既にない。
状況の割りに手持ち無沙汰という中。焦れる気持ちを誤魔化すように、打ち合わせと称して第二陣の主要な面子が集まる。打ち合わせといっても、その実は井戸端会議でしかないのだが。

「考えて見るとさ。義勇兵のまとめ役云々の前に、これだけ規模の大きい遠征に参加すること自体初めてなんだけど」

衝撃の事実、とばかりに一刀はいう。
彼は護衛の仕事だけでなく、義勇兵のひとりとして公孫軍に参加し遠征に出たこともある。だが経験した軍勢はせいぜい300程度の規模のものでしかなかった。
それが一足飛びに、数百の義勇兵を取りまとめ、1000の公孫軍に混じり、なおかつその数倍の烏丸族と行動を共にすることになったのだ。感慨に耽るというか呆然とするというか、この現状に彼は自分のことながら俄かには信じきれない。

「でも兵隊さん全員が、俺と同じように恋に吹き飛ばされているんだと思うと、妙に仲間意識が沸くなぁ」
「あはは……」
「そのお陰で、皆さん物凄い勢いで実力が上がっているんですよ?」

一刀の言葉に、乾いた笑い声を漏らす公孫越。
彼女もまた、呂扶に吹き飛ばされ続けているひとりだ。兵だろうと将だろうと関係がない。彼の気持ちはよく分かる。
だがその圧倒的力量差をもって行われる修練が、公孫軍の実力を底上げしていることも事実。鳳灯はその点を指摘し、無駄にはなっていないのだと主張する。

「確かに、恋姉さんと対峙するだけでいろんなものが鍛えられている気がします。
対峙し続ける気力もそうですけど、どうやって手を出そうか、って考えることで、頭が鍛えられるんですよね」
「それはよく分かりますね。頭が鍛えられるというか、相手と対峙したときに繰り出す手数のバリエーションが豊かになるって感じかなぁ」
「ばりえーしょん?」
「んー、選択肢が増える、ってことです」
「なるほど。それは分かる気がします」
「……越は器用。でも使いこなす力が、まだちょっと足りない」
「……そうですか」

公孫越は普段から呂扶に懐き、真名も許され"恋姉さん"と慕っている。
一刀との談義の中で、そんな師匠からのダメ出しを受けて彼女は少し落ち込んでみせた。

「あわわ、恋しゃんは越しゃんを否定してるんじゃなくて、伸び代があるっていうことを指摘しているんであって」
「雛里のいう通りですよ。ない、っていってるわけじゃない。足りないってことは、これから力をつけていく余地があるってことですから」

鳳灯と一刀が、落ち込む彼女に助け舟を出す。
その中の一刀の言葉に、公孫越が反応した。

「北郷さん」
「はい?」
「いつのまに、鳳灯さんを真名で呼ぶようになったんですか?」
「え?」
「あわっ!」

会話の流れとは違ったところに反応したようだ。
呂扶と同様に、公孫越は一刀も慕っている。しかもちょっと恋愛感情が入っている。
常に呂扶と一緒にいるのだから、接する機会も多くなる。そのせいでいつの間にか、といった感じだ。
優しさだとか料理の腕だとかいろいろ器用なところだとか、理由はいくつも挙げられるが、今の彼女にとってそんなことは些細なことになっていた。

「いや、ここ数日の間にちょっとしたきっかけで」
「ふーん」
「いえその、もともとお世話になっていますしいろいろ悩み相談というか助けられたこともたくさんありましたので今更ですがって」
「へー」

なんの話だ、とばかりに淡々と返す一刀。
反面、ものすごく焦っているのにまったく噛まずにいいわけを繰り広げる鳳灯。
そんなふたりを見比べながら、生返事を返す公孫越。彼女は嫉妬、というよりも、なにか面白くない、という感情に駆られていた。

鳳灯を始め、新しく将として加わった面々。それに将ではないがなにかと世話になっている、呂扶や一刀。彼や彼女らに対し、公孫越は信頼もしているし信用もしている。真名を許すことになんら抵抗を感じないほどに。これは彼女の姉や従兄弟である、公孫瓉、公孫範、公孫続も同じ考えだ。
だがなんとなく、それを伝える時期を逸していた。以来、皆からは名を呼ばれ続けている。
一抹の寂しさを感じていたところに、一刀が鳳灯の真名を呼んだ。正直なところ、ずるい、という気持ちが胸のうちを占めていた。
それじゃああたしのことも真名で呼んで、といえればよかったのだろうが。つい腰が引けてしまう公孫越。少しばかり考え過ぎて、踏ん切りをつけるのを躊躇ってしまう。彼女にはそんなところがあった。

結局、一度こじれた公孫越の機嫌は元に戻ることはなく。呂扶の腕を抱きこむようにして縋り付きながら、不機嫌な表情を見せ続けていた。
もっとも、そんな態度を見せられること自体が、彼と彼女たちを信頼して甘えていることの証左だともいえる。そのことに、公孫越は気付いていない。呂扶は片腕を取られたまま彼女の頭を撫で付け、その様を見て、一刀と鳳灯はほんのりと微笑んでいた。





それから数日。出征の準備を整えた第二陣は陽楽を出発。第一陣とは違う道を辿り、北へと向かう。
目指すは、烏丸族と落ち合う地点。
距離もそう遠いというわけではなく、黄巾賊と出くわしつつも、問題なく合流地点に到着した。
烏丸族の面々は既に到着しており、いつでも進軍できる状態になっていた。その数、およそ5000に及ぶ。

「おう、よく来たな公孫越」
「丘力居さん、ご無沙汰しております」

互いの軍の大将として挨拶を交わすふたり。だが共に顔見知りであり、今回の状況については既に何度も使者を通して意見を交わしている。今更確認すべきことも多くはない。

「今回は我々に協力していただけて、感謝しています」
「いやなに、どのみち黄巾の奴らは討伐しなきゃいけなかったんだ。
境界線の上の方はそっちが請け負ってくれるんだろ? こちらとしても今回の申し出は願ったりかなったりさ」
「それでも、黄巾賊が烏丸の皆さんのところまで来てしまったのは、我々が原因のひとつでもありますから」
「まぁ、確かに漢の奴らのせいで黄巾が出てきたのは腹が立つが、公孫瓉やお前たちにまで非があるとは思ってないよ」

あまり気に病むな、と、公孫越の頭をぽんぽん叩く。丘力居にされるまま、静かに笑う。
ふたりの性格が読み取れるやり取りだったといえよう。



早速互いの軍勢をまとめて再編成を、ということになり、将扱いの面々が顔合わせをする。中でも、丘力居は呂扶に興味深々だった。

「お前さんが呂扶か。噂は聞いてる、公孫軍全員でかかっても倒せない、一騎当千の指南役だってな」

なんでそこまで知っているんだ、と、一刀は思ったが。
瓉姉さんが喋ってました、という公孫越の耳打ちに納得する。
それって、いわば身内の恥部に当たるんじゃないの? ひとりに全滅とか。そんな一刀の小さい囁きに、公孫越も笑って誤魔化すしかなかった。

「で、お前さんは?」

丘力居の視線が一刀に向けられる。この場にいる中で、呂扶を除けば彼だけ面識がないのだ。訝しむのも無理はない。

「義勇兵を取りまとめる大役を仰せつかった、北郷といいます。本職は武将でもなんでもない、ただの料理人です」
「ほう。その割にはずいぶん、肝が据わっているように見えるぞ」
「自分の生活がかかっていますからね。黄巾賊をなんとかしないことには、落ち着いて鍋も振れない。肝も据わるってものですよ」
「確かにな。面白いなお前」

丘力居は笑いながら、ばんばんと一刀の肩を叩く。
一刀の見たところ、年のころは分からないが、公孫越よりも一回り大人な印象。一刀よりももっと上だろう。
関雨にも負けない、長く綺麗な黒髪が印象的だ。
一見キツそうな雰囲気だが、話してみれば気さくでよく笑う。表情もくるくる変わるが、目つきは常に鋭いままだ。しかし怖さは感じない。
……馬に乗る人は皆とっつきやすい人なのだろうか。そんなことを考える一刀だった。



公孫越たち一行が、丘力居率いる烏丸軍と合流。いくらかのやり取りを終えた後、公孫・烏丸合同軍は進軍を開始する。
互いの領土の境界線に沿って南下していく。互いに細作を方々へ放ちながら、黄巾賊の動向を探る。
黄巾賊がたむろしているところを見つければ、それ行けとばかりに討伐にかかる。一応は降伏を求めるが、すでに村を襲ったことなどが分かると容赦なく討伐、処刑。特に烏丸の面々は容赦がない。止める理由もないので、公孫軍もなにもいわずにいる。

小規模の集まりをひたすら数で押し潰す。そんな形で黄巾賊を討伐していく合同軍。大きな被害を出すこともなく、北平郡を通り、間もなく漁陽郡に入ろうとしていた。
そこで、黄巾賊と戦う軍勢の姿を確認する。

「戦っているのは、北平と漁陽の軍ですか?」
「そのようです。北平・漁陽の軍がおよそ7000。対して黄巾賊の数が、15000ほど」

細作の報告に、公孫越は顔をしかめる。これまでに遭った黄巾賊とは規模が違う。

「いきなり数が増えたな。まるでイナゴだ」
「ここまでに討伐した黄巾賊も、これに合流するつもりだったのかもしれませんね」

これだけの数、どこから集まって来たのか。感心するやら呆れるやら、といった態度の丘力居。
これだけの数、なんらかの手段で組織として機能し出したら大事になる。可能性のひとつを想像して戦慄する公孫越。

「我々の5000と、戦闘中の7000。数ではまだ勝てんが、相手は黄巾だ。策と連携と勢いで、なんとか出来るんじゃないか?」
「楽観的ですね、丘力居さん」
「出来る素地はあるだろう?」
「……無理ではない、と思います」

じゃあそれで行こう。
丘力居が頭を撫でる。されるに任せながら、公孫越は苦笑するしかなかった。

「幸い、このままヤツらに突っ込んでも黄巾どもの側面を突ける。速さで掻き乱して、慌てた所を囲んで叩き潰すか」
「……そうですね。あと一部は背面の方に回りこんで、逃げ道を限定させましょうか」
「そうしてさらに追い立て殲滅、か。
ふむ、突撃しつつ広がって行き、駆けつつ射やり回り込むとしよう。馬もない黄巾どもでは我々の速さには付いて来れまい」

公孫越の案を拾い上げながら、丘力居が道筋を作っていく。
大将同士のやり取りに、他の将たちは口を挟まない。信頼ゆえでもあり、その内容に異がを感じないからでもある。
素早く淡々と、作戦が固められていく。その内容を含ませた細作を北平・漁陽の両軍に飛ばし、合同軍も突撃の準備に入る。

「じゃあ恋が、先に行く」
「ふむ。遼西の一騎当千が先駆けで行くか。その武才、とくと見せてもらおう」

策の内容を聞いた呂扶が、一番槍を申し出る。他の面々もそれに異はない。
ここまで相手にしてきた黄巾賊は、数も少なくあっけなく討伐されている。いわば呂扶が出るまでもなく片がついていた。それでも被害がほとんどないのだから、公孫軍の実力の高さが窺い知れる。
そんな彼ら彼女らが束になっても勝てないという、呂扶という人物。彼女がどんな戦いぶりを見せるのか、丘力居は楽しみで仕方がなかった。
胸の高鳴りを隠すこともなく、彼女は笑顔を浮かべながら、呂扶に烏丸の騎馬隊が取る動きを伝える。そのいちいちに、呂扶はうなずいていた。
そうしている間に、陣割と再編成は完了する。
先鋒に、呂扶率いる公孫軍の騎馬隊。それに歩兵部隊が後ろに付く。
呂扶たちの背後を囲むようにして、烏丸族の騎馬隊と歩兵。先鋒の突撃を弓で援護しつつ広がって行き、黄巾賊の動きを限定するように包囲していくのが狙い。
その後ろに、一刀率いる義勇兵を中心とした一団。先鋒が蹴散らした黄巾賊に止めを刺すこと、そして大将である公孫越の防備、というのが主だったところだ。
それぞれが、おのおのの為すべきことを為すために、胸の内を高ぶらせながら待機する。

そんな中で一刀は、先頭へと進んでいく呂扶に声をかける。

「恋、無理はするなよ?」
「ん……。でも、今は無理をしてやるとき」
「……確かにそうだな。すまん」

不要な言葉だったかもしれない。それでも、彼の心遣いは確かに届く。
呂扶が戟を握る手に力が篭る。しかし、その身体に要らぬ力みが雑じることはない。
彼女にとっては、久しぶりの戦場。にもかかわらず、その心身に不安なところなどひとつとして感じられなかった。





時を少し遡り。
遼西郡・陽楽の政庁。
軍の第二陣を無事に送り出し、ひとまずホッとする内政官たち。
もちろん、大変なのはこれからだということは理解している。変わっていく状況に合わせて、適時適当な対応をしていかなければならないのだ。
それでも、ひとつ区切りがついた、という気持ちは否めない。ひと息ついてから、次の難題に取り掛かろう。
そんな空気に満たされていた玉座の間に、新たな報告が入る。その内容を聞いた鳳灯は愕然とした。

伝令が伝えた内容は、幽州刺史からの派兵依頼だった。
曰く。幽州の南部、楽陵郡・渤海郡・章武郡に渡り黄巾賊が集結しているとのこと。
その数は30000にも及び、これの討伐のために兵力を貸して欲しいという内容だった。
遼西郡の兵力は、現在北方に展開する黄巾賊の討伐にかかりきりである。南方にまで兵を回せるほどの余裕がない。

「……北方の黄巾賊討伐が終わり次第、そちらに軍勢を回す、と。使者さんにお伝えください」

他の内政官たちに目を向ける鳳灯。皆なにもいわずに、ただうなずいた。

場合によっては、挟み撃ちにされる可能性がある。黄巾賊の間で連携が取れていないことが、救いといえば救いだ。それでも、いつどのようにして襲い掛かってくるか読めない。そこが懸念点でもある。
本当に、黄巾賊の残党すべてが集まってきたのではないか。そんな想像さえしてしまう。
鳳灯は、歯噛みする。



すべてかどうかは分からないが、残っている黄巾賊の大多数が幽州周辺に集まっていた。
この時点の鳳灯はまだ把握出来ていないが、幽州は北に15000、南に30000の黄巾賊に挟み撃ちにされている状態となっている。
これがいつ、南下し、北上してくるか。
予断を許さない状況となっていた。












・あとがき
うん、戦場描写にまで至らなかった。すまない。

槇村です。御機嫌如何。




唐突に、オリジナルキャラが続出。
人を増やさないと、表現しきれないと判断しました。あと公孫瓉陣営に誰がいたっけ。
それにしても、難しいなオリジナルキャラ。


公孫範(こうそんはん):
公孫瓉の弟もしくは従兄弟。
本作では、公孫瓉より三歳下の妹。恋姫無双のお約束にのっとり、女性にしてみた。
伯珪より力は強いが猪突気味。伯珪よりもちょっと短慮。


公孫越(こうそんえつ):
同じく公孫瓉の弟もしくは従兄弟。
本作では、公孫瓉より四歳下の妹。恋姫無双のお約束にのっとり以下略。
伯珪より武に劣り、伯珪よりやや思慮深い。だがここぞというとき即決する思い切りにやや欠ける。
瓉、範、越で公孫三姉妹と称する。
……今気付いたけど、黄巾の三姉妹と被るような気がする。


公孫続(こうそんしょく):
公孫瓉の息子。
本作では、公孫三姉妹の従兄弟。恋姫無双の以下略。
年齢設定は鈴々より下。
原作でいう、張三姉妹における一刀みたいな立ち位置にしたいと思っている。若いのに苦労しているみたいな意味で。


丘力居(きゅうりききょ):
13話で名前だけ登場した方。晴れて本作に登場。やっぱり女性。
烏丸族の長。史実では、公孫瓉と対立し、幽州を自分の下に治めてしまったりしているらしい。やり手だな。
現在出てくるキャラの中で一番年上。経験を十分に積んだお姉さん的年齢。(訳分からん)
お肌の曲がり角、とかいったらステキに笑いながら剣を振るってくるに違いない。
ちなみに最初は戟を振るっていたらしいが、「髪に絡まるから」という理由で剣に持ち替えたという逸話あり。(槇村の中で)


もちろん、書いているうちに性格が変わる可能性も大。多分、他にも出て来るだろうなぁ……。



最近になって気付いたことがある。
「黄巾党」と「黄巾賊」って使い分けてないねオレ。
黄巾たちを認めていないんだから、討伐する側が「黄巾"党"」って口にするのは変じゃないかなぁ。
と思って調べて見たら、やっぱり変らしいです。
……直そう。うん、いずれ直す。

小さなところが気になって仕方がない槇村でした。



[20808] 17:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の参
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/10/04 06:25
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

17:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の参





北と、南。図らずも万単位の黄巾賊に挟み撃ちにされた幽州。
口でいうのは簡単だが、その数字は想像を絶するものだ。大きな町のひとつふたつが丸々黄巾賊となって襲ってくる、そんな例えをしても差し支えないだろう。
とはいえ、数万の黄巾賊がそのまま襲い掛かってくるわけでもない。
集結しつつあるといっても組織だっているわけではなく、ただ徒党を組んでいるだけだ。
討伐に当たっても、出くわす黄巾賊の規模は数百から多くても千数百程度。それが連なっているのだと考えればいい。
数は多いが、慌てずに各個撃破してい行けば、その数は着実に減らしていくことが出来る。
そして、それは決して不可能ではない。
各地域の自衛軍や自警団は、自分たちが生きる土地を守るために力の限り抵抗している。
共同体が自ら守る戦力を有し 遼西郡が提唱した軍事拡張及び充実案を取り入れたことにより、この黄巾という名の暴徒にも、必死ではあるが余裕を持って対処することが出来ている。
互いに被害を出しながらも、趨勢は徐々に黄巾賊の下から離れつつある。大きく集まりだしたのは、そんな不安を黄巾賊が感じ出していたのかもしれない。

北で集結をなした黄巾賊は、まず漁陽郡に侵入。また同時期に別の集団が北平郡へと入り込み、それぞれが領内で暴れ周る。
報告を受けた太守はこれを鎮圧するために軍が出動させる。それから逃げるようにして、黄巾賊は郡境へと撤退していった。
これまた意図していたわけではないが、ふたつの黄巾賊が合流する形となり、結果的に15000もの勢力に膨れ上がった、というのが実情である。
遼西郡の公孫瓉を除いて、幽州の各郡には名を馳せる将と呼ぶほどの人材がいない。気力も兵力も十分ではあるが、やはり大きく差のある数をひっくり返すような決め手を欠いている。故に、倍にも及ぶ数の黄巾賊に対して、奮闘はしているものの頭数の差に押されている状況だった。
漁陽軍北平軍共に、よく堪えてはいるが旗色が悪い。
そこに、天の助けとも呼べる勢力が介入する。
数の差を反転させるほどの武才を持つ将。呂扶を含む、公孫・烏丸の合同軍だった。



「今の恋がやらなきゃいけないことは、一刀と越を守ること」

呂扶は小さくつぶやいて、

「……行く」

馬に軽く蹴りを入れ、駆け出した。
後方から、呂扶が飛び出す姿を見る公孫越。彼女は剣を抜き、公孫軍と烏丸軍に檄を飛ばす。

「我々が住む地の平穏を乱す、獣のごとき黄巾賊。もはや獣と化した者に与える温情は不要である!
奮闘し、黄巾賊のすべてを討伐せよ! 己の振るう腕に友の、家族の、自分に関わるすべての者の安寧がかかっていると知れ!!」

突撃、の声と共に、合同軍全体から鬨の声が上がる。先駆けた呂扶たちに追いつかんばかりの勢いで、総勢5000の兵が駆け出した。

「呂扶が駆ける先の黄巾を減らす! よし、放て!」

丘力居のよく通る声。その命令に従って烏丸の兵たちは弓を構え、矢を放つ。
正確で素早い騎射。乱れのない組織だったそれに、黄巾賊はただ身体を晒すのみ。烏丸の騎兵たちの矢は着実に、ひとりまたひとりと賊の数を減らしていく。

黄巾賊の中に、組織だった命令系統は存在しない。
まったくないわけではないが、所詮は互いの欲のために集まった集団である。他人の命令など素直に聞く者の方が稀だ。
横から突然、思いもよらぬ攻撃を受けた。味方がバタバタやられていく。じゃあどうする?
そんな考えを各々巡らしはするものの、行動に移されることはない。移したとしても時間がかかる。
黄巾賊にとって、その間が命取りとなる。次から次へと矢が放たれ、自分の隣に立つ者が倒れたかと思うと、次いで自分が矢を受ける。
誰も彼もが混乱し出す。そこで初めて、正面以外に敵が現れたことに気付く者も多かったろう。
勢いに任せ、興奮に駆られた人間は視野を狭くさせる。そんな視界の中に、自分たち黄巾の徒へと向かって来る者が映る。
遼西の一騎当千、呂扶。
黄巾賊15000の内、数千が彼女の姿を捉え、迫り来る敵として認識した。



馬を駆り、突出する呂扶。その速さに付いて行けている者はほんのわずか。
彼女は周囲を置いてけぼりにしていることも気にしない。後方から矢の支援を受けながら、ひとり、黄巾の側面へと突っ込んでいく。

呂扶が、馬の上から跳んだ。
戟を手にしているとは思えぬほどの軽やかさで、高く、遠く、跳んで見せた。
その姿はまるで燕が空を翔けるかのように鋭く、美しかった。
かつては飛将軍とも呼ばれた彼女の華麗な動きに、後を追う兵たちは魅せられ、わずかに時間の進みを遅く感じたほど。
だが、空を翔けた時も実際にはごくわずか。
心奪われたといっても、ただ馬から飛び降りただけのこと。黄巾という名の獣の群れに向けて降り立っただけである。
ほんの数瞬であったからこそ、印象に残り、心の内に感銘を残したのかもしれない。
そして、この後に繰り広げられた光景がさらに、その思いを強くさせたのだろう。

空を翔けた呂扶が、地に足を届かせる。刹那、彼女の持つ戟が唸りを上げた。
風を切る音。それだけで周囲を圧倒する。立ち上る雰囲気が、場の空気を彼女ひとりのものにしてしまう。
黄巾賊がその姿に怯む暇もなく。
呂扶は一歩、踏み込んだ。



「本当に、恋姉さんは凄いんですね……」
「目の当たりにすると、言葉をなくしますね……」

武才の程は聞いていた。手加減されていたとはいえ実際に武器を交えもした。それでも、目の前で繰り広げられる光景は想像以上のものだった。
公孫越と一刀、ふたりは揃って絶句する。それほどに、戦場で武を振るう呂扶の姿は圧倒的で、凄まじかった。

公孫軍との修練と称して、兵たちに振るわれていた武も相当なもの。兵たちは遠慮会釈なく吹き飛ばされ続けていた。気絶し、怪我もし、ときには骨折する者もいた。重症となる兵もいた。
それさえも、やはり加減されていたものだったのだろう。
今、呂扶の前に立つ者たち。彼女の戟に薙ぎ払われる者たちは、そのほとんどがことごとく命を散らしているのだから。

横薙ぎの一閃で百もの黄巾賊が倒され、振り下ろせば地に穴が開き千もの敵が吹き飛んでいく。
後にそう称された呂扶の戦い振りだが、流石にそれは誇張に過ぎる。
だがそう錯覚してしまうほどに、一挙手一投足が速く、重く、鋭い。
切る。薙ぐ。さばく。突く。掃う。
戟がひとつ振るわれるごとに、一合とて耐えることも出来ず地に伏していく。一人二人三人、十人二十人三十人と。その人数はどんどん増えていく。
彼女の前では、ある意味、命の重さは平等だった。立ちふさがった黄巾賊は皆、例外なく屠られていくのだから。
呂扶は戟を振るい続ける。大切な者たちを守るために。その姿には気負いも、迷いも、躊躇いも一切感じられない。

「戦場で、不謹慎かも知れませんけど。恋姉さん、すごく格好いいです」
「……確かに」

ここは戦場だ。割り切っているとはいえ、人が死んでいる。黄巾賊はもちろん、少なからず味方にも損害は出ている。それは分かっている。
それでも。見惚れてしまうふたりだった。



呂扶が持つ、戟の間合い。彼女はその内に黄巾を立ち入らせることなく切り捨てる。薙ぎ払う。吹き飛ばす。
歩を進めるごとに、間合いも動く。半歩で構え、一歩進めば戟が振るわれる。その一振りだけで幾人の黄巾が打ち倒されていることか。
倒れた者を振り返ることもなく、呂扶は歩みを進める。彼女の通った後はまさに死屍累々。生死を問わず、意識のある者をひとりとして残さない。

戦働きの成果を出しているのは呂扶ばかりではない。当然だ。この戦場で奮闘してるのは、彼女だけではないのだから。
だが誰の目にも、呂扶の働きが別格であることは一目瞭然。驚くやら感心するやら呆れるやら。
中でも、丘力居は彼女の戦う様を間近で見つめていた。いや、彼女もまた見惚れていた。

「凄まじいな」

そのひと言に尽きる。
人の身で、あそこまでの動きが出来るものなのか。武をたしなむ者が目指す高み、その天井の高さを目の当たりにして知らず溜め息が出る。
そんな態度とは裏腹に、丘力居の顔は笑みを浮かべていた。ことにその目は、まるで獲物の姿を得たかのごとき剣呑な喜びを湛えている。

「騎射隊はそのまま歩兵たちの援護を。隊の動きはお前たちに任せる。
いくらかはわたしについて来い。黄巾どもを直に蹴散らしてくれよう」

指示を飛ばし、彼女は軽やかに馬から飛び降りてみせる。部下たちが後に続くのを確認もせずに、ひとり先に歩き出す。
ゆっくりと、剣を抜く。途端に、丘力居の纏う空気が変わった。

「この齢になって、己の未熟さを痛感させられるとはな。
感謝するぞ、呂扶。わたしの立っていた場所が、どれだけ低いところなのかを教えてくれた」

黄巾賊を囲むべく大きく外を回っていた烏丸の騎馬隊。そこからひとり、歩み寄ってくる女性。その姿に黄巾たちはあらぬ不安を覚える。
向かってくるのはたったひとり。自分たち黄巾は十、百、千と固まっているのだ。不安を感じる方がおかしい。
おかしいのだが。それだけの数をものともせずに暴れ回る人間が、万を超える黄巾の中に飛び込んできたばかりだった。
黄巾の目に、その姿はまさに鬼神、化け物だとしか映らない。いつ自分がそいつの前に立つことになるかと、呂扶から離れた場所にいた者はたちは戦々恐々としていたのだ。
そんな彼らの前に、単身現れた、丘力居。

こいつも、あの化け物と同じなのか? 

黄巾の徒は一様に怯えだす。目の前の女性ひとりに。

「お前たち黄巾にも、多少は感謝せねばならんか。おかげで呂扶という存在を知った。
烏丸の大人としてはよろしくない言葉だが、遼西に喧嘩を売るのは危険だということが分かったのも収穫だな」

丘力居の歩みは止まらない。急ぐでもなく、ゆっくりと、剣を握り笑みを浮かべたまま、黄巾の群れへと近づいていく。

「だからといって、我らの村を襲ったことは許せん。その報いはしっかりと受けてもらおう。お前たちの命でな」

丘力居と黄巾たちの間はすでに至近距離。襲い掛かろうとすればすぐに手を出せる。
彼女の放つ重圧感に耐えられなくなったのか、黄巾のひとりが雄たけびを上げつつ襲い掛かる。
だがその蛮勇も報われることはなかった。
丘力居の剣が、黄巾の腕を掃う。斬り落とされはしなかったが、刃は腕を切り裂き骨にまで至る。
痛みの叫びを上げる暇もなく、返す剣が首元を切り裂いた。噴き出る血。事切れた黄巾は周囲を赤く染めながら倒れ伏す。
その様を見届けることもなく、彼女は更に歩を進めていく。

「変に抗うと、苦しみながら死ぬことになるぞ?」

そう口にする彼女の周囲でも、次々に黄巾賊は斬り捨てられる。大人たる丘力居を追い、馬を降り歩兵となった部下たちが黄巾賊たちに襲い掛かる。
丘力居ひとりが放つ重圧に気を取られていた。そのために黄巾たちは、彼女の後ろから迫る増援に気がつくことが出来なかった。
隣に若しくは目の前に立つ仲間の悲鳴でようやく我に返る。棒立ちのままだった黄巾賊が、少なくない被害を出してようやく動き出す。
だが烏丸軍はそれさえも許さない。
向かってくる烏丸の歩兵。その背後から弓が飛んでくる。我を取り戻した黄巾賊が、動きを見せる前に次々と射抜かれていく。目の前で穴だらけになっていく仲間を見て、再び取り乱す。それを止めるように、新たな矢が襲い掛かる。
騎馬隊として残った面々は、右に左にと展開しながら弓を放つ。騎射に自信を持つ軍である。その制度は正に正確無比。烏丸の歩兵を囲む黄巾たちに、着実に死と矢傷を与えていく。そして騎馬が走る距離を広げるのに比例して、まるで扇が広がっていくかのように、黄巾賊が被害を受ける範囲が広がっていく。
その扇の要ともなる位置、中心部分で、丘力居は笑みを浮かべながら剣を振るい続けていた。

「呂扶よ。その高みからは、いったいどんな景色が見えるのだろうな」

その姿はどこか、戦場に立ち命を奪っているものとは違う雰囲気を醸し出している。いうならば、そう。未知を知り、胸躍らせる無邪気な子供のようにも見えた。



気がつけば、趨勢は完全に討伐側に傾き、山場を既に乗り越えていた。

漁陽と北平軍およそ7000と、黄巾賊15000の激突。そこに参戦した公孫と烏丸の合同軍5000。それでも数はまだ互角とはいえない状態だった。
だがいくら頭数に差があったとしても、その有利さが顕著となるのはうまく動いてこそのこと。数の差を補うべく、合同軍は策を弄し、連携を密にし、士気を高め勢いをつける。
味方が現れたと知った漁陽・北平軍は士気を取り戻し、伝えられた友軍の動きを把握しそれに連動する。
その動きを得た合同軍は、自ら立てた策に沿って動いていき、黄巾賊の動きさえも制御していく。
なによりも衝撃を与えたのが、呂扶の働きだ。
たったひとりで数千もの黄巾の目を集め、そのほとんどを蹴散らしてしまった。彼女の戟から逃れた輩も、他の公孫軍の手によって討伐される。
更に、怯えうろたえる一団の背後を烏丸軍が襲う。率いる丘力居の自信に満ちた態度に、黄巾は呂扶の姿を重ねて錯乱する。そこに付け込むようにして、頭数による連携をもって圧倒した。数千の黄巾賊が次々倒れていく。
残るはもう、ただ慌てふためくだけの烏合といってよかった。
なんとか逃げ出そうとする黄巾賊。討伐隊の面々は、その背中を容赦なく斬りつける。情けなどかけない。殲滅であった。

黄巾賊15000の内、最低でも10000強は切り捨てられた。それに対して、公孫・烏丸合同軍の被害は1000にも届かない数に抑えられている。
漁陽・北平軍は、初めからぶつかり合っていたこともあり、規模に見合うだけの被害は出ているようだった。それでも、軍としての体裁が崩れない程度に抑えられたのは僥倖といえるかもしれない。
やっていたのは討伐戦。殺し合いである。共に出征した仲間と死に別れ、それに涙する者もいる。
それでも、結果だけを見れば、なんということはない。圧勝である。
なすべきことの結果を計るために、兵の命を数字で表すことには誰でも抵抗がある。
それでも、これが幽州の、烏丸の平和につながるのだと、誰もが割り切っている。
公孫越も、丘力居も、呂扶も一刀も、この遠征に参加したすべての兵が。
例え割り切れなくとも、割り切ろうとしていた。



この戦場から逃げ切った黄巾賊を追討する。
追討隊を再編成する一方で。公孫・烏丸の合同軍と、漁陽と北平の合同軍、互いの大将格が顔を合わせた。
助勢に対する感謝と、遼西郡が行っていた軍備充実の先見性に対しての賛美。そんなものが公孫越に寄せられる。
あたしではなく姉の公孫瓉と、内政官の皆さんのお陰です。彼女は顔を赤くしながら、自分ではなく身内の功績だと謙遜する。
彼女のそんな態度に、丘力居はやはり笑いながら公孫越の頭を撫で回し、漁陽と北平の面々も穏やかな笑みを浮かべてみせる。
だが、続けて口にされた話に、その場の空気は冷たいものとなる。
幽州の南に、黄巾賊が集結している。その数は、30000にも及ぶ、と。
彼らの話す内容に、丘力居は顔をしかめ、公孫越はその表情をひどく強張らせた。













・あとがき
早々に、オリキャラたちの出番が危惧されていてなんだか悲しい。

槇村です。御機嫌如何。




こうなったら意地でも出番を増やしてやろうかチキショウ。
とか反発するようなことを考えてしまうのは何故だ。
坊やだからさ。

戯言はともかくとして、なんとか活かしていこうとは思っています。生暖かく見守って欲しい。



呂扶について。
本文中、飛将軍っていうイメージの使い方が少し違う気がした。どうしようかと思ったけどそのままにしました。
行動が迅速、っていう意味では間違っていないしな。と言い訳をしてみる。

そんな恋さんに、丘力居さんが興味を持たれたようです。むしろ興味津々。
さてさてどうなることやら。




動物で思ったことあれこれ。

作中で、黄巾賊を"ハイエナ"と表現しようと思ったのですが。
調べて見たら、ハイエナってアフリカから中東あたりの生き物なんだね。せいぜいロシア南西、インドあたりまでとか。
中国にはいないのか? となると、使うのはちょっと変だな。
なんてことを思った。

燕って、三国志の頃にもいたのかしら。
でも燕って文字はあったみたいだし、いるってことにしておこう。

極力、理論歴史学的な進め方をしたいなと思っている槇村なのですが。
反面、恋姫だしなぁ、という気持ちがあるのも事実。
あれはおかしいこれもおかしい、といい出したらキリがないことも分かってはいるんですけどね。





それにしてもなによりも。
戦闘シーン、難しいです。精進、精進。



[20808] 18:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の四
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/12/28 21:09
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

18:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の四




「お疲れさま、恋」

一刀は笑顔を浮かべて、戦場から戻ってきた呂扶を迎え入れる。
さすがに疲れを見せている彼女。俯くほどではないが、一刀の言葉にもうなずきで返すだけだ。
もともとが無口なだけに、その違いも傍目からでは分かりづらい。
だが普通に考えれば、疲れだとか怪我だとか、そんな心配で済むような状況ではなかったのだ。
たったひとりで、数千もの敵の只中に吶喊し、その中心で武を振るい続ける。それがどれだけ異常なことか。
どれだけ頑強な精神を持っていようと、どれだけ経験を積んだ百戦錬磨の手練れであろうと、"普通"でいられるはずがない。
身も心もヘトヘトに決まっている。
ゆえに彼は、一騎当千たる"呂扶"を称えるのではなく、ひとりの人間としての"恋"を労わる。

「恋、ありがとう」

一刀は優しく彼女を抱きとめてやり、頭に回した手に力を込め、撫でる。呂扶も心地よさそうに、目を閉じながら、彼に身体を預けっぱなしにする。

彼は、よくやった、とはいわない。
がんばったな、ありがとう、と、労うと同時に感謝する。

黄巾賊は、自分たちに害を為す者。公孫越が檄を飛ばしたように、温情を与える余地はない。一刀もそう考えている。
だがそれでも、その手で奪っていたのは、ヒトの命。
やらなければいけないことだったにせよ、それを“よくやった”と褒め上げていいものか。疑問に思ってしまう。
ただの言葉遊びだ、といってしまえばそれまでだ。
一刀自身、生き残るために多くのヒトの命を奪ってきた。なにを今更と内心自嘲もする。
理由があれば殺していい、などとはいわない。だがこの時代、ヒトを殺めるには多く理由がある。
そこにあるのは良い悪いではない。許せるか許せないか、だ。
誰でも好んでヒトを殺すわけではない。どれだけの武を誇っていても、ヒトの命を奪うことを目的とする者がいるものか。
一騎当千と呼ばれる呂扶であっても、おそらく戟を振るうたび、その心に傷を負っているだろう。一刀はそんな想像をする。
彼が"現代人"であった名残が考えさせる、見当違いなことなのかもしれない。
それでも、手にかけた命の重さに知らず圧し潰されぬよう、気を配る。自分にも、そして周囲にも。
だから一刀は、呂布だけではなく、戦場から戻ってきた人たちを出来うる限り労わろうとする。
ヒトの命を奪うことに、慣れてしまわないように。





幽州の北に集結した黄巾賊はほぼ討伐し終えたと見ていた。
転戦してきて感じた感触から、今回ほどの規模にまで膨れ上がることはないと、公孫越を初めとして各諸将は考える。
小競り合いはまだまだあるだろうが、規模の大きなものは直近では起こらないだろう、と。

「次は、南ですね」

まったくこれだけの黄巾賊がどこから現れるのだろうか。思わず公孫越は溜め息を吐く。
もともと黄巾賊が蜂起したきっかけは、地方を治める太守に対する反発だ。
ひとつが引き金となり、暴動が各地で発生する。規模はどんどん大きくなっていき、漢王朝に対する不満が連鎖的に爆発していった。
それぞれにつながりはなくとも、行動の根底となるものは同じだ。漢の勢力にあった地には、まんべんなく黄巾賊がいるといっても過言ではない。

「幽州はともかく、他の地方の民はそれだけ、生活に限界に来ているということですよ」

だからといって、他の人間に弓引く理由にはなりませんが。
そんな一刀の言葉に、身を引き締められる公孫越だった。



漁陽と北平の両軍も、幽州南部の黄巾討伐に出向くという。だがその前にそれぞれの郡へと戻り、軍の再編成を行うつもりだと。
それなりに被害も出ている。当然の行動だろう。
では公孫軍はどうするか。

「……このまま南下し討伐に向かう、のは、ダメでしょうか」

公孫越が、やや自信なさげに口にする。
漁陽軍や北平軍と比べ、公孫軍が一度戻るには遼西郡はやや遠い。
戻ってすぐに軍を再編成し、大急ぎで再び出征するとなると、時間も手間もかかる。
その間に状況が悪い方へと向かうとしたら、後悔してもし切れないだろう。彼女はそう考えた。
幸い公孫軍の死者はそう多くはない。怪我人も、重症といえる者はほとんどいなかった。他の軍勢と合流して共同戦線を張れば、数は少なくとも戦力になれるだろう。
遼西郡にも、派兵の要請はいったらしい。だが、北方の黄巾討伐に兵を裂いたためすぐには対応できない、という返事があったという。
ならば、少数であってもすぐさま駆けつけた、という事実は、遼西郡に対する風評もいい方に受け取られるに違いない。
将たちの間でのそんなやり取りを経て。これからの方針が決定する。
公孫越に対して、自分の考えと決定は自信を持って口にしなければなりませんぞ、といった教育的指導が行われながらではあったが。

公孫軍はひとまず、漁陽軍に同行し行軍。そこからさらに幽州治府の置かれる薊へと向かうことにした。
漁陽の細作に依頼し薊へと伝令に走ってもらい、幽州刺史に軍勢を合流させる旨を伝達する。
合わせて、遼西郡・陽楽にも伝令を走らせることも忘れない。
予定外の行動に入るのだ。行く先がひとまず伝わっていれば、なにかと調整も出来る。増援も期待出来るかもしれない。

「でも、いま遼西の兵力って空っぽなんですよね」
「北方の黄巾討伐に、出払ってしまっていますからね」
「鳳灯さんが、南に兵力を避けないって応えたのも、相当苦しかったでしょう」

北上組の公孫範、公孫続たちが陽楽に戻ってきたとしても、そう簡単に出征出来るわけでもない。
改めて周囲の防備などに兵力を割り当て直さなければならないし、強行軍に過ぎて合流前に兵が潰れてしまうこともあり得る。
公孫越のそんな言葉に、一刀もうなずいてみせる。他の将の面々も、そうそう人を割けない現状に頭を痛めていた。

「それならば、我らが遼西の防備役に立ってやろうか?」

丘力居の申し出に、公孫の将たちが一様に驚く。

「ついでに伝令も買って出てやろう。細作よりも我らの馬の方が早いだろうしな」

烏丸の兵が、幽州南部にまで足を伸ばすのはさすがに問題がある。漢側から見れば侵略かとも取られかねない。
同時に烏丸族から見ても、あまり自領から遠く離れるのはよろしくない。ゆえに、これ以上は公孫軍に付き添うことは出来ないということだ。
ならその代わりに、遼西郡の防備に手を貸してやろうというのが丘力居の提案である。
入れ替わりに今現在防備に当たっている軍勢をまとめ、幽州南部に派兵すればいい。
程なく北上していた軍勢も戻ってくるだろう。その後にまた再編成して派兵を追加する。
無格好ではあるが、時間と兵力を遊ばせておくよりはよほどいい。

「どうだ? 悪くない提案だと思うが」
「はい。あたしは、いい案だと思うのですが」

公孫越は、ちら、と、背後に居並ぶ古参将の様子をうかがう。それを見て、心配は要らない、と丘力居は笑ってみせる。

「将の方々が懸念するのはよく分かる。だが遼西に手は出さんよ。
呂扶の働き振りを見て、喧嘩を売るのは得策じゃないと思い知らされたからな。割に合わん。同盟を組んだ方がよほどいい」

黄巾どもを大人しくさせたら改めて、同盟を組みたい旨を伝えるつもりだ。
その言葉に、公孫の将たちは先ほど以上に驚いて見せた。

こうした思いもよらぬ流れから、遼西郡と烏丸族との同盟がなされることとなった。これは後に幽州全体にも広がっていくことになる。





幽州の南部に黄巾賊が集結している。この知らせを受けたのは幽州の人間ばかりではない。
黄巾賊討伐のために方々を転戦している諸侯の元にも情報は入ってくる。独自に細作などを放っている勢力ならば、なおさら情報の鮮度は高い。
もちろん、曹操の耳にもその情報は入って来ていた。同時に、幽州北部と烏丸族との国境にも黄巾賊が集まっているという情報も入って来ている。
これを耳にした劉備は、今すぐ幽州に向かうべきだと談判する。

「今、遼西郡に白蓮ちゃんはいないよ!」

友達の故郷が危ない、助けに行かなきゃ。友を思うがゆえに、劉備は半ば本気でそう主張する。
彼女に仕える諸葛亮、鳳統ら軍師も、主とは違った理由で、幽州に向かうべきだと考えていた。
今現在、劉備たちと行動を共にしている者の数はおよそ4000。その半数近くは、かつて公孫瓉の元で募った兵たちだ。
ここで幽州の危機に駆けつけず無視をすればどうなるか。故郷を心配する兵たちが劉備から離れていく恐れがある。
曹操軍から離れてでもここは幽州に駆けつけるべきだと、諸葛亮と鳳統は、劉備に進言していた。

曹操もまた、これに対してどう動くか考えている。
彼女は幽州、ことに遼西郡に興味を持っていた。
治世の良さや町の発展具合など、遼西郡のいい噂を数多く聞く。その流れを受けて、幽州の他の地方もまた同じように発展を遂げつつあるという。
そこまで噂になる、遼西という地。そしてそこを治める公孫瓉を始めとした人材の働き。
よいものを取り入れることに貪欲な曹操にとって、それらを無視することなど到底出来ない。どういったものなのか、一度視察に赴く必要があると思っていた。
そこに、今回の黄巾賊集結の報。一番興味の的である遼西郡からは距離がある。直接なにかの害が及ぶということはないだろう。
だが、あの見るからにお人好しな太守が治める地だ。彼女以外の臣下たちも似たようなものなら、同じ幽州の危機に黙ってはいまい。
風評にも関わる。上り調子の遼西郡にとって、自分の土地以外はどうでもいいといった印象を持たれることも避けたいに違いない。

「ここで公孫瓉に恩を売っておくのも手か」

そんな軽い思惑から、曹操も幽州へ向かうことに決める。

こうして、曹操軍と劉備軍は進路を北に取った。





「あわっ、丘力居しゃん」
「久しいな鳳灯」

相変わらず噛み噛みだな。
そういいながら無造作にワシワシと、慌てる鳳灯の頭を撫でる。

丘力居と鳳灯。このふたりは既に面識がある。
公孫瓉が出征する前に結ばれた、遼西郡と烏丸族の同盟。これに関するやり取りは、このふたりの主導で行われていた。

「ここにいらっしゃるということは、越さんたちも直に戻られるということですか?」
「残念ながら違う。今のわたしは伝令係なのさ」

丘力居は、公孫軍の伝令として伝えるべきことを鳳灯に伝える。
その内容に驚いた彼女は、即急に内政官や武将格の面々を集めるよう、伝達を回した。
彼女の招集に応えて、さほど時間を置くことなく主要な面子が集まる。
玉座の間に居並ぶ面子を確認し、鳳灯は、まず公孫越らに関する報告をする。

黄巾賊15000と相対した。
それを聞いた面々は一様に顔色を青くさせる。だが、漁陽軍や北平軍との連携もありその過半を打ち破ったと聞き、胸を撫で下ろす。
一息つく間もなく、公孫越たちは移動。漁陽軍に同行し、漁猟を経由して薊へ。そこから南へ向かうという。

「で。さすがにそこまで付き合うことは出来ないから、烏丸が戻るついでに伝令役を請け負ったってわけさ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「あと、公孫越には軽く話をしたんだがな」

現在、遼西の防備を努める兵力を再編成し、南征させる。代わりに烏丸族の兵が遼西の防備に回ろうというもの。
丘力居の提案に、その場の面々は揃って驚く。
公孫越のところでも同じ反応だったな、と、彼女は苦笑を禁じ得ない。
確かに、このところは穏やかになっていたものの、かつてはことあるごとに諍いを続けていた相手なのだ。こんな歩み寄りがなされるとは思いもしなかったのだろう。

「他意はない。呂扶の戦いぶりを目の当たりにして、あれに敵対するのは損だと思ったのさ」
「……なるほど」

信用していいだろう。鳳灯はそう思う。他の諸将たちも同じ考えを得ていた。
今の丘力居の話だけでも、数千の黄巾賊を呂扶ひとりで蹴散らしたというのだ。いかに腕に覚えがあったとしても、出来るならば敵になど回したくないだろう。

「分かりました。ご好意に甘えさせてもらいます」

内政官たちとの軽い話し合いも経て、丘力居の提案を受けることにする遼西郡の面々。
そうと決まれば早速と、武官の面々は席を立ち、再編成の陣割のために退室する。烏丸族の面々にも合流してもらい、必要事項の伝達などに走り出した。

「北に向かっていた範さんたちも、あと数日で戻って来られるようです。後発組として、可能な限りこちらも組み込みましょう」

公孫範からの伝達も数日前に届いていた。
兵たちの疲労度にもよるが、いま陽楽にいる兵を出征させた後にすぐさま、軍の再編成を行う必要がある。
範さんと続ちゃんは、戦場の恋さんは見ておいた方がいいかもしれない。なら私もついて行った方がいいかも……
これからの対応に、あれこれと思いを巡らす鳳灯だった。



そして、遠征に出ている公孫軍本隊。
遼西郡陽楽からの伝令は無事に合流しており、現在の状況を公孫瓉らに伝えていた。

「北に15000、南に30000か。挟まれたな」
「いや、れっきとした軍勢ならまだしも相手は黄巾賊。それぞれが連携して動いているとは考えづらいですな」
「それもそうか」

趙雲の言葉に、公孫瓉はうなずいてみせる。
とはいうものの、実際に挟み撃ちにされる危険もある。気分のいいものではない。

「北の勢力に関しては、鳳灯に任せておけば平気だと思います。呂扶も借り出されたようですし」
「そうですな。あやつひとりいれば、それくらいであれば凌げましょう」

付け加えるように、関雨と華祐が"問題なし"と太鼓判を押す。
呂扶の実力は、公孫瓉も趙雲も理解している。だが仮にも万を超えた相手に対して、彼女一人でなんとかなるとは普通は思わない。
だが付き合いの長いふたりがそういうのならば、なんとかなるのだろう。それでも、不安を覚えるのは無理からぬことだ。

「まぁ、丘力居たちも混ざるなら、そう妙なことにはならないか」
「それもそうですな」

戦場に立つ呂扶の姿を見たことがないふたりにしてみれば、きちんと実力の程を知っている丘力居の方が把握しやすい。
公孫瓉と趙雲がそんな考えに落ち着いたのも、無理からぬことだ。

「伯珪殿。ならば、我らは南の黄巾賊の討伐に当たりましょう」
「そうだな。薊にも討伐隊が集められているようだし、うまくいけばこちらが挟み撃ちに出来るだろう」
「では薊に伝令を走らせましょう」
「あぁ、頼む」

こうして、公孫瓉、趙雲、関雨に華祐らも、北へと行軍を開始する。



幽州南部に展開する、黄巾賊約30000。
これを包囲するかのように、討伐軍が集結する。
幽州の治府に集まった、公孫軍を始めとした合同軍約16000。
南から幽州へ向けて進軍する、曹操軍6000と劉備軍4000。
そして公孫瓉らの公孫軍本隊6000。
各々思惑を持ちながら、黄巾の乱の山場は、幽州南部にて展開される。













・あとがき
またひとつ、書きたいシーンが浮かびました。

槇村です。御機嫌如何。




一度消えたテキストを思い出しながら復元していたら、まったく違うものになりましたよ?
まぁいいや。


今回に限らないのですが、書いているうちに、もっと先に展開するであろうストーリーを思いついたりします。
そういうのはぜひとも書いてみたいシーンでもあるので。
そこに向けて、途中のお話を組み立てているという面もあります。辻褄を合わせながら。

で。
またひとつ、いやふたつか、シーンが頭の中に出てきまして。
想像して見ると、ラストシーンっぽい展開に。
……そこまで、書き続けられるのだろうか。

時間はかかるでしょうが、なんとか、続けて行こうとは思っております。
書くのが辛くならない程度に、かつ時間がかかり過ぎない程度に。
書きたいように書いていこう。


いろいろと書き込みもいただき、ありがとうございます。
皆様の書き込みが切っ掛けで、ふとなにかを思いついたりもしております。ありがたや。
でも、槇村が書こうとしていた内容そのままを、「こうなるといいなぁ」みたいに書かれたときは心臓がビートを刻みます。超高いBPMで。
……追いつかれる。(進展が遅いせいだろ)



[20808] 19:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の五
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/10/14 18:27
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

19:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の五





幽州の南部に位置する涿郡、そして漁陽や広陽と接する河間国や渤海。そんな広い範囲に渡って、黄巾賊が集結している。
その数は、およそ30000にも及ぶ。最低でも、という報告を考慮するなら、実際の数はさらに上回るだろう。

当初、この30000の勢力と時期を同じくして集結していた、幽州北部の黄巾賊15000との挟撃が懸念されていた。
だがそれも、公孫越及び丘力居の率いる合同軍の働きによりその大多数を討伐。
生き残った者も散り散りに逃げ出し、北部の黄巾賊はほぼ壊滅したといってよかった。

残るは、南だ。
公孫越率いる公孫軍は休む間もなく移動。幽州の治府である薊まで行軍し、黄巾賊討伐軍に加わることとなる。
数が少ないとはいえ、精強で名の知れた遼西の軍勢である。烏丸族と共に、幽州北部の黄巾賊を蹴散らしたことも伝わって来ている。彼女らの参加は大いに喜ばれた。

公孫越、呂扶に一刀らが討伐軍に組み込まれている間に、遼西からの伝令が到着した。
内容は、北上組であった公孫範公孫続は無事に帰還したというもの。それを聞いて公孫越は思わず笑みを浮かべる。
被害も極少のため急ぎの出征も問題ない、出来る限り早く軍勢を整え薊に向かうとのこと。その数3000。
公孫越はさっそくその件を幽州刺史に報告し、それも踏まえた陣割を要請する。
また加えて、合同軍の中でも先陣を切らせてもらえないか求めた。
北での討伐戦もあり、連戦となる。刺史も驚いていたが、申し出の理由を聞き納得。求めた通りに、公孫軍は先鋒を請け負うこととなった。
先鋒を求めた理由は、遼西からの伝令が伝えた、鳳灯の求めによるもの。
曰く。公孫瓉らの公孫軍本隊が遼西に戻るべく北上している、ならば本隊と連携し黄巾賊を挟み撃ちにしよう、というのが狙いである。
頭数で大きく負けている中、この提案は魅力的に過ぎた。合同軍の取る策の骨格が決まり、それに沿った陣割などが組まれていく。
出征準備の終えた合同軍は一足早く出立し、行軍の道中で、公孫範や公孫続そして鳳灯らの軍勢と合流する。
合計で16000にも及ぶ大所帯となり、幽州合同軍は一路、黄巾賊の屯する地へと進軍していった。

ちなみに。行軍中の軍勢と連絡を行き来させるという、責任重大なおかつ忙しないやり取りをやってのけた伝令係数名の奮闘が重要であった。
彼らに対し、黄巾の乱後、お疲れ様という理由から"北郷一刀が腕を振るう舌鼓コース"が振舞われたという。
これを羨む人がかなりの数に及んだというのは余談である。



行軍の最中にありながら、細作や伝令の行き来は激しい。同じく黄巾賊の勢力を目指して北上している公孫軍本隊とのやり取りのためだ。
そんな報告の中に朗報があった。公孫軍とは別に、曹操軍と劉備軍までが加わることになったのだ。その兵数は合わせて16000にもなる。
こうなると、北に16000、南にも16000という数で挟撃することが出来、数字の上でも上回る。
この事実は兵の皆に明るい話題として広がっていった。

「劉備は分かるけど、曹操って?」

あくまで一般人の一刀は、遼西の外のことに関してはあまり詳しくない。
もちろん"天の知識"としてのものは知っている。だがこの世界における曹操については、最近良く聞くようになった新太守、程度の知識しかない。

「商人の旦那衆が、最近良く話してるんだよ。遼西の次は、陳留が盛り上がるって」
「皆さんらしい、たくましい反応ですね」

一刀の話を聞いて、鳳灯は、くすり、と微笑む。

「曹操さんは陳留の太守となってまだ日は浅いのですが、執っている治世が厳格ではあるものの公正で、民からの評判もいいようです
商人をあまり差別しないこともあって、以前よりも賑わっているらしいですよ」
「ふーん。……"前の世界"と比べても、変わらない?」
「そうですね。今のところ知る限りでは、私の知っている"華琳さん"と違いはありません」
「歴史と一緒に、そこにいる人なんかも変わってくるのかねぇ」
「どうでしょう。歴史に関しては、幽州南部に黄巾賊が集結、ということ自体がありませんでしたから。まったく違う道を行く可能性もありますね。
人については、やはり同一人物がいますから。少なからず変わっていく人もいるんじゃないかと」
「鳳統とか?」
「さぁ? 変わっていく様を見てみたいというのは、少なからずあります」

どうなるんでしょうね。
自分のことではあるが他人事、という複雑なところを、鳳灯は微笑むだけで受け入れてみせる。
自分と同じではあっても、彼女は"私"ではない。彼女はそう考えるようになっていた。



黄巾賊が集結する地点。此処を目指す勢力の中で、一番初めに到着したのは幽州の合同軍。
地元であり距離も一番近かったことから、薊を出発してさして時間がかかることもなかかった。
地形の起伏に隠れるように、合同軍は静かに陣を敷く。南から来る公孫軍らの到着、もしくは状況に変化が現れるまでひとまず待機となった。

山間の小高い場所に立ち、身を隠すようにしながら黄巾賊を見下ろす。
これだけの数の"敵"を見るのは、公孫範や公孫続には初めてのことだった。思わず声が漏れてしまう。

「……壮観だな」
「数はおよそ三万と聞いていましたが、四万から五万いても不思議じゃないですね」

公孫範のつぶやきに、鳳灯が何気なく言葉を返す。その数字を聞いて、すぐ横に立つ公孫続が顔をしかめた。

「これだけの人が、朝廷に反発しているんですね……」
「良く思わない理由は、それぞれでしょう。でも、毎日をそれなりに幸せに暮らしていければ、人は案外不満を持たないものです」
「……その"それなり"でさえ、朝廷は与えられていない。ということでしょうか?」
「正確にいえば、与えられない太守や領主を、今の朝廷は御すことが出来ていない。ということでしょうか」

その点では、遼西はいい統治が出来ています、と、鳳灯は応える。

「その証拠に、これだけの義勇兵が今回の出征について来てくれています。
太守が募った義勇兵の呼びかけに、強引な手法を取ったわけでもなく自然に人が集まってくる。太守に対する信頼がなければ出来ないことです。
普段から搾取に熱心な太守が兵を募っても、誰も助けようなんて思いません。
上に立つに値する人物、というのは、良かれ悪しかれ、普段の言動がものをいうんです」
「遼西にあまり黄巾賊が出てこなかったのも、伯珪さんが普段から良政をしていたおかげ、なんですか?」
「公孫瓉さまだけじゃありませんよ? 範さんも越さんも、武将や内政官の皆さんも、普段から遼西の民のことを考えて頑張っているからこそ、今の遼西の繁栄があるんです」

教え含めるようにいいながら、公孫続の肩に手を置く。

「もちろん、続ちゃんも頑張っているひとりです。
公孫瓉さまがひとりで治めているわけじゃありません。
仮に続ちゃんが太守になったとしても、ひとりで全部を切り盛りするわけじゃありませんから」
「そりゃそうだ。なにかあるごとに姉さんが出張ってたら、忙しすぎて死んじゃうよ。
やるしかないと思ったら、姉さん、死ぬまでやりそうだし」

ふたりの会話に、公孫範が口を挟む。
太守である実の姉に対し、そんな評価をしてみせた。

「ワタシの出来ることは、姉さんの代わりにあちこち飛び回るってとこかなー。そうすりゃ姉さんもゆっくり出来るじゃん。
まぁ、武才が追いついてない内からこんなことをいうのもなんだけどさ」

まてよ、仕事で机に張り付かせておいて、その隙に追い越せるように頑張るか。
そんな前向きだか後ろ向きだか分からないことを呟く公孫範。

「あわ、範さん、なにも能力の多寡で役割が決まるわけでもないんですから」
「そうですよ範ちゃん。そんなことをいったら、鳳灯さんがいる限りあたしのやることなんてないままになっちゃいます」
「あわわ、続ちゃんけひてしょんなことは」
「鳳灯? なにも続相手にまでそんな噛まなくても」
「範ちゃん、あたしにまでってどういうことですか」

じゃれ合いのように、公孫範と公孫続が互いに喚き合う。その間で鳳灯があわあわと取り乱す。
距離が離れているとはいえ、黄巾賊の屯する陣地の程近くである。声を上げるのは危険極まりない。
程なく、声を聞きつけた一刀に引きずられながら自陣に連れ戻され、呂扶の拳骨を喰らい半泣きになる公孫範と公孫続。
さらに公孫越の説教を喰らい、涙目になる姉と従姉妹だった。



合同軍の大将格は、名目上、幽州刺史である。だが実際に軍勢を指揮するのは公孫軍だった。
作戦立案もそうであるし、一番兵を動かすのに長けているのが公孫軍だというのもある。
なにより、現在の幽州各地にある軍勢の在り様がそもそも、遼西のものを手本としているのだ。刺史が指揮権を譲るのも無理はないだろう。

姉妹の順番を考えれば、大将の位置に座るのは公孫範が適当なのかもしれない。
だが、この合同軍の参加を決め、他軍との交渉をし取りまとめていたのは公孫越である。
情報のやり取りや折衝をするにしても、公孫範はまだ自軍以外に顔が知られていない。
すでに顔の知れた者の方がなにかとやり易いだろうし、兵たちも付いて来易いだろう。
理由も種々ありながら。合流した公孫軍の、すなわち幽州合同軍の総大将の位置に、公孫三姉妹の末妹である公孫越が座ることとなった。





そんな知らせを受けて、公孫瓉はなんともいえない面映さを感じていた。
分かりやすくいえば、顔がニヤけて仕方なかった。

「おいおい、越の奴が16000の総大将だよ。幽州の合同軍だぞ? 私だってそんなことやったことないのに」
「伯珪殿、随分とご満悦のようですな」
「ご満悦ってなんだよ。妹に抜かれたようなものだぞ? それを喜ぶ奴がどこにいるっていうんだ」

趙雲の指摘に、言葉だけは憤ってみせる公孫瓉。だがその口調と表情は隠せていない。
そんな姿を微笑ましく見やり、関雨が言葉をかける。

「ふふ、素直に喜べばいいではないですか」
「え、そうかな。
……そうだよな、喜んでいいことだよな。妹が認められたようなものだものな」

彼女の言葉に、もう堪えられなくなったのだろう。身体いっぱいを使って喜びを表してみせる公孫瓉。もう、ひゃっほーい、という感じで。
その姿は、とても太守とは思えないほど無邪気なものだった。

「これでもう、後進の心配はないということですな。いやはや、とうとう伯珪殿も隠居ですか」
「え?」
「確かに、いろいろと気苦労もされていたようですからなぁ」
「いやいや、ちょっと待て趙雲」

さっきまでの喜びようはどこへやら。自分の去就にまで急展開した話に、公孫瓉は待ったをかける。

「人を年寄りみたいにいうな! 私はまだまだ現役だぞ!!」
「減益?」
「現役だ!」

言葉の響きに不穏なものを感じた公孫瓉は即座に突っ込む。
というか気苦労をしているとしてもその理由の大半はお前だ、という突っ込みに、趙雲以外の大多数がうなずいている。
普段の言動が表れているといえよう。

「隠居後はどうされますか。華祐殿のように武を極めんと修行に明け暮れますか。
……それとも、北郷殿と一緒に、料理屋でも営んでみますか?」
「んなっ!」
「はぁっ?」

懲りずに掻き回そうとする、なんとなくの思いつき。だが趙雲のそれは思いの外、爆弾発言でもあった。
想像もしなかったことだったが、一瞬想像してしまったのか公孫瓉は顔を赤くさせ。
自分の気持ちを再確認したばかりの関雨は、自分以外の者が一刀の隣に立つという連想に反応してしまう。
ふたりのそんな反応を確認できただけで、趙雲は満足した。
このネタはもっと違うところで活用しよう。そう考えて、彼女はやや強引に話を変えることにする。

「まぁ伯珪殿のウキウキは置いておくとして。
布陣としては、越殿を大将に据えるのは悪くないでしょう。範殿はむしろ、前線において士気を鼓舞する方が向いていそうですしな。
強いていうなら、いざというときの思い切りに欠ける気もしますが」
「……それは確かにあるな。まぁ今回に関しては、鳳灯が付いてくれてるみたいだし。
決断する思い切りっていうのも、軍師役が横に付いてくれれば解消できると思うんだよな」

なにがウキウキだよ、と、突っ込みつつ。突然真面目になった趙雲の言葉に、公孫瓉も表情を改め思うところを返す。
華祐もその言葉を受け、鳳灯が勉強会を開いていることに思い当たり、その点に触れる。

「なるほど。続殿に軍師としての教えを施しているのは、その辺りのことがあるのでしょう」
「だろうなぁ。
続の奴も、範や越に振り回され続けてるし。重し役としては経験豊かだからな。
これに知識と経験が重なれば、うまいこと皆を支えてくれると思うんだよな」

妹と従兄弟。三人が並んで遼西を治めている姿を想像して、公孫瓉は再び表情を緩ませる。
……いかん、こんなことだから隠居だとか弄られてしまうんだ。彼女は表情を引き締める。
だが、そんな変化を趙雲が見逃すわけもなく。

「おや、振り回しているひとりに伯珪殿が入っていませんが」
「私は振り回してなんていないぞ? そんな大人気ない」
「まぁそういったことは、当人は多く自覚出来ないものですからな」
「気分悪いな趙雲」
「まぁまぁ」

これまたいつもの通りの、趙雲が公孫瓉を弄るやり取り。その間に関雨が立ち取り成してみせる。
関雨から見れば、自分も日頃から弄られる立場にある。他人がそれをされているのも、あまり気分がよろしくないといったところだ。
とはいえもちろん、趙雲も本気でいっているわけはないし、公孫瓉もその辺りは分かっていい返している。じゃれ合っているような物だ。
そんな間に割って入ればどうなるか。

「自覚といえば。関雨殿も、胸の内のなにかに気付かれたようでして」
「ほう、一体なにに気付いたんだ?」
「は?」

必然的に、標的が替わる。
弄る相手が関雨に変更される。おまけに公孫瓉まで弄る側に参加し出した。
突然のことに慌てながら、助けを求めて周囲をうかがう関雨だったが。
いつの間にか華祐はその場から立ち去っていた。

「かゆうーーーーーーっ!」
「ほう、想い人は華祐殿であったか」
「なんだと、同性か。いや、当人の好みにどうこういうのはよろしくないな」
「さすが伯珪殿。分かっていますな」

戦前の舌戦もかくやという勢い。とても、戦を前にしたやり取りとは思えなかった。




幽州勢の、どこかゆとりを感じるやりとりと相反して。
助力の一勢力である曹操軍。行軍の最中であっても、曹操は絶え間なく細作を動かし、情報の収集に明け暮れていた。
結果、この討伐戦そのものには不安を感じられなくなった。
曹操軍と劉備軍、そこに公孫瓉らの軍勢が終結すれば、その数は16000にも及ぶ。そして同数の軍勢が、幽州の合同軍として北からやって来る。
策もなにもない黄巾賊を、総数で上回った軍勢が挟み撃ちにするのだ。余程の油断がない限り負けるとは思えない。彼女はそう思っている。
だが、油断はしない。逐一状況を報告させ、意識して情報を最新のものにしていく。
そんな情報の中のひとつ。
南下してくる幽州合同軍。その大将に座る、公孫越の名に関心がいく。公孫瓉の妹だというが、曹操はこれまでにその名を聞いたことがなかった。

「桂花。その公孫越という者、合同軍を率いるほどの経歴を持っているのかしら」

桂花、と真名を呼ばれた少女・荀彧。曹操軍の軍師を勤める彼女は、主の問いに対し知る限りを答える。

「報告の限りでは、大規模な軍勢を率いるのは初めてのようです。
この少し前に、幽州の北に集結した黄巾賊を、烏丸族と共同戦線を張り討伐しているとのこと。その数は一万強だとか」
「へぇ」

数ばかりの烏合の衆とはいえ、いざ万を超えるほどの黄巾賊を相手にするとなれば厄介なこと極まりない。
それを討伐しているのだから、少なくとも無能ではないのだろう。と、曹操は評価する。

「また、たったひとりで黄巾賊数千を相手取った将がいる、という報告もあります」

荀彧の言葉に、片眉を上げ反応する。馬鹿馬鹿しさ半分、興味深さ半分をもって。

「報告といっても、伝聞でしかありませんので正確さは疑問です。
たったひとりで黄巾賊の群れに吶喊し、その将の元に数千が襲い掛かるもこれを撃破。
乗じて公孫軍が雪崩れ込み、混乱する黄巾賊が更に恐慌する、という状態だったとか。
その吶喊した将が、公孫軍の兵を鍛え上げているとのことです。名を、呂扶、と」
「りょふ、というと。噂に聞く天下無双、と呼ばれる輩のこと?」

曹操は初めて口を挟む。彼女の表情はすでに、真剣さと、興味深さとに変わっていた。

「天下無双と噂される呂奉先とは別人のようです。ただ、姓も字も同じで、名の文字が"扶"。ここが違うだけとのこと。
遼西周辺では、"遼西の一騎当千"などと呼ばれているとか」
「なるほど。幽州北での働きが本当であれば、そう呼ばれるのもおかしくないわね」

呂扶、ね。まだ知らぬ武将の名を口にしながら、曹操は考えに浸る。

「……その呂扶は、幽州の合同軍に加わっているのかしら?」
「はい。北での戦いと同じく、先鋒に立つとのことです」
「そう」

曹操は、これ以上考えるのをやめた。考えを深めるには情報が少なすぎる。
幸い、すぐ目の前で戦いぶりを拝めるのだ。どの程度のものか、興味は尽きない。楽しみにするとしよう。
そんなことを考えながら、彼女はほくそ笑む。

だが、また別の考えが脳裏に浮かび上がる。
それは考えというよりも、疑問。
遼西にいるという、天下無双と同じ名を持つ、呂扶。
同じく遼西で客将になっている、関雨。
そして、彼女らと同じ名前の者が存在するという事実。
彼女は考える。
関雨の顔や身形は関羽と同じ、瓜二つだった。ならば呂扶と呂布も、外見が同じということはあり得るだろう。
名前の同じ人間がいる。これはいい。
顔の同じ人間がいる。これもまぁあり得ないとはいえないだろう。
だが、顔も名前も同じ人間が、同じ時期に、同じ地域に現れるなどあり得るのか。

「……なにか意味があるのかしら」

それとも考えすぎ?
曹操はひとり、思い悩む。





同じ頃。曹操軍と行動を共にする劉備一行。
進軍する中で、劉備は思い悩んでいた。
この大規模な討伐戦を引き起こした切っ掛けは、自分たちなのではないか、と。

自分が兵を募らなければ、ここまで大きな規模にはならず、小規模なうちに黄巾賊の対処が出来たのではないか。
公孫瓉の下を離れる際、劉備たちは義勇兵を募った。その数は2000人にも及ぶ。決して少ない数ではない。
そのせいで、遼西の兵力を削ってしまい、黄巾賊に対する対処に、後手を踏ませてしまったのではないか。
要らぬ争いを起こしてしまったのではないか。

彼女の抱いているそれは、傲慢な考えだ。
もちろん自分でも分かっている。それでも、考えずにはいられなかった。
自分の、自分たちの力だけで人を集められたのなら、公孫瓉を頼ることもなかったろう。
友人の優しさに甘えて、大切な領民を義勇兵として連れて行くこともなかったかもしれない。
劉備が夢を形にしたいのならば、世に出て起ち上がるいい機会だと背中を押してくれた。そんな友人の好意を仇で返してしまったかもしれない。
挙句、今の彼女は勢力としても不十分で、曹操軍の厄介になっている。
彼女が率いる勢力は、現在6000ほど。この数も、もともとは10000近い数だったという。疲弊した兵を一度帰還させ再編成をした上での数なのだから、実質連れていた兵力は倍以上の差があったのだ。曹操と自分を比較して、また肩を落とす。

自分たちは、弱い。なにかを為すには力が足りない。
ならば、どうするか。彼女は考える。理想主義を地で行く劉備も、さすがに現実を見る。
彼女自身に、誇れるほどの武や知はない。だが、誰よりも高く掲げる理想がある。そして、その理想について来てくれる仲間がいる。
仲間を増やそう。
もっと本気で、もっと熱心に、皆が悲しい思いをしなくて済むような世界を実現させるよう、説いて行こう。
誰でも、好んで戦おうという人はいない。自分たちの考えに賛同してくれる仲間は、きっといる。

劉備は自らを省みて、自分の胸にある理想を新たにする。



関羽は内心、穏やかではなかった。
自分の主であり、敬愛する義姉でもある劉備が、なにか思い悩んでいる。
その表情は、気がかりがあるといった軽いものではない。思いつめている、といった方が適切ではないか。
彼女は幾度となく、劉備に話しかける。その度に、なんでもない、大丈夫だからと、大丈夫とはとても思えない笑みを返されていた。
しかし。

「愛紗、お義姉ちゃんがなにか吹っ切ったのだ」
「あぁ」

張飛が周囲に聞こえないように、小声で囁く。
関羽もまた、言葉少なにそれに同調してみせる。

「ねぇ、愛紗ちゃん」
「はい」

劉備が、なにかを決心したかのように、張り詰めた表情を見せていた。関羽は知らず、緊張してしまう。

「黄巾のみんなは、太守の悪政が不満だったから、武力蜂起したんだよね?」
「すべてがそうとはいいませんが、蜂起した切っ掛けはそうです」
「じゃあ太守が、治める人が民のことを考えてしっかりしていれば、こんなことは起こらないのかな」
「……おそらくは、そうだと思います。
事実、白蓮殿の治める遼西は大きな諍いも起きずに栄えています。それに触発されてか、幽州全体が活気を帯びているとも聞きます」

関羽の言葉に、劉備はしばし思考を巡らせる。
その姿は普段の彼女からはうかがい知れないほど、真剣なものだった。

「例えば、なんだけどね。
例えば、私がその太守の立場だったとして。
みんなが不満を溜めないように政治をして、みんな仲良く笑っていけるように訴え続けていたら。
……この先にいる黄巾の人たちは、私たちの遠征についてきてくれるような、仲の良い、町の人になってくれたのかな」

あくまで、もしも、の話だ。
だが、関羽は夢想する。これから討伐されるであろう、そしてこれまで討伐してきた黄巾賊が、桃香様の下で平和に暮らしていたのなら?
確かに、あり得たかもしれない。関羽の知る義姉、劉備が心を砕きながら治世を行っていたのなら。
互いを思いやる民に溢れた町だったかもしれない。黄色い布など巻かなくとも、穏やかな生活を過ごせていたかもしれない、と。

「桃香様……」
「私、頑張るよ。もっとたくさんの人を幸せに出来るような、そんな立場になってみせる」

だから、これからも私を助けてね。
そういって、劉備は関羽を、次いで張飛を抱きしめる。

「お義姉ちゃん、もっとえらくなるつもりなのか?」
「そうだよ、もーっとえらくなって、みんなみんな、幸せにしてみせちゃうんだから」

張飛の手をとりながら、ぶんぶんと無邪気に振り回す劉備。だがその笑顔にはどこか、頼もしさのようなものを感じられる気がする。
少なくとも、関羽の目にはそう映っていた。

彼女が掲げて見せたものは、相変わらずな理想。
だがその想いはさらに強固なものとなる。



劉備軍の軍師である、諸葛亮と鳳統。ふたりはこの討伐戦について、そして幽州合同軍を率いる鳳灯について、考えを巡らしている。

「ねぇ朱里ちゃん。鳳灯さんのこと、覚えてる?」
「うん、雛里ちゃんにそっくりな人だよね。白蓮さんの内政官をやってる」
「あの幽州合同軍の軍師として、参加してるんだよね」
「うん……」
「凄いよね……」

鳳統は溜め息を吐く。半ば憧憬、半ばは自分を省みた思いから。もちろん、かの鳳灯が数年後の自分の姿だとは想像しようもない。

「これだけ大規模な軍勢を動せるんだから」
「雛里ちゃんだったら、どうする?」
「私だったら……」

鳳統は考える。あごに手を当てみるも、すぐに首を振ってしまう。

「対黄巾賊、っていうことなら、もう策なんて要らないよ。
挟撃するように、これだけの軍勢を集めて配置できただけで、もう軍師の仕事はお終い。
そこまで持ってくる方法、バラバラなところにいた勢力を一箇所にまとめる手段が、私には思いつかない」
「でも、結果的に32000も兵力が集まったからいいけど、こんなに散り散りだった勢力を集めようとするのは無理がないかな」
「多分、その都度その都度細かく情報を組み立てていたんだと思う。
鳳灯さんが把握している戦力と、自分の権限で動かせる兵力の多さ、それらが今どの位置にあって、動かそうとしたらどれだけかかるのか。
そういったことが全部分かっていて、動かせると判断できたからこそ、幽州を遠く離れていた白蓮さんたちの軍までなんとか動かそうとした。
無理そうだと思っても、実際には伝達は伝わったし、そのやり取りで黄巾賊と同数の兵力で挟み撃ちが出来るようになったよ。
……私と違うところは、頭の中に描いた策を形にするための手段があることだと思う」
「相手を挟み撃ちにしよう、という策は誰でも考えられる。それを実際の形に出来るかどうかの違い、っていうことかな」

ふたりは考えを巡らし、会話を交わす。自分たちと鳳灯、それぞれの違う点はなんなのか、その違いを埋めるにはどうすればいいのか。

「私たちには、力がない、っていうことに行き当たっちゃうね」
「うん。一番の違いは、勢力としての地力の違いだね」

諸葛亮の言葉に、鳳統は何度目か分からない溜め息を吐く。

「あとは、判断を下してからの行動が速くて的確だったんだよ。状況で変わってくる伝達も、問題なく伝わってる。
それを正確に伝えようと思ったら、将や兵の人たちと信頼関係を築けてないといけない」
「指示がうまく伝わらないし、伝達の速さも変わってくるしね」
「そう。それも指示を出す軍勢が大きくなればなるほど、伝わり方は遅くなるし、正確さも欠けて来る。
しかも距離が離れているなんて、きちんと伝わるかどうかなんて分からないよ」
「そういうところも、きちんと伝わる、っていう素地を、鳳灯さんは公孫軍に作り上げているってことだよね」
「うん……」

鳳統は思う。
先を読みつつ、現状に対応しながら、立てた策を形にして動かしていく。顔や風貌は同じでも、ひとつひとつこなしている内容量が自分と違う。
約4000の、しかも常に固まって動いている劉備軍でさえ、親友である諸葛亮とふたりでなんとか動かせているかという具合なのだ。
その力量に、憧れもするが、同じくらいに悔しい気持ちも沸き起こる。

「知識、ううん、情報を持っていても、それを有効に使う手段がないと、なにも出来ないね」
「そうだね。……うん、手段がないと、なにも」

鳳統と、諸葛亮。ふたりの気持ちは、かつて水鏡塾を飛び出した頃と同じものになっていた。
志はある。役に立てるべき知識もある。
しかし、それを有効に使う手段が不十分だった。まったくないわけじゃない。だが、当たるべき規模に見合う力がない。
他の勢力を頼っても、自分たちが主導権を持てるほどの地力がなければ思うように動けないのだ。

「道は遠いね……」
「そうだね……」

主とともに夢見る理想。そこに至るまでには、彼女たちにはまだまだ足りないものが多すぎた。





ひとつの地点に向けて、それぞれの勢力が、そして名高い将の多くが集結する。
目的は、黄巾賊の討伐。
すべては、自分たちに関わるすべてのものの平穏のため。それを脅かす者ならば、経緯はどうあれ容赦はしない。
覚悟を決め、思いを割り切り、そして幾ばくか思惑も交えながら。

これまでにない規模の大討伐戦が行われる。














・あとがき
さすがに長引きすぎだと思う黄巾の乱。

槇村です。御機嫌如何。




本当は、今回でオールスターな討伐戦を終わらせて、次回で事後処理を書いて黄巾の乱終了、といきたかったのですが。
戦闘すら始まりませんでした。
おかしいな、なぜこんなことに。

最初はやたら難産だったのですが。
戦闘に入るのを諦めた途端、あれよあれよと文字数が増えていき。気がつけばいつも以上の量に。一万文字超えたよ?
おかしいな、なぜこんなことに。

でも槇村的には、結構満足です。(読む人のことを考えようぜオレ)



[20808] 20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 前半
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/10/30 23:56
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 前半





「ふふふ、華琳様に私の武をお見せするに不足のない場。これだけの数を蹴散らせば、どれだけ喜んでいただけるだろうか」
「気持ちは分かるが、落ち着け姉者」

やる気に漲っている、春蘭こと夏侯惇。そんな姉を冷静に諌めようとする、秋蘭こと夏侯淵。
ふたりは曹操軍における生え抜きの将として、華琳こと曹操のため働くことに喜びを見出している。
黄巾賊の討伐に際しても、己の振るう武がそのまま曹操の殊勲に繋がるのだ、と、その働き振りは他の追随を許さない。
ことに夏侯惇の、曹操に対する心酔振り心服振りは相当のものだ。

「確かに、姉者が焦る気持ちは理解できる。だからといって逸ってみても、仕方がないだろう」
「だがな秋蘭。華琳様は、あの関雨とかいう奴に妙にご執心だ。
あやつの武才が凄いというのは分かる。目の前で見せ付けられたのだから、わたしとてそれを認めるくらい出来る。悔しいがな。
ならばあれ以上の武を、華琳様にお見せする。
そうすれば、華琳様をお守りする剣にふさわしいのが誰なのか、あやつにも見せつけることが出来よう」

うむ、完璧だ。
夏侯惇はなんの疑いもなく、自分の理論に満足してみせる。純度満点な笑顔を浮かべる彼女は、傍目からは物凄く魅力的に移った。
思考の筋道をところどころすっ飛ばしている気がするのは、気のせいということにしておこう。

結局のところ夏侯惇は、主である曹操の関心が、自分以外のものに向けられているのが気に食わないのだ。
ゆえに、その目を自分の方に向けようと、関雨に対して一方的に対抗心を燃やす。
あやつより一人でも多く黄巾賊を薙ぎ倒す。彼女の頭の中はそのことで一杯だった。
血気盛んといおうか、血気に逸るといおうか。とにかく彼女は、黄巾の群れに飛び込む瞬間を今か今かと待ちわびている。

「だがな姉者。仮に華琳様が関雨を召抱えたとしても、そのせいで姉者をないがしろにすると思うか?」
「華琳様に限ってそんなことはありえん」
「私もそう思う。今は少しでも戦力の欲しいとき。ならば、つわものが華琳様の下に集うのは喜ばしいことじゃないか」
「それとこれとは話が別だ!」

胸を張って言い切る夏侯惇。感情のみでいい放ち、聞く耳を持とうとしない姉に思わず溜め息をつく夏侯淵。
たが、その内心が"華琳様の一番じゃなければ嫌だ"という、駄々みたいなものだということは分かっている。
だからこそ、夏侯淵は頭を痛めながらも、素直な態度を隠そうとしない姉を愛しく思う。
その言動を諌めはしても、よほどのことがなければ止めようとは思わない。
姉に対する愛情ゆえでもあり、"夏侯惇"という武将が主に不利益になる行動は起こすまいという信頼でもあった。

姉妹でそんなやり取りをしている間に。彼女らの遥か前方から鬨の声が上がる。
それは幽州合同軍が突撃を開始した合図。

「よし、行くぞ! 曹操軍の名を貶めぬよう、その武の限りを振るい黄巾賊を殲滅させよ!! わたしに続けぇ!!」

夏侯惇は他の兵たちに活を入れつつ、待ちかねたとばかりに吶喊する。
その様に苦笑しながらも、夏侯淵もまた姉の後を追う。

「全軍突撃せよ! 曹操軍の名に恥じぬ武を見せ付けてやるのだ!!」

先陣を切る夏侯惇。それを後ろから補佐する夏侯淵。ただ前のみを見つめ剣を振るう姉と、その背後に何人たりとも近づかせぬと弓を引く妹。このふたりが生み出す連携は、目前に映る"敵"をことごとく再起不能にしていく。呂扶のみならず、夏侯姉妹の前に立ち塞がることもまた、黄巾の徒にとっては地獄の入り口に立つに等しいことだろう。
そして彼女たちが率いる、精鋭たる曹操軍の兵たち。彼ら彼女らもまた、将たる夏侯姉妹の行動を忠実に再現する。前衛が剣を振るい、後衛がその背を守りつつ手助けをする。歯車が噛み合ったかのような連携、それが千にも届こうかというほどに横へと広がり繋がっている。
曹操軍は派手にかつ確実に、その戦果を増やしていく。黄巾賊にとってはまさに恐怖の軍勢であり、味方にとってはこの上ない頼もしさを与えるものだった。



時を少し遡り。北側に陣取る幽州合同軍。

烏丸族との黄巾賊討伐戦と同じように、呂扶が陣の先頭に立つ。
その立ち居振る舞い、その強さの程をすでに目の当たりにしている兵たち。
呂扶の姿がそこにあるというだけで、彼ら彼女らはこの上ない心強さを感じる。

「……命は大事に。無理はしない。死んだらご飯も食べられない」

そんな、呂扶の小さなつぶやき。
今の彼女にとって、戦場に立つ理由はただひとつ。自分のいる場所を侵されそうだから。これに尽きる。

黄巾賊が幽州に入り込むと土地が荒れる。
土地が荒れると人が離れ、人が離れると物流が滞る。
物流が滞ると食材の確保が難しくなり、ひいては毎日の食事さえ満足にいかなくなる。

乱暴な論理ではあるが、これはこれで間違いではない。
なによりこれは、呂扶がこの外史にやって来て改めて認識した事実でもあった。
一刀が毎日作る食事、その元となる食材、それを流通させる商人や作る農民。ただの民草である一刀の後に付いて回ったことで、そういった"表に出て来ない"人たちの存在を実感し、一掴みの麦が実際に自分の胃に収まるまでの過程をつぶさに知った。自分の食べるものには、たくさんの人が関わっているのだということを理解した。

「無理は恋がする。みんなは、がんばってくれればいい」

そんな人たちが危険な目に遭う。彼ら彼女らを守ることは、すなわち毎日の食事の充実に繋がり、毎日の平穏に繋がる。
普段から人一倍食べる呂扶。ならば、いざというときには人一倍働く必要があるだろう。彼女の思考はそういうところに落ち着いたのだ。
だから、それらを侵そうとする輩はおしなべて敵である。ゆえに、北方の黄巾賊討伐にも請われるままに参加し、呂扶はその武を振るうことを躊躇わなかった。
そして再び、平穏を乱す存在を薙ぎ払うため。彼女は討伐の先陣に立つ。



呂扶の後姿を眺め、やはり頼もしさを感じながら。公孫越は檄を飛ばす。

「この一戦を終えれば、幽州の平穏は約束されたも同然です。
剣を掲げ、鬨を上げよ!
我ら幽州の民は、不当なる略奪を許しません。我らの友、家族、仲間の安らぎを守るために、害為す黄巾賊を殲滅する!!」

不当なる略奪を繰り返し、平穏を乱すもの。黄巾に身を寄せ牙をむいた以上、庇いたてする理由は少しもない。

「全軍、突撃!!」

号令とともに、幽州の兵たちは鬨の声を上げつつ吶喊する。声は木霊となって響きあい、その音は雪崩となって一帯を覆い包む。
その先頭を駆けるのは、やはり呂扶。
合同軍の半数である公孫の兵たちは、すでにその武の程をつぶさに見ている。だがもう半分の兵はそれを知らない。
たったひとり、突出して駆ける呂扶の姿に驚きの表情を浮かべる者もあったが。その驚きはすぐに色を変え、更に高まることとなる。



幽州合同軍の先陣、その中央を呂扶が勢いよく駆けていく。一拍遅れて、先陣左翼に陣取る公孫範が突出する。
白馬義従を率いる将のひとりとして、その実力のほどは周囲にも広く認められている。趙雲に師事し、このところは呂扶にも教えを乞うていることもあり、武のほどの成長もまた著しい。
姉の進む道の露払いを自認し、武を誇示することが己の役目と考える彼女にとって、呂扶の在り方はひとつの指標となっていた。
そこに立つだけで威を振るい、敵には脅威を、味方には安心感を与える。敵に斬り込めばそこから陣形が崩れていき、後に続く兵たちがそれを潰すのに労がない。

目の前にある戦況は、正にそれだった。
戟を振るい暴れ回る呂扶の姿。それに恐れをなした黄巾賊が、彼女から少しでも離れようと逃げ惑う。
となるとどうなるか。呂扶から遅れて馬を走らせる公孫範の目の前に、黄巾賊の姿が現れることになる。
背中に感じていた脅威から逃げ出す黄巾の徒。その多くが、自分たちの側面から襲い掛かる軍勢に気付くことが出来なかった。
ひとりの男が蹄の音に意識を向けたとき、その首は黄巾の布と共に、公孫範の剣によって容赦なく斬り捨てられた。おそらくは死んだということさえも気付けなかったことだろう。

「一度怯んだ輩を我に返すな、すぐさま叩きのめせ!」

後続に向けて檄を放つ。
彼女の振るう剣先は次々と黄巾賊を切り刻んでいく。首、腕、胸、背、馬上から届く範囲に一閃を与え、後に続く兵たちが漏らさず止めを刺していく。

公孫範は想像する。自分の姿を呂扶と同じ位置に置き、陣が展開する状況を。
いずれ自分がその位置に立つことを意識しながら、呂扶の背を追いかけていく。

「恋姉ぇの立つ場所に、ワタシも立ってみせる」

全力で駆けたとしても、呂扶の立つ場所はまだまだ遠い。



「越の奴、私より才能があるんじゃないか?」

自慢の白馬に跨り、白馬義従と称される直属の騎馬隊を引き連れて。今の公孫瓉は、太守ではなくひとりの武将として戦場に立っている。
彼女が自ら先頭に立ち剣を振るうのは久しぶりのことだった。どれくらいになるだろうか。烏丸族、丘力居と最後にやりあったとき以来かもしれない。
人を斬る、というのは決して気持ちのいいものではない。理由はともあれ、人の命を奪っているのだから当たり前のことだ。
だがそれでも、戦場特有の雰囲気と感触に、公孫瓉は気持ちは高ぶる。死と隣り合わせの場で武を振るうことで、知らず胸のうちに溜まっていた鬱屈が晴れていくかのようだった。

趙雲、関雨、華祐が先陣を切った後。彼女らを追いかけるように公孫軍の兵たちも突き進む。
公孫瓉自身は、普段と同じように後方で指揮を執るつもりでいた。だが改まって指揮を執るほど差し迫った状況はまったくなく。
今の公孫軍を指揮するのは妹の公孫越で自分ではない、ならばむしろ戦働きをしたほうが士気も上がるだろう。
そんな理由をでっち上げて、わずかな供を連れ自ら吶喊していってしまったのだった。
軍勢を統べる人間としては決して褒められた行動ではない。それに普段の彼女らしからぬ行動でもあった。
一番上の立場ではないという気持ちが湧いたがためか、手持ち無沙汰になった彼女は指揮権を副官に押し付け、戦線へと飛び出していた。

彼女はもともとは武人として身を立てるつもりだった。それが今では一地方を統べる太守である。大出世といっていい。
だが反面、内政に携わることが多くなることで、本分であった武から離れがちになっていた。
そのこと自体は、彼女も仕方のないことだと思っている。
自分の治める遼西という地を豊かにしたい、民の生活を平穏なものにしたいという気持ち。それを実現させるには武の力が多くを担う。
だが公孫瓉は、剣を振るうだけでは成し遂げられない、もっと複雑に入り組んだ凡雑な現実を知っている。むしろそちらの方こそが、民の生き死にを左右するということを実感している。それらを大事だと思うからこそ、日々雑事に追われ、彼女の毎日はより武から離れていく。
だが今この時は、自分の剣の一振りが世の平穏に繋がるという、単純な図式の中でいられた。
公孫瓉の武才は、趙雲に及ばない。関雨にも華祐にも劣っている。
だが馬を駆けさせれば随一だという自負が彼女にはある。伊達に白馬義従などと名乗っているわけじゃない。
その自負の元に、彼女は馬を駆り、ただ愚直に剣を振るう。忘れかけていたなにかを思い出したかのように。

「烏丸さえ恐れた我ら白馬義従、弱きを襲い奪うばかりの賊徒にどうこうできるものではないぞ!!」

少し前までは、遼西を守るために心血を注いでいた。今は幽州を守るために剣を振るっている。
彼女の求める平穏とは、かつては自らが治める遼西周辺のものでしかなかった。
だんだんと大きくなっていく、守りたいもの。
公孫瓉は思う。ならば、次はなにを守るために戦うのだろうか。
もちろん、彼女がそれを知る術はない。












・あとがき
読者ー! オレだー! ちょっとまってくれー!

槇村です。御機嫌如何。




これまでの槇村ペースに比べると、更新に間が開きました。
いやだってぜんぜん書けなかったんだもん。(だもんじゃねぇだろ)
戦闘オンリーの、なんて難しいことか。いやはや。
もっとチャンチャンバラバラなシーンにするつもりだったのに。

しかも書こうとした分を全部書けていません。だから“前半”なのです。

残りはまた後日。



ちなみに、
孫呉の出番は、反董卓連合編に入らないと出てこなさそうです。
すまぬ。本当にすまぬ。

……どうやって袁術を絡ませるか、なんだよな。



[20808] 20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 後半
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/11/11 16:58
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

20:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の六 後半






呂扶や公孫範らの突撃に浮き足立つ黄巾賊。その背後を突くようにして、公孫瓉率いる公孫軍本隊が突撃をかける。
先陣を切るのは、趙雲、関雨、華祐。
その先頭に立つ趙雲は、兵を率い槍を振るいつつ、勢いと力強さをもって黄巾賊の群れを引き裂いていく。
敵の布陣を分断し、綻びを生む。ふたつに分かれたそれぞれに、関雨、華祐が率いる一隊がぶつかっていきねじ伏せる。
世界が違うとはいえ群雄割拠の時代を生き抜いた武将。そしてその将に鍛え上げられた兵たちである。食い詰めた匪賊程度では太刀打ち出来るはずもない。

兵たちへの信頼ゆえか、趙雲は後ろを振り向くこともなく黄巾賊の群れを掻き回し続ける。
勢いをつけすぎたのか、それとも敵が思いのほか脆かったのか。彼女の吶喊はかなり深い位置にまで達していた。
そこでふと視界に入ってきたのは、呂扶の姿。これにはさすがに趙雲も驚く。
これはつまり、北側と南側の軍勢が鉢合わせるほどに、黄巾側の戦力が削ぎ落とされているということに他ならない。
一瞬、視線を交わす。だがその最中でも、ふたりの槍と戟はひとりまたひとりと黄巾の徒を屠っていく。
止められない勢いで武の程を見せ付ける将。そんなものがふたりも同じ場所に現れた。
ただでさえ、逃げようにも逃げ切れない厄介な相手。黄巾の側から見てみれば、湧き上がる恐怖は倍どころではなかった。
そんな恐怖の対象ふたりは、涼しい顔をしたまま合流し、背中を合わせる。

「随分と久方ぶりな気がしますな、呂扶殿」
「ん、元気だった?」

戦場に立ち、ただひたすら戟を振るうばかりだった呂扶。その最中で、気を許すひとりである趙雲の姿を見て少しだけ雰囲気を緩ませる。彼女に背中を預けながら、足を止め、肩をほぐすかのようにぶんぶんと腕を振り回してみせた。
もちろん、周囲は黄巾賊に囲まれている状態。呂扶の余裕を持った仕草も、場違いといえば場違いなものなものだ。それでも、これまでの彼女の奮闘振りを見せられていれば、そんな態度も隙を生んでいるようにはとても思えない。呂扶の進んできた道を見れば、打ち倒された黄巾賊がこれでもかとばかりに積み重なっているのだから。

「呂扶殿の武才であれば今更驚きもしませんが。さすがにこれほどのものを見せ付けられると、やりきれないものを感じますな」

そういいながら、趙雲は軽く溜め息を吐く。
だが彼女の口調も、普段と変わらぬ飄々としたもの。気持ちに余裕を持って戦場に立っている証左といえる。
同時に、意識して呂扶の戦いぶりを観察する余裕まで持っていた。
呂扶が戟を振るうたびに、文字通り相手が吹き飛ぶほどの膂力。
公孫軍で行われる鍛錬においても実感していたものだったが、いざ戦場で見るとなると、その威力に味方ながら寒気が湧き上がるのを禁じ得ない。
幾度となく趙雲自身も吹き飛ばされている。それはやはり彼女なりの手加減がなされているのだろう。
でなければ、五体満足でいられるわけがない。
今この場で呂扶の武に晒されている黄巾たちは、身体のそこかしこを失いながら絶命しているのだから。
まったく容赦がない。寒気と共に頼もしさを感じつつ、趙雲も負けじと愛槍である「龍牙」を振るう。

振るわれる戟の猛威に触れた結果打ち倒される呂扶に対して、趙雲の槍は致死または行動不能に至る点を確実に狙い襲い掛かる。
呂扶に比べ派手さに劣るかもしれない趙雲の立ち回り。だがその槍を一閃するごとに、着実にひとりまたひとりと、黄巾の徒が地に伏していく。
彼女の槍もまた、向けられたが最後、避けること逃げることの叶わない恐怖を敵に植えつけている。

「ところで呂扶殿」
「?」
「メンマをお持ちでないか?」
「……お腹減った?」
「不覚にも、手持ちのメンマを切らしてしまいましてな。そのせいか身体のキレが今ひとつなのですよ」

緊張感などまるで感じられないやりとり。言葉だけを聞けば、ここが戦場、ましてや賊に囲まれている状況だとはとても思えない。
だがそれも、ふたりともが尋常でない実力を持つ武将なればこそ。余裕を見せてはいても油断はしていない。
身体のキレが悪いといいながらも、趙雲の動きはそこらの兵では太刀打ちできないほどに速く鋭いものであった。軽口を叩く間にも、好機と思い斬りかかった黄巾賊を軽く返り討ちにしてみせるほどに。
呂扶に到っては戟の構えすら解いている。それを隙だと見て襲い掛かる輩もいたが、その判断の浅はかさを悔いる暇もなくその命を刈り取られてしまう。

「……一刀の用意してたご飯に、あったと思う」
「おぉ、さすがは北郷殿。痒いところに手が届く心配り。思わず惚れてしまいそうですよ」
「……独り占めはよくない」
「メンマをですかな? それとも北郷殿?」
「……両方」
「ふふ、安心召されよ。仲良く分けようではありませんか」

早々に討伐を終えて戻りましょう。
趙雲がそういうのを締めとして、ふたりは己の武器を構え直す。
それぞれが反対の方向へと駆け出し、黄巾賊の群れの中へと再び飛び込んでいった。




趙雲が、呂扶と顔を合わせた場所よりやや後方。中央突破によって分断され乱れた黄巾賊に止めを刺すべく、関雨と華祐は兵を指揮していた。
もちろん指揮するばかりではない。自らが先頭に立って各々が愛器を振るう。その立ち回りを目の当たりにし、公孫の兵たちは大いに士気を高め、黄巾賊は襲い掛かる猛威に恐怖を抱く。

華祐の武を支え続けてきた金剛爆斧。破壊力と速さを兼ね添えた一撃が、途切れることなく流れるように振るわれる。
暴風のごときその勢いに巻き込まれればたちまち命を奪われる。触れるだけでも、五体のいずれかがを持っていかれてしまう。
にも関わらず、傍目にはまるで重さを感じられない動き。羽毛のごとく振るわれる戦斧に、黄巾賊は近づくことさえ出来ずにいる。
それは関雨の振るう青龍偃月刀にも同じことがいえた。
並みの使い手であれば振るうだけでも難しいであろう偃月刀。それをいとも容易く操り、向かってくる者たちを斬り伏せていく。
一時代といっても過言ではない動乱の中を、共に潜り抜けてきた愛器。その重さも間合いも身体に染み付いている。彼女はまるで息をするかのように振るうことが出来る。
ゆえに、関雨が息をするかのごとき容易さで、黄巾賊は次々とその命を散らせていく。彼らにとって、まさに悪夢としかいいようのない状況であった。

「思えば、不思議なものよな」
「なにがだ?」
「かつて武を交わし叩きのめしてくれたお前と、こうして背を預け戦場を共にしているのだ。天という奴も気まぐれなものだ」
「ふ。気まぐれも過ぎて、こんな状況に置かれるとは露ほどにも思わなかったがな」

華祐の言葉を背中に聞きながら、関雨もまた言葉を返す。
少しばかり、背中を合わせただけ。戦場の中でのわずかなすれ違い。
ほどなくして、ふたりはまたそれぞれの方向へと散っていく。かかってこないのならば、こちらから向かっていくとばかりに。
偃月刀と戦斧。扱う武器は違えども、生み出される破壊力はそう違わない。関雨や華祐が武器を振るうだけで、黄巾賊はなにも出来ないままにその命を散らしていく。まるで草を薙ぎ払うがごときのあっけなさで、一人二人三人と、血の海に沈んでいった。
あまりに圧倒的な力の差。ただ斬り捨てられていくばかりの仲間を目の当たりにして、黄巾の徒たちは襲い掛かるにも躊躇する。わが身可愛さに逃げ出すものも少なくない。だが背を向けたが最後、その身はたちどころに切り刻まれる。
かかってくる勢いが薄れたことを感じ、関雨、華祐は、時を同じくして駆けていた足を止め、周囲をうかがう。
目を向ける。それだけで、ざざっ、と、黄巾賊が一歩退く音が鳴る。
彼女らの周囲だけに、ぽっかりと、円を描いたかのように空白が生まれた。
踏み込めば死に至る、結界のようなもの。彼女らが一歩二歩と歩みを進めるごとに、その空間もまた同じように動いていく。
逃げ出せるのならすぐにでも逃げ出したい。だが目の前の武将、関雨と華祐に背中を見せた途端に、自分たちの命は狩り取られてしまう。黄巾の徒らの本能はそう感じ取っていた。ゆえに、逃げ出すことも出来ずにただ、睨みつけ続けるしかない。彼女らの歩みに添って、距離を保ち包囲したままで移動する。
関雨と華祐は再び背を合わせた。不可思議な空間が、ひとつの円となる。相変わらず彼女らの周囲を遠巻きに包囲するが、それ以上になにかをしようとする気配はない。

「武を振るうといっても、こうも一方的に過ぎると弱いものいじめのようだな」
「仕方あるまい。脅威とはいえ、黄巾はしょせん賊でしかない。武将と比べるのは酷というものだ」
「それでも、手を抜く理由にはならないがな」
「同情はするが、因果応報というものだ」

互いの背から離れ、ふたりは一歩踏み出す。その一歩分、空間は外へと広がった。だがそれにも限界はある。
彼女らの猛威は、まだ収まることはない。




「公孫瓉は、こんなにも将を抱えているというの?」

曹操は、目の前に繰り広げられている光景に驚きを禁じえない。
先だっての戦いで、公孫軍の戦いぶりは垣間見た。中でも、趙雲、関雨、華祐の三人は、欲しいと切に思う程のものを見せてくれた。
だが間近で見る彼女らの武は、秀でているなどという言葉で簡単に済ませられるものではない。
ことに、関雨と華祐、そして呂扶。あれは尋常ではない、と、曹操は驚愕せずにはいられなかった。

曹操が自らの剣と誇る武将のひとり、夏侯元譲。彼女の武に敵う者などそうはいるまいと思っていた。
それがどうだ。ここしばらくの間に、匹敵し凌ぎさえするだろう武才を持つ者が幾人も現れる。
だからといって、決して夏侯惇の武才が劣っているわけではない。関雨らが突出しすぎているだけなのだ。

「桂花。あの呂扶が私たちの前に立ち塞がったとして、捕縛、いえ、打ち倒すにはどうすればいいかしら」
「……勝利するためには、将の数をもって圧倒するしかないのではないかと。
春蘭の奴が、もう二人、それに秋蘭の補助があれば、捕縛も可能かもしれません」

自分の想像に忌々しさを感じるのか、敬愛する主の前だというのに渋面を隠そうとしない。
そんな荀彧を見て、曹操は笑みを浮かべる。

「普段からなにかとキツい貴女にしては、随分高い評価をするわね」
「私も、あれほどの武を目の当たりにしたことがありません。想像するしかない以上、確たることはいえませんが」
「違うわよ。私がいったのは春蘭の評価の方。正直なところ、私は春蘭三人に秋蘭二人は必要かと思ったわ」

春蘭こと夏侯惇と、桂花こと荀彧。彼女らは毎日毎日、顔を合わせればなにかと突っかかり合う。
だが、夏侯惇の武才は確かなものであったし、荀彧の持つ知略もまた誇るに足るもの。そして、感情ではいがみ合いながらも、その能力に関しては互いに認め、信用している。それを曹操はよく分かっている。

「それにしても、分からないわ」

曹操は考えに沈む。
あれだけの武才を持ちながら、なぜこれまでその名を耳にすることがなかったのか。彼女は疑問に思う。

この大陸を統べている漢王朝。その中枢を牛耳る宦官や外戚等の存在に、曹操は嫌悪を表し隠そうとしない。
自分よりも無能な輩に使われるなど真っ平ごめん。ならば自分が頂点に立ち、すべてを一掃して天下を作り変えてくれよう。
それこそが自分の辿る道、覇道である、と、彼女は心の内に決めている。
無能な朝廷内部に対する反発。逆にいえば、有能な人物に関しては一定の敬意を持つ。ゆえに、彼女は使えそうな人材に関する情報に気を配り続けている。その密度と範囲の広さは相当なものと自認していた。
趙雲の名は既に知っていた。関羽と張飛の名も報告を受けている。だが他の三人はその情報網にかからなかった。
まさに一騎当千ともいえる彼女らの存在を、なぜ知ることが出来なかったのか。自身の細作たちが完璧だとはいわないが、それでも腑に落ちない。
理由はあるのかもしれないが、その見当は付かない。
だが彼女らの持つ武才、実力は本物だ。

「桂花。仮に呂扶を引き込めたとして、貴女ならどう使う?」
「……相手にもよりますが。曹操軍の一武将として考えると、他の将や兵との連携が執り辛い気がします。
曹操軍の兵は精強です。それでも、呂扶の下で戦働きをするとなると相当苦労するのではないでしょうか」

付いていくのに苦労する将は春蘭だけで十分です。
そんな小さな声も聞こえたが、曹操は咎めることもなく聞き流す。彼女のいい分もよく理解できる。

「……欲しいけど、手に余るわね」

彼女らの圧倒的な武才。今の曹操には喉から手が出るほどに欲しい人材だった。
だが呂扶らの持つ武の高さゆえに、無理に引き込めば自軍の持つ力の均衡が崩れる気もしていた。
これまで彼女なりに苦労してまとめ上げ築き上げてきた軍勢である。将ひとりふたりのために、精鋭を誇る兵を使えなくするのは愚の骨頂だ。

「ひとまず、置いておくことにしましょうか」

呂扶、関雨、華祐らについては保留することにする。
太守としても、遼西は気になる地だ。現時点では、変に事を構えたりせずにいこう。
曹操はひとまず、そう結論付けた。




公孫続は涙を流している。目の前で繰り広げられる戦場を思うだけで、涙が溢れ出るのが止められない。
彼女の立ち位置は文官である。その上まだ幼さが残る年齢だ。いくら聡明だといっても、公孫瓉より七つも年若い。
これだけ規模の大きい戦場に出ること自体、初めてでもあった。前線に近い場所に立っているだけで震えが止まらない。
だが、今の彼女を襲っている感覚は、恐怖よりも、悲しさ。
なぜこれだけの人が死ななければならないのか。彼女は心を痛める。

「死者の数、病に倒れる人の数、飢える人の数。これらを少しでも少なくしていくことは、上に立つ者の役割のひとつです」

同じように、戦線に目をやりながら。鳳灯は努めて優しく言葉を紡ぐ。

「少なくない数の太守や領主が、己の私腹を満たすために搾取を繰り返しています。
民草に無理な税を強制し、それを無理やり奪っていく。その大半は朝廷への貢物となります。覚えを良くしてもらい自分の権限を増すためです。
権限が増せば、治める土地が広くなる。広くなればその分だけ自分に入る税収が増えます。結果、懐に入る財は以前よりも増える。
さらに税を徴収しようとすれば、中には倒れる人もいます。疲労であったり病であったり。亡くなられる方もいるでしょう。
働き手が少なくなれば、税収は減ります。それでも朝廷に納める分量は変わりません。税収が減ったことを知られれば、管理能力を問われて権限が奪われてしまうからです。自然と、上げる報告に嘘が紛れることになります。朝廷も、きちんと税が集まってくるのならうるさいことはいわないのが現状です。
となると、減った税収の分は更なる課税で補うことになります。その負担はもちろん民草にかかります。
その辛さにまたひとりまたひとりと倒れていき、働き手が減ります。そしてまた税収が減る。この繰り返しです」

内政官としての師である鳳灯の言葉に、公孫続は、じっと耳を傾ける。

「この戦は、治める太守への不満が爆発したことで起こり、同じ不満を持つ人たちの間に広がっていきました。
逆に考えれば、内政に携わる人たちの頑張り次第で、こういった戦を未然に防ぐことは可能なんです」

自分の方へと顔を向ける公孫続を、前を向いて、と、たしなめながら。鳳灯は続けていう。

いい方はよくないが、民が不満を持たずにいてくれれば、一定の税収は確保できる。
黄巾賊による騒乱は、太守の圧政に対する農民の蜂起が切っ掛けである。
ならば、気持ちよく税を納めてくれるような環境づくりを心がければいい。それもまた反乱防止の一手である。
公孫続と共に、公孫越もまた、彼女のそんな言葉に遼西の現状を思い浮かべる。

「良政を心がけようとするのはいいことです。
ですが、民の要望すべてを聞き入れることは、実質不可能といっていいでしょう。
結局は、治世側と民との間で、利と理をすり合わせていくしかないと思います」

ならば、そのためにどうするか?
あちらを立てればこちらが立たず。その両方を程よく立てるために、具体策とその結果を常に考えて実行することが肝要だと諭してみせる。
公孫瓉の日常を見ている公孫越と公孫続のふたりは、その言葉に合点がいく。
常日頃から頭を悩ませ、周囲に意見を募り、組み入れた上でよりよいであろう案を形にし、決断し実行する。そして笑顔を浮かべて先頭に立っている。
そんな、姉であり従姉妹である公孫瓉の行いが、遼西という地に形として現れている。

「自分の中で、なにを第一とするのか。それによって、人の行動や考え方は変わります。
公孫瓉さまは、立身出世よりも地域の活性に重きを置いています。その考えの下に行動をし、結果、遼西は他地域の噂になるほどの豊かさを得ました。
民の現状を第一に考えるのか、己が抱く理想の治世を第一に見据えるのか、それとも目先の利益のみを追いかけるのか。人によってそれぞれです。
どれが正しくて、どれが間違っている、とはいいません。
大事なのは、それらを判断する自分の基準を作ることでしょうか。」

いうなれば、なにが許せなくて、なになら許せるのか。そう考えれると分かりやすい、と、鳳灯はいう。

「税ばかり取られ飢え死にしそう、そんな圧政を敷く太守は許せない。黄巾賊蜂起の切っ掛けはこうです。
そんな行動を、太守は許すことが出来ません。
民や町に被害が出るからか、税収が減るからか、朝廷からの評価に響くからか。理由はいろいろでしょう。とにかく制圧しようとします。
制圧というからには、死人も出ます。黄巾賊にも兵にも、そこにいただけの領民が被害に遭うことさえあるでしょう。
黄巾賊から見れば官軍は許せない存在。官軍から見れば黄巾賊は許せない存在。ならば共に許すことが出来た一線というのはなんなのか。
その辺りの機微や均衡を見極めることが、平穏に繋がるのだと思います」

感情だけではなく、理と利を踏まえた一線を自分の中に課す。
そうすれば、自分の目指すもの、そのためにやるべきこと、そして相反するものに対して下す対応を割り切ることが出来る。

「割り切る、ですか?」
「そうです。
この戦場は、まさにそれです。
匪賊の類はともかく、農民から黄巾賊に加わった人も多くいます。彼らの命を奪うことは、気持ちのいいものではありません」

わずかに表情を変える鳳灯。
だが、紡がれる言葉は止まらない。

「黄巾賊に身を落とした理由は理解できます。でも、他の民を襲う理由にはなりません。少なくとも、私の基準では許せることではありません。
ゆえに、割り切ります。
黄巾賊は、民草の平穏を乱し大きな被害を生むものとして討伐します。軍師の立場なら、皆殺しにして殲滅せよ、と命令します。なにもしなければ、戦場以外でも、人は多く死んでいくことになると判断するからです。
その反対のこともあり得ます。場合によっては、黄巾賊を生かすこともあるかもしれません。
例えばの話ですが。
かつての友人が立場の異なる勢力として敵対していた。戦いに勝利し、友人が捕虜となる。
その敵勢力自体は許せない、でも友人は許してあげたい。そんな判断も、自身の中にある基準しだいで対応が変わります。
友人といえど敵、だから処刑する。
はたまた、敵勢力といっても友人、だから助ける。
どちらが正しいとはいえません。後にどんな影響があるか、ということは考えておく必要はありますけれど」

自分はどうしたいのか、というのが結局、落としどころになるのだ。彼女はそう締め括る。
それを元に下した判断を、どうやって実行していくのか。あるいはそれが後にどんな影響を及ぼしていくのか。
そういったところにまで思慮が及ぶような人が、いわゆる"偉い人"になっていくのだと。
遼西の"偉い人"の血縁であるふたりは、その言葉に考えさせられる。



関雨や華祐を始めとした公孫軍の立ち回り、そして幽州合同軍、曹操軍や劉備軍の勢いを目の当たりにする。黄巾賊はやがて逃げ惑うばかりとなった。
背を向けたとしても容赦はしない。温情をかけここで見逃せば、また新たに匪賊と化す可能性は十分にある。不安の芽は絶たねばならない。討伐は徹底して行われる。
とはいえ、その数は膨大なもの。どれだけ徹底していたとしても、その網目からこぼれる者が現れる。
そんな輩が、たまたま幽州合同軍の陣深くまで入り込んでしまうことも。

「北郷さん」
「ご心配なく」

幽州合同軍の総大将、公孫越。彼女が陣取るのは、戦場が俯瞰できる最奥部だ。その周囲を守り固めるのは、主に、一刀を含めた遼西の義勇兵。
それを指揮するのは、北郷一刀。彼は公孫越に一礼し、義勇兵の一部を引き連れ、主の下を少しばかり離れる。

この最奥部にまで紛れ込んできたのは、100程度の集団が細切れにいくつか。だがそのほとんどは公孫兵の手で討ち取られる。
一刀たち義勇兵が陣取る場所に至るころには、その数も格段に削られている。総合計で100に届くくらいか。

「囲め」

そのひと言で、義勇兵たちは黄巾賊を取り囲む。
自分の持つ得物がかち合わない、そんな間合いを意識しながら。二層の形を執る包囲網が少しずつ縮められていく。

「油断せず、敵一人につき二人で当たれ。一層目は目の前の奴を討つことを意識しろ。二層目は敵とその周囲の動きに気を配れ」

静かになされる指示。その声は兵たちの耳にしっかりと届く。
振り上げられる黄巾賊の剣。それよりも速く、義勇兵は相手を斬り捨てる。または斬撃を受けきってみせる。
いずれにしても、一拍の間が生まれる敵の動き。そこに向かって二層目の兵が剣を振るう。
更に生まれる敵の隙。一層目の兵は慌てることなく、確実に止めを刺していく。
ひたすら、その繰り返し。敵が動きを止めるまで、一、二、一、二、と、攻撃を与え続ける。敵も味方も、互いに質の異なる声を上げながら。
相手が本職の兵ならばこう簡単には行かないだろう。だが相手はしょせん、賊。武才のない義勇兵でも落ち着いて対処が出来る。

一刀が執る指揮、それに従う義勇軍の動きに、華やかさはない。
だが彼らは本来、兵ではないのだ。戦で華を咲かせる必要はない。
対象を守りつつ、自分の命を確実に持ち帰る。商隊の護衛を生業ののひとつとしていた一刀は、それが至上と考えている。
手勢がいないのなら話は別だが、今は本職である兵たちが多くいる。そもそも、義勇兵が本職の兵に敵うはずもない。
なにより「人を殺す」ということに対する覚悟の程が違うのだ。乱戦にでもなれば却って邪魔になりかねない。
だからこそ、一刀が率いる義勇兵は陣の最奥部で守りに専念する。戦場へと飛び込まない。地味に、地味に、出来ることだけをこなしてみせる。

程なくして。一刀が率いる義勇兵たちは、紛れ込んできた黄巾賊をすべて斬り捨てた。
義勇兵の誰もが、自分の基準で判断し、決め、行動している。その過程で血に汚れていくことも、仕方がないこと、と、割り切っていた。
もちろん、それに慣れるということはまったく別物ある。義勇兵といっても、しょせんは民草。戦場に立ち続けるにはあまりに脆い。
彼らは戦う理由があるからこそ、一時的に割り切って、戦場に赴いているだけなのだから。




時折陣地の奥深くまでやって来る黄巾賊も、姿を消してきている。趨勢はすでに決したといっていいだろう。

愛する義妹ふたりが、危険な戦場を駆け抜け命を狩り続ける。
頼りになる軍師ふたりが、こちらの被害を抑えながらも相手の被害を広げるように知恵を絞る。
どれだけの人が、死んでいったのだろう。目の前に広がる戦場を眺めながら、劉備はひたすら心を痛める。涙はもう枯れ果てていた。

黄巾賊の非は理解できた。ことの起こりは共感できるものの、同じ民草にまで手を上げてきたことは、彼女とて許せることではない。
だからもう同じことが起きないように、黄巾賊を討伐する。それは分かる。
仕方のないことなのかもしれない。さすがにこれだけの黄巾賊を前にして、話し合いでなんとかなるとは劉備も思わない。
それでも彼女は、人が死ぬのを見るのは嫌だった。誰かが死ねば、その周りの人が悲しんでしまう。想像するだけで、胸が痛んだ。

どうすれば、この黄巾の人たちを助けることが出来たのだろう。
劉備は考える。自分がどうすれば、皆が幸せな気持ちになってくれるのかを。
戦争で人が死ぬのは哀しい。なら、戦争を起こさないためにはどうしたらいいんだろう。
劉備は考える。自分が望む、誰もが笑顔で過ごせるような世界はどうすれば作れるのかを。

自分の抱く理想は、どうすれば皆の心に届くのだろう。どうすれば叶うのだろう。
劉備は、ひたすら考え続けていた。




精強で知られる公孫軍と、それが素地となる幽州合同軍。そして躍進著しい曹操軍に劉備軍。
対して黄巾賊はしょせん賊である。剣を振るうにしても、その質は明らかに違う。
ましてや軍勢として、地の利を取り、唯一の懸念点だった数も上回り、それを率いる将も一騎当千とあっては、討伐側は一人一殺でもおつりが来る。
事実、30000を超える数がぶつかり合ったにもかかわらず、討伐側の軍に死者はほぼ皆無。重傷者がそれなりに出る程度で収まっている。この戦いは圧勝といっていい。これだけの数が集まり蜂起しても軍閥には敵わない、と、知らしめることになった。少なくとも幽州軍と曹操軍の名は広く大きく知られることになるだろう。

だが、それだけの結果を出していても。実情は画竜点睛を欠いたものだった。討伐側の主だった将は、総じて浮かない顔をしている。

「それにしても」

曹操が顔をしかめる。
いままでずっと気にかけていたこと。それが未だに解消されていないことに、彼女は腹立たしさを感じていた。

「公孫瓉。貴女のところに、張角捕縛の知らせはある?」
「……ないな。ここに集まった黄巾賊の主将格は、知る限りでは皆死んだ。
その中に張角もいたのか、それとも逃げ出したのか、もともとここにはいなかったのか……。正直、分からん」
「そう……」
「そもそも、男か女か、年頃はどれくらいか、どんな風貌なのか、っていう情報がほとんどないからな。確かめようがない」
「そうなのよね……。忌々しいわ」

爪を噛み、腹の底から不機嫌さを滲ませる曹操。
黄巾賊を統べる長というべき存在、天公将軍・張角、地公将軍・張宝、人公将軍・張梁。
嘘か真か、黄巾賊の中でもその姿を知るのは極限られた一部であるらしく、討ち取ったのかどうか首級を確認することが出来ない状態だった。
戦場での動きから察するに、おそらく此処にはいなかったのだろうと想像するしかない。

もちろん、関雨、鳳灯、華祐の三人は、張角らの姿かたち人となりまで分かっている。
彼女らは、この戦場にはいない。だが、ここではなにもいわず、口を噤んでいる。

「これだけ大きな騒ぎになっても、根源は絶てず、か」
「いつまたこんなことが起こるか。そう考えると、太守としちゃ頭が痛いよ」
「本当ね」

立場を同じくする、曹操と公孫瓉。ふたりは肩を並べて深く溜め息をつく。

なぜこのような争いが起きたのか。そして、どのようにしてここまで大きな規模にまで発展したのか。
公孫瓉は騒乱の再燃を憂い、曹操は騒乱を肥大化させた手段の流布を懸念する。
抱くものの色合いが互いに異なることまでは、さすがにうかがい知ることは出来なかった。











・あとがき(後半編)
意外なところで結構読まれている。分かってはいたもののちょっと驚き。

槇村です。御機嫌如何。




PV数が10万を超えました。

みしらぬみなさまに、じゅうまんかいもわたしのだぶんをよんでいただけたということですよ。
ついつい平仮名オンリーになってしまうくらいの衝撃です。読んでいただいている皆様には本当に感謝です。
またいろいろと書き込みもしていただき、ありがとうございます。もっと!もっと!



さて。
思いつきで始めたお話ですが、案外続けていられることに我ながらびっくり。
その割には、まだ山場らしい山場がまだないんだよなぁ。
反董卓連合やその後などに、書きたいシーンが控えていますので。更に気を入れて臨もうと思う次第。ただし無理しない程度に。

このお話のことなのですが。
基本的に、"ここをこうしたら面白いんじゃね?"という感覚で原作を改変・再構築しているだけです。
『三国志』や『三国志演義』では"こう"だから、こういう展開もアリだよね。という意識は多分にあります。
それらを踏まえて、槇村の中で合点がいって辻褄が合えば、それでいいというスタンスを取っていますから。
読む方によってはお気に召さない点もあると思います。それはまぁ、仕方ないよね。
それにしても、『恋姫無双』に入っていない『三国志』ネタを絡めると非常に楽しい。
おかげで普段読む本のラインナップに三国志関連が多くなってきた。

ちなみに。
「誰が主役なんだよ」というご指摘もありますが、槇村の中では一巡組の四人が主人公です。一応。(一応?)
一刀はあくまで脇役に徹して、進めていきたい。なー、と。
でも気を緩めると、公孫瓉こと白蓮さんが主役になってしまいます。気が抜けません(笑)



やっと、黄巾の乱編が終わった……。
さてさて。これからどう展開していくことやら。
よろしければお付き合いください。かなりの長丁場になりそうではありますが。



[20808] 21:はるばる来たぜ遼西へ
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/11/12 06:09
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

21:はるばる来たぜ遼西へ





大規模な討伐戦を終え、各軍閥はひとまずそれぞれの拠点に戻ることとなった。
公孫軍もまた遼西へと帰還する。およそ四ヶ月に及んだ黄巾賊討伐の遠征は、ひとまずここで終わりを告げることとなる。

公孫瓉と公孫越だけは、幽州刺史と共に洛陽へと向かった。今回の討伐に関する報告を、朝廷に行うためである。
権限を引き継いだ公孫範に引き連れられ、公孫軍の面々は意気揚々と遼西へと凱旋する。
その道中にも、黄巾賊を始めとした匪賊の類に出くわすことはあったが、その規模はいずれもきわめて小さく。
幽州周辺で行われた大討伐に関する風聞も広がっているのだろう。公孫軍の姿を見て一目散に散っていく。
今回の討伐遠征が、力の誇示が、周辺地域の騒乱を抑えるものとなっている。その実感、手応えを、公孫軍の誰もがしっかと感じ取っていた。

遼西へ帰還した後も、その無事を喜んでばかりもいられない。
戦死した兵の家族への補償や慰撫、留守を預かっていた烏丸族との申し送りや、軍の再編成などなど、大小硬軟やるべきことは山のようにある。
とはいえ、最終的な決断をするのは公孫瓉の仕事である。公孫範や鳳灯らは、出来る範囲のやるべきことをすべて整えた上で、後は決算待ちという状態で太守の帰還を待つ。
しばし日数を経て、公孫瓉と公孫越の帰還が知らされる。
遼西の主だった将たちが出迎えると、彼女らは客人を伴っていた。その一団に、一部は驚きの表情を表す。
公孫瓉らと共にやってきたのは、曹操とその家臣たちであった。



「それにしても、そのまま付いてくるとは思わなかった」
「長い間留守にしていたのだもの、少しくらい不在が伸びても問題はないわ」

その旨は伝達してあるし、不在が伸びたくらいでどうにかなる治世をしているつもりもいないしね。
と、自信満々にいってのける、陳留の太守である曹操。彼女は黄巾討伐の後、自分の治める地へ戻る前に直接、遼西におもむくことを決めた。
彼女自身、その治安のよさと民の豊かさで噂に上る遼西を、同じ太守として一度は見ておかなければと考えていた。
陳留に戻ってしまえば次はいつ自由に動けるか分からない。という懸念もあって、わずかな共と護衛を従えただけで遼西までやって来たのだった。
公孫瓉も、それを断る理由はない。むしろ自分の治める地を褒められているのだから、かえって気分がいいくらいである。

そんな彼女ら一行、曹操、夏侯惇に夏侯淵、それに荀彧ら主な将を迎えてささやかな宴席が開かれる。
迎えるは、公孫瓉ら三姉妹、公孫続、鳳灯らである。ちなみに同行していた曹操軍の兵たちは別所にてもてなしを受けている。
また曹操たっての希望で、関雨、華祐、呂扶も席に呼ばれている。ちなみに呂扶に引きずられる形で、裏方として一刀も厨房に詰めていた。
乾杯の音頭と共に、穏やかに進む宴席。互いに黄巾討伐の労をねぎらい、新たに得た地位を踏まえた意見などを交えたりする。



朝廷への報告に洛陽に入ったのは公孫瓉ら幽州組ばかりではない。
合同戦線を張っていた曹操と劉備もまた同じように洛陽入りし、報告を行っている。
そこで彼女たちは、今回の大規模な討伐に対する恩賞として新たな地位を授かった。

劉備は、青州平原の相として取り立てられた。
いかに劉姓を持つとはいえ、彼女は確たる拠点を持たない一義勇軍でしかなかった。それが唐突に一地域を治める長である。実績を立てて見せたとはいえ、いくつもの段階を飛び越した大出世といえよう。
ちなみに、友人による陰からの強い後押しがあって初めて、劉備は地位を手にすることが出来たという側面もあった。
救国の志を強く抱く彼女にとって、今なにが必要なのか。
そう考えた公孫瓉は友として、彼女らがそれだけ勇猛に働いたかを説いて見せたのである。
そんな様を横目にしながら、曹操は内心呆れていた。だが反面、ここまで来ればいっそ清々しいか、と、苦笑も零していたのだが。
さて。
劉備は相を地位を授かった後、足早に平原へと向かった。
出立の前。劉備は彼女らしい無邪気さで公孫瓉に抱きつき、任官の後押しに対して礼を述べる。また彼女に仕える関羽、諸葛亮、鳳統からも頭を下げられられた。と同時に、彼女らは、身を寄せていた際にあった言動のいくつかに対しても謝罪する。心当たりのあった公孫瓉は、苦笑しつつ「気にしないでくれ」と水に流してみせた。

曹操は、現行の官職と平行して、袞州の牧を兼任することとなった。
もともと陳留の太守を務めていた彼女は、そのまま更に広い地域を治めることになる。
持てる権限の制約上、これまでは内政の充実にしか力を入れられなかった曹操。だが牧の地位を得たことで、より大規模な兵力軍事力を持つと同時に、陳留以外にも影響力を与え手を伸ばすことが可能となった。愚鈍な宦官外戚どもに目にものを見せてくれる、と覇気を募らせる彼女にとって、動きやすく、力を溜め込むに都合のいい立場を得たといっていいだろう。

公孫瓉は、幽州の牧に任ぜられた。
これまで幽州刺史に就いていた人物は、年齢が高かったこともあり、此度の黄巾討伐から戻ると自ら退きたい旨を皇帝に進言した。
では空いた役職に誰を置くか。
当初は、幽州合同軍の総大将を務めていた公孫越に、という意見もあった。だが若輩である以前に、彼女自身はこれまでにな何某かの地位に就いていたという実績がない。いきなり州牧を任せるのも無謀な話だろう。
そんな理由もあり、州牧の空位には公孫瓉に任ぜられた。
朝廷直下の軍勢ではなかったとはいえ、官軍の危機に助けに入った実績もあり、朝廷の中で彼女は好意的に見られていたこともいい判断材料となった。公孫瓉は陽楽を離れ、幽州の治府が置かれる広陽郡・薊へと移ることになり、空席となる遼西の太守には公孫越が任ぜられることになった。
公孫越を始め、公孫範や公孫続も、皇帝に名を披露する機会を得ることが出来た。後々、機があればこれが生きてくることもあるだろう。無名に近かった妹たちの名を売ることができたというだけでも十分であったが、公孫瓉にとって、此度の黄巾討伐は自他共に得るものが多かった。

ちなみに。
"牧"という役職は、この黄巾党が起こした反乱を鑑み復刻された役職だ。とはいえ、漢王朝の治世における立ち位置は基本的に刺史と同じである。
これまでの刺史と違う点は、より自治的な統治権が与えられると同時に、大規模な軍事、兵備、徴兵を牧の裁量で行えるというところである。
軍閥として名を馳せていた公孫瓉や曹操であっても、太守という地位である限り、揃えられる軍備や兵力には制限が付いていた。それが牧の座に着任することで、対外に対する防備の充実を公然と行えるようになった。
公孫瓉は長く続いていた烏丸族への対策として、曹操は未来に起こるであろう戦乱に備える思いから、それぞれ軍備の重要性を切に感じ取っていた。用途はともかくとして、今この大陸の中でもっとも必要としているであろう者にその官職が与えられたのは、時代の必然か。それともただの気紛れなのだろうか。



そんな時代の趨勢など、当人たちに分かるはずもなく。ひとまずは、手にした新たな官職に対し喜びを見せるばかりである。

「州牧への就任、おめでとう。と、いっておこうかしら」
「あぁ、ありがとう。
だが曹操こそ、出世という意味では同じだろう。洛陽や司州に近い分、私よりも重要視されてるんじゃないか?」
「近い分だけ、面倒ごとが起こりやすいだけだわ。
面倒ごとが起こること自体はいい。でもね、それが他人の仕出かしたことの尻拭いでしかないのは御免よ」

もっとも、面倒ごとの大部分は後者なんだけど。そういって渋面を隠そうとしない曹操。
公孫瓉もまた、彼女と同じく漢という王朝に仕える身である。本来であれば諌めるべきことなのだろう、が。曹操のいう言葉に思い当たるところがありすぎて、苦笑いを返すことしか出来なかった。

「余計なことに巻き込まれずに力を蓄える、という意味では、幽州や涼州はいいところかもしれないわね」
「いや、案外そうでもないぞ? 幽州は烏丸、涼州は五胡。北側から来る奴らを、気を張って見ていなきゃいけないからな」

気持ちの安らぐ暇がない、と、公孫瓉はおどけてみせる。
と同時に、かなりギリギリな曹操の言葉もあえて軽く流してみせた。

だが、曹操のいうことも一面では事実ではある。
幽州の各地、ことに遼西は、たかが一太守の身分には過ぎた兵力を有している。それはひとえに北方勢力に対する自衛のために他ならない。
彼女らが食い止めければ、北方勢力は更に南下してくるに違いない。朝廷もまたそれを理解しているからこそ、幽州や涼州が軍事力を充実させていることを黙認しているのだ。他の勢力が同じように軍備拡張を行ったならば、朝廷に対する翻意ありとして圧力をかけてくることだろう。
少なくとも、幽州における勢力としての充実は、地理的な理由によるところが大きいことは否めない。

「今この時代に、自分たちを守るために自前の軍備と兵力が必要だってことは分かる。
かといって、増やしに増やしていってその後どうするんだ、っていうのもあるんだよな」
「もちろん、兵ばかりで治世が成り立つはずもないわ。基本的に、兵は一方的に消費ばかりを強いるもの。なにかを作り生み出す層はなくてはならない。どちらに偏っても、どちらをおざなりにしても、泣くのは結局、民なのよ」
「同じなら問題も少ないんだけどな。作る層と、消費する層が」
「農民を兵にしようとでも? そんなことをしても中途半端になるだけよ。いざ戦場に立ったら味方が全員義勇兵並みなんてゾッとするわ」
「いやそうじゃない、逆だ。兵の方に農民も……」

と、口に出しかけた公孫瓉が言葉を止め。咄嗟に鳳灯の方を見やる。苦笑するのを隠さずに、鳳灯はうなずいてみせた。

「兵の方に、農民がするようなことをやらせるんだよ」

筆頭内政官殿のお許しが出た、ということで。公孫瓉は、遼西が現在採ろうとしている方法を語ってみせる。

彼女のいう方法とは屯田制、要するに兵屯の導入である。手の空いた兵を農作業や開墾に回そうというもの。これはもちろん鳳灯の発案によるものだ。以前にいた世界から知識と実績を持ち越しているのだから、有効性は実証済みである。
わざわざ曹操の前で披露することではないかもしれない。だがここで話題にしなかったとしても、曹操はいずれこの考え方に至り実行するだろう。鳳灯はそう考え、あえて情報の秘匿にこだわらなかった。以前にいた世界でも、曹操は黄巾の乱以後に兵屯の考えを取り入れていたはず。だから問題ないだろう、という判断である。
そもそも、遼西においてはすでに手がけ始めている方法である。遅かれ早かれ、先見に富む人物であれば目をつけるに違いない。そしてその筆頭となるであろう人物が、今、目の前にいる曹操なのだ。ならばこちらから情報を出して恩に着させてみよう、というのが、鳳灯の思惑であった。
事実、曹操はこの案に非常に食いついた。強く興味を持ち、彼女は公孫瓉に先を促す。
そんな硬めの話を展開しつつ。治世者側に立つ、公孫瓉、公孫越、曹操と、彼女らを支える鳳灯、荀彧ら文官組は、宴席というには少し趣の異なる盛り上がりを見せていた。



一方、武官組はというと。

「わたしはおまえなんかみとめないんだからなー!」

かなり酔っていた。

まず騒ぎ出したのは夏侯惇である。
宴席を共にしている関雨に対して、もともと彼女は思うところがあった。といっても一方的なものなのだけれど。
黄巾賊の討伐戦で暴れ回り、自分なりの戦果を上げられたと思っていた彼女。主である曹操の反応も上々で、夏侯惇はご機嫌だった。
それも、関雨本人を目の前にして急降下してしまう。
愛する主が気に留めている武将。武才に誇りを持っているからこそ、知らず自分のそれと比べてしまう。
もっとも、彼女とてそれを口にしてしまうほど自制心がないわけではない。
だが酒が入ったことで、そのわずかな自制心も箍が外れ、感情にまかせるまま喚き散らす。

「わたしが、わたしが華琳さまの一番なんだぞ! お前なんかに負けるものかー!」
「いや、そもそも曹操殿について行くとはひと言もいっていないのだが」
「なんだと貴様、華琳さまが目に留めてくださったにも係わらず応えないというのかー!」
「夏侯惇殿、貴女は私を引き入れたいのかそうじゃないのかどっちなのだ」
「そんなこと知るかー!」

酔っ払いに理屈は通じない。そんな言葉が人の形になったかのような傍若無人ぶりを発揮していた。
関雨は彼女の性格もよく知っている。以前にいた世界でもなにかと絡んだことがあった。曹操第一なところはまったく変わりがない。
夏侯惇の、直線的なのにどこか変化球な絡みをなんとかかわしつつ、話をなんとかずらそうと試みる。

「私などよりも呂扶の方がよほど強いぞ? 未だに負け越しているくらいなのだからな」
「ぬ、そうか? 呂扶は遼西の一騎当千と呼べれているらしいな。
なんのわたしとて、華琳さまのためなら黄巾の千や二千簡単に吹き飛ばしてくれるぞ!」

夏侯惇の矛先は、みごとなまでに関雨から外れていった。
話題を振られた呂扶当人は、突然呼ばれた自分の名前に反応するも、すぐにまた手元の料理に意識を戻してしまう。
そんな態度を、お前なんか興味ない、というように捉えたのだろうか。夏侯惇は先ほど以上の勢いでくってかかる。
だが、反応して来たのは呂扶ではなく。

「なにいってんだアンタ! 恋姉ぇに比べりゃアンタなんて足元だぞ足元!」

突っかかってきたのは、公孫軍一の直情型、公孫範である。
武においては、まだ夏侯惇に及ばないだろう。だが高みを目指す意気込みなら勝るとも劣らない。
そんな彼女は、師でもある呂扶を取り沙汰されて過敏に反応してみせる。勢いのままに。
ふたりとも、既に相当の量を飲んでいる。口にする言葉を吟味することもなく、互いに大声をぶつけ合う。罵り合いといってもいいかもしれない。その中身は極端に程度の低いものではあったが。

「ちょっと待って、待ってよ範ちゃん! 落ち着いて、落ち着いてってば!!」

声と同時に腕まで出しそうな勢いの公孫範を、身体を張って止めようとするのは公孫続。従姉妹の腕に自分の腕を巻き込み、全身をもって押しとどめる。
そんな彼女を見て、夏侯淵はなにやらうんうんとうなずいていた。
目の前の光景に、なにか共感するところがあったのかもしれない。

すわ一触即発か、という空気が流れもしたが。
気がつくと何故か、呂扶、公孫範、夏侯惇の三人による早食い対決が繰り広げられていた。
三人が三人とも、その身体のどこに入るんだというくらいの勢いで、目の前の料理を平らげていく。
そして何故か、三人に次の料理を差し出す係を請け負ってしまった公孫続。

「続、おかわり」
「続、次だ!」
「わたしも次だ!!」

息を吐く暇もないほどにおかわりを要求する、呂扶、公孫範、夏侯惇。あわわわわわ、と、鳳灯もびっくりな程に取り乱す公孫続。
料理を乗せた皿がなくなり、いわれのない突き上げを食らう。
彼女は半泣きになりながら、追加の料理を求めて厨房と宴席の間を行ったりきたりしていた。
そんな公孫続を、夏侯淵は慈愛の念を込めながら暖かく見守っていた。なにか非常に満足そうな笑みを浮かべつつ。
でもまったく手伝おうとしないで。

そんな按配で。
誰も彼も酔っ払っていた。



「なんだか、食い物の減りがハンパないんだけど」

なにかあったの? と尋ねるのは、呂扶に連れられるまま城の厨房で鍋を振るうことになった一刀。その質問を受けるのは華祐である。
ちなみになぜか趙雲が、厨房の片隅で一刀を冷やかしていた。

「経緯は分からんが、恋を筆頭に早食い対決が始まったぞ」
「……なんで?」
「知らん」
「食事で恋に勝てるわけないじゃん」
「結構いい勝負をしてるぞ?」
「……相手は誰?」
「範殿と、夏侯惇だ」
「……なんで華祐はここにいるの?」
「巻き込まれたくなかったからな」
「確かに、訳の分からない盛り上がり方をそこかしこでしていましたな。私も巻き込まれるのは勘弁願いたい」
「というか趙雲さん、なにもしないなら帰んなよ」

酒と勢いのせいで場が乱れてきたから逃げてきた、と、華祐はひょうひょうといってみせる。
宴席に呼ばれていなかったとはいえ、場をのぞいて見た感想を口にし、趙雲も同調してみせた。
一刀は一刀で、出す皿出す皿すべてをつまみ食いしていく趙雲にゲンナリしていた。

「宴席に置いてある料理が冗談のように減っていってるぞ。すぐに次をくれ、と駆け込んでくると思うが」

厨房の熱気と忙しさに汗だくの一刀だったが、華祐の言葉に、なにか違う汗が流れるのを背中に感じていた。
そんな嫌な予感はすぐに形となる。駆け込んでくる公孫続の、正に半泣きな声と共に。

「北郷さぁーーーーーん」
「……話は聞きました。ひとまずこれを」

仕上がったばかりの、料理を載せた皿。何人かの給仕たちと一緒に、まだ熱い料理をいっせいに運んでいく。

「続殿も大変ですなぁ」
「そう思うなら、少しくらい手伝ってもいいんじゃないですか趙雲さん」
「こう見えても私は忙しいのですよ。主につまみ食いなどで」
「そうですか……」

諦めたように嘆息しつつ、一刀は厨房という名の戦場へ戻っていく。
彼の背中を見やり、華祐は苦笑しながらその後を追う。

「どれ、私も手伝おう。作り手はひとりでも多い方がいいのではないか?」
「ありがとう、師匠」

皆聞いて驚け、我々は華祐将軍という心強い援軍を得たぞー。
一刀の芝居がかった言葉に、厨房の中から歓声が溢れる。
彼女は料理の腕も将軍並み、という印象が持たれている。料理番の面々にはまさに頼れる援軍といっていい存在だ。
華祐っ、華祐っ、と、鼓舞する声まで沸きあがる。もちろん乗せているのは一刀であったが。

ほどなく、その声も忙しげな雰囲気と喧騒にまぎれていった。華祐もまた、厨房を回す歯車のひとつとして動き出す。
そんな将軍の姿を、宴席との間を行き来する給仕たちや、なぜか料理を運び続ける公孫続が目に留め驚いたりもしていた。



「ひとまずは、平和といっていいんでしょうな」

自分用に確保していた料理をつまみつつ、趙雲は微笑みながら呟いた。













・あとがき
なんだろう、なにか違和感を感じる。

槇村です。御機嫌如何。





違和感があるのは、華琳さんなのか、白蓮さんなのか。はたまた両方か?
……このふたりが親密になるのが想像できないのかもしれないな。うん。


まぁそれはいいんですよ。狙ってやっていますから。
ただ、原作から外れた進み方をしようとすればするほど、書くのに時間がかかってしまいます。
槇村的に、一週間に一話は遅い。
二話は書きたい。
そうでもしないと終わりそうもない。

急いで中身がスカスカにならないよう気を配りながら、早足で書いていこうと思う次第。

ラストに近いシーンばかり思いつくのは、嬉しい反面すごく困ります。



あ。ちなみに第20話は、前半後半で一話という括りにしていますので。“20”がふたつでいいのです。



誤字修正のついでに追記
:想像以上に料理が気にかかるようで。掲示板を見てびっくり。ぬぅ。
 一刀と酒家ネタは次でやるつもりでした。少々お待ちを。



[20808] 22:腹くちて笑みこぼれし
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/12/28 22:42
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

22:腹くちて笑みこぼれし





宴席が開かれたその翌日から、曹操一行は早速とばかりに遼西の視察を始める。
彼女らの視察に対して、鳳灯が極力同行して歩く。名目上は案内役であるが、実のところ監視である。
公孫瓉自身は、「自分たちの手法が他の地域でも役立つことで、民の生活が少しでも楽になればいい」という程度の考えを持っている。
しかし、曹操の"覇王"という本質を理解している鳳灯にしてみれば、いたずらにすべてを見せるわけにもいかないと考えていた。
曹操にしても、行く先々ですべてを見ることが出来るとは思っていない。
同じ治世者として、その町に布かれている治安策や内政策を事細かに教えてもらえるなどとは考えていなかった。
もっとも、その点では大っぴらな公孫瓉の在り様に面くらいはしたが。
とにかく。監視や行動の制限がつくことも当たり前のことだ。引き出せる情報は出来うる限り引き出し、それ以上のものは実際に目にして想像して補うしかない、と、曹操は考えていた。
だからこそ、傍らに鳳灯が付き添っているのは十分に理解できた。
逆に説明役として鳳灯が随行していることは、曹操にとってはむしろありがたいこと。
投げかける質問に対して、適時適当な答えをその場で返してくれるのだから。やりやすいことこの上ない。
先日の宴席で交わした会話や議論によって、彼女の知の深さや思考の速さは分かっており、曹操をして感嘆させるほどのものをを持っている。筆頭軍師を自認する荀彧も、悔しいと感じつつも、その実力の程を認めることにやぶさかではなかった。

曹操ら一行が視察するのは陽楽の町ばかりではない。近辺の村やその道中などもその対象に入っている。
遼西という地域をつぶさに観察しようと、可能な限り遠くまで足を伸ばそうとする。
陽楽郊外に出向く際には、公孫範と公孫続が同行した。行く先々での仲介役としてである。
規模は小さいとはいえ、武装した一団が近づいて来るのを見れば要らぬ混乱を呼びかねない。それを避けるため、町や村に入るたびに公孫範らが間に入るのだ。
そのおかげで、曹操たちの郊外視察は円滑に進んだ。陽楽の外になにかがある際に出向く場合は、公孫範が請け負うことが多かった。そのため、遼西郊外に関しては、公孫瓉よりも彼女の方が顔を知られている。今回の郊外視察同伴に公孫範が選ばれた大きな理由でもあった。

ちなみにこの視察中、夏侯惇と公孫範、夏侯淵と公孫続、この組み合わせで妙に仲が良くなっている。
前者ふたりは、おそらくは気質が近いという理由だろう。なにかと噛み付き合いながらも、剣呑な雰囲気にはならずにいる。喧嘩するほど仲がいい、というやつだろうか。
後者ふたりは、互いに姉貴分に当たる人物を抑え宥める位置にいることが共感を呼んだのかもしれない。なにかと穏やかに会話を交わしつつ、ほんわかとした雰囲気を醸し出している。
そんな二組を微笑ましく眺めながらも、曹操はやるべきことをこなしていき。荀彧は思いもよらぬ主独り占めな状況に嬉々としていた。



そんな具合に、色々と忙しい強行軍を進めながら、曹操らは遼西で数日を過ごす。

「そろそろ、陳留に戻る頃かしらね」
「そうですね。参考になりそうなところはあらかた得られたと思います」
「来て良かったわ。いろいろと刺激を得ることも出来たし」

相変わらずの視察を終え、一息吐いている曹操ら一行。現在治めている陳留、そしてこれから治めていく袞州全域に新たに敷く治世案の雛形。それを意識した上での、此度の遼西視察であったのだが。彼女らはこれまで得た情報を取りまとめながら、得られた結果に満足している。
そんな曹操に、湯気の立つ料理の皿を差し出しながら、一刀は世間話よろしく話しかけた。

「おや、もう陳留へお戻りですか?」
「個人的にはまだいてもいいのだけれど、太守に州牧の立場から考えればそうもいっていられないわ」

湯気の立ち上る料理に頬を緩めながら、曹操は彼の言葉に応える。

「大変ですね、お偉い地位にいる方っていうのは」
「公孫瓉も似たようなものよ? もっとも、彼女の場合は傍目にそうは見えなそうだけど」

キツい物言いではあるが、その表情は存外好意的なものだ。それを察した一刀は、思わず笑顔を浮かべてしまう。
自分の認めている人物が、他の人にも認められる。平民という立場であれば不遜な考えかもしれないが、彼は嬉しいという感情を抑えることが出来なかった。誇らしい、という言葉に代えても良いかもしれない
そもそも、そんな感情を持つほどに近い関係にある、ということ自体が普通ではないのかもしれない。
なにしろ、公孫瓉が州牧として薊に移る、それに付いて来ないかと直接誘われているくらいなのだ。
もっとも、一刀とて、その誘いが個人的な親しさからきているとは考えていない。
お気に入りの料理人を連れて行きたい、という気持ちも多少はあるだろう。
だが誘われた理由の多くは、自分と共にいる呂扶にあるんだろうな、と、彼は醒めた判断をしている。
一刀自身は、曹操や公孫瓉らと同じ舞台には立てるわけがないと思っている。立てたとしても、強いて立ちたいとは思わない。
あちらは英雄、こちらは庶民。立場が違う、生きている"世界"が違う。
半面、いろいろなものが余りに違うが故に、彼は公孫瓉や曹操らに対して、かえって力むことなく接することが出来ていた。
相手を見ながら、無礼じゃない程度にざっくばらんな態度を。そして出来る範囲でやれることをこなしていく。それが彼が持つ心意気だった。
だからこそ、実際に夏侯惇という武将を前にしても、まるで急き立てる子供を宥めるかのような態度が自然と取れている。

「おい北郷、わたしの分はまだなのか」
「もう少し待ってくださいよ、用意しているところですから。それとも、曹操さんの分よりも前に持って来た方がよかったですか?」
「……むぅ」

幾度となく交わされているやり取り。そのたびに、一刀はなにかと彼女を押さえつけて見せている。
彼がなにを考えているかなど、曹操はもちろん分からない。だが夏侯惇をやり込める彼を見るたびに、少なからず感心している。
夏侯淵は拗ねる姉の表情を満喫しており、荀彧に関しては意地の悪い表情を浮かべてニヤついていた。



何度もこんなやり取りが交わされるほどに、曹操ら一行は、一刀が営むこの酒家に毎日通いつめている。
やるべきことをひと通りこなし、一息入れようとなると、一行は自然とここに足を運ぶようになっていた。

宴席のあった次の日のこと。曹操ら一行を引き連れ、公孫瓉と鳳灯は遼西の町を案内して回った。あれこれ突っ込んだ会話を交わしながら歩いているうちに、日は高くなり、やがて傾きだす。昼食もとらずに歩き回っていたため、気がつけば空腹も相当なものになっていた。
それじゃあ食事にしよう、と、公孫瓉が案内したのが、一刀のいる酒家である。
案内された先で、曹操らは驚かされる。
店先にある大木の下で、一騎当千の武将が昼寝をしている。
飯台のひとつには、同じく公孫軍の将が昼間から酒を飲んでいる。
店の中に入れば、なぜか武将のひとりが給仕に駆け回っていた。
順番に、呂扶、趙雲、関雨である。
町中の店に将軍格が集結し、あまつさえそのひとりが働いているなどとは想像していなかった。
ちなみに、関雨のウエイトレス姿を見た曹操が密かに胸ときめかせていたのは、彼女だけの秘密である。

重ねていうが、この世界で生きる北郷一刀は平民である。普通に考えるならば、将軍やら太守やらといった人たちは、偉すぎて接点さえないはずなのだ。
彼の人徳なのか、それとも多大な幸運が働いたのか、幽州において彼は"ただの平民"というには少々微妙な立ち位置にある。公孫瓉姉妹を始め、城勤めの人たちとも、平民の立場から考えれば破格の付き合いを許されている。
それゆえだろう。このとき、太守が別地方の太守を一平民に紹介する、というなんとも珍妙なことが起きた。
冷静にそこを突っ込んで見せたのは一刀である。
いやいや立場的におかしいでしょソレ、と。指摘されて始めてそのことに気がついたくらい、自然な流れだった。
わざわざ紹介されたのだからそれなりの人物なのか、と思いきや、ただの料理人でした。
そんな紹介をされて、曹操らもさぞ面食らったことだろう。良くも悪くも天然なところが抜けない公孫瓉である。

そんな経緯はあったものの。
仮にも太守や諸将が贔屓にしている店なのだ、それなりのものを出しているのだろう。
曹操ははじめその程度の期待しかしていなかったのだが。それはいい意味で裏切られた。
結果、彼女ら一行は毎日、一刀の酒家に通いつめていた。
言葉で評価をする以上に、足を運ぶ頻度が彼女らの気に入り具合を表している。なにしろ自他共に認める重度の男嫌いな荀彧でさえ、表向きは変わらず悪態を吐いているものの、明らかに一刀の料理を気に入っていた。

一刀の作る料理は、基本的にそう凝ったものでもない。この世界に現存する食材と料理に、いわゆる"現代人"の食事事情を掛け合わせているだけである。
だがその掛け合わせこそが、目新しくも斬新なものとして、この時代の人々の目は映り、深い味わいとして舌を楽しませていた。
例えば。曹操らが初めて店に訪れた際、一刀が彼女らに出したものは鳥料理である。
三国志の時代において、鳥肉というものはあまり重視されていない。まったくないというわけではないが、食材としてはあまり見かけない部類に入る。曹操も鳥料理を食すことはあるものの、その頻度は決して高くない。
知っている食材を使った、にも係わらず目にも舌にも新しいもの。それでいて、作ろうと思えば誰にでも作れるもの。
例えば。

チキンソテーのオニオンソースがけ。
鳥のもも肉に、塩、醤、おろしニンニクを揉み込む。
一刀謹製のフライパンで皮の部分を焼き、ほどよく焼き色がついたら蒸し焼きに移行。
擦りおろしたタマネギを酒と酢、蜂蜜と混ぜ合わせ煮詰めた特製オニオンソースをかけた、一品。
彩りとしてカブの葉を下に敷いてみせる。トマトがないのが非常に悔やまれる、とは一刀の談。

若鶏のから揚げ。
醤油、酒、擦り下ろしたニンニクと生姜を混ぜ合わせ、そこに切り分けた鳥肉を加え揉み込む。
しばし漬け込んだ後、溶き卵に浸して小麦粉をまぶす。それを、キツネ色になるまで揚げる。
カリッとした衣の歯ごたえ。でもその向こう側にある柔らかい鶏肉の感触。たまらない。
三国志の時代でも"揚げる"という調理方法は存在している。
だが油の熱と火の強弱を調整するのが難しいため、一日通して出せるメニューではないのが残念だ、と、彼は呟く。今後の課題らしい。

焼き鳥各種。
串に刺す、という仕込みは必要だが、手軽に食べられるのが大人気。
鳥のムネ肉、モモ肉、鳥皮、レバー、つみれ、軟骨などなど。種類も豊富。
おまけに特製タレまたは塩、という味の違いも楽しめる。
酒のつまみにもいい感じだ。実際、焼き鳥を店に出し始めてから、酒の出る量も増えている。
このあたりの感覚は、今も昔も変わらないのかと感心しきりの一刀である。

「料理は珍しすぎちゃダメ。誰でも手を伸ばせる範囲になければいけない」

そんな信条をもつ一刀。陳留太守というお偉い方を前にしても、彼が出す料理は決して華美なものではなかった。
ひとつひとつを見れば、誰でも知っている食材である。
だがそれらを調理する方法の違いが、目に新鮮なものとして映し、口にすれば一風変わったおいしさを生み出していく。
更にその料理の種類は多岐に渡っている。仕込むことの出来た食材によって、出す料理が日替わりで変わる。ゆえに飽きることがない。
訪れる客にとっては、嬉しいやら迷惑やら。公孫瓉が「薊に付いて来て店を出せ」というのも、その点を踏まえた、かなり本気な言葉なのだ。
お膝元な公孫瓉でさえそうなのである。遼西を離れる曹操らにしてみれば、まだまだ種類があるという料理に未練が残って仕方がない。

「残念ね。遼西を離れたら、この料理も食べられなくなるわ」
「その言葉は、とても嬉しい褒め言葉ですよ」

本当に残念そうに、曹操は溜め息をつく。
ちなみに、そんな彼女の目の前にあるのは、牛肉の特製ハンバーグ・オニオンソースがけ。
箸で簡単に切れる肉の塊に、そしてその断面から溢れる匂いと肉汁に、目を輝かせていた。
普段では見られない主の姿に、荀彧と夏侯淵はこの上ないほどに愛しさの籠もった表情を浮かべ、夏侯惇はうらやましそうな顔をしながらソワソワ落ち着かずにいる。
そんな彼女らの元にも、一刀はすぐさま同じように料理を運ぶ。未知なる味に舌鼓を打つ曹操らに、満足感を得るのだった。



「遼西を離れる前に、もう一度誘っておくわ。北郷、あなた、私のところに来ない? もっと大きな店を陳留に用意してあげるわよ?」

以前にも振られた、引き抜きの勧誘。一刀はそのとき、なぜ自分のようなただの平民を気に入ったのかと思いもした。
いわゆるパトロンというやつか、と、自分の料理が認められたのだと考えればやはり嬉しく思う。
ましてや、声をかけたのは歴史に名高い曹孟徳である。
彼の知識にある歴史的人物と違って、年若い女の子であったりはするが、歴史的人物に目をかけられたということに違いはない。
引き抜きを受けること自体は嬉しい。だが公孫瓉の場合と同様、やはりどこか醒めた目でどうしても見てしまう。
現在の遼西を担う人材、関雨、鳳灯、呂扶、華祐、それぞれと誼のある男。それに目をつけないわけがない、と。
曹操にしてみれば、彼の考えた通りの思惑も確かにある。だがそれは後からつけられた理由でもある。純粋に、彼の作る料理が気に入ったというのがまずあった。
会話を通しても馬鹿ではないことは分かったし、武将知将という括りの外にある"有能さ"というものに新鮮なものを感じたことも大きい。
戦なり政務なりを終えた後に、この料理が毎日出てくる。そう考えると、毎日の雑務もさぞ捗ることだろう。
男を勧誘するということに難色を示していた荀彧でさえ、その点を指摘した途端に「なんとしても連れて行きましょう」とあっさり、むしろ自分から乗ってきたくらいである。

「そうだぞ北郷。我らと共に来い。そして華琳さまのためにその料理の腕を振るうといい」
「姉者、涎が」
「おっと」

彼女が彼になにを求めているのか、実に正直な反応をしてみせる夏侯惇。
「美味い」と「おかわり」は、料理人にとって最上の褒め言葉。それを夏侯惇は臆面もなく繰り返してくれるのだから、相当気に入ったのだろう。
そんな姉に負けぬくらいに、夏侯淵もまた彼のことを評価している。
料理もさることながら、曹操や夏侯惇に対し一目置きながらも物怖じしない態度、それに姉を巧みに弄ってみせる力加減。
主に一番最後の点において、夏侯淵にとって彼は得がたい人材に思えて仕方がなかった。もちろん、そんなことはおくびにも見せないが。

「姉者もそうだが、なによりも華琳さまがお前の料理を気に入られている。もちろん私もな。男嫌いの桂花でさえ、姉者に負けぬほどの執心振りだ。なんとかして引き入れたいところだ」
「ちょっと、秋蘭!!」

夏侯淵の言葉に、慌ててみせる荀彧。取り乱しはして見せても、彼女のいう言葉を否定しようとはしない。
そんな褒めるばかりの曹操一行を目の前にして、ありがたいやら申し訳ないやら。一刀は苦笑するばかり。

「俺みたいな庶民に対して、曹孟徳を始め名高い方々に過大な評価をしていただき感謝していますよ」

だがそれでも、彼はその申し出を受けることが出来なかった。

「せっかくのお誘いなのですが、やはりお断りさせてください。今の自分に、結構満足しているので。
器が小さいと思われるかもしれませんが、それなりに充実した今を捨ててまで、新天地を求めようとは思わないんですよ」

今現在と、近い未来。それがよければそれでいい。大半の民草が考えることはそんなものだ。
英雄とは違い、庶民は遠大に過ぎるものを考えない。一刀自身も、自分のことをそのひとりだと思っている。
だから、英雄と共に歩むなど想像も出来ない。息切れした挙げ句、置いていかれて野垂れ死になど目も当てられない。
ゆえに、自分の力量に合わせた調子を心がけ、出来ることをする。
とはいえ、少し欲が出たのか、公孫瓉の誘いには乗るつもりではいるようだが。

「腹が減っては戦が出来ぬ、といいますから。私は食材の続く限り、後方の片隅で、皆の笑顔を生む一助ってやつをするのがせいぜいです」

知ってますか、人っておいしいものを食べると笑顔になるんですよ?
そういって、一刀は微笑む。



曹操は思う。
誰もが笑顔で暮らせること。それは確かに理想の姿ではあろう。
だが実際にはどうか。己の利益のみを求め、弱き民のことなど省みない領主のなんと多いことか。笑顔を生むなど夢のまた夢だ。
彼女はそんな輩に辟易し、権力に寄生しそれを自分の力と勘違いする者たちを一掃すべく、自ら身を立てんとした。
それを実現させるだけの実力も気概もある、そう信じて疑わない。己の器を理解し把握しているということだ。
反面、一刀はどうか。彼もまた、自分なりに己の器を自覚しそれを活用せんとしている。
曹操がまず重要視するものは、誇り。
誇りとは、天に示す己の存在意義のことであり、己のやるべきなすべきことを自覚することである。
彼女の目には、一刀はその誇りを有しているように見えた。
曹操に比べれば、彼のそれは小さなものだろう。だからといって、彼女は一笑に付すことはしない。
誇りの大小は問題ではない。持つか持たざるかという点こそが重要なのだから。
皆が笑顔で過ごして欲しい。言葉だけを聞いたならば、曹操は不快を露にしていたことだろう。
だが彼は、その考えを胸に、限られた狭い範囲ではあっても、料理という手段で実践し結果を出して見せている。
なによりも、曹操自身を始め、家臣たちまでもが笑みを浮かべてしまったのだから。認めざるを得ない。
ゆえに、この場では彼を立てる。
誇り高き未来の覇王が、ただの一料理人の意を酌んで見せた。
それは、例えそのときだけであったとしても、対等の位置にあったということ。
要するに、気に入ったのだ。
もちろん、当の本人はそんなことを知る由もないが。



その翌日。曹操ら一行は遼西を後にし、陳留へと戻っていった。
仮にも一地方の太守である。公孫瓉らは律儀に彼女たちを見送る。同じくお土産を渡すべくやって来た一刀を見ながら、曹操はいう。

「今回は諦めるけど、また別の機会に引き抜きをさせてもらうわ。それまでに、私たちが楽しめる料理を増やしておきなさい」

そんな言葉に、公孫瓉、関雨、鳳灯、公孫続は心底驚いてみせ。公孫範、公孫越は、させじとばかりに一刀の腕や身体に縋り付いてみせる。
冗談のように見せた本気の言葉、なのだろうか。最後の最後までなにかと騒がせる、曹操らだった。



先だっても触れた通り、新たな地位を得たことによって、公孫瓉は陽楽から薊へと居を移す。
遼西に関しては、すべて妹の公孫越に引き継がれる。とはいっても、実質、公孫範と公孫続にも公務は振り分けられる。
妹たち三人が遼西を取りまとめる、といういつかの想像が現実のものとなり、公孫瓉はニヤニヤ笑みが浮かぶのを止められない。
引越しやら引継ぎやらで忙しい中ではあるが、やるべきことはやっており特に害もないので、そんな太守の姿をどうこういう者はいなかった。趙雲ひとりだけは、なにかと公孫瓉をからかってはいたけれども。

そんな、州牧就任に際して生じるあれこれに慌しい中。公孫瓉の下に新たな客人が訪れる。

彼女の名は、賈文和。
黄巾討伐の働きにより、司州・河東の太守となった董仲穎の軍師である。












・あとがき
当時の文献にある"胡葱"はタマネギじゃないらしいんだけど、タマネギと解釈した資料は存在するので押し通すことにした。

槇村です。御機嫌如何。




前回のお話の中で、華琳さんが一刀の料理に反応しないのはなんでよ? という御意見を多数いただきました。
話の優先順位を考えて後回しにしただけだったのですが。うぅ。

そんなわけで、今回は一刀を中心にして話を膨らませて見た。ある意味、一刀無双。(敵は恋姫たちの胃袋)
攻めてよし、退いてもよしですよ?

正直なところ、
「ミナゴロシDAZEヒャッハー!!」
みたいな頭の悪い、デビルメイクライな一刀無双を書いてみたくもあるのですが。
槇村は空気を読める奴なので自重しています。えぇ、必死に。


本当は、
いつの間にか真名を許していた雛里さんに絡む愛紗さんとか、
ウエイトレスな愛紗さんを見てお持ち帰りを強行しようとする華琳さんとか、
暴れた春蘭さんが料理をダメにしてそれを説教する一刀とか、
いろいろ幕間っぽい話を書こうと思っていたのですが。
ばっさり切った。
頭の中に詠さんが現れたので、本筋に進むことになりました。物騒な話はもう少し先ですけども。


そんな新たな人物、詠さん登場です。
そう遠くないうちに、董卓陣営も絡んできます。乞うご期待。
さぁここから本格的になるぜ? 原作からの乖離がよぅ。



[20808] 23:酒家の誓い
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/11/25 17:53
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

23:酒家の誓い





店を閉めた後の酒家。時にそこは、訳ありな将たちが人知れず集う場所となる。
場を提供するのは、北郷一刀。集まる面子は、関雨、鳳灯、呂扶、華祐。彼と同じく、元々いた世界から弾かれた四人である。
毎日集まるわけでもない。なにか気になること、話をしたいことが出来ると、自然と声をかけ集まるようになった。



今夜の献立は、焼きソバのペペロンチーノ風味。
麺を茹でた後、にんにくと一緒に植物油で炒める。唐辛子がないので、辛味として醤を投入。きつめのものを極々少量。
塩と山椒で味を整えるも、味見をするたびに首を捻る一刀。納得いかない様子。

「……やっぱり、胡椒がないのが敗因か」

古代ローマの時代にも胡椒はあったらしい。だが、握り拳程度の量で奴隷十人が手に入るくらいの高級品だったという。
例え中国に流れてきていたとしても、庶民の一刀がそんなものを手に入れられるわけがない。

「ペペロンチーノが食べたいです……」

これなら普通の焼きソバでいいじゃん、と、肩を落とす一刀だったが。

「これはこれで、おいしいと思うのですが」
「はい。不思議な味ですね」
「そもそも、汁のない麺料理というのが新鮮だ」
「……おかわり」

案外、好評だったようだ。



お腹が満たされた後は、酒を嗜みながら雑談に興じる。これまたいつもの通り。
この日集まった理由は、かつていた世界では旧知である知将、賈駆の登場。話題は自然と彼女のことになっていく。
中でも古くから共に過ごしていた華祐は、彼女が遼西に現れたことがとても気になっていた。

「雛里よ。詠のやつは結局なにをしに幽州まで来たのだ?」
「先の黄巾討伐で、公孫軍が張遼さんの率いる官軍を助けましたよね?
同じ董卓さんに仕える仲間として、そのことの礼を述べに来たというのがひとつあります。
あと本命としては、曹操さんと同じく、噂の遼西を視察しに来たというのが本音みたいです」

華祐の問いに、鳳灯は答える。
賈駆に対する応対をしたのは、主に公孫瓉と鳳灯。隠すことではないかもしれないが、こういった私的な場で話題にするのはどうなのか、と、一刀は内心思っていたりする。それだけ気を許しているのか、それとも彼が気にしすぎているだけなのか。

それはともかくとして。

此度、遼西にやって来た賈駆は、董卓に仕える軍師兼文官という立場だった。彼女らの知る立ち位置と、それは変わってはいないことになる。
公孫瓉や曹操、劉備と同様に、董卓もまた大規模な黄巾討伐を果たした恩賞として官位を授かっている。
涼州一帯に発生した黄巾賊を討伐し、その後、朝廷からの要請により司州近辺の警護を引き受けていた。その働きが認められ、董卓は河東郡の太守に任ぜられる。
河東郡は司州の一角。朝廷の目が届きやすい地であるため、その治世にも気を抜くことが出来ない。
太守である董卓は、民によりよい暮らしをして欲しい、という気持ちを強く持っている。自身の出世などよりもそれを優先しようとする。
ならば参考のために、良政を布くと名高い遼西を視察してはどうか、という風に話は流れ。
賈駆は、護衛として張遼ら少数を引き連れ、幽州は遼西までやって来たという。

そんな説明に、なるほど、と、うなずいてみせる面々。

「曹操殿もそうだが、遼西の治世はそれほどまで噂にのぼっているのか?」
「結構遠くまで広がってるみたいだよ? 商人の旦那方がいうには、呉とか荊州の武稜とか、そんなところでも知られているらしいし」
「それはすごいですね……」

関雨の疑問に、一刀が答える。
事実、その噂は広い範囲で口にされており、その伝聞に惹かれて幽州へとやってくる人たちもそれなりにいる。
だが噂に挙がる高さの割には、その数は決して多いとはいい切れないだろう。
その理由として、幽州は遠い、という点が上げられる。漢という朝廷が治める土地の中で、幽州は最も北に位置する。また他民族との衝突が起こる地としても知られているため、わざわざ遠路を経てまで移り住もうと考える人がいなかった。現在は烏丸族との関係も良好になっているが、そもそも異民族に対する偏見もある。これもまた、幽州から人が遠ざかる理由のひとつになっているのだろう。
逆に考えれば、幽州においては異民族との融和がなされており、それぞれに大きな不満が生まれることもなく治められているといえる。
黄巾賊の蜂起は、治世者に対する不満が切っ掛けとなって起こったものだ。幽州において、黄巾賊に同調して動く輩が少なかったことは、まさに治世の安定を裏付けている。それゆえに却って黄巾賊を寄せ集めてしまったことは想像外の出来事ではあったが、太守である公孫瓉が先頭に立ちしっかりと鎮めて見せた。黄巾賊の活動も収まりつつある中、幽州の名はより一層高まることになるだろう。

平穏さが世に知られるのはいいことだ。一刀はつくづくそう思う。



一刀が抱いた安堵感をよそに、交わされる話は物騒なものになっていく。

「黄巾党がひと息つけば、次は反董卓連合、か」
「……やっぱり、起こるのかね?」
「おそらくは、起こるでしょうね」

関雨の言葉に、一刀は現実に引き戻されゲンナリしてしまう。鳳灯もまた、間髪入れずに肯定して見せた。
知識でしか知らない彼と違って、彼女たちは実際にその歴史の渦中にいた人間である。いつなにが起こるのか、それは分かっているしその原因もおおよそ理解している。すべてが同じではないにしても、まずその通りに起こるであろうことも予想していた。
だからこそ、近い未来を予測し、緊張してみせる。その点だけは、庶民という立場を通している一刀と異なるところだろう。

「だが、董卓殿が治めているのは河東なのだろう? 洛陽にいないのならば、連合が組まれる火種はまだないと思うのだが」
「連合が組まれた切っ掛けは、宦官と外戚の権力争いです。以前の世界でも、董卓さんはそれに巻き込まれたようなものですから。朝廷内の諍いが静まらない限り、おそらくこの世界でも、董卓さんが巻き込まれることは変わらないのではないかと」

四人は自分たちの経験に基づき、これから起こるであろう事柄を思い起こす。
呂扶でさえも、かつて臣下として仕えていた董卓のことは気になるのだろう、なにか考え込んでいる。
そんな中で、頭脳担当の鳳灯がまず最初に口火を切る。

「天の世界では、董卓という人は暴政を布いていたと聞きました。一刀さんの知る"董卓"も同じですか?」
「そうだね。俺の持ってる知識では、暴君ということになってる」

彼女の言葉にうなずいてみせる一刀。

「これまでに会った人たちから考えると、この世界の董卓さんも、私たちの知る月さんと同じ人物だと思います。
私たちのいた世界では、董卓、いえ、月さんは暴政など行っていませんでした。
暴君どころか、むしろとても優しい人で、民のために心を砕いていました。当時の洛陽はまったく荒れていなかったんです」
「でも、反董卓連合は起こった?」
「はい。袁紹さんを始めとして参加した諸将は、地位や名誉勇名といった、それぞれの思惑を実現するために集まりました。本当に暴政が行われているかどうかは、あまり関係なかったんです」

もっとも、私たちも半ばそれを承知した上で参加していたんですけれど。
と、鳳灯は自嘲するように笑みを浮かべる。

「私たちの主、桃香様は、本当に圧政が行われているのなら董卓を倒さなければならない、そう考えていました。
その気概はとても得難いもので、美しいものではあるのですが、世の中は綺麗ごとばかりではありません。私たち軍師は、桃香様の想いを御旗にして、あえて事実確認をしないまま、連合に参加しました。そのおかげで、群雄の世に乗り出すことが出来たんです」

その戦いの中で、倒された立場にいた、華祐。彼女は、鳳灯の言葉にじっと静かに耳を傾ける。
彼女とて今であれば、そういった表に出ない思惑も理解は出来る。だが例え当時の自分が理解できたとしても、納得など出来るはずもない。
今の自分であってもそうだ。あらぬ疑いをかけ攻め立ててくる連合に対して、力の限り反抗するに違いない。
関雨もまた、風評を信じていた側の人間だった。悪政を布く董卓、それに与する武将として、すぐ隣にいる華祐を打ち倒している。巡り巡って共に仲間として過ごすようになったとはいえ、反董卓連合に関する一連の出来事は、彼女たちにとって思うところの募るものであった。

「それじゃあ、暴政云々って話はどうして出てきたんだ?」

一刀の疑問。彼にとってはもう、まったく知らない世界の出来事になる。

「私たちが知ったのは、袁紹からの檄文が最初だな」
「はい。その風評も同時に、方々で聞かれるようになりました。
出所が名家として知られる袁家であれば、それなりの信憑性をもって伝わります。十分な根回しをした上での檄文だったんです」
「いいがかりであったとしても、払拭できない状況を作って追い込んだわけだ」
「そういうことです」

関雨の言葉の通り、袁紹の手による檄文によって"董卓の悪政"を知った者がほとんどだったろう。その内容が事実かどうか、中には独自に調べた勢力もあったかもしれない。だがほとんどは、自分たちの思惑を果たすいい機会だと乗ってみせたに過ぎなかった。なにより発起人である袁紹が、"地位が欲しいという"自分の思惑丸出しでいたのだから。

「その噂って、お膝元の洛陽ではどんな感じだったの?」
「そもそも悪政自体がでまかせなんだ。どうしてそんな噂が立つんだ、と、憤るもので持ちきりだったな」
「……みんな、怒ってた」

華祐と呂扶は、当時を思い起こし、答える。
彼女らを始め、董卓、賈駆、張遼、その他数多くの武官文官らにとって、その檄文は寝耳に水のこと。気がついたときには、もう既に風評に対してどうこう出来るほどの時間は残されていなかった。すでに連合は組まれ集結を始めており、その進軍を阻むための軍勢を急いで編成するくらいしかできなかったのだ。

「霊帝が崩御され、宦官と外戚、つまり十常侍の皆さんと何進大将軍の対立が激しくなりました。
その中で、袁紹さんは思っていたほど頭角を表すことが出来なかった。
その後、内外で乱れていた洛陽をまとめて落ち着かせたのが月さんです。その働きが評価され、朝廷内で高い地位を得ることになりました」
「袁紹は、それが気に入らなかった?」
「簡単にいえば、そういうことですね」

地位を望まなかった董卓が召し上げられ、地位を望んだ袁紹が野に降ったということになる。
なんだかなぁ、と、一刀は腕を組みながら、知識だけであれこれと考える。

「袁紹って、外戚派だっけ? 外戚筆頭の何進が勝っていれば、反董卓連合は起きなかったのかな」
「それも、怪しいですね。
月さんの率いる西涼軍を洛陽に呼び寄せたのは何進大将軍でした。
袁紹さんと月さんは同じ外戚派といっても、求めているものが違っていたでしょうし」
「月と、麗羽、か。朝廷の中で地位が同じだったとしても、反りは合わなかっただろうな」
「袁紹が一方的に捲くし立て、董卓殿が苦笑して終わりだろう」

関雨の想像に、華祐が突っ込みを入れる。その様が簡単に想像できて、思わず鳳灯は笑ってしまった。



この世界ではまだ至っていない未来。その原因をたどってみせる鳳灯。
そんな彼女の表情が、だんだんと強張っていく。まるで、なにかを決意していくかのように。

「私がこの世界でやろうと決めたのは、出来るだけ戦を避けて、平穏な世の中を作ろうということです」

ふと、話が途切れる。しばし沈黙した後、鳳灯は再び言葉を紡いでいく。

「反董卓連合での争いは、人の命がとても容易く失われました。
月さんは善政を布いていた。それなら董卓軍は、汜水関で、虎牢関で、戦死する理由なんてなかったんじゃないか。
袁紹さんは董卓を倒せと檄文を発しました。でも朝廷内の権力闘争がなければ、地位を得ようと欲をかかなかったんじゃないか。
権力闘争が激しくなったのは何故か。朝廷の持つ求心力が弱くなったからでしょうか。
ならもしも、朝廷の力を取り戻すことが出来たら?
"もしも"といい出したらキリがないことは分かっています。
でも、今の私は。その"もしも"を、歴史の流れを切り直せるかも知れない場所にいるんです。だから」

漢王朝という名の、死を待つばかりの伏した龍。その大いなる陰で日々を過ごす民のために、再び龍を飛び立たせんと、鳳雛と呼ばれた者が決意する。
"天の知識"を元に、戦の原因を事前に絶つ。そのために、洛陽に行く、と。

「私、賈駆さんについて行こうと思います」

鳳灯は、小さく、けれどしっかりとした声で、そう口にする。

「群雄割拠の時代が愚かだとまではいいません。でももっと、人が命を落とすことなく、平和な世の中を目指すことが出来るはずなんです」

そのためにまず、反董卓連合が組まれる原因をつぶす、と。

彼女が経験した歴史と同じ道をたどるならば、董卓は西園八校尉のひとりとして任ぜられる。
何進が呼び寄せた軍閥勢力のひとつとして、洛陽の中枢に食い込んで行くことになる。
その後、何進と張譲の対立が活発化し、やがてふたりともが暗殺され。霊帝の息子である劉弁と劉協が、董卓の保護下に置かれる。
董卓の下でなら、戦を止めるために動けるかもしれない。そして今ならば、賈駆の手引きで董卓の下に入れるかもしれない。

「この遼西で、以前の世界で得た天の知識を元にした治世を実行してきました。
長い目で見た結果はまだこれからでしょうけど、今のところ問題はないと思います。
公孫瓉さまや、範ちゃん越ちゃん、続ちゃんたちならきっと、私たちと同じ想いを実現してくれると思うんです」

大袈裟にいうならば、幽州の治世はすでに鳳灯の手を離れた。彼女がいなくとも、公孫瓉らがしっかり治めてくれるだろう。
鳳灯は、さらに大きなものに目を据えた。自分の目指すもののために、幽州を離れる。
かねてから、うっすらと考えていたこと。それを自らの意思を持って、口にし決意した瞬間だった。



「それなら私は、この幽州をより精強にすべく動いてみせよう」

関雨はいう。
どれだけ戦を忌避したくとも、この時代、どうしても争いは起こる。ならばそのときに備えて兵を鍛える。

「以前の世界では、白蓮殿は麗羽に敗れ幽州を追われた。それを避けられるようにしたい。それを目指すことにする。
雛里がうまくやってくれれば、兵の増強は無駄になるのかもしれない。いや、それでも公孫瓉殿にとっては無駄にはならないだろう」

曹操らの魏軍に勝るとも劣らぬ軍勢を作ってみせる。
そんな自分の想像に心躍ったのか、関雨の気分は妙に高揚していた。

「かつて私たちがいた世界とは異なる未来を目指すのは、確かに面白いな。
天の意思に背くことなのかもしれないが、私はその天から弾かれた身だ、今更そんなことを気にすることもないだろう」



関雨の言葉に、華祐もまた考え込む。

「天に歯向かう、か。
……ならば私は、雛里に付いて行くか」

以前の世界の話が通じる相手はいたほうが良いだろう? 華祐は、鳳灯に向けていう。
鳳灯にしてみれば、護衛役としても、精神的な意味でも、彼女が付いて来てくれるのはありがたい。
本当にいいのか、と聞くも。自分が行きたいのだ、むしろ供が出来てこちらがありがたいくらいだぞ、と、華祐は返す。

「ついでに、この世界の華雄を鍛えてみるか。
愛紗。前の世界では不覚を取ったが、この世界の私をもって、この世界の関雲長を倒してみせるのも一興かもしれんな」

歴史が変わるぞ? と、華祐はさも愉快そうに笑う。
関雨もまた、不適な笑みを浮かべ応えてみせた。

「例え今は至らずとも、あれは私だぞ? そう簡単に勝てるのか?」
「なに、今考えて見れば、あのときの私とお前に大きな差があったとは思えん。私が仕込めば、すぐに追い抜いてしまうのではないか?」

ズルいとはいうなよ? と、華祐は指を差し、関雨を挑発してみせる。

「私自身も、この世界の華雄も、どちらもお前を超えて見せよう。楽しみにしていろ」
「ふふ、楽しみにしておこう」

嬉々とした表情を見せながら。さも楽しいことを見つけたかのように、ふたりは互いに拳をぶつけ合った。



「となれば、恋は一刀を守る役だな」
「……一刀を守る?」

華祐の言葉に、呂扶は首を傾げてみせる。

「そうだ。我々がまた集まるためには、その場所が必要だろう?」

一刀の酒家がなかったら、私と雛里が帰ってくるときに困るじゃないか。
さも当然のように、華祐はそういい含める。

「……分かった。頑張る」
「いや、それなら私も残るのだから私でも」
「恋。可哀相だから愛紗のやつも一緒に守らせてやれ」
「……愛紗はおまけ?」
「あぁ、おまけで構わん」
「分かった」
「分かった、じゃない! 恋、ちょっと待て!! いやそれよりも華祐、なんだ私が可哀相っていうのは!!」

関雨の想いを分かっていながら、華祐はまぜっかえしてみせる。真に受けてうなずく呂扶と、噛み付いてくる関雨。
そんな風に騒がしい空気を醸しながらも、いきなりトントン拍子に決まっていく、彼女らにとっても重要な岐路の先。
あまりのことに、いい出した始まりである鳳灯も、ただ耳を傾けていただけの一刀も、ふたりは呆然としてしまい顔を合わせる。
それもわずかな間。互いの呆けた顔を見て、ついつい、笑い出してしまった。

散々、一刀が促してきた、自分で決めて自分で進む道。
四人がどんな気持ちでそれを選び、それを決めたのか。言葉に出した以上のものは、彼にはうかがい知ることが出来ない。
でも、彼女らが自分でそう決めた。ならば、それでいい。

「歴史に名を残した"関羽"と"呂布"に守られる男ってなんだよ。大袈裟に過ぎない?」

空気に合わせるように、茶化したような声でいう一刀の言葉。

「まぁまぁ、いいじゃないか。得ようと思って得られるものじゃないぞ?」
「贅沢すぎるだろ」
「恋も愛紗も、やりたくてやろうとしているんだ。男の甲斐性だと思って受け止めろ。
さっきもいったが、やることを終わらせたらお前のところに帰ってくるつもりなんだ。お前になにかあると困るんだぞ?」

華祐の言葉に続いて、鳳灯が補うようにいう。

「この世界に迷い込んで、今まで折れずにいられたのも一刀さんのお陰なんです。
一刀さんのところが、私たちの家、っていう気持ちでいられるとすごく嬉しいんですけれど」
「なるほど。雛里、その考えはいいな」
「……家族?」
「確かに家族なら、守ろうとするのはするのは当たり前のことだな」

血よりも濃いもの、という。
彼と彼女たちの間にあるものは、"世界から弾かれた"という、他には理解しがたい事実。
それを誰よりも理解できる間柄。得ようと思って得られるものではない。なるほど、家族といっても過言ではない。
此の世界に独りぼっちだった一刀は、まさかこれほどに親しい間柄を得られるとは思ってもいなかった。
彼女らは、一刀がいてくれて助かったという。
だが彼にしてみれば、自分の方こそ、彼女らのお陰で取り戻したものが数え切れないほどある。感謝をしてもし足りないのは彼の方だった。

「じゃあ、疲れたらいつでも来い。体力気力を取り戻す料理を、腕によりをかけてご馳走してあげよう」

一刀はいう。まるで姉妹を甘やかすかのような優しい声で。

「力が必要になったらいつでも頼るといい。武力の後押しがあって初めて避けられる争いもあるだろうしな」

関雨はいう。同時に、華祐に対して「猪振りを発揮して雛里に迷惑をかけるなよ」と釘を刺しながら。

「ふ、いらぬお世話だ。愛紗はせいぜい、一刀と乳繰りあってるといい」

華祐はいい返す。後半は小声であったが、関雨はしっかり顔を赤らめさせた。

「……恋は、雛里も守る。いつでも呼んで」

呂扶もつぶやく。鳳灯の頭を撫でながら、少ない言葉の中に想いを籠めて。



そんな四人の前に、一刀は小さな甕を取り出した。
曰く、かねてから試行錯誤して作り出した結晶のひとつ。日本酒である。

「せっかくの門出だ。とっておきを出して乾杯しよう」

満足の出来る質ではまだ量産できないため、ひとりずつにわずか杯半分ほど。注がれた日本酒は、色もなく透き通っている。
彼女たちは、手元の杯を眺める。

「天など省みない、俺たちに」

一刀は、杯を小さく持ち上げて見せた。
そして、思う。


我ら五人、
進む道は違えども、
肝胆相照らす友として、
事あらば心同じくして助け合い、
困窮する友たちを救わん。
駆け抜けた彼の世界に厭われしも、
願わくば同年同月同日、そして此の世界に死せんことを。


夜の帳がすっかりと降り、わずかな蝋燭の灯かりが、彼と彼女たちの姿を浮き出している。
誰ともなく、五人は自然と、己の杯を互いに傾ける。
言葉はない。わずかに重なり合う音だけが、闇の中に響き、それぞれの胸の中に染み込んでいった。
互いに表情をうかがうことは出来ない。
それでも五人は、確かに笑みを浮かべていた。












・あとがき
なぜか詠さん出番なし。

槇村です。御機嫌如何。




詠さん自身がどうというよりは、彼女の登場が一巡組の状況を動かす切っ掛けになった。
そんな感じで。
桃園の誓いみたいなものを書きたかったんです。バラける前に。

大まかな話の筋道は出来ているのですが、肉付けにえらく難儀しております。
週に二回更新は、ちょっと難しそうだ。週イチが精一杯だぜ。要精進。



22話が妙に評判がよろしいようで。槇村は戸惑っております。
皆さん褒めすぎじゃないかしら。
や、嬉しいんだけども。

にも係わらず、なんとこれからしばらく一刀さん出番なし。舞台のメインは洛陽近辺に移ります。
原作ですっ飛ばされた権力闘争部分に介入。雛里さんと詠さんが、その智謀で暗躍します。(する予定)
はてさてどうなる『愛雛恋華伝』。
次回からは【漢朝内乱編】の仕込みに入ります。



その間、見えないところで恋さんと愛紗さんは、一刀さんとイチャついていることでしょう。





……なんだかどんどん話が大袈裟になっていく。



[20808] 24:【董卓陣営】 既知との遭遇 其の参
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/12/04 05:56
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

24:【董卓陣営】 既知との遭遇 其の参





「本当に、よかったのかしら」
「なにがですか?」

馬上で揺られながら、賈駆がひとりごちる。小さい呟きを耳にした鳳灯が、その言葉を聞き返した。

「内政に携わる人間を、こうも簡単に外に出すことよ。
鳳灯、あなた筆頭内政官なんでしょう? 公孫瓉が州牧になって忙しいはずなのに、こんなことをしていていいの?」
「確かに。公孫瓉さまの治める地域が格段に大きくなりますから、やるべきこともかなり多くなるでしょうね」
「……それだけ?」
「はい」

なんでもないことのように、鳳灯はさらりといってのける。
そんな彼女を見て、賈駆は頭を抱えている。自分の持つ常識と必死に戦っているかのように。

「あまり気にしないでください。付いて行きたいと思ったのは私ですし、公孫瓉さまも許してくださいました。なにも、河東に行きっ放しというわけじゃないんですから」
「確かにそうなのよ。そうなんだけど、気持ちとしてこう、なんだか納得いかないというか」

気持ちの上で、なにか消化不良を起こしているような気持ち悪さ。自分たちにばかり都合のいい出来事と、それによってこれまで良く流れていた幽州の治世に影響が出るのではという懸念、そのふたつが彼女の中でせめぎ合う。そんなところだろうか。
なにやら葛藤している賈駆の姿を見て、鳳灯はついつい笑みを浮かべてしまう。

鳳灯の知る"詠さん"とは、一度こうと決め割り切ったのならばすべて切り捨てることが出来る人物だった。物事の理と利を情、それらを把握した上で優先順位をつけることが出来る。もっともその優先順位も、董卓、いやさ親友である"月"にどう影響を及ぼすかが判断基準になっている。それ以外に関しては、情が勝ち、決めきれない事柄も多々あるのだろう。

「大丈夫ですよ。これまでやってきたことですし、理解すれば誰でも出来るようなことです。内政官の皆さんに不安は持っていません。
それに、いざとなったら一刀さんに頼るようにいってありますから」
「……それって、あの、酒家の男?」
「はい」
「一地方の筆頭内政官の、後を頼む人間が料理人?」
「そうですよ?」

賈駆は、彼女がなにをいっているのか理解できなかった。
それもそうだろう。一地方の政治を左右するであろう人間が、いざとなったら頼れといい含んだ人物。それがただの料理人だというのだから。

「えーと、つまりあの男は、貴女の考えることと同じ水準の頭を持っているというの?」
「少なくとも私はそう思ってます」

鳳灯が幽州で立ててきた数々の治世案。それらの大元は、以前にいた世界で一刀が提案したものだ。展開し均していったのは鳳灯や諸葛亮などの手によるとはいえ、そもそも彼がいなければ発想さえしなかったであろうものである。
こちらの世界の一刀も、同一人物であるならば、同じ程度の頭脳を持ち発想が出来るはず。庶民の目線での生活を経験している分だけ、彼の世界の一刀よりも取っ掛かりとなる視野が広いという点もある。そんな諸々の考えから、鳳灯は一刀に対して、出来る限り知識をと知恵を治世に貸してもらえないかとお願いをしてあった。状況に応じて、新しい策を提示することも出来るに違いない、と、彼女は考えている。

もちろん、賈駆がそんな内情を知る由も無い。彼女からしてみれば、北郷一刀という男はただの料理人でしかなかったのだから。
料理人としてならば、一流だろうということに異議を挟もうとは彼女も思わない。
曹操らと同様に、賈駆や張遼もまた彼の酒家へと連れられ。やはり同様に、滞在中その料理にハマり込んでいた。
賈駆は、董卓のためにお土産として日持ちするものを用意してもらい。張遼は張遼で、一刀秘蔵の日本酒を分けてもらっていた。ただでさえ貯蔵の少ない酒だったために、かなり吹っかけられたが張遼はまったく後悔していなかった。ホクホク顔である。

話を、ふたりの会話に戻す。

「遼西の治世は軌道に乗っていますし、そのままとはいかないでしょうが、幽州牧としての仕事にも応用が利くはずです。
私程度が不在にしていたところで、問題などありませんよ」
「その割には、公孫瓉の顔が物凄く哀しそうだったけど」

確かにそうだった。
去り際に見せた公孫瓉らの顔を、鳳灯は思い浮かべる。

鳳灯は、公孫瓉の下を離れたというわけではない。名目上は「新しい治世案に対する相談役」のような立ち位置で、意見を求められ出向する、という形になっている。やることをやったら幽州に帰ることになっているのだ。もちろん、彼女にしてもいずれ帰るつもりでいる。
とはいえ、幽州を離れるのはそれなりに長い期間に及ぶだろう。それを考えれば、これまで内政の屋台骨として働いていた人間が一時的とはいえ抜けるということに、新しい幽州牧が不安を覚えることは当然ともいえる。
公孫瓉だけではない。その姉妹や従姉妹ら、他の武官文官らからもあれこれ声をかけられた。表向きでは笑って送り出してはくれた。だがその実、やはり不安や寂しさも感じていたのだろう。申し訳ないという気持ち半分、そこまで良く思ってくれているという嬉しさが半分。それぞれが鳳灯の中に沸き起こる。
寂しさはともかくとして、不安に関しては、感じることはないと鳳灯は思っている。
いざというときのことを一刀に頼んだ、ということもあるが、彼女が手がけていた仕事の後を託した公孫続らの手腕を信じている点が大きい。
遼西の治世に係わり出してからというもの、鳳灯は文官らに対して自分の知識の伝達を積極的に行っていた。完全とはいわないまでも、おおよそのものは伝えられたと思っている。中でも、公孫続の呑み込みの良さ吸収の早さに、鳳灯は驚かされていた。知識はすでに十分。後は経験を積んでいくことで、その知識はより洗練されていくことだろう。

ちなみに。
卒業という意味と、また後を託したという意味も込めて。鳳灯は遼西を離れる間際に、公孫続に自分の帽子を手渡している。
手ずから被せてあげた鳳灯だったが、公孫続に思い切り泣かれ抱きつかれるといった一幕があった。かつて自分を送り出した水鏡先生もこんな気持ちだったのだろうか、などと、教え子を抱きとめながら感慨に耽ったりもした。
そういった理由で、かつては特徴のひとつでもあった帽子を鳳灯は被っていない。心機一転という意味で髪形も変えようかと試みたが、いまひとつピンと来ないため、まだツインテールのままになっている。そのせいか、髪をくるくるといじるクセがついたようだ。




文官組ふたりがあれこれやりあっている一方で。武官組のふたり、張遼と華祐もまたいろいろと会話を交わしていた。
話のタネは、主に華雄と呂布のことである。

「しっかし、ウチの華雄はどんな反応するんやろな」
「そんなに私とそっくりなのか?」

張遼の言葉に、華祐が問いを返す。
本人なのだから似ていて当たり前なのだが、そこはもちろん腹の中に仕舞いつつ。彼女は素知らぬ風を装ってみせる。

「そっくりもなにも瓜二つやで? まぁ、あんさんの方が落ち着いてるせいか、ウチの華雄の方が幼く見えるけどな」
「聞けば私の方が年上のようだしな。それは無理もあるまい」
「いやでも、それ以上に経験っちゅーか、驕りじゃない自信みたいなもんを感じるで?」

アイツも少しは見習って欲しいわ、と、張遼は華雄に対するあれこれをこぼしてみせる。
重ねていうが、華祐はその当人である。知らぬこととはいえ、"昔の自分"に対する評価を聞かされる華祐。こんな風に思われていたのだな、と、後から後から苦笑いが湧き出て止まらない。
だがさすがにこれ以上聞き続けるのは精神衛生上よろしくない。華祐は程よいところで、やんわりと張遼をなだめてみせる。

「なに、私も少し前までは猪と呼ばれた。私の短慮と勇み足で、部下をいたずらに失ったこともある。自分自身が死に掛けたこととてある。
そんな経験を、まぁ無いに越したことはないだろうが、そんな経験でも己の糧とし繰り返さないようにすれば。私程度の武ならばすぐに追いつく」

自分にも出来たのだ、華雄にも出来るだろう。そんな言葉を聞き、張遼は素直に感心してみせる。

「なんや、アイツと同じ顔でいわれると、説得力があるんか無いんか難しいなぁ。
そうかぁ。……ウチも、もっと伸びるんやろか」

遼西でもボコボコやったしなぁ。と、張遼は溜め息をつく。
彼女は、賈駆らと視察に出歩く一方で、なにかと関雨にまとわり付いていた。個人として気に入ったというのもあるが、また関雨の武将としての素地に震えたという面もあった。幾度となく立会いを申し込み、その度に倒され続けた。
関雨を始め、呂扶にも、もちろん華祐にも挑んでいる。この三人相手にはことごとく全敗。辛うじて趙雲を相手に五分五分の勝負を繰り広げていたが、遼西で挑んだ戦歴は大きく負け越している。それなりに自分の武才に自信を持っていただけあって、この結果には張遼も溜め息が出るばかりだった。上には上がいるという現実を思い知らされたというところだろう。
天下無双というべき呂布が仲間にいて、その武を毎日のように目にし、相手にしている。
逆にいえば、呂布以外の強者を見ることがほとんどないということでもある。
彼女は、完敗といえるほどの負け方は、呂布が相手のとき以外にはしたことが無かった。
ゆえに、知らず「呂布は特別だ」という意識が彼女の中に生まれていたのかもしれない。
そこに現れた、自分よりも遥かに実力を持つ、呂布以外の武将。為す術なく倒され自分の身の程を知らされた。
同時に自分の中から湧き上がる、渇きが癒されたかのような快感にも似たもの。自らに対する不甲斐なさと、まだまだ高みに至っていないことを知った歓喜。そんなものに張遼は気付く。
歓喜、そして愉悦。初めて偃月刀を手にしたときのような気持ちが沸きあがる。気がつけば、張遼は本来の要件である遼西の視察をすべて賈駆に押し付け、ヒマさえあれば誰かと仕合をし続けた。勢い余って公孫軍の修練にまで混ざるほどの熱の入れ様である。
そんな彼女の姿を見て呆れ果てる賈駆であったが、公孫瓉や関雨に頭を下げ「相手をしてやってくれないか」と願い出ていたりする。

ともあれ。
張遼にとって今回の遼西視察は、武将としては個人的に得るものばかりの内容であった。だがそれでも、まだまだ足りないと感じている。

「あー、もっと遼西にいたかったわぁ」

などというボヤキが漏れ出るほどに。
純粋に武をぶつけ合うのが楽しい、ということもあったが、もちろん、もっと関雨と仲良くなりたかったといった点も少なからずある。
関雨の真名を呼びながら、馬の背に身を任せへたり込んでいる姿を見れば、どちらが本命なのかは一概にいえない。
こと武才に関することならば、華祐であっても相手をすることは出来るのだから。

「なんだ、私では不足か?」
「いやいや、そんなことあらへん。華祐はん相手でも十分以上に高ぶるで? 
でもなんちゅうか、好み? うん、好みの問題や」
「確かに、傍から見ていてもよく分かるほどの執心振りだったからな」
「そうやねん。愛紗はえぇよなぁ。
こう、女としてもなにか醸し出すもんがあるにも係わらず、あそこまで武の力があるとかもう、なんていうか」

愛紗とあんなことやこんなことを、などと妄言を漏らしつつ、自分の身体を抱きしめながら馬の上で器用に身をくねらせる張遼。
そんな彼女を眺めながら、"こちらの霞も"変わらんのだな、と、改めて思う華祐。どこまで本気なのかは分からないが、華祐としては害がないので放置する。

晴れ渡る空を眺めながら、華祐はこれからのことを思う。
以前の世界でも、黄巾の乱が終わる頃になって、彼女は董卓に呼び寄せられている。涼州から河東に移り、司州近辺を護衛する兵たちを鍛えていた。おそらくはもうすでに、華雄は河東に呼び寄せられていることだろう。
かつての自分と会う。
そのことに、彼女は少なからず緊張を覚えていた。





河東郡安邑。董卓が太守として居を構える地である。遼西からの帰路、賈駆ら一行は特に問題もなく安邑の町へと到着した。
護衛のひとりが先触れに走ったこともあり、彼女らの帰還はすでに伝えられている。その報を受けた董卓は、自ら町の入り口まで出向いていた。

「詠ちゃん、霞さん、お帰りなさい」

無事に戻ってきた友の姿を見て、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
ふわりと波打つ髪をなびかせながら、董卓はふたりの下に駆け寄り抱きついてみせる。

そんな姿を見て、懐かしいものを愛でるような表情を浮かべる華祐。
鳳灯もまた、記憶の中にある"月"と同じ笑顔を目にして、心が温かくなるのを覚えた。
同時に、歴史を変えると決めた意志を新たなものにする。
朝廷内の権力闘争と、反董卓連合。その争いが、心優しい董卓からこの笑顔を奪ったのだという事実。そしてこの笑顔が、河東を、そして洛陽の人々に平穏を与えていた源だったという実感。彼女は表舞台から消えるべきではない、と、鳳灯は思いを重ねていく。



「詠ちゃん、こちらの方は?」

首をかしげながらの董卓の問いに、賈駆は鳳灯を紹介する。その後改めて自分から自己紹介をする鳳灯。

「姓を鳳、名は灯、字は士元と申します。幽州の牧、公孫瓉さまの下で内政に携わっています。
私が賈駆さんに我侭をいいまして、同行させていただきました」
「我侭だなんて思っていないわ。むしろその申し出はありがたいくらいよ」

噂に聞く良政の素地を作った内政官、その当人が足を運んで協力してくれるというのだ。賈駆にとって、断る理由など少しもない。

「そんなわけで、幽州牧の公孫瓉に許可をもらった上で、鳳灯に同行してもらったの」

詳しいことは城に戻ってから報告するわ、と、賈駆は董卓を促す。護衛の兵たちに労いの言葉をかけ、一行はその場を解散することになった。

「え? でも、華雄さん?」
「そのあたりもちゃんと説明するから」

華祐の姿を見て驚いている親友の手を引きながら、賈駆は歩き出した。
引きずられるように、その後を追う董卓。
そんなふたりの後ろを笑いながら付いて行く張遼。

董卓陣営にとって転機となる事象がまだ起こっていない時期。
そこには、暴君や悪政といった言葉とは程遠い、優しく穏やかで心地いい空気が流れていた。

「……やっぱり、なんとかしたいです」
「それは、お前次第なのだろう? この時期を知る者としては、出来るならばこのままでいさせたい。私もそう思う」
「頑張ります」

華祐の言葉に、鳳灯はしっかりとうなずいてみせた。

こうして、鳳灯と華祐は無事に、董卓陣営に入り込むことが出来たのだった。



兵の調練に出向いていた華雄と呂布、それに陳宮が呼び出され、他にも主だった武官文官が一同に会す。そうして、鳳灯と華祐が紹介された。
案の定、華祐の姿を見た面々は誰もが驚いた。中でも一番の反応を見せたのは、やはり華雄である。

「……私の知らない、生き別れの姉かというくらいに似ているな」
「いるの? 生き別れの姉」
「いやいない。少なくとも聞いたことはないな」
「いやちゅーか、聞いたことあるんなら生き別れとはちょっと違うんとちゃうか?」
「細かいことは気にするな」
「……そっくり」

唖然とし言葉を漏らす華雄。そんな彼女に賈駆と張遼が突っ込みを入れ、それをよそに呂布が素直に驚いてみせる。
ちなみに悪態を吐きかけた陳宮に対して、賈駆は竹簡を投げつけ逸早く口を封じていた。
仮にも招いて来て貰った客人である。変なことを口にして機嫌を悪くされては困る、という判断だった。目を回す軍師仲間に、少しは考えてモノをいえ、と、賈駆は溜め息を吐いてみせる。もちろん、目を回す陳宮にその言葉は届かなかったが。

さて。
確かに驚きはしたが、華雄はだんだんと、遼西から来た武将に興味を覚える。
年はやや上のようだが、その風貌は瓜二つ。見れば身につけている甲冑や手にしている武器までが、少しは意匠の違いがあるもののほぼ同じ。なにからなにまで自分と似ている。
ならば武の程はどうなのか? そう結びつけるのに時間はかからない。

「華祐、私と勝負だ!!」

当然、こういう展開となる。それを見て董卓は素直に驚き、賈駆は頭を抱える。張遼は愉快そうに笑みを浮かべ、呂布はじっと華祐を見つめていた。陳宮はまだ目を回したままである。
勝負を挑まれた華祐は、内心いろいろな感情が駆け巡っていた。
それは主に、かつて関雨が感じたものと同じ。かつての自分を目にした、穴があったら入りたいという気持ちだ。

……確かにこれはかなりキツいものがある。

関雨に今度会ったときに謝らねばなるまい、などと考えながら、鳳灯を横目に見る。彼女もまた、苦笑を隠せずにいた。

「董卓殿。このように申していますが、よろしいのでしょうか?」
「へぅ……。詠ちゃん、どうしようか」
「……あー、華祐さえよければ、あの猪の相手をしてやってくれないかしら。武官なら武官なりの自己紹介ってのもあるでしょうし」

董卓は"招いた将"にいきなり突っかかるのはどうかと考え、賈駆はもういっそ叩きのめされてしまえとばかりに頭を抱えてみせた。

「ふむ。ならば華雄殿、お相手しよう。
呂布殿もいかがだろうか。噂に聞く天下無双の武、ぜひとも見てみたい」

華祐のそんな言葉に促されて、武官たちは調練場へと移動する。華雄、張遼はもちろんのこと、呂布までもが、どこか浮き足立っているように見えた。武に秀でた者と立ち会う、ということに、どこか高揚感を覚えたのかもしれない。

「ごめんなさい。なんだか早々に変な展開になっちゃって……」
「いえいえ。武将の性、みたいなものなんでしょう。遼西でも、張遼さんも同じような感じでしたし」
「本当にね。仕事を放っぽり出して、視察先の武将と立会い三昧って、どんだけよもう」
「そんなことがあったんだ……」

溜め息を吐きボヤく賈駆。それを聞いて安易に想像がついた董卓。鳳灯もまたただ笑うことしか出来なかった。

「まぁ、あっちはあっちで仲良くしてくれるでしょう。こっちはこっちでやることをしましょう」
「うん。鳳灯さん、よろしくお願いします」

董卓が頭を下げる。
それ以降、彼女らと文官たち、そして鳳灯は、これからのことについて簡単に打ち合わせを始めるのだった。




鳳灯が、董卓らと接して抱いた印象。
彼女らは総じて、まだ"甘い"。
かつて鳳灯らが体験したような、果断や動きの鋭さや苛烈さには今ひとつ及ばないように感じられる。

もともと、董卓らは涼州の出である。常に五胡などの対応に追われる地でもあることから、武においても知においても常に高い力を持っていた。それが司州付近で起こる争いや諍いに巻き込まれることで、より高い質のものへと洗練された。
もっとも、以前にいた世界で董卓らと相見えたのは反董卓連合の際、汜水関や虎牢関が最初である。そのときの董卓らはすでに、朝廷内で裏に表にと駆け回ったあとだ。それが彼女らの実力を底上げさせたと考えれば、皮肉にも程があるといえよう。

おそらくそう遠くない内に、董卓らは洛陽へと呼ばれることになる。

彼女らの立場をどうこうしようと考えても、朝廷内での立ち位置が定まらないことには動きようがない。
ならばその時に備えて、状況を予測して策を考えておく。
それ以外には、武官文官ともに、いざという時に動けるよう実力を上げる。当面はそれに専念することになるだろう。
たかが文官と武官がひとりずつ増えたところで、そう大きく状況が変わるとは思わない。
だが、鳳灯と華祐には、他にはない"天の知識"がある。
無駄にはならないであろう手を打ち続け、大事に備える。あらゆる可能性を考慮し思考を巡らせる。ただ、無駄な争いを極力避けるために。

この時期はまだ、平和な時といえた。















・あとがき
なんだろう。妙に長くなるな。

槇村です。御機嫌如何。




現状把握の回。というほど説明してないな。

次回は、武官同士の(仕合という名の)会話を絡ませつつ、洛陽に行く前段階みたいなものを。
雛里さんメインになりかねないから、今のうちに華祐さんを目立たせておかないと。




『愛雛恋華伝』を書き出して、四ヶ月経ったことに気がつく。案外続けられるもんだな。



101203:誤字修正。



[20808] 25:【董卓陣営】 強さの基礎
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2010/12/23 07:43
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

25:【董卓陣営】 強さの基礎





鳳灯はまず、賈駆と共に河東郡の地力底上げを試みる。
遼西で行っていた、治政や警備の体制、情報伝達方法、それらに携わる人員の構成などなど。
それらを河東に置き換えて考え、どう組み立て行けばいいかを考察し、意見を戦わせる。
文官らのみならず、董卓もその場に同席していた。だが鳳灯と賈駆、ふたりの思考の高さと速さにほとんどの者がついていくことが出来ず。董卓も理解しようと努めるも目を回してしまい脱落。ふたりにお茶を入れてみたりしながら、無理に理解しようとはせず耳を傾けるにとどめていた。
もっとも、そのお茶に気付いた賈駆に「太守が侍女みたいなことをするな」「周りも止めろ」などと怒られたりもしていたが。

それはともかく。
董卓、賈駆を主とした文官組は、鳳灯の意見と遼西の実例を踏まえながら治政案を練り上げていく。
時には座学のごとく教えを受け、時には現状を確認すべく町中や郊外を歩き回り、時には過去の情勢を遡り地域の特性を再調査する。
地味ではあるが手は抜けない、そんな仕事に昼夜追われ続けていた。

この下積みが、後の洛陽に布かれる善政の基礎となる。



内政の充実も重要ではあるが、軍閥勢力としての力を蓄えることも必要である。
戦を望まない鳳灯にしてみれば、苦い思いを抱かざるを得ない。だが鳳灯は、この先なにが起こるのかを既に知っている。好むと好まざるとに係わらず、今この時勢に兵力の充実を怠ることは出来ない。必要と分かっていることを、分かっていながら手をつけないなど愚かのひと言に尽きる。

軍閥としての力を蓄える。それはすなわち、兵の総数を増やすことと、兵ひとり当たりの実力を上げることだ。
数はともかく、実力に関しては既になかなかのものを持っている董卓軍。彼女らの出身地である涼州は、より以北、北夷と呼ばれる勢力と常に相対している土地である。それらに対応するために、軍の精強さというのは他の軍閥よりも身近かつ切実な問題となっている。
こういった気風のせいだろうか。張遼や華雄、一般の兵に至るまで、己の強さというものの必要性を肌身に感じている。そしてひとりひとりが武を高めることに貪欲であり、その成長に喜びを感じる気質がある。

そんな董卓軍に対して、華祐は率直に意見を述べられる立場となった。

華祐らが到着したその日早々に、彼女は華雄に立会いを求められた。董卓の許しを得た上で、華雄を始め武官らと調練場で武を交わしている。
結果は、華祐の圧勝。並み居る武官、そして張遼や華雄を相手にしても勝利を収めていた。
唯一、呂布には一歩及ばず黒星となっている。だがそれ以前に何戦もこなしている点を考えれば、やもすれば呂布よりも、という実力を華祐は見せ付けたことになる。もっとも華祐にしてみれば、疲れたから負けた、など理由にもなりはしないのだが。
ともあれ。まさか飛将軍・呂布と互角に渡り合う武将がいるとは、と。董卓軍の誰もが驚愕し、次いで胸を躍らせた。

前述したように、兵たちは自分の強さを発揮する機会が多い地で育ったがゆえに、武に秀でる者に対し誰もが敬意を払う。武の程を見せ付けられた兵たちは、華祐に対して教えを受けることに抵抗を感じなかった。
華雄だけは、どこか悔しげな顔をしていた。だがそれでも、今の自分では敵わないことが理解出来ているのだろう。彼女もまた教えを請うている。内心の気持ちはどうあれ、華祐に自分と相通じるものを感じたのかもしれない。

華祐にしてみても、過去の自分を始めとして、董卓軍の兵を鍛えたいという気持ちはあった。
以前にいた世界では、自分が起こした考えなしな行動によって部下をいたずらに死なせてしまった。そんな慙愧の念が改めて彼女の中に生まれてくる。
避けられるのなら避けたい。そんな思いが、過去の自分を鍛えようという気持ちに繋がっている。
だが今の彼女は董卓軍にとって余所者である。一勢力の軍事内容に、外部の人間がそうそう介入できる出来るはずもない。ひとりの武人として、気になったところに意見を挟むくらいが関の山だ。
指導するという意識はなかったが、遼西で行っていた鍛錬・修練法などを提示し、それによって公孫軍がどういった働きを見せるようになったかを話したりする。それらが使えると思ったならば、董卓軍でも採用してみるといい。そんな意識をもって、華祐は、董卓軍の武将らと意見を交し合う。彼女自身が驚くほどに、始めは武器を手にしているよりも座学の割合が多くを占めていた。
とはいえ彼女もまた武将である。しかも己の武を突き詰めんとする者だ。座ってばかりよりは身体を動かし発散する方を好む。
これは董卓軍の面々も似たものであり。己を鍛えるあれこれについて話した後は、それらを試すべく実際に身体を動かす実戦形式に移っていた。

調練に関しては、結局のところ画期的ななにかが導入されたわけではない。走り込みや反復演習などによる基礎鍛錬の繰り返し。ただその分量ややり方、内容などの見返しが行われた程度である。
毛色の違うものとしては、手足に重しをつけての修練などが採用されている。
華祐いわく「慣れればたいしたことない」ものではあったが、慣れないうちはやはり重たい身体に振り回される兵たちだった。

この下積みが、後の洛陽を守護する董卓軍の屈強さを支える基礎となる。



地味な基礎訓練を続ける毎日。そんな調練の締めとして、その日の最後には一対一で本番志向の対戦が行われる。刃を落とした調練用の得物を手にし、ぶつかり合うやり方だ。
我こそはと、華祐に勝負を挑む者も多い。一般兵の身で、目上の武将と立ち合うことが出来る好機なのだ。奮い立つのも無理はない。
華祐はそのひとりひとりと、無理のない程度に相手をする。そのいちいちに、彼女は相手の良い所悪い所を指摘し精進を促してもいる。そういった面倒見の良さと具体的な言葉のためだろう。華祐は、公孫軍の時と同じように河東郡においても、一般兵からの評判は特に良かった。

相手をするのは一般兵ばかりではない。武将として軍の上位にいる者たちとも当然立ち会う。
日によって面子は変わるが、張遼、華雄、呂布の三人は毎日のように挑みかかっていた。
董卓軍の三強ともいうべき三人をそれぞれ相手にし、華祐はそのほとんどに勝利を収めている。呂布が相手であっても、その勝率はほぼ五分であった。
その立会いは見ているだけでもためになる。華祐も、兵全員に向けて「自分が相手をしていると想像して見ろ」といい含めていた。
自分ならばどうするか、という意識を持たせる。だが実際には、一般兵では呂布の前に立ち続けることは難しい。なにかを考える前に打ち倒されてしまうのが関の山だ。その点、華祐であればそれなりに打ち合うことも出来、なおかつ打ち勝つことも出来る。呂布の武というものを"観察する"というほどまで長引かせることが出来る。張遼や華雄でも、そうそうできることではない。彼女らも食い入るように見るようになった。
董卓軍の将ふたりに限ったことではない。かの飛将軍の実力をつぶさに見ている董卓軍の面々にとって、勝率五分という数字は驚嘆に値する。そしてこれほど長く立会いを続けられるということも。それがまた、華祐という武将を強く印象付ける結果になっていた。

華祐とて、武に秀でた将兵たちと手合わせするのは楽しい。やりがいもある。
なにより、自分の実力が確かに上がっていることを感じられる。
現時点で既に天下無双とまで呼ばれている呂布と、真っ向から立ち合えているのだ。以前の彼女ならばこうはいかないだろう。



華祐の武がここまで高められた要因。それはなによりも経験の数である。
そして、そのひとつひとつに彼女は意味を持たせ、教訓とし自ら反芻を怠らなかったことだ。
華祐は以前の世界において、関雨と相対し敗れた。その大きな原因は、経験不足ゆえに陥った視野の狭さと、その枠の内しか知らなかったが故の思い上がりにあった。彼女はかつての自分をそう評価する。
関雨に敗れてからというもの、華祐は自分の行動ひとつひとつに考えを巡らせるようになった。武を振るう争いの場はもとより、普段からの些細な所作、それこそ箸の上げ下ろしに至るまで。武の高みを目指すということ、そこにすべてを集約させるために。
関雨への憤りや、自分自身に対する自嘲といった"内面の戦い"を一通り経て、華祐は"自ら経験得たものこそ至高"という考えに至る。
三国同盟が成立する前の流浪の日々、そして成立後にも繰り返した三国の勇将たちとの立ち合いの経験が、彼女の血となり骨となって、今の華祐という武将を形作っている。彼女にはその自覚があった。

ゆえに、華祐はひとつでも多くの経験を、少しでも多くの下積みを促す。それらが身につくことによって、咄嗟に自分の身を動かす選択肢の幅が広がる。それが豊富になることで、董卓軍の兵たちが生き残る確率が上がり、ひいては兵力の充実、軍勢としての地力の向上へと繋がるからだ。

文においても武においても、図らずも鳳灯と華祐は同じ結論を出し、董卓陣営にそれを求めていた。



華祐は手と口を出せる範囲で、兵たち武将たちをひたすら叩きのめす。足を、手を、思考を止めるな、と、声を大にする。そして倒れた兵を前にして、なぜ倒されたのか、どうすればよかったのか、考える糸口を与え放置する。その繰り返しだった。

ことに、華雄に対しては厳しく当たっている。
以前にいた世界では、張遼と同格か、それよりもやや下といった立ち位置だった。もちろん、呂布には敵わなかった。これはこの世界の華雄も同じだと、華祐は判断する。その割には自分の持つ武に自信を持ち過ぎていることも、かつての自分と変わらない。
増長とも取れるそれは、やがて起こるであろう汜水関での戦いで砕かれることだろう。自身の敗走、部下たちの死、そして董卓軍の作戦を内から崩すという結果をもって。
それを、避ける。そうなる芽を事前に摘むために、かつての自分を鍛え上げる。
今の彼女の目で見れば、華雄の振るう武の程は荒く大振りで付け入る隙が大きい。気迫と膂力そして勢いだけで押しているようなものだ。
そこを指摘する。勢いだけで叩きのめそうとする華雄をいなし続け、冷静になれ周囲を見ろ頭を使え、と、猪の如き動きを矯正する。
華雄は、華祐を睨みつける。だが、ただ苛めているだけではないことは分かっているのだろう。指摘されていることはもっともなことだ、と、判断する力は彼女にもある。
だからこそ、幾度となく叩きのめされても、文句もいわず従っている。事実、指摘された部分を意識するだけで、華雄は身体の動きが違っていることを感じていた。

華祐にとって、この世界の華雄や張遼は格下である。侮るつもりはないが、実際に武を交わし立ち合った感触から判断しても、まだ自分に及ばないと感じている。
董卓軍の将たちにとって、いわゆる実力者という相手は、呂布、張遼、華雄を指す。目にする武の高みと幅は、その三人の幅でしかない。
だが華祐は、それ以上の、なおかつ多彩な武将たちと立ち合っている。
蜀の面々。関羽、張飛、趙雲、馬超、馬岱、黄忠、厳顔、魏延。
魏。夏侯惇、夏侯淵、許緒、典韋、楽進、李典、于禁。
呉では、孫策、甘寧、周泰、黄蓋。
そして文醜、顔良、孟獲、公孫瓉などなど。
すべてに勝てるとはいわないが、それぞれに相性のいい立ち合い方を考え、彼女はそれを実行することが出来る。この差は非常に大きい。
ゆえに、今の張遼と華雄では、華祐に勝てない。
事実、勝てていない。経験の厚さを至上とする彼女にしてみれば、その結果は当然といえば当然のことだった。

それでも、呂布に対しては必勝といえない辺り、どれだけ恋は武の神に愛されているのか、と。
内心、呆れたり嘆いたりしている華祐であった。



いろいろと思うところはあるにしても。
今の自分の考えはそう間違ったものではない、と、華祐はそう思っている。事実、かの天下無双と五分に渡り合えているのだから。
彼女もまだまだ精進中の身。兵や武将に指南をしつつも、それらが絶対に正しいというわけではない。意見を聞き、他人の立ち合いを見て、自分なりの在り方を考えろ。そう華祐はいう。経験というものは、自分で考え噛み砕いていかないことにはしっかり身につくことはない。
そんな考えを反映させているのが、一日の終わりに行われる、一対一の演習。
このときは、他人の立会いもよく見るようにさせていた。
殊に、武将らの立ち合いを見ることは、兵たちにとって大いに参考になり、また刺激にもなる。
あの動きをするためにはどうするか、対応するためにはどうすればいいのか、立っているのが自分ならどうすればいいのか。そんな風に頭を働かせることが、ひとりひとりの地力を上げる糸口になる。

中でも、呂布、張遼、華雄の三人が行うそれは一味違った。一般兵ではとても敵わないであろう立ち回りを見せる。
自分ならどうするか、と考えることは無為なことではない。実力差に絶望するのではなく、自分なりの対応策を常に考えるようにさせる。それだけで、例え戦場で圧倒的な強さの敵に出くわしたとしても、立ちすくんで簡単に死ぬ、ということが避けられるのだから、と。
もし自分が、天下無双と対峙したらどうするか。
この意識を一般兵にまで持たせたことが、華祐のもたらした最大の意識革命だったのかもしれない。

さて。
そんな立っている舞台が違うもの同士の立ち合い。これは毎日のように行われている。そして今日も、この時間がやって来た。
華祐と、呂布。
董卓軍に身を置く者の中でもっとも高い武を持つ者同士が、今日もぶつかり合う。













・あとがき
きっと求められていないであろうところを、延々書こうとしていた。

槇村です。御機嫌如何。




地味で地味で仕方がないところ、例えば町の区画がどうだとか、民屯を導入して税制がどうのとか、詳しく調べてしっかり考えて書こうと張り切っていたのですが。
読み手はそんなの求めてないんじゃね? と思い至り。バッサリ捨ててしまいました。

無視は出来ないけど、こだわり過ぎると読んでる人が飽きてしまう。
うん、気がつけてよかった。

その割には、違うベクトルで読んで飽きそうなものを書いている槇村。(自重しろ)
華祐や関雨が強い理由、みたいなものをでっち上げて、こっちの世界の恋さんに、華祐さんをぶつけようとした。
そこから派生して、華雄さんや霞さんの伸び代云々みたいなお話にしたかった。



挙げ句、なんだか薄い印象が。文章量少ないし。その割りにクドいし。
まぁいいや。(いいのか)

次は、華祐vs呂布の立ち合い、そして月さんらが洛陽に入る前振りを書くつもりです。
なるべく、今年中に更新するつもり。出来なかったら勘弁な。

二週間も更新に間が空いたのは初めてだ。



[20808] 26:【董卓陣営】 日々研鑽に勝るものなし
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2011/01/06 20:39
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

26:【董卓陣営】 日々研鑽に勝るものなし





董卓軍の兵たちが鍛錬に励む修練場。今そこに集まる兵たちは皆、手を止め足を止め、ひとつの立ち合いに注視する。
呂布と、華祐。
天下無双とその名を世に響かせている、董卓軍屈指の武将。
そして、その呂布と互角の武を見せ付ける、見知った自軍の武将と同じ顔を持つ客将。
幾度となく行われているふたりの立ち合い。戦歴はほぼ五分。その内容も一進一退。毎回毎回、先の読めない展開を繰り広げている。

「さーて、今日は恋のやつ、どんなやり方を見せてくれんねんかな」

ウキウキと声を弾ませ、張遼は、調練場の中心に立つふたりを注視する。華雄はその声に応えることもせず、腕を組みつつただジッと、同じようにふたりを見つめている。
彼女らだけではない。今、この調練場に集まっている者は皆、中央部分に対峙しているふたりに目を向けていた。



身構える呂布。のほほんとした普段のものとは異なり、今、その表情は真剣そのものだ。
正面に立つ華祐が身構えると同時に。呂布は地を蹴り距離を詰めに行く。

空を翔るが如き速さ。その速さを落とすこともなく、手にした戟になお速さを重ね振り抜いた。
呂布の間合い。踏み込んだ刹那、彼女は下方から逆袈裟に斬り上げる。
並みの兵ではその軌跡を追うことさえ出来るかどうか。それだけの速さを持つ、正に一閃。しかしそれも華祐はかわしてみせる。
戟が走る軌跡をしっかと見、華祐はその一閃を受け流す。受け止めずにそのまま、刃を合わせただけで勢いを逃がす。
その反動を活かし、華祐が持つ戦斧の石突部分が顎先を狙う。
呂布の一閃そのままの速さ。呂布はわずかに身をよじるだけでそれを避けてみせるが。華祐の攻めは止まらない。
彼女の手の中で戦斧が回る。まるで手に吸い付いているかのように一回転させ、刃の部分が再び呂布の顔先へと疾る。
呂布はそれさえも避けてみせる。顔色ひとつ変えないままで。
かわすだけではなく、足の運びをそのまま次の攻撃へとつないでみせた。
相手をねめつける呂布。地を噛み練り込まれた力と共に戟を振り上げ、振り抜けるや否や横薙ぎ。
さらに右肩から左足先へと抜ける斬り下ろ、そうとして。
華祐は一歩踏み込み、呂布の戟を柄の部分で受けきってみせた。
いかに膂力に満ちた一撃であっても、得物にその力が行き切る前に受け止められては、勢いもまた霧散してしまう。
組み付かれる状況を嫌い、呂布は交わる得物を力任せに押しやり距離を取る。
華祐もそれを無理に追おうとはせず、体勢を立て直す
ふたりは得物を握りなおし、再び構える。
どちらからということもなく。ふたりは同時に、互いへと向かい再び駆け出した。



ふたりが手にしている得物は、刃を落とした鍛錬用の戟と斧。それぞれが愛用する武器に近しいものだ。
刃を落としたといっても、扱う者が一流であればその破壊力は相当なものになる。斬れないからといって安全だといえるものでもないのだ。
うかつに一撃を受ければ骨まで持っていかれることは必死。その辺りも考慮され、ふたりの持つ武器は刃を落とした上で、赤い染料を漬した布が巻かれている。武器が当たり身体に染料がついたら負傷、という仕組みだ。
それでも、気を抜くことは出来ない。事実、呂布の一撃を受け止めただけで動けなくなる兵も少なくないのだ。その勢いと重さが骨まで響けば、さすがの華祐も動けなくなってしまう。

董卓軍の中で、呂布の武に及ぶ者はいない。張遼と華雄が追随してはいるものの、彼女が本気を出して戟を振るえばふたりとてそう長く相手をすることは出来ないのが現状だ。そのせいもあって、呂布は普段から加減をし武を振るうことを、自分でも知らず強いられていた。

ちなみに。
呂布が天下無双と広く呼ばれるようになった切っ掛けのひとつに、たったひとりで30000もの黄巾賊を屠ったという風聞がある。
さすがに数の誇張はあるものの、相手が匪賊の類であるということから枷をかける必要がなかったがゆえに、万を超える相手を捻じ伏せることが出来た。これは鬱屈した力の解放によるところが大きかったといえるだろう。

それはともかく。
普段から力を抑えていた呂布であったが。ここで、華祐という、自分の持つものと拮抗する武を持つ者が現れた。
彼女の出現による恩恵を、董卓軍の中でもっとも厚く受けているのは呂布であるかもしれない。
本来持っている力を発揮し、武の才を遺憾なく振るうことが出来るようになったのだから。
自分に敵う者がいないがゆえに、常に力を抑えていなければいけない。そんなことを気にすることなく、思い切り出し切ることが出来る相手。しかもそれを前にして渡り合うことが出来るのだから、出し惜しみや遠慮など気にする必要がない。そのことに呂布は喜びを感じていた。
彼女の武の程をすでに知っているはずの董卓軍の面々でさえ、本気を出した呂布の立ち回りを目にして認識を改めたほどである。
中でも張遼と華雄のふたりは、呂布の本気を引き出すことが出来なかったという自分の武に不甲斐なさを感じさえした。
そのふたりに対して、華祐は課題を与える。
「あの天下無双に対して、自分ならどうするか。よく考えろ」と。
以降、ふたりは立ち合いのひとつひとつを熱心に見るようになり、互いに「自分ならこうする」と意見を戦わせるようになる。呂布の存在を手の届かないものではなく、如何にあの高みに追いつくかという対象へと変化させたのだった。

呂布にとっても、華祐と行う立ち合いは新鮮なものだった。
これまで出せなかった力を振るえるというのはもちろんのこと。
それ以上に、ただいたずらに戟を振るうだけでは勝てないということを知った。

武才というものを基準として、いい方は悪いが格下の者を相手にすることが多かった呂布。これまで彼女は、ただ速さと勢いにまかせればたいがいの相手はなんとかなってしまっていた。技術や策を講じるよりも前に、単純な力でもって捻じ伏せてしまえた。
だが、華祐はそれでは倒せない。倒せなかった。そのため自然と、頭を捻り工夫を凝らさねばならなくなる。
呂布の武の働かせ方が、立ち合いの一回一回ごとに、少なからず変化を見せ出した。それはひとえに華祐の存在によるものだろう。

そして、その変化を日毎つぶさに見る、張遼、華雄、他の将兵たちにもまた同様の変化をもたらしていた。
常に工夫を凝らすふたりの立ち合いは、観ているだけで大きな刺激を受ける。
いかにして勝ちを引き寄せるか。
他の仕合を我がことのように意識し、ひとりひとりが、自分なりの手数を増やすことに余念がない。そんな董卓軍であった。



どれだけの時間が流れたか。得物同士がぶつかり合う鈍い音が、調練場の中で響き続ける。

膂力と勢いを主に押していく呂布に対して、華祐はひたすら技術で受け流す。
右に左に、上に下にと、ふたりは縦横無尽に得物を振るい。
力の強弱、握りの硬軟、更に虚実を交えながら。呂布と華祐は武をぶつけ合う。

殊に力が込められた一撃を防ぎきり、互いの腕に痺れが走る。
先に手を打ったのは、華祐。
以前までの"華雄"であれば、想像もしない一手。彼女は躊躇うことなく得物を手放した。
思いもよらぬ行動に周囲が驚きの声を上げる。呂布でさえ、一瞬だけ目を見張って見せた。
その一瞬が勝負の明暗を分ける。
身軽さを得た華祐が、身体に捻りを入れながら上段蹴りを放ち。
呂布は危機感に弾かれるように頭部を防御する。
必然、華祐の蹴りは呂布の戟を弾きあさっての方へと追いやり。
そのまま呂布へと組み付き、重心を崩し押し倒してみせ。
華祐が首を極めた状態で、時が止まる。

この日の立ち合いは、華祐の勝利で終わった。



武官ではない者が観ても、先ほどまでの立ち合いが尋常ではないことはよく分かる。

「あの恋さんに勝てるなんて……」
「本当にすごいわね……」

これを観覧していた董卓と賈駆は言葉も出ない。ただただ「すごい」としかいいようがなかった。
将兵たちの鍛錬に華祐が係わり、呂布までもが時折打ち倒されると聞いたふたり。かの飛将軍の実力を知っているがゆえに、一概に信じられなかったのだが。実際にその様を目の当たりにして、驚きを禁じえない。

これまでに、彼女に勝る武のほどを持つ者を見たことがなかった。
自分たちの擁する、最強と信じて疑わなかった将。それと肩を並べる武を持つ者。実際に目の当たりにしたことで、呂布の強さに頼り切ることは、軍閥として非常に危険だと賈駆は感じざるを得ない。そう考えれば、華祐が行っている"兵ひとりひとりの力量の向上"は理にかなったものだと、同時に納得することが出来る。

幽州勢は、敵に回したくないわ。賈駆は言葉通り、心からそう思っていた。

そんな軍師の内心など露知らず。華祐は董卓たちの姿を見て取り、わずかに一礼をしてみせた。

「お前たち、董卓殿がご覧になっているぞ? いい格好をしてみようとは思わんか?」

呂布に手を貸し起き上がらせた後。華祐は、董卓軍の将兵たちに向けて煽ってみせ。兵たちは発奮した。
河東軍に属する将兵のほとんどは、男である。
可愛らしい主が見ている。
単純といわれようが、それは実に効果的であることも事実であった。
董卓も董卓で、華祐の言葉に少しばかり顔を赤くしながらも手を振って見せたりするのだから。効果のほどは著しい。
その日、調練場に男たちの雄叫びが絶えることはなかった。













・あとがき
なんだか、書き方忘れてるような気がするオレ。

槇村です。御機嫌如何。




結局、年内に終わらせることが出来ないまま持ち越し。
その割に内容は超短い。なんという体たらく。

というか、この回って不要じゃないk





まぁいいです。
気にせず先に進みます。朝廷暗躍編に突入だぜ。

次の更新まで、また間が空きそうな気がします。
でも書く気はあります。バリバリです。(バリバリ?)



[20808] 27:【洛陽炎上】 軍閥勢、上洛す
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2011/01/15 07:51
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

27:【洛陽炎上】 軍閥勢、上洛す





この時期、大陸全土あらゆる場所で黄巾賊が蜂起していた。
悪政を行う領主に対して反旗を翻す。始まりは、そんな純粋なものだったのかもしれない。
しかし今この大陸を脅かしている黄巾賊のほとんどは、勢いに便乗し、己の欲求を満たさんがために黄色い布を巻いているだけである。
事実、黄巾勢力を立ち上げたとされる張角、及び張宝や張梁らの名前は聞かれなくなっている。賈駆や鳳灯、公孫瓉、曹操など。それぞれが独自に細作を放ち、方々から情報を掻き集めてさえそうなのだ。黄巾賊を捕縛し尋問をしても、居場所を知らないならまだしも、その名前を初めて知ったという輩が出てくる始末である。
結果、独自に調べを進めていた軍閥たちは、張角らはすでに死んでいると判断する。少なくとも、今の黄巾賊に係わってはいない、と。
曹操をはじめとした軍閥らは、主格の生存確認よりも、黄巾賊の勢力減退に力を入れるようになった。思想的な繋がりが見られない以上、もはやただの匪賊でしかない。投降は認めるものの、民に害為すと判断すればただひたすらに鎮圧し討伐していくのみである。

黄巾賊が暴れまわると、その地を治める領主は朝廷に泣きつく。普段からなにかと賄賂を贈っているのだ、なんとかしてくれ、と。
もちろん、放っておくことは出来ない。朝廷は軍勢を派遣するが、その数が多くなればこなしきれなくなる。更にいえば、かつて張遼が嘆いていた通り、朝廷軍の質がよろしくないのだ。鎮圧に赴いて逆に全滅したといった事態も少なからず発生している。
結局、朝廷側は「各地の軍閥を頼れ」と返事を返すようになった。それがまた各軍閥の勢いを増す原因となるのだが、ここではひとまず置いておく。



そんな嘆願の数が増えるほど、朝廷内部にもまた動揺が生まれる。
司州、更には洛陽にあっても、賊の猛威に晒されてしまう。これはまことによろしくない、と、朝廷の高官たちは危惧を深めた。
だが、これはなにも朝廷の権威どうこうという問題ではなく。単純に、自分たちの身にまで危険が及ぶのではないか、という、自己保身からのものでしかなかった。

必要と感じたときに権力を振るう。でなければなんのための権力か。
漢王朝の軍部を司る地位・大将軍に位置する何進は、自分の持つ権力を躊躇いなく振るった。
まず、彼は名家として名の知られる袁家、袁紹と袁術のふたりを引き入れる。名家ゆえの、名声、財力、兵力といった素地まで含め、己の属官として召抱えようとしたのである。新たな地位と権力という餌でもって釣り上げようとした。
見方によっては、名家の威光を金で靡かせようとしているように見える。だが袁家のふたりにしてみても、何進のしめした権力と地位は魅力的に映った。結局、袁紹と袁術らは揃ってその呼び掛けに応じ上洛する。

次いで彼は、北夷を押さえるほどの軍事力を持つ、涼州の董卓に目をつける。
建前としては、これまでの黄巾討伐に対する恩賞を与えるということで、董卓を呼び寄せた。そして、何進はそのまま、司州である河東の太守という地位、そして朝廷のある洛陽を守護するという誉れ等、いくらかの餌を用意した上で召し抱えたのだ。
事実上、有無をいわせぬ上意である。ただ涼州の一地方を治めていただけの彼女が、朝廷の大将軍に歯向かうことなど出来るわけがなく。董卓は、内心はともかく、恭しく河東太守の任を拝命した。
彼女は、河東をまとめ軍備を整えつつ、いずれ何進直下の朝廷軍の一角として従うように命じられた。有事の際には、有するその力をもって洛陽を守るように、と。

このように何進は、袁紹、袁術、董卓といった軍閥を手元に引き入れ。西園八校尉の地位を与えた上で、己の後ろ盾とした。軍部の最高責任者という立場を大いに活用し、皇帝直属の軍の長という地位でさえ、自己保身のために私物化してみせたのである。



さて。
何進が軍事力を強化している一方で、それを危険視している者たちもいる。
朝廷権力のもう一端を担う宦官の長ともいうべき、十常侍と呼ばれる面々だ。
表向きは、洛陽を守る戦力の強化に勤しんでいるという何進の言葉。だがもちろんそれを真に受けるわけがない。
では我々も洛陽を守る者を募りましょう、と。十常侍は独自に軍閥を招き後ろ盾を得ようと考える。
そこで挙げられたのが、曹操だ。
彼女の祖父・曹騰が、かつて宦官の最高位である大長秋を務めていたことから選ばれた。宦官特有といってもいい、近しさゆえの皇帝への直言や、裏から行われた牽制なども功を奏し。曹操もまた、西園八校尉の一角に強引に捻じ込まれる。
これに対して、大将軍である何進はもちろん反発したが。形としては皇帝から直々に地位を与えられたということになっており、さすがにこれを撤回させることは出来ず。朝廷軍の一角である以上は大将軍に従うべし、という原則を含ませるに留まった。

ちなみに。
西園八校尉という地位は、簡単にいえば、「西園軍」と呼ばれる皇帝直属の軍の長に当たる。この西園軍が、洛陽の四方の門の警護を一手に引き受けるのだ。まさに洛陽の守護を司る、重要な地位だといえる。
とはいえ。世が荒れているとはいっても、大陸を統べる朝廷のある地なのだ。どれだけの匪賊が押し寄せたとしても、洛陽はそう簡単に落とされるような街ではない。それだけの軍勢を集中させる必要があるのかと問われれば、首を傾げる者もあろう。
事実、何進は、自分の身を守る背景たる軍事力を集めるがためだけに、西園八校尉という地位を利用したに過ぎなかった。
何進はもちろん、十常侍も、そして西園八校尉に任ぜられた四人でさえも、それは重々承知している。
それを受け入れているかどうかまでは、各々の胸の内にある以上うかがい知ることは出来ないけれども。





「本当に、忌々しいわね」
「まぁそういってくれるな」

不機嫌さを隠すでもなく、悪態を吐く。
常々、宦官の言動を嫌う様を隠さない彼女である。その宦官によってもたらされた現状が気に入らないのだろう。不満を隠そうともせず、目の前に座る男性に向けて言葉をぶつける。
そんな様子を目の当たりにして、その男性は、彼女の荒々しい態度を気にもせずに宥めていた。

ここは洛陽の王城内にある、十常侍に数えられる宦官が執務に励む一室。そこでふたりは椅子に座り向かい合っている。
片や、年若い少女ともいって差し支えない風貌を持つ女性。片や、その父親といわれても不思議ではない年齢の男性。
女性の名は、曹操。
男性の方は、この部屋の主である張譲である。

「だいたい、私が宦官を嫌っていることは貴方もよく知っているでしょう?
お爺様が大長秋だったからといって、私まで宦官に与するなんて、本気で思っているの?」
「私はそんなことを思っちゃいないよ。もっとも、他の十常侍は皆そう思っているようだが」

ゆったりとした声で、お茶を啜りながら。まるで他人事のようにいってのける張譲。
度し難い馬鹿ね、と、曹操は曹操で呆れてみせた。



宦官を嫌うことに関しては自他共に認める曹操。そんな彼女が、宦官の長たる張譲と席を同じくしている。何故か。

ふたりの接点は、曹操の祖父・曹騰にある。
かつて曹騰が、宦官の長・大長秋として務めていた際、張譲は部下として従っていた。そのおかげで、ふたりは面識があった、
当時の宦官の中では、張譲は賄賂などで汚れようとしなかった。そんな彼を曹騰が気に入り、目をかけられるようになり、張譲は曹騰や曹嵩といった宦官の大勢力と知己を得ることとなる。そして両名の薫陶を受けながら、宦官として出世を着々と重ねていき。現在では十常侍まで、その中でも最たる地位につくまでになった。

曹騰に曹嵩、そして張譲。彼らがその地位をもって成そうとしたのは、霊帝を頂点とした漢王朝の安定。ただそれだけである。
王朝の安定、そして権威の高潮。それによって民の生活を保護し、一定の税収を確実なものにする。そうすることで王朝の在り方はより安定し、権威は更に高まっていく。
つまり、「正統な権力による、人民にとっての善政」を目指していたのだ。

しかし、人の心というものは易きに流れやすく。己を律し続けるよりも、欲望に忠実であることの方が容易い。
遠くの大きな理想よりも、目の前にある小さな利に。多くの官吏たちが目を奪われ、足を取られ、やがてその身を蝕まれていく。
ここ洛陽は殊にそれが顕著であった。私利私欲と感情による専横がまかり通り、もし汚職が発覚しても賄賂ですべてが解決してしまう。そんな蛮行が、幾多となく繰り返されて来た。曹騰らの奮闘が空しくなってくるほどに。
その最たる例は、賄賂によって後宮入りし、皇后にまで上り詰めた何皇后の存在だ。
義兄である何進を大将軍にまで引き上げ、子を生したことに嫉妬し霊帝の寵妃を毒殺するなど。何皇后は、朝廷や後宮の和を乱し続けている。宦官と軍部による対立が顕著になったのも、彼女の台頭によるものといっていいだろう。
度重なり起こる問題の数々に晒されて、曹騰が去り、曹嵩が去り、数少ない良心ともいうべき人材はことごとく朝廷を去っていった。
曹騰らが朝廷を去ると同時に、他の宦官たちの腐敗はさらに勢いを増し、酷いものになっていった。それは宦官に収まることはなく、末端の文官や、軍部の将兵にまで広がって行く。まるでなにかの枷が外れたかのように。
ひとり残されたような形の張譲は、大長秋が不在の宦官勢力において、確かに、最大の力を持つ人物となっていた。その力をもってして、朝廷内の澱みをなんとか改善しようと尽力を続けていた。だが彼に味方する者は現れぬまま。大多数の声という大きな波に、実質上の権力者たる彼の声は攫われてしまった。すでに、彼の声は響かなくなっている。

朝廷の内部に喝を入れる、劇薬の如きものが必要だ。
そんなことを考えていた矢先に、何進による軍閥召集の騒ぎが起こった。
これは却って好機と判断した張譲。反発しつつも具体的な行動を起こせない他の十常侍を他所に、"宦官に縁のある軍閥"として、曹操を西園八校尉の一角に無理矢理捻じ込んだ。表向きは、宦官の後ろを守る軍閥として。
その実、事あらば宦官たちを薙ぎ払うことを期待して。

「飴と鞭、というだろう。どうやら私の振るう鞭は、彼らには温いようなのだよ」

しょせん、宦官が思いつく程度の鞭では効き目がない。ならば軍閥の手による、容赦のない制裁が必要になると張譲は考え。

「それで、私を?」
「そうだ。曹孟徳、君に、鞭役を担って欲しい」

彼は、乱世の奸雄とまで称される彼女を呼び寄せたのだ。

「この私を使おうとするだけじゃなく、承諾さえ取ろうとせずに事後報告とはね。開いた口が塞がらないわ」
「なに、朝廷が地位を与えるときなど、報告が事後になるなど当たり前のことさ」

呆れた曹操の声に、張譲はさも愉快そうにいう。
だが笑みを浮かべるその表情は、苦悶と憔悴によって刻まれた深いシワに覆われていた。
曹操と並んでみれば、父親と子ほどに離れた年齢差が実際にある。だが傍目には、祖父と孫ほどの差があると見られかねないほどだ。彼の外見は、実年齢よりも遥かに上に見える。
内心、相当まいっているのだろう、と、曹操は彼の心情を察することが出来た。

胸の内で思いはしても、それを口にするようなことはしない。張譲はそれを望まないだろうし、曹操もまた小娘の労わりがなんになろうかと考えている。ゆえに、交わす会話は普段と同じようなものになっていた。
言葉の上では、曹操の方がやや後方に退いている印象はある。だが実際には、彼女は張譲に対して上司とも年上とも思わない遠慮のなさを見せている。祖父を間に挟んだ旧知ということもあり、公的な場でならともかく、いまさらこの男に遠慮など必要なものか、という気持ちがある。
彼女は宦官を嫌っている。だが正確にいうならば、権力を笠に着る無能が嫌いなのであって、それが宦官の中に蔓延っているから毛嫌いしているに過ぎない。そんな中で、張譲は数少ない例外というべき人物であった。真名こそ交わしていないが、彼女の知る男性の中では評価の高い人物であるといっていい。

朝廷の中で渡り合うためには清廉潔白でい続けることは出来ない。彼とて、叩けばそれなりに埃の出てくる人間である。
それでも、向かうべき先は、漢王朝の安定と人民の平穏。そのことに偽りは一切なく。
なにより、曹騰の目指したものを未だに胸にし、実現に向けて足掻き続けている。そのことに関して、曹操は好感を抱いていた。

朝廷の、そして権力や人民に対する考え方の齟齬が、他の宦官たちとの格差を露にする。
ゆえに、張譲は宦官勢力の重心人物であるにも係わらず、多くの宦官、ことに十常侍の面々から疎まれていた。
もっとも、彼とてそんなことは重々承知しており。分かった上で彼は、未だに宦官の長たる地位に座り続けているのだ。

「これまで、私は飴を与えすぎていたようだ。曹騰殿に比べてどうも侮られている。恥ずかしい限りだよ」
「その程度でも、宦官たちはあれこれ文句をいうのでしょう? お爺様の目が離れたとはいえ、質が落ちたものね」
「返す言葉もない。次を担う者たちには、こんなことがないよう願うよ」

張譲は、それこそ一気に宦官の首を挿げ替えるくらいのことを考えている。少なくとも、曹操はそう見て取った。
そして、曹操らのような若い者たちに譲り渡そうとしている。その後の後始末までが、自分のすべき仕事だと。

「貴方たちの残した面倒まで見るのは御免だけどね」
「自分たちの尻拭いくらいはさせるさ」
「そう願いたいわね」
「しかし、害ばかりではなく利もあると判断したからこそ、文句をいいつつも中央へとやってきたのだろう?」

確かにその通り。朝廷の挙動をつぶさに知り、いざというときにすぐさま動くために、悪態を吐きながらも自ら中央へと乗り込んだのだ。呼ばれたのが宦官側、というのは、曹操にしてみれば本当に気に入らないけれども。

曹操は溜め息を吐く。
中央に身を寄せてからというもの、気に食わないことばかりで眉間にシワが寄り続けている。
張譲はともかく、他の宦官たちは曹操の背中の向こうに曹騰を見ているのが分かる。しょせん小娘になにが出来るという視線に晒され続け、毎日必死に自制を働かせているのだ。目の前の張譲に対してかなり素の部分が出てしまっているのも、相手が顔見知りだという緩みもあっただろう。
此処でなければ得られないものが多々あることは理解している。しかしそれらを投げ出して、さっさと陳留に帰りたいと思うことも一度や二度ではなかった。こんな場所で毎日のように権謀に明け暮れていたのだから、祖父・曹騰や、父・曹嵩の豪胆さには感嘆せざるを得ない。
それは目の前にいる張譲についてもいえるだろう。心労のほどは、年齢を伺えないその表情に表れている。もちろん悪い意味で。



自分の才に自信をもってはいるものの、経験のなさは如何ともし難い。
曹操の中に沸き起こる、苛立ちや負の感情。それらを抑えるのもの一苦労だ。

「……なにか美味しいものが食べたいわ」

鬱々とした気分を晴らしたい。
それなら美味しいものを食べるのが一番だ。そんなことをいっていたのは、ふとした縁で知った料理人。
なるほど、確かにそうかもしれない、と、曹操は思う。
弱音ではないが、愚痴にも近いものをこぼしてしまう辺り。彼女もまた慣れぬ境遇に参っているのだろう。
ゆえに。簡単に気を晴らす手段として、彼女は食事を連想した。

「少し前に、幽州に出向いたのよ。新しく州牧になった身として、善政を敷くという噂の遼西に視察に行ったの。
そこで、なかなかの酒家を見つけてね。珍しいものをいろいろと食べさせてもらったわ」
「ほう。君がそこまで褒めるとは、かなりのものだね」

引退したら、一度行ってみるといいわよ。曹操は軽い口調で勧めてみせる。
さりげない口コミ。これがすなわち評判の基となる。ましてや口にするのは、かの曹孟徳。鉄板といってもいいだろう。
彼女がなにかを褒める基準の高さを知る者として、張譲はそれを記憶に留めておくことにした。

後に、乱世の奸雄そして宦官の長さえ動かした料理人、と、北郷一刀の名がごく一部の者の記憶に残されることになるのだが。
思い切り余談であるので。これ以上は触れない。



「幽州といえば」

張譲は話を変えてみせる。

「何進が抱えている軍閥の、董卓だが。彼女のところに、幽州からの客人が身を寄せているらしいぞ」
「へぇ。張譲殿の耳に入るということは、それなりの人物なのかしら?」
「君と同じように、董卓の軍師が遼西を視察に行ったらしい。その後に内政官を引っ張って来たそうだ。
河東を任されて、そこをまとめるための相談役みたいなものが欲しかったのだろう。
実際、河東の治世はなかなかに評判がいいらしい」

若い者が実績を残しているのはいいことだ。
その腕を遺憾なく発揮できる環境があるというのはもっといいことだ。
なにより、年をとった者がそれを妬まず受け入れることが出来る、これはとてもいいことだ。

張譲もまた、少しばかり気を抜くことの出来る者を前にして気が緩んだのかもしれない。
気がつけば、余裕を持っていた語り口がガラリと崩れ。悪い意味で年齢相応な愚痴っぽい口調に様変わりする。

曹操にしても、そんなオヤジの愚痴に耳を傾ける義理などさらさらなく。
適当に相槌を打ちながらも話を流してみせ、自分の考えに耽っていく。

曹操は考える。
出向くほどの、幽州の内政官。というと。鳳灯だろうか。
なんのために? 公孫瓉が中央に出向くための足がかりか?
いや、見た限りでは出世願望はさほど強くなかった。権力よりも地元の平穏を望んでいるように見えたから考えづらい。
仮に鳳灯ならば、なにか考えがあるのだろう。ただの親切心だけで、わざわざ他地方に出向くとは思えない。
共に過ごしたのはわずかな期間ではあったが、曹操は、彼女の内面をそれなりに把握したつもりであった。

董卓について上洛してくるならば、ここで顔を合わせることもあるだろう。
河東に在住しているならば、洛陽からもそう遠くない場所だ。会う機会も少しくらいはあるかもしれない。

幽州を離れることが出来るなら、自分のところにも来てくれないかしら。
有能な才を好む曹操は、張譲の独り語りを聞き流しつつ、そんなことを考えていた。





何進の求めに応じて、とうとう、董卓たち涼州勢も上洛することになった。
なぜ董卓を呼び寄せたのか。その理由が極めて利己的なものだという事実に、賈駆は怒りを抑えることが出来ずにいる。

「理由こそもっともらしくしているけれど、何進はボクたちを使い潰すつもりに決まってる。
大事にしようなんて思わない。使いこなそうなんてこれっぽっちも思ってない」

そして、何進はそれを当然だと思っている。大将軍という地位の高さが、目の下に立つ者の姿を霞んで見せているのだ。
兵というものを"数"でしか捉えていない、ともいえる。1000人の兵が、戦を経て500人になったとしても、何進にとって、それは500人が死んだのではなく兵力が500減ったということにしか過ぎない。

「そんな、月を使い捨てになんてさせない」

利己的という点のみをいうならば、賈駆とて似たようなところはある。
彼女の場合は、董卓だ。
親友である董卓が微笑んでくれるのならば、なんでもやってみせる。親友が悲しむようなことがあれば、全力でもって排除する。

賈駆にとっては、なによりも"月"が一番。
極論をいえば、親友さえ無事であるなら、他の誰がどうなろうと構いはしない。

彼女が平穏な日々を望むのならば、すべてを捨てて朝廷などから逃げおおせてみせる。
彼女が民の生活に心を痛めるのならば、民の生活を少しでもよくしてみせよう。

もしも彼女が。
もしも、権力を求めるのなら。智謀のすべてをかけて、手に入れてみせる。

相手が大将軍だろうと、自分は逆らってみせる。そのくらいの覚悟が、賈駆の中にはある。
しかし。
董卓はそんなことを望みはしないだろう。
ただ愚直に。自分の目が届く人たちが、笑って暮らしていけるのならば。それで満足出来るに違いない。
誰もが望むであろう、簡単なこと。
同時に、あまりに忘れやすく、為すには難しいこと。
そんな想いを、董卓は常に抱き続け、どうすればいいのか日々悩み続けている。
董卓がそれを望むのならば、賈駆もまた、民の平穏を第一に考えるだけだ。

涼州、河東。そして今度は洛陽である。漢王朝の核ともいうべき場所に赴くことになる。
ならば。
親友の想いを叶えるために、中枢から変えてやろう。

これから乗り込むところは、権謀術数の飛び交う場所。一筋縄ではいかないだろう。
幸いというべきか。賈駆は、鳳灯という仲間を得た。
彼女の目的もまた、董卓が目指すものと違いはない。
なにより。親友のことを第一とする賈駆の心情を理解してくれる。
鳳灯に対して、賈駆は大きな信頼を寄せるようになっていた。



心強い友を得て。
賈駆はその思考の深さと幅を更に広げつつ、洛陽に向かい立つ
親友の身を守り、そして彼女の愛するものを守らんがために。すべてを注ぎ込む覚悟をもって。












・あとがき
こんな風にグダグダ書く方が性に合っているような気がするな。

槇村です。御機嫌如何。




はい。今回から朝廷内でのあれこれ、「洛陽炎上」編となります。

さっそく新キャラ登場。張譲さんです。真名は考えていません。
多分名乗らないからなくてもいいでしょ。(え?)

張譲というと、なんだか悪者で雑魚っていう扱いが多いような気がします。
ウチの張譲さんは、そこから外してみた。というか書いているうちにそうなっちゃっただけなんだけど。
この先に進むのならば俺の屍を超えていけ、みたいな人にしたいと思っている。



このままだと軍師サイドな人たちばかりになりそうですが、追々武将サイドな人たちも絡めていくつもりです。

この時期の原作キャラとしては、麗羽さんの扱いはある程度もう決まっているのですが。
美羽さんはどうしようかなぁ。まだ決まっていない。
同時に、呉の面子をどう扱うか。いくつか妄想はしているのですが、煮詰まっていません。

まぁ、書いているうちにピースが嵌っていくでしょう。うん。



[20808] 28:【洛陽炎上】 夜を駆ける
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2011/02/10 20:11
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

28:【洛陽炎上】 夜を駆ける





西園八校尉に採り上げられた軍閥として、董卓は宦官外戚を問わず注目を受けていた。
もっともそれは、使えるのならばこき使ってやろうという程度の興味でしかない。
北夷を抑えていたとはいえ、たかが地方の田舎太守。そんな捉え方をされている中、董卓勢は他の軍閥に遅れて上洛する。

朝廷の中でも、涼州における黄巾賊討伐の実績などもあり、董卓の名はそれなりに知られている。だがそれでも、彼女がどんな人物なのかはまでは知られていなかった。それこそ、呼び寄せた何進だけしか知らなかったといっても過言ではない。
事実、上洛した董卓と顔を合わせた人たち、そのほとんどは「え、この人が?」という反応を返していた。
思いもよらぬほど線の細い風貌、そしてその腰の低い受け答えにも、それぞれが持っていた先入観を覆されている。
高い地位を得た以上、面通しをすべきところは数多くある。董卓はそのひとつひとつに自ら赴く。
その律儀さと、やはりその見た目に、顔を合わせる面々はそれぞれ驚いてみせた。

そんな反応を前にして、董卓は初めこそ「そんなに頼りなく見えるのか」と落ち込んだりもしていたが。そこは、地方とはいえ仮にも太守を務めていた彼女である。ある種の厚顔さというか、逞しさというべきか、そんなものが備わっている。
気持ちを切り替えたのか、普段の彼女の持つ温厚な笑顔を周囲に振りまきつつ、朝廷内のあらゆる場所に挨拶回りをする董卓。
そんな親友の後に付き従いながら、賈駆は何度も溜め息を吐き、同じく同行する鳳灯に宥められるのだった。

ちなみに。
董卓と共に上洛した将は、賈駆、張遼、華雄。それに客将として、鳳灯と華祐が付き従っている。
呂布と陳宮は、河東にて留守を任されていた。上洛と共に兵力の半数以上を連れ出してしまったが、留守を守っているのは、天下無双の呂布である。こと呂布の動かし方には非凡なものがある陳宮がいることもあり、多少の兵力差なら負けはしないという、兵の数以上の安心感を生み出していた。そのことが、後顧の憂いを生むこともなく、董卓らを洛陽に向かわせたといっていいだろう。



さて。
そんな背景をもって上洛した董卓らは、もともといる将兵たちも組み込み、改めて朝廷軍を編成する。そして、外からの脅威に備えるべく、洛陽の守護に当たる。
洛陽を守護する朝廷軍、といえば聞こえはいいのだが。普段から彼女らがすることべきことはそう多くない。
司州周辺の警護に出向くこともあるが、それは彼女らとは別の軍勢が担当している。基本的に、西園八校尉という役職は、有事に備えて待機することこそが仕事だといってもいい。将兵を再編成し、関係各所への挨拶回りを終えると、董卓は途端に暇になってしまった。

その一方で、賈駆と鳳灯のふたりはなにやら忙しなく動き回っている。
朝廷内における地盤を確固たるものにするため、賈駆は智謀を巡らす。すべては、董卓が望むものを手に入れるために。
彼女が望むものは、民の笑顔。それには、私欲に溺れ、民を省みようとしない愚者たちの存在が邪魔になる。
ならば、董卓が代わってその地位に立てばいい。望みを実現できるほどの高みまで上らせてみせる。そんな未来を見据えて、賈駆は、情報の収集や根回し、布石作りに暗躍する。親友である"月"の望む治世を、広く、もっと広くするために。
鳳灯の望むものも、戦などで人が不要に傷つかないような世界である。董卓や賈駆が目指すものに同調し、彼女らの手助けをする。
だが鳳灯は、他の世界で体験した"未来"を知っている。ゆえに、賈駆とはまた違う動きをする。賈駆が主に表立った動きをするなら、鳳灯は裏から手を回す。正確には董卓の臣下ではないという立場が、大っぴらには口に出来ないやり取りを円滑にさせていた。

賈駆や鳳灯だけに限らず、朝廷内においてこういった裏工作は珍しいものではない。
だが上洛した他の軍閥らと比較して、董卓勢のそういった動きは、慎重ながらも実に素早いものがあった。
実際に動ける人材という意味では、他の勢力も数は変わりはしない。
人材を動かす案や策を練る頭脳役の存在。それが、董卓を他の勢力から一歩先に進ませる大きな要因となっていた。

曹操の筆頭軍師である荀彧は、州牧代理のひとりとして陳留に留まっている。共に上洛した夏侯淵も、知に秀でているとはいえ本来は武将である。政治的な駆け引きといった働きが出来るかというと心許ない。
袁紹は軍師らしい人物を連れていない。袁家の示威を誇るかのごとく、二枚看板と称する武将ふたりを始めとした親衛隊を常に引き連れ、何進に付き従い王城内を闊歩している。
袁術はどちらかといえば、常に傍らに置く張勲を始めとした軍師・文官が配下に目立つ。だが、地下工作といった活動もこれといって派手なものは見受けられず。傍目には目前の任務を無難にこなしているだけのように見えた。

上に挙げた三勢力と比べて、董卓は手元に軍師をふたり抱えている。その両名が共に、相当に質の高い指示を、先を読んだ上で常に出せるのだ。他の軍閥は、情報の収集は出来ても、それを次にどうするかを練り上げ指示まで出せる人材に欠けていた。
目的を持ちなにか事を成そうとすれば、勢力として、柔軟かつ機敏に動かすことが出来る。そんな状況判断の機微と、それにあわせることが出来る身軽さ。それらが、朝廷の中にある新興勢力として抜きん出ることを可能にし。朝廷内の見えないところで深く広く、勢力としての影響力を少しずつ拡げていた。



董卓もこういった軍師たちの動きを把握はしている。自分の、自分たちのために働きかけていることは、十分に理解している。
しかし、彼女はその詳しい内情にまでは係われない。そんな自分に思い悩んだりもしたのだが。

「月は、大枠が分かっていればいいわよ。細かいところをあれこれ悩むのは、ボクたちみたいな下の人間がやることだし」

勢力の長らしくどっしりと構えていろ、と、キツいのだか優しいのだか分からない口調で賈駆はいう。
董卓も、そんな親友のことや、ひょんなことで友誼を得た客将のことは信用している。
だから、必要だと思うとき意外は口を挟まない。内緒で動いているというのなら話は別だが、やろうとしていることの報告は受けているし、必要なときは意見も求められている。ならば彼女たちの望む立ち居振る舞いをすることこそが、自分のすべきことなのだろうと考えていた。

とはいうものの。
当面、董卓自身がすべきことが少ないことは事実。暇なことには変わりない。
やることもなく行ける場所も限られた董卓は、自然、仲間のいる場所に足を運ぶことになる。
張遼や華雄、そして華祐らが詰める修練場だ。
董卓は、彼女らが行う将兵たちの鍛錬にしきりと顔を出すようになった。

重ねていうが、董卓軍に属する将兵の大多数は男性である。
自らの属する軍の長が頻繁に顔を見せる。しかもそれは、可憐な少女といっていい董卓なのだ。
となるとどうなるか。
それはもう、将兵たちのやる気と気合も増しに増すというもの。
華祐が煽り、張遼がそれを更に煽ることもあり。董卓のいるときの修練場は、皆が皆、己が主にいいところを見せようと、本気かつ真剣さに満ちた空気に満たされる。そんな修練の繰り返しが、軍閥の中でもことさら士気も実力も高い一団を作り上げていった。

それが果たして賈駆の狙いだったのかどうかは分からない。
だが、新たに組み込まれた朝廷軍も含めて、董卓勢の兵力は着実に上がっている。
命令を出すだけの大将軍と、顔を見せながら叱咤激励する西園八校尉。いざ動くとなったときに、兵が従う声はどちらのものか。
考えるまでもないだろう。





董卓勢の客将という扱いであることから、鳳灯は朝廷内においては多く知られることのない存在である。賈駆とは違い公的な場所に出ることもないため、己を主張することに熱心な宦官や外戚などの視野に入らないのだ。
敵であれ味方であれ、コマともいえる"一般人"が動き回っても気にかけない。地位に胡坐をかく人たちの多くはそんなものであった。
それを幸いとばかりに、鳳灯は根回しに朝廷内を駆け回る。主に下部の将兵たちに働きかける。
目的は反董卓連合の阻止。その要因となる霊帝の後継者争いに際して、将兵たちが連動して動かないようにするのだ。
結局、人を殺すのは人である。武器を手にする人間が減るほどに、死ぬ人間は減っていく。いざというときになって武器を取る人間を少しでも削るため、鳳灯は情にかけて利にかけて、騒乱を起こす愚かさを説いて回る。

そんな鳳灯は、今日も朝廷内を歩く。
表向きは董卓と賈駆の補佐をするという立場にある彼女。方々であれこれと話しを聞き、現状を知り把握しようと努めることは対外的にも不自然なものではない。
そうして知れば知るほどに、思い知らされる現状。
朝廷内の腐敗振り、あまりに利己的な考えの横行に、鳳灯は呆れるやら感心するやら。思わずお腹の辺りがキリキリ痛み出しそうなほどだった。

そんな中で、唯一といってもいい希望は、実質的な宦官の長、張譲の存在。
彼の目指すものが、鳳灯の、董卓らの望む未来に近しいことを知ることが出来た。まさに一条の光のように思えた。
朗報ではある。だがこれからどうするか。
朝廷内において、鳳灯の存在は最下部にあるといっていい。西園八校尉の一角たる董卓の下にいるとはいえ、正確には彼女に仕えているわけでもない。出来ることは限られてくる。対して相手は、宦官勢力にとって事実上の頂点である。話をするどころか、普通に考えれば顔を合わせることすら困難だ。
張譲はこの朝廷の中で長く生き抜いてきた人間である。周囲の評価をそのまま真に受けるわけにも行かないだろう。
話を聞いてみたい。彼女はそう考えていた。

そんな鳳灯に、好機が訪れる。
王城の中を歩いている際に、曹操と出会ったのだ。



「あら、鳳灯?」

これは曹操にとっても好ましい邂逅であった。
張譲との話に挙がった、董卓の下にやって来たという内政官。予想はしていたが、やはり鳳灯のことだったか、と。
曹操は知らず喜色を浮かべる。自陣に引き入れたい人材のひとりとして、本格的に勧誘しようと心に決める。

それはさておき。

「話には聞いていたけれど、董卓のところにいるのは本当のようね」
「話題になるようなことをしているつもりはないのですが……」

曹操の言葉にとぼけるような言葉を返し、幾ばくか会話を交わす鳳灯。
あくまで意見役を求められて董卓に同行しているのだ、という立場を通すつもりでいたのだが。
自分が董卓の下に知るという話を聞いた相手、それが張譲だと知り、鳳灯はさすがに驚きの顔を見せる。

それなりに広く深く動き回っている自覚はある。だが、まさか宦官勢力の長たる張譲に知られているとは彼女も思ってもいなかったのだ。
小さな事象も漏らさぬ性格なのか、それとも目をつけられたのか。あるいはその両方かもしれないが。

長く立ち話をしているわけにもいかず。積もる話もあるということから、夜にまた改めて会うことになった。
それは曹操からの提案だったが、鳳灯にしてもこれは渡りに船といえた。
張譲との友誼を持つ彼女に、顔合わせの場を設けられないか、頼み込もうかと一考する。
将兵への根回しといっても、下部だけではやはり限界がある。行動を決め指示を出す層にどこかで食い込まなくてはならない。
それを考えれば、いきなりその頂点へと繋がる糸口が現れたのは、まさに好機といっていいだろう。これを逃す手はない。
対価を求められるのならば、自分が曹操陣営に出向いてもいいと彼女は思う。
でも閨に誘われたら噛み付いてでも逃げ出そう。
以前の世界での曹操を性癖まで知るがゆえに、あれこれ要らぬことまで考えてしまう鳳灯だった。



曹操との会合の約束。このことはすぐさま賈駆に伝えられる。

張譲の目指しているものを知り、なんとか味方にすることが出来ないかと、賈駆と鳳灯は考えていた。
かの大宦官と友誼のある曹操。そして曹操と縁のあった鳳灯。その線をつなげることが出来ればよもや、という思いはあった。
ひとまず鳳灯がなんとか渡りを付け、次いで賈駆に、場合によっては董卓に直接出向いてもらわねばならなくなるだろう。
その点はかねてから賈駆や董卓にも話はつけている。行動するに際しての問題はない。
なによりもまずは、今夜だ。

「雛里、身の危険を感じたら直ぐ逃げるのよ」
「へぅ……、雛里さん、頑張ってください」

聞き様によっては妙な意味にも取れかねない、そんな言葉をふたりから受け。
鳳灯は、闇夜の中を歩き出した。



夜の帳も下り、人気も退いた王城の中。高官や将軍位に割り当てられている部屋のひとつから灯りが漏れている。
部屋の中にいるのはふたり。部屋の主である曹操と、彼女の元を訪れた鳳灯である。
ちなみに部屋の外では、曹操の腹心である夏侯淵が警備兵よろしく周囲を窺っていた。

「改めて。久しいわね、鳳灯」
「はい。ご無沙汰しております」

互いに顔を合わせたのは、幽州遼西での僅かな時間、ほんの数日でしかない。
それでも、過ごした時間の密度はそこらの友よりも濃いものであったと曹操は思っている。
鳳灯もまた、同様の想いを抱いていた。
以前の世界の彼女と同様に、この世界の曹操も相当に"濃い"。同じ人間なのだから当然といえばそれまでだが、鳳灯は改めて、曹操から、人として将として、そして民の上に立つ王としての格や器のようなものを感じたものだった。

互いが互いを評価し、無視することは難しい人物だと捉え。
だからこそ、今、目の前にいる者をよく知ろうと試みる。

一本だけの蝋燭を間に挟み、ふたりは互いに言葉を交わす。
遼西でのこと、取り入れた治世案のこと、治安の改善案などなど。そういったことを皮切りに、曹操や公孫瓉の州牧としての今後の予想や、呂扶の武才、呂布と華祐の修練風景や、はたまた関雨の給仕姿や酔って暴れる夏侯惇についてなどなど。話題は硬軟を織り交ぜながら、様々なものが挙がる。
そのひとつひとつに、お互い真剣に案を出し合ったり、笑みを浮かべたりしながら。時間は緩やかに過ぎていった。

しばし、まるで手の内を探り合うかのような会話が続いていたのだが。

「さて、鳳灯?」

不意に、話題を切る。
先に動き出したのは、曹操。

「貴女は"此処"に、なにをしに来たのかしら」

なにかを試すような、そしてなにか悪戯を仕掛けるような、笑み。そんなものを浮かべながら、彼女は問いかける。
その問いに、鳳灯は。

「民を、兵を、いたずらに死なせないための根回しに」

先ほどまでと同じような口調で応える。ただ、目には強い力を込めつつ。

これから更に荒れていくであろう、朝廷内での権力争い。その引き金となるのは、時の帝たる霊帝の崩御である。
体調が思わしくないことが公然と囁かれる中、その後を巡って争いが起きることは想像に難くない。
後継者問題という建前をもって、十常侍ら宦官勢と、大将軍何進らの軍部勢が、より激しく対立する。
それぞれが、自分たちの権力欲と私欲を満たすためだけに争うのだ。
私欲に満ちた争い。その過程で散っていく命は、彼らにとって気に留める価値のないもので。
どれだけ死のうとも、将兵は"兵数"が少なくなるだけであり、民草は数さえ数えられることはない。

鳳灯は、それをよしとすることが出来なかった。

「戦を起こさないこと。それが、私の望みです」

考えたことは、高官たちにとっての手足を奪うこと。
戦において、実際に動くのは末端の将兵たちだ。彼ら彼女らが、高官たちの思う通りに動かなければ、戦は起こらないのではないか。

現状を見、推論を重ね。鳳灯、賈駆、そして董卓は、宦官と外戚、両勢力を下から崩すべく動き出す。
表側からは賈駆が、裏側からは鳳灯が、そして地位という権威が必要な場面では董卓が。情を、理を、そして利をもって話し説得を試みる。
裏切れというのではなく、このまま高官たちに従っていればどうなるのか、自分や友人そして家族らのことも踏まえて考えてみて欲しい、と、問いかける。同じように、勢力に関係なく多くの将兵に会っているということも添えて。

朝廷の上層部がどれだけいきり立ったとしても、兵が動かなければ戦にならない。それが両勢力で起きれば、なにも起こらぬまま終わってしまうだろう。
極端にいえば、下につく兵たち全員が武器を取らなければ戦にまでは発展しない。高官たちがどれだけ暗躍しようとも、それが当人たちだけで生き死にを巡っているのならばわざわざ止める必要はない、と、彼女は考えている。
むしろ腐敗した面々が同士討ちをするのであれば、却って手間が省けるとまで思っていた。

もちろん、それをこの場で口にすることはない。
代わりに、問う。
曹孟徳の求める姿を。

「官と、民。曹操さんはどちらを取りますか?」

一拍の間を経て。曹操は応える。

「民を味方につけ、官を取るわ」

自信に満ちた声で。

「今の高官どもは、己の保身ばかりで民をまったく省みず、民が荒んでいる。
それは上に立つ者が持つべき理想、それを生す気概がないからよ。
私は、目の届く限りの民を、私の目に適う姿にしてみせる。そして、いずれはそれを大陸中に広めてみせる」

まず自分の理想ありき。それを現実にすることが、民の幸せに繋がると。曹操は信じている。
傲慢ともいえる思考、その在り方。
だがそれを生し得るだけの覇気も知識も力量も持っている。至らず足りないもがあれば、それを認めるだけの度量も具えていた。

鳳灯も、それは認める。認めている。
しかしその一方で、彼女の覇道に賛同しきれないことも自覚している。

道が交わるなら、共に歩むこともいいだろう。
だが進まんとする道を、あえて乗り換えようとは思わない。

「私は、曹操さんの生き方を否定はしません。
それが最善となる場合も、確かにあることは分かります。
でも」

鳳灯は、未来の覇王を正面から見据え。

「臨む先に害をなすようであれば。私は、貴女の前に立ち塞がります」

自らの在り様を示す。
曹操がなによりも重視する、誇りというものをもって。





「話は、一区切りついたのかな?」

不意に、部屋の入り口から聞こえる声。
夏侯淵が立ち塞がっているはずの戸口から、部屋の中を窺うようにして立つ男性がひとり。

「曹孟徳に向かってこうも啖呵を切るとは、いやいや、いいものを見せてもらったよ」
「女性同士の話の中に割って入るなんて、褒められたものではないわよ?」
「なに。空気を読まない厚顔さは、宦官の得意とするところだからね」

台詞の割には不機嫌さを感じない、曹操の口調。それに軽い調子で答えながら、彼はふたりの下に歩み寄る。

言葉を交わしたことはなかたとしても、朝廷の中に身を置いている以上その顔を知らない者はいない。
蝋燭の灯りに浮かんだのは、宦官勢力の長、張譲の姿であった。

「鳳灯君、だったね。君たちの話に、私も一枚噛ませてくれないか?」



漢王朝、その中枢が、大きく動き出す。













・あとがき
更新に間が開くと、どうも説明くさくなってしまうな。

槇村です。御機嫌如何。




鳳灯がいたために、董卓と曹操が顔を合わせることになった。
鳳灯がいたために、董卓が張譲を斬ることがなくなった。

原作では軽く地の文で流された部分。それが鳳灯の存在によって変化します。

じゃあ、どんな風になるの? というのがこれからのお話。
はてさてどうなることやら。



なんとか、今月中に次の更新をしたいとは思っています。
はてさてどうなることやら。



[20808] 29:【洛陽炎上】 臨むモノ 交わる場所
Name: 槇村◆933b1c4d ID:31cf670a
Date: 2011/03/03 05:59
◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

29:【洛陽炎上】 臨むモノ 交わる場所





会って話を聞いてみたい。そう願っていた人物、張譲。
その取っ掛かりになればと思い臨んだ曹操との会合だったが、まさかその当人が現れるとは、鳳灯も予想していなかった。

そんな彼女を置き去りに、話を進めようとする張譲。
だが鳳灯は無礼を承知でそれを押し留め。

「お話は、董卓さんと賈駆さんも同席してからお願いしましゅ」

と、願い出る。久しぶりに噛みながら。

個人的な思惑はあれど、今の鳳灯は、董卓の客将であり、彼女らの勢力下で動いている。勝手に話を進めるわけにはいかない。
そんな鳳灯の申し出を、張譲は苦笑しながら聞き入れた。

鳳灯は今すぐに、ふたりをこの場に連れて来ることにする。改めて場を用意するよりも、勢いのまま話を詰めた方がいいと判断した。
夜も更け、普段ならば床に就いていてもおかしくない時間だったが。董卓と賈駆は、起きたまま鳳灯の帰りを待っていた。
少しばかりうつらうつらと、董卓が船を漕ぎ出したところに。勢いよく鳳灯が駆け込んで来た。
突然のことに賈駆は目を見開いたが、次いで出た鳳灯の言葉に口まで開いて驚くことになる。

張譲と会談する、今すぐ来て欲しい、と。

寝ぼけ眼の董卓を激しく揺り起こし。
三人は慌てて駆け出す。
といったことは、しない。

落ち着いて、現状の確認と、しばしの作戦会議。
賈駆はそうなった経緯を聞き、鳳灯はそのときの様子を事細かに伝え、董卓は真剣に耳を傾ける。
気を落ち着かせ、頭のめぐりを安定させる。
自分たちの望むもの、そして臨むものを再確認した上で。
三人はゆっくりと、張譲と曹操の待つ部屋へと歩を進めた。目の前に広がる暗がりを恐れることもなく。





新しく蝋燭に火がつけられ、部屋の中の灯りが増す。
居並ぶ顔は、曹操、張譲、董卓、賈駆、そして鳳灯。護衛として夏侯淵と張遼が同席し、部屋の外には華祐が陣取っている。董卓側の護衛ふたりは、急ぎこの場に呼び寄せたものだ。

「まず、このような場を設けていただき御礼申し上げます」

鳳灯が代表して、頭を下げ、礼を述べる。今度は無事噛まずにいうことが出来た。

「先ほど、私にかけてくださった言葉。
一枚噛みたい、というのは、宦官勢力の長としてですか?
それとも、張譲殿が個人として乗り出しているだけなのでしょうか」

第一に、確認を取ろうとする。
彼が鳳灯に近づいたのはどういう理由からなのか。
彼がどのような立場と思惑で動こうとしているのかによって、手を借りた後の対応も変わってくる。董卓陣はそう考えていた。

「半分半分、といったところだね。
君たちに興味を持ったのは、私個人によるもの。一方で、私の思惑に君たちを巻き込んでことを進めようと考えたのは、朝廷の臣たる宦官としてのものだ」

力の抜けた調子の声で、張譲は答える。
それぞれが臨む、在りたい姿と在るべき姿。目的地と細かい部分は違っても、大筋では彼女らと共に歩むことが出来る、と、彼は考えていた。
また彼は曹操の祖父・曹騰の薫陶を受けていることもあり、有能な人物というものに目がない。曹操の人材好きが祖父の影響であるのと同様に、張譲もまたその影響を多大に受けていた。
この部屋に集まった面々に、前途を託す。
そうする価値が彼女らにはある、と、彼は捉えている。

「私ももういい齢なのでね。
目指すところを見極めた上で、後進に後を頼まなければ不安なのだよ」

若い君たちに、我々老人のツケを回してしまうのは心苦しいのだが。
そういってこぼす言葉は、おどけてはいるもの、思うように行かない憔悴の色を持っていた。

これまでの張譲は、同じ宦官という立場の中で出来る限りのことをやって来たつもりではある。だがそれらも、傍から見れば手ぬるいと思われる程度なのかもしれない。ならば外部から与える思い切った行動によって、彼自身では出来ないような変化を求めるのも手であろう。
そう考えての、曹操の招聘であり、突発的に設けた今夜の会談であった。



張譲の思惑は図れないものの。董卓らにとっても、今夜の会談は一足飛びに得られた紛うことなき好機だった。

董卓らが臨む姿は、平穏な生活を営む民たち。
そして。官の位置に立つ者は、すべからく民あっての官であるべし、その逆はありえない、と、意識させることを望む。
その考えの下に、鳳灯が持つ非戦の考えが加わった。
手を取り合った彼女たちが考え、その末に取った行動、それは"中央勢力の実質戦力を削ぐ"こと。
戦力そのものを殺ぐのではなく、自軍高官の下で戦力を振るう意識を減退させることだった。

麻の如く乱れた、世の現状。それらを生した原因の多くが、朝廷内で威を振るう多くの高官にある。
だがその当人たちは、あくまで命を下すだけだ。実際に動くのは、下につく将兵。多くは末端に位置する兵たちである。
如何に諍いの元が燻ろうとも、人が動かなければなにも起こらない。
いくら頭が喚こうが、手足が動かないことにはどうしようもないのだから。
そうすれば、戦など起きない。無用に人が死ぬこともないに違いない。

そんな想いを抱きつつ、朝廷内の勢力図を調べ上げ、行き交う思惑や力関係を探り続けていた。
調べれば調べるほどに現れる、癒着、賄賂、権力を笠に着た横暴の事実。そしてそれらを当然のように行う高官たちの存在。
目を覆うばかりに腐敗した中で、一抹の救いにも感じられたのが、張譲の存在であった。
その目指すところに共感を覚え、自分たちの臨む姿に被らせる。同じ道を歩めるのではないか、そう思うに至った。

だが、それでも。

「私たちも、拙いながらいろいろと調べさせていただきました。ですがそれらも、所詮は人伝のものに過ぎません。
張譲殿から直に、この先になにをお望みなのか、お聞きしたいのです」

鳳灯は、いや、彼女たちは。敢えてその心の内を問うた。



立場から見れば、その物言いは不遜とも取れる。
だが鳳灯は遠慮をしない。こちらから協力を乞うたわけではなく、向こうから係わらせてくれといってきたのだから。その点を突く。
もちろん、鳳灯としては、張譲の助力というのは喉から手が出るほどに欲しい一手。
それでも、押し過ぎない程度に強く出る。不用意に下手に出ないよう、意識する。

そんな鳳灯と相反するかのごとく、張譲の纏う雰囲気は柔らかく自然なものであった。
だがそれは決して、優しく穏やか、という意味ではない。
油断のない、見るものにどこか緊張を強いるような笑みを浮かべながら。張譲は身をよじり体勢を立て直した上で、董卓を、賈駆を、そして鳳灯を見やり。

「私の考える漢王朝とは、例えるなら一本の大樹だ」

落ち着いた声音で、ゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「帝は、根にあたり幹にもあたる。なくてはならない、基礎となるものだ。
それに対して我々のような臣下はどうか。
宦官にせよ将兵にせよ、漢王朝にとっては枝葉でしかない。
代えは利かないが、だからといってそう大事にすべきものでもない」

幾人かが、その言葉に反応する。張譲は手をかざしその動きを抑えてみせ、言葉を続ける。

「帝という、根と幹を基点として、我々のような枝葉が生い茂り広がっていく。
そしてその陰が、地に住まう民たちを、雨風や日照りから守る。
我々のような枝は、帝という根と幹を敬いつつ、出来る限り手を広げ、葉を生み出し、民を守る笠となるべきなのだ。
われわれは民を守る笠として動き続けねばならない。とはいえ、我々もしょせんは人。出来ることにも限度はあろうし、歳を重ねれば衰えもする。使えば使うほど、その笠が傷むことは避けられない。
だが傷むからといって、大事に仕舞い込み出し惜しみをしていては本末転倒だ」

もちろん、傷んだ笠を直しはするし、そのために税やらなにやら、生い茂るに必要なものを地から吸い上げはするがね。
そういって、自嘲するような笑みを浮かべる。

「だが、今、この大樹の高い位置につく枝葉たちはどうか。
実際には、碌に笠の役目も果たさず吸い上げるばかりだ。
地を荒らし、根を腐らせ、幹を細らせる。あげく枝の分際で、幹よりも太くなろうとする始末。
枝が腐りかければ、その影響は葉にまで及ぶ。高官どころか、末端の将兵にも悪影響を及ぼしているのは知っての通り。
雨にも陽にもあたろうとしない。風が吹けばそれを避けようとする。お陰で民は、雨に晒され、陽に炙られ、風に飛ばされる。翻弄されるばかりだ」

結果、なにが起こったか。
黄巾賊を始めとした各地での民衆蜂起。民の生活は更に苦しくなっていき、それが不満となり新たな蜂起を産む。
無理もないとも思う。さもなければ死、だからだ。

「本来、葉は、地に住む民を笠となって守らねばならない。そして枝は、そんな葉を生み続けなければならないのだ。
にもかかわらず、朝廷の高官たちは自らの在り方を省みるでもなく、権力欲と私腹を満たすことに熱心なまま。税が中央まで上がってこない理由を想像もせず、ただただ吸い上げるばかりだ。腐った自分の姿に気付きもせずに。
放置すれば、その腐敗は幹にまで至る。やがて樹そのものが倒れてしまいかねない」

そうなれば、民は更なる恐慌に晒されることだろう。

「腐った枝は切り落とさねばならない。切り落とさねば、新しい枝葉は生えて来ない。
そして新しくならねば、民を、今の苦難から救えんのだ。
私を含め、今、生る枝や葉の多くは、漢王朝という大樹を弱らせている。」

静かだが、熱い想いを込めた言葉。
張譲は息を継ぎ、再びその目に力を込める。

「私の望みは、漢王朝の持続。帝の威光の下に、民の生活に平穏をもたらすことだ。
そのために、腐った枝葉を取り除きたい。そして」

そういって、部屋の中にいるそれぞれの顔を見回し、告げる。

「君たちに、新しい枝となってもらいたいのだよ」



張譲の臨んだものは、いうなれば朝廷内の世代交代である。

彼は、出世や私欲のみを考えるような輩を、宦官外戚問わず裏側から粛清に走る心積もりであった。
威嚇し実行するための軍事力そして軍事的背景として、外戚らが軍閥を招き寄せたことに乗じる形で、張譲は曹操を中央へと招き寄せた。曹操は裏工作といった類のものをあまり好まないのは重々承知していたが、そんな青臭い感情は一切無視している。

この動きが活き、利己的な部分の薄い、目をかけている幾人かの人材に代えられればよし。また彼の命が狙われ志半ばで倒れたとしても、それはそれでいいと、彼は考えていた。
もしも彼が裏で奔走する途中で暗殺でもされればどうなるか。おそらく曹操は、裏を取るべく動き出す。そしてその意図が気に入らないものであれば、全力を持って叩き潰そうとするだろう。実際にそうなれば、気に入ることはないに違いない。

死ぬのであれば、それはそれ、曹操が動く理由付けになる。
曹操がその気になり、朝廷内の粛清に動き出せば、おそらく今よりはマシな官吏に挿げ替えられる。その点では、彼女の見る目というものを信用していた。
自分の死がそのきっかけになるのならば安いものだ。張譲は、本気でそう思っていた。
もっとも、担がれたと知れば彼女は激怒するに違いない。だがそうなったときには彼はもうこの世にいない。手を出せないのをいいことに、墓の下で笑ってやろう、と、張譲は暗くほくそ笑む。

いずれにせよ、彼の中で、自身が漢王朝の礎として倒れることは決まっていた。





「別に漢という大樹を倒そうと思っているわけじゃないのよ」

張譲が語ったものを受けて。曹操は己の思うところを紡いでいく。

「私は、上に立っている人間が無能でなければそれでいい。あまりにも使えない、気に入らない輩が多すぎたから、自分自ら上に立とうとしたに過ぎないわ。
私にとって出世と付随する権力は、手段であって目的ではない。相応の力があってそれを欲するのであれば、いくらでも手にすればいい。私が手にするよりも相応しいと思えば、くれてやるのも吝かではないわ」

もっとも、すすんで手放そうとは思わないけれど。
そういって、曹操は嗤う。一物含むような笑みを浮かべる。

「霊帝が身罷られた後、次帝の後ろから漢をいいように動かそうと考えている輩は気に入らないわね。
腐った奴らにやらせるくらいなら、私がやる。
少なくとも、民が泣かないようにしてみせる気概はあるわ」

本当に、皆殺しにして乗っ取ってやろうかしら。
冗談と言い捨てるには物騒すぎる言葉。
しかし浮かべている笑みを見れば本気と取られても不思議ではない。

「いよいよとなれば、軍部に十常侍、朝廷の上部にいる奴らをすべて断罪する。
その下に就く者たちも、自分かわいさに長けている輩なのだから、歯向かうことはないでしょう。
使えるのならば改めて迎え入れるもよし。それでも好からぬ事を考えるようなら、却って排除する理由になる」

己の為すべき事さえ満足に見出せず、目の前の欲でしか動けない。そんな、己の言動に"誇り"を持たない輩は、彼女には不要であり唾棄すべき存在であった。
その点において、曹操の目指すところは、張譲の臨む姿と重なっている。彼に対して頭を下げるつもりは微塵もないが、世を治める同僚として付き合うことに抵抗を感じることはない。

正直なところ。彼女にしてみれば、張譲ほどに、漢という王朝にこだわる気持ちは強くない。
だが漢という王朝を倒さねばならないという理由もなかった。この朝廷内を組み直すことで凌げるというのならば、それはそれで構わない。曹操は、そう考えていた。

曹操は、人の上に立ちたいのではない。"誇り"を持つ者たちと、魂を高め合いたいだけなのだ。





「私も、地位や権力を望んでいるわけではありません」

董卓はいう。か細い声で、けれどしっかりと力を込めながら。

「私が望むものは、民の笑顔。共感してくれる仲間と共に、それを形にするために働いて来ました。それは、これからも変わりません」

生まれ育った涼州において、一地方の太守であった両親を見て育った彼女。
その治世によって生まれる民の笑顔、それはなによりも得難いものだと捉えるようになり。
やがて世の理と現実を知ることによって、平穏を生むのは上に立つ人間次第なのだということを知る。
両親の跡を継ぐことを決めてからは、優しいだけでは、巡り巡って民に害をなすということを体感し落ち込みもした。

だがそれでも、董卓の目指すものは変わることがなかった。なにかのたびに、どうすればいいのかを悩み抜く。そして、今の自分がなにをすべきかを見出し実践していく。
自らの身を粉にして、民のことを想う領主。
そんな董卓に対して、人々は親愛の情を寄せる。それは通じて、彼女の目指すところ臨むものが伝わっていることに他ならないだろう。

人は利に走る。それは仕方のないこと。よく分かる。民も官も変わりはしない。
ならば上に立つ者は、他の者たちに対して利の部分で納得させつつ、難の出ないように使いこなし御していけばいい。
これは賈駆の主張した方法だったが、心情はともかくとして、董卓も理解は出来る。それで世の中がうまく回っていくのであれば、それでいいと思っている。
そして、争いから目を背け続けるだけではなにも解決しない、時には武力による実力行使がもっとも適切なことがある、ということも理解している。
穏やかな性格ゆえに争いを好まない董卓ではあったが、いざとなれば自ら剣を取り弓を射る覚悟は既にある。

救える者は、出来る限り救う。しかし、救いようのない者を切り捨てることを躊躇わない。





張譲、曹操、董卓。それぞれが臨むものはいささか異なる。
だが。

漢王朝の中枢をなす高官たち、甚だ救い難し。

ただこの一点において、彼と彼女らの意思は交わることとなる。

互いの思惑はひとまず置き、そして、ことによってはそれを否定されることを理解して。
この夜、三者は漢王朝の自浄と再構築を目的として手を組んだ。

ただの権力争いとは違うなにかが、大きく動き出すことになる。














・あとがき
張譲と曹操と董卓が手を組んだら誰も太刀打ちできないのではないか。三国志的に考えて。

槇村です。御機嫌如何。




思惑はどうあれ、張譲と曹操と董卓が手を組んで、死なない程度に腐った輩を追い詰めよう。
そんな一幕を書きたかったわけですよ。
書きたかったわけですよ。

なんだか、うまくいっていないような気がする。
まだ、練り込み考え込みが足りないか。
というか、いくら考えてもキリがないことは重々承知しているんですけどね。
また書き直すかもしれん。なんか短いしな。



次回は、ちょっと幽州勢を書こうかなぁ、と。
留守番サイドが絡んでくる前振りみたいなものを書きたいんだけど。
どうするかはまだ未定。

それにしても、終わりが見えねぇ……。


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